Minus two
- 1 名前:白 投稿日:2006/06/21(水) 20:12
- この板では二度目です。またよろしくお願いします。
- 2 名前:寂しがり屋の大人と子供 投稿日:2006/06/21(水) 20:12
- 解散の合図の後に用を足して楽屋に戻ってきたのだから誰もいないはずの感覚でドアを開けた。
すると意外なことに人が残っていて藤本は一瞬驚いた。
「帰ってなかったの?どした?」
「いや、ちょっと」
言葉とは裏腹に表情はちょっとというには暗かった。
藤本は深く尋ねるべきか否か迷った。
これが紺野や吉澤なら親身になって聞き出せるけれど、
そこに座っている彼女、亀井とはそこまで親しいわけじゃない。
同じグループのメンバーでありながら遠い存在。
なんとなく沈黙になって藤本は帰るという選択をすることにした。
ドア付近に佇んでいた体を動かして速くなく遅くない速度で荷物を持って帰ろうとした、そのとき。
「私たち別れました」
静かな声に藤本は硬直した。
二人しかいない楽屋の空気は藤本が固まったせいで緊張した風になった。
「いつ?」
「一ヶ月くらい前です」
目を丸くして亀井を見る。亀井は相変わらず暗い表情だった。
そしてさっきから動かない。
- 3 名前:寂しがり屋の大人と子供 投稿日:2006/06/21(水) 20:13
- 一ヶ月前を思い返してみても仕事中二人に変わった様子はなかったはずだ。
ずっと近づいてるわけでもなければ意図的に離れているわけでもなく、
傍から見ていたら普通の関係。同期でそこそこ仲がいいといった感じ。
だから付き合っていた事を知っているのは相談を受けていた人間、
言ってしまえば6期メンバーしか知らなかった。
けれど別れたのを知っているのは更に少ないのかもしれない。
藤本に相談した田中は別れたといわなかった。亀井は道重に言ったかはわからない。
彼女達は静かに付き合い始めて静かに別れたということだ。
藤本は二人の関係も永遠じゃなかったのだと思った。
ここにいない片割れが頭に浮かぶ。
ずいぶん悩んで迷って手に入れた恋なのに、せっかく手にしたのに、
見えないつながりすら感じた二人なのに、上手くいかないこともあるのだ、と知った。
「そっか」
藤本は寂しい気分になった。荷物を持った手を下に下げた。
亀井はゆっくり立ち上がって藤本のほうへ歩いた。
「なんでか訊かないんですね」
「訊いてほしいの?」
「いえ、藤本さんらしいなと思って」
亀井は苦笑しながら一歩一歩近づく。
「何それ」
「私には深入りしないでしょう?」
距離は詰まり身長差が感じ取れるくらいになった。亀井のほうが少し大きい。
藤本がわずかに見上げるようになったとき、藤本の視界と体は急に押されてバランスを崩して
天井を見る形となった。
- 4 名前:寂しがり屋の大人と子供 投稿日:2006/06/21(水) 20:13
-
藤本は急に倒されたことには驚いたものの、体が押さえ込まれたことや、
腕が完璧に押さえられていることには無反応で無抵抗だった。
「何これ」
馬乗りになった亀井に無表情に尋ねる。
「言わなきゃわかりませんか?この状況で」
「暴力はやだけど」
「痛くしませんよ」
亀井は薄く笑った。
藤本にはまだ暗く見え、そういえば加入当時も暗かったなと思い出す。
二人の顔と顔が近づく。藤本はやはり無抵抗でたいした反応を見せなかった。
「抵抗しないんですか」
腕を押さえているものの意味はないようだった。
藤本の腕には完全に力が入っていないし、亀井も大して入れていない。
亀井は抵抗されないことを予想していた。
「したほうがいいかな」
嫌味臭く笑う。投げやりすら見えた。
「どちらでも」
最終的に藤本の腕に力が入ることはなかった。
- 5 名前:寂しがり屋の大人と子供 投稿日:2006/06/21(水) 20:14
-
亀井は淡白に首筋に口付けていき、藤本はそれを他人事のように目で見ていた。
性的行為というよりは捕食行為に似ていた。
白い首筋に桜色の唇が何度も触れる様は官能的なのに本人達の感情は冷静だった。
「寂しかったら誰でもいいんだ、亀」
静かな楽屋に声が響く。
「誰でもいいわけじゃないです、拒まない人を選んだんですよ」
荒立たない呼吸のまま顔を離し、顔を見るための距離をとった。
暗く狡く笑った。藤本には闇を垣間見せられたような気になった。
「それに藤本さんだって寂しいんじゃないですか?」
藤本の無表情がわずかに動く。
「一番の人は違う人にとられて、
松浦さんはもちろん、れいなだって」
最後にくすりと笑った表情に鋭い視線を送る。
「わかっててやってたんだ、ずいぶんずるいことするじゃない」
声は苛立ちを含む。表情にも表れた。
それは亀井の言うことが的確すぎたせいだ。
この世界にはいって一番親しくなった人に恋愛感情を抱いた、
それを告げる前に彼女は自分以外に一番を作りその事を嬉しそうに話した。
苦しくなって離れたら、そこから距離を置いた世界に恋愛対象外の一番ができそうになった、
けれど彼女は今自分の目の前にいる人を好きになったと相談してきた。
全て封印しなければならないものだ。一番は何より手に入らない。
隠し通してなかったことにしてしまいたかった思いがどうして近くもない彼女に気づかれたのだろう。
今更ほじくり返されたのが痛く、ほじくり返した彼女に苛立った。
- 6 名前:寂しがり屋の大人と子供 投稿日:2006/06/21(水) 20:14
- 「世の中にずるいことなんてないです、それに気づいたのは付き合いだした後ですから」
「ふうん」
言い訳なんてどうだってよかった。苛立ちを発散させたかっただけだ。
藤本は亀井が自分でずるい事をしている事をわかっているのなら
言い訳なんてしなければいいのにとすら思った。
自分の叶わなかった恋なんて過去のことで、けれど一番が存在しない寂しさを抱えているのは苦しい。
誰でもいいからそばにいてほしいと思いながら、本当は誰も受け付けていない事をわかっている。
この世は2進数で構成されていて、1か0でしかない。
誰でもいいときなんて、誰もだめか、たった一人しか受けつけられない裏返しだ。
そうならどうやったって満たされない。
藤本はそこであきらめ、亀井はそれでも寂しさをごまかしたかった。
選んだ相手は寂しさを知っている人だった。
- 7 名前:寂しがり屋の大人と子供 投稿日:2006/06/21(水) 20:15
-
亀井が服に脱がそうと手をかけようとしていた。二人とも変わらず冷静だった。
とてもそういう行為をしているような表情ではなく、暇な時間にぼーっとしているようだった。
藤本は天井を見ながら言った。
「本当は抱きたいんじゃなくて抱かれたいんでしょ?絵里」
反撃とばかりに見透かした。思惑通りに亀井がはっとしたように藤本を見る。
その反応に勝ち誇った笑みを浮かべる。これで互角になった。
「図星?」
動揺は一秒足らず、しかし充分だ。
してしまったものは仕方ないと観念するように亀井は言う。
「だったら?抱いてくれるんですか」
笑う藤本を睨むも効果はない。強い口調で言ってもまた、効果はない。
強い口調は藤本の専売特許だ。
「ううん、美貴からはしないよ。美貴はれいなじゃないから」
亀井は何か言いたくて、けれど何も言う言葉が見つからなくて黙った。
何か言ったところで墓穴を掘るだけだ。
しかし何も言わなくても結果は変わらない。
「まだ好きなんでしょ。本当にする気なんてあったの?」
黙ったのをいいことに一気に攻め立てる。
押さえ込まれていたって関係はない。共有するものがあるから弱いところがわかる。
そして違う部分があるから見えてくるものもある。
「抱かれたって満たされるわけないじゃん。れいなじゃなきゃだめなくせに」
藤本はあきらめてしまっていた。亀井は切りきれなかった。
その差は大きかった。
藤本は誰でも埋められないが、亀井は田中が埋めることができる、田中しか埋められない。
逃げることにも本気になれない亀井はそれだけ田中が好きだった。
逃げることをしない藤本もまた誰かを大切に思っていた。代替品は存在しない。
- 8 名前:寂しがり屋の大人と子供 投稿日:2006/06/21(水) 20:15
- まくし立てるのをやめてたっぷり間を空けて、嫌がらせのように飛び切り優しく笑った。
「絵里、好きだよ」
愛の微塵もない言葉はあまりにも完全な嘘で、言った人物を履き違えてしまいそうなほど。
顔も性格も声もイントネーションも何一つ似ていないのに一番大切な人を思い浮かばせる。
わざわざ呼び方まで変えて一つの台詞を言い切った藤本に亀井の涙が降る。
「ず、るい」
「ずるいことなんてないんじゃなかったっけ」
伝う水の軌跡を指でなぞり藤本は亀井の涙を拭いた。
ずるいことが存在するなら今こうしているのもずるいうちにはいるのだと藤本は知っていてやっている。
あーあ、とほとんど自由になっている上体を力ずくで起こす。
亀井はそれを防ごうとはしなかったが動こうともせず、太腿の辺りに馬乗りになったままだった。
そのままだと痛いから藤本は太腿の間に隙間を作り亀井をそこに体勢を変えさせて落とした。
しばらくそのまま藤本は亀井の涙を拭き続けていた。
- 9 名前:寂しがり屋の大人と子供 投稿日:2006/06/21(水) 20:16
- 「なんか美貴が悪いみたいじゃん」
涙を拭くのに飽きたのか手を離して座ったまま亀井を抱きしめた。
そしてやさしく頭を撫でて髪を梳いた。
体格的には小さいほうが抱きしめているのでなんとなく間抜けである。
「もう泣きやんでよ」
「泣きやみますよ」
鼻声の台詞はおかしくて藤本はくすくす笑った。
「そろそろ帰んないと局の人に怒られるから」
体は離れた。心は最初から近くない。
藤本が先に立ち、亀井を立ち上がらせる。
近くに落ちていた荷物から携帯を引き出して時間を見ると結構経っていた。
「帰ろ」
藤本が亀井に言う。一緒にと言っても入り口までなのだが。
亀井は頷いて荷物を取り藤本の隣まで来る。
黙って藤本は自分の帽子を亀井にかぶせた。亀井の目はまだ赤い。
楽屋のドアを開けてから迷路のようなテレビ局の中を黙って二人で移動する。
片方は怖いといわれる素の顔で、片方は俯いて。なかなか異様な光景だった。
最後のドアの前で藤本は横で歩く人に言った。
「素直に仲直りしたほうがいいよ、両想いなんだから」
亀井は素直に頷いた。この様子なら大丈夫だろうと感じた。
じゃあね、と藤本が言うと亀井はじゃあ、と返した。
あんなことがあったのに距離感は変わらない。
近づかない遠ざからない一定の距離。相手を観察する一番の距離。
数週間後亀井は笑顔で戻りましたと藤本に言った。
藤本はほっとしようによかったねと返した。
何事もなかったように振舞うわけでなく自然とそうなった。
これからいつもの仕事が始まる。日常は変わらない。
- 10 名前:白 投稿日:2006/06/21(水) 20:17
- 1レス目に書き忘れてましたが更新は不定期です。
世にも珍しい藤亀からスタートでしたw
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/22(木) 00:29
- いい!面白い!!
美貴さんカッコイイ!
だけど切ない・・・
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/25(日) 19:25
- とても面白かったです。
おかげさまで藤亀が好きになりました。
続きが気になる…楽しみに待っています!
- 13 名前:白 投稿日:2006/06/29(木) 22:52
- >>11
ありがとうございます。うちの藤本さんは背中で語るタイプです、多分。
>>12
有難うございます。妙な関係を気に入っていただけたなら嬉しいです。
予定より早いですが時事ネタなので更新しちゃいます。
また藤亀です。
- 14 名前:性悪と酒飲み 投稿日:2006/06/29(木) 22:53
- こんこん、とドアを叩く音に仕方なく美貴はドアを開けた。その振る舞いで面倒だということがはっきりわかる。
気だるい部屋の空気は開いた隙間からわずかに逃げた。
「はい」
返事をしながら誰か確かめずに開けた。
こんな不用心が許されるのはこのホテルに顔見知りしか泊まっていないからだ。
「こんにちは〜亀造です」
もう夜だというのに的外れな挨拶とテレビ用の笑顔。
藤本はいつもの突っ込みすらせず握っていたドアノブを引きドアを閉めた。
睨むでもなく呆れた表情で。
「あ、ちょっ!藤本さん!」
慌てた亀井はうるさくならない程度に閉じられたドアを叩く。
廊下に他に人がいないのは幸いだった。傍から見たら相当間抜けな図である。
必死な亀井に冷めた声で藤本は返事をする。
「何」
普通なら怖がりそうなものだが全く怖気ずくことなく、ようやく返事をしてくれたことに喜んでいた。
「ちょっと話があるんですけど、とりあえず入れてくれません?」
再びドアが開くが藤本は少し苛立っているようだった。
するりと猫のように亀井は部屋に入る、そして瞬間顔をしかめた。
- 15 名前:性悪と酒飲み 投稿日:2006/06/29(木) 22:53
-
「お酒臭いですね」
非難交じりの声にも藤本は無関心だった。
少々乱暴目にドアは閉められ外界からこの部屋は隔離された。
すたすたと藤本は熱がまだ残っているさっき座っていたイスに腰掛け、
テーブルの際に置かれている酒を煽った。
そばに立てられている缶は空。
本数は酒を良く知らない亀井から見ても多いと感じるくらい。
「明日も仕事ですよ」
今度は亀井が呆れ気味だった。
「いいのいいの」
どうやら最後の一口だったらしい。
思い切り缶を傾けて飲み干したあと、確かめるように左右に振った。
「何酒ですか?」
「何酒って、何」
「祝い酒とかー、やけ酒とかー」
ああ、と納得しながら缶をはじいて倒して遊ぶ。
珍しく、子供みたいなしぐさだった。
「祝いだよ祝い、ほら、GAMの」
藤本はかん、かん、と徐々に倒されていく缶だけ見ていた。
最後まで倒してまた立て直す。意味のない行為だった。
亀井は勝手にそばのベッドに座る。スプリングですこし体が跳ねた。
二人とも面白くも楽しくも悲しくも寂しくもないかのようにあまり表情はなかった。
- 16 名前:性悪と酒飲み 投稿日:2006/06/29(木) 22:54
-
「その酒だけですか」
亀井は足をぶらぶらと揺らした足を見ていた。これもまた意味のない行為だった。
「他に何があると思ったの」
視線が缶から一秒離れ亀井に向く。その視線に気づきながら平気で無視した。
「お二人の卒業とか、特に紺野さんの」
一瞬、ほんの一瞬、垣間見える藤本の素顔を見えはしなかったけれど確かに亀井は感じて理解していた。
逃げる視線は缶に戻った。今度は倒さなかった。
「寂しいけど、ね、紺ちゃんはガッタスでも一緒だったし、
カントリーでも一緒だったし、でももう仕方ないから」
仕方ない、という言葉が嫌に響く。大人の事情というものが少し現実味を帯びてしまう。
彼女の意思でここを去ると信じていたいのに、不純物が浮き上がって完璧にできない。
「大丈夫だよ」
ようやく笑ったが亀井がどうしてその表情を信じられるだろうか。
理解できてしまえる人間同士なのに。
けれどあえて詰問はしなかった。そうですか、とだけ言って足を止めた。
「んで、話って何」
頬杖を着いて亀井のほうを向いて尋ねる藤本に真剣な顔を作る。
少し藤本も驚いたようで気圧されていた。
「実はですね」
一度息を吸う時間だけ間が空いた。
- 17 名前:性悪と酒飲み 投稿日:2006/06/29(木) 22:54
-
「ないんですよ」
「殴るぞ」
拳を握って亀井を睨む。でへへと笑って済まそうとするから
藤本は手元のティッシュを箱ごと投げつけた。
いた、と間抜けな声がした。
「話はないんですけど、話したいんです」
ティッシュがぶつかろうとも笑っているのをみて溜息をつく。
「わけわかんない」
「あたしもわかんないです、」
言葉につまり短い沈黙が出来た。視線が交じっている。
笑顔に浮かぶ三日月が猫を連想させた。誰かより猫らしい。
沈黙に耐えかねたのか、藤本が話し出そうとしないことに飽きたのか定かではないが
亀井はくす、と笑って藤本から会話の順番を奪った。
「よかったですね、GAM」
「まあね、久しぶりに二人でできるのは嬉しいよ」
そういうと亀井があまりにもじっと急に見つめるものだから気にならざるを得なかった。
何、と何度目かの同じ台詞で同じ口調で尋ねる。
「まだ、好きですか?」
- 18 名前:性悪と酒飲み 投稿日:2006/06/29(木) 22:55
-
何を、と聞くほど野暮じゃない。野暮なふりをする必要もない。
あの楽屋での出来事を笑ってしまいは出来ても忘れるほど時間は経っていない。
見透かされて反応したせいで気づかれた本当。
今更隠す必要もない。
もうすぐ仕事としての相方になる彼女を藤本は依然として好きだった。
「うん」
叶わないと痛いほど知っていても。彼女が違う誰かを好きなまま接しようとも。
「苦しいですね」
「ちょっとはね、でも大丈夫」
余裕といわんばかりに手をひらひらさせた。
ふらふらと酔っているのがわかる笑みを浮かべた。
藤本に対して、特に二人だけのときは亀井は意地悪だった。
いや、意地悪するために二人になった。
「嘘つきですね」
わずかに嘲るように鼻を鳴らした。
酔っているせいか藤本の頭に血が上るのはいつもより早かった。
それでも怒りを抑えた声で亀井にぶつかる。
「何が」
「ちょっとどころじゃないですよね、すごく苦しいんでしょ?そんなにお酒飲まなきゃならないくらい」
ちらりと見られた缶はいたたまれなくなるものの黙って立っているしかできない。
ぴりぴりした空気には馴染まない外装。
「違」
藤本はテーブルを叩いた。かたかたと缶は同調して揺れる。
「紺野さんだっていなくなるんですよ、もう誰も支えてくれない」
苛立ちは頂点に達する。亀井に自分が見透かされる痛みと怒りは二度目だ。
しかも触れられたくないところにピンポイントに狙ってくる。
乱暴に立ち上がって最大級の怒りをそのまま睨むことでぶつけようとした。
本気で怒っているときほど藤本は手を出さない。
たとえ今手元にティッシュがあっても投げなかっただろう。
- 19 名前:性悪と酒飲み 投稿日:2006/06/29(木) 22:55
-
押しつぶされそうな不安は確かだった。
そばに居られる大きな喜びの裏に、そばに居るという苦しみがあるのも確かだった。
近くなければ意識せずにすむ。近ければいやでも意識しなければならない。
それも、親友のふりをして。
今から考えるだけでも嬉しく、同時に苦しく、そのジレンマから逃げるように酒を浴びていた。
相談できる大切な友達も卒業してそばからいなくなる。
それが更に苦しく余計酒を飲まなきゃいけない原因となった。
「だから、何」
冷たい視線の中に熱い怒りが含まれている。亀井は平気で受け止める。
「だからなんだって言うのさ、どうにもならないじゃない」
語尾が強く荒くなる。歯を食いしばり、拳を握りながら亀井を通して自分の弱みと向き合っていた。
堪えなければならないことだ、仕方ないことだ、誤魔化そうとした。
それでも残る不純物。全て否定できたらいいのにという願望。
挟まれて失いかける正気。感じてしまう痛み。
「お酒に逃げないでください、わかることくらいならあたしだってできるんですから」
ゆっくりとした動作で亀井は立ち上がった。そして歩み寄る。
- 20 名前:性悪と酒飲み 投稿日:2006/06/29(木) 22:55
-
「ちょっとくらい寄りかかってください」
腹が立って憎くなるくらい優しい声と優しい顔で囁かれた。
意地は張りたくなるものの、藤本の爆発しそうな怒りは沈静化された。
背中にある色々な苦痛がわずかに落ちて鋭く尖る感情が丸くなる。
いくらか藤本の表情がやわらかくなったのを見て亀井はほんのりほっとした。
嫌がらないだろうことを予想して藤本を抱きしめて距離を縮める。
そしてその通り藤本は拒否しなかった。ただ素直ではなかったけれど。
「れいなにばれたらどうすんの」
「浮気じゃないですからいいんです、あたしの気持ちが藤本さんに浮くと思ってるんですか」
「ムカつく。最近いちゃいちゃしすぎなんだよお前ら」
憎まれ口の応酬をしながらも離れることはなかった。
藤本は浮かんでくる涙を堪えようと必死で、亀井はたとえ流しても何も言わないと決めていた。
それがお互いあるべき姿だと感覚でわかっているから自然と成立する。
「借りたままはいやなんで返させてください」
そんなこと大して思っていない。適当な理由付け。
それでもないとまた苦しいだろうから、亀井はそうする。
「まあ返されても嬉しくないけど、受け取っておいたげるよ」
藤本もわかっていて強気を見せる。素直になるのはあまり得意ではない。
鼻をすするのは悔しいけれど垂らしたままなのはみっともないから仕方なくすすることにした。
すると亀井は離れてさっき投げつけられたティッシュを拾って藤本に渡した。
「どうも」
「どういたしまして」
- 21 名前:性悪と酒飲み 投稿日:2006/06/29(木) 22:56
-
何もおかしくはないのに何かおかしくてたまらなかった。
くっ、とどちらかが先に漏らすとつられて片方が笑った。
それにつられてまた笑った。二人とも笑う不思議な現象。
しばらく笑ってから藤本は亀って変だよね、と面と向かって言った。
「そりゃ変ですけど、藤本さんに言われたくないですよ」
「美貴そんなに変じゃないから」
陰に隠れているゴミ箱に丸めたティッシュを放った。
空き缶は放置されるも少しほっとしているようでもあった。
藤本はわざと溜息をつく。演じきれずに笑いを含みながら。
「亀と部屋にふたりっきりなんて最悪」
「誰ならいいんですか」
悪ふざけには最後まで付き合うべきだから、亀井もちょっと笑いながら返す。
「亜弥ちゃん」
「我慢してくださいよ」
今日の眠りは穏やかであろう。
くだらない冗談で時間は進み夜は更けゆく。
終わり
- 22 名前:白 投稿日:2006/06/29(木) 22:58
- 前回から続いてます。目には目を、歯には歯を。
次回更新は田亀です。
- 23 名前:konkon 投稿日:2006/06/30(金) 00:27
- なんかいいですね〜
年下に慰められるミキティもキャワです
- 24 名前:孤独なカウボーイ 投稿日:2006/07/16(日) 16:05
-
前スレから読ませて頂いております。
これからも更新がんがってください。
お待ちしております。
- 25 名前:白 投稿日:2006/07/23(日) 00:30
- >>23
弱いみきたんキャワワ(*´Д`)ですよねw
>>24
全スレからなんてありがたき幸せ。マターリペースですががんがります。
ノノ*^ー^)<うへへ
宣言通り田亀ですよ。半分だけ更新します。
- 26 名前:Face it! 投稿日:2006/07/23(日) 00:30
-
部活がある人はそそくさと各自散らばっていき、
ない人も暇をもてあまして下校途中に遊びに繰り出す。
あたしはというとどちらでもなく上手くがらんどうになった教室でノートと宿題を広げる。
一人じゃない、二人。
窓際でありながら唯一陽の当たらない席にはあたし、
その前には恋人を待つ絵里が廊下側を向いて座っている。
あたしとは絵里もその恋人とも学年が違うのにここで絵里が待っているのは
恋人の部活動がこの階の別棟で行われているから。
そして待つ間絵里が暇だから、あたしは絵里に勉強の質問をしたいから。
上手い具合にそれぞれの需要と供給が一致して、日に日に日常となった。
あたしが絵里と恋人が帰った15分後に教室を出るのも日常。
絵里に隠している、絵里と少しの時間でも一緒にいたいという
あたしのひっそりとした需要も毎日上手く供給されていた。
少し閉められているカーテンが暖かみを含んだ風に揺れて絵里を隠そうとする、
けれど絵里は嫌がってカーテンを元の位置に戻した。
風が空気と混ざり合う境目で香水ではない甘い香りがした。
あたしは知らないふりでシャーペンを動かしたり止めたりを繰り返す。
もういちいち心臓が速くなったりしない。あまってしまうくらい通常のことだからだ。
- 27 名前:Face it! 投稿日:2006/07/23(日) 00:31
-
幼馴染の壁は高いといつからか痛感するようになった。
当たり前に存在するせいで恋愛対象にはなかなか結びつかない。
良い面も悪い面も見えすぎてしまっていて見る必要もない。
精一杯の変化も何度も見たら特別な感想ももてない。
隣にいすぎたせいで向かわなくなった。そのことに気づいているのはあたしだけだろうと思う。
事実彼女は向かい合える相手と付き合っている。
というより、隣にいるのは彼女の家族と、あたしくらいなもんだ。
そのほかならいくらでも向き合えるだろう。
あたしが向かい合える可能性は限りなく低い。
- 28 名前:Face it! 投稿日:2006/07/23(日) 00:31
-
彼女はあたしのプリントを時々じっと覗いたり、自分の宿題に手をつけたり、
窓の外を眺めたり、本を読んだり携帯をいじったりとせわしなく動く。
けれどそれにも慣れているからあたしは黙って自分の宿題を進める。
今日は割りと簡単目なのかさらさら解ける。質問することもないから二人とも静かだった。
沈黙に気まずさはなく、遠慮もない。
絵里はそこにいるだけの役割を果たしている。
あたしもここにいるだけの役割を果たしている。
過不足のない二人、電子が一つ多いか少ないか、
そんな感じだと思うのは今化学を解いているからかとばかばかしい考えに表情に出さずに笑った。
窓が開いているせいでやけに爽やかな空気が充満して
時計の秒針の音は嫌われないですんでいた。
時が止まればいいとは思ったことがない。速く過ぎろとも思ったことがない。
前の席に絵里が座っている事実だけ認証していた。
こんな風に思うのは充実しているからではないけれど原因は全く不明。
考える必要もない。時計を見るともうすぐ先輩が来る時間だった。
- 29 名前:Face it! 投稿日:2006/07/23(日) 00:32
-
いつもの時間の約三分前だった長針は気がつけばぐるりと半回転していた。
多少遅くなることはあったが今日ほど遅くなった日は記憶になかった。
あたしはそわそわするのに絵里はなんともないという顔をしていた。
開いている窓から入る風は涼しさを含み、それどころか少し肌寒く感じた。
「先輩来ないね」
教室の丸い時計を見上げて言う。
学校の時計というのはどうしてどこも同じなんだろう。
本を読むことに熱中し始めていた絵里はのんきな口調でこう言った。
「んー?今日部活ないからもう帰ってるよ」
意外な事実にあたしはかなり驚いた。
「何それ。早く言ってよ。」
「言わなかった?」
「言ってない」
ようやっと顔を上げたと思ったら真面目な空気なんて微塵も感じさせない、
言ってしまえば間抜けな表情。
「一緒に帰れば良かったのに」
溜息混じり。思わず頭を抱えそうになる。
「だって」
むーと唇を突き出してむくれた。元々アヒル口であるから本当に嘴のようだった。
そのしぐさはとても子供じみていて、昔の絵里を思い出した。
- 30 名前:Face it! 投稿日:2006/07/23(日) 00:32
-
絵里の髪が長かったあのとき、好きな人ができたと相談されたのを覚えている。
そしてあたしはそこで初めて恋を自覚した。
同時に愚かな自分に苦笑し、急に失くしてしまった大きさに戸惑った。
あの日あたしはどんな顔をしていたのか分からない。
咄嗟なあまり変な表情になっていたと思う。
絵里は確かに不安そうな顔をした。あたしはできる限り明るく相談に乗った。
そうしたら安心したみたいで少しずつ言葉を漏らした。
漏れる言葉にわずかな電流のようなものが含まれていて、あたしの頭の奥は徐々に痺れて麻痺した。
遠いな。
うっすらと、けれど消せないことを霞む頭で感じた。
絵里は正直なところなかなか美人で、ちょっと勇気を出して告白なんてしてしまえば
絵里が心配するよりあっさり上手くいってしまう。
あたしの世界なんて典型的で、絵里の一挙一動でゆらゆら動く。
そんなこと絵里は気づいていない。気づくはずが、ない。
結局絵里はその人と付き合うようになった。
- 31 名前:Face it! 投稿日:2006/07/23(日) 00:33
-
「たまにはれいなと二人で帰りたかったんだもん。」
目眩がするほど甘い言葉のように感じられる。勘違いを起こしそうだ。
できるだけ平常を保とうとしていた心臓が大きな音を立てる。
悟られないように机に散らばるペンやノートを片付け始めた。
「はいはい。」
呆れた表情を作って下を向く。筆入れにペンを入れようとしたあたしの指を絵里が掴んだ。
「れいなほっそいよねえ、しかもちっちゃい。」
ぷにぷにとあたしの指を押して楽しんでいる。
冷たいあたしの手に少し熱い絵里の手。小さな手に大きめの手。
絵里は楽しそうにあたしの手を握った。
耳が赤く熱くなるのがわかる。
からかう気も悪意もない、純粋に絵里は楽しんでいるようだった。
そのうち顔を上げてあたしの顔を見た。目線はあたしの目ではなく、当然耳。
「赤いよ。」
指から手を離したと思えば次は耳に移る。
どちらも同じくらいの熱で、触れられている感覚だけ確かだった。
顔を緩ませて絵里は笑う。そのやわらかさにどうしても戸惑った。
そんな顔で笑わないでと懇願したくなるような妙な罪悪感をくすぐる笑顔。
それでも、それだから、あたしは絵里を好きなままなのだ。
捕らえられたまま離れられない。あたしの弱さと絵里の引力。
「れいなは、可愛いなあ。」
あたしの心を食べていく笑顔で絵里はのらりくらりと言った。
動揺を抑えようと動揺して、ふらふらした思考で辛うじて椅子に座っていた。
静かにじっと絵里はあたしの泳ぐ目を見ている。
シャーペン、オレンジ、深いブルーのペンがそれぞれ一本。
赤ペンと消しゴムがないのはさっきしまったから。
指にはまだ感触が残っている。耳にはまだ指が触れている。
- 32 名前:Face it! 投稿日:2006/07/23(日) 00:33
-
思考力を欠く高熱がその間ずっとひかない。こんなに慣れた人なのに緊張している。
耳に意識はいくのに感触がいまいちつかめない。
耳に触れている手に目が行っていたら、気がついたら絵里の顔が間近にあった。
距離は抵抗する暇もなく詰められて知らないうちに0になっていた。
触れているのは唇同士。
あたしはそのまま人形に変えられてしまったみたいにそのまま固まった。
3秒に少し足らなかったくらいの時間で絵里は耳に触れたまま離れた。
全く動いてくれない頭で唯一絵里の顔が苦しそうなのだけわかった。
なんでこんな表情なのかも行動の理由も意図もわからず点を繋ぐ糸がみつからない。
触れ合っていた時間の大体2倍の沈黙の後、あたしはやっと口を開いた。
「なんでキスしたの?」
頭はまだ混乱している。精一杯の質問だった。
絵里は答えなかった。知らないうちに耳から手は離れていた。
「恋人がいるのに?」
あたしを指していた視線は逃げて隣の机の脚を見た。
我慢する顔まで昔と変わらないんだなんて今更思う必要はないのに。
「好きで付き合ってる人がちゃんといるくせに、そんなこと」
あたしは絵里が好きだ。それは叶わないことなんだと知っていた。
それでも好きなのだとこの想いが消えるまで我慢すると諦めるしかなかった。
何もなかったら我慢なんて楽だっただろう、けれどこんなことがあったら、今まで以上に、痛い。
その痛みがじわじわと胸に広がって苛立った。
ぶつける先が絵里しかもうなかった。
拳を強く握る。視線から逃げようとしている絵里の顔を見た。
痛いのはあたしなのにどういてそんな泣きそうなのだろう。
違う痛みが変な所から胸を刺す。
「絵里のばか!」
悪者があたしみたいにすら思っていたたまれなくなって、荷物も放ったらかしで教室から飛び出した。
閉めたドアのなかに残された絵里の呟きなんて聞こえようがなかった。
- 33 名前:白 投稿日:2006/07/23(日) 00:34
- 今日はここまで。
ちゅらちゅらちゅら。
- 34 名前:白 投稿日:2006/07/23(日) 13:37
- 返レス間違えました○| ̄|_
>>25 全スレ→前スレ でした。すみません・・。
辻さんは捻挫ですか・・○| ̄|_
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/28(金) 15:54
- 更新お疲れ様です
めちゃめちゃじれったいです ぬあー
続き楽しみにしています
- 36 名前:白 投稿日:2006/08/02(水) 22:56
- >>35
一種の焦らしプレイです。
ストックがなかったとかそういうことではございません。
続きをお楽しみいただければ幸いです。
- 37 名前:Face it! 投稿日:2006/08/02(水) 22:57
-
家が半端に近いから家まで全力で走ろうとしたのに途中で力尽きた。
息を切らしてゆっくり歩いているとこんなことをした自分がバカらしく感じる。
置いてきた荷物の中に辛うじて携帯は入っていなかった。
制服のポケットからストラップを掴み引き抜いて携帯を開いてみるもメールも電話も届いた様子はなかった。
苛立って携帯に八つ当たりしながら閉じた。
何も連絡をよこさない絵里にも、何か連絡があるだろうという自分勝手な期待に対しても、苛立たずにはいられなかった。
ふう、と一つ溜息をついて歩く帰り道。
一人なんて最近慣れていたはずなのに少し泣きたくなる。
じわりと視界が歪むと急に絵里の顔が頭をよぎった。
何かを堪えて泣き出しそうな。そういえば絵里は言い訳すらしようとしなかった。
されたほうがまだ気が楽だったかされなくてよかったのかはわからない。
泣きたいのはこっちだよと、心の中で映像だけぽっかり浮かぶ絵里に毒気づく。
- 38 名前:Face it! 投稿日:2006/08/02(水) 22:57
-
何もなく終わるまで待っていたかった。本当に心から望んでいた。
ただの幼馴染、それでよかった。
何の期待もなくいつか諦めて恋愛感情が消えてくれればいいと思っていた。
振り向くことなんてありえない。けれど隣に居る事を認識してくれているなら、それで幸せだ。
その場所に居る限りは恋愛感情を表すことをされることはない。
キスをされることなんかない。彼女の正面か隣かの明白な差。
あたしはその場所に甘んじようと思っていた、のに。
あんまりに唐突で感触なんて覚えていない。
同じように事実もなかったことにしてしまえたら楽なのかもしれないけれど
最低でもこの恋が終わるまでできそうになかった。
- 39 名前:Face it! 投稿日:2006/08/02(水) 22:58
-
自分の部屋に入るなりベッドにダイブした。仰向けになりたくない気分だった。
目を閉じても閉じなくても教室で起こった事を思い出してしまう。
逃げ出そうとしても相手は自分なのだから逃げ切れるはずもない。
一秒も途切れずに繰り返される映像、感情。
絵里の顔、指、散らばったペン、迫る距離、それから、それから、痛みを堪えている絵里。
頭を横切った途端あたしの心臓の近くがずき、と痛んだ。
自分の腕が末端に行くにつれて力を入れにくくなる。
体に上手く入らないし、入れたくない。
脱力してもう一度繰り返す。正しくは繰り返される。どんなに痛みが伴ったって止まらない。
自然と目の中に涙がたまって布に吸い込まれるように落ちていった。
だんだん回を重ねるごとに最後の表情を思い出す時間が長くなっていった。
からかっているのならそんな表情はしないはずだった。
絵里は何を痛がっていたのだろう。何を堪えていたのだろう。
加害者の罪の意識、とは考えにくい。恋人に悪いと思うならあたしの前でそんな表情にはならない。
眠気で朦朧とする意識で絵里の顔を焼き付けながら目を閉じた。
目が覚める頃には忘れてしまえればいいと思う、がきっと無理だろう。
- 40 名前:Face it! 投稿日:2006/08/02(水) 22:58
-
こんこん、というドアを叩く音で目が覚めた。泣いたせいで目が重たい。
どのくらい眠っていたかわからないけれど夢すら見ず目覚めも良かったからあまり長くないと思う。
母親ならノックのすぐ後に入ってくるのに今日は入ってくる気配がない。
携帯で時間を確認しながらいいよ、と言うと控えめにドアが開いた。
着信とメールのお知らせをまだ気にしている自分を見ないふりをした。
開けたのは絵里で手にはあたしのカバンがあった。
意表をつかれて腫れぼったい目が丸くなる。
絵里は無言で中に入りドアを閉めた。あたしも無言でそれを許可した。
ずい、と差し出されたカバンをありがと、と無愛想に言って受け取った。
さっきまで腹が立っていたはずなのにいざ目の前に立たれると怒る気も失せていた。
黙って立っている絵里を見上げる。
絵里は小さい頃は人見知りで割りと暗い性格で俯いてることが多かった。
あの頃の空気を漂わせながら絵里はあたしの目の前に立っている。
弱い絵里を懐かしく思った。
「話があるなら座って」
叱られる子供みたいに素直に座った。視線が宙をさまよっている。
あたしから何か話す気はなかった。だからじっと絵里の声を待った。
困ったように組んだ指を忙しく動かしながら悩んでいたのを見て、長くなるだろうと思った。
あたしはなるべく動かないように絵里だけを見ていた。
溜息を一度、二度、三度、時折眉間にしわを寄せて右から左に、左から右に顔の方向が変わる。
険しく考えているようにも泣きそうにも取れる。
苦しさが伝わるのに、何に苦しんでいるのかは見当をつけられないでいた。
四度目の溜息をついて決心がついたのか、話すことが決まったのか、重たい口を開いた。
「れいなには、言ってなかったんだけど、」
唇が震えている。そこから出る声もかたかたと震えていた。
いつもより絵里が小さく感じた。確かに怖がっていた。
あたしを怖がっているような気がして少し悲しかった。
五度目の溜息はさっきよりほんのわずかに長く、重い。
- 41 名前:Face it! 投稿日:2006/08/02(水) 22:58
-
「あたし、別れてた、んだ。」
あたしは教室のときと同じく固まった。
ただ浮かんだ感情は違う。驚きは同じで、違うのは喜びでもなく悲しみでもない複雑な気持ち。
「な、んで?」
沈黙から絞り出された声は擦れてしまいそうだった。
動揺で再びぐるぐる回りだす頭に浮かぶのは絵里と先輩が帰る姿。
あの窓側の席から二人を見下ろしていた。毎日。
「ふられちゃったから。2週間くらい、前に。」
あたしは声を失っていった。目の前にある世界がわからなくなっていく。
2週間前、何の変哲もない日。ないと感じていた日。
あたしは変わらずあの席から見下ろしていたはずだ、そして今日まで。
「本当に好きな人と向き合いな、って言われちゃった。」
その言葉ががつんと頭を殴るように耳に響いた。
胸の痛みがなぜか今あたしに噛み付いた。
泣き出したくて仕方ないのはそのせいだ。
糸がつながりほどけていく。
「あたしが好きな人は最初から」
涙が大きく成長する。
「れいなだよ。」
重力に逆らえずきらりと光る粒となって落ちた。
ぎりりとした痛みはその牙を緩め、噛み付いているくせに穏やかになった。
- 42 名前:Face it! 投稿日:2006/08/02(水) 22:59
-
いつのまにか絵里はあたしと向き合っていた。
だからあたしも向き合わなければならない、逃げてはいけない。
臆病で二人とも逃げてきた、叶わないと諦めようとした。
いつだってすぐそばにきっかけも可能性も在ったのに。
「嘘ついてごめんなさい。」
顔を上げてあたしの方を向いた絵里の肩は震えて、涙が静かに頬を伝う。
「怖くて本当のこと言えなかった。
れいなは友達だと思ってるのに、言ったら、関係が壊れちゃうと思って。
苦しくて、誰かと付き合ったらそんなふうに思うこともなくなるって思ったのに、
全然そんなことなかった。逆に余計苦しくなっちゃった。」
隣という位置は安心する、代わりに向き合えなくさせていた。
お互い変化を怖がっていた。同じ想いを共有するのに。
あたしはあきらめて、絵里は違うほうへ離れようとした。
それでも心を残らせてしまうのは、強い未練。
「キスしてごめんなさい。できれば今日のことは忘れて?」
やっと動いた想いを一方的にさせてはいけない。今度はあたしが動く番だ。
痛々しく泣き笑う絵里に偽りない事実を、声に出して、届かせる。
「やだ。」
「うえ?」
絵里は困った顔で驚いた。
あたしはできるだけすばやく動いてその顔にぐんと近づく。
膝の上にある手に片手を乗せた。もう片方の手で伝った涙の跡を撫でた。
- 43 名前:Face it! 投稿日:2006/08/02(水) 22:59
-
「忘れたくない、せっかく絵里が想ってたこと言ってくれたのに、行動にしてくれたのに。」
額同士をつける、触れる。ベクトルは互いを指しきっと等しい。存在する熱を今度は確かに感じる。
距離は教室のときと同じなのに心は穏やかだった。そして優しい温度だった。
「絵里のこと、ずうっと好きだったよ。今ももちろん。」
あたしは乗せていた手に力を入れてきゅ、と握った。
「絵里とおんなじで言い出せなかった。怖かったし、絵里は先輩と付き合っちゃうし。」
俯こうとするのを頭で抑える。近距離過ぎて焦点が合わないことも構わない。
「ちゃんと言うべきだった、あたしの方こそごめんなさい。」
自然と謝罪の言葉が出てくる。自分でも驚くほど素直な気持ちで。
絵里は目を閉じて額を左右に振りながらあたしの額に押し付けた。
なんとなく泣き出しそうな気がして切なくなって押し返す。
絵里の手があたしの片手をすり抜けて両手でその手を包んだ。
「好き。」
愛しいものに大切に触れる。2度目のキスは覚えている。
甘い匂いや閉じた目の睫毛をこっそり盗み見て、その唇の柔らかさにどきどきした。
耳から顔が熱くなっていくのがわかる。
絵里が目を開くと薄く微笑んで耳に触れた。
「赤いよ」
そういう絵里の顔だって赤いくせに、と心の中に文句はしまっておいて
黙って触らせておくことにした。
あたしの隣にいつもいるのは、幼馴染、兼、恋人の絵里。
- 44 名前:白 投稿日:2006/08/02(水) 23:00
- ( ^▽^)<更新したよ!
次回更新は未定でつ。
- 45 名前:名無し1 投稿日:2006/08/15(火) 22:03
- 更新お疲れ様です!
人と人の触れ合った温かさが本当に伝わるようで、
なんだか心があったかくなりました(*/∇\*)
次回更新も楽しみにしています。
作者さんのペースづ頑張って下さい!!
- 46 名前:白 投稿日:2006/09/02(土) 00:50
- >>45
( `_´)<心が温まるのは良いことです。
夏もそろそろ終わりですがほかほかしつつ秋を迎えてください。
レスありがとうございます。
- 47 名前:雨の日の話 投稿日:2006/09/02(土) 00:51
-
わずかな窓の隙間から雨のにおいがしている。
じめじめとした空気の中に、雨が落ちる涼しげな音が聞こえる。
こんなときに窓が開いているのは絵里がそうしたいと言い出したからだった。
れいなは嫌がりながらも仕方なく低い位置にある窓を少しだけ開けた。
10センチ足らずの外の世界は灰暗く、空は見えないのに青い。
れいなは爽やかな空気も涼しい風もないことに一瞬顔をしかめた。
部屋の中に熱がこもっているのは人がいるからだと思っていたのに外も大して変わらない。
鼻をふんと鳴らすと後ろから絵里の腕が回ってきて細いれいなの胴を捕らえる。
暑いのはいやなくせにとても嫌がれなかった。というよりこの熱は嫌いじゃない。
「雨だねえ」
抱きすくめられていてれいなから顔は見えなかったが声が嬉しそうだったからきっと笑っているのだと思った。
それも、満足げに。
「やだな」
反対にれいなは不満げだった。外の景色を睨んでいる。
色々な人から恨みを買いながらもひるむことなく1時間前から同じ速度で空は水滴を落とす。
朝から天気は悪かったから傘を忘れる人は少ないだろうけれど、
傘を差して歩くのも水たまりを考慮して歩くのも面倒でどちらにしたって疎まれていることには変わりない。
雨は人を憂鬱にさせる。れいなも外には出ていなくても例外ではなかった。
湿った空気、更にこの季節では熱がこもってとても不快だ。
絵里が前のめりになって窓の外を見ようとしたから、前に座っているれいなは潰れかける。
「好きだけどなあ、雨」
あまり強くない声が部屋の中に広がる。雨の音はそのときだけ消えた。
れいなの嫌いな雨のにおいも絵里のにおいでかき消された。
「なんで」
振り向かないでれいなは尋ねた。
「なんでだろ、音、とか?なんか落ち着く」
説明できないやと最後に付け足して考えてるようだった。
好きなものを伝えるのは難しい。本質を捉えた表現というのはうまく出てこないし、
何が好きか、実はよくわかってないものが多い。
例えば恋愛の相手とかは典型的だ。
- 48 名前:雨の日の話 投稿日:2006/09/02(土) 00:52
-
絵里はいつの間にか考えるのをやめていたらしく、
ふふと鼻を鳴らしながら笑って回している腕に力を込める。
さっきよりも満足気に。
力は強くなるのに痛くはない。密着した部分から熱が伝わって、優しさが伝わったように感じられた。
右手だけ腹部から離れて、髪を梳いたり体の色々なところに触れたり手をつなごうとしたり動き回っていた。
れいなは妙に照れくさくなる。だがいやがらない。
うざったくすら感じられる手を嫌うどころか好きであるのは、悔しいことに相手をそれだけ好きだということだった。
れいなは意地っ張りだから言ってはやらないが。
右手を握る右手とうなじに押し付けられる額。
距離はゼロなのにまだ近づこうとするのは絵里がれいなを好きだから仕方がない。
れいながやっと動いて絵里の髪の毛に左手で触れた。
そして絵里のほうに少し顔を向けた。
絵里はちゃんと反応してれいなの顔を見る。距離はゼロじゃない、からゼロにしたくなる。
サーという雨音は確かに存在していた。静かなキスの間二人の耳に入り込もうとする。
閉じられた目はれいなが先に開いた。
「たしかに」
「ん?」
猫の目で絵里は問う。
「落ち着くかもね」
にやりとれいなは笑って、絵里もふにゃと笑った。
落ち着くのは雨のせいとは限らない、むしろ抱きかかえられているせいの方が可能性が大きい。
こうしている間、れいなは安心してしまって少し眠くなってしまう。
日ごろ知らぬ間にしている緊張は絵里がそばにいるとほどかれる。
れいなは体勢を変えようと腕の中でもぞもぞと動き始めた。
背中から抱きしめられていた体勢から、お互いが垂直になるように。
座りながら向き合うのは体に無理がかかる。話す形としてはこれがベストだった。
「でしょ?」
絵里の手はれいなの滑らかな頬に触れる。
人差し指と中指だけが存在を確かめるように輪郭をなぞる。
なぞった跡の一点に唇が接する。見えない線上から外れて別なところへもう一度。
その間目を閉じている絵里のまつげと周辺をれいなは眺めていた。
瞼を形作る線、もう一本二重を作る線、なだらかな球形の一部を光と影で感じる。
好きだ、とれいなは思う。においも外見も性格も癖も、触れる唇の熱ももちろん、そう思わせる魔力まで。
頬はもう全てキスで埋め尽くされた。絵里は顔を離した。
追うようにしてれいなは顔を近づけお返しに絵里の頬にちゅ、とやってやる。
- 49 名前:雨の日の話 投稿日:2006/09/02(土) 00:52
-
数えるのが面倒な回数に対して一回だけだったけれど絵里は嬉しそうな顔をした。
それからわざと足りないような顔を作って言う。
「それだけ?」
「今度ね」
目を見つめてこようとするかられいなは故意にずらす。
「今度って、今は?」
「さあ」
そっけなくするとアヒル口を更に尖らせてすねた。その唇が愛しい。
尖がっている頂点めがけて一瞬掠める程度。
感触は捕らえられなくても、もうわかりきっている。
罠みたいに捕らえられたら逃げ出せない。
それが恋の欲目であるのもれいなは知っている。
一秒足らずの接近では足りないと本気がわずかにうかがえる目線で絵里がれいなを見つめる。
本能的にれいなは本気で求められていることを察知する。
ごまかしはきかない、真摯な瞳に緊張し、その目に惹かれた。
外の世界の音はどこかに消えるか消えないか境界線をうろうろとしていた。
ゆらゆらと、誘われるように唇を寄せて瞼を落とす。音をさえぎり内の世界を作り上げる。
お互いふざける空気はなかった。
相手の存在をキスだけで確かめるなんてことは、愚かだが必要すぎることだった。
丁寧に、わかりきっているのに丹念に調べて、感じて、満たすために欲す。
時間なんかわからなくなる。飽きることなく永遠を終えられる気になる。
れいなの腹に触れていた手はこっそりと服の中に入っていた。
細く頬に負けないくらい滑らかな腹。撫でるたびに小さく反応し、あまりの滑らかさに更に撫で上げたくなる。
絵里が薄目を開けると顔を真っ赤にして目を閉じているれいなの顔が目の前にある。
危険なほどに可愛い、理性が焦げて消えてしまうんじゃないかと思った。
唇を離す。甘い溜息が双方から漏れる。
絵里は服に入れていないほうの手でれいなの頬を包んだ。
- 50 名前:雨の日の話 投稿日:2006/09/02(土) 00:52
-
「かわいいなあ、もう・・・」
「な、なん」
れいなは照れくさくて動揺した。赤い顔で視線を逸らされれば、誘われているような気にしかなれない。
逃がすかとばかりに絵里はれいなにキスをする。
さっきよりも深く、長く、絵里の舌はれいなの口内で動き回る。
弱いところに触れると呼吸が乱れるのがわかる。
わずかに漏れる声は頭の奥のほうにある機能をだんだん麻痺させて目の前にいる恋人に夢中にならせる。
全てが愛しかった。残さず食い尽くすように絵里は舐め、吸い上げる。
それでも熱は食らい尽くせなず、さらに追い求めて
腹部においてあった手は揺れ動きながら上に上がっていった。
絵里はどこが弱いかを知っている。より甘い声を求めて這いずるように的確にそこに触れる。
狙うとおりにれいなは絵里が触れるたびに甘ったるい息を漏らすが声は堪えているようだった。
それが余計に火を煽る。漏れる息すら惜しいと絵里は更に唇から求める。
れいなが酸素をほしがるのに与えてやらない。
理性が働かない頭では一緒に溺れてしまえばいいと思う。
指先が刺激を与えるだけ与えて、時々じらして、急に強い力を一瞬加える。
体がびくんと跳ねて腰が妖しく動く。その腰が欲しがってるのは唯一つ。
わかっているのにわざと手を下に動かさずに緩急をつけて、強弱をつけて、摘み、撫で、可愛がる。
感じている証拠を指先から感じ取ると絵里の体も熱くなる。
絵里が唇を離し顔を見るとれいなが薄目を開けて切なげに絵里を見ている。
顔は真っ赤で目もほんのり赤い、荒い息は熱を帯びている。
体自体が熱いのだと触れている手から直接感じる。
「え、り」
擦れた声で名を呼ぶ。世界で一番甘い声だと思う瞬間だ。
絵里の耳はぐんと熱を持つ。
「れいな」
絵里は離れた顔をもう一度引き寄せてれいなの唇をぺろりと舐めてから頬に優しくキスする。
「好き?」
「好き」
お互いがお互いを想う気持ちはまぎれもなく今確かだった。
幸せそうに笑いあう。距離はできるなら0がいい。
一つにはなれなくても限りなく近づくことは可能なのだ。そしてその世界には二人しかいない。
れいなから近づいて触れる。隙間からまた互いが行き来する。
止まっていた手は再び動き出し、少ししてから下に動いた。
下腹部をさすってから下を脱がせる。同時に床に横たわらせた。
れいなの中心に触れるとぬるりとした感触があった。
ふさがった口から息が詰まるのを聞く。腰がさっきよりも強く跳ねる。
れいなの手が彷徨って、見つけた絵里の首に絡みつくように腕がまわる。
最も敏感な箇所を撫でるとまた息がつまり、間をあけず往復させると次第に息とともに切なげな声が漏れる。
快感から逃げるように腰が引け、堪えきれず唇が離れる。
苦しそうに目を堅く閉じたれいなの表情を絵里は薄目で盗み見る。
息が荒いのはれいなだけではなかった。相手の快感を共感しそれ以上を求める。
引けた腰も、逃げた唇の中の舌も捕まえて抗えない刺激の中に沈めていく。
激しく指が動き、れいなの芯は熱くなり、声を抑えようにも自由を奪われた口ではできそうにない。
「・・っ・・・・ぁっ」
びくびくと体が感じるままに動いてはねて、それでもまだ体の奥が欲しいと蠢く。
絵里に要求するようにひくひくと誘うから、従って絵里は指をうずめる。
狭い中をゆっくり押し広げて進む。そこはどこよりも、熱い。
一つ、という概念に一番近づく。
- 51 名前:雨の日の話 投稿日:2006/09/02(土) 00:53
-
全て入りきると絵里は穏やかに中をかき混ぜる。
ぬるぬると密着していた箇所に空気が触れてくちゅ、と音を立てる。
れいなの小さな手が絵里の肩を掴む。
反応が激しくなり頭があまりに逃げるから絵里はキスするのを諦めた。
代わりに首筋に顔をうずめる。甘いにおいと汗のにおいが混ざる。
白くて細い首筋を食べるのを我慢する獣のようについばむ。
段々と中が更にきつくなってくる、が、指を増やして奥まで埋める。
最深部には届きそうで届かない。一度引いてからまた押し込む。
正直な反応が指からも耳からも伝わってくる。
喉の奥から搾り出されるような嬌声が、指を締め付けられることが、焦らすとかそんな考えを破壊する。
夢中で、けれど傷つけないように、深く、できるだけ繋がれるように、加速させる。
「えりっ・・・・・えりっ・・」
部屋には雨の音よりも二人の荒い息れいなが絵里を呼ぶ声が響く。
もっと感じて、と絵里は願うばかりだった。
シンクロしていた動きは限界が近づいたれいなからずれた。
追いつかない腰の動きが小さくなり、絵里は近い頂上を目指す。
奥に指が届くようになり、れいなの快感は強くなる。
脳のどこかが麻痺して意識を手放しそうになる。
それが絵里の手で、腕の中でなら、どうしようもないくらい幸せだった。
れいなの握る手の強さは最大になって、絵里の細長い指が最深部を突いたとき、
れいなは絵里に抱きついて頂上に達した。
- 52 名前:雨の日の話 投稿日:2006/09/02(土) 00:53
-
激しかった呼吸速度も徐々に穏やかになる。
一つの呼吸が溜息みたいに長く、れいなは眠りに落ちる直前の赤子のような表情を浮かべる。
絵里にはそれがどうにも愛しく感じられ頬に唇を落とす。
互いのお腹辺りの空気が密に熱を持って気持ちを高揚させる。
れいなが力なくあまりに幸せそうに笑うから絵里は抱きしめずにはいられない。
ぎゅう、としてからごろごろ転がる。
子猫の真似してじゃれあうのはとても楽しい。
さっきまで行っていた行為を思わせないくらい無邪気だった。
「たまには」
れいなの頬の赤さはひけていた。
「こういうのもいいね」
外に買い物に出たり、何か食べに行ったりするのもいいけれど。
「雨の日も悪くないでしょ?」
ふふん、と威張った風に絵里は言うが全然偉そうには見えない。
そんなことは言ってやらないけれどおかしくてれいなはこっそり笑った。
「たまにはね」
絵里の胴に細い腕を回して抱きついて甘えた。
絵里は髪を梳いてやる。れいなのにおいがふわりと漂う。
窓の隙間から外の景色が見える。雨足が弱まった感じはない。
きっと濡れないように走っている人や雨空を見上げて睨んでいる人がいるだろうけれど、二人には関係がなかった。
もうしばらく雨がやまなくても、やんでも世界は満ち足りている。
- 53 名前:白 投稿日:2006/09/02(土) 00:54
- ムラムラしてやった。今も反省していない。
す、すいませ・・・・○| ̄|_
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/02(土) 06:41
- こ、これは・・・
朝から良いものを読ませていただきました。ごちそうさまです。
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/02(土) 16:25
- 反省なんてする必要なし!
むしろ素敵すぎます
おかげさまで良い秋がむかえられそうです
- 56 名前:白 投稿日:2006/09/20(水) 00:54
- >>54
朝から少し濃かったと思われますがw
おいしく召し上がっていただけたようでうれしいです。
>>55
そんなこと言われると調子に乗ってしまいます。
台風に飛ばされないようよい秋を過ごしてください。
そんなこんなでこーーーーうしん!
- 57 名前:白 投稿日:2006/09/20(水) 00:54
-
最初に彼女を見たのはいつだったか、確か去年の夏休みに入る直前だったか、
全校生徒が一度に集まってぐだぐだと先生方の長い話を聞いた後だった。
上の学年から自分たちのクラスに帰っていく。
列は乱れてだらだらと話しながら歩いていき、それをあたしは早くしろよと睨みながら待っていた。
あたしの周囲も待ちながらどうだっていい話に盛り上がっていた。
その日は仲のいいさゆが集会の直前にトイレに行ったせいでそばにおらず
適当に大して仲の良くない人たちと話しかけられれば話すくらいしかしていなかった。
ドアにのろのろ吸い込まれていく上級生達を見ていた。
その中に彼女を見た。
彼女の隣に友達だろう人が彼女と話しているのに彼女しか目に入らない。
それは単に彼女が可愛いとかではなくて、ただ、言葉に表せられないようなものであたしを引きつけていた。
いや、惹きつけていた。ドアに消えた横顔の残像をあたしは自分の前の人が歩き始めるまで眺めていた。
それが始まりであたしは彼女を探すようになる。
名前も知らない、学年は一つ上、クラスはわからない。
集会だけでなく時々移動教室で何人かで歩いていくのを見たり、外で行う体育で走っているのを見たり、
朝は登校時刻の17分前くらいに来るのを知ってあたしはこっそりそれよりほんの少しだけ遅く来るようにしている。
ストーカーのようだと自分で思うけれどそれだけ彼女は気になる存在だった。
顔や見た目のことだったならこんなことはしない。
周りから浮いているような空気があると最近では思う。
同じ場所に立っているのに、違う遠い世界に居るような違和感。
それがきっと気になるのだろう。
彼女の見た目に一目ぼれして告白するような人たちとは違うだろうなと自覚していた。
というのも今の学年になってから掃除の特別区域が変わって、彼女の在籍する一つ上の階の担当となった。
じゃんけんに負けるとゴミを下まで捨てに行かなければならず、
いつもなら勝つのにその日は一回で負けてしまった。
悔しがりながらも袋を持って一番奥の人通りの少ない階段を通った。
一階分軽やかに降りたとき、目の端に人影が映る。
その空気の緊張にあまり凝視できなかったが、彼女と同学年の見知らぬ人だった。
おそらく彼女に告白しているのだろうなと思った。
最下階まで下ってゴミ袋を所定の位置に置いた。
上が気になってわざと時間を空けてから階段を登る。
走って行きたいような、じっくり見たいような、半々の気持ちで普通の速さで登った。
そこには彼女だけが残っていた。相手には失礼だが安心した。
そんなことが何度か、というには多すぎるほどあった。
だからあたしはわざとゴミを捨てに行くようになった。
予想通りあたしはその光景を見ることになって、その結果を大体知れた。
彼女はあたしの知る限り結局全員の告白を断った。
- 58 名前:白 投稿日:2006/09/20(水) 00:55
-
だるく日々が過ぎていくある日、あたしは彼女を見つけて目で追っていた。
「何見てるの」
さゆはあたしの視線をたどった。鏡から目を離すなんて珍しい。
一度しっかり見てから誰を見ているのかわかったのか、ああと呟いた。
「さゆ、しっとうの?」
「亀井先輩でしょ?真ん中の。」
「うん、亀井って言うんだ。」
さゆは目を離して鏡を見ていたけれどあたしは彼女が見えなくなるまで見ていた。
初めて名前を知った。
「うちの学校じゃかなりもてるって有名だよ、聞いたことないの?」
「なか。可愛い人だね。」
「さゆのほうが可愛いの」
「あーはいはい」
流すのも流されるのも慣れたことでさゆは鏡を熱心に見ている。
「そういえば、」
「ん?」
「付き合ってる人いないんだって。もてるのに。」
「そうなん?」
あんなに告白されているのに付き合わないのは、他に付き合っている人がいるからかと思っていたが
どうやらそうではないらしい。さゆの情報網はかなり正確だというのは長年の付き合いでわかっている。
それをどこから仕入れてくるのかは知らないけれど。
誰とも付き合わないのだろうか、そんなことに興味ないのだろうか。
気になることが一つ増えた。
- 59 名前:白 投稿日:2006/09/20(水) 00:56
-
彼女と話す機会はなく、けれど告白の場面に何度も立ち会っていた。
彼女はあたしを知っているだろうか。
普通ならいい加減顔くらいわかっているだろうけど
彼女がどんな人かは全く知らないからもしかしたら知らないのかもしれない。
そんなことを思いながら階段をゆっくり登る。今日は来る途中誰も居なかった。
告白を見るのは嫌だが彼女を見れないのは寂しい。
そんな事を考えながら彼女の生活している階を見上げた。
何段か歩くと居ないはずの彼女が一人で壁にもたれていた。
呆けているような、何も考えていないような表情。
あたしが視界に入ったらしく、登るあたしのほうを見た。
そして、微笑んだ。
突然のことに反応もできないで、きっとあたしの顔は固まっていただろう。足は動いているのに。
黙って無愛想に上に行く年下を見てどう思っただろう。
そんなことも思えないくらいにあたしはあの笑顔に心を奪われていた。
その日からどういうわけか彼女はあたしに微笑むようになった。
挨拶は交わさない、名前は知らない、関わりなんてほとんどないのに。
何度も彼女があたしにそうするから、やはりあたしにしているのだろうと確信して、あたしも会釈くらいはするようになった。
あたしはどうしても彼女を目で追ってしまい、それに気がついた彼女は笑って返す。
その瞬間だけ異世界からわずかに戻ってくるようにも思えた。
他の人と比べると輪郭線が薄く感じられて、それがかえって目を引く。
靴を取り出すときこっそり盗み見た横顔は儚くすらあった。
見れば見るほど気になるのだろう。輪郭線を確認したくなるのだろう。
まさかその輪郭線が消えてしまうことなんて現実的にありはしないだろうけれど。
見ている事を気づかれて微笑まれて、悪いと思っても止めることはできなかった。
わざとじゃんけんに負けてあの場にわずかでも触れることも同様に。
- 60 名前:白 投稿日:2006/09/20(水) 00:56
-
今日も、またか、と思いながら光景を横目で見、走り去った。
彼女からしても、あたしにも、相手にもそう思っているだろう。
さゆが言うにはここで告白するとなんたらというジンクスがあるらしいとか。
今ならもれなく告白中に誰かが階段を駆け下りるというおまけをつけてもいいだろう。
ただ、ジンクスがどうだろうと、あたしは彼女に告白してもまともに受け入れられているのを
見たことがないからジンクスなんて無意味だと思った。
今日だって、結局は結ばれない。そんなことを当然としながらゴミを捨てる。
悠長に階段を登る。やはり彼女だけが残っていて、彼女もあたしが通るのを知っていて、タイミングを合わせて振り返る。
次に微笑むと予想して、それは当たったが、そのあとは予想外だった。
「じゃんけん弱いの?」
いつもよりいたずらな笑顔だった。
あたしは一度も声を聞いたことがなかったらしい、可愛い声だと思った。
わざと負けているとはまさか言えなくて適当に嘘をつく。
「かなり弱いです。」
あたしは肩を竦めて笑って見せた。
階段を登って同じ目線に立つ。
「よく会うよね。朝とかも。」
それは、あたしが合わせているから。とはこれもまた言えるはずがなくて、
気が合うんですねとか何とか言ってみた。
「合うのかな。」
否定的なニュアンスではなく、むしろ肯定を楽しむように。
手に汗はかいていないけれど実はかなり緊張している。
こんな機会はもうないかもしれないことと、話したことがない年上と話すことに。
彼女の一挙一動を逃さないように気がつけば全ての動きを目で追っていた。
それがぼおっとしているように見えたのだろう。
「あ、止めちゃったね。掃除お疲れさま。」
せっかくの機会がこれで終わることが嫌だったのか、
あたしは咄嗟に普通なら初対面で聞かないことを聞いてしまった
「先輩は誰かと付き合わないんですか。」
思わず口から出たことをすぐに後悔した。知り合いでもない人にこんな事を聞かれるのは不快だろう。
苦い顔をされるかと思ったらそんなことはなかった。しかし表情が微かに曇った。
「付き合っても好きになれないから。それなら面倒なだけだよ。」
浮かんだ苦笑いはあたしに向けてではなくおそらく自分自身に。
細められた猫に似た目の奥に彼女が守っている世界がある。
漠然とそんな気がした。その世界にいつも彼女はいる。
「そうですか。」
どんな顔をしたらいいのかわからなくて浮かんでしまったのは困った表情だったと思う。
自分から話題を振ったくせにわがままにもそこで切ってしまい、
それ以上何も話せないだろうから切りのいいところで上に行こうとした。
「それじゃあ。」
「うん。」
上の階段へと足を向け二段上がったところで後ろからあ、という声がした。
ちらりと振り返ってみると声をかけられた。
「三年一組亀井絵里。」
彼女は自分のほうを指差して言った。名前とクラスがようやくわかった。
亀井先輩の目はあたしを興味津々に見ている。
自分が名乗ったのはあたしのを聞くためだろう。
「二年三組田中れいな。」
亀井先輩はにやりと笑った。
「また会おうね。」
初めて約束が交わされた。
あたしは満面の笑みで階段を駆け上がった。
- 61 名前:白 投稿日:2006/09/20(水) 00:57
-
その次の週、少し期待しながら階段を下りると今日は一人ですでにそこに居た。
ちらりとこっちをみてえへへというように笑うからこっちも嬉しくなって、
いつもより速く走ってゴミを捨て、全力で戻ってきた。
息切れが恥ずかしく息を整えるのを意識しながら、あたかも普通なように振舞って
彼女から見える範囲の階段をゆっくり歩く。
「こんにちは。」
今日はあたしから話しかける。幸いなことに声は上ずらなかった。
「今日も負け?」
「はい。」
同じ掃除の班の人たちはあたしがグーしかわざと出さないのを知っていてお決まりのようにパーを出す。
最初は偶然かと思われていたけれどさすがに何度もやっているとわざとだと気づかれて理由を聞かれたりもした。
もちろん真実を言ったことはない。
「いつも大変だね。」
普通なら面倒だと思うけれど、彼女を見る機会が増えるなら面倒ではなかった。
そして他の誰かがあの場面を見ることも嫌だった。
「もう慣れました。」
同じパターンで日々は過ぎていく。左の耳から右の耳へ抜ける授業を繰り返し、
決まった時間にご飯を食べて、休み時間は他愛のない話で過ごし、ときどき彼女を見つけては凝視する。
掃除の日にはゴミを捨てに行く。
変わったことは彼女と知り合えたこと、話せる機会が出来たこと。
それにはまだ慣れていない。敬語も口に馴染んでいない。
「田中さんは付き合ってる人いないの?」
突然、と思い動揺したが前の会話の続きだと理解した。
タナカサンという慣れない響きが滑稽に聞こえてくすぐったかった。
「いないです。あと、れいなでいいです。」
何人か興味で付き合ったことはあったものの所詮は興味で、長続きしなかった。
夢中にもなれないし熱くもなれない。冷めた心は相手に伝わり関係はぶつんと切れた。
そんな経緯を経て今は誰とも付き合う気にはなれない。
彼女もきっと同じなのだろう。
「そうなの?意外。じゃあ、敬語やめて、絵里でいいよ。」
どんなイメージを持たれていたんだろうと心の中でだけ呟いておく。
それよりも呼び捨てにするのが、同級生や他の人ならすぐに呼べるのだけれど
彼女をそうするのは照れくさくて違和感があった。
「いいんですか?」
「うんどうぞ、って敬語だよ。」
彼女はとても楽しそうに笑った。その表情が嬉しくて、安心した。
溶けてしまいそうな輪郭線に触れている気分になった。
「じゃあ普通にする。」
「うん。」
そのあとしばらく話をした。知らなかったことを知れてだんだん親しくなっていく。
- 62 名前:白 投稿日:2006/09/20(水) 00:58
-
絵里と呼ぶのも、れいなと呼ばれるのも慣れて、打ち解けるうちに話し方も変化する。
性格もわかっていく。日に日に嗜好も、ちょっとした癖も、わかっていく。
会ったら微笑むだけじゃなくて、話をしたり、遠かったら手を振り合ったり、
一方的に見ているだけのことは完全になくなった。
こんなに仲良くなれるとは思わなかった。
さゆはあたしたちが手を振り合う姿を見て手が早いね、だなんてにやにやとしながら言ってくる。
そんな関係でもないから、友達だというと疑うような目で見てくる。
何度も説明しているとわかってくれたようだったけど向こうも気があるんじゃないのとかなんとか。
そんなつもりはあたしにはなかった。おそらくは絵里も思っていないだろう。
絵里は想像していたより幼く、時々ものすごく変であたしはそれにつっこむ。
少し冷ために接してしまうのはあたしがそういう関係が楽で、絵里もそうみたいだった。
接することが多くなって輪郭線を日に日に気にしなくなった。
あたしが絵里を見るときはたいてい向こうもあたしを探す。
学年が違って顔をあわせることは限られてくるから探すタイミングをお互いわかっていた。
でもそうじゃない日もあるわけで、その日は授業の入れ替えがあって、
いつもならあたしは教室にいないはずだった時間帯に普段の窓際の席に座っていた。
授業なんてものは耳に入ることすらなくすかすかと流れていって、
向けるべき意識は先生の話じゃなく外での体育に飛んでいた。
絵里はこっちをみない。いないと思っているのだろう。
他の人の順番の間手持ち無沙汰に考え事をしているようだった。
その横顔を見た瞬間、強烈な違和感で頭をがつんと殴られたようだった。
直後に思いなおす。違和感なんじゃなくてこれが正しいことだった、あたしが知らなかっただけなのだ。
誰も彼女と接しない間、横顔を形作るゆるやかな輪郭線は以前より儚く、容赦なくあたしの心を握りつぶそうとした。
視線の先にはきっとクラスメートなんて映ってはないのだろう。
彼女が誰にも触れさせない世界が今でも消えずに存在する。
はっきりと、わかった。
数秒後には友達らしい人に話しかけられてもとの世界に戻ったようだった。
あたしの目からはあの表情が焼きついて離れない。
胸の奥がじりじりと焦げていくような焦燥を感じた。
距離が近づいてるつもりで、結局は他の誰かと、例えば今話してる友達らしき人だったり、他にもっと仲のいい友達だったり、
反対に絵里が知らないさゆであろうが、すれ違うこともないような存在も知らない人であろうが、絶対的に変わらない。
次元が違うのだから、世界が違うのだから、距離の問題じゃなかった、最初から。
輪郭線は儚いのではなくて元々こちら側のではないような気がした。
確かにそこにいる。話せば反応が返ってくるし、手に触れたら感触はある。
それであたしは勘違いしていたのかもしれない。
深く長い溜息をついた。考えるのが億劫で、授業中だろうと頭を伏せた。
眠ってしまうのがいい。目を閉じた。今日は掃除が休みになることを思い出した。
- 63 名前:白 投稿日:2006/09/20(水) 00:59
-
散々行くか行かないか迷った末に、約束はしてないけれど、暗黙の了解を破るのが嫌で階段に向かう。
できれば今日は会いたくなかった。その理由がたったあんなことくらいだというのが自分でも不思議だった。
足が重く、できるだけ遅く歩いた。それでもいつもは掃除してから来るから今日のほうが早い。
ゴミ袋を持って駆け下りる階段を今日は登る。こんなに階段で疲れるのはなかったかもしれない。
一段一段が長く、引き返したい気持ちもあった。
次第に上の階が見えてくる。できるだけ悪い感情は見せたくなくて深呼吸して心を整える。
黒い髪から顔、肩、段々見えて目を合わせる。何とか大丈夫そうだという判断をした。
「早いね。」
絵里のほうこそ、いつもならこの時間帯はまだ掃除が終わっていない。
待っていてくれていることが嬉しくて、今日でなかったなら有頂天になったかもしれなかった。
けれど残念なことに今日、知ってしまった当日は、その嬉しさがあたしの核心をつかなかった。
きっとあたしの何もかもが絵里の世界に触れられないように。
「今日は掃除なかったから。」
「え、そうなの?うわーごめん、ありがとう。」
表情がころころと動く。申し訳なさそうにしながらも嬉しそうで、見ていると思わず今日の事を忘れそうになる。
どちらが錯覚なのかわからなくなるほど自然に笑う。
何よりあたしの心を離さなかったのは向かい合わないときの輪郭線だったのに
今では接するたびに知っていく表情とか声とか、そういったものの魅力にぐいぐいと惹かれていく。
あたしが見たあの儚げな姿がまるで幻だったかのような、世界が嘘だったような、
けれど現実にあたしはそう感じた、その混乱がこうして話している間はうざったくて思考を止めた。
「別に気にせんでよかよ。」
「そう?」
それから少しだけ話をした。そのうちに途中まで一緒に帰ろうということになってお互いに荷物を取りに別れる。
通学路をちょっとだけ遠回りの道を選べば学校から5分くらいは一緒に帰れることが最近わかった。
今日はそれが初めてだった。妙に緊張しながら自分のクラスでカバンを持った。
あたしのほうがクラスが玄関に近いから絵里を待つことになった。
待つ、というのは約束があるから。あたしはとうとう約束する間になったのだとこんな些細なことで感じた。
「お待たせ。」
「いえいえ。」
二人とも家が学校から近いから徒歩で来ている。その事を考えたら実は近所に住んでいた。
一人で歩くより遅い。早く家に着くのはこういうときは良いことじゃない。
5分を7分にくらいにするのがベストだと思う。
「あのさ。」
「ん?」
「今週の日曜日空いてる?」
「うん、空いとる。」
むしろ忙しいのは3年生の絵里だったはずだ。受験に向けた講習や模試。
配られた今月の予定表には3年生は土曜日日曜日びっしりとそういったものが書かれていて
来年そうなる事を考えたうんざりしたのを覚えている。
「一緒に遊びにいかない?」
「えっ!?」
その日が休みなら絵里にとっては、3年生にとってはとても貴重な休日だろう。
たまに遊びたいのもわかる、けれどその予定にあたしを入れてもいいのかと驚いた。
「嫌?」
「ううん、絵里のほうこそ、よか?」
「もちろん。」
「じゃあ遊ぼう。」
あたしは嬉しかったけれど顔に出すのが恥ずかしかった。
それに比べて、絵里は本当に嬉しそうだ。その笑顔であたしの嬉しさは倍以上に増す。
どこに行くかお互いの知ってる店の話で盛り上がりかけたとき、一緒に帰れる限界地点まで来てしまった。
もう少し話したいと寂しさを感じる。けれどあまり引張っても迷惑だろうと双方さっぱりと別れる雰囲気だった。
「じゃあ明日待ち合わせ決めよう。」
「うん。」
「じゃあね。」
「じゃね。」
後姿は野良猫が緩やかに歩く姿に似ていた。
一度も振り返らない絵里をあたしはじっとこっそり見つめていた。
明日、の待ち合わせは言うまでもなく放課後の階段。
日曜日は来週までとっておけない。
- 64 名前:白 投稿日:2006/09/20(水) 01:00
-
次の日に大体の予定を決めて、待ちに待った日曜日、絵里の寝坊で遅刻から始まった。
話を聞けばしょっちゅうらしい。更に言うなら部屋も汚いらしい。
意外なようなそんな気もするような微妙な情報は絵里の私生活を少し想像させる。
雑談やらを交えながら服を見たりピアスや指輪などの小物を見たり、甘いものに二人で悶えたり、
初めて細かい嗜好に触れる。合う部分があると嬉しかった。
あたしは絵里の知らない店を教え、絵里はあたしの知らない店を教える。
賛嘆の声を上げると絵里は自慢げな顔をした。それをからかうと拗ねたような顔になって謝るとにこやかに笑った。
絵里は可愛いのだ。遠くで見ているよりはるかに。
たくさん巡っていると、気にしていなかった曇り空が気まぐれをおこしてやってくれた。
二人とも準備をしてこなかった。天気予報の降水確率を低く見くびっていたようだ。
店を出ようとしたときに足止めを食らう。突然の雨。雨足は強い。
「えええ、降らないと思ったのに。」
「うん。」
同意を求めようと出した声に対する返事の様子が変だった。
さっきからはとても思いがけない暗く、静かな声。
世界を分割する線状の雨から視線を移して隣の絵里を見る。
例の輪郭線に加えて、雨空を見上げる視線は救いようのない寂しさや切なさみたいなものを感じた。
雨を見ているようでそうではなく、雨が連想させる絵里にとって大事な何かを見ているのだろう。
呼んで意識を呼び寄せるのを躊躇った。
あたしの視線に気がついて絵里は苦笑いした。
「ごめん。」
呆けていたことを謝っているのだろうか。別に気にしないのに。
あたしは首を横に振った。
「手繋いでいい?」
そういう前に勝手に繋いでいたくせにわざわざ確認した。
「もう繋いでるでしょ。」
そんなことを言いつつ嫌じゃないからほどかなかった。
絵里の手はほんの少し震えているような気もしたけれど気のせいだと思うことにした。
隣の絵里の横顔がいつも通りに戻っていてほっとした。
あの表情はあたしを落ち着かなくさせる。慣れなくてずっと見入ってしまう。
- 65 名前:白 投稿日:2006/09/20(水) 01:01
-
雨がやむまで店に戻って買い物を続けて、勢いでおそろいのものを買ったり、普通に楽しんだ。
通り雨だったらしくすぐにやんでそれから違う店を巡って同じ調子で笑っていた。
帰るころには日が落ちかかっていた。空は赤いけれど太陽は建物で見えない。
歩き疲れた足でだらだらと帰り道を歩く。これは悪いだるさじゃない。
前を見て歩いていたから絵里の様子が少し変わっていたことに気がつかなかった。
絵里の声がかすかに真剣みを帯びて初めてあたしは身構えた。
「あのねぇ。」
きっとこの話をしようと思ったのは雨が降ったからだろう。
いつもより絵里だけのあの世界が引き出された、だから、話したくなったのだろう。
「本当は好きな人がいるんだ。」
あたしは妙に冷静に聞いていた。ああやっぱりとうなづいた。
「その人引っ越すことになって、付き合ってたけど別れたの。すごく好きだったんだけどね。
その1週間くらいあとに引越し先で事故で、その人死んじゃったんだ。」
歩きながら話すには重たい話だった。手はまだ繋いでいる。感覚もある。
「今くらいの時期で、連絡きたとき雨降ってたんだ。」
懐かしむ声なのに、絵里自体は過去に戻ってしまっているようだった。
そこにいるのにそこにいない。矛盾しているようでしていない。
「そうなんだ。」
あたしの声はきっと無駄なんだろう。何を返しても大きな違いもなければ影響もない。
悲しいとか寂しいということはなかった。無関心とは違うけれど。
絵里の横顔は空の色に照らされて赤く染まっていた。
弱い輪郭線のせいでまるで消えてしまいそうな炎にすら見えた。
けれどそれは誰も触れられない世界に浮かんでいるから決して消えることがない。
不確かで確か。絵里にとっては真実である。
あたしはじっと眺めていた。これ以上ないほど異常な美しさと儚さだった。
- 66 名前:白 投稿日:2006/09/20(水) 01:04
- 川o・-・)<得意技は微妙な空気です。
違うパターンも書いたのですが個人的にこっちのほうが好みでした。
楽しんでいただければ幸いです。
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/20(水) 20:48
- 痺れました
続きを楽しみにしています
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/20(水) 23:47
- その微妙な空気にやられました。
責任とって下さいww
- 69 名前:Monokuro 投稿日:2006/10/08(日) 21:50
- 更新、お疲れさま!
こんな微妙な雰囲気、好きなんですよ^^
次の話も期待してます。
- 70 名前:白 投稿日:2006/10/26(木) 23:29
- >>67
ノノ*^ー^)<びりびりしますよ?
この話自体はこれで終わりなのですが別編もよろしかったらどうぞ。
ttp://blackuro.oboroduki.com/rinkakusen.html
>>68
微妙な空気と言うより微妙な終わり方でしたw
責任は私ではなくて亀井さんと田中さんにありますので
そちらにとっていただいて下さい(はあと)
>>69
微妙な話は書いてるほうも楽しいので、そういっていただけるととても嬉しいです。
次の話は藤本さんと亀井さんのお話です。
目標は一ヶ月以内に更新だったのですが・・スミマセ・・・○| ̄|_
だんだん自分で書いていくうちにこの二人にはまってきてるっていう間抜け具合w
少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
- 71 名前:白 投稿日:2006/10/26(木) 23:29
- 最後の灯火のような色で一番小さな電球だけが光を発していた。
暖色で、弱いせいでより一層やさしく感じる。貫くような強さを持っていない。
藤本からは隣に横になっている親友の顔の左側半分だけが照らされて、
右半分は半月のと同じように表情はもちろん造形も読み取れない。
照らされている頬は、今化粧をしていないほうが綺麗で、
眠たげな目はいつものしっかりとした気性を弱めて、幼い少女だったころを思い出させた。
白い肌が骨格のとおりに曲線を描き、それに倣って影ができ、もしかしたら神聖にすら見えて真性を隠す。
遠い月みたいだ、となんとなく藤本は思った。
とはいっても松浦はそこにいる。
普段の立場とは反対になり藤本が髪を撫でてやると松浦はその手に少し甘えているようだった。
よほど疲れているのだろう。明かりよりやわらかに藤本は松浦を見つめていた。
今にもまぶたは落ちそうで、けれどこらえている。
稀にしか見られない年下らしい顔。いつもが嫌なんて思ったことはない、むしろ楽でいい。
お互いが楽なまま固定化した。ただ、楽な状態で過ごしてきてしまったことを藤本は珍しく後悔していた。
- 72 名前:白 投稿日:2006/10/26(木) 23:30
-
ふと、半分だけの唇に目が行く。そういえばずいぶん久しぶりにキスなんてしたのだった。
そういえばなんていうほど忘れていたわけではないが松浦がまったく触れることもなかったし
藤本からその話題に触れたいとは思わなかった。そうして結局機会がなかった。
仕事で、と言うあたりがなんとも切ないような気がしたけれど、
そうでなくても切なかっただろうなと自覚する。
動かない松浦のそれをじっと見つめる。
薄い光が余計、艶を強調する。どきりとさせるくらいの強さがあり、思わず藤本は撫でる手を止めた。
「たん?」
「ん?」
刺激がないことが逆に刺激となって松浦は閉じかけていた目を開く。
藤本の頭には危険信号が光る。
オレンジではなく、赤。優しさではなく、警告。踏み込んではいけない。
今浮かんだ感情をなかったように振舞って再び手を動かした。
急に松浦は藤本の背中に腕を回して胸に顔をうずめ、擦りつける。
嗅覚で捕らえ触覚で捕らえ聴覚で探り、藤本を確かめた。
その様子は少し飼いならされた動物じみている。藤本は黙って髪を撫でていた。
その手には愛しさがこめられていた。
松浦はひとしきりそうすると満足げな顔で藤本を見上げた。犬っぽい無邪気さだった。
「そろそろ寝よっか。」
「うん。」
藤本が明かりを消そうと体を起こす前に松浦が制した。
「あたしが消すよ。」
近い位置にいたのは松浦だったから藤本はそうすることにした。
体を起こして松浦の手が紐の先に触れた。引く直前に藤本を見た。
逆光で藤本からは表情が見えない。日食の月がそうであるように。
藤本は理由もなく、かなわないな、と、思った。
- 73 名前:白 投稿日:2006/10/26(木) 23:30
-
かち、という音で目が覚めた。まぶたの裏の光が消えたのを藤本は確実に捕らえていた。
「亀?」
今まで見えていたもの感じていたものがすべて夢だったと認識すると、
当然ここがホテルでくじびきの結果残念ながら亀井と相部屋だという現実も思い出す。
何も引きずらず、藤本は現実に居る。
「ごめんなさい、起こしました?」
距離のわからない真っ暗な世界の近距離からいつもとは雰囲気が異なる声が届いた。
藤本は手探りで消したばかりのライトをつけた。
夢のものと同じ色、向こうにいる亀井、隣にいない彼女。
もちろん明かりの向こうと手前では映るものが違う。
「起きてたの?」
亀井の顔は左側が強めに照らされていた。
「ちょっと眠れなくて。」
誰に向けるわけでもないが亀井は苦笑した。
心なしかずいぶん弱いところを見せ付けられているような気分を藤本は味わっていた。
いつからか亀井が見せなくなったもの、つまりこの世界にいるために成長を強いられて
メンバーにすら忘れさせた、絶対的、根本的、本質的、完全な弱さというべきか、暗さというべきか
とにかく不、負、浮、の性質。
押しつけられているわけでない分更に目につく。気にするなといいながら影響を与える矛盾。
けれど藤本はあまり触れる気もなかった。
薄情なのではなくてもともとそういう性格であり、亀井との付き合い方をしていた。
落ち込んでいるから慰めるだなんてことは親友にすらほとんどしたことがない。
亀井も慰めてほしいとは思っていなかった。漏らす相手がほしかった。
それに適するのは藤本だった。
- 74 名前:白 投稿日:2006/10/26(木) 23:30
-
「時々不安になるんです。普通の日が続くと。ありません?」
ない、と即答するのをためらった。実際にほとんどない。
悩むときはそれなりのときで、そんなときでさえ悩んでもどうしようもないと断ち切ってしまう。
普通に仕事をしてご飯を食べて風呂に入って、もちろんそうでない日もあるけれど。
藤本は「普通」の範囲に迷った。
この仕事だって普通じゃない、撮影やコンサート、同じメンバーで過ごし続けることだって不可能だ。
そこまで考えて藤本はそれでも自分はそのことで眠れなくなったことがないと気づいた。
「ないよ。」
「そうですよね、そんな感じします。」
亀井は納得したように笑った。
「鈍感とかそんな意味じゃないですよ。」
慌ててつけたした小さな声が部屋に穏やかにやわらかく響いた。
その響きが作り出す空気は夕暮れの空気と同じ性質を含んで人をひきつける力があった。
きっとこれに惚れたんだろうななんて、藤本は2つ隣の部屋の亀井の恋人を思い出す。
隣の部屋はもうとうに寝ているだろう。その隣も、そのまた隣も。
照らされた顔が造形的に完全な美しさを持っているわけではない、
現にもっと整った人はメンバーの中にいる。
けれど今の亀井は弱いがゆえに強かった。影響されにくい藤本ですら変えられる。
原因不明の寂しさを二人で共有しつつあった。
だから漠然とした不安を思い出しやすかった。
いつどんな変化が起こるかわからない、それが自分の立場で、わかっていても変えられないものだった。
そしてそれは誰だって同じだ。
「まあ、わかんないわけじゃないよ。」
なんとなく、漏らしてみた言葉で深い意味はない。
受け取ってほしいわけでもない一方的で投げ捨てられた言葉。
藤本は亀井から見て自分がどう見えてるのかほんの少し気になった。
右側だけ浮かんでいるのだろうか、もっと違うのか。
思い巡らせても正しい像が見えるわけがない。
「でも考えてもどうにもならないことなんじゃないの?」
それは極論で正論。言ってしまえばそうなんだと頷かざるを得ない。
自分の意志でどうにかできる範囲はたかが知れている。
「自分」だけの未来ならともかく、他人がかかわる未来は自分以外の意志も複雑に絡み合って
捻じれて相反して、出来上がるものは予想外だ。
だから諦めるしかない、藤本は亀井くらいのときそう再認識して傍観した。
「わかってるんです、でも。」
――――割り切れない。
理性と感情は必ずしも一致しない。だから苦しい。
言葉の尻が細く消え、藤本はその先をわかっていた。
「うん。」
だから出せる言葉。
これ以上に必要ないし、それ以上に言えることはなかった。
お互いに何も探さない。会話の終わりを意味していた。
- 75 名前:白 投稿日:2006/10/26(木) 23:31
-
明日、というか今日の朝は早い。
「寝よっか。」
藤本は電灯のスイッチに手をかけた。亀井は弱弱しくはい、と言った。
どうやら眠れなさそうだ、藤本は苦笑した。
「一緒に寝る?」
半分冗談で半分本気。どちらでもよいように。
「うえ?」
よほど驚いたのかその表情は変な形で固まった。
からかうように藤本は自分のベッドをぽんぽんとたたいた。
亀井はあわてたように首を振った。
「遠慮せずに。」
亀井があわてるほど藤本は楽しくなっていく。
潜りかけた体を出してベッドを乗り移る。その勢いでベッドがぼふ、と鳴って
藤本の鼻を自分とは違う匂いがくすぐった。
逃げようとする体を捕まえて軽く抱きしめる。亀井は観念した。
「さあ寝よう寝よう。」
明かりを消して一つのベッドに入って、だからといって何かするつもりはどちらにもなかった。
ただ藤本は亀井の手の上に軽く手を乗せておいた。
ちょっとだけ優しくしたくなった。単なる気まぐれ。
それでも亀井は少し安心したのか次第にうとうとし始めた。
緩やかになっていく呼吸。暗闇に慣れていく目。
亀井の閉じかかって震える睫毛が幼くも色っぽくも見えた。夢の中の彼女のように。
れいなに悪いかななんて少し思ってみたり。
意識が落ちて完全に眠りについたらしく手から肩から力が抜けた。
乗せていた手を離し髪を撫でてみた。短かった髪もだいぶ伸びた。加入当初を思い出す。
亀井の頬が緩んで、藤本はつられた。
こんな風に彼女を見れたら楽なのに、と夢の内容を思い返す。
そのうち藤本にも睡魔が襲ってきて、静かに眠りについた。
- 76 名前:白 投稿日:2006/10/26(木) 23:33
-
川VvV)<いい夢見ろよ
ノノ*^ー^)<zzz
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/27(金) 00:17
- おぉ〜〜〜!!!!
いい夢見るぜ!!
- 78 名前:白 投稿日:2006/11/25(土) 23:29
- >>77
いい夢見れました?私は一度悪夢で1日3回起きたことがありますw
今回は短編らしい短編です(どんなだ)
ちょっとハードルあげたような気がしないでもないですが本日の更新。
- 79 名前:Soup 投稿日:2006/11/25(土) 23:29
- お風呂から上がるとれいながソファの上にちょこんと座り、
タオルを首にかけたまま入れてあげたインスタントのスープを飲んでいた。
その姿は普段言われている猫ではなくて小犬っぽい。
「子」犬ではなく「小」犬。そう感じたのは体格のせいだからかもしれない。
濡れた髪がいつもより緩やかなカーブを描いている。
「風邪ひくから髪乾かしなよ。」
「んー。」
部屋は帰ってきたときよりはずっと暖かくなった、
けれど雨に打たれて帰ってきたのだから風邪をひくことがないとはいえない。
れいなは今ブームのスープに夢中なのか適当に返事を返した。
しつこく言う気もなくてとりあえず隣の一人分のスペースに座る。
どうやら今日借りてきた映画を見ていたらしい。
テーブルの上に投げ出されたケースを袋にしまった。
時間を見るとまだ始まったばかりらしい。
「夜に見ようと思ってたのに。」
軽く文句を言ってみる。でもれいなはあまり悪びれない。
「じゃ、消す?」
れいなはひょいとリモコンに手を伸ばした。
「いいよ。見よ。」
止める気もあまりなかった。ただ言ってみたかっただけだった。
伸ばした手を引っ込めてカップに戻した。
全体的に丸くなって小さくなっているのがなんだかシンプルでいて可愛い。
少し上目遣い気味で画面を見つめているのがまた、なんとも犬っぽい。
抱えたカップが大事そうに見える。
- 80 名前:Soup 投稿日:2006/11/25(土) 23:30
-
「スープおいし?」
「うん、でもさ、今度は絵里が作ってよ。」
ちょっとにやにやしながら言われると、前の失敗が頭をよぎる。
「もーやだ。」
何を間違ったのか、というよりあまりにいい加減に作って味見もしなかったのがいけなかった。
異常にしょっぱくて薄めても薄めてもよくならなくて、結局飲むのを断念した。
「作ってよー。」
「やだ。」
「作って。」
「やーだ。」
「作って。」
そんなやり取りがしばらく続いた。
れいなが折れる気配もなくて最終的に絵里が折れた。
「はいはい、今度ね。」
そういうとれいなはなんだか満足げに笑った。
- 81 名前:Soup 投稿日:2006/11/25(土) 23:30
- 空のカップをテーブルに静かに置く。絵里のほうに向いた視線はまたテレビに戻った。
冷えると嫌だから絵里はひざ掛け代わりに毛布を持ってくるために立ち上がった。
れいなは一度こっちを目だけを動かして見たものの他に動かなかった。
興味がなさそうというより眠そうで瞼が下がり気味。
きっと毛布なんかかけたら寝てしまうだろうなと思いながら
寝室の押入れから昼寝用毛布を取り出した。
戻ってみるとさっきの姿勢のままれいなは座っていた。
自分のために借りてきたのにれいなが見ている、なんて少しおかしかった。
あらすじは大体知っているからまだついていける範囲。
毛布を半分れいなにかけて再び隣に座った。
自然な流れでれいなが頭を傾けてくる。
湿った髪の中に匂いがつまっていて、近づいて、
同じシャンプーを使ったはずなのに自分とは違う匂いがした。
極端に甘い。けれど嫌だと感じたことは一度もない。
少し濃密な匂いにどきりとして体が一瞬固まるけれどれいなは気づかない。
横目で顔を窺ってみると早くも飽きたような顔で画面を少し睨んだように見ていた。
そういえばれいなは、こういう恋愛映画はあまり好きじゃないんだっけ。
一度似たような映画を見に行ったとき反応がいまいちだったのを思い出した。
どうも他人事みたいに思えて冷静に見てしまうらしい。
それが今思うと結構前の出来事で、自分たちの付き合いも長くなってきたことを実感する。
- 82 名前:Soup 投稿日:2006/11/25(土) 23:31
-
鋭くなっていた目つきは次第に瞼が落ちて完全に閉じた。
やっと話は中盤に入りおもしろくなってきたのに、れいなには関係なかったみたい。
規則正しい寝息は体が小さいからかわずかに浅い。
肩にかかる体温がやわらかくて眠りを誘うからいっそのことテレビを消して眠ってしまいたいのに、
リモコンを取ろうと動いたらきっと起きてしまう。
数メートル先の他人事より数センチ先の恋人の綺麗な頬とまつげに目が行く。
濡れていた髪はいつの間にか乾いていた。
規則正しく揺れる肩になぜか安心する。自然と頬が緩んだ。
れいなの頭は肩にあるから首だけ動かしてもいいかな、いいよね、と
自分で勝手に判断して首だけで寝顔を覗き込む。
何度見ても見慣れても変わらない気持ちが心臓の奥の真ん中にある。
緩やかな熱で胸が包まれて、首が動くぎりぎりの範囲で唇を寄せていく。
起きださないように顔の変化に注意してゆっくりと動く。
気持ちよさそうな頬に触りたくて仕方ない、けど今は我慢。
薄めの唇に唇をそっとあてて目を閉じた。
少しだけスープの匂いが残っているのがなんだか愛しくてしばらくそのままでいた。
「え、り?」
かすれた声でれいなは目を覚ます。
「あ、ごめん。」
起こすつもりはなくて謝ると小さく首を振って、離した唇をもう一度押し付けてくる。
無防備に、無意識に、無邪気に、無垢に。
だから心臓が握りつぶされるように痛くなる。
甘い痛みが妙な衝動を起こそうとするけれど抑えて触れるだけのキスを楽しむ。
形を確かめて感触を楽しんで、存在を確認して、満足するから額をつけて微笑みあう。
そのれいなの表情がとびきり可愛い、とは言ってやらないけど、
ちょっと見惚れていたらまた眠りについた。
今度はひざの上に着陸。細い指が絵里の服をこっそり掴んでいた。
結局また動けなくてテレビは点いたまま。
仕方がないから目が覚めるまではこのままでいようとれいなの髪を梳くことにした。
終わり
- 83 名前:白 投稿日:2006/11/25(土) 23:36
- 从* ´ ヮ`)<スープウマー
ノノ*^ー^)<れいなウマー
私の事情のため次回から更新が遅くなります。申し訳ございません○| ̄|_
- 84 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/24(日) 20:27
- やっばいれいな可愛いなぁwww
次回更新楽しみ待ってます!頑張って下さい
- 85 名前:白 投稿日:2007/02/07(水) 22:01
- >>84
从*´ ヮ`)<ありがとうございます。
从*・ 。.・)<でもさゆのほうが可愛いの!
とさゆが申しております。
なるべく早く更新できるようがんばります。
急に思いついて即興で書いたものですが今日の更新行きます。
初めての挑戦(`・ω・´)
- 86 名前:白 投稿日:2007/02/07(水) 22:02
-
漫画で出てくる猫のように美貴達は一軒家の屋根の上にいた。
月があまりに丸くて大きくて黄色かったから隣のよっちゃんに話しかけてみた。
「月綺麗だね」
「綺麗だねぇ」
東京でこんなに綺麗に見えたことはない。
街のネオンはなくて住宅がひたすら広がっているからきっとそうなんだろうと思う。
よっちゃんはじっと穏やかに色素の薄い瞳に穏やかな月を浮かべていた。
その横顔はまだよっちゃんそのものだった。
- 87 名前:白 投稿日:2007/02/07(水) 22:02
-
いろいろなことが重なって、ただでさえ細かった顎のラインがさらに鋭くなった。
ひょろり、と長い腕が余計長く見える。
肌は当然月よりも白い。横から見ると目の表面だけがとても透明で綺麗だった。
きっと肌の色と混ぜると月みたいな色になるんだろう。
その横顔はいつ見たって、いつまでも見たって飽きない。だから美貴は見るのをやめた。
美貴は情けない体育座りをしてよっちゃんはあぐらをかいていた。
いつも直線のような背中がこのときだけは丸くなる。よっちゃんの仕事中の姿勢は驚くほどに綺麗だ。
「あとどのくらいだっけ」
指を折って数えてみる。数えるほどないことはわかっていた。なんとなくやりたかっただけ。
「3」
よっちゃんも同じ指を折っていた。自分の指を太いと思ったことはないけどよっちゃんの指は殊に細い。
「3かあ」
美貴は目に月を映してみた。もうすぐだね、とは付け足さなかった。
- 88 名前:白 投稿日:2007/02/07(水) 22:02
-
ソレを告げられたとき、当然衝撃があった。というのも次はきっと美貴だろうと踏んでいたからだ。
よっちゃんのことも考えていたけれど割合としては自分のほうが高かった。
前を向いて構えていたら横から殴られたような、不意打ちの意味の衝撃。
思わずよっちゃんを見たらもうすべてを受け入れてるような顔をしていた。
一本芯が通っている。それはいつものことで、少し表情の真剣みが強かっただけだった。
仕事の最中は笑顔だったり、フットサルのときはきりりと締まった顔をしていたり、
真剣な顔は見慣れているのにそのときだけはよっちゃんはよっちゃんじゃなく、よっちゃんさんだった。
今ちらりと見た横顔もそうだ。最近不意に見せる表情もそうだ。
きっと今だけ限定。膨らんでいく風船のようにこれから頻繁になって、
その日を越えたら弾けてしまったように見なくなる。
- 89 名前:白 投稿日:2007/02/07(水) 22:03
-
おそらくは、切符を持って待っているような、そんな感じだろう。
その切符を握り締めるわけでも、厭うわけでもなく、かといって無責任に放り投げてるわけでもない。
存在を受け入れて普通に待っている。
夏休みを指折り待つ子供とも、試験を待つ受験生とも、電車を待つサラリーマンとも違う。
それはやはり「卒業」なんだなとよっちゃんさんを通して美貴は受け入れた。
あの発表が夢であったならいいのにと思わなかったといったら嘘になるけれど。
今日の月は優しい色だ。照らされたよっちゃんは、時々思うけれど彫刻のようだ。
人の彫刻ではない。女神と言うには中性的な顔立ちだけれど、そのように表すしかできない。
卒業ではなくて月に帰るのだと言っても信憑性があるくらいに。
そしてその表情は月のように優しくて、だから美貴は娘。はこの優しさに包まれてきたんだと再認識する。
心地よい温かさをよっちゃんは持っている。触れたくなって長ひょろい腕に腕を絡ませてみた。
予想通りの温かさにほっとする。よっちゃんは絶対に嫌がらない。
- 90 名前:白 投稿日:2007/02/07(水) 22:03
-
「あのさあ」
「んー?」
「美貴、モーニングに入るんだったらやっぱり、4期に入りたかった」
6期が嫌いということじゃなくて、単純に、もっと長くよっちゃんと居たかった。
その意味を示すのに直接的に言ってしまうとそれは違う意味で届いてしまう。
頭と体重を少しだけ預ける。肩には女の子らしい柔らかさがあまりない。
「一緒に入ってたら、仲良くなってなかったかもしれない」
よっちゃんは、んー、と一つ考えてから言った。美貴はそうだねと言った。
過去を変えたら今も変わってしまう。今ここにこんな風にいられるのはそれなりの過去を重ねたからだ。
「そろそろ行かないと」
よっちゃんが体勢を変えて立ち上がろうとして、美貴は手を離した。
座っている美貴を高い位置からじいっと見つめた。
よっちゃんさんだなと思った。もう行くんだと実感する。
美貴は月の女神の名前を思い出そうとした。
- 91 名前:白 投稿日:2007/02/07(水) 22:04
-
「よっちゃん」
「なに?」
「ここに残りたい?」
よっちゃんは、とても、人間らしい顔をした。
美貴はしまった、とも、やった、とも不思議なことに思わなかった。
「言えない」
その答えに一瞬美貴は残りたくないのかと思った。
けれども残りたい、とよっちゃんが答えられるかと言ったら、結局。
柔らかく微笑んだのを見て、よっちゃんが本気で娘。を愛してることが強く強く伝わって、そのことが愛しかった。
沈黙があって、それからよっちゃんは、じゃあ、行くよと言った。
その顔はよっちゃんだった。美貴はうんと応えた。
そこで目が覚めた。悪くない夢だと思った。
- 92 名前:白 投稿日:2007/02/07(水) 22:08
-
珍しくみきよし。
从 VvV)(0´〜`)
あいぼんさんおめでとうございます。
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/17(土) 13:29
- 秀麗な文体につぼをつかれまくりでやばいです。
ここにくるたびかわいいを連呼する最近w
ところで、もし前スレ以外で書いてらっしゃるものがあれば教えていただけませんか
更新お疲れ様です!
- 94 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/02/19(月) 13:00
- 更新お疲れ様です。
屋根の上で月を眺める二人が目に浮かぶようです。いいですねぇ。
素敵なみきよしをありがとうございました
- 95 名前:白 投稿日:2007/04/07(土) 15:54
- >>93
ありがとうございます。
書いている側からしてもみんな可愛くて仕方ありませんハァハァ
一応前スレ以外にも書いてるものは
ttp://m-seek.on.arena.ne.jp/cgi-bin/test/read.cgi/tr/1082555130/
現在更新停止中ですがよろしかったらどうぞ。
>>94
ありがとうございます。
みきよしは初挑戦でドキドキしてましたが
素敵という言葉をいただけてうれしいです。
あまりにも更新が遅いので申し訳ないのですがお蔵入りした藤亀をば。
時期設定はカレー紺の前くらいです、と言っておかないと
おかしな所がありますので注意してください。
- 96 名前:白 投稿日:2007/04/07(土) 15:56
-
「もしもし、家に誰かいます?じゃあ行きますね。何か食べたいものあります?
え、メアドも知りませんから、はい、おとなしくしててくださいね。」
亀井は電話を切って目の前にきれいに陳列された缶詰の一つを籠に入れる。
これが必要なものの最後だった。
携帯をポケットに押し込み会計を済ませてタクシーに乗り込む。
行き先は彼女の家、ではなくてその近くの小さな店。
彼女の家はなかなか入り組んだところにあり説明するのが面倒だからだ。
窓の外のまばゆい光が高速で動き線となる。
それは今日の彼女の表情を思い出していたせいで視界に入っているものの全く認識されなかった。
本当に体調が悪そうだった。薄ら気づいている人もいただろう。
それでもいつもなら不機嫌になりそうなものだったが今日は見せないように振舞っているようだった。
少なくとも亀井にはそう見えていた。
もうすぐツアーが始まる。こっちの仕事だけでなく藤本はもう一つ重要な仕事が入っていて忙しいだろう。
それが原因だろうか、それとも―――
と考えているうちに車が止まった。形だけの礼を言って降り、家を目指す。
彼女の家には数えるほどしか行ったことがない。
それも、行った、と言ってもマネージャーが送り迎えのついでに
乗せただけだからマンションの姿しか知らない。
というかそれすら大きすぎて車の窓からでは完全に確認し切れていない。
高級そうなマンションの入り口をくぐりエントランスでチャイムを鳴らす。
出てきたのは本人で亀井はほっとしつつ熱っぽい声を心苦しく思った。
実際にあってみるとさっき別れたときより顔が赤く目も充血していた。
おじゃましますと中に入ると汚くはないけれど、
おそらくさっき着ていた服が一箇所に放り出されていた。
亀井は拾い集めて洗濯機に放り込んだ。
ありがと、とだらしなくソファに座っている藤本にベッドで寝るように促す。
「おかゆ作りましょーか。」
「作れんの?」
ゆっくり立ち上がって含みながら言う。
「それくらいならできますよ。」
「じゃ、お願い。」
- 97 名前:白 投稿日:2007/04/07(土) 15:58
-
作ったおかゆと、風邪薬と、桃の缶詰を寝室に運ぶ。
部屋の中は熱で温まっていて、藤本はうっすら汗をかいていた。
数ヶ月前より少しやせて浮き出てきた鎖骨が妙になまめかしく見える。
亀井は気にしない様子でベッドの開いた場所に座ってひざに持ってきたものを置いた。
「あーんてしましょうかぁ。」
おかゆを掬って冗談を言うと弱い声でばーかと返ってきた。
茶碗を手渡すと藤本は覚ましながら少しずつ口に運んでいった。
「うまいじゃん。」
「見直しました?」
「ちょっとね。」
不機嫌どころか上機嫌にすら見える。
徐々に減っていくおかゆと、藤本の顔を運ばれていくスプーンの速さで見つめていた。
おかゆも缶詰もすべて食べて藤本は満足げだった。
「ごちそうさま。あんがと。」
自分の不安が思い過ごしだったと思い亀井は帰ろうと思っていた。
この分であればすぐに回復するだろう。
家の片付け(普段自分のはやらない)を少しと、食器を洗おうと立ち上がった。
「じゃこれ洗ったら帰りますね。」
ひざに置いたお盆を掴もうとした手が熱のこもった手に掴まれる。
掴んだ人の顔を見ると、さっきとは違う表情だった。
「もう一汗かいたら治りそう。」
その意味を取れないわけがない。
視線が交錯する。
「何かありました?」
亀井は座りなおした。
今日は撮影はなくツアーのリハーサルで一日が埋まっていた。
全員が必ず同じ行動するわけではなく、案外バラバラにそれぞれ指導を受けていた。
藤本は特に他に雑誌のインタビューと撮影があり途中で抜けることになった。
亀井はたまたま帰り際をちらりと見るだけの暇とタイミングがあって、
それまで少し調子の悪そうな藤本の様子を窺えた。
メンバーがいないと油断していたのだろう。藤本の表情は、一気に崩れた。
目がうつろで呼吸が荒い。頬も赤くて、明らかに熱がある。
亀井は駆けつけたかったものの、すぐ自分の出番となり、そうもいかなかった。
- 98 名前:白 投稿日:2007/04/07(土) 15:59
-
「ちょっと、やな夢見て。」
掴んだ手を離さず視線だけ落とした。
「寝汗かいたまんま二度寝したら、この様。」
藤本は自分で笑った。
「一応サブリーダーなのに。」
「そんなこと思ってましたっけ。」
亀井は似合わない台詞に笑った。
「ま、ね。でもあたしとよっちゃんと、愛ちゃんは微妙だなあ、
そのくらいしか大人いないからしっかりしとかないと。」
「藤本さんが思ってるよりみんな大人ですよ。
れいなも、さゆも、小春ちゃんも。」
藤本はその言葉にはっとした表情を見せた。
そして亀井を見てからまた、にやりと笑った。
「亀は?」
「こんな人の看病できるくらいには大人です。」
掴まれてないほうの手で藤本の髪を梳く。
想像通りの猫っ毛。汗で湿っている。
「じゃあさ、」
その目つきは完全に大人相手の目だった。
上気した頬や鎖骨、湿った前髪、誘うには十分な条件。
「さっきの言葉の意味、わかってるよね。」
もともと整った顔をしている藤本にこんなにされて落ちない相手はいないだろう。
驚くほど強い力を持っているのを亀井はもちろんわかっていて、ただ、
そのせいでキスするのではなかった。
藤本が珍しく「大人」を求めたから、亀井はちゃんとそれなりの対応をしようと思った。
おぼんを邪魔にならないところに置いて大人なキスをする。
「風邪うつる。」
藤本は途中で制したけれど亀井は続けようとした。
「私は元気だから大丈夫です。」
言葉のまま残った口の形の隙間から入って絡めて、汗と藤本自身のにおいを感じる。
口の中はひどく熱い。
ときおり甘い息が漏れるのに甘い空気はなく、
欲しがるわけでもなく、奪われたいわけでもなく、ただ行為が行われている。
共有しただけで奪ったわけではない熱で亀井の頬は赤い。
「するのとされるの、どっちが良いですか。」
「病人にさせる気?」
妖しく藤本は笑った。今この人を好きにならない人がいるとは思えなかった。
いるとしたら、それは亀井だけ。
藤本の服を慣れた手つきで脱がしていく。
「シャワー」
「いいですそんなの。」
愛情がなくても、触れた先から熱を持っていくのを二人とも知っている。
亀井は黙って首筋に口づけた。
- 99 名前:白 投稿日:2007/04/07(土) 15:59
-
電話の向こうの熱を帯びた声が、彼女が愛する人を避けた。
「あやちゃんには言わないで。」
亀井は言うつもりもなかったのに先に制されて気がつく。
「メアドも知りませんから、」
本当は誰かから聞いて知っていたけれど知らないふり。
藤本のこの弱さを亀井は嫌じゃなかった。
熱が身体を敏感にして、弱った精神が助長する。
藤本は声を押し殺していた。間違った名前を呼ばないように。
それを呼んでも亀井が何も言わないことも腹を立てることがないこともわかっていて、
最後の意地のようなものだった。
高かった熱がさらに上昇を続け限界にまで達する。
亀井は触れている部分もそうでない部分も異常な熱を持っているのを感じていた。
漏れる息が熱くて色を持ちそうなほどに。
中が絡みついて指が熔けそうなほどに。
自分の頭も熱で浮かされていた。
藤本のあらゆるところに触れて食い散らかして、一番弱くて敏感な最奥まで。
たとえ求められていないものでも構わなかった。こちらが求めているわけでもない。
代替でいいと両者がいうから止める理由もない。
誰がこの行為を堕落と呼んでも仕方なくて、けれどどうでも良かった。
ギリギリの均衡が、張りつめていた糸が、藤本の中で切れてしまったのだろう。
結局最後まで藤本は声を出さなかった。
疲れて意識を落とすように眠った藤本の隣で亀井は眠りについた。
- 100 名前:白 投稿日:2007/04/07(土) 16:00
-
次に亀井が目覚めると、隣に寝ていた藤本がいなくなっていた。
寝ぼけ頭でリビングに行くと藤本が朝ごはんを作っていた。
「おはよ。」
「おはよーございます。」
どうやらすっかり元気になったようで亀井は安心する。
根本的な原因の解決にならなくてもそれは自分の入り込む領域じゃない。
藤本はそこまでしたらきっと嫌がるから。
「なんかごーせーですねぇ。」
朝ごはんにしては少し手間がかかっている。
亀井はテーブルの上の料理を見ながら座った。
「早く食べなよ。」
作り終えた藤本が向かいに座る。
よほどお腹がすいていたのか箸を取ってすぐに食べ始めた。
つられて亀井もいただきますといって食べ始めた。
普段ならほとんどない状況。でもなんでもない状況。
「藤本さんは今日も撮影あるんですかぁ。」
「うん。撮影の後リハ。」
「あまり、無理しないでくださいね。」
互いに箸の先を見ているから顔は見えていない。
「うん。」
箸で料理を口に運ぶ。
「あれ?おいしい。」
間抜けな声で亀井が言う。
「亀になんか負けないから。」
藤本が笑っていった。
「いやいやいや、亀井のほうがおいしいですよ。」
「いや美貴のほうが。」
「亀井のほうが。」
「美貴のほうが。」
くだらない軽い言い争いになって箸が止まる。
互いににらみ合うも傍目から見たら藤本の勝ちである。
少しそのまま固まって、くく、と藤本が笑い出した。
「それ睨んでないから。」
「藤本さん怖すぎですよ。」
「素だもの。」
それもどうかと亀井は思いつつ箸を動かし始める。
「あんがと。」
視線を下げたのを悔やんだ。
「もーいっかいいってください。」
「やだ。」
「もーいっかい。」
「やだってば。」
そんなやりとりをして二人のスケジュールは始まる。
- 101 名前:白 投稿日:2007/04/07(土) 16:01
-
ノノ*^ー^)<古いですよ?
从 VvV)<時代は8ビート
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/08(日) 18:01
- ごちそうさまでした(*´Д`)
愛がないようで、愛ある藤亀。とっても素晴らしかったです。
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/08(日) 20:07
- 淡々とした藤亀素敵ですハァ━━━━ ;´Д` ━━━━ン
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/18(水) 19:33
- >>95
教えていただきありがとうございました。
早速読みました。面白い。
これからも更新のんびり待ってます。頑張ってください。
- 105 名前:白 投稿日:2007/06/29(金) 14:20
-
浴槽というよりはプールで、プールというよりは大きな水槽だった。
大きさはプール並で全て少し薄汚れたガラスでできていた。
どれくらい深いかは奥が見えなくてわからなかった、けれど不思議と怖くはなかった。
深海から引き上げてきたような水の色に私はぷかりと頭だけだして浮かんでいた。
浮かぶのに苦労はせずゆるゆると手足を動かして水槽の縁に座って足だけでぱしゃぱしゃと水をかく藤本さんを見つめていた。
自分の髪の毛から滴が垂れて顎を伝う感覚が少し気持ち悪い。
また顔を出せばまたそれを味わうことを分かっていても逃げるように私は深く潜り込んだ。
頭全体までも覆う冷やりとした感覚。髪の毛が泳いで頬にかかる。
ひたすら息を吐き出して空気を肺から抜いて頭から水槽の底を目指した。
目を閉じていても光が薄くなっていくのがわかった。
光の届かない深海の奥底は普通なら怖いはずなのに今は怖くなかった。
どこまでも行けるところまで目指したかったけれど呼吸が苦しくなって慌てて戻ろうとした。
手と足はいつもより水をとらえて容易に水面に戻ることができた。
顔を出して目を開けようとしたけれど髪の水が滴って目に入りなかなか開けられない。
そのうち静かな唄声が耳に届いた。
他に誰もいないからではなくて感覚で藤本さんの声だと認識した。私はこの声が好きだ。
ゆっくりと、穏やかに、確かにそれは悲しい唄で、私は歌詞をひとつひとつ確認しながらようやっと目を開けた。
- 106 名前:白 投稿日:2007/06/29(金) 14:21
-
藤本さんは笑っているようだった。
ようだ、というのは垂れてきた水が拭いても拭いても目にかかってどうしても視界がぼやけてしまうから。
表情の細かいところは見えなくて、それでもどうやら笑っていることは確かだった。
こんなに悲しい唄を笑いながら唄う藤本さんが嫌になった。
唄の主人公を裏切っているように思えた。
そうしたらなんだか堪えきれないほど悲しくなってきて、目を堅く閉じて、その唄声から逃げるようにもう一度深く潜った。
息を吐いて息を吐いて、吐ききってどこまでも深く。
堅く閉じた目から光すら入らないように、感覚を閉ざそうと、それでも聞こえる唄声を遮ろうと耳をふさいだ。
沈んでいけたらいい。そう思って水をかいた。
どこまで逃げても耳をふさいでも声は消えてなくならなかったし、真っ暗な世界には唄う藤本さんが映っていた。
逃げても逃げても追ってきているわけではなくて、私の中に藤本さんがいるのだ。
知っていた、けど悔しいから認めたくなかった。
呼吸がさっきよりもずっと苦しくなって、なのに水面に上がっていこうという気持ちにはなれなかった。
体より先に心が沈んでしまっていた。心に追いつくように体が沈んで行っているのだと思う。
堅く目を閉ざさなくても視界はもう完全に真っ暗で、ぽつりとそこに藤本さんが小さく浮かんでいた。
どうしようもないなと溜息の分、最後の一呼吸をつこうとしたとき、手首が細くて鋭い指に捕まれて私は上昇した。
この指を私は知っていた。他に誰もいないからではなくて、感覚が覚えていた。
- 107 名前:白 投稿日:2007/06/29(金) 14:22
-
「何やってんの」
水面には早く届いて、口を開くと水ではなく空気がある。
飢えより切実に私は酸素を吸った。
握りしめられた手首にひどく力が込められているのに今更気づいた。
藤本さんの爪で皮膚が切れて、血が水で薄まって赤々と滲んでいる。
髪をかきながら目を開くとぼやけた藤本さんが、さっきより近くにいた。
どうやら怒っているようだった。
それが嬉しくて私は弱く笑う。
目に入る水は拭えなかった。拭わなくても変わらないと思うけれど、拭ってしまったら胸が余計焼けて痛くなると思った。
藤本さんの表情をこんな視界で見ている今も焼けただれて落ちてしまいそうだ。
「ばか」
額に額をつけられて私はもう何も言えない。
頬を伝う水を舐めて初めて海水だと気がついた。
*****
in the water tank
- 108 名前:白 投稿日:2007/06/29(金) 14:28
- 暑いときに涼しい話でもないですが藤亀をば。
あと一回でだいたいスレ容量いい感じなので、次回更新がラストになるかと思います。
>>102
素晴らしいだなんてそんな(;´Д`)ハァハァシチャウヨ
>>103
藤亀は淡々としてるのが好きです、って私の好み丸出しですいません ((((;゜Д゜)))
>>104
読んでくださってありがとうございます。停止中で申し訳ないです。
更新ペースがた落ちですが頑張りたいです。
- 109 名前:白 投稿日:2007/09/08(土) 17:09
-
side:F
- 110 名前:白 投稿日:2007/09/08(土) 17:09
-
いつだってここから離れることを考えていた。
場違いな自分を自覚して、周囲からも指摘され、ピエロになり切ることもできずに苦く笑っていた。
だんだん上に上るのが怖かった。だから手放せた瞬間に楽になれた。
はずなのに。
会う可能性は限りなく低い。もう同じグループではないから。
それなのに、偶然同じ時間に廊下を通り、不意に目が合った。
今日はこんなところに用はないはず。
「亀?」
「藤本さん」
脱退の後、挨拶したくらいでろくに話せなかった。
なんとなく気まずい。目がなかなか合わせられなかった。
あたしと亀は他のメンバーと関係が違っていた。
あたしの苦しみを察して救いの手を差し出し、あたしは何度か手を取った。
わざと覚えようとしなかった手の感触。けれどなんとなくでも覚えている。
そういうことをしても恋愛にはならなかった。かといって憐憫の情でもない。
亀なりの優しさを受けていた分余計顔が見れなかった。
逃げ出してあやちゃんのそばで笑ってる自分をどう思っているだろう。
あやちゃんとの関係が怖くなって、そのときも気づいて暴いて抱きしめてくれたのに。
自分がやったことが裏切りであることは自覚していた。
「藤本さんだあ」
その声に顔をあげてみると心底嬉しそうに笑っている亀がいた。
恨んでるとかそんなこともなく、一点の影もない。だからあたしは安心して笑った。
「元気そうですねぇ」
「ふつーだよ」
二言三言話して亀が変わっていないのがわかった。
お互いがお互いなんとか色々やっていることを確認した。
自分がぬけてもなんだかんだで進んでいく。寂しいけれどそれ以上にほっとした。
なんでもない会話の途中、ふ、と亀の表情が変わる。
「藤本さんは、今幸せですか?」
奥の見えない瞳。これがきっと本当の亀。
「幸せだよ」
言いたいことはわかっている。もう苦しむことはないのだと伝えたかった。
背中の荷、おかしな立ち位置、不安な関係、未来。
完全にとは言わないけれどほとんどが取れていった。
支えようとしてくれた亀には伝えておかなければいけない。
笑ってみたら、自然に笑えて、本当に大丈夫なんだろうと思った。
あたしの目を掠るように見て亀は、ほんの少し、寂しさを含んだ顔で笑った。
「よかった」
あたしが寂しくなるのはその顔のせいか言葉のせいか。
「じゃあお幸せに」
ひらりと手を振って亀は廊下の曲がり角に消えた。
- 111 名前:白 投稿日:2007/09/08(土) 17:09
-
side:K
- 112 名前:白 投稿日:2007/09/08(土) 17:10
-
ステージで笑う顔は相変わらず少し苦しそうだった。
今度の苦しみはまた少し違うものなのはよくわかっている。
笑顔の中に少しだけ何か抜けてすっきりしたような、そんな印象を受けた。
もっというなら、ようやっと頼るべき人のそばにいられるようになって嬉しいんだな、と、もう一人ステージに立つ彼女に触った瞬間に感じた。
これが私が望んでいた未来。と言い切りたい。
なのにそのステージを私はもう見れなかった。
醜い自分を知っている。
差し伸べる必要のない左手をどこにやればいいかわからなくなった。
そんなつもりは最初なかったはずなのに、私は愚かだ。
楽屋に入って一番に目が行く場所は藤本さんの定位置。
今は愛ちゃんが使ってる。人数が多い楽屋だから仕方ないけれど寂しかった。
まだひきずっているのは私だけなんだろう。
誰にも気づかれないような静かなため息をひとつだけついて、普段通りにふるまうことにした。
今日はさゆと遊ぶ予定だ。だからその時くらいは忘れられる。
そう思って気合を入れた。
さゆのラジオの収録を待つ間、ぶらぶらと中を歩き回ってみることにした。
冗談半分でラジオ局の人に尋ねてみたらあっさり許可してくれた。
仕事でラジオを始めてラジオ局にくることは多くなったけれど探検するのは初めてだった。
まったく予測していなかった。
ふと分かれ道の曲がった側の先をみたら、藤本さんが立っていて、目があった。
「亀?」
「藤本さん」
この人は表情を隠すのが下手だったなあ、明らかに気まずそうで、可哀想に、可愛く見えた。
「藤本さんだあ。元気そうですねぇ」
「ふつーだよ」
前は簡単にできていたことが今は上手くできない。目を合わせることも。
きっと私に申し訳ない気持ちはあるのだろう。情ある人だったことも知ってる。
私が手を差し出す理由が時が経つにつれて少しづつ変わっていったこともおそらく気づいている。だからこそこんな態度なんだろうな、と上手くない会話の途中で考えていた。
気にしないで普通に笑っていてくれたらいい。手に入れた幸せを堂々と見せびらかしてくれたならもっと楽なのに、そんなに器用な人ではないのだった。
「藤本さんは、今幸せですか?」
会ったなら絶対に聞いておきたかった。
私を私で突き放すことはできないから、その一言が欲しかった。
「幸せだよ」
へへ、と笑った顔はやっぱりほのかに苦い。けれど以前より自然だった。
幸せだと、苦しむことはないと、私に伝えたがってるのが手にとるようにわかった。
「よかった」
本心、と嘘。矛盾。
楽になれるはずだったのにこの痛みはなんだろう。
泣いてはいけない、この人の前で私が泣くのは絶対にいけないことだったからここで別れたかった。
「じゃあお幸せに」
精一杯笑って手を振った。うまくできなくて藤本さんの顔が曇るのがわかる。
背を向けたとたんに涙が零れそうになった。
完全に本物になってしまったことが悲しい。
藤本さんの幸せだけを望んでたつもりだったのに、それが嘘だったことを、認めたくなくて認めるしかなくて、藤本さんみたいに苦く笑った。
- 113 名前:白 投稿日:2007/09/08(土) 17:12
- このスレはこれで終わりです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/23(火) 19:23
- 亀とミキティのその後は見てみたいと思ってました
読めてうれしい
スレ終わりとのことで、お疲れさまでした
でもまた何か読めたらうれしいなぁ
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