煌めく
1 名前:- 投稿日:2005/01/20(木) 18:36
内容:某CP限定短編スレ
更新:月一程度
開始:明日
2 名前:世界の果て 投稿日:2005/01/21(金) 18:57
百万ドルの夜景を820円で購入して、エレベータホールへと歩く。
何度きてもピンとこない。この真っ白なホールから、あの夜景の中へ飛び込めるなんて。

「人、少ないな」
目線だけを右から左へ流しながら中澤さんは呟く。

「そうですね。
 この前ひとりできた時は、ここにぐねぐね列作らされましたけどねぇ」
「いつきたん?」
「一月です。何日かまではさすがに覚えてないですけど」
「よおそれで引き返さんと並んだなぁ」
「どうしても昇りたくなって」
「あー、そういうとこ、あるよな」
何故だか少し嬉しそうに微笑んだ。

あの時と同じ場所にいるとは思えないほど静かで、逆に違和感を感じるくらいだ。
月曜日の夜ってだけでこんなに人足がまばらになるもんなのかなぁ。
現に、乗り込んだエレベータの中も数えられるほどしか人がいない。

「ここくる度思うんやけど、エレベータ作った人、天才やな」
「確かに」

まるで地面から如意棒でぐんぐん伸びていくみたいな感覚。
これ、階段で下った事はあるけど、昇るのはしゃれになんないだろうなぁ…。
3 名前:世界の果て 投稿日:2005/01/21(金) 18:57
ドアが開いて、吸い込まれるようにして展望台へと出る。
たぶん、右を向いても左を向いてもカップルしかいないんだろう。
けどそんな事を気にする暇なんてなくて、ただ、窓の外に倒れ込んでいる東京を見下ろす。
私は断然、上よりここからの景色の方が好きだ。
上まで昇れば、もっとこの夜景を自分の手に収めたような感覚を味わえるんだけど。
この暗さ、このぎりぎり現実味のある街の大きさが好きだ。

「こら。あんた今私の事忘れて東京に見とれとったやろ」
髪に暖かい感触。

「そ、そんな事ないですよ」
「妬くで」
「何にですかー」
「ビッグシティー東京に、や」
なんて言うくせに、抱きしめてきた両手は、どっちが勝者なのか分かり切っているみたいだった。
勿論、そんな結果の見えた勝負なんてつまらないもの、この人は参戦したりしないだろうけど。

「目、泳いでる」
窓に映った私の定まらない視線をめざとく見つけて口にする。
言わなきゃいいのに。
言うところが中澤さんらしいと言えばそれまでなんだけど。
4 名前:世界の果て 投稿日:2005/01/21(金) 18:58
「世界の果て、見えてる?」
「へ?あ、はい」

世界の果て。
淀む空と輝く街とが混ざり合う場所。
真っ直ぐ伸ばした視線の先でまるでそこで世界が終わるかのように見える場所を、私たちはそう呼んでる。

「一緒に行く?」
訊かなくったって分かる。
その言葉の意味なんて。

さすがに窓に映るのは恥ずかし過ぎるな、と思って手をつけた。
唇が触れたのはほぼ同じタイミングだった。
5 名前:- 投稿日:2005/01/21(金) 18:58
お仕舞い
6 名前:- 投稿日:2005/01/21(金) 18:59
-
7 名前:- 投稿日:2005/01/21(金) 18:59
-
8 名前:他愛ない日々の話 投稿日:2005/01/28(金) 22:32
風に攫われていく中澤さんの匂い。
いつもふと気付くと増えている煙草の本数。
そのくせ壁紙が汚れるからって絶対部屋の中では吸わない変わった性格。
気にするところ、間違ってると思う。

「さびぃ…」

煙草の燃えかすみたいな色をした空で雲が走る。
ぐんぐん、ぐんぐん走り去る。
その度私は肩を竦めて風の吹いている方に背中を向けてせめて服の隙間からの進入を許さないように心がける。
中澤さんは片手をポケットに突っ込んだだけの防備でどちらかというと寒さより風に乱される髪を気にしているみたいだ。

「なら、中入っとったらええのに」
にやにやと笑いながらそんな科白を貰う。

「…ここがいーんです」
自分で自分の言葉に恥ずかしくなって顔を背ける。

「然様ですか」
興味なさそうな声。

「然様です」
なんだかなぁ…と思いながらベランダの格子に背中をつけたままずるずるとその場にしゃがみ込む。
低くなった視線の先ではハナちゃんとタローくんが尻尾をふりふり。
君たちの可愛げを指の先程度でいいからご主人様にも分けてやって欲しいよ、全く。

私が手をひらひらさせると尻尾をぱたぱた。
かっわいいなぁ。
9 名前:他愛ない日々の話 投稿日:2005/01/28(金) 22:33
「よっさん、うちの子に手出さんといてや」
カチッとライターの音。

「…出しませんー。人間にしか興味ありませんから」
手を伸ばして、無防備な中澤さんの右手からそれを奪ってみる。

「あ、何すんねんな」
奪い返そうと出された手を掴んで、見上げる。

「中澤さんは吉澤ひとみに興味ありますか?」
揺るがない視線。
私ならきっとこんな問いをされてはドキッとしたりびびったりして目が泳いでしまうだろうけど。

「なさそうに見える?」
「あ、ずるい」
「大人はずるい生き物なんやで」
「…中澤さんなんて肺炎で死んじゃえ」
「ほお。この口か?そんな事言うんは」
合っていた視線が少し下にずれた。

「死ぬんやったらその時はあんたも一緒や」
すうっと煙草を吸ってそのまま顔が近付けられる。
10 名前:他愛ない日々の話 投稿日:2005/01/28(金) 22:33
キス。というより嫌がらせ。という感覚。
口の中で煙を吐き出された。
無理矢理押し込まれたそれを無理矢理飲み込んだら、喉のあたりでちくっとするようなぴりっとするようなよろしくない感じがしたのは気

のせいだろうか。

「げほ…」
ひとつ咳をしたら乾燥してる空気のせいもあってか少し咳き込んでしまった。
そんな私を見て中澤さんは満足げに笑う。

「若いってええなぁ」
「わっけ分かんないっすよ…」
勿論、私の問いかけになんて答はない。
私はこの人の手の内はおろか思考ひとつまともに読めはしない。
11 名前:他愛ない日々の話 投稿日:2005/01/28(金) 22:33
「…さーむいさむい…」
両手をポケットに突っ込みながら立ち上がる。
部屋の方へと歩き出した私に、中澤さんは怪訝そうな声をぶつける。

「戻るん?」
「…引き止めるんですか?」
「さっきとやってる事違うやんか」
「中澤さんこそ」
「そぉか?」
相変わらず愛想のない声。
無造作に髪を掻き揚げて煙草の火を擦り消す。
それから、動きを止めて半身になって中澤さんの方を見ていた私の横をすり抜けてすたすた中へと入って行った。
後について中に入って窓を閉めた。
後ろ姿だからよく分からないけどたぶん、我が子にくしゃくしゃの笑顔を見せているところなのだろう。
間もなくして、どっちともを大事そうに抱えたまま向き返ってソファーに座った。
空けられたスペースは私の居場所だろう。

踏み出すと、エアコンの吐き出した温度を、冷気を纏った自分の体が切り裂いていくような感じがした。
私がそこへ座ると、一秒足らずこっちを向いた。
その顔が緩んで見えたのは私の勘違いだろうか。

いや、もしかしたらこの人、意外と単純なのかもしれない。
12 名前:- 投稿日:2005/01/28(金) 22:33
お仕舞い
13 名前:- 投稿日:2005/01/28(金) 22:34
-
14 名前:- 投稿日:2005/01/28(金) 22:34
-
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/29(土) 00:50
わくわく…
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/01(火) 02:41
いーすね。頑張ってください
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 10:47
期待してみる
18 名前:名無し§ 投稿日:2005/02/08(火) 14:11
何か凄い引き込まれますね。
コレからもマッタリと頑張って下さい

ひょっとして貴方は、あの御方でしょうか?
19 名前:王冠 投稿日:2005/05/08(日) 21:24
「家まで送るで?」
クラクションの音が夜空に響く中で、中澤さんはいつもそう言う。
その言葉の先では、座り慣れた助手席とお気に入りのMDが私を待っているんだけど。

「でももう遅いですし」
何人もが使い回した台本にある科白を読むように私は答える。

「だから送るんやんか」
中澤さんは柔らかく笑って目線を逸らし、駐車場へと歩みを進める。
二、三歩出遅れた分だけ駆け出して、隣に並ぶ。
今こうして中澤さんと隣っていられるのは、たぶん私だけ。

誰かが手放したから私はここにいられて、だからいつか、この先のいつか、私じゃない誰かがここにいるんだろうってずっとそんな風に思ってた。
私は永遠なんて信じてないけど。
私はこれからもずっとここにいたくて、中澤さんにもずっとそう思ってもらえるような自分でいたくて、それがずっと続いていく事が、或いは永遠になるのかも知れないと思ったりする。
20 名前:王冠 投稿日:2005/05/08(日) 21:25
「明日も朝早いんやろ?」
「あーでも。
 早いって言ってもいつもの事ですから」
「忙しそうやなぁ」
眩しそうに目を細めて、どこか安心したように息を漏らす。

私はそれに気付かないふりをして、言葉を繋ぐ。
「中澤さんこそ」
「んー…」

車を挟んで向こうとこちら。
「もう駄目だーって思ったら病院より先に私に言ってくださいよ」
夜と似た色をした瞳が確かに私を捉えて、止まった。
「そら、そっちのが特効薬ではあるな」
「嘘です。今のなし。
 やっぱり一番最初にマネージャーさんに言ってください」
ばたばたと車に乗り込んでそれをうやむやにしようと思ったのに、隣に座った中澤さんはそれを許してはくれないらしい。
21 名前:王冠 投稿日:2005/05/08(日) 21:25
「あかんで。
 一度言うた事には責任持たんと」
「責任、かー…。
 なんか最近そればっかり…」
「――重い?」
「ん、や。
 担げる程度ですよ」
ゆっくりと笑顔を作って中澤さんに向ける。

「―手ぇは、出さんよ」
濁って見える瞳の意味は推し量れない。

「私の知ってるあんたなら、大丈夫やって思うから」
責任があるという事は、期待されているという事。
昔学校の先生が言ってた。

「それに、あんたの事になるとやっぱり個人的感情っちゅーもんが働くんよ。
 やから出さんでええとこで手ぇ出しそうになるから。
 あんたが求めるまでは我慢するから」
大人のふりをする中澤さんは、ふりなんてしなくても大人なんだけど、不意に素顔を見せる。
それが正に今で。
それを見せる相手は私で、その話の内容も私の事で、それだけの事ににやけそうになる自分はまだまだがきんちょなんだけど。
22 名前:王冠 投稿日:2005/05/08(日) 21:25
「中澤さんは」
「ん?」
「私の世界の王様なんだと思うんです」
「何よ、急に」
くすくすと微笑う。
窓の外で景色が流れ始めた。

「王様の存在は絶対なんです。
 そこに王様がいるから世界は安心して時を刻める」
「何、告白な?」
「私、中澤さんの背中見てるのも好きなんで」
「それは困ったなぁ。
 今夜付であんたは私の世界の王様に就任したから、あんたは私の隣におるから背中は見れんわ」
冗談めかした言葉が、私の心の中へすとんと沈む。

「――中澤さん」
「んー?」
「やっぱ、送ってくれなくて大丈夫です」
私はこれからもこの人と、幸せの意味を知り続けたい。

「一緒に帰りますから」
私はこれからもこの人の、一番近くに居続けたい。

「それは、結構な話やな」
私はこれからもこの人の、この表情を独り占めしたい。
23 名前: 投稿日:2005/05/08(日) 21:26
お仕舞い
24 名前: 投稿日:2005/05/08(日) 21:26
-
25 名前:オニオン 投稿日:2005/05/08(日) 21:27
>>15
そわそわ…
>>16
うぃ。頑張ります。
>>17
期待されてみる。
>>18
それは言わぬが(ry
26 名前:ふさわしい 投稿日:2005/05/12(木) 23:39
「久しぶりやな」
開口一番そう言って微笑むあなたを見て、私は「そうですね」と小さく笑う。

「どこ行こか?」
なんて言いながら、その足はもうどこかへと歩き始めていて。
数歩後ろを追い駆けながら、溜め息を吐いた。

会いたいんです、なんて言ったはいいものの、それに理由なんて存在しなくて、今日までの数日、さっき乗ってきた電車の中、さんざん考えてみたんだけどやっぱり「会いたい」以上でも以下でもないから理由なんて見付からなかった。
「どしたん急に会いたいやなんて?」とでも訊かれれば、口篭るか、顔が見たくなったと正直に言うしかないんだけど、そう言えば中澤さんはそんな事を、今まで一度も訊いてこなかった。
私は一体、何に言い訳しようとしていたんだろう。

「あー信号変わりそう」
言葉とは裏腹に、急ぐそぶりも見せずに横断歩道に差し掛かる。
横断歩道を渡る時、私は絶対左右を確認する癖があるんだけど、中澤さんは全く見ようともしない。
私の目には、夜に眩しい何色かのヘッドライトが飛び込んでくるけど、中澤さんの目はただ、ぼんやりとした道の先だけが映っているように思えた。
27 名前:ふさわしい 投稿日:2005/05/12(木) 23:39
「中澤さんって」
私の声に、顔を向ける。
「右と左、いつも見ないですよね」
環状線を潜りながら、中澤さんは微苦笑した。
「ああ…。
 普段は見るで。青でも右と左。
 でも吉澤とおる時は見んなぁ」
「どうしてですか?」
「あんたは絶対左右確認するから。
 私の分まで見てるんちゃうかなぁって。
 危なかったら腕でも何でも引いて止めてくれるやろうって言うのがあるからかなぁ」
答は、嬉しいようであり、悲しいようでもある。
今、中澤さんの中での吉澤ひとみの位置付けを垣間見た気がした。
私はあなたの安全帯なのだろうか。

「――私って、必要ですか?」
後悔先に立たずとはこの事か。
言ってしまった言葉はもう引っ込められない。
出来る事なら一生、この答は訊かないでいようと思っていたはずなのに。
私は中澤さんに必要とされるために生きている訳じゃない。
必要でもそうじゃなくてもこれからも生きていくだけなんだから。

「あんたに私は必要?
 それとおんなじ答やと思う」
ほんの一瞬真顔になって、落ち着いた声、テンポで言う。
分かり易くけれど明確じゃない答。
それは救いだった。
28 名前:ふさわしい 投稿日:2005/05/12(木) 23:40
いつも、会いたいと言うのは私だけで。
いつも、会いたいと思うのは私だけで。
あなたの事になると、適当に考えるなんて出来なくなって、らしくない程考え込んでしまう。
忙しいのに何の理由もなく会いたいと言う私に付き合って貰うのは申し訳なくて、書いては消したメールを結局出さないまま数ヶ月なんてあっという間に経ってしまっていたりする。

メール一通出すのにも、今何をしているんだろうから始まって、仕事中なら鞄の中とかだろうから大丈夫かな、とか。
或いは今頃、誰かと大切な時間を過ごしたりしているんだろうか、とか。
明日の仕事が早いなら、もう寝てるかもしれないし、それなら電源切ってるだろうからいいかな、とか考える。
友達のように、他愛ない話を思いついた時に送り合うような仲ではないから、ごくたまにしかメールをしなくて。
だから一日何通なら送っていいんだろうなんて考える。
考えている間にも時間は流れていて、結局出さないまま眠りにつく、現場に入る、それを繰り返す。

ようやく送ったメールは数行の素っ気無いものになっていて、送った後で後悔する。
だけど中澤さんはそんな事気に留める様子もなく、「ええよ。会おう」なんて返してくれる。
それが、自分の愚かさにへこみそうになるのを直前で阻止してくれる。
それが、哀しい。
29 名前:ふさわしい 投稿日:2005/05/12(木) 23:41
私は自分に自信がないから。
勿論、モーニング娘。の、という肩書きを持った吉澤ひとみには自信がある。
自信があるというか、その自分を信じてないと何も出来ないから。
だけど、中澤裕子と吉澤ひとみ、となった時、私は自分に自信がない。
決して年の差は埋められないけど、どうすれば対等に、一方的に癒されたり慰められたり救われたりじゃなく、同じ立ち位置で、話が出来るんだろうって思ってる。
今の自分では対等になれない。

いつも大人な中澤さんの方が、私のところまで降りてきて、目線を合わせてくれる。
中澤さん自身がそんな気があってそうしてるんじゃなく、たぶん自然に、なんだろうけど。

「何?黙り込んで」
ネオンか月の明かりか。
薄っすらと伸びた中澤さんの影が、私の靴に被さって止まっていた。

「あ、いえ。何でも」
こんな時に上手く笑う事くらいは、私にでも出来る。

「―吉澤は」
「はい」
「私にも、そんな顔するよな」
嬉しそうでも悲しそうでもなくただ、そう言った。
「そんな顔、ですか?」
「ヨソいきの顔」
片方の眉を上げ、少し眉間に皺を寄せた。
それは、困った顔に似てた。

「私は、そんな顔せんけどな」
そっぽ向いた横顔が、何か言いたそうだった。

中澤裕子と吉澤ひとみ。
私に中澤さんは必要か、中澤さんに私は必要か。
案外本当に、答は同じなのかもしれない。
30 名前:- 投稿日:2005/05/12(木) 23:42
お仕舞い
31 名前:- 投稿日:2005/05/12(木) 23:42
-
32 名前:- 投稿日:2005/08/05(金) 23:18
自己保全
33 名前:「僕だけの24時」 投稿日:2005/11/15(火) 22:42
終電に乗り込んで、小さく息を吐く。
これでもう物理的に、引き返す事は出来ない。
と同時に。
もしも会えなければ、もしも迎え入れて貰えなければ、私は正しく途方に暮れるしかないんだと考えると頭の中が真っ白になりそうだ。
窓の外の闇を目で追いながらそんな事を想う。
34 名前:- 投稿日:2005/11/15(火) 22:43
二十四時過ぎに乗った電車は、快速の名も持たぬ終点までの各駅停車。
広いホームに降り立って、今更、迷うはずもないルートへと歩みを進める。
改札を潜って駅の構内から出ると、視界には街灯の灯りだけが飛び込んでくる。
飛び込んでくる、と言うよりも吸い寄せられるようなそんな感覚だろうか。

絵に描いたように吐く息は白く濁り、自分の体温と気温との差を視覚から教えてくる。
かじかむ手をひんやりとした上着のポケットに入れ、暗がりの中、時間を確かめようとケータイを開く。

24:37

本当は時計なんて見なくても分かっている。
もう何度も、何度もあの最終電車に乗ってここへやってきているのだから。
本当は、あなたからの言葉を或いは声を待っているだけなのに。
ディスプレイはいつものシンプルなデジタル時計。
メール一通、着信ひとつしていない。
35 名前:- 投稿日:2005/11/15(火) 22:43
ケータイをポケットに押し込み直して、空になった左手を何となく見つめる。
いつも。
心の中には不安と怯えと哀しい結末が佇んでいて。
この道程を歩きながら、どうにかそれを表情からは払拭し、あなたのうちのインターフォンを鳴らす。

たぶん、あなたは気付いてる。
この心の中一杯に広がり続けるモノに。
だけど気付かない振りで微笑って、私の名前を呼ぶんだ。

「吉澤」

そう、こんな風に。
36 名前:- 投稿日:2005/11/15(火) 22:44
「って。えっ?」
後方から声がした気がして、慌てて振り向く。

「何やその声」
苦笑しながら、合っていたはずの視線が逸らされる。

「だって、絶対家に居ると思って――」
「絶対てまた大きく出たなぁ」
「や、だって、電気点いてるし」
「あぁ…。
 コンビニ行っとっただけやからな。
 点けっ放しで出た」
「…そう、ですか」
「ん。
 寒いやろ。上行こ」

てのひらを差し出す訳でもなくそう言って、中澤さんは自動ドアを潜る。
私もその背中に倣って中へと入る。
すぐ目の前に迫るエレベータへと乗り込み、それに背中を預けた。
気付かれないように、そっと、そっと息を吐く。
最近私は溜め息が増えたと自分でも思う。
それもまた溜め息の原因になって、悪循環。
37 名前:- 投稿日:2005/11/15(火) 22:44
小さく小さく吐き出したはずなのに、中澤さんは怪訝そうな顔をして私を見た。

「しあわせ、逃げるで」
「なら、しあわせにして下さいよ」

不意に出た言葉に、しまった、と思うのと同時にガコン、とエレベータが止まって、扉が開く。

「あんたは」
先に歩き出した中澤さんが後ろ背に声を掛ける。

「はい」
二歩程出遅れた私は、どこに視線を定めればいいのかも分からないまま、後を追う。

「あたしとしあわせになりたいん?」
構えてないはずのミット目掛けてど真ん中ストレートが投げ込まれた。

「――いえ…」
グラブもない私は仕方なくバッターボックスに立って、それを見送るしかない。

「なれるとは、思っていません」
「―そうか」

玄関の鍵を開けて、ノブに手を掛ける。
38 名前:- 投稿日:2005/11/15(火) 22:45
「あたしは」
中澤さんは振り返り、私の目を見る。
その後ろには温かそうな色鮮やかな部屋の風景が見えて、それとは正反対に寒々とした質素な色合いの通路が私の足元から一面へと広がっている。
その挟間で。

「切ないことも、哀しいことも、辛いことも、泣くことも。
 あんたとあたしとのことなら、全部、愛しいと思える。
 結局は全てを、愛しさの欠片なんやと思える」

この人のどこに、こんな言葉が潜んでいたと言うんだろう。

「あんたが見せんようにしてる表情も、押し殺すように吐く溜め息も、あたしは好きやで。
 だってそれは、あんたがあたしのこと想ってくれてるっていう証やろ。違う?」
「――違いません」

中澤さんは、微笑った。
その余韻を口許に残しながら、ゆっくりと私の肩に頭を沈めていく。

「あたしはどんなあんたも愛しいと思うけど。
 一個だけ、言わせて貰ってええ?」
「――何ですか?」
「そんな、自信ない顔ばっかりせんでええから。
 そんな、不安ばっかり抱え込まんでええから。
 あたしは、あんたが思ってるより、あんたが好きなんやからな」
「――一個じゃないじゃないですか」
「そこは大目に見てぇや」
「中澤さんの頼みなら、しょーがないなぁ」

しぃんと、しぃんと静まり返った二十四時に、少し掠れた私の声とふたつの心音だけが音を立てていた。
39 名前:- 投稿日:2005/11/15(火) 22:45
お仕舞い
40 名前:- 投稿日:2005/11/15(火) 22:45
-
41 名前:- 投稿日:2005/11/15(火) 22:45
-
42 名前:名無し飼育 投稿日:2005/11/16(水) 18:47
なんか嬉しい。
43 名前:名無飼育 投稿日:2005/11/16(水) 23:28
素敵です。
44 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:58
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
45 名前:アナログ 投稿日:2006/02/24(金) 22:51
約束の時間はとっくに過ぎた。
少しずつ街を支配していく夜の足音のように、雨粒がアスファルトを鳴らす。

もう帰ろう。
あなたのために二時間待った。
あなたのことを二時間考えてた。
もう、十分じゃん。

あと少しだけ待とう。
ほんとはもうすぐそこまで来てるかもしれない。
行き違ってしまうのは、悲しいじゃないか。

心と頭とが何度目かの押し問答をしていると、不意に視線の先の信号が青に変わった。
自転車が一台横断歩道を渡ると、車もバイクも自転車も歩行者もなく、ただ前へ行こうとする車の列だけを塞き止める。
やがて青が点滅し、赤に変わる。
雨の音を掻き消すようにエンジン音が幾つも重なり、右と左が交わり始める。
46 名前:- 投稿日:2006/02/24(金) 22:52
もう帰ろう。
もう決定。

ビニル傘を広げ、独特の雨音を聞きながら、信号へと向かう。
視線の右側で、ふたつの歩行者用信号が点滅を始める。
黄色、赤。
青に変わった途端、スクーターが一台左折し、それを見送ると、反対側からは車が右折しようとしているのが見えた。
躊躇う車の、運転席と思われる方へ、どうぞ、と合図を送る。
ゆっくりと通過するのを目で追っていると、また青が点滅し始める。
何故か少しほっとしながら、さっきまで自分がいた場所を振り返り見る。
あるはずもない姿を探してる。

あと二分だけ、あなたのことを考える。
あと二分だけ、あなたのことを待とう。

止まれの赤は愛してるの赤。
愛してるの赤は情熱の赤。
情熱の赤は悲しみの赤。
47 名前:- 投稿日:2006/02/24(金) 22:52
「―吉澤」

声に導かれるまま視線を向ける。
点滅するふたつの青と、それを隔てる赤いジャケット。

「待たせてごめんなぁ」

言いたい事はいくつもあるのに。
様々な感情が心のひだに引っ掛かり、もう何とも言えない気分。

ただ自分の脆さを思い知る。
だけどそれを振り払う。振り払う。振り払う。

「次は、もう待たないですから」
「ええよ。
 そん時は私が、あんたが戻ってくるんを待つから」
「中澤さんには、そんなの似合わないですよ」

だから。

「だから次も私が待ちます」
48 名前:- 投稿日:2006/02/24(金) 22:52
お仕舞い
49 名前:- 投稿日:2006/02/24(金) 22:54
>>42-43
こんなまたーりすぎるスレにお付き合い頂き有難う御座います。
次回更新は季節が変わる前までには…。
50 名前:- 投稿日:2006/02/24(金) 22:55
-
51 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/26(日) 09:16
待ってた待ってた
52 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/08(水) 09:37
すごくいい
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/14(火) 01:04
今、初めて発見しました!なんとも表現できないような素敵な世界観ですね。
ゆうちゃんファンの私には宝物を見つけてしまった!って感じです。
54 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/30(日) 23:42
地味に待ってますよー
55 名前: 投稿日:2006/08/10(木) 18:21
自己保全
56 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/30(月) 19:08
ここのなかよしすごい好きです!続き待ってます
57 名前:雨が降るから 投稿日:2007/04/18(水) 19:29
ガラス張りの外は、天気予報通りの雨。
傘もパンツの裾も準備万端だけど問題は、めんどくさがりのあの人が、約束通りきてくれるかってこと。

なにでくるのか知らないけど、どの道機嫌はよろしくないんだろうな…。
中澤さんって雨女だっけ?
そんなことを考えていたら、自動ドアの開く音と、店員さんの声が耳に届いた。

「いらっしゃいませ」
それを背中で聞きながら、ケータイの時刻を確認する。

あと1分。今のが中澤さんなら上出来も上出来じゃない?
遅れたって言われても、お待たせって言われても、自分も今きたとこですよって笑える。

「カフェラテ」
オーダーする声を合図にして、表情を作る自分がいる。
58 名前: 投稿日:2007/04/18(水) 19:50
しばらくすると、足音が近付いてきて、目深に被った帽子のつばを小さくポン、と叩かれた。

「早いやん」
そうきたか。

「待ってるの、嫌いじゃないんで」
「健気やなぁ」
微笑しながら向かいの席に座る中澤さんは、思ってたよりも機嫌良さげで、逆に少し不思議なくらいだった。

「雨ですね」
「せやなぁ」
「寒いですね」
「寒いなぁ」
「…機嫌、いーですよね?」
「そおか?」

カップ越しに合う目が、見慣れない表情を作るから、どうしたらいいのか分からなくて逸らした。
「照れてる?」
「…若干」
「何、今更」
「…今更って言うか。会う度、惚れ直してるんで…」
「奇遇やな。私も」

口にしたココアと同じくらい甘い空気が流れて、泳ぐ視線を隠しながら、帽子を深く被り直した。
「女の子ってちょっと見んうちに、あっという間に変わってしまうよな。
 会えんでも、会う度に、あぁ今日までの日を有意義に過ごせたんやなぁって、何か、嬉しくなる。
 まあ、その一日一日に関われんのはちょっと残念ではあるけど」
「…関わってますよ。四六時中って訳にはいかないですけど、いつも、考えてるし」
「ん」

たった一言の、たった一文字の返事なのに分かってしまう。
自惚れじゃなく、中澤さんもきっと同じなんだ。
だからちょっと嬉しそうなんでしょ?

「どこ行きましょうか」
「そうやなぁ」

中澤さんの答えを待ちながら、その言葉を予想する。
多分、私と一緒。

仕事まであと三時間。外は相変わらずの雨。めんどくさがりの中澤さん。

「どこにも行かんっていうんもありやろ?」
59 名前: 投稿日:2007/04/18(水) 19:51
お仕舞い
60 名前: 投稿日:2007/04/18(水) 19:57
>>51
お待たせし過ぎました
>>52
有難う御座います
>>53
身に余るお言葉、どうもです
>>54
もう待ってないですよね(ニガ
>>56
そう言ってもらって光栄です
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/18(水) 22:24
更新されてるのを全く気づかずに最初から読み返してました。
今、ここまで辿って来てビックリしましたぁ。
それ以上に嬉しさの方が多いですけど!
62 名前:名無しタワーさん 投稿日:2007/04/19(木) 01:25
雨となかよしって、何でかわかんないけど合うよね。
ごちそうさまでした。
63 名前:カウントダウン 投稿日:2007/11/14(水) 13:01
肩を竦めて空を見上げた。
何色にも染まらないんだと胸を張るような、夕陽の消えた午後六時過ぎの曇り空は格別。
世界中どこにいても空はひとつだから、なんて思わない。繋がってるのを感じるのは、あなたに触れる瞬間だけがいい。

吐いた息は辛うじて、濁る事なく緩く吹く風に紛れて消えた。
はじめましてを交わしたあの頃から変わる事なく、あなたを追いかけているのが私で。
無関心な振りをして時々、そんな私の様子を窺うように振り返るのがあなたで。

前へ前へと踏み出す足が、好きだ好きだと叫んでいる。今日もあなたを好きだ。それが、嬉しい。
すれ違う人に見る買い物袋、有名学習塾の鞄、母親を呼ぶ小さなてのひら。その生活感が好きだ。

いつか、私もあなたもそのひとつに。
願えば、見えてくる。

あと三分。を、あと二分に。軽く駆け出せば、そんなつもりなかったはずなのに次から次へ足が急く。
会いたいが会えるに変わって、早くが今すぐにになる。
駆け込んだままの勢いで、上三角を連打する。もどかしいを愛しいと一致させながら、上昇していくエレベーターの中、あなたの笑顔を思い描く。
さあ、何を口にすれば、あなたを笑わせられるだろう。

タイムリミット15秒。
呼吸と前髪を整えればもう、あなたと私を隔てるものはこの扉ひとつに。

お仕舞い

64 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2007/11/15(木) 05:11
今初めて発見しました凄く面白そうなので
これから読み直して来ます!うわーワクワク♪
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/15(木) 17:14
>>19
何人もが使い回した…
>>26
会いたいんです、…
>>28

これらの文章他の小説で見たんですけど、
それを書いた作者さんとここの作者さんは同一人物には思えません

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