やさしい悪魔
1 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/22(木) 12:13

幻板の『I wrap You』スレ内で書いておりました
「やさしい悪魔」の続きです。

CPはいしよしです。
2 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/22(木) 12:58

またまた途中で、お引越しとなりましたことを
お詫びいたします。

念のため、「やさしい悪魔」は
幻板の『I wrap You』スレの436〜となります。

3 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/04/22(木) 13:01

4 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:02


「梨華ちゃん。美貴もね、よっちゃんと同じなの」

突然現れた美貴ちゃんと
隣にいる、もう一人の女性。


いつの間に――

どこから来たの・・・?


「突然現れたのが、そんなに不思議?」

楽しそうに美貴ちゃんが言う。

「よっちゃんだって、何度もやったじゃない」

未来から来た人間なら
誰でも出来るわ。

私達未来人は、自分の周りだけほんの数分なら、
時を戻したり早めたり出来るの。

なぜなら、その存在を過去の時代の人に
知られてはいけないから。

まあ、誤魔化すための護身みたいなものよ?

5 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:03

「ほらよく、幽霊が見えた。なんて言うでしょ?
 あれは、ほとんど未来人ね。
 だって、タイムスリップは美貴達にとっては旅行だもの」

気付かれそうになったら、
少しだけ時を戻したり、早めたりして
その存在を消すの・・・

「簡単なのよ?この小さな器械のボタンを
 押すだけだもの」

そう言って美貴ちゃんは、
手の平にのせた小さな器械を見せた。

「未来人は、その存在を知られてはいけない。
 ましてや、正体を明かすなんてもっての外」

――なぜなら、時の混乱を招くからよ?

もし、正体を明かしてしまったことが知れたら・・・

6 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:03

「今を生きる人たちは、その記憶を消され
 未来人は重罪に問われる・・・」

その上、万が一
過去の時代の人と関係を持ってしまったならば――


「その存在を抹消される」


――そんな・・・

うそでしょ?ひーちゃん・・・


ひーちゃんが、わたしから顔を背けた。

「――どうして・・・」

・・・ひーちゃん。
知ってて、どうして――

7 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:04

「消えるつもりだからでしょ?」

美貴ちゃんがひーちゃんを見た。

「よっちゃんは、自分の存在自体を消すつもりよ。
 梨華ちゃんとの悠久の恋物語に、自分で終止符を打つつもり」

よっちゃんね。
薬を飲んでないの。

未来人はね、過去を旅する時は、必ず一日一回薬を飲まなきゃいけないの。
なぜなら、人間は日々細胞が新しく生成されていくから。

過去に戻るという事は、その流れに逆行することになるでしょ?
だから、細胞生成を促進する薬を飲み続けなければ、
やがてその体は消滅してしまう――


「消えかけているのは、そのせいよ?」

そして、梨華ちゃんと関係を持ったのは
万が一でも、消滅しきれないことがないように。

それと、決意が揺るがないようにって
ところかな?

8 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:05

「どう?よっちゃん」

「――帰れ。お前に用はないと言ってるだろ」

「あら、よっちゃんに用はなくても
 梨華ちゃんには用があるもの」

「ね、いいの?
 ほんとによっちゃんが消えてしまっても・・・」

同情するような眼差しで、そう言いながら
美貴ちゃんがわたしに近づいてくる・・・


「このまま消えさせたら、
 梨華ちゃんは、もう二度とよっちゃんには逢えないよ?」

「――二度、と・・・?」

「そう。二度と。
 だって、よっちゃんは歴史上
 存在しなかったことになるんだもの」

9 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:05

「帰れって言ってるだろっ!」

ひーちゃんが、わたしと美貴ちゃんの間に
割って入る。

「三好」
「はい」

ひーちゃんが羽交い絞めにされて
わたしから引き離される。

「梨華、ダメだ!
 コイツの言うこと・・・ウッ」

「ひーちゃんっ!」

三好さんの腕から崩れ落ちたひーちゃんに
駆け寄ろうとして、美貴ちゃんに腕を掴まれた。

「梨華ちゃん。時間がないの」
「――美貴、ちゃん・・・」

頭が混乱している――

もう何年も、隣の部屋で暮らしていた美貴ちゃん・・・
それが、今――

10 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:06

「美貴ね。待ってたの、この時を。
 ずっと。ずっと待ってた・・・」

鋭い眼光。
この人が、わたしの知っている
お隣さんの美貴ちゃん・・・?

「こんなチャンスはないの。
 今度こそ美貴が、時の支配者になれる・・・」

――時の・・・支配者?

「・・・帰れっ。お前に、お前に、なんか
 ウッ!」

「ひーちゃんっ!!」

背中を蹴られて、うずくまったひーちゃんに
駆け寄ろうとして、また美貴ちゃんに阻まれた。

「痛いっ!離してっ!!」

美貴ちゃんの手を振り切ろうと
上下に腕を揺さぶって、思いっきり抵抗する。

11 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:06

「いいのっ?!!」

尖った大きな声に思わずビクッとする。


「よっちゃん・・・消えるよ?」

うって変わった諭すような声。


「二度と・・・逢えなくなるんだよ?」

美貴ちゃんがわたしに視線を合わせた。


「――それでもいいなら、美貴は帰る」

全身から力が抜けた。


12 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:07

「これをよっちゃんに飲ませて?」

わたしの右の手の平を開いて
美貴ちゃんがカプセルをのせる。

「そうしたら、よっちゃんは消滅しない」
「・・・本当に?」

力強く頷く美貴ちゃん。


「その後で、美貴が二人を
 安全な場所に連れて行ってあげる。
 このままここにいたら、よっちゃんは捕まって抹消され、
 梨華ちゃんは、記憶を消されてしまう・・・」

――そんなの、嫌でしょ?

ゆっくり頷いた。

13 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:07

「時空警察の目の届かない場所に
 必ず二人を連れて行ってあげるから」

美貴ちゃんがニッコリ微笑んで
わたしの左の手の平を開けた。

「これは梨華ちゃんが飲むの。
 移動するときに、体が圧力に耐えられるようにするためよ?」

そう言ってまた、カプセルを乗せた。


 <♪♪♪>

「はい、三好です」

グッタリしたひーちゃんの横で
小声で素早く会話をすると
彼女が美貴ちゃんに耳打ちした。

美貴ちゃんの顔が険しくなる・・・


14 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:08

「梨華ちゃん。こっちももう時間がない。
 時空警察がココを嗅ぎつけたみたい」

緊迫した声に、緊張が走る。

てことは・・・

「もし、その時空警察がやってきたら
 ひーちゃんは抹消されて、わたしの記憶も・・・?」

「そう。だから急いで?
 美貴達が少しの間、何とかするから。
 5分後に迎えに来る。だから早くその薬を
 よっちゃんに飲ませて、梨華ちゃんも飲んで」

美貴ちゃんは、もう一度わたしを見つめて
両手首を掴むと言った。

「テラダは時空警察を恐れて、もう逃げた。
 あなた達二人を救えるのは、もう美貴しかいないの。
 分かるよね?」

静かに頷く。

「5分しかないから、とにかく急いで。
 三好行くわよ」

そう言うと、二人とも
スッと姿を消した。

15 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:09


――静寂がわたしを包む・・・

握り締めた両手を開いた。

右手には、ひーちゃんに飲ませる薄桃色のカプセル。
左手には、わたしが飲む水色のカプセル。


これを・・・


「――梨華、ダメ、だ・・・」

うずくまったままのひーちゃんが言う。

「ひーちゃん!」

慌てて駆け寄って
抱き起こした。

「――ダメ、だ・・・絶対に・・・」
「どうして?わたし、ひーちゃんと一緒にいたい!」

16 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:09

「・・・それを、飲んだら・・・」

ひーちゃんがわたしの左手を握る。

「――キミまで、時の犯罪者になってしまう・・・」

握った拳を無理矢理開かせて、わたしの手の平から
カプセルを奪おうとする。

「イヤよっ!離してっ」
「ダメだ!」

必死に抵抗するのに。
肩で息をしているのに・・・

もつれ合うように転がって
ひーちゃんに両方のカプセルを奪われた。

「返して!!」
「ダメだって言ってるだろっ!」

17 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:10

「ヤダ!ヤダよ・・・
 返してよ。ひーちゃんと、一緒じゃなきゃ・・・
 ひーちゃんが、いないなんて・・・」

仰向けに倒れたまま、ひーちゃんを見上げる。
涙が溢れて、目尻を伝い、床を濡らす。

「そんなの・・・、ヤダ、よ・・・」

からっぽになった両手で、顔を覆った。


「――梨華を・・・、犯罪者にはしたくないんだ」

体を起こして背中を向けた
ひーちゃんが呟く。

これを飲んだら、キミは時の重罪人だ。
捕まれば、もう太陽の下には出られない。

万が一、逃亡に成功しても
常に時空警察に怯えながら、時空のわずかな歪みの中で、
細々と生きて行かなきゃならない――

18 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:10


「――キミには、幸せになって欲しいんだ・・・」


アタシが、バカだったから・・・
アタシが、運命を変えようなんて思ったから・・・

アタシが、キミを殺そうなんて
バカなことを考えなければ――


「だから、アタシが消えれば・・・」

言葉を押し出し続ける
背中に抱きついた。


「――消えないで・・・
 お願い。一緒にいて・・・
 わたしはどうなっても構わないから・・・」

小さく首を振って
前に回された、わたしの手を優しく掴んだ。

19 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:11

「アタシの存在が消えれば、キミには
 新しい出会いが待ってる」

アタシは、元々いない存在になるんだ。
だから、アタシが消えたその日から
キミの運命は、大きく動き出す。

アタシに出会わなければ、もう殺されることもない。

新しい人と出会って、幸せを掴むんだ・・・
キミを大切にしてくれる他の誰かと・・・

――ちゃんと、恋に落ちるよ・・・


「出来るわけない!そんなこと・・・」

ひーちゃんに腕を掴まれたまま
背中に顔を埋めた。

「出来るわけないじゃない!!
 ひーちゃん以外の誰かを、好きになるなんて・・・」

出来るわけないじゃないっ!!!


20 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:11

「人間の特技は忘れることなんだ。
 だから大丈夫。キミはきっと忘れる」

「そんな・・・、忘れられるわけ・・・
 ひーちゃんを忘れるなんて、出来るわけない!!」


――出来るんだよ・・・

そう言って、ひーちゃんは掴んでいた手を離すと
わたしの方を振り向いた。


「アタシに関する記憶は、ちゃんと消されるから」

そんな――

「柴田さんも、高橋さんも、大家さんも皆。
 この時代でアタシが関わった人たちから
 アタシに関する記憶は、一切消される・・・」

21 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:12


「――だから、心配しなくていい・・・」

そう言って、ひーちゃんは微笑んだ。

「・・・ヤダよ、そんなの・・・
 ひーちゃんを、忘れるなんて・・・」

ひーちゃんの指がわたしの頬に触れ
涙を拭ってくれる。


「・・・幸せになって?梨華――」

ヤダ、忘れたくない・・・
忘れたくなんか、ないよ!

ひーちゃんの胸に飛び込んだ。

「ヤダ!お願い!
 そばにいてよ!ずっとそばにいるって約束したじゃないっ!!」

ヤダよ・・・
約束、したじゃない・・・

22 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:12

「梨華?」

やさしく髪を撫でながら
やさしい声でわたしに問いかける。

「アタシ、嬉しかったんだ。
 梨華と同じ気持ちだったこと――」

あの夜、聞いたよね?

  『梨華の大切な人が、
   梨華の命をあげることで
   幸せになれるとしたら、だよ?
   梨華は・・・、どうする・・・?』って――

そして、キミは答えてくれた。

  『決まってるじゃない。
   喜んで、差し出すよ?』

  『だって、わたしの命をあげたら
   わたしの大切な人が幸せになるんでしょ?』

  『だったら・・・、何も迷わない』


23 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:13

「アタシも同じ気持ちだよ。
 キミが幸せになるんだったら、
 迷わずこの命を差し出せる」

――ひーちゃん・・・

あなたの腕の中で、顔をあげると
強い眼差しで、もう一度言われた。

「幸せになって。梨華」


ムリだよ・・・
あなたがいない世界で生きて行くなんて。

あなたと一緒じゃなきゃ、
幸せになんか、なれないよ・・・

「お願い、一緒にいさせて・・・」

ひーちゃんにしがみついた。

「ひーちゃんと一緒じゃなきゃ、幸せなんて感じない。
 ひーちゃんがそばにいてくれるから、わたし幸せなの。
 他には何もいらないから・・・だから、お願い――」

「梨華・・・」

24 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:13

「どんなに辛くてもいい。
 一緒にいられるなら、それで構わない」

「ダメだ」
「どうして?!」

「さっき藤本が言ってただろ?
 『時の支配者になれる』って」

幾つもの時を越えてもなお、これだけ強く
結びつく二人は、いないんだ。

だからもし、アタシ達が二人して
その姿を消して、どこかに隠れてしまったとしたら――

「大きな、時のひずみが起きるんだよ・・・」

25 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:14

キミを殺すほど、大きなものは望めないだろうけど
違う時代を生きる、強い結びつきを持った二人が、一緒に消えてしまうんだ。

両方の時代で、相当の混乱が起きる・・・

あいつはその隙を利用して
自分が、全ての時を支配し、操る
支配者になるつもりなんだ。

アタシに近づいたテラダもそうだった。

人類の歴史を、奴等が操れるようになったとしたら――


考えただけでもおぞましいよ。
そして、それに加担したキミもまた・・・

――同じ罪を犯すことになる。


26 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:15

「そんなことは、キミにさせたくないんだ」

ひーちゃんが、わたしの両肩を掴んで
正面から視線を合わせる。

「アタシは奴等に乗っかったバカだけど・・・
 自分の間違った選択で、道を失った大馬鹿者だけど・・・」

――梨華に会いに来て、ほんとに良かった・・・


涙が溢れ出す。

「好きになってくれて、ありがとう。
 キミを愛せて、アタシはほんとに幸せだった・・・」

ひーちゃんの声が震える。


「――もう、思い残すことはないよ・・・」

ひーちゃんの笑顔が、涙で歪んだ。

27 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:15

ひーちゃんは、ゆっくり立ち上がると
ガラスの天使が飾ってある棚の前に行き、そのままひざまずいた。

「――赤い糸は・・・、今日で終わりだ」

そう言って、そこを黒く塗りつぶした。


「結局、天使にも悪魔にも
 なれなかったな・・・」

自嘲気味にそう言って、
いつの間にか、天使の横に置かれていた小箱を手にして振り向くと、
わたしに近づいて、目の前にその小箱を差し出した。

一目で高級とわかるほど磨きこまれた
木彫りの小さな箱――


白くて長い指が、ゆっくり小箱の蓋を開くと
中身を取り出して、わたしの手をとり
それを手の平に乗せた。

28 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:16

「記録石」
「――きろく、いし・・・?」

「アタシの時代で流行ってるものだ」
「これ、が・・・?」

何の変哲もない、石の部分が
カプセルのような形をした、ただのペンダント。

「満月の夜にね、月の力を借りて、
 そこに想い出を記録出来るんだ」

初めてキミを抱いた夜、
雨が降ってたよね?

キミと同じ気持ちだってわかった、あの夜から
アタシは細胞生成を促す薬を飲むことをやめた。

だから、満月はもうその日しかないと思って
ずっと外を見ていた。

一向にやむ気配がなくて
体の異変も起き始めていたから、半ば諦めていたんだ。

けど、夜中には止んで
満月が顔を出してくれた――

29 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:17


「覚えていなくていい。
 だけど、覚えていて欲しいって願ってしまう。
 だから、最後のプレゼントを、キミにあげるよ」

そう言って、手の平にそれを乗せたままの
わたしの手を包み込むように握った。

「出会ってから、初めて結ばれた夜までのことを記録してある。
 記憶が消されれば、もうアタシを思い出すこともないし、
 この石の使い方も分からないだろうから、手元に置いてくれるだけでいいんだ・・・」

この小さな、閉じ込められた世界の中で
確かにアタシ達が、愛し合ってたって。

それが、キミの元で存在している。

ただ、それだけで――


「アタシは逝けるから・・・」


「――イヤだ・・・」
「梨華・・・」

「イヤだよ、そんなの・・・」

ひーちゃんを抱き寄せた。

30 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:17

「絶対、逝かせない!
 わたしが絶対、消えさせないっ!」

勝手に決めないで。
わたしの人生は、わたしが決める!

わたしの幸せは、ひーちゃんといることなの。
それ以外は、何もいらないの・・・

「ひーちゃんと一緒にいられるなら
 どんな悪人になっても、構わない!!」

「梨華・・・」


っぐ、ウウッ・・・!!

また苦しそうなうめき声をあげると、
わたしの腕の中で、喘ぐように息をする。

ひーちゃんの体がわたしの腕の中で、
まるで点滅するかのように、何度も透き通り出す――


「――ヤダよ・・・。お願い、消えないで…」

ひーちゃんを強く抱きしめた。

31 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:18

「お願い!ひーちゃん!
 さっきの薬を飲んで!!」

うめき声をあげながら
首を横に振る。

「お願い・・・、お願いだから・・・」

冷や汗をかきながら
必死で首を横に振る。

「ねぇ・・・お願い・・・」

グッタリするひーちゃんを支えながら
ひーちゃんのポケットを探る。

弾かれたようにひーちゃんが
わたしから離れた。


「お願い!ひーちゃんっ!
 わたし、一緒にいたいの。
 あなたとなら、どんな道でも構わないから!
 だから!お願いっ!!」

「ダメ、だ・・・」

32 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:18

「どうしてっ!!」

這いつくばるように逃げようとする
ひーちゃんにすがりついた。

「お願い、ひーちゃん・・・
 一緒に・・・、一緒にいて――」

――お願い、だから・・・

「梨華・・・」

ひーちゃんの体から力が抜けて
しがみついたまま、しゃくりあげて泣く
わたしの髪に、そっとやさしい温もりが触れた。


「――ほんとに・・・、それで、いい、の・・・?」

顔を上げて、ひーちゃんを見下ろす。
窺うような眼差しをしっかり見つめて、大きく頷いた。


「・・・わかった」

そう言うと、ひーちゃんは
ゆっくり起き上がった。

すぐそばにあるベッドに腰掛けて
大きく息を吐く――

33 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:19

「・・・おいで。梨華」

隣に座るように促されて、腰掛ける。
座った途端に抱きしめられた。

「――ありがとう・・・」

ギュッと強く抱きしめられて
わたしも抱きしめ返す。


「お願い、ひーちゃん。
 早く薬を飲んで・・・」

少しの沈黙の後、ひーちゃんはゆっくり
わたしから離れると言った。


「梨華の薬は、アタシが飲ませてあげる・・・」

34 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:19

ひーちゃんが、自らの口にカプセルを含んで
わたしに口付けた。

舌で押し込むように
わたしの中にそれを入れると
そのまま、わたしをベッドの上に押し倒す――


・・・ゴクリ。

ひーちゃんの唾液と共に
それを飲み込んだ。

上になったひーちゃんが、ゆっくり離れて
わたしを見下ろす。

――これで、一緒にいられるね?

ニッコリ微笑んで、
ひーちゃんの頬に触れた。

大きな瞳から、溢れ出してくる涙・・・

35 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:20

「――どう、して、泣く、の・・・?」

あれ?
おかしい。

視界が、揺れている・・・
ひーちゃんが、歪んで、見える・・・

薬の、せいなの?
きっと強い薬だから・・・

深い深い海の底に、投げ出されたような不自由さと
引きずりこまれるような重みを全身に感じて、思わず顔をしかめた。

頬に触れているわたしの手を
ひーちゃんが上から包み込むように握ってくれる。

大丈夫だよ?
あなたと一緒にいられるなら
わたし、どんなことでも耐えられるから――

回る視界の中で、精一杯笑ってみせた。

36 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:20


「――ひーちゃん、も・・・。飲んで・・・」

「ああ。今、飲むよ・・・」

ひーちゃんが、わたしの小指に口付けた。

そのまま、生え際を撫で
頬を撫でてくれる。


「梨華・・・愛してる」

「わたし、も――」


つめたっ・・・

わたしの頬に、ひーちゃんの涙が
ひとしずく零れた。

――どうして、泣くの・・・?

ひーちゃん、これからも一緒にいられるのに
どうしてそんなに、悲しそうな目をしてるの?

37 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:21

「――ひー、ちゃ・・・」

確実に引きづられていく意識と
回らないろれつと戦いながら、必死にひーちゃんに訴える。

「はや、く・・・、く、す、り・・・」

ひーちゃんがカプセルを口に運んだ。

――良かった。

これで、ひーちゃん、消えない・・・
ずっと一緒に、いられるね?


「――誕生日・・・」

え?

「あと少しで、誕生日。
 一緒に迎えられたのに・・・」

何、言ってるの・・・?


「――さよなら、梨華・・・」


ぐああああっっ!!!!!

凄まじいひーちゃんの悲鳴を聞きながら
わたしの意識は、完全に途切れた――


38 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:22



**********



39 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:22

「梨華ちゃん、準備でき・・・」

何なの、これは・・・?

三好が素早く二人の元に行く。

ベッドの上で、仰向けになっている石川梨華と
その横で、苦悶の表情を浮かべている吉澤ひとみ――


「石川は眠っているだけのようです。
 吉澤は虫の息です。・・・時間の問題でしょう」

「一体、何が・・・?」

「おそらく・・・、石川には睡眠薬を。
 吉澤は――細胞破壊の促進剤を服用したんだと・・・」


甘くみていた。

美貴は、吉澤の愛情を
甘く見過ぎていた・・・

石川さえ、口説き落とせば
何とかなると確信していたのに――

40 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:23

「吉澤は手品師です。
 石川の目を誤魔化して、睡眠薬にすり替えるなど
 朝飯前でしょう・・・」

自分の命と引き換えに
石川を守る?

正気の沙汰じゃない。

自分は存在しなかったことになるのに。
それなのに、消える道を選ぶとは――


「バカじゃないのっ!!」

「美貴様、お静かに。
 我々もすぐに姿を隠さねば。
 時空警察が参ります」

「早く証拠を消して」

素早く吉澤の衣服をさぐり
薄桃色のカプセルと、水色のカプセルを三好が回収する。

41 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:23

くそっ!
せっかくのチャンスを――

この日を美貴が、どれだけ待ちわびていたことか・・・


くやしいっ!!

「どうにかならないの?!」

「美貴様、回収できました。
 早くココを出ないと・・・」

「分かってるわよっ!!
 でも、こんなに強い結びつきの二人は他にいないのよ?
 吉澤を何とか生かして、連れて帰って・・・」

「ダメです!!
 それでは、足がつきます。
 吉澤を追いかけて、彼らはやってくるんです。
 いなくなれば、血眼になって探すでしょう」

「だけど!!」

42 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:24

ふと視界に光るものが見えた。

石川が何かを握っている――

つかつかと歩いて、ベッドに近づく。


「美貴様、早くして下さい!」

石川の手を開いた。

――これは・・・

「記録石・・・」

近寄ってきた三好が言った。


「・・・ぐははっ。アハハハハ・・・
 よっちゃん、イイモノ残してくれた」

グッタリしている吉澤の頬を突いた。
おぼろげな影を残し、今にも消えてしまいそうな吉澤。

「いいよ。もう消えても。
 これがあれば、美貴にはまだ、チャンスがあるもの」

43 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:24

傍らに落ちている木箱を拾い上げた。

「梨華ちゃん。少しの間、美貴がコレ預っておくね?
 ちゃんと使い方、教えてあげるから」

そのためにも――

「さっきの美貴とのやり取りの記憶。
 ちゃんと消してるわよね?」

「もちろんです」

ニッコリ微笑んだ。

「梨華ちゃん、また後でね?
 隣人の美貴ちゃんをこれからもヨ・ロ・シ・ク」

「さ、行くわよ」
「はい」

ウキウキする気持ちを抱えて
美貴はその部屋を後にした――


44 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:25




**********




45 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:25


「時空警察、第一部隊、現場に到着!」

あちゃー、間に合わんかったか・・・

「中澤隊長!微かにですが、まだ吉澤の息があります。
 このまま放置すれば、消滅するでしょうが
 いかが致しますか?」

もうほとんど、消えかかっている。
このまま、消えさせてやるのが、コイツの望む道か・・・?

吉澤に近づいて
吉澤の首に触れる。

微かにまだ、脈打つ首筋――


テラダ、とっ捕まえたで。
どうしてアンタ、未来を見に行かなかった?

て言うても、テラダがまた
うまいこと言うて、阻止したんやろうな・・・

46 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:27

「アンタら、次の未来では
 幸せになれたんやで?」

今までアンタが石川を殺めてきたのを
アンタ、石川を守ろうとして、逆に助けられたやろ?

石川は、アンタに殺されたんやない。
アンタを守ろうとして、自ら命を投げ出したんや。

それで、運命が動いたのに・・・

なんで、こんなこと――


時の犯罪者は憎い。

人類の悠久の歴史を塗替え、
自ら時の支配者になろうとする輩は、絶対にゆるせん。

47 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:27

しかし、時々思う。

本当は、どっかでとてつもなく大きな力を持つ何かが
時を操っているんじゃないかって・・・

自分らはまるで、ゲームの中のプレイヤーのように
そいつらに操られ、ちょこちょこ動き回らされているだけやないかって・・・

こんな風に運命に振り回される
人間を目の当たりにすると、いつもこの疑問が浮かんでくる。

だってあまりにも悲運すぎるやろ?

こんなに、けなげに愛を貫こうとしてるのに――

この二人が、何か悪いことしたか?

48 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:28

もし、もしもだ。
そんな大きな力を持つ何かがいるんだとしたら・・・

――ウチは、そいつを恨むで?

彼女らを、こんな目に合わせるなんて・・・


「隊長!いかが致しましょう?」

「そやな・・・」


ほぼ消えかけている吉澤。
その横で、涙の筋を残したまま眠っている石川――

二人の小指は、しっかりと繋がれていて
もしも、吉澤がこのまま消えてしまったなら
石川は他の誰かと、この小指を再び繋ぐことが出来るんだろうか・・・?

49 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:29


なあ、吉澤。
アンタもう少し、頑張れるか?

ウチ思うけどな。
石川の魂は、石川の小指は、
アンタとしか繋がれないと思うで?


本来なら、アンタは間違いなく抹消や。

ここで、抹消をウチが止めても
アンタの罪が重すぎて、きっとその償いは、
容易いものじゃない。

もしかしたら、想像を絶するほど
険しいかもしれん。


それでも、この子のためやったら・・・

――アンタ、頑張れるか?


50 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:29


「これより吉澤ひとみを、時空侵犯罪で連行する」
「――連行、ですか・・・?」

「そうや。生かして連れて帰るんや」
「しかし、連れて帰ったところで・・・」

「抹消はさせん」

一同がざわつく。

「この2人の結びつきは、非常に強い。
 学術的にも貴重な存在のはずや」

「ですが・・・」

「責任はウチが取る。
 サッサとしぃ。消滅させたら許さんで」

「はっ!!」

51 名前:第5章 2 投稿日:2010/04/22(木) 13:30


なあ、吉澤。
アンタならきっと、自力で時を動かせる。

自分で足掻いて、
もう一度、彼女との幸せを掴めるって信じとるよ・・・
 


「隊長、準備が整いました!」

「よし。ただ今より、吉澤ひとみを連行する。
 また時空法に則り、今現在、吉澤に関する記憶を有する者より
 吉澤に関わる記憶を全て削除せよ!」

「はっ!」

眠っている石川を見た。

「もちろん、彼女の記憶もだ」


52 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/04/22(木) 13:30


53 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/04/22(木) 13:30


54 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:31


――ここは、どこなんだ…?


真っ白で何もない世界。

どんなに見渡しても、
ただ白い世界が広がっているだけで
何一つ見当たらない…


…あーしは一体、どこにいるんだ――


随分歩いた気がする。
グルグルと辺りを見渡しながら
とりあえず歩いてきた。

けどもう、限界だ…

ガックリうなだれて、膝をついた。

喉がカラカラだ…
せめて、水を――

55 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:31

顔を上げた先に
一人の老婆が座っていた。

人が、いた――

嬉しさが込み上げて来て
慌てて駆け寄った。


「おばあちゃんっ!!」

大振りな木製のイスに腰かけた
お婆ちゃんが、ゆっくり顔をあげる。

「おやまあ、随分と深いとこまで
 来たもんだねぇ」

「深いとこ?
 ね、おばあちゃん。ここはどこなの?」

56 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:32

「ここかい?
 教えてやってもいいけど、早く戻った方がいい」

「戻る?」

「ああ、早く戻らないと
 お前さんの記憶が残ってしまう」

「記憶が、残る・・・?」

「そうさ。早くお行き。
 ここは深すぎて、時の番人に気付いてもらえない」

――時の番人て…、何?

57 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:33

お婆ちゃんが顔を上に向けた。

「ああ、始まっちまったよ・・・」

「始まった?
 何が?」

「いいから、早く行くんだ。
 記憶が残れば、苦しむのはお前さんだ」

――あーしが、苦しむ・・・?


「ほら、早く!」

「早くって、こんなに一面真っ白じゃ
 どう戻ったらいいのか分からないよ」

「とにかく走ればいい」

走るって…

「ここを背にして、真っ直ぐ走るんだ!
 ほら、間に合わなくなるぞ」

けど…

58 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:33

「いいから走れっ!!」

お婆ちゃんの迫力に驚いて
言われたままに、背を向けて走り出した。


「早く行くんだ!
 急げぇ!!」

お婆ちゃんの声を背に受けたまま
とにかく走った。


「もっと!もっと急げぇ!!」


息が苦しい。
カラカラな喉がヒューヒューと鳴る。

一瞬、誰かが頭に触れたような気がして
思わず足を止めた。

59 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:34

「止めちゃいかんっ!!」

遠くにお婆ちゃんの声が聞こえる。
けどもう、限界だ――

膝から崩れ落ちると
あーしの意識は闇の中に引きずり込まれた――



60 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:34



61 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:35


「――ん、…んんっ…」

ゆっくり目を開ける――

白い天井。


ここは、まだ…


「愛っ!!」

…お、かあ、さん――


喉が渇き過ぎて、ヒリヒリする。


「おおっ!
 愛が目を覚ましたっ!!」

お父さんまで――

62 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:35

手を取り合う両親。

起き上がろうとして
口に何かがはまっているのに気付いた。


――何だ、これ?

取ろうとして、お母さんに止められる。

「何してるの!
 今、先生呼ぶから」

先生…?

63 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:35

「わかるか?愛。
 俺がわかるか?」

何言ってんだ?
それより、いつ東京に出て来たの?
来るなんて言ってなかったじゃない。

手で、口にはめられたものを
もう一度取ろうとする。

これをはめられてたら、しゃべれないよ。


「こら、ダメだ!」

また阻まれる。


「お前、公園で倒れてたんだぞ」

――公園…?

64 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:36

「今まで眠り続けて、意識もなくて…
 彼女が助けてくれなかったら
 お前は死んでたかもしれないんだぞ!」

彼女…?

「えっと…
 あれ?誰だっけな…?」


  『高橋、さん・・・だったっけ?
   どしたの?こんなとこで』

  『アタシは悪魔だよ。
   梨華の命を奪いにココにやって来た
   ワルーイ悪魔なんだ・・・』

  『あと、もう少しで
   全て終わるから』


「そうだ!会社の人だ。
 石川さんとか言う可愛いお嬢さんだよ」

65 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:36

「違うっ!!」

無理矢理、呼吸器を剥ぎ取った。
口の回りがヒリヒリ痛む。

テープで固定されていたせいだ。

ベッドを降りようとして
お父さんに静止される。


「行かなきゃ!
 石川さんが危ないんだっ!」

「愛、何を言ってるんだ?」

「とにかく行かせて!!」

「ダメだ!
 まだ安静にしてないと」

66 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:37

「けど行かなきゃ」

――お父さん、ごめん。

あーしの肩を捕まえている腕を
思い切り噛んだ。


「イテッ!」

怯んだ隙に、すり抜ける。
捕まえようとしたお母さんの手もすり抜けると
病室を出て一気に駆け出した。

後ろからバタバタと駆けてくる足音と悲鳴に耳を塞いで
玄関を出ると、タクシーに乗り込んだ。

「出して下さいっ!!」

「どこへ?」

「いいから出して下さいっ!!
 人の命がかかってるんです!!」

あーしの剣幕に押されて
運転手さんが、思い切りアクセルを踏んだ――

67 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:37




「石川さんっ!!」

玄関のチャイムを鳴らして
扉を激しく叩く。

「石川さん!
 大丈夫ですか?石川さんっ!!」

ドアノブを回した。

――開いてる・・・

慌てて部屋に踏み込んだ。


「石川さんっ!!」

ベッドに横たわる石川さんが
目に入った。

慌てて駆け寄る。

68 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:38

「石川さんっ!大丈夫ですか?
 石川さんっ!!」

体を揺すって
名前を呼び続けた。

胸に耳をあててみる…

――よかった…生きてる…


「――んんっ…」

「石川さん!
 しっかりして下さいっ!」

石川さんが、ゆっくり目を開けた。

69 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:38

「…あれ?愛ちゃん。
 おはよう…」

気が抜けるほど、のんびりした挨拶。

大きく伸びをして
起き上がると、石川さんは言った。

「あ〜、よく寝た」

「大丈夫なんですか?
 けがとか、ないですか?」

「けが?
 どうして?」

どうしてって――

「あの人に、何かされませんでしたか?」
「あの人…?」

70 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:38

「ほら、あの人ですよ。
 石川さんが一緒にいたいと言ってた…
 …何か、されませんでしたか?」

殺されそうにならなかったか?
とは聞きづらい。

「一緒にいたい?
 わたしが言ったの?」

「そうですよ。
 あーしに言ったじゃないですか?」

「愛ちゃんに?
 うそ〜」

「ほんとですって!!
 確かに言ったじゃないですか。
 『今も、そばにいたいって思っちゃうの』って!」

石川さんがクスクスと笑った。

「ヤダ、愛ちゃん。
 冗談やめてよ」

71 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:39

「わたし、そんな人いないよ?」

・・・何、言ってるの?

――石川さん、一体どうしちゃったの・・・?


石川さんの両肩を掴んで
激しく揺さぶった。

「石川さん、しっかりして下さいっ!
 ここで、この部屋で、彼女と一緒に暮らしてたじゃないですかっ!!」

「もう!愛ちゃんこそ、しっかりしてよ」

そう言って、あーしの服装を見ると

「ヤダ、その格好。まさか病院抜け出してきたの?!」

って、目を丸くした。

「大丈夫なの?意識戻ったんだよね?
 どこも痛くない?
 よかったぁ・・・」

72 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:39


――信じられない・・・

どうして・・・?

どうなってるの・・・?


「――石川さん・・・ほんとにあの人のこと・・・」

あんなに、あの人のこと好きだったのに・・・


「ヤダもう。だから、あの人って誰よ?」

「吉澤さんですよ!
 すごくキレイで、真っ白な肌で」

「・・・吉澤?」

「そうですよ。
 澄んだ瞳で。とても悪魔になんか見えなくて・・・」

「――悪魔・・・?」

73 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:40

ねぇ、どうしたの?

石川さん、有給までとって
彼女と一緒に誕生日を過ごしたいって言ってたじゃない!

何で、どうして。
知らないなんて。

彼女を知らないなんて言うんだよっ!!


 <♪♪♪♪♪>


やさしい悪魔のメロディ・・・


  『この間なんか、着うた見つけてきやがって
   ひーちゃんの歌があるの、なんて言ってさ』

  『今じゃ毎日のように
   その歌、口ずさんでんだ・・・』


74 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:41

「・・・何?この着うた・・・」

「石川さん!これ、毎日口ずさんでたんでしょ?
 ひーちゃんの歌があるって」

「――ひー、ちゃん・・・?」

「そうですよ!よく思い出して!」

テーブルに置かれた、石川さんの携帯を持ってきて
石川さんの目の前に差し出す。

「石川さんが見つけて、
 石川さんがこの曲に設定したんですよ!」

ゆっくりした動作で
あーしから携帯を受け取ると
石川さんは、そのまま通話ボタンを押した。

75 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:41

「もしもし・・・」

 『あ、梨華ちゃん?』

もれ聞こえる声。

「柴ちゃん・・・」

 『お休みのところ、ごめん!
  愛ちゃん、そっちに行ってない?
  病院抜け出したって、ご両親が心配されて
  私に電話してきたの』

思い出して、石川さん!
祈るような気持ちで、石川さんを見つめた。


「来てるよ、愛ちゃん。
 でも様子が変なの。さっきから知らない人のこと
 ずっと言い続けてて・・・」


――知らない、人・・・

体から力が抜けて、その場にヘタリこんだ。

76 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:42

何でなんだよ・・・

あんなに彼女のこと好きだったクセに・・・

何で知らないなんて言うんだよっ!!


  『――もうすぐ・・・、終わるから』

  『何もかも終わるから』

  『誰の記憶にも残らない』


そんな、まさか――


  『高橋さん』

  『あと、頼むね』


  『…て言った所で、高橋さんも
   アタシのこと、忘れちゃうけどね』


77 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:42


どうして、あーしには――



電話を切った石川さんが、
心配そうにあーしを見つめた。

「ずっと意識がなかったんだもの。
 きっとまだ、頭の中が混乱してるんだよ」

そして、少しだけ怒ったように

「病院、勝手に抜け出しちゃダメでしょ」

そう言ってから、やさしい声で諭すように

「ご両親、すごく心配されてるよ?
 今から柴ちゃんと、ここに迎えに来るって。
 おとなしく帰らなきゃダメだよ?」

あーしに微笑みかけた。


ねぇ。そんなに簡単に忘れられるものなの?
あんなに愛してたのに、そんなに簡単に――

78 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:43


「お茶、入れるね?」

そう言って立ち上がった、石川さんの足元に
写真が落ちていて、思わず拾い上げた。

――この写真・・・


「もう心配かけちゃダメだよ?」

お茶の準備をしながら
あーしにやさしく声をかける。


「ちゃんと検査もして――」
「石川さんっ!」

「何?ビックリするじゃない」
「・・・昨日、一人で遊園地に行ったんですか?」

「遊園地?」

振り向いた石川さんを手招きした。

79 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:43

あーしの手には、観覧車の前で
撮られた記念写真。

笑顔の石川さんが、不自然に右に寄って
一人で写ってる・・・


「このスペース、絶対誰か一緒にいたはずです」

石川さんが写真を覗き込んだ。

「ヤダ、何これ?
 いつの写真?」

「昨日です」

間違いなく昨日の日付が
刻印されている。


あの日、透き通っていた彼女。
あれはきっと、消える兆候だったんだ・・・

80 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:44

昨日、二人はここで
この観覧車に乗って、一緒に写真を撮ったはずなんだ・・・

彼女が消えてしまったから、
こんな風に変に偏って、石川さんが一人で写って――


「ちょっと見せて?」

石川さんが写真を手に取った。

「――あれ・・・?」

「どうしたんですか?!」

思い出して石川さん!


「・・・どうして、だろう・・・」

ポタリと雫が一つ落ちた。

81 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:44

「・・・涙が、出るの・・・」

わからないけど。
何で一人で写ってるのか、自分でもよくわかんないんだけど。


肩を震わせながら
一人で写った写真を眺めながら・・・


「――どうして、だろう・・・
 涙が、止まらないの・・・」

「石川さん・・・」

「遊園地なんて、行ってないよ・・・
 でも、どうしてわたしが写ってるんだろう・・・?」

82 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:45


<ピンポンッ>

チャイムが響いて
すぐさま扉が開いた。


「愛!」

――お父さん、お母さん…

柴田さんと3人、
一気に駆け込んでくる。

「心配したぞ!」
「すみません、ご迷惑をおかけして――」

「――梨華、ちゃん…?」

石川さんの涙を見て、3人とも固まった。

83 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:45


「――愛が、何か…?」

申し訳なさそうに
お母さんが石川さんを窺う。

「違うんです、わたし。
 別に愛ちゃんに泣かされた訳では…」


「柴田さんっ!」

そうだ、もしかして。
柴田さんは覚えているかもしれない。

何かのショックで
石川さんが、忘れてしまっているだけで――

84 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:46

「柴田さん。
 柴田さんなら、覚えてますよね?」

「何を?」

「石川さん、ここにあの人と住んでましたよね?
 ほら、親戚とか言ってたけど、ほんとは恋人で・・・」

柴田さんが眉をひそめる。
何で、そんな顔・・・

「いなくなった時、一緒に石川さんを居酒屋に連れ出して
 慰めたじゃないですかっ!」

ね、頼むよ。
思い出して。

「いつのこと?」

「ほら12月!
 先月ですよ、先月!!」

思い出すように、宙を見つめた柴田さん。
お願い、よく思い出して!

85 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:46

「うん。確かに3人で居酒屋行ったけど・・・」

ほら、そうでしょ!

「そんな、梨華ちゃんが親戚と住んでたなんて話
 聞いたことないけどなぁ・・・」


――うそ、だ…


「吉澤さんですよっ!
 ほんとに覚えてないんですか?!」

柴田さんを問い詰めた。


「・・・娘が迷惑かけて、申し訳ありません」

たまり兼ねたように、お父さんが二人に謝った。

86 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:47

「病院に戻って、きちんと検査してもらいます」

悲しげにそう言って、あーしの手を掴むと、
グッと引っ張りあげた。

「帰るぞ」
「待って!」

無理矢理、玄関へと引っ張って行かれる。

「ちょっと待って!!
 ねえ、どうして二人とも分からないの?!」

何で…
自分、だけ――

どうして自分だけ、彼女を――

87 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:47


  『早く戻らないと、お前さんの記憶が残ってしまう』

  『記憶が残れば、苦しむのはお前さんだ』


  『止めちゃいかんっ!!』


そんな――


もしかして、このことだったの?
あれは夢じゃなかったの・・・?


「娘がご迷惑おかけして
 本当に申し訳ありませんでした」

両親が深々と頭を下げて、玄関を開ける。
すぐそばに、人がいて驚いた。

88 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:48

「美貴ちゃん…」

「何か騒がしいから、ちょっと心配で…
 何かあったの?」

「お隣りの藤本さんです」

石川さんはあーし達に紹介すると

「ありがと美貴ちゃん。
 大丈夫だから」
 
そう言って、彼女に微笑みかけた。


その笑顔は、あーしが知ってる
憂いなんか帯びていない、いつもの石川さんの笑顔で――


「行くぞ」

お父さんに腕を引かれた。

89 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:48



(…どうして、覚えてるの?)


えっ?

藤本さんの前を通りすぎる時に
かすかに聞こえた言葉。

驚いて彼女を見つめ、
引かれた腕を振り払って、彼女の肩を掴んだ。

「あなた、吉澤さんを知ってるんですか?!
 お隣りですもんね?知ってますよね?
 ここに石川さんと住んでましたよね?
 すごくキレイで、真っ白な肌で、澄んだ瞳の――」

「愛、いい加減にしなさい!」

「ねえ、知ってるんでしょ!!」

藤本さんが眉を寄せた。

90 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:49

「答えてよ!ねえ!!」

「・・・彼女、大丈夫?」

石川さんに尋ねる。

石川さんが悲しげに微笑んで、
小さく首を横に振った。


――どうして・・・みんな・・・


藤本さんは心配そうにあーしを見つめて
やんわりと、肩からあーしの手を外すと言った。


「そんな人、美貴
 一度も見たことないけど」


91 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:49

全身から力が抜けた。


そんな…

どうして、皆…

彼女を、忘れるなんて・・・


憂いを帯びた整った横顔と
やさしい穏やかな声を思い出した。


  『誰の記憶にも残らない』

吉澤さんはそれでいいの?


  『・・・もし、さ。梨華が幸せになるために
   高橋さん、あなたの命が必要だって言われたらどうする?』

  『梨華に命をあげられる?』

あなたは、石川さんのために
その命をあげたの?

92 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:50

  『無条件でだよ?
   自分に見返りは何もない。
   残るのは、その人のためになったと言う自己満足だけ』

  『それでも差し出そうって思える?』

石川さんを幸せにするために、
誰の記憶にも残らないように、姿を消したの?


愛する人にも、忘れられてしまうというのに――


  『高橋さん』

  『あと、頼むね』


もう一度、彼女の声が聞こえた気がした。

93 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:50


お父さんに手を引かれて、階段を下りる。


  『重てぇだろ?』

初めて彼女に、ここで会った日のことを思い出す。


  『あーあー、何だって
   こんなに酔っ払ったんだよ』

攻めるような言葉遣いとは裏腹な、優しい声音。


ベッドに寝かせた、石川さんの姿を眺めて
そっと頭を撫でた彼女の横顔――


吉澤さん・・・

涙が溢れそうになって
必死でこらえた。

94 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:51

アパートの入り口に止められた車に乗り込む時、
もう一度後ろを振り返った。

柴田さんが、あーしを心配そうに見つめている…

そして、石川さんも――


吉澤さん。
分かったよ。

そう心で呟いて、空を見上げた。

あの日、あなたが頼みたかったのは、
石川さんのことだったんだよね?

どんよりとした空から、雨粒が一つ
あーしの額に落ちて、彼女の涙のように感じた。


あと、頼まれたから。
だから、安心していいよ――


95 名前:終章 投稿日:2010/04/22(木) 13:51


見上げた空から視線を戻すとき
2階の廊下から、あーしを見ている藤本さんが
ただ一人だけ、かすかに微笑んでいたような気がしたけど・・・


――きっと、それは。


彼女が、ただのお隣りさんなだけだからだ。


そう思った――


96 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/04/22(木) 13:52


97 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/04/22(木) 13:52


         終


98 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/22(木) 13:53


朝、家を出て歩き出した途端
帰宅しようと、駅の改札を出た途端
休日にフラフラとコンビニに足を運ぼうとした途端――

ふと、違和感を感じることがありませんか?


見慣れた風景
いつも見ている街なのに。
いつも見上げている空なのに。

何かが違うと感じて
自分の存在に心許なさを感じることはありませんか?


とまあ、変な問いかけを始めましたが、
実は作者はごくたまにあります。こんな感覚。

若い頃は結構あった気がしますが
年を重ねてからはグッと減ったような…

ですが久々にありました。
この感覚が。

99 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/22(木) 13:54

帰宅途中、いつもの駅を降りて、
ほぼ毎日立ち寄る駅前のコンビニで。

 あれ?改装した?
 う〜ん。昨日と変わってないなぁ…

 ボーッとしてて違う駅で降りちゃった?
 んなこたぁ、あるわけない。

そして、トボトボと歩き出しても。

 ん?
 何か変。

自分がフワフワと漂っているような、妙な違和感。

 なんか久々だなぁ
 この感覚。

 これってなんなんだろうな…

懐かしい感覚を楽しみながら、
ふと思いました。

100 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/22(木) 13:56

もしかして、出会うべき人に
出会うことが出来なくなったからじゃないのか?

実は出会わなければいけない人がいたのに
記憶から消し去られてしまったとか?

だからこんなに違和感を感じるんじゃ…?

そうかっ!
そうに違いない!
だから作者は、寒い夜に一人身なのか!


と何とも都合のよい
解釈をした所から始まった妄想・・・

それがこのお話でした(笑)


というわけで、今作はいかがでしたでしょうか?

序章は今。
それから時を遡って、物語は進み
終章から1年を経て、序章のあのシーンへ繋がっていく・・・

そんな堂々巡りしちゃいそうな書き方も面白いかな?
なんて思い、こんな風になりました。

分かりにくい部分も多かったでしょうか・・・?

更には「何だよ!この結末は!」
とお怒りになる方も、いらっしゃる気もするような・・・(汗)

そして相変わらずスレの使い方がヘタクソすぎる・・・

101 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/22(木) 14:16

序章で、梨華ちゃんが全てを思い出すシーンがありますが
そのあと二人が幸せを掴むのか、はたまた再び運命とやらに翻弄されていくのかは
これを読んでくださった方のご想像にお任せしようと
今のところは思っています。


とにもかくにも
レスをくださった方、最後までお読み頂いた方
本当にありがとうございました!

ぜひ一言でも、ご意見、ご感想など頂けると嬉しいです。


さて今後は――

何とも中途半端にスレを移動してしまったので
何かしらここで書いていこうと思っています。

一応、新作の構想もありますが
まだ全く文字に起こせていません…(汗)

もしお待ち頂けるようでしたら
気長にお待ち頂ければ幸いです。

102 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/22(木) 14:18


103 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/22(木) 14:19


104 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/22(木) 14:19


105 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/04/23(金) 11:41
お疲れ様でした!

やっぱり最後も切なかったけど
先は自分でハッピーにしちぇえばいいじゃんと思える作品でした!!
玄米ちゃさんの作品は全て読んでいますが、
こうゆう結末も素敵だなと思います。
いつも本当に面白いですよね。

ここで続けられると聞いてまた楽しみが増えましたよ。
気長に待ってますね!
106 名前:名無飼育 投稿日:2010/04/23(金) 12:27
更新お疲れ様です
面白くて一気読みしました!
メビウスの輪って感じですね
連れ帰られた吉澤さんや中澤さんの動きが気になります
107 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/04/24(土) 12:58
脱稿おめでとうございます
今作もめちゃくちゃに泣かせていただきました
二人の幸せを願ってやみませんが、この小説のなかでなら運命に翻弄されてほしいとも思ってしまう
いしよしだからこそ、悲しいラブストーリーも成立するんですよ、ね・・・・

それにしても玄米ちゃ様の作風の広さには驚かされました
次はどんないしよしに出会えるのか楽しみに待っております
108 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/04/29(木) 00:45
完結お疲れ様でした。
今回も切なくて泣いちゃいましたが
脳内で二人を幸せになるようもっていきました
もちろん、中澤さんの活躍でw
109 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/05/14(金) 15:56

>105:名無飼育さん様
 作者の作品を、全て読んで下さっているなんて嬉しい限りです!
 このような結末を素敵だと言って頂き、ありがとうございます。
 これからも楽しんで頂ける作品を、頑張って書いていきたいと思います。

>106:名無飼育様
 うれしいですね。ありがとうございます!
 連れ帰られた後は、どうなったんでしょうかねぇ・・・
 是非妄想して楽しんで頂ければ。

>107:名無飼育さん様
 そうなんです!似合うんですよね・・・悲しいお話も。
 2人はほんとにすごいと思います。
 おバカなものも甘いものも何でもハマってしまう・・・
 2人の振り幅の大きさや、懐の広さなどが、作者の妄想癖を刺激してくれます(笑)

>108:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 泣かせてしまったようですみません。
 是非その後の2人の様子、どんな風に幸せになれたか教えて頂きたい!

110 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/05/14(金) 16:01

さて、本日からは。
以前チラリと、構想だけはあると言っていた『Cake4』を
始めたいと思います。

『Cake』はどうしても、脇役が暴れだすので
おそらく・・・というか、間違いなく中編になると思われます。

一応、Cakeシリーズは――

 Cake 夢板『ハルカゼにのって』スレの347〜494
 Cake2 〜M〜 夢板『花に願いを』スレの最初〜313
 Cake3 〜愛のカタチ〜 幻板『花に願いを2』スレの380〜430

となっております。

それでは、どうぞ。
111 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:02


  『Cake4 〜愛のチカラ〜』


112 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:03


はぁ〜〜

ハァ〜〜


113 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:03


「ねえ、何なの?
 あのため息の合唱」

「あの席だけ、な〜んかどんよりしてるよね・・・」

「窓際なのに、あそこだけ陽が当たってない感じ?」

腕組みをして会話をする3人組。
左から順に、藤本美貴、里田まい、柴田あゆみ。


「似たような顔、つき合わせてさ
 最近多くない?あそこで2人でどんよりしてること」

「そうそう。二言三言交わしちゃ
 2人して、どよ〜んって・・・」

「あそこだけ照明落ちてたりする?」

3人揃って、該当席の上に視線を送るが
間違いなく電気はついている。


「原因は何?」

「さあ?無くし物したとか?」

「――それ、あなただから」

両脇から睨まれた里田まいが頭を下げる。

114 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:04


はぁ〜〜〜

ハァ〜〜〜


115 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:05

「また、ため息が深くなってきた」

「ってか、この話ため息で始まるの多くない?」

「先に言っとくけど、今回は2人だし
 三段活用してないから」

ギクリとした里田まい。
もう一人来れば、三段活用になるのに・・・
と心の片隅で思っているのは内緒だ。


「あっ、そろそろぶつかるよ」

「3.2.1」

「ゴツン」

やっぱりやった。
3人揃って呆れ顔で、ぶつけた頭をさすりながら謝りあう2人を見つめる。

116 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:06

「毎度毎度、学習能力はないのか?
 あいつらは」

「よしこのコック帽を、あのピンクのトサカに
 かぶせてあげれば解決するんじゃないかな?」

「ねぇ、それ本気で言ってる?」

2人の厳しい視線が、再び真ん中に集まった。


「冗談だよね?」

「――はい。冗談だと言うことで片付けます・・・」

「なら、よろしい」

モヒカンにコック帽をかぶせて歌う
ロック歌手はあまり見たくない。

117 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:06

「やっぱさ、悩みっつったらエッチじゃないの?」

「え?セックスレスってこと?」

「シッ!声がデカイよ。
 一応、店の中なんだから」

『一応』は余計だと思う。


「じゃあ、相手が激しすぎて毎晩困ってるとかさ」

「ああ、梨華ちゃんならありえるね。
 それに、あのアングリーちゃんも激しそうだしね・・・」

「――いいなぁ・・・」

二人の視線が一番右の人に集まった。


「柴ちゃん、夜の生活に何かご不満でも?」

「店長って、もしかしてサッパリ系?」

「最近特にね・・・」

あーあ、第2話に戻りたい・・・
あの頃は毎晩のように求められてたのに――

ボソリと、そう呟いた柴田あゆみの横から
ニョキッと顔がとび出した。

118 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:07

「呼んだ?」

「マサオ!!」


「あ、淡白」
「あ、早漏」

「ちょっと、まいちん?!
 マサオが早漏な訳ないでしょっ!!」

「ソーロー?候?早老?」

「あ、三段活用・・・」
「だから、活用してないって!!」

柴田あゆみが里田まいに
ヘッドロックをかける。

「ね?ソーローがどうしたの?」

この店の店長であり、そして柴田あゆみの恋人でもある大谷雅恵が
そばにいる藤本美貴に尋ねた。

「それはね――」

119 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:07

「ダアアッ〜!!!
 気にしないで。マサオ、ね?」

里田まいから手を離した柴田あゆみが
今度は藤本美貴の口を塞ぐ。

んぐぐぐ・・・

「店長のテクニッ――」

んぐぐぐ・・・


「あは、あははは・・・」

柴田あゆみの両腕に抱え込まれた
二人の首。そして塞がれた口・・・

(テメーら、あとでぶっ殺す)

目だけでそう伝えた柴田あゆみに、これまた目だけで
『ごめんなさい。もう言いません』と謝る哀れな二人組。

120 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:08

「何?何なの?
 三人で楽しそうにじゃれあっちゃって〜♪」

能天気と言うか、何と言うか・・・

「マサオ店長も入れてよ〜
 ねぇ、あゆみ〜♪」

二人を両腕に抱えたままの柴田あゆみに
体をスリスリと擦りつけて、甘えたように言うけれど
恋人のこめかみがピキピキ音を立てているのに、全く気付いていない・・・

「ねぇ、あゆみってばぁ〜♪」

そろ〜り、そぉ〜と、柴田あゆみの腕から
抜け出した二人組。

そろそろ爆発も近いことは
誰が見ても明らかなのに――

121 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:09

・・・何よ。最近まともに抱いてくれないクセに・・・

「ん?何?聞こえないよ〜♪」

 (店長ってさ、もしかしてよっちゃんよりバカ?)
 (いや、よしこはバカじゃなくてアフォだから)


・・・何なのよ。最近おざなりにしか、シないクセに・・・

「ねぇねぇ、何一人でブツブツ言ってんの〜♪」

 (柴ちゃんの頭から湯気出て来てない?)
 (店長、ご愁傷様です)


「あ〜ゆ〜み♪」

ワナワナと震える柴田あゆみが
大谷雅恵の耳を思いっきり引っ張って叫んだ。


「たった今から、私に指一本触れんなよ!!
 この、おたんこなす〜〜〜!!!!」

122 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:09



**********
**********



123 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:09


「ねぇ、ハングリー。最近どうよ?」
「最近?・・・ダメ」

「やっぱり?」
「うん。そっちも?」

「うん・・・」
「だよね・・・」


はぁ〜〜〜
ハァ〜〜〜


店の隅っこにあるテーブルに腰かけたアタシ達。
別に仕事サボってるわけじゃないよ?

ちゃんと休憩時間だし・・・

124 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:10

初めてハングリーがこの店に来てくれたあの日から
アタシは彼女が望む『脳みそケーキ』ってやつを研究して
試行錯誤しながら、完成させた。

見た目は、その・・・グロテスクだけど
なんたって、このアタシが作ったんだ。

 『おいしいっ!何度でも食べたくなるね?』

なんて、隣で味見した梨華ちゃんが、
可愛い笑顔で言ってくれて――

たまんなくなって、二人きりの厨房で
抱きしめてキスして――


 『・・・甘い、ね・・・?』
 『ケーキが?』
 『ううん。ひとみちゃんのキス』

 『おいしい?』
 『おいしいよ』
 『何度でも食べたくなる?』

 『うん。何度も・・・』


そのまま何度も何度もキスして
我慢できなくて、ソッコー家帰って
朝まで愛し合っちゃたりなんかしてさ・・・

125 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:11

アタシだって何度でも何度でも何度でも
梨華ちゃんを食べたい。

欲望は尽きることがなくて
いつだって触れていたくて、
いつだって抱きしめていたい。

それは一緒に暮らすようになってからも
変わらないアタシの欲望。

てか、会えない時間が増えた今
当然な気持ちだとアタシは思うんだよ・・・


「梨華ちゃんは、今夜も帰り遅いの?」

うな垂れたアタシを気遣うように
ハングリーが尋ねる。

「――うん。今夜も残業だってさ・・・」
「そっか・・・、それじゃ仕方ないね・・・」

はぁ〜〜〜
ハァ〜〜〜

「つらいね」
「つらい・・・」

126 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:11


梨華ちゃんはこの春、大学を卒業し
晴れて社会人になった。


「いいじゃん。もうマーシーに就職しなよ」

出会ってから3回目のクリスマスが過ぎても
なかなか就職が決まらなかった彼女。

「――それは・・・ダメ」

うちのソファーに座って、膝を抱えて
俯いたまま呟いた。

「何で?」

隣に座って、丸まって小さくなった彼女の体を
丸ごと包み込んで抱きしめた。

だってさ、これだけ不況なんだもん。
就職が決まらない人なんてゴロゴロいるんでしょ?
アタシだって、これでもちゃんとニュース見てんだよ?

127 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:12

「マーシーには柴ちゃんが就職するもの・・・」

いわゆる永久就職ってヤツ。
形式上は夫婦にはなれないけど。


 『あゆみ、マーシーに人生を預けてくれないか?』

これが、プロポーズの言葉だったらしい。
そして、その後。

 『店に人生預けるの?そんなのヤダ』
 『な、な、な、な、なんで??』
 『マサオになら預けるけど♪』

なーんて、やり取りがあったことを
本人たちから聞かされた。

はいはい。ノロケノロケ。

128 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:13

「店長ならこの前いいって言ってくれたじゃん」

俯いたままの梨華ちゃんの髪にキスを落とす。

「・・・ダメ」
「どうして?」

グッと抱き寄せると、体を丸めたまま
アタシに身を預けて来た。

「・・・ダメ、だよ。そんなの・・・」

消え入りそうな声で、小さく呟いた彼女。

毎日いっぱい会社を回って、
それでもなかなか決まらなくて――

懸命に努力して、頑張って。
少しだけ不器用な彼女は、時代の渦の中で
もがき苦しんでる。

そんなあなたをね。
アタシは守ってあげたいんだ――

129 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:13


「――だったら、さ・・・」

心臓がバクバク言い出す。
なんつーか。ずっと一緒にいてくれなんて
プロポーズらしきものも、済ませちゃってはいるんだけども・・・

――やっぱり、緊張する・・・

早くなった心音を不審に思ったのか
梨華ちゃんが、アタシの腕の中で顔を上げた。


「――永久就職、しなよ。アタシ、に・・・」

ヤベ、声が震えた。

真っ赤になっていく頬が、耳が恥ずかしくて
乱暴に梨華ちゃんの頭を引き寄せた。

「アンタ、養うくらい。
 出来るよ?アタシでも・・・」

「――ひとみちゃん・・・」

130 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:14

「ちゃんと幸せにする。
 苦労もさせない。だから――」

ゴクリとつばを飲み込んだ。

「・・・永久就職すればいいじゃん。
 アタシに、さ――」

心臓、壊れそう・・・
カッコつけてるけどさ、いっぱいいっぱいなんだ。
バクバクいってんの、伝わってるでしょ?


「するよ。永久就職・・・」

え?

すごく嬉しそうな顔して
アタシの腕の中から、彼女が見上げる。

131 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:14

「決まってるじゃない。
 その時が来たら、ちゃんと採用してよ?」

うん・・・って!!

「――その、時・・・?」

「お店」
「店?」

「ひとみちゃんのお店」
「アタシの?」

うん。
嬉しそうに頷く彼女。

「ひとみちゃんのお店出す時にね。
 わたし、ひとみちゃんに就職していい・・・?」

「・・・で、でもさ。
 そんな、の。いつになるか――」

だって、店出すってスゲーお金かかるんだ。
アタシの貯金くらいじゃ、まだまだ全然たんなくて。

あと何年かかるか、なんて――

132 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:15

「一緒に貯めよう?」

わたし、だからちゃんと働きたいの。
頑張って働いて、お店出す資金、一緒に貯めたい。

それに、社会に出て
色々勉強しておいた方がいいと思うんだ。

だって、オーナーを支えなきゃいけないもの――


「・・・オ、オーナーって、アタシの、こと・・・?」

「そうだよ。世界一美味しいケーキを作るオーナーで
 ・・・わたしの大切な人だもん。だから――」

もう!
恥ずかしいから、そんなに見ないでよっ!

そう言ってまた、アタシの胸に
顔を埋めた。


ヤベー。すごくヤベー。
めちゃめちゃ嬉しいかも・・・

133 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:16


「――梨華・・・、ありがと」
「・・・うん」

ギュッと抱きしめあって、
その夜はたぶん、今までで一番激しくお互いを求めたと思う。

愛しくて愛しくて。
どこに触れても、愛しくてたまらなくて。

何度も何度も何度も、彼女に口づけて。
彼女の甘い舌を、彼女の柔らかい肌を、彼女のすべてを・・・

――心を込めて、一晩中愛し続けた。



「・・・ひとみ、ちゃん」

もう外は明るくなってきていて。
アタシの腕におさまって、乱れた息を整えながら
彼女が囁くように言う。

それ。
そのエッチの後の、少しかすれた声。

それ聞くとさ、また欲しくなるんだ。
アンタのこと――

134 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:16

「春になったら、ね・・・?」
「春になったら?」

甘い声に溺れそうになる。


「・・・一緒に、暮らそう?」

・・・え?
――今、なんて・・・?

驚いてとび起きたアタシ。

「わたしが、ここに来るから。
 ひとみちゃんの部屋に来るから」

――だから、一緒に暮らそうよ。

彼女の手が伸びて
アタシの頬をとらえた。

135 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:17

「お家賃の分、お金貯めよう?
 いっぱい節約して、二人の夢一緒に叶えようよ」

二人の、夢って
言ってくれるの・・・?


「――それにね・・・、離れちゃうの、ヤダ・・・」

だって、就職したら
こんな風に毎日会えなくなっちゃう。

「そんなの・・・ヤダもん・・・」
「梨華ちゃん・・・」

アタシだってヤダよ。
毎日この腕に閉じ込めて、出したくないって思いながら
アンタから離れるんだから・・・

「――ひとみちゃん・・・
 毎日こうして、そばにいて。わたしを、抱いて・・・?」


136 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:17




はぁ〜〜〜〜〜〜


「何日シテないの?」

ハングリーが哀れみの目をアタシに向ける。

「一週間以上かな・・・」
「月のモノ?」

「まあ、それもある」
「なら、仕方ないじゃん」

「いや、そうだけど。
 そうなんだけどさ。何か違う気がするんだ・・・」

「何?」
「意識的に避けられてるような・・・」

「キスは?」
「それは毎日してるけど・・・」

「ならいいじゃん!」

こっちなんか、アングリーから
キス禁止令出されたんだよ?

脳みそプディング食べちゃったからってさ・・・

137 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:18

確かに『たかが一週間』なんだよ。
お互い月のモノがある訳だし・・・

でもね。

一緒に暮らすようになって、もうすぐ3ヵ月。
付き合い出して3年目。

こんなに触れてないのは、初めてなんだ。
触れようとすると避けられる。
そっと胸元に伸ばした手を遮られる。

キスを嫌がるそぶりはないのに――

何か嫌われるようなこと
しちゃったのかなぁ・・・

はぁ〜〜〜

「はああああ〜〜〜」

あれ?
今、別の場所からため息が聞こえたよね?

138 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:18

「はああああああ〜〜〜〜」

「店長っ?!!」

「よっすぃ〜、あゆみが、あゆみが・・・」
「柴ちゃんがどうしたんスか?」

「指一本触れんな。おたんこなすって・・・
 うわぁぁ〜〜ん!!」


はぁ〜〜〜〜〜
ハァ〜〜〜〜〜
はあああ〜〜〜


また一人、ため息の友が増えた。

139 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:19


140 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/14(金) 16:19


141 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/05/14(金) 16:20

こんな感じでスタートしました。
以後、宜しくお願いします。

142 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/05/15(土) 10:18
待ってましたー!!
このシリーズ大好きです!!
なんというかもうごちそーさまーって感じですけど
これからどうなるのかすごく楽しみです
143 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/05/15(土) 20:59
更新お疲れ様でした!!

ひさぶりのCakeの続編、めっちゃ嬉しす!!
ずっと待っていましたよw
次回更新まで、また一つ楽しみが増えました。
144 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/05/17(月) 09:50
待ってましたよ!!
このシリーズはあま〜いので大好きです!!

145 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/05/21(金) 12:24

>142:名無飼育さん様
 お待たせしました。
 このシリーズを気にいって頂けてるようで嬉しいです。

>143:名無し飼育さん様
 これまた、お待たせしました。
 そんなに喜んで頂けると、作者もテンション上がります!

>144:名無飼育さん様
 またまた、お待たせしました。
 楽しんで頂けるよう、頑張ります。


では、本日の更新にまいります。

146 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:25


147 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:26

「こんばんは〜」

「おっ、梨華ちゃん。いらっしゃい」

出迎えてくれたのは、まいちゃんと
相変わらず自分のお店をほったらかしで、ココに入り浸っている美貴ちゃん。

「久しぶり〜」

ひと月ぶりのマーシー。
ここの所忙しくて、すっかりご無沙汰しちゃった。

「おやおや、すっかりOLが板に付いてきたね。
 出来る女風よ?」

「風って、ちょっと失礼じゃない?!」

「だって仕事してる姿、知らないしね〜」
「そうそう。見た目でごまかされちゃいけない手本が
 美貴達のものすごーく近くにいるから」


「――それって、ひとみちゃん・・・?」

148 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:27

「さすが梨華ちゃん!大正解!」
「そーそー、見た目出来る子に見えるけど
 こっち側の人間だから、あいつは」

もうっ!人の恋人を!

確かにおバカなとこもあるけど、
すごーく、すごーく優しくて、気配りも出来て、
心が広くて大きくて、温かくて、それから、それから――

「あ、それはそうと梨華ちゃんさ・・・」

早速スルーかいっ!

ガシッと二人に両脇を挟まれた。


「ね、最近シテないの?」
「へっ?何でそれを?」

やばっ!
慌てて口をつぐむ。

が、時すでに遅し・・・

149 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:27

「ほお〜〜」

ニヤニヤ顔の美貴ちゃん。

「何でかな〜?」

ニンマリ微笑むまいちゃん。

「・・・い、いや・・・何でって――」

とられた両腕をガッチリ掴まれて
両側から顔が近づいてくる。

背中に冷や汗が流れた。


「なあ美貴、明日のタマゴの仕入れなんだけどさ――」

厨房から出て来たひとみちゃんが
わたし達を見て固まった。

150 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:28


「――お前ら、組体操でもすんの?」

「そうそう。こっから両脇に開いて『扇』みたいな・・・
 ってやる訳ないじゃん!やっぱよっちゃんてバカだわ」

「プラス根っからのアフォ」

二人がわたしから離れて、
あきれたように首を左右に振る。

「な、なんだよ!バカとかアフォとかさ!」

「あら、事実を申し上げたまでです」
「そうそう。ミキティの言う通り」

「・・・ふふっ。相変わらずだね?」

思わずふき出してしまった。
ついこの間までは、わたしもここで
こんな風に皆とじゃれ合ってたんだよね・・・

やっぱり、少しだけ寂しさを感じてしまう。

151 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:28

「あ、えっと・・・
 どした?」

ひとみちゃんの大きな瞳が
心配そうにわたしを窺う。

ふとした瞬間の表情も見逃さない
本当にやさしくて、頼りになる自慢の恋人。

「久しぶりにね、早く帰れたから
 一緒に帰ろっかな、なんて…」

そう言って、微笑みかけたら
嬉しそうに綺麗な顔を崩して微笑み返してくれた。

「少し待てる?
 やりかけの仕事終わらせたら、すぐ来るから」

「うん。気にしないで?
 ゆっくりでいいから」

「待ってて」

そう言ってひとみちゃんは、
足早に厨房へと引き返して行った。

152 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:29

――思い出すなぁ・・・

初めて一緒に帰った日のこと――

柴ちゃんの計らいで、一緒に帰ることになって。
今みたいに優しい顔で、『待ってて』って言ってくれたんだよね・・・

思い出すだけで、トキメクわたしの胸。

久しぶりに見たコックコート姿も
やっぱり似合っていて、余計にわたしの胸の鼓動を早める――


たった3日だけのつもりだったここのバイトで、
あなたに出会って、あなたに恋して。

両想いになれて、一緒に暮らすようにもなって、
将来だって誓い合っちゃう仲になっても
わたしの胸は、まだこんなにあなたにトキメクの…

――始めて自分から好きになった人。

これから先もずっと、
あなた以外は、絶対に好きになんかなれない。

だからね。
二人の仲が、ずっとずっと続いていきますようにって。

毎日毎日、隣で眠るあなたに
その願いを込めて口づけてるの・・・

そんなことされてるって、知らないでしょ?

153 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:30

「あら、藤本さん。
 吉澤さんトコの奥さんたら、ご主人を見る目が
 今だにハートなんですけど?」

「ほんと、バカップルよね…
 きっとご主人も今頃厨房でよっしゃーとか
 叫んで店長に殴られてるわよ」

「なんたって店長」
「おさわり禁止令出されてるからね〜」

おさわり禁止令?!

「何それ?」

またもや、二人に両脇を挟まれる。

「店長のお宅は、おさわり禁止令」
「ハングリーさんのお宅は、キス禁止令」

そしてお宅は――

「「エッチ禁止令!!」」

「ちょ、ちょっと!」

154 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:30

「わたし、そんな…」

「「そんな?」」

「えっ?だから…」

エッチ禁止令なんて…
出してないけど――

恥ずかしくて、囁くように言う。

「おや?」
「おやおや?」

「な、なに・・・?」

再び、ニヤニヤとニンマリ視線。

「じゃあ、どうしてよっちゃんは
 毎日、あんなに落ち込んでるのかな〜?」

「お、落ち込んでる?!」

「そうだよ。よしこ、毎日のように窓際で
 どよ〜んとして、ああ梨華を抱きたい。抱きたくて仕方ないって・・・」

「ムラムラして、仕事も手につかねーって」


155 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:32

「・・・言ってないでしょ?」

エスカレートしていく二人を睨んだ。

「やっぱバレたか」
「でもどよ〜んまではほんとよ?」

「休憩のたんびに、毎日窓際の席に座って
 ため息ばっかついてる」

そう、なんだ…


「「ね、何で?」」

いや、何でって…

「「ケンカした訳じゃないんでしょ?」」

まあ、そうだけど…

「じゃあなんで禁止すんの?」
「だからまいちゃん、禁止してないってば」

「じゃあなんでシないの?
 さあ教えてごらん!お姉さん達に」

二人が両腕を開いて
ここに飛び込んで来いというジェスチャーをする。

156 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:33

そんな、ニヤニヤ&ニンマリ顔に飛び込むわけないでしょ!
それにさあ・・・

「二人でそれぞれ開いてたら
 どっちに飛び込めばいいか迷うじゃない」

あ、そっか。
じゃあ。

そう言って、今度は二人が手を繋いで
両手を広げた。


「お待たせ〜」

再びひとみちゃんが固まる。

「何?今度は二人で『扇』やんの?」


「来るの、はえーんだよ!」
「空気読め、よしこ!!」

「え?何?なんでこいつら
 こんなにキレてんの?」

目をクリクリさせて、わたしに答えを求めるひとみちゃん。
かっわいい〜〜

157 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:34

「ふふっ。何でもないよ?
 帰ろ?」

「え?あ、お、おうっ!」

ひとみちゃんの腕をとって
ニッコリ微笑んだ。

「あーあー、鼻の下伸ばしやがって。
 何がイケメンパティシエだよ!」

「さっさと帰って、イチャイチャしやがれ。
 このバカップル!」

二人の心地よい罵声を背中に浴びながら、
ピッタリ寄り添ってお店を出た――

158 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:35



「・・・思い出すなぁ」
「ん?」

隣で自転車を押すひとみちゃん。
優しい眼差しは、ほんと出会った時から変わらない。

「初めて一緒に帰った日のこと」
「ああ」

ちょっとはにかんだ横顔。
すぐに赤くなる頬や耳。
色んな表情を映し出す、その大きな瞳・・・

全部全部、ずっと見つめていても
飽きることがないの。

「すっごくドキドキしたんだぁ・・・」
「アタシだって」

あの頃と違うのは、
あなたの腕とわたしの腕が絡んでいること。
こんな風に、直にあなたの温もりを感じられること。

159 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:35

「ほんとに〜?」

わざとらしく、ひとみちゃんの顔を覗きこんだ。
途端にまた赤くなる頬。

「ほんとだって!」

・・・好きになったのは、こっちが先なんだからさ。

小さな声で呟いたひとみちゃん。
こんな些細なやり取りでも、胸がキュンとなる。


――限界って、あるのかな?

あなたの隣にいて、あなたの整った顔を見つめて、
あなたの温もりを感じて・・・

好きな気持ちが。
愛しい気持ちが、どこまでも止まらないの。

毎日毎日、加速していく気がするの――


・・・ひとみちゃんは、どうなのかな?

毎日加速してくれてる?
飽きたりしてない?

――ちょっとね、不安なの。

160 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:36

「どした?」

心配そうに窺う大きな瞳。
大好き、ひとみちゃん・・・

「会社で何かあった?」

大きく首を横に振った。
組んでいる腕を少しだけ引っ張る。

歩みを止めて、キョロキョロと周囲を確認すると、
ひとみちゃんの唇がわたしに触れた。


――ドキドキするの、ひとみちゃん。

あなたに触れられたら、こんなにまだ
ドキドキするんだよ?

わたしだけはイヤなの。

慣れないで欲しいの。
飽きないで欲しいの。

わたしと同じように、ときめいて欲しいの・・・

161 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:37

――ひとみちゃんが、ゆっくりわたしから離れる。

閉じられていた瞼が、スローモーションのように開かれていく・・・

この瞬間がたまらなく色っぽくて、
またわたしの胸の鼓動が加速する。

誰にも知られたくない、彼女の素顔――

普段はボーイッシュなのに、
この時だけは本当に綺麗な女の子。

絶対に誰にも見せたくない
わたしだけの彼女の素顔。

わたしにしかない特権。

わたしだけ。
わたしだけなんだからね?

162 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:37

「やべー」
「どうしたの?」

わたしの心に不安がよぎる。

「ちょー抱きしめたい。今」

ひとみちゃん・・・

再び、ひとみちゃんがキョロキョロと
周囲を見渡す。

「ほんとはダメだけどさ・・・」

耳元に唇を寄せられた。

「二人乗りしちゃわない?
 早く帰りたいよ、家に・・・」

その声だけで、体の奥が熱くなる。

流されてしまいそう――

163 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:38

ニコニコ微笑みながら、自転車を跨いだひとみちゃんが
後ろに乗れと催促する。

久しぶりの二人乗り。

だけど――

「ダメ!お巡りさんに見つかったら、
 捕まっちゃうでしょ?」

「ちぇ」

口を尖らすひとみちゃん。
もう、ほんとにかわいい。

渋々歩き出したひとみちゃんに、思わずふき出した。

「ちょっと待ってよぉ〜」

走り寄ってもう一度、あなたの腕に自分の腕を絡めると
嬉しそうに微笑むから、またわたしの鼓動が一つ早まった――

164 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:38




「先に鍵開けてくるね?」

トントントンとリズムよく階段を上っていく。

二人で一緒に帰った時の決まりごと。
ひとみちゃんが、自転車置き場に愛車をしまっている間に
わたしは玄関の鍵を開け、ポストを確認し、部屋の電気をつける。

ジャケットを脱いで、自分で肩をひと揉み。
スーツって、ほんと肩が凝る。


「ただいま〜」
「おかえり」

一緒に帰って来たけど
こんなやり取りって、何か嬉しいよね。

165 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:39

自転車の鍵を下駄箱の上において
スニーカーを脱いだひとみちゃんが、お部屋に上がってくる。

「今、お湯沸かすね?
 お茶飲むでしょ?」

ニッコリ微笑んで、キッチンに向かおうとしたら
突然背中から抱きしめられた。

「・・・ひとみ、ちゃん?」

「色っぽいね・・・、この格好。
 なんか大人の女って感じ・・・」

首筋に唇を寄せられて
思わずビクッとする。

「今日は取引先の所に行ったから・・・」
「なんかほんと、大人っぽい・・・」

触れる唇の温度に、鼻先の感触に
ドクンドクンと胸の鼓動が早まり出す。

「・・・もうっ。普段が大人じゃないみたいじゃない・・・」
「可愛いよ、いつもは・・・」

首筋を撫でるように唇が動いて
耳元で囁かれる。

「でも、今日はスゲー色っぽい・・・」

耳たぶにキスされて
思わず、前に回されているひとみちゃんの腕を掴んだ。

166 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:39

「けど一番は・・・、エッチしてる時の顔が
 一番色っぽいよ・・・」

そのまま強引に振り向かされて
唇を塞がれた。

んっ、んん・・・

いつもより激しく動く、ひとみちゃんの唇、舌。
カッと全身が熱くなって、体の芯が溶け出してしまいそうになる・・・

息つぎさえ許してもらえなくて
喘ぐように、声が出る。

・・・はっ、んんっ・・・

ひとみちゃんの指が、スカートのホックを外し
ファスナーを下ろそうと動き出す。

「・・・んっ、ダ、メ・・・」

必死で理性を働かせて、
ひとみちゃんの手を押さえた。

167 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:40

やっと唇が開放される。
苦しくて息があがる。

「・・・はあ、はぁ・・・ダ、メ」
「・・・どうして?」

そう尋ねるひとみちゃんの瞳が
どうしようもなく色っぽくて、このまま溺れてしまいそうになる。

「――もう、終わったよね?アレ・・・」

コクリと頷いた。
そう。月のモノはとっくに終わってる。

けど、理由はそれじゃない。

「なら、いいでしょ?
 このままアンタを抱きたい・・・」

そう言って、首筋に唇を這わせながら
スカートを捲り上げ、太ももに手を這わす。

「・・・あっ、ん、ダメ・・・」

内腿をすべって、ソコに触れようとした
ひとみちゃんの手を押さえた。

ダメ。濡れてるの、バレちゃう・・・

168 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:41

「――乗り気じゃ、ない・・・?」

悲しそうにわたしを窺う瞳。

ごめん、ひとみちゃん。
ごめん――

小さく頷いた。

「そっか・・・、ごめん。
 こんな、急に・・・、ごめん」

わたしから離れたひとみちゃん。
苦々しげに噛み締められた唇に、胸が痛む。


「――先、シャワー、浴びてくるわ」

そう言って、微笑んでくれたけど
片頬だけあげた、引きつったあなたの笑顔。


あなたがバスルームに消えたと同時に
その場にしゃがみ込んだ。

ごめん、ひとみちゃん。
もう少しだけ、待って――

169 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:41


**********


170 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:41


身に纏っていたものを乱暴に脱ぎ捨てて
頭から冷たいシャワーを浴びる。

そうしないと、体の中の熱が逃げてくれないんだ。

毎日毎日、こうして自分の中の熱を逃がしてる。
ほんとはこんなんじゃ、もう誤魔化しきれないほど
ドロドロとした感情が渦巻いて、無理矢理でもヤッちまいたい。

けど、嫌われたくない。
大切にしたい。
イヤだと言うなら、待ってあげたい。

水流を更に強くする。

この欲望を流して欲しい。
体中にたまった熱を冷まして欲しいんだ。


そう願いながら、この前愛し合ったのは
いつだったかを思い起こす。

――2週間以上も前か・・・

いくら何でも、こんなにシなかったことはない。
確かに1週間くらい空いたことはあったよ?

でもそん時だって、触りあったり
ベッドでイチャイチャして・・・

171 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:42

――何か、しちゃったんだろうか・・・

彼女が触れられたくないと思うようなこと――


必死で考えるけど、思い当たる節がない。

だってさ。もしも本当に
触れられたくないんだとしたら・・・

あんな風にキスしたりするだろうか?
ましてや、キスをせがんだりなんて――

今日のあのキスは、『いいよ』ってサインじゃ
なかったのかよ・・・

あー、わっかんねぇ!!


「ぶぇーっくしょん!!!」

うお〜、さみぃ。
毎日、水浴びてたら、いつか風邪ひくよな・・・


シンと冷える体と、熱くうねる渦を抱えたまま、
アタシは体を洗うことに専念しようと決めた。

172 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:43


173 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/21(金) 12:43


174 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/05/21(金) 12:43

本日は以上です。
175 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/05/21(金) 16:19
更新お疲れ様でした!!

3時のおやつに食べたロールケーキより甘いwww
胸やけ起こしそうなので薬局に胃腸薬買いに行くついでにヨーロッパに行ってきます(何

それにしてもますます謎が深まるなぁ・・・。
何故ゆえ禁止令・・・。

悶々としながら次回更新を待っていますw
176 名前:名無し留学生 投稿日:2010/05/24(月) 16:47
あたしも最初から最後までニヤニヤ&ニンマリ顔に読みました。
このシリーズは面白くて賑やかで大好きです。

今後店の皆さんの活躍に期待大ですわ!

もちろん、よっすぃ〜のオタクのエッチ禁止令の原因が一番気にしてます。

玄米ちゃ様GJ!
続きをめちゃめちゃ楽しみですYO!
177 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/05/28(金) 12:20

>175:名無し飼育さん様
 おおっ!そんなに甘かったですか?
 甘いと言われることが、あまりないのでちょっとこそばゆいです(笑)

>176:名無し留学生様
 ありがとうございます。
 このシリーズは『好きすぎてバカみたい』がテーマです。


では、本日の更新です。
178 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:21


179 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:22


「はぁ〜〜〜〜〜」
「ハァ〜〜〜〜〜」
「はあああ〜〜〜」


「何?どうしたの?
 珍しく3人揃って飲みに来たと思ったら
 ため息の合唱なんかして」

カウンターの中から、ごっちんが
半ばあきれ顔で、アタシ達に話しかける。

「聞いてよ!」

ごっちんに向かって
身を乗り出したのは、ハングリー。

片手には枡酒。

一度連れて来たら、すっかり気に入っちゃって
ちょくちょく二人で、ごっちんの店に顔を出してる。

今日だって、最近ため息仲間に加わった店長を誘って
『ごっちんの店に行こうよ!』って、ハングリーに
無理矢理連れ出された。

180 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:22

ハングリーが、手にした枡酒を一気に呷る。

「うめ〜!」

ピンクのモヒカン。
黒のライダース。

耳にも首にも腕にも、ジャラジャラジャラジャラ
何かしらつけているロックな姉ちゃんが、小料理屋で枡酒・・・

「ごっちん!おかわり!!」

あはっ。

ごっちんは、声を出して笑うと
「紺野、ついであげて」
と最近入ったバイトのこんこんに指示した。

181 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:23

繁盛してるようで何より。

もともと美味しい料理を出してたけど
ごっちんが全てを取り仕切るようになって
更に美味くなった。

そして、ごっちんの念願のデザートも
少しずつメニューに加えたりして、若い女の子が客層に増えた。

まあ、だからアタシ達3人が、
カウンターを占領して多少騒いでいても
全くもって、おかしくない訳だけども・・・

ハングリーが喚き続ける限り、
背中に刺さる他の客の視線が痛い――


「はい、どうぞ」

忙しく立ち回るこんこんの顔が
少しだけ上気してる。

182 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:23

枡の中にコップを置いて
なみなみと酒を注いでいく。

「おっ!もうちょっと!
 大丈夫。もう一息!」

こんこんの手元を見ながら、
横でハングリーが声をかける。

「あんまり飲みすぎると
 アングリーさんに怒られますよ?」

「いいんだ。別に」

口を尖らせたハングリー。
テーブルに置かれたまま、こぼれないように
コップに口をつけて酒をすすった。

「うんめぇ〜!!」

ハングリーを見て、ニッコリ微笑んだこんこんに
無言で枡を差し出した。

183 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:24

「まったく・・・」

こんこんの呆れ顔。

「吉澤さんだけじゃなくて、店長さんまで・・・」

ゲッ!

右横を見ると、店長が密かに枡を差し出してる。
左横ではハングリーが満足そうに、酒を堪能中・・・


「あはっ。なんか3人て似てるよね?」
「ほんとよく似てます」

ごっちんとこんこんが微笑み合う。

「冗談じゃねーよ。
 アタシはこの2人みたいに、恋人の尻にひかれたりしねーし」

そう呟いた途端、両側から
拳骨が飛んできた。

184 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:25

「イッテェ!!
 二人して側頭部を挟み撃ちすんなよっ!」

「誰が尻にひかれてるだと?」
「そうだ、そうだ!アングリーは尻にひいたりしない。
 足で踏みつけるんだから!」

思わず全員が、ハングリーに憐れみの視線を向けた。

「よく足で踏まれるの?」
「うん、しかもピンヒールで」

「それめちゃめちゃ痛いんじゃないですか?」
「キスの途中で、舌噛まれるよりマシだよ?」

「思いっきり噛まれるの?」
「アングリーは常に全力だから!」

ごっちん→こんこん→店長
と回ってきた質問のパスを最後にアタシが受け取る。

「ハングリー・・・」
「何?」

屈託なくニコニコ微笑む顔が
やっぱり他人じゃないような気がしてくる・・・

185 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:25


「SMって気持ちイイ?」

ブッー!!

店長が飲みかけた酒を
勢いよく吐き出した。

「あっ、きったねぇ!!」

カウンターにぶちまかれた液体。

「腕にかかったじゃないスか!」
「お前が変なこと聞くからだ」

おしぼりで、そこら中に飛び散った飛沫を拭う。

「だって、ハングリーが嬉しそうに言うからさぁ・・・」

ムッとして唇を尖らす。


「――結構、気持ちイイよ?」

おしぼりを動かす、アタシと店長の手が止まった。


「「・・・ほんとに、気持ちイイの?」」

あ、かぶった。

186 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:26

「なんたって、愛があるからね!」

自慢げに胸をそらすハングリー。


愛ならさぁ――

「うちの方があるよ」
「何言っちゃってるんスか?うちに決まってるでしょ」
「ふざけないでよ。うちに決まってるじゃん」

あははっ。
ふふふっ。

ごっちんとこんこんが、顔を見合わせて笑う。


「何?」
「何だよ?」
「何で笑うの?」


「そっくりだよ、3人」

ごっちんの一言に、3人一斉にため息をついた。

187 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:26


「で、一体何があったわけ?
 ため息3人組に」

ごっちんが煮物を出してくれる。
一斉にのばされる3人の箸。

「それぞれ、お触り禁止令、キス禁止令
 エッチ禁止令を出されちゃったの」

「はい??」

ハングリーの言葉に驚いた顔のごっちんと
真っ赤になって俯いたこんこん。

おやおや。こんこんって
見た目の通り、純情なんだね。

「アタシは別に、禁止令出された訳じゃねーよ」
「その割には、ひと月近くヤラセテくれないんでしょ?」

グホッ。
むせた。

188 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:27

「何?ほんとによしこ、そんなにシテないの?」
「ん?・・・まあ・・・」

「何したの?」
「何もしてねーよ」

「でも理由なくて、梨華ちゃん
 そんな禁止令出さないでしょ?」
「だから、禁止令は出されてないってば」


「2人はまだいいよ。
 こちとら、お触り禁止令だぞ」

店長がボヤキながら、グイッと酒を呷る。

「お触り出来ない、キス出来ない。エッチも出来ない・・・
 最悪だ、マジで」

両手で頭を抱えて、髪を掻き毟る。
確かに、そんなことされたら、アタシも荒れるな・・・

189 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:28

「聞いてよ!後藤!!」

店長が、テーブルをバンっと叩く。

「昨日なんか部屋帰ったら、ビニールテープで線が引いてあって
 『ここからコッチには来ないでね!』って・・・」

はああああ〜〜〜

大きくため息をつく店長。
それはマジでかわいそ。柴ちゃんやり過ぎだろ・・・

「あっ!それ、うちも!」

ハングリーが負けじと、手元の酒を一気に呷る。

「うちの冷蔵庫の中にもね、線が引かれてて
 右はアングリー、左はハングリーって決まってんの。
 だから、ちゃんと自分の場所にケーキとプディング入れてんのに
 朝になったら、右に移動してんだよ!絶対アングリーの仕業だよ!」

ハァ〜〜〜〜〜

これまた負けじと大きくため息をつくハングリー。
なんかお前は、かわいそくないぞ?

190 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:28

「「それに比べて」」

両脇から、刺すような視線。

「お前はいいよな。一緒に寝てんだろ?」
「え?ま、まあ・・・」

店長の据わった目が怖い・・・

「キスだって毎日してんでしょ?」
「う、うん・・・」

ハングリーのトサカが
一層逆立った気がする・・・


「こいつ!」
「許さん!」

両側から首を絞められた。

ぐ、ぐ、ぐるじい・・・

四つの手が、首に絡まる。
右に左に、頭が揺れる。

「ギ、ギブギブ・・・」

絡まった手に順番にタッチする――

191 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:29

「ゲホッ、ゲホッ!」

4つもあるから、締められてる時間がなげーよ!!

「大丈夫ですか?!」

こんこんが心配そうに
むせるアタシを覗き込む。

「・・・く、くるしい・・・
 こんこん・・・人工呼吸で助けて――」

ガクッとうな垂れた途端

<ガツッ>
<ガツッ>
<ゴオオオ〜ン>


「イイイッッテぇぇぇ!!!」


両側から側頭部に拳骨。
目の前から、フライパンが脳天に落ちた。

192 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:30

「たとえよしこでも、こんこんに手ぇ出したら
 ぶっ殺す」

ごっちんからの異様な殺気。

ちぇ。

「ちょっと、からかっただけじゃん。
 さっきから、赤い顔してうちらの話聞いてっからさ」

頭全体をさすりながら、思わず呟く。

「――結構しんどいんだよ。毎日お預けも・・・」

触れられるから、キス出来るから
その先を求めちまう。

体中が熱くって、熱を逃がす術も
もう限界で――

「・・・自分の中に、別人が住んでるみたいなんだ――」

熱に負けて、めちゃめちゃに壊したくなる。
欲望にのまれて、傷つけそうになる・・・

193 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:30

好きなのに。
愛してるのに。

誰よりも大切なのに・・・

「苦しいんだ、毎晩。
 隣にいることが、苦しいんだ・・・」

嫌われたんじゃないかって。
他にいい奴が出来たんじゃないかって――

「拒否られる度に、おかしくなっちまいそうなんだよ・・・」


「――確かにそれ・・・、しんどいな・・・」

店長がポツリと呟いた。

194 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:31

「よしっ!今夜は飲もう!」

店長がアタシの肩を抱く。

「そうだよ!とことん飲もうよ!」

ハングリーもアタシの肩を抱く。

アタシが両手で二人の肩を抱けば
スクラムの完成。


「今夜は飲むぞォ〜〜!!」
「「オォ〜〜っ!!」」

「飲んで飲んで飲まれて飲むぞォ〜〜!!」
「「オォ〜〜っ!!」」

「やがて静かに眠るぞォ〜〜!!」
「「オォ〜〜っ!!」」


何だか、この店長の掛け声。
どっかで聞いたことのある歌のような気がしたけど
とにかく今夜は飲みたい気分だった。

頭の中に渦巻く、不安や欲望を
アルコールで洗い流してしまいたかった。

今夜はもう、シャワーなんかじゃ、熱を逃がしきれない。
そんな気がしたから――

195 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:31


196 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/05/28(金) 12:31

197 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/05/28(金) 12:31

本日は以上です。
198 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/05/28(金) 16:22
更新お疲れ様でした!!

う゛〜ん、更に謎が深まる…。
悶々モンモンもんもん…。

ところで素敵な居酒屋さんは何処に行けばいいんざましょ?w

次回更新も楽しみにしています!!
199 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/05/28(金) 20:57
これはおもしろすぎる
200 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/06/03(木) 12:35

>198:名無し飼育さん様
 素敵な居酒屋さんは、きっとお近くにあるはず(笑)
 さて本日も悶々として頂きましょうか・・・(喜)

>199:名無飼育さん様
 ありがとうございます!
 この3人のおバカなやり取りは、書いていてとても楽しいです。


では本日の更新に参ります。
201 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:36


202 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:37

  [仕事何時に終わる?
   よしこがうちの店で倒れてるから
   悪いけど回収に来て]

今日の仕事を終えて、帰り支度をしていると
そんなメールが、ごっちんから届いた。

あまりにビックリして、すぐにごっちんに折り返し電話をすると
『だいじょぶ、だいじょぶ。酔っ払って寝ちゃっただけだから
 ゆっくりでいいよ〜』なんて
のん気な声で答えてくれたけど、不安は拭えない。

――どうしたんだろう?

ひとみちゃんが、そんなになるって珍しい。
ってか、初めて。

『酒は呑んでも呑まれるな』

なんて、あの闇医者の中澤先生に言っちゃうくらい、
ちゃんと自分の限界を弁えてるって言うか・・・

それにかなりの酒豪だし。
余程のことがない限り、そんな潰れるような無茶なことはしないはず――

203 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:37

タクシーでお店の前に乗りつけて
すでに暖簾がしまわれている、お店の引き戸を思い切り開けた。

 <ガラガラ>

「おかえり〜」
「お疲れ〜」

気の抜けた挨拶で迎えてくれたのは
なぜか、柴ちゃんとアングリーちゃんで。

2人仲良く、並んで座って
のん気に枡酒を飲んでいる。

「あ、えっと・・・」

この状況の把握に戸惑っていると
カウンターの中から、ごっちんが声をかけてくれた。

「お疲れ様。梨華ちゃんも飲もうよ」

「最初はビールがいいですか?」

あ、こんこんもいたんだ。

204 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:38

「よしこは大丈夫だから。
 ほら座って」

ごっちんが、柴ちゃんの隣の空席にわたしを促す。

「紺野はもうあがっていいよ」
「じゃあ、石川さんのビールを出してから帰ります」

そう言って、こんこんはカウンターから出ると
ビールとグラスを持って、空席に置いた。

「さあ、どうぞ?」

こんこんにそう促されたけど
やっぱり、ひとみちゃんの様子が心配。

「ね、ひとみちゃんは・・・?」
「お座敷で寝てます」

テーブル席とカウンター席の間を抜けた
奥のお座敷を、こんこんが指差す。

空席にバッグを置いて
お座敷を覗いた。

205 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:38

大の字に寝っころがった3人組。

正確に言うと、両脇の2人が大の字で
真ん中の1人に、片手片足をそれぞれ乗せていて
真ん中の1人は、気をつけの姿勢のまま、顔をしかめて苦しそうに眠ってる。

ヤダ・・・
ひとみちゃんが苦しそうじゃない・・・

「ちょっと!柴ちゃんとアングリーちゃん。
 ひとみちゃんが苦しそうだよ!」

お座敷に上がって、両脇の2人の手と足を
ひとみちゃんの上から下ろす。

ううっ。重い・・・

自分の恋人に全く興味を示さない
カウンターの2人。

見かねたこんこんが、手足を下ろすのを手伝ってくれた。

206 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:39

2人の重みから解消されると
ひとみちゃんの顔が穏やかになった。

ふう・・・

一つ息を吐いて、そっとひとみちゃんの髪に触れる。

どうしたの?ひとみちゃん・・・
何か辛いことでもあったの・・・?


「石川さん」
「ん?」

こんこんに呼ばれて、顔をあげる。

「そんなに・・・、愛おしそうなのに・・・」
「ん?」

「・・・何で、その・・・」
「何?」

こんこんの顔が赤く染まっていく。

「・・・エ、エ、エ――」
「エ?」

207 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:39

「ああ、もういいです!
 お先に失礼します!」

乱暴に頭を下げると
こんこんは店を飛び出して行った。


どうしたんだろ?

訝しげな顔で、見送っていると
またカウンターから声がかかった。

「ほら、梨華ちゃん。
 一緒に飲もうよ」

「うん」

もう一度だけ、ひとみちゃんの髪を撫でて
わたしはカウンターに座った。

208 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:40

少し温くなってしまったビールで
皆と乾杯。

久しぶりのお酒。
うん、おいしい。

この所、お家でも飲めなかったから、
余計に美味しい。

やっぱりお預けされると
格別に美味しく感じるもんなんだなぁ・・・
なんて、しみじみ思った。


「ね?こんこん、どうしたの?
 何かわたしに聞きたそうだったけど・・・」

顔を真っ赤にして、何だか様子がおかしかったよ?

「紺野は純情だからね〜」

そう言って、ごっちんが微笑む。

209 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:40

「こんこんが聞きたかったことはね・・・」

アングリーちゃんがわたしを見る。

「うん。聞きたかったことは?」

一瞬の間を置いて、
今度は柴ちゃんが、わたしを見つめる――

「何で『エッチ禁止令なんて出したんですか?』だよ」

グホッ。
柴ちゃんの答えに、思わずむせた。

「誰かさんみたいに、噴射しないで
 むせるトコは、よしこと一緒だねぇ・・・」

ニヤニヤ笑いながら、柴ちゃんを見るごっちんが
今日の3人の様子を教えてくれた。

210 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:41



「・・・ねぇ、梨華ちゃんはさ。
 何で禁止令出したの?」

一通り、飲み潰れた3人の様子を聞くと
柴ちゃんがわたしに尋ねた。

「・・・う〜ん。禁止令・・・なのかな・・・?
 柴ちゃんはどうして?」

「私は・・・、ちょっとだけ不安だったのかな・・・?」
「不安?」

穏やかに微笑んで、柴ちゃんは言った。

「何かこのまま、そばにいるのが当たり前になって
 いつか飽きられちゃうのかなぁって・・・」

だってさ。
何かエッチに心がこもってない気がしたの。

なんとなくシテるんじゃないかって――

211 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:42

「前のマサオはさ、何かほんとに情熱的で
 もうダメって言っても、やめてくれなくて・・・」

手元の枡を指で弄りながら、柴ちゃんが続ける。

「けど最近は、もっとって私が言わないと
 求めてくれなくて・・・不安だったの」

「しかし、不安は解消されました〜」

ごっちんが明るい声でそう言って、
柴ちゃんに微笑みかけた。

「さんざん飲みながらね。
 『あゆみの、もっと・・・って声、たまんねーぞ』って。
 『それを聞きたいから、わざと中途半端にすんの』だってさ。
 『お前らもやってみ?あの欲しそうなカオ、たまんね〜』とかなんとか・・・
 いや、ほんと酔っ払い3人の会話が際どすぎて、
 紺野は赤面したままだし、客はいそいそ帰って行くわで、散々だよ」

「「「ごめん・・・」」」

思わず、わたし達3人の声が揃って
顔を見合わせて笑う。

212 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:43

「アングリーちゃんは、キス禁止令出してたんでしょ?」

ゴスロリファッションに枡酒のミスマッチ。
最初に会った時は、大きな斧だったけど
最近は小型の鎌に替わってる。

切れ味は、やっぱり鋭いみたいだけど――

「んー、まぁ、キス禁止にしたのは
 プディングを食べたせいだとハングリーには
 言ってるんだけどね・・・」

まあ、あれは元々ハングリーのだった訳だし、
そんなことで禁止したりしないんだけどね――

「じゃあ、どうして?」

柴ちゃんが、アングリーちゃんの顔を覗きこむ。
ちょっと赤くなった頬。

少し肌が黒いから、赤くなったことが
皆には分からないかもしれないけど、わたしには分かる。

断じて分かる。

213 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:43

「――たまには・・・、奪って欲しかったからかな・・・?」

おっ。耳まで赤くなった。
皆、気付かないかもしれないけど、
アングリーちゃん、ものすごい照れてるよぉ〜

「聞いてくれる?
 だってね、ライブの時もキスしていいって
 何度も言ってるのにしてくれないし、肝心なとこで
 手を繋ぐの忘れちゃうし・・・」

それにね、肩とか抱くクセに、自分からはそこから先に進まないし。
たまには強引に奪って欲しいって思わない?!

すごい剣幕で話し始めたアングリーちゃん。
なんか、似てる・・・わたしに。


「で、その不満もまもなく解消されます〜」

またまた、ごっちんが明るい声でそう言うと、
後を引き受けた。

214 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:44

「『アングリーはSだから、ずっと受身でやってきたけど、
 もう我慢できない!アングリーが禁止するなら、こっちから
 攻めてやる!いじめてやる!とことん喘がせてやるぞ!!』だって」

呆れたように、ごっちんが肩をすくめた。

「それから3人で、『SM乾杯!!』とか
 訳わかんないことで、乾杯したりしてさ。
 ほんと迷惑極まりないよ・・・」

「「「ごめん・・・」」」

また、わたし達3人の声が揃って
顔を見合わせた。

「なんかさ、似てるよ。
 こっちの3人も、あっちで打ちあげられてる3人も」

ごっちんの優しい微笑み。
でも、打ちあげられてるって、魚じゃないんだから・・・

215 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:44

「ね、梨華ちゃんはどうして?」
「エッチ禁止したの、なんで?」

柴ちゃんとアングリーちゃんが
わたしに向かって、身を乗り出す。

「んー。あの、さ・・・
 3年目の浮気って歌、知ってる?」

「何それ?」

「わたしも知らなかったんだけどね。
 この前、中澤先生の所に行ったときに教えられて・・・」

「中澤先生?!なんでまた、あの闇医者のとこに?」

柴ちゃんが、心底不思議そうな顔をする。

「もしかして!」

ごっちんが大声をあげた。

「この前頼んだお弁当の時?」

コクリと頷いた。

216 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:45

そう。
あれは、ひと月前。

仕事でこの近くに来て、ちょっと時間が出来たわたしは
このお店を覗いた。

お昼時で、忙しそうにしていたごっちんに
声だけかけて帰ろうと思ったけど、
どうやら、熱を出して急に休んでしまったこんこんの分と
旅行中のごっちんのお母さんの分、手が足りないことが分かって――

 『何か手伝おうか?』

そう尋ねたわたしに

 『ごめん、梨華ちゃん!
  裕ちゃんとこに、これ持って行ってくれない?』

そう頼まれて、わたしは始めて
中澤先生の自宅兼診療所を訪ねたのだった――

217 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:45



218 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:46

「どうや?仕事は?
 もう慣れたか?」

美味しそうにお弁当をほお張りながら
中澤先生がわたしに尋ねた。

「まだまだ覚えることが多くて・・・
 でも、ガッツで頑張ってます!」

「まあ、目標があるもんなぁ。
 あんた達には」

「はい!」

中澤先生は、なんだかんだ言いつつ
わたし達のことを気にかけてくれている。

ただ、『店出す資金が足りないなら、ウチが貸してやるで〜』
と言いつつ、銀行より高い金利を提示してくるのには
正直困ってるけれども――

219 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:46

「なあ、石川・・・」
「はい?」

「あんたら、付き合って3年目やったな?」
「はい。そうですけど・・・、それが何か?」

ごっちん特製の出し巻きを
お箸で掴むと、わたしの目の前に差し出した。

「これ、めちゃめちゃウマイやろ?」
「ええ。わたしもひとみちゃんも大好きです」

「ウチも大好きなんやけどな。
 毎日毎日食べとったら飽きると思わん?」

「毎日、ですか・・・?」

「そう。毎日毎日、これが食卓に出て
 例えば3年、これしか食べられん。そう言われたら
 こんなに美味しいって感じると思うか?」

――それは・・・

毎日これしか食べられなかったとしたら・・・

確かに有難みも薄れて、
美味しく感じていたものも
感じなくなってしまうかもしれない・・・

220 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:47

「だからな。ウチはひと月にいっぺんだけ
 こうして、ごっちんのトコから弁当を頼むんよ。
 より美味しく、頂くためにな」

なぜかニヤリと笑う中澤先生。

「いつでも食べられると思うと、当たり前になってしまう。
 ヘタすりゃ、飽きてしまってしばらくは見たくも食べたくもなくなる・・・」

「食傷って、ヤツですか・・・?」

「そうや!!」

人差し指を、目の前に突き出された。

「――恋愛にも、あると思わん?」
「――食傷が、ですか・・・?」

大きく頷くと、中澤先生は突然歌いだした。

「3年目の浮気ぐらい、大目に見てよ〜♪」

221 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:48

「何ですか?その歌?」
「知らんの?昔流行ったんやで、この歌」

「わたし、生まれてました?」
「ん?・・・ま、まぁ、ウチも小さい小さい小さい頃やからね・・・」

・・・実はもう小学生やったけど。

「ともかく!3年目っちゅうのは節目やからね。
 隣にいるのが当たり前になって、相手の大事さが見えなくなったり、
 毎日愛し合っとったら、つまみ食いもしたくなる危うい時期だって
 教えといてやろーかなって。ウチの親心や、親心」

「そんな、わたし達に限って・・・」

「アカン、アカン。その『限って』って思う心が
 一番危ないねん」

「じゃあ、どうすれば・・・」
「お預け、してみ?」
「お預け、ですか・・・?」

中澤先生の目がキラリと光った。

「ひと月、我慢してみぃ。
 あんたの良さを改めて感じて、離れられんようになるで?」

222 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:48



「あんな闇医者の言うこと信じて
 禁止令なんか出したの?!」

わたしの話を聞き終わった
柴ちゃんが目を丸くする。

「だってぇ・・・、そう言う柴ちゃんだって
 3年目なんだよ?
 あんな風に言われたら、心配になるでしょ?」

「・・・う〜ん。まぁ、そうねぇ・・・」

納得出来ない表情の柴ちゃんに対して
ごっちんがフォローしてくれる。

「浮気予防策みたいなもんなんでしょ?
 裕ちゃん、人生経験だけはあるからねぇ・・・」

なんたって、うちらとひと回り違うし・・・
あんな仕事だから、色んな失敗もたくさん見てきただろーし・・・

「3年目ね〜。
 確かに節目だよね〜」

思わせぶりに、ごっちんが続ける。

223 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:49

「つまみ食いかぁ・・・
 ま、よしこは心配なさそうだけど、マサオ店長はどうかなぁ・・・?」

途端に青くなった柴ちゃんが
ごっちんの顔を窺う。

「マサオ店長の場合、よしこと違って
 凧みたいに、手を離すと離れて行きそうなイメージなんだよなぁ・・・」

「え?ちょ、ちょっと・・・。何が言いたいの?」

「よしこはさ。お預けされても
 浮気する心配なんて、これっぽっちもないんだけど、
 マサオ店長は、お預けされてる期間に誰かから誘惑されたら
 フラフラ〜って、行っちゃいそうな気がしない?」

「ヤ、ヤダ。やめてよ。
 マサオはああ見えて、一途なんだから・・・」

「いくら一途な人でも、ねぇ〜」

ごっちんの言葉に、アングリーちゃんと共に
「ねぇ〜」と相槌を打つ。

「さすがに、部屋に仕切りテープなんかされたら、ねぇ〜」
「「ねぇ〜」」って!!

「そんなことしたの、柴ちゃん?!」

「・・・え?あ、う、うん・・・」

224 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:50

「それは、いくらなんでもひどいよ。
 うちは冷蔵庫だけだよ?」

いや、アングリーちゃん。
冷蔵庫に仕切りテープするあなたもたいがいだと思う・・・


「離れて飛んでっちゃう前に、ちゃんと捕まえとかないと」
「や、やっぱ、梨華ちゃんもそう思うの?」

引きつった顔の柴ちゃんに向かって
大きく頷く。

「しっかり縛った方が、喜ぶもんだよ?」
「そ、そういうもんかな・・・?」

ニッコリ微笑むアングリーちゃん。
彼女の場合、違う意味で言ってそう・・・

あ、でもひとみちゃんも、ハンちゃんとアンちゃんのこと
羨ましそうに見てたこともあるし、意外と喜ぶもんなのかも・・・

225 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:50

「ほら、さっさと連れて帰って
 今夜の内に、仲良くした方がいいんじゃないの?」

「・・・そ、そうする・・・」

ごっちんに言われて、渋々立ち上がった柴ちゃんが
店長の元に行く。

思わず3人で、目を合わせて微笑んだ。

マサオさん命のクセに、ほんと素直じゃないんだから・・・


「・・・ねぇ、マサオ」
「・・・んあ?」

柴ちゃんがマサオさんを揺り起こす。

「帰ろ?マサオ・・・」

うっすら目を開けたマサオさんの瞼が
もう一度閉じそうになって、大きく開いた。

「あゆみ!」

226 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:51

「ごめんね。ちょっとやり過ぎちゃった・・・」

マサオさんの腕を握ったまま
柴ちゃんが謝る。

――かわいい、柴ちゃん。


「あ、うお、あえ、おおっ?!」

言葉にならない声を、マサオさんが発する。

「何よ!」
「・・・だ、だって。う、う、う・・・」

「だから何?!」
「う、う、腕、触ってる・・・」

――いいの、あゆみ・・・?

コクリと頷いた柴ちゃん。


「うおぉぉぉぉ〜〜〜!!!!」


 <ガバッ!!>

「何だ、なんだ、ナンダ?NANDA??」

マサオさんの雄たけびに
ハングリーちゃんが飛び起きた。

227 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:52

「もう!」

慌てて、アングリーちゃんが
ハングリーちゃんの元に向かう。

「ハングリーは起きなくていいの」
「うわぁ!ア、ア、アングリー?!」

さっきの決意はどこへやら。
ハングリーちゃんが後ずさる。

「なーんで、逃げるのよぅ」
「へ?は?うわっ!」

アングリーちゃんに馬乗りされたハングリーちゃん。
スッとアングリーちゃんが首筋を撫でた。
右手が、小型の鎌にのばされる――

「ヤッ!んふっ、んん・・・」

見事、形勢逆転。
ハングリーちゃんがアングリーちゃんを組み敷いて
激しくキスする・・・


キャー!
ハンちゃん、かっこいい!!

心の中で拍手した。

228 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:53


「タクシー来たよ!」

気を利かせて、店の前に
タクシーを呼んでおいてくれたごっちんが
店の中に戻ってきて、絶句する。

「・・・何、この2組は――
 ここ、そういう店じゃないんだけど」

口調は呆れてるけど、
眼差しは優しい。

ごっちんは、わたしに笑いかけると
カウンターに入って、プライパンとおたまを
取り出してきた。


 <カンカンカンカン!!>


「ラブシーンは、家帰ってからにしろ!!」


229 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:53



あんなに大きな音を聞かされても
少し顔を歪めただけで、全く起きないひとみちゃん。

一人だけ取り残されたお座敷に上がって
そっと頬を撫でてあげる。

「ひとみちゃん、起きて?」

あどけない寝顔は、まるで天使みたい。
そっと指で、薄い唇をなぞる。

思わずチュッてしたくなる。
可愛らしい口元。

「みんな帰っちゃったよ?」

一向に起きる気配なし。
グッスリ眠っていて、このまま寝かせてあげたい気もする。

けど――

230 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:54

「ひとみちゃんは、明日もお仕事でしょ?
 お家、帰らないと」

むぅ。
ほっぺをつついてみても、全く反応なし。

でも、可愛い〜
飽きないんだよなぁ、どれだけ見つめていても。

写真撮っちゃおうかな?

携帯を取ってきて、超至近距離でパチリ。
かっわいい〜!!
待ち受けにしちゃおっと。

それにしても――
そろそろ本気で起こさなきゃ。


「ね、ひとみちゃん。起きて?」

しーん。

「ねぇってば」

しーん。

231 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:55

んもうっ。
全く持って起きる気配なし。

いっそのこと――

 『掛け布団を半分に畳む』
 『スポイトでコーヒーを落とす』
 『ラジコンヘリを着陸させる』

ん〜、それでもダメなら
やっぱ『低周波』ね。

なんて考えてたら、皆を見送ったごっちんが
お店の中に戻ってきた。


「よしこ起きない?」
「全然ダメ」

「あはっ。よしこ真ん中に座ってたから
 両脇からお酌されて、一番飲まされてたもん」

「・・・ごめんね。いろいろ」

迷惑かけた本人に代わって
謝るのって、ちょっとくすぐったかったり・・・

だって、奥さんみたいじゃない?

232 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:56

「・・・梨華ちゃん。何で謝りながら
 ニヤニヤしてるの?」

「え?してる?」
「思いっきり」

ヤダー!
思わず顔が赤くなる。

「ね、よしこ起きないだろうから
 2人で少し飲もうよ。明日梨華ちゃんはお休みでしょ?」

「でも・・・」

ひとみちゃんの髪を撫でてあげる。
再び頬が緩む。

「よしこなら、そこで朝まで寝かせといていいよ?」

おいで。
とっておきのお酒出すから。

「うん」

233 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:56

ジャケットを脱いで、
そっとひとみちゃんにかけてあげた。

カウンターの中に消えた
ごっちんに見つからないように、
そっとひとみちゃんの唇にキスを落とす。

大好きだよ、ひとみちゃん・・・

ごめんね。
エッチはもう少しだけ待って?

「梨華ちゃん、早くぅ」
「今行く」

慌てて、お座敷を離れて
カウンターに向かう。

ごっちんが、特別にお取り寄せしたという
とっておきのお酒を見せてくれた。

234 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:57

2人並んで、カウンターに座り
軽く乾杯する。

「うわぁ!おいしい、このお酒」

甘みが口の中にふわっと広がる。

「でしょ?もったいないから他の人には
 飲ませないの」

「いいの?わたしなんかで」
「もちろん」

ごっちんがニカッと笑う。

「その代わりさ。聞いていい?」
「何を?」

「梨華ちゃんがエッチ禁止にした、ほんとの理由」
「えっ?」

驚いて、ごっちんの顔を見た。

「ほんとは、裕ちゃんに言われたせいだけじゃないでしょ?」

なんで・・・
分かる、の・・・?

「だってあの歌、男の浮気の歌だもん。
 梨華ちゃんとよしこには、当て嵌まらないじゃん」

そ、そうだけど・・・

「それとね・・・」

ごっちんがわたしを見据えた。

「直感」

思わず合わせていた目をそらした――

235 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:58


236 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/03(木) 12:58


237 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/06/03(木) 12:58

本日は以上です。
238 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/06/03(木) 13:59
更新お疲れ様でした!!

くっそぉ〜!!悶々としてるのを見て嬉々としている作者さん、相変わらずのドSさんだわw
途中までは割と予想していた展開だったので「ストレス解消〜♪」って思ってたのに、
最後でまた悶々もんもんモンモン…。

次回更新までにモンキーにならなければ良いのですが…w
楽しみに待ってます!!
239 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/06/03(木) 14:16
うわ〜また気になるところで!!!
楽しみに待ってます!
240 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/06/03(木) 14:47
んあ〜〜〜さすが玄米ちゃ様
おもしろすぎるぜ
モンモン
241 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/06/09(水) 12:23

>238:名無し飼育さん様
 にやにやニヤニヤ・・・
 是非立派なMr.Monkeyになって下さい(笑)

>239:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 今日も楽しんで頂けると嬉しいです。

>240:名無飼育さん様
 お〜、嬉しいお言葉ありがとうございます。
 今しばらくモンモンして下さい。

では、本日の更新にまいります。
242 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:24


243 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:25


・・・ううっ。あったま、イテェ・・・

――ココ、どこだ・・・?


見慣れない天井。

ゆっくり上半身を起こしてみる。
体に掛けられたタオルケット。

背中、いてぇ。
体がカチコチに固まったみたいな感じ。

それにしても、頭いてぇな。
ガンガンする・・・

こめかみを押さえながら
辺りを見回した。


「――梨華、ちゃん・・・?」

すぐ横で、同じくタオルケットをかけて
アタシの方を向いて、横向きで洋服のまま寝ている彼女――

244 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:25


――そっか、迎えに来てくれたんだ・・・


頬にかかる髪を、そっと払って
指で頬に触れる。

毎日忙しいのに、ごめん。
疲れてるのに、こんなとこで寝かせて、ごめん・・・

自分の情けなさに、思わず唇を噛み締める。

こんな風に、酔いつぶれたアタシを迎えに来てくれて。
放っておかれたって仕方ないのに、添い寝までしてくれて――

「ごめんね・・・」

柔らかい髪に指を通す。

245 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:26

欲張りだったかもな、アタシ・・・

抱きたい気持ちは変わらない。
愛し合いたいって欲望も消えた訳じゃない。

けどこうして、隣で無防備な寝顔を見れるだけで
アタシ、充分幸せだ――


「あ、よしこ。起きたの?」
「ごめんね、ごっちん。迷惑かけて」

「あはは。今更」
「ほんと、ごめん」

水飲む?

そう言って、ごっちんは冷蔵庫から
ペットボトルを取り出すと、アタシに投げた。

「あっぶねぇ」

ナイスキャッチしたからいいけど
梨華ちゃんに当たったら、どーすんだよ。

246 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:26

ペットボトルを開けて、一気に半分まで飲むと、
静かに移動して、座敷の上がり口に座り込む。

「ね、みんなは?」

「昨日のうちに、ちゃんと起きて帰ったよ。
 どうやっても起きないから、よしこだけお手上げ」

ごっちんが両手をあげて
お手上げのポーズをする。

「梨華ちゃんにもさ、よしこ置き去りにして
 帰りなよって言ったんだけどさ。『ヤダ』って」

後ろで、小さな寝息をたてる梨華ちゃんを振り返った。

「『ひとみちゃんが、かぜ引いたらヤダ。
 それに、夜中に気持ち悪くなったりするかもしれないし。
 このままわたしも、隣で寝るね』だってさ」

247 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:27

「ちゃんと愛されてるじゃん、よしこ」

・・・うん。
梨華ちゃんの方を見たまま、頷いた。

ごっちんが、アタシの隣に腰掛ける。

「――梨華ちゃんさ、ちゃんとよしこを一番に考えてるよ。
 よしこだって、それは分かってんでしょ?」

「まあね」

「なら、大人しく
 お預けくらっとけ」

人差し指で、おでこを突かれる。

248 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:28

「けどさ。
 目の前に、あの艶かしいボディが横たわってたらさ。
 我慢の限界を超えそうになる時だってあんだよ」

「そこをグッと堪えて、紳士的にさ」

「ごっちんだって、こんこんが
 スケスケの下着とか着て、横で寝てたら襲いたくなんねぇ?」

「ばーか。ごとーはそんな野蛮なことは・・・」

「「する」」

声が重なって、2人でふき出した。


「・・・悪いけどさ、あのまま寝かしといてやってくれる?
 今日休みだから、もう少しゆっくり寝かせてあげたいんだ」

「よしこは?」
「一旦、うち帰ってシャワー浴びてから
 店行くわ」

立ち上がって、歩き出したアタシの背中に
ごっちんが言葉を投げかける。


「店長のトコとハンちゃんトコ。
 仲直りして、愛を深めてるだろうから
 頑張って、話し聞いてやれよ〜」

はぁ〜〜〜

大げさにため息をついて見せると
アタシはごっちんの店を出た。

249 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:28




250 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:28


「でね、アングリーったら
 めちゃめちゃカワイイの」

はぁ〜〜〜


「あの小さい手でさ、ギュってしがみついてきたりしてね」

はぁ〜〜〜〜


「潤んだ目で見上げて、『ハングリー、お願い』って♪」

はぁ〜〜〜〜〜


「ちょっと聞いてる?」

聞いてられるかっ。
人のノロケばっか。

251 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:29

「そんなにため息ばっかついてたら
 幸せ逃げちゃうよ?」

よく言うよ。
昨日までは、自分も一緒にため息隊だったクセに・・・


「あ、アタシ休憩終わりだ」

立ち上がろうとして、
左腕をガシッと掴まれる。

「もう少し聞いてよ!」
「ほら、もう時間だって」

時間を見せようと、右腕を差し出して
時計をしていないことに気付いた。

ハングリーがニヤリと笑う。
その顔もやっぱ、他人と思えねぇ・・・

結局、両腕をとられたアタシは
休憩時間中、延々とハンアンのノロケ話を聞かされるハメになった――

252 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:29


253 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:30

「ちょっと、よしこ。
 何してんの?」

「ああ?見ての通り、『頭丸ごと冷やし』だよ」

ドライアイスの保管庫から
突っ込んだ頭を引き抜いた。

「・・・髪の毛、凍ってるよ?」

まいちんが、白い煙をあげる
アタシの頭を逆立てて遊ぶ。

「二日酔いの上、2組のノロケ話を続けて聞かされて
 頭ん中、パンクした」

やっとハングリーから逃れたと思ったら
今度は厨房で、店長に捕まった――

254 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:30


「いや〜、昨日は激しかった、激しかった」
「そりゃ、良かったっスね」

「聞きたい?」
「別に」

「聞きたいか?」
「別に」

「聞きたいだろ?」
「べ・つ・に!!」

「もう〜。よっすぃ〜ったら、
 テレちゃって〜♪」

気持ちわりぃから、クネクネすんな。

「それがさ〜。あゆみったら、今日は腰が重いから
 事務所で仕事するなんて言ってさ〜。どんだけ凄かったか、わかるでしょ?」

はぁ〜〜〜〜〜

んなことばっかしてたら、
この店潰れるぞ!

「コラ。そんなにため息ばっかついてたら
 幸せが逃げるぞ?」


255 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:31



「あー、思い出したら、また頭痛くなってきた」

まいちんの手をはねのけると
アタシはまた、保管庫の中に頭を突っ込んだ。


 <カラン、カラン>

「いらっしゃいま…、おー!梨華ちゃん」

え?

まいちんの声に慌てて
頭を上げる。
 

「ぶわっはっはっは!
 なんだ、そのよっちゃんの頭!」

梨華ちゃんの後ろから、ひょっこり顔を出した美貴が、
アタシを指さして爆笑する。

「んだよ!
 どーせ白い煙が出てんだろ!
 わかってるよ、んなこと」

256 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:31

クスクスッ。

可愛く笑って、梨華ちゃんが
アタシを手招きした。

ショーケースの脇を通って
入口まで行くと、アタシと入れ替わるように
美貴がまいちんの近くに移動する。


「ちょっとしゃがんで?」

言われた通り、膝を曲げて
梨華ちゃんを見上げた。

「ふふっ。髪の毛がね、全部上に逆立ってるよ?」
「えっ、マジ?!」

手で触れてみると、確かに逆立ってる!
しかも凍ってるっ!
しかもネジネジしてやがるっ!!

257 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:32

「こんのぉ〜!
 まいちんだろ〜!!」

振り向いて、まいちんに襲いかかろうとした
アタシの手を梨華ちゃんが引っ張る。

「いいから、しゃがんで。
 直してあげるから」

大人しく、もう一度膝を曲げると――

「ハリネズミよしこ」
「ハリセンボンよっちゃん」

「うるせぇ!」

顔だけ振り向いて抗議すると
グイッと両手で挟まれて、元の位置に顔を戻された。

「もう!ジッとしてて」

目線を合わせて、叱られて
思わず赤くなる。

258 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:32

「茹でダコよしこ」
「林檎みたい、よっちゃん」

「「かわいいでちゅね〜」」

くぉのやろぉ〜!
二人して、声合わせて言いやがって!

「こ〜ら。こっち見てて」

また頭を動かそうとしたアタシの両頬を
梨華ちゃんの小さな手が挟んだ。

「ふふっ。でもかわいい、ひとみちゃん」

ボッ。

きっと、音が出た。
顔から発火したに違いない。

王女様のような、優しい穏やかな笑顔をくれて
梨華ちゃんはアタシの唇に一瞬だけ、触れた。

「あんまりかわいいから
 チューしちゃった…」

照れたように笑うから
アタシの体中、大火事になった。

259 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:33

「あーあー、このバカップルが!」
「よっちゃん、頭から湯気出てるよ」


<♪♪♪♪♪>

「あ、ちょっとごめんね」

完全にショートして、放心してるアタシの横で
梨華ちゃんが携帯を取り出す。

「もしもし。
 …あ、えっと。大丈夫です…」

アタシに背中を向けて、電話の相手と話し出す――

一瞬、寂しさと不安が
アタシの心をよぎった。

「かわいい、よしこちゃ〜ん」
「デレデレし過ぎですよ〜」

「んだとぉ!」

一抹の不安をその場に捨てて
アタシは大袈裟に、まいちんと美貴に掴みかかった。

260 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:34

「…じゃあ、後で」

電話を終えた梨華ちゃんが
アタシ達の方を振り向く。


「――どっか、行くの…?」

「あ、うん。
 ちょっと友達が出て来ないかって…」

その瞳にやましい影なんかない。

「あ、ねぇ、ひとみちゃん。
 夜ご飯何がいい?
 久しぶりに作って待ってるから」

「けど…、友達は?」

「大丈夫。
 早く帰るよ」

微笑む笑顔も、いつも通り本物で
アタシの小さな不安も吹き飛ぶ。
華やかな笑顔に、とびきりの笑顔を返して
彼女の1番得意なメニューをリクエストした。

261 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:34


「じゃ、わたし行くね?」
「うん」

見送ろうと、一緒に店の外まで出る。


「あ、待って!」

歩き出そうとした梨華ちゃんを引き止めて、
前後左右を見渡してから、梨華ちゃんの手を引くと
店の裏手まで引っ張った。


「どうしたの?」

立ち止まって向かい合ったアタシを
梨華ちゃんが不思議そうに見つめる――


「…えっと…あの…その…、
 昨日はごめん」

頭を下げた。

262 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:35

酔い潰れたこと。
心配かけたこと。
疲れてるのに無理させたこと。
あんなとこに、添い寝させちゃったこと――

「…全部、ごめん」


ふわりと小さな手の平が
アタシの頭の上にのせられた。

そのまま優しく、頭を撫でてくれるー―


「もう、無理な飲み方しちゃダメだよ?」
「はい」

柔らかい手の平の感触が心地いい。

「ごっちんのお店以外で
 寝ちゃったりしたら、許さないんだから…」

そう言って、アタシの頬に触れて
顔を上げさせた。

263 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:35

「あんな風に無防備に寝ちゃったら
 襲われちゃうでしょ?」

優しい瞳でアタシの頬を撫でながら、見上げられる。

「かわいいひとみちゃんは
 わたしだけのものなんだから、ね…?」

少しだけ背伸びして
アタシの首に腕を回すと、彼女が一瞬だけ唇に触れた。


「反省してるみたいだから、許してあげる…」

息がかかるほど近くで囁かれる。
掠れた声に体中が痺れた。

264 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:36

「梨華…」

たまらず、彼女の腰を引き寄せて、
体を密着させると唇を重ねた。

欲望がうねりを起こして
体を突き破りそうだ…

何度も角度を変えて、ついばむように
彼女の唇を挟んで舌を追いかけた。

「…んっ、…ふぅん・・・」

もれる声に、理性が弾けとんで
時間も場所も忘れて、このまま襲いかかっちまいそうだ――


抗議するように
小さな拳がアタシの肩を叩く。

離したくない。
離れたくない。

もう一度、肩を叩かれて、
名残惜しく思いながら、ゆっくり唇を離した。

265 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:36

「…口紅、とれちゃったじゃない…」
「ごめん・・・」

コツンと彼女の額が
アタシの鎖骨にあてられた。

「――でも、大好きだよ…」

そう呟いて、アタシから離れると
「もう行かなきゃ、ご飯楽しみにしててね?」
また華やかに微笑んで、足早に去って行った。


一人取り残されたアタシはと言うと――

ニヤニヤがとまんねぇ〜!
うお〜、ヤベー、かわいい〜!!

体中から湧き上がる、喜びと幸せを噛み締めて
ひとり、店の裏手で悶えた。

266 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:37

くそぉ〜〜
今チョー叫びてぇ〜〜〜

少しくらいなら、バレねぇかな?
そっと辺りを見渡す――


・・・ん?

裏口のドアにわずかな隙間が――


チッ、チッ、チッ、ボーン!


アタシのオツムが、わりかし早く答えを導き出した。

走り寄って、思いっ切り店の通用口のドアを開けた。

267 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:37

抜き足、差し足、忍び足――
4つの背中が、ゆっくり遠ざかろうとしてる。

「止まれっ!」

アタシの声にフリーズした4人。

「回れ右っ!」

「「「「1.2!」」」」

掛け声とともに振り向いたのは店長だけ。
他の3人は、掛け声と共にダッシュ。

「待て!このヤロ!」

廊下をダッシュして、店長を押しのけて
3人に飛びかかった。


「見てただろ?」
「ヤダ、よっちゃん。すごい剣幕でどうしたの?」

「見てたよな?まいちん」
「うん」

「バカ、素直に頷くな!」

「そういう柴ちゃんは、腰痛くて
 事務所で仕事してたんじゃねーのかよ」

268 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:38

「マサオ店長もいるんだぞ〜」

後ろから声がして
思いっきり睨み付けた。

「大体、店長しっかりして下さいよ!
 毎度毎度4人で覗いてたら、店ほったらかしじゃないですかっ!」

いつか苦情が来るからな!

「あ、それなら大丈夫」
「はあ?」

「亀ちゃんが来たから、ちゃんと頼んだ」

3人を押しのけて、
店の中を覗く。

制服も着ないで、私服のまま
カウンターで注文をとる亀ちゃん。

269 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:39

はぁ〜〜〜

な?
と言わんばかりに、腕組みして胸を張る4人組。


はぁ〜〜〜〜〜

もう一度、大きなため息をついた。


亀ちゃんこと、亀井絵里ちゃんは
梨華ちゃんが就職して、ここを辞めるのと
入れ替わりに入ったバイトの子。

アタシのファンだと言って、
高校生の時は、随分通ってくれてた。
おかげで少しだけ、プニッた時期もあるけど
大学生になった今では、すっかり綺麗になった。

『目の保養』だと言い切る、道重さゆみちゃんとは違って
亀ちゃんは、「吉澤さんの性格もファンなんです」なんて言ってくれる。
でも、アタシが梨華ちゃんにプロポーズした、その場にも立ち会っていたから
アタシと梨華ちゃんのことも応援してくれる、かわいい後輩だ。

270 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:39

「亀ちゃん!」

客がいなくなったのを見計らって、声をかけた。

「あ、吉澤さん。お早うございます」

にこやかに挨拶してくるけど・・・


「制服着ないで、接客しちゃダメでしょ?」
「でも・・・」

「あいつら4人組の言うことは聞かなくていいから。
 ちゃんと、ハッキリ断っていいんだよ?」
「はい・・・、すみませんでした」

「亀ちゃんは謝らなくていいよ。
 あいつらが悪いんだから――」

そう言って振り返ると
まいちんと美貴が抱き合っていて――

271 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:40


「…口紅、とれちゃったじゃない…」
「ごめん・・・」

美貴がまいちんの鎖骨に、額をあてる。

「――でも、大好きだよ…」


――てめぇら・・・
ワナワナと握った拳が震える。

「再現すんなっ!!コラーッ!!!」

「「わー、よしこが怒った」」

拳を振り上げて、
店の奥に逃げていく2人を追いかけた。

272 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:41


――幸せだったんだ、この時は。

どんなに、からかわれたって幸せだった。
このままからかわれ続けて、店の中にいれば
あんなの、見なくて済んだのに・・・


何度も、アタシと梨華ちゃんの裏手での出来事を
再現する、まいちんと美貴に。

ニヤニヤして、囃し立てる店長と柴ちゃんに。

体中が、恥ずかしさで熱くて
亀ちゃんが、店の日用品を買い物に行くって言うから
いい逃げ道が出来たって、安易に喜んで――

「荷物もちでついて行くよ」
「ありがとうございます!」

嬉しそうに微笑んでくれた亀ちゃんについて
アタシは、外に出てしまったんだ――

273 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:41


274 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/09(水) 12:42


275 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/06/09(水) 12:42

本日は以上です。

276 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/06/09(水) 14:03
甘くてとろけてる時だったのに!!!

「――幸せだったんだ、この時は。」って!!!

どうなっちゃうんですかーーー!


いつも楽しませてもらっています。
277 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/06/09(水) 20:21
更新お疲れ様でした!!

あ〜ぁ、またも作者さんのどS発動しちゃったよ…。
悶々しすぎて疲れてしまったので、落ち着くまでフテ寝してますw
278 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/06/13(日) 23:40

>276:名無飼育さん様
 すみません。
 作者の悪いクセでして・・・(汗)

>277:名無し飼育さん様
 しばしフテ寝させてしまうかもしれませんね〜


では本日の更新です。
279 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:41


280 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:42

メモを見ながら、陳列棚を見上げる亀ちゃんの横を
カゴをぶら下げて、ゆっくり歩く――

いつものスーパーではなく
その少し先にある、大きなスーパーまで、今日は出張った。

なぜかと言うと、美貴が
ここでしか売ってないものを、密かに頼んでたようで・・・

いつもなら、帰ったらぶっ飛ばしてやる!
なんて思うけど、今日は熱くなった頬を冷ますのに
ちょうど良い距離に感じて、心の中で美貴に感謝した。


「えーっと・・・、この辺のはずなんですけど・・・」

そう言う亀ちゃんの手元のメモを覗き込んで
アタシも一緒に見回す。

こだわりの『焼肉のタレ』ねぇ・・・
七色のシールが貼ってあるらしいけど・・・

ってか、何でもよくね?タレなんて。
そもそも肉に興味ねーし。

281 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:43

おや?
アレじゃね?

つかつか歩いて、一番隅っこにあるそれに、手を伸ばそうとして
視界の隅に何かが引っかかって、視線を移した。


 <ドサッ>

思わずカゴを落とした。
音に気付いた亀ちゃんが、アタシのそばに来る。

「・・・吉澤さん?」

うそ、だろ・・・
誰なんだよ、あいつ・・・

アタシの視線の先を
亀ちゃんの視線が追う――

282 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:43

「――石川、さん・・・」

梨華ちゃんの隣には、カゴを持った
背の高いイケメンの外人が、寄り添うように立っていて。

2人で微笑み合いながら、
品物を物色なんかしちゃってる・・・

エスコートするように、梨華ちゃんの背中に
優しく手をあてて歩く姿はまるで――


「ママ、ああいうのを恋人って言うの?」
「そうねぇ。美男美女でお似合いね」

カートに乗っけられた子供が、ウットリしながら、
2人を指差して、アタシの目の前を横切って行く・・・


――なんなんだよ・・・

何で男と2人きりで
買い物なんかしてんだよ・・・

283 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:44

こっちの棚に向かってくる2人。
慌てて、亀ちゃんの手を引いて、隣の列に逃げ込んだ。

「吉澤、さん・・・?」

変な汗が噴き出してくる。
顔面が蒼白になる。

んな訳ない。
ある訳ない。

必死に自分に言い聞かした。


  『もしもし。
   …あ、えっと。大丈夫です…』

アタシに背中を向けて、話し出した彼女――

  『ちょっと友達が出て来ないかって…』
 
友達なのに、敬語で話してた――

284 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:44

唇を噛み締めた。

嫌な予感が、脳裏をよぎって
胸を痛くする。

呼吸が出来なくなりそうなほど
心臓が締め付けられて、浅い呼吸になる。

どうか――

違うと。
ほんとに友達だと・・・

だけど、友達でも。
男と2人きりで、買い物なんて――

――ヤダよ、そんなの。


真っ青になって、立ち尽くしたまま
アタシは2人を、ただ見ていることしか出来なかった――

285 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:44





286 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:45

暗い部屋の中で
膝を抱えて、じっと待つ。

「何だよ、夕飯作って待ってるって
 言ったじゃねぇかよ・・・」

一人で呟いて、頭を抱える。

モヤモヤした気持ちが、どんどん膨らんで
心が暗い影に覆われて行く――


あの後、どう店に帰ったか記憶にない。
閉店まで、どう仕事したかも記憶にない。

ただ、何度も亀ちゃんに、
「大丈夫ですか?ちゃんと聞いた方がいいですよ?」
そう言われたことは、覚えてる。

聞かなきゃ、始まらない。
梨華ちゃんに限って、そんなことある訳ないんだ。

  『――でも、大好きだよ…』

そう言ってくれたじゃないか・・・

287 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:46


ねぇ、梨華ちゃん。
お願いだから、人違いだって言ってよ――


クソッ!!

さっきから、脳内で
男と2人で歩く姿が、何度もリピートするんだ・・・


最近、抱かせてくれないのは
あいつのせいだったの?

女のアタシじゃ、やっぱ物足りない?


このままじゃ、どんどん悪いほうに考えちゃうよ・・・
連絡くらいくれたっていいじゃないか・・・

それとも、連絡できないようなこと
あいつとしてんの?


握り締めていた携帯が、やっと震えた。


288 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:46


  [連絡出来なくてごめんね。
   遅くなっちゃったけど、もうすぐお家に着くから。
   ご飯作らないで待ってて!すぐ作るからね?絶対だよ?]
 

いつものアタシなら。
こんなメールが届いたら、ニヤついて、心が弾んで――

待ってるから、ゆっくりでいいよ

なんてメールを返したり
するんだろうけど。

今日は、歪んだ笑いしか出なくて
胸苦しさが倍増して――

けど、やっぱり会いたくて――

すぐにでも、抱きしめて確かめたくて。
梨華ちゃんはアタシのもんなんだって。

アタシを好きなんだって
今すぐに確かめたくて。

玄関に飛んでいって、スニーカーをひっかけると
ドアノブに手をかけた。

289 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:47


「ありがとうございましたっ!」

聞きなれた高い声が、外から聞こえて
思わず動きを止めた。

音をさせないように、そっとドアノブを回して
小さな隙間から顔を覗かせた。

アパートの前に車が止まってて、
梨華ちゃんが運転席に向かって、頭を下げてる――

――誰に・・・、送ってもらったの・・・?

鼓動が激しくなって、胸の痛みに耐えられなくて、
グッと自分のTシャツの胸元を握った。


次の瞬間、運転席からさっきのイケメン外人が降りてきて
歩き出そうとした梨華ちゃんの腕を掴んだ。

そのまま、自分の方に引っ張って
梨華ちゃんが、彼の胸に納まった――

290 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:47

うそ、だ、ろ・・・

あまりの衝撃に、声をあげそうになって
Tシャツを掴んでいた手で、慌てて自分の口を覆った。

男の手が梨華ちゃんの髪を、そっと撫でる――


口を覆った手が震える。
呼吸の仕方さえ、忘れてしまったように息が出来ない。
胸が切り刻まれるように軋んで、次から次に涙が溢れ出す――


――ん、で・・・

なんで、逃げないんだよ・・・


どうして黙って・・・

――抱きしめられてんだよ・・・


291 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:48

2人は離れると、微笑みあった。
そしてまた、梨華ちゃんはペコリと頭を下げると
車に乗り込む彼を見送る――


世界がまわってる。
足元がグラグラ揺れる。

呼吸が、苦しいよ・・・

そっとドアを閉めて
そのまま玄関に座り込んだ。

握り締めた携帯が、再び震える。


  [良かった。ひとみちゃんより先だった。
   おいしく作るから、楽しみに帰ってきてね]


最後につけられたハートを
こんなに憎んだことはない・・・

部屋が真っ暗だから、アタシがいないと思ったの?
だから家の前で、平気であんなことしたの?

292 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:48

トントントンと弾むように
階段を上がってくる。


――来ないで・・・

今アタシ、何するかわかんねぇよ。
頭も心もグチャグチャなんだ・・・


ドアノブに鍵を差し込む音。
「あれ?開いてる?」
不思議がる声――

<カチャ>

扉が開いた。

293 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:49


「キャッ!ヤダ、びっくりした・・・
 ひとみちゃん、どうしたの?玄関になんか座り込んで。
 あ、もしかして、ひとみちゃんも今帰ってきたの?」

扉を閉めて、微笑みながら言う彼女。

「遅くなっちゃってごめんね?
 すぐ作るからね?」

何も言わずに、俯いて座り込んだままのアタシに
目線を合わせるように、彼女もしゃがみ込む。


「――怒ってるの・・・?」

不安そうによせられた眉。

「ひとみちゃん・・・?」

294 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:50

――待ってるって、言ったじゃねぇかよ・・・

押し出した声を聞き取れないのか
彼女がアタシに顔を近づける。


「アタシより大事な用事って
 なんなんだよっ!!」

吐き出すように叫んだ。

「――ひとみちゃん・・・
 どうして、泣いてるの・・・?」

驚いたように目を見開いて
彼女がアタシの頬に手を伸ばした。

どうしてだって?
自分の胸に聞いてみろよ!

抱き合ってた2人が脳裏に蘇って、
アタシの頬に触れている彼女の手を掴むと
強引に引っ張って、そのまま床に組み敷いた。

295 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:50

「ヤッ!やめて!」

力ずくで押さえつけて
噛み付くようにキスして口を塞ぐ。

「・・・っん、ヤダッ・・・」

服の上から胸を鷲掴みにして
首筋に舌を這わす。

「・・・痛っ。ね、ヤメて・・・」

引きちぎるように胸元を開けて唇を這わせて
スカートを捲り上げる。

「イヤッ!お願いっ・・・、ヤメて・・・」


 ヤダ
 イヤッ
 ヤメて・・・


拒否を示す言葉が、胸を締め付ける。
張り詰めていた力が抜けて、彼女を見下ろした。

恐怖、驚愕、悲痛・・・
いろんな色を含んだ瞳から、涙が零れ落ちてる――

296 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:51


「――ごめん・・・」

顔を背けて、起き上がった。
背中を向けると、すすり泣く彼女の声がする。


こんなやり方――
でも、梨華ちゃんだって・・・

頭を抱えた。

こんなアタシだから、嫌気がさしたの?
アタシより大切な人がいるの?

もうアタシのことは――


聞けないよ、怖くて。
聞きたくないよ。

297 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:51


「・・・ううっ。ひとみ、ちゃん・・・」

ヤダ!
言わないでっ!

恐怖が先に立って、何も言わずに立ち上がると
背を向けたまま、ドアノブに手をかけた。

「待って!
 お願い!待って!!」

彼女が呼び止める声を遮るように
ドアを乱暴に閉めると、夜の街をアタシは走り出した――


298 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:52







299 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:52


「――吉澤・・・さん?」

薄暗い明かりの中、恐る恐る亀ちゃんが近づいてくる。

返事をする気力もない。
店の裏手にある、空の木箱に腰掛けたアタシ。

動かないアタシの肩に、亀ちゃんがそっと触れた。

「・・・どう、したんですか?」
「――どうもしない・・・」

「ヤダ。お酒くさい・・・」

亀ちゃんが、俯いたままのアタシに
視線を合わせようと、肩に手を置いたままかがみこむ。

「酔ってるんですか?」
「・・・酔ってない」

「でも・・・」
「――酔えないよ。酔いたいのに、酔えない・・・」

吉澤さん・・・

300 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:53

「今、何時?」
「・・・え?もう夜の12時過ぎてます」

「送ってくよ」

立ち上がろうとして、フラつく。
亀ちゃんが体を支えてくれて、もう一度木箱に座らされた。

「・・・わりぃ」

亀ちゃんが大きく首を横に振る。
平静を保とうと、大きく息を吐き出した。

「――星がキレイだからさ。
 星でもみよっかな、なんてさ・・・」

アタシの見え透いた嘘に、
亀ちゃんはグッと唇を噛み締めた。

「アタシは大丈夫だから。
 心配しないで・・・」

301 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:53
 
「亀ちゃんこそ、こんな遅くに
 一人で出歩いてたら危ないよ?
 アタシはもう少し、星空見てくからさ」

無言で佇む亀ちゃんに微笑みかけた。

「亀ちゃん家はこっから近いよね?
 気をつけて帰りな?」


「――こんな吉澤さん、一人にできません…」

思いがけず、強い視線の亀ちゃんがいて
目をそらした。

「さっき、部屋の窓から外を覗いてたら、吉澤さんが通って。
 足取りもフラついてて、心配であとをつけて来たんです…」

302 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:54

「石川さんと喧嘩しちゃったんですか?」
「喧嘩なんか、しないよ…」

「じゃあ、どうして…?
 何でこんなとこに一人で?」

「だから星、見てるんだって…」

「だったら絵里も、一緒に見ます!」

強い口調で言われて顔をあげると
怒った亀ちゃんの顔――



「――ごめん。亀ちゃん。
 一人にして…」

目を閉じて、グッと眉間に力を入れた。

頼むよ、もう平静を装えないんだ。
そろそろ限界なんだよ。
散々泣いたのに、まだ涙が出るんだよ…

303 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:54

「お願いだから…
 一人に、してよ…」

声が震える。
グッと歯を食いしばって、涙をこらえた。

朝になったら、きっと笑うからさ。
今夜は、そっとしておいてよ――


亀ちゃんの手が、俯いたアタシの頭に触れた。

「嫌です」

そのまま頭を引き寄せられて
亀ちゃんの胸に抱かれた。

「見ませんから。
 一緒にいさせて下さい…」

ううっ…

嗚咽が漏れる。

304 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:55

あいつ、イケメンだったんだ。
背が高くて、ほどよく筋肉がついて男らしくてさ…

アタシみたいに、Tシャツにジーパンなんかじゃなくて、
洒落たスーツなんか着てさ。

頭良さそうで、仕事もバリバリ出来そうでさ――


さっきから渦巻く思いが
またアタシの心を掻き乱していく・・・


やっぱ、男には叶わねぇのかな、なんて
嫌でも考えちまうんだよ――


305 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:55


溢れつづける涙を、嗚咽をこらえきれなくて
亀ちゃんの腰に手を回してしがみついた。


「少しだけだから、ごめん…」

そう声を押し出したアタシの髪を
亀ちゃんはそっと撫でて、泣き止むまでずっとそばにいてくれた――


306 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:55


307 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/13(日) 23:55


308 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/06/13(日) 23:56

本日は以上です。

309 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/06/14(月) 07:42
うわぁぁぁぁなんということに・・・
でもCakeシリーズはハッピーエンドだと信じてますから
どう展開するか楽しみに待ってます
310 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/06/14(月) 13:22
なんとゆう展開に・・・

切ないけどこのシリーズのあま〜い結末を信じて待ってますから!!!w
311 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/06/14(月) 23:28
更新お疲れ様でした!!

あぁ、いしよしは仲良くサッカー観戦してるとゆうのに…。
他の読者様の感想を見て、怖くて本編読めません(涙)

風向きがよろしくなったらじっくり読ませていただきますw
それまでフテ寝です…おやすみなさいまぁしぃ…。
312 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/06/18(金) 11:34

>309:名無飼育さん様
 おっしゃる通り、Cakeですから(笑)

>310:名無飼育さん様
 このシリーズは『好きすぎてバカみたい』がテーマですので(笑)

>311:名無し飼育さん様
 起きて下さいっ!


では、本日の更新です。
313 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:35


314 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:36


少しずつ空が白んで、
朝日が部屋に差し込んでくる――


ひとみちゃん…

――あれから、絵里ちゃんと過ごしたの?


凧なのは、マサオさんじゃなくて
ひとみちゃんだった?



315 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:36

あの時。
突然、玄関で押し倒された時。

初めてひとみちゃんを怖いと思った。
今までは、どんなに昂ぶっても絶対に乱暴にはしなかった。

いつだって、優しく。
いつだって、温かく。

言葉にはしてくれなくても、触れてくれる温度で
愛されてるって、分かったの。

けれど、あの時のあなたの手は冷たくて――

初めてみせた、あなたのカオに、驚きと恐怖が入り混じって
涙が溢れて、しばらく動けなかった・・・

暗い部屋の中で、そろそろと起き上がって、
弾けとんだ胸のボタンを拾いながら、また涙が溢れた――

316 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:37

――何がいけなかったのかな…?

ずっと、エッチをお預けにしてたからかな?
体を重ねられないと、ひとみちゃんは
わたしを嫌いになっちゃうの…?

ヤダよ…
そんなつもりなかったのに――

全部、わたし達の夢のためなのに――


――ヤダよ、お願い。ひとりに、しないで…


会いたいよ、ひとみちゃん。
行かないでよ、ひとみちゃん。

戻ってきてよ、お願い――

317 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:37

何度かけても繋がらない携帯。

――ねぇ、どこにいるの…?

ジッとしていられなくて、手早く着替えると
わたしは家を飛び出した。


走りながら、柴ちゃんにかけて
まいちゃんにも電話して。

ごっちんのお店にも行って
美貴ちゃんのお店にも行って――

公園を覗いても、駅前のどのお店にもいなくて――

318 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:38

1番最初に寄ったマーシーに、
もう一度足を運んで、わたしは見てしまったんだ・・・


絵里ちゃんが、あなたを抱きしめているのを――

そして、あなたの手が
絵里ちゃんの腰に回されているのを――


そんな、ことって…

思った以上に打ちのめされて
気づいたら、家で膝を抱えて座ってた。

一睡も出来ずに、ただ朝までずっと――


ひとみちゃん…

――わたしの何がいけなかった?

319 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:38


『アタシより大事な用事って
 なんなんだよっ!!』

涙を流して、そう怒鳴ったあなた。

わたしが先に帰ってなかったから?
ご飯作って待ってるって言ったのに、遅くなったから?

でもそんなことで
いつものあなたは、怒ったりしないじゃない・・・

――やっぱり一ヶ月もお預けしたからなの?


ねぇ、ひとみちゃん。
教えてよ――

320 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:39

わたしには、あなたしかいないんだよ?
あなた以上に、大切な用事なんてないよ。

あなただけなの。
わたしには、あなただけなの。

好きなの、どうしようもなく。
あなたしか、もう愛せないのに。

あなたに嫌われたら、わたし――


とにかく、もう一度マーシーに行こう。

マーシーに行って
ちゃんと話そう。

どうして、エッチしなかったのかも
帰りが遅くなった理由も全部――

321 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:39



<カラン、カラン>

お店の扉を開けた。

「いらっしゃいま、あ、梨華ちゃん…」

まいちゃんと美貴ちゃんが
心配そうにわたしを見つめる。

「・・・すごいクマだよ?」
「大丈夫」

精一杯、笑顔を作った。

大きく深呼吸して、ひとみちゃんを呼んで欲しいと
切り出そうとした所で、お店の奥から絵里ちゃんが出て来た。


「――石川、さん…」

途端に険しい表情になって
わたしを見つめた。

322 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:40

強い眼差しに、心が揺れる。

薄明かりの中で、抱き合っていた2人・・・
胸が引きちぎれそうに痛んだ。

「石川さん」

真っすぐわたしを見つめたまま
絵里ちゃんが、わたしに近寄ってくる・・・

ピンと背筋を伸ばして
わたしの真ん前に立つと、絵里ちゃんは言った。


「石川さんがイラナイなら、絵里本気で
 吉澤さんを落としますよ?」


323 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:40

わたしへの宣戦布告。

鋭い眼光で、見据えられるけど
ひとみちゃんだけは、渡す訳にはいかない。

「渡さない。絶対に。
 ひとみちゃんだけは、誰にも渡さない」

しばし睨み合った後、
絵里ちゃんが不思議そうに、眉を寄せた。

「なら、どうして。
 男の人と2人きりで買い物したり
 ましてや家の前で抱き合ったりするんですか?」

・・・え?

「吉澤さん、見ちゃったんですよ?
 石川さんとイケメン外人さんが2人で買い物してるとこ。
 絵里も一緒に見てましたから」

え?
それって――

「それに、車で送ってもらった挙句
 家の前で、抱き合ったでしょ?
 吉澤さん、迎えに出ようとして、その現場を見ちゃったんです」

うそ・・・
だからひとみちゃん、玄関に座り込んで――

324 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:41

「違うの!あれは違うの!!」

「何が違うんですか?」

「彼とはそんなんじゃない!
 抱き合ってないかいないっ!!」

誤解だよ、ひとみちゃん・・・
違うんだってば――

「ねぇ!ひとみちゃんは?」

絵里ちゃんの腕を掴んで
問いただす。

早く誤解を解かなきゃ。
ひとみちゃんに、早く会わなきゃ――

「どこにいるの?
 厨房?事務所?」

ねぇ、どこ?

325 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:43

「あ、梨華ちゃん。ちょうど良かった」

事務所から出てきた柴ちゃんが
わたしを見て言った。

柴ちゃんに駆け寄って、
今度は柴ちゃんの腕を掴んだ。

「ね、ひとみちゃん、どこ?
 厨房にいる?事務所にいる?」


「お休みですよ」

黙ってしまった柴ちゃんに代わって
絵里ちゃんが答える。

――休み・・・?

ひとみちゃんが、お休みなんて・・・

聞いたことがない。
初めてわたし達が結ばれた翌朝、半休を取っただけで
それ以外、ひとみちゃんがお休みしたことなんて――


「ちょっと事務所来て」

柴ちゃんに手を引かれて、
事務所に連れて行かれた。

326 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:43



**********
**********



327 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:43


「すげー修羅場。
 美貴、こういうの始めて見た・・・昼ドラみたい」

「ジャバラ?」
「まいちん。ここにジャバラはないでしょ?」

「じゃ、ジャンバルジャン?」
「そんな人いない」

「じゃ、シュラバラバンバ?」
「それは歌!
 シュ・ラ・バ。分かる?」

「だって、修羅場ってさ。
 激しい戦いの場面のことでしょ?
 そんなのどこにあった?」

「見てなかったの?
 今、美貴達の目の前で繰り広げられてたじゃん。
 亀ちゃんと梨華ちゃんのバトル」

「え?亀ちゃん、いつ戦ったの?」

2人の視線が、亀井絵里に向けられる。

328 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:44

「藤本さんには、絵里が戦ってるように見えました?」

ニッコリ笑った亀井絵里に戸惑う藤本美貴。

「へ?何?どう言うこと?」

すっかり間の抜けた顔で、藤本美貴が亀井絵里を見つめる。
こんな顔を見れるのは、ある意味貴重だと
里田まいが、正面から覗き込んだ。

「邪魔だ、どけ」
「あら、顔戻っちゃった・・・」

「で、どういうことなの?」

里田まいの顔を押さえつけたまま
藤本美貴が再び、亀井絵里に尋ねた。

「ミキティ、亀ちゃん最近
 恋人出来たばっかだよ?」

「うそっ!」

驚きのあまり、藤本美貴の手が
里田まいの顔を掴む。

「イテッ!」

329 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:45

「いや〜。絵里、実は今
 ちょ〜幸せなんです〜」

体をクネクネさせて、亀井絵里が喜びを体で表現する。

「キモッ!何かそういうとこ
 梨華ちゃんに似てる気がする・・・」

「正解」
掴まれたままの手から逃れて、
里田まいが、藤本美貴の耳元で囁いた。


「店長が採用したの、それが理由だから。
 梨華ちゃん目当ての客を繋ぎとめるために」

「マジ?」

「店長ならやりそうでしょ?
 でも進言したのは柴ちゃん」

330 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:45

「ね、じゃあさ。さっきの亀ちゃんの
 敵意剥き出しな感じは芝居な訳?
 よっちゃんのことは?」

「吉澤さんは、目の保養ですよぉ。
 それに石川さんが一緒にいた人、絵里知ってますから」

「知ってるって?」

「彼、ゲイですよ?恋人とキスしてたの見たことあるし・・・
 ね、でも絵里って、やっぱ芝居、超うまいですよねぇ〜?」


「やられた・・・」

ガックリうな垂れた藤本美貴。

331 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:46

「そういうの、先に教えてくれないと
 美貴が楽しめないじゃん」

「結構急展開だったもので、すみません。
 でも絵里、マジで女優に向いてると思いません?」

「思わねぇよ」

「そんなこと言ってぇ〜
 思いっきり騙されてたク・セ・に」

「なんかムカついて来た・・・
 けど・・・まぁ、上手かったよ」

「でしょ、でしょ〜?」
「ウザイ!」

332 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:46

「ね、でも何でさ。
 亀ちゃん、あんな芝居なんかしたの?」

里田まいの問いかけに、亀井絵里は微笑んで言った。

「だって吉澤さんの落ち込んでる姿、
 めちゃめちゃ可愛かったんです。
 それに、すれ違う2人を間近で見てみたくてぇ」

「「マジ?」」

「マジです」

この店にまた、ツワモノが一人増えた。


333 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:46



**********
**********



334 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:47


柴ちゃんに手を引かれて、事務所に連れて行かれる。

「ねぇ、ひとみちゃんが休みってどういうこと?
 ひとみちゃんから連絡があったの?
 どこにいるって言ってた?」

矢継ぎ早に質問するわたしを宥めながら、
柴ちゃんが事務所の中に、わたしを押し込もうとする。

「ヤダ!ひとみちゃんを探しに行かなきゃ!
 誤解を解かなきゃなの!!」

「いいから、入って!」

もう一度押し込まれて、バランスを崩しながら
事務所の中に入った。

倒れ込んだわたしを
受け止めてくれたのは、マサオさん。

「ひとみちゃんは?
 ひとみちゃんはどこですか?!」

「梨華ちゃん、落ち着いて」

マサオさんがわたしの肩を掴む。

335 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:47

「ねぇ、教えて下さい!
 ひとみちゃん、どこですか?!
 知ってるんでしょ?お願いですから…」

――誤解なの、ひとみちゃん…

どんなに体調が悪くても、絶対に
お店を休んだりしないあなたが、お休みまでするなんて…


「あいつね。
 月に一度、午前中だけ休みをとるんだよ」

…え?

「今日がその日なんだ」

マサオ、さん…?

336 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:48

「やだ、何言ってるんですか?
 そんなの、わたし知らない・・・」

「だからね、今日の休みは昨日、梨華ちゃんとよっすぃ〜が、
 すれ違っちゃったせいじゃなくて・・・」

柴ちゃんまで、何言い出すの?
ひとみちゃんが、毎月お休みを…?

――わたしに、内緒で…?

そんなの全然気付かなかった…

体から力が抜けるのと同時に
両目から涙がこぼれ落ちた。

「いや、違うんだ。
 梨華ちゃん、よく聞いて?」

梨華ちゃんには内緒にしてくれって、あいつには言われてたんだよ。
けどさっき、あゆみと相談してね。
あいつの朝の様子が、普通じゃなかったから
梨華ちゃんに知らせた方がいいんじゃないかって…

337 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:48

「一年前から、あいつ
 ずっと月一で行ってるとこがあるんだよ」

――1年、前、から…?

だって、まだわたし、ここでバイトしてたじゃない――


「どうしてもって、口止めされてた。
 だから梨華ちゃんのシフトもうまく外して・・・」

――どうして…

どうして、そんなこと…


ショックで体が震える。
どうして、そんな。わたしに内緒だなんて――

338 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:49

「実はよっすぃ〜ね…」

 <♪♪♪♪♪>

わたしの携帯が鳴り響く――


もしかして、ひとみちゃんから?!

慌てて、バッグから取り出して
すぐに通話ボタンを押した。

「もしもしっ?!」

――なんだ、ママ…


「もう!今取り込んでるの。後にして」
それだけ言って、電話を切ろうとして
信じられない言葉が耳に飛び込んできた。

339 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:49

『梨華、あんたひとみちゃんと
 何があったの?!』

えっ?
ちょっと待って?!

ママ、今なんて――

「どうして、ママがひとみちゃんなんて
 馴れ馴れしく呼んでるの…?」

『どうしてって、毎月来てくれてるんだもの。
 親しくならないわけないでしょ?』

「毎、月…?」

柴ちゃんとマサオさんが
わたしを見つめて頷いた。


『まさか梨華、あなた知らないの?
 毎月ひとみちゃん、パパの休みに合わせて
 Mを持って、うちに来てくれてるのよ?』

340 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:50

『梨華がパパに、大嫌い!もうパパの娘なんかじゃないから!
 なんて啖呵きったから、あの日からひとみちゃん
 心配してわざわざ毎月…』

そんな――
ヤダ、うそ…
知らないよ、そんなの…

その場に座りこんだ。


だって、あの日パパがひとみちゃんに
あんなことするから――

わたしの大切な人に
あんなひどいことを――

341 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:50


342 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:51


「帰れっ〜〜!!!」

パパの怒声が、部屋中に響いた。


1年前。
「一度、ご両親にちゃんと挨拶に行かせて欲しい」
そう言ってくれたひとみちゃんと、お盆休みに実家に帰った。

朝から真剣な顔で、でも情熱的な瞳で
『M』を心を込めて作ってくれて――


ひとみちゃんが、『M』という名前に込めてくれた願いの通り

 『まだ見ぬ未来』を2人で一緒に描いていきたい。
 ずっとこうして手を繋いで、前を向いて、一緒に歩いて行きたい。

だから、2人で生きていくことを認めて欲しい。

とっても素敵な人だから。
彼女と一緒じゃない未来は、わたしにはあり得ないから。

そして、パパとママに
彼女の作ったケーキを食べてもらいたかった。

それなのに――

343 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:52

ひとみちゃんが差し出したケーキの蓋をママが開けて、
「まあ美味しそう」そう言った途端に、
パパはひとみちゃんに、怒鳴りつけた。

「こんなもの、食えるかっ!!!」
「ちょっと、パパ?!」

そして、箱を持ち上げたと思ったら――

<ぼふっ!>

ひとみちゃんの顔に投げつけた。


「何するのよっ!!」
「あなたっ!いくらなんでも・・・」

「うるさ〜〜〜いっ!!!
 認めん!オレは絶対に認めんぞぉ!!!」

「パパのバカっ!!
 分からず屋!!パパなんて、パパなんて――」

344 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:52

「大丈夫だから」

そう言ったひとみちゃんの顔は
クリームに覆われていて。

朝、どんなに真剣な表情で
どんなに想いを込めて作ってくれてたのかを知ってるから、
余計に悔しくて、腹が立って――


「パパなんて大嫌い!
 もうパパの娘なんかじゃないからっ!!」

パパがひとみちゃんに謝るまで、
もう家には帰らないっ!!!

そう宣言して、家をとび出したんだ――


345 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:53


『ちょっと、梨華聞いてるの?!』

電話越しのママの声で、我に返る。

 
『今朝、ひとみちゃんがうちに来て、
 もしかしたら、Mを作るのは最後かもしれないからって。
 だから1度でいいから、パパにMを食べてもらいたくてって…』

なのにパパったら、また手もつけずに
追い返して――

慌てて、ひとみちゃんを追いかけて問い詰めたんだけど、
アタシの力不足です。すみませんでした。
しか言ってくれないのよ。

ねぇ、梨華。
一体何があったの?
あんた、ひとみちゃんに何をしたの?

346 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:56

――ひとみちゃん…

胸が苦しくて、締め付けられて
涙が止まらない。

ごめん、ひとみちゃん・・・
わたしのために――


廊下から、踵を引きずるような足音が
聞こえた。

扉の前で止まる――


 <コンコン>

『吉澤、入ります』

扉がゆっくり開いた。

347 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:57

「ただ今戻りまし――」

あなたがわたしを見て固まった。
けどすぐに、目をそらしてマサオさんに向かって頭をさげると
「厨房入ります」そう言って、扉を閉めた。


「待って!」

ママ後で電話する。
それだけ言って電話を切って、事務所を飛び出した。


「待って!」

廊下を歩く背中に、呼びかける。

「お願いっ!待って!!」

叫ぶように言って、駆け寄ると
やっと立ち止まって、振り返ってくれた。

348 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:58

「――ひとみちゃん…」


色んな思いが交錯する――
 
 誤解を解かなきゃ。
 彼とは違うの。
 パパがごめんね。
 一年もの間、気づかなくてごめん。
 でもありがとう。
 わたし達の未来を、真剣に考えてくれてありがとう――


口を開こうとしたのと同時に
ひとみちゃんが、わたしに近づいた。

そして首からネックチーフをとると、
そっと、頬に伝う涙を拭ってくれた。

349 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 11:58

「・・・アタシ、さ。
 これでも、アンタの幸せを1番に考えてる。
 それだけは、誰よりも真剣に願ってるって自信あんだ…」

ポロポロとこぼれ出す涙を
優しい眼差しで、拭い続けてくれる。


「だから、ね。アンタが望むんなら――」

今日で身を引くよ。


…え?

「だからさ、もう泣かないでよ。
 アンタは笑顔の方が、かわいいんだから」

そう言って、苦しそうに顔を歪めて
ネックチーフを握らせると、わたしから離れた。

「アンタが幸せなら、
 それでアタシも、幸せになれるからさ…」


ちょっと待って。
違う!
ひとみちゃん、違うって!!

350 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 12:01

「責めたりなんかしねーから。
 アンタのせいでもないから」

だからもう泣くなっ――

「バカッ!
 バカバカバカっ!!!」

ひとみちゃんの胸に飛び込んで
何度も胸を叩いた。

「なんで勝手に決めちゃうの?!
 わたしの気持ちはどうでもいいわけ?」

なんで、そんな事言うのよ・・・


「なんで何も聞かないのよっ!」

「聞けるかよっ!」

胸を叩く手を痛いくらい掴まれた。


「――聞けるかよ、んなこと…」

ひとみちゃんの大きな瞳から
涙がこぼれ落ちた。

351 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 12:02

「アンタの口から、他の誰かに向けられた想いなんて、
 聞きたいわけねぇだろ…」

――ひとみちゃん…


ひとみちゃんの体から、力が抜けた。


「・・・アタシは、バカだから、さ…」

そう言いながら、2、3歩下がって、壁にもたれると
そのままズルズルと床に座り込んだ。


「バカみたいにアンタが好きで、
 アンタしか見えてないのに、さ・・・」

アンタに、愛想尽かされたら
狂っちまいそうで――

昨日みたいに、アンタ傷つけちゃいそうでさ…

好きなのに、アンタのこと
壊しちまいそうで・・・

だから――


352 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 12:03

そっと寄り添って、小さくうずくまる
ひとみちゃんを丸ごと抱きしめた。

「わたしだって。
 ひとみちゃんに愛想尽かされたら、狂っちゃうよ…」

ひとみちゃんの体が硬直する。
抱きしめる腕に力を込めた。

「わたしも、バカみたいにひとみちゃんが好き。
 出会って恋に落ちた日から、ひとみちゃんしか見えてないんだよ?」

ねぇ、ひとみちゃん。
抱きしめた温度でわかるでしょ?

わたしが、どんなにあなたを愛してるかって・・・

353 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 12:03

腕の中から、窺うように顔が上げられる。

潤んだ大きな瞳が、見上げる視線が、
泣いて赤くなった鼻が、震える唇が
あなたのすべてが愛しくて、たまらないの・・・

――そっと唇を重ねた。


「毎晩ね。わたし達2人の仲が、
 ずっとずっと続いていきますようにって。
 これから先もずっと、あなたと一緒に手を繋いで歩いて行けますようにって。
 願いを込めて今みたいに、寝てるひとみちゃんに、そっとキスしてるんだよ?」

「マ、ジ…で?」
「うん」

「なら、どうして――」

354 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 12:04

『何でウチが、謝まらないかんねんっ!!』
『裕ちゃんが原因だからやろ?!』

激しい言い争いが、お店の中から聞こえた。

『離せ、コラッ!』
『離さん。ちゃんと謝り!』

『静かにしてよっ!』
『今、イイトコだったんだから』
『感動の名場面中なんですよ?』

美貴ちゃん、まいちゃん、そして
絵里ちゃんまで――

やっぱり見てたのね…


『『チッ!』』

事務所から2人分の舌打ちが聞こえて
あっちもだったかと、ひとみちゃんと2人で肩を落とす。

355 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 12:04


――ま、仕方ないか。

ここ、マーシーだもんね。


立ち上がって、座ったままのひとみちゃんに
手を差し出した。

ギュッと握られて
ひとみちゃんが立ち上がる。

袖で涙を拭おうとした、ひとみちゃんの手を止めて
さっき渡されたネックチーフで、涙を拭ってあげる。

2人で微笑み合った。


『痛いやろ!離せ!!』
『謝るまで離さん!!』

お店の中から、今だ続く騒がしい声――


「店、行こっか?」
「うん」

手を繋いだまま、お店に向かった。

356 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 12:05


「あっ!吉澤さん、石川さん」

中澤先生の腕を捕まえたまま、愛佳ちゃんが近づいて来る。
あら、いつの間にかハンちゃんとアンちゃんも、ご来店――

「ほんま裕ちゃんが、いらんこと言ってすんません」
「いらんことなんか、言うてないわ!」

「現に裕ちゃんのせいで、吉澤さん、
 石川さんにエッチ禁止令出されて、ヘコんでるやろ!」

「――中澤先生の、せいって・・・?」

ひとみちゃんの驚いた顔。

「あ、違うの。そうじゃないの」

「石川さん、裕ちゃんのことなんか
 かばわんでいいですよ」

357 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 12:05

亀井さんから、吉澤さんが
エッチ禁止令出されたってメールもらって
ピンと来たんです。

絶対これ、裕ちゃんが噛んどるって。
いとこの勘てヤツですわ。

案の定、問い詰めたら
訳分からん昔の歌教えたとか、なんとか――

「もう、ほんまにすいません。
 ほら!裕ちゃんも2人に謝り」

「・・・あ、いや。愛佳ちゃん。
 それも一つの要因ではあるんだけど、
 でも、それだけじゃなくて・・・ってか、中澤先生の言ったことは
 ほとんど気にしてなくて・・・」

「気にしてない?!
 人が親切に忠告してやったのに」

「裕ちゃんは黙ってて!!」

愛佳ちゃんに一喝されて
シュンとなった中澤先生。

358 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 12:06

「あの、ね。わたしが、ひとみちゃんと
 ・・・その・・・、・・・エッチ、しなかったのは、ね・・・」

「「「「「「「しなかったのは?」」」」」」」

全員が、わたしに詰め寄ってくる。

「――えっと、ね・・・」


 <カラン、カラン>

お店の扉が開いた。


「ワシが原因じゃよ」

あ・・・

359 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 12:06

「保田師匠?!」

マサオさんの驚いた声。

・・・って!
今、師匠って言った?!


「コニチワ〜」

「あ、お前!!」

ひとみちゃんが、彼に掴みかかろうとする。


「待って!」

保田のお婆ちゃんと彼の前に立って、
ひとみちゃんを抱き止めた。


「オオ〜、リカ。
 キミの恋人、コワイヨ〜」

大きな体を小さくして、わたしの背中に隠れる。

360 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 12:07

「てめぇ〜!!」

殴りかかろうとする、ひとみちゃんの体を
もう一度、押さえた。

「ちゃんと紹介するから、落ち着いて!」

力を抜いて、ふて腐れたように横を向いたひとみちゃん。
見守るように取り巻くギャラリーを見渡してから
咳払いを一つすると、わたしは皆に2人を紹介した。


「こちらが、隣の町でケーキショップを
 経営していらっしゃる保田圭さんです」

紹介された保田のお婆ちゃんが
杖をついたまま、頭を下げる。

「そしてこちらが・・・」

「階段の『段』に『栗』、そして『男』と書いて
 『ダンクリオ』デス。ドウゾ、ヨロシク」

そう言って、ダンさんは大きい体を折り曲げて
深々とお辞儀をした。

361 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 12:07


362 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/18(金) 12:07

363 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/06/18(金) 12:08

本日は以上です。

364 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/06/18(金) 13:23
そこで終わる?!!
玄米ちゃ様はどんだけのどSですか!!
365 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/06/18(金) 16:25
えぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜((=゚Д゚=))
気になる〜〜〜〜〜〜!!!!

本当に玄米ちゃ様はドSです・・・w
366 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/06/18(金) 21:18
更新お疲れ様でした!!

すっかり目が覚めましたYO!!
良い目覚めですw

頭の中で“ク○ス○村”さんが“こん○ちわ根○”の
ギャグをしている姿が浮かんで消えません(何)

相変わらずいい所で区切られているとは
さすが作者さんですね〜
でも、今日はドSには感じなかった自分は感覚がマヒしてきたのか…(汗)

次回更新も楽しみにしています!!
367 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/06/22(火) 12:05

>364:名無飼育さん様
 すみません・・・
 と言いつつ、その反応が作者の喜びに変わります(笑)

>365:名無飼育さん様
 こちらも嬉しい反応(笑)
 ええ。作者はドSです。

>366:名無し飼育さん様
 とうとうマヒしちゃいましたか(笑)
 では作者もグレードアップしなきゃいけませんねぇ・・・


それでは本日の更新に参ります。
368 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:07


369 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:09

「ヨロシク、ヒトミ」

ダンさんが、ひとみちゃんに握手を求める。
ひとみちゃんも、手を差し出して握手するかと思いきや、
その手をバシッと弾いた。

「気安く名前で呼ぶな!」

全くもう…
唇尖らしちゃって、子供みたいなんだから――


「ねぇ、お婆ちゃん。どうしてここに?」

まだあと一日、期限が残ってるのに・・・

「いやねぇ、後藤さんとこのお譲ちゃんが
 連絡くれたんだよ。『梨華ちゃんが大変だよ』って。
 後藤さんには、ほんとのことを教えたのかい?」

「すみません。バレてしまって・・・」

ひとみちゃんが酔いつぶれた日。
ごっちんには、ほんとのことを言ってしまった・・・

370 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:09

「いや、いいんだよ。
 ちゃんと期限まで頑張ったんだから」

一日くらい、おまけするよ。

そう言って、お婆ちゃんは
ポンポンと肩を叩いてくれた。


「ねぇところで梨華ちゃん、何で師匠を知ってるの?」

「って言うか、マサオ。
 あのお婆ちゃんが師匠ってどういうこと?」

371 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:10
 
「大谷は、ワシの弟子なんじゃよ」

マサオさんは大きく頷くと
「その節は、ほんとにお世話になりました」と深々と頭を下げた。


「専門出てすぐ、師匠の元で修業して
 菓子職人として大事なことを、全て叩きこんでもらったんだよ」

「そうなんだ・・・」

柴ちゃんが、お婆ちゃんに向かって
頭を下げる。

ふふ。奥さんみたい・・・


「なかなかいい店になったな」
「ありがとうございます」

もう一度深々とマサオさんが頭を下げた。

372 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:10

「師匠、もしかして師匠のお店はまだ…」

「ああ、まだワシが現役で頑張っとるよ。
 けどやっぱりこの年じゃ、仕込みやらなんやら厳しくてね…」

腰をトントンと叩くお婆ちゃん。

「お婆ちゃん、椅子に座りましょ?」

手を引いて、お店の中へと案内する。
ダンさんがついて行こうとするのを、ひとみちゃんが阻んだ。

「お前に座らせる椅子はねぇ!」
「もう、ひとみちゃん!」

今度は頬を膨らませて、ふて腐れる。
かわいいけど、そんなことしちゃダメでしょ!

目だけで叱ると、
「勝手に座れ!」
投げやりにそう言って、奥に通した。

373 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:11


「アアッ!
 この婆ちゃん、どっかで見たことあるって思ってたんだ!」

ハングリーちゃんが大声をあげて
保田のお婆ちゃんを指差す。

「思い出したよっ!
 ケーキショップダーヤスの婆ちゃんだ!!」

お婆ちゃんが、ニッコリ微笑んだ。


「うぇ、何かあの笑顔気持ち悪い…」

美貴ちゃんが口を覆う。
絵里ちゃんが隣で小刻みに頷いた。

「それに、あのイケてない店の名前は何なんですかね?」
「だからここも師匠に倣って、マーシーなんて
 イケてない名前をつけたんじゃない?」

「うぉっほぉん!!」

それ以上言うなとばかりに
マサオさんが咳ばらいした。

374 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:12

「あのね、アングリー。名前も笑顔も変だけど、
 婆ちゃんのプディングは超うまいんだよ!」

目を輝かせて、ハングリーちゃんが言うけど
ちょっと余計な言葉が混じってるよ?


「アアアッ!!
 思い出した、思い出した!!」

今度はまいちゃん。

「あの外人、M男だっ!」
「いやまいちん、M男じゃなくて栗男だから」

早々に美貴ちゃんが突っ込む。

「違う、違う。
 あの人、いつもMを一個だけ買ってくの。
 一応他のケーキも勧めたことあるんだけど、
 絶対Mしか買わないの。だからM男」

「まいちん、ちゃんと仕事してんじゃん」
「それがさ、店長のケーキが売れ残ると
 グチグチうるさいから、ご一緒にこちらはいかがですかって」
「マックかよ」

「うぉっほぉん!!!」

またもや、マサオさんが咳ばらいした。

375 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:13

「Mを買ってくるように、栗男に言ったのはワシじゃよ。
 作った人間の、腕を試さなきゃならんからのう・・・」

「腕を・・・試す?」

ひとみちゃんが眉を寄せた。

「そうじゃよ。なあ大谷。菓子職人にとって・・・
 いや、物を作る人間にとって何が一番大切だと
 ワシは教えたかのう?」

「はい。それは・・・
 決して味が変わらないことです」

自分の身に、どんなに辛いことや苦しいことがあろうと。
どんなに心が揺れ動き、乱されようと
それが商品に表れてはいけない――

常にいつ口にしても、味が変わらない。
それが出来なければ、一流の職人にはなれない。

日によって、心の変化で
商品の味が変わるような職人は、三流だ。

「そのように教えて頂きました」

「よろしい」

376 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:13

「ね、てことは、もしかしてさ・・・
 さっきこのお婆ちゃんが、作った人間の腕を試すためって言ったのって
 Mが日によって、味が変化してないか知りたかったってこと?」

まいちゃんの発言に、お婆ちゃんが大きく頷く。

「つまりそれって、よっちゃんの腕前を知りたいってことだよね?
 それが、エッチ禁止令に関係してくるんじゃない?」

さすが鋭い美貴ちゃん。


「一体」
「どういうこと?」

全員の視線がお婆ちゃんに向いた。


「さて、じゃあそろそろ
 タネ明かしをするかね」

そう言ってウィンクしたけど
全員が一斉に顔を背けた。

377 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:14

すっかりしょげてしまったお婆ちゃんに代わって
わたしが話しの口火を切る。

「あのね、ひとみちゃん。
 わたしとダンさんは、同じ職場なの」

そして、ダンさんはお婆ちゃんのお友達のお孫さんで、
4月から日本に転勤になったから、
お婆ちゃんのお店のお2階の一部屋を間借りしてるの。

部署も一緒で、配属された日も一緒だから
先輩なんだけど、仲良くして頂いて――

「仲良く?」

ムッとした視線を向けたひとみちゃん。

「違うの。仲良くって、だからその・・・」
「だから何だよ」

「・・・恋バナとか・・・」

「YES!コイバナ!フゥ〜!」
「てめぇは黙ってろ!!」

ひとみちゃんに怒鳴られて
お婆ちゃんの背中に隠れてしまったダンさん。

378 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:15

「もう!ひとみちゃん!
 そんなにダンさんを怒らないで!」

「何だよ!何であいつの肩持つんだよっ!
 やっぱりあいつと――」

「違うってば!」

もう!分からず屋!!

「リカ・・・、何であんなにキミのコイビト
 怒ってるノ?」

「ごめんなさい。ダンさんは悪くないの・・・」

「悪くない?!
 人の彼女に手ぇ出そうとしたヤツが悪くないって?」

「テーダス?!どんなイミですか?
 ニホンゴ難しい。よくワカラナ〜イ」

「コノヤロ、ぬけぬけと・・・」

ひとみちゃんが、ダンさんに掴みかかった。

379 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:15

「ヒィ〜!ヤメテくださ〜い!
 ぶたないで〜〜」

「ひとみちゃんっ!!」

最後まで、ちゃんと話し聞いてよ・・・
ほんとに誤解なんだから、絶対わたしとダンさんは
ひとみちゃんが考えるような関係には、なりっこないんだから・・・

「ダンさんね、心は乙女なの・・・」
「はああ??」

「つまり、その・・・ね。
 見た目は男性なんだけど、心は女性なの・・・」

ひとみちゃんが、ダンさんの胸倉を掴んだまま、
唖然として、ダンさんを見上げる。

「ドウモ〜。ちゃんとカッコイイ
 恋人もイマ〜ス」

ダンさんが、ニッコリ微笑んだ。

380 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:16

「・・・え?じゃ、じゃあさ・・・
 あの時、抱き合ってたのは・・・?」

「ダキアウ?」

「車で送ってきて、うちのアパートの前で
 お前、梨華ちゃんのこと抱きしめたじゃんか」

一瞬眉を寄せて、考えると
ダンさんは「アア、アレネ」そう言って
わたしを手招きすると、ひとみちゃんの前で
あの時の出来事を再現し始めた。


「クルマをオリテ、リカが頭をサゲタラ
 頭にmantisがいた。ダカラ、アワテテ
 クルマをオリテ、リカを呼びトメテ・・・」

あの日と同じように、腕を掴まれた。

「リカ、動いちゃダメ。ムシが頭にノッテル」

身を硬くしたわたしを、そっと引き寄せて
髪をすっと撫でた。

381 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:17

「ねぇ、アングリー。mantisって何?」
「そんなことも分からないの?」
「うん」
「これよ」

そう言って、アングリーちゃんが
自分の鎌を指した。

「鎌がどうしたの?」

アングリーちゃんが、鎌を構える。

「ワ〜オっ!ホンモノ!」

ダンさんが、アングリーちゃんの隣に並んで
同じように手だけで構えた。


「分かる?カマキリのことよ」

「すげぇ!カマキリなの?!
 かっけぇ〜!アングリーもう一回やって!!」

「じゃ、ハングリーも一緒に」

382 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:17

「ハングリー」
「アングリー」

「&ダングリー」

3人で、カマキリのマネして、
「イエ〜イ!!」なんてハイタッチして喜んでる。

そして、ひとみちゃんはと言うと――

「マジかよ・・・」

なんて小さな声で呟いて
脱力したように、すぐそばの椅子に腰掛けた。

383 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:17

そっと寄り添って、ひとみちゃんの肩に手を置く。

「ごめんね。誤解するようなことして・・・」

小さく首を横に振ると
ひとみちゃんが、わたしの手の上に
自分の手を重ねて、ギュッと握ってくれた。

「・・・良かった。・・・んとに良かった・・・」
小さな声で、そう呟いて

「こっちこそ、ごめんな・・・」って
もう一度強く手を握ってくれた。


「まぁ、エッチを禁止されて
 精神的に追い詰められてたんじゃろうな。
 だから簡単に誤解して、動揺してしまった・・・」

――腕を試すには、最高じゃのう。

384 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:22

「ねぇ梨華ちゃん。さっきからあの婆さん
 アタシの腕を試すとか言ってるけど、どう言うこと?」

「コラ!お前。
 お前は仮にも孫弟子に当たるんだぞ!」

マサオさんが、ひとみちゃんをたしなめた。

「まあよい、よい。
 そう硬くならんでも」

「石川さん、続きを話してあげなさい」
「はい」

わたしは、ひとみちゃんの隣に腰掛けると
ひとみちゃんの手を握った。

「ひとみちゃん。もしね、
 ひとみちゃんの腕がお婆ちゃんの目に適ったら・・・」

「適ったら?」

「お店を譲ってくれるの」


――どういう、こと・・・?


目を見開いて、口をあんぐり開けたままのひとみちゃんに
わたしは本当のことを話し始めた――

385 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:23


最初にね、ダンさんと仲良くなったのは
わたし達の歓迎会の時なんだ。
ずっとダンさんが、帰りの時間を気にしてるのが、すごく気になって…

もしかして、わたしと同じで
お家に待たせてる、大切な人がいるのかなって思ったの――


ねぇ、ひとみちゃん。
覚えてる?

あの日、随分遅くなったのに
タクシーで帰るから大丈夫だよってメールも送ったのに、
ひとみちゃん起きて待っててくれて、しかもお外にいて…

わたしが、次から飲み会に行くのを躊躇わないように
アタシもハングリーと、ごっちんとこ寄って今帰ってきたから
なんて嘘までついて――

なんで知ってるかって?
ハングリーちゃんに聞けば、すぐわかるもの。

もうっ!睨まないのっ!
続き話すから、ちゃんと聞いて。

386 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:24

今の部に配属された新人は、わたしだけって前に言ったでしょ?
で、転勤してきたダンさんもいわば新人みたいなもので、
2人で残業することが多かったの。

2人きりだったのかって?
そうだよ。
だからふて腐れないで、ちゃんと聞いてよ、もうっ。


その時もね、ダンさんが帰りの時間を心配してて…
だからね、思い切って聞いたの。

誰か大切な人を待たせてるのかって――

そしたら、居候先のお婆ちゃんの力仕事
毎日手伝ってるって、意外な答えが返ってきて。

早く帰らないと、お婆ちゃんが
栗男じゃ分からんからダメだって、無理して一人でやっちゃうんだって。
だからどうしても心配で、時間気にしちゃうんだって…

387 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:26

でね。
その力仕事っていうのが、ケーキ屋さんの
次の日の仕込みの仕事だってわかってね。

もしかしたら、わたしならケーキ屋さんでバイトしてたし、
ダンさんより少しはお役に立てるかもって、
お婆ちゃんにお手伝いを申し出てみたんだけど――

『腰かけのバイトごときに、仕込みなんか手伝わせられるか』
って、すごい剣幕で断られちゃって…

その先、わかるでしょ?
カチンと来ちゃって、完全にスイッチ入っちゃて――


 何が腰かけですって?!
 わたしの恋人、すっごく腕のいいパティシエなんです!
 将来、二人でお店持つのが夢なんです!
 そのために今、二人で必死で貯金してるんです!
 絶対世界一おいしいケーキ屋さんになるんだから!
 今に見てなさいよっ!

って、すごい勢いで、また啖呵きっちゃって…

388 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:26


「いやあ、今思い出しても
 あの顔はすごかった。なあ、栗男」

「うん。ハンニャだったよ」
「ちょっとダンさん?!」

「わかります。それ…」
「ひとみちゃん?!」

「あー、わかる」
「ハングリー?!」


「まあまあ、落ち着いて」

お婆ちゃんが、わたしとアングリーちゃんを宥める。
そして、ひとみちゃんに視線を合わせると続けた。

「そんなすごい勢いで、啖呵きったクセに
 次の瞬間、この子はいきなり土下座しよったんじゃ」

「土下座…?」

お婆ちゃんの言葉に
ひとみちゃんが眉をよせた。

389 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:27

お前さんとの将来のために
お店のこと、勉強させて欲しいって。

何をすればいいのか、どうしてあげるのが支えになるのか。
仕込みの手伝いからお使い、お掃除、どんな小さなことでもいい。
どんなにキツイことでもやってみせます。

だからお願いしますっ!

そう言って、少しでもお前さんの力になりたいんだって、
床に頭までこすりつけて頼んだんじゃ。

栗男が立たせようとしても
いいと言うまで動きません!
なんて、甲高い声で言い続けてのう・・・

390 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:27

お婆ちゃんとダンさんが
わたしを見ながら、思い出したように笑った。


「そこまでするなら、バイトしてた店に頼めばよかろうって言ったんじゃ。
 ましてや大谷の店だ。きちんと一から教えてくれるのはワシには
 わかっておったからのう」

――けどこの子は、
『それじゃあ、ひとみちゃんに余計気をつかわせちゃうんです』と言いおった。


会社で疲れてるのに、そこまで心配しなくていいよ。
店のことは気にすんな。
重いものはアタシが運ぶから。
梨華ちゃんは休んでて。

そう言って、絶対わたしを気遣かってくれちゃうんです。
そしてわたしも甘えちゃうんです。

でもわたし、支えあいたいんです。
ちゃんとMの字みたく、二人で前を向いて
まだ見ぬ未来へ、共に支えあって歩いていきたいんです!

391 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:28

「それはまあ、すごい剣幕で
 すごい超音波じゃったなあ」

カラカラと楽しそうに
お婆ちゃんが笑う。

「だからね、ワシから提案したんじゃよ」

それだけの熱意があるなら
よっぽど恋人の腕に自信があるんじゃろう。

ならば一つ。
『腕試しをしてみるか?』とな。

ワシもそろそろ、一人で店を取り仕切るのは、
体力的にもキツクなってきた。
もしもそんなに腕のいい職人がおるなら、
丸ごと店を譲っても構わんと思ってなぁ・・・

『よし。もしもワシの目に適ったら店をタダで譲ってやろう。
 その時は店の名も気にせず、お前達の好きなようにするがよい』

そう約束したんじゃ・・・

392 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:29


「梨華、ちゃん…」

ひとみちゃんの大きな瞳が
わたしを捉える。

「リカは、毎日のように仕事帰りにバアチャンの店にキテ
 シコミを手伝ってくれたヨ。昨日はバアチャンが
 腰イタメチャッタから、カイモノも付き合ってもらった」

「2人が買い物行ってる間に、ちょっと無理したら
 思いっきり痛めてしまったみたいでな。
 彼女が帰る頃になって、動けなくなってしまって
 栗男と一緒に、病院に連れて行ってもらったんじゃよ・・・」

――ったく。栗男がオロオロして情けないからのう。

お婆ちゃんは、立ち上がると
ひとみちゃんに向かって頭を下げた。

「お前さんとの約束、破らせてしまったようで
 すまんかった」

393 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:29


「――いえ・・・、頭を上げて下さい」

アタシも悪かったんです。
ちゃんと話しを聞こうともしないで、一方的に・・・

握っている手を、逆に強く握り返された。

「ごめん、それから・・・
 ――ありがとう…」

ひとみちゃん・・・

「わたしこそ、勝手なことしてごめんなさい」

あなたの気持ちも聞かないで。
あなたに何も言わないで。

「・・・ほんとに、ごめんなさい」

もう一度言うと、ひとみちゃんは
わたしの手を両手で包み込んで

「梨華ちゃんは何も悪くないよ」

そう言ってくれた。

394 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:30

「さてと」

お婆ちゃんが、もう一度ひとみちゃんを見つめた。

「本日を、腕試しの最終日としたいが
 どうかね?受けてみるかね?」

ひとみちゃんの表情に
緊張が走ったのが分かった。

「このひと月、お前さんの作った『M』を毎日
 食べさせてもらった」

1ヶ月間、エッチ出来なくて
苦しかったろう?
何たって毎日シテたって、聞いたからのう・・・


「「「「「「毎日?!」」」」」」

ギャラリーの驚く声が聞こえた。


「3年目やろ?毎日ヤッて、よう飽きんなぁ?」
「裕ちゃんとは、違うねん」

「年中無休で発情期なの?」
「野生の動物よりスゴイ・・・」

「マサオ・・・」
「ごめん!毎日はさすがに無理!」

395 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:31

「ちょっと皆!言っとくけど毎日じゃないよ!
 『ほぼ』がつくんだから!」

わたしの発言に、なぜか一同が固まった。


「・・・ごめん、あゆみ。
 ほぼでも無理かもしれん・・・」
「マサオ・・・、私もそんなに頑張れないよ・・・」

え・・・、うそ。
そういうもの・・・?

「ほんとに毎日ヤッてたんだ・・・」
「回数で数えたら、年間トータル、余裕で1000回越えてたりして・・・」
「あり得ますね」

え・・・?
・・・んと――

越えてそうな気がする・・・

だって、ひとみちゃんにされるの
すごく気持ちイイんだもん・・・

396 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:33

「梨華ちゃんっ!!」

ひとみちゃんの声で、我に返った。
目の前に、首まで真っ赤にしたひとみちゃんの困り顔。

「・・・そういうこと。
 呟かなくていいから・・・」

え?!
わたし今、声に出してた?!

周りを見ると、ニヤニヤ&ニンマリ顔。
ヤ、ヤダ・・・、恥ずかしい・・・


「まあ、ともかくじゃ」

お婆ちゃんの凛とした声が響いて、
思わず背筋がピンとなる。

397 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:34

毎日シテたものが、理由も分からずいきなり出来なくなる。
まずは自分に原因があるのかと不安になる。
次に相手を疑いだす。
大きく心が揺れる。乱される――

その中でも、変わらない味を作れるのか
ずっと試しておった。


「お前さんは、見事だったよ。
 昨日まで、味が変わることは一切なかった」

やったぁ!
さすが、ひとみちゃん。

弾んだ気持ちで、ひとみちゃんを見ると
曖昧な笑顔――

どうしたの?
嬉しくないの?

398 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:34

「では、最後の腕試し。
 させてもらおうかねぇ?」

大きく息を吐き出すと
ひとみちゃんは立ち上がった。

握ったままのわたしの手を
優しくポンポンと叩いて、席を離れると
マサオさんの前に立って、深々と頭を下げた。


「すみません。腕試しを受けさせて頂いても
 宜しいでしょうか?」

ひとみちゃん・・・


――そっか。そうだよね。

ひとみちゃんにとっての師匠は、マサオさんなんだ。
本来はマサオさんに認めてもらわなきゃ、いけないんだ。
マサオさんを差し置いて、他の人に自分の腕前を試してもらうなんて・・・

399 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:35

普段じゃれ合ってるように見えても
ここは厳しい職人の世界。

それなのに、わたし。
身勝手に、安易に、お店のこと考えちゃってた――


「ごめんなさい!マサオさん。
 わたし、勝手なこと――」

マサオさんが、立ち上がってそう叫んだわたしを
右手を上げて制した。

「師匠に、自分の弟子の腕前を見て頂けるなら
 こんなに嬉しいことはない」

そして、ひとみちゃんの手を引いて
保田のお婆ちゃんの前まで行くと
マサオさん自らも、深々と頭を下げた。

「どうか、宜しくお願いします!」

――マサオ、さん・・・

400 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:37

「よし。では、今日の『M』を持ってきてもらおうか」
「はい!」

元気よく返事をして、お婆ちゃんとマサオさんに
もう一度お辞儀をすると、ひとみちゃんは準備をするために
厨房に駆けて行った。

お婆ちゃんとマサオさんが微笑み合う。


「大谷。お前立派になったな」
「ありがとうございます」

「それに・・・、いい弟子を持ったな」
「はい。あいつは・・・、自分の誇りです」

そう言って、胸を張るマサオさんを見て
止め処もなく涙が溢れ出した。

401 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:37


402 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/22(火) 12:37


403 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/06/22(火) 12:38

本日は以上です。
次回最終回となります。

404 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/06/22(火) 14:58
お疲れ様です。

あ〜甘い雰囲気に戻ってよかった〜〜〜〜!!
やっぱりこうじゃなきゃいけないですよ!!

でも次回で最終回かと思うと淋しいですが・・・
405 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/06/22(火) 16:37
更新お疲れ様でした!!

これ以上、どSがグレードアップされてしまったら
もう作者さんの作品は読めなくなってしまいます(涙)
お手柔らかに・・・。

次回最終回なのは淋しいですが更新楽しみにしています。
406 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/06/29(火) 04:20
やっぱり甘い二人が大好きです。
仲直りした二人はやっぱりお預け解禁…にも期待(笑)

もう最終回と思うと淋しくてなりませんが
楽しみにしています。
407 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/06/30(水) 12:01

>404:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 最終回楽しんで頂けると嬉しいです。

>405:名無し飼育さん様
 ありがとうございます。
 ではグレードアップは控えましょう(笑)

>406:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 ご期待にお応えできるかどうか・・・


では最終回です。

408 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:02


409 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:03

「お願いします」

ひとみちゃんがお皿にのせた『M』を
お婆ちゃんの前に差し出す。

「今朝、焼いたんじゃな?」
「はい。彼女の実家に持っていく分と一緒に
 作ったものです」

「わかった」

そう言うと、お婆ちゃんはフォークを持って、
一口分を取ると、ゆっくり口に運んだ。


――長い長い沈黙が、お店の中に流れる。

身動き一つ出来ずに
お婆ちゃんが味わい、飲み込むのを待った――

410 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:03

お婆ちゃんが、ゆっくりフォークを置く。
あまりの緊張に、見守る全員がゴクリと唾を飲み込んだ。


「うむ。うまい」

よかった…
周りからも安堵のため息がこぼれた。

「じゃが」

え…?


「失格じゃ」


――どう、して…?

411 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:04

皆がざわめき出す。

「だって、今うまいって言ったじゃん」
いち早い、美貴ちゃんのツッコミ。

「確かにうまい。最高の味じゃった」

「ならどうして?最高なら何で失格なの?!」
まいちゃんが皆の疑問を代弁してくれた。


「作った本人は、最初から
 結果がわかっとったようだけどな」

今まで黙っていたひとみちゃんが
頷きながら微笑んだ。

「アタシは、まだ未熟です・・・」

「心の変化が現れたな?」

「はい。
 今日が最後のつもりで作りました・・・」

412 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:05

昨日まではどんなに心が揺れても、
『まだ見ぬ未来へ、彼女と共に手を繋いで歩んで行こう』
それだけを思ってこれを作ってました。

けど今朝は――

彼女との未来を誓ったケーキを作るのは
今日が最後…。

そう思って、心が動くままに
泣きながら作りました…


「商品なのに、すみません」

ひとみちゃんがマサオさんに
頭を下げた。

「それから・・・」

ひとみちゃんがわたしの方を向く。

「梨華ちゃん、ごめん。
 アタシには、まだまだ店を出すのは無理だ。
 いろいろ頑張ってくれたのに、ほんとごめん…」

そう言って、また頭を下げた。

やだ、そんな。
謝ったり、しないで…

413 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:05

ゆっくり頭をあげると、ひとみちゃんはもう一度、
マサオさんを見てから、今度はお婆ちゃんに向かって頭を下げた。

「しっかり、修業し直します」


「――そうだな」

「ちょっとマサオ?!」

ひとみちゃんに声をかけたのは
お婆ちゃんではなく、マサオさんで。
いつになく厳しい顔をすると、ひとみちゃんのそばに行って
未だ頭を下げたままのひとみちゃんに向かって言った。

414 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:06

「お前が店を出そうなんて
 10年早い」

「ちょっとマサオ、言い過ぎよ!」

「味が変わるような腕前のヤツには
 うちの仕込みを任せるわけにいかない」

「マサオ、何言ってんの?!」

「すみません…」

うな垂れたままのひとみちゃんが
もう一度謝った。



「師匠」

マサオさんの凛とした声。

「こいつを次の日の仕込みをさせに毎晩行かせます。
 使ってやってもらえませんか?」

ひとみちゃんの隣で
マサオさんも一緒に頭を下げた。

415 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:06

「大谷…」

お婆ちゃんの目が潤んだ。

「そんなことしたら、お前が困るだろうに・・・」

「いや、うちの仕込みは自分がやります。
 昔に戻ったと思えばいいんですから」

そう言って、穏やかに微笑むと
マサオさんはひとみちゃんに言った。

「かと言って、うちの店に穴を開けることは許さんぞ。
 今まで通り、ちゃんと自分のケーキも作れ」

驚いたように、ひとみちゃんの目が見開かれた。

「――いいん、ですか・・・?」

「当たり前だ。
 師匠のとこに行くのは、うちの営業時間が終わってから。
 隣町まで毎晩通って、夜準備出来ない分、
 朝は早く出て来なきゃいけないぞ?」

かなりハードな生活になる。
師匠の店の手伝い分は、給料も出さないぞ?

416 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:07

「それでもやれるか?」

「はい!やれます!
 やらせて下さい!お願いしますっ!」

ひとみちゃんが、膝に頭がつくくらい
体を折り曲げて深々と頭を下げた。

マサオさんがニッコリ笑う。

「うちの分の仕込みは心配するな。
 その代わり、師匠をうんと助けて来い。そして、たくさん教わって来い」

「はいっ!!」


「大谷…。お前ほんとにいいのかい?
 ワシの体を気遣かって、そんな無理を…」

「いえ。出来の悪い弟子を、師匠に叩き直して頂くんです。
 あなたの孫弟子ですから、遠慮せず使って下さい」

「よろしくお願いしますっ!」

ひとみちゃんがお婆ちゃんに
頭を下げた。

417 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:08

「わたしも!」

皆の視線が、一斉にわたしに注がれた。

「わたしも、今まで通り
 お手伝いさせて下さいっ!」

一瞬の沈黙の後、お婆ちゃんが
嬉しそうに微笑んだ。

「こりゃ賑やかになるわい」

そう言いながら、ハンカチで目尻を拭った。

ひとみちゃんと顔を見合わせて、微笑み合う。

418 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:08

「マサオ・・・、私マサオの仕込み、手伝っていい…?」
「あゆみ…」

マサオさんが嬉しそうに微笑んだ。

「もちろんだよ」

そう言って、マサオさんと柴ちゃんも
微笑み合った。



「あら〜なんかええなぁ、あんたら」
「ほんと、うらやましい・・・」

ため息混じりのギャラリーの声。


「ね、今って全部丸く納まって
 おめでたいよね?ね?」

「紙袋クラッカーは、鳴らさなくていいから」

まいちゃんを美貴ちゃんがたしなめていると・・・

419 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:09

 <ポンッ!>

弾けたように、軽やかな音が店内に響き渡った。



「ああああ〜〜〜っ!!!」

マサオさんの悲鳴にも似た叫び声。

「おめでたいから、シャンパンでもって
 事務所から取ってきました〜!」

屈託なく微笑む絵里ちゃん。

「なにこれ?」

まいちゃんが、一緒にくっついてるカードを開く――


 [オッーホッホ!オッーホッホ!
  お中元ザマスよ!オッーホッホ!]

420 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:09

「くそぉ〜。今度こそ、見つからないように
 ボイスカードも一緒にしまっといたのにぃ・・・」

「マ〜サ〜オ。
 また、白百合伯爵夫人からの贈り物
 一人じめしようとしてたわね〜」

「いや、違う!
 待って、誤解だよ」

助けて、よっすぃ〜

マサオさんがひとみちゃんの背中に隠れる。

「よっすぃ〜、どいて」
柴ちゃんの低い声。

「はいよ」

「こらお前!どくな!
 師匠の盾になれっ!」

「いやですよ。
 夫婦喧嘩は二人だけでやって下さい」

みんな飲もうゼ!

ひとみちゃんが、軽やかにマサオさんをいなして
絵里ちゃんが持つシャンパンを受け取った。

421 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:10

「待て!こらっ!
 おいっ!」

「マ〜サ〜オッ!」

「ひぃぃ〜、ごめんなさ〜い!」

二人の追いかけっこを眺めながら
お店の中に皆の笑い声が響いた。


でも、今日のマサオさん
ちょっとカッコ良かったよね?
ひとみちゃんには及ばないけど、見直しちゃったよ?

あとで柴ちゃんに、メール送っておこう。
きっとたくさんノロケられるだろうけど――


422 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:10






423 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:11


「「明日からまた、よろしくお願いしますっ!」」

ひとみちゃんと2人で
お婆ちゃんのお店を後にする。


お店で大騒ぎした後、マサオさんが
「今日だけ、営業時間中に行くのを許してやる。
 師匠の店に行って、材料の場所や数をしっかり頭に叩きこんで来いっ!」

そう言って、まだ日が高いうちに
送り出してくれた。

お婆ちゃんのお店で、一つ一つ
丁寧に念入りに、材料を確認するひとみちゃんの横顔は
ほんとに精悍で、神々しくて――

また惚れ直しちゃった・・・

ほんと、どこまで深まるんだろうな?
あなたへの想いは――

3年目を迎えても、浮気なんて全く考えられない。
飽きもせず、毎日あなたに恋して
ますます加速して、わたしの心はあなたで満たされていく・・・

――ねぇ、ひとみちゃん。ひとみちゃんも同じ気持ちだよね?

424 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:12


「・・・ここ。いい場所だよね・・・」

公園の前まで来て
ひとみちゃんが立ちどまった。

今来た道を振り返って
眩しそうに、お婆ちゃんのお店を見つめる――


  『お前さんが、一人前になったら
   この店を譲ろう』

後片付けをしていたひとみちゃんに
そう言ってくれたお婆ちゃん。

  『その代わり、早く成長してくれんと
   ワシの体がもたん。しっかり頼むよ』

笑いながらそう言って、次の言葉は
わたしにだけ言ってくれた。


  『ほんとは、今すぐ譲ってもいいくらいの腕を持ってるよ。
   けど今はまだ本人が納得しとらん。
   だからもう少しだけ、お店は待っておあげ?』

425 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:13


「きっとさ…」

手を繋いだまま、ジッとお店を見つめ続ける
ひとみちゃんの横顔を見上げた。

「婆ちゃんの作ったケーキを買ってさ。
 この公園で食べて、親子が笑顔になったり。
 家に買って帰って、喧嘩した夫婦が仲直りしたり…
 この街のたくさんの笑顔を、婆ちゃんは作ってきたと思うんだ」

姿を現したばかりの、わずかな月明かりに照らされて
大きな瞳がキラキラと輝いている。

「アタシもさ。甘いだけじゃなくて、皆の心が和むような
 誰かに優しくしようと思えるような。
 そんなあったかいケーキを作れるようになりたいな・・・」

「なれるよ、ひとみちゃんなら」
「そうかな?」

「うん。だってわたしがそうだもん。
 ひとみちゃんが作ってくれたケーキを食べたら
 いつだって温かい気持ちになるもの」

ひとみちゃんが嬉しそうに微笑んだ。

426 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:13

「アタシさ…」

繋いだ手をギュッと握られる。

「Mにもう一つ、意味を足そうと思うんだ」
「もう一つ?」
「うん」

もう一つってなんだろ・・・?
ま行で始まるもの?
それともカタチ?

ひとみちゃんが、わたしに向き合った。

「まだ見ぬ未来へ向かって
 こうして、アンタと手を繋ぐと生まれるもの――」

生まれる、もの・・・?

427 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:14


「愛のチカラ」

苦しいことも、辛いことも
アンタとアタシの『愛のチカラ』さえあれば
絶対乗り越えられるし、何にも怖くねぇ。

アンタと一緒に歩き続ける限り
アタシは無敵になれるんだ・・・

だから――


「これからもずっとそばにいてよ。
 アンタじゃなきゃダメだから」

アンタじゃなきゃ・・・

愛のチカラ、生まれないんだ――


428 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:15

ひとみちゃん・・・

思わず胸に飛び込んだ。

「わたしもあなたじゃなきゃダメなの。
 あなたでないと、愛のチカラなんか出せないよ・・・」

そう言ってしがみついたわたしを、
ギュッと抱きしめ返してくれた。


「梨華ちゃん」

耳元で囁かれる。

「2人の愛のチカラをプラスした
 新しい『M』を頑張って作るからさ――」

来月は一緒に、梨華ちゃんの実家に行こう?
そして、今度こそお父さんに食べてもらおうよ。
2人の愛のチカラで出来た、最高の『M』をさ・・・

429 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:15

「今度こそきっと、認めてもらえるよ」

そっと背中を撫でてくれる。

あなたの優しさに、あなたの温もりに包まれて、
世界一の幸せ者だって、胸を張って言える。

だからパパ。
わたしも意地を張らないで、もう一度素直になるから――

「でもまた、ケーキぶつけられちゃったら
 どうしよう・・・」

「ふはは。顔面ケーキ2回もくらうって
 なかなか経験出来ないよ。ある意味幸せ者じゃね?」

どこまでも、大きな心で包んでくれる
わたしの一番大切な人。

430 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:16

両手で頬を包み込んで、額を合わせると
優しい声で言ってくれた。

「わかってくれるよ、絶対。
 アンタを育ててくれた人だもん」

「うん・・・」

ねぇ、パパ。
ほんとに素敵な人でしょ?

ひとみちゃんと一緒ならね。
わたし、ほんとに何も怖くないの。

たとえ普通の人とは違う道でも
こうして彼女さえ隣にいてくれれば、わたしは強くなれるの。

だからパパ。
わたし達の『愛のチカラ』を信じて?

431 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:16

目の前の薄い唇に、わたしから触れた。

――好きよ、ひとみちゃん・・・

世界中の愛の言葉を並べてみても
足りないくらい、あなたのことが好き・・・


「梨華・・・」

熱を帯びた視線。
甘く緩んだ大きな瞳・・・

「――愛してる」

薄く開いた唇が、今度はわたしに近づいてきて
突然ピタリと止まる。

432 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:17

 <ガサッ。ガサガサ・・・>

公園の植え込みから聞こえる
不気味な音――

まさか・・・

まさかね。
ここ、マーシーじゃないし。

なんたって、マサオさんが早く送り出してくれたおかげで
まだギリギリ、マーシーの営業時間内だし・・・


 「おいっ!見えないだろ」
 「シーッ!聞こえるってば」
 「もうちょっと頭下げてよっ!」
 「イテッ!足踏まないでよっ!」

433 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:18

はぁ〜〜

聞こえないように、小さくため息をついて
ひとみちゃんがわたしの肩を抱く。

足音を忍ばせて、植え込みの前に立つと・・・

「ガマンできねぇ。ここでシヨ」

わざと聞こえるように、ひとみちゃんが言う。
植え込みの向こうの気配が固まった。

「ねぇ、せめて植え込みの影に移動しようよ・・・」

笑いをかみ殺しながら、わたしも答える。
ますます凍りついた気配。

「だーいじょうぶだって。
 ほら、こうやって見えないように・・・」

「・・・んっ、ダメ・・・」

ヒョコヒョコヒョコヒョコと
植え込みの向こう側から、モグラたたきのように
飛び出してきた4つの頭。

もちろんわたし達は、仁王立ちして
4人とご対面。

434 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:18

「ゲッ!」
「なんで?!」
「何もしてないじゃん!」
「・・・ごきげんよう」

「ごきげんようじゃねぇだろ!
 それにこんなとこで誰がスルかっ!」

「いや〜」
「2人ならねぇ」
「あり得そうな・・・」
「年中発情」

「まいちん、それ四字熟語じゃねぇからなっ!」

435 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:19

「大体、お前ら4人揃ってこんなトコまで来て
 店はどうしたんだよっ、店は!」

「それなら大丈夫」
マサオさんが得意げに腕組みする。

「し〜んぱいないさ〜」
柴ちゃんが歌いながら腕組みする。

「美貴は関係ないけどね」
冷静に言って腕組みする美貴ちゃん。

「ちゃんと任せてきたゼ!」
ビシッと親指を立ててから、周りを見て
慌てて腕組みしたまいちゃん。


「まさか、また?!」

ひとみちゃんが、驚きの声をあげると同時に、
別の場所の植え込みから、ガサゴソと音がして
4人の登場と同じように、ヒョッコリ顔が現れた。

436 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:19


「「「「亀ちゃんっ?!」」」」

「どうも〜」

「なんで?」
「いつの間に?」
「やるねぇ〜」
「店は?」

次々と発せられる4人組の言葉に
絵里ちゃんはニッコリ笑うと

「吉澤さんに4人の言うことは聞かなくていいって
 言われたんで、『臨時休業』の張り紙をして
 こっち来ちゃいました〜」


プハッ。
ふふふ。

思わずひとみちゃんとふき出した。
一枚上手だ。絵里ちゃんの方が。

437 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:20

「おいっ!急いで戻るぞっ!!」

マサオさんが血相を変える。

「残念。ちょうど店の閉店時間だ」

時計を見て、ひとみちゃんが言う。


「なにをォォ〜〜!!」
「マサオ、自業自得」

「まいちん、ことわざをどうぞ」
「後悔先に立たず」

あら、今日はなかなか、切れ味がいいみたい。

438 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:20

「くそぉ〜〜!!」
「仕方ない、仕方ない」

地団太を踏むマサオさんを
柴ちゃんが慰めた。


「ちきしょ〜!!
 ・・・って、言ってても仕方ないな」

今日は随分、立ち直りの早いマサオさん。

「せっかくだから、皆でパッ〜と飲みに行くか?」

「マサオ偉い!」
「さんせ〜い!」
「さんせい!」
「賛成!」

「2人はどうする?」

皆がわたし達を見る。

「もちろん」
「お供します」

全員で笑いあった。

439 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:21


はずむように歩いて、皆で笑い合いながら
目的地に向かう。

はじけた笑顔と、手の平に感じるあなたの温もり――

誓いを込めて、繋がれた手を
もう一度強く握った。


  まだ 見ぬ 未来へ

   ずっとずっと、手を繋いで隣を歩いていく


  あなたと2人で

     『愛のチカラ』を生み出しながら――


440 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:21



   『Cake 4 〜愛のチカラ〜』


                  終わり



441 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:21




442 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:22





   『〜おまけの愛のチカラ〜』


443 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:22


ベッドに寝っ転がって、ドライヤーで髪を乾かす
梨華ちゃんの背中を見つめた。

パジャマ越しにわかる、くびれたウエスト。
肉付きのいいお尻――

カチリと音がして、轟音が止み
部屋に静寂が訪れる・・・


「――エッチ・・・」

鏡越しに目が合ったまま
梨華ちゃんが言った。

「なんだよ・・・」

クルリと振り向いて、寝そべったままのアタシに
微笑みかけると、ゆっくり近づいてくる。

444 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:23

「目つきがヤラしいよ?」

アタシのお腹の横に腰掛けて
アタシの頬に手を伸ばした。
ゆるい胸元から、二つの膨らみが見える。

「誘ってんの?」
「どうかな?」

小悪魔のように微笑む彼女。

アタシの頬をゆっくり撫でて、
そのまま親指で、唇をそっと撫でられた。

「かわいいクチビル・・・」

まるで背筋を撫で上げられたように、欲望が表に這い上がって来て、
動き続ける指を捕まえると、そのまま起き上がった。

445 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:23

見詰め合ったまま、捕まえた指に
優しいキスを落とす。

捕まえた手が熱いのは、風呂上りのせいでも
皆と飲んだ酒のせいでもないはずだ・・・


反対の手を、そっと彼女の胸元に伸ばした。
触れる前に、手を掴まれて遮られる。

「・・・まだ、ダメ?」

首を横に振る彼女。
掴まれた手をグッと引かれて、
彼女の左胸に押し付けられた。

柔らかい感触と共に感じる、激しい鼓動――


「・・・ドキドキ、するの・・・」

――はじめての時みたいに、すごく・・・

消え入りそうな声で、そう言って俯いた。

446 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:25

「はじめての時のこと、覚えてる?」
「・・・当たり前じゃない・・・」

「じゃあさ・・・」

掴んでいる彼女の指をグッと引いて
彼女がしたのと同じように、アタシの胸に押し付けた。


「・・・ドキドキ、してる。
 ひとみちゃんも・・・」

「好きだから・・・
 いつだって、アンタにドキドキしてる」

そう言ったら、不服そうに唇を尖らした。

「もう!また『アンタ』って言った」
「ごめん。何か思わず出ちゃうんだ・・・」

「ふふっ。いいよ。
 ひとみちゃんのバロメーターだから」
「バロメーター?」

「なんでもない。ひとみちゃんには教えてあげない」

いたずらっぽく笑って、
捕まえたままのアタシの手を、自分のパジャマのボタンに導いた。

447 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:25

ゆっくり彼女のボタンを外して
そっと脱がせると、カタチのいい膨らみが現れる。

直接触れたくて、手を伸ばすと
また遮られた。

「まだ焦らすの?」
「違う」

今度は彼女がアタシの胸元に手を伸ばして
ボタンを一つずつ外していく。

「ひとみちゃんも一緒がいいから・・・」

同じように脱がされて、
代わりばんこに、下を脱がせあって
生まれたままの姿になると、そっと彼女を押し倒した。

448 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:26

「・・・もう、止めないでよ?」
「わたしも、限界だもん・・・」

唇が合わさって、どちらともなく
互いを求め合う――


「・・・んっ、・・・んふっ」
「はぁ・・・、梨華・・・」

絡み合う舌。
絡み合う指。
絡み合う足。

お互いがお互いを、こんなに欲してる・・・


「――んんっ、・・・はぁっ」
「・・・好き・・・。っん。はあ・・・」

ずっと触れたかった。
ずっと愛し合いたかった。

無我夢中で、小麦色の肌に唇を舌を這わす。
――全部、欲しい。

449 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:26

「ンッ、ぁあっ・・・」

もっと聞かせて。
もっと感じて。

指先を体中に泳がせて、
快楽の声を促す。

聞きたい、もっと。
触れたい、もっと。

手の平に吸い付くように
熱を帯び、湿っていく美しいカラダに・・・


「・・・ヤアぁぁ!・・・ひ、とみ。・・・おね、がい――」

ダメ。まだ欲しい。
柔らかくてハリのある膨らみを揺らして
尖った先端を咥えて、何度も舌で転がした。

「ああ、あっ、んっ!!」

450 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:27

甘くて、美味しくて
夢中になって、頬張る。

頬張れば頬張るほど、硬さを増して
存在を主張する。

舐めて、吸って、転がして・・・

「はぁぁ・・・、ああ!っもち、イイ・・・」
「・・・もっと・・・、よくして、あげる・・・」

色づくカラダも
艶やかな声も

今夜は、全部味わいたい。

すべるように内腿を撫でて、
ソコに触れると、予想以上に濡れていて
彼女の欲望を知る。

――でも、まだダメだよ。

451 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:27

「んんっ!やあああっ!!」

アタシの髪をかき混ぜていた彼女の手に力が入って
グッと引き寄せると、貪るようにアタシの口内を彼女の舌が暴れまわる。

――やべぇ、何も考えらんねぇ。


「・・・ん、はぁ・・・、梨華・・・」

唇を繋いだまま、
甘い蜜が溢れるソコに指を這わせた。

「んふっ・・・ああんっ」

繋がっていた唇が離されて、彼女の口から声が漏れる。
クルクルと指で撫でながら、もう一度唇を合わせた。

悦びの声が、アタシの中に沁みていく。
ほら、もっと喘いで。もっと、もっと――

452 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:28

「・・・んっ、・・・ね、もう。
 ほんとに・・・ダメ・・・ゃああっ!」

彼女のソコに素早く潜り込んで
溢れる蜜を吸って、舌を這わせた。

ただ純粋に、愛したい。

舌の動きを早めると、ひときわ高い声が出る。
もっと高い声、聞かせてよ・・・


「やあああああっ!!!」

腰が浮いて、彼女の体がのけ反る。
枕を掴んでイヤイヤするように首を振る。

「・・・も、ほ、んとに・・・ダメ・・・はぅ。
 早く、お願い・・・」

抱えた膝が震えてる。


「・・・欲しい、の?」

彼女の蜜で潤したはずなのに
声が掠れた。

453 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:28


「欲しい・・・、ひとみちゃん」

――お願い・・・


アタシも、もう限界だ・・・


這い上がって彼女を強く抱きしめると
ソコに指をあてがった。

「んんっ・・・」
「中、熱いよ。すごく・・・」

指が溶けてしまいそうな程――

グッと背中に爪が食い込む。
ハッとしたように、彼女がアタシの背中で拳を作る。

「・・・いいよ。つかまってて」
「でも・・・」

潤んだ瞳で、見上げられる。

454 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:29

「勲章、みたいなもんでしょ?」

――また毎日治療してもらうから、大丈夫。

そう言ったら、華やかに微笑んで
背中にしがみついた。


「んっ、ヤッ、ああんっ・・・」

動かす度に、嬌声をあげる彼女が
愛おしくて、可愛くて――

「・・・はぁんっ、ひと、み・・・、んんっ!」
「・・・梨華・・・、はぁあ・・・、ううっ」

彼女の声が大きくなるにつれ、背中が心地よく痛む・・・

「も・・・ダ、メ・・・、っちゃう・・・」

狂ったように感じて欲しい。
アタシだけを感じて欲しい。

「・・・梨華、愛してる・・・」


「ゃああああ・・・んっ、ああああああっ!!!!」

グッと抱きしめたまま、アタシは彼女を高みに導いた――


455 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:30



「――すごい、幸せ・・・」

アタシの腕に納まって
荒い息を整えながら、梨華ちゃんが呟いた。

「幸せだよ、アタシも」

「ごめんね。やっぱり背中傷つけちゃった・・・」
「大丈夫だって。治療してもらうし」

ニヤリと笑うと、人差し指で頬を突かれた。


「これでしばらくお預けできないっしょ?」
「もう、お預けしないもん・・・」

「ほんとに?」

顔を覗き込むと、頬を赤らめながら
言ってくれた。

「・・・だって、わたしだって我慢できないもん・・・」

やべぇ、ニヤニヤが止まんねぇ。

456 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:30

「・・・わたしだって、ひとみちゃんに
 愛されたいんだもん・・・」

もうっ!
どうしてニヤニヤしてるのっ?!

アタシの上に乗っかって、
両頬をつねる彼女。

――そんな格好したらさ、余計ニヤけるじゃん。


アタシの視線に気付いた梨華ちゃんが
片腕で胸を隠す。

「何だよ〜、隠すなよ〜」

片頬をつねられたまま、唇を尖らしたアタシの唇を
彼女の指がなぞる――

唇の合わせ目に来たところで、
小さな指を、パクッとくわえた。

457 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:31

「・・・色々、ごめんね」

優しい顔で、梨華ちゃんが謝る。

謝んなくていいよ。
全部アタシのためだったって、ちゃんと分かったから・・・


「――梨華ちゃんの気持ち、嬉しかった・・・」

彼女の頬に手を伸ばす。
溢れ出した涙を指で拭う。

「まだまだ未熟なアタシだけど、
 これからもついてきてくれる?」

アタシの手を上から握りしめて、大きく頷くと

「当たり前じゃない。一緒に手を繋いで歩いて行こう?」

そう言って、とびきりの笑顔をくれた。

458 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:31


「――ねぇ、ひとみちゃん」
「何?」

梨華ちゃんが、アタシに覆いかぶさって
耳元に唇を寄せる・・・

柔らかな感触を受け止めて、
体の奥の火が燻りだす・・・


――もう一度、2人の『愛のチカラ』試さない?


艶を帯びた声で言われて、
一気に火がついた。

459 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:31

たまらず胸に触れたアタシの手を
そっとどけると、指と指を絡めて繋いで、また囁いた。

「今度はわたし」

そのまま、アタシの体に
熱い唇と舌を這わせ出す――


「・・・んっ、ねぇ、梨華、ちゃん・・・」
「・・・何?」

行為を止めることなく、
視線だけをあげた。

・・・すげぇ、色っぽい。

止まんねぇかも、アタシ――

460 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:32

「・・・今夜はさ、疲れて眠るまで
 愛のチカラ試さない?」

――この一ヶ月の分、さ。


ニッコリ微笑むと、起き上がって
アタシの鼻をつまんだ。

「先に寝ちゃ、ダメだよ」
「アンタこそ、先に寝るなよ」

鼻をつまみ返した。


「だったら同時に」
「果てようか?」


微笑みあって、アタシ達はまた
2人だけの世界に身を沈めた――


461 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:32


462 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:33




   『Cake 4 〜愛のチカラ〜』


              今度こそほんとに終わり


463 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:33


464 名前:Cake4 〜愛のチカラ〜 投稿日:2010/06/30(水) 12:33


465 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/06/30(水) 12:34

Cake4、無事完結致しました。

禁止令は結局、解除されたんかいっ!
というお叱りを受けそうだったので、おまけをつけてみました・・・
あくまでも『おまけ』ですので、この程度でお許し下さい・・・(汗)

Cakeシリーズ、まさか4まで来るとは
1を書いた当初は想像もしませんでした。
しかも回を重ねるたびに、登場人物が増えて行き
だんだん収拾がつかなくなるという・・・(笑)

今回は1から3に登場したモノなどを、チラチラ散りばめてみました。
やはりこのシリーズは、書いていて楽しいですね。
まぁ続きがありそうな終わり方にしちゃいましたし、
気が向いたら、まだ続くかもしれません。
調子に乗った昼ドラシリーズみたいになってますけれども・・・(汗)

とにもかくにも、最後までお付き合い下さった皆様、
ありがとうございました!
是非ご感想など頂けると嬉しいです。

466 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/06/30(水) 13:08
更新お疲れ様でした!!

タイトル通り、甘〜い結末で大変美味しゅうございましたw
たくさんの小ネタが散りばめられていて、笑いあり涙ありのこのシリーズは大好きなので、
終わってしまうのが本当に寂しいです。
いつかまた続編が読める日が来るのを楽しみにしています!!

また新たな作品が完成するのも楽しみにしています。
くれぐれもお手柔らかに…(笑)

先ずは完結お疲れ様でした!!

467 名前:名無し留学生 投稿日:2010/07/01(木) 18:27
お見事!
完結お目出度う!お疲れ様でした!

ドSの玄米ちゃ様のこのシリーズは一番気楽に読める存在ですわ!
ちょっこちょっこ石吉をイジメったが、最高の甘〜いエンディングになりました。マーシーの皆さんも相変わらず元気で面白いですね。
小ネタの使いも上手かったし、新キャラクターの登場もさすがです。

これからも玄米ちゃ様の作品を応援してますわ〜

しかし、私には玄米ちゃ様のS度をまったく慣れてませんので、グレードアップは絶対しないで欲しい!!
468 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/07/06(火) 17:41
完結おめでとうございます!
お疲れ様でした。

や〜っぱりこのシリーズは安心して見れるのでいいです!!(笑
どんなにピンチでも結局最後は好きで好きで甘い感じになるので幸せです!

次の作品も何か予定されてるんですか?
楽しみにしてますよ〜
ドSを発揮されると心臓が痛いですが!!!
469 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/07/15(木) 12:34

>466:名無し飼育さん様
 ありがとうございます。
 終わってしまうのが寂しいと思って頂けるなんて
 調子に乗った昼ドラシリーズでも許して頂けるということですね!
 良かった・・・。

>467:名無し留学生様
 ありがとうございます。
 そんなに褒めて頂けると嬉しくて小躍りしそうです。
 残念ですが、ご希望通りグレードアップはなるべく控えます。

>468:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 作者も本当は甘いのが好きなんですよ?
 なぜか疑問系ですけど・・・(汗)
 一応新作の構想はあります。


さて本日は――

リアル短編をお送りします。
どうしても脳内の爆発を止められなくて・・・(汗)

気楽に読み流すくらいの
軽〜い気持ちでお付き合い頂ければと思います。

それではどうぞ。

470 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:38



   『Mission Complete』



471 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:38


吉澤ひとみは今、重大な任務を果たすべく
通いなれたこの場所にいる。


それはそれは、常人では計り知れない大変な任務だ。


3つの細かいミッションを成功させ
それを積み上げた時に開かれる、偉大な成功の道。


勝敗を決めるのは、明日の朝。
だがすでに、彼女の戦いは始まっている――


472 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:39


   <Mission 1>

     適度な疲れを与え、早めの就寝を促せ!!


473 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:39


「・・・んんっ。・・・はぁ、よっすぃ・・・
 ――お願い・・・」

潤んだ目が吉澤を見上げている。
ここからが、いつもは本領発揮の時間だ。

焦らして焦らして。
追い詰めて追い詰めて――

高い声を一層高くして喘ぐ彼女を、とことん可愛がる。
のけぞり、カラダを震わせ
しがみつく彼女を、心行くまで堪能する・・・

けれど今夜は、そこまで追い詰めてはならない。

なぜなら、『適度な疲れ』で終わらせなければ
ファーストミッションから挫けてしまうからだ。

474 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:40

「・・・わかった」

素直に了承した吉澤に驚く彼女。
だが、ここで疑われてはならない。

大きな瞳で、ジッと下になった彼女をみつめる――


女を惑わす狼の眼差し。
どうやらeyesexと言われているらしいと
ヨーロッパツアー中に、彼女のマネージャーから聞かされた。

その実、本人は全くもって、何も考えちゃあいない。
惑わしているつもりも、犯しているつもりも毛頭ない。

ただ気になったから見ただけ。
顔を動かしたら、目線がそこについてっただけ。

けれど世の中は、
うまい具合に受け取ってくれるらしい。

475 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:40

試しにツアー中に、腕の中にいる恋人にやってみた。

――たちまち赤くなる頬・・・
――悶えるようにクネらすカラダ・・・

「もうっ!よっすぃ〜、そんなにジッと見ないでよぉ・・・」

ちょっとだけサムイ。けど我慢。
更に見続けていると、彼女のスイッチがONになって
たちまち妖艶な小悪魔に変貌をとげた。

 スゲー!
 カッケェ〜!!
 狼サイコー!!!

心の中で遠吠えをして
狼に敬意を表した。

476 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:41


「・・・よっすぃ〜」

少しかすれた甘い声が、現実に戻す。
ジッと見つめたまま、妖艶な小悪魔に変貌を遂げつつある
彼女の唇を塞いで、熱いソコに指を沈めた。

「ああああっ!!」

のけぞった彼女のノド元に喰らいつき
舌を這わせる。

「んっ、ゃあああああ!!!!」

狼だぜ。ベイベー。
ウオオオ〜〜〜〜ンッ!!

心の遠吠えとともに、
彼女も大きくいなないて、果てた。


477 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:42


順調、順調。
至極順調。

荒い息を整える彼女を腕に抱き、
明日の成功へと思いをはせる――

一歩ずつ近づく勝利への道。
まばゆいほどの至福の時を、明日には迎えられるのだ。


「・・・もうっ。さっきから何ニヤニヤしてるの?」
「え?してないよ」

「してるっ」

少しだけスネた彼女が、吉澤の頬をつねる・・・

結構イタイ。
でも、かわいい・・・

ううううううう・・・

――もう一度、シたい・・・

いや。ダメだ、ダメだ。
今夜はダメだ。

これでシたら、明日の成功が遠のいてしまう・・・

478 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:43

「・・・ねぇ、よっすぃ〜」

誘いをかける甘い声。
いかん!完全な小悪魔になっとる!
何とかせねばっ!!


小さな手で、そっと頬を撫でられ、
人差し指が唇をなぞる・・・

考えろ、吉澤。
明日の成功のために!!


柔らかい肌が、上から押し付けられ
反射的に彼女の背中に手を這わせる・・・

「・・・ふぅん」

甘美な声が彼女からもれて、
いきなり唇を奪われた。

マズイ。
非常にマズイ展開じゃないかっ!

それ以上ダメッ!
弱いトコ攻めないで・・・

激しく動く彼女に、頭の中が真っ白になった・・・


479 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:43

「――っん、・・・はぁ。――梨華・・・」

ハッ!
ヤバイ、ヤバイ。
思わず呼び捨てにしてもうたっ!!

スイッチオン。
エンジンぶるぶる絶好調。
妖しく微笑んだ彼女が、自分のカラダを愛し始める・・・

いかん!いかんぞっ!!
吉澤しっかりしろっ!!

拳を握り締めて、必死に理性を保とうとする。

「・・・いいよ。キズつけても
 しばらく撮影ないから大丈夫」

耳元で囁かれて、カラダが震えた。

480 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:44

ダメだ。ダメだ。
ダメだぁぁぁ〜〜〜

しっかりしろっ!
意識を手放すなっ!!

首を振って、覚醒しようと試みる。

「・・・ガマン出来ないの?」

ちがーうっ!!
違う。違う。

「欲しい?」

欲しくなーいっ!!

「言って?」

だから欲しくなんかないっ!!

「言わないとこうだよ?」

ああああああっ!!!

481 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:44

「ほら。いい子だから。
 ちゃんと言ってごらん?」

満面の笑み。
小悪魔にまけるもんかっ。
狼なんだぞっ。強いんだぞっ。

「・・・ねぇ。言って?」

堕ちるもんか。
絶対、堕ちるもんか。

「――ひとみ・・・。わたしにどうして欲しい・・・?」






「・・・梨華ちゃん、に。イかせて欲しい――」

「おりこうさん。よく出来ました」

頭を撫でられて、優しいキスをくれて
彼女は望みを叶えてくれた――

482 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:45


・・・はぁ、ハァ。ハア〜〜〜〜

荒い息とともに、ため息を吐き出した。
こんなはずじゃなかったのにぃ・・・

「気持ちよかった?」

悔しいけど、素直に頷く。

やさしく微笑んで、
『いい子いい子』してくれる。


「・・・さすがに、疲れたね?」

ん?
今なんとおっしゃいました?

「今夜は早めに休もうか?」

お?おおっ?
何だ、この予想外の展開は。

483 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:45

「眠くない?」

ぶるぶるぶる。

音がしそうなくらい、思いっきり首を横に振って
ギュッと目を閉じた。

「ふふっ。おやチャミ」

まぶたにキスを落としてくれた彼女。


よっしゃ〜!

何かよくわかんないけど、
結果オーライ!!

さすがに子供の時に『風』と呼ばれていただけはある。
今、風向きは完全に自分のミカタだぁ!!

484 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:46

髪を撫でる手つきがゆっくりになって
ダラリと手がさがる。

そっと片目ずつ開けて
彼女の顔を窺った。

寝てる!
寝てるぞぉ!!


ひっそり、ひっそり
布団の中で、ガッツポーズ。


よし。


   (Mission1 Clear!)

心の中で叫んだ。

485 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:46





   <Mission 2>

     快適なシャワーを促し、唯一の戦闘服に着替えさせろ!!




486 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:47


「ねぇ、梨華ちゃぁ〜ん。
 朝だよ、起きようよぉ〜」

「・・・う〜ん。今日は遅くていいの・・・」

頭から布団をかぶる彼女。

「ねぇってばぁ・・・」

肩まではがして、むき出しのままの肩を
もう一度揺する。

「ベタベタしてるよぉ。
 一緒にシャワーしようよぉ・・・」

「よっすぃ〜、先に浴びておいでよ・・・」
「一緒がいいよぉ〜」

わざとペタペタ背中を触りまくる。

487 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:48

「じゃあ、後から行くから
 先行ってて」

ぜってぇ、ウソだ。
このまま寝るつもりだ。

もしくは、この間みたいに
風呂で2時間、待ちぼうけさせられるんだ。

「ヤダ、ヤダ、ヤダ。
 梨華ちゃんが、今すぐ一緒に入ってくれなきゃヤダYO!」

床を転がって、ジタバタする。
でも今日は寝ない。

懇願するような眼差しをして、
ベッドからこちらを覗きこむ彼女を見上げる――


「・・・もう。しょうがないなぁ・・・ったく」

――その目に弱いんだよねぇ、わたし。

ブツブツ呟きながら、起き上がって
バスルームに向かう彼女の後を追う。

488 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:48

作戦成功!!

あとは――


バスルームに入ったところで
今思いついたと言うように、「あっ!」と声をあげた。

「アタシ、着替え用意してくるっ!」
「え〜、バスタオル巻いてればいいよ〜」

「風邪引いたら困るから、ね?
 すぐ、すーぐ戻るから、先浴びてて?」

「・・・わかった。けど早くね?」
「は〜い!」

どうだ!
なかなか演技上手いでしょ?

なんたって4人の子持ちの役
完璧に演じたんだからな!

489 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:49

タンスよーし!
クローゼットよーし!

戦闘服よーし!

2人分の戦闘服を腕に抱えて
指差し確認をする。

これで、準備は万端。

他の服を取り出せないように
タンスもクローゼットもロープで縛って、南京錠をかけた。

いざという時の南京錠――
ドクターペッパーを箱買いして、クローゼットの奥に隠すとき・・・
東京アリスで使った、男のロマンの浴衣を隠すとき・・・

あらゆる場面で南京錠は、その偉大な力を発揮してくれる。

鍵はもちろん、完璧に隠したYO!

もう一度、部屋の中を指差し確認して
バスルームに急ぐ。

490 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:50

彼女のバスタイムは、恐ろしく短い。

「急げっ、急げっ」

リズムよく口ずさみながら
脱衣所に戦闘服を2つ並べて、バスルームの扉を開けた。


「遅い」
「ごめん、ごめん。
 洗ってあげるから、ね?」

せっせとボディソープを手にとって
彼女の体に手を伸ばす。

やさしく、やさし〜く
手の平で洗ってあげるんだ。


「――何か、ヘン。昨日から」

どきんっ!!

「ヘ、ヘ、ヘ、ヘ・・・ゴホンッ。
 ヘンじゃないよ?」

すげーどもった。

491 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:50

ほらほら、ちゃんと献身的に
綺麗に洗ってあげるから。

――ま、どうせまた汗かくけど・・・

「ん?何か言った?」
「・・・ふへへ。梨華ちゃん好き」

たちまちトロけた顔で
真っ赤になった彼女。

「もうっ!よっすぃ〜ったらぁ!」

2人で泡だらけになって、
もう一回だけ、シちゃって
仲良く脱衣所でカラダを拭きっこした。

492 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:51





「――何よ・・・、これ・・・」

怒った時の彼女の低い声。
ビ、ビビ、びびび、びびんないぞっ。

脱衣所では、おそろいの戦闘服を着た2人が
鏡に映ってる。

「ぼ、帽子もあるよ?
 あとね、日焼け防止でアームもあるから大丈夫」

「大丈夫じゃないっ!!」

思わず耳を塞ぐ。
高い声が脱衣所中に反響して『ウワンウワン』鳴ってる。
軽い脳震盪を起こしそうになったけど、意識を強く保った。


よし。

   (Mission2 Clearだ!)


493 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:51



   <Mission 3>

     シューズを装着し、外へ連れ出せ!!



494 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:52


「よっすぃ〜、ちゃんと説明してっ!!」

ううっ。脳に直接響く・・・
とりあえず、脱衣所を出よう。

無言で彼女の背中を押して
脱衣所からの脱出成功。
第3ミッションクリアへの第一歩。

かっけー!


「よっすぃ〜!!」

怒鳴られて、首をすくめた。
怖い。こういう時の彼女は、ほんとに恐ろしい。
お化けより本気でコワイ。

495 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:52

「だって梨華ちゃん、約束したじゃん・・・」
「何を?!」

「一緒に走ってくれるって」

あ・・・
という顔をして固まった彼女。
たたみかけるなら今だ。

「ちゃんと録音しといたんだから」

レコーダーを差し出して、再生ボタンを押す。

みるみる落ち着きなく視線を動かし始めた彼女。
わざと耳元に持って行くと、唇を尖らせて背中を向けた。

ぐふふふ。
もう少しで、クリアできるぞぉ。

背中から抱きしめて、
耳元で甘えた声を出す。

「一緒に走ろうよぉ〜
 梨華ちゃんと走りたいんだもん」

496 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:53

「シューズも用意しといたから、ね?」

逡巡する彼女のほっぺに
チュッと口付けた。

「・・・お願い。梨華ちゃん」


「――わかった・・・」


でも、そんなにいっぱいの距離、走れないよ?
うん!

ペースゆっくりしてよ?
うんっ!!

歩いちゃっても見捨てないでね?
うんうんっ、もちろん!!

497 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:53

「もうっ。そういうとこ、ほんと可愛いんだから・・・」

そう言って彼女は、キスをくれた。


「行こう?」

事が決まれば、彼女の行動は早い。

仲良く2足並べておいたシューズを履いて
お手てつないで、玄関を出る。

マンションの廊下で
繋いだ手をブンブン振る。

「そんなに嬉しいの?」
「うんっ!嬉しい!!」

またニッコリ微笑んでくれた。

498 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:54

エレベーターの中でも
ウキウキ気分は止まらない。

えっと・・・

少しでも長く一緒に走りたいから
いっぱいいっぱい、楽しい話を考えてきたんだ。

無言でなんか走ったら
ぜってぇ、5分と持たない。

だから楽しく楽しく走れるように。
え?もうこんなに走ったの?
なんて思わせるくらい、楽しい時間にしてあげるんだ!


まずは――

タライ屋キャリーに鼻折られそうになった話でしょ。
ワラスボに噛まれた話もあるし・・・

そうそう。なんと言っても、バランサーズだ!
弱点克服したら、必殺技教えてもらえるんだ、きっと。
だって戦隊モノだもん。

なんたって昔、ノリの悪いウルトラマンと
戦ったことだってあるんだから。

必殺技をマスターしたら、ぜってぇ無敵だぞ。
必殺技、一番に梨華ちゃんに見せてあげるからね!

繋いだ手をギュッと握って、微笑みかけた。

499 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:55


足元が軽く揺れて、
一階に到着したことを感じる。

さあ、いよいよだ!

思わず武者震い。
ついに勝利が、わが手中にっ!!

静かに扉が開いた――




  <ザーッ>

――ヤな、音…


エントランスを駆け抜けて
のんびり開く自動扉を押し広げて
マンションの玄関に立ちすくむ――

そ、そんなぁ…


500 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:55



「雨が降って残念だったね〜♪」


うそだ!
うそだ、うそだ!

「こんな雨、幻だぁ!!」

外に駆け出そうとした体が
グイッと戻される。

「幻じゃない。
 ついでに夢でもないから」

首根っこを掴まれたまま
ズルズルとエレベーターに引き戻された。

501 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:56

仕方なく彼女の部屋のある
階数ボタンを押す。


 は〜あ…
 ションボリ。
 イジイジ。

 は〜あ…
 ションボリ。
 イジイジ。


「よっすぃ〜。
 いい加減にしないと怒るよ?」

「だってぇ…」

「人差し指でイジイジしながら
 『開』ボタン押してたら、エレベーター動かないでしょっ!!」

めっ!

小さな子供にするように
軽く手をはたくと、彼女は自ら『閉』ボタンを押した。

502 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:57

ぐんぐんスピードを増して
エレベーターが上昇する。

壁におでこをくっつけて
そのままズルズルしゃがみ込む。

ふわりと体が浮いた所で
また首根っこを掴まれた。



「着いたよ」

再び戻ってきた彼女の部屋。


「よっすぃ〜。
 南京錠の鍵はいつものとこに隠したの?」

「うん…」

スタスタと寝室に行った彼女が
枕の下を探って鍵を取り出す。

あっさりと、積み上げた成功が
崩されていく――

503 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:57

「ヤダ、ヤダ、ヤダ!
 一緒に走りたかったのにぃ!
 一生懸命ミッションクリアしたのにぃ!!」

「仕方ないでしょ?
 雨降っちゃったんだもん」

さっさと着替えた彼女が
これまたあっさり答える。

「だってぇ。
 てるてる坊主だって作ったのにぃ!」

くそぉ!
こうなったらアイツ、八つ裂きにしてやる!

窓辺に行って、昨夜密かに吊した
てるてる坊主を懲らしめようとカーテンを開けた。

504 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:58


「あああああっ!!!」

「何よ、大きな声だして」


「るてるて坊主になってるじゃないかぁぁぁ!!!」


なんでなんで?
どうしてどうして??

吊した時はちゃんと『てるてる』だったのにぃ!


頭大きすぎたのかなぁ?
眉毛太く書きすぎたからかなぁ?

髪の毛か?
ハゲだとこいつ怒るのか?!

505 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:58

「よっすぃ〜も、いい加減着替えなよ。
 それから今日はお買い物付き合って?」

「はーい」

けど、なんでかなぁ?
次は頭にヘリウムガス入れれば浮くのかなぁ?

――う〜ん…


てるてる坊主をほったらかしにして
唸りながら寝室に消えていく背中を見届けて
石川がてるてる坊主を手にとる――

そっと首の紐をほどいて
頭の中から石を取り出した。

「ちゃんと、よっすぃ〜のこと疲れさせて
 眠らせて、夜中のうちに細工しといたもんね〜
 てるてる坊主ちゃんっ♪」

語りかけられた、てるてる坊主が
元の形に戻されて、優しく頭を撫でられた。


「さ、今日は2人でお買い物っと」


506 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:59



    「Mission Complete!!」



                     by 石川梨華



507 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:59


508 名前:Mission Complete 投稿日:2010/07/15(木) 12:59


509 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/07/15(木) 13:01

こんな話にしてすみません。
とりあえず謝ります。

そのうち新作始めます。

510 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/07/15(木) 14:30
更新お疲れ様でした!!

今回のよっすぃ〜のキャラは自分的にめっちゃツボでしたw
可愛すぐるよほ・・・。

Cakeシリーズは“調子に乗った昼ドラシリーズ”どころか、
某劇団○季ミュージカル並に超ロングラン公演して下った方が嬉しいです(笑)

新作が始まるのも楽しみにしています♪
くれぐれもお手柔らかにお願いします!!
511 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/07/17(土) 13:25
玄米ちゃ様にはこんな作風もあるのか
恐れ入りました

しかし今回のよっすぃ〜めちゃくちゃかわええ

Cakeも続編期待してます
新作ももちろん期待してます
512 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/08/07(土) 01:47

>510:名無し飼育さん様
 ありがとうございます。
 作者もこのキャラ、ツボです。
 ロングラン公演、可能な限り頑張ってみたいと思います(笑)

>511:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 恐れ入ったなんて、とんでもない(汗)
 ションボリしてるの想像したら、こんなんなっちゃいました(笑)


さて本日ですが、現在新作執筆中ではあるんですが
息抜きにリアルな妄想したら、あっという間に書きあがってしまいまして・・・(汗)

しょーもない妄想ですが、お付き合い下さる方はぜひ。
くれぐれも、期待しないで呼んでください。

それではどうぞ。

513 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:49



   『Only my trainer』


514 名前:Only 投稿日:2010/08/07(土) 01:49

「ちょっと〜、腰のお肉つままないでよぉ〜」

ふはは。
楽しそうに笑う声。

こうして素肌を重ねて過ごす
穏やかな時間が好き・・・

もちろん、その前の激しいひとときも
それはそれで、充分すぎるほど幸せなんだけど。

「確かに落ちねぇよな、このヘン」

そう言いながら、長い指が
イタズラに腰を這う。

「・・・ん、ねぇ。
 そんな触り方しないで・・・」

「感じちゃう?」

イジワルな色を含んだ大きな瞳。

515 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:50

「――もう。・・・バカ」

わき腹に沿って、這い上がってきた長い指が
ふくらみを捉える前に捕まえた。

「アタシは今の体型、好きなんだけどな」

もう!そんなこと言って、いつも調子にのせるから、
こんなにポッチャリしてきちゃったんじゃない。

「隠れおばちゃんNO.1なんだよ?
 やだぁ、そんなの」

「なんで?1番だよ?
 スゲーじゃん」

「そんなの嬉しくないっ!!」

クスクス笑う彼女。
何よ!自分だって昔はヒドかったくせに!

516 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:51

「あれは若いエネルギーがさ、
 表面に現れただけ。梨華ちゃんは老化太りなんでしょ?」

「違う!違う!
 絶対、違うっ!!!」

ムカついて、ベッドから出ようとすると
長い腕がスルリと体に巻きついて、引き戻される。

「まだダメ」

そう言って、頬を寄せられると
たちまち力が抜けてしまう。

魔法にかけられたみたいに
この腕に抱かれると、小さな事はどうでも良くなってしまうの。

でも、小さなことじゃないよね?
だって、だってだよ?

チャーミーだよ、わたし。
体重落ちないとか言ってる場合じゃない。

517 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:52

「絶対、ひーちゃんくらい
 痩せてやるから」
「ダメ」

「何で?わたしも昔は細かったんだから
 今のうちに頑張れば戻れるもん」
「だからダメ」

「決めたのっ!絶対痩せるっ!!」
「ダメだってば」

「何でダメなのぉ〜〜!!」

力ずくで起き上がって、ひーちゃんを見下ろした。

絶対、からかうような目で見てるって思ってたら、
思いがけず真剣な眼差しにぶつかって、一瞬たじろいだ。

518 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:53

ひーちゃんの目は、大きいだけあって
切実に思いを訴えかけてくる。

出会った時に最初に魅かれたのが、この大きな瞳。

それから、顔。声。性格。
過ごす時間が増えるたびに、あっという間に
彼女の全てに魅かれていった・・・


――どうして、ダメなんだろう・・・

余計な感情を一切含まず、
真摯に見つめてくる眼差しに、心が揺さぶられる。


そんなに・・・、ダメなの・・・?


519 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:53







「――だって、痩せたらおっぱい、ちっちゃくなっちゃうでしょ?」





そこかいっ!!


520 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:54


「もう絶対、痩せるからねっ!」
「え〜!今の大きさスゲー好きなのに」

「あのねぇ、ひーちゃん」
「何?」


――ダメだ・・・

この人、自分がおかしなこと言ってることに
全く気付いていない・・・

521 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:54

「ひーちゃん、よく聞いて?」
「聞いてるよ」

「わたしアイドルなの」
「何を今更」

「アイドルって見た目が大切だよね?」
「当たり前じゃん」

「ひーちゃんが痩せようと思ったのはなんで?」
「あのままじゃ、アイドルとしてヤバイから」

だってさ、ジャンプしたって
ヤクルトの高さ分くらいしか飛べないんだよ?
さすがにマズイっしょ。


腕組みをして、ひーちゃんの話しに
大きく頷く。

わかるよね?
わたしの言いたいこと。

522 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:55

「でも、梨華ちゃんは今のままでも・・・」

「ほんとにそう思ってる?」


――えっと・・・、少しくらいは絞った方が確かに・・・


モゴモゴ言って、ハッキリしないけど
やっぱり、ひーちゃんもそう思ってるんじゃないっ!!


「・・・今からウォーキングしてくる」
「どうせなら、一緒に走ろうよ?」

い〜〜だっ!
ひーちゃんとは、絶対一緒に走ってやらない!

523 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:55


ベッドを抜け出して、下着を着け始めたわたしを
不安そうに窺う大きな瞳。

「・・・ねぇ。本気で痩せる気?」
「本気」


「――だったら・・・協力する」

え?


スタスタと歩いてきて
わたしの腕を掴むと、ベッドまで引っ張って押し倒した。

524 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:56

「ちょ、ちょっと、ひーちゃん?!」

「運動しよ?」

運動って・・・
つけたばかりの下着を剥ぎ取られた。

「・・・ひー、ちゃ。・・・んんっ。
 この運動じゃ痩せないよ・・・」

いつもしてるじゃない。

「だからいつもの倍するの」
「倍?」
「そう倍」

525 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:56

「ひー、ちゃん。ちょっと・・・
 ダメだって・・・。ぁんっ」

「汗かくでしょ?
 アタシ達激しいから、結構カロリー消費するじゃん」

「・・・そう、かも、しれないけど・・・」

――でも、何か違うよ。

「大丈夫。アタシにまかせてよ」

何でそんなに自信満々なの?


早くも意識が飛びそうになる。
だって、さっきもシたばっかなんだよ?

「・・・まだイっちゃダメだかんね」
耳元で囁かれて、背中にしがみついた。

526 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:57



「――ねぇ、梨華ちゃんの全部をアタシに任せてよ」
「・・・ぜん、ぶ?」

もう飛んじゃいそう・・・


「食事の管理もしてあげる」
「・・・たまご、ばっか。やだぁ・・・」

精一杯の抵抗。


「こうして全身運動もしてあげる」
「・・・うんどう、なの・・・?」

早く、動かしてよ・・・


「痩せても、ちっちゃくならないように
 毎日毎日マッサージしてあげるから」

ああ、もうダメ・・・


「好きだよ、梨華ちゃん」

わたし、も・・・

527 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:58

「・・・おねが、い。ひーちゃん・・・
 も、ほんと、に・・・、っちゃいそう・・・」

ひーちゃんはわたしを強く抱きしめると
その長い指を、わたしのずっと奥深くに沈めた。

あっ、ふぅんんっ・・・

ひーちゃんを引き寄せて、
しがみついた。


「一緒に走ろう」

ああああああああんっ!!!


528 名前:Only 投稿日:2010/08/07(土) 01:59

大きく弾けたわたしに
やさしいキスをたくさん落としてくれるひーちゃん。

――敵わないな、ひーちゃんには。


また約束させられちゃった・・・


「・・・ひーちゃん」
「んー?」

首筋にキスを落としてくれていた
ひーちゃんが顔をあげる。

「今日からトレーナーになって」
「トレーナー?」

そうよ。
痩せれなかったり、胸がちっちゃくなったら
全部ひーちゃんのせいだから。

529 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:59

「責任重大だ」

そう言って、綺麗な顔を崩して笑うひーちゃんに
愛しさが込み上げてくる。

わたしを見下ろす、ひーちゃんの髪に指を通して、
そっと胸に引き寄せた。


「専属トレーナーさん。
 もう一度、マッサージお願いします」


「フルコース+アルファでいかがでしょう?」


530 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 01:59


531 名前:Only my trainer 投稿日:2010/08/07(土) 02:00


    終り


532 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/08/07(土) 02:01

お粗末様でした。


533 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/08/07(土) 09:55
更新お疲れ様でした!!

あぁ、土曜の朝から読んじゃう作品じゃなかったかも(照)
一日中ニヤニヤが治まりそうにありません(笑)
このまま外出したら暑さにヤラれたおかしな人だと思われそうw

新作執筆中とのこと、読ませていただける日が来るのを
楽しみに待っています!!
534 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/08/12(木) 16:13

>533:名無し飼育さん様
 いつもありがとうございます。
 今日から新作始めます。



ということで、今日から新作を始めます。
前作がかなり痛めだったので、
今作はそんなに痛くならない予定です。
が、あくまでも予定・・・(汗)


では、どうぞ。

535 名前:リアライズ 投稿日:2010/08/12(木) 16:14


   『リアライズ』


536 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:15


    高3の夏休み。

       わたしは異国の地で、忘れられない恋をした――



     たった一日・・・
     ううん、たった数十分かな・・・?

     映画のように出会って、熱いキスを交わして・・・

     あの人の面影、あの人の唇――


     8年経った今でも、
     あの日のトキメキを忘れることが出来ないの・・・

537 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:15



538 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:16


「わあ〜!結構大きいじゃん!」

8年前のあの日。
わたしは常夏の島、ハワイにいた。

パパがそこそこ大きな会社を経営していて
お嬢様とまでは行かないけど、人並み以上の贅沢はさせてもらっていて…

あの年の夏休みも、
エスカレーターで大学に行く予定のわたしには、
受験勉強なんて関係なくて、優雅な気持ちで、
真夏のバカンスを楽しんでいたんだ――


539 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:17


「ママ、すごいよ!」

わたし達が乗ろうとしている船の前では、
乗客を迎えるための歓迎のダンスが行われていて。
船への入り口では、船員さんが制服姿でお出迎えしてくれている。

「やっぱ、カッコイイね〜。
 体格も逞しいし、海の男は違うね?」

妹のさゆは、目をキラキラさせて
笑顔のお出迎えに浮かれてる。

「さゆ、サンセット見に来たんだよ?
 男の人を探しに来たんじゃないんだからねっ」

そうは言ったものの、
日に焼けた、爽やかな笑顔を向けられると
やっぱりちょっとカッコイイ!なんて――

それになぜか、制服着てるだけで
何割増しかでイケメンに見えるんだよね〜

まさに制服マジック。
目深に被られた帽子が、超カッコイイ〜!!

540 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:17

「お姉ちゃんだって、デレデレしてるじゃない」
「デレデレしてないもん」

「してるっ」
「してないっ」
「してますっ!」
「してませんっ!」

「こら、いい加減にしなさい!」

ママに怒られて、2人してシュンとなる。


「でもさ、パパも来ればよかったのにね?」
「お仕事休めないのよ。仕方ないでしょ?」

毎年家族全員で行っていた夏の旅行。
今年だけはどうしても都合がつかないから
3人だけで行っておいでって…

ごめんね、パパ。
お土産いっぱい買って帰るね?

541 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:18

お出迎えの船員さん達の列を抜けると
光り輝く海が見えた。

「綺麗だね〜」

この海の輝きは、言葉では言い表せない。

心を落ち着かせてもくれるし、
わくわくさせてもくれる。

澄んだ気持ちにもなるし
何かが高まるような気分にもなる・・・

自然と笑みがこぼれて、3人で微笑みあった。

542 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:18

汽笛がなって、船員さん達が動き出す気配で
ふと入り口を振り返った。

さっきは気付かなかったけど、
体躯のいい制服姿の中に、華奢な体格が一人。

日焼けした顔が居並ぶ中で、一際白く感じる頬・・・


――白人さんて、船乗りさんでも焼けないんだな…

うらやましい。
わたしなんか、すぐ焼けて黒くなっちゃうのに…

ここに来て2日目なのに、
結構焼けちゃってるんだよね…

日焼け止めだって、ちゃんと塗ってるのに
あまり効果ないし――

543 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:19

「お姉ちゃん、いくら腕見ても
 黒いのは変わらないよ?」

ムカッ

「何よ、自分が白いからって!」

「ほら、もう喧嘩しない。
 上にもデッキがあるんですって。行きましょ?」

ママに言われて、さゆの背中に一度だけ
『あっかんべぇ』ってすると後ろについて歩きだした。

何気なくさっきの船員さんを見ると
わたしを見てクスリと笑った。

急激に恥ずかしさが込み上げて
真っ赤になる・・・

544 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:19

――同じくらいの年かな…?

だからまだ華奢なのかも――


けどすごく優しい笑顔だったな…
なんか可愛いし…

お話し、してみたいな――

でも、英語話せないしなぁ・・・
挨拶くらいなら通じるかなぁ?

そんなことを考えながら
わたしは上の階のデッキに上がった。


545 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:20





546 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:20


ふぅ〜

すっかり暗くなった海の上。

船内では歌に踊り。
盛り沢山のショーと素敵なディナーで申し分ないほど
楽しませてくれている。


けど――

見たかったな、サンセット…


だって、格別だって聞いたんだもん。
絶対、一生に一度は見た方がいいって。
海上から見るハワイのサンセットは、絶対見とくべきやって――

隣の部屋に住んでる中澤さんが、力説してて
どうしても見てみたくなって、紹介してもらった今回のこのクルーズ。

すっごく楽しみで、ドレスなんか着て、おめかしまでしてきたのに
出航してすぐ、大きな雲がモクモクと――

547 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:21


はあ〜
ついてないなぁ…


「Excuse me」

突然背後から英語で話しかけられる。
ヤバい、どうしよ!

「中は飽きちゃいましたか?」
「Yes!Yes!」

とりあえずそう言って、
焦って振り向いたわたしを見て、その人はまたクスリと笑った。

「あ、えっーと…」

恥ずかしくて、また真っ赤になる。

548 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:21

――ん?

ちょっと待って!
今この人、日本語話した?!


「日本語、出来るんですか?!」
「Yes!Yes!」

さっきのわたしのマネをして
笑いながら、そう答える。

思わず、むぅっと唇を尖らした。

だって仕方ないじゃないっ!
英語苦手なんだもんっ!!

「Sorry.ごめんなさい」

大げさな身振りで、両国語で謝ると
その人は綺麗な日本語で、そして優しい笑顔で言ってくれた。


「退屈してるなら、お詫びに
 良いところに連れていってあげます」


549 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:22

手を引かれて、船の前方へと連れていかれる。


――すごく、キレイな手・・・

指が長くて、真っ白で。
優しくわたしの手を包み込んでくれて・・・

華奢だけど、スラッとした体型に
船員服がよく似合っていて・・・


・・・すごく、ドキドキする。


「足元気をつけて」

時々振り返って、わたしを気遣ってくれる優しい声音。
帽子の下から覗く、優しい眼差し。

「ここ、段になってるから」

そう言って、手を引くと
そっと背中に手をあてて、わたしを支えてくれた。
隣に並んで、その横顔を見つめる。

わたしよりも高い位置にある口元。
170センチくらい、かな・・・?

550 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:23

「日本語、お上手ですね?」

その人が驚いたように、わたしを見つめた。
キレイな大きな瞳・・・

「ふはっ。ありがとうございます」
「ほんとですよ?発音だって綺麗だし・・・」

可笑しそうに、顔をクシャっと崩して笑うと
「それは大変うれしゅうございます」
おどけたようにそう言った。


「あの・・・、日系の方ですか?」

ハワイには結構多いって聞くし。
それともハーフかしら?

「さあ、どうでしょう?」

意味深にそう言って、わたしの背中を押すと、
その人はわたしの背後に回った。

「ほら、つきましたよ」

551 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:24



「すごい・・・」

全身に海風が吹き付ける。
危なくないように、その人がそっと後ろから腰を支えてくれた。


「タイタニックって映画、知ってます?」

耳元で囁かれた。

もちろん知っている。
今まさに、わたしは船の一番前にいて
まるでその主人公のように、風を感じている――


「I’m flying!」

このセリフは言えるもん。
でも本当に、海の上を飛んでるみたいなの・・・

すごく気持ちイイ・・・

552 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:24

後ろから、クスクスと笑う声が聞こえた。
そして、そっとわたしの両腕を持ち上げると
また耳元で囁いた。

「だったら、こうして」

両腕を広げて、まさにあの有名なシーンの再現。

「船の規模は随分違うけど
 風は体感できるでしょ?」

すぐそばで聞こえる、優しい声が
わたしの耳を、心を、くすぐる・・・

再び腰に添えられた手に
わたしは安心して、身を委ねる。

――夢の中にいるみたい・・・


感じる海風も。
目の前にうねる海原も。

優しい声も。
優しい温もりも・・・

553 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:25

腰に添えられていた手が、そっと這い上がって
わたしの両腕をすべっていく。

そのまま手を重ねられて、
指を絡ませると、ゆっくり手を下ろされた。

この後って・・・
映画では確か――


大きな瞳が、わたしを見つめている。
海の上で仕事をしているとは思えないほど、真っ白な綺麗な肌。

そして、ハリウッドの俳優が負けてしまうほど
すべてが整った、綺麗な顔立ち――


端正な顔が、ゆっくり近づいてきて
わたしは自然と目を閉じた・・・

554 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:25

柔らかな感触。
映画のように、甘いキス。

何度もわたしの唇を包みこむように
優しいキスを繰り返してくれる――

ここは異国の地。
夢の中の出来事。

だからもっと大胆になっても
恥ずかしくなんかない・・・

肩越しのキスがもどかしくて
まだ名も知らぬその人の首に腕を回すと、自分から引き寄せた。


555 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:26


――ゆっくり唇が離れる・・・

もっと触れていたいのに・・・


同じ気持ちでいてくれるのかな?
名残惜しそうに、もう一度そっと唇が触れた。


「・・・ねぇ、お名前。
 教えてください」

眉を上げて、一瞬考えるような表情をすると
いたずらっぽく言った。

「Jack」
「ほんとに?」

「キミはRose?」
「ふふ。Yes」

お互いに微笑んだ。

556 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:27

綺麗な手が、わたしの頬に触れる。
後ろから強く抱きしめられて、澄んだ瞳で見つめられて、
身動きさえ出来なくなる。

「Rose,I Love You・・・」

吐息まじりで囁かれて
また唇をふさがれた。

今度は、深く。
波が大きくうねるように激しく。

腰が砕けそうで、しがみつくわたしを
しっかり受け止めてくれる、温かくて頼りがいのある腕・・・


――好き・・・


わたし、あなたに恋してしまったみたい。


――だけど・・・、あなたは?


557 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:27


「――キスが、好きなの・・・?」
「ん?」

それとも――

「・・・わたし、なの?」
「さっき言ったよ?」


  <I Love You>

一語一語ゆっくり、わたしに教え込むように
耳元で囁いた。

558 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:28

「明日、またこの船においでよ」
「え?」

抱きしめられていた腕がほどけて、
風が体をすり抜ける。
あなたの温もりが消えてしまうようで、寂しい・・・

海を背に振り向くと、
目の前にチケットを差し出された。

「明日はきっと見れるよ、サンセット」

キミを招待してあげる。
だから、また明日ここで会おう?

正面から抱きしめられた。

「待ってるから」
「わたし、を・・・?」

「キミが来てくれるのを待ってる」

559 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:28

腕の中から見上げると
真剣な瞳がわたしを捉えていて、一瞬でトリコにされてしまう・・・

「・・・知りたい、もっと。
 あなたのこと・・・」

「明日来てくれたら、教えてあげる」

「今は、ダメなの?」
「またキミに会いたいから・・・」

だったら――

「もう一度キスして・・・」

真っ白な頬に手を添えて
わたしからキスをした――


560 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:28




561 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:29


そっと指で自分の唇に触れる。
目を閉じれば思い出す、あの日の温もり――

触れ合っていない箇所を海風が吹きぬけ
触れ合った箇所は、燃えるように熱くて・・・

もう遅いけど、次の日あなたに会いに行っていたら
わたし達、今頃どうなっていたかな?

映画のように、甘い恋を育めたのかな?
映画の通り、悲しい結末を迎えたのかな?

遅すぎる後悔だけど、
まだ心に引っかかったままなの。

考えちゃダメだって思うのに、
いつでも考えてしまうの。

――もしも、あの時・・・って。


約束破って、ごめんなさい。
でも仕方なかったの。
あの時のわたしには、あの選択しか出来なかったから――


562 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:30


「はぁ〜〜〜〜」

思わず深いため息が出る。

「僕といるのは退屈ですか?」

え?

「・・・あ、ごめんなさい。
 そういう訳じゃなくて・・・」

またやっちゃった・・・

あの日から、恋なんてしていない。
というより、誰の隣にいても心がときめかない。

そんなわたしを心配して、職場の友人の柴ちゃんが
合コンに引っ張り出してくれたり、こうして素敵な人を紹介してくれたり・・・

今度の人は、チャラチャラしてなくて
それなりにイケメンで、頭もよくて、
わたしには勿体ないくらいの人。

563 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:30

感謝はしてるんだよ?

だから、今度こそ。
今度の人こそ、ちゃんと好きになろうって。

あの人のことを忘れられるように
今、隣にいる彼を好きになろうって――


「もう少し、海風にあたっていたいんですけど
 いいですか?」

頷いたわたしの背中を、そっと押してエスコートしてくれる。
きっとどんな女の子も、このスマートな身のこなしに
クラッと来るんだろうな・・・なんて他人事のように思う。

ほんとは海風になんて、あたっていたくない。
だって、どうしてもあの人を思い出してしまうもの。
今みたいに、あの日のことを後悔してしまうから・・・

564 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:31


「・・・フンッ。バカなヤツらですね」

隣からトゲのある声が聞こえて
彼の視線の先を見つめた。

すぐ目の前の手摺の先には、黒く広がる夜の海。
あの日と違うのは、周囲に都会の夜景が広がっていること・・・

それでもロマンティックな雰囲気が漂うこの場所は
恋人たちが寄り添い合う、人気のスポット。


「I’m flying!」

船の上ではないけれど、1組のカップルが
まるであの夜のわたし達のように、映画を再現してる。

565 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:31

確かにバカっぽいかもしれない。
でもほんとに、楽しそうにマネしてる。

わたしもね、ハワイで同じことしたんだよ。
あの船に2人で乗ってみたら?
ほんとに素敵だったんだよ。

思わず、そう教えたくなってしまう。


「ああいうの、僕キライです」

映画の主人公とは、ほど遠いクセに。
何が楽しくて、あんなバカげたマネをするんだか。

「身の程を弁えろって思いませんか?」


「・・・でも、楽しそうじゃないですか?」

わたしの精一杯の譲歩。

566 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:32

「低俗だからですよ。
 あんなの、下等な人間がやることです」

下等、な・・・?

  『タイタニックって映画、知ってます?』
  『だったら、こうして』

「――わたしが・・・、わたしが同じことをしたいと
 言ったら、どうしますか・・・?」

「あなたが?」

驚いたように、彼がわたしを見る。

お願い。わたしの想い出を、大切な想い出を
汚い言葉で汚したりしないで――

567 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:32


「まさか、あなたが。
 梨華さんが、あんなバカげたことをしたがる訳がない」

虫唾が走った。
気安く名前で呼ばないでよ・・・

あの人にも、呼んでもらったことないのに――


「・・・では。これでお別れですね」
「え?」

「わたし、同じことしたことありますから」

――大切な人との。

「一番大切な想い出です」

涙が零れないように、グッと奥歯を噛み締めた。


「さようなら」

568 名前:第1章 投稿日:2010/08/12(木) 16:33

「え、あ、ちょ、ちょっと!
 梨華さんっ!!」

振り向きもせず、真っすぐ歩く。

やっぱりダメなの。
あの人じゃなきゃ・・・

「・・・会いたいよ・・・」

彼の視界から消えたところで
しゃがみ込んだ。

もう一度、もう一度だけでいい。
あなたに・・・

あなたに会いたい――


569 名前:リアライズ 投稿日:2010/08/12(木) 16:33


570 名前:リアライズ 投稿日:2010/08/12(木) 16:33


571 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/08/12(木) 16:34

本日は以上です。

572 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/13(金) 00:13
更新お疲れ様です。
うわぁ…続きめっちゃ気になりますね!
楽しみにしてます。
573 名前:名無し留学生 投稿日:2010/08/13(金) 11:29
おぉぉ!
新作キタ〜〜w

めちゃくちゃ面白いわ。
今後の展開は楽しく期待します。

ちなみに、密かに玄米ちゃ様のドS精神はアップグレードしないように祈っております。
574 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/17(火) 10:27
更新お疲れ様です!!

来ました!来ました!!
待ってたんですよ!!!

しかし・・・
また玄米ちゃさんのドSがどこで発揮されるかとドキドキしております…ww
575 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/08/17(火) 11:20

>572:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 楽しんで頂けるよう頑張ります。

>573:名無し留学生様
 ありがとうございます。
 しばらくは楽しい展開の予定です。

>574:名無飼育さん様
 お待たせしました。
 ドSはきっとどこかで発揮されるでしょう(笑)

では本日の更新です。
576 名前:リアライズ 投稿日:2010/08/17(火) 11:21


577 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:22

「おはようございます」
「おはよう」

ニッコリ微笑み返してくれる安倍さん。
わたしの上司。そして社長の恋人。

入社7年目。
社長と、その恋人、安倍さんには大恩がある。


「今日、新入社員が入るってさ」
「こんな中途半端な時期に?」

もうすぐ夏も終わる。
あの人と出会った季節が、今年も終わろうとしている。

「人手足りなくないですよね?」

始めは社長、安倍さん、わたしの3人だったこの会社。
けれど、今では20人ほどの従業員を抱えて、
都心のワンフロアを借りれるほどに成長した。

今年の春も順調に新入社員を採ったし、
特に補充することもないと思うんだけどなぁ・・・

578 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:23

「親戚らしいべさ」
「社長の?」

ニコニコ微笑みながら頷く安倍さん。
安倍さんと話していると、せわしない朝でも
ゆっくり時間が流れる気がする。

「さっき到着して、そのまま会社に来るらしいよ」
「到着って・・・」
「成田。なっちもまだ会ったことないから、すっごく楽しみ」

成田に到着って・・・
海外からってことだよね?

外人?
んな訳ないか・・・


ふと、フロアに柴ちゃんが入って来るのが見えて、
安倍さんに断ってから、彼女の元に向かった。

579 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:24

「柴ちゃん」

背後から声をかけると
大げさに肩を落として、彼女は振り向いた。

「おはよう、梨華ちゃん」

口角は上がってるけど、目が笑ってない・・・

「昨日はごめんね?」

窺うような視線を向けて、彼女の反応を待つ。
一応、会社ではわたしの方が先輩なのに、彼女は全くわたしを敬わない。
今更、敬ってもらっても気味が悪いけど・・・

「ちょっと廊下行こうか?」

この時ばかりは、先生に廊下に立たされる
出来の悪い生徒の気分になる。

わたし、真面目な生徒だったのにな・・・

580 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:24


「はあ〜〜〜〜」

腕組みした柴ちゃんが、深いため息をついた。

「何人目かな?」
「・・・何人目、だろう?」

たぶんきっと。
余裕で片手は超える。

「イケメン、ダメ。スポーツマン、ダメ。
 高学歴もダメ。肉食系もダメ。草食系もダメ。
 高収入は2回目のデートまでこぎつけたけど、やっぱり玉砕」

何も返す言葉がでない。

「一体、どんな男がいいわけ?」

どんなって、そんなの・・・

「あ、船乗りの彼は抜きだからね」

先を読まれた。

581 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:25

「ねぇ、梨華ちゃん。分かってる?
 もう8年経つんだよ?8年も!」

「分かってるよ、よく分かってる」

「ならいい加減。綺麗さっぱり忘れなよ。
 去年痛い目見たでしょ?もういないんでしょ?」

柴ちゃんの言う通り。
彼はもう、あの船にはいなかった。

やっと約束を果たしに、
あの夏の忘れ物を取りに、思い切って行ったのに・・・

582 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:25

あの日のことを、一日だって忘れたことはなかった。
あの日、約束を守れなかったことを、ずっと後悔してた。

あれから随分、時が経ってしまったけど、
どこかで運命を信じてた。

きっともう一度。
あの船に乗りさえすれば、あなたに会えるって・・・

だから、昨年思い切って、一人でハワイに向かったのに――

あの夏のまま、船も船員さんのお出迎えもあったのに
もうその場所に、あの人はいなくて。
苦手な英語と自分で書いた似顔絵と身振り手振りで
必死に尋ねてみたけど、結局消息も掴めないまま・・・

583 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:29

帰りの飛行機で、もうあきらめよう。
たった数分の出会いじゃない。
あの人だって、きっとわたしのことなんか忘れてるよ・・・

そう自分に言い聞かすのに、
心が言うことを聞いてくれない。

日本に帰ってきて、普段の生活に戻っても
どこかであの人を求めてる。

昨夜みたいに、潮風にあたればあの人を思い出す。
船を見れば、あの出来事を思い出す。
あの映画を見れば、あの温もりを思い出す・・・

どうやったって、何をしたって変えられないんだよ。
何年経ったって、あの人がわたしの心を支配するの。

584 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:29

「どうにもならないんだもん、自分でも・・・」

どうにも抗えないんだよ、自分の心に。

「だからね。もう足掻くのはやめようと思うの」
「梨華ちゃん・・・」


「わたしね。やっぱりダメなんだ。
 あの人を忘れられない」


柴ちゃんが、ため息をつきながら首を振る。
けれど、次の瞬間には、優しい眼差しになって
わたしを見つめた。

「一度会ってみたいわ。
 そこまで梨華ちゃんに思わせるその人に」

「すごく素敵な人だよ?
 絶対柴ちゃんも惚れちゃうから」

「マジ?益々会ってみたい」

おどけたようにそう言って
柴ちゃんは続けた。

「会えるよ、きっと。
 いつか絶対。梨華ちゃんの一途な想い、届く日が来るよ・・・」

585 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:30

「だって、『空は繋がってる』でしょ?」

柴ちゃんの問いかけに、大きく頷いた。


あの人の事を想うとき、いつだって思う。
たった一つだけの接点。

この大きな空だけは、あの人と繋がってるって――


「仕方ないから、応援してあげるよ」
「ありがと。でも仕方ないは余計じゃない?」

笑い合ったと同時に、フロアから社長の声が聞こえてきて
わたし達は慌てて、それぞれのデスクに戻った。

586 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:30


「おはよう」

ハリのある中澤社長の声。
ざわつく社員の声が、シンと静まる――

昔はマンションで、隣人だった中澤さん。
あの人に出会えたのも、中澤さんがあの船に乗ることを
勧めてくれたから。

それだけでも、心から感謝してるのに
会社で正社員として雇ってくれて、わたしの人生を助けてくれた大恩人。

587 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:31


「今日から、うちで働く新入社員を紹介する」

中澤さんが手招きをして、その人を迎え入れる――

女性だけの職場。世間で言われるようなドロドロした
足の引っ張り合いみたいなものは、幸いうちの会社は無縁だ。
和気あいあい、かなり仲良くやっている。

だから、大丈夫だよ。

全身から、緊張を漂わせて、
俯いたまま、前に向かって歩いていく華奢な背中に
思わず、声をかけてあげたくなった。

カチコチに固まった背中のまま、
彼女が振り向き、顔を上げた――


「先日アメリカの大学院を卒業して
 今日からうちで働いてくれることになった」


中澤さんの声は、ちゃんとクリアに耳に届いているのに
内容がわたしの中を素通りしていく――


588 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:32


金髪じゃない。
制服も着ていない。
帽子も被っていない。

けれど、似ている・・・


中澤さんが、その人の背中を押して一歩前に出させる。


真っ白な肌。
その大きな瞳。
ハリウッドの俳優が負けてしまうほどの、端正な顔立ち――

古ぼけた記憶を、懸命に呼び覚ます。
記憶にある限りの、あの人の情報をかき集める・・・


589 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:32

(外人?)
(ハーフ?)

ヒソヒソと囁く声が聞こえる。

そう、あの日。
わたしも彼を見て、そう思った。

――けど・・・


「ほら、自己紹介しい」

中澤さんに促されて、その人が頷いた。


「吉澤ひとみと申します。
 今日から宜しくお願いしますっ!!」

勢いよく頭をさげるその人に、
あっけにとられた皆と、したり顔の中澤さん。

590 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:33

「思った通りの反応や」

クックッと肩を揺らす中澤さんと
頬を赤く染めた吉澤さん。


――すごく、よく似てる・・・

けど、だけど――

決定的に違うんだ。
『彼』じゃない。『彼女』だから・・・


「彼女は生粋の日本人やで。
 それにウチのいとこやねん」

(全然似てないね)

場内から、再び囁く声が聞こえた。

591 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:33

「吉澤はウチと違って、小さい頃からずっと
 外国で暮らしとったから、ちょっと普通の日本人と
 感覚がずれとんねん」

「そんなことないよ!」

「日本語の使い方も、時々おかしいけど
 皆許したって」

「だから、そんなことないってば!」


(なんか、かわいい〜)
(私、ちょっと狙っちゃおうかな?)

明るくざわめきだした社内。
歓迎された雰囲気を悟ったのか、彼女が嬉しそうに微笑んだ。

592 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:34

もしかして、わたしが一途に想い続けている
ことへのご褒美なのかな?

それとも運命が、彼を忘れないでって
わたしにメッセージをくれてるのかな?

どちらにしても
彼によく似た子が、目の前に現れて
今すごく、心が弾んでる。


「石川」
「はい?!」

突然呼ばれて、思わず声が裏返る。
ニヤニヤした頬を、慌てて戻した。

「吉澤の面倒みたって」
「え?」

「配属、そこにするから」

安倍さんが笑顔で、中澤さんに手を振った。

593 名前:第2章 1 投稿日:2010/08/17(火) 11:34


「よろしくお願いしますっ!!」

ダッシュでわたしの前に飛んできて
キラキラした大きな瞳で、挨拶した彼女。

久しぶりに、胸が高鳴っている。
ドキドキと脈打つ心臓・・・

彼ではないけれど。
彼によく似た彼女だけれど。

何だか、毎日が楽しくなりそうな予感がして
わたしも笑顔で、彼女に挨拶を返した――


594 名前:リアライズ 投稿日:2010/08/17(火) 11:35


595 名前:リアライズ 投稿日:2010/08/17(火) 11:35


596 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/08/17(火) 11:35

本日は以上です。

597 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/18(水) 00:24
更新お疲れ様です。
やっぱ面白い!!
これで明日からも頑張れます。
続きが楽しみです。
598 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/18(水) 11:01
なんだかゾクゾクします
599 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/18(水) 16:15
な〜んかいい感じに展開しそうですね!!
でもドSがきっとどこかで炸裂するはずなので油断してられませんww

続き頑張って下さい!
600 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/24(火) 21:10
そうだ
どS発動の心構えしとかないといかんな
玄米ちゃ様なんだから
601 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/01(水) 07:37
正座してドキドキしながら待ってます
602 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/01(水) 09:57
正座しすぎて足がしびれました
603 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/09/03(金) 11:00

>597:名無飼育さん様
 ありがとうございます!
 そんな風に言って頂けると俄然やる気が出てきます!!

>598:名無飼育さん様
 素敵な反応、ありがとうございます。

>599:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 今作はしばらくは油断してて大丈夫ですよ(笑)
 あくまでも「しばらくは」ですけど。

>600:名無飼育さん様
 お心構えも今しばらくはされなくて大丈夫です(笑)
 もちろん、あくまで「しばらくは」ですけど。

>601:名無飼育さん様
 お待たせしました!

>602:名無飼育さん様
 すみません!大変お待たせしました。
 602様に、もしもお会いすることがございましたら
 しびれた足をつついてさし上げます。


では、本日の更新です。

604 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/03(金) 11:00


605 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:02


「乾杯っ!!」

カンパーイっ!!!

中澤社長の音頭で、グラスのぶつかり合う音が
貸切のお座敷中に響いた。

今夜の主役は、もちろん本日入社したばかりの吉澤さん。
新入りさんが入ると必ず行われる、わが社の歓迎会。

今年の春に開催した時は、ちらほら欠席者もいたと言うのに
今日は大盛況。

今日の今日、開催宣言を出したと言うのに
一人も欠席者がいないという奇跡。
というか、みんな分かりやすすぎる・・・


 「好きな食べ物は?」
 「趣味は?」
 「どんなタイプが好み?」


まったく――
お見合いかって言うの!

主役を取り囲んだまま、矢継ぎ早に出される質問に、
当の本人は正座したまま「えっと・・・」「いや・・・」「その・・・」なんて繰り返してる。

606 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:02

そろそろ助けに入ってあげなきゃかな?

社長から、彼女の面倒を見るように仰せつかったわけだし
たびたび、わたしに助けを求めるような視線を向けてきてるし・・・

だけど――

あの不安げな顔、ちょっとカワイイ。

大きな目を不安げにさまよわせて、
チラチラとこちらを窺うその表情――


――可哀想だけど、すごく可愛い。

607 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:03

「あんな目で見られるとさ、母性本能くすぐられちゃうね」

柴ちゃんが、わたしの隣に来て
小さく乾杯しながら言う。

「梨華ちゃんの、そういう眼差し
 初めて見た気がする」

「そう言うって?」

「何か愛しいものを見てる感じ?
 すごく幸せそうな顔してる」

そう話してる間にも
彼女の視線がさまよって、またわたしとぶつかる――

だって・・・
彼に本当によく似てるの。

別人だと分かっていても、
心が浮き立つのを止められない。

608 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:04

「可愛いペットを見つけた気分」

「梨華ちゃんより大きいのに?
 ヨシヨシとかしちゃうの?」

「したくならない?あの眼差し」

また視線がぶつかった。
わたしが微笑むと、一瞬驚いた表情を見せて
すぐに彼女も笑顔になる・・・

ドキンッ。


――似てる・・・

あの日、彼が見せた笑顔に・・・


「ねぇ柴ちゃん」

――彼女、彼に似てるの。

言ってしまおうか。
けれど、せっかく見つけた宝物を
もう少し内緒にして、一人で楽しんでいたい気持ちもあったり・・・

609 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:04

「梨華ちゃん・・・」

呆然としたまま、柴ちゃんが
わたしを呼ぶ。

「なに?」

「私、撃たれちゃったかも・・・」
「撃たれた?」

「吉澤さんの今の笑顔。
 キュンと来ちゃった・・・」

柴ちゃん・・・


「ハイハイ。どいてどいて!」

大きな声で、手を叩きながら
突然現れた人物。

610 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:05

「カオリン、明日帰国の予定やろ?」

「裕ちゃんの自慢のイトコ、早く見たいと思って
 さっさと帰って来た」

長い髪をなびかせて、颯爽と現れた彼女は
容姿端麗、才色兼備。わが社の海外交渉を一手に担う語学堪能の飯田さん。

時々、場所を選ばず、遥か遠くの世界と交信を始めてしまうことと
リズム感が並外れておかしいことさえバレなければ、誰もが憧れる完璧な女性。

残念ながら、うちの会社ではすっかりバレてしまって
既にファンは一人もいないけれど・・・


「Nice to meet you」

集団を分け入って、吉澤さんの前に手を差し出して
飯田さんが挨拶をすると、その手を握って吉澤さんも英語で挨拶を返す。

当たり前だけど、すごい流暢な英語。
2人だけ、完全に異空間。

居酒屋のお座敷にいるのに、
何だか外国のレストランにでもワープしてしまったような
気分になるから不思議。

611 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:06

2、3言、言葉を交わして
微笑み合うと、ごく自然に。

そう本当に自然に、2人の唇が重なった――


 ええええっ!!!
 うっそぉぉぉ〜!!!


周囲の絶叫にキョトンとして、
辺りを見渡した吉澤さん。


「コラッ!よっさん!
 日本では挨拶の時キスはしないって、言うたやろ!」

シマッタ。
そんな風に首をすくめた吉澤さんと
その隣で、してやったりとほくそ笑む飯田さん・・・


この後、吉澤さんがもみくちゃにされて
アメリカ式の挨拶を、次から次に求められたのは言うまでもない・・・

612 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:06



613 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:07


ふぅ・・・

ちょっと飲みすぎちゃったかな?
だって今夜は、久しぶりに楽しい。

鏡の中のわたしも、すこぶる上機嫌。

彼に似ているだけだけど、
何だか彼が、わたしに会いに来てくれたみたいな感覚。

彼女を見つめているだけで、気分は上々。

そうだ!
今度、吉澤さんに船員さんの格好してもらおっか?

でもって、ほんとのこと言ったら、吉澤さん驚くだろうなぁ・・・
あ、でも、男性に似てるなんて知ったら、
ショック受けちゃうかな・・・?

鏡の前で自問自答してると
化粧室の扉が勢いよく開いた。

614 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:07

「はあああ〜〜〜」

深いため息をついて、後ろ手に扉を閉めると
そのままその扉によりかかって、もう一度深いため息を吐く――

・・・ふふっ。

鏡越しに見えた、一連の動作を見て
思わず笑ってしまった。

ハッとして顔を上げた彼女と
鏡越しに目が合う。

615 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:08

「大丈夫?」

首を横に振って、肩をすくめた彼女。

「アタシは本当に歓迎されてるんでしょうか?
 それとも、日本流のいじめですか?」

「ふふ。すっごい歓迎されてるよ」

肩を落として、また大きくため息をつく
彼女が鏡越しに見えた。



「――石川さんは」

鏡の中のわたしと目を合わせて、
ゆっくり近づいてくる彼女・・・

彼女の姿がどんどん大きくなるのと比例するように
わたしの鼓動が、なぜか早まる――

ドキドキが加速して、耐えられそうになくて
鏡の中の彼女から、視線をそらした。

616 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:08


「アタシを歓迎してくれてますか?」


不意に腰に回された彼女の腕に
思わず体が固まる。

そっと顔を上げると、
真剣な眼差しの彼女が鏡の中にいて、わたしの様子を窺っていた。


――夢、みたい・・・

何度か見た夢。
こうして、彼の腕に納まるわたしを、何度も夢に見た・・・

溢れる想いが込み上げてくる。

会いたかったの、あなたに・・・
あなたに会いたかった…

ずっと、ずっと、わたし。
あなただけを――

前に回された腕を
ギュッと握った。

617 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:09


 <ガチャ>

「吉澤さ〜んっ!」

ハッとして、彼女の腕から逃れる。
ヤダ…わたし、何考えてんのよ。

彼女に彼を重ねるなんて――

 
「あ〜!
 さては梨華ちゃん、抜け駆けしたなぁ」

真っ赤な顔して、足取りも怪しい柴ちゃんが
駆け寄ってきて、わたしの顔を覗き込む。

「そ、そんなんじゃないってば!」

「そ〜お?
 ならいいけど」

618 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:09

「ほら吉澤さん、皆が待ってるよぉ〜」

そう言って吉澤さんの腕をとると、
柴ちゃんは、自分の腕と絡めた。

チクリと胸が痛む・・・

「あ、あのっ!
 石川さんも一緒に行きましょ?」

腕を引っ張られた吉澤さんが
わたしを振り返りながら言う。


「――わたしは、後から行くよ・・・」

「だってさ。
 行こう、吉澤さん」

一瞬寂しそうに、わたしをとらえた大きな瞳は
そのままの色で、わたしを見つめたまま化粧室を出て行った。

619 名前:第2章 2 投稿日:2010/09/03(金) 11:10


――どうかしてるよ、わたし。

あのままもし、柴ちゃんが来てくれなかったら
きっとわたし、彼女にキスしてた…

だって、後ろからわたしを包みこむ
温もりが、何だか彼のような気がして――

大きく横に首を振る。

「もう、しっかりしなさい。
 彼女は彼じゃないんだから!
 顔が似てるだけで、何舞い上がってんのよっ!」

声に出して、鏡の中の自分を叱ると
両手で自分の頬をひと叩きして、化粧室を後にした――


620 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/03(金) 11:10


621 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/03(金) 11:10


622 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/09/03(金) 11:12

本日は以上です。
623 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/03(金) 15:38
きたーーーーー!!!
更新お疲れ様です。

どうぞしびれた足をつんつんしてくださいな。←ドMか!

あ〜続きが気になって気になってしょうがない。。。
仕方ないまた正座で待たなきゃですね(笑
624 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/03(金) 17:20
更新お疲れ様デス!!

玄米ちゃ様の作品はどれも大好きなのです♪
2人の続きがどうなるのか楽しみ〜〜

次をワクワクしながら待ってマス! 
更新頑張って下さい!!
625 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/09/06(月) 14:37

>623:名無飼育さん様
 では遠慮なくつんつんさせて頂きます(笑)

>624:名無飼育さん様
 最高に嬉しいお言葉をありがとうございます!


では、本日の更新です。

626 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/06(月) 14:37


627 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:42

「おはようございます」
「梨華ちゃん、おはよう」

安倍さんのその一言で、
隣の席に座っていた彼女が、すくっと立ち上がる。

「おはようございますっ!」

思いっきり頭を下げたと思ったら、
そのまま前に突っ込むように崩れ落ちそうになった。

「ちょ、吉澤さん。大丈夫?」

慌てて抱きとめて、椅子に座らせる。
と同時に机に突っ伏してしまった彼女。

「よっちゃん、今日は無理しない方がいいべさ」

安倍さんが可笑しそうに
声をあげて笑った。

628 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:43

「ずびばぜん・・・」

突っ伏した彼女からくぐもった声が聞こえた。
謝ったつもりなのだろう。

「頭ガンガンして、世界が回ってるって。
 よく頑張って出社したよ。ま、裕ちゃんが引っ張ってきたらしいけど」

「姉さんの名前出さないで下さい。
 余計具合悪くなりそうです・・・」

中澤さんが説教してる姿が目に浮かぶ。
そうとうこっぴどく叱られたんだろうな。

 『そんなんなるまで飲んで、アホちゃうか!』
 『血吐いてでも仕事せぇ!』

とかって・・・

ほんとは優しいんだけどねぇ。
言うことはキツイから。

629 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:44

うぅ〜〜〜〜

隣から低い唸り声が聞こえたと思ったら
ガバッと起き上がる。

「・・・キモチ、悪い」

そうつぶやいて、ダッシュで
フロアをかけて行った。


「ありゃりゃ。相当ひどいみたいですね?」
「あれだけ飲まされればねぇ」

昨夜の主役は、ゲッソリやつれて
可哀想なくらい。

けど、昨日は仕方ないと思うよ?
あんなに皆に気に入られちゃったんだもん。

630 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:44


 『吉澤さん、私の注いだお酒飲んでくれないんですか?』
 『の、のみますです。ハイ』

 『さ、グイッと一気に』
 『む、む、無理です・・・・・・大丈夫です。飲みます』

 『飲んでくれないなら、カオリンにしたみたいにキスしてよ』
 『飲ませて頂きます』


困ってる顔、可愛かったな。
けど結局助けてあげなかったから、ちょっとだけ罪悪感――


631 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:45

「わたし、ちょっと様子見てきますね?」

安倍さんに断って、立ち上がろうとすると
数人に抱えられた吉澤さんが、フロアに戻ってきた。

わたしが心配する必要ないか・・・

甲斐甲斐しく吉澤さんに世話をやく数名。
困ったように曖昧に微笑む彼女――


席を立って、彼女の前に行くと
厳しい目つきのまま、腕組みをする。

「吉澤さん。業務時間はもう始まってるの」

わざと低めに出した声に
ピリッとした空気が流れる。
伊達に古いだけじゃないんだから。

632 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:45

「あなた達も仕事に戻りなさい」

静かに告げた一言で、吉澤さんを介抱していた子達が
シュンとして自分の席に戻って行く。


「今日は会議室で資料の整理をしてもらうから。
 早くいらっしゃい」

それだけ言って、踵を返すと
安倍さんに一言だけ告げて、先に立ってフロアを出て行く。

アタフタと後ろで、ノートと筆記用具を持って
ついてくる彼女。


うちの会社の別室は、会議室、小会議室、応接室の3室。
今日は確か、来客の予定はないはず。

万が一急な来客があっても、応接で対応できるよね・・・

633 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:46

小会議室の前に立って、使用中のプレートに変えると
ドアを開けた。

小さな打ち合わせスペースと
来客が重なった時用の簡易応接セットが一つ。

恐縮したまま、「失礼します」
そう言って、彼女が部屋の中に入った。

振り向くと、思った以上に色を失った顔。
きっと立っているのも辛いんだろう。
少し背を曲げて、苦しげに眉を寄せていた。

「そこのソファに座ってて」

それだけ言って、会議室を出て
自販機に直行する。

ミネラルウォーターを1本買って
また会議室に戻った。

634 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:47

部屋に入ると、昨日から使っているノートを広げて
待っていた彼女。

目の前に座ると、ピンと背筋を伸ばして座り直した。

厳しい顔つきのまま、
彼女の目の前にミネラルウォーターを差し出す。

「飲みなさい」
「・・・え?」

驚いたように見開かれた目。

「水分、取った方がいいよ?」

そう言って笑いかけると
ますます驚いて固まってしまった彼女。

635 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:47

「ここなら、ちょっと狭いけど横になれるから。
 今日は、誰も使わないだろうし」

「――石川、さん・・・?」

「成田から直行で、会社に来て
 あんなに飲まされちゃったんだもの、仕方ないよ。
 心配しなくていいから、お水飲んで少し横になってていいよ?」

「でも、資料の整理が・・・」

「ああ、いいの。いいの。
 別に急ぎじゃないし。バレない程度に
 わたしが少しやっておくから」

そう言いながら、ペットボトルの蓋を開けると
もう一度彼女に差し出した。

636 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:48

「大丈夫?まだ気持ち悪い?」

小さく首を振って、わたしにお礼を言うと
ペットボトルを受け取って、少しだけ口に含んだ。

「何も口にしたくないだろうけど
 少しずつでいいから、飲まなきゃダメだよ?」

そう言って立ち上がる。

「使用中にしてあるから、誰も来ないと思うから。
 安心して横になってて」

「――石川さんは、席に戻っちゃうんですよね?」

「ん?だって一人の方が安心して横になれるでしょ?
 吉澤さんて、結構気ぃ使いしぃみたいだし」

何となく、昨日から接しててそう思う。
ふとした視線や、仕草で・・・

637 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:48

グッと堪えるように噛み締められた唇。

「ほんとに心配しなくていいから」

彼女のそばに行って、少しかがんで目線をあわす。

「楽にしてていいよ?」

そっと頭を撫でた。

なんて言うか。
やっぱりカワイイ。

わたしを見返す大きな瞳が、少しだけうるうるしてて
捨てられた子犬みたい・・・

不意に、頭を撫でていた手首を掴まれた。


「――迷惑じゃ、なかったら・・・
 一緒にいてくれませんか?」


638 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:49

言ってしまってから、ハッとしたように
彼女がわたしの手首を離す。

「・・・す、すみません。何言ってんだ、アタシ・・・」

ただでさえ、迷惑かけてるのに
ずうずうしくて、すみません。
大人しくしてますから・・・

そう言って、横になったけど
枕がないせいか、寝心地が悪いみたいで
またすぐに起き上がった。

「頭が下がっちゃうと、キモチ悪くなっちゃいそうで・・・」

ごめんなさい。
このまま、背もたれに寄りかかって寝ます。

そう言って、座りなおすと
ギュッと目を閉じた。

639 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:49

眉間に寄せられたシワ。
ぎこちなく背もたれに寄りかかった体。

――余計、具合悪くなっちゃいそう・・・


仕方ない、か。

大げさに息を吐いて
吉澤さんと同じソファに腰掛ける。

振動を感じた彼女が、片目だけを開けた。


「はい。特別に今日だけだよ」

自分の腿をポンポンと叩いて
彼女に催促する。

「・・・え、あの・・・、石川さん・・・?」

戸惑ったように、わたしを窺う整った顔。

640 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:50

「枕」
「・・・まくら?」

「いて欲しいんでしょ?」
「・・・いて欲しい?」

「だ〜か〜ら!
 仕方ないから、膝枕してあげるって言ってるの!」

「ひ、ひ、ひ・・・」

「寝にくいんでしょ?
 だいぶ具合悪そうだから、今日だけ
 特別に枕にしていいって言ってるのに」

「だ、だ、だ、だ、だって・・・」

「いらないなら、戻るよ?」

「い、い、いります!いります!
 Please be nearby!!」

え?
今なんて言ったの?
プリーズなんちゃら??

641 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:50
 
「わたし英語苦手だから、英語で言われたら
 分かんないよ?」

キョトンとしたわたしに対して
なぜか顔を真っ赤にしている吉澤さん。

良かった。
顔色良くなったみたいで…

て訳じゃないみたい。
少しだけ見える耳も、首も真っ赤っか。


…そっか。
照れてるんだ。

642 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:51

「あ、あの…
 その…」

「ひざ枕してって言ったの?」

首を大きく縦に2回振る。

「もう一回言ってみて?
 さっきの英語」

「・・・please be nearby・・・」

俯いてしまって、消え入りそうな声で
そうつぶやいた。

「ふぅ〜ん。
 ひざ枕してってそう言うんだ・・・」

「えっ?ま、まあ…」

「分かった。じゃ、おいで?」

ソファに座り直すと、また自分の腿をポンポンと叩く。

643 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:51

「・・・失礼、します・・・」

小さくつぶやいて
体を倒してきた彼女。

「いいよ、遠慮しないで」

柔らかな髪をそっと撫でて
遠慮がちにのせている頭を、お腹の方に引き寄せてあげた。


ほんとに、真っ白だな…
まるで高級な陶器みたい――

スベスベの真っ白な肌が羨ましい。

なんか、わたし。
彼女には甘いなぁ・・・

ただの後輩にここまで、甘くしたことないんだけど。
彼女だけは、なぜか放っておけないし、甘やかしたくなっちゃう・・・

その理由は、自分でもよく分かってる。

――彼に似ているから・・・

644 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:52

「辛かったら言って?」

頬に触れたくなって、そっと髪を払って
耳にかけてあげる。

「大丈夫です。
 すごく、いいです・・・」

「眠っていいからね?」

閉じている目を、更にギュッと瞑った彼女。

「でも石川さん、迷惑なんじゃ…」

言葉では迷惑か、なんて聞いといて
まるで『行かないで』って言われてるみたい。

「迷惑かもね…」

ひと際強く寄せられた眉間のシワ
ギュッと握られた拳に、そっと手を重ねた。

645 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:52

「うそ。
 迷惑なんて思ってないから大丈夫」

「ほんとに?」

今度は開けられた瞼。
素直だな、反応が。

大きな瞳を覗き込んで囁いた。


「そのかわり、さっきの本当の意味を教えて?」

目の前の頬が一瞬にして、
ブワッと赤くなった。


ヤダ、もう。
ほんといちいちカワイイ。

646 名前:第2章 3 投稿日:2010/09/06(月) 14:53


「――そばにいて下さいって、
 言ったんです・・・」

石川さんと離れたくなかったから…

真っ赤になったまま、そう答える彼女の目に
手の平をあてて目隠しした。

なぜなら、わたしも頬が火照るのを
感じたから・・・

「もう眠っていいよ?」
「はい・・・」

まるで、かわいい子犬を抱いているように
わたしの心に温かいものが広がっていく・・・


「おやすみ」

柔らかな髪を、優しく撫で続けて、
わたしは彼女を、眠りに誘った――

647 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/06(月) 14:53


648 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/06(月) 14:53


649 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/09/06(月) 14:54

本日は以上です。

650 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/06(月) 16:14
更新お疲れ様です!

甘い!!甘すぎる!!!
あ〜これからの展開が本当に楽しみです。

しかし甘さに浸りすぎるとドSがやってきますからね!!!
油断禁物です(笑

それでは、頑張ってください。
651 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/07(火) 16:44
あぁぁぁもうキュンキュンします
652 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/09/13(月) 14:37

>650:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 今回は珍しく甘〜い味付けで進行中です。

>651:名無飼育さん様
 まだまだキュンキュンして下さい。


では、本日の更新です。
653 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/13(月) 14:37


654 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:38


吉澤さんが入社して、ひと月が経った。

さすがは大学院卒。
仕事の飲み込みが早い。

もちろん、お勉強も相当出来るんだと思う。
けど彼女の場合、それだけじゃない。
頭の回転が速いんだと思う。

先を読んで、仕事をすることが出来る。
自分の手を離れたあと、それを扱う人が、
どうしたらやりやすいのかを常に頭に入れながら、作業しているのが分かる。

中澤さんが、自慢に思うのも
よく分かるなぁ・・・

もしかしたら、この会社を継がせようと思ってたりするのかも――

655 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:39

「石川さん」

そうだよね〜
中澤さんと安倍さんの2人から
跡取りは生まれない訳だし。

ここらで修行させて、
行く行くは・・・なんてねぇ。


「あの・・・石川さん?」

ってことは、わたしは次期社長の教育係な訳だ。
『石川さんのおかげで、ここまで来れました』とか
感謝されちゃったりする?

いや、でも。彼女の仕事に対する姿勢は
元からだから、わたしが何かを教えた訳じゃないし・・・

656 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:39

「ねぇ、石川さんってば」

わたしが教えたこと言えば、
ものすごーく事務的なことばっかりだし・・・

社会人になったの初めてなのに
ほんとよく気がつくんだよねぇ。

素質なのかな?
それともアメリカの教育がいいのかな?

だったら、彼と国際結婚したら、
子供はアメリカで育てよう。うん。

・・・ちょっとヤダ、わたし。

彼との子供なんて・・・
キャッ!恥ずかしいっ!


657 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:40

「石川さんっ!!」

「え?ああ、びっくりした。
 どうしたの?吉澤さん」

驚いたように目を見開いて
彼女がわたしを覗き込む・・・

あ、そうだ。

「ねぇ吉澤さんて、どんなお勉強してたの?」
「はい??」

「いや、何て言うんだろう。
 ビジネスについて、とか?」

「ビジネス?」

「だって、すごくお仕事に対しての姿勢が出来てるし
 そういう教育受けてきたのかなって」

彼女は一瞬だけ、眉を寄せると
ボソッと呟いた。

「コウカイガクです」

コーカイガク??
後悔、公開、更改――

658 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:41

「え?!コウカイって、もしかして海?!」

「はい。その航海学です。
 別に悔やんだり、オープンにしたりする訳じゃありませんから」

ゲッ。思考を読まれてた・・・


「でも何で?この仕事と全然、全く関係ないじゃない?!」
「・・・ま、まぁ、そうですけど。別にいいじゃないですか」

「だって大学院まで出てるのに?
 船とか海とか、うちの会社全然関係ないよ?」
「知ってます」

「それなのにわざわざ日本に来たの?」

スッと視線をそらして、頬を染めた彼女。
ん?なんで?


――おおっ。そうか、もしかして!

659 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:41

「中澤さんに憧れてるの?」
「はああ??」

「ヤダ、照れなくてもいいよ?」
「照れてません」

ムッとしたように唇を尖らせた彼女。
ふふっ、かわいい。

「それよりも!
 さっきからアタシ、石川さんのこと呼んでたんですけど」

「わたしを?」

「何を真昼間から、妄想してたんですか?
 何度かニヤニヤしてたし」

「ヤダ。ニヤニヤなんかしてないもん」

椅子に座ったまま、隣の席からスッとすべって来て
わたしの耳にそっと唇を寄せた。


(――エッチなこと、考えてたんでしょ?)


660 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:42

細く息がかかって、
囁かれた耳から真っ赤になる・・・

「図星だぁ」

からかうような眼差し。

「ち、ちがうもんっ!」

思いっきり、彼女の腕を叩いた。

「Ouch!」

大げさに腕をさする彼女。
ふんっ!今度言ったらつねるからね?


「・・・あんたら、仲良いのはようわかったから」

背後から声がして、振り向くと中澤さんの怒った顔――

661 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:42

「吉澤。さっきから石川呼んでくれって、言うてたやろ?」

「言おうとしてんのに、石川さんが
 昼間っから妄想して――」

んぐんぐっ。

素早く立って、吉澤さんの頭を抱え込むと
両手で彼女の口を覆った。

「しゃ、社長。何か?」

んぐ、ふがふが・・・

愛想笑いをしながら、なおも強く
頭を抱え込む。

こら、暴れるな!

662 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:43

「ちょっと話しがあるんや。
 小会議室に来てくれんか?」

「はい、すぐ参ります!」

頷いて、フロアを出て行く
中澤さんを見送ってから、手を離した。

「・・・ぷはぁ〜、死ぬかと思った・・・」

「いい?
 妄想してたなんて、今度言ってみなさい。
 今度は思いっきり、ココつねるからね?」

そう言いながら、彼女の両頬を指でつまんだ。

「アタシ悪くないのに・・・」
「何か言った?」

ギュッと指に力を入れて
顔を覗きこむと、涙目になる。

――やっぱ、カワイイ・・・

663 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:43

「石川!まだか?!」

遠くから、わたしを呼ぶ
ハリのある社長の声。

いけないっ!

「今行きま〜すっ!!」


つまんだ頬を思いっきり横に引っ張って離すと、
そのまま走ってフロアを出た。

後ろから、「イッテぇぇぇ!!!」
なんて絶叫が聞こえて、思わず可笑しくなっちゃったけど
笑いを噛み殺して、会議室に向かった――


664 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:44


会議室に入ると、すでに安倍さんもいて
二人の向かい側に座るように促される・・・

「ほんまは夕飯でも一緒に食べながら
 ゆっくり話したかったんやけど、時間がなくてな。すまん」


何だか神妙な空気…

何だろう?
業績は悪くないはずだけど――


「あんたとウチの仲や。単刀直入に言うな」

そう言って、一呼吸置くと
中澤さんはわたしを見つめたまま言った。

「あんた、今の家出てくれへんか?」

え?
耳を疑った。

「――家を、出るって…?」

665 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:44

「あの部屋な、
 今週いっぱいで解約してええか?」

「ちょ、ちょっと待って下さい!
 そんな急に…」

ひどいよ、そんな・・・

確かに社宅だし、社長に出ろと言われれば
出るしかない。

けど、そんな・・・
急すぎるよ。

「せめて、せめて。
 今月いっぱいじゃダメですか?」

「それじゃあかんねん。
 ホンマは今すぐ、今日からでもお願いしたいねん」

――そんな・・・

666 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:45

確かに中澤さんには大恩があるよ?

あの高3の夏以来、どん底にいたわたしを救ってくれたのは他でもない。
今、目の前にいる中澤さんだもの――



――あの夏。

彼との約束を守れなかったのは、
突然、パパの会社が倒産したから。

映画のような恋に落ちたその日に。

わたしの人生はバラ色の世界から一転して、
真っ暗な闇の中に突き落とされたんだ・・・


667 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:45



668 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:45


『梨華、起きてっ!』

切羽詰まったママの声で、その悪夢は始まった。


  パパの会社が、倒産したの
  色々手を尽くしたけど、ダメだったみたい・・・

そのまま、ママは顔を覆って
泣き崩れてしまった。


うそ、でしょ・・・
そんな――

パパが今年一緒に旅行に来れなかったのは
会社が大変だったから?

それなら言ってくれれば良かったじゃない・・・

669 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:46

「お姉ちゃん・・・」

いつの間にか目覚めたさゆが
ベッドから不安げな視線を向ける――


「大丈夫。大丈夫だよ」

何が大丈夫かなんて分からない。
わたしにわかる訳がない。

それに、一体何が出来るというの?

無力なただの高校生に。
甘えてばかりいたわたしに・・・

だけど――


「ママ、とにかく日本に帰ろう?
 パパを一人に出来ないよ・・・」


670 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:46

こうして、わたし達は、
すぐに支度をして、朝一番の飛行機に乗り込んだ。

支度をしている時も
2人を励ましている時も

空港でも
機中でも

ずっとずっと、わたしの心には
あの人との約束があった。

  『明日、またこの船においでよ』
  『キミが来てくれるのを待ってる』


会いたかった。もう一度・・・
会ってあなたのことを、知りたかった・・・

そして、あなたに恋してしまったことを、きちんと伝えたかった・・・

671 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:47

けれど、この時のわたしには
泣き崩れるママと、不安げに見上げる妹と。
そして、日本で一人で戦うパパを放ってはおけなかったの。

それにどこかで、簡単に考えていたんだ。
一度日本に帰って、すぐにまた来れば、きっとあなたに会えるって。

苦労もせずに育ったわたしには、
父の会社が倒産すると言うことの重大さを
この時はまだ、理解できていなかったんだ。


だけど、日本に戻ったわたしに降りかかった不幸は、
想像を遥かに越えたものだった。

住んでいたマンションを追われ、さゆは公立の中学に転校し、
わたしは高校を中退した。

672 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:47

とにかく働かなきゃ・・・

その思いだけが先走るけど、中退では、正社員になることも出来なくて
いくつかのアルバイトを掛け持ちした。

それでも、生活が楽になることはなくて
申し訳なさそうに、わたしを見る両親に嫌気がさす毎日が続く。

そしてわたしも、あの日の恋を胸に秘めたまま、
どこかでパパを攻めてしまう。

――どうして、あの日だったの?
――せめてもう一日だけ・・・

こんな風に考える自分も嫌で
夢も希望もない生活に、心も体も疲れきってしまって。

いっそのこと、自分のこと売っちゃおうか・・・
なんて思って、繁華街をフラついていたら、いきなり腕を掴まれた。

673 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:48

「突然いなくなるから、ずっと心配しとったのに
 こんなとこで自分、何してんねん?!」

振り向くと、かつて住んでいたマンションで隣の部屋だった中澤さんが
鬼のような形相で、わたしを睨みつけていて――

懐かしい人に会えた喜びと、今の自分の惨めな姿を見られた恥ずかしさと
こんな自分を、まだ気にとめてくれる誰かがいるんだと言う嬉しさと煩わしさと。
どこにもぶつけられなかった憤りが一気に爆発して、そのままその場に泣き崩れた。

問われるままに、今の状況を話したわたしに
中澤さんは信じられない言葉をくれた。

「はよ言ってくれたら良かったのに。
 今まで力になってやれなくてごめんな」

優しく頭を撫でてくれて

「最近、会社立ち上げてな。ちょうど従業員募集してたんよ。
 良かったら、うちの会社においで」

そう言って、わたしの手に自分の名刺を握らせてくれたんだ――

674 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:49


あの日の、中澤さんの手の温もり
今でも覚えてる。

本当に温かくて、優しくて・・・

ああ、わたし
まだ生きてるんだなって、心から温かくなって――


こんな自分でも、何か役に立てるならって
それはもう必死で働いた。

右も左も分からなかったけど
法人に移行したばかりの、この中澤さんの会社を
絶対大きくしてみせるんだって、それはもう全力で、ガムシャラに働いた。

675 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:49

だからね、こんなに大恩ある中澤さんだから
出て行けと言われれば、素直に従うよ?

でもだけど。
そんな急に、今週って――


「お家賃なら、自分でちゃんと払います!」

ここで働き出して、少しした頃。
中澤さんは、アパートまで用意してくれて
それを社宅扱いにしてくれた。

  『家にも居づらいんやろ? だったら一人暮らし、したらええやん?』

顔色ばかり窺う両親に、わたしが
嫌気がさしていることにまで気付いてくれて・・・

  『家賃のことか?そんなの心配せんでええよ。
   社宅扱いでウチが負担したる』
  『気にせんでええよ。その分働いて返してくれたらええし』

そんな風に言ってくれた――


676 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:50


「家賃?そんな問題じゃないねん」

え?
それじゃ、もしかして・・・

もしかして、これって・・・

――リストラ、なの・・・?


「あの・・・、もしかしてわたし・・・」

「悪いなぁ。あんたしかおらんねん」


――そっか・・・

そうだよね。
今まで、こんなに甘えて来たんだもの。

仕方ないよね・・・

でも、これでも頑張ってきたつもりなんだけどな。
一生懸命、この7年間恩返ししてきたつもりだったんだけどな・・・

677 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:51

ああ、泣いちゃいそう・・・

でもダメ。ここはちゃんと笑顔で
『分かりました。ありがとうございます』って言わなきゃ・・・


込み上げる気持ちをグッと抑えて
笑顔を作った。

「分かりました」

「ホンマかぁ?良かった!なぁ、なっち」
「うん!」

心からホッとした2人の笑顔。
ああダメ、涙が出てきそう・・・

「早速だけど、今週末でええか?
 ホンマは、も少し早くしてくれたら助かるんやけど」

「・・・お任せ、します」

「そしたら、明後日でええか」

――もう、好きにして下さい・・・

678 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:52

「助かるわぁ。そしたらな、
 明日までにとりあえず、荷物まとめてくれるか?
 手伝いが必要なら、吉澤使ってええから」

「大丈夫です。一人で出来ますから・・・」

「そうか?あ、荷物は宅急便で送ってええよ。
 ウチの住所分かるな?」

「はい・・・」

「タンスやら大きいものは、今度の土日にでも運んでもらえるよう
 業者に頼んどくから。それから冷蔵庫なんかは
 倉庫にでも入れとけばええよな?」

「はあ・・・」

「ま、とりあえず。必要なもんだけ持って
 うちに来てさえくれれば、ええわ」

「・・・はい?」

679 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:52

「これでウチらも安心して行けるな、なっち」
「うん!」

「ちょ、ちょっと待って下さいっ!
 わたし、話しがよく・・・」

「話しって、今決まったやん」

「はい。確かに決まりました。
 あの家を出ていけと・・・」

「そうや」

「でも、なぜ社長の家に?」

中澤さんと安倍さんが、顔を見合わせる。


「――あの・・・、わたし・・・
 リストラされたんですよね?」


680 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:53


一瞬の沈黙の後、
はち切れんばかりの笑い声が、会議室中に響いた。


「アハハハッ!
 なんでウチが、石川をリストラすんねん」

「キャハハハ。
 そうだよ、この3人は設立からずっと
 一緒にやってきた、大事な仲間だよ?」

「でも、だって・・・」

中澤さんの目の色が、真剣なものに変わった。


「ウチは大事な社員を、ましてや
 草創から一緒に戦ってくれた仲間を
 簡単に切ったりせんよ」

681 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:53


「中澤さぁ〜〜んっ!!」

思わず中澤さんの胸に飛びついた。
隣で安倍さんも、わたしの頭を撫でてくれる。

「あんたは何を勘違いしてんねん」
「だって、だってぇ〜」

家を出て行けなんて、言うんだもん。

「なぁ、あんた。
 吉澤から、何も聞いてないんか?」

「聞くって、何をですか??」

あいつ・・・
シバかなアカンな。

「ちょっと、なっち。
 吉澤呼んで来てくれへん?」

682 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:54


<コンコン>

――失礼します。


中に入って、扉を閉めた途端、
中澤さんは吉澤さんのおでこにデコピンした。


「イッテぇぇぇ!!!
 いきなり何すんだよ!」

「あんたがされるようなこと、したからやろ?
 朝ちゃんと、石川に話ししとけ言うたやろ!」

「しようとしてんのに、
 石川さんがエッチな妄想してっから」

ちょ、ちょっと!
何よ、そのエッチな妄想って!!

683 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:54

「・・・梨華ちゃん、欲求不満なの?」

ちょ、ちょっと安倍さん?!

・・・ぷはっ。

あっ、今笑ったわね?
しかも『妄想してた』って言ったよね?

ツカツカと歩いて、吉澤さんの前に
向かい合って立つ。

ニッコリ微笑むと、つられたように
彼女が笑う。

両手をあげて、彼女の頬にあてると
思いっきり、頬をつまんで引っ張った。

684 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:55

「イィッッテェェェェェッ!!!!!」

フンだ。ざまあみろ!

勢いをつけて、両手を離すと
両頬を押さえたまま、彼女がのた打ち回った。

「あっかんべぇ〜だッ!!
 今度また『妄想してた』なんて言ったら
 今の倍やるからねっ!」

「アハハハハ。よっさんにはうってつけの
 お目付け役が出来たな」

――これでウチらも、安心して上海に行けるわ。


「シャ、シャンハイ?!」

685 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:55

「そうや。ウチな、中国進出狙っててな。
 今、なかなかええ話しがきてんねん。で、下見も兼ねて
 しばらく向こうで、色々手配してこうと思うて」

ま、上海なら近いし。
いざという時は、すぐ戻れる距離やから、経営には問題ないやろ?
あんたを筆頭に、優秀なスタッフも大勢いるしな。

けど、心残りが一つだけある・・・


「それが、こいつや」

涙目で頬をさすっていた吉澤さんが
口を尖らせて、顔を背けた。

686 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:56

「こいつな、ホンマ押しに弱いねん」

この間も、飲み屋で言い寄られて
うちに連れ込みよって・・・

この外見やろ?
その上、無駄に優しいし、可愛かったりするからな。
まあ〜、放っておいたら、うじょうじょと
悪い虫がつくのは、目に見えとる。

「ったく、日本に来てから、
 ウチが何人追い払ったことか・・・」

大きくため息をついた中澤さん。

そんなことがあったんですか・・・
中澤さんも大変でしたねぇ。

687 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:56

「だからな。一人になんかしたら
 これ幸いと、言い寄る女子が続々と・・・」

え?
じょ、女子?!

今、女子って言った?!


「一週間くらいやったら、
 なっちに監視してもらうんやけど、
 少なくとも今年いっぱいかかりそうやから、ウチが一人じゃ寂しいねん。
 だから、なっちにも付いてきてもらうことにして、
 こいつには、いいお目付け役をつけて――」

「ちょ、ちょ、ちょ。
 ちょっと待って下さいっ!!」

まさか――

688 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:57

「これでもな、一応可愛いイトコやねん」

「一応は余計だよ」
「あんたは黙っとき!」

中澤さんに睨まれて、
シュンとなってしまった吉澤さん。

「大体、あんたがしっかりせんから
 こんなお願いを、ウチがしなきゃいけないんやで?」

今度は、唇が鼻につくんじゃないかと
思うほど、思いっきり唇を尖らせた。


「こいつのこと、こいつの爺ちゃんから
 くれぐれも宜しくって、頼まれてんねん」

それなのに、この状態で一人に出来んやろ?
万が一、何かあったら困るしな?

「そこでや!」

ビシッと指をさされた。

689 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:57

「あんたには、好きな人がおったな?」

「え?ああ、はい・・・」

「最初の飲み会でも、一人だけ
 こいつに言い寄らんかったな?」

「え?だって・・・
 彼女は・・・」

――女性だもの。

中澤さんと安倍さんの前で、
思わずそう言いそうになって、飲み込んだ。


「ウチの社員も、こいつを狙ってるのがたくさんおる。
 ウチの目がなくなれば、これ幸いと言い寄ってくるかもしれん」

は、はぁ・・・
でも、そんなに無茶なことはしないと思うけど・・・

690 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:58

「だからこそ、石川にしか頼めんねんっ!!」

そ、そんなこともないかと・・・

「こいつも石川には懐いてるし
 石川と暮らすんやったら、ちゃんと大人しくしてるって
 約束しよったし・・・」

はあ、そうですか・・・って。
ええええっ???

「ウチがいない間
 こいつと2人で暮らして欲しいねん」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ。
 ちょっと待って下さい!!」

「何や?アカンのか?」

「いや、アカンとかオカンとか
 そう言う問題じゃなくて・・・」

そんな、わたしが一緒に暮らしてるなんて、
皆にバレたら、わたしの身が危ないんじゃ・・・

691 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:58

「大丈夫やろ。
 根拠はないけど」

ズルッ。

さ、さ、さっきは、大事な社員って。
大事な仲間って、言ってくれたのにぃ!!

「だからこそや!」
「だからこそっしょ!」

中澤さんと安倍さんに
片手ずつ、ガシッと掴まれる。

「あんただけが頼りなんや」
「梨華ちゃんにしか頼めないのよ」

「「お願いっ!!」」

692 名前:第3章 1 投稿日:2010/09/13(月) 14:59

いや、その・・・
すごく嫌な予感がするんです・・・

吉澤さんと一緒に暮らしてるなんてバレたら、
ほら。飯田さんとか、柴ちゃんとか・・・


「こいつのお目付け役、
 どうかお願いしますっ!!」

ほら、よっさんも頭を下げんかっ!

無理矢理、頭を押さえ込まれた吉澤さん。
こっそり視線だけを上げて、わたしを窺う大きな瞳・・・

そんな目されちゃうとなぁ・・・
仕方ないなぁ・・・


「――分かりました」

「ホンマか?!」
「ありがとうっ!!」

上下に振られる自分の両腕を見ながら
吉澤さんを窺うと、はにかんだような笑顔・・・


――わたしの胸が、なぜか小さくキュンと鳴った。

693 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/13(月) 15:00


694 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/13(月) 15:00


695 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/09/13(月) 15:00

本日は以上です。

696 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/13(月) 15:02
偶然にもリアルタイムで見ちゃった!!!!

更新お疲れ様です。

もの凄く次回が!次回が楽しみすぎます!!!
これからの2人の進展が楽しみですね。

それではおとなしく待ってます♪
697 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/14(火) 22:44
ドキドキワクワクソワソワですね!!
698 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/09/15(水) 16:35

>696:名無飼育さん様
 楽しみを裏切らないように頑張りたいと思います。

>697:名無飼育さん様
 まだまだ、ドキドキワクワクソワソワして下さい(笑)


では、本日の更新です。

699 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/15(水) 16:36


700 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:37

荷物の整理に思いっきり時間がかかって
結局、中澤さんの家に引っ越したのは日曜日の朝――

『だから吉澤を手伝いに行かせる言うたのに』

なんて言われたけど
とんでもない!

吉澤さんが、わたしの家に出入りしてるとこなんか見られたら――

考えただけで恐ろしい…

とにかく、とにかくだ。
数ヶ月の辛抱。
絶対、皆にバレないようにしよう。

中澤さんが帰ってくれば、
また新しいアパートを借りて、一人で平和に暮らせるんだから!

701 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:38


「くはぁ〜!石川さん、段ボール多過ぎっ!」

頭にタオルを巻いて
一緒に奮闘してくれてる吉澤さん。

こんな姿を独り占めしてるなんて
柴ちゃんが知ったら…

思わず身震いした。
考えるのはヤメよう。


「少し休憩する?
 ひと通り、荷物は部屋に運び込んだし…」
 
3LDKのそこそこ高級なマンション。
玄関入ってすぐのお部屋を、吉澤さんが使っていて、
その隣の部屋は、中澤さんが寝室として使っていたらしい。
そこが、今日からお目付け役のわたしのお部屋になる。

『万が一、密かに連れ込んだとしても
 声が聞こえるはずだから、そん時は遠慮せんで踏み込んでええで』って・・・

それって、つまりそういう時ってことだよね?
はあ・・・、気が重い・・・

702 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:38

ちなみに、リビングの奥のもう一つのお部屋は、中澤さんの書斎。
重要な書類がたくさん積んであるから、ここだけは立入禁止。

あとは好きなように自由に使っていいって、
昨日、日本を発つ前に電話で説明された。

ほんとは、わたしの準備が予定通りに出来ていれば、
直接部屋を見ながら、説明したかったらしいんだけど…

『まあ、あんた昔隣に住んでたしな。
 基本間取りは一緒やし、大概わかるやろ?』って。

そう。このお隣りのお部屋。
ここにわたし達家族は、住んでいたんだ。

だから、このマンションには
思い出がいっぱいあったりする――


703 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:39

「ふぅ…
 これぜってぇ、夜中までかかるよ…」

胡坐をかいて座り込んだ吉澤さん。

「あとは大丈夫だよ?
 そのまま、部屋に置いといて
 徐々に片付けるから」

そう言った途端、
その大きな瞳で、じぃっと見つめられる――

「・・・な、なに?」

身動き出来ずに
背中に冷や汗がつたった。

「結局片付けないで、段ボールのまま
 過ごす気がする…」

「や、やだ。
 そんなことする訳ないじゃない、ははは…」

意外とするどいのよね…


「――やっぱ休憩しない」

「え?あ、そ、そう?
 ありがとう…」

ゴソゴソと段ボールを開ける
吉澤さんの隣で、わたしも作業を再開した――

704 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:40



「終わったぁ〜〜〜!!」

大の字に寝っ転がった吉澤さん。
ただ今の時刻は深夜1時。

「ほんとにごめんね?」
「何がですか?」

「だって、こんな時間まで…」

「別にいいですよ。
 石川さん来なきゃいけなくなったの、自分のせいだし…」

「そう言われたら、そうかもしれないけど
 でもやっぱり――」


「んじゃあ、お礼下さい」
「お礼?」

満面の笑みで頷く彼女。

705 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:40

「Yes.Kiss me Please・・・」

「・・・はああ??」

「あれ?わかりませんか?
 チューですよ、チュー。お礼のチューです」

そう言って、自分の唇をさして
唇を尖らす。


「・・・な、なに言ってるの??」

「いいじゃないですか。
 チューしましょ?」

「は、はいぃぃ???」

起き上がったと思ったら
這いつくばって、わたしの目の前に来る。

706 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:41

「さ、感謝のKissを」

目を閉じて、唇を突き出した。


「――うん、じゃあ…」

真っ白な頬を両手で挟む。
親指を滑らせて、唇の端をゆっくり撫でると
そのまま掴んで、引っ張りあげた。

「誰がするかぁ!!!」
「イッデェェェ!!!」

全く、そう言うことするから
勘違いされるのよっ!

「ちぇっ。期待したのにな」
「するわけないでしょ!」

「何で?誰にも断られたことないのに…」
「わたしは絶対お断りですっ!!」

全くもうっ。
何考えてんのよ!

ここは日本なのっ、ニホンッ!!

707 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:41

「明日会社なんだから、
 さっさとシャワー浴びて来なさいっ!」

「へ〜い・・・」

トボトボとバスルームに向かう背中を見送って
ため息をついた。

ったく、何なのよ!
悪い虫がつくとか言って、自分の方が悪い虫なんじゃないの?!

あ〜
先が思いやられる…

ってか、待てよ?
もしかして、わたしの身の方が危険なんじゃないの?

寝込みを襲って、感謝のKissを――
なんて。

・・・よし。
寝るときは絶対、鍵をかけよう。

708 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:42


自分のお部屋で、身の回りのものを片付けていると
ドア越しに「次どうぞ〜」って、声が聞こえて
リビングに戻った。

ソファーでは、ドカッと腰掛けた吉澤さんが、
無造作に髪をワシャワシャ拭いている。

あーあー、もう。
そんな拭き方して・・・

下を向いて、今だワシャワシャし続ける吉澤さんの後ろに回ると、
その手からタオルを取り上げた。

「へっ?何?」
「いいから、前向いてて」

おとなしく背筋を伸ばして
前を向いた吉澤さん。

709 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:42

「そんな拭き方したら、せっかく綺麗な髪してるのに
 傷めちゃうでしょ?」

髪を挟むようにして、そっと水分を吸い取る。

ほんとに綺麗な髪。
ツヤツヤしてて羨ましいな…


「はい、終わり。
 あとは自分でドライヤーしなさい」

「え〜、いいよ。めんどくさいから。
 いつもしてないし」

「ダメでしょ!
 ちゃんと乾かさないと」

「いいじゃん、別に。
 寝てる間に乾くもん」

「あのねぇ。
 ちゃんと乾かしてあげないと傷めちゃうんだよ?」

710 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:43

「だから?」
「ドライヤーしなさい」
「めんどい」
「ダ〜メ」

「じゃ、いいよ。
 扇風機に乾かしてもらう」

はあ〜〜〜

大きくため息をついた、わたしの顔を
窺うように覗き見る大きな瞳が2つ…

「っんとに、しょうがないなぁ」

わざとドスドスと音をさせながら、
ドレッサーまで行って、ドライヤーを取り出す。

振り向くと、まるでしっぽを振ってるのが見えるかのように
全身から、期待を漂わせている人型ペットが1匹――

ったく、やんなっちゃうなぁ。
なぜか甘やかしちゃうんだよねぇ・・・

711 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:43

「はい、前向いて」

すぐさま背中を向ける彼女。

お手って言えば
今ならやるかもしれないな・・・

轟音とともに、柔らかな髪に指を通す。
気持ち良さそうにしちゃって・・・

――カワイイな、やっぱり。



「はい終わり」

すぐさま、振り向こうとした彼女の気配を察して
先に言葉を投げかける。

「今日だけだからね。
 もうやってあげないからね」

ガックリ落ちた肩。

予想通りの反応で
笑っちゃいそうになる。

712 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:44

「あとこれが」

背中を向けたままの彼女に
追い討ちをかけようと、彼女の耳に唇を寄せた。


「・・・さっきの、お・れ・い。ね?」

ポンポンと肩を叩いて
そのまま、バスルームに向かう。


「え〜〜!なんで〜〜!
 そんなのヤダ〜〜!!」

勝手に騒いでなさい。

「チューがいいよ!チューがっ!
 Kiss me Please!!」

騒ぎ立てる声を遮るように
音を立てて、扉を閉めた。

713 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:45


もう遅いから、手早くシャワー浴びちゃおう。

そう思って、脱衣所で服を脱ぎ始めた途端
お風呂から電子音が聞こえた。

驚いて、中を覗くと
ちょうど湯船にお湯がはり終わった所だったようで、
操作パネルの表示が、『完了』に変わった。

すぐそばには、疲労回復が主な効能の
入浴剤が用意してあって――

・・・参っちゃうな。こんなことされると。

思わず、微笑んだ。


ペットみたいな、子供みたいな
仕草で甘えてみたりするクセに、
こうしてカッコイイ大人みたいに、
さりげない気遣いが出来ちゃってさ・・・


それからわたしは、
久しぶりに、大きな湯船につかって、
今日一日の疲れをゆっくり癒した――


714 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:46


すっかりリフレッシュして、リビングに戻ってくると、
ソファーに寝っ転がっている吉澤さんの姿。

もうとっくにお部屋に行って、
眠ってるって思ってたのに・・・

疲れちゃって、そのまま眠っちゃったのかな?

「吉澤さん、カゼひいちゃうよ?」

肩を揺するけど、全く反応なし。

「ねぇ、起きて?」

目の前の床に座って、
もう一度大きく肩を揺する。

だめだ・・・
すっかり熟睡しちゃってる。

715 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:47

でも、このままここで寝たら、カゼひいちゃうし、
かと言ってわたしの力じゃ、ベッドまで運べないし・・・

弱ったなぁ・・・

ほっぺを人差し指でつついてみる。
プニプニしてて、柔らかいんだよね、このほっぺ。

だから、つまみたくなっちゃうの。

白くて柔らかい、フワフワのムースみたいな
かわいいほっぺ。

舐めたら甘い味がしたりして――

試してみちゃおうかな?
・・・なんて。

716 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:48

それにしても、綺麗な顔してるよね・・・

間近で見ても、裏切られることのない
整った顔立ち。

眠ってると、あどけなさの中に
なんか気品みたいなものがあって、
お姫様みたい、なんて思ったりする。

――キスしたら、起きたりして・・・

って、わたし王子様じゃないもん。
お姫様がいいもん。


でも、ちょっと。
試してみちゃおっかなぁ・・・?

さっきもお礼のチューしてなんて言って。
ふふ、ほんとカワイイ・・・

――ふと、イタズラ心がわき起こった。

717 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 16:58


そっと頬を撫でて、人差し指を彼女の唇にあてると
柔らかなほっぺに唇で触れた。

「特別にお礼だよ?」

明日また、チューしてって騒いだら
してあげたのに、覚えてないの?サイテー
とか言って、いじめてやろっと。

思わず小さな笑いが漏れる。
ゆっくり彼女の頬から唇を離して、顔をあげると
大きな瞳とバッチリ目があった。

「お礼なら、場所が違いますよ?」

「・・・お、お、お
 起きてたの?!」

彼女の唇にあてていた指を、ガシッとつかまれた。

「あんまりジッと見るから
 目が覚めちゃった」

一気に頬が熱くなる。

718 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 17:00

つかまれたままの指をグッと引き寄せて
わたしをソファーに座らせると、
嬉しそうに微笑んだまま、彼女が催促する。

「間違えないで下さい。お礼のキスはココです」

握ったわたしの指を使って、自分の唇を指した。


絶体絶命・・・

手を握られて、至近距離で見つめられて――


柔らかな頬に、掴まれていない方の手を伸ばした。
包み込むように触れると、なんとも言えない顔をする。

719 名前:第3章 2 投稿日:2010/09/15(水) 17:01

――魔法にかけられたみたい。

あの夏の日も、大きな瞳に
一瞬でトリコにされてしまった・・・

わたしから、何度も求めた唇。
甘い甘い、映画のようなキス・・・




――な〜んて。

する訳ないでしょっ!
彼じゃないんだから!

触れている頬をつまんで
ギュッと引っ張った。

「イッテェェ!!!」

頬をさする彼女に向かって、思いっきり
あっかんべぇってすると、わたしは部屋に入って、すぐに鍵をかけた。

720 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/15(水) 17:02


721 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/15(水) 17:02


722 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/09/15(水) 17:02

本日は以上です。

723 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/15(水) 17:09
更新お疲れ様です。

玄米ちゃ様が更新される時間と私が徘徊する時間のタイミングがピッタリ合ってしまいました(笑
前回更新に引き続きリアルタイムで見れるなんてちょっと鳥肌です!!!

いよいよ2人の生活が始まりましたね。
これから何かハラハラワクワクな展開が待ってそうで眠れません(笑

それでは、次回更新待ってます!
724 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/18(土) 11:21
甘いというか、こそばゆいというか、読んでいて楽しくてしょうがないです
725 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/09/22(水) 10:59

>723:名無飼育さん様
 おっとそれは驚きです!
 前回、実はあの日に更新するつもりはなかったのですよ。
 なんとなく時間が空いたので更新しまして・・・
 なので余計に驚きです。

>724:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 今回も楽しんで頂けるとうれしいです。


では本日の更新にまいります。

726 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/22(水) 10:59


727 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:01

ハアハアハア…

うがぁ〜
間に合った…

タイムカードを押した所で
しばし呼吸を整える。

「あれ?
 石川さんがこんなにギリギリに来るなんて、珍しいですね?
 しかも若干寝グセが…。何かあったんですか?」

えーえー、ありましたとも!

すまして座っている元凶を睨んだ。

わたしの殺気を感じたのか
声をかけてくれた子が、そそくさと席を立っていく・・・

ごめんね、あなたに罪はないんだけど
わたし、今ちょっと気がたってるの。

728 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:01

ズンズン歩いて、自分の席に着くと
乱暴に鞄を置いて、椅子に座った。

「ククク…
 おはようございます。石川さん」

くぉの〜
今笑ったわね?

「グォッフォン!
 吉澤さん、例の件でちょっと
 打ち合わせしたいんだけどいいかしら?」

それだけ言って、先に席を立つと
小会議室に向かう。

俯きながら、ついてくる彼女を見て
わたしに怒られると思っているであろう社員達が
彼女を哀れみの目で追う…

言っとくけどね
この子、下向いて笑い堪えてるんだからねっ!

あ〜くそぉ〜!
声に出して、言ってやりたいっ!!

729 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:02

会議室に着くと、先に彼女を入れて使用中にして、
周囲に誰もいないのを確認してから、扉を閉めた。

「ククク…
 アハハハハハッ!!
 ひで〜頭」

体を折り曲げて笑う彼女を
睨みつける。

あんたねぇ〜


「どういうつもりよっ!!!」


吹っ飛ばされたように
ソファーにひっくり返ると、彼女が両耳を塞いだ。

あ〜、ちょっとスッキリした。

730 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:03

大体なぜわたしが、
こんなに怒っているのかと言うと…


『鍵、鍵、鍵がなぁい!!
 寝る前までは、確かにテーブルに置いといたのにぃ!!』

ただでさえ、いつもより寝坊したと言うのに
昨日預かった鍵が、どこにも見当たらない。

吉澤さんと一緒に行くつもりだったのに
わたしが寝てる間に、出勤しちゃったみたいだし、
鍵が閉められないと、お家出られないよう…

困り果てて、彼女の携帯にかけると
『運転中のため出れません』なんて
フザけたメッセージが…

仕方なく、あちこち探し回って、ふと見つけた
冷蔵庫に張り付けられた、一枚のメモ…


  [探しモノはこの中ですYO]


731 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:03

「だって、カギって大事なもんなのに
 置きっぱなしにしてんだもん」

足を投げ出して、ソファーに座ったまま
悪びれた風もなく答える彼女。

「姉さんがね〜
 大事なもんは、冷蔵庫にでも入れとけって言ってたもん。
 だから通帳も、あそこに入ってんだよ?」

「だからってね〜
 普通冷蔵庫に入れる?」

「入れる」

「はあ〜。
 あのねぇ、置きっぱなしにしてたのは
 わたしが悪いよ?けどさぁ…」

「けど、何?」

屈託のない瞳で見返される――

732 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:04

「はあ〜〜〜。
 わかった。百歩譲って冷蔵庫に入れるのをアリとするよ?
 けど、電話くらい出てよ」

「だって運転中だったもん」
「免許持ってないでしょっ!」

つ、疲れる・・・

「バイセコー」
「はい?」

「あれ?簡単な単語なのにわからない?
 自転車だよ」

「わかるわよ、それくらい!
 てか、あの距離を自転車で?!」

「うん。たいしたことないよ」

いや、結構な距離、
あると思うんだけど…

733 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:04


「と、ともかくよ!」

そう言って、彼女と同じソファーに座って、声を潜める。
万が一、誰かに立ち聞きでもされてたら大問題だ。

「わたしは一緒にお家出ようと思ってたの!
 せめて、起こしてくれたって良かったじゃない」

「一応声はかけたよ?」

「疲れてたから、熟睡しちゃってたのっ。
 揺り起こしてくれれば良かったのに…」

大きな瞳にじぃっと
見つめられる…


「――だって、部屋に鍵かけてたじゃん」

あ…


「ということで、今日から
 部屋の施錠は禁止だね?」

なんか、まんまと
ワナに嵌まってる気がする…

734 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:05


「ねーねー」

遠慮がちに、わたしの肩をつつく彼女。

「なによ?」

わたし今、すごく不機嫌だからね。
変なことしたら、また思いっきりつねるよ?

「今朝一緒に行くつもりだったって
 今言ったけどほんと?」

「そうよ。わたしは、そのつもりだったの!
 なのに置き去りにして、一人でさっさと行っちゃってさぁ」

わざと意地悪くアクセントをつける。
フンだ。少しくらい反省しなさい。


「じゃあ、明日からアタシも電車で通う!」

ん?
何だか目が生き生きと輝いてる…

――反省の色は微塵もなし…

735 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:05

「べ、別に、無理しなくていいわよ」
「無理するぅ!」

明るく返されて、言葉に詰まる・・・


普通はね?普通はだよ?

『無理しないで』って言ったら、
『そんな無理なんかしてませんよ〜』って返ってきて。
『いやいやほんとに無理しなくていいのよ?』って言って
『大丈夫ですから』みたいなやり取りが続いて――

はあ〜、ほんと調子狂うなぁ…


――待てよ?そっか。そういえば…

  『日本語の使い方も、時々おかしいけど
   皆許したって』

なんて、中澤さん最初の紹介で、言ってたっけ…?

そうか!イマイチ日本語の使い方がわからないのね?
よし。ここは一つ、お目付け役として
しっかり教えてあげないと――

736 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:06

「えっーと、吉澤さん」
「ん?」

「今朝まで、自転車で通ってたんだよね?」
「うん」

「電車は嫌い?」
「混んでるから嫌い」

「じゃあ、今まで通りに
 無理せず、自転車で通勤していいのよ?」

「やだ、無理する」


・・・シマッタ。やり直し。


737 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:06

「えー、吉澤さん?」
「ん?」

「自転車好き?」
「好き」

「だったら無理しないで
 今まで通り――」

「やだ、無理する!」


「・・・あのねぇ。
 無理するって言われて、じゃあ無理してちょうだいなんて
 こっちだって言いにくい――」

「だって石川さんと一緒に
 行きたいんだもん」

え?

738 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:07

「石川さんと一緒に行きたいから
 無理する。ダメなこと?」

目を見つめられたまま、
そんなに真っすぐに言われると非常に困る…

「ねぇ、ダメなことなの?」

ああ、またその目する…
わたし、あなたのその不安げな目に弱いんだってば…


「――ダメじゃ、ないよ…?」

「ほんと?!」

わたしが頷くと、一瞬で弾けた笑顔に変わる。
あまりに無邪気で、思わずわたしも頬が緩んでしまう。

ああ、わたし。
その笑顔にも弱いみたい…

お目付け役だって言うのに、
結局全部許しちゃって、甘やかしちゃいそうだな・・・

けどね。お願い。
これだけは約束して?

739 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:07

「いい?一緒に暮らしてること
 絶対誰にも言わないこと」

「なんで?」
「なんでも!」

「え〜、めんどくせぇ。
 別にいいじゃん」

「ダメ、ダメ、絶対ダメ」
「へんなの」

「いいわね?
 破ったら、絶対許さないからね?」

「は〜い」

「じゃあ約束」

ゆ〜びきりげんまん
うっそついたら、針千本飲〜ます
ゆび切った!

740 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:08

結んだ小指を解くと
そのままの形で、自分の小指をジッと見つめてる吉澤さん。


「・・・どうかした?」

「これって、日本式の約束の仕方ですか?」
「そうだよ」

「へー、ゆびきりげんまんかぁ…」

「珍しい?」
「うん」

こういう時は、ほんとかわいい。


「じゃあ、アメリカ式でも
 約束しません?」

「アメリカ式?」

「ええ。
 ちょっと目を閉じて下さい」

「こう?」

言われた通りに目を閉じた――

741 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:09






「・・・フン。甘いわよ」

彼女が到着する寸前で
間に自分の手を挟んで、彼女の顔を遮った。

「なんで、なんで〜?!
 約束のチューだよ?
 向こうではチューするの!」

「そんなの聞いたことないけど」

「石川さんが知らないだけだよ!
 『約束だよ?チュッ』って!ブチューってやるんだよ?」

「はいはい、わかりました。
 じゃあ飯田さんに本当か確認して、
 本当にそうだったら、ブチューってしてあげる」

グッと言葉に詰まって
唇を尖らせた彼女。

「じゃ、確認して来るね?」
「…うそでした。ごめんなさい」

よし。勝った!!

「・・・アメリカでも、約束する時はゆびきりします」

え?そうなの?!

742 名前:第3章 3 投稿日:2010/09/22(水) 11:09

ソファーで膝を抱えて
「ちぇっ。チューぐらい、いいじゃん。ケチ」
なんて言いながら、いじけている彼女。

チューチューうるさいけど
なぜか可愛くて、構いたくなってしまう・・・

この部屋に入るまでは、かなりムカついていたけど
いつの間にか、そんな気持ちも静まってしまった。


「昨日ほっぺにしてあげたじゃない」
「口がいいもん。口でしたいもん」

ほんと、小さな子供みたい。

「いいもーん。いつか絶対、石川さんとブチューってするから。
 石川さんから、してくれって言っちゃうかもしれないよ?」

「ない」

即座に否定したわたしに向かって、
再び唇を尖らせた彼女を見ながら、
なぜだかわたしの心は、幸せな気持ちに包まれていた――

743 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/22(水) 11:10


744 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/22(水) 11:10


745 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/09/22(水) 11:11

本日は以上です。

746 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/22(水) 14:45
今日はリアルタイム逃しましたが、いい!!!とってもいい!!!!

更新お疲れ様でした。

あ〜次回も楽しみ☆
更新頑張って下さい!
747 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/24(金) 19:00
石川さんがそうするなら、代わりに私がいただきますYO
748 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/09/30(木) 11:54

>746:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 お楽しみ頂けたようで何よりです。

>747:名無飼育さん様
 (0`〜´)<そうだ、そうだ!もっと言ってやってくれYO!
 (;^▽^)<・・・・・・


では本日の更新にまいります。

749 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/30(木) 11:55


750 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 11:56

一.一緒に暮らしていることを、絶対に会社の人間に言わないこと

一.家に誰も連れ込まないこと

一.朝は一緒に通勤すること

一.帰宅は、一緒に住んでることがバレる可能性があるので、別々にするこ――


「えーっ!
 帰りも一緒でいいじゃん」

「ダメ!行きは皆と方面が違うから、
 たまたま電車が同じでって言うこともできるけど、
 毎日ここから一緒に帰ってたら、絶対おかしいでしょ?」

「そうかな〜?
 別に誰も気にしないんじゃないの?そんなこと」

「ダメダメ。絶対皆気にする。
 絶対バレる」

「そもそもさぁ〜。
 別にバレていいじゃん。お目付け役に就任してんだから」

「絶対ダメっ〜〜!!」

――ほんとわかってない、この子は。

751 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 11:57

「いい?帰りはバラバラよ?
 それが出来ないなら、行きも一緒に行くのやめるから」

一瞬にして顔色が変わる。

「…わかった」

大変聞き分けがよろしい。


「ねー、でもね?」
「ダメ!」

「まだ何も言ってないじゃん」
「だってまた突拍子もないこと
 言い出しそうだもん」

「失礼な!名案ですよ、名案」
「何?」

752 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 11:57

「帰りは家の近くの駅で、待ち合わせしよ?
 皆、うちと違う路線だし、駅なら絶対平気だよ!」

得意げに胸を張って言う彼女。
ほんと皆と路線が違って良かった…
会社まで結構な距離なのに、
引っ越ししなかった中澤さんに、心から感謝したい。


「別に無理に待ち合わせしなくたって、
 別々に帰ればいいじゃない」

どっちかが、駅で待ってなきゃいけないんだよ?
そこまでしな――

「アタシ待つ!
 無理する!」

ゲッ。また無理する攻撃が始まった…

「ちゃんと大人しく
 待ってるからいいでしょ?」

「大人しくって、駅で暴れたりしたら
 警察に捕まるわよ」

753 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 11:58

「ね?いいでしょ?」

窺うようにわたしを見る大きな瞳。
ほんとこの目されると弱いんだよなぁ…
けど、そんな四六時中、一緒にいなくたってよくない?

「家も会社も、行きも帰りも
 お目付け役と一緒で、息がつまらないの?」

「全然平気。
 全部、石川さんと一緒がいい!」

随分懐かれちゃったなぁ。
ま、わたしも懐かれて満更でもないから
いいんだけどさ。


「ほら、帰りに買い物だって出来るよ?
 どーせ、一緒にご飯食べるんだし。ね?」
「そうね〜」

「荷物も持ってあげるし。ね?」
「まぁ、それは有り難いかなぁ〜」

「疲れたら、おんぶもしてあげる。ね?」
「それはしなくていいっ!」

「あ、そう?
 でもいいでしょ?ね?ね?」

754 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 11:58

しばし熟考する…

ま、いっか。
駅からなら大丈夫でしょ。
こんなに一生懸命、口説かれたら、ねぇ。

「わかった。
 駅で待ち合わせしよ」


じゃ、4つめの約束は――


一.帰りは家の最寄り駅で待ち合わせして、一緒に帰ること



755 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 11:59

てっきり、明日からだと思ってたら
やけに張り切った彼女が10秒前からカウントダウンをして
定時を迎えると共に、わたしに目配せをして、あっという間に消えて行った。

同時に携帯が震える――


  [ちょーソッコー
   自転車飛ばして帰ります。
   あとで駅で待ち合わせね]


思わず微笑んでしまう。
あんなに急いだのは、自転車だと時間かかって、
わたしを待たせちゃうと思ったからなんでしょ?

756 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 11:59

全く…。

子供みたいにはしゃぐクセに
気遣いだけは大人なんだから――


  [遅れても待っててあげるから
   あんまり無茶しないで]


手早くメールを返すと、時間を合わせるために、
もう一仕事してから、ゆっくり会社を出た――


757 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 11:59





758 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:00


駅の改札を抜けて、
辺りを見渡す――

…え?
ちょ、なに?あれ…

キョロキョロしてた彼女が
わたしを見つけて、ブンブン手を振る――


に、逃げよう…

そそくさと鞄を抱えて
マンションの方角に向かって歩きだす。

759 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:00

「あ、ちょっと!
 石川さんっ。待ってよぉ〜!」

お願い!名前を呼ばないで!
大きな声で叫ばないで・・・

わたしの願いも虚しく、
彼女はわたしの名を呼び続けながら
颯爽と自転車にまたがったまま、隣に並んだ。

「なんで一人で行っちゃうんだよ〜」

「お願いだから、人通りが減るまで
 近くに来ないで」

ほら、周りの視線を釘づけにしてるじゃないよぉ…

「何?何で近くはダメなの?
 離れてたら、一緒に帰るって言わないじゃん」

鞄で自分の顔を隠す。
他人のフリをしよう。

760 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:01

「ねぇ何で?」

無視、無視。

「教えてよ?」

皆さ〜ん、この人わたしの知り合いじゃありませんからね〜
心の中で周囲に訴えかける。


…ん?
よし。とうとう諦めたわね。

チラッと振り返ると、後方で自転車にまたがったまま
俯いてる変人が一名…

良かった…
お願いだから、しばらくそこにいて。
そのまま離れてて。

ふと変人の顔が上がる。
目が合うと、ニヤリと微笑む――

…嫌な、予感。

761 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:02

「いしかわりかさ〜んっ!!」

あのばかっ!
フルネームで呼びやがった!!

「待ってよぉ〜。
 一緒に帰る約束でしょ〜。
 いしかわりかさ〜んっ!!」


「ね〜!
 いしかわりかさ〜んってばぁ!!」


「い・し・か・わ――」

「いい加減にしてっ!
 わかったから!一緒に帰るから、もう叫ばないでっ!!」

「は〜い!」

サングラスの下から覗く
無邪気な瞳…

あ〜あ、もうほんと
やんなっちゃう。

762 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:02

「ねー、でも何でそんなに嫌がるの?」

「そんな格好で現れたら、誰だって嫌がるわよっ!
 大体、会社で着てた洋服と鞄はどうしたの?」

「ん?
 全部このリュックの中」

彼女の背中でパンパンに膨らむリュック。
恐るべし収納力だわ…


「せめて、それ
 サングラスとって」

「何で?」

「恥ずかしいのっ!」

「恥ずかしくないよ。
 だって姉さん、『よう似合っとる』って言ってくれたもん」

似合ってる?!

――確かに似合っては、いる…

763 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:03

「それに『あんた最高や』って
 笑ってくれた」

…確かに最高よ?笑いもするよ?
ただし、宴席ならば!


「名前もつけてくれたんだよ?」

…中澤さん。酔ってましたね?



「モズクマン!参上!!」


…命名までしたあなたを恨みます――


764 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:03

「とにかくお願い。
 わたしと一緒にいたいなら、その格好は二度としないで」

「石川さん、モズク嫌いなの?」

もうこの際、それでいい。

「そうなの!
 見たくもないほど嫌いなの。
 だからお願い!その格好はやめて?ね?」


「――わかった…」

モズクは海の藻屑になります。
ありがとう、モズクマン!
さようなら、モズクマン〜!!


こんなとこで、小芝居しなくていいからっ!

765 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:04

「今日はだからね?先に帰ってて?
 夜ご飯は、わたしがお買い物して行くから、ね?」

「うん…
 じゃ、先帰る…」

肩を落として、ゆっくり自転車を漕ぎ出した彼女を
少しだけ気の毒に思う。
けど周囲の好奇の目に、自分まで巻き込まれるのはゴメンだ。


「とにかく今後、モズクだけは
 絶対買わないように、気をつけなきゃ…」

自身にしっかりインプットして、
わたしはスーパーへと急いだ――

766 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:04




767 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:04

「ただいま〜」
「おかえりなさいっ!」

待ち兼ねたように、バタバタと駆けてきて、
玄関まで出迎えてくれた彼女。

――良かった。緑着てなくて…

思わず、ホッと息を吐く。
しばらくは緑色に過剰反応しちゃいそうだわ…


買物袋を受け取ってくれた彼女に
ニッコリ微笑みかけた。

「食事、すぐ用意するから待ってて?」
「わ〜い!石川さんの手作り?」

「ううん、違うよ」



…あれ?
わたし何か変なこと言ったかな?

768 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:05

恐る恐る、吉澤さんが
買物袋の中を覗いてる…

「――これ、何日分?」

「えっと・・・。とりあえず、今日はこのお弁当で
 明日の朝は、こっちのカップ麺でしょ?
 で、明日の夜は、レトルトカレーで…
 そうそう、パンも買っといたから、パンがよければ――」
 
…なんでだろう?
視線が痛い。

「――もしかして、パン嫌いだった?」


「Oh my god・・・」

肩をすくめて、大きく首を横に振る吉澤さん。
外人みたい…って、外国育ちだもんね。
やっぱ決まってるぅ!

769 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:05

「もしかして石川さんてさ、
 いつもこんなのばっか食べてたの?」

「…や、やだ。そんな訳ないじゃない」

あはははは…
す、するどい。

「じゃあ自分で作ることもあるわけ?」
「もちろん、作るわよ?」

「へー。じゃあ、何が得意?」
「得意?
 そうねぇ、まぁ色々作るかな?」

背中に冷や汗が伝う。

「例えば?」
「え?例えば?
 …そうね〜、ん〜とね?」

「ん〜と?」
「とりあえず・・・、サラダ、かな…?」

葉っぱ並べるだけだけど――

770 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:06

「はああ〜〜〜」

深い、ふか〜い彼女のため息。

「ねぇ、石川さん。
 ほんとは料理苦手なんでしょ?」

「そ、そんなことないわよ?
 やろうと思えば出来るわよ?」

「無理だね」

ちょっと!
ここはいつもみたいに無理してよ!

「だって、さっきから石川さん
 全部疑問形で答えてんじゃん。気づいてた?」

ゲッ…


「あーあ。こんなのばっか食べてたら
 体壊しちゃうよ…」

771 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:06

「ったく、片付けも苦手。
 料理も苦手」

「ついでに掃除も苦手なんだけど…」

ギロリと睨まれた。


「――もういい。
 これから全部、アタシがやるから」

「全部って…?」

「掃除、洗濯、食事の用意。
 全部アタシがやるから、石川さんは座ってていい」

「でも、それじゃ悪いよ…」

「じゃあ、何かやる?」

「えっと…、皿洗い?」
あ、また疑問形になっちゃった…

772 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:07

「無理しなくていいよ」
「やだ無理する!」

って、マネしてみたけど――

「…無理、しない」

「素直でよろしい」

大きく頷く彼女。
なんか悔しい・・・


「石川さん。
 その代わり、なんだけどね・・・?」

途端に窺うような瞳になった彼女。
逆に彼女の方が、疑問形になってしまったのが不気味…

あっ!
もしかして、また例の――

773 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:08

「あのね…?」

ゴクリと唾を飲み込む。
どうする?!石川梨華!

拒めば自炊の日々が待っている。
かといって、了承すればチュー漬けの毎日が…

そのうち、軽いチューだけじゃ足りなくて
激しくなっちゃって、押し倒されちゃったりして

 『ダメよ、吉澤さん』
 『いいじゃん、石川さん…』
 『それ以上は・・・』
 『いいでしょ?石川さんが欲しいんだ・・・』

なんて――

ああ!ダメよ、そんなこと!
たとえ自炊の日々になろうと、彼以外の人と。
しかも女の子となんて・・・

774 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:08


「昨日みたいに、毎日髪を乾かして欲しいんだ」

・・・へっ?


「――ダメ、かな・・・?」

「え?そんなことでいいの?!」

頬を赤らめて、コクリと頷いた彼女。


もうっ。ちょっとヤダぁ。
変なこと考えちゃったじゃないよぉ・・・

でも、純粋なんだよなぁ、こういうとこ。
普段はチューチュー言うクセに
こんなに可愛くなっちゃって…

――ある意味、反則だよ。

775 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:08

「いいよ、そんなの。
 お安い御用」

「ほんと?!」

嬉しそうに、綺麗な顔を
フニャッと崩して、彼女が笑う。

…ドキン。

わたしの鼓動が小さく跳ねた。



「ああああっ!!」

突然叫び声をあげた彼女。

「ど、ど、ど、どうしたの、急に?」

「今ってさ、交換条件を髪じゃなくて、チューにしてたら
 石川さんOKしてくれてたんじゃないの?」

「ふふっ。そうかもね?」

776 名前:第3章 4 投稿日:2010/09/30(木) 12:09

「あー失敗した。
 あー損した。
 あーせっかくのチャンスだったのにぃ!」

ガックリ、肩を落としてしまった彼女。

「チューして、いっぱいチューして
 その気にさせて、その先だって期待出来たじゃないかぁぁぁ!!!」

あーうっかりしてた。
あーもったいない。
あーしくじった。


ブツブツ呟きながら、夕食の支度を始めた彼女を尻目に、
わたしは微笑みながら、ソファで一人、優雅に雑誌をめくり始めた――

777 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/30(木) 12:09


778 名前:リアライズ 投稿日:2010/09/30(木) 12:09


779 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/09/30(木) 12:10

本日は以上です。

780 名前:名無し留学生 投稿日:2010/09/30(木) 16:04
モズクっちキタ!
相変わらず、玄米ちゃ様のネタ使いは上手い!

今まで甘甘っていいな〜
しかし、油断は禁物ですね。わかります。
781 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/30(木) 16:55
モズクマンだ!!!(笑)

あ〜毎日私が髪の毛乾かしてあげたいわ・・・

現在、甘すぎるんですけど油断しちゃいけませんよね?(笑)
では、更新楽しみにしてます!
782 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/10/04(月) 20:46
面白いです
でも壮絶なネタばれが・・・
私も気をつけます
783 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/10/08(金) 12:11

>780:名無し留学生様
 中澤さんのバースデーに現れた時から、
 登場してもらいたくてウズウズしてました(笑)

>781:名無飼育さん様
 甘いですよね〜。しばらくはまだ甘いかもしれません。
 が、作者は甘党じゃありませんので。

>782:名無飼育さん様
 ありがとうございます!


では本日の更新に参ります。

784 名前:リアライズ 投稿日:2010/10/08(金) 12:12


785 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:13


「うわぁ!
 おいしそう!!」

数十分後、食卓に並べられたのは、
フワフワのオムレツ。

「納豆オムレツです。
 今日は和風だけど、中華風にも出来るよ?」

「すごいね、吉澤さん!」
 
「今日は弁当があるから
 こんなもんしか作らなかったけどね」

――やっぱ、のり弁だけじゃダメよね…

786 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:13

「ねぇ、他にはどんなもの
 作れるの?」

「んー、一通りは出来ますよ。
 ありもんでテキトーにガッと作んのも、結構得意だし」

「へー、お料理上手なんだね」

食卓を整えていく手つきも
無駄がなくて、感心してしまう。

「上手なのかなぁ?
 案外、美味しくないかもよ?」

「おいしいよ、絶対」

即座に返した言葉に
驚いてる吉澤さん。

787 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:13

「食べてもいないのに分かんの?」

「もちろん!
 だって、すごくいい匂いだし
 早く食べたいなぁって思うもの」

わたし、そういう勘は
かなり働くんだから。

「そんな自信満々に言ってさ、
 もしマズかったら、どうする?」

「そぉねぇ…
 でも絶対おいしいと思うんだけどなぁ…」

「わかんないよぉ?」

からかうような眼差し。
うん。間違いない。

788 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:14

「よし。じゃあ万が一美味しくなかったら
 吉澤さんの腕を買い被りすぎた
 わたしへの罰として――」

「罰として?」

「チューしていいよ」
「はああ??」

大きく目を見開いて
固まってしまった吉澤さん。

だってね。わたし、それだけ自信があるんだよ?
吉澤さんのお料理、絶対おいしいって。
それにあなたも、自信があるんでしょ?

789 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:14

「――えっと…さ。
 上に青汁とか、かけていい?」

「それでおいしくなるなら
 そうしてよ」

わたしにはもう一つ、自信がある。
吉澤さんは絶対、わざとマズくするような
卑怯なことはしないって――


「――石川さんズルいや…」

「なんでよ?」

「からかってるでしょ?
 アタシのこと・・・」

真っ赤な顔して、呟くように言う彼女。

790 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:15

「・・・おいしく食べて欲しいから
 今はチューは諦める」

やっぱり。
思った通り。

「けどきっと、罰とかそういうんじゃなくて
 石川さんからチューしたいって、いつか絶対
 言わせてみせるからねっ」

照れ隠しなのか、口早にそう言った彼女。
あまりに可愛くて、思わず頬を突いてしまった。

「ほんとだからねっ!
 絶対言わせてみせるからねっ!」

ムキになってそう言う彼女が、やっぱり可愛くて、
もう一度だけからかうと、わたしは食卓についた。


791 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:15


「「いただきま〜すっ」」

二人の声が重なって、
一番にオムレツを頬張る・・・


「うわぁ、ほんとにおいしい!」
「残念だけど、そりゃあ良かった」

向かい合う彼女が、嬉しそうに微笑んだ。

「おいしいよ、ほんとに。
 すごくおいしい!!」

絶妙に仕上げられた、このフワフワ感。
納豆とこんなにマッチすると思わなかった。

「小さい時からよく作ってたから
 得意なんだ」

「小さい時から?」
「うん」

「お手伝いとかで?」
「手伝い?
 ああ、そういうんじゃないよ」

一瞬、彼女の顔が曇った。

792 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:16

「作んなきゃいけなかったから・・・」

彼女の悲しげな顔、
初めて見た気がする・・・


「・・・聞いても、いいのかな?」

話したくないのなら、もう何も聞かない。
でも、もしも――

少しだけでも、あなたの癒しになれるのなら。

こうしておいしい食事を作ってくれたあなたを
わたしなんかで、癒してあげられるのなら・・・

793 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:17


「アタシがまだスゲーちっちゃい頃、
 父さんも母さんも、一緒に事故で死んだんだ・・・」

まだ日本に住んでた頃さ。
夏休みにじいちゃん家に遊び行ったんだ。

アタシは綺麗な海が嬉しくて、
はしゃぎ回って、じいちゃんの周りを
チョロチョロして遊んでた。

『ひとみ、買い物行こうか?』

そう父さんに言われたけど、遊び足りなくて
アタシはじいちゃんと一緒にいた。

結局、2人でちょっとだけ行って来るって
出かけたままさ、帰って来なかったんだよ・・・


「だからアタシは、外国暮らしのじいちゃんに引き取られて
 ずっと海外で生活してたって訳」

794 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:17

そういえば中澤さん、
『こいつのこと、こいつの爺ちゃんから
 くれぐれも宜しくって、頼まれてんねん』
そんな風に言ってたな…


「ごめんね、石川さん。
 やめようこの話。何か辛気臭くなっちゃった」

明るく笑いかける吉澤さん。

「早く食べよ?
 せっかくの料理が冷め――」

気が付くとわたしは
吉澤さんのそばに立って、彼女の頭を抱きしめていた。

795 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:17

小さな頃から、一人でお料理作って・・・
どんなに寂しい思いをしてきたんだろう・・・?

わたしなんか、育ててくれた両親を
疎ましく思って、家を出たというのに――

抱きしめた彼女の体が
小刻みに震える。

きっと彼女が時々甘えてみせるのは
そういう愛に飢えているからなのかもしれない・・・


「・・・ごめん、石川さん・・・」

「わたしで出来ることなら
 何でもしてあげるから」

だからね?
好きなだけ甘えていいよ?
わたしには、見せていいよ?
吉澤さんの素顔を――


「・・・たまにで、いいんだ。
 ・・・こうして抱きしめて、欲しい――」

796 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:18




その夜わたしは、うんと彼女を甘やかした。

お風呂上りに、昨夜以上に時間をかけて
髪を乾かしてあげて。
彼女が眠くなるまで、ずぅっと膝枕をしてあげた。


「――石川さん、眠い?」

膝の上で、目をこすって
睡魔と戦いながら、尋ねてくる彼女。

「ううん。大丈夫だから。
 吉澤さんがベッドに行きたくなるまで
 こうしててあげる」

「じゃあ、一生行きたくない」

「・・・ふふっ。いいよ?
 それでも」

797 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:18

嬉しそうに微笑んで
くるりと回転すると、わたしのお腹に顔を埋めた。


「――石川さん、大好き・・・」
「わたしもよ?」

「ほんと?」

大きな目で見上げられた。

「じゃあ、チューしていい?
 その先は?」

期待に膨らむ眼差しに笑いかけた。

「それはLOVEでしょ?
 吉澤さんは、女の子じゃない」

「女じゃダメ?」

798 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:19

「でも、Very Likeだからね。
 ほっぺにはしてあげる」

そう言って、音を立てて
彼女の頬に口付けると、白い頬が一気に赤く染まった。


「・・・もう一個、追加していい?」
「ん?」

「だから、髪乾かす以外に」
「一応聞くだけ聞いてあげる」


「・・・ほっぺでいいから、寝る前に
 今みたいにチューして下さい・・・」

視線をそらして、照れたように言う彼女が
可愛くて仕方ない。

799 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:19

もう一度、頬に唇を寄せ
唇だけで彼女の頬をハムッて挟んだ。

ほんとに柔らかくて
ムースみたいな、マシュマロみたいなほっぺ。


「――おやすみ」

そう囁くと、嬉しそうに微笑んで
またわたしのお腹に顔を埋めた。

満足そうな横顔を眺めながら
わたしの心も、なぜか満ち足りていて
飽きもせず、ずっと彼女の横顔を眺めていた――


800 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:20





801 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:20

「ねぇ起きてよ、石川さん」
「んー」

「起きてってばぁ」
「起きてるよぉ…」

手を伸ばして、わたしの膝にいる
彼女の頭を撫でる。

「目開けてよぉ」

「ん?もうそろそろ寝る?
 ベッドに行く?」

「もうベッドだってば。
 寝ぼけないでよ」

「寝ぼけてないよ〜
 吉澤さん膝にいるじゃない」

「膝にはいないよ。
 あっ、12.5分だ!
 石川さん、ちょっとこのまま待ってて!」

手を中途半端な位置にかたどられたまま
吉澤さんがバタバタと走っていく音がする――

802 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:21

…眠い。

目が開かない。
そろそろベッド行かないとね?
このままじゃ風邪ひいちゃうし、明日寝坊しちゃう…

重たい体を起こした。



――ん?

わたし、今起き上がったよね…
目をこすりながら、辺りを見渡す――


なにここ…
わたしの部屋だ――

あれ?なんで??
ベッドに、寝てる…?!

803 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:21

 <コンコン>

「入るよ?」

にこやかに吉澤さんが現れて
ベッドのそばにくると、ひざまずいて頭を差し出した。

「はい、さっきの続き」

手を持ち上げられて、
彼女の頭の上にのせられる――

「な、なにしてるの?!」
「何してるのって、ナデナデだよ」
「はい??」
「今してくれてたでしょ、ナデナデ」

嬉しそうに言うけど、
わたし、イマイチ状況が掴めてないの…

804 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:22

「・・・もしかして石川さんさ、
 覚えてないの?」

戸惑いながらも、大きく一回頷く。


「はああ〜〜」

彼女が深いため息を
吐き出した。

「わかった。
 じゃあ教えてあげるよ」

明らかに落胆した彼女の声から
甘さが消えた。


「まずは石川さん、あなたは今どこにいますか?」
「今?今はベッドの上にいるようです…」

「その前は?」
「多分ソファーに…」

「正解。じゃあ、ソファーで何してたんですか?」

「え?だって、何してたって…
 吉澤さんに膝枕してたよね?」

「その後は?」
「その後?その後は…」

――記憶に…ない。

805 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:22

「石川さんさぁ、あれからすぐ思いっきり寝ちゃったの。
 何度揺り起こしても、起きなくて。
 風邪ひいちゃうって言っても『大丈夫よ〜』しか言わないし」

「そんなこと言った?」

「言ったよ!
 仕方ないから、お姫様だっこして
 アタシがベッドに運んであげたの!
 ちょー重かったよ・・・」

「お、重いって、そんな――」

「何?何か文句あんの?
 おかげでこっちは、夜中に汗だくになったんだからねっ」

「――ごめんなさい…」

素直に謝った。
だって、きっと本当だから。

彼女に膝枕して、その綺麗な横顔を眺めて
柔らかな髪をひいて、優しい温もりを感じてたら
すごーく、とっても穏やかな気持ちになって
あっという間に眠くなっちゃったんだもん・・・

806 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:23

「けどね?問題はそのあとなんだ」

「え?も、問題??」

コクリと頷いた彼女が
片頬だけを上げて、ニヤリと笑う――


「石川さん、アタシに言ったんだよ」

「…何、を…?」

思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


「一緒に寝ようって」

「うそでしょっ?!!」

「うそじゃないよ。
 隣においでって、手を掴んで頭を撫でてくれて――」

807 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:23

そ、そんなまさかっ?!
わたしが・・・、このわたしが、と、隣においでって?!

朝までここで、吉澤さんと一緒に寝たの??

そんなの――

キケンすぎるっ!!

慌てて自分の衣服を
確かめる。


…よかったぁ。

着替えてないし、脱がされた形跡もナシ。
あ、でも待って!
クチビルはどう?
一応、触れてみたけど記憶がナシ・・・

808 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:24

「はああ〜〜」

再び大きなため息をついた彼女が
ベッドに腰掛ける。

「石川さん、ほんとに何も覚えてないの?」

戸惑ったような、それでいて
悲しそうな色を含む大きな瞳。


「――ごめん…」

一言謝ると、見ていられなくて
大きな瞳から目をそらした。

一生の不覚。
お酒も飲んでないのに、覚えていないなんて・・・

あなたを甘やかしてあげようと思ってたのに・・・
ほんとにごめんね?

この部屋にわたしを運んでくれて、
それから、わたしは――

――わたし達は一体・・・

急激に心音が激しく高鳴り出して
自分の胸元をギュッと握った。

809 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:24


「――安心してよ。何もなかったから」

「・・・何も、ない・・・?
 ほんとに?」

「アタシは自分の部屋で寝たから。
 ただここに運んだだけで、石川さんには何もしてないよ」

思わず、ホッと息を吐き出した。

「・・・でももし、もう一度同じことがあったら」
「え?」

吉澤さんがニヤリと微笑む。

「そん時はガマンしないから」
「が、ガマン?!」

「だってさぁ。石川さん、アタシの頭抱えて
 自分の胸にギュウッて押し付けてさぁ」

「う、うそよっ!」

「柔らかかったなぁ。
 石川さんの――」

わたしの胸元を凝視する吉澤さんを
枕で思いっきり引っ叩いた。

810 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:25

「スケベッ!エッチッ!」

「だって仕方ないじゃん。
 それに、石川さんから押し付けてきたんだよ?」

「押し付けてないっ!!」

「押し付けたよ。こうやって」

彼女の頭がわたしの胸に飛び込んでくる。
よけるように後ろに倒れて、寸前で頬をとっ捕まえた。

見上げた視界には、わたしの手の平によって
ムンクの叫びと化した、吉澤さんの顔――

「ふふっ。ヘンな顔」
「おはおうのフーしよ?」

「あはは。
 おはようのチューって言いたいの?」

そのまま大きく頷くから
余計にヘンな顔になってるよ?

811 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:25

「じゃあ目を閉じて?」

ギュッと思いっきり閉じられたまぶた。


「おはよう」

ムギューっ!!
思いっきり頬を引っ張った。

「イッテエエエ!!!」

絶叫と共に、ベッドから転がり落ちた彼女を尻目に、
わたしは朝の支度を始めようと、さっさと部屋を出て
洗面所に向かった。

812 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:26


支度を終えて、食卓につくと
異様に存在感を放つ丸い物体が目についた。

「さ、遠慮なく食べて下さいね?
 ちゃんと石川さんの今日一日分も、別に作ってありますから」

ニカッと笑った吉澤さん。

「――今日、一日分て…?」

不自然にヤマを成した沢山の丸い物体に
手を伸ばした吉澤さんに問いかけた。

ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ
いつ、むぅ、なな、やぁ…

ざっと見繕っても、このヤマだけで
両手の指をオーバーしてる――

813 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:26

「ゆでたまご。
 見て分かりません?」

「これ全部?!」

「そうですよ?
 2人分だから、今朝は大変でした。
 会社に持っていく分は、あっちに置いてますから」

彼女が指差した先に
恐る恐る視線を送る・・・

ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ
いつ、むぅ、なな、やぁ…

同じヤマが、この家の中にもう一つ――

814 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:27

「・・・あれも全部ゆでてあるの?」

そんなまさかね?
こんな大量なゆでたまご、一体どうする気よ?

「もちろん!全部ゆでたまごです。
 お取り寄せのチョー美味しいたまごですよ?」

うんうん。
美味しいとは、思う。

目の前でにこやかに頬張る姿は
本当においしそうだよ?

けどね・・・

「石川さんは10個でいいですか?」
「へ?」

「ゆでたまご」

815 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:27

おかしい・・・

生まれてこのかた、ゆでたまごを10個でいいですか?
なんて聞かれたことがない。

普通の会話より、0が一つ多い・・・

「・・・よ、吉澤さんは何個食べるの?」
「10個」

やっぱり0が一つ多い・・・

そっか。
皆に配るのね?

お取り寄せの美味しいたまごだから
皆に食べさせてあげたいと言う、優しい心遣いなのね?

「吉澤さんは誰にあげるの?」
「何を?」

「何って・・・」

目だけで、そのおヤマを示す。

816 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:28

「誰にもあげないよ?
 あ、分かった!石川さん一日10個じゃ足りない?
 もっといるんだった?じゃあ、仕方ないから今日だけ
 アタシの分から1個あげる――」

「いらないっ!!」

じゅ、11個も食べれるかいっ!

嬉々としていた彼女の顔が、途端にシュンとなる。

「何でだろ?姉さんも
 同じ反応だったんだよな・・・」

おそらく、100人中99人は、
同じ反応をすると思うよ?

「しかも姉さん、バナナとゆでたまご
 ウチの前で食べたら、許さんからなって・・・」

すっかりしょげてしまった吉澤さん。
ちょっと可哀想かな?
だって、良かれと思って、支度してくれたんだもんね・・・

817 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:28

「わ、わたしも頂こうかな?」
「ほんとに?」

キラキラ輝きだした、大きな瞳。

「何個食べる?」

何個?!
期待に膨らむ眼差しに、1個だけとは言いがたい・・・

「じゃ、じゃあ2つ頂こうかな?」

ヤマに手を伸ばして
2つだけ自分の前に並べる。

「・・・2つ、か・・・」
「あ、じゃ、やっぱり3つ・・・」

もう一つ手に取る。
寂しそうに、目の前のヤマともう一つのヤマを
交互に見つめる大きな瞳・・・

818 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:29

ええいっ!
どうにでもなれ!!

「10個頂くね?」

朝3つ、昼3つ、夜3つ・・・
それでも一つ足りない・・・
うらめしや〜

わたしの暗い気持ちとは裏腹に
目の前には、嬉しそうにニコニコ輝く笑顔。

・・・ま、この笑顔が見れただけヨシとするか。

お昼に柴ちゃんとかに配ろう。
ちょっともらい物してとか言って――

「良かった!
 石川さんもゆでたまご好きなんだね」

「す、好きよ。
 でも、明日からは吉澤さんの分だけ作ってくれればいいよ?」

「なんで?」

819 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:29

「何でってそんなの・・・」

中澤さんと同じ気持ちだとは
絶対に言えない。


「・・・吉澤さんのを、少しわけてもらうのが
 なんか嬉しいって言うか・・・」

だからね?
もう絶対、わたしの分は考えなくていいから!
吉澤さんの食べてるのを、ちょっと一口もらいたいかなぁ・・・なんて。

「ほら、その方が美味しいし、
 なんか分けっこって嬉しくない?」

はあ〜
我ながら、苦しい言い訳。

大きな瞳で、じぃ〜っと見つめられて
背中に冷や汗が流れる――

820 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:30


「――石川さん、アタシと間接キスしたいの?」
「へ?」

「だって、コレが欲しいんでしょ?」

食べかけを目の前に突き出される――

毎日10個のゆでたまごと
吉澤さんの食べかけを少々。

どちらがいいか、頭の中で秤にかけてみる・・・

あっという間に勝負はついた。


「直接なチューはダメだけど、
 間接なら、いいかなぁ〜なんて」

わたしから『したい』なんて
それだけは絶対言わないからね。

821 名前:第3章 5 投稿日:2010/10/08(金) 12:30

「だって。たまごちゃん」

そう言って、吉澤さんは
食べかけのたまごにキスすると
わたしの前に差し出した。

「はい、石川さん。あ〜ん」

おずおずと口を開くと
さっき自分の唇を押し当てた場所を
わたしの下唇に触れさせた。

「ぐふふっ。石川さんと
 チューしちゃった!」

嬉しそうに、綺麗な顔を崩して微笑む吉澤さんの唇に
思わず視線が行ってしまって、頬が熱くなる・・・

悔しくなって、差し出した指ごと
思いっきり噛むと、絶叫して、慌ててわたしの口から
指を引き抜いた。

「あ〜っ!
 石川さんの歯型がついてる〜」

ヒドイよ。
思いっきり噛むなんてさ・・・

ボソボソ愚痴る彼女を笑いながら、
わたしは今までで一番美味しいゆでたまごを
味わって食べていた――

822 名前:リアライズ 投稿日:2010/10/08(金) 12:31


823 名前:リアライズ 投稿日:2010/10/08(金) 12:31


824 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/10/08(金) 12:40

本日は以上です。

825 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/10/08(金) 13:33
あー甘い。
あーどうしよう。

甘党でないと言われてしまったのでいつかは。。。

次回更新が楽しみでしょうがありません!!
826 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/10/10(日) 00:58
ん〜甘い
でもこっからどうなるのかたのひみ
827 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/10/12(火) 11:31

>825:名無飼育さん様
 甘いですよね〜
 書いている自分が気持ち悪いくらい(笑)

>826:名無飼育さん様
 リアルのお2人のデレデレっぷりが
 作者のドS回路を壊しているのかもしれません(笑)


では本日の更新です。

828 名前:リアライズ 投稿日:2010/10/12(火) 11:32


829 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:33

「・・・石川さん、これ何のバツゲーム?」

「バツゲームな訳ないでしょ?
 毎日これに乗って、元気に出社するの」

わたし達の目の前には、
ホームに滑り込んで来た満員電車。

きちんと整列した人々が
電車の停止を待って、ドアの前に順番に移動する。

「ねぇねぇ。人降りて来ないよ?」
「ここは会社が少ない町だから、朝はほとんど人は降りないの」

「ねぇねぇ。これ、あとどのくらい待つの?」
「待つ?あと数秒よ」

「すげぇ。そんなに早く次の電車
 来るんだ・・・」

感心しきりの吉澤さん。

830 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:34

既に込み合った電車の中。
ホームに並ぶ大勢の人々――

フフ、甘いな・・・

列の後方に並ぶわたし達が
この電車に乗るのは、無理だと思ってるでしょ?

次々と車内に飲み込まれていく人波を
唖然として見つめる吉澤さんの腕を取った。

「乗るよ?」
「へ?」

「ほら、早く」
「次の電車じゃないの?」
「これに乗るの」
「ムリムリ。ぜってぇムリでしょ」

「全然ムリじゃないの」

そう言って、吉澤さんの耳に唇を寄せた。

831 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:34

「いい?体の力を抜いて」

ふぅ〜と一つ息を吐かせる。

「人の流れに身を任せるの」

無言で頷く彼女。

「ヘタに抵抗しないこと。
 そうすれば、勝手に皆が電車に運んでくれるから」

縦に2回首が振られる。

それでは――


「健闘を祈る」

そう言って、彼女の腕を引いて
渦の中に突っ込んだ。

832 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:35

「あ、ちょ、イテ!
 おわっ、うげっ」

言葉にならない声を発し
渦の彼方に消えていく吉澤さん。

「石川さん、ちょ。離れちゃう。
 あわわ、うわああっ」

一人だけパニックを起こした乗客を無視して
電車は無事に、定刻通り出発。

人波の中で、最後の足掻きを試みていたみたいだけど
発車と同時に諦めたみたい。
困ったように眉を寄せて、周囲を申し訳なさそうに窺ってる。

ふふ。カワイイ・・・

大丈夫だよ。
そのうち慣れるから。

人波にもうまく流されるようになれば
ちゃんと2人で、並んで一緒に通えるから。

心の中で、困り顔の彼女に語りかけた――

833 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:35



834 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:36

「うが〜、疲れた…」

――何なんだ。あの乗り物は。
――悪魔の乗り物だ、あれは。

隣の席で、ブツブツ呟き続ける
今朝の敗者が1名。

「ったく、大袈裟な…」

「大袈裟?!
 あんなホラー映画みたいな電車を
 石川さんは大袈裟だって言うんですか?!」

「シーッ!!
 声が大きいよ」

「だってだって…」

彼女が大きな巾着袋を2つ、膝にのせて
中を覗く――

835 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:36

「やっぱりだ…」

ガックシ肩を落として
わたしの方に1つ差し出すと、中を覗かせた。

「あら〜
 殻がグチャグチャ…」

所々中身も飛び出ていて
今朝の戦いの激しさがうかがえる。

「生じゃなくて良かったね」

生卵だったら、ほんとにホラー映画みたいになってたよ、きっと。

「はあ〜〜
 明日からCDとパスケース入れてたカンカンに
 黒いスポンジを詰めて、絶対割れないように持ってこよう…」

たまごを持参しないと言う選択は
彼女の中にはないらしい――

836 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:37

「せめて石川さんの分だけでも
 守りたかったのになぁ…」

必死で鞄を胸に抱えてたもんね…
けどそれが逆効果だったのよ?

手に下げてれば、こんなに粉々に
なることもなかったのに。


「はああ〜〜〜」

朝から、どんよりションボリした彼女とは裏腹に、
わたしの仕事は実にはかどった。

837 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:37




838 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:38

「柴ちゃん、ちょっと休憩しない?」

つい先程、外出先から帰社したばかりの
柴ちゃんを3時のおやつと称して誘い出す。

手にはもちろん、例の巾着袋。
吉澤さんが席を外したのを見計らって
ひっそりコッソリ自分の分だけ。


「会議室でお3時?」

「うん。全員の分ないの。
 けど一人じゃ、ちょっと食べ切れなくて…」

会議室の扉を閉めて
机の上に例の巾着袋を置く。

839 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:38

「何これ?」
「ゆでたまご」

「ゆでたまご?!」

「しかも10個」
「はあ?!10個?!」

うん。やっぱりこれが
普通の反応だよね・・・

「お取り寄せだから、すごくおいしいんだけどね。
 一人分の量じゃないでしょ?」

「お客様にでも頂いたの?」

「――お客様、ではないかな…」

吉澤さんとは言わない方がいいよね…

『梨華ちゃんだけ貰うなんてズルイ』
絶対そう言うに決まってる。

840 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:39

『教育係だからね』
『感謝の印で貰ったの』
とか言って、この場を言い逃れる自信はある。

ただ、問題は彼女だ――


『吉澤さん、私にも頂戴』
なんて柴ちゃんが言おうものなら、
『なんで柴田さんが、たまごのこと知ってるんですか?』ってなって――

そうですか…
石川さんに貰ったんですか…
石川さん、たまご喜んでなかったんだ…
あんなに必死で持ってきたのに…
一生懸命ゆでたのに…
ひどいよ…
あんまりだよ…
アタシを傷つけた罰としてチューを…


ダメよ!
絶対、ダメ!!

841 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:39


「ねぇ梨華ちゃん。
 何一人で、頭ブンブン振ってんの?」

「え?あ、ごめん。
 えっと…、近所の方がね、朝持ってきてくれて…」

「ふ〜ん。
 こんなにたくさん、一人暮らしの梨華ちゃんに?」

…あはは、するどい。

「でしょ?こんなに頂いても
 困っちゃうよね〜」

最近、よく冷や汗をかいている気がする・・・


「でもさぁ、私と梨華ちゃん2人でも多くない?」

そうなんだよね…

けど、人が増えれば増えるほど
何かしら、ボロが出る可能性が増すわけで…

842 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:40

「柴ちゃん実家でしょ。
 良かったら、持って帰ってよ」

「え〜」

「いや、ほんとおいしいから。
 是非ご家族にも食べさせてあげて?ね?」

「まあそんなに美味しいならね〜」

「おいしいよ〜。すっごくおいしい」

いいからお願い!
つべこべ言わずに持って帰って!!

「じゃ、頂こう・・・
 あっ!!」

「な、なに?」

「ゆでたまごなら、吉澤さんにあげようよっ!」

へ?

843 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:40

「吉澤さん、ゆでたまご大好きでしょ?」

「・・・し、柴ちゃん。何で知ってんの?」

「何でって?有名だよ?」
「うそっ!!」

「梨華ちゃん知らないの?
 喫煙所の横で、タバコ休憩してる人達に混じって
 たまご休憩してんの」

「はああ??」

「さっきもしてたよ?」

何か、目に浮かぶ・・・
だからって、よりによって・・・

「煙にまみれて『くんたまみたい』って
 喜んでたよ?」

あの、ばかっ・・・

844 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:41

「ね、だから吉澤さんにあげたら?
 きっと喜ぶよ?」

「ダメっ!!
 それだけは絶対ダメ!
 何が何でもダメぇ!!!」

「・・・り、梨華ちゃん?」

ハッと我に返る。

「あ、いや。だから、あのね・・・?
 ――そ、そう。中を見てみて?」

「中?」

柴ちゃんが、恐る恐る巾着に手をかける。

「げっ。何この悲惨な姿」

「で、でしょ〜
 来るとき、階段で落としちゃって。
 ゴロゴロゴロ〜って・・・」

「ゴロゴロゴロ〜ねぇ・・・
 しかし派手に割れてるねぇ」

「ね?だから、たまご好きなんかにあげたら、
 失礼かなって・・・」

845 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:42

「うちの家族は失礼じゃないんだ?」

うぐっ・・・


「ま、いいよ。
 確かにこの粉々状態はね。
 進んで人にあげられるモノじゃないよね〜」

「・・・ごめん」

「いいって、いいって。
 それだけ私は梨華ちゃんに近しいって訳だ。
 あはは。喜ばしいことだ、うん」

胸がチクリと痛んだ。

846 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:42


「あ、ねぇ。梨華ちゃん」

柴ちゃんが声をひそめて
わたしの横にやってくる。

「突然だけど、あのさ・・・。
 吉澤さんて、恋人いるのかな?」

「え?」

「いやね、私かなり本気なのよ。
 久々のマジモード」

「・・・マジモードって・・・」

「正直、ヤバイくらい好きになりかけてる。
 今日だってね、彼女に会いたくて、無理して外出先から帰ってきちゃった」

はにかむ様に肩をすくめて
言う柴ちゃん。

「ライバル多いのは分かってる。
 でも、彼女に今恋人がいないなら、
 ちょっと頑張ってみちゃおうかな?なんて・・・」

847 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:43

けど、だけどさ――

「吉澤さんは女の子だよ?」

「ヤダ。分かってるよ、そんなこと」

そう言って、柴ちゃんは照れたように頬を染めて続けた。

「止められないの、気持ちが。
 久しぶりなんだ。こんな風に誰かを想うって。
 だから・・・、性別とか関係なく、このまま突っ走ってみようかなって――」


柴ちゃんが
吉澤さんを――


「ね?で、どうなのかな?
 吉澤さん、恋人いるのかな?
 梨華ちゃん知らない?教育係でしょ?
 恋人の気配とか、感じたりしない?」

柴ちゃん、本気だ・・・
ほんとに恋する女の顔してる――

848 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:43


「・・・恋人は、たぶん。
 いないと思う」

「ほんと?!」

腕をつかまれて、輝く目で見つめられる。

「じゃあ、好きな人は?」
「・・・好きな、人?」

「うん。誰かに想いを寄せてたりするのかな?」


  『――石川さん、大好き・・・』

  『石川さんと一緒に行きたいから
   無理する。ダメなこと?』

  『全部、石川さんと一緒がいい!』


違うよ、きっと。
吉澤さんが、わたしに向ける思いはきっと・・・

849 名前:第3章 6 投稿日:2010/10/12(火) 11:44


「――いないんじゃ、ないかな?」

「ほんと?」

小さく一つ頷いた。


「よしっ!だったら、私突っ走っちゃおう!!
 本気で落としちゃうから!」

あ、今夜早速誘っちゃおうかな?
それとも日曜日に映画がいいかな?

う〜ん・・・
ね、梨華ちゃん。

吉澤さんて、どんな映画が好きかな?
最初は何から誘ったらいいかな?
和食、洋食、中華。どれがいいと思う?


矢継ぎ早に、柴ちゃんに質問されたけど
わたしは曖昧に微笑むことしか出来なかった。

どうしてか、心が。
軋むように、鈍く痛んでいたから――

850 名前:リアライズ 投稿日:2010/10/12(火) 11:45


851 名前:リアライズ 投稿日:2010/10/12(火) 11:45


852 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/10/12(火) 11:45

本日は以上です。

853 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/10/12(火) 13:38
柴ちゃんが本気になりましたか…

ちょっとこれから甘さ控えめになりますかね?(笑)

854 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/10/12(火) 14:04
ネタバレするような感想は控えるのがマナーかと思います
855 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/10/13(水) 01:13
アレの使い方が今やっとわかりましたw
856 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/10/20(水) 11:53

>853:名無飼育さん様
 徐々に控えめになると思います。

>854:名無飼育さん様
 ありがとうございます。

>855:名無飼育さん様
 ただし、非常に臭いますのでお気をつけ下さい(笑)


では、本日の更新です。

857 名前:リアライズ 投稿日:2010/10/20(水) 11:53


858 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 11:54

何事もなく、過ぎていく毎日。

だけどほんの少しずつ、わたしの中の
何かが変わっているような気がする・・・


帰りの駅での待ち合わせを、断られないことに
どこかでホッとしている自分。

今日の日曜日も、夕方になっても結局どこにも
お出かけしない彼女に、心の片隅で安堵してる自分がいる・・・

――サイテーだ、わたし。


「石川さ〜ん!
 ・・・あれ?どしたの?元気ないね」

キッチンから出てきた彼女に
目の前で手をフリフリされる。

「そ、そんなことないよ?
 ほら元気もりもり」

彼女の前で、力こぶを作ってみせる。

「ぷよぷよだよ?腕」
「ちょっと、もうっ!アッタマ来た!」

彼女の両頬を引っ張った。

859 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 11:54

「ごへんなはい、ほういいはへん」

涙目になりながら、謝る彼女。


――きっと、わたしは。

こうしてわたしを慕ってくれる彼女を
とられるのがイヤなだけなんだ。

親みたいなもので。
いざ、彼女がわたしの手を離れてしまうと思うと
寂しくて仕方がないんだ。


「いひかわはん?」

大人しく頬をつねられていた彼女が
心配そうに、わたしを窺う。

860 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 11:55

「やっは、けんきないほ?」

彼女の手の平が、
優しくわたしの頬を包んでくれた。

・・・優しく・・・、しないでよ――

彼女の頬をつねる指に、グッと力を入れた。

「・・・うぐっ。いいほ?
 いひかわはんが、ひたいなら」

・・・ばか、涙目のまま言わないでよ。

指の力を抜いて、彼女の頬を撫でた。


「・・・ごめん。痛かったよね?
 何でもないの。ほんとに元気だか――」

グッと引き寄せられて
彼女の胸に抱かれた。

861 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 11:55

「何でもするよ?アタシは。
 石川さんが元気になるなら、何でもする」

胸が、苦しいよ・・・

「石川さんのためだったら、アタシ・・・」


 <ピンポ〜ンッ>

軽やかに、玄関のチャイムが鳴り響いた。


「・・・出なきゃ」
「石川さんの方が大事だよ」

そんな風に言わないで。
心が乱されるの・・・

「・・・出よ?誰か来たよ?」
「いいよ。石川さんが元気になるまで離さない」

ヤダ・・・
ドキドキ、する・・・

862 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 11:56


 <ピンポ〜ンッ>

もう一度、玄関のチャイムが鳴り響く。


「・・・離して。大丈夫だから」

グッと力を入れて、彼女の体を押し戻した。
これ以上、抱きしめられてたらわたし、勘違いしちゃうよ・・・

赤くなった頬を隠すようにして
俯いたまま、インターホンを取った。


「・・・はい。どちら様ですか?」

『お隣の円城寺です〜!』

「え?キミちゃん?!」

後ろで驚いた声をあげて
あっという間に、玄関に駆けていった吉澤さん。

863 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 11:56

何よ、何よ、何よ〜!!

たった今まで、わたしの方が大事って
言ってたクセに〜〜!!

思わずムッと唇を尖らした。


「石川さんもおいでよ〜」

ふんっ。

「隣のキミちゃんが挨拶に来てくれたんだよ〜」

今更、何の挨拶よっ!

「今日で引っ越しちゃうんだよ〜」

…え?うそ
そんなの聞いてないよ?

864 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 11:57

お隣りに住むキミちゃんは
背の高いとっても素敵なお姉様。

エレベーターで、吉澤さんと一緒の時に
何度か会ったことがあるけど、ほんとに気さくな人。

帰国子女だそうで、吉澤さんととっても気が合うみたい。
姿を見かけるといつも吉澤さんからジャレついてる。

ただ挨拶の時に、いつだってキスを交わすのは、
やっぱり見ていて恥ずかしいし、
わたしに求めるのも、いい加減やめて欲しい。

865 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 11:57

玄関に行くと、キミちゃんが
小さく手を振る。

「ほんとに引っ越しちゃうんですか?」

大きく頷くキミちゃん。

「超大金持ちと結婚すんだって〜
 見てよ、石川さん。
 これ引っ越しの挨拶にって、キミちゃんがくれたよ?」

吉澤さんが嬉しそうに差し出したのは
ペアのパジャマ。

866 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 11:58

「2人の夜の生活に役立つステキなアイテムが
 いいかしらって、これでも随分悩んだのよ〜」

「キ、キミちゃん
 夜の生活って…」

「やだ、決まってるじゃない。
 あなた達2人の、セック――」

慌ててキミちゃんの口を塞いだ。

「し、しませんから!」

「何を?」

無邪気な顔で
聞くな、ばか。

867 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 11:58

「ごめん、まだだった?」

小声でキミちゃんが
わたしに囁く。

「まだも何も、
 そういう関係じゃないですからっ!」

「うそ〜」
「うそじゃない!」


小声でやり取りしている間中、パジャマを広げては
「すげぇ!超スケてる」だの
「やべぇ!これ開きすぎじゃね」とか、隣で喜びすぎなのよっ。

868 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 11:59

「わたし、着ないからねっ!」

「え〜っ、なんで?」

「なんでって、なんでって・・・
 何でわたしが、吉澤さんとペアのパジャマ
 着なきゃなんないのよー!!」

あー、ほんと疲れる・・・


「大丈夫。梨華ちゃん
 照れてるだけだから」

んな訳ないでしょっ!
キッとキミちゃんを睨んだ。

「近い将来、ちゃんと
 よっすぃ〜の前で着てくれるはずよ?」

「ほんと?」

だから、無邪気な顔をするな!

869 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 11:59

「着ないったら着ない。
 絶対着ないからね!」

何でわたしが着なきゃなんないのよっ。
そんなの、恋人に着せなさいよ!


「ん〜。仕方ないわね…。
 じゃあよっすぃ〜、恋人出来たら着せてね?」

「うん!わかった」

ムカッ。

何かムカつく・・・
何で素直に了承するわけぇ?


「あら梨華ちゃん。
 何か不服?」

ニヤニヤしたキミちゃんに
顔を覗きこまれる。

「不服なわけないでしょ!」

ドスドス音をさせて
玄関を後にした。

870 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:00

もーヤダっ。ムカムカする。
よくわかんないけど、何かイライラする・・・


…はっ。わたし、まさか――


更年期?!

レオタード着て、リボン回して言ってるじゃない。
『イライラする』って…

やだ、どうしよう――

871 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:00


『じゃあキミちゃん、元気でね?
 下まで送るよ』

『いいの、いいの。
 ダーリンが下で待ってるから』

そんなやり取りが、玄関から聞こえて
そっと顔を覗かせる――


「よっすぃ〜、頑張ってね」
「うん」

「See you again」
「See you」

 <チュッ>

グッと胸が締め付けられた。
何度も見てるのに。

挨拶のキスなんて――

胸苦しさに耐えられなくて
二人に背を向けると、リビングに戻った。

872 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:01


「あーあ、寂しいなぁ。
 キミちゃん行っちゃった・・・
 そうだ!ベランダから見えるかな?」

あっという間にベランダに飛び出すと
「キミちゃ〜んっ!!」なんて
大きな声で階下に向かって叫んで、ブンブン手を振る。


「元気でね〜っ!
 幸せにね〜っ!」


――そう言えばわたし、祝福の言葉もかけてないや…

慌ててベランダに出ると
吉澤さんの隣に並んで、大声で叫んだ。


「キミちゃん、お幸せに〜〜っっ!!」


一瞬、耳を塞いだけど
キミちゃんは嬉しそうに「ありがとう」と言って、
手を振り返してくれた。

873 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:13


「行っちゃったね…」

姿が見えなくなっても
部屋に戻ろうとしない吉澤さんに声をかけた。

「・・・キミちゃん、幸せそうだったな」

「そうだね。
 寂しい?」

首が横に振られた。

「寂しくないよ、アタシは」

柔らかな笑顔が
わたしを見つめた。

「だって、石川さんがいるもん」

石川さんさえいてくれれば
アタシはそれだけでいいから・・・

「だから寂しくなんかないよ?」

辺りは暗いはずなのに、彼女の笑顔を
やけに眩しく感じて、わたしは思わず目をそらした。

874 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:13



「――あれ・・・?」

目線をそらしたわたしの目に飛び込んで来たのは
隣の家に繋がる小さな扉。

「どうかしました?」

わたしの視線を追って
吉澤さんが背後を振り返った。

「あれ、開かないんですよ」

こっちの部屋には、壁に埋め込まれた扉が付いてるんだけど
向こう側は、板が打ち付けられてて何もないんだって。
キミちゃんとベランダ越しに話してて
試してみたけど、開かなかったんだ。

「ほらね?」

吉澤さんが実践してみせてくれた。

875 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:14

隣のお部屋との境にある
小さな扉。

「引くタイプじゃないから
 押してみるんだけど、ピクリとも動かないんだよ」

体重をかけて、扉を押している吉澤さん。


――そっか。向こう側、塞いじゃったんだ・・・

当たり前だよね?
住人が違うんだもの――


876 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:14

ずぅっと昔。
まだ、わたし達家族が隣に住んでいた頃。

中澤さんが作った扉――

  『そっちのベランダ、角部屋だから広くてええよな〜』
  『一人で飲むの寂しいねん。そっち行ってええか?』

そんなやり取りが何度か繰り返されて。

酔った勢いで、
『ベランダに扉作っちゃおう。そしたら中澤さん
 いつでもこっちに来れるよ?』
なんてパパが言い出して・・・

実行力のある中澤さんが
次の日には、もう工事屋さんを呼んでいて
家族みんなで驚いたっけ・・・

877 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:15

「――石川さん?」

心配そうに覗き込む大きな瞳に
微笑みかけた。

「懐かしいなぁ・・・」
「懐かしい?」

「お隣ね。キミちゃんが住んでたお部屋。
 昔、わたし達家族が住んでたの」

「そうなの?!」

驚いて、更に大きくなった瞳。

「中澤さん、この扉通って
 しょっちゅう、うちのベランダに遊びに来てたんだよ?」

「姉さんが?」

大きく頷いた。

878 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:15

角部屋だから、2面にベランダがあるの。
この扉と繋がってる方は、この部屋と変わらない大きさなんだけど
その先がね、下の階の天井部分の一部をベランダにしてるから
すごく広いの。

だから、そこにテーブル置いて
皆で食事したり、中澤さんとパパはお酒飲んだり。

夏はサマーベッドに寝そべって
日焼けしたりしたなぁ・・・


「ちょっと、何よ。
 その目」

「え?別に・・・」

視線が何気なく、わたしの肌に注がれる。

「当時は、これよりもっと
 黒くなりたかったの!」

ったく、自分が白いからって失礼な!
ムッとして、目の前で思いっきり、あっかんべぇしてやった。

879 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:16

クスクスクス・・・

「何よぅ?」

思わず唇が尖る。

「石川さんのそれ」
「それ?」

「あっかんべぇってやつ」

ん?

「すげーかわいいです」

一瞬で顔が真っ赤になった。


「よしっ!石川さん
 ちょっとここで待ってて」

そう言いながら、ベランダの手摺に手をかける。

「ちょ、ちょっと。
 何する気?!」

「ん?向こうの板外してくる気」

何でもないことのように、そう言って
今度は片足を手摺にかけた。

880 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:16

「ちょ、ちょっと危ないよ!」

慌てて吉澤さんの腰をつかんだ。

「だーいじょうぶだって」
「ダメだよ。ここ何階だと思ってるの?
 落ちたら死ぬよ?」

「落ちないってば。
 ココ登って、向こうのベランダに下りて板外せば
 石川さん、思い出の場所に行けるでしょ?」

「だからって・・・」

「信じてよ」

大丈夫だから、アタシを信じて。
必ず連れて行ってあげるから。

「アタシが石川さんを
 ちゃんと連れていってあげます」

真剣な瞳で見つめられて
コクリと頷いた。

881 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:17

ヒラリと身軽に手摺に登ると
向こう側に体を移動する。
同時に体が、空中にはみ出す・・・

ドキドキドキ。
怖いよ、吉澤さん。

――お願い、落ちないで・・・

祈るように、胸の前で手を組んで
吉澤さんの動きを見守っていた。

ヒョイ。

視界から、吉澤さんの姿が消えて
思わず目をつぶる――

882 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:18


「・・・吉澤、さん・・・?」

風の音だけで何も聞こえない。

「ねぇ。吉澤さん・・・?」

ヤダ・・・。うそ、でしょ・・・?

「吉澤さん?!
 お願い!返事してっ。吉澤さん!!」

手摺に駆け寄って、
下を覗いた。


「呼びました?」

真横から、声が聞こえて顔を向ける。
満面の笑みをわたしに返して、下を覗いた。

「これほんと。落ちたらヤバイっすねぇ」

もう、バカ・・・

思わず涙が溢れそうになって
顔を背けた。

――でも、良かった。無事でいてくれて・・・


「さて。お姫様をこちらにお迎えする準備を
 始めますかっ」

明るい声が聞こえて
また吉澤さんの姿が、扉の向こうに消えた。

883 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:20


「結構頑丈に打ちつけてんなぁ・・・
 ね、石川さん。悪いけどアタシの部屋から
 工具箱持ってきてくんない?」

「工具箱?」

「うん。釘抜きつかって
 ドライバーかなんかで剥がせば
 うまく行くかもしんない」

「大丈夫?」

「大丈夫だから、取ってきて?
 部屋入って奥の、机の左下辺りにあるから」

「うん。わかった」

扉越しに会話を交わして
ベランダからお部屋に入る。

884 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:20


考えてみれば、吉澤さんのお部屋
わたし始めて入るんだ・・・

ちょっとドキドキする。

吉澤さんのことだから
きっと綺麗に整頓されてるんだろうけど――


<コンコン>

無人と知りながら、一応ノック。

「失礼しまーす」

小声で声をかけて
ドアを開けた。


――やっぱり。すごく片付いてて綺麗・・・

余計なものはなくて
黒を基調としたお部屋は、どこか落ち着いていて
わたしとは大違い。

885 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:21

お部屋を入って、右手にセミダブルのベッド。
左手には、タンス、本棚、オーディオ、
一番奥に机が、お行儀よく並んでいる。

・・・そっか。

ベッドが壁で遮られてるだけで
わたしと並んでるんだ。

だから、もしもの時は
聞こえるって訳ね?

だけど、中澤さんのそんな心配もどこへやら。
わたしが来てからの、この2ヶ月。
一度も誰も連れ込んだことなんてないよ?

規則正しく、一緒に通って
一緒に帰宅して、一緒に週末を過ごしてる。

中澤さんが思うより、吉澤さんて
すごくしっかりしてますよ?

家事全般もこなすし・・・

中澤さんが帰国したら
ちゃんと褒めてあげよう。

886 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:21

静かなお部屋を進んで
奥の机に向かう。

確か左下って――

「あった!」

ちょっと重いけど
工具箱を引きずりだした。

持ち上げて、視線をあげたところで
机の上の棚に、船の模型が飾ってあるのが
目に飛び込んできた。

そう言えば、吉澤さん
航海学を学んでたんだっけ・・・

近づいて眺めてみる。
大きくはないけど、素敵な形の船。

よくお手入れされていて
ホコリ一つかぶっていない。

887 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:22

「でもこれ。
 よく似てる・・・」

あの船によく似てる。
彼と出会ったあの船・・・

船なんて、みんなよく似てるから
きっと違うんだろうけど、やっぱりよく似てる。

だって、この船の先端――

あの日の記憶が蘇る。
抱きしめられて、何度も甘いキスを交わして・・・

胸がギュウっと痛んだ。

何だか久しぶりの、この胸の痛み。
そう言えばわたし、最近彼のこと思い出してない・・・

あんなに毎日想っていたのに。
想いを募らせていたのに。

ここで、吉澤さんと暮らすうちに
いつの間にか、思い出すことがなくなってた――

888 名前:第4章 1 投稿日:2010/10/20(水) 12:23

ずっと忘れられないって思ってたのに・・・

けれど、思い出してしまえば
苦しいほどの胸の痛み。
思い出すことがなくなっていたわたしを
責めるように、胸の痛みが加速していく。

「会いたい、な・・・
 あなたに」

どこにいますか?
もうわたしなんか忘れてしまった?

それとも、わたしをまだ覚えてくれていますか?
あの日のように、「愛してる」と今でも思ってくれていますか?



『石川さ〜ん、まだ〜』

ベランダから叫ぶ声が聞こえて我に返ると
わたしは慌てて、吉澤さんの部屋をとび出した。

889 名前:リアライズ 投稿日:2010/10/20(水) 12:23


890 名前:リアライズ 投稿日:2010/10/20(水) 12:23


891 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/10/20(水) 12:23

本日は以上です。

892 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/10/20(水) 13:23
いい!いいです!!

次回更新がまたまた楽しみです!!!
893 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/10/21(木) 00:31
続きが気になりすぎりゅ〜!玄米ちゃ様いつも最高の小説ありがとうございます。

894 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/10/22(金) 16:11

>892:名無飼育さん様
 ありがとうございます!
 本日も楽しんで頂けたら嬉しいです。

>893:名無飼育さん様
 こちらこそ嬉しいお言葉ありがとうございます。
 レスを頂けると俄然やる気が出てくるんです。


来週は魂を抜かれてる予感がするので
本日更新したいと思います。
ではどうぞ。

895 名前:リアライズ 投稿日:2010/10/22(金) 16:11

896 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:13

「遅いよ〜」
「ごめん、ごめん」

この部屋のベランダの上がり口のところに
腰掛けて待っていた吉澤さん。

「すぐ見つかったでしょ?」
「あ、うん。見つかったよ」

座っている吉澤さんの横に
工具箱を置いたけど・・・

「ねぇ、吉澤さん。
 向こうからまた、手摺を越えて来たんだよね?」

「そうだよ」

箱の中身を物色して、立ち上がると
ジーパンのポケットに突っ込む。

・・・ったく。

「危ないでしょ!
 何で待ってなかったの?」

突然のわたしの怒鳴り声に
ビクッと身を震わせた。

897 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:14

「だって石川さんが遅いのが悪いんじゃん」
「でも危ない」

「だって待ってんのヤだったんだもん」
「だからってダメ。危険だよ?」

「じゃあ待たせないでよ」
「それは・・・ごめん」

「もう待つのはイヤなんだ」
「え?」

もう?
待つのは?
イヤ・・・?

わたし、待たせたことあったかな?

駅でかな?
会社でかな?

898 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:14

一人で逡巡してると
頬に彼女の手が触れた。

包み込むように、優しくそっと触れてくれる――

「大丈夫。落ちたりしないから」

「・・・だって、心配なの・・・」

やっぱりやめよう?

そう言おうとした、わたしの唇を
彼女の親指が塞いだ。

「待ってて」

真剣な瞳が、そっと近づいてきて
わたしの額にその柔らかな唇が触れた。

ドキドキして、心臓が壊れそうで
思わずギュッと目を閉じる。

899 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:15

「見事成功したら、口でチューしよ?」

ゆっくり目を開けると
いたずらっぽく笑う彼女の笑顔。

「・・・考えとく」

「よっしゃー!
 吉澤ひとみ、頑張ってきます!!」

おどけたようにそう言って
軽やかに手摺に登ると
あっという間に向こう側に消えた。


・・・もう、心臓に悪いよ――

子供みたいだったり
大人びた顔で見つめたり・・・

危ないことしたり
額にキスしたり・・・

彼のことを考える時間もなくなってしまうくらい、
吉澤さん、わたしはあなたに振り回されっぱなしなんだよ?

900 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:15

「カッテぇな、これ」

んしょ、んしょ。
と悪戦苦闘してる声が聞こえる。

「大丈夫?ケガしないでよ?」
「大丈夫。ケガしたら石川さんにチューしてもらう」

何でも、チューに結びつけるんだから。

「ケガした場所にならしてあげる」
「じゃあ口にケガするね?」

お互い、微笑み混じりの声。

姿が見えないまま、会話するのも
何だか楽しいね?

901 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:16

「おっしゃぁ〜!
 これで外れれば・・・」

バリッ。
ドンッ。
ドサッ。

「ちょ、ちょっと。どうしたの?
 大丈夫?!」

「いてて・・・」
「ね、大丈夫なの?!」
「っつう・・・」

「ね?どしたの?
 どこかケガしたの?!」

壁をドンドンと叩く。

「うぅ・・・」
「ね、大丈夫?
 どこケガしたの?」

壁越しに声をかけるわたしの胸の辺りで
小さな扉が開いた。

902 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:16

「いい眺め」

埋め込み式の扉から
腰を曲げて、わたしの胸を凝視しているのはまぎれもなく・・・

「バカッ!ヘンタイっ!スケベッ!!」

思わず手で胸を隠して
彼女に背を向けた。

「いいじゃん。キミちゃんにもらった
 パジャマ着てるならまだしも、服着てんだし」

「目線がヤラしいの!」

「じゃあ見ないから」

ゴソゴソと音がして、彼女が扉をくぐって
こちら側に戻ってきたのが気配でわかった。

「あっちのベランダに行こう?」

腰に腕を回されて
後ろからそっと抱きしめられた。

903 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:17

「・・・ケガ、は?」
「大丈夫。ちょっと尻餅ついただけ」

耳元で囁く声が心地いい。

「ほんと?」
「うん。だから行こう?」

彼女の手が、わたしの手をつかんだ。
そっと引かれて、扉の前に立つと
また優しい声で囁いた。

「足元気をつけて」

そっと背中に手をあてて、わたしを気遣うように言うと
先に扉をくぐった。

「ここ、段になってるから」

向かい側で待つ優しい笑顔。
わたし、また重ねてしまいそう。

彼とあなたを――

だって、あの日の彼と同じように
わたしをエスコートしてくれるんだもの・・・

904 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:17

手を繋いだまま、扉をくぐって
そのまま手を引かれて、目的の場所へ移動する。

大きなベランダに到着する直前、
彼女が振り返って、わたしの背後に回ると
そっと背中を押した。

「ほら、つきましたよ」


うわぁ・・・

思わず声がもれた。


何度も見た夜景。
懐かしい景色。

ゆっくり歩を進める――


905 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:18

「こっち側からだと
 東京タワーが見えるんですね」

そうなの。
東京の夜景がよく見えるでしょ?

この辺りに、テーブルを置いて
こっちにサマーベッドを置いて・・・


楽しい日も、悲しい日も
嬉しくて舞い上がっちゃった日も
落ち込んでどうしようもなかった日も――

――そして、ハワイから帰国した、あの夜も・・・

「ここでこうして、夜景を眺めて
 空を見上げて過ごしてきたの・・・」

だからね?

広いベランダを進んで、手摺に手をかけて
昔のように体を預けて、空を眺めた。

「ここに来れて、すごく嬉しい。
 ほんとにありがとう、吉澤さん」

わたしに倣うように、隣に立って空を眺める彼女に
素直にお礼を言うと、嬉しそうに微笑んでくれた。

906 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:18


「――ねぇ、石川さん」

「何?」

空に向けていた視線を
彼女の横顔に戻す。

ほんとに綺麗だな。吉澤さんて・・・


「・・・お礼、なんだけどね?」

視線を空に向けたまま
遠慮がちに言う彼女。

「チュー?」
「ううん」

予想外の反応に驚いた。

「石川さんの、好きな人の話を聞きたいんだ・・・」

「・・・好きな人の話?」

「うん。前に・・・ほら、姉さんがアタシと暮らすように
 石川さんに頼んだとき、石川さんに言ってたでしょ?
 『あんたには、好きな人がおったな?』って・・・」

907 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:19

「あの時、石川さん彼氏いるんだって思ったのに
 全然そんな気配ないでしょ?だから、片思いしてんのかなぁ?
 って思ってさ・・・」

いや、石川さんはすごく魅力的だよ?
ほんとに。だから絶対、うまく行くよ。
てか、石川さんを振るようなヤツは、人間じゃないって言うか・・・

「とか言いつつ、ほんとは羨ましいんだ。
 石川さんに想われてるヤツが。
 だから、どんな人なのか聞いてみたいなぁ・・・なんて」

一気にそう言ってから、慌てたように、
「話したくないならいいよ?」って付け加えた。

908 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:19

「いいよ」

驚いたように、目をクリクリさせて
彼女がわたしを見る。

実はね?
さっき、吉澤さんの部屋で船の模型を見てから、
わたしずっと、彼のことを考えてたの・・・


「わたしの話、聞いてくれる?」

そう問いかけると、途端に真面目な顔になって
大きく頷いた。


「――片思いじゃないって、思いたいなぁ・・・」

そう言うわたしを、
不思議そうな顔をして見つめる。

909 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:20


彼とはね?
出会ったその日に、恋に落ちたの。

すご〜く、素敵な人でね?

すごくキレイな手をしてて
澄んだ瞳の持ち主で。

温かくて、頼りがいのある腕に抱きしめられて
まるで夢の中にいるみたいだった・・・

『愛してる』
そう言ってくれて、何度もキスを交わしたの。

――でもね、名前も知らないんだ・・・

次の日に会う約束をして
彼のこと、教えてもらう予定だった。

けど、わたしがその約束を
破ってしまったの。

父の会社が倒産してね?
どうしても会いに行けなかった。

だから、その日一日だけの恋。
けど、どうしても忘れられないの。

あの日出会った、彼のことを――

910 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:21

驚いたように見開かれた大きな瞳に
微笑みかけた。

「ビックリしたよね?
 名前も知らない人に恋してるなんて。
 しかも、たった一日だけの恋なんてね?」

軽い女だって思われちゃったかな?
でもわたし、真剣なんだよ?
だって一途にずっと、彼のこと思い続けてるんだもの・・・


「――それって・・・、いつ頃の話ですか・・・?」
「ん?彼と出会ったのが?」

小さく頷く彼女。

「もう8年前なの。
 わたしが高3の時だから、すごい昔でしょ?」

更に見開かれた大きな瞳。

そうだよね。
誰でも驚くよね?

でも、もっと驚くこと教えてあげる。

911 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:21

「彼とはね、ハワイのサンセットクルーズで
 出会ったんだけど・・・」

驚いて固まっている彼女に微笑みかけた。


「なんと、吉澤さんにそっくりなの」

ビックリするくらい似てるんだよ?
肌の色も、顔も。

あ、ごめんね?
男性に似てるなんて、ショックだよね?

でも性格は全然違うよ?

吉澤さんは、見かけはボーイッシュだけど
ほんとは女性らしいし、かわいいし。
彼は、すごく男らしくて、何せ海の男だから。
あの時は華奢だったけど、今は立派な体格になってるかも・・・

「船員さんなんだ、彼。
 どこで何してるのかなぁ・・・」

手摺に置いた自分の手の上に
顎を乗せた。

912 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:22

「この空、彼も見てるといいなぁ・・・
 大きなこの空だけは、どこにいても繋がってると思わない?」

そう言って彼女を見ると
俯いていて、よく表情が見えない。

「ごめんね?ショックだった?
 男性に似てるなんて・・・
 でも、吉澤さんはほんと彼とは全然違うよ?
 背の高さも彼の方が少し大きいし・・・」

こうして隣に立つと分かるの。
やっぱり彼とは違うって――


・・・それから、ね?

これはちゃんと言っておいた方が
いいと思うから――

913 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:23

「わたし、吉澤さんのこと好きだよ?
 でもチューは出来ない。
 彼の温度を忘れたくないんだ・・・」

彼とキスしてから、わたし
他の誰ともキスしてないの。

次に彼に会えた時にね?
彼だって。間違いなくわたしが恋した彼なんだって。
そう思えるように、彼の温度を他の誰のモノとも
塗り変えたくないの。

だから――

「だからごめんね?
 吉澤さんとは、キス出来ない・・・」

914 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:24


「――石川さんは・・・、男らしい彼が好きなんですか?」

「そうだね。優しいところも好き」

「一日だけだったのに?
 彼が男らしいって、優しいって分かるんですか?
 ほんとは女々しいかもしんないよ?
 ほんとの姿は、石川さんが思い描いているのとは違うかもしれないよ?」

「そうだね。そうかもしれない。
 けどわたしは、彼のことが好き。
 彼に再会して、彼に想いを伝えて
 彼と結婚したいとさえ、思ってる」

「――結婚・・・」

「おかしい?好きなんだもの、仕方ないじゃない。
 ずっとずっと好きなんだもん・・・」

吉澤さんなら、分かってくれる気がしていたのに・・・

915 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:24



「――ごめん・・・」

苦しげにそう言う声が聞こえて
肩を抱かれた。

「ごめんなさい・・・
 石川さんの気持ち、よく分かったよ・・・」

けどね?
最後にもう一度だけ、いい?

そう言って、彼女はわたしの頬に手を添えた。


「アタシ、その彼に似てるんでしょ?
 ・・・キス、したら。アタシとキスしてみたら
 石川さんの何かが、変わるかも、しんないよ・・・?」

唇を、親指で撫でられる。

ヤダ、似てる・・・
その表情が・・・

 <I Love You>

彼の囁く声が、聞こえるような気さえする・・・

916 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:25

ゆっくり端正な顔が近づいてきて
ますます、わたしの頭が麻痺する。

・・・好き、なの。
ずっとずっと、あなただけ――


唇が触れ合う直前で
顔を背けた。


――怖かった、彼女と口づけることが。

わたしの中にある何かが変わってしまうのが、
とてつもなく怖かった・・・

震え出したわたしの体を、彼女は温かく
その腕に包み込んでくれて、
「怖がらせてごめん」耳元でそう囁いた。

917 名前:第4章 2 投稿日:2010/10/22(金) 16:25


「・・・アタシ、もうキスして欲しいって
 言わないから」

石川さんの気持ち、よく分かった。
だから、もう二度と言わないよ。

「だから、安心して・・・
 怖がらないで・・・」

彼女の腕の中で頷くと
彼女はそっと、わたしから体を離した。


「――アタシに・・・、似てるならさ」

優しく微笑んだ彼女。

「見てるよ、きっと。
 その人もこの空を」

そう言って、空を見上げた彼女につられて
わたしも空を見上げる。

「アタシに似てるなら・・・
 そいつもきっと、石川さんのこと想い続けてるって」

おどけた口調でそう言ったけど
彼女が始めて見せた表情に。

――どこか、憂いを含むその表情に。

わたしの胸がギュッと痛んだ。

918 名前:リアライズ 投稿日:2010/10/22(金) 16:26

919 名前:リアライズ 投稿日:2010/10/22(金) 16:26

920 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/10/22(金) 16:28

本日は以上です。

お待ちの方、お待たせしました(笑)
やっと作者の本領発揮の時がやってきたようです。

921 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/10/22(金) 16:55
玄米ちゃ様の本領発揮じゃーーーーー!!!

どうなるんじゃーーーー!!!

来週は魂を抜かれてるって事は…いしよしNightですか?
私は地方なので行けませんが…
楽しんできてください!!
更新は首を長くして待ってます(笑)
922 名前:名無し留学生 投稿日:2010/10/22(金) 17:52
あぁ!
ついにキター。この痛々しい進展だ。

玄米ちゃ様はいしよしナイトに行きますか?
いいな、地方人超裏山スィ〜

続き期待します。
923 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/10/22(金) 20:06
うるうるしながら読みました。
玄米ちゃワールド楽しみに待ってます
924 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/10/23(土) 00:53
切ないよ~泣きそうだよ〜
次の更新はいしよしナイトの後かな?

925 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/11/04(木) 15:17

>921:名無飼育さん様
 さて、どうなりますことやら(笑)

>922:名無し留学生様
 ええ、ついに来ました。

>923:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 作者の悪趣味を楽しみにして頂けるとは、ありがたい限りです。

>924:名無飼育さん様
 本日は更に切なくなります。


いや〜、もうリアルのお2人が、どうしようもなく灼熱すぎて
魂抜かれるどころか、粉々に壊れ、灰になりました・・・
こんな妄想小説なんか、もうどうでもいいじゃねぇか!
とちゃぶ台をひっくり返したい気分でいっぱいですが
壊れついでに2話分更新します。

てやんでぇ、やけくそでぃ!!
な本日の更新です。

926 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/04(木) 15:18


927 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:19

「梨華ちゃん、ちょっといい?」

朝出社して、席に着くなり
柴ちゃんに呼ばれて、廊下に出る。


「・・・どうしたの?柴ちゃん」

何だか様子が変。
わたしに背中を向けたままで
何も言おうとしない。

「ね?何かあったの?」

そっと肩に手を置くと
体がビクッと震えた。

「・・・柴、ちゃん?」

「――今夜、空けて」
「え?」

「いいから、今夜スケジュール空けて。
 私に付き合って」

「どうしたのよ、急に・・・」

928 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:20

「約束だよ」

そう言って顔を上げた柴ちゃんの瞳が
潤んでいて――

「ね?どうしたの?
 何があったの?」

柴ちゃんの両腕をつかんで
問いつめると、彼女は顔を背けて
もう一度言った。

「とにかく今夜、私に付き合って」

――その時に話すから・・・


わたしの手を静かに外すと
柴ちゃんはフロアに戻っていった。

929 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:20

どうしたんだろう・・・
何があったんだろう・・・

不安な気持ちを抱えたまま
席に戻ると、心配そうな瞳で
吉澤さんがわたしを窺う。

一度だけ微笑むと
密かに吉澤さんにメールを送る――


  [柴ちゃんが元気ないみたいで。
   今夜は彼女に付き合ってあげたいから、遅くなると思う。
   ごめんね、お夕飯一人で食べて?]

隣でゴソゴソと動く気配がして
すぐに携帯が震えた。

  [アタシはいいよ。気にしないで。
   でもあんまり遅くなるなら電話して?
   駅まで迎えに行くから]

メールを読んで、隣を見ると
『ありがとう』その思いを込めて、小さく微笑んだ。

930 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:20



931 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:21

柴ちゃんと連れ立って会社を出ると
そのまま、イタリアンのお店に行った。

最初から、ワインをボトルで頼んだ柴ちゃんは
驚くほどの早さで、どんどんそのボトルをあけて行く――


「柴ちゃん、ちょっと
 ペース早過ぎない?」

「飲まなきゃやってらんないの〜
 次のボトル下さ〜い!」

「ちょっと柴ちゃんっ!」

わたしの注意なんか、全く聞きもせず
早くも2本目を注文する。

はあ〜〜
大丈夫かなぁ・・・
相当辛いことがあったのかなぁ?

今夜は帰れないかも・・・
吉澤さんにメールしといた方がいいかなぁ・・・

932 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:22

「コラ!今、誰のこと考えてた?」
「誰って?柴ちゃん大丈夫かなって・・・」

「うそつけぇっ!!」

目のすわった酔っ払いに
ギロリと睨まれる。

「誰のことを考えてた?ん?」
「誰って・・・、やだ柴ちゃん。
 ほんとどうしたの?大丈夫?」

「だ〜いじょうぶ・・・な訳ないだろ〜!!
 よって、今夜は帰さない!
 いや帰ろう、一緒に」

「何言ってるかわかんないよ・・・」
「いいから、梨華ちゃんも飲め〜〜!!」

小さくため息をつく。

やっぱり今夜は帰れないかな?
朝までコースだろうな、きっと・・・
ま、明日は土曜日だし、とことん付き合うか!
後でこっそり、吉澤さんにメール送っておこう。

「分かった!飲もう、柴ちゃんっ!」

潔く観念して、わたしは一気にグラスを飲み干した。

933 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:23


「ね?柴ちゃん。飲みすぎだよ?
 大丈夫?」

さっきのお店では、結局ボトル3本を空けて
2軒目に突入――

このままじゃ、飲み潰れちゃうだけだよ?
何がそんなに、柴ちゃんを苦しめてるの?
そんなになるまで話せないことって、何?

「柴ちゃん、そろそろ何があったか教えて?
 わたしで力になれることなら、何でもするよ?」

だって、わたしが辛いとき
柴ちゃんは何度も手を差し伸べてくれたもの。


「――本気で、言ってる?」
「当たり前でしょ!」

「・・・ほんと、だよね?」
「決まってるじゃない」

934 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:23

「ほんとに何でもする?
 力になってくれる?」

柴ちゃんが、酔ったうつろな目で
わたしを見つめる。

「いい加減にしないと怒るよ?」

「――ほんとに・・・いいんだね?」
「くどい」

ふぅ〜
柴ちゃんが一つ息を吐いた。

「じゃあ言うよ?
 今夜、梨華ちゃん家に泊めて」

・・・え?

「私、吉澤さんに会いたい。
 一緒に暮らしてるんでしょ?」

――どう、して・・・、それを・・・?

935 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:24


「――やっぱりそうだったか・・・
 たまごも同じもの持ってたし、何度誘っても吉澤さん
 家に早く帰らなきゃだからって断るし、ずっと変だとは思ってたんだ・・・」

決定的なのは朝。
見たんだよね、私。
2人が一緒に電車に乗ってるとこ――

最初は偶然だって思ったの。
たまたま朝会って、一緒に来てるんだって・・・

でも違った。
偶然が3日続いておかしいって思った。

だから今朝ね――

「吉澤さんの家の最寄り駅まで行って、
 ずっと2人を見てた・・・」

――うそ、でしょ・・・

「ほんと参っちゃったな。
 吉澤さん、まるで梨華ちゃんをかばう様に
 電車に乗ってるんだもの・・・」

936 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:24

電車通勤を始めたあの日が嘘のように
彼女は・・・、吉澤さんはあっという間に
満員電車での身のこなし方を習得して。

最近では、わたしをドアの前に立たせて
まるで自分の腕の中に閉じ込めるように、周りの重みからかばってくれて・・・

わたしは、毎朝ドキドキして
顔をあげることも出来なくて――


以前ならきっと警戒してた。
誰かに見られたらって・・・

でも今は――

あの腕の中が、何よりも
居心地がよくて――

937 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:25

「・・・付き合ってたの?」

え?

「吉澤さんと・・・」

ちがっ。

「私が吉澤さんを好きなのを知ってて
 心の中で笑ってたの?」

「違う!絶対違うよ!」

「じゃあ、どうして?!」

そう叫んだ柴ちゃんの目には
涙が滲んでいて・・・

どうしようもなく胸が痛んだ。

938 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:25


「――お目付け役を、頼まれたんだ・・・」

「お目付け役?」
「うん・・・」

中澤社長にね。
吉澤さんに悪い虫がつかないように
一緒に暮らして見張ってくれって・・・

ほら、わたしには好きな人がいるでしょ?
石川なら安心だからって・・・

「だから・・・」
「だから?」

「だから・・・、付き合うとか
 そういうんじゃなくて――」

吉澤さんとは、全然そういうんじゃなくて――

「ただ同居してるだけだって、
 見張ってるだけだって言うの?」

コクリと頷いた。
だって、それ以上の関係なんて――

939 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:26

「じゃあ、どうして一緒に暮らしてること
 内緒にしてたの?」

「それは――」

それは・・・ね?
皆に知られたら――

「皆に知らせた方が、迂闊に近寄れないじゃない。
 梨華ちゃんの目が光ってるって知ったら
 かえって皆をけん制できるじゃない。
 なのにどうして?」

「それは・・・
 皆の目が怖いと思ったからだよ。
 わたしだけが、彼女を独り占めしてるなんて知れたらって・・・」

「ほんと?ほんとにそう?
 ほんとはさ・・・」

940 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:26

「梨華ちゃん、自分が吉澤さんを
 ひとりじめしたかったんじゃないの?」

――わたし、が・・・?

わたしが、彼女を・・・?
そんなこと――

  『こんな姿を独り占めしてるなんて
   柴ちゃんが知ったら…』

あの時、心のどこかでわたしは喜んでた?
優越感があった?

誰も知らない吉澤さんの姿を
わたしは・・・、わたしだけが見られるんだって――

941 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:27

「・・・ごめん、梨華ちゃん。
 言い過ぎた・・・」

わたしほんとは――
どこかで――

「でも、2人のあんな姿見せられたらさ・・・」

違うよ、違う。
絶対そんなこと思ってないよ。
だって彼女は女性じゃない・・・

「まるで恋人同士だった。
 少なくとも私にはそう見えた・・・」

もし・・・、もしも――
柴ちゃんの言うように見えていたのなら・・・

それは――


――わたしが、彼女を彼に重ねているからだ・・・


942 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:28

「――吉澤さん、ね・・・
 彼に似てるの・・・」

「彼・・・?
 ・・・彼って、もしかして――」

絶句してしまった柴ちゃんの目を見て頷いた。


「吉澤さん、すごく似てるの。
 わたしが想い続けている彼にそっくりなの・・・」

最初会社で見たとき、ほんとに驚いた。

金髪じゃないし。
制服も着ていないし。
帽子も被っていないけど・・・

でも、ほんとによく似ていて。

真っ白な肌が。
その大きな瞳が。
ハリウッドの俳優が負けてしまうほどの、端正な顔立ちが
どれもあの日の彼とそっくりで――

943 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:29

「時々、重ねてしまうの。
 吉澤さんと彼を・・・」

「梨華ちゃん・・・」

「だから、ね。
 もし柴ちゃんの目に、恋人のように映ったのなら・・・」

それは――

「わたしが・・・、彼に重ねてしまっているからだと思う・・・」


「――そのこと・・・
 その彼に吉澤さんが似てるってこと。
 吉澤さんは知ってるの?」

コクリと頷いた。

「・・・吉澤さんは何て?」

944 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:30

「彼女は――」

  『アタシ、その彼に似てるんでしょ?
   ・・・キス、したら。アタシとキスしてみたら
   石川さんの何かが、変わるかも、しんないよ・・・?』


「吉澤さんは・・・」

  『・・・アタシ、もうキスして欲しいって
   言わないから』

  『――アタシに・・・、似てるならさ』

  『見てるよ、きっと。
   その人もこの空を』


「――彼もきっと、わたしのこと想い続けてるって
 励ましてくれた・・・」

どこか、憂いを含む
彼女の横顔が浮かんだ。

945 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:30

「そっか・・・
 じゃあ、梨華ちゃん。私いいんだね?
 本気で吉澤さんにアタックしても」

柴ちゃんに見据えられた。

「もちろんだよ。
 だって彼女は、彼じゃないもの・・・」

そう。彼女は彼じゃない。
わたしは彼をずっと想ってるんだもの。

それは、今でも――

・・・これからもずっと変わらない。


「梨華ちゃんは、吉澤さんのこと
 好きではないんだよね?」

「後輩としては好きよ。
 けど――」

「けど?」

「・・・恋愛対象では、ない」

ハッキリ口にしたのに、なぜか
心の中を空しい風が吹き抜けて、胸がギュッと痛んだ。

946 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:31

はあ〜〜〜

柴ちゃんが大きく息を吐き出した。

「良かった・・・
 今朝からずっと真っ暗闇にいるみたいだったよ・・・」

まさか親友が・・・とか。
梨華ちゃんと吉澤さんが
毎晩抱き合ったり、キスしたり・・・なんて考えたらさ。

「苦しくて苦しくて
 ほんと今日一日で、おかしくなっちゃいそうだった・・・」

そう言って微笑んだ柴ちゃんの顔を
まともに見ることが出来なかった。

947 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:31


「ぎゃあ!大変っ!!」

柴ちゃんが大声で叫ぶ。

「・・・終電、行っちゃった」
「気付いてなかったの?」

大きく頷く柴ちゃん。

「やっぱ梨華ちゃん家、泊めて」
「え?でも・・・」

「いいでしょ?会いたい、私。
 吉澤さんに」

「けど、吉澤さんには『帰らない』って
 メールしちゃったし・・・」

948 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:32

「じゃあ、『帰る』って送ってよ」

もうバレちゃったんだからいいでしょ別に?
私、吉澤さんが家でどんな風なのか見てみたい。

「応援してくれるでしょ?
 親友の恋」

期待に膨らむ柴ちゃんの目――


どこかでわたしは
柴ちゃんに申し訳なく思っていたのかもしれない。

唇を合わせたことはないけど
毎晩彼女の頬にキスしてるし、
抱きしめられたことだって・・・


「わかった。
 メール送ってみる・・・」

「ヤッター!!」

上機嫌ではしゃぐ柴ちゃんを見ながら
『わたしは親友の恋を応援しなきゃ』
何度もそう自分自身に言い聞かせていた――

949 名前:第5章 1 投稿日:2010/11/04(木) 15:32





950 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:33


「ただいま〜」
「お邪魔しま〜す」

明かりのついていないリビング。

「あれ?もう寝ちゃったかな?」

そう言いながら電気をつけた。


「え〜っ!つまんな〜い!!」

ソファに体ごと投げ出した柴ちゃんが
足をバタバタさせて騒ぎ出す。

「何で吉澤さん寝ちゃうのよ〜
 梨華ちゃん、ちゃんとメール送った?」

「シー!もう夜中なんだよ!」

唇に人差し指をあてて
柴ちゃんをたしなめる。

「ちゃんと送ったよ?
 返事がないから、留守電にも入れといたし。
 一人連れて帰るけどゴメンネって」

そう言いながら、吉澤さんの部屋の前に行く。

「もう寝てたのかもよ?
 遅い時間だったし・・・」

951 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:34

「吉澤さんの部屋なの?ココ」

目をキラキラさせてる柴ちゃん。


 <コンコン>

小さくノックしてみたけど
返事はない。

う〜ん。
やっぱ寝ちゃってるのかなぁ・・・

明日の朝を楽しみにしなよ。
そう柴ちゃんに言おうとして、
キッチンカウンターの上に、カップが置いてあるのが目に入った。

「あれ・・・?」

つかつかと歩いて、そこまで行く。

952 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:34

飲みかけのカップが一つ・・・

「吉澤さん、出かけてるのかも・・・」

だって彼女、寝る前には必ず
食器を全部片付けるもの。

「コンビニに買い物とか
 ちょっと出てるだけだと思う」

帰ってこないつもりなら、長時間お出かけしてるなら、
こんな所にカップを置いたままになんか絶対しない。

「柴ちゃんが来るから
 あわてて何か買いに行ってくれたのかな?」

彼女ならやりそう。
お客さんが来るなら、何かおもてなししなきゃって・・・

――ほんと、気ぃ遣いなんだから。

思わず笑みがこぼれた。

953 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:35

「・・・おもてなしは、違うと思う」

え?

柴ちゃんが、テーブルの上の
何かを指差した。

「これ、吉澤さんの携帯じゃない?」
「うん。そうだよ」

「留守録1件、未読メール1件って
 サブディスプレイに表示されてる」

――梨華ちゃんが送った分じゃないのかな?

もしかしてじゃあ、知らないの?
柴ちゃんがココに来るって・・・


 <ガチャリ>

玄関が開く音がして
柴ちゃんと顔を見合わせた。

954 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:35


『おおっ!石川さん帰ってたの〜?』

はずんだ声が聞こえた。

『今日帰らないって言うから
 寂しくてビデオ借りに行ったんだぁ。
 で、ついでにアタシ――』

リビングに入ってきた吉澤さんの顔から、
一瞬で笑顔が消えた。

「こ、こんばんは。
 お邪魔してます」

柴ちゃんが頭を下げた。


「――どういう、こと…?」

眉を寄せて、喉の奥から
押し出すように発っせられた冷たい声。

955 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:36

「…あ、あの。私終電が無くなっちゃって
 ここならお店から近いから、タクシーですぐだし、
 梨華ちゃんに泊めてってお願いして…」

話しているのは、柴ちゃんなのに
彼女はわたしを見据えたままで――

「突然ごめんね?
 でもさっき梨華ちゃんから
 吉澤さんの携帯に連絡入れてもら――」

「アタシは!」

はじめて聞く怒鳴り声に
体が震えた。

「――石川さんに聞いてるんだ…」

冷たい眼差しと声に
身動きさえ出来ない…

「説明してよ、石川さん」

謝りたいのに
うまく言葉が出て来ない――

956 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:36


「はあ〜〜〜
 もういい、わかった」

それだけ言うと、吉澤さんは
ビデオ屋さんの袋を放り投げて
テーブルに置かれたままの携帯を掴んだ。

「持って出るの、忘れたんだ。
 まさか約束破られるなんて、思いもしなかったから」

――約束…

そうだ、わたし…
彼女とゆびきりしたんだ――


  『いい?一緒に暮らしてること
   絶対誰にも言わないこと』
  『破ったら、絶対許さないからね?』
  『ゆ〜びきりげんまん
   うっそついたら、針千本飲〜ます
   ゆび切った! 』

957 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:37

「吉澤さん、ごめんね?
 私が梨華ちゃんに無理矢理お願いしたの。
 ほんとにごめんなさい!」

自分の部屋に向かおうとした吉澤さんの背中に
柴ちゃんが懸命に訴える。

「泊まるのダメなら、私今から帰るから!
 だから吉澤さん――」

「いいよ、別に。
 柴田さん、電車ないんでしょ?」

「吉澤さん…」

「よくわかったから
 好きにしていいよ」

そう言って吉澤さんは
わたしの方に振り向くと


「石川さんにとっては、
 アタシとの約束は
 簡単に破れるもんだったんだね」


吐き捨てるようにそう言って、
自分の部屋に行ってしまった。

958 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:38

――どうしよう、わたし…

わたし全然わかってなかった。
彼女との約束の重みを――

彼女は一度だって破らなかった。
あれだけ中澤さんが心配してたのに、ただの一度も。

それなのにわたしは――

わたしはいつの間にか簡単に考えていたのかもしれない。
彼女なら何でも許してくれる。
そんな風に考えていたのかもしれない。

だから…
彼女の気持ちも考えず簡単に破ってしまったんだ…


「梨華ちゃん…」

柴ちゃんが泣きそうな顔で
わたしを見る。

「柴ちゃんが悪い訳じゃないよ…」

「でも…
 私、帰った方がいいよね?」

柴ちゃんが自分の鞄を掴んだ。

ごめん…
柴ちゃん…

959 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:38

「――吉澤さん、許してくれるかな…?」

柴ちゃんが不安げにつぶやいた。

「柴ちゃんに怒ってる訳じゃないよ。
 わたしが約束破ったから・・・」

「けど私が来たいって言わなければ…」

 <バタン>

吉澤さんの部屋のドアが開いた。


「電車ないんでしょ?
 泊まればいいじゃん」

お部屋から出て来た吉澤さんが
柴ちゃんの手から鞄を奪う。

「アタシはビデオ見るから」

柴ちゃんの鞄をソファーに置いて、
代わりにさっきテーブルに放り投げた
ビデオ屋さんの袋を手に取った。

「さっきはちょっとビックリしただけです。
 歓迎しますよ、柴田さん」

そう言ってニッコリ微笑んだけど
いつもの吉澤さんの笑顔じゃない…

960 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:39

「――いいの?私ここにいて…」

戸惑いながら、柴ちゃんが尋ねる。

「朝ご飯も食べて行って下さい。
 毎日アタシ作ってるんで。
 あっちの人、そういうの全然ダメだから」

――あっちの、人…?

あっちの人って何…?
そんな言い方、一度もされたことない…

「あ、冷蔵庫何入ってたかな?
 せっかくだから、いいもの作ってあげたいし…」

そう言いながら、キッチンへと
移動してくる。

「柴田さん、嫌いなものとかあります?」
「ううん、特にないよ」

「何作ろうかな?
 酒飲んだ後なら、あっさりした方がいいよな・・・」

彼女はそう呟きながら

――わたしの横を、素通りした。

961 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:40

怒ってる…
絶対まだ怒ってる――

だって吉澤さんは
わたしと目を合わせない。

わたしの横を通る時も
いつもと空気が違った。

彼女から感じる空気は
いつだって温かかったのに

今はまるで、氷のように冷たくて――



「ま、テキトーに作りますか」

軽く冷蔵庫の中を確認して
柴ちゃんにだけ「おやすみなさい」
そう微笑みかけて。

毎晩の日課のドライヤーも
おやすみの頬のキスもしないまま
彼女は自分の部屋に帰って行った――

962 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:40


一緒にベッドに入ると柴ちゃんは
あっという間に眠りに落ちた。

かなりの量のアルコールと
吉澤さんと和解出来た安心感が
彼女をそうさせたのだと思う。

けれどわたしは――

さっきの吉澤さんの姿がチラついて
一向に眠れない。

はじめて聞く冷たい声・・・
はじめて見た冷たい眼差し・・・

はじめて感じた冷たい温度――

963 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:41

――謝りたい、きちんと。

自分から押し付けた約束を破ってしまったことを。
彼女を酷く傷つけたことを・・・


 <ガタンッ>

壁の向こうから、何かが落ちるような
物音がした。

・・・もしかして、まだ起きてるの?

ジッとして耳を澄ます――


静かな柴ちゃんの寝息に混じって
かすかに聞こえる物音・・・

――起きてるんだ、吉澤さん。


出来ることなら、朝を迎える前に
彼女に謝りたい。

さっきは言えなかった言葉を。
『ごめんなさい』って。

――心から謝りたい。

964 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:42

隣の柴ちゃんを起こさないように
そっと起き上がる。

音をさせないようにそろそろと歩いて
自分の部屋を出ると、吉澤さんの部屋の前に立った。

静かに大きく深呼吸して
遠慮がちに、彼女の部屋の扉をノックした。

 <コンコン>

静寂の中で、やけに響く硬い音――

そのまま、ジッと待ったけど
部屋の中からは何の物音もしない。

さっきの物音は気のせいだったんだろうか・・・
こんな時間だもの。やっぱり寝てるよね・・・

そう思って、自分の部屋に引き返そうと
扉に背を向けたところで、
<ギィ>と小さく音がして、扉が開いた。

「・・・入れば?」

小さく開けられた扉の向こうで
彼女が言った。

965 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:42


『遅くにごめんなさい』
『さっき物音が聞こえたから、もしかして起きてるかなって』
『どうしても今夜中に謝りたかったの――』

色んな言葉が、わたしの中に渦巻くけど
デスクの明かりだけを背に、わたしの前に立つ
彼女の表情が分からなくて、取り巻く空気が冷たくて
どうしようもなく不安になる・・・


「とりあえず、中に入ったら?」

そう言われて、部屋の中に入って
扉を背にして彼女と向き合った。

「何?」

不機嫌そうな声が
わたしの不安を更に煽る――


はあ〜〜

大きくため息をついた彼女が
わたしから離れ、ベッドに腰掛ける。

その姿を目で追うと
自然とデスクの上に飾られた船の模型が目に入った。

966 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:43

「気になる?」
「え?」

「あれ」

彼女が顎で模型を示す。

気にならないと言えば、嘘になる。
あれを見ると、彼を思い出すから――


「じいちゃんが乗ってる船の模型だよ」
「・・・おじい様の?」

視線を合わせたまま
彼女は何かを言いたそうに口を開けたけど
そのまま小さくため息をついて「何か用?」と言った。

967 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:43


「――約束破ってごめんなさい」

深々と頭を下げた。

「ほんとにごめんなさい。
 わたしからお願いした約束なのに・・・」

一緒に暮らしてること、柴ちゃんに気付かれちゃったの。
朝電車で一緒に通ってるのを見られちゃったみたいで・・・

「どうしても、隠せなくて――」

彼女が立ち上がって
近づいてくる気配がした。

「・・・ほんとにごめんなさい」

更に深く頭を下げた。



「――約束・・・、破ったらさ・・・」

次第に声が近づいてきて、彼女の足が見えて
顔を上げた。

968 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:44

「針千本、飲ましていいんだっけ・・・?」

再び明かりを背にした彼女の表情が見えなくて、
わたしの心に不安がよぎる。

「でも針なんて、そんなにないし
 そんなことしたら石川さん死んじゃうから・・・」

両耳の横で壁に手をついて
わたしを腕の中に閉じ込めた。


「――アタシとキスしよ」

息がかかるほど近くで囁かれる・・・

「針なんて飲まなくていいから。
 代わりにキスさせてよ・・・」

激しく心臓が脈打って
呼吸が苦しい・・・

「前にも言ったよね?
 アタシとキスしたら、石川さんの何かが変わるかもしんないって・・・」

彼女の指がわたしの顎に触れ
グイッと顔を持ち上げられる。

969 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:45


「――だから・・・、キス、しよう・・・」

ギュッと目を閉じた。


キツク閉じたまぶたに暗闇が訪れて
彼女が更に近づいたのを感じる・・・

――キス、される・・・

このままじゃ、わたし。
彼女とキスしちゃう――

そう思ったら、急激に恐怖が込み上げて来て
顔を背けてしまった。


「――参ったな・・・」

傷ついた彼女の弱弱しい声。

「・・・ごめんなさい、わたし――」

やっぱり怖い。
8年間守り続けたものが
あっさり崩れてしまいそうで。

わたしの中の何かが
本当に大きく変わってしまいそうで――


970 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:45


「――石川さんは・・・、何も分かってない」

驚いて見上げた彼女の瞳には
涙が浮かんでいた。

「・・・何も、分かってないよ――」

もう一度呟いた彼女の目から
涙が一筋、零れ落ちた。


「・・・吉澤、さん?」

「――怒ってないから・・・」

そう言ってわたしに背を向けると
彼女は言った。

「もう怒ってないから
 自分の部屋に帰って・・・」

971 名前:第5章 2 投稿日:2010/11/04(木) 15:46

「アタシのことは気にしないでいいから。
 もうほんとに怒ってないから」

――頼むから、この部屋から出て行って・・・


肩を震わせながら、言葉を吐き出す彼女に
何も言えなくて、もう一度謝ると彼女の部屋を出た。

 <バタン>

扉が閉まると同時に
わたしの目からも涙が溢れて
彼女の部屋の前でうずくまった。

――ごめんなさい、吉澤さん。

ほんとに、ごめんなさい・・・


胸が痛くて苦しくて
自分ではどうにもならなくて・・・

朝の光りが差し込んでも、
どうしても涙が止まらなくて・・・

リビングで一人、
声を殺して泣き続けた――

972 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/04(木) 15:47


973 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/04(木) 15:47


974 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/11/04(木) 15:47

本日は以上です。

975 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/04(木) 16:19
こうなっちゃいますか…

次回こそは!!!w
976 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/05(金) 01:25
うあああああぁぁぁぁ!!!!!玄米ちゃスパイス辛すぎですぅぅぅ!!!!!
977 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/05(金) 01:25
うあああああぁぁぁぁ!!!!!玄米ちゃスパイス辛すぎですぅぅぅ!!!!!
978 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/05(金) 01:54
二重カキコすんません!
979 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/11/10(水) 11:14

>975:名無飼育さん様
 本日も残念ながら、変わらぬ仕様の更新になります。

>976:名無飼育さん様
 本日は更に1.5倍くらいの辛さになるでしょう。


またもや中途半端のまま、スレ移動させて頂きます。
毎度毎度、本当にすみません!

幻板に新スレを立てさせて頂きました。
続きはそちらにて。

980 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/10(水) 11:45
痛いっ痛すぎてうれしいw
新スレついて行きます

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