Berryz Quest Vol.2
1 名前:びーろぐ 投稿日:2009/12/16(水) 06:03
berryzによる剣と魔法のファンタジー、第弐集です。
タイトルにQuestとありますが、今のところなにひとつ探求してません。

一話完結の形を取っていますが、ネタバレしたりする可能性があるので
ちょっと読んで面白いと思ったら、前スレから読んでやってください。

とりあえず冒頭の八話は、なるべくネタバレしない方向で行きます。

Berryz Quest 壱話〜七話
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/dream/1188559496/
2 名前:びーろぐ 投稿日:2009/12/16(水) 06:04
今作品における「魔法の杖」とは、いわゆる「スタッフ」という奴で
ロード・オブ・ザ・リングでガンダルフが持っていたアレです。
今回、冒頭に登場する「短い杖」は、「ワンド」といわれる物で
ハリーポッターシリーズに出てくる、指揮棒みたいな奴を想像してください。
3 名前:第八話 投稿日:2009/12/16(水) 06:07
サキとミヤビが興味深く見つめる中、モモコは短い杖をカウンターに置いた。

「なにそれ?」

ミヤビが尋ねる。モモコは「まあ見てて」と微笑んだ。
杖を手に取り、無言のまま一振りする。

すると先端から紅い炎が現れた。
滑るように宙を漂い、窓に当たってふわりと消えた。

炎を目で追っていたサキとミヤビが、モモコに顔を振り向ける。
モモコは杖の先端を握り、不思議そうに見つめる
ふたりの目の前に、持ち手を差し出した。

「ほら見て、杖にはなんにも印が刻んでないの。
 しかも呪文も唱えてないのに、炎が出るんだよ。
 凄いね〜」

どや顔で説明するモモコだったが
ふたりがまったく反応しないため、唇を尖らせた。

「ねぇ、もっと驚いてよ!」
「えっ、どうなってんの?」

ようやくミヤビが喰いついた。モモコの顔に、笑みが広がる。
説明を続けようと口を開いたが、サキが杖を指差し声をあげた。

「これ、知ってるよ。霊力の高い聖樹から創るんだよ」

通常、杖の霊力は、使う者の魔力を増幅させる効力がある。
だがこの杖は、霊力そのものを放出して魔術に変換する。

だから対応する魔術、例えばサラマンダーが宿る聖樹なら炎
ウンディーニが宿る聖樹なら水の魔術が、呪文を唱えなくとも使えるのだ。
4 名前:第八話 投稿日:2009/12/16(水) 06:09
「へー、凄いね。それって高いの?」
「う〜ん、そうでもないかな」

霊力を放出するのだから、そのうち使い切ってしまう。
そうなると魔法の杖として役に立たない。
ようは使い捨てなので、それほど高価なものではないと、サキは答えた。

「チィが全力でこれ振ったら、たぶん十回くらいで終わっちゃうよ」

だよねと言ってサキがモモコを見ると
なぜか不機嫌な顔で腕組みをしていた。

「どうしたの?」
「ねぇ、なんでキャップが全部言っちゃうの」

モモが説明しようと思ったのに、と唇を尖らせる。
「ゴメン、ゴメン」と早口でサキは応えた。

「ってことはさぁ」ミヤビが杖に手を伸ばした。
「ひょっとして、ウチにも魔術が使えるってこと?」

「やってごらんよ」

イタズラっぽい笑みを浮かべ、サキが言った。
ミヤビは頷くと、杖を手に取り、掌に二度三度、打ちつけ感触を確かめた。
そしてモモコを真似て、振ってみる。

が、まったくなにも出ない。
もう一度振るが、結果は同じだ。炎は上がらなかった。

「なんだ、出ないじゃん」

ミヤビはムキになってブンブン杖を振り回した。

突然、弾けるような音がしたかと思うと
杖の先端から煙が上がった。

「わぉ!」

驚いたミヤビは、思わず杖を取り落とした。
5 名前:第八話 投稿日:2009/12/16(水) 06:10
サキがコロコロと笑い転げた。
床に転がった杖を拾い上げる。

「人間っていうか、生き物はね、みんな魔力を持ってるものなのね。
 まあ、強い弱いってのはあるんだけど」

特に強い鳥獣を魔物と言い、人間の場合は魔術師と呼ばれるのだとサキは言った。

「で、この杖はその魔力に反応するの。見てて」

胸に手を当て息を整える。
真剣な表情を作り「よし」と呟いて気合を入れる。
武器屋の扉に身体を向け、杖を振り上げた。
乾いた唇をペロリと舐め、一気に振り下ろす。

すると小さいながらも炎が灯り、店の中ほどまで進んで掻き消えた。

ミヤビの肩がピクリと上がる。
カウンターの中からモモコが両肘を突いて乗り出し「ほぉ」と声をあげた。

上手く行ったことに安心したのか、サキはホッと息をついた。

「実はアタシも昔は習ってたんだけどね。
 才能ないって言われて、止めちゃった」

そう笑って杖をカウンターに置いた。

魔力が弱い人でも、目に見える魔術を使えることから
この杖は初期の魔術の修行に使われるのだと言う。

また逆に、印を刻まなければあまり強い魔術にならないため
軍が模擬戦に用いたりもするらしい。
6 名前:第八話 投稿日:2009/12/16(水) 06:12
「へー、キャプテンって色々やってんだね。意外だった」
「でしょ?」

ミヤビに褒められ、サキは恥ずかしそうに、はにかんだ。
一方、モモコはカウンターの中でつまらなそうにしている。

「キャップが凄いのはわかったからさぁ
 そろそろモモも喋っていい?」

「ああ、そうだった、そうだった。
 見せたい物があるって言ってたよね。ひょっとしてこれ?」

来訪の目的を思い出し、サキは杖を指差した。
ミヤビはともかく、サキにとっては珍しい物でもない。
はっきり言って、拍子抜けだ。
だが、モモコはにんまりと笑った。

「それは後のお楽しみ!
 じゃあね、ミヤ、今度はこれ振ってみて」

カウンターに置かれた物と同じような杖を差し出され、ミヤビは受け取った。
なにも考えず、言われたまま杖をぶんと振る。

すると、杖の先からブリザードがほとばしった。
すぐに霧のように掻き消えたが
それでもさっきの煙しか上がらなかったことと比べれば雲泥の差だ。

「おお!」

サキとモモコが感嘆の声を漏らした。
「凄い!」と言ってミヤビは瞳を輝かせた。
ふたりに顔を向ける。

「今の凄くない!? 初めてやってアレだよ?
 ひょっとして、ウチって才能あるのかも。
 今から修行したらさ、すっごい魔術師になっちゃうかも!!」

興奮気味に声をあげるミヤビだったが
サキとモモコは首を傾げ苦笑いを浮かべている。
その表情に、ミヤビは不機嫌な顔になった。
7 名前:第八話 投稿日:2009/12/16(水) 06:13
「それはちょっとぉ」
「うん、ムリだよね」

ミヤビの顔がますます不機嫌になる。
「どういうこと?」と吐き出すように言った。

「魔術ってね、もっと小さなころから修行しないとムリなのね」

今となっては、ミヤビにどれほどの潜在能力があったのかはわからない。
だが、この歳になって修行したところで
成果は出ないのだとモモコは言った。

「例えるならね、生まれてからミヤの歳まで
 一度も立ったことのない人がね
 いきなりフィンリルとカケッコして、勝てるかなぁ
 って言ってんのとおんなじこと」

よくわからないモモコの例え話に、ミヤビは
フィンリルと競争して勝てる人間なんて居っこない
と杖をカウンターに投げつけた。

「まあミヤが凄い魔術師かどうかはともかく
 モモの思った通りだったよ」

ひとり納得するモモコに、サキが眉を寄せた。

「なにが、思った通りなの?」
「そうだよ、これってなんの実験?」

ふたりの問いには答えず、「まあ、いいから」
と言ってモモコはカウンターの下に潜った。

そして、大きな鉱石を重そうに抱え
カウンターの上に置いた。
8 名前:第八話 投稿日:2009/12/16(水) 06:15
ふたりは腰を屈め、青い光を放つ鉱石に、顔を近づけた。
サキが目だけを動かし、モモコを見上げる。

「これって、あれだよね。クマイちゃんと採りに行った…」
「そっ、ブルースピネル」

ブルースピネルは、氷の魔術を増幅させる鉱石だ。
ユリナしか知らない秘密の採掘場があったのだが
あることから露呈することになってしまった。
そのため、原因となったチナミを伴い
モモコとユリナ三人で、大々的に採掘を行った。

「でも、それってさ、だいぶ前の話だよね」

ミヤビが言う。モモコはそうだよと笑顔で頷いた。

確かに、これほど大きな鉱石は滅多にお目にかかれないが
ブルースピネル自体は、それほど珍しい物でもないし
採掘に行った話はずいぶん以前に聞かされていた。

わざわざ呼びつけて見せびらかすほどの物でもない。

「慌てない、慌てない」

モモコはそう言って人差し指を顔の前で振った。
再び、カウンターの下に潜る。

「ジャーン! これが今日の主役!!」

カウンターに置かれたのは、なんの変哲もない石だった。
隣のブルースピネルより、ほんの少し小ぶりで
山に行けばどこにでも転がっていそうな、にび色の石だった。
9 名前:第八話 投稿日:2009/12/16(水) 06:16
「これ、なんなの?」

しかめっ面でサキが石を指差した。
ミヤビも腕を組み、不信そうな視線を送っている。

モモコはふたりの顔を見回し、たっぷりためた後
披露するように両手を大きく広げた。

「これねぇ、実は、オリハルコンの結晶なんです!
 しかも、純度七六パーセントだよ」

ふたりの目つきが変わった。
顔を近づけ、石をまじまじと見つめる。

不純物が二四パーセント「しか含まれていない」のか
「も含まれている」のか、その辺りの凄さはわからないが
本当にオリハルコンの結晶なら、確かに珍しい。

サキが指先で石を擦ったり、その指先を見つめたりしている。
ミヤビは持ち上げようと手を添えたが
しばらく戸惑った後、思い直して手を引っ込めた。

オリハルコンと告げられると、ただの石ころが
急に崇高な物に見えてくるから不思議だ。

「これ、どうしたの?」
「ん? 買ったんだよ」

高かったんじゃないかとサキが尋ねると
モモコは真剣な表情で頷いた。

「こんな掘り出し物、滅多に出ないよ。
 かなり安く譲ってもらったんだけど
 それでもけっこうしたよ」
10 名前:第八話 投稿日:2009/12/16(水) 06:18
そんな大金、よく持っていたねと言うサキに
モモコは視線をそらし、瞬きを繰り返した。
そして、なんでもないような口調でさらりと言う。

「あのね、ファイティン城で貰った、氷の刃あったでしょ。
 あれをね、売ったの」

「えーっ!!」

サキが大声をあげた。驚いたミヤビが顔を向ける。
彼女も遅れて絶叫した。

「売っちゃったのぉ!?」

気まずそうにそっぽを向き、モモコは曖昧に頷いた。
サキが肩を落とし抗議の声を漏らす。

確かに、あの剣はモモコが貰った物だ。
だが、魔物を退治した報酬の一部という考え方もある。

所有権は彼女にあるだろうが、それを勝手に転売するとは。

同じように杖を貰ったマーサが、リサコのために
大切に保管していたことを考えると、雲泥の差だ。

せめて、安値で買い叩いておけばよかったと
サキはその場に崩れ落ちた。

「まあまあ。そんなに落ち込まないで、キャップ。
 どうせあの剣じゃ、トクさんしか使えないでしょ」

魔法の剣は、魔力がなければ使うことができない。
リサコも魔力、それも水の魔力が強かったが
彼女では剣を使いこなすことなど無理だろう。
11 名前:第八話 投稿日:2009/12/16(水) 06:20
「そこで、このオリハルコンですよ」

モモコは笑顔で石に両手を置いた。
小指が立っていたことはいうまでもない。

ブルースピネルと合わせ、新たな剣を創るというのだ。

オリハルコンは、魔力をため込むことで
魔力のない者でも、魔術を使うことができる。

難点は、ためるのに時間が掛かることだ。

炎の矢や氷の矢などの魔法の矢じりは
微量のオリハルコンが含まれているが
一度使うと半年から一年経たなければ効力は戻らない。

純度の高いオリハルコンで創られた剣でも
魔力をため込むまで、最低半日は掛かる。

また、かなり重く使い勝手が悪い。

かつて、勇者が振るった剣として名を馳せたオリハルコンだが
今では祭事など儀礼的な場でしか使われなくなった。

それを、ブルースピネルと混合することで
誰でも扱いやすい氷の刃を創ろうというのだ。

「キャップやミヤでもブリザードが使えるんだよ。
 ねっ、いいでしょ?」

「でも一回使ったら、しばらく使えなくなるんでしょ。
 どれくらい掛かんの?」

サキの問いに、それは錬金術師の腕次第だと答える。
ただし、伝説の錬金術師を知っているのだと付け加えた。
12 名前:第八話 投稿日:2009/12/16(水) 06:21
「でね、相談なんだけど、モモをその錬金術師のところまで
 送ってってもらいたいわけ」

なんでもその錬金術師が住む街は
新たに開通した街道を通らなければならないらしい。

これまで、武具の買い付けや、ファイティン城で貰った剣のように
近隣に買い取り先がない場合など
モモコがひとりで遠方まで出向くことがあった。

そもそも武器商同士のネットワークは強大で
どの街道のどの辺りに山賊が出るのか
どこにどんな魔物が住んでいるのかなどの情報が共有されていた。

また職業柄、ある武器商ギルドでは
山賊に武具を提供することを交換条件に
見逃してもらったり、逆に警護を頼むこともあるらしい。

だが、新しい街道については、まったく情報がない。
そこで、サキたちに警護を頼みたいというのだ。

「いいけど、報酬はきっちり頂くよ」

サキが言う。ミヤビも当然だと頷いた。

「わかってるって。報酬はねぇ、出来上がった剣を、安く売ってあげる」

「はぁ?」サキは顔を曇らせた。

「えっ、なんでヤなの? 誰でも魔術が使える剣だよ?
 ミヤ、欲しくない? 欲しいでしょ」

「う〜ん、ちょっと欲しいかな」

魔術の使えないミヤビとしては、興味があった。
先ほどの実験で、氷の魔術の適正があることが判明した。
豪快にブリザードを放つ自分の姿を想像すると、胸が躍る。
13 名前:第八話 投稿日:2009/12/16(水) 06:25
だがサキは、仕上がりのわからない品物を担保にされてもと
困ったちゃんの顔になった。

「それは平気。だってね、伝説の錬金術師なんだもん」

皇族に献上する剣を、何本も製作しているのだという。
その筋では知らない者がいないほどの人物らしい。

誰でも注文できるような御仁ではなく
旧知の自分だからこそ、受けてくれるのだと
モモコは自慢げに話した。

「わかったよ、じゃあミヤ、行って来て」

億劫そうにサキが言う。

ミヤビは「アタシ!?」と自分の顔を指した。
頷くサキの肩を抱き、素早く店の隅へ誘導した。

「なんでウチなの?」

モモコに背を向け、聞こえないよう小声で尋ねる。

「だって、ミヤ欲しいんでしょ?」

「それはそうだけど、モモってずっとあの調子なんだよ?
 長い間ふたりっきりだなんてムリだって。
 ウチ、あのテンション付いてけないもん。キャプテンも来てよ」

「ダメだよ、アタシ忙しいもん。だったら、チィ連れてく?」

「チィは絶対ダメ! あのふたり揃ったら二倍
 ううん、三倍以上やかましくなっちゃうもん。
 二、三日くらいだった平気だけど、それ以上一緒に居たら
 ウチ頭可笑しくなっちゃう」

「あのねぇ…」

サキはため息をついた。

モモコもチナミもえらい言われようだが、そのチナミとつるんで
はしゃぎ回り、いつも周りを振り回しているのは
いったい、どこのどいつだ。
14 名前:第八話 投稿日:2009/12/16(水) 06:27
「ねぇ、なに話してんの」

モモコがカウンターに頬杖をつき、つまらなそうな声をあげる。

「それがさぁ」サキは振り返りミヤビを指差した。
「ミヤが……」

モモとふたりはイヤなんだって──

そう言おうとしたのだが、咄嗟にミヤビが口を塞いだ。

「ちょっと待ってて」

ミヤビは笑顔でモモコに手を振り、背を向けた。

「ねえ、お願い」
「でもさぁ、アタシ居ない間に依頼があったらどうするの」
「それは、いつもみたいにマーサに頼めば」

ミヤビは合わせた手を鼻先に押し当て懇願した。
不機嫌な表情のサキの顔を覗き込み、笑顔で何度も小刻みに頷く。

視線を足元の落とし、サキは静かに息をついた。

「しょうがないなぁ」
「ホント! ありがとう」

ミヤビは振り向いて自分たちを指差し
ふたりで行くからとモモコに告げた。

モモコは嬌声をあげ、すぐさま出立の準備に取り掛かった。
身支度を整えるため、サキたちも店を出る。

「よかったぁ、キャプテン来てくれなかったら
 どうしようかと思ったよ」

「まあ、アタシも興味あるっちゃあ、あるからね」

「そうだよね、伝説の錬金術師ってどんな人か、会ってみたいよね」

ミヤビは目を細め無邪気な笑顔を作り、何度も頷いた。
その様子を眺めながら、サキは聞こえるか聞こえない程度の声で呟いた。

「まっ、アタシの興味はちょっと違うんだけどね」
15 名前:第八話 投稿日:2009/12/16(水) 06:28
 第八話 ──21時までのシンデレラ──
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/17(木) 00:40
おお!待ってました!!新スレおめでとうございます。
イイ三人連れですね。どうなるのか楽しみ〜。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/17(木) 01:02
マッタリ待ってましたよ
新スレおめでとう
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/21(月) 04:42
新スレおめでとうございます!
前スレからお世話になってますw
あまり見ない雰囲気のお話なのでとても楽しみにしています。
錬金術師…気になりますねー
19 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/23(水) 05:53
一行を乗せた馬車は、新しく整備された街道を逸れ
山道へと入っていった。

「この道抜けるともうすぐだよ」

手綱を握るモモコが言う。
十日あまりの道程も、あと少しで何事もなく終える。

目前には険しい山々が立ちはだかっている。
所々ゴツゴツとした山肌が見えるのは
その昔、鉱山だったからなのだという。

「この道も近いうちに拡張するんだって」

今、通っている山道も最近作られたものだ。
モモコの小さな馬車がやっと通れるほどの道幅しかないが
将来的には大きな荷馬車が往来できるようにするらしい。

途中、馬に乗った旅人とすれ違う。
挨拶を交わし、街はどうでしたかと尋ねるモモコに旅人は

「素晴らしい眺めでしたよ。貴女がたもお楽しみに」

と答えた。
元は鍛冶屋が住民の半数を占める、工業都市だったのだが
新たな街道が通じだことで、ここ最近は観光に力を入れているのだという。

関所を通過し山道を抜けると、眼下に紺碧の海が広がっていた。

抜けるような青い空を海鳥が舞い
帆に風をはらんだ商船が、水面を滑るように進んでいる。

晩夏の日差しに目を細め、皆が言葉を忘れて美しい光景に見とれていた。
20 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/23(水) 05:55
「あっ、あそこ見て。あれが港だよ」

モモコが指差したのは、緩やかな曲線を描く湾の最も奥まった場所で
大小さまざまな船が停泊していた。

今、通って来た山道ができるまでは陸路がなく
聖都からの直行便しかこの街に来る手立てはなかった。

そのため武器商以外、街に来る者はほとんどなかった。

「こんな素敵な景色があるのに、もったいないね」

うっとりとした表情で呟くミヤビに、サキとモモコもそうだねと頷いた。
街道が整備され、山道が拡張されれば、今後訪れる人々も増えるだろう。

ほとんど平地らしい陸地はなく、切り立った岸壁に
張り付くようにして家々が建っていた。
高欄や外灯などを含め、建造物は全て白一色に統一されており
こちらの光景も海に劣らず壮観だ。

石畳の細い坂道を登りきると、ひと際高い白壁が現れた。

「ここがお城だよ。あのね、大昔は錬金術師をみんな
 この塀の中に住まわせてたんだって」

かつて軍事産業が礎であったこの国では、錬金術が何事を置いても
保護すべき最優先事項であった。
錬金術師は城壁の中に囲われ、領主の庇護の下にあったが
一方で自由に出歩くことを禁じられていた。

今では、領主の住む宮殿と貴族や騎士の屋敷があるだけで
錬金術師たちは外の街に開放されたのだとモモコは言った。
21 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/23(水) 05:58
城の正面に回ったところでモモコは静かに馬車を止めた。
サキが身を乗り出し声をあげる。

「あれ、城門が開きっ放しになってんだけど?」

そればかりか、宮殿に続く大通りには商人たちが露店を開き
たいそうな賑わいを見せている。
とてもではないが、領主や貴族が住まう城には見えない。

「そうだよ、凄いねぇ。モモが前に来た時は閉まってたんだけどね」

陸路が開通したのを機に、昼の間だけ城内を開放したのだという。

せっかく訪れる旅人が増えても、平地が少なく受け入れる施設を
造ることができない。
そこで、せめて市を開く場所だけでもと提供したのだ。

妥当な政策ではあるが、居城に旅人を受け入れるとは大胆だ。
昔は錬金術師を囲っていたことを考えると正反対である。

「それだけじゃないんだよ。あそこの塔にも登らせてくれるんだって」

モモコは大通りに面した屋敷を指差した。
奥にある宮殿より高い塔がある。

宮殿からでは海が見えないため、そこに設置されたのだ。
貴族の屋敷に塔がある、というより
塔が立っていた場所に屋敷を構えたというほうが正しいだろう。

「いいなぁ、お姫さまになれなくても
 せめて、あんなお屋敷に住めるようにならないかなぁ」

羨望の眼差しを向けながら、モモコは呟いた。
サキが「えーっ!」と声をあげる。

「貴族なんて、堅っ苦しくて退屈なだけだよ。つまんないって」

ミヤビも「そうだよね」と言って振り子人形のように首を縦に振った。
モモコは唇を尖らせた。

「もう、ふたりとも夢がないんだから」
22 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/23(水) 05:59
「でもさ、貴族の娘だったら、王子さまに見初められるかもしんないよ」

サキとミヤビは、また始まったと呆れ顔になった。
が、モモコはくじけない。彼女の夢想は続く。

「白馬の王子さまがやってきてさ、『おお、なんと美しい人だ!
 我が妻となってくれぬか』とか言われてさぁ。
 そしたらモモお妃さまだよ。キャー! 凄い!!」

手を組んで天を仰ぎ、目じりを下げるモモコだったが
サキとミヤビは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。

「白馬の王子さまだったら、王子さま馬じゃん」
「あー、そっか。へぇ、モモ、馬と結婚するんだ」
「違うっ、『白馬に乗った!』もう、それぐらいスルーしてよ」

顔を真っ赤にして怒るモモコに、ふたりは声を押し殺して笑った。
モモコは肩を落とし下唇を突き出して拗ねた表情を作った。
が、パッと表情を明るくすると宮殿を指差した。

「あっ、そうだ! ひょっとするとお城に上がれるかもしんないよ」
「えっ、どういうこと?」

ミヤビが尋ねる。領主アクアサンタ公は好奇心旺盛で
旅人が訪れると招いて異国の話を聞くのを楽しみにしているそうだ。
公務とかち合わない限り、希望すれば誰でも拝謁できる。

「ねっ、王さまと会ってみたくない?」
「えーっ、ヤだよ」

サキは顔をしかめると荷台に敷かれた藁の上に横たえた。
面倒臭いし、そもそもなんで領主の暇つぶしに
出向いて行く必要があるのかとブツブツぼやいた。
23 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/23(水) 06:01
モモコは荷台を振り返り、恨めしそうな視線をサキに送った。
ミヤビが御者台を掴んで身を乗り出した。

「ウチ、ちょっと会ってみたいかも」

モモコの顔つきが変わった。皺だらけにして、笑みを浮かべる。

「そうだよね!」
「だってね、そんな偉い人なんて、滅多に会えないじゃん」

自国の領主でさえ、遠くから姿を見た程度だ。
それが、城に上がって直に話ができる。
この機会を逃せば、二度と訪れないだろう。

サキがむっくり起き上がった。イタズラっぽい笑みを浮かべる。

「でもさ、領主が気難しい人だったらどうする?
 話が気に入らなくてさ、無礼者! とか言って斬りつけられるかもよ」

「なに言ってんの、キャップ。そんなことなんない!」

「わかんないよ。斬られなくても、牢に入れられるかも。
 ミヤとかさ、たまに言葉可笑しくなるから気をつけないと」

「マジで!? えー、牢とかヤだなぁ。だったらいいや、会わなくても」

二の腕を抱きながら、ミヤビは顔をしかめた。
モモコは小指の立った拳を振り回し、声を荒げた。

「だから、なんない! もう、キャップ変なこと吹き込まないで!」
「わかった、わかった。じゃ、そろそろ馬車出してよ」

モモコを軽くいなし、サキは前を指差した。
唇を突き出し拗ねた表情を作ったモモコだったが
早くしないと日が暮れるよと言われ、無言のまま手綱を振った。
24 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/23(水) 06:03
石畳の馬車道を通り海側から山側に抜けた。
どこもかしこも坂だらけで、畑も階段状になっている。
放牧された山羊が、切立った崖を器用に登って草を食べていた。

空はいつの間にか茜色に染まっていた。
遠くから鐘の音が聞こえる。
閉門の合図だそうで、商人たちは、九つ鳴り終るまでに
城を出ないとならないのだと、モモコが説明する。

前方に何本もの煙が立ち昇る集落が見えた。
鍛冶屋が住まう集落で、お目当ての錬金術師も
そこに居るのだという。

木造の家屋と、奥にレンガ造りの工房がある家の前で、馬車は停まった。

「ここだよ」

モモコが言うと、サキとミヤビは素早く馬車から降りた。
ずっと座りっぱなしで疲れた、などと呟きながら
腰を押さえたり伸びをしながら玄関に向かう。

「ちょっと待って、ふたりとも手伝ってよ!」

荷台から鉱石を降ろしながらモモコは叫んだ。
ふたりはそれを無視し玄関の前に立つと、扉を叩いた。

しばらく待っていると、覗き窓が開き、気弱そうな瞳が現れた。
黒目を忙しなく動かし、サキとミヤビの顔を交互に見る。

一旦、覗き窓が閉じ、鍵を外す音が聞こえた。
扉が開いて姿を見せたのは、サキたちと変わらぬ年ごろの少女だった。
25 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/23(水) 06:04
「あのぉ、なんの御用ですか?」

眉を下げ、困り顔で首を傾ける。
来客が、自分と同年代であるとわかり、扉を開けたが
それでもまだ、完全に警戒心を解いていないようだ。

「あの、この家の子ですか?」

ミヤビが遠慮がちに尋ねる。少女は上目遣いでコクリと頷いた。

「お家の方、どなたかいらっしゃいます?」

サキがそう言いながら、軟らかい笑みを浮かべた。
少女が小首を傾げる。一旦、家の中を振り返り
顔を戻すとおずおずと自分の顔を指差した。

「うん、それはそうなんだけど、お父さんかお母さん、居ないですか?」

サキが重ねて尋ねる。
少女は困り果てたように、無言でぼんやりした視線を宙に泳がせた。

ミヤビがサキの耳元で囁く。

「ちょっとさ、この子、頭弱いのかな?」

少女に聞こえないよう小声で言ったつもりだったが
どうやら彼女の耳にも届いていたらしく、鋭い視線をミヤビに向けた。
しっかり結ばれた口元が、怒りをあらわにしてる。

「ちょっとミヤ、失礼でしょ」

ミヤビの肩を突き、サキがたしなめる。

「ゴメンなさいね、変なこと言って。
 あたしの名前はサキ。よろしくね。この子はミヤビっていうの。
 で、向こうに居るのが……」

そう言ってサキは身体を馬車に向けた。
幌のついた荷台に上半身を突っ込み、鉱石を引きずり出そうとしている
モモコのお尻が右に左に揺れていた。
26 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/23(水) 06:06
「モモ!」

サキの肩越しに馬車に目をやった少女が、突然声をあげた。
手を振りながら、プリッとしたモモコのお尻に向かって走り出す。

モモコが荷台から身体を上げた。
前髪を小指で直しながら、真顔をこちらに向け目を細める。
が、駆け寄ってくる少女に目を留め、表情を崩した。

「アイリィ〜! 久しぶり!!」

サキは唖然とした表情でふたりを見つめた。

「お尻、見てモモってわかるんだ」
「ねっ、びっくりだね」

ぽかんとするサキとミヤビをよそに
二人は手を取り、抱き合って再開を喜んだ。

「遅かったじゃ〜ん。お昼前には、着くと思ってたのにぃ」
「ゴメンねぇ、ふたりにさぁ、お城見せたくってぇ」
「そっかぁ、遠回りしちゃったんだねぇ〜」

頷くモモコに、少女は、だったらしょうがないね、と破顔した。
が、その発言をサキは聞き逃さなかった。

「えっ、遠回りだったの!?」

どうやら、山道から真っ直ぐここに向かえば
遅くとも昼過ぎまでには着いていたらしい。

「城なんて、どうでもいいよ…」

ため息をつき、サキは膝に手を突いてうな垂れた。
どっと疲れが出たと言って、ミヤビもその場にしゃがみ込んだ。
27 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/23(水) 06:07
「ちょっとぉ、ずっとモモが馬車、操ってたんだよ。
 ふたりは後ろで座ってただけじゃん!」

「そうだけどさぁ」

「後ろだって、キツイんだよ」

モモコの荷馬車は、御者台以外に座席がない。
なのでサキとミヤビは、荷台に藁を敷いてその上に座っていたのだ。

乗り心地は快適とはいえず、腰やお尻が痛い。

どうせ、しばらくは滞在することになるのだから
見物はいつでもできる。
少しでも早く着いてくれた方が
サキやミヤビにとってはありがたかった。

「あのぉ…」

言い争いをする三人に、少女が申し訳なさそうに割って入った。

「えっと、こちらのお二人は?」

不安げな瞳を、サキとミヤビに向ける。

「あっ、そっかそっか。紹介がまだだったよね」

モモコはそう言うと姿勢を正した。
少女の隣に立ち、掌を差し出す。

「まずはアイリからね。えっと、この子がアイリ。
 伝説の錬金術師だよ」

サキとミヤビの顔から表情が消えた。
しばしの沈黙の後、ふたりは「えーっ!」と声を揃えた。
28 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/23(水) 06:08
「伝説だなんて、そんなそんな」

身体をくねらせ、手を横に振りながら
アイリは照れ笑いを浮かべた。

「だって、子供じゃん…」

口元に手をあて、ミヤビが呟いた。

「ちょっと、ミヤ」

ミヤビの膝を叩き、サキがたしなめるが
時すでに遅かった。アイリの顔から笑顔が消える。

「そっちだって、子供じゃん!」

頬を膨らませ、サキとミヤビを何度も指差す。
サキは両手を前に差し出し、まあまあと宥めるような仕草をした。

「いや、でもウチらは伝説でもなんでもないから」

「そうそう、悪い意味で言ったんじゃないよ
 いい意味で、いい意味でだから」

ミヤビも慌ててフォローする。

「いい意味?」

眉を下げ、悲しそうな表情でアイリが尋ねる。
ミヤビは必死で何度も首を縦に振った。
そうだよねとサキに同意を求める。
サキもなんとか笑顔を作り、頷いた。

不安そうにふたりを見ていたアイリだったが
不意に、にんまりとした笑顔が浮かんだ。

「だったら、いい!」

サキとミヤビは胸を撫で下ろし、ホッと息をついた。
29 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/23(水) 06:09
「で、こちらのお二人は?」

アイリが笑顔をモモコに向けた。
モモコはチラリとサキたちに視線を送り
澄ました表情で言った。

「ふたりはね、モモの警護。ほら、新しくできた街道
 通ってきたでしょ。だからね、頼んだの」

「警備が付いたの? モモ凄い!」

感心したように、アイリが手を叩いた。
サキたちに向かって、ご苦労様ですと笑顔を振りまく。

「ちょっとモモ、違うでしょ!」サキが声を荒げた。

「ちゃんと紹介してよね!」ミヤビも抗議の視線を送る。

いつもなら、すぐ弱気になるモモコだったが、この日は違った。

「えっ、だってそうでしょ、モモが警護を頼んだから
 ふたり付いてきたんでしょ」

確かにそうだが、モモコの言いようでは
まるでふたりが彼女の従者のように聞こえる。

日ごろ弄られている仕返しだと言わんばかりに
すまし顔のモモコの手を、アイリが引いた。

「立ち話もなんだし、家に上がって。美味しいゴハン用意してるから」

そしてサキたちに向かって手招きする。

「警護のおふたりもどうぞ。遠慮しなくていいですから」

ただの警護じゃないんですけどと、頬を膨らませるふたりを置いて
モモコとアイリは手を取り合い、仲良さそうに家の中に消えていった。
30 名前:びーろぐ 投稿日:2009/12/23(水) 06:19
錬金術師はこの人でしたw

>>16
お待たせしました。有難うございます
この三人と錬金術師が織りなす騒動をお楽しみ下さい

>>17
有難うございます。マッタリ楽しんでって下さい

>>18
こちらこそお世話になってますw

>あまり見ない雰囲気のお話

これは八話のことでしょうか、それとも全体のお話のことでしょうか
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/24(木) 00:36
アイリだったか
マイミかマノちゃんかと予想してたが外れた

確かに天才肌だ
32 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/30(水) 05:15
海の近くということもあり、白身魚のマリネや
珍しい貝のスープ、海草サラダなどが
所狭しと食卓の上に並んでいた。

旅の間の食事は、荷物を減らす意味もあり
木の実や薬草を煎じたスープなどが中心となる。
栄養面はともかく、満腹感を得ることはない。

三日前に食べた宿屋の朝食以来のまともな食事だ。
アイリの隣にモモコ、その向かいにミヤビとサキが並んで座ると
三人ともすぐさま料理にがっついた。

「こんなにたくさんお客さまが来るなんて、思ってなかったんだよね」

厨房からアイリが大皿を運んできた。

最後の宿を出る際、モモコが手紙を出していたらしく
昨日の朝にはレイヴンによってアイリの元に届いていた。

なので今日、モモコが到着することは知っていたが
サキやミヤビが同行することを、モモコが書き忘れていた。
自分とモモコ、二人分の料理しか用意していなかったのだ。

だが並べられた料理は、急ごしらえとは思えないほど豪華だ。

「ジャーン、見て。ブリの香草焼きだよ。
 モモとは久しブリだから。とか言っちゃって」

美味しそうだと伸ばしたサキとミヤビの手が止まった。
ヘラヘラ笑うアイリの顔を見上げる。

楽しいはずの食卓に、寒々とした空気が流れた。
33 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/30(水) 05:17
長い沈黙が続く中、モモコが焦りの表情で部屋の中を見回した。

「あっ、えっと…ねえアイリ、あそこにあるの、なに?」

フォークを持つ手で棚を指す。
石をぶら下げたチェーンが、大量に並んでいた。

だがアイリはモモコの質問には答えず
不服そうに頬を膨らませ、椅子に腰掛けた。

「お魚のブリと、久しぶりのぶりと掛けたんだけど…」
「そっか、そうだよね。アイリ、面白〜い。アハハハハ…」

モモコは乾いた笑い声をたてながら、サキとミヤビに向かって
盛り上げるよう、掌を上に向け腕を広げ上下に動かした。

サキがぎこちない表情で笑みを作った。
ミヤビは今になって、やっと気づいたようで
「ダジャレなんだ」と呟いて何度も頷いた。

「魔除けのペンダント」

無造作にサラダを口に放り込みながら、アイリが低い声でボソッと呟いた。

「なにが? …ああ、棚に掛かってるヤツね」

一瞬なんのことだか、わからなかったモモコに
モモが訊いたんでしょ、とアイリが鋭い視線を送った。

「へぇ、そんなの作ってんだ」
「別に、作りたくって作ってるんじゃないんだけどね」
34 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/30(水) 05:19
なんでも、領主からのお達しだそうで
観光客に売りつける工芸品を、作らされているのだという。

アイリほどの腕の持ち主なら、作る必要はないのだが
各鍛冶屋の集落ごとにノルマが課せられており
どうしても手が足りないということで
しょうがなく手伝っているのだ。

「良かったらあげるよ。持ってって」
「ホント!? いいの?」

魚の切り身を咀嚼しながらアイリが頷くと
モモコは棚に駆け寄ってペンダントを手に取った。

「へぇ、全部、形が違うんだね」

親指ほどの自然石に、見たこともない印が刻まれている。

「これなんか、面白い形してる…あっ、これ可愛い」

熱心に吟味するモモコに、サキとミヤビも立ち上がり
興味深そうに眺めた。

「ふたりもこっち来て見てごらん。
 アイリが作ったんだからね、きっと凄い効果があるよ」

なにしろ、伝説の錬金術師による作だ。
笑顔で手招きするモモコに、サキとミヤビのふたりは色めき立った。

「言っとくけど、ただの石ころだからね。なんの効力もないよ」

スープをすすりながら、「だって土産物だもん」と言うアイリに
モモコはガックリ肩を落とした。

それを見つめながら、サキたちは黙って静かに腰を下ろした。
35 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/30(水) 05:20
「でも凄いよね、まだ若いのに伝説の錬金術師だなんて」

サキが感心したように言うと、アイリの顔が明るくなった。
照れ笑いを浮かべながら身体をくねらせる。
モモコが駆け戻ってきてアイリの肩を抱いた。

「凄いでしょ! だってね、初めて王さまに剣を献上したのが
 八歳の時なんだよ」

その出来の良さが評判を呼び、ついには皇族から依頼があったのだという。

「そんな、そんな。そう言うモモだって、この若さで
 やり手の武器商さんじゃん」

そう言いながらモモコの肩を突いた。
サキとミヤビは目を丸くした。

「えっ、モモってやり手なの?」
「マジ? 信じらんない…」
「もう、アイリったらぁ! やり手だなんて」

実際、そうなんだけどね、とまんざらでもなさそうなモモコの顔を
サキとミヤビはまじまじと見つめた。

「でも、アイリの方が凄いよ。えっと、なんだっけ」
「カッパ」
「そうそう、カッパの生まれ変わりなんだって」

モモコを見つめていたふたりの視線が、アイリに移る。
「かっぱ?」と呟き、揃って首を傾げる。

「あっ、カッパっていうのは、東方の島国に棲む魔物なんだって」

モモコがそう説明するが、アイリはそっと身体を寄せ
「魔物じゃないよ、妖怪だよ」と囁いた。

サキとミヤビは、またもや「ようかい?」と揃って呟いた。
36 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/30(水) 05:22
「そうそう、妖怪ね。水の中に棲んでるだっけ」
「そうだよ、水神さま」
「だよね、だからアイリは水や氷に関係する錬金術が得意なんだよね」

なので氷の刃の作製に、彼女は最適なのだとモモコは言った。

カッパとか妖怪についてはよくわからなかったが
水神の加護により、水に関する錬金術に優れているということは
サキとミヤビにも理解できた。

「ところでさ、剣創るのはいいんだけど、買い手とか決まってるの?」

アイリが尋ねる。モモコが掌でサキとミヤビを指した。
自分の住む町で、モンスターハンターを営んでいるのだと
ここに来て、ようやくきちんとした紹介が行われた。

アイリがふたりに顔を向けた。

「どっちの人が使うの?」

サキが、あまり剣は得意じゃないからと答えると
アイリは身を乗り出し、ミヤビの顔を覗き込んだ。

あまりにも真剣な表情で見つめられ
思わずミヤビは恥ずかしそうに下を向いた。

「ヤダ!」

突然、アイリが声をあげた。
腕組みをして、プイと顔を逸らす。

ミヤビは弾かれたように顔を上げた。
37 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/30(水) 05:23
「えっ、なんで!?」

モモコが叫ぶように言った。
横向きに座り、顔をアイリに近づける。
その表情に焦りの色が浮かんでいた。

「だって弱そうなんだもん」

アイリは困ったように眉を下げ、頬を膨らませた。

「はぁ……」

ミヤビの口から、気の抜けたような声が漏れた。
上目遣いに、探るような視線をアイリに送る。

モモコが、ミヤはこう見えて結構な腕前なのだとか
ここはモモの顔を立ててなんとか
などと言ってアイリを説得している。
だが、アイリは頑として受け入れない。

「もう、ミヤもなんとか言って。キャップも!」

とふたりに反論を求めるが、自分で強いだなんて言えるはずもなく
ただ苦笑いを浮かべるだけだった。

「でもでも、剣を使うのはミヤだけじゃないよ。
 キャップだって使うかもしんないし、他にも…」

「えーっ! でもこの人も、あんまり強そうじゃないし」

そう言ってアイリがサキを指差した。

ミヤビの顔色が変わる。
なにか言おうと口を開きかけたが、その前にサキが立ち上がった。

「じゃ、帰ろっか」
38 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/30(水) 05:25
「キャップ! なに言い出すの!!」

モモコが目を丸くする。
サキはチラリとミヤビを見やり、口元に笑みを浮かべた。

「だって、ねえ。剣創ってくれないんじゃ
 居てもしょうがないじゃん」

するとミヤビもスッと立ち上がった。
無言のまま、首を縦に振る。

「ちょっと、ふたりとも怒んないで!
 モモがちゃんと話するから、機嫌直して」

「別に怒ってないよ、用がなくなったんなら、早く戻んないと。
 だって、チィとリサコだけじゃ、心配だし」

サキの言葉を受け、ミヤビは無言で頷いた。
焦るモモコの隣で、アイリが笑顔を作る。

「まあまあ、夜も遅いことだし、今夜は泊まっていったら?」

だが、サキは笑みを浮かべ首を振った。

「いや、ご馳走になった上に、用もないのに
 これ以上、ご厄介になる訳にはいかないから」

今度もミヤビは黙ったまま、ただ頷いた。

「ほらぁ、やっぱり怒ってるじゃん!」

モモコが声を荒げる。
が、サキはそれを無視してアイリに頭を下げた。
「行こ」とミヤビに声をかけ、さっさと歩き出した。
39 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/30(水) 05:26
「ちょっと待って、それなに?」

アイリがミヤビの手首を指した。
ミヤビは立ち止まり、右手を胸の辺りまで掲げた。
そして、左手を右手首に添える。

「これ? ただのブレスレットだけど」

手首に巻かれていたのは、色とりどりの紐をよって作られた
ブレスレットだった。

そんなの持ってたっけと、モモコがテーブル越しに身を乗り出した。
サキも立ち止まり、興味深そうに彼女の腕を覗き込む。

「ああ、作ったの。みんなの服とかの切れ端で」

ミヤビはそう言いながら、人差し指で引っ掛け
クルクル回しながらブレスレットを外した。

「これがリサコがスカート短くした時の切れ端でしょ。
 で、こっちがマーサの服をサイズ直しした時の。
 こっちはねぇ、確かチィのだったかな、モモ貰ったじゃん。
 そん時に袖を短くした切れ端」

ブレスレットを掲げ、一つひとつの紐を指しながら説明する。

「あっ、ホントだ、モモの服とおんなじ色」

モモコがそう言うと、ミヤビは「でしょ」と首を傾けた。

「ふ〜ん、そうなんだ」アイリがテーブルに脚を掛け、登った。
「ちょっと見せて」

ミヤビの手からブレスレットを奪い取り、再び椅子に腰掛ける。

「へぇ〜、器用なんだねぇ」

にやけた笑みを浮かべながらブレスレットを弄ぶ。
40 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/30(水) 05:28
「ちょっと、なにすんの!」
ミヤビがテーブルに手を突き身を乗り出した。「返してよ!」

取り返そうと腕を伸ばす。
が、アイリは盗られまいとブレスレットを胸元に引き寄せた。
そして、口角を上げ八重歯を見せながら、イタズラっぽく言った。

「そうだ、これアタシから取り戻せたら、剣創ってあげる」
「はぁ? なに訳わかんないこと言ってんの!」

ミヤビが大声をあげた。怒りで顔が真っ赤になる。

サキがモモコに身体を寄せ、耳元で囁いた。

「あのアイリって子、強いの?」

するとモモコは静かに首を振った。

「ううん、全然。ひょっとしたら、モモの方が強いかも」

ミヤビはテーブルに膝を掛けて登った。
アイリの胸元に手を伸ばすが
彼女が椅子ごと身体を後ろに傾けたため、またも届かない。

「ほぉら、盗ってごらん」

ブレスレットを持つ手を上げ、ヒラヒラさせて挑発する。

「もう!」

ミヤビは完全にテーブルの上に乗り
左手を縁に掛け、右手をさらに伸ばす。

アイリの胸元に手が触れた瞬間、彼女の身体が視界から消えた。

「うわあああ!!」

アイリが叫び声をあげた。
椅子の二本脚だけで支えていたのが
バランスを崩し豪快に後ろに転んだ。
41 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/30(水) 05:30
「なに、今の身のこなし!」

テーブルの上でミヤビは悔しそうに舌を鳴らした。

床に転がるアイリを指差しながら、サキがモモコに囁く。

「えっ、今のワザと? ミヤに掴まれそうになって
 ワザと転んだの?」

するとモモコはアイリを凝視したまま首を振った。

「ううん、ただ単に転んだだけだと思う、絶対」

サキはそうだよねと頷いた。
実際、アイリは後頭部を強か打ちつけたらしく
手で押さえながら苦悶の表情を浮かべている。

ミヤビの動きに反応して、自分から転んだのなら
受身ぐらいは取れるだろう。

ミヤビがテーブルからアイリに飛び掛った。
頭を押さえていたアイリが、慌てて身体を左によじって避ける。
倒れた椅子の上に着地したミヤビが、すぐさま掴みかかる。

立ち上がることができず、アイリはゴロゴロと転がってミヤビをかわした。

「キャー、目が回るぅ〜」

悲鳴をあげるアイリを、ミヤビが追う。

アイリが壁にぶつかった。しめた、とミヤビが飛び掛る。
が、ぶつかった振動で、作り付けの棚が外れた。

大量の魔除けのペンダントが、ミヤビに降り注ぐ。

「なにこれ! 痛ぁい!!」

一つひとつは小さいが、これだけの量だと相当の重量だ。
ミヤビはその場に倒れ、気を失った。

それを指差し、大笑いしていたアイリだったが
最後に棚自体が落ちてきて、彼女の頭を直撃した。
そして、そのまま昏睡した。

一部始終を見ていたサキとモモコは、ほぼ同時にため息をついた。
42 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/30(水) 05:30
 
43 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/30(水) 05:31
目を醒ましたミヤビは、上半身を起こそうとして
酷い頭痛に見舞われた。
起き上がるのを諦め、再びベッドに横たわる。

額に触れると、なにやらベタベタしたものが指先にまとわり付く。
傷薬かなにかを塗られているようだ。
頭に瘤がいくつもできている。

いったい、自分にどんな厄難が降りかかったのか。

天井をぼんやり眺めながら、昨夜の出来事を思い出す。

「あっ!!」

小さく声をあげると、ミヤビはベッドから跳ね起きた。

脳を揺さぶるような痛みが走るが、痛がっている場合ではない。
歯を食いしばり、寝室から飛び出した。

「どこ行った!」

屋内を走り回り、食堂にたどり着くと
サキとモモコが向かい合って朝食を取っていた。

「ああミヤ、おはよう」

ミヤの分もあるよ、と呑気な声で話すサキだったが
ミヤビの顔を見たとたん、目を見開いた。
モモコが小さな悲鳴をあげる。

「ちょっと、大丈夫?」
「なにが?」
「顔。鏡、見てごらん」

洗面所にあるからとサキが指差したが
ミヤビにとって、自分の顔がどうなっているかなど
今はどうでも良かった。
44 名前:第八話 デレシン 投稿日:2009/12/30(水) 05:34
「あの子、どこ?」

そう言ってミヤビは室内を見回した。

「あの子って、アイリのこと?」

モモコが尋ねる。ミヤビはそうだと頷いた。

「アイリなら朝ゴハン食べた後、すぐに工房に行ったよ」

そう言ってモモコは窓に顔を向けた。

ミヤビは窓に駆け寄り、レンガ造りの工房に目をやった。
煙突から煙が上がっている。中に居るのは間違いない。

食堂を後にし、裏口から外に出る。

工房の扉の取っ手を掴み、押したり引いたりしてみるが
鍵がかかっているらしく、ビクともしない。

「ちょっと、中に居るんでしょ! 開けなさいよ!!」

激しく扉を叩く。が、いくら待っても反応がない。

「あの子、集中力が凄いから、ちっとやそっとじゃ、気づかないよ」

母屋からモモコの声が聞こえた。
それでもミヤビは扉を叩き続けた。
だが、いっこうに開く様子がない。

扉を叩くのをやめ、神経を集中して中の様子を探る。
槌打つ音が聞こえる。確かに、これでは気づかないかもしれない。

「ミヤァ、ゴハン、食べないの」今度はサキの声がした。
「食べないなら、ウチらで、食べちゃうよ」

「えっ」小さく叫んで、ミヤビは母屋を向いた。

サキが窓枠に手を置いて、こちらを見ている。
その奥でテーブルに向かい、手を合わせるモモコの姿が見えた。

ミヤビの腹の虫が、グゥと鳴った。

「ちょ、タンマ!」

ミヤビは母屋に向かって、慌てて駆け出した。
45 名前:びーろぐ 投稿日:2009/12/30(水) 05:44
>>31
構想の段階では何人かの名前が挙がっていたんですが、最終的に彼女になりました
舞美の登場予定はあるので、真野ちゃんと迷ったら彼女だと思ってくださいw

ちなみに錬金術師の候補に、元帥は挙がってなかったですw
46 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/30(水) 11:20
>>18です
あまり見ない雰囲気というのは前スレ含めたお話全体のことです。
CP系も好きですが、ここのファンタジーも大好きです!

錬金術師はアイリでしたか!
ミヤとアイリのやり取りに吹きましたw
次の更新もお待ちしております(´∀`)
47 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:04
目を醒ましたミヤビは、上半身を起こそうとして
酷い頭痛に見舞われた。
起き上がるのを諦め、再びベッドに横たわる。

額に触れると、なにやらベタベタしたものが指先にまとわり付く。
傷薬かなにかを塗られているようだ。
頭に瘤がいくつもできている。

いったい、自分にどんな厄難が降りかかったのか。

天井をぼんやり眺めながら、昨夜の出来事を思い出す。

「あっ!!」

小さく声をあげると、ミヤビはベッドから跳ね起きた。

脳を揺さぶるような痛みが走るが、痛がっている場合ではない。
歯を食いしばり、寝室から飛び出した。

「どこ行った!」

屋内を走り回り、食堂にたどり着くと
サキとモモコが向かい合って朝食を取っていた。

「ああミヤ、おはよう」

ミヤの分もあるよ、と呑気な声で話すサキだったが
ミヤビの顔を見たとたん、目を見開いた。
モモコが小さな悲鳴をあげる。

「ちょっと、大丈夫?」
「なにが?」
「顔。鏡、見てごらん」

洗面所にあるからとサキが指差したが
ミヤビにとって、自分の顔がどうなっているかなど
今はどうでも良かった。
48 名前:びーろぐ 投稿日:2010/01/06(水) 05:06
ゴメンなさい>>47はミスです。

改めて続きをどうぞ。
49 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:07
 
50 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:09
工房の犬走りに腰を下ろし、抱えた膝の上に頬杖をついて
ミヤビは流れる雲を、ただぼんやりと見ていた。

もう日が高くなろうとしていたが
槌打つ音は断続的に鳴り響き、アイリが出てくる様子はない。

他に侵入する方法はないかと、建物を一周してみたのだが
窓には全て鎧戸が降ろされており、玄関以外の入り口もない。

残った開口部は換気口と煙突だが
換気口は小さすぎて体が通らない。

煙突からなら侵入できそうだが、絶えず煙が上がっている。
しかも、普通の暖炉に繋がっているのではなく
金属をも溶かす、火炉に繋がっているのだ。

そこに身を投じるなど、想像しただけでゾッとする。

こうなると、後はアイリが出てくるのを待つしかない。

「ねぇ、ミヤ」

声のする方に顔を向ける。
モモコがつまらなそうな表情で佇んでいた。

「王さまに、会いに行かない?」
「行かない」
「なんで? ミヤ、会ってみたいって言ってたじゃん」
「いい。それどころじゃないもん」

ミヤビが言うと、モモコは両手の指を絡ませながら、唇を突き出した。
その様子を横目で眺め、ミヤビはため息をついた。

「キャプテンと行ってくればいいじゃん」
「だってキャップ、ヤダって言うんだもん」

それに、朝から独りでどこかに出かけたらしく
家には居ないのだと言う。
51 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:11
「ねえ」と言って、モモコは屈んでミヤビに顔を近づけた。

「あのアクセサリー、そんなに大事な物なの?」
「別にそんなんじゃないよ」

ミヤビは首を振った。

「じゃあ、なんでそんなに必死なの?」

モモコが首を傾げる。
ミヤビは立ち上がった。そして拳を振り下ろす。

「だって、悔しいじゃん! そりゃあ、伝説の錬金術師から見たら
 ウチらなんて、たいしたハンターじゃないかもしれないけど
 ボロクソに言われたって、仕方ないかもしれないけど…」

「あれは、ちょっとイタズラ心が出ただけで
 別に深い意味があったわけじゃないと思うよ。
 元々、他人をバカにしたりする子じゃないし」

昨夜はああ言ったが、今、工房にこもっているのも
きっと氷の刃を創ってくれているのだ、とモモコは言った。

「だから、『返して』って言ったら、普通に『昨日はゴメンね』つって
 返してくれると思うよ」

しばらく立ちつくしていたミヤビだったが
「それじゃあ気がすまないの」と勢いよく腰を下ろした。

その後もモモコは、美味しいお店があるとか
美しい景色が見える場所を知ってるなどと言って
ミヤビを連れ出そうとした。
が、ミヤビは首を縦に振らなかった。

ようやく諦めたのか、モモコは「ミヤって、こんなに頑固だっけ」
と呟いて立ち上がった。
そして、キャップ戻ってないかなと言いながら、母屋に向かった。

ミヤビは彼女の後姿を見送った後、空を見上げた。
煙突から真っ直ぐ煙が上がり、青空に溶けていく。

まだまだ出てきそうもないな、と深いため息をついた。
52 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:12
 
53 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:14
夕暮れ時、モモコは馬車道から一本入った、路地を歩いていた。

洗濯物を取り入れる婦人と挨拶を交わし
右に折れて真っ直ぐ進んだところで、小さな広場に出た。

ベンチに腰掛ける若いカップル、パイプを吹かす老紳士など
人影はまばらで、地元の子供が嬌声をあげながら駆け回っている。

ここはまだ知られていないらしい。
モモコは安堵の息をついた。

頑として動こうとしないミヤビを置いて、ひとりで街に出たのだが
どこもかしこも観光客でごった返していて、息がつまりそうになった。

この場所も、次に来た時には、同じようになっているかもしれない。
少し寂しい気分になったが、そうならない内に楽しんでおこうと
気持ちを入れ替え、欄干に向かって駆け出した。

「あれ?」

そこで意外な人物を見つけた。
モモコは欄干に腰掛ける、その人物の元へ近づいた。

「キャップ、なにやってんの、こんなところで」

サキがこちらを見た。「ああ、モモ」と呟いて顔を正面に戻す。

「夕日がね、いっちばん、綺麗に見える丘があるって、教えてもらったの」
「誰に? ああ、街の人にか」

モモコは独り合点したが、サキは黙ったまま首を縦に振った。
54 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:16
モモコはサキの隣で欄干に両腕を載せ寄りかかった。

空は茜色に染まり、陽が今まさに海に溶け込むようにして沈んでいた。
海にもその陽が映り、まるで二つの太陽が融合するようだ。

巣に戻る海鳥が、鳴き声をあげながら飛んでいる。
細波がキラキラ光り、その上を帆を紅く染めた帆船が滑っていく。

幻想的な風景に、ふたりはしばし見惚れた。

「綺麗な景色だね」呟くようにサキが言う。

「うん、モモも好き」自然と口をついて出た。

「こんな素敵な夕陽、初めて見たよ」

ため息をつくサキに、モモコは思わず顔がほころんだ。
お気に入りのこの場所を、サキが気に入ってくれたことが嬉しかった。

太陽が沈みきるのを見届けて、ふたりはアイリの家に足を向けた。
真っ赤だった空が白んでいき、そして徐々にインクを混ぜるように
灰色が濃くなっていく。

途中、城の前を通ると、城壁の上に光の玉が灯るのが見えた。
警護のためではあるが、ライトアップされた城は美しく
観光客の目を楽しませるのに、充分だった。

「今日さ、色んなとこ歩いて、お話して、思ったんだけど」
「うん」
「みんな明るくって、優しいいい人ばっかで、住みやすそうで、いい街だね」
「そうだね」

ポツリポツリと語るサキに、モモコは相槌を打った。
55 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:18
「あっちの方に、有名な森があるんだってね」
「ああ、エッバ・ミゴの森ね」

サキが指差した先は、すでに真っ暗でなにも見えなかったが
この辺りで有名な森といえば、エッバ・ミゴの森しかない。
地元の人から教えられたのであれば、間違いないだろう。

明日、行ってみようと思うと言うサキに

「あのね、シルフが棲んでるんだよ」

と教えると、サキは目を丸くした。
一緒に行こうと提案すると、サキは笑顔で頷いた。

「ミヤと、あのアイリって子も誘って、みんなで行こうよ」

ノリノリのサキに対して、モモコは苦笑いを浮かべた。

「あのふたりは…行かないと思う」
「なんで?」

尋ねてくるサキに、昼間の状況を説明する。

「なんで、あんなに意地になってんのか、わかんないんだよね」

キャップ、わかる? と尋ねてみたのだが
サキも首を傾げるだけだった。

「アイリも、ちょっと拗ねちゃっただけで
 本気じゃないと思うんだよね」

「なんで拗ねてんの?」

出会ったときに、頭が弱いとか、子供だとか言ったからだろうか。
サキがそう呟いたが、モモコはどちらも違うと首を振った。

「ふたりともアイリのダジャレで笑わなかったでしょ、だから」

サキは思わず足を止めた。そして「そっち?」と声をあげた。
56 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:19
アイリの家に戻ると、彼女が一人で食事の準備をしているところだった。

「お帰り」と笑顔で出迎え「どこ行ってたの?」
「たのしかった?」と気さくに尋ねてくる。

昨日の出来事など、なかったかのようだ。

やっかいになってる立場なのに、とモモコが手伝うため
アイリの元に駆け寄るが

「ふたりはお客さまなんだから。座って待ってて」

とやんわり断られた。

「あれ、ミヤは?」

椅子に腰掛けながらサキが呟いた。
モモコも辺りを見回した。どこにも彼女の姿はない。

「あれ、ホントだ。ねぇ、アイリ…」

パスタの盛られた皿をテーブルに置くアイリに、モモコが尋ねる。

「ミヤ見なかった? あのねぇ、お昼には
 そこの工房出たところで座ってたんだけど」

そう言って窓の外を指す。
アイリは自らも席に着き、ふたりに食事を促すと
頂きますと言って両手を合わせた。

「夕方ね、アタシが出たら、扉の横で眠ってたよ」

あまりにも気持ち良さそうに寝息を立てていたので
起こさなかったそうだ。

「冷えるといけないから、毛布を掛けてあげといた」

パスタを頬張りながら、アイリはフニャリと笑った。
57 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:21
他愛もない会話を楽しみながらの食事を終え
サキとモモコは後片付けを始めた。

「お客さまを働かせるわけにはいかない」と言い張るアイリだったが
かえって居心地が悪いからと、なんとか説き伏せた。

モモコが皿を洗い、サキが食器棚に戻していると
廊下から慌ただしい足音が、聞こえてきた。

ふたりが顔を向けると、そこに居たのはミヤビだった。

「あの子、どこ行った!?」

肩で息を切らせながら、声をあげる。

「アイリなら、自分の部屋に戻ったけど」

モモコは天井の隅を見つめた。アイリの部屋は二階にある。
ミヤビは右に左に顔を巡らせ、階段を見つけると駆け出した。

「ミヤ、食べないの!」

サキが一人分の食事が載ったテーブルを指差す。
だが、返事は返ってこず、廊下を駆ける足音が鳴り響いた。

そしてしばらくの静寂の後、叫び声が聞こえたかと思うと
今度は派手な騒音が響き渡った。

何事が起きたのかと、サキは皿を手にしたまま、廊下に飛び出した。
モモコも、めくった袖を戻しながらその後に続く。

「ミヤ! 大丈夫!?」

サキが大きな声をあげる。
見ると、階段の下で白目を剥いて倒れているミヤビの姿があった。
58 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:24
「どうしたの?」

モモコは急いで駆け寄った。
屈んでミヤビの上半身を起こそうとしながらサキが首を振った。

「わかんない。けど、気ぃ失ってる」

ミヤビの名前を呼びながら頬を叩くが
目を醒ます様子はまったくなかった。

「大丈夫?」

階段を降りる足音が聞こえてきた。
心配そうに眉を下げるアイリが居た。
その手に、大きな槌を持っている。

「ひょっとして、アイリがやったの!?」

モモコは槌を指差した。
困ったように首を傾げたアイリだったが
モモコが指す先に視線を落とし、自分が手にしている物に気づくと
槌を胸に抱き寄せ、激しく首を振った。

「えっ、違うよ…これはね、扉の建て付けが悪いから
 直そうと思って、こう、振ってたら、後ろから叫び声が聞こえて」

見上げると階段を上がりきった正面に、扉があった。

つまり、扉を修理するために背を向けていたアイリを見つけ
襲おうと近づいたミヤビだったが、突然アイリが槌を振り上げたため
驚いてそのまま階段から転げ落ちた、ということなのだろう。

気づかれないよう、気配を消していたのが、返って裏目に出たのだ。

「もう、なにやってんだか…」

サキが呆れ顔でため息をついた。
59 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:25
 
60 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:27
「いや、あれは絶対わざとだよ」

朝日の差し込む寝室のベッドで
頭や背中、それに腰や膝を順にさすりながらミヤビが言った。
手が触れるたびに、苦痛で顔が歪む。

「ミヤ、買いかぶりすぎだって。アイリにそんな能力ないよ」

痣の浮いたミヤビの肩口に薬を塗りながらモモコが言う。
が、ミヤビはそんなことないと、かぶりを振った。

「だって、ウチがあの子の右手掴もうとしたら
 いきなり腕、振り上げたんだよ。
 そのまま背中越しに、ウチの頭めがけて
 トンカチ振り下ろしてきたんだから。
 あのまま殴られていたら、ホント、ヤバかったって」

階段から落ちたぐらい、たいしたことない。
この程度の傷ですんで、良かったとミヤビは息巻いた。

「なに言ってんの。この調子でいったら
 スーちゃんから貰った薬、なくなっちゃうよ」

口元を尖らせモモコは鼻を鳴らした。
これでおしまい、と背中を思いっきり叩く。
するとミヤビが悲鳴をあげた。

「モモ、お出かけするけど、今日は変なことやんないで
 一日ベッドでおとなしくしてるんだよ」

「どこ行くの」

ベッドに身体を横たえ、シーツを首元まですっぽり被りミヤビは尋ねた。
桃子の顔に、笑みが広がった。浮かれた調子で答える。

「キャップとピクニック。あのね、シルフに会いに行くの」
「あの子も行くの?」

ミヤビの表情が曇る。が、モモコは首を横に振った。

「ううん、誘ったんだけどね。忙しいから行かないって」

行ってくるねと手を振るモモコを見送り
ミヤビはベッドの中でイタズラっぽい笑みを浮かべた。
61 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:28
 
62 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:30
モモコが表に出ると、すでに用意を済ませたサキが待っていた。

歩いて行くには距離があり、馬車では小回りが利かないということで
モモコの荷馬車から馬を外そうということになった。

ハーネスを外し鞍を取り付けていると、工房が騒がしくなった。

アイリの金切り声が聞こえる。
それに応えるように複数の男が声をあげた。

サキとモモコは顔を見合わせ、何事かと工房に駆け寄った。

突然、扉が開く。数人の男たちが飛び出してきた。
ふたりは、反射的に扉の影に隠れた。

「このワシが頭を下げているのいうのに、あの小娘の態度はなんだ!」

立派な身なりをした痩身の男が、ステッキを振り回しながら怒鳴った。
大股で歩く男を、数人の取り巻きがおろおろしながら後を追おう。

男たちの姿が消えてしばらくすると
垣根の向こうから大きな黒塗りの馬車が走り去っていった。

「なにあれ?」

ぼんやり見送るサキに、モモコは声を掛けた。

「あれ、トリルとかっていう、貴族の人だよ。
 街の人からは、あんまり評判よくないみたい。
 今でこそ子爵さまとか言われてるけど、成り上がり者なんだって」

政よりも己の出世に執心する御仁で
ここに来たのも領主のご機嫌取りのためにアイリに
なにか作らせようとしたに違いなかった。
63 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:32
アイリが扉から顔を出し、しかめっ面で舌を出した。

「ベーッだ! 何度来たって創ってやんないんだから」

が、サキたちの姿に気づくと、「あら居たの」と呟いて
困ったちゃんの表情になり、顔を赤らめた。

「よく来るの?」

モモコが尋ねると、両手の指先を合わせ
閉じたり開いたりしながら頷いた。

「創ってあげないの?」

サキの問いに、アイリは激しく首を振った。

「アイリは自分が興味持った物しか創らないもんね」

モモコが顔を覗き込みながら言うと
アイリはこっくり頷いた。

「だってさ、みんな評判聞いてやって来るだけで
 アタシがどんな物、創るか知らないんだもん」

実際、彼女に武具の作製を依頼しに訪ねてくる者も多いが
受けることはほとんどないらしい。

創りたい物を創る──それが彼女の信条なのだ。

モモコがアイリの肩にすがりついた。

「でもモモは別だよね、氷の刃、創ってくれてるよね?」

が、アイリはとぼけたような表情を作り、頭を傾けた。

「創ってないよ。だって創らないって言ったじゃん」
64 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:33
「えっ、ウソ!?」モモコは声をあげた。
「じゃあ、ホントにミヤが奪い返さないと創ってくれないの?」

「なにが?」アイリは小首を傾げた。

サキとモモコは顔を見合わせた。
かける言葉が見つからず、揃ってアイリの手首を指差す。

アイリはふたりの指す先を目で追うと瞳を見開いた。
右手を顔の辺りまで上げ、左手を添える。
手首に巻かれたブレスレットが揺れた。

「これかぁ」

大げさな動作で身体を反らせる。
バツの悪そうな笑みを浮かべ、慌ててブレスレットを外した。

「ちょっとした冗談のつもりだったんだけどね」

そしてふたりの前に差し出した。

「ミヤビちゃんだっけ。あの子に返しといて」

受け取ろうと手を伸ばしかけたモモコだったが
少し躊躇し、どうしようかとサキに目配せした。

サキは苦笑いを浮かべ、腕をすっと伸ばしブレスレットを指した。

「自分で返した方がいいと思うよ」

しばらく考え込んでいたアイリだったが
口角を上げ目一杯の笑みを作ると、しっかり頷いた。

「わかった。今度会ったら返しとく」
65 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:35
「でも、わかるなぁ」

サキが唸るように言った。
「なにが?」とモモコが顔を向ける。

「アイリちゃんの気持ち。なんていうの?
 名声だけが独り歩きしてるっていうかさ。
 武器とか『創ってくれ』って来るのはいいけど
 アンタたち、なんにもわかってないじゃん、みたいな」

「えっ、どういうこと?」

「だから、『アタシの創った物が欲しいんじゃなくって
 伝説の錬金術師が創った物だったらなんだっていいんでしょ』ってこと」

「でも、実際アイリは伝説の錬金術師だよ?」

「それはそうなんだけど、頼みに来る人は
 別にアイリちゃんの創る物が欲しいわけじゃないの。
 伝説の錬金術師が創った物が欲しいだけなのよ」

「うーん、それってどう違うの?」

頭に人差し指を突き立て、モモコは首を傾げた。
この時、なぜか小指は立っていなかった。
どうやら物事に集中すると小指は立たないようだ。

「なんて言ったらいいかなぁ。例えばさ、ちゃんとアイリちゃんが
 創った物を見て欲しくなったんならいいの。
 なんも見てないのに、どんなの創るか知らないのに
 頼みに来るのがヤなの。だよね」

そう言ってサキはアイリに水を向けた。
が、アイリはなにも応えなかった。
睨みつけるように足元を見つめ、肩がわなわなと震えている。
66 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/06(水) 05:37
「アイリ?」

どうしたんだろうと、モモコが一歩近づいた。
アイリの肩に触れようとしたその時、突然、彼女が顔を上げた。

これまで見せたことのない、鋭い視線をサキに向ける。

「勝手なこと言わないで!!」

激しい口調に、モモコは思わず後ずさった。
サキの顔に、困惑の色が浮かぶ。

「アンタたちみたいな、名もないハンターに
 なにがわかるっていうの!?
 だいたい、アンタたちだって
 アタシが伝説とかなんとか言われてるから、来たんでしょ!?
 ただの鍛冶屋だったら、何日もかけて、こんなトコまで
 わざわざ会いにきたり、しないんでしょ!?」

「アイリちゃん…」

サキはそう呟いただけで、なにも言えず立ち尽くした。
モモコも、どうすればいいかわからず、おろおろするばかりだ。

しばしの沈黙が流れた後、アイリがふと視線を逸らせた。

「ごめん、言い過ぎた」

消え入りそうな声で言うと、泣き顔になり、鼻頭を手の甲で押さえる。

「ホントにごめんなさい。今、言ったことは忘れて」

そして、忙しいからと言って工房の中に消えた。

ガチャリと鍵のかかる音が、呆然とするふたりの耳に
静かに、そして重く響いた。
67 名前:びーろぐ 投稿日:2010/01/06(水) 05:47
新年一発目の更新です。
読んでくださってる皆さま、今年もどうぞお付き合いください。

>>46
わざわざ返答有難うございます。
ひょっとして自分で気づいてないだけで今までの話と雰囲気が違ってたのかな
なんて思ってたんで、スッキリしましたw
68 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:09
寝室の窓から、西日が差し込んできた。
今日一日、ずっとベッドで横たわっていたミヤビは
眩しそうに目を細めた。

わずかだが、家のどこからか気配を感じる。
アイリが工房から戻ったに違いない。

モモコの話だと、昨日はサキと共に日暮れに戻ると
すでにアイリが夕食の準備をしていたということだ。

工房の外で居眠りしてしまい
やすやすとアイリに逃げられてしまったが
あれは彼女が上手く気配を消していたからだ。

だが料理を作るために歩き回れば、さすがに気配を消し去ることは難しい。

──アタシだってハンターの端くれ。
少しでも気配を見せれば、眠ってたってわかるんだ。

ミヤビは声を押し殺して笑った。

そっとベッドを抜け出す。身体の節々が痛い。
声をあげそうになるが、相手に気取られては元も子もない。
ぐっと堪える。

棍を杖代わりにして廊下を進む。
どうやら気配は食堂辺りから感じるようだ。
きっと厨房と食堂を行き来してるに違いない。

動くたびに悲鳴をあげそうになる痛みと戦いながら
ミヤビは食堂にたどり着いた。

息を殺し、扉をそっと開ける。
中の様子を探ろうと隙間から盗み見たミヤビだったが
次の瞬間、大きく扉を押し開いた。

「えっ、もう戻ってたの?」

食堂に居たのは、サキとモモコのふたりだった。
69 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:11
ふたりは一旦、ミヤビに顔を向けたが
浮かない表情でため息をつくと、すぐにうつむいた。

「行かなかったの」

低いトーンでモモコが言う。

「なんで? モモ、今朝はあんなにはしゃいでたじゃん」

サキが疲れた顔を上げた。「まあ、色々あって…」

あまりの落ち込みように、ミヤビはふたりが心配になった。
いったい、なにが起こったのか。詳しく尋ねようと思ったのだが
そこでひとつの疑問が頭に浮かんだ。

「えっ! てことは、ふたりともずっと家に居たってこと?」

ずっとこんな調子だけどねと言いながら、ふたりは力なく頷いた。

ミヤビはガックリうな垂れた。

ふたりとも終始おとなしくしていたとはいえ
完全に気配を消していたわけではなかった。
そもそも、安全な家の中で気配を消す理由などない。

にも関わらず、ミヤビは気づかなかった。
ベッドの中でスヤスヤ眠り込んでいたのだ。

己の迂闊さに、全身の力が抜けた。

「どうしたミヤ。まだ痛む?」

サキが立ち上がり心配そうに身を乗り出したが、ミヤビは首を振った。

「なんでもない。ウチのことはほっといて」
70 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:12
窓の外から、扉の開く音が聞こえた。
アイリが工房から出たのだ。

ミヤビは顔を上げた。数々の失態を帳消しにするは
あのアクセサリーを取り戻すしかない。

まだ痛む身体を引きずりながら、裏口へ向かう。
背後からモモコがなにか言ったが、無視した。

扉の影に身を潜め、息を呑む。
勝負は一瞬だ。後はないと自分に言い聞かせる。

人の気配と共に、扉がゆっくり開く。
焦ってはダメだ。全開なるのを待って
ミヤビは入り口の正面へ躍り出た。

「あら、ミヤビちゃん」

そこに、ヘラヘラ笑みを浮かべるアイリが居た。
人を癒しへと導くその笑顔も、今のミヤビにとっては嘲笑にしか映らない。

まずは相手の自由を奪わなければ。
ミヤビはアイリの足元を狙って棍を振った。

だが、それを予見していたかのように
アイリの足がふわりと浮いた。

「チッ」

ミヤビは舌打ちした。
次の攻撃に移ろうと棍を振り上げたが
とんでもない光景を目の当たりにし、次の一手がでない。

宙に浮いたアイリが降りてこないのだ。
それどころか、そのままの位置から
両手でミヤビに掴みかかろうとする。

──なに、この子、浮遊術が使えるの!?

ミヤビはその手を振り払った。
71 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:13
アイリの身体がわずかに揺れたかと思うと、横に移動した。

逃がすものかと、ミヤビも後を追う。

「ん?」

外に出たミヤビは、顎を前に出し首を傾げた。

そこに居たのは大男だった。
男は、手足をバタつかせるアイリの首根っこを掴み
ずんずん歩いていく。

一瞬、なにが起こったのかわからず、立ち去る男を眺めていたが
「ああ」と声をあげると手を打った。

「そっか、あの子自分で浮いたんじゃないんだ」

そう、アイリに浮遊術など使えるわけなどなく
大男によって、吊り上げられていただけなのだ。

「えっ、てことは…」

男の背中が見えなくなったところで
ミヤビはとんでもない事態に気づいた。

「大変! キャプテン、モモ!!」

ふたりの名を叫び、ミヤビは慌てて男の後を追った。
72 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:14
建物の角を曲がると、黒塗りの馬車が停められてあった。
辺りを探るが大男もアイリもどこにも居ない。

──まさか、この馬車に。

「どうしたの?」

のんびりしたモモコの声が聞こえた。
振り返ると不思議そうな顔をしたふたりが立っていた。

「大変なの。今そこで…」

ミヤビが事の顛末を説明しようとしていると
馬車が動き出した。

「あれ、これって今朝の」

サキが馬車を指差す。

すると、馬車の扉が突然、開いた。
身体をよじるようにして現れたのはアイリだった。

「助け…」

逃げ出そうとするアイリを男の手が押し込めた。
そして乱暴に扉を閉める。

「…アイリがさらわれた」

呆然と見送りながら、モモコが呟く。

「ミヤ!」と言ってサキが走り出す。
すぐさまミヤビもその後を追った。
73 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:15
サキはモモコの馬車の近くに繋がれていた馬に飛び乗った。

ミヤビもその隣の馬に飛び乗る。
ありがたいことに、鞍が取り付けられていた。

「ミヤ、モモ連れて来て」

いち早く道に飛び出したサキが叫ぶ。

「わかった!」

ミヤビは速度を落さず、砂煙に巻かれ立ち尽くすモモコを抱き上げ
そのまま自分の前に座らせた。

しばらく走らせると、四つ角で立ち往生するサキの姿があった。

「どっち行った?」

ミヤビが尋ねるとサキは首を振った。

「わかんない、見失った。モモ、城まで案内して」
「お城?」
「アイツ、貴族なんでしょ。なんでもいいから、早く!」

直接、自分の領地へ向かうことも考えられるが、もう日が暮れる。
一旦、城内の屋敷に連れ込む可能性が高い。

「えっと、こっち」

モモコが指差した。ミヤビは馬を指した方向に向けたが
サキが「ダメ!」と大声をあげた。

「なんで、こっちが近道だよ?」

モモコが金切り声で言うが、サキは首を振った。

「さっきの馬車見たでしょ、この道じゃ細くて通れないって。
 もっと、ちゃんとした馬車道で案内して!」

「そっか…じゃあ、こっち!」

サキが頷くのを確認し、ミヤビはその方向に馬を走らせた。
74 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:17
激しく揺れる馬上で、モモコは舌を噛みそうになりながら
「こっち…あっち…次、左」などと指示を出した。

だが、なかなか追いつくことができない。
白い城壁が間近に迫っているにも関わらず、馬車の姿は見えなかった。

焦りと苛立ちの中で、ひょっとすると
城ではなく領地へ向かったのではないか。
そんな考えが頭に浮かぶ。

「あっ、ここ右、右! 右だって!!」

四つ角に差し掛かる直前に言われたため
ミヤビは曲がれずそのまま直進して止まった。

「ねぇ、もっと早くに言ってよね!」
「だってぇ…」

急いで反転し来た道を戻る。そして四つ角を右に折れた。

「違っ、ミヤ、逆、逆だって!!」
「えっ、右って言ったじゃん」
「通り過ぎたんだから、今度は左でしょ」
「あっ、そっか」
「ちょっとぉ、しっかりして!」

言い争うふたりの背後から、サキの「居た!」という声が飛んだ。

振り返ると馬車が次の四つ角を左に折れるところだった。

そこは坂道になっており、登りきると城の裏手に出る。
そして、そこには物資を搬入する城門がある。

「ミヤ、急いで!」
「わかってるって」

ミヤビは必死で手綱を振るった。
75 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:18
坂を上りきる手前で、ようやく追いつきそうになったサキが失速した。

どうしたのだろうとよく見ると
サキは馬上で弓を構えていた。

おそらく、馬に駆け寄った時に
馬車に置いたあったものを手に取ったのであろう。

さすがは頼りになるキャプテン、こういうところは抜け目ない。

が、彼女は矢を放つことなく弓を背負った。

サキが失速したことで、ミヤビたちも追いついた。

「どうして撃たなかったの?」

併走しながらミヤビが尋ねると
サキは顎でしゃくって見せた。

前方に顔を向けると城門がすぐそこに迫っていた。
門の脇には城兵が立っている。

なるほど、こんなところで子爵の馬車に矢を放っては
たちどころに捕縛されてしまうだろう。

馬車が城門の前で止まった。
門が開くまでに追いつかなければ万事休すだ。

だが御者と一言二言、言葉を交わしただけで
城兵は城内に姿を消した。

そして重々しい音と共に、門が開かれていく。

彼女たちが追いついた時、馬車はすでに城内にあった。
76 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:19
それでも後を追おうとする彼女らに、城兵が立ちはだかった。

「貴様ら何者だ!」

大声を張り上げる城兵に、馬が驚きいなないた。

「お願い、通して」

モモコが懇願する。だが城兵は首を縦に振らなかった。
ミヤビは閉まっていく門の隙間から馬車を指した。

「だって、今馬車が入ってったじゃん」
「あれは、高貴なお方の馬車だ。お前らとは違う」
「高貴かなんか知んないけど、ただの人さらいじゃん」

ミヤビが言うと城兵表情が険しくなった。

「貴様、子爵さまを愚弄するか。この場で捕えるぞ!」
「アクアサンタ公に急ぎ謁見したい」

サキが聞いたこともないような野太い声で言った。
城兵は眉を寄せた。サキを睨みつける。

「はあ? なんだぁ?」
「急ぎの用件である。すぐに取り次がれよ!」

その堂々たる態度に、城兵は一瞬、気圧された。
サキの姿を、頭の先からつま先までじっくり観察する。

「な、何者だぁ?」
「名乗る必要などない。さあ、早くせぬか!」

隣国の使者か、どこぞの姫がお忍びで来られたか。
対応を間違えば首が飛びかねない。
しばらく思案していた城兵だったが
遠くから鐘の音が聞こえ、安堵したように頬を緩めた。
77 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:21
「今日は店じまいだ。殿下に用があるなら
 大手門から入るがよかろう」

「あっ、待て!」

サキが呼び止めるのも関わらず、城兵は城内に姿を消した。

「キャップのハッタリ、効かなかったね」
「うん、いい線まで行ってたんだけどね」

馬上で残念そうにふたりはため息をついた。

「チッ」

舌打ちするとサキは身をひるがえし、馬を走らせた。

「あっ、待って」

ミヤビも手綱を振るい、後を追う。

「どこ行くの!」

ミヤビが尋ねると、サキは大手門へ向かうのだと答えた。
門が閉まりきる前に滑り込めれば、なんとかなるかもしれない。

だがその昔、城内に錬金術師を囲っていただけあって
この城はとにかく広い。

二人乗りのミヤビとモモコを置いて
身軽なサキがドンドン飛ばして行く。

その姿を見送りながら、モモコは三つ、四つと鐘の音を数えた。

「七つ…あと二つだよ、どうするミヤ、もう間に合わないよ?」
「わかってるって!」

そもそも退城を促す鐘だ。
間に合ったところで、入れてもらえるとは思えない。
だが、今はサキを信じるしかない。

九つ目の鐘が鳴った。結局、ミヤビたちはたどり着けなかった。

サキは間に合ったのだろうか。

が、大手門でふたりが見たのは、馬の足元で屈んで頭を抱えるサキの姿だった。
78 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:21
79 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:22
大急ぎでアイリの家まで戻ると、サキとミヤビは馬車に駆け寄った。

「どうする? やっぱ剣はマズイかな」
「う〜ん、魔物相手じゃないからね、やっぱマズイでしょ」
「そっか…じゃあ棍にする。キャプテンは?」
「えっと、確か眠りの矢があったはずなんだけど」

馬車の荷台を漁るふたりの後ろで、モモコは声をあげた。

「ねえ、なにやってんの!?」

だがふたりは答えない。手際よく武具を準備する。

「チェーンメイルあるけど、ミヤ着る?」
「いい。キャプテンが着けて」
「…ねえ」
「えっ、ミヤが着なよ」
「だってそれ、モモのでしょ。ウチ入んない」
「…ちょっとぉ」
「そっか。でも他に防具って持ってきてないんだよね」
「大丈夫。まさか、いきなり斬りつけてきたりはしないでしょ」
「…ねえってば」
「うーん、ないとは思うけど」
「でしょ? だったら平気」

まったく会話に入れないモモコは
一歩下がると大きく息を吸い込んだ。
そして腹の底から声を出す。

「ちょっと、モモの話も聞いて!!」

つんざくような高音に、サキとミヤビは首をすくめた。

「モモ、うるさい」

サキは顔をしかめた。ミヤビも不機嫌な表情でモモコを睨みつける。
80 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:24
「だって、ふたりともモモの話、聞いてくれないんだもん。
 それより、なにやってんの。どうするつもり?」

「決まってんじゃん、あの子助けに行くの」

そう言いながら、ミヤビは馬にまたがった。
モモコが目を丸くする。

「本気で言ってんの!?」

チェーンメイルに袖を通しながら、サキが当然だと頷く。
モモコの顔から血の気が引いた。

「お城に連れてかれたんだよ、そんなの無理だって」
「やってみないとわかんないじゃん」

そうだよと言いながら、サキが馬に飛び乗る。

「だって、お城なんだよ、捕まったらどうするの?」
「捕まんなきゃいいの。さっ、ミヤ行こうか」

ふたりともやる気満々だが、モモコには無謀にしか思えない。

「待ってよ、王さまに話したらなんとかなるかもしんないんでしょ。
 明日、開門してから会いに行けばいいじゃん。
 ねぇ、そうしようよ。お城に忍び込むなんてダメだって」

アイリをさらって行ったのはトリル子爵だ。
この件に領主のアクアサンタ公が絡んでいるとは考えにくい。
であれば、なにも城に忍び込むなどという危険を冒さなくても
領主に訴え出れば解決するはずだ。

だがサキは首を横に振った。

「ダメだよ、開門前に自分の領地に連れてかれたら、アウトだもん」

錬金術師の娘なぞ知らぬ存ぜぬを通されたら、どうすることもできない。
領主が子爵と一介の旅人、どちらを信ずるかは明白なのだ。

それならば、城を出たところを襲えばいい。
モモコはそう言ったが、それでは遅いのだとサキは答えた。

こちらは三人しかいない。囮でも使われたら対応できない。
今夜中に救い出すしか、方法はないのだ。
81 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:25
「じゃあ、ウチら行くから。モモは家で待ってて」

手綱を振ろうとするミヤビを、モモコが「待って!」と制止する。

「もう、今度はなにぃ」

サキが顔をしかめた。
モモコは拗ねた表情を作り、口の中でゴニョゴニョとなにやら呟いた。
ふたりから聴こえないと怒鳴られ、今にも泣きそうな顔で声を荒げた。

「だったら、モモも行く!」

「はあ?」ミヤビは顔をゆがめた。
「でも、モモついてきたって、なんにもできないじゃん」

できないどころか、足手まといになりかねない。
それに、万が一城兵に捕まってしまった時を考えると
誰か残っていた方が、なにかと都合がいい。

だが、モモコの決意は固かった。
一緒に行くと言ってきかない。

「だってアイリ、モモの大切な友だちだもん。
 モモが行かなきゃ。行って助けなきゃ」

「そんな無理言わないでよ。ここはキャプテンとアタシに…」

「わかった」

サキがミヤビの言葉を遮る。
すぐさま馬から降り、荷台に向かう。
炎の刃を手に取りモモコに差し出した。

モモコはひとつ頷き、剣を取った。
82 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:26
「えっ、連れてくの!?」

驚くミヤビに、サキは微笑んだ。

「今回はね、モモが行った方がいいと思う。
 ううん、行かなきゃダメ」

「ありがとう、キャップ」

囁くように言うモモコに、サキは静かに瞳を閉じ首を振った。

「そうだ、だったらチェーンメイル、モモが着た方がいいよね」

元々モモのだし、とサキはチェーンメイルを素早く脱いだ。

「ねえ、今日ピクニックに行かなかったのと、関係あるの?」

モモコが着込む間、ミヤビが質問した。
サキは困ったような表情で首を傾げた。

「う〜ん、あるっちゃ、あるんだけどねぇ」

「なに、あの子となんかあったの?」

「あったといえばあったし、でも向こうは
 なかったことにして、て言ってるし」

「もう、意味わかんない!」

ミヤビは難しいこと考えると頭が痛くなると言って首を振った。
準備が整ったとモモコが告げる。

「その話はまた今度ゆっくりね」

モモコを後ろに乗せ、サキは走りだした。
頭痛が痛いと呟きながら、ミヤビはその後を追った。
83 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/13(水) 07:28
「モモ、あれから考えたんだけど」

城に向かう道中、モモコはサキの背中に語りかけた。

「アイリ、きっと寂しかったんだと思う」

錬金術の大家に才能を見出されてからというもの
親元を離れ、ずっと修行に明け暮れていたのだという。

そして、その師匠も数年前に亡くなり、今は独りで生計を立てている。

「モモにはキャップやミヤ、それにみんなが居てくれるけど
 アイリには誰も居なかったんだよね」

アイリの側にも、たくさんの人々が集まってくる。
だがそれは、彼女の名声に──名声だけに群がる、魑魅魍魎でしかない。

「モモね、ずっと、ずーっと考えたんだ。
 でね、今朝キャップが言ったこと、少しだけ判った気がする」

サキはなにも応えなかった。
だが、それがかえって安心感を与えてくれる。
モモコは喋り続けた。

「だからね、モモ思ったんだ。アイリは独りじゃない。
 独りじゃないんだよって。それをわかってもらうには
 やっぱり、モモが助けに行かなきゃダメなんだって」

昨日今日、出会ったサキたちではなく
いつも危険と隣合せなハンターという立場にあるふたりではなく
この自分が、アイリのことを、一番大切に思っている
モモコ自身が、命を懸けて救い出さなければ──

「もう着くよ」

サキが口を開いた。

モモコは、小さいけれども大きなサキの背中を、ギュッと抱きしめた。
84 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/14(木) 00:34
更新乙です
モモ活躍の活躍を祈る!
85 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 05:50
城壁には一定の間隔で櫓が設けられていた。
それぞれに光の玉が置かれており、美しい光を放っている。

が、全ての櫓に兵が詰めているわけではなく
また城壁の上を巡回する姿もない。
光の玉も、仄かに灯っている程度で、死角も多い。

「これだったら、けっこう簡単に入れるかも」

夕暮れ訪れた搬入口近くに馬を繋ぎなぎながらミヤビは言った。

「う〜ん、どうだろ」

サキは大き目の石を拾い上げると、城壁の中に投げ入れた。
すると光の玉が一斉に光量を上げた。

辺りが昼間のように明るくなる。

サキとミヤビが素早く茂みに姿を隠した。
どうすればいいかわからずオロオロしていたモモコだったが
袖を引っ張られ茂みの中に身を沈めた。

城壁の上を、兵たちが慌ただしく駆け回る。
どこだ、なにがあった、と怒号が飛び交う。

サキが葉の生い茂る木に向かって矢を放った。
小鳥たちが、一斉に飛び立つ。

城壁の上から、なんだ鳥かと安堵する声が聞こえた。
それでも、念のため城内を探索していたようで
しばらく物音が続いた後、光の玉の光量が落された。

「ふう、凄いね」

ミヤビがため息をついた。
サキが行こうと言って身を隠しながら動き出した。
86 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 05:52
どこか警備に隙はないかと城の周りを探った。
一周し終わるころには、夜も更け街の灯りもすっかり落ちていた。

「大通り沿いの正面は問題外。搬入口のある裏手も無理だね」

土の上に書かれた城の絵図を枝で指しながらサキが言う。
顎をさすりながら思案していたミヤビが、指差した。

「やっぱり、ここからがいいんじゃない?」

正面を向いて右側面の一部が
崖というほどではないが、きつい勾配になっていた。
周囲に建物もなく、見晴らしはいい。警備はし易いだろう。
だが、そこが返って盲点となる。

「う〜ん、そうだねぇ」

口元を歪めサキが唸った。
モモコがふたりの顔を覗き込む。

「でも、あそこってこんな、こんななってんだよ。
 近づけないでしょ」

腕をカクカク振りながら、足場が不安定なことを表現する。
が、サキは「全然」と平然と言い放った。
ミヤビが「楽勝だよね」と頷く。

「え〜っ、ウソでしょ! モモ、絶対ムリだから」

泣きそうになりながら言う。すると、サキが

「だったら、ここで待ってる?」
「うん、それがいいよ。ウチらふたりで行ってくるから」

ミヤビも同意する。モモコは口元を突き出し
いっそう酷い泣き顔になった。

「もう、そんな意地悪しないでよぉ。…わかったよ、モモ頑張る」
87 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 05:54
三人は声を押し殺し、足音をたてないようにして目的地に向かった。

城壁のすぐ横に水路があったが、幅が細く
侵入者を阻む堀というわけではなく、単なる生活用水路のようだ。

しばらく進むと道が途絶えた。
緩やかな斜面を、木々を掴みながら水路沿いに登る。
あと少し進めば、むき出しの岩場が現れる。
そこが目的地だ。

それほど傾斜はきつくないが
足元が悪く生い茂る葉の隙間からこぼれる月明かりだけが頼りだ。
三人は慎重に足を進めた。

「モモ」

前を行くサキが突然、振り向いた。
なに、と応えようと顔を上げたモモコだったが
その前に一歩踏み出した足が、地面を捉えることなく宙をさまよった。

「わわわっ!」

掴んでいた枝を中心に、身体が半回転した。
なんとか片足立ちで耐えていたのだが
枝がぽっきり折れ、そのまま脇の水路に落ちた。

「お、溺れるぅ、たっ助けて!」

泳げないわけではなかったが、闇の中での水没は
上下左右がわからなくなり、恐怖心をかきたてる。

「モモ、静かに。落ち着いて」
「えっ!」

浅いから大丈夫、とサキの声が聞こえ、モモコは平常心を取り戻した。
立ち上がってみると、流れは緩やかで、水位は膝を超える程度だった。
88 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 05:55
「そこ、段差なってるから、気をつけて
 って言おうとしたんだけど」

額を掻きながら、申し訳なさそうにサキが言った。

「もう、そういうことは、早く言って!」

ずぶ濡れになりながら抗議するモモコだったが
不意に周囲が明るくなり、サキが姿を消した。

心配そうに覗き込んでいたミヤビも、その場に伏せる。

「モモ、潜って。隠れて!」

今の騒ぎを気づかれたようだ。
モモコは大きく息を吸い、水中に身を投じた。

光の玉が光量を上げ、水路の中にまで灯が射す。
水が流れる音に混じって、男の叫び声が聞こえる。
なにを言ってるのかまではわからない。

光はなかなか弱まらなかった。

もうダメだ、息が続かない──

限界を超え、頭を上げようとした瞬間
水路の壁に、なにか黒々とした物が見えた。

水面から顔を出す。辺りは闇に包まれていた。
間一髪、どうやら見つからなかったようだ。

モモコは大きく口を開け、なるべく音を立てないよう呼吸した。
89 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 05:56
しばらくしてミヤビの声が背後から聞こえた。

「もう大丈夫。さあ、上がって」

だがモモコは息を整えるのに必死で
応えることができなかった。

ようやく落ち着き、振り返ると
手を差し伸べるミヤビの姿があった。
その隣でサキも心配そうに眉を寄せている。

モモコは立ち上がり、ふたりに手招きした。

「今ね、ここになんかあった」
「なんかって、なに?」

ミヤビが首を傾げる。
ちょっと待ってて、とモモコは再度、水の中に潜った。

光の玉の光量が落ちたため、真っ暗でなにも見えない。
先ほど見た黒い物体の場所に、手を出す。

幅の狭い水路のはずなのに、なかなか壁面にたどり着かない。

「痛っ!」

腕がはるか先まで伸びているにも関わらず
額をしこたまぶつけた。
モモコは慌てて立ち上がった。

「ゴホッ…水飲んじゃった」
「ねえ、なにやってんの。もう行くよ」

サキの声がした。モモコはなるべく音を立てないようむせると
呆れ顔のふたりに向かって、水中を指差した。

「ここ、穴、開いてる」
90 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 05:57
「マジで?」

疑いの表情を見せながらも、サキが水の中に入った。
モモコが指していた辺りに腕を突っ込む。
サキの目が見開かれた。全身を水に浸す。

「ホントだ、あった!」

水から上がったサキが言った。
思わず大声を出しそうになり、慌てて口を押さえる。

「ねっ、あったでしょ」

モモが見つけたんだよ、と笑顔で自分の顔を指す。

「それで、向こうまで続いてんの?」

ミヤビが尋ねる。モモコは笑顔を消し、うつむいた。
見たのは一瞬だったし、今は暗くて先まで見通せない。

「ちょっと、行ってみる」

サキはそう言うと、大きく息を吸い
ふたりが声を掛ける間もなく、水の中に姿を消した。

しばらくして、サキが戻ってきた。

「大丈夫、あっちに光が見える」
「息、持ちそう?」

ミヤビが訊いた。いくら向こう側に出口があっても
息が続かなければ意味がない。

が、サキの話だと、城壁の中に空洞があり
そこでは息ができるらしい。

「よし、ここから侵入しよう」

三人は、順に水の中に入った。
91 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 05:58
穴を抜けた向こう側は、水くみ場になっていた。
簡単な屋根があり、城壁からは死角になっている。
少しだけ休息をとる。

城内は一番奥が領主の住む宮殿、そこに真っ直ぐ伸びる
大通り沿いに、主要な家臣や従う貴族の屋敷が立ち並んでいる。

城兵の監視の目をかいくぐりながら
まずは大通りを目指した。

夜も更け、観光客を楽しませるライトアップは、すでに落ちていた。

今は純粋に警備のための灯りしかなく
昼間、観光客で賑わった大通りも、薄暗い。
時折、見回りの兵の靴音が、寂しく響き渡る。

「どれが子爵のお屋敷?」

ミヤビがモモコの耳元で囁いた。

「えっ?」

モモコの視線が泳ぐ。
なかなか答えようとしない彼女に、もったいぶらないで
早く答えて、とふたりの声が飛ぶ。

「えっとねぇ……わかんない!」

可愛く言ってみたものの、ふたりの反応は冷たかった。
サキは呆れ顔で肩を落とし、ミヤビが尖った声を出す。

「わかんないのに、なんでついて来たの!?」
「だってぇ」
「もう、意味ないじゃん!」

言い争うふたりの肩を、サキが叩いた。

「あそこ見て」

サキが指差したのは、海を見張る塔に
寄り添うように建てられた、四階建ての大きな屋敷だった。
92 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 06:00
その屋敷の二階の窓のひとつから、光が漏れている。

「こんな時間に、灯りが点いてるなんて
 おかしくない? それもひとつだけ」

サキの言う通り、こんな夜更けに明かりの灯る屋敷は他にない。
それに、この時期はよほどの用がない限り
貴族たちはそれぞれの領地に居るはずだ。

見回りの城兵が通り過ぎるのを待って
三人は屋敷に近づいた。

広い庭を抜け屋敷の裏側に回る。
使用人が使う勝手口の上に、換気口があった。

サキが換気口を見上げた。

「あれなら、通れそうかな。モモ、ミヤの肩の上に立って」

モモコは訳もわからず言われるまま
壁に手を着いて屈んだミヤの肩に足を乗せた。

「じゃ、行くよ。せーのっ!」

掛け声と共に、ミヤビが立ち上がった。

「えっ、お、おおっ!」

いきなりのことに、モモコは声をあげた。

「ちょ、高い高い!」

騒ぎ立てるモモコに、静かにと言うと
サキは器用にミヤビの身体を登り始めた。
93 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 06:01
サキの手がモモコの足首を掴む。
腰から背中、肩と登っていくサキに
モモコはバランスを崩しそうになった。

煉瓦のへこみに爪を立て、必死で耐える。

「もうちょっとなんだけどな。モモ、ゴメンね」

サキはそう言うと、モモコの頭に足を乗せた。

「痛い、痛い。もげちゃう、首がもげちゃう!」

痛がるモモコに、サキがあと少しだから我慢してと言う。
ミヤビの肩の上に立ち、必死で壁にしがみつくモモコに
抵抗する術はなにもない。

最後にサキは、えいと言ってモモコの頭を力一杯、蹴った。

とうとう耐え切れず、モモコは背中から地面に落下した。

「うっ!」

あまりの痛みに声も出ない。
見上げるとサキの上半身が換気口に吸い込まれていた。

苦痛に顔を歪め、サキが侵入するのを見守っていると
口元に人差し指を立てたミヤビが反対の手を差し伸べてきた。

大丈夫、声出ないくらい痛いんだから、と思いながら手を取る。
腰をさすりながら、立ち上がったところで裏口の扉が開いた。
隙間からサキが顔を覗かせる。

サキはバツの悪そうな表情で頭を掻いた。
口元に苦笑いを浮かべる。

「ゴメン、鍵かかってなかったわ」
94 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 06:02
「さて、これからどうするかなんだけど」

そう言ったっきり、サキは黙り込んだ。

侵入したはいいが、アイリがどこに囚われてるのか
見当がつかない。

「う〜ん、監禁場所っていえば、地下牢か
 塔のてっぺんが相場じゃない?」

ミヤビが言う。サキが「そんなベタな場所?」と首を傾げた。
「ダメ?」とミヤビ。

「ハイ!」モモコが勢いよく手を上げた。

「だったらモモ、塔の上だと思うよ。
 ほら、幽閉されたお姫さまって感じで、なんか良くない?」

「じゃ、地下牢だ」

反論の余地を与えず、サキは立ち上がった。
そうだねと頷き、ミヤビも後を追う。

「えっ、なんでそうなんの?」

即座に否定され、取り残されたモモコは
唖然とした表情を作った。
95 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 06:03
地下牢はすぐに見つかった。

が、そこにアイリの姿はなく
それどころか何年も使われていないようで
埃がたまり、あちこちに蜘蛛の巣が張っていた。

「う〜ん、どこなんだろ」

サキが首をひねる。
それにミヤビも、可笑しいねと応えた。

「だからモモ言ったじゃん、塔の上だって」

モモコの甲高い声が、狭い地下牢に響く。
だがサキとミヤビは、それに反応せず唸り声をあげた。

「ねえ、ふたりとも聞いてる?」

モモコが抗議の声をあげる。
そうだ、と言ってサキが顔を上げた。

「でしょ、モモの言う通り…」

勝ち誇った表情でモモコが口を開いたが、サキは首を振った。

「違うよ! ほら、ひとつだけ灯りが点いてたでしょ。
 あれ、なんでだと思う?」

飛び跳ねながら、サキが言う。
そういえば、灯りの点いていた窓があった。
だからこそ、この屋敷に来たのだ。

ミヤビは首を傾げた。

「そりゃあ、誰かが夜更かししてたからじゃないの?」
「だから、誰が? なんのために?」

そんなの知らないよと眉を寄せるミヤビだったが
突然、モモコが手を叩いたため、顔をしかめた。
96 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 06:05
「モモ、うるさい」
「わかった、そこに居るんだ!」

モモコが言うと、サキは笑みを浮かべながらモモコの顔を指した。

「えっ、なんでそうなんの?」

ミヤビが首を傾げた。モモコが言う。

「誰かが助けに来てくれるかも知んないじゃん。
 だから、自分の居場所がわかるように、灯り点けてんの」

ミヤビはなるほど、と頷いたが
サキが違うよと言って手を振った。

「いくらなんでも、城に忍び込んでまで
 誰かが助けに来てくれるとは思わないでしょ。
 見張りだよ、見張り」

城外に逃げ出すのは無理だとしても
屋敷を抜け出されて、城兵に見つかってはまずい。
念のために、夜通し見張りを置くことは、充分考えられる。

「…なるほどね」

モモコとミヤビは、揃って頷いた。
97 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 06:07
アイリが逃げ出すことを警戒していても
外から何者かが侵入することは、想定してなかったらしい。
難なく二階までたどり着いた。

鍵穴からぼんやり光の漏れる扉があった。
三人は気配を消し、その扉に近づいた。

ミヤビが黙ったまま、目だけであとのふたりに合図を送った。
扉の取っ手に手を掛け、音が鳴らないよう、ゆっくり回す。

ほんの少しだけ開き、中の様子をうかがう。

屈強な男ふたりが、丸いテーブルを囲んでいた。
なにやらカードゲームに興じているようだ。
絨毯の上には、酒瓶が何本も転がっている。
もう出来上がっているようで、話し声は陽気ででかい。

これなら簡単にねじ伏せられそうだ。
踏み込もうとしたその時、階段から軋むような音が聞こえた。

三人は慌てて、向かいの部屋に身を隠した。

見張りのふたりと同じような、身体の大きな男が歩いてきた。
男は乱暴に扉を開けた。

「交代の時間だ……なんだ、お前ら!」

開けた時以上に乱暴に、扉を閉める。
蝶番が外れるんじゃないかと思うほど、大きな音が聞こえた。

「酒なんぞ飲みやがって、わかってるのか?」
「いいじゃないか、相手は小娘だぞ」
「そういう問題じゃない。これは仕事だ」

怒鳴りあう声が、扉二枚隔てていても、はっきり聴き取れた。
98 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 06:08
男たちのやり取りが続く中、ミヤビがサキに囁いた。

「どうする?」
「う〜ん、三人はちょっとキツイなぁ」

しかも、ひとりは完全に素面だ。
サキとミヤビ、ふたりがかりでも、敵うかどうか。
それに、残りのふたりのどちらかが
救援を呼びに行ったら万事休すだ。

逃げ出すのが精一杯で、アイリを助け出すことなどできない。

「じゃあ、俺はちょっくら休ませてもらうぜ」

扉の向こうから声が聞こえた。

「ちょっと待て!」別の声が飛ぶ。「その帽子は俺んだぞ」

「これはカタに頂いておくよ」扉が開き、男が現れた。
「返して欲しけりゃ、今日の負け分、持ってきな!」

上機嫌で言うと、帽子を高々と上げ扉を閉めた。

男が三人が潜む扉の前をよろける足取りで通り過ぎる。
薄く開いた扉の隙間から酒の匂いがプンと香る。

サキとミヤビは目を合わせ、ふたり同時に頷いた。

「えっ?」

意味がわからずモモコは目を丸くした。
そんな彼女を置いて、サキとミヤビは部屋から飛び出した。
99 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 06:09
 
100 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 06:10
「つまらん賭けに付き合うんじゃなかったぜ」

鼻の頭まで真っ赤にした男が、今夜はツイてないと
呟いて椅子に腰を下ろした。

立派な髭を生やした大男が、それを難しい顔で見下ろしている。

赤鼻は髭の男をちらりと見た。

「さっきから、すまねえって言ってんだろ。
 そろそろ、機嫌を直せよ」

だが髭男はむっつりしたまま、口を利かない。

「だいたいよ、アンタは俺のボスでもなんでもないんだぜ。
 同じように雇われたあぶれ者だ。そこまで言われる筋合いはねえよ」

「同じだから腹が立つんだ」髭男がようやく口を開いた。
「お前らの様な怠け者と、同じなのがな」

「なんだよ、結局、金の話かよ」

赤鼻は酒瓶を手に取った。ラッパ飲みしようと口元に運ぶ。
それを髭男が「金の問題じゃない!」と言って、もぎ取った。

廊下から派手な音が響き渡った。
扉を振り返り、髭男は舌打ちした。

「足がもつれるほど、飲みやがって」

赤鼻は髭男の視線が逸れたのを確認すると、酒瓶を奪い返した。

「今夜の俺はすっからかんだ。金ならヤツから貰いな」

そう言って瓶を口につける。髭男が再度、瓶を奪った。

「金の問題じゃないって言ってるだろ。それと酒はやめろ!」

髭男が声を荒げた。赤鼻が口元を拭いながら立ち上がる。

「俺はアイツほど酔ってねえぜ。ほら、見てみな!」

赤鼻は奇声を発しながらタップを踏んだ。
101 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/20(水) 06:12
「今宵は楽しくやろうぜ。ほら、アンタも踊りな!」

赤鼻が鼻歌を口ずさむ。髭男は呆れた表情で首を振った。

とその時、薄く扉が開いた。
隙間から、つばの付いた黒い帽子が差し出される。

赤鼻が動きを止めた。ひらひら揺れる帽子を凝視する。

「オイ、テメエ!」赤鼻は大股で歩き出した。
「バカにするのもいい加減にしろよ。
 だいたいよ、言っとくがよ、あれはイカサマだろうが。
 俺には、わかってんだからよ!!」

激しく腕を振り指差しながら、廊下に消えていく帽子を追う。

「おい、止めろ」

髭男は赤鼻の腕を取った。
が、赤鼻はうるさいと言って振りほどいた。

髭男は呆れ顔で首を振った。
赤鼻が廊下に出たところで、派手な物音が響き渡った。
髭男は大きくため息をつくと、扉に向かって歩き出した。

「ケンカなんて、するんじゃねえ!」

髭男は扉を大きく開けた。そこで動けなくなった。

まず目に飛び込んできたのは、廊下に転がるふたりの男。
そして、顎に下から突きつけられた棒状の物。

「静かに。騒がないで」

棒を突きつけた女が言った。

酔ってるとはいえ、荒くれ者をふたりもねじ伏せるとは、相当なやり手だ。
だが所詮は女、力勝負では男に敵うまい。
髭男は、気づかれないよう、女の持つ棒に手を伸ばした。

背後から声が聞こえた。

「動かないで。できるなら貴方たちを傷つけたくない。わかるでしょ?」

背筋に冷たい感触が伝わる。髭男は観念した。
102 名前:びーろぐ 投稿日:2010/01/20(水) 06:20
>>84
有難うございます。
ここから先、モモコが活躍するかもしれませんし
他の誰かが活躍するかもしれないです。
どうぞ暖かく見守ってやってください。
103 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/21(木) 19:45
他の誰かって…真野ちゃん?舞美?茉麻?千奈美?
それともまさか…池田稔(大人の麦茶)さん?
悪ふざけが過ぎました(スミマセン)。
何にしてもこの警備をどう脱出するかは見物です。
104 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:23
鎧戸から差し込んだ月明かりが
赤い絨毯の上に規則正しく並んでいた。

アイリは椅子に腰掛け、ぼんやりその線を眺めていた。
順に目で追いながら、一本、二本と頭の中で数える。
なぜそんなことをしているのか、自分でもわからなかった。

なによりも、己の置かれている状況がわからない。

いきなり馬車に連れ込まれ、目隠しと猿ぐつわをかまされた。
なので、ここがどこなのか、誰にさらわたのか
なんのために連れてこられたのか、なにもわからない。

救いなのは、酷い扱いを受けなかったことだ。

監禁されている部屋は立派だし、大きなベッドもある。
夕食も出された。さすがに食欲もなく
手はつけなかったが、豪華な料理が並んでいた。

ただ、拉致という乱暴な手口と、豪勢な待遇が
アイリの頭をいっそう混乱させた。

隣の部屋から、大きな物が転がったような音が鳴った。

アイリは怯えた視線を壁に向けた。
鍵のまわる音が聞こえ、扉がゆっくり開く。

扉に視線を移し、思わず立ち上がる。
椅子が絨毯の上に倒れ、静かな音を立てた。

人影が見えた。照明が目に入り、顔まではわからない。

小さな人影が、アイリに向かって駆けてきた。
逃げようと思うのだが、身体が動かない。
人影は、ドンドン近づいてくる。

「アイリ〜!」

聴き慣れた声がした。アイリの表情が明るくなる。

「モモ!」

アイリの胸に飛び込んできたのは
顔をクシャクシャにしたモモコだった。
105 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:26
「子爵の屋敷!?」

モモコから話を事の顛末を聞き、アイリは目を丸くした。

「なんで? なんのために、連れてこられたの?」

「う〜ん、モモもわかんないけど、アイリが頼んでも
 創ってくれないからだと思うよ」

「はあ? 意味わかんないんですけど」

監禁された不安から助けに来てくれた喜び、そして子爵への憤り。
アイリの感情はクルクルと変化した。

「話は後で。とにかく、今は早く逃げ出さないと」

サキが言う。そして廊下を探るミヤビに顔を向けた。

「ミヤ、どう?」
「大丈夫、誰も来ない」

じゃあ行こうかとサキが促す。
部屋の中には、三人の大男が縛られ
猿ぐつわをかまされた状態で転がっていた。

「これ、モモたちがやったの?」

アイリが訊くとモモコはそうだよと頷いた。
が、サキに「モモはなんにもしてないでしょ」
と言われ、頬を膨らませた。
106 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:28
階段を下り、一番に一階に降り立ったミヤビは
どっちだったけと首を振り向けた。

一段上がったところから、サキが向こうだよと指差す。

その方向を向いた瞬間、背後から声がした。

「誰だ。なにしている!」

振り向くと、すぐ側に白髪の男が立っていた。

つい先ほど見たときには、誰も居なかったはずだ。
それが気配も感じさせず、間近に立っている。
ミヤビの額から汗が噴出した。

だが動揺している場合ではない。
すぐさま棍を繰り出す。

ところが男は老人とは思えない素早さで、それを避けた。
そして棍をむんずと掴む。

ミヤビの動きが封じられた。
男の蹴りが、彼女の顔面を狙う。

そこへサキが躍り出た。

「モモ、アイリをお願い!」

そう言うと、すぐさま矢を放つ。

矢を避けようとして、男がバランスを崩す。
倒れかけたところに、ミヤビが棍を突きつける。
が、男は軽い身のこなしで、すぐに立ち上がった。
107 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:29
男が反撃の態勢に入った。

サキが次の矢をつがう。
その後ろを、モモコに手を引かれアイリが通った。

「!? オマエは…」

男の動きが一瞬、止まった。
その隙を突き、ミヤビの棍が喉元を狙う。

「うっ!」

男が床に転がった。
が、寸でのところで急所をかわされ、致命傷はあたえられなかった。

サキが眠りの矢を放つ。
これも避けられ、男の頬をかすめた。

「誰だ、なんの騒ぎだ!」

廊下の遥か向こうから声が聞こえた。

「ミヤ、もういい。逃げよう」

ミヤビは男にとどめを刺そうとしたが
サキの言葉に舌打ちし、身をひるがえした。

これでサキたちが侵入し、アイリが逃げ出したことが知れ渡ってしまう。

だがこの老人は相当手ごわい。
相手をしている内に囲まれては、元も子もない。

これで逃亡が困難になることを感じつつ、ミヤビは必死で駆けた。
108 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:30
 
109 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:31
「見張りが酒を飲んでいただと!?」

召使いが差し出すガウンに袖を通しながら
トリル子爵は声を荒げた。

「クビだ、クビだ! あやつら全員、放り出せ!」

子爵は怒鳴った。それでも怒りが収まらず
なんの脈絡もなく召使いを叱り付ける。

「それに侵入者をゆるすとは、見張りの城兵はなにをやっている。
 速やかに捕えるよう、使いを出せ!」

配下の者が一礼し、走り出そうとする。
が、先ほどミヤビと戦闘を繰り広げた老人が
「少しお待ちを」と声を掛けた。
子爵は使いの者を、待てと言って留めた。

「実は…」

老人が子爵の耳元で囁く。
子爵の顔色が変わる。

「……まことか」

子爵が老人の顔をまじまじと見つめた。

「はい。間違いございません」

老人はうやうやしく頭を下げた。

子爵の口が、真一文字に結ばれる。
しばらく唸った後、決心したように口を開いた。

「城兵には知らせるな。我らだけで賊を捕えるのだ」

そして、激しい口調で言った。

「いざという時は、始末して構わん。
 良いな、必ず我らだけで仕留めるのだ!!」
110 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:32
 
111 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:33
屋敷に灯が燈り、捜索の足音が響く中
サキたちは中庭にある燃料庫に身を潜めていた。

侵入した勝手口から出るつもりだったのが
先に逃げ出したモモコとアイリが誤って
中庭に通ずる扉から出てしまったのだ。

中庭も表通りとは面していたのだが
調度、見回りの城兵とかち合ってしまい、引き返した。

ところが他の三方は屋敷と接しており、敷地外に出られない。

しょうがなく、燃料庫に隠れた。

「ねえ、ちょっとマジでヤバイよ」

窓から様子を伺っていたミヤビが呟く。
どれどれとサキも窓から顔を覗かせる。

「うわぁ、これってマジじゃん」

アイリと共に薪が積まれた場所に
身を隠していたモモコが、どういうことかと尋ねる。

「あれ見てごらん」

サキが指差す。数人の男たちが見えた。
手にしている武器は、魔法の剣や大振りの斧など
殺傷能力が強い物ばかりだ。

「見つかったら殺されるよ」

サキの言葉に、モモコの顔色が変わった。

「ウソでしょ!?」
112 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:35
子爵としては、彼女らが城兵に捕まって
アイリを連れ去ったことが露見することが一番不味い。

そうなる前に口を封じ、たとえ兵たちに見つかっても
侵入者を始末しただけだと言えば、咎められることはない。

「それに、アイリちゃんはともかく、ウチらを生かす理由はないしね」

アイリにしたって、命の保障があるわけではない。
子爵にとっては、己の保身の方が大切だからだ。

「でも、どうする? 身動き取れないよ」

ミヤビが言う。
敷地の外に出るには、庭を突っ切って大通りに出るか
屋敷に戻って裏から出るしかない。

そして、そのどちらにも彼女らを探す男たちが居る。

「う〜ん、そうだなぁ」

サキは唸った。ぐずぐずしてられない。
ここもいずれ捜索の手が伸びるだろう。

「よし、火をつけよう」
「えっ、なに言ってんの、キャップ?」

驚きの表情を見せるモモコに、なんでもいいから
山積みになった薪に火をつけろと、炎の刃を指差す。

「ダメだって! ウチら逃げらんないんだよ?
 ここに火なんてつけたら、焼け死んじゃう!」

「大丈夫だから。ほら、早くつけて」

サキは苛立った声を出した。
他に火をつける道具はなく、炎の刃はモモコしか使えない。
不安がるモモコを、宥めすかした。

観念したモモコは、剣を振り上げた。

「キャップ、責任とってよ!」

そう叫び、一気に振り下ろした。
113 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:36
 
114 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:37
中庭を捜索していたひとりが、一緒に居た男の肩を叩いた。

「おい、なにか匂わないか?」
「なにがだ?」
「こう、焦げるような、香ばしいような…」

鼻をひくつかせながら、辺りを見回す。

「おい、あれ見ろ!」

ひとりが剣を掲げた。燃料庫の窓から、紅い炎が見える。

「た、大変だ!」

大声で火事だと告げながら、男たちは走り回った。

薪や枯れ草などが保管されている燃料庫は、火の回りが速い。
屋敷の者たちが集まったころには
炎が壁を伝い、屋根より高く上がっていた。

「火を消せ!」「水だ、水」「屋敷に燃え移るぞ!」

男たちの怒号が飛び交う。
小娘の捜索などしている場合ではない。
皆、必死で消火活動にあたった。

また、大通りに面した門扉辺りでは、別の騒動が起きていた。
火事が起きたことを知り、城兵が駆けつけたのだ。

「我々の手で消し止めますので、どうかお引取りを」
「いやいや、城内の警備は我らの務め。見過ごすわけには」

城兵を敷地に入れたくない屋敷の者と
職務を全うするため消火に加わりたい城兵との間で
押し問答が続いていた。
115 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:38
城兵の後ろに、幾人もの城兵が現れた。
その中でも、立派な冑を被った兵が、声をあげた。

「何事であるか!」

もめていた城兵が振り返る。

「団長!」

団長と呼ばれた男は、赤々と燃え上がる炎を目にし声を荒げた。

「貴様、なにをしておる。すぐさま消火活動に加わらんか!」
「ハッ! …いや、ですが」

屋敷の者が手もみしながら団長の前に進む。

「この程度の火でしたら、我らのみで大丈夫ですので」
「なにを言うか、屋敷に燃え移らんとしておるではないか!」

者ども続けと手を振り、強引に敷地内に足を踏み入れた。
そこに姿を見せたのは、あのミヤビと戦った老人だ。

「これは、これは。団長殿、見回りご苦労さまです」

団長が眉をひそめた。
尋ねる前に、老人がうやうやしく頭を下げる。

「私はトリル家の家令でございます」
「あれはどういうことですかな?」

団長が炎に包まれた燃料庫を目で指した。
家令は身体を少し捻り、炎を眩しそうに見つめると
静かに団長に向き直り、平然とした表情で言った。

「家人が不始末を起こしたようですな。
 お忙しいお身体にも関わらず、足を運んでいただき
 申し訳ございません」

そしてもう一度、頭を下げるとお引取りくださいと掌を差し出した。
116 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:40
「なにゆえ、城兵を拒まれる。
 我らが足を踏み入れると、都合の悪いことでも、おありか?」

丁寧だが、強い口調で団長は言った。
だが家令は頬に笑みをたたえ
とんでもございませんと手を振った。

「我らの不始末は、我らで始末をつけます。
 幸いなことに、火元は中庭の小屋。
 他の皆さまのお屋敷に延焼することは、ございません。
 どうぞ、職務にお戻りください」

ただの使用人ならともかく、一切を取り仕切る家令に
ここまで言われれば、無理やり踏み込むわけにも行かない。

断固とした拒絶に、なにかあるなと感じていても
引き下がるしかなかった。

「後日、殿下からこの件に関して
 尋ねられることがあるかもしれぬ。
 その時は、嘘偽りなきよう」

「もちろん」

家令は、先ほどと寸分たがわぬ姿勢で一礼した。
後ろ髪引かれる想いで、踵を返そうとしたその時
燃え盛る燃料庫から、小さな影が飛び出すのが見えた。

「なんだ、あれは?」

団長は目を凝らした。
必死で消火活動をする男たちの間を走り回っている。
そのうち二人は、どう見ても子供だ。
117 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:43
家令が身体を向けた。

「ほう、あれは当家のメイドたちですな」

表情を変えず、平然と言い放つ。

「メイド?」

確かに、子供たちと共に走り回る中に
女性らしきシルエットが、ふたつあった。

「男どもに混じって消火を助けるとは、感心、感心」

家令はそう言って目を細めたが
団長にはどう見ても消火を手伝っているようには思えなかった。

男たち数名と、追いかけっこをしている。
そんな風にしか見えない。

追っている男のひとりが、斧のような物を振り上げた。
その前を逃げまどっていた女性の足がもつれる。

転んだ女性に、斧が振り下ろされようとした
その瞬間、子供のひとりが矢を放った。

命中し、男は棒のように後ろに倒れた。

「あれが消火を助けてる?」

団長が指差す。だが、家令は慌てない。

「屋敷で起こる初めての火災に、はしゃいでるようですな」

──後で叱ってやらねば。

そう呟き、家令は、ほんの少しだけ眉を寄せた。
118 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:44
やがて、逃げまどう女子供が、門に近づいてきた。
後ろから追うのは、子爵の屋敷には似合わない、荒くれ者だ。

「水、くんできます!」
「ウチも!」
「アタシも!」
「モモも!」

そう言って彼女たちは、団長の横をすり抜けた。

「待ちやがれ!」

その後を、剣を手にした荒くれ者が突進してくる。

団長は、脇を通り過ぎようとする荒くれ者に
鉄槌を喰らわせた。

荒くれ者が転がった。
門扉から玄関に続く階段に、頭をしこたま打ち付ける。
荒くれ者は、頭を抱えながら悲鳴をあげた。

「なにしやがる!」

だが団長は、そんな男を怒鳴りつけた。

「火事だというのに、メイドの尻を追い回すとは
 どういった了見だ!!」

「メイドだと!」

打ち付けた頭をさすりながら、男は声をあげた。

「メイドなんかじゃねぇ! アイツら侵入者だ。
 夜中に、城に忍び込んだ、不届き者なんだよ!!」

アンタらがしっかりしないから、こんなことになったんだと
声を荒げる男に、城兵たちは色めき立った。

あの者たちを追えと、団長は剣を抜いた。
集まった城兵が、オーと応える。

ここに来て初めて、家令の顔に苛立ちが浮かんだ。
119 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:44
 
120 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:46
「どっから逃げるの?」

走りながらアイリが尋ねる。
彼女の手を引き、モモコが振り返った。

「あのね、水くみ場から外の水路に繋がってるの」

モモが見つけたんだよと笑顔を見せる。が

「ダメだよ、あそこまで行ってる暇ない」

とサキが告げると、今度は泣き出しそうな顔になった。

「じゃ、どっから逃げるの!?」
「あんまりやりたくなかったけど、強行突破」

そう言って、サキは城壁を顎で指した。

「何者だ!」

背後から城兵が現れた。
火事の現場に居合わせた兵ではないようだ。
彼女たちが侵入者であることは、まだ知らないらしい。

「先、行って」

ミヤビが身をひるがえす。
駆け寄ってくる城兵に、棍を後ろ手に隠し
慎重に間合いを計る。

「ゴメンなさい!」

ミヤビは隠した棍を下から振り上げ
城兵の眉間に突きつけた。

女相手に油断していた城兵は、避けるそぶりもなく
ミヤビの一撃に卒倒した。

「ホントは顔とか狙いたくなかったんだけどね」

軽装とはいえ、甲冑に身を包んでいるのだから仕方がない。
油断している隙に急所を狙わないと、勝ち目はないからだ。

ミヤビは大の字になって転がる城兵に
顔を歪ませ手を合わせた。
121 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:49
サキたちの後を追おう振り向いたミヤビは
突然、顔面に強い痛みを感じ、その場に倒れた。

「先ほどは、よくも恥をかかせてくれましたね」

そこに居たのは、トリル家の家令だった。

ミヤビは素早く立ち上がった。
鼻から垂れた鮮血が、地面に赤い染みを作る。

──まただ。また、気づかなかった。

まったく気配を感じさせず接近する。
この男、かなりの手練だ。

頬に笑みを蓄えながら家令がゆっくり近づく。
ミヤビは姿勢を低くし、棍を構えてじりじりと後ずさる。

家令が一歩、踏み込んだ。素早い蹴りが飛んでくる。
棍で受けようとするのだが、間に合わない。
キツイ一発が、横っ腹に突き刺さる。

吹き飛ぶようにしてミヤビは倒れこんだ。
息ができず、うめき声をあげる。

霞んだ視界の中に、先ほど倒した城兵の足が見えた。
122 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:50
遠くから甲冑のすれる音が聞こえてきた。

「どうやら、遊んでる暇はないようですな」

家令が大股で近づいてくる。

「他のお仲間はどちらに行かれましたかな」

倒れたミヤビの髪を掴み、頭をもたげようとした瞬間
ミヤビは棍を地面に突き、身体を起こした。
その反動を利用して、家令の額に頭突きを喰らわせる。

ミヤビが苦しみながらも棍で攻撃することは想定していたらしく
家令は突き立てた棍を掴もうと手を伸ばした。

だが、頭突きは予想外だったようだ。
見事にクリーンヒットした。

「うっ!」

家令がうめく。
が、ミヤビが攻撃できないよう、棍を握る手は離さない。

ミヤビは身体を横たえ、転がって昏睡する兵に近づいた。
兵の腰から剣を抜く。
そして家令の足の甲、目がけて一気に振り下ろした。

「ぐおぉ!!」

家令が悲鳴をあげた。思わず棍を取り落とす。

ミヤビは棍を拾い上げた。
城兵の足音が、思いのほか近づいているのを感じた。
とどめを刺している余裕はない。

家令の恨めしい視線を背中に受けながら
ミヤビは駆け出した。
123 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:51
 
124 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:53
城壁のすぐ側に来たところで
サキはモモコとアイリに隠れるよう指示した。

光の玉が灯る櫓に素早く視線を巡らせる。
正面近くにも櫓はあったが、サキは左側の
少し離れた櫓だけに、矢を放った。

「よし、行こう」
「えっ、こっちはいいの?」

モモコが正面の櫓を指す。

「そっちはいい。だって城兵居ないもん」

全ての櫓に、兵が詰めているわけではない。
モモコやアイリには見えなかったが
サキの矢は確実に見張りを捕えていた。

縄をくくり付けた矢を弓につがえる。
城壁の上部に狙いを定め、放つ。
縄の重みで緩い放物線を描いた矢が、壁の上に消えた。

サキは縄を力一杯引いた。
矢狭間に矢が引っかかり、縄が固定される。

「ミヤビちゃん、大丈夫かなぁ」

アイリが振り返る。
通ってきた路地は暗く、先がまったく見えない。

「ミヤなら平気。ちゃんと来るって」

モモコは握り拳を突き上げ
自分に言い聞かせるように頷いた。
だが、アイリが

「でも、ちょっと遅くない?」

と眉を寄せると、モモコの瞳に、不安の色が浮かんだ。
125 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:54
「さっ、早くして」

サキがアイリに、目線で合図する。
モモコが背中を押す。
度々、振り返りながら、アイリは城壁に近づいた。

縄を掴み、登ろうとするのだが
一向に足が地面から離れない。

「どうしたの?」

周囲を警戒しながらサキが訊く。
アイリは縄を掴んだまま、苦しそうな声をあげた。

「の・ぼ・れ・な・い〜!」

アイリの体力では、縄を登るどころか
ぶら下がることすらできない。

「もう、しょうがないな。モモ、先、登って」

おかしいなと照れ笑いするアイリと
身体を入れ換え、モモコは縄に手を掛けた。

モモコが登りきると、サキはアイリに綱を掴ませ
余った縄を、胴回りに一周、巻いた。

そして城壁の上に居るモモコに
引っ張りあげるよう、指示する。

路地から人の気配を感じた。
弓を構える。

が、足を引きずるようにして現れたのは、ミヤビだった。
126 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 06:55
「ミヤ!」サキは声をあげた。
「遅いよ、なにやってたの」

「ゴメン、ゴメン」

ミヤビは引きつった笑みを見せた。
顔に青あざができており、鼻血の跡が残っている。

「どうしたの! 大丈夫?」

肩に手を掛け、サキが顔を覗き込む。
ミヤビは片目を瞑った。

「ちょっと転んだだけ。それより、城兵が来るよ、早くしないと」

アイリが登りきったため、縄が降ろされた。
サキはミヤビに先に登るよう促したが、彼女は首を振った。

「キャプテンが先に登って。じゃないと援護できないし」

ミヤビが最後ならば、サキが登っている間は
下にいる彼女が周囲を監視できるし
最後にミヤビが登っている最中も、上からサキが弓矢で応戦できる。

だが、サキを最後にすると、城兵が近づいてきた時に対処できない。

ミヤビの意見を聞き入れ、サキは綱を取った。
幸いにも、彼女が登りきるまで、城兵は現れなかった。

「ミヤ、いいよ!」

ミヤビは綱を掴んで、器用に登り始めた。
127 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/01/27(水) 07:01
「ミヤビちゃん!」

後もう少しで登りきるというところで
アイリが手を差し出した。

サキは弓矢を手に辺りの警戒にあたっている。

モモコも、及び腰ながら炎の刃を構え
いつでも放てるよう、身構えている。

ひとりだけ、なにもできないでいるアイリは
少しでも早くミヤビに登ってもらおうと
城壁から身を乗り出した。

ミヤビの右手が、アイリの手首に伸びる。

アイリもミヤビの手首を掴もうとした。
ところが、掴みかけた瞬間、するりと彼女の手が
掌から抜け落ちた。

なにが起きたのか理解できず、アイリの頭が混乱する。
眉が困ったように下がり、驚愕で口元が歪んだ。

だが一方、ミヤビの顔には
イタズラっぽい笑みが浮かんでいた。

「やっとだよ」

そうため息をつくと、ミヤビは右手を掲げた。

「やっと、取り返した」

困り顔のアイリを見上げ、片目を瞑る。
その手の中で、布製のブレスレットが揺れていた。
128 名前:びーろぐ 投稿日:2010/01/27(水) 07:10
>>103
今回、活躍したのはミヤビ…とトリルさんちの家令でした。
予想を裏切ってしまい、スミマセンw
このまま行けば、なんとか四人とも無事、脱出できそうです。
129 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/27(水) 23:01
ミヤサキがカッコよくて惚れそうです
130 名前:名無飼育 投稿日:2010/01/28(木) 15:20
更新キテター!
ミヤビちゃんのブレスレット愛が可愛い♪
131 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/02(火) 18:55
辛い日々もこの話を見ると少し元気が出る
俺もこんな話を書きたいもんだ…
132 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/03(水) 05:40
「もう!」

アイリは頬を膨らませた。

この状況下で、なに子供っぽいことをやってるんだ。
してやったりと笑みを漏らすミヤビを睨みつける。

だがその瞳に怒りの色はなく、笑みが浮かんでいた。

ほら、と呆れ顔でぶっきらぼうに手を差し出す。
それに応えるようにミヤビも、手を伸ばした。

今度こそ、がっちり手を握り合う。
はずが、またもミヤビの手が抜け落ちた。

驚いたアイリが顔を向けると
ミヤビの顔から生気が失せていた。

次の瞬間、彼女の身体が、アイリから遠ざかっていった。
なんとか掴み取ろうと、身を大きく乗り出す。

バランスを崩し、城壁から身体が投げ出されそうになる。

それを察知したサキが、アイリの背中を引っ張りあげた。

なす術をなくしたアイリから、ミヤビが、どんどん遠ざかる。
彼女の身体は、音もなく地面に落下した。

うつ伏せになった背中に、剣が刺さっているのが見えた。

しばらくの間、なにが起こったのか、理解できなかった。

「ミヤー!!」

モモコの鋭い叫び声に、我に返る。
路地から人影が現れるのが見えた。
屋敷で見た、老人だ。

サキが素早く縄を引き上げ、外側に垂らした。

「ふたりとも、すぐに逃げて」

そう言うと、城壁に脚を掛けた。

「モタモタしてたら、捕まっちゃうから。
 真っ直ぐ、家に帰るんだよ。いいね」

唖然とするふたりを残し、サキは城壁から飛び降りた。
133 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/03(水) 05:41
サキは地面に降り立つと同時に、弓を構えた。
近づいてくる家令に、すぐさま放つ。

家令は身体を捻って矢をかわした。

だが、屋敷で見せたような
軽い身のこなしではなかった。

「キャ、キャプテン…」

ミヤビが声をあげた。
最後の力を振り絞り、家令の足を指差す。

引きずる右足の甲から、血が滴っている。

「ミヤがやったの?」

サキが尋ねるとミヤビは弱々しい笑みを浮かべながら頷いた。

「お手柄!」

そう言ってサキは、家令の左足に照準を合わせた。

「貴様だけは、絶対に逃がさん!!」

家令が叫んだ。
だが、サキは慌てることなく醒めた視線を送る。

「これでおしまい!」

最後に一本だけ残った、眠りの矢を放つ。

右足を負傷しているため
軸足となった左足は容易に動かせない。

矢は見事に家令の腿に命中した。

家令は一瞬、顔を歪めた。
そして、頬に厭らしい笑みをたたえたまま、その場に倒れた。
134 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/03(水) 05:42
「ミヤ、大丈夫!?」

サキは横たわるミヤビに駆け寄った。
血は止まっている。
今、ここで剣を抜くのは、かえって危険だ。

「居たぞ、こっちだ!」

城兵の声が響き渡る。
複数の足音が、あちらこちらから集まってくる。

手負いのミヤビを連れて逃げることは不可能だ。
あっという間に、周囲を取り囲まれた。
サキは観念した。

「コヤツめ!」

眉間から血を流した男が、ミヤビの髪を掴んだ。

「乱暴はやめて!」

サキはその手を振り払った。

「なにを!」

城兵がサキに掴みかかる。

「そこまでだ!」

大きな声が飛んだ。
群がる兵たちをかき分け、団長が姿を見せた。
仁王立ちになってふたりを見下ろす。

「もう抵抗する気はないのだろう。
 手荒い真似をする必要はない」

城兵は忌々しそうに、サキから手を離した。
サキは立ち上がり、強い視線を団長に送った。
135 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/03(水) 05:43
 
136 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/03(水) 05:44
モモコとアイリは、サキに言われた通り
城壁から降りると、すぐにその場を離れた。

なんとか無事、家にたどり着いたころには
空が白み始めていた。

「どうしよう…」

最小限の灯りだけを燈した部屋の中を
アイリが忙しなく歩き回る。

「アタシのせいだ、アタシのせいだ、アタシのせいだ…」

早口で何度も呟く。

「アイリ、落ち着いて」

モモコが声をあげた。
目の前のテーブルの上に、まだ手をつけていない
水滴をまとったグラスが、四つある。

注がれているのは、レモネードだ。
疲れた身体を癒すためにと、モモコとアイリ
それにすぐに戻ってくるはずの
サキとミヤビのために、アイリが用意した。

だがいくら待っても、ふたりは戻ってこない。

「あのふたりなら、大丈夫だよ」

なんでもないような口ぶりで、モモコが言う。

「大丈夫なわけないじゃん! モモも見たでしょ?
 ミヤビちゃん、大怪我してるんだよ!?」

「だって、キャップがついてるもん」

少なくとも、子爵の手の者に捕まったりはしない。
だから大丈夫、と何度も繰り返す。
言葉は自信に満ちていたが、その視線はなにも捉えてなかった。
137 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/03(水) 05:46
「だいたいさ、なんで助けにきたの!?」

掴みかかりそうな勢いで、アイリが言った。

「なんでって…」

「助けてって、誰も頼んでないじゃん!
 モモたちには関係ないじゃん! それともあれ?
 アタシのこと助けたら、お礼に氷の刃
 創ってもらえるとでも思ったの?」

「そんなこと…」

感情を吐き出すようにまくし立てるアイリに
モモコは言葉を失った。

「創んないよ、そんなことされたって、創るわけないじゃん!
 なのに、城に忍び込むなんて無茶して、ふたりが捕まって…」

アイリは椅子に身体をストンと落した。両手で顔を覆う。

「これで、ミヤビちゃんに、もしものことでもあったら
 アタシ、どうしたらいいのか、わかんない…」

消え入るような声で言うと、アイリは静かに首を振った。

「アイリ」

モモコは立ち上がり、彼女に近づくとそっと肩に手を掛けた。

「あのふたりは、伝説の錬金術師じゃなくても助けに行ったよ。
 だって、そういう子たちだもん」

嗚咽を漏らすアイリの顔を覗き込む。

「そして、モモはアイリだから行ったんだよ」

アイリがゆっくりと顔をあげる。
モモコは笑みを浮かべて頷いた。

「だって、大切なお友だちだもん」
138 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/03(水) 05:48
「心配しないで。朝になったらモモ、王さまに会いに行くから」

君主アクアサンタ公は、決して暗君ではない。
それに、トリル子爵のよくない噂も、耳にしているはずだ。
ちゃんと説明すれば、わかってくれるに違いない。

「だったら、アタシが行く」

アイリは勢いよく立ち上がった。
頬に残った涙の跡を急いで拭う。

「モモが言ったって、信用してもらえるかわかんないじゃん。
 でも、アタシならきっと信じてもらえる」

国内はおろか、帝都までその名を知られる錬金術師だ。
名もない他国の旅人が訴えるより、ずっと信用できる。

だがモモコは、今にも部屋を飛び出しそうなアイリを
両手を前に出して押しとどめた。

「アイリはダメ。だって、子爵んとこの連中に
 見つかったら、また捕まっちゃうよ」

そうなったら、今度こそ命の保障はない。
向こうは、今回の件に関わる者
全てを闇に葬りたいはずだからだ。

「でも、それはモモも一緒じゃん」

アイリは苛立つように足を踏み鳴らした。
侵入した時に、何人かには確実に顔を見られている。
もし見つかれば、アイリ以上に命の危険に見舞われる。

だがモモコは首を振った。

「モモは平気。たぶん見つかんないから」
「なんで? なんでそんなことが言えるの?」
「だってモモ…」

モモコは俯いて唇を突き出した。
そして拗ねたような視線を送る。

「だってモモの顔、地味だもん。誰も憶えてないよ」
139 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/03(水) 05:50
突然、外が騒がしくなった。

馬のいななき、車軸の回る音、男たちの声。

モモコは窓に駆け寄ったが
外に目をやることなく駆け戻った。

慌てて揺れる蝋燭の火を吹き消す。

ひょっとすると、子爵の手の者かもしれない。

アイリの家に戻れば安心だと思い込んでいた。
だが、そもそも彼女は、ここから連れ去られたのだ。
ある意味、もっとも危険な場所だ。

サキはそこまで指示しなかったが
ここに戻った後、すぐにでも信頼の置ける
誰かのもとに駆け込むべきだったのだ。

モモコは己の迂闊さを呪った。

カーテンの隙間から外を伺う。
垣根の向こうに立派な馬車が見えた。

が、昨日見た子爵の馬車とは違っていた。
屋根に君主アクアサンタ公の紋章が記されている。
周りを囲む騎馬は、領主直轄の兵たちだ。

激しく扉を叩く音が鳴り響いた。

アイリが不安げな視線を巡らせた。
モモコも、どうすればいいのかわからず、おろおろした。

扉を叩く音は、激しさを増した。

「殿下の使いである。中に居るのはわかっておる。
 なにをしてる、早くここを開けぬか!
 さもなくば扉を打ち破るぞ!!」

男の怒鳴り声が響き渡った。
140 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/03(水) 05:52
「ど、どうしよ? アタシ、どうしたらいいかな?」

アイリがモモコの手を取った。
落ち着きなく身体を動かす。

「そんな、モモに訊かれたって…」

モモコも、アイリの動きに合わせるように、身体を揺らせた。

扉を叩く音は、まだ続いている。
モモコは窓に顔を向け、外を見やった。

「あの馬車、モモたちのこと捕まえにきたにしては
 立派すぎるし、とりあえず出てみる?」

貴族や町の有力者を連行するならともかく
モモコやアイリの様な庶民相手なら
幌馬車の荷台に押し込められるのが関の山だ。

伝説の錬金術師といえど、罪を犯せば特別待遇はない。

「そ、そうだね。扉、壊されちゃ困るしね」

ふたりは覚束ない足取りで、玄関に向かった。

なおも叩きつけられる扉に向かってアイリは
「今、開けます。お待ちください」と震える声で応えた。

扉を開けると、厳めしい顔つきの兵たちが立っていた。

手を取り合い、怯えるふたりの顔を見比べ、ひとりの兵が声をあげた。

「どちらがこの家の主だ」

アイリがモモコを振り返りながら、おずおずと一歩前に出た。
すると兵は後ろに居るモモコに向かって、顎をしゃくって見せた。

「そこの者、城まで連行する。出てきなさい」
141 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/03(水) 05:53
モモコは目を見開き、自分の顔を指差した。

兵がしかめっ面で、億劫そうに頷いた。
モモコは手と首を全力で振った。

「モモ、なんにも悪いこと、してないですよ。
 ずっとここに居たし。
 お城に忍び込んだりとか、してないですよ!」

必死で言い訳するモモコに、アイリは声は出さずに
「ダメ、ダメ」と口を動かしながら首を小刻みに振った。

だがパニックに陥ったモモコには、まったく通じない。

「子爵の屋敷に、火なんか点けてないし」

と誰も訊いていないことを口走る。
もうダメだと、アイリがうな垂れた。

兵がうんざりした口調で言う。

「そなたを捕えるとは、誰も言ってないだろうが。
 いいから来なさい」

モモコの手を掴み、強引に引っ張る。

「モモ!」

アイリがその後を追おうとするが、兵たちに阻まれる。

馬車に連れ込まれるまで、モモコは何度も振り返りアイリを見た。

「アイリ、心配しないで!」

モモコはそう叫んだ。
だが、彼女の胸の内に、どうなるんだろうという不安が
止め処もなく広がっていった。
142 名前:びーろぐ 投稿日:2010/02/03(水) 06:02
>>129
サキがカッコいいというレスはよく頂きますが
いつもはおバカなミヤビが、今回カッコよく描けたんじゃないかと自負してます。

>>130
ご存知かとは思いますが、デレシン衣装の夏焼さんがしているブレスレットは彼女作です。
作中と同じく、他メンの衣装の切れ端を、三つ編みにして作ったものです。

>>131
なにがあったか知りませんが、頑張ってくださいねw
こちらこそ、こういうレスを頂くと元気が出ます!
143 名前:びーろぐ 投稿日:2010/02/10(水) 05:34
モモコが連行される少し前、サキは城内の執務室で
領主アクアサンタ公と対面していた。

「ミヤは…一緒に捕まった私の仲間は、どうなったのですか?」

この部屋に連れてこられるまでにも
ミヤビの安否について、何度も尋ねた。
だが、誰も答えてくれなかった。

それどころか、なにひとつ口を利かない。
サキがこれまでの経緯を話そうとしても
誰一人聞く耳を持たない。

そして今、領主の眼前に居る。
部屋の中には、数人の側近、それに団長を筆頭とした
近衛兵数名が居るだけだ。

領主が口を開いた。

「連れのことなら心配せずとも良い。
 手当ては施した。命に関わることはない」

サキは安堵の息をついた。

「さて、そなたは、なぜあのような場所に居た。
 なにが目的だ。話してもらおうか」

サキは城内に忍び込んだ理由、子爵の悪行を
隠し立てすることなく、全て話した。
その間、領主はいくつかの質問を投げかけるだけで
静かに聴いていた。

話し終わると、サキの証言を書き取っていた側近が
その調書を領主に差し出した。

領主は、その書面に目を落とした。
ときおり側近や団長と耳打ちする。

一通り読み終えると、サキに鋭い視線を向けた。
144 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:36
「つまり深夜、密かに城内に侵入し
 屋敷に火を放ったことは、認めるわけだな」

調書に目をやりながら、領主が声をあげた。
サキは大きく、そしてしっかりと首を縦に振った。

「はい、事実です。ですが殿下…」

発言しようとするサキを、領主は手を上げ制した。
わかっておると頷き、書面に目を走らせる。

「確かに、この証言が事実であれば、由々しき事態だ。
 すぐにでも議会を開き、子爵の処分を検討せねばならぬ。
 しかしだ、証拠がない」

領主はそう言いながら、調書を指で叩いた。

「それは、当事者であるアイリに訊いてもらえれば…」
「話にならんな」

領主は鼻で笑った。豪華な刺繍が施された
大きな背もたれに身をゆだねる。

「売名行為や金品目的で、貴族や有力な人物を訴え出る事例は多々ある。
 著名な錬金術師といえど、本人の証言だけで
 爵位を持つ者を糾弾するわけにはいかん」

「証言なら私どもがします。拉致されるところを目撃しましたし
 彼女が屋敷に監禁されているところも発見しました」

「賊の証言が、証拠になりうるわけがなかろう」

重い空気が流れる。
二人のやり取りを書き取るペンの音が聞こえるだけで
他の側近や近衛兵たちは、存在を消し去るように微動だにしない。
145 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:37
淀んだ空気を切り裂くように、サキが口を開いた。
慎重に、言葉を選び発言する。

「殿下の仰るように、私どもの証言では
 証拠に値しないのかもしれません。
 ですが、城下の者たちはどうでしょうか。
 元々、子爵は良くない風評を持つご様子。
 確かな証拠がなくとも、噂はすぐに広まりましょう」

領主の眉が、ピクリと上がる。
サキはなおも続けた。

「また、そんな子爵から囚われし者を救わんと
 勇気ある行動に出た者たちを捕えたとあっては
 殿下の名声に傷をつけるのではないかと」

そう言ってうやうやしく頭を下げる。
領主は椅子に深く腰掛けたまま、はき捨てるように言った。

「脅しのつもりか」

サキは笑みを作り首を振った。

「とんでもございません。
 このことが他国にも広まれば、観光を柱とする殿下の政策に
 暗い影を落すのではと危惧しているのでございます。
 私は、貴国の将来を憂いて申し上げているまで」

「相変らず、口の減らぬ奴だ」

領主は苦笑を漏らした。
大きな机の両端を掴み、身を乗り出す。

「望みはなんだ」

申してみよと、顎でしゃくった。
146 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:40
「子爵への重い処分…などと大それたことを
 望んでいるわけではございません。
 我らには自由を、そしてアイリには身の安全を。
 ただ、それだけでございます」

「そうすれば、醜聞は広まらぬと申すか」

「この窮地を救っていただいた、恩ある殿下を
 裏切ることなど、決してございません」

この身に誓って、とサキは胸に手を当てた。

領主は大きな椅子に身体を沈めた。
しばらく何事かを思案していたが
乾いた唇を湿らせると、まるで謡うように
良く通る声を発した。

「昨夜、閉門に間に合わず、城内に取り残された他国人が三名。
 内、二名を保護。一名は未明に城外に逃走。
 当夜に起こった子爵トリル家、城内屋敷での火災については
 同家から失火であるとの報告が、すでになされておる。
 よって、他国人三名の関与はなかったと断定する。
 また、アイリなる錬金術師においては
 城内での目撃証言はなく、本件には無関係である」

領主はそこで言葉を切った。
側近が書き取るのを待つ。
ペンが走る音が止まったところで、続けた。

「但し、立ち入り禁止時刻に城内に留まり
 城兵数名を弓矢等で負傷せしめたことは、重罪である。
 よって件の三名を国外追放とする。
 以後、入国することを永久に禁ず」

ペンが走る音だけが聞こえる、静かな時が流れた。

やがて書き終えた側近が書類を領主の前に差し出した。
領主は、書面にサインを書きながら言った。

「別件ではあるが、錬金術師アイリを拉致せんと
 企む輩が居るとの密告があった。
 虚言の可能性もあるが、彼女は我が国の宝だ。
 念のため、しばらくは警護をつけることとする」

サインを終えた領主は、側近に書類を押しやりながら言った。

「これで良いな」
147 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:42
サキは頬に笑みをたたえた。

「慈悲ある殿下のご裁量に、感謝いたします」

両肘を机の上につき、組んだ手に顎を乗せて
領主はうむと応えた。

「怪我を負ったそなたの仲間も、昼には体を
 動かせるようになるそうだ。
 その後、そこの団長が先導し国境まで連行する。
 それまで間、その者を拘留せよ」

サキは領主に一礼し、踵を返した。
一歩踏み出そうとしたその時、領主の低い声が飛んだ。

「サキ」

サキの背中が凍りつく。なにも応えず、次の言葉を待つ。
領主が焦れたように口を開いた。

「茶番はこれくらいでいいだろう。
 一介の旅人の証言には誰も耳を貸さずとも
 王女の言葉ならば、口を差し挟む者もいない。
 そうすれば、他の者たちも追放せずに済む」

サキの瞳に迷いが生じた。ペロリと舌を出し、唇を濡らす。

「意地を張るのもいい加減にしろ。
 どうだ、戻ってくる気はないのか」

重い沈黙が流れる。サキは静かに口を開いた。

「戻り…ますよ」

領主を振り返る。その目に、迷いは消えていた。

「私のことを、本当に必要としてくれる、仲間の元に」

領主はなにも答えず、ただ頷いた。
それでは、と言って一礼すると、サキは領主に背中を向けた。

近衛兵によって執務室の重い扉が開かれた。
サキは扉に向かって歩き出した。

二度と領主を振り返ることはなかった。
148 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:42
 
149 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:45
牢獄の固い床の上で、ミヤビは目を覚ました。

硬い靴音の響きが、近づいてくる。

起き上がろうとするのだが、背中に激痛が走り
うつ伏せの状態から、まったく身動きできない。

──キャプテン、ちゃんと逃げたかな。

モモコとアイリは大丈夫だろう。
ああ見えて、モモコは意外としたたかだ。

心配なのは、城内に舞い戻ってきたサキだ。

家令が倒れたところまでは憶えているが
そこから記憶がない。

一命を取り留めたということは
ここは子爵の屋敷ではないということだ。

ならば無理をすることはない。
ミヤビを置いて、ひとりで逃げてくれていれば。

そんなことを考える内、足音がすぐ近くで止まった。

鍵を回す音に続いて、扉が開かれた。

「立て」

男の声がした。
起き上がろうと腕に力を入れるのだが
やはり身体が持ち上がらない。

すると両腕を抱えられ、無理やり立たされた。
引きずるようにして、牢から出された。

どこに連れて行かれるのだろうか。

──まさか、死刑とかにはなんないよね。

まだはっきりしない頭で、ミヤビは考えた。
150 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:47
ミヤビが連れて行かれたのは、絞首台ではなかった。

例の搬入門から城壁の外に出る。
すると、そこに城兵に両脇を固められたサキが立っていた。

「ミヤ、大丈夫!?」

サキがミヤビのそばに駆け寄った。

「キャプテン、逃げなかったの?」

弱々しい声で尋ねる。
サキは今にも泣き出しそうな顔で、首を振った。
その隣から、もうひとり、小さな人影が近づいてきた。

「ミヤ、心配したよぉ!」
「なに、モモまで捕まったの!?」

ミヤビは、両腕を抱えられたまま、うな垂れた。
立っているのが精一杯だったのが、その気力まで失いそうだ。
兵がしっかりせぬかと言って、腕を抱え直した。

「違う、助かったんだよ」

そう言って、サキはこれまでの経緯を手短に説明した。

「で、ウチらの処分は国外追放。
 国境を越えれば、自由の身だよ!」

「国外追放!? だったらモモ、二度と来れないじゃん」

自分のせいで、申し訳ないと話すミヤビに
弱りきった彼女の身体を支えながら
モモコは全然大丈夫だからと笑顔を見せた。

「入国する方法はいくらでもあるから。
 ほとぼりが醒めたら、なんとでもなるって」
151 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:48
コホンと咳払いが聞こえた。団長だ。

「兵を目の前にして、なんとも大胆な発言だな」

モモコはなんでもないですと、苦笑を浮かべた。

「それでは、馬車に乗りたまえ。
 関所まで我々が連行する」

団長の指した先に、モモコの荷馬車があった。
ミヤビの腕を抱えた兵たちが、荷馬車に向かおうとしたが
その前に彼女が声をあげた。

「あの、ひとつお願いがあるんですけど」
「ん、なにかね?」

団長が良く日に焼けた顔をミヤビに向けた。

「最後に会いたい人がいるんですけど」

弱々しい声で言う。
サキとモモコも、懇願するように団長の顔を見上げた。

団長はサキの顔をチラリと見た。

「できるかぎりの便宜は図ってやりたいところだが
 道筋はすでに決まっておる。残念だが、無理な相談だ」

サキの視線を避けるように宙を見つめながら
そなたらだけを特別扱いするわけにはいけない、と続けた。
152 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:50
関所まではモモコの馬車も兵が操るということで
三人は荷台に押し込められた。

団長を先頭に、数騎の騎馬が馬車を取り囲む。

荷台の中で、ミヤビはマーサの煎じた薬を飲んだ。
しばらくすると、体調が戻り
やっぱり他国の薬は身体に合わない
マーサの薬はよく効くねと、言って笑みを漏らした。

やがて馬車が停まった。

荷台には幌が掛けられており
外の様子はわからないが、関所に到着したのだろう。

そう思っていると、団長が突然、声をあげた。

「よし、ここで一旦、休息を取る!」

モモコの顔色が変わった。

「えっ、休息!?」

城から関所までは、歩いてでも十分、たどり着ける。
少なくとも、馬車が途中で休息を
取らなければならない距離ではない。

──ひょっとして、ウチら殺されるんじゃ。

「お前らも外に出ろ!」

兵の声が聞こえた。
ここは、人の通わぬ山中で、馬車を出た途端
切りつけられるのではないか。

たとえ領主が赦すつもりであったとしても
あの団長は違う考えを持ってるかもしれない。

──口を封じるには、葬るのが手っ取り早い。

そう考えても可笑しくない。
そんな想像が、モモコの頭をぐるぐる巡った。
153 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:54
そのことをサキに耳打ちすると
考えすぎだと即座に一蹴された。

だが、モモコの考えは変らない。

「だってさ、今、武器持ってないんだよ?」

国境を越えたところで返却する約束で
全ての武具を没収されていた。

「ひょっとすると、最初からそのつもりで没収したのかもよ?」
「そんなわけないって」

ウチら罪人なんだから当然でしょとサキは笑う。

「なにをしてる。早く出ぬか!」

兵の求めに応じ、外に出ようとするサキの袖を、モモコは引いた。

「だって可笑しいじゃん。
 休憩するだけだったら、馬車に居たっていいじゃん。
 なんで、出て来い、出て来いって言うの?」

「う〜ん、それはわかんないけど…」

唇を尖らせ眉を寄せる。それでも

「ホントに始末するつもりだったら
 外、出ても出なくても一緒でしょ」

と言って、モモコの制止を振り切り顔を外に出した。
154 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:55
「あっ!!」

サキが驚きの声をあげた。
馬車からは降りず、すぐさまモモコの元に戻ってくる。

「ほら、やっぱり!」

モモコは身を硬くした。
そんな彼女の身体を、サキは激しく揺さぶった。

「違うって。いいから、モモも出ておいで」

明るい声で言う。
小刻みに首を振り、嫌がるモモコの身体を引っ張る。
あまりにもしつこく迫られるので
外を見るだけと言って、馬車から顔を出した。

「あっ!!」

モモコもサキと同じように声をあげた。
今度は、彼女がミヤビの元に舞い戻る。

「ミヤ、ちょっと外、行こ」

身体を横たえていたミヤビは
薄目を開けて苦しそうに唸った。

「ウチ、いいよ。ここで待ってる」
「そんなこと言わないで。外、見たらビックリするよ」

怪我が辛いんだけどと渋るミヤビを
無理やり外に連れ出す。

外の景色を見た途端、ミヤビは驚きの表情を作った。

そこは、人も通わぬ山中なぞではなかった。
鍛冶屋が住まう集落、アイリの住む家の前だった。
155 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:56
ミヤビはふらつく足で馬車から出た。
そばに立つ団長を、ゆっくりと見上げる。

「あの…」
「休息場所はあらかじめ決められていた。
 なにもそなたの願いを受け入れたわけではない」
「…ありがとうございます」

ミヤビは頭を下げた。

「なにも礼を言われるようなことはしておらんぞ。
 もう間もなく出立する。そなたも早く休息してきなさい」

そう言って団長は肩をすくめて見せた。
ミヤビは笑顔で頷き、もう一度頭を下げた。

先に外に出ていたサキが、アイリの家から出てきた。

「家ん中、居ないよ!」

どこか出かけたのかなとモモコは呟いたが
そんなはずはないと、団長が首を傾げた。

家の周りには今朝から就けた警護の兵が立っている。
それに出かけたのなら、報告が入るはずだ。

「あ、あれ!」

ミヤビが空を指した。煙が上がっていた。
アイリは工房にいるのだ。

モモコは家の裏に向かって駆け出した。
その後を、サキに支えられながらミヤビが追った。
156 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:57
モモコがアイリの名を呼びながら、工房の扉を叩いた。

相変らず反応がない。
が、扉を引くと簡単に開いた。
どうやら、警護の兵から、鍵は掛けないよう指示されていたようだ。

困ったような顔で出てきたアイリだったが
モモコ、それにサキとミヤビの姿を見ると
その表情が驚きに変わった。

「みんな…」

そう呟くと、今度は泣き顔になる。
モモコは笑顔で頷いた。

「みんな無事だったんだよ」

アイリはモモコの顔を見つめ、良かったと息をついた。

「ただ、国外追放になったから、しばらく会えなくなるけどね」

そう言っておどけるモモコの肩を掴んで
アイリはちゃかさないでと揺らした。

アイリの表情が、突然引き締まった。
強い視線をミヤビに送る。
そして、彼女に向かって歩き出した。

ミヤビは身体を支えてくれているサキから離れた。
そして自分の足で、地面をしっかり踏みしめる。
157 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:58
アイリがミヤビの前で立ち止まった。

「怪我、大丈夫?」
「うん、平気。あれぐらい、どうってことないよ」

そう言って無理やり笑顔を作る。
アイリが頬を膨らませた。

「ありがとうは言わないよ。
 だって、助けてなんて言ってないもん」

わかってる、とミヤビは首を縦に振った。

「その代わり…」アイリが右手を差し出した。
そこには小ぶりの剣が握られていた。

「それって…」

モモコがアイリのもとへ駆け寄った。
サキも興味深げに覗きこむ。

アイリは三人の顔を見回し、照れくさそうな笑みを浮かべた。

「だって、約束だから」

ミヤビは「約束?」と首を傾げたが、次の瞬間
「あっ!」と叫んで右手首に左手を添えた。

「しょうがないよ、取り返されちゃったんだから」

そして早く受け取れと、剣の柄をミヤビの胸元に突きつけた。

ミヤビも照れた笑みを口元に浮かべ
手首のブレスレットを揺らせながら受け取った。
158 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 05:59
柄には簡単だが丁寧に掘り込まれた彫刻が施されていた。

鞘から抜くと、初めてこの街で観た海の色の様な
鮮やかな青一色の剣身が現れた。

「綺麗…」

ミヤビの口からため息が漏れた。
横からサキが覗き込み、そうだねと呟いた。

「ほほう、たいした物だ」

声のする方に目をやると、団長が眩しそうに目を細め剣を見つめていた。

各々休息を取っていた兵たちも、集まってくる。
皆、伝説の錬金術師が創った剣に、興味があるのだ。

急ごしらえだから恥ずかしいと、身体をくねらせるアイリだったが
そこに集った者全員が、素晴らしいと感嘆の声を漏らした。

「えっ、ちょっと待って」

皆が感動する中、モモコが声をあげた。

「アイリがミヤに手渡したってことはさぁ。モモはどうなるの?」

そもそも、アイリに依頼し出来上がった剣を
モモコがサキらハンターに販売する手はずだった。
それが、モモコをすっ飛ばし、アイリから直接ミヤの手に渡ってしまった。

となれば、いったい、誰から代金を貰えばいいのか。

「まあ、いいじゃん。細かいことは気にしない!」

こんな立派な剣が手に入ったんだからと言って
サキは唖然とするモモコの背中を思いっきり叩いた。
159 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 06:00
「…ちっとも細かいことじゃ、ないんだけど」

背中をさすりながら、モモコは口元を尖らせ呟いた。
恨めしげな視線をサキに送る。

サキは団長となにやら談笑していた。
声が小さいせいで、なにを話しているのかまではわからない。
が、最後にサキが笑顔で頷き

「ハイ、いつも助けてもらってます」

と応えたところだけは、はっきり聞き取れた。

モモコはサキの側に近づいた。

「ねえ」
「モモ、しつこい。お金の件はまた、今度!」

サキが顔をゆがめた。モモコはそうじゃないと首を振った。

「今、団長さんとなに話してたの?
 確か、『助けてもらって』とか言ってたけど」

「ああ、ここに連れてきてもらえて助かったってこと」

「そうなの?」

少しニュアンスが違う気がしたが
アイリが声をあげたため、ここで話は中断した。

「ねえ、一度試してみて」

そう言って、ミヤビの持つ剣を指差した。
出来栄えを見届けないと不安なのだという。
160 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 06:02
ミヤビは頷いた。アイリに扱い方を習う。
柄に刻まれた印を押さえると、剣身が仄かに光った。

創ったばかりなので、まだ魔力が小さいが
目一杯、溜め込めば、眩いばかりの光を放つのだという。

「じゃ、空に向かって振ってみて」

アイリに言われるがまま、ミヤビは下段から力一杯、剣を振り上げた。

が、ブリザードが放たれることなく、剣に宿った光は
ほんの少し揺れただけで、剣身に張り付いたままだ。

「あれ?」

ミヤビは首を傾げた。
水飛沫を切るように、剣を二度三度振ってみるが
やはり光は張り付いたまま、離れようとしない。

「ちょ、ちょっと貸して」

アイリが慌てて剣を受け取る。
その表情に、焦りの色が伺える。

さぞ素晴らしいブリザードが放たれるだろうと
見守っていた兵士たちがざわめく。

「あの、ミヤ怪我してるし、そのせいじゃないの」

モモコがそう言ったが、アイリは関係ないと首を振った。

確かに、魔術師が体力を消耗すれば、魔力も小さくなる。
だが、ミヤビは水の魔力の素質があるというだけで
体力に左右されるほどの魔力は持っていない。

それに素質は命中率や技のバリエーションに関係がある。
ブリザードを放つこと自体には関係しない。
161 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 06:03
「ひょっとしたら、あれかも。
 呪文唱えながらだったら上手くいくかも」

あたふたしながらアイリが呟いた。

「呪文?」とモモコが尋ねる。
「うん、呪文」とアイリがおうむ返しに応えた。

魔力のないミヤビが、呪文を唱えたところで
意味があるとは思えなかった。が

「そろそろ発たねばならぬ。
 今、できることは、なんでもやっておきなさい」

と団長が急かすので、取り合えずやってみることになった。

アイリが地面に古代文字を書いて、ミヤビに説明する。

「これが、『氷の精霊』で、こっちが『我に力を』
 でぇ、ここがね、意味はないんだけど、ここを強調する…」

そして文字の読み方、呪文を耳打ちする。
すると、それまで真剣に聞いていたミヤビの表情が、一変した。

「えーっ、ウソでしょ!?」
「ううん、ホント」
「マジで言ってんの? ウチのことからかってない?」

ミヤビの反応に、周りはなにがあったのだろうと訝った。
彼女は呪文を教わっただけだ。
なにに対し、不快感を示しているのか、理解できなかった。

「ホント、別にミヤビちゃんを困らせようと思ってるんじゃないよ。
 たまたまだから、ホントに偶然。ミヤビちゃんを観察してて
 この魔術が一番、合うって思ったからだよ。
 だって、呪文唱えないといけないなんて、思ってもいなかったんだから」

アイリは眉を下げ、困り顔で必死に言い訳した。
が、ミヤビはガックリうな垂れ、かぶりを振った。

「言えない、絶対にそんなこと言えないよ」
162 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 06:04
「なにをしておる、早くせぬか!」

団長が声をあげた。

真っ直ぐ国境へ向かえば、もう着いているころだ。
長居はできない。だが、剣の出来栄えは見てみたい。

そんな苛立ちが表情に浮かんでいる。

「もう…」

ミヤビがため息をついた。

「わかりました、今すぐやりますから…」

地面に書かれた文字を確認し立ち上がる。
剣を握り、刻まれた印に指を添えると、剣身が光った。
その剣を、引きずるようにして一歩、前に出る。

振り返りアイリに目をやると、彼女は拳を握り頷いた。
相変らず眉が下がっている。
ミヤビは恨めしそうな視線を送ると
前を向いて瞳をギュッと瞑った。

覚悟を決め、呪文を唱えながら、剣を空に振り上げた。

「ミヤ、ビーム!!」

「ミミミ、ミヤビーム!?」

モモコが目を見張り、声をあげた。
サキがポカンと口を開け、唖然とした表情を作った。

「もう! 絶対、ムリなんですけど!?」

耳まで真っ赤にしながら屈むミヤビをよそに
雲ひとつない青空を、ブリザードが鮮やかに舞った。
163 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 06:04
 
164 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 06:06
「キャプテン、帰ってきたんだって?」

なにをするでもなく、ただぼんやり
外の風景を眺めていたサキの背後から、声が飛んだ。

振り返るとそこに居たのはチナミだった。

おそらく、今回の行き先をモモコかミヤビから聞いたのだろう。
サキが「うん」と答えると、チナミは「どうだった?」
と彼女の隣に腰を降ろした。

「街道が開通したって聞いて、どうなってるか心配だったんだけど」

領民は明るく皆親切で、とても住みやすそうな、いい街だった。
観光客が増え、ごった返していたが
昔、ふたりで水路から城を抜け出し、遊びまわった街並みは
なにひとつ変っていなかった。

サキはそう言うと、昔を懐かしむように笑みを漏らした。

「そうだ、チナミに教えてもらった
 夕日が綺麗に見える丘にも行ってきたよ」

「あれ? キャプテン、行ったことなかったっけ?」

「あるよ、あるけど、いつも昼間だったじゃん」

夕刻までに城に戻ってなければ、大変な騒ぎになる。
夕日なんて見られるはずがない。
そう言って呆れ顔でチナミを突いた。

「あっ、それとチィのお父さんに、すっごくお世話になった」

それを聞き、チナミは自分のことのようにどや顔で胸を張った。

「『ウチの娘はどうしてますかな』って聞かれたから
 『相変らずウザイです』つっといた」

すると今度は頬を膨らませ、サキの顔を覗き込んだ。

「ねぇ、なんでそういうコト言うの!」

サキはコロコロと笑い転げた。
顔を近づけるチナミの肩を、押し返す。

「ウソだよ。ちゃんと『いつも助けてもらってます』
 って言っといたよ」

チナミの顔に、笑顔が戻った。
165 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 06:07
「そうだ、トリルって子爵、出世したらしいよ」
「はっ?」

サキは驚きの声をあげた。
アイリが拉致された一件は、表沙汰になっていない。
だから、処分されることはないだろうと思っていた。

──だが、よもや出世するとは。

「なんかね、代官に任命されたんだって」
「…そうなんだ」
「なんの代官だと思う?」
「そんなの、わかんないよ」

サキは表情を曇らせた。
あの一件については、アイリとの別れ際に
四人だけの胸に留め、決して誰にも話さないことを誓い合った。

だから、チナミは知らないはずだ。
知らないからこそ、子爵の出世話を笑って話せる。

だが、サキはそんな話、聞きたくなかった。
できるならば、知らずにおきたかった。

サキの思いなぞ構わず、チナミは笑顔で言った。

「鉱山のだよ」
「えっ!?」

唖然とするサキに、チナミは聞こえてなかったのと尋ね
「こ・う・ざ・ん」と一語一語、ゆっくりと発音した。

元々あの地は、良質の鉱石が取れるため、鉱山町ができ
それを求めて鍛冶屋が集まってきた。
その中に、著名な錬金術師が居たため、さらに人が集まり
有能な錬金術師が育った。

だからこそ、小国ながらも優れた武具を生産し
今の聖都が全土を統べるのに一役を担った。
166 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 06:08
今現在、鉱石は取り付くし鉱山は枯れ果てた。
代官といっても、なにもすることはない。
国を興した象徴として、名誉職として残っているだけだ。

つまり、子爵は閑職に回されたわけだ。
今後、政に関わることもないだろうし
これ以上の出世も見込めないだろう。

「なるほどね」

あの一件を表ざたにせず、子爵を処分する上手い方法だ。

それにしても──とサキは思う。
なぜ、チナミがそのことを知っているのか。

いくら早耳のモモコでも、貴族の人事までは知りようがない。
ミヤビは興味すら抱いていないだろう。

ひょっとすると、チナミはまだあの国と
繋がりを持っているのかもしれない。

サキがあの国に戻っていたことも、モモコやミヤビからではなく
その筋から聞いたのかもしれない。

だが、サキにはそれを責めるつもりはなかった。

もう王女と侍女という、関係ではないのだから。
チナミにはチナミの生き方がある。

サキに、とやかく口出しする権利はない。
167 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 06:10
「で、キャプテンは会ったの? その、おちち…」

言いかけて口をつぐむ。他の表現はないのか、頭を巡らせる。

「えっとぉ、お父さん…違っ、お父さま?」

必死に言葉を選ぶチナミに、お父さんでいいよとサキは笑った。
そして、少しはにかんで「うん」と頷いた。

「でさ、『戻ってくる気はないのか』だって。
 そんなのあるわけないのにねぇ」

無意識のうちに、最後はふざけたような口調になった。
そんなサキの顔を、チナミが真顔で覗き込んだ。

「戻る気ないの?」
「えっ、あるわけないじゃん。なに、チナミ戻りたいの?」

サキの問いに、チナミはしばらく考え込んでいたが
テーブルに上半身を横たえ、見上げるようにして
サキに顔を向けると、囁くような声で言った。

「えっとねぇ、キャプテンが戻りたいなら、チナミも戻りたいし
 キャプテンがここに居るってんなら、ウチもここに居る」

サキは驚いたような表情を作った。
そして迷惑そうに眉を寄せ思いっきりチナミの背中を叩く。

「ヤダ、なに言ってんの気持ち悪い!」

痛いと叫んで身体を起こすと、チナミは頬を膨らませた。

「だってさぁ、お父上…じゃなくて、お父さんに頼まれたんだよ。
 『娘のことは頼む、絶えず傍らに居て、力になって欲しい』って」

「誰に? ウチのバカ親父に?」

チナミはふくれっ面のまま、頷いた。

「いつ?」
「初めてお城に上がった日」

サキは呆れ顔になった。

「ずいぶん、昔の話じゃん」
「昔だよ、昔だけとちゃんと覚えてるんだから」

一言一句、違わずそらんじれると胸を張った。
168 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 06:13
サキの表情が柔らかくなった。
フッと笑みを漏らす。

「そんなさ、バカ親父の言うことなんて
 聞かなくていいんだよ」

──チナミは自由にしていいんだから。

サキがそう言うと、チナミは両手でテーブルをドンと叩いた。
やけに自信ありげな表情で、フンと鼻を鳴らす。

「言われなくても、ウチ自由だよ」

サキはチナミの顔をまじまじと見つめた。
あまりにも見つめるものだから
チナミは不満そうに眉をしかめ
「なに?」と言って首を傾げた。

サキは思わず吹き出した。
チナミが益々不満顔になる。
それを見たサキは、今度は大声を立てて笑った。

「そりゃ、そうだ。チナミは自由すぎるくらい、自由だもんね!」
「ちょっとそれ、どういう意味!」

掴みかかるチナミを避け、サキは立ち上がった。
テーブルを挟んで追いかけっこをする。

そう、誰かに命令されたからじゃない。
チナミはサキが必要だから共に居るし
サキはチナミが必要だから共に居るのだ。

楽しそうに、はしゃぎまわる声が
夏の日差しの中で、煌めいていた。
169 名前:第八話 デレシン 投稿日:2010/02/10(水) 06:16




                        ── 完 ──
170 名前:びーろぐ 投稿日:2010/02/10(水) 06:22
これで第八話、完結です。これまでで、最長の話になりました。
通常の二話分ぐらいの容量で、これほど長くなるとは思ってなかったですw

今回はBuono!が勢ぞろいするということで
イタリアの港町をイメージして書きましたが、どうでしたでしょうか。

余談ですが、ラスト更新中のBGMはフラゲしたばかりの「We are Buono!」でした。
今、調度ラス曲「We are Buono!〜Buono!のテーマ」が流れてますw

ちなみに「アクアサンタ」はイタリア語で「聖水」という意味です。
「聖水」=「清い水」ということですね。

感想等ありましたら、じゃんじゃか書いてやってください。
なんでも構いませんので。

長文、駄文にお付き合い頂き、どうも有り難うございました。
171 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/11(木) 00:20
面白かったぁ〜!
自作も楽しみにしています
172 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/11(木) 00:54
「アクアサンタ」に意味があるとは睨んでいたが、そうきましたか。
謎に思っていた幾つかが解決されました。
173 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/11(木) 01:01
次話のメインは、やっぱりあの人かな?
ハロプロで一番怖いと言われるキャラも見てみたいです。

それとも、意表をついてあっチーの人とか。
174 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/11(木) 01:41
おおお、キャプテン!そうきたかあ。
今回はバトル多めでしたね。
面白かったです!
175 名前:名無飼育 投稿日:2010/02/11(木) 17:42
楽しかったです!
良いなぁ♪
更新お疲れ様です^^
176 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/17(水) 07:55
今日は無しか…残念。
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/07/07(水) 00:17
待ってます!

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