おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜part2
- 1 名前:Z 投稿日:2009/08/24(月) 02:08
- おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜
前スレ
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- 2 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:16
- 雅は何とかしなければ、と思うが、何ともしようがない。
どうして部屋の中に微妙な空気が流れるかわからないし、桃子が梨沙子の言葉の意味を理解しているのかもわからなかった。
好きは好きでも色々な好きがあって、梨沙子の尋ねた好きは、きっと気軽に答えるような好きではないはずだ。
意味をしっかり理解して答えているのか。
桃子の頭をぐらぐら揺すって、耳元で尋ねたい。
それも耳の奥がきーんとするぐらいの大声で、だ。
何故なら、梨沙子の視線が桃子から雅に移っていて、しかもそれが突き刺さるように鋭い視線なのだ。
ついでに言うなら、愛理からも疑いの眼差しを向けられている。
どうしてくれるんだ、この状況。
桃子にそう言いたかった。
たった一言で、愛理に桃子を友達だと説明したことが、嘘のようになった。
梨沙子は何を思い出しているのか、視線で人を殺せるぐらいの目つきで雅を見ている。
何故、自分ばかりがこんな目に遭わなければいけないのだと、倒れ込みたくなる。
全ては桃子が悪いのであって、自分のせいではない。
そう叫びたい。
というよりも、そう叫びかけていた。
だが、雅の声が実際に口から出ることはなかった。
かわりに、桃子が屈託無い笑顔で言った。
- 3 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:17
- 「あとね、梨沙子と愛理も好き」
「えっ、なにそれ?」
梨沙子が怪訝そうな顔で問いかける。
「みんな大好き」
「そういう好きじゃなくてさ、もっとちゃんと好きな人いるのかって聞いたんだけど」
「こういうの、だめなの?」
「だめっていうか。……いないの?」
「いるよ。みーやんと梨沙子と愛理」
「だから、そうじゃなくて……」
部屋に流れていた重苦しいとまではいかないが、それなりの重みを持った空気は消えていた。
今は、桃子ののんびりとした声と梨沙子の呆れたような声に、部屋は脱力感溢れる雰囲気になっている。
「まあ、いっかあ。ももって、子供みたい」
はあ、と息を吐き出して、梨沙子が困ったように笑った。
愛理は笑いを堪えているのか、肩を震わせている。
雅はと言えば、「ははは」と乾いた笑いを漏らすしか出来ない。
- 4 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:20
- へにゃへにゃと身体から力が抜ける。
がっくりしたわけではないはずだ。
過去を振り返れば、いつだって桃子は間違っていた。
梨沙子が尋ねたことは、ずっと桃子が理解出来なかったことで、今もやはり理解出来ていないとわかった。
桃子は、やはりうさぎなのだと雅は思う。
人の言葉を理解し、話すことも出来る。
けれど、いくつもの意味を持つ言葉を正しく捉えることは出来ない。
「梨沙子と愛理は好きな人いるの?」
三人の反応に首を傾げながら、桃子が問いかける。
桃子にとっては、きっと三人の反応の方が理解出来ないことなのだろう。
「あたしは、別にそういうのは……」
梨沙子がむにゃむにゃと言って黙り込む。
それに「ふーん」と気のない返事をして、桃子が愛理を見た。
「愛理は?」
「……いるよ」
「えっ!?」
愛理が一瞬躊躇ってから口にした言葉に雅は驚く。
聞いたことがない。
- 5 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:21
- 誰?誰?誰なの?
そう聞きたくなる気持ちを抑えるが、好奇心が疼いて雅は思わず身を乗り出した。
桃子のことよりも、今はこちらの方が気になる。
「みや、そんなに驚かなくても」
「だって、うち、聞いてない」
「だって、言ってないもん。あたしだって、言わないことぐらいあるよ」
「なんで?今まで、秘密とかなかったのに」
「秘密にしてたわけじゃなくて。言うほどのことでもないって思ったの」
「……あ」
どこかで誰かが口にした台詞を愛理が口にした。
それはどう考えても自分が口にしたもので、雅は愛理を責めることが出来ない。
その様子に愛理が肩を揺らして笑う。
「どんな人か教えてよ」
それでも聞きたいことを口にすると、愛理が笑いながら言った。
「今度ね。で、みやはいるの?」
「なにが?」
「好きな人」
にっこりと笑って、今度は愛理が身を乗り出す。
雅は愛理から逃げるように身体を反らし、ベッドへ倒れ込んだ。
- 6 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:23
- 「好きな人とか……」
愛理が覗き込んでくる。
ちらりと横を見ると、梨沙子もベッドへ上がっていた。
「いないよ」
二人から視線をそらして、天井を眺める。
そして、見慣れた天井からも逃げるように目を閉じた。
明るかった部屋から暗闇へ。
だが、浮かぶものは何もない。
近くから「ももはぁ?」などという甘えた声が聞こえてきて、頭を振る。
「いないの?」
愛理からもう一度尋ねられて、雅は勢いをつけて飛び起きた。
「いなかったら悪い?」
「ううん。悪くない」
声は梨沙子のものだった。
その声はどことなく嬉しそうで、雅は梨沙子を見た。
すると、ぴたりと梨沙子がくっついてきた。
さらさらした髪が頬に触れる。
くすぐったくて、頭を押すとさらに強く抱きつかれた。
- 7 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:25
-
それから後は、たわいもない話やゲームをして過ごした。
愛理からまだ話を聞きたかったが、残念ながら尋ねるチャンスはなかった。
時間はゆるゆると過ぎていき、ふと時計を見るともう夕飯時で外が随分と暗くなっていた。
「りーちゃん、そろそろ帰ろうか」
「うん」
愛理に声をかけられ、梨沙子が立ち上がる。
二人が鞄を持ったのを見て、雅は部屋の扉を開けた。
「また来るからね」と弾んだ声で言って、梨沙子が部屋を出る。
「みや。今度、もものこともうちょっと教えてよ。あたしのことも教えるから」
梨沙子に続いて部屋を出ようとした愛理が足を止めて、雅を見た。
「いいけど。どうして、そんなにもものこと気にするの?」
「りーちゃんが気にしてるから」
「なんで?」
「それは、りーちゃんに聞いてみれば」
- 8 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:26
- 愛理から肩をぽんと叩かれる。
そんなにもあの日見たことを気にしているだろうかと、雅は小さく息を吐き出した。
梨沙子に聞けば、あの時のことを追求されそうで聞くに聞けない。
雅は、愛理の言葉にため息をつくしか出来なかった。
「愛理、帰らないのー?」
階段の下から大きな声が聞こえてくる。
「じゃあ、また電話する」
口早にそう言うと、愛理が慌てたように部屋から飛び出る。
そして、とんとんと勢いよく階段を降りたから、雅もその後を追った。
玄関で二人を見送ると、すぐに夕飯になった。
- 9 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:27
-
「みーやん。さっきのほんと?」
開口一番、桃子が拗ねたように言った。
雅は夕食を食べて部屋へ戻ってきたばかりで、まだ座ってもいない。
扉を閉めて、振り返ったところだ。
「さっきのって?」
冷蔵庫から持ってきたオレンジジュースのパック二つのうち一つを、桃子に向かって投げる。
床にぺたりと座っていた桃子が慌てて腕を伸ばすが、オレンジジュースのパックは指先にかすっただけで、無情にも膝の上へ落ちた。
「投げないでよ」
「それぐらい取りなよ」
「取れないって知ってて、投げてるくせに。ひどいよ」
「練習、練習。そのうち取れるようになるから」
ぷすり。
雅は手にしたオレンジジュースのパックへストローを刺して、桃子の隣に座り込む。
桃子が恨めしそうに雅を見てから、パックへぶすっと勢いよくストローを刺した。
- 10 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:29
- 雅がちゅうちゅうとストローを吸って飲むと、何か言いたげにしていた桃子も大人しくオレンジジュースを飲み始める。
透明なストローがオレンジ色に染まって、パックが軽くなる。
半分ほど飲んだところで、桃子が口を開いた。
「さっき、好きな人いないって言ったでしょ。それってほんと?」
「ほんとだよ」
「ほんとにほんとなんだ?」
「うん」
何となく桃子の顔が見られず、雅はパックに刺さったストローへ視線を落とす。
透明なストローにはオレンジの滴がいくつかついていた。
雅はストローを口に含んで、吸う。
喉に冷たい液体が流れ込んで、胃へ落ちていく。
桃子のストローを見ると、先を齧ったのか潰れていた。
指先が不規則なリズムでパックを叩いている。
その音を聞いていると何だか落ち着かなくて、雅は潰れたストローの先から目をそらした。
- 11 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:30
- 「ももこそ、どうなの?みんな好きとかじゃなくて、一番好きな人って誰?」
桃子に聞いても意味がない。
きっと桃子の中では好きと嫌いの二つしかなく、それも大雑把な括りで深い意味はないのだと思う。
いくつもの意味を持つ言葉は、桃子の中では一つの意味しか持たないに違いない。
うさぎが人の言葉を理解し、話している。
それだけでも驚愕すべきことなのだから、桃子を責めるつもりはない。
ないけれど、何故だか納得出来ないのも事実だ。
だから、雅は桃子に尋ねてみたくなる。
「そんなの決まってるじゃん。みーやんだよ。もものこと拾ってくれたし」
ちゅうううっとストローを吸って、桃子がパックをテーブルの上へ置いた。
そして、雅の方へ身を乗り出してくる。
「それ違うでしょ。熊井ちゃんのことだって、結構好きなくせに」
友理奈のことは、今、関係ない。
わかっていたが、どうしてか口から友理奈の名前が飛び出た。
部屋の片隅に目が行き、視界にケージが映る。
そこに括り付けてあるはずのストラップが脳裏で揺れる。
雅はパックに残っているオレンジジュースを飲み干して、桃子が置いたパックの隣へ並べて置いた。
- 12 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:32
- 「好きだよ。好きだけど、みーやんが一番だもん」
「そんなのわかんないよ」
「なんで、そういうこというの?」
桃子の手が雅の膝の上へ置かれる。
身を乗り出してきた桃子の身体がとても近くて、雅は身体を後ろへ反らした。
すると、桃子がさらに身を乗り出してくる。
雅は桃子の肩をぐっと押す。
「ももが嘘つくから。熊井ちゃんだけじゃなくてさ、石川さんだっているじゃん。なのに、うちが一番とか変だよ」
膝の上から桃子の手を払い落とす。
桃子が唇を噛んで、それから小さな声で言った。
「……うそついてないもん」
聞こえてきた声ははっきりせず、雅はまるで嘘をつかれているような気がしてくる。
「たとえついてなくても、ももの好きはなんか、違う。人とうさぎはやっぱ、違うんだよ」
床に落ちた桃子の手を見る。
小さな手はぎゅっと握りしめられていて、白くなっていた。
桃子がうさぎだと言われることを嫌っていると知っている。
それでも言わずにはいられなかった。
- 13 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:34
- 「じゃあ、みーやんのこと教えてよ。みーやんは誰が好きなの?」
「好きな人なんかいないって、さっき言ったじゃん」
「ももは?」
「ももは人じゃなくて、うさぎでしょ。だから、一番好きな人になるわけないじゃん」
自分に言い聞かせるように雅は言った。
最近、雅は桃子のことを意識しすぎている。
桃子は雅の中でペットという存在を越えているようだった。
誰も彼もが桃子のことばかり口にするということもあったが、一緒に暮らしているうちに桃子をペットだと思えなくなってきているのも事実だ。
石川のことを探し出して桃子のことを喜ばせてあげたいと思うのに、探したいと思えない。
桃子を捜して、雅の家にまで尋ねてこようとした友理奈のことが気になる。
もしも、今まで通り桃子のことをペットだと思っていたら、こんなことは思わないはずだ。
それに、今では桃子が人の姿でいることが当たり前のように思えてきている。
視線の先、桃子の白い手はさらに白くなっていた。
顔を見ると、不機嫌と言うよりは悲しそうな表情をしていた。
それは予想通りで、でも雅は酷く悪いことをしたような気がして胸が痛んだ。
だから、ついさっき口にした言葉を取り繕うように言った。
- 14 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:35
- 「でも、うさぎのももは可愛いと思うよ」
「みーやんって、いっつもそうだ。もものこと、なんだと思ってるの?」
「うさぎでペット」
「そーだけどさあ。でも、もも、人にだってなれるよ。今だって、人間じゃん」
桃子の手がまた膝の上へ置かれる。
小さな手は開かれていて、手の平が太股をそっと撫でた。
雅はその感触にどきりとする。
触れてくる手の感触も体温も、人と何ら変わりがない。
目に映る桃子はどこからどう見ても人間で、その人間の顔が間近に迫ってきて、雅はまるで心臓を掴まれたように胸が苦しくなった。
「なれるだけで、うさぎなのはかわらないよ」
人に見えても元はうさぎ。
自分に言い聞かせる。
そうでもしなければ、早くなる心音を止めることが出来そうにない。
- 15 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/24(月) 02:36
- 「うさぎじゃ、だめなのかな」
桃子の手がするりと雅の肩を撫でる。
そして、ぐっと力がかかった。
「ね、みーやん」
桃子がのし掛かってくる。
やけに真剣な表情をしている桃子に、抵抗することを忘れていた。
どたんっ。
雅は簡単に押し倒されて、床に頭や背中がぶつかった。
けれど、不思議と痛みはない。
そんなことよりも、身体の上にいる桃子のことの方が気になった。
- 16 名前:Z 投稿日:2009/08/24(月) 02:36
-
- 17 名前:Z 投稿日:2009/08/24(月) 02:37
- 本日の更新終了です。
- 18 名前:Z 投稿日:2009/08/24(月) 02:40
- >>716
みやびちゃん、受難の日々ですw
>>717 みらさん
他人事に限り、何かが起こると楽しいですね(´▽`)
>>718 にっきさん
他人事って、大変なことが起これば起こるほど楽しくなりますね(´▽`)
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/27(木) 22:03
- 更新お疲れさまです!
ついにやっちゃうのか!?w
wktkしながら待ってます
- 20 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2009/08/31(月) 02:04
-
うさぎと人の憂鬱な一日 − 3 −
- 21 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 3 − 投稿日:2009/08/31(月) 02:09
- 雅に覆い被さるようになった桃子の表情は変わらない。
肩を押してきた手が滑り落ちて、雅の脇腹を掠める。
軽く触れたその手がくすぐったくて身体を震わせると、Tシャツをたくし上げられた。
今度は、桃子の手が脇腹に直接触れてくる。
すうっと肌の表面を撫でられて、雅は息を呑んだ。
黙っていると、桃子の手が腹の上を這い、肋骨を撫でた。
Tシャツの中、ごそごそと動く手を押さえようとするが上手くいかない。
くすぐったいような、背筋がぞわぞわとしてくる感触に、雅は桃子の肩を掴んだ。
「ちょっと、ももっ」
雅は忘れていた声を出す。
それでも桃子の手は止まらない。
デニム地のミニスカートから伸びた足に、桃子の足が触れていて熱い。
胸元にまで伸びてきた手の平も熱くて、吐き出す息が自然と熱を持つ。
「やだっ」
肩を掴んだ手に力を込めると、爪が桃子の服を通り越して肌に食い込んだ。
雅は爪先の感触に力を弱める。
- 22 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 3 − 投稿日:2009/08/31(月) 02:11
- 罪悪感。
それが雅の抵抗を鈍らせる。
桃子に言った言葉がこうなった原因だということは、自分でもわかっていた。
それでも、このまま為すがままでいるわけにはいかない。
「うちが嫌ならお礼しないって言ったじゃん」
「気が変わった」
肩を掴んだ手を無理矢理剥がされる。
桃子の手が雅の手首を床へ張り付け、首筋に唇を押しつけてくる。
ぺろりとそこを舐められ、雅は生温かな感触に首を竦めた。
その間にもTシャツはさらにたくし上げられ、胸元が露わになる。
「ももっ、やめて」
雅の声が聞こえているはずなのに、桃子が露出した肌へ吸い付く。
胸元を滑る唇に、雅は床へ張り付けられた手を動かそうとした。
けれど、手は動くが、桃子を押し退けることは出来そうになかった。
上から体重をかけられていては思うように身体を動かすことが出来ず、雅は胸の上まで捲り上げられたTシャツを直すことも、桃子から逃げることも出来ない。
- 23 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 3 − 投稿日:2009/08/31(月) 02:14
- 鎖骨の上へキスを落とされる。
雅の手首を押さえつける桃子の手が緩み、離れた。
今のうちにと雅は捲り上げられたTシャツを直そうとするが、それよりも早く桃子の手がすうっと脇腹を撫で、胸を覆う布の上で止まる。
「すべすべだね、みーやん」
いつもより桃子の声が甘くて、耳に残る。
布越しに桃子の手がそろそろと動き出す。
桃子が石川としていたこと。
それがどんなことかは、知っている。
だが、桃子からこれ以上のことをされたことはない。
雅が頑なに拒むものだから、桃子も途中で飽きるか、諦めてしまうからだ。
そして、最近はこんなことをしようともしなかった。
お礼の良し悪しを理解したのかは知らないが、「駄目」という雅の言葉を受け入れていた。
だから、もうこんな状況になることはないと思っていた。
「お礼とか、いらない、…から」
「みーやんがいらないとかいるとか、そんなの知らないもん」
桃子の手が下着を押し上げる。
隠されていた胸が露わになって、雅は桃子から逃げ出そうと身を捩る。
しかし、それは無駄な努力でしかなかった。
桃子の唇が簡単に雅の胸の中心に触れる。
- 24 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 3 − 投稿日:2009/08/31(月) 02:16
- 「んっ」
自然と声が漏れる。
下着の上から胸に触れられたことなら、何度かあった。
だが、直接触れられたことも、見られたこともない。
いや、着替えの最中になら、見られているが、それとこれとは大違いだ。
明確な意思のもと、桃子が身体の上に乗っていて、下着を捲り上げられ、唇が触れた。
それは見過ごすことの出来ない問題だ。
雅は今まで以上に抵抗を試みる。
桃子に言った言葉を気にしている場合ではなかった。
「もも、やめてってばっ」
「やだ。ももがお礼したいから、する」
ちゅっ、と小さな音が聞こえて、鎖骨の下あたりに唇が吸い付いてくる。
手の平が腰や脇腹を撫でてきて、身体に力が入らない。
桃子の肩を押そうにも、触れられた部分からぞわぞわとするような何かが信号となって脳へ送られてくるから、手の動きも鈍る。
唇が肌の上を滑って、また胸の上へと戻ってくる。
桃子の指先が胸にあるぷくんと尖った突起をそっと撫でてきて、また声が漏れた。
- 25 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 3 − 投稿日:2009/08/31(月) 02:19
- 「は、あっ」
聞こえてきた自分の声は湿り気を帯びたもので、雅は耳を覆いたくなる。
けれど、今は耳を覆っている場合ではなかった。
上手く力が入らない身体に無理矢理力を入れて、手を動かす。
そして、胸を撫でつける桃子の手を掴んだ。
「こんなの、絶対やだ」
「やめない」
「やめないじゃないの。こういうこと、しちゃだめ」
掴んだ手を胸から剥がして、桃子の肩を押す。
すると、今度は何の抵抗もなく桃子の身体が離れた。
「だって、もも、みーやんが好きだもん」
ぺたんと雅の隣へ座り込んで桃子が言った。
「きっと、梨沙子よりも、愛理よりも好きだよ」
桃子の手が雅の指先に触れて、すぐに離れた。
桃子の顔を見ると、唇が震えているように見えた。
だが、手を伸ばそうとも、声をかけようとも思えなかった。
雅はのろのろと起きあがると桃子に背を向け、乱れた服を整える。
下着を直して胸元を見ると、赤い跡が一つついていて、慌ててTシャツでそこを隠した。
- 26 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 3 − 投稿日:2009/08/31(月) 02:20
- 「なんでそんなに梨沙子と愛理にこだわるの?」
桃子に向き直り尋ねると、俯いたまま桃子が静かに答えた。
「みーやんのこと、好きだから」
「もも。ももの言ってるのは違うよ」
「違わないもん。もも、うさぎだけど、ちゃんとわかるもん」
「わかってないよ」
「わかってるもん」
桃子が俯いていたのは、とても短い時間だった。
顔を上げた桃子の手が指先に触れ、今度はしっかりと握られる。
引き寄せられ、桃子の顔が間近になった。
逃げる間もなく耳元に桃子の顔が寄ってきて、ざらりとした音が耳に響いた。
「もも、だめだって」
桃子の額を押して、身体から離す。
少し抵抗されたが、それでも桃子の顔が耳元から遠ざかった。
- 27 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 3 − 投稿日:2009/08/31(月) 02:22
- 「なんで、こんなことばっかしたがるのかわかんない」
「だってっ」
「だって、なに?」
「……だって」
萎んでいく風船のように、桃子の声が小さくなる。
雅を見ていた視線も床へと落ちる。
どう贔屓目に見ても元気とは言い難い状態になって、雅は良心の呵責を感じるが、桃子の行動を受け入れるわけにはいかなかった。
「もも、何度も言ってるけど。うち、こういうの嫌なの。わかる?やだって言ってるの」
「でも、ももはっ」
床へ落ちていた視線が雅へ戻る。
押し離したはずの身体がまた近づいてきて雅は後退るが、桃子はそれ以上近づいて来なかった。
「なんか理由あんの?」
「石川さんが……」
「また、石川、かあ。そんなに石川さんが好きなら、帰ればいいじゃん。うちが探してあげるよ」
聞き飽きた。
そう言いたいぐらいだと雅は思う。
石川の名前を聞くたび、雅は今の飼い主は誰なのかと問いただしたくなるし、胸の辺りを力一杯押されたように苦しくなって落ち着かなくなる。
- 28 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 3 − 投稿日:2009/08/31(月) 02:24
- 「いいよ、探さなくて。でも、石川さんの話ぐらいしてもいいでしょ」
聞きたくない、そう言いかけて口をつぐむ。
雅が言葉を飲み込んだことによって出来た間を埋めるように、桃子が言った。
「石川さんが、大好きってことだって。お礼で、ありがとってことだって。大好きな人が出来たらしてあげたらいいって。そう言ったんだもん」
桃子は雅を真っ直ぐ見つめているが、いつもの元気は欠片もなかった。
声もぼそぼそと小さなものだったし、がっくりと肩を落としていた。
「みーやんがいやなのは知ってるけど、でも、お礼は大好きな人にしたらいいって……」
小さく聞こえていた声が完全に途切れる。
雅を見つめていた目も床を見ていた。
「大好きな人にするの?」
「うん」
お礼をする理由は以前にも聞いた。
だが「大好きな人にする」というのは初耳だった。
だから、雅は桃子に問いかける。
- 29 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 3 − 投稿日:2009/08/31(月) 02:26
- 「もも、うちのこと好きなの?」
「うん。さっきから何度も言ってるじゃん」
「好きって、意味わかって言ってる?」
「わかってる。……たぶん」
聞こえてきた桃子の声に、ずきん、と心臓の奥の方が痛くなる。
それと同時に、いつの間にかつけられていた赤い跡の辺りが熱を持ったような気がした。
雅は短く息を吐き出して、吸い込む。
早くなろうとする鼓動を押さえ、改めて桃子を見た。
けれど、俯いているから黒い髪が桃子の顔を隠していて、表情はわからない。
くるんとした旋毛だけが目につく。
「もも」
名前を呼んで顔を上げさせようとするが、桃子は俯いたままだった。
しょぼんとしている桃子を見ていると、胸が苦しくなってくる。
「こっち、向きなよ」
いつまで待っても顔を上げそうになくて、雅は桃子の手首を掴んで引っ張る。
すると、桃子がゆっくりと顔を上げたが、目は伏せられたままで雅の方を見ようとしない。
雅は仕方なく桃子の手首を離して、もう一度声を掛けた。
- 30 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 3 − 投稿日:2009/08/31(月) 02:28
- 「おいで、もも」
そう言ってから、ぽん、と自分の隣を叩くと、桃子が肩をびくんと震わせ、それから顔を上げた。
どういうわけか桃子は驚いた顔をしていて、何故だろうと思いながらも、雅が旋毛の辺りを軽く撫でてやると、桃子の表情がさらに変わった。
桃子の目が見開かれる。
それを見て、雅の方もびっくりする。
どうして桃子が驚くのかさっぱりわからない。
何だかわからないまま、雅は尋ねてみる
「隣、来ないの?」
「行く」
桃子の表情が少し和らぐ。
ぺたぺたと床を這って桃子が隣にやってきて、雅に身体を寄せる。
もう一度頭を撫でると、今度ははっきりと桃子が笑った。
雅はその笑顔に、思わず同じように表情を崩しそうになる。
「ごめんね、もも。お礼したいのはわかるけど、そういうのまだいいから」
謝る必要はないけれど謝って、わからないけれど、わかると口にする。
それは桃子の機嫌を取りたいからで、機嫌を取りたいのは、このまま放っておくと面倒なことになるからだ。
そう思わないと、桃子が笑ったから嬉しいなどという感情の説明がつかない。
表情が崩れそうになったのは、嬉しいからだとは思いたくなかった。
- 31 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 3 − 投稿日:2009/08/31(月) 02:29
- 「ももこそ、ごめん。今のもも、ちょっと間違ってたって自分でもわかる」
笑顔からしょぼんとした顔になって、桃子がぺこりと頭を下げた。
けれど、次に顔を上げた時には、また嬉しそうに笑っていた。
雅もつられて笑いそうになるが、緩む口元をきゅっと引き締めて桃子を見た。
視線の先、桃子の肌は真っ白で、うさぎのようだと雅は思う。
黒い髪がさらさらと肩にかかっていても、イメージは白だ。
小さな白いうさぎは人になっても、小さくて白くて可愛い。
そんなことを考えて、今、自分が考えたことに頬が染まる。
何だか桃子を見ていられなくなって、雅は目をそらした。
- 32 名前:Z 投稿日:2009/08/31(月) 02:30
-
- 33 名前:Z 投稿日:2009/08/31(月) 02:30
- 本日の更新終了です。
- 34 名前:Z 投稿日:2009/08/31(月) 02:31
- >>19さん
お待たせしました。
こんな感じになりましたw
- 35 名前:みら 投稿日:2009/08/31(月) 11:47
- お、何だかももが大人に見えました。
更新お疲れ様です。
- 36 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2009/09/06(日) 07:33
-
うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 −
- 37 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:35
- 雅から話しかけることも出来ず、かといって、桃子が何かを話すわけでもなく、部屋の中はしんとしたままだった。
空気は黙っていることが苦痛なほど重くもないが、軽くもない。
けれど、いつまでも視線をそらしたままでいるわけにはいかなかった。
雅は桃子を見ようか、やはりやめようかと迷って、頬に手をやる。
すると、頬から熱が伝わってきて手の平が熱かった。
熱を冷ますように手の平をさらに頬へ押しつけていると、桃子が肩をぶつけてきた。
そして、雅の名前を呼んだ。
「みーやん」
柔らかな声に、雅は桃子を見る。
「怒らないで聞いてくれる?」
「なに?」
小さく答えると、桃子がおずおずと話し始めた。
- 38 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:37
- 「……お礼、梨沙子ならいいんでしょ?」
「今、梨沙子は関係ないよ」
一体、何を思って梨沙子の名前を出してくるのか。
雅にはさっぱりわからない。
桃子が言うお礼という行為は、相手が誰であれ簡単に受け入れられるものではなかった。
「前にみーやん、梨沙子とのこと想像して赤くなってた」
「あれはももが悪い」
「悪くないよ。だってみーやん、梨沙子とももは違うって言った。梨沙子のことは想像して赤くなるのに、もものことなんか考えないって言った。それってもものこと、あんまり好きじゃないってことなんでしょ?さっき、好きな人もいないって言ってたし」
「そうじゃないよ。そうじゃなくて……」
好きな人はいない。
それは間違いないはずだ。
自分自身のことだから、間違いようがない。
だから今、桃子からされたことの続きを考えることも、したいと思うこともない。
想像することなど絶対にないことで、でも、桃子のことを嫌っているわけではなかった。
どちらかと言えば、好きで、側にいないと気になる存在だ。
それはきっと毎日同じ部屋で過ごしているからで、側にいることが当たり前になってしまったからだと雅は思う。
- 39 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:40
- 信じられないようなことが毎日起こって、桃子に慣れてしまった雅は、感覚が麻痺しているのかもしれない。
不可思議な存在の桃子を不可思議だと思わなくなり、ペットだったはずの桃子に対して、まるで人と接しているときのように気遣うようになってしまっていた。
飼い主とペット。
越えようのなかった壁をひょいと飛び越えてしまった。
雅はそんな気がする。
あり得ない存在の桃子を受け入れ、人の姿も見慣れてしまって、初めにあった関係性は曖昧なものに変わっていた。
今はもう、桃子がペットなのか友達なのか、それとも他の何かなのかよくわからない。
不鮮明になってしまった関係性をはっきりさせようとして、ペットだと言い続けているように思える。
きっと桃子を人として認めてしまえば、明確ではない関係はもっとはっきりとしないものになってしまうだろう。
雅は「ふう」と大きなため息をつく。
隣でぼそぼそと喋っている桃子は、さっきまでの強引さはどこへやら、肩を落としてしょぼんとしている。
こういう桃子の姿を見ているのはつらい。
はしゃぎ回ってまとわりつかれるのは大変で、時に面倒だったりするが、こうしてしょげかえっているような桃子は見ていたくないのだ。
- 40 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:42
- 「上手く言えないけど、梨沙子ともさっきみたいなことはしない。前にそう言わなかったっけ?」
嫌いだと言えば傷つけるし、嘘になる。
ペットだと言っても傷つけるし、また桃子がその言葉に反応してあらぬことをしようとしても困る。
好きだと言うには抵抗があった。
しかし、これ以上桃子を傷つけたくはなかったし、しおれたような姿も見ていたくない。
「言ってたけど。でも、前と今は違ってるかもしれないじゃん」
「違わないよ」
雅が答えると同時に「ぺたん」と鈍い音がした。
音のした方を見ると、俯いた桃子が両手を床に押しつけていた。
ゆっくりと桃子が顔を上げる。
手は床にぺたりとくっついたままだった。
- 41 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:43
- 「じゃあさ、梨沙子が今みたいなことしたら怒る?」
「されたことないし、わかんない」
「もしも、だよ」
「もしも、って言われても、わかんないって」
「ももには怒るよね?」
「怒る」
「なんで?なんで、梨沙子のことはわかんないのに、ももには怒るの?ももと梨沙子ってなにが違うの?どうして、ももだけ怒られるの?」
縋るような目をして尋ねられた質問は、とても面倒なものだった。
桃子と梨沙子は何から何まで全く違う。
それは雅にもわかる。
梨沙子はうさぎになったりしないし、騒がしくもないし、幼い頃から姉妹のように育った妹のような存在だ。
側にいても気にならないし、梨沙子ならどこにいてもいい。
まるで家族のように、雅の見る景色の中に溶け込んでいる。
- 42 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:45
- 桃子は側にいることが当たり前になってはいるが、かなり異質な存在だ。
近くにいることが気になるし、桃子がどこにいるのか気になる。
次にどんなことをして騒ぎを起こすのかと思うと、気が気でない。
桃子は決して、雅が見ている風景に溶け込んだりしないだろう。
二人とも身近な存在だったが、相反する存在と言っても良い。
だが、それは桃子を叱る理由ではない。
望んでいないことをするから、怒る。
理由はそれだけだが、何度そう言っても桃子には通じない。
未だに、桃子を納得させられるような言葉は見つかっていなかった。
だから、雅は素っ気なく言った。
「わかんないよ」
雅は説明することを投げ出す。
桃子といると面倒なことばかりだ。
何でもかんでも真面目に考えていたら、頭がパンクしてしまう。
- 43 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:47
- 「みーやんの方こそ、よくわかんない」
ぺたぺたぺた。
桃子が床を這ってタンスの前まで行き、立ち上がる。
タンスの定位置におかれたうさぎのぬいぐるみを手に取ると、ベッドへダイブした。
後頭部、背中、足の裏。
それが雅から見えるものだった。
桃子はすっかり拗ねてしまったようで、うさぎのぬいぐるみを頭へ乗せて、ベッドへ俯せになったまま雅を見ようともしない。
「くまいちょーは、優しかった。ちゃんとももにわかるように言ってくれるし、ストラップだってくれた。……みーやんは、ももがなにやっても怒る」
「うちだって、ぬいぐるみ買ってあげた。それにお礼は駄目だって、前から言ってるじゃん」
「そんなの、わかってる。でも、ぬいぐるみ買ってくれて、嬉しかったし。そういうの、伝えたい。それに、もも、うさぎかもしれないけど、みーやんのこと好きだもん」
桃子から聞こえてくるくぐもった声は、聞き取りにくいものだった。
それでも、雅は一言一句聞き漏らさないように耳を澄ませた。
そして、頭の中で聞いた言葉を整理する。
- 44 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:48
- 「ねえ、もも。熊井ちゃんからストラップもらって嬉しかった?」
耳から入ってきた言葉を頭の中に並べて、浮かんだのは友理奈の顔だった。
「うん」
「じゃあ、熊井ちゃんにもお礼したいの?」
遠回りせず、ストレートに質問をぶつける。
すると、桃子が顔を上げた。
うさぎのぬいぐるみがころりと転げて、桃子が迷わずに言った。
「しない」
「なんで?」
「誰にでもしちゃ、駄目だって。大好きな人にだけ、って石川さん言ってた」
『人間の世界はお礼が大事』
それが石川が桃子に教えたことだと聞いていた。
大好きな人にするものだとさっき言っていたが、誰にでもしてはいけないことだと言われているとは思わなかった。
気に入った相手になら、誰にでもこうして「お礼」という行為をするのだろうと考えていた。
だが、誰にでもするわけではないとわかったところで、全てが解決するわけではなかった。
雅の中に新しい疑問が沸いてきて、それを口にしてみる。
- 45 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:49
- 「熊井ちゃんは大好きじゃないの?」
「んー、大好きだけど。でも、しない」
「大好きだけど、しないんだ?」
「しないと思う」
口調ははっきりとしたものだった。
けれど、言葉は曖昧なものだ。
そのぼんやりとした答えに、雅はため息を一つつく。
好きや嫌い。
その言葉が持つたくさんの意味を、桃子は理解し切れていない。
「思う、か。やっぱり、ももはわかってないよ。ももにとっては、どの好きも同じで、かわんないんだよ」
責めるつもりはなかった。
桃子に多くを望んだところで仕方がないとわかっている。
それでも、声に落胆の色が滲む。
- 46 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:51
- 雅はベッドへ手を伸ばした。
転がっているうさぎのぬいぐるみを引き寄せ、膝の上へ乗せる。
柔らかな身体を操って、ぬいぐるみにポーズを付ける。
普段なら思わず笑ってしまうようなポーズをいくつも作るが、くすりとも笑えない。
桃子が何をしているのか気になってベッドの上を見ると、枕へ顎を乗せ、珍しく難しい顔をしていた。
雅は白いぬいぐるみを白い桃子へ投げつける。
背中の上にぬいぐるみが着地すると、桃子が起きあがって、またうさぎが転がり落ちた。
「もも、みーやんになら、いっぱいくっつきたい。そういうのじゃ、だめなの?」
「だめっていうか、違う」
「みーやんの言ってること、よくわかんない」
「ももは……」
うさぎだからわからない。
言いかけた言葉を辛うじて飲み込む。
「なに?」
「なんでもない」
飲み込んだ言葉は消えない。
心の底に沈んで、身体の中に溜まっていく。
言わなければ桃子を傷つけることも、機嫌を損ねることもないが、心が重くなる。
それでも、今は桃子をうさぎだと言いたくなかった。
- 47 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:52
- 「みーやんは、どういうのならいいの?もも、わかんないから教えて」
言いかけた言葉が追求されることはなかったが、新しく投げかけられた質問は答えにくいものだった。
「どういうのって言われても……」
「いっぱいくっつくの、だめ?」
「くっつくのはだめじゃない。だけど、それ以上のことはやだ」
「わかったけど。でも、くっついただけで怒るときもあるじゃん」
「そんなの、いいときとだめなときがあるの」
桃子が「ふーん」と鼻を鳴らす。
そして、ベッドの端までやってきて雅の二の腕を掴んだ。
「くっつくよ?」
「いつも言わないでくっつくくせに」
「今日はもう怒られたくないもん。くっついてもいい?」
桃子が掴んだ腕を引っ張る。
催促されて、雅はベッドへ上がった。
- 48 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:54
- 「いいけど、くっつくだけだからね」
「うん」
嬉しそうな声が聞こえて、桃子が飛び込んでくる。
雅は慌てて腕を広げて、その身体を抱きしめた。
ぺたりとお互いの身体がくっついて、互いの体温が混じり合う。
桃子との距離が近くて、血液の流れる音すら聞こえてきそうだった。
なんだか緊張して、背中へ回した腕をどうしていいかわからない。
困って腕の力を抜くと、桃子の身体がごそりと動いた。
こつん、と肩に桃子が顔を埋める。
指先が鎖骨を撫でて、その下辺りにある赤い跡が熱を持った。
「あのさ、みーやん。キスしてもいい?」
突然聞こえてきた思いもよらない単語に心臓が跳ねる。
それを隠すように、雅はまるで何でもないことのように問い返した。
「うさぎに戻るの?」
「ううん、戻らない。ここにする」
鎖骨の上を撫でていた指先が止まり、つんと突かれる。
桃子が顔を上げて、ねだるように言った。
- 49 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:56
- 「だめ?」
あれも駄目、これも駄目。
断り続けるのは心苦しくて、雅は迷ってから仕方なく頷いた。
桃子の指がTシャツの首周りを引っ張る。
伸びる、とか、引っ張るな、とか言いたいことはあった。
けれど、裾を捲られるよりはいい。
そう考えて目を閉じる。
桃子の吐く息が首筋を撫でる。
くすぐったくて肩を竦めると、鎖骨の上に何かが触れた。
その感触に目を開くと、桃子の黒い髪が目に入った。
目から流れ込んでくる情報と肌から流れ込んでくる情報。
総合すると、触れているのは唇だった。
キスをしたいと言われたのだから当たり前だ。
しかし、わかっていても心臓が高鳴る。
唇が触れている部分から少し下に付けられた赤い跡が、頭の中に鮮明に蘇る。
けれど、唇が触れていたのはほんの数秒間のことだった。
桃子の唇はすぐに離れて、雅は抱きしめられる。
- 50 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:58
- 「もっと、みーやんに触りたいな」
背中に回された腕がさわさわと背筋を撫でる。
悪戯に動く手を牽制するように肩を叩くと、桃子の手が止まった。
「みーやんはさあ、ももが何したら嬉しい?」
「何もしないで大人しくしててくれたら、それが一番嬉しい」
「そっかあ。なんか、つまんないの」
「ももはつまんないぐらいが丁度良いの」
冷たくそう言い放つと、桃子が雅に体重を預けてきた。
それも思いっきりだ。
雅はバランスを崩して、慌ててベッドへ手をついた。
「つまんなーい」
「くっついてるからいいでしょ」
「いいけどさあ」
べたりとくっつきながら不満そうに言った桃子の肩を軽く叩いて、雅は身体を支えている手から力を抜いた。
ずるずると身体がベッドへ倒れ込んでいく。
当然、桃子の身体も一緒にベッドへ倒れ込んで、二人仲良くベッドへ身体を預けた。
- 51 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 07:59
- 「みーやん。もも、うさぎになった方が良い?」
「いいよ。このままで」
こんなやり取りが、随分前にもあったような気がする。
だが、その時よりも確実に動悸が激しい。
まるで身体が何かに蝕まれているようで、病院にでも駆け込みたいぐらいだ。
桃子は掛け布団のように雅の身体にべたりと覆い被さっている。
ただ、さっきとは違い随分と大人しい。
雅は、桃子の様子とは正反対と言っていいほど騒がしい心臓の辺りに力を込めた。
こんなことをしても、どくんどくんと鳴る音を止めることが出来ないことはわかっている。
それでも、一度息を止めて、それから大きく吐き出した。
- 52 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 4 − 投稿日:2009/09/06(日) 08:00
- 「もも。もしもさ、もしもだけど。熊井ちゃんがもものこと拾ってたら?」
「拾ってないもん。だから、そんなのわかんないよ。みーやんだって、もしもなんてわかんないって言ってたじゃん」
「そっか。そうだよね」
雅は誤魔化すように、「ごほん」と小さく咳払いをした。
桃子がわからないことだらけのように、雅もわからないことだらけだった。
うるさい心臓の音も、桃子のこともわからない。
知っていると思っていた梨沙子のことも、愛理のことも知らないことがたくさんあった。
本当は知っていることなどほとんどないのかもしれない。
勉強なら、先生に聞けばわからないことは教えて貰える。
しかし、雅の知りたいことは誰に聞いてもわからないことのようだった。
- 53 名前:Z 投稿日:2009/09/06(日) 08:00
-
- 54 名前:Z 投稿日:2009/09/06(日) 08:00
- 本日の更新終了です。
- 55 名前:Z 投稿日:2009/09/06(日) 08:02
- >>35 みらさん
大騒ぎしながらも成長したりしています(´▽`)
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/11(金) 15:39
- もどかしいけどすごくいい!
こっちまでドキドキしちゃう
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 07:28
- うさぎのももに会いたい
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/26(木) 07:09
- まってます
- 59 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/19(土) 16:15
- 続き読みたいなぁ
- 60 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2009/12/31(木) 20:50
-
小さなうさぎの小さな冒険 − 1 −
- 61 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 20:54
- 『友達になりたい』
そう言った友理奈とは、あれから会うことが出来ずにいた。
桃子は自由に外へ出ることが出来ないから、いくら友理奈に会いたいと思っても会えるはずがなかった。
それに、携帯を持っていないから、話すことも、メールをやり取りすることもない。
だが、そのかわりに手紙をやり取りするようになっていた。
きっかけは、友理奈に会いたいと騒いだ桃子を宥める為に、雅が手紙を書けばと言ったことだった。
桃子は雅に言われた通り、ストラップをもらったお礼にと手紙を書いた。
その時に、親から禁止されていて携帯を持っていない、と手紙に書き添えろと雅に言われて、その通りに書いた。
すると、手紙を送るよ、と書かれた便せんが雅を介してやってきた。
それから、雅が手紙の渡し役となってくれて、桃子は友理奈と手紙のやり取りをするようになった。
- 62 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 20:58
- 桃子が平仮名だらけの手紙を送ると、可愛いイラストの描かれた返事をもらえた。
友理奈からの手紙はそう長いものではなかったが、桃子にとってとても楽しみなものになった。
しかし、雅が夏休みに入ってからその数が減った。
楽しみにしていたものの数が減って、桃子はとてもつまらなかった。
桃子はうさぎの姿でぴょんっとクッションの上に飛び乗る。
前足と後ろ足を伸ばして、柔らかな布の上にぺたんとお腹をくっつけた。
もう夏休みだというのに、雅は毎日のように学校へ行っていた。
補習というものだと雅は言っていたが、桃子にはそれが何なのかよくわからない。
何なのかよくわからなかったが、休みだと言っていた雅を桃子から取り上げてしまうのだから、それは悪いものに違いないと思う。
桃子は雅が休みになったら、たくさん遊んでもらおうと思っていた。
散歩にだって行きたいし、この前連れて行ってもらった雑貨屋にだって一緒に行きたい。
そういう夢が補習というものによって奪われた。
おかげで、待ちに待った夏休みだというのに、暇で仕方がない。
いや、今までだって雅は毎日学校へ行っていたし、桃子はその間、暇を持て余していた。
だが、夏休みになって一緒に遊べると思っていたから、今まで以上に雅がいない時間がつまらなく感じる。
おまけに友理奈からの手紙も滅多に来ないのだ。
- 63 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 21:00
- 桃子はクッションの上に座り直して、タンスの上にあるうさぎのぬいぐるみを見上げる。
石川の家にあったうさぎのぬいぐるみとは大きさも形も全く違うが、雅が買ってくれたぬいぐるみはとても可愛くて、最近の桃子の一番のお気に入りだった。
今、あれを撫でられたらいいのにと桃子は思う。
けれど、うさぎのままでは手が届かない。
飛び跳ねたって、絶対に届かない。
桃子は諦めてクッションから飛び降りる。
そして、部屋の片隅に置かれたケージの前まで移動した。
ぴょんぴょん跳ねて辿り着いたケージの前。
目に入ったのは、ちょろんと付けられているうさぎのストラップだ。
それは友理奈からもらったもので、雅からもらったうさぎのぬいぐるみの次に好きなものだった。
桃子は後ろ足で立って、前足を伸ばす。
ぐいっと身体も伸ばすと、前足が少し高い位置に付けられていたストラップに触れた。
前足を離すと、ぷらりとストラップが揺れる。
桃子はケージにかけていた前足を下ろして、座り込む。
- 64 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 21:02
- 友理奈はストラップや手紙をくれるし、優しいし、大好きだ。
雅と遊べないのなら、友理奈と遊びたい。
だが、雅に聞いたら、友理奈は受験勉強というもので忙しいから遊べないと言っていた。
残念だなあ、と桃子は思う。
それと同時に、もしも友理奈と暮らしていたとしても、夏休みはこうして一人で過ごすことになるのかと思った。
『熊井ちゃんがもものこと拾ってたら?』
ちょっとした想像に、雅から尋ねられたことを思い出す。
その時、答えられなかったその質問が頭の中をぐるぐると回る。
もしも、友理奈に拾われていたら。
きっと友理奈のことを好きになっただろう。
数えるほどしか友理奈に会っていないが、きっと友理奈はうさぎで人間の桃子を受け入れてくれる人に違いない。
友理奈は優しいから、桃子をたくさん撫でてくれるだろうし、話しかけてくれるだろう。
けれど、雅と同じぐらい好きになるかどうかはわからない。
- 65 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 21:04
- 雅に初めて会ったときは、一人きりで過ごしてきた場所から抱き上げてくれたことが嬉しかっただけで、好きや嫌いという感情はなかった。
もう一人には戻りたくない。
そんな感情で雅に縋っただけだった。
あれから数ヶ月。
雅と暮らして、雅に対する印象が随分と変わった。
ただの優しい人から、意地悪な人になった。
そして、その意地悪な人がまた優しい人になった。
雅の印象はくるくる変わって定まらない。
石川とはまったく違って、すぐに怒るし、桃子が遊んでくれと頼んでも遊んでくれないことが多い。
気まぐれに優しくしてきて、それに安心して、甘えると突き放されたりする。
それでも、駐車場で抱き上げてくれた雅のことが忘れられなくて、どんなに邪険にされても嫌いにはなれなかった。
石川との違いをいくつも数えて、比べてみても、雅の腕の中は初めて抱き上げてくれた時と同じで、暖かくて、大好きな場所だった。
友理奈は雅とも、石川ともまったく違う。
友理奈ともっとたくさん会うことが出来たら、もっと好きになるに違いない。
だが、その間に雅のことだってもっと好きになるだろう。
桃子の周りには、他にも梨沙子や愛理がいて、桃子はその二人のことだって大好きだった。
- 66 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 21:06
- 人間は桃子にとって優しい生き物だった。
だから、大好きで一緒にいたい。
人を嫌いになるほうが珍しいことで、どんな人とだって一緒にいられたら嬉しい。
人に会うたび、人を好きになる。
でも、心の中のとっておきの場所にいるのは石川だけだった。
雅といても、石川のことを忘れられない。
自分から石川の元を離れたのに、今でも出来ることなら会いたかった。
時々、夢に出てきて、目が覚めた時に泣きそうになる。
背中を撫でる雅の手が石川だったらいいのにと何度も考えた。
雅に会ったばかりの頃に比べれば、石川に会いたいという気持ちは小さくなっていたが、完全には消え去らない。
こうして一人でいるときに、石川のことを思い出してしまうと視界が歪む。
石川に会いたい気持ちが大きくなる。
雅が側にいてくれたら、そんな気持ちを誤魔化せるのにと思う。
けれど、雅はまだ学校から帰ってくるような時間ではない。
- 67 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 21:07
- 誰か。
雅ではなくていいから、誰かに会いたい。
部屋で一人きり、視界が歪んだときにはいつもそんなことを考える。
そんな思考に取り憑かれたとき桃子は、テレビを付けたり、部屋の中を飛び回って、その気持ちに気がつかなかったことにする。
今日も、テレビを付けて、消して、誰もいない部屋をぴょんぴょん飛び跳ねて、ぐるりと一周してみた。
それでも重くなった心が軽くならないから、部屋の扉に前足をかけてみた。
外へ出たい。
そう思いながら、ぐいっと押す。
今まで扉が開いたことがなかったから、今日だって開かないと思った。
だが、前足に力を入れると、きぃっと小さな音を立てて扉が少し開いた。
思わぬことに驚いて、桃子は前足を扉から離した。
びっくりして、辺りを見回す。
部屋の中には当然のことながら誰もいない。
- 68 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 21:09
- 桃子はもう一度扉を押してみる。
すると、桃子が通り抜けることが出来そうなぐらい扉が開いた。
桃子は今朝の出来事を思い出した。
雅は慌ただしく部屋を出て行った。
起きた時間が悪かったのだ。
桃子がケージで眠っていると、「もう十分前じゃん!」という大きな声が聞こえてきて、目が覚めた。
欠伸をしながら桃子が雅を見ていると、いつもとは比べものにならない速度で雅が着替えて、桃子をケージから出すと、部屋を飛び出していった。
おそらく、雅は慌てて部屋を出たから、扉をきっちりと閉められなかったのだろう。
だから、いつもなら締められている扉が開いていた。
とくん。
心臓の音が聞こえた。
まだ一人でこの部屋から出たことはなかった。
- 69 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 21:10
- 雅の顔が浮かぶ。
部屋から出るなといつも言っていた。
桃子だって、部屋を勝手に出たら怒られるということぐらいわかっている。
それでも、開いた扉の誘惑には勝てない。
桃子は開いた扉からするりと廊下へ出る。
廊下は雅がクーラーを入れてくれていた部屋と違って、蒸し暑かった。
辺りを見回して、それからまとわりつく熱気をぷるると身体を震わせてはねのけると、桃子はぴょんと飛んで階段まで行く。
階段の上から下を見ると、結構高くて少し怖い。
これを降りないと外へは行けない。
そう思うと、怖くても足が進んだ。
ぴょんと一段降りて、一休みする。
またぴょんと降りて、一休みする。
そんなことを何回か繰り返して、桃子は玄関まで辿り着く。
玄関の扉を前足で押す。
しかし、さすがに扉はびくともしなかった。
- 70 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 21:12
- やはり、簡単に外へ出られるわけがなかった。
どんなに飛んでも、ドアノブに届くわけがなかったし、たとえ届いたとしても、うさぎの手ではドアノブを動かすことなど出来そうにない。
桃子はドアノブを見上げる。
駄目だとわかっていても、一度ぴょんと飛んでみる。
けれど、当然のことながら届かない。
やっぱり駄目だ。
がっくりと肩を落とす。
いや、落とす肩などないから、背中を丸めた。
くるりと後ろを向いて、雅の部屋まで戻ろうと桃子は思う。
しかし、階段を降りることよりも、上ることのほうが大変そうで嫌になった。
このまま玄関のどこかに隠れて、雅が帰ってくるのを待とうか。
そんなことを考えていると、足音が聞こえてきて、桃子は反射的に靴の影に隠れる。
小さな靴だと身体が見えてしまうから、大きめの靴を選んで、その横に身体を寄せた。
- 71 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 21:13
- 音が近づいてきて、止まる。
桃子の身体に影が落ちる。
誰が来たのかと思って靴の影からそっと顔を出してみると、靴を履いているのは雅の母親だった。
靴を履き終えた雅の母親が扉を開けた。
そして、「あっ」といって立ち止まる。
鞄の中を見て、何かを探す。
考えるより先に動いていた。
桃子は、扉の隙間に身体を滑らせる。
開きっぱなしになっている扉から外へ飛び出て、玄関の外に置かれているプランターの影に隠れた。
しばらくプランターの横で様子を窺っていると、雅の母親が出てきて鍵を閉めた。
それから、振り返ることなく、家から離れていく。
- 72 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 21:15
- ちょっとだけ。
ちょっとだけだ。
雅に、いや、過去に石川からも、勝手に外へ出ては駄目だと言われていた。
外は車が走っていて危ないし、道行く人に見つかって、どこかへ連れて行かれてしまうかもしれない。
うさぎが勝手に外を出歩いていたら、何が起こるかわからない。
心配した二人から、しつこく外は危ないと言われている。
しかし、外へ出てしまった今、二人の言葉は頭の片隅へと追いやられる。
少し外を見るだけ。
ぴょんと跳ねて、ちょっと歩いたら、家の前へ戻って玄関の扉が開くまで待つ。
だから、何も起こらない。
絶対に車に轢かれないし、人にだって見つからない。
桃子は雅の家の敷地からひょいと顔を出して、道路を見た。
右を見て、左を見て、さらに右を見て。
しっかり左右を見て、車も人もいないことを確認してから、桃子はぴょんと歩道へ出た。
けれど、運が良いのか悪いのか、歩道へ出ると聞いたことのある声が聞こえた。
- 73 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 21:18
- 「あー」
桃子は、聞こえてきた声の方を見る。
視線の先には手に袋を下げた梨沙子がいて、目があった。
「ももだよね?」
梨沙子が走り寄ってきて、桃子の前でしゃがみ込む。
桃子は逃げだそうとするが、ぴょんと飛ぶ前に梨沙子に抱き上げられた。
「脱走したの?こんなところにいたら、危ないよ。おうち、帰ろ」
そう言うと、梨沙子が歩き出す。
桃子は今来たばかりの道を、梨沙子に抱きかかえられながら戻ることになった。
梨沙子の腕の中で、桃子はじたばたと身体を動かしてみる。
けれど、梨沙子は桃子を離してくれるどころか、ぎゅうっと抱きしめて離さない。
梨沙子が雅の家の呼び鈴を押す。
ピンポーンという音が遠くから聞こえる。
だが、家からは誰も出てこない。
- 74 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 1 − 投稿日:2009/12/31(木) 21:20
- 「おばさん、いないのかな。どうしよう」
梨沙子がぼそりと呟いた。
桃子の背中を撫でながら、うーんうーんと唸る。
何度目かの「うーん」の後、梨沙子が言った。
「みやが帰ってくるまで一緒にいようか。みやにはメールしておくから」
梨沙子が歩き出す。
手は背中を撫でたままだった。
優しい手に桃子は暴れることを止め、腕の中で丸くなる。
もともと、誰かに会いたくて外へ出たのだ。
その誰かが会ったことも話したこともある梨沙子なら、暴れる必要などなかった。
桃子は抱きかかえられたまま、梨沙子の家の門をくぐった。
- 75 名前:Z 投稿日:2009/12/31(木) 21:20
-
- 76 名前:Z 投稿日:2009/12/31(木) 21:20
- 本日の更新終了です。
- 77 名前:Z 投稿日:2009/12/31(木) 21:23
- お久しぶりです。
やっと更新出来ました。
>>56さん
ありがとうございます。
これからも、ドキドキして頂ければと思います。
>>57さん
私も会いたいですw
>>58さん
すみません。お待たせしました。
>>59さん
すみません。やっと続きをお届け!です。
- 78 名前:miko 投稿日:2010/01/01(金) 14:08
- やったぁ〜と小躍りしてしまいました(笑)
最近パソコンの調子がおかしくて、直ってすぐここへ来てみたら
Zさんいらっしゃって
ビックリ!!
新年早々から幸せです(^v^●)b
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/09(土) 18:24
- 遅くなりましたが明けましておめでとうございます
今年も楽しみにしてます!
- 80 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2010/01/12(火) 02:44
-
小さなうさぎの小さな冒険 − 2 −
- 81 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 02:48
- 大人しくしていてね、と桃子が置かれた場所はクッションの上だった。
クッションの上からくるりと辺りを見回すと、梨沙子の部屋は雅の部屋よりも少し広くて、雅の部屋よりも色々なものが置いてあった。
一番最初に目についたのは、黒い帽子をかぶった人形で、似たようなものがいくつもあった。
その人形は、梨沙子のお気に入りなのかもしれないと桃子は思う。
壁際には本棚があって、そこには雅が持っている本よりも難しそうな本が並んでいた。
中を開いて見たわけではないが、背表紙に漢字がたくさん書いてあるから、そんな気がする。
他にも色とりどりの蝋燭のようなものが机やタンスの上にたくさん置いてあって、桃子はそれが何なのか気になって、クッションの上からぴょこんと飛び降りた。
しかし、すぐに梨沙子の腕が伸びてきて、抱きかかえられる。
「こら、だめだよ。大人しくしててって、言ったでしょ」
優しい声で窘められる。
これが雅なら、言いつけを守らなかった桃子を怒鳴っているに違いない。
そんなことを思いながら梨沙子を見上げると、頭を軽く撫でられた。
- 82 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 02:49
- 「今ね、みやにメール送ったから。そのうち返事来ると思うから、それまで一緒にあそぼ」
梨沙子が桃子を抱きかかえたままベッドへ座り、膝の上へと桃子を下ろした。
それから何を思ったのか、身体がびよーんと伸びるような格好で桃子を抱き上げた。
腹の辺りに梨沙子の視線を感じる。
どこかで、こんなことがあった。
思い返すと、それは数ヶ月前のことで、桃子が雅の部屋へやってきたばかりの頃のことだ。
桃子が雄か雌か調べようとした雅にこうやって抱きかかえられた。
「もも、っていうぐらいだから、女の子なんだよね」
梨沙子が頭をかしげる。
そして、腹の下あたりをじっと見つめてくる。
うさぎの性別というのはわかりにくいものらしくて、確か石川も桃子を買ってきたばかりの頃、こうして首をかしげていた。
性別はペットショップで買った時に聞いていたが、石川は自分でも確かめようと思ったらしい。
だが、見てもよくわからなかったようで、結局、すぐに諦めた。
梨沙子もやはりわからないようで、「うーん」とか「ふーん」などと呟きながら桃子を眺めている。
- 83 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 02:52
- びろーんと伸びた状態で抱えられているよりも、腕の中で丸まっていた方が心地が良い。
もうこの格好は嫌だ。
そんな思いを込めて、桃子は後ろ脚を梨沙子に向かってぴんっと伸ばす。
桃子と梨沙子の距離は離れている。
というよりも、小さな身体である桃子の足は短い。
びっと足を伸ばしたところで、梨沙子には届かなかったし、梨沙子を蹴り飛ばすつもりもない。
桃子に悪意はなかった。
しかし、突然蹴り上げた足に、梨沙子がびくっと震えて、驚いたように目を見開いた。
「うわっ、びっくりするじゃん」
桃子の身体が膝の上へ下ろされる。
「もう、もも!暴れちゃだめっ。今、下におろしてあげるけど、暴れたり、何でも囓ったりしないでよ」
頭をぐりぐりと撫でながら、梨沙子が言った。
伝わるかどうかはわからないが、桃子は梨沙子の言葉にこくんと頷いた。
- 84 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 02:54
- 物を囓るとろくなことにならない、ということを桃子はよく知っている。
それに、石川から言い聞かせられていたし、雅からも言われている。
だから、物を囓るつもりはない。
もちろん、暴れるつもりだってなかった。
それが梨沙子に伝わったのか、桃子の身体が膝の上から床の上へと下ろされた。
ぴょこぴょこと跳ねて、ついさっきまでいたクッションの上へと飛び乗る。
梨沙子の方を振り返ると、腕を組んで桃子をじっと見ていた。
「うさぎと遊ぶって、なにしたらいいのかなあ」
梨沙子が呟きながら立ち上がって、桃子のところまでやってくる。
そして、しゃがみ込むと、桃子の額をつんとつついた。
「ももは、いつもみやと何して遊んでるの?」
最近、桃子が雅と一緒にいるときは、人間の姿になっていることが多い。
必然的に、一緒に遊ぶ時も人間の姿になっていることが多いから、おしゃべりをしたり、テレビを見たり、ゲームをしたり、と人間がすることと変わらないことをしている。
だが、今はうさぎだから、梨沙子にそれを告げることが出来ない。
それに、もしも、うさぎの姿で喋ることが出来たとしても、普段、雅としていることを梨沙子に告げたりしたら、後から雅に怒られるに違いないだろう。
- 85 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 02:55
- こういう時、うさぎでいることは不便なことだと桃子は思う。
人間ならば、自分が今したいことを梨沙子に伝えることが出来る。
うさぎの桃子ではなく、梨沙子に初めて会った時と同じ人間の桃子なら、今をもっと楽しく過ごせる。
今、梨沙子にキスをしたら。
そんなことが頭によぎって、桃子は梨沙子を見た。
「そういえば最近、みやと遊んでないなあ。高校入ったら、あんまり会ってくれなくなったし。ももがお家に来たからなのかなあ。それとも、高校の友達と遊んでるのかな」
桃子に話しかけるというよりは、独り言のように梨沙子が呟く。
そして、床へ俯せになると、頬杖をついた。
- 86 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 02:57
- 「ねえ、もも。どうしてか知ってる?」
梨沙子が顔を近づけ、問いかけてくる。
そのおかげで、桃子が少し身体を伸ばせば、梨沙子の唇にキス出来そうな位置へ顔が来た。
ほんの少しだけ梨沙子に近づく。
前足を伸ばして、梨沙子の頬に触れると、くすぐったそうに梨沙子が笑った。
「あー、ももがしゃべれたらいいのに。そしたら、みやのこといっぱい聞くのに。いつも、ももと何してるのかとか、どういう友達が遊びに来てるのかとか。そういうのいっぱい聞くのになあ」
友達とよく遊んでるみたいだけれど、部屋には来ないよ。
悪戯好きなうさぎがいるから、部屋には呼ばないんだって。
一緒に遊ぶときにはゲームをしたり、おしゃべりしたりしてるよ。
そう言いたい。
桃子は梨沙子にもう少しだけ近づく。
髭が梨沙子に触れる。
梨沙子にさらに近づく。
けれど、雅の険しい顔が頭に浮かんだ。
- 87 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 02:58
- 梨沙子の前で人間になったりしたら、絶対に怒られる。
怒られるだけならまだ良いが、部屋から追い出されるかもしれない。
さすがに、また行き場を失うのは嫌だ。
一人きりは怖いし、心細い。
それに、雅と離れたくなかった。
雅の腕の中は、今の桃子の一番お気に入りの場所だったし、喧嘩になったりすることもあるが、雅とおしゃべりするのはとても楽しい。
今、梨沙子とおしゃべりする。
雅と話せるようになるまで、我慢する。
頭の中で足したり引いたり。
何が一番良いのかと考えて、桃子は伸ばした前足を引っ込めた。
梨沙子の頬へ顔を擦りつける。
すると、嬉しそうに梨沙子が笑って、桃子を撫でた。
「もも、しゃべらないよねえ」
ため息混じりに梨沙子が言って、ごろりと仰向けになった。
- 88 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 03:00
- 本当は喋れるんだけど、ごめんね。
心の中でそう呟いて、桃子は横になった梨沙子を置いて、部屋の探検に出かける。
ぴょこんと黒い帽子をかぶった人形の横をすり抜けて、クマのぬいぐるみの前で立ち止まる。
クリーム色をしたクマは雅の部屋で見たことがあった。
しかし、目の前にあるクマは雅の部屋にあるクマの半分程度の大きさで、うさぎの桃子の三倍ぐらいのサイズだ。
雅の部屋にあるクマと違うのは大きさだけではなく、首に赤いリボンが巻かれていて、服も着せられていた。
リボンや服のせいか、同じぬいぐるみでも雰囲気が違って、可愛く見える。
もっとよく見ようと、桃子がぬいぐるみに近づくと、ぬいぐるみが目の前から消えた。
「これ、囓っちゃだめだよ。宝物なんだから」
頭の上から声が聞こえて見上げると、ぬいぐるみを抱えた梨沙子が目に入った。
「あのね。これは、中学に入ったときにみやからもらったの」
にこりと笑って、梨沙子がぬいぐるみの頭を撫でた。
そして、ぬいぐるみをタンスの上へ置くと、机の引き出しからペンケースを引っぱり出した。
- 89 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 03:02
- 「でね、これは、六歳の誕生日の時にもらったやつで……」
ピンク色をしたペンケースは新品同様に綺麗なもので、大事にされていたのだと一目でわかった。
「こっちは十歳の誕生日」
そう言って、次に梨沙子が出してきたのは小さな手袋だった。
だが、それだけでは終わらず、さらに引き出しやタンスの中から、色々なものが引っぱり出されてくる。
「あと、これと、それも、みやからもらったやつ」
梨沙子が、一つ、一つ大事そうに出してきては、またもとあった場所へとしまう。
その全てに、「みやからもらった」という説明がついていた。
何かあるたびに物をもらっているらしく、その数は結構なものだったが、梨沙子はそれをいつもらったのか全て覚えているようだった。
凄いな、と桃子は思う。
それと同時に、たくさんの物を雅からもらっているのだと驚いた。
- 90 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 03:04
- 桃子が雅からもらった物と言えば、うさぎのぬいぐるみ一つだ。
過ごした時間の長さが違うと言えばそれまでだが、桃子が持っていないものを梨沙子はたくさんもっているようで、何だか梨沙子が羨ましい。
梨沙子が見せてくれた物のなかに、欲しい物があるわけではない。
可愛いなと思う物や、いいなと思う物はあった。
だが、桃子には必要のない物ばかりだし、雅に買ってくれとねだりたくなるようなものでもなかった。
けれど、次々に色々な物を引っぱり出してくる梨沙子はとても嬉しそうで、それを見ていると、桃子は羨ましくて仕方がない。
石川に会いたくて、寂しくなって、雅の部屋を抜け出したはずなのに、今すぐ雅に会いたくなってくる。
「いいなあ、ももは。いつも、みやと一緒にいられて」
出しては戻し、出しては戻し。
そんなことを何度も繰り返して、最終的にはクマのぬいぐるみと桃子を抱えて、梨沙子がベッドへ腰掛けた。
いいなあ。
そう言いたいのは、桃子のほうだった。
- 91 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 03:06
- 桃子は雅といつも一緒にいられるが、梨沙子が持っているような物は何も持っていない。
あれこれ引っぱり出して、雅のことを話せるほど、一緒の時間を過ごしていない。
石川のことなら、たくさん話せる。
でも、雅のことはその半分も話せない。
それが良いことなのか、悪いことなのかよくわからない。
わからないが、何故だかそのことが少し悲しかった。
「あたしも、みやと一緒にいたいなあ」
そう言って、梨沙子がベッドの上へクマのぬいぐるみを置き、その横へ桃子を下ろした。
桃子は、壁を背に座らせられたクマの足の上へぴょこんと飛び乗る。
囓られるか心配なのか、梨沙子が顔を寄せてきたから、桃子はクマの足の上で丸まった。
けれど、梨沙子は顔を寄せたままだった。
「ももにだけ、あー、愛理も知ってるけど。まあ、いっか。ももにも教えてあげるね。でも、みやには絶対に言っちゃだめだよ」
しぃー、と梨沙子が人差し指を唇にくっつける。
そして、声を潜めた。
「あたしね」
梨沙子がそこで言葉を区切る。
聞こえてきた声が小さくて、桃子は耳をぴんと立てた。
- 92 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 03:07
- 「……好きなんだ。みやのこと」
梨沙子の頬が赤く染まる。
何故か、梨沙子がクマの手を握ってぶんぶんと振った。
雨の前、空に浮かぶ雲のようなものが、桃子の胸の中に現れる。
それはもやもやとして、形のないようなものなのに重たくて、ふうっと吹いても消えない。
それどころか、どんどん大きくなる。
初めて感じるものではないそれ。
過去に同じような気持ちになったことがある。
桃子は思い出したくないけれど、思い出す。
遠くない昔。
石川からひとみの話を聞いたとき、こんな風に胸の中に雲のようなものが現れたことがあった。
好きというのは、面倒なものだと思う。
桃子にはよくわからないものだ。
いや、桃子なりに理解はしている。
だが、桃子が理解している好きと、人間が使う好きはどこか違うらしい。
そのどこか違う部分がわからないから、面倒なのだ。
- 93 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 03:09
- 桃子だって雅が好きで、一緒にいたい。
石川のことだって、今でも好きで、出来ることなら会いたい。
梨沙子のことだって好きだ。
梨沙子はこうして、桃子を部屋へ連れてきてくれて、一緒にいてくれる。
雅よりも優しくて、桃子を叱ったりしない。
許されるなら、そんな梨沙子と人間になって話をしたいと思う。
でも、それ以上に桃子は、雅に会いたかった。
だが、その理由はよくわからない。
「やっぱり、ももがおしゃべり出来なくて良かった。おしゃべり出来たら、今の話、みやに言っちゃうかもしれないもんね」
梨沙子がクマの手を握っていた手で、桃子の口元を撫でた。
くすぐったくて、桃子は梨沙子の手を前足で押しのける。
- 94 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 03:10
- 「内緒だよ」
桃子の鼻先を人差し指でつついて、梨沙子が言った。
確か、石川にも同じようなことを言われたことがあった。
そのとき、石川は笑っていた。
梨沙子も今、笑っている。
しかし、それからしばらくして、石川は好きだと言って泣いていた。
もうしばらくすると、振られたと言って泣いていた。
未だに、あの時の石川の気持ちがよくわからない。
ただ、泣いている石川を見ているのが辛くて、桃子も酷く悲しい気分になった。
「あ、メール。みやからかも」
聞き慣れない音が聞こえて、梨沙子が立ち上がる。
そして、机の上にあった携帯を手に取った。
梨沙子がこの先どうなるかはわからない。
けれど、雅が梨沙子に何を言うかで、梨沙子のこれからが決まるということは、石川をずっと見ていた桃子にはわかった。
- 95 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 2 − 投稿日:2010/01/12(火) 03:13
- 梨沙子が好きだと言ったら、雅はどう答えるのだろう。
梨沙子のことは、何度か雅に聞いていたが、いつもはっきりとした答えをもらえなかった。
だから、桃子には想像も出来ない。
桃子が好きだと言った時と同じように、煮え切らないような、曖昧な返事をするのだろうか。
それとも、もっと違った返事なのか。
人間の考えることは、よくわからない。
雅の考えることは、もっとよくわからない。
桃子はクマの足の上からぴょこんと飛び降りて、ベッドの端まで跳ねて行く。
辿り着いたベッドの端で、ぴょこりと後ろ脚で立ち上がって梨沙子の方を見ると、声をかけられた。
「もも。みや、今から来るって。良かったね」
梨沙子の小さな声を聞こうとしたときより、耳がぴんと立つ。
嬉しくて、桃子が思わず跳ねたら、梨沙子が慌てて駆け寄ってきた。
「ちょっと、ももっ。そんなところで跳ねたら、落ちる」
危うく落ちそうになったベッドから、抱き上げられる。
それから、顔を顰めた梨沙子に「大人しくしてないと、だめでしょ」と優しく叱られた。
- 96 名前:Z 投稿日:2010/01/12(火) 03:13
-
- 97 名前:Z 投稿日:2010/01/12(火) 03:13
- 本日の更新終了です。
- 98 名前:Z 投稿日:2010/01/12(火) 03:20
- >>78 mikoさん
年内に更新を、と思い、慌てて更新しました。
そんな私は、新年早々パソコンが壊れましたが、HDDが無事だったので、何とかまた更新出来ましたw
あと、このスレはochiにしなくても大丈夫です(・∀・)
>>79さん
まったりペースになると思いますが、今年もお付き合い頂ければと思います。
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/15(金) 15:01
-
楽しみにしてます。
- 100 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2010/01/16(土) 22:14
-
小さなうさぎの小さな冒険 − 3 −
- 101 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 3 − 投稿日:2010/01/16(土) 22:16
- うだるような暑さの中、補習は予定時間よりも早く終わった。
補習が終われば用はないとばかりに、雅はすぐさま学校を後にした。
それなのに、家へ帰って来る時間がいつもと同じ時間になったのには理由がある。
髪を切った。
それも、ばっさりと。
今、雅の髪の長さは、桃子よりも短い。
肩よりも長かった髪は、肩の少し上ぐらいで切り揃えられている。
おかげで随分と頭が軽くなった。
もちろん、頭の中身が軽くなったわけではない。
テストでは赤点ばかりで自慢の出来ない頭だが、質量が減ったりはしなかった。
切った髪の分だけ軽くなったのだ。
- 102 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 3 − 投稿日:2010/01/16(土) 22:18
- 制服のまま飛び込んだ美容院で、髪を短く切ってくれと言ったら、鋏を持ったお姉さんに驚かれた。
何度も本当に切っていいのかと尋ねられた。
けれど、雅の気持ちは変わらなかった。
しつこく確認された後、髪は切り落とされ、雅は数年ぶりに短くなった髪に気分が変わった。
鬱々とした気分を変える為に髪を切った。
だから、雅は鏡に映った髪の短い自分に満足した。
柄にもなく、桃子のことを考え続けている自分に嫌気がさして、髪を切ろうと思ったのだ。
好きだ。
嫌いだ。
そんな言葉が頭の中を行き来して、落ち着かなかった。
楽しいはずの夏休みは、補習というつまらないものに潰され、さらには部屋の中をぴょこぴょこと跳ね回る小さな動物に潰された。
桃子に思考を奪われる。
数式や年号。
そういったものだけでも煩わしいのに、たかがペットのはずの桃子にまで頭を悩ませられる。
しかし、それだけならまだいい。
考えることを放棄して、どこかへ遊びに行ってしまえば、一時でも忘れることが出来た。
だが、雅は忘れることが出来ないようなことをしていた。
- 103 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 3 − 投稿日:2010/01/16(土) 22:20
- 雅は桃子を友理奈に会わせなかった。
友理奈から、桃子に会わせてくれと何度も頼まれていたのにも関わらずだ。
桃子にも友理奈に会いたいと言われていた。
けれど、雅はいつも曖昧に答えて、二人を引き合わせようとしなかった。
理由などない。
強いてあげるとすれば、会わせたくないから。
それだけだ。
どうしてそう思うのかはわからない。
ただ、とにかく会わせたくないと思った。
自分が酷いことをしているという自覚はあったから、手紙の渡し役になった。
二人の口から、相手の名前が出るたびに罪悪感にさいなまれ、どうしようもなくなって、苦し紛れに手紙を書いたらと桃子に言ったのだ。
最低だと思う。
会いたいという二人を会わせない。
自分はそんなことをするような人間ではなかったはずだ。
少なくとも、今までそんなことをしたことがない。
- 104 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 3 − 投稿日:2010/01/16(土) 22:25
- 雅は頼まれたら嫌とは言えない性格で、なんだかんだと人の世話を焼くことが多かった。
人の役に立ちたい、とまでは思わないが、何かをして人からありがとうと言われたら嬉しい。
面倒だと思いながらも、誰かを手伝うことは嫌いではなかった。
だから、今までの自分なら、友理奈を桃子に会わせていた。
そして、石川の元から逃げてきた桃子のために石川を捜しに行っていた。
石川のことは、桃子から石川の話を聞いてからずっと探しに行こうと思っていた。
そうするべきだと思っていた。
だが、雅は未だに石川を捜しには行っていなかった。
探そうともしていない。
こんな自分にうんざりする。
自分で自分が好きになれない。
というよりも、嫌いだ。
昔の自分に戻りたい。
それよりも、変わりたいと思った。
- 105 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 3 − 投稿日:2010/01/16(土) 22:27
- 髪を切ったから、変われるとは思っていない。
それでも、変わるきっかけになるかもしれないと思った。
だから、思い切って髪を短く切った。
美容院を出た時、頭が軽くなったのと同時に、気分も少し軽くなっていた。
家へ帰ってきても、今までよりもすっきりとした気分は続いていた。
予定よりも遅くなったが、家へ帰ってきた雅は「ただいま」とリビングにいる母親に声をかけた。
母親はいつものように「おかえり」と言ってから、あれ?というような顔をして、次に目を丸くした。
そんな母親を横目に、雅は階段を駆け上がる。
短く切った髪に、驚く人の姿を見るのは気持ちが良い。
髪を切って良かったと思う。
雅が髪を切るきっかけを作った桃子が自分を見たら、どんな顔をするだろう。
桃子は雅の思考を奪い、楽しいはずの夏休みを鬱々としたものに変えた。
補習はつまらないものだったが、学校へ行っている間は桃子から離れられる。
桃子と一緒にいると、考えることが増えて頭がパンクしそうになるから、夏休みに桃子から離れられる理由があるというのは丁度良いことだった。
最近では、桃子の顔を見たくないと思うこともあった。
けれど、今は桃子の顔が早く見たい。
- 106 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 3 − 投稿日:2010/01/16(土) 22:28
- 驚くかな。
驚くだろうな。
雅は少しわくわくする。
だが、まさか自分の方が驚くようなことになるとは思わなかった。
「もも」
部屋に入ってすぐ桃子の名前を呼んだ。
いつもなら、雅の声に反応して、桃子が跳ねて寄ってくる。
しかし、今日は寄ってこない。
狭い部屋をぐるりと見回す。
いない。
などということは、あるはずがなかった。
桃子には部屋から出るなと言い聞かせてあるし、そもそも一人で扉を開けて、この部屋から出ることなど出来るわけがない。
人間の桃子になら容易いことでも、うさぎの桃子には出来ないことがたくさんある。
- 107 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 3 − 投稿日:2010/01/16(土) 22:30
- 雅は自分が長時間部屋を空けるときは、桃子をうさぎの姿にしておくようにしていたし、今日も当然そうしていた。
学校へ行く前、桃子は確かにうさぎだった。
そのうさぎの桃子に、扉を開けるなどという芸当が出来るはずがないのだ。
そこまで考えて、雅は部屋へ入るときのことを思い出す。
そう言えば、扉が少し開いていた。
もしかして、石川に連れて行かれた?
そんなことが頭によぎる。
けれど、そんなことがあるはずがない。
桃子がどこにいるのか。
そんなことを石川が知っているとは思えなかった。
仮に知っていたとしても、この部屋へ忍び込んで桃子を連れて行くなど不可能に近い。
誰かに連れて行かれたわけではない。
だとすると、桃子は逃げ出したことになる。
「ももっ!」
思わず大声を出した。
やはり、見慣れた白いうさぎが寄ってくることはなかった。
- 108 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 3 − 投稿日:2010/01/16(土) 22:32
- 部屋にいない。
それは間違いのないことのようだったが、逃げ出す理由がわからない。
友理奈のことに関しては酷いことをしている。
だが、そのことで桃子が逃げ出すとは考えられない。
石川のように、桃子を飼うことが出来なくなったわけでもない。
じゃあ、何故。
考えてもわからない。
わからないが、逃げ出したところで、雅のように拾って世話をしてくれる人がいるわけがないと思う。
変なうさぎなのだ、桃子は。
あんなうさぎを飼うようなお人好しなど、自分しかいない。
「隠れてるんでしょ?」
いないとわかっていながらも、雅は桃子を捜してみる。
机の下、ベッドの下。
クッションの下も見てみる。
けれど、桃子は見つからない。
- 109 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 3 − 投稿日:2010/01/16(土) 22:33
- 廊下へ飛び出る。
きょろきょろと辺りを見回す。
階段をだだだっと下りて、右を見たり、左を見たり、上を見たりする。
下だって見た。
家中、探し回る。
母親が怪訝そうな顔で何を探しているのかと聞いてきたが、無視をした。
家の中に桃子はいなかった。
だとすると、外しかない。
まず頭に浮かんだのは車だ。
轢かれているかもしれない。
雅の顔から血の気が引く。
桃子のように、小さな生き物が車に轢かれたらどうなるか。
それを考えるとぞっとした。
「どこに行ったんだよ、もうっ」
玄関で靴を履いて、苛立ちを紛らわせるように扉を蹴った。
思いの外強く蹴ってしまって、足先が痺れてうずくまりそうになる。
- 110 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 3 − 投稿日:2010/01/16(土) 22:35
- くしゃりと髪をかき上げて、頭を振る。
短くなった髪が頬を撫でる。
毛先がさわさわと首筋をくすぐり、その感触に慣れない。
せっかく髪を切ったのに。
結局、桃子に振り回されるのは変わらない。
雅は苛々と鍵を開けて、外へ足を一歩踏み出して思い出す。
「そうだ、携帯!」
補習中、ポケットに入れていた携帯が震えていた。
それはメールの受信を知らせるものだったが、補習が終わった頃には、メールが来たことも忘れて美容院へと向かっていた。
もしかすると、桃子の行方について書いてあるかもしれない。
雅はスカートのポケットに押し込んでいた携帯を取り出す。
そして、ぱかりと開いてメールを見た。
- 111 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 3 − 投稿日:2010/01/16(土) 22:39
- 『みやの家の前でもも拾ったから、一緒にいるよ。迎えに来てね』
絵文字も顔文字もない随分と簡単なメールが梨沙子から届いていた。
雅の身体から力が抜ける。
扉を蹴った時とは違う理由で、へなへなとその場にしゃがみ込みそうになった。
桃子を取り巻く全てが煩わしい。
桃子に振り回される自分をどうしていいかわからない。
腹立たしい。
機嫌良く家へ帰ってきたら、勝手に部屋から抜け出していた。
驚く桃子を見ようと思ったら、こっちが驚いた。
むっとしないわけがない。
それでも、桃子が無事だとわかってほっとした。
『今から行く』
雅は受信したメールよりも簡単なメールを梨沙子に送信して、携帯をしまう。
そして、制服のまま梨沙子の家へ駆けだした。
外は夏休みらしく、相変わらず暑かった。
- 112 名前:Z 投稿日:2010/01/16(土) 22:39
-
- 113 名前:Z 投稿日:2010/01/16(土) 22:39
- 本日の更新終了です。
- 114 名前:Z 投稿日:2010/01/16(土) 22:40
- >>99さん
頑張ります(`・ω・´)
- 115 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 01:21
- ここを読んでからウサギが気になって仕方ありません
白い毛皮を撫でくりたくなるっ
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/23(土) 18:22
- 続きが気になる
- 117 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2010/01/24(日) 03:27
-
小さなうさぎの小さな冒険 − 4 −
- 118 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 03:30
- ピンポン、ピンポン、ピンポーン。
気忙しく鳴らされる呼び鈴に、梨沙子の腕の中にいた桃子の両耳がぴくんと反応する。
「みや、来たかも」
ぴんと立った桃子の両耳を撫でつけて、梨沙子が立ち上がる。
桃子を抱きかかえたまま、部屋の扉を開ける。
すると、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。
だんだんだんっ。
勢いの良い音とともに雅の姿が現れる。
「あ、みや」
雅の姿を確認した梨沙子が、部屋に雅を招き入れようとした。
だが、それよりも早く雅が部屋の中に入り込んできて、扉をばんっと閉めた。
- 119 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 03:33
- 「ももっ」
雅の声に桃子の身体がびくりと震える。
低い棘のある声が耳に響く。
雅を見ると、もともとつり目なのに、その目がさらにつり上がっていた。
怒っている。
一目見てわかるほどに怒っている。
「あんたねえ、勝手に外に出るなって言ってあったでしょ!それを、どうして……。大体、なんで梨沙子の家にいるわけ?どーして、梨沙子に拾われてるわけ?なんとか言いなさいよっ!」
雅の手が伸びてきて、梨沙子の腕の中に収まっている桃子の耳をぎゅうっと引っ張った。
「聞いてるっ!?もも!どうして勝手に外出たのっ」
聞いている。
聞こえないわけがない。
雅の声は耳を閉じても聞こえてくるほど大きな声だった。
ちらりと梨沙子を見ると、雅の剣幕に驚いて目を丸くしていた。
しかし、聞こえているからと言って、返事が出来るというものでもなかった。
- 120 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 03:35
- 桃子は今、うさぎの姿をしている。
人の言葉を理解することは出来るが、喋ることは出来ない。
だが、たとえ人間の姿だったとしても、言葉を発することは出来そうになかった。
目をつり上げ、声を荒らげている雅は怖い。
いつもなら、雅に怒鳴られれば言い返す。
でも、今日は言い返すことなど出来ないぐらいに雅は怒っている。
こんなに真剣に怒っている姿は初めて見た。
つった目は、ますますつり上がっていくし、低い声もますます低くなっていく。
普段の声とは全く違うどすのきいた声で、勝手に部屋から消えたことへの文句をまくし立ててくる。
会いたかったのはこんな雅ではない。
部屋を抜け出してから、そう時間は経っていない。
けれど、この部屋で梨沙子から雅の話を聞いていたら、無性に雅に会いたくなった。
今、こうして会うことが出来て良かったとは思うが、やはり頭から湯気が出そうなほど怒っている雅は怖い。
毛先がざわざわして落ち着かないし、引っ張られた耳が痛かった。
- 121 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 03:36
- 石川のことを思い出して、勝手に部屋を抜け出したのは桃子だ。
雅から禁じられていたにも関わらず、一人で部屋にいたくなくて外へ出た。
怒られても仕方がないとは思う。
でも、出来ることなら、桃子の身体を優しく撫でてくれる雅に会いたかった。
「もも、なんとか言いなよ!」
桃子の閉じようとする耳を引っ張り上げて、雅が怒鳴る。
その声に反応して身体が縮こまる。
梨沙子に縋るように、桃子は腕の中で丸くなる。
さすがに、成り行きを黙って見ていた、というよりも、驚きのあまり声が出なかったらしい梨沙子も放っておけなくなったのか、雅を制止した。
「みや。ももにはわかんないよ。そんなに怒っても」
「わかるよ!ももにはちゃんと勝手に外に出るなって言ってあるんだから」
「ももに言葉通じないじゃん。それに喋れないよ」
「通じるし、喋るんだから。ねえ、ももっ」
- 122 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 03:39
- 雅が引っ張った耳をさらに引っ張って、桃子をじろりと睨む。
問いかけと言うよりも脅迫的なその勢いに、桃子は目をぎゅっと閉じた。
雅が何を言っているかはわかるし、人の姿になれば喋ることも出来る。
許されるなら、今、人の姿になってもいい。
だが、人の姿に変わることが許されるとは思えなかった。
この場で雅にキスをするなど、火に油を注ぐようなものだ。
今以上に雅を怒らせることになるだろう。
今、桃子に出来ること。
それは梨沙子の腕の中で丸くなっていることだけだ。
「ちょっと、みやってば。もも、うさぎだよ。大丈夫?」
桃子の耳を引っ張る雅の手が梨沙子によって排除される。
痛みから解放された桃子は、引っ張られていた耳を前足で撫でた。
そして、ぷるると身体を震わせた。
そんな桃子を労るように撫でながら、梨沙子が心配そうに雅を見る。
それは至極当たり前の光景だった。
うさぎに向かって、言葉が通じるだの、喋るだの真剣に言っている人間がいれば、哀れみを持った目で見られても仕方がない。
- 123 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 03:41
- 言葉が通じるまではいい。
他にもそう思っている人間がいてもおかしくない。
しかし、言葉を喋るうさぎがいるなどありえない。
桃子だって、言葉を喋るうさぎは見たことがなかった。
桃子が喋ることが出来るのは、人間の姿の時だけだ。
うさぎの状態で人語を操れるうさぎがいるのなら、桃子も見てみたかった。
「うさぎ?そんなことわかってる。見ればわかるよ。でもねっ」
桃子の耳を引っ張っていた手を握りしめて、雅が力説する。
射るような視線は桃子に固定されたままだ。
「でも?」
「でもねっ!ももはっ」
雅が梨沙子に噛みつくように言い返す。
だが、その言葉は途中で消えた。
何かに気がついたのかはっとした顔をして、雅が口元を押さえた。
「ももは?」
急に黙った雅に、梨沙子が不思議そうな顔をした。
続きを急かすように梨沙子が雅を見る。
見るからに困ったような顔をして、雅が答えた。
- 124 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 03:42
- 「……うさぎです」
「へ?」
「うさぎだよね」
自らに言い聞かせるように雅が言った。
そして、頷く。
うんうん、と首を振って、大きく息を吐き出す。
そして、梨沙子の肩をぽんと叩いて、ベッドへ座り込んだ。
「うさぎだもん、ねえ」
「そうだよ。うさぎだよ」
「そう、だよね」
「みや?大丈夫?」
梨沙子もベッドへちょこんと腰掛け、雅を覗き込む。
桃子を抱きかかえていた腕は解かれ、桃子は梨沙子の膝の上へと置かれた。
「うん」
雅が「あはは」と乾いた笑いと共に頷く。
- 125 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 03:47
- 「もも、うさぎだし。喋らないし、わかんないし……。ねえ」
くしゃりと雅が髪をかき上げる。
その髪をぐしゃぐしゃと乱して、雅が梨沙子の膝の上にいる桃子をじっと見た。
ついさっきまでと比べると、雅の怒りは薄れているようだった。
けれど、まだ目の奥に桃子に対する苛立ちがあった。
桃子は機嫌を取るように、前足を雅の制服のスカート上へぺたんと乗せた。
「そうだよ、みや。しっかりして」
「うん。ごめん。そうだよね。このうさぎが。このばかなうさぎが。喋るわけないもんね」
雅が苛立ちを隠さずに、桃子の身体を乱暴に撫でる。
いや、撫でるというより、汚れを落とすようにごしごしと擦る。
たわしで擦られるよりはましだが、ぐしゃぐしゃと毛並みを乱されるような撫で方に、桃子は抗議の意味を込めて雅の足をべたんと叩いた。
「ばかももが喋ったりするわけないもんねえっ」
ぐしゃり。
撫で方がさらに乱暴になって、紙くずでも丸めるかのように頭をごりごりと擦られる。
- 126 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 03:50
- 痛い!痛い!ギブ!ギブアップ!
そんな思いを込めて、桃子は前足で雅の太ももをべしべしと叩く。
しかし、雅の攻撃は緩まず、片手でヘッドロックをかけたような状態に持って行かれる。
喋ることが出来るなら、痛いと大騒ぎしているところだが、うさぎの姿ではそれが叶わない。
だから、桃子は後ろ脚で梨沙子を叩いて助けを求めた。
「ちょっと、みや。もも、可哀想だって」
ギブアップ信号を受け取った梨沙子が、雅の手から桃子を助け出し、締め付けられていた頭を撫でさする。
「でも、あたしだって可哀想だし。こんなばかうさぎの心配して……」
雅がぶすっとした顔で桃子から遠ざけられた手を宙に彷徨わせ、もう一度桃子に触ろうとする。
だが、その手は梨沙子にはねのけられた。
行き場を失った手で、雅がまた髪をくしゃくしゃとかき上げる。
すると、その様子をじっと見ていた梨沙子が突然大声を上げた。
- 127 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 03:51
- 「みやっ!?なに、これ?どうして?どうしたの?」
「へ?」
「髪!髪、短くなってるっ」
梨沙子がぴっと指さした先。
そこにいたのは髪の短い雅だった。
いや、髪の短い雅はずっといた。
でも、今やっと雅の髪が短いことに気がついた。
凄い剣幕で部屋に入ってきたから、気がつかなかった。
引っ張られた耳の痛みで、気がつかなかった。
会いたかった雅ではないから、気がつかなかった。
そして、雅への罪悪感で、気がつかなかった。
春から夏。
長いと言える付き合いではない。
けれど、雅の人となりを知るには十分な期間だと言えた。
つまらない喧嘩をして怒鳴られることも多々あったが、その後の対応を思い出せば、雅がどれだけ優しいかわかる。
大抵、雅が折れて、桃子の意見が通る。
そもそも、優しくなければ、桃子のような変なうさぎを家に置いてくれるわけがなかった。
- 128 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 03:55
- 梨沙子の部屋へやってきた雅がこんなにも怒っているのは、言いつけを守らなかったからだけではない。
桃子が雅の言いつけを守らないなど日常茶飯事のことで、それぐらいのことで毎回あんなにも怒っていたら、雅の寿命は今頃半分になっている。
きっと、心配してくれたのだ。
だからこそ、あんなにも怒った。
会いたかった雅に会えなくしたのは、桃子自身だ。
自分が雅を怒らせた。
悪いことをしたとわかっているから、桃子は怒った雅が怖かった。
「あー、うん。切った」
今さら気がついた雅の変化にぽかんと口を開けた梨沙子と、しゅんとしながらも雅を見上げる桃子を前に、あっけらかんと雅が言った。
- 129 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 03:56
- 「切ったって、なんで?あんなに長かったのに」
「すっきりしようかと思って」
「すっきり短くなったけど、でも、もったいないよ。長かったのに」
肩を掴み、梨沙子が穴が開きそうなほどに雅を凝視する。
怖いぐらいの梨沙子の視線に、雅が苦笑しながら肩の少し上で切りそろえられた髪を指先ですくって、くるんと巻く。
「似合ってない?」
首を傾げながら雅が問いかけると、梨沙子が頭が勢いよく首を振った。
「似合ってる。可愛い!すっごく可愛い」
梨沙子がぶんぶんと何度も首を振った。
だが、その動きがぴたりと止まる。
口が「あ」の形になる。
声はない。
しかし、無音がしばらく続いた後、雅の肩をがくがくと揺すりながら声を上げた。
- 130 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 03:58
- 「もしかして、みや!」
「なに?」
「もしかして。……失恋、とか?誰かに振られた?」
「え?」
今度は雅が口をぽかんと開ける番だった。
桃子も雅を見たまま、身体が固まる。
身体だけでなく、柔らかな毛も針にでもなったかのように、ぴんっと張りつめるような気がした。
「……好きな人、いないって言ってたのに」
「あの、梨沙子?」
「誰?誰に振られたの?みやのこと振るなんて、誰?」
さっきまで雅の剣幕に驚いていた梨沙子がお返しとばかりに雅に詰め寄る。
「振られてないし、なんでもないって」
「あるよ。髪、短くなってるじゃんっ」
雅の短くなった髪を梨沙子がぴっと引っ張る。
その手をやれやれと面倒臭そうに雅が払った。
桃子の頭の上では、二人があるやらないやらと言い争いのようなものを続けていた。
けれど、そんなことが気にならないぐらいに、桃子の頭の中は別のことで占められていた。
- 131 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 04:01
- 好きな人。
泣いている石川。
振られたという言葉。
ぽろぽろと泣く石川をどうすることも出来なかった。
大好きな石川が泣いているのを見ていたくなくて、どうにかしたかった。
しかし、どんな言葉をかけても、桃子が何をしても石川は笑ってくれなかった。
あの時、どうすれば良かったんだろう。
ひとみに振られたと言って泣いていた石川に何をすればよかったのか、桃子には未だにわからない。
そして、気になる。
今、石川は泣いていないだろうか。
あの時のように、誰かに振られたと言って泣いていたらと思うと胸が痛くなる。
毎日、笑っていればいいと思う。
楽しそうにしていればいいと思う。
桃子は雅を見上げる。
記憶を辿っても、雅が石川のように泣いていたことは一度もない。
それでも、振られたりしていたのだろうかという疑問が頭の中に浮かぶ。
何度聞いても好きな人はいないと言っていた。
- 132 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 04:02
- 「ほんとに失恋してない?」
聞こえてきた梨沙子の声は、雅の言葉を疑うようなものだった。
もちろん、視線も訝るようなものだ。
「違うって。失恋とか、うち、一言も言ってないじゃん」
「違うの?」
「違う」
「好きな人は?」
「いない」
「ほんとにいないの?」
「いないよ」
しつこいと言いたげに梨沙子を押しやって、雅が大げさにため息をつく。
そして、もう一度「いないからね」と念を押した。
しかし、その答えに納得できないのか、梨沙子が小さく唸ってから言った。
「……ももは?」
「へ?これ?」
雅が梨沙子の膝の上にちょこんと座っている桃子を指さすと、梨沙子が首を振った。
- 133 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 04:04
- 「それじゃなくて」
そう言って、梨沙子が大きく息を吸い込む。
それから、ぼそぼそと小さな声で話し始めた。
「人間の方。あたし、もものこと、もう気にしてないけど……。でも、やっぱり一つだけ気になることがある」
「やっぱり気にしてるんじゃん」
「だって、みや。もものこと、従姉妹だって言った」
雅のこめかみがぴくりと動く。
「愛理に聞いても、従姉妹だって言ってたけど。でも、なんか変じゃん。みやが言うなら、そうなんだろうけど。でも、みやの従姉妹なのにあたしが知らないっておかしい。あたし、みやのこと、ほとんど知ってるのに。なのに、もものこと、あたしが知らないなんておかしいもん」
ぺたり、と梨沙子の手が桃子の背中の上へ置かれる。
撫でるわけでもなく、ただ置かれたまま動かない。
雅はそんな梨沙子の方を向いたまま、ぴたりと動きを止めていた。
困り顔の石像というタイトルでも付けたいほど、かちんと固まっていた。
「愛理だってさ、初めは知らないみたいに言ってたんだよ。それに、ももに初めて会ったとき、みや、ももになんかしようとしてたじゃん」
梨沙子の言葉で雅が石像から人間に戻る。
慌てたように梨沙子の言葉にある間違いを訂正する。
- 134 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 04:07
- 「してないって。何にもしてない」
「絶対してたもん。そんなのおかしい」
ぐりっ、と雅の指が桃子の額に突き刺さる。
おまえのせいだと言いたげな顔で雅が桃子を見た。
しかし、雅が桃子を見たのは一瞬だけだった。
次に聞こえてきた言葉に、雅の視線が梨沙子へと戻る。
「おばさんに聞いてもいい?ももって従姉妹なのって」
「え、ちょっ、それはっ」
がしっと梨沙子の腕を雅が掴む。
その勢いがよかったものだから、梨沙子の手が桃子の背中から離れた。
するりと桃子の背中を滑った手は、雅の手を掴み返していた。
「聞いたらだめなの?」
「い、いいけど……」
「みや、なんか嘘ついてるっぽい」
「ついてない。ももは従姉妹だよ」
「……みや、あたしいつまでも子供じゃないよ?」
ふう、と一息ついてから、梨沙子が掴んだ雅の手を離す。
- 135 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 04:10
- 「小さい頃からみやの後ついて回って、今だってみやの後ついて行ってるけど。でも、もう嘘とほんとのことぐらいわかる年になってる。みやの中では、いつまでも幼稚園か小学生のあたしかもしれないけど、今はそんなに子供じゃない」
ぼそぼそと小さかった声ははっきりとしたものになっていた。
力のなかった声には力が入り、しっかりと雅を見据えている。
「ももって、本当に従姉妹?」
梨沙子の声が部屋の空気を震わせる。
震えた空気がまたもとの姿へと戻って、部屋がしんと静かになった。
雅は相変わらず困ったような顔をしていた。
「ももは従姉妹だよ。それに、梨沙子が心配するようなことなんか何もないよ」
「心配なんかしてない。嘘かほんとか聞いてるだけ」
「嘘じゃない。この話、もういいよね」
「よくない」
「なんで?」
「みやがいつまでも子供扱いするから」
「してないよ」
梨沙子を見る雅の顔は、駄々をこねる子供を見るようなものだった。
それは梨沙子にもわかったようで、納得出来ないというように雅の腕を引っ張った。
- 136 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 04:11
- 「みや。あたしって、みやのなに?」
「幼馴染み」
「そんなの知ってる」
「じゃあ、なにが知りたいの?」
梨沙子が一瞬、迷ったような顔をした。
けれど、すぐに何事も無かったように呟いた。
「……べつに」
素っ気なくそう言って、膝の上の桃子を雅に押しつける。
桃子の身体が梨沙子の膝の上から雅の腕の中へと移動した。
抱きかかえられた腕の中。
雅の手が伸びてきて、桃子の身体が反射的にびくりと震えた。
つつかれるか、ごしごしと擦られるか。
それとも他の何かか。
桃子は身構える。
けれど、伸びてきた手は桃子の背中を優しく撫でた。
ぴたんと前足を雅の身体に置いて、雅を見上げる。
考えていたよりも柔らかい目線とぶつかって、桃子は雅の身体に頬を擦りつけた。
- 137 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 04:13
- 「あのさ、また人間のももに会わせてよ。話してて結構楽しかったし。あたし、もものことは嫌いじゃないよ」
「あんなにうるさいのに?」
「うん。みやは、もものこと嫌いなの?」
背中を撫でる手がぴたりと止まる。
少し考えるような顔をしてから、雅が桃子の頭をぐりぐりと撫でつけた。
「嫌いじゃないよ」
「幼馴染みのことは?」
「梨沙子?」
「そう、あたし」
「好きだよ」
雅があっさりと言い放つと、梨沙子ががっくりと肩を落とした。
雅が言った好きと梨沙子が言っていた好きは違う。
桃子にもそれがわかった。
同じ言葉なのに、二人が発した言葉は全く違うもののように感じられた。
梨沙子が雅を好きだと言った時の空気と、今の空気。
同じ言葉を口にしたとは思えないほど、雰囲気が違う。
けれど、どこがどう違うのか説明しろと言われたら出来ないだろう。
- 138 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 04:15
- 二人の顔を見比べる。
説明するような言葉は浮かばない。
今まで学んだどの言葉を使っても、説明出来そうになかった。
あるのは、今、雅が発した言葉に対する違和感だけだ。
もし、説明出来るようになれば、泣いていた石川に何をしたら良かったのかわかるのだろうか。
雅が言っていることを理解出来るようになるのだろうか。
それすらもわからない。
「やっぱり、子供だと思ってる」
「子供じゃなくて、妹みたいなものだよ。梨沙子は」
はあ、と梨沙子が大きく息を吐き出す。
何か言いたげな顔をして雅を見た。
けれど、何も言わずに立ち上がると、机の上に置いてあった鞄を開けた。
「みや、帰る?」
梨沙子が唐突にそんなことを言って、鞄の中から教科書を引っぱり出した。
- 139 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 04:16
- 「え?帰ったほうがいい?」
「うん。勉強するから」
「そっか。もものこと、ありがとう。あ、えっと、こっちのももね」
雅が、つん、と桃子をつつく。
「うん。また抜け出さないように気をつけて」
「気をつける」
桃子を抱いたまま、雅がベッドから立ち上がる。
雅がもう一度お礼を言って、部屋を出ようとすると、梨沙子が雅を呼び止めた。
「忘れてた。お土産のこと。さっき、お土産届けに行ったんだ。みやの家」
「お土産?」
「うん。家族旅行のお土産」
「あー。行くって言ってたもんね」
「うん。これ、おばさんと食べて」
梨沙子が桃子よりも大きな箱を雅へ手渡した。
- 140 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 4 − 投稿日:2010/01/24(日) 04:17
- 「ありがと」
そう言って雅が部屋の外へ出る。
梨沙子が笑顔で手を振って、扉を閉めた。
お見送り、というものはないようだった。
「ばかもも」
菅谷家の廊下で、雅が小さな声で言った。
べしっと頭を叩かれる。
痛くはなかった。
けれど、雅の手が痛みを癒すかのように、やけに優しく桃子の頭を撫でた。
- 141 名前:Z 投稿日:2010/01/24(日) 04:18
-
- 142 名前:Z 投稿日:2010/01/24(日) 04:18
- 本日の更新終了です。
- 143 名前:Z 投稿日:2010/01/24(日) 04:20
- >>115さん
うさぎをにやけながら撫でまくらないように気をつけて下さい。
怪しい人だと思われますw
>>116さん
呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃん。
続きです。
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 11:28
- りーちゃんが切なすぎる…
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/29(金) 23:13
- うさぎへの気持ちに
気付いてほしい・・・
- 146 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2010/02/04(木) 06:42
-
小さなうさぎの小さな冒険 − 5 −
- 147 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 5 − 投稿日:2010/02/04(木) 06:45
- 「もも。ここ、座って」
雅にそう言われて、放り投げられたTシャツとショートパンツに着替えた桃子は、ぽんと叩かれた床から随分と離れた場所へ正座する。
梨沙子の部屋へ飛び込んできた時ほどではないが、雅の声には棘があるし、目つきが鋭い。
好んで近づきたい雰囲気ではない。
それに、悪いことをしたという意識もあって、いつものようにはじゃれつけない。
小さな身体をさらに小さくして座っていると、雅が苛立ちを隠さずに「ここっ!」と自分の隣を指さして桃子を呼んだ。
桃子は床をぺたぺたと這って、恐る恐る雅へ近づく。
言われた場所のかなり手前で止まって、見るからに怒っている雅にそっと聞いてみる。
「……怒らない?」
「見てわかんない?」
雅が低い声で答えて、桃子を睨む。
桃子はそんな雅に、びくりと肩をすくめた。
- 148 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 5 − 投稿日:2010/02/04(木) 06:46
- 「……怒ってる」
「うん、怒ってる。何でかわかる?」
「ももが」
視線が下へ落ちる。
雅が怒っている理由はわかっている。
けれど、こうして尋ねられると答えにくい。
それでも、黙っているわけにはいかなくて、小さな声で答えた。
「……約束破ったから」
「ちゃんと、ドア締めていかなかったうちも悪いけどさ。でも、勝手に出たら、駄目だって言ってあったよね?」
確認するように問われて、桃子は頷く。
「どうして外に出たの?」
「あの、もも」
寂しくて。
石川さんが側にいないことが寂しくて。
- 149 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 5 − 投稿日:2010/02/04(木) 06:51
- 雅の世話になりながらも、忘れられない人。
胸の奥にしまっていた思いを、雅に伝えていいものか迷う。
勝手に逃げ出してきておいて、今でも石川のことを忘れられないなんて、自分で自分を馬鹿だと思う。
未練がましく、あのまま石川の元にいたら、と考えることもあって、尚更自分が馬鹿だと思える。
そして、雅の側でそんなことを考えている自分に罪悪感を覚える。
寂しい。
そんなことを雅に言うべきではない。
今の暮らしに満足していないと言うような言葉を、口に出来るわけがなかった。
雅の側にいることに不満があるわけではないのだ。
雅を好きだと思う気持ちは確かなものだし、雅の側にいると楽しい。
それに今さら、ここを追い出されたくはない。
雅の腕の中は、もう桃子のお気に入りの場所になっている。
「一人でつまんなくて、それで」
本当のことを言えないならば、嘘をつくしかなかった。
「それだけの理由?そんな理由で外出たの?うち、すっごくもものこと心配したんだよっ!」
ばんばんばんっ、と雅が床を這ってやってくる。
そして、むっとした顔をしたまま、桃子の前へ座り込んだ。
その顔が怖くて、桃子にも雅が本当に心配してくれたのだとわかる。
- 150 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 5 − 投稿日:2010/02/04(木) 06:54
- 梨沙子の部屋へ雅が怒鳴り込んで来たときから、そんなことはわかっていた。
悪いことをした後は、謝らなければならないことも知っている。
でも、うさぎの姿のままでは謝ることが出来なかった。
人間の姿になれた今、やっと言わなければならない一言を口に出来る。
「ごめんなさい」
「ほんとに反省してんの?」
「もうしません」
「絶対?」
「絶対」
桃子は、ぶんっと大きく頷いて答える。
雅がそれをじろりと見てから、桃子に言い聞かせる、というよりは脅すように言った。
「今度、脱走なんてしたら、許さないんだからねっ!わかった?」
「うん。わかった」
桃子がさっきよりも大きく頷くと、満足したのか、雅が桃子の頭をくしゃくしゃと撫でた。
人間になっても、雅にはうさぎと同じように見えるのか、その手つきは梨沙子の家でうさぎの桃子を撫でたものと変わらず、桃子は胸の辺りがもやもやとする。
掴み所のない空気みたいなもののくせに、それは少しだけ重くて、桃子は首を傾げた。
- 151 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 5 − 投稿日:2010/02/04(木) 06:56
- 正体不明のそれ。
それは、とんとん、と胸を叩いてみても消えない。
もう一度首を傾げると、不思議そうな顔をした雅に覗き込まれる。
けれど、正体不明のそれを説明する言葉も見つからない。
「ね、みーやん。梨沙子のお部屋、楽しかった」
正体不明のものは正体不明のままで。
わからないものは放り出して、違う話を雅にしてみる。
すると、雅が恨みがましい目で桃子を見た。
「その間、うちは心配してたけど」
「それはもう謝ったじゃん。許してくんないの?」
拗ねたように雅の腕を引っ張ると、仕方がないといった風に雅が言った。
- 152 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 5 − 投稿日:2010/02/04(木) 06:58
- 「ま、許してあげるけどさ。で、梨沙子の部屋の何が楽しかったの?」
「いろんなもの見せてくれた」
「へえ。どんなもの?」
「えっとね、クマさんとか」
「あー、これと同じクマ?」
タンスの上。
うさぎのぬいぐるみのすぐ近くにクマのぬいぐるみが置いてあって、雅がそれを指さす。
それは確かに梨沙子の部屋にあったクリーム色をしたクマと同じで、桃子はこくんと頷いた。
「うん」
「確か、梨沙子が中学に入学したとき、お祝いにあげたんだよね。梨沙子、これと同じの欲しいって言ってたから」
梨沙子の説明と食い違いはない。
同じ記憶を持っているらしい雅が、梨沙子と同じ説明を繰り返す。
桃子は「梨沙子に聞いた」とは言わずに、他に見せてもらったものの名前を挙げた。
「あと、手袋とか」
「どんな?」
「誕生日にみーやんからもらったって言ってたよ」
「へ?手袋なんかあげたっけ?」
同じ記憶を持っていても思い出せないこともあるらしく、今度は梨沙子の説明とは違う答えが返ってくる。
- 153 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 5 − 投稿日:2010/02/04(木) 07:00
- 「でも、もらったって」
梨沙子が大切に持っている記憶。
それを忘れている雅を梨沙子には見せたくないな、と桃子は思う。
梨沙子の味方、というわけではないが、記憶の一つ、一つを宝物のように話す梨沙子は印象的で、それはひとみの話をしていた石川の姿と重なる。
人が悲しむ姿はもう見たくない。
それが誰であってもだ。
物も記憶も無くなってしまえば悲しくて、涙が出ることもある。
桃子だって、石川からもらったものを無くしてしまって泣いたことがあるし、石川が自分とした話を忘れてしまっていて、拗ねたことがある。
だから、きっと梨沙子だって、梨沙子が大切にしているものを無くしてしまった雅を見たくはないだろう。
「覚えてないの?」
思い出して、と願いを込めて問いかける。
- 154 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 5 − 投稿日:2010/02/04(木) 07:02
- 「んー。梨沙子の誕生日って、手袋いるような季節じゃないし。うち、そんなのあげたかなあ」
「六歳、じゃなくて、うーんと……。十歳の誕生日にもらったって」
十歳、という言葉に雅がぴくんと反応する。
思い当たることがあるのか、雅がぱんと手を叩いた。
「あー、そうだ。うちが使ってたお気に入りの手袋欲しいって言われて、それで、冬が終わったらあげるって。あの手袋、まだ持ってたんだ。使い古しじゃ悪いからって、他のプレゼントも一緒にあげたのに」
桃子に聞かせるというよりは、自分の記憶を確かめているようで、ゆっくりと、昔を思い出すような口調で雅が言う。
その様子に、桃子は少しほっとする。
同時に正体不明のもやもやがまた胸の辺りにやってくる。
けれど、その正体はやはり不明なままだった。
桃子はもう一度、わけのわからないものを放り出してから言った。
「みーやんって、梨沙子とほんと仲良いんだね」
「家も近いし、親同士も仲良いしね」
笑って答えた雅に、『幼なじみ』という言葉を思い出す。
幼なじみってそういうものなんだ、と改めて認識する。
わかっていたようでわかっていなかった言葉は、桃子の中で処理され、頭の中にある引き出しへしまわれるが、どこか違和感がある。
- 155 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 5 − 投稿日:2010/02/04(木) 07:04
- 雅と梨沙子。
同じ記憶を持っていて、同じように好きだと言うのに、どこかが違って見える。
幼なじみって難しい。
桃子は自分の中で処理された言葉が間違っているような気がして、もう一度引っぱり出してみる。
注意書きでも付け足そうかと考えるが、相応しい言葉が見つかる前に雅の声が聞こえてきた。
「それにしても、梨沙子がいてくれて助かった」
「なんで?」
「もも拾ったの、梨沙子じゃなかったら今頃、どうなってたかわかんないじゃん」
桃子にしてみれば、梨沙子に見つかったからこそ大ごとになった。
見つからなければ、家の周りを探検してすぐに帰るつもりだったのだ。
どうなるもこうなるも、見つからなければ、何事もなかったに違いない。
しかし、そんなことは桃子の勝手な考えで、もしかすると、雅が言うように車に轢かれるようなことがあったかもしれないし、見知らぬ人に連れ去られるようなことがあったかもしれない。
反論するのも躊躇われて、桃子は黙り込む。
- 156 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 5 − 投稿日:2010/02/04(木) 07:06
- 「あのさ、もも」
雅がやけに真剣な声を出す。
「いつか、石川さんが見つかって。それで、ももが石川さんのところに帰りたいなら、帰ったらいい。それまでは、ここにいていいから」
突然、どうして石川の話が出てくるのか桃子には理解出来ない。
だが、雅の中で話が繋がっているらしく、真面目な顔と声だった。
どこかへ引っ越してしまった石川が見つかることはないだろうし、たとえ見つかったとしても、桃子が石川の元へ帰ることはあり得ない。
何故なら、桃子は石川の元から逃げ出してきたのだ。
帰ることはあり得なかった。
「もも、みーやんの側にいるもん」
他にいる場所がない。
今の桃子の居場所。
それは雅の側だけだ。
- 157 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 5 − 投稿日:2010/02/04(木) 07:07
- 「無理しなくていいから」
「ほんとだよ」
「まあ、うそでもほんとでもいいけど、あんまり心配させないでよね」
ふう、と雅が大きく息を吐き出す。
「心配、したんだよ。車に轢かれてたらどうしようかと思った」
桃子の頬を軽くつねった雅に抱き寄せられる。
うさぎの時ほどではないが、小さな桃子は雅の腕の中にすっぽりと収まる。
ぎゅうっと抱きしめられて、苦しいぐらいだった。
「みーやん」
「なに?」
「もも、ずっとここにいてもいい?」
「ももがいたいならね」
「もも、みーやんと一緒にいたい」
一緒にいたい人は二人いて、それは石川と雅だ。
でも、石川とはもう一緒にいられない。
許されるのなら、ずっと側にいたい。
許されなくても、ずっと側にいたい。
もう一人になるのは、怖くて、寂しくて嫌だった。
- 158 名前:小さなうさぎの小さな冒険 − 5 − 投稿日:2010/02/04(木) 07:08
- 「心配するの、もうやだからね」
桃子を抱きしめる雅の腕は緩まない。
苦しいぐらいなのに、雅の腕の中は気持ちが良くて、桃子はぺたんと身体を預けた。
石川さんも、心配したのかな。
今も心配してるのかな。
居心地の良い腕の中、石川のことを思い出す。
もしも、こんな風に心配をかけたのなら、とても悪いことをした。
ごめんなさい。
出来ることなら、直接言いたい。
けれど、それは叶わないから、桃子は心の中で謝った。
- 159 名前:Z 投稿日:2010/02/04(木) 07:09
-
- 160 名前:Z 投稿日:2010/02/04(木) 07:09
- 本日の更新終了です。
- 161 名前:Z 投稿日:2010/02/04(木) 07:12
- >>144さん
応援してあげてください(><)
>>145さん
ゆっくり見守ってあげてください(><)
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/15(月) 11:41
- うおおおーー
続きがきになる!
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/02(火) 16:42
-
応援します。
見守ります。
待ってまーーーす!
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/06/20(日) 17:58
- こんなに更新があいたことがないので、ちょっと心配です。
更新があると信じて待ってます。
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/07/25(日) 19:21
- ゆっくりと更新を待ってます。
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/01(日) 19:08
- Zさんになにかあったのかな?
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/03(火) 20:56
- 何もないでしょ?ツイッターはガンガン書いてるんだし
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/04(水) 00:35
- 166じゃないけど安心した
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/04(水) 00:58
- >>167
5月からツイッターとまってるよ?
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/10(火) 17:59
- ほんとだ、見てみたらとまってた
どうしたのかな?
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/11(水) 01:07
- HPは生きてるの?
- 172 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/08/12(木) 23:08
- HPも5月から停止してる
かなしい
- 173 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/13(金) 00:59
- じゃあ気長に待つしかないね
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/21(土) 09:10
- うぅ・・・
- 175 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/01/11(水) 20:04
- ( ;∀;)
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 20:28
- 待ってます
遅くなってもいつでもいいので更新してください!!!
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/11(水) 10:32
- マターリ待ってます
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/05/20(月) 23:45
- 待ってるので更新お願いしますー
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/03/19(木) 04:22
- 気長に待ってます
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/03/19(木) 04:22
- 気長に待ってます
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