あの樹の下で
1 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/28(火) 15:24

幻板の『花に願いを2』スレ内で、書いておりました
「あの樹の下で」の続きです。

CPはいしよし。


またもや、お話の途中でスレ移動となりました事を
お許し下さい。



2 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/28(火) 15:30



3 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:31

静寂が店内を包む――

保田部長の話しに、
驚きを隠せない。


だって、マサオさんが、
わたしの父を…?

それも、ひーちゃんを手に入れるため
だったなんて――

確かにあの時、
稲葉さんはわたしに言った。

 『彼女も望まれた訳だし』


ひーちゃんは、わたしのために
その条件を呑んで、わたしの前から消えた・・・


だけど、どうしてマサオさんが――

4 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:32

「――参ったな。
 マサオがそんなにワルだったなんて…」

柴ちゃんが、儚げに微笑んだ。


「マサオに梨華ちゃんのお父さんのことお願いしたのも、
 全部筋書き通りだったって訳か…
 てか、私に近づいたのもそのためだった訳でしょ?」

「柴ちゃん…」

「肩書につられて、ちょっと舞い上がっちゃったかな?」

柴ちゃんが目を伏せる。

5 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:33

「ごめんね、梨華ちゃん」

「なんで柴ちゃんが、謝るの?
 柴ちゃん、悪くない」

「だって、私がマサオなんかに
 騙されなければ――」

「違うよ!」


「そう、違う」

部長…?


黙ってわたし達のやり取りを聞いていた部長が
口を挟んだ。

6 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:33

「もっと根は深いの」

え?

「吉澤が記憶喪失にさせられた
 本当のねらいは――」

あの藤本病院のお嬢様のためでも、
ただ大谷が、自分の腕を試したかっただけでもない――


部長が、わたしを見つめた。

「石川、あんたがねらいよ」


――どういう、こと・・・?

7 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:34

「確かにね、大谷は自分の腕を試したかった。
 藤本も吉澤を手に入れたかったのは、間違いない」

「他に何があるって言うんですか?
 梨華ちゃんがねらいって、一体――」


ねぇ、石川。

あんた、学生時代何のアルバイトしてた?


――アル、バイト・・・?


8 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:35

「――塾の、受付を・・・」

「そう。その塾の受付で、あんた
 おさげ髪のメガネをかけた色白の高校生を覚えてない?」


――おさげで、メガネで、色白の・・・

首を横に振った。


「そうよね。覚えてなくて当然だと思う。
 だって、石川は男女問わず、学生にモテモテだった。
 だから、たくさんの学生が石川に声をかけ、
 あんたを誘った」


でも、プライベートを学生と過ごしてはいけないって――

9 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:35

「そう。その塾の方針で決まってた。
 講師も受付もスタッフも、特定の学生と
 プライベートを共にすることは一切禁止する。
 親御さんが何言い出すか、わからないものね?」

「――はい」

「特に石川は、学生の人気者だったから、
 塾長からキツク言われてた」


  『くれぐれも気をつけるように。
   けれど、学生の希望も奪っちゃいけない――』

10 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:36

「だから、あんたは誘われると決まって
 こう答えていた」


  『あなたが、社会人になったら考えてあげる。
   でも、学生の間はダメよ?
   きちんと勉強して、一人前の社会人になってからね?』


黙って頷いた。

だって、そう答えるしかなかったもの。
それに――

「そうね。今時の学生たちは、察しがいいから
 それが断りの合図だって、ちゃんと分かってた。
 塾の風潮からも、あんたの態度からも」

11 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:37

「けど、一人だけ、
 あんたのその言葉を真に受けた学生がいた――」


――それが、おさげの、メガネの、色白の・・・?


「彼女はあの日、勇気を振り絞って、
 ただ遠くで見つめていただけの石川に声をかけた。
 映画の券を握りしめて――」



  『――石川さん!一緒に映画を見に行きませんか?』
  『ごめんね。誘ってくれたのは嬉しいんだけど・・・』


――あの、時の・・・?

12 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:37

「――あなたが、社会人になったら考えてあげる。
 でも、学生の間はダメよ?
 きちんと勉強して、一人前の社会人になってからね――
 いつも通りに、あんたはそう答えたのよね?」


再度、確認した部長に頷いた。
そのおさげの子、なんとなく覚えてる・・・

でも・・・

その子が一体――


「あたしはね、石川は間違ってないと思う。
 一度だけ誘われたその子を、忘れていても当然だと思う。
 けれど――」

けれど・・・?

13 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:38

「その子は知ってしまったの。
 あんたが、一人前の社会人になったらって言いながら、
 一人前の社会人になっていない学生に恋したことを・・・」

それって――


「そう。吉澤のこと。
 あんたはとっくに、その塾をやめて、うちの会社で働いていた訳だし、
 そんな約束関係ない。けど、その子は裏切られた気がしたんでしょうね。
 あんたの言葉を信じて、自分も一人前の社会人になったら、
 あんたをもう一度誘おうって、決めてたから・・・」

「そんなの、逆恨みじゃないですか?!」

柴ちゃんが、部長に詰め寄る。

「ちょっと、あたしに言わないでよ」
「だって・・・」

14 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:39

「きっと彼女はね、天国から地獄に突き落とされた
 気分だったのよ」

「――どういう、意味ですか?」


「あんたが、偶然にも自分の父親の会社に
 入ってくれたから」


えっ・・・?


「あの時のおさげの子は、小川麻琴よ」

――う、そ、でしょ・・・?


「ほんとよ。偶然に感謝したでしょうね。
 運命だとも思ったかもしれない。
 いずれ、自分が継ぐ会社にあなたが入って、
 自分も大学を卒業したら、そこに行く――」

15 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:39

「早く卒業したい。早く社会人になりたい。
 そしたら、もう一度石川さんを誘うんだ!
 そう思いながら、彼女はあんたに会いたい一心で
 何度か会社に手伝いにも来た・・・」

「その時に、梨華ちゃんとよしこを・・・?」

「そう。調べてみれば、ただの学生。
 自分と何一つ変わらない、ただの学生。
 それなのに、学生はダメだと言ったくせに、
 恋焦がれた人は、その学生を愛した・・・」


あの、子が・・・麻琴ちゃんだったなんて――


16 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:40

「あいつさえ、消えてしまえば。
 あの吉澤ってヤツが、石川さんをたぶらかしているんだ!
 そう思ったのかもしれない」

――そんな・・・


「そこで、麻琴は二人の姉に相談した・・・」
「姉?だって、麻琴は一人娘でしょ?」

「そう、小川家としてはね。けど、あの社長は女好きでね。
 他の女に産ませた子が二人いる」

「二人も?」

「ええ。まずは、社長が今の奥さんと結婚する前に
 付き合っていた女性に産ませた子。
 それが、あたしの後釜の稲葉貴子よ」


絶句して、柴ちゃんと顔を見合わせた。

17 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:41

「社長も、後ろ暗い所があったんでしょうね。
 彼女の申し出で、あのポストにつけたのね」

「じゃあ、部長は社長に・・・?」

「違う、違う。あの男はそんなタマじゃない。
 あたしが狙われたのは、あんたと吉澤の件に
 たどり着いたから」

「て、ことは・・・」

「そう。麻琴たち3姉妹に狙われたの。
 ほんとは殺すつもりだったんでしょうねぇ。
 あいにく、しぶといもんで」

そう言って、肩をすくめると
ウィンクらしき行為をした。

18 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:41

「もう一人の姉って、まさか・・・」

柴ちゃんが、呆然として言った。


「そう。そのまさか。
 大谷雅恵よ」

「でも、マサオは・・・」

「父親は死んだって、柴田には言ってた?」
「はい」

「大谷の父親は間違いなく、社長よ。
 しかも、不倫の子。認知もされてない」

19 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:42


彼女たち3人も、可哀想なのよ・・・


貴子の母親はね、社長が小川家に婿入りする前の恋人。

小川製薬の先代には、お嬢様しかいなかったし、
そのお嬢様は、経営者に向いている性格ではなかった。
だから、婿をとることにしたのね。

そして、当時、会社で頭角を現しつつあった社長に縁談が
舞い込んできた・・・

性格はどうであれ、確かに彼はやり手だもの。
それに、その時はまだ牙を隠して、本当の姿は見せていなかった。

だから、先代も自分の跡継ぎとして、
彼が、婿入りしてくれるのをたいそう喜んだ・・・


20 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:42

そうとなれば、邪魔になるのは何?

そうよね。
貴子の母と、貴子よ。

貴子の母も、貴子を産んだときに
きちんと責任とってもらえば良かったのに・・・

貴子が産まれたのは、彼がまだ学生のころだったから、
うまいこと言って逃れてたんでしょうね。
一人前になったら、必ず一緒になろうとか、何とか――

けど、彼はハナからそんなこと思ってなかった。
金にならない女となんか、一緒にならないって。

だから、婚約が決まった途端、
手の平を返したように、彼はあっさり二人を捨てた。
後腐れないように、手切れ金まで渡してね。

本当に愛し合っていたと信じていた貴子の母の精神は
あっという間に崩壊したわ。

そして、自ら死を選び、貴子は施設に預けられたの――

21 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:43


「ひどい、男・・・」

「そう。だから、貴子は父親を憎んでる。
 母を捨て、子を捨て、自分だけ幸せになろうとした彼を。
 そして、金で解決しようとする人間を、
 ひいては、金持ちを心から憎んでるの」

金次第で動く、この世の中自体を
恨んでいるのかもしれないわね・・・


――どんなに・・・、孤独だっただろうか・・・?


「雅恵もね、貴子と同じように
 父親を恨んでる」

彼女の母は病弱で、幼い雅恵を残して、
亡くなったの。

その時、社長は何も手を差し伸べなかった。
実の子の雅恵に見向きもしなかった。

そして、彼女も施設に入れられたのよ・・・


22 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:44

「まさか?!」

「そう、そのまさかよ?
 貴子と雅恵は同じ施設に入れられたの」

そんな偶然――

「皮肉なものよね?
 そして、驚くべきことに、もう一つ偶然が重なるの」


もう一つの、偶然・・・?


「二人が施設で出会って、しばらくして、
 施設の前に、産まれたての赤ん坊が捨てられていた・・・
 それが、麻琴よ」


うそっ?!


「だって、麻琴ちゃんは・・・」

部長は、ゆっくり首を横に振ると、
言葉をつないだ――

23 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:44

悲しいことに、お嬢様は、子供が出来ない
体だったの。

結婚して、何年も出来ないから
検査をしようと言うことになったのね。

社長はもちろん、自分でないことはわかってる。
だって、二人も隠し子がいるんですもの。

そして、案の定、
お嬢様が問題だった。


彼はほくそ笑んだわ。
これで婿養子という弱い立場が逆転するって。
そして、更に考えた――

24 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:45

「彼女を、妻を、心底思いやるフリをして、
 打ちひしがれている彼女に、こう持ちかけたの」


 『お父様たちに、君のことを知らせるのはやめよう。
  どこかから、子供をもらってくればいいさ。
  その子を自分たちの実の子として、一緒に育てよう。
  キミは悪くない――』


「でも、そんなこと周りに知られずに出来るわけが・・・」

「それが出来たの。
 藤本病院の院長と彼は、幼い頃からの友人よ。
 そして、ずる賢さや曲がった性格も良く似ている二人だったの。
 産婦人科のある藤本病院では、ホントに授かったと偽るのは容易いこと。
 ただ、妊娠している過程をどうにかしなければならない・・・」

25 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:46

ギリギリまで、ダボッとした服装でごまかしたりしながら、
最終的には、別荘で人目に触れないように
過ごすことにした。

ご両親には、お手伝いを連れていくから、
安心してとなだめてね。

そして、お嬢様が信頼してるお手伝いを一人だけ連れて、
彼女は別荘にこもった。


その間に、彼が赤子を見つけるからと――


26 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:47

「それが、麻琴ちゃん・・・」

無言で、部長が頷いた。

「時期的には少し早産になってしまうけど、
 ほんとは、どこかから大枚はたいて買うつもりだったものが、
 偶然にも楽に手に入る。ましてや、産まれたてよ?
 彼はやっぱり自分には、天が味方していると、
 ほくそ笑んだでしょうね」

ため息まじりに、部長が続ける。

「麻琴のおかげで、彼は妻に貸しができた。
 跡継ぎを産めない彼女に、貸しが出来たの。
 形勢逆転よ。あとは先代さえいなくなれば、自分の天下になる――」


重たい沈黙が流れた――


27 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:48

「――もしかして・・・」

沈黙を破った柴ちゃんに、
部長は静かに頷いた。

「あたしは、そうじゃないかと疑ってる。
 あの男が、ただじっと待つとは思えない。
 自分の地盤を固めて、ゆるぎないものにしてから、
 おそらく先代に分からないように
 少しずつ、薬を盛ったんじゃないかって・・・」


自分の欲望のために、そこまで――


「ただ、彼の誤算はね。
 二人の娘に恨まれていたこと。
 そして、あの日麻琴を引き取りに行った日に
 二人に顔を見られたことよ」

28 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:49

「二人が覚えていない訳がない。
 自分を不幸のどん底に追い落とした人間を、
 忘れられるわけがない。
 そして、二人とも気付いたの」

――自分たちが、腹違いの姉妹だったって。


彼女たちは、時間をかけて考えた。
どうしたら、自分たちを捨てたあいつに仕返し出来るかを。

時機をうかがって。
好機を待ち続けた――

29 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:49

麻琴に実の子じゃないと教えたのは、彼女たち。

そして、彼の妻、つまりお嬢様に隠し子がいると教えたのも
彼女たちよ。


それを聞いて、お嬢様は混乱した。
もしかしたら、麻琴も他の女に産ませた子じゃないかって・・・

うまく自分を騙して、
他の女の子供を、育てさせてるんじゃないかって――


その疑心暗鬼は、麻琴に向けられた。

麻琴は突然母親から、冷たくされた。
急に、愛してもらえなくなった。


原因はなんだ?
自分が何かしたのだろうか・・・?

そう悩んでいるところに、
彼女たちが現れた。


真実を伝えて、彼女たちはこう言ったの。

『一緒に組まないか?』ってね。

30 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:50

一番上り詰めた所で、引きずり落としてやろう。
簡単に、死なせるもんか。

苦しんで苦しんで、
痛めつけなければ、意味がない。

彼を徐々に追い詰めて、
全てを剥ぎ取るために、今はそれぞれ力をつけよう――


そして、貴子は薬剤師になり、
雅恵は、医者になった。

麻琴は跡継ぎだから、当然父親から、
薬学部に行けと言われた。

けど、麻琴は反発したの。
姉たちに辛抱しろと言われても、どうしても受け付けられなかったのね。


どうしても、彼のいいなりになることを拒んだ――

31 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:51

「経営学部、でしたよね?」

「そう。どうせ経営者になるなら、
 専門家じゃなくていいだろって。
 経営の勉強をすれば、文句ないでしょってね」


なんだか、あたしもね。
調べてて、やりきれなかったわ。
3人の生い立ちにたどり着いたときは、本当に胸が詰まって――

彼女たちの好きなようにさせて
あげたいとも思ったの。

だから、一度は手を引いた――


けれどね、吉澤が戻ってきて、
石川との様子を見てて、何かがおかしいと思った。


32 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:51

「まさか3姉妹に繋がるなんて、思ってもみなかったんだけどね。
 吉澤の周辺を調べたら、藤本が出てきて、
 その裏で、どうやら雅恵がからんでいて、
 そして、過去の石川と麻琴につながった・・・」

「じゃあ、その麻琴ちゃんが、わたしとひーちゃんのことを
 二人に相談したのが、キッカケで・・・」

「どうかしら?
 あたしはね、もし石川のことがなくても、
 少なくとも、貴子と雅恵は今回のような事件を起こしていると思う」


「でも・・・」

33 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:52

二人はね、人を恨むことに執着して、ずっと生きて来たでしょ?
そして、愛情を注がれたことがない。

だから、もう人を人とも思えなくなってしまったの。


力を蓄え始めた彼女たちは、
その力を試してみたかった。

父親を、地獄に突き落とすためにも
予行演習をしておきたかった。


そして、なによりも、
彼女たちが嫌ったカネが、
世の中で生きていくためには、必要だと言うことに
気付いたのよ。


そんな時に、麻琴が相談に来た・・・

34 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:52

力を試すいいチャンスだった。

金持ちからカネをせしめて、
今度は自分たちが、幸せになろう。

父親を地獄に引きずりこむのは、
それからでも遅くない――



こんなのは、どうだろう?

一番優秀な雅恵が、すぐにひらめいたの。


それが、『人間ロボット』


カネで動かない心を、
完全征服できたら、どんなにすごいだろう?

自分たちが、神になれるかもしれない――

35 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:53

最初はね、石川。

あんたが最初の実験台だった。
けど、麻琴が反対したのね。

石川さんに、そんな危ないことはさせられない。
石川さんには、ちゃんと好かれたいんだ。
自分を愛して欲しいと・・・


ならば、その状況を作ろう。
麻琴を好きになってもらおう。
恋人に捨てられて、傷心した石川を麻琴が慰めればいい。

だから、ターゲットは、

石川の恋人だ――


36 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:54

そして、準備を進めていくうちに、
彼女たちは、いいカモを見つけた。

なんと素晴らしいことに、自分たちの
ターゲットに入れ込んでいる人間がいる・・・

――それが、藤本病院のお嬢様、藤本美貴よ。


彼女を巻き込めば、カネづるも出来る。
一石二鳥よね?


そして、雅恵は藤本に近づき、
柴田に近づいた。

貴子は、イギリスへ出向いて足場固め。
更には、薬の開発が遅れていたから、
雅恵が準備している間、ずっと研究していたの。

37 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:54

そして、麻琴は――

麻琴だって、自分の力で、
吉澤を痛めつけたかった。
誰よりも、吉澤を恨んでいたのは彼女だもの。


自分が愛した人を、簡単に攫った人間を許せない。
先に愛したのは自分なのに――


悲しいことに、藤本と一緒ね。
彼女たちが抱く、歪んだ愛情が、
今回の事件をここまで酷くしてしまったと言っても、
過言ではないと思う――


38 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:55

麻琴はね、昔母親に冷たくされた時に、
催眠術に興味を持って、勉強したことがあったの。

人を自在に操れたら、どんなにいいだろうって。
そしたら、この孤独から解放されるってね。

けど、催眠と言っても、
あくまでも作られたものだもの。

心から、麻琴を慕うわけではない・・・

催眠の限界を感じた彼女は、一旦は諦めたの。
けど、今度の計画で、もしかしたら、
これが一番役立つんじゃないかって、麻琴は考えたのね。

39 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:55

でも、催眠なんて
そんなに簡単なものじゃないわ。

いざ、マスターしたからといって、
パッと手をかざしただけで、かかるものでもない。

本当に催眠をかけるには、
まず、相手を催眠がかかりやすい状態に誘う必要がある。

弱った体や、心につけこんだり、
香りや視覚なんかも使ったりして、
相手が催眠にかかりやすいように、仕向ける必要があるの――


だから石川。

あんたが、知らなかったにしても
麻琴の誘いに一度も乗らなかったのは、正解よ。

きっと、二人きりで会ったりしたら、
今頃、あんたも餌食になってただろうから――

40 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:56

麻琴もじれったかったでしょうね。
吉澤に捨てられたと思った傷心のあんたに
付け入ろうと思ってたのに。

吉澤が消えてから、入社した麻琴は
猛烈にあんたに、アタックしてたでしょ?

けれど、あんたの心は吉澤に向いたままだった。
ましてや、自分の方をこれっぽっちも
向かなかった…


シビレをきらした麻琴は、
吉澤と藤本を呼び寄せたの。

吉澤があんたを忘れて、夢を忘れて
新しい恋人に夢中になってるのを見たら、
きっと今度こそ、自分のものになるはずだから――

41 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:57

「けど、梨華ちゃんは麻琴に
 なびかなかったんだ…」

「そう。まさか藤本に従順な吉澤が、
 あんた達に記憶がないことを明かすとは、思ってもいなかった。
 そして、吉澤の言動を聞いて、彼女達は吉澤に記憶が戻ったと勘違いしたのよ――」


沈黙が流れた。
想像を遥かに超える、話しの数々。

ハッキリ言って、頭が
気持ちがついていけない――


あの麻琴ちゃんが?


信じられないよ――

42 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:57

「信じられないのも、無理はないわ。
 けど、あたしが嵌められたのも事実よ?」

部長が、わたしを見据える。


「今、最後の決着をつけに、吉澤が――」


 <ガラガラガラ>

店の戸が開いた。


「やっぱ、ここにいたべか?」
「ゲッ!なっち…」

「ダメだべ、病院抜け出しちゃ。
 看護師さんが、血相変えて探しまわってたから、
 なっちが連れ戻してくるから、安心してって言っといたよ」

ため息交じりにそう言って、店内に入ると、
部長の前に立った。

43 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:58

「ケメ子おばさん、こんなミイラがいたら
 商売になんないっしょ?」

「ちょっとミイラって何よ?!」

「そうなのよ。だから、今夜は看板。
 でも、包帯取っても、ドッコイドッコイなの」

「母さんっ!!」


きゃははははっ。

可愛らしい声をあげて、笑ったと思ったら、
部長に向かって「言えてる」と言って、
もう一度笑った。

44 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:58

「あれ?こちらの可愛いお嬢様方は?」

ニッコリ笑って、わたし達に尋ねる。


「あたしの部下」
「あら、かわいそ」

「ちょっと、なっち?!」

あはは。ごめんごめん。
からかいがいがあるんだよね、圭ちゃんは。


「安倍なつみと言います。
 圭ちゃんのいとこで、保田病院に勤務してます」

45 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 15:59

「こんなムシも殺さないような顔してるけど、
 人の腹、かっさばく仕事してるんだから」

「誰のおかげで、助かったと思ってんのさ」

「はいはい。なつみ先生のおかげです」


と、言うことは・・・

お医者さん?!


柴ちゃんも驚いてる。


「ねえねえ、よっちゃんの携帯、繋がらないよ?」
「そうなの。あたしもかけてるんだけど・・・」

あ、あの。よっちゃんて、まさか――


「そう。吉澤よ」

46 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 16:00

最初は、あたしとなっちで、
うちの会社のこと、藤本病院のこと、あの3姉妹のことを
追いかけてたの。

そのうちね、あんたと吉澤にたどり着いたって
言ったでしょ?


吉澤とあんたに、真実を伝えて協力してもらおう。
そう思ってた時に、吉澤から声をかけてきたの。


 『どんなに些細なことでもいい。
  もし、何かを知っているなら教えて下さい』ってね。

47 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 16:00

あたしが、知っている限りの情報を
吉澤に教えたわ。

あの子、聞いた当初は、顔面蒼白になって、
かなりショック受けてた。

そりゃそうよね?
信じてきた藤本美貴に、裏切られてたんですもの。


けどね。
あんたのこと。

石川のことは、きっと間違いないって。
あんたに触れると、あったかいって。
何でかは分からないけど、安心するんだって――

48 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 16:01

――ひーちゃん・・・


  『石川さん、そばにいると
   あったかいんだ・・・』

  『なんか、安心する――』


「吉澤はね、全てを暴くために
 あたし達に協力するって、言ってくれたの。
 そしてあの日、あんたにそれを伝えようとしたら、
 あたしがやられちゃったって訳」

49 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 16:02

「その知らせを受けてね、なっちはよっちゃんに
 くれぐれも注意するようにって、伝えるつもりだったんだけど、
 圭ちゃんの手術が大変で・・・
 次の朝、電話した時にはもう、呼び出された後だった」


呼び出されたっていうことは――

「そう。あんたが助けに行ってくれたでしょ?
 あれで、ほんとに命びろいした」

「でも・・・、でも、わたしは、ひーちゃんを――」

胸が苦しくなって、顔を覆った。


「あ、言っとくけど、吉澤なら
 ロボットになんか、なってないわよ?」


え・・・?

50 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 16:02

「ほんとですかっ?!」

「黙っててごめんね?」

安倍さんが、わたしの頭を撫でてくれる。


「吉澤はね、あの時、ほんとにもうダメだと思ったって。
 それに、せっかく思い出したあんたのことを忘れるくらいなら、
 死んだ方がいいって。もう、忘れたくなかったって。
 あんたの温もりも、その笑顔も――」


ひーちゃん――

  『梨華、ちゃんを、忘れたく、ない――』


51 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 16:03

「梨華ちゃんが、口移しで
 薬を飲ませてくれたおかげだって」

驚いて顔をあげると、安倍さんが微笑んでくれた。

「梨華ちゃんのキスで、魔法がとけたんだべさ」


魔、法・・・?


「昔話にも、おとぎ話にもあるっしょ?
 悪い魔法は、恋人のキスでとけるんだよ」


「・・・じゃ、じゃあ、もしかして、ひーちゃんは――」

52 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 16:04


「ちゃんと、覚えてる。あんたのこと」


一気に、涙が溢れ出した。

――良かった。ほんとに良かった・・・


「あんたを騙すのだけが、辛いって言ってたわ」


吉澤はね、全てをあばくために、
飲んだフリをして、ロボットに成り切ってたの。

あんたが薬を口移しでくれて、
けど、あんたのこと忘れたくなくて。
飲み込まずに、口の中に含んでたのね。

泣きじゃくるあんたを見て、
締め付けられるほど、胸が痛んだって――

53 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 16:04

『ごめんね。
 せっかく、アタシのことを思って薬を飲ませてくれたのに』

『でも、忘れたくないんだ。梨華ちゃんを愛していたこと』

『最後まで、あなたを想っていたことを』


あんたの腕の中で、あんたの温もりを感じながら、
そんなことを考えてたって。

そしたらね、いつの間にか
頭痛が消えてる事に気づいたんだって。


――もしかしたら、催眠がとけたのかもしれない。


そう思って、吐き出した薬を隠した――

54 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 16:05


「ほら、吉澤も基本はアフォだけど、
 意外と鋭いでしょ?」

「圭ちゃん、アフォは余計だよ、アフォは」
「なっちこそ、2回も言わない」

安倍さんは、ペロッと舌を出すと、
わたしに向かって、言った。

「それでね。梨華ちゃんのお父さんの意識が戻るのを待ったの。
 向こうの尻尾も掴みたかったしね?」


父の意識が戻れば、もう何も遠慮することはなくなる。
ひーちゃんが、藤本美貴の恋人でいる必要も――

わたしは、結局
ずっとひーちゃんに守られてた。

捨てられたと思ってた時でさえ、
ひーちゃんは、わたしのために戦ってくれてた――

55 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 16:06

「そうそう。一つだけ言っておかなくちゃ。
 吉澤の記憶は、完全には戻ってないの。
 ほんの一部分。あんたと交わした約束だけ・・・」


――約束・・・

  『あの樹の下で、必ず待ってるから・・・』



 <ガラガラガラ>

ゆっくりと店の扉が開いた。

「ごめんなさい。今夜はもう看板で・・・」

「いえ。私どもは石川梨華様にお話があって
 参りました」

56 名前:第5章 2 投稿日:2009/04/28(火) 16:06

突然、自分の名前が呼ばれて
驚いて振り返る。


「さ、お嬢様、中に・・・」

折り目正しく話す女性の後ろから、
もう一人の女性が入ってくる――


「藤本美貴っ!」


――この人が、藤本美貴・・・


部長が、驚いたように叫んだ。

「あんた、吉澤をどうしたの?!
 吉澤は、あんたのとこに行ったはずよ?!」


今にも掴みかかりそうな勢いで、部長が声を荒げると
彼女は、その場に跪いて、頭を下げた。


「申し訳ありませんっ!!」

57 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/28(火) 16:07



58 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/28(火) 16:07



59 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/28(火) 16:14

また、こちらでお世話になります。

と言いつつ、このお話はあと2回で終わります。
どんだけスレの使い方がヘタクソなんでしょうか・・・

ともあれ、本日は長めの更新でしたが、以上となります。
舞台が始まる前に、スッキリ完結させたいなと
勝手ながら、考えております(笑)

60 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/28(火) 23:20
幻板から追っかけて参りました
もう、さすがとしか言いようがありません
最後まで期待しております
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/29(水) 00:59
圭ちゃんできる女ですね。

ちゃんとスレを使い切る
玄米ちゃ様はステキだと思います。
62 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/05/01(金) 14:22

>60:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 実を言うと、おっかなびっくりな更新だったので、
 そう言って頂けて、ホッと一安心です。

>61:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 おかげ様で、気が楽になりました(笑)


では、本日の更新です。

63 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/05/01(金) 14:22



64 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:23

「石川さん、本当にごめんなさいっ!!」


「あんたねぇ、謝って済むことと
 済まないことが――」

美貴さんに向かって、歩みだそうとした
柴ちゃんの腕を引っ張った。

「ちょ、ちょっと梨華ちゃん?」


「ひーちゃんは、今どこにいるんですか?」

「――病院、に・・・」


病院・・・?

65 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:24

「病院って、どういうことなの?」

保田部長が問いただす。

「――美貴が・・・
 美貴が、よっちゃんを――
 そんなつもり、なかったのに。
 よっちゃんを、自由にしてあげたかったのに――」

「ちょっとあんた、何言ってんのか分かんないっ」

再び、歩み出そうとした柴ちゃんを制した。


「――どういう、ことですか?
 ひーちゃんは、どうして病院に?」

「まさか!また、脳をいじったんじゃっ!!」

今度は、保田部長が問い詰める。

66 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:25

「吉澤様は、無事です。
 私から、お話しさせて頂いても宜しいですか?」

美貴さんのそばに付き従っていた
彼女が口を挟んだ。


「私は、執事の三好と申します。
 皆様に、そして石川さん、あなたにお伝えしたい事があります――」



67 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:26



68 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:26

三好さんの話は、保田部長から聞いた話を、
更に補足してくれた。



あの日、わたしの誕生日に『あの樹』を見に行こうと
ずっと前から、約束していたわたし達――


  『アタシ達がはじめてキスした、あの樹の下で
   もう一度、ちゃんと誓い合いたいから・・・』


そう言ってひーちゃんは、
はにかんだ笑顔をくれた。


本気で、考えてくれてるって。
わたしのことを、わたし達の将来のことを
ちゃんと考えてくれてるって、胸が熱くなって。
その日が、本当に楽しみで――

69 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:27

けれど、誕生日の前日、
あなたは変な事を言い出した。

不意に鳴った電話。

明日の事だと、浮かれて電話を取ったわたしに
あなたは言った。


『明日、待ち合わせするの、やめようか?』

「どうして?
 久しぶりに、待ち合わせするから、楽しみにしてるのに・・・」


しばらく、沈黙してしまったあなた。

「どうかした?」

『――いや、何でもない。
 じゃあ、明日寒いと思うから、温かい格好してきて?』

「うん。ねえ、ひーちゃん。
 何か変だよ?」

70 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:28

「どうしたの?ひーちゃん・・・」

『――ねぇ、もしアタシたちが別れちゃったらさ』


別れるって・・・、どうしていきなりそんなこと言うの?

「別れないもん」

『もしもの話だよ』

「もしもの話なんかしないでよ・・・」


そんなこと、言われたら、
悲しくなっちゃうよ・・・

『アハハ。分かった。
 けどさ、その時は――』

「その時は?」


『アタシたちが初めてキスした日に、
 あの樹の下で、必ず待ってるから・・・』


71 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:29


「吉澤様が、あなたにお電話を差し上げたとき、
 私がその横におりました。
 待ち合わせの話しの時に、一瞬間があいたのは、
 私が隣で、それ以上何も言うなと申し上げたからです」


あなたに捨てられたと思わせるために、
待ち合わせは、しなければなりません。

そして、吉澤様が一向に現れないことを心配して
また、電話が繋がらないことを心配して、
必ずあなたは、吉澤様の部屋に来ます。

そこで、見つけるのです。
私達が書かせた手紙を――


  『さよなら、梨華ちゃん』

72 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:29

「ひどいよ!あなた達のせいで
 どれだけ梨華ちゃんが苦しんだと思ってんのよっ!!」

テーブルを叩いて、
柴ちゃんが立ち上がる。
三好さんの胸倉をつかんだ。


「やめて!柴ちゃん!」
「どうして?!」

「続きを・・・、教えてください」


「――わかりました」

73 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:30


吉澤様のお部屋を、留学に行ったように見せかけるために、
洋服を持ち出し、冷蔵庫をカラにし、
お部屋を整頓致しました。

絵の留学に行くというのに、
絵がいくつも、そこにあるままと言うのはおかしい。

だから、申し上げたのです。

――絵を処分しましょう、と。


一瞬驚いた顔をされましたが、
もう覚悟を決めていらっしゃったのでしょう。
吉澤様は、静かに頷くと、黙って絵を片付け始められました。


74 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:31


「そのお姿は、今でも脳裏に焼きついています・・・」

申し訳なさそうに、小さく頭を下げると
三好さんは、そのまま唇をかんだ。


「愛おしそうに、ご自分の絵を指でなぞられて、
 一つ一つを静かに、ゴミ袋に入れられました」


ひーちゃんにとって、どんなに苦痛だっただろう・・・
命をかけて描いた絵を、自分で――

75 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:32


準備が整い、テーブルにあなた宛ての手紙をおいて、
二人で部屋を出ました。

待たせて置いた車に乗り込む寸前、吉澤様はもう一度、
お部屋を見上げて、何かをつぶやかれました。

ですがその時、私には何をつぶやかれたのかは
わかりませんでした。


私の仕事は、吉澤様を大谷先生の研究室に
お連れすることです。

裏門から入って、研究室まで付き添うと
私はその場をあとにしました。

76 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:33

屋敷に向かう途中、私は先ほどの吉澤様の様子が
気になって仕方ありませんでした。

別れを惜しんでいたのだろうか――

一体、何を告げていらっしゃったんだろう・・・?


そんなことを考えつつ、屋敷に着いて
吉澤様の荷物の整理を始めました。

決して思い出すことがないように、全て廃棄する予定です。
ですが、その前に――

その前にどうしても、
吉澤様が描かれた絵を見てみたい。
そう思いました。

お嬢様が、心を惹かれるほどの作品を
描かれる方の絵です。

桜の絵のほかに、どのようなものがあるのか――

77 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:33

正直、驚きました。
激しく、心を揺さぶられたのです。

どれも繊細な中に温かみがあって――

何よりも愛が込められていました。
その深い愛情に、私の心は揺さぶられたのです。


これほどの絵を――

石川様。

あなたがいないと、描けない。
あなたがそばにいるから、描けるんだ


吉澤様はハッキリ、そうおっしゃいました。

78 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:34

そして、ふと浮かんだのです。

もしかしたら――

あなただけに分かるメッセージが、
残されているのかもしれない。


今回のことは、吉澤様の本意じゃないと分かる絵が、
あの部屋のどこかに、残されていたとしたら――


急いで、吉澤様の部屋に引き返しました。
そして、もう一度隅々をあらためたのです。


79 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:35


予感は的中しました。

ベッドの下に、包みがありました。
引きずり出して、中身を確かめると、
一枚の絵が出てまいりました。


キャンバスに描かれた、たった一本の樹――


それが、あなたとの最後の電話で言っていた、
『あの樹』なんだと、直感でわかりました。

実は、あのお電話の時、私は
どうせ叶うはずがないのだから、最後くらい・・・
と、甘く見ていました。

だって、吉澤様はハッキリ
『アタシたちが別れちゃったらさ』
そうおっしゃいました。

お二人が、明日お別れするのは、もう紛れもない事実で。
必ず待ってる――
そんな約束をした所で、吉澤様が待っている訳がないのです。
記憶を無くされる訳ですから。

80 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:36

私の中に、ずるい考えが浮かびました。

そんな約束をして、吉澤様が来なければ、
あなたはさぞかし落胆することでしょう。

やっぱり、捨てられたんだと確信して、
吉澤様を諦めるに違いない――


それに、吉澤様は、まるであなたをからかうように
おっしゃっていました。

だから、気にもとめなかったのです。


明日のことさえ、あなたに怪しまれなければいいと――

81 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:37


ですが、あの絵を見た瞬間に、すぐにわかりました。
これは、この絵は、あなたを想って描いたのだと・・・

案の定、サインと一緒にあなたの誕生日が記されていました。

そして、そこで気付いたのです。
吉澤様があの時、部屋を見上げて何を言われたのか――


『――約束、必ず守るからね』


82 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:37


だから私は、それを持ち帰りました。
そして、お嬢様にお見せしたのです。

捨てたいけど捨てられない・・・

お嬢様は、そうおっしゃいました。


そして、その絵を屋敷の地下室に
隠したのです――

83 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:38


「あなたのためだと分かったのに、
 捨てられなかった・・・」

ずっと押し黙っていた美貴さんが
口を開いた。

「よっちゃんの、大切な作品だってわかったから。
 だって美貴は、よっちゃんの絵をずっと見てきたもの・・・」


――ごめんなさい。

深々と頭を下げて、彼女は言った。


84 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:38

その樹の絵を――

その大切な絵を、よっちゃんは美貴に
預けてくれたんです。


その絵を三好が返しに行くと、
よっちゃんは黙ったまま、しばらく眺めていたって。

そして、言ったの。

『美貴に預けるよ』って――


それが、これです…

85 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:39

美貴さんが、テーブルの上に
大切に包まれたキャンバスを置く。


「よっちゃんは、チャンスをくれたんだ。
 こんな美貴に、あなたに謝るチャンスを・・・」

そう言って、顔を覆うと声をあげて
泣きはじめた。

三好さんが、そっと包みをわたしの方に押す。

「遅くなって申し訳ありません。
 あの日、吉澤様があなたに差し上げたかった、
 あなたへの誕生日プレゼントです」

86 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:40

ゆっくり手にとって、その包みを開ける。

目に飛び込んできたのは、
鮮やかな赤色の実をたくさんつけた
まぎれもない、あの樹――


――ひーちゃん・・・

ひーちゃんの描いた跡を
指でなぞる。

涙が溢れてきて、
堪えきれず、絵の上に落ちた…


「ほんとにごめんなさい!」

目の前で、美貴さんが謝る。

「謝っても済まされないことをしたと思ってます。
 ちゃんと罪も償います。
 でも、どうしてもあなたに――
 あなたに謝りたくて…」

87 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:41


胸がいっぱいになる。
あの日、わたしにくれるはずだったプレゼント・・・

ひーちゃんの想いが詰まった
大切な大切な宝物――



「・・・頭を、上げて下さい」

美貴さんが、ゆっくり顔をあげる。


「ありがとう。
 絵を残しておいてくれて」


88 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:42

「ひーちゃんが、あなたを許したんだもの。
 だったら、わたしもあなたを許します」

美貴さんが、目を見開いて
絶句する。

「形は違えど、あなたもひーちゃんを愛していたから
 残してくれたんでしょ?」

見開いた眼から、
次々に涙が溢れ出す。


「だから、もう――」


わああああ
ごめんなさいっ!!
ほんとにごめんなさいっ!!


美貴さんの泣き声が、店内に響いた。


89 名前:第5章 3 投稿日:2009/05/01(金) 14:43


「吉澤様は、それを眺められた後、
 キャンバスの裏に、何かを書いていらっしゃいました」

しばらく絵を眺めていたわたしに、
三好さんが言った。

「裏に?」
「はい」

静かに裏に向ける。


そこには、懐かしい右上がりの字で
わたし宛のメッセージが書かれていた。


  『明日、約束通りあの樹の下で待っています』


90 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/05/01(金) 14:44



91 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/05/01(金) 14:45



92 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/05/01(金) 14:45

本日は以上です。

次回、最終回となります。


93 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 23:27
あぁ、読んでいて気持ちがいいです。
次の更新はバスタオルを準備してから読みます。
94 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/05/03(日) 01:40

>93:名無飼育さん様
 ハンカチタオルぐらいで、十分かもしれません(汗)
 途中ドロッとしていたので、最終回は読後に
 一陣の清爽な風が吹けばいいなぁ・・・
 などと思いながら、書きました。
 ご期待にお応え出来ていればいいのですが・・・



では、最終回となります。


95 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/05/03(日) 01:41



96 名前:第6章 投稿日:2009/05/03(日) 01:44

ゆっくりと、小高い丘を登っていく。

一昨年は、あなたと手を繋いで。
昨年は、淡い期待を抱いて一人きりで。

そして、今年は――



大きな葉をつけて、小さな花を咲かせたあの樹の下で、
あなたは座ったまま、樹に寄りかかっていた。


すぐにでも、駆け出してしまいたい衝動にかられたけど、
うまく足が動かない。

夢にまで見た光景――

あなたが、ひーちゃんがわたしを
あの樹の下で、待っていてくれる――


今度こそ、夢じゃないよね?

97 名前:第6章 投稿日:2009/05/03(日) 01:45

足音を立ててしまったら、
何だかあなたが消えてしまいそうで。

走り出した途端、この夢が終わってしまいそうで・・・


大丈夫。
そう自分に言い聞かせるのに、足が震える。


ひーちゃんは、手元に視線を落として、
一心不乱に何かを描いている。

わたしの一番好きな、ひーちゃんの姿。


真剣な眼差しの中に、優しい光りが宿っていて、
わたしが、密かに見つめていると、
ふと顔をあげて、いつだって微笑んでくれた――

98 名前:第6章 投稿日:2009/05/03(日) 01:45


ゆっくり、ひーちゃんが顔をあげる。

わたしと目が合った。

端正な顔を崩して
ニッコリ微笑んでくれる――


何も変わらない。
わたしが、愛したひーちゃん。
誰よりも、何よりも大切にしたいあなた――


「良かった。来てくれて」

ひーちゃん・・・

涙がとめどなく溢れ出して、言葉にならない。

99 名前:第6章 投稿日:2009/05/03(日) 01:46

「思い出してたんだ。
 ここで梨華ちゃんに誓ったこと。あの日の約束。
 そして、梨華ちゃんの笑顔」

ひーちゃんが、抱えていたスケッチブックを
わたしに見せる。


「この笑顔を、アタシはどんなことをしても
 守り抜きたかった」

ひーちゃんが見せてくれたのは、
最高の笑顔をした、わたしの似顔絵・・・


「そして、絶対に忘れたくなかったんだ・・・」

涙が止まらない。


100 名前:第6章 投稿日:2009/05/03(日) 01:47

「待たせて、ごめんね?」


――ひーちゃん・・・

こらえ切れなくて、座ったままの
ひーちゃんの胸に飛び込んだ。


「待ち合わせ、遅くなって、ごめん」

思いっきり首を振った。

長い指で、その大きな手で、
優しく髪をひいてくれる。

101 名前:第6章 投稿日:2009/05/03(日) 01:48

「アタシね、この樹でした約束しか覚えてないんだ。
 二人だけの大切な想い出が、もっといっぱいあったはずなのに・・・」


――どうしても、思い出せないんだ・・・

ひーちゃんの声が震えた。


「もっとたくさん、一緒に見た景色があるはずなのに。
 梨華ちゃんが、アタシにしてくれた事、たくさんあるはずなのに・・・
 どれも、うまく思い出せない・・・」


思い出せなくたっていい。
ひーちゃんが、そばにいてくれるだけで。
それでいい。


「こんなアタシだけど、ほんとにいいの?」

102 名前:第6章 投稿日:2009/05/03(日) 01:48

「ひーちゃんじゃなきゃ、ダメなの!
 一緒に見た景色なら、わたしが全部教えてあげる。
 想い出なんか、これから二人で、いっぱい作ればいいもん!」

――梨華ちゃん・・・


「いらない、何も。
 ひーちゃんだけでいい。
 ひーちゃんが、ここにいてくれるだけで・・・」


それだけで、幸せなの――


「――ありがとう」

そう言うと、ひーちゃんは
わたしを抱きしめてくれた。

103 名前:第6章 投稿日:2009/05/03(日) 01:49

アタシね。
こんな風になっちゃったけど、一つだけ胸を張って
言える事があるんだ――


ひーちゃんが、そっとわたしの頬に触れた。
視線が合うのを待って、ゆっくりと言葉をつなぐ。


「大事なこと、たくさん忘れちゃってるけど、
 これだけは言えるよ?」


――目の前のあなたを、心の底から愛おしいって思う。


104 名前:第6章 投稿日:2009/05/03(日) 01:50


ひーちゃん・・・

また涙が溢れ出す。


「・・・わた、しも――
 わたしも、ひーちゃんが、こん、なに、
 愛おしい・・・」


嗚咽がもれて、なかなか言葉にならない。
もっと伝えたい。
誰よりもあなたを想っていることを。

あなただけを、愛してるって――


105 名前:第6章 投稿日:2009/05/03(日) 01:50

ひーちゃんは、もう一度
わたしを引き寄せて、強く抱きしめると言った。


約束する。
もう絶対離れないって。
ずっと、梨華ちゃんのそばにいるって。


だから、もう一度――


誓いのキスをしよう・・・



涙まじりの口付けを交わして
わたし達は誓い合った。

これからは、全部二人一緒だよって。
どんなに強い風が吹いても、
もう二度と、握ったこの手を離さないって――


106 名前:第6章 投稿日:2009/05/03(日) 01:51





107 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/05/03(日) 01:52


108 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 01:53


「お先に失礼します」

同僚に挨拶をして、会社を出る。


凍てつく風が、頬を突き刺す。
街路樹は、全ての葉を落として、
吹きすさぶ風の中、じっと耐えているようにも見える。


あれから、会社は大変だった。

社長に続いて、不正に加担していた役員は
全員検挙され、息のかかった従業員は全員解雇された。

毎日のように、記事に取り上げられ、
小川製薬もこれで終わりだと、見切りをつけて
辞める従業員が後を絶たなかった。

その中で、保田部長は
ケガした体を引きずって、会社を立て直すために
走り回った。

109 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 01:53

「先代への恩返しよ」

そう言って笑う部長は、誰よりも輝いていた。

おっと、もう部長って言っちゃいけないか・・・
だって、今は代表取締役だもの。

つまり、保田社長。

随分と規模は縮小してしまったけど、
志ある社員が、力を合わせて再建目指して
日々、頑張っている。

もちろん、わたしもその一人。

柴ちゃんも、会社に残って、
今では、立派な部長さん。

わたしにも、役職のお話はあったけど、
辞退させて頂いた。


だって、いつだって
あなたのそばにいたいから――

110 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 01:54

退社をすると、そのまま保田病院へ向かう。

父はとうに退院して、すっかり元気になった。
保田病院へ行くのは、ひーちゃんを迎えに行くため。


保田さんと安倍さんの計らいで
ひーちゃんは今、保田病院でカウンセラーとして働いている。

病院の外に出られない、長期療養の子供たちを相手に、
ひーちゃんの描いた色んな景色を見せて、
早く治って、これを見に行こうって励ましたり、
時には一緒に描いたりして、皆に希望を送っている。

111 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 01:55


いつものように、小児病棟を進み、
一番奥の部屋の窓を覗く。

いち早く気付いた子供が
ひーちゃんにわたしの存在を教えてくれた。

ひーちゃんが振り向くと同時に
わたしも部屋の中に入る――



「ひーちゃん先生は、
 毎日、梨華ちゃんがお迎えに来ていいなあ・・・」

ひーちゃんと一緒に絵を描いていた子が
ポツリとつぶやいた。

112 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 01:55

「うらやましい?」

優しい声で、その子に言うと
ひーちゃんは、彼女の目線に合わせてしゃがんで、
頭を撫でながら続けた。


 必ず出会えるよ。
 心から大切だと思う人に。

 自分の命よりも、大切だと思う人に
 必ず出会えるんだよ。

 だから、その日まで。
 その人に出会うまで、頑張って生きるんだ。

 そして、その人に出会ったら、
 今度はその人を守るために、生き抜くんだよ――


113 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 01:56


「彼女、重度の心臓病なんだ」

家に帰る途中で、ひーちゃんが教えてくれた。

凍てつく風が吹く中、
手を繋いで、二人で寄り添って、お家に向かう。


「いつ心臓が止まってしまうか分からない。
 けど、彼女には一日でも長く生きてもらいたい。
 愛する喜びを、愛される喜びを知って欲しいんだ」

日々、精悍になって行く横顔を見上げた。

「アタシは一度、死を選ぼうとしたから」

114 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 01:57

あの時はね。
あれが正しい選択だと思った。

梨華ちゃんの事を忘れるくらいなら
死んだ方がマシだって――


けどね。
今こうして、梨華ちゃんと手を繋いで、
毎日を過ごせることが、何よりも幸せで・・・

ほんとに生きてて良かったと
心から思うんだ。

だから、子供たちにも
生き抜いて欲しい――


115 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 01:58

静かに、そう話してくれる
ひーちゃんの瞳は、街の電飾なんかよりずっと、
キラキラと輝いていた。

そして、教えてくれた。
最近、思うんだって。

 『世界中の子供たちに、希望を与えられるような
  画家になりたい』


あの頃、抱いていたあなたの夢。

いつだって、どこにだって、ついて行くよ?
もう覚悟は出来ているもの――


116 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 01:59


手を繋いだまま、アパートの階段を上る。

鍵を開けるのは、わたし。
そして先に入って、部屋を暖めるのもわたしの役目。

ひーちゃんは、わたしの後について中に入ると、ポストをチェック。

それから、温かいお茶を入れるために、
やかんを火にかけてくれる。


一緒に暮らすうちに、なんとなく決まっていく二人のリズムが、
くすぐったくもあり、嬉しくもある。


「梨華ちゃん」

ヒーターをつけた所で、後ろから声をかけられた。
振り向くと、微笑むあなた。


「返事、来たみたいだよ?」

117 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 01:59

ひーちゃんが差し出したのは、
淡いピンクの桜の検閲印が押された封筒――


わたしが受け取ると、
ひーちゃんはお湯を沸かしに、キッチンに向かった。


数ヶ月前に送った麻琴ちゃんへの手紙。


どうしても、謝りたくて――

純粋なあなたの思いを、知らないうちに
傷つけていたこと。

安易な言葉で、あなたの心を傷つけて
しまったことを…


118 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 02:01

 石川梨華様


  あれだけのことをしたのに、まさかあなたから謝られるなんて
  思っても見ませんでした。

  恨まれて当然なのに――

  手紙を頂いてから、
  今までのことを自分なりに振り返ってみました。


  最初の頃は、なぜ自分ばかり貧乏くじを引くのかと、
  運命を呪いました。

  けれど、外の世界から隔離されて、日々自分を見つめ直すうちに
  一つだけ、わかった気がします。


  吉澤さんの愛と私の愛は何が違うのかが――

119 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 02:02
   
  吉澤さんの愛は、無償の愛。
  愛する人のためなら、自分の命だってかけられる。
  見返りなんか求めていない。

  けれど自分は――

  あなたを愛していると言いながら、
  あなたのために、何かが出来る自分ではなかった。

  あなたの気持ちなんて、どうでもよかったんです。
  自己中心的な愛し方でした。

  結局、自分が一番可愛かったんだと思います。

  そんな私が、愛してもらえる訳がない…


  全ての罪を償って、もしも、私がここを出ることが出来たなら、
  私もそんな愛を誰かと育んでみたい。
  今は、そう思っています。

120 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 02:04

  どうか、お二人ともお幸せに。
  言えた身分ではありませんが、
  今は、心の底から、お二人の幸せを祈っています。

  そして、私がここを出ることが出来た日には、
  石川さんが手紙で言ってくれたように、
  一緒に映画を見に行きましょう。

  ただし、吉澤さんも一緒に。


  心から、お二人にお詫びを申し上げるとともに
  切にあなたの幸せを願っています。


                   小川麻琴

121 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 02:04


「今日はハーブティーにしたよ?」

手紙を見つめたままのわたしに、
ひーちゃんが、優しく声をかけてくれた。


黙ってそっと寄り添うように、隣に座る。

いつでもどんな時でも、全てを受け止めようと、
心を使ってくれる。


――恵まれた恋。

あの樹の花言葉通りだなって、
思うんだよ?


「読んで?」
「いいの?」

わたしが頷くのを確認して、
ひーちゃんは手紙を手にとった。


122 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 02:05



「――密かに、後つけようと思ってたのにな」

「一緒にいいって」

二人で微笑んだ。
ひーちゃんが、わたしの肩を抱き寄せる。


「よかったね」

――うん。

あなたの腕の中で頷いた。


123 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 02:06

「ねぇ、でも麻琴ちゃんとの約束果たす頃には、
 わたし、随分おばちゃんだけど、それでもいいのかな?」

「『あたしが知ってる石川さんは、こんなんじゃな〜い』
 とか言われちゃったりして」

「ちょっとぉ〜!!」

いたずらっぽく笑う、ひーちゃんの腕を叩いた。


でもさ。

そう言って、ひーちゃんが
わたしを後ろから抱きしめる。

「その時はね」
「その時は?」


――二人でデートしよ?

124 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 02:06

満点の答え。

うれしくなって、前に回された
ひーちゃんの手を、ギュッと握った。


「――明日、晴れるといいね?」

明日は、わたしの誕生日。
今度こそ二人で、真っ赤な実をたくさんつけた
『あの樹』を見に行ける。


「大丈夫じゃね?
 雨女×雨女は晴れるらしいから」


顔を見合わせて、笑った。

125 名前:エピローグ 投稿日:2009/05/03(日) 02:08


ひーちゃんはね、
わたしの笑顔が好きだって、言ってくれるけど
その笑顔を引き出してくれてるのは、ひーちゃんなんだよ?


あなたがこうして隣にいてくれるだけで、わたしは幸せ。
あなたと出会えたことが、わたしにとっては、最高にハッピーなの。


だからね、ひーちゃん。

あなたも、わたしと同じ思いでいてくれるなら、
毎年、一緒にあの樹を見に行こう?


いつの日か、どちらかが先に
天に召される日が来たとしても、

わたし達は必ず、

『あの樹の下で』

出会えるはずだから――



126 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/05/03(日) 02:08



127 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/05/03(日) 02:09


         終



128 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/05/03(日) 02:11

『あの樹の下で』何とか無事、完結することが出来ました!

レスを下さった方々、最後まで読んで下さった方々、
本当にありがとうございました!!
ぜひ一言だけでも、ご感想など頂ければ幸いです。


いや〜、正直言って、この作品は難しかったです。
作者にとって、かなり冒険でした。

そもそもは、何かしらの理由で別れてしまった二人が、
最後に『あの樹の下で』再会するシーンが浮かんで。

そこに辿り着くために、ストーリーはどうしようかな?
などとグダグダ考え始めて。

ただの記憶喪失じゃつまんないし・・・
とか、色々こねくり回しているうちに
気づけば、こんな展開になってしまってました・・・(汗)


129 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/05/03(日) 02:12

一応、辻褄合わせはしているつもりですが、
何せ盲目的に書いているので、どこかに穴があるやもしれません・・・

載せる以上は、穴がないようにしたいと常々思ってはいるのですが・・・
万が一、どこかしら辻褄の合わない箇所があったらすみません。


それから、お二人ほど、改心した様子もなく
完結してしまった事をお詫びいたします。

悪者のまま終わるのは、あまり好きではないのですが、
そこまで書くと、クドクドなりすぎて。
最後の末っ子の改心で、お許し願えればと思います。

お二人のファンの方、申し訳ありません。


130 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/05/03(日) 02:14

さて、今作でやはり作者は、単純な恋愛ものが
書きやすいなぁと改めて実感したので、
次は、そういう風味になると思われます。

一応、構想はあるので、まとまり次第、
こちらで書かせて頂こうかと・・・

が、その前に。

次回からは、以前お約束したままの
『花に願いを』の続編を、お送りします。

消化不良の方が数名いらっしゃいましたので、
解消出来れば良いのですが・・・(汗)


『CAKE4』の構想もあったりもするんですが、
脳内だけで、文字に全くおこせていないのが現状・・・(泣)

ボチボチ書かせて頂きますので、
万が一、お待ちの方がいらっしゃるようでしたら、
気長にお待ち頂ければと思います。
すみません。


とにもかくにも、最後までお付き合い、
本当にありがとうございました!!


131 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/05/03(日) 02:15



132 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/05/03(日) 02:15



133 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/03(日) 20:56
素敵なお話をありがとう
一度玄米ちゃさんの脳内を覗いてみたい

ぼちぼち、次のお話待ってます
134 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/04(月) 00:22
完結お疲れ様です。
毎作楽しく読ませてもらってます。
ありがとうございます♪

続編などなど楽しみにしてます。
135 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/04(月) 11:15
お疲れさまでした!
中盤、かなり怖くなって、読むのがつらい時もありましたが、
読み応え満載でした!
サスペンス感も織り交ぜられた今回のお話で、作者様の作風のジャンルが
広がったんじゃないかなと思います。
でも、また作者様の甘い二人のお話が読みたですね。
これからも楽しみにしてますので、また素敵なお話、よろしくおねがいします!!
136 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2009/05/04(月) 16:19
面白かったですハラハラどきどきして作品に引き込まれました
作者様の作品はいつものごとくハズレなくタダで読ませてもらって申し訳ないです
また次の作品も楽しみにしています
完結お疲れ様でした&ありがとうございました
137 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/05(火) 01:15
僕にとって、玄米ちゃさんの作品はハズレが無いです。
どの話も更新されるのが楽しみで仕方ないです(^O^)

新作も続編も楽しみにしてます。

138 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/07(木) 21:09
ものすごくおもい展開からきれいに着地した感じがします。
きれいにまとめすぎた感がしないでもないですけどw

玄米ちゃ様は私の最も好きな作家さんなので、
もし出版されたら全巻揃えさせていただきます。
139 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/05/20(水) 16:16

>133:名無飼育さん様
 こちらこそ、読んで下さりありがとうございます。
 作者の脳内は、とても単純仕様となっております。
 白黒白黒・・・・・時々、ピンクと青。
 これのみで構成されております(笑)

>134:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 今回も、楽しんで頂けるように頑張ります。

>135:名無飼育さん様
 うれしいお言葉、ありがとうございます。
 正直、こういうテイストはどんなもんかなぁ・・・
 と不安に思っていましたので、そう言って頂けてホッと致しました。

>136:名無し募集中。。。様
 ありがとうございます!
 そのように言って頂けると、作者冥利につきます。

>137:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 これからも、楽しみにして頂けるよう頑張ります!

>138:名無飼育さん様
 率直なご意見、ありがとうございます!
 出版は・・・
 138様がスポンサーになって頂けるなら、すぐにでも――って!
 調子に乗りすぎました(笑)






140 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/05/20(水) 16:24

では予告通り、本日より『花に願いを』の続編を
お送りします。

一応、中編の予定です。


念のため、『花に願いを』は、
 夢板:花に願いを スレ内の324から
 幻板:花に願いを2 スレ最初から
となっております。


では、どうぞ。


141 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:25



142 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:27


「ただいま〜」

玄関で靴を脱いで、声をかける。


「遅くなっちゃってごめんね。
 会社出ようとした所で、支店長に捕まっちゃって…」


あれ?

電気はついてるのに、気配がない。
キッチンを覗くと、お夕食の準備はバッチリみたい。


――お庭かな?


そっと窓際に近づいて、
外を覗くと、お花をみつめているひとみちゃんの後ろ姿…


どうやら今日は、
純粋なお手入れじゃないみたい――

大学で何かあったのかな…?

143 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:27

ひとみちゃんが暮らしていたアパートに
二人で暮らすようになって、早4ヵ月。

一緒に暮らすようになって、
わかったことがある。


もともと純粋な人だとは、思っていたけど、
想像以上にピュアな心の持ち主。

そしてとっても繊細な人――


144 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:28

それを同僚のまいちゃんに言ったら、

 『一緒に暮らすと、嫌なとことか見えてきて、
  別れたくなる時ない?』

なんて言われたけど、それは全くない。


どんなあなたを見ても、
愛しく思うの。

――わたし、おかしいのかな?

なんて思うほど、あなたが愛おしくて、
たまらない。


ねぇ、ひとみちゃん。
あなたも同じ気持ちだとうれしいな…

145 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:29

悲しそうな背中。
あの日と同じ。

月明かりの中で、肩を震わせていた、
あの日のあなたと同じ。


もう悲しませないって、
もう絶対、あなたの辛そうな姿は見たくない。

そう思うから、全力であなたを愛すって決めたの。


悲しいことがあったのなら、
その分、わたしが抱きしめてあげる。

泣きたいなら、わたしの胸で泣いていいよ。
恥ずかしいって、泣くのを我慢してしまうあなたの泣き顔を、
わたしが包んで隠してあげる。

だから安心して、思いきり泣いて?


146 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:29

静かに窓を開けた。

お庭用の履物をはいて
あなたに近付く。


わたしの気配に気付いたあなたが
背中を向けたまま、涙を拭う。


「・・・ひとみちゃん?」

「おかえりなさい」

振り向いたあなたは、笑顔。


「ご飯、用意出来てますから」


たまらず、あなたを抱きしめた。


147 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:30

「ねぇ、我慢しないで…」

わたしの背中に回された腕に力が入る。


「もう、大丈夫ですから…」

「うそ。
 だって、まだ声が震えてる」


この身長差がいけないの。
だってこれじゃ、わたしがあなたに甘えてるみたいだもの。


「体冷えてるよ?
 おうちに入ろ?」

黙って頷いたあなたの手を握った。


148 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:30

手を繋いだまま、並んでソファーに座る。

俯いたままで、グッと唇を噛み締めてる。

ひとみちゃんのペースでいいよ?
いつまでも、こうして隣で待っていてあげるから。


そっと寄り添った。
夏とはいえ、夜になると冷える。

冷たくなってしまった、あなたの体を温めてあげたい。
わたしに出来ることなら、何でもしてあげたいの。


「――先輩・・・。抱きしめて、欲しい・・・」


それだけ言って、あなたはグッと奥歯を噛み締めた。


149 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:31

わたしは黙って、ひとみちゃんの膝の上にあがると、
そのまま向かい合って、ギュッと抱きしめてあげた。


「泣いて、いいよ?」


――グッ・・・、ウグッ。


背中に回された腕に力が入ると同時に、
胸の中から、すすり泣く音が聞こえた。


震える背中を、優しく撫でて、
サラサラな髪に、何度もキスを落とす。


150 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:32

「グッ・・・、昨日の、晩。
 ハウスに、誰か、忍びこんだ、みたいで・・・」

「研究室の?」

小さく頷く。
ひとみちゃんが所属する研究室の、温室ハウスのことだ。


「いた、ずら、されてた・・・
 ――可哀想、に。ウグッ・・・、きっと痛かった、だろうって」


誰よりも、お花に愛情を注ぐあなたは、
まるで自分が傷つけられたように、心を痛める。

それを面白がる人もいるけど、
花だって生きてるんだもの。


  『人の耳には、聞こえないけどね。
   花もちゃんとしゃべるんだよ?』

そう言って、ひとみちゃんは教えてくれた。

人の心に、優しい音色に、花もちゃんと感応するんだよって・・・

151 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:32

だから、傷つけられる時の恐怖は、
どれほどだったろうって。


何より、守ってあげられなかった自分を
責めているんだと思う。


きっとね。

優しいあなたは、ハウスのカギを
かけ忘れた人を責めることも出来ずに、
そして、大事に育てたお花が痛めつけられたことにも
胸を痛めて・・・

やり場のない思いを抱えながら、
一日を笑顔で過ごしていたんだと思う。

152 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:33

「――ごめ、ん、なさい。
 疲れて、グッ、のに・・・」

「疲れてないよ。
 それに、こうしてひとみちゃんを抱きしめてると
 疲れなんて、飛んじゃうもん」

「でも・・・」


優しいひとみちゃんが、好きだよ?
ピュアな心のあなたが好き。

あなたの心が温まるまで、ずっとこうしててあげる――


少しでも、あなたの悲しみを
吸い取ってあげたい。

きっと、お庭のお花たちも思ってる。
ひとみちゃんが悲しいと、
自分たちも悲しいって。


だってね。
不思議だけど、あなたがいない日は、
なぜかお庭のお花たちが、寂しそうにしてるの。


153 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:34


しばらくすると、ひとみちゃんが
ゆっくり、顔をあげた。

「大丈夫?」

黙って頷くあなたにも
胸がときめいてしまう。


こんなこと、まいちゃんに話したら、
重症だって言われるだろうなぁ・・・


「――先輩、ブルースターがね。
 もうすぐ咲きそうなんだ」

涙を拭って、笑顔をみせたあなたに
わたしもとびきりの笑顔を返す。

「ほんと?」

うん。

一緒に見よう?

そう言って、立ち上がった。


154 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:34


「ほんとだ!」

二人で暮らし始めて、
二人で一緒に育てようって、誓ったお花。


ずっと、二人が幸せで、
ずっと、一緒にいられますように。

そんな願いを込めて、育てたいな・・・


そう言ったわたしに、ひとみちゃんが選んでくれたお花。

それが、この『ブルースター』

星のような形をして、
綺麗なブルーのお花を咲かせるんだって。

155 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:35

 『どんな花言葉なの?』

 『<信じあう心>それから<幸福な愛>』


信じあう心が、お互いにあれば
何があっても、離れない。
ずっと幸福な愛を、貫いていけると思うんだ――


そう言って、微笑んでくれたあなたと
一緒に種を植えた。


156 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:35

ひとみちゃんが、懐中電灯で照らして、
つぼみを見せてくれる。

「もうすぐだね?」

かわいいつぼみが
たくさんついてる。

「うん。次々に花開くから、
 毎日が楽しみになるよ?」


嬉しくなって、もう一歩近づいて、
つぼみに話しかけた。


「元気いっぱい、綺麗なお花を咲かせてね?」


ふいに肩を抱かれた。
見上げると、照れた顔のひとみちゃん。

157 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:36

「ありがと」

ん?

「先輩がそばにいてくれて、
 ほんとに幸せだなって・・・」

照れ隠しなのか、そのままわたしを抱きしめて
腕の中に閉じ込めた。


「――ありがと」

もう一度、そう言ってくれたひとみちゃんの心音が
早くなってる。

どれだけ一緒にいても、変わらない。
ほんとにピュアなあなた。


「こちらこそ」

そう答えて、顔をあげ
わたしからキスをした。


158 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:36



「そう言えばね」

お部屋に上がりながら、
思い出したように、ひとみちゃんが言う。

「明日、さゆちゃんが来るって」


えっ?!
今、何て言ったの?

「ん?だから、先輩が帰ってくる前に
 さゆちゃんから電話があって、明日こっち来るって」

「こっち来るって何しに?」

「何しにって・・・
 やっぱお姉ちゃんが心配なんじゃ――」

159 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:37

違う。絶対違う!
さゆは、生のひとみちゃんが見たいんだ!


「ちょ、ちょっと先輩・・・?」

「ひとみちゃん、色白は好きじゃないよねっ?」

ひとみちゃんに詰め寄る。

「・・・いや、別に、嫌いってことも――
 ちょ、近いよ、先輩」


「目がくるっとしてる子はどうっ?」
「・・・み、魅力的なんじゃ、ないかな・・・?」


なんですって?!

にじり寄ると、ひとみちゃんは後ずさりして、
そのままソファーに、ストンと着地した。

160 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:38

ひとみちゃんの足を開いて、
中に割り込む。


「黒髪で髪が長い子は?
 口元にホクロがあるのは?
 うさちゃんピースとかやっちゃう子は?
 チョー女の子キャラなの。
 本気で白馬の王子様を待ってるとか、言っちゃうの。
 それに――」

「ちょ、ちょっと待って!!
 先輩、息継ぎしてる?」


――ゼエ、ゼエ・・・

「ね、どうしたの?」

あどけない顔で聞いてくる。
お願いだから、さゆの前でそんな顔しないで〜〜!!


161 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:38

「だ、だから、先輩。
 落ち着いて」

――はあ、はあ・・・


落ち着いてられないよ。

だって、さゆったら、
どうしても、ひとみちゃんを見たいって言うから、
この間、写メを送ったの。

そしたら――


  『白馬の王子様、み〜っけ!!
   お姉ちゃんの恋人、ちょーカッコイイ!!
   さゆ、どストライクなんだけど!! 』

なんて、送ってきたんだよっ!!

162 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:39

「ちょっと、ひとみちゃん?!」

ニヤけたほっぺをつねった。

「イハイッヘ」
「痛くないっ!」


絶対、ダメだからね。
いくら妹だからって、恋人は譲れないんだからっ!!

「ダイホーフダオ」
「ほんとに大丈夫?」

小刻みに頷くひとみちゃん。


はあ〜
心配だな・・・

ほっぺから、両手を離した。
少し涙目になって、頬をさすってる。

163 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:40

そんな表情でさえ、
さゆは『かわいい〜』って悶えるに違いない。

だって、姉妹してツボが一緒なんだもん。
外見は全然似てないのに、
好みだけは、なぜか一緒――


はあ〜〜
気が重い・・・


ひとみちゃんの腿に
頭をのせる。

ひとみちゃんが、優しい手つきで
髪を撫でてくれる。

164 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:40

「そんなに心配しないでよ。
 アタシは先輩だけだよ?」


わかってる。
わかってるけどさ・・・


「先輩の妹だもん。
 大切にしてあげたいって思うよ?」


それは嬉しいけどさ・・・

きっと、さゆったらベタベタするもん。
ひとみちゃんに、くっつくもん。


「でも」

そう言って、ひとみちゃんがわたしを抱えあげて
膝の上で抱っこする。


165 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:41

「こんなことは、しないよ?」

そう言って、唇を重ねた。

ん、んっ・・・


角度を変えて、ついばむように
わたしの唇を挟む。

舌を絡ませて、
呼吸が、鼓動が速くなる。


「――先輩にしか、したいって思わないよ?」

「先輩じゃヤダって、いつも言ってるのに・・・」


166 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:41


「梨華・・・」

熱い吐息を吐いて、ひとみちゃんが
わたしを呼ぶ。

再び合わさった唇で、
わたしの不安は、吹き飛んでいく――


「愛してる・・・」

わたし、も・・・


焦らすように、頬に、耳に、首筋に
唇を滑らせ、ひとみちゃんがわたしの体に火をつける。

そのまま、わたしの胸に顔を埋めると
ひとみちゃんは言った。


「梨華しかいらない」

167 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:42

愛する人に、愛される――

これ以上の喜びはない。


そっと、ひとみちゃんの唇が、
ブラウスの上から、突起をなぞる。


ふぅん・・・


唇だけで、そこを挟んで
ぬるい刺激が、わたしを襲う――


・・・ダ、メ。


優しく、ぬるく、わたしを蕩けさせる。
何度も、優しく挟むだけで、
それ以上、進んでくれない――


168 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:43

ねぇ・・・、ひとみ、ちゃん――

長くて細い指が、そっと背中を撫でる。
頼りない刺激に、体が震え始める・・・


いつの間にか、こんなに上手くなって――


最初に肌を合わせた日。

あなたは、ぎこちないけど必死にわたしを愛してくれて。
昇りつめたいのに、なかなか最後までたどり着かせてくれなくて・・・

ガマンできなくなったわたしは、
素直にひとみちゃんにお願いした・・・

169 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:43


もうダメ。お願い、ひとみちゃん・・・


そう告げたわたしに、
泣き出しそうな、申し訳なさそうな顔をして
あなたはわたしに言った。


――この先、どうしていいか、分からないんです・・・


バーテンさんだったし、
すごくモテる人だから、当然・・・

そう思っていたけど、
こんなところまで、ピュアだったなんて・・・


嬉しくなって、ひたすら謝るあなたの手を握って、
わたしは自ら、そこへ導いた――


170 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:44


――あれから4ヶ月。


毎月欠かさず、亜弥さんの元へお参りに行くついでに
お店に寄っては、どうしたら悦ばせられるのかを、
圭ママ、マサオさん、マコトちゃんに
教わってくるらしい――

そして、いいんだか、悪いんだか。
確かに上達していくあなたで
わたしの体は、踊らされ、
一番高いところに昇りつめる・・・


だから、このぬるい刺激もきっと――


171 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:45

「んッ、はあ・・・
 ねぇ・・・ひと、み、ちゃん・・・」

底なし沼に溺れていくような感覚・・・
徐々にマヒしていく、わたしの体――

堪えきれなくて、
ひとみちゃんの顔を、無理矢理あげた。


「――スゲー、色っぽいカオしてる・・・」

そうつぶやいた、あなたの唇を塞いだ。


ンンッ・・・
ん、んっ・・・


激しくお互いを求め合う。

じれったくなって、ひとみちゃんのTシャツを脱がして
ソファーに押し倒した。

172 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:46

「じらさないでよ・・・」


そう言うと、やっとひとみちゃんは
わたしのブラウスのボタンに、手をかけてくれた。


すでに熱をもったカラダが、
直に触れられて、悦びの声をあげる。


ああ・・・ふぅん・・・
・・・クッ、はぁん・・・

漏れる声を、ガマン出来ない。


ハア、あっ・・・
ひ、とみ・・・、ああんっ!

173 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:46

――もう、限界だよ・・・

お願い・・・


何度も乞うのに、
弾ける寸前で、あなたは手を離す。

ねぇ、イジワルしないで・・・


「アタシがどれだけ先輩を好きか、
 体で教えてあげる・・・」


イヤンッ!
ああんっ!!


その夜は、何度も何度も追い詰められた。
そして、大きく弾けた後、
ひとみちゃんは、わたしを強く抱きしめてくれた。


――愛してる、梨華・・・


あなたの囁きを聞きながら、
幸せな気持ちに包まれて、わたしは眠りについた・・・

174 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:47



175 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/20(水) 16:47



176 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/05/20(水) 16:48

こんな感じで、続編スタートしました。
以後、宜しくお願いいたします。


177 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/21(木) 00:43
続編ありがとうございます。
ついに、さゆ登場!!ですね。
178 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/21(木) 23:19
ああ...
ラブラブ、良いですねぇ...。
続編、期待大です!!
179 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/24(日) 20:22
おぉ!続編ですね!
さゆの活躍に期待してます!!
180 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/05/29(金) 14:02

>177:名無飼育さん様
 ついに登場です。
 楽しんで頂けたら、うれしいです。

>178:名無飼育さん様
 二人はラブラブですよ。
 期待を裏切らないように頑張ります。

>179:名無飼育さん様
 続編では、さゆが大活躍してくれることでしょう。



では、本日の更新に参ります。


181 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:03


182 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:05


「先輩、先輩・・・」

体が揺さぶられる。


――んっ、もう・・・ダルいの。


「ねぇ、先輩ってば!」

「お願い、寝かせて…」

布団を頭から被る。
全身がダルい。

ひとみちゃんが悪いんだよ?
何度も追い詰めるから――


「起きてよぉ〜」

また体を揺する。

183 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:05

「もうっ!」

布団を思いっきりはいで、
ガバッと起き上がる。

「何よっ!」

目の前で、ひとみちゃんが真っ赤になった。


あ…

裸のままだ――


真っ赤になったまま
ひとみちゃんが後ろを向く。

184 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:06

「あ、あの〜
 早くしないと…」

もぉ〜。
さっきまで、一緒に寝てたくせに、
何で今更テレるかなぁ…

裸のまま、立ち上がって
ひとみちゃんの背中に抱き着く。


「自分が脱がしたくせに
 な〜んで、テレるかな〜」

「ダッ、それは…」

真っ赤なお耳。
からかっちゃお〜

背伸びして、フーッと息を吹きかける。
硬直した背中。カッワイイ〜!

185 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:07

「ねぇ…、もう一回しよ?」

「エッ、ダッ、えっーと・・・
 昨日、いっぱい…」


あのままソファーでして、
一緒にお風呂に入って、やっとお夕飯食べて…
そのあとベッドに入ってからも
ひとみちゃんは、わたしを求めてくれた。

だからこんなに体がダルい訳で――


「今日お休みだもん。
 いいでしょ?」

前を向かせて、きっとユデダコみたいに
真っ赤になっちゃってるお顔を見て、からかっちゃお〜

186 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:07

「な〜んてね!」

って、エエッ?!

あっという間に、押し倒されたわたし。


「ちょ、ちょっと待って…」
「誘ったのそっちじゃん」

「けど、もう体が…」
「いいよ、一日中シテたって」

ひとみちゃんが、ニヤリと微笑む。


あんっ…
あ、ちょ、ダ、メ…

すぐさま、熱を持つカラダ。

187 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:08

ひとみ、ちゃん…
ダメ、だって…んんっ…


手を動かしたまま、顔を上げて
わたしを見下ろす――

ダメ、なの。
ひとみちゃんのその瞳に、わたしの理性は負けてしまう…


「少し黙ってて…」

そう言われて、口を塞がれた。
官能的なキス…

なす術もなく、心もカラダも
あなたのものになる――


ひとみちゃんの背中に腕を回した。

188 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:09


 <ピンポーン>


「ヤベッ!ジャックだ!」

ひとみちゃんが起き上がる。

「ジャックなら、いいじゃない…
 後で言えば――」

隣人のジャックは、わたし達の関係を知っている。
超マッチョの黒人さんだけど、
彼もいわゆる同性愛者。


「車借りたんだよ」
「車?」

「さゆちゃん、迎えに行くのに」

ゲッ!
そうだ!今日さゆが来るんだった!!

189 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:10


「早く着替えて?」

「どーして早く言ってくれないのよぉ!」
「だから何度も起こしたじゃん」

「シャワー浴びたい。
 お布団どーしよ?」

「時間ないから、二つとも無理」


「もーうっ!!」
「自分が誘うからでしょ?」

「だってぇ〜!!」



「ほら、早く支度して?」

ニコッと微笑んで、優しい声で言うから、
大人しく頷く。


190 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:10

だから、いつも喧嘩にはならないんだ。

わたしが、キーキー叫んでも、
全部受け止めてくれる。

年下で、照れ屋さんで、とってもピュアなあなた――


自分では、からかってるつもりでも、
気づかない内に、こうして
ひとみちゃんが、大きく包んでくれちゃうの。


愛されちゃってるな、わたし…


191 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:11

「何ニヤニヤ笑ってんの?
 早く着替えなよ」

いつの間にか、キーを貰ってきて、
準備万端のひとみちゃん。


「ジャックがね、
 『キノウノヨルハ、リカノセクスィ〜ナ
 コエガタクサン、キコエタYO。ハッハッハ〜』だって」


もうっ、ばかっ!

今度はわたしが真っ赤になった。


192 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:11



193 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:11

なんとか、羽田からの到着便に
ギリギリ間に合った。


「お姉ちゃ〜んっ!」


すでに到着ロビーに出て来ていたさゆが
大きく手を振ってる。


何だかんだ言っても
思わず頬がゆるんでしまう、かわいい妹。


「久しぶり、さゆ」
「さゆちゃん、こんにちは」

ひとみちゃんが、笑顔で挨拶する。

194 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:12

「わ〜!
 吉澤さん、カッコイイ〜!!」

あっという間に、腕をとられたひとみちゃん。


「えっ?ちょ、さゆちゃん?」
「はい。お姉ちゃん荷物」

当たり前のように、ボストンバッグを手渡された。

くぉぬぉ〜!!


「行きましょ、吉澤さん」


「あ、先輩、持つよ」

ひとみちゃんが、振り返って
わたしを気にしてくれる。


ふふっ
やっぱり、優しいひとみちゃん。

195 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:13

「吉澤さん、優しい〜
 じゃあ、このお土産あげるぅ」。

ひとみちゃんの右手に、お土産袋が手渡された。
そして、左腕はガッチリさゆが確保。


こめかみがピキピキと音を立てているのが、
自分でもわかる。


あ〜んたの荷物、持ってけばいいんでしょっ!!
その代わり、助手席はぜ〜ったい、譲ってやんないんだからっ!!


196 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:14


と、意気込んだのはいいんだけど――


あっさり、さゆに助手席を取られたわたし・・・


前言撤回!
かわいくなんかないっ!
小悪魔だ、こいつ!!


「キャー、きれい!
 やっぱり北海道って、ステキですね?」

目をキラキラさせて、
運転席のひとみちゃんを見つめる。

「さゆちゃんは、北海道初めて?」

前を見て、運転しながら
チラッとさゆに視線をやる。


「ハイ!初めてです」

「じゃあ、出来るだけたくさん、
 案内してあげるよ。いいとこいっぱいあるから」

197 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:15


なによ、なによ、なによ、なによ〜っ!!
わたしだけ、のけ者?!

さっきから、二人で楽しそうに会話しちゃってさっ。
フーンだ!

ふてくされて、運転席と助手席の間から
覗かせていた顔を引っ込めて、
シートによりかかった。


ミラー越しに、ひとみちゃんと目が合う――

(どした?)

まるで、そう言うように心配そうに窺う瞳。


  『先輩の妹だもん。
   大切にしてあげたいって思うよ?』


そうだよね。
昨日、ひとみちゃん、そう言ってくれたもんね。


(大丈夫)

その想いを込めて、
ニッコリ微笑み返した。

198 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:15


「そうだ!吉澤さん。いいものあげる」

さゆが膝に置いたバッグから、
ゴソゴソと探って、何やら取り出す――


「ハイ。ア〜ンして?」

ピキッ・・・

「スチュワーデスさんにもらったの。
 珍しい飴で、すごくおいしいんだって」

ピキピキッ・・・
小首を傾げて言うな!


「ハイ。ア〜ン」

ピキピキピキッ・・・
再び、こめかみが音を立てている。


「・・・あ、いや。さゆちゃん、自分で食べれるよ?」


199 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:16

そーよ、そーよ、そーよ!
ひとみちゃん、よく言った!!

一気にスジが沈静化する。


「ダメ。さゆみが食べさせてあげるの!」

ピキッ・・・

「さゆみのこと、キライ・・・?」

ピキピキッ・・・

「じゃあ、ア〜ンして?」

ピキピキピキッ・・・


ひとみちゃんが、おずおずと口を開ける。


開けるんかいっ!!


200 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:17

「おいしい?」
「・・・うん、あ、おいしい、よ?」

「キャー!吉澤さん、かわいい〜!!
 真っ赤になってるぅ!!」


やっぱり・・・
ツボが同じだ――


「ねえ、ココ見て?」

ひとみちゃんに見えるように
自分の指を差し出す。


「吉澤さんのお口があたったの」

ほら、こうしたら――

さゆがそこに唇を寄せる。


「間接キスだよ?」

201 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:17


 <グホッ!!>

ひとみちゃんが、派手にむせた。


「大丈夫?!」

「――あめ、飲んじゃった・・・」


ヤダ、吉澤さん。
こんな間接キスくらいで、そんなに動揺しちゃって・・・

お姉ちゃんと、もっとすごいこと
してるんでしょ?



もう一度、ひとみちゃんが激しくむせたのは、
言うまでもない。


はあ〜〜

先が思いやられる――


202 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:18



203 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/05/29(金) 14:18



204 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/05/29(金) 14:19

本日は以上です。


205 名前:とうふよう 投稿日:2009/05/31(日) 13:43
初コメです!
玄米ちゃさまいつも素敵な小説をありがとう!
更新楽しみにしてます(*´Д`从)
吉澤さん可愛い〜(ノ∀`)
206 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 22:50
ついにあの人がやってきたんですね
ひっかきまわしてくれることを期待してます
207 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/06/11(木) 17:50

>205:とうふよう様
 こちらこそ読んで頂き、ありがとうございます!
 コメントつけて頂けると、とても励みになります。
 これからも楽しみにして頂けるよう頑張ります!

>206:名無飼育さん様
 ついに登場したあの人は、ご期待通り
 ひっかきまわしてくれることでしょう。


では、本日の更新にまいります。


 
208 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:52



209 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:53

「いいお部屋だね?」

お家に着くなり、わたし達の住まいの
点検を始めたさゆ。


「で、いつまでここにいるの?」
「ん?1ヶ月くらい」


「「1ヶ月っ?!」」

ひとみちゃんとわたしの声が重なった。


「なーんてね。
 一週間くらいかな〜」

そう・・・
それなら、まあ、ね。

210 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:54

「だって、お二人の邪魔しちゃうもの」

寝室を覗いて、ニヤニヤしながら
わたし達を見比べる。


あ・・・

「ア、アタシ、片付けて、く、くる・・・」

首まで真っ赤になって、
俯いたまま、寝室に向かうひとみちゃん。

時間なくて、乱したまま
お迎えに行っちゃったんだっけ――


「やっぱり、吉澤さん。
 夜は結構、激しいんだ・・・」


通りすがりに、さゆに浴びせられた一言で、
ひとみちゃんが激しく転んだのは、言うまでもない。


211 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:54



212 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:54


「どっか、行きたいとこある?」

久しぶりに腕をふるって、豪華な食卓。
と言ってもふるってくれたのは、
ひとみちゃんとジャックだけど――

ジャックに至っては、フリフリがついた
ピンクのエプロンという出で立ちで、
すっかり、さゆと意気投合。


「どこがお勧め?」

「ヒトミト、Meノ、アルバイトシテル
 カンコーノーエンニ、オイデ」


「ああ、それいいね。
 今は、花もすごく綺麗だよ?」

213 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:55

うれしそうに頷くさゆ。

そう言えば、久しぶりだな。
こんなにうれしそうな、さゆを見るの・・・


いつも、わたしとお父さんの間に挟まって
気を使ってくれてた。


せめて、ここにいる間は――

楽しんで欲しいな・・・


214 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:56



「すごく優しい顔してたよ、さっき」

ほろ酔い気味のジャックがお部屋に戻って、
さゆはお風呂。

そして、わたしとひとみちゃんは
後片付け。


「さっき?」

洗い物をしながら、ひとみちゃんに尋ねる。

「さゆちゃん、見てるとき」
 
テーブルを拭き終わったひとみちゃんが、
台ふきを持って、わたしの横にやってくる。

215 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:56

「あ、洗うよ?」

台ふきを受け取ろうと、
差し出した手を握られる。

そのまま、腰を引き寄せて
後ろから抱きしめられた。


「・・・ひとみちゃん?」

「また、惚れちゃった・・・」

耳元で囁かれる。


キスしていい?

ダメだよ。さゆがいつ出てくるか・・・

大丈夫だよ。少しだけ・・・


返事を待たずに、ひとみちゃんは
わたしに口付けた。

216 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:57

こういうの、ドキドキする――

水、止めなきゃ。とか、
さゆが出てきたら、とか・・・

頭の片隅で、冷静でいようとするのに、
それを許さないかのように、ひとみちゃんの舌が
わたしを誘う。

集中してよ。

そう言うように、あなたの舌が
わたしの中をかき乱す・・・


ゆっくり唇が離れた。


「――これ以上したら、我慢できなくなりそう・・・」

そうつぶやきながら、
もう一度、触れるだけのキスをくれる。

217 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:57

こういう時のひとみちゃんの表情は、
本当に色っぽい。

艶かしいって言うのかな?

大きな瞳が、潤んでて。
薄い唇が、濡れていて。
真っ白な頬が、上気していて――


たまらなく、あなたが欲しくなる・・・


握ったままの手をギュッと握った。


218 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:58


「グォホンッ!!」

わざとらしい咳払いが聞こえて、
慌てて離れる。


「お先にお風呂、頂きました」

「あは、あははは・・・
 ひ、ひとみちゃん、先に入ったら?」

「そ、そうだね。そうする・・・」


そそくさと準備をしに、
ひとみちゃんが、キッチンを出る。


「吉澤さんて、キス上手なんですね」

すれ違いざまに、さゆにそう言われて、
ひとみちゃんが扉におでこをぶつけたのは、言うまでもない。


219 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:58





220 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:59



はあああ〜〜〜


「あら、何?
 その深〜い、ため息は?」

向い側に座ったまいちゃんが、
わたしの顔を覗きこむ。


「だってさ・・・」

この前は、ジャックの提案通り、
みんなで観光農園に行ったよ。

さゆもすごく喜んでくれたし――


だけど、どっちが恋人よ?
そう思うくらい、ひとみちゃんの隣を
ずっとさゆがキープしていて・・・

221 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 17:59

「わかった!
 梨華ちゃん、欲求不満なんでしょ?
 妹が来てるから、夜の生活が・・・」

「――まあ、それもある・・・」
「あんのかいっ!!」


だって、今はベッドで、さゆとわたしが寝て、
ひとみちゃんは、気を使ってソファーで寝てるの。

さゆをソファーで寝させる訳に行かないし、
かと言って、ひとみちゃんとさゆをベッドで――

なんて言語道断!!

となると、ひとみちゃんにソファーで
寝てもらうしかない。

大丈夫だよ。
なんて言ってくれてるけど、申し訳ないし・・・


なによりね――


222 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 18:00

「えっ?!
 いつもは梨華ちゃんが、よしこを抱きしめて寝てんのっ?!」

「シーッ!!
 声がデカイよ、まいちゃん」


慌てて辺りを見回す。
幸いガヤガヤした食堂の中で、気付いた人はいないみたい。


「よしこが、腕枕してくれるんじゃないの?」

小声で、まいちゃんが言う。

「たまにそういう日もあるけど、
 ほとんどは、わたしがしてあげてるよ?」


カーッ!
よしこの奴、この前言ってたことと
違うじゃんか!

223 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 18:00

まいちゃんは、北海道支店の同僚で、
最初に出来たお友達。

とっても気さくな人で、
すぐに打ち解けられたし、ひとみちゃんとわたしの関係も
知ってる。

ひとみちゃんとも気が合うようで、
ちょくちょく、お家にも遊びに来てくれる。


「なんか落ち着くんだって」

「梨華ちゃんの胸が?
 クッションがいいから?」

「クッションて何よ?」

「いや、ほら。こうさあ・・・」

まいちゃんが、わたしの胸を凝視しながら、
空中で、手を動かす。

224 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 18:01

「手つきがヤラシイって」
「まあ、確かに気持ちよさそうだよね・・・」

「違うよ。初めて一緒に寝た時、
 抱きしめてあげたって話ししたでしょ?」


あの日――

お互いに言えない想いを抱えていた、あの夜。

柴ちゃんと美貴ちゃんが、背中を押してくれて、
『今夜は抱きしめられて眠っちゃえ』作戦!!
なんて命名までして・・・

大胆になったわたしは、あなたを抱きしめた。
あなたの息づかいを感じて。
壊れちゃいそうなほど、心臓が高鳴って――


「包まれて眠る、あの温もりが大好きなんだって」
 
「あ〜、なるほどね。
 よしこってさ、ああ見えて甘えん坊だもんね」

225 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 18:02

「それにさ、何かこう、
 ヨシヨシしてあげたくなっちゃうタイプじゃない?」

そうなの。
だから、何か寂しくて・・・


今朝なんか、寝ぼけて
さゆを間違えて抱きしめちゃって――


へえ〜
吉澤さんて、甘えん坊なんだ。
そっか、そっか・・・


ニヤニヤと微笑むさゆが
本当に小悪魔に見えた。


だって、あの子、
甘え上手だけど、甘えさせ上手でもあるの。


226 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 18:03

頼りなさそうに見えて、
実はすごくしっかりしてるし、ちゃんと計算できる人。

『さゆみ、腹黒いも〜ん』

なんて、自分で言っちゃうほど。


でもね、本当は、
ずごく思いやりのある子なの。


だから、間違いなんて起きるはずないって
思ってるんだよ?

思ってるんだけどね――


「まあ、恋愛だけは、
 ダメと思っていても、思えば思うほど惹かれちゃったり
 するしね・・・」


まいちゃんの言葉がグサリとささる。

だって、自分がそうだったから。


――ひとみちゃんはダメ。
――女の子だもん。
――ただの先輩と後輩。


何度も言い聞かせても、止められなかったこの気持ち。

227 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 18:04

もし。もしもね。

さゆが、本当にひとみちゃんのことを
好きになったらどうしようって・・・


あの子には、幸せになってもらいたい。
けど、ひとみちゃんだけは譲れないの。

でも、そんな争い、さゆとはしたくないもん・・・


思い過ごしならいい。
けど、さゆがひとみちゃんを見つめる瞳が
少しずつ、熱を帯びてきてるように感じるのはわたしだけ?

今だって、二人きりだよ?
大学休んでまで、案内してあげるってさあ・・・


ひとみちゃんが、さゆを構うほどに
体の奥が燻りだす、こんな自分がイヤ――


「大丈夫だよ。よしこを信じなよ」
「・・・うん」

そう返事したけど、
外の天気と裏腹に、わたしの心は曇ったままだった・・・

228 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 18:04



229 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/11(木) 18:04



230 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/06/11(木) 18:05


本日は以上です。


231 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 01:15
甘えん坊よっすぃカワイイ♪
232 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/06/17(水) 00:07

>231:名無飼育さん様
 お気に召して頂けたようで何よりです。



では、本日の更新に参ります。

233 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:08



234 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:09

「ただいま〜」

「「おかえり〜」」

二人の声が重なる。


「ねえ、吉澤さん。これどうするの?」

「あ、これは後から入れるんだよ。
 こっちが先」

チクリと胸が痛む。

こんなことで――
そう思うけど、どうしてモヤモヤしちゃうんだろ・・・


「あ、先輩。夕飯もうちょっと待ってね」

「さゆみね、吉澤さんに教えてもらってるの。
 お姉ちゃんにおいしいの、作ってあげるからね?」


そう言ってくれたさゆ。
わたし、何心配してたんだろ。
ホントにバカだな・・・

235 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:10

「切り方はこうでいい?」
「違う違う。もうちょっと刃をナナメに入れて・・・」

「こう?」
「違うよ。反対、反対」

「こっち?」
「あーそうじゃなくて」

そう言うと、ひとみちゃんは
さゆを後ろから包み込んで、両手を握った。


「こうするんだってば」
「あ、そっかあ・・・」

さゆが振り向いて、二人で微笑み合う・・・


236 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:10

「着替えて、くるね・・・」

そう言って二人に背中を向けた。


ズキンと胸が痛む。

なんてことないよ。
ただ、お料理を教えてあげてただけじゃない。

別に何も――


着替えようと寝室に入ったけど、
気力がおきなくて、そのままベッドに腰掛ける。


 <コンコン>

『先輩、入るよ?』


『――入っていい?』


ひとみちゃん・・・

237 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:11

『開けるよ?』

そっと伺うように扉が開いた。


「どうしたの?電気もつけないで」
「つけなくていい・・・」

わたしがそう言うと、スイッチに伸ばしかけた手を引っ込めて、
暗がりの中、わたしに近づいてくる。

静かに隣に腰を下ろすと、
優しく頭を抱き寄せて、自分の肩に乗せてくれる。


――ずっと前から変わらない。

 『泣きたいときは、いつだって貸してあげますよ』


出会った頃から、あなたはいつもそうやって
わたしの様子に気付いてくれて、
抱き寄せてくれた・・・


238 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:12

「会社でなんかあった?」

甘く響く声。

そっとわたしの手の上に、
ひとみちゃんの手が重ねられる。


「先輩?」

苦しいよ、ひとみちゃん。
なんでこんな風に、自分が不安になるのか。

あなたに、こんなに愛情もらってるのに――


「――ごめん、ね。大丈夫。
 たいしたことじゃ、ないの・・・」

「ほんとに?」

黙って頷く。

239 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:13

「じゃあもう少し、こうしてよっか・・・?」

そう言って、ひとみちゃんは、
重なったままの手の、指と指を絡ませた。

反対の腕に力が込められて、グッと引き寄せられる。


溶け出していく不安。

あなたが、わたしの髪に優しいキスを
落としてくれる度に、一つ、二つって、
不安の塊が弾けて、なくなっていく――


そっと顔をあげると、
微笑んで、触れるだけのキスをくれた。

240 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:13

 『出来たよ〜』

ドアの外で、さゆの声がした。


「食べよっか?」
「うん」

元気に頷いて、立ち上がる。


「あ、先輩。
 来週の夏休みの事なんだけど」

「わたしの?」

「うん。一緒に、東京行かない?」
「東京?」

241 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:14

「ジャーン!」

ひとみちゃんが、差し出したのは
飛行機のチケット。

「いつの間に?」

「驚かせようと思って。
 あとね、亜弥にもちゃんと紹介したいんだ」


ひとみちゃん・・・

嬉しくて、思いっきり抱きついた。


もうね、不安なんてないよ。
こうして、あなたがいっぱい愛をくれるんだもん。


 『ねぇねぇ、ラブシーン終わった〜?』

さゆのあきれ声。

二人して、顔を見合わせて笑った。


242 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:14



243 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:15


「さゆみ、今日帰るから」

朝食の席で、突然切り出したさゆ。

「え?急にどうしたのよ?
 来週、わたし達も東京行くんだよ?
 一緒に帰ってもいいんじゃない?」


「いいの。もう使命は果たしたから」

使命・・・?


「お姉ちゃんは、わからなくていいの。
 もう、今日の夕方の便、取っちゃったから」

澄ました顔で、そう言いながら、
ひとみちゃん特製のベーグルサンドをほお張るさゆ。

244 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:16

「けどさ。わたし達、明後日の便だよ?
 どうせ今、夏休みで学校無いんでしょ?
 もう少し、いればいいじゃない?」

そう言ったわたしの顔を、さゆが凝視する――


「さゆみがいると、二人とも欲求不満になるでしょ?」


 <ブフッ!!>


ひとみちゃんが、飲みかけの牛乳を吹き出す。

「ちょっとー、吉澤さん汚い!」

ひとみちゃんの隣に座っているさゆが、
いち早く布巾を取って、ひとみちゃんの飛沫を拭う。


「ご、ごめん・・・」
「いいから、ジッとしてて」

245 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:17

さゆはね、とっても気がきく子。

「も、もう大丈夫だから・・・」
「ほら、お顔にもなの」

グッとひとみちゃんの顔を引き寄せて、
綺麗に拭ってあげてる。

わたしは、替えの布巾を差し出すくらいしか
出来なくて・・・


わかってる。
さゆに悪気はないの。

純粋にただ、一番近くにいたから。

過去にもそうやって、友達の彼氏に世話をやいて
さゆに全くその気はないのに、
一人悪者にされて、泣いてたことがあるのだって、
わたしは知ってる。

だからね。

わたしは――
わたしだけは、さゆを理解してあげなきゃ・・・

246 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:17

結局さゆは、今日帰ることを、
どんなに言っても、譲らなくて。

出勤しなければならないわたしは、
来週会う約束をして、その場でサヨナラした。


空港には、自分が送って行くから安心してって、
出掛けにひとみちゃんが言ってくれて、
さゆの目を盗んで、そっとキスしてくれた。

 『今晩、帰ってくるの。
  楽しみに待ってるから』

なんて、意味深なことも囁いてくれちゃったりして。


わたしの中に、不安のカケラなんて
これっぽっちも残ってなかったはずなのに・・・


二人のあんな姿を見せられたら、
落ちていく自分を、もう止められなくなってしまった――

247 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:18



248 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:19


「梨華ちゃん、後大丈夫だからさ、
 妹の見送り、行ってあげなよ?」

やりかけの仕事に目処がついた所で、
まいちゃんが声をかけてくれた。

今、早退すればギリギリ間に合う。
支店長に許可をもらって、わたしは急いで空港に向かった。


向かう途中で、東京帰ってから食べてもらおうなんて思って、
さゆが美味しいと言っていた名産品を、重くならない程度に買い込んで、
出発ロビーに滑り込んだ。


少し離れた所に、さゆの後姿とひとみちゃんの後姿を見つけて、
声をかけようと、息を吸い込んだ。

けれど、次の瞬間、
二人の頭がぴったりとくっついた。

249 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:19

目を凝らして、よく見ると、
さゆの電話を二人で聞いているよう・・・

ぴったりくっついて離れない二人――


念のため、わたしの携帯を取り出す。
やっぱり、わたしじゃない・・・


――ねぇ、一体誰と話してるの?


二人の頭が離れると、ひとみちゃんが
ため息を一つついた。

励ますように、ひとみちゃんの手を握って
声をかけているさゆ。

突然、さゆが何かを思いついたように、
ひとみちゃんの肩を叩いた。

そして、ひとみちゃんの耳に
唇を寄せ、耳元で何かを囁く――

250 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:20


――何なの・・・、あれ・・・


ひとみちゃんが、笑顔に変わる。
そして、さゆがひとみちゃんの手を握ると
航空会社のカウンターに引っ張っていく。

何かを問い合わせて、確認が取れたのか、
二人は顔を見合わせて、笑った。


一体、何・・・?


さっきは誰と話してたの?

ねぇ、どうしていつまでも、そんなにくっついてるの・・・?


251 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:21

ギュッと胸が痛んだ。


ねぇ、わたしがいないから、なの・・・?

もしかして、わたしがいない時、
二人でずっとそうやって、過ごしてきたの?


笑顔の二人が、カウンターを離れる。
思わず、柱に身を隠した。


さゆがゲートへ消えて、
ひとみちゃんが手を振る。

最後の最後、見えなくなるまで、
手を振って見送ってる・・・


――ひとみ、ちゃん・・・

信じていいんだよね?
あなたのこと。

裏切ったり、しないよね・・・


優しく微笑んで、手を振り続けるあなたの横顔を
柱の影から見つめることしか、わたしには出来なかった――

252 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:22



253 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/17(水) 00:22



254 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/06/17(水) 00:22

本日は以上です。

255 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/17(水) 08:12
面白くなってまいりました
256 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/18(木) 00:45
更新お疲れ様です。
梨華ちゃんのトラウマが甦ってきちゃったんですね。
257 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/06/25(木) 12:52

>255:名無飼育さん様
 波乱の幕開けです(笑)

>256:名無飼育さん様
 おっ!もう気付かれましたか。
 その通りです。二人はどう乗り越えて行くんでしょうねぇ。


何だかもう現実がすごすぎて、魂抜かれてます・・・
やっと少し平常心を取り戻せたので、更新します。




258 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 12:53



259 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 12:54

「ただいま〜」

ひとみちゃんの弾んだ声が聞こえる。


「あれ、先輩。今日早かったね?」
「うん・・・。いつもより早くあがれたから・・・」

早退したとは、言えなかった。


「あ、さゆちゃん、ちゃんと送って来たよ」

ズキンと胸が痛む。

――ありがと・・・


「お夕食、もうすぐ出来るから」

精一杯の笑顔を作った。


だって・・・

聞けない。
聞くのが、怖い――

260 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 12:54

「あ、そうだ。
 明後日なんだけど、先輩一人で東京行ける?」

「どうして?ひとみちゃんは?」

「中澤教授の所に行く用があってさ。
 アタシは一足先に、明日出発しなきゃ」

キッチンで仕度を続けるわたしに
近づいてくるひとみちゃん。

その瞳には、後ろめたさなんて全くなくて。
なんの翳りも見せずに、いつも通り、
キラキラ輝いている――


「先輩の休み、明後日からでしょ?
 先に行って、待ってるから・・・」

そっと後ろから抱きしめられた。
唇が首筋に押し当てられる。

「あっちで会おう?」

熱い吐息を吐いて、
熱い舌が首筋を這い出す・・・


――ヤメ、て・・・


261 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 12:55

「久しぶりに先輩が作ってくれて、うれしいけど――」

そう囁いて、唇をふさがれた。


「――食事よりも、先に先輩が欲しい・・・」

ひとみちゃんの右手が、Tシャツの裾から
忍び込んできて、直に肌に触れる。

「今週ずっと、触れられなかったから・・・」

左手で、わたしの手を手繰ると、
ギュッと握った。

その瞬間、脳裏に蘇った光景。


さゆの手と、あなたの手が確かに重なりあって――



・・・ね、がい。
ヤメ、て・・・


262 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 12:56

息継ぎの合間に搾り出した声。

それなのに、あなたの唇は、手は、勢いを増していく――


・・・ん、とに・・・
お願い・・・

ダメ、ヤメ、て・・・


「いやっ!!ヤメてって言ってるじゃないっ!!」

正面を向かされそうになって、
思わずそう叫んで、あなたを突き飛ばしてしまった。


「――せん、ぱい・・・?」

目を見開いたまま、
固まってしまったひとみちゃん。

263 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 12:56


「ごめんなさい・・・。今日は疲れてるの・・・」


涙がこぼれそうになって、
慌てて顔を背けた。


聞きたいよ、空港でのこと。
だけど、怖いの――


「アタシこそ、ごめんなさい。
 疲れてるのも、わかんなくて・・・」


――お風呂、先入るね?


気まずさを打ち破るように、
ひとみちゃんは優しい声でそう言って、お風呂場に向かった。

264 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 12:57

苦しくなって、涙が流れてきて、
その場にしゃがみ込む。


怖いよ、ひとみちゃん・・・

もし、あなたがさゆと浮気してたら――


わたしはきっと、あなたを許せない。
でも、あなたを失うことが怖いの――


自分でもどうしたらいいか、わからないよ。
この気持ち、どう処理していいのか、わからない・・・

265 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 12:58

さゆと手を繋いでいたのは、どうして?
さゆと何話していたの?

――わたしがいない間、この部屋でさゆと何してたの?


今みたいに、抱きしめたりしたの?
口付けたりしたの?


イヤだよ、そんなの・・・


胸が苦しい。
息がつまりそうなの。

ひとみちゃんが、そんなことするはずないって思うのに――


266 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 12:58

 <ブーン ブーン・・・>

すぐそばにあるダイニングテーブルの上で、
携帯が震えた。


そろそろと立ち上がる。
ひとみちゃんの、携帯だ・・・


サブディスプレイに映されていたのは――


  《メール受信 さゆちゃん》


267 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 12:59

ズキンと胸が痛む。

――そんなことしちゃ、ダメ・・・
――最低だよ・・・


頭ではそう思うのに、体が言うことを聞かない。


震える手で、ひとみちゃんの携帯をつかむと
画面をあけて、受信メールを開く――



  《件名:Dear 王子様
   本文:明日、打ち合わせ通り、駅前のコーヒーショップで
      待ってま〜す!!
      くれぐれもお姉ちゃんには気づかれないようにね?》

268 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:00

あまりの衝撃に、携帯が手から滑り落ちて
床に転がった。

いくつもハートが踊っていて、
ウキウキしているさゆの姿が、手に取るようにわかる――


――やっぱり・・・、浮気してたの・・・?


会って何するつもりなの?
わたしに気づかれないようにって、二人で何するのよ・・・

中澤先生の所に行くなんて言って、
本当はさゆと会うつもりだったの?

ひとみちゃん・・・


――わたしを・・・、騙したの?


269 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:01

あまりの苦しさに耐えられなくて、
家を飛び出した。

怒り、嫉妬。
そんなものよりも先に出てきたのは、悲しみ・・・


ひとみちゃんに裏切られた。
ひとみちゃんに隠し事をされた。

ひとみちゃんに嘘をつかれた――


270 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:01


  『先輩、今日からは絶対隠し事はなしにしましょ?』

  『お互いに自分の気持ち隠しすぎて、こんなにすれ違っちゃったんだもん』

  『約束ですよ?』

  『アタシは、これからちゃんと素直に気持ち、伝えます』

  『好きだよ、先輩』

  『愛してる、梨華・・・』


そう言ってくれたのは、ひとみちゃん、
あなたなのに――

どうして、浮気なんか・・・
よりによって、わたしの妹と・・・


夜の街を、とにかく走った。

気持ちのやり場を見つけられなくて、
あなたから逃げることしか、
この悲しみから逃げ出すことしか、今のわたしには出来なかった――


271 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:02


**********


272 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:02


「先輩、湯加減ちょうどよくしてますよ?」

タオルで頭を拭きながら、声をかける。


「――先輩?」

部屋を見渡したけど、気配がない。


寝室、かな・・・?

さっきは疲れてるのも、わかんなくて
ひどいことしちゃった・・・

ちゃんと謝んなきゃ。

ちょっと浮かれてたんだ。
久しぶりに二人きりでいられるって。

いつもは、ちゃんと先輩の様子に気付いてあげられるのに、
今日は気付いてあげられなくて――

273 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:03

 <コンコン>


「先輩?」

返事がない。
寝ちゃったのかな?

「入るよ?」

起こさないように、そっと扉を開けた。


あれ?

綺麗なままの、平らなベッド。


庭かなぁ・・・?

274 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:03

そのまま窓際へ行く。

窓を開けて、見回してみるけど
誰もいない。


「どこ行ったんだろ・・・」

窓を閉めて、振り返ったところで、
床に何かが落ちているのに気付いた。

開かれたままのアタシの携帯――

拾い上げて、画面を呼び起こした。


まさか――


275 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:04

「先輩っ?!」

大きな声で呼びかけながら、部屋中を見回る。


帰って来た時にあったはずの、先輩のサンダルがない――


そのまま、スニーカーをひっかけて
外にとび出す。


「先輩!!」

辺りに呼びかけてみるけど、
誰もいない。

慌てて、隣のジャックの呼び鈴を鳴らす。

276 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:04

「ジャック!!開けて。
 アタシだよ!」

何度も扉を叩く。


「――モウ。ナニヨ?」

ピンクのスウェット姿で、ジャックが現れた。

「ソンナニイソイデ、ドウシタノヨ?」

ジャックがオネエ言葉になる時は、
恋人と話しているとき。

つまり、国際電話中と言うことだ。

「ごめん、ジャック!
 先輩がいないんだ。こっち来なかった?」

「リカガイナイ?」
「たぶん、出て行った・・・」

「ナニシタノヨ?!」

大きな声で、そう叫んだと思ったら、
握り締めた電話に、英語で2、3言話すとジャックは電話を切った。

277 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:05

「ジャック、邪魔してホントにごめん。
 風呂から上がってきたら、先輩いなくて・・・
 たぶん、これを見て――」

さっきの画面を見せる。

「ナンデコンナノミセタ?!」

「いや、見られちゃったんだよ。
 風呂入ってる間に、受信したみたいで・・・」

「オーマイガッ!
 リカ、ゴカイシテル」

「だと思う。
 アタシ、この辺探してくるから。
 もし、先輩が帰ってきたら、すぐ知らせて?」

「OK!ミハッテル」

「サンキュー!!」

278 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:06

そのまま、走り出す。

シャワーを浴びて、さっぱりしたはずの肌が
汗でじっとりと濡れる。

走りながら、何度も先輩の携帯を鳴らすけど、
一向に出てくれない。


一度でも、出てくれたら――

そう願うのに、何度か着信した後、
電源が落とされてしまった。


くそっ!

先輩、どこだよ・・・

夜に一人で出歩くなんて、
何かあったら、どうすんだよ――

279 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:07

何度も、先輩を呼びながら、
手当たり次第、探してまわる。

風呂上がりで、火照った体が
余計に熱くて、止め処もなく汗がしたたり落ちていく――


誰かのとこに行ったんだろうか・・・

携帯の電話帳を呼び起こして、気付いた。


そうだ!
まいちんだ!!

慌てて、そのまま発信を押す。

数回、呼び出し音が鳴って、
通話になった。

280 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:08

『よしこ〜?』
「まいちん、ハアハア・・・、先輩いる?!」

『ちょっと、鼻息荒いよ。
 何、変態電話?』

「ちがっ、ハア、って・・・。
 今、走ってんだって。ハアハア・・・
 いいから、先輩来てない?」

『え?梨華ちゃん?
 梨華ちゃんが、どうかした?
 あ、ちょっと待って。今インターホン鳴ったから・・・って、
 梨華ちゃんっ?!』


「先輩、いるのっ?!」

  <まいちゃ〜ん>

電話の向こうから聞こえた、
先輩の声。

泣いてる・・・

281 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:10

「頼む、まいちん。
 先輩のこと、そっから出さないで!」

『はあ?何言ってんの?』

「いいから、頼む!
 今すぐ、アタシ迎えに行くからっ!!」


『ちょっと、よし――』

「とにかく、頼んだ!
 絶対、逃がさないでっ!!」

まくし立てて、電話を切った。


ダッシュで家に戻って、ジャックに声をかける。

「先輩いたから、迎えに行ってくる!!」

手当たり次第、必要なものをポケットにねじ込んで、
最後にバイクのキーとメットを2つ、引っつかんだ。

282 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:10

「ヒトミ、クルマカスヨ?」

玄関から、顔を覗かせたジャックが
心配そうに声をかけてくれる。

「ありがと。でも、バイクの方が早く行けるから」

「カミ、ヌレテル。
 カゼヒクヨ?」

「大丈夫。メットかぶるし」

もう一度、スニーカーを履いて、
家のカギを閉めた。


「キヲツケテ」


心配そうに見送るジャックに手を振ると、
エンジンをふかして、勢いよく発進させた――

283 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:11


284 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/25(木) 13:11


285 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/06/25(木) 13:11

本日は以上です。

286 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 14:02
ああ〜!
ドキドキハラハラ!
よっちゃんいそげ!!
287 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/06/28(日) 01:34

>286:名無飼育さん様
 いそぐYO!!


では、本日の更新です。

288 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:34


289 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:35

「まいちゃ〜んっ!」

玄関の扉が開けられたと同時に、まいちゃんに抱きつく。


「ちょ、ちょっと梨華ちゃん、どうしたの?!」

誰かと電話中だったのか、
携帯を耳にあてたまま、空いた方の手で
わたしを抱きとめてくれた。



 ――はあ?何言ってんの?

 ――ちょっと、よしこっ!!


え?
よしこ・・・

290 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:36

「ったく、一方的に切りやがって!」

電話に向かって、文句を言うまいちゃん。

「ねえ、まいちゃん。
 今の電話の相手って、もしかしてひとみちゃん?」

「そう。今すぐ、ここに来るって」


「――わたし、帰る・・・」


振り向いて、出て行こうとしたわたしの肩が
すごい力で掴まれた。

「逃がす訳には、行かないねぇ」

まいちゃんがニヤリと微笑む。

291 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:37

「よしこが、逃がさないでくれって」
「ヤダ。会いたくない・・・」

「何?喧嘩でもした?」

まいちゃんの声が優しくなる。


「梨華ちゃん?」

優しく聞かれて、また涙が溢れ出してきた。
震えだした肩を、まいちゃんが優しく撫でてくれる。


「部屋あがって?
 話し聞くから、ね?」

黙って頷いて、まいちゃんに促されるまま、
お部屋に上がった。

292 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:38


「麦茶でいい?」

そう言いながら、バスタオルをくれる。


好きなだけ泣いていいよって
ことだと思うんだけど――

さすがにここまでは出ないと思う・・・


「あれ?タオルケットの方がいい?」
「ううん。これで充分」

「あら、そう。
 じゃ、まいは水分用意するから」

そう言って、キッチンに消えていった。

293 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:38


「で?喧嘩でもした?」

バスタオルを抱えて、うつむいたままのわたしの前に
冷たい麦茶が置かれる。

「よしこ、随分走り回ってたみたいだよ?
 すごい息切れしてて、変態電話だと思ったもん」


――心配、してくれてるんだ・・・


「ちゃんと話し合えば、解決するんじゃないの?」

「・・・話すのが、怖い」
「よしこと?」

黙って頷いた。

294 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:39

だって、怖いの。

ひとみちゃんに認められることが――


  一時の気の迷いなんだ。
  ただフラフラっと。
  つい出来心で。


その後で、いくらわたしを好きだと、本気だと
言ってくれても、わたしはきっと許せない。


――あなたを許せない。

そして、あなたにそうさせてしまった自分自身が許せない。


だから、きっと・・・

わたしは母と同じ道を選んでしまう。

どうせわたしは、お母さんと一緒で
幸せになんかなれないんだって・・・

295 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:41


「梨華ちゃん。よしこはそんなことする人じゃないよ」

一部始終を聞いた後、まいちゃんが言った。


そう思ってた。
そう信じてたよ。

けど――

あのメールは何?


  『くれぐれもお姉ちゃんには気づかれないように』


決定的証拠だよ。
わたしに隠れて、二人で――


296 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:41


けたたましい音をたてて、インターホンが鳴った。


 <・・・ピンポーン、ピンポンピンポン、ピンポーンッ!>


「どんだけ、鳴らすんだ、あいつは!」

まいちゃんが、立ち上がって玄関に向かう。


「会わないから!」
「梨華ちゃん・・・」

「帰ってもらって!
 今は・・・今は、何も聞きたくない・・・」


部屋の隅まで行って、
玄関に背を向ける。


まいちゃんが扉を開けた――


297 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:42

「先輩っ!!」

切羽詰ったあなたの声に、
胸がギュッと締め付けられる。


「ダメ!ここには上がらせない」
「まいちん頼む!先輩と話しさせて」

「梨華ちゃんは、話したくないって言ってる」
「アタシは先輩と話したい」

二人がもめているのが、気配からも分かる。


ひとみちゃんが、大きな声でわたしに呼びかけた。

「アタシは先輩とちゃんと話したい!
 先輩、お願いだから、こっち向いて下さい!
 出てきて下さいっ!!」

298 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:43

耳を塞いだ。

「お願いですっ!
 アタシは絶対、先輩を裏切ったりしないっ!!」

いくら塞いでも、聞こえてくるあなたの声。


「先輩だけですっ!
 信じてください!!」


「何を信じろって言うのよっ!!」

背を向けたまま、涙ながらに言い返した。

299 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:43

空港で、さゆと手を繋いでたでしょ?!
さゆと寄り添ってたでしょ?!

わたしがいない間に、二人で何してたの?!
今週ずっと、二人で何してたのよ?!

あの部屋で何したの?!
わたしがいないのをいい事に、二人で、二人で――


「わたしに内緒で二人で会って、一体何するのよっ!!」


一気にまくし立てて、バスタオルに顔を埋めた。

苦しいよ。
ひとみちゃん、こんなにも胸が苦しいよ・・・


300 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:44

「アタシは絶対に、さゆちゃんと浮気なんかしてない」
「うそよ!」

「アタシには先輩しかいない」
「口だけならいくらだって言える!」

「アタシは心から――
 心から、先輩だけを・・・」

「今更、信じられないよっ!!」


部屋の中を静寂が包む――



「――よし、こ・・・?」

まいちゃんが、つぶやく声で、
思わず振り返った。

301 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:45

ひとみちゃんは、わたしをじっと見つめたまま、
静かに涙を流していた。

大きな瞳から、ポロポロと、
次から次に溢れ出してる――


あんなに人前で、涙を流すことをイヤがるのに。
わたしが隠してあげないと、素直に涙を流すことなんてないのに・・・


次から次に溢れ出す涙を、拭いもせず、
わたしだけを見つめるあなたを見ていられなくて、視線をそらした。


「――先輩は・・・」

震える声を押し出すあなた。


「アタシを、信じてはくれないんですね・・・」


――ひとみちゃん・・・

302 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:46


「アタシは、今でも」

ひとみちゃんが、グッと奥歯を噛み締める音がした。


「今でも、あなただけ・・・」

込み上げる思いを、静かに吐き出していくあなた・・・


「あなただけを、愛してます。
 他には何もいりません」

強い視線が、背中に突き刺さる――


「今までも、これからも。
 それだけは変わりません」

ひとみちゃん・・・

あなたの真っすぐな言葉に、心が溺れそうになる。
振り向けばいいのに・・・

振り向いて、あなたにこのモヤモヤをぶつければ、
あなたは受け止めてくれる・・・

303 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:47


「梨華。こっちを向いて欲しい」


あなたが、最後のチャンスをくれたのに・・・

わたしが振り向く、
あなたへ飛び込む、最後のチャンスを作ってくれたのに・・・

わたしはただ黙って、背中を向けていた――




大きく、息を吐き出す音が聞こえた。


まいちん、ごめん。
先輩のこと、宜しくお願いします。

もし、先輩が帰る気になってくれたら、
アタシ何時でも迎えにくるから、必ず知らせて。

待ってるから、ずっと。


そこまで言って、ひとみちゃんはもう一度
わたしに声をかけた。

304 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:48

「アタシは先輩のこと、信じてます」


明日、先に東京行くね?
けど、決してさゆちゃんとは、そういう仲じゃないから。

帰って来てくれるって、信じてる。

もし、今日がダメでも。
必ず、東京で会えるって、信じてるから――



静かに扉が閉められる音が聞こえた。


――ひとみ、ちゃん・・・


苦しさに息が詰まりそうで、
その場に突っ伏して、声をあげて泣いた。


305 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:49




306 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:49

結局、その夜は家に帰らなかった。

まいちゃん家に泊めてもらって、一晩中泣き続けて、
そのまま出勤して――


今頃、あなたは東京に着いてるのかな?
約束通り、さゆと・・・

ズンと胸が痛む。

307 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:50

「ねぇ、梨華ちゃん。
 まいにはね、どうしてもよしこが浮気してるなんて思えないよ?」


だって、そんな器用なこと、出来る人じゃないと思うし、
梨華ちゃんのこと、花よりも大切に思ってると思う。

昨日のよしこの涙ね、
真横で見てて、もらい泣きしそうだった。


――一途に梨華ちゃんだけを見てたよ?


今日は、ちゃんと家へ帰りな?
家へ帰って、明日の準備して、必ず飛行機に乗るんだよ?

とにかく、よしこを信じて、突っ走ってみなよ。
落ち込むのは、それからでもいいじゃない?


何度もそう念を押されて、
まいちゃんと別れた。

308 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:51


一人で、お家に帰ると、
孤独が出迎えてくれた。


暗い部屋。
温度の感じられない室内――

夏だっていうのに、一人だと
どうしてこんなに冷たく感じるんだろ・・・


少しでも、温かくしたくて、
お湯を沸かす。


キッチンの戸棚に、幾つも置かれているビンには、
お庭で育てたハーブ達。

いつだって、わたしの心を敏感に感じ取ってくれて、
その時々に合わせて、食後の紅茶を淹れてくれて――

309 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:52


――ねぇ、ひとみちゃん・・・

今日みたいな日には、どんなお紅茶を飲んだらいいの?

わかんないよ・・・
わたし、あなたがいないと、それさえも分からないよ――



明日の準備をしようと思っても、
体が動かない。

心の奥底が、悲鳴をあげてるのがわかる。


もし、最悪の事態になったらって・・・

ひとみちゃんを信じて、東京に行って、
もし、そこで、わたし捨てられちゃったりしたらって・・・

310 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:53

また堕ちていくわたし。

こんなに好きなのに・・・


もしも、あなたが本当に、わたしを裏切っていたら――


震えが止まらない。
怖いよ、ひとみちゃん。


――助けて・・・


結局、何も出来ないまま、
わたしは朝を迎えた・・・


311 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:53


312 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/06/28(日) 01:53


313 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/06/28(日) 01:54


本日は以上です。

314 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/28(日) 16:57
おもしろい!
続きが楽しみです
頑張ってください
315 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/30(火) 00:52
がんばれ!梨華ちゃん!
殻を破って!!
316 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/07/03(金) 01:28

>314:名無飼育さん様
 うれしいお言葉ありがとうございます!!
 頑張ります!

>315:名無飼育さん様
 さて、今回で殻を破れるでしょうか?


では、本日の更新です。

317 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:28



318 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:30

「とうとう、飛んじゃったな・・・」

ソファーで膝を抱えたまま、つぶやいた。


ローテーブルに置いてあるチケットを手に取る――


  『ジャーン!』

得意げな顔をして、このチケットを差し出してくれた
ひとみちゃんを思い出す。


  アタシは先輩のこと、信じてます。
  必ず、東京で会えるって、信じてるから――

ごめん、ひとみちゃん・・・


319 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:30

一晩中、鳴ることはなかったわたしの携帯。

わたしね、賭けをしたの――


もし、もう一度ひとみちゃんが、わたしに電話をくれたら、
その時は、ちゃんと話そうって。

もう一度だけ、もう一度だけ。

わたしにチャンスをくれたらって――


けど、あなたから着信はもちろん、
メールさえ来なかった・・・

320 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:31

ねぇ、ひとみちゃん、今何してる?

まだ、さゆと一緒にいるの?
また、二人で微笑み合ってたりする?


わたしが、東京行かなかったら、
心配してくれる?

また、追いかけて来てくれる?


それとも――


もう、嫌われちゃったかな・・・

こんなわたしに、もう愛想がつきちゃったかな・・・


携帯を握り締めて、立ち上がって、
窓際に行く。

ほら、やっぱり。

あなたがいないから、
お庭のお花たちが、寂しそうにしてる・・・

321 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:33

そっと窓を開けて表に出た。


日差しがまぶしい。

青い空が一面に広がっていて、
近くの木々たちは、生き生きと輝いてるのに――


このお庭だけ。

あなたのいない、このお庭だけ、
沈んでる。

まるで、ここだけ照明が落ちたみたいに。
周りから、置いてけぼりにされたみたいに――


お庭を見渡して、一点に目がとまった。
思わず駆け寄る。

322 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:33


「咲いてる・・・」


ひとみちゃんの言った通り、綺麗な神秘的な色をしたブルースターが、
一つだけ、花開いていた。

キラキラと光る太陽に照らされて、
まるで、小さな青い星が空から落ちてきたみたい――


涙がこぼれた。

一緒に見たかったのに・・・


二人で一生懸命に育てたお花。
二人で願いを込めて、育てたお花。


それなのに――

隣に、あなたがいないなんて・・・

323 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:34


「リカ!マダ、イッテナカッタノ?!」

背後から、ジャックの声が聞こえた。


「ヒトミニ、ハナノセワ、タノマレテル。
 キニシナイデ、ハヤクイキナヨ?」

小さく首を振った。


「クウコウマデ、オクロウカ?」

もう一度、首を振って、
振り向いた。


「――もう、遅いの。
 飛行機、飛んじゃったから・・・」

「Why?!」

ジャックが目を見開いている。

324 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:35

「ねぇ、ジャック」

何かを言おうとしたジャックをさえぎった。


「お外はこんなに晴れてるのにね」

空を見上げた。

「うちのお庭だけ、すごく寂しそうじゃない?」


ほら、このブルースターだって・・・


ブルースターの前にしゃがみ込んだ。


「一つだけ咲いてて、すごく寂しそう・・・」


「リカ・・・」

325 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:35

「ひとみちゃんが、いないからなの。
 ひとみちゃんがいないとね、お花たち、すごく寂しそうにしてるの」

グッ、ウグッ・・・

顔を覆った。


「――ひとみちゃんが、いないから・・・」


ジャックが、隣に来てしゃがみ込む。
ゴツゴツとした大きな手で、わたしの頭を撫でてくれた。


「チガウヨ、リカ」

諭すように、わたしに声をかける。


「ハナハ、ヒトミガイナイカラ、
 サミシガッテルンジャナイ」

326 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:36


「リカガ、ヒトミガイナイト、
 サミシイカラダヨ」

驚いて顔をあげる。

「ハナハ、ヒトノココロニ、カンノウスル」


  『人の心に、優しい音色に、花もちゃんと感応するんだよ』


「リカガ、サミシガッテルカラ。
 ヒトミガイナイト、リカガカナシムカラ。
 ハナモ、カナシインダ」


ジャック・・・


「アッテオイデ、ヒトミニ。
 ヒトミハ、リカヲシンジテマッテル」

「でも・・・」

327 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:37

ハナコトバ。

そう言って、ジャックはウィンクした。



  『<信じあう心>それから<幸福な愛>』

  『信じあう心が、お互いにあれば
   何があっても、離れない。
   ずっと幸福な愛を、貫いていけると思うんだ』


  『アタシは先輩のこと、信じてます』
  『必ず、東京で会えるって、信じてるから――』


「ジャック、わたし・・・」

真っ白な歯をむき出しにして、ニッコリ微笑んでくれる。


行かなきゃ、ひとみちゃんの所へ――

328 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:38


 <♪♪♪♪♪・・・>

わたしの携帯が鳴った。

ディスプレイを覗くと、柴ちゃんから・・・


ジャックに断って、通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『コラーッ!!なんで、お前出るんだよ?!』

いきなり怒鳴りあげられて、思わず耳から離す。
ジャックが隣で、心配そうにわたしを窺う――

って、ちょっと待って!

今の声、美貴ちゃん?!


「何で、美貴ちゃんなの?」
『だから、何で電話に出んだよ!』

ねぇ、意味わかんないって――

329 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:39

「携帯鳴らしたの、そっちじゃない」
『今どこ?』

はあ?

『今どこかって、聞いてんの』


「――お庭、だけど・・・」
『庭?まさか家の?』

「そう」


受話器の向こうから、
大きなため息が聞こえた。

330 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:40

『まあね、よっちゃんに話し聞いて、
 そんなことだろうと思ったよ』

え?
ひとみちゃん、から・・・?

『あのね、梨華ちゃん。
 今、美貴たち、車に乗ってるの。
 柴ちゃん、運転中だから、美貴がかけてる訳』

だからって、柴ちゃんの携帯で――


『行き先は羽田。つまり梨華ちゃんのお迎え』

うそっ?!


『どうせ、何も支度してないんでしょ?』
「・・・うん」

『そのままでいいから、今すぐ飛行機に飛び乗れ』
「そんな、無茶苦茶な・・・」

331 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:40

「ドウシタ?リカ?」

ジャックが心配そうに、声をかけてくれた。

ジャックには、美貴ちゃんと柴ちゃんのことを
話してある。


『そこに誰かいんの?』

苛立った美貴ちゃんの声が聞こえた。


「うん。ジャックがいる」

『替われ』
「は?」

『替われ!』

ジャックに電話を差し出す。

「替われって・・・」

332 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:41

怪訝そうな顔で、携帯を受け取ると、
ジャックが電話に出た。

「Hello?」

「Oh!!Yes.Yes!!」

ジャックの表情が、眩しいくらいの笑顔に変わる――



「――モチロンダヨ。マカセテチョーダイ」

そう電話の向こうに告げて、わたしに携帯を返すと、
鼻歌を歌いながら、自分の部屋に戻って行った。

 ♪ Ah〜 トーチャン カーチャン ヤイヤイヤ〜 ♪


この間、わたしとひとみちゃんがカラオケで歌ったから、
覚えちゃったのかしら・・・?

でも、地味に歌詞間違ってるけど――

333 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:42

『もしもし?梨華ちゃん!』
「あ、ごめん」

『とりあえず、部屋上がって着替えろ』
「うん・・・」

慌てて、部屋に上がる。

『化粧もしなくていい。泊まりの用意もすんな。
 とりあえず、バッグに財布と携帯だけ突っ込んで、外へ出ろ!』

「そんな・・・」

『美貴たち、もう羽田に向かってんの。
 どんだけ、待たせる気?』

「ご、ごめん」

携帯を耳と肩で挟んだまま、
苦心して着替えを済ます。


「ねぇ、せめて向こうでの着替えくらい・・・」
『ダメ』

「じゃあ、下着だけでも・・・」
『こっちで買え』

334 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:43

ダメだ・・・
今の美貴ちゃんに、何を言っても無駄だ。

でも、ひとみちゃんに会いに行くのに――
柴ちゃんや、美貴ちゃんにも、久しぶりに会うっていうのに・・・

せめて、お化粧くらい。
そして、櫛も通してないこのボサボサな髪を、どうにかさせて欲しい。


『問答無用』

ダメだ、こりゃ。


諦めて、玄関を出た。
アパートの前に、車が寄せられている。

「Hey!リカ!」


ジャックが、後部座席のドアを開けて
待っていてくれた。

335 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:43



336 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/03(金) 01:44


337 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/07/03(金) 01:44


本日は以上です。


338 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 18:39
なんだかんだで梨華ちゃんは友達に恵まれてますね♪
続き、楽しみにしてます
339 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/04(土) 01:33
美貴ちゃんステキ!ww
340 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/05(日) 23:28
ジャックも素敵
341 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/07/06(月) 17:38

>338:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 引き続き楽しんで頂けたらうれしいです。

>339:名無飼育さん様
 ですよね。かなり強引なお人(笑)

>340:名無飼育さん様
 当初の設定では、こんな重要な役を担うなんて微塵も・・・(汗)


では、本日の更新です。


342 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:40



343 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:41

 一番に出て来い。
 ファーストクラスよりも、先に出て来い。


そんな無茶な美貴ちゃんの要望に、精一杯応えて、
到着ロビーに出た。


腕組みして、こちらを睨む美貴ちゃんを見つけた。

――正直、このまま帰りたい・・・


「おっそーい!!」
「ごめん・・・。美貴ちゃん、久しぶり・・・」

「どうでもいいから、早く車行くぞ!」

グイッと腕をつかまれて、
引っ張られる。

「・・・あ、あの。柴ちゃんは?」
「車の中で待機中」

え?

344 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:44

「すぐ、発車出来るように、
 車、横付けしたから」

そう言って、出口を指差す。

「それって、すごい迷惑なんじゃ・・・」


「誰のせいだと思ってんの?」

また、睨まれた。


そりゃ、待たせたのは悪かったけどさ。
そんなに急がなくてもいいんじゃない?

345 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:44

外に出ると、美貴ちゃんの言う通り、
車が横付けされている。

係りのおじさんが、運転席に話しかけていて――


「走るぞ!」
「ちょ、ちょっと!」

グイグイと引っ張られて、
車の所までくると、美貴ちゃんは思いっきり
営業用のスマイルで、おじさんに話しかけた。

「すみませ〜ん!すぐどきま〜す!」
「困るんだよ!!」

「ごめんなさ〜い。今、すぐ!出ますから」

とりあえず、わたしも愛想笑いをして、
頭を下げた。

346 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:45

ほら、早く乗れ!

美貴ちゃんが、小声で囁いて、
わたしを後部座席に投げ入れた。

体勢を立て直す間もないほど、
美貴ちゃんが乗り込んだ瞬間に、すごい勢いで走り出す車・・・


ねぇ、柴ちゃん。
後方車とか、確認してる?


「あ〜ら。いらっしゃい、お久しぶり〜」

その声は――

「瞳さんっ?!」


「カットひとみん店長。カリスマ美容師こと
 斉藤瞳のお店へようこそ」

隣でニッコリ微笑む瞳さん。

347 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:45

「どうして、瞳さんが?!」
「だって、あなたが定刻に来ないから」

ほら、窓の方、向いて?

そう言って、わたしの肩をグッと掴んで、
反対を向かせると、髪に触れた。

「ちょ、ちょっと待って!
 どういうこと?!」

「コラ!頭動かすな!」

今度は両手で、向こうを向かされる。


「ほんとはね」

ルームミラー越しに、柴ちゃんがわたしを見て微笑んだ。

348 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:46

梨華ちゃんが来たら、その足で
ひとみんのお店に行くことになってたの。

そこで、髪とメイクをしてもらって・・・


けど、梨華ちゃん、こっち来るの遅れたでしょ?

だから、間に合わないから、
ひとみんに同乗してもらって、
車の中で、やってしまえ〜みたいな。


あ、衣装はね。
もう、用意してくれてるから。


――よしこ、がね。


349 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:47

衣装・・・?

ひとみちゃんが――


どういうことなの?


「今日はね、梨華ちゃんとよっちゃんにとって、
 すごく大切な日になるよ」

――大切な、日・・・?

「よっちゃんね、こっち来るたびに
 準備してたんだよ。梨華ちゃんには内緒でね」


  アタシが出来る限りのことは、先輩にしてあげたい――


「そんな風に言って、あの大きな目、
 キラキラさせちゃってさぁ」

350 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:49


 『子供も、夫婦という証も、先輩にはあげられないけど、
  ずっと一緒にいるって。一生そばにいるって、誓うことは出来るから・・・』


なーんて、よっちゃん言っちゃってさ。

つまり、二人の結婚式だね。
まあ、正確に言うと、結婚できないから、
永遠の愛を皆の前で誓う式、ってとこかな?



よしこったら、梨華ちゃんにね。

バージンロード歩かせてあげたいんだって。
ウェディングドレス、着せてあげたいんだってさ。

そのために、随分頑張ってたよ?
あちこち走り回ってさあ・・・

351 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:50


「それが、前の日、誤解されちゃって
 誤解が解けないまま、自分だけ出てきたから、
 先輩来てくれないかも・・・、なんて昨日青い顔してたんだよ」

美貴ちゃんの言葉に、柴ちゃんが頷く。

「そのくせ、今すぐ電話して誤解を解けって
 皆に言われても、『信じてるから』
 なーんて、強がっちゃってさ」


  『アタシは先輩のこと、信じてます』
  『必ず、東京で会えるって、信じてるから――』


「あの自信は、どこから来るんだろうねぇ?」
「ほんと、ほんと」

「愛の深さでしょ?」

瞳さんが言った。


心の底から、愛してるから、
信じられるのよ――

352 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:50

  『信じあう心が、お互いにあれば
   何があっても、離れない。
   ずっと幸福な愛を、貫いていけると思うんだ』


――ひとみ、ちゃん・・・


ごめんなさい。
わたし・・・


「あらヤダ。泣かないでよ。
 ただでさえ、ひどいクマなのに、隠すの大変じゃない」

そう言う、ひとみさんは笑っていた。

美貴ちゃんも、柴ちゃんも、
そして、わたしも――


353 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:51

「ねぇ、梨華ちゃん」

柴ちゃんが、ミラー越しにわたしを見つめた。


「よしこはさ、梨華ちゃんを絶対に裏切らないよ。
 それに、絶対に悲しませたりしない」


梨華ちゃんは、お母さんとは違うんだよ。

だから・・・


「幸せになれるよ」



ありがとう、柴ちゃん。

ありがとう、美貴ちゃん。
ありがとう、瞳さん。


そして――

ありがとう、ひとみちゃん。


流れる景色を見つめた。

東京の空も、北海道に負けないくらい
青く澄んでいた――

354 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:51



355 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:52

「到着〜!!」

柴ちゃんが、思いっきりブレーキを踏んで、
体がつんのめる。

「ちょっと!あゆみ!!
 メイクしてなくて良かったわよ。
 やり直しになる所だった」


ごめん、ごめん。


そんなやり取りをしている間に、
ドアが開かれる。

開けてくれたのは――


「圭ママ!!」

「久しぶり」

そう言って、両目をつぶって顔をしかめると、
手を差し出してくる。

356 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:52

「何してんの?早く降りなさいよ!」

あ、さっきのは、ウィンクだったんだ・・・

気付くのに数秒かかった。


ママの手を握って、車を降りる。

「あら、メイクもいいわ。
 髪もステキ」

「でしょ?カリスマひとみんだもの」


奇抜にはなってないよね?
わたし、大丈夫だよね?


小声で、柴ちゃんと美貴ちゃんに確認した。

357 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:53


なぜかママが、お店の裏手へ案内する。

「あ、あの〜
 どこに行くんですか?」

「裏から入って、スタッフルームで着替えて
 表から入る。それだけ」


「・・・それだけ、ですか――
 って、意味分かんないんですけど」


「ちょっとあなた、おつむ足りないんじゃな〜い?」

「ママ?」

「冗談よ。一度言って見たかったの、このセリフ」


358 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:54

みんな、待ちくたびれてるわよ?


ヨシは、昨日から青白い顔して、
口を真一文字に結んじゃって、一点を見つめて動かないし・・・

さっき、到着したって聞いて、
やっと笑ったんだから。


これから着てもらうドレスね。

ヨシが頑張ってバイトしたお金で、
用意したのよ?


足りないからって、こっち来るたびに、
ここでもバイトして・・・

まあ、少ない時間だったけど、
うちはおかげで、儲かったし。

ドレスやら、その他もろもろの準備に
費用がかかっちゃって、会場借りるお金がないんです・・・

なんて泣き言いうから、言ったの。

そんなの、簡単よ。
うちを使いなさいよって。

359 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:54

「いいんですか?!
 なんてさ、大きな目を白黒させちゃって」

ママが楽しそうに笑った。


「あたしだって、あなた達の
 力になりたいもの」

そう言って、ママはにっこり微笑んだ。


さ、入って。

ママがスタッフルームの扉を開ける――


「アヤカさんっ!」

「お久しぶり。ほら早くこっち来て?
 着替え、手伝うから」

360 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:56

アヤカさんがわたしの腕を引っ張る。

「実際にウェディングドレスを着たことあるの、この中で私だけでしょ?
 だから、私がお手伝いしなきゃ、ね?」

「何か気に障る言い方ね。
 そんなの、あたしでも出来るわよ」

ママがふてくされた。

「怒らないでよ。
 ほら、圭ちゃんは次の支度があるでしょ?
 早くそっち行って」

「ハイハイ。
 じゃ、後はよろしく」


ママが部屋を出て行って、
アヤカさんと二人きりになる――

361 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:56

やっぱり少しだけ、緊張する。

だって、アヤカさんは結婚したとはいえ、
ずっとひとみちゃんの事が好きで――


「ヤダ、緊張してるの?」
「あ、いえ。そんなことは・・・」


「うらやましい」

え?


「やっぱり、ちょっと嫉妬しちゃう」

――そう、ですよね・・・


「でも、つけいるスキが全くないんだもの」

アヤカさんがニッコリ笑った。

「知ってる?
 私、よっすぃ〜には随分前にフラれたのよ?」

362 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:57


――あなたが、初めてこのお店に来た日。


あの時ね、いつものようにこの店に来たら、
あなた達3人がカウンターにいて。

心底楽しそうな顔をした、よっすぃ〜がいた。

あんな楽しそうな顔、私初めて見たの。


でね、その中でも、あなたを見るときだけ、
よっすぃ〜の瞳が優しくて。

あんな瞳で、見られたことなんてなかったから、
すごく悔しかったの。


けど、その夜、わざわざ、家に謝りに来てくれたでしょ?

何て言ったと思う?


 『好きな人がいるんです。今日は、その人にフラれて、
  なんか気持ちがグチャグチャになっちゃって、あなたを利用しました』

363 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:58

「そう言って、頭下げられちゃったの。
 そんな事されたら、もう諦めるしかないでしょ?」

アヤカさんが、わたしの手を握る。

「悔しいくらい、よっすぃ〜は、あなたに一途」

そのまま、手を引っ張られた。
奥まった、部屋の一角に連れて行かれる。


「はい。ご対面」

背中を押されて、それと向き合った。


うわぁ・・・

思わず感嘆の声がもれる。


すごい、これ・・・

かわいい・・・


364 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:58

「随分、迷ったんですって。
 やっぱ、定番の白がいいのかなあ?
 それとも、あなたの好きなピンクがいいのかなあ?って」


まるで、おとぎの国のお姫様のように、
大きな裾が、フワフワと広がっていて――


「二人で一緒に見てたドラマで、
 結婚式のシーンがあった時に聞かれたでしょ?」


  『ねぇ、やっぱりウェディングドレスって
   みんな、白を着たいもんなのかな?』

  『う〜ん。どうかなぁ・・・
   わたしはやっぱ、ピンクがいい!
   ベビーピンクとか、すっごいかわいいと思うの!
   ほら、こんな風に胸元がハートラインになってるのもかわいいよね?』

365 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 17:59

「内心は、ドキドキもんだったらしいわよ?
 勘ぐられたらどうしようって」

全然、そんなの気にもしないで、
わたし、無邪気に答えてた――


「で、ほら。
 あなたが望んだとおりの、キュートなドレス」


胸元がハートラインで、ベビーピンクで・・・
あの時、わたしが想像してたのと、同じ――


「どう?
 これでもまだ、よっすぃ〜の事、疑っちゃう?」


大きく横に首を振った。

366 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 18:00

こんなこと、考えてくれてただなんて――

全然、気付かなかったよ。


こんなに愛してくれてたのに・・・

わたし、何てひどいこと――


「ちょっと!泣いたらせっかくのメイクが台無しになっちゃう。
 早く準備して、よっすぃ〜に見せてあげよう?
 最高に綺麗な梨華ちゃんを」


「はい!」

大きく頷いた。

367 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 18:00


368 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/06(月) 18:00


369 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/07/06(月) 18:00

本日は以上です。

370 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/06(月) 19:41
うぉぉ〜
そうきましたか
読んでるこちらもドッキドキです
371 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/07(火) 00:30
更新お疲れ様です。
これは予想外でした。
よっすぃの愛が伝わってきますね。
372 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/07(火) 00:39
おおぉー
よっすぃやるぅ〜
373 名前:名無し留学生 投稿日:2009/07/07(火) 11:00
勝手に梨華ちゃんのウェディングドレス姿を想像だけでもドキドキで止まられません。
よっすぃ〜って本当に頼り人ですよね!

玄米ちゃ様の次回の更新ワクワク期待しています!
374 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/07/09(木) 17:51

>370:名無飼育さん様
 そうきました(笑)
 嬉しい反応して頂けると、俄然やる気が出ちゃいます。

>371:名無飼育さん様
 予想外と言って頂けると嬉しいですね。
 本日もよっすぃの深〜い愛情をお楽しみ頂けたらと思います。

>372:名無飼育さん様
 やるときゃやるYO!

>373:名無し留学生様
 ありがとうございます!
 本日もドキドキしてもらえるように頑張りました(笑)


では、本日の更新にまいります。




375 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 17:52



376 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 17:53


「準備出来たわよ〜」

アヤカさんが、扉の外へ声をかけた。
勢いよく扉が開いて、顔を覗かせたのは愛ちゃん。


「うわ〜、石川さん、綺麗やわ〜」

「でしょ?ほんとよく似合ってる」


ひとみちゃんが選んでくれたドレス。
どんな風にこれを選んでくれたんだろう・・・
そう思うと、胸が熱くなる。


「さっきから、ヨシさん、
 店の中ウロウロしてて、落ち着かないんですよ?」

「昨日は青白い顔して、ジッとしてたのにね?」

アヤカさんと愛ちゃんが、
顔を見合わせて笑う。


「さ、ひとみんに最終仕上げしてもらって、
 早く、よっすぃ〜の所に行こう!」

377 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 17:54


後ろの裾を、アヤカさんが持ってくれて、
愛ちゃんに手を引かれたまま、外に出る。

ドレスが汚れないように、ちゃんとカーペットまで
敷いてあって――


「足元、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」

ゆっくり、気を使いながら歩く。


けど、どうしてまた表の玄関から入るの?


「うちの店の廊下、長いじゃないですか」

愛ちゃんが微笑む。


「バージンロード」

背後から、アヤカさんが言った。

378 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 17:55

「ちょうどいいでしょ、長さも。
 なかなか名案だと思わない?」

アヤカさんが思わせぶりに微笑む。

玄関前には、マコトちゃんが待機していて、
扉を開ける準備をしてくれていた。

なんか不思議――


この扉の向こうに、ひとみちゃんが待っていてくれる・・・

そう思うと、ドキドキがとまらない。


「準備はいいですか?」

マコトちゃんが、笑顔でわたしに確認してくれる。
その微笑みだけで、やっぱり少しだけ安心する――


大きく深呼吸して、頷いた。

379 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 17:55


重厚な扉が、ゆっくり開けられていく――


まばゆい光りに、一瞬目を細めた。



――えっ・・・?




「お父さんっ!!さゆっ?!
 何で、ここに??」


目の前で、わたしを待っていたのは、
ひとみちゃんではなくて、正装した父とさゆ・・・

380 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 17:56

「言ったでしょ?
 バージンロードって」

アヤカさんが、わたしの肩をポンポンと叩く。


「お姉ちゃん、ヤダなぁ。
 吉澤さんとさゆみの仲、疑ったんだって?」


だって、それは――


「まぁ、疑っても仕方ないよね。
 さゆみもちょっとだけ、イジワルしたくなっちゃったんだもん。
 あんまり吉澤さんが、お姉ちゃん一筋だから」

うらやましくなっちゃったんだもん。


そう言って、舌をペロリと出すと、
教えてくれた。

381 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 17:57


本当のこと言うとね、
吉澤さん、何度も家に来てくれてたんだよ?

東京に出てくる度に、家に来て、
お父さんに、お姉ちゃんとのこと認めて欲しいって。

突然、北海道に行っちゃって、
どんなヤツかも分からないのと、一緒に住んでるなんて
親御さんからしたら、心配でたまらないだろうからって。


さゆみはね。
うちは特別だからいいんだよって言ったの。

お姉ちゃんとお父さん、仲悪いし、
今更、無理だからって。


だけど、吉澤さん、
それとこれとは別だって。

真剣に、お姉ちゃんとの将来を考えてるから、
ちゃんと認めて欲しいし、祝ってほしい。
女同士だからって、隠してたくなんかないんだって。

382 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 17:58

それにやっぱり良くないって。
家族がこのまま、離れ離れになるのはってね。


でもお父さん、こんなでしょ?

堅物だし、きっと大反対だよって。
もしかしたら、殴られちゃうかも・・・

なんて言って、脅してみたんだけど、
全く聞かないんだもん。


でね、案の定お父さんたら、大反対したの。

女同士なんて、許せるかって。


たとえ、離れてたって、
俺は梨華の親だ。

いつだって、心配してる。
今もちゃんと暮らせてるか、毎日心配してるんだ!!

なんて、怒鳴りつけちゃって。

383 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 17:58

でも、怯まなかったな、吉澤さん。

何度も通って、
毎月必ず顔を出して・・・


今月やっと、許しが出たんだよ?

で、きちんと式をあげたいって、
吉澤さんが言い出して――


ずっと考えてたんだって。

お父さんから許しが出たら、
皆の前で、式をしたいって。

籍も入れられないし、子供も作れないけど、
それくらいはしてあげたいんだって。


でね、バージンロードを歩いて、
ちゃんとお父さんから、お姉ちゃんを託されたいって。

384 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 17:59

お父さんもちゃんと承諾してね。
日取りも決まって、準備も整ってきたっていうのに、
ほんっと、往生際が悪いって言うか・・・

『やっぱりちゃんと暮らせてるか、心配だ。
 さゆみ、向こう行って見て来い』

なんて言い出したの。でね、

『ちゃんと暮らせてなかったら、
 ボロボロの部屋とかだったら、俺は許さないからな』

とか言い始めちゃって。


仕方なく、さゆみが偵察に行くことになったって訳なの。

で、吉澤さんに聞いたら、お姉ちゃんにはギリギリまで
内緒にしてたい、驚かせたい。
なんて言うから、お姉ちゃんに吉澤さんの写メ送ってもらったの。

だって、おかしいでしょ?
さゆみが吉澤さんのこと、知ってたら。

385 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:00

あとは、お姉ちゃんのご存知の通り、
初めてのフリして、吉澤さんに会って、
お家のチェックして、ラブラブっぷり見せ付けられて・・・

もうやんなっちゃう!

お姉ちゃんがいない間も、吉澤さんたら
お姉ちゃんのことで、頭いっぱいなんだもん。


 昨日、疲れてたみたいなんだよね・・・
 今晩、何食べさせてあげよっかなぁ・・・
 食後の紅茶は、どれにしようか・・・


もう、そんなことばっかなの!
聞かされる方の身にも、なって欲しいよっ!!


386 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:01

でもね、ちょっとだけ本音言うとね。

出会う順番が逆だったらなぁ・・・

って思ったりもしたの。


お姉ちゃんじゃなくて、さゆみの方が先に
吉澤さんと出会ってたら、もしかして――

なんてね。


でも、考えるだけムダ。

吉澤さんの頭の中、お姉ちゃんだけだもん。
他人が入る余地なんて、全くナシ。

こんな可愛い、さゆみみたいな
チョー美人が、何日もそばにいるのにだよ?

全く興味ナシなんだもん。


でね、これはもう疑う余地も
心配する余地もないから、お父さんに報告して、
おいとますることにしたの。

なのに、お父さんたら――


387 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:02

「『やっぱ、俺は式には出ない』
 なんて言い始めたんだよ!」

さゆが、父の肘をつつく。

「しかも、今からさゆみが飛行機乗りますって時になの。
 吉澤さんたら、ガックリ肩を落として、真っ青になっちゃったんだから」

それって、もしかして、空港での――


「どんなにさゆみが電話で言っても聞かないから、
 吉澤さんに1日早めて、説得においでよって言ったの。
 お父さん、吉澤さんの言うことなら、最近ちゃんと聞くからって」

父がバツが悪そうに、頭をかいた。


「だって、やっぱ、今更かな・・・って。
 梨華の前で、親ヅラするのも悪いし――」


お父さん・・・

388 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:02

「今しなきゃ、いつするんですかっ?!」

さゆが父を怒鳴りつけた。

「って、怒られちゃったんだよね、吉澤さんに」

父が頷いた。


「親らしいこと、今までしてあげられなかったけど、
 彼女の元に送り出す役目を、俺にさせてもらえないだろうか?」


もし、もしも。
梨華が、許してくれるのなら――


俯いたまま、そう言う父の腕に
自分の腕を絡めた。


「梨華・・・、いいのか?」

389 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:03


「お父さん、今までごめんなさい」

「――梨華・・・」

父が上を向く。
さゆが慌てて、ハンカチを渡すと
父は乱暴に涙を拭った。



「さ、行きましょ?
 ヨシさんが、待ちくたびれてますよ?」

マコトちゃんの合図で、
音楽が鳴った。


390 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:03


定番の入場曲に合わせて、
ゆっくり長い廊下を歩く。

父の隣を歩くのは、これが始めて――


「梨華」

隣の父を見上げた。
随分、見ない間に老けてしまった。

けれど、優しい目じりは変わらない。


お母さん、言ってたな。

お父さんの優しい目じりが好きなんだって・・・


「素敵な人に、出会えて良かったな」

前を見つめたまま、話す父。

391 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:04

「彼女なら、絶対に幸せにしてくれる」

「梨華を裏切ったりしない」

「俺、みたい・・・」


「お父さん」

父の腕をギュッとつかんだ。


「お母さん、お父さんの優しい目じりが好きだって
 言ってたの」

もうすぐ、角を曲がる。

「お父さんは、ちゃんと愛してくれてたんだよね。
 お母さんを」


ここを曲がれば、ほら。


「お母さんと同じで、わたしも
 優しい目じりの人を選んだみたい」


ひとみちゃんが微笑んだ。

392 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:05

梨華――

父が嗚咽をこらえて、
わたしの腕を離すとひとみちゃんに言った。


「娘を・・・、宜しく、お願いします」

「必ず、幸せにします」


二人が見つめあうのを、間近に見て
胸が熱くなる。


父がわたしの手をとって、ひとみちゃんに託す。
ひとみちゃんが、わたしの手をギュッと握ってくれた――


「おめでとう、梨華・・・」


393 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:05


「先輩」

手を繋いだまま、ひとみちゃんと向き合う。


「よく似合ってる。
 すごい綺麗です・・・」

涙が溢れた。

「――ごめんなさい。ひとみちゃん。
 わたし・・・」

ひとみちゃんが、黙って首を振る。
指先でそっと拭ってくれた。


394 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:06

「どう?この格好、久しぶりに見たでしょ?」

おどけてそう言うひとみちゃんは、
黒のバーテン服に淡いブルーのブラウスという
懐かしいバーテンさんの時の格好。


「二人でドレスってのも、何かキマんないかな?なんて・・・
 それに最近、先輩に甘えてばっかだったから、
 カッコ良く決めようと思ってさ」

ちょっと前に、久々にバーテン姿見たいなぁ・・・
なんて、言ってたでしょ?

だから――


ひとみちゃんの今のバイト先のツナギ。
あれを洗濯しながら、わたし呟いたんだ・・・


  『これも似合うんだけど、久々にバーテン姿見たいなぁ・・・
   だって、ほんとにカッコ良かったんだもん、ひとみちゃん』


395 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:07

初めてここに来た日。

酒棚を背負って立つあなたの姿は、本当に素敵で。
まるで映画でも見てるみたいだって、思ったの。

ライトに照らされて、シェイカーを振るあなたが、
すごく輝いて見えて――


すっかり魅せられてしまって、
あなたから目が離せなかったの。


396 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:07


「吉澤さん、うそはダメですよ。うそは」

え?


「絵里ちゃんっ!」

「お久しぶりです、石川さん」

絵里ちゃんが、ニコニコしながら、
わたし達の元にやってくる。

彼女は、ひとみちゃんのゼミの後輩で、ひとみちゃんが行ってしまった後、
そのお部屋に住んで、ひとみちゃんの大事なお花たちを守ってくれた人。

そして、ひとみちゃんの願いが込められた種を
わたしに渡してくれた人・・・


「亀ちゃん!シーッ!!」

ひとみちゃんが、自分の口に
人差し指をあてて、絵里ちゃんに合図する。

397 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:08

「吉澤さんね、自分の衣装のこと、忘れてたんです」

可笑しそうに絵里ちゃんが言う。


「だから、言うなって」

慌てたひとみちゃんが、絵里ちゃんの口を
手で塞ぐ。


んぐ、んぐぐ、んぐぐぐぐ・・・


「こいつは、ホンマにあんたの事しか考えてなくてな。
 昨日亀井に聞かれるまで、自分の衣装のこと忘れてたんよ」


「中澤先生!」

398 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:09

「はい、ブーケ」

中澤先生が、ひとみちゃんにブーケを渡す。


ひとみちゃんの手から逃れた絵里ちゃんが、
また楽しそうに教えてくれる。


「吉澤さんの衣装のこと聞いたら、急に固まっちゃったんですよ。
 で次に、どうしよ、どうしよ、亀ちゃんどうしよって、泣きそうな顔して・・・」

「だから、言うなって!」

ひとみちゃんが、真っ赤になる。


「でも、嘘じゃないよ。
 その後でちゃんと思い出したもん。
 先輩がこの格好、見たがってたなって」

399 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:10

「まあ、お似合いだからええやん。
 ピンクのドレスに、ブルーのブラウス。
 バランスとれてて、様になっとるよ?」

中澤先生の言葉に、ひとみちゃんは
嬉しそうに微笑んで、わたしに尋ねた。


「どう、かな・・・?」

「似合うよ、すごく。
 今でもカッコいい・・・」


整った顔をクシャッと崩して
あなたが心底嬉しそうに微笑む。


だって、本当にカッコいいよ。
さっきからわたし、ずっとドキドキしてるもん・・・

400 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:10

「それにしても、吉澤が急に一日早めるなんて言い出すから
 大変やったんやで。鮮度を保つの」

「すみません」

ひとみちゃんが、頭を下げた。


絵里ちゃんが、わたしに耳打ちする。

「中澤先生、こう見えてもフラワーアレンジメントも
 出来ちゃうんです。意外でしょ?
 それから昨日、人様のブーケばっかやなってボヤいてました」


「亀井!余計なこと言わんでいいっ!!」
「ごめんなさい」

「ほら、はよ渡さんか。
 それからこっちは、おまけで吉澤の分や」

401 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:11

「ありがとうございます」

深々と中澤先生にお辞儀をすると、
ひとみちゃんは、わたしにブーケを差し出した。


これ・・・

白いお花の真ん中には、
星の形をしたブルーのお花――


「うちの庭のだよ
 二人で育てた」

402 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:11


ブーケにね。
ブルースターを入れられたらって、考えてたんだ。

内心ヒヤヒヤしてたんだよ?
咲かなかったらどうしようって。

でも、ちゃんとアタシの心に感応して
綺麗に花開いてくれた――


当初の計画はね、
咲いたブルースターを二人で摘んで、
その時に、今日の式のこと話そうと思ってたんだ――


なのにごめんね、
誤解させて、先輩のこと苦しめちゃった…


403 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:12

思い切り首を横に振った。

「わたしの方が悪いの。
 ほんとにごめんなさい」

ひとみちゃん、信じてくれたのに。
わたしのこと、信じて待っててくれたのに。

それなのに、わたしは――


「わたし、ジャックが背中を押してくれなかったら、
 美貴ちゃんが電話をくれなかったら、ここに来てなかった…」


ひとみちゃんが、わたしの手を取って
差し出したブーケを握らせてくれた。


「何もなくたって来てくれたよ、先輩は。
 どんなに遅れたって、絶対来てくれたよ」


でも、わたし――

404 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:12


二人で願いをかけた花が、咲いたんだ。


今までだって、そうだったでしょ?

エンドウ豆の花だって。
忘れな草だって。


全部アタシと先輩を繋いでくれた。
だから、このブルースターだって――


きっと花言葉通りになるって。


405 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:13

――ひとみちゃん…


「ブルースターが咲いたの、見せてあげたくて
 一つだけ残して来たんだ。見れた?」

・・・うん。


「きっとね、帰る頃にはブルースターがたくさん咲いて、
 アタシ達のことを祝福してくれるよ?」

ニッコリ微笑んだと思ったら、
ひとみちゃんの眼差しが優しいものから、真剣なものに変わる。


アタシと――


大きな瞳に身も心も掴まえられる。


ずっと一緒にいるって。
どんな時も離れないって。

お互いに信じ合って、
幸福な愛を二人で貫いて行くって――

406 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:14


「みんなの前で誓ってくれませんか?」


ずっと気にしてくれてたんだね。
わたしが昔、あなたと出会う前に抱いていた夢を――


出来る限り、叶えようとしてくれて。
いっぱい考えて、必死で動いてくれて・・・


わたしね、すごく幸せだよ。
あなたに愛してもらえて。


――今わたし、世界一幸せ者だよね?


ブーケを受け取って、大きく頷いた。

407 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:15


綺麗な顔を崩して、あなたが微笑む。
そっと差し出してくれた腕に自分の腕を絡めた。


わたしもね、一生あなたのそばにいるって。
絶対にあなたのそばを離れないって。

あなただけを愛し続けるって、約束する。


もう不安になったりしない。
お母さんと一緒だなんて思わない。


あなたと二人で、
お互いに信じ合って、幸福な愛を貫いて行くって誓うよ。



「さあ、行きましょう!」


拍手と祝福の嵐を全身に浴びながら、
二人でステージに向かって、ゆっくり歩みを進めた――

408 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:15


409 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/09(木) 18:15


410 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/07/09(木) 18:16

本日は以上です。

411 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:34


412 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:36


「ねぇマサオさん、どうみても
 イッチョメイッチョメに見えるのは、あたしだけですかね?」

「やっぱ、マコトも思ったか?
 あれ股の後ろに、白鳥の首とか挟んで隠してないよな?」


「マコト、あーし、さっきまでここで
 式あげたいと思っとったけど、やめることにする」

「それが賢明だと美貴も思うよ。
 ねぇ柴ちゃん」

「次の機会なんかあったら、
 また間違った方向に気合い入れそうだしね…」

413 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:38


「コラッ!外野ども
 やかましい!!」

わたし達の目の前には、
多分、神父に扮したつもりの圭ママ。


「二人がピンクとブルーなら、あたしが神聖な白を着るのは
 当然でしょ!ねぇヨシ?」


「あ、えーっと・・・、白は良いと思いますけど…」

「何か文句あんの?」

ママがひとみちゃんを覗き込む。
思わず、のけ反るひとみちゃん。
414 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:41

「わ、わたしは、ス、ステキだと思いますよ?」

笑顔が引きつった。


「でしょ〜」


「今、梨華ちゃん無理したね」
「そーとー、無理したよ」
「語尾が疑問系だったもの」


「うるさ〜いっ!!」


ママの怒声が響いて、
一瞬にして静まりかえる――


「グオッフォンッ!!」

わざとらしい派手な咳払いと共に
「アーアー、マイクテスッ、マイクテスッ!」
とステージ脇から声がする・・・

415 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:43

――ガ、ガキさんっ?

「えー、本日は大変、お日柄もよく・・・」


ククククッ・・・

ひとみちゃんが、下を向いて笑いをこらえている。
後ろからもたくさんの笑い声が・・・

だって、ガキさん。
黒のタキシードになんと七三わけ。

それも見事なほど、ピッタリ撫で付けられていて――


プッ!

思わず顔を見合わせて、ひとみちゃんと笑った。

416 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:44

「ごめんね。無駄に張り切っちゃう人たちばかりで」

ひとみちゃんが、わたしに耳打ちする。

「ううん。心からお祝いしてくれてるって分かるから、
 すごく嬉しい」

ほんとの気持ちだよ。
皆がこうして、温かくお祝いしてくれるのは、
ひとみちゃんの人柄のおかげだね?



「ただ今より、吉澤ひとみ、そして石川梨華の
 永遠の愛を誓う儀式を執り行いますっ!!」

更に気合の込められた、ガキさんの一声で
わたし達の式は始まった――

417 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:46



「吉澤ひとみ」
「はい」

「あなたは、健やかなる時も病める時も
 クリスマスだけでなく、常に石川梨華とぴったり過ごし、
 頭の中ほとんど梨華。そして一生、BABY!恋にKNOCK OUT!
 状態で居続けることを誓いますか?」


  『何だ、あの誓いの言葉は?』
  『あれ、徹夜して考えたらしいですよ?』


「誓います」


  『誓っちゃったぞ』
  『ヨシさん、よく真顔でいられるな・・・』


418 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:48

「石川梨華」
「はい」

「あなたは、健やかなる時も病める時も
 日曜だけでなく、常に吉澤ひとみとイチャイチャして過ごし、
 BE HAPPY相思相愛の二人ならば、恐いものはない
 状態で、ずっとずっと一緒に居続けることを誓いますか?」


  『何を元に作ってるんだ、あれ?』
  『これまた、微妙な誓いの言葉ですよね〜』

  『そう?後半なんかすごくいいセリフだと思う』
  『柴田さん?!』

  『ですよね〜、私も思います』
  『ガキさんまで?!』


「はい、誓います」


419 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:49


「よろしい。では、誓いの口付けを」


ママに促されて、
ひとみちゃんと向き合う――


「絶対、幸せにするから」

力強い眼差しで、そう言われて
優しく腰を引き寄せられた。

すこし顎をあげて、ゆっくり瞳を閉じる。


柔らかな、ひとみちゃんの唇を感じると同時に、
涙が溢れてきた。

ほんの数秒だったけど、
触れ合った温度は、確かにあなたのもので、
胸が熱くなる。

420 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:51

「大切にするから――」

強く抱きしめられた、あなた胸の中で
頷いた。



「よっ!ヨシ、かっこいいぞ!!」
「いいぞ。男前っ!!」

「けど、チューが短すぎるゾ!!」
「そーだ、そーだ!!」


もう1回!
それ、もう1回っ!


場内からもう1回コールが起きる。
見上げると、少し困った顔のひとみちゃん。

421 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:53

「ちょっと待った、ちょっと待った!
 楽しみは後でね?」

ママがそう言って、皆にウィンクする。

「「「「オエ〜ッ!」」」」


すごい・・・

みんなのタイミング、ぴったり――



「はい、ヨシさん」

ガキさんが、ひとみちゃんに箱を差し出す。


――もしかして、この入れ物って・・・

422 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:55


「指輪の交換ならぬ、指輪の贈呈!!」

ママが高らかに声を発すると、
場内から、拍手が起こった。


ひとみちゃんが、わたしからそっと離れると
ガキさんが差し出した箱から、それを取り出す。


――ひとみちゃん・・・?


「さゆちゃんに一緒に探してもらったんだ」

「そうなの。だから、北海道観光してないの。
 いいとこいっぱいあるって、案内してくれるって
 吉澤さん言ったのに、ジュエリーショップ巡りばかりで、
 さゆみ連れてってもらってないの」

「ごめん、今度来たとき必ず連れてくから」

ひとみちゃんの苦笑いと
さゆの満面の笑み。

あんな風に言いながら、さゆはわたし達のことを
心からお祝いしてくれてる。


やっぱり、思わず頬がゆるんでしまうかわいい妹。


423 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:56

そっとわたしの左手を持ち上げて、
ひとみちゃんが確認する。

「薬指にいい?」

もちろん。

わたしは、あなたのものだもの。
あなただけのものだもの――


白くて長い指が、
わたしの薬指に、それを通してくれる。


ピッタリ、わたしの指に収まる。


「――どう、かな?」


かわいい・・・

あなたがくれた指輪は、
昔、初めて食事をした日に言ってくれた言葉そのもので――


  『かわいいお花みたいな小さなリングなら、
   きっとよく似合うと思うんだけどなぁ』


小さいけれど、美しく咲き誇る石が、
わたしの指を彩ってくれた。

424 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:57

ニッコリ微笑んだあなたに
感謝の言葉を伝えると、より一層大きな拍手が
わたし達を包んでくれた。


拍手の渦にのって、音楽がかけられる。
聞いたことのある曲。


この曲、もしかして――



店内の照明が一段落ちて、
音楽が大きくなる――



「アタシと踊りませんか?」

まるで、あの日のように。

わたしが初めて、このお店を訪れたあの日のように、
ひとみちゃんがわたしの目の前に手を差し出す。

425 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 15:59


あの日、この手を掴まずに遠回りしてしまったわたし。


「ずっと、先輩と踊りたかったんです」


あの時も、澄んだ瞳がわたしだけを捕らえていて、
息がつまりそうになって・・・

あの時は、怖かったんだ。
あなたを好きになることが。

どんどん膨らんでいく、あなたへの想いを
押さえつけることに必死だった・・・


――でも、今は。


今は、何も怖くない。


差し出された手をギュッと握った。

426 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 16:00


グッと腰を引き寄せられる。

「手、アタシの首に回して下さい」

言われた通り、ひとみちゃんの首の後ろに手を回す。

「こ、こうでいい?」

「力、抜いて?
 アタシに合わせて、揺れてくれればいいから」


思った以上に、ひとみちゃんの端正な顔が間近にあって、
恥ずかしくなって、俯いた――


「いつもと逆だね?」

ひとみちゃんが耳元で囁く。
素直に頷いた。


今わたし、壊れそうなくらい心臓がドキドキしてる。
時々、囁いてくれるあなたの声が、すごくセクシーで、
余計に鼓動を早めるの。

427 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 16:02

「かわいいよ、梨華・・・」

あなたの鎖骨におでこをあてた。

「――からかわないでよ・・・」


「からかってなんかないよ」

ひとみちゃんの腕に力が入って、
抱き寄せられる。


「アタシ、これからはちゃんと名前で呼ぶから・・・」

もう、先輩って呼ばないよ。
ちゃんと、名前で呼ぶから。

素敵な名前。
『梨華』って呼ぶから――

428 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 16:04

「ひとみちゃん・・・」

「恥ずかしがんないで、いつだって
 ちゃんと呼ぶから」


何度言っても、変えてくれなかったのに。
昂ぶった時にしか、呼んでくれなかったのに――


「梨華」

顔をあげた。

「幸せになろう?」


嬉しくって、涙がこぼれた。

429 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 16:07



「それにしても絵になるなぁ、あの二人・・・
 おい、マコト。口開いてるぞ」

「え?ああ、すみません。
 つい見とれちゃって・・・」

「ほら、愛ちゃん。恋人のよだれ、
 拭いてあげなよ」

「イヤです!!」
「愛ちゃん、きっばり言い過ぎだよ・・・」



「ねぇ、あの二人さ、逆にしても様になりそうな気がする」
「逆って、どういうことよ、柴ちゃん」

「だから、よしこがドレスで、梨華ちゃんが男装」
「え〜!!」

「いや、だから。梨華ちゃんのは、白い中世の王子様みたいな格好よ?」
「あ〜、それなら似合うね。美貴間近で見たことあるから」

「あんの?」
「まあね。声は高かったけど」

430 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 16:07

ところでさ――

今まで話していた5人の視線が
一点に釘付けになる。


 <カシャッ、カシャカシャッ!カシャッ!>


「「「「「ガキさん、撮りすぎじゃない?」」」」」


 <カシャッ、カシャカシャッ!カシャッ!>


「あら、あんた達もそろそろカメラ用意したら?」
「ママ?」


「3曲目、見ものよ〜」

3曲目?


――準備しよ

口々にそう言って、
全員、携帯を取り出した・・・

431 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 16:10


「梨華」

耳元で呼ばれて、胸に埋めていた顔をあげる。

ちょうど、曲が変わる。
より一層、ムードたっぷりの音楽に変わる――


  『3曲目は、キスしてもいいの』


そう言えば――


んっ・・・


唇をふさがれた。
驚いて、目を閉じるヒマもなくて――

432 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 16:12

んんっ、ん・・・

ひとみちゃんの舌が、わたしを求める。


――ねぇ、みんな見てるよ・・・?


息継ぎする間もくれない程、
執拗にわたしを求めてくれる。

あなたの熱い舌が、わたしの中を暴れまわる・・・


――ひとみ、ちゃん・・・

カラダに力が入らない。

砕けそうになる腰を、
グッと引き寄せて支えてくれる。

433 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 16:16

んっ、んん!
はあ・・・、っん・・・

首に回していた腕に力を入れて、
あなたを引き寄せた。


 好き、ひとみちゃん。
 あなたが、好き。
 誰よりも愛してる。


言葉にならない想いを受け止めたかのように、
あなたが代わりに言葉にしてくれる――


――愛してる、梨華。


息継ぎの合間に、何度もそう囁いてくれた。

434 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 16:16


435 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/15(水) 16:16


436 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/07/15(水) 16:19

本日は以上です。
次回最終回となります。

437 名前:名無し飼育 投稿日:2009/07/15(水) 18:44
おぉー…いやぁ…ニヤニヤしちゃいますねw

あの、ガキさん。
その写真焼き増ししてください。てかむしろ引き伸ばししてください。
438 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/15(水) 19:52
こんな素敵な場面なのにちゃんとネタで笑わせてくれる。
最終回楽しみにしてます。
439 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/07/21(火) 01:20

>437:名無し飼育様
 作者もぜひ欲しいっ!

>438:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 古すぎるネタは、お若い人には分からなかったでしょうね・・・


では、最終回です。

440 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:21


441 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:22

「大丈夫?」

あれから随分、飲まされていたひとみちゃん。

「なんとか・・・」

タクシーの中で、グッタリ気味。
それなのに、繋いだ手を離そうとしないあなたに
頬がゆるんでしまう。


3曲目が終わっても、キスに夢中になっていたわたし達を
取り囲んでいたのは、たくさんのニヤケ顔と1人1台以上のカメラ。


その後は思った通り、それはまあ大騒ぎだった訳で――

割れんばかりの拍手と冷やかしに、
さっきまで、とっても頼もしかったひとみちゃんは、
恥ずかしがり屋さんに戻っちゃって、
次から次に勧められるお酒を、呷りに呷って、現在に至る・・・

442 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:23

「ごめんね」

タクシーに乗り込んですぐ、
あなたが発した一言。

「ずっとそばにいたかったんだけどさ、
 それじゃ、梨華も巻き込まれて飲まされちゃうなって・・・」

あんま、酒強くないでしょ?
だから――


そう言って、ギュッと手を握ってくれた。


あなたの温もりから愛を感じる・・・


すごく嬉しいよ。

ひとみちゃんが、わたしを守ろうとしてくれたこと。
そして、約束通り『梨華』って呼んでくれてること――

443 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:23


「着きましたよ」

運転手さんの一言で我に返る。

ひとみちゃんが支払を済ませている間に
開けられたドアから、表に出る。


「いらっしゃいませ」


ちょっと、ここ――


「ありがとうございました」

ひとみちゃんが、運転手さんにそう告げて
わたしの隣に立つ。


「ひとみちゃん・・・、ここに泊まるの?」

444 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:24

わたし達が、降ろされた場所は、
都内でも有名な高級ホテル。


「行こう?」

ニッコリ微笑んだひとみちゃんに
肩を抱かれた。


フロントを素通りして、
エレベーターホールに向かうひとみちゃん。

「チェックインとかいいの?」
「もうしてくれてあるんだ」

え?

445 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:24

ここね。
梨華のお父さんが、取ってくれたんだ。

初夜は大事なんだぞ。
一生、想い出に残るって。

やっぱり、大切な記念日に
最初に迎える二人きりの時間だからって。

途中で店抜け出して、
お父さんがチェックインしてきてくれたんだ――


446 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:25

お父さん・・・


ひとみちゃんが、頭を抱き寄せてくれた。


「――ありがとう」

あなたが、こうして仲直りさせてくれた。
家族の温かさを思い出させてくれた。


あなたを本当に好きになってよかった。

今改めて、強く思ったよ。


その想いを込めて、あなたの頬にキスをした。

447 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:26


スゲー・・・

大きな瞳が、零れ落ちてしまいそうなほど
見開いてる。


最上階のお部屋は、想像以上に大きくて。
壁一面の窓からは、東京の夜景が幻想的に揺らめいていて――


「きれい・・・」

窓の前に立って、
思わずそうつぶやいたわたしに、
ひとみちゃんは言った。


「梨華の方がきれい・・・」

「もう!言うと思った」

後ろに立っているひとみちゃんを叩こうと
振り返ろうとして、そのまま抱きしめられた。

448 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:26

「くさいセリフ?」

後ろからわたしを抱きしめて、
肩にアゴをのせて、耳元で囁く。

前に回された腕をそっと撫でる。

「定番すぎるよ」
「定番かもしんないけど、ほんとにそう思ったんだ・・・」

セクシーな声。
少し低くて、耳の奥に響いてくるひとみちゃんの濡れた声――


「ほんとに綺麗だよ、梨華・・・」

耳たぶにキスされた。

449 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:27

「窓ガラス」

ん?

「アタシと梨華が映ってる」

まばゆい夜景の中に浮かぶ
透き通った二人の姿。


「すごいお似合いじゃない?」

黙って頷いた。


こうやって、二人並んだ姿を見ると、
わたしも思うよ。

あなたの隣は、わたししか似合わない。
わたしの隣も、あなたしか似合わないって――

450 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:28

首筋に唇が触れた。
思わずビクッとして、あなたの腕をつかんだ。



――好き。

何度言っても足りないんだ。


こうして抱きしめたら、ギュッて胸が痛くなる。
触れれば触れるほど、鼓動が早くなるんだ・・・

甘い言葉を吐き出しながら、あなたの唇が
わたしの肩に、首筋に、耳に優しく触れる。
その度にわたしの鼓動も早くなる。



「何度触れても、ドキドキしちゃうんだ・・・」

451 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:28

ピュアなひとみちゃん――

そう思ってたけど、違ったみたい。


わたしもね、すごくドキドキしてる。

あなたに触れられたら、
いつだって、鼓動が早まるの。


好きのバロメーターなのかな?



「梨華」

ひとみちゃんに振り向かされる。


「最高の夜にしよう」

どちらからともなく、
吸い寄せられるように自然に唇を重ねた――


452 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:29





453 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:29



「亜弥、連れて来たよ。
 アタシの大切な人――」


ラナンキュラスのブーケを手向けて
墓石に向かって、静かに手を合わせると
ひとみちゃんは目を閉じた。

その横顔は、真夏の太陽に照らされて
神々しいほど光り輝いている。


「亜弥さん、はじめまして。
 石川梨華です」

わたしもそう言って、隣で手を合わせた。


きっと亜弥さんも。

ひとみちゃんの内面の美しさに惹かれたんですよね?
そして、その内側からほとばしり出る
外見の美しさにも――

454 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:30

「やっぱり来てた」

「めぐみさん!」

亜弥さんの、お姉さん――


ひとみちゃんと並んで
慌てて立ち上がる。


「おめでとう。
 式、挙げたんでしょ?」

「どうしてそれを?」

「今朝、電話で保田さんが教えてくれた。
 だからきっと、ここにくるだろうって思って」

めぐみさんは、そう言ってニッコリ微笑んだ。

455 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:31

「素敵な方ね」

「は、はじめまして。
 石川梨華と申します」

深々と頭を下げる。


「あなたになら、亜弥も安心して
 吉澤さんを任せられるって言うでしょうね?」

いえ、そんな…


「きっと」

ひとみちゃんが割って入る。


「亜弥ならきっと。
 ひーちゃんにはもったいないって言いますよ」


「アハハ。
 そうかもしれない」

ひとみちゃんとめぐみさんの笑い声が重なる。
青い空の元、とっても穏やかな空気。

456 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:31

めぐみさんが、一歩進んで
ラナンキュラスのブーケを墓前に供えて、手を合わせる――


「吉澤さん」

「はい」

「来月からもう、ここには
 来なくていいわ」

え?


「きっと亜弥も迷惑してる」

「めぐみ、さん…?」


「毎月ひーちゃんが来るから、好きな人も作れない。
 自由に好きなとこにも行けない…」

457 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:32

「あたしのところに来る暇があったら
 大切な人とイチャイチャしてなさいよ!」

振り向いためぐみさんは、
弾けるような笑顔だった。


「そうよね?亜弥?」

めぐみさんの呼びかけに答えるように、
わたし達の間を優しい風がすり抜け、通り過ぎて行った。


「ね?
 亜弥もそう言ってるでしょ?」

ひとみちゃんの瞳に涙が
浮かんでる。

458 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:33

「一年に一度だけでいい。
 亜弥の命日に二人で来て?
 それでもう、充分だから…」


お幸せに。

そう言って微笑むとめぐみさんは
去って行った。


ひとみちゃんが天を仰ぐ――

隣に立つひとみちゃんの手をギュッと握ると、
優しい目じりから、涙がこぼれ落ちた。



亜弥さん、わたし
ひとみちゃんを守るから。

二人で絶対、幸せになるから。

どうか見守ってて下さい――


心の中でつぶやいたら、
また優しい風がわたし達を包んでくれた――

459 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:33



460 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:34


「ひとみちゃん、わたし今から
 お花のお勉強をしようと思うの」

「花の?」


手を繋いで、夕陽が彩る街並みを
二人でゆっくり歩く。

亜弥さんのところから
お店に向かっている最中。

昨日のお礼も、もちろんだけど
ひとみちゃんが、わたしのために作ってくれたカクテル
『HANABI』を作ってくれるんだって。

マコトちゃんじゃ、あの繊細な味は
出せてないだろうからって――

461 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:35

「なんで今更、花の勉強する気になったの?」


繋がれたままの手を持ち上げて、
二人の目の前にかざす。


わたしの手を包むように握ってくれる
あなたの綺麗な白い手――

そして、わたしの薬指を彩ってくれる
あなたからの贈り物――


夕陽に照らされた指輪は輝きを増して、
まるで本当に小さな花が咲いているみたい。


「気に入った?」

嬉しそうにあなたが尋ねる。

「気に入ったよ、もちろん。
 嬉しくて、ずっとこうして見てたいくらい・・・」


「――腕、筋肉痛になるよ?」

「もう!現実に戻さないでよっ!」

あなたの腕を小突いた。

462 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:36


「わたしね、すごいことに気付いちゃったんだ」

「すごいこと?」
「うん」

繋いだままの手をギュッと握った。


「わたしが、ひとみちゃんに豆の花のお世話、
 突然頼みに行った日のこと覚えてる?」

「もちろん。
 アタシ、ちょー嬉しかったもん」

「その時、ひとみちゃんが
 教えてくれたでしょ?」

「ん?
 アタシ、なんか教えたっけ?」

「ほんとに覚えてるの〜」


「えっ、待って待って!
 覚えてるって」


せっかくだからって、紅茶淹れて――

463 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:36

「あ、豆の花の花言葉教えた!」

「ブー
 確かにそれも教えてくれたけど、それじゃない」

えっ?じゃあなんだ・・・?


眉間にシワを寄せて、一生懸命考えてる。



――あのね。


  『ところで先輩。
   これ、どこまで育てるんですか?』

  『だから、花が咲いたあと』
 
  『実がなるでしょ?』

464 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:37


「それがすごいことなの?」

不思議そうに、大きな目をより一層大きくして
パチクリさせてる。


気が付かなかった?
でも、それがすごく重要なことなんだよ?


「花が咲いたあと、実がなるのが?」


そう。
ハナが咲いたあとに、ミがなるの――

465 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:38


わたし達の名前。


梨に『ハナ』と、ひと『ミ』


きっとね、わたし達はこの世に生まれた時から、
惹かれあって、恋に落ちるって決まってたんだよ。


二人で一つ。

大輪の『ハナ』を咲かせて、
誰もがうらやむ立派な『ミ』を実らすの。


ね?
すごいでしょ?

466 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:38

「わたし達二人だけの花を咲かせよう?
 そして、二人で素敵な果実を実らせよう?」


あなたと二人なら
最高にハッピーな人生だもの。


とっても優しくて、温かい
ハナとミを育てよう?


「梨華・・・」

467 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:39


「ひとみちゃんの夢、わたしも一緒に追いかけたいの。
 だからね、少しでもあなたの手伝いが出来るように、お花の勉強したい」


もちろん生活もあるし、お仕事続けながらだから
少しずつにはなるけど、お花の名前とか育て方くらいは――


痛いくらい抱きしめられた。


「ひとみちゃん?」

――ありがとう。


耳元で鼻をすする音。
微かに震える肩。


「ほんとに、ありがとう…」

声を震わせながら、
もう一度言ってくれた。

468 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:39

「苦労なんか、絶対させないから。
 アタシが全力で守るから」

ずっと一緒に。

おばあちゃんになっても
ずっとずっとこうして、二人で歩いていこう――


あなたの言葉に頷いて、
背中に腕を回して、ギュッと抱きしめ返した。


またひとみちゃんの鼓動が
早くなってる・・・

すごく心地いいの
あなたの腕に抱かれていると。


この心音も温もりも香りも――

469 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:40

あなたと初めて食事した日。
眠くなったわたしに、肩を貸してくれたでしょ?


まるで陽だまりにいるようで
すごく落ち着いたの。

あんなに気を許せるなんて
ほんと不思議だった。


でも今ならわかる。
わたし達は、結ばれる運命だったんだよね?

470 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:41



「ねぇ、ひとみちゃん?」

心地よい感覚に、もう少し漂っていたかったけれど、
少し離れて、あなたを見上げた。

「ん?」


「もう一つ、気付いたことがあるんだけど――」

「もう一つ?」


すごく優しい瞳。
屈託のない笑顔。



――わたし、ひとみちゃんのご家族に挨拶してない…

471 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:41

「あっ…」

突然、泳ぎだす視線。


「今夜、これからお店に行くよね?」
「うん」

「明日、美貴ちゃんと柴ちゃんと、お出かけする約束したよね?」
「…うん」

「明後日、北海道帰るよね?」

「――はい…」

472 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:42

「ひとみちゃん!」

両手でひとみちゃんの顔を挟んで、
背けた視線を無理矢理合わせる。


「まさか、忘れたなんてことないよね?」

「えっ?
 ま、まさか、そんな自分の両親忘れるなんて…」

ニッコリ微笑む。


「――すみません。
 すっかり忘れてました…」


もう!やっぱり!

ひとみちゃんが、わたしの事を1番に思ってくれるのは嬉しいよ。
けど、わたしもひとみちゃんが思ってくれるように、
ひとみちゃんのご家族を大切にしたいの!

473 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:42

「――ごめんなさい…」

「ちゃんとご挨拶に行こ?
 式、勝手にあげちゃったことも謝らなきゃ」


「そうだね。
 とりあえず電話してみる…」

おずおずと、ひとみちゃんが携帯を取り出す。


「怒られちゃうかな?」

「どうかな?
 うちは、放任主義だから――」

そう言いながら、
ひとみちゃんが電話をかける。

さすがに緊張する。
ひとみちゃんもこんな風に緊張しながら、
うちに挨拶に行ってくれたんだろうな…

474 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:43

「あ、母さん?」

心臓が更に跳ね上がる。

「アタシだけどさ…
 その――」

ひとみちゃんと視線が合う。


「ごめん。勝手に式、挙げちゃった・・・」

「だから、結婚式みたいなもんだよ」


突然携帯を耳から離すひとみちゃん。
もれ聞こえる怒鳴り声――

そりゃ、どんな親だって怒るよね・・・

475 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:44

「だからごめんてば…
 相手?」

チラッとわたしを見て、
ひとみちゃんが背中を向ける。


「母さん、前にアパート来たとき、
 一緒に覗き見したじゃん」


…ん?

背中に近寄る。

「そうだよ。
 あの人だよ、石川先輩」

なになに?
一体、どういうこと?!

476 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:44

「ちょ、母さん、でかしたってなんだよ」

でかした?!


「今東京だけど」

「だから、昨日式挙げたから、
 二人で今こっちにいるんだってば」


「今から?!」

ひとみちゃんの声が裏返る。


「ちょ、ちょっと待ってよ!
 母さんっ!!」

477 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:45

くそっ
切りやがった…

電話に向かってつぶやくひとみちゃん。


――ねぇ、何かおかしな会話してたよね?


「ひとみちゃん?」

背中がビクッとする。


「お母様って、わたしのこと知ってるの?」

困ったように首をすくめて振り向くあなた。

478 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:45

「存じ上げております・・・」

「どうして?」


いや、だから。
つまり、その――


先輩が、うちに豆の花を持ってくる前、
母さんがあのアパートに来たことあって・・・

『あんた、ボサボサ頭で、冴えない格好ばっかして
 好きな人もいないの?』

なんて、すごい剣幕で聞くから、
いるよって答えたら、写真見せろって言うんだ。

で、話したことないから写真ないけど、
このアパートに住んでるよって言ったらね――

479 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:46

「表に出て見るなんて言い出すから、
 せめてドアの隙間から覗いてくれってお願いして・・・」

「お願いして?」

「――二人で覗いてました」


そんなことしてたの?

「すみません・・・」


「それで、お母様は?」

「あんた父さんに似て、面食いねって言われた」


ふふふ・・・

結構嬉しいよね。
そんな風に言われてたなんて――

480 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:47

「ごめん。黙ってて」

窺うような視線がかわいい。

「ほんとだよ・・・」

わざとあきれた声を出す。


「ほんとにごめんなさい」

そう言った、ひとみちゃんのほっぺをつねった。


「うそ。嬉しい。
 つねったのは、さっき先輩って呼んだから。
 約束でしょ?
 ちゃんと梨華って呼んで・・・」

ひとみちゃんが、笑顔になる。

481 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:47


「梨華。アタシの家族に紹介したい。
 今から、一緒に来てくれる?」

「もちろん!」

「母さん、寿司とって、酒買って
 お祝いの準備しとくって」


「良かった。
 歓迎されてるみたいで」


行こう?


あなたの手を引っ張った。

482 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:48

「ちょっと!うち、そっちの方向じゃないよ?」


だって、まずはお洋服着替えなきゃでしょ?
それからきちんとお化粧もしなきゃ・・・


「全部、おうちに置いて来ちゃったから
 今から買いに行こう?」

「マジで?」
「だって、綺麗にしてご挨拶したいもの」

「うちはそのままでも大歓迎だって」
「ダメ!」

「いいよ、もったいないじゃん」

もったいないですって?!

483 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:48

「ひとみちゃんは、わたしが綺麗になるのに
 反対するんだ・・・」

「え?いや・・・、そんなつもりじゃ――」

ひとみちゃんに詰め寄る。

「じゃあ、どういうつもり?」


「あ、い、いや。
 か、買いに行こう!」

でも、ちょっと待って――

そう言って、ひとみちゃんが
背中を向けて、お財布の中身を確認してる。


「か、買いに行くけど、
 マネキン一式とかやめてね?」

「えっー!どうしよっかなぁ?」

484 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:49

なんて。

心配しないで。
二人の夢のために、無駄遣いはしないから。

それにひとみちゃんに買ってもらおうなんて
思ってないよ?

だって、わたし社会人だもん。
ひとみちゃんは、学生さんでしょ?

無理しないでいいよ?


「ひとみちゃんのお洋服も
 わたしが買ってあげる」

「今、無駄遣いしないって言ったじゃん」
「これは無駄遣いじゃないもん」

あなたの手を握って駆け出した。

485 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:49


ひとみちゃん。

わたし、お花ってほんとにすごいなって思うの。


真心込めて、育てたら、
その心に感応して、願いを叶えてくれる。


あなたが教えてくれたんだよ?

花に願いをかけること――


いつか近い将来。

二人で育てたお花で
他の誰かが幸せになれたらいいね?

わたし達のお花で、
誰かの願いが叶えばいいね?


そしたら、その分きっと
わたし達は、もっと幸せになれるから――

486 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:50



487 名前:続・花に願いを 投稿日:2009/07/21(火) 01:50


     おわり


488 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/07/21(火) 01:53

『続・花に願いを』
無事、完結することができました。

レスをつけて下さった方々、最後まで読んで下さった方々
本当にありがとうございました!


さて、こんな続編いかがでしたでしょうか?
ぜひご感想等頂けたら嬉しいです。

前回消化不良を起こした方々が、少しでも解消してる
ことを願うばかり・・・

もしも今回も消化不良を起こされていたら――

どうか、その時はご勘弁下さい。




489 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/22(水) 00:51
完結お疲れ様です。
消化不良解決されましたー♪
そして、私もよっすぃ同様すっかり忘れてましたw
これ以上はネタバレになっちゃうといけないのでww
490 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/22(水) 22:03
完結お疲れ様でした
私的には涙するシーンもあり読んでいてとても楽しかったです
時間が経ってまた読みたくなる作品のひとつとなりました
ありがとうございました
491 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/26(日) 23:42
完結お疲れ様でした
消化不良なんてとんでもない、とってもよいラストでした
けどまだ続きが知りたい展開ですね??
492 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/08/06(木) 15:25

>489:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 消化不良解消されたようで、ホッとしました(笑)

>490:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 また読みたいと思う作品と言って頂けるのは
 本当に嬉しいです。続編、書いてみて良かった!

>491:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 そう言って頂けると、ほんと書いて良かったって嬉しくなります。
 そして、煽りがとてもお上手(笑)
 実は作者も続々編もアリかな・・・?なんて最終回を書きながら
 チラッとよぎっちゃいました(笑)
 けれど、この後の二人の幸せな生活は、
 読者の皆様のご想像にお任せするのが一番いいかなと、今は思っております。
 でも、期待して頂けるのはほんと嬉しいし、作者冥利に尽きますので、
 嬉しかったですよ。


さて本日は、何となく思いついた
短編をお送りします。

それでは、どうぞ。




 
493 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:26


  『三日月の夜』


494 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:27


「――んっ、朝…?」

「ううん、まだ夜だよ。
 起こしちゃった?」


「何かスゲー視線感じたから…」

そう言って、半身を起こして腕の中の
彼女を見下ろす。


愛らしい目。
可愛らしい口元。
そこから覗くかわいい前歯。


アタシは今幸せ、だ――

495 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:27

そっと唇を寄せた。
着陸前に、片手で阻まれる。

「今夜はもう乗り気じゃない?」

黙って首を振る彼女。

キスを阻んだ手で、アタシの頬を
そっと撫でる。


「私、2番目は嫌なの…」


そう言うと彼女は、アタシの下から
スルリと抜け出した。

496 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:28


「――あゆみ?」

床に落ちたままの服を身につけ始める。
背を向けた白い肌には、さっきアタシが付けた跡が浮かんでる。


「何度肌を重ねたって、よっすぃ〜の1番になれない。
 いつだって2番目なんだもん…」

身支度を整えた彼女が、
ベッドに取り残されたアタシを振り返る。


「――忘れられない人、いるんでしょ?」


「…んなの、いねぇよ――」

「うそ、いつだってココに誰かいたよ」

あゆみがアタシの胸を指差す。

497 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:29

「どんな時だっていたよ…」

目の前にある瞳が、涙でいっぱいになってる。
瞬きしたら、すぐにもこぼれ落ちてしまいそうなほど。



「私、2番目じゃ嫌なの――」


だからね。


――さようなら、よっすぃ〜



最後まで、愛らしい目に溜めた涙を流すことなく
彼女は…、柴田あゆみはこの部屋を出て行った。

498 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:30

頭を抱える。
これで何人目だ?


『あたしだけを見てよ』

『ちゃんと愛して』

『2番目は嫌なの…』


そんなにアタシ、未練タラタラか?

誰と付き合ったって、誰と肌を重ねたって
言われてしまう。


『ねぇ、ココに誰がいるの?』

499 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:31

クソッ!

ちゃんと好きだよ。
ちゃんと愛してるよ。


――けど、やっぱり


2番目なんだ…


――ごめん。


そろそろとベッドを抜け出して、
手早く着替える。


500 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:32

ゴミ袋を持ってきて、
あゆみのモノを捨てる。

歯ブラシ、スリッパ、お揃いのマグカップ。
2人の写真――

今頃泣いてんだろうな…


アタシの前で、涙を流さなかったのは
気の強い彼女の意地。


そういうとこ、似てんだよ。
あの人に――


ごめんな。


写真の中のあゆみに謝って、そのままゴミ袋に突っ込んだ。

501 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:32

想い出の品なんていらない。
全部捨てて、この恋を終わらせるんだ。

何の躊躇もない。
たやすく想い出を捨てられる。

綺麗さっぱり、あゆみの跡を消せる。
誰に対してもそうだよ。
何の迷いもなく、捨て去ることが出来るんだ。


それなのに――

どうしてもアレだけは捨てることが出来ない。


こうして誰かと別れる度に、忌ま忌ましい。
そう口にして、一緒に捨てちゃおう。
勢いで捨てちゃおう。

そう思うんだよ…


けど、なぜだろう。

どうしても、捨てられないんだ――

502 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:33

引き出しの奥のハートの小物入れから、
それを取り出す。

大分古ぼけたそれは
あなたと交わした約束のカケラが二つ。


今度こそほんとに、
もういい加減捨てよう。
こんなの持ってたって、もう何の意味もなさないんだ。

さっさと捨てて、この呪縛から逃れよう。


小物入れと共に眠っていた、透明なケースを取り出す。

  《ひーちゃん大好き!
   寂しくなったら、これ見てわたしを思い出してね》

ハートマークで結ばれたメッセージは、
懐かしすぎる彼女の直筆。

ゴミ袋に入れかけて、もう一度取り出すと、
その丸っこい文字を指でなぞった。

503 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:34

――きっと忘れるから。

今度こそ綺麗さっぱり忘れて、
想い出も全部捨てさって、あなたのいないこの道を歩くって誓うから。


だから――

だから最後に。

最後にもう一度だけ。

もう一度だけだから、あの頃のあなたを見てもいい?


ケースからDVDを取り出してセットすると、
震える指で再生ボタンを押した――

504 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:35


『今からひーちゃんが、巣立ちゆくわたしに
 卒業おめでとうメッセージをくれます』

懐かしい甲高い声。


『ひーちゃん!
 卒業おめでとうメッセージは?』

勝手にビデオなんか用意しやがって。


『ちょっと!ちゃんと一緒に映ってよっ!』

アタシを置いてくクセにさ。


『キーキーうるせぇよ』
『なかなか会えなくなるんだから、ちゃんと入って!』

あなたの最後の制服姿。
アタシはこれを、もう一年着なきゃなんないのに。

505 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:35

『ほら、早く!』

ふてくされたアタシ。
眉間にシワ寄せて仁王立ちのあなた。


『もしかして照れてるのぉ?』
『バカ、照れてねぇよ』

アタシは嫌だったんだ。
離れたくなんてなかったから。


『わたし、今日卒業しちゃうの。
 ひーちゃんと離れ離れになっちゃうんだよ!』

あの時ほど、たった3ヶ月遅れて生まれてきたことを
恨んだことはなかった。

506 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:36

『わたし、一人でも頑張るから、
 夏休み遊びに来て?』

会いたくてたまらなかった。
毎日、会いたくて会いたくて…。


大学生になって、バイトだ、サークルだ、飲み会だって、
どんどん大人になっていくあなたに。

一人で先を歩きだしたあなたに、
距離だけじゃなく、心も置いていかれそうで。

怖くてたまらなかった――


『卒業おめでとう。必ず会いに行くから。
 それから、スゲー頑張って来年同じとこ行く。
 だから浮気しないで待っててよ』

『ひーちゃんのこと、待ってる。
 信じて待ってるから…』

涙ぐんだまま、そう言ったあなたは、
アタシの大好きな、あの三日月の目で
優しく微笑んでくれたんだ。

507 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:37

『ひーちゃんこそ、モテるんだから
 浮気しないでよ?』


たまらず停止ボタンを押した。


この後あなたは、アタシにキスしてくれて、
この第2ボタンをくれたんだ・・・


  『一年後の約束。
   ひーちゃんが卒業したら、ひーちゃんのボタンをわたしに頂戴?
   絶対とられないでよ?』

  『ゆーびきりげんまん』


約束通り、とられなかったよ。
他は全部剥ぎ取られたけど、それだけは死守したんだ…


もうとっくに別れてたのにね。

508 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:38

だから渡せずに、今でもアタシのところにあるんだ。

あなたとアタシのボタンが。

この約束のカケラだけが、今でも寄り添うように
この手の中にあるんだ――



あの頃のアタシは、離れてることが不安でたまらなかったんだよ。
触れられない距離が、もどかしくて仕方なかった。


 『どこ行ってたんだよ』
 『ごめん。サークルの合宿』


電話の向こうで、アタシの知らない世界に身を置くあなたに、
焦燥感ばかり募らせてた。

509 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:39

苦しかったんだ。
一人で悶々としてるのが嫌だった。
楽になりたかったんだよ。

ただ、このえぐられるような胸の痛みから
解放されたかっただけなんだ。


新しい世界のことを、嬉しそうに話してくれる声を聞くのも。
送られてくる写メが、日に日に大人びていくのを見るのも。

苦しくて辛くて、逃げ出したかったんだ。


捨てられるのが怖くて、自分から手放した…


 『わりぃ、アタシもう会いに行けない』
 『どうして?』

 『――浮気、した』

510 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:40

泣いてくれると思った。
二人でいたあの頃みたいに、
キーキー言ってくれると思ったんだ。


けれど、あなたは受話器の向こうで


 『わかった』


そう一言、つぶやいただけだった。


嘘だよ。
浮気なんて出来るはずないだろ。
自分が嫌になるほど、アタシの心はあなたでいっぱいなんだ…

すぐにそう言えば良かったのに、
アタシの口から発っせられた言葉は

 『さよなら』


心にもないたった一言だった――

511 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:40

ボタンを二つ握りしめたまま
ベランダに出る。


こっから投げちゃうか…


けど、アタシのことだ。

見つけられそうなとこになんか捨てたら、
探しちゃうんだ。


ため息を一つ吐き出して、
空を見上げる


参ったな。
よりによって、今夜は三日月かよ…


512 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:41

三日月見るたびに思い出しちゃうんだよ。
アタシが大好きだったあなたの笑顔を。

その優しい眼差しを。


今でも…
忘れられないんだ――


手の中のボタンを握りしめた。


ねぇ、梨華ちゃん。
もしもね、もしも、今のアタシのままで。
今の心のままで、高校生のあの頃に戻れたら――

なんて、叶いもしない事を
三日月を見るたびに願うんだ。

513 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:42

そしたらアタシ、ちゃんと言葉に出来たと思う。
素直に気持ちを伝えられたと思うんだ。

それにもっと上手にあなたを愛せたよ?

今ならね、一年くらい余裕で待てる。
何年経っても消えない、胸の痛みを知ったから…


一年なんて、あっという間だって、
あの頃のアタシに教えてやりたい。

バカな嘘なんてつかないで、
好きだって、誰よりも愛してるって、
ちゃんと伝えろって、教えてやりたいよ――

514 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:43


ハア〜〜
最悪だ。


いつまでもこんな思いを抱えてたって、
何にもなんない。


今日こそ、今夜こそ
あなたへの想いを捨てよう。


もう二度と拾えない場所に、このボタンを捨てちゃおう。


綺麗な三日月の夜に、
素敵な想い出へと昇華させよう…

ボタンを握りしめたまま
家を出た。

515 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:43





516 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:44


 <カランコロンカラン>


「いらっしゃい――」


「あら、またフラれた?」
「さすが圭ちゃん」

「てか、あんたの場合は実質はいつもフッた方だけど」
「常連に向かって、あんたとか言わないでよ」

入口に一番近いカウンター席に腰かける。
ここがこの店でのアタシの定位置。

517 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:44

「何、あれ?」

鍵型になったカウンター席の一番奥を指差した。


「常連さまの愚痴を聞いてるの」


アタシが指差した先には、アルバイトのこんこんが
こちらに背を向けて立っている。

こんこんの背に遮られて見えないから、
ちょっとだけ背伸びをして、その常連さんとやらを拝もうと覗いてみる。


カウンターに突っ伏しちゃってて、
辛うじて微かに後頭部が見えただけだけど、そうとう重症みたい。

518 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:45

「あの人、酔ってんの?」

「まさか。うちは喫茶店よ?
 深夜まで営業してても、酒は出さない主義なの」

「酒も飲めるようにすれば、もっと繁盛すんじゃない?」

見回しても、今夜の客はその常連さんとアタシだけ。


「嫌よ。酔っ払いの面倒なんて見たくないもの。
 そうじゃなくても、あちらとあんたみたいに
 愚痴こぼしに来る客がいるってのに」

「悪かったね。愚痴こぼしてばっかで」
「仕方ないわ。あたしも好きでやってるから」

そう言うと圭ちゃんは、「いつものでいい?」と
一応アタシに確認してから、コーヒーを落とし始めた。

519 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:46

「ねぇ、あちらの方は何の愚痴?」
「あら、気になる?」

「いや、常連さんって、アタシも一応常連だし
 会ったことあんのかなって」

「彼女はあんたと違って夜行性じゃないから、
 昼間か夕方しか来ないの」

「へー。じゃあ今日はなんでこんな夜中に?」


「何か眠れなくなっちゃったんですって。
 部屋片付けてたら、思い出のDVDだか何だかが出て来て、
 それ見たら、辛くなってって・・・」


ふ〜ん。


「興味ある?彼女に」

「べつに」

アタシの好きな香りが漂う。
これを嗅ぐと、気持ちが落ち着くんだ。

520 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:46

琥珀色の液体が、
アタシの前に置かれた。

カップを持ち上げて、
香りを堪能して一口含む。


「うまい」
「どーも」

圭ちゃんが、ため息をつく。

「あちらの彼女ね、どーしても忘れられない人がいるんですって」

視線だけを上げて問いかけた。


「その人が忘れられなくて、誰ともお付き合い出来ないらしいの。
 どうしても、比べちゃうんですって」

521 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:47

「あんたと同じよね…
 まあ、あんたの場合は取っ替え引っ替えしてるけど」

思わずむせた。

「人聞き悪いこと言わないでよ」
「だってほんとじゃない」


――あんたは取っ替え引っ替えしても、忘れられない人がいる。
――あちらは誰とも付き合えないほど、忘れられない人がいる。


「意外と気が合うかもよ?
 紹介しようか?」

「結構です!
 誰でも良いわけじゃないんだよ、一応…」

522 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:48

「そう?
 あたしには節操なしに見えるけど」

「節操なかったら圭ちゃんにも、手出してるよ」


「ちょっと!!」

殴るマネをして、肩をすくめると

「あたし、裏で帳簿つけてるから
 勝手に飲んでなさい」

そう言って、圭ちゃんは背を向けた。


「帰る時は、紺野に声かけてね?」


振り向いて、アタシが手を挙げたのを確認すると
こんこんにそっと耳打ちして奥に引っ込んだ。

523 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:49


取っ替え引っ替え、か…


確かにそうかもね。

琥珀色の液体を見つめた。


 『ひーちゃん』


優しく微笑む彼女の顔が、
浮かぶ。

あんなの見たからだ…


やっぱ見るんじゃなかったな。
忘れようと思ったのに、返って想いが吹き返してくる。


瞼を閉じれば、鮮明に思い出せてしまう。

あの目も
あの肌の色も
あの声さえも――

524 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:49


「ひーちゃんが悪いんだ…」


ヤベッ。
幻聴まで聴こえてくるなんて。


「ひーちゃんがいけないんだよ…」


だよな、ごめん。

素直に幻聴に、心の中で謝った。


一気にカップの中身を飲み干す。


ヨシッ!
今夜こそ――

ジーパンのポッケに手を突っ込んで
立ち上がった。

525 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:50


 <バンッ!>


思いっきりテーブルを叩く音に驚いて、
音の出所に自然と目が行った。


「全部ひーちゃんのせいなのっ!!」



えっ…?



「ひーちゃんより、カッコイイ人なんか見つからないよ。
 ひーちゃんより、優しい人なんていないもん。
 ひーちゃんより、心が広い人だっていないんだもん!」


うそ、だ、ろ…?


526 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:51


「全部比べちゃうの。
 ひーちゃんだったら、こうしてくれるのにって…」


胸が高鳴る。


「だって、わたしがどんなにキーキー言ったって、
 ひーちゃんは全部受け止めてくれたの!
 バカとかお前とか言うけど、ほんとはすごく優しいの。
 ちゃんと目をみて、話しを聞いてくれるんだよ。
 最後まで全部、絶対聞いてくれるの…」



「ひーちゃんより素敵な人、
 どんなに探したっていないんだもんっ!!」


527 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:52


「――当たり前、だろ・・・」


「えっ?」


「そんな物好き、アタシ以外いるわけねーだろ…」


「うそ…。
 ひー、ちゃん…?」


「オメーのオチのない話し、
 最後まで聞いてあげるヤツなんて、アタシしかいねーよ」


彼女より先に、アタシの目から涙が
こぼれた。

528 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:53

オチがなくたって、キーキー言ってたって、
話すだけ話して、勝手に机に突っ伏して寝ちまったって――


「それを愛しく思うバカは
 アタシしかいないんだよ!」


「ひーちゃんっ!!」


彼女がアタシの胸に飛び込んでくる。


抱き留めた彼女の温もりに、
痛いくらい、胸が締め付けられる。


他の誰かを抱きしめたって
感じなかった愛しさが、体の奥から吹き出してくる――

529 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:54

忘れられなかった、ずっと…

自分が嫌になるくらい今でも変わらず、ずっと好きなんだ。

梨華ちゃんじゃなきゃ、
ダメなんだ――


力いっぱい抱きしめた。


「ひーちゃん、だぁ…」

腕の中から、心底嬉しそうな
彼女の声が聞こえる。

530 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:55

「ひーちゃんの温もり、
 変わってない…」

彼女の腕にも力が入る。


「優しい声も、変わってない…」

「そっちのたけー声も変わってねぇよ」


「そう言われるの、懐かしい…」


「たけーけど、キンキンうるせーけど、
 アタシは――好きなんだ、その声・・・」

顔をあげた彼女が微笑む。

531 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:57

「大人になったね、ひーちゃん。
 前はそんな風に言ってくれなかった」

「素直に言葉にしないと、
 大事なもの失うって、気づいたんだよ・・・」


ひーちゃん…
――夢みたい。


夢なんかじゃねーよ。


ほんとに夢じゃないよね?


532 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:57

嬉しそうに微笑む目は、
アタシの大好きな三日月。


その目が忘れられなかった。
アタシだけを見つめてくれるその目が
大好きだった。


そして、今も変わらず、こんなに愛おしい――


「夢かどうか試してみる?」


そう言ったアタシに、優しく微笑むと
彼女は静かに目を閉じた・・・

533 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:58





534 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:58


「全く世話がやける二人よね?」
「話しを聞いてて、絶対にお互いの想い人だと思ってたんですよ」

圭ちゃんとこんこんに言われた。


どうやら、アタシ達の話しを聞いてて
薄々、二人は勘づいてたらしい――


ただ、問題はだ――



「ひーちゃんっ!!
 一体、何人と付き合ったの?!」

「キーキーうるせぇよ」

535 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:59

「だって悔しいじゃない。
 わたしは誰とも付き合えなかったんだよ!」

「知らねぇよ、んなこと…」


「ヒッド〜イ!!
 ちょっと、今の聞きました?」

こんこんが呆れてる。


「わたしは、ひーちゃん一途だったのにぃ!
 ひーちゃんは取っ替え引っ替えしてたわけぇ?!」

すごい勢いで肩を揺さぶられる。


カウンターに二人で並んで座って、
圭ちゃんとこんこんは、カウンターの中。

536 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 15:59

「はあ〜〜」

「何よっ!
 その深いため息は!!」



「吉澤さんて忍耐力ありますね?
 私だったら、すでに限界に達してます」

「だろ?」

こんこんと小声でやり取りする。


「ちょっと!!
 二人で何話してんのよ?
 まさか、こんこんともっ?!」

「ナイナイ、ナイです!!」

こんこんが、両手を振って必死に否定する。

537 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:00

「吉澤。あんた、そろそろどうにかしなさい。
 耳がおかしくなりそう…」


やっぱそうですよね?
この声が心地好いのはアタシだけですよね?
このウザさを可愛く思うのもアタシだけ。


「ひーちゃんっ!!
 何とか言ったらどうなの?!」


アタシを揺さぶり続ける
小さな手をつかんだ。


「帰るぞ!」

立ち上がって、彼女を無理矢理引っ張る。

538 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:00

「ちょ、ちょっと、ひーちゃん?!」


「ごちそうさま。
 今度からは、いつだって二人で来ますから」

「ちょ、待ってよ。ひーちゃん!」


片手で、圭ちゃんとこんこんに手を振りながら、
喚く彼女を店から引きずり出した。

539 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:01


 <カランコロンカラン>


住宅街にひっそり佇むこの店は、
ドアを出ると小さな庭があって、ちょっとした門があったりする。


「痛いよ、ひーちゃん!」

構わず、進む。


「ひーちゃんてばっ!!」

門の前で立ち止まった。
けど手は離さないよ。

540 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:02


「卒業式――」

「えっ?」


「アタシの卒業式。
 アタシは一人で門を出たんだ」

ひーちゃん…?


「隣に梨華ちゃんはいなかった。
 いつも一緒に、いつだって一緒に梨華ちゃんと、
 あの大きな門をくぐったのに…」

出る時、アタシは一人だったんだ…


小さな手をギュッと握りしめた。

541 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:02

この手を離したことをずっと後悔してた。
もし、もう一度、あの頃に戻れたらなんて、
叶いもしないことを、三日月に願ってた…


何人と付き合おうと本気になれなかった。
ずっと梨華ちゃんが心にいたから。

誰も本気で好きになれなかった――


「――ひーちゃん…」


今なら言える。
素直に、なれる。


「ずっと梨華ちゃんが
 アタシの1番だった」


握りしめた手を引っ張って
抱きしめた。

542 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:03


「好きだよ、梨華ちゃん…」


三日月見る度、思い出してた。
忘れようと思っても忘れられなかった。


これだって――

抱きしめた腕をほどいて
ポッケに手を突っ込む。

グーにして差し出した手を
彼女の前でゆっくり開く。


捨てようと思うのに
どうしても捨てられなかったんだ――


543 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:04

「これ…、第2ボタン…?」

「そう。
 こっちが梨華ちゃんので、こっちがアタシの」


「とっておいてくれたの?」


――約束したから…



彼女の手をとって、
アタシのボタンをその手のひらにのせる。


「もらってくれる?」


彼女の三日月の目から
涙がこぼれた。

544 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:04

「…バカ、バカ、バカ。
 ひーちゃんのバカ――」


苦しかったんだから。
ずっと後悔してたんだから。

地元に残ればよかったって――
ひーちゃんと離れなければよかったって――


「ずっと…ずっと…」


アタシの胸を叩き続ける彼女を
丸ごと抱きしめた。


「ごめん。
 でも、もう離したりしないから。
 絶対、離れたりしないから」


肩を震わせて、子供のように
泣きじゃくるあなたを

全てをかけて守りたい。

そう強く思った――

545 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:05




「月、綺麗だね?」

夜の街を手を繋いで、ゆっくり歩く。


空には、優しく微笑む三日月。
そして隣には、嬉しそうに微笑む三日月。


「アタシね、三日月見る度思い出してたんだ」

梨華ちゃんのこと。


三日月の夜が嫌だった。
必ずやってくる三日月の夜は、
アタシの胸を痛くさせて、苦い想い出が蘇るから…

だけど今日からは――


546 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:06

「あ、わたしもね。
 満月の夜に思い出してたよ?」

満月って、ひーちゃんの驚いたときの
真ん丸おめめみたいでしょ?


得意げに微笑む彼女。


はあ〜〜

わざと大きなため息をついた。


「何?ひーちゃん、どうしたの?」

「――それ、今思いついただろ?」


「えっ?」

彼女の目が泳ぐ。

547 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:08

「今、『あっ』つっただろ」

「い、言ってないよ?
 やだなぁ、ひーちゃんたら」


立ち止まって、彼女と向き合う。
落ち着きない視線を捕らえるために
両手で頬を挟んで、無理矢理視線を合わせる。


「わかるんだよ、アタシには」

「思いついたまま、しゃべっただろ?」

「白状しろ」



「その、通りです…」

頬を挟まれたままで
つぶやく彼女。

548 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:08

かわいいなんて、密かに思ってるけど
ぜってー、口には出さない。


「ひーちゃんがロマンチストすぎるんだよ!」

「はあ?
 何逆ギレしてんだよ」

「お空を見て、思い出してくれてたんでしょ〜」

冷やかすように、アタシの腕をつつく。


「だからなんだよ!
 大体オメーは、外見チョー女の子なくせして
 現実的すぎん――」

目を閉じる暇もなかった。

549 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:09


「――でも、ずっと好きだったもん。
 ずっとひーちゃんだけ、想ってたもん…」

唇を離して、少しかすれた声で彼女が言う。


「ずっとずっと、ひーちゃんだけだもん」


昔からそうだった。
ストレートに感情ぶつけてきて
アタシはいつも受け身で――


「――アタシも、ずっと。
 ずっと梨華ちゃんだけだよ・・・」


もうあの頃のアタシじゃない。
ちゃんと言葉にする。
大事なものは、この手で守る――

550 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:10


「もう絶対、離したりしないから」

彼女の腰を引き寄せた。


「逃げたりしないから」

三日月の目を見つめる。


「ずっとそばにいて・・・」


愛してる、梨華――


瞳を閉じた彼女の目じりから
涙が溢れる。

唇で拭って、最後に
彼女の唇と合わせた。

551 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:10


「――しょっぱい・・・」


また、そうやって現実的になるんだから・・・


少しかがんで、
うつむいた彼女の目線と合わせる。


「毎日甘いキスしてあげるから」


驚いたように見開かれた三日月の目。
もう一度、素早く唇を奪う。


もっと驚かせてあげる。
アタシの素直な気持ち、聞かせてあげる。

甘い言葉も
甘いキスも

全部、あなたのために――

552 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:11

「うちにおいで?」

彼女の肩を抱いた。


「――ひーちゃん、ズルい・・・」

ん?


「昔から、そうやって急にドキドキさせること
 言うんだもん・・・」


――ズルいよ。

そう言いながら、彼女がアタシの腰に
腕をまわす。

553 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:12


今の心のままで、高校生のあの頃に戻れたら――

なんて、三日月見るたびに願ってたけど、
今はね、今のありのままの姿で、
あなたと愛しあいたいって思ってる。

一番大切なものを、自ら手放すなんて
バカなことはもうしない。

ずっと想い続けてきた、あなたを
もう決して離さないから。


――愛してる。


何度だって、言うよ。


アタシの大好きな三日月が、
毎日輝いていられるように――

554 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:12


     終わり


555 名前:三日月の夜 投稿日:2009/08/06(木) 16:12



556 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/08/06(木) 16:14

久々の一話完結ものでした。
ご感想など頂けたら、ありがたいです。



557 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/07(金) 18:29
王道のストーリーなのに
なぜ涙が止まらないのでしょうか・・・
558 名前:とうふよう 投稿日:2009/08/08(土) 22:15
ひさびさに純愛ないしよしに出会えて
とても嬉しいです(o^〜^)
これからも素敵なお話待ってます(^^♪
559 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/10(月) 15:19
さすが!良いお話でした
もう少し続きが読みたいくらいです
またこれからの作品にも期待しています
いつもいしよしをありがとう
560 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/08/14(金) 18:30

>557:名無飼育さん様
 今回は思いっきり予想できる展開で
 書いてみちゃいました。

>558:とうふよう様
 楽しんで頂けたようで何よりです。

>559:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 続きをご希望のようでしたので、ご要望にお応えして
 続き書いちゃいました・・・と言うのは、冗談で(笑)
 三日月の夜を書いてすぐ、とある言葉(ネタ?)を使いたいがために
 既に書き上げていた続きを今日はお送りします。



とあるネタを使いたくなっただけだと言うのに
なぜか長めの短編です。

『三日月の夜』から少したった
二人の物語です。

それではどうぞ。

561 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:32


 『満月の夜 〜side R〜 』


562 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:33


「やっぱ寝顔はあどけないなぁ…」


あなたの腕に抱かれたまま、
密かにその横顔を堪能する。

寝顔を見ると、
あの頃のあなたを見てるみたいで、安心するの。

だから、わたしはいつだって
あなたより先に目覚めて、あなたを見つめる。


何人が、この寝顔を見たのかな・・・
そう思うと胸がチクリと痛む。

563 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:33

いつも通ってる喫茶店で
あなたと再会して――

ほんとに、心臓が止まるかと思った。


今でもね、時々夢みてるんじゃないかって
思っちゃう。

だって、あの頃よりも
ずっと大人っぽくなったあなたは
ほんとに綺麗で――


まだあどけなさを残していた眼差しは
しっかり前を見つめてる。

564 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:34

あなたが、大人になっていく過程に
わたしはいなかったんだなぁって思うと、ちょっと複雑。

他の誰かが、あなたを大人にしたのかなって…

あなたに抱かれてる時も
時々思っちゃうの。


ああ、ひーちゃんは
わたし以外も知ってるんだって…


わたしは、ひーちゃんしか知らなくて。

ちゃんとひーちゃんを満足させて
あげられてるのかなって

時々、すごく不安になる――


565 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:34


「――んんっ…」

ひーちゃんが、寝ぼけたまま
わたしを抱きしめる。


誰もがうらやむほどの真っ白な肌。
何人の人が、あなたにこうして抱きしめられたのかな…


「――どうした…?」

かすれた声が、頭の上から聞こえた。

髪にキスを落として
そのまま、おでこにキスしてくれる。

566 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:35

「梨華ちゃん?」

ひーちゃんの胸に顔を埋めた。


「なんで泣きそうな顔してんの?」

顔を埋めたまま、
首を振る。


優しい声で聞かないで。
涙が出ちゃうから・・・

髪をひかれて、顔を覗かれる。

ほら、その瞳。
大人びた表情。


「どした?」

言えないもん。
見たこともない過去の相手に、嫉妬してるなんて――

567 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:36


「アタシね」

仰向けに体を戻して、
腕にのせたわたしの頭を撫で、
むき出しの肩を優しく撫でてくれる。


「梨華ちゃんだけなんだ。
 こんなに満ち足りた気持ちになるの」


どんなに他の誰かと肌を合わせても
心から幸せだと思えなかった。

無理矢理、幸せだって思おうって
自分に言い聞かせてた…


けど、どんなに言い聞かせても
自分の心はごまかせなかった。


いつだって、梨華ちゃんを求めてた――


568 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:36

ひーちゃんが半身を起こして、
わたしを見下ろす。


「泣かないで…」


ごめん、泣くつもりなんて
なかったのに――

声にならなくて、
黙って首を振る。


「今なら上手に愛せるのにって、いつも思ってた。
 悲しませたりしないのにって、いつも思ってた」


梨華ちゃんへの想いが、アタシを大人にしてくれたんだ…


梨華ちゃんにちゃんと想いを
伝えられるようになりたくて…

569 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:37

こらえようと思うのに、
返って涙が溢れ出す。


「不安にならないで。
 ちゃんと教えて?」

梨華ちゃんが納得するまで
いくらだって、気持ち伝えるから――


もう!
余計、涙が出ちゃうじゃない。


「好きだよ」

梨華ちゃんが、そばにいてくれれば
他に何もいらないから――


嗚咽にかわる。

570 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:37


「――キス、し、て…」

わたしの言った通り、
優しいキスをくれる。


「ヒックヒックしてるよ?」

いたずらっぽく、ひーちゃんが言う。


「ひー、ちゃん、が、泣かせる、
 から、だぼん…」

「だぼんって…
 ふはっ、かわいい」

また優しいキスをくれる。

571 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:38

悔しいから、ひーちゃんの首に
腕を回して引き寄せた。

んんっ…


口づけたまま、回した腕をほどいて、
ひーちゃんがわたしの手を手繰る。

指と指を絡めて繋いだ。


「梨華…」

――愛してる。


572 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:38


やっぱり、ひーちゃんは大人になった。


あの頃は、わたしが伝えなきゃ、
ひーちゃんは言ってくれなかった。

わたしが伝えた時のあなたの瞳の色で
量ってたんだ。


でも今は――

真っすぐに伝えてくれる。


探ったりしなくても、あなたがちゃんと
言葉にしてくれる。

573 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:39

「ひーちゃん・・・好き」

優しく微笑む瞳。


変わらない。
そう、この瞳の色は変わらない。

わたしを愛してくれてるって、
はっきり分かる、あなたの瞳の色。


「好き・・・、ひーちゃんだけが好き・・・」

嬉しそうに微笑んでくれる。


すべすべの頬に手を伸ばした。


「ひーちゃん、もう一度、キスして・・・」


わたしの望み通りに、ひーちゃんは、
甘いキスと甘い言葉をたくさんくれて、
また情熱的に、わたしを求めてくれた――

574 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:39




575 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:39


ゆっくり目を開けると、
おぼろげな光りが、ゆらゆら揺れていた。

甘い香りが漂っていて、
開け放たれたドアの向こうに、
ひーちゃんが座ってる。


――ほんとに絵になる人。

ただそこに座しているだけで、
見るものを魅了する美しさを備えてる。


ベッドに横たわったまま、
あなたを見つめた。

576 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:40

「アチッ!」

クスクス・・・


「なんだよ、起きてたの?」

ひーちゃんが、唇を尖らしながら、
わたしに近づいてくる。

ベッドに起き上がった。


「燃えてるキャンドルに触れたら
 やけどするに決まってるでしょ?」

「だって、指にも匂いうつるかなって」

いい匂いだったからさ・・・

やけどした指を気にしながら、
ベッドに腰掛けるひーちゃん。

577 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:40

「炎の中を、素早く通るとさ、
 熱くないじゃん」

「あれだけ何度もやれば、熱くなるよ?」

見てたのかよ・・・

ボソっとつぶやいて、
また唇を尖らせた。


――かわいい。


すごく大人っぽかったり、
今みたいに子供っぽいことしたり。

男の子っぽく振舞うくせに、
アロマが好きなロマンチストだったり。

冷めてるようで情熱的で。


あなたの魅力をあげれば、キリがない。

578 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:41


気にし続けている、綺麗な指をつかんで
自分の鼻に近づけた。

「――いい匂い」

「でしょ?」


でも、やけどしないでよ。
すごく綺麗な手なんだから――

そのまま、その指をくわえた。


「・・・梨華ちゃん?」


わたしが治してあげる・・・


579 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:41

「――なんか・・・、エロイよ・・・」

あなたのかすれた声。


「梨華・・・」

名前を呼ばれて、あなたの指をくわえたまま
見上げた。


反対の手で、わたしの頬を撫でてくれる。
唇の端を、親指が撫でる。


「キス・・・しよっか?」


そのままベッドに沈んで、
わたし達は、再びお互いを求め合った――


580 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:41





581 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:42


「なんか悔しいなぁ・・・」

ベッドにうつ伏せになって、頬杖ついて
わたしの髪で遊んでる。


さっきのアロマキャンドル。
ロマンティックなムードを盛り上げるための
香りだったんだって。

今夜は久しぶりに、朝までゆっくり
できるからって。

キャンドルの明かりが揺れる中で、
ロマンティックなムードに浸りたかったらしい。

わたしが目覚める前に焚いて、
そういう雰囲気にしようって思ってたみたい・・・

わたしがいつも、ひーちゃんの夢を壊しちゃうから。
現実に戻しちゃうから。

582 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:42

「ひーちゃんが、炎の中に指を
 突っ込んだりしたのがいけないんだよ?」

「だってヒマだったんだもん」

梨華ちゃん熟睡してるし、
ジっとしてんの苦手だし。


そりゃ、何度もすれば
さすがに疲れるわけで――


「筋トレしてればよかったじゃない?」

「起きた時、恋人が筋トレしてて
 ロマンティックな気分になる?」


――ならない・・・

583 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:43

「ハア〜〜
 Hしてる間にキャンドル消えちゃった・・・」

重いカラダを起こして、
ひーちゃんの背中に頬をのせる。

火照った頬が、ひんやりした背中に
あたって気持ちいい。


「わたしだって女の子だもん。
 ロマンティックな雰囲気に憧れるよ?」

ましてや、あなたと一緒なら――


584 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:44

「そー言いながら、すぐ現実的な発想すんじゃん」

 一緒に星見たくて、ベランダに出たら
 髪乾かさないと風邪ひいちゃうからダメ。

 ちょー愛し合った後も、
 お腹冷えちゃうからって、途中で起こして服着させるし・・・


「えー!しっかり者って言わない?
 そういうの?」

「んなの、抱き合ってりゃ、
 大丈夫だっての」

「そおかな〜」

「アタシはさ、余韻とか
 そういうのを大切にしたいわけ」

そう言って、ひーちゃんが起き上がる。

585 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:44


「どーせ、覚えてないんだろうな・・・」

ボソッとつぶやいて、ひーちゃんはベッドから抜け出した。


「何を?」
「いーよ、別に」

「何?何?
 気になるじゃない?」


テキトーに落ちている服を羽織って、
開け放たれたままのドアからリビングに出て、
燃え尽きたキャンドルを手に取った。

「もう1本、買っときゃ良かったかな・・・」

またボソッとつぶやいて、
ひーちゃんは窓辺に行くと、カーテンを開け放った。

586 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:45

「まだ夜中だよ?」

「わかってるよ」

背中を向けたまま答えるあなた。

筋書き通りに行かなくて、
ちょっと不機嫌みたい。


わたしも、慌てて下着をつけて、
パジャマを着る。

わたしは、ひーちゃんのように
お洋服をテキトーに羽織るだけとか、そういうのは出来ない。

へんな所で、キッチリしてると言うか・・・

だから、ひーちゃんがそのままの格好でいたら
風邪ひいちゃうとか、心配になっちゃうの。

こういう所を、ひーちゃんは現実的だって
言うんだろうな・・・


「ひーちゃん・・・」

ひーちゃんの隣に立った。

587 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:45

「今日、満月だよ?」

窓の外を見つめたまま、
ひーちゃんが言う。

窓の外には、真ん丸お月様。

その月明かりに照らされた
あなたの横顔は、やっぱり美しい。

月なんかじゃなくて、あなたを見てる方が、
よっぽどロマンティックな気分になれるのにって、
わたしは思うんだけど――


「ほらやっぱり。
 満月って、ひーちゃんの真ん丸おめめに似てるでしょ?」

あなたの腕に自分の腕を絡ませて、
おどけてみせた。

――笑顔になってほしいから。

588 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:46

「ちょっとだけ、ベランダ出ない?」

優しい音色で、そう言ったあなたの瞳は、
今夜の月と同じで、優しい色。


 その格好じゃ、風邪ひいちゃうよ?

喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ――


もうすぐ夏も終わる。
深夜の風は冷たさを含んでいて、
一瞬にして体を冷やしてしまう。

あなたが風邪なんてひかないように
ピッタリ寄り添う。


589 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:46


「あの日、さ・・・」

落ち着いたトーンで話し始める
ひーちゃんの優しい声。

「初めて二人きりになったじゃん?」

みんなで行った夏祭りのことかな?
わたしの気持ちを知っていた友人たちが
わざとはぐれて、二人きりにしてくれたんだよね・・・


「すげードキドキしてて、
 アタシ、空ばっか見てた」

いつもは、ちゃんと目を見て話してくれるのに、
ひーちゃんは、わたしの方を全然見てくれなくて、
浴衣着てきたの失敗だったかな・・・
なんて、ヘコんでたんだ。

590 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:47

「浴衣姿が、なんかすげー眩しくて
 まともに見れなかった・・・」

だから、ずっと上ばっか見てて――


「あの日も、こんな風に綺麗な満月だったんだ」


反対に落ち込んで足元ばかり見ていたわたしは
いつの間にか、あなたとはぐれてしまって・・・

悲しくて、辛くて、
もうどうしたらいいのか分からなくなって。


せっかくメイクだってしてきたのに。
髪だって、時間かけてアップにしてきたのに。

頑張って履いてた下駄も
鼻緒がこすれて指が痛くて
もう歩きたくなくなっちゃって…

境内の石段に腰かけていじけてたら、
息をきらせて、汗だくのひーちゃんが走りこんできたんだ――


591 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:47


「よかった…」

わたしの姿を認めた途端、
その場にへたりこんだ。

まだお互いの携帯番号さえ
交わしていなかった、あの頃。


「――ほんとに
 無事でよかった…」

そう言って微笑んでくれた
あなたの眼差しがすごく優しくて。

嬉しくて、好きな気持ちが
また一気に溢れて来ちゃって、
涙となって流れ出した。

592 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:48

「ご、ごめんなさい・・・」

慌てて立ち上がって
あなたが近づいてくる。


「アタシ、その…」

石段に腰かけたわたしの真ん前に立って、
ハンカチを差し出してくれた。


「知らないうちに置いてっちゃったみたいで…
 ほんとにごめんなさい…」


差し出されたままのあなたの手を握って
そのまま、その胸に飛び込んだ。

593 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:48

「――好き…」

自分では、もう気持ちが止められなくて。


「吉澤さんのことが、好きなの…」

気がつけば、あなたに想いを告げていた――


しがみついたあなたの体が、
硬直してるのが伝わってきて。

あ〜あ、わたしまた暴走しちゃったって。
いきなり女の子に、しかも高校の先輩に
告白なんかされたら迷惑だよね…

そう思って離れようとしたら
すごい力で抱きしめられて――

594 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:49


「アタシも…、です」


予想外の出来事に、ビックリして
すごい勢いで顔を上げると、わたしは聞いてしまった。

「わたしを好きってこと?」

黙って頷くあなた。


「ほんとに?」
「ほんとです」

「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとです」


「ほんとにほんとにほんと?」


何度も尋ねるわたしを
可笑しそうに見つめて。


「ほんとにほんとにほんとですよ」

って言って、優しく微笑んでくれた。

595 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:49

嬉しくなって、
ヤッターって、拳をあげたわたしに

「全く石川先輩って、
 ムードないなぁ…」

なんてため息つかれて。


あっという間に落ち込んだわたしを
あなたが、もう一度抱きしめてくれて。

「でも、キライじゃないですよ。
 そういうとこも」

って、囁いてくれて。


わたし達は恋人になった――


596 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:50



月を見つめていたひーちゃんが
わたしを見る。


「ほんとムードないよなぁ…」
「なによぉ」

「あの後キスしようとしたのにさ、
 『ちょーっと待って!!』だもんな」

クスクスと笑いながら言うから
絡めた腕で、ひーちゃんの脇をつついた。


「夏祭りの夜に、二人きりでさ。
 想いが通じ合って、おまけに綺麗な満月の下で・・・
 なんて、ちょームード満点じゃん。
 これ以上ないくらいのシチュエーション」

「だってぇ…」

「ファーストキスな訳だしさ。
 ロマンチックを求める乙女の気持ちを、
 思いっきり、踏みにじってくれちゃってさ」

からかうようにあなたが言う。

597 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:51

「初めてだからだもん。
 初めてが、タコ焼きの味なんて嫌でしょ?」

「アタシ食べてねーし。
 初デートで緊張してて、かき氷しか食えなかったもん」

「ひーちゃんこそ覚えてる?
 そのかき氷、一口ちょーだいって言ったら
 真っ赤な顔して、食べさせてくれたんだよ?
 『ア〜ン』って」

「ア〜ンなんて言ってねぇし」

「いいの!
 わたしには、ひーちゃんの心の声が聞こえたんだから!」


「バッカじゃね」


言葉は乱暴だけど、あなたの声には、愛がある。
好きだよ、そういうとこも。
色んなひーちゃん、全部ひっくるめて大好きだよ。

598 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:51

ひーちゃんが、月に向かって右手を伸ばした。

「子供の頃さ・・・」

毎日、自在にカタチを変える月が
なんかすごく魅力的で、
この手に掴んでみたくてさ。

でっけぇから、こうやって手を伸ばしたら
つかめそうで。

屋根の上とか登って、手伸ばして
よく怒られたな・・・


「そんな危ないことしたら
 怒られるに決まってるじゃない」

「だって、掴んでみたかったんだよ」


あの日もさ・・・
ほんと月が綺麗で、こうして手を伸ばしたら
届きそうだったんだ――

599 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:52



600 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:52

「こうして手を伸ばすと、月がまるごと
 掴めそうな気がしませんか?」

夏祭りの帰り道。

わたしに合わせてゆっくり歩いてくれて、
もうはぐれたりしないようにって、
ずっと手を繋いでくれて――


「アタシ、ずっと思ってたんです。
 夜空に輝く月を手に入れることが出来たら
 どんなに素敵だろうって」

――けど、もういいんです。


不意に繋いでいる手を強く握られて
不思議に思って、隣のあなたを見あげた。


「一番綺麗な月を手に入れたから。
 だから、もういいんです…」

601 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:53

月へと伸ばしていた手をゆっくり下ろすあなた。
拳を握ったまま、その手がわたしの前に差し出される――


「アタシが大人になったら、
 もっと素敵なの、プレゼントさせて下さい」


そう言って開かれた手の平にのせられていたのは、
夜店を見ながら、わたしが可愛いと言ったペンダント。


「もっと素敵なのを、きっとプレゼントしますから」

だから。
ずっとアタシのそばにいて下さい――


602 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:53



月へと伸ばしていた手を
ゆっくり下ろして、わたしの前に差し出す。

まるで、あの夏祭りの日のように――


もしかして、ひーちゃん…


「目、閉じて?」

いつも以上に優しく響くひーちゃんの声。

言われた通りに黙って
目を閉じた。


首のまわりに優しい感触。
あなたがわたしを包みこむように、後ろに腕を回す――

603 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:54

「開けていいよ」

ゆっくり目を開けた。


「ムーンストーンって言うんだ」


わたしの胸元に光る石。
月光を浴びて、優しく神秘的に輝く小さな石。


「『愛を伝える石』なんだ。
 大人になったアタシからのプレゼントには最適かなって――」

照れたように笑うひーちゃん。


今日は、あの夏祭りの日だったんだ…
だからロマンティックな雰囲気にしたくて、キャンドルを――

604 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:55

「ひーちゃん…」

「約束してよ。
 ずっとそばにいるって」

嬉しくて、思わず涙が溢れる。


「来年も再来年も。5年後も10年後も。
 死ぬまで離さないからさ」

――ずっとそばにいて欲しいんだ。


もう絶対、泣かさないから。
もう絶対、悲しませないから。

だから――


ひーちゃんの胸に飛び込んだ。

605 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:55

「ずっとそばにいる。
 ひーちゃんが嫌だって言ったって離れないもん」

離さないもん・・・


ひーちゃんにしがみついた。
まるで想いが通じたあの日みたい。

満月の下で、二人きりで――


きっとひーちゃんも同じこと
考えてる。

だって、ほら――


ひーちゃんが真剣な瞳で見つめるから
黙って目を閉じた。

そっと唇が重なる・・・

606 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:56


初めてキスしたときみたい。
心臓がドキドキしてる――


初めての時と同じように、ただ触れるだけのキスをして
ひーちゃんはわたしから離れた。


「ヤベー、心臓止まりそう・・・」

小さな声でつぶやくあなた。


「もう!
 肝心な時にムードを壊すのはどっちよ!」

「だって仕方ねーじゃん。
 なんで今更こんなドキドキすんだろ」


「好きだからに決まってるでしょぉ〜」

そっぽを向いた、ひーちゃんをからかった。

607 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:56


「なんかさ・・・」


――アタシたちってすごくね?

アタシたち、正反対だけど
補い合ってんなって。

アタシの欠けてるとこ、梨華ちゃんが補ってくれて
梨華ちゃんの欠けてるとこ、アタシが補ってさ。

こういう人に、めぐり合えるのって、
すげーことなんじゃないかなって、最近思うんだよ――



「ほら、記念日覚えてないとこなんて
 まさにそうじゃん」

優しい眼差しで、月を見ていたと思ったら、
途端にイタズラな色を含んで、わたしを見た。

608 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:57

「どーせ、今日が夏祭りの日だったなんてこと
 忘れてただろ?」

アタシたちの大切な日だってのにさ・・・


意地悪く言うから、
むぅっと口を尖らせた。


「けどいいよ。
 記念日なんか、全部アタシが覚えてっから」

いつになく真剣な顔をして、
ひーちゃんが言葉を紡ぐ。

「梨華ちゃんは、いつもそばにいて
 一緒に祝ってくれればそれでいい――」


泣きたくなるほど
今夜のあなたは素直。

609 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:58


心にもないことを言って、
わたしと別れたことを、すごく後悔したからって。

二度とあんな思いしたくないし、
梨華ちゃんを離したくないからって――


だから、わたしもね。
今まで以上に、真っすぐにあなたを愛すよ?

あの日――

電話口であなたに浮気したって言われて、
『わかった』なんて強がったけど、本当は泣いてすがりたかったの。
すぐにでも、あなたの所に行きたかったんだもの・・・。


610 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:58

「いるよ。
 ずっとそばにいる。
 ずっと、ひーちゃんの隣にいる・・・」

素直に言葉にしたら、
嬉しそうに微笑んでくれた。


ひーちゃんの腕に自分の腕を絡ませて
寄り添ってあなたの肩に頭をのせる。


「今夜は、このままもう少し
 二人で月を見ようか?」

黙って頷いた。

「アタシが風邪ひかないように、
 そうやって温めててよ…」


いいよ。
もっとちゃんと温めてあげる――

ひーちゃんの背後に回って、背中から抱きしめた。


611 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:59





――み、みえない。


月が、ひーちゃんの背中で見えない…



「はあ〜〜」

吐き出す息と共に、大きく動く背中。


「っんとに、バッカじゃねーの?」

腕を引っ張られて、あっという間に
背中から抱きしめられた。


「こっちだろ、フツー」

背後から聞こえる
あきれ声。

612 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 18:59


だって、背中が冷えるから、風邪ひくんだよ?
だからひーちゃんの背中温めてあげようって、思ったのにぃ…


「わかったから」

強く言ったと思ったら、
耳元に唇を寄せて、あなたが囁く――


「風邪ひかないように、
 朝まで愛しあっちゃおうか?」

満月だし
狼男にへんし〜ん!
なんてさ。

「襲ってやる〜」

なんておどけて、わたしの首筋に噛み付いた。

613 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 19:00

「――それ、ドラキュラだから」

「そうだっけ?」


ま、いいじゃん
何でも。


その笑顔を見たら、ほんとに
何でもいいかなって思える。

変なとこに几帳面なわたしには
珍しいこと。

ていうか、ひーちゃんとだから
そう思えるの。

614 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 19:00


「ヘーックション!
 さみぃ!!」

「ほらっ!
 言わんこっちゃない!」

そんな布きれひっかけただけ
みたいな格好で、外に出るからよ。
せめてボタンくらい、キッチリとめなさいよ!

「あー、うるせぇ、うるせぇ」


なによぉ
んだよ


おでこをくっつけて睨みあったりなんかしてるけど
いつだって、優しく包みこんでくれるあなたが好き…


一緒に吹き出した。

615 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 19:01

「中、入ろ?」
「おう」


ひーちゃん、知ってる?

月ってね、自分ひとりじゃ輝けないの。

月が美しい光りを放てるのは、
他の誰かが、もっと大きな光りをくれるから。


だからね、ひーちゃん。

ひーちゃんがずっとそばに
置いときたいって思えるような
素敵な月でいられるように、わたしも頑張るから。

これからもあなたのその大きな愛で
わたしを輝かせて?

夜空に輝く月なんかより、
もっとずっと美しく輝いてみせるから――


616 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 19:01


617 名前:満月の夜 投稿日:2009/08/14(金) 19:01


   終わり

618 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/08/14(金) 19:03


お粗末様でした。

ちょびちょび新作を書き始めているので、
そのうち始めると思います。

619 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/16(日) 11:55
綺麗なお話しだなと思いました。
Side Rって書いてありましたがSide Hもあったりするんですか?
新作も楽しみに待ってます♪
620 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/19(水) 19:30
続編きてるーーー嬉しいっす
読み応えたっぷりだしあ〜読んでまた幸せになりました
相変わらず二人が交わす会話もうまいですよねリアルで楽しい
新作期待してますぼちぼち頑張ってください
621 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/09/07(月) 20:14

>619:名無飼育さん様
 やっぱり気付いちゃいました?(笑)
 すみません、単なるコピペミスです・・・
 当初はもっと短くて、両サイド書くつもりだったもので(汗)
 大変、失礼致しました。

>620:名無飼育さん様
 ありがとうございます!
 楽しんで頂けたようで何よりです。


では、新作を始めたいと思います。
それではどうぞ。

622 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:15


   『I wrap You』


623 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:17


「申し訳ありませんでしたっ!!」

膝におでこがくっつくぐらい、体を折り曲げる。


「中途半端な仕事しか、君の会社はしないのかっ!
 それともうちをバカにしてるのか?」

「決してそのようなつもりは
 ございません」

今はただ、ひたすら誠意を尽くすしかない。


「はあ〜。
 君に言っても仕方のないことだ。
 だが言わずにはおれん・・・」

「――本当に申し訳ございません」


「とにかく取引は白紙に戻させてもらう。
 もういい、今日は帰り給え」


「本当に、申し訳ございませんでしたっ!!」

彼が部屋を出ていくまで、
アタシは頭を下げつづけていた――

624 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:18


すぅ〜〜、はあ〜〜


取引先を出て、一番にすることは深呼吸。

張り詰めていた気持ちが
少しだけ和らぐからだ。


この数日、アタシは取引先を回っては、
ただひたすら、頭を下げている。

なぜなら、すぐ下の後輩が突然全ての仕事を放棄して
辞表を提出した。

急遽、彼女の仕事を引き継ぐことになり、
フタを開けてみたら――


全てやりかけのまま。

何もかも、中途半端なままで
ひと月放置してたことがわかった。

625 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:20

上司は今まで、それに全く気づくことなく、
彼女のテキトーな報告を鵜呑みにし、
任せきっていたらしい。

で、いざこの事態を目の当たりにしてみると――

なんとその部長は逃げ腰。
『お前の後輩だ、お前が謝って来い』
なんて、アタシにとばっちりが来る始末。


まぁ、すぐ下の後輩だし
アタシがもう少しあの子の気持ちに
敏感に気づいてやれば良かったのかも…
なんて負い目も、実のところ感じてる。


今年に入ってから、
新入社員に手をかけすぎていたのかもしれない。

たった一回でも、彼女を食事に誘っていれば
もしかしたら、胸にわだかまっていた何かを
打ち明けてくれていたかもしれないのに――

626 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:20


はあ〜〜

しかし、骨が折れる。
クタクタだ。

苦情を全身で受け止めるのは
本気で応えるよ…


 <♪♪♪♪♪>


会社からだ。
また苦情の電話でも来たのだろうか…

咳払いを一つして、通話ボタンを押した。


「吉澤です」
『もしもし、仙石です』

「おー、どした?
 また何かあった?」

なるべく明るい声を出す。
彼女が、アタシが面倒見てる新入社員。
どこか抜けてるけど、一生懸命だから憎めない。

627 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:21

『大丈夫です。今日は何もないですよ?
 ・・・あ、そうだ。ハロテン企画のアヤカさんから電話があって、
 吉澤さんの企画で進めましょうって、社長からGOが出たって』

「マジで?!」
『はい!』

「ヨッシャー!って喜ぶ前に」

ったく、何度言ったら分かるんだ?

「社長秘書の長手さんからって言え。
 アヤカさんなんて呼んで、仙石ちゃん会ったこともないだろ?」

『すみません・・・
 でも、吉澤さんがアヤカさんって電話で話してるから』

「アタシは大分親しくなったからだよ。
 それに、向こうがそう呼べって言うからさ」


『もしかして――』

仙石ちゃんが声をひそめる。

628 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:21

『アヤカさんって吉澤さんのことが
 好きなんじゃ――』

「アホかっ!
 それからなぁ・・・」

『はいはい。
 社長秘書の長手さんです』

「はいは一回」
『は〜い』

「伸ばすな!」

ったく。

『えへへ・・・』

えへへじゃねーよ。

629 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:22

「で、他に用は?」

『今日は部長、外出してもう戻らないから
 吉澤さんもたまには直帰して、体休めたらどうかなって思って
 電話したんです』

「けど、昨日の企画書
 まだ直してねーし」

『私やっときますよ?
 あれくらいだったら、私でも出来ますし』


少しだけ考える。
正直、体がキツイ。つーか気持ちも。
そういうのを、この子は意外と敏感に察してくれて、
気を使ってくれる。


「じゃ、今日は仙石ちゃんに甘えるよ」

『えーっ!甘えてくれるんですかっ?
 いくらでも抱きしめてあげますよ?
 結構、巨乳なんで』

630 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:23

「そりゃ、嬉しい・・・って、アホかっ!
 言葉に甘えるって言ってんの」

『もう。言葉だけなんて
 つれないこと言わないで下さいよ〜』

コノヤロ。
人をおちょくりやがって――

説教をたれてやろうと
口を開こうとした途端、彼女が先に封じる。


『な〜んて。
 今日は、ゆっくり休んで下さいね?』



「――サンキュ」


『お礼はデートでいいです』
「ばか。調子にのんな」

『えへへ・・・
 ではまた明日』

「おう、また明日」

通話終了ボタンを押した。
思わず笑みがこぼれる。

631 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:23

ああやって冗談言って、アタシの気持ちを
軽くしてくれてんだろうな・・・

ここ数日の、アタシのハードスケジュールを
一番間近で見てるのは、彼女だから。

今までの自分の仕事だけでも手一杯なのに、
後輩の仕事を一手に引き受けたアタシの体を気遣って、
こうして密かに手を回してくれる。

彼女だって、遊びたい盛りだろうに
文句も言わず、アタシの仕事のアシストをしてくれてる。

日々、頼もしく成長していく彼女。
今度一日くらいは時間作って、映画にでも誘ってやるか・・・

632 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:24



まだ街が活気付いてる時間に帰宅するなんて、
ほんと、久しぶりだ。

帰宅を急ぐサラリーマン。
部活や塾を終えた学生たち。

家路へと向かう彼らとすれ違いながら、
駅までの道をゆっくり歩く――


いつの間にか、色づいてたんだな・・・

辺りを見渡すと、街路樹の葉が
所々、変化を始めている。

ここんとこずっと
景色を見る余裕さえなかったからな・・・


目の前にひとひら、
既に変化を遂げた葉が舞い降りてきた。

そっと拾いあげる――

633 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:25

「いつからアタシは、こんなに急いだ人生を
 送るようになったんだろうな…」

思わずつぶやいた。


今のアタシは、地に足をつけて
生きているだろうか?

本当にやりたいこと、やれてるのかな…?


「君も随分急ぎ過ぎたんじゃない?」

拾いあげた葉に問いかけて、
そっとその木の根元に、その葉を寄り添わせた。


もう少し、そばにいなよ。


634 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:25


忙しさの谷間にポッカリ空いた時間が、
余計にアタシをしんみりさせる。

アタシの心に刻まれたフレーズが蘇る――


  (目の前のことに、全力で取り組んだら
   きっといつか、道が拓けるはずです。
   どんなに闇の中にいても、前へ進む限り必ず出口に辿り着くはずです)


そう。だから――

どんなに迷っても、今は目の前のことに、
全力で取り組むだけだ。

そしたらきっと、
アタシの道が見えてくるはずだから――

635 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:26

ヨシッ!!
今夜はいっちょ、元気になるもんでも食べよう!

何がいいかな…?

洋食、和食、中華――
思いを巡らす。

駅まではまだ大分ある。
とりあえず駅前に行って決めるか…


そう思っていると、数メートル先にある店から
笑顔の客が出て来た。


「また来るよ」
「ありがとうございましたっ!」

636 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:26


住宅街にひっそりと佇む
小洒落た一軒の店――


 <ニューTOKYOありす>


何かごちゃごちゃした名前だな。

コーヒーの看板があるから
喫茶店か…、残念。

そう思って、また歩きだそうとして
窓の貼紙を見つけた。


 [当店自慢 絶品オムライス
  一度ご賞味あれ!]


お世辞にも綺麗とは言えない文字だけど
何だか親しみがあって、愛らしい。

そして何よりも「絶品オムライス」に惹かれて
アタシはその店の扉を開けた――


637 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:27


「――いらっしゃいませ。
 お一人様ですか?」

「はい」

「お好きなお席へどうぞ」


ぐるりと見渡すと、テーブル席が4つと
カウンター席だけの意外と狭い店。

テーブル席は全て空いていて
カウンターに、二人だけ座ってる。

とりあえず、一番遠い
奥のテーブル席のソファ側に陣取ることにした。

638 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:27

に、してもあの人。
たけー声だな・・・

カウンターに座ってるのは、
常連なんだろうか?

さっきのたけー声の店員さんと
何やら話しているけど、耳にはっきり届くのは、
たけー声だけ。


「もう、柴ちゃんは黙ってて」

「圭ちゃんだって似たようなもんじゃない」


じっと見てると、彼女がトレーを抱えて、
アタシを目がけてやってくる。


ふーん。
見た目は、まあ可愛い。
バイトかな?

639 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:28

ニッコリ微笑んで、アタシの目の前に
水とおしぼりを置いた。


「ご注文はお決まりですか?」

やっぱ、たけー。
てか、アニメ向きだな。
声優さんのタマゴとか?

少しの沈黙も、笑みを崩さず対応する。
意外と出来るじゃん、この人。


「オムライス下さい。
 あの窓に貼ってあった、絶品オムライスってやつ」

「え?」

一瞬驚いた顔をする。
なんで?

ジッと見つめ合うこと数秒。


「――かしこまりました」

また笑みに戻る。
一体、今の間はなんだ?

640 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:29

「他にご注文はございますか?」
「んじゃ、アイスコーヒー下さい」

「かしこまりました」

軽くお辞儀をして、
カウンターへ戻っていく。


――あれ?

注文を誰かに伝えるのかと思ったら、
彼女がフライパンを取り出して、背を向ける。


え?
あの人が作んの?

641 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:29

もしかして――

オーナーがいなくて、
自分が作んなきゃいけないから、さっき間があったのか?


ゲッ!
勘弁してよ・・・

今日は、うまいもん食いたかったのにぃ・・・


ガックリして頬杖をついた。
ついでに店内に目をやる。

店の雰囲気は、なかなかいい。
狭いけど、ゆったりくつろげる工夫がされている。

テーブル席も適度に間が空いていて
満席になっても、隣の会話が気にならないだろう。

最近は珍しいんだよな、こういう店。

回転率が悪くなるから、
あまり営業する側からは好まれない。

642 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:30


「お待たせしました」

え?

顔を覗きこまれて、思わずのけ反る。


「アイスコーヒーでぇ〜す」

テーブルに置いたと思ったら
再び顔を接近させて、顔をしかめた。


なんだ、なんだ?
一体、なんなんだ??


「ちょっと、圭ちゃん!!
 勝手に運ばないで!」

たけー声の彼女が、カウンターの中から叱る。

「だってぇ〜、この人イケメンなんだも〜ん」

アタシの首にその腕を巻きつけて、
隣に座った。

643 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:30

「まあ!間近でみたら
 もっと素敵!」

「ちょ、ちょっと・・・」

「手相見せて?」

そう言うと、絡めた腕をほどいて
勝手に人の手を持ち上げる。

「綺麗な手ね〜」

あらっ!

さっきまでの猫なで声から
急に野太い声に変わる。


「――あなた・・・、何か迷ってない?」

釣り目気味の目で見据えられた――

644 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:31


「圭ちゃん、いい加減にしてっ!!」

耳に響く高い声が一喝して、
目の前の彼女が首をすくめる。


「ほんとに申し訳ありません」

いつの間にか、そばに来たたけー声の
彼女が、アタシに頭を下げた。


「この方、ただの常連で
 うちの店の従業員じゃありませんからっ」

「ただの、って失礼しちゃう。
 これでもちょっとは名のしれた占い師なのよ、
 ワ・タ・シ」

そう言って、また顔をしかめる。

「もう!圭ちゃんのウィンクは
 気持ち悪いからやめてって、いつも言ってるでしょ?」

マジッ?!
今の、ウィンクなの?!

645 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:31

「あっち行ってよ。シッシッ」

たけー声の彼女が、手で追い払おうとすると
アタシの前に、名刺が差し出された。


 [人気占い師 ケメコの館  保田 圭]


思わず手に取ると、
「今度いらっしゃい。ゆっくり見て、ア・ゲ・ル」
そう言って、また顔をしかめた。

――ウッ・・・
確かにキモチワリィ・・・

何か魂抜かれそうだな、この館に足踏み入れたら――


「ほんとに申し訳ありません」

また頭を下げられて、我に返った。

646 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:32

「わたしがフードを作ってて、手が足りないときは
 あそこにいる常連さんが、手伝ってくれたりするんですけど・・・」

そう言って、カウンターを振り返る。

カウンターの二人が笑顔で
小さく手を振ってる。


「――素敵な方が来ると、度がすぎちゃう時があって・・・」


ん?
それって、アタシのこと?


もう一度カウンターに目をやる。
今度は、二人して投げキッス。

ゲッ・・・
ここまで飛んできた気がする――

647 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:32


「もう!いい加減にしてっ!!」


――フッ、ふはははは・・・


「・・・お客様?」


アハハハハ。

怪訝そうに眉間にシワを寄せた彼女。
真面目に接してんだろうけど、
コミカルな動きが、何かおもしれぇ。

あなた、きっとからかわれてるよ?



「楽しい店ですね?」
「え?」

「イケメンさん、分かってるねぇ」

占い師じゃない方の常連さんが
アタシに声をかける。

カウンターの二人に微笑み返した。

648 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:33


「――梨華ママぁ・・・」

店の奥から小さな子の声がした。

「あら、千聖ちゃんどうした?」

占い師が声をかけると、
小さな女の子がカウンターの横から、ひょっこり顔を現した。


「ちょっとすみません。
 オムライスはすぐお持ちしますから」

「あ、いいですよ。
 時間ありますから」

すみません。

もう一度、頭を下げて、
彼女が少女の元に向かう。


幼稚園、くらいかな・・・?


「ごめんなさい。
 おきゃくたんいるのに・・・」

目をこすりながら、目の前にひざまずいた
店員さんに謝ってる。

649 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:34


出来た子だなぁ・・・

って!


  この店の奥から子供が出てきました。
  その子はパジャマを着ています。
  明らかに眠いけど、眠れなくて出てきちゃったという感じです。
  そして、常連さんもよくご存知な子のようです――


「あした、またとべなかったらどうしよ・・・」
「大丈夫。千聖なら出来るから」

「でも・・・」
「大丈夫」

頭を撫でて、店員さんが抱きしめてあげてる。


「一人で寝むれそう?」
「うん・・・」

「おやすみなたい」
「おやすみ」

ほっぺにキス。

そのまま子供が、奥へ引っ込んでいく――

650 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:35

もしかして、ここって自宅兼店舗?
ってことは、
あの人、オーナーなの?!


「千聖ちゃん、大丈夫?」

常連さん二人が声をかける。


「うん、大丈夫」

寂しそうに微笑んで、
彼女は背を向けて、また作業を始めた。


あんなに若いのに、ママか・・・


旦那は何してんだろ?
二人でこの店やってんのかな・・・?

作業を続ける華奢な背中を見つめた。

651 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:35

もし、一人であんな幼い子を育てながら、
この店経営してるとしたら、スゲー大変だろうな・・・

手が足りないときは、常連さんが手伝ってくれるって
さっき言ってたっけ――


ま、深く詮索しないことだ。
たまたま通りかかった店。
アタシが気にかける必要は、全くもってない。


彼女の背中から目をそらして、
そばにあるメニューを開く――



「あたし達、そろそろ帰るわね」
「また、明日」

「今日もありがとう」

そんな会話が聞こえてきて、
二人が店から出て行く音がする――

652 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:36

ん?

顔を近づけて
もう一度、メニューをよく見てみる。


飲み物がズラリと並んで、
下の方に、軽食類が少し。

そして、一番下に――


  [当店自慢 絶品オムライス
   一度ご賞味あれ!
   (こちらはランチ時のみです)]


653 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:36


マジで?!

思わず、立ち上がった。


「どうかされました?」

すでに彼女の手には、
出来立てホヤホヤ、湯気の立ち昇るオムライス。


あ、いや・・・

「大変お待たせ致しました」

テーブルに置かれて、
アタシも座る。


ヤベー、すげーいい匂い・・・


654 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:37

「おソースが日替わりなんですけど、
 今日はデミグラスなんです」

フワフワの黄色の上にかけられた赤茶色が
所々、キラキラ輝いている。


「超美味そう・・・」

思わずつぶやいて、
ゴクリと唾を飲みこんだ。


「どうぞ、ごゆっくり」


優しい笑顔でそう言われて、
なんだかアタシも、フワフワのタマゴに包まれた気分になって、
自然と笑顔になった。

655 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:37


656 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/07(月) 20:37


657 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/09/07(月) 20:39

こんな感じでスタートしました。
岡井ちゃんは随分幼い設定です。

以後、宜しくお願いいたします。
658 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/07(月) 23:56
新作、首を長くして待っておりました!
内容はもちろんのこと、キャストにも興味深々です。
659 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/08(火) 19:55
なんか面白そう〜
660 名前:名無し留学生 投稿日:2009/09/08(火) 22:16
やっとキタ!
最近ネタ多いから、ずっと玄米ちゃん様の新作もそろそろ来るかなっと思っております。

実に面白い!
661 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/09(水) 00:34
なんだか新鮮な設定ですね!
662 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/14(月) 19:32
この新作のタイトル、すごく好きです
663 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/09/14(月) 21:01

>658:名無飼育さん様
 大変お待たせ致しました。
 今回は新たなメンバーを使わせて頂いてます。
 どう転がっていくのやら・・・

>659:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 最後まで楽しんで頂けるように頑張ります。

>660:名無し留学生様
 お待たせしました。
 まさかY川教授からレス頂けるとは!
 分からなかったらすみません・・・

>661:名無飼育さん様
 ありがとうございます。

>662:名無飼育さん様
 実はこのタイトル、とある居酒屋の板場で見つけたんです。
 そこで、ピコ〜ンと反応しまして・・・(汗)

664 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/09/14(月) 21:02

本日分をはじめる前に。
前回の分は、一応『第1章 1』でした。
すみません。

では、本日の更新に参ります。
665 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/14(月) 21:03



666 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:04


やべえ、何だこれ。
めちゃめちゃ美味いっ!


タマゴのフワフワ加減が絶妙で
中のチキンライスがこれまた美味い。

そして、このデミグラスソース。

アタシの好み、ド真ん中!!


「そんなに急いで食べたら、
 むせちゃいますよ?」


「グホッ」
「ほらぁ」

可笑しそうに微笑んで
彼女はアタシの前に、新しい水を置いた。

667 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:04

水には手をつけてない。
なのに、何で2杯目を?

視線だけをあげて問いかけたアタシに
彼女はとびっきりの笑顔で言った。


「レモンを絞ってみたんです」

えっ?


随分前に、アイスコーヒーを飲み終えたのに
溶けた氷のあとばかり、飲んでらっしゃったじゃないですか?
きっと喉が渇いてるんだろうなって。

でも、お水には全く手をつけないから、
もしかして、真水がダメなのかなって…

668 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:05

「レモン入れても無理ですか?
 他のをお持ちしますか?」

ビックリして固まってしまったアタシを
心配そうに窺う彼女。

すげーこの人・・・


「冷たいお茶でも、お持ちしましょうか?
 あ、もちろん、お代は頂きませんから」

そう言って、グラスを下げようとする。
慌てて、彼女の手をつかんだ。


「あ、いえ、好きです。レモン水・・・」


アタシを見下ろす彼女の目が見開かれた。
そして、頬が紅く染まって行く――

669 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:05

「あっ!すみません!」

慌てて、握っていた手を離した。

「――いえ・・・」


俯いたまま小さくつぶやいた彼女が、
妙に色っぽくて、なぜかドキッとした。


って!
何考えてんだ、アタシは。

女にときめいてどうする。
しかも、人妻に、だ。

670 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:06

「す、すごいですね。あなたが始めてです。
 アタシが真水を飲めないのに気づいてくれた人」

普通は気づいてもらえない。
ましてや、初めての店なんて皆無だ。


「何か味がつけば、飲めるんですけど
 真水って、何か苦手で・・・」

トレイを胸に抱きしめて、
嬉しそうに微笑んで、アタシの言葉に耳を傾けている。


可愛い人だな・・・
顔もそうだけど、仕種や声も。

『キュート』

この言葉が、彼女にはあてはまる。


671 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:06

「レモン水、頂きます」

そう断わって、口に運ぶ。
喉が渇いていた分、
余計においしく感じる――

一気に飲み干した。


「大丈夫ですか?
 そんなに一気にお飲みになって・・・」

「うまいからつい・・・
 もう一杯、頂いてもいいですか?」

「もちろんです」

華やいだ笑顔を見せて、
空のコップをアタシから受け取ると、
彼女はカウンターに向かった。

思わず、アタシの顔もほころぶ。

672 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:07


――いい店、見つけたな。

雰囲気はいいし。
オムライスは美味しいし。

卵料理には、ちとうるさいアタシでも
満点をつけたくなる。

そして、客の細かい好みにも気付いてくれて、
何より、彼女の笑顔が心を和ませてくれる――


ふと、カウンターから顔をあげた彼女と目が合う。
彼女が微笑んだ。

フワリと柔らかくて、温かいタマゴに
包まれたチキンライスの気分になる。


自然とアタシも笑顔になって
微笑み返した。

673 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:07

――彼女の家族がうらやましいな。

心だけじゃなくて、身も
優しく包んでくれるんだろうな・・・


久々に、人恋しくなった。

目の前の仕事に夢中で。
気が付けば、もう何年も恋してないや・・・


「どうかされましたか?」

再びアタシの元へやって来た彼女が、
レモン水を置きながら、心配そうに窺う。

「あ、いえ。何でもないんです」

慌てて、顔の前で手を振って
否定する。

674 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:08

「あっ、そうだ。
 えっと・・・、すみません!」

立ち上がって頭を下げた。

「ちょ、突然どうされたんですか?!」

トレイを抱えたままの彼女が
戸惑っている。


「アタシ、知らなくて・・・」

メニューを広げて、オムライスの所を指差す。

「ランチの時だけだなんて知らなくて
 頼んじゃったりして・・・、ほんとすいません」

注文した時に間があったのは、そのせいに違いない。

675 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:08

「ヤダ。お顔上げてください」

優しい声が、頭上から聞こえた。

「でも・・・」

「ほんとにお気になさらないで下さい。
 あんな風においしそうに食べて頂けると
 作ったかいがあります」

そう言ってニコッと微笑んだ。

「良かったら、いつでも食べにいらして下さい」


「でも、アタシ。ランチの時間にここにくるのは
 ちょっと無理そうで・・・」

「お好きな時間に来て下さい。
 あんなにおいしそうに食べて下さるんですもの。
 特別にいつでも、お作りしますから」

「ほんとッスか?」

「ほんとッス」

彼女は、アタシの口真似をすると
楽しそうに微笑んだ。

676 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:09

「まいったな・・・」

ちょっぴり恥ずかしくなって
頭を掻く。

けど、胸に小さな灯火が灯されたみたいに
心が温かくなった。


「ほんとにいいんですか?」
「ええ」

「アタシ、今まで食べたオムライスの中で
 間違いなく一番なんです。
 あなたのオムライスが」

「ほんとに?」

嬉しそうに目を見開く。

「ほんとですよ。アタシ卵大好きで
 卵料理には、ちょっとうるさいんですよ。
 けど、ここのは本気で嵌っちゃいそうです」

677 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:09

わあ、うれしい・・・

華やいだ笑顔を再び見せて、
トレイを胸に抱いたまま、彼女が照れたように俯いた。


――ほんと、可愛らしい人だな。


「あのー。営業時間て何時までですか?」

「えっ?ああ、夜の8時までです」

頬をほんのり染めたまま、彼女が答える。


8時、か・・・

顔を曇らせたアタシを、
眉間にシワを寄せて、心配そうに覗き込む。

678 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:10

「8時じゃ、滅多に来れないや・・・」

今日、ここに来れたのも偶然なんです。
後輩が今日は帰っていいって言ってくれたおかげで・・・

アタシ今、超忙しくて
普段はこんな時間に帰れないんです。

ほんと、たまたまで――


「でも今日、この店に出会えて良かった!」

不安そうにアタシを窺う彼女を
笑顔にしたくて、明るく言う。

ほんとは、すげー残念。
ガックリ肩を落としたいくらい。

せっかく見つけたいい店に
今度はいつ来られるか、分からないなんて・・・

679 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:10

「なーんだ」

彼女の顔に笑顔が戻る。
ほんと、表情がコロコロ変わるよな・・・

「そんなこと気にしないで下さい」

え?

「時間なんて気にしないで、
 お好きな時に、いつでも来て下さい」

「お好きな時って・・・」

「うちは夜遅くても構いませんよ?」

あ、そうだ!


突然、手を引かれて、
店先まで引っぱっていかれる。

680 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:11

「この看板の電気が切れていたら、
 わたしは、こっちの自宅にいますから」

手を引かれたまま、外に出て
隣の表札を指差す。

『石川』さんか・・・

「このインターホン押して頂けたら
 いいですから」

ちょ、いいですからって、そんな簡単に言われても・・・


「オムライス、食べたくなったら来てください」

けど・・・

「毎日でも、わたしは大歓迎ですから」

そう言って、温かい笑顔を向けられて
アタシも思わず微笑んでしまった――

681 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:11



682 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:12


「お疲れ様です」

さっき、帰ったはずの仙石ちゃんが、
そう言いながら、目の前にコンビニの袋を置く。

「差し入れしてくれんの?サンキュー」

動かしていた手を止めて、仙石ちゃんを見上げた。


「だって吉澤さん、帰社してから何も食べないで
 パソコンとにらめっこしてるんですもん・・・」

――体、壊しちゃいますよ・・・


「大丈夫だよ。
 アタシ、頑丈に出来てるから」

腕を叩いて、おどけてみせる。

「そんなことない。
 吉澤さん、ほんとは頑丈じゃないですよ・・・」

俯いて、仙石ちゃんがボソッとつぶやいた。

683 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:12


「心配なんです。
 吉澤さんのことが・・・」


私に出来ることがあったら、言ってください。
もっと頑張ります。

もっと吉澤さんの力になれるように
残業だって、何だってします。

だから、だから――


グルッと椅子を回して、
仙石ちゃんと向き合った。


「ありがとう」

俯いてしまった頭を、そっと撫でてあげる。


この子はほんとに優しい子だ・・・


684 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:13

「充分、力になってくれてるよ?
 アタシ、仙石ちゃんがいなかったら、
 とっくに白旗あげてるよ?」

潤んだ目が、アタシをそっと窺う。
立ち上がって、軽くハグをした。


「ありがとう。
 ほんとに辛くなったら、仙石ちゃんの
 その巨乳に甘えるからさ」

いたずらっぽく言って、体を離すと、
その顔を覗きこんだ。

良かった。
やっと笑ってくれた。


「遅いから気をつけて
 帰るんだよ?」

「吉澤さんも、早めに切り上げて下さいね?」

深々と一礼をして
彼女がフロアを出て行く――

685 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:13

仙石ちゃんの後姿を見送ると
アタシは深くため息を一つついた。

彼女が買ってきてくれたコンビニの袋を覗いて
そのまま脇によけた。


――食欲、ないんだ・・・


この所、何かを食べたいと思わない。
何を見ても、食欲が湧かない。


はあ〜〜

体がダルイ。
ドリンク剤で誤魔化したりなんかしてるけど、
結構限界だって、自分で気付いてる。

一応、口にしてはみるけど
途中で残しちゃうんだ。

686 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:13

乱暴に椅子に座って、
天井を仰いだ。

――疲れた・・・

ギュッと目を閉じる。


  『オムライス、食べたくなったら来てください』


フワフワの黄色いタマゴ。
温かな彼女の笑顔。

きっとあのオムライスなら、
食べられる気がするんだ・・・


目を開けて、右手にはめた腕時計を見る。


今日も11時過ぎちゃったもんなぁ・・・

687 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:14


  『このインターホン押して頂けたら
   いいですから』

そうは言ってくれたけど、
さすがにこの時間じゃね・・・

小さな子だっているし、
無理させる訳にはいかない。


はあ〜〜

仕方なくもう一度、
コンビニの袋を覗く。


おにぎり、サンドイッチ、菓子パン。
ヨーグルトに野菜ジュース――

688 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:14

とりあえず、菓子パンを取り出して、
一口頬張ってみる。

無理矢理二口目。


――やっぱ、いいや。


諦めて、野菜ジュースを取り出した。

仙石ちゃんには、
全部食べたって言わなきゃな・・・

ストローを吸うと
液体がのどを通り、胃の中に流れていくのが
よく分かる。

中身が空っぽだからだ。
胃の隅々に冷たい液体が広がって、
体にしみ込んでいく――

689 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:15

 <プルルルルル・・・>

突然、フロアの電話が鳴った。


こんな夜に誰だ?

着信を見ても、知らない番号。
ほっとくか・・・

そう頭の片隅で思いながら、
気付けば受話器をあげていた。


「はい、エムラインデザインでございます」

『あ、夜分に申し訳ありません。
 そちらに吉澤さんはいらっしゃいますか?』

「――吉澤は、私ですが・・・?」

必死に思いを巡らす。
クライアントにこんな声の人、いただろうか?
しかも、こんな夜遅くにオフィスに電話してくる人なんて――

690 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:15

『良かったぁ!
 あれからもう、2週間も経つのにいらっしゃらないから
 心配になっちゃって・・・』

華やいだ、高い声。
もしかして・・・


「――石川、さんですか?
 ニューTOKYOありすの?」

『はい!』

マジ?!

「どうして、この番号を?」
『ヤダ。この前、お名刺を下さったじゃないですか』

楽しそうに彼女が笑う――

691 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:16



  「わたし、この店のオーナーの石川梨華と言います」

  「アタシは、吉澤ひとみです。
   デザインの仕事してるんです。主にインテリアとか・・・
   あ、これ名刺です。何かお力添え出来るようなことがあれば、言って下さい」



――そうだ。

アタシ、彼女に名刺渡したんだ。
そして、石川さんの名刺ももらったんだった・・・


  「いらっしゃる前にお電話下さい。
   準備しておきますから」


692 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:16


『オムライスを食べる気分じゃなかったのなら
 いいんですけど、お仕事が遅くて遠慮されてるんだったら、
 気にしないで、来ていただきたくて・・・』

何だか嬉しくなる。

「ずっと食べたかったんです。
 今もあのフワフワタマゴを思い出してたぐらいで・・・」

『ほんとですか?!』

更にトーンが一つあがる
石川さんの声。

思わず、微笑んでしまう。


『うちはこのぐらいの時間に来て頂いても、
 ほんとに構わないんですよ?』

693 名前:第1章 2 投稿日:2009/09/14(月) 21:17

『あ、もし、お仕事が大丈夫で、
 こちらにいらっしゃれるようなら、ですけど・・・』

気遣う声音。


『遅い時間だからって、ほんとに遠慮なさらないで下さい。
 吉澤さんが食べたいと思う時に来ていただいて、構いませんから』

彼女の優しい声が、胸にしみる。


『いつでもお待ちしてますから』

グッ・・・
唇を噛み締めた。


『――吉澤、さん・・・?』

「今、から・・・
 今から、行っても――」

指で涙を拭った。

「今から食べに行ってもいいですか?」

『もちろんです!』

とびきり明るい声で、
彼女が返事をくれた。

694 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/14(月) 21:17


695 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/14(月) 21:17


696 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/09/14(月) 21:18

本日は以上です。

697 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/15(火) 21:01
こんな店が近所に欲しい
マジで
てか玄米ちゃさんてほんと上手いですよね
オムライス食べたいです
698 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/15(火) 23:59
梨華ちゃんの笑顔はこちら側も笑顔にしてくれますね。
あ〜ふわふわオムライスが食べた〜い
マジで明日オムライスにしようかなww
699 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/16(水) 22:44
常連になってオム頬張って(・∀・)ニヤニヤしたい気分になりますねw
700 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/09/19(土) 02:06

>697:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 作者もこんな店、近所に欲しいです。

>698:名無飼育さん様
 梨華ちゃんの笑顔にはいろんな力がありますよね。
 ちなみに作者の今日のランチはオムライスでした(笑)

>699:名無飼育さん様
 脳内ではすでに常連です(笑)


では、本日の更新です。

701 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/19(土) 02:06



702 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:07

支払を済ませて、タクシーを降りる。
同時にお店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」

石川さんが、優しい笑顔で出迎えてくれた。


「ほんとこんな遅くに、無理言っちゃってすみません」
「ヤダ。お電話差し上げたのわたしの方ですよ?」

さ、入って下さい。

そう言って、石川さんは
アタシを店の中に招いてくれた。

703 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:08

店に入ると同時に、いい匂いが鼻に飛び込んできた。

 <グゥゥゥゥ〜>


大きな音で、空腹を主張した
アタシの腹の虫。

恥ずかしくなって、思わず赤くなる。


「今すぐ、用意しますね?」

楽しそうに微笑みながら、
カウンターの中に入っていく彼女。

照れ笑いを浮かべながら、
アタシもカウンター席に腰掛けた。

704 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:09

カウンター越しに、おしぼりと水を出してくれる。

「今日は、ライムを搾ってみたんです」

彼女に促されて、一口飲んでみる。

「おお!うめえ!」
「良かった!」

ニッコリ微笑むと彼女は、
フライパンを握った。


何だかとっても温かい気持ち。
そして猛烈にお腹が空いてきた。

こんな感覚、ほんと久しぶりだ。

705 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:09

「お仕事、遅くまで大変ですね」
「あ、いえ。そんなたいしたことないですよ?」

背を向けたまま、手際よく準備を進める彼女。
もう一度、ライム水を口に含む。

ジュワッとタマゴが焼かれる音がして、
甘い匂いが、アタシの鼻をくすぐる。


――ほんと、不思議だ。

ついさっきまでは、こんな匂い嗅いだら
吐き気がしそうなほどだったのに。

今はなんだか待ち遠しくて仕方ない。


「今日はホワイトソースなんです」

振り返った彼女の笑顔に
張り詰めた心が、ゆっくりほどけていく・・・

706 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:10

「石川さんて・・・不思議な方ですね」
「わたしが、ですか?」

不思議そうに、アタシを見つめる瞳。

「なんか、フワフワのタマゴみたいです」
「タマゴ?」

「ああ、ごめんなさい。褒め言葉です、褒め言葉」

あなたにお会いすると、何だか心が温かくなるんです。
まるでフワフワのタマゴに包まれたみたいな――


「すみません。例えが悪くて」

全く、もう少し気の利いた例えを思いつかないもんかな?
アタシの脳みそは。

そっと彼女を伺うと、俯いたまま――

707 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:10

「ごめんなさい、ほんと。
 でもこれでも心から、褒めてるつもりなんです・・・」

「いえ」

小さく首を振ると、彼女がつぶやいた。


――うれしい。


カウンターを出て、アタシのそばにやってくる。
目の前に、オムライスが置かれた。


「ほんとにうれしいです。
 吉澤さんにそう言って頂けると」

そう言われて、彼女を見上げると
心から嬉しそうに微笑んだ。

つられてアタシも笑顔になる。


「どうぞ。召し上がれ?」

一口一口噛み締めるように
アタシは、ホカホカのオムライスを完食した。

708 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:11




709 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:11

あの夜から、アタシは毎晩
『ニューTOKYOありす』へ通っている。

行くのはいつも深夜。
なのに、石川さんは嫌な顔一つせずに
アタシを出迎えてくれる。

今では、あそこに行くことだけが
アタシの唯一の心の支えになってる。


随分張り詰めていたんだなぁって
今更ながら思う。

おそらく、あの晩、
石川さんが電話をしてきてくれなかったら、
きっとアタシは遅かれ早かれ、ぶっ倒れていただろう。

それくらい弱っていたから。

710 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:12


「あんた、恋人出来たやろ?」

役員室のソファに腰掛けた途端、
人の肩をガシッと掴んで、そう問いかけて来たのは、
この会社の専務、中澤裕子。


「何言ってんの?」
「またぁ〜、照れることないで。
 あんたとあたしの仲やん」

仲やんって、ただのイトコでしょ?


これが、フロアを一つ降りれば
泣く子も黙ると言われてる鬼専務の本当の姿だとは
誰も知らない。

ついでにアタシが、この裕子姉さんのイトコだと言うことも。

711 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:12

「ほら、裕ちゃんに言うてみ?
 応援したるさかい」

「だ〜か〜ら〜
 恋人なんて出来てないっつーの!」


肩に巻かれている腕をほどこうと
もがいてみる。
が、今度は首にからみついてくる。

なんだこの腕は。
知恵の輪か?


 <コンコン>


不服そうに、アタシから離れると
姉さんはぶっきらぼうに返事をした。

712 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:13

「専務、午後の会議の件ですが・・・」
「あー、わかっとる。ハロテン企画のやろ?
 資料なら、そこの吉澤に渡して」
「かしこまりました」


アタシの前まで来た彼女が、
深々と頭を下げて、書類を差し出す。

「ありがとう」

立ち上がって受け取ると
彼女は頬を染め、一礼するとこの部屋を出て行った。


もう一度ソファに腰掛け、
書類をめくって確認する――

713 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:13

「今の子、秘書課の新人さんやで」
「へー」

う〜ん。これイマイチだなあ。
一つ一つの案件をつぶさにチェックする。


「なかなか可愛いやろ?」
「んー、あんまちゃんと見なかった」

これじゃ、ダメだ。
赤ペン、赤ペンっと・・・


「名前くらい見たやろ?」
「名前?ああ名札は見たよ。岡田さんでしょ?」

こっちは、このまま行くのもアリかな?


「ごっつ巨乳やろ?」
「そうみたいだね」
「そこは見たんかい!」
「嫌でも目に入るよ」

714 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:14

よし。
訂正入れたのを直してもらってと・・・


「岡田は吉澤のこと、本気みたいやしなぁ・・・」
「そうみたいだね・・・って!はああ??」


なんやそのまぬけ顔。

姉さんは爆笑すると、
隣に座って、アタシの首を再びその腕に抱えこんだ。


「相変わらずモテるなあ。
 仕事も出来て、容姿端麗。女子社員の憧れのマト。
 大して仕事も出来ん男どもがあんたに嫉妬するのも分かるわ」

・・・あんたんとこの部長とかな。

「専務なら何とかしてよ」
「まあ、そうは言うてもあいつもうちの社員やさかい。
 よっぽどのことがない限り、首は切れんよ・・・」


どうや?
岡田ちゃん、おすすめやで?
あの巨乳は、絶対甘えがいがあるで?
一度、癒されてみたらどうや?


「はあ?何言ってんの?
 あたしはそっちの世界には興味ないってば」

715 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:15


「ええよ。女同士も」

姉さんがニッコリ微笑む。
背筋がゾッとした。


「アホ。あたしはあんたに興味ないわ」

頭を小突かれる。

そう。姉さんはいわゆる同性愛者ってやつで、
ちゃんと愛する彼女がいる。


人間は人間だし。
性別なんて別に関係ないって、アタシも思うけど
自分の恋愛となるとどうだろ?

そりゃ、学生時代から
女からえらいモテたアタシだけども、
自分が同性と愛し合うなんてことは考えたことがないんだ。

つまり、選択肢にないっていうこと。

716 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:15

「あんたも仕事ばっかしとらんと
 そろそろ恋人作ったらどうや?」

「それが専務の言う言葉かね」

「専務の前に、人間や。
 モノを作り出す人間は、感性を磨かなあかん。
 内から湧き出でる愛が、いい芸術を生み出す――」

始まったよ・・・
いつもの口上が。

「誰かを愛し、誰かに愛されるって最高やで?」
「はいはい。それ、耳にタコが出来るくらい聞いてるから」
 
聞いてーな。
いやー、昨日はなっちがな。
あーしてくれて、こーしてくれて・・・
なんて、ここからは毎度毎度、延々とのろけ話を聞かされるんだ。

717 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:16


冗談じゃないよ、全く・・・

のろけ話が始まる前に立ち去ろうと、腰を上げたら
真剣な眼差しをした姉さんと目が合って戸惑った。


「――守りたい存在がいる。
 それが、あたしを強くしてくれる」


アタシの視線を捕らえたままそう言った姉さんは、
下のフロアで見かけるときよりも数倍綺麗で、数倍輝いていた。

718 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:16


アタシは――

こんな風に言い切れるほどの恋愛ってやつを
まだしたことがない。

誰かを愛して、誰かに愛されるって
アタシが想像してる以上に、大切なことで
素敵なことなのかもしれないな・・・



――石川さんは・・・

したことあるのかな?
そんな恋愛を・・・

姉さんのように、守りたいって思える人が
いたりするのかな?


――やっぱり、旦那さんかな?
――それとも、千聖ちゃんかな?

719 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:17

あんなに毎日通ってるのに、
聞き出せないでいるんだ。

――ご主人のこと。


毎日通ってるけど、
やっぱりあの家には、石川さんと千聖ちゃんだけみたいで。

旦那さんの気配はないし、
石川さんの口から、そんな話しも出ない。


単身赴任?
離婚?

色々考えるけど、なんとなく聞けないでいる。
のど元まで出掛かっては、飲み込んでいる自分がいる。

何だか聞いちゃいけないような気がして――

720 名前:第1章 3 投稿日:2009/09/19(土) 02:17

「恋煩いか?」

姉さんがアタシの顔を覗きこむ。

「ちょ、バカ言わないでよ」

「ま、あんたを元気にしてくれた誰かには、
 上司としてもイトコとしても感謝せんとな」

ホンマ、危なかったからなぁ。
裕ちゃんヒヤヒヤしとったんやで、
いつか倒れてしまうんやないかって。

けど、良かった。
最近は顔色もええし、
食欲も戻ってきたようだし・・・


そう言って、微笑んでくれた姉さんの目は
温かくて優しい。


「あとは、恋やで!
 なあ、よっさん!!」

無駄に大きな声で、アタシの肩を叩いた姉さん。

あっという間に、ギラギラ輝きだした目を見ながら
アタシは一つ、ため息をついた。

721 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/19(土) 02:18


722 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/19(土) 02:18


723 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/09/19(土) 02:18


本日は以上です。

724 名前:名無し留学生 投稿日:2009/09/20(日) 00:15
おお!巨乳軍団ですか?
さすがY澤の好みですよね ニヤニヤ〜
でも、梨華ちゃんは特別な存在です!

所で、今Y川教授先生と同じ学校なんだけど、専攻は違います。
725 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/09/26(土) 01:38

>724:名無し留学生様
 おそらくアノ大学ですね?
 めちゃめちゃ優秀だ。
 こんな作品で喜んで頂けるとは光栄です。


では、本日の更新に参ります。

726 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/26(土) 01:39



727 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:40

「いらっしゃいませ」

今夜も笑顔の彼女が出迎えてくれた。

「毎日すみません」

「全然大丈夫ですよ。
 でも今日は、随分お早いですね?
 さっきお店閉めたばかりですよ」

店の中に入りながら、
会話を交わす。

この店の匂い。
雰囲気。

全てが、アタシの張り詰めた心を
ほぐしてくれる。


そして、彼女の笑顔が
アタシの心を優しく包んでくれる――

728 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:41

「いつも遅くなって申し訳ないし、
 何より石川さんに会いたくて、仕事切り上げてきちゃいました」

「ほんとですか?」

目を見開く彼女。

「でも、大丈夫なんですか?お仕事。
 明日大変になっちゃうんじゃ・・・」

心配そうに眉間にシワを寄せて
アタシを窺う・・・


ふはは。
ごめんなさい。

思わず、吹き出した。

だって、ハの字になった眉毛が
何だか可愛いんだもん。

729 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:41

「クライアントとの打合せが急に中止になったんです。
 だから、ぽっかり予定が空いちゃって・・・」

「まあ!騙したんですか?
 ひっど〜い!!」

子供みたいに唇を尖らせた。


「ごめんなさい。
 でも、石川さんに会いたくてってのはホントですよ?
 ここまで来るのに、チョー急いだんですから」

「ほんとに〜?」
「ほんとですとも」

「ほんとかなあ〜?」
「じゃあアタシの目を見てください」

ほら。

そう言って、彼女と目線を合わせるように
膝を曲げる。

730 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:42

「う〜ん・・・、どうかなあ?」

アタシの目を覗き込んで、つぶやく彼女。

「ほら、よく見て下さいよ。
 うそをつくような目には見えないでしょ?」

目を見開いて、アピールしてみる――



クスクスッ・・・
今度は彼女が吹き出した。

「変顔になっちゃってますよ?」

眉をあげ、もっと変顔をする。


アハハハ。
可笑しい。

声をあげて笑うと
彼女は、アタシの頬を両手で挟んだ。

731 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:43


「信じてあげます」

そう言ってニッコリ微笑んだ。


ドキッとした。
目の前にある優しい微笑にも。
今、感じる手の温度にも――

何だか妙に鼓動が早くなって
顔が紅潮していくのを感じる。

恥ずかしい訳じゃない。
だけど、心臓が早鐘を打つ。

このまま時が止まればいいのに・・・
なんて思いが、頭をよぎった。


「オムライス、作りますね?」

彼女の一言で我に返った。

732 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:43

今感じた気持ちはなんだろう?

安らぎと同時に波立つ心。
温かいぬくもりの中に感じる胸の痛み・・・


恋?
まさか。

アタシが、女性に?
しかも人妻に?


ありえない、そんなこと。
安らぎたいんだ。
ぬくもりが欲しいんだ。

この店には、それがある。


だから、アタシは・・・


733 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:44

「大丈夫ですか?」

カウンターの中から、石川さんが
アタシを気遣う。

「毎日、オムライスじゃ飽きちゃいますよね?
 あんまり上手くはないですけど、他の作りましょうか?」

優しい声音が
アタシの胸に染みていく。

「吉澤、さん・・・?」


アタシは――

734 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:44


「――梨華ママぁ・・・」

店の奥から、こちらを窺うように
ひょっこり顔を出した女の子。

「千聖、どうしたの?
 眠れない?」

石川さんが、千聖ちゃんに駆け寄る。


「やっぱり・・・とべないよ」
「大丈夫。絶対出来るって」

ひざまずいて、千聖ちゃんの肩に手を置いて
励ましてあげている。

「だってぇ・・・」
「出来ないって思うから出来ないんだよ?
 いっぱい練習したじゃない。
 出来るよ、千聖なら」

735 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:45


「はじめまして。千聖ちゃん」

二人の隣にしゃがみこんだ。
アタシの顔を見て、小さく頭を下げる千聖ちゃん。

「すみません、吉澤さん」
「いえ」

千聖ちゃんの頭を撫でる。

「運動会でクラス対抗の長縄跳びをやるんですけど、
 千聖だけうまく跳べなくて・・・
 幼稚園でも練習してるんですけど、どうしても・・・」

「運動会はいつですか?」
「来週の土曜日です」

そっか・・・
うん。今週の日曜なら少しくらい時間とれるな。

736 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:45

「千聖ちゃん」

不安げに瞳を揺らせたまま
千聖ちゃんが顔をあげる。

脇に手を入れて、
千聖ちゃんを抱き上げた。


「・・・吉澤さん?」

「今度の日曜日、お姉ちゃんと一緒に
 練習してみようか?」

「でも、いっぱいれんしゅうしても、とべないんだもん・・・」

俯いてしまった腕の中の千聖ちゃんに
そっと耳打ちする。

「お姉ちゃんね、うまく跳べるおまじないを知ってるんだ。
 内緒で千聖ちゃんだけに教えてあげる」

「ほんと?!」

キラキラと輝きだした瞳。

737 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:46

「ほんとだよ。
 絶対跳べるようになる」

「ヤッター!!」
「ちょっと千聖、ダメよ。吉澤さん忙しいんだから」

「大丈夫ですよ」

心配そうな石川さんに微笑んで、
千聖ちゃんに問いかけた。

「日曜日、頑張れる?」

「うん!がんばるぅ!!」
「ちょっと、千聖!」

大丈夫ですから。

もう一度、石川さんに微笑みかけて、
千聖ちゃんと指きりした。

738 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:46


千聖ちゃんと一緒に、一旦部屋へと戻った石川さんを待つ間、
手帳を開いて、予定を確認する。

今夜はハロテン企画との打合せの予定だった。
けど夕方、アヤカさんから電話があって
社長の都合が悪いから、日曜にして欲しいと・・・

15時からの打ち合わせだから、午後一で社に行って
書類を準備して――

午前中だけなら、練習に付き合える。
手帳に<千聖ちゃん>と書き込んで、
もう一言加えた。


 <石川さんに恩返し>


739 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:47


「ごめんなさい。お待たせしちゃって」

慌てて、手帳を閉じる。

「大丈夫ですよ。
 日曜は午前中なら、ヒマですから」

「でもせっかくのお休みなのに・・・
 ずっとお休みなしなんでしょ?」

今すぐ、準備しますから。
そう言って、フライパンを準備する彼女。

「わたしが千聖に教えてあげられれば
 一番いいんだけど・・・」


――苦手なんです、わたしも。


恥ずかしそうに、振り向いて
肩をすくめた。

740 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:48

――ドキン・・・

また、心臓が跳ねた。


背を向けて、手際よく仕度をすすめる彼女。
その華奢な背中に触れてみたい・・・

あなたの心に触れてみたい・・・


あなたには――

石川さんには、大切な人が・・・
愛する人が・・・


「もうすぐ出来ますから」

振り向いた石川さんと、思いっきり目が合って
慌ててそらす。

741 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:48

何考えてんだ、アタシは。

彼女は人妻なんだって。
可愛い子供もいるんだって。


「アタシ、運動得意なんで任せて下さい。
 最近運動不足気味だし、いい気分転換にもなりますから」

「ありがとうございます。
 そう言って頂けると助かります」

華やいだ笑顔。
アタシもつられて、思わず微笑む。


――やっぱり聞けない。

あなたの口から、聞きたくない。
旦那さんのことなんて――

742 名前:第2章 1 投稿日:2009/09/26(土) 01:49

「お待たせしました」

アタシの前に置かれたオムライス。
いつも通りのフワフワのオムライス。

商売なんかじゃなくて、
ただその人のためだけに、このオムライスを
作ったことがあるんだろうな・・・

そう思うと胸が鈍く痛んだ。


「いただきます」

アタシもいつも通り、思いっきり口に頬張ったけど
かすかに苦い味を感じて、また胸が痛くなった。


743 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/26(土) 01:49


744 名前:I wrap You 投稿日:2009/09/26(土) 01:50


745 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/09/26(土) 01:50

本日は以上です。

746 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/27(日) 01:23
更新お疲れ様です。
いつも楽しく拝見させていただいてます。
何だか動き出しそうな感じですね。
次回も楽しみにしてます^^
747 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/02(金) 01:52

>746:名無飼育さん様
 ありがとうございます!
 お察しの通り徐々に動き出します。


では、本日の更新です。

748 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/02(金) 01:52



749 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 01:54

「おはよーございまーす!!」

元気いっぱい扉を開けると、
更に上手をいく声が響いて、アタシに体ごとぶつかって来た。

「おはよー!!よしざわたん!!」

「コラッ!千聖!」


足にまとわりついた千聖ちゃんを
抱き上げた。


「なんかイケメンさんて
 パパみたいね〜」

「ちょっと柴ちゃん、失礼でしょ!」
「パパ〜」
「コラ、千聖まで!」

「あはは。構いませんよ」

そう言いながら、
ちょっとだけ胸が痛む。

750 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 01:55

「あれ?占い師さんは?」
「ああ、ケメちゃんは夜型だから
 朝は無理」

すました顔で、常連の柴田さんが言う。
こちらの柴田さんは、すぐ近くに住む
いわゆる自由業のお方。

石川さんいわく、
「まともに仕事をしてるのを見たことがない」って。

朝早くから、ここに入り浸って
面白い客が来ると、たまにメモってるから
気をつけて。なんて・・・

知らないうちに、ネタにされてることがあるからって・・・

けど、気をつけられないですよね?
知らない内にネタにされてたら――

751 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 01:55

「てか、柴田さん。
 なんでいるんですか?営業時間前ですよね、今って」

「私はいいのよ。
 イケメンを拝みに来ただけだから」


「いけめ〜ん!」

腕の中の千聖ちゃんが
アタシの頬をつねって、はしゃぐ。

「イテッ!
 そういうことすると、こうしちゃうぞお〜」

くすぐりの刑だ。

ギャハハハハハ・・・

子供の笑い声は、その場にいる
みんなの気持ちを明るくしてくれる。

752 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 01:56

「ヨシ、じゃあ行こうか?」
「うんっ!」

長縄を持って、手を繋いで敬礼する。

「では、行ってきます!」
「いってきます!」

「吉澤さんに迷惑かけちゃダメよ?」
「は〜い!!」


表に出て見送ってくれた石川さんに
振り返りながら、思いっきり手を振る千聖ちゃん。

アタシもどさくさにまぎれて
彼女に手を振った――

753 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 01:56




754 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 01:57

「今日はね、千聖ちゃんのために、
 ものすごーく柔らかい縄を買ってきたんだ。
 だから、もし引っかかっても痛くないから」

「ほんとに?」
「ほら」

ただのビニール縄跳びを切ってつないだ物。
けど、暗示をかけることって必要なんだ。
跳べない子にとって、一番の恐怖は
縄に引っかかった時にあたってしまう恐怖だと思うから。

実際はそんなに痛くないのに、
引っかかったことで、恐怖が倍増してどんどん跳べなくなる。

だから、まずはあたったって痛くないって、思い込ませること。


「ほんとだぁ」

安心した笑顔。
よし、次だ。

755 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 01:58

公園の隅にある鉄棒に、片側をしっかり結んで
準備をする。


「おまじないは?」

不満げな千聖ちゃんの目線に合わせてしゃがむ。

「おまじないはね、頑張った子にしか
 教えちゃいけないって言われてるんだ」

「だれに?」
「お姉ちゃんにおまじないを教えてくれた人」

不服そうに口を尖らす千聖ちゃん。

「お姉ちゃんもね、一生懸命なわとび練習して、
 頑張ったから教えてもらえたんだ」

わざと周りを見回して、声をひそめた。

「それからはね、一度も引っかかったことないんだよ。
 スゲーおまじないでしょ?」

輝きだした小さな瞳。

「だから、頑張ろう?
 そしたら、必ず教えてあげるから」
「うん!!」

元気いっぱいの返事が返ってきて
アタシはニッコリ微笑んだ。

756 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 01:58

さて、これからが勝負だ・・・


目の前で、縄をまわしてみる。
思った以上におびえた表情。

そうとう苦手意識があるんだな・・・


けれど、目はきちんと縄の動きを追っている。
大丈夫、この子はタイミングの問題だ。


「千聖ちゃん、縄が地面にあたると音がするでしょ?
 その音が聞こえたら、縄に飛び込むんだ」


さあ、やってみよう!

757 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 01:59

真剣な目をして、千聖ちゃんが
縄を見つめる。

躊躇しながら、何度も何度も見送った後、
思い切って縄に向かってきた。


 <ピシッ!>

「惜しい!
 あとちょっとだよ。
 片足は跳べてたよ?」

へこたれるスキを与えない。

「縄、痛くないでしょ?」
「うん。いたくない・・・」

よし、じゃあもう一回!

758 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 01:59

何度か繰り返したけど、
やはり引っかかってしまう。

段々、千聖ちゃんの表情が
曇っていく。


「そうだ、千聖ちゃん。
 縄は見なくていいよ」

「え?」

作戦変更だ。
縄の動きに惑わされてしまうんだ。
だったらいっそ・・・

「お姉ちゃんのまわしている腕を見てごらん?」
「うで?」

「そう。まわしてるお姉ちゃんの腕が
 千聖ちゃんから離れていくでしょ?
 その時に、お姉ちゃんの腕を追いかけるんだ」

お姉ちゃんの腕だけをみるんだよ?
怖くないから。
お姉ちゃんの腕が、千聖ちゃんの周りを包んであげるから。

お姉ちゃんの腕を跳ぶつもりでおいで?

759 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:00

「大丈夫、きっと大丈夫だから」

汗がしたたり落ちる。
大丈夫、きっと跳ばしてあげる。

「さあ、おいで!」

もう一度、ゆっくり縄をまわす。

千聖ちゃんと目が合って、
そのまま視線がアタシの腕に行く。


そうだ。
ここを見るんだ。

頑張れ!!


千聖ちゃんが、戦闘体勢にはいる。
つぶらな瞳が、アタシの腕の動きを
ジッと見つめる――


「ヨシ!今だっ!!」

760 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:01

小さな体が、縄の中に跳びこんで来た。
そのまま、ジャンプをする。

1回、2回、3回・・・


「ヤッター!!」


縄をとめて、ガッツポーズした千聖ちゃんを
抱き上げた。

「すごいよ、千聖ちゃん!!
 よく頑張った!!」


「わーい!
 とべたよ!千聖とべたよ!!」

761 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:01

もうコツを掴んでしまえば、
子供と言うのは早いもので。

その後は、一度も引っかからなかった。

汗だくになったアタシ達。
少し休憩しようと、石川さんが持たせてくれた水筒を
二人で分け合った。


「よしざわたん、ありがと!」
「千聖ちゃんが、頑張ったからだよ」

「梨華ママにも、あとでみせてあげるの」
「そうだね、見せてあげよう」

「おしゃしんとって、パパにもおくるぅ!」


ズキンと胸が痛んだ。

――やっぱり、パパいるのか・・・

762 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:02

「送るって、パパは一緒に住んでないの?」
「うん」

もしかして、離婚・・・?

ちょっとした期待が
頭をよぎる。


「千聖ちゃんのパパ・・・、どこにいるの?」

声が上ずった。
こんなこと、千聖ちゃんに聞くのは
ズルいだろうか。

石川さんに聞かないで、
子供に聞くなんて――


「にゅーよーく!」
「ニューヨーク?」

「そう。おしごとで。
 千聖のために、いっぱいはたらいてるんだって」

763 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:02

単身赴任だったか・・・

ギリギリと胸が痛む。


「にゅーとーきょーありすってなまえね」

楽しそうに千聖ちゃんが教えてくれる。


 『にゅー』は、にゅーよーくにパパがいるから。
 『とーきょー』は、千聖がいるところ。
 『ありす』は、梨華ママがうさぎさんスキでしょ?
 でも、にゅーとーきょーうさぎじゃ、おかしいでしょ?
 だからね、アリスのおはなしに、うさぎさんがでてくるから
 それで、つけたんだよ。


屈託のない笑顔。
幸せな家庭に育つ、愛らしい女の子・・・

764 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:03

「仲がいいんだね。千聖ちゃんの家族は」

自分で言葉にしておいて、
ギュッと胸が痛む。

「千聖ちゃんは・・・パパのこと好き?」
「うん。だいすき!」


とどめを刺そう。
今のうちに。

アタシの気持ちが、
まだ浅い内に・・・


「――ママも・・・かな?」

「うん!ママもパパが、だいすきだって!!」

765 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:03

言葉が耳に飛び込んできて、
思った以上にアタシの心を傷つけた。


「そっか・・・」

やっぱり、石川さんには――


「あっ、梨華ママだぁ!!」

千聖ちゃんが、立ち上がって
駆け出していく。

その先に目をやると、
石川さんが微笑んで、手を振っていた。


傷ついた心が、切り刻まれて
悲鳴をあげる。

766 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:04

あの微笑みの後ろには――


アタシの知らない誰かがいる。
石川さんが心を寄せる誰かがいるんだ・・・


「千聖とべたよ!とべるようになったんだよっ!!」
「ほんとに?!
 良かったね、千聖!!」

石川さんがアタシに向かって
頭を下げる。


あなたと誰かが愛し合って
あの子が生まれたんだ・・・

狂おしいほどの感情。

767 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:04

いつの間にアタシは――

あなたをこんなに好きになっていたんだろう?

決して届かぬ想いを
寄せてはいけない想いを
抱いてしまったアタシの心は、どこに向かえばいいんだろう・・・


「梨華ママにみせてあげるぅ!」

石川さんの手を引いて、
千聖ちゃんがアタシの元に向かってくる――

「はやく、はやくぅ」
「そんなに急いだら、転んじゃうでしょ」

明るい笑い声。

768 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:05


天を仰いだ。

ギュッと目を閉じる――


 大丈夫。
 アタシは大丈夫。


固く握った拳を胸にあてた。


 笑うんだ。
 彼女のために。

 アタシなら、出来る・・・


ゆっくり目を開いた。


さっきよりも近づいた二人に
笑みを返す。

769 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:06

「ほんとにありがとうございます」

アタシの近くまで来ると、
石川さんは深々と頭を下げた。

「お店は大丈夫なんですか?」
「圭ちゃんが来てくれたから、
 柴ちゃんと二人に任せて、出てきちゃいました」

華やかに笑う彼女。
太陽に照らされた笑顔が眩しくて、思わず目を細めた。


「千聖ちゃん、頑張ったんですよ。
 見てあげてください」


千聖ちゃんやろうか!
うん!

770 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:07

得意げに胸をそらせた千聖ちゃんを
優しい眼差しで、愛おしそうに見つめる石川さん。


「よし!行くよ?」
「うん!」


千聖ちゃんの視線が、
腕に移ったところで、歯を食いしばった。

傷口から、これ以上血が溢れ出さないように。
あなたに笑顔を見せられるように――


ヨシ!今だ!!

1回、2回、3回・・・


「すごいじゃない!!千聖!!」

抱き合って喜ぶ二人の声が、やけに遠く聞こえたけれど、
アタシは笑って、彼女たちを見守っていた・・・

771 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:07


**********


772 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:07


「ただいま〜!!」

「コラ、千聖。
 乱暴に開けないの!」

久しぶりにはしゃいでいる千聖。


「あら、千聖ちゃん、元気いっぱいね」

「けいちゃん、しばちゃん、
 千聖とべたの!!」

「ほんとっ!!
 すごいじゃない!
 イケメンさんのおかげだ」

受話器を押さえて、千聖に声をかける柴ちゃん。
ちょっとまさか、相手はお客様じゃないよね?!


「いけめんパワー!!」

ピースして、ご機嫌な千聖。

773 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:08

「梨華ちゃん、今ちょうど
 ひとみんから電話来てるの」

「え?ママから?!」

千聖が飛び跳ねて、
柴ちゃんから、受話器を奪い取る。


「ちょっと!千聖!」

とは、怒鳴ったものの、仕方ないか。
あれだけ苦手だった、長縄が跳べたんだもの。


「やるね、あのイケメン」

柴ちゃんが、わたしの隣に来て肘をつつく。

774 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:09

「ホの字になっちゃったでしょ〜」

反対側からは、圭ちゃん。

「違うよ、ケメちゃん。
 梨華ちゃんがホの字になったのは、
 この店に来たときからよ。ね?」

「変なこと、言わないで!」

「だって、私メモってるもの。
 梨華ちゃんの赤面回数」

「ちょっと、柴ちゃん!!」

「お似合いだと思うわよ?」
「圭ちゃんまで!」

そうは言っても、悪い気はしない。
だって――

775 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:09

「梨華ママ、ママがかわってって」

千聖が受話器を差し出す。
受け取って、千聖に声をかけた。

「手を洗って、うがいしてきなさい」
「は〜い」


「もしもし、ひと姉?」
『どっちがほんとの親か分かんないわね』

「ほんとだよ。今度はいつ帰って来る訳?
 義兄さんだって、いつ帰ってくるか分からないって言うし、
 ひと姉はひと姉で、いつまでそっちにいる気?」

『今度のコンテストが終わったら、
 一旦帰るわよ』

「ほんとに?」
『ほんと。ねえ、ところでさ、さっきあゆみが言ってた
 イケメンって誰?梨華の恋人?』

「ちょ、バカなこと言わないで!」

776 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:10

『そうよね〜。梨華は昔から、オムライス王子一筋だもんね。
 その王子のために、必死でオムライスだけ作れるようになったんだし・・・』

「オムライス王子って誰?」

「ちょっと柴ちゃん!
 勝手にスピーカーホンにしないで!!」

『オムライス王子というのは、高校時代から
 ずぅ〜と梨華が恋焦がれている人のことです』

「お姉ちゃんっ!!」

「「初耳〜!!」」

『来る日も来る日も柱の影から、ひっそり見守り続けた高校時代。
 けどねぇ、その王子、バレー部のエースだったんだけどね、
 ケガさせられちゃって、将来が台無し』

「「フムフム」」

『で、自暴自棄になった彼女を元気付けてあげたくて
 彼女の一番の好物のタマゴ料理に明け暮れて――』

「ちょっと!なんでスピーカー止めちゃうの?!」
「そうよ、一番いいところじゃない!」

777 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:11

「べぇーだっ!!」

不満そうな顔をした二人に
思いっきり、あっかんべえした。

「もしもし、ひと姉!
 余計なこと言わないで!!」

『だって、新しい恋が出来そうなら
 そっちの方がいいわよ?
 もうオムライス王子の所在、分からないんでしょ?』


「――分からなくも・・・ない」

『分かったんなら、連れて来なさいよ!
 あんたのオムライスなら、絶対落ちるわよ?』

「もうその話しはいいよ」

『良くないでしょ!
 あんた、何年彼女を想い続けてるのよ?!
 かれこれ、もう――って、もしかして・・・』

778 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:11


『そのイケメンが、オムライス王子?!』


「「エエーッ!!」」

また、スピーカーホンにされた・・・


『ちょっと、梨華いい?
 何で、今日お礼の食事に誘わなかったの?!』

「だって、この後用事があるって・・・」

『今すぐ誘いなさい!
 すぐよ、すぐ!!』

「でも、お仕事忙しいから・・・」

『何言ってんの?!
 やっと見つけたんでしょ?
 これは運命よ、運命!ねぇ、圭ちゃん』

「うん、多分・・・」

『ったく、あてになんないな、この占い師は!』

「ちょっと、ひとみんっ?!」


言い争いが始まる。

779 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:12


「もう!皆いいってば!!」

わたしはわたしのペースで、
彼女と接するから・・・

だって、心臓が持たないの。
ずっと恋焦がれていたんだもの。

見つめ続けていた横顔を間近で見れて、
毎日お話しだって、出来るんだもの。


――それにね。

わたしが作ったオムライスを
おいしそうに食べてくれるの。

一番だ。
最高だ。

って食べてくれるんだもの・・・

780 名前:第2章 2 投稿日:2009/10/02(金) 02:12


だから――

そっとしておいて。


偶然でも何でも
彼女にまた出会えたの。


  『ごめん。女の子とは恋人になれないよ』

校舎の隅で、偶然聞いてしまった
あなたの言葉。

だからいいの。
このままでも、わたしはいいの――


「お願い。今はそっとしておいて・・・」


消え入りそうな声で、そうつぶやいたわたしの願いを
皆は黙って、受け入れてくれた――

781 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/02(金) 02:13


782 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/02(金) 02:13


783 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/02(金) 02:13

本日は以上です。

784 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/02(金) 15:46
更新お疲れさまです。
切なかったり・・ドキドキしたり・・お話に引き込まれます。
本当にお上手なんですね!うらやましいです。
また、楽しみにお待ちしてます。
785 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/02(金) 20:50
お互いの誤解と言うかすれ違いと言うかとにかく切ないなぁ
どうかうまくいきますように…
786 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/07(水) 10:44

>784:名無飼育さん様
 嬉しいですね。ありがとうございます!
 どちらかで書かれていらっしゃるんですか?

>785:名無飼育さん様
 すみません。どうしてこうも毎度毎度
 こういう味付けをしたがるのか・・・
 性分なので変えられないようです(汗)


では本日の更新です。
787 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/07(水) 10:44



788 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:46

「では、これで進めよう」

「ありがとうございます。
 早急に進めさせて頂きます」

目の前の社長に向かって
深々と頭を下げる。

やっと決まった企画。
他社との競合を退けて、
自分の力で、もぎ取った仕事。


「吉澤さんはこの後、時間あるのかな?」
「え?あ、はい。特には何も・・・」

社長とアヤカさんが視線を交わす。

「これまでの君の労をねぎらいたいんだ」
「いえ、そんな・・・」

「なあ、長手君」
「はい」

アヤカさんが微笑む。
789 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:46

「私の行きつけの店があってね。
 すごく美味いんだよ」

「私なんかがご一緒して宜しいんですか?」

「もちろんだよ。
 是非君にも一度食べさせてあげたかったんだ。
 実はもう、予約も入れてしまっててね」

社長がいたずらっぽく微笑む。


「さあ、行こうか?」

社長が立ち上がった所で、
内線が鳴った。

素早くアヤカさんが、受話器をあげる――

790 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:47

「イタリアンなんだが、ほんとにいい味してるんだ。
 ワインも旨くてね。お酒は飲めるんだろ?」

「実は大好きなんです」
「それは良かった!」

正直、自分の方がホッとしていた。

きっと今夜一人になったら、
石川さんのオムライスを恋しく感じてしまっただろうから。

そして、会いたくなってしまうだろうから。
石川さんに――



「社長」

アヤカさんが社長にメモを渡す。
それを見た社長が顔をしかめた。

「――すまん。急用が出来てしまった」

「いえ。お気になさらないで下さい。
 今度の機会を楽しみにしてますから」

「いや。せっかく予約もしてある。
 良かったら、長手君と二人で行ってもらえないか?」

791 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:48

「社長持ちですから、
 おいしいもの、いっぱい頂きましょう?」

アヤカさんがアタシに微笑みかける。

「コラ!
 ・・・まあ、いいさ。好きなものを食べなさい。
 店には私からも連絡入れておくから」


じゃあ、長手君、後は頼んだよ?
かしこまりました。

社長が足早に部屋を出て行くと、
アヤカさんがアタシの腕をとった。


「さあ、行きましょ?
 社長がいない方がかえって気楽でしょ?」

普段よりもくだけた笑みを向けられて
アタシも微笑み返した――

792 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:48






793 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:48


「大丈夫ですか?
 今、タクシー呼びますから」

「だ〜め!」

携帯に伸ばそうとした手を押さえられる。


「今乗り物乗ったら、吐いちゃう・・・」

参ったな・・・

覚束ない足取りの彼女を支えるために、腰に腕を回す。
彼女もアタシにしがみつくように、体を預けていて、
まるで抱き合ってるようだ。


「少し風にあたりますか?」

黙って頷く彼女を支えながら、
目の前の公園に向かって歩き出した。

794 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:49


社長が勧めてくれたレストランは、
夜景が綺麗で。

窓際に座れば、
目前に、大きな橋と海が広がっていて。

各テーブルのキャンドルと間接照明だけに照らされた店内は、
これまた格別に洒落ていて――


一瞬だけ。
そう、ほんの一瞬だけ。

――石川さんと来てみたい。


そんな風に思ってしまった。

795 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:49

社長から解放されたアヤカさんは
それはそれは饒舌で。


「今夜は羽目外しちゃおう〜」

なんていたずらっぽく笑って、
楽しい話をたくさん聞かせてくれた。


次々と目の前で飲み干されていくワイングラスを見ながら、
自然とアタシのペースも速くなって・・・

「やっぱり思ったとおり。
 吉澤さん、お酒好きだった」

うれしそうに微笑むアヤカさんを見ながら

――石川さんは、お酒飲めるのかな?

なんて考えてしまって。

かすかな胸の痛みと共に
グラスの中身を一気に飲み干したりもした。

796 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:50


「――風が気持ちいい・・・」

海風が彼女の髪をなびかせて
くっついてるアタシの頬を撫でる。


「ここ・・・恋人ばっかり――」

海に向かって作られたベンチはすでに満席で、
恋人同士がキスを交わしては、愛を囁きあっている。


「アタシ達、場違いみたいですね?」

可笑しくなって、彼女を見ると
熱っぽい視線が返ってきた。

797 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:50

「場違いじゃなくしてよ・・・」

つぶやく声。
腰に回されている腕に力が込められたのが分かった。


「――今夜のお食事。
 最初から、あなたと二人で行きたかったの。
 だから社長に無理言って、二人にしてもらって・・・」


一度だけ食事が出来ればいいって思ってた。
たった一つでいいから、
仕事以外での思い出が出来ればいいって。

そう思ってたのに――


「もう止められなくなっちゃった・・・」

そう言って、アタシの胸に顔を埋めた。


「好き・・・」
「――アヤカさん・・・」

798 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:51

「本気よ、私。
 酔って言ってる訳じゃない。
 確かにお酒の勢いは借りてる。
 でも、気持ちは本気よ・・・」

アヤカさんが顔をあげた。
真剣な瞳がアタシを捕らえる。


「好きなの。吉澤さん。
 私の恋人になって欲しい・・・」


今まで、何度だってあった。
女から告白されるなんて・・・


  『吉澤さんが好きなんです』

  『先輩、私と付き合って下さい』

  『ずっとずっと好きだったの』


そのたびに、アタシは何て答えてた?

799 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:52



  『ごめん。女の子とは恋人になれないよ』


なのに今、アタシの心はどうなんだ?
いつだって、心の中に一人の女性がいて。
しかも、彼女は人妻で――


アタシは石川さんと恋人になりたいのか?

――ちがう。あの笑顔さえ見られればそれでいい。


彼女が幸せなら・・・
幸せなら、それで・・・


胸の奥がギュウッと痛んだ。


800 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:52


「あなたのまっすぐな瞳が好きなの」

アヤカさんの指が、アタシの瞼に優しく触れる・・・


   (相手コートを見つめる、まっすぐな瞳が好きでした)



「あなたの前向きに頑張る姿に魅かれたの」

そのまま頬にすべって、何度も何度も優しく撫でられる・・・


   (どんなに強い相手でも、前を向いて一歩も引かないあなたが好きでした)


唇をなぞられた。


「好きなの・・・」

801 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:53


   (あなたのひたむきな姿を見ているだけで、幸せでした)


夢を奪われたアタシを救ってくれた一枚の手紙。
誰からなのかも分からないけど、あの時アタシは確かに救われたんだ・・・


   (だからどうか、もう一度、前を見て歩いて下さい。
    あなたの姿を見ているだけで、
    幸せになれる人がいることを忘れないで下さい)



「――アタシは・・・」

唇に触れている手を掴んだ。
喉がカラカラで苦しい・・・


「――あなたを幸せに、出来ますか・・・?」


アヤカさんの目が見開かれた。


「アタシは、アヤカさんのことを・・・」

「あなたがいてくれるだけで幸せよ。
 そばにいてくれるだけで、
 それだけで、私は幸せなの――」

それだけ、で、いいの・・・?

802 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:53


   (どうかそれだけで、幸せだと思える人がいることを
    忘れないで下さい)


こんな自分が、こんな中途半端な自分が
誰かを幸せに出来るなら――

誰かに必要としてもらえるなら――


華奢な体をグッと引き寄せた。
目の前の彼女だけを見つめる・・・


驚きと喜びを混ぜ合わせた瞳の色。
期待に膨らむ彼女の瞳の色――

803 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:54

視界には。

アタシの瞳の中には、
目の前の彼女しか映っていないはずなのに・・・


なぜだろう?

石川さんの笑顔がチラつくんだ。
脳みその奥の方で、優しい石川さんの笑顔がチラつくんだ・・・


  『ママもパパが、だいすきだって!!』


クソッ!


目の前の唇に噛み付くように口付けた。


804 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:54

んっ、んんっ・・・

艶っぽい声がこぼれ落ちる。
合わせた唇は、どんどん熱をもって
彼女の体も熱くする。

彼女の腕がアタシの首に回って、
髪をかき混ぜる。


それなのに――

閉じた瞼の奥で、
石川さんがチラつくんだ。


消してよ・・・

お願いだから、アタシの中から
石川さんの影を消してよ――

805 名前:第2章 3 投稿日:2009/10/07(水) 10:55

全てを振り払いたくて、
ガムシャラに求めた。

目の前の体を折れるくらい強く抱きしめて、
むさぼるように、何度も何度も舌を絡めて
彼女の中を暴れまわった。


好き。吉澤さん、好き・・・


何度もそう囁いてくれたけど、
そのたびにアタシの心は鈍く痛んだ。



――アタシは・・・、サイテーだ。



806 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/07(水) 10:56


807 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/07(水) 10:56


808 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/07(水) 10:57

本日は以上です。

作者の悪いクセが始まりました・・・
すみません。先に謝っときます(汗)
809 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/07(水) 14:59
ゾクゾクします
これぞ玄米ちゃワールドですね
810 名前:名無し留学生 投稿日:2009/10/07(水) 23:44
キ、キタ!玄米ちゃさまのドSモードか...
811 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/09(金) 00:38
切ないです(涙)
812 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/09(金) 15:25

>809:名無飼育さん様
 こんな感じがお好みですか?(笑)
 ワールドと言って頂けるほど大そうなものではありませんが
 楽しんで頂ければ幸いです。

>810:名無し留学生様
 きちゃいました(笑)
 この傾向は、性分なので仕方ないようです。
 今作はジワジワ行きたいと思ってます(喜)

>812:名無飼育さん様
 すみません、本当に。
 けどなぜか、痛めの方がスムーズに筆が進むんです・・・(汗)


では、本日の更新です。

813 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/09(金) 15:26




814 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:28

「吉澤さん、2番にお電話です」
「あいよー」

向かい側から声をかけてくれた
仙石ちゃんに返事をして、受話器を取ろうとする。

「誰から?」
「石川さん」

受話器をあげる手が止まった。


あれからアタシは『ニューTOKYOありす』に行っていない。
まだ、心が波立っている。

今石川さんに会ってしまったら、
きっとまた、大きな波にのみ込まれてしまう。

あなたへの想いが蘇ってしまう。

だから、待つんだ。
この想いが凪ぐまで――

815 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:28

「出ないんですか?」

「――わりぃ。いないって言ってくれる?」

受話器を置いて、仕事を再開する。


「ほんとにいいんですか?」
「ああ、いいよ」

「今日、3回目ですけど。
 石川さんからの電話」

驚いて顔をあげた。

「お忙しいのに何度もすみませんって、恐縮されてましたよ?
 電話させましょうかって言ったのに、またかけるって・・・
 メモ残しましょうかって言ったら、またかけますから、なんて」

大事な用件なんですかね?

ボソッとつぶやいて、
仙石ちゃんが受話器をあげようとする。

「さっき、目の前にいるって言っちゃったんだけどなぁ・・・」

816 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:29


「待って!」

仙石ちゃんがニヤリと笑う。

「やっぱ出ます?
 どうぞ。2番ですから」

「・・・ミーティングルームで出るよ」

そう言って、立ち上がると
背後から舌打ちと共に
「つまんな〜い」
なんて声が聞こえてきた。


誰が聞かせるか!っての。


ミーティングルームに誰もいないことを確認して、
深呼吸してから、受話器をあげ2番を押した。

817 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:30

「大変お待たせいたしました。
 吉澤です」

『良かったぁ・・・』

その声を聞いただけで、
波がうねり始める。

『お忙しいのに本当にすみません。
 それも会社にかけてしまって・・・』

耳から入った愛しい声が、アタシの胸を激しく叩く。
大波がおこって、アタシの心をのみこもうとする・・・


「・・・大丈夫ですよ?」

平静を装うんだ。

『ほんとにごめんなさい。
 お店にいらっしゃるのをお待ちしようとも思ったんですけど・・・』


きっと急に足が遠のいたアタシを不思議に思っているだろう。
そして、責めているのかもしれない。

自分が何かしてしまったんじゃないかって――

818 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:30

「ちょっと大きな仕事を任されてて」

これは嘘じゃない。
ハロテン企画の仕事は、それなりにデカイし
アタシが責任者だ。

「なかなか時間がとれないんです。
 でも・・・」

『でも?』

「――オムライスが恋しくて、仕方ありません」

たぶん、明るく言えたと思う。


『まあ!』

華やいだ声。

『いつでもお待ちしてますから』

819 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:31

「で、何か急ぎの用件でも?」

胸の痛みに耐えられなくなりそうで、
先を急いだ。


『お忙しいのに、こんなことお願いするのも
 どうかと思ったんですけど・・・』


どうしても、千聖が吉澤さんに頼んでくれって聞かなくて。
昨日、長縄に引っかかってしまったんです。
それからまた、跳べなくなってしまったみたいで・・・

吉澤さんにおまじないを教えてもらうんだって聞かないんです。
今朝、幼稚園行く前にも、吉澤さん呼んでくれって。
今晩起きて待ってるからって――


『すみません、勝手言って。
 あの子ったら、吉澤さんと約束したって聞かなくて…
 お忙しかったら本当にいいんです。
 リレーにも出るし、万が一引っかかっても
 リレーで活躍出来るでしょって言いましたから・・・
 あ、足は早いんですよ、千聖』

820 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:31

「――明日、でしたよね?運動会…」

『そうなんです、だからこんな風に…
 すみません、ほんとに。良かったら口頭で教えて下さい。
 わたしから千聖に伝えますから』


「・・・何時からですか?」

『えっ?』

「長縄は何時から始まりますか?」

『リレーの前です。
 最終競技の一つ前。
 多分2時くらいだと…』


 <やめておけ>

頭の片隅で、別のアタシが注意する。

 <自分で波を起こしてどうする?
  溺れてどうする?>

821 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:32


「――わかりました。
 明日、長縄には間に合うように会場に行きます」

『でも…
 無理させてませんか?』

「千聖ちゃんとの約束を破るわけには
 いきませんから」


頑張った子にしか教えちゃいけない――
そう言ったのは、アタシだ。

千聖ちゃんに挑戦させるために、作り話までして・・・

あのおまじないは――


あれは、アタシの・・・

822 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:32

受話器を握ったまま、天を仰いだ。

ギュッと目を閉じる――


 大丈夫。
 アタシは大丈夫。


固く握った拳を胸にあて、
ゆっくり目を開いた。


「必ず行くからって、
 千聖ちゃんに伝えて下さい」

『・・・本当によろしいんですか?』

気遣う声音。

「ええ。約束通り、おまじない教えてあげるから
 絶対跳べるよって、伝えて下さい」

『ありがとうございますっ!』

一段と華やいだ高い声が聞こえて、
アタシも思わず微笑んだ。

823 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:33

やっぱり、この気持ちは消せないらしい。


だって、どこかで――

 <約束したんだから、仕方ないでしょ?>
 <約束は守らなきゃ>

なんて、言い訳を並べ立てながら、
喜んでる自分がいるんだ。


あなたに会ってもいい。
そんな大義名分が出来たことに
どうしようもなく、心がはずんでるんだ――


受話器を置くと、自嘲気味に笑った。

「サイテーだな、アタシ・・・」

だって既に必死で考え始めている。
明日の恋人とのデートを何て言って断ろうかと――

どうアヤカさんを裏切ろうかと――

824 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:33






825 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:34

資料を見るフリをして、
机の下で腕時計を覗く。

13時15分か・・・

そろそろ出ないと間に合わない。
参ったな――


昨日の夕方、突然言われた専務命令。

 『明日11時から、新プロジェクトの会議するから
  吉澤も出席せえ』

ちょっと待ってよ!
喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

 『なんや?文句あんのか?』

鋭い目で見据えられ、
しぶしぶ了承するしかなかった。

役員室で言ってくれりゃぁ
反論したのにぃ!

826 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:34

アタシの首を縦に振らせようと
わざわざ皆の前で言ったんだってことくらい分かってる。

姉さんなりの気の使い方。

最近業績を上げ続けているアタシを妬むヤツが
あからさまにイヤミを言うからだ。

 『アイツが仕事とって来れんの、顔でだろ?』
 『実力でとれる訳ねーじゃん。高校中退だぜ?』
 『いいよなー。見た目がいいヤツは、努力しなくたって
  簡単に仕事がとれんだぜ』


そんな言葉が耳に届くたび、
アタシは奥歯を噛み締める。

「何で黙ってるんですか?!
 吉澤さん、すごい努力してるじゃないですか?
 いっぱい通って、信頼積み上げて・・・」

悔しさのあまり、目にたくさんの涙を溜めたままの
仙石ちゃんに問い詰められたことがある。

827 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:35

「いいんだよ」

「良くないです!
 私が言ってきます。謝れって言ってきます!!」

「いいんだって!」

仙石ちゃんの腕をつかんだ。

「アタシは別に大丈夫だから――」


  (調子に乗りすぎなんだよ)
  (モテるからって、お高くとまってんじゃねーよ)

耳の奥に残る遠い記憶。
球技大会で、わざと足をかけられたアタシの膝から聞こえた
シャレにならないくらいの不気味な音――

駆け寄ってくるクラスメイトの心配そうな顔。
口元を歪めて笑う理事長の娘――

828 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:35

  (吉澤さん、私と付き合って)

  (ごめん。女の子とは恋人になれないよ)


ただいつも通り、アタシは断っただけだ。
相手が誰だろうと関係ない。

あの頃のアタシには、夢しかなかった。
ただ純粋に夢を追いかけていただけなのに・・・


  (私なんかに逆らうからこういう目に合うのよ)


逆らう?
逆らうってなに?

829 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:36


  (君には辛いだろうけど、今までと同じように跳ぶことは
   もう2度と出来ないよ・・・)

待ってよ、先生!
アタシ身長足りないんだって!
跳べなきゃ意味がないんだって!!


  (手術をすれば普通に生活は出来る。
   軽い運動も出来るだろう。
   けどもう、今までのように高く跳ぶことは出来ない)

悪い冗談やめてよ!
ずっとジャンプ力を鍛えてきたんだ。
誰よりも高く跳ぶために、
滞空時間を増やすために、必死で努力してきたんだ。


ねぇ先生、治してよ
来週全国大会なんだ

アタシ、エースなんだよ
将来はオリンピックに行くんだよ。

だから、お願いだから、早く治してよ――

830 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:37


手術して、無事退院したアタシは
誰もいないコートに立った。

ネットってこんなに高かったっけ?
ジャンプしても指先さえ出ない。

もう相手チームのアタックを、ブロックすることも出来ない。
背の高いブロックに向かって、強烈なアタックを浴びせることだって出来ないんだ・・・


――翼をもぎ取られた鳥は。

2度と空を舞うことは出来ない。


  (ごめんなさい。こんな大怪我になるなんて
   思ってなくて・・・)

――もう遅いよ。


  (私に出来ることなら、何でも・・・)

――何でも?じゃあ、返してよ。もとの足に戻してよ・・・

831 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:37


これまでの羨望の眼差しは
哀れむような目つきに変わった。

夢も希望も失ったアタシの居場所なんて
校内のどこにも残ってなかった。

だから、一日中屋上で空を見上げては、
やり場のない思いを、心の奥深くに沈めるしかなかったんだ。


  (人生これからじゃない)
  (かわいそうだけど、まだ若いんだから、ね?)


まるで腫れ物にでも触るように、
何度もそう言われた。

もう何もかもが面倒になったアタシは
高2の2学期が終わる直前、退学届を提出した。

832 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:38

それからは毎日、ただ部屋にこもって好きなアーティストの音楽を聴き、
何かを吐き出したくて、絵を描いて過ごした。


 アタシは何のためにここにいるの?
 こんな自分、もういなくなったっていいんじゃない?
 きっともう、誰も悲しんだりしないよ・・・


悶々としたまま、そんな自問自答を繰り返して。


 もういいや。
 全て放り出しちゃおう――
 自分自身も投げ出しちゃおう――


そう思ったある日、それはポストに入ってたんだ。


薄いピンク色の便箋に、お世辞にも
綺麗とは言えない文字が並んでいて。

不器用そうな文字が、
必死に何かを訴えるように、書き連ねられていて。

文面から、溢れる思いが伝わってきて、
全部読み終えると、アタシの目から
自然と涙がこぼれ落ちたんだ――

833 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:39


  試合の前、あなたはいつも天を仰いでいました。
  そして、目を閉じて握り締めた拳をそっと胸にあてるんです。

  まるで神聖な儀式を見ているようで、
  いつもファインダーを覗きながら、
  息をのんで、その姿を見つめていました。

  はじめのうちは、ただ心を静めるために
  そうしているんだと思ってました。

  けれど、気付いたんです。
  胸にあてた拳が震えていることに。
  結んだ唇がかすかに震えていることに。

  ああ、吉澤さんは。
  ふとすると出てきそうになる臆病な心と
  今戦ってるんだなって、そんな風に思ったんです。

  そんなあなたの姿を納めたくて、
  夢中でシャッターを切りました。

834 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:39


  相手コートを見つめる、まっすぐな瞳が好きでした。
  どんなに強い相手でも、前を向いて一歩も引かないあなたが好きでした。
  あなたのひたむきな姿を見ているだけで、幸せでした。

  あなたが今までそうして来たように。

  目の前のことに、全力で取り組んだら
  きっといつか、道が拓けるはずです。
  どんなに闇の中にいても、前へ進む限り必ず出口に辿り着くはずです。

  だからどうか、もう一度、前を見て歩いて下さい。
  あなたの姿を見ているだけで、
  幸せになれる人がいることを忘れないで下さい。

  どうかそれだけで、幸せだと思える人がいることを
  忘れないで下さい――

835 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:40


一枚だけ同封された写真には、
アタシが天を仰いで、拳を胸にあてている姿が納められていた。

手紙を握り締めたまま、天を仰いだ――


 アタシはもう一度、跳べるだろうか・・・


固く握った拳を胸にあてた。
内側にある臆病な心を、自分自身の拳で握り潰す――


 大丈夫。
 アタシなら、出来る・・・


久しぶりに体中の血が騒ぎ出すのを感じた。

836 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:40


差出人も書かれていない、たった一枚の手紙が
暗闇をさまよっていたアタシを救いだしてくれた。

冷え切ったアタシの心を
そっと包んで温めてくれた。

もう誰も悲しまない。
生きてる意味なんかない。
そう思ってたアタシに、アタシが存在する意味を教えてくれたんだ。

こんな風になっても、
もうアタックが打てなくっても、
アタシが前を向いて生きることで、誰かが幸せだと思ってくれるなら・・・


――ありがとう。

手紙に向かって、つぶやいた。


アタシ、もう一度前を向いて
歩いてみるよ。

837 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:41

手紙を胸に抱いた。

ただの紙だけど、
そこには確かに感じる温度があった。


いつの日か――

あなたに、恩返し出来る日がくるといいな。
アタシの輝いてる姿を、もう一度見せられるといいな・・・


その時は、また写真に納めてくれますか?


それから一週間後。

たまたま家を訪ねてくれた、イトコの裕子姉さんが
アタシが書き殴った絵を見て、デザインの才能を見出してくれて、
アタシは本格的に勉強を始めた――

838 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:42


「吉澤、これどう思う?」

姉さんからの突然の指名。

会議室中の視線が、一番末座に座ったアタシに集まる。
ちょうど、お茶を差し替えに来た仙石ちゃんが、
心配そうにアタシを窺う――


今、この席にアタシがいるのには
ものすごく重要な意味がある。

有職者が連なったこの席に
アタシが参加しているのは・・・


 今一番のってる人間を
 プロジェクトの中心に置く


それは設立当初から変わらない、うちの社のやり方。
それともう一つ。


 誰がどう、つまらん噂を流そうと
 あたしが認めた人間に文句つけるヤツがおったら、
 直接、あたしに言いに来い!


そんな姉さんの無言の宣戦布告も含んでいる。
そして、この宣戦布告の後に
つまらない噂を流した人間は、容赦なく斬る。

そんな意味合いさえ含んでいる――

839 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:43

今度の新プロジェクトは、
今後の海外進出を睨んだ、さきがけの意味がある。
インテリア一つにとどまらず、室内全体、空間までも
演出して行こうという社としての新しい試み。


 「なあ、あんたこの部屋を自分の好きなように
  デザインしていいって言ったら、どこから手をつける?」

姉さんが家を訪ねてくれたあの日。
幾つかのアタシの絵を眺めながら、突然そんな風に聞いた姉さん。

 「照明」

間髪入れずに答えたアタシ。

 「照明?何で?」


光りって重要じゃないのかな?
それ一つで、温かく見えたり、寒く見えたり・・・
色んな演出が出来るじゃん。
どんなに綺麗な家具を置いたって、暗くちゃなんも見えないよ?


 「ほお〜。あんた才能あるで?」

840 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:43


静かに立ち上がると、
小さく息を吐いた。

アタシが思った通りのことをこの場で言えば、
おそらくこの案の提出者、つまりうちの部長は担当を外されるだろう。
配置換えの可能性さえある。

彼だって、昨日アタシが出席すると聞いて、
焦ったはずだ。

そして、担当を外される恐怖と戦いながら、
寝ずにプランを見直しただろう・・・

けれど、残念なことにこのプランには、欠点がある。
完璧だと思っているのは、おそらく本人だけだ。


姉さんは、アタシがこの欠点に気付くはずだってわかってる。
そして、その実力をここにいる上役達に知らしめようとしている――

841 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:44

挑むような視線が、俯いたままの
アタシの頭に突き刺さった。

 ――お前なんかに、分かる訳ないだろ。
 ――実力なんかないくせに。

そんな無言の悪意を全身に感じる・・・


ここでアタシが指摘してしまえば、
悪意はもっと激しくなるかもしれない。
影で足をすくおうとする輩が増えるかもしれない。

仮にここで、アタシが言わなかったとしても、
姉さんや実力のある上役たちが、この欠点を指摘して改善されるだろう。
その方が丸く納まるってもんだ。

だから、わざわざアタシが言わなくたって――

842 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:44

一瞬、天を仰いで
握り締めた拳を、そのまま胸にあてた。


「率直に申し上げます」

部長の視線を捕らえた。


「陰影が少ないように思います。
 かと言って、温かみを感じる訳でもない」

「なっ!」

見る見る顔を引きつらせて、
言葉にならない声を発する。


「いくら斬新なデザインを施したとしても
 照明がおろそかでは意味がありません。
 温もりを感じない室内に、早く帰りたいと思うでしょうか?
 いつまでもここにいたいという気持ちになるでしょうか?」

彼がアタシから目をそらした。


「例えば、寒色とされるブルーを基調としたとしても
 大海に住む魚たちの視点から表現しようとすれば
 温かみのあるものを作ることが出来るのではないかと
 私は考えます」

843 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:45


「命を育む視点から、物事を捉えた時
 よりよいモノを作り出せると私は考えます」


姉さんが大きく頷くのが、
視界の隅で見えた。

姉さんはアタシに座るように促すと、
周囲の重役たちと小さく会話を交わす。

胃がキリキリと痛んだ。
おそらくきっと――


「今度の新プロジェクト」

姉さんの声が、室内に響く。


「責任者は吉澤にする」

844 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:45

「ちょっと待って下さい!!」

部長が立ち上がる。

「もう一度、僕にチャンスを下さい!
 お願いします!!」

深々と頭を下げる。


「あんなぁ。ビジネスにチャンスは2度ない。
 この程度の物しか作れんヤツに、もう一度チャンスを
 与えた所で、劇的に変わるとは思えん」

彼がガックリ肩を落とした。

「もう一度謙虚に勉強し直しぃ。
 そしたら、チャンスをもう一度だけやる」

そう言った姉さんの声音は優しかった。

845 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:46

「吉澤、役員室へ」
「かしこまりました」

黙って姉さんの後に続く。
会議室を出た所で、小さくガッツポーズした
仙石ちゃんと目が合った。


はあ〜


正直、出世とか興味ない。
嫉妬とかそういう類に巻き込まれるの
チョーめんどくせ〜


「何や浮かない顔してんなぁ」

エレベーターで二人になった途端、
姉さんが口を開く。

846 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:46

「大抜擢やで?」
「めんどくせ〜」

アハハ。
あんたらしい。

そう言って、姉さんは豪快に笑った。


「あいつ、勉強し直すと思うか?
 それとも、辞めると思うか?」

「――さんざん、姉さんとアタシの悪口言って
 辞めると思う」

「やっぱ、そう思うか?
 悪いなぁ、巻き込んで」

けど――

エレベーターが開く。
秘書課の子達にお辞儀して、
姉さんと一緒に役員室に入る。

847 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:47


「けど?」

扉を閉めたところで、姉さんが振り返って尋ねた。


「あれだけのメンツの前で、示してくれたから
 誰もあいつの言うこと聞かないよ。
 それに・・・じきに風向きも変わってくると思う」

「そやな」

姉さんが優しく微笑んだ。


――ありがと。

「それはそうと、あんた
 アヤカ落としたってな!」

おい!
今、アタシ珍しくお礼を言ったんだけど!

またもや、姉さんの腕が
アタシの首にからみついてくる。

848 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:47

「やっぱ、あんたもこっちの人間やったな」
「嬉しそうに言わないでよ。
 たまたまだよ。今までは違ったし・・・」

「まあ、入り口はそんなもんや」

で、あっちの方はどうや?
あの子、巧いやろ〜
何かこう、骨抜きにされそうやな。

姉さんが、ランランと目を輝かせて、
期待の眼差しを向ける――


「――あっちって・・・何?」


はあああ???!

849 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:48

 <コンコン>
 『専務、どうかされましたか?』

「いや、何でもない」

デカイ声出すからだよ。
仕方ないやろ。あんたが信じられんこと言うから。


「ねえ、やっぱ。
 シないとダメかな?」

「当たり前やろ!」


はあ〜

「キスは?」
「した」

「なら、はよ抱いてまえ」
「簡単に言わないでよ・・・」

そういう雰囲気になったこともあるよ。
実際、望んでるんだろうな・・・って、
感じることもあるし――

850 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:48

「いや〜、ウチのイトコがこんなに
 ヘタレやと思わんかった・・・」

違うよ!
なんて言うか・・・

気持ちがそこまで行ってないんだ。
まだ心に石川さんがいるから――


ああああっ!!!!
・・・んぐっ。

 <コンコン>
 『専務、本当に大丈夫ですか?!』

「何でもないよ〜」

姉さんがアタシの口を塞ぎながら言った。

アホッ!
デカイ声出すなって言うたやろ!

さっき出したのは自分じゃん・・・


「それより!
 早く行かなきゃ!!」

851 名前:第3章 1 投稿日:2009/10/09(金) 15:49

「アヤカ抱きに行く決心ついたか?」
「違うって!!」

仕度をしながら、
手短に話す。


「なんや、そっちが本命か」
「だから違うって!」

役員室の扉に手をかける。


「ええやん、本命とヤッてまえ。
 あんたなら案外イケルと思うけどなぁ・・・」

無責任につぶやくイトコに思いっきり
あっかんべえして、アタシは部屋を飛び出した――

852 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/09(金) 15:49


853 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/09(金) 15:49


854 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/09(金) 15:50

本日は以上です。

855 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/12(月) 18:28
更新おつかれさまです。
吉澤さんには早く素直になってほしいですね。
まぁ無理なんでしょうが…(笑
次回も楽しみにしてます♪
856 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/14(水) 11:33

>855:名無飼育さん様
 そうでもないですよ?
 今回ちょっと素直になるんですが、いかんせん作者が
 こんな性分なもんで・・・(笑)


では、本日の更新です。
857 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/14(水) 11:34


858 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:35

「運転手さん、あとどれくらいですか?」
「う〜ん。2キロはないと思うけどねぇ・・・
 あらら、事故だな」

ひでーな、こりゃ。
しばらく動かないなあ、これじゃ。

間延びした声にイラッとして、腕時計を見る。
マズイ、始まっちゃうよ・・・

「抜け道ありませんか?」
「一通ばっかだからねぇ。ヘタに動くと
 余計時間かかるんじゃないかなぁ・・・?」

ああ、もうっ!!

「ここでいいです」
「え?」

財布からお札を取り出して差し出す。

「こっから走りますから」
「こっから走るって、まだ結構あるよ?」

859 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:36

「釣りはいいですから」

そう言って、勝手にタクシーから降りた。

気をつけてよ〜

なんて声が後ろからかかる。
車の間をぬって、歩道にあがると
上着を脱いで、走り出した。

本格的に走るなんて、おそらくケガして以来だ。
正直、足が心配だったりするけど、
そんなこと言ってられない。

走れエロス・・・じゃなかった。
メロスの気分だ。

860 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:37

千聖ちゃんとの約束を果たす――

それが一番の目的だ。

だけど、また石川さんの笑顔を見られるって、
早く石川さんに会いたいなんて思っちゃってるのも
また事実。

石川さんに感謝して欲しくて
石川さんによく思われたくて・・・


アタシには恋人がいる。
石川さんにはご主人がいる。


それでも、アタシが秘めてさえいれば
何も問題はない。

殺意は抱いただけじゃ罪にならないんでしょ?
それと同じだよ――

861 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:37

そんな屁理屈を並べ立てながら
ひたすら走る。

じわじわとした痛みを古傷から感じるけど、
角を曲がった所で、大きな歓声が聞こえて、
ペースを速めた。


――あそこだ・・・

校門から、数人が出入りしてる。
また大きな歓声が聞こえた。

時計を見る。

14時05分。

クソッ!
始まっちゃったか・・・


校門を出てきた人を捕まえて尋ねた。

862 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:38

「ハア、ハア・・・。す、みま、せん・・・
 今、ハア、何やって、ますか?」

「え?ああ、長縄が始まった所ですよ?」

クソッ!!
やっぱ間に合わなかったか・・・


「大丈夫ですか?」

ガックリとひざついて
呼吸を整えるアタシを心配そうに窺う――


「吉澤さんっ!」

聞きなれた高い声が、アタシを呼んで
駆け寄ってくる。


「――すみ、ません・・・ッハアハア・・・
 間に、あわなく、って・・・」

863 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:39

「こんなに汗だくになって・・・」

彼女がそっとタオルで汗を拭ってくれた。
腕を支えて、アタシを立たせてくれる。

「ごめんなさい・・・」

うな垂れて謝ったアタシの前に回りこんで、
首筋、額と次々溢れ出す汗を優しく拭ってくれる――


「千聖。次だから大丈夫です」

はじかれたように顔をあげたアタシ。

「今、年少さんと年中さんの大波小波が始まったばかりで、
 千聖たち年長さんの長縄はこの後ですから」


「ほんとッスか?!」
「ほんとッス」

彼女は、またアタシの口真似をすると
楽しそうに微笑んだ。

864 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:40

「千聖ちゃんは?」
「あっちの応援席です」

「行きましょ!」

思わず彼女の手を握っていた。

初めて握り締めた小さな手。
柔らかな感触に、言葉では表せない程の感情が
押しあがって来て、アタシの胸を苦しくする。

だけど、離したくない。
今だけは――

今この瞬間だけは、アタシだけのものにしたい。
きっともう2度と、こうして手をとるなんてこと
出来ないだろうから。

だから今だけは。

今だけは、許してください・・・

865 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:40

「千聖ちゃん!」

応援席で不安げに俯いていた頭が
パッとあげられ、後ろを振り向く。

千聖ちゃんが振り向いたと同時に
握っていた手が離されて、また胸が痛んだ。


――千聖ちゃんに見られたくなかったんだろうな・・・


叶わぬ想いに胸が締め付けられる。
手の平の温もりを忘れたくなくて、
そっと拳を握った。


「よしざわたんっ!!」

弾けた笑顔を見せて、踊るように駆け寄ってくると
アタシに抱きついた。

似てるな、こういう笑顔――

866 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:41

「ごめんね。遅くなって」

「ぜったい、きてくれるって
 ちんじてたもん!」

目の前にしゃがんで、
頭を撫でてあげた。

「ありがとう。信じてくれて・・・」

屈託のない笑顔に、少しだけ罪悪感を感じる。

半分はね、君のママに会いたかったからなんだよ、ごめんね。
心の中で謝った。


ひときわ大きな歓声が上がって
競技の終了が告げられる。


「千聖ちゃん、おまじない」
「うん!」

いい?
お姉ちゃんの言う通りにするんだよ?

867 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:41

「まずは天を仰ぐんだ」
「テン?」

「ああ、ごめん。
 お空を見上げてごらん?」

千聖ちゃんが上を向く。

「目を閉じて」

元気よく頷いて、ギュッと目を瞑る。
「こう?」

「そうだよ。そしたらね、心の中で言ってごらん?
 『大丈夫。アタシは大丈夫』って」

眉間にシワが寄せられて、
小さな唇が動いて、教えた通りのことをつぶやく。

そっと千聖ちゃんの手を包み込んで、
アタシの手の中で、拳を握らせた。

その手をそのまま胸にあててあげる。

868 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:42

「出来るよ。千聖ちゃんなら。
 絶対に跳べる・・・」


  (アタシなら誰よりも高く跳べる。
   絶対に負けない・・・)


「もう大丈夫だよ?
 目を開けてごらん?」

強い光を宿した二つの瞳。

大丈夫。
もう跳べるよ。

「ぜったい、ひっかからない?」
「大丈夫。お姉ちゃんが保証する」

「がんばってくるぅ!!」

入場を始めた園児たちの中に
走って追いつくと、千聖ちゃんは大きく手を振った。

869 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:42

「ありがとうございます」

手を振り返したアタシの隣に立って
石川さんが言う。

「お礼はちゃんと跳べてからにした方が
 いいかもしれませんよ?」

少しおどけて言うと、
思いがけず、強い言葉が返ってきた。


「吉澤さんのおまじないなら、
 絶対に大丈夫です」


ほら、始まりますよ?

そう言って、腕をとられて
一気に心臓が跳ね上がった。

アタシの左腕に、あなたの小さな手がそえられていて――

自分でも笑っちゃうほど、
体が固まっちゃってる。

870 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:43


――もういいや。

今だけ。
自分の心に素直になろう。

そっとそえられている小さな手を
右手で包み込むように、上から握った。


――好きです。石川さん・・・

声に出せない想いを手の平にのせて、
もう一度握り締めた。


アタシのおまじないは絶大な効果を発揮して
千聖ちゃんのクラスは優勝した――

871 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:43



**********


872 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:44

「すみません。千聖の部屋2階なんで、
 そこのわたしの部屋に寝かせますから・・・」

彼女より先に立って、
部屋に案内する。

お部屋、綺麗にしてたっけな?
大丈夫だったよね?

素早く記憶を辿る――


運動会からの帰り道。

前を歩く千聖のお友達が、お父さんに肩車されて
帰って行くのを、一瞬寂しげな瞳で見つめた千聖。

きっとあなたは、その小さな表情の変化に気付いてくれたんだと思う。
昔から、そういう人だったから――


 「千聖ちゃん、今日長縄もパーフェクトだったし、
  リレーも頑張ったから、お姉ちゃんがおんぶして行ってあげるよ」

初めははしゃいでいたのに、いつの間にか
あなたの背中で、すっかり眠ってしまった千聖。

ちょっとだけ、うらやましかったりするんだからね!

873 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:45

「重いですよね?
 ほんとにごめんなさい」

「大丈夫ですよ?
 ほんとは肩車してあげられれば良かったんだけど、
 ちょっと足に自信がなくて――」

あっ!あの時のケガ!
わたし、彼女に大変なことを・・・

「昔ね、ちょっとケガしちゃったんですよ。
 あ、たいしたことないから、心配しないで下さい」

明るく言うから、何も言えなくなった。
どんなに大変なケガだったか知ってるのに、わたし・・・


「千聖」

一声かけて、彼女の後ろから
千聖を受け取ろうと手を伸ばす。

874 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:45

「よく寝てるみたいだから
 最後まで運びますよ?」

優しく微笑んでくれる。

「――ごめんなさい・・・」

小さな声で謝った。


部屋のドアを開けて、
ベッドのお布団をはがす。

――良かった。掃除した後で・・・

密かに胸を撫で下ろす。


千聖を起こさないように、そっとベッドに寝かせてくれる。
すぐ横で、千聖にお布団をかけてあげると、
優しい声であなたが言った。

「よく頑張ったね・・・」

優しい手つきで、千聖の髪を撫でてあげていて・・・
また胸がキュンとなった。

875 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:46

「――吉澤さんて・・・優しいですね」

ん?

優しい眼差しのままで
見つめられて、途端に頬が赤くなる。

だって、こんなに近いんだもの。
手が触れ合うくらい、すぐそばにあなたがいて、
もう一度手を伸ばせば、またあなたに触れられる・・・


さっきはね。
自分でも、どさくさまぎれによく頑張ったなぁって。

あなたがわたしの手をとって、
突然走り出して・・・

千聖に手を振るあなたの隣に立って、思い切って腕に触れたら、
その上から包み込むように、わたしの手を握ってくれた。

これって。
期待しちゃってもいいのかな・・・?

少しずつ、気持ちの抑えが効かなくなってきてて
自分でもどうしたらいいのか分からない――

876 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:47

「あっ!あれ・・・」

あなたがわたしの後ろを指差す。

「あれ、あの電気スタンド。
 アタシの最初の作品なんです」

うそっ!
ほんとに?

「わたし、お店で一目ぼれしちゃって
 あのスタンド、その場で買っちゃったんです」

「マジで?!スゲー」

目を見開いて、わたしとスタンドを
交互に見てる。

ほんとだよ。
だって初めてあなたをコートで見たときと
同じ衝撃を受けたの。

その場所から動けなくなってしまうほど、
心が惹きつけられて・・・

ちょうど、あなたが実家を出てしまって
どこに住んでいるのかも分からなくなってしまった時だったし、
あれで代わりになるなら、なんて――

877 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:47

「ヤベー。めちゃめちゃ嬉しいかも」

綺麗な顔を崩して、
嬉しそうに微笑む。

「なんか、運命感じちゃいますね?」

そんなにドキドキすること言われたら、
わたしの心臓がもたないよ・・・


あなたが、わたしの方に手を伸ばす。

うそ・・・
抱きしめられちゃったり・・・して――


「実家に置いてきちゃったから、
 久々に見たなぁ・・・」


あ・・・
スタンドを取りたいのね?

ちょっとガッカリしながら、
振り向いて手を伸ばそうとしたその時――

878 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:48

「イテッ!」

え?

吉澤さんがわたしに降ってきた。
受け止められなくて、彼女の下敷きになる。

「ご、ごめんなさい。
 古傷が痛くて、足に力入んなくて・・・」


――ドキンッ。ドキンッ。

両手をついて
わたしを見下ろす彼女と視線が合う・・・


一瞬、驚きの色を見せた大きな瞳は、
今、わたしだけを映してる――

879 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:49

段々と熱を帯び始めた視線が、
わたしを動けなくする・・・


――ねぇ。ほんとに・・・期待しちゃうよ?

ずっと秘めていたこの想い、
伝えても、いいのかな・・・?


あなたを好きだって。
ずっとずっと好きだったって。

言ってしまってもいいのかな・・・?


視線が絡みあったまま、
彼女が近づいてくる。

どうしよ・・・
震えてるわたし――

880 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:49

激しい熱を感じる瞳から
目が離せない。

夢じゃないって、確かめたくて
あなたの背中に手を伸ばした。

確かな感触に喜びが込み上げてきて
涙が溢れそうになる・・・


――静かに目を閉じた。


881 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:50

微かに感じた温度。

今、ほんとに?
キス、したの・・・?

確認したくて、目を開けようとしたら
遠慮がちに、もう一度触れたあなたの唇。

胸が鷲づかみされるように
ギュッとなる。

2度、3度・・・


まるで大切なものに触れるように優しく
壊れ物を扱うみたいにそっと触れてくれる。

あなたの指がわたしの頬に触れて、
そっと目を開けると、潤んだ瞳がわたしを見下ろしていて・・・

今度は濡れた唇を薄く開いたまま、
わたしに近づいてきた――



「梨華ママぁ・・・」

882 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:50

弾かれたように、あなたがとび起きる。

「――よしざわたん。まだいてくれた。
 よかったぁ・・・」

目をこすりながら、
笑顔を見せる千聖。

千聖のところからじゃ、
何してたかなんて、きっと分からなかったよね?

動揺する心を必死でなだめながら、
千聖に声をかける。

「・・・体操服のままでしょ?お着替えしようか?」
「うん」

千聖の手を引いて立ち上がった。

883 名前:第3章 2 投稿日:2009/10/14(水) 11:51

「オムライス食べて行って下さい。
 すぐ用意しますから・・・」

そう声をかけたけど、
あなたはもう目を合わせてくれなかった。


その横顔に映る影は、後悔?

胸がギリギリと痛み出す。


  (ごめん。女の子とは恋人になれないよ)

耳の奥にハッキリ残るあなたの声。


ねぇ。そんな顔するなら、どうしてキスなんかしたの?
あんな風にキスされたら、誤解しちゃうじゃない・・・

胸の痛みに押しつぶされそうで、
背中を向けたまま、「お店で待っててください」
それだけ伝えると、千聖と共に部屋を出た。

884 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/14(水) 11:51


885 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/14(水) 11:52


886 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/14(水) 11:52

本日は以上です。

887 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/14(水) 21:05
うわああぁぁぁあ!
このもどかしさがなんとも言えず醍醐味すぎて叫びたい!
この気持ちは何!
888 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/14(水) 22:15
あぁぁぁ、もう梨華ちゃんが可愛すぎる!!
そしていつもの玄米ちゃ様とは違った展開にびっくり!!
889 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/14(水) 22:49
今回は特に引き込まれて読みました
続きがすっごい楽しみです
やっぱいしよしいいわぁ
890 名前:まっぽ 投稿日:2009/10/15(木) 06:16
ああああ、もどかしいぃ
でも、いしよしのこのもどかしさは嫌いじゃない♪
むしろ大好き(笑)

そして、梨華ちゃんと千聖ちゃんの関係が分かったかも

続き、期待してます!

891 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/19(月) 01:17

>887:名無飼育さん様
 醍醐味だなんて嬉しいですね。
 もどかしいの、作者の大好物なんです。

>888:名無飼育さん様
 違った展開と思いきや・・・
 これからが作者の本領発揮です!

>889:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 ただ、作者は相変わらずドSですので。

>890:まっぽ様
 ありがとうございます。
 期待を裏切らないよう頑張ります!


それでは、本日の更新にまいります。
ちなみに岡井ちゃんは梨華ちゃんの姪っ子です。
知らないのは一人だけ・・・(0゚〜゚)マジッ?


では、どうぞ。
892 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/19(月) 01:18


893 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:18

まだ心臓が早鐘を打っている。

アタシ、今彼女にキスした…


もう抗えなかったんだ。
あのスタンドを見て、マジで運命かもしんないなんて思って。

初めてあれをデザインして
実際に商品になった時の感動は、今でもハッキリ覚えてる。

大して売れはしなかったけど、
アタシが胸を張って勧められる自身作だ。
拙いけど、心を込めたから・・・

あの手紙をくれた誰かに感謝の気持ちを
伝えたくて、それを形にしたんだから――

894 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:19

久々に触れてみたくて、それに手を伸ばした時、
重心が痛めた膝にかかって、悲鳴をあげた。

気が付くと思いがけず彼女を組み敷いていて――

アタシの中で何かが爆発したのを感じた。


いっそ壊してしまいたい。
何もかも壊して、
あなたの家庭も全て壊して。
あなたを奪い去ってしまいたい・・・

そんな欲望が体中に渦巻いた。


静かに顔を寄せたら、予想に反して彼女は逃げたりしなかった。
もっと近づいたら、黙って目を閉じてくれた。

895 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:20

その姿に言い知れぬ想いが湧き上がって来て。
また彼女が愛しくなって。
誰よりも大切にしたくって。

――震える唇をそっと押し当てた。


触れ合った瞬間、狂おしいほどの想いが
アタシの体を駆け抜けて行って。

もっと触れたくて
でも大切にしたくて

優しく、ただ優しく、何度も彼女の唇に触れた。


頬を撫でると、ゆっくり目を開けた彼女の顔が色っぽくて
もっと彼女を知りたくなった。

896 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:20

もし千聖ちゃんが起きなかったら――

アタシたちはどこまで行っただろうか?
彼女はアタシに身を委ねてくれただろうか?


おそらく、答えはNOだ。


千聖ちゃんが起きた時の表情を
アタシは見逃さなかった。

千聖ちゃんが何も気づいてないと
わかった時のあなたの安堵した顔を、アタシは見逃さなかったんだ。

――当たり前だよな。

自分の子供に旦那以外の誰かとキスしてるとこ
見られるなんて…

897 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:21

中指でそっと、自分の唇に触れた。

なぜか涙が溢れてくる。
胸がギリギリと痛みだす。


――殺意は心に秘めているうちは罪にならない。

そう思ってたのにな・・・


後悔しても、もう遅い。
もう元には戻れないってわかってる。

だけど・・・
だけど苦しいよ。

こんなに辛いなら、
こんなに胸が痛むなら・・・

そろそろと立ち上がった。
古傷の膝が疼く。

けれどそれ以上にアタシの心が
疼いている。

遅すぎる後悔だけど。

――あの日、この店の扉を開けるんじゃなかった・・・

898 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:22


**********

899 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:22

千聖の着替えを済ませて、お店に出ると
柴ちゃんと圭ちゃんが、テーブル席の角まで押し寄せて、
吉澤さんを問い詰めているのが、目に入った。

「何でイケメンが、こっちじゃなくて
 家の方から出てくるわけぇ?」

「――い、いや・・・。それは・・・」

「何してたの?え?
 いい感じになっちゃって、あんなことしたり
 こんなことしたりしちゃったんじゃないのぉ〜」

コノコノ。
ほら、吐いちまえ。

「い、いや。だから・・・、えっと・・・」


「ねぇ、梨華ママ。
 あんなことやこんなことって、どんなこと?」

「「「千聖ちゃん!!」」」

一斉に振り向く面々。

900 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:23

しょうがないなぁ、もう。
3人して固まっちゃって。


「別に、特別なことじゃないわよ?」

「そーそー」
「大きくなったら、千聖ちゃんも分かるようになるから」

だから、圭ちゃんのその言い方が意味深なのよ!

二人が吉澤さんを残して、
カウンターへやってくる。

901 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:23

「お店番、頼んじゃってごめんね」

「いいよ、別に」
「いつものことでしょ?」

アイスコーヒーでいい?

手を動かしながら、
視線をあげると、彼女はうな垂れたまま・・・


「コラ!イケメン。
 話しの続きだ。こっちに来なさい!!」

柴ちゃんの呼びかけに
顔をあげたあなたと一瞬目が合ったけど、
すぐにスッとそらされた・・・


――ねぇ、やっぱり後悔してるの?

そんな顔をさせてしまうほど、
消してしまいたい出来事だった?

902 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:24

「ほら、もう!」

圭ちゃんが、吉澤さんの所に戻って、
腕を引っ張ろうとする。


「・・・ちょっと、タマゴとってくるね」

そんな顔を見たくなくて、
その場を立ち去ろうとした。


「あれ?!指輪してる・・・」


え・・・?

903 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:24

「この前、手相見たときはしてなかったわよね?
 この指輪――もしかして・・・あなた、恋人いるの?」

うそ・・・でしょ?
さっきまで、指輪なんて――


「・・・いますよ、恋人ぐらい。
 アタシにだって――」

胸が抉られるように痛んだ。


――そっか、だから・・・

だからあんなに後悔した顔を・・・


恋人を裏切ったから。
勢いで、恋人以外と思わずキスなんかしちゃったから――

904 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:25

 <♪♪♪♪♪>

店の電話が鳴った。

「千聖がでるぅ〜」


平気な顔をしていられる自信がなくて
裏に引っ込む。


ひどい、よ・・・

嬉しかったのに。
心臓が壊れちゃいそうだったのにー―

905 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:25

期待したわたしがバカみたい。
舞い上がった自分がバカみたいじゃない・・・

中指でそっと唇に触れた。

一気に涙が溢れ出してくる・・・


あんなに熱い視線で見つめたくせに。
あんなに優しくキスしたくせに。


そんなの。

――ひどいよ・・・

906 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:26


「梨華ママぁ!でんわだよ〜」

千聖の呼ぶ声がする。
慌てて涙を拭って「今行く〜」なんて明るい声で返事をする。

大きく深呼吸して、
気持ちを落ち着けてから、お店に戻った。

いつの間にか、戻ってきたわたしに一番近いカウンター席に
あなたが座っていて、思わずビクッとする。



「電話・・・ご主人からみたいですよ?」

今にも泣き出しそうな顔で、
あなたがわたしに言う――

907 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:26

ちょっと待って!!
今、ご主人って・・・

柴ちゃんも圭ちゃんも呆気にとられてる。


「――ねぇ、イケメン。
 今もしかして、ご主人って言った?」

眉をあげて、不思議そうに柴ちゃんを見るあなた。


 <♪♪♪♪♪>

「ちょっとすいません」

ポケットから携帯を取り出して。

「もしもし――」

 ああ、ごめん――
 いや違うよ――

彼女が背中を向ける。

もしかして・・・、恋人、から?

908 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:27

「ねぇ、梨華ママ出ないの?」
「あ、うん。出るよ?」

一瞬、振り返った彼女と目が合った。


「――わかった。すぐそっち行くから・・・」


「――もしもし」
『ああ、梨華ちゃん。いつもごめんね?
 千聖、運動会頑張ったって喜んでたよ』

「・・・ねぇ。今度はいつ帰ってくる?」
『今度?う〜ん・・・、いつになるかなぁ・・・』

「寂しいよ。会えなくて・・・さみしい――」
『え?梨華ちゃん?
 急にどうしたの?』

909 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:27

「早く・・・、あなたに。会いたい――」
『ちょっと梨華ちゃん?!』


これで満足?
あなたには恋人がいて、
わたしにも旦那さんがいて。

ちょっとしたお遊びだって。

だから、後悔するほどのことじゃないでしょ?
わたしは大丈夫。
傷ついてなんていないから。

キスぐらいで、そんな。
そんなに後悔しないで・・・

910 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:28

「――アタシ、用があるんで帰ります」

「ちょっと、イケメン!」


そうだよ。
あなたは、恋人の元に――

お店の扉に手をかけたあなたが
わたしを振り返る。

だからわたしは、もう一度だけ
お芝居をした。


「浮気なんてする訳ないじゃない」

明るい声で、電話に向かってそう言って。
ニッコリ笑って、あなたに手を振った・・・

911 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:29

 <バタンッ!>

大きな音を立てて、お店の扉が閉まると
わたしはその場に崩れ落ちた。

「梨華ちゃんっ!!」

柴ちゃんと圭ちゃんが駆け寄ってきて。


「悪いけど、後でかけ直して」

なんて、義兄さんに伝えてて。

千聖が心配そうに見つめていたけど、
もう繕えなかった。

胸が苦しくて
張り裂けそうで。

痛みをこらえることが出来なくて、
声をあげて泣いた――

912 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:29


**********

913 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:29

力いっぱい、店の扉を閉めて
駆け出す。


甘く響くあなたの声――


 『浮気なんてする訳ないじゃない』

まるで釘を刺すように
アタシに向かって、そう言った彼女。


 『寂しいよ。会えなくて・・・さみしい――』

甘えたように訴える彼女の声。


 『早く・・・、あなたに。会いたい――』

そんな風に誰かと話す
彼女の声なんか聞きたくない…

914 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:30


クソッ!

何で…、どうして逃げなかったんだよ!
旦那を愛してるなら、どうしてアタシを受け入れたんだよっ!!


 『別に、特別なことじゃないわよ?』

 キスなんて大したことじゃないでしょ?
 ちょっとしたお遊びだもの。
 ね、二人だけの秘密にしよう?

そんな彼女の声が
聞こえた気がした。

915 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:30

どんなに手を伸ばしても、
届かないあなたの心。

苦しくて、息がつまりそうだよ・・・

鈍く痛む膝なんかよりも、胸の痛みに耐えられそうになくて、
思わず目の前の公園に駆け込んだ。

転がるようにベンチに座り込むと
そのまま両手で顔を覆う――


なんで、拒まなかったんだよ…

うめき声がもれそうになって
唇を噛み締めた。

916 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:31

わかってたよ
わかってるけど…

このまま壊してしまえたらって――

あなたも望んでくれるなら、
全部壊して、アタシはどこまでも一緒に堕ちようって――


だけど、千聖ちゃんにバレてないってわかった時の
あなたのあの顔を見たら、望まれてなんかいないんだって
思い知らされた。

あなたはやっぱり家庭を壊したくないんだって・・・


少しでも罪の意識を消してあげたくて。

石川さんが、アタシとキスしたことを
なかったことにしたいなら。
ご主人に後ろめたさを感じてしまってるなら――

917 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:32

たまたま、かばんに突っ込んだままにしてた指輪を
ひそかに左手の薬指にはめた。

アタシにも相手がいるから、安心してよ。
あなたの家庭を壊そうなんて、これっぽちも思ってないよって・・・


思った通り、あなたは安心したように微笑んで
アタシに向かって言った。


 『浮気なんてする訳ないじゃない』



最悪だ…


覚悟してたつもりだけど、
こんなに苦しいなんて――

918 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:32

 <♪♪♪♪♪>

ポッケから携帯を取り出す。

アヤカさんからだ・・・


今日のデート、ちょうどいい言い訳が出来たなんて思って
会議だって言って断って――

 『さっき会社に電話したら、とっくに会議は終わったって
  聞いたから、心配になっちゃって・・・』

 『何かあった?事故とかじゃないよね?』

 『良かったぁ。無事ならいいの・・・』


彼女は決して、アタシを責めたりしない。

――いいの。ひとみがいてくれるだけでいいから・・・

919 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:33

罰が当たったんだ。

アヤカさんの気持ちに甘えて。
石川さんを壊そうとして。


何もかも、アタシが悪いんだ・・・


携帯を開いて、通話ボタンを押す。


『ひとみ?大丈夫?今どこ?
 遅いから心配で・・・』

「――ごめん・・・」

『どうしたの?
 どこにいるの?
 迎えに行くから、場所教えて?』


「――アタシ・・・アヤカさんを裏切った・・・」

920 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:33




**********



921 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:34



「――梨華ママ?」

「千聖、起きちゃった?」

小さく首を振る。


深夜の店内。
カウンター席に腰掛けたわたしに
遠慮がちに近づいてくる千聖。


「・・・梨華ママ、ねむれないの?」

少し高くなった椅子に上手によじ登ると
わたしの隣に座った。

ごめんね。心配かけて・・・

922 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:34

「なにみてるの?」

わたしの手元を覗きこむ。

「これ、だあれ?
 どおして、うえむいてるの?」

「ん?どうしてだろうね・・・
 でも好きなの、このお写真」

「おかおがみえないのに、このおしゃしんがすきなの?」

「そうだよ。わたしが撮った中で
 一番のお気に入りだもん」

天を仰いで、拳を胸にあてている
あなたの姿――

とっても厳かで、神々しくて。
夢中で何度もシャッターを切った・・・

923 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:35


高校の時、写真部に所属していたわたしは、
「バレー部にすごい子が入部してきたんだって!」
なんて噂を聞いて、さっそくバレー部に取材を申し入れた。

最初の取材の日は、うちの学校で行われる練習試合で。
彼女見たさに、何人もの人が体育館に詰め掛けてた。

黄色い声援に一切手を振ることもなくて、
淡々とアップをしてたあなた。

もうすぐ試合が始まる――

わたしが、カメラを構えたその時、
あなたは静かに目を閉じて、天を仰いだ。

あまりの神々しさに、何だか胸が締め付けられて。

ギュッと握り締めた拳が
胸にあてられる姿を、まるでスローモーションでも
見るかのようにファインダーの中から覗いていた。


――おそらくわたしは。

あの瞬間に、恋に落ちていたんだと思う。

924 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:36

それからも、女子高だったうちでは
彼女の人気はとどまることがなくて。

「スターの取材に行ってきま〜す!」

なんて、冗談交じりに仲間に伝えながら、
ひそかに彼女のあの神聖な儀式を見つめていたくて、
バレー部が試合の日は、必ず会場に駆けつけた。


 「梨華ちゃんてさ、実は吉澤さんのこと
  スキでしょ?」

友人に言われて、はじめて意識し始めたこの気持ち。

 「ヤダー、そんなはずないじゃん。
  彼女、被写体として美しいからだよ」

なんて誤魔化したけど、あなたに対する気持ちが
『恋』だったんだって認識したら、わたしの中で急激に想いが加速して行った。

925 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:37

そのうち、校内では誰が吉澤さんを落とすかなんて話題で
もちきりになって。

 「もう何人も、彼女に告白したけど
  みんな一瞬でフラれちゃうんだって」

なんて噂も耳にして。
わたしは見つめてるだけでいいや・・・
なんて思っていたあの日――


  『ごめん。女の子とは恋人になれないよ』


校舎の隅で偶然聞いてしまったあなたの言葉が、
わたしの胸に重くのしかかって。


あなたへの想いに、そっとフタをした――


926 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:37


「梨華ママ、このひとのことすきなの?」
「んー、好きだった・・・かな?」

「いまは、すきじゃないの?」

ズキンと胸が痛む。

確かに触れ合った唇。
わたしの頬を撫でながら、濡れた瞳で見つめてくれた
あなたの熱い視線を忘れられない――



「・・・ねぇ、千聖。
 もうお店やめて、一緒にママのとこ行こうか?」

「ママのとこ?」

「そう。千聖もママと一緒にいたいでしょ?
 そっちで暮らそうか?
 パパのとこでもいいよ?」

だって、もう意味がないもの。
あなたに食べてもらえないなら、
お店を続けてても仕方ないもの。

927 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:38

元々は義兄さんのお店だし。

ニューヨークに修行に行っちゃったから、
わたしの好きにさせてもらってるだけだし。


あなたがこの店を訪れてくれて
もう願いは叶ったもの――


928 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:38


大ケガを負ったあの日から、
あなたの目はわたしが見つめていた
あの澄んだ瞳ではなくなってしまって・・・

あれだけ騒いでいたくせに、
誰も彼女の心に触れようとしなかった。

あなたが退学届を出したと聞いて、
慌てて、校門まで追いかけて。

少し離れた場所に、あなたの後ろ姿を見つけて、
駆け寄ろうとした時――

静かにあなたが振り向いて、
わたしの背後にある体育館を見上げた。

あのケガ以来、何の感情も見せなくなってしまった瞳が
悲しげに揺れるのがわかって。

体育館に向かって小さくお辞儀をして、また歩き出すのを
わたしは息を止めて見守っていた・・・

929 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:39

そんな彼女の姿を見たら、
いてもたってもいられなくなって。

話したこともないわたしに、一体何が出来る?
いつもただファインダーの中から、あなたを覗いていただけ。

そんなわたしに何が出来る?

って、何度も逡巡して、
結局、何も出来なくて・・・


930 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:39

だけど、あなたが学校からいなくなってね。
わたし初めて気付いたの。


あなたを見つめてるだけで、
わたしは、幸せだったんだって――


だからどうしても、伝えたかった。
そして、あなたにあの力強い瞳の輝きを
取り戻して欲しくて・・・

夢中で手紙を書いた。


ご自宅のポストに投函したあとに、
名前さえ書いていないことに気付いて、
ひと姉に泣きついたりなんかして。

931 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:40

『彼女のために出来ることを
 また探せばいいじゃない』

なんて当たり前のように言われて、
必死で考えて。

高校卒業とともに、
調理学校に通って、義兄さんに弟子入りして――


やっと人に自慢できるような
オムライスが作れるようになったのに、
あなたが実家を出てしまったことを同級生から聞いて。

ツテを辿って、あなたの今の住所を聞きだすことも出来たけど、
冷静に考えたら、一体何て言ってあなたに食べてもらえばいいのか
わかならくなっちゃって・・・


ドラマみたいに、突然あなたが
この店の扉を開けてくれたらなぁ・・・

なんて、ひそかに願ってた――

932 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:40

だからね。
もう願いは叶ったの。

わたしのオムライスで、あなたを元気にしてあげたい!
なんて考えてたけど、それはわたしの役目じゃないもの。


毎日、一人分だけ
あなたのために取っておいた、おソースも
もう必要ないもの。


だったら、いっそ――

・・・ね?


933 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:41


「だめだよっ!!」

突然、千聖が叫んだ。

「だめだよ!しばちゃんはどうするの?
 けいちゃんはどうするの?
 それに、よしざわたんだって・・・」

ハッとしたように口をつぐむ。
子供ながらにわかってるんだよね?

わたしと吉澤さんの間に
何かがあったんだって・・・


唇を噛み締めて、瞳に涙をいっぱいためて――

「だめだよ、そんなの。
 だめだったらぁ・・・うわぁ〜ん!」

声を震わせながら、それだけ言うと
机に突っ伏して、声をあげて泣き始めた。

934 名前:第3章 3 投稿日:2009/10/19(月) 01:42

「ごめんね、千聖。
 ごめんね・・・」

小さな頭を撫でてあげる。

「もう言わないから。
 千聖が悲しくなるようなこと、もう言わないから・・・」

泣きながら頷く。

「――ごめんね」

もう一度謝ったら、わたしの目からも涙がこぼれ落ちた。


だからわたしは、このお店を閉める代わりに
この恋を終わらせてしまおうって。

募らせた想いを全て消しちゃおうって――


千聖を寝かしつけた後、
ずっと大切にしまい続けた、この写真に。

あなたが天を仰ぐ姿に、静かに火をつけた・・・

935 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/19(月) 01:43


936 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/19(月) 01:43


937 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/19(月) 01:43

本日は以上です。

938 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/19(月) 07:31
うぉぉぉぉぉ、やっぱり玄米ちゃ様や〜
最大級のどSモード発動ですかっ
939 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/19(月) 12:45
更新お疲れさまです・・・うわぁ〜〜〜泣きそうです
作者様、信じてます・・
毎回、引き込まれまくりですよ〜 次回お待ちしてます!
940 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/20(火) 21:12
二人が思いあってるがゆえにすれ違い…
大きな声で二人に「間違ってるよ!」と言ってあげたい
どんどん切なくなっていきます…
941 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/24(土) 02:22

>938:名無飼育さん様
 ハイ、発動です(笑)
 どうしてもこんな展開にしたくなるんですよね・・・

>939:名無飼育さん様
 ありがとうございます!
 今しばらくはヤキモキして下さい。

>940:名無飼育さん様
 そのお声、いつの日か届くかもしれません・・・


さて・・・
どうも興奮気味で眠れないので更新します(笑)

942 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/24(土) 02:23



943 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:24

「ではこの方向で進めたいと思います。
 各々、準備に取り掛かって下さい」

アタシの呼びかけに返事をすると、
資料を整理して、各自ミーティングルームを出ていく――


最後の一人が出ていくと
アタシはグッと背伸びをした。


 <コンコン>

「どうぞ」

「失礼します」
「なんだ。仙石ちゃんか」

「あー、ヒドイ!
 『なんだ』はないですよ。
 せっかくコーヒー持って戻ってきたのにぃ・・・」

口を尖らせながら、入ってくると
アタシの前にコーヒーを置いてくれた。

「アハハ、ごめんごめん。
 サンキュー」

944 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:25

テーブルに置いてくれたコーヒーをすすりながら
もう一度資料に目を通す。

「だいぶ、板についてきましたね?」
「なにが?」

「偉そうにするの」
「偉そうか?アタシ」

「偉そうじゃないから、ダメなんですよ。
 でも最初の頃より、遠慮しないでちゃんと指示出せてますよ?」

「さいですか。そりゃ、サンキュー」

「でも、もっとビシッと言った方がいいですよ。
 ビシッと!」

腕組みして、見本を見せてくれる。

「『ほら君、これ明日までにやって来い』とか、
 『なってない!作り直しだぁ!』とか?」

945 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:25

「あはは。
 仙石ちゃんが上司になったらヤダなぁ」

「例えばです。例えば!」

仙石ちゃんが心配してくれてるの
わかってる。

けどね・・・
大きくため息をついた。


「正直苦手だよ。人に指示出すなんて」


かと言って、失敗は許されない。
任された以上は、やり遂げなくちゃ行けないし、
完璧なものに仕上げたい――

946 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:26

仙石ちゃんが、アタシの目の前に座って
頬杖をつく。

「何でジロジロみんだよ。
 なんかついてるか?アタシの顔」

「やっぱ吉澤さん。美しいです」

ブッ

飲みかけたコーヒーを吐き出した。


「きったなぁ〜いっ!!
 こっちまで、飛んで来ましたぁ!」

「ごめん、ごめん」

慌ててウェットティッシュで飛沫を拭う。


947 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:27

「仙石ちゃんが、いきなり変なこと言うからだろ?」

「だってほんとのことですもん。
 最近は、すごくシャープな感じになったし
 ますます出来る女って感じ」

「ありがとって言っとけばいい?」

「お礼はいりません。
 ほんとのことですよ?
 責任感からか、最近目力が一層強くなったし・・・」

「はいはい、どーもどーも」

資料をまとめて、立ち上がろうと腰を上げた。


「でも・・・」

座ったままの仙石ちゃんが、アタシを見上げる――

948 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:27

「何考えてるか、わかんなくなっちゃった…」

私、前の吉澤さんの方が好きだな。
アヤカさんと付き合う前の吉澤さんの方が魅力的でした。


「――なんだよ、急に・・・」

「ねぇ、アヤカさんやめて
 私にしません?」

「はああ?」

「じゃあ、石川さん」

この子は時々、とんでもないことを言い出す・・・


「ほら、この間お電話くれた人です。
 一時期吉澤さんが、足繁く通ってた喫茶店の人・・・」

「ちょっ、何で知ってんのっ?!」

949 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:28

「何でって、私吉澤さんの一番弟子ですよ?
 当たり前じゃないですかぁ」

突然出てきた名前に動揺してる自分がいる・・・


「弟子にした覚えなんかない」

目の前のおでこをデコピンした。


「っんもうっ!
 いったぁ〜いっ!」

両手でおでこを抑えてる。


「つけたんですよ!」
「つけた?!」

「だって・・・」

950 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:28

「吉澤さん、一時めちゃめちゃ弱ってたのに、
 ある日突然元気になって、顔色も良くなって・・・
 おまけに、目がこ〜んなにタレちゃって幸せそうにしてるから、
 吉澤さんに何が起きたんだろうって、気になって何回かアトをつけたんですぅ!」

人差し指で自分の目尻をさげたと思ったら
膨れっ面して――

「吉澤さんにあんな顔をさせてくれる人なら・・・
 石川さんだったら仕方ないって、私諦めたのに――」

何でなんですか?

様子がおかしいなって思ってたら、
アヤカさんと付き合いだしたなんて――


「吉澤さんの笑顔好きだったのに、
 最近全然笑わなくなっちゃって・・・」

呟くようにそう言うと、今にも泣き出しそうな顔をして
俯いてしまった。

951 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:29


「今の吉澤さんは
 好きじゃないです!!」

そう言って、部屋を飛び出した。

「仙石ちゃんっ!」


追いかけることも出来ずに、
一人取り残された部屋で、もう一度椅子に腰かける――


「今のアタシは好きじゃない、か・・・」

アタシもこんな自分がイヤだよ。

今でも、石川さんが心に住んでるくせに、
居心地のいいアヤカさんに甘えてる――

952 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:30

石川さんにキスしたあの日。
アヤカさんに謝って、別れを切り出したアタシに彼女は言った。

 『一度だけの浮気は許してあげる』

そう言って、俯いたままの
アタシの頭を抱きしめてくれたんだ。

 『許してあげるから・・・』

何度もそう言って、髪を撫でてくれた。


ただ、温もりが欲しかった。

折れた心を、自分じゃもう支えきれなくて
誰かに寄り添って欲しかった。

苦しくて、息が詰まりそうで――

手を伸ばせば、助けてくれるアヤカさんに
アタシは救いを求めた。

953 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:30

だけど・・・

自分の心は誤魔化せない。

石川さんには、触れたくて仕方なかったのに。
唇を重ねた瞬間、溢れる想いが体の奥底から
湧き上がってきたのに――

アヤカさんにはそれを感じないんだ・・・


唇を合わせていても、どっかで
冷たく見下ろしてる自分がいる。

早く終わって欲しい。
そう願いながら、彼女の舌を受け入れてる。

もちろん、その先を
彼女は望んでいるんだろうけど、
アタシがまだ踏み込めないでいるんだ。

954 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:31

昨夜だって。

合わせた唇の端から、
彼女の濡れた吐息が漏れて。

滑るようにアタシの首筋から背筋を
その細い指が撫でてくれたけど、
アタシがその先を拒否した。

潤んだ瞳で見つめてくる彼女に
せめて何か伝えなきゃって。

その瞳が悲しい色を含む前に、
彼女が喜ぶ言葉を――

そう思ったけど、
結局何も言えなくて。

アタシはただ黙って彼女を抱きしめた。


――サイテーだ。ほんとに・・・

955 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:31


机の上の携帯が震えた。

  <メール受信 アヤカさん>

ディスプレイを確認して、
携帯を開く――


  <今夜は手料理作って待ってるから
   何時ごろになるか、連絡下さい>


献身的なアタシの恋人。
こんなアタシを責めるでもなく、黙って受け入れてくれて――

叶わぬ想いをいつまでも
つのらせてたって意味がない。

もう終わったんだ。
石川さんとは・・・

てか、始まってもいないか――

956 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:32

重たい指を動かして、
返信メールを作る。


   なるべく早く行けるようにするよ。
   手料理、楽しみにしてる。
   それから――

ふうっと一つ息を吐いた。


   今夜、泊まってもいい?


読み返しもせず、そのまま送信ボタンを押す。


  <送信完了>

その文字を見た途端、
鼻の奥がツンとした。


――さよなら、石川さん。

957 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:32


**********

958 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:33

「このすっとこどっこい占い師!」
「何ですって?!」

「今日イケメンが、店に来るって言ったくせに!」
「だって、今朝の占いで出たのよ!」

「来る気配すらないんだけど!」
「おかしいわね〜」

「朝からここではってるんだからね。私の時間を返してっ!」
「いつもヒマして、ここにいるじゃないの」

「ムカツクッ!」
「店じまいまで後5分あるんだから、黙ってなさいよ!」


「もう二人とも、いい加減にしてっ!!」

目の前で言い争う、柴ちゃんと圭ちゃんを叱った。

959 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:34

わたしはね。

もう消したの。
彼女への想いは、あの写真と一緒に燃やしたの。

オムライスも、お店のメニューから消したし、
もう待つこともしない。


「ねえ、でも梨華ちゃん。
 ずっとずっと、好きだったんでしょ?」

「ん〜、憧れだったのかもしれない・・・」

ほら、よくあるじゃない。
女の子が女の子に憧れちゃうこと。
彼女、うちの高校のスターだったし・・・

「だってほんと、すごい人気だったんだよ?
 カッコイイし、綺麗だしさ」

「梨華ちゃん・・・」

「もういいよ、彼女のことは――」

960 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:34

 <キイィ・・・>

お店の扉が開いて、3人が一斉に
入口を見た――


「・・・なあ〜んだ。村っちか」
「何しに来たの?」

「あら、ひどい言われよう・・・
 出勤前にコーヒー飲んでいこうと思って寄ったのに」

「いらっしゃい」

柴ちゃんの隣に腰掛けためぐみさんに
笑顔で声をかける。

「自分の妹に、何しに来たと言われるとは・・・」

大げさにため息をつきながら、
柴ちゃんの前にあるサンドイッチをつまんだ。

「あ、私の!」
「いいじゃない、ねぇ」

961 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:35

めぐみさんは、柴ちゃんのお姉さんで
すぐ近くの総合病院の優秀な女医さん。

既に結婚してるから、柴ちゃんと姓は違うけど、
こう見えて、仲良し姉妹だから一緒に暮らしてる。

というか、柴ちゃんが間借りしてるみたいなもんか・・・


「ねえ、梨華ちゃん」
「ん?」

手元では、コーヒーの準備をしながら、
呼ばれためぐみさんの方に視線を向けた。

「誰か待ってたの?」
「え?待ってないよ?」

「そーお?」

間が抜けたような言い方をしてるけど、
めがねの奥の瞳が鋭く光ってる・・・

962 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:35

「梨華ちゃんが一番ガッカリしてるように
 見えたけど」

――気のせいかな?

そう言って、ニッコリ微笑んだ。


・・・気のせいじゃない。
だって、確かに扉が開いたとき、
わたしは期待してしまった。

ううん、開いた時だけじゃない。

今日一日、ずっと。
圭ちゃんから、今日ここに来るって
聞いた時からずっと――

963 名前:第4章 1 投稿日:2009/10/24(土) 02:35

「やだ、気のせいだよ」

――ハイ、いつもの。

平静を装ったつもりだったけど、
微かに手が震えてしまった。

「ありがとう」

きっとこの震えに気付いたはずだけど、
それ以上、めぐみさんは何も言わないでいてくれた。

964 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/24(土) 02:36


965 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/24(土) 02:36


966 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/24(土) 02:37

本日は以上です。
967 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 23:08
今回も切ないですね…
どうかケメコ占いが当たりますように…
968 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/27(火) 01:26

>967:名無飼育さん様
 次回辺りでケメコ占い当たるかもしれませんね・・・
 が、今回はまだのようです(汗)


本日も心地よい寝不足です。
こんなドSな作者でも、早く切ないシーンを通り過ぎてしまいたくなる
今日この頃・・・


ということで、本日の更新です。
969 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/27(火) 01:26


970 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:28

ふぅっと一つ息を吐いて、
インターフォンを鳴らす。

『は〜い』
「吉澤です」

『今開けるね』

アヤカさんの声が弾んでる。
そりゃ、そうだよな。

――泊まってもいいか、なんて・・・


目の前の扉が開いた。

「おかえりなさい」

エプロン姿で、恥らうように出迎えてくれた彼女。

「ごめん。結局遅くなって・・・」
「いいのよ。入って?」

971 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:28

きっと不安に思っていたはずだ。
アタシが遅くなればなるほど、ホントに来てくれるだろうかって・・・


さんざん迷ったけど、アタシはここに来たんだ。
アヤカさんを選んだんだ。

スリッパを用意してくれた彼女が
立ち上がったところで、その体を引き寄せた。


「――ひとみ?」

首筋に顔を埋める。
深く息を吸って、彼女の香りを吸い込む・・・

「くすぐったい・・・」

甘い声がアタシの耳をくすぐって、
彼女の腕が、アタシの背中に回される。

972 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:29

どうしてだろう?
胸の奥が鈍く痛む・・・

抱きしめた彼女の鼓動が
早くなっていくのを感じるのに、
アタシの心はシンと冷えていく――


好きだよ。

その言葉を言えば、
腕の中の彼女は、喜ぶだろう。

弾けんばかりの笑顔を見せて、
心の底から喜んでくれるに違いない。


――恋人なら、そうすべきなんだ。


彼女の首筋に唇で触れた。

973 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:29

「んっ・・・、くすぐったいってば・・・」

艶を帯びた声を発して、
少しだけ身をよじると、彼女はアタシを見上げた。


――言うなら、今だ。

期待に膨らむ瞳に、一言告げればいい。
だってアタシの恋人なんだから。

嫌いじゃない。
どちらかと言えば好きだ。

年上なのに、意外と子供っぽいところとか。
色っぽい唇や、仕草・・・

今は『1』でも、きっと『10』好きになれる時が来る。

だから、言うんだ。
一言、『好きだ』と囁けばいい――


974 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:30



「・・・食事、なに作ってくれたの?」

「ん?ひとみの好物」
「アタシの?」

彼女が大きく頷いて、背中をすべって
アタシの両手をギュッと掴んだ。


「タマゴ好きでしょ?」
「うん、大好物」

嬉しそうに彼女が微笑んだ。


「オムライス作ったの」


――オム、ライス・・・


「来て?」

握ったアタシの手を引いて
キッチンへ向かう。

975 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:31

「この間食事に行った、老舗レストランのオーナーに
 レシピをもらったの」

ほら。

弾んだ声で、そう言って
既に整えられた食卓を、自慢げにアタシに見せた。


テーブルの上には、まるでレストランのように
色とりどりに並べられた豪華な料理たち。

アタシの到着時間に合わせてくれたんだと
一目でわかるほど、湯気が立ち昇っている・・・


「昔ながらのオムライスなの。
 ケチャップも自家製よ?」


アタシの前には、薄焼きたまごで包まれた
正統派のオムライス。


「料理の腕には、自信あるんだから」

そう言って、アタシの腕に
自分の腕を絡ませた。

976 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:31

アタシの大好きな、出来立てホヤホヤ、
湯気の立ち昇るオムライス――


・・・だけど、違う。


  『良かったら、いつでも食べにいらして下さい』

 フワフワの黄色の上にかけられた
 キラキラ輝く日替わりのソース――


  『特別にいつでも、お作りしますから』

 タマゴのフワフワ加減が絶妙で
 中のチキンライスが、これまた美味くて――


  『毎日でも、わたしは大歓迎ですから』

 温かい笑顔を向けられて、いつだってつられて
 微笑んでしまうんだ――

977 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:32


「――オムライス、嫌いだった?」

心配そうにアヤカさんがアタシを窺う。


かすかに鼻腔に届く
タマゴの甘い香り――


・・・ウッ。気持ち、悪い――


最近また、食べれていない。
何を見ても食べる気がしない。

どんなに食欲がなくても、
石川さんのオムライスは食べれたのに・・・


  『オムライス、食べたくなったら来てください』

 優しい笑顔で、アタシの心を包んでくれて
 自分も柔らかい、温かなタマゴに包まれたような気分になれるんだ――

978 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:32


「ひとみ?」

お願い。助けて――


「嫌いだったなら、作り直すから・・・」


苦しいよ。
どうして、石川さんじゃなきゃダメなんだ。

彼女は人のもの。
どうにもならないっていうのに・・・


「ごめんね。すぐ他のものを――」

動き出そうとする彼女を
引き寄せて、強く抱きしめた。


頬に手を添えて、乱暴に上を向かせると
噛み付くように口付けた。

979 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:33

・・・んん、んっ。

彼女の舌を追いかけて、
何度も何度も激しく絡ませる。


――はあぁ・・・、んっ。

エプロンの結び目を解いて、
ブラウスの裾から、手を入れる。


あんっ・・・、ひと、み――
・・・はうっ。


体から始まることだってあるって言うじゃん。
彼女を抱けば、何かが変わるかもしれない。

石川さんの唇に触れた時に感じた
狂おしいほどの、あの想い。


きっと抱き合えば
アヤカさんとだって――

980 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:33

「・・・食事が・・・、冷め、ちゃう・・・」

「――あとでいい」

彼女の首筋に舌を這わす。
熱い吐息が彼女の唇から漏れて、
アタシの髪をかき混ぜる。

「・・・ンッ、ねぇ・・・、ベッド、いこ・・・?」

潤んだ瞳で見上げて、アタシの手を引くと
寝室へと歩き出す。


寝室の扉を開けた途端、
もう一度アタシは彼女を抱きしめた。


「――待って・・・」

構わず、彼女のブラウスのボタンを外す。

彼女の吐息も、肌も、赤く色づいていくかのように
熱をもっていく・・・

981 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:34

それなのに――

アタシの心は、どうしてこんなに冷えるんだ?
彼女に触れれば触れるほど、シンシンと冷えて行くんだ・・・


彼女のブラウスとブラジャーを剥ぎ取ると
そのまま床に捨てた。

温かくなりたい。
熱くて、溶けてしまうほど、
行為に没頭して、アヤカさんを好きになりたい・・・


乱暴にベッドの上に押し倒すと
がむしゃらに舌を這わす。

――ああんっ。ひと、み・・・


首筋から鎖骨に舌を這わせ、
胸の頂をくわえる。

982 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:35

・・・やんっ。ああっ。
――んんっ。

彼女がアタシの手で乱れていく。
綺麗な指が、アタシの首筋をなぞり、
アタシのブラウスのボタンを探るように、外していく・・・


――なんでなんだ?!

触れている肌は、熱いのに。
感じる吐息は、燃えそうなほどなのに。


心が、冷えていく・・・

彼女の体と反比例するように、
アタシの心は冷え切っていく――

983 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:35




「――ごめん・・・」


動きを止めて、彼女の胸に顔を埋めた。


「――ひとみ?」

「・・・ごめんなさい」

――アタシ。やっぱり抱けない・・・


好きな人がいるんだ。
自分の心は、偽れない・・・

こんな心のまま、あなたを抱けない――


「・・・ほんとに、ごめんなさい――」


体を起こした。

984 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:36


熱っぽく潤んだ瞳が、アタシを見上げる。
見てられなくて、目をそらした。


「――帰って・・・」

彼女がつぶやいた。

「帰ってよ・・・」


「帰って!!」

枕で叩かれる。

「出てってよ!
 ここから、出てって!!」

何度も何度も、
枕で叩いて、そのまま胸に抱えると
アタシから顔を背けた。

985 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:36

剥き出しの背中が、震えていて。

アタシが彼女を傷つけたのに
今更かける言葉なんか見つからなくて・・・


静かに立ち上がると、
床に落とされたままの、彼女の下着とブラウスを拾って、
下着を軽くたたんで、ベッドの上に置くと、
ブラウスをそっと、その背中に羽織らせた。


「ごめん」

もう一度だけ彼女に謝ると、
アタシは部屋を出た。

986 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:37

扉と閉めると同時に
部屋の中から、すすり泣く声が聞こえた気がした。


テーブルには、もう湯気の出なくなった
オムライスがそのままになっていて。

これを彼女は、どんな思いで処分するんだろう・・・

そんなことを考えて、また胸が痛んだけど、
アタシは服の乱れを直して、鞄を抱えると
思い切って、彼女の家を飛び出した――

987 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:37








988 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:38


「やっぱりここにいた」

会社の屋上で、柵にもたれて景色を眺めていたアタシに
後ろから声をかけたのは仙石ちゃん。

「ランチ行かなかったの?」
「ダイエットしようと思って」

微かに微笑んで、アタシにコンビニの袋を差し出した。

「一緒に食べてくれませんか?」

中には、すぐに栄養が取れるという歌い文句の
袋入りのゼリーが2つ。

「足りんの?これで」
「頑張るんですぅ!」

989 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:38

――この子は、ほんとに。

アタシが食べれてないってわかってて、
でも少しでも、何かを食べさせたくて・・・

こうして一緒に食べてくれって
お願いすれば、きっと口にするだろうって――

同僚とのランチを断ってまで、さ…


「サンキュー」

差し出してくれた袋から一つ取り出して、
フタを開けると、一口吸い上げた。


「ウマイ!」

一言そう言うと、仙石ちゃんは
嬉しそうに微笑んだ。

990 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:39

アタシの隣に並んで、アタシと同じように
彼女もゼリーを口に含む。


「――昨日は…」

「ん?」

「昨日は生意気なこと言ってごめんなさい。
 吉澤さんが、それでいいと思ってるなら…
 幸せなら、私が言うことじゃないって…」

俯いたまま、もう一度謝った。
 

「アヤカさんといて、吉澤さんが
 幸せだと思うなら――」


「…別れたよ」
「えっ?!」

すごい速さで顔があがる。

991 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:39

「帰れ!出て行け!って
 枕で殴られた」

「何やらかしたんですか?!」

「ん?」


チクリと胸が痛む。
あの後、彼女はどうしただろうか?
一晩中泣いたんだろうか?

アタシのために料理まで
作って待っててくれたってのに――


「アタシ、サイテーだよな…」

深く息を吐き出した。

992 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:40

「アタシね、抱けなかったんだ。
 肌を合わせたら、何か変わるかもなんて思ってたけどダメだった…」

それにね――

「恋人だったくせに、結局一度も
 アヤカさんに好きだって言えなかったんだよ…」

「吉澤さん…」

「ほんとサイテーだよ」

自分が苦しいからって、彼女を利用して。
彼女をもっと傷つけた…


「――私は…
 サイテーだと思いません」

「フハハ。
 いいよ、自分で分かってるから」


「ほんとに!」

そう強く言った仙石ちゃんの
目から涙が溢れた。

993 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:40

「ほんとにサイテーなら、平気で好きって言えます。
 ほんとにサイテーなら――」

気持ちがなくても、抱けるはずです…


そう言って唇を噛み締めたまま、俯いてしまった。


――ほんとにこの子は。

優しい子だ。


仙石ちゃんの頭を撫でた。


「――ありがとう」

そう言ってくれると
気持ちが軽くなるよ。

994 名前:第4章 2 投稿日:2009/10/27(火) 01:41



「よ〜うし!!」

柵をつかんで、思いっきり
後ろに体重をかける。

反動を使って、柵に手をかけたまま
身を乗り出した。


「これからは仕事に生きるぞぉ!!」


秋空の下で輝く街並に向かって叫んだ。


プロジェクトもあるしね。

振り返って、柵に背を預けると
呆気にとられている仙石ちゃんに向かって宣言する。


「ビシビシ行くから覚悟しといて?」

仙石ちゃんが教えてくれたように
腕を組んで、偉そうに言ってみた。

仙石ちゃんは嬉しそうに笑うと、
アタシに負けないくらい大きな声で、
元気一杯、返事を返してくれた。

995 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/27(火) 01:41


996 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/27(火) 01:41


997 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/27(火) 01:44

本日は以上です。

次回、またもやお話の途中でスレ移動となります。
ほんとに読みにくくてすみません。

998 名前:名無し留学生 投稿日:2009/10/27(火) 01:46
吉澤!ヘタレ!!
玄米ちゃ様、いしよしの幸せにお願いします!
999 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/27(火) 18:31
胸が締め付けられます
1000 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/28(水) 00:43
うん!サイテーじゃないよ!!
1001 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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