あっち向いてホイ、こっち向いて恋
1 名前:三拍子 投稿日:2008/12/22(月) 09:02
 
どうも、幻板でもやってる者です。
こちらは短編中心、内容はまぁ相変わらず℃メインのあいかん多めでW

またよろしくお願いしますm(__)m

 
2 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:03
 

3 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:04
 
花のように可愛らしい君へ

ちっぽけな愛を捧げます


 

   花言葉

 
4 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:06
 
毎週日曜日、それが楽しみで仕方がない
 


高校はスポーツ推薦でもう決まっている為、栞菜は中学の部活によく顔を出している
フットサル部は日曜日にも練習があり、しかしながら栞菜はこの日曜日を毎週待ち遠しくしているのだ

そして今日も午前中練習が終わり、栞菜はあせあせと着替えていた
そんな栞菜の様子に後輩の千聖が首を傾げて尋ねて来る


「先輩なんかあるんですか?」
「ん?あーいや、何もないんだけどね」


本当に、周りから見たら何でもない事だろう
ただ、自転車で前を通るだけ
そこに何かしらの意味がある事など、それがいかに大事な事かなど、きっと栞菜にしかわからない
 
5 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:07
 
エナメルバッグを自転車の前カゴに押し込み、栞菜は学校を後にした

栞菜の家は学校から自転車で約15分、商店街を抜けた先にある
栞菜は毎日この商店街を通って登下校しているが、日曜日だけはそれが特別な下校になる
商店街の真ん中辺りの右側にある花屋
日曜日という事で人が賑わっているせいもあるが、栞菜はその花屋の前は特にゆっくり自転車を漕ぐ

 
花屋にいる彼女を見る為

 
6 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:11
 
ある日、タイヤがパンクしてしまったため、栞菜は自転車を引きずって帰る事になった
いつもなら商店街の店など気にも留めず自転車で走り抜けて行くのだが、歩いているため何かと周りの店に目が行った

あぁ、あの本屋新しい雑誌出てる
あそこの八百屋さん元気良いなぁ

そんな事を思いながら栞菜はのろのろと歩いていた

そんな時にふと見えた後ろ姿
咲き誇る花の中から出て来て、お客さんにありがとうございましたと言って頭を下げていた
そしてその女の子は店に戻ろうとこちらを振り返った
 

 
−瞬間、息が止まったかと思った

 
呆気ない一目惚れだった

ふわふわとした柔らかい笑顔
もちろん視線はこちらには向いていない
寧ろこちらを向かれたら栞菜は困っていただろう
何故なら栞菜はその場で固まっていたから
 
7 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:14
 
彼女を囲んでいる色とりどりの花が余計に彼女の可愛さを引き立てていた
栞菜がぼーっと立ち尽くしていると、店の奥から声がして彼女は今行く、と店の中へ戻ってしまった
そこでようやく栞菜は目が覚めた
はっとして慌てて再び自転車を引きずり出す
彼女が入っていった花屋を見上げると『鈴木生花店』と可愛らしい看板があった

アルバイトではなさそうだ
多分年はあまり変わらない気がした
だとすると、ここは彼女の親が経営しているのだろうか
ひょいと店内を覗くと彼女が奥から花束を持ってまた栞菜のいる店頭へ向かって来ていた
咄嗟に栞菜は顔を背け、自転車を思い切り引いて足早にその花屋から立ち去った
 
8 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:17
 
以来、『鈴木生花店』の前を通る時はいつものろのろと自転車を漕ぐようになった
やっぱり彼女は学生らしく、見るのは決まって日曜日だった
登校の朝は早い為店はまだ開いていない
栞菜が彼女を見る事が出来るのは日曜日の部活帰りの昼だけだ

 
日曜日、部活帰り、『鈴木生花店』
もうすぐ商店街に入る
今日も彼女はいるだろうか
高鳴る鼓動を実感しながら栞菜は商店街を進んで行く
『鈴木生花店』に近付くにつれてペダルを踏む回数を減らし、速度を落として行く
何をする訳でもないのに、通りかかる前栞菜は必ずと言って良い程深呼吸をする

タイヤが緩く回転し、『鈴木生花店』の前を横切る
一瞬、ほんの一瞬
栞菜は横目に店内を覗いた
そこにはお客さんのために真剣な顔で花を選ぶ彼女がいた

 
9 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:20
 
時間にすればほんの数秒
『鈴木生花店』はすぐに視界の後方に消えて行った
 
−よかった、今日も会えた
 
だらりと緩む顔を気にもしないで栞菜は一気に自転車のスピードを上げた
彼女の事は何も知らない
わかるのは『鈴木』という苗字だけ
それなのに、こんなにも幸せで愛しくなる

話してみたいな
ふとそんな事が頭に浮かぶと同時に栞菜は急にブレーキをかけて止まった
 
10 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:21
 

−そうだ、花を買えばいいんだ


お客さんとして、彼女に会いに行けば良い
そうすれば数秒どころか何分と彼女と一緒にいられる
何故こんな簡単な事に気付かなかったのか
自分の頭の悪さに栞菜は悲しくなった
素早くエナメルから財布を取り出し中身を確認すると
‥‥チャリンと音を起てて十円玉が二枚手の平に落ちて来た


「‥‥来週にしよ」


花って幾ら位するんだろう
ていうか、やっぱり買うなら花束?
花束って、誰に贈る?
花についての知識があった方が良い?
何て話し掛けよう
話し掛けられるかな?

栞菜は首を捻って考える
来週の日曜日までに、とにかく何かしなくては
その何かがわからないまま栞菜は再び自転車を漕ぎ出した
 
11 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:30
 

−−−−−−−−−
−−−−−
−−
 
12 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:32
 
そしてやって来た次の日曜日
栞菜は財布になけなしの二千円をしっかりと入れて家を飛び出した
今月、あとどうやって凌ごうか
家を出た後栞菜は大きく肩を落として苦笑した

 
「‥−輩、先輩!」
「‥‥え?」
「大丈夫ですか?休憩終わりますよ」


千聖に言われて栞菜は我に帰る
部活の終わりが近付くにつれてだんだんと頭が真っ白になって来た
走っていても、ボールを蹴っていても
頭の中は『鈴木生花店』と彼女の笑顔でいっぱいになっていて
今日は千聖達の足を引っ張ってばかりいた


 
「お疲れっ!!」
「お疲れ様ーす」


連絡が終わり、後輩達の挨拶も聞かずに栞菜は学校を飛び出した
ペダルを踏む感覚もハンドルを握る感覚もよくわからない
全身に鳴り響く心臓の音だけがはっきりと実感出来た
昼過ぎとあって太陽は高い位置から照り付け、眩しい位だ
雲一つない快晴、お陰で身体を吹き抜ける風は気持ち良い
花束を買うにはもってこいな天気な気がして栞菜は嬉しくなった
 
13 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:34
 
商店街へ入り、『鈴木生花店』へと近付いて行く
さっきまで運動してやっと終わったばかりなのに騒がしい程心臓が働いて体を熱くする
ハンドルをぎゅっと握り締め、『鈴木生花店』の手前で止まった

ふー、と息を吐き栞菜はばっと看板を見上げた
自転車を店の脇に停めさせてもらい、店頭へと歩く
そっと店内を覗き、そこに彼女がいる事を確認する
姿を見ただけで心臓が飛ぶように跳ねた
一旦出入口から離れ、大きく深呼吸する
すると目の前を通った親子にくすくすと笑われて栞菜は恥ずかしくなった
 
「‥‥−よしっ」


気合いを入れて、店内へと一歩踏み込んだ
瞬間花特有の香りが栞菜を包む
ジャージ姿の自分には場違いな所だと直感した


「いらっしゃいませ」
「‥‥っ」
 
14 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:35
 
すると明るい声と共に彼女が現れた
栞菜は初めて面と向かって彼女の顔を見た
そして改めましての一目惚れ、見事に胸を射抜かれた
 

花の香りのせいもあり、一瞬くらっとふらついた
そんな栞菜を見て彼女が小さく首を傾げる
しまった、こんな事をしに来たんじゃないと栞菜は体制を立て直し、再び彼女と向かい合う


「あのっ、花束作ってもらえますか?」
「はい。どういった感じにしますか?」
「えー‥‥と」


考えながら店内を見渡すと、どうやら今店には彼女一人だけのようだった
いつもいる多分母親だろう人は配達にでも行っているのだろう
そんな事を思いながら栞菜は周りの花を見る
しかしながら花の種類や相性に関しての知識は全くと言って良い程ない為、栞菜は財布を取り出し、中の二千円を彼女に渡す


「これで出来る限り作ってもらえますか?その、花はっ、あなたに任せます!」
 
15 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:37
 
緊張のせいで大きな声になってしまったせいか
彼女はきょとんと目を丸くして栞菜と二千円を交互に見ていた
栞菜は恥ずかしさから必死に視線を逸らす

少しして栞菜の手から二千円を受け取り、「かしこまりました」と彼女は微笑んだ
営業スマイルだとわかっていても、今その笑顔は自分だけに向けられている
その事が栞菜は嬉しくて仕方がない

彼女は栞菜から受け取った二千円をエプロンのポケットに入れると栞菜から周りの花に目を移した


「可愛い感じが良いですか?」
「へっ?あ、はい!」


慌てて返事をすると彼女はくすりと笑い、花を選びながら続ける


「誰かにプレゼントですか?」
「あー‥まぁ、はい」
「じゃあ、頑張って作らなきゃ」


にっこり笑って彼女は再び真剣に花を選び始めた

正直な所渡す相手は決めていなかった
近くに誰かの記念日がある訳でもなく、家に持ち帰り飾ろうかと思っていた位だ
しかしながら可愛い感じが良いかと彼女に聞かれた時、彼女を思い浮かべて栞菜ははいと返事をした
 


 
依然、花の香りにくらくらする

 
16 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:38
 
数分すると、「こんな感じでよろしいですか?」と言って彼女が纏めた花を栞菜に向けた
ピンクと白が基調の、けれど派手ではなく
優しい感じの素敵な花束だった
やっぱり二千円とあってそこまで大きな物ではなかったが、反って花束の可愛らしさが引き立っていて良い感じがした


「すっごいいいです!」
「ありがとうございます。じゃあ包みますね」


そう言って彼女は店の奥に入って行った
栞菜はもう一度周りの花を見渡す
「栞菜」という名前は花から来ているが、確かあの花は今の季節の花ではなかった筈だ

彼女は花に詳しいだろうか
当たり前だろう花屋の娘なんだから

花屋なんて、栞菜は母親と来る事がほとんどで
きっと買った事があると言えば母の日に贈るカーネーションの一本位だろう
もちろん花束なんて買った事はなかった
初めて買う花束は誰に贈る訳でもない、ただの彼女と知り合う為の口実なのだ
少し花に悪かったかもしれないと栞菜は苦笑する
 
17 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:39
 
すると奥から包装された花束を持って彼女が戻って来た
栞菜は思わず姿勢を正す
柔らかそうな包装紙に、赤いリボン
束ねられた花は嬉しそうに輝いて見えた


「どうぞ」


彼女は両手で花束を栞菜に差し出す
ありがとうございますと言って栞菜はそれを受け取った
その流れから自然と彼女に視線が固定された

 
花のように微笑む彼女
花の香りに、くらくらした

 

「‥‥?」
「あの‥‥」


栞菜は今貰ったばかりの花束を一度見た後
 

 
 
「好きですっ」


 
 
そう言って彼女に差し出した
 
18 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:40
 
何をしているんだろう自分は
たった今買った花束をよりによって作ってくれた彼女に贈るなんて
今日初めて話した彼女に贈るなんて
口実作りの筈が栞菜は告白してしまった
伸ばした腕はもう引く事は出来ない

 
少しして驚いた表情のまま彼女は花束を受け取った
瞬間栞菜は振り返り店を飛び出す
停めてある自転車をあせあせと動かし、あっという間に『鈴木生花店』から
彼女から、逃げ出した
自転車を漕ぎ出した瞬間、まだ固まったまま花束を見つめている彼女が見えた

とにかく早く離れようと栞菜はペダルを踏み締める
やばいやばいやばい
心臓が破裂しそうにうるさくて
体が熱くて
寒さなどすっかり忘れて栞菜は家まで一直線に向かった

けれど不思議と後悔はなくて
自分らしい突飛な告白に栞菜は呆れて笑いが漏れた
一週間に一度、それがたった数秒でも
栞菜は彼女が好きだと胸を張って確かに言える気がした
だから告白した
そうだ、告白のタイミングが人より少し早かっただけだ

そう言い聞かせ、栞菜は真っ青な空ににっと笑い飛ばした
 
19 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:40
 
何をしているんだろう自分は
たった今買った花束をよりによって作ってくれた彼女に贈るなんて
今日初めて話した彼女に贈るなんて
口実作りの筈が栞菜は告白してしまった
伸ばした腕はもう引く事は出来ない

 
少しして驚いた表情のまま彼女は花束を受け取った
瞬間栞菜は振り返り店を飛び出す
停めてある自転車をあせあせと動かし、あっという間に『鈴木生花店』から
彼女から、逃げ出した
自転車を漕ぎ出した瞬間、まだ固まったまま花束を見つめている彼女が見えた

とにかく早く離れようと栞菜はペダルを踏み締める
やばいやばいやばい
心臓が破裂しそうにうるさくて
体が熱くて
寒さなどすっかり忘れて栞菜は家まで一直線に向かった

けれど不思議と後悔はなくて
自分らしい突飛な告白に栞菜は呆れて笑いが漏れた
一週間に一度、それがたった数秒でも
栞菜は彼女が好きだと胸を張って確かに言える気がした
だから告白した
そうだ、告白のタイミングが人より少し早かっただけだ

そう言い聞かせ、栞菜は真っ青な空ににっと笑い飛ばした
 
20 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:41
 

−−−−−−−−−
−−−−−
−−
 
21 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:43
 
そして次の日曜日が来た

ここ一週間、栞菜の頭の中は全くもってマイナスに働いていた
日頃の元気はどこへやら
歩いていれば壁にぶつかり物に躓き、しまいには学校に一時間早く着いてしまった事もあった
原因はもちろん先週の日曜日の出来事だ

自分の行動に対して彼女がどう思ったか
考えれば考える程卑屈になっていき、そうなっては元気に過ごす事は無理だった

一応あの後隣に住む舞美に事情を話して説明してみたが、


『あー‥‥大丈夫!きっとまた良い人が見つかるよ。がんばれ栞菜!』


と一蹴されてしまった
舞美の事は本当の姉のように尊敬しているが、たまにこういった素直過ぎてで突き刺さる言葉にかなりのダメージを受ける
「何さ、舞美ちゃんも少しは頑張ってよ!」と言い返してみると舞美はしゅんと小さくなっていた
人の事には頼りになるくせに自分の事になると何とも頼りない
「だってさぁーだってねー梅田さんさぁー」とその後は舞美の話がほとんどだった
 
22 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:45
 
そんな事を思い起こし自然と口元が緩んだ
しかしながらすぐにそれがぎゅっと一文字に結ばれる
栞菜は今商店街の入り口を通り抜けた
『鈴木生花店』はもう数メートル先となる
天気は先週に負けない位の快晴だった
栞菜は温かさとは違った汗が手に滲むのを感じる
無視して通り過ぎるか、
栞菜はそうも考えたがしかしながらやっぱり
彼女の答を聞きたい
そして、もっとちゃんと自分の事を話そうと栞菜は思った
自転車のスピードを緩めて行く
もう少しで『鈴木生花店』が見えて来る
前方に看板が見えた瞬間、栞菜は思い切りブレーキをかけてキッと止まった
同時に呼吸も止まりそうになった

彼女が、誰かを待つように店の前に立っている
多分、きっと栞菜を待っている
栞菜はそう直感した
 
23 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:46
 
自転車から降り、彼女へと歩み寄る
足音と共に心臓がどくどくと波打つのがわかる
もう店はすぐそこ、となった時、彼女は栞菜に気付いた
栞菜は息苦しくなるのを実感しながら、一歩一歩近付いて行く
店の調度前でぴたりとその足を止めた

彼女は眉を下げて困ったように笑っていた
店内ではない為花の香りはそこまで強くない筈なのに
それでもくらくらするのは他でもない彼女のせいだろう

栞菜がぼーっと立ち尽くしていると、彼女が一歩近付いて来た
真っ黒な瞳が栞菜を捕える
 
24 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:49
 

 
「−鈴木、愛理です」


 
彼女はそう言って栞菜に手を伸ばして来た
その手には可愛らしくリボンがかけられた一輪のピンク色のチューリップが握られていた
チューリップを見た後彼女を見ると、花のように柔らかく微笑んだ

彼女へ伸ばす手は情けなく震えていた
出来るだけ
彼女の心にこの名前が残るように
花からもらったこの名前を彼女が好きになってくれるように
ピンク色のチューリップを受け取り、栞菜は言う

 

「−有原栞菜です」
 

 
25 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:50
 
家に帰ってすぐに舞美の所へ行った
もらった花を見せた途端に舞美が笑い出し、「よかったねぇ栞菜」と言われた
 

 
ピンク色のチューリップの花言葉

 
『愛の芽生え』

 
やっぱり、花と彼女ににくらくらした

 

 
  花言葉−.終わり
 
26 名前:花言葉 投稿日:2008/12/22(月) 09:50
 


27 名前:三拍子 投稿日:2008/12/22(月) 09:55
 
という訳で、新スレ立ててみました。
あちらの方法もちまちま更新するんでよかったらお願いしますm(__)m
今夜中にもう一話あげられたらなぁと。
 
28 名前:きょろ 投稿日:2008/12/23(火) 03:00
すごくいいです!
これからも期待してます。
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/23(火) 20:36
読んでてくらくらきましたw
次回も楽しみにしてます
30 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:32
 

 
31 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:33
 

それはもうむかつく位清々しい

嫌になる位気持ち良い風だった


 

  風のように


 
 
32 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:33
 
この学校の屋上は立入禁止になっている
昔は自由に開放していたらしいが、ここで遊んだりして授業をサボる生徒が多い為扉に鍵を掛けその鍵は教師が保管していた

しかしながら、えりかは今屋上にいる
真っ青な空に照る太陽、風は少し冷たいが気持ち良い位だ
なるほどこれならサボりたくなる気持ちもわかる
そんな事を考えながらえりかは屋上を歩く
この景色を堪能する事が出来る生徒はこの学校で自分だけなのかと思うとえりかは少しの優越感を覚える

言っておくが、えりかは屋上の鍵を盗んだ訳でも壊して無理矢理入った訳でもない
ただ、ツイていたのだ
 
33 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:35
 
つい最近、一週間前位だろうか
えりかが廊下をだらだらと歩いていると足先に何かがコツンと当たって床を滑った
見てみるとそれは「屋上」と書かれたタグが付いた鍵だった
湧いて来たのは好奇心
えりかは自分の自転車の鍵が付いたキーホルダーにその鍵を付けた

平凡な学校生活の中の少しの楽しみ
屋上を一人占め出来る権利
それを得たえりかはそれからというもの毎日、特に昼休みはよく屋上に来るようになった

 

購買で買ったパンをくわえながら鉄柵に寄り掛かり空を仰ぐ
ここは校庭から死角になっている為えりかが見つかる事はまずない
だいたい皆屋上を注意深く見上げる事などしない
誰かが屋上にいるなんて思いもしていないだろう
ましてクラスでも目立つ方ではないえりか
いや、普段からやる気がない、グループに属さないなどと言った女子らしくない事では注目されているが
そんなえりかが昼休みにどこへ行こうと誰も気に留めはしないのだ
 
34 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:36
 
食べ終わったパンの袋をくしゃくしゃと丸めながらえりかは真っ青な空を見上げる
するとふと『誰かさん』が思い浮かんだ

 
黒髪を靡かせて、風にシャツをふくらませて
輝く笑顔で風を切る彼女を見て

自分の心の中にも風が吹き抜けた気がした
 

 
これは誰にも秘密
多分口にする事はないだろう
彼女はクラスのリーダー的存在でいつも皆に囲まれている
えりかからしてみればよくもまぁ息苦しくないなと感心する位だ
いつも笑顔、何事にも全力で取り組む努力家
外国人風のえりかとは対象的な日本風美人
 
 

 
矢島舞美が、苦手だった

 

 
35 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:37
 
何が苦手って、正に今述べた事全てだ
毎朝おはようと笑顔で隣の席に座って来る
この間の席替えで隣り同士になってしまったのだ
朝練があったのかもう季節は冬なのにもかかわらず額に汗を滲ませて、今日の一時間目なんだっけなどと聞いて来る
決まってえりかは「おはよう」の挨拶に教科名を添えて答える

これが毎日の習慣のようなものだった
会話とも言えない会話に終わる舞美とえりかの一日
えりかは授業中はほとんど眠っているか携帯をいじっている
舞美は舞美で真剣に黒板に向かっている為二人が話す事はほとんど無かった
昼休みになればえりかは隣の組にいる幼なじみの佐紀達の所へ逃げていた
まぁ最近はこうして屋上へ来る為その必要もなくなった訳だが
えりかは極力舞美と親しくいたくなかった

えりかは舞美と話すとじわりと心が淀んで行く気がした
それは嫌悪であり、また羨望でもあり、えりか自身よくわからない気持ちだった
ただ、舞美を見ていると眩し過ぎて目をつむりたくなり、舞美の溌剌とした声は耳鳴りのようにいやに耳に響く気がした

あまり誰が好きだの嫌いだの興味のなかったえりか
「苦手」だと思いこんなにも距離を置きたがるのは舞美が初めてだった
 
36 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:39
 
けれどこの間は違った
 
帰り道、自転車で学校の門を出たえりか
ぐるりと校庭側の道へ出るとグランドのトラックを颯爽と走る舞美の姿が見えた
舞美は他の誰よりも速く、美しく見えて
えりかは思わずその場で止まり舞美の走る姿を見ていた
そして、舞美がトラックを走り切った時
 
勢い良く風が吹き抜けた気がした
 
その瞬間胸に覚えたのは淀みではなく
それすらも吹き飛ばしてしまうような暖かい風だった
 

すると舞美がこちらに向かってきそうだった為えりかは急いで自転車を漕ぎ出し学校を後にした
胸が熱くなった理由、そんなの簡単だ
しかしながらえりかは絶対に違うとその想いを拒否するように自転車で舞美からぐんぐん離れて行った
 
37 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:41
 
−以来、席が隣り合わせな事が今まで以上に嫌になった
今まで以上に舞美の笑顔が苦手になった
話し掛けられる事にいちいち高鳴る胸に溜まらなくむかついた
 

矢島舞美は、完璧過ぎて

だからえりかは舞美が苦手だった
運動も勉強も出来て性格も良いのに
その上綺麗で、皆から好かれて
天は彼女に何物を与えたのだろう
優しくて、頼りになって、素直で
そこに一切の嫌味も感じないのは舞美が自然にそういう人間だからだ
飾らない、そうする必要のない自然体な完璧な人間

えりかは自慢する訳ではないが顔は整っている方だと思っている
けれどいつでもメイクは欠かさず、髪だってより良く見えるように染めている
ファッションの事に関しては少し自信があり常に勉強しているが、毎日を制服で過ごす学校ではそれも意味はなく
運動神経が全く無く、勉強が出来る訳でもないえりかは舞美と比べるとただの女子高生なのだ
 
38 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:41
 
プライドが高い事を自負しているえりかは自分の弱みを人に見せる事が嫌いだった
弱みを見せるだけで蔑まれている気がしてならなかったからだ
弱みを見せない為には、近づかない近づけさせない事が一番簡単だった

だから友人関係はほどほどに、誰かと一緒にいようとはしなかった
仲の良い人がいない訳ではない
しかしながらそういった人は数人で充分だ、皆に好かれる必要はない
そうやってまるで舞美を否定するようにえりかは一人納得していた
 
39 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:42
 

−結果、えりかにとって舞美は憧れなのだ

自分には絶対に無理な事を彼女は何の気無しにこなしてしまう
そしてそれが嫌味無しだからまた厄介で、だからえりかは舞美といると自分が溜まらなく虚しく思えてしまう
完璧な矢島舞美は、えりかがなりたくてなりたくてなれない存在なのだ
 
そんな事を思ってしまったからにはこんな純粋な想いを認める事は出来ない
酷く我が儘な気がした
自分にもこんなに純粋な気持ちがあるなんてえりかは驚いた位だ
あの瞬間、心に風が拭いた瞬間から
えりかは信じられない位純粋な気持ちで舞美に惹かれた
それは長らく忘れていたような、表に出せないような恥ずかしい位の気持ちだった

冷めている、やる気がないとよく言われるえりかだが、舞美に対するこの想いだけはらしくない、全く似合わない素直なものだった

 

「‥‥ばかみたい、あたし」


えりかがぽそっと空に呟くと、昼休み終了のチャイムが響いて来た
 
40 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:43
 
−−−−−−−−
−−−−−
−−
 

41 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:44
 
放課後、えりかはまた意味もなく屋上に来ていた
昼休みに鍵を開けっ放しで教室に戻った為一応閉めに戻って来たのだが、思えば放課後来るのは初めてだった為屋上へ出た

 
朝と同じようにぼーっと空を見上げる
もう夕焼けに染まっている空はこれから深い青へと色を変えようとしていた
風は昼と違い冷たく、えりかはコートのポケットに手を突っ込み背中を丸めた
放課後の空は何となく自分に似ている気がした
美しくいたい事を願う真っ赤な夕日とそれを制する夜の青
曖昧な空と冷たい風はえりかを実に上手く表現している気がした
 

−午後の授業、やっぱり舞美と話す事はなくて
授業中、一度だけちらりと隣を伺ったが、舞美はノートを取っていた為えりかの視線に気付く事はなかった
綺麗な黒髪、長い睫毛
ただそれだけでえりかは心拍数が上がるのを感じる
そして同時に少しの虚しさ
えりかは小さく溜め息を吐き、その後はずっと舞美に後頭部を向けるように机に伏していた
 
42 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:47
 
夕焼けは瞬く間に鎮まり、星がちらほら見え始めた
舞美の事を考えていると時間が流れるのがとても早いようにえりかは感じる
考えた所で何も生まれはしない、えりかが何かをする事はない
しかしながらこの胸の小さな熱をどうしたら良いのかはわからなかった


「‥‥帰ろ」


一人呟きえりかは屋上の入口へ向かう
鍵を出そうとブレザーの内ポケットを探った


「‥‥‥ん?」


えりかは立ち止まりもう一度内ポケットを探る

 
−鍵が、無い
 

えりかは他のポケットにも手を突っ込み、鞄の中も確認する
しかし鍵は見当たらない
どこかで落としたのだろうか
だとしたらまずい
鍵には「屋上」と書かれたタグが付いている
教師に見つかればまた屋上は立入禁止になる、生徒に見つかればこの特権はその人のものになってしまう
考えてみれば自転車の鍵も一緒に付いている為、自転車にも乗れない

まずい、そう思いえりかは来た道を引き返そうと再び歩き始めた

 
ガチャンッ

 
43 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:47
 
その瞬間、目の前の鉄扉が開かれる音がしてえりかは止まる
そしてえりかは自分以外の人が屋上に入るのを初めて見た


 
えりかがその場に立ち尽くし、目を見開く位驚いた理由は
屋上に踏み入って来た人物が、教師でも知らない生徒でもなく

 
矢島舞美だったからだ

 
44 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:49
 
開けた音と同じ音で扉が閉まる
えりかはまだ見開いた目を動かせずにいた


「あっ、梅田さん!」


そんなえりかにお構いなしに舞美はいつもの笑顔で近づいて来る
えりかは思わず一歩後ずさりした
しかしながら歩くのも速い舞美はあっという間にえりかの目の前に来た
面と向かうのはもしかしたら初めてかもしれない


「これ、梅田さんの?」


そう言って舞美はチャリッと二つ鍵の付いたキーホルダーを顔の前に出した


「‥ぅん‥‥」
「荷物取りに教室行ったら落ちてて、見たら屋上って書いてあったから来ちゃった」


はい、と舞美が手を伸ばしえりかに鍵を渡す
えりかは黙って手を伸ばし鍵を受け取った
すると舞美はにっこり笑ってえりかの横を抜け、屋上の端へと歩いて行く
鉄柵へと足を掛け、舞美は校庭を見下ろしているようだった
えりかは舞美の後ろ姿を見つめていた
するとくるりと舞美が振り返る


「あのね」
「‥‥」
 
45 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:52
 
「安心した!」
「へ?」
「ん?ここにいたの、梅田さんでよかったぁと思って」


振り返りやっぱりにっこりと笑った舞美
その笑顔はえりかの心を動かすのには充分過ぎた
声を出すのに力が要った
さっきまで感じていた肌寒さなど全く忘れていた


「‥‥ぁ、あの」
「?」
「あり、がと。‥‥鍵」


口から出た声は少し裏返っていて何ともたどたどしいものだった
毎朝の挨拶とは全く違う気がした
すると舞美は鉄柵からとんと飛び降り、えりかに向かって歩いて来た


「梅田さんてさぁ」
「‥‥っ」
「笑った方が絶っ対かわいいよ!」


どくん、と大きく心臓が跳ねた
舞美はにこにこしながらえりかの顔を伺っている
あぁ、この人は本当に優しい人なんだろう
思ってえりかは小さくふっと息を零した


「あっ笑った!!」
「笑うよ、人間だもん」


「何それー」と言いながら舞美は空を仰いだ
えりかもつられて顔を上げる
星はさっきよりも瞬いている気がした
ちらりと舞美の方を向くと舞美は空ではなくえりかを見ていた
目が合って、お互い黙る
 
46 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:54
 

「ねぇ、梅田さん」

 

舞美がゆっくり口を開く
その瞬間、夜風がびゅうっと吹き抜けた


「−−‥‥‥」


強い風が二人に吹き付けてえりかは一瞬目を閉じた
舞美はその風に乗るようにえりかの横を駆け抜け、あっという間に入口まで行った
えりかはゆっくりと舞美を振り返る


「だから、また来て良い?」
「‥‥‥」
「ていうかダメでも鍵壊して来ちゃうよ!とか言って」


そう言って舞美はガチャンと扉の向こうへ飛び込んで行った
えりかはその場から動けない
風は相変わらず冷たくえりかの身体を抜ける
 
47 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:55
 
風に掻き消されそうになる舞美の言葉に必死に耳を傾けた

 
 
−あたし、梅田さんが好きみたい−

 

 
やっぱり、矢島舞美は苦手だ
こうやってさらっと、えりかには一生口に出来ないような事を言うのだから
こうやって、吹き抜ける風のように

えりかの心を奪って行くのだから

 


  風のように−.終わり

 
48 名前:風のように 投稿日:2008/12/23(火) 21:56
 

 
49 名前:三拍子 投稿日:2008/12/23(火) 21:59
 
というわけで、やじうめです。
短編はこういう淡い感じのが好きですW

 
>>28さん
一番乗りにコメントありがとうございますm(__)m
こんな拙い文章ですがお願いします。

>>29さん
思う存分くらくらして下さい!!
 
50 名前:gen 投稿日:2008/12/23(火) 22:20

やべー矢島さん可愛ー!!
この関係のヤジウメいいです、好きです!!
うわー、いい!!

これからも頑張ってください!!読者として次の更新も楽しみにしています。
では、また。

51 名前:名無し 投稿日:2008/12/24(水) 00:26
きゃわああああー!!
やじうめ大好物っすw
次回も楽しみに待ってまーす
52 名前:きょろ 投稿日:2008/12/24(水) 01:49
やじうめいいですね!
舞美のキャラがたまりませ^^

次回も期待してます。
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/25(木) 13:22
三拍子さんキタ━━(゚∀゚)━━!!!
ここのあいかんもやじうめも素敵すぎです。
更新楽しみにしてます!
54 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2008/12/30(火) 13:38
 


55 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2008/12/30(火) 13:39
 
−気付かなくていいよ
笑ってて欲しいから

 
 
−わかってるよそんな事
でも好きなんだもん

 
 
−好きだなぁ
何でなんだろ?

 
 
−変な人
でも、ちょっと楽しいかも

 
56 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2008/12/30(火) 13:40
 


 
 −あっち向いてホイ、こっち向いて恋−


 

57 名前:A−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:41
 

58 名前:A−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:42
 

どうして?

いつだってお姫様は
王子様と幸せになるんだって

そう、信じてた


 

 angle.A−1

 
59 名前:A−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:42
 
−じゃあ、あたしが愛理の王子様になってあげる−
 
その言葉に恋してもう何年−?

 
ゆっくりと歩いて家へと向かう
もう日はすっかり落ちて空は夜へ向かおうと色を濃くしていた
愛理は空に視線を向けたまま足を進める
立ち止まりはぁ、と吐いた息は冷たい空気に白く煙ったがすぐに消えていった
それを見ているとじわりと涙が浮かんで来た

上を向いたまま鼻をすする
マフラーを顔の半分位まで上げながら再び歩き出した
 
 
すぐにわかった、好きなんだと
だって、自分と同じ目をしていたから
 
60 名前:A−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:43
 
家が近くで、親同士が仲が良かった
ただそれだけで舞美と出会えた事は愛理にとって奇跡のような事だった
綺麗で、運動神経が良くて、何より優しくて
愛理にとって幼なじみの舞美は憧れであり
ずっと想いを寄せている相手だった

年齢の差からだんだんと会う機会は減っていった
それでもたまに遊んだり、学校帰りに会った時は一緒に帰ったりする事もあった
高校生になっても舞美は変わらず愛理と接してくれる、しかしながらそれは可愛い幼なじみに対するもので
愛理はそれが恋愛には向いていない事を知っている
けれど、愛理は願わずにはいられない

ずっと信じているのだ、舞美の言葉を
 
61 名前:A−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:45
 
−それはずっとずっと昔の話
愛理なんてまだ幼稚園児だった頃の話だ
愛理は本を読むのが大好きで、話の中で幸せになる主人公を見てはいーなーいーなーと言っていた
いつか素敵な王子様が現れて、必ず幸せになれる
愛理はそんな事を夢見ていた


「いいなぁ。王子様」
「何、愛理お姫様になりたいの?」


公園のベンチに座って愛理がぽそっと呟くと、一緒に公園に来ていた舞美に本を覗かれ尋ねられた
さっきまで男の子達とサッカーをしていたらしく舞美は泥だらけで
ボールを持って愛理の前に立っていた


「うん!憧れる」
「そっかぁ。あっ!じゃあさ」
「?」
 

「あたしが愛理の王子様になってあげる」
 

夕日を背に立ちにっこりと笑って愛理にそう言う舞美は、泥だらけだけどかっこよかった
白馬には乗っていない、王冠も被ってはいない
けれど愛理にはその瞬間、舞美が本当の王子様に見えた
 
62 名前:A−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:46
 
それからずっと
愛理はずっとその言葉を信じて舞美を想い続けて来た
子供みたいと笑うかもしれない
それでも愛理にとっての王子様は舞美であり、
舞美にとってのお姫様も愛理なんだと信じていた

いつか舞美が迎えに来てくれる
にっこりと笑って手を差し延べてくれる
愛理はずっと待っていた
その言葉に固執する訳ではない、愛理は素直に舞美が好きだった
こうして会う時間が減っても、どこかで繋がっていると思っていた
ずっと舞美を好きでいられる自信があった


 
−なのに、どうして?

 
63 名前:A−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:48
 
そんな昔の約束を思い出していると、ふいに視界がぼやけた
愛理はぐっと下唇を噛む、涙は重力に従って今にも零れ落ちそうだった
それを堪えるように足を速める
商店街を真っ直ぐに抜けて行く
早足なんて普段する事のない愛理はすぐに息が上がる、けれど足を止められない
がやがやと騒がしい商店街はいつもより耳障りな気がした

舞美と二人で並んで帰る時はあんなに楽しそうに聞こえる声達が、今日は全て愛理を嘲笑っているように、苛んでいるように聞こえて愛理は耳を塞ぎたくなった
下唇を痛い位に噛んで、下を向くと涙が零れた
ごしごしと目を擦りながら愛理は歩き続ける
 
64 名前:A−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:49
 
帰りがけ、愛理は舞美を見た
横断歩道の向こうの喫茶店、そこでお茶をしているようだった

−窓の外から手でも振ろうかな

そんな考えに頬を緩ませながら愛理は横断歩道へ一歩踏み出−
そうとして、止まった
愛理は立ち止まったまま、信号がもう一度赤になるまでその場から動けなかった
向こう側から歩いて来る人は愛理の横を不思議がりながら過ぎて行った
そこで立ち止まっていた事に気付き、愛理は歩き出した
 
65 名前:A−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:50
 
目の前の横断歩道ではない横断歩道を探しに

 
喫茶店の窓越しに見えた舞美は、笑顔だった
今まで愛理が見た事のない位笑顔だった

舞美の向かい側には一人、女の人が座っていた
制服を見た所舞美と同じ高校の生徒だろう
優しい色の茶髪に、綺麗な横顔
向かいに座りその人を見ている舞美に愛理は自分の姿を見た
嬉しそうな、堪らなく幸せそうな緩み切った顔
すぐにわかった、あの人が好きなんだと


−だって、私とおんなじ目してるもん


声を掛けられる筈なんてなかった
今声を掛ける事は迷惑なんじゃないかとさえ思えた
舞美の今の気持ちが見て取れるようだった

にこにことあの人を見つめる舞美の目は
愛理がずっと向けて欲しいと願っていて、絶対に向けてもらえなかった目だった
 
66 名前:A−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:53
 
王子様は、お姫様を見つけたようだ
けれどそのお姫様は愛理ではなかった

 

商店街を抜けて右に曲がるとすぐに自分の家と、その手前に舞美の家が見えた
愛理は歩く速度を緩め、のろのろとそちらへ向かう
舞美の家の前で立ち止まり、二階の舞美の部屋を見上げる
電気は点いていなかった

ぐすりと鼻を啜り、愛理は自分の家へと歩き出す
さっきまで早足だったせいか体は暖かかった

 
 
ずっとずっと舞美が好きだった
けれどその想いを口にした事はなかった
馬鹿みたいに、純粋に
夢見てたのだ、幸せになる筈だと
ただただ見つめるだけで相手が自分を好きになってくれたら苦労はしない
都合の良い勝手な夢物語に愛理は酔っていただけだったのだ
待っているだけのお姫様を王子様が迎えに来てくれる筈がなかった
待っている間に王子様は自分でお姫様を見つけてしまった
 
67 名前:A−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:54
 
悲しい結末だ
待っているだけの恋に時間を費やしてしまった
自分の家の前で愛理はもう一度空を見上げる
皮肉にも空は雲一つなく星が瞬いていた
愛理は大きく息を吐く


舞美の笑顔が頭から離れない
あの笑顔が、愛理は欲しかった
 
68 名前:A−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:55
 
想うだけなら許されるだろうか
愛理はふとそんな事を考えた
どうやら自分はまだ待ち続ける事を選ぶらしい

仕方がない
どうすれば良いのか愛理はわからない
今は、泣く事しか出来なそうだった


 

  A−1.終わり

 
69 名前:A−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:55
 

 
70 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2008/12/30(火) 13:56
 

71 名前:K−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:56
 

何があったのか、大体の想像はつく
でもそれは聞けない
 

だって彼女はあたしを知らないから


 

 angle.K−1

 
72 名前:K−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:57
 
あの人を想う彼女を、ずっと見ていた

 
商店街の真ん中辺りにある『有原書房』、栞菜の祖母がずっと経営している小さな古本屋だ

栞菜の自宅には親がいない
断っておくが、死んだ訳ではない
ただ家にいる事がないというだけだ
小さい頃に親が離婚して栞菜は母親方に着いた
母親は仕事が忙しく帰りが遅い為、栞菜はほぼ毎日この『有原書房』に来ている
小さい頃から本が大好きだった栞菜にとって祖母の家はまさに夢のような所だった
ここに置いてある本を栞菜は新刊以外ほとんど読破している
最近では祖母の事を気遣い店番もやるようになった
 
73 名前:K−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:59
 
と言ってもここに来るのは決まっておじいさんおばあさんや祖母の知り合いがほとんどで
後は栞菜が姉のように慕っているご近所さんが遊びに来る位だ
だから栞菜はいつもレジで本を読んでいる
膝には祖母の飼い猫であるマサムネがたいてい丸まっている
この時間が栞菜は幸せで仕方がない
 

学校帰りに給料無しとはいえ本読み放題、お茶でもお菓子でも勝手にして良い
何と割りの良いバイトだろうか
それに栞菜は母親といるより祖母といる方が居心地が良く好きだった

最近はここに泊まる事も多くなった為、どっちが自宅だかわからなくなって来ている
栞菜の為にただただ働く母親より、優しい祖母の方が栞菜は慕っていた
母親があんなに頑張って働くのは自分の為だとわかっている
けれど栞菜自身を見ようとしない母親が栞菜はあまり好きではなかった
 
74 名前:K−1 投稿日:2008/12/30(火) 13:59
 
と言ってもここに来るのは決まっておじいさんおばあさんや祖母の知り合いがほとんどで
後は栞菜が姉のように慕っているご近所さんが遊びに来る位だ
だから栞菜はいつもレジで本を読んでいる
膝には祖母の飼い猫であるマサムネがたいてい丸まっている
この時間が栞菜は幸せで仕方がない
 

学校帰りに給料無しとはいえ本読み放題、お茶でもお菓子でも勝手にして良い
何と割りの良いバイトだろうか
それに栞菜は母親といるより祖母といる方が居心地が良く好きだった

最近はここに泊まる事も多くなった為、どっちが自宅だかわからなくなって来ている
栞菜の為にただただ働く母親より、優しい祖母の方が栞菜は慕っていた
母親があんなに頑張って働くのは自分の為だとわかっている
けれど栞菜自身を見ようとしない母親が栞菜はあまり好きではなかった
 
75 名前:K−1 投稿日:2008/12/30(火) 14:01
 
そして、もう一つ
栞菜にはここの店番をしたがる理由があった

 
 
あの人に恋している彼女に惹かれた

毎日店の前を通る女の子
綺麗な黒髪に華奢な身体、ふわふわとした柔らかい雰囲気
名前は「愛理」というらしい
彼女が好きな「あの人」がそう呼んでいた
一週間の中で一、二回、彼女とあの人が二人で店の前を通る
家が近いのだろうか
年は違うが仲は良いんだろう

それに、彼女はきっとあの人が好きなんだろう
見ていればわかる
あの人と一緒にいる時の彼女が一番可愛く見えるから
栞菜はそれを悲しいとも悔しいとも思わなかった
 
76 名前:K−1 投稿日:2008/12/30(火) 14:03
 
栞菜は彼女の笑顔に惹かれた
目尻を下げてふにゃっとほころぶように微笑むその顔に胸が熱くなった
しかしながらその笑顔を作っているのはあの人であり、きっとあの人以外には作れない笑顔なんだろうと栞菜は思った
だから、話し掛けるような事はしない
自分の事を知ってもらおうとは思わない
ただ、流れる日々の中で彼女を見つめる事位は許して欲しかった

−彼女が笑っている
それだけで、ここの店番をしている事がもっと楽しくなる
読んでいる本が何故か余計に面白く感じる
マサムネが膝の上にいるのがいつもより心地良く感じる
気を効かせて祖母にお茶なんか入れたりする
毎日が、楽しくなる
 
77 名前:K−1 投稿日:2008/12/30(火) 14:04
 
誰かに話したら何を大袈裟なと言うだろうか
けれどそんな小さな事が栞菜にとっては毎日の楽しみなのだ

 
 

そして今日も、古びてもう回転しない椅子に座り、レジの机に両肘をついて栞菜は読書にふけっていた
読んでいる本は佳境に差し掛かっていて、けれど栞菜はちらりと視線を本から壁に掛かる時計に移す
そろそろ彼女が店の前を通り掛かる時間だ

あからさまにならないように視線は本へと向けてみるが、内容は全く頭に入らない
ガラス張りの引き戸越しに彼女が通り掛かるのを待つ
小さく小さく心臓のリズムが乱れて行く

 
‥‥−あっ

 
78 名前:K−1 投稿日:2008/12/30(火) 14:05
 
店の前を通り過ぎる彼女が見えた瞬間、いつもよりも心臓がうるさく跳ねて栞菜は持っていた本を机に倒してしまった
それに驚いたマサムネはにゃーと鳴いて栞菜の膝から飛び降りて行った
栞菜は引き戸の向こうに目を向けたまましばらく動く事が出来なかった
少しして倒した本を手に取りぱらぱらとページをめくり出す
どこまで読んだんだっけと呟きながらも頭の中に本の内容はこれっぽっちも浮かんで来なかった
 

彼女が店の前を通り過ぎるのが、いつもよりも速かった
いつもなら、一人の時もあの人と二人でいる時も
ゆっくりゆっくり歩き過ぎて行くのに
だから今日栞菜はほんの数秒しか彼女を見れなかった
彼女が早足だった理由、それが栞菜をいつもより動揺させた
 
79 名前:K−1 投稿日:2008/12/30(火) 14:07

 
彼女は、泣いていた

 
マフラーを顔の半分位まで上げて
眉を悲しげに歪ませて
瞬きをした時ぽろぽろと涙が零れ落ちていった
いつものふわふわとした雰囲気はどこにもなく、強い風でも吹いたら飛ばされてしまいそうに脆く見えた

 

ぐさっと胸に何かが突き刺さった気がした
栞菜と彼女は全くの他人
彼女は栞菜の事を知らない
栞菜が知っている事も知らない
知っていたら、知り合いだったら、どうにか出来たんだろうか
栞菜は何かしていただろうか

無理だと思った、絶対に

彼女の泣き顔を見てすぐに「あの人」だとわかった
確証なんてなくてもわかった
きっとあれ以上に悲しそうな表情はない
あの人以外にそれが作れる訳はない

毎日見ていた
見ていたんだ

 
80 名前:K−1 投稿日:2008/12/30(火) 14:09
 
「‥‥マサムネ」


ひょいひょいと手を招きマサムネを呼ぶ
にゃーと鳴いてマサムネは栞菜の膝の上に戻って来た
柔らかい感触に少し心臓が落ち着いて行くのを感じた
マサムネの首に頬をくっつけて栞菜は大きく息を吐いた


「どーしたんだろねー‥‥」


マサムネが知る訳はない
どうしたもこうしたもない
栞菜には関係のない事だ
栞菜はまた明日もここに来て、本を読みながら店番をする
そう、それが目的なのだ
優しい祖母の手伝いをする為にここに来る
マサムネが可愛いからここに来る


 
−明日は、泣いていないだろうか

 
「栞菜ぁ、お菓子食べるかい?」


店の奥から栞菜を呼ぶ祖母の声がした
「うん!今行くー」と言ってマサムネを抱いたまま栞菜は椅子から立ち上がった

もう一度、店の出入口を振り返る
 
81 名前:K−1 投稿日:2008/12/30(火) 14:10
 
どうか
どうか泣かないでほしい
明日は笑って店の前を通り過ぎてほしい

 
誰にも気付かれないように
栞菜は小さく小さく祈った


 

  K−1.終わり

 
82 名前:K−1 投稿日:2008/12/30(火) 14:11
 

83 名前:三拍子 投稿日:2008/12/30(火) 14:18
 
表題作に入ります。
短編集とか言っときながらこの話長いですW
よろしければお付き合いお願いしますm(__)m

 
>>50さん
genさん!コメントありがとうございますm(__)m
へたれ梅さん最高です!!

>>51さん
やじうめはどーやっても両想いになってしまいます‥‥W

>>52さん
舞美はばかです。ばかみたいに梅さんが好きだと思いますWW

>>53さん
来ました(^O^)/
またよろしくお願いします!!

 
84 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/02(金) 22:15
一瞬やじすずが始まるかと思いワクテカしてしまったのは秘密ですw
次回も楽しみにしてます
85 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:06
 

 
86 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:07
 

今まで部活以外にこんな事絶対なかったのに

何であたしはこんなに頑張ってるんだろう


 

  angle.M−1

 
87 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:07
 

今まで部活以外にこんな事絶対なかったのに

何であたしはこんなに頑張ってるんだろう


 

  angle.M−1

 
88 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:09
 
夕焼けが好きになったのは、きっと彼女のお陰なんだろうな


 
走る走る走る
前にいる人を抜かして、隣にいる人を引き離して
舞美は今日も一位でトラックを駆け抜けた
走り終えた時にぶわっと風が散るのを感じた
はーっと大きく息を吐き膝に手をついて舞美は息を調える


「舞美、今日いつもよりタイム良い」
「あっ、ホントにー?やったね!」


走っている最中から舞美はそんな気がしていた
身体が軽い、足が回る、腕が振れる
どこまでも走って行ける気がする
今日はきっと良いタイムが出る
走っている時にそんな事を考えていられる位今日の舞美は調子がよかった
その理由は至極簡単なもので、それを考えると落ち着きかけていた鼓動がまた早くなるのを舞美は感じた

昨日舞美は、梅田えりかとお茶をした

 
89 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:10
 
夕日に透ける茶髪が綺麗で、その横顔は一枚の絵みたいだった
 

同じクラスでも、話した事はほとんどなくて
誰に聞いても梅田えりかの印象は「よくわからない」だった
それは誰にしても嫌は意味ではなく、本当によくわからないらしかった
実際、舞美もえりかの事はよく知らなかった
というか気にする事がなかった
クラスメートの一人、それ以上何かを思う事はなかった
顔を合わせれば挨拶位はする、けれど話し掛ける事もなければ話し掛けられる事もない
きっとこれから先も何もないんだろうと、多分お互いが思っていた
 
90 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:12
 
それはほんの三日前の事で

部活の荷物を取りに舞美は教室へと駆け足で向かっていた
まだ日が落ちるのは遅くて、外には真っ赤に夕日が浮かんでいた
それに見向きもせず舞美は階段を駆け上がる
休憩時間は10分しかない、その間に荷物を取ってグランドに戻らなければならない
階段を上がり切り、教室のドアを勢い良く開けた

 
−瞬間、目を奪われた
 

窓際に立って外を眺めている後ろ姿
窓から入る緩い風に、茶髪が緩やかに揺れていた
ドアを開けた大きな音にも少しも反応を示さない
舞美は息をする事も忘れてその後ろ姿に見とれていた
すると気配に気付いたのか、その人がゆっくりと振り返った
 
91 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:15
 

−あぁ、こんなに綺麗な人だったんだ

 
窓から差し込む夕日が彼女を優しく照らしていた
日に透けた髪は夕焼けと同じ色をしていて
横顔はまるで異国の人のように整っていて
梅田えりかは、美しかった

目が合い、舞美はどくんと心臓が鳴るのを感じた
走ってきたからなのか、それにしても身体が熱い
えりかはカラカラと窓を閉め、もう一度舞美に振り返った


「大丈夫?」
「‥‥‥−へっ?」


えりかに問い掛けられて舞美は現実に引き戻される
あっあーっ、と変な声を出しながら慌てて教室へ入り自分の席へと向かう
どくどくと全身を血液が巡るのを実感する
荷物を取り、自分の席から振り返るともうそこにえりかはいなかった
 
92 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:17
 
「‥‥‥幻?」


そう言ってしまうのも無理はない
初めて誰かにこんなにも見とれた
美しいと、そう誰かを思ったのも初めてだった
シャツの胸の辺りを掴んでみる
もう呼吸なんてすっかり調っているのに、どくどくと心臓はうるさいままだった

 


結局休憩時間を過ぎてしまいあの後舞美は部長にこってりと絞られた
しかしながら罰として外周させられている間もずっとあの瞬間が頭から離れなかった
綺麗な、美しいあの姿が
−やっぱり幻?
梅田えりかという人物をまじまじと見た事がなかった舞美は、本当にあれがえりかだったのか今更になって疑えてきた
梅田えりかに関しての知識が少な過ぎると改めて思った

わからない事は、わかるようにする
あれが幻だったかどうかなんて本人に聞けば良い、簡単な事だ
うん、と大きく頷き舞美はラストスパートをかけてアスファルトの坂を駆け降りた
 
93 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:18
 


−−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
94 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:20
 
「梅田さん、昨日教室にいたよね!!」
「うん」


バンッと強く机を叩き詰め寄った舞美に対しても全く驚かず、表情を変える事なくえりかは答えた
あまりに呆気のない答えに舞美は気が抜けてしまった
朝一番、自分の席に荷物を置いてすぐに舞美はえりかの席へ向かった
えりかの席に近付くのは初めてで、舞美から話し掛けるのも多分初めてだっただろうと思う
だからだろうか、嫌に緊張して表情が固くなっていたのは
しかしながらえりかは舞美と対称に落ち着き払っていた


「‥‥だよね。梅田さんだよねっ」
「あたし、声掛けなかったっけ?」


そういえば
「大丈夫?」と聞かれた気がする
頭が真っ白になっていて、確かちゃんとした応答は出来なかった
だから舞美はすっかり忘れていた
 
95 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:22
 
「いやっ、あたしあの時なんかぼーっとしてて」
「矢島さんもぼーっとしたりするんだ?」
「するよっ。今朝だってぼーっとしてて砂糖と塩間違えたくらいだもん!」
「ありがちだけど、実際あんましない事だよね。それ」


言いながらくすりとえりかが笑った
それだけで舞美は何故か堪らなく嬉しくなり、自然に顔が緩むのを感じた

−話したい、何故か舞美はそう思った
梅田えりかともっと話がしたい
特別な用がある訳でもない、なのに話したい事が沢山あるような気がした


「梅田さん梅田さんっ」
「?」
「あたしっ、梅田さんと話したい!」


思った事を素直に伝えてみた
 
96 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:24
 
するとタイミング良くHRを始めるチャイムが鳴り響いた
けれど舞美はえりかから目を放さなかった
えりかは相変わらず驚くそぶりを見せず、表情を変えない
その様子に舞美は少し打ちのめされた気分になった


「‥‥あー」
「うん」
「へ?」
「うん。話そう」


えりかは普通に、そう言った
誰に聞いても『梅田えりかはよくわからない』というのは多分、こうして表情も調子も変えずに対応するからだろう
あまり考える事が得意でない舞美には余計にわからなかった
そんな事は知っている
同じクラスで今日まで過ごして来たんだから
なのにえりかの自己紹介を舞美は不思議に思わなかった

今日から、何か始まる
いや、きっと舞美が勝手に始める
名前を言い返すとえりかが小さく笑った気がした
それだけでこうも胸が熱くなる
舞美はそれが何だか堪らなく嬉しかった
 
97 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:24
 
−何話そう?

席に着いて舞美は考える
何を話そうか具体的な内容は全く浮かばなかったが
とにかく、梅田えりかと話したい
強くそう思った


二人がお茶をするのは、この二日後の事だ


 


  M−1.終わり

 
98 名前:M−1 投稿日:2009/01/03(土) 21:25
 


99 名前:三拍子 投稿日:2009/01/03(土) 21:28
今回はここまで。誤字重複すみませんm(__)m

 
>>84さん
いやいやっ!私にしてはめずらしくやじすずもありかもしれません!!
 
100 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/01/04(日) 00:15
やじうめ(・∀・)ニヤニヤ
次回も楽しみにしてます。
101 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/01/10(土) 23:52
 

 
102 名前:A−2 投稿日:2009/01/10(土) 23:53
 


 

103 名前:A−2 投稿日:2009/01/10(土) 23:53
 


今思えば、『本屋さん』があんな接客をしたのは当たり前なのかもしれない

だって私ほど厄介な客はいなかっただろうから
 


 
 angle.A−2
 

104 名前:A−2 投稿日:2009/01/10(土) 23:54

不思議な話で
舞美を見たあの日からというもの、帰り道でぱたりと舞美に会わなくなった
愛理が会わないように電車を一本ずらしたせいか、それとも舞美の下校に何等かの変化があったか
愛理は正直どちらでもよかった
実際舞美に会った所で愛理は逃げ出すだろう
どんな顔をして舞美に会えば良いのか愛理はわからない

 

そして今日も一人、愛理は駅を降り帰り道をのろのろと歩いている
ふいに左側の曲がり角を見る
今までなら、あそこから舞美が出て来て大声で愛理の名前を呼び駆けて来たのに
愛理を送って商店街を一緒に抜けてくれたのに
もう一緒に帰る事はないのだろうか
そんな事を考えると小さな溜め息が出た


そのまま地面を見つめながら歩き、商店街に入る
すると愛理は前方に見慣れない、けれど見た事のある後ろ姿を見つけた
思わずその場でぴたっと立ち止まる
 
105 名前:A−2 投稿日:2009/01/10(土) 23:56
 
−あの人だ


後ろ姿だけでもすぐにわかる
あの時、一瞬見ただけのその姿
けれど愛理の目にはしっかりと焼き付いていた
舞美と喫茶店にいた人
舞美の、好きな人

愛理は思わず息を呑む
後ろ姿だけでもその人は綺麗だった
商店街を行き交う人の中、明るい茶髪が揺れていて
舞美と同じかそれ以上の身長のようで、足はすらりと長くスタイルが良い
多分人込みの中にいてもすぐにわかるだろうと愛理は思った

立ち止まっていては不審だと思い愛理は慌てて歩き出す、その人の後に付いて
何だか狡い事をしているような気がして、身体を屈めて小さくなりながらゆっくりと足を進めた
 
106 名前:A−2 投稿日:2009/01/10(土) 23:57
 
人の影に隠れながらいかにも怪しげにその人の後ろを歩いていると、その人が急に立ち止まって愛理はどきっとした
距離は10メートルは離れている、気付かれはしないだろう
愛理は自分に言い聞かせ、落ち着こうと深く息を吸う
その人は肩に掛けていた鞄をごそごそと漁り何かを探しているようだった
中から取り出したのは本
するとその人は左側の店に入って行った


「えっ?ちょっと−‥‥」


後を追おうとして愛理は思い止まる
同じ店なんて入ったら絶対にまずい
商店街の狭い店の中では出会う人出会う人が皆知り合いのようなものだ
 
107 名前:A−2 投稿日:2009/01/10(土) 23:59
 
愛理はあの人と知り合う訳にはいかない
あの人の事は知りたい、けれど自分の事を知られたくはなかった

そう思った愛理は自分の右側、あの人が入った店の向かい側の雑貨屋に入った
この店には愛理も来た事がある為長居していても不審がられる事はないだろう
出入口側の物を見るフリをして向かいの店をちらりと見る
そこは『有原書房』と書かれた少し寂れた看板の古本屋のようだった
ガラス張りの出入口の向こうに、あの綺麗な茶髪が見えた

コーヒーカップを手に取りながら、愛理はちらちらと向かいの店を覗く
どうやら店員と話し込んでいるらしい
見えた横顔はあの日と同じで
愛理はまた少し泣きそうになった
 
108 名前:A−2 投稿日:2009/01/11(日) 00:01
 
その人と話している店員は、意外にも愛理と年の変わらなそうな女の子で愛理は驚いた
あんな風貌の店だから、てっきり気の良いおじいさんかおばあさんが店番かと思っていた

あまり店に人が来ないのか二人はずっと語り合っていた
もうかれこれ一時間は過ぎただろうか
さすがに雑貨屋で何も買わずしかも出入口側の物だけを見ていたらおかしいだろう
愛理はそろそろ限界だと思った
すると向かいの店の引き戸が開き、中からあの人が出て来た
何とタイミングの良い
あの人は親身な顔付きで本を開きながら来た道を戻るように歩いて行った
どうやらこの古本屋に用があったらしい
 
109 名前:A−2 投稿日:2009/01/11(日) 00:03
 
あの人の姿が見えなくなるのを見届け、愛理はもう一度『有原書房』を見る
古本屋なんて行く機会がない為あの店に入った事はなかった
普段なら名前すら気にせず通り過ぎる店だった
愛理は雑貨屋を出る


 
−店員さん、あの人と知り合いなのかな?
 

あれだけ楽しそうに話していたのだから友達か親戚といった所だろう

あの店員に聞けば、わかるだろうか
あの人がどんな人なのか
舞美とどういう関係なのか
愛理にもまだ、望みはあるのかどうか
あの店員なら、知っているかもしれない

愛理はよしっ、と小さく気合いを入れて雑貨屋から向かいの『有原書房』へ向かう
ガラス張りの出入口の向こうには沢山の本棚が見えて久しぶりの本屋、それも来た事のない古本屋に愛理は少しわくわくした
しかしながら目的は本ではない

 
情けないと思う
狡いとわかっている
もしかしたらまた自分の心に穴を開けるかもしれない

 
けれど知らずにはいられなかった
 
110 名前:A−2 投稿日:2009/01/11(日) 00:05
 
入口の戸に手を掛け、カラカラと引いた
瞬間暖かい空気が愛理を包む


「−いらっしゃいませ」


店の奥のレジ席から低い特徴的な声がした
本棚の間を抜けて愛理はその声の方へ近付いて行く
セピア色の景色が視界いっぱいに広がって愛理は何だか懐かしい気持ちになった
本棚を抜けて見えた木机のレジ
店員はそこに深く座り両肘をついて本を読んでいる
愛理が近付いた事に気付くと、ついていた両肘を机から上げて本を閉じた
その瞬間ぴょこんと机に猫の顔が出た

 
「いらっしゃいませ」
 

彼女はもう一度そう言った
その言い方は絶対に客に向けるようなものではなくて
愛理を見つめるその真っ黒な大きい瞳は
絶対に愛理を歓迎しているものではなかった
 
111 名前:A−2 投稿日:2009/01/11(日) 00:05
 

これが愛理と『本屋さん』の初めての出会い
正しく言えば、愛理にとっての初めての出会いだった

 


  A−2.終わり

 
112 名前:A−2 投稿日:2009/01/11(日) 00:05
 

 

113 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/01/11(日) 00:06
 


 
114 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:06
 

115 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:06
 

わかんない

あたしはいつもと変わらないつもりだけど
やっぱり少し変かもしれない


 
 angle.E−1

 

116 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:07
 
別につまらない訳でもないし怒っている訳でもない
ちゃんと嬉しいし、びっくりするし、楽しいと思う
ただそれが顔に出ないだけで
出ないのではなく出さない、出すのは面倒臭くて疲れる

別に人付合いが悪い訳じゃない
カラオケだってボーリングだって、買い物だって大好きだ
ただ、たまには一人の時間も大事にしたい
人のスピードに合わせてばかりいたら体力が持たない
そのたまにのタイミングが悪いだけだ

 


そう、全てはタイミングなのだ
矢島舞美とお茶をしたのだって、要はタイミングが良かったのだ
 
117 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:09
 
矢島舞美なんて、最も自分と掛け離れた人だとえりかは思っていた
いつでも元気いっぱいな笑顔で周りを引き付けて
運動が大好きでいつも走り回って汗をあんなにかいて
常日頃何事にも一生懸命で
 
敬遠している訳ではない、割り切っているだけだ
あの人は自分とは違う人種だと、だから関わる必要はないと
もしかしたら向こうもそう思っていたのかもしれない
いや、矢島舞美はそんな事まで考えていないだろう
えりかは心の中で深く頷いた

 
 
ところがある日突然、矢島舞美はえりかに飛び込んで来た
今まであった壁のような物をひょいと軽く飛び越えて、えりかに近付いて来た
 
118 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:10
 

−あたし、梅田さんと話したい−


いきなり言われたその言葉にえりかはうんと答えた
いきなり言われて驚いたものの、やはり顔に出す程ではなかった

−なるほど、矢島舞美はあたしと話がしたいのか

それなら話せば良い、それを拒む理由はない
断ったら断ったで何があるかもわからない
出来るだけ無難な対応を選ぶのが一番だ
えりかはそう思った
その時の矢島舞美は子供のように嬉しがっていて、えりかはふっと息を零した
 
119 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:13
 
その二日後、舞美が部活が休みだというのでえりかは放課後舞美と学校の近くの喫茶店に行った
ここなら紅茶とカフェオレがお代わり自由の為幾らでも話せると舞美が言っていた
えりかはそんな話を聞きながら舞美に付いて喫茶店へ入った

舞美が紅茶、えりかがホットカフェオレを頼み、向かい合わせて窓際の席に座る
ブレザーを脱ぎ、舞美が「さて、」と言って姿勢を正した
さらりと肩から落ちる黒髪に、どこのシャンプー使ってるんだろうとえりかはぼんやり考えた
 

 
聞いた事のないような洋楽が店内に流れていた
えりかは運ばれて来たカフェオレに口を付け、舞美が話し出すのを待っていた
けれど舞美は話し出すそぶりを見せない
熱いだろう紅茶をごくごくとあっという間に飲み干し、店員を呼んでお代わりを頼んでいた
 
120 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:15
 
二杯目の紅茶が運ばれて来た時、舞美がやっと口を開いた


「‥‥‥何話そう‥」
「話したい事があるから誘ったんじゃないの?」
「いや、話したい事はあるんだよ?‥‥多分。いやいや、いっぱいある筈なんだけどっ」


あれーあれー?と呟き、舞美は眉間に皺を寄せて紅茶パックをぐるぐるとカップの中で回していた
多分話したいというのは本当なんだろう
ただどうやらその内容が頭の中でしっかりとまとまっていないらしい
このまままとまるのを待っても良いが、何となく舞美が悩んでいるのが可哀相に思ったえりかは、少し助け舟を出してみた


「そういえば、矢島さんて陸上部だったよね?」
「へ?あっ、うん!!これでも副部長」
「へー。足速いもんね」
「走るの昔から大好きだったんだ。例えばね?−」
 
121 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:17
 
えりかが小さな話の種を巻くと、それから舞美は堰を切ったように話し出した
部活の事、中学時代の事、趣味や自慢
舞美は終始笑顔のまま自分の事を話してくれた
『へー』
『ふーん』
『そうなんだ』
正直えりかはその三言しか口にしていない気がした
舞美の話は止まらなくて、紅茶のお代わりも止まらなくて
巻き込まれるようにえりかは舞美の話を聞いた
えりかも何杯もカフェオレを飲んだ
空腹を感じる事はなかった、けれど舞美の話に飽きる事もなかった

舞美のスピードはえりかの何倍もの速さだった
わかってはいたが、やっぱり違う人種なのだとえりかは改めて思った
しかしながら、舞美の話に疲れる事はなかった
振り回されている感覚も、無理をしているとも感じなかった
舞美の話にしっかりと聞き入っていた
たいした反応は出来ない、けれど心の中では素直にこの時間が楽しいと思っていた
 
122 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:19
 
いつの間にか外は真っ暗で
学校が終わってからえりか達はかれこれ4時間以上喫茶店にいた
えりかはもうカフェオレを一ヶ月分は飲んだだろう
舞美はいったい何杯紅茶を飲んだだろう
テーブルの上にはパックのゴミやらミルクのゴミやらが溢れていた


「何か‥‥」


話も一段落した頃、時計を見ながら舞美が言った


「結局あたししか話してないね」
「あー、うん」
「ごめんね。疲れたでしょ?」
「ううん。楽しかった」


迷わずにえりかが言うと舞美は目を丸くした
楽しかったと言ったえりかの顔が本当に楽しかった顔をしていたかどうかはわからない
けれど、楽しかった
それは本当の事で、えりかがそう口にするのは珍しい事だった


「あっ、ありがと!付き合ってくれて」
「うん」
「じゃあ、出ようか」
「そうだね」
 
123 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:22
 
長居していた喫茶店から出ると一気に冷えた空気が身体に刺さって来た
えりかは思わず両手をポケットに突っ込む
隣にいる舞美なんてコートも着ないでうーっと両腕を空へと伸ばしていた


「梅田さんてどこに住んでるの?」
「商店街の手前、曲がってすぐ」
「そうなの?あたしねっ、商店街の先!近いねぇ」
「うん」


正直口を開けるのはかなり面倒になって来ていた
しかしながら何故か、舞美の話には返答をしなければいけないような気がした
結局別れる商店街の手前までえりかは舞美の話を聞き、いつもよりもボキャブラリを膨らませた返答をした
そして別れ際、舞美はぐるりとえりかの方を向き、緊張したような面持ちで言った


「あの、そのっまた、」
「‥‥‥」
「また‥‥話しても良い、かな?」


何でこうも申し訳なさそうに聞くのか
話に出て来た持ち前の強引さで決め付けてしまえば良い
えりかが断らない人間だというのはわかっただろう
それでも、わかっていてもえりかの承諾が欲しいのだろうか
えりかはそんな事を考えた


「良いよ。矢島さんと話すの楽しいから」

 
124 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:22
 
−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
125 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:25
 
そんな出来事から一週間
えりかと舞美はいつも一緒にいる訳ではもちろんないが
時々、何気ない話をするようになった
一緒にいて話さない事だってある、そんな時は二人してぼんやりと空を仰いだりした

 

 

「−えりかちゃん、変」
「そう?」


今日えりかは商店街の中の古本屋に来ていた
ここの店番をしている栞菜とは昔から知り合いで、えりかはここに来る度に本を借りている
付き合いが長い為、栞菜といると気を遣う事もなく自分から話す事もする

何より栞菜の本の知識が凄く、またその話がとても面白いのだ
だから今日もえりかは借りた本を返しがてら話をしようと思っていた
しかしながら、栞菜の向かいに脚立を置いて座ると、すぐに栞菜が怪訝そうな顔をした
 
126 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:26
 
「変だよ。だって笑ってるもん!」
「何それ」
「だから、顔に出ちゃってる!」


膝の上のマサムネの手を取り、栞菜はその手でえりかを指した
えりかは思わず自分の頬を触ってみる
普段触らない為、今触ってみた所でいつもとどう顔が違うのかはわからなかった
首を傾げながら今度は頬をつねってみたが、やはり自分の表情の変化はわからなかった


「あっ、そうそう。本だよ本」
「どうどう?面白かった?」
「うん。面白かった−‥」


その言葉を口にした瞬間、ふと矢島舞美の姿が頭に浮かんだ
 
127 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:28
 
その言葉を口にした瞬間、ふと矢島舞美の姿が頭に浮かんだ
 
今朝、朝練があったらしい舞美は遅刻ぎりぎりに教室に飛び込んで来た
バンッと思い切り教室の前のドアを開け中に入ろうとしたのだが、
開けた勢いで跳ね返り狭くなった入口にエナメルバッグが見事に挟まり、舞美はそのままべちゃっと床に転んだ
その姿があまりに可笑しくてえりかは小さく吹き出した
すると一番後ろの席のこんなに小さな声をがやがやとうるさい教室で聞き取ったのか、床につぶれていた舞美はばっと顔を上げてかちりとえりかに焦点を合わせた


「おはよう梅田さん!」
「朝から元気だね」


えりかの反応は相変わらずだった
しかしながら今までの、矢島舞美を知らなかったえりかなら舞美が転んだのを見ても全く関心を示さなかっただろう
まぁ、一応なりとも友達だ
何等かの反応を示した方が良いだろう
実際吹き出した時は無意識だったが、えりかはそう理論づける事にした
 
128 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:30
 
「−どしたの?えりかちゃーん」
「ん?あぁ、ごめんちょっとぼーっとしてた」
「やっぱ変だよ」
「いやいや。それより、はい」
「Bの上から二段目右端から三番目」
「すごいねぇ。相変わらず」


借りていた本を片手にえりかはよいしょと腰を上げる
A〜Iまである本棚、栞菜はそこにある本のほぼ全ての種類と位置を把握している
それもかなり正確に
それだけならさして凄い事でもない
凄いのはそれらの本の内容まで覚えているという事だ

今日もえりかは一冊の本を手に取る


「栞菜、これどんなヤツ?」
「リストラされたサラリーマンが屋台始めて大成する、みたいな?」
「へー。これは?」
「同じくリストラされたサラリーマンが恋の為に大成するヤツ。あたしは結構オススメ」
「じゃあ、これにする」


栞菜の「オススメ」は大体面白い
えりかと好みが重なる、という事もあるが
 
129 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:33
 
パラパラとえりかがその本をめくっていると栞菜がマサムネを抱えて椅子から立ち上がり、えりかの隣まで来た
えりかがん?と栞菜を見ると栞菜は隣のC棚から一冊の本を取り出す


「これも一緒にどう?」


にやりと面白そうに笑って栞菜が本を差し出す

 

「‥‥『人付き合いを学びましょう』」

 

えりかはじろりと栞菜を見る
栞菜はとぼけたようにマサムネを抱いていた
 

ふぅと溜め息を吐いてえりかは脚立へ戻る
 
130 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:34
 
別に人付き合いが嫌いな訳ではない
ただどこか疎かにしているというのは否定出来ない
しかしながらそれで苦労している訳ではないし、寧ろ深めた方が苦労するのではないかとえりかは考える
自分に体力がない事をわかっているえりかは、最大限省エネで人生を送りたいと思っている
人付き合いが疎かになってしまうのはその為だろう


「人付き合いって学ぶものかなぁ‥‥?」
「で?」


すると栞菜がレジへ戻って来た
椅子に座りえりかの顔を覗き込むように身を乗り出して来た
えりかは栞菜と目を合わせないように借りた本に目を通す


「何があったの?」
「んー?」
「だからっ、何か良い事あったんでしょ?」
 
131 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:36
 
いかにも興味津々と言った顔で栞菜がえりかに聞いて来る
えりかはその栞菜の表情に少しの違和感を感じた

一瞬舞美の事を話そうか、とも思ったが止めた
何となく、話したくなかった
秘密にするような事ではない、ただ友達が一人増えたというだけだ
しかしながら、えりかはこの事は言わないでおこうと心の中で決めた
そしてえりかは話題を自分から相手へと移す


「あたしより、栞菜の方が変」
「えっ?」
「いつもと違うよ。何か落ち着きない」
「‥‥えりかちゃんさぁ、何でそーゆう所だけ鋭いわけ?」


苦笑を浮かべながら栞菜が言う
 
132 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:39
 
何と言うか、今日の栞菜はいつもと違ったのだ
まず、いつもより元気だった
そしていつもよりマサムネを触っていた
そわそわというか、困っているような感じがしていた


「まぁ、否定はしないね」
「何、なんかあるの?」
「えりかちゃんが言わないなら、あたしも言わない」
「じゃあ、聞かないどく。そろそろ行くね」


問い詰める事はしない
自分は話さないでおいて人の話を聞こうなんて理不尽な事えりかはしない
脚立を棚の隅に置き、えりかは店を出る
「頑張ってねー」と後ろから栞菜に言われた
 
133 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:40
 

何を頑張ってだか
人付き合いをか
人付き合いねぇ
面倒だよねぇ


そんな事を考えてえりかは苦笑する

騒がしい商店街をゆっくり歩きながら本を開いてみる


「‥‥笑顔の作り方」


矢島舞美の笑顔を思い出してみる
正にお手本と言ったような素敵な笑顔だ
栞菜やえりかのように嫌味が全くない
彼女と話す為には、変わる必要があるのだろうか
面倒臭いなぁとやっぱりえりかは思った
 
134 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:40
 

「‥‥まずは口角を上に引っ張るように意識してみましょう」


やってみると口がぴくぴくと痙攣した
先は長くなりそうだ
 


 
  E−1.終わり

 

135 名前:E−1 投稿日:2009/01/11(日) 00:41
 


 
136 名前:三拍子 投稿日:2009/01/11(日) 00:43
 
『あっち向いてホイ、こっち向いて恋』
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
>>85-98 M−1
>>102-112 A−2
>>114-135 E−1
 
137 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/01/11(日) 00:43
 
『あっち向いてホイ、こっち向いて恋』
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
>>85-98 M−1
>>102-112 A−2
>>114-135 E−1
 
138 名前:三拍子 投稿日:2009/01/11(日) 00:46
今回はここまで。
梅さんは理屈屋ですね。今回のお気に入りです。
次は何か短編を上げます(^O^)/

 
>>100さん
やじうめのやじやじうめうめを思う存分お楽しみ下さいm(__)m
 
139 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/11(日) 19:34
更新お疲れ様です。
やじうめあいかんかわいいよ。
舞美が梅さんのことを好きすぎて最高です
次回も楽しみにしてます!
140 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/11(日) 23:47
それぞれキャラが良く出てますね
次回も楽しみにしてます
141 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 16:38
 

 
142 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 16:39

 
知らない誰かへの知らない誰かからのラブレター
どうしてあたしはこんなにドキドキしているんだろう


 

  ラブレターパニック

 
143 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 16:41

−これね、夏焼先輩に渡してほしいの−
 

何で私にそんな事頼むの
あぁ、そっか
私、親友だもんね

 
−−−−−−−−
−−−−−
−−
 
144 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 16:44
 
「−寒いっ!!」


栞菜は思わず声を上げてしまった
恥ずかしくなりマフラーで鼻辺りまで顔を隠す
年が明けてから寒さが本格的になって来た
それでも下にジャージも何も履かず短いスカートをキープするのは女の子の意地というやつで
けれどこんな寒風の強い日に一人で帰るならやっぱり履けばよかったと栞菜は後悔した

早く家に帰ろう
暖かいココアを飲んでこたつに潜ろう
 
そう思い駆け足で曲がり角を曲がろうとした
すると曲がった途端前から人が来て、栞菜は避け切れず思い切りぶつかってしまった
 
145 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 16:48
 
ぶつかった相手も「きゃっ!」と言って地面に倒れた
栞菜は慌てて立ち上がりぶつかった相手を伺う


「あの、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。あの、それじゃっ」


ぶつかった女の子は落とした鞄を持つと栞菜の横を抜けて走って行ってしまった
栞菜は思わず振り返らない訳にはいかなかった

一瞬見えただけでもはっきりわかった
女の子は今にも泣き出しそうな顔をしていた
走って行く時真っ黒な髪の毛がさらりと風に靡いていた
振り返った時その後ろ姿に見惚れたのは秘密だ


「どしたんだろ‥‥−ん?」


自分の鞄を拾い歩き出そうとした時、栞菜は自分の足元に何か落ちているのを見つけた
拾ってみるとそれは薄いピンク色の封筒で、裏には可愛らしい字体で『夏焼雅様へ』と書いてあった
 
146 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 16:50
 
「‥‥ラブレター?」


栞菜は首を傾げる
自分はこんなものを持っていた覚えはない
さっきぶつかった子が落としたのだろう
あの表情にはこれが関係しているのだろうか

どうしたものか
栞菜はあの子と会ったのは今が初めてでもちろん名前も住所も知らない
かと言ってこれをこのまま放っておくのはまずいだろう
おそらく大事な物だ
無くした本人はきっと困っている
栞菜は少し考えた後、その封筒を自分の鞄にしまった

明日、もう一度同じ時間にここに来ればきっとあの子もこれを探しに来るだろう
そう思い栞菜は足早に家に向かった
 
147 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 16:51
 
−−−−−−−−−
−−−−−
−−
 
148 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 16:53
 
次の日、栞菜は昨日と同じ時間に女の子とぶつかった場所に来ていた
片手にはしっかりあのラブレターを持って

 
 
昨晩、栞菜は気になり手紙の中身を見てしまった
予想通りその手紙はラブレターで
三枚の可愛い手紙いっぱいに差出人の想いが綴られていた
 


『菅谷梨沙子』
 

それがあの女の子の名前らしい
文章の中では「雅先輩」となっていた為どうやら菅谷梨沙子は年下らしい
自分と同い年位だろうか
それにしては自分より随分背が高かったと思い返し栞菜は苦笑した

手紙の文章は、何と言うか拙くて
必死に必死に言葉を選んで書かれた感じがあった
そのせいか所々文脈がおかしい部分もあって
けれどこれ程一生懸命書かれた手紙を栞菜は初めて見た気がした
これを貰うのが自分だったら、間違いなく菅谷梨沙子の事を好きになるだろう
夏焼雅は幸せ者だ、あんなに可愛くてこんなにも自分を想ってくれている人がいるのだから

そんな事を思いながら手紙を読み耽っているといつの間にか時間は12時を回っていて
栞菜は慌てて布団に潜り込んだ
明日、もう一度会えるだろうか

−会いたいな

ふとそんな事を考えて栞菜は目を閉じた
 
149 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 16:54
 
−この場所に来て10分程、向こうから菅谷梨沙子が歩いて来た
栞菜を見ると「ぁっ」と小さく声を出し、駆け足でこちらに向かって来る
何故かその姿にどきどきしている自分がいて栞菜は首を傾げた


「‥‥あ、あの」
「あー、昨日はすみません。はい、これ」


栞菜はそう言って封筒を菅谷梨沙子に渡す
すると菅谷梨沙子は一瞬、しゅんと眉を下げて昨日見た時と同じような表情になった
栞菜は驚いて固まってしまった
何故こんな顔をするのだろうか
大切なラブレターが見つかったのだから、もっと喜んだり安堵の表情を浮かべるんじゃないのかと思っていた
菅谷梨沙子の反応があまりに意外で栞菜はどうしたら良いかわからない
けれど少しするとふにゃりと口元を緩め、「ありがとうございます」と言って菅谷梨沙子は封筒を受け取った


「その‥‥すみません」
「?」
「中身、読んじゃいました」


栞菜は頭を掻きながらぺこりと下げる
菅谷梨沙子は少し驚いたような表情をした後小さく「そうですか」と言った
 
150 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 16:55
 
「あの‥菅谷、さん」
「え?‥‥‥あっ、はい」
「上手く行くと良いですね」


菅谷梨沙子の手の中の封筒を指差して栞菜は言う
あれだけ一生懸命書いたのだ、上手く行って欲しい
しかしながら言うと菅谷梨沙子は俯いてしまった


「‥‥‥あの」
「はい?」
「付き合ってもらっても良いですか?‥これ出すの」


不安そうに栞菜を見つめるその表情にどくんと胸が鳴った
しかしながら、昨日今日会った人間がそんな大事に居合わせて良いのだろうか
栞菜は少し申し訳ない気がしたが、菅谷梨沙子の顔を見ると断る事は出来なかった


 
「−わかりました」
 
151 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 16:57
 
−それから数分歩いて『夏焼雅先輩』の家に着いた
そしてここに来て十数分
隣にいる菅谷梨沙子は家を見上げて黙っている
当事者がそうとあっては栞菜も何も出来ない、ただただ隣に突っ立ったままでいる

寒さに思わず身を震わせる
おかしな話だ
昨日知り合ったばかりの人と、全く知らない人の家へラブレターを届けに来ている
けれど面倒だとか帰りたいとか思わないのは、あのラブレターを読んでしまったからか
小さくリズムを崩している鼓動を落ち着かせようと栞菜は長く息を吐く
すると隣からも白い息が吐き出されるのが見えた
栞菜が見ると、菅谷梨沙子は手の中の封筒をじっと見ていた
その横顔からはやっぱり違和感しか感じられなくて
何でだろう、そう栞菜が考えていると
菅谷梨沙子は一歩前に踏み出して『夏焼雅先輩』の家のポストに封筒を持った手を伸ばした
 

−何で?

だってあんなに素敵なラブレターなのに
何で君はそんなに
 
そんなに泣きそうな顔してるの?

 

「−愛理」
 
152 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 16:59
 
聞き慣れない声に栞菜は振り返る
そしてそれよりも早く、ポストの前にいた菅谷梨沙子が振り返った
まだ手紙は手の中だった

向こうから小走りに駆けて来る明るい茶髪
あの人が『夏焼雅先輩』だとわかった
けれどその口から発せられる言葉に栞菜は違和感を覚える


「愛理。何してんのうちの前で」


−アイリ?


栞菜が頭の中で復唱した瞬間、ぐいと腕を引っ張られた
隣にいた菅谷梨沙子に引っ張られ、栞菜はその場からたどたどしく逃げる
自分を引っ張っている菅谷梨沙子は振り返りもせずにずんずんと早足に進む
『夏焼雅先輩』とその家から、ラブレターを出す筈のポストから
栞菜と菅谷梨沙子は逃げるように去って行った
 
153 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:00
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
154 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:02
 
走るように引っ張られ、着いたのは公園
栞菜の腕を離し、菅谷梨沙子はブランコに腰掛けた
栞菜も同じように隣のブランコに腰掛ける
栞菜は隣にいる菅谷梨沙子に声を掛ける事が出来ない

『夏焼雅先輩』は、確かにこの子の事を『アイリ』と呼んだ
もしかしたら、栞菜は大きな勘違いをしていたのかもしれない

少しの沈黙の後、菅谷梨沙子は話し出す

 
「ごめんなさい」
「‥‥」

「これ、私のじゃないんです」
 
155 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:04
 
『その子』は封筒を栞菜に見せて悲しげに笑ってそう言った


「これを書いた菅谷梨沙子は、りーちゃんは、私の親友です」
「じゃあ、何で‥‥?」
「頼まれたんです、りーちゃんに。‥‥私は、みやの幼なじみだから」


みや、というのは夏焼雅先輩の事だと直感的にわかった
そして、栞菜の中に沢山あった違和感は徐々に解けていく
その子は膝に封筒を置くと、ぶらぶらと足を動かしブランコを揺らした
栞菜はその子から目を離す事が出来ない


「つい最近、りーちゃんがうちに遊びに来た時にみやに会ったんです」
「‥‥‥」
「お互い一目惚れだってすぐにわかりました」


顔は俯けたままその子は続ける
垂れ落ちる髪の毛のせいで顔はよく見えないが口元は笑っていた
 
156 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:06
 
栞菜とぶつかった時、この子があんな顔をしていた理由
家の前で動けずに躊躇っていた訳
『夏焼雅先輩』から逃げ出した訳


「私、好きだったんです。みやが」
「そっ、か‥‥」
「でも、二人を見た時『あぁ、私はダメなんだな』ってわかっちゃったんです」
「‥‥」
「だから、二人が上手くいくように。りーちゃんを応援しようって決めたんです」


自分の好きな人を他の誰かとくっつけようと頑張る
当たり前だが辛くない訳がない
その誰かが友人となれば更にだ
けれど、その友人が
『りーちゃん』だったから、この子にとって親友のあの子だったから
だからこの子は身を引いたんだろう
『みや』と『りーちゃん』、この子にとっては二人共大切だったのだろう

栞菜は全く関係ないのに苦しくて堪らなかった
 
157 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:07
 
「でも、これ渡してって言われた時、何で私なの?って思っちゃったんです」
「‥‥‥」
「わかってます、りーちゃんが私だから頼むんだってこと」
「うん」
「でも‥‥いざ渡そうってなった時、急に悲しくなっちゃって‥‥。逃げました、みやの家の前から」


そこまで言ってその子が顔を上げて栞菜の方を向く
柔らかい笑顔は、それでもやっぱり悲しさを隠し切れていなかった
目は今にも泣きそうな目をしていた
 
158 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:09
 
「その時あなたにぶつかったんです」

 

−この子に会えた事を
あの時ぶつかった事を
幸運だったとこのタイミングで感じてしまう自分は失礼なのかもしれないと栞菜は思った
けれど、菅谷梨沙子ではなく
今目の前にいるこの子に出会えてよかったと栞菜は思った


「あなたが拾ってくれたおかげで、もう一度みやの家に行く勇気が出たんです」
「‥‥‥」
「でも、結局また逃げて来ちゃいましたけど‥‥」


そう言ってその子は封筒を手にブランコから立ち上がる


「迷惑掛けて、すみませんでした」
「ど、どうするの?手紙」
「今から出しに行きます。ポストに入れるだけなんで」


大丈夫と言うようにその子は笑った
けれど封筒を持つ手は、小さく震えていた
 
159 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:10
 
ぐっとブランコの鎖を握る手に力が入った
勢いをつけて栞菜はブランコから飛び降りる
その子は驚いたように目を丸くした

 

「君の名前は?」
「え?」
「君の、本当の名前は?」

 

知りたかった、ただそれだけだ

正直な話、運命かと思った
昨日この子と出会った事は運命なんじゃないかと栞菜は思った

 

「‥‥‥愛理」
「‥‥え?」
「鈴木、愛理です‥‥っ」


何かに言い聞かせるように鈴木愛理は言った
その小さな声をしっかりと聞き取り、栞菜は言う
 
160 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:12
 
「じゃあ、鈴木愛理さん。そのラブレターを一緒に届けに行きましょう」
「でも、私‥‥」
「いいの。巻き込まれるなら最後まで巻き込まれたいから」
「‥‥ありがとうございます」


言って鈴木愛理は深く頭を下げた
ぐすっと鼻をすする音が聞こえたのは気のせいにしておこう

自分が一緒に行った所で夏焼雅先輩へ菅谷梨沙子からのラブレターを渡すという内容は変わらない
けれど、少しでも
ほんの少しでも
自分がいる事で鈴木愛理が苦しくならなければ良い
全くの他人でも悲しみを分け合う位は出来るだろうと、栞菜はそう思った
 
161 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:13
 

−−−−−−−−−
−−−−−
−−

 

162 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:15
 
そして再び、『夏焼雅先輩』の家まで来た
今度は、ちゃんと『鈴木愛理』と一緒に
何故か栞菜まで緊張していた

先程と違い、鈴木愛理はすぐにインターホンを押した
てっきりポストに入れるだけかと思っていた栞菜はいきなりの事にどきっと驚いたが、見ると隣の鈴木愛理も目一杯緊張した顔をしていた
思わず栞菜は声を掛ける


「大丈夫‥?」
「はい」
「あたし代わりに渡そうか?」
「‥‥いえ、大丈夫です。」


はっきり大丈夫と言ったその目は、しっかりと前を向いていた
鈴木愛理は手の中の封筒を両手で大切そうに持っている


「やっと、自分の気持ちに決着が着きました」


栞菜の方を向いてそう言った鈴木愛理の笑顔は、可愛くて
初めて素顔を見たような気分になった
 
163 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:17
 
そして言った瞬間ドアが開き、中から『夏焼雅先輩』が出て来た
鈴木愛理は一歩前へ出る
さっきあんな形で逃げ出したせいか夏焼雅の表情は少し困っているようだった


「さっきはごめんね?」
「うぅん。‥‥その人は?」
「あー‥‥知り合い、です」
「うん。付き合ってもらったの」


大きな鋭い目に捕まり栞菜は肩が強張るのがわかった
知り合い、と言ったが本当に知り合いと言っても良いのかわからない位の関係だったと栞菜は思い返した


「みや、これ。りーちゃんから」
「‥‥菅谷さんから?」
「うん。みやに渡してくれって」


鈴木愛理は躊躇う事なく手に持っていた封筒を夏焼雅に渡した
夏焼雅は驚いたように鈴木愛理の手元を見た後、「ありがと」と言ってそれを受け取った
渡してしまえば簡単なもので、こうも呆気ないものかと栞菜は思った
鈴木愛理は夏焼雅の前から動こうとしない
手紙を受け取った夏焼雅はどうしたら良いのかわからない様子だった
それはもちろん栞菜も同じで、ただただ鈴木愛理を見守っているしかなかった

 

「−みや」
 
164 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:19
 
すると突然、鈴木愛理が顔を上げて大きな声で夏焼雅先輩を呼んだ
夏焼雅先輩は驚いたように鈴木愛理を見る
一度、鈴木愛理が小さく息を吐いて、そして大きく吸って

 
 
「りーちゃんを、よろしくね」


 
笑顔で、そう言った


「‥‥‥愛理」
「頑張って!」
「−わかった」


−ありがと−‥‥

もう一度そう言って夏焼雅先輩は家の中へ入って行った
もしかしたら
もしかしたら夏焼雅先輩は気付いていたのかもしれない
鈴木愛理がどんな気持ちであの、菅谷梨沙子からのラブレターを渡したのか
それは栞菜のただの推測であり実際は違うかもしれない
けれど、そう思った


「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥−あの「ほら」

「大丈夫でしたよ」


振り返った鈴木愛理は泣いていた
けれど、その顔に後悔は写っていなかった
 
165 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:19
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−
 


166 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:22
 
「すみませんでした、今日は」
「うぅん大丈夫」
「あーあ。これで二人が上手く行かなかったら怒るなぁ」


空を仰いでふにゃりと笑い、鈴木愛理はそう言った
寒さに赤くなった頬が
真っ直ぐに空を見つめる瞳が
『鈴木愛理』の横顔が、美しいと思った

 
「−有原栞菜」
「?」
「あたしの名前」


ここから、また始められないだろうか
新しい恋は始まらないだろうか
 

「また、会えるかな?」


 
言うと鈴木愛理はゆっくりと栞菜の方を向き
にっこり笑って頷いた
 
167 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:22
 

一枚のラブレターと一つの恋の終わり
少しの騒動、少しの感動

そこからあたし達は始まったんだ

 
 

  ラブレターパニック−.終わり

 

168 名前:ラブレター・パニック 投稿日:2009/01/18(日) 17:23
 


 
169 名前:三拍子 投稿日:2009/01/18(日) 17:28
 
はい、あいかん短編でした。
愛理は何故か片想いさせたくなっちゃいますW
次はあっち向いてを更新します。


 
>>139さん
今回の話では舞美が梅さん好き好きでやって行きます。
頑張る舞美は可愛いですW

>>140さん
栞菜は少し冷たい役になりそうです。
梅さんのキャラは今回イチ押しです!!
 
170 名前:名無し読者 投稿日:2009/01/21(水) 20:54
何て運命的な出会いが似合う二人なんだろう…
やっぱりいいですこの二人。
モバイルCDでーたを読んでても本当の二人も好きすぎて馬鹿みたいなの分かりますし(笑)
171 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/01/23(金) 23:31
 



 
172 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:31
 

173 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:32
 

何でなんだろう
何で、こうして繋がってしまったんだろう

繋げなければ、繋がらなければよかった


 


 angle.K−2

 

174 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:33
 
彼女がここに来る理由がわからなかった
今まで見向きもしなかったこんな廃れた古本屋に何の用があるんだろうと思った
けれどそれは彼女の第一声で全てすっきり理解した

 

えりかが店に入って来るのと同時位に向かいの雑貨屋に彼女が入って行くのが見えた
お陰でえりかにいらっしゃいませを言うのを忘れてしまった

今まで彼女がこの商店街に立ち寄るのを見た事はなかった
いつもはゆっくりと店の前を通り過ぎるだけなのに、今日は向かいの店のしかも道路側の商品を見ている
必然、長い距離を挟んでの向かい合わせとなる
彼女を見ないように、視線が絡まないように
栞菜はタイミング良く現れたえりかをいじる事にした
 
175 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:34
 
今日のえりかは何だか酷く人間じみていた
普段のえりかだって当たり前だけれど人間だ
しかしながら表情や動作は何と言うか機械的で
付き合いの長い栞菜でさえ未だえりかの考えている事はよくわからない位だ
面倒臭がりのえりかはどうやら表情を作るのさえ面倒らしい

それなのに、今日のえりかには表情があって
しかも何か楽しかった事でもあったようにキラキラとしていた
失礼かもしれないが、栞菜はえりかの目がキラキラしている所なんて見た覚えはほとんどなく
そんなえりかが酷く不思議に見えた
 
176 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:35
 
その後色々と問い詰めてみたものの、理由は結局わからなかった
それどころか栞菜の方が問い返されてしまった
えりかは変な所だけ鋭くて勘が良い
自分の表情や感情にはこと鈍いくせに、人の微妙な変化にはすぐ気付くのだから侮れない

しかしながら、聞いて聞いてと話すような事ではないと思った
いつもこっそり見てただけ、話した事も、面と向かった事さえない
この間の事だって、栞菜が勝手にあの人と何かあったと思っただけで実際は違うかもしれない
全ては推測で、確証はどこにもない
だから話す必要はない
栞菜はそう思った

えりかはそう言った事を無理に聞こうとはしない
大人だと思う、そういう所は尊敬すべきだろうと思った
 
177 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:38
 
そして今日もえりかに本を貸し、栞菜は本をめくり店番に戻ろうとした
 


けれど、本当は少し思っていた
次にこの店に誰が来るのか栞菜はわかっている
向かいの店の中から彼女がこちらをちらちらと見ているのがわかった
えりかをからかいながら栞菜は理由を考えてみた
しかしながら理由はわからず、考えている内に引き戸は引かれた

彼女の足音が近付いて来る
それと同時に自分の心音がどんどん大きくなるのを感じて栞菜は焦った
「いらっしゃいませ」の声は一度言ったが、彼女が目の前まで来た為もう一度言わなければいけない雰囲気になった

無造作に開いていた本を静かに閉じ、栞菜はゆっくり顔を上げ


「いらっしゃいませ」


もう一度そう言った
緊張を隠す為から表情が堅くなってしまって栞菜はまずいと思った
178 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:40
 
第一印象が悪い、栞菜の知り合いはよくそう言う
大きな切れ目は普通にしていても睨んでいるように思われ
加えて背が低い為下から見上げる形になる事により余計目付きが悪くなる
目付きは少しコンプレックスだった

しかしながらもう遅い
目の前の彼女も視線を合わせるとびくっと肩を強張らせた
第一印象はまたしても悪いで決定だ
彼女はおろおろと視線を逸らし、少し辺りを見渡した後、言った


「あの‥すみません」
「はい」
「さっき来てた人、お友達ですか‥‥?」


そう言われた時栞菜の頭に二つの予想が浮かんだ

一つ目、彼女が本当に好きなのはえりかで、えりかと話していた栞菜にえりかの事を聞きに来た

 


−そして二つ目
彼女が好きなのだろう「あの人」の好きな人がえりかで、彼女はあの人の好きな人がどんな人なのか調べに来た
 

179 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:43
 
もし選択肢がこの二つしかないのなら、二つ目の方が明らかに優勢だ
さっきまで向かいの店からこちらに彼女が送っていた視線
そこに恋愛感情は含まれていなかった
あの人に送る暖かな視線とは全く違う、探るような視線だった
少なくとも自分の好きな人に向ける視線ではないと栞菜は感じた
どうやら栞菜やえりかと違い、彼女は感情が表情や行動に出る素直な人間らしい


「あぁ、そうですね」
「あの人って、どんな人ですか?」


随分とストレートな質問だ
しかしながら予想が本当にあっているのか栞菜にはわからない
もしも全く違っていたとして、初めて話す彼女に友人の事をほいほいと話す訳にはいかない
 
180 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:45
 
「−お客さん」
「はい」
「ここ、本屋なんですけど」
「‥‥‥」


それだけ言って栞菜は再び持っていた本をめくり出す
膝の上ではマサムネが心地良さそうに眠っていた

栞菜がそう言うと彼女は黙ってしまった
冷たい言い方になってしまったのは仕方がない、栞菜はそんな事に気を配れない位緊張していたのだ
そのため抑え気味に出した声が低くなるのは必然的だった

けれど少しすると彼女はばっと顔を上げた


「じゃあっ、本買います!!」
「‥‥‥」
「だから、あの人の事教えて下さい」


勢い良く突っ掛かって来た割りに、声はすぐに小さなものとなった


「‥‥読みたい本あるんですか?」
「‥あー。いや‥‥」


本当に素直な子だ

栞菜は思わず口元が緩む
膝の上のマサムネを抱き上げ、栞菜は椅子から立ち上がる
心地良い眠りから起こされたマサムネがにゃーと抗議の声を上げた
栞菜は本棚の前に立ち、一冊の本を抜き出す
彼女はその様子を呆然と見ていた
 
181 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:47
 
「はい」
「え‥‥?」
「これ、貸しますから。感想お願いします」
「え、でも‥」
「その代わり一つ、」


栞菜は彼女に本を差し出し尋ねる
どうしても、確かめておきたかった


「どうしてあの人の事を知りたいんですか?」
「‥‥‥」


聞くと彼女はしゅんと眉を下げて俯いた
腕の中にいるマサムネが事情も知らずにまた鳴いた
栞菜は少し悪い事をしている気分になる
彼女の表情に胸が苦しくなった


「‥私が、諦めが悪いからです」
「‥‥‥」
「あの人がどんな人かわからないと、諦められないから‥‥っ」


栞菜に言っているのだろうその言葉はもしかしたら彼女自身に向けたものだったのかもしれない


「−わかりました」
 
182 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:48
 
「‥‥‥」
「それ以上は聞きません。どうぞ」


栞菜は本を彼女に渡す
彼女は黙ったままそれを受け取った

どうやら予想は的中らしい
あの人の好きな人がえりか
世界はこんなにも狭いものなのかと栞菜は思った
だとすると、今日のどこかおかしい様子だったえりかにはあの人が関わっているのだろうか
あの人ももったいない事をしたものだ
こんなに可愛らしい彼女の手を取らず、あの厄介なえりかを選んだのだから
栞菜にとってえりかは尊敬すべき姉のような存在だ
 
183 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:49
 
しかしながらあの超絶面倒臭がりで自分自身にはこと鈍感なえりかが相手だとすると、あの人も大変だろう

あの人と何があったのか彼女に聞く事はしない
知らなくて良い
けれどいつか、彼女がもしも栞菜に話したいと、そう思ったらその時に聞こう
それで彼女の悲しみが少しでも晴れるならそれで良いと栞菜は思った
栞菜は彼女の悲しんでいる姿を見たい訳ではない
けれどこれから先もしかしたらもっと苦しくなるかもしれない
もっと辛い思いをするかもしれない
 
184 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:50
 
それが彼女自身わからない筈はないだろう
それでもえりかの事を知りたいと彼女が言うのは
何より「あの人」への想いが強いからなのだろう


「あっあの、私」
「?」
「私、鈴木愛理って言います」
「‥‥そうですか」


鈴木愛理、彼女にぴったりの名前だ
きっと呼ぶ事は出来ないだろう
今日わかったが栞菜はどうやらよっぽどひねくれているらしい
きっと素直になるには時間がいる


「あの‥あなたの名前は?」
「‥‥−本屋、です」


だから今も栞菜は名前を名乗る事すら出来ない
面と向かって初めて自分も恋をしているのだと気付いた

 

とても叶う気のしない恋だ
 


 
185 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:54
 
答えると彼女は目を丸くした後「なんですかそれ」と言って笑った
その笑顔にどくんと胸が高鳴った


「これ、ちゃんと読みますから」
「はい」
「‥すみません。迷惑な客で」
「何か事情があるみたいなんで」
「‥‥ありがとうございます」


彼女はそう言ってぺこりとお辞儀した後出口に向かって行く
そして引き戸に手を掛けると、栞菜に振り返った


「じゃあまた。本屋さん」


−本屋さん−‥‥

そう呼ばれてほっと胸が温かくなった気がした
あの人に向けていた笑顔には程遠い、けれど優しい笑顔だった
ピタンと戸が閉められ彼女は帰った
栞菜はよろよろと歩き、本棚の横に置いてある脚立に座る
腕の中のマサムネは再び寝息を起てていた
栞菜はぼんやりと本棚を見つめる
 
186 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:55
 
鈴木愛理に貸した本
 

『あなたに贈る9の言葉と10の愛』

 
えりかも絶賛していた栞菜イチ押しの本だ


 

 
 K−2.終わり

 

 
187 名前:K−2 投稿日:2009/01/23(金) 23:55
 


 
188 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/01/23(金) 23:55
 


 

189 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:02
 



 
190 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:03
 


わかんないわかんないわかんない


何であたしこんなに焦ってるの?


 

 angle−M.2


 

 
191 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:04

「あのさぁ、矢島」
「何ですか!!」
「そんな事美貴に言われたってわかんないよ」
「そんな事言わないで下さいっ!。だって何か‥なんか‥あー」

 
 
ここは保健室、舞美は今日朝一番にここに来た
夜中から降っていた雨のせいでグランドのコンディションが悪く、今朝の朝練は休みとなった
舞美は普段保健室に来る事はほとんどない
けれど顧問の吉澤先生と保健医の藤本先生は長い付き合いの仲の為舞美とも仲が良い

だから今朝舞美が保健室に入った時も「なに矢島、よっちゃんならいないよー」と言われた
藤本先生に用事がある、と言うと藤本は目を丸くして「矢島が保健室に用ある訳ないっしょ!?」と心底驚いてそう言った


「いや、あたしもそう思うんですけど‥」


力無く言って舞美は保健室のソファーに鞄を置いて腰掛ける
藤本はんー?と怪訝そうな顔をしながらくるりと椅子を回転させ、舞美の方を向いた
舞美は小さく溜め息を吐き、藤本に言う
 
192 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:06
 
「先生。あたし、変なんです」
「わかったお疲れ様。帰って良いよー」
「ちょっ、ひどくないですか!?」
「体調悪いなら学校に来ない。帰った帰った」


藤本はふらふらと手を振り舞美を帰れと促す
言っている事はもっともだが、舞美は風邪を引いている訳でも怪我をしている訳でもない

「いや、別に体調悪い訳じゃなくって‥‥」
「じゃー美貴に用ないじゃん」
「いや‥‥そのぉ」
「矢島らしくないよ。うじうじして」
「‥‥あたし、苦しくなったんです」
「?」
「初めて、ちゃんと笑顔見たのに−‥」
 

 
彼女が笑った瞬間、頭がぱっと真っ白になった
視界には彼女しか入らなくて、音は彼女の声だけが耳に響いた
いつかと同じような、それ以上の一瞬
193 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:09
 
舞美は昨日の事を美貴に話し始める
 

 
舞美の放課後は週一回の休み以外はほぼ毎日が部活だ
そのため舞美は昨日も寒空の下トラックを駆け抜けていた
冬は寒い為アップを入念に行う
舞美が故障が少ないのはこれを怠らないお陰とも言えるだろう

そのアップも一段落し舞美が水道で水を飲んでいると、フェンスの向こうに本を読みながら歩くえりかが見えた
舞美は思わず「梅田さん!」と声を掛ける
呼んで少しすると、えりかはきょろきょろと辺りを見回し、近付いて来る舞美に気付くと本を閉じた

舞美はタオルを肩に掛けながらえりかの元へ行く
フェンス越しなのが少し寂しく思えた


「部活?寒いのに大変だね」
「全然大丈夫!走れば暖かくなるし!とか言って」


身体が暖かいのはきっとアップを入念にしたからだ
やっぱり準備運動は大切だと舞美は改めて思った

やっぱりえりかと向かい合うと話したい事が頭にぽんぽんと浮かんで来る
 
194 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:10
 
しかしながら今は部活中で、帰ろうとしているえりかを引き留めて話す事は出来ない
舞美はもどかしい気分に頭を掻く


「じゃああたし部活戻らなきゃ。ごめんね帰るのに」
「うん。‥‥あっ、矢島さん」
「ん?」
「ぁー‥ちょっと待って」


えりかはそう言うと鞄の中から何かを取り出し、ぽいとそれを上に投げた
えりかに投げられたそれはフェンスをぎりぎり越えて降って来た
舞美は慌ててそれを受け取る
見るとそれはまだ開けられていないカイロだった
舞美は驚いてえりかを見る
目の前のえりかは小さく深呼吸をし、「口角、口角‥‥」と呟いて顔を上げた


「−がんばって!」

「‥‥‥」
「‥‥ね」


がんばって、そう言ったえりかの顔は
初めて見る、ちゃんとした笑顔だった
舞美は固まる
195 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:11
 
えりかはじゃ、と言って歩いて行った
その時の表情はもういつもの顔に戻っていた

舞美はまだ固まっている

にっこりと笑ったえりか
自分に向けて
にっこりと
がんばってと−‥‥‥
 


 

「‥‥‥わああああああああぁー!!!!!」


 

 
196 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:13
 
舞美は叫んだままグランドへ走って飛んで行く
戻って来た舞美を見てマネージャーが「どうしたの?」と驚いていた
それに耳も傾けず舞美はトラックまで駆けて行き、スタートラインに着いた
もらったカイロをポケットに突っ込み、大きく息を吸う
周りの音が消える感覚、地面に触れている部分だけを身体に感じる
良いタイムが出る時の感覚だ

顔を上げて舞美は地面を踏み切る
 
197 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:14
 
身体が熱いのは、アップを入念にしたからだ
どきどきしているのは、走っているからだ

舞美はそう自分に言い聞かせたが、理に適っていないのは明白だった
アップで上がった体温はそろそろ適温になっても良い位だった
走る前からどきどきするのは普段ならない事だ

そして何より、苦しくなった
走り終わった時、ぎゅうっと胸が苦しくなった
タイムは計っていないからわからないが、きっと良いタイムだったと思う
けれどたった一本走っただけでこんなに苦しくなるなんてありえない
息が苦しい訳ではない
けれど心臓はうるさく響いて、胸はちくちくと痛かった

舞美は首を捻る
浮かんで来るのはさっきのあの瞬間
ポケットの中のカイロを握る

 
−お礼、言い忘れちゃった

 
あの時のえりかの笑顔を思い出すと、また胸が苦しくなった
198 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:16
 
−そんな出来事を藤本に話し、今に至る


「なんかなんかじゃわかんないでしょ?身体が何ともないなら良いじゃん」
「ん〜いや、なんか‥‥胸が」
「−わかった。ようするにお礼がしたいんだ」
「え?」
「多分矢島のそのもどかしさは、その子にお礼すれば晴れる!」
「そう‥‥ですかね?」


何か違う気がする
確かにお礼は言いたい、しかしながらそれでこのもどかしさが本当になくなるとは思えなかった
舞美がんーと首を傾げていると藤本は立ち上がり窓際のポットでコーヒーを入れていた
それを持ち、再び舞美の前に座る
納得のいかなそうな舞美に溜め息を吐き、藤本は言った


「ダメ?じゃなきゃ恋だよ、恋」
 
199 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:18
 
「恋?」
「うん。もどかしくて、どきどきして胸が苦しいんでしょ?恋だよそれ」
「‥‥‥‥」

 
−恋、コイ?

 
その単語を頭の中で復唱した瞬間、あのえりかの笑顔が頭に浮かんだ
舞美はどくんと胸が鳴るのを感じる

話したいと思うのは
一緒にいたいと思うのは
どきどきするのは
胸が苦しくなるのは


「‥‥‥恋だ」
「うん。そーそー」
「先生っ、あたし恋してる!」
「何それ。矢島恋した事ないの?」
「そっかぁ‥恋かぁ」
「聞いてないってね。まぁ頭の中まで筋肉みたいなもんだしねあんた」
 
200 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:18
 
「いやいや、ありますよ!あたしだって」


ふと思い出したのは可愛い『あの子』
昔、まだ幼かった時
舞美は彼女をずっと守って行くんだと思っていた
ずっとずっと一緒にいるんだと思っていた
しかしながら、それはきっと恋ではなくて
そう、妹を思う姉のような
家族を思うような気持ちだと気付いたのはいつの事だっただろう
それでも大切で、思う気持ちは変わらない
彼女もきっと舞美の事を家族のように慕ってくれている
舞美はそう信じ切っている
 
201 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:19
 
「おーい。矢島ー?」
「‥‥もしかしたら、ないかもしれません」
「だよね。その感じじゃあ」
「とにかく、お礼言わなきゃっ」


ばっとソファーから立ち上がり鞄を掴むと、舞美は保健室の出入口へ向かう
ドアの前でぴたりと止まり舞美は藤本を振り返った


「先生っ!ありがとうございました!!」
「はーい。じゃあね」
「失礼します!」


舞美は深く頭を下げ、保健室から出て行った
 
202 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:21
 
藤本はふぅと息を吐き、さっきコーヒーを入れた窓際へ向かう
コーヒーをもう一杯入れ、藤本は窓を開ける
するとそこには明るい茶髪が壁にもたれていた


「おーい、よっちゃん」
「おー。矢島は?」
「教室行ったよ。恋だーって」


はい、と美貴はコーヒーを吉澤に渡す
昨日舞美の様子がおかしいと思った吉澤はグランドから舞美が保健室にいるのを見つけ、心配して様子を見に来たらしい
藤本はさっきコーヒーを入れた時吉澤に気付いたが、舞美には言わないでおいた


「恋ですか。矢島がねぇ‥‥」
「ねー。筋肉バカも恋するんだねぇ」
「若いね‥うちらと違って」
「何それぇ。美貴が老けてるみたいじゃん」


藤本と吉澤のそんな会話を知る由もなく、舞美は教室へ向かって走っていた
 
203 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:22
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
204 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:23
 
教室に入り、真っ先に見るのは窓側の一番後ろのあの席
そこに座るえりかはイヤホンをして読書に耽っていた
伏せた目にかかる長い睫毛、さらりと落ちる綺麗な茶髪
静かな空気、静かな表情
まるでそこだけ違う世界のように舞美には見えた
舞美は入った所で固まり動けずにいる
するとえりかがゆっくりと一回、瞬きをした
たったそれだけで身体にどくどくと血が巡るのを実感した

ただただ、話したいと思っていた
あの世界に近付きたくて
梅田えりかに近付きたくて
 

−あぁ、恋だ−‥‥
 

何て間抜けな話だろうか
自分が恋をしていると気付いた事がどうしてこんなにも舞美は嬉しくなった
 
205 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:24
 
ゆっくり歩き、舞美はえりかに近付いて行く
音楽を聞いているせいかえりかは舞美が近付いて来ている事に全く気が付かない
舞美がえりかの机の前に立った時、やっとえりかは舞美の存在に気付いた
舞美を見てぱちぱちと瞬きをし、えりかはイヤホンを外した
本を閉じて舞美に向いたえりかの顔はやっぱり普段と変わらない感情の読み取れない表情だった


「おはよう。何?」
「うん、おはよう梅田さん!」


胸はどきどきと騒がしいのに、にこにこと顔が緩むのはどうしてなのだろうと舞美は不思議に思った
えりかはそんな舞美に少し首を傾げていた
舞美は一度深呼吸し、えりかを真っ直ぐ見る


「昨日はありがと!ホッカイロ!」
「あぁ、うん」
「ありがとね!!」
 
206 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:25
 
もう一度言うと、えりかは少しした後ゆっくりと頬を緩めて「どういたしまして」と小さく言った
舞美はそれだけで顔が一気に熱くなるのを感じ、また叫びたい衝動に駆られた
次の言葉が出て来ない、口だけがあわあわと無駄に動いていた

 
−どうしよう、わかんない
恋って、どうすれば良いの?
 

そのまま舞美が言葉を探していると、HR開始のチャイムが鳴った
助かった、そう思い舞美は慌ただしく自分の席へ着く
席に着いて思わず自分の制服の胸の辺りを掴んでみた
制服越しでもわかる位心臓はうるさく響いていて
舞美は机に突っ伏しそれを落ち着かせるのに必死だった
 
207 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:26

 
気付いてしまった恋心

これに慣れるのには時間が要りそうだ


 

 
 M−2.終わり

 

208 名前:M−2 投稿日:2009/01/24(土) 00:26
 


 
209 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/01/24(土) 00:30
 
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
>>85-98 M−1
>>102-112 A−2
>>114-135 E−1
>>172-187 K−2
>>189-208 M−2
210 名前:名無し 投稿日:2009/01/24(土) 00:31
ラッキー、リアルタイム♪
ここのやじうめ、めっさかわえぇ(*^。^*)
211 名前:三拍子 投稿日:2009/01/24(土) 00:32
 
今回はここまで。短編集はどこへやら。


 
>>170さん
何ですか?その面白そうな話はWW
ぜひ詳しく!!
 
212 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/24(土) 04:04
やばいっす!

なんか矢島さんが可愛い過ぎです(>_<)

甘酸っぱいです!なんか初恋を思い出してしまいました。。。


やばいっす!!
213 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/01/27(火) 11:22
 


 

214 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:22
 


 
215 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:23
 


どうしよう

絶対明日筋肉痛になるだろうなぁ


 

 
 angle.E−2

 

216 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:24
 
その日の彼女は、何と言うかぼーっとしててどこか自分みたいで
だからすぐにおかしいと思った

 
朝、舞美が教室に入って来た時えりかはすぐに違和感を感じた

最近では毎朝舞美が教室に入って来てすぐえりかの所に来るようになった
特別な話をする訳ではない
挨拶を交わして時間割を確認する、その程度だ
けれどそんな事が習慣になっているせいか、教室に舞美が入って来るとえりかはその姿を目で追うようになっていた
しかしながら、今朝の舞美は明らかにおかしかった
カラカラと静かにドアを開け、すとんとそのまま自分の席に着いた

その様子にえりかは首を傾げる
席に着いた舞美はどこか視点が定まっていなくて、眠た気な感じだった
クラスメートから挨拶されればもちろん笑顔で返す、けれどいつもの元気に比べたら今朝の舞美に元気がないのは明らかだった
 
217 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:25
 
−どうする

席を離れて舞美の所へ行き「大丈夫?体調悪い?」とでも聞いてみた方が良いのだろうか
いや、矢島舞美の事だから聞いた所で大丈夫大丈夫!とか言って元気に振る舞ってみせるだろう
それは逆に無理をさせる事になる
そっとしておこう、舞美からこちらに来た時に聞いてみよう

えりかはそう考え、席から離れずにいた
今日は選択授業の移動教室が多い
えりかは選択授業で舞美と同じ物がほとんどない
あまり話す事は出来ないだろう
そう思うと少し寂しい気がしてそんな自分にえりかはん?と首を傾げた
 
218 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:26
 
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−
 

219 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:28
 
そのままあっという間に一日は過ぎ、帰りのHRが始まろうとしていた
けれど、教室の中はいつもと違った

舞美がいないのだ

5時間目の終わり頃、移動先の教室で倒れたらしい
6時間目が終わり教室に戻って来たえりかは、その事を聞いても驚く事はなかった
わかっていたからだ、多分そうなるだろうと
薄情だと思われるかもしれない、けれど驚かなかったものは仕方がない
思ってもいない事を口にしたり顔に出したりする事は簡単ではない、疲れる
言っておくが、心配はしている
えりかにしてはかなりしている
 
220 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:29
 
だからこのHRが終わったら保健室に行こうと思っている
それはえりかからしてみればありえないと思うような行動だ
だからえりかはまだ迷っていた
しかしながら、やっぱり心配で
HR終了のチャイムが鳴るとえりかはのろのろと立ち上がり、一度舞美の席に目をやった後教室を後にした

とんとんと階段を下りる

ついこの間「走れば暖かくなるから」とか言っておいて
やっぱり人間風邪には敵わないなとえりかは思った
221 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:30
 
階段を下り、いつもなら左に曲がる所を今日は右へ曲がる
向かう先は保健室
保健医の藤本先生は授業でもお世話になっている為慣れているが、保健室で会った事はほとんどなかった気がした
そのせいか、それとも自分の突飛な行動のせいか、えりかは少し緊張していた


「失礼します‥‥」


ノックを二回、カラカラとドアを引いてえりかは静かに保健室に足を踏み入れる
すると机で書類の整理をしていた藤本がコーヒーカップ片手に振り返った
思わずえりかは背筋を伸ばす


「あー、矢島?そこ」


およそ保健医とは思えないような口調で藤本がカーテンの閉まっている左側のベッドを指差す
ぺこりと小さく頭を下げ、えりかはベッドに近付く
カーテンをゆっくり開けると中では舞美が真っ赤な顔で布団に包まっていた


「熱はあんまないんだけど、疲れ溜まってたみたいでね」


そう言うと藤本は椅子から腰を上げ、ソファーに置いてあった舞美の鞄を手にえりかに近付いて来た
えりかは訳がわからず首を傾げる
 
222 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:31
 
「という訳で、はい」
「‥‥‥」
「調べたけど梅田が一番家近くてさぁ。来てくれてちょうどよかった」


そう言って笑う藤本を見た後、えりかはもう一度ベッドの舞美を見る
そしてもう一度藤本に視線を戻す


「先生‥‥あたし体育会系に見えますか?」
「それはないね」
「そのぉ‥下校手段は‥‥?」
「歩いて20分やそこらでしょ?若いんだから頑張れ」


ぽんとえりかの肩を叩き藤本は言う
こればかりはえりかも保健室に来た事を少し後悔した
えりかはもう一度舞美を振り返り、大きく溜め息を吐いて藤本の手から鞄を受け取る
 
223 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:32
 
「‥‥背負うの、手伝って下さいね」
「おっ?めずらし。梅田にしてはやる気だね」
「別に‥‥」


仕方がない事だとえりかは思った
前にも言ったが全てはタイミングなのだ
たまたま今日は用もなく家にすぐに帰ろうと思っていた
たまたま鞄は何も入っていない位軽くて、そんな時に舞美が倒れたのだ

何かの縁なのかもしれない
縁、それも良いかもしれない
というよりえりかは驚いていた
舞美を連れて帰れと言われても面倒だと思っていない自分がいるのだ
普段なら誰かと一緒に帰る事さえ面倒臭いのに、こんな遠回りの上に疲れる思いをして
なのにそれも良いかと思っている自分がいるのだ


舞美のせいか、舞美のお陰か

えりかはふっと息を零した
よしっ、と言って軽く屈伸しえりかはベッドの横に行く
熟睡している舞美、これは当分起きないだろう
 
224 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:33
 
藤本に手伝ってもらい、えりかは舞美を背負う
普段人を背負う事なんてない為、少し手間取った
背負ってみると、思っていた程重く感じなかった
決して楽ではない、軽い訳はない
しかしながら筋肉質な舞美の事だからもっとずしんと来るかと思っていたのだ

藤本から二人分の鞄を受け取り、帰り支度は整った


「おーたくましいじゃん梅田!美貴は惚れたぞ」
「ありがとうございます‥‥」


苦笑を返すと藤本がドアを開けてくれた
すみませんと言ってえりかは保健室から一歩外に出る、そして止まった


「‥‥先生」
「ん?」
 
225 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:34
 
「あたしが送ったって、矢島さんには言わないで下さい」
「何で?」
「この人の事なんで、大袈裟に感謝されると面倒ですから」
「はー。律儀というか何というか」


舞美の事だ、きっとごめんとありがとうを耳が痛くなる位繰り返すだろう
舞美のそういう姿をえりかはあまり見たくない気がした
それなら何も知らず笑って話し掛けて来てほしいと思った
 
226 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:35
 
「−わかった」
「ども。‥‥あ、あと」
「何?」
「腰に貼る湿布を一枚‥‥」
「‥‥‥くっ、」


涙ぐむ位笑って藤本は棚から湿布を出してくれた
それを鞄に入れてもらい、軽く頭を下げてえりかは保健室を出た

 
学校から出る時何人かに声を掛けられた
中にはえりかの知らない後輩もいて、矢島舞美の人望が伺えるようだった
えりかは注目される事は好きではない
しかしながら学校でかなり有名な舞美を背負って下校となれば注目されないのは無理な話だ
言わないでおいてくれと藤本に頼んだものの、舞美の耳に届くのにもきっとそう時間は掛からないだろうとえりかは溜め息を吐いた
 
227 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:38
 
いつもの道を、今日は二人
当たり前だが会話はない
聞こえるのは深く少し息苦しそうな寝息だけだ
人を背負っているお陰か背中が温かかった
幸い帰り道は平坦で、けれど足腰に負担がない訳はなかった
 
しかしながら、えりかは商店街に入った所である事に気付く

 
 
「‥‥あたし、矢島さんの家知らないじゃん」


商店街を抜けた所、というのは本人から聞いている
けれど正確な住所をえりかは把握していなかった
抜けた所、という事は抜けたすぐにあるのだろうか
とにかく商店街を抜けよう、そう思いえりかは足を進めた
 
228 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:39
 
商店街の中を歩き、えりかはふと立ち止まる
普段から通い慣れている『有原書房』
声くらい掛けて行くかとえりかは店の引き戸を引いた
すると店内には栞菜ともう一人、見た事のない女の子がいた
えりかに気付いた栞菜は何故か慌てたようにばたばたと入口まで来た


「えりかちゃんっ、どしたの!?」
「あー‥ちょっと友達送ってくんでさ」
 
229 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:40
 
「あ‥お友、達‥‥」
「でも思えば家知らなかったんだよね」
「え、どうするの?」
「とりあえず探す。商店街抜けてすぐみたいだから」
「‥‥へぇ‥‥」


栞菜は背中の舞美を見ると呆然として呟いた
てっきり「えぇっ!?探すとかえりかちゃんらしくないよ!変な物でも食べた?」とか失礼な事を言ってくるかと思っていた
しかしながら今日の栞菜は何だか静かでその反応がえりかは少し気にかかるが、そう長居もしていられない
栞菜にお客も来ているようだ
めずらしい、ここに栞菜の友達が来るのを見たのは初めてだった

そして何より足腰はそろそろ悲鳴を上げ始めていた
途中で降ろしてまた背負う程の体力など当たり前だがえりかは持ち合わせていない
 
230 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:41
 
それに舞美を早く休ませてあげたかった


「ごめん行くね。近々本返しくるから」
「あっ、ああ。うん」


歩き出す時ちらりと店の奥の女の子を見るとかちりと目が合った
するとその子はびくっとした後気まずそうに顔を背けた
少し恐かっただろうか
相変わらず愛想良く笑顔を振り撒くなど出来る筈もなく、えりかは栞菜に「じゃあね」とだけ言って再び歩き出した
 
231 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:41
 
それに舞美を早く休ませてあげたかった


「ごめん行くね。近々本返しくるから」
「あっ、ああ。うん」


歩き出す時ちらりと店の奥の女の子を見るとかちりと目が合った
するとその子はびくっとした後気まずそうに顔を背けた
少し恐かっただろうか
相変わらず愛想良く笑顔を振り撒くなど出来る筈もなく、えりかは栞菜に「じゃあね」とだけ言って再び歩き出した
 
232 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:41
 
ふぅと一つ息を吐く
自分は何をしているんだか
いつの間にこんなお人よしになったのだろう
最低限の体力しか備えていなかった筈なのに
今までの自分なら、途中でへこたれていただろうに
というかそれを考えてこんな事絶対引き受けなかっただろうに
なのに今日のえりかには何故か大丈夫だと思える自信があった
舞美を送っていく、という使命をしっかりとこなせる自信があった
何故なのかはえりかにもわからない

しかしながらこんな面倒な事をしている自分が嫌ではなかった


「‥‥わかんないね」


しかしながらこの気持ちはわからなくて良い気がした
とりあえず、今は矢島舞美といる事が楽しかったりする
それで良い気がした
 
233 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:45
 
よいしょと言って舞美を背負い直す

−おぉ、膝が笑ってる


そんな事が本当にあるんだとえりかが感心していると、肩に掛かっていた長い腕に力が篭るのを感じた
ん〜、と背中の舞美が唸り、寄りかけていた頭を上げた


「ん〜‥‥梅田さん‥?」
「はい、梅田です」
「うはー‥梅田さんておっきいねぇ」


どうやら舞美は寝ぼけているようで、声はふわふわと不明瞭なものだった
えりかは足を止めず答える


「ねーねー梅田さん」
「なに?」
「梅田さんてさぁ、無愛想!」
「うん」
「なに考えてんだかぜーんぜんわかんない」
「あー、ごめん」


ぽふぽふと頭を叩かれる
何だか子供みたいでえりかは親の気持ちが少しわかる気がした
 
234 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:46
 
「でもねー。なんかねぇ、不思議なんだよ」
「んー?」
「梅田さんと話すとねぇ、わくわくするの」
「‥‥‥‥」
「わくわくして、楽しくて‥‥どこまでも走れそう!」


再びこてんとえりかの肩に頭を落として舞美は続ける


「すごいでしょー‥‥だってねぇ、あたし」
「‥‥」
「あたし‥‥‥」


言葉はそこで途切れた
再びすーすーと寝息が聞こえ始め、背中に掛かる体重が増した
一応首を回して確認してみると、舞美は再び眠っていた
 
235 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:47
 
運良く明日は土曜日だ、ゆっくり休むと良い
考えてみればあんなにハードな生活をしていて疲れが堪らない筈がないのだ
まして疲れている、という事を悟られるのを嫌う舞美だ
きっと無理をしているのだろう
自分だったら三日と持たないだろうとえりかは思った
自分の省エネな生き方を少し教えてあげたい
そんな事を考えてみたが、絶対に無理だろうとすぐにわかった

 
商店街を抜けた所でえりかは止まる
道は右、左、正面
ぐるりと一回周りを見渡し、えりかは右へ曲がる事にした
理由は特にない、そんな気がしただけだ
しかしながら曲がってすぐの三軒目に「矢島」の表札を見つけた
えりかは自分の勘の良さに少し感動しつつ、舞美を一度見た後その家のインターホンを押した
 
236 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:48
 
舞美の母親に事情を説明し、えりかは家を後にした
お茶でも飲んでいかないかと言われたがえりかはそれを断り、舞美の母親にも藤本と同じ事を頼んだ
舞美の母親は本当にありがとうと頭を下げた
それに対し無表情で失礼しますと言ってえりかは来た道を引き返した

似合わない事はするものではない
少なくとも母親への印象はよくはなかった気がした
えりかは苦笑する

背中から重みを無くした体は何だか変な感じがした
しかしながら足はぎしぎしと重く、背中を丸めてしまう位腰にきていた

明日が土曜日で助かったのはえりかも同じのようだった
 
237 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:49
 

−あたし‥‥−

舞美は何と言おうとしていたのだろう
おそらく目を覚ました時にはあんな会話の事は忘れているだろうから、確かめる術はない

 
 
よろよろと足を進めながら、えりかはあの言葉の続きがやけに気になった


 


 E−2.終わり


 

238 名前:E−2 投稿日:2009/01/27(火) 11:49
 



 
239 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/01/27(火) 11:50
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
>>85-98 M−1
>>102-112 A−2
>>114-135 E−1
>>172-187 K−2
>>189-208 M−2
>>213-238 E−2
 
240 名前:三拍子 投稿日:2009/01/27(火) 12:13
 
今回はここまで。梅さんはだんだん人間じみて来ますW


>>210さん
リアルタイムおめでとうございます!
またよろしくお願いしますm(__)m

>>212さん
やばいですか!
嬉しく思います、頑張ります。
241 名前:gen 投稿日:2009/01/27(火) 21:33
梅さん頑張ったなぁ
実際舞美運ぶの大変そうだーって思いました。
242 名前:名無し 投稿日:2009/01/27(火) 22:58
梅さんより俺の方があの言葉の続きが気になるよw
243 名前:名無しだよー 投稿日:2009/01/30(金) 03:36
脳まで筋肉wwww
舞美も梅さんも最高^^
244 名前:やばいっす! 投稿日:2009/01/30(金) 04:06
梅さんになにかとてつもない力が働きましたね☆☆

それはきっと・・・
245 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/30(金) 17:36
更新お疲れ様です。
やじうめ゚・(ノД`)・゚・かわいいよやじうめ゚・(ノД`)・゚・
舞美が男子中学生みたいでワロタw
三拍子様の書く栞菜が大好きです
次回も楽しみにしています
246 名前:−musical instruments− 投稿日:2009/01/31(土) 00:20

 

貴方への想いを音に乗せて

この楽器が奏でます


 

 musical instruments by−℃−


 

247 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:21
 


 


248 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:22
 
誰もいない放課後の空き教室
そこが私のステージだ

 
 
この学校に合唱部はない
あったとしても入ったかどうかはわからないが、やっぱりないというのは寂しいものだ
愛理は今日も一人、教室のドアを開けながら考える
しんと静かな教室
一階の一番端のこの教室は滅多に使われる事のない空き教室で
けれど窓から差し込む夕日と心地良い風が愛理はとても気に入っていた

鼻唄を歌いながら愛理は黒板の前の教壇に立つ
指揮者はいない
伴奏者もいなければオーケストラもいない
たった一人のコンサート
グランドから離れたここでは声を張っても怒られる事はない
愛理は毎日ここで一人、名もない自作の歌を歌っていた

そう、一人だったのだ
この間までは
 
249 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:23
 
教壇から教室に向かい、愛理は小さく礼をする
すぅっと息を吸い、愛理は歌を口ずさむ
頭の中に自然に流れて来るメロディー
自作の歌は誰に聞かせる訳でもなく部屋に響き渡る

歌い始めて少し、愛理は歌を止めずに教壇からとんっ、と降りた
リズムに合わせてとんとんと窓に近付き、愛理は歌を止めた


「−有原先輩」
「ん?もー終わり?」

 
窓から顔を出して見ると、窓の下に背中を預けている学生が一人
愛理が名前を呼ぶと首を傾げて見上げて来た
大きな瞳とさらりと靡く柔らかいショートカット
愛理は小さく溜め息を吐く


「盗み聞きはよくないですよー」
「盗み聞きじゃないよ。あたしが聞いてんの愛理知ってんじゃん」
「私が見つけるまでは盗み聞きだったじゃないですか」
 
250 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:25
 
窓枠に両腕をだらりと垂らし愛理は言う

 
つい二週間程前、愛理は窓の外から自分の歌に合わせたメロディーを奏でている鼻唄が微かに聞こえて来るのに気付いた
怪しく思い愛理が窓の外を覗くと、窓枠の真下に寄り掛かる彼女を見つけた
 
『君、歌上手いねぇ』
 
愛理が怪訝な目で見ると、それに気付いた彼女は悪びれる事もなくそう言った
それが栞菜との出会いだった


−それから毎日、愛理が歌っている外に栞菜が来て歌を聞くようになった
始めの頃は自分の歌声を誰かに聞かれるのは恥ずかしかった
けれど栞菜の人柄のせいか、その内栞菜が歌を聞いているのが普通になっていた
だから今日も文句を言う事はせず、しかしながら少し嫌味を含めた言葉を愛理は栞菜に向ける
 
251 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:26
 
「放課後に毎日毎日よくも飽きませんね」
「あー、そうね。そろそろ新曲が欲しいかも」
「そうじゃなくて‥‥」


迷惑と思っている訳ではない
けれど人に聞かれているという事は少なくともその人の中では何等かの評価がされている訳で、それはあまり良い気分ではない
慣れたとはいえやっぱり誰かに聞かれているとなれば多少なりとも緊張する
栞菜は勝手に聞いているだけだから気にしないでと言うが、やっぱり全く気にしないでいるのは難しい事だ
自分の歌が他人にどう聞こえているのかは気になる


「大体、何でそこで聞いてるんですか?先輩が聞いてる事知ってるんだから別に教室入って来ても良いですよ」
「いや、ここが良い。夕日は暖かいし、芝生が気持ちいーから」


そう言って栞菜はだらりと両足を伸ばしずるずると身体を落とした
腕を枕にして窓の真下に仰向けに寝そべる
自由な人だなぁと思いながら愛理はその顔を伺ってみる
目は閉じられている、本当に寝るつもりだろうか
 
252 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:27
 
−綺麗な顔だなぁ
 
まじまじと栞菜の顔を見て愛理は思う
どこかキリッと締まった顔立ちは可愛いと言うよりは綺麗で格好良い感じだ

そして愛理は少し気にかかる事があった
それは栞菜の横に置いてあるノート
鞄から出されたそれの中身を愛理は知らない
愛理が窓の側まで来ると栞菜は開いていたこのノートを必ず閉じて中身を見せようとしない
無理矢理に見ようとは思わないが、何が書かれているのか気になって仕方がない


「‥‥‥ま、いっか」


愛理はくるりと振り返り教壇へ戻る
とんと軽く飛び乗り、先程途中で切ってしまった歌の続きを口ずさむ
この曲はまるまる一曲完成しているが、他の曲はない
楽器を弾かない愛理にとっては一曲出来れば充分だった
自作の歌でなければ歌える歌は沢山ある
しかしながら栞菜の言うようにもう一曲自分で作ってみようかとも思った
 
253 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:29
 
だとすると少し寂しくも思う
名もないこの曲も、次に作られるかもしれない曲も
それは愛理の声だけで教室に響くのだ
アカペラは別に嫌いではない、けれどこれに伴奏などが付いた事を考えると絶対にその方が良くなるだろうと思う

だからと言ってこの教室にピアノはなく
吹奏楽部にわざわざ弾いてくれと頼む事は気が引けた
自分が何か楽器をやっていればよかったと愛理は思った
音を探す為にピアノを弾く事はあっても曲に合わせて弾き語りをするなんて芸当は到底無理な話だ

 
一曲、歌が終わり愛理は溜め息を吐いた
すると窓の外からぱちぱちと拍手が聞こえた
 
254 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:31
 
やっぱり眠ってはいなかったらしい
愛理は再び窓に近付き、枠の下を覗く
すると栞菜は目をつむったまま手を叩いていた


「ありがとうございます‥‥」
「良い曲だよね。優しい感じで」
「どうも‥‥」
「−よしっ!」


叫んで栞菜はばっと立ち上がる
愛理は驚いて窓から一歩離れた
ぱたぱたと体を叩き制服に付いた芝を落とすと、栞菜は愛理を振り返った
にっこりと笑った顔にどくんと胸が高鳴ったが愛理はそれを気のせいにした


「明日、また来る!」
「言わなくてもわかってますよ?」
「うん。でも、楽しみにしといて!」


そう言うと栞菜は芝生の上に投げ出されていた鞄とノートを拾うと走ってグランドの方へ駆けて行った
 
255 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:33
 
「楽しみ‥‥何を?」


その背中を見送りながら愛理は首を傾げた
栞菜の考えている事は良くわからない
いつもこうやって呆気なく行ってしまう

思えばちゃんとした会話をした事はないかもしれない
話したい、と思わない事もないがそれを言うのは何となく恥ずかしかった
栞菜に聞かれていると緊張する、けれど声がよく通る気がした


「何それ‥‥」


自分で言っておいて自分の考えが愛理は理解出来なかった
窓から離れ、鼻唄を奏でてみる
もう一曲、作ってみようか
新曲が聞きたいと栞菜に言われたせいか愛理は余計に意欲が湧いて来た
 
256 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:33
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−


 


257 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:34
 
そして次の日の放課後、愛理はいつも通り教室に来た
楽しみにしておいて、と栞菜に言われたもののやっぱり何を楽しみにするのかはわからず
今日も変わらず歌を歌うつもりで愛理はここへ来た
 

けれど今日は教室に入ってすぐに窓際へ向かう
栞菜がいつものように窓の下にもたれているかどうか少し気になったからだ
しかしながら外を覗いてもいつもの場所に栞菜の姿はなかった

愛理は瞬間その事を寂しいと思った
そしてそんな自分に少し驚いた
いつの間にか栞菜がそこにいて自分の歌を聞いている事が
二人でいる事が普通になっていたようだった
 
258 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:36
 
窓枠に腰掛け教室を見渡す
何故かいつもよりも教室が静かな気がした
新しく作り始めた曲を鼻唄にしてみる
リズムに合わせて踵をとんとんと壁にぶつける
どこかで栞菜が来るのを待っているようだった

しばらくそうしているとコンコンと教室の後ろのドアをノックする音が聞こえた
愛理が驚いて返事を出来ずにいる内にガラリとドアは開き、見慣れた顔が現れた


「愛理ー」
「有原先輩?」


ドアを開けて現れたのは栞菜
ぴょんと教室に飛び込んで来た
栞菜が教室に入って来るのは初めてで
愛理はぱちぱちと瞬きを繰り返す
すると栞菜は肩に掛けていた重そうなボックスを降ろす
そのボックスを見て愛理は首を傾げる
それは楽器などを入れるケースの一種で
形からその楽器が何なのかは想像出来た


「先輩、それって‥‥」
「ふっふっふっふ」


低い声で怪しげに笑いながら栞菜がケースを開ける
カチャカチャと音がし、ケースの中身を手に栞菜がすっと立ち上がった
 
259 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:38
 
「じゃーんっ!!」


出て来たのはバイオリン
愛理は思わず窓枠から飛び降り栞菜に近付く
バイオリン、美しいその姿を間近で見るのは初めてだった
にこにこ笑いながら見せびらかすように栞菜が愛理を見る


「‥‥弾けるんですか?」
「んん?疑ってるねー」
「だって先輩そんなの弾けるなんて言ってなかったじゃないですか」
「言わなかったんだよー」


そう言いながら栞菜が教壇へ軽く飛び乗る
振り返り愛理に一礼し、栞菜がバイオリンを構えた
ほんの今までへらへらしていた表情が一転、見た事もないような真剣な表情に変わって愛理はどきっとした
 
260 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:38
 
すっと栞菜が目を閉じ、演奏が始まった
愛理はすぐにわかった
栞菜の演奏している曲、これは愛理が毎日毎日ここで歌っていたあの名もない歌だ
歌詞のないそのメロディーがバイオリンに奏でられて教室に広がる

愛理は栞菜に釘づけになる
自分の作った曲が誰かにこうして演奏されるのは初めてで
その事に愛理は堪らなく感動した
 
261 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:40
 
数分の短い曲はすぐに終わった
栞菜はバイオリンを下ろし、再び愛理に礼をした
愛理は無意識に拍手を送る
本当に凄いと思った
普段の栞菜との差もあってか愛理は感動していた


「なかなかでしょ?」
「すごいですっ!!」
「ちっちゃい頃からね、親にやらされててさ」
「へー‥‥」


愛理が栞菜の手元のバイオリンをじっと見ていると、栞菜はもう一度バイオリンを構えた


「じゃっ、も一回」
「はい」
「‥‥‥」
「‥‥?」
「愛理さぁ‥‥」


中々弾き始めない栞菜に愛理が首を傾げると、構えていた腕を下ろして栞菜がわざとらしく溜め息を吐いた
愛理は訳がわからず教壇の上に立つ栞菜を見上げる


「歌ってよ、歌」
「えっ?」
「そのために覚えて練習したんだからさぁー。ほらっ」
 
262 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:41
 
そう言って栞菜が鞄の中からいつものノートを取り出す
見るとそこには手書きの楽譜が書かれていた
愛理は再び感動してしまう
自分の歌のために栞菜がこれを書いて練習していたのかと思うと胸が熱くなった


「‥‥良い、ですか?」
「もちろん!」
「じゃあ‥お願いします」
「お手をどうぞ。お姫様」
「‥‥ありがとうございます」


キザッたらしい台詞と共に差し延べられた手を取り愛理も教壇に上がる
手を繋いでいる事が何だか恥ずかしくなり、すぐに離すと栞菜が面白そうに笑った
ゆっくりと呼吸し、愛理は乱れる鼓動を整える
ちらりと栞菜を見るとまるで呼吸が合ったようにぴたりと視線が交わった
栞菜がバイオリンを構え、口を動かす


−さん、ハイ


それを合図に愛理はすぅっと息を吸う
いつもよりも肺に空気が通った気がした
 
263 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:42
 
二人きりの教室に歌が響き渡る
バイオリンが奏でる音色が声に寄り添うように重なる
指揮者もいないのに、まるでずっと二人でやって来ていたように息はぴったりで
歌の途中ふと隣に目をやると計ったように栞菜も愛理を見た
それが何だか嬉しくて愛理は思わず頬が緩む

一人で歌っていた時とは全く違う
一人よりずっとずっと楽しくて
ずっとずっと声が出て
ずっとずっと、良い歌になった
二人だけの観客もいない小さなコンサート
けれど愛理にとっては今まで歌って来た中で一番幸せな時間になった
 
264 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:44
 
栞菜の歯切れの良い音で曲は終わった
たった数分だったのに、まるで長い事栞菜と一緒に演奏していた気分だった
ふぅと息を吐き、愛理は栞菜を見る
栞菜はバイオリンを下ろすとにっこりと笑った


「どーだった?」
「‥‥すごい、すっごい楽しかったです‥!」
「あたしも」
「私が一人で歌うより、ずっとずっと良い曲になりました」
「それはよかった」


そう言って栞菜がぴょんと教壇から飛び降りる
放り出してあったケースに元通り丁寧にバイオリンをしまった
愛理は教壇の上から栞菜を見つめる
すると栞菜がん?と愛理を伺って来た


「あの、もう一曲っ」
「‥‥‥」
「もう一曲‥‥今、作ってるんですけど」
「うん」
「その‥‥よかったら‥」
 
265 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:44
 
だんだんと小さくなる声に情けないと愛理は眉を下げる
一緒にやらないか、と切り出す事が出来ない
栞菜の時間を奪ってしまうような、何となく悪い気がした
愛理が眉を下げたまま口ごもっていると栞菜がバイオリンケースを抱えてとことこと愛理の前まで来た
愛理は恐る恐る栞菜を見る
そこには少し感じていた不安など軽く吹き飛ばしてしまう程の笑顔があった


「何でそんな顔すんの?いーよ大歓迎。やろ?」
「いや、だって」
「良いんだよ。好きなんだから」
「えぇっ!?」


好き、という言葉に心臓がどくんと跳びはねて愛理は思わず大きな声を出してしまった


「愛理の歌が、ね?」
「あ‥‥あぁ、歌‥‥」


愛理が少しがっかりしたようなよくわからない気分に脱力していると栞菜はふっと息を零し、鞄を持つと後ろのドアに歩いて行った
 
266 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:46
 
愛理はぼんやりその背中を見つめる
するとドアの前で栞菜がぴたりと止まった
そしてくるっと愛理に振り返ると、にっと笑ってこう言った


「でもね」
「?」

「愛理も好きだよ」

 

言ってもう一度笑うと逃げるように栞菜は教室から出て行った
愛理はその場で固まってしまって言葉を返せない
ぱたぱたと足音が小さくなって行くのがやけにしっかりと聞こえた

教室に一人取り残され、愛理は立ち尽くす
心臓だけはぎゃあぎゃあとうるさく騒いでいた
落ち着かせようと目を閉じる
するとさっきまでの演奏が耳に残っているのを感じた
頭に浮かぶのはバイオリンを演奏している栞菜の姿ばかりだった
 
267 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:47
 
 


愛を奏でようか

バイオリンの音色に合わせて
あなたに寄り添って

あなたへの想いを歌にして


二人で愛を奏でよう


 


 
 −violin−終わり


 
268 名前:−Violin− 投稿日:2009/01/31(土) 00:52
 



 


269 名前:−musical instruments− 投稿日:2009/01/31(土) 00:53
 
 musical instruments by−℃−

 

>>247-268 T−Violin−

 
270 名前:三拍子 投稿日:2009/01/31(土) 00:58
 
はい、いきなり何じゃこりゃって感じで。
℃が楽器持ったらどんな感じなんでしょうという考えから書いてみました。

全三話のオムニバスになります。カプは‥‥三拍子がどういう人間か知ってる人は予想出来るかと‥‥W
 

あっち向いては暫くお待ち下さいm(__)m

 
271 名前:三拍子 投稿日:2009/01/31(土) 01:06
>>241さん
genさん!一番乗りにコメントありがとうございますm(__)m
実際の梅さんは3メートルが限度だと思いますWW

>>242さん
どーぞどんどん気になって下さい!!

>>243さん
藤本先生は生徒に優しくない所が良いです。お気に入りですW

>>244さん
それは‥‥火事場の馬鹿力です!!(笑)
幻板の方にもコメントありがとうございますm(__)mそちらはも少しお待ち下さい‥‥。

>>245さん
舞美の精神はそんなもんで良いと思いますW栞菜はイチ押しなんで嬉しいです!!!
272 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/02(月) 14:47
新作きたー本当に綺麗な文章ですね。
またあいかんが見れて嬉しいです。
こういうなかなか距離を詰められない愛理と
どんどん近づいてくる栞菜の雰囲気が好きです。
もちろん残りのあのカプも期待してますよw
273 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/02/02(月) 21:11
思わず私の胸も高鳴りました…
なんて美しいあいかん世界…作者さんあいかん最高です
最後のフレーズが心に染みました
274 名前:−musical instruments− 投稿日:2009/02/05(木) 06:31


 


 
275 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:34
 
がつんと思い切り殴られた
頬でも頭でも身体でもない

心をだ

 

舞美とえりかは周りも認めるベストコンビで
容姿も性格もほとんど正反対に近い、全く種類の違う二人
けれど一年生で同じクラスになってからというもの、今日まで何となく一緒にやって来た
もうお互いの考えている事など考えなくてもわかる、舞美にはその自信があった
えりかも言葉にはしないものの、舞美の事を良くわかっているという事は何気ない行動からわかった

一緒にいると楽しくて
こんなにも楽な相手はいないだろうと舞美は思う
二人の関係に名前を付ける事は難しくて、舞美はどう答えて良いのかわからない
だから今日も舞美は困っていた
 
276 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:35
 
「−これ、梅田先輩に渡して下さい」


昼休み、後輩に呼ばれたと思ったら向かい合うなりそんな事を言われた
渡されたのは名前とメールアドレス、携帯番号の書かれた手紙
名前を見たが舞美の知らない生徒だった
ちらりとその後輩を見ると恥ずかしそうに俯いた


−おぉ、えりにも春が来たか


舞美はそんな事をぼんやりと考えながらも、一瞬その手紙を受け取るのを躊躇った
それは本当にほんの一瞬だったため、何故躊躇ったのか理由はわからず、小首を傾げながら舞美は手紙を受け取った

「ありがとうございます」と言ってその後輩は走って行った
舞美はもらった手紙を見てみる
可愛らしい文字で『梅田先輩へ』と書かれた手紙
それを見た舞美は何だか煮え切らない気分になる
何か言いたいような、そわそわとした気分
しかしながらそれが誰に向けたどういった何ナのかがわからない舞美はそれを制服のポケットにしまい、教室へ戻った
 
277 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:37
 
「えりー」
「ん?なぁに舞美?」
「いやあのさ−‥‥」


そう言いかけた時、急に喉が詰まったように言葉が止まった
言おうとしていた言葉が喉に支えて出て来ようとしない
ぱくぱくと口だけ動かしている舞美をえりかが不思議そうに見ていた


「‥‥今日、良い天気だねぇ」
「へ?あー、そうだね」


言いかけた言葉はごくりと飲み込み、何の脈絡もない話を舞美はえりかに振る
何故そうなったのかはわからなかった
ただ、「手紙預かった」という言葉は喉に支え
渡すようにと頼まれたポケットの中の手紙を手に取る事はしなかった
 
278 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:37
 
渡してしまえば良い、えりかに隠し事など舞美らしくない
それは舞美が一番思っていた
けれどポケットの中に手を入れる事はなく、えりかにその話を切り出す事もなかった
普段隠し事が下手と言われている舞美だが今日はどうして自分でも驚く程その事を上手く隠しかわしていた

身体のどこかがちくちくと痛んでいる気がした
それはきっと初めて感じる痛みではない
けれど普段の舞美なら絶対に気が付かないような些細な痛みだ
何故そうなるのかはわからない
舞美は首を捻りポケットに手を入れてみた


「渡さないと‥‥」
279 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:38
 

−−−−−−−
−−−−−
−−

 
280 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:39
 
そして放課後、教室の生徒がぞろぞろと帰って行く中舞美は一人席から動けずにいた
結局預かった手紙は渡せないまま舞美の制服のポケットに入っている
何だかタイミングが掴めず舞美はあの後もえりかに切り出す事が出来なかった

ふぅと小さく溜め息を吐く
何故自分はこんなに悩んでいるのか
わからないまま舞美は制服のポケットに手を入れて中の手紙を掴んだ


「−舞美」


するとタイミング良くえりかが舞美の前に来た
一緒に帰ろうと鞄を肩に掛けている
それを見て舞美も慌てて机に掛けてある鞄に手を伸ばし、止まった

−渡さないと

そうだ、自分は頼まれたのだ
あの可愛い後輩から憧れの梅田えりか先輩へ宛てた手紙を
渡さなければいけない
えりかの一番の『友人』として
 
281 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:44
 
舞美は伸ばした手を引いて、さっきポケットに入れた手を出す
手紙をしっかりと掴んで


「‥‥えり」
「何?」


首を傾げるえりかを見て何故か一気に胸が苦しくなった
舞美は一度小さく息を吐き、にっと口角を上げてえりかを見上げた


「はい、これ。後輩の子がえりにって」
「‥‥‥」
「良いねー梅田先輩。モテますね」
「舞美、預かったの?」
「うん。えりの相棒だからねー、とか言って」
「‥‥‥」
「よかったじゃん。えりにも春が来たよ!」


いつもの口調で返すとえりかは何故か表情を消して俯いた
そんなえりかの様子に苦しさが増して行く
それを悟られないように作った笑顔を崩さないように張り付ける
少しするとえりかが舞美の手元に手を伸ばし、手紙を掴んでそのまま止まった
舞美はえりかの手を見た後えりかをもう一度見上げる


「‥‥良いの?」
「え?」
「舞美は、あたしが誰かと付き合っても良いの?」
 
282 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:46
 
「‥‥どうして?」


どうして、舞美が思わずそう答えてしまったのはそんな質問をしたえりかにではなく
そう言われた時にずきんと胸が痛んだ自分への問い掛けだった
えりかの表情は相変わらず感情の読み取れない、けれど見た事のない表情だった
怒っている訳でも悲しんでいる訳でもないのに舞美は何だか責められている気分になった

えりかがゆっくりと舞美の手から手紙を受け取る


「−えり」


そんな見た事のない様子のえりかに不安になった舞美はえりかの名前を呼ぶ
するとえりかがすっと顔を上げて舞美を見た
いつになく真っ直ぐなえりかの視線
舞美はぐっと胸を押さえ付けられたような気分になった


「あたしは、」
「‥‥‥」

「あたしは、ずーっと舞美を見てたんだよ?」
 
283 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:49
 
静かにそう言うと、えりかは教室から出て行った
バン、とドアを閉めた音が静かな教室に嫌に響いた


「‥‥‥」


舞美は席に着いたまま今までえりかがいた目の前を見つめていた
がつんと殴られて胸にぽっかりと穴が空いたようだった

 

えりかは、ずっと自分を見ていた
知っている
だって自分もえりかをずっと見ていたから

けれどこの気持ちが恋なのか、その自信がなくて気付かないフリをしていた
舞美はただえりかの隣にいる事が心地良くて
きっとこの位置はずっと変わらなくて永遠なのだと
えりかの隣は自分のものなんだと、舞美はそう信じていた
だから、えりかの隣に居続けるために、えりかの隣を誰にも渡さないように
いつか生まれた独占欲にも舞美は気付かないフリをしていた

 
良い訳ない
えりかが他の誰かと付き合うなんて考えたくもない
 
284 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:50
 
−やだ、やだよ。だって−‥‥


バンッと机を叩き舞美は席を立つ
机の横に掛けてある鞄を乱暴に掴んで教室を飛び出した
階段を駆け降り、昇降口から慌ただしく踏み出した

この学校の庭は広くて
調度下校時刻の今は昇降口前から校門まで帰ろうとしている生徒でいっぱいだった
舞美はきょろきょろと見渡して見るが、人込みの中のえりかの姿はわからない
足踏みをして暫くそこで生徒達を見ていたが舞美はえりかを見つけられない


「えり‥‥どこ?」

 
285 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:50
 
そう呟いてふと見ると、重そうな楽器を運んで渡り廊下を横切る吹奏楽部が見えた
はっとして舞美は吹奏楽部の所へ駆けて行く
えりかを見つける方法
あれこれ考えてじっとしている暇はなかった


「すいませんっ、これ貸して下さい!!」


いきなりそう言われて驚いて目を丸くしている部員の返事も聞かないまま舞美は楽器を手に取る
吹奏楽部の生徒から借りたのは金色のシンバル
使い方は簡単だ、多分
吹奏楽部には後で謝ろうと思う

舞美は大きく手を広げ、思い切り引き合わせた


 

バッシャーーーーン!!!!
 

 
286 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:52
 
大きな音に耳が痛くなった
庭一帯に響き渡る騒音にそこにいた生徒全員が舞美の方を振り返る
一気に集まる視線にも舞美は怯む事なくその場に立っていた
こちらを振り返った人込みの中、一際驚いたような顔をしているえりかを見つけた
もうそこは門の前で、けれどすぐにえりかだとわかった
舞美は真っ直ぐえりかを見る、そして大きく息を吸った


「えりーーっ!!」


周りの生徒達の視線が今度は舞美の視線の先にいるえりかに向けられる
えりかは恥ずかしそうに一歩後退った
舞美はそれを気にする事なく、シンバルの音に負けないように
ありったけの声で叫んだ
 
287 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:53
 
 

「だいすきだぞーーーっ!!!!!」


 

 
一瞬辺りがしんとなった後、わぁっと歓声が上がった
顔から火が出る位恥ずかしくて
けれど視線の先にいるえりかを見たら舞美はそんな事どうでも良くなった

えりかは可笑しそう笑っていて
暫く笑うと大きく両手を広げた

 
舞美は慌てて吹奏楽部の生徒にシンバルを返し、えりかの元へ一直線に駆けて行った
 
288 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:53
 
 
恋を叫ぼう

 
この大きな音に負けないように

自分の気持ちに負けないように
君をちゃんと抱きしめられるように

 
大きな声で、恋を叫ぼう


 

 −cymbals−終わり

 
289 名前:−cymbals− 投稿日:2009/02/05(木) 06:54
 



 
290 名前:−musical instruments− 投稿日:2009/02/05(木) 06:57
 
 musical instruments by−℃−

 

>>247-268 T−Violin−
>>275-289 U−cymbals−
 

291 名前:三拍子 投稿日:2009/02/05(木) 07:01
 
はい、楽器もの二話目のやじうめです。
次でこのシリーズは終わりです。

 
>>272さん
そうですね。愛理は栞菜に振り回されてれば良いと思いますW

>>273さん
あいかんは良いですよね。またお願いしますm(__)m
 
292 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/06(金) 00:19
やじうめverキタ━━━(゚∀゚)━━━!!!
三拍子様のお話はいつみても素晴らしいですね
更新も早くて尊敬致します
次回も楽しみにしてます
293 名前:やばいっす! 投稿日:2009/02/06(金) 02:17
そっかぁ。シンバルってそうやって使えばいいのか♪

294 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/02/07(土) 11:32

やじうめ〜!!
ヤバいです☆
三拍子様のやじうめは、めちゃ2可愛い☆
次の更新も楽しみにしています♪
295 名前:もんちっち 投稿日:2009/02/08(日) 13:28
ヤバいです。

やじうめ甘いですね〜。(>▽<)/
シンバルがとても役に立ちましたね。(笑)
296 名前:−musical instruments− 投稿日:2009/02/15(日) 13:38
 


 

297 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:40
 
千聖が吹けるのはたった一曲だけ
きっと、舞にだけ聞かせてくれる
あの下手な曲
 

 
何と言うか、思春期なのだ
お蔭さまで舞は反抗期の真っ最中だった
中学に上がってからというもの親が何かと口を出して来るようになった
それは勉強、成績はもちろん素行の事も
毎日毎日嫌という程言われている気がする

今日だってそうだ
先日テストが返って来た時、舞は絶対に親に見せられないと思った
返って来たテスト用紙の右端に書かれている赤字の点数は折り返して見えないようにした
簡単に言えばそれくらいの点数だった
だから部屋のごみ箱に小さく畳んで捨てておいたのだ
 
298 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:41
 
ところがさっき、玄関に上がりリビングに行くと母親が険しい表情でテーブルに座っていた
もしやと思い舞は立ち止まった


「舞、座りなさい」
「‥‥‥何?」


母親が静かにテーブルに出したのはごみ箱に捨てた筈のテスト達
舞は背中がぞっと凍るのを感じた
最悪だ
どうせなら破るなり燃やすなりしておけばよかったと舞は後悔した
けれどもう遅い

この状況じゃ逃げられないと悟った舞黙ってテーブルの席に着く
両手を膝の上に置き、頭を下げて母親の顔を見ないようにした


「どうしてこういう事するの」
「‥‥‥」
「嘘っていうのはね、ばれるものなの。大体何なのこの点数−」
 
299 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:42
 
そこから始まった母親の説教
勉強の仕方が悪い、もっと集中しろ
親戚の誰々はどこの名門の高校に行ったのに
姉だってもっと頑張ってた

頭の上から厳しい言葉が槍のようにびしびしと降って来る
舞はそれを頭を下げたまま全身に受ける
唇を噛んで我慢していれば、この説教もいつかは終わる
それがわかっているから何も言わない
溜まったストレスは週末カラオケでも行って解消しよう
フリータイムでノンストップ、ドリンクバーでがぶ飲みだ
うんうんと舞は心の中で頷いていた

 
けれど次の母親の言葉に舞は顔を上げずにはいられなかった
 
300 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:44
 
「勉強しないなら、もう塾に行かせるわ」
「えっ!?」
「仕方ないでしょ。遊んでばかりいて、それでテストも頑張らないんじゃ」
「‥‥‥何それ」
「二年生になるんだし、ちょうど良いわね」
「‥‥‥」


舞はすっと立ち上がる
テーブルに並べられたテスト達を掴みテーブルの上にたたき付けた
母親は目を丸くしてひらひらとテストが舞うのを見ていた


「うざい!!そんなのやだ!!」
「−‥‥」
「絶対やだからっ!!」


叫んで舞は家を飛び出した

むかむかムカムカと嫌な気持ちが胸いっぱいに広がって頭ががんがんして来た
住宅街を早足にずんずんと歩く
途中すれ違った猫が舞を見上げるなり逃げて行った
行き先は決めていないが、決まっている

こんな時に行くのは、決まってあそこだ
 
301 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:45
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−


 
302 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:46
 
急がせていた足をだんだんと落ち着かせて行くと、その内とぼとぼとした効果音が似合う足取りになった

たどり着いたのは川岸
歩道から階段一段分下りた所に舞は座る
夕方の川は静かで、さわさわとした流れを見ていると心がすぅっと落ち着いて行くのがわかった
舞はふと辺で遊ぶ小学生を見つける
わいわいと身体中泥だらけではしゃぎながら辺を歩いている
少し前までは自分もああだったのに、そんな姿を見て舞はなんだか懐かしい気持ちになった


−そういえば

家を飛び出した時
学校でケンカした時
舞がここに一人でいると、必ずあの幼なじみが来た
にこにこと悩んでいる事が馬鹿らしくなる位の笑顔
そして何故か片手には似合わない管楽器
 
303 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:47
 

そうだ、いつもいつも


 
「迷子ですかー?」

 

千聖は、こう言って舞を向かえに来る

 
「‥‥もう中学生なんだけど」
「ごめんごめん。後ろから見たらなんかちっちゃく見えたから」


舞が機嫌悪くそう言うと、全然悪いと思っていない笑顔で千聖は舞の隣にすとんと座った


「‥‥何で」
「舞ちゃんちに遊びに行ったら飛び出してったっておばさんが」
「あぁ‥‥」
「ケンカしたの?」


少し心配そうな顔で千聖が伺ってくる
この犬のような従順な顔を見ると舞は話さずにいる事が出来ない


「だって‥塾行けって言うから」
「‥‥‥」
「やだよ。だって、遊べなくなる。千聖とも会えなくなっちゃう‥‥」


304 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:48
 
我が儘な言い分な事はわかっている
けれど塾に行けば放課後や週末だって忙しくなる
それは困る

千聖と遊べなくなるのは、困る

「−うん。千聖もやだ」
「‥‥‥」
「でも、だからってケンカはよくないよ?」
「‥‥はんこーきだから」


言って顔を背けると、横から堪え切れない笑い声が聞こえて舞は恥ずかしくなった
暫くまた川を眺めていると「よしっ」と言って千聖が立ち上がった
 
「−うん。千聖もやだ」
「‥‥‥」
「でも、だからってケンカはよくないよ?」
「‥‥はんこーきだから」


言って顔を背けると、横から堪え切れない笑い声が聞こえて舞は恥ずかしくなった
暫くまた川を眺めていると「よしっ」と言って千聖が立ち上がった
 
305 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:49
 
舞は千聖を見上げる
千聖は背負っていたリュックをごそごそとあさっていた
何をするか予想するのは簡単だった
形からリュックに何が入っているのかはわかっていた


「じゃーんっ!!」
「おー‥‥」


舞が嫌みったらしく拍手を送るとどーもどーもと千聖は手を振った
千聖がリュックから出したのは金色のトランペット
多分千聖がこんな物を持っている事を知っている人は少ないだろう
しかしながら舞はもう見慣れている
昔からよく聞いていた
そう、いつもこんな時だ


「これで舞ちゃんの反抗期を吹き飛ばしてあげよー」


言ってにっこりと笑い、千聖はトランペットを構える
指を確認し、すーはーと何回か深呼吸をした後、夕日に照らされた川に向かって千聖がすっとトランペットを掲げた
 
306 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:50
 
川辺一帯に響き渡るメロディーに、そこを通る人々が振り返る


カントリーロード−誰もが知っている有名な曲だ
千聖の演奏はお世辞にも上手いとは言えなくて、けれど魅力的で
飛んで跳ねるその不安定ではちゃめちゃなメロディーは千聖にそっくりだった

舞はその内自然と頬が緩む

一つの年の差がいつしか大きなものに変わって行った
幼なじみ、と呼べる程同じ時間を過ごす事もなくなった
それが悲しくて、これ以上時間を奪われるのは絶対に嫌だと舞は思う
だから、塾には行きたくない


子供だなと思う、下らないと思う
けれど、舞にとってこれ程大切な事はない
 
307 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:51
 
響いていた音は静かに消えて行った
トランペットを下ろし、うはーっと幸せそうに千聖は笑った
舞はぱちぱちと拍手を送る
千聖は舞を振り返ると、握り締めた手を舞に伸ばし、大きく開いた


「仲直りしよ。おばさんと」
「‥‥‥」
「で、塾の事はもっかい考えてもらおうよ」


そう言うと同意を求めるようにトランペットをプーッと一吹きした
舞は立ち上がり千聖のトランペットを奪い取る
「何すんのさぁ」と驚いている千聖を横目に、舞は大きく息を吸って思い切りトランペットを吹いた
けれど出たのは音とは思えないただの空気の漏れる音
思い切り吹いた為口の内側がびりびりした

頬をさすっている舞の隣で千聖は笑い転げていた
「コツがあるんだよ」と言って千聖は舞からトランペットを受け取り、もう一吹きした
 
308 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:52
 
その横顔が少しかっこ良くて舞はなんだか悔しくなった
自分の方がもう背も高くて
けれど、千聖はずっと自分の隣にいてほしいと舞は思う
追い越したくもあるが、追い越したくないとも思う
簡単に言えば千聖と一緒にいたいのだ
舞にとって重要なのはそれだけだ


「−よし、帰ろう!」
「おっ、元気出たねぇ」
「塾の事、お母さんに頼んでみる。でも次のテストはも少し頑張ろっかな」
「うんうん。舞ちゃんは偉いなぁ」


持っていたトランペットをリュックにしまうと、千聖はもう一度舞に舞に手を伸ばして来た
舞はその手をぎゅっと握る


「はい、なっか直りっ!」
「千聖と仲直りしてどーすんの」
「まーまー良いじゃん」
 
309 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:53
 
繋いだ手をぶんぶんと振って千聖は笑っていた
その背中のリュックに舞はふと目をやる


「今度さ、教えてよ。トランペット」
「えー、どうして?」
「なんか羨ましいから」
「そっかぁ。でもダメなんだなー」
「何で?」


意味がわからず舞が首を傾げると、ふふふと笑って千聖は舞より一歩前に踏み出し振り返った
夕日に照らされる千聖に舞は目を細めた


  
「これは、千聖から舞ちゃんへの愛だからさ」

「‥‥‥は?」
「だから、トランペットはダメー」


くるりと前を向き、千聖は軽い足取りで歩き出した
風に靡いて見えた耳が赤くなっていたのは気のせいにしておこうと舞は思った
 
310 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:54
 
ふっと息を零して舞は千聖を追う
隣に並び、もう一度その手を取った


「じゃあ舞ボーカルやる。で、千聖トランペット」
「おー、良いねぇ。あっそういえば栞ちゃんも歌上手い子見つけたとか言ってたなぁ」


こうして一緒にいる時間が堪らなく好きで
反抗期なんてぱっと忘れてしまう
千聖が舞に元気と勇気をくれる
下手なトランペットの音色が背中を押してくれる、だから大丈夫

繋いだ手を見つめながら、舞は母親に何と言って謝ろうか考えた
 
311 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:54
 
 

愛を歌おう


 

こうして君と手を繋いで

いつまでも並んでいられるように


 
胸いっぱいの愛を歌おう


 
 
312 名前:−trumpet− 投稿日:2009/02/15(日) 13:55
 



 

313 名前:−musical instruments− 投稿日:2009/02/15(日) 13:57
 
 musical instruments by−℃−

 

>>247-268 T−Violin−
>>275-289 U−cymbals−
>>297-311 V−trumpet−


 
314 名前:三拍子 投稿日:2009/02/15(日) 14:29
 
はい、勝手な音楽企画はここまで。
皆様お付き合いありがとうございましたm(__)m
今週中にあっち向いても更新するんで、そちらもお願いします。

 
292さん
ありがとうございます。
更新を止めるのは何となく心苦しいので頑張ります。

293さん
そうです!ぜひとも試してみて下さい!!

294さん
やじうめは何でか可愛い話になっちゃいますねWW
ほんわかやじうめ最高です!

295さん
もんちっちさん!コメントありがとうございますm(__)m
基本舞美に楽器は似合わない気がしたんでこんな感じにしましたW
315 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/02/19(木) 12:53
 


 

316 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 12:56
 


この人は、きっと良い人だ

けれど私にはそれが酷く残酷だった


 
 angle.A−3

 

317 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 12:57
 
『本屋さん』に借りた本は、まるで愛理の心の中を表しているような本だった
9話の短編はどれも面白かったが、愛理が特に感動したのは8話目の『もう一人のシンデレラ』という話だ
 

晴れてシンデレラは王子様と結ばれた訳だが実は王子様には昔約束した許婚がいて
その許婚は一途に王子様を思う訳だが、王子様はシンデレラの元へ行ってしまう
許婚は王子様を思い涙を流し悲しみに暮れる

という内容だ
ちゃんとこの許婚も最後には幸せになるのだが、この話は愛理自身とまるで同じだった
読んでいる内に愛理は涙を流していた
一途に王子様を思い続ける許婚は自分のようで
また自分から王子様にそれを言い出せない所がもどかしく全く共感なのだ
 
318 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 12:58
 
そんな許婚に、現れた魔法使いは言う
 
 

『泣きなさい。そうすれば零れた涙から芽が生え大きな木となるでしょう。その木に花が咲いた時、きっとあなたに幸福が訪れるでしょう』

 
 
この言葉がまた涙を誘うのだ
もちろんこんな話夢物語で実際にある訳はない
けれど失恋した人がこれを読んだら絶対涙を流さずにはいられないだろうと愛理は思った
 
319 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:00
 
あの日、本屋さんに会ったあの日から三日
愛理は再び『有原書房』に来ていた
借りた本を返す為、そして舞美の好きなあの人の事を知る為に

きっと、本屋さんは気付いている
愛理があの人の事を調べる為にこの本屋へ来た事を
けれど本屋さんは何も聞かなかった
見ず知らずのこんな迷惑な客にどうしてそうも心遣いが出来るのか
店を出た後愛理は申し訳ない気持ちでいっぱいになった
今日はそのお礼も兼ねて借りた本の感想を述べようと思った

鞄から出した本を胸に抱え、愛理は店の引き戸を引く
今日も本屋さんはレジの木机に座って黙々と本を読んでいた
 
320 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:01
 
愛理が店に入って来た事に気付くと一度ちらりと確認した後、「いらっしゃいませ」と素っ気なく言って再び本に視線を戻した
きっと普段はこんな接客態度ではないのだろう
愛理は少しむっとしたが、こういった態度をされる原因は自分にある為抗議の意は持てなかった


「−こんにちは」
「こんにちは」


愛理が机の前まで行くと観念したように本屋さんは読んでいた本を閉じた
分厚い辞書のような本だった為、閉じた時にばたんとドアの閉まる音に似た音がした
その音を最後に店内がしんと静かになる
愛理はどうして良いかわからず持っている本をぎゅっと握った


「‥‥本」
「え?」
「どうだった?」


俯けていた顔を上げて本屋さんが尋ねて来た
愛理は「あっ」と小さく声を出して、抱えていた本を差し出す
 
321 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:03
 
「感動しました!すっごく!!」
「そう」

短く言うと本屋さんは愛理から本を受け取り立ち上がる
その時机の後ろからにゃーと声を上げながら猫が出て来た
愛理は足に擦り寄って来る猫をしゃがんで撫でる
本屋さんは返した本を棚にしまっていた


「あの、また借りても良いですか?」
「読むの?」
「はい、久しぶりに本読んだら楽しくって」
「本来は買ってもらうんですけどねぇ」


嫌味ったらしくそう言って本屋さんは本棚を物色し始めた
 
322 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:04
 
愛理は猫を撫でながらその様子を見る
少し高い所の本に手が届かないらしく、ぴょんぴょんと何度か小さく飛んでみたもののやっぱり届かず、隣の棚から脚立を運んで来ていた
その姿が可愛くて愛理はくすりと笑ってしまった
どうやら聞こえていなかったらしく、暫くした後「これが良いかな」と一冊の本を手に本屋さんは脚立から飛び降りた
愛理は立ち上がり本屋さんが戻って来るのを待つ
すると突然足元にいた猫がにゃーと鳴いてトトトと出口の方へと駆けて行った
愛理と本屋さんは不思議に思い出口を見る

先に声を上げたのは愛理だった
 
323 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:04
 

「‥‥舞美ちゃん‥」

 
それが本屋さんに聞こえたかどうかはわからない
本屋さんは持っていた本を脚立に置くと出口の方へ焦ったように走って行った


「えりかちゃんっ、どしたの!?」
「あー‥ちょっと友達送ってくんでさ」


店の戸を引いて現れたのは、舞美の好きなあの人だった
愛理は目を見開かずにはいられなかった

あの人は背中に舞美を背負っていた
体調でも悪いのだろうか
疲れて眠ってしまったんだろうか
あの人の背中で寝息を起てている舞美を見て愛理は考える
考えた所でそれを聞く事は出来ない、出来る筈がない
 
324 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:06
 
−友達−‥‥


あの人のその言葉に心のどこかがほっとした気がした
そしてそんな事を思った自分に堪らなく苦しくなった

 

本屋さんと少し話してあの人は帰ろうとした
瞬間、かちりと目が合った
愛理は思わず目を逸らす
今自分がどんな顔をしているのか愛理は考えたくない
初めて正面から見た
整った、日本人とは思えない顔立ち
明るい茶髪が更にそれを引き立たせていた
何を考えているのか全くわからない表情が少しだけ怖かった

けれど、きっと
嫌な人じゃない
そう直感した
そしてそんな自分の直感に愛理は泣きたくなった
 
325 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:08
 
タン、と引き戸の閉まる音で、あの人と愛理の初対面は終了した

愛理は舞美を背負うなんて絶対に出来ない
舞美が愛理を頼った事などきっと一度もない
愛理はいつも舞美に頼ってばかりだった
あの人の背中で眠る舞美は本当に安心し切っているようで
普段周りから頼りにされている矢島舞美ではなかった

 

−もしかしたら
舞美は王子様ではなく、お姫様なのかもしれない
愛理と同じように、王子様を待っていたのかもしれない
そんな下らない子供のような事を考えた
 
326 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:11
 

「梅田えりか」


すると小さい、けれどはっきりとした声で出口を向いたまま本屋さんが言った

 

「−ちゃん。‥‥あの人の名前」
「‥‥‥」
「言っとくけど、良い人だよ」


良い人、それだけじゃどんな人なのかなんてわからない
なのに、その一言だけで敵わない気がした
その一言とあの一瞬だけで『梅田えりか』は舞美にお似合いだと思えた
梅田えりかの事を調べにここへ来たのに、もうこれ以上知りたくないと叫んでいる自分がいて
自分は何と我が儘なんだろうと愛理は思った


そう思うと涙が零れた
ぽたっとローファーの横に涙が弾けた
 
327 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:13
 
それでも
今まで積み重ねて来た想いを帳消しにする方法は考えつかなくて
舞美の幸せを素直に願う事は出来なくて
だから苦しくて涙が出る


「‥‥ぅっ、‥‥っく」
「‥‥‥‥」


コツコツと本屋さんがこちらに戻って来る足音が聞こえた
愛理は顔を上げる事が出来ない
いつの間にか再び猫が足元に擦り寄って来ていた


「そこ、座ってて良いよ」


本屋さんはいつも自分が座っているレジ席を指差してそう言い残すと、店の奥へと上がって行った
その背中を見送った後、愛理はくすっと鼻をすすりふらふらとレジ席に着いた
零れ落ちる涙は止まる事を知らず、愛理は机の隅に置いてあるティッシュを勝手に使って押さえるように涙を拭う
 
328 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:15
 
愛理はぼーっと店の出口を見つめる
舞美を背負ってここを出て行った梅田えりかを思い出す
すると店の奥から本屋さんが戻って来た
瞬間愛理の鼻を甘い香りがくすぐる


「よかったら、どーぞ」


両手に持っていたココアをコンと机に置いて、本屋さんは出口の方へ歩いて行くと隅から看板のような物を持って来て、外に見えるように戸に掛けた


「今日はもう営業終了」


ぱんと手を合わせて本屋さんは振り返った帰りがけに脚立を持って来て愛理の座るレジ机の隣に置き、自分の分のココアを取るとそこに座った
愛理は顔を上げる事は出来ず音だけで本屋さんの行動を判断する
けれど聞こえて来るのはココアを飲む小さな音だけで
静かな空気に愛理はだんだん落ち着いて来て、涙は引いて行った
 
329 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:18
 
「‥‥あの」
「ん?」
「良いんですか?お店‥‥」
「あぁ、大丈夫。今日おばあちゃん町内会の集まりだから元々休みのつもりだったし」
「‥‥‥」
「飲まないの?あ、ココア駄目だった?」
「いや、好きです!いただきます」


机に置かれていたカップに手を伸ばす
口を付けると温かさが体に染みた
ふぅと愛理は息を吐く
本屋さんは最初に読んでいた厚い本を再び開いていた
 

店内がまたしんとした静かな空気に戻る
本屋さんは何も聞こうとしない
さっきの対応といい、気遣かってくれているのかもしれない
当たり前だ、目の前であんなに泣いてしまったのだ
恥ずかしい姿を見せたと愛理は落胆する
するとまたあの後ろ姿が頭に浮かんで目頭が熱くなるのを感じた
 
330 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:20
 
ぐすっと鼻をすする
少し冷めたココアをぐいと一気に飲み干した
そして愛理は変わらず本に目を落としたままの本屋さんに尋ねる


「‥何も聞かないんですか?」
「君が聞いて欲しいなら聞く」


本屋さんは全く動じた様子を見せず、ぺらっと本の頁をめくった
「人の話したくない話を無理に聞こうなんて悪趣味はないよ」
「‥‥‥‥」
「なんか訳があるんでしょ?なら、良いよ」


そう言うと本屋さんはぱたんと本を閉じた
コンと机にカップを置き、ゆっくりと愛理の方を向く
その目からは何の感情も読み取れなかった
なのに、じわりと何かが胸を暖めた気がした
愛理を真っ直ぐ見つめたまま、本屋さんが言う
 
331 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:22
 
「大丈夫」
「‥‥‥」

「大丈夫だから」


久しぶりに胸が熱くなって
同時に堪らなく泣きたくなった
本屋さんは脚立から降りるとさっき選んでくれた本を愛理に差し出す
けれど愛理はそれを受け取らない
本屋さんは小さく首を傾げた


「あの‥今度。今度来た時に」
「なに?」
「‥‥話しても良いですか?」
「‥‥‥」
「聞いて、ほしいんです」


何故だろう
今まで会って来た誰とも違う
そんな不思議な雰囲気が本屋さんにはあった
そしてそれは愛理を安心させた
仲の良い友達にだって話したくなかった話
それをこの間会ったばかりの本屋さんに話すのは可笑しいかもしれない
 
332 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:24
 
「‥‥‥」
「駄目ですか‥‥?」

「‥‥それは、君の物語?」


持っていた本を顔の横に上げて、優しく笑って本屋さんが尋ねる

そうだ
これは愛理の物語だ
まだ、きっとまだ終わっていない
長い長いちっぽけな恋の話だ


「そうです」


はっきりと答えると本屋さんは一瞬ぐっと何かを堪えるような表情をした後俯き、手に持っていた本を愛理に渡した
愛理はそんな本屋さんの反応に少しの違和感を感じた
けれどそれも一瞬の事で、本屋さんは二人分のカップを持つと顔を上げた


「わかった」
「‥‥‥」
「今度来た時、聞かせてもらう。君の物語」
「‥‥‥」
「じゃ、また」


そう言って本屋さんは再び店の奥に入って行った
その後ろ姿に愛理は何故か小さく小さく胸が痛むのを感じた
 
333 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:24
 

この時、愛理は何も知らなかった

本屋さんが自分の事をずっと前から知っていた事も
本屋さんがどんな気持ちで愛理の話を聞いていたのかも

 

何も、何も知らなかった


 

 A−3.終わり

 
334 名前:A−3 投稿日:2009/02/19(木) 13:25
 


 

335 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/02/19(木) 13:28
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
>>85-98 M−1
>>102-112 A−2
>>114-135 E−1
>>172-187 K−2
>>189-208 M−2
>>213-238 E−2
>>316-334 A−3
 
336 名前:三拍子 投稿日:2009/02/19(木) 13:29
 
はい、久しぶりのこのシリーズ。
愛理はかわいそうなんですが、一番辛いのはきっと栞菜です(T-T)

という訳で、多分次は舞美視点。
 
337 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/19(木) 23:10
更新お疲れ様です。
いつもの明るい栞菜も良いですが
こういうそっと寄り添うような栞菜も好きです。
338 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/20(金) 23:24
やっぱりあのシーン目撃してたんですね。

どういう物語を語るのか楽しみで、やばいっす!!
339 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/02/22(日) 23:29
 


 
340 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:30
 


 

341 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:31
 


あたしってバカだからさ

そんな器用な事出来ないんだよ


 

 angle.M−3
 

342 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:34
 
学校で倒れたのは初めてで
多分人に背負ってもらったのは父親以来だっただろう
 

 
土日の部活は念のため欠席した
そして今日、何だか酷く久しぶりな気分で学校に行くと昇降口でえりかに会った
舞美はどきっと胸が鳴るのと同時に頬が緩むのを実感する
保健室の方から歩いて来た所を見ると、どうやら保健室に用があったらしい
えりかが保健室、めずらしい

のろのろと歩いているえりかにゆっくり近付き、トンッと下駄箱を叩いた


「おはよ!梅田さんっ」
「あぁ、おはよ。‥もう大丈夫なんだ?」
「うんっ。もー全快!」


大きくピースサインを出すとえりかは「そう」と小さく笑って言って教室に向かおうとした
その顔が何だか酷く優しく見えて
舞美はどんどん上がる心拍数についていけない
舞美を待ってくれているのかえりかは立ち止まってこちらを向いた
舞美は慌てて上履きに履き換えてえりかの隣へ行く
 
343 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:35
 
並んで教室までの階段を上っていると、舞美はえりかの動きがいつになく鈍い事に気付いた


「どうしたの?」
「あー‥ちょっと筋肉痛がね‥」
「無理な運動でもした?大丈夫?」
「んー、慣れない事はするもんじゃないね」


えりかはそう言って苦笑していた
運動をするイメージのないえりかが筋肉痛など珍しい事だ
舞美が休んでいる間に体育の授業が入ったりしたのだろうか
重そうな足取りのえりかを見て舞美はそんな事を考えた

えりかに合わせて階段を上がり切る
廊下を行くと擦れ違う生徒達に「大丈夫ー?」「元気になった?」などと声を掛けられた
思えば学校を早退したのは初めてだったかもしれない
自分の事を気にかけてくれる人がこんなにもいたのかと舞美は感動した
 
344 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:36
 
特別な会話をする事もなくえりかと並んで廊下を歩いていると、明るい髪色にジャージ姿がトレードマークの吉澤が前から歩いて来た
舞美とえりかに気付くと何故か目を輝かせて近付いて来る
瞬間隣のえりかの顔が引き攣った気がした


「おー矢島。復活かぁ」
「はい。すみません心配かけて」
「いやいや。おっ梅田ぁ、お疲れ様な」
「はぁ‥」
「矢島背負って帰ったんだって?大変だっただろー」


ぽんぽんとえりかの肩を叩いて吉澤は言った
舞美はその言葉に目を丸くしてえりかを見る
えりかはまずい、というような落胆した表情をしていた
そんなえりかの様子を見て吉澤ははっとしたように肩に置いていた手を上げた


「あっ!‥‥ごめん」
「まぁ、別に」


えりかは素っ気なく言って先に歩いて行ってしまった
舞美は呆然とその後ろ姿を見つめる
 
345 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:37
 
上手く状況が掴めない
舞美は知り合う前も知り合ってからもえりかに背負ってもらった記憶はない
というか自分が人に背負われるような状況になった事などあっただろうか
舞美はその場で考え「あっ!」と声を上げた

金曜日、学校で倒れた時
思えば自分はどうやって家に帰ったのか
親はその事に関して何も言っていなかった
その事と吉澤のえりかへの言葉から考えると−‥‥


「先生。梅田さんが、あたしを背負って家まで送ってくれたんですか‥‥?」
「うん。あー、口止めされてたの忘れてたよ」


吉澤は困ったように頭を掻いて笑っていた
舞美はただ目を丸くするしか出来ない
想像が出来ない、えりかが自分の事を背負って下校している様子なんて
あの面倒臭がりなえりかが自分の為にそんな事をするなんて
舞美は顔が熱くなるのを感じた
 
346 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:38
 
「どうしよう、あたし−‥」
「いんじゃん?梅田も矢島に言って欲しくなかったみたいだし。まぁあたしが言っちゃったけど」
「何でですか?」
「それはあたしより美−‥藤本先生に聞きな」


ひらひらと吉澤に手を振られ教室に促された
失礼しますと一礼して舞美は吉澤の横を抜けて教室に入った
ドアを開けると必然的にえりかが視界に入った
最近の舞美はそうなるようになってしまった
これでいつもなら他愛のない話でもしに近付くのだが、その日は違った


−梅田も言って欲しくなかったみたいだし−

吉澤の言葉が頭に浮かび、結局えりかの所へは行かず舞美はそのまま自分の席に着いた

舞美は正直納得がいかない
何故良い行いをしたのにそれを隠そうとするのか
後ろめたい事がある訳でもない、むしろ周りに誇れる行いだと思う
なのにそれをまるでなかった事にしようとするえりかの考えが舞美には理解出来なかった
 
347 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:39
 
ちらりとえりかの方を向くとえりかも舞美を見ていたのか目が合った
自分で見ておいて舞美はすぐにぷいと首を回した
未だ自分の気持ちに免疫は出来ないままで
こうした小さな事に心臓と体は過敏に反応してしまう
それが不意打ちなら尚更だった

わからない事ははっきりさせたい
知ってしまった以上感謝をせずにはいられない
えりかにはきっちりとお礼を言いたい
しかしながらえりかに直接聞く事は今回ばかりは気が引けた


「昼休み藤本先生のとこ行こ‥‥」

 
348 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:40
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−
 

349 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:41
 
「聞いちゃったのぉ?あー、よっちゃん口滑らしたな」
「えっと、まぁ、そうです」
「ま、いっか。コーヒー飲む?」


昼休み、舞美は保健室へ来た
理由はえりかの事以外にない
藤本は舞美の分は牛乳を入れてカフェオレにし、舞美に渡した
舞美はそれを手にソファーに腰掛ける
藤本は自分の椅子に座ると、くるりと舞美の方へ回転させた


「で?」
「えっと、まずは何で梅田さんがあたしを送ってく事になったんですか?」
「梅田が一番近所で、ちょうど良く保健室に来たから」


一瞬の間も置かず藤本は答えた
質問しているのは自分なのに何だか舞美の方が詰め寄られている気がした


「で、矢島お願いって」
「‥‥それで?」
「いや美貴もそんな本気で言ったつもりじゃなかったんだけどさ。梅田が了解したから」
 
350 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:44
 
「梅田さんが‥」


失礼かもしれないが、そんな面倒な頼み事をえりかが聞くとは思えなかった
だからこそ舞美は余計に胸が熱くなるのを感じた
えりかが自分の事を心配して保健室に来てくれた事
しかも自分を送ってくれた事
自分の家よりも遠い舞美の家まで、わざわざ


「あの梅田がねぇ。わかんないもんだわ」
「‥‥‥」
「嬉しい?」
「〜〜〜っ」


藤本に聞かれて舞美は顔がぼっと熱くなる
こんな反応をしてしまっては否定も反論も出来ない
した所で藤本には敵わないだろう事は明白だった


「でさぁ、さっきいきなり梅田が保健室来て」
「?」
「全身筋肉痛で階段上れないって言うの。ばっかみたいでしょ?二日も経つのに」


なるほど、それで保健室の方から歩いて来たのか
動きが鈍かったのもこれなら頷ける
と同時に、罪悪感も募った
 
351 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:46
 
舞美は申し訳ないと思わない訳にはいかない
するとそんな舞美の心情を察したのか軽い口調で藤本が言う


「気にしなくて良いって。そう思われんのが嫌で梅田は口止めしたんだから」
「え?」
「梅田は大袈裟に感謝されんのがめんどいとか言ってたけど、」
「‥‥‥」
「矢島にごめんごめん言われるのはやなんじゃない?」


藤本の言葉に舞美はどうしたら良いのかわからない
けれど舞美の人生において人にお礼を言わないというのは無理な話だった
要するに、ごめんごめんと舞美に恐縮されるのが嫌で面倒な訳だ
ならば恐縮しなければ良い
思い付いて舞美はにっと笑う


「先生、ありがとうございます。でもあたしに口止めするのは無理みたいです」
「?」
「梅田さんには、ちゃんとお礼言いますから!」
「ほー。頑張って」
「はいっ!」


元気良く返事をして舞美は保健室を飛び出した
 
352 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:49
 
−−−−−−−−
−−−−−
−−
 

353 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:50
 
「帰ったぁ!?」
「うん。何かだるいからってさっき」


教室に戻ると既にえりかの姿はなく
クラスメイトにえりかはどこかと聞くとそう言われた

舞美はぐらりとその場に崩れ落ちた
何という事だろう
タイミングが悪過ぎる
こんな事なら保健室など行かなければ良かった
けれど保健室に行かなければこうしてえりかに向かい合う事は出来なかった
舞美ははぁと溜め息を吐いて苦笑した

思えば連絡先すら知らない
今まで話していてそういったやり取りに繋がる事はなかったからだ
その事に関して何も思う事はなかったが、今になって舞美は後悔した
 
354 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:55
 
「あの、えりかちゃんに用事?」
「へ?あー、うん」
「あたし、携帯知ってるよ」
「えっ!?」


きょとんとした様子の舞美にクラスメイトのその子ははい、と自分の携帯を渡してくれた
舞美は涙が出る位感動しながら「ありがとうありがとう」と言って携帯を受け取る
通話ボタンを力強く押し、少しするとえりかが出た


『はいもしもし』
「梅田さん!?」
『‥‥はい、梅田です』


いきなりの舞美からの電話にも驚いた様子は一切感じさせずにえりかが答えた
帰り道の途中なのかがやがやと騒がしい音が聞こえる
手短に済まそう、そう思い舞美はすぅっと息を吸った
 
355 名前:M−3 投稿日:2009/02/22(日) 23:58
 
「ありがとう」
『‥‥‥』
「口止めしてたのに聞いちゃってごめんね?」
『うん』
「でも、やっぱりお礼は言わなきゃ」
『うん』


電話から聞こえるえりかの声は淡泊なもので
顔が見えないせいでいつも以上に何を考えているかわからなかったが、反って良い気がした

電話なら、どんな事を言っても相手の顔を見れないからだ


「あのね」
『うん』
「今度梅田さんが倒れたらっ、あたしがおんぶして送るから!!」


はっきりとそう言うと、少しして電話の向こうから小さく笑う声がした


『−わかった。楽しみにしとく』
「うんっ、それだけ。じゃあ」
『あっ‥ちょっと待って』


電話を切ろうとすると、とても止める気は感じられないような声でえりかに止められた
舞美はん?と聞き返す


『あの時さぁ、何て言おうとしたの?』
 
356 名前:M−3 投稿日:2009/02/23(月) 00:02
 
「え?」
『あー、やっぱり良いや。じゃ、明日』
「あっ、うん」


そこで通話は終了した
舞美はえりかの問い掛けに首を傾げながらありがとうと携帯をクラスメイトに返した


−あの時

あの時と言ったらえりかが舞美を送ったあの時だろう
舞美は自分の記憶を辿るが、どうやっても倒れた所以降の事はわからなかった

もしかして、自分はえりかに何か言ったのだろうか
そう思うと舞美は急に気になり出した
けれど聞いた所でえりかが答える訳はないとすぐに思い直した
 
357 名前:M−3 投稿日:2009/02/23(月) 00:04
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−
 
358 名前:M−3 投稿日:2009/02/23(月) 00:05
 
帰り道、土日とも休んだ上今日は吉澤が出張とあって部活が休みだったため舞美は体を動かしたい衝動に駆られながら歩いていた
ぼんやりと空を見つめて考えるのはえりかの事
平坦とは言えそれなりに長いこの道を自分を背負って帰ったのかと思うと舞美は素直に感心した
未だえりかがそんな事をしたという実感がない
どうせなら起きていればよかった
えりかが面倒そうに自分を背負っている所を想像して舞美はふっと息を零した

 
連絡先を聞こう
今更な気もするが、それは仕方ない
けれど自分から踏み出さなければ絶対にえりかは何もしない
自分から近付かないと、きっと何も変わらないのだ
 
359 名前:M−3 投稿日:2009/02/23(月) 00:06
 
うん、と一人大きく頷き舞美は前を見る
すると商店街の人込みの中に見慣れた後ろ姿を見つけた
可愛い幼なじみ、そういえば最近全く会っていなかった
久しぶりに話でもしようか
そうだ、えりかの話をしよう
きっと可笑しいと笑ってくれる筈だ

そう思い舞美は足を早め、その子に近付く

 

 
「−愛理っ」

 


360 名前:M−3 投稿日:2009/02/23(月) 00:07
 

あたしはバカだから、知らなかったんだ

声を掛けられて振り向く時
愛理が泣きそうな顔をしていたなんて


 

 M−3.終わり


 
361 名前:M−3 投稿日:2009/02/23(月) 00:08
 


 

362 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/02/23(月) 00:11
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
>>85-98 M−1
>>102-112 A−2
>>114-135 E−1
>>172-187 K−2
>>189-208 M−2
>>213-238 E−2
>>316-334 A−3
>>340-361 M−3
 
363 名前:三拍子 投稿日:2009/02/23(月) 00:15
 
はい、今回はここまで。
矢島さんは鈍感です。そこが魅力ですが罪でもあります。
という訳で梅さんお疲れ様m(__)m

 

>>337さん
栞菜は今回我慢我慢な役所です。
どうか応援してあげて下さいm(__)m

>>338さん
愛理の物語は泣ける物に‥‥したいです、はい。出来れば
 
364 名前:やばいっす! 投稿日:2009/02/23(月) 03:07
あーぁ、よっすぃが梅さんの行動を台なしにした(笑)

鈍感は罪ですね〜(>_<)
でもそれが舞美なんですよね(>_<)

楽しみにしてます☆
365 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/02/28(土) 13:42
 


 
366 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 13:44
 

苦しくて苦しくて苦しくて
 
だけどあたしは、彼女みたいに涙を流せなかった

 


 angle.K−3


367 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 13:44
 
「いらっしゃいませー」
「‥何でそこ座ってんの?」
「新しくバイトで入りました。梅田でーす」
「愛想が悪いので不採用」


ただでさえ冗談なのにまるで棒読みのえりかに対し栞菜はぴしゃりとそう言った

学校から真っ直ぐに『有原書房』に来るとレジ席に座っていたのは祖母ではなくえりかだった
人工的な明るい茶髪は見事に店に似合わず浮いていた
そのため栞菜は戸を引く前からえりかがレジにいる事がわかった


「来るの早くない?いつもより」
「あー‥早退した。体バキバキでさぁ」


そう言ってえりかがぐるりと首を回すとゴキッと一瞬心配になるような音がした
栞菜はそんなえりかの横を抜けて奥の祖母の家の戸を開け、玄関に鞄を置いた
ブレザーを脱いで玄関に掛けてあるエプロンを着る
「おかえり栞菜」と奥から祖母の優しい声がするのと共にマサムネがととと、と駆けて来た


「バキバキ‥‥。あぁ、この間の?」
「うん。もー土曜日なんてベッドから起き上がれなかったし」
 
368 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 13:46
 
「へー‥‥」


栞菜はわざと興味なさ気に答える

 
金曜日、えりかは「あの人」と一緒にここへ来た
いや、正しく言えばえりかがあの人を送って行くついでに立ち寄ったという所か
正直信じられない光景だった
あのえりかが、誰よりも面倒臭がりのえりかが
人を背負ってしかも住所もわからない家まで送って行くと言うのだ
栞菜は心底驚いていたが、それよりもえりかの背中で眠るあの人の事が気になりそれに関しては何も言えなかった

 
タイミングが悪いにも程があると思った

あの日、店には愛理が来ていたのだ
よりによってえりかとあの人が一緒にいる所に遭遇させてしまった
もちろん栞菜のせいでも、えりかだって悪くない
しかしあの時ばかりはえりかとあの人を恨んだ
あの人が寝ていたのが不幸中の幸いだろう
 
369 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 13:48
 
けれど、愛理は泣いてしまって
栞菜は何も出来ず、ただ黙っている事しか出来なかった
気の利く言葉も浮かばず、そんな自分が酷く惨めに思えた

平静を装ってみたものの
愛理が話したいと言ってくれたものの
栞菜はますます苦しくなっただけだった


「−あの人」
「ん?」
「おんぶしてた人。友達って言ってたけど、仲良いの?」
「あー‥矢島、さんね」


ギシリと椅子にもたれながらえりかが呟いた

−矢島さん

さん付けで呼んでいる所を見ると付き合うには程遠い関係のようだ
その事に安心したような、少し残念なような
ざわざわと栞菜は奇妙な気分になった
 
370 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 13:50
 
「仲‥‥どうだろ」
「‥‥‥」
「でも話すのは面白いよ」


そう言ったえりかの表情は穏やかで優しいものだった
人と話すのが面白い−えりからしくない答えだ
少なからずえりかはあの人に感化されているようだ

栞菜は本棚の横から脚立を引っ張って来て腰掛ける
だるそうな感じのえりかはレジ席から動きそうになかった

−お客さんがびっくりしないと良いけど

そんな事を考えながら栞菜は本棚を物色する


「なんか、良い人そうだったね」
「あー、うん。良い人だよ。あたしよりずっと」
 
371 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 13:52
 
良い人、栞菜もえりかの事をそう言った
愛理がそれをどう取ったかはわからない
実際えりかも初対面で印象の良い事はあまりないだろう
けれどあの人を送って行く、というのは中々に衝撃だったかもしれない
栞菜は考える


「良い人だから、困るんだよね」
「え−‥?」


意味深なその言葉に栞菜はえりかの方を向く
するとえりかは突然固まったように目を見開いた
そして次の瞬間ガタンッ、と椅子から飛び降りレジの木机の下に潜り込んだ
えりかとは思えない程の俊敏な動きに栞菜は驚き立ち上がる
不審に思いえりかの所まで行くと「座って。早くっ」とレジ席をがたがた揺すられた
仕方なく栞菜は椅子に座る
 
372 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 13:55
 
−その瞬間、何故えりかが隠れたのかわかった

引き戸の向こう、人込みの中
えりかの友達『矢島さん』と愛理が二人、並んで歩いていた
栞菜は思わず固まった
そして同時にぐっと苦しくなった
まるで魔法使いに魔法でもかけられたようにぴしりと身体の動きが止まる

 
あの人と並んで歩いている愛理は笑顔で、堪らなく笑顔で
やっぱりあの人といる時が一番幸せそうな表情をしていた
店の中の栞菜の事などまるで知らないように、視線はずっとあの人を向いていて
今までならそんな愛理を見て栞菜も幸せだった
 
373 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 13:56
 
なのに、こんなに苦しい
苦しくて苦しくて堪らない

二人が店の前を通り過ぎるまではほんの数秒
そのほんの数秒間で栞菜は大怪我をした気分になった

 
 
愛理と知り合わなければ
そう、ここから見てるだけならよかったのだ
ずっとずっとそうしていればよかったと栞菜は思った
えりかの事を教えるなんて言わなければよかった
ただの客として見ればよかった

けれど、嬉しくて
愛理と知り合える事が嬉しくて
だから栞菜は断れなかった
話せば話す程、一緒にいればいる程
好きになって、苦しくなる
愛理の笑顔が好きだった筈なのに
愛理の幸せを願っていた筈なのに
あの人を好きな愛理に惹かれた筈なのに
 
374 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 13:58
 

−ずるいよ−‥‥

 
栞菜は額をコツンとレジ机にぶつけた
ぐっと下唇を噛む

あの人が、羨ましかった
愛理に一途に想ってもらえるあの人が
愛理を笑顔に出来るあの人が
なのにえりかに恋をしているらしいあの人が
羨ましくて、ムカついた
贅沢だ、栞菜はそう思った


 

聞くと言ってしまった愛理の物語
その物語を語りながら、愛理はまた泣くのだろうか
もしかしたら栞菜の方が先に泣いてしまうかもしれない
聞く、と言った事を今更になって後悔する
どうすれば良いのか
そんな事考えるまでもない

聞くしかない
聞いて、背中を押してあげるしかない
自分の気持ちになどまるで気付いていないように
お客さんの話を聞く『本屋さん』でい続ける
 
375 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 14:00
 
それを選んだのは栞菜だ


「栞菜?もう大丈夫?」
「ぅん‥‥行ったよ、もう‥‥」
「はー‥今日会ったらどうしようかと思った」


えりかがよっこいしょ、と机の下から出て来た
栞菜も俯けていた顔を上げる


「あー腰が‥再発だぁ」
「何で逃げるの?友達なんでしょ?」
「んー‥ちょっと、今日は」


腰を摩りながら起き上がったえりかは出口の方を向いた
その横顔は、いかにも人間らしくて
そうなった原因はきっとあの人にあるのだろうと思った
本当に良い人なんだろうと思う、『矢島さん』は
だから愛理はあの人を諦められなくて、頑張っている
自分の恋を叶えようと頑張っている
 
376 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 14:01
 
栞菜は愛理の恋を応援するべきなのだろうか
だとするとえりかにあの人を好きになってもらっては困る
自分が愛理を好きになるのも困る
難しい話だ
自分の好きな人の恋を応援するなんて
なのに栞菜は自分の恋を応援する気にはなれない
寧ろ愛理の恋を応援する方が出来そうだと思った
自分の心に穴を開けても、どんなに苦しくても
自分が愛理に出来る事なんて小さく小さく願う事位だった
 
はぁ、と栞菜が大きく溜め息を吐くとマサムネが膝に飛び乗って来た
ふわふわとその背中を撫でながら栞菜は少し気になっていた事をえりかに尋ねる


「えりかちゃん、苦手なの?矢島さん」
「そんな事ないよ」
 
377 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 14:02
 
「だって逃げたじゃん」
「うん。ね」


えりかはよろよろと脚立に座り込む、やっといつもの風景になった
えりかは栞菜の言葉にあまり答える気はないようで、首をもう一度ゴキッと鳴らして本棚にもたれていた

興味がないのだろうか、ならばあんな態度を示さない
素早く机の下に隠れたえりかの動きは今まで見た事のない位だった
それで逃げた理由も話そうとしない所を見ると、えりかとあの人の関係は単なる友人とはもしかしたら少し違うのかもしれない

 
栞菜がぼんやり考えているとえりかが独り言のように言った


「苦手じゃないけど。良い人だけど、あたしはあたしらしくないと思う」
 
378 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 14:03
 
自分自身に首を傾げるように言ったえりかに栞菜は口を開けて呆然とした
そしてその後ふっと息を零した


−要するに、恥ずかしかったんでしょ


返されない『人付き合いを学ぼう』の本とえりかの態度
あの人の影響にえりかはいつ気付くだろうか
どうか永遠に気付かないで欲しいと思う
けれどもう今すぐに気付いて欲しいとも思う
そうすれば愛理の傷も、きっと自分の傷も浅くて済む
 
379 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 14:04
 

あたしは知らなかったんだ、気付かなかった

彼女はあたしと同じくらい苦しくて苦しくて
それでも頑張って笑っていた事
あの人に気付いてもらえるように笑っていた事に
あたしは気付けなかった


 


 K−3.終わり

 

380 名前:K−3 投稿日:2009/02/28(土) 14:04
 


 

381 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/02/28(土) 14:08
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
>>85-98 M−1
>>102-112 A−2
>>114-135 E−1
>>172-187 K−2
>>189-208 M−2
>>213-238 E−2
>>316-334 A−3
>>340-361 M−3
>>366-380 K−3
382 名前:三拍子 投稿日:2009/02/28(土) 14:11
 
はい、栞菜の一件で傷心です‥‥。
帰って来る事を願って更新続けます(T-T)
今度は長らく放置していた幻板の方を今度出来ればなーと。


>>364さん
そうなんです。それが舞美なんです。
梅さんはどんどん振り回されれば良いと思いますWW
383 名前:にーじー 投稿日:2009/03/02(月) 00:14
切ないですね…。
次は誰の回なのかといつもドキドキしながら更新を待ってます。

栞菜さんも、早くよくなってくれるといいですよね。。。
384 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/03/04(水) 11:59
 


 

385 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:00
 

何でこう厄介な事になるかな
別にいつもみたいに面倒臭いの一言で終わらせれば良い

なのになんでだろう

あたし、変わった?

 

 angle.E−3


 

386 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:00
 
「閉じ込められちゃった」
「‥‥は?」


えりかは携帯を耳に、持っていた雑誌をぺらっとめくった

夕飯も食べ終わり、えりかは家族が風呂から出るのをベッドに転がり待っていた
風呂に一時間以上も入るえりかは風呂は必ず家族の中で最後に入ると決まっている
そんな時に掛かって来た電話
電話の相手は舞美、その舞美がいつも通りの明るい口調でおかしな事を言うものだから、思わずえりかは聞き返した


「閉じ込め、られた?」
「うん。あたしバカだよねー、とか言って」
「いやいや、その、何で?」
「いやー、あのね−‥‥」
 
387 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:02
 
事のいきさつはこうだ
今日も放課後は部活に励んでいた舞美
部活の用具などをしまっているグランドの体育倉庫の鍵当番だったらしい
体育倉庫の中が散らかっていて汚く、律儀な舞美は制服のまま奥に入って用具を整理していたらしい
 

−で、ここからがいかにも舞美らしいというか
まるで漫画のような話なのだ


高い位置に用具を置こうと、舞美は背伸びをして棚の上に手を掛けた
すると寂れていたのか棚が崩れ落ちて来て、それに巻き込まれた舞美はさっきまで気絶していたらしい
388 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:03
 
「−で、目が覚めたら鍵は閉められてたと」
『そうそう!いやーケガなくてよかったけどね』


この人は自分の置かれている状況がわかっているんだろうか
あまりに危機感のない声にえりかは心配しようにもし切れない


「で、どうすれば良いの?」
『へ?』
「へ?って‥‥矢島さん、何であたしに電話したの‥‥?」
『誰も話し相手いなくて寂しかったから!』
「‥‥‥‥」


えりかはその瞬間電話を切ろうかと本気で思った
何を考えているんだ、この矢島舞美は
閉じ込められて、助けを求めて電話して来たのかと思ったら、これだ
心のどこかで落胆している自分がいてえりかは溜め息を吐いた
 
389 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:05
 
−言うべきか


考えてえりかは口を閉じた
矢島舞美の為にそこまでする理由は果たしてえりかにあるのか、そう考えてみると言葉にはならなかった
舞美の用件がヘルプコールなら
もしそうだったなら、えりかは学校へ行ったかもしれない
しかしながら、舞美は素で言っているのか本当は気遣かっているのか
いや、気遣かっているのなら電話などしようと思わないだろう
自分が倉庫に閉じ込められている、と言えば相手が心配する事など簡単に予想出来る事だ
舞美はそんな事にも気付かない程鈍感な人間なのだろうか

もしかしたらそんな事でえりかが何か思うなどと考えなかったのがもしれない
 
390 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:06
 
「−あのさぁ」
『え?』
「迎え、行きましょうか?」


驚いた、自分の口からこんな言葉が出るなんて
口調はとてもじゃないが心配しているものではなかったし、迎えに行こうという意欲も伺えなかった
けれどえりかは口にした
電話の向こうで目をぱちぱちさせている舞美が想像出来た


『‥‥えっ、と。ありがとう』
「うん」
『でも‥‥あのね?梅田さん』
「うん」
『倉庫の鍵、あたしが持ってるんだ』
「あ」
『だからたぶん南京錠だけ閉めてあるんだと思うんだけど、その鍵も一緒についてるから‥』


南京錠、閉める時は鍵を回す必要はないが、開ける為には鍵が要る簡単だけれど面倒な物だ
鍵を閉めようと倉庫に入って倉庫に閉じ込められてしまったんだから、舞美が鍵を持っているのは当たり前の事で、という事は南京錠を開ける術はない
 
391 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:07
 
「お手上げ‥‥だね」


なるほど、それで助けに来てと言わなかったのか
随分と舞美に対して失礼な事を考えてしまったとえりかは申し訳ない気持ちになった


『ごめんね?心配してくれたのに』
「いや‥」
『いやー梅田さんの番号せっかく聞いたから、これは掛けるしかないって思って!』
「あぁ、うん」
『梅田さん』


それまで明るい調子だった舞美の声が少し変わった気がした
えりかは急に今が夜で冷え込んでいるのだと思い出した

 
『ありがとう』
 

その声が微かに震えているように聞こえたのは、気のせいだろうか
 
392 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:09
 
えりかは携帯を耳から離し、枕元に放った
ごろりと仰向けに寝そべり天井を見上げる

−歯切れが悪い

何というか、すっきりしない
何だかぐるぐると何かが渦巻いているような、胃もたれしたような気分だ
えりかはぎゅっと目を閉じる
すると下から「えりか、お風呂ー」と母親の声が聞こえた
えりかはのろのろと体を起こす
何でだか風呂に入りたい気分ではなかった

枕元に放ってあった携帯を手に取る


「掛けるしかないって‥‥」

 
−先日、えりかは舞美に携帯の番号を聞かれた
断る理由もなくえりかは舞美に携帯番号とアドレスを教えた
その時の舞美は「どうしよ、梅田さんに何か用事ないかなー」と言いながら真剣に用件を考えているようだった

 
−よかったじゃん、用事出来て
 

ふっと息を零し、えりかはベッドから腰を上げる
掛けてある上着を取り、一階へ下りて行った
 
393 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:10
 
「ごめん、ちょっと出て来る」


「寒いわよー」と言う母親の声を背にえりかは家を出た
途端にびゅうと風が身体に吹き付ける
夜だというのに風の強い日だった
はぁ、息を吐きえりかは歩き出す
急ぐ訳でも焦る訳でもなく、普通に
いつも通り学校へ通うような足取りでえりかは歩く
夜の道は静かで、帰宅途中のサラリーマンとすれ違った

行ってどうする
鍵を開ける方法があるとは思えない
なのに引き返そうとしない自分にえりかは首を傾げる
行った所で、倉庫の中にいる舞美に大丈夫?と声を掛ける位しか出来ないではないか
それなら行かないでまた電話すれば良い
 

ただ、何となく
ありがとうと言った舞美が心配になった
会いたくなった、だからえりかは学校に向かった
 
394 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:11
 
−−−−−−−−
−−−−−
−−
 

395 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:11
 
夜の学校に来たのは初めての事で
文化祭などで残ってた事はこれまであっても夜に出向くのは初めてだった
風に木々が揺れる音が響く
その位辺りはしんとしていてえりかは少し怖くなった

両手を擦り合わせはーっと息を吐いた後、校門に攀じ登る
何だか悪い事をしている気分になった
飛び越える時に思わずよっこいしょ、と声が出てしまい、恥ずかしくなったえりかは着地した後辺りを見渡したが、当たり前のように校庭には誰もいなかった
 
396 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:13
 
夜のグランドは昼間よりも広く感じた
それと言うのも端の方だけが街灯に照らされて地面だという事を感じられるが、それ以外はグランドの終わりがわからないからだ
静かな海のようだとえりかは思った

視線を右へ、すると薄暗い中そこもフェンスの向こうの街灯に照らされているらしく、ぼんやりと存在している倉庫が見えた
ふぅ、と溜め息を吐きえりかはそちらへ歩き出す
静かなグランドに自分の足音が響くのが何だか快感だった
そのまま足元を見つめていると、いつの間にか倉庫は目の前だった

 
中にこの足音は聞こえていただろうか
プレハブ造りのこの倉庫はそれでも耐久性抜群だと体育の時間吉澤が自慢気に話していたのを思い出す
 
397 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:14
 
えりかは扉の前に回る
扉は真ん中から両側に開ける物で、その仕切りに細いチェーンの付いた南京錠が掛かっていた
正直、かなり寂れている
これなら倉庫の鍵だけでも充分なんじゃないかとさえ思えた

そんな事を考えた後、えりかは倉庫をノックしてみた
そんなに力を入れていないのにそれはガンガンと倉庫全体に響いた
これでは舞美が驚くだろうと思ったえりかはすぐに声を掛ける


「矢島さーん」


えりかにしては大きな声だった
それが倉庫に響いて数秒後、中から何かが崩れるような騒音がし、ばたばたと駆けてくる足音が聞こえた


「‥‥梅田、さん?」
「はい。梅田です」
「なっ、何でいるの!?」
「あー‥いや、心配だったから」


素直に伝えてみた
倉庫の扉越しの為お互いの顔は見えない
えりかはふとさっきまでの電話を思い出した
 
398 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:16
 
暫くすると中からふふふっと笑う声が聞こえた


「あたし、バカだよね」
「そうだね。まぁ矢島さんらしいと言えばらしいけど」


「何それー」と言いながら笑い声が聞こえた
そしてすぐに静かな空気に戻る
舞美らしくない、えりかはそう思った


「‥大丈夫?今夜冷え込むらしいけど」
「うーん、意外に隙間風があって少し‥‥でも大丈夫!マットに包まるからっ!」
「‥‥‥」
「梅田さん、風邪引いちゃうよ?あたし本当に大丈夫だから」


そう言ってガン、と一回舞美が内側から扉を叩いた
自分の身体の心配をした方が良いとえりかは思った
部活に入っていないえりかと違い舞美は明日も朝から部活がある
やっぱり今夜中に家に帰るべきだと思う
 
399 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:19
 
実は、考えていた
この寂れた南京錠を見てから
いや、そうでなくても、方法なんてなくても
えりかはどうにか舞美を家に帰すつもりだった
万が一開かなかったらえりかもこの場に残って朝まで話し込んでも良いかとまで思っていたのだ
だから南京錠が寂れていたのは幸いだった


「矢島さん」
「なに?」
「ちょっと扉から離れてて」


そう言い残し、えりかは倉庫の裏へ回る
そこにあったのはグランド整備に使う鉄製トンボ
横向きに使えば鍬のような形になる
持ってみるとえりかでも振り上げる位なら出来そうな重さだった
それをがりがりと引きずり、えりかは再び倉庫の前に戻った

何でこんな事を考えついたのかはわからない
 
400 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:20
 
気付けば両手でトンボを握り締めていた
えりかはきっと中で訳がわからず首を傾げているだろう舞美に独り言のように言う

 
「あたし、矢島さんの事ほっとけないみたい」
 

そんな自分の言葉に苦笑し、えりかはよっこいしょ、とトンボを振り上げる
そして今度は扉から離れているだろう舞美にも聞こえるように言った

 

「先生には、一緒に謝ってね」
「え?梅田さ−‥」

 
 

−ガキンッ!!

 
 
401 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:21
 
びりびりとした衝撃が両腕に勢い良く走って来てえりかはぱっとトンボから両手を離した
ガラン、と音を起ててトンボが地面に落ちる
えりかの足元には壊れた南京錠が転がっていた
ぐにゃりと曲がったそれはもう使い物にならないだろう
えりかは苦笑しながら心の中で吉澤に謝った

ぶらぶらと手を振ってみるが痺れがなかなか取れない
仕方なくえりかは痺れの残る手で扉に手を掛けた
 

砂煙を上げながら扉が開く
後光が倉庫に差し込み、奥に人影が見えた
片方の扉を開け切り、見えた舞美の表情は驚いて固まっていた
 
402 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:22
 
「迎えに来ましたよ」
「‥‥えっ‥と」
「鍵、壊しちゃったから。ごめんね」
「‥‥‥」


倉庫の奥の大きなマットに座り込んでいる舞美
薄暗い中、浮いて見える大きな瞳がぱちぱちと瞬きを繰り返していた
えりかが一歩倉庫に入ると慌てたように立ち上がり、そのままぺたんとその場に崩れ落ちた
どうしたのだろうとえりかはそんな舞美に近付きしゃがみ込む

舞美は呆然とえりかを見つめたままで
それに少し緊張してえりかがふと視線を落とすと、地面に付いている舞美の手は小さく震えていた
えりかはもう一度舞美に視線を戻す


「大丈夫?」
「‥‥‥」
「‥‥怖かった?」


聞くと舞美の大きな瞳からぽろぽろと涙が零れ落ち、それと同時に綺麗な顔がぐしゃりと崩れた
 
403 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:24
 
えりかが何か声を掛けようと口を開いた瞬間、舞美はこてんとえりかの胸に頭を預けて来た
突然の事にえりかは固まる
舞美は顔を両手で覆ったまま肩を震わせていた

初めて見る舞美の様子にえりかは戸惑ったが、同時に少し安心している自分がいた
自分の胸の中にいる舞美がやけに小さく見えた
 

矢島舞美は、どこか掛け離れた存在の人だとえりかは思っていた
だから話す必要なんてない、関わる必要もないとずっと思っていた
けれど実際の矢島舞美は、どこにでもいる普通の女の子で
ただ能力が抜きん出ていてそれが先行してしまうから、印象付いてしまうのかもしれない、凄い人なんだと
しかしながらえりかの知り合った舞美は
真っ直ぐで、純粋で、そのせいで鈍感で
けれどこうやって不安になって泣く事だって、誰かの胸を借りる事だってする
誰よりも女の子らしい女の子だった
 
404 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:25
 
いい加減痺れも引いて来た手でえりかは舞美の背中を撫でる
ただでさえ言葉少ななえりかはこんな時に気の利く言葉一つ浮かばない
すると聞いた事もないような小さな声で舞美が言う


「ごめんね‥‥いつも、迷惑掛けて‥‥っ」
「そんな事ないよ」
「うぅん。あたし、助けてもらってばっかりだ‥‥」


迷惑、それは少し違うとえりかは思った
現に今回の事はえりかが勝手にやった事だ
舞美はえりかを気遣かったのに、えりかが自分で決めて学校へ来たのだ

何故こんな事をしたのかえりかは自分自身がわからない
こんな寒い夜に学校に来て、倉庫を破壊してしまった
鉄トンボを振り回すなんてどこぞの不良じゃあるまいし
けれど、だから舞美は悪くない、全然悪くない

しかしながらそれをどう言葉にしても今の舞美は聞いてくれなそうだった
 
405 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:26
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−
 

406 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:29
 
帰り道、手を繋いで並んで帰った
それがいつから繋がれたのかはわからなかった
けれどえりかの右手に舞美の左手があった

会話はなくて、隣にいる舞美が何を考えているのかえりかにはわからない
顔を覗き込む勇気もなく、わざわざそんな事までする必要はないと思った
ただただ普通に、行きに来た時と同じようなリズムでえりかは足を進めた
いつもならずんずんと先に行ってしまう舞美が今は大人しく隣にいて
けれどえりかはその事を不思議に思いはしなかった

ふと視線を上げて空を見る
はぁ、と息を吐くと出来た白い霧はすぐに消えた
 
407 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:31
 
同時に立ち止まる、商店街の入口
ここで舞美とはお別れだ
繋いだ手をどうして良いかわからずにえりかが立ち止まったままでいると、舞美がぎゅっと手を握って来た
えりかは舞美の方を向く、舞美はにこにこと笑っていた


「梅田さん」
「なに?」
「あたし、梅田さんに何て言おうとしたのかわかっちゃった!」
「え?」
「じゃあねっ」


そう言ってぱっと繋いだ手を離し、えりかが別れの言葉を言う間もなく舞美は静かな商店街へと駆けて行った
 
408 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:31
 
えりかはその場に暫く立ち尽くした後、のろのろと家に向かって歩き出した
舞美があの時、えりかが背負って帰った時に言おうとしていた言葉
えりかはそんな事すっかり忘れていた

ただ、繋いでいた手の温かさが心地良くて
ずっと繋いでいられたら良いのにと、えりかはそんな事を考えていた
繋いだ手を強く握って来た時の舞美の手に、不覚にも心臓がどくんと鳴った
どうやら、そういう事らしい


一度右手を見た後、その温かさが消えないように、えりかは手を上着のポケットに突っ込んだ
 
409 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:32
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−
 

410 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:34
 
「おはよう梅田さん!」
「おはよ」


次の日の朝舞美と会ったのは校門前で
舞美は朝練らしくジャージ姿で坂を下りて来ていた
軽い足取りで舞美がえりかの前に来る


「あのね、吉澤先生には、あたしがやったって言ったから」
「え?だって」
「うん!お礼」


笑って舞美はそう言った
えりかは少し申し訳ないと思ったが、舞美のその笑顔を見たらそれで良いかと思えて来た


「まー罰として外周20周だけどねー」
「あー、それはあたし無理だ」
「でしょ?梅田さんの分まで走るから!」
「あー、矢島さん」
 
411 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:36
 
そう言って舞美は再び走り出そうとした
えりかは思わずその背中に声を掛けて引き止める
舞美が不思議そうな顔で振り向いた


「あと何周?」
「えー‥と、2周!」
「じゃあ、待ってるから教室一緒に行こうよ」
「‥‥良いの!?」
「うん」
「やったー!じゃガーッと終わらせて来るねっ!!」


にっこり笑ってそう言って、さっきよりも駆け足で舞美は走って行った
あの様子だと後2周などすぐだろうとえりかは思った
 
412 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:38

 

何となく、舞美との関係の何かが変わって来ている
そんな気がした

空を仰ぎ、えりかは自然と笑みを零した


 

 E−3.終わり


 

413 名前:E−3 投稿日:2009/03/04(水) 12:39
 


 

414 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/03/04(水) 12:44
あっち向いてホイ、こっち向いて恋

 
>>316-334 A−3
>>340-361 M−3
>>366-380 K−3
>>385-412 E−3

 
415 名前:三拍子 投稿日:2009/03/04(水) 12:50
 
今回はここまで。長い、長いです‥‥。
梅さんには肉体労働ばっかりさせてる気がしますWW
次は何か短編を上げたいなと‥‥

 
>>383さん
ドキドキしながら待ってて下さい!
応えられるように頑張ります!!
 
416 名前:三拍子 投稿日:2009/03/04(水) 12:56
あ、どうでも良い注意ですが‥‥。
南京錠を鉄製トンボで破壊するのは大変危険ですWW(ちなみに私はやった事があります。成功じしたが手が死にました。)

絶対にマネをしないで下さいm(__)m
417 名前:名無飼育 投稿日:2009/03/04(水) 20:56
↑おいおい、ネタバレだぞ!と思ったら作者さんとかw
いいね!作者さん、いい!w
作品と同じくらい好きになったww
418 名前:やばいっす! 投稿日:2009/03/05(木) 03:44
ホントに梅さん変わりましたね♪いい方にいい方に☆

二人の仕草などに、もうなんかニヤニヤしながら、読んじゃいました☆
419 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/10(火) 22:58
梅さんの成長を親のように見守っていますw
甘酸っぱすぎてもう何とコメントすべきやら…w
また続きもすごく楽しみです!
420 名前:三拍子 投稿日:2009/03/12(木) 10:16
 
はい、突然なんですが。

短編が思いつかない!

すみません、予告しといてすみません。
という事で、皆さんに協力をお願いしたいですm(__)m
短編のアイディアを募集します。
条件が少々あるんですが‥‥。
 
421 名前:三拍子 投稿日:2009/03/12(木) 10:19
 
@ 募集期間
期間は今日のたった今から明後日14日夜11時59分まで

A 内容
・話の内容(リアル、学園物など。細かい設定を書いていただけると嬉しいですm(__)m)

Bカップリング(三拍子が書くという事を考慮していただけると幸いです‥。)
 
C自分の好きなカップリング、三拍子の話で好きな物(場面、台詞でも良いです。)
 

 
以上の事をお願いしますm(__)m
あ、Cは書かなくても良いです。
どうかよろしくお願いします。
 
422 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/12(木) 13:20
あいかんで学園ものかいて欲しいです。

設定は、学校では怖がられている不良の栞菜、
だけど実際は、友達思いで情に厚い。
ふとしたときに、そんな栞菜のいいところ気づいた優等生の愛理が
恋する…ってな感じでおねがいします。
423 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/12(木) 21:51
ほほえましい二人の、関係の変化に癒されて、どうでもいい注意で笑わせていただきました!

それとリクさせていただきます。

リアルあいかんを書いて欲しいです!
メンバーの前では、いつものように栞菜に振り回されてる愛理だけど、
実は二人っきりになると立場が逆転して、積極的な愛理にドキドキしっぱなしの栞菜。
的なお話をお願いしたいです!
では長々と失礼しました。
424 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/03/12(木) 22:35
オンリー愛栞激萌えな私がやじうめの話にうっかり悶えまくっている…
425 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 04:22
自分はちさまいです。
マスコット的な千聖を舞ちゃんがヤキモキしながらどうにかコッチに振り向かせたい。
なのに千聖は鈍感な為に気付かない。

みたいな感じで。

長々とスイマセンがよろしくお願いします。
426 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 09:13
まいまいみが読みたいです!!まいちゃんが年下だけど天然な舞美をひっぱってくみたいなw
427 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 12:56
ちさまいが読みたいです。
明日菜目線で舞ちゃんに振り回されながらも、健気についていく千聖がいいな。
428 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 18:55
やじうめ(カップル)にちさまいがコンビでちょっかいをかけまくるリアルが読んでみたいです☆
作者さんのやじうめかなりお気にです☆
429 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 20:16
美少女心理的なの舞美ちゃん
誤解して機嫌が悪いえりかが見たいのと、誤解を解く舞美ちゃんがみたいです

三拍子さんのやじうめの中では、今のあっち向いてが一番好きです
430 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 20:28
ここのお話はまだ続きますよね??このお話まだまだ読みたいです!!

リクエストはnkskちゃんのお話を読みたいです。キュートはやじうめ・ちさまい・あいかんと定着してるようなので、nksk×熊井ちゃんの学園ものが読めたら嬉しいです(>_<)
ベリーズ絡みはダメですか??

これからも応援しています!!
431 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 22:19
やじうめが読みたいです。
設定はモテモテな梅さんに舞美が妬くところを見てみたいです。

三拍子さんのあっち向いてホイ、こっち向いて恋も楽しみにしています。
432 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/14(土) 02:30
愛理が親友の梨沙子に栞菜を紹介する。
そして栞菜と梨沙子が次第に惹かれあう
(学園ものorリアル(合紺の時期))

愛理→栞菜→梨沙子のトライアングル系で!

アイデアの参考になれば
嬉しい限りです^^

あいかんが好きなんですけど
最近はりしゃかんが熱いです!!
お互いに
りーちゃん かんちゃん
って呼びあってますし^^
433 名前:名無しです。 投稿日:2009/03/14(土) 02:41
いつも楽しく拝見させて頂いています。

三拍子さんの書く文章と表現が好きですね!

私もせっかくなのでリクエストさせて頂きたいのですが、
nkskちゃんもので、相手は舞美。
同じソフトボール部に所属する同級生。
そして必ずハッピーエンドにしてやって欲しいんです!

好きなカップリングはおねえさんズ。三拍子さんの作品の中で
好きな物は「三軒並び」。特にちさまいシリーズが好きです。
単発物では「花言葉」が好きですね!

これからも応援しています!(長文失礼しました・・・)
434 名前:やばいっす! 投稿日:2009/03/14(土) 04:10
あれっ?リクエストの募集が行われてる(笑)便乗しちゃおう♪

三拍子さんの学園もののやじうめの甘酸っぱさはホントにツボです(笑)
また、たまにコメントでも書かせていただいてますが、それぞれのキャラクターの行動に共感できるのが魅力的です☆情景も想像しやすいです☆

三軒並びのちさまいで初めてちさまいを読みましたが、元気な2人組のCPもイケそうな気がしました(笑)

で、リクエストなんですが、やじうめの遊園地デート(お化け屋敷で梅さん活躍的な)とか読んでみたいです。
ただ、やじうめのリクエストは多いようなので、もしくは斬新にまあさ&熊井ちゃんとかでもいいです(笑)

個人的には℃−uteではやじうめコンビなんですけど、ベリーズでは熊井ちゃんとまあさんが大好きでして(苦笑)

ちょっと最後、横道にそれてしまいましたが、これからも『あっち向いてホイ、こっち向いて恋』・『三軒並び』楽しみにしています☆
長々と失礼いたしましたm(._.)m
435 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/14(土) 11:28
リクエストに便乗させてください
やじうめ←愛理で梅さんを想う愛理と愛理の気持ちに気付きつつもかわす梅さん
そして何も気付かない舞美

三拍子さんの書くやじうめが好きです
436 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/14(土) 23:37
島島コンビのリアルが読みたいですね。

鈍感な舞美ちゃんをあの手この手を使って、振り向かせようとする早貴ちゃんの空回りっぷりが、最後の最後に報われる感じの作品をお願いします。

作者さんのやじうめが好きなファンより
437 名前:三拍子 投稿日:2009/03/15(日) 00:07
はい、それではこれを持ちましてアイディア募集を締め切ります。

というか‥‥‥皆さん(T_T)
何と良い方々なんでしょうか(泣)
細かい設定まで書いてくれた人ばかりて感動しています
以下結果です。
 
あいかん‥2
やじうめ‥5(内一つ←愛理)
ちさまい‥2
まいまいみ‥1
nksk×誰か‥3(熊井ちゃん、舞美)
りしゃかん愛理‥1

計14個となりました。
438 名前:三拍子 投稿日:2009/03/15(日) 00:13
本当に皆さんありがとうございますm(__)m

なんですが‥‥少し困った事が。
まず、私はほとんどnkskちゃん絡みを書いた事がありません(-.-;)
よくて友達ポジションです。
リクエストの一つにnkskちゃん×熊井ちゃん、というのがあったんですが、これはちょっと厳しいです。
すみません、本当にすみませんm(__)m
でも島島コンビはどうにかがんばって書きます!期待はしないで下さい!!

あと、ちさまいの中の明日菜視点というのも厳しいです‥‥(泣)

コメントして下さった方、抗議や変更は受け付けますので了承お願いしますm(__)m

 
439 名前:三拍子 投稿日:2009/03/15(日) 00:16
で、今やっているあっち向いてはまだ続くので、短編短編の間に挟んで行きたいと思います。
読みにくいかもしれませんが、どうかお願いしますm(__)m

なので短編の消化はかなり低速だと思います。なんせこんなに集まると思っていなかったんで。
本当に感無量ですWW
頑張りますのでどうか皆さん待っていて下さいm(__)m

明日あっち向いてを更新します。
愛理視点です。
440 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/03/15(日) 13:19
 


 

441 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:20
 


 
442 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:22
 

本屋さんと見た夕日は

堪らなく綺麗で、切なくて
胸がいっぱいになった

 

 angle.A−4

 

443 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:23
 
あの日からもうすぐ二週間、愛理はずっと『有原書房』に出向けないでいた
正直な所、この一週間愛理は自分が何を考えて生活して来たのか思い出せない

何も考えていなかった
いや、何も考えたくなかった
何かを考えたら、あの笑顔が浮かんで来て
あの名前が耳に響いて来て
頭ががんがんして倒れそうになりそうで
だからこの一週間愛理はぼーっと毎日を過ごしていた
学校の友達にも心配されてしまった
何かあったのかと度々聞かれたが、愛理の返事は「寝不足でぼーっとしてるだけ」だった
 
444 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:25
 
−今度会わせてあげるよ−
 
舞美の言葉の一つ一つが槍のようにぐさぐさと胸を貫いた
 

 
この間、愛理は帰り道で舞美に会った
商店街の途中後ろから大きな声で名前を呼ばれた瞬間、驚くと共に苦しくなった
ずっとずっと会わないようにしていたのに
けれどその声に呼ばれて愛理が振り向けない筈がなかった

一つ、息を吐いて愛理はくるりと振り返る

そこには大きく手を振りながらこちらに駆けて来る舞美がいて
苦しくても、それでも
笑い返してしまった、泣きそうな心に蓋をして
皺を寄せようとしている眉間を引っ張って
震える唇をきゅっと両側に上げて
握り締めたい手をぱっと開いて愛理は舞美に笑い掛けた
 
445 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:26
 
胸が痛いのは、嬉しいからかそれとも苦しいからか
きっと両方だと愛理は思った
舞美は相変わらずで
綺麗で、笑顔が素敵で

鈍感なのもいつも通りで

愛理の笑顔の裏に何が隠れているのか探ろうとも、というか愛理に裏側がある事にも気付いていない
愛理の心の裏側、それは弱くて、けれど酷く我が儘な
愛理の大嫌いな愛理がそこにはいる
だから舞美には絶対に見せられない
自分の本当の気持ちなんて言える訳がない
愛理は舞美を困らせたい訳ではないのだ

舞美はにこにこと笑いながら愛理の隣を歩いている
その横顔は何だか幸せそうで
気になった愛理は舞美に尋ねる


「舞美ちゃん、今日元気だね」
「え!?そう?そう見える?」


舞美は予想以上に反応が良く、恥ずかしいのか顔をごしごしと擦っていた
そんな姿が微笑ましく愛理は思わずくすりと笑った
すると舞美が今度は肩を竦めるようにしてはー、と息を吐いた


「何かあったの?」
「うーん、うん。あのね」
 
446 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:28
 

−梅田さんていう友達がいてね−

 

その名前が舞美の口から出た瞬間、あぁしまった、馬鹿な事を聞いたと愛理は思った
よく考えてみればわかった筈だった
自分で聞いてしまった愛理はもう舞美の話を聞かない訳にはいかない
一番聞きたくない話の封を切ってしまったのだ

舞美は愛理がそんな事を考えている事に感づく筈もなく話し出した
愛理の方を向いた舞美の顔は、あの日見た時と同じく、いやそれ以上にキラキラと輝いているようだった
その表情に愛理が目を細めたのは、笑顔を作ったというよりはその眩しさが苦しかったからだろう
けれど愛理はそれを笑顔と呼ばなければいけない、舞美に笑顔と思わせなければいけない
笑っていろ
泣くな

−泣いちゃ、駄目だ
 

 
これは何かの仕打ちなんじゃないか

笑顔で梅田えりかの話をする舞美は愛理の方を向いているが愛理を見てはいなくて
今その瞳には一人しか映っていないのだろうと考えると愛理はそう思わずにはいられなかった
 
447 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:28
 
−−−−−−−−
−−−−−
−−
 

448 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:30
 
−結果、わかった事

舞美は梅田えりかが大好きだという事
梅田えりかはよくわからない人だという事
けれど、悪い人ではないという事
寧ろ良い人なんだという事

舞美の話を簡単にまとめるとこういう事だった
結局の所舞美が言いたかったのは自分は恋をしているという事で
それは愛理が凄く気になっていて、けれど舞美の口からは絶対に聞きたくなかった話だった
舞美の話に対して自分がどういった返事をしていたのか愛理は全く覚えていない
舞美と一緒に歩く帰り道が、かけがえのない幸せな時間だった筈なのに
今でも想う気持ちは変わらないのに

どうして、こうも苦しい

 
つまりあの時に愛理は笑顔と元気を使い果たしてしまったのだ
だからここ一週間ぼーっと日々を流していた
 
449 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:33
 
帰りの電車の中で本屋さんに借りた本は読み終わった
きっと面白い話だったんだろうと思う、というか面白い話だった
けれど正直な所愛理は本の内容をほとんど覚えていなかった
最後の2、3頁だって目を通しただけと言った感じだ
もう少し借りていたいがこれは愛理の所有物ではない、あくまで借りた物だ
それに前に比べて長く借りてしまった
貸してくれた本屋さんに申し訳ないと愛理は思う
 
ふと『有原書房』のセピア色の景色が頭に浮かんだ
あの日からあの時の本屋さんの言葉が愛理の頭の中に繰り返し繰り返し響いている
 

−それは、君の物語?−

 
聞いて欲しい話がある
自分から言っておいて随分と時間が掛かってしまっていると愛理は少し反省した
けれど、今話したら愛理はきっとまた泣いてしまう
情けない姿をまた本屋さんに見せる事になる
それは恥ずかしくもあり、相手にとっては迷惑外ならない
 
450 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:34
 
ちゃんと気持ちの整理をつけて話しに行くつもりだったのだ
そう、舞美と会ったあの日
愛理は本当は『有原書房』に行く筈だった

舞美と長らく会っていなかった事で愛理の心は少し落ち着いていた
だから本屋さんにも話せると思いあの日駅からの道を歩いていたのだ
けれど、舞美と会ってしまった事で計画は崩れた
会ってしまっては帰らざるをえない
会わないようにしていたからと言って、いざ会ってしまえば一緒にいたいという気持ちの方が勝ってしまうのが事実で

本当は、少し、ほんの少しだけ
どこかで期待していた
笑っていれば、いつものように可愛い妹でいれば
舞美から嬉しい言葉の一つでも貰えるかもしれない
それだけで報われない気持ちも少しは救われると愛理は思っていた

けれど、舞美の口から出たのはあの人の話
『梅田えりか』の話
正直な話舞美の話の中には梅田えりか以外登場しなかった
 
451 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:38
 
思い出すとふっ、と乾いた笑いが漏れる
舞美は優しくて、けれど堪らなく残酷だと愛理は思った
けれどそれは舞美が何も知らないからで
その原因は愛理にあるに違いなかった
 

そんな事を考えながらとぼとぼと歩いていると、いつの間にか賑やかな商店街に入っていた

暫く歩いていると『有原書房』の寂れた看板が見えた
愛理はそのまま足を進め、店の前で止まる
店の中をちらりと覗くと見えたレジ席には本屋さんではなく優しそうなお婆さんが座っていた
詳しくは聞いた事がないが、多分本屋さんの親戚にあたる人だろつと愛理は予想した
お婆さんは本を読んでいて愛理に全く気付かない
引き戸越しに見える店内は何だか温かそうに見えて
愛理はその場に立ち止まったまま店内を覗いていた

 
「−あ、」


すると横から小さな声がした
自分かと思い、愛理は声のした方を向く
そして愛理も声の主と同じ声を出した
 
452 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:40
 
「あ、」
「‥こんにちは」
「‥‥こんにちは」


そこにいたのは、いつもならこの店のレジ席に座っている本屋さん
制服姿で自転車を引いていた

カラカラと自転車を引きながら本屋さんが愛理に近付く


「あ、そっか。ここね、あたしのおばあちゃん家なの」
「あ、それで‥」
「あたしはバイト。っても給料出ないけどね」


そう言って笑いながら本屋さんは自転車を店の脇に停めた
愛理ははっと思い出し鞄から慌てて本を取り出す


「あの、これ」
「あぁ、読んだ?」
「その‥実は、まだちゃんとは読めてなくて」
「別に良いよまだ借りてても。お好きにどーぞ」
 
453 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:42
 
「‥ありがとうございます」


本屋さんの優しさは何気ない言葉の中に伺える
それは以前店に来た時にわかった

本屋さんは愛理の横を抜けて引き戸に手を掛け、動こうとしない愛理を不思議そうに振り返った


「入らないの?」
「あ‥えっ、と」


何故か入るのに抵抗があった
温かい店内に足を踏み入れたいと思う
けれど愛理にはそれが酷く勇気がいる事に感じられた
舞美の笑顔が頭に浮かぶ
目の前の本屋さんは舞美のように優しく笑い掛けてはくれない
けれど今の愛理にはその方が良い気がした

そのまま黙っていると、本屋さんは愛理を放って店内へと入って行った
どうしたら良いかわからず愛理が立ち尽くしていると、少しして着替えた本屋さんが店から出て来た
さっき停めた自転車を出して跨がると、愛理を振り返った
 
454 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:44
 
「配達行くんだけど、行く?」


そう言って本屋さんはカゴに入れた包装された本をぽんと叩いた
愛理は驚いて返事を返せない
行って良いのだろうか
というか、本屋さんは何故自分を誘うのか
愛理には本屋さんの考えている事がわからなかった


「‥‥‥」
「その、あー‥」
「‥‥‥」
「配達と、散歩って事で」


本屋さんは堅い表情でそう言った
その表情に愛理は何故かすっと肩の荷が下りた気がした
何と言って良いのかわからず愛理は黙って頷く
本屋さんもそんな愛理を見て頷き、荷台を指差した
愛理は本屋さんに近付き、荷台に腰掛ける
「荷物」と素っ気なく言って本屋さんは愛理の鞄をカゴに入れてくれた
 
455 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:46
 
自転車に二人乗りをして商店街を抜ける
漕ぎ出しがふらついたため愛理は思わず本屋さんの背中を掴んだ


「あの、大丈夫ですか?」
「あー大丈夫、これでも体育会系だから。えりかちゃんも乗せた事あるし」
「‥‥‥」
「あ、‥‥ごめん」


本屋さんが小さな声で謝った
こんな事にまで気を遣わせている事を愛理は申し訳なく思った
本屋さんの背中は随分と小さい物だった
けれど掴んだ上着から暖かさが手にじわりと伝わって来た
自転車の二人乗りの良い所はお互いの顔を見ずに声だけで会話をする所だと愛理は今日初めて思った
 
456 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:49
 
その後商店街を抜けて住宅街に入り、本屋さんのお婆さんの友達らしいこれまた優しそうなお爺さんの家へ配達に行った
どうやら本屋さんとは仲が良いらしく、配達の御礼にと二人に饅頭をくれた
付いて来ただけなのにもらって良いのかと横の本屋さんを見ると「いーのいーの」と手を振っていた

カゴに本と入れ替えに饅頭の入った紙袋を入れて再び自転車に二人乗りで走り出した
散歩、と言っていたがどこに行くのか愛理は本屋さんに聞かされていなかった

ゆったりとした上り坂をのらりくらりと上って行く


「大丈夫ですか?」
「だい、丈夫。も少しだからっ」


息を切らしながら言う本屋さんに申し訳ないと思いながらも愛理は笑ってしまう
見ると空がだんだんと赤らんで来ていた
時間はわからないが多分6時前位だろう
帰りは何時頃になるのだろうか
親に連絡を入れた方が良いだろうか
そんな事を愛理が考えていると、上り坂は終わり平坦な道へ戻った
緩やかな風に誘われるように愛理が前を向く


「わぁ‥‥」
「到着です」
 
457 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:52
 
見えたのは真っ赤な夕日
視界に入る景色全てが橙色の海の中に沈んでいるように感じる
愛理を下ろし、芝の広場に本屋さんは下りて行く
愛理も後ろを付いて芝の坂を下る
広場の芝も夕日に照らされて温かそうに風に揺れていた


「ここら辺で一番高いとこなんだ、ここ」
「全然知りませんでした‥こんな綺麗な景色が見れるなんて」
「知らない事なんていっぱいあるよ」


言って本屋さんは愛理の一歩前に踏み出し、うーんと伸びをする


「多分、知ってよかったって思える事より、知らなかった方がよかったって思う事の方がずっと多い」
「‥‥‥」
「でも、きっと知らなきゃいけない事もあると思う」


本屋さんの言葉が自分の事を言っていると愛理はすぐにわかった
愛理は本屋さんの背中を見つめる
夕日に透けたショートカットが風に揺れていた


「君、隠し事出来ないタイプでしょ」
「‥‥そうかもしれません」
 
458 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:53
 
ふいに、涙が出そうになった
愛理はさく、と踏み出し本屋さんの隣に並ぶ
すぅっと息を吸い、沈む夕日に向かって胸の内を放った


「私、あの矢島舞美ちゃんが好きなんです」


夕日に向かって大きな声ではっきりと言った
不思議と苦しさはなかった
寧ろ清々しい位だ


「へー」
「だから、あなたに梅田えりかさんの事聞こうと思って」
「そっか」


本屋さんは驚いた様子を見せずに答えた
きっと大体の見当はついていたんだろうと思う
愛理は夕日を見たまま続ける
今なら、話せる気がした

鈴木愛理の物語
何とも情けない、まだ未完の
ちっぽけな恋の話だ
 
459 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:55
 
−どれくらい舞美の話をしていたのか
初めて親に紹介されて舞美と会った時の事
初対面の時男の子なんじゃないかと疑った事
それから姉妹のように仲良くなっていつでも一緒にいた事

あの、王子様とお姫様の話

それからの事
梅田えりかと舞美の事
愛理の失恋の事
もう言う事は何もないんじゃないかと思える程愛理は話した

いつの間にか夕日は沈んで辺りは暗くなり始めていた
本屋さんは時々「へぇ」とか相槌を打つだけで何も言わなかった
けれど愛理の話を最後までしっかりと聞いてくれた
つい最近まで他人だった本屋さんが何だか親身に感じられて、けれどどうしてこうも愛理に親切にしてくれるのか愛理はわからない
そしてそれを少し申し訳なく感じながら、けれどどこか安心している自分がいた
 
460 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:57
 
愛理は隣にいる本屋さんをちらりと見る
するとかちりと目が合った
ぱちぱちと瞬きをした後、前を向いて本屋さんは話し出す


「スタートラインに立たない者にゴールは見えない」
「え?」
「有名な作家、飯田圭織さんのお言葉です」
「‥‥‥」


本屋さんの言葉がとんと胸を押した気がした


「君の恋は、まだ始まってないんじゃない?」
「‥‥‥」
「好きだって、言ってないんでしょ。ならまだ失恋だってしてない」
「‥‥でも」
「うん、簡単じゃない。伝えるってすごい大変だと思う」


本屋さんは両手でハートを作り、空に向けて伸ばす
そしてぱっとその手を開いて空を仰いだ


「でも、言わなきゃ伝わらない事ってあるんじゃないかな?」
「‥そうですね」


愛理は俯く、ぽつりと一滴涙が芝に落ちた

 
待っているだけでは恋は実らない
舞美があの人に恋をしていると知って愛理は始めてその事に気付いた
けれど、自分にはそんな勇気は
気持ちを言葉に出来るような勇気はなかった
 
461 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 13:59
 
愛理がぐすっと鼻を鳴らすと、本屋さんが饅頭の入った紙袋を差し出して来た
「ありがとうございます」と愛理は言ったつもりだったが上手く声が出ず、掠れたものになってしまった


「じゃー一個お得情報」
「‥‥?」
「えりかちゃんと舞美ちゃんさん、まだただの友達だよ」
「‥‥‥」

「諦めるか頑張るかは、お客さん次第です」


そう言ってにっと笑うと本屋さんは芝を上って行った
愛理も慌ててその後を追う
軽い足取りで自転車へ向かう本屋さんの背中に愛理は言う


「本屋さんっ」
「ん?」
「あの、その、ありがとうございます。話聞いてくれて」
「‥‥」
「夕日、綺麗でした」
「どーも。でも今度は本買ってよね」


そう言って悪戯に笑い本屋さんは自転車に跨がった
 
462 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 14:01
 
−本屋さんの後ろに乗って来た道を帰る
緩やかな坂を滑るように下って行った
本屋さんの背中が行きよりも少しだけ大きく感じられて、自然に掴んだ手に力が入った
 

愛理の物語
それを下らない話だと馬鹿にする事も、つまらないと罵る事も本屋さんはしなかった
そんな素振りさえ少しも見せなかった
もしかしたら本当は何か思っていたかもしれない
本屋さんの考えている事はわからなくて、けれどそれは知らなくて良い事だと愛理は思う
本屋さんが言っていたように、きっと知らない方が良い事があるのだ
 
463 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 14:02
 
 
どうして、そんなに気遣かってくれるんですか?


あの時本屋さんにこう聞いていたら
本屋さんは何と答えただろうか

きっとそれも知らない方がよかった事だったのかもしれない


 

 A−4.終わり

 
464 名前:A−4 投稿日:2009/03/15(日) 14:02
 


 
465 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/03/15(日) 14:04
あっち向いてホイ、こっち向いて恋

 
>>316-334 A−3
>>340-361 M−3
>>366-380 K−3
>>385-412 E−3
>>441-464 A−4
 
466 名前:三拍子 投稿日:2009/03/15(日) 14:06
 
はい、予告してた愛理視点です。
近付きそうで近付かないこの二人WW
栞菜は優しいです。

>>417さん
あ、すみませんびっくりさせましたWW
そんな好きだなんて恥ずかしい(〃д〃)

>>418さん
良い方に変わってはいますが‥‥どうなりますかねぇ(笑)

>>419さん
やじうめは何でか甘酸っぱくなってしまうんですよねー。
等身大だからですかね?

>>424さん
私もあいかんイチ押しなんですが、何故かやじうめはむしょうに書きたくなりますW


 
次は幻板か短編上げます!
 
467 名前:にーじー 投稿日:2009/03/15(日) 22:41
あっち向いて〜が読みたかったので、リクしたいのをぐっとこらえましたが…。笑
でも、作者さんもあっち向いてをメインで書かれるようなので安心しました。

多分今回のことも栞菜さん視点で描かれると思いますが、
そのときのことを考えるだけで既に切なくなってしまいます…。

短編も楽しみにしています!
468 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/16(月) 14:32
変な感想ですけど。

E−2・A−3で明らかに普段と違う舞美がいたのに声をかけられなかった愛理。
家を知ってる(梅さんを助けられた)のは愛理だけなのに。
その人のことより自分の心を優先したのだと思いました。
愛理の思いは「その程度」なんだと、
言葉は悪いですけど「どうせ愛栞になるんだろうし、いっか」と思っていました。

でも今回のも見て、ちょっと意見が変わりました。
……愛理もいっぱいいっぱいなんですね。
苦しいかもしれないけど、もがいてもがいて、
そのときしか味わえない、その気持ちを大事にしてほしいです。

本当に変な感想ですみませんでした!
でも愛ゆえだと思ってくださるとうれしいです。
469 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/17(火) 00:11
更新お疲れ様です!

あちらの甘酸っぱい二人に比べて、こちらの二人は切ないですね〜。

これから四人の関係が、どう変わっていくか楽しみに待ってます!
470 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/26(木) 23:54
 


 

471 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/26(木) 23:54
 


 
472 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/26(木) 23:57
 

周りがどう思っていようと

私が見たあの人はあんな人だったんだから
私はそういう人なんだと信じてみようと思った

 


  百聞は一見にしかず


 
473 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:01
 
遅刻、早退、欠課は数知れず
服装の乱れの事でいつも保田先生に追い掛け回されている
石川先生に「幸薄い」と言い放ち泣かせたらしい
吉澤先生に短距離走で圧勝して奢らせた事があるらしい
サッカーボールを藤本先生の顔面にぶつけたり
これまたサッカーボールで道重先生愛用の鏡を割った事もあるらしい
小さな体に関係なく喧嘩は無敗
一人で暴力団壊滅させたとか、ヤクザと揉めた事もあるとか
何でも可愛い女の子が大好きで中学校三年にして百人斬り達成だとか
 

 
とりあえず、有原栞菜という人物について愛理が知っているのはこれくらいで
ほとんどは他人から聞いた噂でありどれが本当でどれが嘘なのかはわからない
それを確かめる必要なんてないと愛理は思う
 
474 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:03
 
学年も違えば全く関係のない赤の他人
ましてそれが聞くに恐ろしい不良となれば何も知らない方が身の為だろう
知った所でどうという事はない
有原栞菜がどんな人間であろうと愛理には全く関係ないのだ
 

 
学校では比較的真面目な方の愛理と噂では最低最悪な不良の有原栞菜
普段ならその名前が頭に浮かぶ事すらない
それなのに何故愛理がこんな話をするかと言うと

今その有原栞菜がすぐそこにいるからだ
 
475 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:05
 
学習塾に行く途中、愛理は必ず河川敷の上を通る
家から近い為一度家に荷物を置いてから自転車に跨がり塾へ向かうのだが、
行く時がちょうど夕日が沈みかける頃で、夕日に照らされた川がキラキラと光って見える
愛理はその河川敷の風景が楽しみな事で、面倒な塾にも足取り軽く行けるのだ

しかしながら、今日は違っていた
見慣れた風景の中に見慣れない物があった
それは風景を台なしにするとまではいかなかったが、見て幸せな気分になる物ではなかった


「‥‥‥」


一度通り過ぎて、けれどやはり目についた愛理はカラカラと道を少し戻った

そこにいたのは有原栞菜
‥‥先輩と付けるべきなのだろうが、正直話し掛ける事はないだろうから呼び方など気にする必要はないと愛理は思った
有原栞菜は川縁にしゃがみ込んでいて
見えた頬には大きな絆創膏が貼られていた
 
476 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:07
 
「ケンカですか‥」


河川敷で呼び出して決闘
よくある青春漫画みたいな場面だった
そんな事このご時世にある訳ないと思うがあの有原栞菜となれば考えてしまうのは仕方ない事だった

そんな事を考えながら夕日に照る河川敷を愛理が見下ろしていると
何かを感じ取ったのか、ふいにしゃがみ込んだまま有原栞菜がこちらを向いた
距離があるからかそれとも元々の目付きなのか、大きな瞳をじろりと細めて愛理を見て来た
瞬間愛理はぴしりとその場で固まる
恰好は制服のままだから愛理が同じ学校の生徒だという事には気付いただろう
ん?と有原栞菜は首を傾げた
 

 
一瞬固まった後、愛理は素早く自転車を漕ぎ出し一気にその場から逃げ出した

顔を覚えられたらまずい、何をされるかわからない
知り合わない方が絶対良い、いや知り合いたくない
平々凡々と日々を過ごしたい愛理にとって、噂ではとてもじゃないが平々凡々な日々を過ごしていないだろう有原栞菜と関わるのは厄介以外何でもなかった

 

美しい夕日と有原栞菜
意外にもはまっていて愛理は何だか悔しく、ぐんぐんと自転車を漕いで河川敷から離れて行った
 
477 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:08
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−


 
478 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:11
 
勉強を滞りなく済ませ、愛理が塾を後にしたのは9時過ぎ
もう外は真っ暗で、自転車のライトを頼りにのろのろと来た道を帰っていた
行きと同じ河川敷の上を通る
その時下から騒がしい声が聞こえて来て愛理は気になり河川敷を見た

 
「あーもー全然ないよえりかちゃーん!」
「はいはい頑張ってー」
「本当にここに落としたのかなぁ?」
「そう言ってたんでしょ?」


−驚いた
まだ水温も低いだろうこの季節
有原栞菜は、川の中にいた

何故こんな暗い中、川に入っているのが有原栞菜だとわかったかと言うと
有原栞菜のいる部分だけ川辺からライトに照らされていたからだ
大きな懐中電灯を両手に持っているもう一人
後ろ姿のため顔はわからないが、愛理や有原栞菜よりも随分背が高い事はわかった

二人してこんな夜に川なんかで何をしているのだろうか
川のゴミ拾い?
埋蔵金探索?
もしかして死体遺棄?
色々考えると実際何なのか気になり愛理はその様子を自転車を停めて見下ろす


「えりかちゃんもっとちゃんと照らしてよー」
「無理。もう持ってんの疲れたぁ」
「えー‥って、ん?」
 
479 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:12
 
突然今までに増してバシャバシャと激しく有原栞菜が川を掻き分ける
そして川辺に振り返りばっと右手を上げた
 

 
「あったー!!」
 

 
その時の満面の笑みに愛理は一瞬相手があの不良の有原栞菜だという事を忘れた
そして次の瞬間、有原栞菜と目が合った
ライトに照らされた有原栞菜の目がかちりと愛理に焦点を合わせた
そして夕方と同じようにん?と首を傾げる
けれど愛理は何故か夕方のように逃げようとは思わなかった

有原栞菜の視線の先に気付いたのか、「えりかちゃん」と呼ばれるもう一人の背の高い人が片方の懐中電灯を河川敷の上にいる愛理に向けた
ライトの明るさに愛理は目を細める
動くに動けずどうしようと目を泳がせていると
 
480 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:14
 
「ねぇそこのあんた」
「え!?」
「ちょっと下りて来てーっ」


大きな声で有原栞菜が愛理を呼んだ
川の中からひょいひょいと手招きをしている
こうなってしまってはもう逃げようと思っても逃げられない
きっと顔も覚えられてしまった
愛理は観念して自転車を脇に停めてアスファルトの階段を下りる
何の用だろう
やっぱり見てはいけなかったのだろうか

もしかして、シメられる−?

そんな考えが頭を過ぎり、愛理は足を止めた
まだ川には少し距離のある、ちょうどもう一人の人の隣だった
まずいと思い愛理が一歩離れながらその人を伺うと、その人はにっこりと笑って「栞菜のお友達?」と聞いて来た
愛理はぶんぶんと大袈裟に首を振る


「ちっ、ちち違います!」


思い切り否定するとその人は可笑しそうに笑っていた
近くで見ると明るい茶髪でメイクもしっかりしている事がわかる
この人も所謂不良という部類なのだろうか
けれど優しく笑う人だった
 
481 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:17
 
にこにこと笑うその人に愛理が苦笑を返していると
バシャバシャと音を起てて有原栞菜が川から上がって来た


「寒いっ!!えりかちゃん着る物ないの!?」
「えー。じゃあこれ着て良いよ」
「優しー!ありがとっ」


えりかちゃんが着ていたジャンパーを有原栞菜が着る
体格の差から随分丈が余っていて、愛理は思わず笑ってしまった
すると有原栞菜が愛理の前に立つ

愛理は思わず身構えた
すぐにでも逃げられるよう体重を後ろに掛ける


「あんたさ、うちの学校だよね」
「‥‥はい」
「何年?」
「二年‥‥です」


学年を聞いてどうするのか
あまり良い期待は出来なくて、愛理は不信感満々な目を有原栞菜に送った
すると有原栞菜は握り締めた右手を愛理に伸ばして来た


「これ、岡井千聖に渡して?」
「千聖に‥?」


そう言って手の平に置かれたのはサッカーボールのストラップ
千聖と愛理は一年生の時クラスメイトだった為面識がある
だから千聖がフットサル部に所属している事も知っている
きっと有原栞菜の手の中にあるのは千聖の物なのだろう
けれど何故有原栞菜が千聖の物をこんなに必死に捜すのかがわからない
そして何故それを愛理に預けるのかもわからなかった
 
482 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:19
 
訳がわからないまま愛理はそれを受け取る
一瞬触れた有原栞菜の手は凍るように冷たかった


「‥‥わかりました」
「ども」
「あ、あの−「へっくしゅっ」


愛理が何故こんな事をしたのか聞こうとするとタイミング良く有原栞菜がくしゃみをした
まだ冷たいだろう川に入っていたのだ、風邪を引いてもおかしくない
咄嗟に心配になった愛理は自分の首に巻いていたマフラーを取る
ぐしっと鼻をすすって有原栞菜が顔を上げた


「あーごめん。何?」
「えっと、その‥」


解いたマフラーを両手で握り締めて、愛理はばっと有原栞菜の前に突き出した

 
「風邪っ、引いちゃうんで!」
「へ?」
「そっそれじゃ!」
 

頭を下げて愛理は有原栞菜とえりかちゃん、を背に駆け出した
たんたんと階段を上がり、自転車に跨がる河川敷をもう一度見下ろす勇気はなかった

自転車を漕ぎ出し、有原栞菜とえりかちゃんから愛理はどんどん離れて行く
マフラーが無い為首に風が抜けて寒かった
なのに身体の熱は上がっている気がした
けれどきっと、それは一生懸命自転車を漕いでいるからだと愛理はこじつけした
 
483 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:19
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
484 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:21
 
「千聖、これ」
「‥‥えーっ!!」


次の日、有原栞菜に言われた通り愛理は隣のクラスの千聖にストラップを届けに行った
久しぶりの対面に千聖は首を傾げていたが、ストラップを見せた途端目を丸くして驚いていた


「愛理、これどうしたの!?」
「えっ、と‥」


愛理はどうしたら良いのかわからない
自分で届けに来ないという事は、何か名乗れない事情があるのだろうか
愛理が考えている内に休み時間のチャイムが鳴ってしまった


「まーいいやっ。とにかく本っ当ありがと!今度お礼するから!!絶対っ!!」
「うん‥‥」


お礼をされるのは自分ではない
お礼ならあの有原栞菜とえりかちゃんにすべきだ
あんな夜遅くまで川の中に入ってまであれを探していたのだから

やっぱり、気になる
疑問は解決しなければすっきりしない質の愛理は納得がいかなかった
有原栞菜という人物が嫌に気になった
それに勢いで貸してしまったマフラーもどうしたものか
自分から返してくれとあの有原栞菜に催促する勇気はなかった


「不良、なんだよね‥?」
 
485 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:21
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−


 
486 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:22
 
「あ」

 
今日は塾もない為のんびりと歩いていた帰り道、校門の前でふと見上げた空に見えたのはふわりと風に揺れるマフラー
それは間違いなく愛理が昨日有原栞菜に貸した物で、屋上の鉄柵に目立つように括られていた

愛理は慌てて校舎へと引き返す

足早に階段を上がって行く内に息が切れて来た
三階を越えるとその先の階段は薄暗く、上って行くと重そうな扉が見えた
この学校の屋上は本来立入禁止にされている筈だ
そう、この有原栞菜のように
ここをたまり場に使ってサボる人が現れるからだ


「‥‥‥」
「お、来た来た」
 
487 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:23
 
そこにいたのは有原栞菜
鉄柵にだらりともたれて足を投げ出している
愛理が近付くとだらだらと立ち上がり、鉄柵に括り付けていたマフラーを解いて愛理を振り向いた


「これ、どーも」
「‥‥いえ」


マフラーを持った手を伸ばされたが愛理は手を伸ばさない
近付いて良いものか、というより近付く前に確認したい事が幾つかあった
マフラーを受け取らない愛理に有原栞菜は首を傾げていた


「千聖、すっごい喜んでました」
「そう」
「何で自分で行かなかったんですか?あなたが探して見つけたのに」


言うと有原栞菜は伸ばしていた手を下げて、元のようにずるずると鉄柵にもたれて座り込んだ
愛理は有原栞菜に一歩近付く
するとふっと息を零して有原栞菜が話し出した

 
「ある所に、舞ちゃんという可愛い女の子がいました」
「え?」
「舞ちゃんには大好きな人がいます。ところが二人は下らない事でケンカをしてしまいました」


突然話し出した有原栞菜に愛理は訳がわからず首を傾げる
 
488 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:24
 
「そして舞ちゃんは千聖の大切にしているストラップを勢いで川に投げてしまったのです」
「‥‥‥」


話が見えて来た
有原栞菜が川に入って必死にそれを探していた理由


「舞ちゃんはあたしのご近所さん。だから困ってるのほっとけなかった」


空を仰いで有原栞菜が言った

もう一度、この人は本当に不良という部類に属する人なのかと愛理は考えた
少なくとも愛理から見たら
愛理の偏見で言えば
有原栞菜は優しい人だと思った
不良だから性格が悪いと決まっている訳ではないのだ


「でも、何で。だったら尚更あなたが行った方が良いじゃないですか」


思っている事がすらすらと言葉になってしまうのは、根っからの怖い物知らずからか
有原栞菜という不良の事をあまり知らないからかもしれない


「あたしは舞ちゃんとは仲良いけど岡井千聖の事は話でしか聞いてないし話した事もない。学年違うし」
「‥‥そっか」
「だいたい学校で有名な有原栞菜に呼び出されたって言ったらどう考えても怖いでしょ?後輩の階とか行っただけでみんなキャーキャー言って逃げるよ、多分。」
「‥‥」
 
489 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:26
 
「だからあんたに頼んだの。あたしと違って真面目そうだし」


愛理を指差しそう言って有原栞菜は乾いた笑いを漏らした
愛理は納得がいかない
有原栞菜の言っている事はもっともだ
学校で有名な不良だとしたらやっぱりただの用でも上手く事を運ぶのは難しいだろう

というか、彼女が自分の事を不良だと自覚している事に愛理は少し驚いた
その事を誇っている様でも嫌がっている様でもない有原栞菜が何を考えているのかわからない


「あの」
「ん?」
「あなたって、悪い人なんですか?」

 
 
聞き方がストレートすぎたのか、有原栞菜はぽかんと口を開けて固まった後お腹を抱えて笑い出した
愛理は屋上の冷たい地べたに転がっている有原栞菜に近付きしゃがみ込む
すると有原栞菜が息を整えながら体を起こした
愛理の顔を下から覗くようにしてにやりと笑う


「そーそー、悪者だよ?」
「でもそれは噂でしょう?」


有原栞菜のおどけた口調を断ち切るように愛理は言った
けれど有原栞菜は表情を変える事なく言い返して来る


「事実があって噂が出来るんだよ」
「でも全部が事実な訳じゃないんですよね」
 
490 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:29
 
愛理も負けない
有原栞菜の瞳の奥を覗き込むようにじっと見つめてみる
人の良し悪しが本当に目で判断出来るかはわからないし愛理はそんな自信がある訳ではない
けれどどうしても目の前の彼女が噂に聞く程の最低な人間だとは思えなかった

そのまま愛理が見つめていると有原栞菜は溜め息を吐いて俯いた


「‥‥あんたって怖い物知らずなの?」
「それもありますけど、あなたは怖くないです」
「何を根拠にそんな。あたしの事友達とかから聞いてんでしょ?」
「でもそれは話の中のあなたであって、私が知ったあなたは友達の為に体を張れる優しい人です」


もしかしたら噂は本当かもしれない
それでも愛理は自分の見た物を信じたかった
あのストラップを見つけた時の笑顔が本当の彼女だと思いたかった
何故こんなに必死になるのかわからない
 
491 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:32
 
有原栞菜は観念したように鉄柵にもたれた


「噂なんて言わせとけばいんだよ。別にそんな気にしないし」
「嫌じゃないんですか?」
「別にホントの事もあるし。それがいつの間にか大きな話になってて、もう撤回すんの面倒になった」
「‥‥‥」


何で、皆この人を見ようとしないんだろう
愛理は思う
噂が先行してしまう後輩は有原栞菜という人物像を頭の中で完成させて近付こうともしない
きっと同級生はよく知りもしないで次々に噂を生産しているのだろう
それを止める事は愛理には出来ない
それに全てが嘘ではない訳だから完全に有原栞菜を肯定する事も出来ない

けれどせめて、自分の中では

 

「でも、私はあなたを優しいと思いました。だから良いんです」
「‥‥‥」
「私の中で、有原栞菜は本当は優しい人だって。そう決めたから」
 

 
千聖に言おう
本当はそれは有原栞菜が見つけたんだと
寒い中川に入って二人が仲直りするように必死に探したんだと
それだけは、きちんと言おう
愛理はそう思った

有原栞菜は俯いて、さっきよりも深く溜め息を吐いた
 
492 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:35
 
「あんた、名前は?」
「鈴木愛理‥です」
「愛理、ね。覚えておく」


そう言って有原栞菜がずっと握っていたマフラーを愛理に差し出した
愛理はそれを受け取ろうと素直に手を伸ばす
すると伸ばした腕を有原栞菜に掴まれぐいと引っ張られた
「わっ」と小さく声を出して愛理が前のめりになる


「まー実はそんな悪者でもないけどさ」


ずいと顔を近付かせ、にやりと有原栞菜が笑う
その大きな瞳に吸い込まれそうになった


「可愛い子が好きっていうのは、ホントかな?」
 
493 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:38
 

そう言って有原栞菜の唇が愛理の唇に触れた
それはほんの一瞬で愛理は目を閉じる事も出来なかった
身体がぴしりと固まり動けない


「−よろしく、愛理」

 
 
可愛い子が好き−その噂は本当かもしれない
けれどきっと百人斬りというのは嘘だろう
離れていく有原栞菜のほんのり染まった頬を見て愛理はそんな事を思った
 
494 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:40
 


百聞は一見にしかず
彼女が本当に最低な人だったとしても
どんな噂を耳にしても

それでも目の前の彼女に惹かれてしまったのだから仕方がないと愛理は思った


 

 百聞は一見にしかず−.終わり
 

495 名前:百聞は一見にしかず 投稿日:2009/03/27(金) 00:40
 


 

496 名前:三拍子 投稿日:2009/03/27(金) 00:46

はい、今回はここまで。
>>422さんリクエストあいかん、不良の栞菜と優等生愛理です。

うー‥‥ん。リクエスト、予想以上に難しいです。ご期待に沿えているでしょうか(-.-;)


 
次はあっち向いて更新します。
 
497 名前:三拍子 投稿日:2009/03/27(金) 00:51

>>467さん
毎度感想ありがとうございます!
リクエストの件はすみませんでした説明不足ですm(__)m
栞菜の想いを見届けてやって下さい。

>>468さん
なるほど‥‥それは私の文章力の無さというか考えの浅さです。
ダメですね、がんばります!!
貴重な感想ありがとうございましたm(__)m

>>469さん
今回は今までと違って切ない話が多くなると思います。
四人の対面も近いです‥‥!
 
498 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 03:34
ありがとうございます。
422でリクエストさせてもっらたものです。

やばいです!
想像どうり、いやそれ以上!!
期待していた以上にすばらしいお話ありがとうございます。
リクエストに細かく、こたえてくだっさって嬉い限りです。

これからも応援していますので素敵なお話を書いてください。
499 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/28(土) 21:28
更新お疲れ様です!

確かにそうなっちゃうのは仕方がないよ愛理〜!
って思っちゃったほど、栞菜がかっこよかったです!!

あっち向いても楽しみにしてます!
500 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:28
 


 
501 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:28
 

無意識に口から零れた想い

うぅん、本当は無意識なんかじゃない
だってずっと、ずっと

胸の中では叫んでたから


 


 angle.M−4


 

502 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:30
 
手の温かさって、いつまで覚えていられるんだろう
 

「−舞美」
「ぅえっ!?」
「どっか飛んでたよ。大丈夫?」


部活仲間の佐紀が怪訝そうに舞美の顔を覗く
部活の合間、今は10分間の休憩時間
舞美と佐紀はグランドの日陰に並んで座り込んでいた
スポーツドリンクの入ったペットボトル片手に舞美は大丈夫と隣に座っている佐紀の方を向く
冷たいペットボトルに手の熱が奪われて行く
それを寂しく感じながらあの日の事を思い出していた舞美はいつしか意識がどこかに飛んでいた

 
繋いだ手は温かくて、胸は熱かった
 

ペットボトルを額に当てて舞美は空を仰ぐ
あの日から、あの体育倉庫の一件から
えりかに対する自分の想いがますます強くなった気がする
別にだからと言って生活に支障がある訳ではない
寧ろ好調な位だ
最近えりかの表情が柔らかくなった気がする
相変わらず口数は少ないが、前よりも優しい表情をするようになった

そう感じているのはきっと舞美だけで
それはえりかが舞美にだけそういった表情をしているからだったら良いと思ってしまう
 
503 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:31
 
恋をして学んだ事
恋をすると、人は我が儘になる

えりかに話し掛けられるのは嬉しい、自分だけだと思う
けれどえりかと話す人は当たり前だがいる訳で
えりかが誰かと話しているのを見るだけで舞美は心のどこかがちくりと痛む気がする
えりかを独占したい訳ではない
四六時中一緒にいたいとは思わないし無理だとわかっている
えりかの時間全てを欲しいなんて事は言わない

けれど、自分にだけを
特別を期待してしまう
誰かに優しい笑顔を向けるえりかは見たくないと舞美は思う

 

あの日、えりかは舞美を助けてくれた
寒い夜にわざわざ学校まで来て、鍵を壊してまで助けてくれた
正直えりかがそんな事をするなんて舞美は思ってもいなかった
行動派ではないえりかが、あの面倒臭がりのえりかが

自分を助けに来てくれた

嬉しくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった
人前で泣いたのはいつ振りだろう
人の胸を借りる事など今まであっただろうか
えりかの不器用な優しさが胸を熱くした
出来るなら、繋いだ手をずっと離したくなかった
 
504 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:32
 
舞美はあの後考えてみた
もし閉じ込められたのが舞美でなかったら
他の誰かだったら
えりかは助けに行っただろうか
何となく、行かない気がした
いや、これはきっと舞美の我が儘で
本当は他の人を助けに行って欲しくないだけなのかもしれない

そんな事を思ってしまう自分が嫌だった

 

「−なんかあった?」


ペットボトルを額に当てたまま舞美が目を閉じていると隣の佐紀が聞いて来た
佐紀はこういう事に敏感だ
舞美はペットボトルを地面に置いてうーんと両手を前に伸ばす


「好きな人にさぁ」
「うん」
「特別を期待するのは、わがままかな?」
 
505 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:34
 
人よりも多くを望む
誰かよりも特別な存在になりたいと思う
けれどえりかがそんな事を考えるような人だとは思わない
佐紀は頭を掻きながらうーんと小さく唸っていた


「相手が自分の事どう思ってるかわかんないんだもんね」
「そうなんだよ」
「でも、舞美にとってその人は特別なんでしょ?」
「‥‥うん」


返事をするだけで舞美は顔の熱が上がるのを感じた
自分がえりかに恋をしていると気付いた瞬間から
いや、本当はもっと前
教室で見たあの時から
舞美の中でえりかはずっと特別だ


「舞美が特別って思ってる事が相手に伝わってるんなら大丈夫なんじゃない?」
「‥‥‥」
 
506 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:35
 
「だって、想ってもらえるってすごい幸せな事だと思わない?」
 


そう言って佐紀が優しく笑った
佐紀は頼りがいのある友人だ
いつだってこうやって何気なく舞美の背中を押してくれる言葉を口にする
 

舞美が特別だと思っている事にえりかは気付いているだろうか
気付くとは思えない、えりかがそんな事を気にするとは考えにくい
好きだの嫌いだの、きっとえりかにとってはどちらでも良い話なのだ

けれど、舞美にとっては大事な事だ
えりかを好きだという気持ちは舞美にとってとても大切な事であり、譲れない想いなのだ
 
507 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:38
 
「休憩終わりー」


部長の声が聞こえ二人は腰を上げる
足の屈伸をしている佐紀の一歩前へ出て、舞美は大きく息を吸った
ゆっくりと吐き出した後、佐紀を振り返る


「よし、走ろう佐紀!」
「はいはい。元気だねぇ」


溜め息混じりに佐紀が笑って隣に来た

二人で並んでスタートラインに立つ
とんとんと軽く爪先を地面にたたき付けた
風は緩い追い風、空は快晴
舞美の心もすっきりと晴れ渡った
 
−よし、良いタイムが出る−
 
早く走り出したいと叫ぶ身体を屈めて舞美がクラウチングスタートの構えを取ると、
隣の佐紀がゆっくりと構えながら話し掛けて来た
 
508 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:38
 
「舞美ってさぁ」
「ん?」
 

「本当に好きなんだね、梅田さんの事」

 

その言葉に舞美が佐紀の方を向いた時はもうスタートの合図は鳴っていて既に佐紀の姿はなかった
頭の中で佐紀の言葉を繰り返した後、舞美は空に向かって叫びながらトラックを駆け抜けた
 
509 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:39
 
−−−−−−−−
−−−−−
−−
 

510 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:40
 
「‥‥はぁ‥」


帰り道、舞美は溜め息が止まらなかった

さらりとばればれだと佐紀に告げられた自分のえりかへの想い
大体佐紀はクラスも違うのに何故そんな事を知っているのか
自分がえりかの事をそこまで話した覚えもない
だとすると、少ない情報からでも舞美の気持ちはすぐわかるという事になる
そんなに自分はわかりやすいだろうかと舞美は考えてみたが思えば昔から隠し事は出来ないタイプだった気がした
どうか相手が鋭い佐紀だからばれたのだと良い、他の人が気付いていなければ良い
心の中で舞美は懇願した
 

けれど、考えてみれば
何を隠す事があるのだろうか
自分がえりかを好きだというのは事実であり舞美はそれを否定しようとは思わない
だとしたら隠す必要も動揺する必要もないのかもしれない

そんな事を考えながら商店街を歩いていると
ふと見えた店内に見覚えのある姿があった
 
511 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:41
 
考えていたからだろうか
もしかしてこういうのを運命と言うんじゃないか
舞美は瞬間そんな事を考えた

 
『有原書房』と書かれた古本屋らしき店の中にいたのは確かにえりかで
舞美は数秒その姿を見つめて確認した
間違いない、えりかだ
そう思うと舞美はどくんと胸が鳴るのを感じた

店に入って良いのかわからない為動くに動けず舞美がその場に突っ立っていると、気配を感じたのかえりかがこちらを振り返った
ガラスの戸越しにえりかと目が合う
舞美の存在に気付いてもえりかは声も上げず
静かに立ち上がり、ゆっくりと店の入口に近付いて来た
舞美は尚も突っ立ったままでいる

カラカラと戸が引かれて現れたえりかはさほど驚いてもいない様子だった
 
512 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:43
 
「矢島さん、どうしたの?」
「通り掛かっただけだよ。梅田さん見えたから」
「あ、そう」
「うん」


会話と呼べる程のやり取りもなくそこで言葉は途切れた
えりかとの間に沈黙が流れる
なのに何故か舞美は笑顔だった
目の前にいるえりかはそんな舞美に不思議そうに首を傾げていた
そんなえりかの様子が可愛くて舞美は更に頬が緩むのを感じる


「−梅田さん」


えりかの名前を呼んだ瞬間、さっき佐紀と走った時のように緩い追い風が吹いて舞美とえりかの髪を揺らした
まるでそれは舞美の背中を押すような、そんな優しい風だった


どくどくと血が巡る胸が熱くて、もう気持ちはその熱に耐えられそうになかった
すっと息を吸い、舞美はえりかを見つめてにっこりと笑う
 


「あのね。梅田さんは、あたしにとって特別なの」
「‥‥」
「好きだから」


そう口にした瞬間気持ち良い風が胸を吹き抜けた気がした
正直な話、言う気なんてなかった
ただたまたま風が吹いて、たまたま綺麗にスタートを切ってしまっただけだった
 
513 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:46
 

「梅田さんが好き」


 
けれどもう一度口にした瞬間は、ぎゅうっと胸が締め付けられて泣きだしたくなった
舞美はそんな初めての感覚にどうして良いかわからない
目の前のえりかはやっぱりあまり反応を示さなかったが、大分驚いているように舞美には見えた
いきなりの告白にどう思っただろうか
舞美はどくどくとうるさい心臓の音を感じながら考えた

少しの沈黙の後えりかがゆっくりと、やっぱりいつもの通りに口を開く

 
「−うん」
「‥‥‥」

「ありがとう」
 


ゆっくりとしたその言葉が胸に流れ込む
それと同時に舞美は自分が何を口走ったのかやっと正気になった
 
514 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:48
 
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥ぁ」
「?」
「あ‥‥わあーーーっ!!」

 
顔から火が出そうになった、いやもしかしたら本当に出ていたんじゃないか
それ位舞美は恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じた
叫んだまま舞美は『有原書房』から逃げ出す
商店街の人込みの中を擦り抜けて行った

アスファルトの地面を蹴る音と自分の鼓動が重なって体中に響いた
ありがとう、そう言ったえりかの表情はいつもの整った綺麗なもので
その言葉にどういう意味が篭められているのか真意を確かめる事は出来なかった
 
515 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:49
 
どきどきどきどき、心臓のリズムは乱れる一方で
なのに、頭は信じられない位すっきりしていて走っている内に頬が緩んだ
一方的な告白、それも良いかと思った
答えを求める訳ではない
自分はえりかを好きだと思った、それだけだ

えりかの後ろにえりかよりも驚いたように目を丸くしている店員らしき女の子が見えた
こんないきなりな場面に出くわさせてしまった申し訳なさとその恥ずかしさを今更になって舞美は感じた


「−ま、いっか!」


とんっと一歩、強く地面を蹴って舞美は跳びはねる
身体を抜ける風が、気持ち良かった
 
516 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:49
 

気付かなかった、知らなかったじゃ済まされない

だけどこの時あたしは本当に何も知らなかったんだ


 


 M−4.終わり
 

517 名前:M−4 投稿日:2009/04/07(火) 21:52
 


 

518 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/04/07(火) 21:54
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
>>85-98 M−1
>>102-112 A−2
>>114-135 E−1
>>172-187 K−2
>>189-208 M−2
>>213-238 E−2
>>316-334 A−3
>>340-361 M−3
>>366-380 K−3
>>385-412 E−3
>>441-464 A−4
>>500-517 M−4
 
519 名前:三拍子 投稿日:2009/04/07(火) 22:00
 
はい、物語がすこーし動いたような感じです。

暫くこのシリーズ更新頑張ります。


>>498さん
リクエストに少しでも沿えられたなら光栄です!!
聞いたからには忠実に、をモットーに頑張ります。

>>499さん
栞菜はカッコイイです。やばいです。ホレますWW
 
520 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/08(水) 10:22
更新お疲れ様です。
作者様の描くやじうめがすごく好きで、読んでてキュンとしてしまいます
これからの展開も楽しみに待ってます!
521 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/08(水) 21:30
更新乙です
いつものことかもしれませんが照れる舞美が可愛すぎるw
522 名前:にーじー 投稿日:2009/04/09(木) 21:21
近々波乱がありそうな締めですね…。
ドキドキしながら待ってます!

短編も読みました〜。面白かったです!
有原さんの役柄的にかっこいいのに、結局最後かわいくなってしまって笑いました。笑
523 名前:sage 投稿日:2009/04/09(木) 23:07
あれ?百聞…は続かないんですか?
もう、たまらなくツボですこの話!!!!
強気な愛栞は何か新鮮で素敵です(>_<)
524 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:20
 


 

525 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:21
 

いつまで
いつまでこうやって『本屋さん』でいられるんだろう

いつまで
こうやって彼女を見守っていられるんだろう


 


 angle.K−4


 
526 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:22
 
愛理の物語を聞いてから数日
栞菜は今日も有原書房に向かって自転車を漕いでいた
委員会があり帰りが少し遅くなってしまったが、今日は店は休みの為急ぐ必要はない
棚の整理をして新作を読み漁り、ついでにご飯でもご馳走になろうと栞菜は随分と我が儘な計画を立てていた

 
−矢島舞美ちゃんが好きなんです−

 
わかり切っていた事実でも、正面から言われるとやっぱり堪えるもので
愛理の口からその言葉が出た時はぐさりと胸に何かが刺さったような感覚がした
そこからずきずきと胸は痛んで行って
話を聞いている間栞菜はずっと愛理の顔を見れずにいた
無意識にぐっと手を握り締めて沈もうとする夕日だけをただただ見つめていた
愛理と舞美の話、それはすごく幸せな
けれどすごく切ない物語で
栞菜は愛理がどれ程舞美の事を好きなのか思い知った
そしてその目に自分が映っていない事も
痛い位思い知った

栞菜は報われない想いに息苦しくなった

 
支えるしか
いや、支えるなんて大袈裟じゃなくて良い
せめて話を聞いて背中を押す位しか自分には出来ないと思った
本当はあの時、泣きそうなのは栞菜の方だった
 
527 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:23
 
そんな事を思い出しながら商店街を抜けて行く
駄菓子屋の紺野にもらった煎餅を片手に有原書房へ到着した


「おばあちゃーん、いるー?」


ガラリと引き戸を引くと、捜す間もなく祖母の姿があった
格好を見た所、多分近所に遊びに行くか町内会の集まりだろうと思う


「いらっしゃい栞菜。多分7時位には帰るから。夜ご飯食べるの?」
「うん!あたしは棚整理してるから」
「ありがとうね。あ、そうそう奥にお友達来てるわよ」


そう言って祖母は出て行った
入口には『本日閉店』と書かれた板が置いてある
これでもうこの店は栞菜の物となった訳だが
祖母の言葉に栞菜はレジの後ろ、戸の閉まった居間を見る


「‥‥友達?」


友達、その言葉に栞菜は首を傾げる
学校の友人で栞菜がこの本屋でバイトしている事を知っている人はほとんどいない
この近くに住んでいる人がいないというのもあるが、別に話す必要もないと思い言わないできたからだ
えりかだとしたら祖母はえりかが来ている、と言っただろう

だとしたら−‥
 
528 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:24
 
栞菜はゆっくりと居間の方へ近付く

だとしたら、思い浮かぶのは一人だった
なるべく音を起てないように靴を脱ぎ、栞菜は戸に手を掛ける
一つ息を吐いた後、ゆっくりと戸を引いた


「‥‥‥」


居間の中心、まだ仕舞われていないこたつに突っ伏してすーすーと寝息を起てている彼女
栞菜はその場で立ち尽くし、咄嗟に口も塞いだ
愛理の寝顔は綺麗で
音を起てたらすぐに消えてしまうんじゃないか、そんな儚さを感じてしまう

玄関に一歩上がりしゃがみ込み、栞菜は愛理をじっと伺う
すると足元からマサムネがひょこりと現れ、驚いた栞菜は「わっ」と小さい声を上げ、バランスを崩しごろりと畳に転がった
慌ててばっと身体を起こしたが、愛理はすやすやと眠ったままだった
その姿に栞菜はほっと胸を撫で下ろす
 
529 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:27
 
言う事を聞くかわからないマサムネに向けて人差し指を起てて静かにと注意した
音を起てないように爪先で歩き、タンスの隅に鞄を置く


「‥ぇー‥と‥」


どうしたものか
というよりこの状況は何なのだろう
愛理が同じ家の同じ部屋にいる
栞菜は未だ信じられずじーっと愛理を見てみる
白い肌に長い睫毛、細い腕
それ等を見ているだけで栞菜は自分の心臓のテンポが不規則になるのを感じた

とりあえず落ち着こうと思い、台所でお茶を一杯飲んだ
貰った煎餅も台所へ置いた
再び居間を振り返り、栞菜は愛理の横へ腰を下ろす
こうなっては棚の整理などしていられる筈がない


「‥‥‥」

 
530 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:27
 
どうしてこの人を選ばないんだろう
栞菜は考える
こんなに純粋で、真っすぐ自分を想ってくれている彼女の気持ちにどうして気付かないのだろう
どうしてえりかなのか
そこまで親しい、という感じではないえりかと舞美
あのえりかが誰かに好意を抱かれる事など今までなかった
それはえりかの人付合いの仕方が原因だと考えられるが、少なくとも今まで誰かと付き合ったり告白されたりはなかった筈だ
けれど確かにえりかには変化が起こっていて
それは矢島舞美の存在があるからだろうと栞菜は思う
 
531 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:29
 
運動神経抜群、成績優秀
人付合いも上手く統率力だってある
その上あんなに美しい容姿を持ち合わせているのだから全く非の打ち所がない

が、ただ一つだけ
矢島舞美は随分と鈍感で、場の空気を読めない事が多いらしい
なるほど、こと恋愛の面に於いてそれは遺憾無く発揮されてしまっているようだ
だとしたら
もしかしたら矢島舞美は自分の気持ちにも気付いていないんじゃないか
栞菜は考える

証拠が欲しかった
矢島舞美がえりかの事を好きだという証拠が
えりかに聞いてわかる筈がない、えりかはそんな事を考えるタイプではない
愛理の話はあくまで推察であり実際の事はわからない
信じたいと思うが、信じて良いものかとも思う

矢島舞美がえりかの事を好きだと信じてしまったら、愛理を見てもっと苦しくなる
それならしっかりとした確証が欲しいと栞菜は思った
 
532 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:42
 
どの道自分に勝機はないのだ
いや、栞菜は勝機など伺ってはいない
敵わない、とても
話を聞くだけでも完璧な矢島舞美
その舞美を一途に想い続ける愛理
どちらにも敵わない
栞菜のちっぽけな想いなど、口にする前から結果も決まり切っている


「‥‥どうしろっての」


溜め息と共に呟きながら栞菜はテーブルに頬杖をついて愛理を見る
どくんどくんと心臓が自分の気持ちを主張する
なのにどこかがきりきりと締め付けられるように痛くて
一度目を閉じて、開ける
目の前にいる愛理は相変わらず眠っていて
けれど閉じられた瞳にうっすらと涙が浮かんでいるのを見て栞菜は驚いた
眉間に寄る薄い皺に愛理が何を夢見ているのかわかった

栞菜の眉間にも皺が寄る
忘れられないのは、きっと決着がつかないから
自分の気持ちを諦める事が出来ないから
そんな愛理の想いが伝わって来て栞菜は苦しくなる
 
533 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:45
 
今目の前にいるのは自分なのに
どうか目を開けて自分を見て欲しい、栞菜はそんな事を思った

体をずらして愛理に近付く
胸を締め付ける痛みが更に増した
頬杖をついたままゆっくりと片手を愛理に伸ばす
さらりと流れる黒髪に触れた
それだけでどくんと大きく心臓が跳ねた
指に絡む事のない髪はすぐに指から滑り落ちそうになる
それを指で優しく押さえて空中で止めた

 

 
今だけは許して欲しい
意気地無しの自分は、きっと素直になる事なんて出来ないから
狡いとわかっている
相手が眠っている時を好機と思うなんて情けなかった
けれど目の前にいる彼女を想う自分の気持ちには勝てなかった

ゆっくりと目を閉じて、栞菜は愛理の髪にキスをした
起きないように、気付かないように
栞菜の気持ちにも、この行為にも
何にも気付かないで愛理が幸せでいられるように
そんな想いを小さく小さく込めた

 
カラ‥‥‥

 

534 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:47
 
その瞬間後ろから店の戸の開く音がして栞菜は心臓が止まるかと思った
柔らかい愛理の髪の毛は指から滑り落ち、元の整った髪に戻る
栞菜は何度か深呼吸をし動悸を鎮めた後、音を起てないように立ち上がり店の方へ向かった
そんな栞菜よりも先にマサムネが客を迎えにとととっと駆けて行った
後ろ手に戸を閉めて栞菜も後を追う
ちらりと見たが、愛理はまだ眠っていた


「あ。‥‥えりかちゃん」
「やっほ」


欠伸をしながら店先に立っていたのはえりか
栞菜はぞくりと背筋が強張るのを感じた
普段なら何の事はない、えりかが店に遊びに来るなんていつもの事だ
けれど今日はタイミングが悪すぎる、最悪だ
愛理が眠っている事が不幸中の幸いだった気がする

絶対に気付かれてはいけない
平静を保て、いつも通りでいろ
妙な所にだけ鋭いえりかにばれないか、けれど今日ばかりは
絶対に気付かせない、栞菜はそう決めた
 
535 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:48
 
「店休みなんだ?」
「うん。棚整理しようと思ってたとこ」
「‥‥嫌な予感する」
「あー。高い所はねぇ、届かないからねー」


そんな事を言いながらなるべくえりかと目を合わせないようにして栞菜はいつものレジ席に座る
ふーっと息を吐いた後にっと笑い下らない話でも始めようかと口を開いた


「−‥‥‥」


が、それは戸の向こうに見えた姿に声にならないまま終わった
今度は息も止まりそうになった
今日は来客が多い、けれど本を買ってくれる人は一人もいなそうだった
 
536 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:49
 
戸の向こうに立ってこちらを見ているのは、矢島舞美
栞菜は目を逸らす事が出来ない
物語の中の主役、愛理の『王子様』を栞菜はじっと見つめる
どこからかじわりと嫌な気持ちと不安な気持ちがいっぺんに込み上げて来て頭ががんがんした

けれどそんな栞菜の鋭い視線にも矢島舞美は全く気付かない
矢島舞美の真っ黒な瞳は、栞菜の向かい、脚立にだるそうに腰掛けるえりかだけを真っ直ぐに見つめていた
その瞳に強い力と光のような物を感じて栞菜は怯んだ
するとそんな栞菜の様子に気付いたのかえりかが小首を傾げて後ろを振り返った


「あ‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「ごめん栞菜、ちょっと」
「‥‥ぅん‥」


そう言って矢島舞美の方を向いたままえりかが腰を上げる
矢島舞美を見てえりかがどんな表情をしているのか伺う事が出来ず、栞菜は堪らなく不安になった
 
537 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:50
 
狭いこの店では一番離れている出入口での会話だって不明瞭とはいえ嫌でも聞こえてしまう
店の奥に戻ろうかと思ったが、二人に愛理の存在を気付かれる訳にはいかない
それに何より愛理の目が覚めてはまずい
板挟みとは正にこんな状況の事を言うんだろうと栞菜は思った

レジに置きっぱなしにされていた適当な本を手に取りぱらぱらとめくってみる
目は本に落としている、けれど耳はしっかりと二人の会話を聞こうと働いていた
二人の会話はたわいないものですぐに終わったようだった
しんとした空気に不思議に思い栞菜はちらりと視線を上げる

 
緩い風が店内に流れ込んで来て、開いていた本の頁をめくった
 
538 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:52
 

−梅田さんが好き−


−‥‥‥‥

えりかの背中の向こうに見えた矢島舞美は笑顔で
とても告白したような雰囲気はなかった
栞菜は目を見開いたまま固まった
頭の中が空っぽになって、真っ白になって
吹く風が胸を掠めた気がした

矢島舞美は、やっぱりずるい
何も知らないまま
何にも気付かないまま
こんなにも幸せそうにえりかに自分の気持ちを言ってしまったのだから
栞菜や愛理が絶対に口に出来ない『好き』の二文字を、こんなにもはっきりと面と向かって相手に言ってしまうのだから
空っぽになった頭の中が今度はぐしゃぐしゃと黒く塗り潰されて行く
どうしたら良いのか考える事も出来ず、どうにかなるとも思えず栞菜はただただ二人を見ていた


「−うん」


すると聞き慣れたえりかの普段通りの気のない返事が聞こえた


「ありがとう」


えりかの後ろ姿は、いつもの通りで
聞こえた声もいつもの通りで
その背中からは何の感情も読み取れない
 
539 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:55
 

−ねぇ、えりかちゃん
今どんな顔してる?

 
栞菜はそれだけが酷く気になった

するとえりかのその言葉を聞いた舞美の顔がみるみる赤くなって行き、次の瞬間叫びながら走り出して行った
話に出て来た通り相当足が速いのだろう
あっという間に騒がしい足音は聞こえなくなった

店の中が静かになる
マサムネのにゃーと鳴く声だけが響いた
マサムネがえりかの足元へ擦り寄って行く
けれどえりかは何の反応も示さずにその場に突っ立っていた


「‥‥えりかちゃん?」


栞菜が声を掛けて数秒、えりかがマサムネをゆっくりと抱き上げて振り返った
その表情はやっぱりいつものえりかで
とてもたった今あの矢島舞美に告白されたとは思えない
えりかが何を考えているのかが全くわからない


「ん?」
「ぁ‥‥えっ、と‥」
「あー‥ね、うん。驚いた」


驚いた、という言葉からは驚いている感じはちっとも伝わって来なかった
こういった事にも動じた様子を見せないえりかに今日ばかりは少しムカついた
 
540 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 15:56
 
「ごめん栞菜。今日は帰るわ」
「‥−うん」


さっきまで自分が腰掛けていた脚立にマサムネを下ろし、えりかは店を出て行く
その間にマサムネはぴょんと脚立から飛び降りて栞菜の足元に来ていた
マサムネの頭を撫でながら栞菜が見ていると、えりかはいつもと反対の戸を引いて出て行った
そして出た所で立ち止まりさっき矢島舞美が駆けて行った方向を見つめていた


全く何も感じていないようではないらしい
えりかはえりかなりに動揺しているようだった
 
541 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 16:00
 
少しの間立ち止まった後、えりかは自宅の方へ歩いて行った
それを見届けた後、栞菜はふーと息を吐いて背もたれにぎしりと寄り掛かった

するといつの間にか足元からいなくなっていたマサムネが奥の居間への戸をかりかりと引っかいて催促する
中からは何の音もしない
まだ寝ているのだろうか
いや、もうずっと眠ったままで良い
今日の出来事を知る位なら、何も知らないまますやすやと眠っている方が絶対に良い

そんな事を考えながら栞菜は立ち上がり、居間の玄関へとのろのろ歩いて行く
まだかりかり戸を引っかいているマサムネに変わり、ゆっくりと戸を開けた
 
542 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 16:01
 
すると戸の隙間からマサムネが飛び出して行き、愛理の元へ駆けて行った


「ちょっ、マサムネ!」


マサムネはよっぽど愛理がお気に入りなのか、にゃあと甘い声を出しながらこたつから出ている愛理の背中に擦り寄っている
捕まえようと栞菜が居間へ上がると「ぅ‥‥ん」と小さい唸り声が聞こえて栞菜はその場でぴたりと止まった


「ん‥‥?」
「‥‥こん、にちは」
「‥‥あ、すみません。私−」


目を擦りながらあせあせとこたつから出る愛理
寝起きのその姿にさっきまでのぐしゃぐしゃとした気分がほわっと消えた気がした
 
543 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 16:03
 
が、それも一瞬で
すぐにさっきの光景がフラッシュバックして栞菜は苦しくなった
愛理に心情を察せられないようにされる事には慣れている
いつも通りの『本屋さん』でいようと栞菜は何も言わず愛理を見ていた


「あのこれ。長くすみませんでした」
「え?あー、うん」


すると愛理が貸していた本を栞菜に差し出して来た
愛理の目を真っ直ぐ見る事が出来ず、栞菜は俯きながらその本を受け取った


「‥‥‥」
「‥‥?」
「‥それじゃ」


愛理の声に心臓がどくんと鳴る

受け取った時、栞菜は小さな違和感を感じた
見えた愛理の手が震えているように見えた
恐る恐る栞菜が顔を上げようとした瞬間、本から手を離して愛理は足元の鞄を取った
そして栞菜の横を擦り抜けて行くように居間を出て行った
 
544 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 16:08
 
栞菜はその場に立ち尽くしたままさっきまで愛理が立っていた辺りをぼんやりと見つめる
顔を、上げられなかった
愛理を見る事が出来なかった
きっと顔を上げてしまったら、心が潰れていた

愛理が出て行く足音が耳に響く
ピタンと引き戸の閉まる音がして、栞菜一人になった
マサムネが寂しそうに足に擦り寄って来たが栞菜はそれに気付かなかった

 

−起きていた
聞いていたのだ彼女は
自分の大好きな、大好きな人の告白を
この薄い障子戸越しに
 

545 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 16:12
 
「‥‥−待って!」


だんっと勢い良く居間を飛び出して靴も履かずに栞菜は店の出入口へ向かった
引き戸を思い切り引いて身を乗り出す

商店街を行き交う人の中、愛理の背中だけが栞菜にははっきりと見えた
栞菜が出て来た事に気付いたのか、数歩行った所で愛理はぴたりと足を止めた
がやがやとした商店街の中で、栞菜と愛理だけが違う世界にいるような、そんな気がした
何と声を掛けて良いのかわからず栞菜は愛理が振り返るのを待つ
飛び出したのは勢い任せでその後どうしたいのかなんてわからなかった
走って来た訳でもないのに息が苦しい

ゆっくりと愛理が振り返る
栞菜をじっと見つめた後、にっこりと笑った
 
546 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 16:15
 

−大丈夫です−
 

そう言ったのだろう声は商店街の雑踏に掻き消された
それ位小さな小さな声だった
目は笑って細められているのにその瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだった

胸が軋む音がした
愛理と向かい合う自分がどんな顔をしているのか栞菜はわからない
いつものように感情を殺しているのは無理そうだった
声が出ない、掛ける言葉は思い付かなかった
 

もう一度小さく笑って愛理は栞菜に背を向けて歩き出す

 

走り出せば簡単に追い付ける
呼び止める事だって出来る
なのに足は地面に張り付けられたように動かず、手はだらりと力を失っていた
 
547 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 16:15
 
暫くするとじわりと涙が浮かんで来た
けれどそれはそんな気がした、というだけで実際涙は零れなかった
栞菜と愛理、どちらが傷付いたかは言うまでもない
どれだけ愛理の事を想っても、どれだけ愛理の幸せを祈っても
所詮自分は輪の外の人間なのだ
愛理、舞美、えりか
その三人で展開される物語の主軸に栞菜が加わる事はない


愛理はいつから起きていたのか
見えなくなって行く背中を見て栞菜は静かに考えた

 
548 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 16:16
 

愛理の物語の中に時々登場する名前もない『本屋さん』

主役を引き立てる事も出来ないこんなちっぽけな脇役は
いつその物語から弾き出されるかわからなかった


 

 K−4.終わり


 

549 名前:K−4 投稿日:2009/04/11(土) 16:16
 


 

550 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/04/11(土) 16:19
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
>>85-98 M−1
>>102-112 A−2
>>114-135 E−1
>>172-187 K−2
>>189-208 M−2
>>213-238 E−2
>>316-334 A−3
>>340-361 M−3
>>366-380 K−3
>>385-412 E−3
>>441-464 A−4
>>500-517 M−4
>>524-549 K−4
 
551 名前:三拍子 投稿日:2009/04/11(土) 16:21
 
今回はここまで。一話分が長い‥‥短く要約出来る力が欲しいです(-.-;)

私は素直ゆえに鈍感な矢島さんが好きですが、もう少し考えさせた方が良い気がして来ました(笑)
 

リクエスト、リアルあいかんは今は書けないので後半に回しますm(__)m
ご了承下さい。
他のをちまちま書いて行きます!
 
552 名前:三拍子 投稿日:2009/04/11(土) 16:21
>>520さん
それはそれは。
これからも頑張りますのでよろしくお願いしますm(__)m

>>521さん
感情に素直な舞美は書いてて楽しいです。
舞美と梅さんの掛け合いをお楽しみ下さい(ノ><)ノ

>>522さん
波乱‥‥どうでしょうかねぇ。
栞菜は短編向きです。長編だと情けない部分がばれてくるからですWW

>>523さん
百聞は一応短編のリクをもらって書いたものなので続編は基本考えていません。
でも続編希望が多ければ考えます(^O^)/
 
553 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/12(日) 03:28
お疲れ様です。
個人的には梅さん視点がかなり気になるところです。
554 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/12(日) 21:39
更新お疲れ様です!

作者さんは十分力があると思います!
すごい心情が伝わってくる文章で、素敵です!
この二人にも幸せになってもらいたいですね。
555 名前:にーじー 投稿日:2009/04/12(日) 23:01
切ない…。
応援してあげたいのですが、誰を応援すればいいのかわからなくなっています。
556 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:01
 


 
557 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:02
 

何なんだろ

何?

何なんだこれは


 

 angle.E−4


 
558 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:03
 
−『すき』って、何だろう
 


隙、空き、鋤、数寄、犂、梳き
スキ、すき、SUKI‥‥‥

家にある辞書を調べられるだけ調べて、出て来たのはこれ位だった
それも含めてとりあえずノートへ羅列してみたこの単語
こんな事をした所で全く、これっぽっちも、何の意味もない事位えりかは知っている
くるくると何回か手の中でシャーペンを回した後、ぱたんとノートを閉じた
うーと身体を伸ばして天井を仰ぐ

えりかにしては、かなり動揺しているらしい
 
559 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:04
 
『梅田さんが好き』
 

舞美にそう言われた後、えりかは有原書房を後にして特に寄り道する事なく家へと帰った

のろのろとローファーを脱ぎ、向かったのは台所
冷蔵庫から麦茶を出し、コップに二杯を一気飲みした
その後意味もなく歯を磨く事30分、いい加減歯茎が痛くなって来てやめた
またのろのろと歩き出し、いつもより熱めのお湯を入れてお風呂に入る事2時間半、母親に怒られた為渋々上がった
夕飯のパスタが度々巻き過ぎで一口に入らず何度も巻き直した
家族はそんなえりかを見て「風邪でも引いた?」と心配していた

それに対して自分が何と返したのかえりかは覚えていない
けれどあの時自分が舞美に何と返したのかははっきりと覚えていた
 
560 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:05
 
その後とんとんと自室へ上がり、今に至る


口から出たのは正直無意識な言葉だった
「ありがとう」そう聞いて舞美はどう思っただろうか
普段えりかが言葉少ななのは余計な事を言わないようにするためだ
口を滑らせる、とはよく言ったもので
人というのは話せば話す程ぼろを出して足元を掬われる
それは恥ずかしく情けなく、時には自分の立場を危うくする事になる
自分で自分を窮地に追い込むなんて馬鹿げた事だ
そう考えるえりかはいつもいつも考えて考えて言葉を口にしているつもりだ
けれどその素振りは全く見せない、返答が拙いものになってしまうのはそのためだろう
必要最低限、それで十分に人との関わりは成立する
勉強が出来る訳ではなくとも、そういった効率的な事や頭の回転は良い方だと思っている
その時その時に応じて必要最低限、最適な言葉を相手に返す
面倒臭がりとはいえそれくらいは考えているのだ

しかしながら、あの時は
頭が真っ白になった
何も考えられなかった

だから「ありがとう」という返答にどんな気持ちを込めたのかえりか自身わからない
けれど、素直に嬉しかった
それだけはわかった
ただその嬉しさはきっと舞美に伝わってはいない
 
561 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:07
 
えりかは机から離れてベッドへ転がる


元来、えりかは恋愛に向かない人間なのだ
自分みたいな面倒臭がりで行動力のない人は、きっと恋なんて出来ない
恋などしなくても人生に支障はない
その為に右往左往している自分が想像出来ないし、実際そんな場面になる事などないだろうと思う

『梅田さんが好き』

好き、それがどういう意味かなんてわかっている
けれど、好きと言われて何と答えるべきなのか
相応しい答えをえりかは持ち合わせていなかった

舞美は自分の事が好きだという事がわかった
けれどそれでどうすれば良いのかわからない
付き合おうと言えばよかったのだろうか
舞美はえりかと付き合いたいのだろうか
それがわからないとなってはどうしようもなかった
 
562 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:08
 
えりかは舞美と付き合いたいとは思わない
いや、誰とも付き合おうとは思わない
付き合う、という事がどういった事を指すのかがよくわからないえりかはその単語があまり好きではなかった
えりかの中で『付き合う』という事は特定の人に縛り付けられる、という意味に近かった

舞美が誰かを縛り付ける人だとは思えない
きっと舞美はえりかと付き合いたい訳ではないのだろう
きっと、あの告白は無意識のもので
だからあんなにすっきりと好きだと言えたのだろうと思った

 

部屋の電気を点けたままえりかは目をつむる
特別だと、好きだと言った舞美の笑顔が目の裏にちらついた
 
563 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:09
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
564 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:11
 
翌日、えりかはふらつきながら学校へと向かった
通学する生徒の中明らかに鈍い足取りでのろのろと校門を抜ける


−昨夜、えりかは目をつむったは良いが全く寝付けず
ベッドの上をごろごろごろごろと何度も寝返りながら往復していた
気分を変えようと漫画を開いたが気分が乗らずにすぐ閉じた
そしてその隣にあった『人付き合いを学びましょう』の本をえりかは手に取った
栞菜に借りたままずっと返していない、いわば借りパクに近しい事になっている本
借りたとはいえ本屋の商品だ、そろそろ返さないとまずいだろう

それをぱらぱらとめくり、えりかはある所で手を止めた


「‥‥変化は恋の始まり」


−恋?
眉間に皺を寄せてえりかはその頁を読む


『あなたの態度が特定の人に対して変化した時、それは恋の始まりかもしれません‥‥』


なんじゃそりゃ
こんな事あるのだろうか
大体変化というのはどういう事なのだろうか
半信半疑にえりかは目を進めて行く
見てみると具体例が幾つか載っていた
 
565 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:13
 

「−えりかちゃんっ!」


校門を抜けた所で同じ中学出身で腐れ縁の桃子に声を掛けられた
調度良いとえりかはくるりと振り返り、桃子に詰め寄る
えりかの不審な様子に桃子は首を傾げていた
少し身体を屈ませて桃子にぴたりと視線を合わせる


「なっ、なに何?」
「‥‥1、2、3、4」


−5、

首を傾げたままの桃子から顔を離し、えりかは屈ませていた身体を起こす


「はい。大丈夫」
「なにそれ。何が大丈夫なの?」
「いや、桃は桃って事」


ぎゃあぎゃあと騒ぐ桃子にひらひらと手を振りえりかは再び歩き出す
 
566 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:15
 
・5秒間、目を合わせられない


そんな事あるのだろうか
桃子となら桃子さえ黙っていれば何時間でも目を合わせていられるだろうとえりかは思った
目を合わせる事は正直あまり好きではない
目を見ていると人の知りたくない事まで知ってしまいそうで少し怖くなる
けれど合わせていろ、と強制されれば別に出来ない事でもないとえりかは思った

そのままのろのろと歩き、向かったのは保健室


「藤本せんせー」


からからとドアを開けると藤本はソファーに本を顔に乗せた状態で寝ていた
えりかが入って来た事に気付くと本をどかし面倒臭そうに体を起こした
欠伸をしながらえりかを振り返る
 
567 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:15
 
「なーに梅田。また筋肉痛?」
「いや寝不足で‥‥。ベッド貸して下さい」
「良いけど朝から授業サボんの?」
「教室で寝るなら一緒ですよ」


ふー、と呆れたように溜め息を吐いて藤本はいつものようにコーヒーを入れる
コーヒーの香りが更に眠気を誘う
えりかは欠伸を一つ、藤本の机にあるクッキーに手を伸ばそうとしたが手に取る前にするりと藤本に取られてしまった


「‥良いじゃないですか。寝る前の一口」
「さっさと寝ろ」


ぎろりと藤本に睨まれえりかはすぐに諦めた
ふらふらとえりかがベッドに近付くと先程のえりかとは違う勢いの良いドアの開く音がした
藤本とえりかは同時に振り返る
 
568 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:18
 
「−あ」


 
えりかはその瞬間今まであった眠気がぱっと消えた気がした


「おー矢島。どしたのあんたまで」


ドアを開けた状態のまま固まっているのは舞美
藤本の問い掛けに対する舞美の返答はなかった
えりかはふとさっき桃子に試した事を思い出す
あの頁を読んだ時、頭に浮かんだのは舞美だった
5秒間、舞美でも桃子と同じように何の気無しにこなせるだろうか
よし、とえりかは顔を上げて桃子にしたのと同じようにぴたりと舞美に目を合わせる
 

1、2、3ピシャン!!

 

−5秒間、持たなかったのは舞美の方だったようだ
今度は勢い良くドアを閉め、舞美とえりかの接触はほんの数秒で終わってしまった
舞美の廊下を走る音から階段を駆け上がる音までしっかりと聞こえた

5秒間、えりかが舞美と目を合わせていられたかどうかは結局わからなかった
具体例は他にもあったが舞美がああなっては試しようもない
わかったのは舞美の変化であり、えりかの変化が舞美だけに対するものなのかは確かめる事が出来なかった
 
569 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:19
 
ぼーっと突っ立ったままのえりかの隣にコーヒーを持った藤本が並ぶ


「‥先生」
「んー?」
「あたし、何か変わったと思います?」
「なにいきなり。メイク変えた?」


じろりと藤本がえりかの顔を覗き込む
いやいや、とえりかは顔の前で手を振った


「てか変なのは矢島でしょ。どしたの?」


コーヒーに口を付けながら藤本がドアの方を見た
誰が見てもそう思うだろう
それくらい今の舞美の俊敏な逃げっぷりは凄かった
えりかももう一度舞美が出て行ったドアの方を見る

幾つかあった具体例は試すまでもないのかもしれない
きっとどれもやった所でわかるのは舞美がえりかを好きだという事ばかりだろうとえりかは思う


「あー。えー、と」
「うん?」
「矢島さん、あたしの事好きなんです」
 
570 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:20
 
口から自然に出た言葉
別に自慢でも自惚れている訳でもない
けれど舞美の態度はえりかが原因である事他なかった


「‥‥‥」
「‥‥‥」
「はぁっ!?」


言って暫くした後、藤本は豪快にコーヒーを噴き出した
そして見た事のない位目を見開いてえりかを見た
えりかは冷静にハンカチを差し出す
藤本はそれを受け取り口を押さえながら目を泳がせていた


「‥‥梅田さぁ」
「はい」
「一応聞くけどさ。その、何で知ってんの?」


何でって−‥

ふとあの時の舞美が頭に浮かぶ
そして小さく胸の奥が鳴るのをえりかは感じた
それはあの時にも感じた感覚で
きっとこれがえりかに起こった小さな変化なのかもしれない
舞美に対する『特別』なのかもしれない、えりかはそう思った


「−‥‥‥」


えりかはふっと息を零す
藤本は残ったコーヒーを飲みながらえりかの答えを待っていた
えりかは顔を上げて藤本を見る
きっと向けた顔は笑顔だったろうと思った
 

 
「告白、されましたから。矢島さんに」

 
571 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:21
 

きっと、自分の気持ちに気付くまであと少し

だから待ってて
多分、そうなんだろうと思うから


 

 E−4.終わり


 
572 名前:E−4 投稿日:2009/04/23(木) 06:21
 


 

573 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/04/23(木) 06:26
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
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>>500-517 M−4
>>524-549 K−4
>>556-572 E−4
574 名前:三拍子 投稿日:2009/04/23(木) 06:30
 
はい。今回はここまでです。
梅さんは実は頭が良い、なんて感じだったら面白いですよねWW

 
>>553さん
梅さん視点は書いてて面白いですが、その分時間が掛かってしまいます(>_<)

>>554さん
そんな!勿体ないお言葉ありがとうございますm(__)m
がんばります!

>>555さん
そうですね‥‥どうしましょうか。
作者も未だ悩み中ですWW
 
575 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/24(金) 03:37
どうしよう梅さんが愛しいw
舞美が意識してる感じもよかったです
そして作者さんの更新頻度の高さにも尊敬してしまいます
次回も楽しみにしています
576 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/24(金) 05:50
1、2、3ピシャン!で不覚にも噴いてしまいました。
梅さんがいいなあすごく
更新おつかれさまです。
577 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 18:16
舞美が舞美で可愛いですw
梅視点の僅かな心情の変化を読むのが楽しい

切ないけど愛理視点がものすごく楽しみです
578 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:17
 


 

579 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:17
 

泣くなら一人で泣けって

本当、そう思う


 

 angle.A−5


 
580 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:18
 
気付けば一人、夕日を見にあの場所へ来ていた

放課後、愛理は駅から寄り道せずに真っすぐこの坂の上へと向かった
ゆっくり歩いたせいか、着く頃は調度夕日が一番綺麗に見える頃だった
さくさくと伸びた芝の上に下りる
うーと伸びをして緩やかな風を体に感じた
涙はもう出ない
目の前の夕日が愛理に微笑み掛けるように赤く照っていた

足を進め、広場の端にある木のベンチに腰掛ける

 
 
どうすれば良いのかわからないまま
どうにもならないまま数日が過ぎた
 
581 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:19
 
舞美が梅田えりかに告白した

よりによってあの場所で、『有原書房』で
本屋さんと愛理がいる所で告白した
仕方ない、あそこに愛理がいた事も、本屋さんが自分の事を知っている事も
舞美は何も知らなかったのだから
 

 
起きなければよかった
懐かしい、温かい空気のあの居間で
あのまま、ずっと眠ったままでいたかった
そうすれば舞美の告白を聞く事も
胸が潰れるように苦しくなる事も
涙が溢れて来る事もなかった
本屋さんに、あんな顔をさせる事もなかった

有原書房を飛び出した自分を追って来たあの時の本屋さんの顔が忘れられない
靴も履かずに店から出て来て、愛理は呼ばれていないのに呼び止められた気がした
 
582 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:19
 
舞美が梅田えりかに告白した

よりによってあの場所で、『有原書房』で
本屋さんと愛理がいる所で告白した
仕方ない、あそこに愛理がいた事も、本屋さんが自分の事を知っている事も
舞美は何も知らなかったのだから
 

 
起きなければよかった
懐かしい、温かい空気のあの居間で
あのまま、ずっと眠ったままでいたかった
そうすれば舞美の告白を聞く事も
胸が潰れるように苦しくなる事も
涙が溢れて来る事もなかった
本屋さんに、あんな顔をさせる事もなかった

有原書房を飛び出した自分を追って来たあの時の本屋さんの顔が忘れられない
靴も履かずに店から出て来て、愛理は呼ばれていないのに呼び止められた気がした
 
583 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:20
 
我慢比べだと思った
本屋さんと愛理、どちらが平常心でいられるか
いつもいつも泣いてばかりの愛理
本屋さんには心配させてばっかりで
だから、あの時は
あの時位は迷惑を掛けたくなかった
これ以上自分の物語にあの人を巻き込む訳にはいかない
いつの間にか習慣のように通うようになっていた『有原書房』
あの場所を失いたくないと咄嗟に思った

出たのは「大丈夫」の一言
便利な言葉だと思う
自分自身を支える為にも、誰かを安心させる為にも使える
そう思って口にしたのに、声は掠れて消えそうなものだった
震える唇を左右に引っ張るのに苦労した
上手く笑顔が作れていた自信はなかった

そして振り向いて見た本屋さんの表情が今まで見た事のない表情で
瞬間愛理は泣きそうになった
 
584 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:21
 
愛理はどうして良いかわからなくなった
きっと、本屋さんもどうして良いかわからなかったんだと思う
きっとあと少しでも向かい合っていたら、お互い泣き出していた
本屋さんが泣く理由がわからない
考えてもあるとは思えない
けれどあの時の本屋さんは、本当に泣き出しそうな
そう、自分と同じような表情をしていた
 

−どうしてそんな顔をするのか
 

決壊寸前の心の片隅で愛理はそんな事を考えた
しかしながらそんな事口にする余裕なんてある訳もなく、一瞬にして痛む心に掻き消された
愛理はもう一度小さく笑って有原書房と本屋さんから離れて行った
 
585 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:22
 
夕日はもうすぐ沈もうとしている
そんなに日は経っていないのに、本屋さんとここへ来たのが随分と懐かしく感じられた

 

−まだただの友達だよ−


本屋さんからそう聞いた時、あぁなんだと愛理は思った
安心した、大丈夫だと思った
梅田えりかと舞美がそういう関係になるにはきっとずっと時間が掛かる筈だと
愛理は勝手に決め付けて心のどこかで楽観的になっていたのだ
何て浅はかなんだろう
そんな事を考えてばかりで、結局何もしていないのだ
勝手に悲劇のヒロインにでもなったつもりでいた
そうしていれば、優しい本屋さんが話を聞いてくれる
自分の事をかわいそうにと哀れんでくれる
愛理はいつの間にか心のどこかで小さくそんな事を考えていたのだ
 
586 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:24
 
最低だ
誰にでも甘えて、すがって
自分は何もせずに泣いているだけなんて
そんな自分が堪らなく嫌だった
けれど、事実
愛理は『有原書房』に自然と足が向くように
本を借りるという理由で本屋さんに会いに行くようになっていた

やっぱり、迷惑なんだろうか
会う度に自分の弱い所ばかり見せて
情けない話ばかりして
いつもいつも、泣いてばっかり
考えてみると本屋さんに迷惑以外掛けていない気がした


「最低だぁ‥‥私」


今更になって思う
自分は恋を出来る程成長した人間ではないのかもしれない
自分の事しか考えられないような人間が、誰かと想い合うなんてきっと無理な話だ
梅田えりかの姿が頭に浮かぶ
あまり姿勢が良いとは言えない、けれどすらりとした背中
対面した事は少ないが、梅田えりかが動揺したり表情を崩したりする所を愛理は見た事がない

大人だと思う
同時に自分は堪らなく子供だと情けなくなる
舞美は梅田えりかのどこに惹かれたのだろうか
いつかは聞いてみたいと思った
 
587 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:25
 
梅田えりかは、舞美の事をどう思っているのか
本屋さんの言うように『ただの友達』だと思っているのだろうか
 
−ありがとう−
 
梅田えりかは舞美の告白に対してこう答えた
障子戸越しに微かに聞こえた声、それにどんな感情が込められていたのか愛理にはわからなかった
梅田えりかの表情も、舞美の表情も
その場にいた本屋さんがどんな気持ちだったのかも、何もわからなかった
 

飛び出して行って舞美の告白を止めればよかったのだろうか
駄目だ、渡さない、と
梅田えりかにそう釘を刺せばよかっただろうか
そんなのはただの我が儘で、実際舞美は愛理だけのものではない
まして舞美は愛理の気持ちを知らないのだ
なのにこんな事を言うのは身勝手過ぎる
 
588 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:26
 
本当に好きなら、幸せを祈れる筈だ
本当に舞美の事を想うなら、舞美の恋を応援する事だって出来る筈だ
言う気がないのなら
自分の気持ちを言葉に出来ないのなら
もう自分に出来るのはそれ位しかないんじゃないか

そんな事を考えてすぐに無理だと気付いた

 
 
夕日はもうすっかり沈み、空には星が瞬き始めていた
そろそろ帰ろうと愛理はベンチから腰を上げる
ふぅと溜め息を吐くと、ふと頭に本屋さんが浮かんだ
あの時、本屋さんは愛理に何か言おうとしていたのだろうか
大きな瞳は何かを訴えるように愛理を見つめていた
考えてもきっとわからない事だ
 
589 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:28
 
自分は本屋さんの事を何も知らない
知ろうと思った事もなかった、いつだって愛理は自分の事で頭がいっぱいだったから
本屋さんは何も話さない
いつだって愛理の話を聞いて、何気ない言葉で愛理の背中を押してくれるだけだ
比べて自分は、本屋さんにとってプラスになる事など何もしていない
ただで本を借りて、お邪魔して、寛いで
やっぱり、甘えているのだ
自分にも周りにも

変わらないと、駄目だと思った
 

「よしっ」


−今度、お礼をしよう
何が良いだろう
お菓子を作る、何かプレゼントする
出来る事は限られていた

さく、と芝生を踏み出し愛理は広場を後にする
ひゅうと吹いた風が柔らかく身体を取り巻いた
 
590 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:29
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
591 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:31
 
−あの時、夢を見た

真っ白な世界の中、愛理は座り込んで泣いていた
自分以外誰もいなくて、何もなくて
愛理は『誰か』を、ずっと心の中で待っていた

聞こえて来たのは笑い声と軽快な足音
それは愛理の大好きな明るい声だった
声と足音ははだんだんと愛理に近付いて来る
迎えに来てくれた、そう思い愛理は頬を緩ませて顔を上げた
けれど足音はそのまま愛理の目の前を通り過ぎた
 
愛理は呼び止めようとするが声が出て来ない
必死で口を開けてもぱくぱくと動くだけで言葉は発せられない
その内声と足音は二人分になり、愛理から遠ざかってそのまま消えた
また、愛理一人になった

もう一度しゃがみ込んで膝に顔を埋める
 
592 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:32
 

−誰か、誰でもいい
ここから連れ出して−‥‥

 

ぎゅっと目を閉じて心の中で叫んだ瞬間、どこからかカツンと足音がした
舞美の軽快な足音とは違う、素っ気ない硬質な感じの足音だった
姿は見えない、けれど確かに足音は近付いて来て
真っ白い空間の中なのにそこだけ光が零れているようだった

愛理は目を細めて光の方を見る
光を背中に浴びて『誰か』がそこに立っていた
陰っている顔は全く見えず、声も聞こえない
なのに何故か堪らなく安心している自分がいて

愛理は『誰か』にゆっくり手を伸ばした−‥‥
 
593 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:33
 
−瞬間、カラカラと戸を開ける音がして愛理は現実の世界に引き戻された
うっすらと開けた目に見えたのは本屋さんの背中だった
非現実的な夢なのに
目を覚ました後も今も、はっきりと覚えている

 
『誰か』は誰なのか

 
帰り道緩い坂を歩きながら無意識に愛理は考えていた
 
594 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:33
 

あなたは誰?

夢の中で自分を迎えに来てくれた『誰か』に
そう尋ねればよかったと愛理は思った


 

 A−5.終わり

 

595 名前:A−5 投稿日:2009/04/29(水) 21:34
 


 
596 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/04/29(水) 21:38
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
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>>500-517 M−4
>>524-549 K−4
>>556-572 E−4
>>578-595 A−5
597 名前:三拍子 投稿日:2009/04/29(水) 21:38
今回はここまで。
愛理に幸あれ、という事で。

何だか無性にやじうめを書きたい!!
そんな今日この頃です(ノ><)ノ

 
>>575さん
どうぞどんどん愛しがって下さい!!
更新頻度についてはよく言われるんですけど、それは多分私が飼育しかやってないからだとWW

>>576さん
お、目の付け所をわかってますね〜W
私も今回梅さんがお気に入りです!

>>577さん
愛理‥‥報われないですね(-.-;)
本当今回のはやじやじうめうめですみませんm(__)m
 
598 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/29(水) 22:25
更新お疲れ様です!

愛理視点…泣きそうでした。幸あれ!
もう何を言ってもネタバレになりそうなので、一言だけ言わせてください。


こんな素敵な文章を描く作者様が大好きです!!
599 名前:にーじー 投稿日:2009/04/29(水) 23:06
今回も相変わらず面白かったです!!
矢島さんの咄嗟の行動から全員の心情がどんどん動き出してますね…。
これからどうなるのかめちゃくちゃ楽しみです。
600 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 10:13
更新お疲れ様でした。
愛理が切なくて本屋さんが優しくて
こんな2人もいいですね
次回のやじうめも楽しみにしています
601 名前:みなみ 投稿日:2009/05/03(日) 23:28
今回のお話も面白かったです。
更新楽しみにしてます。
602 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:17
 


 

603 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:19
 
 

彼女は変わろうとしている
変えようとしている

だから、敵わないって思うんだ


 

 angle.K−5

 
604 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:20
 
「バイト?」
「うん」
「えりかちゃんが?何でまた」
「いやー新しい携帯欲しくてさぁ」


週末の夕方、あの矢島舞美の告白事件以来にえりかが有原書房へやって来た
長らく貸していた『人付き合いを学びましょう』の本をレジ机に置き、いつものように脚立を引っ張って来て
栞菜の前に座ったえりかが唐突にそんな事を言い出すものだから栞菜は素直に聞き返した


「まさか‥接客?」
「うーん。うん、まぁ」
「ムリムリ無理!絶対クビになるよ!」
「でも短期だし。それになんていうの、間接的?だから」


えりかがバイト、という事だけでも驚きなのにそれが接客業となれば更にびっくりだ
やめた方が良い、いややめるべきだ
お客さんに笑顔で対応しているえりかを想像する事が全く出来ない
栞菜は自分の事のように心配になる
けれどそんな栞菜をよそにえりかは話を進める


「しかも話さないし、お客さんに笑い掛ける必要もないんだ」
「なにそれ。本当に接客業?」
「接客接客。めちゃめちゃ接客だよ」
「へー‥」
 
605 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:21
 
−何のバイトなの?

そうえりかに尋ねようと栞菜が口を開くとタイミング良くえりかの携帯が鳴った
どうやら例のバイト先かららしくえりかは「はい、はい」「わかりました」と了解の返事だけを繰り返していた
どうやら本当にバイトするらしい


「あーじゃ明日早いから帰るわ。今更だけど本ありがと」
「役に立ちましたかねぇ?」
「どうでしょうかねぇ?」


悪戯に聞いてみるとえりかは苦笑を返して脚立から腰を上げた


「あ、えりかちゃん」
「ん?」
「ぁー。‥‥バイト、頑張ってね」
「ありがと。バイト代余ったら何かおごってあげる」


出口へ向かうえりかを見送りにマサムネが後を付いて行く
栞菜はレジを離れずひらひらと手を振った
 
606 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:23
 
「ふぅ‥‥」

えりかがいなくなり静かになった店内に栞菜の吐いた溜め息が響いた
ぎしりと椅子にもたれ栞菜は考える
するとえりかの見送りを済ませたマサムネが膝の上に飛び乗って来た
 

矢島舞美とは、その後どうなったのか
気になるその事を聞いて良いのかわからず、結局その名前を出す事は出来なかった
きっと聞かないとえりかは話さない
何かあったとしてもわざわざ栞菜に言うような事はしないだろう
それを聞く勇気など栞菜にはない
 
607 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:24
 
けれど、逆におかしかっただろうか

いつもの栞菜ならにやりと悪戯な表情を浮かべえりかを問い詰めていた筈だ
事態に直面しておいて全くその話に触れなかったのは不審に思われたかもしれない

最近、人と接する事にやけに臆病になっている部分があると栞菜は思う
嘘を吐いている訳ではない、けれど本心を隠す癖が付いてしまったようでそれは良い気分ではなかった
えりかと一緒にいる時、何かを隠したりごまかしたりする事は今までなかった
えりかは話したくない事は無理に聞こうとはしないし、栞菜もえりかに対してそういった事をした事はない

けれど今の自分はえりかをどこか探るような目で見ているのが確かだ
 
608 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:25
 
聞きたい事は、山ほどある
けれどそれを聞いた時に自分が平常心でいられる自信はなかった

自分の気持ちに背を向けて
愛理を騙しているようで悲しかった
いつまでこんな事が続くのかはわからない
どうなったら終わりなのか、何が終わりとなるのか
何もわからなかった

栞菜はこつんと机に額を付けて目をつむる

あの日以来、愛理とも顔を合わせていなかった
栞菜は愛理と学校も違えば家の場所も知らない
連絡先もアドレスも知らないのだ
だとすると栞菜が愛理に会う為には愛理がこの店に来るのを待つしかなかった
 
609 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:26
 
会いたいと思う
けれど会いたくない気持ちがあるのも確かだった
栞菜はどんな顔をして愛理に向かえば良いのかわからない
何と言葉を掛ければ良いのかもわからなかった

愛理はそれでも、矢島舞美を好きでいるだろうか
きっと、好きでいる、好きでいられるだろうと栞菜は思う
そんな事を考える自分に嫌気が差した

膝の上でマサムネが口を開けて欠伸をした
週末は客が少ないと祖母が言っていた
栞菜のいる時間帯は基本的に客が少ないが、祖母が言うには昼過ぎは利用者が多いらしい
静かな店内に眠気が差して来る
昨晩も本を読み耽ってしまいあまり寝れなかった
 

栞菜がゆっくりと心地良さに身を委ねようとした時、カラ‥と戸の開く音がした


「‥‥‥」


どくんと心臓が大きく跳ねる

伏せていた身体を起こし、栞菜は小さく息を吐いた
 
610 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:28
 
「−いらっしゃいませ」
「こんにちは」


柔らかく夕日が差し込んで来て栞菜は思わず目を細めた
現れた愛理は、古い本から飛び出して来た少女のようで
軽く頭を下げてふにゃりと微笑んだその姿に見惚れた


「‥‥ぇっ、と‥」
「本屋さん」
「?」
「この間はすみませんでした」


すみません、そう言った愛理の表情からは、あの時の事など全く感じられない
だから栞菜は驚くと共に戸惑った
にこにこしながら愛理が近付いて来る
どんどん鼓動が速くなって、栞菜は落ち着こうと静かに口を開く


「何か‥良い事あった?」
「やっぱり、何もしないで待ってるだけなんてずるいですよね」
「‥‥」


愛理の話の内容がいまいち掴めず栞菜が首を傾げていると
愛理がほんのりと頬を染めて鞄から何かを出した
 
611 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:29
 
「明日、舞美ちゃんと遊ぶんです」
「‥‥−っ」


愛理が鞄から出したのは、近所の大きな公園で行われるサーカスのチケットだった
公園の中央には屋外ステージがあり、よくそこでそういった催しが行われるのだ

愛理が持っているチケットは一枚、という事はもう一枚は矢島舞美の手にあるのだろう


「‥へー。楽しそうじゃん」
「思いきって誘ってみたらちょうど明日部活がオフらしくて」
「ふーん」


気のない返事をしながらマサムネの耳の裏を撫でる

何故それを自分に言うのか
わざわざご丁寧に報告に来てくれたのか
幸せそうな愛理の顔に胸が苦しくなる
さっきまでどうやって顔を合わせようかと悩んでいた自分が急に馬鹿馬鹿しくなった
愛理の顔を見る事が出来ない
その笑顔は栞菜に向けられたものではないのだ

愛理は自分の恋に自分で踏み出した
それは愛理なりの成長で
それが少しでも自分の言葉に背中を押されての事なら良いと栞菜は思う
 
612 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:38
 
その笑顔が見たくて
その、恋をしている笑顔が好きで
やっぱり敵わないと思ってしまう

自分は逃げて逃げて、気付かれないように取り繕って
結局向き合うのが怖いだけなのだ
愛理にも、自分の気持ちにも

 

笑おうとすると口元が震えた
栞菜は精一杯の明るい声を愛理に向ける


「偉いね。頑張ってるんだ」
「私、どこかで本屋さんをすっごい頼ってたんです」
「‥‥‥」
「でも、それじゃダメだって。自分で何とかしなきゃって、そう思って」


愛理の力強い言葉が胸に響く
彼女は本当に、頑張ろうとしている
栞菜は急に自分が情けなく思えた
 
613 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:39
 
愛理は持っていたチケットを仕舞うと、今度は鞄から紙袋を取り出した
そしてそれを両手に持って栞菜に差し出して来た


「どうぞ」
「‥‥へ?」
「その‥お礼、ですっ」


恥ずかしそうに笑う愛理
その笑顔は確かに栞菜に向けられたもので
一瞬にして心を掴まれた気がした


「え、と」
「いつもいつも、お世話になってばかりなんで」
「そんな‥」
「だからっ、どうぞ!」


そう言って愛理は栞菜に紙袋を押し付けて来た
栞菜は目を見開いたままそれを受け取る
「それじゃ」と言って愛理はあせあせと店から出て行こうとした
 
614 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:45
 
「あ、あのっ」


思わず立ち上がり呼び止める
振り返った愛理の頬はやっぱり染まっていて
それが嬉しくて切なくて苦しくなった


「ありがとう。あと、その」
「?」
「お世話になってるなんて、思わなくていいから」
「‥‥‥」
「全然‥‥大丈夫だから。また来なよ」


多分、こんな言葉が出たのは焦りからだ
愛理を繋ぎとめたい我が儘な気持ちがあるからだ
 

どきどきと鳴り響く鼓動に上手く口が回らなかった

愛理はにっこりと笑うと軽く頭を下げて出て行った
立ち上がった時に目を覚ましたのだろうマサムネがにゃーと引き止めているよう鳴いていた
ぴたん、と戸の閉まる音と同時に栞菜は椅子に崩れ落ちた
 
615 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:47
 
まだ胸が騒がしくて
すーはーと何回か深呼吸した後、栞菜は愛理にもらった紙袋を開ける
入っていたのは綺麗にラッピングしてある手作りらしいクッキーだった
そしてその横に手紙が挟まっていた

 

『いつもありがとうございます。
迷惑ばっかりかけてごめんなさい。
クッキーはほんのお礼です。』
 


可愛らしい字体で書かれたそれを見た後、へなへなと栞菜は再び机に伏した

舞美と遊ぶという報告
栞菜へのお礼
本当の用事は、どちらだったのか
どうしていっぺんに嬉しい事と悲しい事がやって来るのか
舞美の話を聞いた時は泣きたくなる位悲しかったのに、今クッキーをもらって信じられない位幸せな気分になっている自分がいる
いちいち感情の起伏が激しくなってしまうのは愛理が相手だからに違いなかった
 
616 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:50
 
矢島舞美と遊んだら、愛理はまたあの人に恋をするだろうか
諦めずに頑張ろうと邁進するだろうか
正直、もうやめて欲しいと思った
傷付いて、また泣いて
そんな愛理の姿を見るのは悲しい
いつか、きっと自分の気持ちを言いたくなる
優しい本屋さんでいられなくなる

頑張って踏み出した愛理に対して偉いと言っておきながら
心の中では頑張らないでくじければ良いと、そう思ってしまう自分は最低な奴だと思った

 

クッキーを一枚取り出して口に放り込む
優しい甘さが口に広がって
それが切なくて涙が出た
 
617 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:51
 

矢島舞美が、どうか彼女を突き放してくれれば良い
そうしたらまた優しい本屋さんが彼女の話を聞いて、慰めて
 

『有原栞菜』が

彼女をさらって行くのに


 

 K−5.終わり

 
618 名前:K−5 投稿日:2009/05/05(火) 18:51
 


 

619 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/05/05(火) 18:55
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
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>>102-112 A−2
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>>213-238 E−2
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>>524-549 K−4
>>556-572 E−4
>>578-595 A−5
>>602-618 K−5
620 名前:三拍子 投稿日:2009/05/05(火) 18:57
 
はい、今回はここまで。
予定していたやじうめはどこへやらW
あ、でもこの後一応やじうめになります。

あーなってこーなってあーなるほど、を目指して頑張ります!
621 名前:三拍子 投稿日:2009/05/05(火) 19:03

>>598さん
一言だけ言わせて下さい。
そんな事を言って下さるあなたが大好きです!!!

>>599さん
毎度ありがとうございます!
そうなんですよね。そう、舞美のせいですWW

>>600さん
今回は切ない内容になっているので(T_T)
そこんとこ楽しんで下さい。

>>601さん
コメントありがとうございます!
楽しみにしていただけるなら光栄です(ノ><)ノ
 
622 名前:名無し飼育 投稿日:2009/05/05(火) 21:22

かんなに強引にでも、愛理を幸せにしてほしい☆
そして、やじうめ楽しみにしてます☆
623 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/06(水) 01:47
素晴らしい更新ペース!!
次回の更新も楽しみにお待ちしてます。
624 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/06(水) 08:39

梅さんのバイトが気になっています。
書房のふんいきが好きだなあ、想像上ですがw
お疲れさまです。
625 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:14
 


 

626 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:14
 

あたし、酷いかな?
でも考えちゃうんだ

歩いてても、話してても
何してても
いつもいつも、想っちゃうんだよ


 

 angle.M−5

 
627 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:15
 
「ごめんね舞美ちゃん」

 

そう言って愛理は舞美に背を向けて走って行った
ばいばいと手を振り舞美はその背中を見送る
親子や友達、とにかく人で溢れ返る公園
愛理の姿が見えなくなるのに時間は掛からなかった

舞美は右手に見える時計台に目を向ける
時間は4時を過ぎた所だった
もう陽も長くなった為、この時間でもまだ空は真っ青だった
舞美は空を仰いで小さく溜め息を吐いた
 

 
せっかくの休日だ、のんびりしよう
どうせなら、街が夕日に染まるまで
 
628 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:17
 
愛理に、遊ぼうと誘われた

一昨日の夜、久しぶりに愛理から電話が掛かって来て舞美は驚いた
思えば最近連絡はおろか顔も合わせていなかった
携帯から聞こえて来た愛理の声は久しく聞いてなかった甘い柔らかい声で
誰かとは大違いだなと舞美は思った


『舞美ちゃん、明日ってひま?』


愛理の話は、近所の公園で行われるサーカスを見に一緒に行かないかという誘いだった
小さい頃にも確か二人で行った記憶がある
愛理はそういった催し事が好きだ
久しぶりに幼なじみと遊ぶのも良いかもしれない


「うん、ひまだよ」


暇というのは本当だった
記録会が続きここ最近なかった休み
のんびりとしていようと思っていた所だ
 
629 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:18
 
愛理となら気を遣う事もなく楽しめるだろう
加えてサーカスが行われるのは午後だ、朝はゆっくり出来る
断る理由も見つからず、舞美は愛理の誘いに快く乗った


『本当!?よかったぁ』


電話口から聞こえた愛理の声はほっとしたような、とても嬉しそうなもので
よっぽど見たかったのだろうと思うと舞美は笑みが零れた

愛理に時間を決めてもらい、通話は終わった
愛理がうきうきしながら明日の準備をしているのが目に浮かぶ
可愛いなぁ、と舞美は久しぶりに優しい気持ちになれた気がした
 


 
暇、だ
そう暇だ
舞美は自分にそう言い聞かせベッドに転がる
ちらりと壁に掛けてある制服のポケットに目をやり、すぐに反らした
 
630 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:19
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
631 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:20
 
昼過ぎに公園へ行くと、そこはもう人で溢れていて
軽い感じの音楽が流れる中、クマやウサギの着ぐるみが子供に風船を配っていた
普段の舞美ならこの状況にはしゃぎ回るかもしれない
けれど一緒にいるのが愛理となればそういう訳にもいかないのだ

無意識に年上として振る舞っている部分がある
愛理といる時はいつだって落ち着いた気持ちで、それでも元気で明るい矢島舞美でいるつもりだ
決して無理をしている訳ではない、そういう風な対応が身についているだけだ
 

愛理は大事な、大事な幼なじみで
守らなくちゃいけない存在だと思っている
いつかは『誰か』の役目になるとしても
それまでは、それまで位は
ちゃんと自分が見守るのだと舞美は心に決めていた
 
632 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:22
 
ジュース片手に正面の良い席を取り、間もなくサーカスは始まった

派手な格好をした団員の人が繰り広げるステージ
玉乗り、ブランコ、トランポリン
アクロバチックな動きでの火の輪くぐりの時「舞美ちゃんも火の輪とか勢いでくぐれそう」と隣で愛理が笑いながら言っていた
正直何の気無しに火の輪をくぐるなんて御免だと舞美は思った

 
けれど、いざという時には
火の輪なんて簡単にくぐり抜けてでも飛んで行くだろう
そう、自分を助けに来てくれたように
自分も彼女を助けに行くだろうと舞美は思った
 
633 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:24
 
そんな事を考えると苦笑と共に小さな溜め息が出た
うるさいサーカスのさなかそんな微かな音が聞こえたのか隣に座る愛理が心配そうに顔を覗いて来た
舞美は大丈夫、と手を振って笑顔を返した

愛理は優しい、こういった事に鋭く反応する
舞美はそれが時々羨ましくなる
自分ももう少し気が利いたら
空気を読めたら
人の感情の起伏に気付けたら良いのに

考えてみると自分は周りに頼られているように見えて、周りから学んでいる物も多い事に気が付く
よく人から「出来る子」と言われる事が多いが
舞美が出来るのは無意識的なことや身体的なことであり、『見える』物がほとんどだ
だから『見えない』物事に関してはきっと普通の人よりも鈍重だろう

 

だから、不安になる
何を考えているのかわからな過ぎて
もしかしたら自分の独りよがりなんじゃないか
焦って空回りしているんじゃないか

舞美はそう思わずにはいられなかった
 
634 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:26
 
−サーカスが終わり、これからどうしようかと話していた時、愛理の携帯が鳴った
少しの電話の後舞美を振り返った愛理は、
申し訳なさそうな、悲しそうな顔をしていた

話を聞くと、出張中だった父親が帰って来るので急遽家族で夕食を食べに行く事になったらしい
愛理は行きたくないと小さく呟いていたが舞美は帰る事を奨めた
愛理の父親が家に帰って来る事は珍しい
せっかくの機会だ、家族水入らずで楽しんだ方が良いと思った
愛理は少し寂しそうに頷き、公園を後にする事にした
 
635 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:27
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
636 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:28
 
そして今に至る

舞美は観客席の端に腰掛け、ステージを見る
そして今日何度目かの溜め息を吐いた
愛理といて疲れた訳ではない
溜め息の原因は舞美自身にあり、舞美もそれを自覚していた

 

一緒にいるのは愛理なのに
愛理と遊んでいる筈なのに
歩いている時も、話している時も
サーカスを見ている時も
ずっと頭の中のどこかで違う事がちらついて
愛理と何を話したのか鮮明に思い出せない自分がいて

舞美は頭をぐしゃぐしゃと掻き乱す
愛理に申し訳ない事をした
楽しそうに、幸せそうに微笑む愛理を可愛いと思った
でもどこかで、比べていたのだ


「‥‥やなヤツ。あたし」


ぽつりと呟いて膝に顔を埋める
きっと愛理は何も言わないだろう
自分が嫌なのだ
自分の気持ちを抑え切れずに我が儘になっている自分を舞美は許せなかった
 
637 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:31
 
すると自分の方へ近付いて来る足音がして舞美は顔を上げた
見るとサーカス中、子供に風船を配っていた着ぐるみのクマが舞美の元へ歩いて来る
長い間大変だっただろう、着ぐるみは暑くて動きにくそうに感じた
何の用だろうと思い舞美は立ち上がる
クマは舞美の前で止まった


「え、と。お疲れ様でしたっ」


クマに向き合い、何となくぺこりと頭を下げる
視界はどうだろうか
どれくらい見えているのか舞美は気になった
泣きそうに情けない顔の舞美は見えているだろうか

しかしながらクマは胸に手を当てると大きな頭ごと身体を前に倒し、深々とお辞儀をした
その姿に舞美は思わず笑ってしまう
 
638 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:33
 
「‥‥‥」


何故か自分の前から動こうとしないクマ
舞美は不思議に思いながらもそれを嫌だとは思わなかった

舞美は上着のポケットを探る
出て来たのはくしゃくしゃに畳まれた紙
それはこのサーカスのチケットだった
チケットを見て大袈裟に首を傾げているクマにそれを差し出す


「これ、お返しします」
「?」
「チケット、あたしも持ってたんだけど使わなくて」
 
639 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:35
 
舞美は先日、商店街を通り掛かった時にこのステージのチケットをもらった
ちょうど良く部活が休みの日だったので、これは見るしかないと心躍らせていたのだ


「‥本当は、誘いたい人がいたんです」
「‥‥‥」
「誘おう、誘おーって思ってる内にもうすぐになっちゃってて。他の子に誘われて」
「‥‥‥」
「勇気がなかったんです‥‥あたし」

 

本当は、えりかと来たかった
 

このチケットをもらった時から、このサーカスは絶対にえりかと来ようと舞美は決めていた
けれど、いざとなると言えなくて
チケットを出す事が出来なくて
 
640 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:36
 
−だって、断られたらどうしよう


えりかが学校の友達と遊んだりする所は見た事がない
人付き合いの悪さでは少し有名だった
一人の時間を大切にしたい、本人がそう言っていたのを聞いた覚えがあった
だとしたら、やっぱり誘わない方が良いだろうかと考えてしまった
いつもの舞美ならそんな事考えずに勢いに任せて誘って、駄目ならまた今度となる筈だ

しかしながら相手がえりかとなれば話は別で
いつものように勢い任せに誘ってしまえる程軽い気持ちではなかった
 
641 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:37
 
告白してしまってから、今までのようにえりかに接する事が出来なくなってしまった
もちろん顔を合わせれば挨拶もするし、話だってする

けれど、舞美はどこか自分らしくない自分がいる気がしていた
えりかの一挙一動にいちいち反応しては、そんな自分に慌てている
慌てる必要などどこにもない
告白した後も、えりかは何等変わった素振りを見せなくて
それに安心しながらも少し落胆している自分がいた

関係を変えたかった訳ではない、ただもう少し
もう少し、何かあっても良いのではないかと思ったりもする
自分ばかりが右往左往しているようで、そんな自分が舞美は恥ずかしくなった
 
642 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:41
 
だから強引になれなかった
忍ばせていたチケットは結局一度もえりかの前に出せなかった


「情けない‥‥あたし」


えりかの無表情な顔が浮かんで来て
舞美はふいに涙が出そうになった


「‥‥‥」
「梅田さんと、遊びたかったな‥‥」


いつの間にか独り言のようにクマに心の内を明かしていた
はっと舞美は我に返る
クマはチケットを手に真っ直ぐ舞美を見ていた
それは着ぐるみの頭が舞美を向いているだけであって、中に入っている人がどこを見ているのかはわからない

しまった、何を話してるんだ自分は
舞美は恥ずかしさに顔が熱くなった


「ごっ、ごめんなさい!あたし−‥」
 
643 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:44
 
舞美があわあわと頭を下げると、クマは大丈夫と言うようにぶんぶんと両手を振った
愛らしい着ぐるみの顔は変わる事がなく一定で
どこかえりかみたいだと思った

しばらく沈黙が走り、気まずさに舞美が顔を上げられずにいると
クマは舞美に気付かせるようにひょいひょいと手を振って来た
何だろうと舞美が顔を上げる
するとクマは両手を胸の前で組んで、何か願掛けをするかのようにその手を振るっていた
訳がわからず舞美はその様子を見守る
 
すると「ポンッ」と軽い音を起ててクマの手の中から一輪の花が飛び出した


「すごーい!」


よく見るマジックだったが、舞美は素直に感動してしまった
ぱちぱちとクマに拍手を送る
クマはぺこりとお辞儀すると舞美に一歩近付き、出した花を舞美に差し出して来た
 
644 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:47
 
「‥あたしに?」


聞くとクマはこくこくと大きく頷いた
着ぐるみのそれでもちゃんと作られている手から舞美はピンク色の花を受け取る


「−ありがとう」


言うとクマは両手を顔の横で振って別れを表現しているようだった
舞美はこくりと頷き、クマに背を向けて歩き出す

少し歩いて振り返ると、クマはまだ舞美に向けて手を振っていた
夕日に照らされた茶色い姿に、えりかの綺麗な茶髪を思い出して思わず笑ってしまった
舞美も手を振り返す

着ぐるみのクマが励ましてくれた
何だかおかしな話だが、それでも舞美は幸せな気持ちでいっぱいだった
 
645 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:48
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
646 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:50
 
土日明けて月曜日
舞美は今日も朝練を終えて遅刻ぎりぎりに教室に滑り込んだ
はー、息を吐いて安堵していると、珍しくえりかが席を離れて舞美の元へ来た
舞美は思わず背筋をぴしりと伸ばす


「おはよ。梅田さん」
「はよ。あー‥あのさ矢島さん」
「なに?」
「今度、どっか行こう」


−‥‥
えりかの言葉の意味がわからず舞美は首を傾げる
えりかは相変わらずの無表情のままもう一度同じ言葉を同じ口調で口にする


「どっか行こう。‥‥一緒に」
「‥‥‥はぇ?」
「うん、そうしよう。じゃ」


それだけ言ってえりかは自分の席へ戻って行った
舞美はえりかのいた位置を見つめたまま固まっている
 
647 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:52
 
−どっか行こう

どっか、行こう
それって、出掛けるってこと?
遊ぶってこと?
デート?デート?
梅田さんと、二人?


どくどくと心臓が高鳴り始めて
舞美はえりかの言葉を何度も頭の中で繰り返す


「‥‥−っ!」


ガタン!と勢い良く席を立ち、舞美はえりかの席を振り返る
えりかは席を立つ音に気付いたのか舞美の方を見ていた


「いく!」
「‥‥」
「行くっ!!」


とにかく嬉しい気持ちを伝えたくて
舞美はもうこれ以上ない位の笑顔をえりかに向ける
ぱちぱちと瞬きをした後、くすりとえりかが笑った

それだけでもう幸せで走り出したくなった
 
648 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:52

 
しょうがないんだ

我が儘になるのは、彼女にだから
だって、好きで好きで大好きだから


 

 M−5.終わり

 
649 名前:M−5 投稿日:2009/05/14(木) 19:53
 


 
650 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/05/14(木) 19:59
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
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651 名前:三拍子 投稿日:2009/05/14(木) 20:02
 
さて、更新です。
いい加減短編集という名の元短編を上げたいのですが、いかんせんこの話お気に入りなんです‥‥(笑)

すみません。こんな作者を許して下さい(T_T)WW
 
652 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/14(木) 20:08
>>622さん
栞菜はどうするんでしょうね。
皆さんの期待を裏切らないように上手く進めて行きますが、どうなるかはお楽しみでW
>>623さん
んー、どうなんでしょう。
前にも書きましたが、私は他の作者さん達と違ってここ以外で書いてないので。
これからも出来る限り頑張ります!!

>>624さん
梅さんのバイトは‥‥(笑)
有原書房の雰囲気は私もお気に入りです(ノ><)ノ
想像上では‥‥‥‥WW
 
653 名前:名無飼育 投稿日:2009/05/14(木) 22:36
梅さん、こうきたか!
うーん、予想外でナイス!
そして、相変わらず舞美がかわいいw
654 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 19:55
可愛い可愛いと何度も読み返したくなりました!
舞美も梅さんも両方可愛いです
栞菜と愛理のお話も楽しみにしています
655 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 23:07
梅さんもしかして…
と思わせる作者さんの力はすごい!
他視点も非常に気になります
656 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/17(日) 01:30
今回のお話もよかったです。
私は舞美視点のお話が一番好きです。
次回の更新も楽しみにお待ちしてます。
657 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/18(月) 13:27
クマに心の内を明かしてしまうのが矢島さんクオリティー。
最高です。梅さんの変化が楽しい。
お疲れさまでしたー。
658 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/18(月) 20:17
↑ネタバレじゃね?
ちょっと楽しみが減ったよ。

作者さん、スレ汚しですみません。
梅さん目線も楽しみにしてます。
659 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:20
 


 

660 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:21
 

なるほど

あたしは随分と贅沢な位置にいたわけだ


 

 angle.E−5


 
661 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:23
 
初めてのバイトは、暑くて暗くて動きにくかった
だけど
わからなかった事が、色々とわかった
 

 
「いらっしゃいませー。って何それ」
「ん?お土産」


月曜日、えりかは放課後家に荷物を置いて有原書房へ向かった
いつも通りレジ席には栞菜が座って本を読んでいた
えりかがバイトのお土産を隠すに隠せずそのまま店内に入ったため、栞菜が首を傾げてきた

えりかが栞菜に差し出したのは緑色と赤色の風船


「店の雰囲気が可愛くなればと思って」
「風船て‥‥えりかちゃん何のバイトして来たの?」
「これ、バイトの記念写真」


えりかはそう言って写真を一枚栞菜に渡す
ん?と首を傾げながら栞菜は写真を睨んでいた


「‥‥これ、公園であったサーカス?」
「うん」
「バイトって、えりかちゃん写ってないじゃん」
「写ってるよ。ちゃんと」


まぁ一目見ただけではえりかを探し出す事は出来ないだろう
けれどえりかは確かに写真には写っている
栞菜はまた暫く写真を見渡した後、じろりとえりかを見た


「もしかしてえりかちゃんのバイトって‥‥」
「うん」
 
662 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:23
 
「クマ」


写真の端の方、サーカス団員と一緒に着ぐるみのウサギとクマが写っている
そのクマの中身がえりかだ
ちなみにウサギの中身は桃子で、元々このバイトは桃子が持ち掛けて来たものだった
サーカスの団員の中に桃子の親戚がいるらしく、バイトを持ち掛けられたらしい
しかしながら大きなクマの着ぐるみに見合う友人がなかなかいなかった為、えりかにその話が回って来た

着ぐるみなら声も出さない
話さなくて良い
顔も見えない為無理に笑う事もしなくて良い
その上桃子の配慮で給料は割り増し

こんなにも良いバイトはないとえりかなその話に飛び付いた
 
663 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:24
 
「なるほど。接客業ねぇ‥」
「いやーでもやっぱ疲れたよ」


皮肉まじりに栞菜は息を吐き、両手で頬杖をついていた
けれどえりかが写真を取ろうと手を伸ばすと、栞菜がいきなりばっと顔を上げた


「‥‥これ、この間の土日だよね?」
「?うん」
「公園のステージの‥‥」
「そうだよ。あ、そういえば−‥」


−‥‥

言いかけてえりかは口を噤んだ
そんなえりかの様子から何かを感じ取ったのか、栞菜は「お茶入れてくるね」と店の奥に行った
 
664 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:25
 
そういえば
えりかは何故栞菜に風船をあげる事になったのか思い出した
元々、栞菜にはサーカス団員から記念にと貰った小道具のマジック花をあげる筈だった
けれどその花をえりかは別の人にあげてしまったのだ
だから桃子に貰った風船の余りを栞菜にあげる事になった

本当は風船をその別の人にあげる筈だった
そう、舞美に風船をあげる筈だった
笑ってクマになったと話す筈だった
しかしながら、バイトをした事はもちろん
ましてクマになったなんて絶対に言えなくなってしまった
 

 
土曜日、クマになって遊びに来た子供達に風船を配っていた時、聞き慣れた声が耳に入って来た
狭い視界でえりかが辺りをぐるりと見渡すと、あの真っ直ぐ過ぎる黒髪が見えた
 
665 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:26
 
瞬間、どきりと一つ心臓が跳ねたのは気のせいにしておいた
気付かれる筈はない、だって今自分はクマなのだから
着ぐるみの中でうんうんと頷き、えりかは風船配りを再開した
 

よく見ると、舞美の隣にもう一人
どこか見覚えのある女の子が歩いていた
えりかは一瞬考えて思い出した


−栞菜の友達の子だ


有原書房で一度会った事がある、と言っても顔を合わせた程度だが
えりかは不思議とその子の事を覚えていた
何故栞菜の友達が舞美と一緒にいるのか
えりかの疑問はその子を呼ぶ舞美の声にすぐ消えた


「愛理ー。サーカス何時からだっけ?」
 
666 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:27
 
−あいり、愛理

いつか舞美が話していた
家が近い、三つ下の可愛い可愛い幼なじみ
その子の話をしている時の舞美の目がいつになく優しかった事をえりかは思い出す
話を聞いて何となくの人物像はあったものの、世界も狭いものだとえりかは思った
栞菜の友達が舞美の幼なじみで
 
えりかのライバルに値する人だなんて

 

彼女の舞美を見つめる目は、真っ直ぐで
向けられたら胸が熱くなりそうな熱を持っていた
なるほど、舞美にとっては可愛い幼なじみで妹のような存在でも
彼女にとって舞美は幼なじみ以上に特別な存在らしい
ずんずんと先に行ってしまう舞美を追い掛ける姿は一生懸命で
舞美に笑い掛けるその笑顔に、自分に笑い掛ける舞美の笑顔が重なった
 
667 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:29
 
ライバル、と言ってもえりかは全くそんなつもりはない
ただ少なからず彼女は自分の事をそう思っているかもしれない

いつだったか、舞美を背負って有原書房を訪れた時
一瞬かちりと合った視線は、身構えるようなものだった
あの時は自分の無愛想な印象が悪いだけだと気に留めなかったが、今思えばそれだけではなかったのかもしれない
考えれば考えるだけ仮説も立つし想像も働く
けれど考えても全て無駄な事だ
 

クマである自分は、とりあえず風船を配ろう
えりかはとことこと歩き、二人からさりげなく遠ざかった
ほんの二日前位の事でも普段ならあまり鮮明に思い出せないえりかだが、その日の事は何から何まで覚えている
 
668 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:29
 
クマで良かったと、心底思った

どうやらあの子は先に帰ったらしい
サーカスの終わったステージの観客席に一人佇む舞美を見て、素直に綺麗だと思った

舞美の事を綺麗だと改めて思った
もちろん何をしていても舞美は綺麗だし、輝いて見える
けれどいつもの元気溌剌な様子とは違う、静かな、落ち着いた感じの横顔にえりかは一瞬見惚れた
‥‥気がしたが、見惚れたという経験がないえりかにはそれが見惚れるという事なのかどうか確証はなかった
しかしながら、多分そういう事なんだろう

着ぐるみというのは便利なもので
声を出しでもしない限り、ほぼ絶対の確率で中身がばれる事はない
それを良い事にえりかは舞美に近付いた
舞美に会って何をするつもりだったのかはその時は考えていなかった

けれど少し、気になって
その姿に引き寄せられるようにえりかはとことこと舞美の傍に寄って行った
 
669 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:30
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 

670 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:32
 
ぼーっと、けれどしっかりとあの日の事をえりかが思い出していると、栞菜がお茶と煎餅をお盆に乗せて店に戻って来た


「麦茶でよかった?」
「あー。お気遣いなく」
「で?」
「ん?」
「そういえば、何?」


麦茶に口を付けながら栞菜が尋ねて来た
無理に惚けたような感じに見えたのは気のせいだろうか
えりかはあー、と天井を仰ぐ

舞美とあの子に会った事、それを栞菜に言うべきか迷う
幾つか上げたもしかしたらの仮定
それを考えるとほいほいと栞菜に言う訳にもいかない気がした
えりかは煎餅を一枚取り、天井を仰いだままそれを噛み砕いた


「そういえば、携帯何色にしよっかなーって」
「あぁ、欲しいって言ってたもんね」
「いやーバイトが予想以上に楽しくて当初の目的すっかり忘れてた」


上手くごまかせただろうか
栞菜は今何を考えているのか
えりかの態度を不審に思っているか
そんな事を考えては何だか腹の探り合いのようであまり良い気分がしなかった
 
671 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:33
 
それから取り留めのない話をして、気が付くともう時刻は7時を過ぎようとしていた
えりかはすっかり重くなった腰を上げる


「あたしも今日は家帰ろ。めずらしくお母さん早く帰って来るし」


んーと伸びをして栞菜が言った
えりかは足元にいたマサムネを抱き抱えて栞菜に渡す
鞄と今日新しく借りた本を手に出口に向かった
ふと、そういえばがもう一つあったと戸の前で栞菜を振り返る


「栞菜さ」
「ん?」
「あたしと遊ぶなら、どこ行きたい?」
 
672 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:34
 
どこか行こうと舞美に言ったものの
どこに連れて行けば良いのか、何をすれば良いのか
えりかは何も思い付かずにいた
自分から誰かを誘った事などないえりか
自分から持ち出したからにはちゃんと有言実行、舞美と遊びたかった


「あーバイト代でどっか連れてってくれんの?でもえりかちゃんはなー」
「何?」
「遊んでも、どきどきしたりはしゃいだりとかしないだろうから」


マサムネを顔の前に抱き上げ、笑いながら栞菜はそう言った
えりかは苦笑を返して店を出た

なるほど、どきどきしない
否定は出来ないなとえりかは思った
でもあの時


−梅田さんと、遊びたかったな−


あの時、多分自分はどきどきしたとえりかは思う
けれどそれを表す事は難しくて
やっぱりクマでよかったとえりかは思った
 
673 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:34
 
栞菜は多分、あたしに聞きたい事あったんだろうな
でもきっと、聞かない方が良い

幾つかある疑問も仮定も
多分、お互い今は口にしない方が良い


 

 E−5.終わり

 

674 名前:E−5 投稿日:2009/05/20(水) 22:34
 


 

675 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/05/20(水) 22:37
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
>>85-98 M−1
>>102-112 A−2
>>114-135 E−1
>>172-187 K−2
>>189-208 M−2
>>213-238 E−2
>>316-334 A−3
>>340-361 M−3
>>366-380 K−3
>>385-412 E−3
>>441-464 A−4
>>500-517 M−4
>>524-549 K−4
>>556-572 E−4
>>578-595 A−5
>>602-618 K−5
>>625-649 M−5
>>659-674 E−5
676 名前:三拍子 投稿日:2009/05/20(水) 22:38
 
今回はここまで。
梅さんは梅さんなりにそれとなく頑張って行きます(^O^)/
 

よーし、キリも良いし今度こそ短編だあー!!
 
677 名前:三拍子 投稿日:2009/05/20(水) 22:40
>>653さん
そう行きましたW
梅さんはあくまで梅さんらしく、で行きます!

>>654さん
そんなそんなありがとうございます(^O^)/
四人の関係をお楽しみ下さい。

>>655さん
それとなく頑張ってみましたW
色々な視点をお楽しみ頂ければと思います。

>>656さん
舞美は一番素直な人間なので書きやすいです。
またよろしくお願いします!

>>657さん
そこはまぁそういう事でW
どうか楽しみにしてて下さいm(__)m

>>658さん
ご指摘ありがとうございますm(__)m
梅さん視点はいかがでしょうか?
 
678 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/22(金) 00:21
三拍子殿のお話大好きです。
次の更新も楽しみにお待ちしてます。
679 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:09
 


 

680 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:09
 


 

681 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:10
 


別に良いけどさ
でも、もう少し気付いても良いんじゃない?
 
ずーっとずーっと見てるんだからさ


 

  子の心犬知らず


 
682 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:10
 


別に良いけどさ
でも、もう少し気付いても良いんじゃない?
 
ずーっとずーっと見てるんだからさ


 

  子の心犬知らず


 
683 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:13
 
きっかけは些細な事で
いや、千聖がそう思わないだけで、舞にとっては些細な事ではなかった
 
 

「告白された」
「‥‥‥は?」


家が近くで、小さな頃からいつもいつも一緒にいた
一つの歳の差なんて舞と千聖の間には全くない
だから一緒にいるのが当たり前でそれはずっと変わらないと舞は思っていた

けれどやっぱり、そんな事は無理で
父親の仕事の都合で舞は小学5年の時に隣り町に引っ越す事になり、母親の意向で千聖の通う公立中学とは川を挟んで反対側にある私立中学に通う事になった
舞にしてみれば悲しい事であったが、学校が違う位でそんなに大きな変化など起こらないだろうとも思っていた
家の位置が少し遠くなるだけだ、会おうと思えばいつでも会える
舞はそう思っていた
 
684 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:14
 
しかしながら、実際そうも行かなかった
学生は一日の約三分の一は学校で過ごすと言っても良いだろう
まして部活をしている千聖には土日も休みという物がない
それに学校が違ってはいつも千聖の近況を知る事が出来ない
年中監視している訳ではないが、千聖が学校でどういう生活をしているのかが気になる
 
 

そして久しぶりに遊んだ帰り道、千聖がいきなりそんな事を言うから舞は片眉を吊り上げた
 
685 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:16
 
「告白?」
「うん。後輩の子」


へらへらと笑いながら言う千聖に対して舞は口を尖らせる
二人並んで歩く橋は、河川敷を跨ぐ大きな物だった
舞は足元にあった小さい石をこつんと蹴る
俯いている舞の様子の変化に千聖は気付かず続ける


「いやー、何かさぁ。断るのって難しいよね」
「‥‥‥」
「千聖いつも相手の子困らせちゃうんだよ」
「‥へー」


いつも、という言葉が引っ掛かり、舞は返事を浮かないものにする
なるほど千聖はいつも告白されている訳だ
それを知らない自分が悔しくなり、舞は俯けた顔を上げられない
自分の学校生活が充実していないという訳ではない
けれど千聖がいない学校が寂しくないと言ったらそれは嘘になる

舞が俯いてそんな事を考えていると隣を歩く千聖の携帯が鳴り、舞は顔を上げた


「もしもし!はい‥はい」


どうやら相手は部活の先輩らしい
千聖がフットサルをやっている事位知っている
けれどどんな先輩や同輩や後輩がいるのかは知らない
舞の知り合いと言えば一人、千聖の学校に通っているご近所さんがいる
しかしながらどうやら彼女は学校ではあまり良い人で通っていないらしい
千聖の事は色々と話した事があるが実際面識はないだろう
 
686 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:17
 
考えながらふと千聖の手元を見ると、見慣れないストラップが付いている事に気が付いた
いつも、千聖の携帯には舞があげたサッカーボールのストラップが一本ぶら下がっていた筈だった
けれど今日はその隣にもう一つ、かわいらしいストラップが付いていた
舞は瞬間眉間に皺が寄るのを感じる
電話が終わりこちらを振り向いた千聖にそのままの顔で聞いた


「それ、どうしたの?」
「ん?あーストラップ?もらったんだぁ」
「‥‥その、誰から?」
「ん?えー、と後輩の子。いやー何か断れなくてさ」


そう言って千聖はがしがしと頭を掻いた
だらりと緩む口元が嫌に気に食わなかった
舞がそんな事を考えているなんて知らない千聖は、遂に舞が我慢ならない問いを掛ける

 
「ねぇ舞ちゃん、上手い告白の断り方ってないかな?」
 
687 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:20
 
−心の何処かががらがらと崩れ落ちた

 
ぎゅっと拳を握る
そんな舞の様子に気付いたのか千聖がん?と首を傾げて来た
舞は素早く千聖の携帯を取り上げ、自分がプレゼントしたサッカーボールのストラップを引っ張る
対した苦労もなくストラップの紐は切れた


「ちょっ、舞ちゃん!?」


舞は大きく振りかぶり夕日に照る川へストラップを投げた
「えっ!?」と大きな声を出して千聖が橋の手摺りに手を掛け後を追う
しかしストラップは千聖が見た時にはもう川に着水して見えなくなっていた

千聖が勢い良く舞を振り返る
舞はぷいと顔を背けた


「何でそんな事するの?」
「いいじゃん、新しいのあるんだか「よくないっ!!」


舞の言葉を千聖が力強く遮る
その目は真っ直ぐ舞だけを見ていて、それが今は堪らなく辛い
 
688 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:20
 
あぁ、やってしまった
自分勝手に起こした行動は取り返しがつかない
けれど思い起こせば悪いのは千聖だ、絶対に
舞はぐっと歯を食いしばり千聖を睨みつける


「千聖のせいじゃん!千聖が、そんな事言うから‥‥っ」
「え?」
「千聖のばかっ!!」


持っていた携帯を千聖に投げ付け舞は一目散に橋を駆ける
千聖がどんな顔をしているのか気になった、けれど振り返る事は出来ない
まだ冷たい風が身体に吹き付けて寒かった
 
689 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:22
 
舞が走って帰ったのは自宅−‥の向かいの家
二階の電気が点いている事を確認し、インターホンも押さずにその家に押しかける
たんたんと階段を駆け上がり、見えたドアを勢い良く開けた


「ばかーっ!!」
「「ぎゃあっ!?」」
「ばかばかばかばかー!」
「ま、舞ちゃん?」
「どしたのー?転んだー?」
「いや、えりかちゃんそんな子供じゃあるまいし」
「あっ、そっかごめんね舞ちゃん」
「わぁーっ」


目の前でいきなりコント混じりな心配をする二人に舞は余計涙が出て来た
舞がぺたりと座り込むと二人はやっていたゲームを放り出し舞に駆け寄って来た
 
690 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:23
 
「舞ちゃん大丈夫?痛いの痛いの「だから違うって」
「‥‥っ、‥グスッ」
「どした?あっ、わかった『ちさと』だ!」


鋭い栞菜がびしっと指を指して言った
またケンカでもしたのだろうか、頬には大きな絆創膏があった

ここに来てから仲良くなったえりかと栞菜
歳は違うが、二人はまるで本当の姉妹のように舞に優しくしてくれる
親の帰りが遅い日はこうしてえりかの家にお邪魔していて
家族とケンカが絶えない栞菜も、よくこの家に逃げ込んで来てはまるで家人のようにくつろいでいる
三人がこうして集まるのはもう習慣のようなものだった


「ちさと?あーちさとね」
「ちさとと何かあったの?舞ちゃん」
 
691 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:25
 
ぐすっと鼻を啜り舞は今日あった事を二人に話した


「ぃよしっ!!あたしがシメてやるっ!!」
「だぁめだよ。また新しい武勇伝作っちゃう」
「だってあたしの可愛い可愛い舞ちゃんをっ、ちさとめ!」
「うぅん、でも、舞が悪いの‥‥」
「んー、でも仕方ないよね。ちさとは知らないんだからね」


そうだ、仕方ない
千聖は舞が千聖をどんな気持ちで想っているか知らないのだから
だからあれは舞の我が儘で、けれどそれも仕方のない事だ
何故好きな人の告白への対処を一緒に考えなければならないのだ
嫌味以外の何物にも感じられなかった


「うーん、ちさとも鈍感だねぇ」
「何て言うの、親の心子知らず?みたいな」
「えりかちゃんそれ違う。大分違う」
「でもストラップ、舞ちゃんからのプレゼントだったんでしょう?」
「‥‥うん‥」


涙も引いた今となっては後悔ばかりが胸を苦しめていた
下らない、自分は何と子供なんだろうと舞は思った
 
その日はそのまま夜遅くまで三人で盛り上がった
 
692 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:26
 

 

「えりかちゃん」
「んー?」
「明日川集合ね」
「えー、あたし入んないからね」
「良いよ、あたしの武勇伝にする」
「わかった。あたし懐中電灯係ね」
 

 
693 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:27
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
694 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:28
 
それから二日、千聖とは電話はおろかメールもしていない
たったの二日と言うかもしれないが、舞が千聖と二日間音信不通なんて普段絶対ない事だった
どうして良いかわからず、謝る言葉も見付からず
考えては考えては千聖の言葉が頭に浮かんで苛々とした気持ちが先立ってしまう
 

幾ら舞が千聖を想っていようと、それを伝えられないなら意味はないのだ
気付いてくれと願って気付く相手なら苦労はしない
相手が千聖ならより困難な事だった

でも今はそれより仲直りしたい
素直には謝れないかもしれない、けれどこのままでいたくない
そう考えては溜め息ばかりが口から漏れた
 
695 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:28
 
修了のチャイムがなり、こうして今日も学校での一日が終わろうとしていた
舞は鞄に教科書を仕舞おうと机を覗き込む

すると廊下の方からざわざわと騒がしい声がした
そんな事はどうでも良く、舞は特に気に留めず教科書を抱えた
するとばたばたと一際騒がしい足音が聞こえ、そのままバーン!!と荒々しく教室の扉が開け放たれた
 

 

「舞ちゃんいますかーっ!!」

 
 

696 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:30
 
舞は持っていた教科書をばさばさと足元に落とした
ぽかんと口を開けたまま扉を開けた所に立つ人物を見つめる

この学校の物ではない制服
この学校の生徒とは思えない雰囲気
にかっと笑う白い歯が黒い肌に浮いていた


「ち、‥‥ちさと?」
「あっ!舞ちゃん発見!!」
「な、な、なんでいるの?」
「迎えに来た。はい、帰ろう帰ろうっ」


そう言ってせっせと舞の落とした教科書を拾い鞄に詰める千聖
それをひょいと担ぐと舞の手を取りがたがたと歩き出す
クラスメートの視線が痛い、皆驚いたように立ち尽くし舞と千聖を見ていた


「さよーならぁ、舞ちゃんのお友達のみなさん!」


ひらひらと手を振りそう言って千聖は舞を教室から連れ出した
 
697 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:31
 
「ち、千聖っ、ちょっと」


ぐいぐいと舞を引っ張ったまま前を歩く千聖は振り向かない
荒々しい歩調は怒っているのかと思う位だった
握られた手は少し痛くて、けれど熱くて
それは自分の手の熱なのか千聖の手の熱なのかはわからない


「−千聖っ」


もう一度、大きく名前を呼ぶと今までの勢いが嘘のようにぴたりと千聖が足を揃えて止まった
そのせいで舞は少しよろける
気が付くともう学校からは離れ、あの時ケンカした橋の前にいた
普段なら橋の向こうまで千聖が送ってくれる
そう、この間だってその予定だった


「‥‥‥」
「‥‥ちさ、と。あの‥」
「‥‥さみしかった」
「え?」


ぷすんと燃料が切れたように小さな千聖の声には抑揚がなかった
ぎゅっと再び手を強く握られ、千聖がこちらを振り返る
その顔は今にも涙が零れ落ちそうだった
 
698 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:32
 
「すっごいさみしかった」
「‥‥‥」
「仲直りしてよ。‥‥千聖、舞ちゃんがいないのやだ」
「‥‥‥」
「やだよ。いつだって舞ちゃんといたいもん」


千聖が真っ直ぐに舞を見つめて来る
言っている意味を自分でわかっているのだろうか、いやきっとわかっていない
いつだって一緒にいたい、それは誰にでも言って良い言葉ではない
特別な誰かにだけ言って良い言葉だと舞は思う

繋いだ手は小さく震えていて、見つめて来る目はどこか頼りなさげで
飼い主に縋り付く犬のように見えて舞は思わずふっと息を零す
駄目だ、敵わない
どんなに鈍感でも、馬鹿でも、調子者でも
こうやってすぐに許して甘やかしてしまう
こうして無意識でも、自分が千聖にとって大切な存在でいられるなら良いかと舞は思った
 
699 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:34
 
「よし、仲直りしよ」
「本当?」
「うん。うぅん、だって舞が悪かった。ごめん」


言うと千聖はよかったぁと情けなく表情を崩した
そして繋いでいた手を離すとポケットを探り出した
ん?と舞が首を傾げていると、目の前に千聖の携帯が差し出された
そこに付いていたのはあの時川に放り投げたストラップ


「これ‥‥何で?」
「そうなの!聞いてよ実は−‥」


言いかけて千聖はぱっと口を塞いだ
うーんうーんと少し唸った後、もごもごと不明瞭な声で話す


「ぁーえーと、その‥親切な人、が、拾ってくれたそうです」
「親切な人‥‥」
 
700 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:37
 
親切と言っても、川に投げたこれをたまたま拾う筈なんてない
まして千聖の物だとすぐにわかる人なんていると思えない
思い当たるのはあの二人だけだった
二人がこの寒い中川に入ってこれを探したのかと考えると舞は思わず笑ってしまう
帰ったら仲直りしたと報告して感謝の意を告げよう
一人笑う舞に千聖は意味がわからないらしく不思議そうに舞を見ていた


「何でもない、帰ろっ」
「うん!」


千聖は舞と学校で有名な不良の栞菜がご近所さんなんて事は知らない
栞菜に口止めされていた
だから詳しい事は何も聞かない
ストラップは返って来た、千聖と仲直り出来た
今はそれだけで幸せだと思えた

手を差し出すと嬉しくて尻尾を振っている犬のように笑って千聖が舞の隣に飛んで来た
 

 
親の心子知らず
舞の心千聖知らず

それでもこうして手を繋いでいられるなら今は良いかと思った
 
701 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:38
 

「じゃー練習ね」
「ん?」
「好きです。付き合って下さい」
「はい。喜んで」
「何それダメじゃん」
「えーいーじゃん別に」
 

 

 子の心犬知らず−.終わり

 
702 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:38
 


 

703 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:40
 
−おまけ−
 
 

「えりかちゃんっ仲直りした!」
「おーよかったじゃん」
「ありがとね。あれ?栞ちゃんは?」
「んー?あれ」


えりかは窓際のベッドを指差す
その上に栞菜が死んだように俯していた


「どしたの?まさかケンカ負けた?」
「うーん」
「ついに家勘当されたとか!?」
「うぅん。何かね、強敵が出来たみたい」


えりかの言葉に舞は首を傾げる
息もしているのかわからず本当に死んでいるんじゃないかと思う栞菜に近付く
するといきなりがばっと栞菜が勢い良く起き上がった
舞は「ゎっ」と思わずのけ反る


「あーっ悔しいっ!!」
「か‥栞ちゃん?」
「くっそー。見てろ鈴木愛理!!」
「?」
「あたしがおとせなかった相手はいないんだかんな!!」


しゅっしゅっとボクシングの真似のように気合いを入れている栞菜に舞はぽかんと口を開ける
後ろではえりかが一人何もかもお見通しと言うように小さく笑っていた


 

 終わり
 

704 名前:子の心犬知らず 投稿日:2009/06/01(月) 15:40
 


 

705 名前:三拍子 投稿日:2009/06/01(月) 15:44
今回はここまで。
百聞は一見にしかずの番外編な感じで。
久しぶりのちさまい、相変わらずなちさまい(笑)

次の更新どうしましょう(-.-;)
 

>>678さん
ありがとうございますm(__)m
拙い文章ですがよろしくお願いします。
 
706 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/01(月) 18:47
更新お疲れ様でした。
なるほど、あの話の真相はこれだったんですね。
ちさまいキャワワでした。
ちょっと大人な舞ちゃんに、アホな千聖w
そんな2人が大好きです。
次回も楽しみにしています。
707 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/02(火) 00:15
更新お疲れ様です!
ちさまいカワイイですね〜
おまけw
こちらの物語もシリーズ化してほしいくらいよかったです!!
作者さんのはお話はすべて大好きなので、次のお話も楽しみにしてます!
708 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:19
 


 

709 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:19
 


好きって言える彼女と、好きって言われるあたし

どっちがドキドキしてるんだろう


 

 勇者でなければ美人を得る資格なし

 

710 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:21
 
 
−ねぇえり。あたしえりの事好きだから告白していい?−
 
 
思えば始まりだってそんな感じだった

ずっと仲が良くて、ずっと好きで
だから友達の関係から恋に発展する事にえりかは何等抵抗なかった
多分それは舞美も一緒で
そう、告白だってムードも何もなかった

クラス内では家がそれなりに近くで、一年の頃から毎日一緒に登校をしている
えりかの自転車の荷台には荷物より舞美を積む事の方が絶対多いだろうと思う
その日も部活がオフだった舞美を荷台に乗せ、えりかは家路についていた
背中からは舞美の気持ち良さそうな鼻歌が聞こえていて、えりかもそれに合わせるように漕ぐ足を進めていた
 
711 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:23
 
それは突然で、なのに酷く自然だった


「ねぇえり」
「んー。何?」
「あたしえりの事好きだから告白して良い?」

 

舞美は今まで出会った人の中では多分一番と言って良い程の馬鹿正直で
えりかはそれは舞美の良い所だと思っている
けれどこうしてたまに出るズレた正直さに首を傾げたくなる

えりかは前を向いたまま漕いでいた足をとめてゆっくりとブレーキを掛けた
緩やかに身体を纏っていた風が止んで、普段なら絶対聞こえないような、川の流れる音が耳を掠めた気がした


「それ、もう告白しちゃってるじゃん」
「へ?‥あっしまった!」
「舞美ぃ‥‥」
「えへへ、ごめんねえり」
「いーよ。慣れてる」


言ってえりかは舞美を振り返る
肩越しに見えた舞美は一瞬きょとんと目を丸くした後、ゆっくりと顔を緩ませた
えりかは再び自転車を漕ぎ出す
 
712 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:24
 
「えりーえりー」
「なにぃ」


舞美が肩を掴んでぐらぐらと揺するものだからえりかは自転車のバランスを保つのに必死だった
川沿いの道にふらふらと揺れる二人の影が走る


「あのね、だからね」
「うん」
「すき」
「うん」
「大好きだぞー」
「はいはい。ありがとー」
「何それぇ、嬉しいでしょー?」

 

−嬉しいよ。だってあたしも大好きだから
 
あの時舞美は気付いただろうか
えりかの真っ赤になった耳
どくどくとうるさい心臓の音
緩み切った、だらし無い顔
きっと、舞美も同じだったから気付かないだろうと思った
 
713 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:25
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−
 

714 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:27
 
そんなやり取りから舞美と付き合う事になって二ヶ月程
今日はえりかの家でテスト勉強する事になった

とは言っても、舞美は普段から真面目に授業を受けて予習復習も欠かさない為、普段から学年でも上位にいる
テスト勉強など必死にやらなくても十分点を取れるだろう
比べてえりかは、先生の言っている事が英語でなくても日本語に感じられずまたそれが上手い子守唄になるのだ
そのせいか、はたまた根本的なやる気のなさからか学年では‥まぁ、軽く先生に注意される位だ

カリカリと文字を羅列する音と時計が時間の経過を告げる音だけが聞こえる
机に向かい合いノートを開いて数時間、えりかと舞美は全くと言って良い程会話をしていなかった
勉強は嫌いだ、けれどえりかだってやれば出来ない訳ではない
雰囲気に呑まれたのか問題を解く手が止まらず、ノートと教科書を行き来する視線が舞美に向く事はほとんどなかった
 
715 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:29
 
えりかはちらりと視線を上げて舞美を見る
するとすぐに気付いたのかぱちりと瞬きをした後、舞美がにっこりと笑った
その笑顔が眩しくてえりかは再び視線をノートへ落とす
 
付き合ってから何か変わったかと言われれば、実は何も変わっていないのかもしれない
デートだって何度もしたし、手だって繋ぐ
出来る限り一緒にいるし、いたいと思っている
けれど、それはきっと恋人でなくても出来る事で
それに満足していない訳ではないが、どこか物足りなさを感じているのも事実だった

舞美に比べると、えりかはあまり素直な方ではない
だから今までも自分から何等かの行動を起こした事はなかった
 
716 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:30
 
ふと舞美の唇が目に入った
瞬間どきりとえりかの心臓が跳ねる
慌てて教科書を見つめ集中し直そうとするが、心臓はどきどきとうるさいままだった

考えた事がなかった訳ではない
付き合っていれば必然、いつかはそうするだろうと思っていた
けれど舞美はその事に関して触れて来た事はなかったし、えりかから持ち出した事もなかった
一緒にいる事が幸せで、生まれた欲はいつもどこかにしまっていた
どこまで進んで良いのか
それはえりかが進めて良い事なのか
考えては考えては行動出来ないでいた
 
717 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:32
 
文字を書く手を止めてもう一度舞美を見る
すると一番に唇に視線が行った
今度は視線を逸らす事が出来ない
しばらくぼんやりとそうしていると、気付いた舞美が首を傾げながらえりかを覗いて来た


「ちょっと休憩」
「あーそうだね。ずっとやってたし」


ごまかすようにそう言って、えりかはうーんと伸びをして背中にあるベッドにもたれる
顔に熱が集中して、それを隠すようにごしごしと両手で擦った
舞美はいつものように鼻歌を歌いながら教科書をぺらぺらとめくっている
えりかは小さく溜め息を吐いた
 
いつだって
いつだって言い出すのは舞美で
行動を起こすのも舞美で
あの時の告白だって
手を繋いだ時だって
舞美のあの馬鹿正直な性格が起こしたものだった

『勇者でなければ美人を得る資格なし』

そんな言葉があるけれどそれは嘘なんじゃないかと、えりかはそう思っていた
えりかは何もしないで美人を手に入れてしまった
きっと舞美が言わなければずっと関係は変わらなかっただろう
 
718 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:34
 

たまには、勇者になってみたい

 
そんな事を思い、えりかは背中を起こして机に戻る
舞美は相変わらず熱心に教科書を読んでいた


「舞美」
「ん?なぁに」
「ちょっと」


ひょいひょいと手招きをする
舞美が持っていた教科書をとん、と机に置き、身を乗り出して来た
えりかも少し前のめりになる
整った顔が間近にあって、えりかは再び顔が熱くなった
「なになに?」と可愛らしく聞いてくる舞美を素直に愛おしいと思った
えりかは更に顔を近付け、自分の額を舞美の額に合わせる
こんなにも近付いた事は今まであっただろうかと思った


「ねぇ舞美」
「ん?」
「キスしたいんだけど、しても良い?」


舞美の返事はおろか舞美がどういう顔をしていたかも確認しないままにえりかは唇を寄せた
触れた唇は信じられない位柔らかくて心地良かった
 
719 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:35
 
触れたのはほんの数秒で、えりかはゆっくり顔を話す
焦点が会う位まで離れて初めて舞美の表情を見た
頬は真っ赤で、目を見開いていた


「‥‥もうしちゃってるじゃん」
「うん、ね」


少しの沈黙の後、お互いふっと笑い出した
舞美がえりかの手を掴みぶんぶんと振り回される
舞美は小さな女の子のようにはしゃいでいた


「へーえりも積極的なとこあるじゃーん」
「まぁ、いつもやられっぱなしじゃね」
「もっと素直になっていいんだぞ!」


舞美がずいと再び顔を近付けて来る
にやりと笑ってえりかは悪戯に舞美を見つめる
取られた手をぎゅっと握ると、舞美が目を閉じた
ごくりと喉が鳴る
目を閉じた舞美は尋常じゃなく綺麗で
抑えられない気持ちが飛び出しそうだった

情けなく震える自分の唇を端から舐める
何となく、目を閉じるのが勿体ない気がして
えりかは目を開けたままもう一度舞美に唇を寄せ−「えりかちゃーんっ!!」
 
720 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:36
 
バンッと勢い良く開かれた自室のドア
えりかと舞美もぱっと目を見開いた
えりかは慌ててベッドへ飛び乗る
心臓が口から飛び出しそうだった
舞美は真っ赤な顔のままドアを開け放った人物を見ている


「かっ栞菜かぁ‥びっくりしたぁ」
「あっ、舞美ちゃんっ!」


どかんと音がする位の勢いで舞美に飛び付く栞菜
ぴくりとえりかは眉をひそめる
せっかくの良い雰囲気をぶち壊した上にこの態度
敵わない事をわかっていても吹っかけてしまいそうになる
えりかは静かにベッドから腰を上げて舞美の腰にくっついている栞菜に近付く


「ちょっと、栞菜」
「っえりかちゃん、見てこれ!!」
 
721 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:38
 
ばっと顔を上げた栞菜の頬には真っ赤な手形
目にはいっぱいの涙を溜めていた
ケンカで負けたのだろうか、けれどそんな様子ではないし実際ケンカだったら栞菜がただで帰って来る筈がない
だとすると思い当たるのは一つだけだった


「‥まぁ話聞くから下降りな。ご飯ご馳走してあげる」
「えりかちゃん〜」


とにかく早く舞美から離れてほしい一心でえりかは栞菜に言う
すると今度はえりかに抱き着いて来た
「ほら早く」とえりかは腰から栞菜の腕を解き階段へ促す


「舞美も食べてく?あんまたいしたもの作れないけど」
「いいのっ?食べてく食べてく!」


舞美のぱあっとした笑顔に栞菜に妬いていた気持ちもすっと消えて行く気がした
それだけでやっぱり敵わないなんて思ったり
栞菜のとんとんと軽快に階段を降りる音が自分の心臓の音と重なるようだった

でももう自分から何か行動を起こす事は出来なそうで
えりかも栞菜を追って階段を降りようとした
 
722 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:40
 
すると階段を一段降りた所で後ろからぽん、と肩を叩かれた
叩いたのは他ならぬ舞美でえりかは素直に振り返る
目を閉じる隙も無く、えりかの唇に舞美の唇が触れた
固まっているえりかの横を舞美がするりと抜けて行く
その瞬間耳元で囁かれた

 
−あたしの方が積極的、とか言って−
 

舞美が階段を降り切り、「えりかちゃん早くーっ」と栞菜の声が聞こえてえりかは我に返った
小さく溜め息を吐いた後「今行くよ」と言って階段を降りる
踏み出す足が情けなく縺れそうになった
 
723 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:42
 
 

結局、いつもいつも行動を起こすのは舞美で
それが羨ましくもあり、けれど嬉しくもあったり
 
勇者になるのは当分無理そうだ


 

 勇者でなければ美人を得る資格なし−.終わり
 
724 名前:勇者でなければ美人を得る資格なし 投稿日:2009/06/08(月) 19:42
 


 
725 名前:三拍子 投稿日:2009/06/08(月) 19:49
 
>>470-495 百聞は一見にしかず
>>679-704 子の心犬知らず
>>708-724 勇者でなければ美人を得る資格なし
 
726 名前:三拍子 投稿日:2009/06/08(月) 19:54

という訳で何となくシリーズにしてみました(笑)
こういうオムニバス的なものは好きです。

そろそろあっち向いてに戻ります(-.-;)

 
>>706さん
ちさまいは頻度は低いですが好きです。
千聖はあほじゃないとダメだと思いますWW

>>707さん
やじうめも書いてみましたがどうでしょうか?
楽しみにして頂けて光栄ですm(__)m
 
727 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/09(火) 00:06
更新お疲れ様です!
やじうめ、言葉じゃ表せないほど楽しめましたって!!
もうドキドキしっぱなしでした!

あと真っ赤な手形がなんだか気になりますw
728 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/06/14(日) 23:36
 


 

729 名前:A−6 投稿日:2009/06/14(日) 23:37
 


 

730 名前:A−6 投稿日:2009/06/14(日) 23:38
 
 

どうして?

何でそんな事言うの?


 

 angle.A−6

 

731 名前:A−6 投稿日:2009/06/14(日) 23:38
 
幸せな気持ちなんて一瞬で消え失せた
やっぱり、悲しみに敵う喜びなんてないと痛感した
 
 
舞美と遊んでから気付けば大分経った
遊んだ、たったそれだけなのにこんなにも上機嫌な自分がいて愛理は可笑しくなった
一緒にいるだけで胸が熱くなって
これ程幸せな気持ちにさせてくれるのはきっと舞美以外にいない

けれど本当はわかっている
そんなのは一瞬の、つかの間の事だと
舞美の目にはいつだって一人しか映っていないと
舞美が欲しいのは、一人だけ、あの人だけだと
 
732 名前:A−6 投稿日:2009/06/14(日) 23:40
 
ふと、有原書房に行きたくなった
最近学校で委員会の仕事があり帰りが遅かったために寄れずにいた
店を覗いてみたものの、7時過ぎには閉まるのか毎回『本日の営業は終了致しました』と看板が立て掛けられていた
最後に本屋さんに会ったのはちょうど二週間前だった
 

何を話したいのか
とっても楽しかった
やっぱり舞美が好きだ
また本を借りたい、良い本はないか
どれを話しても何を聞いても本屋さんの答えはきっとまた「そう」「どうだろうね」なんて素っ気ないものなのだろう
本を開いてそう言う本屋さんを思い浮かべると自然と頬が緩んだ

不思議と足取りが軽くなる
商店街の地面に交互に敷き詰められた朱と茶色のブロック
とんとんと朱のブロックだけを踏んで行く
鼻歌に合わせてそう歩いていると、いつの間にか有原書房に着いていた
 
733 名前:A−6 投稿日:2009/06/14(日) 23:41
 
引き戸越しに店の中を覗くと、いつも通り奥のレジ席には本屋さんが座って本を開いていた
カラカラと戸を引くが、本屋さんが気付く気配はない
よく見ると片耳からイヤホンが覗いている
全く、店番をする気はあるのだろうか
苦笑しながら愛理は本屋さんに近付く
なおも集中しているのか本屋さんは気付かない
どうしようかと愛理が考えていると、レジ机の下からにゃーと鳴きながら猫がひょこりと出て来た
ととと、と愛理の足元に駆け寄って来る
それに気付いたのか本屋さんが顔を上げた


「こんにちは」
「‥いらっしゃいませー」


耳からイヤホンを抜き、本に目を落としたまま本屋さんが言う
何故か今日は機嫌があまり良くない感じで、愛理はふと初めてこの店に来た時の事を思い出した

あの時も、本屋さんは本を読んでいて
大きい真っ黒な瞳がじろりと覗き込むように愛理を見て来た
 
734 名前:A−6 投稿日:2009/06/14(日) 23:45
 
愛理は胸のどこかが小さく鳴るのを感じる
それが何かはわからない
けれど何だか、少し怖いような嫌な予感がした
愛理はごまかすように本棚に目を向ける
何を話そうと思っていたのか、考えていた事は全て忘れてしまった


「あの‥‥」
「ん?」
「ぁ‥‥‥」


何を言いたいのか
あの、の後に何を続けようと思ったのか
いや、きっと何も考えてなんていなかった
ただ、何故か何かを言わないといけない気がして
本に落とされたままの本屋さんの視線がどうか自分に向いて欲しい
愛理が思ったのはそれだけだった
喉に何かが張り付いたように息が苦しい
 
735 名前:A−6 投稿日:2009/06/14(日) 23:47
 
「‥なんかあった?」
「‥‥‥」


どうして良いかわからず愛理が黙っていると、本屋さんがやっと本を閉じて愛理を見上げて来た
相変わらずの素っ気ない声
けれどその一言に愛理は堪らなく安心した


「あ、えっと」
「‥‥‥」
「舞美ちゃんと、遊びました」
「うん」
「もうすっごい楽しくて、久しぶりだったからはしゃいじゃいました」


その時もう愛理の頭の中はその時の楽しかった事でいっぱいで
だからさっき感じた嫌な予感も全く気に留めなかった


「‥‥」
「私、やっぱり−」
「やめなよ」
 
736 名前:A−6 投稿日:2009/06/14(日) 23:49
 
−‥‥‥

本屋さんの無機質な声が店内に響く

愛理はゆっくりと顔を上げて本屋さんを見る
本屋さんの表情はなるほど言葉と同じような無機質なものだった


「もうやめなよ。そんなの」
「‥‥え?」
「不毛な、無駄なことなんてやめたらって言ってんの」
「‥‥‥」

 

−あ、私今すごい嫌な気分になってる
 
本屋さんが何を言っているのかわからない
いつの間にか視線はまた落とされていた
本屋さんの言葉が掴めない真っ黒な煙となって身体に入り込んで来る
ぐるぐると渦巻いて、愛理は頭がくらくらした


「‥‥どうして?」
「だって無駄じゃん」


愛理がやっと絞り出した声に間髪を入れず本屋さんの冷たい言葉が続く
まるで今初めて会った人のように感じる
いつもの本屋さんがどんな話し方をしていたか愛理は思い出す事が出来ない
立っている感覚がなくて
地面がぐにゃりと曲がり、そのまま墜ちて行くような、そんな気分がした
 
737 名前:A−6 投稿日:2009/06/14(日) 23:56
 
「君がどんなにあの人を好きでも、どんなに待ってても変わらないよ」
「‥‥‥」
「あの人えりかちゃんの事好きだよ。多分、君が思ってるよりずっと」
「‥‥‥」
「だから無駄なんだよ。ここに来ていくら話しても、泣いても。あの二人は変わらない」
「‥‥‥」
「前にも言ったけどさ、君は何にもしてないんだよ。待ってるだけ」


本屋さんが卑屈そうに笑う
見た事もないようなその表情に愛理はぐっと唇を噛んだ


「楽だよね。こうやって情報も貰えて、話も聞いてもらえて。君にはいつでも逃げ場がある訳だ」
「‥‥っ」
「本当に好きなら奪えば良い。自分の方が相応しいと思うなら立ち止まってないでぶつかって行けば良いじゃん」
 

 

 
−どうして?
何で、何でそんな事言うの?
 
 
 


「‥‥‥」
「だから−バシン!
 
738 名前:A−6 投稿日:2009/06/15(月) 00:00
 
気付けば愛理は近くの脚立に積んであった文庫本を本屋さんに投げ付けていた
今度は視界がぐにゃりと歪む
噛み締めた唇が情けなく震えて、もう堪え切れなかった


「何で‥なんでっ」


何か言われる前に夢中で本を投げる
ばさばさと本が本屋さんにぶつかっては落ちて行く
ばさばさと痛々しい音を起てる本に悪い事をしている気分になった
それでも止められない


「わかってますよそれくらい!‥わかってる‥‥っ」
「‥‥‥‥」
「どうしてそんな事言うんですか!?」


初めて出すような大声に怯えたのか猫がぴょんと本棚の陰に逃げて行った
いつの間にか脚立の上に山積みにされていた本は無くなっていた
荒れる息を整えながら、熱い喉をぐっと押さえるようにして愛理は声を絞り出す


「‥ひどいっ‥‥ひどいです」
「‥‥‥」
「いつもそんな事思ってたんですか‥?」
「‥‥‥」
「そうやって、そうやって私の事−」


俯いている本屋さんの頭からバサッと本が落ちる


「−‥‥‥」
 
739 名前:A−6 投稿日:2009/06/15(月) 00:02
 
 
 
顔を上げた本屋さんは
 
今にも泣きそうな顔だった

 
 
愛理は言葉を失くす
開いた口から声は出なかった
ぐしゃりとどこかが握り潰されたように一気に息が苦しくなって
ずっと我慢していた涙がぽろぽろと零れた
頭の中でぐるぐると何かが廻って
視線を逸らさず真っ直ぐに見つめて来る本屋さんに
 
 
 
胸の何処かが
もう一度、小さく小さく鳴った
 

740 名前:A−6 投稿日:2009/06/15(月) 00:04
 
「‥‥−っ」


どうしたら良いかわからず何を言えば良いのかもわからず
愛理は本屋さんに背を向けて逃げるように店を飛び出す
もう一度本屋さんを振り返る勇気はなかった
ガラッと勢い良く出口を開ける
ひゅっと店内に入り込む風に、やっとまともに呼吸が出来たような気がした
 
涙が止まらない
ふとあの日の、舞美が梅田えりかに告白した日の事を思い出した
あの時、愛理を裸足のままに追って来た本屋さん
そうだ、本屋さんの表情は
あの時と同じだった


「‥‥‥」


騒がしい商店街の中、自分だけが色のない違う物のように思えて
早く踏み出してこの人波の中に紛れ込みたい、愛理がそう思った瞬間

 

 
「−愛理?」
 
741 名前:A−6 投稿日:2009/06/15(月) 00:05
 
すっきりと通るその声が真っ直ぐに耳に入って来た
どくんと心臓が鳴る
小さく息を吸って愛理はゆっくりと振り返った


「愛理」
「‥‥‥」


そこにいたのは、二人
あの二人
舞美と えりか

本当に何なんだろう
予想外の事が起こり過ぎて、全く頭が働かない
相変わらずぐにゃりと歪んだ視界の中
見える舞美は驚いたような表情をしていた
当たり前だ、今の自分がどんな顔をしているのかを考えたら舞美のその表情には納得だった

 
 
ぐっと歯を食いしばり愛理は駆け出す
行きにはあんなに軽い足取りで歩いていた朱と茶色のブロック
その色の違いも判別出来ない位に愛理は必死に走った
すぐに息苦しくなる
空気を取り込もうと口を開ける度に涙が零れ落ちた
 
742 名前:A−6 投稿日:2009/06/15(月) 00:08
 

−だって無駄じゃん−
−あの二人は変わらない−


本屋さんが口にした一つ一つの言葉が雨のように降りしきり心を濡らした

わかっている
舞美が本当に梅田えりかの事を好きな事位わかっている
ただの自己満足だとわかっている
欲しくて欲しくて堪らなくても、実際愛理はこうして背を向けて逃げているのだ
自分の気持ちから、舞美から
現実から目を背けて、我が儘に
こっちを向いて欲しい、そう思っても自分が舞美の方を向いていないのだ
 

−楽だよね。こうやって情報も貰えて、話も聞いてもらえて。君にはいつでも逃げ場がある訳だ−

 
そうだ、本当にそうだと思う
わかっているからこそ、言葉にされると辛かった
 

 
駆けていた足を緩める
いつの間にかもう商店街は抜けていて、角を曲がればもう家はすぐそこだった
立ち止まって足元を見るとまだ涙が落ちて行って愛理は驚いた
 
743 名前:A−6 投稿日:2009/06/15(月) 00:14
 
もうさっき自分を見ていた舞美とえりかがどんな顔をしていたのか思い出す事が出来ない
なのに本屋さんの言葉は一言一句忘れられない
同じ、涙で歪んだ視界で見たのに
 
 
本屋さんのあの表情が、頭から消えなかった

 
 

「−愛理っ」
「!‥‥っ」


すると突然聞こえた声
がしっと強く肩を掴まれ愛理は振り返らされる
まだ止まらない涙で歪んだ視界に飛び込んで来たのは舞美
走って追って来たらしく、息を切らしていた


「どしたの?なんかあった?」
「舞美ちゃん‥‥」


本当に心配そうな表情で舞美が愛理の顔を覗き込む
優しい言葉がじわりと胸に染みた
同じ言葉でも、本屋さんと舞美では言葉の持つ熱や温かさがどうしてこうも全く違うのだろうかと思った

掴まれた肩が、熱い
 
 

−好き
好きなんだよ?
ねぇ、舞美ちゃん

 
744 名前:A−6 投稿日:2009/06/15(月) 00:16
 
「‥舞美ちゃん」
「ん?」
「好き」
 

 
−無駄なんだよ−
 

 
 
「舞美ちゃんが好きなの」
 

それは、誰に向けての告白なのか
本当は愛理自身わからないでいた
今目の前にいるのは舞美なのに
ずっと秘めていた想いをやっと口にしたのに

涙は止まりそうになかった
  
745 名前:A−6 投稿日:2009/06/15(月) 00:17
 
 
こんなにも涙が零れるのは
その言葉が冷たかったからじゃない
気持ちを罵られた事が悔しかったからじゃない
 
 
 
本屋さん
あなたが言ったから
 
あなたに言われたから、悲しくて堪らなかったんです


 

 A−6.終わり


 

746 名前:A−6 投稿日:2009/06/15(月) 00:17
 


 

747 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/15(月) 00:20
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
>>85-98 M−1
>>102-112 A−2
>>114-135 E−1
>>172-187 K−2
>>189-208 M−2
>>213-238 E−2
>>316-334 A−3
>>340-361 M−3
>>366-380 K−3
>>385-412 E−3
>>441-464 A−4
>>500-517 M−4
>>524-549 K−4
>>556-572 E−4
>>578-595 A−5
>>602-618 K−5
>>625-649 M−5
>>659-674 E−5
>>729-746 A−6
748 名前:三拍子 投稿日:2009/06/15(月) 00:26
 
今回はここまで。
ハッピーバースデー栞菜!!!という訳で更新なんですが

ノk|‘−‘)<全然ハッピーじゃないかんな!!

‥‥いや、すみません。
話の都合上‥‥いや、すみません。
あっち向いて、そろそろ佳境です。

 
 
>>727さん
それはそれは、ありがとうございますm(__)m
なんでかやじうめが一番ドキドキする話になってしまうという癖ありですWW
 
749 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/15(月) 15:54
切ない更新お疲れ様です
どうなるか続きを楽しみにしています

一番残酷なのは自分だと気付いてほしいですね…
750 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/16(火) 01:58
更新お疲れ様です!

三拍子さんの心理描写が上手すぎて涙がでました。
切なすぎる、二人の関係の変化ですね。

これからどうなっていくのか、次の更新も楽しみにしてます。
751 名前:みら 投稿日:2009/06/20(土) 21:49
更新おつです
こちらこそ楽しみにしています^ω^
752 名前:みら 投稿日:2009/06/21(日) 17:44
すみませんあげてしまいましたorz
753 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:43
 


 

754 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:44
 

誰がどうすれば全てが上手く行くのか
それはあたしにも、彼女にも

あの子にも、わからないんだ


 

 angle.E−6


 

755 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:45
 
「どこか行きたいとこある?」
「どこでもいいよ」
「あたしもどこでも良いよ」
「えー、梅田さんが決めてよ」
「いやーあたしそういうタイプじゃないからさ」


えりかは頬杖をついて窓の外を見る
教室には夕焼けが差し込んで来て、その柔らかな眩しさに目を細めた

依然、話は進まないまま大分過ぎた
どこに行こうか、いつ行こうか
えりかが何を提示しても舞美は笑顔で賛成するため、結局どれが良いのかわからなくなっていた

そして今も舞美はにこにこしながらえりかを見つめて来る
その温かい視線が嫌ではないと思う
一時期の微妙な気まずさも消え、前よりも一緒にいる時間も増えた
舞美は相変わらずえりかの事を真っ直ぐ想ってくれているらしい
けれどそれに対しどんな顔をして向かい合えば良いのかがえりかはわからない
だからこうしてどこかに目をやる
 
756 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:46
 
ミーティングだけのため今日は早いという舞美の部活が終わるのを待ち、えりかは一人教室で読書に耽っていた
舞美が現れた5時過ぎにはもう本は読み終えていて、ちょうど机に伏して寝てしまおうと思っていたところだった
すると良いタイミングで「お待たせっ!」と息を切らしながら舞美が教室に飛び込んで来た
がたがたとえりかの前の席に座り「よしっ、決めよ!」と話し合いが始まってから30分、今に至る
 
何でも良い、と言ってしまっては一向に話は進まない
それはえりかだってわかっている
正直な所は舞美に決めて欲しいが、自分から言い出したからにはとえりかも案は考えてみた
けれどやっぱり、心の中では何でも良いに行き着いてしまうのだ
 
757 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:48
 
多分、本当に何でも良いんだと思う
決して考えるのが面倒な訳ではないし、適当になっている訳でもない

舞美と遊ぶなら、何でも良いとえりかは思ったのだ
きっと舞美とならどこへ行っても楽しいし、何をしても楽しい
振り回されるのも、もう色々とあったため何とも思わない
きっと走る事以外なら疲れる事でさえしてしまいそうだ
またあの時のように喫茶店で向かい合ってお茶をするだけでも良いかと思う位だった

これは、いい加減と言うのだろうか
適当と思われるのだろうか
えりかはこの気持ちをどう言葉にして良いかわからず、結局「どこでも良い」にしてしまう
舞美は舞美で真剣に考えているようだった
そんな真剣に考えなくても良いのにと思いつつ、一生懸命考えてくれる事が少し嬉しく感じた
 
758 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:48
 
「ん〜、よしっ!」
「ん?」
「こうしよう。あっち向いてホイして、負けた方が決めるっ!どうどう?」


急に思い付いたように手を叩いて舞美が言う
真剣に考えていた割に提案はごくごく簡単な物だった
得意気な顔で可愛らしく首を傾げて来る舞美に対し、えりかは冷静に答える


「ジャンケンだけでよくない?」
「えー何かすぐ決まっちゃってつまんないじゃん。それに−」
「それに?」
「こっちの方がドキドキする!」


そう言った舞美の笑顔にどきりと胸が鳴る
まずいと思いえりかはわざとらしく携帯で時間を確認した
クマのぬいぐるみがここにあれば良いのに
じわりと熱くなる胸を実感しながらえりかはそう思った
 
759 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:50
 
多分、今舞美に5秒間目を合わせられるかを試したら、えりかの方が先に目を逸らすだろうと思う
そんな事を考えて、えりかはふっと息を零す


「−良いよ。それで行こう」
「へへーん。言っておくけどね梅田さん、あたしあっち向いてホイ強いんだよ」
「これ強い弱いあるの?」
「んー。運と勘?」


ぱきぱきと指を鳴らし、やる気満々な舞美
あっち向いてホイとはそうも真剣になれる競技なのだろうか
思い返してみると、多分小学生の頃以来やっていない気がする


−どっちかと言えば、矢島さんに決めて欲しいなぁ


どこでもよかった
ただ一緒にいたいと思った
あの時、クマの中に入ったえりかが考えたのはそれだけだった


「じゃー行くよ!」
「うん」
「せーの」
「「じゃーんけんっ」」
 
760 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:50
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
761 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:52
 
何をして遊ぶかの決定権、のなすりつけ合いを賭けたあっち向いてホイの真剣勝負
試合開始から終了まではほんの5秒だった


舞美のやる気満々な表情を見て、えりかは何となくパーを出す事にしてみた
すると舞美は案の定グーを出し、この時点でえりかが先制
そのまま抑揚のない声で「あっち向いてホイ」と言いながら立てた人差し指を左に向けると
それに従って勢い良く舞美の首が回った

あまりに呆気のない勝負だったため、数秒間舞美もえりかもそのまま止まっていた
すると舞美の首がまた勢い良く正面に戻って来てえりかは腕を下ろした


「‥‥一発!?うそぉー」
「うーん、ね。あたしもびっくり」
「うわー‥自信あったのに」


よっぽど自信があったのか、がくりと肩を落としている舞美が可笑しくてえりかはつい笑ってしまう


「あのさ矢島さん」
「ん?」
「ほんと、どこでも良いから」
 
762 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:52
 
「‥‥‥」
「矢島さんとならあたし、何でも楽しいから」

 

しまった、とまでは思わなかったがえりかは言った後はっとした
ぱちりと一度瞬きをした後、舞美の顔がみるみる赤くなって行く
えりかは慌てて顔を背け「そろそろ帰ろっか」と鞄を手に取った
自分らしくないばたばたとした足取りでえりかは教室を後にする
すると大きな声で呼び止められてえりかは舞美を振り返る
舞美はいつもの笑顔だった


「梅田さん!」
「はい」
「じゃあ明日!明日にしよっ」
「また随分と唐突だね」
「だって、楽しい事は先の方が良いでしょう?」
 
763 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:54
 
そう言って目を輝かせる舞美が小さな子供のように見えてえりかは温かい気持ちになる
楽しみは後に取っておく方がえりかは好きだが、なるほどそれでは永遠に話がまとまらないなと思った

舞美がとんとんと軽快な足取りでえりかの隣に並んで来る
昇降口までの間、触れ合うか触れ合わないか位の肩がもどかしくてやけに気になって
いちいち反応する心臓にえりかは苦笑した
恋愛に免疫がないのはきっとお互い様だ
 

ちらりと隣の舞美を見る
多分が、絶対になる
それは少し怖くてえりかはどうして良いかわからない
だから今もこうして口を閉じて静かに視線を逸らす

どくんともう一回、心臓が跳ねた
 
764 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:54
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
765 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:55
 
何でも楽しい、と言ったお陰か舞美は随分と楽になったらしく「どうしよーかなー」と夕日に染まる空を仰いで呟いていた
さらりと流れる黒髪が夕日に透けて、それを綺麗だと思いながらも口には出来ない


「じゃあとりあえず駅前に9時ね!」
「9時‥‥早いなぁ」
「早起きは三文の徳、とか言って。そんなに早くないない!」


ばしばしと肩を叩かれて少しよろめく
えりかの歩速に合わせてくれているのか、舞美の足音とえりかの足音が重なる
商店街の入口に差し掛かろうという所で、不思議に思った舞美が顔を覗き込んで来た


「あれ?帰んないの?」
「あー、ちょっと本屋寄ってく」
「じゃあ、それまで梅田さんと一緒にいられる」
「‥‥‥」


こうやっていつもいつも、恥ずかしい言葉を投げ掛けて来る
そんな舞美と一緒にいられる事が何となく幸せだとえりかは思う
 
766 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:56
 
手を握ったら、舞美は驚くだろうか
そんな事を考えて、えりかは右にある舞美の左手をちらりと見る
運良く鞄は右手に持っていて、えりかは鞄を左手に持っていた
 
 
全てはタイミング
本屋まではほんの少し
でも、それでも
触れたいとえりかは思った
 
ゆっくりと自分の右手を舞美の左手に近付ける
指先が触れ合う、という所で舞美が立ち止まった
咄嗟にえりかは手を引く


「−愛理?」
 
767 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:57
 
舞美の口から出たその名前にえりかも舞美の視線の先を見る
見えたあの子は『有原書房』から飛び出して来たようで
舞美に呼び止められゆっくりとこちらを振り返った

この距離でもわかる
あの子は泣いていた


「愛理」
「‥‥‥」


もう一度舞美が声を掛けると、あの子はえりかと舞美に背を向け駆け出した
「愛理っ」とその背中に叫んで舞美が後を追おうとする
えりかは咄嗟にその腕を掴んだ
舞美が勢い良く振り返る
眉間に皺を寄せた、本当に心配している顔だった


「‥‥梅田さん」
「やめた方が良い」
「どうして?だって、愛理が泣いてる」
「うん。でも、多分だめだよ」


あの子が泣いていた理由
これもいつもながらの仮定だが、当たっている自信は十分にあった
だとすると、今舞美があの子を追う事はあまり良い事だとは思えなかった
 
768 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 22:59
 
舞美の顔が悲しそうに歪む
えりかは舞美のそんな顔は見たくないと思う
けれど掴んだ手首を放す事はしない
本当は、本当は手を取る筈だったのに、そう思うと小さく胸が痛んだ

舞美が俯いて噛み締めていた唇を開く


「‥‥でも」
「‥‥‥」
「だめ。やっぱり、ほっとけないよ」
「‥‥‥」
「愛理が泣いてるの。だから、」


顔を上げた舞美の瞳が意志を持った強いものに変わって行く
掴んだ手首に力が入る
 
769 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 23:01
 

えりかは口を開きかけて、閉じた

 

「あたし行かなきゃ」
 


ぶんっと掴んでいた手を振られ、呆気なくえりかは舞美を放した
舞美は商店街の人波をするすると抜けて行き、すぐにその背中は見えなくなった
掴んでいる物がなくなった手がだらりと身体の横に下りる
 

本当は、手を繋ぎたかった
何で手を繋ぎたいと思ったのか
その理由をわかっていても、やっぱりえりかは口にはしない
 
770 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 23:02
 
ふぅ、と一つ溜め息を吐きえりかは足を進める
向かうはあの子が飛び出して行った有原書房
多分、あの子を泣かしたのはあいつだろう
理由も何となく予想がついた
もしそうだとしたら原因はあの子であり、えりかでもあり、舞美でもあるだろう
舞美はきっと、何も知らない
あの笑顔を思えば、知らない方が良いとも思う
けれどそれでは話は進まない

知らない方が良い事でも、知らなくてはいけない事があるのだ
だとしたら、今がそのタイミングなのかもしれない
はっきりさせなければいけない
何より、自分の気持ちを
 

有原書房の引き戸に手を掛け、店の奥に座り込む栞菜を見てえりかはそんな事を考えた
 
771 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 23:02
 


多分、これは嫉妬だ
本当は追って行って欲しくなかった

手を繋ぎたかった
本当にそれだけだった

 


 E−6.終わり
 


772 名前:E−6 投稿日:2009/06/21(日) 23:03
 


 

773 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/06/21(日) 23:06
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
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774 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/06/21(日) 23:08
 
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775 名前:三拍子 投稿日:2009/06/21(日) 23:13
 
今回はここまで。
さー皆さん頑張り所です。
個人的には梅さんに注目してほしい所です。今回イチ押しなんでWW
 

>>749さん
そうですね‥でも愛理も大変なんだと思います。
どうか温かい目で見守ってやって下さいm(__)m

>>750さん
今回は少し切ないですね‥。
拙い文章で少しでもそれが伝われば良いと思います。

>>751-752さん
コメントありがとうございます!
上げ下げは基本気にしないんで大丈夫です(^O^)/
 
776 名前:名無し 投稿日:2009/06/21(日) 23:17
ここの梅さん、すごく好き。
続きが楽しみ。
777 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/21(日) 23:56
梅さんっ梅さんっ
キュンとくる。
778 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/25(木) 03:07
更新お疲れ様です
えりかあああああああああああああああああああああ
もどかしい・゚・(ノД`)・゚・
そして鈍い舞美も舞美らしい
次回も楽しみにしてます
779 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:25
 


 

780 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:26
 

好き
絶対、絶対好き

なのに
どうしてあたし、こんなに泣きそうなの?


 

 angle.M−6

 

 
781 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:28
 
「舞美ちゃんが好き」


 
愛理の声が好きだった
柔らかくて、心地良い澄んだその声が舞美は好きだった
なのに今はその声が、酷く温度の低い、細くて鋭い何かのように感じられる
走って来て上がっていた息は一瞬で鎮まった

言われた瞬間舞美は愛理の姿を見失ったような気がした
ぱちりと一度瞬きをしてみると、当たり前だが愛理は目の前にいた
大きな黒い瞳は滲んで光を失い、ぽろぽろと涙が頬を伝っては落ちて行く
愛理は舞美を真っ直ぐ見ているようで、舞美のその向こうに誰かを見ているようでもあった
 
 
湿った空気が喉に張り付いて頭の中に次々と浮かんで来る言葉を塞き止める
いつだって考えも無しに口が動く、いやそれ以上に早く身体が動く筈なのに
 
782 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:29
 
呼び止めて肩を掴んだ時、あぁ薄い肩だなと舞美は思った
思えば愛理に触れたのはいつが最後だろうかと考えた
いつからか身長も近しくなって
見た目だけでなく、精神的にも大人になっているだろうと頭では理解していた
けれどそんな物は単なる予想で
どこかでずっと愛理は自分を頼りにしてくれる可愛い妹だと
それはきっと変わらないと、どこかで決め付けていた
 
ずっとずっと側にいて、ずっとずっと守って来たつもりだった
いつも自分が前を歩いて愛理の手を引いて
だから愛理がどんな気持ちで自分を見つめていたのかも
どんな気持ちで自分の話を聞いていたのかも
舞美は何も考えていなかった
 
783 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:30
 
考えられなくなったのは、彼女が現れたから
いや、きっとそれだけではない
三つも年が違えば生活が合わないのは当たり前だと思う
けれど、それでも
どこかで舞美は愛理の事を考えていた

 

夢中になってしまった
 
恋という感情を思い知った
 

それは100メートルを全力で駆け抜けるような
いや、直線が1500メートルあったとしても全力で駆け抜けられてしまいそうな
それくらい、真っ直ぐな気持ちだった
ドキドキして、苦しくて
なのに、楽しくて
もう他の事なんて目に入らない
陸上と恋愛って似てるかも、などと馬鹿みたいな事を考えたりもした
 
784 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:31
 
知らなかった、気付かなかったじゃ済まされない
わかる、愛理は本気だ
この告白は本物だ
自分の告白とは全く違う
勢い任せに、ガーっと言ってしまった舞美とは違う
愛理は待っている
欲しがっている、舞美の答えを
 

 
ずっと目を逸らさないまま、もうどれくらい経ったのか
舞美は無意識に拳を握っていた
自分への怒り、多分意味するものはそれしかない
泣いている愛理に胸が苦しくなる
愛しいと、そう思っても手を伸ばす事が出来ない
そんな事をする資格は今の舞美にはない

震える唇から長く息を吐いた
泣いてはいけない、そう自分に言い聞かせる
 
 

−泣かないよ
だってあたし、あたしは
愛理のお姉ちゃんだから

 
785 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:34
 
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥愛理」
「‥‥‥」
「ごめん」


言って深く頭を下げた
自分の長い髪が視界を遮断して、それが嫌で舞美はぎゅっと目を閉じる
綺麗な茶髪を靡かせて、のろのろと歩く彼女の後ろ姿が浮かんだ


「あたし、梅田さんが好きなの」
「‥‥‥」
「自分の気持ちを大事にしたい。今は多分‥‥うぅん絶対、梅田さんだけが好き」
「‥‥‥」
「ごめん、愛理。ごめん‥‥っ」


こうやって、愛理に自分の気持ちを言っているのに
今向かい合っているのは愛理なのに
抑揚のない声、丸まった背中
眠そうな瞳
全部が好きで、全部が大切で
こんな時まで彼女の事でいっぱいな自分が嫌になる

随分前、一緒に商店街を歩いた時
彼女の話ばかりをする舞美を、愛理はどんな気持ちで見つめていたのだろう
何度も出るその名前にどれだけ胸を痛めてどれだけ傷付いたのだろうか
今更そんな事を考える自分はやっぱり馬鹿だと舞美は思った
 
786 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:36
 
「‥‥‥ぅん」
「‥‥‥」
「うぅん。ごめん‥‥私が悪いの」
「‥‥‥」
「舞美ちゃんがあの人を好きだって、ずっと前から知ってたのに」
「‥‥‥」
「ごめんね舞美ちゃん」


ゆっくり顔を上げる
愛理は両手で顔を覆っていた
小さく震える肩は随分と身体を小さく見せた

自分が守っているつもりだった
それはただのエゴだった
もしかしたら
もしかしたら、彼女への気持ちも
ただの独り善がりなんじゃないか
舞美は急に全てが不安になった

愛理は悪くない、絶対悪くない
最低なのは自分以外に有り得ない
 
787 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:36
 
じわりと涙が滲んで来た瞬間、愛理がぱっと顔を上げた


「よしっ、もう大丈夫!」


にっこりと笑って愛理が明るい声を出す
けれど細められた目は赤くなっていた
どくんと胸が鳴って、舞美はまた愛理を見失いそうになった


「すっきりした!うん、ありがとう舞美ちゃん」
「‥愛理」
「そんな顔しないでよ。舞美ちゃんらしくないよ?」


やせ我慢だと、舞美でもわかる
我慢しないで、と言って良いのは自分ではない
返事はおろか掛ける言葉一つ見つからない
きりきりと胸に小さな穴が空いて行くようだった
 
788 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:37
 
「あたしは、幼なじみ」
「‥‥‥」
「ずっとずっと、舞美ちゃんの可愛い幼なじみだから」
「‥‥あい−」
「じゃあね」


ひらひらと手を振り愛理は舞美に背を向けて駆けて行く
足が地面にへばり付く
伸ばした腕が情けなく空を切った
愛理は自宅に入って行き、舞美は一人道路に立ち尽くしていた
もうすっかり夕日は沈んで、見える景色全てが灰色の中に溶けて行くようだった

舞美はのろのろと歩き出す
いつか、えりかと手を繋いで歩いた時の事を思い出した
あの手は、どちらから繋いだものだったのか
えりかから繋いだ気がしなかった
 
789 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:38
 
「あたしは、幼なじみ」
「‥‥‥」
「ずっとずっと、舞美ちゃんの可愛い幼なじみだから」
「‥‥あい−」
「じゃあね」


ひらひらと手を振り愛理は舞美に背を向けて駆けて行く
足が地面にへばり付く
伸ばした腕が情けなく空を切った
愛理は自宅に入って行き、舞美は一人道路に立ち尽くしていた
もうすっかり夕日は沈んで、見える景色全てが灰色の中に溶けて行くようだった

舞美はのろのろと歩き出す
いつか、えりかと手を繋いで歩いた時の事を思い出した
あの手は、どちらから繋いだものだったのかもう思い出せない
けれどえりかから繋いだ気がしなかった
 
790 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:43
 
えりかは自分の事をどう思っているのか
今まで舞美はそんな事すっかり忘れていた
いや、きっと考えようとしていなかっただけで
考えてしまったら、何かが崩れてしまいそうで
心の奥の奥で、いつも不安になっている自分がいた
自分ばかりがえりかを好きで
時々出る優しい言葉一つに情けなくも喜んで
自分だけだと、自分だけにだとそう思おうとしていた


えりかがわからなかった
何を考えているのか、何がしたいのか
何もわからなくて
だから、必死になって繋ぎ留めて
それでも、不安になる
にこにこ笑顔でいられなくなる日が来そうで
えりかを好きなこの気持ちにすら、自信を持てなくなる日が来そうで
だから舞美は泣きそうになる
 
791 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:46
 
夕日を見たいと思った
けれどえりかには会いたくない、会ってはいけないと思った
人の気持ち一つ気付けなかった人間が
我が儘な独り善がりで恋をしたいと願っている
何と酷い話だろう
 
愛理はいつから自分の事を好きだったのか
いつから気持ちを胸に秘めていたのか
考えても考えても
こんな我が儘な自分にわかる筈がないと舞美は思った
 

 
−多分だめだよ−
 

そう言ったえりかの表情は、やっぱり感情の読み取れないもので
どうしてえりかは手首を掴んでまで舞美を止めたのか
その理由も考えてもきっとわからない

自分で振り解いたのに、今になってこんなにも後悔する
えりかの手は、熱かった
 
792 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:46
 
 
ただ、大切だった
それだけであんなにも愛理を傷付けた
 
 
じゃあ、ただ好きは?


それだけじゃ駄目なのかな
ねぇ、わかんないよ


 

 M−6.終わり

 

793 名前:M−6 投稿日:2009/06/26(金) 21:47
 


 

794 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/06/26(金) 21:49
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
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796 名前:三拍子 投稿日:2009/06/26(金) 21:53
 
今回はここまで。
何だかみんなかわいそうな雰囲気になって来ました‥‥(-.-;)
あれ?どうしよう!!

という冗談も程々に、頑張ります(^O^)/
 
797 名前:三拍子 投稿日:2009/06/26(金) 21:57
>>776さん
ありがとうございますm(__)m
どうかのんびーり梅さんを温い目で見守ってやって下さい。

>>777さん
やじうめはキュンキュン用です!!

>>778さん
もどかしさがウリです。
頑張るんでよろしくお願いしますm(__)m
 
798 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/29(月) 21:12
更新お疲れ様です!

なんだか、みんなかわいそうになってきましたね

これからみんながどう変化していくのか、
次の更新も楽しみにしてます!
799 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/05(日) 02:30
更新お疲れ様です
舞美にも舞美なりの考えがあるんですね・゚・(ノД`)・゚・
梅さんにも愛理にも幸せになってほしいです
次回も楽しみにしてます
800 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:17
 


 

801 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:19
 

あたしはずるい

だから、もう終わりなんだ

 

 angle.K−6

 

802 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:20
 

−あぁ、きっともう会わないんだろうな
 
店を出て行く彼女の背中を見ながら、そんな事を考えた

 

いつまでなのか、考えてみた
いつまで愛理は矢島舞美の事が好きで
いつまで自分はこうやって見てるだけなんだろうと
そんな事を考えてみると、この話がキリのないような物に思えて栞菜は嫌になった
愛理がどれだけ矢島舞美を好きで、頑張っているかわかっていたつもりだ
けれどやるなら一人でやれと思う事もあった
しかしながら愛理は、栞菜に逐次意見を求める
それは嬉しい事であり、堪らなく辛い事でもあった

わかっていた
いつか、きっと我慢出来なくなると
いつか、彼女を傷付ける時が来ると
栞菜は全部全部わかっていた
 
803 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:21
 
愛理の笑顔が好きだった
泣いて欲しくないと、そう思っていた

なのに、矢島舞美の話をする愛理の笑顔を見たくなくて
耳を塞ぐ事も、目をつむる事も出来なくて
栞菜は小さく息を吐いた後、自分でも驚く程温度の低い声を出した


 
「やめなよ」


 
それは、その後に続く言葉の前置きだったのか、矢島舞美の話を止めてほしくて咄嗟に出た言葉なのかはわからない

ただ、内側からどんどんと何かが胸を叩いて
じわりと、自分の真っ黒な心の一部分が、最後の一押しをされて外へ飛び出した
漏れた気持ちはもう歯止めが利かず、またこうなっては止める気も起きなかった
終わりにしよう、そう思った
 

優しい本屋さんは、もう終わりだ
栞菜はそう思い言葉を続けた
 
804 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:22
 
ただの、本屋の店員と客になれれば
いや最初から、そうやって出会えばよかったと栞菜は思った
もしも、を言い出したらキリがない
口から出る抑揚のない無機質な声は、整然とした言葉になって愛理にぶつかって行った
感情を出しては駄目だ
自分の事は何も言わない、何も悟らせはしない
だから栞菜は間髪入れずに言葉を吐き出した
 

 
−ただの嫌な奴になりたかった
 

良い顔をして繕ったり
嘘を吐いて支えたり
彼女の幸せを願いながら、彼女の不幸を願ったり
そんな狡くてセコい最低な奴よりも

ただの冷たい奴の方が何倍も、何倍もマシだと思った
 
805 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:23
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
806 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:24
 
カラ‥と静かに入口の開けられる音がして栞菜は視線だけをゆらりと上げた
前髪の隙間から見えたのは短いスカートから伸びる長い脚
それだけで栞菜は客が誰だかわかったが、もう少し視線を上げてみる
長い茶髪に、眠たそうな眼


「‥‥ぇりかちゃん」
「や」


ひょいと手を上げてえりかがのろのろと近付いて来る
栞菜ははっとして周りに散らばっている文庫本を拾う
愛理に投げられたのは七、八冊
比較的古い本で助かったと栞菜は思った


「ごめんね、散らかってて」
「あー、うん。だいじょぶ」


いつものように脚立を引っ張って来て栞菜の向かいに座るえりか
栞菜は拾った本を重ねてレジ席の端に積む
するとえりかが今栞菜が一番聞きたくない言葉を口にした
 
807 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:26
 
「愛理ちゃん、だっけ?今そこで会った」
「−‥‥‥」


栞菜は思わず本を重ねる手を止めた
どくんと心臓が跳ねて、一気に息が苦しくなる
ゆっくりと首を回してえりかを見ると、えりかも栞菜を見ていた
えりかのこの、何も考えていないようで何でもわかっている性格が栞菜は羨ましくて嫌いだった
口には出さないものの、全て知っていると言われているようで
その眠た気な眼が怖くなる

いつもなら何等気にならない、けれど今は違う
えりかに言わなければいけない事があるような気がする
聞かなければいけない事があるような気がする

そうだ
えりかが栞菜と愛理の何を知っていて何を知らないのかはわからない
けれど栞菜だってえりかの事を知っている
愛理の事を泣かせた人を知っているのだ
 
808 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:28
 
「‥‥‥」


ふぅと息を吐いて栞菜は椅子に深く腰掛ける
もとよりえりかに隠し事をするなんて無理だったのかもしれない
でも、言ってしまったら
誰かが傷付いて、誰かが泣いていただろう
それが怖くて、何としても守りたかった

しかしながら結局栞菜は愛理を泣かせた
そして今自分も泣きそうになっている

 

「栞菜でしょ?」
「‥‥‥」
「あの子泣かしたの、栞菜でしょ」


えりかの言葉がぐさりと胸に刺さる
栞菜はどくどくと騒がしくなる鼓動を抑えようと深く息を吐いて唇を噛み締めた
頭に愛理の泣き顔が浮かぶ

何度も、何度も見た
それはあの人のせいで
愛理を泣かせるのはあの人以外に有り得ないと、栞菜はそう思っていた
なのにさっき、愛理は店を出て行った
栞菜が泣かせたからだ

 
−どうしてそんな事言うんですか?−
 

目にいっぱいの涙を溜めて言う愛理に、胸が締め付けられて痛かった
  
809 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:31
 
どこかに隠れていたマサムネがにゃーと鳴きながらぴょんと栞菜の膝に飛び乗って来た
栞菜は噛み締めていた唇を解く
結局えりかの質問には答えず、栞菜は自分の一番聞きたい事を口にする

絞り出した声は、猫の鳴き声よりも小さなものだった
 

「えりかちゃん、さ‥‥」
「ん?」
「好きなの‥?あの人のこと」
 

質問をしているのは栞菜だ
なのに押さえ付けられたように胸が苦しい
栞菜はぎゅっと目をつむる
こんな事、ただの確認にしかならない
自分が何をしたいのか栞菜自身もうわからなくなっていた
 
810 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:32
 
えりかの気持ちがわからなかった
愛理の気持ちも、矢島舞美の気持ちも真っ直ぐに誰が好きなのかを示している
栞菜だって、一応示しているつもりだ
えりかがどこか変わったのは矢島舞美が原因だとわかっている
けれどえりかの矢島舞美に対する想いがどういったものなのか気になった
矢島舞美の告白に対して、えりかは「ありがとう」と言った
あれは、どういう意味だったのだろうか


「‥‥‥」
「‥‥‥」


沈黙が流れる
栞菜は俯いてえりかの答えを待つ
これ以上言葉を続ける事は出来なかった
 
811 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:33
 
膝の上にいるマサムネがもう一度にゃーと鳴いた


 
「−うん」
「‥‥‥」
「好きだよ」

 

驚く事も、動揺する事もなく言うえりか
言葉はまるで棒読みだった
なのに、えりかの想いが栞菜にはしっかりと伝わった気がした
「好きだ」たったそれだけで、えりかは本当に矢島舞美の事を想っているのだとわかった

脚立に座り直し、えりかが続ける


「あの子−」
「‥‥‥」
「矢島さんが好きなんだよね」
「‥‥−」


えりかの言葉に栞菜はばっと顔を上げる
自分は今拍子の抜けた情けない顔をしているだろうと思った
えりかの表情はやっぱりいつも通りだった

えりかはいつから気付いていたのか
もしかしたら栞菜の知らない所で何かあったのかもしれない
えりかと愛理の間に何かあったのか気になるが、それは栞菜が無理に知るような事ではない
当たり前だが栞菜といる時が愛理の時間全部な訳ではないのだ
自分といる時以外の愛理の行動までに干渉するなんて迷惑以外にない

今はとりあえずえりかとの話を進めよう、栞菜はそう思った
 
812 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:35
 
「大丈夫、何も話してないよ。矢島さんにも、あの子にも」
「‥あ‥‥そう」
「そっかぁ。あたしの目も伊達じゃないね」


そう言ってえりかは笑っていた

どうしてそんなに軽いのか
矢島舞美の事を好きだと言っておいて、愛理が矢島舞美の事を好きだと言う事をわかっていて何も思わないのだろうか
そんなものなのだろうか、えりかの矢島舞美への想いは
それともこれは自信だろうか
矢島舞美に好かれているという自信だろうか
栞菜は唇が震えるのを感じる


「‥‥何も思わないの?」
「ん?」
「だって、だってあの子あの人の事好きなんだよ?何で笑ってられるの?」
「‥‥‥」
「あの人がえりかちゃんの事好きだから?だから安心してるの?」
「んー‥。安心、はしてない」
「じゃあ、何で‥‥っ」
 
813 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:36
 
涙が零れそうになる
愛理も自分もこんなにも苦しんでいるのに、楽観的にさえ見えるえりかに栞菜は苛立つ
えりかはなおも緩い表情のままだった


「何となく、矢島さんのこと信じたいから」
「‥‥‥」
「あたし、行動力ないし」
「‥‥でも、もし。もしあの子の方を向いちゃったら?」


もし、もしも
愛理の想いが矢島舞美に通じたら
そしたら、栞菜はどうなるのだろう
どうもならない、考えるまでもない
またただの、通行人と本屋の店員に戻るだけだ
そうだ、それだけだ
 
814 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:38
 
なのに、どうしてこうも−


「まぁ、その時はあっち向いてホイでもするよ」
「‥‥へ?」


首を傾げる栞菜に対し、えりかは何が可笑しいのかははは、と笑っていた


「ごめん、冗談。でも矢島さんが決める事だから」
「‥‥‥」
「あたしは、矢島さんを好きだから。だから好きでいるよ」
「‥‥‥」


ぐっと唇を噛んだ後、吐き出した息は熱かった
えりかはこうやって栞菜には考えもつかないような事を当たり前のように言う
だから栞菜は嫌になる
悩んで、苦しんで
自分ばかりを被害者にして
そうやってうじうじうじうじ、何も出来ない自分が栞菜は堪らなく嫌いだった
 
815 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:39
 
どうせ突き放すなら、ぶつかって行けばよかった
どうせ諦めるなら、好きだと言ってしまえばよかった

優しい振りをしていれば、側にいられる
応援する振りをして、支える振りをして
自分はそれで十分だと
そうやって嘘を吐いていた
本当は待っていた
早く振られて、くじけてしまえば良いと思っていた
傷付いた愛理に手を差し延べて
自分の方を向いてくれたら、そんな最低な手段を考えていた

どんどん膨らんで行く想いの中に、いつからか真っ黒い感情が混ざるようになっていた
きっときっかけは、あの日
矢島舞美がえりかに告白したあの日

愛理の寝顔を見た瞬間
愛理の髪に触れた瞬間
無理に笑顔を作って見せた愛理と向き合ったあの瞬間
全て、自分の物にしてしまいたいと
心の奥の奥の真っ黒い部分がそう呟いた
 
816 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:40
 
きっとそれが本心で
最初からそんな事を考えていたのだ
本当は
本当は、ずっと彼女が欲しかった


「‥‥‥っ」
「栞菜?」


ぽつりぽつりと机に涙が落ちて弾けた
マサムネがきょとんとした顔で膝の上から栞菜を見上げていた
 

言いたかったのは、あんな言葉じゃなかった
言いたかったのは、彼女を傷付ける言葉なんかじゃなくて
彼女を泣かせる言葉なんかじゃなくて
好きだと、ただそう言いたかった
自分の胸の中にある
彼女に比べたら年期もない、ちっぽけな
けれど確かに胸を焦がす想い
栞菜はずっと言いたくて言いたくて
ずっと涙と一緒に押さえ込んでいた
そうしようと決めたのは栞菜、本屋さんだ

愛理に掛けた幾つもの言葉は、本当は自身に向けての言葉だったのではないか
栞菜はそう思った
 
817 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:43
 
「−よし、美味しいココアでも入れるか」


するといきなり脚立から立ち上がり、伸びをしながらえりかが言った
栞菜はぐすっと鼻をすすりながら横を通るえりかを見上げる
えりかは栞菜の頭をぽんと叩くと奥の居間へ向かって行った
マサムネがその後を追う

栞菜がぼんやりとその様子を見ていると、えりかが戸の前でぴたりと止まった


「栞菜は−‥」
「‥‥ん?」
「あー、いや。バイト代入ったからさ。今度何か食べいこ」


それだけ言ってえりかは居間へと入って行った

えりかのゆったりとした声が胸に染みて涙を誘う
気遣かってくれたのだろうか
えりかはどこまで知っているのか
栞菜はもう一度鼻をすすり、机の端にあるティッシュを自分の方に引っ張った

ぴたんという戸の閉まる音に、また愛理の事を思い出す
顔を上げる事が出来なかった栞菜には、愛理があの後どんな様子だったのかはわからない
 
 
矢島舞美は、愛理の涙を知っているだろうか
ティッシュで顔を押さえながら、栞菜はそんな事を考えた
 
818 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:43
 
 
もう会えないのかな

普通に
元通りになりたいと思っても
元通りがわからないんだ


 

 K−6.終わり

 

819 名前:K−6 投稿日:2009/07/06(月) 14:44
 


 

820 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/07/06(月) 14:47
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
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821 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/06(月) 14:50

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822 名前:三拍子 投稿日:2009/07/06(月) 14:55
今回はここまで。
全く栞菜は酷いヤツです。嘘です。イチ押しです。
これからは頑張れ梅さん!て感じで。


>>798さん
ありがとうございますm(__)m
どうにか皆が納得出来るような結末を目指します。

>>799さん
そうなんです。皆悩んでます。
でも舞美は良い子なんで大丈夫だと思います!
 
823 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/06(月) 20:54
本心が…痛い。素晴らしい。
そして梅さんの格好良さがずるい。
頑張れ梅さん、に期待してます。
824 名前:名無し 投稿日:2009/07/06(月) 21:32
ここの梅さん、ほんと最高!
825 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/07(火) 02:18
繊細な感情の揺れが描かれていて読んでいて堪らなく栞菜が愛しくなりました
一番酷いのは人を傷つけてると自覚の無いあの子だと思いますw

作者さんが書かれるやじうめは少し大人な感じで非常に大好きです
826 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/09(木) 06:30
更新お疲れ様です
かんにゃ切ない・゚・(ノД`)・゚・
そしてえりかが聖母様に見えますw
次回も楽しみにしてます
827 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/11(土) 01:35
栞ちゃんが大好きなので、ラストまで読んでいきたいです。

みんな切ないけど頑張れ!
828 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:27
 


 

829 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:27
 


 
すき
‥好き
 
‥‥すき、です

 

 angle.E−7

 

830 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:28
 
待たせるよりは待つ方だ
何でかって待たせると言い訳を考えるのが面倒だから
でも、今日は言い訳を考える必要も
言い訳を聞く必要もなさそうだ
 

「くぁ‥‥」


こうして欠伸を噛み殺すのはここへ来て何度目か
しかしながら、朝の駅前というのは休みとはいえ人通りが多く
イヤホンで周りの音を遮断し、そのぞろぞろとした人波だけを見ていると眠くなるのも当然である
しかしながら若さ故ベンチに腰掛けるのも躊躇われ
えりかはここへ来て30分、こうして駅名の書かれた看板の横に持たれている

また気を抜いていると、立ったまま崩れ落ちて行ってしまいそうになり、慌てて体勢を立て直す
結局、えりかがこうも眠気に襲われる理由は、単純に昨日一睡も出来なかったせいだ
 
831 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:30
 
 
−好きなの?−


栞菜の問いに対して意外にも動揺しない自分にえりかは少し驚いた
心臓はいつも通りのリズムを刻んで、だから焦る事なく答えは導き出せた
いや、きっと答えは導き出すまでもなくずっとえりかの心にあった
ただ、それに名前を付けるきっかけが
それを口にするきっかけが今までなかったのだ

答えなくてもよかったのかもしれない
けれど、泣きそうに細い声で必死に聞いて来た栞菜に対してここではぐらかしたりごまかしたりする事はもう出来なかった
きっと栞菜はえりかのちゃんとした気持ちを知りたがっている
言わないと、はっきりさせないと
栞菜も、あの子も自分の気持ちから身動きが取れないんだ
えりかはそう思った


すると、普通に
本当に質問に対しての返事、といった調子でその言葉はえりかの口から出た
多分、いや絶対大事な言葉なのに、自分でも驚く程普通に好きだと言っていた
 
832 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:31
 
そのくせ今日の準備をしていざ寝る、となったら急にどきどきして来て
自分が何度ベッドから身体を起こしたのかえりかも覚えていない

目をつむると浮かんで来るのは舞美ばかりだった
気持ちを自覚するとこうも意識してしまうものなのかと、えりかは天井を見上げながらぼんやりと考えた


 
−あたし行かなきゃ−

 

あの時、舞美の瞳にえりかは映っていなかった
だからえりかはすぐに手を離した
栞菜に言った通り、不安じゃないのかと聞かれたら不安じゃないとは言い切れないだろう
けれど、舞美は確かにあの子の事を大切に思っていて
それが恋愛感情でないとしてもいつどうなるかはえりかにはわからない
そうなった場合自分に止める権利があるとも思えない
信じたい、そう思っていても自分がどこまで舞美の事を信じていられるかはえりか自身わからなかった

ごちゃごちゃ考えているといつの間にか夜は明けていて
ありえない、と思いながらえりかはのそのそと起き上がった
 
833 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:36

 −時計はもうすぐ10時を指そうとしている
えりかは携帯を確認する
着信、メール共になし


「‥‥どうするか」


考えていなかった訳ではなかった
何となく、もしかしたらと思っていた
連絡も無しに舞美が済ます訳はない
というか、自分で取り付けた約束を舞美が破る訳ない
考えられる理由は一つだった

ただ、どうしたら良いのか
えりかは考える
このまま待っていても舞美は来ない、それはわかっている
メールをしてみよう、電話を掛けようか
考えたが、何となくやめた
どちらにも応答があるとは思えなかったし、応答があったとして何を言えば良いのかえりかはわからなかった


−それなら、行くか


ぐるりと首をひと捻り、えりかは空を仰ぎ見る
理由は簡単だ、面倒な事はしたくなかったからだ
嘘だ、本当は舞美に会いたいだけだった
存外素直に認めてしまえて、えりかは自分らしくないなと思った

長らく立ちっぱなしだったため足が痺れた
とんとんと爪先で地面を叩き、駅に流れ込む人波に逆らうようにえりかは駅を後にした
 
834 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:36
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
835 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:37
 
「あら?」


二度目の矢島家への訪問
出て来たのはいつか舞美を背負って送って来た時も出迎えてくれた優しそうな母親だった


「あなたは−‥あの時の?」
「おはようございます。あの、舞美さんは‥?」
「あー何かね、昨日から部屋閉じ込もったまんまで」


二階の方を見上げ、舞美の母親は呆れたように溜め息を吐きながらそう言った


「でも私これから仕事で家空けるのよ。約束?」
「あぁ‥‥はい」
「ごめんなさいね。もし寝てたらたたき起こしてくれる?」
 
836 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:39
 
舞美の母親はそう言うと足早にえりかの横を抜けて行った
開きっぱなしのドアを暫く見つめた後、えりかは玄関に上がる
何だか無断で入る泥棒か何かのようで少し悪い気分になった
さっきの母親の様子からして、どうやら舞美の部屋は二階らしい

えりかは靴を脱いできちんと端に揃え、廊下に上がった
見えた急な階段をのろのろと上がる
ぎしぎしと階段を踏み締める音は舞美に届いているのか
というかさっきのえりか達のやり取りも聞こえなかったのだろうか
 

−まさか、まだ寝てる?
 
そんな事を考えながら階段を上り切ると、少し行った所に『まいみ』と名札が掛けられたドアがあった

前まで来ても中からは物音一つしない
えりかは一度小さく息を吐き、コンコン、とドアをノックした
少しすると中から「お母さん?朝ごはんならいらないよぉ」と舞美とは思えない弱々しい声が聞こえた
 
837 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:41
 
重症だ。舞美が朝ご飯を食べないなんて

えりかは心配になりもう一度コンコンとドアをノックする
するととたとたと足音がドアに近付いて来た
えりかは思わず一歩下がり、姿勢を正す
ガチャッと半分位ドアが開き、中から顔を出したのは当たり前だが舞美だった


「なに?あたし今日は−‥」

「あ、おは−バタン!ガチャッ!!
 
 

−‥‥‥
朝の挨拶一言言わせてもらえる間もなく目の前のドアは勢い良く閉められた
一瞬見えた舞美は髪の毛も服装もしっかり整えていて、今からでも出掛けられそうな位だった
しかしながらこうもえりかを拒否するという事は、やっぱり何かあったのだろう


「あのー。矢島さん」
「‥‥‥」
「一応確認するけど、9時だよね。待ち合わせ」
 
838 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:43
 
「ごめんなさい‥‥」


しゃがみ込んでいるのか、ドア越しに下の方から声が聞こえた
こうして扉越しに話すのは、二度目
けれど今日はドアを破る訳にはいかない
えりかもドアの前にしゃがみ込む


「大丈夫だった?‥愛理ちゃん」
「‥‥っ」


あの子が泣いていた理由
栞菜が泣いていた理由
今舞美がこうして閉じこもっている理由
それは少し冷たくて、悲しいものだとえりかはわかっていた


「‥‥‥」
「‥‥愛理、ずっとあたしの事が好きだったって」
「−うん」
「あたしっ、あたし全然知らなかった。そんなこと」
「うん」
「気付けなかった。気付いてあげられなかったの‥‥っ」
「‥だから、あたしとは会えない?」


気付いてあげられなかった
それは仕方がない事だとえりかは思う
きっと舞美が鈍感なせいでもあるし、それを知っていて今まで気持ちを口にしなかったあの子にも原因はある
 
839 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:44
 
舞美は、やっぱりあの子が大切なのか
選ぶ選ばないとなると嫌な感じだが、舞美はあの子を選ぶのだろうか
だから今自分に会いたくないのだろうか
えりかはそう思った


「‥‥‥」
「ごめんね。いきなり押しかけて」


すると今日初めて聞くような大きな声で舞美が答えた


「違う!‥‥違うの」
「‥‥‥」
「あたしが‥自分が嫌なの」


舞美の声ははっきりとしていた
えりかはドアを、ドアの向こうにいる舞美を真っ直ぐ見つめる


「あたし、ちゃんと愛理に言った」
「‥‥‥」
「梅田さんが好きだって。ちゃんと」
「‥‥うん」
「でも‥本当は自信なかった」


好きだと言われてどくんと胸が鳴る
えりかは胸の部分をとん、と叩いた
舞美の声が再び小さくなる


「梅田さんのこと好き。‥でも、不安になるの。そんな自分がやなの」
 
840 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:46
 
えりかはドアに手を伸ばしぴたりと付ける
舞美の表情も、何もわからない
それが辛くて寂しかった


「あたしが、梅田さんのことばっかり好きだから」
「‥‥‥」
「梅田さんのこと以外考えられない自分が嫌い。なのに、不安になってる自分がもっと嫌なの‥‥」
「‥‥‥」
「だから‥‥っ」
 


 
 

−あ 泣かした
 

−どうしよう。泣かせたくなかったのに

−どうしよう、えっと−
 
 

 

 
「−すき」
 

 
841 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:47

 
「‥‥‥」
「矢島さんすき」
「‥‥‥」
「好き。矢島さんが好き」

「あたし矢島さんのこと好きだよ」

 
 

好きだと誰かに言ったのは、初めてだった
こんなにも胸が熱くなったのも
自分の言葉に指先が震えたのも
こんなに誰かを愛しいと思うのも

全部、全部初めてだった
 

「だめかな‥‥」
「‥‥‥」
 

返事はない
えりかはふぅと頭を俯ける
するとカチリと鍵の開けられる音が聞こえてえりかはドアから手を離した
ノブを回す音がして、キィとゆっくりドアが開く
 
842 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:48
 
どくん、ともう一度心臓が鳴った


「‥‥‥」
「‥矢島さ−‥」


ドアが開けられえりかが顔を上げる
舞美は眉間に皺を寄せて何とも悲しそうな顔をしていた


「〜〜〜っ」
「‥‥‥」


ぎゅっと瞬きをすると舞美の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた
えりかはゆっくり舞美に手を伸ばす
指先はやっぱり震えていた
舞美の頬を撫でて、綺麗な黒髪を指で梳く
するとその手をがしっと舞美に掴まれた
 
843 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:49
 
「‥‥っ、−すき」
「‥‥‥」
「梅田さん大好き〜〜」


ぼろぼろに泣きながら舞美がえりかに抱き着いて来た
思わずえりかはバランスを崩し尻餅を着く
強く握られた手が、熱い
えりかに抱き着いて舞美はわんわん泣いていた
子供だなぁと思いながらも可愛くて
心地良さにえりかは目を閉じる

繋がれた手を握り返そうとすると、頭にあの二人の事が浮かんだ

 
それでも、離したくない
舞美の背中に腕を回しながら、なるほどこれが恋かとえりかは思った
 
844 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:50

 

わかってる
面倒な事でもちゃんとするよ
 

だってこのままじゃ、きっと君も
あいつも

前に進めないんだ


 

 E−7.終わり

 

845 名前:E−7 投稿日:2009/07/11(土) 13:51
 


 

846 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/07/11(土) 13:54
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
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847 名前:三拍子 投稿日:2009/07/11(土) 13:55
 
今回はここまで。梅さん頑張った!
次回、視点は違いますがまた一応主役です。(笑)
少し間が空くかもしれませんm(__)m
 
>>823さん
皆素直になれなくて苦しんでいます(>_<)
梅さんは良いとこ取りですがそれが良いWW

>>824さん
ありがとうございます。今回の梅さんは何か人気が高いですね!嬉しいですW

>>825さん
愛理もこれからどうにかなれば良いと思います。
やじうめは年齢からか心情が描きやすいです。

>>826さん
聖母えりかW
そうですね‥どうか栞菜も応援してやって下さいm(__)m

>>827さん
栞菜大好き!!私もです!!
ラスト、皆さんの納得いく物になると良いのですが‥‥。
 
848 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/11(土) 17:56
梅さんはわかってるなぁ。舞美かわいいなぁ。
皆が笑顔になれたらいいなぁ。
お疲れ様です。
849 名前:三拍子 投稿日:2009/07/12(日) 16:51

はい、昨日更新した私はバカタレだと思います(T_T)
という訳で、そういう事になってしまいましたね‥‥。
 

 
それで小説ですが、私は栞菜イチ押しあいかん激押しなので、こうなったからには結構キツイです‥‥。
が、連載を途中でほっぽるのだけは嫌なので
 

今のあっち向いてが完結したら一旦飼育から去ろうと思います。
話もクライマックスなので、調度良いかと。
なので皆様、こんな作者を許して頂ければ、あと少しお付き合いお願いします(T_T)
いきなり申し訳ありませんm(__)m
850 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:02
最後までついてゆきます。
851 名前:みら 投稿日:2009/07/12(日) 20:43
更新お疲れさまです
私も7人それぞれが抱えている辛さや憤りを考えると胸が痛いですね…
完結まで温かく応援しています
852 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/15(水) 04:36
更新お疲れ様です
そういうことになり、一番に思ったのは三拍子様のことでした
やはり厳しいですよね‥
それでも投げやりにならない作者様は素晴らしいです
次回も楽しみにしてます
853 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:20
 

 
あなたに会いたい

でも、どうして?
 

 

 angle.A−7

 

 
854 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:23
 
毎日毎日、同じ道を通るのは当たり前だ、家路なのだから
学校を出て、電車に乗って
駅に降りて、商店街に入る
毎日毎日、あの店の前を通る
毎日毎日、ちらりと中を覗き見る
 

あの日以来、一度も本屋さんに会っていない

有原書房の中を覗くのが以来日課になっていた
けれどいつもレジ席は空っぽ、たまにあの猫が顔を出している位だった
閉まっている訳ではない、もしかしたらタイミングが悪いだけなのかもしれない
本屋さんがいるかどうか、そんなもの店内に入ればすぐにわかる事だ
しかしながら愛理は店に足を踏み入れる事を躊躇っていた
 
855 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:25
 
舞美のちゃんとした返事のお陰か
振られた後と振られる前、どちらの方が泣いたかと言われたらきっと振られる前の方が沢山泣いた気がした
今まで舞美を好きだった気持ちの塊が、振られた瞬間ぽんっと心から飛び出してどこかへ行ってしまった
それから数日間は苦痛、というよりは虚無感が大きく愛理を襲っていた

それほど今まで舞美の事を考えていた部分が大きかったのだと自覚する

 

今朝、家の前で舞美に会った
舞美は一瞬困った顔をした後、いつも通りの快活な声で「おはよう」と愛理に笑い掛けてくれた

安心した、気まずかったらどうしようかと愛理は思っていた
舞美の優しさがじわりと心に染みて温かくなる
そこに以前までの苦しさはなかった
その事に安堵している自分と哀しんでいる自分がいて
愛理は一呼吸置いた後「おはよう」と返した
 
856 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:26
 
駅の近くで別れるまでの間、舞美と話したのは思い出話だった
出会って、仲良くなって
守って、守ってもらって
舞美とどれだけ一緒にいて、どれだけ舞美の事を想っていたか再確認した
 

−愛理の事、やっぱり大切だから−

 
舞美はそう言って愛理の頭を撫でた
わかっている
舞美は責任感が強くて、真面目で
誰よりも、優しいから
わかっていた
舞美はちゃんと見てくれていると
けれどやっぱり、それは恋愛対象としてではなくて
それもわかっていたから抗いたくなったのだ
どうにかしたくて、この距離を
どうしようもないこの距離を、どうにかしたくて

簡単に言えば、贅沢をしたかった
多分そんな所だろう
大切という言葉はずるい、けれど堪らなく嬉しい
 

−そうだ、あたしだけだ
 
大切だと、守ると
そう言ってもらえる『幼なじみ』は愛理だけだ
積み重ねた時間は、この思い出だけはえりかには負けない
そうだ、舞美を好きでいた時間は、絶対に誰にも負けない
特別な一人である事に変わりはない
 
857 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:27
 
無駄じゃない、絶対


−舞美ちゃん、ありがとう−


そんな簡単に諦めるのか
そんな程度の想いだったのか
聞かれたら反論は出来ない
けれど舞美の幸せを願う事が今なら出来る気がする
狡い、情けない自分の気持ちを舞美はしっかりと聞いてくれた
だから、愛理もちゃんと舞美を見守らなくてはいけないのだ
守ってもらってばかりじゃなく、支えて、守れる位に
舞美から巣立つべきなのだ

 
 
−ねぇ、本屋さん。それでも私が舞美ちゃんを好きだったことは無駄かな?
 
 

舞美と二人で有原書房を通り過ぎて行く時、本屋さんが頭に浮かんだ
また今日の帰りも愛理は店内を覗くだろう

理由はまだ、わからない
 
858 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:27
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
859 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:31
 

「やっぱり、いない−‥か」


帰り際、いつものように有原書房を覗いたがやっぱりレジ席には誰も座っていなかった
愛理はふぅと溜め息を吐いて引き戸に手を張り付ける
もう会う事はないのだろうか
あんな事をしてしまったのだ、そう簡単に仲直り、とはいかないだろう
大体あれを喧嘩と呼ぶかもわからないし、本屋さんと喧嘩をする程仲が良い覚えはない気がした

ただ、空っぽの店を見て寂しい気持ちになった
 

ぼんやりといつもよりも長い時間店の前に突っ立っていた
周りに変な目で見られるかもしれないと思い愛理は振り返る
 
 

「−あ」
 

860 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:32
 
 
「えー‥と。こんにちは」

 
 
振り返るとそこにいたのは
少し見下げる本屋さんではなく
かなり見上げるあの人だった

愛理は息を詰める
背を向けて逃げる訳にも行かないし、だとしたらどうするか
ほんの数秒、愛理が考えを廻らせていると、目の前に長い腕が伸びて来た
梅田えりかががらりと店の戸を引く
愛理は驚いて梅田えりかを見る


「あー‥‥」
「‥‥‥」
「ちょっと、話でもしない?」


そう言う梅田えりかの表情はいつかも見たよくわからない表情だった
けれど、少なからず向こうも緊張しているようだった
断った方が良いか
前の愛理なら何を考える間もなく立ち去っていただろう
なのに今はこうやって悩んで、話してみようかと考えている自分がいる
 
861 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:32
 
愛理は少し間を空けた後、こくりと頷く
すると梅田えりかがほっとしたように小さく笑って店へ足を踏み入れた

しかしながら、愛理は梅田えりかに続く事が出来ない
梅田えりかと話す事へではなく、愛理は有原書房へ踏み入れる事に抵抗を感じていた
何故か心拍数が上がる
息を詰めて愛理が立ち止まっていると、先に店内に入った梅田えりかが振り返った


「栞菜ならいないよ」
「‥‥‥」
「だから今日はあたしが店番」
 
862 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:34

 
 
−かんな
 
 

それは愛理が初めて聞く名前だった
そしてそれは本屋さんの名前なんだとすぐに気付く

本屋さんの本名を聞いた事はない
初めてこの店に来た時、名前を尋ねた愛理に対して彼女は自分を『本屋』と名乗った
その時は何も気に留めなかった
正直本屋さんの名前なんてどうでもいいと思っていたからだ
なのに今はそんな事も知らなかった自分に愛理は動揺している
胸の辺りがちくちくしてもどかしい

えりかはそれだけ言うと店内を進んで行く
愛理はぎゅっと胸の前で手を握り締めた後、一歩店内へと足を踏み入れた
懐かしさを感じる独特の空気に、身体が解けていくような気がした
すぅっと大きく息を吸い込む
するとにゃーと鳴きながら猫が脚に擦り寄って来た


「久しぶり」


しゃがみ込んで愛理は猫の頭を撫でる
猫は嬉しそうに目を細めて喉を鳴らしていた
 
863 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:35
 
「ココアでも入れるからゆっくりしてて」
「ぁ‥‥ありがとうございます」


大人の余裕、というヤツか
梅田えりかの背中からは舞美とは違う落ち着いた、優雅な雰囲気が感じられた

 
梅田えりかは、何を考えているのか
全く予想が出来ない
愛理の事を舞美からどういう風に聞かされているのか気になった
愛理だってえりかの話は舞美から聞かされた
嫌になる程聞かされた
情報収集、として聞こうと思っても舞美からだけは聞きたくなかった
本屋さんからも色々と梅田えりかについて聞いたが、舞美の話と違う部分が多くどちらが本人に近いのかはわからなかった
しかしながら特徴として共通に上げられたのが「何を考えてるかわからない」だった
付き合いの長いらしい本屋さんがそう言うのだから多分それは本当の事だろう
 
864 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:36
 
もっと、嫌な人だったらよかった
もっと子供っぽかったり我が儘だったり、感情的だったり
もっと、隙のある人だったらよかった
けれど考えてみればそんな人を舞美が好きになるとは思えない

二人分のココアを手に奥の居間から出て来た梅田えりかを見ながら愛理はそんな事を考えた
ココアを愛理に渡し、梅田えりかがレジ席に座る


「アイスでよかった?」
「は、はい」


グラス越しにココアの冷たさを感じつつ、愛理はいつか本屋さんにココアを入れてもらった時の事を思い出した
あの時はまだ寒くて、ココアの温かさが身体に染みた
カラン、と音を起てる氷をぼんやりと覗いていると、ふいに梅田えりかが口を開いた


「あの」
「‥はい」


 
865 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:38
 
梅田えりかはすーはーと深呼吸をすると、顔を上げて愛理を見た
 


「‥あたし、矢島さんと付き合っても良いですか?」
「‥‥−」

 

どこか日本人離れした、整った顔
一見真剣な表情、なのに目はどこか自信がなさそうに見えた

舞美は梅田えりかのどこがそんなに好きになったのか
わからないけれど、わかるような気もした
本当、もっと嫌な人だったらよかったと愛理は思った
こんな確認しないで舞美をさらって行って勝手にしてくれれば
こんな優しい気持ちにならないで
どうにかしてやろうと思えたかもしれないのに
こんな事を愛理に尋ねるのはずるいと思った


「−だめです」
「‥‥そっか」
 
866 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:39

 
「‥って言ったら諦めるんですか?」


愛理の返事が予想外だったのか、梅田えりかは一瞬驚いた表情をした後ふっと息を零した


「そんな事確認しないで好きにすれば良いじゃないですか」
「うん。それでも良いんだけど、やっぱり駄目かなって」
「‥‥‥」
「矢島さんは、君が大切だって言ってた」
「‥‥‥」
「だから、君にはちゃんと言わなきゃいけない気がして」


−あぁ この人、私が舞美ちゃんを好きだって事、知ってるんだ


グラスを持つ手が小さく震えた
やっぱり梅田えりかは何を考えているのかわからない
何を知っているのかもわからない
 
867 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:39
 


「‥舞美ちゃんが好きなのは、あなたです」
「‥‥‥」
「私の承諾が必要なら、どうぞ」


そう言って愛理は目を逸らした
素っ気ない言い方になってしまったのは仕方ない事だ
少しの間の後、梅田えりかが言う


「矢島さんに大切なものは、あたしも大切にしたいって思うから」
「‥‥‥」
「だから話してみたかった」
「‥‥‥」
「良い子だね。君は」
「‥‥‥」


−良い子なんかじゃない

瞬間本屋さんが頭に浮かんだ
 
868 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:40
 

「‥‥本屋さんは、あなたの事いい人だって言ってました」
「本屋さん?あ、栞菜か」
「あなたはずるいです」
「‥‥‥」

「ずるいくらい、良い人です‥っ」
 
 

梅田えりかに本屋さんが重なって見えた
素っ気ない言葉の中にこうやって温かさを隠して
何気ない一言で人の心を動かす

本屋さんの一言一言に、救われて、支えられて、励まされて
乱されて、揺らされて、潰される
 

何も考えてないのに頭にちらついて
考えなければいけないような気にさせられる
あの時
今まで舞美の事を考えていた部分が空っぽになった時
一番に頭に浮かんだのは本屋さんの事だった
けれど、この店に来る以外に本屋さんに会う方法はない
だから愛理は毎日この店を覗いていた

商店街を通って、この店の前で立ち止まる
その理由はたったの4文字で片付けられるものだった
 
869 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:42
 
本当に舞美が好きだった
なのに、今会いたいと思っているのは違う人だった

 

−やっぱり、私は我が儘だ

 


「‥‥−」


 
ぽろぽろと涙が零れ落ちて行った
滲む視界で見える梅田えりかは驚いた顔をしているように見えた


「ごめんなさい‥‥」
「‥‥‥」
「私‥‥っ」


口から零れる謝罪の言葉が誰に向けてのものなのか、愛理自身わからなかった
本屋さんに本を投げ付けたあの日から、ずっと考えていた
空っぽになった部分に、彼女が流れ込んで来るようだった
堪らなく嫌な奴だ
好きだと言って振られたらもう違う人の事を考えている
 
870 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:43
 
いや、本当は
舞美に好きだと言った時、愛理の頭に浮かんでいたのは彼女だった
悲しくて、苦しくて
そんなもやもやとした気持ちを舞美にぶつけただけなのだ
いつの間にか心の隅に居座る彼女の存在が大きくなっていた
ああ言われて初めて、彼女の優しい言葉を求めている自分に気付いた
そして突き放された事に堪らなくショックを受けている自分に苛立った
舞美の事をどんなに想っていたって、そんな告白が叶う訳ない
梅田えりかがいようがいまいが
こんな半端な奴の恋なんて叶う訳ないのだ

−それでも
それでもこの店を毎日覗くのは


「‥‥あの」
「ん?」
「あなたに言えば、本屋さんに会えますか?」

 
 
−本当に、本当に単純な理由なんだ

 
 
「本屋さんに会いたいんです」
 

871 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:44
 

「‥‥‥」
「‥‥‥」
「−どうして?」


「どうして会いたいの?」と梅田えりかが聞いてくる
その瞳は何も考えていないようなのに、心の中を見透かされているような気がした

もう一度、カランとグラスの中の氷が音を起てる

酷い事を言った事を謝って欲しいのか
それとも自分が謝りたいのか
舞美に告白した事を自慢したいのか
舞美に振られた事を報告したいのか
何をしたいのか、何をして欲しいのかわからない
本屋さんに会いたい理由を探して探して、結局愛理はわからなかった


「‥わかりません」
「‥‥‥」
 

872 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:45
 
 
「わからないから、会いたいんです」


本屋さんに会ったらわかるんだろうか
この涙の理由も、胸が痛む理由も
本屋さんがあんな事を言った理由も
今、会いたいと思う理由も
本屋さんに会えば、全部全部、わかるんだろうか


「‥‥」
「−君は」
「‥‥」
「君は、矢島さんによく似てるね」


 
そう言って梅田えりかが笑った
その笑顔を見て、舞美はこの笑顔に惹かれたのかもしれないなんて考えてみた
けれど梅田えりかの言葉の意味はよくわからなかった
 
873 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:45
 

 
ずるい人ですね、あなたも
そうやって

そうやって、私の知らない所で私を想って涙を流していたんだから


 

 A−7.終わり


 

874 名前:A−7 投稿日:2009/07/25(土) 23:46
 


 

875 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/07/25(土) 23:51
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
>>85-98 M−1
>>102-112 A−2
>>114-135 E−1
>>172-187 K−2
>>189-208 M−2
>>213-238 E−2
>>316-334 A−3
>>340-361 M−3
>>366-380 K−3
>>385-412 E−3
>>441-464 A−4
>>500-517 M−4
>>524-549 K−4
>>556-572 E−4
>>578-595 A−5
>>602-618 K−5
>>625-649 M−5
>>659-674 E−5
>>729-746 A−6
>>753-772 E−6
>>779-793 M−6
>>800-819 K−6
>>828-845 E−7
>>853-874 A−7
876 名前:三拍子 投稿日:2009/07/25(土) 23:56
今回はここまで。なんかもう梅さんがいいとこ取り過ぎるWW
いやーかっこよくてすみません(笑)
 

>>848さん
そうですね。もうやじうめはテレパシーくらい使えそうな気がします(^O^)/

850さん
ありがとうございます(T_T)頑張ります!

>>851さん
コメントありがとうございますm(__)m
引き続きみらさんの小説は読ませていただきます。

>>852さん
そんな、心配かけてすみません(T_T)
頑張って完結までこぎつけます!
877 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/26(日) 05:59
本当に謝ってください、格好良すぎ。>梅さん
愛理ちゃん良い子だなぁまったく。
更新お疲れさまです。
878 名前:名無し 投稿日:2009/07/26(日) 14:57
梅ヲタになったのは、ここの梅さんの影響が大きい気がする。
そして梅のCPを書き始めたのも。
本当にここの梅さんは素敵すぎ。
879 名前:みら 投稿日:2009/07/31(金) 12:18
更新お疲れ様です。
歯痒いですね…愛理、頑張って欲しいなぁ。 
880 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:17
 


 

881 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:17
 


本当はこっちを向いて欲しいのに
あっちばかり向かせてた

ずっと前から
泣きたかったのは、あたしの方だ


 


 angle.K−7
 

 
882 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:21
 

−本屋さんに会いたいんです−


 
それは確かに自分に向けられた言葉で
こんなに嬉しい事はない
なのに溢れるのは涙だけだった

 

逃げていた、あれからずっと
愛理がこの店の前を通る時間帯は大体決まっている
だから栞菜はその時間が近付くと、決まって端の方のH棚の隅の本の入っていない隙間へ行く
ちょうど栞菜位の身長なら屈んですっぽりはまる大きさだ
このH棚のこの一角だけは配置の為か外から見える事がない
店内に入ってもH棚とI棚の間を覗かない限りは栞菜がここにはまっている事はマサムネ以外誰も気付かないだろう

ただただ時計の進む音だけが聞こえて
普段なら読んでいる本に集中出来る筈なのに、栞菜は愛理の事ばかり考えてしまう
 
883 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:23
 
先日もこうしてここに隠れていた時、カタン、と引き戸の揺れる音がした
栞菜は気になりはまっている身体をずらしてそっと出入口の方を見た

そこにいたのは
眉を下げて寂しそうに店内を覗く愛理だった
栞菜はすぐに元の態勢に戻り顔に本を押し付けた
一目見ただけで心拍数がぐんと上がる
愛理を見つめる事は身体に良くない、それだけで胸がいっぱいになって栞菜の中が愛理だけになる
すーはーと何回か深呼吸をしてから息を潜めた
それでもやっぱり気になり、もう一度こっそりと出入口を覗く
するともう愛理の姿はなくて
自分で隠れたくせに栞菜はがくりと肩を落とした

その次の日、栞菜は配達を済ませ自転車ですいすいと商店街を抜けていた
すると見えて来た有原書房の前に佇む人が見えた
瞬間栞菜はキッ!と急ブレーキを掛けてぐるりとUターンし、一目散に商店街から飛び出した
その次の日も、また次の日も
毎日愛理はこの店を覗いて行った
 
884 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:25
 
あの日、栞菜は愛理を泣かした理由をえりかに話した
泣かした理由を話しただけで自分の気持ちは言葉にはしていない
けれどこの話を聞いたら誰だって栞菜の気持ちに気付くだろう
えりかは驚いた様子を見せなかった
知らなかったとしても驚いたかどうかわからないが、やっぱり色々と知っていたようだった


−ごめんね−


えりかがぽつりとそう言った
えりかが謝る事ではないと栞菜は思った
仕方ない事なのだ
愛理は栞菜の気持ちを知らないし、愛理の気持ちを舞美は知らない
だからこうなる事は仕方のない事なのだ
 
885 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:26
 
栞菜が我慢していれば、何も起こらなかった
栞菜がさっさと気持ちを言ってしまえば
いや、愛理と知り合いにならなかったら
色々と思い返したが、結局自分に非があるとしか考えられなかった
愛理のせいには出来ない、したくないと思う自分がいた

だから会えない
会ったらきっと胸が破けそうになって、余計な事を口にする
また愛理を泣かしてしまうかもしれない
酷い事を言った事を謝りたいと思う
けれどあの時口にしたのは栞菜の本心で、その言葉を撤回する気はない
そうなると謝った所で何も変わらないのではないかと思った
それに謝った所ではいそうですかと今までの関係に戻れるとは考えにくかった
愛理がこのままずっと舞美の事を好きで
栞菜がこのままずっと愛理の事を好きでいたら、結局何も変わらない

だから、もう会わない
栞菜はそう決めた
 
886 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:28
 

なのにどうしてそんな事を言うのか
 

今日は頼まれている配達が多く、祖母は出掛けてしまうため店を長く空っぽにする事になった
そこで少し心配になった栞菜は、自分が配達に行っている間店番をえりかに頼む事にした
レジ席に無愛想な顔をしてえりかが座っていたら客は怖がるかもしれないが、えりかなら余計な心配はいらないだろうと思った
たとえ愛理が店を覗いたとしてもえりかが愛理に接触するとは思えない
愛理がえりかに接触するなんてそれ以上にありえないと栞菜は考えていた

 
それはあの日、愛理が店から飛び出した後あった事を栞菜が全く知らないからだ
愛理が舞美に告白した事も、そしてきっぱり断られた事も
えりかが舞美に告白した事も
えりかの考えも
栞菜は何も知らない、だからもう何も起こらないだろうと思っていた
 
887 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:30
 
−ところが、店に来ると祖母が午前中にやってくれたのか予定より随分配達の数が減っていて
それも歩いていける位の近所ばかりで
予定していた時間より随分早く、えりかが店に来る前に配達は終わってしまった

えりかに連絡をした方が良いかと思ったが、今夜は一人になるので夕飯でも作ってもらおうかと我が儘な事を考えた栞菜は連絡をしなかった
 
 
しかしながら、思い返せばずっと外に出ていればよかったのかもしれない
愛理が店を覗きに来る時間帯になって栞菜は気付いた
 
888 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:31
 
そしてまたいつもの隙間にはまり、他の客やえりかが来たらいきなり飛び出して驚かしてやろうかと目論みながら本をめくっていた


するとがらりと戸の開く音
そして同時に聞こえて来る声
栞菜は出そうとした足を引っ込めて、棚の中にさらに小さく身体を詰め込んだ


「栞菜ならいないよ。だから今日はあたしが店番」


足音は二つ
えりかと、愛理
愛理の声は聞こえないものの、栞菜にはそれ以外考えられなかった
どくどくと飛ぶように身体を血液が駆け巡る
緊張か、不安か、よくわからない気分が溢れて来て目眩を起こしそうになる
マサムネはそんな栞菜の気など知らずお気に入りの愛理の元へと駆けて行ったようだった
 
889 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:33
 
物音一つ起てられない
何か音を起てたら、多分一瞬でばれるだろう
マサムネは出て行ったし、ごまかす事は難しい
もしもばれた時は迷わず逃げ出そう、栞菜はそう考えた

盗み聞きではない、そう自分に言い聞かせながら隙間にはまったまま耳を澄ます
どうやらえりかは居間へココアを入れに行ったらしく、店内は暫くしんとしていた
自分の心臓の音が愛理に聞こえてしまわないか、ありえない事なのに栞菜はそんな心配をした
 

何をするのだろう
さっきの口調からするとえりかが愛理を誘ったのだろうか
えりかから誰かを誘うなんて珍しい、普段なら絶対にありえない
よっぽど愛理に話したい事があるのか
それは栞菜が聞いて良い事なのか
心配ばかり浮かんで来る
 
890 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:36
 
そんな栞菜の心配を余所にえりかは突然こんな事を言い出した

 

「あたし、矢島さんと付き合っても良いですか?」
「!?」

 
それはもう本棚なんてぶち壊してでも飛び出したい位衝撃的だった
栞菜は一瞬立ち上がろうとして、すぐに踏み止まる
出しかけた足を空中で止め、ゆっくりと折り畳み元の体勢に戻る
しかしながら内心はもう本棚どころか店自体潰してしまうんじゃないかという位動揺していた
えりかに何故それを愛理に言うのかを原稿用紙にまとめて提出して欲しいと思う
すると愛理もそう思ったのか、栞菜が予想していたよりも落ち着いた口調でえりかに尋ねた


「だめですって言ったら諦めるんですか?」


愛理の言葉ははっきりとしたものだった
栞菜はどくんと心臓が跳ねるのを感じる
 
891 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:36
 
「そんな事確認しないで好きにすれば良いじゃないですか」


まるで自分に言われているような気がして栞菜は唇を噛み締める
好きにすれば良い
そうだ、栞菜だって好きにすればよかったのだ


「うん。それでも良いんだけど、やっぱり駄目かなって」
「‥‥‥」
「矢島さんは、君が大切だって言ってた」
「‥‥‥」
「だから、君にはちゃんと言わなきゃいけない気がして」


えりかは、矢島舞美に伝えたのだろうか
矢島舞美は、えりかを選んだのだろうか
 
892 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:40
 
もしかして、愛理はそれを知っているんじゃないか

愛理の口調は、栞菜が知っているような迷ってふらふらしているものではなかった
声は小さい、けれどはっきりと意思を持った言葉だった


「‥舞美ちゃんが好きなのは、あなたです」
「‥‥‥」
「私の承諾が必要なら、どうぞ」


ぐっと胸が締め付けられる
愛理は今どんな顔でこの言葉を口にしているのか
どんな思いで口にしているのか
酷く気になって、聞きたくないとも思う


「矢島さんに大切なものは、あたしも大切にしたいって思うから。だから話してみたかった」
「‥‥‥」
「良い子だね。君は」


えりかはいつからこんなに饒舌になったのか
こんなに自分の中の良い人を表に出すような人間だったか
 
893 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:42
 
−矢島舞美さん、ですか


人は恋をすると変わるとよく言ったものだけど、こうも良い方良い方に変わらない人は珍しいだろう
こんな行動をして、こんな事を言えてしまう位
それほどえりかにとって矢島舞美の存在は大きいのだ
そして愛理にとっても


「‥‥本屋さんは、あなたの事いい人だって言ってました」


本屋さん、という単語にまた心臓が跳ねる
心なしか愛理の声が弱々しくなった気がした


「あなたはずるいです」
「‥‥‥」
「ずるいくらい、良い人です‥っ」


静かな店内に愛理の声が響いて
何かを察したのかマサムネが栞菜の元へ帰って来た
 
894 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:44
 
 

今、愛理を泣かしているのは誰なんだろう


愛理は泣きながらごめんなさいとえりかに言っていた
ごめんなさい、それは栞菜が口にすべき言葉だ
自分はこんな所で何をしているんだろう
好きな人を泣かして、今もその人が泣いているのに
こんな所で、何をしているんだろうか
 

少しの間の後、愛理が小さく「あの‥」と言ったのが聞こえた

 
 

「あなたに言えば、本屋さんに会えますか?」

 
 
−‥‥‥

愛理の言葉に栞菜は思わず振り返る
けれど見えたのは棚を形成している板の木目だった
その向こうにいる愛理を見たくて、けれどそんな勇気はなくて
 
895 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:47
 

 
「本屋さんに会いたいんです」


だから、こうして涙を流す事しか出来ない
息を長く吐き出して乱れる呼吸を調えようとしてみる
けれど涙は止まってくれそうになくて、栞菜は畳んだ膝に頭を埋めた

そんな事を言わないで欲しい
頼むからこれ以上、心を掴まないで欲しい
心の中が愛理だけになって、栞菜は逃げ道がなくなる


「どうして、会いたいの?」
「‥‥わかりません」


愛理の言っている事は矛盾していた
会いたいのに理由がわからない
けれど、会いたいと思うのに理由なんていらないのかもしれない


「わからないから、会いたいんです」


−あぁ、あたしは弱虫だ

膝を抱えて声を殺しながら栞菜は思う
心の何処かがずるいと毒を吐く
舞美の事を好きだとあれだけ言っておいて、何故栞菜に会いたいと涙を流すのか
もしかしたら自分は酷い仕打ちをされているのかもしれない
 
896 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:48
 
けれど、それでも
彼女が自分を求めてくれている事が嬉しくて
苦しくて、だから涙が零れる


「‥‥‥」
「−どうかな。あたしが言っても」
「‥‥‥」
「それは、栞菜が自分で決める事だと思うよ」
「‥そう、ですよね」
「あー、多分大丈夫。栞菜は、あたしよりよっぽど優しいから」


そうやって、また泣きたくなるような事を言う
栞菜はふっと息を零した

胸が痛いと叫ぶ
身体は今にもここから飛び出そうとしている
なのにこの隙間から出る事が出来ない
栞菜は足元でにゃーにゃーと鳴くマサムネに人差し指を立てて静かに、と言った
 
897 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:50
 
898 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:52
 
「舞美ちゃんの事、すっごい大切にして下さいね」


その後少しの沈黙を挟んだ後、そう言って愛理が店から出て行った
愛理の声色は明るいものだった
引き戸を引く音も、閉める音も
あの日とは全然違った

静かになった店内
これからどうしようかと栞菜が考えていると

 

「おーい。本屋さーん」
 
さっきまでとは打って変わった間延びした声でえりかが呼ぶ
やっぱり、えりかはずるい
そうやっていつも何だってお見通しなんだ


「出て来ないとレジのお金盗んじゃうよー」
「‥‥だめ」


痺れかけていた足をぐっと伸ばして栞菜は棚から出る
えりかはやっぱり、とでも言うようににやりと笑っていた


「‥‥いつから気付いてたの?」
「自転車停めてあったし、居間にペケついた配達リスト置いてあったから」
「‥‥えりかちゃん刑事にでもなったら」


皮肉混じりにそう言いながら栞菜は脚立に腰掛ける
向かい合ってもえりかは何も言わず、栞菜の言葉を待っているようだった


「‥‥何から言えば良いのかわかんない」
「うん。じゃああたしが言う」
 
899 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:54
 

「‥‥‥」
「愛理ちゃんは矢島さんに告白しました。でも矢島さんはあたしの事が好きだと断りました。
で、あたしも矢島さんの事好きだから告白しました。だから今日愛理ちゃんに承諾を得ようと思いました。」
「‥‥‥」
「簡単に言うとこんな感じ」


えりかにしては早口に言った話
数十文字のそれはそれでもかなりの内容を持った物だった


「‥‥全然簡単じゃないよ」
「うん」


愛理が舞美に告白した
そして、断られた

ぐるぐるとよくわからない感情が胸を掻き乱す
ただただ、知らなかった事が悲しかった


「で?」
「‥‥‥」
「会いたいらしいよ」
「‥‥‥」


あたしだって会いたい、と栞菜は即答出来ない
結局怖いだけなのだ


「栞菜さ」
「‥‥」
 
900 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 09:56
 
「上手く行ったあたしが言ったらむかつくと思うけど、言わない方がたぶん絶対後悔するよ」
「多分絶対って‥どっちなのさ」


栞菜は情けなく笑う
むかつきはしないが、羨ましいと思う
舞美が、えりかが、堪らなく羨ましい


「あのね、えりかちゃん」
「うん」
「あの人は、ずっと矢島舞美さんが好きだったんだよ?」
「うん」
「どうしようもないくらい、ずーっと好きだったんだ」


愛理が舞美を諦めてえりかに任せても、だからと言って愛理の気持ちが栞菜に向く訳ではない
振られました、はい次と選ばれるような事は絶対に嫌だと思った

向いて欲しいのは、彼女の心だ


「‥‥敵わないよ。あたしなんかじゃ」
「敵わなくても、会いたいでしょ?」
「‥‥‥」
「あの子に会いたいって、思うでしょ?」
「‥‥‥」
 
901 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 10:00
 

「ずっと矢島さんが好きだったかもしれない。でも、今あの子が会いたいのは本屋さんなんだって」
「‥‥‥」

「あの子が会いたいのは、栞菜なんだよ」


えりかの初めて聞くような強い口調に背筋が伸びる
 
 

矢島舞美は、あの時
えりかに告白した時何を考えていたんだろう
断られた時の事は考えていたのだろうか
どうしてああも笑って言えたのか
栞菜はそれがずっと気になっていた

好きだから、伝えたい
素直にそう思って伝えられる人はどれくらいいるのだろうか


こっちを向いてと待っている人は、どれくらいいるのだろうか

あっちを向いているなら、こっちを向かせれば良い
敵わないなら、敵うまで抗えは良い
答えは簡単な事で、なのにこんなに難しい事はない


「えりかちゃん。ありがと」
「‥‥うん」
「あのね、あたしさ」


 

「あの子の事、好きなんだ」


 

 
902 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 10:01
 


 

903 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 10:02
 

この一言を、言いたかった

 
ただ、それだけでよかったんだ


 

 K−7.終わり


 
904 名前:K−7 投稿日:2009/08/04(火) 10:02
 


 

905 名前:あっち向いてホイ、こっち向いて恋 投稿日:2009/08/04(火) 10:07
あっち向いてホイ、こっち向いて恋
>>55-56

>>57-69 A−1
>>71-82 K−1
>>85-98 M−1
>>102-112 A−2
>>114-135 E−1
>>172-187 K−2
>>189-208 M−2
>>213-238 E−2
>>316-334 A−3
>>340-361 M−3
>>366-380 K−3
>>385-412 E−3
>>441-464 A−4
>>500-517 M−4
>>524-549 K−4
>>556-572 E−4
>>578-595 A−5
>>602-618 K−5
>>625-649 M−5
>>659-674 E−5
>>729-746 A−6
>>753-772 E−6
>>779-793 M−6
>>800-819 K−6
>>828-845 E−7
>>853-874 A−7
>>880-904 K−7
906 名前:三拍子 投稿日:2009/08/04(火) 10:13
まず訂正を>>902の空白は見なかった事にして下さいm(__)m

という訳で更新です。
注)梅さんは主役の一人ではありますが、決して主人公ではありません。
‥‥と言いたくなるくらい梅さん出過ぎだろ!!
しかし今回のイチ押し(笑)

 
−予告−
あの人は可愛い!
907 名前:三拍子 投稿日:2009/08/04(火) 10:18
 
>>877さん
いや本当謝りますm(__)m
どうか愛理を見守って下さい!

>>878さん
泣いても良いですか‥‥(:_;)

>>879さん
ありがとうございます!
更新頑張って下さい(^O^)/
908 名前:みら 投稿日:2009/08/05(水) 02:43
ああ!
じれったいけど…それぞれの想いがしっかり伝わってきました。
栞菜頑張って!
909 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/05(水) 03:59
心から更新ありがとうございます。
梅さんにハグされたい。
910 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/05(水) 21:18
梅さんスゴすぎるよ。
動いちゃってますね、いろいろと。

なんか、勇気をもらえました!
911 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/13(木) 17:09
続き気になる!
912 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/17(月) 23:36

最初から読ませていただきました

続き楽しみに待ってます
913 名前:M−7 投稿日:2009/08/18(火) 18:36
 


 

914 名前:M−7 投稿日:2009/08/18(火) 18:36
 


あぁ、恋は素晴らしいものだ

あなたに出会って、そう思ったよ


 

 angle.M−7

 

 
915 名前:M−7 投稿日:2009/08/18(火) 18:37
 
とんとんと軽い足取りで舞美は階段を上がる
向かうは、彼女の待つ教室
 

久しぶりに一緒に帰る事になり、部活が終わるとすぐに帰り支度をして舞美は部室を飛び出した
勢いのよかった足取りも、いざ教室に近付いてくるとゆっくりとしたたどたどしいものになる
それは緊張からで、えりかの元へ行く事は堪らなく楽しみでけれど舞美はこうして何度もドアの前で深呼吸してしまう

すーはーと三回、深呼吸を繰り返した後舞美はいつものように勢い良くドアを引いた
 
916 名前:M−7 投稿日:2009/08/18(火) 18:39
 

「−‥‥」


フラッシュバック、というのはこういう事を言うのだろうか
それはえりかを、梅田えりかをちゃんと初めて見た時
夕日の差し込む教室で
えりかはあの時も窓際に一人立っていた

今思えばあの時もう、あの瞬間にもう
舞美はえりかに恋をしていたのだ
そして今、改めて自分の気持ちを思い知る


「‥‥‥」
「あ、矢島さん」


舞美がぼーっと突っ立っていると、えりかが窓の外から視線を外しこちらを振り返った
夕日に透ける茶髪は相変わらず綺麗で
表情はあの時より大分柔らかいものになった気がするのはきっと気のせいではない
舞美は顔が一気に緩むのを感じる
止めていた足を再び進めて舞美はえりかの隣に並ぶ
部活が終わった時間だというのにまだ沈んでいない夕日に季節の移り変わりを感じた
 

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