Dear my ・・・ 〜 Dark × Dark 〜 U
- 1 名前:片霧 カイト 投稿日:2008/10/12(日) 17:40
- 水版で書いていた片霧カイトです。
今回からこちらに引っ越しして続きを書きたいと思います。
引き続きアンリアルなファンタジー。
主役は 从 ´ヮ`)<れいなたい!
それでは、またよろしくお願いいたします。
前作「Dear my Princess」
ttp://mseek.xrea.jp/flower/1073627455.html
「Dear my Princess U」
ttp://mseek.xrea.jp/sky/1094798822.html
前スレ「Dear my ・・・ 〜 Dark × Dark 〜」
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/water/1131681541/
- 2 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:47
- 〜田中れいな〜
ゴゴゴゴゴ……
竜の嘶きのような重低音があたりに響く。
でもそれはあたしたちが乗っている竜からではなく、もっと上空から聞こえてくる。
渦巻く黒い雷雲が大気を震わせ、眼下に広がる海原を時化させる。
空の色はあたしたちの目指す島に近づくにつれ、その黒さを増していっている。
「この先はかなりDangerousだから、しっかりと捕まってて!!」
「は、はいっ!!」
雷の竜王種、ライディーンの手綱を引くアヤカさんが叫ぶ。
あたしは言われたとおりに、目の前のアヤカさんの身体にしがみついた。
すぐにあたしの身体にも、背後に座る絵里がしがみついてくる。
おそらくポンちゃんも同じように、絵里にしがみついているのだろう。
気を引き締めた瞬間、黒い空が輝いた。
「チッ!!」
アヤカさんが手綱を引き寄せる。
ライディーンが勢いよく方向を変え、あたしたちは思い切り振られる。
そのあたしたちの目の前を、まばゆい閃光が走り落ちていった。
- 3 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:47
- 「まだ来るわ! 気を抜かないで!!」
アヤカさんの叫びとともに、さらに雷が降り注いでくる。
それはまるであたしたちを狙いすましているかのように。
確かに雷は高いものに落ちやすいのだが、これはいくら何でも落ちすぎじゃないだろうか?
アヤカさんもなんとかかわし続けるが、徐々に余裕がなくなっていく。
「くっ、ラチがあかないわ!」
アヤカさんが片手だけ手綱から離すと、その手に魔力を集め始める。
魔力が膨れあがり、ダークブラウンの魔玉ができあがる。
片手で手綱を操りながらも、アヤカさんは集中を途切れさせることなく魔法を作り上げ……。
「アース・シールド!!」
大地のシールドがあたしたちを包み込んだ。
雷はシールドに吸収され消えていく。
あたしたちが雷を防げるようになったとたん、あれほど振っていた雷はぴたっとやんだ。
まるで意味がないからやめた、みたいな感じで……。
ようやく余裕を取り戻し、あたしは改めて前方を見る。
黒い空の下に浮かぶ孤島、雷の王国「デインジャー」。
あたしの右手の小指にはミカ様から託された地の魔剣「デュランダル」が輝いている。
残すはあと一つ、雷の魔剣だけ。
それがあの島にある……。
- 4 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:48
-
第14話 闇に降る雷
- 5 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:49
- 「さて、ようやく落ち着いたところで……どこまで話したっけ?」
手綱を握り直して一息ついたアヤカさんが、あたしたちの方を向いて尋ねた。
「えっと、『雷の民は排他的な一族だ』ってとこまでです」
「あぁ、そうだった。まぁ、今のでよくわかったと思うけどさ」
デインジャーに向かう途中、あたしたちはアヤカさんから雷の民について聞いていた。
その内容の一つが、『雷の民は排他的な一族だ』ということ。
自分たちは選ばれた人種だと信じ込み、雷の民以外の人間を蔑視している。
いわゆる選民思想というヤツだ。
「そんなわけで、雷の民はああやって自分たちだけの王国を作り、余所者が入り込まないように
してるわけなのよ」
「じゃあ、さっきの雷はやっぱり雷の民が……?」
「そうに決まってるわ。まぁ、そう言っても雷の民はしらを切るんでしょうけどね。『雷は自然現象だ』とでも
言われたらどうしようもないわ」
「れいなたちは招かれざる客ってわけですか……」
「雷の民にとっては誰であっても招かれざる客よ。ワタシなんてその最たる例ね。雷の民は
属性的に優位にあるワタシたち地の民を一際嫌っているわ。でも、今はそんなこと言ってられないからね」
アヤカさんがまた手綱を引く。
ライディーンがスピードを上げた。
- 6 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:50
- 「だから、もしかしたら荒事になるかもしれない。みんな、その覚悟だけはしておいて」
「……はい」
「まぁ、そんなことにならないのが一番なんだけどね……。ワタシだって属性的優位があっても
勝てるかどうかわからないわ……」
「えっ、そうなんですか……?」
「えぇ。雷の民は純粋な戦闘力だけなら、六つの民の中でも最強よ」
ゴクッ、と。
息を飲む音が沈黙に混じった。
「雷の民が持つ異能力は帯電体質。人間の身体には微弱な電気が流れているんだけど、
雷の民はその電気を増幅させて、放電することができる。つまり、魔力を使わなくても雷を
生み出せるということよ」
「・・・・・・」
「それに加えて魔法も使えるわ。雷の民が操る雷は想像を絶する威力よ。十分に注意して」
「はい……」
「あとれいな、念のためこれを渡しておくわ」
アヤカさんが腰に付けたポーチからなにかを取り出し、あたしの方に放った。
受け取って見てみると、それはグローブだった。
「これは?」
「ゴムの繊維が織り込まれているグローブよ。雷の民と戦うことになったら、
その帯電体質で打ち合っただけで感電する。それを防ぐためにね」
「ありがとうございます!」
体勢を崩さないように気をつけながら、両手にグローブをはめる。
ちょっといつもと感覚が違ってしまうが、仕方ないだろう。
これが役に立つ展開にならないのが一番だけど、その保証はどこにもない。
「OK! じゃあ、行くわよ!」
アヤカさんが手綱を引き、竜がスピードを上げる。
雷に守られた孤島が、だんだんと目の前に迫ってきていた。
- 7 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:52
-
◇ ◇ ◇
あたしたちを乗せたドラゴンは島の突端にある寂れた港に降り立った。
アヤカさん曰く、許可なく入れるのはここまで。これ以上入れば問答無用で迎撃されるとのこと。
港は外界とを繋ぐ拠点となるはずなのに、まったく整備がされておらず、船も一隻も停泊していなかった。
それはこの島が完全に隔離されているということの証。
アヤカさんの話していた、雷の民は排他的な一族という話が信憑性を増してくる。
この港にしたって体裁のために作ったか、あるいはもとからあったかのどちらかだろう。
「さて、ここからは雷の民のTerritoryよ。気を抜かないように」
「はい……」
アヤカさんの言葉で気を引き締める。
暇もなかった。
カッ!!
「キャッ!!」
暗かった空が急に光り輝いた。
ドドドドドドドドッ!!!
閃光を追いかけるように轟音が降り注ぐ。
あたしは思わず目をつぶった。
それでも時間にしてほんの一瞬。
なのに目を開けたときには……。
「余所者がこの地に何用だ?」
「この地は神聖なる我らが王国、デインジャー」
「余所者は早急に立ち去れ!」
あたしたちは取り囲まれていた。
それぞれの手には武器が握られていて、切っ先はしっかりとあたしたちの方を向いている。
ときおり武器がバチッと光を放つ。おそらく電気が伝っているのだろう。
これが、雷の民……。
- 8 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:53
- 「くっ!」
「抜くな、れいなっ!!」
ダークブレイカーを剣に戻しかけたあたしを、アヤカさんが止めた。
そしてそのままあたしたちの先頭に歩み出る。
雷の民の目がアヤカさんに集中する。
そして雷の民の中からも、一人の男が歩み出てきて、アヤカさんと退治した。
「よくもこの地に入り込めたものだな、地の民よ。戦争でも仕掛けに来たのか?」
「あんたたちと争うために来たんじゃない。客人を連れてきたんだ。そちらの女王様に会わせて欲しい」
「誰が貴様の話など信じるものか」
「あんたたちだって感じているはずだ! この世界の異変を! 早くしなければ、
取り返しのつかないことになる!」
アヤカさんが掴みかかるような勢いで言葉を重ねる。
対して雷の民はみな一様に冷ややかな視線を崩さない。
「世界がどうなろうと関係ないな。外界が滅びようが、人間が死のうが、我らには関係ない」
「本気でそう思っているのか……?」
「無論だ」
「そうかい……」
舌打ちしたアヤカさんの眼前の空間が歪む。
そしてそこからアヤカさん愛用のギロチンアックスが引き抜かれた。
- 9 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:54
- 「これ以上話してても埒があかないみたいだねね。それなら力ずくで押し通らせてもらう!」
「フン、それならば話が早い」
雷の民も同様に剣を構える。
あたしもダークブレイカーを剣に戻し、取り囲んでいる雷の民に向けて構えた。
アヤカさんが間合いをじりじりと詰める。
そして飛び出そうとした瞬間……。
「待てっ!」
凛とした声が港に響いた。
あたしたちの動きが止まる。同じように雷の民も止まっていた。
静寂の中、カツッカツッという足音だけが響く。
取り囲んだ雷の民を分け、この場に現れたのは一人の女性だった。
すらっと背が高く、髪も短い。男性にも見間違えるほどの容姿。
一番目立つのはその髪で、虹のようにカラフルに染め上げられていた。
「大谷雅恵? どうしてお前がこんなところに!?」
アヤカさんと退治していた雷の民がいぶかしげに尋ねる。
「女王様が会ってもいいとのです。その者たちを通しなさい」
「なんだとっ!?」
大谷雅恵と呼ばれた女性は少しも顔色を変えることなく返答する。
一方雷の民は、大谷雅恵の答えに色めき立った。
「こんな奴らを通すだと!? 何を考えている!?」
「すべては女王様がお決めになることです」
「だがこいつらは外界のもの、しかも一人は地の民だぞ!!」
「では、女王様の決定に従えないと……?」
すっと大谷雅恵が目を細める。
初めて見せた、わずかな表情の変化。
それだけで食ってかかっていた雷の民は言葉を詰まらせた。
- 10 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:55
- 「わ、わかった、お前に任せるよ……」
そしてついに観念したかのように、剣を下ろした。
雷の民がお互いに視線を交える。
次の瞬間、彼らの身体がまばゆく光ると、その場から消えていた。
あとに残ったのは大谷雅恵ただ一人。
「では、女王様のもとへ案内しよう」
変わらぬ表情で大谷雅恵が告げる。
なんとかここでの戦闘は回避することができた。それに雷の王国の女王様と会うことも
できるようになったみたいだし。
「あ、ありがとうございます……」
お礼を言いつつ、大谷雅恵に歩み寄った。
フワッ、と。
風が身体の横を通りすぎた。
目の前にいたはずの大谷雅恵があたしのすぐ横を通り抜けていた。
予期してなかったとはいえ、まったくわからなかった。それほどまで速く、なめらかな瞬動。
あわてて振り返ると、大谷雅恵はアヤカさんの正面に立ちはだかっていた。
「だが、貴様はここまでだ」
「な、なんだと……!?」
「女王様が許可した者は三人。貴様は含まれていない。早急にここから立ち去れ、地の民よ」
アヤカさんが大谷雅恵を睨みつける。
対する大谷雅恵の表情はわからない。相変わらずの無表情なのか、同じようにアヤカさんを
睨んでいるのか。
「あんたたちが何をするのかわからない。いざという時はワタシはれいなたちを守る必要がある!」
「勘違いしないことだな。女王様は『会ってもいい』とおっしゃったのだ。それは別に会わなくてもかまわないと
言うこと。貴様がこれ以上我らの領域を侵すというなら、この場で四人まとめて始末するぞ」
「くっ……!」
アヤカさんがギリッと歯を噛みしめる。
- 11 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:56
- 「お前の強さは知っている。普通の雷の民ではお前に太刀打ちできないだろう。だがあいにく私は
普通ではない。そのことはお前も知っているはずだ」
大谷雅恵はそのままアヤカさんの答えを待っている様子。
あたしたちの間にもわずかに緊張感が漂ったけど。
「わかった。引き下がるわ……」
渋々といった表情で、アヤカさんは乗ってきたライディーンに飛び乗った。
「アヤカさん!」
「れいな、くれぐれも気をつけること。あと、片づいたら水晶で連絡して」
「はい……」
アヤカさんがついて来れないことに一抹の不安を覚えたが、これはあたしがやらなきゃ
いけないことだ。
たとえアヤカさんがいなくても、逃げ帰るわけにはいかない。
「大谷雅恵、くれぐれも丁重に扱ってよ?」
「それは女王様がお決めになることだ。さぁ、別れが済んだなら早急に立ち去るがいい」
「っ!」
アヤカさんはそのままライディーンと一緒に飛び立っていった。
それを見届けて、大谷雅恵があたしたちのほうに向き直る。
「さて、では女王様のもとへ連れて行こう」
- 12 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:57
-
◇ ◇ ◇
雷の唸る空の下を歩いていく。
前を歩く大谷雅恵は一言も話すことなく、事務的にあたしたちを導いていく。
小高い丘の上に作られた、絢爛な城へ。
城に近づくにつれ、空を覆う雷雲が深くなる。
城の前へとたどり着いた頃には、空は夜のように黒く染まっていた。
庭もなければ、見張りも立っていない、場違いな印象もうける城。
その城の扉を、大谷雅恵がゆっくりと開いた。
城の中に入るが、中は静寂に包まれていた。
もしかしてここには雷の王しかいないんじゃ?
それくらい人の気配がしない。
城の中を歩いていくと、やがてまた大きな扉の前にたどり着いた。
大谷雅恵が一度扉の前で止まり、その扉に手をかける。
ゆっくり開いていく扉の先には、紅いカーペットに続いて玉座があり……。
その玉座に一人の女性が座っていた。
大谷雅恵がザッと跪く。
あたしたちもあわててそれに従う。
「客人を連れてきました」
「ご苦労様、マサオ」
大谷雅恵が立ち上がり、玉座の背後へと移動する。
あたしたちは跪いたまま、正面から玉座を見上げた。
眼鏡の奥に光る目と目が合う。同じようにあたしたちを見つめている。
この人が雷の国の女王……。
- 13 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:58
- 「ようこそ我が城へ。客人を迎えるのは何年ぶりかしら。私がこのデインジャーの王、
村田めぐみよ」
楽しそうに、唇が優雅な弧を描く。
玉座の肘掛けに置かれた手には、金色に輝く宝玉を持つ指輪が瞬いていた。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう、慣れてないわ。それより、何か目的があって来たんでしょう?」
「は、はい……」
「滅多に島の外には出ない私たちだけれど、おおよそこの世界で起こっていることは知っているわ。
でも今一度あなたたちの口から聞かせてくれないかしら?」
「はい、わかりました」
そしてあたしたちは請われるままに今までの冒険の道程を話した。
村田めぐみ様はそれを楽しそうに聞いていて。
その様子からは特に悪意のようなものは感じ取れなかった。
アヤカさんから聞いた話とはちょっと違うな……。
これなら何事もなく目的を達成することができるかも。
- 14 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:58
- 「なるほど……アップフロントの端からここまで、大変な道のりだったわねぇ」
話が終わったあとも、村田めぐみ様の印象は特に変わらなかった。
「それで、あとはこの雷の魔剣ですべての魔剣がそろう、と」
「はい、そうです。闇の復活を止めるためにも、魔剣をれいなたちにお貸しください!」
「フフッ」
村田めぐみ様がすっと玉座から立ち上がった。
指にはめられた宝玉がきらっと光を放つ。
「正直なところ、私としてはどっちでもよかったんだよねぇ」
「えっ……?」
「闇が目覚めようと、目覚めまいと。外界がどうなろうと知ったことではなかったし。だから特別
自分から行動を起こすことはなかったんだけど……」
ゆっくりとレッドカーペットの上を、あたしたちに向かって進んでくる村田めぐみ様。
その後ろを大谷雅恵がピッタリと続く。
なんだろう、変な違和感を感じる……。
この感覚は……。
「こうして魔剣がそろったのなら、闇を目覚めさせてみるのもまた一興」
「なっ……!?」
楽しそうだった笑みが一瞬で凍り付く。
ゾワッと。
肌が粟立ったのがわかった。
今まで何回も接してきたから、感覚を身体が覚えたのだろう。
- 15 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 17:59
- 「! れいな!!」
ポンちゃんも気づいたようだ。
封印されているとはいえ、身体の中に同じものが潜んでいるから。
間違いない、この感覚は……。
闇!!
「魔剣をすべて渡しなさい! そうすれば命だけは助けてあげるわ!」
「すでに闇に魅入られてたのか!!」
ダークブレイカーを剣に戻す。
ポンちゃんや絵里も一瞬で臨戦態勢を整える。
「フフッ、私を雷の王と知ってなお挑んでくるとは、その勇気だけは褒めてあげるわ」
背後に大谷雅恵を伴い、村田めぐみが眼前に立ちはだかる。
その両手から闇があふれ出し、空間を黒く塗りつぶしていく。
あわててダークブレイカーを構えるが……。
「安心しなさい、今すぐ始めるつもりはないわ。ここではお互い満足に暴れられないし、
移動しましょう」
「なにっ!?」
その瞬間、足下が闇に歪む。
闇の渦に身体が沈んでいく。
ダークサークルか!
- 16 名前:第14話 投稿日:2008/10/12(日) 18:00
- 「うわっ!」
闇の渦から吐き出されてたどり着いたのは、どうやら城の裏手に当たる場所のようだ。
雷轟く黒い空の下、村田めぐみと大谷雅恵が立っていた。
「ここなら思いっきり力を発揮できるわ。せいぜい私を楽しませるために足掻いてみせなさい」
すっと村田めぐみが手を水平に持ち上げる。
指に輝く指輪の宝玉が、リングから切り離され宙に浮く。
「いでよ我が魔剣、カラドボルグ!!!」
宝玉が閃光となって空へと上っていく。
触発されたように、上空の雷雲がにわかに騒ぎ出して。
ドオオオォォォンッ!!!
あたしたちと村田めぐみの間に特大の雷が落ちた。
眩い閃光に思わず目を細める。
閃光がやんだときには、雷が落ちたところに剣が刺さっていた。
金色に輝く、まっすぐな両刃の剣。
雷をそのまま剣にしたような、雷の魔剣。
村田めぐみがカラドボルグを引き抜く。バチッと、剣に電流が走った。
「さぁ、始めましょう?」
- 17 名前:片霧 カイト 投稿日:2008/10/12(日) 18:04
- 今回はここまでです。
新しいスレ、そして新しい展開の開始です。
前スレから来てくださった方は、もうしばらくお付き合いくださいませ。
初めて目にしてくださった方は、できれば前スレ、前作からお読みいただければより楽しめると思います。(ちょっと長いですが……)
時間はかかると思いますが、完結まで頑張るつもりですので、今後ともよろしくお願いします。
- 18 名前:第14話 投稿日:2008/11/25(火) 01:57
- 「せいぜい楽しませてちょうだい、闇斬りの少女。わざわざ招待してあげたのだから、私を失望させないでよ?」
カラドボルグを片手で構え、村田めぐみが楽しそうに笑う。
あたしもダークブレイカーを構えるが。
次の瞬間には、眼前に金色の剣が迫っていた。
「なっ!?」
あわてて突き出されたカラドボルグを弾く。
いつの間に距離をつめたんだ!?
その速さはまさに雷鳴。
気を抜けば一瞬で……死ぬ。
「よく反応した、と言いたいところだけど、はたしていつまで持つかな?」
「くっ!」
連続して繰り出される斬撃と突き。
ダークブレイカーで受け止めるたび、バチバチと電撃が溢れる。
アヤカさんからもらったグローブのおかげでなんとか手には伝わらないけど、受け止め損なえば
たとえかすり傷だろうと、一瞬で感電するだろう……。
「れいな!」
「れーな!!」
ポンちゃんと絵里の声が背中から聞こえてくる。
援護の体制が整ったのだろう。
振り下ろされたカラドボルグを弾き、村田めぐみと距離をとる。
「バーニング・オーラ!!」
「ゲイル・トルネード!!」
放たれた炎と竜巻が村田めぐみに襲いかかる。
対する村田めぐみは、対抗して魔法を詠唱するでもなく、ただ佇んでいて。
- 19 名前:第14話 投稿日:2008/11/25(火) 01:58
- 「フンッ、下等な魔法だ!」
カラドボルグを持っていない左手がバチッと光を放った。
「ハッ!!」
放たれた電撃が炎を砕き、竜巻を切り裂く。
詠唱なんて全くなかった。ショートカットとも違う。
魔法じゃない雷を作り出したんだ。しかも、魔法と対等に渡り合えるくらい強力な。
これが雷の民の、帯電体質。
「その程度の魔法、魔力を使うまでもないわ」
「くっ、それなら……」
ポンちゃんが高く手を掲げる。
熱が集まり、炎が渦巻く。
「そんな時間を与えるとでも思って?」
村田めぐみも同じように、手をかざす。
すると黒い空が光り輝いた。
ハッと空を見上げる。眩い閃光の槍がポンちゃん目掛けて降り注いでいた。
「魔力を使えばここまでになるわ! ライトニング・ストライク!!」
「くっ、ポンちゃん!!」
「紺野さんっ!!」
狙われたポンちゃんの元に駆け寄るあたしと絵里。
闇の障壁と大地のシールドで雷を受け止める。
- 20 名前:第14話 投稿日:2008/11/25(火) 01:59
- 「くぅ……」
二重の防壁でも圧される。
ここまでの威力を生み出すなんて……なんていう戦闘力だ……。
なんとか村田めぐみの魔法に耐えていると、背後で炎が膨れあがった。
「できたわ、れいな、亀ちゃん!!」
「よしっ、絵里!」
「うん!!」
さらなる魔力を障壁に加え、雷を跳ね返す。
そしてポンちゃんの前から飛び退いた。
「ドラゴニック・ファイアー!!」
放たれた炎は竜の形となり、熱波を撒き散らして暗い空の下を駆け抜ける。
「ハハハッ、召還魔法か! おもしろいわ!」
「食らえっ!!」
灼熱の大きな顎が開き、村田めぐみを飲み込んだ。
倒したか……?
でも、その考えは甘かった。
炎の赤い光ではない、幾筋もの歪な黄色い閃光が竜の体を内側から貫いた。
「エレクトリック・ディスチャージ。ふん、大袈裟な割に大したことはなかったわね」
炎の竜を食らい破って村田めぐみは現れた。
バチバチと体中が発光し、放電している。
服や髪が少し焦げていたが、ダメージは見たところ無きに等しい。
ポンちゃんの得意魔法ですら、足止め程度にしかならないなんて……!
- 21 名前:第14話 投稿日:2008/11/25(火) 02:01
- 「とはいえ、さすがに3対1では思うようにはいかないわね」
ちらっと村田めぐみが背後に視線を送る。
そこには戦いが始まってからずっと、大谷雅恵が控えていた。
「マサオ」
「はい」
「ちょっと向こうの二人を抑えておいて」
ずっと動かなかった大谷雅恵が、すっと村田めぐみの前に出る。
「仰せのままに」
両方の腰に付けられたホルスターの拘束具がはずされる。
そこから取り出されたのは鈍色に光る鉄の棒のようなもの。
それがバッと開いた。
それは鉄でできた対の扇。
「扇……?」
「気をつけて、ただの扇じゃないよ」
まるで舞を始めるかのように、大谷雅恵が扇を構える。
そしてその隣に並んだ村田めぐみもカラドボルグを水平に構えた。
- 22 名前:第14話 投稿日:2008/11/25(火) 02:01
- 「行くぞ!」
村田めぐみが飛び出す。
まっすぐ突き出されたカラドボルグの剣先があたしの方に伸びてくる。
「くっ!」
構えたダークブレイカーでカラドボルグを受け止める。
バチッと雷光が飛び散った。
「れーなっ!」
「行かせない」
駆け寄ってくる絵里の前に大谷雅恵が立ちはだかる。
舞のような身のこなしから繰り出される、鉄扇での攻撃。
絵里はなんとか初撃をよけたが、さらに鉄扇が迫ってくる。
「亀ちゃん!」
「くっ、このっ!!」
ポンちゃんが援護のために火球を放つ。
絵里も後退しながら集めた魔力を水に変換し、大谷雅恵に向かって放つ。
襲いかかる炎と水流に対し、動きを止めた大谷雅恵は量の扇をかざして。
「えっ?」
ふわっと。
大谷雅恵に命中する直前で、炎も水流もかき消えた。
雷で相殺したとかそういう感じではなく、消滅した。
- 23 名前:第14話 投稿日:2008/11/25(火) 02:02
- 「フフッ、驚いたかしら? でも人のことを気にしている余裕があるのかな?」
「っ!!」
大谷雅恵に意識をそらしていた一瞬で、村田めぐみの手には雷の魔力が蓄えられていた。
瞬時にカラドボルグを弾き、距離をとる。
「ヴォルテック・ブラスト!!」
迫りくる雷球に対し、あたしも闇を高める。
「カラミティ・ウォール!!」
寸前で周囲に闇の障壁を張り、雷球をつぶした。
その後もすぐにまた魔力を集め、反撃に出る。
「お返しだ! デス・バタフライ!!」
ダークブレイカーの軌跡から生み出された闇の蝶が舞う。
魔力を削っても帯電体質があるから完全に雷を封じることはできないだろうけど、多少は戦力を殺ぐことができるはず。
でも蝶が村田めぐみに届く前に、間に大谷雅恵が割っては入り。
「なっ!?」
大谷雅恵が扇を一降りしただけで、闇の蝶もかき消された。
さっきからなんなんだ、一体!? 大谷雅恵は何をしている?
魔法を無差別にかき消す魔法なんて知らんとよ!?
- 24 名前:第14話 投稿日:2008/11/25(火) 02:03
- 「フフフッ、不思議そうな顔をしてるわね」
村田めぐみが大谷雅恵の横に立つ。
「疑問を抱えたまま死ぬのもイヤでしょうから教えてあげるわ。マサオ」
「はいっ」
大谷雅恵が差し出した鉄扇を村田めぐみが受け取る。
そして優雅に扇を開いた。
「今、魔法をかき消したのは魔法でもなければマサオの特殊能力でもないわ。その正体は
この扇、『魔封扇』の力よ」
「魔封扇?」
「といっても扇はただの扇。本当の原因はこっち」
村田めぐみが指差したのは扇の地の部分から垂れている飾り紐。
その終点には透明に輝く宝玉が結わえられていた。
「!! それはっ!」
宝玉を目にしたとたん、ポンちゃんが叫んだ。
「一目で見極めるなんて博識ね。これはただの宝玉じゃない。『ブランク・クリスタル』と言われるものよ」
「ブランク……クリスタル!?」
クリスタルって……。
思わず手に持っているダークブレイカーに視線を移す。
絵里も同じようにして、指にはめた光の指輪を見ていた。
- 25 名前:第14話 投稿日:2008/11/25(火) 02:04
- 「そう、私たちの持つ魔剣の核となっている、魔力を無限に増幅させる魔法玉、『クリスタル』。
今やロストテクノロジーとなってしまったそれは、6人の勇者によって完成させられたわけだけど、
当然それまでには長い研鑽が積み重ねられてきたわ」
すっと村田めぐみが絵里を指差す。
正確には、絵里の指にはめられた指輪を。
「たとえばクリスタルの未完成品、テストクリスタルを作ったりね。テストクリスタルは
魔力を封じて安定させるまではできたけど、増幅させることができなかった。そして……」
今度はブランククリスタルを指差す。
「このブランククリスタルはテストクリスタルのさらに前の段階。いわばクリスタルの
プロトタイプよ。まだ何も魔力が入っていない状態のクリスタル。つまり、魔力なら
何でも吸収するわ」
そうか……だからあたしたちの魔法がかき消されたんだ……。
魔法を形成する魔力そのものを吸収されたんじゃ、魔法が形を保っていられるわけがない。
「でも、ブランククリスタルは実戦では役に立たないって……」
「そこまで知ってるなんて、本当に博識ね。えぇ、その通りよ。魔力を何でも吸収すると言うことは、
自分の使う魔法の魔力も吸収されてしまうと言うこと。でも私たちにとってはそんなに問題でもないわ。
私たちの帯電体質は魔法ではないし、それに」
村田めぐみが魔封扇を差し出す。
大谷雅恵は魔封扇を受け取ったが、そのまま村田めぐみが大谷雅恵の腕をつかみ、抱き寄せた。
- 26 名前:第14話 投稿日:2008/11/25(火) 02:06
- 「マサオは元々魔法が使えない。混血だからね」
「えっ?」
「フフッ、せっかくだからこれも話してあげましょうか。不思議に思わなかった? ここに来るまでに
訪れた魔剣を守る国は、ほとんど外界と隔てたような場所にあったでしょう?」
「そういえば……」
言われてみればそうだ。
邪馬は山岳地帯の中、スコティアは海の底、エルクラウドは雲の中、ココナッツバレイは竜の守る渓谷、
そしてデインジャーは孤島。
外界と普通に接しているのはハロモニランドくらいだ。
「おかしいとは思わない? ただでさえ私たちは凡人を遙かに凌ぐ力を生まれつき持っている。
周りの国を服従させることくらい、やろうと思えば簡単なのよ。あなたたちの国ハロモニランドだって、
女王様がその気なら、戦争後にアップフロントの覇者にもなれたのでしょう?」
そうだ……ハロモニランドはUF戦争を制したんだっけ。
「それほどの力があるのよ、私たちは。でもしない、できないの。なぜならね、私たちのその力は、
外界の血と混じると消えてしまうのよ。私たちは、唯一の例外である光の民を除いて、
遺伝的に劣勢なのよ」
「イデン……?」
「あぁ、アップフロントの人間には分からないわよね。同じ民との間の子供じゃないと、
力は受け継がれないのよ。つまり、混血だと私たちの持っている特殊能力は使えなくなるの。
まったく、良くできたシステムだわ。これじゃ私たちがその力を持って他国を侵略したところで、
混血化が進み、いずれは凡人に飲み込まれる。だから私たちは必要以上に外界と接することはできない。
そして唯一、人を癒し助ける光の民だけ、その血の枷から外れている」
村田めぐみが抱き寄せたままの大谷雅恵を撫でる。
「マサオはその混血児よ。どうやって入り込んだのか知らないけど、デインジャーに入り込んだ
外界の人間と雷の民の間にできた子供。だから帯電体質はおろか、普通の魔法すら使えない。
このデインジャーで混血児は疎まれ、蔑まれる存在だけど、その環境の中でマサオはたった一人で
生きてきた。外界の人間に傾倒した親を自ら殺し、誰にも負けない力を身につけて這い上がってきた。
私はそんなマサオが気に入って側に置いたのよ」
村田めぐみが大谷雅恵を離す。
そして私たちの方に向き直った。
- 27 名前:第14話 投稿日:2008/11/25(火) 02:07
- 「さて、おしゃべりはもういいでしょう。マサオの強さも十分に伝わったと思うし、
第2ラウンドと行きましょうか?」
「うっ……」
「マサオ、頼んだわよ」
「はい」
ヒュンッとカラドボルグが振られる。
風切り音の後に、バチバチッと空気が爆ぜる。
魔法も剣も使いこなす雷の王と、魔法を封じる従者。
こんなの相手にどう戦えば……。
「ポンちゃん、どうするとですか……?」
「うん、分断されたら太刀打ちできないわ。なるべくまとまって戦おう。ブランククリスタルだって、
無尽蔵に魔力を吸収できるわけじゃないはず。だから、それ以上の魔力を叩き込んで、
一発で決める」
ゴウッ、っとポンちゃんの手が燃え上がる。
極魔法を使うつもりか。
だったら、あたしと絵里のすることは……。
「絵里、何とかあいつらを食い止めるとよ!」
「うん!」
「何を企んでいるのか知らないけれど、来ないのならこっちから行くわよ!」
カラドボルグを振り上げた村田めぐみが疾走する。
その後を大谷雅恵がぴったりと続く。
村田めぐみはあたしの方へ、大谷雅恵は絵里の方へ。
あくまで分断させて戦うつもりらしい。
分断されてしまったら勝ち目はない。あたしは急いで絵里の前に回り込む。
- 28 名前:第14話 投稿日:2008/11/25(火) 02:07
- 「ふんっ!」
振り下ろされたカラドボルグをダークブレイカーで受け止める。
その一瞬後、村田めぐみの背後から大谷雅恵が現れ、その手に持った鉄扇が振られる。
「くっ……!」
カラドボルグを弾き、そのまま今度は鉄扇を受け止める。
でも今度はもう片方の鉄扇が襲いかかってくる。
さすがに三つの攻撃を剣一本で受け止めるのは厳しい。
ここはいったん距離を置かないと……。
「カラミティ・ウォール!!」
ダークブレイカーから放たれた闇で、眼前に闇の障壁を作り上げるが……
「魔封扇!!」
障壁が鉄扇に吸い込まれる。
くっ、足止めにもならないなんて……!
「れーな!! バーニング・オーラ!!」
後ろからの援護魔法も一瞬で吸収される。
やばい! これじゃ食い止めるなんてとても……。
「れいな! 亀ちゃん!! 魔力そのものじゃなくて、魔力によって発生したエフェクトで攻撃するのよ!」
背後からポンちゃんの声が響いた。
見ると魔力はかなり集まっているが、召還魔法への変換はもうちょっと時間がかかりそう。
- 29 名前:第14話 投稿日:2008/11/25(火) 02:08
- 「え、えふぇくと!?」
「たとえば魔力を用いて作り上げた氷や、魔力によって加速させた物体だったら、
魔力を吸収するだけでは防げないわ!」
「! そうか!!」
絵里の周りにブラウンの魔法陣が広がる。
その魔法陣内にあった無数の岩石の礫が、ふわふわと浮き上がり……
「ダスト・コメット!!」
大粒の雨のように、村田めぐみと大谷雅恵に降りかかった。
「一瞬で対処法を見抜くなんてさすがね」
これには村田めぐみも回避行動をとり、距離を置く。
大谷雅恵もよけたり、あるいは鉄扇で弾き落としたりする。
その隙に、背後で集まっていた赤い魔力塊から、緋色の炎翼が大きく羽開いた。
- 30 名前:第14話 投稿日:2008/11/25(火) 02:08
- 「へぇ、驚いた……あなた極魔法を使えるの?」
「えぇ、そうよ! これほどの魔力量なら、そのブランククリスタルでも吸収しきれず、
破壊できるはずだわ!」
石の礫をすべて叩き落とした村田めぐみが優雅に笑う。
「ふぅん、しかも炎の極魔法とはね。伝承では、炎の勇者イフリートと雷の勇者ラムウは
お互いに競い合うライバル関係だったと聞くわ。その再現もおもしろいわね」
すっと、村田めぐみがカラドボルグを天高くかざした。
「私も使わせてもらおうかしら……極魔法を」
カッと、暗かった空が明滅する。
そして空を覆った閃光を、轟音が追いかけた。
ドドドドドドドドドッ!!!
降り注ぐ雷はみな一様に掲げられたカラドボルグに向かっていく。
それだけではなく、村田めぐみの体からも電撃がカラドボルグに伝っていく。
カラドボルグを中心として、雷の塊がみるみる膨れあがっていく。
魔力収集のスピードが速い! ポンちゃんの集めた炎の魔力塊に追いつき、一気に追い越す。
これほどの魔力をこんな短時間で集めるなんて……!
「その身に受けよ! 極魔法、トール・ハンマー!!!」
圧縮されていた雷が暴発し、解き放たれた。
- 31 名前:片霧 カイト 投稿日:2008/11/25(火) 02:11
- 今回はここまでです。
バトルが半分、説明が半分といったところでしょうか?
更新が遅くて申し訳ありません……。
なんとか月一は最低ラインで保っていきたいのですが、12月はちょっと難しいかも……。
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/15(日) 22:26
- Dear my Princessの頃から読ませて頂いています
途中悲しい展開もありましたが、最後は救われることを願いつつ、
今後の展開も楽しみにしております
- 33 名前:第14話 投稿日:2009/03/06(金) 00:16
- 「うわっ!!」
圧縮された雷の塊から雷撃が迸る。
360°全方位に向けて、縦横無尽に降り注ぐ。
一撃一撃が鋭い上に、逃げ場もない。
味方をも巻き込む無差別攻撃だが、大谷雅恵は魔封扇で自分の方に飛んできた
雷撃だけを吸収していた。
「く……ぅ……」
「絵里!!」
絵里の張っている大地のシールドに雷が降り注ぐ。
電撃は何とか押さえ込んでいるけど、衝突の際の衝撃は抑えようがない。
衝撃だけで絵里のシールドはひび割れ始めていた。
「れーな、もう保たない……!」
「わかった、代わるとよ!」
ポンちゃんはまだ魔法を構築している。
村田めぐみの魔法の威力を見て、生半可な魔法では通じないと感じ取ったのだろう。
さらに魔力を収束し、魔力塊を増幅している。
発動までにはもう少し時間がかかりそうだ。
絵里と防御を代わるために、ダークブレイカーを握りしめたが……。
- 34 名前:第14話 投稿日:2009/03/06(金) 00:16
- バチッ!!!
「いつまでも隠れてないで、出てきなさい!」
あたりが一瞬煌めいた。
そして村田めぐみの声とともに飛来する雷の矢。
その雷撃は今までのものと比べると格段に太く、鋭くなっていた。
まさか……今まではまだ全力じゃなかったと……!?
「きゃああぁぁぁああっ!!」
幾筋もの雷が、絵里のシールドを粉砕した。
雷撃はそのまま絵里を穿ち、絵里の体が後方に吹き飛ぶ。
「絵里っ!!」
「うぅ……」
なんとか息はあるが、全身が痙攣している。
助けに行きたいところだけど、そうも言ってられない。
絵里が戦闘不能と言うことは、あたしがこの雷の嵐から二人を守らなくてはならない。
- 35 名前:第14話 投稿日:2009/03/06(金) 00:17
- 「デモンズ・ストーム!!!」
周囲に暗黒の竜巻を作り出す。
あたしが使える闇魔法の中では、一番防御性に富んでいる魔法だ。
でもやはり雷の優位属性である地のシールドのようにはいかない。
その地のシールドだって打ち抜かれたわけだし……。
衝撃を完全には抑えきれないし、闇の障壁を突破した雷が少しだが中にまで入ってくる。
「つっ……」
バチバチと、障壁を突破してきた雷が身体を突く。
そのたびに当たった部分が痺れ、身体が揺れる。
でもここはそれだけで済んでいると安心するところだろう。
障壁で威力を殺しているから痺れるだけで済むのであって、そのまま当たればたぶん
絵里と同じように、死にはしないまでも一撃で戦闘不能だ。
「フフッ、結構がんばるわねぇ。でも、いつまで保つかな?」
こっちは限界ギリギリだって言うのに、村田めぐみはまだ余裕の表情。
「マサオ、まだいける?」
「はい、もう少しなら大丈夫です」
それどころか、おそらくまだ全力じゃない。
大谷雅恵の吸収能力を考えて、威力を抑えているんだ。
「そう、それならもう少し上げてもいいわね!」
「うっ……」
障壁にかかる圧力が増す。
だめだ、これは、保たな……
- 36 名前:第14話 投稿日:2009/03/06(金) 00:18
- 「ほら、これで終わりよ!」
「うわっ!!」
光り輝く雷の槍が、風の盾を突き抜けた。
穴のあいた障壁は、まるで風船のように弾けて消えて。
障壁を砕いた雷は、まっすぐにあたしの元へ……。
「れいな!!」
でも、雷が届く前に。
緋色の炎翼があたしを包み込み、雷をはじき返した。
「ポンちゃん!」
「待たせたね、れいな! ようやく完成したわ!!」
ポンちゃんの手には巨大な炎が渦を巻き、鳳凰の形を作り出している。
今までに見たこともないような大きさと、熱と圧力。
おそらくこれがポンちゃんの全力の……
「ゴッド・フェニックス!!!」
縦横無尽に暴れ回る雷の中を、紅の鳳凰が翔ていく。
降り注ぐ雷の矛をものともせず、一直線に村田めぐみの元へ。
「へぇ、なかなかやるわね。本家炎の民に勝るとも劣らないんじゃない?」
村田めぐみはさらに雷を放ち続けるが、鳳凰は止まらない。
- 37 名前:第14話 投稿日:2009/03/06(金) 00:19
- 「ふぅん……マサオ、もう少し離れてなさい」
「はっ」
「くらえっ!!」
村田めぐみが立っていた場所に、鳳凰が突撃した。
巻き上がる炎の花弁。
でもその直後、村田めぐみの影が上空に現れた。
あの一瞬のあいだでかわしたのか……。
「逃がさないわ!!」
でも召還魔法は対象を追尾することができる。
鳳凰はすぐさま翼を広げ、村田めぐみを追いかける。
「フフッ、おもしろいわ。こんな極限の死闘は久しぶりよ! だから私も本気で行かせてもらうわ!」
村田めぐみがカラドボルグを掲げると、また全方位に放電が起こる。
でも今度は……逆だ。
カラドボルグから電撃が発せられてるのではなく、カラドボルグに向かって放電が起こっている。
それはまるですべての雷を一点に集めているように。
「いいことを教えてあげるわ。雷の極魔法、トールハンマーは二つの形態があるのよ。というより、
元々一つだったけれど、もう一つの形態を私が編み出したのよ」
向かってくる鳳凰をひらりとかわしながら、村田めぐみは語り続ける。
「今まで使っていたのは従来のもの。トール・ハンマー:A(ARROW)。全方位に雷を放出する魔法よ。
そしてこれは私が作り上げたもう一つの極魔法。Aの逆に全方位から雷を集めて放つ……」
村田めぐみが初めてカラドボルグを両手で握る。
集められた雷がカラドボルグを中心として圧縮され、巨大な剣のように光り輝く。
村田めぐみがくるっと体の向きを変え、迫り来る鳳凰に対面する。
そして今や自身の身長の数倍にまで伸びた光の剣を振り上げた。
- 38 名前:第14話 投稿日:2009/03/06(金) 00:19
- 「トール・ハンマー:B(BLADE)!!」
それは落雷のように大気を震わし、向かってくる鳳凰に叩きつけられた。
閃光と熱、衝撃と衝撃がぶつかり合う。
「くっ……行けぇええっ!!」
ポンちゃんがさらに魔力を送る。
それに答えるように鳳凰も光の剣を押し返す。
このまま押し切れる! そう思ったが……。
「フフッ……」
ほんのわずかに、鳳凰の身体に光の剣がめり込んだ。
その瞬間にあふれ出した雷が鳳凰の身体を貫く。
炎の勢いがわずかに弱まった。
「はぁあああっ!!」
そのわずかなあいだに光の剣の光度が増した。
動きを止めた鳳凰と、軌道を進めた光の剣。
村田めぐみの振り下ろした光の剣が、紅蓮の鳳凰を真っ二つに切り裂いた。
「そんな……!」
切り裂かれた鳳凰はただの炎に戻り、消えていくのみ。
鳳凰を葬った村田めぐみは勢いを止めず、また光の剣を振り上げ、今度はあたしたちの
方へと向かってくる。
「まずい!!」
ポンちゃんが急いでシールドを展開する。
勢いを止めることなく、再度光の剣が振り下ろされた。
「爆ぜろっ!!」
振り下ろされた光の剣は地面に叩きつけられ、その瞬間に圧縮されていた雷が一斉に解放された。
炎の極魔法を粉砕した雷は急ごしらえのシールドで防げるはずもなく、シールドを破り、
あたしたちに降り注いだ。
- 39 名前:第14話 投稿日:2009/03/06(金) 00:20
- 「うわぁぁああっ!!」
「きゃあぁぁあぁああっ!!!」
全身を襲う衝撃と痺れ。
吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。
「うっ…くっ……」
なんとか、生きてる……。
ただ、身体の感覚が鈍い。全身が痺れている。
「うぁ……」
「くぅ……」
ポンちゃんと絵里のうめき声が聞こえる。
なんとか二人とも生きてるみたい。
「さすが極魔法ね、だいぶ威力が殺がれてしまったみたい。Bを食らって生きている
なんて初めてよ」
村田めぐみがゆっくりと歩み寄ってくる。
まずい……運良く生き延びられたって、ここで動けなきゃ結末は変わらない。
絵里もポンちゃんも極魔法の直撃をまともに食らった。
この中ではあたしが一番マシなんだ。
だから、ここはあたしが立たなきゃ……!
震える手でダークブレイカーを地面に突き立て。
それを支えに、なんとか上半身を持ち上げる。
全身の動きが鈍いけれど。
それでもなんとか足を地面につけ、立ち上がる。
- 40 名前:第14話 投稿日:2009/03/06(金) 00:21
- 「へぇ、まさか立ち上がれるなんて……。でも……立ち上がれるだけじゃ意味ないわよ!」
「わかってると!!」
麻痺した神経を引きちぎるように無理矢理動かし、振り下ろされたカラドボルグを受け止める。
震える手に力を込めるが、力が末端まで伝わっていかない。
村田めぐみは相変わらずの片手持ちなのに、力負けしそうになる。
長いこと受け止めてはいられそうにない。
ダークブレイカーをそらし、カラドボルグを受け流す。
でもそれを読んでいたかのように、すぐ追撃が襲いかかってくる。
「くぅっ!」
村田めぐみの鋭い連撃をすんでの所でかわしていく。
そのたびに身体が悲鳴を上げる。
それでもここはあたしががんばらないと。せめて、ポンちゃんか絵里が回復するまでは……。
「そこまで動けるのはさすが、といいたいところだけど、ずいぶんと動きが鈍ってるわね。
それに……集中力も少し欠けてるんじゃない?」
「何っ!?」
カラドボルグをかわした直後、足下から光があふれた。
黄色く輝く魔法陣。そしてその表面から立ち上る雷。
飛び退こうとしたが、身体がついてこなかった。
なんとか魔法陣の範囲からは飛び出ることができたけど、そのまま地面に倒れ込む。
「うっ……しまった……」
すぐに起きあがろうとするが、そのときにはもう村田めぐみが目の前に立っていて。
「おとなしくしなさい!」
「がっ……!」
起こしかけた上半身が地面に叩きつけられる。
村田めぐみのブーツがあたしの肺をグリグリと圧迫する。
起きあがろうともがき、振り上げた腕を捕まれる。
- 41 名前:第14話 投稿日:2009/03/06(金) 00:22
- 「仲間の陰に隠れてたおかげでまだ刺激が足りなかったみたいね。それならたっぷりと
与えてあげるわ」
電気からあたしを守ってきてくれていたグローブが剥ぎ取られる。
そして村田めぐみの手がバチッと閃光を放った。
「エナジー・スパーク!!」
「うわぁぁああああっ!!!」
身体に直接雷撃が流し込まれる。
痙攣する身体を押さえつけ、村田めぐみはさらに電撃を強くする。
「少しずつ電圧を上げてあげるわ。果たしてどこまで意識が保つかしら?」
「ああああぁぁぁああっ!!」
明滅する視界の中で、あたしは気づいた。
ポンちゃんと絵里が起きあがっていることに。
ポンちゃんが魔法を作り、絵里がそれを手伝っている。
「ふぅん、ずいぶんとしぶといわね」
その声はあたしに向かって言われたのではなく。
こんな状態のあたしが気づくんだから、当然村田めぐみも気づいたわけで。
でもそのおかげで村田めぐみの意識が一瞬あたしから逸れた。
「このっ!!」
「っ!?」
なんとか村田めぐみを吹き飛ばす。
そのままあたしはバックステップし、ダークブレイカーを拾い上げた。
悲鳴を上げる身体をなんとか動かし、あたしは剣を構える。
- 42 名前:第14話 投稿日:2009/03/06(金) 00:22
- 「ふんっ、まぁいいわ。マサオ!」
「はっ」
「余計なことをしないように、あの二人を潰して」
「仰せのままに」
今までずっと待機していた大谷雅恵が、放たれた矢のようにポンちゃんと絵里に向かっていく。
一瞬大谷雅恵を目で追ったけど、ダメだ……。
あたしが大谷雅恵に向かえば、今度は村田めぐみがポンちゃんたちを襲う。
絵里……こっちはあたしが絶対に食い止めるから、そっちは任せたとよ……。
「助けに行かなくてもいいの?」
「れいなが行ったら今度はあんたがポンちゃんたちを襲うやろ?」
「よくわかってるわね。じゃあ、あなたがここで倒れても同じ結果になるってこともわかってるわね!?」
「わかってるとよ!!」
振り下ろされるカラドボルグを受け止める。
その瞬間に二本の剣を伝って流れ込んでくる電流。
「もうグローブで防ぐことはできないわよ?」
「くっ!」
突き出される剣先を受け流す。
またしても手がピリッと痛む。
伝わってくる電流は微弱なもの。せいぜい、ちょっと強い静電気くらい。
でもやっぱりどうしても一瞬気をとられてしまう。
どうせもう十分すぎるほどの電撃を食らった。
身体全身が痛いし、痺れている。動きもどこかぎこちない。
このまま受けに回って、身体が動かなくなるのを待つくらいなら……。
あえて全身の感覚を絶ち、攻めに転じてチャンスを見つける。それしかない!
- 43 名前:第14話 投稿日:2009/03/06(金) 00:23
- 「はぁっ!!」
「むっ!?」
カラドボルグを受け流し、そのまま村田めぐみに斬りかかる。
すぐに村田めぐみもカラドボルグを引き戻し受け止めるが、そのまま力を込め続ける。
「身体が壊れるわよ?」
「あんたを押さえ込めるんなら、そのくらいどうってことなかとよ」
「そう……それなら、今すぐ壊してあげるわ!」
目の前に展開される黄色の魔法陣。
やばっ! バックステップして距離をとり、あたしも魔法を展開する。
「ライトニング・ボルテックス!!」
「サタン・ブラスター!!」
二つの魔法が相殺する。
距離を置かれて魔法を連打されると分が悪い。下手によけるとポンちゃんたちのほうに行くかもしれないし。
まだ余波が漂う間に、あたしはもう一度距離を詰める。
振り抜いたダークブレイカーはまたカラドボルグで受け止められる。
村田めぐみはまた魔法を作り始めていたけど、同じ手は食わない。
- 44 名前:第14話 投稿日:2009/03/06(金) 00:24
- 「くらえっ!」
「くっ!」
回し蹴りで村田めぐみの下半身を狙う。
さすがに村田めぐみは魔法の構築を中断し、回避してきた。
それを逃がさずに追いかける。
あまり得意ではないが、今度は格闘技も交えて、村田めぐみを攻め続ける。
これで倒せるとは思わない。
でもなんとか村田めぐみを抑えられれば、時間を稼ぐことができれば。
あとはポンちゃんがなんとかしてくれる。そう信じてるから……。
「ふんっ、気に入らないわね。そこまでボロボロになって、なぜまだ戦う?」
「決まってる! あんたを倒すためと!」
「勝てると思っているの? もうほとんど力も残ってないくせに」
「でもまだ誰も諦めてない! ポンちゃんも、絵里も、まだ戦っている! だかられいなも、
二人を信じて戦い抜くと!!」
「そう……」
ドォン!! と、あたしと村田めぐみの間に雷が落ちた。
目映さに閉じた目を開けると、村田めぐみが剣を構えていた。
両の手でしっかりと剣柄を握り、高々と空に掲げて。
「だったらそのちっぽけな希望も、ボロボロの身体とまとめて粉砕してあげるわ」
電流が迸る。
辺り一面から、天に掲げられたカラドボルグへ。
カラドボルグの剣身が光り輝く。
あれは……トール・ハンマー:B!!
- 45 名前:第14話 投稿日:2009/03/06(金) 00:24
- 「光栄に思いなさい。この魔法を二度見た者は今まで誰もいないわ」
「くっ、させるか!!」
あれを放たせたらダメだ!
止めるために村田めぐみへと向かっていくけど。
「ムダよっ!!」
「うわっ!!」
溢れた電流によってはじき飛ばされる。
余波でこれだけの威力なんて……。
村田めぐみの周囲の大気がバチバチとショートしていて、これでは近づけそうにない。
「さすがに二発目となると少しチャージに時間がかかるから、おとなしくそこで見ていなさい」
雷の密度が増していく。
これはちょっと止められそうにないかも……。
それなら……。
「ダークブレイカー!!」
ありったけの闇を解放し、周囲に展開する。
受け止めるしかない。ゴッドフェニックスをも両断したあの極魔法を!
「その程度の障壁で、私の魔法は止まらないわ」
「止めてみせると!!」
「フフッ!」
村田めぐみが微笑し、あたりが光り輝いた。
そのとき……。
「れいな、離れてーーーっ!!!」
背後から聞こえたポンちゃんの叫び声。
ポンちゃん、魔法完成したと!?
言われたとおり、魔法を解放して村田めぐみの前から飛び退く。
あたしの横を五色の光が駆け抜けていった。
- 46 名前:片霧 カイト 投稿日:2009/03/06(金) 00:29
- 今回はここまでです。
すいません、すいません、サボりまくって申し訳ありません○| ̄|_
なんとか再開の目処が立ったので、これからはちゃんと更新していきます……たぶん(マテ
14話も次回で終わる予定なので、なんとかこのままの勢いで突っ走りたいところです。
>>32 名無飼育さん 様
ディアプリの頃からの変わらぬ支援ありがとうございます。
これからも楽しんでいただけるようがんばっていきます。
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/16(月) 00:57
- 続きが読めて幸せです
白熱のバトル、いよいよ佳境に入ってきましたね
ポンちゃんいけーー!!
- 48 名前:第14話 投稿日:2009/04/04(土) 19:34
- 〜紺野あさ美〜
「くぅ……」
目を開けて、身体の痛みに気がつく。
少しして、その痛みが痺れであることに気がついた。
あぁ、そうか……私はゴッドフェニックスを破られ、そしてそのままトールハンマーの直撃を受けて……。
「村田…めぐみは……?」
鈍い痛みに満ちた身体をゆっくり持ち上げ、最初に見たのは打ち合う村田めぐみとれいなの姿。
良かった、と、まずそう思った。
れいなは生きてる。そして、亀ちゃんもかすかに息づかいを感じる。
でも、その安心もすぐに吹き飛ぶ。
三人とももうボロボロだ。
れいなだってなんとか動けているけどすでに満身創痍。対する村田めぐみはほとんど無傷だ。
さらに私たちには村田めぐみを倒す決め手がない。
れいなはもう村田めぐみの攻撃を受け止めるだけで精一杯といった感じで、そのまま倒すことは無理だろう。
亀ちゃんはまだ気がついてない。
私だって全力のゴッドフェニックスを破られた今、それ以上の威力の魔法は……
- 49 名前:第14話 投稿日:2009/04/04(土) 19:35
- 「……ある」
一つだけあった。
まだ一度も成功したことがないけど、私がずっと研究しているあの魔法なら、理論上は
どんな魔法よりも強力になるはずだ。
「くっ……」
ゆっくりと身体を起こす。
やるしかない。これしかない。
このボロボロの身体で、ギリギリしか残っていない魔力で、成功させるしかないんだ。
意識を集中させる。
右手に雷の魔力を、左手に地の魔力を集めて魔玉を作り上げる。
それを切り離して空中に固定し、今度は右手に風、左手に水の魔力を集めつつ、
手を上下に展開する。
そして作り上げた魔玉を切り離そうとしたけど……
「あっ……!」
先に作り上げた雷と地の魔玉がそろって消滅した。
そっちに意識をとられているあいだに、続けて風と水の魔玉も消滅する。
ダメだ……いつもと変わらないどころか、魔力が満タンじゃない分、さらに遅くなっている。
わかってる……ハロモニランドにいたときからずっと研究していて、一回も成功しなかったんだ。
簡単に成功するはずないってことくらいわかってる。
でも絶対成功させなければ。限界を超えて戦い続けている、れいなのためにも。
「もう一度……!」
魔玉を作り、固定し、さらに魔玉を作る。
その作業を繰り返すが、やはりうまくいかない。
焦りだけが増していく。
れいなと村田めぐみが戦う音がそれに拍車をかける。
「早く…しないと……」
その瞬間、固定していた魔玉が弾けて消えた。
ダメだ、このままじゃ……!
- 50 名前:第14話 投稿日:2009/04/04(土) 19:36
- 「紺野…さん……」
でもそのとき、背後から手が差し伸べられた。
振り返ってみると、そこには亀ちゃんが身体をなんとか起こしていた。
「亀ちゃん……!」
「紺野さん、絵里も手伝います……」
「えっ、でも……」
「紺野さんがずっと魔法の研究をしてたのは知ってました。何がしたいのかもだいたい
理解してます」
それなら説明する時間は省ける。
でも、それ以外でも私はもう一つ不安な点があった。
この魔法は異なる複数の魔法を組み合わせて一つの魔法にする。しかもその魔法の属性まで
バラけている。
よってこの魔法を成功させるには緻密な魔力のコントロールが必要不可欠だ。
自分一人で作り上げるならまだしも、他の人が加わるとそのコントロールが非常に難しくなる。
魔法にはどうしても個人の癖があるのだ。それを完全に掌握しなければならない。
「大丈夫、紺野さんならできますよ」
「でも……亀ちゃんとは一回も魔法を合わせたことないし……」
「お互い同じ人から教わった魔法じゃないですか」
「あっ……」
一瞬飯田さんの顔が思い浮かんだ。
そうだ、かけてみるしかない。亀ちゃんと……飯田さんに……。
- 51 名前:第14話 投稿日:2009/04/04(土) 19:37
- 「わかった、やってみよう!」
「はい!」
左右に腕を開いて地と雷の魔玉を作る。
亀ちゃんは腕を上下に展開し、同じように水と風の魔玉を作る。
「行くよっ!」
「はいっ!」
同時に手から魔玉を切り離す。
固定された四つの魔玉の中心にお互い手を寄せ合い、炎の魔玉を作る。
「お願いします、紺野さん!」
「うんっ!」
二人になって時間が短縮されたんだから、ここまではできる。
問題はここからだ。
五つの魔玉を取り込み、一つの魔法陣へと融合させる。
正確に、そして素早く。
詠唱に合わせて中央にある炎の魔玉から白い魔法陣が描き出されていく。
最初は左右にある地と雷の魔玉を取り込む。
この二つは問題ない。自分で作った魔玉だ。
問題はこのあと。
中央から今度は上下へと描かれていく魔法陣が水と風の魔玉を取り込みにかかる。
落ち着いて、亀ちゃんの魔力を感じ取る。
炎の魔玉に残された魔力から癖を読み、それに魔法陣を合わせていく。
亀ちゃんが自信満々に言ったとおり、読みとった亀ちゃんの魔力の流れは私とほとんど変わらない。
これならほとんど魔法陣を変えなくても済む。
いける……っ!
- 52 名前:第14話 投稿日:2009/04/04(土) 19:38
- カチッ、と。
まるでパズルをはめるように、魔法陣と魔玉がかみ合った。
その瞬間、今までただ魔玉と魔玉を結ぶ線だった魔法陣は一気に展開され、正円の白い魔法陣が浮かび上がった。
成功した! あとは、これをこのまま極限まで増幅させれば……!
「こそこそと、何をしている?」
「!?」
不意に背後から聞こえた声。
少しだけ後ろを振り返ってみると、そこには大谷雅恵が立っていた。
しまった、魔法に全意識を集中するあまり……。
大谷雅恵が鉄扇を振り下ろす。
でも、私が反応する前に亀ちゃんが立ち上がり、鉄扇を杖ではじき返した。
「紺野さんの邪魔は絵里がさせません!」
「亀ちゃん……」
「こいつは絵里が抑えます。紺野さんは魔法を作ってください!」
それだけ言って亀ちゃんは大谷雅恵と対峙する。
「抑えられると思っているのか?」
「抑えてみせるもん!」
「無駄なことはやめておけ。魔法だったらすべてこの魔封扇が吸収する。発生した効果のほうは
消せないが、そういった魔法は単調になりやすい。掻き消すまでもない」
「わかってるよ。でもまだ手段はあるよ。例えば……!」
亀ちゃんが杖を天高く掲げる。
杖の先端が赤い光を放ち、魔力が集まっていく。
「こういうのとかねっ!!」
満ちきった魔力の塊がパチンと弾けた。
弾けた魔力の欠片は赤い花びらとなり、周囲をひらひらと舞う。
あの魔法は……!
- 53 名前:第14話 投稿日:2009/04/04(土) 19:39
- 「? 何の真似だ?」
身構える大谷雅恵の周囲に赤い花びらがひらひらと漂う。
そしてその一枚が地に落ちた瞬間……。
「クリムゾン・ローズ!!」
「くっ!?」
花びらは一瞬にして業炎の火柱に変わった。
大谷雅恵はなんとかかわしたけど、残った大量の花弁が大谷雅恵に降り注ぐ。
「ちっ、魔封扇!!」
大谷雅恵も扇をかざす。
扇に降り注いだ花びらが一瞬にして消滅した。
でも次の瞬間、大谷雅恵の背後で再び火柱が上がった。
「いくら魔法を吸収する扇だって、二つしかなければ守れるのは二方向が限界! こういう多角的な攻撃魔法は防ぎきれないでしょ!!」
「おのれ……!」
「師匠が編み出して継承してくれたオリジナルスペル、とくと味わうが良いわ!!」
亀ちゃんの掲げた杖がまた炎の花弁を撒き散らす。
大谷雅恵はなんとか自分に降りかかる花弁を防ぐことで精一杯。
大谷雅恵のほうは大丈夫そうだ。私は魔法を増幅させることに専念する。
詠唱を続けながら、魔力を送り続ける。
身体がちょっとだるいけどそれは仕方ない。相当量の魔力をつぎ込んでいるんだから。
これを撃ったらもう私の魔力は間違いなく空っぽだ。
亀ちゃんもたぶんほとんど魔力は残らないだろう。飯田さんのオリジナルスペルは総じて魔力消費量が
尋常じゃない。本人がそんなこと気にする必要まったくなかったからだろうけど。
れいなにしてももうボロボロだ。それに加えて、今は村田めぐみを必死に押さえ込んでくれている。
二発目はない。だからこそ、失敗するわけにはいかない。
この一撃で確実にこの戦いを終わらせなくてはいけない。
正確に、でも素早く魔法の完成へ向けての詠唱を続ける。
- 54 名前:第14話 投稿日:2009/04/04(土) 19:40
- ドォン!!
そのとき、轟音とともに雷が落ちた。
電流が迸る。
雷の向こう、村田めぐみがしっかりと両手でカラドボルグを握っているのが見えた。
周囲がスパークする。その溢れた電流がすべてカラドボルグに伝わっていく。
トール・ハンマー:B!!
対するれいなはあたりに闇の障壁を展開する。
受け止めるつもりらしい。でも、障壁の防御力が絶対的に足りていない。
ダメだ……早く、あと少しなのに……!
不意に、がくっ、と身体の力が抜けた。
魔力が尽きたんだ……。
でもそれと同時に、目の前の魔法陣がひときわ明るく輝く。
魔法が完成した。なんとか村田めぐみよりも早く終わった。
「れいな、離れてーーーっ!!!」
ありったけの声を張り上げて叫ぶ。
れいなに意志はちゃんと伝わったみたいで、れいなは魔法を解放すると一目散で村田めぐみの前から離れた。
残す詠唱は最後のフレーズのみ。
構築した魔法に命を吹き込む、魔法名の詠唱。
それをきっかけとし、魔力は解放され、魔法が発動される。
この魔法名はもう決めてある。ずっと前から決めてあった。
この魔法名は……。
「カイゼル・クロイツ!!!」
- 55 名前:第14話 投稿日:2009/04/04(土) 19:41
-
◇ ◇ ◇
〜田中れいな〜
「カイゼル・クロイツ!!!」
十字の形に並んだ五色の光が翔ていく。
光は直進しながら溶け合い、一つの色に染まりゆく。
まばゆいくらいに光り輝く白色に。
飯田さんのとは反対の、真白く輝く十字光。
「この、死に損ないめ!」
村田めぐみも金色に輝く光の大剣を振り上げる。
そしてバチバチとショートする剣状の雷を叩き落とした。
「トール・ハンマー:B!!」
ぶつかり合う光と光。
その衝撃であたしは吹き飛ばされた。
これが……ポンちゃんの作っていた、最強魔法……。
「ぬぅぅうううっ!!」
カラドボルグから電流があふれ出る。
でも、ポンちゃんの魔法の前にはすべて弾き飛ばされた。
余計な魔力を使ったからだろうか。カラドボルグから溢れる光が少し弱まった。
白い十字架が光の剣をじりじりと圧しておく。
「ポンちゃん、行っけーーーっ!!」
拮抗が敗れたのは一瞬の出来事。
村田めぐみの手からカラドボルグが弾け飛んだ。
「あああぁぁあああっ!!」
白い光が村田めぐみを飲み込んで翔ていく。
島を飛び出し、遙か水平線の彼方まで。
そのあとには村田めぐみが倒れていた。
傍らに、弾き飛ばされたカラドボルグが落ちてきて突き刺さった。
- 56 名前:第14話 投稿日:2009/04/04(土) 19:42
- 「勝った……」
全身から力が抜けるのがわかった。
思わずあたしも倒れそうになったけど、その前に。
視線の先でポンちゃんの身体のほうが先に倒れた。
「ぽ、ポンちゃん!!」
というわけで、あたしは抜けきった力をまた身体に込め、ポンちゃんの元へと飛んでいく。
「めぐみ様っ!!」
同じように、大谷雅恵も倒れた村田めぐみの元に駆け寄る。
あたしと絵里は倒れたポンちゃんを抱き起こした。
「ポンちゃん、大丈夫ですか!?」
「うん…なんとか……。でももう魔力が空っぽだ……」
「もう大丈夫です。全部終わりましたから……ゆっくり休んでください……」
「……まだ…休めないよ……」
そういってポンちゃんは立ち上がろうとする。
でもまったく力が入らないようで、また地面に倒れた。
「わっ、ポンちゃん!?」
「ごめん、れいな、肩貸してもらっていい?」
「あっ、は、はい……」
「それで……私を村田めぐみのところへ連れて行って……」
ポンちゃんに肩を貸し、立ち上がる。
そしてゆっくりと村田めぐみの元に歩み寄る。
ポンちゃんと違って村田めぐみはまだ倒れたまま。すぐ側に大谷雅恵が座り込んでいた。
- 57 名前:第14話 投稿日:2009/04/04(土) 19:42
- 「フフッ……」
あたしたちに気づき、村田めぐみはわずかに顔をこちらに傾けた。
「まさかトールハンマー:Bを破られるなんて思わなかったわ……。あんなデタラメな魔法は初めてよ。
五つの属性を混ぜ合わせ、属性を消した上で攻撃力だけ残すなんて……」
「はい……」
「私の完敗よ……。敗者はおとなしく勝者に従うわ……」
村田めぐみが傍らに突き刺さったカラドボルグにゆっくりと手を伸ばす。
カラドボルグは光とともに指輪に戻り、村田めぐみの手に収まった。
村田めぐみはそれをポンッと私のほうに放る。
「わわっ!」
なんとかポンちゃんの身体を支えながら、片手で指輪をキャッチする。
「持って行きなさい、カラドボルグ。そして、どうせなら最後まで行きなさい」
「は、はい……」
「途中で負けたら許さないわ。私の負けを意味のないものにしないで頂戴」
ぎゅっと、雷の指輪を握りしめる。
すでにいくつもの指輪が揃った手に、最後の指輪が収まった。
- 58 名前:第14話 投稿日:2009/04/04(土) 19:43
- 「ごめん…なさい……」
不意に、隣のポンちゃんが絞り出すような声を出した。
心なしか、支えている身体も震えているような気がする。
「謝ることなんてないわ……。なんだかとってもすがすがしい気分よ……」
「でも……」
「過ぎた力に手を出したものの末路にはちょうど良いくらいよ……。それに、私もあなたたちを
殺すつもりだったんだから、お互い様だわ……」
そこまで言われてあたしはようやく気づいた。
あぁ、村田めぐみはもう助からないんだ……。
だからポンちゃんはそれを見届けるためにここまで来て、そして涙を流す。
自分が奪ってしまう命のために。そのことにちゃんと向き合うために。
「マサオ……」
村田めぐみがゆっくりと手を大谷雅恵のほうに伸ばす。
「はいっ……」
大谷雅恵がしっかりとその手を握りしめた。
そのまま村田めぐみの身体を抱き起こす。
「あとのことはすべてあなたに任せるわ。私に代わって雷の民を導いてあげて……」
「承知しました……」
それだけ言い残し、村田めぐみの瞳がゆっくりと落ちる。
力の抜けた身体を、大谷雅恵がきつくきつく抱きしめた。
- 59 名前:第14話 投稿日:2009/04/04(土) 19:44
- どれくらいそうしていただろう。
大谷雅恵がゆっくりと、村田めぐみの亡骸を抱きかかえて立ち上がった。
「めぐみ様は……」
そして誰に語るでもなく、言葉をこぼす。
「この島に入ってきた闇をすべてその身に受け入れたのだ」
「えっ……?」
「私たち、他の雷の民が闇に冒されないよう、その身を呈して守ってくださった」
「・・・・・・」
村田めぐみの亡骸に注がれていた大谷雅恵の視線があたしたちの方を向く。
「めぐみ様が負けを認めたのだ。私もおまえたちを認めよう。だが、他の雷の民も皆そうだとは限らない。
むしろめぐみ様の仇と、全員でおまえたちの命を狙う可能性のほうが高いくらいだ」
「なっ……!?」
そんな、もう戦う力なんて残されてないっていうのに……。
「そうならないように、今から私が民たちを抑える。その間におまえたちはこの島を出て行け。
そして……さっさと闇を滅ぼしてこい」
村田めぐみの亡骸を抱えたまま、大谷雅恵があたしたちに背を向ける。
「でも、あなた一人で雷の民全員を抑えるのは……」
「これは我が国の問題だ。余所者であるおまえたちには関係のないこと。それに……
これはめぐみ様からこの国を任された私の指名だ」
そのまま大谷雅恵は歩き出す。
あたしたちは一つの決意を秘めた背中をただただ見送ることしかできなかった。
その後、絵里がアヤカさんに連絡を取り、迎えに来たライディーンの背に乗って、あたしたちは島をあとにした。
雷の降る孤島、デインジャー。
その空を覆う暗雲の隙間からは、わずかに陽光が差し込んでいた。
- 60 名前:第14話 投稿日:2009/04/04(土) 19:44
-
- 61 名前:片霧 カイト 投稿日:2009/04/04(土) 19:49
- 今回はここまでです。
長かった(期間的な意味で)デインジャー編も終了し、いよいよ最終決戦です。
よかった……さっさと更新できて本当によかった……。
そしてちょっと補足を。
一応本編中で軽く述べられているのですが、カイゼルクロイツポンちゃんVerは、光属性魔法のような印象ですが、無属性魔法です。
>>47 名無飼育さん 様
バトルの決着もつき、ようやく終わりました、デインジャー編。
ポンちゃんも今まで以上の大活躍でした。
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/06(月) 01:11
- その手があったか!と思わず興奮しました
懐かしいなぁ・・、これは間違いなく最強の魔法ですよね
最終決戦楽しみにしています!
- 63 名前:第15話 投稿日:2009/05/31(日) 17:21
- 〜田中れいな〜
「そうですか……ついにすべてを手に入れたのですね」
「はい」
デインジャーでの死闘のあと、アヤカさんの迎えでココナッツバレイに戻ったあたしたちは、
ココナッツバレイに着いてすぐに倒れ込んだ。
そして丸一日眠り続け、ようやくあたしの体力と、ポンちゃんと絵里の魔力が回復したころ、
あたしたちはミカ様への謁見に臨んだ。
「ならば、残すところはあと一つです。覚悟は……できていますか?」
お互い顔を見合わせ、意思を確認し合う。
そしてあたしたちは、三人揃って深く頷いた。
- 64 名前:第15話 投稿日:2009/05/31(日) 17:22
-
第15話 最後の教え
- 65 名前:第15話 投稿日:2009/05/31(日) 17:23
- 今、あたしたちは青と蒼の狭間を飛んでいる。
抜けるように透き通った青い空と。
何物をも飲み込むように深い蒼い海。
その狭間を、あたしたちを背に乗せた白銀の竜が飛んでいく。
ミカ様が駆る、世界にたった一匹しかいない天界竜・バハムート。
「でもミカ様、よろしいんですか?」
「What?」
「バハムートは確かココナッツバレイの守り神って……」
「えぇ、そうね。でもあそこにはこのバハムートしか行くことができないわ。光の波動で闇を
退けることができるバハムートしかね」
「そんなに……危ない場所なんですか……?」
「Yes、他の竜だったら例外なく、一瞬で闇に堕とされる。谷の竜たちはなんとかみんなが
支えてくれているはずよ。それより……見えてきたわ」
ミカ様の視線を追い、あたしたちはバハムートの進む方向を見る。
眼下の蒼から立ち上る水。
ダウンフロントに来るとき、柴田さんの協力を得て越えてきた、世界を二つに分ける水流の壁。
通称『世界の裂け目』。
その、海を真っ二つに割る一筋の水壁は、海の真ん中で二叉に分かれていた。
分かれた壁は、でもすぐに一つに戻る。
そしてまたまっすぐに海を割っていく。
それはこんな場所からでも見ないと絶対に気づかないだろう。
『世界の裂け目』が一度分かれ、そして再び巡り会うまでの空間。
すなわち、決して何物も近づけない水の壁に囲まれた空間に。
世界から切り離された、一つの島が眠っていることを。
「あそこが……」
「そう、あの島こそ闇が封印された空間に続く島。いにしえの勇者たちはあの島を
『エビル・エデン』と名付け、世界から隔離したわ」
闇の聖域……エビル・エデン。
その島から漂ってくる邪気は、バハムートの光の波動を通しても心の中をザワザワと掻き回す。
『グルルルルッ……!』
「Be cool! バハムート、お願い、もう少しだけ!!」
光の波動に守られているはずのバハムートも相当気が立っている。
おそらく闇の障気のせいだろう。
それでもなんとかミカ様の命に従い、エビル・エデンへと向かって飛び続ける。
- 66 名前:第15話 投稿日:2009/05/31(日) 17:24
- 『グゥゥゥウウウッ!!』
「Sorry……これ以上は無理だわ、バハムートの意識が保たない」
エビル・エデン上空まであと少しと迫ったところ、ついにミカ様はバハムートの進行を止めた。
「いえ、ここまで来れば大丈夫です!」
背後でポンちゃんが立ち上がる。
その背中には薄く透き通った、風の翼が広がっていた。
同じく絵里も立ち上がる。あたしも立ち上がり、ポンちゃんに翼を作ってもらった。
「ここまで運んでくださり、ありがとうございました」
「いえ……月並みなことしか言えないけど、気をつけて……」
「わかってます! れいな、亀ちゃん、行こう!!」
ポンちゃんが勢いよくバハムートの背中から飛び降りる。
絵里もすぐにポンちゃんの後に続いた。
あたしも飛び降りようとして……
「れいな」
ミカ様に呼び止められた。
ミカ様の方を振り向く。
「この世界を、頼みましたよ……」
「任せてください!」
ミカ様から授かったデュランダルのはめられた拳を胸の前に掲げ。
あたしもバハムートの背から闇の障気の中へとダイブした。
- 67 名前:第15話 投稿日:2009/05/31(日) 17:25
-
◇ ◇ ◇
背中の翼を操作し、水壁の切れ目すれすれを飛び越える。
そしてそのまま、眼下に広がる島へと下降していく。
見たところは普通の島にしか見えない。地図から切り離された、絶海の孤島。
違和感があるとすれば、島全体を濃淡まばらな霧が包み込んでいることくらい。
でも、肌に、そして魂に感じる邪気が島の様相を変えて見せる。
「行くよ!」
「「はいっ!!」」
島はもう目の前に迫っている。
先行していたポンちゃんが着陸態勢にはいる。
ポンちゃんが木々の隙間に滑り込み、あたしと絵里もそれに続いた。
「ふぅ……」
陸地に着くと自動的に翼が消滅する。
見渡してみると、どうやら森の深部へと着地したみたいだ。
というか、上空から見たところ、この島は大部分が森のようだ。中央部は霧が濃くて
よくわからなかったけど。
「なんかちょっと変な感じがするけど、見た感じは普通の島だねぇ?」
絵里が周りを見渡しながら言う。
絵里は闇に直接的には関わってないからあまり感じられないのだろう。
漂う邪気は、上空から見ていたときと比にならないくらい深くなっている。
「行こう、あっちよ……」
ポンちゃんが霧のかかる森の中を歩き始める。
その表情は厳しい。おそらくポンちゃんも身体の中の闇を通して感じ取っているのだろう。
あたしもダークブレイカーを通して感じる。
というよりも……引かれ合っていると言った方が正しい感覚。
目指すのは島の中央部。ひときわ深い闇がそこにある。
- 68 名前:第15話 投稿日:2009/05/31(日) 17:26
-
◇ ◇ ◇
森の中を歩いていくうちにあたしたちは濃霧に飲み込まれた。
それでもわずかに見える先の景色を頼りに、島の中央部へ向けて進んでいく。
そして、どれくらい森の中を彷徨っただろう。
うっそうと茂っていた樹林がようやく途切れ、あたしたちは開けた場所に辿り着いた。
その瞬間、あたりを覆っていた濃霧が嘘のように晴れ渡る。
そして、あたしたちの目に飛び込んできたものは……
「門……?」
開けた場所にたたずむ、巨大な門。
他には何もない。壁もなければ、建物もない。
ただ、門がそこにあるだけ。
「これは……?」
おそるおそる近づいてみる。
その門は石とも鉄とも区別のつかない、未知の物質で作られているようだ。
表も裏もたいして変わらない。というより、どちらが裏でどちらが表かの区別もつかない。
この閉め切られた門を開けても、意味がないように思えた。
でも、門というのは元来、隔てられた二つの空間をつなげるためのもののはずだ。
そして感じる闇の障気。
それは確実にこの門から発せられている。
そもそも、こんな島にこんな不釣り合いなものがあるってだけで十分すぎるほど怪しいんだし……・。
- 69 名前:第15話 投稿日:2009/05/31(日) 17:27
- 「れいな、亀ちゃん、ちょっと来て!」
門を調べていると、ちょうど反対がわからポンちゃんに呼ばれた。
門を迂回して、ポンちゃんのところへと向かう。
絵里も同じタイミングで合流した。
「ポンちゃん、どうしたとですか?」
「れいな、あれ見て」
ポンちゃんが指差すのは門のほぼ中央部。
そこにはうっすらとだが紋様が描かれていた。
さっきまであたしが見ていた側には、こんな紋様なかったはず。
「六芒紋……?」
はっとして、自分の手を見る。
そこにはめられた指輪。いにしえの勇者たちが作り上げ、闇を封印することに成功した魔剣。
その中でダークブレイカーは封印のあとにすべての魔剣の力を集めて作られたということだから、
闇の封印に用いた魔剣は……六本!
じゃあ、もしかしたらあの紋様こそが……。
「この扉の……鍵穴?」
「きっとそうだと思う」
「れーな、試してみてよ」
「うん……」
すっと、両手を持ち上げる。
まるで引き寄せ合うかのように、指にはめられた指輪が六芒星の頂点と結ばれる感覚がわかる。
やっぱり、ここで正しいんだ……。
意識を指にはめられた指輪に集中する。
- 70 名前:第15話 投稿日:2009/05/31(日) 17:27
- 「これを開ければ、そこに闇が……」
『そうはさせないわ』
辺り一面にくぐもった声が響いた。
やっぱり、そう簡単にはいかないか……。
こういった最後の扉というのには、ゲートキーパーがつき物だ。
いったん腕を降ろし、ダークブレイカーを剣に戻す。
ポンちゃんと絵里も魔力をみなぎらせる。
そして三人揃って声のした方を振り向いた。
何もない空間から暗い闇の塊が降ってくる。
闇は徐々に形を変え、人の形を模していく。
「よくここまで辿り着いてくれたわ」
「えっ……?」
幾分クリアになった声が、あたしの記憶に突き刺さる。
今の声って……?
闇の塊はなおも形を整え続ける。
でも、その色はほとんど変えない。
黒い服、黒い髪、黒い瞳。
その姿をあたしの瞳がとらえたとき、あたしは構えたダークブレイカーを降ろしていた。
「どうして……あなたがここにいるんですか!?」
「それは、カオリがその門のゲートキーパーだからだよ、田中」
- 71 名前:第15話 投稿日:2009/05/31(日) 17:28
-
◇ ◇ ◇
そのとき感じた感情は、喜びだったか。
それとも、絶望だったか。
とにかくあたしは、いや、あたしたちはその場から一歩も動くことができなかった。
ダークブレイカーを握っている手ががくがくと震える。
自分の目が、耳が、五感のすべてが信じられなかった。
でもそこにいる人の姿は、その人が発する声は、間違えるはずもない……。
「あれぇ、どうしたの? もしかして、久しぶりすぎてカオリのこと忘れちゃった?」
飯田さん……!
まるで手招かれるように、身体がフラフラと吸い寄せられていく。
でもそれはポンちゃんが横に伸ばした腕で止められた。
「ん〜、紺野はカオリとの再会を喜んでくれないの?」
「どうして……あなたがここにいるんですか……?」
あたしと同じ質問をポンちゃんが口にする。
「だから、それは〜……」
「あなたは確かにあのとき消えたはずです! ロマンス王国で、私の目の前で!!」
ポンちゃんの絶叫が響いた。
きっと、ポンちゃんもあたしと同じように理解しているんだ。
目の前にいるのは決して偽物でも、幻でもない。
本物の……飯田さん……。
- 72 名前:第15話 投稿日:2009/05/31(日) 17:29
- 「うん、確かにカオリはあのとき消滅した。でも、消えたのは肉体だけだったのよ」
「えっ!?」
すっと、飯田さんが近くの木の枝に手を伸ばす。
枝をつかむように動いた飯田さんの腕は、しかし枝をつかむことなくすり抜けた。
「なっ!?」
「『闇に魅入られると魂までも囚われる』……これがそういうことよ。肉体を失おうとも、魂に憑いた闇が
仮初めの器となり、魂をこの世に残す。今のカオリは幽霊のような存在……魂を蝕まれ、
闇に操られるマリオネットよ」
「そんな……」
死者の安息すら奪うなんて……!
そんなこと、許されて良いわけがない!!
「そんな顔をしないで。これでも少しはこうなったことに感謝しているのよ」
「どうしてですか!?」
「まず一つ。こうなることで、カオリは魔法のすべてを解明することができた」
ピッと指を立て、飯田さんが楽しそうに話し始める。
- 73 名前:第15話 投稿日:2009/05/31(日) 17:30
- 「魔法で唯一解明されていなかった、黒魔力の源。それがわかったのよ。考えてみれば簡単なことだったわ。
黒魔力は白魔力の対極。そして白魔力とは生命エネルギー……つまり人間の肉体から溢れるエネルギー。
だったらその対極である黒魔力は? 肉体の対極……つまり、魂のエネルギーよ」
「魂の……エネルギー?」
「だから黒魔力だけで作られている闇は魂に拠るのよ。今のカオリみたいに。元々同じものだからね。
ここからはまだカオリの仮説だけど、黒魔力が発生のは魂の自己防衛機能のためじゃないかしら?」
「どういうことですか……?」
「傷つけられた魂が、力を生んでそれが闇となる。辛い体験、苦しい体験をしたときに、もうそんな思いを
しないように魂が力を生み出す。それが黒魔力となり、魔力を急激に高めたり、または目覚めさせたりする。
紺野、あなたは思い当たる節があるんじゃないかしら?」
「・・・・・・」
そういえば……ポンちゃんは自分の村が滅ぼされたときに魔法に目覚めたって……。
いや、ポンちゃんだけじゃない。それを言うなら飯田さんだって、妹の死によって魔法力が急激に高まった。
さらに言えばそもそもの始まり、闇の目覚めだって、愛する人の死が原因になっている……。
「カオリの仮説はどうかしら? 賛同してくれる?」
「・・・・・・」
「特に反論はないみたいね。じゃあ学科の時間はこれで終わり。この次は……実技の時間よ」
あたりの空気が一瞬にして変容する。
強烈な闇のエネルギーが身体に叩きつけられる。
- 74 名前:第15話 投稿日:2009/05/31(日) 17:31
- 「感謝していることのもう一つはね、またあなたたちに会えたことよ。この場から離れることはできなかったけど、
それでもずっとあなたたちのことを見てた。よくここまで辿り着いたわね。だからご褒美に、
最後の稽古をつけてあげるわ」
「い、飯田さん……!」
「自分の思いを貫くために、世界を闇から救うために、今こそカオリを超えてみなさい!!」
超える……。
飯田さんを……超える……。
腕の震えはもう止まっていた。
ダークブレイカーを持ち上げ、飯田さんに向けて構える。
「でもね、この身体、一応主導権はあるけど、あんまり手加減ができないのよ。
だから気を抜いたりしたらすぐに殺しちゃうと思うから気をつけてね?」
「わかってますよ」
「それじゃあ、ふさわしいステージへ行きましょうか」
飯田さんの背中から大きな翼が生える。
暗い、黒い、漆黒の羽根。
その羽根を羽ばたかせ、飯田さんは空へと上っていく。
「ここでは少し狭すぎるからね、もっと広い場所に移動しましょう。空と水壁に囲まれた、
蒼のリングへ!」
見上げるあたしの背に、柔らかい手が押しつけられる。
見るとそこにはポンちゃんがいて呪文を詠唱していた。
魔力とともに、ポンちゃんの決意が伝わってくる。
- 75 名前:第15話 投稿日:2009/05/31(日) 17:31
- 「エンゼル・フェザー!」
あたしの背に透き通った羽根が形成される。
絵里も同じように羽根を背負っていた。
ほどなくして、ポンちゃんも自分の背に羽根を作り上げる。
「れいな!」
「れーな!」
「うん!」
二人の決意と思いが伝わってくる。
今、あたしたちはみんな同じ気持ちだ。
三人揃って上空を見上げる。
「おいで、踊ろう!」
飯田さんの手招きに誘われるがまま。
あたしたちは三人同時に地を蹴った。
あたしたちは飯田さんを超える。
そして……飯田さんを救ってみせる!!
- 76 名前:片霧 カイト 投稿日:2009/05/31(日) 17:36
- 今回はここまでです。一応5月中ダヨ……。はい、すみません……orz
というわけで、今までさんざんメンバーを減らしてきたのはこの構図のためだったりします。
14話で影が見え隠れしてたのもこのためだったりします。
何にせよようやくここからラストステージです。
なんとかがんばって最後まで書くつもりなので、もう少しおつきあいください。
>>62 名無飼育さん 様
あの魔法も最終的にはここに行き着くためだったり、
懐かしさをもう少し味わってもらえれば幸いです。
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/26(日) 00:38
- これはまさかの展開・・、ラストステージにはふさわしい相手ですね
ここを乗り越えたとき、三人の絆が一層深まっていると思います
作者さまの描く心理描写がとても好きなので、最後まで楽しみにしています
(特にポンちゃんとれいなは最高!)
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/30(日) 16:44
-
楽しみに待ってますね!
- 79 名前:第15話 投稿日:2009/09/01(火) 02:18
- 与えられた羽根を羽ばたかせ、上空へと向かっていく。
空で待っている、飯田さんめがけて。
でも飯田さんだってただ待っているわけじゃない。
飯田さんの周囲に闇が渦巻き、それが魔法陣を作り上げる。
「ディアボリック・ソード!!」
魔法陣から無数の刃が降り注ぐ。
それをかわしつつ、なおも進んでいく。
空中での戦いは経験がないが、おおよその見当はつく。
取るべきは相手の上。上に構えた方が圧倒的に有利になる。
「はぁっ!!」
飯田さんに辿り着いたあたしはそのままダークブレイカーを振り下ろす。
飯田さんの黒翼が羽ばたき、斬撃をかわす。
さっき飯田さんは今の自分のことを闇の器だと言っていた。
おそらく物理攻撃は効かないんだろうけど……このダークブレイカーなら確実に闇を切り裂ける!
「フフッ、あのころは剣筋なんて我流で荒々しかったのに、それがずいぶんと磨き上げられているわ。
よほどよい師匠に巡り会えたのね」
「飯田さん以上の師匠なんて、れいなは知りませんよ」
ひらひらと斬撃をかわす飯田さんを追い続ける。
元々飯田さんはそんなに体術は得意じゃない。
魔法を唱える隙さえ与えなければ、いずれは……
- 80 名前:第15話 投稿日:2009/09/01(火) 02:19
- 「捕らえた!!」
「!」
飯田さんのかわす方向を予測して、すぐに第二撃を繰り出す。
このタイミングはかわせないはず。
ダークブレイカーの刃が飯田さんに届く。
「フフッ!」
「なっ!?」
でもダークブレイカーは飯田さんの腕に食い込んでその進行を止めた。
なんで!? 闇なら切り裂けるはずなのに……!
ダークブレイカーと飯田さんの腕の接触面では、本来血が零れるはずのところで
闇が渦巻いていた。
まさか……ダークブレイカーが切り裂く以上の速度で再生していると!?
「甘いわよ、れいな。そんなんじゃ真の闇を切り裂くことはできないわ」
「くっ……でも、これでいいとですよ」
飯田さんにダメージを与えることはできなかったけど、役目は果たした。
空が光り輝くと同時に、あたしは飯田さんから飛び退く。
飯田さんが空を見上げる。あたしも遅れて見上げた。
飯田さんの遙か上空を取ったポンちゃんが光り輝く魔力の塊を構えていた。
- 81 名前:第15話 投稿日:2009/09/01(火) 02:19
- 「ライトニング・ストライク!!」
放たれた雷の塊が帯状になって落下してくる。
飯田さんはそれをかろうじてかわすが、それを絵里の放った炎球が追いかけていた。
「フンッ!」
かわすことが不可能と見るや、飯田さんはすぐに闇を圧縮して放つ。
本当にわずかな時間の魔力収集、詠唱もショートカットして放たれた魔法なのに、
飯田さんの放った闇魔法は絵里の魔法と相殺した。
飯田さんの黒い翼が向きを変えて羽ばたく。
ポンちゃんたちのほうへ登っていくつもりだ。
あたしも翼を動かし、飯田さんの前に割り込む。
「行かせませんよ!」
「ふ〜ん、初めての空中戦なのに定石はわかっているみたいだねぇ?」
「もちろんです、そう簡単に上は譲りません!!」
ダークブレイカーを振るう。
飯田さんは後退して斬撃をかわしつつ、魔力を集める。
「どうかなぁ? あなたたちは優しいから、案外簡単に譲ってくれたりしちゃうんじゃない?」
「そんなことはしません!!」
翼を旋回させ、飯田さんを追いかける。
このスピードなら魔力を集め終わる前に接近できるはず。
- 82 名前:第15話 投稿日:2009/09/01(火) 02:20
- 「フフッ」
でも飯田さんの手のひらに集まっていた魔力が急に消失した。
それと同時に、足下と頭上に現れる暗い魔法陣。
トラップ!? いつの間に……!
「インディペンデント・フィールド!!」
頭上の魔法陣から闇が降り注ぎ、足下の魔法陣に流れ込んであたりを覆う。
この魔法は……!?
「フフッ、その魔法は攻撃魔法じゃなくてね、一種の補助魔法よ。魔力の干渉を遮断する
結界魔法。本来は自分の周囲に張って、対魔法防御に使ったりするんだけど……」
ガクッ、と体の自由がきかなくなる。
そうだ……あたしの背中にある羽根はポンちゃんの魔力をもらって形を保っているのであって……。
そのポンちゃんの魔力を絶たれたら……。
形を保てなくなった羽根が消失し、ただの風に戻った。
「うわぁぁあああっ!!」
当然あたしは浮力を失って、そのまま落下していく。
「! れいな!!」
「れーなっ!!」
ポンちゃんと絵里があわててあたしを追いかけてくる。
飯田さんは通り過ぎていくポンちゃんと絵里を悠々と見送っていた。
邪魔をしようと思えばいくらでもできるはず。
飯田さんの狙いは自分が高く登るのではなく、あたしたちを落とすことだったんだ……。
- 83 名前:第15話 投稿日:2009/09/01(火) 02:21
- ポンちゃんの伸ばした手があたしの手をつかむ。
蓄えられていた魔力があたしの身体に流れ込み、再度あたしの背に翼を作った。
体勢を立て直し、上空の飯田さんをにらむ。
でもそのときには飯田さんの周囲、青い空を覆うようにして無数の黒い塊が作られていた。
「さて、それじゃあもう一つ、定石の復習よ。一対多数で戦うときの定石はなんだったかな?」
空を覆うほどの黒い魔玉が放たれる。
一対多数で戦うときの定石、広域攻撃魔法!
「ディストラクション・レイ!!」
ポンちゃんと絵里がシールドを展開する。
あたしも自分の周囲に障壁を張り巡らす。
無数の闇の塊がそれぞれ異なった軌道を描いて飛来してくる。
「くっ!」
障壁に魔法が激突する。
そのたびに衝撃が中にいるあたしまで伝わってくる。
でもなんとか防げている。
そう思ったが、飯田さんの魔法はそんなに甘くはなかった。
- 84 名前:第15話 投稿日:2009/09/01(火) 02:21
- ヒュンッ!!
目の前を黒い物体が通り過ぎていった。
あわてて飛んできた方向を見定める。
あたしの張った障壁によって切り取られた青い空が目に映った。
しまった……これは横から来る攻撃は防げるけど、上は守れない。
対策を考えていると、不意にダークブレイカーを握っていた腕を衝撃が襲った。
「うわっ!!」
障壁を解除しそうになり、あわてて持ち直す。
今度は……下から!?
そうか……空中戦は上からだけじゃない、全方位から攻撃される危険があるんだ……。
「ふふっ」
障壁越しに飯田さんの手が動くのが見えた。
その飯田さんの合図に合わせ、今まで完全にランダムに飛び交っていた黒球たちが
ぴったりと動きを調え、上下から攻撃してくる。
「くっ……!」
ダークブレイカーのおかげで、闇にはある程度の耐性がある。
だから一つ一つのダメージはそんなに大したことはないんだけど、それもこれだけの
数となると無視できない威力になってくる。
かといってどうすることもできない。
魔剣で使うことのできる魔法は、基本的には攻撃魔法、もしくは一部の補助魔法だけだ。
防御にも使うことのできる攻撃魔法は使えても、純粋な防御魔法は使うことはできない。
さらに、もともと闇魔法は破壊に特化した魔法。防御に使える攻撃魔法なんて、
このカラミティウォールと、その上級魔法のデモンズストームくらい。そのどちらも
自分の上と下はがら空きだ。
- 85 名前:第15話 投稿日:2009/09/01(火) 02:22
- 「うわっ!!」
連続した攻撃により集中力が途切れた。
かろうじてあたしを守っていた闇の障壁が消失する。
「ダメよ、そのくらいで集中力を途切れさせちゃ。油断は死しか招かないわよ」
今まで上下からだけだった魔玉が全方位に展開される。
そしてあたし目がけていっせいに放たれた。
まずい、この量は耐えきれない! 障壁……ダメだ、間に合わ……!
「れいなっ!!」
でもその集中砲火の中に人影が割って入ってきた。
炸裂の寸前に、あたしの身体がその人影に抱きしめられる。
「あぐっ!!」
「ポンちゃん!?」
あたしをかばったポンちゃんの背中で闇の魔玉が爆ぜた。
でもポンちゃんはそれにも動じず、高速で呪文の詠唱を続ける。
背中に回されたポンちゃんの手から、温かい魔力を感じる。
「エンジェリック・スフィア!!」
あふれ出した魔力の障壁が、あたしたちを包み込むように広がっていく。
闇の塊はその障壁に遮られ、次々と崩壊していった。
- 86 名前:第15話 投稿日:2009/09/01(火) 02:23
- 「ふぅん、対魔高等結界魔法か……。それを一瞬で作り上げるなんて、なかなかやるねぇ」
嵐のように飛び交っていた闇の光球がピタッと止む。
「このくらいやらなければ、飯田さんの魔法は防ぎきれません」
「まぁ、確かに。でもね、残念だけど、それでも防ぎきれないわよ」
すっと飯田さんが手を水平に持ち上げる。
するとさっきと同じように、辺りに無数の闇の魔玉ができあがった。
たださっきと違ったのは、その魔玉がかなり大きく、さらにその形を変えていくこと。
薄く鋭く研ぎ澄まされた刃に。
あれは……闇魔法でも随一の切断力をもつ無差別広域斬滅魔法……!
「ブラインド・ブレイド!!」
巨大な黒い刃が解き放たれる。
「くっ!!」
刃がポンちゃんの張ったシールドにぶつかるたびに、甲高い音を立てて弾かれていく。
でもそのたびに内部に衝撃が伝わる。
このままじゃ、そのうちにこのシールドも破壊されてしまう!
でも……先ほどの魔法に比べて、この魔法は大振りだ。
一つ一つの威力は比べものにならないほど高いが、その分数は少なくなっている。
これだったら……行けるかも。
ダークブレイカーをしっかりと握り直し、あたしは背中の翼を羽ばたかせた。
- 87 名前:第15話 投稿日:2009/09/01(火) 02:23
- 「れいなっ!?」
ポンちゃんの張ったシールドを飛び出し、まっすぐ飯田さんに向かっていく。
風の翼の操作にもかなり慣れた。
向かってくる闇の刃を紙一重でかわす。
さらに、ダークブレイカーを通して伝わってくる闇の気配に神経を集中させる。
背後や下から襲いかかってくる刃もかわし、飯田さんの元へと詰め寄る。
「へぇ、田中もなかなかやるわね」
「はぁっ!!」
ダークブレイカーを振り下ろす。
止められると思っていた斬撃は、しかし以外にもすんなりと飯田さんに食い込んだ。
「えっ!?」
そのままダークブレイカーを振り抜く。
しかし手応えは全くない。
両断したはずの飯田さんは、そのまま溶けるように消えていく。
これは、まさか……!
「でも残念だったわね。それはカオリが作り出した幻影よ」
やっぱり!!
背後から聞こえる飯田さんの声で確信したときには、すでにあたしの身体の下に
闇色の魔法陣が輝いていた。
「デビル・インフェルノ!」
「うわぁぁああっ!!」
魔法陣から溢れた闇が暴発し、あたしの身体を吹き飛ばした。
やっぱり飯田さんは、想像していたよりもずっと強い。
でも絶対に……れいなたちは……。
- 88 名前:第15話 投稿日:2009/09/01(火) 02:24
-
◇ ◇ ◇
時は流れる。
「ハァ…ハァ……」
日はすでに落ちかけていて、島の周囲にかかっている透明のヴェールを通し、
辺りを橙に染め上げている。
「うぅ……」
手は焼け爛れ、ダークブレイカーを握るのも辛い。
「強い……」
ポンちゃんも絵里もかなり消耗している。
なのに……
「どうしたの? もう終わりかしら?」
あたしたちの前に立ちはだかる飯田さんは息一つ切らしていない。
もっとも、飯田さんは魂だけの存在だから、肉体的疲労はないんだろうけど、もし身体が
あったとしても、この結果は変わらないかもしれない。
「もしかして相手がカオリだからって遠慮しているのかしら? それとも……三人揃って
この程度なの?」
圧縮された闇が放たれる。
すぐさまあたしも闇を放って応戦したが、あたしが放った闇は飯田さんの闇に
飲み込まれてしまった。
「うわっ!!」
「れーなっ!!」
闇に当たって弾き飛ばされる。
それでも威力はそこまで高くなく、あたしはすぐさま体勢を立て直した。
その眼前に飯田さんが舞い降りる。
- 89 名前:第15話 投稿日:2009/09/01(火) 02:25
- 「こんなものじゃないでしょう? カオリはあなたたちにカオリの全てを渡してきたはずよ」
飯田さんの目がゆっくりとあたしに向く。
「田中、あなたにはカオリを倒すことのできる剣と、それを誰かのために振るうことのできる、
まっすぐで優しい心を」
飯田さんの目がゆっくり動き、今度はポンちゃんを見据える。
「紺野、あなたにはカオリが得てきた全ての魔法知識を」
そして最後に絵里を見る。
「そして亀井、あなたにはカオリが身につけ、また創り上げた全ての魔法技術を」
飯田さんが目をゆっくりと閉じる。
開いたときにはあたしたち三人をしっかりと見つめていた。
「カオリがあなたたちにあげられたのはその種だけだったかもしれない。でもあなたたちは
その種をしっかりと育て、花を咲かせてきたはずよ。今、カオリが持っていてあなたたちが
持っていないものは何もないはずだわ」
辺りの空気が膨れあがる。
ビリビリと伝わってくる破壊の力。
- 90 名前:第15話 投稿日:2009/09/01(火) 02:26
- 「さぁ、今こそその力で、カオリを超えてみなさい!!」
溢れ出た闇の力は、やがて一つの形を作り出す。
漆黒の、巨大な、十字架を……。
「れいな!」
ポンちゃんの声で振り返ると、ポンちゃんと絵里が手を合わせ、魔力を高め合っていた。
紡がれる五色の星。
その星を取り込んだ十字架をさらに魔法陣が取り込み、十字架はひときわ強く輝く。
あたしも当たり前のように、それに加わる。
ポンちゃんたちの後ろに回り込み、魔法陣にダークブレイカーを掲げる。
ダークブレイカーからあふれ出した闇が、魔法陣の陣円を黒く染めていく。
見てください、飯田さん……。
これが今できる、あたしたちの、最高の技だ!!
二つの、究極にまで高めあった十字架が炸裂した。
「「「「カイゼル・クロイツ!!」」」」
- 91 名前:片霧 カイト 投稿日:2009/09/01(火) 02:30
- 今回はここまでです。
本当はバトルを終わらせる予定だったのですが、思ったより長くなりそうだったので分けました。
次では確実に終わるはずです。
かなり更新が不定期になってしまっていますが、なんとかかんとか頑張ります。
>>77 名無飼育さん 様
この展開、実はかなり最初のほうから考えていました。
やっぱり完全な師弟対決は一度はやっておきたかったのです。
そのために犠牲が増えたりしてしまったのですが……(滝汗
>>78 名無飼育さん 様
すいません、大変お待たせしました。
せめてもうちょっと早く更新できるようにしたいです。
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/06(日) 23:39
-
おお!
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/18(金) 15:11
- 更新待ってますね。
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 13:26
-
とうとう最終話きちゃいますねえ・・
れーなやえりりんの恋もどうなるんでしょう。
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/30(金) 18:06
-
待ってます。
- 96 名前:第15話 投稿日:2009/10/31(土) 23:55
- 想いと想い。
力と力。
そして、闇と闇が交差しあう。
ぶつかり合う二つのカイゼルクロイツ。
全てを排除した闇の十字架と。
全てを取り込んだ闇の十字架。
二つの魔法の力は拮抗し、ぶつかった場所に膨大なエネルギーをため続けている。
「く…ぅ……」
あたしはさっきからずっと全力で魔力を放出し続けている。
けど、いくらほぼ無限に魔力を作り出せる魔剣とはいえ、一度に放出できる魔力量には
限度がある。
だからその限界までの魔力を常に魔法へと注ぎ続けている。
ポンちゃんや絵里も同様に、自分の限界以上の魔力を魔法へと伝えている。
そのかいあってか、少しずつ、本当に少しずつだけど、あたしたちの魔法が飯田さんの
魔法を押し始めてきた。
「うっ……」
飯田さんの表情が苦痛にゆがむ。
あたしたちだって、厳しいところだけど……。
今この時を逃すと、きっと、もう飯田さんを超えることはできない……!
「もう少しだよ、れいな、亀ちゃん!」
ポンちゃんもわかっているようで、集中の度合いがさらに増す。
絵里にしても、見たことのないような真剣な顔で、魔力を送り出している。
二人とも限界を超えようとしているんだ。だったら、あたしだって超えてやる。
あたしもしっかりと握ったダークブレイカーに意志を伝えていく。
- 97 名前:第15話 投稿日:2009/10/31(土) 23:56
- 「行くよっ!!」
「「はいっ!!」」
あたしたちの十字紋から放たれている光が、よりいっそう輝く。
その瞬間、拮抗は破れた。
あたしたちの魔法が飯田さんの魔法を押し返し。
そのままの勢いで黒い十字架の魔法陣を砕いた。
「くぁあああぁっ!!」
魔法が飯田さんを飲み込む。
さすがにかなりの威力が殺がれたけど、それでもノーダメージってことはないだろう。
少なくとも、これですぐに反応できるということはないはず。
「れいな!」
「れーな!!」
二人に呼びかけられる前に、あたしはすでに空中を滑っていた。
この役目はあたしにしかできない。
もとより、誰にも譲る気はない。
上空に昇り、ダークブレイカーを大上段に構える。
そしてそのまま、今度は飯田さんの前方の空間を目指して滑空していく。
ちょうど魔法が途切れた。飯田さんはその場に立ちつくしている。
あたしはその前方に滑る込むと同時に、高く掲げた剣を振り下ろす。
飯田さん、今、解放してあげます。
「闇斬り!!!」
- 98 名前:第15話 投稿日:2009/10/31(土) 23:57
- 手に残る感触は、まるで空気を斬ったかのようで。
でも確かにそこにある、闇を斬った感覚。
ゆっくりと、闇から解放されたはずの飯田さんを見上げる。
飯田さんは、ずっと昔に見たような、満面の笑みを浮かべていて。
「強くなったね、三人とも……カオリは嬉しいよ」
「あっ……」
ずっとこらえていた涙がこぼれ落ちた。
無意識のうちに飯田さんに手を伸ばすけど、手が届く前に、飯田さんの背中にあった
黒翼が辺りに飛散し。
飯田さんはそのまま真っ逆さまに墜落していった。
「飯田さん!!」
あたしはすぐさま飯田さんを追いかける。
ポンちゃんと絵里も同じように滑空して降りていく。
飯田さんの魂をつなぎ止めていた闇は絶った。
ということは、このまま飯田さんは消えてしまうのではないか……?
言いようのない不安に駆られる。
でも、そんなことはなく、飯田さんはすぐ下の地面に倒れていた。
- 99 名前:第15話 投稿日:2009/10/31(土) 23:58
- 「飯田さんっ!」
その傍らに座り込み、飯田さんの名前を呼ぶ。
すると伏せられていた瞳がゆっくりと開き、あたしを捉えた。
飯田さんに触れようとしたが、その手は飯田さんをすり抜けた。
さっきまではダークブレイカーを受け止めるくらい、闇が渦巻いていたのに……。
「飯田さん、大丈夫ですか!?」
「あぁ……大丈夫よ、れいな……。カオリの中の闇は、完全に消滅したわ……」
「そうじゃなくて……!」
「もともとカオリはあのとき、ロマンス王国で消えていた……。それが闇によって、魂だけ無理矢理
とどめられただけ。光によって散らされた闇が復元するのにはそれなりに時間がかかったけど、
復元してからはずっとカオリは闇の操り人形だった。だから……これでいいのよ。よく解放してくれたわ……」
「でも……!」
「それに良いこともあったしね。こうやってもう一度あなたたちに会えて、成長を見ることもできた。
本当に、強くなったわね。あなたたちはみんなカオリの誇りの弟子よ」
こぼれ落ちる涙は、飯田さんをすり抜けて地面に吸い込まれる。
飯田さんはゆっくりと起きあがると、背後にそびえ立つ巨大な門に視線を向けた。
「この門は二つの次元の隔たりを封じた扉。この先にある次元に闇は幽閉されているわ。
開けるには六本の魔剣が必要。だけど、開けるということは次元を繋げる、つまり向こうの
次元からこちらの次元へも移動が可能になるということ。一度開ければ、もう後戻りはできないわ」
「はい……」
「もう今日は日が暮れる。夜は闇の力が増すから、明日にしなさい。今夜はゆっくりと休んで、
魔力と体力を回復すること」
そして飯田さんはあたしに視線を向ける。
地面に下ろした手に、飯田さんの手が重なる。
感触はないけど、確かに飯田さんを感じた。
- 100 名前:第15話 投稿日:2009/10/31(土) 23:59
- 「田中……闇の力は強大よ。カオリもその力に飲み込まれた。でも、田中ならきっと超えられるはずだわ。
あなたはとても強い子だもの。決して闇に取り込まれることなく、自分の力と想い、そして今まで積み重ねて
きたものを信じなさい」
「はい……」
今度はポンちゃんのほうに視線を向ける。
「紺野……自分の内にある闇を恐れないで。恐れはさらに闇を増幅させるわ。
闇の次元の中では闇の力はさらに強くなる。その闇に飲み込まれないよう、心を強く持ちなさい」
「はい」
そして最後は絵里のほうへ。
「亀井……あなたは二人を支えて、助けてあげて。それができるのは闇の影響を直接受けていない
あなただけよ。もし誰かが闇に取り込まれそうになったら、あなたが正しい道に導いてあげるの」
「はい……」
「よろしい」
そう言って、飯田さんは立ち上がる。
「さて、これでもう本当に教えることは何もないわ」
そして、ゆっくりと歩き出した。
「飯田さん、どこに!?」
「このままあなたたちの目の前で消えるわけにはいかないわ。あなたたちにこれ以上
重荷を背負わせたくはない」
「そんなこと……!」
「それに、カオリにはまだやらなくちゃいけないことがある……」
飯田さんは立ち止まることなく、振り返ることなく歩いていく。
暗がりを増してきた、深い深い森の中へ。
「あとは、あなたたちに任せたわ」
引き留めることなんてできなかった。
だからあたしたちは一瞬たりとも目を離すことなく、その姿を心に刻んだ。
もう決して見ることのない、飯田さんの背中を……。
- 101 名前:第15話 投稿日:2009/11/01(日) 00:00
-
◇ ◇ ◇
〜飯田圭織〜
「ふぅ……」
私は深い森の中を進んでいく。
消えてしまいそうになる自身をなんとか抑えながら。
身体は既に亡くした。
魂だけを繋ぎ止めていた闇も消えた。
この状態の私をこの世界に留めておけるものは、あとは強い「想い」くらいしかない。
「この辺に……いるはず……」
まだわずかに残っている闇の力を辺りに放つ。
蜘蛛の巣のように闇を張り巡らせ、その網が獲物を捕らえるのを待つ。
日はすでに暮れ、森の中は闇が覆っている。
その闇の中を暗躍する、さらに深い闇を私は追う。
おそらくこの闇の中に隠れているのだろうけど無駄だ。私なら必ず見つけ出せる。
だって、私は同じ存在なのだから。
広げていた闇の網が何か異物を捕らえた。
見逃しそうなくらい微弱な反応だけど、私は確信する。
見つけた!
私はその位置まで全速力で駆ける。
- 102 名前:第15話 投稿日:2009/11/01(日) 00:00
- そいつはやはり闇の中に姿を隠していた。
そうした上で、先ほどまでの私と同じように、闇を周囲に展開して辺りの様子をうかがっている。
ただ、その対象は私ではなかったようなので、まだ私の接近には気づいてないようだ。
私は熱心に監視を続けるそいつの背後へと近づく。
「やっぱりいたね、探したよ」
声をかけると、一瞬で展開されていた闇が溶け消えた。
そしてゆっくりと顔が私の方を向く。
驚きは一瞬。すぐに冷酷な笑みに変わる。
「なんや、まだ生きとったんかい」
「そう簡単には消えないのよ。そんなふうにしたのはあんたたちでしょ……平家みちよ」
平家みちよ。
最後の闇の使徒にして、闇の使徒のまとめ役。
そして、もっとも闇に近い存在。
「まぁ、そうやったな。で、ゲートキーパーが門も守らんと、何してるんや?」
「カオリはもう闇の呪縛から解き放たれた。もうあんたたちの操り人形にはならないよ」
「ふぅん、じゃあその死に損ないが何の用や?」
「決まってる。あんたを道連れに来たのよ」
平家みちよは何も応えない。
ただ、冷たい目が私を見つめているだけ。
「あんたのことだからね。田中たちを奇襲して魔剣を奪うくらいのことはやると思っていたよ。
そして案の定、あんたはここから田中たちを監視していた」
「なかなか鋭いな」
「でもそんなことはカオリがさせない」
「フンッ、そんな状態で何ができるんや?」
「あんまり舐めないでくれる?」
残っているありったけの闇を解放する。
辺りに漂う闇が一気に濃厚になっていく。
平家みちよの表情にわずかな変化が生じた。
- 103 名前:第15話 投稿日:2009/11/01(日) 00:01
- 「もう消えるのを待つだけの身だけど、それでもあんたを倒すくらいの力は残っているわよ」
「ククッ、おもしろい!」
平家みちよも闇を解放する。
放たれた闇が私と平家みちよの周囲を包み込み、空間を切り取る。
「闇の結界魔法?」
「あぁ、そうや。そのまま暴れてターゲットに気取られると面倒や。でもこの結界内なら、
結界内で起こったことは決して結界外には漏れん。つまり好きなだけ暴れられるっちゅうことや」
それと同時に、逃げ場を消したと言うことか。
でもこれは私にとっても都合が良い。
これで私がいるうちは田中たちに危害が及ぶことはないし、気づかれることもない。
それに、もとより私は逃げるつもりなんて毛頭ない。
「もう二度と甦れないよう、弟子よりも一足先に闇の世界へ送ったるわ」
「伝説にもなった、史上最強の魔法の力、見せてあげるわ」
とは言ったところで、おそらく今の私では平家みちよには勝てない。
差し違えるのも無理だろう。
強がってみたところで、もうほとんど力は残っていないんだから。
でもせめて今夜だけ、田中たちが門を開けて突入するまでは、平家みちよは抑えてみせる。
だから、後は頼んだよ……。
そして
もし、できることなら……
- 104 名前:第15話 投稿日:2009/11/01(日) 00:01
-
- 105 名前:片霧 カイト 投稿日:2009/11/01(日) 00:07
- ちょっと短めですが、今回はここまでです。
またしてもいろいろ遅くなってすいませんorz
今回は短いながらも、いろいろとやりたいことを詰め込んだ感じです。
そしてようやくというかなんというか、そろそろクライマックスです。
>>92 名無飼育さん 様
実はVSカオリンはバトル描写のほとんどをカットしようと最初は思っていたのですが。
我慢しきれず、つい書いてしまいました……。
>>93 名無飼育さん 様
すいません、お待たせしました。
なんとかもっとテンポよく更新したい今日この頃……。
>>94 名無飼育さん 様
前回のコメントが紛らわしかったですが、ストーリー自体はまだちょっと続きます。
カオリン編が今回で終了という衣ことでした。混乱させたようで申し訳ないです。
>>95 名無飼育さん 様
長々と待たせてしまい、申し訳ありませんでした。
もうちょっと早く更新できるように頑張ります。
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/06(金) 23:48
-
待ってましたっ!!!
飯田さんのえりりんにかける言葉で
泣きそうに・・・
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/24(木) 00:11
-
楽しみにしています。
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/01(金) 23:56
- もう終わりますねぇ・・・
- 109 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:01
- 〜田中れいな〜
「ふぅ……これでよし……」
あたしは立て終わったテントを見上げる。
その先に見える空はもうすっかり黒に染まっていた。
思えば、ハロモニランドを出たときには三つもテントを立てていたのに。
今では一つで十分なため、一人でもできてしまう……。
飯田さんに言われたとおり、あたしたちは明日、陽が昇ったら闇の封印を解こうと決めた。
そのため今日はここで夜を明かす。
敵の本拠地のど真ん中ということになるんだけど、今のところ特に違和感はしない。
「おまたせ、れいな」
ポンちゃんと絵里が戻ってきた。
二人はこの周囲に結界を張りにいっていたのだ。
「特に変わった様子とかはなかったとですか?」
「うん、大丈夫だったよ」
「じゃあテントは立ててありますから、もう休んでください。最初はれいなが見張りしてますから」
ポンちゃんと絵里はまだ魔力が十分に回復していない。
なので必然的に最初の見張りはあたしということになった。
「わかった、お願いね」
「よろしく、れーな〜!」
そういって、二人はテントの中へと入っていく。
あたしは辺りを見渡し、ひときわ大きな木を見つけ、それをよじ登る。
そして横に伸びた太い枝に腰を下ろした。
視界はそんなにいいとは言えないけど、それでもある程度の距離までは見える。
見張り場所としては悪くない場所だろう。
- 110 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:02
-
Interlude X 千夜一夜恋物語
- 111 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:03
- 「さてと……」
腰を落ち着ける場所を探し終えたあたしは、ダークブレイカーを指輪から剣に戻す。
といってもそれは敵襲があったとき、すぐに臨戦態勢に移るためというわけじゃない。
じゃあ何のためかというと……
「ダークブレイカー」
『はい、なんでしょう?』
話しかけるとちゃんと返してくれる。
重要なことでもない限り話すことはなかったので、こう話したのはかなり久しぶりだ。
「ダークブレイカー……あんたに訊きたいことがあるんやけど」
『奇遇ですね、私もれいなに話しておきたいことがあります』
「えっ、何?」
『まずはれいなの質問を聞きましょう。もしかしたられいなの訊きたいことと、私の話したいことは
同じかもしれませんし』
「そう……それじゃあ……」
とはいえ、なんて訊けばいいんだろう……?
ちょっと悩んだけど、あたしはもともとあまり語彙が多い方じゃない。
だからとりあえず思ったことをストレートに訊くことにした。
- 112 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:04
- 「あんたは、何もの?」
『……どうやら私たちの話は同じだったようですね』
ダークブレイカーは応えたけど答えない。
それでもおそらく質問の意味は伝わっている。伝わった上で、ダークブレイカーはさらにあたしの
追加質問を待っている。
だからあたしはさらに続ける。
「前から不思議には思っていたんだけどね。魔剣には意志が宿ってるってのは聞いとったけど、
あんたはもう意志とかいうレベルじゃなくて、人格が宿ってる」
『なるほど……』
今度は肯定でも否定でもない答えが返ってきた。
「今までは不思議に思っとっただけだったんだけど、今日飯田さんの話を聞いて気づいた。
闇は魂に拠る。それはもともと同じものだから。じゃあ、逆のパターンもあるんじゃなかと?」
魂が闇に拠る。
それはもともと同じものだから。
「ダークブレイカーは闇の塊。拠代にはこれほど最適なものもないっちゃろ?」
『さすがですね、れいな。よく気づきました』
今度の答えは肯定と捉えてもよい答えだった。
- 113 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:04
- 『そして私の話したいことともつながります。れいな、一度ダークブレイカーを指輪に戻してもらえますか?』
「えっ、なんで?」
『これでは少し話しづらいでしょうから、今から私の姿を見せましょう。少し、ダークブレイカーの魔力を
借りることになりますが』
そういうことなら断る理由はない。ダークブレイカーの魔力はほぼ無尽蔵だし。
あたしはダークブレイカーを指輪に戻す。
と、指輪の宝玉から光があふれ出した。
光はゆっくりとあたしの前方の空間に像を結ぶ。
幻術のようなものだろう。映し出されたのはエキゾチックな衣装を身にまとった、
あたしと同い年くらいの少女。
「この姿では初めましてですね、れいな。これが私の生前の姿です」
「あんたは……一体……」
「私の名前は、ヒカリ。赤嶺光莉。今は亡き王国、『アカビア』の最後の王女です」
- 114 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:06
-
◇ ◇ ◇
「・・・・・・」
「あれ、れいな、どうしました?」
「いや、ちょっと……」
あまりにもあまりな真実を突きつけられて、頭の処理が追いつかない。
『アカビア』ってポンちゃんが話してたあの昔話に出てきた国?
その最後の王女ってことは、光魔法の始祖にして、自分の命と引き替えに愛する人を
よみがえらせたっていう、あの……?
「その王女様がどうしてダークブレイカーに?」
「私がダークブレイカーに宿ることになったのはいくつもの偶然が重なった結果です。
ですが今、私には目的があります。私は、夜魅を止めたいのです」
「夜魅って……もしかして……」
「れいなたちが闇と呼ぶ存在の、本当の名前です。破透夜魅。私が生涯をかけて愛した、
ただ一人の人です」
なんかさらに頭がこんがらがってきた……。
そんな状態を悟ったのか、光莉が「順を追って説明しましょう」と話を始めた。
「私の命が失われたとき、すなわち夜魅の中で闇の力が目覚めたとき、肉体から切り離された
私の魂は、闇によって捕らえられました」
魂は闇に拠る。
確かにそういうことになる可能性もあるだろう。
- 115 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:08
- 「夜魅は無意識のことだったのでしょう。夜魅は私の魂を捕らえたことにも気づかずに、その目覚めた
闇の力を使い、私の国を滅ぼしました。その後も夜魅は破壊を続けました。私を亡くしたことの
怒りや哀しみをぶつけるように。私たちを否定した世界を否定するように。私は夜魅の近くにいるのに、
何もしてあげることができませんでした」
それはどれほどの無念さだっただろうか。
愛する人が狂っていくのを、ただ見ていることしかできないなんて……。
「それから数十年が経ち、やがて六人の勇者たちが現れました。勇者たちとの戦いで
夜魅の肉体は滅ぼされましたが、夜魅の魂は闇そのものとなり、世界に留まりました。
闇を倒す手段がなかった勇者たちはひとまず闇を次元の狭間に閉じこめ、封印を施しました。
私はその封印に弾かれ、わずかな闇の断片とともに、この次元に残りました。
夜魅は最後まで私の存在に気づきませんでした」
もし、破壊を続ける中で光莉の存在に気づくことができたら……。
今現在はいろいろなことが違っていたはずだろう……。
「闇を封印した勇者たちは、その場で新たな魔剣を作り出しました。この次元に残った、
闇の断片を宿した、闇の魔剣を。そのとき私は一緒に剣に宿りました。新しく生まれてくる、
夜魅を倒すための魔剣に。こんな形になってしまった私に何ができるのかはわからないけど、
もう一度夜魅と向き合うために。そして、夜魅を止めるために」
「・・・・・・」
なんていうか、言葉が出てこない。
文字通り、死ぬほど愛した人、ってことか……。
「なんか、すごいな……。好きな人のためにそこまでできるなんて……」
「そうでしょうか? そんなにれいなと変わらないと思いますよ」
「えっ!?」
「私もれいなもここまで来たのは好きな人のため、ではないですか」
「あ〜……」
まぁ、いわれてみればそうなるかも……。
ていうか光莉とは、ダークブレイカーとは相当長いつきあいで、しかもほぼずっと一緒に
いたことになるから、もちろんあたしの気持ちなんか丸わかりなわけで……。
なんかちょっと恥ずかしい……。
- 116 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:10
- 「……夜魅ってどんな人だったと?」
照れ隠しにそんなことを聞いてみる。
「そうですね、優しくて私のことをすごく思ってくれていました。私の知らないものや
見たことのないものをたくさんくれました。私なんかよりもずっと輝いている人でした」
光莉はどこかうっとりしたような表情で語る。
きっと光莉はすごく純粋なんだろうなぁ、と思った。
「なるほど、ステキなカレシだったんやね?」
「違いますよ。ステキなカノジョだったんです」
……はっ?
光莉はくすくすと笑って続ける。
「どうも語り継がれていくうちにいつの間にか変えられてしまったようですが、
夜魅は私と同じ女性ですよ」
「えええぇぇぇええっ!?」
なんか今日聞いた話で一番衝撃的と……。
「……ま、マジで……?」
「えぇ。当時は同性同士の恋愛なんて認められてなかったし、ましてや私は一国の王女。
決して結ばれることはないとわかっていながらも、私は夜魅を愛さずにはいられなかった」
光莉があたしに微笑みかける。
「だから私は、少しあなたたちのことが羨ましい。当たり前のことのように好きな人を愛することが
できて、さらに結ばれることもできるなんて」
あぁ、そういえば……。
光莉の遠い子孫に当たる現在の光の王女は、法律変えてまで好きな人と結婚したんだっけ。
- 117 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:11
- そのあとあたしは光莉といろいろなことを話した。
まるで昔から知っている友達のように。
そして、話が一区切りついたころ……。
「れいな」
「んっ?」
「今日私がこの話をしたのは、私と、そして夜魅のことについて知っておいて欲しかったからです。
私も夜魅も、本来ならばこの時間に存在していい者ではありません。ですかられいな、
明日、夜魅を倒すときには、迷わず私を振り下ろしてください」
「わかってると。あんたも夜魅も、まとめてれいなが救ってみせる」
「そう言ってくれると思いました」
光莉が微笑む。
そのとき、足下から「れいな〜!」と呼ぶ声が聞こえた。
見てみると、そこにはポンちゃんの姿があって。
「見張りの交代だよ〜!」
「あっ、は〜い!」
返事をすると同時に、光莉の姿が消えた。
たぶん指輪の中に戻ったのだろう。
私は木の枝から滑り降り、ポンちゃんの前に着地する。
「異常はなかった?」
「はい、大丈夫です」
まぁ、あんまりまじめに見張りしてなかったけど……。
結界に変化はなかったから、大丈夫だろう……。
「そっか。それじゃ、あとは私が見張るから、れいなはゆっくり休んで」
「はい、お願いします」
そう言い残してあたしはテントへと引き返した。
- 118 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:12
-
◇ ◇ ◇
テントに戻ると、敷かれた布団の片方に絵里が横になっていた。
眠っているのかな。
なのであたしも空いている方の布団に潜り込むと……。
「れーな」
「なんね、起きてたと?」
どうやら眠っていなかったらしい。
隣の布団でもぞもぞと体を動かす音がしている。
絵里が身体をこちらに向けたようだ。
なのであたしも同じようにして身体を絵里のほうに向ける。
「ねぇ、れいな、思い起こせばさ、ずいぶん遠くまで旅をしてきたよね」
「あぁ、確かにそうやね」
ハロモニランドからアップフロントを横断し、さらにはダウンフロントに移って、このエビルエデンまで。
それだけでも十分長い距離だけど、絵里が言いたいのはそれだけではないだろう。
なんといっても絵里とは子供のころからずっと一緒なのだ。
「魔境近くの孤児院から脱走して、飯田さんに連れられて大陸中を飛び回って」
「そのうえ別の大陸まで行っちゃうなんてね」
この長い旅の中で、あたしたちはいろいろなことを経験してきた。
花のように咲く思い出も。
棘のように刺さるトラウマも。
すべてを積み重ねてここまでやってきた。
それも明日でとうとう終わる。
- 119 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:13
- 「ねぇ、絵里……」
「んっ?」
あたしは布団の上に起きあがり、絵里を見つめる。
言おうか言うまいか迷ったけど。
やっぱりどうしても言わずにはいられなかった。
「明日はいよいよ闇との決戦になる」
「うん」
「絵里……行かなくてもいいとよ……?」
「えっ……?」
絵里も起きあがり、あたしの目を見つめる。
「れいなはダークブレイカーに選ばれた者の使命として、闇を倒しみんなを助けるため。
ポンちゃんも闇の支配を断ち切るため。それぞれ闇と戦う目的がある。でも、絵里にはないやろ?」
「・・・・・・」
「明日の闇との戦いはほぼ間違いなく、今まで経験したことないような死闘になる。
自分の身を守ることだけで精一杯……いや、もしかしたらそれすらできないかもしれん。
わざわざ死にに行くような……」
「れーな!」
強い口調で絵里が遮った。
そして、絵里の手があたしの顔に伸びてきて……。
- 120 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:14
- 「いひゃひゃひゃひゃ!」
頬をつまんで引っ張った。
突然の痛みに思わず焦る。
「な、なひするほ!!」
でも、あたしも負けずに絵里の頬を引っ張る。
そしてしばらくそのまま引っ張り合いの睨み合い。
お互いが涙目になってきたところで、同時に頬を離した。
「う〜、痛い〜……」
「まったく……いきなり何すると!」
「れーなが悪いんでしょ! あんなこと言うから!!」
あまりの絵里の迫力に、思わず言葉が出なくなる。
絵里はさらに続ける。
「行くよ。絵里も行く。厳しい戦いになるってことはここに来るときから覚悟してるし、
それに飯田さんにも言われたし。それに……絵里にだって、戦う理由はあるんだよ」
「なんね、その理由って……?」
「それは……」
絵里は迷ったように顔を伏せる。
でもやがてその顔を上げ、そしてあたしとの距離を少しつめた。
- 121 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:15
- 「れーなと同じだよ。れーなの一番の目的は紺野さんを助けるため、紺野さんのために
闇を倒そうとしているんでしょう? 絵里も同じだよ。好きな人を助けるため、好きな人のために戦う」
「えっ、それってどういう……?」
絵里の言葉を理解する前に、絵里との距離がさらにつまった。
というより、0になった。
背中と後頭部に回された絵里の手が、あたしと絵里の身体を重ねた。
つまり、あたしは絵里に抱きしめられた。
「れーな、れーなのことが好きだよ。ずっと、好きだったんだ」
えっと、えっと、えっと……!?
絵里の行動と言動が理解できず、あたしは軽いパニック状態に陥る。
「えっと、絵里……じょ」
「冗談なんかじゃないよ。本気だよ、ずっと……」
あたしの反応を見越したように、絵里が体を離した。
そしてまた絵里の手があたしの頬に伸びる。
でも今度はつねりあげるわけじゃなく、優しく優しく添えられて。
「んっ……!」
気づいたときには唇が触れ合っていた。
柔らかくて、少し小さな絵里の唇。
振り払うこともできたはずなのに、あたしはまったく動くことができなかった。
- 122 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:16
- しばらくして、絵里の唇がわずかに離れる。
でも、それだけ。
絵里の顔はいまだに私の至近距離にある。
「絵里の気持ち、わかってくれた?」
「……うん」
「そっか、よかった。さすがにここまですれば鈍感なれーなでもわかってくれるか」
ニコリと笑って、絵里は体を離した。
唇から伝わってきた絵里の心。
でも、あたしは一体どうしたらいいと!?
「ねぇ、れーな」
「な、なんね?」
「れーなは絵里と紺野さんのどっちが大切?」
あっ。
それはハロモニランドにいたとき、絵里に問いかけられた質問。
そのときは絵里の気持ちなんか全然気づいてなかったから、適当に受け流したけど……。
「えっと……」
返答に困っていると、絵里が大袈裟にため息をついた。
「ダメだよれーな、ちゃんと一番に選んであげないと」
「えっ?」
「絵里はね、誰と比べられてもれーなが一番大切。れーなも本当は、ちゃんと自分の心、
わかってるんじゃないの? 一番大切な人、いるんでしょ?」
絵里の言っている人は、もちろん絵里自身じゃない。
それでもそんなことが言える絵里は、やっぱりちょっとだけあたしよりもお姉さんのような気がした。
- 123 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:16
- 「うん……」
「そう、それでいいんだよ、れーな」
「絵里、ごめ…んっ!?」
言おうとした言葉は絵里の唇で遮られた。
今度はあたしもゆっくりと目を閉じて。
絵里のことだけを、全身で感じる。
やがてどちらからともなく体を離し、笑いあう。
それでもうあたしたちの関係は、いつもと同じに戻っていた。
「さてと、それじゃ絵里は紺野さんと見張りかわってくるよ」
「えっ、まだ早いんじゃない?」
「いーの。絵里はもう自分の気持ち全部言っちゃったから」
絵里はそう言ってまた笑うと、もそもそと布団を抜け出す。
テントをめくって外に向かう絵里の後ろ姿は、やっぱりちょっと大人っぽい気がした。
- 124 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:17
-
◇ ◇ ◇
絵里が出ていったテントの入り口をぼーっと見つめていると、そこから絵里と入れ替わりに
ポンちゃんが入ってきた。
ずいぶんと早く見張りを交換になって、困惑している表情だ。
「れいな、なんか亀ちゃんがやけに早く来て、見張り交換したんだけど、何かあったの?」
「いや……あったと言うか、なかったと言うか……」
さすがに素直に伝えることはできず、あたしは黙り込む。
ポンちゃんは頭の上にいっぱい疑問符を浮かべていたけど、さらにつっこんでくることはなかった。
テントの中に進み、布団の上に腰を下ろす。
「れいな、もしかして私が見張っているあいだずっと起きてたの?」
「あっ、まぁ……」
「ダメじゃない、ちゃんと休んでおかなきゃ」
「ご、ごめんなさい……」
といっても、あたしは魔力を回復する必要がないから、そこまで休息が必要ってわけでは
ないんだけどね。
さすがに睡眠不足の状態で明日を迎えるわけにはいかないから、少しは寝るけど。
「ポンちゃんはれいなが見張っているあいだちゃんと寝れたんですか?」
「うーん、寝ようと思ったんだけど寝れなくって。ずっと亀ちゃんと話してた」
「ポンちゃんもダメじゃないですか……」
二人揃って布団の上に倒れ込む。
でも、すぐにポンちゃんは身体をあたしのほうに向けて。
ちらっとポンちゃんのほうを見てみると、大きな瞳があたしを見つめている。
どうやらまだ眠るつもりはないようなので、あたしも身体ごとポンちゃんの方を向く。
- 125 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:18
- 「れいな、明日はいよいよ最後の決戦だね」
「そうですね。ようやくここまで来たと」
「うん」
「待っててくださいね、ポンちゃん。必ずれいながポンちゃんを闇から救ってみせますから!」
「うん……」
ポンちゃんの表情がわずかに曇った。
あれ、れいななんか変なこと言ったと……!?
「ポンちゃん……?」
「……れいなはさ、怖くない……?」
「えっ……?」
ポンちゃんの瞳に、わずかに不安が揺らぐ。
「相手は闇……。きっと今まで戦ってきたどの相手よりも強いよ……。れいなは、怖くはないの……?」
「そうですねぇ……もちろん恐怖はありますけど、どちらかというとようやくここまで来たっていう
達成感のほうが強いですね」
「そっか……強いね、れいなは」
「そんなことないですよ」
「ううん、強いよ……」
ポンちゃんの手が掛け布団の中を移動する。
そしてその手があたしの手を包んだ。
一瞬ドキッとするも、すぐに気づく。
震えてる……。
- 126 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:19
- 「私はね、怖くてたまらないの……。私の中にある闇が……疼くの」
「ポンちゃん……」
「私の中の闇が、姫様たちが張ってくれた結界を突き破るように暴れているのがわかる。きっと、闇の本体と
共鳴しているんだわ。今でこんな状態なのに、闇と対面したらどうなるかわからない。結界が破られ、
また私が私でなくなって、れいなを襲ってしまうかもしれない。そう思うと、震えが止まらないの……」
「・・・・・・」
「明日なんか来なくていい。今がずっと続いてくれればいいって……そう思っちゃうの……」
あたしは震えているポンちゃんの手をぎゅっと握りしめた。
「大丈夫ですよ、ポンちゃん」
「れいな……」
「そのポンちゃんの恐怖も、不安も、全部れいなが解消してあげます。明日、闇を倒して」
ポンちゃんの手から震えがゆっくりと引いていく。
曇っていた顔にも少しずつ笑顔が戻ってきた。
「やっぱりれいなは強いよ。きっと私一人で旅立ってたら、ここに着くこともできなかったと思う。
あの日、れいなが一緒に行くって言ってくれて、そしてみんなが着いてきてくれて……
だから私はここまで来ることができた」
「だからそんなことないですって。第一、ポンちゃんのほうが全然強いじゃないですか」
「そういう強さじゃなくて、なんていうかな、心の強さっていうのかな?」
ポンちゃんもあたしの手を優しく包み込む。
- 127 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:20
- 「その強さでれいなはいつも助けてくれたよね……。いっぱい、いっぱい感謝してるよ」
「ポンちゃん……」
「れいな……私、れいなのこと、大好きよ」
……え?
ポンちゃん、今、なんて……?
「えええぇぇぇぇええっ!?」
ポンちゃんの言ったことを理解した瞬間、あたしは布団から飛び起きた。
なんか今日、あたしは驚いてばっかりだ……。
「ポ、ポンちゃん、それって、どういう……!?」
あたしはまだ絶賛混乱中。
そんなあたしの様子を見てポンちゃんは楽しそうに笑ったあと、同じように身体を起こした。
「うん……きっと、れいなと同じ『好き』……」
顔がカーッと熱くなる。
見れば、ポンちゃんの顔もほんのりと色づいていた。
見つめ合う瞳は互いを引き合い、その力に流されるまま、あたしたちは身体を寄せ合う。
「ポンちゃん……れいなもポンちゃんのこと大好きと……」
「ありがと、れいな……」
また手と手が触れ合い、今度は唇と唇が重なった。
明日、あたしが守るものを再確認することができた前夜。
あぁ、でも今だけは、あたしも思ってもいいかな……?
今がずっと続いて欲しい、って……。
- 128 名前:Interlude X 投稿日:2010/03/05(金) 03:20
-
- 129 名前:片霧 カイト 投稿日:2010/03/05(金) 03:26
- すいませんでしたorz
放置しすぎですね、本当に。
やらなきゃいけないこと、やりたいこと、いろいろありますが、こちらにもちゃんと手を回せるようにしたいです。
ストーリー的にもようやくクライマックスに入り込むところ。頑張りまふ……。
>>106 名無飼育さん 様
暴走したりしましたが、基本的にはカオリンはいい師匠ですよ。
全作ではとんでもないラスボスだったのですが、少しは良い面も見せられたでしょうか……?
>>107 名無飼育さん 様
すいませんありがとうございますごめんなさい(ぉ
>>108 名無飼育さん 様
時間的にもストーリー的にもかなり長かったですが、それもようやく終わりが見えました。
ストーリーはともかく時間的なことはなんとかしないと……。
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/14(日) 20:31
- はじめまして。1年ほど前から娘小説にはまりだした者です。
片霧さんの小説は以前から読ませていただいてましたが、
Dear my Princess・Dear my…〜Dark×Dark〜は読んだ事がありませんでした。
長編ということで途中から読むのも時間がかかり大変ですし、なかなか暇がなくて…
ですが昨日の夜から読み始め、やっと今追いつきました!笑
ようやく終わりが見えてきたようですね^^
ドキドキしてきました!次回の更新も楽しみにしてます。
ご自分のペースで頑張ってください!
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/14(日) 20:33
- あげてしまいましたすいません^^;
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/07/31(土) 01:09
- ほ
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/26(水) 01:31
- 1
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