メメント・オルゴール
- 1 名前:サマ夫 投稿日:2008/07/26(土) 12:34
-
吉澤中心で色々書いていく。
あまり触れない部分に触れているのでsage進行。
よろしくお願いします
- 2 名前:#1 投稿日:2008/07/26(土) 12:36
-
玄米より普通のパン食にしてほしいってよく言ってったっけ。
母親の心子知らずよろしく、買ってきたらしいパンをガサガサ開けてかぶりつく。
相当眠っていたのか、ぐしゃぐしゃの髪の毛が少し湿っていて油っぽかった。
その顔はあたしが毎朝鏡で見るのによく似ていて、
狭い範囲でうっすらとあるソバカスと男らしい高い鼻が
わずかに違っているだけだった。
- 3 名前:#1 投稿日:2008/07/26(土) 12:37
-
「帰ってたんだ」
「うん今朝戻った」
弘太は手にもっていたアシックスのトレーニングジャージを羽織ると
ソファーにどっかりと座った。
リモコンのスイッチを押しながら口をもぐもぐさせている。
「あー昼か」
「部活とかないの?」
「休み」
「塾は?」
「あるけど皆行かないって」
- 4 名前:#1 投稿日:2008/07/26(土) 12:38
-
こんな日までいかねーよなあ普通。
ってまた玄米かよ。いかにも健康考えてますよって感じのやつ
あの人もよくやるよなあ姉ちゃん――――
「あたしもうそろそろ行くね。お母さん一応おかず冷蔵庫にいれてるみたい」
「もうでんのか?男?」
「あんたの大っ好きなアヤカんとこ!」
- 5 名前:#1 投稿日:2008/07/26(土) 12:39
-
弘太ははっと笑うと丸めた袋をリビングの入り口にあるゴミ箱へと放った。
スナップをきかせたフリースロー。
弧をかく放物線はわずかにずれて床に着地した。
「姉ちゃん!ごめ、拾って」
「はいはい」
一度もったバッグを左腕に引っ掛け、グシャグシャの塊を拾って落とす。
「今日帰ってくる?」
「帰ってくるよ」
「なるべく早く帰ってきてよ。弘平もたぶんいるだろうしさ」
彼女はどうするの?なんて野暮なことは聞かない。
- 6 名前:#1 投稿日:2008/07/26(土) 12:40
-
「・・・おっけーわかった、楽しみにしてるよ弘太君♪」
「きも」
語尾に芝居がかった声をだすと似た顔がはにかんだように笑った。
口元が緩むのを感じる。
2年前からバカみたいにあたしを追い抜いたデカイ背中が愛しい。
かわいい弟はふいに立ち上がり、冷蔵庫を開けオレンジジュースパックに
そのまま口をつけた。
ごくごくと3回喉をならしながら冷蔵庫の奥を見て
愛らしい目をきゅっと細めた。
「なあんだ。バレてら」
2階の冷蔵庫にでも入れとけアホ。
あたしは先ほど味わった少し歪なデコレーションが施されたクリームの
感触を確かめるため唇を舐めると家を出た。
- 7 名前:#1 投稿日:2008/07/26(土) 12:42
- 外はもうクリスマスモードのピークといった感じで家も街も派手な装飾が目立つ。
さくさくさくと歩くたび、浅くつもった雪が鳴った。
途中で楽器屋さんに寄らないとなあ・・・
もうアヤカとまいちんの分は買ってあった。
どうせ今日はそんなに遅くならないだろう。クリスマスイブのメインは深夜で
二人はそれぞれ予定がある。
お熱いことで。
突き刺さるように寒い外気とは反対に心にほっかりとくる温かさを感じて
あたしは会いたい人たちのもとへ急いだ。
- 8 名前:#1 投稿日:2008/07/26(土) 12:43
-
その日、アヤカとまいちんと別れて家に帰ったあと
吉澤家は家族全員でクリスマスパーティをした。
午前様にはならなかったけど、それなりに遅い時間帯だった。
弟達の作ったクリスマスケーキと母親が作ったご馳走。
父親の笑い声。そして、人数オーバーのプレゼント。
- 9 名前:#1 投稿日:2008/07/26(土) 12:44
-
幸せだった。
好きな人たちに囲まれて、
あたしはただただ幸せしか感じてなくて。
まるでそれがずっと続いていくような。
あくる日にはみんなでシャンメリー代わりのお酒を飲み交わして、
またあくる日にはサンタ帽子を被った誰かの子どもなんかを抱いちゃったりして。
そんな想像をしたくなるほど幸せだったんだ。
- 10 名前:#1 投稿日:2008/07/26(土) 12:46
-
逝く前にあたしは君に何を残しただろうか
持ち主に一度も使われることのなかったドラムスティックを少し回す。
メイプル素材のそれは軽すぎて、手から零れ落ちるように空気をきった。
カランと響く弱弱しいその音が堰となりあたしは盛大に泣いた。
水滴さえ凍りつくような寒い冬の夜だった。
- 11 名前:サマ夫 投稿日:2008/07/26(土) 12:47
- 短いけど>>2-10ここまで。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/26(土) 18:20
- 胸が苦しい
でも続きが読みたいです
- 13 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:38
-
#2
この居酒屋はなぜか壁の色が2色。
朱色と黒でわかれていて、ぼうっと薄暗い光が反射している。
その光がとろっとお客さんを照らしいるのが外の庭と妙にあっていて
あたしは気に入っていた。
障子をぼーっと見ていたら、数分同じ動作を繰り返す
ひとみちゃんの影が目に入ってあたしは思わず声をあげた。
- 14 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:39
-
「ちょっと吉澤さーん!お腹すかないの?さっきから飲んでるばかりじゃん」
「んーーーとね、あのですねーこうスッキリしたものが欲しくてさあ」
「だめだよ空きっ腹にアルコールは回るんだから」
「んふふへ、あたしの〜胃袋はなぜかアルコールを吸収しない」
- 15 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:41
-
ひとみちゃんは目の前の小さな春巻サラダを
驚くほど流麗な箸遣いで運ぶと
たいしておいしくなさそうに咀嚼した。
うるんだ目と白い頬に浮かんだ赤さがとても色っぽい。
だけど、かといって彼女は酔っているってことはない。
喜ぶべきか悲しむべきか、ここ2年でお酒との
相性を見放されたとしか思えないほど
潰れない人に成長してしまっていたから。
- 16 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:42
-
「梨華ちゃん」
「ん?」
「どんな人でもさー、一口で酔えるお酒があればいいのにねえ」
芋焼酎をこくっと飲みながら
何でもない風に彼女が言った。
たぶん言ったつもりだった。
- 17 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:43
- 「ベロベロに酔ってさ誰かに介抱されて・・・
まあ別にされなくてもいいけど
そのまんま即寝るの。い〜い気持ちのまま。そしたらさ」
何かを思い出すように右上で漂っていた目が
すっと閉じられた。
苦悶の表情じゃないのに、あたしは咄嗟に
目の前の人が泣くんじゃないかとぐっと身構える。
胸の奥がズキンと痛むのを感じた。
- 18 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:44
- 「そしたら、、、そうすれば・・・」
そうすれば。
そうすれば、全部忘れられるのに?
- 19 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:46
- あたしは顔に出ないよう努めて笑顔を作った。
「だったらね〜よっちゃんはちょっと飲むのを抑えないと!
慣れすぎなの。・・・でも、
酔いたいならテキーラとかウォッカとか一気しちゃえば?」
バカなあたし。
一生懸命、頭をフル回転させるのに
気の利いた言葉がでてこない。
飲むなと禁止して、飲んでと促す矛盾。
やっぱり考えながら喋るのってほんと難しいんだね。
- 20 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:48
- 「えーやだあ、キケン!不健康なのは親が心配する。
むしろ梨華ちゃんが飲めば?ちょっとは強くなるかもよ」
全くつっこむことなく軽口を返してくる。
「あたしはいーの!っていうか女の子は強くなくていーの。
お水のお姉さん達じゃないんだから」
「またそんな言い方する。バニー着てよく言うよ」
「そうだねーーって、なんかいった?
あれ今傷付くこと言ったでしょ?」
「ううん違うよ。一生懸命な姿が感動っていったの」
「ちょっとバカにしてるでしょ!
お仕事だから仕方ないんですぅーそれに別に嫌じゃないし」
- 21 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:50
- それぜってー麻痺してるよ!なんて苦笑して
縁がアシンメトリーに作られたガラス杯を
あっという間に空けた。
もう慣れたけどおかしいくらいペースがはやい。
ひとみちゃんは指先の水滴をとると
細い指を駆使してストローの袋をいじり始めた。
手持ち無沙汰なんだろうなと思った。
トップコートの施されたキラキラ光る爪が
あたしのこめかみに伸びてきた。
- 22 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:51
-
「似合う」
「なあに?」
「可愛いねえ梨華ちゃん」
長年羨ましく思う大きな目が儚げに細まる。
- 23 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:52
-
ほらまた。
苦しそうなのはあたしの深読み?
器用に対照となった蝶々が髪をかすめた。
「ふふ、よっちゃん酔ってるの?」
「いや全然」
「ほんとに?」
「うん」
- 24 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:53
- やわらかいストローリボンは芋ロックが生んだ凝結によって
丸められた。なんら脈絡のない行動。
まいちん遅いねえ。なんて言いながら
ケータイで時間を確かめてる。
もっと聞き上手だったら
もっと語彙があったらよかったな。
普段言いたいことをうわーっとしゃべって
スッキリしていた自分に後悔。
あたしの頭の中にはストレートな言葉しか浮かばないの
- 25 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:54
-
弟さんのこと、どういったらわかんないけど
本当に本当に大変だったね
でも、ひとみちゃん、
どうしてそんなに痩せちゃったの?
どうしてそんな風に笑うの?
もっと泣いてよ
相手の悪口でもいってよ
一人だけ悟ったような顔しないで
会話の沈黙が怖いのに
そんなことを遠回りに言うことさえできない。
- 26 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:55
- あたしは同期。
辛いことも楽しいことも共にしてきた。
だから大丈夫
さしでがましいことじゃないよね?
多分、あたしの性格は
あたしが思う以上に相手が知っているはずだから。
きっと伝わる。
あたしは意を決して声をあげた。
- 27 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:57
- 「あのねえ!よっちゃん―――」
「梨華ちゃん」
え?
ふいにふわっと甘い香水の香りがして、
ひとみちゃんの白いむきだしの喉が見えた。
- 28 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:57
- 細い腕が首に巻きつけられている。
抱きしめられているというには微妙な態勢。
それでも鼓動がおかしいくらい鳴り始めるのを感じた。
少し目線をあげたら、月に照らされたひとみちゃんの顔。
- 29 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 16:58
-
何?
なんなの?
混乱する頭を置いて頼りない肩が近づいてくる。
あたしは右手を畳につき倒れないように体を支えた。
左手にはいつの間に彼女の手。
ざわざわと背中が震えた。
彼女の様子がおかしいことを理解するまでコンマ数秒。
- 30 名前:#2 投稿日:2008/07/30(水) 17:00
-
「あ・・・」
かわいいねえりかちゃん―――
長い睫がすっと落ちる。
唇と唇の距離が紙一枚へだてた距離になって
そして・・・
・・・・・
- 31 名前:サマ夫 投稿日:2008/07/30(水) 17:02
- >>13-30
ここまで。
- 32 名前:名無し 投稿日:2008/07/31(木) 00:45
- おぉーっと寸止めですかぁ
吉澤さんどーなっちゃうんだろ
幸せになれる様に神に祈っております
- 33 名前:119412 投稿日:2008/08/06(水) 03:14
- りかちゃんよっちゃんをたのんだYO
作者さまお待ちしています。
- 34 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:01
- #3
弘太が死んだという事実。
肉親が、今まで当たり前の生活で存在していたそれが、
突然なくなった。人間は都合の悪いことをショックで一瞬忘れることができるらしい。
直後のあたしはまさしくそれで、弘太の事を告げるマネージャーさんの言葉が
ただのBGMみたいで。
あたしは泣き崩れるどころか逆に口角が引きつるのを感じた。
- 35 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:02
- 「吉澤さん携帯見ましたか?」
年上だがこの業界に入って日が浅いであろう彼が
丁寧な口調で言ってきた。
「え、今日の予定はメールで確認しましたけど」
彼が少し焦ったように、しかし言いにくそうに言う
その目が哀れんだように細まって、なぜだかあたしは危険信号を感じとった。
何かが起こったんだ。
着信を今すぐ見てください―――
- 36 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:03
- 携帯禁止のフロアスタジオを抜けてロッカーにいく。
ざわざわと血液が騒ぎ出す。
あの表情、なんなんだ一体・・・
- 37 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:04
- 私は笑った。
携帯電話をあてた耳の奥でお母さんが啜り泣いている。
なんていっているのかよく聞き取れない。いや、聞き取れたけど脳が一瞬遮断した。
その単語を聞いたら自分は・・・自分は・・・
場違いに口角が上がる。
背筋が凍るように冷たいのに喉がカラカラに渇いていく。
頬が熱くなって目頭に激痛を感じた。
痛い・・・冗談でしょ・・・
- 38 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:05
-
「よっちゃん!」
いつの間にかロッカールームに美貴が来ていた。
ジャージ姿に水滴がついているミネラルウォーターのペットボトルと
きれいに折りたたまれたタオルを持っている。
それがあまりにもごく普通のレッスンの光景で自分の起こり得ない現実から
一瞬、目を背けさせることに成功する。
- 39 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:06
-
「・・・」
「タクシーがもう来てるよ。着替え、はいいか。
もうそのまま行こう?」
頭が痛くて、美貴の声が大きくもないのに煩わしかった。
美貴は自分の汗も拭かずに手に持っているものを差し出す。
あたしより辛そうな顔をしている。
- 40 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:07
- 「うん、ありがとう」
美貴そんな顔しないでよ。マジなの?今の状況。
受け取った水を少し飲んであたしはまた美貴を見た。
表情はさっきより険しくなって、早くしろと急かすように深刻な顔をしていた。
あたしは視界を一時的に遮断した。
- 41 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:08
-
神様――
どうやらこれは現実みたいです。
どうかどうかお願いします。
この状況をどうか
弘太を
「うぁ・・・・」
頭痛が頂点に達する。目から熱い水が大量に溢れ出していくのを感じた。
決壊したダムみたいに溢れ出してくるそれをなんとかせき止めようと
手の甲をあてるがまったく止まる気配がない。足の力が抜けていく。
- 42 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:09
- 「よっちゃん!よっちゃん!大丈夫だからっ・・!」
バタン。
突如ドアがあく音。
「吉澤さん、荷物持ちますから」
小春のものらしきレッスンシューズが膜をはる視界に入ってきて
細長い指が床にあった鍵を拾った。
カチャカチャと手早く蓋をあけて荷物を引き出す。
冷静で凛とした声色。
しゃがみこんだあたしを隠すように
美貴が頭にすっと手を置くのを感じた。
- 43 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:10
- 「小春、ダーニー先生は?」
「さっきマネージャーさんが何か伝えてました。
吉澤さん、この外にでてるの適当に入れますけどいいですか?
すいません」
顔をあげると今年15歳になるとは思えない早熟な容姿をみとめる。
急成長中のよくしなった腕でバッグを抱え
あたしの右腕をそっと支えた。
嗚咽をかみ殺しながら小春を見る。
- 44 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:11
-
「よっちゃん」
「立てますか?」
頷いて、さっと立ち上がる。急いで飛び出さなければいけない。
聞いてしまったけど。でも、足を踏ん張らないといけない。
じゃないと少しの希望だって失われてしまうんだから。さあ、走らなきゃ。
弘太、どうか無事で・・・
- 45 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:11
-
急ぐなよ姉ちゃん
俺、頭打っちゃったからもういないんだよ
聞いただろ
もう俺この世には・・・
駆け出す力が反発するように強く地面を蹴らせた。
「くぅ・・・ぐっ・・ぅぅぅ」
あたしは一言も発することなかった。マネージャーさんがずっと
肩を抱いてくれていて、あたしはそんなのも気に留められないくらい
涙を流す行為ばかりに従事していた。
- 46 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:12
- その後?もうあんまり覚えていないんだ。
どんな風に東京に帰って、どんな風に病院に着いたかなんて。
スピードスライドで駆け抜ける場面は恐ろしいほど早くて。
ただわかったのは弘太はそのまま死んでしまった。
起きてあたしに笑いかけることなく、家族に発する言葉すらないままに。
- 47 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:14
- ***
正直、前から卒業っていう行事自体はあたしの中で
そんなに重要でもなかった。弘太のこともなぜか実感がわかなかった。
遺体を見たのに自分でも変だなと思った。
仕事を休めと言われたが、それは今するべきじゃないと思った。
とにかく仕事がしたかった。一人でいたら妙な浮遊感に襲われて
とても居心地が悪くなるだろうから。
- 48 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:15
- 大阪公演用のフォーメーションを聞いて
スタンドエリアを確認する。
移動、舞台にあがるタイミング、こつこつとこなす。
メンバーのほとんどはなんで来たのかと
最初訝しげにしていたようだが、あたしが普通に話し出すと
普通に笑顔をもって対応してくれた。
- 49 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:16
-
「小春」
カモシカのようにしなやかな肢体を放り出して、
小春が裏口の塀の壁で休んでいた。
一人だった。あっというと、あの持ち前のへらっとした顔で
笑いかけてきた。
「吉澤さんだー」
「そこで何してんのー?」
「休憩です!」
隣に腰かけて、すっと寒さでぬるくなったお茶を差し出す。
- 50 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:17
- 「うわ、いいんですか?じゃあ一口・・」
「これごとあげるよ」
「えーありがとうございます!ちょうど喉渇いてたんですよね」
いただきます!と天真爛漫な笑顔がこちらを向いて
ボトルに口付けた。
はーっ息を吐いてまじまじと小春を見た。
- 51 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:18
-
弘太と、タメだったろうか。いや年下か・・・
その顔は相変わらずへらへらしているが
あたしがしつこいくらいまじまじと見つめると
観念したようにふっと笑ってへらへらを引っ込めた。
「ありがとうね小春、あのときは。」
弘太が亡くなった日。
「んぐ、んぐ、ぷはぁ!・・・あぁーいやいや。全然ですよ」
- 52 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:19
- その垂れ下がらない眉と目を見て
なぜかこっちもふっと笑いがこぼれた。
この子は本当に。頭が、いい。
その年齢でそれを覚えてしまっているのに
くすぶっていた年下の同期を少し重ねながら
あたしも同じお茶をぐっと飲んだ。
外は冬晴れできらきらと輝いて
優しい光がすうっと門から入ってキレイなアーチを作っていた。
寒いけどなかなかいい場所だなと思った。
- 53 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:20
-
「小春は、どんな大人になるのかなあ」
「あはは、なんですか突然」
「なんとなくね思ったんだ」
小春はさっきの天真爛漫さをひっこめ
自嘲気味に笑うとぱっといった。
「本当、ろくでもない大人になるんじゃないですかねぇ」
こんな意味なくチヤホヤされて
無理矢理笑わなきゃいけないし。
人気あるのはあたしじゃなくてきらりだし。
友達とも会話あわないし、遊べないし、勉強もしてないし。
- 54 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:26
- 小春はジャージについた木の葉を邪魔くさそうに払う。
「そうは思わないけどね」
「ですか?」
「バカなあたしに言われるのは嫌だと思うけど聞いてくれる?」
「・・・小春は吉澤さんがバカだと思わないです」
あたしは笑って縮毛矯正でツルツルの前髪をすっとなでた。
あのとき美貴がしてくれたみたいに。
- 55 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:30
- 「これから色々起こると思うんだ。だって多分ね
娘。でいられるのって人生の10分の1とか
それ以下ぐらいだと思うし。長い目で見るとね
ほんとささいな事だったりすると思うんだよ」
「・・・・」
「天狗になって突き落とされて、また上昇してまた叩かれて・・・
でもきっとそれもささいなことでさ。
大切な人がいて、そういう人達に関わって生きて、
笑えればもうそれで幸せなんだと思うよ」
子どもらしくない冷たい笑顔があたしを見た。
「はは、その大切な弟さんを失ったじゃないですか。
あんなに泣いて。それとももう消化しちゃったんですか?」
「・・・」
- 56 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:32
- 確かに失った。
彼はもう家には帰ってこない。
もうあたしに笑ってくれることも、
憎まれ口を叩くことも、ご飯を食べることも、
カットインで切り込むことも、スリーポイントを決めることも、
細いドラムスティックで豪快な音を出すこともできない。
好きな人を抱きしめることもできない。
小春はお茶を飲み、言い放つ。
「あたしも死にたいな。吉澤さんの弟さんの代わりにでも」
そしたら皆、同情してくれたかなあー・・・
すーっとペパーミントのあの強烈な冷たい空気が体を包む。
絶対零度の表情を意図的に作って小春の様子を伺った。
- 57 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:36
-
「・・・・・・」
「殴らないんですね」
殴れるわけがない。半ばわかっていた。
言った直後だっていうのに小春は
もうすでに痛そうな顔をしていたから。
「消化なんてしてないよ。でも今は見るしかないんだ」
前を。
じゃないときつい
「・・・ごめんなさい・・・」
- 58 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:39
-
再度ゆっくり小春の頭を撫でる。
気安く撫でられる身長じゃなくなるのも
近いだろうななんて思いながら。
「小春は幸せになるよ」
「無責任なこといって」
「今頃知った?」
日が少しずつ浅くなってきた。
「保証があるものなんてあんまりないことわかっているでしょ?
でもさ、、それでも小春はきっと幸せになれる」
あたしの直感。
君は綺麗だから。
年齢以上に大人っぽい容姿のせいで隠さなきゃいけない自分を
わかっているから。
笑顔で乗り切り他者に狡猾さを見抜かれないために。
それは周りが真に受ければ受けるほど
彼女の人格の自己防衛機能を強くしていくだろう。
幸せの尺度なんて人それぞれとか言われたらおしまいだけどさ。
- 59 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:40
- 「えへへ、吉澤さんってほんといろいろ鋭いからやだなぁ」
小春が小春じゃなくなっちゃうみたい。
小春が切なげに笑った。なんか泣き出しそうだった。
「そう。ごめんね」
「・・・・でも好き」
小春は撫でていた手をぐっと掴むとあたしに抱きついてきた。
固く結んだ瞼と口を引き締めてすがりつくように。
あたしはぎゅっとその頼りない
子鹿のような存在を抱きしめ返した。
「なんか、逆だったなぁ」
なんで小春が慰められてんだろ、、、
小春はそう呟くと鎖骨のあたりに
頭をぐりぐりと押し付けた。
- 60 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:41
- 冷たい肌に少しだけ生暖かい水分が滴ったけれど
小春のプライドに免じて何も言わなかった。
あたしは無言で愛しい塊を撫で続けた。
少しの喪失感と庇護欲?・・・かな。
よくわからない感情が渦巻いている自分を冷静に分析する。
それと同時に俯瞰して客観視している己を感じた。
- 61 名前:#3 投稿日:2008/08/06(水) 18:42
-
ああ、そこか
そこにいたんだね
ありがとう
あたしは無心で小春を撫で続けた。
真上の君に感謝と謝罪をこめる。
太陽は雲に阻まれ、あたりを青く染めた。
ひゅうっと冷風が吹いていく。
もう一人の自分が覚醒する瞬間だった。
- 62 名前:サマ夫 投稿日:2008/08/06(水) 18:44
- >>34-61
ここまで。
次は明後日くらい。
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/07(木) 00:13
- 更新お疲れ様です。
じんとくるものがありました。
次回も期待しています。
- 64 名前:サマ夫 投稿日:2008/08/10(日) 12:31
- すまん遅くなった
今回は吉澤以外でてきません!
しかも某歌手がでてきてエロ有りなんで注意。
別に見なくても今後に支障はないかもしれない
- 65 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:32
- #4
春も通り過ぎようとしてる頃、君はあたしに声をかけた。
今まで何も言うことなく、ただ見るだけだった君からの
初めてのコンタクト。
つらそうだね
我慢してても顔にでてるよ
もう十分だから 休んでいいんだよ
優しく優しく生えそろった羽根でなでるように言われた。
正直なんかなあーっとため息ついた
こんな幻聴まで聞いちゃうあたしって・・・
- 66 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:33
- おとなしく上にいたらいいのに、なんてね。
でも素直な話、すごく疲れてたから助かった。
自分で創ったもう一人の自分。
自分で自分を慰める行為に多少の躊躇いと自己嫌悪を感じたけど
それ以上にとにかく疲れてた。
代わってほしいの?って心の奥で問いかけたら、
あなたがそう思っているみたいだからって嬉しそうに返答された。
あたしは笑ってわかったって言った。
- 67 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:34
- しばらく眠るから終わったら起こしてよと言って
あたしはすっと目を閉じる。
ふいにでてくる「意外に女の子」とか、「そのギャップが・・」とか
今まで何回も使い古されてきたフレーズ達が頭によぎった。
みんなおんなじだって、とせせら笑う。
結局作っても同じ。本当の自分なんてわかんない。
自分が特別、個性的に見えてると暗示をかけてた時期はとうに過ぎた。
- 68 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:35
- さあ眠ろう。
任せたよ。うまくやってよね。
あたしはその分、弘太の事を考えないようにできる。
意味なくこみ上げてくる小さな衝動が頬を濡らした。
自問自答の中で、やっぱり土壇場のとき自分は脆いもんだなーと思った。
- 69 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:36
- ***
彼女とは、単独の音楽番組でメル友になった。
詳しく言えば、その番組で知り合いになったアーティストさんの友達の友達。
趣味があえばと思って軽い気持ちでメールした。
親からは絶対に芸人さんや局関係者、他所の事務所関係者とは
個人的な関係で連絡を交換をするなとキツく言われていたから、
あたしにしては珍しいことをした気分。
- 70 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:37
- 彼女のセクシーな歌声と容姿の割りにざっとしたような性格と、
業界での交友関係がそんなに派手じゃないところがすごく気に入った。
あっちは気まぐれにメールを返してくるけれどそれでも嬉しかった。
卒業してハロプロ外部の人と交流が増えてあたしは浮かれていたんだと思う。
バッティングセンターに行ったことやレコーディングのことをほどほどの
絵文字で伝えてくれる。年上のアネゴ系お姉さん。
驚くほど色香が漂う人。
- 71 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:38
- 「ソエルさん」と呼んでいたら、ネットなどで調べないことを条件に
「あき」と呼んでもいいよって言ってきた。
そんなこと言われたら余計に調べちゃうんですけど
なんて冗談を返すと豪快に笑って、それもそーだ!と
じゃあもうなんでもいいよと言われた。
結構知られているからということだった。
- 72 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:39
- オフが偶然にもあって一緒に遊びにも行った。
胸元しか開けてないのに扇情的に見えるファッションや
計画的に巻かれているとしか思えない髪からなんかこう
アーティストです!っていうオーラがでててかっこいいなと本気で思った。
一緒にCDを見て周ると洋楽を聴きながら英語を口ずさむ姿とか・・・
何もかも新鮮で、なんでもないような顔をして内心衝撃を受ける。
- 73 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:40
- 「本当不思議ですね」
「なんで?こうしていることが?」
「そう・・なんか接点なんてどこにもなかったのに」
「あるじゃんたくさん。あんたもあたしも歌をうたって、
スポーツが好き。弟がいる。犬も飼っている。
あんたはあたしの歌、好きなんでしょ?」
「うん」
「あたしも自分の歌が好き」
- 74 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:41
- ははっと笑った。自分の歌を好きと遠慮なくいう彼女に対してじゃなく
歌を歌うことを共通点としているところに。
歌は歌でも・・・ね。
彼女はそれに、といってあたしを見て顔をほころばせる。
んっとはにかむように目を細めた、優しい笑顔。
笑い方が今までの感じと違って顔の血流がかーっと真ん中に集まるのを感じた。
ふわっと頬を撫でられる。上品なバラの香りが流れ込んできた。
- 75 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:43
- 「・・・顎、細い」
可愛い顔だね。
「いやいやいやー・・・あきさんのほうが絶対その、」
「――って言われ慣れてるか。ごめん、こう思ったこと抑えられなくて」
すぐ言っちゃうタイプなんだ。裏とか表とか使い分けられないの。
ジャケットの裾をきゅっと掴む。
照れ隠ししたくてすぐ話題を変える。
「あ!これ香水?何つかってるんですか?」
「あぁ・・・これ?自分でプロデュースしたやつ。でもぶっちゃけ
ブルガリとかロクシタンとかてきとーに混ぜて作ってんのかも。似てるもん」
自身でプロデュースしたのにどこか他人事のようにいってのける彼女。
「へえ・・・でもすごい、いいにおい」
「・・・今度ウチくる?」
「え?!」
- 76 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:44
- 唐突な申し出に驚く。
どんな部屋に住んでどんな生活を送っているのだろう。
興味はすごくある。
行きたいけど、そんな簡単にいいのだろうか。
あたしの思惑をよそに彼女は歩を進めた。
「だって疲れちゃった。あたし実はインドアなの」
- 77 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:45
- ***
家にいく日はすぐに叶った。
でもまさかこうなるとは。
「・・ぁ・・・ぁはぁぁぁ・・」
「・・・んぁ・・・・」
目に入ったのはオレンジと黒が混合した薄暗い光。
ぞっとするくらい美しく映る彼女は
緩く巻いた長い髪をかきあげて左手であたしの上着を取り去って投げる。
インナーを顎の付近までたくしあげてブラを引きずりおろされた。
- 78 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:46
- 口の中を深く探るようにキスをして、舌でかきまわしてくる。
胸にいくと思っていた手はそこを通り抜け
あっという間にあたしのベルトを引いてジッパーをおろしにかかっていた。
え?いきなり・・・?
ネイルチップをはずした素の指先がキラキラ光って思わず息をのんだ。
自分も手をよく、褒められたりするけれど・・・
華奢な指は、いやだけど、蛇のような荒々しさで
あたしの下着の中に手を侵入させるとふとその動作を緩めた。
- 79 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:47
- 「・・・んっ・・・・」
「・・・あぁ・・・濡れてるねえ・・・」
胸、触ってないのにね
これなんだろぉーな。ほら、ここだって
「はぁぁ・・・ぁき・・さん」
「それ、イイ」
新鮮な響きだと彼女は喜んで指を躍らせた。
ジーンズを脱がされ、足をごく自然に開かされる。
侵入した所がくちゃっと響いてきてあたしは目を閉じた。
- 80 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:50
- とにかく切なくなった。もっと触って欲しくて腰を少し揺らしてみる。
目の奥でくっと笑う気配を感じた。あたしの輪郭をせわしなく辿っていた指が
ぐっと開かれてまだ少ししか慣らされてない中に挿りこんできた。
「っ!!ちょっ・・・と!」
ぎょっとして目を見開く。
綺麗だけど異国を感じる狼のような目がいたずらっ子のように微笑んだ。
抗議の声だすタイミングを逸する。
獲りの開始でぇす。いまからあんたを食べるけどいい?
Yesかnoなんて全然、聞く気ないけど。
驚いた拍子に足の力を抜いたらおかまいなしに中をいじくりはじめた。
- 81 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:51
- 「ぁぁっ・・・はあぁあっ」
「意外だね。ホント」
意外、に何?
それ悪いの?いいの?
しばらくじっくり中をねぶられて
尿意と中心の熱さに我慢できずに喘ぎ声が漏れる。
この人、慣れてる
朦朧とする頭をふって顔を覗きこんだら、隠しがたい淫靡な匂いが漂う指を
見せ付けるようにちゅっと吸う。
- 82 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:54
- 顔がかあっと熱くなるのを感じた。彼女はそれを楽しむように
舌をちろちろと出して舐めとってまたそこにもっていく。
何かに気づいたらしく今度は一番敏感な部分をぎゅっと押しつぶされて
執拗にリズムをとって触れてくる。
「はぁんっ!んぁぁっ!あぁっんんんん・・」
叫び声が口内に落ちる。
お互いの呼吸を交換するように口を繋げあった。
唇を離して耳元で囁かれる。
ひとみって呼ぶね。こんなときによっすぃーってなんかムードでないしさ。
あ、あたしはあきさんでいいよ。お姉さんぶりたいから。
- 83 名前:#4 投稿日:2008/08/10(日) 12:57
- ぐちゃ・・・ぐちゅ・・・
おおきな闇をたたえたスピーカーがこちらに向いていて
よもや録音されてんじゃないかなんて自意識過剰なことを考えてしまう。
普段はR&Bの弾けるメロディを拾う饒舌な彼女の舌は
肌の上でも活発で。
胸の中心をれろっと舐められた瞬間あたしは簡単に意識を手放した。
揺らぐ視界の中で時折、彼女が切ない表情で見つめてくるのが少し気になったけど
快楽の手前、考えるのをやめた。
- 84 名前:サマ夫 投稿日:2008/08/10(日) 13:00
- >>65-83
ここまで。
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/10(日) 14:44
- うおおお、そう来たかー。
意外とハマり役ですね。
- 86 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/15(金) 22:52
- おお
予想外な人物が登場しましたね
でも、すごくいいです!
- 87 名前:サマ夫 投稿日:2008/08/18(月) 07:38
- 更新開始する。
その前に#4からでてきた某歌手についての予備事項を紹介。
キャラクター小説界のキャラ付け同様、リアル人物の性格や風貌には
関係なく作者が勝手にキャラ付けしてるだけ。
Sowelu(ソエル)
1982年生まれの吉澤より3つ年上。2002年に歌手デビュー。
その昔、原○亜○という名でグラドル活動をしているが
本人にとっては黒歴史らしくとにかくその話題はあやふやにして煙を巻く。
ポ○キッキにしれっとでてた。
アメリカ人系クォーター。身長160cm
O型。胸露出衣装はデフォ。エロダンスもデフォ。
コウダや谷村より早くエロかっこいいの礎を築いていたはずだが無視される。
2008年5月のわおーんにて吉澤ひとみとメル友だということが発覚。
曲調も方向性もいまだ模索中。
美乳。何気にデコティ。
ビジュアルも体も声もいいのになんか影が薄い。そんな人。
それと今更だけど
メメント・オルゴールの登場人物は吉澤(+sowelu)、小春、石川と
その周辺でなされる予定。もしかしたら増えるかも。
- 88 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 07:40
- #5
目の前には海。
今にも潮風が漂ってきそうな、さざなみが絡みついてきそうな海。
狭い視界をぬぐって賢明に光を追う。
海の境界線の向こうは空ではなく、灰色をした打ちっぱなしの壁だった。
「ん・・あぁぁ〜〜〜」
間抜けな声が思わず漏れる。目の前の鮮やかな青が起きぬけ脳に響いて
とてもだるい。頭も痛い。目がしぱしぱする。
- 89 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 07:43
-
ガラガラガラ・・・
部屋の奥から水音がして、
寝返りをうつとシーツにほっかりと隣の跡があった。
その軌跡を辿っていくと主が半渇きになった髪をいじりながらこっちへやってきた。
布面積こそあれど胸元を強調したような、その、明らかに、
下は裸ですが?的なガウンをエッチに羽織っている。
「・・・あんた」
えい!といって羽織っていた布団をむしられる。
当たり前のように自分も裸。
「お酒くっさいんだけど、ついでになんか顔ひどいよ?」
タヌキみたいな顔して寝やがってといいながらジュースの缶を差し出す。
お礼を言ってそれを受け取り、顔を手の甲で擦る。
寝起き最悪だ。吐き気こそはないものの、ダルさに伴う
体の妙な重量感は昨日さんざん煽ったアルコールのせいだと自覚した。
- 90 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 07:44
- 「いってー・・・あきさん、ごめん洗面所かしてもらえますか?」
コンタクト入れたままだった。
「あたしがうがいしてからね」
「ああ、はい。これ飲みますねえ」
グレープフルーツジュースのプルタブを押し上げて口をつけた。
突き抜ける柑橘の味が体を浄化していく。
ごくごくごくと粘っこい口の中を酸味で洗い飲み下した。
優しい夏の味。
- 91 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 07:45
- 彼女はそんなあたしを一瞥すると、にやにや笑って
壁にかかる絵をなぞった。油絵の具に何回も絵筆を重ねて表現された
波飛沫をついついと指先で追っている。子どもっぽいその仕草に少し
可愛いなと思った。
「昨日のがさーーー、あ〜あ」
「んん?」
ごくごくごく。
飲みだしたら止まらない。そうとう自分は喉が渇いていたようだ。
- 92 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 07:47
- 「何回もうがいしてるってーのに」
「うん?」
「あんたの愛液が喉に絡まって全っ然とれないんだけど」
「ぶ?!」
い、いま・・・???
おかあさん、今、すごく卑猥なことを言われた気がする
口元から少しだけジュースがこぼれたけどシーツにつかないよう
慌てて口を拭う。あまりにも直接的な表現にあたしは耳を疑った。
信じられないという風にあきさんを見る。
笑顔
拭う。見る。
笑顔
いやいやいや・・・ないわー
- 93 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 07:49
- 「な、なん・・・」
「だーかーらーあんたので喉が痛いの。
またついでに言うと舐めすぎて舌のつけ根が痛い」
彼女は真っ白な指をあたしの肩におき耳元で囁く。
ゆっくりはっきりと低音で囁く。彼女のまぶしい豊満な胸が揺れて
またぐらっと気持ちが揺れる。この人、なんだっつーのだ!
冗談なのかもしれないけど、軽口を返せるほど親しくもなかったし
相手は年上だから、うまい言葉が見つからない。
あたしはとても恥ずかしくて申し訳ない気持ちになった。
体温がぐわぐわと上昇して行く。まだ暑い季節でもないのに。
- 94 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 07:50
- 「ごめんなさい」
結局思いつかず、素直に謝る。
彼女の喉を往復する指先を見てマジだったらどうしようと焦る。
おっかしいなあー性病じゃないと思うんだけど。
最近あまり・・・してなかったと思うし。たぶん。
っていうか指摘された事自体が最悪すぎる
・・・人生最大の恥ずかしさ・・・
しかも彼女は歌手だし、あたしのごにょごにょで喉がやられて
仕事休まれたりされたら・・
うっわ最悪。ほんと最悪。するんじゃなかった。
どーかしてたかも。ちゃんと拒否ればよかった。
昨夜の荒々しく股ぐらを荒らされたのを思い出して心底後悔しはじめる。
- 95 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 07:52
- 何にも言えずにぐらぐらと思いを巡らせているあたしの足に
手が滑るように絡んできて、彼女の洗い立ての髪の匂いが香った。
「いいんだけどさ、ちゃんと治してね?」
口付け。
合わさった唇は即決壊。
そして割り込み、導く舌。
舌の付け根ね―――そう、そこ
ふふ、そうそう
もし下手くそにしたらあんたの下の毛切って
目の前でヲタクにでもバラ撒いてあげる
- 96 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 07:53
- ○
。
.
゜
わかったのは、額の奥の鈍痛を柔らげる舌の感触と、
彼女はアーティストでも歌手でもある前に変態さんだったということ。
- 97 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 07:56
-
****
シャワーを頂いて、朝食をとったあとお礼に散らかった部屋を片付けた。
彼女は引越しをしたばかりらしく、本や辞書、
きりっぱなしのルーズリーフやペンが転がっていて、
部屋の隅にはまだ開封していないダンボールが2箱重なっていた。
リビングテーブルに置いてある空き缶やお酒の瓶を
さっさと台所に持っていく。
冷蔵庫にはマグネットでつけた犬の写真が何枚か貼ってあって
ポスカ系のマジックで「ぱっち&ベリ〜☆」と書いてあった。
くにゃくにゃの字がなんとなくぽくて、犬の可愛さよりそっちに笑いがいく。
ソファにそっと二人で座った。
視線をあげるとカーテンから差し込む光が
部屋の綿埃をサラサラと映し出していた。
- 98 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 07:58
- 「よっすぃーって、ほんっと軽いんだね驚いたわ」
TVをつけながらなんでもない風に彼女が言う。画面に目はいったままだ。
「・・や、それは酔ってたからで、」
「体重がってこと」
「・・・」
この人ってSなのかなあと少し思う。
笑えば誰でも瞬殺できる天使のような愛らしさで翻弄して。
ほら、その目。強気な目で見られたら何も言えなくなる。
頭半分身長の低い彼女の得意気な上目遣いを受け止めてため息をつく。
こんなに可愛い彼女のことだ。男なんてはいて捨てるほどいるんだろう。
- 99 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 07:59
-
それより。
今はあまり見たくなかった。
リビングボードの横でドンと構えるその存在感。
雷で落ちた樹木のようにフローリングに根を下ろし仁王立ちしている。
ダークブルーの円筒を左右から包むようについている、
円形の、黒色の皮革。
- 100 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 08:00
- この部屋に足を踏み入れた時から視界に入れまいと
思ったそれを注視してしまう。
鮮やかなダークブルーは起きぬけに見た海の絵の深い部分に似てて、
またズキンと頭が痛んだ。
珍しい色だと思った。
ベードラの縁は古めかしくなっているのか少し擦れていた。
右のタムは留め具が緩んでいるみたいで両方の高さが微妙に違う。
- 101 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 08:01
-
瞼の裏に浮かぶのはリズミカルに手首をたなびかせる少年。
まだまだ大きくなりそうな背中を少しだけ丸めて音を刻む。
ドラムは一番みんなの姿が見えるからいいと微笑んでいた。
- 102 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 08:03
-
―――弘太
なんで君はこの世にいないんだろう
こんなに君を思い出す要素が、日常に溢れ過ぎてるというのに
ぼーっとするあたしの手の先っちょに、別の指先の感触を認識する。
ミネラルウォーターを掴んだばかりなのか冷たい。
薬指を優しく弾かれて、ゆっくり上から掌が重ねられる。
3秒もしないうちにそれは離れ、元の定位置に戻っていった。
- 103 名前:#5 投稿日:2008/08/18(月) 08:04
-
「人はなんで争っちゃうんでしょうねー」
戦っても戦わなくても人の最後は死だ。
「さぁ・・・きっと自分の中の神様がやれって言うんじゃない」
「そっか」
「うん、みんなそう」
変わるがわる画面を4つの目は、なんの気持ちもなく見つめる。
国際紛争のニュースをBGMに二人は無言で時間が過ぎるのを待った。
終わるにしも始まるにしても、関係のないあたし達の世界。
そのときただ漠然と
隣でまどろむ彼女に会う事も、この部屋に踏み入れる事も
もうないのだろうと思った。
- 104 名前:サマ夫 投稿日:2008/08/18(月) 08:06
- >>88-103
短いがここまで。
次はたぶん小春。
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/18(月) 08:23
- 更新お疲れ様でした
読んでてドキドキしましたよ
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 03:05
- 次回が楽しみ!
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 15:56
- このテーマでの吉澤は正直キツいなあーと思ってましたが展開がすごく気になります!次も楽しみにしてます!
- 108 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 16:55
-
#6
あたしはあたしに忠実なものが好き
一番したいことをしてくれる恋人が好き
一番望むものをくれる家族が好き
一番欲しいものを躊躇なく選ぶ自分が好き
- 109 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 16:56
-
『1年2組 久住小春』
小春は指ですーっとその文字をなぞった。
少しだけ埃かぶった大学ノート。
小さくて丸っこい字を書くのが好きだった。
開くとそこには帰りたいと願ってもできない自分が在る。
ふいに小春の心臓に痛みが走る。
悔しさが募って自分の眉間が引きつるのを感じた。
ノートからぱっと手を離す。裏表紙にはもうメールさえ不精になった中学校の
友達とのプリクラが貼ってあった。
- 110 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 16:57
-
「あ〜あ」
小さな四脚テーブルを隅に押しやって、畳の上に大の字になる。
しまったなあ・・・
どこで自分は間違えたのだろうか。
中学卒業して、いや高校卒業してからでも
遅くはなかったのではないだろうか。
大学を卒業してからでだって。
- 111 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 16:58
- あさましく非凡に憧れ、それを選んでしまったのが運の尽きなのか。
普通の青春を味わいたかった。
部活に打ち込んで、テスト勉強に苦しんで、友達と笑って遊んで。
季節の行事だって。
・・・恋だって、普通にしたかった。
生まれ育った故郷、慣れ親しんだ友達、それを投げうってまで得た
ステージは自分に何をしてくれたのか。
- 112 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 16:59
-
ステージ
小春は思う。
自分の偽りの場所。
仮面をつけ、ありもしない夢を魅せる。
それが当たり前の世界だとはわかっていた。
でもわかっていて実際やるのとはやはり訳が違った。
分裂する心は、本音と建前を限りなく離すことに成功していた。
ステップを刻む。123、、123、跳ぶ、ターンして後方にさがる。
歌う。冗談みたいに高い声。
後ろから流れてくる録音におまけのように添える。
前からはまぶしすぎて、失明しそうになるほどのライト。
顔を背けないと目が痛くなりそう。
- 113 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:00
- 壇下の子ども達に問いたい。
あなたが見ているのは何?その欲しがりの目で見るもの。
無垢な声と純粋な瞳。あたしはどう映っているの?
あなたが見てるのは久住小春?月島きらり?それとも―――
- 114 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:01
- コツンコツン
バタン。
「おはよーございます」
さっと開かれたドアに体勢を整えることが間に合わなかった。
慌てて起き上がる小春を、入ってきた主は一瞥して微笑みドアを閉じた。
まずい。小春は反射的に思った。
- 115 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:02
- 「はあっとっと!よし、吉澤さんおはよーございまーす」
「寝てた?」
「えへへへ、早くついてしまったんでぇ」
「ほんと早いなあ〜〜〜」
えらいえらいと言って吉澤が笑って小春の頭を撫でた。
小春は無意識に逃げそうになった頭を、
ぐっと持ち堪えさせその掌を甘受する。
スキンシップは好きな性質であったが、
他人に頭を触られるのはなぜかあまり好きではなかった。
掌のぬくもりは気持ちいい。
しかしセットしてきた髪が少しでも形を変えるのはいささか気分を害した。
- 116 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:04
- 何よりこの吉澤という人間はどうも、自分より年下の者に対して
幼児を扱うような態度をたまにとる。それがなんとなく気にくわなかった。
「あんまり信号に引っかからなくて。吉澤さんはいつも早いですねー」
「髪短いからね。」
シャワーとか、早いから。
「ああーなるほど!」
そそくさと心なしに家から詰め込んできたノートを鞄に戻す。
へらへらーとした顔を見せて吉澤を眺めるが、そのどんぐり目が
その動作と、鞄からはみ出した青の冊子を捉えていた。
小春はありゃーと思った。
わざとらしかったかもしれないが、
めざといなあと思った。
- 117 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:05
- それ何?という質問に対する答えを何通りか頭に浮かべて、
一番興味を殺ぐような返答を考えたのだが
吉澤は小春を見つめて、ぱっと視線を外した。
あ。
小春は口に出すこともなく
心の中で呟いた。
吉澤は別段何も言わず、
最近風邪が流行っているから注意してねーと言うと
鞄を持って部屋からでていった。
- 118 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:06
- カツンカツンと響く靴音は小さくなってやがて消えた。
楽屋は小春が一番乗りしたままなんら変わっていなかった。
数十センチ先にある固まった埃の位置さえ変わっていなかった。
もう関係ないってことか。
お気楽なもんだね吉澤さん
小春は諦めに似た憤りを感じた。
吉澤は元来より楽屋にいることが本当に少なくなっていた。
それは吉澤と自分たちの触れ合う時間がなくなってきている事を
意味していたが、
小春は別に吉澤が楽屋にいないことがムカつくわけではなかった。
- 119 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:08
- 少し前まで、楽屋では静かなタイプだったけど
ちゃんと自分たちと時間を共有していた。
それ以上に
先輩である高橋が言うには
むしろ、ずっと前より楽屋にいることが多くなったと言っていた。
しかし、卒業が言い渡されてからというもの吉澤は少しづつ少しづつ
この空間にいることがなくなっていった。
コーヒーを飲んでくる、買い物にいってくる、電話してくる。
そう言って、彼女は誰も気づかれないように
ちょっとづつ慣性に任せて気配を消していった。
それはいつしか長くなって、
最後には収録が迫った時間にしか戻ってこなくなった。
それでも誰も吉澤が楽屋にいないことをとやかく言う人はいなかった。
もう普通になっていた。
- 120 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:10
- 小春は吉澤のそういった計算高さが嫌いだった。
まだ乱暴に扉を閉めて、機嫌悪く楽屋を後にする藤本のほうが
全然可愛げがあるように見えた。
何をしにいっているのか、昔を遡っているのか、
もう自分達の顔を見ることさえもどかしいのか、
興味はなかったがなんとなく吉澤が薄情に映った。
- 121 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:12
-
さっきの目。
悟ったような瞳。
自分だけ大人とでも思っているの?
思えば小春はそういう吉澤ばかりに気付いてしまっている気がする。
彼女は話せばよく構ってくれたし、笑顔も簡単にくれた。
抱きついたら背中に手を回してくれて、
苦しげな表情をしてたら優しい言葉をかけてくれた。
でも、いつもどこか薄っぺらかった。
先輩である新垣のオブラートに包んでいない嫌味を密告したら
じっくり聞いてくれた。慰めてくれた。
でも何かをしてはくれなかった。
- 122 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:14
- 藤本にそのことを相談した。
そしたらなんでもない風に藤本は笑った。
「ねえ小春知ってる?よっちゃんは『ええとこどり』って
言われているんだよ。誰が言ったと思う?
――――ふふふ、加護亜衣ってやつ」
あいつマジいい根性してたわ。
藤本は喉で笑って自慢の小顔にブラシをかけた。
その収録の時、新垣が小春を鬼のような形相で見たあと
速攻、目をそらしていた。
- 123 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:15
- 今になって思う。
自分がこの業界を選んだ事を後悔する理由のチェックリスト。
そのひとつに吉澤と藤本がある。
誰がいったかわからないが確かに同意する。
憧れは憧れのままがよかった。
- 124 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:16
-
*****
「小春、あんた自分の立ち位置わかっとーと?」
「はーいわかりましたー」
「いやあのさぁ「はーい」じゃなくて、真剣にいってるの」
小春は額に滴る汗を拭い元気に答えた。
それが相手の癇に障っていることはわかっていた。
目の前に対峙するは亀井、田中、道重の6期勢。
いつもはちくちくとこぼしてくる亀井と田中の小言を
華麗にスルーしていた小春だったが、
今回は道重が加わったことで空気が一変していた。
- 125 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:17
- 本気で3人とも怒っているのが小春にもわかった。
わかったけれど、へらへら笑いを止めることはできなかった。
半分反抗、半分意地。もともと誰かに指示されて、
言う事を聞くのは苦手だった。
自分にとって利益にも毒にもならなそうな相手だったら尚更だ。
- 126 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:18
-
「ダンス練習してこんかったなら素直に謝りぃ」
「レッスン週に2回しかないんだよ〜?」
「小春、他の仕事が忙しいならちゃんと言って?」
ごめんなさいって
あたしが泣いたら満足でもするのかなこの人たち。
泣いてやんないけど。
小春は笑顔を引っ込めない。否、今更引っ込められない。
3人はそれぞれの呼吸でため息をつくと目線を床に向けた。
レッスンステージはよく磨かれてかすかに4人を映し出す。
何の思いも篭らない目で小春を見て誰かが言った。
- 127 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:19
-
「・・・やる気ないならアイドル辞めちゃえば?マジで」
あんた、芸能界でやるの嫌なんでしょ。
気付いてないとでも思った?
どっかで抜け出せる糸口でも探してたんだろうけど
今がそのときじゃない?
- 128 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:21
-
****
小春はモーニング娘。に入って初めて泣いた。
喉をかみ殺しても溢れてくる涙が、
上気した頬を何回も何回も撫でていく。
無言で背中を向ける3人が今までで一番怖く感じた。
零れた滴が、外気にさらされた足に落ちたが
小春はかまっていられなかった。
レッスンの時間中、涙を我慢できた自分に賞状でも贈りたい気持ちだった。
悲しいのに笑うのはとてもキツイことだと久しぶりに思った。
- 129 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:22
- 寒い冬の夜は独りを寂しくさせる。
なにがなしに専用タクシーで降り立った場所に小春はいた。
クリスマスを控えた街は、
派手な装飾が目立っていてバカみたいに見えた。
たくさんの行き交う人、人、人。
涙を止められない自分。
雑踏から
興味、驚き、侮蔑、哀れみ・・・たくさんの感情が流れ込んでくる。
歩道をせしめる男の集団がこちらを見てニヤニヤ笑いを浮かべている。
- 130 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:22
-
あなたが見ているのは何?
あたしはどう映っているの?
あなたが見てるのは久住小春?月島きらり?それとも―――
- 131 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:23
-
「こら、中学生」
ひゅうっと風が舞った。
地面に打ち捨てられた木の葉が舞い上がる。
埃が目に入りそうになって手をかかげる。
街灯と店の蛍光灯がぱっと目の前の人影を照らした。
- 132 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:25
- 何もかも悟った瞳をするその人は
優しく目を細めた。
―――――吉澤、さん
小春は目を見開いた。心臓が鈍い音を立てて鳴る。
それは甘い衝動ではなくて
捕まってしまったような、狩られてしまったような
危なっかしい響きだった。
- 133 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:26
- 装飾達が潤った視界をゆらゆらと映す。
浮かび上がる光の中で吉澤が困ったように
微笑んでいるのがわかった。
「15歳の女の子がこんな時間にうろつくんじゃないの」
なるほど
ええとこどり、
ね。
本当そうです、藤本さん
- 134 名前:#6 投稿日:2008/08/20(水) 17:28
- 小春は零れ落ちる涙を拭うことなく
目の前の細い肩に、飛び込んだ。
驚くほど綺麗な光だった。
もしかしたら彼女にとって
不本意だったかもしれない行動。
小春は涙をとにかく止めたかった。
でも止められないことを強く自覚していた。
もちろん、せりあがってくる情動にも。
- 135 名前:サマ夫 投稿日:2008/08/20(水) 17:30
- >>108-134
ここまで。
次は話が幾分かうごくはず。
- 136 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/21(木) 10:09
- むあああ!
こういう雰囲気好きだぁぁ
作者さん、応援してます!
- 137 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/22(金) 14:01
- 息止めて読んでたら苦しくなりました
1番更新が楽しみなお話です
- 138 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:17
- #7
幼い頃の記憶の中で、あたしはよく両手を合わせていた気がする。
ごめんね、とか。ありがとう、とか。ましてや白刃取りとか
そういうのじゃなくてもっと別の
祈りに近い行為だったような。
- 139 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:18
-
「もう最後みたいに言わないで」
彼女が薄く笑いながら言った。
あまりにも軽い感じだったから、何かのセリフみたいに聞こえた。
考えが見抜かれていたことに少しだけ驚きを感じたけど
それを顔にださず、なんとか誤魔化そうと何気ない表情で頭を巡らす。
でも強い眼差しはすべてお見通しというように目を細めた。
- 140 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:20
-
「関係、持ったらもう終わりなの?」
打ちっぱなしの壁に掠れた低音が響く。
彼女のカールした毛先と、あたしの頬の産毛をさらさらと
冷房の風が撫でていった。
真昼間で部屋のあらゆる外気を繋ぐ空洞から光が差し込んでいく。
白で統一されたインテリア家具がニスに反射して輝く。
あたし達は真っさらな天国に放たれた遭難者のよう。
亜希さんの作り出す空間はどこか浮世離れしている、と思った。
- 141 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:22
- 「亜希さん、彼氏とかいるんでしょ?」
誤魔化しの嘘やその場限りの方便は
きっと彼女みたいなタイプには通じないだろうと思った。
けど、素直に拒絶を表すのはやっぱり苦手だった。
自分から何も言わない、相手からは聞いても曖昧に濁して。
そのままフェードアウト。
あたしのいままでの処世術を使わせてほしかったのだけど。
「ひとみがあたしの恋人だったら抱いてよかったってこと?」
元から大きな目を小さくも大きくもせず、彼女は言った。
こっちのほうが言いやすいと判断されたあたしの
ファーストネームの発音が欧米訛りっぽかった。
- 142 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:24
- 「違う」
「ひとみの彼氏が怒っちゃうとか」
「いないって、言ったじゃないですか」
「・・・ふーん・・・じゃあ、あたし自体が嫌になったってことね」
「・・・・・」
「おぉーぃ、否定してー」
すっと真っ直ぐその目を見つめる。能天気な声を出した彼女は
穏やかな表情であたしを見ていた。いやもっと、あたしを突き抜けた先を。
- 143 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:25
- 「亜希さんと普通に仲良くなりたかった」
「・・普通ねぇ」
確かに何足か跳んだけど。
でも、少しでも嫌いな女とキスしたり
エッチなことしたりなんて、女はできないよ
わかるでしょ?
言い終わると彼女が困ったように微笑んでふーっと息を吹いた。
彼女の部屋で無礼なことを言っているあたしに意地悪も怒気も
ひとつも含むことなく言葉をゆっくり返してくる。
彼女は大人だ。
「じゃあ普通のことしようか」
- 144 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:27
- 亜希さんは玄関と部屋の間のドアで突っ立てるあたしの腕を掴むと
そこへ足を踏み入れた。
平べったい円形の椅子をラグの中央にセッティングして少し高さを下げる。
ほらっと言ってそこに座らされた。どこからか取り出したバチを持たされる。
少し強めに肩を抑えられたので腕が手前のシンバルを掠めてピキンと鳴った。
「ごめん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「ドラムは嫌い?」
「いや、、、むしろ好き」
「やったことは?」
「見たことは何回かあるけど」
「やってみて」
「えっと何からすれば」
「下踏んで、それ」
「これ?」
「そう。前の方のシンバルはいいから周りの一個ずつ叩いてみて」
- 145 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:28
- あたしは言われたとおり一個ずつ叩く。違和感が走った。
奥の左の太鼓が叩いた瞬間、音を吸収し、ほんのわずか下に下がった。
「あ、タムのここ緩んでる」
亜希さんは留め具をギュウギュウに絞ると
叩きにくいところはないか聞いてきた。
固められたタムが固定されて、
手前の6つの打楽器は全てコンサートで聴くような
インパクトを返してきた。
思っていたよりも大きい音だ。
- 146 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:30
-
「さて、何からしよっか」
「すごい、ドラムもできたんですね」
「少しだけ。あたしのお父さんがドラマーなの」
「えぇ!そうなんだ・・・かっけー!ほんとすごい」
「ふふ。じゃあ足を使って・・・ん、ちょっと貸して」
出来損ないのロボットみたいなあたしの動きを見兼ねて
亜希さんが横から柔らかくそのペダルを踏む。
足首がぐいぐいとよく動いていた。
- 147 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:31
-
「あんた体柔らかいからすぐできるよ」
「こ、、、、こう?」
「力抜いて、手首は回す感じ。意識してやったほうがそれっぽくなる」
「―――っむずっ」
スティックを何回も掴み直すあたしの手がたおやかな手に握られる。
後ろから抱きしめられるような体勢。
彼女の吐息がこめかみを撫でた。耳がかすかに熱くなる。
タッタッタタタン タッタッタタタン・・・
- 148 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:32
- 「わ、わ、すごい」
「・・・ひとみ、足休んだ」
「あ」
あたしは背をちょっと正して一気に力を抜き
教えられたリズムを懸命に刻む。叩く度に鳩尾あたりに響く。
あたしがしている訳じゃないのに、
なんだか弘太に少し近づけたような気がした。
一定のリズムから勢いよくスティックが振られ
最後にシャーンとシンバルが鳴って終わった。
静寂が訪れた。
- 149 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:33
- すごい。
初めてちゃんとドラムを叩いた。頭の奥でスティックと面が
ぶつかる感覚と跳ね返りの音が鮮明に浮かび上がる。
かっこいい・・・
ふいに掌からスティックを外されて皮革の面に置かれる。
亜希さんの顔は見えない。
「ありがとう亜希さん」とお礼を言って、振り返ろうとした。
- 150 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:34
-
「そのままで」
静止の声に動きが止まる。高揚しているあたしの右手を
亜希さんの右手が外からまあるく包み込んだ。
指と指の隙間ごとに、その細っこい指が入り込む。
「気持ちいいね」
女の子の人肌っていうのは。
右を向いたら亜希さんの端正な横顔がほんのりと愛しそうに
繋がった両手を見ていた。熱の篭った視線を受けてじわじわと
腕の体温があがる気がした。
- 151 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:36
-
ああ・・・この人、やっぱり・・
複雑な想いが渦巻く。居心地の悪い空気が胸をつく。
あたしは、ついに意を決して声をだした。
このカードを切るということは経験上、
相手との終焉を確定するものだった。
- 152 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:39
- 「あの、ほんと自意識過剰なんだけど・・・恥ずかしいから、
勘違いだったら言ってくださいね。
亜希さんってあたしのことを、その、ちょっと気に入ってたり・・」
「気に入っているっていうか、好き」
天国の白い泉にぽつっと弱々しく小石が投げられた。
彼女をちらっと見ると耳元で「今更かよ」と囁かれた。
外国人がするように肩眉を少し上げて、んっと唇をつきだして
少女のように照れている。
その可愛い表情が、更にぎゅっと心臓の中心を締め付ける。
嬉しさとかときめきとかじゃない。
襲ってくるのは単純な罪悪感。
握られている右手をばつ悪く見つめるあたしに彼女は気付いた。
- 153 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:41
-
「あー・・・だからって別に変わらないよ」
彼女は滑らかな指先を外すと、
すっと元のスティックの上にそれを戻した。
「ひとみがあたしを好きになったら、受け入れてもいいかなって思うけど
あたし自身ひとみをどうこうしたいわけじゃないし」
「・・・え?」
彼女がいたずらっこのように笑う。
- 154 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:43
- 「その程度ってこと。あたしの気持ち」
「・・・・・・」
それって。
「あはは、安心した顔して。あんたって重いのダメそう」
亜希さんは乾いた笑いを発し右手をひらひらさせる。
「・・・なんか――よくわかんないんですが、、、」
そっかつまり本気、じゃないってことか。
そうかそうか、なるほど。
あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・・・・・
なんっか超恥ずかしい!!!!!
あたしは真に受けた自分の態度と、
亜希さんの発した言葉の反芻をふりきって、
なんとか無表情に収めようとするけど
横からニヤニヤと見てくる彼女のせいで、
どうしても羞恥が顔を染めるのを
止めることができなかった。
- 155 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:45
- 「せっかく友達になれたんだからいいじゃない」
余計なこと考えなくても。
そう軽くいって前髪を梳かしてくれる彼女が
なんだかすごくかっこいい大人に感じられて。
小さなことでぐだぐだして、大切な友情をこぼしそうになった
自分がとても浅ましくてちっぽけな存在に見えてきた。
「・・・はあ。あたしもまだまだかーー」
結構、酸いも甘いも一通り味わったはずなんだけど。
うなだれるあたしを彼女がはんっと鼻を鳴らす。
「23でしょ?よちよちベイビーじゃん」
- 156 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:46
- あたしは彼女を見つめる。肉厚の唇が自分と違っていて
すごく色っぽくセクシーに映った。柔らかそうな二の腕が白すぎて
青筋がすうっとさしている。
「なに?」
「・・・立派なおデコで―――っていったああああ」
思い切り太ももをつねられた。
「あんたそれ以上言ったら下の毛ライターであぶるよ」
「っまたそういう!セクハラ!普段からそんなこと言ってんすか??」
「はあ?変態でしょ、こんなこと毎度言ってたら」
どうやらあたしの反応が面白いからあえて遣っていたらしい。
なんという人だ!
- 157 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:48
- 亜希さんは生まれて初めて覚えた日本語はほとんど淫語だったと
わけのわからないことを語りだして、あたしはヘナヘナになった。
「・・・もうなんか、頭ヤラれそう」
なんだかとてもおかしくなってきて口を大きくあけて笑ったら
亜希さんにも伝染したようで、二人でそれこそ頭がおかしい人みたいに
笑いあった。
とても楽しくて愉快な気分だった。
- 158 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:49
- あ、お日様
一通り笑い飽きた亜希さんはそういって窓を全開にすると
たくさんの光を浴びて伸びをする。
流れるように腕を胸の前にもっていって、そして
手を合わせた。
さらりと壁の絵の波が動いた気がした。
- 159 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:50
-
あ、れ、?
妙なデジャヴ。
過去の残像。
古ぼけた映写機がカチリカチリと
スクリーンにカウントダウンを映し出す。
とても印象深かったその情景。
周りを自然に囲まれた、簡素な建物。
その前で今より明らかに若い両親が安らかな顔をして佇んでいる。
これから散歩にでも出かけるのであろうかと思うようなゆったりとした表情。
横で母の上着の袖を掴んでいるのは。
小学生?いや、もっと、小さい、頃から、あたしは・・・
- 160 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:51
-
「ひとみ」
彼女が呼ぶ。ぱちんと空想の世界からあたしは天国に舞い戻った。
白昼夢だったのかも。
きっと見ている光景や色彩が、
やっぱり変に浮世離れしているせいだと思った。
黒々とのったマスカラ睫がゆっくりと上がる。
- 161 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:52
- ああ。
あたしはこの人が、好き。純粋に
その時初めて、あたしは彼女に聞いて欲しいことが山程あることに気付いた。
同時に彼女を象るものを沢山、沢山知りたいとも思った。
それはもしかしたら久しぶりに生まれた、
懐かしい感情だったのかも知れないけど。
- 162 名前:#7 投稿日:2008/08/23(土) 18:53
- 彼女の垂れ下がった腕が少しだけ強めにあたしの肩を掻き抱いた。
しっかりしろよ!みたいな言葉が汲み取れて
自然と顔が綻ぶ。
きっと彼女と過ごす時間というのはかけがえの無いものとなるのだろう。
そんな幸せな予感があたしの胸を満たしていった。
- 163 名前:サマ夫 投稿日:2008/08/23(土) 18:55
- >>138-162
ここまで。
訂正。>>155一番下は23×、22○
全然進まなかった!
うんこして反省するわ
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/24(日) 04:33
- 亜希さんとの絡み超萌えねエー!
ハロプロの娘はまだ?
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/24(日) 09:20
- 夏だなぁ…
気にせず作者さんの好きなように書いて下さい
というか自分はむしろ亜希さんとの絡みのほうが萌えるのでw
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 07:34
- 俺は設定もテーマも
斬新で面白いと思う
次の更新が楽しみ
- 167 名前:サマ夫 投稿日:2008/08/26(火) 19:40
- 更新する。
今回は吉澤しかやっぱりでてこない。
そしてマジヲタには微妙な話になるかもしれないんで
苦手だったら読み飛ばしてくれ。
- 168 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:42
- #8
25年前くらい、つまりあたしの両親があたしくらいの年齢の頃。
盛んだったガクセイウンドーとかいうのが
下火になっていて、
当時の大人たちはその血生臭い政治闘争の収束をとても喜んだらしい。
- 169 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:43
- そんな中うちの父親こと吉澤弘文は、
あたしの産みの親である愛子を日々ストーカーする事と
就職先を見つける事に勤しんでいた。
その片手間に大人しくなっちゃった日本情勢をネタにして、
ギターをかき鳴らし、使い古された
革命とか自由自治とか大きい言葉を
天に向かって吠えていたそうだ。
- 170 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:44
- 祖父である文雄も、そんな息子の奇行を止めるどころか
弘文より積極的に、少し荒っぽい運動やら討談を推していたっぽく、
なんていうか親子揃ってウザイのなんの、って。
あー・・あたしですか?
自分はそういうの自慢じゃないけどあまり考えたことはない。
時々テレビを見ながら何党がどうとか、今の日本はどうとか、
お父さんが批評家よろしく語るけど
こっちはスポーツニュースさえ見るのももどかしいんです。
仕事の肥やしになればと思って追っているようなもの。
スポーツ観戦派と実戦派には、決して交わることがない平行線が
保たれているとあたしは思う。
そんな長女を見てお父さんがため息をつくのはいつもの事。
その横で低い声を少し漏らしながら弘太と弘平がしししと笑うのもいつもの事。
- 171 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:45
- あ、横道にそれた。難しいことは省略するけど
あたしが思うに吉澤家には『世の中をナナメに見てしまう因子』が
ついてまわっている気がする。
それはもちろん、ごく普通に父親にも受け継がれていったわけで。
- 172 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:47
- この因子っていうのが困ったもので、
従来から絶対的な存在を頑なに信じてやまない。
ま、これが代々伝わる吉澤家の
穿ったナナメ見解の大本とされる訳である。
結果、なんていうか・・・
吉澤家は遠い昔から「神」肯定派だった。
こんなこと言うと、あたしや家族の評価になんとなく
関わってきそうな気がするから
周りには特に主張はしていない。
- 173 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:48
-
『真日聖人教』
略して『シンニチキョー』。
ニンゲンかくめー、みょーにち躍進を根本とする。
かくして、あたしは物心ついたときから
この胡散臭そうな宗教に身を置いていたのでした。
- 174 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:49
- 小さい頃から会合に行き、
子どもだけ集めた勉強会とかに参加していた。
幼かったからなのか、それが何の目的で集められて、
何をするとか全然考えてなかった。
周りの皆もそうだったと思う。
ただみんなで集まって、一緒に本を読んだり
ゲームしたりするのが楽しかった。
- 175 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:51
- でも小学校3年くらいからバレーを始めたり、水泳を始めたり
習い事つまみ食い精神のあたしの足は
しだいにそこから遠のいていった。
歳をとれば共通のコミュニティというのは増えていくもので、
あたしは信仰より他に面白いものを見つけて
さっさとそれに夢中になった。
モーニング娘。に入ったときにはそれこそ多忙の毎日で
会合はもちろん、たまにある定例行事にも全然参加しなかったし、
教徒であることを意識する機会もなく、目前の仕事をこなす日々だった。
- 176 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:53
- 家族も家族で
ごく普通にクリスマスやお正月を過ごしていたのを思うと
特に熱心に活動していたわけじゃなかったのかもしれない。
それでも父親の弘文は
他の信者さんたちと違って「役員」という称号で呼ばれてて
なんか色々していたっぽいけど
詳しいことは知らない。
- 177 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:54
-
そして
あたしは2005年20歳のとき、席だけおいていた真日教を脱退した。
- 178 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:55
-
****
「弘太がいなくなってしまったから、代わりをしてほしいんだ」
父親の吉澤弘文は、あたしを社長室に呼ぶと言った。
いつもの食えないヘラヘラオヤジの雰囲気を引っ込め、
武装するようにかっちり黒いオーダースーツを着ている。
薄いストライプシャツの袖口から
ヴィトンのダブルカフスがキラっと光った。
- 179 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:56
-
「どういうこと?」
「ここでは敬語を遣いなさい」
1対1での空間。
家族と一緒のおどけている父でも、
旅行に行ってベタベタに甘やかしてくれる父でもない。
そこにいるのは威厳という圧力を
背中に纏う一人の男性だった。
- 180 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:57
- 「・・・どういうことですか?」
あたしはぴしゃりと言われた
有無を言わせない彼の声色に腹立たしくなり
怒気を含んで同じことを問う。
二人きりでわざわざ他人行儀な物言いを
しなければいけない事の意味がわからなかった。
- 181 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:58
- 「率直に言うと君に私の仕事を手伝って欲しい」
声色と違って表情は柔らかだったけど
逆にそれが、吟味されたコトの重大さを醸し出していて
あたしは密かに身構えた。
- 182 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 19:58
- 「うちの事務所との提携ですか?」
あたしは『元モーニング娘。の吉澤ひとみ』という
アップフロント所有の商標商品だ。
たまに求められる握手やサインはできても、
個人的な純利益を産む活動には
この商標を使っては関われない。
- 183 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 20:00
-
「違う。別件の・・・・・・・お祭りだよーん☆」
楽しいょ??利益?んなのなーい。
父はにかっと微笑んで噴き出し、
「ひとみのマジ顔ウケるwww」と言いながら
ガハハハと大笑いを始めた。
まだ二言三言しか交わしてないというのに
緊迫した空気に先に耐えられなくなったようだ。
どこまでも頭がオカシイ奴だ。
- 184 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 20:01
- 呆れて、シャツの第一ボタンを片手ではずす。
せっかく堅苦しいパンツスーツまで着てきたのに、
なんだかとてもバカらしくなってきた。
「おぉ!オトコマエー、bPホスト、女殺し!」
弘文は最初に纏ったオーラをものの見事にかき消すと、
調子に乗って子どもみたいな声をあげた。
果てしなくここの社員さんたちが可哀想になってきた。
- 185 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 20:02
-
「で、なんですか?そういうことは家で言ってくれませんか?
わざわざここまで呼ばないでくれませんか?
あたし忙しいんです。フットサルの練習だったんです今日。
キャプテンなのに休んだらみんなに何言われ」
「わかあーっあああった。ストップ!」
弘文は両腕でオーバーリアクションを取ってあたしを止めた。
それがテレビで見るあたしによく似ていて泣けてくる。
この大きな掌でよく叩かれたり撫でられたりしたなあと
空違いなことを考えた。
- 186 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 20:03
-
「お祭り?」
「そう、社会派のね」
「弘太の代わりってどういうこと?」
あたしは名前を悲しく呼んだ。
あたしより親であるこの人のほうがもっとキツイんだろう。
長男を失って悲しまない父親はそんなにいない。
弘文は敬語をやめたあたしを咎めることなく、寒いなと言って鼻をすすった。
外のギラギラの暑さと
社長室の空調が全然あってなくて
ここに留まっているだけで風邪をひきそうだった。
- 187 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 20:05
-
「・・・弘太は真日教ジュニア部門の、役員候補生だったんだが」
「え?」
あいつもまだ入ってたんだ。
「だから、代わりに真日教の活動に参加して欲しいと思っているんだ」
積極的にな。
久しぶりに聞く真日教という単語より、
まるで弘太が、
自ら活動を進んでしていたようなニュアンスに違和感を覚えた。
- 188 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 20:06
- そんな感じには見えなかったけど・・・。
そういえば弘太が高校でバスケ部と軽音部、
両方に入っていたことをあたしが知ったのは家族の中で最後。
しかも数ヶ月経った後だった。
考えたら自分がいろんな事情を知らなくても
当然だったかもしれない。
「なんだ、知らなかったのか?」
あたしの戸惑いに気付いた弘文が
少し目を大きくして言う。
気を取り直して父親を見た。
- 189 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 20:07
-
「うん、知らなかった。
でもあたし2年前に脱退したからだめなんじゃない?
それとも外部の人でもできるの?」
真日教は20歳の成人年に伴い再入信選択をする。
あたしはその制度で、入信しませんを選んだ。
書類にサインと捺印をして。
- 190 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 20:08
-
「ああそれなら大丈夫だ。俺が更新しといた」
はあ?
なんだって。
あれはあたしが成人して初めて、
自分の意志で決定した行為だった。
書類を目にしたとき正直、
真日教にあたしの席があっても、なくてもよかった。
というか興味もないし無関心というレベルだった。
それでも考えた末、必要ないとあくまで「自分」の意志で判断した。
なのに。
- 191 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 20:09
-
「どうしてそういうことするの?!」
「すまん。いや会費は俺が払ってるんだしいいじゃないか。」
「そういう問題じゃないし!」
正当化されると追求したくなるもんで、
あたしは無関心だったことを棚にあげて
真日教が胡散臭いからヤダったとか、他に思う拠り所があるんだとか、
自分は自分を信じるからいいんだとか、
そういうことを適当に巻くし立てた。
- 192 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 20:10
-
「・・・俺は吉澤家でお前だけ外れるのが嫌だったんだよ。
せっかくの家族なのに」
弘文は俯きながら弱弱しく言葉を吐いた。
それがズシンと重くのしかかる。
ズルイ。今の状況でこういうことを言ってくるのが。
- 193 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 20:12
- 「ごめんな、ひとみ。弘太も生前は・・・
ほんとにいろいろしてくれてさ。弘平はまだ若すぎるし」
本当に本当に可愛い息子だったんだ。
弘太の意志、継いでやってくれないか。
弘文が悲しく目を細めた。痛そうな表情だった。
- 194 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 20:14
-
弘太の意志―――か。
あんた何やってんだよ。
部活兼持ちで大変だったくせに。
あたしは自分でも気付かずに薄く笑ってため息を吐いた。
「・・・もういいよ。お祭り?だっけ。
露出できないけど手伝えばいいんだよね」
お姉ちゃんらしいこと、できるならいっか。
「ああ。ありがとう、スマンひとみ」
- 195 名前:#8 投稿日:2008/08/26(火) 20:15
- 弘文は満足そうに頷くと
背筋をピンと立ててあたしに握手を求めた。
ごわごわの手があたしの手を覆う。
大きくて広いぬくもり。
やっぱりあたしはこの掌で育てられたのだ。
- 196 名前:サマ夫 投稿日:2008/08/26(火) 20:16
- >>168-195
ここまで。
次はやっとで石川梨華!
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 22:36
- さすがに気分悪いネタですが続き楽しみにしてます
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/30(土) 09:29
- 梨華ちゃんも楽しみにしています(^-^)
- 199 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/13(土) 08:32
- すごく面白い
続き待ってます
- 200 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/14(日) 15:08
- 斬新で新鮮です!!
モテよしなら何でも好きです(≧▽≦)
作者さま更新お疲れ様です!!
楽しみにしてます(^^)v
- 201 名前:サマ夫 投稿日:2008/09/18(木) 09:36
- 明日にでも投下しようと思います。
- 202 名前:#9 投稿日:2008/09/19(金) 23:39
- #9
恥ずかしそうに俯く吉澤を見て、石川は見てはいけないものをみたように
目を逸らした。
それでもフロアにある壁一面の鏡たちが否応なしにそれを映す。
声がする方向にちらちらと目を向ける後輩たちを尻目に
こめかみから零れる汗をぬぐい、ミネラルウォーターをあおった。
- 203 名前:#9 投稿日:2008/09/19(金) 23:40
- ダンスのリズムをうまく刻めず、注意を受ける彼女がひどく哀れに感じた。
ペットボトルをフロアに置き、石川は前を向く。
鏡の端でバツ悪く固まる姿は、やっぱりただの女の子で
頭の中で思い描いた王子様とか麗人とか
そういう類からは全くかけ離れて見える。
拍子抜けだった。
あんな風に頬を染め、目を泳がせ、ぼそぼそと喋っていた自分は
なんだったのだろう。
色んな意味で危惧しすぎたのだ。
- 204 名前:#9 投稿日:2008/09/19(金) 23:42
- 同期に対する石川の、少しの憧れを孕んだ焦りは、
モーニング娘。に入って1年もたたないうちに鎮まった。
もう・・・
先生もわざわざ高橋たちの前であんなに言わなくてもいいのに・・・
そのまま休憩が入り、みんなは解放される。
石川はふっと息を吐き、ワックスをかけられた床をきゅっと鳴らした。
なんともなしに先輩のところへ向かう。
背後でまだレッスン指導を受ける彼女を
感じながら石川は笑った。
- 205 名前:#9 投稿日:2008/09/19(金) 23:43
-
****
周りを見渡してわかったことは
自分が突出するくらいファン受けがいい事と、
同期の彼女とは方向性自体が畑違いだったという事。
乗せられたレールの行く先が
同じ到達点を目指していないと認識した瞬間、
幼い石川は重かった足枷を外し、より一層高く飛ぶことを決意した。
そしてそう遅くも無くそれは叶えられた。
- 206 名前:#9 投稿日:2008/09/19(金) 23:45
- そうなると不思議なもので最初、大切なものと思いつつも
芳しくない吉澤の存在が、
愛しいと思えてやまないのだ。
外から比べられることは多々あったけど
お互い自分の役割を、確認しあうわけでもなく察していて。
嫉妬や競争、ライバルとか口では言っていても
肌で直接それを感じるような機会は実はあまりなく、
むしろテレビで仲睦まじくしていると一部の人間に大変喜ばれた。
- 207 名前:#9 投稿日:2008/09/19(金) 23:47
- 小さな同期の暴走コンビのように常に顔を突き合わせて、
相手を意識し、セット扱いをされるのを強いられなかったのが
幸運だったのかもしれない。
石川は娘。に入った当初の自分の勘違いを鼻で笑った。
あの頃のあたしを怒りたいくらいだよ
ねえ、、、
そう思いながら
誰もいない視聴室で眠る吉澤の無防備な頬を
石川はそっとなぞった。妬ましい白い頬が優しく指先を受け止める。
可愛くてたまらない。
- 208 名前:#9 投稿日:2008/09/19(金) 23:49
- そう思っている自分も皮肉じゃなくて、
いい趣味をしていると感じる。
このシーンを誰かに見てほしいような気分に駆られる。
それはきっと絵になることだろう。
客観的に見ても自分たちはお似合いだ。
可愛い・・・ひとみちゃん
ずっとそのままでいて
『カワイイ』という言葉には
とって足らない存在に向けた相手を愛でるニュアンスも含んでいる。
それさえも織り込まれた
自分の気持ちに石川自身は気がつかないフリをした。
- 209 名前:#9 投稿日:2008/09/19(金) 23:50
- そして、ある日悟った。
見つけたくない答えを認識してしまい石川は喘いだ。
カワイイと思い続けるには自分が高見から
吉澤を見下ろしていないとダメだということに。
広い心をもって彼女の隣にいるには立場や肩書きが必要だということに。
- 210 名前:#9 投稿日:2008/09/19(金) 23:52
- だから、石川は歌という弱点を覆い隠す以上に
仕事に対して真面目に、一生懸命に打ち込むことを続けていたのだ。
選り好みなんてしない。そのグループで一番になる。
吉澤より上へ、とにかくそれが重要だった。
何年も前に感じた激しい焦りが今頃になって自分を侵していく。
本当は自覚していた吉澤へのコンプレックスが嫌だった。
嫌でしょうがない。
しょうがないのだが・・・・
石川はどうしても彼女の特別でいたかった。
理屈じゃなくて、自分の後ろで踊るその姿形を傍で感じていたいのだ。
- 211 名前:#9 投稿日:2008/09/19(金) 23:54
- 瞼を閉じて見えてくるのは灼熱の炎。
もてあます火の海を
どうしてもくすぶる熱さを
そっとしまって石川はゆっくり目を開ける。
視界を完全に捉えると―――
先には吉澤の姿。
まるで一山乗り越えたように、微笑む。
そこには怒られて俯く彼女なんて微塵も感じさせない
大人っぽい笑顔。
石川はやっとの思いで口の端をあげて微笑む。
- 212 名前:#9 投稿日:2008/09/19(金) 23:57
-
変わったのはあたしなの?あなたなの?
胸からせりあがる熱い塊を
せき止めることができず石川はボールを蹴った。
強くなりすぎて、吉澤の1m横のラインを駆け抜ける。
- 213 名前:#9 投稿日:2008/09/19(金) 23:59
- 「もう〜しょうがないね梨華ちゃんは」
吉澤はそういってコロコロと転がっていくボールを取りにいった。
離れていく後姿が、
見捨てる、ように
感、じ、て・・・
軽い眩暈。
大きく息を吸った。
彼女を注意深く、冷静に見なきゃいけない時がきたのだ。
- 214 名前:#9 投稿日:2008/09/20(土) 00:00
- 石川は慈しみたい自分と、壊してやりたい自分とで相対する。
二人は血が滴りおちるような大きな剣を持ち、
互いに牽制しあっていた。
その中心には、無防備な裸体を晒して
深く眠る吉澤ひとみ。
両側とも願うことは一緒のはずなのに。
心の中に打ちうつけられた奇妙な天秤が
軋んで石川を喘がせる。
- 215 名前:#9 投稿日:2008/09/20(土) 00:02
- なぜ何年も経った今なのか
なぜ吉澤という価値観を捨ててしまえないのか
疑問だった。
悲しい想像に囚われて
石川は吉澤のうなじに手をかける。
汗がついちゃうよと注意する彼女を無視して、そっと力をこめる。
吉澤が若干驚いて身じろいだ。
石川が小さく笑って鼻を鳴らす。
- 216 名前:#9 投稿日:2008/09/20(土) 00:03
-
「この香水、なあに?」
眼下で思い通りに泳がなくなった彼女に
もう自分は必要ないのかもしれない。
ならばいっそ。
自分の手で。
「プールファム?だったかなぁー」
お願いひとみちゃん。
どうしたのかって、気付いて笑い飛ばして。
お願いだから。
じゃないと、あたし――――
- 217 名前:#9 投稿日:2008/09/20(土) 00:05
- 爪をめり込ませたい衝動を必死で抑えて石川は手をおろした。
そこを離れる。
背後に感じる視線を振り払ってペットボトルに手を伸ばす。
触った瞬間、柔らかいプラスティックはひどく凹んで指先を包んだ。
熱いなぁ・・・
そうとう重症なようだ。
石川はパコっとそこから手をはずして鳩尾を撫でた。
熱い塊はおさまってくれそうにない。
赤黒い血がどくどくと肉体を駆け巡り皮膚を焼け尽くそうとしている。
呼吸さえももどかしく、喉の奥でコフっと空気がなった。
- 218 名前:#9 投稿日:2008/09/20(土) 00:07
- これに気付いてしまった自分はどうすればいいんだろうと、
顔を歪めて途方にくれた。
しかし、そう長い間もなく、
石川はこの苦しみから解放されることとなる。
吉澤の弟の死をもって。
- 219 名前:#9 投稿日:2008/09/20(土) 00:11
-
さくさくさく。
芝生と小石を掠める音が静かに響く。
外庭で黒い靴が連なっているせいだろうと思った。
そして同じ黒いスーツを纏った彼女が
人目はばからず泣き崩れる彼女が
とても哀れで、痛々しくて―――不謹慎にも可愛く思えた。
- 220 名前:#9 投稿日:2008/09/20(土) 00:12
-
ああ
あたし
悲しむあなたの顔
が
いちばん好きかも・・・
心の端で溶解した鉄のように流れ巡る言葉を
石川はやっぱり気付かないフリをして吉澤の肩を抱いた。
懐かしい感触に身をよせて
石川は誰にもわからないように笑った。
- 221 名前:サマ夫 投稿日:2008/09/20(土) 00:13
- >>202-220
ここまで。
- 222 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/20(土) 00:22
- なんか心臓がドキドキします
次回の更新が楽しみです
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/20(土) 13:18
- 心理描写がすごく好みです
毎回更新楽しみにしています
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/20(土) 20:24
- 梨華ちゃんの複雑なキャラが好きです!
梨華ちゃん応援します!
作者さま、更新お疲れ様です!
- 225 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:11
- #10
「ひとみけっこう簡単に頷いたわね」
吉澤愛子は片手にコーヒーカップを持って言った。
その顔は40妙齢にして、一般的な翳りが見え始めている。
「まあな・・・でも断る理由なんて別にないからね」
それだけかしら、と愛子は相槌を打ってカップに口をつける。
弘文は一瞥して、リビングボードの上部。酒が所狭しと並んだ
ガラス戸を開き、脇をぬってそれを掴んだ。
- 226 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:12
- 取り出したのは家族写真。10年も前だろうか、ほっそりした自分と愛子と
幼いひとみが中心でまぶしい日差しに目を細めていた。
ちょうど子どもらしくふっくらしていてしかめっ面だった。
我が子ながらぶっさいく映りだな
弘文は苦笑してひとみの繋がっている両腕を見る、右に弘太、左に弘平。
二人ともそれぞれの片腕を姉に掴まれ、同じように目を細めていて
更に笑いを誘う。
- 227 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:12
- 「気にしてるんでしょうね、事故の日のこと」
「・・・」
「アルバイト行くって出てったの、あの子」
「・・・それで責任を感じてるなら可哀想なことだな」
「教えてあげないの?」
「あげない」
弘文は持っていた写真立てのしかめっ面をくるくるとなぞった。
いい子いい子、なんて撫で回したのはいつが最後だったのだろう。
ふと思いたった弘文をよそに愛子は言った。
- 228 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:13
- 「ひとみをどうするつもり?」
「弘平の繋ぎをしてもらって嫁にでもやるかなあ。物好きいねえかな」
「何いってんの。ひとみは可愛いわよ・・・それに」
あなたってそこはかとなく男尊女卑よね。
愛子は写真立てをしまう弘文の背中を見やった。
去年より少し太くなった腰周りに思い巡らせ、
朝食に野菜たっぷりのメニューを取り入れることを決める。
「なんでそうなる。適材適所だろ。力を持った女性は軍隊でも政界でも行けばいいさ」
- 229 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:16
- 弘文の軽い口調をコーヒーと一緒に流し込んで愛子は想像した。
ひとみがウェディングドレスを着て手を引かれる。
幸せそうに顔をほころばせる視線の先、男性の顔は闇のように真っ黒。
スポーツ選手っぽい人が前ぴったりだと思ったのだが、最近はめっきり
絵がうまい人がタイプとか、あんまりごちゃごちゃ喋らない人、でも楽しい人、
など適当なことを言うのでその人物像がなかなか浮かんでこないのだ。
「幸せな結婚をしてもらいたいものね親としては」
「真日教の役員でも見繕うかぁ」
「ああ・・そこがあったわ」
弘文と愛子はお互いを見つめふっと息を吐いた。
リビングからそっと庭を見る。
プライバシーを考えた小さな窓が青々とした芝生と
白い小石、ごつい車庫の端っこを写した。
黄色い小鳥がちちちとそのくちばしを鳴らし木の枝の実をつっつく。
- 230 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:17
- 「・・・平和なときに生まれたから、うまくできないんじゃないかしら」
ひとみは。
弘文はくっと喉の奥で笑う。
「後ろから棒で殴られる恐怖もナイフで脇腹を掠められる戦慄も
わかんねーお嬢さまだからな」
おまけに夢想家ときている。
- 231 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:19
-
「まあ大丈夫だろ。偉い方もテレビと現実くらいの区別はつく。
あいつはアドリブでバカ真似はあんまりできないんだ」
二人は微笑みあうと幾分厚い冊子をとった。パラパラと捲る。
「真日聖人教役員名欄」を探す。
コンタクトをとった彼女の名前ももちろん連なっていた。
うまくやってくれたらいいんだけどな
弘文は色の白い日本人離れした彼女を思い浮かべた。
出で立ちが少し下品だが、強い意志をもった目をしている。
きっとひとみも気に入っていることだろうと予感させた。
アップフロント外部で、一般より自分と近い職業を持つ友達は何かと
わかりあえるものだという弘文の配慮も汲んでいる。
会社が芳しくない時期だったとき助けてくれたのは意外にも
卸先の社長たちではなく
まったく専門外の友達社長らだったことを思いだした。
- 232 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:20
-
*****
――――――大変なことになってしまった
吉澤は震えた。
目の前に広がる光景が信じられない。
ニヤニヤとした厭らしい顔でも、
奇声を放ちおかしいくらいに汗ばむ顔でもない。
穏やかだけれど真剣な沢山の眼差しが一点に自分の顔の中心を見つめていた。
ダンスレッスンとかフォーメーション確認とかで厳しい雰囲気を
味わうことはたくさんあったが・・・こっちのほうがよほど緊張する。
- 233 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:20
-
「吉澤ひとみさんの、番です」
きた。
吉澤はびくっとわずかに肩をならし、口をわなわなと震えさせた。
弘文からは素直な気持ちで語れと言われた。何を喋ればいいのか何回も聞くのだが
紙も何も渡してはくれない。吉澤は会議室くらいの広さの講堂の椅子に
座り、太腿においた手をきゅっと握った。居心地が果てしなく悪い。
が、唾を飲み込みすっと周りを見渡す。腹をくくって一人一人を眺めた。
ほとんど自分の2倍以上の年齢をした男女ばかりであった。
- 234 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:22
- 「私は」
寒気が腰骨から延髄までせりあがった。
「・・・ご存知の方もいらっしゃると思いますが」
今年の初めに弟を亡くしました
不思議なもの。
声を出すとあっけなくて、その声が壁に溶けていく様に
一抹の侘しさと死への理不尽な怒りが少し湧き起こる。
- 235 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:24
-
「その日、私は仕事で県外に行っていて」
死に目にあうなんて最初から不可能だった。
「弟は、私に電話で―――よく電話してたんですが、今日はバイトだよって」
思ってもいなく悲痛に響いたその声が
一番近い初老の男の顔を暗ますのに十分だった。
「弟は部活も塾も入っていて結構忙しそうでした。
だから不思議に思って私、言ったんです。」
吉澤は自己暗示だ、と思いながら続ける。
悲しみの獣が暴れてその鉄柵をぐにゃりと左右に広げる。
その檻は何回取替えても
その獣と一度でも目を合わせたらすぐに決壊するのだ。
- 236 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:25
- なんでバイトなんかしているの?
欲しいものがあるから。
と、弘太は電話口で言った。
動機として当然の返答。
- 237 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:26
- 暗転する風景に包まれるように吉澤は部屋の中で佇む。
形見となった手のひらより僅かに大きい塊を無理に握り締める。
床に転がったままのメイプルドラムスティックが微風で少し動く。
吉澤はドイツ製らしい西洋の装飾をあしらった上蓋をあけ
円盤のディスクを露見させる。スプリングモーターを命一杯回し
曲が鳴りださないよう、指で真鍮とディスクを押さえた。
- 238 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:28
-
こんなもの・・・のために弘太は
「欲しいものを聞いても教えてくれなくて。…そのままバイトに行く途中で事故に、」
結構値段がはってたのかもしれない。
年季の入ったアンティーク風のカラクリ箱が自分への、
モーニング娘。の卒業祝いだと気付いたのは東京に戻って
弘文に手渡されたときだった。
「神楽坂で」
- 239 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:29
- 脳裏に浮かぶ全速力で駆け抜ける車輪。
数秒の行く先を見越して、吉澤は夢の中で叫ぶ。止まれと何度も叫ぶ。
交差地点の数十メートル手前を真っ直ぐいくのは
うすっぺらい鉄板の軽自動車。
中にはごく普通の若い学生。これからの悪夢を予想だにしない。
吉澤の叫びはむなしく闇夜に巡り、空気の老廃物となる。
痛かったんだろうな
凄惨な事故現場だったときく。
何メートルも飛ばされた体を地面が容赦なく乱暴に受け止めたのだろう。
- 240 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:32
- 暗闇で吉澤は押さえていた指を離した。 無数の突起がついた丸い円盤が回りだす。
意外と大きな、ゆったりとしたメロディーが、
吉澤のカラカラと乾いた耳を潤した。
早くもなく遅くもなくディスクオルゴールは音を形成する。
飾り立ての無い音が儚い命を嘆いていた。
「弟が死んだのは」
私のせいでしょうか。
最後の言葉は飲み込むしかなかった。
- 241 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:32
-
- 242 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:34
-
「つ!!!いったぁぁ!!」
「どうしたの小春ちゃん」
吉川が突然顔を歪ませる小春に声をかける。
右手でぎゅうっと左の人差し指を抑えていた。
小春は台本の紙で指を切ってしまったと、きらりちゃんよろしく高いキーで
痛い痛いとまくしたて、周りに絆創膏を求めた。
北原がさっと淡いブルーのリバテープを鞄から取り出す。
小春は唐突におこった意識の飛散をふりはらってお礼を言い
それを受け取った。
- 243 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:34
-
- 244 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:35
-
――――!
「・・・最悪だわ・・・」
「・・えぇ?」
心の中で囁いた言葉が垂れ流しになってたことに気付き
石川は慌てて手を振った。
「突然なに?さっきの演出の人?」
「ううん、そうじゃなくてただの思い出しムカつき。そういうのないかな絵梨香は」
「あ〜〜〜・・・なくもないけど。どうしたの急に」
「たまにあるから気にしないで」
「自己嫌悪なんて梨華ちゃんらしくないなあ」
三好の気を遣った、伺うような表情に苦笑して
石川は手元の爪の調子を整えた。
- 245 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:37
-
「・・・・」
『更新遅くなってゴメンネ(>д<;)
今日はオフだったからぉ家でDSばっかりしていたよo(^^)o
最近ハマっているのは脳トレ。Soweluは漢字がものすご〜っく苦手だから
漢字検定ばっかりしていまぁ〜す☆☆ |
「・・・今更だけど」
こんなにバカっぽい文でいいのか。
「まあブログだからねー」
いいのだこれで。
これはソエルであって自分ではないのだから。
- 246 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:38
- 亜希はローテーブルの上で無造作に散らばる雑誌や本をかき集めた。
その中で昨夜届いた封書を再度開き内容を確認する。
吉澤ひとみ・・・
甘そうな首筋とキレイな手を携えていた。どんぐりの目をくるくるさせて
歳相応なのか不相応なのかわからない表情を浮かべる子。
どちらかといえば似合わない部類のボーイッシュファッションに身を包んで
森に迷い込んだ子どものようだった。
「・・・可哀想なやつ」
あたしもそう違わないけど。
亜希は紙束をまとめると再びノートパソコンに向かった。
- 247 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:39
-
****
「会社はポニーでいく?ソニーでいく?それともエイベックス?」
「さすがにエイベックスは無理だろ・・・。前2つもきついぞ」
弘文は愛子の頭をすこしはたくように手をふった。
それを笑いながら愛子はかわし、
手元のカップの中身がこぼれないよう手首をたわつかせる。
「ソニーミュージック関連が一番だが、まあーフリー・・でもいいんじゃないか。
ひとみにとりあえず選ばせればいい。俺も人脈つかって口添えする」
- 248 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:40
- コーヒー俺にもくれと愛子に求める。愛子は空になった
カップを置いてかわりに少し冷めたコーヒーを弘文にやった。
その温かい液体を喉に下す。
いつの間にか弘平が起きだしていて、一声かけてリビングのテレビを
つけた。ふぁーっと欠伸をひとつソファーにだらりと体を預ける。
- 249 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:41
-
「・・・弘平、突然だがお前の夢はなんですか?」
「はあ?なんで?」
「うるせえ、さっさと言え、こら」
「一流ホームデザイナー、とかだろ」
「もっと抽象的に」
「はあ・・・?」
「男だったら平和を守る愛の戦士になるんだろ!!!」
「・・・・・・朝からほんっとーに気持ち悪いよお父さん」
愛子は毎度の脈絡ない夫と子どものやりとりを見て口元を三角にする。
家族とは本当にいいものだ。
もし幸せの配分が、才能のように公平でなくても
精一杯それを求めていこうと思う。
それがあっけなくこの世を去った息子への餞だと思うからだ。
- 250 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:43
- 愛子はあの日以来、もし危険がその刃が、家族に向かうのなら
いくらでも自分の身を盾にできる気持ちがあった。
そのとき残された者たちは
その命を、生を、とにかく掴んだまま離さないでほしい。
ひとみ・・・悪足掻きをたくさんしなさいね
モノが溢れすぎているゆえに簡単に生を放棄できる時代なのだから。
愛子は愛しい娘の、数珠の入った袋を破きそのキラキラと光る粒を
見つめた。真新しいのでガラス面がキレイに蛍光灯を反射させる。
連なる粒が小さな命のように輝いていた。
- 251 名前:#10 投稿日:2008/09/21(日) 23:46
- >>225-250
ここまで。
感想書いてくれる人がありがとう。
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/22(月) 05:53
- うおおお、更新早くて嬉しいです
意外な事実にびっくりです
- 253 名前:サマ夫 投稿日:2008/09/22(月) 08:38
- 読み直したら字足らずな部分が多いがそれは脳内補完でよろしくです。
えーとサマ夫は吉澤好きなので作中では吉澤が世界の中心です
なので吉澤以上に他キャラが薄くなったり
うまく書けなかったりするかもだがご了承。
石川さんがアレなのもサマ夫仕様だから。
石川さんマジで難しい・・・
メメントオルゴールはここからダーク節に入ります。
#2の石川さんも繋げていきますのでよかったら見てやってください。
更新は明後日。
- 254 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/26(金) 22:52
- 案内板で話題になってたので覗きに来たんですがすごく面白いです。
続きも期待してます。
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/05(日) 14:34
- まだかなまだかな
待ってます
- 256 名前:サマ夫 投稿日:2008/10/08(水) 19:12
- ほんとすんません
明日までに必ず更新します・・
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/09(木) 02:38
- 今まで知らなかった自分が悔しい
- 258 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:21
- #11
「見解を、親バカの戯言と思って聞いてくれませんか」
弘文はふっとこぼすと目を伏せ、テーブルに置かれた
小さなブロック人形を、深爪すれすれに整えられた人差し指で倒した。
ドミノ上に連なった人形たちがバタバタと縦一直線に傾き、
やがて最後の兵が城の壁に頭を預け、停止した。
- 259 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:23
-
「親バカ?むしろ逆では?――――あ、これ懐かしいですね」
LEGOか。
亜希はそのカラフルな塊を見て微笑んだ。
よく見ようとして少し屈んだ瞬間、大きくあいた胸元の黒いレースが
外気に触れるのを感じたが、別段気にしないという様子で
じっとそのブロック人形たちを眺めている。
「可愛い・・・あれ?でもあなたの息子さんはそれなりの年齢ですよね」
「ああ、息子じゃなくて俺の趣味です」
そう言って重なった長方形ブロックを取り出し
壁に寄り添った最後尾の兵を持ち上げ、足をそこにはめた。
パキっという小気味よい音が鳴るより早く、
残りの兵士人形たちは支えを失い完全にあたりに散らばった。
亜希はそれを無言で見つめ、上体をおこし、弘文と向き合った。
- 260 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:24
- 「娘はどんな感じですか?」
弘文が尋ねる。
「とてもいい子ですよ・・・」
それにとても甘いんです。
ふわふわの白い皮膚から染み出す匂いも、痩せっぽちの鎖骨も。
体の中心部でさえ・・・
あはは。ちょっとこれは言い過ぎかな
亜希は含み笑いをこぼさぬよう努めて言った。
「本人の親御さんを目の前に失礼な言い方ですが、個人的にも好きですね。
『器』向きだと思います。吉澤さんはどう思っていますか?」
「それが聞けたなら、もう俺がどうこう述べることはないでしょう」
- 261 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:26
- 弘文の顔を亜希はまじまじと見つめる。
なるほど、確かにあのタヌキのようなどんぐり目がとてもよく似ている。
しかし父親と主張してやまない瞳は、娘より混沌とした、
得体の知れない深い色をしていた。
「考えを聞きたかったんですけど」
「・・・ひとみは御輿の上に座るお飾りですので、助けてやってください」
ずいぶんな言い様だった。
弘文は亜希の開いた胸元に一度も反応することもなくまたLEGO人形を
弄んだ。意図的な視線外しかもしれない、と思ったがなんとなく悔しくなった。
- 262 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:28
- 「私ができる限りであれば。―――でも不思議。
獅子は色々な想いを託して谷底に子どもを、、、
なんて逸話を聞くけれど」
あなたの突き落としは本当に愛情でしょうか?
亜希は聞きたかった言葉を飲み込んだが
弘文はなんとなくその意味を読みとって優しい顔つきになる。
そして、小さく呟いた。
それが代々から定められたことです、と。
- 263 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:29
- 亜希は応接室を後にし、弘文の営業所をでてタクシーを拾った。
ビニールシートに腰を落ち着け、小さな鞄から数珠を取り出す。
役員候補生だけが身につけることができるピンクの粒たち。
これをしなければ会合には入れない。
普段のファッションに全くあわないそれを手首に通し、
亜希はガラス縁に肘をのせ頬杖をついた。
ぼんやりと車窓から外を眺める。
- 264 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:30
-
――――――――と。
あれは。
新宿の朝、トイレ臭い空気を邪魔そうにしながら
色黒の女性がひとり
帽子屋の前を通過しているところだった。
亜希はそれを何回か見たことがある。
吉澤ひとみの周辺を調べる上で、まず筆頭に挙がる人物。
- 265 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:31
-
確か、 石 川 梨 華 。
通り過ぎる5メートルほど手前でなぜかお互いの水晶体が反応する。
芸能人的オーラを全くかきけしていたが、
その端整ですっと流れる鼻筋と、切なげな目は
美人としかいいようがない。
美形にはありがちだが、なんの思いも映さない無表情が冷たい印象を受ける。
アイドルとしてあまり見慣れない彼女の顔に亜希は人違いかなと考えた。
- 266 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:33
- 途端、石川の前髪が風で舞い上がり
その陰鬱な目が亜希を捉えた。
――――すれ違う瞬間、鳥のはね返りのような鋭い衝撃が身に走る。
ひ、と、
み、ちゃん。
を
どこ に
やるの???
「――――?!」
この子・・・・!
凍傷を起こしそうな冷たい炎の弾丸。
亜希は体を硬直させた。
焦がれた視線の切っ先から逃れ、フロントガラスへと目を向ける。
亜希の雰囲気を感じ取った運転手が
何事かと気にしてくる素振りを見せたがそれを制し、ケータイをいじってみる。
ドキドキと脈うちだした心臓を置き去りにし、湧いてでた妄想をかき消した。
サイドミラーを見るのが鬱っとおしくなり、
亜希はそのまま現地まで眠ることにした。
見届けた石川の口元が歪んでいる気がして夢見が悪そうだと唸った。
- 267 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:36
-
****
吉澤は両親、そして弘平にさりげなく携帯で連絡をとると
講堂をでて一直線に自宅へ向かった。
タクシーを乗り捨て
吉澤邸の前で、ふと思いついたように家の架電へかけてみる。
もちろん誰もでなかった。
安心して大きな車庫を通過し門を開けて帰宅する。
- 268 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:36
- 2階の一番日当たりのいい、しかし外部の視線からは
落とし穴のように外れた部屋に、そろそろと侵入する。
鍵つきのドアを閉めてあたりを見回した。
下にローラーがついたパソコンデスクとセミダブルのベッドが目に入った。
奥を見やればドラムセットがキラキラと側面を輝かせている。
- 269 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:37
- 吉澤はほとんど整理されてしまった弘太の遺留品を、なぜか手術用のゴム手袋を
装備した手で物色しながら、目的の文字を探した。
もーーーーーキレイすぎる!
きちんとされた空間は殺風景で
存在を主張するベッドのマットレスをあげてみるが何もない。
ベッド下はスライド式の棚がついていてそこをガーッと開けるが
少しくだびれたビニ本とアダルト雑誌、ジャージくらいしか置いていなかった。
- 270 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:39
-
いやいや・・・こっちこそ整理しとくもんでしょ・・・
吉澤はちょっと赤くなった顔で
苦笑しながらそれを手にとりパラパラとめくった。
弘太が生前にもごくたまーに暇つぶしとして部屋をガサいれた。
こういうのを見つける度に、
人間はみんなエッチなんだなあーっという結論に至るわけだが
今はそれよりどれより、見つけなければいけないものがあった。
- 271 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:40
-
「真、日、教・・・」
いかんいかんと雑誌を元に戻し、
今度は漆をよく塗った本棚を丁寧に漁っていく。
文庫本もひとつひとつ開いてはいくのだが、やはり見つからない。
吉澤の中で弘太への疑心が募る。
- 272 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:40
-
弘太は本当に教徒だったのだろうか。
そして―――――
一番の疑問符。
口には出したことは一回もなかったのだが、
事故後、冷静になった吉澤の中でメビウスの環の如く、蠢いた事柄。
- 273 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:41
-
なんで、お父さんは訴訟を起こさなかったんだろ・・・
記事の切抜きは
自分の明るい顔写真と『吉澤弟・事故死』という見出しで踊っている。
事件内容を直視することを先送りにしていた分、
情報の曖昧さが今になって目立つ。
見る度につんと顔の奥が痛むので吉澤は素直にそれを折畳みポケットに挟んだ。
- 274 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:42
-
悪いと思いつつ、弘太のパソコンを起動させた。
ゴム手袋のせいですこし指が動かしづらかった。
ロックがかかっていると見てたがすんなりと立ち上がり
ディスプレイはyahoo!を映し出した。
お気に入りと履歴、ドキュメント、メモ保存など
全て見るがめぼしいものはない。
エロサイトと通販や音楽が少しだけ入ったその、
妙なあざとさに更に不信感が募る。
- 275 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:44
-
・・・・・家族の誰かが消した???
なんで??遺品の整理?
いや・・・そこまで普通する・・・もの?
見られてもいいものは残すものなのだが。
宗教の類をネットで調べることはなかったのだろうか。
全て消してあるとして
なぜこんなことを。
・・・理由がわからない。
というか、、、、
- 276 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:45
- 「何してんだろあたし・・・」
いけない。思い込みと推測で変なストーリーを作ってる。
もともと悶々と巡る想像の根拠さえないのに何をしているのだろうか。
いや・・・でも、整理されたとはいえ真日教の関連物さえでてくれば最初の
疑問は解消されるというのに。
- 277 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:46
- 吉澤は思いたって検索エンジンから『吉澤弘太』を打ち込む。
記事の切り抜きと同じような内容のニュースと、
ゴシップ並の真偽定かでない噂話しかでてこない。
『吉澤弘太 真日教』、
『吉澤弘太 真日聖人教』、果ては『吉澤弘太 宗教』で
探してみるがヒットはゼロだった。
不本意であるが2ちゃんねるを開いてみる。
しかしこちらも同じように便所の落書きレベルだった。
吉澤はほとほと困った・・・とういか飽きて背筋を反らせた。
「んん〜〜〜〜」
- 278 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:47
- ゴム手袋をぎゅぎゅっといわせて文字をデリートする。
さっさとここを去ろうとスタートボタンにカーソルを合わそうとしたが
ふと湧いてでた興味のためにブラウザで画面を戻した。
冗談交じりに『sowelu 彼氏』と打って、いざ検索を押そうと思ったが
――――やめた。
芸能人である吉澤自身、覗き見やフライングはやはり嫌いであった。
吉澤はドキドキと弾み始めた胸を撫で下ろし、はあっと吐息をはいて
キーボードから指を離した。
- 279 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:48
- 履歴もすべてクリアにしてパソコンを閉じる。
結局目当てのものは見つからなかった。
立ち上がろうとしたその時、机の端でつっかえる紙束を発見した。
壁と机の間に無造作に挟まれていて、ひしゃげている。
小さなリングで端を止められた薄いそれは、一目見て何かわかった。
- 280 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:49
-
カレンダー・・・か。
2006年、去年のだった。
やはりどこか神経質なところが似てるのであろう。
無骨な字が所狭しと並ぶ。予定表はぎっしりとしていて、
ぽつぽつと僅かな空欄があるだけだった。
「試合」、「塾」、「遊び(妙に浮ついた赤丸なので多分デートだろう)」、
「模試」・・・・・
あった。
吉澤は欲しかった文字を見つけ、目を見開いた。
- 281 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:50
-
11/20 シンニチ 20:00〜
12/13 シンニチ 20:30〜
黒々と○がつけてあった。
吉澤はそれを10数秒眺め、そしてふっと笑った。
何故だか嬉しかった。
その嬉しさがどこからくるのかわからないのだが、
とにかく心が晴れやかになるのを感じて吉澤は声を出して笑った。
きっと難解な問題を解いた気分はこういうものなのだろう。
- 282 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:51
- 吉澤は満足して、メモ帳大のそれを壁と机の間に落とすと
荒らした形跡を確かめ、乱れを整えて部屋をでた。
・・・カレンダーが示す本当の意味に気付けないままに
吉澤は人生という道に、再びまみえた真日教を抱きしめることにした。
- 283 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:52
- 彼女の負い目は彼の全うした足跡を辿ることによって浄化される
と彼女自身は思っていた。
そしてあとひとつ。
果たさなければいけないことへの精力的な意思をもって
彼女は足を踏み出す。
それが成された暁には・・・・。
吉澤は自分をどう扱うのかわからなかった。
- 284 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:53
-
****
小春はどうも気に入らなかった。
オンエアされていく『きら☆レボ』の作画が
今年に入って変に立体的になり、可愛いようで全く可愛くないのだ。
CGくさい動きや手や輪郭の影が気持ち悪い。
- 285 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:54
-
「あーあなんじゃこりゃー・・・死にたくなる・・・
ねえ、死にたいときはCoccoを聴くなってぇ〜。さーーーや」
「Coccoですか?あたし一回も聴いたことないですよ」
「小春ちゃん、もうここらへんの世代から知らないんじゃない?」
吉川は笑って台本を丸めたり引き伸ばしたりしている。
小春はむーと鼻をならしてあたりを見回すが、
興味をひくものがないとわかると、北原で遊ぶことにした。
- 286 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:55
- 「さぁや〜〜〜〜吉澤さんに会いたくない?小春、言ってあげよっか?」
「え、会えるんですか??超見たいです!」
北原は無邪気に自慢の腹筋をくねらせ、特徴ある鼻声で言った。
「さぁやは吉澤ひとみさん好きだもんねー。年上すぎてわかんないけど」
白い腕がするする〜と北原の腰周りを這った。
吉川の手つきはいつも怪しい。
小春は乾いた笑いをもらし、その光景を見つめると
北原をダシに吉澤を見に行くことに決めた。
- 287 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:56
-
付き人が2人もついた小春を見て吉澤さんどう思うかなあ〜。
相変わらずっていうかな。
美勇伝かよ!なんて突っ込まれるかも。
どっちにしろ、笑ってくれる。
- 288 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 22:57
-
小春は事前にチェックしていた吉澤のスタジオ入りを携帯で確認する。
押しかけても小春のキャラなら怒られない〜☆
なんて能天気に思いながら久しぶりの逢瀬に期待を高まらせた。
あの情動の意味を知ってしまって小春は苦悩し続けたが、
とりあえず小難しく瞑想することをやめ、
単純に吉澤に触れたいという
欲求を満たすことだけ考えていた。
- 289 名前:#11 投稿日:2008/10/09(木) 23:00
-
はあ〜あ。
吉澤さん、もうすぐ背追い越しちゃうね・・・
小春は切々と思いながら高い声を上げる。
はちみつを垂らしたような甘ったるい声は大人っぽくなりつつある
外見とかけ離れてみえた。
3人で会いに行ってからちょうど半年後―――
吉澤はなんの前触れも無くアップフロントを去った。
- 290 名前:サマ夫 投稿日:2008/10/09(木) 23:01
- >>258-289
ここまで。
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/09(木) 23:58
- うわあああああやっぱそう来たか
- 292 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 17:59
- 更新のたびに次回が気になってしょうがない
待ってます
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/04(火) 15:30
- もう続き書かないんですか?
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/04(火) 18:06
- まだ1ヶ月も経ってないんですから大人しく待ちましょう
- 295 名前:サマ夫 投稿日:2008/11/08(土) 09:31
- すんません明日までに更新します
あと年内には終わらせる予定です
- 296 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/10(月) 12:27
- ちょwww待ってます
- 297 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/11(火) 16:30
- まだかな・・・
- 298 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/12(水) 00:12
- そう急かさずにw
ゆっくりと作者さんの納得いくように書いてもらえばいいじゃん。
- 299 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/26(水) 21:31
- 凄く面白い
作者さん焦らなくていいのでいつか更新待ってます
- 300 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/22(月) 07:42
- 今年が終わっちゃう件…
- 301 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/03(土) 17:51
- 待ちます
- 302 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/11(日) 13:34
- しぶとく待ってます
- 303 名前:value 投稿日:2009/02/12(木) 12:43
- 保全
- 304 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/26(木) 17:20
- 続き待ってます
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/24(日) 23:34
- 放棄じゃないことを願いたい
- 306 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/28(日) 00:47
- 作者さん見てるかな
このスレ飼育で1番楽しみにしてるよ
- 307 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/01(火) 22:40
- 今でも待ってます
- 308 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/05/07(木) 11:29
- 久々に読み返したけどやっぱり面白い
最終更新からもう7年か・・・
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