短編集3− sweet voice −
1 名前: 投稿日:2008/07/04(金) 02:30
自分が読みたいCPを自己供給な短編集その3。
エロあり注意。
ベリキュー・エロどーんとこいな方、暇つぶしにどうぞ。

続いていたり続いていなかったりするスレ
短編集−君が好き−
ttp://mseek.xrea.jp/dream/1181403510.html
短編集2− love for love's sake −
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/dream/1189961019/
2 名前: 投稿日:2008/07/04(金) 02:33
読みやすさを無視して、前スレの続編も挟まれる予定です。
というわけで。
前スレ内探すの面倒だよ!な人はサイトをご利用ください。

ttp://burningglow.web.fc2.com/

そしてもう一つ。
エロ成分が多分に含まれるスレになる予定なので、
レスしてくださる方はsageでして頂けると助かります。
3 名前: 投稿日:2008/07/04(金) 02:34

4 名前: 投稿日:2008/07/04(金) 02:45



『 傷 』



前スレ >>799-811
『 痕跡 』続編
5 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 02:48
撮影は思ったよりも長引いて、家へ帰るのはずっと先になりそうだった。
雅は前髪をかき上げるとペットボトルに口を付けた。
生温いお茶が喉を通り胃の中に落ちる。
その温度にペットボトルのお茶を買ってきたのはいつだったかと考えた。
それが夕食とした出された弁当と一緒に付いてきたものだということを思い出すまでに、そう時間はかからなかった。

手にしたペットボトルを鏡の前に置く。
ふと鏡に映った自分の姿を見るとさすがに疲れた顔をしていた。
雅は楽屋の中にいるもう一人も同じような顔をしているのではないかと振り返る。
雅の目に梨沙子の姿が映る。
ソファーに座っている梨沙子もやはり疲れた顔をしていた。

「梨沙子、大丈夫?」
「うん」

明るい声が梨沙子から聞こえてきたが、いつもより少し低めの声にはやはり疲労が滲んでいる。
雅と梨沙子以外のメンバーはまだ撮影を続けていた。
きっと強いライトの下で疲れを隠して、笑顔を作っているに違いない。
つい数十分前まで雅と梨沙子も同じように笑っていた。

6 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 02:52
二人の撮影は一段落し、他のメンバーの撮影が終わるまでの間が休憩時間となった。
あとどれぐらいで撮影が終わるのだろう。
雅はカメラの前に立っているであろうメンバーの顔を思い浮かべる。
今頃、桃子と友理奈がライトに照らされているはずだ。
二人は何を考えて笑っているのか。
お互い目の前の相手のことを思っているかもしれないし、それとも別の誰かのことかもしれない。

そう言えば、桃子が友理奈とどういう関係なのか知らなかった。
今まで雅は、桃子が誰とどういった関係を結んでいるのか尋ねたことはない。
尋ねたところでまともな返事が返ってくるとも思えなかったから、あえて聞かずにいた。
だが、今になって聞いてみればよかったと思う。
疲れているせいか、雅は普段気にもならないことが気になる。

雅は鏡の中の自分を見る。
手を伸ばして鏡に触れてみると、鏡はひやりとしていた。
鏡の中の自分も手を伸ばしていて、雅は鏡の中にいる自分に手の平の温度を奪われていくような気がしてくる。

7 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 02:56
同じぐらいの温度になれたらいいのに。

桃子のことを考えると身体が熱を持つ。
鏡の中と自分と同じように冷めた目で見ることが出来たらいいと雅は思う。
あの日の夜、突然やってきた桃子に抱かれてから身体の温度が下がらない。
どろどろとした血液が体温を上げていく。
体内にこもったままの熱が誤解を生み出す。
そんな気がする。

雅は鏡から手を離した。
手の平はすぐに元の温度へと戻る。
視線を鏡から梨沙子へと移す。

梨沙子はソファーの上へ鞄を置き、雅に背を向けるようにして鞄の中を探っていた。
撮影の途中ということもあって、二人とも衣装を着たままでいる。
梨沙子の衣装は雅よりも少し大きめに背中があいていた。
傷一つ無い白い背中。
それは雅に桃子を思い起こさせる。
桃子の背中も梨沙子に負けないぐらい白い。
その白い背中に雅は跡をつけた。

8 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 02:59
桃子が今日着ていた衣装を思い出す。
桃子の衣装は梨沙子と似たようなタイプのもので、やはり背中がよく見えるものだった。
そういえば雅が桃子につけた跡は消えていた。
いつまでもキスマークなどというものが残っているわけがないのだから、それは当然と言えた。
ということは、自分についている跡も消えているはずだ。
雅は何故かそれが気に入らない。
かわりに桃子の鎖骨の下辺りに見覚えのない赤い跡があったような気がした。
その跡が何かを考えることは雅の頭のどこかが拒んでいた。

雅はペットボトルを手にとって、生温い液体を喉に流し込む。
体温よりも低いが、冷たいとは言えない液体は身体の温度を下げることはなかった。

「ねえ、みや」

かたん、とペットボトルを鏡の前に置くと梨沙子の声が聞こえた。

9 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:01
「なに?」
「……みやはさ」

振り返って梨沙子を見る。
雅に見つめられた梨沙子が、一度視線を逸らしてから真っ直ぐに雅を見つめてきた。
言葉はないが梨沙子の喉が動く。
それは頭の中で今から言うべき言葉を探しているように見えた。
梨沙子が口を開いて、止まる。
口にするか迷ってから、はっきりとした口調で雅に問いかけた。

「ももが好きなの?」

考えたこともない言葉だった。
今まで嫌いなのかと考えたことはあった。
だが、好きなのかと考えたことはない。

「好きじゃない」

反射的な答え。
考えるよりも先に言葉が出た。

10 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:03
思考するまでもないはずだ。
好きと嫌いの区分をする意味すらない付き合い。
それが雅と桃子の関係であって、そこに何らかの意味を見いだすような関係ではない。
だから、好きなのかと問われれば、好きじゃないと答えるのが妥当だろう。

雅は椅子ごとソファーに座っている梨沙子の方を向く。
梨沙子は眉間に皺を寄せていた。
雅の言葉を疑うようにこめかみに手をあて、下を向いた。

「知ってた?あたしがみやのこと好きだったって」

梨沙子は雅の方を見ない。
そのせいか唐突に投げられた言葉は会話というより、安っぽい芝居の台詞のように聞こえた。

「誰が?」
「あたしが」
「誰を?」
「みやを」

雅は一つずつ確認していく。
言葉は雅の頭の中で再構築され、正しいものに直される。
だが、導き出された言葉は思いもよらないもので、雅は梨沙子に何と言えばいいのかわからない。

11 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:05
「ずっと好きだった。みやと付き合いたいって思ってた」

雅が何を言うべきか考えている間に、梨沙子が強い口調で雅に告げた。
梨沙子は顔を上げて、雅をしっかりと見据えていた。
しかし、梨沙子が口にした言葉は告白と言えるものなのに、梨沙子の表情は告白とは言えないようなものだった。
その顔には困ったような表情が浮かんでいる。

やはり雅には何と答えていいのかわからなかった。
過去形とはいえ、梨沙子の突然すぎる告白に何の準備も出来ていない。
梨沙子が自分に恋をしていることすら知らなかったのだ。
妹のように可愛がっていた梨沙子が恋をしていて、そしてその相手が自分だとは思いもよらないことだった。
恋愛ごとに疎い自分ではあるが、梨沙子のことをあまりにも知らなすぎた。
今さらその事実を告げられ、どうしていいかわからず、まるで叱られた子供のように黙りこくっていることしか出来ない自分が不甲斐なく思える。

雅がこれからどうするべきなのかと考えていると、梨沙子がソファーから立ち上がった。
静かに近づいて雅の前に立つ。
梨沙子の手が雅の頬を包み込む。
これから何が起こるのか。
昔の雅ならば予想することも出来なかっただろう。
だが、桃子と過ごした時間の中で何度も経験をした。
歌うことと同じぐらい自然にこれから起こる出来事の予想が出来る。

12 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:08
雅は近づいてくる梨沙子の端正な顔を見た。
知っているはずの梨沙子の顔は思っていたよりも睫が長かった。
梨沙子の目が閉じられる。
長い睫がより際立つ。
逃げることも考えず、雅は流されるままにキスをした。

閉じ忘れた雅の瞳に梨沙子の顔が映る。
その白さと唇の柔らかさ。
桃子の薄い唇とは違う感触。
梨沙子の全てに桃子を思い出す。
雅は身体を後ろに引くと、梨沙子の唇から逃れた。
目の前にいるのは梨沙子に間違いないのに、雅の頭には桃子の顔がちらつく。

「みや」

掠れた声に名前を呼ばれる。
梨沙子の声に、自分の目の前にいる人間が桃子ではないと気づかされた。
雅は頬に置かれた梨沙子の手を取って、顔から遠ざける。
手を離すと、梨沙子の腕がだらりと下がった。

13 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:11
「うちは……」
「知ってる。みやが気づいてなかったことぐらい。……みやが悪いんだよ。気がついてくれなかったから。だからあたし、もものこと好きになった」

梨沙子自身、身勝手な言い分とわかっているようだった。
実際、雅もそう感じたが梨沙子を責めるつもりはない。

もしも、梨沙子の想いに気がついていたら。

雅は梨沙子と付き合っていたかもしれないと思う。
そうすれば、今のような複雑な関係の中に放り込まれることはなかったはずだ。
梨沙子は桃子に惹かれることはなかっただろうし、雅は梨沙子を人質のように扱われ、桃子の言いなりになる必要もなかった。
雅が気がつくか、梨沙子が告白してくれていればよかったのだ。
梨沙子が雅に身勝手な言い分をぶつけるように、雅は梨沙子に責任を押しつける。
互いにもう戻ることが出来ないと知りつつ、過去を悔やむことしか出来ない。

「みやはももと付き合ってるの?」

梨沙子がさっきよりも低い声で言った。

14 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:13
「知ってるんだよ、あたし。みやがももと何してるか」

どくん、と心臓の脈打つ音が耳元で聞こえた気がする。
桃子とは付き合っているとは言えないと雅は思う。
しかし、何の関係もないとは言えない。
知られていないと脳天気にも思っていたわけではないが、いざ梨沙子の口から核心を突く言葉を聞くと、雅は何か言い訳をしなければならないような気持ちになる。

「付き合ってるわけじゃない。そうじゃなくて」
「そうじゃないのに、ももに跡つけたりするんだ?」
「それはっ」

梨沙子が知っている。
それは当然のことだと思えた。
桃子とそういった行為をすれば、梨沙子が雅のつけた跡を見ることもあるだろう。
それを疑問に思って桃子に尋ねれば、誰が付けたのかという答えを聞くことも出来るはずだ。
桃子に気がつかれないように跡をつけたつもりだが、身体についた痣のようなものは誰にでもすぐに見つけられるに違いなかった。
だから、驚くことではない。

15 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:15
雅は、桃子が梨沙子に何をしているのかよく知っている。
だが、頭では理解していても事実として受け止めていたわけではなかったようだった。
心拍数が上がり、声が震えた。
桃子に跡をつけたことが急にひどく愚かなことに思えてくる。

「やっぱりみやだったんだね、ももに跡つけたの」

ため息混じりの声で梨沙子が答えた。
梨沙子は確信があって言葉を口にしたわけではなかったようだ。
けれど、雅の態度がそれを事実に変えた。

「つけてなんか……」
「ないの?」

梨沙子の中に根付いた事実をかえる力を持たないと知りつつも、雅は力なく頷いた。
尋ねてきた梨沙子の目を見ることは出来なかった。

「みや。あれを付けたのがみやじゃないなら、あたしの目を見てそう言って」

梨沙子の声音は命令に近い響きを持っていた。
雅は下を向いたまま顔を上げることが出来ない。

16 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:16
「あれは、うちじゃ……」
「みやなんだね」

否定することは出来なかった。
それは肯定と同じで、梨沙子は雅の沈黙を肯定の意味で受け取ったようだった。

「梨沙子はももと付き合ってるの?」
「付き合ってないよ。あんなの、付き合ってるうちに入らない。だからあたし、ちゃんとももと付き合いたい」

否定も肯定も出来ず、雅はかわりに梨沙子へ質問を投げかけた。
梨沙子は雅のように迷うことなく自分の意志を伝えてくる。
羨ましい。
雅は素直にそう思った。
梨沙子は自分の気持ちがどこにあって、何を望んでいるのか理解している。
躊躇うことなく真っ直ぐに好きだと言うことが出来る。
それは今の雅に出来ることではない。

17 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:19
「みやはどうなの?」
「うちは、わかんない。……わかんないよ」

迷ってばかりだ。
答えを出してしまうことが怖い。

始まりは強引だった。
桃子の方を見ることを強要されて、雅は桃子の気に入らないところをいくつも数え続けた。
それは数え上げればきりがなかった。
肌に触れる桃子の手が心地良いと思うたび、雅は桃子の嫌な部分を思い浮かべる。
今以上に桃子に引き込まれないように予防線を張り巡らせる。

だが、ある日ふと気がついた嫌いではない部分。
それを数えてみると、それは思っていたよりも多かった。
そして、あんなことをされてまでそんなものを数えてみる自分のお人好し加減に呆れた。
好きと嫌いが混在し、雅が選び出したいのは嫌いという文字だったはずだ。
望まない関係を築かれ、逃れられないように快楽の鎖で縛られたが、一度は逃げ出すチャンスを与えられた。
それなのに逃げ出しもせずに雅は桃子の腕の中にいる。
嫌だと思いながらもいつまでもそこに居続けていた。
本当は束縛などされていない。
雅が勝手に捕らわれているだけだ。
わかっているのに、桃子のもとから逃げ出さずにいるのだ。

18 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:21
さっきのキスも、いつの間にか梨沙子と桃子がすり替わっていた。
雅へ好意を寄せてくれていた梨沙子よりも、何を考えているのかわからない桃子が思考の大半を占めていた。
理解しがたい感情が心の中に存在していることは確かだった。

「みやじゃなければよかったのに」

独り言のように梨沙子が呟いた。

「みやが好きだって言ってくれたらよかったのに」

雅が考えていたことと同じ事を梨沙子が口にした。
桃子がいない世界というものがあれば、雅は梨沙子と付き合っていたのかもしれない。
長い時間をかけてお互いの気持ちを確認して、穏やかな時間を過ごす。
性急すぎるこの世界よりもそちらのほうが幸せに思える。

「今からだって、みやがあたしのこと好きだって言ってくれたら、そしたらあたし、前みたいにみやのことを好きになれるかもしれない」

平坦な声が聞こえた。
雅は目の前に立っている梨沙子を見上げてみる。
梨沙子の表情からは感情の色を読み取れそうもない。

19 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:23
「みやは誰が好きなの?」
「……うちのほうが聞きたいよ」
「きっとあたしもみやも、ももと付き合うより二人で付き合った方が幸せになれると思う」

ゆっくりと梨沙子の唇が近づいてくる。
梨沙子の手が雅の肩に置かれた。
数分前にしたキスよりもゆったりとした速度。
雅には梨沙子を避けるだけの時間がある。
けれど、雅は目を閉じた。

梨沙子の言う通りだと思う。
桃子との付き合いは、周りを巻き込んで傷つけ合うばかりで何も生み出さない。
今もそうだ。
雅も梨沙子も見えない場所に傷が付いた。

体温を感じる距離にまで梨沙子が近づいていた。
目を閉じていてもわかる。
桃子よりも柔らかな雰囲気が伝わってくる。

「みや」

唇よりも先に、雅の唇に梨沙子が吐き出した息が触れる。
名前が耳に優しく響く。
同時に扉が開く鈍い音が聞こえた。
もう少しで触れそうだった唇が一瞬にして離れる。

20 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:24
雅は音を立てた扉を見る。
梨沙子も振り返って開きかけた扉を見ていた。

桃子と友理奈が手を繋いで楽屋へ入ってくる。
小さな桃子と
大きな友理奈。

桃子が友理奈に連行されているようにも見えた。

雅はほっと胸を撫で下ろす。

見られなくてよかった。

そう思った。
それがどういうことを意味するのか。
考えるまでもない。

「そんなにくっついてなにやってんの?」

友理奈が間延びした声で言った。
唇は離れていたが、雅と梨沙子の距離は変わっていない。
今も梨沙子の手は雅の肩の上にある。
梨沙子が曖昧に笑った。

21 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:26
「ちょっとくっつくすぎじゃない、それ」
「そうかな」

友理奈がもう一度言った。
梨沙子が笑みを顔に貼り付けたまま、雅から離れる。

友理奈の隣では桃子が口元だけで笑いながら雅を見ていた。
雅の呼吸が少しだけ早くなる。
桃子の赤い唇から目が離せない。
今はもう桃子が付けた跡は消えているのに背中が痛い。
見えない跡が傷に変わっていく。
好きだ、とは思いたくなかった。




22 名前:『 傷 』 投稿日:2008/07/04(金) 03:27



『 傷 』



- END -
23 名前: 投稿日:2008/07/04(金) 03:27

24 名前: 投稿日:2008/07/04(金) 03:27

25 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/05(土) 00:10
作者さん新スレ乙です!
シリーズ初期から見させてもらってます
これからも応援してるので頑張ってください
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/05(土) 00:49
新スレおめでとうございます!
そのまま二人付き合っちゃえばいいのにwww
これからも楽しみにしてます!!
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/05(土) 23:16
新スレおめでとうございます!
作者さんのファンがなりましたww
28 名前: 投稿日:2008/07/08(火) 01:44



『 不誠実な身体 』



>>4-22
『 傷 』続編
29 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/08(火) 01:47
雅は扉の前で深呼吸を繰り返していた。
扉の中にいるのは桃子で、あの日とは立場が逆だ。

以前、桃子が一人部屋を割り当てられた雅の元へ来たことがあった。
今は反対に雅が一人部屋を割り当てられた桃子の部屋の前に立っている。
あの時の桃子とは違い、雅はパジャマにルームシューズという格好ではない。
ジーンズにTシャツというラフな格好ではあるが、すれ違う人に咎められることのない服装をしている。

あの日、桃子がしたように扉をノックして中へ入れてもらう。
そのつもりで雅は扉の前に立っていた。

真夜中に近いホテルの廊下はしんと静まりかえっていて人の気配はない。
かと言って、いつまでも扉の前に立っているわけにはいかなかった。
たかがノック一つが出来ずに、雅は桃子の部屋の前に何分も居座っているのだ。
動物園の檻の中に閉じ込められた動物達のように廊下をうろうろと歩いていたかと思うと、深く息を吸ったり吐いたり、手を伸ばしたり引っ込めたり。
そんなことを繰り返している姿を誰かに見られたら怪しまれるに違いない。
いい加減、覚悟を決めて扉をノックしなければならないだろう。

30 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/08(火) 01:48
雅は右手をぐっと握りしめる。
そして、白くなる程握った手を扉に叩きつけた。

ドンッ。

勢いのついた手は夜に相応しくない音を立てた。
予想外の音の大きさに雅の身体がすくむ。
雅は悪いことをした子供のように辺りをきょろきょろと見回して様子を窺う。
他の部屋から誰も出てこないことを確認してから、今度は小さくドアをノックした。
扉の向こうで人の気配がする。
カチャリ、と小さな音がして扉が開く。

「誰かと思ったら……」
「誰だと思ったの?」
「誰だろうって考えただけで、予想なんてしてないよ」

31 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/08(火) 01:51
眠そうな声をした桃子に扉の中へ招き入れられる。
部屋の中には桃子以外誰もいなかった。
雅は珍しく一人で部屋にいる桃子に驚く。
誰かの部屋にいるか、それともこの部屋に誰かといるか。
どちらかだろうと雅は思っていた。
そして部屋に誰かいたならば、大人しく帰ろうと決めていた。
だが、予想は外れ桃子は一人。
尋ねてきたのは桃子に話があったからで、桃子が一人でいてくれたのは好都合だ。
それなのに、雅はこの部屋に桃子しかいないと思うと急に帰りたくなってくる。
けれど、招き入れてくれた桃子の手前すぐに帰るわけにもいかず、雅は桃子の後について部屋の中へ入った。
桃子の部屋はベッドサイドにある明かりだけが灯っていて薄暗い。

「でも、まさかみーやんだとは思わなかった」

32 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/08(火) 01:52
大きな欠伸を一つしてから桃子が言った。
ルームシューズを脱いで、桃子がベッドの上に座り込む。
枕に背中を預けている桃子はピンクのパジャマを着ている。
眠っていたのか桃子の髪は少しばかり乱れていて、それと同じようにシーツも乱れていた。
白いシーツが薄く灯る光を跳ね返し、桃子の姿を映し出す。
雅の脳裏に桃子の背中に口づけた記憶が蘇る。
それを振り払うように雅は勢いよくベッドの端に腰掛けた。
ベッドが小さく弾んで雅の身体を押し返す。

「こんな時間にどうしたの?」
「用がなきゃ来ちゃだめ?」
「用がないのに来る人でもないじゃん」

確かにそうだ。
今まで雅は用もないのに桃子に会いに来るような真似をしたことはなかった。

33 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/08(火) 01:54
「みーやんの方からももに寄ってくるなんて滅多にないし」

むしろ避けていたと言って良い。
雅は桃子と出来るだけ接することがないように日々を過ごそうとしていた。
桃子が怪訝そうな目で雅を見ているが、それもわかる。
真夜中に雅が用もないのに尋ねてくるなど桃子には考えられないのだろう。

「で、こんな時間に何の用?もしかして、この前の仕返しとか?」
「だったら、どうする?」

桃子が口の端を上げてにやりと笑った。

「それも面白いね」

この前、という言葉で雅の頭の中に浮かぶものは一つだ。
真夜中に突然尋ねてきた桃子にされた行為以外になかった。
桃子は雅が仕返しなどするわけがないと思っているのか、動じる様子はない。
それどころか面白そうな表情をして雅の方を見ている。

雅は足をぶらんと投げ出し、足先に視線をやってから靴を脱ぐ。
ベッドの上に登ると、桃子が眠そうな目を擦っていた。

34 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/08(火) 01:56
「もも、眠いの?」
「夜中だしね。みーやんは眠くないの?」
「眠くない」
「寝たら?」

枕に寄りかかっていた桃子がベッドへ横になると、隣をぽんぽんと叩いた。

「話、ないなら寝ようよ」

何度か瞬きをしてから桃子の眠たげな目が閉じられ、肩が小さく上下する。
桃子の呼吸音が静かな部屋に響く。

雅を全く気にすることのない桃子の態度に雅は苦笑する。
いつもそうだ。
桃子にとって雅が何を考えているかなど関係ない。
自分のやりたいようにやるだけ。
雅の意見や態度などどうでもいいのだ。
気にする価値もないということなのかもしれない。
桃子のこうした態度は今日だけではないのに、雅はどうしてか納得出来ない。

35 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/08(火) 01:58
用がないわけではないのだ。
桃子が言った通り、雅は用もないのに人を訪ねたりしない。
こんな夜遅く、わざわざ桃子の元にやってきたのには理由がある。
雅は用があるだろうと予想しているにも関わらず眠ってしまう桃子に苛立ちを覚える。

話をするために来た。
それだけのために来た。
そのはずなのに、言葉を発するよりも先に雅の身体が勝手に動く。

眠っているのか起きているのかわからない桃子の隣へと移動する。
雅が桃子の肩に手をかけると、うっすらと桃子が目を開けた。
だが、雅はそれに構わず桃子に顔を近づけるとキスをした。

自分の方からキスをするのは初めてかもしれない。

キスをしてからそんなことに気がついた。
唇の感触を味わう暇もない程の早さで雅が身体を離すと、桃子が驚いたように言った。

36 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/08(火) 01:59
「ほんとに仕返ししにきたの?」

桃子の問いかけには答えない。
手を伸ばしてベッドサイドにある明かりを消すと部屋が闇色に染まる。

「するの?」
「……うちがしちゃ悪い?」
「みーやん、したいんだ?」
「したかったら悪い?」

桃子の肩に触れている手に力を込めて、雅は桃子をベッドへと押しつける。
桃子の身体を跨ぎ、馬乗りになると雅はもう一度顔を近づけて桃子の唇に自分の唇を付けた。
キスは拒まれない。
桃子の唇は薄く開かれていて誘われているようだった。

37 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/08(火) 02:01
したかったのだろうか?

雅は自分自身に問いかけてみるが答えは出ない。
自分がどうしたいのかわからないまま桃子の口内へと舌を差し入れた。
いつもどういったキスをしているのかと考えながら、桃子の舌に自分の舌を絡ませる。
桃子からされるキスと同じように出来ているかはわからないが、触れあう唇や絡ませた舌の心地良さに雅は何も考えられなくなる。
だが、雅から始めたキスはすぐに主導権を桃子に奪われ、そして唐突に桃子の方から終わりにされた。
唇を離され、頬を撫でられる。

「悪くないよ。たまにはこういうのもいいかも」
「ほんとにそう思ってんの?」
「思ってるよ」

嘘か本当かわからない桃子の口調に雅は問い返したが、返ってきた答えもどちらだと思えばいいのかわからないものだった。
桃子が何を考えているのかわからないのはいつものことで、雅はそれ以上桃子の本心を探ることを諦める。
どうせ、雅が何をしようと桃子にとっては大した問題ではないのだ。
気にしてもくれない相手に遠慮をする必要などない。
雅は暗闇の中、手探りで桃子のパジャマのボタンを外し始める。

38 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/08(火) 02:04
「してもいいからさ。……みーやん、上手にしてよ」

最後のボタンを外すと、桃子から抱きしめられた。
シャンプーの香りが雅の鼻をくすぐる。
嗅ぎ慣れた匂いのはずが、まったく違ったものに感じられ胸が締め付けられる。

上手く出来るかどうか自信はない。
この先、どうなるかよくわからないまま雅は桃子からパジャマを脱がせていく。
パジャマは桃子が協力的なこともあって、簡単に脱がせることが出来た。
闇の中に桃子の白い肌がうっすらと浮かび上がる。

「それにしても珍しい、っていうか初めて?みーやんの方からしたいとか言ってくるなんてさ」
「うちだってそういう気分になるときぐらいある」
「へえ、えっちな気分になっちゃったんだ?みーやん、好きだもんね。えっちなこと」
「うるさい」

小さなはずの桃子の声が頭の中で大きく聞こえてうるさい。
雅は好きなのはこの行為じゃないと頭の中で反論する。
きっと、そうじゃない。
今こうしている理由は別の場所にある。

39 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/08(火) 02:06
桃子から下着を脱がせ、雅はベッドの脇にある椅子の上に置いた桃子のパジャマの上に放り投げる。
雅の首筋に桃子がキスを一つする。
そして、耳元で囁かれた。

「もものこと、欲しい?」
「……別に」
「あっそっ」

落胆とは違う乾いた声で桃子が素っ気なく答えた。
欲しいのは身体ではない。
けれど、桃子に説明したところでわかってもらえるとは思えなかった。

雅は桃子の肩を撫で、腕へと手を滑らせる。
噛みつくように首筋にいくつかキスを落とす。
桃子の唇から漏れる吐息が色付いてきているような気がした。

40 名前: 投稿日:2008/07/08(火) 02:08

41 名前: 投稿日:2008/07/08(火) 02:08
本日の更新終了です。
42 名前: 投稿日:2008/07/08(火) 02:11
>>25さん
ありがとうございますヾ(*´∀`*)ノ
これからもガシガシ更新出来るように頑張ります。

>>26さん
ありがとうございますヾ(*´∀`*)ノ
雅のその後はこんな感じに(;´▽`)……。

>>27さん
ありがとうございますヾ(*´∀`*)ノ
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/08(火) 22:44
更新乙です。
またいいところで切りますね。
みやびちゃんにはいろんな意味で頑張ってほしい!
続き楽しみにしてます。
44 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/11(金) 01:24
「じゃあさ、なんでするのか聞いていい?」

雅のキスに身体は反応を返しながらも、桃子からはっきりとした声が聞こえてくる。

「ももが……」

梨沙子の顔が浮かぶ。
雅が今日、この部屋を尋ねた理由。
用があるから桃子に会いに来た。
この部屋へやってきたのには理由がある。

「なんでもない」
「気になるじゃん。言ってよ」

胸に触れようとした手を桃子に掴まれる。
雅の闇に慣れた目に桃子の顔が映った。
その顔からは、何か答えるまで手を離さない、そういった気持ちが読み取れた。

45 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/11(金) 01:28
口にしたところでどうにもならないと知っている。
それどころか、事態を悪化させそうな気がした。
桃子にとっては雅のことなどどうでもいいことなのだ。
そんな相手に告げて何になる。
それに、梨沙子によって気づかされたものが確実なものなのか雅自身にもよくわからないのだ。
確かめようのない想いがどんなのものなのか、いくら自分の心の中を覗き込んでも何も見えない。

「続き、言って」

桃子から、強制とも言える力強い声と目で続く言葉を促される。
掴まれた手をそのままに、雅は桃子の胸に唇を押しつけた。
何度かそこにキスをしてから、桃子の目を見ずに答えた。
最初の言葉を口にしてしまうと、後はするすると言葉を繋げることが出来た。

「好きだから。……ももが好きだから」

胸の中から外へと飛び出した言葉はどこか現実味のないものに感じられ、まるで桃子を抱こうとすることに対しての言い訳のようにも思えた。
梨沙子によって無理矢理気づかされた気持ちは、こうして口にしてみてもやはり確かなものとして認識出来ない。

46 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/11(金) 01:31
何度か胸にキスを落としてから、雅は桃子を見る。
桃子は表情のない顔で雅を見ていた。
雅の「好き」は桃子に届いているようには思えず、言葉はふわふわと空中を彷徨っているようだった。
桃子の様子を見ていると、雅は無意味なことをしたような脱力感に襲われる。
それでも好きだと言ってしまったことは現実で、雅は心の中で梨沙子にごめんと謝った。

「ももはさ、うちのこと……」

口にしてしまったものは消えてなくなるわけもなく、雅は黙っている桃子から気持ちを聞き出そうとしてみる。
だが、桃子から返ってきたのは吐息混じりの艶やかな声だった。

「みーやん、して」
「え?」
「早くしてよ」

桃子が掴んでいた雅の手を胸の上へと持って行く。

「触って」

手の平に伝わってくる柔らかな感触。
暗闇の中ではよくわからないが、明るい場所で見た記憶通りそれは雅のものよりも大きかった。
雅はやわやわと手を動かして、桃子に言われた通り胸に触れる。
手に伝わってくる感触を確かめるように、優しく胸を包み込むようにして揉む。

47 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/11(金) 01:34
「んっ、みーやんっ」

これまでにない声で桃子が雅の名前を呼んだ。
その声に返事などどうでも良くなる。
初めて聞く桃子の声に、
好きも嫌いもどこか遠い場所へ向かって消えて無くなった。

血液が体中を駆けめぐり、雅の身体が熱を帯びる。

胸に触れる手に力を込めると、先端が硬く尖っていくのがわかった。
舌を這わせ、口に含む。
桃子の声が掠れ、高くなっていく。

「あっ、あ…あっ」

桃子の甘い声に身体へ触れている手や唇が溶かされそうになる。
滑らかな肌に手が吸い付くようだった。

唇を下へとずらしていく。
脇腹を舐め上げ、腰を撫でる。
雅の手や唇の動きに桃子の身体が反応して艶めかしく動いて、それを見ていると雅の心臓の動きが早くなる。
何故だか息苦しくなって、雅は桃子の手を掴む。
指を絡ませると、桃子がぎゅっと握りかえしてきた。
絡み合った指は解けない糸を雅に思い起こさせた。

48 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/11(金) 01:36
好きだから抱きたいのか、抱かれ続けていたから抱きたいと思ったのかわからない。
想いを伝えに来たはずなのに、こうして桃子を抱いていることが理解出来ない。
雅の中で絡まり、解けなくなった気持ちが息苦しさを生むのかもしれなかった。

身体の奥底に溜まっていく得体の知れない熱を吐き出すように、雅は桃子に触れていく。
雅は聞こえてくる声に急かされるように腰から太ももへ手を伸ばした。

「はぁっ、んっ。…そこっ」

膝をくるりと撫でて、内腿へ手を這わせると桃子の身体がびくんと跳ねた。

「どうしたらいい?」
「みーやん。そう…いうの、……聞くもんじゃないよ」
「そうなの?」
「自分で、いつも…そう言ってる」

内腿を指先で柔らかく撫でながら、桃子と会話をする。
桃子の声は吐息で途切れて聞こえた。

次にどうすればいいかは知っている。
ただ本当に触れてもいいものかと雅は迷う。
触れてはいけない場所などないとわかっているのに、無理に触って拒絶されるのが怖かった。

49 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/11(金) 01:39
「ここ、触っても大丈夫?」

絡ませた手を離し、すうっと指先を足の間に向けて動かす。
桃子に恐る恐る問いかけると、何度か頷かれた。

内腿を撫で上げ、十分に湿っている場所に指を潜らせる。
指の腹で硬くなっている部分を探す。
雅はすぐにそこを探り当て、撫で上げる。
ぬるりとした液体が雅の指にまとわりつく。

「あっ、ん。みーや…んっ」

指の腹でそこに触れ続けていると、桃子が苦しげな声を上げた。
それは苦しそうではあるが、快感に染まった声に間違いない。
けれど、雅は聞かずにはいられなかった。

「平気?」

掠れた声で「へーき」と桃子が答えて、雅の背中に腕を回す。
桃子に抱き寄せられたまま雅は指先を動かした。

やんわりと手を動かし、桃子から溢れ出る液体を掬い取り、突起を撫で上げる。
何度も続けていると水音が大きくなっていく。
だが、雅はそれ以上、桃子に触れる手に力を入れることが出来ない。
焦れたように桃子の腰が揺れ、背中に回された腕に力が入る。

50 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/11(金) 01:41
「……みーやんは、ちょっと、優し…すぎる」

はあ、と吐き出す桃子の息が雅の耳をくすぐった。

「もっと、ちゃんと…してよ」
「こう?」
「うんっ」

強く指先を這わせると、くちゅりと水音が響いた。
指の腹で突起を撫で、擦る。
雅の手が汚れていくにつれ、桃子の呼吸が荒くなっていく。

「やっ、もっ…と」

桃子の声が耳にまとわりついて離れない。
触れる肌の柔らかさや、喘ぎ声に目眩がしそうだった。

今まで意識したことがなかった。
シーツの擦れる音。
カーテンの隙間から見えるネオンの光。
桃子の肌の色。

全てに雅は捕らわれる。
桃子を腕の中に閉じこめてしまいたい。
桃子がもっと欲しい。
欲求のままに雅は桃子の身体の中へ指を差し入れる。

51 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/11(金) 01:43
「ふっ、あぁっ」

桃子の身体が一瞬強ばり、声が漏れた。
けれど、身体から溢れ出た体液で濡れた桃子のそこは二本の指を抵抗無く受け入れる。
熱く濡れた身体の奥深くへ指を押し進めるようとすると、それ以上の侵入を拒むかのように桃子の身体が雅の指を締め付ける。
雅は桃子の内壁を押し返すように指を進めていく。

身体の中の反応と同じように桃子が声を上げる。
その掠れた高い声は雅の神経を撫で、浸食する。
桃子のことだけしか考えられなくなっていく。
知らずに指先に力がこもった。
雅はゆっくりと、でも桃子の身体の動きに負けないように指を動かす。
桃子の中を擦るたびに聞こえてくる粘性の高い音が部屋に響く。
雅が身体の奥を突くと桃子が身を捩り、シーツが擦れベッドが軋む。
それらの音が雅の肌の上を走り、身体の中に入り込んでいく。

52 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/11(金) 01:45
音に浸食されていく神経が雅の頭の芯を痺れさせ、自分も同じように触れて欲しいと考えさせる。
身体の奥が疼いていた。
触れている部分から桃子の感じる快感が伝わってくるような気がする。
雅は桃子を求めようとする身体を誤魔化すように指を動かした。

桃子の声に合わせるように雅は指の動きを早めていく。
指を締め付けてくる内壁を押し開き、強く中へと指先を押し込む。

「もう、イキ…そ…」

桃子の喉が動く。
雅を抱きしめる腕に力がこもった。
まるで雅だけの桃子になったような錯覚をする。
指が溶けそうなぐらいに桃子の中が熱かった。

「みー…やんっ。あっ、だめっ」

言葉で答えるかわりに身体の奥深くへと雅は指を進めた。
指を締め付ける力が強くなり、桃子の指先が雅のTシャツを引っ掻く。
桃子が雅の名前を呼びながら達した。



53 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/11(金) 01:49

雅に背を向け、桃子がはあはあと荒い息を整えようとしていた。
横になっている桃子の白い背中が上下する。
ベッドサイドの明かりに照らされて見えるその様子を雅はぼうっとした頭で眺めていた。

そう言えば結局、返事を聞いていなかった。

今さらながらそんなことを思いだし、雅は手を伸ばして桃子の背中に触れた。
雅が何かを言う前に桃子が振り返る。
伸ばした手を桃子に握りしめられた。

雅の言葉が桃子の中でどう処理されたのかを聞く前に、雅は桃子に組み敷かれる。
頬にキスを落とされ、桃子の手が雅のTシャツをたくし上げる。
触れてくる桃子の手がいつもより熱く感じた。

言葉よりも今はこうする方が良いのかもしれない。
桃子から聞く返事は雅が望んでいるものとは違う気がする。
だったら、このまま桃子の好きなようにさせた方が良いように思えた。
明日のことはどうでもいい。
どうせ今より良いことなんて起こらない。




54 名前:『 不誠実な身体 』 投稿日:2008/07/11(金) 01:50



『 不誠実な身体 』



- END -
55 名前: 投稿日:2008/07/11(金) 01:50

56 名前: 投稿日:2008/07/11(金) 01:51
>>43さん
私もみやびちゃんには頑張って欲しいです。
……頑張れたかな?(;´▽`)
57 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/12(土) 00:41
みやちゃんの勇気が報われる事を祈ってます
58 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/12(土) 16:51
ももみや……(;′Д`)
次も楽しみにしてます。
59 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/20(日) 02:39
みやびちゃん頑張りましたね!
これから二人の関係がどうなっていくのか楽しみです。
60 名前: 投稿日:2008/08/01(金) 03:30



『 言えない唇 』



>>28-54
『 不誠実な身体 』続編
61 名前: 投稿日:2008/08/01(金) 03:34
桃子の家に来ることになったのが何度目なのか覚えていない。
だが、好きだと告げてから今日初めて桃子の家にやってきた。

雅が桃子に好きだと告げたからといって、桃子は何も変わらなかった。
変わったのは雅の方だ。
桃子に抱かれることを拒もうとすることがなくなった。
そして、桃子が雅にするように、雅も桃子を抱くようになった。
桃子も雅が桃子を拒むことがないように、雅からされることを拒まない。
一見、以前よりも濃密な関係になったように思えたが、実際のところそんなこともなく、桃子は前と変わらず雅に対して素っ気なかった。
今日も、雅は桃子に家へ呼ばれて抱かれた。
ベッドの中では、桃子が雅に背を向けて横になっていた。

雅は気だるい身体を起こす。
暗い部屋の中とはいえ、裸のまま身体を起こしているのは躊躇われて雅はシーツで胸元を隠した。
胸の前でシーツを握りながら、雅は桃子を見る。
雅がシーツを自分の方へと引っ張ったせいで、桃子の背中が露わになっていた。
指先で首筋から背骨を辿ると桃子が振り向いた。

62 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:36
「みーやん、もう一回しよ?」

桃子が雅の腕へ指を這わせる。
二の腕から肘へ、肘から手首へと桃子の手が滑り落ちていく。
そのまま手首を掴まれ、雅はベッドへと引き倒された。
桃子の身体の上へ崩れるように雅は倒れる。
完全に倒れてしまう前に雅はベッドへ右手をつく。
その右手を桃子が掴み、器用に雅と身体を入れ替える。

気がつけば雅の身体の上に桃子がいた。
何か言う前に唇を塞がれる。
気の早い桃子の手が胸に触れていた。

「ここ、もう硬くなってるね」

桃子の指先が硬く尖った先端に触れる。
ゆるゆるとそこを撫でながら、桃子の唇が下へと降りていく。
首筋から鎖骨の上を舐め、雅の胸元へキスを落とす。

63 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:38
「もも、待っ…て」
「待たない」

桃子の舌が胸の先端を舐め上げる。

「あっ、や、んっ」

敏感になった部分を舌先で突かれ、指の腹で撫でさすられる。
桃子の身体を遠ざけようと伸ばした腕で、雅は桃子の身体に抱きついた。
痺れるような快感に耐えようと桃子の身体に回した腕に力を込めると、舌を這わせていた部分に桃子が軽く歯を立てた。

「はあ…あぁっ」

自分の呼吸が荒くなっていくのがわかる。
引きかけた熱が身体の中に戻ってくる。
雅は戻ってきた熱を誤魔化すように桃子の身体に腕を絡め、手を這わせた。

64 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:40
桃子の肩胛骨に手が触れる。
雅の手の平から伝わってくるのは、熱っぽい自分の身体とは違う桃子の体温だった。
雅は桃子の肩に触れ、桃子の身体を強引に引き剥がした。
そして、それでも胸に触れ続ける桃子の手を掴む。

「もも」
「しようよ、みーやん」

熱のこもった雅の声とは違う声で、桃子が雅の名前を呼ぶ。
今までも自分と桃子の間に体温の差があったのかはわからない。
けれど、桃子に好きだと告げてから、雅は自分と桃子にある体温の差が気になった。
同じように熱いときもあれば、今のように明らかに桃子の体温が低いときもある。
そんな時、桃子の声は雅を求めているように聞こえるのに、桃子の身体に触れるとそれが嘘のように思える。

「ねえ、もも。うち、どうしたらいい?」

持っている熱の差を埋めたいと思ったのか。
どうしてこんなことを聞いたのか雅にもわからなかった。

65 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:43
桃子が雅に望んでいることがあるとは思えない。
そして、雅も桃子に何かを望んでいるわけではなかった。
ハッピーエンドを夢見るほど子供ではない。
この先、何が起こったとしても桃子と幸せそうにしている自分を想像するのは無理だ。
だが雅には、このまま煮え切らないような状態が続くことに耐えられそうになかった。

「どうもしなくていいよ」

桃子が手首を掴んでいる雅の手を剥がして、首筋にキスを落とす。

「こうやってももがしたいときに、抱かれてくれたらそれでいい」
「それだけなの?」
「ももとみーやんの間にそれ以上何があるの?」

首筋から耳へと桃子の唇が移動する。
耳たぶを軽く噛まれ、舐められた。
ざわざわと耳障りな音が聞こえてきて、雅は首を振る。
それに構わず、桃子が雅の耳に舌を這わせ何度も唇を押しつけた。

66 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:46
「んっ、ももっ」

桃子の手が脇腹を辿り、腰を撫でる。
雅が桃子の手から逃れるように身を捩ると、耳元で桃子が言った。

「みーやん。ももに何を期待してるの?」

期待していることなどないと思っている。
桃子は毎晩雅の側にいるわけではない。
そして、雅がそれを願えば側にいてくれるわけでもない。
そんな桃子に何かを期待するだけ無駄だと思う。
心の奥底、雅自身気がつかないどこかで期待しているのかもしれないが、それを自分で知ること出来ない。
雅の意識の中では桃子に期待していることなど一つもなく、雅が勝手に桃子を求めているだけ。
それだけのことだ。

こんなことに気がつく前に、桃子の側から離れてしまえばよかった。
期待することさえ許されないような相手を求めても苦しくなるだけだと、こうなる前からわかっていた。
チャンスは何度かあった。
雅は桃子から離れることも出来たし、梨沙子を選ぶことも出来た。
それなのに雅が選んだのは桃子の側にいることだ。

67 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:47
馬鹿げていると思う。
思っているが、もう選んでしまった。
そして、それをなかったことにするつもりのない自分に雅は苦笑する。

期待も希望もない。
触れてくる桃子の温もりが欲しくて桃子に抱かれる。
その温もりを確かめるために桃子を抱く。
あの夜、桃子に触れてみたいと思ったときにもう運命は決まっていた。
どうして触れてしまったのかはわからないが、あの夜何もなかったとしても、きっといつか同じ事をしていたに違いない。

「これ以上のこと、ももに期待されても困るんだけど」
「期待なんか……」

期待したところで仕方がないと諦めにも似た気持ちがある。
そのくせ、今の状態を快く思っていないのも事実だった。
期待も希望もないのに、心のどこかで何かが変わることを待っている。
けれど、何がどう変われば満足出来るかがわからない。

68 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:49
待っていることは期待していることに似ている。
期待していないのに待っているなどおかしな話のような気がした。

「もっと気持ち良くして欲しいなんてそんなこと期待されても、それ結構難しい」
「そんなことっ」
「思ってない?」
「思ってないよっ」

即座に雅が答えると、桃子がくすりと笑った。
休んでいた桃子の手が動き出す。
雅の顔の輪郭を辿り、首筋を撫でる。
指先が肩をなぞって、耳元にキスをされた。

「どういう風にされるのが好きか教えてくれたら、もっと良くしてあげられるかもしれないけど」

笑いながら桃子が雅の耳を齧る。
手は肋骨の下あたりを撫でていた。

69 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:50
「だから、そんなことじゃない。うちは、別にももにして欲しいことなんてない」
「じゃあ、どうしたらいい、なんて聞かないでよ」

本当は桃子に求めているものがあるのだろうと雅は思う。
期待して裏切られることが怖くて、何も望んでいないと思い込んでいる。
けれど、それでいい。
何も求めないほうが雅は桃子の隣に居やすかった。

「みーやん。ももとみーやんにこれ以上の関係なんてないよ」

これ以上近づくな。
そう言われたような気がした。
雅には隣にいるはずの桃子がどこか遠くにいるように感じられる。
二人を隔てるものは服さえもなくて、誰よりも近い位置にいるはずなのに、本当は触れることも出来ない場所に桃子がいるのではないかと思えた。

雅は存在を確かめるように桃子へ手を伸ばす。
頬を撫で、指先で唇に触れた。
下唇をゆっくりとなぞると、桃子の舌が雅の指先を舐めた。
生温かい舌が雅の指に絡みつく。

70 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:52
「もも」

指を離して、桃子の頭を抱え込む。
そのまま、雅は桃子の唇にキスをした。
桃子の唇に軽く歯を立ててから、舌を口内へと侵入させる。
舌を絡ませると、桃子がそれに応えてくる。

桃子の身体に触れて、こうしてキスをして息遣いを感じる。
目を閉じていると、桃子が近くにいるとはっきりとわかった。
唇に触れただけで安心出来るなんてどうかしている。
けれど、雅は自分の気持ちをどうにも出来そうになかった。

梨沙子はどうなんだろう。

ふいに梨沙子のことが頭に浮かぶ。
梨沙子は雅と同じ気持ちを桃子に持っているが、考え方や桃子に対する接し方が自分とは違うのだから比べても仕方がない、そう思っても雅は梨沙子のことが気になった。
雅は唇を離す。

71 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:54
「ねえ、梨沙子は……」
「今、関係ないでしょ。梨沙子のことは」

桃子と梨沙子が関係を持っている限り、雅には梨沙子のことを関係ないと切って捨てることが出来ない。
しかし、雅は桃子の冷たい口調にそれ以上何も聞けなくなってしまう。

好きだと告げてからの桃子は時折、雅に対してひどく冷たい。
桃子は変わったと思う。

「うち、もものこと」
「みーやん」

もう一度好きだと言ったら、何かが変わるのだろうか。
けれど、小さな好奇心にも似た思いは桃子によってすぐに消されてしまう。
好きなんだよ、と雅が続けようとした言葉はキスによって遮られた。
キスを続けながら、桃子の手が雅の身体に触れてくる。
雅の胸を桃子がゆるゆると撫でる。

唇はいつの間にか離され、桃子が雅の首筋に噛みつく。
指で胸の先端を摘まれて身体が跳ねた。

72 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:56
「待って、よ。うちが、ももに…したい」

絶え間なく動く桃子の手を捕まえる。
呼吸の合間に自分がしたいことを桃子に告げると、手が止まった。

「最近、よくしたがるね」
「だって、ももの声聞きたい」

数分前に感じた隔たりを埋めたいのかもしれなかった。
桃子に触れられよりも、自分の方から触れたほうが存在を確かに感じられるような気がする。
雅のことを求める桃子の声や身体。
その声や身体の反応にここに居て良いのだと思える。

「いいけど、後からね」

止まっていた桃子の手が動き出す。

73 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:57
「んっ、あっ…やだ」

唇で硬く尖った部分を挟まれ、腰を撫でられた。
桃子の手がゆっくりと腰から太ももを撫でさする。

「一回、イッてからにしたほうがいいよ。我慢出来ないでしょ?」
「そんな…こと」
「あるよ。ほら」
「やあっ、あっ、はぁっ…んっ」

桃子の手が足の間に滑り込む。
指先が濡れた突起に触れ、ゆるゆると指を動かされる。
湿った音と雅の喘ぎ声が桃子の部屋に響く。

桃子のことを欲しいと思う。
今までもずっと桃子の唇や指が欲しかったくせに、欲しいと思う自分を認められなかった。
そのせいか、桃子が欲しいという気持ちを認めてしまった今は歯止めがきかない。
触れられたら我慢出来ないのは本当のことだった。

74 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:59
あの夜に一度言ったきり、好きだとは言っていない。
言うチャンスがない。

雅が好きだと言おうとすると、桃子にいつも遮られる。
避けられている。
今まで雅が桃子を避けていたように、雅の言葉を桃子が避けている。
どうして避けるのか桃子に聞きたいと思うが、雅の身体はすでに桃子を求め始めていて、
どうしてかと聞くことすら出来ない。


身体のいたるところに押しつけられる桃子の唇が心地良い。
桃子を求める声が止まらなくなる。
好きだとは今日も言えそうになかった。




75 名前:『 言えない唇 』 投稿日:2008/08/01(金) 03:59



『 言えない唇 』



- END -
76 名前: 投稿日:2008/08/01(金) 04:00

77 名前: 投稿日:2008/08/01(金) 04:04
>>57さん
今回、みやびちゃんがんばってる!……でしょうか?

>>58さん
お待たせしましたー。
ちょっと間が空きました(;´▽`)

>>59さん
これからどうなっていくのかをもう少しサクサク書けたらいいなあ、と思います(;´▽`)
78 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/01(金) 04:08
更新お疲れ様です。
なんか切ないっすねぇ・・・
79 名前:名無し飼育さん。。。 投稿日:2008/08/09(土) 01:41
身悶えます……
80 名前: 投稿日:2008/08/14(木) 06:01



『 君は友達 』



81 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:04
「熊井ちゃん」

呼びかけたまではよかった。
けれど、いざとなると千奈美はこれからどうすればいいのかわからない。

今日、千奈美が友理奈を呼び出した理由は簡単だ。
その理由はたった二文字で済む。

告白。

友理奈に好きだと伝えようと思って呼び出した。
二人きりになることは簡単だった。
一緒にカラオケへ行こうと電話をしたら、友理奈は喜んで待ち合わせの場所までやってきた。
だが、簡単だったのはそこまでだ。

伝えたいことを口にするのは難しい。
答えがイエスだとわかっているのなら告白も簡単なのにと千奈美は思う。
実際は友理奈がどう答えるかなどわからない。


82 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:06

友理奈の名前を呼んだ後、何も言わずに千奈美がそんなことを考えていると、友理奈が怪訝そうな声で千奈美の名前を呼んだ。

「ちぃ?」

隣に座っていた友理奈が千奈美の顔を覗き込む。
真っ直ぐに見つめてくる友理奈と目があって、千奈美は思わず目をそらした。
カラオケルームに二人きり。
友理奈が千奈美の言葉を待っていた。
千奈美が喋らない限り、友理奈は何も喋りそうになかった。
二人きりのカラオケルームは、沈黙を嫌うようにどこかで聞いたことのあるBGMが流れ続けていた。
曲予約は空のままだ。

「熊井ちゃんってさ、好きな人……」

カラオケルームに似つかわしくない静けさに負けて、千奈美は言葉の続きを口にした。
けれど、言いたいことは最後まで言えなかった。
言葉の最後は喉の奥に引っかかったまま出てこない。
友理奈に「好きな人、いる?」とは聞けなかった。
告白へ繋げるには中途半端な言葉。
途中で消えた言葉は宙に浮いたままだ。
誰も歌う人のいないカラオケルームはやけに静かだった。

83 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:09
「ごめん。……何でもない」

言いかけた言葉の返事を聞くのは怖かった。
そして、告白の言葉は考えていなかった。

結局、告白する勢いも勇気もない。
考えなしに友理奈に好きだと伝えようとしたことを千奈美は軽く後悔する。
だが、歯切れの悪い千奈美に納得がいかないのか、友理奈が千奈美の名前を呼んだ。

「千奈美?」

愛称ではなく、名前。
強い口調で名前を呼び、友理奈が不思議そうな顔で千奈美を見る。

何かを言わなければ、そう思ったが友理奈に言うべき言葉が見つからない。
聞きたいことはいくつもあって、でもそれは口に出来ない。
だから、千奈美は誤魔化すように曖昧に笑ってみせた。
千奈美は頭を掻きながら「えへへ」と笑ってみたが、事態は何も進展しなかった。
進展しないだけなら良かったが、千奈美が友理奈の顔を見ると、眉間に皺を寄せ、鋭い視線を千奈美に向けて何か考え込んでいた。
無意識のものだろうが、友理奈の鋭い視線と眉間の皺は、千奈美に事態が良くない方向に向かっているのではないかと思わせる。

84 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:11
どうしよう。

友理奈を怒らせてしまったかもしれない。
千奈美は友理奈の視線から逃れる為にぎゅっと目を閉じた。

「……あのさ、ちぃって、もしかしてみやのことが好き?その、友達としてじゃなくて。違った意味で」

カラオケルームの黄色っぽい照明から闇の中へ。
千奈美が目を閉じた瞬間、唐突に友理奈が言った。
一瞬、何を聞かれたのかわからなかった。
そのせいか反応が遅れて、言葉がすぐに出ない。

好きじゃない。

数秒後に千奈美の頭の中に浮かんだ言葉。
友理奈に答えるべき言葉はそれ以外にない。
千奈美が好きなのは友理奈で、今日、告白をしようと思っていた。
けれど、千奈美が口にしたものは、考えていたものとは全く違ったものだった。

85 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:13
「……みやのことが好きだといけない?」

一度、口にした言葉は消えて無くなることはない。
口にした事実も消えはしない。
だから、言葉を口にするときは、よく考えてから口にするべきだと思う。
今の千奈美。
それは思いつきで口を開けばこうなる、という見本のような存在だった。

ああ言えば、友理奈の気持ちを知ることが出来ると思った。
だが、千奈美が友理奈に言ってしまった言葉は、口にするべき言葉ではなかった。
千奈美が思わず口にした言葉によって、友理奈が険しい顔をした。
どうしてそんな表情を友理奈がするのかはわからなかったが、千奈美はその顔を見て、自分が言った言葉を消し去ってしまいたいと思った。
しかし、その願いが叶うことはない。
目の前にある現実は、消してしまいたい言葉が存在する世界だ。

「ほんとなの?」
「ほんとだったら悪い?」
「みやは女の子だよ?それでも好きなの?」
「…………」
「おかしいよ、そんなの」

86 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:15
友理奈が険しい顔をした理由がわかった気がする。
女の子を好きだ、ということが友理奈の中ではおかしなことなのだ。
だから、あの表情になった。

ということは、自分の気持ちは伝えるべきものではない。
千奈美の想いは友理奈にとって、きっと迷惑なものになる。
好きだと言わなくて良かったと千奈美は思う。
想いを伝えていたら、きっと思っていた以上に傷つくことになった。

そして、友理奈が急にこんなことを言い出したのは、千奈美が言おうとした言葉に気がついたからではないかと思う。
だから、牽制の意味を込めて雅の名前を出した。
好きだと言うな、そう友理奈に言われたような気がした。
告白することすら友理奈に拒否されたような気分になる。
千奈美はなんだか悲しくなって、言うべきではないと思っていた言葉をつい口にした。

87 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:16
「熊井ちゃんだってさ、まあが好きなんじゃないの?おかしいのはお互い様だと思うけど」

しまった、と思ったときには遅かった。
千奈美の中で消してしまいたい言葉だけが増えていく。
友理奈の眉間に刻まれた皺がより深くなっていた。
千奈美を見つめる友理奈の目が鋭さを増す。

「あたしはちぃとは違う。まあとは友達。それ以上じゃない」
「友達、か。……あたしと熊井ちゃんはどんな関係なんだろうね?」

自分で聞いておきながら、千奈美は聞くまでもない質問だと思った。
他の誰とも変わらない。
友理奈にとっての自分は友達だ。
今も昔も、そしてこれからも。

それは嬉しくて少し悲しい。
友理奈の隣が誰かの指定席になったとしても、ずっと側にいられる。
けれど、千奈美が一番欲しい場所、指定席に座ることは出来ない。
千奈美の望んでいるものとは違う関係。
多分、それが友理奈の望んでいる関係なのだろう。

88 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:19
わかっているはずなのに、何故わざわざ聞いてしまったのか。
友理奈の口からその言葉を聞くことで、自分の気持ちに終止符を打ちたかったのかもしれない。
千奈美はこれから友理奈が口にするであろう終わりの言葉を待つ。
だが、友理奈から告げられた言葉は予想外のものだった。

「ちぃ、みやはだめだよ」

意味がわからない。
千奈美が尋ねたのは自分と友理奈の関係のはずなのに、友理奈が口にしたのは何故か雅の名前だった。

「なんで?別にみやが好きだっていいじゃん。熊井ちゃんに迷惑がかかるわけでもないし。あたしが誰を好きでも関係ないでしょ」
「あるよ!みやは絶対にだめ!」
「なんでさ!」
「なんでって、決まってるじゃん!だって……」

友理奈の強い口調にあわせるように、千奈美の口調も荒くなった。
お互い、喧嘩腰になる。
友理奈がテーブルをどんっと叩いてから、何かを言いかけてやめた。
しばらくにらみ合ってから、友理奈が下を向く。

89 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:21
友理奈が強い口調で何かを言ってくることは、さほど珍しいことではなかった。
大人びた外見とは違い、友理奈の中身は子供のようで、納得のいかないことがあれば食ってかかってくることがよくある。
だが、今のように大した理由もないのに、険しい顔をして口調を荒げるてくるようなことはほとんどなかった。
そもそも、千奈美が雅を想うことに対して、友理奈がここまで否定的である必要が感じられない。
千奈美にはどうして友理奈がこういった態度になるのかわからない。
友理奈の態度が気になり、ついさっきまで大声を出していたことも忘れて、千奈美は友理奈をじっと見つめた。

「……だって、あたしがちぃを好きだから。だから、みやはだめ」
「え?」

下を向いたまま、友理奈がぼそぼそと言った。
はっきりとは聞こえなかった。
でも、何を言ったのかはわかった。
わかったのに、千奈美は聞き返さずにはいられなかった。

90 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:23
「おかしいって自分でも思うけど、でも、ちぃが好きなんだもん。なんで、ちぃはみやが好きなの?……あたしじゃだめなの?」
「熊井ちゃん、あの……」
「どうしてもみやじゃなきゃだめなの?」

一度目の好きに千奈美は耳を疑った。
二度目の好きに千奈美の頬が染まった。

夢でなら何度も聞いた。
それが現実になる日が来ればいいと思っていた。
何度も現実になれと願いはしたけれど、友理奈の方から好きだと言われる日が来るとは思えなかった。

心臓から聞こえてくるどくどくという音が友理奈に聞こえそうだと千奈美は思った。
心臓の音が、目の前にあるマイクを通してスピーカーから流れ出しそうだ。
耳に付くどくどくという音のせいか、千奈美が友理奈に返した言葉は、頭の中から溢れ出した言葉の羅列にしかならない。

91 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:25
「や、あ、あのね。熊井ちゃん。……あたし、みやが好きなわけじゃなくて。さっきはなんとなく言っただけで。告白なんて答えわかんないから、出来なくて。だから、みやが好きだって言ったら、熊井ちゃんがどう言うのか知りたかったっていうか。……あー、もう!何言ってるか、自分でもよくわかんないんだけど」

継ぎ接ぎの言葉は一つの文章として友理奈の耳に届くことはなかった。
その証拠に千奈美の目の前には、頭の中で千奈美の言葉を並び替えてつなぎ合わせようと、難しい顔をしている友理奈がいた。
少しの沈黙の後、その作業を投げ出したらしい友理奈の困ったような声がカラオケルームに響いた。

「えーと、あたしにもよくわかんないんだけど。……ようするにどういうこと?」
「……ようするに、えっと。……うん、熊井ちゃんのことが好きってこと、なんだけど」
「それほんと?」
「うん、ほんとなんだけど……」
「けど、なに?」
「えっ、あっ。けど、っていうか。うん、熊井ちゃんが好きなの。……だめかな?」

92 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:26
はっきりと言わなければと思った。
いつもの自分ならはっきりと物事を伝えることが出来る。
それなのに、どうしてこの大事なときにきっぱりと友理奈が好きだと言い切れないのか。
結果は、自分が思い描いていた告白からはほど遠いもの。
それでも、とにかく千奈美は言葉を繋げ、一つの文章にして友理奈に伝えた。

「ううん」

一瞬の沈黙。
その後に友理奈のはじけるような声が聞こえた。

「すごく嬉しいよ」

よかった、と小さく呟いてから友理奈が笑った。
にっこりと嬉しそうに笑う友理奈が子供みたいに可愛くて、千奈美はなんだかその笑顔にくすぐったいような気分になる。
うきうきと弾む心に何をしていいかわからなくなって、千奈美は目の前にあったマイクを手に取った。

93 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:28
「熊井ちゃん、一緒に歌おうよ」

手に取ったマイクを友理奈に渡す。
本の中から一曲選んでボタンを押した。
千奈美は立ち上がると、小さなステージの上に友理奈を引っ張り上げる。

いつもより少しだけ友理奈の近くに立つ。
肩が触れあう。
友理奈が千奈美の顔を見た。
千奈美が笑うと、友理奈も笑った。

昨日よりも近づいた距離。
小さなことだけれど、それがとても幸せなことだと思えた。




94 名前:『 君は友達 』 投稿日:2008/08/14(木) 06:28



『 君は友達 』



- END -
95 名前: 投稿日:2008/08/14(木) 06:28

96 名前: 投稿日:2008/08/14(木) 06:31
ちょっとシリーズはお休みして違う話を。

>>78さん
一方的に切ない感じに……。

>>79さん
もうしばらく身悶えて頂くことになるかと(;´▽`)
97 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/15(金) 01:03
最近某掲示板の影響か?熊井ちゃん熊井ちゃん気味
特にピーチベアーズに(^ω^)

もちろん今もみやももは大好物!
98 名前:もんちっち 投稿日:2008/08/17(日) 16:23
こんにちは。ゆりちな大好きです。

めっちゃピュアで可愛いかったです。


また良かったら書いてほしいです。
99 名前: 投稿日:2008/09/12(金) 04:04



『 in the rain 』



前スレ443
−466

『 only one 』続編
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/dream/1189961019/443-466
100 名前: 投稿日:2008/09/12(金) 04:07
曇り空を通り越して、今にも雨が降りそうな空。
そんな空の下、撮影は続いていた。
遠くから聞こえてくるのはカメラマンの声とシャッターを切る音、そして愛理の笑い声だ。

雅は空を見上げる。
ぽつりと雨が一粒落ちてきて、雅の額を濡らした。
撮影はまだ終わりそうにない。
曇り空は撮影に不向きだと思うが、暑くもなく寒くもないという点に置いては過ごしやすいと言えた。
だが、雨が降ってきたとなれば話は別だ。
撮影が押しているから、雨が降ってきたからといってこの仕事が終わりになるわけでもない。
となると、傘を差しながらの仕事になる。
それは少し面倒だと雅は思う。



101 名前: 投稿日:2008/09/12(金) 04:14
「はあ」

ぽつりともう一粒、雨が空から落ちてきて雅の手の甲を濡らした。
指先で拭うと手の甲に水跡が広がる。
雅が濡れた手を見ていると、遠くから聞こえていたカシャカシャという軽い音が消えた。
カメラマンの背中を見る。
視線を移すと、スタッフから傘を手渡されている愛理が見えた。

手の甲や髪に雨粒がぽつぽつと落ちる。
丁寧に一粒ずつ水滴を落としていた空はそれが面倒になったのか、ざあっとまとめて水滴を落とし始めていた。
地面へ落ちた雨が跳ね返り、
短めのスカートから伸びた足を濡らす。
このままこうしているとずぶ濡れになってしまう。
それぐらいの量の雨にあたってから、雅はのろのろと動き出した。

「濡れるよ」

後ろから声が聞こえる。
雅の肩にごつんと何かが当たった。
振り返ると、声の主よりも先に傘が目に飛び込んでくる。
雅の目に映ったのは、透明なビニール傘の上をコロコロと転がる雨粒だ。

102 名前: 投稿日:2008/09/12(金) 04:16
「わあっ!」

声を出した時にはもう濡れていた。
傘は雅の頭上ではなく肩に当たり、遮るべき雨は遮られるどころか、傘の上を転がって雅の肩を濡らしていた。
間違った使用法の傘が雅の衣装に染みを作る。

「あっ、ごめんっ」
「ももっ!」

服に染みが広がっていく。
それを止めるように桃子が謝った。
けれど、声で広がる染みを止めることなど出来るわけもない。
桃子がすまなそうな顔をして、傘を雅の肩から頭上へと移動させて雨を遮る。

「濡れた!」
「うん、濡らしちゃった。ごめん」

どこから取り出したのか、桃子が白いハンカチで衣装の濡れた部分を押さえた。

103 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:18
「冷たい」
「ほんと、ごめん」

桃子が悪いと思っていることは口調からわかった。
だが、桃子がハンカチで濡れた部分を押さえるたびに肩や腕に雨の冷たさが伝わってくる。
拭いているというより、雅の身体を冷やすことが目的のようにも思えた。

「もういいよ」
「衣装、大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ」

ハンカチを持つ桃子の手に触れ、素っ気なく答える。
この天気で濡れた部分がすぐに乾くとは思えなかったが、ハンカチで拭いたところで大して変わりそうもない。
それどころか冷たいだけだ。
雅は透明なビニール傘に遮られた空を見る。
雨は止みそうになかった。

「みやに傘差してあげようと思ったんだけど、うまくいかなかった」

104 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:21
雅の隣に並んだ桃子が申し訳なさそうに言った。
その声に桃子を見ると、桃子の肩が雨に濡れていた。
雅を濡らさないようにと傘を持つ桃子は、雅よりも小柄だ。
雅を雨から守ろうと腕を伸ばし傘を傾けることによって、空から落ちてくる水滴が桃子に当たり、衣装が濡れていく。

「もも、傘」
「え?」
「傘、貸して」

雅は半ば強引に桃子の手から傘を奪い取る。
透明な傘に張り付いていた水滴がざあっと地面へ落ちた。

「ももはちっちゃいんだから、無理しないほうがいい」
「無理じゃないもん」
「でも、うちが持ってた方がいい。うちが傘持ってれば、二人とも濡れないですむし」
「ももが持ってたって濡らさないもん」
「さっき濡らしてたじゃん。ほら、ここ」

桃子の正面へ身体を移動させ、雅は濡れた桃子の肩を突く。
すると桃子が不満そうに眉間に皺を寄せた。

105 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:25
「二人とも濡れない方がいいよ」
「そうだけどさあ」
「ちっちゃい子は大きい子の言うこと聞いてればいいの」
「ちょっとだけじゃん、みやが大きいのなんて」
「ちょっとでもたくさんでもうちの方が大きくて、ももがちっちゃいのは変わりない」
「ちっちゃいのはもものせいじゃないし」
「うちがももより大きいのも、うちのせいじゃないし」
「傘、ももが持つ!」
「やだ。うち、濡れたくないし。それにももだって濡れたくないでしょ?」

傘を奪い取ろうと伸ばした桃子の腕を雅は掴む。
教え諭すように柔らかく桃子に問いかけると、不機嫌な顔が拗ねたようなものに変わる。

「……ありがと」

雨音よりも大きな声で桃子が言った。
雅が掴んでいた桃子の腕を放すと、桃子がスカートを翻しながら雅の隣へと移動し、傘を持っている腕に腕を絡ませてくる。
湿気を含んだ衣装に桃子の腕がまとわりつく。
身体は冷えかけていた。
けれど、桃子が触れている部分だけ少し温度が上がって、雅は何故か気持ちが落ち着かなくなる。

106 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:27
「雨、鬱陶しいなあ」

ざあざあと降り続ける雨を見ていると憂鬱になってくる。
傘に遮られた空間は窮屈すぎて、傘を放り出して室内へと逃げ込みたくなる。
雅には桃子が、この空間から雅が逃げ出さないように腕を掴んでいるように思えた。

「たまにはいいじゃん。こうして二人で傘の下とかさ、結構いいと思わない?」
「思わない」
「うわ、冷たい。みや、雨より冷たい」

傘がなければ、こんなにそわそわしない。
雨の壁が作り出す傘の下の狭苦しい空間に、雅は息苦しささえ感じる。

ついさっきまで桃子の存在に何かを感じることなどなかった。
腕を組まれたことで、急に傘の下という空間を意識した。
どうして突然、桃子という存在が気になりはじめたのかと考えて雅は気がつく。
以前にも一度、こうして桃子を間近に感じて今と同じような気持ちになったことがあった。

そうだ。
あれは楽屋で塗り絵をしていた時のことだ。

107 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:30
忘れようとして無理矢理忘れた過去を思い出し、雅は心臓を直接掴まれたような苦しさを感じる。
忘れ去っていたものを今さら思い出してどうしうようというのだ。
記憶の中に埋もれていたものをわざわざ掘り返してきても仕方がない。

二人で傘の下になどいるからこんなことを思い出す。
もう一つ傘を借りて、桃子の側から離れるべきだ。
雅は傘を借りようと、スタッフが待機している場所へと足を進めようとした。

「ねえ、聞きたいことあるんだけどいい?」

踏み出そうとした足が止まる。

「なに?」
「前にさ、キスしたじゃん」
「えっ?」

頭の中を覗かれた。
そんなありえない考えが浮かぶ。
桃子が口にした言葉は雅が今まで考えていたことで、そして頭の中から追い出そうとしていたことだった。

108 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:32
「楽屋で、みやがももにキスしたでしょ」

桃子が雅の腕を引っ張り、雅の顔を見る。
雨の量は変わらないのに、雨粒が地面を叩く音が小さくなっていく。
それと引き替えに心臓がうるさいぐらいにどくどくと音を立て始める。
雅に聞こえてくる音は何種類もあるのに、桃子の声だけがやけに鮮明に聞こえた。

「あ、ああ。うん、そんなこともあったね」
「あの時、なんでキスしたの?」
「今さらそんなこと聞かなくても……」
「何度か聞こうかと思ったんだけど、聞けなくてさ」
「聞かないままでいいじゃん」
「でも、もう聞いちゃったし答えてよ。なんでキスしたの?」
「そんなの、わかんない」

わからない、以外に答えようがなかった。
何故、桃子にキスをしたのか答えがあるならば、雅の方が教えて欲しいぐらいだった。

「じゃあ、質問変える。もものこと好き?」

109 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:34
桃子の質問に、雅は握っていた傘を落としそうになる。
好きかどうかなど今まで考えたこともない。
そしてこれから先も考えるつもりなどなかった。
だが、唐突とも言える桃子からの問いに身体がびくりと反応した。
雅は落としかけた傘の柄を握り直す。

「別に好きだからキスしたわけじゃないしっ」
「それ、ひどくない?好きでもない相手にキスするって。大体、好きじゃないなら、なんでキスなんかしたの?」
「だから、わかんないって」

キスに理由がいるのだろうか。
理由がない行動だってこの世の中にはあるに違いない。
いちいち理由を付けようとする桃子の方が間違っているのだと雅は考える。

「知ってる?」
「なにを?」
「……ももね、みやのこと嫌いじゃないよ」

桃子の手に力が入って、腕をぎゅっと握られる。
みや、という呼び名が耳に残った。

110 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:35
「みやは?」
「う、うちはべつに、そんな。好きとか嫌いとかっ」

桃子が雅のことをどう思っているかは問題ではない。
雅自身が桃子のことをどう思っているのか。
そこが問題だった。

「好きとか嫌いとか、ないの?」

まるで心臓が身体の大半を占めているような気がした。
どくん、と心臓が脈打つたびに雅は今まで考えようとしなかったことを考える。

「みーやん、教えて」

見上げてくる桃子の目が逃げることを許さない。
昔の呼び方が甘く耳に残って、雅が思いもしなかった方へと思考が向いていく。

「その呼び方、やめてよ」
「呼んで欲しいって、みやが言ったんだよ」
「……もう、忘れた」

111 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:37
確かにみーやんと呼んで欲しいと言ったのは自分だが、ねだるように甘い声で呼ばれると居心地が悪い。
胸のあたりがぞわぞわとして、桃子の言葉に耳を傾けずにはいられなくなる。
問いかけに答えることが当然のことのように思えてくるから不思議だ。

「ね、もう一回してみよっか」
「なにを?」

桃子が雅の正面へ移動する。
傘と雨で仕切られた空間が歪む。
雨が桃子の肩を濡らしていく。
けれど、桃子は雨を気にもせずに、良い悪戯を思いついた子供のようにくすりと笑った。

「キス」
「するわけないじゃん」
「してみたら、なんでももにキスしたのかわかるかも」
「いいよ、わからなくて」
「気になるじゃん。この際、はっきりさせよう?」
「気にしなくていいって」
「減るもんじゃないしさ、キスしたっていいじゃん。大体この前、そっちからしたくせに」
「しない。だって、この前キスした理由なんてどうでもいい」

112 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:39
理由など曖昧なまま放っておけばいいと思えた。
明確な答えを出すことが必ずしも正しいとは言えない。
不確かなままでいることが良いこともあるはずだ。

白と黒の中間、はっきりとしない色合いの関係が悪いとは思えない。
今日の空のように雲に覆われたままの方がいい。
二人の間をはっきりとしたものにしたところで、それがプラスになるとは限らないのだ。

「良くないよ。みーやん、そんなにももとキスしたくないの?」
「だから、みーやんって呼ばないでって。……ももさ、みーやんって言えばうちが言うこと聞くって思ってるでしょ?」
「違うの?」

違わないから困る。
どういうわけか、桃子から「みーやん」と呼ばれると上手く自分を制御出来なくなる。

113 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:40
「大体、こんなところでキスなんか出来ないし」

聞こえてくるシャッター音。
愛理を取り囲むスタッフの声。
雅からそう離れていない場所に大勢の人がいる。

はっきりとした答えを出したくないという理由以前の問題だ。
どう考えても誰かから見られそうなこんな場所で、桃子とキスをするなど出来るはずがなかった。

「こっち」

桃子が雅を引きずるようにして、腕を組んだまま歩き出す。

「ここからなら見えないよ、たぶん」
「たぶん、なら見えるかもしれないじゃん」
「じゃあ、絶対」

雅は大きな木の下へ連れ込まれる。
桃子が言うように、太い木の幹は人の目を避けるのに最適と言えた。

114 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:42
「してみようよ、みーやん」

組んでいた腕が離れ、桃子の手が雅のスカートを掴んだ。
見上げてくる桃子の目が真っ直ぐに雅を見ている。
雅は誘われるように桃子の頬に手を伸ばし触れた。

傘を本来の役目とは違うものとして使う。
人目を避けるように雅は傘を倒して、自分と桃子の身体を隠す。
雨は小雨になったものの相変わらず降り続いている。
傘で雨から身を守ることは出来なくなったが、頭上を覆う緑の葉が傘の変わりに雨を遮っていた。

雅は桃子の唇に唇を寄せた。
開かれていた桃子の目が閉じられる。
桃子の唇に自分の唇が触れた瞬間、雅も桃子と同じように目を閉じた。

雅が目を閉じる前に見ていた風景。
緑の隙間から見えた空は雲に覆われていた。
その景色と同じように雅と桃子の間にあった
灰色の雲のようなものが、唇から伝わってくる熱で消えていく。

115 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:43
初めてキスをした時は何も考えられなかった。
二度目のキスでやっと桃子の唇が柔らかいことに気がついた。
もう一度キスしたい。
短いキスの間にそんなことを考えた。

雅がゆっくりと唇を離すと、桃子が柔らかな声で雅を呼んだ。

「みや、知ってるよね?」
「なに?」
「この傘、透明なんだよ」

さっきまで雅が触れていた桃子の唇が小さく震える。
その様子から、桃子が笑い出しそうになっていることがわかった。

「傘で遮っても、意味ないと思う」

桃子が堪えきれなくなったのか、くすくすと笑い出す。
雅は横へ倒した透明な傘を睨み付ける。
確かに桃子の言う通りだ。
この傘では隠れることなど出来そうになかった。

116 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:45
「みーやん。この前、どうしてキスしたかわかった?」
「……わかんない」

雅は傘を頭上へ戻して、笑い続ける桃子を見る。
その顔があまりにも楽しそうで雅はすっきりとしない。
笑われるのは得意ではない。
笑われるより、笑う側にまわる方が好きだ。

だから、どんなに桃子が楽しそうに笑っていても、懐かしい呼び名が聞こえても。
雅から好きだというつもりはなかった。



117 名前:『 in the rain 』 投稿日:2008/09/12(金) 04:45



『 in the rain 』



- END -
118 名前: 投稿日:2008/09/12(金) 04:45

119 名前: 投稿日:2008/09/12(金) 04:49
記憶の彼方にあるような昔の話の続きですみません('-';)

>>97さん
熊井ちゃん!熊井ちゃん!
ピーチベアーズは動物っぽい感じが好きですw

>>98 もんちっちさん
とっくまは私も好きなので、また書きたいです(´▽`)
120 名前:名無し 投稿日:2008/09/12(金) 09:08
こういう2人の関係が大好きですw
素直になればいいのにぃ…
121 名前: 投稿日:2008/09/17(水) 03:29



『 正直な欲望 』



122 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:31
「もも、しよう」

甘えた声が聞こえてくる。
梨沙子のベッドの上、ごろりと横になった桃子は天井を眺めていた。
壁紙のへこみや薄く入った線はいつもと変わらない。
視線を動かさずにいると、不意に目の前が暗くなって天井のかわりに梨沙子の顔が見えた。

こういった場面での梨沙子の言葉はとてもわかりやすい。
今まで遠回しに求められたことはない。
普段の梨沙子は、何を言っているのか本人さえもよくわからない、ということが多々あるが、こんな時はいつもストレートだ。
思ったことを隠したりしない。
桃子が驚くほど素直に気持ちを言葉にする。

「えー、もう寝ようよ。今日、疲れたし」

123 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:33
そう言って桃子は、わざとらしく眉根を寄せた。
別に言うほど疲れているわけではなかった。
ただ梨沙子が拗ねる姿を見たかっただけだ。
それにこんな言葉ぐらいで引き下がる梨沙子ではない。
桃子が梨沙子を受け入れなければ、今まで以上に甘えた声で擦り寄ってくる。
まるで猫のように、かまってくれとじゃれついてくる。
桃子はそんな梨沙子が見たくて、梨沙子の言葉を一度で受け入れることは滅多にしなかった。

「寝ちゃうの?」
「起きてて欲しい?」
「うん」

蜂蜜のように甘い声が桃子の耳をくすぐる。
桃子は梨沙子の目を見る。
ねだるような梨沙子の目が桃子を捕らえる。
やけに真剣な梨沙子の目に、桃子は笑いながら問いかけた。

124 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:35
「梨沙子、そんなにしたいの?」
「だめなの?」
「梨沙子、えっち好きだね」
「もものせいだもん」

薄く染まった頬に、梨沙子が照れていることがわかる。
しかし、照れてはいるが、梨沙子は欲望を隠さない。
桃子は赤く染まった頬に手を伸ばして触れる。
すると梨沙子の顔がそっと近づいてきて、梨沙子の唇が桃子の唇に触れた。
軽く触れた後、すぐに離れていく唇を桃子は追いかける。
身体を起こして、梨沙子の腕を掴んで引く。
桃子の方へと傾いた梨沙子にキスをする。

薄く開いた梨沙子の唇に舌を差し入れる。
歯列をなぞると梨沙子の舌が絡みついてきた。
ゆっくりと味わうように梨沙子の舌に自分の舌を絡める。
指先で顔の輪郭を辿っていく。
首筋を伝ってパジャマの隙間から肩に触れると、梨沙子がびくりと身体を揺らした。

桃子は喉の奥で小さく笑ってキスを止める。
肩に触れた手で、梨沙子のパジャマのボタンを一つ外す。
首筋にキスをしてそのままベッドへと押し倒そうとすると、梨沙子が不満げに言った。

125 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:37
「もも、明るい」
「消す?」
「うん」
「消してあげる。でも、そのかわり自分で脱いで」
「……先に消していい?」

スイッチまでの距離は桃子も梨沙子もほぼ一緒。
桃子の承諾を得る前に、梨沙子が明かりを消すことぐらい簡単に出来る。
それに気がついているのかいないのか。
黙って明かりを消してしまえばいいのに、わざわざ尋ねてくるから苛めてみたくなる。

「だめ」
「もものえっちっ」
「ももは明るいままでもいいんだけど?」

そう言ってから、桃子は二つめのボタンに手をやる。
二つめのボタンを外して胸元を大きく開く。
鎖骨の下にキスをすると、梨沙子が桃子の肩を掴んだ。

「待って。……脱ぐから」

梨沙子がはっきりとした声で言った。
その声に手を止めて、梨沙子を見つめた。

126 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:38
一つ一つ外されていくボタン。
肩から滑り落ちるパジャマ。

「そんなに見てたら恥ずかしいよ」
「だって、梨沙子を恥ずかしがらせようと思って見てるんだもん」
「もも、性格悪いっ」
「そういう性格悪い人、好きになったのは誰?」

梨沙子が頬を膨らませる。
桃子が笑ってその様子を見ていると、梨沙子は不満げに息を吐き出してからパジャマのズボンに手をかけた。
ゆっくりとズボンが下ろされて、梨沙子の身体を覆うものは下着だけになる。

「……もも」

桃子の足の上に梨沙子が座り込む。
懇願するような目と声で名前を呼ばれる。
その声に言葉を返さずにいると、梨沙子が桃子のパジャマの裾を引っ張った。
下着に手をかけるかわりに、桃子のパジャマの裾を掴む梨沙子の頬は先程よりも赤く染まっていた。

127 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:41
もう少し梨沙子の困った顔を見たい。
そう思った。
けれど、顔を赤くして縋り付いてくる梨沙子に、これ以上のことを要求するのも可哀想な気がする。

「消してあげる」

パジャマの裾を掴む梨沙子の手を握りしめてそう言うと、梨沙子が安心したような表情を見せた。
桃子はスイッチを押して明かりを消す。
梨沙子の下着に手をかけて脱がせる。
そして、自分が着ているものを脱ぎ捨てた。

梨沙子がベッドへ横になる。
その上へ覆い被さるようにして身体を重ねると、梨沙子の手が桃子の背中に絡みついてきた。
背中に回された腕に力が入る。
梨沙子が軽く身体を起こして桃子にキスをした。

桃子は梨沙子の肩に手をかけ、ベッドへ梨沙子の身体を押しつける。
キスをしていた唇が離れて、梨沙子が物足りなそうに声を漏らす。
その声にもう一度、今度は桃子の方からキスをする。
軽いキスを何度かしてから、梨沙子の身体に唇を滑らせていく。

128 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:42
首筋を通って、肩に。
肩から鎖骨へ。
鎖骨から胸へ。
緩やかに唇を這わせる。
指先は脇腹から腰にかけてを何度も往復させた。
舌先で胸の先端を突くと梨沙子が声を上げた。

「んっ、ももっ。そこ、だめっ」
「ここ?」
「う、ん」

桃子が指の腹で硬く立ち上がっているそこを軽く撫でると、梨沙子の身体が震えた。
唇を寄せてキスを落とすと梨沙子が首を横に振る。
それにかまわず、そこを指先で摘む。

「もっと触ってあげるね」
「や、ちがっ」

129 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:43
梨沙子が掠れた声で否定の言葉を呟く。
だが、それはどう聞いても否定の言葉には聞こえなかった。
確かめるように桃子が指先に力を入れると、梨沙子が小さな声を上げる。
桃子の指を催促するように、梨沙子の腕が桃子の頭に絡みつく。
突起に触れないように、何度かキスを落とす。
指先を胸から肋骨の上へ滑らせる。
焦れたように桃子の髪に指を差し入れる梨沙子に問いかける。

「嫌じゃないでしょ?」
「や、だ」
「梨沙子、ほんとにやなの?」
「……やじゃ、ない」
「どうして欲しい?」
「もっとして」
「いい子だね」

梨沙子の返事を聞いてから、桃子は硬くなっているそこを口の中に含んだ。
桃子が舌先で押し潰すように触れると、梨沙子が甲高い声を上げた。

130 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:45
「あぁっ、はあっ」

舌を動かすたびに、梨沙子の声が掠れた高いものになっていく。
指先で骨を辿るように肋骨の上を撫でる。
触れている部分が何度も上下して、梨沙子の呼吸が荒くなっていることがわかった。
呼吸音を聞きながら、肋骨から下へと手を動かす。
臍の横を撫でて、腰骨に触れた。
唇もその後を追いかける。
その間にも梨沙子が何度も小さな声を上げていた。

甘い声が桃子の耳に残る。
梨沙子にあわせるように少しだけ息が荒くなる。
それを隠すように、桃子は梨沙子の太ももにキスをした。

びくっと跳ねた身体を捕まえて、桃子は梨沙子の膝を立たせる。
両膝に手をかけて足を開かせようとすると、抵抗することなくすんなりと梨沙子が足を開いた。
内腿にキスを落としていく。
時々軽く歯を立てると、足が小さく暴れた。
ゆっくりとキスを繰り返して、桃子は唇を足の付け根まで運んだ。

131 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:50
「あっ、やあ。もも、ももっ」
「静かにして。誘ってきたの、梨沙子だよ」

色付いた声で名前を呼ばれて、桃子は梨沙子の足の付け根に唇を強く押しつけた。
梨沙子が腰をひねって桃子の唇から逃れようとする。

「ね、もも。見た…ら、やだ」
「暗くて見えないよ」
「見える、もん。あたしから、ももが、どこにいるか見える」
「なんとなくしか、見えないって」
「やだ、見え…る」

懇願するような声が響く。
抵抗もせずに開いた足が、今度は閉じようと小さく暴れていた。

「わかった。そのかわり顔、見せて」

桃子は身体を起こすと、梨沙子の頬にキスをした。
薄暗い部屋に慣れた目で梨沙子を見ると、安心したような表情を浮かべていた。
左手で頬を撫でると、梨沙子が猫のように頬を擦りつけてきた。

132 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:51
安心したその表情を崩したい。
そんな思いに、桃子は予告もなしに指を足の間へと滑らせ、唇で触れようとしていた部分に押し当てた。
梨沙子の身体が跳ねる。
指先に梨沙子の身体から溢れた液体が絡みつく。
梨沙子が一番触れて欲しいであろう部分に軽く指を滑らせる。
溢れ出る液体の量が増えて、桃子の指先を汚していく。

梨沙子の顔を見ると、苦しそうにも見える表情をしていた。
指を少しずらす。
中心からずれた部分をゆるゆると撫でていると、梨沙子が小さく呟いた。

「もも。……触ってよ」
「やだ」
「なんで」
「梨沙子のそういう顔、もっと見たいから」

梨沙子が眉根を寄せて、ねだるような目で桃子を見ていた。
桃子は梨沙子の視線に体温が上がって、呼吸が乱れる。

133 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:53
軽く息を吸い込んで呼吸を整える。
意識的に指先の動きを遅くした。
指を追いかけるように梨沙子が腰を押しつけてきた。
唇が動いて声にならない声が聞こえる。

「意地悪、しない…でよ」
「する」
「もも、お願い…だから」

切なげな声で何度か名前を呼ばれる。
桃子は押しつけられた腰を抱き寄せると、梨沙子の希望通りに指を動かす。
硬くなっているそこを強めに擦り上げると、抱き寄せている腰が逃げるように動いた。
逆らわずに一度指を離す。
一呼吸置いてから指を二本、身体の中へ差し入れるとびくっと梨沙子の身体の中が震えて、それと同じように腰が跳ねた。

「んっ、あっ。まってっ」
「なんで?触ってって梨沙子が頼んだんだよ?」
「言った…けど、でも、あっ、あっ、んっ」

134 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:55
我ながら意地悪だな、と桃子は思う。
指を強く動かすと梨沙子の言葉が止まる。
それが楽しくて、桃子はわざと梨沙子の言葉が途切れるように指を動かす。

「でも?」

一度、指を止める。
梨沙子が大きく息を吐く。

「これ、違う」
「触るのも挿れるのも大してかわんないよ」
「か、わ…るよっ」

やめておけばいいのに、梨沙子が苦しそうな声を出してまで反論してくる。
とりあえず梨沙子の言葉を最後まで聞いてから、桃子は指を奥まで押し込んだ。
梨沙子の喉が上がる。
桃子は視界に入った白い首筋にキスを落とした。
そして、絡みつく梨沙子の内壁から指を剥がすように動かしていく。
梨沙子が桃子の肩を掴む。
浅くなっていく呼吸を整えもせずに梨沙子が言った。

135 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:56
「ももの、えっち」
「えっちな人にこんなことされて、感じてる梨沙子はえっちじゃないの?」

返事はなかった。
かわりに目は伏せられて、肩を掴んでいる指先に力が入った。
指を締め付けられる。
ゆっくりと動かしていた指を早めていく。
水音が少しずつ大きくなる。
硬くなった突起にも指を這わせると、梨沙子が桃子の首筋に顔を埋めた。
桃子の耳元で声が聞こえる。
途切れる声にあわせて、内壁を擦り上げると梨沙子の身体が大きく跳ねた。



136 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:57

力の抜けた梨沙子の身体を抱き寄せると、梨沙子が「もっと優しくしてよ」と言った。
答えるかわりにキスをすると、梨沙子が身体をすり寄せてきた。

「んー、梨沙子くっつきすぎ。……まだしたいとか?」

桃子が軽い口調でそう言うと、梨沙子が口を尖らせた。

「だったら悪い?」
「ほんと素直だね。……にしても、くっつきすぎだよ」
「だって、ももどこかに行っちゃいそうなんだもん」
「なにそれ?」

抱き寄せたはずが、いつの間にか梨沙子に抱きしめられていて身動きが取れない。
触れている部分が多くて暑い。
だが、桃子が身体を捩らせても、梨沙子は腕を緩めない。

137 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 03:59
「……浮気しそうってこと」

小声でぼそっと梨沙子が呟いた。
桃子は思わず大きな声を出す。

「えー!?そんなことしないよぉ」
「だって、もも。いろんな人にべたべたするじゃん」
「それはクセっていうか。……大体、べたべたするのと浮気は関係ないと思うけど」
「そうだけど。でも心配なんだもん」

桃子の頬を梨沙子が軽くつねる。
大げさに痛がると、梨沙子がつねった部分にキスをしてきた。
その唇に頬をぎゅっと押しつけると、桃子を抱きしめていた腕が緩んだ。

桃子は上半身を起こす。
梨沙子の手が追いかけてくる。
その手を掴んで握ると、梨沙子が桃子の名前を呼んだ。
声に応えるように掴んだ手を引っ張る。
けれど、梨沙子は寝ころんだまま起きあがらない。

138 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 04:00
「もう一回する?」
「うん。……でもね、ほんとに心配してるんだよ?」

拗ねたような声が聞こえてくる。
もう一度、桃子は梨沙子の手を引っ張った。

「心配なんか忘れるぐらいしてあげる。……おいで、梨沙子」

今度は逆らうことなく、梨沙子が身体を起こした。

梨沙子を抱きとめて、掴んでいた手に唇を寄せる。
キスをして、そして指先を軽く噛んだ。




139 名前:『 正直な欲望 』 投稿日:2008/09/17(水) 04:00



『 正直な欲望 』



- END -
140 名前: 投稿日:2008/09/17(水) 04:01

141 名前: 投稿日:2008/09/17(水) 04:02
>>120 名無しさん
私も素直になれない二人が大好きですw
142 名前:名無し飼育さん。。。 投稿日:2008/09/17(水) 07:50
甘々ですね
143 名前: 投稿日:2008/10/15(水) 02:11



『 心の行方 』



>>60-75
『 言えない唇 』続編
144 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:13
昼食後から休みなく続いていたダンスレッスンの休憩時間、雅は一人レッスン室の床に座り込んでいた。
壁に背を付けて、レッスン室の中央付近でお菓子の交換をしているメンバーを眺める。
そう疲れているわけではなかったが、がやがやと騒がしい輪の中に入っていくのは億劫だった。
もしかすると、その輪の中に桃子と梨沙子がいるから近寄りたくないと感じているのかもしれない。

「なにみてんの?」

雅は頭上から聞こえてきた声に顔を上げる。
いつの間に雅の側へ来たのか、ミネラルウォーターのペットボトルを片手に持った佐紀が横に立っていた。
耳の横でちゃぷんと音がする。

「お菓子」
「欲しいの?」
「いらない」

145 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:14
素っ気なく答えると、佐紀がくすりと笑った。
佐紀がキャップを捻って、ペットボトルに口を付ける。
ごくんと一口水を飲んでから、佐紀が視線を雅からレッスン室の中央へと移した。
雅は佐紀の視線を追う。
すると先程まで雅が見ていた人物が視界に入ってくる。

「ももでしょ、見てたの」

佐紀が背中を壁に付けたまま、ずるずると雅の隣に腰を下ろす。

「もものことだけじゃなくて、みんなのこと見てたよ」

どくんと鳴った心臓に気づかれないように静かな声で答えてから、雅は視線を佐紀へ戻す。
雅が見ていたのは確かに桃子だったが、それを佐紀に知られたくはなかった。

146 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:16
「みんなって、梨沙子?」
「梨沙子はみんなじゃないじゃん。みんなっていうのはももや梨沙子だけじゃなくて、メンバー全員だよ」
「全員ねえ」

佐紀の言葉の中に、じゃりじゃりとした砂のようなものが混じっているように感じる。
それが雅の耳の奥で不快な音を立てていた。

「なにが言いたいの?」

すっきりとしない佐紀の物言いに、雅はきつい口調になる。
佐紀が何も知らないわけがない。
桃子に関する全てを知っているとは思えないが、ある程度のことは気がついてるはずだ。
雅は佐紀が何を知りたいと思っているのか気になる。

「バレないわけないじゃん」

147 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:18
レッスン室は騒がしかった。
それに加えて、耳の中では相変わらず砂を噛んだ時のような不快な音が鳴っていた。
けれど、雅には佐紀の声がよく聞こえた。
背筋が冷たくなる。
佐紀が次に何を言うのかは想像が付く。

「みやとももの関係、バレないと思ってた?」
「関係って?」
「ここで言ってもいいの?」

尋ねてきた佐紀の顔に悪意はなさそうだった。
悪意どころか、心配そうな表情をしている。

雅には、どうして佐紀が雅の身を案ずるような顔をしているのか想像も付かない。
佐紀が雅と桃子の関係を知っているなら、心配されるはずがないと雅は思う。
桃子を好きな梨沙子のように、佐紀も桃子を手に入れたいと考えているなら、雅が邪魔に違いない。

148 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:21
「……知ってるの、キャプテンだけじゃないから。うちだって知ってる」

雅は桃子を見る。
レッスン室の中央では、桃子が梨沙子の隣で笑っていた。
桃子は雅と一緒に居るときには見せないような穏やかな笑顔を見せていた。

雅の隣にいる桃子。
それはどれだけ記憶を探っても、意地悪そうに笑っている顔だけしかない。
桃子の笑顔の違いはどこから来るのだろうと、雅は今さらながらそんなことが気になった。

「知ってるって?」

随分と時間が立ってから、佐紀が探るような声音で雅に声をかけた。

「キャプテンとももがどういう関係か」

佐紀の隣に居るとき、桃子はどんな顔で笑っていただろう。
雅は一度、目を閉じる。
思い出そうとするが、記憶の中から見つけ出すことは出来なかった。
目を開けて隣を見ると、佐紀が曖昧に笑っていた。

149 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:24
「ずっと前、廊下で声聞いたから。……二人でそういうことしてたんでしょ?」
「みやが声を聞いたって言うなら、その時はそういうことしてたんだと思う。……でも。あたし、もうももと何でもないよ」

困ったように眉根を寄せて佐紀が言った。
雅の耳の中で鳴っていたじゃりじゃりという音が消える。

「ほんとに。もう、ももとは関係ない」

聞こえた言葉を頭で理解するまでに時間がかかった。
ざわざわとしたレッスン室から音が消えて、佐紀の声が頭の中で繰り返される。
佐紀の言葉を何度か再生した後、雅は桃子から離れろと言われなかったことにほっとした。
嬉しいのかどうかはわからない。
ただ身体から力が抜ける程ほっとした。
そして、桃子が佐紀と同部屋だったあの夜、雅の部屋へ桃子が尋ねてきた理由がわかった気がした。

150 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:25
「もうさ、あたし、ももとは関係ないけど。でも、みや。やめときなよ。ももと一緒にいてもろくなことない」

関係ないのなら放っておいて欲しい。
やめときなよ、という言葉に反応して頭の中でそう答えていた。

「やめるようなことなんて、してない」
「もものこと好きじゃないなら、もうやめておいた方がいい。みやが傷つくだけだよ」
「好きならいいんだ?」

思わず喧嘩腰になった。
柔らかな声音から、佐紀が雅を心配しているのはわかった。
雅は桃子のことを好きだと意識してから、楽しいと思ったことはない。
これからもきっとそう思うことはないだろう。
傷つくだけで良いことなど何一つない。
佐紀に言われるまでもなく、雅もそんなことはわかっていた。
それなのに、雅が佐紀に返した言葉は挑戦的なものだった。

「もしかして、もものこと本気で好きなの?」

信じられない、というような口調ではなかった。
雅には、佐紀が予想通りの答えに落胆したように見えた。

151 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:27
「さあ、どうだろ」
「誰にでも手を出して、へらへらしてて。適当で。そんなヤツのこと好きになったって……」

佐紀が一気にまくし立てて、言葉を切る。

「ごめん。言い過ぎたかも」
「ううん。うちもそう思うよ」
「ねえ、ほんとにもものこと好きなの?」

雅は答えない。
答えるかわりに視線を佐紀から桃子へと移した。

「みや、真面目にももの相手しても仕方ないよ」

雅の視線の先を見ながら、佐紀が諭すように言った。

「ももが変わることはないと思う。ずっとあのままだよ、きっと」
「うん。うちもそう思う。でも、それでもいいんだ」
「馬鹿みたいなこと言わないでよ」
「だって、馬鹿なんだもん」

152 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:28
乾いた笑い声が喉の奥から出る。
視線の先では桃子がお菓子を頬張っていた。

好きになってはいけない。
そう思って、諦められるなら話は簡単だ。
それに自分の中にある気持ちが自分の思い通りになるなら、もうそうしている。
わかっていても止められないから、厄介なのだ。

桃子と佐紀の関係が終わっていると聞いてほっとする。
桃子のことを諦めろと言われてむっとする。

それは雅自身でどうこう出来るものではない。
考えるよりも先に答えを出していた。
桃子に関することは考えなくても答えが出る。
それが良いことだとは思えないが、自分で変えられるとも雅には思えない。

雅がもう変わりようがないように、桃子が今と変わらなくてもそれでもいいと思ってしまうのだから仕方がないのだ。
馬鹿馬鹿しいと思うが、どうにもならない。
昼にやっている安っぽいドラマの主人公にでもなった気分がする。

153 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:29
振り向いてくれなくていいから少しだけ。
側にいる間だけ。
自分だけを見て欲しい。

いつの間にそんなことを考えるようになったのか。
桃子への気持ちに気がついてから、急速に膨らんでいく思いは止めようがなかった。

「みや、少し頭冷やしなって」

佐紀の手が雅の肩に置かれる。
小さな手のはずなのに、肩がやけに重く感じた。

雅の視界に映る桃子は、相変わらず楽しそうに見える。
どうして自分だけがこんなに悩まなければいけないのだろう。
そんなことを考えながらレッスン室の中央を眺めていると、桃子の隣にいる梨沙子が起ち上がるのが見えた。

床を靴底で擦りながら梨沙子が雅の前までやってくる。
きゅっと短く高い音を鳴らして止まると、梨沙子が珍しく棘のある口調で言った。

154 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:30
「みや、ももになんかした?」

梨沙子がぶらぶらとさせいていた手をジャージのポケットへ突っ込む。

「なんかってなに?」
「なんかはなんかだよ。あたしにもよくわかんないけど、なんかしたでしょ」
「なにもしないよ。うちがももに何か出来るわけないじゃん」

雅は梨沙子を見上げる。
探している答えの見つけ方がわからず苛々としているのか、梨沙子が瞬きを繰り返していた。

「ももは誰の言うことも聞かないんだからさ」

梨沙子を落ち着かせるように優しく声をかける。
だが、雅の答えに納得出来ないのか、梨沙子は雅の前から動かない。

梨沙子がつま先で床を蹴る。
少し間を置いてから、梨沙子が雅の名前を呼んだ。

155 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:31
「ねえ、みや」

佐紀をちらりと見てから、梨沙子が屈む。
雅の耳元に口を寄せ、雅にだけ聞こえるような声で言った。

「ももに好きだって言った?」

一瞬、雅の身体が硬くなる。
思わず佐紀を見た。

雅が桃子をどう思っているのかすでに知っているのだから、佐紀に聞こえても問題はない。
けれど、このまま梨沙子と話すわけにはいかなそうだった。
梨沙子が何を言い出すかわからない。
今さら佐紀に知られて困るようなこともない気がしたが、余計な心配をされたくなかった。

「キャプテン、ごめん。ちょっと梨沙子と話してくる」

起ち上がって、梨沙子の腕を掴む。
雅は返事を待たずに、梨沙子を引きずるようにして佐紀から少し離れた場所へ連れて行く。

156 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:33
「……うち、ももになにも言ってないから」
「うそ。絶対にもも、なんか変わった。だってもも、あたしのところによく来るようになった」
「それならいいじゃん。梨沙子、もものこと好きなんでしょ?」

桃子が梨沙子の所へ行く回数が増えたことは知らなかった。
桃子は雅に何も言わない。
そして雅も桃子に何も聞かない。
聞こうとしても、それを許さない。

今までどれぐらいの頻度で桃子と梨沙子が会っていたのか知らないが、どれぐらい会う回数が増えたのか気になる。
だが、梨沙子に尋ねてみるような勇気はなかった。

「ももが梨沙子のところに行ってるなら、なにも悪いことなんかないじゃん」

感情を表に出さないように言葉を口にしたら、素っ気ないを通り越して冷たい口調になった。

「あるよ。なんかへんだもん。もも」

けれど、梨沙子はそれを気にもしない。
雅の口調に気がついていないのかもしれない。

157 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:35
「へんじゃないって」
「みや、ももに何か言ったでしょ」
「言わないよ」
「じゃあ、なんでももが変わったの?あたし、ももに何もしてない。心当たり無いもん」
「そんなの知らないよ。うちだって何もしてない」

本当のことを告げたところで変わらない。
それに、桃子は雅の告白をなかったことにしているし、桃子の中でなかったことになっているのなら、雅がした告白が桃子に対して何かをしたとは言えないように思える。
だから雅は、口にした言葉は嘘ではないと考えることにした。

「大体、ももはもともとあんな感じだよ。いっつも適当でなに考えてるかわかんないじゃん」
「みやのうそつき」

梨沙子が雅を疑いの眼差しで見つめて、呟いた。
そして雅の前から走り去る。
ぱたぱたと足音を立てて桃子の元へ走る梨沙子を見ていると、背後から声が聞こえた。

158 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:36
「もも、変わったの?」
「聞いてたんだ?」
「聞こえただけだよ」

言い訳のようにそう言うと、佐紀が雅の隣に立つ。

「盗み聴きなんて趣味悪い」
「仕方ないじゃん。聞こえたんだからさ」

雅が黙っていると、佐紀が「ごめん」と謝った。
聞かれたことは構わない。
だが、桃子とのことをうるさく言われるのは御免だ。

「みや、なにしたの?ももに」

梨沙子と同じようなことを聞いてくる佐紀に苦笑する。
二人は何と答えれば納得するのだろう。
雅にはどう答えても二人が納得してくれるとは思えない。
それに桃子が変わった理由は、雅の方が知りたかった。

159 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:37
「うちはなにもしてないよ」
「じゃあ、なんでももがかわったの?」
「知らないよ、そんなこと。ももは変わってない。それに、ももが変わることないって言ったの、キャプテンの方だよ。もしも、うちが何か言ったとしてもももが変わるわけない」

吐き捨てるように言って佐紀を見る。

「絶対、変わらないよ。ももは」

以前より冷たい桃子の声。
低くなった体温。
変わったことを受け入れるしかないのに、桃子が変わったと信じたくなかった。

雅を落ち着かせるように佐紀が雅の手を握る。
伝わってくる体温は桃子とは違い温かい。
けれど、それは雅が求めているものとは違っていた。




160 名前:『 心の行方 』 投稿日:2008/10/15(水) 02:38



『 心の行方 』



- END -
161 名前: 投稿日:2008/10/15(水) 02:38

162 名前: 投稿日:2008/10/15(水) 02:39
>>142さん
たまには甘み成分も!w
163 名前: 投稿日:2008/10/18(土) 02:38



『 狂わない予定 』



>>143-160
『 心の行方 』続編
164 名前:『 狂わない予定 』 投稿日:2008/10/18(土) 02:39
少しずつ桃子と過ごす時間が増えていた。
それは梨沙子にとって喜ばしいことだったが、桃子が何を考えているのかわからないのは以前と変わらなかった。
いや、以前よりもっと桃子の考えが読めないようになっていた。

「もも、今日はなに?」
「なにって。そんなの梨沙子に会いに来たに決まってるじゃん」

桃子が机の上に置いてあったぬいぐるみを手に取ると、ぽーんと天井に向かって放り投げた。
天井にぶつかるぐらい高く上がってから落下してきたぬいぐるみは、桃子の手の中ではなく床へ落ちた。

「落とさないでよ」
「手元狂った」
「予定も?」
「予定は狂ってないよ。予定通り、梨沙子の家に来ただけだもん」
「ももは嘘つきだ」
「たまにね」

165 名前:『 狂わない予定 』 投稿日:2008/10/18(土) 02:41
床に落ちたぬいぐるみを桃子が拾う。
そして、埃を払うと机の上へぬいぐるを戻す。
梨沙子のお気に入りのぬいぐるみは、元あった場所から少しずれた場所に置かれた。

「じゃあ、今のも嘘?」
「今のはほんと。梨沙子に会いに来た」

ベッドに腰掛けて足をぶらつかせていると、桃子が隣に腰掛けた。

最近、梨沙子はこうして桃子と同じベッドの上にいることが多かった。
桃子はいつも飄々としていて、何を考えているのかわからない。
今日も、梨沙子に会いに来たなどと言っているが、本心とは思えなかった。
特定の誰かに拘って、その人の元にだけ通うなど今までの桃子からは考えられない。
自分の所にだけ来てくれたら、そう思ってはいたが、実際に桃子がそれに近い行動をすると、それは不審な行動にしか思えない。
何かをたくらんでいるのではないかと疑いたくなる。

梨沙子は桃子から距離を取る為に少し身体をずらす。
桃子が怪訝そうな顔をしたが、梨沙子は質問を続けた。

166 名前:『 狂わない予定 』 投稿日:2008/10/18(土) 02:43
「最近、みやに会ってる?」
「ん?仕事でいつも会ってるじゃん」
「仕事以外で」
「別に、いつも通りだけど?」
「いつも通りってどれぐらい?」
「どれぐらいって、そんなのどうでもいいじゃん」

面倒臭そうにそう言うと、桃子が梨沙子の手を取る。
離れた身体を引き寄せるように手を引っ張り、桃子が梨沙子の指先に唇を押しつけた。
梨沙子は指先に触れる柔らかな感触から逃れるように手を引く。
桃子の唇から指先は離れたが、手は繋がれたままだった。

「良くないよ。あたしに会ってくれることなんかあんまりなかったのに、急にたくさん来るようになったら気になるじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ!あたしのこと放って、誰かのところにばっか行ってたもん」
「それ、梨沙子の気のせいじゃない?」

指先で梨沙子の手を遊びながら桃子が言った。

167 名前:『 狂わない予定 』 投稿日:2008/10/18(土) 02:44
「もういいの?誰かさんのことは」
「誰かさんって誰?」
「そんなのももの方がよく知ってるでしょ」
「さあ?もも、よくわかんない」

ぽんっとぬいぐるみを投げた時のように、桃子が梨沙子の手を上へと投げる。
ぬいぐるみよりも重たい手は大して高い位置へ上がらずに、すぐに桃子の手の平の上に落下した。

「ももはいっつもあたしに、何も教えてくれない。あたしのこと、子供扱いしてる」
「してないよ」

桃子が軽く笑って梨沙子の頭を撫でた。
梨沙子はその手を振り払う。

「してるじゃん。今だって頭撫でたりして!」
「可愛いから撫でただけじゃん」
「ももの方が子供みたいなのに!なんで、あたしを子供扱いするのっ」

168 名前:『 狂わない予定 』 投稿日:2008/10/18(土) 02:45
桃子の態度に、梨沙子は拗ねた子供のような物言いになる。
子供扱いして欲しくないと訴えながら、誰よりも子供っぽいことをしていると自分でわかる。
けれど、急に大人のような態度は取れそうにない。
子供だと思われたくないと思えば思う程、子供じみた態度を取ってしまうことを自分の力では止められなかった。

「梨沙子より、ももの方が大人だよ。大体、もものどこが子供なの?」
「顔とか、背とかっ」

まるで子供の喧嘩だ。
口にする言葉が小学生の揉め事レベルだった。

「梨沙子のことさ、子供だと思ってたらこんなことしないよ」

離した距離を一瞬で詰められる。
梨沙子の唇に桃子の唇が触れた。
桃子の指先が肩を撫で、梨沙子の胸の膨らみを辿る。

169 名前:『 狂わない予定 』 投稿日:2008/10/18(土) 02:47
「こういうので誤魔化すの、良くないと思う」

梨沙子は服の上を走る桃子の手を握って止めた。

「大人なら、誤魔化されておきなよ」
「大人じゃないもん」
「じゃあ、子供なの?」
「子供でもないもん」
「じゃあ、なんなの」

梨沙子は桃子の問いに答えられない。
小さく息を吐き出してから、桃子が梨沙子の身体から離れた。
梨沙子の隣から桃子が起ち上がる。

桃子の吐き出したため息が、梨沙子の心の底へ沈み込む。
桃子を困らせていることはわかっている。
我が儘を言いたいわけではない。
今までよりも桃子が側にいてくれるようになって嬉しいと思うより、不安だと感じる。
そして、その不安を解消しようとしても上手くいかず、桃子を困らせてしまう。
梨沙子には桃子の小さな背中が遠く見えた。

170 名前:『 狂わない予定 』 投稿日:2008/10/18(土) 02:49
「もものばかっ!」

解消することの出来ない不安をぶつけるように、梨沙子は枕を桃子に投げつけた。
大きな枕が桃子の背中に命中する。
大げさに肩をすくめた桃子が投げつけられた枕を拾った。

「もう、どうして欲しいの。梨沙子は」
「わかんない。どうして欲しいのか、あたしにだってわかんないんだもん」

振り返った桃子が枕から埃を払い、梨沙子に押しつけた。
不満げに頬を膨らませつつ、梨沙子は枕を受け取る。
ぎゅっと枕を抱きしめて桃子を見上げると、困ったように笑ってから桃子が梨沙子の隣に座った。
梨沙子は桃子の手を握る。

結局、梨沙子の気持ちはかわらない。
雅を好きだった頃の梨沙子はもうどこにもいない。
雅を見れば、今でも胸が痛むことがあるが昔とは違う。
雅の向こうに見える桃子のことを考えて心が痛くなる。

171 名前:『 狂わない予定 』 投稿日:2008/10/18(土) 02:50
好きだと思う相手が変わって、雅が好きだった頃の梨沙子は消えてしまった。
だが、今でも考える。
あの頃、雅が好きだと言ってくれたら。
きっと違った未来があって、今よりも幸せになっていた。
梨沙子の方から好きだと言っても良かった。
もしかすると、それが一番良かったのかもしれない。

けれど、今さらだ。
雅を好きだった頃に戻れないように、桃子を知らなかった頃には戻れない。

「もも、どこかに行っちゃう?」
「側にいるじゃん」

繋いだ手が握りかえされた。
信じたくなるような言葉が囁かれる。
繋がれた手から伝わってくる温もりに、全てを信じそうになった。

172 名前:『 狂わない予定 』 投稿日:2008/10/18(土) 02:51
唇を塞がれ、ベッドへ押し倒される。
耳にキスを一つ落とされ、Tシャツの裾をたくし上げられた。

「だから、そうやって誤魔化すの……」
「やだ?」
「いいけど、良くない」

桃子の笑い声が耳元で聞こえる。
いつだって信じたいと思っているのに、桃子の言葉は信じられない。
桃子の付いた嘘を数えるより先に、梨沙子の思考は桃子の指先に奪われた。




173 名前:『 狂わない予定 』 投稿日:2008/10/18(土) 02:51



『 狂わない予定 』



- END -
174 名前: 投稿日:2008/10/18(土) 02:51

175 名前: 投稿日:2008/10/18(土) 02:51

176 名前: 投稿日:2008/10/20(月) 03:07



『 はじまらない最後の日 』



>>163-173
『 狂わない予定 』続編
177 名前:『 はじまらない最後の日 』 投稿日:2008/10/20(月) 03:08
真夜中とは思えない明るい部屋、ベッドの軋む音が響く。
雅の身体に柔らかく触れていた桃子の指が身体の中に入り込んでくる。
久々の感覚に身体がしなった。

桃子が梨沙子と会う回数が増えている。
雅は梨沙子に言われるまで気がつかなかった。

だが、今ははっきりとわかる。
最近の桃子は明らかに、雅と会うよりも梨沙子と会う回数の方が多くなっていた。
避けられていると言っても良い。

どうすれば桃子に近づけるのかと考えていると、どういうわけか桃子の方から雅の家へやってきた。
理由はわからない。
ただやけに優しかった。
今までとは違う桃子の態度に不安を感じた。
けれど、触れてくる桃子の手に、何も考えることが出来なくなった。

178 名前:『 はじまらない最後の日 』 投稿日:2008/10/20(月) 03:09
「みーやん、気持ちいい?」

普段聞く声とは違う低めの声が雅の耳をくすぐる。
桃子の指がいつになく優しく、ゆっくりと動く。
いつもとは違うゆったりとした動きがもどかしい。
雅はねだるように腰を動かす。
身体の上では、そんな雅を見ながら桃子が薄く笑っていた。

「う…ん」

桃子の首に腕を回して、身体を引き寄せる。
雅が吐息混じりの声で答えると、桃子が耳元で囁いた。

「そうじゃなくて。ちゃんと言って」

雅の首筋に桃子が噛みつく。
身体の中へと向けられていた神経が拡散する。

179 名前:『 はじまらない最後の日 』 投稿日:2008/10/20(月) 03:11
「あ、ももっ」
「もも、じゃなくて」
「きも…ち…いい」
「これからどうしよっか?」
「もっと、……もっと、して。ももが…欲し…い」
「素直なみーやんも可愛いね。もっと良くしてあげる」

くすくすと笑いながら桃子が言った。
だが、桃子の指の動きは変わらない。
雅を弄ぶようにゆるゆると内壁を擦る。

「んっ、あっ…はあ、ももっ」

雅は求めているものとは違う動きに、縋るように桃子の名前を呼ぶ。
すると、一本だった指が二本に増やされた。
その行為に、身体の中にある桃子の指を強く意識させられる。
次第に水音が大きくなっていく。
同時にゆっくりとした桃子の動きに耐えられなくなった。

180 名前:『 はじまらない最後の日 』 投稿日:2008/10/20(月) 03:13
「もも、もっと」

掠れた声で催促すると、それに応えるように桃子の指が身体の奥に向かって突き立てられる。
思わず身体の上にいる桃子にしがみつく。
雅は桃子の存在を確かめるように背中へ爪を立てた。

「好き。大好き」

桃子の耳にキスをして、小さな声で告げた。
我慢していたものを解き放つ。
一度伝えたきり、口にすることが出来なかった言葉。
想いを解放してしまうと、手に触れる桃子の感触が鮮明になった。
雅は桃子を逃がしたくなくて、さらにきつく桃子に抱きつく。
けれど、桃子が強引に雅の身体を引き剥がした。
身体の中から指が引き抜かれた。

桃子が顔を上げる。
蛍光灯に照らされた桃子の表情がよく見える。
桃子は不自然なほどに優しく微笑んでいた。
笑顔のまま桃子が雅の肩をベッドへ押しつけた。

181 名前:『 はじまらない最後の日 』 投稿日:2008/10/20(月) 03:15
「みーやん。そういうのつまんないし、意味わかんない。もっと、面白いこと言ってよ」

笑顔に不釣り合いな冷たい声で桃子が言った。
そして、指が雅の中へ乱暴にねじ込まれる。

「あっ、やあっ。や…だっ」

緩やかに頂点に向かって進んでいた身体は、急激な快感に対応しきれない。
先程までの穏やかさが嘘のように、桃子の指先が性急に動く。
強引に頂点へ連れて行かれる。

「あ…んっ、はっあぁっ」

優しげな顔をした桃子に、声にならない声を上げさせられる。
一気に一番上まで上ることを強要された雅の身体は、ぐったりとベッドへ崩れ落ちた。



182 名前:『 はじまらない最後の日 』 投稿日:2008/10/20(月) 03:16

雅は初めて、桃子に抱かれている最中に好きだと言った。
もちろん好きだと何度言っても、何も返ってこないことぐらいは知っていた。

伝わらない想いの行方がわからない。
言葉は消えてなくなってしまうが、心の中に降り積もった気持ちが消えることはなかった。
それどころか大きくなっていくばかりで、行き場のない気持ちを持て余す。

今まで何度も桃子を夢に見て、夢の中で名前を呼んだ。
夢の中ですら桃子は雅の思い通りにならなかった。
雅の呼びかけには決して答えない。
酷薄そうな顔で笑っているだけだ。

183 名前:『 はじまらない最後の日 』 投稿日:2008/10/20(月) 03:16
桃子が隣にいてもいなくても、そんな夢を見る。
一人の夜は無理矢理もう一度目を閉じる。
桃子が隣にいる夜は、気がつかれないようにそっとキスをした。

キスで何かが伝わるなど嘘だと雅は思う。
伝わると信じていたことも過去にはあった。
だが、温もりはすぐに消え去る。
隣にいるのに、触れても触れても桃子の体温が雅の身体に留まることはない。
指先や足先、唇からすうっと抜け出て空気に溶けてしまう。
雅には桃子を留めておくことは不可能に思えた。


184 名前:『 はじまらない最後の日 』 投稿日:2008/10/20(月) 03:18
雅はそっと手を伸ばして、桃子の手先に触れる。
指先を絡めても、桃子は逃げない。
当たり前のことにほっとする。
昨夜に続き、今日も雅の隣に桃子がいた。
それは、逃げ出したくても逃げられない場所だ。
雅と桃子は同じ場所でライトに照らされ、写真撮影をしていた。

繋いだ手は何も伝えてこない。
ただ触れているだけ。
桃子の冷たい手が拒絶を表しているようだった。

こういった関係になってからしばらくは、桃子との仕事が苦痛だった。
それが、楽しみに変わり、結局また苦痛に戻った。
桃子は朝から雅に触れようとしない。
声さえもかけてこない。
遠ざかっていく桃子を引き止める方法など思い浮かぶはずもなかった。

185 名前:『 はじまらない最後の日 』 投稿日:2008/10/20(月) 03:19
シャッター音が途切れる。
最後の一枚を取り終えたカメラマンから次のメンバーと入れ替わるように指示され、桃子が愛想良く挨拶をした。
そして、雅の方を見ることもなく、撮影を終えたメンバーの元へ向かって走る。
雅はその後をのろのろと追う。

「梨沙子、行こう」

スタジオの端、撮影を黙って見ていた梨沙子に桃子が声をかけた。

「みやはいいの?」
「うん、いいの」

梨沙子の視線が雅を捕らえる。
真っ直ぐに見返すと、何か言いたげに梨沙子の視線が揺れた。
そんな梨沙子の腕を桃子が取って、雅から少し離れた場所へと移動した。

186 名前:『 はじまらない最後の日 』 投稿日:2008/10/20(月) 03:21
「……みや、見てるよ」
「梨沙子は、ももがみーやんと一緒にいるほうがいい?」
「そりゃあ、あたしといてくれた方が嬉しいけど。でも、なんかおかしくない?こんなの」
「どこがおかしいの?」
「どこがって言われても。なんか、へんとしか」
「わかんないなら、へんじゃないってことだよ」
「わかんなくてもわかるもん」
「へんなの梨沙子じゃん。日本語、へん」
「だって、ももがへんだから」

桃子の声は離れた場所からでも聞き分けられる。
それどころか、聞きたくないと思っても桃子の声を探してしまう。
出来れば、親しげに話している二人の声など聞きたくなかった。

抱かれている最中に好きだと告げただけで、ここまで拒絶されるとは思ってもいなかった。
今まで何事もなかったように過ごしてきた夜が嘘のようだ。

187 名前:『 はじまらない最後の日 』 投稿日:2008/10/20(月) 03:21
桃子が何故ここまで雅のことを拒絶するのかはわからない。
朝から雅は飽きるほど桃子に声をかけ、その身体に触れようとした。
けれど、それはことごとく空振りに終わった。
桃子が雅からするりと逃げる。
雅など、初めからいなかったもののように振る舞う。

好きなものを好きだと言って何が悪い。
そう思うが、修復が不可能に思える今の状態に、雅は好きだ告げたことを後悔する。
桃子が振り向くことはないような気がする。
そして、雅からは以前より遠くなった距離を縮めることが出来ない。

もう、駄目かもしれない。
まだ何も始まっていないのに、雅はそんなことを思った。




188 名前:『 はじまらない最後の日 』 投稿日:2008/10/20(月) 03:22



『 はじまらない最後の日 』



- END -
189 名前: 投稿日:2008/10/20(月) 03:22

190 名前: 投稿日:2008/10/20(月) 03:22

191 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 20:33

切ないですね…
雅ちゃんには是非幸せになってもらいたいです。

続き楽しみにしてます!
192 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/05(水) 11:41

みやびが幸せになるとりさこが不幸せになるんですよね‥
りしゃももをとるかみやももをとるか、個人的には貴重な分りしゃももに幸せになってもらいたいです。
193 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/06(木) 18:31
オレにとって悲しいことに、最近はりしゃみやの方が貴重になりつつあると思う・・・
本文に関係なくてスマン
194 名前:みやもも派 投稿日:2008/11/06(木) 20:16

最近二人の絡み少ないからでは?新カプ好きとしてはにやにやする展開ですけど
寧ろ全体的にもも受けとか少なくてもも攻めですがりさことの絡みがあって嬉しいです!
195 名前: 投稿日:2008/11/25(火) 03:49



『 涙色の風景 』



196 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 03:52
どれだけ走っても追いつくことが出来ない。
ならば、諦めればいいと頭ではわかっていた。
だが、わかっているからと言って、それを実行出来るかどうかは別問題だ。
諦めなければと思っても、雅はいつも桃子を捜していた。

頭で考えるように心は動いてくれない。
心が思うように身体は動いてくれない。
相反する二つの気持ちと付き合っていくことにもいい加減疲れた。

あの撮影の日以来、雅は泣くことが多くなった。
けれど、桃子や梨沙子がいる場所で泣いたりしたことはない。
決して泣きたくないと思う。
いつもと何一つ変わらない夏焼雅を演じる。
それは大して難しいことではなかった。
だが、一人になると涙を堪えきれない。

197 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 03:54
仕事中や仕事の合間、そして休日。
桃子がほとんどの時間を梨沙子と過ごしていることは知っていた。
これ見よがしに桃子が梨沙子に擦り寄っているところを何度も見たからだ。
仕事が終わり、帰り支度をしている今も、梨沙子の隣には桃子がいる。
かわりに雅は佐紀と過ごすことが多くなっていた。

親切心からなのか、それとも同情心からなのか。
どういうわけか、佐紀が雅をかまうようになった。
心配してくれているのはわかる。
だが、放っておいて欲しいと思う。
けれど、あれこれと声をかけてくれる佐紀を邪険に扱うわけにもいかなかった。

「みや。帰り、なんか食べていかない?」

そう言いながら、佐紀が雅の背中に抱きついた。
雅の視界が揺れる。
梨沙子の隣にいる桃子がぶれた。

198 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 03:55
「食べたい気分じゃない」
「行ったら食べたくなるって。美味しいもの食べよーよ」
「美味しいものってなに?」
「みやの好きなものでいいよ」

好きなものはいくつもあった。
数ヶ月前なら、どこの店に行くか迷うほど行きたい店があった。
しかし、今は何も思い浮かばない。
視線は桃子を追いかけてばかりいる。

「みや、こっち向きなよ」

佐紀に腕を引っ張られ、桃子を追うことが出来なくなる。
視界から消えた桃子の変わりに、佐紀の呆れ顔が雅の目に映った。

199 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 03:57
「面白くなさそうな顔してまで、あっち見ることない」
「……キャプテン」
「他にもっと楽しいことあるよ」
「そうかな。……なんかあるかな」
「あるよ。今からさ、美味しいもの食べて、ちょっと遊んで帰ろう。そしたら、なんかいいこと見つかるかも」
「いいことか。それって面白いかなあ」
「面白いって」

こうして何度も、忘れてしまえと遠回しに佐紀に言われている。
そして、そのたびに忘れてしまったほうがいいと自分でも思う。
梨沙子と一緒にいるほうが楽しいと言うのなら、桃子は梨沙子にくれてやればいい。
どうせ、桃子は梨沙子を手に入れたかっただけなのだ。

きっかけは交換条件だった。
梨沙子を手に入れたい桃子と、梨沙子を桃子に渡したくない雅。
梨沙子に手を出さないという条件で桃子に抱かれたのだ。
最初から、桃子は梨沙子しか見ていなかった。
知っていたのに、それを見ないようにしてきただけだ。

200 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 03:58
雅はおまけみたいなもので、少しからかって遊んでみたかっただけの存在に違いない。
面白い、それだけが雅の存在意義だ。
その証拠に、雅が思うような反応を返さないと、桃子はいつもつまらないと言っていた。
きっとたいして面白い反応を返さなくなった雅に飽きたのだろう。

「ねえ、キャプテン。うちってつまらないかな」
「どうしたの急に」

佐紀の言葉には答えずに、桃子を見る。
一瞬、桃子と目があった。
だが、すぐに視線は逸らされる。

今、桃子が雅を見ていたのは、雅がどんな顔をしているのか観察していただけだ。
梨沙子の隣にいる桃子を見て、悔しそうな顔でもすれば面白いと思ってもらえるのだろうか。

201 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 03:59
「キャプテン、いこっか」

面白いと思ってもらわなくてもいい。
桃子のことばかり気にしていても仕方がない。
相手は何も思っていないのだ。
雅は佐紀の手を取った。

「どこいく?」
「歩きながら決める」

必要以上に楽しげに笑いながら、雅は梨沙子の横を通る。
桃子がどんな顔をしているのかは見ない。
廊下を早足で歩く。
どれだけ歩いても、食べたいものは決まりそうになかった。



202 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 04:00

***   ***   ***

203 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 04:02
あの日は結局、雅の好きなものではなく、佐紀の行きたい店に行くことになった。
どれだけ考えても行きたい場所が見つからない雅のかわりに、佐紀が店を決めたのだ。
そして、薄暗くなった街で買い物をしたり、ゲームをしたりしたが、どれも楽しいことだとは思えなかった。
だが、桃子といる今の時間もそれと同じぐらいつまらないものだった。

仕事先のホテル。
くじで決まった通り、桃子と同じ部屋に雅はいた。
しかし、桃子はどれだけ声をかけても生返事で、雅の方を見ようともしなかった。

「ねえ、もも。話、聞いてる?」
「聞いてるよ。けど、続きはすぅちゃんに聞いてもらって。部屋、すぅちゃんと変わってもらったから」

ベッドの上、雅の隣で荷物の整理をしていた桃子が言った。
部屋を変わる打ち合わせだとは知らなかったが、少し前、桃子は確かに携帯で茉麻と話していた。
桃子が雅を見ることもなく、鞄を持って起ち上がる。

「まぁの部屋にいるの、梨沙子だよね」
「そうだよ。なんか都合悪い?」
「逃げるの?」

204 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 04:03
雅は桃子が持っている鞄を掴む。
面倒だと言いたげな顔で桃子が雅を睨んだ。

「なんで、ももがみーやんから逃げるの?」
「だって、うちがいる部屋から出て行く」

珍しく雅は食い下がる。

桃子は追いかけても追いかけても逃げる。
そして雅は足がもつれて、もう追いかけることすら出来そうにない。

泣いてばかりいることに疲れた。
頭で考えるように動けない。
心で思うように動けない。
動けないのなら、桃子に縋ってみるしかなかった。



205 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 04:04
「逃げるんじゃなくて、ももは梨沙子と一緒にいたいだけだから」
「待ってよ。うちとは?」
「またそのうち同じ部屋になるよ」
「そしたら、今度は逃げないの?」
「今も逃げてるわけじゃない」

桃子が苛立ったように、鞄から手を離す。
急に重くなった鞄を掴んでいることが出来ず、雅が手を離すとどすんという重い音と共に床へ鞄が落ちた。

「逃げてるよ。うちのこと、避けてる。……ずっと避けてたじゃん」
「じゃあ、追いかけないでよ。みーやんが追いかけてくるから、だからやなの。こんなの、最初と違うじゃん。もも、追いかけ回されるの嫌い」
「逃げると追いかけたくなるって、そう言ったのももだよ。覚えてないの?」
「そんなこと言ったっけ?」
「初めてしたとき、ももが……」

桃子の部屋。
囁かれた言葉。
初めて他人に触れられた感触。
思い出して顔が赤くなる。
これ以上、何も言えなくなる。

206 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 04:05
「ああ、ももがみーやんを初めて抱いたとき?」
「……そう言った」

平坦な口調で答える桃子に、小さな声で返す。
雅はあの日の出来事を忘れられない。
何度も忘れようとしたが、記憶から消し去ることが出来なかった。

「逃げてるのを追いかけるのは好きだけど、追いかけられるのは嫌いなの」

過去の自分を思い出す為か、少し間を置いてから面倒臭そうに桃子が言った。

何を言っても否定される。
縋っても無駄だ。
そう思っても、諦めきれない。
これ以上は無駄だと思いながらも、雅は今まで聞いた桃子の言葉を記憶の中から丁寧に掬いだして、口にする。

207 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 04:07
「もも、うちのこと気に入ってるって言ったじゃん」
「逃げ回るみーやんが面白かっただけだよ。ももがちょっと何か言ったら、大げさな反応するんだもん。見てて楽しかった。でもね、もうつまんない」
「梨沙子はよくてうちはだめなんだ?」
「梨沙子は可愛いけど、みーやんは可愛くない。ももに色々言ってくるから、うるさい」

はっきりと拒絶される。
突き刺さるような言葉に、雅の視界が歪んだ。
桃子を見ていることが出来ず、雅は下を向く。
床へ落とされた鞄を掴む桃子の手が見えた。

「じゃあね、みーやん」

聞こえてくる声が、桃子の声だと思えなかった。
少し高い声が胸の奥を無神経に撫でる。
不自然なぐらい染み一つ無い絨毯の上を歩いて、桃子が部屋から出て行く。
バタンと扉の閉まる音が聞こえて、雅の目から涙がこぼれ落ちた。



208 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 04:12

桃子が出て行ってからすぐに茉麻から電話があった。
キャプテンの部屋へ行く、と言っていた。
佐紀が気を利かせて茉麻を呼んだのか、たまたまなのかは知りようがない。
理由はわからないが、茉麻がこの部屋に来ることはないらしい。

一人取り残された部屋。
二つあるベッドを見ると、雅は涙が止まらない。
桃子はいつも勝手だ。
無遠慮に雅の中に入り込んで、追い出せない部分に住み着いたあげく、今度はそこから逃げ出そうとする。

少し前までは同室になれば、雅の気持ちなどお構いなしに身体に触れてきた。
そして、雅はそれが嫌だったはずなのに、今は涙が止まらなくなるぐらい桃子を求めている。
追いかけて縋り付いた結果がこれだ。
雅を置いて、桃子は梨沙子の部屋に行ってしまった。
梨沙子と同室だった茉麻と部屋を変わってまでだ。
今までにはないことだった。
雅が好きだと告げてからも、桃子は雅と同室に決まれば一緒の部屋にいた。
こうして雅の前から消えてしまうことはなかった。
繋ぎ止める方法を考えるより、忘れる方法を考えた方がいいと初めて心の底から思った。

209 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 04:13
忘れる方法。
普段、簡単に忘れてしまういくつもの出来事。
それと同じように頭の中から桃子を消し去ってしまいたい。
けれど、一週間前の朝食を忘れてしまうように、桃子を頭の中から消し去ることが出来るとは思えなかった。

雅は涙を拭う。
ついさっきまで桃子が座っていたベッドに寝転がる。
冷たくなったシーツが桃子はいないと雅に伝えてくる。

一人でいることがこんなに心細くなったのはいつからだろう。

無意識のうちに、身体の中にある桃子の欠片を探そうとする。
脳裏に浮かぶいくつもの出来事は桃子に関係のあることばかりだった。
一人でいると思い出したくないことばかり、思い出す。
雅は携帯電話を手に取った。
こんな気分のまま一人でいることには耐えられそうもなかった。

210 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 04:14
「もしもし、キャプテン?みやだけど」

数回のコールの後、佐紀の声が聞こえた。

「今からさ。……こっちの部屋に来てくれない?」

涙声になっていたかもしれない。
佐紀からすぐに「いいよ」と返事があった。

「ありがと。待ってる」

佐紀に話したいことがあるわけではない。
ただ一人でこの部屋にいるよりは、佐紀と一緒にいる方が良さそうに思えた。




211 名前:『 涙色の風景 』 投稿日:2008/11/25(火) 04:15



『 涙色の風景 』



- END -
212 名前: 投稿日:2008/11/25(火) 04:16

213 名前: 投稿日:2008/11/25(火) 04:22
>>191さん
お待たせしました。
なかなか思うようにはいかないようです(´・ω・`)

>>192さん
前途多難な三人です。
幸せは一体どこにあるのか。……難しい問題です。

>>193さん
時代というか流れがありますね。CPにも。

>>194さん
梨沙子絡みはかなり好きです。
なかなかもも受けにはなりませんがw
214 名前:通りすがりの上げ子 投稿日:2008/11/25(火) 11:10

き、きちーくもも!いいわねぇ!りしゃこと順調なのはテンション上がるわねぇ!
しかーしりしゃことくっつくとこうなるのはわかってたケド不憫なみーやん!
そしてキャプと近づくみーやん!

その時ももは果たしてみーやんに対しての情を捨て切れるのかっ!
215 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/26(水) 00:15
(´;ω;`)みーやん
216 名前: 投稿日:2008/12/02(火) 02:33



『 嘘 』



217 名前:『 嘘 』 投稿日:2008/12/02(火) 02:36
乱暴なノックの音に梨沙子が慌てて扉を開けると、そこには少し不機嫌そうな桃子がいた。
桃子から「今から行く」と電話で予告があったが、それでも梨沙子は驚いた。
今まで雅と同室の時に、桃子が部屋へ来たことがなかったからだ。

「もも、ほんとに来たんだ」
「来ちゃ悪い?」
「悪くないけど。ママが困ってたよ。急に部屋変わってなんてさ、って」

二つ並んだベッドの片方、梨沙子が使う予定だったベッドへ腰を下ろした桃子に声をかける。
梨沙子は桃子から頼まれたと言って、部屋を出て行った茉麻のことを思い出す。
やれやれ、と困ったようにため息をつきながら荷物をまとめていた。
行き先は雅の部屋ではなく、佐紀の部屋だ。
茉麻が自主的に佐紀の部屋へ向かったわけではない。
梨沙子が佐紀の部屋へ行くように頼んだのだ。
理由は雅を一人にさせる為だった。

218 名前:『 嘘 』 投稿日:2008/12/02(火) 02:39
「みーやん、あたしといるよりすぅちゃんと一緒の方が良さそうだったから」
「みやがそう言ったの?」
「言わないけど、何となくね」
「……みや、今一人だよ。たぶん」
「なんで?ももと部屋変わったんだから、みーやんはすぅちゃんと一緒にいるでしょ」

不思議そうな顔をして、桃子が梨沙子を見た。
梨沙子は息を大きく吐き出してから、桃子の隣へ座った。

「あたし、ママとキャプテンに頼んだもん。みや、一人にしてあげてって」

今まで以上に桃子が梨沙子の元へやってくるようになってからも、雅は変わらなかった。
いつもと同じように梨沙子や桃子に接し、笑っていた。
桃子と二人きりになった時、雅がどうしているのかは知らないが、梨沙子から見える雅は以前の雅と同じように見えた。
最近の雅は佐紀といることが多く、桃子の隣にいる時以上に楽しそうにしていた。
だが、雅が何も変わらないようにしているだけだということはわかっている。
梨沙子は、随分長い間雅を見てきた。
雅が人に頼ることや、弱みを見せることが苦手なことぐらい知っている。
そして、雅が常に桃子を捜していることにも気がついていた。

219 名前:『 嘘 』 投稿日:2008/12/02(火) 02:41
「たぶん、誰とも一緒にいたくないと思う」
「どうしてそんなことわかるの?誰かと一緒にいたいって思ってるかもしれないじゃん」
「だって絶対に、みや泣いてる」

泣きたいぐらい嬉しくても、悲しくても雅はいつも笑っている。
滅多に人前で泣いたりしない。
梨沙子はそんな雅を見て、泣いてしまえばいいのにと思っていた。
感情を押し殺すより、解放した方が楽になれる。
実際に雅にそう言ったこともあったが、雅が頷くことはなかった。

桃子を見ている雅の顔が頭に浮かぶ。
真っ直ぐに桃子を見つめる雅の目。
それは梨沙子の心の中に罪悪感に似た感情をもたらす。
悪いのは梨沙子ではない。
それでも、雅を見ていると、梨沙子の方が悪いことをしたように思えてくる。
そんな桃子を見てばかりいる雅を置いて、桃子が梨沙子の部屋へ来た。

220 名前:『 嘘 』 投稿日:2008/12/02(火) 02:43
雅にとって楽しい出来事なわけがない。
泣きたくなるぐらい悲しいはずだと梨沙子は思う。
自分が雅なら、桃子の前で泣き出しているだろう。
でも、雅は誰かが側にいたら泣かないはずだ。
茉麻がいれば、いつもと変わらぬ笑顔で過ごすに違いない。

「泣いてないよ」

ぼそりと桃子が呟いた。

「泣いてるもん」
「梨沙子が勝手にそう思ってるだけでしょ」
「違うもん。あたし、みやのことずっと見てたからわかる」

泣いている雅が想像出来て、自然と桃子を責めるような口調になる。
泣くことで雅の気持ちが少しでも軽くなれば、と思わずにはいられなかった。

「じゃあ、ずっとみーやんを見てれば良かったのに」
「その方が良かった」
「今からでも遅くないよ」

221 名前:『 嘘 』 投稿日:2008/12/02(火) 02:44
冷淡な声で桃子が言った。
そして、声よりも温かな手が梨沙子の頬に触れる。
柔らかな手の感触に桃子の方を見ると、目を閉じるより先に唇へキスをされた。

「……ひどいよ、もも」

何もかもがもう遅かった。
今さら以前と同じように雅を見ることは出来ないし、こうしてキスをして欲しいと思うのは桃子だけだ。

ずっと言わずにいた言葉が脳裏に浮かぶ。
その言葉を言えば、桃子がどういう顔をするのかは予想がつく。
そして、言ってしまえば居心地の良い場所がなくなるかもしれなかった。
それでも、梨沙子は言わずにはいられない。

「もう知ってると思うけど。あたし、ももが好きなんだよ」

桃子が触れた唇を指先でなぞる。
心臓がギリギリと痛む。

222 名前:『 嘘 』 投稿日:2008/12/02(火) 02:46
「うん。ももも梨沙子のことが好きだよ」

桃子が少し間を置いてから答えて、ふわりと笑った。
思った通りの反応に、梨沙子は小さくため息をついた。

桃子はいつでも優しい。
梨沙子の望みであれば、大抵のことは叶えてくれる。
だから、好きだと言えば、気持ちがどこにあっても好きだと答えてくれるだろうと思っていた。
思いを告げる前までは、言葉だけでも貰えれば嬉しいのではないかと考えていたが、気持ちは予想を裏切る。
桃子の優しげな笑顔も柔らかな言葉も、全てが嘘に聞こえて胸が痛かった。
中身の伴わない言葉に意味はないと、もらった言葉を否定する自分がいた。
重さのない言葉は、梨沙子をすり抜けて窓の外へと逃げ出す。
沈んだ顔をしたせいか、もう一度桃子が空っぽの言葉を梨沙子にかけた。

「もう、言わなくていいから」

好きだと言われた分だけ、好きじゃないと言われているような気がする。
息苦しいような気分になって、梨沙子は話題を変えた。

223 名前:『 嘘 』 投稿日:2008/12/02(火) 02:47
「そうだ。みやにはなんて答えたの?」
「なんの答え?」
「みやにも好きって言われたでしょ」
「言われてないよ」

桃子が即答した。
雅は好きだと言っていないと言っていたから、
雅の言葉を信じれば、今の桃子の言葉は正しいことになる。

けれど、二人とも嘘を付いていると梨沙子は思う。
急に桃子と雅が距離を置いた理由。
桃子から関係を変えようとするとは考えられないから、きっと雅の方が桃子との仲を変えようとしたに違いない。

「なんで嘘つくの?」
「ついてないよ。嘘なんか」
「じゃあ、どうしてももは変わったの?」
「だから、変わってないって。何度もそう言ったじゃん」
「変わってないのに。……それなのに、部屋を変わってまであたしのところに来るんだ?」
「梨沙子が好きだからだよ」

224 名前:『 嘘 』 投稿日:2008/12/02(火) 02:49
手を握られる。
だが、桃子が梨沙子を見ることはなかった。
誤魔化すように髪を撫でようとした手を梨沙子は振り払う。

「じゃあ、もうみやのところに行かない?」

我ながらくだらないことを言っていると梨沙子は思う。
約束で桃子を縛ることが出来るとは到底思えなかった。

「行かないよ。梨沙子と一緒にいる。だって、みーやん面倒臭いんだもん」
「……あたしだって面倒かもしれないよ。それでもいいの?」
「いいよ」

床を見つめたまま桃子が答えた。
手は痛いぐらいの力で握りしめられていた。

「もも、あたしのこと見てよ」
「見てるよ」
「見てないよ。さっきから下ばっかり見てる」

梨沙子の言葉に桃子がのろのろと顔を上げる。
けれど、ほんの短い時間目があっただけで、すぐに視線は逸らされた。

225 名前:『 嘘 』 投稿日:2008/12/02(火) 02:51
「やっぱりももは嘘つきじゃん。だってもも、あたしのこと、全然見てない。側にいるだけで、ただ笑ってるだけで、そんなの優しくないよ」

握られた手を振りほどいて、梨沙子は桃子の肩を掴んだ。

「ほんとのこと教えて。みやと何があったの?どうして、部屋変わったの?」
「ももとみーやんに何かあったって梨沙子には関係ないでしょ」

乱暴にそう言うと、桃子が梨沙子の手から逃れるようにベッドから起ち上がった。
そして、まだ何か言いたげに口を開いてから、ぐっと唇を噛んだ。

梨沙子はベッドに座ったまま桃子を見上げる。
今度は視線を逸らされない。

「じゃあ、部屋変わるって言ったとき、みやどんな顔してた?それだけ教えて」
「覚えてない」
「楽しそうだった?それとも悲しそうだった?」
「だから覚えてない」
「さっきのことじゃん。覚えてないなんておかしい」
「梨沙子、ちょっとしつこい。みーやんなんてどうでもいいじゃん。……さっきからずっとみーやん、みーやんって。みーやんともも、どっちが大事なの?」

226 名前:『 嘘 』 投稿日:2008/12/02(火) 02:53
茉麻が使う予定だったベッドに桃子が座った。
梨沙子は桃子と向かい合う形になる。
足をぶらぶらと遊ばせている桃子が見えた。

「ほんとはももじゃなくて、みーやんのこと好きなんじゃないの?」
「なんでそんなこと言うの?」
「だって、ももの心配よりみーやんの心配ばっかしてる」
「ももの心配したら、ももはあたしのこと好きになる?」
「さっき、好きだって言ったじゃん」

トン、と音を立てて桃子が足を床へ下ろした。
そのまま小刻みに床をトントンと足で叩く。
自分の言葉を信じようとしない梨沙子に、桃子が苛々としていることは見て取れた。

「あたし、もものことどうやって信じたらいい?」

何度好きだと言われようと、信じられそうにない。
今まで見なかったことにしてきたものたちが邪魔をして、桃子の言葉を素直に受け取ることが出来ない。
どんなに苛々とされても、信じる方法を教えてもらうしかなかった。

227 名前:『 嘘 』 投稿日:2008/12/02(火) 02:56
「全部じゃないけど。あたし、ももがしてきたこと知ってる。……知ってるから、信じられないよ。もものこと」

信じることが出来ないのならば、桃子の側にいられないかもしれない。
離したくないのに、離すしかなくなる。
良いことよりも悪いことが頭に浮かぶ。
だが、雅が桃子との関係を変えようとしたように、梨沙子も桃子との仲を変えたいと思った。

桃子は何も答えない。
沈黙が長く続く部屋は居心地が悪かった。
それでも、梨沙子は桃子の答えを待つ。
部屋の中は、まるで時間の流れが止まっているようだった。




228 名前:『 嘘 』 投稿日:2008/12/02(火) 02:56



『 嘘 』



- END -
229 名前: 投稿日:2008/12/02(火) 02:56

230 名前: 投稿日:2008/12/02(火) 03:01
>>214 通りすがりの上げ子さん
果たして本当に不憫なのは誰なのか。
近づいたり離れたり。
なんだか大変です(;´▽`)

>>215さん
色々と(´;ω;`)という感じで……。
231 名前: 投稿日:2008/12/07(日) 10:06



『 忘却の彼方 』



(ここ2回ほど書き忘れていますが同じ話が続いています)
232 名前:『 忘却の彼方 』 投稿日:2008/12/07(日) 10:11
「みや、大丈夫?」

雅が扉を開けた途端、待ちかまえていたように佐紀が尋ねてきた。
そして
心配そうに顔を覗き込まれた。
ベッドサイドの照明だけがついた薄暗い部屋の中、雅は佐紀を見る。
走ってきたのか肩は小さく上下していて、呼吸が少し荒かった。
ベッドの上へ並んで腰掛けてから、雅はこくんと頷いた。

「あたし、明日ももに会ったら一言いってやる。もう少し、考えて行動しろって」
「いいよ、そんなこと言わなくて」
「だって!みや、泣かせてまで梨沙子の……」
「泣いてなんかないし」

雅は佐紀の言葉を遮る。
そして、赤くなった目を隠すように照明を消した。
闇色に染まった部屋の中、佐紀がため息をついてからベッドの上に寝転がった。

233 名前:『 忘却の彼方 』 投稿日:2008/12/07(日) 10:12
「あたしに出来ることってなに?」

後ろから服を引っ張られる。

「側にいてくれるだけでいい。今日は一人でいたくない」

雅は佐紀の方を向かずに答える。
背後で、もう一度小さなため息が聞こえた。

「忘れなよ、もう。……もものことなんて、忘れちゃいな」
「忘れる方法、教えてよ」
「それは……」

続く言葉はどれだけ待っても聞こえてこない。
振り返って佐紀を見ると、闇に慣れた雅の目に困ったような佐紀の顔が映った。

佐紀からの答えを期待しているわけではない。
雅自身も桃子のことを忘れる方法など想像もつかないし、佐紀がわからなくても当然だと思う。
けれど、佐紀は真剣に考えているようで、雅は聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がした。

234 名前:『 忘却の彼方 』 投稿日:2008/12/07(日) 10:14
「キャプテン」

出口のない迷路を彷徨っている佐紀を現実へ呼び戻そうとする。
だが、佐紀から返事はない。
雅は、ベッドへ仰向けで寝転んでいる佐紀へ覆い被さるようにして耳元へ口を寄せた。

「ねえ、キャプテンってば」

少し大きめの声で佐紀を呼ぶと、ぴくりと身体が動いた。
雅の声に反応した佐紀と至近距離で目が合う。
見上げてくる目が桃子のものだったら良かったのに、と思った。
無意識のうちに桃子のことを考えている自分に嫌悪感を覚えながらも、梨沙子の部屋にいる桃子のことを考えずにいられなかった。

今、何をしているのか。
考えるまでもなく想像がつく。
梨沙子の唇に触れ、そして。

235 名前:『 忘却の彼方 』 投稿日:2008/12/07(日) 10:16
脳裏に考えたくもない映像が浮かぶ。
想像の中の二人から逃げるように目の前にいる佐紀を見ると、雅の髪へ触れようとしていた。
反射的にその手を掴む。
桃子と同じように小さな手に胸がずきりと痛んだ。

「……こうしたら忘れられるかな」

酷いことをしているという自覚はあった。
頭に浮かんだ桃子と梨沙子を振り払うように、佐紀へ唇を寄せる。
一瞬躊躇ってから、雅は佐紀の唇に触れた。

「ちょっ、みや!?」

唇を離すと、佐紀が驚いたのか大きな声を上げた。

236 名前:『 忘却の彼方 』 投稿日:2008/12/07(日) 10:17
「続き、して」

耳元で囁いてから、雅は掴んだままの佐紀の手を胸元に引き寄せる。
胸の上に置くと、掴んだ手を振りほどかれた。

「してって……。そんなの」

雅を押し退けるようにして、佐紀がベッドから起きあがった。
ベッドの上に座り込んだ佐紀の前へ雅も座る。

「うちのこと、嫌い?」
「嫌いじゃないけど。むしろ、好きだけど。それ、違う意味でだから」
「でも、他の方法なんてわかんない」
「こんなことしても忘れたり出来ないよ」

困ったようにそう言って、佐紀が下を向いた。
雅は皺になったシーツを見つめる佐紀の肩に顔を埋める。
ぴくりと佐紀の肩が震えた。

237 名前:『 忘却の彼方 』 投稿日:2008/12/07(日) 10:19
「佐紀ちゃん」

小さく呟くと、優しく抱きしめられた。

「知らないよ、あたし」
「いいよ、別に。どうなったっていい」

忘れることが出来ないのならば、桃子の上へ新しい記憶を重ねてしまえばいい。
いくつも塗り重ねて、消してしまえばいい。

佐紀の唇が頬に触れ、ゆっくりと下へ降りていく。
首筋に唇が押し当てられた後、強く吸われる。
新しく作られる記憶の痛みに雅は声を上げた。

「……みや、ほんとにいいの?」

不安そうな声が耳元で聞こえ、雅は頷いた。
佐紀の手が肩へ置かれる。
だが、その手に力が入ることはなかった。

238 名前:『 忘却の彼方 』 投稿日:2008/12/07(日) 10:22
「いいから」

雅が先を促すと、佐紀の手に力が入った。
ベッドへ押し倒され、まだ迷っているような佐紀の顔が見えた。
佐紀がおずおずと服の裾をたくし上げる。
いつも見上げて見える顔とは違う顔に雅は目を閉じた。
暗闇の中、佐紀の手の感触だけを感じる。

身体の上から桃子以外の色を塗ることを、佐紀に頼むのは間違っている。
けれど、他の方法や人は思いつかない。
佐紀が身体へ触れるたびに桃子のことを思い出すが、それも記憶を塗り替えてしまうまでの間だけだ。
泣きたくなるような気持ちも今だけだろうと雅は思う。

躊躇いがちに佐紀が雅に触れていく。
唇が肋骨の下辺りに柔らかく触れる。
くすぐるように舌先が押し当てられ、指先で脇腹を撫でられる。

239 名前:『 忘却の彼方 』 投稿日:2008/12/07(日) 10:22
「んっ」

雅の口から色づいた声が漏れる。
その声に佐紀が手を止めた。

「やっぱ、こんなのだめだよ」
「……もものかわりなんて、やだ?」

目を開くと、佐紀が困ったように眉根を寄せていた。
雅は身体の上から逃げようとする佐紀の腕を掴んで引き寄せる。

「そうじゃなくて。……みや、泣きそうじゃん」

目尻に佐紀の指が触れる。
まだ泣いてはいない。
けれど、涙が溢れそうなのは事実だ。
佐紀から顔をそらして、目をぎゅっと閉じると瞼の裏が熱かった。

240 名前:『 忘却の彼方 』 投稿日:2008/12/07(日) 10:24
「しなかったら泣く」

掴んでいた腕を放して、手を佐紀の背中へ回す。
強く抱きしめると、小さなため息が聞こえた。

ゆっくりと佐紀が動き出す。
舌が首筋を這い、胸の先端に指先が触れた。
雅の身体がぴくりと反応する。
服を胸の上までたくし上げられ、唇が指先を追う。
固く尖った胸の先に唇が触れると、雅の口から濡れた声が漏れた。

考えてはいけないと思いながらも、頭の中には桃子の姿が浮かぶ。
佐紀から与えられる刺激に声を上げながらも、そうじゃない、と口に出したくなる。
桃子との違いばかりが気になり、新しい記憶を作るはずが、過去の記憶をなぞる作業に変わっていく。
過去の記憶がより鮮明になる。

佐紀が触れている部分よりも、目の奥が熱くなっていた。
溢れ出しそうな気持ちを押し留めることが出来ず、閉じた目から涙が流れ出る。

241 名前:『 忘却の彼方 』 投稿日:2008/12/07(日) 10:26
「ごめん。やっぱり無理。だって、みや。泣いてんじゃん」

雅の胸元に顔を埋めていた佐紀が起きあがる。
そして、たくし上げた服を元に戻すと、雅の隣に座った。

「忘れろって言ったの、あたしだけど。でも、こんなやり方だめだよ」

流れ落ちた涙を佐紀が拭う。
けれど、すぐにまた涙が溢れて佐紀の手を濡らしていく。
雅は涙を止めることも、目を開くことも出来ない。

「うちのほうこそ、ごめん。変なこと頼んで」
「あたし、帰った方がいいね。みやは、少し頭冷やしな」

ベッドが軋んで、隣から人の気配が消えた。

242 名前:『 忘却の彼方 』 投稿日:2008/12/07(日) 10:27
「うん。ごめん」
「あやまんなくていいから」
「……ねえ、キャプテン」
「なに?」
「好きな人、いる?」

唐突とも言える質問に、佐紀からの答えはなかった。
雅は手の甲で涙を拭ってから、目を開く。
滲んだ視界の中に、ぼんやりと佐紀の背中が見えた。

「いないよ。みやは?」

少し間を置いてから佐紀が答え、問い返された。
雅は即答する。

「ももが好き」

振り返った佐紀が雅を見る。
だが、何も言わずにまた背を向けた。
隣のベッドの上に投げ出されていた鞄を手に取ると、佐紀が部屋の扉を開けた。

243 名前:『 忘却の彼方 』 投稿日:2008/12/07(日) 10:29
「ももとのこと、ちゃんとしたほうがいいよ」

雅の返事を待たずに扉が閉まる。

「わかってる」

誰に言うともなく雅は答えて、サイドテーブルに置いてあった携帯を手に取った。
ディスプレイに桃子の名前を表示させて、携帯を握りしめる。

桃子とのことは、雅一人の力ではどうにも出来そうにない。
どれだけ呼びかけても、桃子は聞こうとしない。
雅の声は桃子に届かない。
携帯が役に立つとは思えなかったが、それでも雅は携帯から手を離すことは出来ない。

起きあがって照明を付ける。
雅はディスプレイに浮かぶ桃子の名前をじっと見た。




244 名前:『 忘却の彼方 』 投稿日:2008/12/07(日) 10:30



『 忘却の彼方 』



- END -
245 名前: 投稿日:2008/12/07(日) 10:30

246 名前: 投稿日:2008/12/07(日) 10:30

247 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/22(月) 01:30
みやびちゃん相変わらず切ないっすねぇ
次回も楽しみにしています!
248 名前: 投稿日:2009/01/06(火) 19:44



『 信じる方法 』



>>231-244
『 忘却の彼方 』の続きです
249 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 19:46
「あたしのこと、好きなんだよね?」

何度聞いても同じだ。
わかってはいるが、梨沙子は問いかけずにいられない。

「好きだよ」

機械的に答える桃子の声が聞こえた。
返ってきたのは、予想通りの答えだ。
信じるどころか疑いたくなるような口調に、梨沙子は小さく息を吐き出した。

信じる方法。
そんなものがあるとは思えない。
最初の頃は桃子のどんな言葉も信じることが出来たが、雅との関係に気がついてからそれが出来なくなっていた。
桃子の言葉にあるたくさんの嘘を知ってから、信じることが難しくなった。
それでも梨沙子は、桃子の口から信じる為の言葉を聞きたいと思う。

250 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 19:48
無理にでも信じようとするのは、疑っているからだ。
桃子に疑いを感じていなければ、信じる努力などせずに全てを受け入れられる。
けれど、今のままでは桃子を受け入れることが出来ない。
嘘さえも信じられる言葉が欲しいと思う。
だが、視線さえあわせようとしない桃子を見ていると、自分がしていることがどれだけ無意味なことかわかる。

「だったら、みやの前であたしのこと好きだって言えるよね。そしたら、信じられる。みや、もものことが好きで、諦めてくれそうにないもん。でも、ももの口からあたしのこと好きだって言ってくれたら、諦めてくれるかもしれない」

無茶を言っている自覚はあった。
けれど、待っているだけの時間を過ごすのはもう嫌だ。
どうなろうと動き出すしかない。
これが、最善の方法だとは思わないが、最悪の方法でもないはずだ。
動こうとしない桃子を動かすだけの力が自分にあるとは思えなかったが、走り出すしかなかった。

251 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 19:50
「いいよ」
「ほんとに?」
「うん」

桃子の感情のこもらない平坦な声が耳の奥に響く。
桃子なら、きっとこんな嘘ぐらい簡単に付ける。
雅の前で梨沙子のことが好きだと言うぐらいわけもないことだろう。
それでも梨沙子は言わずにはいられなかった。
大きな声ではっきりと、立ち止まったまま前へ進もうとしない桃子の背中を押す言葉を口にした。

「じゃあ、今から行こう」

梨沙子は起ち上がって、向かい側のベッドに座っている桃子の手を握った。
桃子と目が合う。
手を引くと、のろのろと桃子が起ち上がった。

「梨沙子のことが好きだって言えばいいんだよね?」
「うん」
「わかった。みーやんに言う」

繋がれた手が強引に離され、梨沙子を置き去りにして桃子が扉の前に立った。
振り返って梨沙子を見ると、桃子が一瞬躊躇ってからドアノブに手をかけた。

252 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 19:51
「……やっぱさ、今度にしない?今はもっと楽しいことしようよ」

ドアノブを握ったまま桃子が言った。
梨沙子の返事を待たずに扉から離れると、桃子が部屋の照明を落とした。
視界が一気に暗くなる。
闇の中、目をこらしていると、腕を掴まれベッドへ押し倒された。

「誤魔化すんだ?」
「誤魔化してるわけじゃない」

ぼそりと桃子が呟く。
そして梨沙子の頬へ唇を押しつけた。
誤魔化しているとしか思えないキスに顔を背けようとすると、耳を甘噛みされた。
梨沙子は桃子の肩を押して、身体から引き剥がす。

「してもいいけど。でも、今日はあたしがももにする」

強引に上半身を起こして、桃子と身体を入れ替える。

253 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 19:54
「ちょっと、梨沙子。待ってよ」
「やだ。聞こえない」
「聞こえてんじゃん」
「聞こえないもん」

抵抗らしい抵抗もなく、梨沙子は簡単に桃子を組み伏せることが出来た。
だが、納得していないのか、薄闇の中で見える桃子の表情は不満げに見える。

「梨沙子ってばっ」

桃子の手首を掴んでベッドへ押しつけると、棘のある声で名前を呼ばれた。
けれど、今さらやめるつもりはない。
梨沙子は唇で桃子の口を塞ぐ。

意図的なのかはわからないが、桃子の唇は固く結ばれていた。
しかし、強引に舌先で唇をこじ開け、中へ侵入する。
桃子がいつもするように、歯列をなぞり、逃げる舌を捕まえる。
舌を絡ませ、唇を柔らかく噛む。
苦しくなるぐらいキスを続けてから、梨沙子は唇を離した。
大きく息を吸い込んで、肺へ酸素を送り込む。
桃子を見ると、同じように荒くなった呼吸を整えていた。

254 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 19:56
「いつも、あたしの言うこと聞いてくれないじゃん。だから、あたしも、ももの言うこと聞かなくてもいいよね」

一気にそれだけのことを言うと、整えたはずの呼吸が少し乱れた。

「よくないよ。それとこれとは別問題」
「やなの?」
「よくもないけど、やでもない」

不服そうな桃子の顔が見えて、ひどく悪いことをしたような気分になる。
結局、梨沙子には桃子の意志を無視して先へ進むことは出来そうになかった。

「……いいの?それとも、だめなの?どっち?」

聞くつもりのなかった言葉を口にすると、桃子が投げやりな口調で言った。

「どっちでもいい」
「じゃあ、大人しくして」
「してるじゃん」

ベッドへ押さえつけた手首をぎゅっと握ってみる。
指先から伝わってくる感触は柔らかなもので、力はどこにも感じなかった。
桃子の表情は不満そうだが、抵抗をするつもりはないように思えて、梨沙子は掴んだ手首を離した。

255 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 19:57
「自分で脱いだ方がいい?」

そう言って、桃子がブラウスのボタンに手をかけた。
そして、梨沙子の返事を待たずにボタンを一つ外した。

「あたしが脱がせる」
「どうぞ」

ボタンから離れた手が梨沙子の首へ回される。
無防備な胸元に手を伸ばし、梨沙子はボタンを一つずつゆっくりと外す。
全部外してからもう一度キスをする。
短いキスの後、目を開くと桃子と目が合った。

梨沙子は桃子の目を覗き込むようにして見る。
けれど、桃子の目に映っているはずの自分の顔が見えない。
部屋が暗いからだと思う。
目を軽く閉じてから開く。
そして、桃子の目をもう一度見た。

256 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 19:59
「……やめる」

目をこらしても、桃子の目に自分の顔は見えなかった。
暗いから見えないわけではない。
明るくてもきっと見えない。

「なんで?自分でしたいって言ったくせに、やめるの?」

桃子が不審そうな声で言った。
だが、これ以上続けようとは思えなかった。

桃子は梨沙子を映すつもりがないのだ。
ただ目の前にいるだけの存在。
ガラス玉のような桃子の目を見ていると、そう言われているような気がする。

「だって、だってさ。もも、やっぱりあたしのこと見てないじゃん」

身体を起こして、ベッドから飛び降りる。
ベッドサイドの照明を付けると、胸元のはだけた桃子が見えた。
どくんと鳴る心臓を押さえつけながらベッドの上へ戻り、ブラウスのボタンを留めた。

257 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 20:02
「あたしのこと、見ようともしない」
「そんなことないよ。ほら、ももはちゃんと梨沙子のこと見てるよ?」

そう言ってベッドから起きあがると、桃子が両手で梨沙子の頬を挟んだ。
そして、梨沙子の顔をじっと見つめる。

見ているという言葉は間違っていない。
けれど、桃子の気持ちが梨沙子にないことはすぐにわかった。
梨沙子を映す目は、梨沙子をすり抜けてどこか違う場所を見ているように思える。

「ももは嘘しか言わないんだね」
「梨沙子」

桃子が機嫌を取るように優しい声で名前を呼びながら、髪に触れた。
いつもそんなことで誤魔化されるわけではない。
梨沙子が髪に触れている手を振り払うと、不意に聞き慣れたメロディが部屋に響いた。
その音に桃子がぴくりと反応して鞄を見る。
音の正体は桃子の携帯だった。

面倒臭そうに桃子がベッドから降り、鞄の中で鳴っている携帯を取り出してディスプレイを確認する。
携帯を手にした桃子の口元が緩む。
その顔がとても嬉しそうに見えて、胸が苦しくなった。

258 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 20:04
「みやから?」

聞き慣れた着信音と桃子の表情から予想出来る名前を口にした。

「違うよ」

即答した桃子から笑みが消える。
どういうわけか、着信音が鳴り続ける携帯はそのまま鞄の中へ戻された。
はっきりと聞こえていた着信音がくぐもった音へと変わり、ぷつりと消えた。

「なんで出なかったの?」
「出る必要がなかったから」
「みやじゃなかったら出るの?」
「みーやんじゃないって言ってるじゃん」
「じゃあ、携帯見せて」
「…………」

手を出して催促すると、桃子が黙り込む。
言葉はないが、携帯を見せようとしないことが答えになっていた。
口を開こうとしないまま、桃子が梨沙子の隣へ座った。

259 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 20:06
「みやのところ、行きたい?」

梨沙子は桃子の携帯を鳴らした相手を雅だと決めつけた。
雅の名前を口にしたせいなのか、桃子は不機嫌そうな顔をしていた。
けれど、携帯を見て嬉しそうな顔をした桃子を思い出せば、雅への気持ちがわかる。

ずっと前から勝負はついていたのだ。
恋する気持ちに勝ちや負けなどないはずなのに、勝負に負けた時と同じ気分だった。
結果がわかっているのだから、聞けば傷口を広げるだけだ。
そうわかっていても、梨沙子は聞きたいと思ったことを口に出さずにはいられなかった。

「行きたくない」
「嘘だ。行きたいって顔してる」
「してないよ。ももはここにいる」

梨沙子の前では大人であるかのように振る舞うことが多い桃子が、
珍しく拗ねた子供のような口調で言った。


260 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 20:07
信じることを放棄する。
実際にやってみると、それは簡単なことだった。
桃子の嘘を無理に信じようとしなければ、疑いたくなることもない。
嘘を嘘として聞けば、目の前にいる桃子が自分よりも遙かに子供に見えた。

「いなくていい。こうなるってわかってたもん。だから、みやのところへ行けばいいじゃん」

嘘を付くのは桃子だけではない。
自分にだって嘘ぐらいつける。

誰が好きでもいいから側にいて欲しい。
そういった思いもあるが、他人の影があることを許せるほど大人ではなかった。
良いように利用されるのは嫌だ。

だから、つきたくもない嘘を付く。
嘘という棘が身体の中を駆け回り、涙腺を刺激する。
涙が溢れ出しそうになって、梨沙子は桃子から顔を背けた。
泣いているのは、自分の意思ではなかった。

261 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 20:09
「梨沙子?泣いてるの?」

肩に小さな手が触れた。
声が優しくて、余計に涙が溢れる。

「泣いてちゃ悪い?」
「悪くないけど、気になる」
「みやのことはもっと気になるんでしょ」
「だから、今はみーやん関係ないって」

呆れ声で言った桃子へ梨沙子は言葉を返す。
雅に拘りたくなかったが、拘らずにはいられなかった。
雅の存在をどうにかしないことには、梨沙子は前へ進むことが出来そうにない。

「……いきなよ。みやのところへ。きっと、みや待ってる」
「梨沙子はそれでいいの?みーやんの味方して、それでいいの?」
「味方してるわけじゃないもん。でも、みや可哀想じゃん。電話までしてくるんだから、絶対にもものこと待ってるよ」
「梨沙子は可哀想じゃないの?」
「そんなの可哀想に決まってるじゃん!もも、側にいるのにあたしのこと見てくれなくて。それで、みやから携帯かかってきたら、嬉しそうに笑って。こんなの楽しくなんかない」
「嬉しそうになんかしてない」
「してた。もも、嬉しそうだった」

ぽたりと涙がベッドの上に落ちて、シーツに小さな染みが出来た。
俯いていた顔を上げて、滲む視界で桃子を見る。

262 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 20:11
「あたしが見たいの、そういうももだもん。あたしの側にいて、嬉しそうにしてるももが見たいんだもん。そういうももと一緒にいたい」

もう一粒、涙が落ちてシーツを濡らす。
梨沙子は増えた染みごとシーツを握りしめた。

「でも、そういうの無理なんだって今、わかった。……わかりたくないけど、わかった。ももはあたしだけを見てくれたりしない」

望んでいるものは、手に入りそうになかった。
不本意でも今の関係を続けていたら、いつかは手にはいるのかもしれない。
けれど、いつになるかわからない、そして不確実な未来を待つほど人が良いわけでもなかった。

「みやにももを譲るつもりないし、みやの味方してるわけでもない。もちろん、ももの味方でもない。でも、それでも、ももはみやのところへ行けばいいって思う」
「それでいいの、梨沙子は?梨沙子のしてること、みーやんの応援みたいなもんだよ。そんなんでいいの?」
「いいよ。そうして欲しい。あたしの隣にいても、あたしのことを考えてくれないももとなんか一緒にいたくない」

握りしめていたシーツから手を離し、梨沙子は桃子の肩を押した。
もう二度と自分の隣へ戻ってこないように、力一杯桃子を押す。

263 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 20:12
「……梨沙子はさ、誰の応援してんの?」

抵抗することなく桃子がベッドから起ち上がって、梨沙子を見た。

「あたしの。……あたしががんばれるようにって、応援してる」
「それ、ももも応援しちゃだめなの?」

未練なのか、同情なのか。
桃子の手が頬へ伸びて、涙を拭う。
温かな手が心地良かったが、梨沙子はその手をそっと振り払った。

「もうさ、出てってよ。あたし、今のももに側にいて欲しくないんだ。一緒にいたら、悲しくなるだけだもん」
「出てけって言われても、ももはどこ行けばいいの?行くところなんかないよ」
「あるよ。みやのところ。もし、それがいやなら、どこでも好きなところに行ったらいいじゃん」

梨沙子は起ち上がって、桃子の鞄を手に取って渡す。
そして、動こうとしない桃子の背中を押した。

264 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 20:16
「早く出てってよ」
「絶対に出て行かないって言ったら?」
「あたしのことが好きなら、ずっと側にいるって約束してくれるなら出て行かなくてもいいよ。あたしといて、楽しいって思ってくれるならここにいて欲しい。嘘はなしね。本当にそう思ってくれるなら、ここにいて。……でも、そうじゃないなら、出ていって」

いつものように、言葉に詰まることはなかった。
自分でも驚くほどすらすらと喋ることが出来た。
けれど、桃子から返事はなく、足を進めようともしなかった。
梨沙子は桃子の背中を押す力を強める。

「……ごめん、梨沙子」

ふらふらと二、三歩歩いてから、桃子が力なく謝った。

「あやまるなんて、ももらしくないよ」
「ももらしいのって、どんなの?」
「そうだなあ」

出来るだけ明るい口調で返しながらも、梨沙子は桃子を出口へ向かって押していく。
桃子から明確な答えはなかったが、出口へと足を進めていく桃子の姿から、この部屋を出て行こうとしていると知ることが出来た。

265 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 20:18
「平気で嘘ついて、人傷つけて。……でも、ここから出てくときに、にっこり笑ってあたしのこと好きだったって言ってくれる。そういうの」

背中を押す力を緩める。
桃子が立ち止まってから、ゆっくりと振り返った。

「もも、梨沙子のこと好きだよ」

笑ってはいなかった。
あまり見せることのない真面目な顔で桃子が言った。
そして、珍しく優しいキスを唇にした。
信じたいと思っていた言葉はきっとこういうものだったのだろう。
遅すぎる言葉に心臓がずきずきと痛む。
梨沙子は桃子を抱きしめて引き止めたい気持ちを抑えつけて、桃子の身体を扉へと向けた。

「そういうの、優しくなんかないから」
「ほんとのことだから」

柔らかい言葉が聞こえてくる。
けれど、その言葉に騙されないように桃子の背中を押した。

266 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 20:21
カチャリと乾いた音を立てて扉が開く。
背中越しに廊下が見えた。
桃子が自分の意思で足を一歩踏み出す。
背中から手を離して目を閉じる。
目を開いた時には、梨沙子の前に桃子はいなかった。

「がんばれ、あたし。ももがいなくても大丈夫」

小さく呟いて、もう一度目をぎゅっと閉じる。
瞼の裏には、真面目な顔をして好きだと言った桃子の姿が見える。
その言葉は、梨沙子が望んでいた意味を持っていないはずだった。
それでも、桃子の口から聞けて良かったと思う。

大丈夫。
今は無理でも、いつかきっと桃子からもらった好きと同じ好きを返せる日が来る。
それまでは自分自身を応援し続けたいと梨沙子は思う。

ゆっくりと目を開いて、扉を静かに閉める。
ぼやけた視界のまま、梨沙子はもう一度「がんばれ」と呟いた。




267 名前:『 信じる方法 』 投稿日:2009/01/06(火) 20:21



『 信じる方法 』



- END -
268 名前: 投稿日:2009/01/06(火) 20:21

269 名前: 投稿日:2009/01/06(火) 20:22
>>247さん
お待たせしました!
やっと更新出来ました。
色々と切ない感じです。
270 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/07(水) 09:40
うん、いろいろと切ないっすね
でも桃子が動き出したので今後どうなるのか、次回も楽しみにしています
271 名前: 投稿日:2009/01/16(金) 04:00



『 非常識な君 』



>>248-267
『 信じる方法 』の続きです。
272 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:01
単調な呼び出し音を親指一つで消し去る。
いつもよりも長く桃子の携帯を鳴らし続けたが、呼び出し音以外のものは聞こえなかった。
雅は役に立たない携帯をベッドの上へ投げ捨てる。
椅子に腰掛けて、背もたれに身体を預ける。
大きく息を吐き出すと、雅はまた泣きたいような気分になった。

桃子が携帯に出ない理由。
それは考える必要もない。
きっと何度携帯を鳴らしても、梨沙子の部屋にいる桃子が出ることはないだろう。
しかし、桃子が携帯にでないからといって、梨沙子の部屋を尋ねるわけにもいかない。
桃子が部屋から出てきても、出てこなくても傷つくに違いない。

これ以上傷を増やしたくないと思う。
けれど、思い浮かぶのは傷が増える方法ばかりだ。
もう一度、携帯を鳴らすことも、会いに行くことも出来ない。
このまま部屋にいても、考えたくないようなことばかり考えてしまう。
自分が進むべき方向が全く見えず、雅は頭を抱えた。

273 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:04
まるで、闇の中へ放り出されたような気分だ。
明かりを見つけることが出来ないまま、闇雲に歩いて、ぶつかって、傷を作る。
疲れたからといって、目を閉じても、闇から逃れることはできない。
ただ一人、暗闇の中で桃子を待っている。
馬鹿馬鹿しいと思っても、雅は桃子のことを考えずにはいられなかった。

目をぎゅっと閉じてから、開く。
部屋を見回しても、当然のことながら誰もいない。
雅はぼんやりとする視界をはっきりさせようと目を擦る。
そして、ベッドの上へ投げ出した携帯を手に取った。

ディスプレイを見ても、桃子の名前は当然ない。
電源を消して、もう一度携帯を放り投げる。
一人で部屋にいると、桃子のことばかり考えてしまう。
外へ出れば気分が変わるわけでもないが、部屋の中に一人座っているよりは良いように思える。
部屋の明かりをつけたまま、雅は廊下へ出ようと扉を開けた。

行きたい場所があったわけではない。
部屋に一人でいたくなくて、外へ出ようと決めたのだから、何があろうとそのまま足を進めるべきだったと雅は思う。
だが、一度止めてしまった足は動こうとしなかった。

274 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:05
雅が足を止めた理由は、ここにいるはずのない人物が目の前に立っていたからだ。
扉を開けると、部屋の前に桃子がいたのだ。
雅は廊下に予想外の人物を見つけて、足が止まった。
桃子の方も、雅が部屋から出てくると思っていなかったのか、驚いたように目を大きく見開いていた。

会いたいと思っていたのに、いざ会ってみると逃げ出したいという思いが強かった。
かける言葉も思い浮かばない。
気まずい雰囲気に扉を閉めてしまおうかと、ドアノブをぎゅっと握る。
けれど、桃子が雅をじっと見ていて、部屋の中へ入ることが出来ない。
視線が絡む。
しかし、桃子の目はすぐに別の場所へと動いた。

「それ、誰が付けたの?」

非難めいた声で問いかけられる。
一瞬、何のことかわからなかったが、桃子がどこを見ているのかわかって佐紀の顔が浮かんだ。
桃子の目は、雅の首筋を見ていた。
慌てて首筋を押さえたが遅かった。
桃子の手が雅の手首を掴む。
首筋を押さえた手は簡単に剥がされ、桃子の指先がゆっくりと赤い跡を撫でた。

今まで桃子が雅にしてきたことを考えれば、これぐらいどうと言うことはない。
罪悪感を持つ必要もないし、質問に答える義務もないはずだ。
けれど、足が上手く動かず、部屋の中に入ることも、完全に外へ出てしまうことも出来なかった。

275 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:06
「答えて。それ、誰が付けたの?」

背筋がぴんと伸びるような冷たい声で、桃子が同じ質問を繰り返す。
視線も同じように冷たかった。

「……気になるの?」

正直に答えるのも躊躇われて、雅は質問を質問で返す。
しかし、桃子は何も答えようとしなかった。
動かない唇の変わりに、赤い跡を辿る指先に力が入る。
ぐっと押されて、雅が逃げるように身体を離すと、桃子が手を引いた。
そして、ぼそりと答えた。

「別に。気になんか、ならない」

小さな声でそう言って、桃子がくるりと背を向ける。
どうするのかと見ていると、そのまま歩き出してしまって雅は慌てて声をかけた。

「待ってよ、もも。どこ行くのっ」
「みーやんには関係ない」
「関係あるじゃん。なんか用があるから、部屋の前にいたんでしょ」
「たまたま通りがかっただけだもん」
「通りがかっただけなら、ぼけーとうちの部屋の前に立ってたのおかしいじゃん」

276 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:09
ぼうっと立っていたのかは、実際のところよくわからなかった。
扉を開けたら、いるはずのない桃子が目の前にいて、ひどく驚いたせいで桃子の様子は覚えていない。
けれど、通りがかったようには見えなかった。
扉を開けてすぐに桃子と目があったのだ。
どう考えても桃子は扉の前に立っていた。
それだけは断言出来る。

「とりあえず、部屋入って」

雅は桃子の手を取る。
部屋の前に立っていたということは、何か用事があってきたのだ
梨沙子の部屋にいるはずの桃子がこんなところにいるのだから、きっと廊下で話すような内容ではないだろう。
今の話の続きをするにしても、部屋の外で話しているわけにはいかなかった。

握った手をぐいっと引く。
すると、桃子はすんなりと雅の後をついてきた。

「みーやん、なんで?」

部屋の中へ入ってすぐにベッドへ腰掛けようとすると、桃子から服の裾を掴まれた。
座ることが出来ず、雅は仕方なく桃子の前に立つ。

277 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:09
「こういうの、みーやんにつけていいのはももだけなのに。……誰がつけたの、これ」

心臓がどくんと大きな音を立てる。
ももだけ。
その言葉に雅は思わず桃子を凝視した。
けれど、桃子は自分が何を口にしたのかわかっていないのか、雅の首筋を見つめたままだ。

気にならない。
数分前にそう答えたことが嘘のようだ。
桃子の口調は、明らかに雅の首筋についた跡を気にしているものだった。
そして、告白にも似た言葉を口にした。
信じられないような桃子の言葉に、雅は確かめるように聞き返した。

「今、なんて言ったの?」
「誰がつけたの?」
「そうじゃなくて」

桃子の肩を掴む。
ぐっと力を入れると、桃子が雅を見上げた。

「ももに言えないような相手なの?」

278 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:12
聞きたいと思ったものとは違う言葉を桃子が口にした。
非難するような口調だったが、気にならなかった。
雅は肩から手を離すと、桃子の質問に答えるより先に、自分が一番聞きたいことを聞いてみる。

「もも、うちのことどう思ってるの?」
「それ、答えじゃない」
「先に答えてよ」
「ももはみーやんのこと、別になんとも思ってないけど。でも、他の人がこういうことするのだめ。こういうの、ももしかしちゃだめなの。みーやんはもものなんだよ」

それだけのことを言うと、桃子が小さく息をついた。

「はい、次はみーやんが答えて」
「誰だっていいじゃん。それにうちはもものものじゃない」
「答えになってないよ」
「答えるなんて言ってない」
「……そうだね。言ってなかった」

桃子が大げさにため息をついてから、雅の首筋に触れた。
指先が触れている部分がやけに熱く感じる。
心臓が立てるどくどくという音が、まるで耳元で鳴っているようだった。

279 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:13
指先だけでなく、手の平を雅の首筋に押しつけると、桃子が目を伏せた。
その目を見て、睫が長いな、と場違いなことを思う。
そんなずっと前から知っていることにすら、心拍数が上がっていく。

桃子は自分の言葉が意味することにまだ気がつかないのだろうか。
いや、もしかすると雅が考えているような意味は含まれないのかもしれない。
桃子の普段と変わらない表情を見ていると、そんな気がしてくる。
子供が取り上げられた玩具を前に、それは自分の物だと駄々をこねているだけのようにも思えてくる。

「あのね、みーやんはもものなんだよ。今までずっとそうだったじゃん」

雅の耳に甘い言葉が聞こえてくる。
桃子の声を聞いていると、何が本当のことなのかわからなくなる。

「ももはうちのじゃないのに?」
「ももが誰のかなんて関係ない」

長い睫に縁取られた目が雅を見上げる。
背伸びをしたのか、いつもより高い位置で目があった。
何をされるのかと雅が身構えていると、首筋に唇を押しつけられた。
跡がある辺りに触れる桃子の柔らかな唇に心音が跳ね上がる。

280 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:14
「逃げないの?」

不思議そうな声で桃子が言った。

「逃げないよ」
「じゃあさ、今、ももが逃げたら追いかけてくる?」
「追いかけられたくないって。……もも、やだって言ってたじゃん」
「やだよ。追いかけられるのなんて。でも、ももの思い通りになるみーやんなんて、つまんないじゃん」
「それって追いかけて欲しいってこと?」
「そういうわけじゃない」
「じゃあ、どうして欲しいの?」
「今のキス、逃げたらいいのに、って、そう思っただけ」

つまらなそうにそう言うと、桃子がベッドへ腰を下ろした。
雅はその隣へ座る。
ベッドのスプリングが雅の重みで沈み込むと、桃子が距離を取ろうとして、雅は慌ててその手を掴んだ。

「今さ、うち、ももの思い通りになってないじゃん。ももにとってはこういうのが、面白いんでしょ?」
「つまんない。面白いわけないじゃん」
「だって、思い通りにならない方がいいんでしょ?」
「こんな跡つけてくるようなみーやんなんてつまんないよ。ももじゃなくても、いいんでしょ」

281 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:16
理不尽だと思う。
桃子がしてきたことを考えれば、雅にこんなことを言う権利など桃子にないはずだ。
雅だけが桃子に縛り付けられるなどおかしい。
そう思う。
だから、同じ言葉を桃子に返すことも出来る。

ももこそ、うちじゃなくてもいいんでしょ。

そう言おうかと考えて、雅は小さく息を吸った。
けれど、実際に口にした言葉は違ったものだった。

「……ももがいいよ。ももがいいから、こんなことになったんだもん」

桃子の手を離して、首筋を押さえる。
佐紀が跡をつけて、桃子が唇で触れたそこは熱を持っていた。
手の平に伝わってくる熱さを誤魔化すように、雅は桃子に尋ねた。

「どうしたら、楽しいって思ってくれる?」
「どんなことしても、楽しくない。なんか、こんなみーやん違う」

珍しく困った声で桃子が答えた。
一瞬目が合ったが、それもすぐに逸らされる。
いつもとは違う桃子の様子に、雅は今まで何度言っても受け入れてもらえなかった言葉を口にしてみたいと思った。

282 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:17
「ねえ、うちはももが好きなんだよ」
「聞きたくない」
「聞いてよ」
「聞いたら、みーやんのことわかんなくなる」
「なんで?」
「だって、みーやんって冷たいじゃん」
「え?」

思ってもみなかったことを言われて、雅は思わず大きな声を出した。
特別優しくしたことはないが、冷たくした覚えもなかった。
何故、そんなことを言われるのかわけがわからず、じっと桃子を見つめる。

「昔からももに意地悪ばっか。優しくなんてしてくれなくてさ。だから、ももの言うこときかせたかっただけ。ももがみーやんに意地悪したかっただけだよ。それなのに、好きだとか言われたら……」

はあ、と小さくため息をついてから、桃子が言葉を続けた。

「わけわかんなくなるし、そんな人に好きだって言われても、面白くない」

意地悪をした覚えはないが、昔はよく桃子のことをからかったりしていた。
桃子は雅の周りにいないタイプだったこともあって、何を話せば良いのかよくわからなかったのだ。
会話のきっかけにでもなればと思ってしていたことだった。
それに、今は桃子が言うほど冷たくしたことはない。

283 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:19
「昔のことなんて関係ないし、今は冷たくなんかしてないじゃん」

つまらなそうな顔をしている桃子を見る。

「ももが楽しくなくてもいい。うちはももが好きなんだもん。だから、好きだって言うよ」
「言わなくていい」
「好き。大好き」
「みーやん、うるさい!」

耳元で、雰囲気の欠片もない大きな声で好きだと告げると、桃子が怒ったように雅の手首を掴んだ。
桃子の手に力が入り、掴まれた手首に痛みが走る。

「どうするの?」
「こうするの」

桃子が掴んだ手首に全体重をかけるようにして、雅を勢いよくベッドへ押し倒した。
そして、雅の腰の上に馬乗りになる。

「もものだってしるしつけとく。他の誰もこんなこと出来ないようにしとく」

桃子が唇を雅の首筋に押し当て、佐紀が跡をつけた辺りを強く吸った。
生温かい感触に身を捩るが、桃子の唇は一瞬離れただけで、すぐ次の場所へ移動する。
跡がつくようなキスをいくつもされる。

284 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:20
「なんで、こんなことするの?うちのこと好きじゃないんでしょ?」

身を捩りながら尋ねると、桃子が身体を起こした。

「好きじゃなくても、みーやんはもものだから」

拗ねた子供のような口調でそう言うと、桃子が雅の首筋に付けた跡を撫でた。

「跡、つけられただけで、なにもしてない」

我が儘な子供を落ち着かせるように雅は答える。
すると、桃子の不機嫌そうだった表情が一瞬緩んだように見えた。

「……そんなの、聞いてないよ」
「今、ほっとした顔した」
「してないし」
「そう?」
「そう!もう、みーやん黙っててよ」

眉間に皺を寄せた桃子に睨まれる。
だが、痛いほどに掴まれていた手首は離されていた。
手が自由になったのだから桃子を押し退けて、この体勢から逃げ出そうと思えばいつでも出来るのだが、雅は逃げたいと思わなかった。

285 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:23
自由になった腕を桃子の首へ回すと、ゆっくりと唇が近づいてきて、口を塞がれた。
しかし、優しく唇が触れたのはその一回だけだった。
二度目に唇が触れあった時には、強引に舌を絡め取られた。

長いキスに息苦しくなって、桃子の肩を叩くと唇が離れた。
雅が荒い息を整えようとしている間にも、桃子の唇が首筋に触れ、服のボタンを外される。
胸元を大きく開かれ、唇が滑り落ちてくる。
身体のあちらこちらにしるしを付けながら、桃子が雅の服を脱がし、椅子の上へ放り投げた。

「もも」

呼んでみるが返事はない。
返事の変わりなのか、脇腹に唇が吸い付いた。

「ねえ、もも。こんなに跡つけたら……」

一つや二つなら誤魔化すことが出来るかもしれない。
けれど、桃子がつけた跡は数えることも面倒なぐらいの数だった。
そのほとんどは、普段は洋服に隠れてしまうような場所に付けられていたが、露出が多いステージ衣装だったら見えてしまうような跡もいくつもあった。

286 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:24
刻まれたしるしが熱い。
その熱さに、雅は自分が誰のものかを意識せずにはいられない。
嫌な熱ではなかった。
だが、これ以上跡をつけられても困る。
雅は桃子の名前をもう一度呼んだ。

「もも、やめてよ」

雅の身体を這い回っていた唇が動きを止め、離される。
その変わり、腰を撫で上げられ、肩に噛みつかれた。

「んっ」

咄嗟に唇を噛んだが、くぐもった声が漏れた。
桃子の腕を掴むと、もう一度肩を噛まれる。
痛みに身を捩るが、桃子は止めようとしなかった。
指先で雅の身体についた跡を辿り、柔らかく噛む。
何度も繰り返される行為に、何を言いたかったのかわからなくなってしまう。

一通り跡を辿ると、桃子の唇は胸へ押し当てられた。
焦らすようにゆっくりと胸の上を這い回ってから、先端に歯を立てられて、雅の腰がびくんと跳ねた。
鋭い刺激に、雅は思わず桃子の身体にしがみつく。

287 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:25
「やっ、ちょっ…とっ」

声を上げると、唇が離れた。
けれど、悪戯な手が胸を撫でていて、先端に指先が引っ掛かるたびに言葉が途切れる。

「なに?」
「もう…少し、優しく、してよ」
「無理」
「な…んで」
「みーやんが、優しくしてって言うから」
「なに、それ」

躊躇うことなく自分の言葉を否定されて、雅は胸を撫でる桃子の手を掴んだ。
けれど、そうすることに何の意味もなかった。
手の自由を奪うと、すぐに唇が胸に触れた。
ちゅ、と音を立てて胸を吸われて、雅は思わず甲高い声を上げた。

「ももはみーやんの言うこと、聞かないの」

そう言うと、桃子が雅の手を振り払った。
腰から太股へ指先が一気に滑り落ちる。
脇腹に歯を立てられ、舐め上げられる。
雅は喘ぎ声のかわりに、桃子への文句を口にした。

288 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:27
「意地悪っ」
「意地悪したいんだもん」

雅から身体を離すと、さも当然と言った口調で桃子が答えた。
憎まれ口ばかり叩く桃子を雅は睨み付ける。

「そういう目、いいね」

睨まれても気にするどころか、嬉しそうににやりと桃子が笑う。
荒くなった呼吸を整える間もなく太股を撫でられ、脇腹に新しい跡を一つつけられて身体がびくんと跳ねた。

こんなことをされても困ると雅は思う。
今までこんなにたくさんの跡を付けられたことはなかった。
明日も仕事があるのだ。
誰かに身体へ付けられた跡を見られたら、何を言われるかわからない。
それに、もし梨沙子に見られたら困ったことになる。

そこまで考えて、雅は桃子に梨沙子のことを聞いていないことに気がつく。
梨沙子の部屋にいたはずの桃子が何故、雅の部屋の前にいたのか。
結局、聞かずに桃子とこうしている。

289 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:28
雅を置いてこの部屋から出て行ったのは桃子だ。
雅より梨沙子を選んだ。
そう考えるのが普通だ。
それなのに、桃子は今、雅の身体に触れている。
桃子と一緒にいるはずだった梨沙子は今、何をしているのか。
一度考え始めると、気にせずにはいられなかった。

雅は身体を起こして、桃子の肩を掴む。
脇腹から太股へと唇を滑らせ、ゆるゆると内腿に舌を這わせいていた桃子も雅にあわせるように身体を起こした。

「ね、そう言えば、梨沙子はどうしたの?」
「……後で話す」

ぼそりと呟いて、桃子が雅の太股に顔を埋めようとする。
雅はそれを制止するように声をかけた。

「前にキャプテンと喧嘩したみたいに、梨沙子と喧嘩したから、ここに来たの?」
「そうじゃない」
「じゃあ、なんなの?」
「ここに来るのに、理由がいるの?」
「いらないけど。でも、梨沙子のこと、ほっといていいの?」
「良くないけど……」

290 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:29
言いにくそうに、桃子がそこで言葉を切った。
顔を上げて雅を見る。
前髪をさっと整えてから、真面目な顔をして雅の名前を呼んだ。

「みーやん」
「なに?」
「今度、梨沙子に会ったらさ、ありがとうって言った方がいいよ」
「え?なんで?」

それ以上は何も聞けなかった。
押し倒されて、桃子の唇に口を塞がれる。
悪戯な指先が足の間に入り込んで、雅の身体から溢れた体液を掬い取った。

ぬるりとした液体が指に絡みつく
音が聞こえてくる。

キスが終わると、そこに呼吸音と喘ぎ声が加わる。
中心部を指の腹で撫で上げられ、雅の声が一段と大きくなった。

「あっ、はあぁっ…んっ」

耳元でくすくすと笑い声が聞こえた後、桃子の唇が太股に吸い付いた。
新しい跡をつけながら、足の付け根に近づいていく。

291 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:30
「ここも、もものだから」

短く、はっきりそう言うと、桃子が足の間に顔を埋め、濡れた突起に唇を押し当てた。

「や、ちょっ」

雅は声を上げたが、それにかまわず舌先が動いて、溢れ出た体液を舐め取る。
音を立ててキスをして、舌先が緩やかにそこを舐め上げる。
聞こえてくる音と、今されている行為に雅の頬が熱を持っていく。

「ももっ」

ゆっくりとした動きに耐えられず、腰が動き出す。
呼吸が今まで以上に荒くなる。
身体の一点に意識が集中していく。

「ね、もも。うち……」

何も考えられなくなる前に、もう一度言いたいことがあった。
けれど、桃子によってそれを言うことが出来なくなる。

「言わなくていいから」

触れていた舌先が離されて、雅の腰がそれを追いかけようとする。
雅の身体をなだめるように、太股へ桃子が優しくキスをした。

292 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:32
「何度も聞いたから、知ってる」

小さな声で桃子が答えて、太股から足の付け根へすうっと唇を滑らせる。
さっきよりも強く濡れた突起へ舌先が押し当てられた。

桃子から言葉をもらったことはない。
この先も欲しい言葉がもらえるかどうかはわからない。
けれど、「知ってる」と答えた声が今までで一番優しい声に聞こえて、それだけで雅は嬉しくなる。

身体の中に桃子の指が入り込んでくる。
びくりと、すぐに身体が桃子の与えた刺激に反応する。
雅は何度も桃子の名前を呼ぶ。
だが、その続きは桃子の指の動きによって口にすることが出来ない。

「また聞きたくなった時に言ってもらうから」

思いもよらない桃子の言葉に、雅は聞き返そうとした。
けれど、もう意味を成す言葉は口に出来なかった。
唇が突起へ吸い付く。
指が身体の奥へ押し込まれた。

数え切れないほど付けられた跡。
今、身体に触れている桃子。

聞きたいことはたくさんあったが、今はそれだけで良いような気がした。




293 名前:『 非常識な君 』 投稿日:2009/01/16(金) 04:33


『 非常識な君 』



- END -
294 名前: 投稿日:2009/01/16(金) 04:34

295 名前: 投稿日:2009/01/16(金) 04:36
これで『 非常識な日常 』シリーズは終了です。
あとは番外編的なものを書く予定。

>>270さん
こんな感じになりました。
番外編もお待ち頂ければと思います。
296 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/17(土) 01:00
クールなももも良いね
297 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/18(水) 01:25
サイトの方で小説を拝見させてもらってて
こっちの存在を今日知りました

気になってたシリーズでこの2人がくっついてよかったです!
番外編楽しみにしてます
298 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/18(水) 01:26
すみませんm(__)m
ageちゃいました
299 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/26(木) 13:43
完結お疲れ様です

番外編も楽しみにしております!
300 名前: 投稿日:2009/03/31(火) 01:18



『 辿る指 』



>>271-293
シリーズの番外編です。
301 名前:『 辿る指 』 投稿日:2009/03/31(火) 01:23
後悔するだけなら、それはとても簡単なことだった。
けれど、いくら後悔したところでやり直すことはもう出来ない。
桃子が梨沙子にしたことは取り返しのつかないことだった。

雅の部屋の前、桃子は小さく息を吐き出す。
ついさっき別れてきたばかりの梨沙子のことが頭から離れない。
梨沙子に部屋を追い出され、雅の部屋の前まで来たのはいいが、扉を叩こうとも思えなかった。
それは、自分が梨沙子にどれだけ酷いことをしてきたのか、自覚したからに違いなかった。

年の離れた梨沙子にあんなことを言わせるほど追いつめていた。
そして、まるでそれで全てを帳消しにしようとしているように、好きだと言った。

言葉に嘘はない。
梨沙子と気持ちは違うが、好きだという言葉に間違いはなかった。
けれど、それは言うべき言葉ではなかった。
しかし、桃子はそれが梨沙子を傷つける言葉だと知っていても、言わずにはいられなかった。
慰めどころか梨沙子に深い傷を作って、部屋を後にした。
いくら謝っても謝り足りないと思う。
きっと梨沙子の側に一生いたとしても許してもらえないだろう。
だが、そう思っているのに、桃子の心の中には常に雅がいる。
302 名前:『 辿る指 』 投稿日:2009/03/31(火) 01:26
電話一つで、頭の中が雅のことで一杯になった。
これが何という感情かは知らない。
知りたくもないと桃子は思う。。
ただ、桃子にとって雅の声が特別なものだとは気がついていた。
だから、今、雅の部屋の前にいる。

梨沙子が行けと言ったからではない。
自分の意思で雅の部屋の前まできた。
けれど、桃子は扉を見つめたままだ。
いつもなら、何も気にせず、扉を叩いて中へ入る。
雅の気持ちなどおかまいなしに、やりたいようにやってきた。
しかし、今は梨沙子への罪悪感からか、扉を叩くことも出来ない自分にため息をつくしか出来ない。
そのくせ、梨沙子に悪いと思いながらも、雅のことを考えずにはいられなかった。

いつの間に、心の中で雅がこんなに大きな存在になっていたのか。
元はと言えば、何かと反抗的な態度を取る雅に対するちょっとした仕返しのつもりだった。
最初は、少しからかっただけで大騒ぎする雅が面白かった。
それだけのことだった。
それなのに、気がつけば雅から反抗的な態度は消えていた。
素直になったのか、なんなのか。
急に雅から好きだと言われて、戸惑った。
酷いことばかりしてきたのに、桃子には自分を好きだという雅のことがわからなかった。
けれど、よく考えてみれば、雅について知っていることなど一つもなかった。
飽きるほどその身体を抱いてきたのに、わかることは何一つない。
そして、そのわからない雅を知りたいと思い始めている自分に驚いた。
その頃から雅は変わり、それに引きずられそうになる自分が怖くて、桃子はそれから逃げるように雅を突き放した。
303 名前:『 辿る指 』 投稿日:2009/03/31(火) 01:27
結局、突き放したことは何の役にも立たなかったらしい。
携帯が鳴れば、梨沙子よりも雅が気になり、こうして部屋の前まで来ている。
何故、雅が携帯を鳴らしたのか知りたいと思う。
離れたせいか、余計に雅のことが気になるようになっていた。

桃子は扉を叩くのではなく、扉の上へ手の平を置いた。
人が見れば不審に思うかもしれないが、扉を叩くことが出来ない。
額を扉につける。

いつまでもこうしているわけにはいかなかった。
ノックをするか。
このまま立ち去るか。
桃子はどちらかを選ばなければならない。

押しあてた手の平をぎゅっと握る。
その手で一度、扉を叩く。
けれど、それはとても小さな音で、中にいる雅に聞こえるようなものではなかった。

桃子は扉から離れる。
ノックも出来ないようなら、立ち去るしかなかった。
扉をじっと見る。
足を進めなければと思うが、動くことが出来ない。
諦めが悪いと自分でも思っていると、扉が開いた。
どくん、と心臓が大きな音を立てる。
304 名前:『 辿る指 』 投稿日:2009/03/31(火) 01:29
開いた扉から見えた人物。
それは当たり前のことだが、雅だった。
桃子は言葉が出ない。
雅に会う為にこの部屋の前に来ているのに、声も出ないなど笑えない事態だった。

心臓は相変わらず大きな音を立てている。
今までこんなことは一度もなかった。
だが、雅を見ただけで落ち着きを無くす心臓に、何故かと理由を考えることも出来ない。
それよりも、驚いた顔でこちらを見ている雅に何と言えばいいのかを考えなければならなかった。

携帯を鳴らしたのはどうしてなのか聞けばいいだけだと桃子は思う。
けれど、言葉が出ない。
どうしようかと雅を見る。
雅と目があって、桃子は思わず視線をそらした。
顔から少し下、首筋へと目をやる。
すると、そこに見慣れない跡があった。

薄くついた赤い色。
記憶を辿るまでもなく、それが雅の首筋に元からあったものではないとわかる。
桃子の知らない間に、誰かが付けたものに違いなかった。
頭の片隅にいた梨沙子が消える。
気がつけば、責めるような口調で雅に問いかけていた。
305 名前:『 辿る指 』 投稿日:2009/03/31(火) 01:31
「それ、誰が付けたの?」

雅は何も答えない。
かわりに、慌てたように首筋を押さえて、桃子の目から赤い跡を隠した。

考えるよりも先に身体が動いた。
桃子は雅の手首を掴み、手を首筋から引き剥がす。
そして、目の前に現れた赤い跡をすうっと撫でた。
雅が小さく震えたような気がしたが、関係ない。
それよりも、誰がこの跡を付けたのかが問題だった。

「答えて。それ、誰が付けたの?」

雅以外に散々、こうした跡を付けてきた。
そのくせ雅がこうした跡を付けていたら気になる。
自分の過去を振り返れば、雅には質問に答える義務などないと桃子は思う。
そんなことはわかっていたが、それでも問いかけずにはいられなかった。

「……気になるの?」

雅がようやく口を開いたが、それは桃子が聞きたかった言葉ではなかった。
桃子は雅の声に、細く息を吐き出す。
306 名前:『 辿る指 』 投稿日:2009/03/31(火) 01:33
少し前までなら気にならなかったかもしれない。
しかし、今は違う。
雅が桃子に対する態度を変えてから、桃子自身も変わった。
今も、目の前にある赤い跡が胸の辺りを締め付ける。
だが、それを雅に知られたくはなかったし、知られてはいけないような気がした。

桃子は指先で赤い跡を辿る。
けれど、そんなことをしても、誰が付けた跡なのかはわからない。
指先に力を入れて赤い跡を強く押すと、強く押しすぎたのか、雅が桃子から身体を離した。
桃子は雅の身体を追いかけるわけでもなく、赤い跡から手を離した。

「別に。気になんか、ならない」

ぼそりと答えて、雅に背を向ける。
これ以上、雅を見ていると、いつもの自分ではいられそうになかった。
一歩足を踏み出すと、さっきまで扉の前から動こうとしなかった身体が嘘のように歩くことが出来た。
雅と話し続けることより立ち去ることを選んで、桃子は足を進める。
しかし、雅の声がその足を止めた。

「待ってよ、もも。どこ行くのっ」

雅の声に、進み始めた足は止まったまま動かない。
いつの頃からか桃子の中で、雅から名前を呼ばれることは、他の誰から呼ばれるものとも違うものになっていた。
307 名前:『 辿る指 』 投稿日:2009/03/31(火) 01:36
名前というものは自分を他の誰かと区別するもの。
それだけの意味しか持たないものだと思っていた。
いつからそうなったのかははっきりとは覚えていない。
だが、気がつけば、雅から名前を呼ばれるということが、他の誰から呼ばれるよりも心地良いものになっていた。
それから、名前は他人と自分を区別する以上のものになった。
それに気がついてからかもしれない。
強引にキスをして、その身体を抱いていたことが嘘のように、雅に触れることが出来なくなった。
今も、雅の声は耳に心地良く響き、桃子の足を止める。

「みーやんには関係ない」

やっとそれだけ口にして、桃子は足を動かそうとした。
けれど、やはり足は動かない。

「関係あるじゃん。なんか用があるから、部屋の前にいたんでしょ」
「たまたま通りがかっただけだもん」
「通りがかっただけなら、ぼけーとうちの部屋の前に立ってたのおかしいじゃん」

そう言って、雅が近づいてくる。
桃子は振り返る。
困ったような顔をした雅が目に映った。
308 名前:『 辿る指 』 投稿日:2009/03/31(火) 01:37
「とりあえず、部屋入って」

黙ったままの桃子の手を雅が握った。
不意に雅に触れられて、桃子の身体が驚くほど熱くなる。
そして、首筋の跡を付けたのが誰なのかが気になって、赤い跡が頭から離れない。
桃子はそれがどんな意味を持つのか知ろうとして、やめる。
きっとこの部屋の中に入れば、その意味がいやでもわかる。
桃子は雅に手を引かれるままに、部屋の中へと足を踏み入れた。



309 名前:『 辿る指 』 投稿日:2009/03/31(火) 01:37



『 辿る指 』



- END -
310 名前: 投稿日:2009/03/31(火) 01:38

311 名前: 投稿日:2009/03/31(火) 01:43
間が空きましたが、これにてシリーズ・番外編終了です。

>>296さん
クールな桃子の表情も好きなので、そういったものも時々(´▽`)

>>297さん
サイトの方からわざわざありがとうございます(*´▽`*)
短いですが、番外編も楽しんで頂ければと思います。

>>299さん
ありがとうございます。
短いですが、番外編も楽しんで頂ければと思います。
312 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/02(木) 01:34
桃子視点もいいですね!続きが気になります
・・・でも終わりなんですよね?
このシリーズ好きなんで気が向いたら是非お願いします
313 名前: 投稿日:2009/04/06(月) 02:49



『 日常風景 』



314 名前:『 日常風景 』 投稿日:2009/04/06(月) 02:52
胸とか頭とか、そういった部分的な場所ではなく、身体全体が痛かった。
栞菜がいなくなってからずっと、身体中が締め付けられるようにキリキリと痛い。
けれど、それは血が出るわけでも、目に見えるわけでもない。
だから、誰もこの痛みには気が付かない。
愛理にだけわかる痛みだ。

身体が痛みはじめたのは、栞菜が足の治療をする為、愛理の前から消えた日からだ。
実際に栞菜が消えてしまったわけではなかったが、それは消えたと言いたくなるような状態だった。
電話で話すことも、メールをすることも出来る。
自宅まで行けば、栞菜に会うことだって出来る。
だが、栞菜はCDのジャケットから消え、コンサートは6人で行う。
栞菜は、まるで初めからいなかったかのような扱いだ。
この存在を消し去ろうとでもするような扱いに、愛理は納得がいかなかった。
何故なら、今はいなくても、栞菜は愛理の中に確かに存在する。

楽屋のソファーに座れば、少し空いた隙間が気になる。
打ち合わせをすれば、一脚余った椅子が栞菜を思い出させる。
誰かが栞菜のことを気にして、その名前を口に出す。
その全てが栞菜の存在を主張する。
315 名前:『 日常風景 』 投稿日:2009/04/06(月) 02:54
愛理の周りには常にこうして栞菜が溢れていた。
栞菜がいた場所には、ぽっかりと穴が空いていて塞がることはない。
それなのに、栞菜のいないまま仕事をこなしていかなければならない。

納得していなくても、ステージに立ち続ける。
歌を歌い、ダンスを踊り続ける。
それは愛理の感覚を麻痺させていく。
栞菜のいない不自然さが薄れ、それが日常に近くなる。
栞菜を置いて先に進んでいるような毎日に慣れていく。
そして、それを嫌がるように身体が痛み出す。

今日も一人欠けた℃-uteは、それが正しい姿かのように、写真に収められていた。

「なんかさ、広いよね」

6人での撮影の合間、舞美が両腕を広げて言った。

「広い?」

舞美の隣にいたえりかが不思議そうな顔をする。
316 名前:『 日常風景 』 投稿日:2009/04/06(月) 02:55
「そう、広いの。栞菜がいないから」

舞美がふうと息を吐き出す。
広げた片手を握り、白い背景をぽんと叩いた。

「そっか。そうだね。慣れてきたけど、やっぱり広いね」
「いつもより静かだしね」
「確かに」

えりかが小さく笑った。
愛理はこうした会話を聞くたびに、栞菜のことを強く意識する。
そして、泣きたくなる。
だが、涙は出ない。
泣くわけにもいかなかった。
泣いたところで、栞菜が戻ってくるわけではない。

愛理は、二人のこの会話が写真に写ればいいと思う。
そうすれば、空いているスペースが少しだけ埋まる気がするし、足りないものを埋めたかった。
きっと舞美よりも、えりかよりも、愛理の中で栞菜が不足している。
317 名前:『 日常風景 』 投稿日:2009/04/06(月) 02:58
いつだって栞菜は愛理の隣で笑って、泣いて、うるさいぐらいに存在を主張していた。
ずっとそうして栞菜が隣にいるものだと思っていた。
当たり前の日常が延々と続いていく。
時につまらなくて、時に楽しい。
そんな毎日が続いていくと信じていた。
それなのに、今、栞菜は愛理の隣にいない。

愛理は自分の隣が栞菜の指定席だと勝手に決めていた。
その席には誰も座ることが出来ないし、座らせるつもりもない。
今、空いたスペースには、すうすうと風だけが通り抜ける。
埋まらない空間は、足りないものをはっきりと認識させる。
それは酷く歪な空間に思えた。
心には違和感だけが残る。

こうして写真撮影をしていても、愛理の隣へ栞菜が来ることはない。
空いているスペースは、切り取られ、そんなスペースなど存在しないかのように表へ出る。
舞美やえりかの感じる広さなど微塵もない。
愛理の違和感さえも切り取り、捨てられる。
そんなことを考えると、愛理はこの場から逃げ出したくなる。
栞菜の家に向かって走り出したくなる。

思い返せば最近、栞菜に会っていなかった。
仕事は忙しさを増していて、栞菜に会う時間をなかなか作れない。
会いたいと思う気持ちだけが、胸にあった。
そして、栞菜のことを考えると相変わらず身体が痛む。
けれど、この痛みの治療法はわかっている。
318 名前:『 日常風景 』 投稿日:2009/04/06(月) 02:59
「愛理、始まるよ」

セットの片隅、一人立っていると舞美から声をかけられる。
舞美がぶんぶんと手を振って、愛理を呼んでいた。

「今、行く」

愛理は舞美の元へ向かって駆け出す。
この撮影の後にも、仕事はいくつもあった。

忙しさは記憶を薄れさせ、新しい記憶で薄れた過去を塗りつぶしていく。
それでも、栞菜のことは塗りつぶすことが出来ない。
痛みが栞菜を忘れさせない。

愛理は栞菜がいなくても、前へ進むことが出来る。
仕事を続けることが出来る。
でも、隣に栞菜がいたらすごく嬉しいと思う。

愛理は舞美の隣に立つ。
少し広い空間が気になる。
その空間を埋めたくなる。

愛理は今日、どんなに遅くなっても栞菜の家へ行こうと思った。



319 名前:『 日常風景 』 投稿日:2009/04/06(月) 03:00



『 日常風景 』



- END -
320 名前: 投稿日:2009/04/06(月) 03:00

321 名前: 投稿日:2009/04/06(月) 03:03
>>312さん
ありがとうございます。
一応、これで終わりです。
当初、もう少し長いものを予定していたのですが、間があいたこともあって思い切ってざっくり削ったので、暇があればこの続きを書きたいと思います。
322 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/07(火) 00:16
早く帰ってきて欲しいね
323 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/07(火) 18:53
愛理〜わかるよその気持ち!
ってくらい寂しさが伝わってきました。

元気になって一日でも早く戻って来てほしいですね!
324 名前: 投稿日:2009/04/29(水) 06:24



『 カプセル 』



325 名前:『 カプセル 』 投稿日:2009/04/29(水) 06:26
薬は桃子の手の中にあった。
水はベッドの横に置いてある。
雅はベッドの上で布団にくるまり、桃子をじっと見つめていた。

昨夜の冷たい風と雨は、雅に季節外れの風邪をもたらした。
結果、雅はせっかくのオフをベッドの中で過ごすことになり、一緒に出かける約束をしていた桃子が熱を出した雅の世話を焼いていた。
朝から張り切って雅の世話をする桃子は鬱陶しいぐらいで、雅はそんな桃子が気に入らない。

昨日、雅と桃子は一緒に仕事場から帰り、冷たい風と雨にさらされた。
そのまま約束通り桃子が雅の家へ泊まったのはいいが、雨に濡れたせいか、朝起きてみると雅は身体が熱かった。
しかし、げほげほと咳をする雅の隣で桃子はぴんぴんしていた。
雅からすると、それもまた気に入らない。
同じような状況にあったのに、何故自分だけが風邪をひくのかわからない。

熱はそれほど高くはないが、咳が痛かった。
身体もだるく、動きたいと思えない。
だが、ベッドの端に腰掛けている桃子は普段と変わらず元気が良さそうだった。
326 名前:『 カプセル 』 投稿日:2009/04/29(水) 06:28
「みや、ちょっと起きて」

具合の悪そうな雅に遠慮してか、いつもより少し低い声で桃子が言った。
桃子が何を言っているのかは理解出来たが、耳に柔らかく響く声に目を閉じると、肩を掴まれた。
そのまま抱きかかえるようにして、桃子がゆっくりと雅の身体を起こした。

「大丈夫?」

目を開くと、桃子の顔が間近にあってどきりとする。
雅は思わず目を伏せ、小さく頷く。
視線を桃子から外していると、薬を取り出しているのかぱちんぱちんと乾いた音が聞こえてくる。
雅は桃子の手を見る。
手の平の上には、小さなカプセルが二つあった。

「口、開けて」

催促するように桃子が腕をとんとんと叩いた。
だが、雅は口を閉じたまま開かない。
理由はなかった。
強いて言えば、同じ状況にあったのにぴんぴんしている桃子が気に入らない。
327 名前:『 カプセル 』 投稿日:2009/04/29(水) 06:29
「あーん」

同じように口を開けろと言っているらしく、桃子の口が大きく開く。
それでも口を閉じたままでいると、桃子がさらに低い声で雅の名前を呼んだ。

「みや」

雅は口を閉じたまま、首を振る。
桃子が呆れたようにため息をついた。

八つ当たりだとわかっている。
風邪をひいて、楽しみにしていたオフが台無しになって苛々しているだけだ。
本当なら、桃子と一緒にもっと楽しい一日を過ごしているはずだった。

桃子に見つめられたまま黙り込んでいると、カプセルを唇に押しあてられた。
ぴたりと唇にカプセルがくっつく感触が気持ち悪くて顔を背けると、喉がいがいがしてごほんと咳が出た。
その隙を桃子は見逃さなかった。
雅は口に薬を押し込まれて、グラスを押しつけられた。
手をぎゅっと握って、受け取らない。
すると、桃子が水を口に含んだ。
期待に心臓がどくんと鳴る。
だが、ごくんという音とともに桃子の口の中にあった水が消えてしまう。
328 名前:『 カプセル 』 投稿日:2009/04/29(水) 06:31
「飲んで」

落胆する間もなく、唇にグラスを押しあてられる。
それでも口を閉じていると、強引にグラスが傾けられ水がこぼれ落ちそうになった。
雅は結局、水がベッドにこぼれるのが嫌で口を開いた。
口内に生温い水が流れ込み、慌てて桃子の手ごとグラスを掴んだ。

雅は桃子の手を持って、グラスの中の水を飲む。
ゆっくりと水を口に含むと、上顎に張り付いたカプセルが水に濡れ、喉の奥へと流される。
そのままカプセルを飲み込み、桃子の手をグラスごと押した。
グラスはもとあった場所へ戻され、雅は濡れた唇を拭う。
桃子を見ると、薬を飲ませたことに満足そうな表情を浮かべていた。

「……口移しで飲ませるつもりかと思った」

雅はぼそりと呟いて、ベッドの端に腰掛けている桃子に背を向けるようにして横になる。
キスされなかったことに納得がいかなくて、口調が不機嫌なものになったが、そんなことを気にする余裕もなかった。

昨日の夜は何度もキスをした。
だが今日、起きてからはまだ一度もキスをしていない。
桃子はそれに気がついているのだろうか。

そんなことを考えていると、くしゅんと一回くしゃみが出た。
329 名前:『 カプセル 』 投稿日:2009/04/29(水) 06:32
「そんなことしたら風邪うつるじゃん」

事も無げに言って、桃子が雅の布団を掛け直した。
肩まで布団を掛けられて、雅はごろりと寝返りを打つ。
桃子に恨みがましい視線を送ると、顔を覗き込まれた。

「どうしたの?」

問いかけられて、雅はぼそぼそと答える。

「……うつしたら早く治る」
「ももに風邪うつして楽しい?」

楽しくはないし、風邪をうつしたいわけでもない。
ただキスがしたいだけで、それを言葉にすることが出来ないだけだ。
どうしていいかわからず、雅は黙って目を伏せた。

「少し我慢した方がいいよ」

柔らかい声が降ってきて、頭を撫でられる。

「ももに風邪うつったら、もっと長い間キス出来なくなるじゃん」

桃子の言葉に、雅は視線を上げた。
330 名前:『 カプセル 』 投稿日:2009/04/29(水) 06:34
「みやからはキスしてくれないし、ももはみやに風邪うつしたくないから、ももからも出来ない。だから、ももが風邪ひいたらキス出来ない」

困ったように言って、桃子が雅の手を握った。
小さな手が雅の手を弄ぶ。
ふにふにと手を握っては離す桃子の手を雅は掴む。

「……すればいいじゃん。風邪ひいたって、ももからすればいいじゃん」
「やだ。うつしたくないもん、風邪」

桃子が雅の手を解き、頬を撫でる。
そして、顔をすうっと近づけてくる。

「風邪治ったらいっぱいしてあげるから、今はこれで我慢してね」

桃子の人差し指が雅の頬を突いて、その後、そこへ唇が触れた。
柔らかな唇の感触が心地良かった。
けれど、それだけでは足りない。

風邪を理由に、頬へのキスで誤魔化されたくなかった。
駄目だと言われると、諦められなくなる。
自分でも厄介な性格だと思うが、仕方がない。
331 名前:『 カプセル 』 投稿日:2009/04/29(水) 06:37
「やだ。風邪うつす」

雅は身体を起こして、桃子の腕を掴んで引く。
風邪のせいか、力が出ない。
けれど、桃子の身体は簡単に雅の方へ倒れ込んできた。

「ちょっと、みやっ」

桃子が雅の肩を掴むが、その手には力がなかった。
雅は桃子の体温を感じる距離まで唇を寄せて、目を閉じる。
熱のせいか、躊躇うことなく桃子の唇に触れることが出来た。
けれど、唇の感触に頬へ熱が集まる。
風邪とはまた違う熱に、頬が赤くなっているのだとわかった。
唇を離してから桃子を見ると、同じように頬が赤かった。

「……唇、熱いよ。熱、上がったんじゃない?」

桃子の指先が確かめるように雅の唇を撫でた。

「薬飲んだし、そんなことない」
「そうかな」

桃子が雅の背に腕を回し、顔を近づけた。
今度は頬にではなく、唇にキスをされた。
332 名前:『 カプセル 』 投稿日:2009/04/29(水) 06:43
「やっぱり、熱いじゃん。それに薬は、すぐには効かないよ」

桃子の手が雅の額にぺたりとくっつく。
雅はひんやりした手に額を押しつけた。

「キスしないんじゃなかったの?」
「たぶんもう、うつったから関係ない。ももが熱出したら、看病してよね」

そう言って、桃子がもう一度唇を寄せてきた。
額に押しつけられていた手が頬を撫で、柔らかく唇を塞がれる。
唇から伝わる体温に、物足りなかったオフが少しだけ楽しく感じられた。

もしも、桃子に風邪がうつったら、桃子が嫌がるぐらい側にいてやろう。
朝から桃子の側にいて、熱を測ったり、薬を飲ませたり、桃子が今日したよりもずっと上手くやってやろうと雅は思った。



333 名前:『 カプセル 』 投稿日:2009/04/29(水) 06:44



『 カプセル 』



- END -
334 名前: 投稿日:2009/04/29(水) 06:44

335 名前: 投稿日:2009/04/29(水) 06:47
>>322さん
早く元気な姿を見たいです。

>>323さん
本当に栞菜がいないとジャケ写とか見ていても、スカスカして寂しいです。
早く戻ってきて、元気な姿を見せて欲しいです。
336 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/02(土) 13:01
みやびちゃんが可愛すぎる!

辿る指の続きも気長にお待ちしております
337 名前: 投稿日:2009/05/05(火) 03:55



『 先輩と後輩と友達 』



338 名前:『 先輩と後輩と友達 』 投稿日:2009/05/05(火) 03:57
手を繋いで廊下を二人で歩く。
行き先は非常階段だった。

クリーム色の廊下を、ぺたぺたと足音を立てて桃子は歩く。
その足音に、並んで歩いていた恵里菜の足音が重なる。
繋いだ手を子供のように振って歩いていたせいか、隣で恵里菜がくすくすと笑っていた。
桃子が恵里菜を睨むと、さらに笑い声が大きくなった。
仕方なく桃子は、笑い続ける恵里菜の手を引いて非常階段を目指した。

廊下の突きあたり、重たい扉を開けて非常階段へと出る。
外へ出ると、風がぴゅうっと吹いて桃子の前髪を揺らした。
せっかくセットした前髪が乱れ、桃子の眉間に皺が寄る。
慌てて前髪を直していると、恵里菜が小さく呟いた。

「……嗣永さん」
「んー?」

返事をすると同時に、後ろから腰を掴まれる。
そして、身体を引き寄せられた。
腕の中に身を委ねると、桃子よりも少しだけ大きな身体に抱きしめられる。
339 名前:『 先輩と後輩と友達 』 投稿日:2009/05/05(火) 03:59
「どしたー?」
「どうもしないです」

問いかけると畏まった言葉が聞こえてきて、桃子は苦笑する。
何度言っても、恵里菜の言葉遣いは直らない。

「あのさー、真野ちゃん」
「なんですか?」
「ももちって呼んでって、言ったよね?」

口にした言葉は、事あるごとに恵里菜に告げているものだった。

先輩と後輩。
そういうものが一生取り払えないものとして、二人の間にあることはわかっている。
けれど、桃子と恵里菜は同学年なのだ。

一応、二人きりの時は、親しげな言葉遣いや呼び方をしてくれることが多くなってきた。
けれど、仕事中や仕事が終わったばかりの時は、堅苦しい言葉遣いのままだ。
それがどうにも落ち着かない。
仕事が終わってからも、こうした呼び方や敬語を使われると、まるでまだ仕事が続いているような気がする。
340 名前:『 先輩と後輩と友達 』 投稿日:2009/05/05(火) 04:01
「なんか、クセになってきちゃって」
「クセになるほど、一緒に仕事してないじゃん」

腰に回された腕をぺしんと叩く。
後ろから「すみません」と申し訳なさそうな声が聞こえてきて、桃子はため息を一つついた。
そして、お臍の前辺りで組まれている恵里菜の手を解こうとする。
だが、恵里菜の手を解くことは出来なかった。
反対に手を握られ、さらに強く抱きしめられる。

「もうしばらく、こうしててもいいですか?」
「誰と?」
「嗣永さんと」

友達よりは後輩といった口調に桃子はむっとする。
桃子の中で、恵里菜が後輩という意識はもうなかった。
後輩よりも友達。
友達よりもっと。
そんな気持ちの方が強かった。

言葉遣いから感じるものと、抱きしめてくる腕の力には差がある。
先輩という意識を早く捨ててくれたらいいのに、と桃子は思った。

「だーかーらー!ももちか、ももって呼んでってば」

そう言って、桃子は強引に握られた手を解き、恵里菜の腕の中から逃げ出す。
くるりと振り向いて、非常階段の手すりに寄り掛かる。
力なく下ろされた恵里菜の腕を掴むと、また風が吹いてきて前髪が乱れた。
桃子は悪戯な風に顔を顰める。
341 名前:『 先輩と後輩と友達 』 投稿日:2009/05/05(火) 04:02
「嗣永さん」

聞こえてきた声に、眉間に刻まれた皺がさらに深いものになった。

「もも、だよ」

念を押すように言う。
けれど、返ってきた言葉は期待とは違うものだった。

「嗣永さん、さっきみたいにしてもいいですか?」

恵里菜が困った顔をして、掴まれた腕をぶんっと振った。

「ももだってば。あと、敬語もね。真野ちゃん、わざと言ってるでしょ?」

桃子は振られた腕を止めて、軽く睨む。
手すりから身体を離して、恵里菜との距離を詰めた。
顔を近づけると、珍しく恵里菜が顔を背けた。

「わざとじゃなくて。ほんとにクセで」
「クセなら、努力して直して」
「だって、先輩だから」
「同い年じゃん」
「同い年でも先輩です」

顔を近づければ近づけるほど、恵里菜が後退る。
桃子はそれを追うように顔を近づけて、掴んでいた恵里菜の腕を引っ張った。
恵里菜の身体が抵抗することなく、桃子の腕の中へ収まる。
いつものようにお互いの顔を近づけて、桃子は言った。
342 名前:『 先輩と後輩と友達 』 投稿日:2009/05/05(火) 04:05
「わざと敬語使うの、やめてって言ってるでしょ」
「わざとじゃないです」
「敬語やめて呼び方変えないと、ぎゅーってするよ」

恵里菜の身体に回した腕に力を込める。
ぎゅっと抱きしめると、困ったような顔をしていた恵里菜の口元が緩んだ。

「嗣永さん」

小さく名前を呼ばれて、桃子の口元も同じように緩む。

「もっと、ぎゅーってして欲しいの?」

こくん、と恵里菜が頷いた。
先輩から友達に戻るには時間がかかる。
そして、友達より先に進むにはもっと時間がかかる。
桃子は、仕事が終わったらすぐに切り替えてくれたらいいのにと思わずにはいられない。

抱きしめた身体に、今まで以上に身体をすり寄せる。
すると、桃子の腰に恵里菜の腕が回され、抱きしめ返される。

「仕事、もっと一緒になるといいね」

先輩と後輩としてでも、同じ仕事をするのは楽しい。
それに、こうして仕事が終わった後にも楽しみがある。
343 名前:『 先輩と後輩と友達 』 投稿日:2009/05/05(火) 04:07
「……仕事じゃなくて、会いませんか?」

ぼそりと恵里菜が言った。
その言葉が嬉しくて、桃子はすぐにでも「いいよ」と答えたくなる。
だが、その前に言わなければならないことがあった。

「敬語やめたらね」

抱きしめる腕を緩めて、恵里菜の顔を見た。
すると、うっ、と言葉に詰まってから、耳を澄まさないと聞こえないような声で恵里菜が言った。

「……ももと」
「ももと?」
「ももと出かけたいな」

照れたような甘えた声が聞こえてきて、桃子は即答した。

「いいよ」

後輩からの言葉とは違うものに、桃子は思わずにやける。
その顔を見られないように恵里菜の肩へ頭を付けると、ぴゅうっと風が吹いた。
けれど、もう前髪が乱れることはなかった。



344 名前:『 先輩と後輩と友達 』 投稿日:2009/05/05(火) 04:07



『 先輩と後輩と友達 』



- END -
345 名前: 投稿日:2009/05/05(火) 04:07

346 名前: 投稿日:2009/05/05(火) 04:09
>>336さん
甘えるみやびちゃん、好きですw
辿る指の続きはもうしばらくお待ち下さい。
347 名前: 投稿日:2009/06/02(火) 05:08



『 リーダーvsリーダー 』



348 名前:『 リーダーvsリーダー 』 投稿日:2009/06/02(火) 05:09
仕事が終わって、楽屋を飛び出して、人目も気にせず桃子は走る。
彼女はそこまでやってきている。
だから、走る。
一刻も早く会いたくて走る。
廊下は走っちゃいけませんだなんて、学校で何度も言われて、それでもここは学校ではないから、桃子は飛ぶように走る。
くるんと廊下の角を曲がると、靴底が床と擦れてきゅっと音を鳴らした。
そして、見慣れた背中が見えた。

長い髪に長い足。
すらりと細い身体。

顔を見なくても舞美だとわかる。
桃子は勢いを殺さずに飛びついた。

どん、と勢いよくぶつかった背中がぐらりと揺れた。
前屈みになった身体が倒れそうになって、桃子は慌てて舞美の身体を抱きしめる。
廊下の真ん中、飛びついた背中は少し元気がないようだった。
349 名前:『 リーダーvsリーダー 』 投稿日:2009/06/02(火) 05:11
振り向いた舞美と手を繋いで、桃子は歩く。
足の長さが違うから、ストライドも違う。
でも、舞美がコンパクトな方に合わせてくれるから問題ない。
くるりんと廊下の角を曲がると、靴底が床と擦れてきゅっきゅっと音を鳴らした。
今度は二人だから、靴音も二人分。
二人は楽屋ではなく、自販機を目指した。

辿り着いた自販機の前、お互いお金を出し合ってジュースを買う。
自販機から吐き出された紙コップを持って長椅子の前に座れば、お喋りが始まる。

「舞美。もも、リーダーになったよ」

桃子はえへんと胸を張って舞美に報告する。
リーダーになったこと。
それは、ちょっと嬉しくて誇らしい。
何故、嬉しくて誇らしいのかって、それは舞美と同じ立場になったからに決まっている。
隣に座っているリーダーは、それはそれはメンバーに頼りにされていて、慕われていて羨ましかった。
だから、そんな舞美と同じリーダーになれたことが嬉しくて、何度でも報告したくなる。
350 名前:『 リーダーvsリーダー 』 投稿日:2009/06/02(火) 05:12
「何度も聞いた」
「何度でも聞いて欲しいんだもん」

自慢じゃないが、自慢したくなる。
隣の彼女とお揃いのものは何でもかんでも自慢したくなる。
隣の彼女本人に自慢しても仕方がないことでも自慢したくなる。
桃子はそんな自分をちょっと子供っぽいと思うけれど、それもまた自分の魅力だと思えるお得な性格も持ち合わせている。

「だから、頼ってよ」

甘えるように舞美の肩に寄り添う。
そして、下から舞美の顔を見上げる。
桃子が必要以上に近寄るのはいつものことで、舞美も慣れているから驚かない。
でも何故、桃子から頼ってくれと言われるのかはわからないらしかった。

「相談とかないよ」
「なくても、ももに頼りなよ」

元気がないのはなんでかな。
そんな疑問が桃子の中にある。
舞美は普段、勢いよく飛びついたぐらいで倒れそうになることはない。
そんな舞美が倒れそうになるということは、お腹が空いているか、悩みがあるか。
そのどちらかだ。
351 名前:『 リーダーvsリーダー 』 投稿日:2009/06/02(火) 05:13
彼女は彼女。
清く正しいお付き合いを初めて数ヶ月。
舞美は桃子にとって彼女だから、元気がなければ頼って欲しい。
至って簡単な理屈。

「舞美。今、お腹空いてる?」
「空いてない」
「じゃあ、ももに頼って」

彼女には伝わらない順番で話を進めるものだから、当然、舞美は不思議顔だ。
それでも、桃子は引き下がらない。
舞美と腕なんか組んでみて、鋭い視線で見たりする。

「頼りたいことなんてないし」

桃子が何を考えているのかわからないらしい舞美がにこりと笑う。
頭を優しく撫でられて、前髪をくしゃくしゃと乱されて、桃子は前へ伸ばしていた足をばたつかせる。
それを見た舞美が桃子を真似て、辺りが少し騒がしい。

「たまにさー、辛いこととかあってさー」

桃子は鈍感な彼女に、色々順序を飛ばして語りかける。
脈絡無く続く話しは、鈍感な人には通じにくい。
けれど、舞美は隣でうんうん頷きながら話しを聞いている。
352 名前:『 リーダーvsリーダー 』 投稿日:2009/06/02(火) 05:14
「色々あって、ヘコんだりすんじゃん。そういうの、今までよりもっとももに相談したらいいと思う」
「ヘコんでないよ」
「ちょっと、待って。ないわけない。なんかあるでしょ?」

光の速さで相談拒否されて、桃子は舞美に詰め寄る。
もともと距離が近かったから、詰め寄ったら顔が近すぎたけれど気にしない。

「今はない」

舞美がきっぱり言い切って、ばたつかせていた足をぴんと伸ばした。
桃子も同じように足をぴんと伸ばす。
前へ投げ出した桃子の足はやはりコンパクトで、隣の足と比べると長さが控えめだ。
羨ましくはない。
いや、本当は少し羨ましかったりする。
でも、隣の彼女は憧れでもあるから大丈夫。

桃子は控えめな足を伸ばして、隣をちょんと蹴ったりしてみる。
蹴り返されて、それもまた楽しい。

「あのね、ももね、舞美と同じリーダーになったから、わかること増えたと思うんだ」

桃子は諦めがわりと悪い。
舞美はそういう桃子を気にしない。
だから、桃子は食い下がる。
353 名前:『 リーダーvsリーダー 』 投稿日:2009/06/02(火) 05:16
「だから、相談して」
「今はないってば」
「だって、さっき元気なかったじゃん。ちょっと寂しそうな背中してたよ」

くるんと曲がった角の向こうに見えた背中。
飛びついたら倒れそうになった。
お腹が空いてないなら、悩み事でもあるに違いなくて、だから桃子は諦めない。
元気がないから寂しいのか、寂しいから元気がないのか。
そういうことは難しくてちょっとよくわからない。
わからないことは、本人に語らせるのが一番で、舞美が話してくれないと、桃子の相談にのっちゃうリーダー計画は成功しない。

「んーと、それはさ」
「なに?」

頑張ったおかげか、舞美がぽつりぽつりと語り出す。
桃子は身を乗り出して、いや、もう乗り出しているから、気持ちだけ乗りだして話しを聞く。
舞美も身体を寄せてきて、桃子の耳元へ口を寄せてくる。

「ずっと、ももに会えなかったからだよ」

こっそりと告げられたのは、財布の中身を全部使って、目の前にある自販機のジュースを買えるだけ買いたくなるほど嬉しい言葉だった。
354 名前:『 リーダーvsリーダー 』 投稿日:2009/06/02(火) 05:17
「もう会えたから平気になった」

がしり、と肩に腕を回されて、ぽんぽん肩を叩かれた。
こういう言葉は本当に嬉しい。
舞美だからとても嬉しい。
でも、こういうとき、次に何かが待っている。

「…………」

じとっと舞美を見つめると、悪意の欠片もない爽やかさで見つめ返される。

「もも、どうしたの?」
「……うそでしょ」
「ええー。なんで!?」

目をまんまるにして舞美が驚いた。
反対に桃子の目は細くなる。
疑いの眼差しを舞美に送りつけつつ、床を蹴る。

「いつもこういうときって、今のうそ、とか言うじゃん」
「言わない。言うかもしれないけど、今は言わない。ほんとだよ」

舞美は真剣な目をしていて、桃子に信じてもいいかなと思わせる。
355 名前:『 リーダーvsリーダー 』 投稿日:2009/06/02(火) 05:18
「じゃあ、特別に信じてあげようかな」

偉そうに言って、桃子は長椅子から立ち上がった。
舞美の言葉はとりあえず信じることに決めた。
どうしてって、それは信じた方が幸せだから、そう決めた。

「でもさ、いつでもももに頼っていいからね」

くるんとターンして、舞美を見る。
勢いよく回ったから、手に持っていたことすら忘れていた紙コップからジュースがこぼれて、床を汚した。
もちろん、桃子も汚した。

「ああっ!」

桃子の悲痛な叫びが廊下に響いて、舞美が立ち上がる。
手にはハンカチ。
リーダー歴の長い彼女は手際が良い。
すぐさま桃子を濡らしたジュースを拭き取る。
356 名前:『 リーダーvsリーダー 』 投稿日:2009/06/02(火) 05:19
「もう、ももは頼りにならないなあ」
「うっ、ちょっと、失敗しただけだもん。大体、舞美だって、よく失敗するじゃん」
「うそうそ、ごめん。あたし、もものこと結構頼りにしてるよ」
「うそだっ」
「ほんとほんと」
「なら、いいけどさ」

桃子は、紙コップに残ったジュースを飲み干して、ゴミ箱へ紙コップを投げ捨てる。
舞美も、ジュースを飲み干して、ゴミ箱へ紙コップを投げ捨てた。
そして、手ぶらになった舞美から、肩ではなく、今度は頭のてっぺんをぽんぽんと叩かれる。
というより、撫でられた。
桃子は顔を上げて、舞美の顔を見る。
彼女の顔は、いつもの通り結構高い位置にあった。

身長も、リーダーの経験も、背伸びしても足りない。
彼女に追いつけたと思っても、やっぱり足りない。
だから、桃子は背伸びすることにする。

とりあえずリーダーの経験は後回しにして、現実的な背伸びをしてみる。
つま先立ちをして、舞美に顔を近づける。
357 名前:『 リーダーvsリーダー 』 投稿日:2009/06/02(火) 05:20
「もももね、舞美のこと頼りにしてるよ」

にっこり笑って告げると、舞美も同じようににっこりと笑った。

桃子は舞美に飛びつく。
どん、と勢いよく抱きつくと、舞美の身体が揺れた。
けれど、今度は倒れそうになったりしない。
自販機の前、舞美はいつも通り元気そうだった。
もちろん、桃子はいつも以上に元気だった。


358 名前:『 リーダーvsリーダー 』 投稿日:2009/06/02(火) 05:21



『 リーダーvsリーダー 』



- END -
359 名前: 投稿日:2009/06/02(火) 05:21

360 名前: 投稿日:2009/06/02(火) 05:22

361 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/03(水) 00:32
こんな処でやじももが見れるなんて、とってもうれしい。

もっと甘える無邪気な舞美が見たいです。
362 名前:名無し 投稿日:2009/06/03(水) 07:16
いろいろ考える桃子も、それをうざがらない舞美も
2人の雰囲気がスゴいリアルで良いです!
363 名前: 投稿日:2009/06/08(月) 07:54



『 誘惑 』



364 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/08(月) 07:58
桃子は視線を感じて、振り返った。

確信はない。
だが、誘われているのだと思う。

「みや、なんでそんな目でもものこと見るの?」
「なんの話?」
「いつも、何か言いたそうな目でもものこと見てる」
「なにそれ?そんなことあるわけないじゃん」

ずっと気になっていたこと。
それを雅に直接聞いてみた。

何故、今日それを聞いてみようと思ったのかはわからない。
レッスンも終わり、帰る為の準備を始めたところ、背中に視線を感じたからかもしれない。
そして、それが二人残されたレッスン室で起こったことだったからいけなかったに違いない。
365 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/08(月) 08:00
身体に絡みつく視線のもとへ。
雅のすぐ近くへ。
桃子は近づいてみたくなった。

雅が自分を見る目は、他の人を見る目とは違うと思う。
視線を感じて、目をあわせようとすれば逃げられる。
そして気がつかないふりをしていれば、遠慮無く見つめてくる。

追いかければ逃げる。
逃げなければ近づいてくる。
気になって手を伸ばすたびに振りほどかれたら、誰だってその相手のことが気にかかる。

最初は気のせいだと思っていた。
けれど、何度も繰り返される追いかけっこは偶然と思えない。
同じ事が繰り返される。
それが毎日ならば、誤解ではない。
そんな気がする。
366 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/08(月) 08:02
視線を感じ始めて、どれぐらい経ったのかはもう覚えていない。
だが、さすがに毎日のように視線を感じていると、気にせずにはいられない。
いつの間にか、雅が自分を見ていないと落ち着かないようになった。
そして見られていたらいたで、落ち着かない。
まるで誘われているみたいな気がして、雅のことが気になって仕方がなくなった。

「あるよ。もも、みやがいつもももを見てるの知ってるんだよ。それ、もものこと誘ってるって気がついてる?」
「見てないし、誘ってもいない。ばかじゃないの」
「みや、気がついてないかもしれないけど、もものこと誘ってるよ」
「違う」
「本当に?」

桃子は一歩踏み出す。
それだけで、雅が桃子から逃げ出そうとする。
もう一歩、桃子が踏み出すと、雅がさらに後退る。
いつもなら、逃げ出す雅を追いかけたりしないが、今日は違う。

「じゃあ、なんでももをいつも見てるの?」
「…………」

逃げ出そうとする雅を追って、足を進める。
そして、桃子はレッスン室の中央辺りにいた雅の前へ立つ。
367 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/08(月) 08:05
自惚れかもしれない。
けれど、向けられる視線は、いつも熱っぽいもののように感じられる。
まるで、好きだと言われているような気さえする。

感じる視線の正体。
それを確かめる為、桃子はレッスン室から立ち去ろうとする雅に手を差し伸べた。

「みや、こっちおいでよ」
「帰る」
「どこへ?」
「家」
「ももはまだここにいるよ?」
「だから?」
「ももから逃げるの?」

一瞬、雅の目が泳ぐ。
しかし、すぐに桃子に背を向け、レッスン室の出口へ向かって早足で歩いていく。

「みや、待ちなよ。こっち、来て」

その足を止めるように桃子が声をかけると、いつもならそのまま逃げ出す雅が桃子の方へ近づいてきた。
368 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/08(月) 08:08
逃げ出さず、自分の方へとやってくる雅に、先程の考えが確信に変わる。
桃子は自分の隣へやってきた雅の手首を掴む。
そのままその手を引き寄せて、手の甲へ唇を押しつけた。

「もも、ちょっとなにっ」

驚いた雅が声を上げて、キスされた手を引こうとする。
けれど、桃子はそれを許さない。
手首を掴む手に力を入れ、自分の方へと雅の身体ごと引き寄せる。
そして、今度は雅の唇へキスをした。

さっき触れた手の甲よりももっと柔らかな唇。
その感触に、自分からキスをしたとは思えないほど心臓が大きく鳴った。

軽く唇に触れた後、桃子は雅からすぐに身体を離した。
そして掴んでいた手首も解放する。
すると、雅が自由になった手で唇を拭った。

「なんで、キスとかっ」
「みやが素直じゃないから」

そう言いながらも、桃子は素直じゃないのはお互い様だと思う。
最初は気にならなかった雅が、今はこんなにも気になる理由。
それを桃子は知っているから、唇に触れるより先に言わなければならない言葉がある。
だが、雅の態度を見ていると、自分の方からその言葉を言うのも癪に障る。
桃子から伝えるよりも、雅から言って欲しいと思う。
しかし、それは難しそうだった。
369 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/08(月) 08:10
雅はまだ唇を拭っていた。
桃子はその指先が気になって、雅の唇に手を伸ばす。

口元にある手に触れる。
桃子はその手を掴んで、ゆっくりと自分の唇へと近づけた。
雅の指先が桃子の唇に触れる。
雅の手が小さく震えた。
けれど、先程とは違い、雅がその手を引くことはなかった。

桃子は逃げ出さない手に今度は舌を這わせる。
指先を舐めてから、軽く歯を立てる。
柔らかく噛むと雅が声を上げた。

「もも、やめてよ」

桃子の耳に聞こえてきた声は、いつもの雅の声とは違っていた。
普段よりも少し湿り気を帯びた声。
顔を上げて雅を見ると、頬が赤く染まっていた。
それが何を意味するのかは考えなくてもわかる。
だから、桃子は雅の指先にかける力を大きくした。
370 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/08(月) 08:12
「ね、ちょっと。ももっ」

さっきよりも大きな声で名前を呼ばれ、桃子は指先から唇を離した。

「やめて欲しかったら大声出したら?まだ外に愛理いると思うし、助けてくれるかもしれないよ」

一瞬、雅の表情が変わった。
だが、雅は声も出さず、動きもしなかった。

桃子は雅に一歩近づいて、その首筋にキスをする。
肩を撫でて、そのまま服の上から鎖骨に触れた。

「人、呼ばないの?」

柔らかく問いかける。
雅から返事はないが、逃げ出すこともなかった。

桃子は、抵抗をする様子もない身体に手を這わせる。
鎖骨から下へ手を滑らせ、胸に触れた。
雅の身体がびくりと震える。
手を止めて雅の身体を抱きしめると、唇に触れた時よりも自分の心臓が大きな音を立てているのがわかった。
身体の中に響く心臓の音に、心の中にあるものを素直に伝えてしまおうかと桃子は思う。
371 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/08(月) 08:14
息を短く吸って、口を開く。
けれど、言葉ではなく、息が漏れた。
見てばかりで何も行動を起こそうとしない雅に、自分から何か言うのは間違っている。
そんな気持ちが頭のどこかにあるせいか、言うべき言葉が形にならない。
どうしようかと考えてから、桃子は言葉の変わりに雅を抱きしめる腕に力を込めた。

「……もも、やめよ」

力一杯抱きしめた腕の中、雅が小さな声で言った。

「もう遅いよ」
「だめだよ、こんなの」
「嫌なら、さっき逃げればよかったのに。……今さら、やめられないよ」

繰り返す言葉とは裏腹に、抵抗しない雅の耳元で囁く。
その言葉に、雅の手が桃子のTシャツをきつく握りしめた。
背中へ回した手で雅の腰を撫でると、Tシャツを握りしめている手とは逆の手が桃子の肩を掴んだ。

お互いの呼吸を感じる距離。
雅は桃子の腕の中に大人しく収まっている。
372 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/08(月) 08:17
桃子は雅の腰から肩胛骨の辺りまで撫で上げる。
けれど、服の上から触れるだけでは満足出来ず、Tシャツの裾から手を差し入れた。
指先で脇腹に触れると、雅が小さく声を上げた。

「んっ」

同時に肩を掴む雅の手に力が入るのがわかった。
掴まれている部分が少しだけ痛む。
桃子はその痛みにかまわず身体を少し離すと、脇腹から胸へ向けて手を滑らせた。
肋骨を撫でて、小さな膨らみに触れる。
下着の上から胸へ手を置き、首筋に軽く舌を這わせると、雅の身体が桃子の方へと崩れてきた。

「みや、座って」

桃子は崩れかけた身体を支えて、雅に声をかけた。
だが、雅は崩れ落ちそうになっている身体を桃子に預けているだけで動こうとしない。
身体を動かすかわりに、雅が桃子の名前を呼んだ。

「……もも、だめ」
「どうして?」
「だって、こんなところで」
「ここじゃなかったらいいんだ?」
373 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/08(月) 08:20
そう耳元で囁くと、雅が桃子の腕の中から逃げ出そうと身体を動かした。
桃子は腕の中から雅が逃げ出す前に、首筋に歯を立てる。
胸の上へ置いていた手を背中へと回し、背骨にそって指先を這わせると、雅から吐息が漏れた。

「座って」

ついさっきかけた言葉と同じ言葉をかけるが、雅は動こうとしない。
桃子は強引に雅の手を引いて少し歩く。
そして、壁際で肩を押すと、その身体は簡単に床へと崩れ落ちた。
座り込んだ雅の両足の間へと身体を滑り込ませる。
Tシャツをたくし上げて下着のホックを外すと、雅が桃子の手首を掴んだ。

桃子は最初に、雅に掴まれた手首を見た。
そして、次に雅の顔を見た。

雅が何か言葉を口にしようとしていた。
だから、何か言われる前に、言葉ごと唇を奪った。
374 名前: 投稿日:2009/06/08(月) 08:20

375 名前: 投稿日:2009/06/08(月) 08:21
本日の更新終了です。
376 名前: 投稿日:2009/06/08(月) 08:23
>>361さん
こんなところでやじもも好きさんに会えて、私も嬉しいですw
甘える舞美もいいですね!

>>362さん
ありがとうございます。
うざい桃子をうざがらない舞美が好きです(*´▽`*)
377 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 00:59
更新乙です
みやびちゃんはどうしたいんだろ?
次回も楽しみしています
378 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:31
唇の感触に鼓動が早くなる。
雅の喉が鳴る音が聞こえた。
触れていただけの唇を軽く動かして、雅の唇の柔らかさを味わう。
掴まれていた桃子の手首はいつの間にか解放されていた。
唇を離して雅の胸に触れる。

「や、め…よう、よ」

奪ったはずの言葉を雅が口にした。
けれど、その言葉を今度は手の動きで奪う。
手を動かして胸を柔らかく揉むと、雅が声を上げて身体を震わせた。
そのまま胸の中心を指先で撫で上げる。

「ど、して?」

雅が吐息混じりの声とともに、胸に触れる桃子の手を弱々しく掴む。
だが、その手は桃子を制止する力を持たない。
桃子は手を掴まれたまま、胸に触れ続ける。
そのせいか、雅の言葉が先程よりも途切れたものとなる。
379 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:32
「何で…んっ、こんな、ことっ」
「して欲しくなかった?」
「……こんなの、だめ…だよ」
「だめならさ、ももにわかるように、ももにこんなことされるの嫌だってわかるようにしてよ」

今さら拒否されたからと言って、自分を止められるとは思わなかった。
そして、雅が本気で嫌がっているようにも見えない。
駄目だと繰り返しながらも、雅の身体は桃子を受け入れている。

触れるたびに震える身体。
触れるたびに漏れる声。

雅の反応が嬉しい。
もっと応えて欲しいと思う。

胸に触れながら、肩を噛む。
雅が痛みを感じるぐらい強く歯を立てると、身体がびくんと跳ねた。
腕に唇を滑らせて、二の腕にも歯を立てる。
柔らかな腕に噛みついて、舌先で舐め上げる。
胸に触れていた手で肋骨を撫で、骨の隙間を確かめるように指を這わせていく。
380 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:33
「はぁ、あっ、あっ…んっ」

桃子の指や唇が触れるたび、雅から甘い声が上がり、その声が耳をくすぐる。
雅の背中へ片腕を回し、指を這わせていく。
胸元にキスをすると、抱きしめられた。
桃子は抱きしめられたまま、雅の背中から脇腹を撫でる。
手をゆっくりと脇腹から雅の身体の前へと動かして、レッスン着であるスウェットパンツに手をかけた。
すると、雅が声を上げた。

「まっ…てっ。誰か、来たら」
「来ないよ。鍵、閉まってる。だから、誰も入って来られない」

雅が驚いたように桃子を見た。
ひゅうっと喉が鳴ってから、ぼそぼそと小さな声が聞こえてくる。

「だってさっき、誰か呼べばいいって」
「ねえ、みや。さっき、誰か呼ぶつもりだった?」
「それは……」
381 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:34
鍵をかけたのは、こうなることを予測してではない。
何とは無しに鍵をかけた。
だが、鍵をかけていなかったら、こんなことをしていなかった。
雅が助けを呼ぶにしても、呼ばないにしても、鍵をかけないままに行動を起こすほど不用心ではない。
そもそも、雅が誰かを呼ぶとは思えなかった。
毎日、桃子をじっと見ている雅が逃げ出すとは考えられない。
それに、雅の目は逃げ出すよりも、これから起こる何かに期待しているように見えた。
今も逃げだそうとはしない雅を見れば、桃子の考えが間違っていなかったことがわかる。

「あのね、ももは鍵もかけずにこんなことしたりしないよ。だって、みやのえっちなところ、他の誰にも見せたくないもん」

耳元で囁くと、桃子の身体を抱きしめていた雅がぴくりと動いた。
そして、桃子の身体を押した。
桃子は身体を押す雅の手を掴んで壁に押しつけ、首筋に唇を這わせる。
緩やかに唇を滑らせ、胸を舐める。
硬くなった突起を口に含むと、雅の喉が小さく鳴った。

「ん、は…あっ」

掴んでいた手を離し、桃子は顔を上げる。
手を胸の上で遊ばせながら、雅に声をかけた。
382 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:35
「ね、みや。みやのこういうの、ももだけに見せて。他の人に、こんなえっちな顔見せたり、声聞かせたりしないで」
「ちがっ…んっ、えっち、じゃ…はぁっ」
「違うの?」

そう囁いてから、雅のスウェットにもう一度手をかけた。
今度は雅から声が聞こえることはなかった。
肌触りの良い布の上から太ももを撫でると、雅が少し身体を浮かせた。
桃子はスウェットを膝まで一気に下ろす。
ゆっくりと下着の中へ手を入れ、雅のそこがどうなっているかを確かめると、指先にぬるぬるとしたものが絡みついてきた。

雅の反応から、そこがどうなっているかは予想がついていた。
それでも、実際に雅の体液が指に触れると、心臓が痛いほどに脈打ち、吐き出す息が熱い。

静かに指先を動かしてみる。
雅が息を呑むが、指を止めたりはしない。
溢れ出る体液を掬い取るようにして指を滑らせると、雅が腰を引いた。
桃子は逃げ出そうとする雅の腰を捕まえて、耳元で囁いた。
383 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:36
「やっぱり違わない。……みや、ずっと期待してたんでしょ?ももとこうなるの」

雅ほどではないが、声が掠れていた。
だが、雅はそれには気がついていないようだった。
言葉を聞きたくないのか、それとも桃子の言葉を否定するつもりなのか、雅が首を大きく横に振る。
けれど、首を横に振っている雅の身体は、桃子の指先を濡らしていく。

「素直になったら?もものこと誘ってたくせに。ほんとは、ももとこういうことしたかったんでしょ?」
「ちが、うっ」

雅が言葉とともに、また首を横に振った。
身を捩って、桃子から逃げ出そうとする。
桃子は指先を滑らせ、身体の中で一番敏感な部分を探る。
指先に触れた突起を強く擦ると、逃げだそうとしていた雅が桃子に抱きついてきた。
触れている部分がやけに熱かった。

硬くなっているそこを柔らかく撫でる。
何度も指先を滑らせていると、雅の足の間から湿った音が聞こえてきた。
レッスン室に雅の押し殺した喘ぎ声と水音が響く。

「みや、これなに?」

指を止めて、下着の中から手をそっと抜く。
そして、体液で濡れた指先を雅の目の前に差し出した。
384 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:37
「ももとこういうことしたくなかったなら、どうしてももの指がこんなになってるの?」
「し…らない」
「みやは嘘ばっかりだね。知らないって言うなら教えてあげる。みやはね、ずっとももにこんな風にされたかったんだよ」

いつもなら、何だかんだと意地悪なことをしてくるのは雅の方だ。
その雅が反論もせずに、目を伏せた。
頬は赤く染まっていて、桃子の方を見ようとしない。
その様子が可愛くて頬へキスをする。

頬から顎にかけてのラインをなぞって、雅の顔を自分の方へと向かせる。
それでも目は伏せたままだった。
桃子は自分を見ようともしない雅の前で、濡れた指先に舌を這わせた。
口の中に今まで感じたことのない味が広がる。

「ねえ、みやの味がするよ」

舌先で絡みついた液体を舐め取ると、雅が桃子の腕を掴んだ。
雅が真っ赤な顔で、桃子の濡れた指を手で覆い隠そうとする。
何度も小さく「だめ」と繰り返す。

雅の声は桃子が知っているどんなものよりも甘くて、くらくらする。
だから、桃子はその声を聞けば聞くほど、雅の言葉に逆らいたくなる。
もっと声が聞きたくて、じっとしていられない。
385 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:38
桃子は掴まれていない方の手で一度、雅を引き寄せる。
そして、肩を押して床へ押し倒した。
思いの外、簡単に雅の身体がレッスン室の冷たい床へ横たわった。
桃子が雅に捕まえられた手を動かそうとすると、ゆるゆると手が解かれた。
自由になった手でもう一度、雅の身体の中心に触れる。

「んっ」

雅が甲高い声を上げた。
そこは、さっき触れていた時よりも濡れていて、桃子は溢れ出る体液を確かめるように、ゆっくりと指を動かす。
指先で硬くなった突起に何度も触れる。
桃子が指を動かすたびに、雅の身体から体液が溢れ出してくる。

「どんどん濡れてくるけど、これってももが欲しいってことだよね?」
「そんな、こと…、な…い」
「そうかな。こんなに濡れてるのに」

指先を押しつけると、雅の腰が小さく跳ねた。
けれど、逃げようとはしない。
下着を下ろしてしまおうかと少し悩んでから、桃子は指を滑らせた。
迷っているうちに雅の気が変わってしまうかもしれない。
386 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:39
入り口を探り当て、指を中へ押し込むと雅の身体が強ばった。
中に入った指は圧迫され、桃子を拒もうとしているようにも感じられる。
それ以上、指を進めることが躊躇われて、桃子は指を止めた。
すると、雅の腕が桃子の背中に回され、ぎゅっと抱きしめられた。
耳元で乱れた呼吸音が聞こえる。

「も…もっ」

掠れた小さな声で名前を呼ばれる。
雅はそれ以上何も言わなかったが、きっと今、お互い同じ気持ちに支配されているのだと思った。

「あのね、もももみやのこと欲しい」

囁いてから、指をゆっくりと押し進めていく。
身体の奥に近づくたびに、指が締め付けられ、体液が溢れ出る。

雅が眉を寄せ、眉間に皺を作る。
時々、声が漏れる。
痛いのか、気持ち良いのかよくわからない。
ただ背中に回された腕には力が入りっぱなしだった。
387 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:41
時間をかけて押し進めた指が、根元まで雅の中に入り込む。
指を柔らかく動かすと、雅の身体が桃子の下でびくりと跳ねた。
身体の中に指を入れた時と同じように時間をかけて、何度も指を抜き差しする。
雅の呼吸が浅く短いものへと変わっていく。

「あ、はぁ…あ、んっ」

痛いのか気持ち良いのかわからなかった雅の反応も、呼吸と同じように変わっていた。

「もっと早くももに言えばよかったのに。……そしたら、もっと早く気持ちよくしてあげられたのに」

雅の言葉は待たない。
待ったところで、返事がもらえるとは思えなかった。
だから、桃子は答えを待たずに指を強く動かした。

「やっ、も…もっ」

桃子の指の動きにあわせて、雅が声を上げる。
その声とともに雅の喉が上がった。
顎が上がったせいで、よく見えるようになった首筋に何度もキスをする。
そしてキスの合間に雅へ声をかける。
388 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:42
「みや」

繰り返し名前を呼ぶ。
その声が雅に届いているかはわからないが、何度も呼ぶ。

雅の喘ぎ声と荒い息づかい。
それを聞けることが嬉しい。
桃子の身体の下で雅の身体が跳ねる。
雅の手が肩を力一杯掴む。
その痛みすら、桃子は心地良く感じる。

引いた指を根元まで押し入れる。
雅の呼吸が一瞬止まった。
首筋に歯を立てて、指先で身体の中を擦り上げる。

レッスン室にいくつかの音が響く。
二人の呼吸音。
雅の高い声。
二人が動くたびに鳴る床。
桃子が指を動かすたびに雅から聞こえてくる水音。

限界の手前まで来ている雅の身体を最後の瞬間へと導く。
桃子が指を身体の奥に向けて動かすと、レッスン室に聞こえるいくつかの音が今までよりも大きく響いた。



389 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:43

「大丈夫?」
「大丈夫な…わけ、ないっ」

乱れた服を直しもせずに、レッスン室の床へ横たわっている身体へ声をかけると、乱れた呼吸を整えていた雅が桃子の言葉に噛みつくように言った。
そして、さらに文句でも言おうとしているのか、雅は顔を顰め、大きく深呼吸していた。
桃子はそんな雅より先に口を開く。

「そっか。でも、誘ってきたの、みやだよ。もも、さっきみたいなみやが見たいから、また誘ってよ」

雅の乱れた髪を直しながら、声をかける。
短い髪が指先にまとわりつく。
雅が長かった髪を突然切った時は驚いたが、今はこの短い髪にも慣れた。

桃子は何度か髪を撫でてから、髪と同じように乱れている服に手をかける。
露出する肌を覆うように服の裾を引っ張ると、雅が跳ね起きた。
自分が今どういう格好をしているのかやっと気がついたらしく、桃子の手を振り払うと慌てて服を直し始めた。
なんとか見られるような格好にまで服の乱れを整えると、雅が不機嫌な声で言った。
390 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:45
「誘ってなんかない」
「誘ってたよ」
「誘ってなんかない。……大体、ももは誘われたら、誰とでもこういうことするわけ?」
「みやはもものこと、そんな風に思ってるの?」
「そんな風に思われることしたのは、ももでしょ」

雅がレッスン室に響き渡るような声で、桃子へ言葉を投げつけていく。
雅の落ち着き始めていた呼吸は、また荒くなっていた。

「あのさ、みや。もも、他の人とはこんなことしないよ?」
「うそ」
「うそじゃない」

桃子は、雅の大きな声とは対照的な静かな声で告げた。
そして、隣に座り込んでいる雅を覗き込む。
視線はそらされてしまうに違いないと思ったが、雅の目は桃子を真っ直ぐ見ていた。

「……そんなこと、言われても困る」
「なんで?そっちから誘ったくせに」
「だから、違うって。どうしてあたしの方から、ももを誘ったりしなきゃいけないわけ?」
「みや、気がついてないかもしれないけど、ずっともものこと誘ってた」
「そんなことない。……今日だって誘ったわけじゃない」
「そんなことあるよ。ももはみやのことなら、多分なんでもわかる」
「ももって、結構強情だよね」
「みやほどじゃないけど」
391 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:47
ふう、と息をついてそう言うと、雅が同じように息を大きく吐き出した。
お互い、強情なのは最初からわかっていることだった。
だから、言い争いをしても仕方がないことで、桃子も雅もそのことについてはそれ以上口にしない。

「あとさ、ももにあたしのことわかるわけないじゃん」

呆れ顔で雅が床を叩く。
こつん、と軽い音が響いて、それから雅が膝を抱えた。

「わかるよ」
「なんで?」
「なんでって。そんなの……」
「そんなの?」

桃子が言葉の途中で黙り込むと、雅が不思議そうな顔で続きを促してきた。
続きを口にすることはそう難しいことではないが、自分の方から言いたいとは思えない。
何故なら、続く言葉は自分から口にするよりも、雅から先に言って欲しいからだ。
けれど、雅は何もわかっていない。
相変わらずクエスチョンマークを顔に張り付けて、桃子を見ている。

どうして桃子がこんなことをしたのか。

それを考えれば、言葉の続きぐらいわかりそうなものだ。
だが、雅は考えようとしない。
宿題の答えを教えてくれとせがむクラスメイトのように、問題を投げ出している。
392 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:49
雅を見ていると、欲しい言葉を雅の方から言わせるのはとても難しいことのように思える。
ならば、桃子から口にするしかない。
ただ、もう少し雅を困らせてみたい気もした。

「んー。先にみやから言って欲しいかな。もともと誘ってきたのは、みやだしね」
「だから、勝手にももがしたんでしょ。それに、先にって、何を先に言うわけ?」

言葉の意味がわからないらしく、雅がぽかんとした顔をしていた。
そんな雅に微笑みかけてから、桃子はヒントを投げかける。

「じゃあ、こういう質問はどう?もものこと、ずっと見てたのはなんで?」
「別に何でもいいじゃん」
「よくないよ」
「なんで、よくないの?」
「なんででも」

桃子は膝を抱えている雅の腕を掴んで、手を絡ませる。
ぎゅっと手を握って、身体を寄せる。
肩と肩がくっつくと、雅が肘で桃子を突いた。

「……ももから言ってよ」
「ももからなの?」

眉根を寄せて、困った顔をした雅が頷いた。
やはり、言葉の続きは桃子から口にするしかないらしい。
思った通りの展開に笑いが漏れた。
しばらくくすくすと笑ってから、桃子は雅に問いかけた。
393 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:51
「なんて言えばいい?」
「とりあえず」

雅が大きく息を吸い込むのが見えた。
吸った息を半分程吐き出してから、雅が躊躇いがちに言った。

「……好きだって言ってよ」

素直とは言えない告白の言葉が聞こえてきて、頬が熱くなった。
そして、もう一度同じ言葉を聞きたくなった。
けれど、聞き返してみたくなる気持ちを抑えて、桃子はゆっくりと雅が待っている言葉を口にした。

「みや、好き」

返事は聞かなくてもわかるから、待たずにキスをする。
短いキスの後、唇を離すと、恥ずかしそうに頬を染めた雅から好きだと告げられた。

『今度はももから誘うね』

告白のお返しに耳元で小さく囁くと、雅が赤い顔をさらに赤くしながら桃子の肩をばしんと叩いた。



394 名前:『 誘惑 』 投稿日:2009/06/17(水) 02:51



『 誘惑 』



- END -
395 名前: 投稿日:2009/06/17(水) 02:52

396 名前: 投稿日:2009/06/17(水) 02:53
>>377さん
みやびちゃんはこうしたかったみたいです。
397 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/18(木) 00:39
みやびちゃんがかわいすぎてきゅんきゅんしました
398 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/18(木) 01:08
更新お疲れさまです
やっぱりももみやがいい
次回も待ってます
399 名前: 投稿日:2009/07/20(月) 01:54



『 特別な声 』



>>271-293
シリーズの番外編です。
400 名前:『 特別な声 』 投稿日:2009/07/20(月) 01:56
シーツにくるまり、くたりと横になっている身体に手を伸ばす。
汗で額に張り付いた前髪をかき上げて、雅の顔を見る。
荒かった呼吸はいつの間にか静かなものに変わっていて、目を閉じている雅は眠っているように見えた。
いつもより荒っぽくなった行為に、疲れたのかもしれないと桃子は思う。

視線を首筋へと移す。
そこには桃子が付けた赤い跡がいくつも残っていた。
少しやりすぎたと、残った跡を見て思った。
シーツにくるまっていて首筋以外は見えないが、身体中に跡をつけたから、仕事のことを考えると笑えない状況だ。

桃子は他にも付けた跡を確認しようと、雅の胸元を隠すシーツをそっと捲る。
すると、雅が目を開いた。

「寝てた?」
「起きてた」
「いっぱい声出してたから、疲れて寝たのかと思った」

ぴくん、と雅の眉毛が少し上がって、不機嫌そうに黙り込む。
雅がこういったことを言われると不機嫌になるのは知っている。
だからこそ、桃子は雅が嫌がるようなことを口にする。
401 名前:『 特別な声 』 投稿日:2009/07/20(月) 01:59
昔から雅は、桃子にどことなく冷たかった。
そんな気がしていただけかもしれないが、特別優しくされた記憶もない。
雅は年下の梨沙子には優しかったし、年上の佐紀とは仲が良かった。
同い年の千奈美とだって仲が良い。
それが羨ましかったわけではないが、自由気ままな雅が相手を気にかけたり、優しげに話す様子は気になった。
だから、雅をこういった関係に引きずり込んだのだ。
何かと反抗的な態度を取って思い通りにならない雅を、思うように動かしてみたいという単純な理由が桃子を動かしていた。

「跡、すごいね」

桃子は自分のつけた跡を辿って、シーツを掴む。
雅が少し抵抗をしたが、強引にシーツを捲って胸元を露わにする。

鎖骨の下や胸にいくつもの跡があった。
赤く散らばる跡は痛々しくも見える。
指先で胸元に出来た跡を撫でると、雅が露骨に顔を顰めた。
402 名前:『 特別な声 』 投稿日:2009/07/20(月) 02:01
「すごいね、じゃないよ。こんな隠れないような場所にいっぱいつけて、どうするの」
「みーやんがいけない。こんなところに跡つけてるから」

今はもう、どれが初めから付けられていた跡なのかわからなくなった首筋を指先でなぞる。
廊下で跡をなぞったときのように、口調は責めるようなものになっていた。

「これは……。跡、付けられただけだって言ったじゃん」
「やっぱり、誰に付けられたかは教えてくれないんだね」
「そんなに気になるの?」
「答えない理由はなんなの?」
「答えたらどうするつもり?」
「どうもしない。知りたいだけ」

雅を自分から不機嫌にしておいて、今度はその雅に不機嫌にされる。
誰が付けたものかわからない痕跡は心を乱す。
雅が頑として言おうとしないことも気になった。

桃子は雅に背を向けてベッドの端に転がる。
自分から振った話だったが、これ以上続けていると雅に何をするかわからない。

目を閉じて、外界を遮断する。
暗闇の中にぼんやりと雅の輪郭が残っていて、桃子はより一層強く目を閉じた。
だが、聞こえてくる音を遮断することは出来ない。
小さな咳払いの後、雅の遠慮がちな声が聞こえてくる。
403 名前:『 特別な声 』 投稿日:2009/07/20(月) 02:02
「……キャプテンだよ」

閉じこもろうとしていた世界が簡単に壊れる。
闇は佐紀の姿に踏み荒らされて、桃子は目を開ける。
振り向くと、枕に顔を埋めている雅が目に入った。

細い肩に手をかける。
軽く揺すると、それだけで壊れてしまいそうだった。

「キャプテンなんだ?」

確認するように問いかけるが、雅から返事はない。
肩を強く揺する。
壊れてしまえ、と桃子は思う。

桃子は起きあがり、俯せになった雅の背中に唇を押しつけ、滑らせる。
肩胛骨に強く歯を立て脇腹を撫でると、雅が声を上げた。
404 名前:『 特別な声 』 投稿日:2009/07/20(月) 02:04
「ももっ、やだ」

雅が両手をついて、身体を起こそうとする。
桃子は肩を押さえつけて、雅の身体に馬乗りになった。
背中に舌を這わせ、肩に噛みつく。

「さっき、したばっかりじゃんっ」

苦しそうな雅の声が聞こえて、桃子は雅の身体から離れた。
そして、雅の身体を起こし、首筋につけた跡に指を這わせる。

「なんで、キャプテンに跡つけさせたの」

桃子の声は、今まで雅の前で出した声の中で一番不機嫌なものだった。

「……もものこと、忘れたかったから。でも、これ以上のことはしてない」

少し間があってから、雅が答えた。
その声は小さなもので、油断すると聞き逃してしまいそうなものだった。
けれど、はっきりと桃子の耳に聞こえてきた。
雅の声は桃子の心を少し軽くして、気持ちを少し重くする。
405 名前:『 特別な声 』 投稿日:2009/07/20(月) 02:07
忘れ去りたいほど、桃子のことを気にしていたということ。

それほどまでに思われていたことに驚いたし、忘れ去りたいと思われたことに落胆した。
雅をそこまで追い込んだのは自分なのだから、落胆するのは筋違いだとは思う。
だが、忘れ去られたくはなかった。

今まで、全ての関係が遊びだった。
佐紀とああいった関係になったのも、行き過ぎた好奇心が原因で、それがずるずると続いていた。
それでも、興味本位から持った関係は心地が良く、相手が違った人ならどうなんだろうと気になった。
だから、何も知らなそうな友理奈に声をかけた。
だが、人の肌に触れる心地良さや、自分の唇や指先に反応する姿が欲しかっただけで、相手が誰であるかはそう問題ではなかったとわかった。

触れている間は誰であれ桃子の自由になる。
それが刺激的なだけだった。
しかし、それは思っていた以上にぞくぞくとすることで、いつしか普段なら自分の自由にならない人間を自由にしてみたいと思うようになっていた。
406 名前:『 特別な声 』 投稿日:2009/07/20(月) 02:09
その思い通りにならない相手が雅で、手を出したのは、反抗的な態度を取る雅へのちょっとした仕返しと、遊びの延長に過ぎなかったはずだった。
最初は全てのことに、大袈裟に反応する雅を見ていることが楽しかった。
それが気がつけば、遊びは遊びではなくなっていた。
たかが赤い跡一つで取り乱すほどに、雅に心を奪われている。

「もも、怒ってるの?」

気を遣うような優しげな声が耳をくすぐる。
桃子がずっと黙っていた為か、雅が心配そうな顔をして桃子を見ていた。

「触ってもいい?」

恐る恐る雅が手を伸ばしてくる。
その手を黙って見ていると、雅が困ったように言った。

「やなの?」
「別にいいけど」

答えると、少し嬉しそうに雅が笑って、桃子の髪を撫でた。
それだけで、重くなった気持ちが軽くなる。
407 名前:『 特別な声 』 投稿日:2009/07/20(月) 02:10
桃子は自分の心の変化について行けない。
雅といるといつもこうだ。
ちょっとした言葉や行動に、気持ちが敏感に反応する。
まるで風に舞う木の葉のように、気持ちがふわふわと上がったり下がったりして、時々疲れてしまう。

今も、心境は変化し続けていて、少し前まで雅を壊してしまいたいと思っていたのに、今は壊したくないと思う。
常に相反する気持ちが存在しているようだった。

「もっと触ってもいい?」

そう言って、雅が桃子の頬に触れた。

髪から頬へ。
それはほんの少しの手が移動しただけで、大したことはないはずだった。
だが、身体は驚くほど敏感に反応する。
肌に触れた雅の手が熱くて、同じように身体が熱くなった。
桃子は、上がっていく体温を誤魔化すように言った。
408 名前:『 特別な声 』 投稿日:2009/07/20(月) 02:12
「触ってもいいけど、名前呼んで」

頬に触れている手を撫でると、雅がさっきよりももっと柔らかな声で桃子の名前を呼んだ。

「もも」
「もっと呼んで」
「もも」

雅の声が心地良く耳に響いて、溶ける。
その溶けてしまった甘い声は、身体の中に入り込んでいく。
桃子は向かい合って座っている雅を抱き寄せ、そしてそっと耳元で囁いた。

「あのね、良いこと教えてあげる。みーやんの声だけ、特別なの」

今まで言えなかったことの中から、少しだけ雅に告げる。
何の変哲もない名前を特別なものに変えることが出来るのは、雅の声だけだ。
雅の声だけが、桃子の中に入り込むことが出来る。
409 名前:『 特別な声 』 投稿日:2009/07/20(月) 02:14
「え?それってどういう意味?」

驚いたような声を上げた雅には答えず、桃子はその身体を押し倒す。
雅の身体は、思ったよりも簡単にベッドへ倒れ込んだ。

耳へ唇を寄せ、触れる。
耳たぶを甘噛みして、肩を撫でた。
雅の身体がびくりと唇と手に反応する。

「ちょっと、ももっ」

焦った声が聞こえてくるが、手は休めない。
肩から身体のラインを辿り、胸元にキスを落とす。

「今度は、さっきより少しだけ優しくしてあげる」
「少しじゃなくて、たくさんにしてよ」

桃子は胸に唇を這わせ、尖った突起を口に含む。
軽く歯を立てると、雅が小さな声を上げた。
聞こえてくる声が甘くて、雅が言うようにたくさん優しくは出来そうになかった。
410 名前:『 特別な声 』 投稿日:2009/07/20(月) 02:15
雅が言うから、それに逆らいたくなる。
思い通りにならない雅だから、桃子も雅の思い通りになりたくない。
子供じみた気持ちだと思うが、今さらどうにも出来ない。
好きだと言えないのも、雅がその言葉を待っていると知っているからだ。

大人だと言うのは口癖だったが、本当は誰よりも子供だということは自分が一番良くわかっている。
わかってはいるが、まだまだ大人にはなれそうになかった。



411 名前:『 特別な声 』 投稿日:2009/07/20(月) 02:15



『 特別な声 』



- END -
412 名前: 投稿日:2009/07/20(月) 02:16

413 名前: 投稿日:2009/07/20(月) 02:19
随分間が空きましたが、今さらの番外編続きです。
毎回、忘れた頃にすみません。

>>397さん
素直じゃないみやびちゃんは可愛いですね(*´▽`*)

>>398さん
久々の更新になってしまいました。
今回も番外編ですがももみやです。
414 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/20(月) 18:33
続編キタ――――――!!

Zさんの書く「ももみや」がめっちゃ好きです
二人とも素直じゃないけどそこがまたイイ!って思います
415 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/21(火) 01:49
続編待ってました
このシリーズめっちゃ好きなんでうれしいです!!
やっぱみやももはいいなぁ
416 名前: 投稿日:2009/09/11(金) 06:44



『 大嫌いの続き 』



417 名前:『 大嫌いの続き 』 投稿日:2009/09/11(金) 06:46
仕事は終わった。
後は帰るだけで、いつもならもう桃子と一緒に帰っている。
当然、今日もその予定だ。
いや、だった。

一緒に帰っているはずの時間。
雅が帰った楽屋に二人はまだ残っていて、愛理は桃子に背を向けていた。

「愛理」

桃子からの何度目かの呼びかけを無視して、愛理は椅子の上で膝を抱える。
お行儀が悪い、などと言っていられない。
愛理の機嫌はここ最近で一番悪く、そんなことにかまっている余裕はなかった。

「あーいーりーんっ」
「…………」
「あいりんってばっ」

呼びかけに応えないのも、振り向かないのも、ちゃんとした理由がある。
だから、愛理は声も出さないし、振り向きもしない。
418 名前:『 大嫌いの続き 』 投稿日:2009/09/11(金) 06:48
「あいりちゃーん」

猫なで声で呼ばれても、桃子を見ない。
黙って膝を抱えていると、背中にずしりと重みを感じた。
桃子も諦めるつもりはないらしく、愛理の背中に抱きついてきたようで、今度は耳元で話しかけられた。

「愛理、こっち向きなよ」

そう言って、桃子が馴れ馴れしく肩へ顎を乗せた。
ついでに、耳へふっと息を吹きかけてくる。
くすぐったくて思わず肩を竦めかけるが、何とか堪えて、肩へ乗せられた桃子の顎を押し返した。
後ろから「ぐえっ」という声が聞こえてきたが、愛理は冷たく言い放つ。

「もも、うるさい」

そう言って、椅子ごとぐるんと桃子の方を向いた。

「愛理、どうしたの?もも、なんかした?」
「なんかしたじゃないよ。ももなんか、だいっきらいっ」
「え、ちょっと、なんで?え、どうして?」
419 名前:『 大嫌いの続き 』 投稿日:2009/09/11(金) 06:50
大嫌い。
そう言われる理由がわからないらしく、聞こえてきた桃子の声は酷く情けないものだった。
それがまた気に障る。
だから、愛理は椅子から飛び降りた。
すると、椅子がガタンと大きな音を立てて、その後に両足が床についたベタンという音が響いた。
愛理は音が止んでから、机の上に乗っている少し大きめの鞄を手に取った。

「帰る」

二人きりの楽屋はやけに声が通る。
小さな声で言ったはずの言葉は、とても大きな声で言ったもののように聞こえた。
そのせいか、桃子が慌てたように自分の鞄を掴んだ。

「ちょ、待って。ももも帰る」
「一人で帰る」
「愛理、待ってよっ」
「あたし、もものこと嫌い」
「だから、なんでそういうことになるの。うそだよね?今の」
「ほんと」
「なんで?もも、愛理にそんなこと言われる心当たりない」
「ももに心当たりなくても、あたしにはあるもん。今日、ももと一緒に帰りたくない」
「冗談でしょ?」

問いかけてくる桃子の脇をすり抜け、扉に向かって大きな足音を立てて歩くと、桃子が愛理の鞄を掴んだ。
ぐいっと引っ張られ、思わずよろける。
420 名前:『 大嫌いの続き 』 投稿日:2009/09/11(金) 06:54
「あの、もも、本気でわかんないんだけど。なんで愛理、怒ってるの?」

情けなかった声は困惑したものに変わっていた。
けれど、愛理の対応にむっとしているのか、鞄を掴む力が強くて、愛理はずるずると桃子の方へ引き寄せられる。

「教えて」

鞄を置いて帰るわけにもいかず、黙って引き寄せられた結果、愛理の腰には桃子が抱きついてた。
そして、不満げな顔をして見上げてくる。

愛理は口をへの字に曲げた桃子の顔に何だか違和感を覚えた。
顔が遠く感じる。
付き合い始めた頃は、もっと近かったはずだ。
いつの間に桃子はこんなに小さくなったのだろう。
怒っていたことも忘れ、首を傾げて、気がついた。
桃子が小さくなったのではなく、自分の方が大きくなったのだ。

そう言えば最近、舞美にも「大きくなったね」と言われた気がする。
だが、身体ばかり大きくなって、心は少しも成長していない。
それどころか、昔よりも子供っぽく、我が儘になった。
今日、愛理が怒っている原因はそこにある。

初めは桃子と一緒にいられたらそれで良かった。
だが、いつしかそれだけでは満足出来なくなって、もっと自分を見て欲しいと思うようになった。
気がつけば、自分だけを見て欲しいと思うようになっていた。
421 名前:『 大嫌いの続き 』 投稿日:2009/09/11(金) 06:55
「愛理、教えてくんないとわかんない」

黙り込んでいると、催促するように桃子が言った。
腰へ回された腕に力が入る。
じっと見つめられて、心臓の辺りが痛くなった。

「……今日、誰と一緒にいた?」

ぼそりと独り言のように呟くと、間髪を容れずに答えが返ってくる。

「愛理とみや」
「違うよ、みやとだよ」
「愛理も一緒にいたじゃん」
「違う。今日、みやとずっと一緒にいたよね」
「そんなことないって」

ぶんぶんと首を振って桃子が答えた。
短い髪が舞って、いつもより真剣な顔をした桃子の顔を隠す。
愛理は桃子の乱れた髪を手櫛で軽く整えた。
422 名前:『 大嫌いの続き 』 投稿日:2009/09/11(金) 06:58
「ももさ、いつもみやー、みやーって言ってるじゃん。今日だって、みやーって……。みやとばっか、仲良いじゃん」

今度は愛理が情けない声を出す番だった。
納得がいかない様子の桃子にもっと強く、ガツンと言ってやるつもりが、何故か情けないものになった。
自分でも我が儘なことを言っているという自覚があるからかもしれない。

「そんなことないよぉ」
「ある、絶対ある。あたしが喋ってても、みやのこと見てたり、二人で笑い合ってたり。あたしのこと、全然見てない」
「見てるよ、すごく見てる。愛理がさっきこけそうになってたの、見てたし。お菓子こっそり食べてたのも、見た」
「そんなとこ、見なくていい」
「そんなとこまでちゃんと見てるんだよ」
「でも、みやのことも見てる」
「そりゃあ、見るよ。だって、みやだって仲間じゃん」
「そうだけど」
「じゃあ、みやのこと一切見なかったらいいの?みやが変だよって言っても、見なかったらいいの?愛理がそうしろって言うならそうするけど、でも、それっておかしいよ」
「…………」

桃子の言うことは全く以て正論で、反論が出来なかった。
だが、愛理の言いたいことはそういうことではない。
欲しいのはもっと別の言葉で、だから愛理は返事をしなかった。
423 名前:『 大嫌いの続き 』 投稿日:2009/09/11(金) 07:00
「愛理のことだけ見ることは出来ないけど、でも、愛理のこといっぱい見てる。みやのことよりいっぱい見てるよ、もも。今日、仕事に来るまでだって、愛理に会えるとか、今日、どんな服着てるんだろうとか、そんなこと考えてた」

腰に回されていた片腕が解かれ、ぽんぽんと頭を撫でられた。
それはまるで子供にするような撫で方だったから、愛理は少し不満で、でも桃子の言葉が嬉しくて、どういう顔をして良いのかわからなくなる。

少し考えてから、不機嫌な顔を無理矢理作ってみる。
口の端が少し緩んでいるような気がしたが、どうにも出来なかった。
桃子が愛理を見上げたまま、柔らかく微笑んだ。

「もも、愛理のことちゃんと見てるし、考えてる」
「そうじゃなくて」
「そうじゃないなら、どうしたらいいの?」

もう一度、頭をぽんぽんと撫でられる。
優しい手に、口の端は完璧に緩んでいた。
それでも、不機嫌な声を作って桃子に告げる。
だが、不機嫌を装ったつもりの声は、駄々をこねる子供のようなものになった。
424 名前:『 大嫌いの続き 』 投稿日:2009/09/11(金) 07:03
「……こういうときは、愛理のことだけ見てるって言えばいいんだよ」

拗ねているとしか言えない声が出て、桃子が困ったように眉根を寄せた。

「だって、そんなの嘘だもん」
「なんで、そんなとこだけ現実主義なの」
「なんでって言われても困るけど。実際そうだから」
「あたしは、もものことだけ見てるのに」

愛理がそう言うと、桃子の片眉がぴくりと動いた。
そして、にやりと笑う。

「へえ」
「なに?」
「覚えているでしょうか。もものことだけ見ていると言った愛理ちゃんは、この前、みやに抱きついていました。しかも、撮影とは思えない感じでぎゅーっと抱きついていました」

芝居がかった口調で桃子が言い、愛理の身体から離れると、ふう、と大袈裟にため息をついて、肩を落とした。
鞄を膝で蹴って、愛理の足に当ててくる。
425 名前:『 大嫌いの続き 』 投稿日:2009/09/11(金) 07:04
「そっ、それはっ」
「それは?」
「それは、ほらさ、撮影だし、ね、仕方ないじゃん」

雅に抱きついたのは確かで、記憶もしっかり残っている。
しかし、それはカメラマンの指示であって、愛理の意志ではない。
調子に乗ってちょっと強く抱きつきすぎたとは思うが、責められるようなものではないはずだ。
言葉が上手く出ないのは、動揺しているからではなくて、そんなことを言われると思っていなかったから驚いただけだ。
絶対にそうだ。

「仕方ないんだ?」

確認されて、愛理は強く頷く。
悪いのは自分ではなくカメラマンだと、桃子に伝えるようにぶんぶんと首を縦に振った。

「それで許されるんだ。なら、ももだって許されてもいいんじゃないの?ももも、仕事が楽しく出来るようにみやと仲良くしただけだよ」
「……それはそれ、これはこれだよ」

何だか分が悪い。
だからといって、今さら引くのも嫌だ。
結果、口から出てくる言葉は歯切れの悪いものとなった
ぶつぶつと口の中で言葉を転がしていると、べしん、と桃子の鞄が足に当たった。
426 名前:『 大嫌いの続き 』 投稿日:2009/09/11(金) 07:07
「ふーん。でも、ももすっごく羨ましかったんだけど。みやが。愛理ってばさ、みやとすっごいべたべたしてるし」

言い終えると同時に、桃子が肩をぶつけてくる。
胸の辺りに肩がごつんと当たって桃子を見ると、拗ねているのかぷうっと頬を膨らませていて、それがやけに可愛らしくて、もう駄目だった。
愛理の不機嫌な顔も声も簡単に崩壊する。

「愛理、にやけないの。ももだって、妬くんだからね。それに、嫌いとか言われて、すっごく傷ついたんだから」
「ごめん。お詫びに一生ももにくっついてる」

ちょっとした言葉が嬉しい。
それは桃子の言葉だからで、桃子が自分と同じ気持ちだとわかれば、不機嫌なんて軽く吹き飛んでしまうほどだった。
我ながら単純だなあと思いながら、肩をぶつけたまま愛理に体重をかけていた桃子の身体を力一杯抱きしめる。
隙間もないほどに抱きしめると、桃子が愛理の腰を叩きながらげんなりした声で言った。

「ちょっと鬱陶しいかも」
「ひどーいっ。ももなんか、だいっ」

続く言葉は、今日何度も桃子に言った言葉で、けれどそれは最後まで言うことが出来なかった。
何故ならそれは、脇腹をつねられたからで、痛みに恨みがましい目で桃子を見ると、愛理よりももっと恨みがましい目をした桃子と目があった。
427 名前:『 大嫌いの続き 』 投稿日:2009/09/11(金) 07:09
「嫌いとか言ったら、もも、泣くよ?」

腕が腰に回され、抱き返される。
お互いの距離がゼロになっていたから、耳元でそっと囁いた。

「大好き」

楽屋には二人きり。
邪魔するものは何もなくて、愛理は桃子をじっと見た。
けれど、桃子は腰へ回していた腕を解くと、愛理の身体を押し離した。

「じゃあ、一件落着したところでお家に帰りますか」
「ちょっともも、ムードないよぉ。こういうときはさあ、仲直りのキスとかするもんじゃないの?」
「しないの。帰るよ」

素っ気なくそう言うと、桃子が愛理にくるりと背を向けて歩き出す。

「えー」
「えー、じゃない」
「けち」
「けちでもない」
「じゃあ、なんなの?」

小さな背中に問い返すと、桃子が振り返った。
そして、わざとらしいぐらいの笑顔を作って言った。
428 名前:『 大嫌いの続き 』 投稿日:2009/09/11(金) 07:11
「優しくて可愛いももおねーさん」
「……早く帰ろうか」

今まで何百回と繰り返されたパターンだった。
だから、愛理はにこりと笑ったままの桃子の横を通り過ぎ、廊下へ出る。
真面目に相手をしていたら、嫌になるほど「ももは可愛い」だの「大人」だのと聞かせられる羽目になる。

「ちょっと、愛理!ひどいっ」

靴底を鳴らして廊下を歩いていると、桃子が後ろから追いかけてきたから愛理は駆け出す。
いつも桃子を追いかけてばかりいるような気がするから、こうして追いかけられると気持ちが良かった。
愛理は洋服を掴もうとする桃子をかわして、スピードを上げる。
スーツを着た偉そうなおじさんに睨まれたが、見えない振りをして廊下を駆け抜ける。

「こら、愛理!待てっ!」

後ろから呼吸音が混じった声が聞こえてくる。
ちらりと後ろを見ると、形容しがたい走り方で桃子が追いかけてきていた。
愛理は足を止める。
笑ってしまって走れそうになかった。
そして、それ以上に桃子に追いついて欲しくて、動けなかった。


429 名前:『 大嫌いの続き 』 投稿日:2009/09/11(金) 07:11



『 大嫌いの続き 』



- END -
430 名前: 投稿日:2009/09/11(金) 07:11

431 名前: 投稿日:2009/09/11(金) 07:14
短編集では初めてになるももあいりでした。

>>414さん
ありがとうございますヾ(*´∀`*)ノ
雅は桃子公認ツンデレですから、素直にはほど遠い二人になりますw

>>415さん
ありがとうございますヾ(*´∀`*)ノ
桃子と雅はゴールデンコンビです(・∀・)
432 名前:みら 投稿日:2009/09/12(土) 14:10
ももあいりきたー!
Zさんの州´・v・)はいつも可愛いですww
433 名前: 投稿日:2009/11/13(金) 06:36



『 忘れたいこと。忘れられないこと 』



434 名前:『 忘れたいこと。忘れられないこと 』 投稿日:2009/11/13(金) 06:38
桃子が楽屋へ入ると、梨沙子がソファーの上で眠っていた。
他には誰もいない。
桃子は忍び足で近づいて、梨沙子の顔を覗き込む。

白い肌。
薄く色付いた頬。
少し開いた唇。

整ったその顔は、まるで人形のようだった。
梨沙子の顔は、初めて会った頃と比べると随分と大人の顔になっていた。
あれから何年も経っているのだから当たり前のことだが、改めてこうして見ると驚く。
仕事をしているときなど、自分よりも遙かに大人っぽく感じることもある。
けれど、寝顔にはまだ幼い頃の面影があった。
桃子は無防備な寝顔をずっと見ていたいと思う。
435 名前:『 忘れたいこと。忘れられないこと 』 投稿日:2009/11/13(金) 06:42
梨沙子に向かって、すっと手を伸ばす。
すやすやと眠っている梨沙子が起きないように気をつけて、桃子は頬に触れた。

指先に伝わってくる柔らかな感触に、何故、梨沙子なんだろうかと考える。
好きになる前から、梨沙子が雅を好きだと知っていた。
それは桃子だけではない。
誰もが知っていることだった。
雅を追いかけてばかりいる梨沙子を見ていれば、誰が見たってわかる。
わからないのは、追いかけられている雅だけだ。

それほどまでに雅を好きだと知っていたのに、気がつけば梨沙子に気持ちが向いていた。
振り向かせる自信もないのに、好きになっていた。

桃子は梨沙子から雅への想いを聞かされた日のことを、はっきりと覚えている。
相談される前から知っていたことだが、梨沙子の口から直接聞かされたのは思いの外大きな出来事だった。
梨沙子から雅が好きだと相談されたあの日、桃子は自分の恋が絶対に叶うことのないものだと理解した。
それでも、
梨沙子への想いを捨てることが出来なかった。
436 名前:『 忘れたいこと。忘れられないこと 』 投稿日:2009/11/13(金) 06:44
頬に触れた手で梨沙子の髪を梳く。
それでも梨沙子が起きる気配がない。
薄く開いた唇に目がいく。

無意識だった。
髪を撫でていた手で、唇にそっと触れていた。

この柔らかい唇にキスをしたい。

それはずっと持ち続けていた思いだ。
今までも眠っている梨沙子を見ては、キスしようかと何度も考えた。

眠っている今なら、きっと気づかれない。

そう思うが、罪悪感がちくちくと胸の奥を刺激する。
その胸の痛みに耐えかねて、今まで一度も唇に触れることはできなかった。
今日も少し躊躇ってから、頬へキスを落とした。
437 名前:『 忘れたいこと。忘れられないこと 』 投稿日:2009/11/13(金) 06:47
どんなに想っても受け入れられることはないと知っているのに、想いは日に日に大きくなっていく。
自分でもどうすることも出来ないし、その思いを持て余していた。

「梨沙子」

確かめるように名前を小さく呼んでみる。
だが、桃子の声に梨沙子が反応することはなかった。
ぐっすりと眠っていて、起きる様子がないことに安心する。

桃子は胸の中にある罪悪感を握り潰す。
雅ばかり見ている梨沙子が悪いのだと責任を転嫁する。

一度ぐらい触れたっていい。

一度だけだからと心の中で言い訳をして、桃子は眠ったままの梨沙子の顔へ自分の顔を近づけた。
今度は頬ではなく唇へキスをする。
梨沙子の唇に軽く触れて、その柔らかさに驚く。
もっと長い間、キスしていたいと思った。
けれど、その願いは叶えられない。
梨沙子の身体が小さく動いて、桃子は慌てて身体を離した。
突然、梨沙子が動いたせいで心臓の音が大きくなった。
438 名前:『 忘れたいこと。忘れられないこと 』 投稿日:2009/11/13(金) 06:49
「……起きたの?」

問いかけてみたが返事はない。
かわりに梨沙子の身体が体勢を整えるようにもぞもぞと動いた。
身体がうまくソファーに収まると、またすやすやと寝息をたてはじめる。
その様子を見て桃子は安堵する。
そして気がつかれなかったという事実に行動が少し大胆になる。

桃子は梨沙子のブラウスのボタンに手をかける。
そして、ボタンを梨沙子に気がつかれないようにゆっくりと一つ外した。
もう一人の自分が頭の中でこの行為を止めようとしている。
けれど、制止する声に耳を塞ぐ自分に勝つことが出来ない。
上からいくつかボタンを外して、開いたブラウスの合間から見える胸元へ手を滑らせた。

いけない。
こんなことをしてはいけない。
こんなことをする権利などない。

どんなに耳を塞いでも、どこかから聞こえてくる声が気になる。
それなのに梨沙子に触れることを止められない。
もう一度、梨沙子の唇にキスをする。
439 名前:『 忘れたいこと。忘れられないこと 』 投稿日:2009/11/13(金) 06:50
心臓の音が頭に響く。
それでも、ブラウスの上から胸に触れてみる。
指先が震える。
はだけたブラウスから見える鎖骨に唇を近づける。

これ以上のことをすれば梨沙子が起きてしまう。

迷いながらも、ゆっくりと鎖骨に触れようとした時だった。

「んー、なに?」

誰かに触れられる感触に目を覚ました梨沙子が寝ぼけた声をあげた。
覚醒しきらない頭で、目を擦りながら梨沙子が桃子の方を見る。
まだ何が起こったか理解出来ていない梨沙子の瞳が桃子を不思議そうに見ていた。

梨沙子に見つめられたまま動けない。
もうすぐ自分が何をしたか梨沙子に知られてしまう。
何を言えばいいのか考えるが、言い訳は思いつかなかった。
だが、時は止まることなく進んでいく。
桃子が何を言うべきか考えている間に、ゆっくりと身体を起こした梨沙子が異変に気がついたようだった。
440 名前:『 忘れたいこと。忘れられないこと 』 投稿日:2009/11/13(金) 06:51
外されたボタン。
はだけた胸元。
梨沙子の目の前にいる桃子。

梨沙子の中で全てが繋がったのか、慌てたような声を上げた。

「ちょっ、えっ!?ももっ!?」

混乱した梨沙子が桃子の名前を呼ぶ。
しかし、桃子は返事をすることが出来ない。
まだ頭の中で考えがまとまらず、梨沙子のはだけたブラウスを見つめるしか出来ない。
その視線に気がついた梨沙子がきつい口調で言った。

「ちょっと、これ……。なんなの?」

睨むように見つめられて、思わず目をそらす。

「なにって……」

桃子は口籠もる。
そらした目線をあわせることが出来ない。
441 名前:『 忘れたいこと。忘れられないこと 』 投稿日:2009/11/13(金) 06:53
謝ろうかと思う。
けれど、梨沙子は桃子が何をしようとしたのか知ってしまった。
実際に何をしたのかはわからなくても、何をしようとしていたのかは気がついたはずだ。

一度握りつぶしてしまった罪悪感はどこかへ消えてしまったのか、桃子を止めることが出来なかった。
今さら引き返す必要は感じられない。
だから、桃子は不審そうな顔でこちらを見ている梨沙子の唇を無理矢理奪った。

「んっ」

梨沙子があげようとした声ごと奪う。。
小さく抵抗をする梨沙子を押さえつけて、ブラウスのボタンに手をかける。
桃子はそのままボタンを全て外してしまおうか迷って、とりあえず梨沙子から唇を離した。
すると、と梨沙子が声を上げた。
442 名前:『 忘れたいこと。忘れられないこと 』 投稿日:2009/11/13(金) 06:54
「やめてよ、ももっ!」

その声に、桃子は梨沙子から完全に身体を離す。
後悔しても、もう遅かった。
急激に冷静になっていく。

梨沙子から離した手を握りしめる。
相変わらず梨沙子を見ることが出来ない。
どうしていいかわからずに握った手が痛い。
梨沙子が今どんな表情をしているかわからなかった。
だが、表情がわかったところで、今したことを許して貰えるとは思えない。

「梨沙子、ごめん。今の、忘れて」

やっと声になった言葉は、叶うことのない願いだった。
忘れてもらえるわけがないことぐらいわかってはいたが、他に言葉が思い浮かばなかった。
謝れば罪が消えるとも思えない。
443 名前:『 忘れたいこと。忘れられないこと 』 投稿日:2009/11/13(金) 06:56
「……最低」

梨沙子が言ったその一言が桃子の胸に突き刺さる。
しかし、それは紛れもない事実で、言い返すことが出来ない。
梨沙子がボタンを一つずつ留めていくのが見える。
全てのボタンを留め終えると、梨沙子がソファから立ち上がって楽屋を飛び出して行く。
桃子は走り去っていく梨沙子の背中を見つめるしか出来なかった。

こんなことをしてしまっては、もう今までのような関係ではいられない。

これからどうしたらいいかなど、わからなかった。
そして、許してもらえる方法もわからない。
時を戻せるものなら戻したかった。
444 名前:『 忘れたいこと。忘れられないこと 』 投稿日:2009/11/13(金) 06:58
時間を戻せるなら、楽屋へ入る前に戻したい。
いや、梨沙子が雅を好きになる前がいい。
もしかすると、そのもっと前が良いのかも知れないと桃子は思う。
出来ることなら、梨沙子に出会う前が良いかもしれない。
そうすれば、梨沙子を好きになることも、こんなことをすることもなかった。
けれど、やはり時間を戻せても、梨沙子と出会う前には戻りたくないとすぐに思った。
梨沙子が雅を好きになるとわかっていても、その姿を見ていたい。

今日の出来事がなかったことになるわけがない。
許してもらえるとも思わないし、許してもらえなくてもいい。
ただ梨沙子を見ていることが出来ればそれでいい。

もう、今日のように触れたりはしない。
だから、見ていることぐらいは許して欲しいと桃子は思った。



445 名前:『 忘れたいこと。忘れられないこと 』 投稿日:2009/11/13(金) 06:59



『 忘れたいこと。忘れられないこと 』



- END -
446 名前: 投稿日:2009/11/13(金) 06:59

447 名前: 投稿日:2009/11/13(金) 07:00
>>432 みらさん
ももあいりLOVE!w
愛理にはいつも可愛く、そして変であって欲しいですw
448 名前: 投稿日:2009/12/09(水) 00:17



『 不透明な関係 』



449 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:20
ふとした瞬間、二人きりになることがある。
それは意図的にではなく、誰かが遅刻しただとか、トイレに行っただとか、スタッフに呼ばれただとか、そんな理由でだ。
今日も気がつけば、雅と二人きりになっていた。

仕事が早く終わって、みんなが急いで帰った。
けれど、桃子は急いでいなかったし、雅は何かを忘れたと言って、スタジオまでそれを取りに行っていた。
桃子が一人楽屋に残されて、そこへ雅が戻ってきただけだ。
だから、偶然二人きりになっただけだったが、桃子は少しだけ緊張する。
こんな時、起こることは決まっていて、それが桃子の神経を尖らせるのだ。

「もも」

鞄を掴んで、楽屋を出て行こうかどうしようかと迷っていると、肩を掴まれた。
椅子に座ったまま身体ごと振り向くと、雅の顔が至近距離にあった。
見慣れている顔のはずなのに、心臓が跳ね上がる。
450 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:23
桃子は手に持った鞄を握りしめる。
雅の手を見ると手ぶらだった。
視線を楽屋の奥へやると、雅の鞄が目に入った。
雅はまだ帰るつもりはないらしかった。

これから起こる出来事が予測出来て、桃子は立ち上がろうとする。
けれど、桃子が立ち上がるより先に雅の顔が近づいてきて、噛みつくようにキスをされた。

口内へ入り込んでくる舌に、まただと桃子は思う。
二人きりになると、こんなことが度々起こる。
それはいつも雅からで、桃子からしたことはない。

肩を掴まれた時、立ち上がろうとしたのは帰ろうと思ったからだった。
何が起こるかはわかっていたから、こうなる前に帰らなければと考えた。
だが、いつも逃げられない。
それはきっと、こうなることを望んでいるからだ。
451 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:24
入り込んできた舌が桃子の舌先に触れる。
雅の首へ腕を回すと、舌先に雅の舌が押しつけられた。
そのまま舌を絡め取られる。
口内を這い回る舌に息苦しくなってくると、唇は離れて、でも、すぐにもう一度口づけられた。
薄く開いた唇に、今度は桃子が舌を差し入れた。

キスをされて、同じようにキスを返すのは約束事のようなものだった。
言葉にして約束したわけではないが、ずっとそうしている。
そうすれば、雅の機嫌が良くなることを桃子は知っている。

桃子は雅からされたキスよりも、少し長く口づける。
舌を絡め、歯列をなぞる。
唇を軽く噛んで、また唇を押しつけると、もういいと言うように肩を押された。
452 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:25
「今から、遊びに来れば?」

乱れた呼吸を整えてから、雅が言った。
桃子にはそれが何を意味しているのかすぐにわかって、静かに頷く。

何度も言われたことのある言葉だから、聞き返す必要はない。
それに桃子も望んでいることだったから、断る必要もなかった。


453 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:27

雅の部屋へ入って、鞄を置いて、コートを脱ぐ。
すると、すぐに聞き慣れた言葉が聞こえてきた。

「してよ」

ベッドへ腰掛けて、雅が威圧的な目で見てくる。
誘っているというよりは、命令しているような口調だったが、それはいつものことだった。

こういった態度は、雅らしい気がするが、そうでもないような気もする。
桃子に対して、他の人には取らないような冷たい態度を取ることも、それ以上に優しい態度を取ることも雅にはあった。
だから、桃子にはどちらが本当の雅なのかわからない。
どちらも本当で、そして、どちらも違うように思える。

どちらにしても、命令されることはよくあることだから、気にならなかった。
それに、雅に触れることは嫌いではない。
だが、ずっと尋ねたいことがあった。
454 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:29
桃子の意志というのは、どうでもいいのか。

尋ねたいと思いながらも、尋ねられずにいることを頭に浮かべ、コートを脱いだままぼうっと立っていると、さっきよりも少し低い声で問いかけられた。

「するんでしょ?」
「うん」

断ることは許されないだろうから、頷いた。
それに、雅だけではなく、桃子もしたいと思っている。
早く雅に触れたくて仕方がなかった。
だから、雅が待つベッドへ歩み寄る。

桃子が雅の隣へ座ると、ぎしりとベッドが軋んで沈んだ。
その音に、小さく息を吸い込む。
雅が黒のニットを脱ぎ捨て、桃子の腕を引っ張った。
455 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:30
キャミソールにショートパンツ。
まるで夏のような格好になった雅をベッドへ押し倒す。
そして、キャミソールをたくし上げ、脇腹を撫でた。
部屋には暖房が入っているから、夏とはいかなくても、春のような気温だから寒くはないのだろう。
手に触れる雅の身体は温かかった。

唇で首筋に触れる。
ちゅっ、と小さな音を立てて、何度もキスを落とす。
雅がくすぐったそうに首をすくめたが、キスを繰り返した。
同時に生温かい肌を確かめるように手を滑らせる。
脇腹から上へと手を進めて、ブラジャーのホックを外す。
緩んだブラジャーを上へと押し上げて、胸に触れると雅の身体がびくんと震えた。

指先を胸の上で
すうっと滑らせると、突起に引っかかり止まる。

柔らかくそこを撫でると、雅が腕を桃子の背中へ回し、服を掴んだ。
456 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:32
唇を這わせ、耳をぺろりと舐める。
舌先を耳へ差し入れると、服を掴む力が強くなった。

耳へ歯を立て、指先で突起を摘む。
突起はすでに硬くなっていて、雅に今どんな感覚を与えているのか簡単に想像出来た。

指先を擦り合わせるように動かし、離す。
胸のラインを指先で辿って、手の平で包み込む。
柔らかく揉んだり、指先を這わせたりしていると、雅の呼吸が浅いものに変わっていった。
与えられる感覚に耐える為か、服を掴んだ手が桃子を引き寄せようとしていたが、桃子は雅を押し離して顔を上げた。
457 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:35
「んっ、…ん」

桃子の手の動きに、雅が眉根を寄せ、目を閉じる。
薄く開いた唇から吐息が漏れる。
いつだって灯りは消さないから、雅の表情がよく見える。
初めてが明るい部屋でだったせいか、それからずっと部屋の灯りを消したことがなかった。
雅も消せと言わなかったし、桃子も消すつもりはない。
こういった付き合いになってから、長い時間が経ったわけではないが、いつもこうして、少しずつ肌が桜色に染まっていく様子や、苦しげに上下する胸を見てきた。

桃子は小さく息を吐く。
雅の声を聞いていると、身体が熱を持つ。
雅の顔を見ていると、身体が疼く。
それを押さえ込むように、息を吸い込んでは吐き出す。

乱れそうになる呼吸を整え、突起を撫でさすっていた指を滑らせる。
肋骨を辿って、腹筋に手を這わせる。
指先で肌の上をすうっとなぞって、脇腹をやわやわと撫でた。
458 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:36
ずり落ちてくるキャミソールを押さえて、胸の上へ唇を押しつける。
触れて欲しいと存在を主張する突起を避けて、柔らかく唇を押しつけては離す。
脇腹に触れている手で、腰を撫でつけると雅の身体が強ばり、呼吸がさらに乱れていく。

桃子は胸に繰り返していたキスを止める。
肋骨から腹筋にかけて舌を這わせると、不規則な呼吸に雅の身体が震えた。
乱れた呼吸を落ち着かせるように手を止めて、唇を離す。
顔を上げると、雅が大きく息を吐いた。
その瞬間、臍を舐めて、その横に噛みつく。

「あっ、やっ」

今までの尊大な態度が嘘のように、雅がか細い声を上げた。
その声に誘われるように、胸に吸い付いて、突起を舐め上げる。
459 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:37
「ふ…ぁ、はぁ、あっ」

雅が鼻にかかったような声を出し、桃子にしがみついてくる。
自分の手で変わっていく声や態度に、桃子は興奮を覚える。
押さえ込んでいた欲望が顔を出す。

熱を持った身体は、着ている服が邪魔になるほどだった。
身体の疼きは酷くなっている。
服を掴む雅の手が身体を撫でさすってくれたらいいのにと、そんなことを考える。

呼吸を整えることが出来なくなっていく。
上手く息をすることが出来なくて、突起に這わせていた舌先を離して顔を上げようとすると、雅に引き寄せられた。
催促するように耳元で名前を呼ばれて、桃子は手の平を太股に這わせた。
内腿を撫でると、雅が小さく呟いた。
460 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:38
「はや…く」

早く。
それは桃子も同じ気持ちだった。
早く触れて欲しい。
そう思う。
しかし、雅から触れられたことはなかった。

いつから、そう思うようになったかはわからない。
初めは雅に触れているだけで、触れて欲しいとは思わなかった。
乱れていく雅を見ているだけで満足していた。
だが、いつの頃からか、同じように触れて欲しいと思うようになっていた。
けれど、雅に同じようにしてくれとは言えなかった。
恥ずかしかったし、雅に拒絶されることが怖くもあった。
だから、して欲しいと思うことを雅にする。

桃子はショートパンツのボタンを外して、ジッパーを下げ、太股の辺りまで脱がしてしまう。
そして、下着の中へ手を入れる。
461 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:40
ゆっくりと指先を進めると、ぬるりとした液体がまとわりついてくる。
それは溢れ出た雅の体液で、その量は思っていたよりも多かった。
指に絡みつく体液に、雅がどれほど触れて欲しかったかがわかった。

桃子は雅が一番触れて欲しいであろう部分を探す。
下着の中、指を這わせて、ぷくりと硬くなった突起を見つける。
指先を押しつけ、絡みついた体液を塗り広げると、雅が掠れた声を上げた。

「ん、はぁ…あっ」

何度聞いたかわからない声に心が乱される。
触れているのに、まるで触れられているような気がする。
桃子の心臓はどくんどくんと大きな音を立て、頬は熱かった。
雅の頬に唇で触れると、同じように熱くて少しだけ安心する。
けれど、それは本当に少しだけだ。

雅に触れているときは、いつも落ち着かない。
初めて雅に触れた日からずっとで、それは雅が何を考えているかわからないからだろう。
462 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:41
ある日、一緒になったホテルの部屋でじゃれ合っていた。
じゃれ合うきっかけはとても些細なことで、どうでもいいことだった。
だから、すぐに止めて眠れば良かったのに、じゃれ合いを続けた結果、いつの間にかじゃれ合いはじゃれ合いではなくなっていた。

それから、二人の関係は続いていて、この関係は終わりそうになかった。
終わることを望んでいるわけではなかったから、それでもかまわなかったが、雅も同じように考えているかはわからない。
ただ、あれから何度も誘われるから、嫌われてはいないのだろうと思っている。
けれど、雅が桃子とだけこういったことをしているかどうかは、聞いたことがなかった。
桃子を誘ったように、他の誰かを誘っていてもおかしくはない。

もしも、他にもこうして雅に触れている誰かがいて、その誰かに雅が触れていたら。
そんな誰かがいるから、雅が桃子に触れないのだとしたら。
463 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:44
心臓がどくんと鳴る。
雅が他の誰かに触れているのが嫌なのか、自分に触れてくれないことが嫌なのか。
それとももっと別の理由なのかはわからない。
だが、気がつけば口を開いていた。

「みやのこういう声、聞いたことあるの誰?」
「誰って……」

突起を撫でさすっていた手を止め、雅を見る。
そして、ゆっくりと指に力を入れて、突起を押し潰した。
雅の言葉が途切れて、喘ぎ声に変わる。

「や、ぁ、あ…ぁ」

さらに下から撫で上げて、先端を擦ると、雅の顎が上がった。
見えた喉に吸い付いて、指先を滑らせる。
464 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:45
「も、も」

苦しげな声で名前を呼ばれ、とん、と肩を叩かれる。
顔を上げて手を止めると、雅が呼吸を整えてから言った。

「他にいると思ってるの?」
「わかんない」
「いないよ」

さっきまで苦しげに寄せられていた眉が、不満を示すようなものに変わる。
雅は眉間に皺を寄せ、桃子を睨み付けていた。

強い視線に耐えられず、桃子は目を伏せる。
すると、頬に手が触れた。
柔らかな手に視線を上げると、雅の顔がすぐ近くにあって、互いの唇が触れた。

キスは、ほんの一瞬だった。
触れただけで唇が離れ、頬に添えられた手も離れた。
465 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:46
「それがどうかしたの?」

抑揚のない声が聞こえてきて、桃子はそれに答えを返した。

「聞いてみただけ」

聞いてみてわかったことは何もなかった。
雅の言葉が本当かどうかを証明するものはない。
桃子は言われた言葉をそのまま信じるつもりもないのに、尋ねたことを少しばかり後悔した。
キスをされた理由もわからないし、今までと何も変わらない。

身体を支えていた腕から力を抜いて、雅の身体に身体を重ねる。
触れあう部分が増えて、服越しに雅の体温が伝わってくる。
けれど、混じり合う体温以上に身体が熱を持つ。
意味もわからないキスに、身体はさらに熱くなっていた。
466 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:48
「もも。手、動かしてよ」

止めていた手を動かすように促されて、桃子は重ねていた身体を離した。
ゆるゆると指を滑らせ、濡れた突起を撫でる。
指先に溢れ出た体液が絡みつき、水音を立てる。
その音を聞きながら、緩やかに雅に刺激を与えていく。
けれど、柔らかく突起を撫でさするだけでは物足りないのか、雅が不満げに言った。

「そう、いうの、や…だ」

途切れた声が催促を続ける。

「も、いれて」

乱れた呼吸が耳をくすぐる。
そんな小さな刺激に声が漏れそうになって、桃子は雅の肩を押して、距離を取った。

ふう、と息を吐いて、するりと指を滑らせる。
入り口を探り当てて、指を一本押しあてた。
指に力を入れると、簡単に指先が飲み込まれて、ぬるりとした体液が溢れ出す。
桃子は指をもう一本押しあてて、どうしようかと考える。
すると、雅が腕を掴んだ。
467 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:49
「もも」

小さな声で名前を呼ばれて、桃子は雅の中へ指を二本押し込む。
指先が抵抗なく入り込んで、締め付けられた。

「ふ、はぁ…、あっ」

雅の濡れた声が耳に響く。
さらに指を押し入れようとすると、少しの抵抗があって、雅の身体がびくんと跳ねた。
桃子は指を引き戻す。
けれど、今度はそれ以上に指を押し入れる。
少しずつ雅の身体を押し広げ、奥へと指を進めていく。

指を動かすたびに、きゅうきゅうと雅の身体が桃子を締め付ける。
隙間を埋めようと動く内壁に圧迫され、指の動きが鈍くなる。
だが、指はいつしか根元まで雅の中に入り込んでいた。
468 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:51
「みや、ももとするの好き?」

聞いても仕方がないことだとわかっていても、聞きたくなる。
他に相手がいないと言われても信じられないのに、こんなことを聞いてもまた後悔するだけだ。
そう思うのに尋ねていた。

「ももの手でイキたい?」

内壁を擦りながら、奥まで押し込んだ指を引き抜いていく。
雅の身体が伸縮して指を引き止めようとする。
指を抜ききってしまう前に強く締め付けられた。

「ねえ、みや」

答えて、という変わりに、ゆるりと指を戻して、身体の中を探って感触の違う場所を探す。
内壁のざらつく部分を探り当てて、指の腹を押しつけると、催促するように腰を擦りつけられた。

「もも、う…るさい。だまっ…て」

与えられた言葉は冷たいもので、望んでいるような答えは得られなかった。
しかし、身体の中は酷く熱い。
押しあてた指の腹でざらつく内壁を擦り上げると、雅の呼吸がさらに短いものになる。
469 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:52
もう雅には何も言えない。
ただ黙って内壁を擦り、指を抜き差しする。

背中に回された手がずるりと下がってくる。
雅は桃子の肩を掴み、眉根を寄せていた。
冷たい言葉をかけられたのに、桃子の身体も雅と同じように熱を持ったまま下がらない。
身体の奥がずきずきと疼いて仕方がなかった。

内壁を擦りながら、突起に指をかける。
指の腹を押しあてると、雅の身体が強ばった。
肩を掴んだ手に、さらに力が入る。
爪が食い込んで、肩が痛かった。
その痛みに、雅がもうすぐ達するのだとわかる。
さっきまで聞こえていた喘ぎ声が消えていた。
470 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:53
最後の時を迎える瞬間、雅はいつも声を出さない。
出そうになる声を押し殺すように唇を噛む。
そして、桃子の肩へきつく爪を立てる。

締め付けてくる内壁を押し、擦り上げる。
突起を撫でつけると、爪が強く立てられ、桃子はそれに耐えるようにシーツを掴んだ。


471 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:54

「も、いい。手、退けて」

乱れた呼吸を整えた雅から、素っ気なく言われる。
達してしまうと、こうして普段通りの声で桃子を遠ざけるようなことを雅は言うのだ。
だが、もう何度も繰り返されていることだし、慣れてしまった。
それに、桃子も逆らうつもりはないから、身体を起こして、素直に手を退ける。

手にはべたりと液体が張り付いていた。
濡れた手を見ていると、雅に腕を掴まれた。
そのまま手をティッシュペーパーで拭われる。

「手、洗ってきなよ」

桃子の手を拭いてしまうと、雅が外れかかった下着や、ショートパンツを直しながら言った。
472 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:56
「うん」
「石けんで洗ってよ」
「うん」

同じ言葉を繰り返して、立ち上がる。
ふらふらと歩き、部屋から出ようとして桃子は立ち止まった。

「みやは?」
「トイレ行ってくる」

部屋着なのか大きめのトレーナーを着て、雅が部屋から出て行く。
桃子はその後を追うようにして階段を降りた。

洗面所に着くと、じゃあじゃあと水を流して手を洗う。
言われた通りに石けんも使った。
流れ出る水に手だけが冷えていく。
身体は熱いままだった。
473 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:58
手を洗い終えても、雅は戻ってこない。
桃子は一人階段を上って、雅の部屋へと戻った。

ベッドに背を付け、ぺたんと床へ座り込む。
ここが雅の部屋で良かったと思う。
自分の部屋だったら、自制出来そうになかった。
熱を冷ます為に何をするかわからない。

桃子は籠もった熱を外へ逃がすように、細く息を吐く。
そして、ついさっきまで雅がいたベッドの上を見る。
ベッドの上には、雅が着ていた黒のニットが放り出されていた。

何気なくそれを手に取ってみる。
膝の上へ広げて、すうっと撫でてみると触り心地が良い。
随分前に脱いだものだから、温もりなど残っているはずもないのに暖かかった。
膝や手に伝わってくる暖かさにつられるように頬を寄せてみると、雅の匂いがした。
けれど、それは雅がいつも付けている香水の匂いで、厳密に言うと雅の匂いとは違うのかもしれない。
桃子は香水を付ける前の雅の匂いというのは、どういうものだったかを考えてみる。
だが、思い出せなかった。
474 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:58
「もも」

突然、雅の声が聞こえて、桃子は顔を上げた。
いつの間に部屋へ戻ってきたのか、雅がすぐ側に立っていた。

「あっ」

桃子はそう言ったきり、言葉が出ない。

膝の上にある雅の服。
寄せていた頬。

言い訳しなければと思う。
しかし、何も言葉が思い浮かばない。

「それ、欲しいの?」

何でもないことのように雅が言った。
そして、ベッドへ腰掛ける。
475 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 00:59
「え、あの……」
「あげる」

雅はさほど服に興味がないのか、簡単に膝の上の服が桃子のものになる。
だが、欲しいという感情とは違った。
かといって、欲しくないわけでもない。
だから、あげると言われても何と答えていいのか迷う。
桃子は困って、膝の上にある服を雅に渡そうとした。

「着て帰れば?」

差し出した服は押し返される。
さらに、今すぐ着ろと目で訴えられる。

桃子は自分が着ていた服を脱いで、渡された服を着た。
黒のニットは思ったよりも大きかったが、雅は何も言わなかった。
ただ黙って、桃子を上から下まで眺めてから、頷いた。
褒めるほどのことでもないが、それなりには似合っているらしかった。
476 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 01:01
「今度、コンサートあるじゃん。あれ終わったら、ももの部屋に行くから」

来週、地方へ行く予定があった。
部屋割りはわからないが、大抵桃子は一人部屋だから、雅が来たところで困らない。

「いいでしょ?」
「うん」

頷いてから、コートを着て、鞄を手に取る。
全てが終わってしまった後、雅の部屋に長居する必要はなかった。
行為の後の雅は、何故か話難い雰囲気を身に纏っていたし、桃子も何を話せばいいのかわからない。
一度、泊まったこともあったが、大した話もなく、気まずいだけだったから、あれから早く帰ることにしている。

「帰るね」

短く告げて、部屋を出ようとする。
しかし、呼び止められた。
477 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 01:02
「あのさ、もも」
「ん?」
「……ももは、して欲しくなったりしないの?」
「え?」

言葉ははっきりと聞こえた。
しかし、何を言っているのか理解出来なかった。
頭は言葉を言葉として受け取ってくれない。
ただの音のようで、桃子は思わず聞き返していた。

「ごめん。なんでもない。下まで送る」
「なんでもないって……」
「なんでもないの。玄関まで送るから」

強い口調で言われて、それ以上聞けなくなる。
478 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 01:03
「行くよ」

雅に手を引かれる。
ぐいっと引っ張られて、拒否出来ない。
頭の中には、さっき聞いた言葉がぐるぐると回っていた。
足がもつれる。
けれど、雅が手を引くから、桃子は引きずられるように階段を降りた。

好きだとか、嫌いだとか、そんな感情に気がつく前にこうなってしまったことを後悔する。
胸の奥には確かに一つの感情があるのに、それがどんなものなのか知ることが出来なくなった。
胸の奥にあるものは、奥へしまったままでいるしかない。
今さら何を言っても、こうなってしまったことが原因のようで白々しい。

言えないことや、聞けないことばかりが増えていく。
そして、増えていくため息に、桃子は胸を押さえた。



479 名前:『 不透明な関係 』 投稿日:2009/12/09(水) 01:04



『 不透明な関係 』



- END -
480 名前: 投稿日:2009/12/09(水) 01:04

481 名前: 投稿日:2009/12/09(水) 01:06

482 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/09(水) 20:31
ももみやきた!!
みや時点も見たいですね
483 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/10(木) 00:20
みやももだっ!!
みやの方が強いのってはじめてみたような・・・
>>482さんの言うように、自分もみや視点が読みたいです!!
484 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/10(木) 22:28
いつもと逆転?っぽい。
何だか新鮮でした。続編がみたいな〜。もし気が向いたら是非続きを!
期待しちゃいます。
485 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 01:25
みやびちゃん攻めが読みたいです!
486 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 02:42
なんか新鮮!
続き期待してもいいですか
487 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/14(月) 00:23
雅ちゃんは桃子限定でツンデレだけど、絶対に桃子の事が好きだよ。

桃子の方がそれほどでもないのが、悲しいけどね。
488 名前: 投稿日:2009/12/31(木) 23:23



『なんでもないはなし』



489 名前: 投稿日:2009/12/31(木) 23:24
大晦日編
490 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2009/12/31(木) 23:25
約束はしていない。
もちろん電話もメールもしていない。
それでも、吐き出す息が白く染まる夜、桃子はある場所へ向かっていた。

家が近いわけではなかった。
歩いて行けるような距離ではなかったし、自転車で行けるような距離でもない。
電車に乗って、バスに乗ってようやく辿り着く。
そんな場所に雅の家はあった。

夕飯を食べて、お風呂に入って、家族がテレビに見入っている頃、桃子はこっそりと家を出た。
天気はあまり良くなかった。
月は雲に隠れ、頬を冷たい風が撫でていた。
ぶるると震える身体を引きずって、電車に乗って、バスに乗って、雅の家へ着いたのは一日がもう終わるというような時間だった。
いや、一日が、というより、今年一年が終わる時間だ。
491 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2009/12/31(木) 23:26
良いことがあって、悪いこともそれなりにあって、でも、振り返ってみれば楽しかったような気がする一年。
そんな今年もそろそろ終わるという頃、桃子は雅の家の二階を見上げていた。

会いたい。
突然、そんな気持ちになって雅の家の前までやってきた。
だが、こんな時間に呼び鈴を鳴らすつもりはなかった。
喜ばれるとは思えなかったし、きっと雅の家族だって驚くだろう。

今頃、桃子の家族は年越し蕎麦を食べているか、食べ終わった頃だし、雅の家だってそうに違いない。
桃子も家族と一緒にテレビを見ながら、年越し蕎麦を食べたかったし、そうするつもりだった。
さっき携帯が鳴った時、家に帰ろうかとも思った。
けれど、電話をかけてきた母親には「ごめん」と謝ってすぐに携帯を切った。
492 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2009/12/31(木) 23:27
家族と過ごすより、雅に会いたいという気持ちの方が強かった。
桃子は携帯を取り出す。
息を「ふう」と吐き出すと、辺りが白く染まった。
手が冷たくて、凍えてしまいそうだったが、雪は降っていない。
天気予報では雪が降ると言っていた。
それなのに雪を降らせない空に向かって、「嘘つき」と呟いた。

桃子は右手に持った携帯を左手に持ち替えて、右手をコートのポケットに突っ込む。
手を握ったり開いたりして、暖めようとしてみる。
何度かそうしてから、ポケットから手を出して右手に携帯を持った。
携帯のアドレス帳の中から雅の名前を探そうとするが、手はやはりかじかんでいて動かない。
いつもなら、すぐに探せる名前がなかなか見つからなかった。

好きだとか、そんなことを言うつもりはない。
こちらから言うよりも、雅の方から言って欲しい。
そう思っている。
だが、雅がそんなことを言う姿は想像出来なかった。
493 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2009/12/31(木) 23:28
白い手は、自分でも笑ってしまうぐらい赤く染まっていた。
冷たくなった指先は動かず、上手くボタンを押せない。
だから、桃子は携帯を鞄にしまった。

カーテンが閉まった窓の一つに、明かりが灯る。
視線が自然とそこに向く。
見上げる窓は近くて遠かった。
桃子はどの窓が雅がいる部屋の窓なのか知らなかったから、明かりの灯った窓を見つめた。

鞄の中にしまった携帯をもう一度出す。
そして、時間を見た。
あと十分もしないうちに、長いようで短かった一年が終わるようだった。
494 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2009/12/31(木) 23:28
もうすぐ新しい年がやってくる。
それでも、何も変わりそうにない。
桃子には、何も変えられない。

携帯をポケットに突っ込む。
両手に「はあ」と息を吹きかける。
だが、冷たい手は少しも温まらなかった。

あと数分でやってくる新しい年。
その新しい年の一番最初に雅に会いたいだなんて、桃子には言えそうになかった。



495 名前: 投稿日:2009/12/31(木) 23:28

496 名前: 投稿日:2009/12/31(木) 23:28
新年編に続く
497 名前: 投稿日:2009/12/31(木) 23:36
0時〜1時の間に新年編アップ予定です。
お時間がありましたら、眠たい目を擦りながらどうぞ。

>>482さん
視点は内緒ですが、続編の予定がありますのでお待ち頂ければと思います。

>>483さん
そうですね。
雅の方が強いのは初めてかもしれませんw
続編、しばらくお待ち下さい。

>>484さん
書いている私も新鮮でしたw
期待に応えられるかわかりませんが、続編の予定がありますのでお待ち頂ければと思います。

>>485さん
ふっふっふっ。
しばらくお待ち下さいw

>>486さん
続編予定ありますので、しばらくお待ち下さい。

>>487さん
色々な見方が出来るのがももみやの楽しいところですね。


ではでは、皆様。
良いお年を!
……って、私はすぐに出てきますがw
498 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2010/01/01(金) 00:07
新年編
499 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2010/01/01(金) 00:08
雅が窓の外を見たのは本当に偶然だった。
家族と遅めの夕飯を食べて、テレビを見ながら年越し蕎麦を食べた。
それから戻ってきた部屋は寒くて、家の中なのに息が白く染まりそうなほどだった。

ぱちんと電気を付けて、エアコンのスイッチを入れる。
部屋はすぐには暖まらない。
雅は腕をさすって、肩をすくめる。
身体を縮こまらせて、ベッドの上にあったカーディガンを羽織った。

あまりの寒さに雪が降っているのかも、と思う。
確か、天気予報で雪が降るようなことを言っていた。
窓際まで歩くと外の寒さが伝わってきて、身体が震えた。
カーテンを開けて外を見ようかと考える。
しかし、なかなか暖まらない部屋に、外の寒さに近づくような行為をするべきか迷う。
それでも、雪が降っているのかが気になって、雅はカーテンを少しだけ開けた。
500 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2010/01/01(金) 00:09
窓の外に雪はなかった。
かわりに、どこかで見たような人影が見えた。

まさか、と思いながら雅は携帯を手に取った。
そんなに電話をかけることはなかったし、メールをすることもなかったが、ボタンを押す手に迷いはなかった。
呼び出し音が鳴って、外の人影が動いた。
雅は繋がった携帯に、短く告げた。

「そこ、動かないで」

桃子が何か言っていたがかまわずに携帯を切って、ベッドへ放り投げる。
部屋着のままだったから、タンスの中から適当に服を選んで着替える。
壁にかけてあったコートを手に、階段を駆け下りていた。

コートを着て、玄関の扉を乱暴に開けて外へ出る。
吐き出す息で手を暖める桃子が街灯に照らされていて、駆け寄った。
501 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2010/01/01(金) 00:09
桃子の近くまで行くと、なにしてんの、とか、なんでいるの、とかそういった言葉が頭の中に浮かんだが、実際に口にした言葉はありきたりなものだった。

「寒くない?」

驚いたような顔をしている桃子に白い息とともに問いかけると、指先を温めていた桃子の息が言葉になった。

「寒い」

震えながら桃子が言った。
その言葉に、雅は呆れる。
真夜中。
それも雪が降るなどという予報が出ている大晦日の夜。
何故、桃子が雅の家の前で突っ立っているのか。
理由を説明しろと思うが、そんなことを言うよりも先に文句が口から出る。
502 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2010/01/01(金) 00:10
「家の前にいるなら、電話するとか、ぴんぽん鳴らすとか、そういうことしなよ」
「だって、悪いかと思って」
「風邪ひくじゃん。仕事、すぐにあるんだよ」
「そうだけど」
「もしかして、あたしの番号消したとかそういうの?」
「違うよ!ちゃんと登録してある」

雅の言葉に桃子が慌てて携帯を取り出した。
ほら見て、などと言いながら、ぱちんと携帯を開いて、それから間の抜けた声を出した。

「あ」
「なに?」
「おめでと」

突然、桃子からおめでとうと言われて、今度は雅が間の抜けた声を出すことになった。

「は?」
「ほら、見て」

桃子が開いた携帯を雅に押しつける。
ぐいっと押しつけられたそれを受け取ると、桃子が画面を人差し指で指し示した。
そこには時間が表示されていて、0:07と表示されていた。
503 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2010/01/01(金) 00:10
「あー。明けましておめでとう」

桃子におめでとうと返しながら、なんてことだ、と雅は思う。
年が明ける瞬間。
その時間をわけのわからないまま過ごしてしまった。
部屋で着替えている時か、階段を駆け下りていた時か。
それとも、桃子の顔を見た時か。
いつかわからない時に新年を迎えてしまった。
桃子と一緒に年を越していたらいいなと思うが、いつがその時だったかは一生わからない。

雅は桃子に携帯を返して、はあ、と盛大に白い息を吐き出して空を仰ぐ。
星空を覆う黒い雲を見ていると、桃子の声が聞こえた。

「みやって、初詣とか行くの?」
「行きたいの?」
「近くの神社ってどこ?」

質問を質問で返すと、さらに質問を返された。
近くには小さな神社があって、そちらの方向を指差す。
すると、桃子が指を差した方向へ歩き出して、雅は慌ててその後を追った。
504 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2010/01/01(金) 00:11
「なに?初詣行くの?」
「お願いしたいことあるから」
「どんな?」
「言ったら叶わないもん」

桃子がお願いしたいこと。
それが何か気になる。
けれど、その願いは教えてもらえそうになかった。

雅はふらふらと好きな方向へ行こうとする桃子の手を掴む。
掴んだ手はとても冷たくて、その冷たい手を温めたいと思ったけれど、「こっちだよ」と道案内をして、手を離した。
雅はコートのポケットに役に立たない手をしまいこむ。

ポケットの中を探ると、手にふわふわしたものが触れた。
そう言えば、手袋をコートに入れたままだったと思い出して、それよりもっと大事なことに気がついた。
505 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2010/01/01(金) 00:12
「あ、あたし、お金持ってきてない」
「貸してあげるから、ちゃんと返して」

回れ右をして家へ戻りかけると、そう言われた。

「言われなくても、返す」

回れ右をした身体を元に戻して、雅は神社に向かって歩き出す。
しばらく黙っててくてくと歩いていると、桃子にコートを引っ張られた。

「この道、暗くない?」

確かに雅の家の周りに比べると道が暗かった。
神社は少し奥まったところにあって、神社に近づくにつれて街灯が減っていくのだ。
それでも真っ暗というわけではないから、肝試しをしているような怖さはないはずだ。

「もも、怖いの?」
「怖くないもん」

桃子が即答した。
雅はわざと足を早める。
桃子を置いていくように早足で歩くと、後ろから腕を掴まれた。
506 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2010/01/01(金) 00:12
「みや」
「怖いの?」
「……うん」

甘えた声が聞こえてきて、耳を奪われた。
思わず立ち止まると、腕を掴んだ手が雅を強く引っ張った。
油断していたから、身体がぐらりと傾く。
引き寄せられるままに桃子の方へ寄ると、桃子の顔がとても近くにあった。
睫がはっきりと見えるほど近くて、息が止まりそうになった。

睫が長いな、とか、いつもより顔が白いな、とかそんなことが頭に浮かぶ。
他にも色々なことが頭に浮かんで、心臓がどくどくとうるさかった。
顔が離れない。
だから、息苦しい。
桃子の吐き出した息が白く染まって、雅の唇に届く。
けれど、唇は触れなかった。

桃子の唇が動いて、でも声は聞こえなかった。
近づいた顔が離れていく。

キスぐらいしたって良かったのに、と雅は思ったけれど、そんなことは口に出せそうにない。
黙って隣に立っている桃子に、ポケットの中にあった手袋を押しつけると押し返された。
それを押し返すと、桃子がその手袋を受け取った。
507 名前:『 なんでもないはなし 』 投稿日:2010/01/01(金) 00:13
桃子の頭がこつんと肩にぶつかってきて、すぐに離れる。
桃子を見ると何か言いたげな目をしていたが、桃子は何も言わなかった。
雅も何も言えない。

好きな人、いるの?

そんなことをずっと聞きたいと思っていた。
でも、聞いてしまえば、「みやは?」と聞かれることが目に見えていたから聞けなかった。
桃子が渡した手袋を手にはめる。

「ありがとう」

小さな声が聞こえてきたから、「どういたしまして」と返した。

雅が歩き出すと、桃子も歩き出した。
もうすぐ神社に着く。
神様に何をお願いするかは決まっていた。



508 名前: 投稿日:2010/01/01(金) 00:13

509 名前: 投稿日:2010/01/01(金) 00:14



『 なんでもないはなし 』



- END -
510 名前: 投稿日:2010/01/01(金) 00:15
今年初めの更新終わり!
それでは、今年もよろしくお願いします。
511 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/01(金) 01:09
今年もみやもも!みやもも!
512 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 00:11
今年のみやもも初めはこのスレから。
今日もおいしくいただきました!
513 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/03(日) 21:52
ここのももみや大好きです!
こちらこそ今年もよろしくお願いします。
514 名前: 投稿日:2010/02/20(土) 01:32



『 不透明な関係 - 2 - 』



>>448-479
『 不透明な関係 』の続きです。
515 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:34
ああいったことは滅多にない。
他の人とならあるのかもしれないが、桃子のベッドに、ということはほとんどないことだった。

ホテルの部屋が雅と一緒だった。
それ自体はそう珍しいことでもないし、イヤホンを耳に、音楽を聞いている雅に部屋の明かりを消すように頼んで、桃子がベッドへ潜り込むことだって、珍しいことではない。
ただ、桃子のベッドへ雅が入り込んでくることは、滅多に起こらない出来事と言っていい。

そういう出来事が何故か起こった。
理由はわからない。
雅の気まぐれであったかもしれないし、何か用があったのかもしれないが、雅は何も言わなかった。
桃子も理由を聞くようなことはしなかった。
だから、今になっても、どうして雅がベッドへ入り込んできたのかわからない。
わからないけれど、それは起こった。
516 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:36
イヤホンを耳から引き抜いて、ベッドへ入り込んできた雅と何をしていたのかはもう思い出せない。
思い出せないぐらいに、つまらないことだったのだろう。
とにかく、つまらないことの延長線上にそれは起こった。
寝る、と言った桃子を邪魔するように雅がまとわりついてきていた。
雅がまとわりついてくることは珍しいから、それはよく覚えている。

こんなに眠たい時に何で、と思った。
近寄ってくる雅を押しのけて、眠ろうとした。
そう、そのときだ。
雅の胸に手が触れた。
別に慌てるようなことではない。
他の誰かと居たって、目測を誤って思ったところと違う場所に触れてしまうことはある。
それなのに、雅が過剰に反応した。
あの反応が悪かったのだと桃子は思う。
雅があんなにも怒らなければ、あのまま眠れたはずだった。


517 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:39

「さわんないでよ」

雅の声は、氷ほど冷たくなかった。
だが、胸に触れた手はぺしんと叩かれた。
叩く力が結構強くて、小気味良い音が部屋に響いた。
予想の出来なかった痛みは、普通に叩かれた時の倍ぐらいに感じられた。
悪気がなかっただけに、雅の反応に桃子もむっとくる。
眠気が少し覚める。
桃子は横になって眠ろうとしていた身体をしゃきりと起こして、雅の方を向いた。

「ちょっと、当たっただけじゃん」
「そうだけど。やめてよ」
「みやの胸が小さいことなんか、みんな知ってるし、今さら隠さなくても」

少し棘のある物言いになったのは仕方がない。
怒るほどでもないことに、怒る雅が悪いのだ。
桃子は雅をさらに怒らせるようなことを言いながら、責任を転嫁する。
518 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:40
「そういうことじゃないっ」
「じゃあ、なんでそんなに怒ってんの?」
「怒ってない」
「怒ってないなら、なんなの?」

目をつり上げて睨んでくる雅に問いかける。
すると、雅が言いにくそうに口を開いた。

「……そっちばっか触ってずるい」
「はあ?」

雅の答えに、力の抜けた声が出る。
空気が漏れたような声と言ってもいい。
桃子の声は、声と空気が混じり合ったようなものだった。
あまりにも意表をつくような答えで、声が声にならなかった。
519 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:40
「狙ったわけじゃないんだけど」

言い訳ではなく、桃子は心の底からそう言う。

「わかってる」
「じゃあ、触る?」

口にした言葉は、もちろん冗談だ。
触ってしまったかわりにどうぞ、というような意味合いを込めて言った言葉だが、本気ではない。
雅が本気にするとも思わなかった。
しかし、予告もなしに雅の手が伸びてきて、桃子の胸に触れた。
それはほんの一瞬の出来事だったが、桃子を驚かせるには充分だった。

「ちょっ、ほんとにさわんないでよ」

飛び退る、というのは大げさだが、雅から距離を取る。
ついでに、シーツを引っ張って身体を隠すと、雅が不満げに眉を寄せた。
520 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:41
雅の眉間に皺が寄る。
じりじりと雅がにじり寄ってくる。

「なんなの、みや」

桃子は寄ってくる雅の肩を押すが、雅は止まらない。
雅が近くにいると、皮膚がぴんっと伸びるような感覚がある。
緊張とはまた違う感覚だが、上手く説明することは出来ない。
説明しようとするのは、あまり良くないことだとも思える。
だから、深くは考えない。
雅に近づきすぎなければ、問題はない。

ずるり、とシーツごと桃子は少し後ろへ下がる。
しかし、桃子が下がった以上に雅が近寄ってくる。
521 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:42
呼吸のリズムが崩れそうになる。
吸って、吐いて、吸って。
頭の中で考えて、肺を動かす。
時々、吸って、吸って、吐いて、になるが気にしない。
気にすると、もっと呼吸が乱れるからだ。

雅が近い。
桃子はさらに後ろへ下がろうとするが、それ以上下がることは出来なかった。
桃子がいる場所はベッドの端で、下がりようがない。

雅の右手が桃子の肩を掴む。
何だろうと思うまもなく、雅の顔が近づいてくる。
掠めるように唇に何かが触れる。
それは考えなくても雅の唇で、けれど、考えなければ何をされたのか理解出来なかった。
522 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:43
「なにこれ?」

思わず口に出たのは、呆れるぐらい間の抜けた問いだった。
尋ねながらも、今されたことが何なのかはわかっていた。
短い時間考えて出た答え。
それは「雅にキスをされた」というものだった。
眠気が一気に吹き飛ぶ。

「もも。キスぐらい出来るよね?」

なにこれ、という問いに対しての答えはない。
かわりに、新しい問いを投げかけられる。

「出来るとか、出来ないとか、そういう問題なの?これ」
「出来ないの?」

いつもの桃子を馬鹿にするような口調ではなかった。
声は普段よりも深刻そうなもので、表情もそれに似合うような真面目なものだ。
523 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:46
どう答えたらいいのか迷う。
出来る出来ないで言えば、出来ないことはない。
唇と唇をあわせること自体は簡単なことだ。
しかし、その行為には感情が絡んでくる。
絡んでくるから、途端に難しいことになってしまって、簡単に出来ると言えない。

迷っていつまでも答えずにいると、雅がエクステで本来の長さよりも長く見える髪を指先にくるりと巻き付けたり、外したりしだす。
苛々しているのだなとわかる。
それでも、何も言えずにいると、雅がもう一度唇を寄せてきた。

太陽に目を向けた時、条件反射で目を閉じてしまうように、目を閉じた。
ぎゅっと閉じた目に暗闇が広がると、そっと柔らかなものが触れる。
今度はさっきのように、すぐには離れない。
唇に湿ったものがくっついて、そのまま入り込んでこようとする。
524 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:47
その感触に思わず身体を引きそうになると、雅に引き寄せられた。
口内に何かが入り込む。
それが雅の舌だとわかるまでには、結構な時間がかかった。
入り込んできた舌は遠慮がちに、でも、不作法に桃子の口の中を探っていく。

コンサートの後よりもずっと激しく動いている心臓に、呼吸の仕方もわからなくなる。
どうして雅からこんなことをされているのか考えようとしても、考えられない。
それでも、雅が慣れていないであろうことはわかった。

心臓の音が耳につく。
逃げ出せばいいのに、逃げ出すことも出来ない。

頭が上手く働かない。
絡みつく舌に思考も捕らわれる。
身体を隠しているシーツをぎゅっと掴む。
525 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:47
シーツを掴みすぎて、指が痛みを持っていることに気がついた頃、雅の唇が離れた。
桃子は小さく息をつく。
唇が離れるまで、息苦しさも忘れていた。

「出来るよね?」

出来ないとは言わせない。
そんな響きを持った声だった。
尋ねていると言うよりも、しろ、という命令のように聞こえる。

「あたしがしたこと、そのまますればいいんだよ」

雅が自分の唇を指先でなぞった。
どくん、と桃子の心臓が音を立てる。
526 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:48
「もも。出来ないの?」

ううん、と首を振って答える。
雅が桃子のパジャマを引っ張る。
威圧的な目で見つめられて、目がそらせない。
ほんの数ヶ月の差ではあるが、雅よりも年上なのに、これではどちらが年上かわからない。

「じゃあ、して」

なんで、という思いもあるが、雅の声に逆らえそうになかった。
今度は桃子の方から、顔を寄せる。
唇に触れて、舌を差し入れる。

すぐに雅の舌が絡みついてくるが、やはり慣れているとは思えない。
もちろん、桃子だって慣れてなどいない。
527 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:50
いつか慣れることがあるのだろうか。

どうでも良いことが頭をよぎる。
こんなことでも考えていないと、平静を保てそうにないと思うが、もう平静とは言えない状態だった。
それも当たり前のことだと桃子は思う。

ついさっきまでただの友達で、仕事仲間だったはずの雅とキスをしているなど、おかしなことで、平静でいられるわけがなかった。
ぎこちなく絡んでくる舌に、体内を血が駆けめぐる。
血管の中を走る血の音が聞こえてきそうだった。
体温が上がる。
きっと、顔も赤くなっているに違いない。

唇をゆっくりと離す。
意識的にそうしたわけではないが、自然とゆっくりになった。
528 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:51
「もも」

唇を離すと体温が伝わってくるような熱っぽい声で呼ばれて、シーツを剥がされた。
手を引かれる。
雅の手は熱かった。
自分と同じように、体内を血が駆けめぐっていたのだろうかと考える。
けれど、すぐにその思考は遮られた。

「触って」

予想もしなかった言葉に、考えるより先に聞き返してしまう。

「え?どこ?」

答えは言葉ではなかった。
手をさらに引っ張られる。
引っ張られた手が置かれた場所は胸の上だった。
桃子は無意識のうちに手を引こうとするが、雅に強く腕を掴まれる。
529 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:51
「いいから」
「良くないよ」
「いいんだってば」

桃子の腕を掴んでいる手にさらに力が入った。
押し倒されるのではないかと思って、身を固くした。
だが、押し倒されるのではなく、引き倒された。

ベッドの上。
見えたのは枕でもシーツでもなく、雅の顔だった。
桃子の身体の下には雅がいた。

「やなの?」

なにが嫌なのかは聞かれなかったが、想像は出来た。
こういったシチュエーションから導き出されるのものは一つで、たぶん、その一つは間違いではない。
530 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:52
「そういうわけじゃ……」

咄嗟に口にした言葉に自分で驚き、言葉が途切れる。
これから起こるであろう事を受け入れるつもりがあるのかと、自分で自分に問いたくなる。

「じゃあ、いいじゃん」

言い淀んだ言葉は雅に引き継がれ、桃子の未来が決定される。
その決定された未来に、言い返そうとも思わない自分にまた驚いた。

「脱ぐ?」

尋ねる声が掠れる。
531 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:55
「このままでいい」

雅の声は、いつもと何らかわりがないように聞こえた。
翻弄されている、と思う。
雅の態度は随分と高飛車に思えたが、桃子と同じで経験はなさそうに見える。
自分とあまりかわらない位置に雅はいる。
それなのに、どうして雅に逆らえないのかわからないし、何故、自分がこんな風に扱われるのか理解出来ない。
雅が何を考えているかわからないが、それ以上に自分が何を考えているのかわからなかった。

桃子は雅のパジャマのボタンを一つずつ外す。
全部外してしまうと、前をはだけて肌を露わにする。
初めて見るわけでもない身体が見える。
532 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:55
浮き出た鎖骨。
小さな胸。
柔らかそうなお腹。
傷一つ無い肌。

どくん、と心臓が大きく脈打つ。

雅が近くにいるとする感覚。
皮膚がぴんっと伸びるような感覚。
今は皮膚が引っ張られて痛いぐらいに感じる。

緊張しているのだと思う。
呼吸のリズムが崩れていた。
吸って、吸って、吐いて、吸って、吸って。
息が苦しい。
533 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/20(土) 01:57
電気はついたままだった。
明るい部屋なのに、雅がよく見えないような気がする。
雅の輪郭がベッドサイドの明かりに滲んで消えそうに思えた。
桃子は雅が光に溶けて消えてしまわないように、雅の身体に手を這わせ、その存在を確かめる。

首筋から鎖骨を撫でる。
鎖骨を辿った指先はその下へ。
小さな胸を撫でて、ぷくりと尖って見える突起を摘む。

雅にこんなことをしていいのかわからない。
わからないくせに、雅の声が聞きたかった。
534 名前: 投稿日:2010/02/20(土) 01:58

535 名前: 投稿日:2010/02/20(土) 01:58
本日の更新終了です。
536 名前: 投稿日:2010/02/20(土) 02:01
>>511さん
去年も今年も来年もももみや!

>>512さん
みやもも初め、ありがとうございます。
Buono!でしたら、嬉しいです♪

>>513さん
ありがとうございます♪
短編集、のんびり更新ですがよろしくお願いします。
537 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 00:15
めずらしく積極的な雅ちゃん イイッ!!
538 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 17:26
これが巷で噂の『誘い受け』ってやつか?w
すごく新鮮だね!
539 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:20
桃子の指先の動きに、雅の身体がびくんと震えて硬くなる。
思わず手を離しそうになると、その手を掴まれた。

「してよ」
「ごめん」

訳もわからず謝る。
雅が掴んだ桃子の手を胸へ押しつけた。
伝わってくる柔らかな感触にまた手を離しそうになるが、雅の手が邪魔で離すことが出来ない。
落ち着きを無くした心臓がうるさい。

手は雅に掴まれていて、上手く動かせない。
桃子は少し考えてから、鎖骨へ舌を這わせた。
舌に触れる雅の身体は柔らかくて硬い。
滑らかな肌の下に隠されている骨の感触まで舌先に伝わってくる。
すうっと舌を滑らせて胸の上へキスを落とすと、掴まれていた手が離されて、自由になった。

ゆるゆると胸に手を這わす。
硬くなった突起を指先で強く擦るように撫でると、今まで雅から聞いたことのない声が聞こえた。
540 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:22
「んっ、も、もっ」

普段話す声とも歌声とも違う掠れた高い声に、思わず雅の顔を見た。
桜色に染まった頬に薄く開かれた唇。
指先を動かすと眉根が寄せられ、少し苦しそうにも見える表情に変わる。
気がつけば、雅の呼吸が荒かった。

「みや。やっぱり……」

桃子の手は止まっていた。
言葉も途中で止まっていた。

桃子からは苦しそうに見えるが、苦しいわけではないことぐらいわかる。
けれど、見たことのない雅にどうすればいいのかわからなくなっていた。
ここまでしておいて、やめてしまいたくなる。

「もも」
「気持ちいいの?」

威圧的な声で名前を呼ばれて、つい尋ねてしまう。
541 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:24
「いい。だから、続けて」

声は小さかったが、明瞭なものだった。
雅の手が桃子の背中に回り、催促するように抱きつかれる。

桃子は誘われるように、胸を撫で、さらに手を滑らせて肋骨の上を撫でた。
胸の先端をゆっくりと口に含んでみる。
舌先で突起に触れると、引き寄せられてさらに身体が密着した。

呼吸に合わせて上下するお腹の上を緩やかに撫でる。
突起を舌先で押して、軽く吸う。
甘噛みすると、背中へ回された腕に力が入った。
さっきの威圧的な声が嘘のような、雅の甘ったるい声が聞こえてくる。
その声は頭の中に直接響いて聞こえて、桃子の呼吸のリズムをさらに狂わせていく。
今まで、そう暑さを感じなかった部屋が暑い。

雅の反応が少し怖かった。
桃子の指先や舌に過敏に反応する身体を見ていると、今まで保ってきた関係が崩れていく音が聞こえるような気がした。
542 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:25
「ねえ、みや。こういうの、……良くないよ」

胸から顔を離し、雅を見る。
意志の強そうな目と、桃子の目が合う。

「あたしはいい。ちゃんと最後までしてよ」
「最後?」
「そう、最後」

雅の手が桃子の背中をするりと撫でて、背筋にぞくりとしたものが走る。
桃子の身体がぴくりと反応する。
雅から身体を離そうとすると、ぎゅっと抱きしめられて耳元で囁かれた。

「こんなところで、終わらせないでよ」
「ごめん」

さっき謝ったばかりなのに、反射的にまた謝る。
催促された通りに、止めた動きを再開させる。
脇腹を撫で上げ、胸へ手を置く。
指先を動かすと、また耳元で囁かれた。
543 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:26
「ここじゃなくて、違うところ触って」
「どこ?」
「……下」
「え?どこ?」

ぼそりと言われた言葉に、思わず聞き返す。
聞こえなかったわけではないが、聞き返さずにはいられなかった。

「聞こえなかった?」

怒ったような冷たい声が聞こえてくる。
もう一度聞き返すわけにはいかなそうで、桃子は胸から下へと手を滑らせた。

雅の言葉がどこを指しているかはわかっていた。
胸ばかり触っていても、雅が満足しないであろうことにも気がついていた。
けれど、そこへ手を伸ばすのは躊躇われた。
そこに触れてしまえば、二人の関係は確実に変わってしまうし、冗談でしたと笑って済ませることも出来ないだろう。
544 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:28
パジャマのズボンに手が触れたところで、躊躇いが表に出る。
手が止まって動かない。
雅がまるで命令するように桃子の名前を呼ぶ。

ふう、と小さく息を吐く。
きっと、もう逃げられない。
いや、初めから逃げるという選択肢は用意されていなかった。
桃子は、雅が決めたことを実行するしかない。
躊躇っても戸惑っても先へ進むしかなく、雅はそれを望んでいる。
そして、桃子も雅の意志に従うことを嫌だとは思わない。
自分がそれを望んでいるかは判然としないが、結局は雅の言うとおりにするしかないだろうと思っている。

パジャマのズボンに手を入れ、さらに下着の中へと手を入れる。
下着の中、ゆっくりと手を進めると、指先にぬるりとしたものが触れた。

「みや。あの、これ……」

濡れてる。
気持ちが良い。
そういうことだよね。
545 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:29
色々な言葉が頭に浮かぶ。
喉がやけに渇く。
乾いた喉は、言葉が口に出る前に止めてしまう。

「もも。手、止めないで」

指先に張りついた液体に驚いて、手と言葉を止めたままでいると、雅の声に急かされる。

桃子は恐る恐るぬるりとした液体が張りついた指を動かす。
ぷくりと腫れた突起の上を滑らせ、指を奥へと進ませると、べたりと張りつく液体の量が増える。
指はあっという間に雅から溢れ出た液体に汚された。

そろそろと指を動かして、突起を撫で上げる。
雅の身体がびくんと震えて、背中に回されていた手が肩を掴んだ。

「大丈夫?」

問いかけると、こくんと雅が頷いた。
546 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:31
「もっと、ちゃんとしてよ」

掠れた声に急かされる。
早くしろと言わんばかりに、掴んだ肩に軽く爪を立てられる。

指先に少しだけ力を加える。
濡れた突起をゆるゆると撫でると、雅の身体が硬くなるのがわかった。

「んっ、はぁ…あっ」

遠慮がちな喘ぎ声が聞こえてくる。
巧みなとは言い難いものだったが、桃子の与える刺激によって、指先にまとわりつくぬるぬるとした液体の量が増していく。

桃子は溢れ出た液体の上に指を走らせるような力加減で、雅に触れ続ける。
雅の反応を楽しむような余裕はなかった。
ただひたすらに上下に指を這わせていると、雅が焦れたように腰を擦りつけてくる。
547 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:32
「もも、もっと」

強く。
押しつけられた雅の身体に、言わなかった言葉が聞こえてくる。

焦らすつもりはなかった。
ただ他人のこういった場所に触れることが怖くて、緊張しているだけだ。
今にも壊れそうなガラス細工を扱うように、全てのことに対して慎重になってしまう。

「これぐらい?」

さっきよりも強く。
力を加えた指の腹で突起を擦り上げると、雅が頷いた。

指先にまとわりついた液体を塗りつけるように突起を撫でる。
相変わらず動きは単調なものでしかない。
それでも、雅の呼吸は息苦しそうなものに変わっていき、聞こえてくる声が色の濃いものになっていく。
548 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:33
すぐ近くで聞こえる息遣いや声。
近くで息遣いや声を聞くだけなら、過去に何度も経験している。
けれど、その息遣いや声の質が違うから、桃子は正常な判断が出来なくなる。
自分が触れることによって、普段は見ることの出来ない雅を見られることに、良いとか悪いとか、そんな考えが吹き飛ぶ。

もっと違った顔を見せて欲しい。
もっと違った声を聞かせて欲しい。

そんな思いが大きくなる。
指先を動かしたまま、雅の顔を見る。

目は閉じられていた。
頬は赤い。
眉根は苦しそうに寄せられている。
口は開かれ、息を吸ったり吐いたりを繰り返している。

そんな雅は、とても綺麗に見えた。
吐息混じりの声が耳に残る。
549 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:34
ゆるゆるとだった指の動きを少し早める。
雅の呼吸が早くなる。
突起を擦り上げる。
開いていた唇が閉じられた。

声が止む。
桃子は指先に力を加える。
声を出さない雅に爪を立てられた。
しがみついてくる雅の身体は力が入っていて、もう絶頂を迎えるのだとわかった。

聞きたかった声は聞こえない。
肩に食い込んだ爪は、桃子の意識を鮮明にさせた。
痛みと共に、雅の声や顔が記憶に刻み込まれた。


550 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:36

朝起きたら、明かりがついたままだった。
眠ってしまう前後のことはよく覚えていない。
ただ、全てが終わってしまうと、雅は黙りこくってしまって何も喋らなかった。
だから、桃子も何も喋らずにベッドへ横になった。
聞きたいことはいくつもあったが、聞けるような雰囲気ではなかったから、雅に背を向け、全てを胸にしまったままシーツにくるまった。
雅の呼吸が整うと、ごそごそと音が聞こえて、それがはだけたパジャマを直している音だと気がついた頃には、雅は隣にいなかった。

当然、目が覚めた今も隣に雅はいない。
桃子はくるりと寝返りを打って、隣のベッドを見る。
ベッドには大きなシーツの塊があって、その塊からは雅の顔がちょこんと出ている。
雅は、ちゃっかりとタオルを枕へ敷いて眠っていた。

寝顔は随分と安らかなものだった。
散々人に命令したと思ったら、何も言わずに隣のベッドで眠ってしまった人間がするような寝顔ではないと桃子は思う。
何だか苛々として、枕を投げつけようとしたら雅の目がぱちりと開いた。
551 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:37
「……昨日のこと、黙っててよ。誰かに言ったりとか、なしだからね」

今まで寝ていたとは思えないようなはっきりとした声で言われる。
もしかすると、眠っていたように見えただけで、雅は起きていたのかもしれなかった。

「うん」

投げかけた枕を抱きかかえて返事をする。
昨日、雅としたこと。
それは人に言いふらすようなことではなかった。
雅に言われなくても、黙っているしかない。

「今、何時?」

枕元に置かれた携帯を無視するように雅が言った。
自分の携帯を見ればいいのに、と思いながらも、桃子はサイドテーブルに置いてある自分の携帯を取って時間を見る。

「六時」
「じゃあ、もう少し寝る」

ごろりと雅が寝返りを打って、桃子に背を向ける。
しばらくすると、本当に眠ってしまったのかはわからないが、寝息が聞こえてきた。
552 名前:『 不透明な関係 - 2 - 』 投稿日:2010/02/25(木) 06:39
目覚ましをかけた時間にはまだ早かった。
桃子ももう少し眠ろうと思う。
しかし、目を閉じるが、眠れそうにない。

昨日は眠れないと思ったのに眠ることが出来たから、今も眠れるに違いない。
そう思って、目をぎゅっと閉じる。
だが、頭の中を支配しているのは、昨日の雅の顔や声だった。

唇が乾く。
ぺろりと乾いた唇に舌を這わせても、頭にあるものが消えない。

これから、どんな態度を取ればいいのかわからない。
あんな雅を見てしまって、今まで通りに過ごすのは難しいことのように思える。
それでも、今日もいつもと同じように仕事があって、これからも同じような毎日が続く予定だ。

振り払えない頭の中の雅にため息が出る。
同じように続く毎日の中、雅のことを今までと同じように見ることは、桃子にとって不可能なことのように思えた。



553 名前: 投稿日:2010/02/25(木) 06:40

554 名前: 投稿日:2010/02/25(木) 06:40



『 不透明な関係 - 2 - 』



- END -
555 名前: 投稿日:2010/02/25(木) 06:43
3へ続きます。

>>537さん
こういうみやびちゃんを書くのは楽しいです。

>>538さん
そうですね。たぶんきっと、噂の誘い受けってヤツだと思いますw

556 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/26(金) 01:51
みやちゃん新鮮
557 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/26(金) 14:59
2は1の続きなんですか?
なんか違うように感じる部分があるのですが
読解力が足りない私にぜひ教えてください!!
558 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/06/14(月) 05:14
お待ちしてます。
生存報告でもいいので一言お願いします。

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