花に願いを
1 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/04/26(土) 18:24
「ハルカゼにのって」を書いていた玄米ちゃと申します。
また夢板でお世話になることにしました。

タイトルの『花に願いを』を始める前に、
「ハルカゼにのって」スレ内で書いたクリスマス短編「Cake」
の続きが出来上がってしまったので、先にこちらから始めます。
前作同様、どうもこちらのキャラは暴走してしまい、
思った以上に長い作品になり、またまた中編になってしまいました・・・

もし、よろしかったらお付き合いください。

CPはいしよし、
あれから4ヵ月たった二人のお話になります。

ここから読んでも多分大丈夫かと思われますが、一応。
『ハルカゼにのって』の347〜494が「Cake」です。

2 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:25




3 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:26



はぁ・・・



はあー



ハア〜〜



4 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:26

「ねぇ、柴ちゃん。ため息の三段活用ってあるんだね」
「まいちん、三段活用の使い方、間違ってると思うよ」
「え〜〜!!だって、『はぁ、はあ、ハア』だよ?」
「『はぁ、はあ、ハア』って、全然活用してないから」
「『はぁ、はあ、ハア』なのに?」
「『はぁ、はあ、ハア』のどこが?」

「ねえ、真昼間から、なに『ハア、ハア』言い合ってんの?」

「あ、美貴」
「いつ来たの?」
「今。店入って来たら、あんた達、『ハア、ハア』言い合ってるし。
 何?欲求不満?」
「バカ。私はマサオと毎晩のように・・・」

「「ほお〜」」


5 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:27


ハア〜〜〜


「あら、さっきよりも深いため息」
「あんたらが『ハア、ハア』言ってたのって、あの黒い人のため息のこと?」
「せーかい」


ハア〜〜〜〜

「あちゃー、そうとう重症だわ」
「何かあの周囲だけ、空気が澱んでる」
「あれは絶対、アイツのせいだな」

一同、腕組みをして頷く。


6 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:28

「まいちんは、原因何だと思う?」
「えー、よしこの浮気?」
「んな訳ないでしょ。だって、よっちゃん、梨華ちゃん見るとき、
 目じりが3割増で下がってるもん」
「だよねー」

「柴ちゃん、どう思う?」
「梨華ちゃん来てからさ、よっすぃ〜がよくフロアに出て来るじゃない。
 今まではずっと厨房にいたから、みんな気付かなかったみたいだけど、
 最近、カッコイイ人がいる〜って、どんどん広まっちゃって、
 今じゃ、女子高生中心にモテモテでしょ。彼女としては、気が気じゃないんじゃない?
 今だって、ほら・・・」

柴田あゆみの指差す先には、真っ白なコックコートに身を包み、
女子高生たちに囲まれた吉澤ひとみがいる。

「まあ、あのおかげで店の売上も伸びてるからね〜」

7 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:29



「・・・フフフ、甘いな、君達」
「何、その不適な笑み」
「目付きだって怖いのに、笑みまで怖いってどうよ」
「あ、そういうこと言っちゃう?じゃあ、教えてあーげない」
「何、何?教えて?お願い、美貴様」
「どっしようかなあ・・・」

「「お願いっ!!」」

「仕方ないなあ、美貴はね、ズバリ。Hだと思う」
「「えっ、エッチ?!」」
「シーッ!声がデカいよ」

幸い、誰も気付いていないようだ。

「待ってよ。だって、あの日さ、よしこが熱出した次の日。
 ここで、寸前までしてたの見たっしょ?」
「見た見た。よっすぃ〜『このままシテもいい?』って聞いてたよね?」
「んだ、んだ。しかも熱出して、汗かいたからか知んないけど、真っピンクの
梨華ちゃんのトレーナー着てたよね?」
「そうそう。あれはあり得ない」

「いや、だからさ。ああ見えて、よっちゃん意外とヘタとか」
「そーれはないでしょ。めっちゃ手先器用だし」
「もしくは、変態プレイが好きとかさ」
「あ、それなら、ありえそう」

8 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:29


ハア〜〜〜〜〜

「ねえ、あのどんどん深くなるため息、そろそろ止めた方がいいと
 美貴は思うよ」
「だよね」

「梨華ちゃん、意外と肺活量あるんだね」

「・・・えっ?何?二人のその目」
「いやー、まいちんの着眼点には、ほんとビックリするよ」
「それって、まい、ほめられてんの?」
「そう思ってれば、人生幸せに暮らせると思う」
「じゃ、そう思うことにする」

「それより早く、あの黒い人、どうにかしようよ」
「柴ちゃん、聞いてきなよ。Hで困ってんの?って」
「ミキティが聞いてきなよ」
「そういうデリケートな事は、親友が聞いてくるべきでしょ?
 で、私たちに教えなさい」
「え〜〜」

「ほら、早くっ!!」

9 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:30


**********


10 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:30





ハア〜〜

何でだろ?
わたし、魅力ないのかなぁ・・・


ハア〜〜〜


11 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:31

去年のクリスマス、柴ちゃんに頼まれてから
わたしはここ『ケーキショップマーシー』でアルバイトをしている。

ここに来た時は、お付き合いしていた彼にフラれたばかりで、
でも彼をほんとに好きだったのかと言うと、そうでもなくて・・・


ここに来るまでのわたしは、相手に告白されてお付き合いして、
このまま続いていくのかなぁ。
好きになれるかもなぁ。
なーんて、ちょっぴり自分が盛り上がり始めた頃に、決まってわたしの方がフラれていた。

『なんか想像してたのと違う』って理由で――

そりゃさ、見た目こんなだけど、お料理全然出来ないよ。
ちょっと前まで、まな板あるけど、包丁なかったし。
それに、お片づけも苦手だよ。
でもさ・・・
そんな言い方ひどいじゃない?

柴ちゃんに言わせれば、見た目チョーかわいい女の子で
中身はオヤジだって。

仕方ないじゃない。それがわたしなんだもん。

12 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:32

そんなわたしに、去年のクリスマス、サンタさんはプレゼントをくれた。
ちゃんと、この人のこと好きだって、自分が胸張って言える恋をしたいって、
そして、その人と素敵なクリスマスを過ごしたいって思ってたわたしに、
心からトキメク人に出会わせてくれた。
そして、あっという間に恋に落ちて、両想いにもなれて・・・


あの日、あなたに抱きしめられて、情熱的なキスを交わして。
あなたに直接触れられた肌は、思い出すだけで今も熱を帯びてくる。

だって・・・

だって、あれから、あなたは――


ハア〜〜〜〜〜


13 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:32


「りーか、ちゃん」
「あ、柴ちゃん」
「どうしたの?そんなに大きなため息ばっかりついちゃって」
「うん・・・」

柴ちゃんは、同じ大学で、わたしの親友。
そして、このお店の店長のマサオさんの彼女でもある。
最近はね、柴ちゃんとマサオさんが、その・・・、
身も心も愛し合っちゃったりしてるのが、会話の端々から伝わってくるから、
余計に凹んじゃうんだよね・・・



「アレが原因?」

柴ちゃんが、女子高生に囲まれているひとみちゃんを指差す。
頷くわたし。

14 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:33

「やーっぱりね。梨華ちゃん、ちゃんと叱らなきゃダメだよ」
「叱った方がいいの?」
「当たり前でしょ。思ってることはちゃんと言葉にしなきゃ」
「でも・・・言いづらいよ」

「ダーメでしょ。ちゃんと目を見て伝えなきゃ!」
「目、見て言うの・・・?恥ずかしいよ」
「恥ずかしい?何言ってんの。怒って良いんだって。
 場合によっちゃ、馬乗りになって――」

「う、馬乗り?!無理、無理。わたしからそんな事できないもん」
「甘いって、梨華ちゃん。一発バーンっと決めなきゃ!」
「し、柴ちゃん。そんな大胆な・・・」

「ダメだよ、女は度胸!」

「だ、だって、わたし初めてだし、ひとみちゃんにリードしてもらわないと
 ど、どうしていいか分からないもん」

15 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:34

「・・・?――リード?」

「うん。勢いで馬乗りになれたとしても、そこからどうしていいか分からないもん。
お洋服とか自分で脱いだ方がいいのかな?
 ひとみちゃんのは、わたしが脱がした方が――」

「ちょ、ちょっと待って!ほんとだったの?!」

柴ちゃんが、真っ赤な顔してる。
いつの間にか、すぐ横に、まいちゃんと美貴ちゃんもいる。
二人とも、何でニヤニヤしてるんだろ?


「り、りか、ちゃん。私が今言ってたのは、よっすぃ〜が女子高生に囲まれて
 ウハウハしてるから、一発ビンタをくらわせたらって事だったんだけど・・・」

「え゙っ!!」


16 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:34

「美貴ってすごいね。野生のカンしてる」
「まさか的中するとは、自分でも思わなかったわ」


美貴ちゃんに肩をガシッと掴まれる。

「そーか、そーか。それで悩んでいたんだねぇ。かわいそうに・・・」
「お二人はまだ、そこまで行ってなかったと。よしっ!まいも、相談乗るよ!」

「み、みんな・・・やさしい」

「だってさ、あの日せっかくのチャンスを潰しちゃったのは、美貴達だし」
「その日の焼肉パーティーで、よしこに飲ませすぎて、潰しちゃったのも
 まい達だし。責任があるってもんだ」

「二人とも・・・本当にありがとう!!」
「いや、梨華ちゃん、この二人は好奇心だけだと思うよ・・・」



「「しっかし、あのヘタレはどうしようもないな」」

17 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:35


**********


18 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:36


「ヘーックションッ!!」

「吉澤さん、風邪ですか?」
「あ、いや。そんなんじゃないと思う。多分」
「でも、ひき始めが肝心ですから。今日、絵里が看病してあげます!」
「ずるーい!さゆがするの」
「なん言いようと、れいながするけん!」
「ダメ。小春がします!」
「いや、愛佳に任せて下さい」

「あー、いいって。大丈夫だから」


参ったな。
みんなお客さんだし、あしらえないし。
店長は、ニヤニヤしてるだけで、助けてくれないし、
最近じゃ、完全に客集めに使われてる。

梨華ちゃんは、梨華ちゃんで、あっちもニヤニヤした3人組につかまっちゃってるし。
誰か、助けてくれよ〜

って、やっぱ無理か。

19 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:36

「あっ、UFO!!」
「どこ?」
「どこ、どこ?!」

今のうちに――


「そんな子供だましに引っかかる訳ないじゃないですか」

「だ、だよね〜」

はあ〜〜〜

20 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:36



21 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:37

「お疲れ〜、モテる男はつらいなあ」
「店長、少しは助けて下さいよ。それにアタシ、女ですから女!
 しばらく、厨房から出るの、やめよっかな」
「ほお〜、キミにやめる事が出来るかね?
 梨華ちゃん来たら、ホイホイ出て行くの、お前だろ」
「そんなことないッスよ」


「よっすぃ〜」

私服に着替えた柴ちゃんが、厨房を覗く。

「おう、お疲れ」

営業時間は終了。
アタシと店長だけ、明日の仕込み中。

「あゆみ、ちょっと待っててな。このバカが、日中、女子高生と油ばっか売ってるから」
「店長っ!そりゃないッスよ」

「あ、えーと、マサオ。今日は、ちょっと梨華ちゃんとね」
「え?」

「ということで、店長、柴ちゃんを借ります。
 そこのヘタレも、今日は梨華ちゃん借りてくゼ!」

柴ちゃんの後ろから、まいちんと美貴が顔を出して言う。

22 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:37

「あれ?みんなでどっか行くの?じゃあ、店長いなきゃはじまら――」
「「結構です!」」

店長、かわいそー。
じゃあ、アタシは・・・

「「ヘタレは論外」」

な、なぬー!!
この二人、今日は息がぴったりじゃねえか。


「お前ら、人の事、ヘタレ、ヘタレって何だよ」

「ヘタレの為に、貴重な時間を美貴達はさいてあげるわけ。
 少しは感謝しろよな」

「意味、わかんねーよ」

「じゃ、シーユートゥモロー」
「バイバーイ」


「何だ、あいつら・・・」


「何かここだけ、寂しい風が吹いてるなぁ・・・」
「風なんか吹いてないっスよ。ここ、室内ですから」


「なあ、よっすぃ〜、女房においていかれる亭主って、こんな気持ちなのかな――」


23 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:38


***********


24 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:39

「「「「カンパ〜イっ!!」」」」


「クハ〜ッ、うまい!」
「仕事の後のビールはサイコーだね」
「だね」

わたしを除く3人は、あっという間にジョッキを飲み干し、
次々にお刺身、乾きもの、ありとあらゆるものを注文していく。


ハア・・・

「りーかちゃん。ため息ばっかついてないでさ、まずはパア〜っと飲もうよ」
「そうそう」

あたりめ同士で乾杯なんかしながら、柴ちゃんとまいちゃんが言う。

柴ちゃんはいいなあ・・・
最近、ますます綺麗になってるもの。
やっぱり、愛し合うって、人を綺麗にするんだね。

25 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:39

「ほら、まずはジョッキを飲み干せ」
美貴ちゃんにジョッキを握らされる。

「いっぱい飲んで、包み隠さず話してごらん。お姉さんたちが聞いて差し上げよう」
「お姉さんたちって、美貴ちゃん、同い年じゃない」
「まあ、カタイこと言わないで。グイっと行こうよ」
「・・・うん」

グビッ

「そうそう。その調子」

グビグビッ

「いいね〜」

26 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:40

グビグビグビグビ

「おー、梨華ちゃん。いい飲みっぷり!」
「ミキティ、あんまり飲ませちゃダメだよ。梨華ちゃん強くないんだって」

「柴ちゃん、飲まなきゃ話せないっしょ。今日の内容は。ねえ、美貴」
「そうそう。お兄さ〜ん!このお方にもう一杯ちょうだーい!!」
「ミキティってば」



ガンッ!!

「り、りかちゃん?!」
「ジョッキは優しく置こうね〜」

「・・・日本酒飲む」
「へ?」

「強いお酒チョーダイ」
「りーかちゃん。サワーにしといたら?」
「柴ちゃんは黙ってて。身も心も満たされている柴ちゃんの言うことなんか
 聞かないもん」

「おーっと、それって梨華ちゃんは満たされてないと言うことかな?」

満たされてないよ・・・
だって、
だって!

27 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:41

「まいちゃん!わたしって魅力ない?」
「は?まいは、梨華ちゃん見て発情しないけど・・・イッテ!
 二人して何ゆえ、足で蹴る?」

「梨華ちゃん。美貴は梨華ちゃん、充分魅力的だと思うよ」
「私もそう思う」
「でも・・・ひとみちゃんとは、あれから進んでないんだもん」

「つまり、あの日。店でいい所まで行ったのに、その後何の進展もないと?」
「うん・・・だって、あれからもう4ヶ月経つんだよ。なのにさ・・・」

あの日、わたし覚悟したのに――

ひとみちゃんの長い指が、服の中に入ってきて
わたしの肌に直接触れたとき、この人になら、って・・・


はじめて自分から恋した人。

あなたに全てをアゲルって、
あなたになら、全てをアゲラレルって、
そう・・・思ったのに――

28 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:41

「つまりだ。あの手の早いよしこが、梨華ちゃんにだけは
 今だ手を出さないと、こういうこと?――イテッ!
 だから、何ゆえ二人して足を蹴る?」


手、早いんだ・・・
そうだよね。
だって、あの時だって、出会って4日目だもの。
ひとみちゃんは、わたしをずっと見てたとか言ってくれたけど
ほんとはどうなんだろ?


「まいちん、やっぱバカだろ?」
「バカじゃないと言いたいけど、今のは失言だったことを認めます」

「梨華ちゃん。私思うけど、よっすぃ〜は、梨華ちゃんのことを
 大事にしてくれてるんだと思うよ。好きすぎて手が出せないって言うかさ・・・」

「じゃ、どうして、あの日あんなことしたの?大事にしたいなんて訳ないじゃない。
 どうせまた、なんか違うって、わたし捨てられちゃうんだ・・・」

29 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:42

「――本当にそう思うの?」

柴ちゃんの目がきつくなった。

「梨華ちゃん、ほんとにそう思ってるの?よっすぃ〜の事信じられないの?」


信じたいよ・・・

だって、ひとみちゃんは、とっても優しくて。
いつも優しい目で、心で、わたしを包んでくれる。
家まで送ってくれた日は、キスだってしてくれる。
お家に来てくれたら、わたしの苦手なお片付けだって、お料理だってしてくれる。
ソファに座って、抱っこだってしてくれるし、
そのまま向かい合って、深いキスをして・・・


「そこまで行って、よしこは何で押し倒さないかなあ?」
「美貴だったら、我慢できないね」

やっぱり、そう思うよね・・・

ハア〜〜〜〜、グビグビ

30 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:43

「梨華ちゃん!もっと飲もう!
 飲んで、酔った勢いで、ヘタレを襲っちゃえ」
「あ、いいかも。美貴思うに、よっちゃんキッカケが掴めないだけなんだと思うんだ。
 だって、梨華ちゃんスキスキオーラはキモイほど出てるもん」

「そ、そう?」

「マジよマジ。まいも思うね。よしこ、梨華ちゃんが来た時だけフロアに来るから。
 まいが出勤しても、厨房から出てきやしない」
「よっちゃん、単純だからね。すぐわかんのよ。いっつも梨華ちゃんを目で
 追っちゃってるもん」

「――分かった。飲む!」

グビグビ。
グビグビグビ。

「梨華ちゃん、ほんとにそれでいいの?」

柴ちゃんは、分かってない。
もういいもん。こうなったら意地だもん。

ひとみちゃん!覚悟しときなさいよっ!!

31 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:43




32 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:44


「ウィ〜、ヒック」

「お前ら、なんだってこんなに飲ませたんだよ?」
「あーら、それは自分の胸に問いかけてごらんなさい」
「迷えるヘタレよ。今日こそ狼になるべきです」

「なんだ、こいつら。訳わかんね。柴ちゃん、何言ってんの、こいつら」
「うーん。まあ、そういう事よ」
「何だよ。柴ちゃんも酔ってんのかよ」


ほら、しっかりしろって。

そう言って、ひとみちゃんはわたしを支えてくれてる。
世の中が何だかクルクル回ってて、おもしろい。


「何だって、こんなに飲んだんだよ。強くねーだろ、お酒」
「ウィ〜」
「はあ〜。ほら、危ないからもっとしっかりつかまれって。
 支えてるから、大丈夫だから」

あなたは優しい。
こうしてすぐに迎えにだって来てくれる。

でも、それはわたしだけ、なのかな・・・?
33 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:44

「柴ちゃん、店長に電話して、ちゃんと迎えに来てもらえよ。
 危ないから、一人で帰るなよ」

わたしだけ、見てよ・・・

「そこの酔っ払い二人。タクシー呼んでやっから、待ってろ」

どうして、みんなに優しいの?


「ったく、どいつもこいつも」

わたしだけじゃない、あなたが優しくするのは。
あなたは誰にでも優しい・・・



「――大丈夫、だから。わ、たし、タクシーで、帰る」
「はあ?」
「いい。美貴ちゃん、と、まいちゃんと、帰る、から」

あなたの腕をほどこうとする。
こんなわたし、見せたくない。
もう、心の中がぐちゃぐちゃなの。

あなたでいっぱいで。
あなたが好きなのに。

もうどうしたらいいのか、わからない――

34 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:45

「アタシが送る」

え?

腕を引かれて、よろけたら
腰をがっしりつかまれた。

「こんなに色っぽい酔っ払いは、ほっけとねぇし」

い、今、なんて言ったの?

「こいつ、フラフラだから、先行くわ。
 みんな、ちゃんと帰れよ。で、明日、ちゃんと仕事来いよな!」

「ヘタレこそ、しっかりやることやれーい!!」
「フーフー」

35 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:45

「ったく!何なんだ、アイツら。
 こんなグデングデンじゃ、チャリの後ろ乗れねぇだろうな。
 仕方ないか、ほれ」

突然、ひとみちゃんが目の前にしゃがみこむ。

「早く乗れよ。おんぶしてってやるから」
「だ、だいじょうぶだよ」
「んな訳ないだろ。あっちフラフラ、こっちフラフラしてんじゃん。
 こっからじゃ、タクシーも近すぎて悪いし。
 いいから乗れって」

恐る恐るひとみちゃんの肩に手をかけて
背中に抱きつく。

よいしょっと


「――ごめんね」
「いいよ、別に」
「重い?」
「すげー、重い」
「もうっ!」

叩く代わりに、背中にギュッと抱きついた。

36 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:46




「・・・好き」

耳元で囁いたら、みるみるあなたの耳が真っ赤になった。
お酒の力ってすごいな。
何だか、溢れる気持ちが、素直に言葉となって出て行く――

あなたの首筋に顔を埋めた。

「フフ、くすぐったいって」
「だって好きなんだもん」
「おう」
「おうって何よ」
「おうはおうだ」
「おうじゃヤダ」

真っ白な頬にキスした。

「酔っ払ってんだろ?」

振り向いたあなたの唇をふさいだ。
今日はわたしから仕掛ける。
お酒の力を借りて、あなたに甘い罠を仕掛けるの。


37 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:47

わたしをおぶったまま、立ち止まると
目を閉じて、わたしの為すがままにしている。

ん、んっ・・・

もれる声がとってもセクシー。
止まらないよ、わたし。いいの?


「・・・好き」

唇を離すと同時に、思わずこぼれた言葉。
何度言っても、足りない。

ひとみちゃんが、ゆっくり目を開ける。
この瞬間がたまらなく色っぽくて、ドキドキする。
普段はボーイッシュなのに、この時だけは本当に綺麗な女の子。
誰にも知られたくない、彼女の素顔――


彼女の背中にしがみついた。
このドキドキがバレたって構わない。
今日はあなたに全てをさらけ出すって決めたから・・・

38 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:47

ひとみちゃんが、ゆっくり歩き出した。


ねぇ、何も言ってくれないの?

どうして黙ってるの?


「ねぇ」
「ん?」

何か言ってよ。
わたしだけドキドキしちゃってバカみたいじゃない。
どうして、そんなに普通にしてられるの?
何事もなかった、みたいな顔してるの?



「・・・おりる」

ひとみちゃんの背中から飛び降りようとする。

「わわっ、アブねぇって。暴れんなよ」
「おろして!」
「やめろって」
「いいから、おろして!」

無理矢理、飛び降りた。

39 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:48

「イタッ!」
うまく着地できなくて、そのまま地面にしりもちをついた。

「大丈夫?!」

ひとみちゃんが、すぐにしゃがんで、わたしを窺う。
わたしの体ごと横から支えて立たせてくれる。

「ケガ、してない?」

心配してくれるあなたに抱きついた。


「どっか痛いの?」

痛いよ、胸が痛い。
あなたが好きすぎて、どうにかなってしまいそう。

「どした?もうすぐ家着くけど歩ける?」
「・・・ス、して」
「え?」
「キスして」

顔をあげた。
戸惑ってるあなた。

「キスしてよ」

40 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:48

「・・・い、家かえろ」
「ヤダ」
「ほら、行こ?」

強引に歩き出そうとするひとみちゃんの手を振り払った。

「キスが先!」
「なーに言ってんだって。行くぞ」

また、手を引こうとする。

「イヤッ!」

ひとみちゃんの手をはじいた。


「・・・酔うと、さ――。酔うと、いつもそうなの?」
「え?」
「今までのヤツも・・・」

クソッ

小さくつぶやいて、ひとみちゃんは背中を向けてしゃがんだ。


「家まで送るから」

41 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/04/26(土) 18:49

「いい。大丈夫」

そう言って、ひとみちゃんの横を素通りした。


どうして――
どうして、思い通りにならないんだろ?

こんなに好きなのに
どうしてうまく伝えられないんだろう?


振り返らずに真っ直ぐ歩いた。
酔ってたって、ちゃんと意識はしっかりしてるもん。
自分の意思で言ってるんだもん。

そうあなたに伝えるために――


結局そのまま、ひとみちゃんは追いかけて来てはくれなかった。

42 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/04/26(土) 18:49


本日は以上です。

43 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/26(土) 21:31
待ってましたよぉ♪
いやぁ、もうなに?この背中のかゆいとこに届かないもどかしさ!w
二人とも好きすぎてバカみたい!!w

44 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/26(土) 23:12
待ってました!!
じれったい二人が最高です
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/27(日) 00:42
お帰りなさい♪待ってました。

この作品に登場する人達がダイスキだったのでまた、会えて嬉しいです。
このじれったさがたまらないです。
46 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/27(日) 03:56
玄米ちゃ様 
続きが読めるなんて嬉しすぎる!あぁ幸せです!
また飼育をのぞく楽しみができました。有難うございます。
47 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/27(日) 19:59
あああもどかしいもどかしい…(´・ω・`)
48 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/28(月) 20:38
イイヨイイヨー
49 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/05/02(金) 17:33

>>43:名無飼育さん様
 お待ち頂けたなんて光栄です。
 まごの手が必要でしょうか?
 ここの二人は、好きすぎて、少しばかりすれ違ってしまっているようです。

>>44:名無飼育さん様
 こちらもお待ち頂けて光栄です。
 じれったいですよねー。
 でも、そんな二人を書くのが作者は楽しいです。

>>45:名無飼育さん様
 これまたお待ち頂けて光栄です。
 こちらの人物たちを気に入って頂けてるようで嬉しいです。
 これを本編にしても、良かったかなぁ?
 なんて思う、今日この頃・・・

>>46:名無飼育さん様
 こちらこそ、そう言って頂けて幸せです。
 楽しんで頂けるように、頑張ります。

>>47:名無飼育さん様
 このもどかしさが、書いていて楽しくて仕方ありません。

>>48:名無飼育さん様
 デジカメ探してきます!


それでは、本日の更新です。






50 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:35




51 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:36

昨夜のこと、夢だったらいいのに――

そんな淡い期待は、痛む頭と共に消えた。
今日の授業はサボった。
どうせ大講堂で、おじいちゃん教授がよくわからない話をするだけだもん。

とはいえ、真面目なわたしの初のサボリ。
このままバイトも休んじゃおうかな?

でも、柴ちゃん。
心配するだろうなぁ・・・


<♪♪♪♪♪>


ほら、やっぱり。


52 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:36

「もしもし」
『梨華ちゃん?その声は、うまく行かなかった声だね』
「・・・うん」
『今から梨華ちゃん家、行こうか?』
「大丈夫」

『・・・バイト、おいでよ?』
「行きたくない」
『どしたの?よっすぃ〜と喧嘩でもした?』

あれって喧嘩っていうのかな?

「わかんない・・・」
『おいおい』
「だって・・・よく分かんないんだもん」

『よっすぃ〜のことキライになった?』
「なれる訳ないよ。好きすぎて自分がヤダ」
『じゃあ、ちゃんと店においで。時間置いたら、余計気まずくなるよ。
 後で寄るからさ。一緒に行こ』


53 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:37

結局、柴ちゃんに伴われて、重たい気持ちを引きずりながら、
マーシーへ行く。
道中、昨日の夜のことを、あらいざらい話した。

「焦らなくていいんじゃないかな、梨華ちゃん。
 そういうのって、人それぞれだしさ。二人の速度って言うか、そこを大事にしたら?」

お店に着いて、更衣室で着替えながら柴ちゃんが言う。

肌を合わせることが全てだとは思ってないんだよ。
これはきっと、わたしの悪いクセ。
先を考えすぎて、そこに囚われて動けなくなってるの。


「――多分ね、わたし怖いんだ」
「何が?」
「このままでいいのかなって・・・」
「このままって、よっすぃ〜と?」


どうしても考えちゃうの。
二人の将来とか、結婚出来ないんだ、とか。
パパやママのこと、悲しませちゃうのかな、とか・・・

54 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:38

「柴ちゃんは、考えない?こういうこと・・・」
「――考えなくは、ないかな」

「そうだよね。だから、なんていうのかな?
 そういう気持ち、肌を合わせたら、払拭できるのかな?
 なんて思ったりして・・・」

「まあ、一理あるかな。梨華ちゃんの言ってること。
 確かにね。そういう関係になって、距離がグッて縮まったよ。
 その・・・最中ってさ、やっぱり、この人しかいないって思うし、
 より具体的に今後のこと、話し合うようになったかもしれない」

そうだよね。
柴ちゃんとマサオさんみたいに、不安を二人で乗り越えたかったんだ。


「あ、でもね。これはマサオが大人だって言うのもあるかもしれない。
 よっすぃ〜は年下だからさ、その辺の気持ちとか、うまく処理できないっていうかさ・・・」



「あーあ、わたしもマサオさんみたいに、
 大人で包容力のある人が、理想だったのになぁ・・・」



55 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:38


   『お前、そんなとこ突っ立って何してんだ?』


え?

廊下からマサオさんの声がして、柴ちゃんと顔を見合わせた。


<ガチャッ>



「はよ、買い物行って来い」


扉を開けながらそう言ったマサオさんの後ろに立っていたのは、
俯いたひとみちゃんだった――


56 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:39

「あ、二人ともいたんだ。ごめん」
「もう、マサオは!ちゃんとノックしてから入ってきてよ!」
「ホントごめん。コイツがドアの前で、ボーッと突っ立ってるからさ」

ひとみちゃんは黙って俯いたまま・・・
もしかして今の会話、聞かれてた?


「お前大体、何やってたんだ?」


ひとみちゃんは黙ってコック帽を脱ぐと、自分のロッカーを開け、
ブルゾンを羽織った。


「――買い出し、行ってきます」

呟くように一言だけ言うと、更衣室を出て行こうとドアノブに手をかけた。


「待って!」

ひとみちゃんの背中がビクッしたのが分かった。
ちゃんと言わなきゃ。
昨日の事も今謝らないと、きっともう戻れなくなっちゃう・・・

57 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:39


「・・・ごめんなさい。わたし、あの――」

ひとみちゃんが振り返った。
片頬だけをあげて、冷めた目でわたしを見る。
一瞬で凍り付いてしまいそうなほど、温度のないカオ――




「アンタが謝る必要なんかないだろ?」


それだけ言うと、乱暴にドアを閉めて、出て行ってしまった。



58 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:40


どうしよう、わたし・・・

その場にへたり込んだ。

「梨華ちゃん、大丈夫?!」

柴ちゃんが横から支えてくれる。
でも、足に力が入らない。
手にも、体全部に。
だって、涙腺でさえ、壊れてしまって涙を止めることが出来ない。


「マサオ、よっすぃ〜はどのくらい立ってたの?」
「よく分かんないけど、気付いたらそこで突っ立ってて、
 動く気配がないから、声かけたんだよ。何かマズったよね?」

「グズッ・・・、グッ、ウウッ」


きっと全部聞かれた。
あんな冷たいカオ、始めて見たもの。
もう、ダメかもしれない。

ウウッ・・・


壊れた涙腺から、涙がこぼれる度に心が抉られるように痛んだ。



59 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:40




60 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:41

何とか涙がおさまって、柴ちゃんと一緒にフロアに出た。
柴ちゃんは、わたしが泣き止むまでずっと側にいて、背中を撫でていてくれた。

「梨華ちゃん、話せばきっと分かってくれるよ。よっすぃ〜にちゃんと話そう?」
「うん・・・」


今日の帰り、きちんと話ししよう。
わたしの思いも不安も全部伝えよう。
そして、何よりも誰よりも、ひとみちゃんが好きなんだって・・・
ちゃんと伝えよう。





「まいちん、何やってんの?」
「あ、柴ちゃんに梨華ちゃん」

まいちゃんは、なぜかドライアイスを保管してある冷凍庫に
頭を突っ込んでいた。

まいちゃんが頭を引き抜くと、頭上からホヤホヤと白い煙が出ている。

61 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:41

「頭大丈夫?」
「これ、二日酔いに効くんだよ。知らなかった?」

「そんな荒療治聞いたことないよ」
「ダァー、もうぜんっぜんダメだな、この子達は。
 これはねぇ・・・」


<カラン、カラン>


「いらっしゃいませ」


一瞬にして営業用スマイルに変わるまいちゃん。
頭からはまだホヤホヤが出てるけど。


62 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:42

「あ、ごっちん」

「ヤッホー」


後藤さん・・・

ひとみちゃんの元カノ。
随分前にここで働いていたらしく、その時ひとみちゃんと付き合っていたって聞いた。
今は、普通に友達だって言ってたけど、わたしは、正直言って彼女を見ると複雑な
気持ちになる。

綺麗な長い髪に、魅力的なスタイル。
美人なのに、ひとみちゃんに話しかけるときだけ、
とても柔らかく微笑んで、かわいい人になる。


「ところでまいちん、頭から白いモヤが出てるよ?」
「ごっちん、聞いてよ。こちらの二人ったら、二日酔いに一番効く
 頭丸ごと冷やしの術を非難するのよ」
「えー、普通におかしいよ。ねぇ、梨華ちゃん」
「う、うん」


アハッ

後藤さんが笑った。


「懐かしいねぇ。よく、よしこと二人で、まいちん頭突っ込んでたもんね」

63 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:43


――まただ・・・。わたしの知らないひとみちゃんの姿。

胸がチクリと痛んだ。
彼女は、わたしの知らないひとみちゃんを、どれだけ知っているのだろう・・・



「ごっちん。今日は何をお買い求めにきたの?それとも注文?」
「今日はね、『M』ちょうだい」
「は?」
「だから『M』ちょうだい」

「・・・『M』って何?」

まいちゃんの問いかけに心底不思議そうな顔をして、
後藤さんは言った。


「あれ?よしこの新作、まだ出てないの?」


新、作・・・?


「昨日の夜、味見させてもらったら、完璧だったから、
 今日から絶対出てると思ったのに・・・」


昨日の、夜・・・?

64 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:44

「昨日の夜、味見って、どういうことですか?」
完全に固まってしまったわたしの代わりに、柴ちゃんが尋ねる。

「昨日の夜、店によしこしか居なかったんだけど、
 チョコの配合、うまくいってるか味見してくれって頼まれたの。
 んで、味見したら、過去最高の味!
 いや〜、ともかくごとーが食べた中で一番おいしかったわ、あれ」

「それが『M』って言うんですか?」

「あれ?誰も聞いてない?
 よしこに名前何にすんの?って聞いたら『M』って決めてるって言ってたの。
 てっきり今日発売だと思ったのになあ」


<カラン、カラン>


「あ、よっすぃ〜」
「おー、ちょうど良かった。よしこ、昨日の『M』、いつ発売すんの?」

ひとみちゃんは、一瞬眉間にシワを寄せると

「ごっちん、ちょっと話しがある」

そう言って、後藤さんの腕を引いて、表に出て行ってしまった――

65 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:44

「なんだ、なんだ、今のは?」
「昨日、みんなが帰ってから、店にごっちんが来たって事?」

「あやしい・・・」

「おわっ!美貴、いつの間にここに来たの?」
「え?よっちゃんの後ろにずっといたけど。
 よっちゃんがうちの店に買い出し来たから、ついでに店閉めて、こっち来ようと思って」
「あんた、よくそれでFマート潰れないよね」
「ねー」
「すげー他人事」




「ところで『M』って何?」

状況をつかめていない美貴ちゃんに、まいちゃんが説明した。

66 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:45



「新作のケーキねぇ・・・何でそんな名前つけたんだろ?」
「あ、それ私も思った」
「まいも思った。ごっちんが絶賛するほどおいしいならさ、
 ナントカスペシャルとか、もっと素敵な名前つけりゃいいのに。
 センスないな、よしこは」



「・・・マゾ」
「し、柴ちゃん?」
「いや、前にさ。ぶつよりぶたれた方がいいとか、言ってたじゃん。
 だから・・・」
「だからって、新作にマゾなんてつけないでしょ」
「だよねー」


「梨華ちゃん、ほんとに何も聞いてないの?」

柴ちゃんが、気遣いながら、わたしに聞く。

聞いてないよ。
新作なんて話。今まで一度だって聞いてない。


なのに、後藤さんには・・・

67 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:46


「真希」

「ミキティ、いきなり何よ」
「いや、真希の『M』かなって・・・」
「真希って、まさか・・・」

「何で別れた彼女のイニシャルつけんのよ。それを言うならまいの『M』でしょ?」
「ありえない」

「あ、美貴もだ」
「美貴もないね」

「あ、あゆみのみの『M』の可能性だって・・・」
「「ナイッ!」」


「雅恵の『M』もあるよ」

「マサオ、急に現れないでよ」

「いや、騒がしいから、何かな?って。
 雅恵なら、ほら店長だし、マーシーの『M』とったのかもしれない」

68 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:46

「その線は、1ミリたりとも可能性ないと美貴は思う」
「まいも思う」
「私も思う」

「ひどいな、みんな――
 アッ!わかった!ひとみのみもあるじゃないか。
 ってことは、この店に関係する人に共通するアルファベットをとったんじゃない?」

「それ、おもしろい!」
「それならありえるかも」



「よし、順番に行くよ。
 雅恵、ひとみ、あゆみ、まい、美貴。
 それからり・・・」

「おや?」
「いしかわりか・・・」

ヤベッ!
バカッ!
マズったね。
やっちまったな。

69 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:47

「り、梨華ちゃん。この線ではないと思うよ」
「そ、そう。あのバカが考えることだから、字がカッケーとか
 そんな訳わかんない理由だと・・・」



「――大丈夫、だよ」

「梨華ちゃん・・・」



「ちょっと休憩してくるね」





なんだろう・・・
苦しいな、恋って。

70 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:48

こぼれおちそうになる涙を、必死でこらえて
更衣室に向かった。

人間って、こんなに水分があるんだ・・・
さっき、枯れるほど泣いたのに、また溢れ出ようとしてる。


どうして――
どうして、こうなっちゃったんだろう?

わたしがワガママ過ぎたのかな?


ひとみちゃん・・・

わたし、もうどうしたらいいのか分からないよ・・・


更衣室のドアノブに手をかけた途端、涙が溢れた。
中に入るまで、涙は待ってくれなかった。


<ガチャッ>

手をかけただけなのに、ドアノブが回って扉が開いた。

71 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:49

扉を開けたのはあなたで。
あなたは、目の前に人が立っていたことに驚いて、ビクッと身を振るわせた後、
すぐに、わたしの顔を見て、目を丸くした。

「・・・泣いてるの?」


慌てて顔を背けた。
泣き顔なんか見られたくない。

黙って立ち去ろうとしたら、腕をつかまれた。
なのに、あなたは無言で・・・


ウグッ、グズッ・・・

こらえようとすると余計に嗚咽がもれる。
あなたの手から力が抜けて、つかまれていた腕が自由になる。

あなたに背中を向けて、両手で顔を覆った。


「これ・・・」

つぶやくと同時に、そっとわたしの右手を顔から引き剥がした。
いつも彼女が首にまいている赤いネックチーフが手の平にのせられ、
涙を吸い取る。

72 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/02(金) 17:49

不意にあなたの長い指先が視界に入って、
白い手がそっと頬に添えられ、親指で涙を拭われた。


少しだけ顔をあげると、あなたは今にも泣き出しそうな顔をして
下唇を噛み締めると、そのまま立ち去った。


ずるいよ・・・


手には真っ赤なネックチーフが残されて、
再び溢れ出した涙を拭おうとネックチーフを瞼にあてたら
ケーキの甘い香りと、あなたの香りが、一度にわたしの中に飛び込んできて。

余計に苦しくなって、こらえ切れなくて
その場にうずくまった。



こんなに苦しいなら、恋なんてしなければ良かった・・・
73 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/05/02(金) 17:50


本日は以上です。

74 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/02(金) 20:29
うわぁ切ない…ねえ
75 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/03(土) 17:02
ん〜、これ真相がどうであれ、よっすぃもちょっとデリカシーないかな、と思いますね。
はてさて、こじれにこじれた糸はどうなるんでしょうか...
76 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/03(土) 21:33
よっちぃは子供ですね…
雅恵さんと美貴ティのキャラがいい味出してますw
77 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/04(日) 02:20
き、気になるぅ…『M』…。
78 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/05/08(木) 12:48

>>74:名無飼育さん様
 そうですね。
 作者はなぜか、こういう味を入れたくなってしまいます。

>>75:名無飼育さん様
 なるほど。そういう見方もありますね。
 盲目的に書いているので、参考になります。

>>76:名無飼育さん様
 ありがとうございます。 
 作者も、ここの脇役を書くのが楽しくて、楽しくて。

>>77:名無飼育さん様
 乞うご期待!


では、本日の更新にまいります。



79 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:49



80 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:50

恋人になって、はじめて一緒に帰らなかった。

厨房にこもったままの彼女に、声をかける勇気がどうしてもなくて
気を使ってくれた柴ちゃんと一緒に、駅まで歩く。

いつもは、ひとみちゃんが自転車を押して
その隣をわたしが歩いて。
二人でいろんな話しをしながら帰った。

時には後ろに乗せてもらって、
背中にぴったりくっついて、ドキドキしたり。

まだ離れたくなくて、うちに誘ったりして――


あなたに抱きしめられて、キスを交わして。
微笑んでくれるだけで、幸せだった。

側にいてくれるだけで、
ただそれだけで、わたしは幸せだった・・・


欲張り、過ぎたのかな?

欲張りすぎて、バチが当たっちゃったのかな・・・

81 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:50

「梨華ちゃん、ちゃんと話さなきゃだめだよ?」
「・・・分かってる」

「更衣室での会話、よっすぃ〜が聞いてたとしたらさ、
 やっぱり傷ついてると思うから」
「・・・うん」


「明日の定休日さ、誘ってみたら?」
「でも・・・」

「電話しづらいならメールでさ。会って話ししたいって」
「・・・怖いなぁ」

「じゃ、別れる?」

「わ、別れるって、し、柴ちゃん?!」
「だってさ、このままだったら詰まる所、そうなるしかないでしょ?」


別れるなんて、そんな・・・


「梨華ちゃん、大切なものはちゃんと自分の手で掴んどかなきゃ」


82 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:51


柴ちゃん、ほんとに強くなったな。
電車を降りる時も、何度もガンバレって言ってくれた。

よしっ!
当たって砕けろ!

って、砕けたらヤダな・・・


家に着いて、カギを出そうとカバンを探ってそれに触れた。
ひとみちゃんのネックチーフ――


よしっ!

鍵を開けて中に入ると、電気もつけず、一番にメールを打った。


  <明日、会えませんか?
   ひとみちゃんときちんと話しがしたいです。>


送信ボタンを押す手が震えた。
けど、ネックチーフを握り締めて、思い切ってボタンを押した――

83 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:52

随分待ったけど、返事が来なくて
携帯を握りしめたまま、ウトウトしかけた頃、手の中で携帯が震えた。
慌ててとび起きる。


  <今まで厨房にいて、気付かなかった。ごめん。
   アタシも話したいことがあるんだ。
   けど、明日はごめん。どうしても行きたいとこがあって>



ハア〜〜〜

砕けちゃったかも。
わたし達、このままダメになっちゃうのかな?
一度すれ違ったら、もう元に戻れないのかな・・・



握り締めたままの携帯が、すぐにまた震えた。
恐る恐る画面を開く。
怖いけど、指も震えるけど、思い切って新着メールを開いた。

84 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:53


  <あさって、店終わったら、時間もらえないかな?
   ちゃんと家まで送るから。ダメ、かな?>


遠慮がちにわたしを伺う彼女の顔が浮かんだ。


ダメなわけないじゃない――



送ってくれるって、悪い話にはならないって思ってもいいよね?

あなたのたった一言で、わたしは笑顔になれる。

どんなに迷っても、どんなにすれ違っても、
わたしには、あなたしかいない。

苦しくても、辛くても、
やっぱりあなたが好きで好きで仕方ないの。


  <もちろん、いいよ。
   ひとみちゃんのためだったら、何時間でも大丈夫>


それからしばらく二人でメールをやり取りして。
すっかり幸せな気持ちに戻ったわたしは、あさってが来るのが待ち遠しくて。
まるで遠足を控えた子供のように、ワクワクして、その夜はなかなか眠れなかった――

85 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:53





86 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:54

「おはよー」
「あれ?梨華ちゃん、今日は随分元気だね」
「そ、そーお?」
「うん。おとといまではこの世の終わりみたいな顔してた」
「もう、まいちゃんったら、冗談ばっかり!」


 ♪人生って素晴らしい〜 ララララララ〜♪


「まい、冗談言ったつもりないんだけどな・・・」
「災難だね」
「どわっ!美貴」

「どわって何?」
「あなたが急に現れるから、びっくりして、思わず出た言葉です」
「ふーん」

「それにしても、いつも急に現れるよね」
「何かここでは、そういう役回りみたい」
「ヘー」


「それよりさ、どしたの、あの変わりよう。何があった訳?」
「さあ?さっぱりわかんない」

「けど、楽しいよねぇ、あの二人。お互い好きで好きでたまんないくせに
 ビミョーにすれ違っちゃってさ。いいねー、あの感じ。ワクワクしちゃう」

「すげー他人事」

「だって今度は本当に他人事だもーん。グフフ」

87 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:55

更衣室へ行く前に、厨房をちらっと覗き見る。
柴ちゃんがマサオさんと話していて、ひとみちゃんは何かを作っている。

あの横顔好きなんだあ・・・


一心不乱に手先を見つめる眼差しは、真剣だけど、とても情熱的で――
白くて長い指が、まるで芸術品を作りあげていくようになめらかに動く。

きっとあなたの、その横顔に。
その眼差しの強さに、最初に惹かれたんだと思う。

今では、全てが好き。
優しいところも、照れ屋さんなところも、ちょっとだけひねくれ屋さんなところも――


ふと、ひとみちゃんが顔をあげて目が合った。
一瞬にして、綺麗な顔をくずして、ニコッと笑う。
そんな顔も大好き。

わたしも微笑み返すと更衣室に向かった。

88 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:55

着替え終わって、フロアに出ると何だか騒がしくて、
すでに厨房から戻ってきていた柴ちゃんに聞いた。

「一体どうしたの?」
「それがさ――」



「吉澤さんは何で出てきてくれないんですか?」
「ちょっとぐらい、いいじゃないですか!」
「私たち、吉澤さんに会いたいけん、毎日通っとうとよ!」
「あなたはいいですから、吉澤さん呼んでください!!」

「い、一応、店長なんですけど・・・」

「店長さんは、いいんです。早く吉澤さん呼んできて!」
「いや、普通クレームは店長につけるでしょ・・・」
「だから、店長さんはどーでもいいんで、早く吉澤さんを呼んできて」

「あゆみ〜〜」


柴ちゃんが頭の上で、バツ印を出すと、マサオさんは肩をガックリ落として
また説得を始めた。

89 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:56

「大体、いっつも、よっすぃ〜使って、客集めしてるから
 バチがあたったのよ」

「それにしてもすごいね、あの子達のパワー」
「おっ、彼女の余裕?恋人がモテモテなのに心配にならないんだあ?」
「まあね」

「随分、おとといとは違うじゃない。良かったね、梨華ちゃん。
 さっき、よっすぃ〜から聞いたよ。仲直りしたって」
「うん。でも、まだちゃんと話してないから。今日、お店終わったらね。
 ちゃんとお話しする」
「そうかい、そうかい。ベタベタ、イチャイチャしちゃってよ」
「うふふ」

「キモイよ、梨華ちゃん」
「ひっどーい!
 ねぇ、でもひとみちゃん何してるのかな?わたしちょっと見てくる」

「あ、待って。梨華ちゃんは行っちゃダメ」
「え?」

「あ、いや。その・・・、しゅ、集中したいんだって」

90 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:57

「柴ちゃんが、あせるって珍しいね〜」
「何かあるぞ、これは」

「ゲッ、めんどくさいのが来た」

「あ、今、まいのこと、めんどくさいって言ったよね?」
「それ、美貴も入ってるよね?」

「いや、めんどくさいなんて言ってないよ」

「確かに聞こえた」
「んだ、んだ」




<カラン、カラン>


「ずいぶんと取り込んでるね〜」


間延びした声で、お店に入ってきたのは、後藤さんだった。

91 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:57

「あっちもこっちも、もめちゃって一体どうしたの?」

「あー、ごっちん。聞いてよ。この柴田あゆみが、まいと美貴のことを
 めんどくさい、どうしようもない女たちだと・・・」

「どうしようもないなんて言ってないよ」
「あ、今。めんどくさいって言ったのは、地味に認めたよね?」

「今のずるいよね。ひっかけだよね」
「ひっかかる方が悪い」

「ってか、最初にめんどくさいって言った柴ちゃんが、全部悪いと美貴は思う」


「アハッ。相変わらず賑やかだね〜、ここは」

92 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:58


「アーッ!!」

突然、女子高生の一人から声があがる。


「あの人、昨日、吉澤さんと手つないで、歩いとった人やない?」


一瞬にして、みんなの視線が後藤さんに注がれる。


「ほんとだー!間違いない!小春、目がいいから見間違えたりしないもん」




手、つないでって・・・

どういうこと・・・


93 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:58

女子高生たちが、一気に後藤さんの元に駆け寄る。

「昨日、吉澤さんと歩いてましたよね?」
「見かけて、追いかけたのに途中で見失っちゃったけど、
 吉澤さんと、たしかに手つないでましたよね」
「小春、この目でちゃんと見ましたよ!」


「参ったな。見られちゃってたか・・・」


鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

昨日って、わたしが誘った日だよね?
ひとみちゃん、その日はどうしてもダメだって・・・

あれは、後藤さんとデートするためだったの?


ひとみちゃん、後藤さんとまだ・・・
わたし、二股かけられてたってこと?


うそ、でしょ・・・

94 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 12:59

「吉澤さんと、どういう関係なんですか?!」
「どういう関係って言われてもなあ・・・」

やめて。
聞きたくないー―


「何してんだよ」

ひとみちゃんの声がした。


「あ、吉澤さん。昨日、この人と手つないでたでしょ?」
「はあ?」
「とぼけないで下さい。この目でちゃんと見たんですから」


「見られちゃってたんだって、昨日、二人で歩いてたとこ」


たまらず、店を飛び出した。

95 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 13:00

もうやだ。
もう、ひとみちゃんなんて、信じない。

あんな人・・・

あんな人、サイテーだよ!!



「待てよっ!」

逃げてしまいたいのに、お店の前であっという間に捕まえられた。

「離してっ!!」
「離さない」

「触らないでよっ!!」
「ヤダ」

「ほっといて!!」
「ほっとかない」

「もう、イヤだよ・・・
 こんな思い、もうイヤなの」

96 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 13:00

「誤解だから」


ひとみちゃんは、掴んでいたわたしの手を強く引っ張って、
自分の方に向かせた。

「痛いよ」
「ごめん」

「離して」
「ヤダ、離さない。失いたくないから。ほんとに誤解だから。
 ごっちんとはそんなんじゃないから。アタシは梨華ちゃんだけ・・・」

「うそつき!じゃあ、何でわたしの誘いを断って、
 後藤さんと会ってたの?」

「それは−―」

「言えないんでしょ?もういいよ」
「よくない!ほんとに誤解だって」

「わたしより後藤さんを選んだんでしょ?それが事実じゃない!」
「違うっ!」
「何が違うっていうのよっ!!」


「――今は・・・言えない」

97 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 13:01

「ほら、言えないんでしょ?もういい、離してっ!」
「ヤダ!」

ひとみちゃんが、掴んでいるわたしの手を引っ張った。
彼女の胸に抱かれる。


「お願い、信じてよ・・・」

消え入りそうな声で、ひとみちゃんがつぶやいた。


それで、わたしが落ちるとでも思ってるの?
裏切られたんだよ、わたし。

昨日一日、ワクワクしてたの。
早く今日が来ないかなって。

その時、あなたは・・・

あなたは、誰といたのよっ!!

98 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 13:01



<バシッ!!>


思わず、ひとみちゃんの頬を叩いていた。
真っ白な頬が、叩かれた箇所だけ、赤く染まっていくー―

ひとみちゃんが叩かれた頬に手をやるのと同時に、
掴まれていた手が自由になった。

ずっと強く掴まれていた手首よりも、ひとみちゃんを叩いた手のひらのほうが
ジンジンと痛む。



99 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 13:02




「よしこは、ほんとダメダメだなあ」

後藤さんが、わたし達の間に入ってくる。


「こんな不器用なヤツの彼女が、ほんとにかわいそう」

そう言って、後藤さんはわたしに微笑みかけた。

「っるせぇよ」
「あー、そんな口、ごとーに叩いていい訳?
 せっかく、誤解を解いてあげようと思ったのに」

「いいよ。自分で話す」
「やめときなよー。よしこが話すと余計にこじれると思う」

「んなことないって」
「んなことあるよ。あれ見てなよ」

後藤さんが指差す先には、綺麗に整列した店の面々プラス美貴ちゃん。

100 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 13:03

後藤さんが大きめの声を出して皆に問いかける。

「ごとーが話した方がいいと思うひとー!」

一斉に右手があがる。
キレイにタイミングも角度もぴったり同じで・・・


「よしこが話した方がいいと思うひとー!」

一斉に胸の前でバツの字がつくられる。
これまた、キレイにタイミングばっちり。


「クッソー。あいつら練習でもしてんのか?」

右左とキレイに揃って首が振られる。


「ぜってー、アタシらに内緒でどっかで練習してんだろ」

今度は顔の前で、違う違うと言わんばかりに手を振る。
これもタイミング、角度ともに、ばっちり一緒。

101 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 13:03

「はあ〜、面白がってやってんな、あいつら」

大きく頷く面々。

ひとみちゃんは頬をさすりながら、ガックリ肩を落とした。


クスッ

思わず笑ってしまって、慌てて真顔に戻した。



「さてと。梨華ちゃんって呼んでいいよね?」

後藤さんに笑顔で聞かれて、戸惑いながらも頷いた。


「じゃ、梨華ちゃん。少し話そう」

後藤さんに背中を押されて、一緒に歩き出す。

102 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 13:04


「あ、あ・・・のさ」

ひとみちゃんに背後から声をかけられた。



「アタシは、ほんとに・・・、その――。ア、アンタだけだから!」



「ヒュー、ヒュー!」
「ヨッ!色男!」
「ヘタレ、やれば出来んじゃん!」
「カッケーぞ、ヘタレ。どもらなければ」


みんながはやし立てるから、一気に真っ赤になった。

103 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/08(木) 13:05

「っるせえっ!!」

ひとみちゃんは顔を真っ赤にして、抗議したけど、
余計にからかわれてる。



わたしと後藤さんが歩き出すと、また後ろから声がかかった。



「ほんとだからさ。アタシを信じてよ」

104 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/05/08(木) 13:05



本日は以上です。



105 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/05/09(金) 01:11
前作からここまで一気に読ませていただきました!!!!

続きがひじょ〜に気になって眠れませんw
次回更新を心待ちにしてます。
106 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/09(金) 18:58
うあわぁぁぁぁっ!!!
そこで切んの!?w

よっすぃは元カノと疑わしい事し過ぎだ!w

107 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/10(土) 08:19
電池切れちゃうよ(ё;)
108 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/11(日) 23:29
みんなに遊ばれちゃうよっすぃ〜かわいいです。
109 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/05/16(金) 20:32

>>105:名無し飼育さん様
 一気に読んで頂いたんですね!ありがとうございます!
 期待を裏切らないように、頑張ります。

>>106:名無飼育さん様
 すみません。こんなとこで切っちゃいまして。
 さてさて、疑わしい行動が多い吉澤さんですが、
 『愛ゆえだYO』だそうです。

>>107:名無し飼育さん様
 最寄のショップへ、お立ち寄り下さい。

>>108:名無し飼育さん様
 気に入って頂けましたか?
 作者もなかなか気に入っております。


それでは、本日の更新に参ります。



110 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:33




111 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:34

「ここでいい?」

後藤さんに連れて来られたのは、お店から一番近い公園。
後藤さんは、さっさとベンチに座って、ニコニコしながら
ここに座れとばかりに、隣を叩いている。

少し躊躇したけど、思い切って隣に座った。
わたしが隣に腰掛けたのを見届けると、後藤さんは安心したように前を向いた。


ゆるやかに風になびく髪がとても綺麗。
スラッと伸びた足がうらやましい。
しなやかな体のラインが女性らしさを際立たせていて――


ほんとにかわいい人だと思う。


「うらやましいなぁ・・・」

えっ?

後藤さんの一言に驚いて、隣を見た。
だって、わたしが今、思ってたことだから・・・

112 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:35

「アハハ、ごめんね。思わずでちゃった。
 だって梨華ちゃん、あんなによしこに愛されちゃってんだもん」

愛されちゃってる・・・の、かな?


「ったく、よしこは不器用だから。困ったもんだ」

そう言って、後藤さんはニカッと笑って、わたしを見た。
その笑顔が眩しくて、またわたしは落ち込みそうになる。


「さてと、何から話そうかなあ・・・」

ドキッとする。
でも、きっと・・・
悪い話じゃない。
だって、ひとみちゃんは『アタシを信じて』って言ってくれたんだから――

113 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:36

「アハッ、緊張してるねぇ、梨華ちゃん」
「だ、大丈夫です」

「敬語はやめてよ。それから、あたしのこと、ごっちんでいいよ」
「で、でも・・・」
「恋敵のこと、気安く呼べない?」

後藤さんの目が突然鋭くなる。
さっきのやわらかな瞳とは違う、挑むような目つき。


――だったら、負けない。

わたしだって・・・、違う。
わたしの方が、ひとみちゃんの事好きだもん。

後藤さんの目をしっかり見返した。


負けない――



114 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:36

「プハッ、参ったな。
 勝負にならないや。梨華ちゃんが、よしこから逃亡するようなら、
 ごとーが奪っちゃおうと思ったのにな。降参」


へっ?
どう言うこと?
どうなってるの??


頭にハテナばかりを浮かべて、まぬけな顔をしているわたしを尻目に
後藤さんは、「やっぱ出会いから話すか」と言って、
ひとみちゃんとのことを話し始めた――

115 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:37


**********


116 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:38

ごとーとよしこはね、専門学校で出会ったんだ。
あ、もちろん、製菓のね。

ごとーはね、結構ハグレモノで。
まわりと合わなかったの。


ごとーの実家ね、小料理屋さんなんだ。
でも、ごとーは小さい時から、お菓子作りが大好きで、パティシエになりたかったの。
なのにうちの親父ってば、いっつも店継げってうるさくて。

だから、勝手に高校中退して、専門の入学、内緒で決めてきちゃったの。
でも、そのこと親父にバレちゃってさ。
すごい剣幕で怒られて。

うち継がないなら出てけって。

まあ、売り言葉に買い言葉ってやつで、ごとーもその時、チョー生意気なこと
言っちゃったんだけどね。

そんでもって、家飛び出して、バイトしながら、製菓の学校に通ったわけ。

117 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:38

どうせなら、一番になってやろうって。
パティシエで、一番になって、親父見返してやるんだって。

だからね、友達なんて作んなくていいって思ってた。
周りは皆ライバルになるんだし。


だけど、ごとーのその態度が気に入らないのか、周りからね、すごい敬遠されたの。
陰口とかも言われた。
でも、実力はごとーが1番だった。

ついでに言うとね。
よしこは2番。
でも、よしこはさ、皆に好かれてたよ。
あんな風貌だし、優しいやつだし、面白いし。

118 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:39

ある日さ、筆記のテストがあってね。
その日に限って、ごとー、筆記用具忘れちゃって。

誰かに借りようと思っても、皆ざまーみろって目でみててさ。
誰も貸してなんかくれなかった。

なのに突然、よしこが隣に座ってね。
シャーペン貸してくれて、あげく、線引きで消しゴムを半分にしだしてさ。
途中まで切って、めんどくせえって手でブッチぎって・・・

アハッ
よしこらしいでしょ?

その変な形の消しゴム、実は宝物でとってあるの。
あ、よしこには内緒ね。

119 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:40

それから、よしこと話すようになった。
話したら、すごい気が合ってさ。
あっという間に、何でも話せる親友になった。

自分が作りたいお菓子の事でも、熱く語り合ったなあ・・・

まあ、とにかくお互い、いい刺激をもらえるかけがえのない友達って感じかな。


それから就職決める時期になって、ごとーは、ずっと1番だったから、
あっという間に決まったの。
高級ホテルにね。
と言っても、もちろん見習いからスタートだけど。

よしこも、何件か、いいホテルとかから誘いが来てたんだけど、全部断って、
自分の足で歩いて、今のマーシーに決めてきたんだよね。


店の雰囲気、味、人柄・・・
全てで判断して、ここで働きたいって思ったんだって。

ごとーは、何度ももったいないって言ったんだよ。
それだけの腕があるのに、もっといい所行きなよって。
でも、よしこは頑として聞かなかったな。

あ、これ言うと、マサオさん怒るから黙っといてね。

120 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:41

そんでもって、二人とも無事卒業して、それぞれの場所で働きだした。
しばらくは、よしことも連絡とれないくらい、ごとーの職場は忙しかったんだ。

でもね、ごとーにとっては、毎日が夢みたいだった。

だって、その世界で1、2位を争う人の下で、働けるんだもん。
どんなキツイ仕込みだって、誇りに思えた。

いつか自分が、頂点に立ってやるんだって思って、
先輩にしかられたって、必死で頑張ったんだ。


けどね・・・

そのホテルのオーナーの息子が来たときに、なんかごとー、
気に入られちゃったみたいで。

その次の日から、仕込みはごとーの前に入った、先輩がやることになって、
ごとーは、実際にお菓子を作らせてもらえるようになった。

ごとーは、オーナーの息子のことなんか知らなくてさ、
のんきに実力でもぎ取ったって思ってたんだな、これが・・・

121 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:41

アハハ・・・
今、冷静に考えれば分かるんだけど、そん時はいっぱいいっぱいだったからねぇ。
まあ、ちょっと舞い上がっちゃってたかな?


で、当然、いじめられた訳。
でも、そんなことにへこたれたりしないんだけどね、ごとーは。


ただ・・・ね――



122 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:42



はじめて、後藤さんが言いよどんだ。

よほど言い辛い事なのか、
下を向いて、つま先を見つめたまま動かない。


そっと、後藤さんを窺った。
すると、後藤さんは、唇を噛み締めた後、思い切ったように話し始めた。


「ごとーの作ったケーキを食べたいって、そのオーナーの息子に言われて。
 指示された通り、ホテルの部屋に持って行った。けど・・・
 そいつの目当ては、ケーキじゃなくて、ごとーだったって訳」


なんて、卑劣な!
自分の立場を利用して、そんなこと・・・

ひどいよ、人の夢につけこんでっ!!

123 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:43

「あ、あのー、梨華ちゃん?」

「そんなの、ひどいよっ!その人、絶対許せない!!」

「い、いや。怒ってくれるのはうれしいけど。あのね、過去の事だから・・・」

「ひどいよっ!だって、あんまりじゃないっ!!」

勢いよく立ち上がって、後藤さんを見た。


一瞬、びっくりしたように目を見開いたあと、
後藤さんは優しく微笑んで、わたしに『ありがとう』と言った。


「でも、ごとー、何もされてないから」
「えっ?」
「グーで殴って、飛び出して来た」

「そ、そうなの?」

「そうなのよ」

後藤さんが拳を握って、座ったままシャドーボクシングをする。


良かった・・・

そうつぶやいて、ベンチに座ったら、
後藤さんは、梨華ちゃんは優しいねって言ってくれた。

124 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:44

「まあ、それでさ、行くとこなくて、よしこのとこに転がりこんだの」
「そうだったんですか・・・」

「寮だったし、住むとこないし、よしこのアパート行って、住まわしてもらって、
 マサオさんにも紹介してくれたの。
 それで、ごとーもね、マーシーで働かせてもらった」

「その時に・・・」

恋人だったんだもんね。
一つ屋根の下、かぁ・・・


「あ、そうそう。よしことは恋人同士なんかじゃないから」

「へっ?!」

「梨華ちゃん、かわいい顔して『へ』はないでしょ」
「え、だって・・・、恋人って――」

アハッ

後藤さんは楽しそうに笑って、言った。

「やっぱ、よしこはバカがつくほど、優しいね」

125 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:44

後藤さんは立ち上がると、背中を向けたまま背伸びをした。

キラキラと太陽の光が、つやのあるストレートな髪を輝かせて、
ささやかな風になびく。


恋人じゃないって、どういうこと?
だって、ひとみちゃんだって・・・


確かにひとみちゃんの口からは、はっきり恋人だったとは聞いてない。
でも、皆が言ってるのを否定もしなかったじゃない。

だから、てっきり――



「うちの親父ねぇ、死んだの」

そう言って振り返った後藤さんは、笑顔だった。

126 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:45


************


127 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:45

マーシーで働き出して、半年くらいした頃かな?

よしこ、毎週月曜日、あ、つまり定休日の前日ね。
いっつも、その日だけは、友達にバイト頼まれちゃって、とか言って
店終わると、すぐそっち行っちゃって、夜中に帰ってくんの。

なのに、その日は行ったと思ったら、あっという間に帰って来てね。
血相変えて、ごとーに『来い』って言って、無理矢理連れ出された。


行った先は、なぜか病院で。
そのベッドには、親父が酸素マスクつけて眠ってた。

ついさっき、店で倒れて、意識不明になったって・・・
ちょうど、そこをよしこが通りかかったって訳。

っていうか、後で聞いたら、よしこ、毎週バイトとか言って
うちの店に飲みに行ってたんだって。
行く度に、ごとーが元気でやってるって、自分より腕がいいから将来
すげーいいパティシエになりますよって、親父に言ってたんだってさ。

余計なことするよね。

128 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:46

親父もね、店改修して真希のお菓子屋さんとやらにしても
構わないって、よしこには言ってたらしいんだ。

でもさ、ごとーに直接言う前に、親父死んじゃってさ。

ずっと喧嘩してて、今更家に帰れないって気持ちもあったしね、
どの面下げて、戻っていいか分かんなかった。

母さんにも申し訳ないなって。
親父が死んだの、もしかしたら、ごとーがわがまま言ったせいかもしれないって
思って・・・


だから、ずっとマーシーで働いてた。
そんなごとーに、よしこは何も言わなかったんだ。

ごっちんの生きる道だから、納得する道を自分で決めなよって・・・

129 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:47

その頃、よしこは、バイトどうしても毎日来てくれって言われちゃってさ、
なーんて言って、店終わると、すぐ出かけるわけ。

定休日の昼間だけ、一緒にいられて、ごとー、よしこにいっぱい甘えた。
気持ちのやり場が、もうよしこしかなくて、よしこと繋がってたくて
恋人ごっこしてたんだな。


その頃からかな。ごとーとよしこが恋人って言われ始めたの。


ごとーはね、嬉しかった。
だって、よしこの事好きだったもん。

よしこ、優しいから、否定しないの。
ごとーの拠り所が、自分だけだって思って、ごとーの好きなようにさせてくれてた。

だからね、ごとー、目一杯、よしこの気持ちに甘えた。
よしこが家に帰ってきたら、
キスをせがんで、抱きしめてもらってー―

130 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:48




「妬いちゃう?」

突然、後藤さんがわたしの顔を覗き込んだ。

「べ、べつに・・・」

過去のことだもん。
キスぐらい、わたしもしてるもん。
抱きしめてもらってるもん。


「アハハ、梨華ちゃん口とがってるよ」

慌てて、両手で口を隠した。

「安心してよ。それ以上はないから。どんなにお願いしても
 よしこは、ごとーを抱いてくれなかった」

だ、抱くって・・・


「悲しそうな目をして、一晩中ただ抱きしめてくれてただけ。
 キスだって、よしこからしてくれた事なんか一度もないんだよ」


そ、そうなの?

131 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:48

「まあ、そのアンバランスな関係、いつまでも続けてたらいけないよなぁって
 バカなごとーでも思い始めた頃にね、マサオさんから言われたの。
 毎日、店終わって、よっすぃ〜がどこ行ってるか見たくないか?って」

後藤さんが目の前の鉄棒に手をかける。

「それで、マサオさんが車で連れて行ってくれた。
 そしたらね・・・」

逆上がりして、キレイに着地。

「うちの店だった」

鉄棒を背にこちらを振り向く。


「いやー、何となく予想してなくはなかったんだけどさ、
 よしこったら、客じゃなくて、働いてやんの。
 で、頭に血がのぼって、引きずりだして、問い詰めたんだけど、
 どうしても、親父の店、潰したくなかったんだってさ」

バッカだよ、ほんと。

後藤さんは小さな声で、そうつぶやいた。

132 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:49

「なんかさ、まだ親父が生きてる頃、色んな話し聞いたんだって。
 ごとーが産まれた日の事も、小学校に入った日の事も、
 運動会で一等賞取った日のこともぜーんぶ。
 ごとーが、ちゃんと前を向いて、自分の人生決められるまでは、
 どうしても、店残しときたかったって。
 お人好しにもほどがあると思わない?」



――ひとみちゃんらしい。


ぶっきらぼうで、乱暴な言葉を使うけれど、誰よりも優しくて
誰よりも温かい心を持ってるもの。

133 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:50

「それで、いい加減、ごとーも目が覚めてね。
 いつまでも、よしこに甘えてちゃ行けないなって、
 実家に戻って、店継ぐことにした」

「それじゃ、パティシエの夢は・・・」

「デザートに粋なお菓子を出す、小料理屋もいいかな、なんてね。
 今はまだ、余裕がないけど、そのうち持ち帰り用のデザートなんかも作ってさ。
 夢を実現するのは、環境じゃないね。ハートだ、ハート」

そう言って、親指で胸を指す後藤さんは、とてもかっこ良かった。


「まあ、長くなっちゃったけど、よしこの恋人にはちゃんと説明しとかないとね。
 あたし達の関係を」



「――あの・・・、一つ聞いてもいいですか?」
「どーぞ」

「その・・・、まだ、ひとみちゃんの事、好きですか?」

「アハハ、そんなに心配?」

134 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:51

だって・・・
『M』って『真希』のことかもしれないし・・・

それに――


「あのね、ごとー、よしこに『アンタ』って呼ばれたことないんだ」
「それが・・・、何か?」

「よしこね、ほんとに好きな人にしか『アンタ』って言わないんだよ」


うそっ!
だって、普通、好きな人に向かって『アンタ』なんて言う?!


アハッ

「眉間にシワ寄せちゃって、梨華ちゃん理解しがたいでしょ?
 でも、これがほんとなの。よしこの愛のバロメーター。
 気付いてる人、あんまいないだろーね。
 よく思い出してよ。よしこに『アンタ』って呼ばれてる人、他にいる?」

135 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:51

必死に記憶をたどる――


  「アンタがピンチヒッター?」

  「アンタ、さっきから店長に呼ばれてるよ」

  「アンタ、笑ってる方がかわいいよ」

  「アンタ、すげーいい女だよ」

  「アンタ、にさ。いい、クリスマス、の思い出、作って、ほしく、て・・・」

  「好きなんだ。アンタが・・・」

  「アンタが謝る必要なんかないだろ?」

  「アタシは、ほんとに・・・、その――。ア、アンタだけだから!」


わたし、だけ、だ・・・

ひとみちゃんが、『アンタ』って呼ぶの、わたしだけだ。

しかも、はじめて会ったあの日、廊下でぶつかって、
いきなり「アンタがピンチヒッター?」って・・・

前から、好きだったって言ってくれたの、
ほんとだったんだ――

136 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:52


「思い当たるでしょ?」

後藤さんの問いかけに頷いた。


「だからねー、うらやましい訳よ。ごとーとしては。
 恋人ごっこしてた時だって、一度も呼んでくれなかったもの。
 一度くらい、呼ばれてみたかったんだけど」

後藤さんが、わたしの前に立つ。


「アンタだけだから」

そう言った後藤さんを見上げた。

「いいな、梨華ちゃん。愛されちゃってるねぇ。
 よって、ごとーの付け入るスキなし!
 以上、ごとーの話しはこれにて終了!!」

そう言って、後藤さんは敬礼してみせた。
そして、わたしに手を差し伸べた。

黙って、その手を握る。
握った瞬間、引っ張りあげられ、後藤さんと向かい合う。

137 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/16(金) 20:53

「ごとーはよしこの親友です。
 きっと、バカな親友が店の前でウロウロして
 最愛の人の帰りを待ってるだろうから、早く行ってあげて。
 それから、昨日のことも、『M』の意味も、よしこから直接聞いた方がいい。
 よしこにしちゃ、上出来だからさ、楽しみにしてなよ」

そう言うと、わたしの背中を押した。
押された勢いで歩き出す。



「ありがとうございます」

公園を出る前に、振り返って頭を下げると、後藤さんはニッコリ微笑んだ。

「今度、うちの店に二人でおいで。ごちそうしてあげる。
 それから、次会う時は、ごっちんって呼んでよ」

キレイな髪をなびかせて、大きく手を振ってくれる。

わたしは大きく息を吸い込むと、大きく手を振り返した。


「ありがとう!ごっちーん!!」

138 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/05/16(金) 20:53



本日は以上です。



139 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/05/16(金) 22:59
うわ〜!!またいい所で切れてる〜!!!!
完結するまで眠れない日々が続きそう…。

次回更新も楽しみにしています。
140 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/16(金) 23:29
よっすぃ〜、かっけー。かっこよすぎます。
そしてジグソーパズルのピースがどんどんはまっていくようなこの感じ。
二人共ど〜んといっちゃえYO
141 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/17(土) 09:58
よっしーは一途で純粋なんですね…
よっしーに否はないですよ!

今度こそ!
いしよし電池満タンにして下さいww
待ちます待ちます…
142 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/05/23(金) 19:03

>>139:名無し飼育さん様
 あんな所で、切ってしまってすみません。
 そして、今回も眠れなくなったらすみません。

>>140:名無飼育さん様
 ど〜んといっちゃいますYO!

>>141:名無飼育さん様
 そうなんです、一途です。
 いしよし電池、作者の力不足で満タンにならなかったらどうしよう・・・
 最終回には、満タンになるよう努力します!


それでは、本日の更新にまいります。





143 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:03





144 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:04

ごっちんの言う通り、ひとみちゃんはお店の前でウロウロ。


――もう、落ち着き無いなあ。

そう思ったけど、その姿が妙にかわいくて、思わず顔がほころぶ。


少し離れた所に、わたしが立っているのを認めたひとみちゃんは
駆け寄ろうと一歩踏み出して、そのまま踏みとどまった。


――全く、意気地なしなんだから。


ズカズカとお店に向かって、歩き出すわたし。
お店の前にいるひとみちゃんは、自分の方に向かってくるわたしにオロオロし始めた。


なによ、わたしを待ってたんでしょ!


そんなひとみちゃんの横を素通りする。
慌てて後ろをついてくるあなた。


ハア〜〜

もう、ほんとになんて言うか――


お店の扉の前に立って、クルリと後ろを振り返った。

145 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:05

「ウワッ」

突然、振り返られてビックリしてるあなた。

そんなに驚くことないじゃない。


ひとみちゃんは、わたしのすぐ真後ろを付いてきてたから、
今はものすごい至近距離にいる。

おっきな目を見開いたと思ったら、すぐに視線をはずして――
アタフタしたと思ったら、今度はじっと固まっちゃってる。


――ほんっと、ヘタレっ!


もっとイジワルしたくなる。

このまま、何も言わなかったらどうする?


ねえ、このまま、また背中を向けたら、あなたはどうする?


ちょっと、試してみたくなったけど、

でも――


146 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:06


「ごめんなさい」


素直に謝った。
だって、わたしが勝手に後藤さんとの仲を疑って、空回ってただけだもん。


ひとみちゃんがまた、目を見開いてビックリしてる。



それにね――


「ぶったりして、ごめんなさい」

まだ赤みが残っている頬に触れた。



「痛かった?」

黙って首を横に振るひとみちゃん。


「ほんとにごめんなさい」

147 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:07

ひとみちゃんは、悪くない。
どんな時だって、ちゃんとわたしを見ててくれてた。

それなのに、わたし――


ひとみちゃんが、頬に伸ばしたわたしの手に触れる。
真剣な瞳で捕らえられる。


「ほんとは・・・、ほんとはすげぇ痛かった。
 アンタがもう、戻って来ないんじゃないかって。
 アンタを失うんじゃないかって怖くて、苦しくて。どうしようもなかった」

重ねた手をギュッと握られる。


「好きなんだ。狂っちまいそうなくらい。
 アンタが好きなんだ・・・」

148 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:08

心が震えた。

まっすぐに見つめて、伝えてくれるあなたは、ヘタレなんかじゃない。

はじめてあなたに抱きしめられた、あの日のように。
心臓が早鐘を打ち出して、壊れてしまいそう。
溢れてくる気持ちに抗えない。


「わたしも・・・」

言葉と共にあふれ出した涙。
こうして、見つめてくれるだけでいい。
こうして、そばにいてくれるだけでいい。


「好きなの、わたしも。ひとみちゃんじゃなきゃダメなの。
 そばにいてくれるだけでいい。もう、わがまま言わないから。
 だから、お願い・・・ずっと――」


「ヤダ」

えっ?

驚きの声は、ひとみちゃんに飲み込まれた。
ゆっくり唇を離すと、ひとみちゃんはわたしを強く抱きしめた。

「そばにいるだけじゃ足りないよ」
「ひとみちゃん・・・」
「もう、我慢できねえもん」

149 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:09

え?
我慢できないって、ちょっと待って。
元はと言えば、わたしそれで悩んでたのに――


ど、どういうこと??

そんなわたしの疑問をよそに、ひとみちゃんはまた唇を寄せた。
ひとみちゃんの舌がわたしを誘う。



んんっ・・・


ひとみちゃんとのキスは気持ちいい。
思考も理性もあなたの中に奪われていく――
そして、わたしの中には愛しさだけが残るの。

もっと触れて欲しい。

もっとあなたを知りたい。


だから、次の扉を開けてみたくなる。
この先の道を知りたくなるの。


あなたとなら、何も怖くない。

あなたにだったら、わたしの全てをゆだねられるの――

150 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:09


静かに唇が離れた。
いつもは白い頬が、上気して薄いピンク色に染まってる。
そんなに色っぽい表情で、見つめられたら、またわたし・・・

体の中心が熱くなる。


「もう、自信ついたから」
「え?」


「胸を張って、アンタを幸せにしますって、みんなに言いきれるような、
 何か証みたいなものを作りたかったんだ。
 完成したからさ、アンタに見て欲しい」


151 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:10


ひとみちゃんにうながされて、お店の中に入ろうとして、ふと気付いた。

ひとみちゃんも今更、気付いたみたい。
ノブを握ったまま、開けるのを躊躇して固まっている。



ここ、お店の真ん前だった――

しかも、お店は扉以外、ガラス張りだから多分、全部丸見え。
すごく嫌な予感・・・



ひとみちゃんが、意を決したように、思い切って扉を開けた。


<カラン、カラン>

152 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:11

想像したとおり、ガラス張りに重なるようにへばりついた面々。
ニヤニヤしてる大人な人々。

そして、その大人の手で、目隠しされている哀れな女子高生たち・・・

と思ったら、美貴ちゃんは目隠ししているように見せかけて、中指と薬指の間が
盛大に開いていて・・・見せてんじゃないの。


「絵里、ちょっとコーフンしちゃいました!」

「ずるかー!絵里だけ見とったと?」
「藤本さんが見せてくれた」
「いい性教育かなって」

「ずるい!小春も見たかった」
小春ちゃんは、マサオさんにたてをつく。

「愛佳も!」
愛佳ちゃんは、柴ちゃんに。

「れいなだって、見たかったと!」
れいなちゃんは、まいちゃんに。


「あれ?さゆは?」
「あ、ひとりノーマークだったな」
マサオさんの言葉と同時に、お店の扉が開いた。

153 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:11


「ジャーン!さゆみはガラス越しじゃなくて、ナマで
 しかも真横から見てましたっ!!」

「ずるかよ。さゆ〜」

「見てみて。写メもばっちりなの」

「マジ??」


さゆみちゃんの携帯に、全員が殺到する。


見つめ合う二人
キスする二人
抱きしめあう二人

そしてキスに夢中な二人のショットが続けて3枚・・・


どれも、よく撮れてる――


154 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:12

ひとみちゃんは、ありえないくらい真っ赤になっちゃってて、
美貴ちゃんとまいちゃんにつつかれてる。

女子高生たちは、自分の携帯に送ってくれと
さゆちゃんに交渉中。

「1枚100円で送ったげる」
「えー、お金とんの?」
「もちろん!こんな大スクープショット、タダであげられないの」


「りーかちゃん。このこの〜」

柴ちゃんにつつかれる。

「よかったね」
「・・・うん」
「一件落着だ」

「・・・そう、だね」
「何?どうしたの?梨華ちゃん、まだ何かあるの?」

どうしよう。
でも、やっぱり・・・

「どしたの、梨華ちゃん?」

あー、でもなあ。
ううん。やっぱりここは思い切って、はっきり言おう!

155 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:12



「全部買うから、さゆちゃん。わたしの携帯にも送って!」




「り、梨華ちゃん?!」
「あゆみ、やっぱり石川さんはKYだな」


「・・・マジかよ」

小さくつぶやくひとみちゃんの声が聞こえた。


だって、欲しいんだもん。
すごくよく撮れてるんだよ。




「もっちろんです。毎度あり〜」


156 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:13





157 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:13

ひとみちゃんが、何やら準備をするからと言って、
マサオさんとともに厨房に入っていく。

さっきから何度もひとみちゃんは
『ギャラリーは帰れ』って、真っ赤な顔して、追い払おうと試みてたけど、
逆にみんなにからかわれる始末。

女子高生たちにも
「ここまで見せつけられて、今更帰れる訳ないじゃないですか!」って・・・


そう言えば、皆ひとみちゃんのことが好きなんだよね・・・


みんな大丈夫なのかな?
ショックとか受けちゃったりしてるのかな?


「そんな訳ないでしょ。あんだけミキティとまいちんと、はしゃいでんだから」

隣で柴ちゃんはそう言うけど、やっぱり気になる――


思い切って、一番近くにいた、さゆちゃんに声をかけた。

158 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:14

「ヤダ、石川さん。
 さゆみ達、吉澤さんのこと好きですけど、恋人になりたいとか思ってませんから。
 目の保養ってとこです」

め、目の保養?!

かわいい顔して、結構キッパリ言うのね・・・


柴ちゃんが、言わんこっちゃないって顔してる。


「あ、石川さん。アドレス教えてください。さっきの画像あげますから」

159 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:14



160 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:15

さゆちゃんに画像を頂いて、ひそかに眺めていたら、
いつの間にか厨房に行って、ひとみちゃん達の様子を見てきた柴ちゃんに
開口一番
『キショイ』と言われた。


「だって〜
 これ、すごい、ひとみちゃんの横顔がカッコいいんだもん!」

柴ちゃんが、うんざりしたように肩をすくめる。

なによ〜
いいじゃない。


「ねーねー。それより、何で柴ちゃんだけ、厨房のぞいても良いわけ?」

ムッとして柴ちゃんに問いかけたら、あっさり

「店長の彼女の特権」

と言われた。

161 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:15

あーあー、そうですか。

思わず、唇を尖らしたわたしに、柴ちゃんは笑いながら教えてくれた。


「ホントはね、今晩、お店の営業時間が終わったら、
 梨華ちゃんと二人きりで話ししたいから、協力してくれって
 今朝、よっすぃ〜に頼まれたの。
 あのよっすぃ〜が珍しく、真剣な顔して頭なんか下げちゃってさ」

「ほんとに?」

「ほんとよ、ビックリ。
 梨華ちゃんのこと、本気なんだなぁって改めて思ったよ」

「そ、そう・・・」

「あんなキス見せつけて、今更照れないでくれる?
 親友のラブシーンほど、恥ずかしいものはない」

「ごめん・・・」

162 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:16

「フフ。まあさ、よっすぃ〜が、何したいのか、
 詳しくは、私達にも教えてくれなかったんだけどね。
 どうやら、梨華ちゃんのために愛情込めて、何かを作ったみたいだよ」


  『アンタを幸せにしますって、みんなに言いきれるような、
   何か証みたいなものを作りたかったんだ』

さっきのひとみちゃんの言葉が蘇る。


「梨華ちゃんには、夜まで秘密にしたいからって、
 梨華ちゃんが厨房に入ってこないように、柴ちゃん宜しくって頼まれてさ」

それで、わたしは厨房に入っちゃダメだって・・・


「思いっきり、期待しちゃっていいんじゃない?」

柴ちゃんが、優しく微笑んだ。


ありがとう、柴ちゃん。

素直に柴ちゃんに言った。


「でも、当初の私とマサオの役目は、二人きりにしてあげることだったんだけどね。
 なんたって、ほら、そういう臭覚に優れた美貴まいコンビがいるからさ。
 二人が邪魔をしないように、連れ出すっていう大事な役目をね、
 仰せ使ったはずだったんだよね〜」

163 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:17




「それで、うちらの事を、めんどくさいって言ったわけ?」

いつの間にか、待機中の人々に囲まれていたわたし達。


「そんな大事な事を、仲間に分かち合わないなんて、ひどいよね〜」

まいちゃんの発言に美貴ちゃんが頷く。


「だって、それがシャイなよしこちゃんのご希望なんだもん。
 仕方ないでしょ?」

「シャイな奴が、あんなに大胆にキスするかね〜
 よっちゃんとは長い付き合いだけど、あんな顔はじめて見たし、
 梨華ちゃんだって・・・グフフフフ」


ああ、穴があったら入りたい。
きっとしばらく、言われ続けると思う。

164 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:18

「まあまあ、いいじゃないですか。
 結局、こうして皆で、いいことある記念の瞬間が見れるんですから」

「絵里の言う通りだと思うの。
 さゆみ、また頑張って、写メとるの」

「小春も〜」

「れいなもバッチリとるけん」



ちょっと、みんな・・・

何か、恥ずかしいよ。

でも――


165 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:18


「よく撮れてたら、またちょうだい!」





わたしの発言に、周囲の温度が2、3度下がったように感じたとき、
ひとみちゃんとマサオさんが厨房から出てきた。

「お待たせ〜」

「あれ?なにこの空気?」

ひとみちゃんの質問に、即座に答えようとした
柴ちゃんとまいちゃんの口を、慌てて塞いだ。

「な、何でもないよ」


あぶない、あぶない・・・


美貴ちゃんが、すばやくわたしの耳元でささやく。


「言わないでいてあげるから、さっきよりも激しいの、よろしくね〜」


塞がない方が良かったかもしれない・・・

166 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:19


「ハイ。ギャラリーの皆さんは、こっちに並ぶ。
 なるべく、お二人の邪魔にならんよう、静かにしてましょ」

一番年下だと思われる愛佳ちゃんが仕切る。
並び順まで指定されて、みんな素直に従う。


「大体、こういうのは、師匠がまず一番に試食して、
 よし、この味なら『のれんわけ』してやるぞ。みたいになるはずなのにさあ・・・」

「そこ!店長さん。ブツブツ言わない!」

愛佳ちゃんに一喝されて、シュンとなるマサオさん。
意外だけど、愛佳ちゃんて、こういうキャラだったんだ・・・


「ほら、石川さん。はよしてください。吉澤さん、あっちで待ってますよ」

愛佳ちゃんに促されて見ると、
フロアの中央の席で、ひとみちゃんが、まるでウェイターさんのように
椅子を引いて待っている。

167 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:20

ひとみちゃんの前まで行くと、
『どうぞ』と言って、椅子に座らせてくれた。


目の前には、白い箱。

あの日――
ブッシュ ド ノエルを作ってくれたあの時も、こうして白い箱が目の前にあって・・・

でも今日のは、あの日と比較にならないほど、大きな箱。
3倍くらい大きいかも・・・



「――ずっとさ、考えてた」

ひとみちゃんが静かに話し出す。

「やっぱアタシら女同士だし、
 アンタが将来のこと、不安に思ってんのも、結構前から気付いてたんだ」

うそ・・・

驚いて、横に立っているひとみちゃんを見上げる。
ひとみちゃんは、優しい笑顔を返してくれた。

168 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:20

「どうしたら、アンタの不安拭えるかなってさ、
 これでも随分悩んだんだ」

知らなかった・・・

それなのにわたし、ひとみちゃんの気持ちも考えないで
独りよがりばっかり――


「ごめんなさい・・・
 ほんとにごめんなさい」

「いや、アンタは悪くないよ。
 アタシが気付かせないようにしてたんだから」

「でも――」

俯いたわたしの髪を、ひとみちゃんがなでてくれる。

169 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:21

「なんか形あるものでさ、勝負しようと思ったら、
 アタシにはやっぱ、これしかないじゃん」

そう言って、白い箱を人差し指で軽く叩く。

「ほんとはさ、すげーいいホテルとか予約してさ、
 プレゼントとか言って、これバーンて出して、驚かせたりしたかったんだ。
 けど、もうアンタの誕生日終わっちゃったし、
 次になんかプレゼント出来そうなのって、クリスマスしかないじゃん。
 そこまで待ってもいいかなって思ったんだけど、店長に
 『そんな悠長に構えてたら、逃げられるぞ』って言われてさ、
 それだけは困るなって・・・」


「マサオ、たまには良いこと言うじゃない」
「まあね。たまにが余計だけど」


170 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:22

「でさ、出来上がった日を二人の記念日にすればいいだろって言われて、
 そうやって、新しい記念日作んのも、なんかカッケーじゃんて思って、
 それから結構毎日残って、作ってた」

毎日って・・・

いつも一緒に帰ってたよね?


「ああ、アンタ送ってから、また店に戻ってきてたんだ」
「あれから?わざわざ・・・?」

「言っとくけどさ、アタシがアンタと一緒にいたいから送ってた訳で・・・
 その――」

照れくさそうに鼻の頭を掻きながら、言いよどむ。


「このアホな、2月の初め頃から、毎日残ってやってたんだよ」

「マサオ、そんな前から知ってたの?」

「わかるよ。次の日厨房入れば。
 あ、昨日もやってたなって。しばらくは気付かないフリしてやってたんだけどね」

171 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:23

マサオさんに向かって、ひとみちゃんが頭を下げた。


「何度も言うけど、普通は師匠が一番に味見すんだからな」

「勝手言ってすんません」

もう一度、頭を下げて、わたしを見つめる。


「でもさ、どうしてもアンタに一番に食べて欲しかったんだ・・・」



「ちょっと待って。でもごっちんが一番に味見しちゃったんじゃないの?」

まいちゃんからの素朴な疑問。


そうだよね、そう言ってたよね。

172 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:23

「あの日は、クリームの味見してもらっただけだよ。
 まだ形は成してない」

「そうなの?!」

「うん。あの夜、店のドアをドンドン叩くヤツがいるから
 誰かと思って見に行ったら、ごっちんでさ。
 最近、遅くに通りかかると、いつも店の電気がついてるから、
 新作開発中かなって思ったらしくて、差し入れ持ってきてくれたんだ」


「ズルイッ!
 ごっちんの店の食べ物でしょ?」

まいちゃんが叫ぶ。

「ピンポン、正解!」

「ずるいぞ、よしこ。一人だけ!」
「まあまあ、まいちん落ち着いて」
美貴ちゃんがなだめる。

173 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:24

「出し巻きあった?」
「あったよ」
「バカよしこっ!ウグッ」

美貴ちゃんが、まいちゃんの口を塞ぐ。

「黙らしとくから、よっちゃん続けていいよ」

「肉もあったよ」
「よっちゃん、近いのになんで呼ばないのっ!」

今度は美貴ちゃんが叫ぶ。


「あー、もううるさいです!
 吉澤さんも二人をわざとからかわないで、さっさと続き話して下さい。
 お二人は、次騒いだら、退場してもらいますよっ!」

愛佳ちゃんが一喝する。

こえー

小さい声で、ひとみちゃんがつぶやいた。


この子、大物になりそう――

174 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:24


一呼吸置いて、ひとみちゃんが話し出す。

「ちょうど、ごっちんが来たとき、これイケルゾって
 思える味になってさ・・・」

わたしと目が合うのを待ってから、言葉を続けた。


「チョコクリームだけは、どうしても失敗したくなかったんだ。
 アンタの色だから・・・」

わたしの色・・・


待って!
それって黒いっていうこと??


ギャラリーが、一斉に吹き出す音が聞こえた。

175 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:25

「いや、誤解しないで。変な意味じゃないよ。
 このケーキさ、アンタとアタシを表してんだ」

え?

「だから失敗したくなかった。
 自分で最高って思ってても、実際違ってたらどうしようって。
 その点、ごっちんの舌は確実だからさ、
 ごっちんが美味いって言ってくれたら、これで行こうって」

ひとみちゃんが微笑んだ。

「一口頬張ってさ、『最高っ!』って言ってくれた。
 今まで食べたクリームの中で、過去最高の味だって」


  『ともかくごとーが食べた中で一番おいしかったわ、あれ』

確かにごっちん、そう言ってた。


「それで自信持てた。
 よし、これでアンタに・・・」

そこまで言って、ひとみちゃんは口をつぐんだ。

176 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:26

わたしに、なに・・・?

ひとみちゃんがゴクリと唾を飲み込んで、真剣な顔になる。


「アタシ将来、自分の店持ちたいって思ってる。
 これをそん時の、看板ケーキにしたいんだ」

真剣な瞳から目が離せない。

「ずっとアンタと一緒にいたい。
 いつになるか分かんないけど、まだずっと先だろうけど、
 店出すときもそばにいて欲しい。
 これからの人生、ずっとアンタと二人で歩いていきたい。
 そんな願いを込めて、これを作ったんだ・・・」

二人を表すケーキを看板ケーキ、に・・・


177 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:27

「じゃあ、なおさら師匠が一番に――」
「もう、マサオしつこい!
 コレがあるから、心配しないでついて来いって、梨華ちゃんに言いたいんでしょ?」

柴ちゃんの言葉に大きく頷くと、
ひとみちゃんは大きく深呼吸してから言った。


「絶対幸せにするから。
 アタシの全てをかけて、アンタのこと幸せにするから。
 だからこれ食べて、アンタの不安が晴れたら・・・」

晴れたら・・・?



「一生、そばにいてください!」


178 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:27


「ウオーッ!!」

「プロポーズだよ!」

「すごい!はじめて生プロポーズ見たの」

「チョー感動っ!!」


皆の声が聞こえるけれど、ひとみちゃんの真剣な表情から
目をそらせない。



「プロポーズしたところで、二人は結婚できないけどね〜」

「美貴!!」

今度は、まいちゃんが美貴ちゃんの口を塞ぐ。

179 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:28

「もう、夢を壊さんでよ!」
「そうだよ」

非難が飛び交う中、無言のまま、愛佳ちゃんが美貴ちゃんとまいちゃんをひと睨み。

「――ごめんなさい。
 大人しくしてるから、ここにいさせて下さい」

まいちゃんが愛佳ちゃんに向かって言うと、
美貴ちゃんも口を塞がれたまま頷いて、目で訴える。

あの美貴ちゃんが、愛佳ちゃんには弱いなんて・・・

人って、不思議――



「では、続きをどうぞ」

笑顔で愛佳ちゃんに促された。


180 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:28

ひとみちゃんが白い箱のフタに、手をかけた。


確かに美貴ちゃんの言う通り、わたし達結婚出来ないよ。
でも好きなの。
こればかりは、どうしようもない。

けれど――

やっぱり不安なの。
わたし達、このままずっと一緒にいていいのかなって。

誰よりも、ひとみちゃんが好き。
これだけは胸を張って言える。

でも、世間には言えない。
結婚も出来ない。
もちろん、子供だって・・・


それで、ほんとにひとみちゃんはいいの?


181 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:29

目の前のフタが開けられた。


そこにあったのは――





「あれ?」
「あんなもん?」
「なんか意外とシンプルじゃない?」


「いや、良く見てみなよ。
 アレ、結構手が込んでるよ」



わたしの目の前にあるのは・・・


182 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:29

右半分が、チョコクリームで覆われていて、
左半分が、ホワイトクリームで覆われているホールケーキ。

2色が真ん中で、S字を描くように区切られていて、
その上には、カフェオレ色で綺麗に装飾された大きな『M』の文字――


確かにシンプルだよ。
フルーツがのってる訳でもないし、二段になってる訳でもない。

でも、これって・・・


「白がアタシ。黒がアンタ」

ニコッと笑うひとみちゃん。

「で、二人を混ぜ合わせた色で『M』を描いた」

183 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:30

「よっすぃ〜、何で二人を合わせた色で『M』なの?」
柴ちゃんから声がかかる。

「ケーキの名前にするくらいだから、なんか意味があるんでしょ?」
続けてまいちゃんからも。

「やっぱマーシーに敬意を表してでしょ?」
「いや、そうじゃないっス」

マサオさんの言葉にだけ、反応が早いから、マサオさん、スネちゃってる。
柴ちゃんが、だから言ったじゃんなんて慰めていて・・・


「やっぱ美貴のMだ」
いまだ塞がれていた口から、まいちゃんの手をどけて美貴ちゃんが言った。

「まいでしょ?」

「いや、人の名前とかでもないんだよ」

「「じゃあ、何?」」

みんなの視線が、一斉にひとみちゃんに注がれる。


ひとみちゃんは、照れたようにハニカムと、おもむろにケーキナイフを持った。

「まあさ、とにかく食べてみてよ」

184 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:31

「何だよー。もったいぶっちゃって」

ギャラリーの非難にも、おかまいなしにわたしに尋ねる。


「どっちの色、食べる?」

どっちの色って――

白が、ひとみちゃんで。黒がわたし。
いつもなら迷わず白って答えるけど、さっきチョコクリームだけは
失敗したくないなんて言ってたから、迷っちゃうよ・・・


「フフ・・・」

ひとみちゃんは、わたしを見て小さく笑うと、わたしの迷いを悟ったかのように
ちょうど色が半分ずつになるように切ってくれた。


「見てて」

わたしにそう言って、相変わらず滑らかな手つきで、ケーキサーバーに
切りとったケーキをのせ、そのまま持ち上げた――

185 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:31


これ・・・、どうなってるの?
こんなの、はじめて見た――


ひとみちゃんが、お皿にケーキをのせる。
それを見たギャラリーがざわつく。

「なにあれ?」
「あんなことできるんだ?!」
「ちょっと斬新じゃない?」
「あれ作んの、相当大変だよ」

一様に感嘆の声があがった。


186 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:32

そのケーキの断面は、格子模様。
白い生地と黒い生地が交互に縦横に並んでいる。


横に重なってるのは普通だし、よく見るよ。
縦だけのだって、見たことある。
でも、こんな風に縦横に、だなんて・・・

しかもかなり幅が細かいの。


「ここまでたどり着くのに、結構苦しんだんだ」

優しい目をして、笑いながらあなたが言う。

「随分、失敗したけどさ、ぜってー妥協したくなかった。
 シンプルな外見だけど、味は最高で。
 そんでもって、ホワイトクリームの方を食べても、チョコクリームの方を食べても
 ちゃんと二人の味がするんだ。
 また、食べたいって、毎日食べても良いって、そう思ってもらえるような
 そんなケーキにしたくて・・・」

187 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:33


ちょー、自信作だからさ、食べてみてよ



ひとみちゃんに促されて、フォークを握る。

これを・・・
わたしのために――


  『梨華ちゃん。愛されちゃってるねぇ』

ごっちんの言葉が浮かんだ。


あの日のように、ひとみちゃんはわたしの脇にしゃがみこんで、
テーブルにのせた腕の上に、その整った顔をのせ、わたしを見上げた。


あの日は――

白い頬を上気させて、ニコニコして、
まるでしっぽを振って、おすわりしてる犬みたいに可愛くって・・・


でも、今は違う。
真剣な顔で真剣な眼差しで、わたしを見つめている。

あなたのその強い眼差しから、あなたの強い決意が、想いが伝わってくる。

188 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:33

これだけで幸せなんだよ。
大好きな人が、わたしのためにここまでしてくれて。
愛されてるって、
心から大事にしてくれてるって、伝わってくる。

だけど――

だけどね、どこか。
どこか、心の奥底で、まだ不安のカケラが残ってるの。

頭の片隅で、普通の人とは違う生き方をしようとしている自分に不安を感じてる。


けれど、あなたがこうしてそばにいてくれるなら。
あなたが、こうしてわたしを包み込んでくれるのなら。

きっと、なにも怖くない。



189 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/23(金) 19:34

――わたし、ちゃんと答えるね。

あなたが心を込めて作ってくれた、このケーキ。

感じたままのわたしの思いを
素直な自分の気持ちを、あなたに伝えよう。



みんなに見つめられて、
シンと静まりかえったお店の中で、わたしはそのケーキを口に運んだ――


190 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/05/23(金) 19:34


本日は以上です。



191 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/05/23(金) 20:06
うわぁぁぁぁぁぁ!!!!またしてもいい所で〜!!!!
作者さんってSでしょ?(笑)

こうなったら最終回迎えるまで寝不足のまま過ごしてやる!!

次回更新も楽しみに待ってます。
192 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/24(土) 00:49
Mの意味が気になりますね…。
チョコクリームが梨華ちゃんの――って所、素でふいちゃいました(笑)
次回も楽しみにしてます。
193 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/24(土) 03:34
大好きな人からこんなプロポーズされて梨華ちゃんも幸せ者ですねw
M食べてみたいです(*^_^*)
真面目なよっしぃ〜をカラカウギャラリーにほのぼのします…
ラストまで楽しみにしてますw
194 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/24(土) 17:52
いやーっ!すごいところで終わってるっっ
M予想してますが、当たってるかどうか楽しみに待ってます。
195 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/05/29(木) 13:38

>>191:名無し飼育さん様
 バレちゃいました?(笑)
 楽しみにして頂けてるようで、うれしい限りです。

>>192:名無飼育さん様
 Mの意味、今日の更新で明かされます。
 お楽しみに!

>>193:名無飼育さん様
 ほんとに幸せ者ですよね〜
 ギャラリーの方々は、書いていてとても楽しいです。

>>194:名無飼育さん様
 Mの予想、当たってたか是非お聞かせください。


それでは、本日の更新にまいります。


196 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:38




197 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:40

目を閉じて、
舌で、心で、あなたのケーキを味わう――




なん、て、言えば、いい、の・・・




「――どう、かな?」

遠慮がちに、あなたが問いかける。


あふれる気持ちに逆らえなくて、
閉じた瞼の淵から涙がこぼれた。


隣で、ひとみちゃんが大きく息を吐き出すのが分かった。

198 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:40


「――不安・・・。拭えなかったみたいだね。
 ごめん――」

ひとみちゃんが立ち上がる。


「ごめんな・・・」

もう一度つぶやいて、その場を立ち去ろうとする。


「待って!!」

慌てて立ち上がって、ひとみちゃんの背中に呼びかけた。


どうしよう――
言葉にならない。


「いいよ。無理すんな」

あなたの弱弱しい声。

199 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:41

違うの。
ひとみちゃん、違うの!

何を言おうとしても、どれもありふれた言葉しか浮かばなくて
わたしの気持ちを表せない。
言葉では伝えきれないの。だから・・・


駆け寄って、ひとみちゃんの背中に抱きついた。

「違うの、ひとみちゃん。
 わたし、気持ちが溢れすぎて言葉にならない。
 おいしいなんて簡単な言葉じゃすませられない。
 最高なんて、そんな安易な言葉でもあらわせられないの」

ひとみちゃんが、振り向いた。
あなたの目を見て、素直な心の言葉を伝える。

「食べた瞬間に、あなたの思いが広がった。
 温かくて、心の底から安心した。そしたら、何かがわたしの中で弾けて・・・」

ひとみちゃんの手を握った。

「わたし、ひとみちゃんとずっと一緒にいたい。
 あなたじゃなきゃ、ダメなの。
 わたし達の道のりが、どんなに世間から外れてたって、険しくたって構わない。
 あなたと一緒なら、あなたと一緒なら――」

200 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:42

すごい力で抱きしめられた。

溢れ出した気持ちと涙を止められなくて、あなたにしがみつく。

「絶対、アンタを不安になんかさせない。
 絶対幸せにする。約束するよ・・・」




ウワッー!!
ヒューヒュー!!


激しい歓声で、ギャラリーが迎えてくれた。


201 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:42

祝福の嵐にもみくちゃにされたけど、
ほんとに幸せで――
改めて、あなたを好きになって良かった。
心から、そう思った。


「ねーねー、よっちゃん。そろそろ『M』の意味教えてよ」
「そうだよ」

みんなが一斉にひとみちゃんを見る。
当のひとみちゃんは、わたしの隣で『ベエー』なんて舌を出して応戦。


「わたしも知りたいな」

ひとみちゃんの手を握って、指と指を絡ませて上目遣いで見つめる。
途端に真っ赤になるあなた。


小さな声で
『梨華ちゃんグッジョブ』
そうささやく美貴ちゃんの声が聞こえた。

202 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:43

「みんなぜってー、冷やかすからヤなんだよ」

まだ抵抗しようとするひとみちゃん。

「冷やかしませんよ」
と絵里ちゃん。

「ほんとに?」

「ほんとに冷やかしませんから」
ニコニコ顔の小春ちゃん。

「その笑顔が怪しいよ」

「小春の顔はもともと、こんなやけん」
と一応フォローしたつもりらしい、れいなちゃん。


「いや、ぜってー美貴とか、『よっちゃんロマンチスト』とか言ってからかうだろ?」

「からかう訳ないじゃーん」
軽いタッチで、目は笑いながら言う美貴ちゃん。

「ほら、その目が怪しい」

「目は口ほどにモノを言う」
「まいちん!なんでこんな時だけ、正しくことわざ使うのよ!」

まいちゃん、柴ちゃん。
ひとみちゃん、やっぱ言わねえって顔になっちゃったよ――

203 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:44

「よっすぃ〜、この素敵な店長にちゃんと教えなさい」

マサオさん、言ってることは微妙なんだけど、
ひとみちゃんは上下関係を大切にする人だから、また迷い始めたみたい。


「吉澤さん、愛佳も教えて欲しいです」

胸の前に手を組んで、目をキラキラさせて言う。
みんなも愛佳ちゃんに倣って、同じ構え。

やっぱりこの子、大物になりそう――


「参ったな・・・」

人差し指で、頭をカキカキしちゃって。
もう一押しすれば、話してくれそう。

美貴ちゃんが、わたしに目配せする。

――わかりました。
最後はやっぱり、わたしがダメ押ししなきゃね。


絡めている指に力を入れて、ひとみちゃんの腕ごとグイッと引っ張る。
反対の手をあなたの肩において、背伸びしてあなたの耳元に
ギリギリまで近づいて、ささやいた。


「お願い。教えて――」

204 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:44

「ちょ、耳元でささやくのナシだよ」

今度は耳まで真っ赤になっちゃったひとみちゃん。

ヤベー
アチー

とか言って、パタパタ手で扇いでるけど、
わたしとつないでいる手だけは、離そうとしない。

そんな些細なことでも、あなたの愛を感じる。


「ほら、愛しい恋人がお願いしてるんだから吐いちまえ」

「ちぇ。分かったよ」


ぜってー冷やかすなよ

もう一度みんなに念を押して、ひとみちゃんは話してくれた。


205 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:45

「Mってのはさ、『まだ見ぬ未来へ』って意味なんだ」

「まだ見ぬ未来?」

「うん。『まだ』『見ぬ』『未来』
 どれも頭文字がMでしょ?
 これからどんな事が起きるかなんてわかんないし、
 店出すって夢だって、いつになるかわかんないけどさ――」

一呼吸おいて、ひとみちゃんはわたしを見つめて言った。


「まだ見ぬ未来へ――
 ずっとアンタと一緒にいたい。
 そんな願いを込めた」

「ほお〜」

感心している人々。
そんな綺麗な顔で、見つめられて言われて、今度はわたしが真っ赤になった。


「それとね」

ひとみちゃんがつないだ手に力を込める。

206 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:46

「アンタとアタシ。こうして手をつなぐとさ、
 Mって字になるじゃん?」

みんなが一斉にわたしたちを空でなぞる。

「アンタの体とアタシの体、それとつないだこの手で一つの『M』の字になるんだよ」

「あっ!ホントだ!」
「おおっ!」
「すごいじゃんっ!」

指でなぞっていた皆が、口々に言う。

ひとみちゃんは、皆の反応にうれしそうに微笑むとわたしに向かって言った。


「どんな道も二人でこうして手をつないで、前を向いて歩いて行きたいって思ったんだ。
 何があっても、この手を離さないで、二人で乗り越えて行きたい。
 そう思ったんだよ」

207 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:46

「よしこ、キミ天才だわ」

「美貴もからかう気マンマンだったけど、ちょっと感動しちゃった」


「お前ら、ヘタレって言うけどさ、アタシだって決めるときは決めんだよ」

ひとみちゃんは、ぶっきらぼうにそう言うと続けた。


「だって、アンタへの気持ちだけは、誰にも負けねぇ自信あっから・・・」



ヒューヒュー!!
アッツイねえ!!


二度目の激しい歓声があがる。


みんなに冷やかされて、ちょっぴり恥ずかしいけれど、すごくうれしい。

ひとみちゃん、わたし本当に幸せ。
あなたに出会えてよかった。
あなたを好きになってよかった。
今は自信を持って、心からそう言える。

208 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:47

「ありがとう」

つないだままの手をギュッと握り返して伝えたら、
ひとみちゃんはわたしの頭を撫でてくれた。




<パンッ!!>


突然、何かが弾けるような音が店中に響き渡って、
小さな悲鳴があがった。


「何?何?何の音?」

みんな目を丸くしている。
音の主を探すと、紙袋を手にしたまいちゃんが――

209 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:47

「い、いやね。こういうめでたい席にはクラッカーが欲しいなって――」

「で?」
愛佳ちゃんが睨む。

「いや、ほんと。お祝いの意味を込めたのよ。
 クラッカー無いから、紙袋膨らましてパンってやったら
 いいかなあ・・・なんて思っちゃいまして――」

年下の子を相手に、まいちゃんはしどろもどろ。
それにしても、この子迫力あるなぁ――



<カラン、カラン>


「なんや、なんや。けったいな音が外まで聞こえたで〜」

そう言いながら、お店に入ってきたのは、中澤先生だった。


210 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:48

「なんや、今日は、ぎょうさん人がおるなあ。パーティーか何かか?」

中澤先生と言えば、一応お医者さんだけど、
気ままに金次第で、ヤバイ仕事を引き受ける闇医者さんで・・・

ここに来る時は、そのヤバイ仕事を終えた時で、
特注ケーキを注文しに来るときで。


て、ことは――

とうとう出くわしてしまった・・・
わたしと柴ちゃんだけが、いまだこの現場に居合わせたことがなかったのに・・・

これで間違いなく――


「そこの黒いのと、気ぐるみ。今日から真実の仲間やな」

そう言って、中澤先生はニヤリ。

「ちょっと!気ぐるみって、どういう意味ですか?!」

柴ちゃん、突っかからない方がいいって。

「気ぐるみ言うたら、緑色のアレや」
「ひどい!マサオ、あのおばさん、ひどいよ・・・」

だから、柴ちゃん。
喧嘩売っちゃダメだって・・・

「今、おばさん言うたか?!」

211 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:49

「ちょっと裕ちゃん!」

今にも、柴ちゃんに掴みかかろうとした中澤先生を止めたのは
意外にも、愛佳ちゃんだった。

「あれ?愛佳。どしたん?」


ゲッ!
二人、知り合いなの?


みんなの疑問を察知したように、愛佳ちゃんがニッコリ笑って答えた。


「裕ちゃんは、いとこの『お姉ちゃん』なんです」

212 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:49



どうりで――


「あの凄みは血筋だな」

小さくささやいたマサオさんの声に、みんなが頷いた。



「おー、何や新しいケーキあるやん」

Mに向かって歩き出す中澤先生。


「わかった。新作お披露目会やっとったんやな」

誰も止められない・・・


「あれ?もう食べた後があるな。ほな、ウチもいただこ」




「ダメー!」

マサオさんが、言った時には、もうMは中澤先生の口の中に――

213 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:50

「なんやこれ。ものすっごい美味いなあ」

そう言って、もう一口。


「せめて、せめて、次は師匠が食べる順番だって思ってたのに・・・」

「何や?何か文句あるか?」
「い、いえ。何も・・・」


でも、二番目に食べようと思ってたのに――

小声で嘆くマサオさんを、柴ちゃんが慰めた。




「あんなあ、裕ちゃん。それ、すっごい大切なケーキやねん」

愛佳ちゃんが、腕組みしながら、中澤先生に言う。

214 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:50

「ええやろ。ちょっとぐらい」
「あかんねん!!」

中澤先生に詰め寄る愛佳ちゃん。
なんだか・・・
不思議な光景――


「裕ちゃんにはわからんやろうけど、吉澤さんのふかーい愛がこもった
 ケーキやねんで!」

そ、そんな。中澤先生に向かって、『わからん』だなんて――

「わからんが余計や!」

ほら、言わんこっちゃない。


「わからんから無神経に食べれるんやろっ!」

215 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:51

「あの〜、あいかちゃ〜ん。もういいんだよ。
 ちゃんと梨華ちゃん一番に食べたんだし、後は誰が食べてもいいっていうか・・・」

ひとみちゃんの言葉に、何度も大きく頷くわたし。
視界の隅に、ムッとしてるマサオさんの顔が見えた。



「あきまへんっ!!」

「なんでや!作ったのよっさんやろ?
 本人がええって言い寄るんやから、ええやろ!」


「あかんったら、あかん!!」


216 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:51

とめらんねぇぞ、これ・・・

ひとみちゃんがつぶやいた。


『美貴、行け』

ひとみちゃんが、身振りで美貴ちゃんに伝える。

『無理無理。お前が行け』

即座に、美貴ちゃんに返されるひとみちゃん。

『まいちんが行けよ』

『よしこが行け』

またまた返されているひとみちゃん。


ジェスチャーだけで、この3人の会話がわかるなんて、
わたしもなかなかすごいんじゃない?
なーんて感心していたら――

217 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:52

「なら、どないせぇっちゅうねんっ!!」

中澤先生のこの言葉を待っていましたとばかりに
愛佳ちゃんは、ニッコリ微笑むと言った。


「ここにいるみんなを食事に連れて行ってよ」
「はあ?なんであたしが、こいつら全員連れて行かなあかんねん?」

「だって、今日仕事して、大金入ったんやろ?
 こんな人数連れてくくらい『ヘ』でもないやろ?」

あ、あいかちゃん。
かわいい顔して『へ』って・・・
しかも、そこだけそんなに強調して言わなくても――

218 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:52

「ねーねー。大金もらえる仕事って、どんな仕事?」

小春ちゃんが、問いかける。

「バカッ!聞いちゃだめなの、小春!」

さゆちゃんが、慌てて小春ちゃんを止めに入る。

「空気をよんで欲しいの」

小春ちゃん以外のみんなも、さゆちゃんの言葉に頷いてる。


世の中聞かない方が、いいこともあるからね。
覚えておいた方がいいよ、小春ちゃん――


「ったく、なんであたしが、こいつらを連れて行かなあかんねん」

つぶやく中澤先生の腕に、自分の腕をからめて、上目遣いで見つめると
愛佳ちゃんは言った。

「裕ちゃん、おねが〜い。
 だって愛佳、今日は、みんなでお食事したいんだも〜ん」

219 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:53


「あーあー、もうわかったわ!
 しゃーない。みんな連れてったるわ!」


「マジで?!
 ヤリが降っちゃうよ!」

「バカ!それを言うなら雨だろ。例えをヒドクすんな!」

まいちゃんの口を慌ててふさいで、美貴ちゃんが小声で叱る。


「中澤先生の弱点、見つけちゃったね〜」

ひそかに柴ちゃんとマサオさんがほくそ笑む。



――あいつすげーな

ひとみちゃんが、隣でつぶやいた。



今後のために、わたし愛佳ちゃんと仲良くしておこうっと・・・

220 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:53



結局、美貴ちゃんとれいなちゃんの強い希望で、
お食事は焼肉に決定。


また、肉かよ?
主役はウチラだぜ?

ブツブツ文句を言うひとみちゃんを慰めた。



あれから、愛佳ちゃんが、わたし達の事を中澤先生に話してくれて。
それを聞いた中澤先生は

「なんや、それ先に言うてくれたら、
 愛佳と喧嘩なんかせんと、連れてきてやったのに」って――


やっぱり、いい人だよね。
中澤先生も。


今日の先生、とっても優しい顔してる。
きっと愛佳ちゃんのこと、可愛くて仕方ないんだろうな・・・


愛しい気持ちって、自然と顔に出ちゃうんだね。

221 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:54

「何、ニヤニヤしてんの?」

ちょうど焼肉屋さんに着いて、
ひとみちゃんが隣に座りながら、わたしに聞く。

「別に」

そう答えたけど、机の下でひそかに手を繋いだ。
ひとみちゃんが、指と指を絡ませてくる。


――ほんとはね、幸せだから

ひとみちゃんの耳元で、そう告げたら、
途端に真っ赤になって、空々しくメニューなんか見出しちゃった。

ほんと、不意打ちに弱いよね〜
でもそこが、可愛かったりするんだけど。


わざと顔をくっつけて、
同じメニューを覗き込む。

挙動不審になるあなた。
かっわいい〜


「アタシ、あ、あれ。
 ほら、サンチュ。サンチュだ。サンチュ頼む」

222 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:55

「ほら、梨華ちゃん。
 よっちゃんが『チュッチュ』うるさいから、してやってよ」

美貴ちゃんたら、ニヤニヤ顔。
わたしも悪ノリしちゃおっかなぁ〜

「じゃ、ひとみちゃん。こっち向いて」

あなたの両頬を両手ではさんで、
グイッとこちらを向かせた。

「ば、ちょっ、な、なに言ってんの、梨華ちゃん?!」


ふふふ。かっわいい〜


「吉澤さん、あんだけ激しいキス、私達に見せつけといて
 今更恥らわないで下さいよ!」

そう言って、さゆちゃんがすばやく写メを
中澤先生に見せた。

「ダアーッ!やめろって!」


ほお〜
やるなあ、よっさん。

中澤先生はニヤリと笑うと言った。

「ほな、今夜は祝杯あげて、
 もう一度誓いのキスでも、みんなの前でしてもらおうか〜」

223 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/05/29(木) 13:56





224 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/05/29(木) 13:57


本日は、以上です。

Cake2は、あと2回で完結します。
さてさて、当初の梨華ちゃんの悩みは、解決されるのかどうか・・・


225 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/05/29(木) 17:08
やっぱり作者さんはSだったか(笑)
Mの意味が分かってスッキリ出来ました。
久しぶりに熟睡します。

最終回を迎えるのは寂しいけれど次回の更新も楽しみに待ってます。
226 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/29(木) 23:29
Mの意味、深すぎます。かっこよすぎです。ため息がでます。
自分の予想はかすりもしてませんでしたw
227 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/31(土) 06:52
本来なら、甘〜い空気になるはずのいしよしなのに、ギャラリーのせいで冷やかされるよっしぃーが良いですw
しかもギャラリーが増えていってるしw
ここのよっしぃーは素敵ですね。
梨華様の当初の悩みが解決される事をお祈りしますw
228 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/06/04(水) 17:32

>>225:名無し飼育さん様
 いつもありがとうございます。
 熟睡できましたか?
 本日また寝不足にしたらすみません。
 先に謝っときます。

>>226:名無飼育さん様
 お答え頂き、ありがとうございます。
 残り2回、楽しんで頂けたらうれしいです。

>>227:名無し飼育さん様
 ギャラリーはいつの間にやら、こんな数になってしまいました。
 さて、梨華様のお悩みやいかに・・・



では、本日の更新にまいります。


229 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:33




230 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:34


はあ〜〜〜


「りーかちゃん」

柴ちゃんが、鏡越しにわたしを覗き込む。

まさに宴もたけなわ。
さんざん、持て囃されて、きわどい質問もいっぱいされて――


さすがに疲れて、何とかお手洗いに逃げ込んだわたし。


「主役は大変だね〜」

「でも、みんなお祝いしてくれてるから、うれしいよ」

これはほんとに素直な気持ち。
ちょっと度がすぎるけど・・・

「まあ、みんな根はいいやつだからね。
 心から二人を祝福してますよ」

柴ちゃんが微笑む。

231 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:35

「――柴ちゃん」

「ん?」

鏡の中の柴ちゃんを見つめる。

「わたしね、マーシーに来て良かった。
 ほんとにありがとう」

「ふふ。最愛の人にも会えたし?」

「うん。ほんとに柴ちゃんには感謝してます」

「いえいえ。どういたしまして」

二人で顔を見合わせて笑った。

232 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:35

「それにしても、よっすぃ〜、
 今日も潰れちゃう勢いだね〜」

「ね〜」

「よっすぃ〜、お酒強いけど、恥ずかしいからって
 また今日もがぶ飲みしてたでしょ?
 あげく、中澤先生にあんなにがっちりホールドされちゃあね」

柴ちゃんがニヤニヤしてわたしを覗き込む。

「今夜は無理かな〜?」

「もう!柴ちゃんのエッチ!」

「だってさ、あんなキスされたらさ、
 ちょっと燻ぶっちゃわない?」

飲んでるからって、柴ちゃん。
そんなにハッキリ言わないでよ・・・

「でもそうでしょ?」

まあ、そうっちゃそうだけどね――

233 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:36


「でも・・・今夜はいいかな」

柴ちゃんが驚く。

「ヤダ、そんなにびっくりしないでよ」
「だって、ずっとしたいしたい言ってたじゃん」
「ちょっと、そんなこと言ってないって」

柴ちゃんを睨んだ。

でもまぁ、外れてはいないんだけどさ・・・

ほら〜

柴ちゃんに肘でつつかれる。


「確かにね、ちょっと期待はしちゃうよ。
 でもわたし、今はほんとにひとみちゃんのそばにいられるだけで幸せなの。
 だから無理しなくていいかなって・・・
 お互いが、そういう気持ちになった時に、きっと自然とそうなるんだろうし、
 ちゃんと気持ちが繋がってるってわかったから――」

「おー、大人になったね。梨華ちゃん」

「へへへ・・・」
「キモッ!」

ちょっと、柴ちゃん?!

234 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:37

「まあ、でも、ひとみちゃんのおかげかな?」
「確かに、あいつ今日はカッコ良かったわ」
「うん・・・また一段と好きになった」
「さいですか」

ほんと、心からそう思うんだよ。


「――わたしさ・・・」
「んー?」

「ずっと形にこだわってたでしょ?
 肌を合わせるとか、女同士だとか・・・
 でも、ひとみちゃんは、そんなわたしの不安や迷いも全て受け止めて、
 受け入れて、大きく包んでくれた。
 今だけじゃなくて、遥か先を、二人の未来を真剣に見つめてくれてたんだよね。
 ちゃんと描いて見せるから、心配すんなって。
 ほら、大丈夫だから、安心して飛び込んでおいでよって・・・」


235 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:38

「まあ、もうちょっと、うまく準備するなり、事前に表現すりゃあ、
 梨華ちゃんも不安にならなくてすんだのにね〜
 タイミング悪いっつうか、要領悪いっつうか、不器用っていうかね〜」

「そこが可愛いからいいの〜!」
「うそつけ!悲壮感漂わせまくってたくせに!」

柴ちゃんにひとさし指で、額をつつかれた。

「でもさ。結局は梨華ちゃんの理想どおりだったわけだ。
 よっすぃ〜は」

「え?」

「だってさ、大人で、包容力があってってさ」

ほんと、だ・・・


「さ、そろそろ戻ろう!
 王子様が本格的に潰れないうちに、連れて帰らないと
 イチャイチャもできないよ」

236 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:38





237 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:38

わたし達の個室に戻ってみると、まだまだ宴もたけなわ。

絵里ちゃんと小春ちゃんは、ひたすら笑い続けてるし、
美貴ちゃんとまいちゃんは、さゆちゃんとれいなちゃんに
何やら熱心に教育してる。

マサオさんは、必死に愛佳ちゃんに中澤先生の弱点を
聞き出し続けていて・・・

肝心のひとみちゃんは、相変わらず中澤先生にがっちりホールドされてる――


「みなさ〜ん、そろそろお開きの時間ですよっ!!」

柴ちゃんが、声を張り上げる。

「まだ、ええやん」
と中澤先生。

「ダメですよ。未成年がいるんですから、そろそろ帰らなきゃ」

愛佳ちゃんをチラッと見て、
中澤先生は「そやな」ってつぶやいた。


「ほな、帰りは責任持って、大人が送って行こか」

238 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:39

さっきの流れで、さゆちゃんとれいなちゃんは、
美貴ちゃんとまいちゃんが送ることに。

絵里ちゃんと小春ちゃんは、
柴ちゃんとマサオさん。

愛佳ちゃんはもちろん、中澤先生と一緒に帰る。


「あれ?ウチラは?」

ひとみちゃんの問いかけに、中澤先生は

「新婚さんの邪魔するような、野暮なことはせんよ〜」

そう答えたと思ったら、すぐにわたしのそばに来て、そっと耳打ちした。


「エッチ出来なくなるほど、飲ませてへんから安心しい。
 それにあいつ、きっとヤル気やで。今夜」


一気に頬が熱くなった。
それと同時に体も熱くなる。

239 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:39


「ほな、さいなら!」

中澤先生の掛け声で、三々五々に散っていくみんな。

残されたのは、わたし達二人だけ――


あんな風に言われたら、意識しちゃうよ・・・



「ヤベー飲み過ぎたぁ」

フラフラとひとみちゃんが歩き出す。
慌てて、腕を支えてあげた。

「大丈夫?歩ける?」
「もっちろん!」

そう言いながら、足元が覚束ない。
腰に手を回して体を支えてあげた。

やっぱり、酔っ払ってるじゃないよぉ・・・

240 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:40

「ねぇ、タクシー呼ぼうか?」
「だいじょうーぶ。あるこーぜ」

「歩くって、ひとみちゃんフラフラじゃない」
「へーきへーき」

「ね、わたしもお家まで一緒に乗って行ってあげるから。
 タクシー呼ぼ?」

「だめー
 今日は梨華ちゃん家にいくのだ〜」

うちに行くのだ〜って・・・

もしかして――

241 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:40



「梨華ちゃん家なら、こっから歩いて帰れるもーん」

きょ、距離の問題だったのね・・・


中澤先生にあんなことを言われて、
過剰に反応してしまうわたし。

それに比べて、隣には、のんきで、陽気な酔っ払い・・・




――ま、いっか。


242 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:41

「ねーねー。星きれーだよ。
 なんかいっぱい出てる」

ひとみちゃんに言われて空を見上げる。

確かに綺麗だけどね。
いつもと変わらない気がするよ?


「あれー?おっかしいなあ?」

ひとみちゃんが目をこする。
かわいいなあ、もう。

「飲みすぎて、二重に見えちゃってるんじゃないの?」

からかい半分に言った。

「んなことないよ!」
ムキになるひとみちゃん。

243 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:42

「じゃあ、こっち向いてみて」

ひとみちゃんが素直にこっちを向いて、
トロンとした目でわたしを見る。


かわいい・・・
じゃなくて。

「ほら、焦点があってないもの」

「そんなことないよ」

あくまでも言い張るあなたに近づいて、
その大きな瞳を覗き込んだ。

「ほら、視点が定まってないじゃ――」


語尾は、ひとみちゃんに飲み込まれた。


ゆっくり唇を離して、ひとみちゃんが言う。


「視点、定まってるでしょ?」

244 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:42

ひとみちゃんがわたしの手を取って、歩き出す。
その足取りは、さっきとは違ってキチンとしてる。

でも、顔は赤いままだし、飲みすぎたって言ってた、よね・・・?



「こうやって歩くの、はじめてだよね」

ひとみちゃんの言葉で、我に返った。

そういえば――


いつもは、ひとみちゃんが自転車を押していて、
その隣をわたしが歩いて・・・

こうして、手をつないで隣を歩くのは、はじめてだ。



――あ、でも自転車。

お店に置いて来ちゃったよ?
帰り、どうするの?

245 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:43

「ねー、ひとみちゃん。お店に寄って行こうか?」
「どうして?」
「だって、自転車・・・」
「ああ、いいよ」

え?
いいって・・・
だって、ひとみちゃんお家帰るの大変だよ。
歩ける距離じゃないじゃない。
まさか、わたしを送ってから、またお店に行くとか?

「ねー、ひとみちゃ――」
「明日ってさ」

突然、ひとみちゃんは立ち止まって、わたしの言葉を遮った。

「明日って、大学休みだったよね?」
「あ、うん。1限だけあったけど、休講になったから」

「店、午後から入るんだっけ?」
「そうだよ」

「じゃあさ――」

あなたが紡ぐ言葉に
なんだかとってもドキドキする・・・

「こうやって、明日、手繋いで一緒に店行こう」

え?でも・・・

246 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:44

ひとみちゃんに抱きしめられた。

「アタシ、明日、午前中休みもらったんだ。
 だから・・・」

だか、ら・・・?


「今夜、泊まっていい?」



  『あいつ、きっとヤル気やで。今夜』

中澤先生の声が聞こえた。



――そういう、意味だよね・・・?


あなたの胸に抱かれたまま、静かに頷いた。


247 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:45


意識しだしたら、急に緊張してきてしまって。
鍵をバッグから取り出すのにも、一苦労した。

なんとかドアを開けて、ひとみちゃんを先にお部屋に入れる。

何度もうちに来てくれてるのに、泊まったことはなくて。
ましてや、泊まりたいなんて言われたことがなくて・・・


自分の家に入るのに、まるで違う場所に来てしまったみたいに
息が詰まる――


先に入ったひとみちゃんが振り向いた。

「あ、ごめん。電気つけるね」

スイッチに伸ばそうとした手を掴まれて、抱き寄せられる。

248 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:45

「好きだよ・・・」

耳元で言われて、体中に電気が走った。


そのまま唇を重ねる。

ひとみちゃんの舌が、わたしを情熱的に求める。
わたしの中を暴れまわって、激しく求められる。
何度も、舐められ、吸われて、意識が遠のきそうになる。

今までとはぜんぜん違う、愛され方。
まるで嵐のように、わたしの心を、体を波立てていく・・・


ひとみちゃんの息も荒くて、
興奮してるのがわかる。


ひとみちゃんの手が動き出す。
わたしの背筋を撫で、髪を撫で、肩を撫でて・・・
そのまま腕をすべって、手をギュッと握った。

わたしは、これから起こることを思って、思わず身を硬くしてしまった――

249 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:46



ひとみちゃんは、静かに体を離すと
「ごめん」って・・・

暗闇でもわかる。
あなたの悲しそうな瞳――

「嫌ならしないから、これ以上何もしないから」

そう言って、もう一度わたしを引き寄せた。

「こうして、抱きしめてるだけでいいから、
 今夜は、一緒にいたいんだ・・・」


違うよ、ひとみちゃん。
嫌じゃないの。
嫌なんかじゃないの。

「待ってるから。そういう気になるまで、いつまでだって待つから」

だから、違うって。
わたしの方が、とっくにそういう気になってたんだってば!

250 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:47

「わかるよ、今までと違って女同士だし。
 踏み込めないのも、無理はないから」

そう言って、あなたはわたしの頭を撫でて、わたしから離れた。

ちょっと待ってよ。
今までと違ってって、何か勘違いしてない?
それに、今日のお昼間、
『そばにいるだけじゃ足りない』って
『もう、我慢できねえもん』って
言ったじゃない。


ひとみちゃんの手を掴んで、自分の胸に引き寄せた。

「り、梨華ちゃん・・・?」

「ずっと・・・ずっと待ってたんだよ、わたし――」
「え?」

251 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:48

「ひとみちゃんが、こうしてくれるの、ずっと待ってた」
「でも、だって・・・」

「もう我慢できないって言ってくれたのは嘘だったの?」

「う、嘘じゃないよ。でも、アンタ、ビクッてするじゃん。
 前もさ、あったんだよ、アタシんち来た時。
 いい雰囲気になって、ヤベー、我慢出来ないかもって思って、
 背中撫でたら、やっぱりビクッてして、明らかに固まっちゃってさ。
 クリスマスの時は、何か勢いっつうか、そういうのあったのかもしんないけど、
 やっぱ、今まで、アンタ普通に男と付き合ってた訳じゃん。
 だから、女同士って抵抗あんだろうなって思って・・・」


ちょっと、ひとみちゃん。
盛大な勘違いしてない?


「言葉で拒否られたら、ちょっと立ち直れねーなって
 それから、すげー我慢した。
 何度も、アンタに触れたいって思ったけど、
 これ以上進んだら、自分のこと止めらんなくなっちゃうって思って、
 その前にいつも、必死で自制してた。
 アンタに嫌われんのだけが怖くて・・・」

252 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:48

ひとみちゃんの頬に手を伸ばす。
あなたが愛おしい――


「だから、アタシがちゃんと先のこと考えてるって、
 アンタとの人生、本気で考えてるって、どうしても伝えたくて。
 みんなに認めてもらえるようなさ、
 アンタの親にも胸張って、一緒にいさせて下さいって
 絶対苦労なんかさせませんからって、ちゃんと言える、
 そんな証になるようなもの、見せたくてさ――」

「だから、Mを・・・?」
「うん・・・」


ひとみちゃんの首に手を回して、わたしから口付けた。

さっき、あなたがしてくれたように
激しく、情熱的に、自分の思いをのせた。


253 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:49


「――いいの?」

唇を離して、戸惑いながら言うあなた。
だから・・・

「ずっと待ってたって言ったじゃない」
「でも・・・」

解いてあげる。
あなたの盛大な誤解を。

「わたし、はじめてなの・・・」
「ん?」
「だから、こういうことするの」

「こういう・・・こと?」
「だから!」


男の人としたこともないの・・・

254 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:49

小声で伝えたのに、ひとみちゃんったら

「マジで?!」

そんな大きな声で、驚かなくてもいいじゃない。

「じゃ、もしかして、処――」

ひとみちゃんの口をつまんだ。

そうだよ、悪い?
はじめてだから、ビクッとしちゃうの。
緊張して、固まっちゃうんだもん。仕方ないじゃない!


「ごめん、ごめん」
わたしの手をどかしながら、ひとみちゃんは謝るともう一度言った。


「ほんとに経験ないの?」

あー、もうアッタマ来た。
そんなにニヤニヤして、バカにすることないじゃない!

255 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:50

わたしはひとみちゃんを押しのけると、
電気をつけて、靴を脱ぎ、さっさと部屋に上がった。

フンだ!
もう知らない!

そう言おうと思って、振り返ろうとしたら、
背中から抱きしめられた。


「違うんだ。うれしいんだよ。
 アタシだけが、アンタを知れるなんて。
 舞い上がっちまいそうなくらい、うれしい」

耳元でそう言われて、耳たぶに口付けられた。


「アンタの全部を知りたい」

首筋に唇を這わせて

「アンタが欲しい」

そう言って、わたしを振り向かせると、また全身がしびれてしまいそうな
キスを繰り返す。

256 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:51

「・・・待って――」

「待ってたって言った」

いじわる。
シャツのボタンをはずそうとする悪戯な長い指を握った。


「お願い・・・シャワー、浴びたい――」

「――わかった」

あなたは名残惜しそうに、もう一度首筋にキスをして
わたしから離れた。




257 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:51



お客さんだから――


そう言って、ひとみちゃんに先にシャワーを浴びてもらった。


今は、わたしの番。

どうしよう。
まだ、入り口に立ったばかりなのに・・・

怖いぐらいドキドキしてる。
自分の体なのに、自分の体じゃないみたい――


258 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:52

「お待たせ・・・」

小さな声で、言ったけど、
なんか『お待たせ』って言うのも違う気がして、しりつぼみになってしまった。


「――ひとみちゃん?」

姿が見えなくて、一瞬不安になったけど、
よく見ると、ソファの上に寝っころがって、すっかり夢の中みたい・・・


「もう!」

緊張してたのに。
覚悟決めて、出てきたのに!

確かに長く入りすぎちゃったよ。
色々考えちゃってたし、念入りに体を洗ってたし――

259 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:52

時計を見た。
一時間も待たせちゃったんだね。


「仕方ないかあ・・・」

なんだかんだ言って、ひとみちゃん、お酒いっぱい飲んでたもんね。
それに毎日遅くまで、『M』のために頑張ってくれてたんだもん。


おでこにかかっている前髪をはらってあげた。

かわいい寝顔――


ずっと、こうして眺めていたい。

でも、髪の毛も乾かさないで、
わたしのつんつるてんのジャージなんか着て、
ソファで寝たら風邪ひいちゃうよ。


260 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:53

「ひとみちゃん」

優しく声をかけた。
どんな夢、見てるのかな?

「かぜ、ひいちゃうよ」

頬を撫でた。


一向に起きる気配なし。
肩を揺すろうとして、やっぱりちょっとだけ、あなたに触れたくて
そっとキスをした。



唇を重ねた途端、頭に腕が回されて、がっちりロックされる。

ちょ、ちょっと!
起きてたの?!

離れて抗議しようとしたら、もっと引き寄せられて、
舌が割り込んできた。

261 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:53

腕は、乱暴なくらい強く引き寄せてるくせに
誘ってくる舌は、優しくて・・・


どんどん体が熱くなって、あなたを感じてる。

でも、ちょっと。
わたし、まだ髪乾かしてない。
それにお肌のお手入れだって――


全部、後で。

あなたがそう言って、ソファに起き上がる。
膝の上にわたしを導いて、向かい合わせに座らせられる。

262 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:54

「待たせすぎ」
「ごめん。だって・・・」

「――やっぱ、やんなっちゃった?」

ううん・・・
首を振った。
ただ、ちょっと怖いだけなの――


「待ってる間、ずっと心臓ドキドキして死ぬかと思った・・・」
「ひとみちゃんもドキドキするの?」

ひとみちゃんは、わたしの頭を抱えると
自分の胸にあてた。

「聞こえる?」
「すごい・・・ドキドキしてる」

わたしと一緒。
わたしと同じリズムを刻んでる。

それだけで、少し安心した。

263 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:55


「見て」

ひとみちゃんに言われて顔をあげる。

「これ」

ひとみちゃんの手には、いつの間にか、ピンクのリボンがかかった小さな箱があって・・・

「プレゼント」

「わたし、に・・・?」
「もちろん」

「誕生日でもないよ?」
「フハハ。アタシがあげたいんだ」

差し出された包みを受け取る。

「ほんとはね、Mと一緒にあげたかったんだけど、
 みんながいたし、ハズイしさ。それに・・・」

「それに・・・?」

「二人だけの時に渡したかった」

そう言って、髪をすいてくれる。
わたしの鼓動が、また一つ早くなった。

264 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:55

「開けていい?」
「どうぞ」

ひとみちゃんの膝から下りようとしたけど、腰をつかまれた。

「このままでいいよ」


あなたの膝の上で、向かい合わせに座ったまま、
その包みを開く。

じっと見つめるから、緊張しちゃうじゃない。

「梨華ちゃん、ぶきっちょ」
「だって、ひとみちゃんがじっと見るから緊張しちゃうの」
「フハハ」

ニコニコして、わたしの手元を見つめてる。
やっとの思いで包みを開いた。


ねぇ、この入れ物って――


淡いピンク色のケースの蓋を持ち上げる。


265 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:56

「かっわいい・・・」

そこには、小さな石のついた、かわいいリング。


「ほんとはね、もっとゆっくり時間をかけて選びたかったんだ。
 でもなんかあの日、喧嘩みたいになっちゃったじゃん。
 更衣室で、アンタに理想じゃないって言われた気がして、かなりショック受けてさ。
 アンタが謝る必要ないとか、キツイこと言っちゃって・・・
 これ、マジでヤベーかもって、その後、後悔して、ちょー焦ってさ」

ニコッて笑って、ひとみちゃんが続ける。

「その前の日だって、アンタ酒飲んで、アタシにキスしてきたじゃん。
 あれ、今までのヤツにも、あーして来たんだとか思ったら、
 なんかすげームカついちゃって――」

「ひとみちゃんだからだもん。
 ひとみちゃんだから、あんなことしたんだもん・・・」

「さっき、経験ないって聞いて、安心した。
 だって、アンタにあんなことされたら、ぜってー我慢できないよ」


でも、ひとみちゃんはさ――

266 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:57

「だから、ごめん。
 あん時、すごい決意してくれてたんだって思ったらさ・・・」

ひとみちゃんが、わたしの胸に頭を埋める。

「すげーうれしいけど、アンタ苦しめちゃったなって・・・」


「――ごめん」

わたしの胸の中で、もう一度謝ってくれた。


もういいよ。
その気持ちを込めて、ひとみちゃんのサラサラな髪をなでてあげた。


267 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:57


「指輪、してみてよ」

顔をあげて、ひとみちゃんが言う。

「左手の薬指にして欲しいんだ」

その顔は、真剣で。
その綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。


「――ひとみちゃんが、はめて・・・」

あなたにはめて欲しいの。
わたしは、あなたのものだから。
あなたの手で、わたしを・・・



ひとみちゃんが頷いて、指輪を取り出す。

左手を持ち上げられた。

ゆっくり薬指に通っていく。


あなただけのものになる――


268 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:58

「よかった、ピッタリ」

「サイズ、どうしてわかったの?」

ひとみちゃんが微笑む。

「ごっちんに一緒に来てもらってさ。
 ごっちんの手握って、どれくらいか測らせてもらった。
 いつもアンタと指からめて、手つなぐじゃん。
 だから、握ったら大体わかったよ」

「それで、手つないで歩いてたって・・・」

「あれにはマイッタ!
 だって、焦って買いに行こうなんて思ちゃったから、
 サイズ測るひまなんて無かったし、
 そんなこと頼めんの、ごっちんくらいしかいなくて――
 美貴やまいちんじゃ、すぐ言いふらすだろうし、
 柴ちゃんじゃ、アンタに近すぎてバレちゃうかなってさ・・・」

ごっちんの優しい笑顔が浮かんだ。


「今度二人でごっちんのお店に行こう?
 ごちそうしてくれるって言ってた」

269 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:58

「うん。ところでさ、ごっちんと何話したの?」

「ん?
 ふふ。ひとみちゃんの秘密、聞いちゃった」

「アタシの秘密?」
「そう」
「何だよ?」
「教えなーい」
「ひでー」

「でも、嬉しかったから・・・」

ひとみちゃんの髪をなで、シャープな顎のラインをなぞる。

「――反則」
「えっ?」

「それ、誘ってんの?」

270 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:59

まるで、嵐の始まりを告げるかのような強引なキス。
でも、嫌じゃない。

再び、わたしの体が熱をおび、波がうねりだす――



「アンタが欲しい・・・」

かすれた声でつぶやかれ、熱っぽいツヤをおびた瞳で見つめられて、
ゾクッとする。

「大丈夫。
 アタシに任せてくれればいいから」

そう言って、ひとみちゃんは、わたしのパジャマのボタンに
手をかけた――


271 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 17:59



272 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/04(水) 18:00



273 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/06/04(水) 18:02

本日は以上です。
こんなとこで止めちゃってすみません。


次回、最終回となります。


274 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/06/05(木) 01:06
たっぷり睡眠取って更新待ってました。
しかーし!興奮してまた寝不足になる予感…。
ここから先が読みたいのですよ!!
そして朝…とかは無しで(笑)
あー、でも作者さんSだからなー(笑)

最終回はめっちゃ寂しいけど欲求不満解消させて下さい。
楽しみに更新待ってます。
275 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/05(木) 01:14
くはぁっ!いいところで…w
次回、首を長〜くして待ってます。
276 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/06(金) 01:25
うぐっ(苦)
この二人は伸ばしますね〜w
待ちますよ!
それにしても梨華ちゃんって…
そうなんだ〜へ〜…
277 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/06(金) 01:50
私も!〜へ〜…!と、なりました。アハ
続きをわくわくして待っておりまする。
278 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/06/08(日) 19:45
更新お疲れ様です。
「ハルカゼにのって」から読ませていただいています。

次回最終回、楽しみにしています。
279 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/09(月) 00:28
ageちゃダメね。

280 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/06/15(日) 02:28

>>274:名無し飼育さん様
 そして、朝――
 なんて非情なことはSですが致しません(笑)
 が、ご期待にそえるかどうかは・・・

>>275:名無飼育さん様
 いい所で切っちゃいまして、すみません。
 この更新で、首もとに戻して下さい。

>>276:名無飼育さん様
 ほんと、読み返したら伸ばしすぎでした(笑)

>>277:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 最終回、楽しんで頂けたらと思います。

>>278:名無飼育さん様
 「ハルカゼ」からですか。うれしいですね〜。
 ありがとうございます。

>>279:名無飼育さん様
 ありがとうございます。


では、「Cake2」最終回となります。
前半は、エロが入りますので、苦手な方はお気をつけ下さい。
飛ばして、後半を読んで頂いても大丈夫です。

それでは、どうぞ。






 
281 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:29




282 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:30


「お願い。電気消して・・・」
「だめ。全部見たい」
「イヤ、恥ずかしいよ」
「どうして?大丈夫だって」


ゆっくりボタンが外されていく。


「アンタの全部が見たいんだ・・・」


あなたの手に導かれたパジャマが滑り落ち、素肌をさらけ出す。

「綺麗だよ・・・」
「いや、そんなに見ないで」

肩に口付けられる。
そのまま鎖骨に口付け、ブラの肩紐をずらされた。

ふくらみを優しくなでられる。


「外して、いい?」

見上げるあなたに、黙って頷いた。

283 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:31

後ろに腕が回って、静かに外される。
解き放たれるわたしの心。

ゆっくり、そっと剥ぎ取って、あなたがわたしを見つめる。

恥ずかしくて、思わず両手で隠した。


「だめだって」

そう言って、やさしく手をどかす。

「――だって、じっと見るんだもん・・・」

「ほんとに綺麗・・・」


そう言って、両手で触れる。
ゆっくり動き出すあなたの手を見ながら、何かが溢れだす・・・
なんか変、わたし――

284 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:32

んっ・・・

敏感な所に触れられ、思わず声がもれる。

感触を楽しむように、あなたは何度も二本の指でつまんでは、さすり
親指でなでる。
そして、胸元を這わせていた舌を離すと、突然片方の頂を口に含んだ。


んんッ!!

強く吸われて、舌でころがされて、
またわたしから、何かが溢れ出す――


「んっ、ひと、み、ちゃん。はあ、ダメ・・・」

音を立てて、そこから口を離すから・・・

ああんっ!


「気持ちいい?」

イジワルな手は動きを止めてくれない。

くっ、はあ、ああっ・・・

「声、我慢しないで」

285 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:33

はあ、んっ、だって、ああっ、ま、だ、はずかし・・・、アンッ!

「もっとアタシを感じて・・・」

そう言って、耳をくわえられて、また電気が走る。
そのまま、首筋へ下がって、
今度はさっきと反対の頂を口に含んだ。


ああッ!ハア、クッ、ンンッ!

思わず、のけぞって、ひとみちゃんの腕を掴んだ。

助けて、ひとみちゃん・・・


また、音を立てて、そこから離れる。

んんっ!!はあ、ああ・・・

体に力が入らない。

ひとみちゃんが、片腕を腰に回してしっかり支えてくれてる。


「ベッドに行こうか・・・?」

286 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:33

ひとみちゃんに支えられて、手を引かれて、寝室に向かう。

なんかずるい・・・
だって、わたしだけ上半身裸で、あなたは着たままなんだもん――



ベッドに優しく押し倒される。
上に覆いかぶさるあなた。
はじめて見る景色・・・

ひとみちゃんの頬に手を伸ばした。
その手を握って、口付けてくれる。

綺麗な横顔・・・

もう一度、はじめから愛してくれるあなた。
でも、今度ははじめから激しい。
さっきのように探るような手つきではなくて、
激しく強く愛してくれる――でも・・・


ひとみちゃんの袖をつかんだ。

「ひとみちゃんも・・・」

287 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:34

ひとみちゃんは微笑むと、
ジャージを脱ぎ、すべてを取り払った。

うっとりするほど、キメ細やかな白い肌。
思わず手を伸ばして、触れた。

「・・・キレイ」
「そうかな?」
「うん」
「白くて、うらやましい」
「アタシは黒い方がうらやましいよ?」
「どうして?」
「なんかそそられる」
「もう!」

ふふ。
お互いに微笑んだ。


「下、取るよ?」

黙って頷く。
腰を浮かせて、ひとみちゃんの動きを手伝う。

288 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:34

「やべー。アタシ感動してる」

そう言って、ひとみちゃんは覆いかぶさり、
わたしを抱きしめた。


産まれたままの姿で、ただ抱きしめあい、
あなたの素肌に包まれる。


「気持ちいいね」
「うん」

ただ何もせず、抱きしめあっているだけなのに、
安心できて、うれしくて、涙があふれそうになる。

「・・・Mと一緒だね」
「白と黒?」
「はじめて、黒で良かったって思えたの」

あなたが白で、わたしが黒。
大げさだけど、あなたに出会うために
あなたと惹かれあうために、わたし黒く生まれたのかなって・・・

289 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:35

ひとみちゃんが、指を絡ませる。

「続き、してもいい?」

いいよ。
だって、混ざり合ったら、わたし達カフェオレ色になるんでしょ?



また、嵐が巻き起こる。
うねりが勢いを増して、わたしを引きずりこむ。
ねぇ、溺れてしまいそうだよ――

あなたの腕をギュッとつかんだ。

大丈夫、ここにいるよ。

そう教えてくれるかのように、
あなたは口付けをくれる。

愛されている――

あなたの一つ一つの行為で、実感するの・・・

290 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:36

ひとみちゃんの動きが止まったと思ったら、
わたしの足を開いて、そこをじっと見てる。

慌てて閉じようとしたら、
「ダメだよ」って・・・


「・・・見ないでよ」
「全部見たい」
「恥ずかしいもん」
「でも、溢れてるよ?」

指で触れて、それを掬う。

いやんっ!


変、わたし。
恥ずかしいのに、どうして?
よく分からない感覚・・・

291 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:36

ひとみちゃんが、内腿にキスをして、舌を這わせる。
ほら、また何かが溢れ出す・・・


「もっと、感じて」

ひとみちゃんは、そう言うと、そこに口付けた。

ああんっ!はっ!あうっ!

舌が動き、唇を感じる。


ダァ、メ・・・、待っ、て・・・ンッ!


舌が蠢いてる。
指で刺激されて、体がおかしくなりそう。


ねぇ・・・お、ねが、い。ふぅん・・・、やぁんっ!

熱くて、何かが・・・


アッ!やあっ・・・、くぅぅ・・・

ほん、と、に。何か、が・・・

292 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:37


「・・・こ、わい」

声を絞り出した。
怖いの、ひとみちゃん。
何かが、何かに飲み込まれそうで――

涙がこぼれた。


ひとみちゃんが、上ってくる。
目尻を拭われる。

「ごめんね」

そう言った、ひとみちゃんを見ると
びっしょり汗をかいていて。

普段はめったに汗なんか、かかない人なのに。
髪も濡れて、首までつたっている。

293 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:38

こんなにも、わたしのこと・・・


頬をなでてくれる。

「やめようか?」

優しい手つきで髪を梳いてくれる。

「好きだから、触れたい。
 好きだから、全部を知りたい。
 好きだから・・・手で、唇で、舌で――全身を愛したいんだ」

上気したあなたの頬に触れる。

「でも・・・嫌ならやめるよ」

嫌じゃないの。
怖かったの、自分が自分じゃなくなりそうで・・・
どこか遠くに飛んでいってしまいそうで。


「いるよ。ここにいる
 アンタのそばにいるから」

頬に触れている手を捕まえられた。

294 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:38

「怖かったら、アタシに捕まって。
 しがみついていいから。
 アタシがアンタをちゃんと連れて行ってあげる」

無言で頷いた。

ひとみちゃん、好き。
あなたに全てをゆだねるから。
だから――

アンタじゃなくて、ちゃんと呼んで。



「愛してる、梨華・・・」



何度も、ひとみちゃんは名前を呼んでくれて、
約束どおり、わたしを見たこともない世界に、連れて行ってくれた――


295 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:39





296 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:39


「おはよーございます」

手をつないだまま、一緒に出勤する。


「Mなお二人のご出勤でーす」

まいちゃんの掛け声に、柴ちゃん、美貴ちゃんが顔を出す。
ていうか、美貴ちゃん、自分のお店はまたほったらかし?

「その言い方やめろよ。違う意味に聞こえるだろ」

「おっ、お手手つないで、熱いねぇ」

厨房から、ひょっこり顔を出したマサオさん。


「すんません。わがまま言って。
 すぐ着替えて来ますから」

そう言うひとみちゃんに続いて、わたしも着替えに行こうと思ったら――

297 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:40

「あれ〜!梨華ちゃん、左の薬指に指輪はめてる〜!!」

さすが目ざとい、柴ちゃん。


「見せて、見せて〜」

みんなが一斉に群がる。
手をつないだままのひとみちゃんも当然、巻き添えをくう訳で・・・


「やるなぁ、ヘタレっ!!」


バッシーン!

まいちゃんが、ひとみちゃんの背中を叩いた。


「イッッテェーッ!!」

298 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:41

「え?まい、そこまで強く叩いてないんだけど・・・?」

わたしとつないでいた手を離し、ひざをついて
背中を押さえるひとみちゃん。

「大丈夫?ひとみちゃん」

彼女の背中をさすってあげる。

――やっぱり、痛いよね・・・?



美貴ちゃんが、ニヤリと笑った。

「まいちん、よっちゃんの右側押さえて!
 美貴が左側押さえるから!」

「ラジャー!」

「柴ちゃん、梨華ちゃんの確保」
「あいよ!」

柴ちゃんに、手を引かれて、ひとみちゃんの横をどかされる。

299 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:41

「おめーら、何すんだよ!」

座ったまま、二人に押さえつけられるひとみちゃん。

「ちょ、ちょっと美貴ちゃん・・・」

「マサオさん、よっちゃんのシャツめくって」
「ガッテンだぃ!」

「ちょ、やめろって!」
「うるさいっ!おとなしくしろ」
「ダアー!やめろよっ!」
「もうちょっと、しっかり押さえろって」
「マジで!勘弁!」
「神妙にしやがれぃ!」



「――やっぱりね」
「これまた、すごいわ」
「お前、どんだけ激しくしたんだよ」

「してねーって!」

300 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:42

あらわにされたひとみちゃんの背中には、昨夜わたしがつけた爪のあと・・・

「梨華ちゃん・・・随分アトつけちゃったねえ」

隣で柴ちゃんがあっけにとられてる。


だって、怖くてしがみついちゃったんだもん。
ひとみちゃんが、いいよって。
大丈夫だからって・・・

でも、終わってみたら、血が滲んでて痛そうで――
何度も謝ったの。


「いやー、若いっていいねぇ」
美貴ちゃんがひとみちゃんの手を離しながら言う。

「我慢してた分、激しくなっちゃうもんよ」
って、まいちゃん。

「こいつ手先器用だからなあ。そりゃ梨華ちゃんだってたまらんわな」
とはマサオさん。

「マサオ、よっすぃ〜に習ったら?」
って、柴ちゃん?!

301 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:42

「――ごめんね、ひとみちゃん」

「着替え、行こう」

ひとみちゃんに手を引かれて、更衣室へ向かう。


ハアー

ほんとにごめんね。
みんなにあんな風に言われて。
背中、痛いでしょ?


「早く着替えなよ」

ひとみちゃんに言われて、もぞもぞと着替えだす。
ひとみちゃんが、シャツを脱ぐと、真っ赤なアトが見えた。

302 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:43

「ほんとにごめんね」
「何が?」
「だって・・・」

「勲章」
「え?」
「みたいなもんだよ」

そう言って、ニッコリ笑ってくれる。

「でも――痛いよね?」

ひとみちゃんが、わたしに近づく。
反省しなきゃいけないのに、コックコートに着替えたあなたに胸が高鳴った。

「痛い」
「・・・だよね」
「だからさ――」

だから・・・?

あなたを見上げた。

303 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:44

「治療してよ。今日も泊まり行くから」

えっ?

「直るまで、ずっと」


そう言って、顔を傾けて近づいてくる。


あ、キス・・・


そう思って、目を閉じたら、唇にあなたの人差し指。


シッ!

口の動きだけで、そう言って、わたしの元を離れ、
そっと足音を立てずにドアに近づく――

304 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:44

『声がしなくなったよ』
『チューしてんじゃない?』

『やばっ。昨日の思い出したら興奮してきた』

『今日もヤル気だね』
『毎日アトつけられて、毎日泊まりに行くのが狙いでしょ?』

『にしても、長いな』
『またディープだよ、ディープ』

『始まっちゃったらどうするよ』
『ここで?』
『ここじゃソファも何もないぞ。事務所ならまだしもー―』


  <ガチャッ>

305 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:45

「何が始まっちゃうんスか?」


「よ、よ、よ、よ、よっすぃ〜」


「――お前ら、だるま落としか?」

ひとみちゃんの言う通り。
下からマサオさん、柴ちゃん、まいちゃんで、一番上に美貴ちゃん。
綺麗に縦に顔が並んでいるけど、美貴ちゃん小さいのに、一番上にいるから、
マサオさん、這いつくばっちゃってる――


「また、立ち聞きしてたんだろ?」

「してない。してないよ」
「人聞き悪いなあ」

「じゃあ、何してたんだよ?」

306 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:46

「美貴は、さっきこの辺にピン落としちゃって・・・」
途端に、床を探し出す。

「まいは、髪ゴムをね・・・」
美貴ちゃんに続くまいちゃん。

「あ、私はね・・・
 ほら、マサオ!なんか言って」
って、柴ちゃん、マサオさんの首捕まえちゃって・・・

「お、おう。あ、あれだ。コック帽どこ行ったかなって・・・?」

「「かぶってんじゃん!」」

柴ちゃんとひとみちゃんが同時に突っ込んだ。


「はあ〜。お前ら、もう少しまともな言い訳しろよ」

307 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:46

「でも、まい達がいなかったら、チューしてたでしょ?」
「しねーよ」

「うっそだあ」

コノコノ。
色男が。

ひじで突かれて、真っ赤になっちゃって・・・

「うっせえ!さっさと仕事しろ!」

「わー、よしこが怒ったぁ」

みんなが走って、戻っていく。


「ぜってー店でしないかんなっ!!」


4人の背中に向かって、声を張り上げて抗議するひとみちゃん。
みんながからかう気持ち分かるの。
だって、かわいいんだもん。

308 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:47

「ふふ。ほら、ひとみちゃんも行こう?」

そう言って、腕を組んだ。

そしたら、突然更衣室に引き戻されて・・・


んんっ・・・

しないって言ったくせに――


黙って目を閉じた。


静かに唇が離れる。

「・・・今夜、手当てしてね」
「傷薬買っていかないと」
「ここにあるじゃん」

もう一度、チュッて――

309 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:47

「もっとひどくしちゃうかもよ?」
「大歓迎」

ニカッて笑って言うあなた。


「行こう」

わたしの手をとって、更衣室出て、歩き出す。


「よっしゃー!今日も頑張るゾー!!」

なんて大きい声で言うから。


「夜ばっか頑張んないで、仕事頑張れよ」

なんて、マサオさんに突っ込まれちゃって――


「違いますよ。仕事のことです、仕事。ケーキ作りに決まってんじゃないスか」

310 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:48

「やっぱ、よっちゃん。チューしてきただろ?」

「ばか!する訳ねーだろ。ここは神聖な職場だぞ」

あーあ、あんな事言っちゃって・・・

「そうかな〜?」
「当たり前だ」

「じゃ、何で口紅ついてんの?」
「はっ?ヤベッ」

そう言って、口を拭う。
もう、ばかっ・・・

「あー、口チューしたんだぁ」
「え?」
「梨華ちゃん、口紅なんかしてないじゃーん。
 なのに、なに口なんか拭っちゃってんの〜?やらしー」

「テメー、ひっかけたな?」
「引っかかる方がわるーい」

って、柴ちゃん。
昨日は、柴ちゃんが言われてた方じゃなかったっけ?

311 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:48

いまだに騒がしい店内。

顔を真っ赤にしたひとみちゃんを
いいカモだとばかりに、からかう4人組。

ひとみちゃん、ごめんね。
これからは5人組になっちゃうかも・・・

だって、ほんとにかわいいんだもん。


でも、とっても大人で、深い愛でわたしを包み込んでくれるひとみちゃんを
わたしは知ってる。

カッコよくて、可愛くて。
おとぼけだけど、ほんとは深く考えていて。

クールだったり、情熱的だったり――


これからも、色んなあなたを一番近くで見ていきたい。

312 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:49

騒ぎの中心に飛び込んで、あなたの手を握った。
あなたのほっぺに『チュ』って、音を立てて口付けた。

フーフー
よっ!バカっぷる!
あっついな、こりゃ。
やるねぇ、梨華ちゃん。


顔を見合わせて、微笑んだ。




『 M 』

〜まだ 見ぬ 未来へ〜


ずっとずっと、こうしてあなたと手をつないで
隣を歩いて行くから。

だから――


「愛してる、梨華」

これからもずっと聞かせて欲しい。
ケーキよりも甘い、その言葉を――


313 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:50


     おわり


314 名前:Cake2 〜M〜 投稿日:2008/06/15(日) 02:50



315 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/06/15(日) 02:58

『Cake2』無事、完結致しました。
当初の予定より、倍ぐらいの量のお話になってしまいました(汗)

読んで下さった方々、本当にありがとうございました。
またレスを下さった方々、温かいレスに本当に励まされました。
心から御礼申し上げます。

ぜひご意見、ご感想など頂けたらうれしいです。
また、気に入った場面などありましたら、教えて頂けると
今後の参考にもなり、ありがたいです。


次回から、やっとタイトルの『花に願いを』を始めたいと
思います。




316 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 08:36
はぁ〜。甘い二人、とっても良かったです!
やっと最終回が読めて、感無量!二人には幸せになって欲しいですねぇ。
長くなった分、読み応えがあって、とっても良かったですよ。
玄米ちゃ様、ありがとうございました、そしてどうもお疲れさまでした。

317 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 08:39
あ、書き忘れました。
「花に願いを」、期待してますね!

318 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 14:30
最終回更新お疲れ様でした。
日曜の真昼間にニヤニヤしながら読んでしまいました(笑)

前作「ハルカゼ〜」のような非現実的なストーリーも楽しめましたが、
個人的には「Cake」のような展開の方がより楽しめました。

次作はどのような作品なのか今から楽しみです。
あまりS発動しないで下さいね(笑)

完結おめでとうございます&お疲れ様でした!
319 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 20:43
更新&完結お疲れ様でした!!
ハッピーエンド万歳!
何気にツンデレなよっすぃ〜とか最高でした。
作者さんが書くいしよしが大好きです。

新作、期待しています。
ぜひがんばってください!応援してます。
320 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 03:55
玄米ちゃ様 
完結おめでとう!最高!でしたよ 新作が楽しみです お疲れ様でした。
321 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/17(火) 14:37
316なんですけど、もし可能なら、梨華ちゃんにメロメロなよっちゃん視点で続編なんかがあったら、
めちゃうれしいかなぁなんて、お話を読み返して思いました。
気に入ったところで、ネタバレにならなければいいんですけど、二人がMを自分たちに例えるところな
んかが素敵でしたね。
では、また応援してますね!
322 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/18(水) 21:08
今回も良い作品読ませていただき、ありがとうございました。
玄米ちゃさまの書く物語って、ストーリーにはめちゃくちゃ引き込まれるし、
個々のキャラもすごく立ってる。心理描写も最高!!
そしてなにより、情景描写がすごいと思うんです。
映画をみているような感じでその場の風景がはっきりみえてくるんです。
玄米ちゃ様はプロの方ですか?
次回作も楽しみに待っております。
323 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/06/26(木) 17:44

>>316,317,321:名無飼育さん様
 丁寧なご感想、本当にありがとうございます!
 長くなった分、読み応えがあったと言って頂き、救われました。
 よっちゃん視点、いつの日か書けたらと思います。

>>318:名無し飼育さん様
 「Cake」楽しんで頂けたようで何よりです。
 Sは性分なので、お約束できないかも・・・(笑)

>>319:名無し飼育さん様
 おー!
 こちらのいしよしが大好きなんて、うれしいですね。
 現実の2人の色んな出来事が、妄想を暴走させてくれます。

>>320:名無飼育さん様
 「最高」と言って頂けて、うれしい限りです。
 新作もどうぞ、よろしくお願いいたします。

>>322:名無飼育さん様
 プププププ、プロだなんて!!マジですか?!
 322様のレスを見たとき、リアルに椅子から
 転げ落ちるかと思いました・・・(汗)
 でも、そんな風に言って頂けるとうれしいですね〜。
 調子にのってしまいそうです(笑)
 情景描写は、結構気にして書いているので、本当にうれしかったですよ!
 ありがとうございます。
 ちなみに、作者は普段全くかすりもしない職種についております・・・


皆様の温かいレスで、俄然やる気が出てきました。
本当にいつもありがとうございます!


それでは、本日より、『花に願いを』をはじめます。



 



 
324 名前:花に願いを 投稿日:2008/06/26(木) 17:45





325 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:47



この花が咲くとき、
あなたは必ず、幸せになれますよ――



326 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:47




327 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:47

『じゃ、明日空港でね』
「うん」

『パスポート忘れないでよ?』
「わかってるって」

『お花の番人、今晩中に見つかるといいね〜』
「うーん。でも無理そうだから、妹に頼むしかないかな?」

『一週間部屋開けるんだし、かえってその方がいいかもよ?』
「そうだね・・・」

『じゃ、明日ね。梨華ちゃん』
「うん。明日」

328 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:49

――とは、柴ちゃんに言ったものの、
2、3日留守にするくらいならね、妹のさゆにお願いするんだけど。
一週間となるとね・・・
ちょっと心配。

だって、さゆったら
『あー、忘れてた』
って平気で言いそうだもん。


ここまで、頑張って育ててきたんだもの。


あの日、傷ついたわたしに、見ず知らずの人がくれた花の種。


 『この花が咲くとき、
  あなたは必ず、幸せになれますよ』って。

329 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:49

あの日から、その言葉を信じて、一生懸命育ててきた。

毎日、お水をあげて、話しかけて。
キライな虫がついた時だって、頑張って退治してあげたし――

たっぷり愛情注いだよ?


でも、結局、何が咲くのかなんて、いまだに分かってなくて・・・

芽が出て、だんだん大きくなって、
葉をつけても、さっぱりわかんない。

だって、図鑑見たって、同じ葉っぱがいっぱいあるし、
柴ちゃんに聞いたって、美貴ちゃんに聞いたってわからない。
さゆに至っては、『とりあえず棒だけ立てといたら?』って――

まあ、それが功を奏してるみたいなんだけど・・・



やっとここまで大きくなったんだもん。
絶対、花を咲かせたいのっ!!

330 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:50

『からかわれたんだよ』
って、美貴ちゃんは言うけど、違うもん。

だって、これをくれたあの人は、すごく優しい目をしてた。

顔は、つけ鼻メガネとつけ髭で隠れちゃってたけどさ。
でも、ちゃんと瞳は見たもん。

すごく綺麗な目、してた。
嘘つくような目じゃなかったもん――



はあ〜

とりあえず、荷物まとめなきゃ。
遅れたりしたら、柴ちゃんと美貴ちゃんに殺されちゃう・・・

331 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:51


明日から、わたしと柴田あゆみこと柴ちゃんと、藤本美貴こと美貴ちゃんは、
3人で、楽しい楽しい卒業旅行。

4年間の大学生活を無事に終え、就職もちゃんと決まって――

ちなみにわたし達、仲良し3人組の就職先は、
一緒なの。

これって、すごくない?
まあ、一番本人達がビックリしてるんだけども・・・

だって、わたし達性格バラバラだし、
目指す夢もバラバラ。

でも、手広く経営してる大手だから、
夢がバラバラでも、それぞれ行きたい部署があって、
気が付いたら、一緒の会社希望してたみたいな――

そして、結構な倍率だったのに、無事3人とも採用が決まって・・・

美貴ちゃんに言わせると、
『最後は容姿で決まったね』って。


そういうこと言うから、敵を作るんだよって注意したけど、
ホントはちょっと、美貴ちゃんがうらやましかったりする。

そこまで、自分に自信を持てる美貴ちゃんのことが――

332 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:51

なんとか膨れ気味な荷物をスーツケースに詰め込んで、

パスポートよーし。
お財布もよーし。
化粧品もよーし。

なんて、指差し確認してたら、ベランダに目が行った。


アレがまだ、だめだった・・・


窓を開けて、ベランダに出る。


ここまで頑張って育ててきたのになぁ・・・

一週間ほっといたら、枯れちゃうだろうなぁ・・・


誰か、ちゃんとお世話してくれる人、いないかなぁ・・・

333 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:52


ねぇ、お花さん。

あなたも咲きたいよね?



あー、ほんと誰かいないかなぁ?

ベランダの手摺に手をかける。

空を見上げると、綺麗なお月様が出ていて、
天気予報通りに、明日は晴れるなぁって。


この問題さえ、解決すれば、
ウキウキ気分になれるのになぁ――


334 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:52

手摺にもたれたまま、しばらく外を眺めていたら、
視界の隅に明かりがチラついた。

なんだろう?

反射的に、目をやると
1階の1番隅っこの部屋の前で、明かりがチラついている。
2階の端のわたしの部屋からは、ちょうど対角線にある、そのお部屋。


懐中電灯を照らして、何か探してるんだろうか?

チラチラと明かりに照らされるお庭が見えた。


そっか。
1階の人って、ベランダがないから、
あんな風にお庭みたいにできるんだ・・・

4年間ここに住んで、始めて気付いちゃった。

ちょっとうらやましいかも――

335 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:53

って、ちょっと待って!!

あのお庭、プランターがいっぱいある!
1階の他のお部屋には、物干し竿があるだけなのに
あのお部屋の前にだけ、たくさんの草花が茂ってるじゃないっ!!


暗闇に浮かぶ人影を見つめた――


あの人だっ!!


わたしは慌てて、プランターを抱えて、表に出た。

336 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:53


<ピンポ〜ン!>


勢いよく、インターホンを鳴らしたのはいいけれど、
すでに22時を回っていることに、今更気付いた。

「――夜分にすみません」

小声で付け足す。


「はい」

小さく返事が聞こえて、ホッとした。


「205号の石川です。
 突然すみません」

カチャリと音がして、小さく扉が開く。

337 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:54

「夜分に、本当にすみません。
 ここの、お2階の1番向こうに住んでいる石川と申します」

身振りで、部屋を指し示す。

「ほんとに突然、すみません」
「はあ」

大きく扉が開いた。


「何か?」

そう言って、顔を覗かせたのは、
太い黒縁のメガネをかけて、髪をボサボサにした同い年くらいの・・・


――女の子、だと思う。

だって、手が綺麗だし、色白だし。
声は低いけど・・・

338 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:55


「何か用ですか?」

あー、やっぱりよく聞けば、声も女の子!
よかったぁ・・・


「実は、これから一週間、
 このプランターを預って欲しいんです!」



339 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:55


玄関先で、理由を並べ立てるわたしを
『とにかくわかったから、入って下さい』って、
お部屋にあがらせてくれた。


「紅茶でいいですか?」

すでに支度を進めながら聞く彼女。

「あ、お構いなく・・・
 でも、はい。頂きます・・・」

ニコッと微笑んで、彼女が支度を続ける。

あれ?
意外とかわいいみたい・・・



「で、旅行中、それを預って、
 大事に育てとけば良い訳ですね?」

340 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:56

「どーぞ」
カップが置かれる。

「あ、すみません」

――いい香り・・・

「おいし」
「そりゃ、どーも」


「で?」

「あ、そうなんです」
カップを置いて、きちんと説明する。

「ほんとに大事に育ててきたんです。
 さっき、たまたまベランダから覗いたら、
 このお部屋のお庭を、懐中電灯で照らしてるあなたが見えて・・・
 よく見たら、たくさん植物があるから、きっとあなたなら
 大事に育ててくれるかなって・・・
 厚かましくてごめんなさい――」

341 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:56

「いいですよ、別に」

「ほんとですか?」
「まあ、専門だし・・・」
「専門?」

「ええ」

そう言って、彼女は紅茶をすすった。

そういえば、どうりでお部屋の中にも植物があるし、
よく見ると、専門書がたくさん並んでる・・・


「まあ、園芸学部なんで、得意っちゃあ、得意ですから。
 安心して行ってきて下さい」

342 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:57

「園芸学部なの?!」
「そうですけど」

「園芸学部ってさ、あんまりない学部だよね?」
「そうですね。珍しいですね」

「この辺に、園芸があるのって、ハロ大しかないよね?」
「いかにも」

「何年生?」
「今3年で、もうすぐ4年になりますけど」


「うっそーっ!!
 じゃあ、後輩じゃない!
 わたしね、ハロ大の英文なのっ!」

「あー」

あれ?反応薄い・・・

343 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:58

「知ってましたよ。
 ハローUniv.ってロゴ入りのラケットバッグ持ってんの、
 見かけたことあるから」

「えー!このアパート、大学からちょっと離れてるから、
 うちの学生いないと思ってたのに・・・
 何で、声かけてくれなかったの?」

「え、でも見かけただけですから・・・」


「あ、わたしね。もう卒業しちゃったんだけど、
 英文に通ってた、石川――」
「梨華」
「え?」

「ココ」

彼女が指差した所を見る。

「ほら、『梨華のプランター』って、うさぎの絵付きで
 書いてありますよ?」

は、恥ずかしい――
人に預けるなんて思ってなかったから、
買ってすぐ、うれしくて、書いちゃったんだった・・・


「アタシは吉澤です。吉澤ひとみ」

344 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:58



「それにしても、もっと早く気付いてれば良かった!」
「アタシは気付いてましたけど・・・」

「一緒に通えたのに」
「どうでしょう?
 園芸は、校内の隅っこに校舎がありますからね。
 裏道行った方が、早いですから」

「じゃあ、学食で一緒にご飯とか?」
「園芸は学食まで遠いんで、あんま行かないっスねぇ・・・」

「じゃ、じゃあ、帰りとか待ち合わせして・・・」
「フハハ。だから、裏道の方が近いんですよ。
 まあ、英文とじゃ、住む世界が違いますから」

ムスッ!
何か共通点、探したいのに!

吉澤さんがニヤリと笑う。

「わ、わたしまだここに住むから、何かあったら相談に――」

「先輩?」
「な、なに?」

突然、先輩と呼ばれて、思わず顔がほころんだ。

何でも聞いていいよ!

345 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 17:59


「これ、もうすぐ咲きそうですね」

ガクッ・・・って、うそっ!

「ほんとに?」
「ええ、ほら、ここ。
 つぼみがイイ感じになってます」

つぼみを観察しながら言う吉澤さん。


「一週間前後・・・うーん、以内かなあ?開くの」

「えー!!行ってる間に咲いちゃうかな?」
「かもしれませんねー」

「えー、ヤダ!
 お願い!わたしを待ってて。ね、お花さん」

「――先輩。いつもそうやって、話しかけてるんスか?」

「そ、そうだよ。
 だって、話しかけた方がいいって、本に書いてあったもん・・・」

346 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 18:00

「その通り!
 良かったなぁ、お前。いい人に育ててもらって」

そう、つぼみに話しかける吉澤さんの顔は、とても優しくて・・・
隣に並んで、つぼみを見ずに彼女を見た。


やっぱり。
すごく綺麗な顔してる。
メガネとボサボサ頭で隠れちゃってるけど、
その横顔は、ほんとに綺麗――



「ところで先輩。
 これ、どこまで育てるんですか?」

「え?」

「だから、花が咲いたあと」
「お、お花が咲いた、あと?」

「実がなるでしょ?」
「あ、実。
 そうだよね。普通、実が、なる・・・??」

347 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 18:00

「だからー
 早めに収穫してサヤのまま食べたいのか、
 それとも少し待って中身を食べたいのかを聞いてるんです。
 アタシはやっぱ中身だけの方がいいと思いますよ。ピースご飯とか――」


「ちょ、ちょっと待って!
 い、今なんて言ったの?!」

た、食べるって聞こえた気がする・・・
そ、それにサ、サヤとかピースご飯って・・・



吉澤さんが、わたしを凝視する――

「まさか、先輩・・・」

ゴクリ――

「知らないで育ててたの?!」
「うん」

「マジで?!じゃあ、この支柱は?」
「この棒のこと?妹がとりあえず立てとけって・・・」

348 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 18:01

「ハアー、前言撤回。
 お前、よくここまで無事に育ったなぁ・・・
 偉いぞ、よしよし」

「ちょ、ちょっと!」

「ったく、豆を収穫したくて育ててんのかと思ったら、違うのかよ」


「だって!
 その花が咲いたら、幸せになるって言われたんだもん!」

「・・・誰、に?」
「――知らない人に・・・」

「知らない人に言われて、知らない種育ててたんですか?」

だって――
そんな珍しい生き物を見るような目で見ないでよ。

349 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 18:02

「だってあの時、うれしかったんだもん。
 『プレゼント』って、これを手渡してくれて、
 『この花が咲くとき、あなたは必ず、幸せになれますよ』って。
 でも、やっぱり――
 美貴ちゃんの言う通りだったのかな・・・」

「え?」
「からかわれたんだって」
「からかう?」
「うん。あの日、わたしが一人でいたりしたから・・・」

「そうですかね?」
「そうだよ。だって豆がなるなんて・・・」

「でも、ちゃんと花咲きますよ?」
「咲いたって、豆の花じゃない。
 あー、もっと夢のある綺麗な花が咲くと思ってたのに・・・」

「この花、可愛いんですよ。スイトピーみたいで」
「でも、夢がなーいっ!!」

350 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 18:02

夢、あると思うけどな・・・

吉澤さんが、ボソッとつぶやいた。


「ねぇ、先輩。花言葉って知ってます?」
「花言葉くらい分かるよ。
 バラとか綺麗なお花に込めて、想いを伝えたりするものでしょ?」

「結構、花言葉ってどの花にもあるもんなんですよ」
「へー」

「これ、このエンドウ豆の花の花言葉――」

吉澤さんが、わたしを見つめる。


「『必ず来る幸福』なんです」


351 名前:第1章 投稿日:2008/06/26(木) 18:02




352 名前:花に願いを 投稿日:2008/06/26(木) 18:03



353 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/06/26(木) 18:03

本日は以上です。


354 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/06/26(木) 22:18
新作更新お疲れ様です!
ドキドキわくわくな気分です。これからの展開が気になりますねぇ
自分も作品を書く身です。お互いがんばりましょう。

続きも楽しみにしています。
執筆の方がんばってください。
355 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/06/28(土) 17:45
新作始まりましたね!

一度読み始めると更新が待ち切れない、堪え性の無い性格なので
完結されるまで読まずに我慢してみようと思います(笑)

作者さんの書かれる作品は好きなので完結まで楽しみに待っています。
これからも頑張って下さい!!!!
356 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/01(火) 23:46
新作!待ってました!!
さっそく私もこの花買いにいかないと
357 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/07/11(金) 16:49

>>354:名無し飼育さん様
 作者様ですか、ありがとうございます!
 どちらの作品を書いていらっしゃるんでしょう?
 ドキドキわくわくと言って頂けて、光栄です。

>>355:名無し飼育さん様
 ありがとうございます!
 完結した際には、是非ご感想をお聞かせ下さい。

>>356:名無飼育さん様
 お待ち頂きありがとうございます!
 頑張ります。


それでは、本日の更新です。



358 名前:花に願いを 投稿日:2008/07/11(金) 16:49



359 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:50

「ただいま〜」

誰もいないお部屋に向かって帰宅報告。

はあ〜、疲れた・・・

スーツケースを放り投げて、ついでに自分の体もベッドに放り投げた。


楽しかったなぁ・・・

柴ちゃんと美貴ちゃんと散々騒いで。
イケメンの外人さんに声かけられて、舞い上がったり・・・
まぁ、結局道聞かれただけだったんだけど。

大体、日本人にヨーロッパの道が分かる訳ないじゃないのよ。

360 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:51

それにしても、喉かわいたー。
温かいお紅茶飲みたいなぁ・・・
けど、お湯沸かすの面倒くさい。

冷蔵庫に何かあったっけ?
のぞく方が無駄だ。普段から何も入ってない。

何か買ってくれば良かったなぁ・・・

そんなことを寝そべって、グズグズ考えていたら、
いつの間にか、ウトウトしてしまった――


361 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:52


「ハックション!」

あまりの寒さに目が覚めた。
ハッとして飛び起きる。

「今何時?!」

帰ってきたままの姿で、布団もかけずに眠っていたらしい。

うー、さむっ!

時計を見る。
午前3時か・・・
体は重いし、なーんか寝過ごした感覚。
しばらくは時差ボケで、体がきついって言ってたっけ?

あー、もうこのまま、お布団にもぐっちゃおう!
と思ったけど、やっぱりパジャマに着替るくらいはしよう。
それから、お化粧も落とさないと・・・

やっぱ、シャワー浴びるか――


思い切って、勢いよく体を起こして、浴室に直行した。

362 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:52

シャワーを浴びて、頭がスッキリしてくると
お花のことを思い出した。

旅行中、決して忘れてた訳じゃないの。
ちゃんと頭の片隅にあって、ふと、
もう咲いちゃったかなぁ?
なんて思ったりしたんだよ。

けど、なんたって、その道のプロにお願い出来たもんだから
なんか安心してたって言うか、おかげでエンジョイ出来たっていうか・・・


そっと、物音を立てないようにベランダに出た。
時刻は、まだ午前4時半。
ドタバタうるさくしたら、下のお部屋に迷惑かけちゃうもの。

手摺に手をかけて、身を乗り出して、吉澤さんの部屋の方を見た。

もちろん、お部屋は真っ暗。

どうなったかなぁ・・・
何時くらいに行けば、迷惑じゃないかなぁ?

363 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:53

突然、吉澤さんの部屋の明かりがついた。

「うそっ!」

思わず、声を出してしまって、慌てて口を塞ぐ。

今、起きたってこと?
吉澤さんて、こんなに早起きなの??

そんな疑問を浮かべていたら、窓が静かに開いて、
吉澤さんらしき人が、お庭に出てくる。

暗くてハッキリ分からないけど、あのスラッとした感じは
間違いなさそう。

声をかけようと、息を吸い込んで、
慌てて飲み込んだ。

364 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:53

グホッ!

変な音を出して、むせたわたし。
お庭を照らしていた懐中電灯が上に向いて、吉澤さんがわたしの方を見る。

懐中電灯が上下に動いて、何かを伝えようとしてる、のかな・・・?



「あっ、来いってこと?」

やっと理解して、慌てて部屋を飛び出した。

365 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:54


<コンコン>

小さくノックをする。
すぐにドアが開いて、吉澤さんが中に招いてくれる。

「こんなに朝早くごめんね」

靴を脱いで、顔をあげて驚いた。

目の前の吉澤さんは、パジャマなんか着ていなくて、
起きぬけでもなくて。

真っ白なウェスタンシャツに、ブラックのジーンズ。
髪だって、ボサボサなんかじゃなくて、綺麗にセットされていて。
こんなにサラサラだったんだ・・・なんてちょっと驚いてしまって。
そして何より、あの黒縁のメガネをかけてなくて――

思った以上に大きくて、綺麗な瞳に引き付けられるように、
わたしは彼女を見つめたまま、その場で固まってしまった。

366 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:55

「えっと・・・先輩?」

吉澤さんて、こんなにカッコ良かったんだ・・・

「あ、あの・・・」

それにすごい美形・・・

「もしもーし」

胸のボタンを大きく開けていて、カッコ良いのに、何だか色っぽくて・・・

「大丈夫ですか?」

目の前で、手をフリフリされる。


「――あっ、ごめん」
「ほんと大丈夫ですか?いきなりフリーズしてましたけど」

そう言って、少しかがんで、わたしの目を覗き込む彼女にドキッとしてしまった。
一瞬香った香水の甘い匂い・・・

よ、吉澤さんて、こんな感じだったっけ?
もっと、こう、イケてなくなかった?

367 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:56

「今日も紅茶でいいッスか?」

やかんを火にかけながら言う彼女。
そう言われて、ひどく喉が渇いていたことを思い出した。
そして・・・

<グウウウウ〜>

すごい音で空腹を主張した、わたしのお腹。

「フハッ。だいぶお腹へってるんですね〜」

からかうように吉澤さんが言う。

「そ、そうでもないよ」
「でも、体は正直みたいですよ」
「そんなことな――」

<グルルルル〜>

「ハハハ、さっきよりひでー音」

そう言われて、真っ赤になった。
もう、そんな風に言わなくたっていいじゃない!
先輩なんだからもう少し、気を使うとかさ!

「アタシも今バイト帰りで、ちょーお腹すいてるんですよ。
 一緒に食べません?」

そう微笑んだ彼女の瞳が優しくて、また少しドキッとしてしまった――

368 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:57





369 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:57

あれから、何か作ると言い出した彼女に、
そう言えば、本場のパスタを買ってきたからと、うちにご招待。
けれど、冷蔵庫には何もなし。
ついでに目ぼしい調味料もなーし。

「一体、どうやってメシ食ってたんですか?」

なんて、吉澤さんに言われて凹んでいたら、
しゃーない、って言いながら、自分の部屋からありものの具材と
調味料を運び込んでくれた。


「パスタ、ゆでといて下さい」

そういい残して、吉澤さんはまた自分の部屋へとんぼ帰り。

パスタ、ね。
ゆでればいいんだよ、ね?
ゆでると言うことは、お湯だ!
そう、お湯!
って、どのくらい必要なんだろう――

ま、とりあえず、ね。

370 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:58

「あー、朝っぱらから、何往復したんだろ?」

そう言いながら、吉澤さんは部屋に入ってきた。
プランターを抱えて。

「あっ、どう?咲いちゃった?」

「先輩、今までこいつのこと忘れてたでしょ?」
「そんなことないよ。だって、そのために吉澤さんの部屋に行ったんだもん」
「その割には、一言も言わなかったじゃないですか」
「それは・・・」

あなたに見とれちゃったから、なんて言えないよ。

371 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:58

「見て見て」

吉澤さんが指差すところを見つめる。
今にも開きそうに、いっぱいに膨らんだつぼみ。

「こいつ頑張ったんですよ。いつ咲いてもおかしくないのに
 ちゃんと持ち主が帰ってくるまで、頑張ったみたいです。
 今日あたり開くと思いますよ」

「ほんとに?」
「ええ」
「良かったぁ!咲いちゃったかなって心配だっ――」


<ジュワッ!>

「何?今の」
「あ、お湯が噴きこぼれたんだ!」

慌てて二人でキッチンへ――

372 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 16:59

「先輩」

火を止めた吉澤さんの背中が、強張ってみえるのは気のせいかしら・・・

「パスタ待てなくて、即席ラーメンでも作ろうとしてました?」
「え?」
「まさか、このちいちゃな鍋でパスタ茹でようなんて、思ってないですよね?」

「――ま、まさか。アハ、アハハハ・・・」

「ですよね〜」

吉澤さんが振り向く。

「で、ラーメンどこにあります?」

片頬をあげてニヤリとしちゃって!
ラ、ラーメンくらいあるよ!

373 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:00

えっと、確か・・・

食器棚の上のダンボールに入ってたような――

背伸びして、箱を下ろそうとする。

「これですか?」
横からヒョイと手が伸びて、箱が下ろされる。

「あ、ありがとう」

うっすらホコリをかぶっている箱を開けると――


去年出席した結婚式の引き出物。
砂糖菓子もそのまま突っ込まれてる・・・

「これじゃなさそうですねぇ」
語尾が笑ってる。

「こ、これじゃなかった。おかしいなぁ・・・」
「上、戻しましょうか?」
「い、いいよ。後で自分でやる」
「ほんとに?なーんか先輩って、実は無精者っぽい気がしてきたなぁ」
「そ、そんなことないよ。A型だもん」
「へー」

完全にバカにされてる。

374 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:05

「あ、ラーメン、あっちの本棚の上だ!」

そうそう。
去年の夏に、さゆが「おねーちゃんが餓死すると困る」って送ってきてくれて
ずっと箱のまま置いてたら、柴ちゃんが上にあげてくれたんだった。

椅子をもって、本棚の前へ行く――

「先輩、パスタ作りますよー」

吉澤さんが、大きな鍋を探し出して、火にかける。

いいの。
今は、ちゃんとうちに、ラーメンがあるってことを証明するんだから。
さっきのは、ラーメンを食べるためなのっ!

慎重に椅子によじ登る――

「せっかくだから、パスタにしましょうよー」

もちろんパスタを食べるよ。
でも、ラーメンは名誉挽回のために見せるの!

375 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:05

手で少しずつずらして、やったとれたって思った瞬間――

「キャッ!」

椅子がグラついて、倒れる〜!痛い〜!
って、箱をバンザイの形で保ったまま、目をつぶったら、温かな感触に包まれた。


「――大丈夫ですか?」

頭の上から声がして。
恐る恐る目を開けたら、白いシャツからのぞいた眩しいくらいの
白い肌があって――

「ドジなんですね。先輩って」

見上げたら、整った顔が間近にありすぎて――

また釘付けになった。

376 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:06


「プハッ!」

突然、吉澤さんが笑い出す。

「な、なによ〜」

ぷぅって膨れたら、吉澤さんはまたふきだして。

「これ、レトルトカレーみたいですよ」って、
わたしの手から箱を取り上げて、足元に置いた。


「さ、悪あがきしないで。アタシがパスタ作りますから」

そう言って、ニコッて優しく微笑むから、余計に恥ずかしくなった。

377 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:07

さっきから手伝うって言ってるのに、

  「スーツケース片付けた方がいいんじゃないですか?
   それは、上にあげられませんよ?」

なんて嫌味を言われて。
しぶしぶ、スーツケースの中身と格闘。

パスタだけは最初に引っ張り出して、吉澤さんに渡した。

化粧道具、さゆへのお土産、自分へのお土産などなど、
仕分けしだしたら、あっという間にお部屋が埋まっていく。

洗濯物の一団があって、あーこれ洗濯すると思うと面倒だなぁ・・・
なんて考えていたら、その中にグルグルにくるまれたものが――

そうだった!


パスタを調理中の吉澤さんの元に駆け寄る。

「ねーねー」
「はい?もうすぐ出来ますよ」
「お土産、買ってきたの」
「ふーんって、アタシに?」

大きく頷く。

378 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:08

「マジですか?!」
「マジですよ」

大きく目を見開いちゃって、かわいい。

「見てみて、ジャーン」
「ワイン!」
「一緒に飲もうと思って。それからね、グラスも二つ買ったの」

目の前にかざして、一つを差し出す。

「ア、アタシに、ですか?」
「うん。おそろい。どう?」

「どうって・・・うれしいですよ。そりゃ・・・」

あれれ?急に赤くなった吉澤さん。
照れちゃってる?
もしかして、おそろいとか恥ずかしい?

379 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:09

このグラスね、一目見て気にいっちゃったの。
淡いブルーのベネチアングラス。

見た瞬間に、なぜかあなたの顔が浮かんで、
これで、あなたと乾杯したいなって。

お花を預ってくれてありがとうって、
カチンってグラスを合わせたりしたいな、なんて――


「き、きれいなグラスですね」
「でしょ?なんかよくわからないんだけど、これ見て吉澤さんが浮かんじゃって。
 お土産これにしよ!って。どうせならお揃いで買っちゃおうかなぁってね。
 ――ねえねえ、もしかして照れてる?」

「んなことないですよ」
「ほんとー?」

わざと顔を覗きこんだ。

「て、照れるわけな――アチーッ!!」
「大丈夫?!」

手を自分で、フーってして、
「だ、だいじょぶです」なんて涙目で言って。

380 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:09

「ダメだよ。お水につけなきゃ!」

すぐ横に回りこんで、火傷した手を掴んで、流し台に引っ張った。
お水を流して、患部を冷やす。

「こんなに真っ赤になってるじゃない。一体どうしたの?」

何の返事もなくて、吉澤さんはじっとしてる。

「大丈夫?痛い?」

そう言って、彼女を見ると、バッチリ目があった。
艶やかに潤んだ瞳が、わたしを捕らえてる――



「――す、すいません。じ、自分でやりますから」

慌てて手を離して、彼女は自分で、流れる水の中に手を突っ込んだ。

381 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:12


「――じゃあ、お薬とって来るね」

何となく気まずくて、その場を離れた。
だって、彼女の瞳がとても熱っぽく見えたから。

でも、それはきっと、火傷して涙目になったせいだ。
だから、そう見えただけ。
あれだけ大きくて、きれいな瞳が潤んでりゃ、
そりゃ熱っぽくも、ツヤを帯びているようにも見えるよ、うん。

だって・・・
だって、ある訳ないもん、そんなこと――


「先輩、お皿これ使っていいですか?」

彼女を見ると、至って普通。
そうだよね、ある訳ない。

「いいよ〜」

そう答えながら、薬箱を持って、キッチンに戻る。

382 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:16

「ねえ、吉澤さんて、意外とドジ?」
「ち、違いますよ!先輩がからかうから、ちょっと鍋を掴みそこなったんです!」

「ムキになっちゃって、かわいい!」
「また、そうやってからかう。
 これ、テーブルに並べて下さい!」

「うわー、おいしそう!でも、その前に治療が先」
無理矢理、手をとる。

「いいですって!ほっときゃ直ります」
「ダーメ!」

「大丈夫ですってば」
「ダメったら、ダーメ!!」

手を引いて、ソファに座らせる。

「ほら、まだ真っ赤じゃない」

吉澤さんの手を自分のひざの上に置いて、真っ赤になったままの手の甲に
薬を塗ってあげる。

383 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:16

「キレイな手だね、うらやましい・・・」

思わずつぶやいた。

「そうかなぁ?先輩の手はかわいいですよ。赤ちゃんの手みたい」
「ちょっと!プクプクしてるって言いたいの?」
「フハ」
「なによぅ。気にしてるのに!」

「いや、ほめてるんですよ、これでも」
「うそだぁ」
「ほんと、ほんと」
「だって、指輪似合わないんだよ?」

「そっかなぁ?かわいいお花みたいな小さなリングなら、
 きっとよく似合うと思うんだけどなぁ」
「そう?」
「ええ」

屈託のない笑顔で言う吉澤さん。
なんでだろ?
彼女の笑顔って、説得力があるみたい。


「さ、冷めないうちに食べましょうよ!」

自分の手にガーゼが張られたのを見届けて、わたしにお礼を言ってから、
吉澤さんは立ち上がった。

384 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:17

「ほんとに美味しそう」

テーブルの上には、野菜がたっぷり入ったクリームパスタ。

「ありものだから、こんなもんにしかならなかったけど・・・」
「ありもので、こんなの作れるなんてすごいよ!」

「まぁ、一人暮らし3年もやってりゃ、これくらいは――って、
 ここに4年でも出来ない人がいた・・・」
「もう!」

「アハハ。ジョーダンですよ、ジョーダン。
 バイトでね、これに近いことしてるんです」

「そう言えば、バイトから帰ったばかりって言ってたよね?
 何のバイト?深夜までやってるレストランとか?」

「んー、まぁ、そんなとこです。
 それより、さっ、乾杯しましょ、乾杯」

385 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:18

トスカーナワインか、うまそ。

そう言いながら、慣れた手つきでワインの栓を抜いてくれる。

「上手だね。それもバイトで?」
「え?あ、まあ・・・」

「ねえ、それ、バイトの時の服?」
「あ、いや、違います。店に出るときは、もっとカッチリしてるのを着てて・・・
 これは、通勤着みたいなもんです」

「通勤着?」
「店来る時に、みっともない格好で来るなって、マ・・・じゃなくて、
 店長に怒られるんですよ。しかも、ボサボサ頭もメガネも禁止。ひどいッスよね?」

「そう?今の方が素敵だよ」
「そうかなぁ?色々めんどくさくて」
「わたしは店長さんに賛成だな。ね、今度そのお店、行ってもいい?」

「ダメダメダメダメ。あんなとこ」
「どうして?吉澤さんが働いてるとこ見たいもん」

「いや、ダメです」
「どうして?」
「あそこは危ないんで」
「危ない?!」

「ま、まぁ、とにかく、乾杯しましょうよ。
 せっかく作ったのに冷めちゃいますって」

386 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:19

赤紫色の液体が、グラスに注がれる。

「キレーですね、このグラス。
 ワイン入れるとまた違うイメージになるんだ。すげぇ」

グラスを持ち上げて、嬉しそうに言うから、こっちまで嬉しくなる。

とりあえず。
今はバイトのこと、あまり言いたくないみたいだから勘弁してあげるか。
でも、そのうち聞き出しちゃお、吉澤さんのバイト先。
だって、カッチリ決めてる吉澤さんが見てみたいもの。


「何に乾杯する?」
「じゃあ、先輩の豆の花に」
「まだ、咲いてないよ?」
「じゃ、主の帰宅を咲かずに待っていて、えらいぞっていうことで」
「うん」

387 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:20


「必ず来る幸福に、乾杯」
「乾杯」

グラスを合わせた。

うめー

一口含んで、吉澤さんはそうつぶやいた。
ほんとに美味しそうに飲むなぁ、なんて思いながら、わたしも口をつけた。

「ほんと、おいしい」

向かいで優しく微笑んでくれる。

「朝からワイン飲むなんて、なんか不思議」
「ですね」


外が随分明るくなり始めて、わたし達は食事を始めた。


こんなに温かな気分で迎えた朝は、今までなかったな。

彼女の笑顔を見ながら、わたしはとても幸せな気分だった。

388 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:20





389 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:21

「あ〜、おいしかった!
 吉澤さんて、ホントお料理上手だね」

ベッドに再び転がろうとしたわたしを笑いながら、彼女が後片付けをしようとする。

「待って、待って。それくらいやるよ」
「いいですよ」
「ダメだよ!せっかく火傷の手当てだってしたんだから」
「もう大丈夫ですって」

「ダメったらダメ!
 作ってもらったんだから、片付けはわたしがやるのっ!」

とび起きて、無理矢理ベッドの前に引っ張って来て、床に座らせる。

「ねえ、見て見て」
隣に座って、デジカメを取り出す。

「先輩、強引」
「いいのっ!」

吉澤さんは、クスッと笑うと、わたしの手の中にあるデジカメを覗き込んだ。

390 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:21

「この子が柴田あゆみちゃんこと柴ちゃんで、こっちが藤本美貴ちゃん」
「皆さん、綺麗ですね」
「ほんとに?」

「ほんとですよ。特に真ん中の人」


――それって、わたしじゃない。

「とても料理できない人とは思えない・・・」
「何よ!」

吉澤さんの腕を叩いた。

391 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:22

二人でベッドに寄りかかって、くっついてデジカメをのぞく――

一枚一枚の思い出を話しながら、ボタンを押して写真を送っていく。
彼女は隣で、わたしの話に律儀に頷いて、景色やわたし達のことを聞いてくれてる。


どうしてかな?
さっきから、とっても心地がいいの。

なんかね。
陽だまりにいるみたいなんだ。
優しい眼差しや優しい声が、すごく心地いい――


「先輩、眠かったら寝ていいですよ」

また優しい声が聞こえた。

バイトあがりで、吉澤さんの方が疲れてるよね?
ごめんね、引き止めて。

392 名前:第2章 1 投稿日:2008/07/11(金) 17:22

時差ボケだと思うんだ。こんなに眠いの。
でも、吉澤さんがそばにいてくれたら、いい夢が見られそうな気がするの。
だから、少しだけ・・・
ちょっとだけでいいから、甘えてもいいかな?


吉澤さんにそう伝えたら、いいですよって
わたしの頭を引き寄せて、肩を貸してくれた。


何だか安心できるんだ――

ちゃんと言葉になったかは分からないけれど、
優しい、日差しのような温かさに包まれたわたしは、
年下の女の子に甘えて、少しだけ眠ることにした。

393 名前:花に願いを 投稿日:2008/07/11(金) 17:23



394 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/07/11(金) 17:23


本日は以上です。


395 名前:354 投稿日:2008/07/11(金) 23:11
更新お疲れ様です!
吉澤さんの仕事が気になりますね。

作者さんの作品を見て創作意欲が沸きまして、駄文ですが
幻板の方で書かせていただいてます。
お互いがんばりましょう!次回の更新楽しみにしています。
396 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/12(土) 01:33
ビッシっときめたよっすぃにメロメロな梨華ちゃんかわいいです。
397 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/15(火) 19:24
素敵!
ありがとうございます。
大好きな作品が増えて幸せです。
続きがとても楽しみです。
尼尼でGO!でお願いいたします。
398 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/17(木) 17:56
いしよしステキ過ぎます!ベネチアングラスってよっしーにぴったりですね。
前回作Cake、甘〜いM馳走様でした!充電満タンです(^^)v
ギャラリーにからかわれるいしよしも笑えましたが、二人きりでまったりも良いなと思っていたら…
今回ww

作者様サイコーです(≧▽≦)
花言葉もステキ過ぎ!!
399 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/07/18(金) 14:39

>>395
 もしや、ひらがなのお名前の方ですか?
 大好きで、いつも拝見させて頂いてます!
 作者の作品で創作意欲が湧いたなんて、恐縮です。
 書き手同士、頑張りましょう!!
 これからも宜しくお願いいたします。

>>396:名無飼育さん様
 どんどんメロメロになってもらおうかなと・・・

>>397:名無飼育さん様
 こちらこそありがとうございます。
 しばらくは、アマアマで行きますYO!

>>398:名無飼育さん様
 充電満タンになられたようで、ホッとしました。
 需要にお応え出来たようで何よりです。


では、本日の更新にまいります。


400 名前:花に願いを 投稿日:2008/07/18(金) 14:39





401 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:40

<ジリリリリ>

「・・・んんっ、もう、あさ?」

ヘッドボードを探って、目覚ましを止めた。
朦朧としたまま、首を動かすと、窓からは陽が差し込んでいて、
時計を見ると、なんと夕方――

慌ててベッドから跳ね起きた。

すっかり片付いたテーブルの上には、
綺麗な右上がりの文字で書かれたメモが一つ。


  『気持ち良さそうに寝てるんで、起こさず帰ります。
   ゼミ室に顔出さなきゃ行けないんで。
   鍵かけて、ポストに入れときますね。
   それから、そろそろ花咲くと思うんで、一応目覚ましかけときました。』


ベランダに飛び出す。

402 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:41

咲いてる!!

かわいい小さな白いお花が、一つだけ咲いていた。


ヤッターッ!!

思わず両手でガッツポーズ。

吉澤さんに知らせなきゃって、部屋を飛び出した。

チャイムを押すけど、返答なし。
まだ帰ってないのかも知れない。

あのまま寝ないで、大学行っちゃったのかなぁ?
悪いことしちゃったな・・・

一度、部屋に戻って、花が咲いたことを伝えるメモを書いて、
そっと吉澤さんの部屋のポストに入れた。

403 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:43

飽きずに、一つだけ咲いたお花を眺める。
愛情こめて育てたお花だから、嬉しくて仕方ない。

でも、これがエンドウ豆になるなんて、ちょっと不思議。
夢がないって思ってたけど、吉澤さんの言う通り、ほんとに可愛いお花。


必ず来る幸福、か・・・

あのサンタさん、花言葉知ってて、くれたのかな?
真っ赤なサンタの衣装を着て、つけ髭して、つけ鼻メガネをかけて。

あの時、ほんとに辛かったの。
ずっとあそこに座って、心も体も冷え切ってて・・・
何もかも、もうどうなってもいいと思ってた。
どうせ、わたしは幸せになんかなれないんだって・・・

そんな時、この種とあったかいミルクティーをくれたんだ――



 <ピンポーン>

玄関のチャイムが鳴って、我に返った。


404 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:43

「吉澤です」

吉澤さんだ!

うれしくなって、おもいっきりドアを開いたら、
「イテッ」て、おでこを押さえて、しゃがみ込んでいた。

「ごめん、大丈夫?」

悪いと思いながら、笑ってしまう。

「勢いよく開けすぎですよ」

そう言って、立ち上がった吉澤さんは、太い黒縁メガネにスウェットの上下。

「なんで朝の格好やめちゃったの?」
「だって、これのが楽ですから」
「朝の方がいいよ。すごくカッコ良かったよ?」
「ほら、またからかう」

おでこをさすりながら、ちょっと赤くなる吉澤さん。

405 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:44

「おでこ大丈夫?」

背伸びして触れようとしたら、のけ反っちゃって、
ぶっきらぼうに手を突き出して言った。

「夜ご飯買って来ましたよ。
 どーせめんどくさいとか言って、何も食ってないと思って」

「ひどい!けど当たってる」

ようやく微笑んでくれた。


「とにかく上がって。お花を早く見せたいの」

406 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:44


「おー、咲いてる咲いてる」

お花の前にしゃがみ込んで、よく頑張ったなぁ、お前って。

思わずわたしまで、顔がほころぶ。
ホントにうれしそうなの。

純粋なんだなぁ、吉澤さんて。


「よかったですね」

吉澤さんの横顔に見とれていたら、突然目があってビックリ。

「何か、アタシの顔についてます?」
「うん」

え?
何?なんですか?って
顔を両手で触って、一生懸命確かめてる。

407 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:45

「ふふ。大きな目がかわいいなって見てたの」
「あっ、またそうやって、からかう!」

「だって、吉澤さん、かわいいんだもん」
「人のことおもちゃみたいに・・・」

「ごめんね。もうしないから、一緒にお祝いして?」

目の前で手を合わせると、スッと視線をはずして、
乾杯用の酒も買ってきましたって、ボソッとつぶやいて。


不思議なんだ。
あなたといるとね、すごく心が温かくなるの。

408 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:46

お揃いのグラスをテーブルに並べて、
そこに吉澤さんが買ってきてくれたシャンパンを注ぐ。

カンパーイ!!

今度こそ、咲いたお花に乾杯した。


「おいしい、このシャンパン」
「これならきっと、先輩気に入ってくれるかなって」

「お酒に詳しいんだね?」
「好きなんですよ」
「のん兵衛ってやつだ」
「まあ、そうですね。ほとんど毎日飲んでるし」

「ほんとに?」
「はい」

お惣菜をおつまみにして、お話しする。

大学のこと、就職先のこと、普段の生活のこと、最近見た映画の話などなど。


お食事も終わって、ソファでくつろぎながら、また談笑。

尽きることが無いな。
わたしね、こんな風に出会ってすぐの人と打ち解けられたのって初めてなの。
なんだかとっても温かくて、楽しくて――

こんな時間が、ずっと続いてくれたらいいのにって思ってしまう・・・

409 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:47

「吉澤さんて、太陽みたいだね」
「突然、どうしたんですか?」

「すごく温かい・・・」

朝みたいに吉澤さんの肩に寄りかかった。

「今日わたしね、とっても安心して眠れたの。
 多分、こんなに安心できたのって、ここ何年もないと思う。
 本当にありがとう」

目を閉じた。
そっと腕を回して、腰を支えてくれたのを感じた。

「ホントに優しいんだね」

涙が溢れた。

――話してもいいかな?
あなたに。

あなたにだったら、話せる気がするの。
あの日のことも、
そして、わたしの家族のことも――


「今日はずっとそばにいますよ。
 こうして、先輩のそばにずっといますから」

うれしくて、また涙が溢れた。

410 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:47





411 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:48

あの日ね、わたしずっと駅にいたの。

去年のクリスマスイブ。
その時、付き合っていた彼に、二日前に振られちゃって。

二股かけられてて、問い詰めたらね、
お前は重いって。
もっと遊べる女がいいって言われた。

でもきっと戻ってきてくれる。
そう信じて、あの日夜6時に駅で待ってるって伝えて。

向こうが早く着いたら、待たせちゃうって、
一時間前からずっと待ってて。
結局12時になって、日付が変わっても彼は来なくて。

もう少しだけ。
よし、終電までって、待ったんだけど、
やっぱり彼は来なくて。

ショックでね、動けないのもあったけど、
やっぱりちょっと、まだ少しだけ期待もあって、
もうちょっと、もうちょっとって、
そのままズルズル待ってて・・・

412 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:49

もういい加減、寒くて、凍えちゃいそうだったんだけどね、
わたし、このままどうなってもいいや、とかバカなことまで考え始めて――

そのうち、駅の電気がついて、ちらほら背広姿の人が見え始めて。
あーそっか、今日は平日かーなんて思って。

生きてたんだなわたし、なんて思っちゃったりしたの。


空が白み始めて、もうだめだって。
ホントにもう終わりなんだって絶望して・・・

分かってたんだよ。
もう来ないって。
でもなんか、意地になってたんだよね。
認めたくなかった。


結局わたしがどんなにあがいても、
わたしは、お母さんと一緒なんだって――

413 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:50

わたしの家ね、わたしが小さい頃に、お父さんが浮気して、
結局お父さん、離婚して愛人の方に行ったの。

それからのお母さんは、子供ながらに見ているのが辛いくらいやつれてしまって・・・
見かねた親戚がね、お母さんにお見合いをすすめて、再婚したの。
それが、今のお父さん。

それから、妹が生まれて、しばらくはね、お母さんにも笑顔が戻ったんだ。
だけど、そのうち、義父の仕事が忙しくて、家に帰ることが少なくなって――


浮気、してた。


義父にしてみれば、ほんの出来心だったみたい。
誘われて、そのままフラフラって・・・

でもね、お母さんはそんな義父を許せなかった。
そして、その矛先を義父じゃなくて、自分に向けたの・・・

414 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:50




「マンションの屋上から飛び降りて――即死だった・・・」


吉澤さんの腕に力が入って、グッと体を引き寄せられた。
すき間がないくらいに、ぴったりと体を寄せて、温もりを感じた。

吉澤さんは、何も言わない。
けれど、言葉なんかなくても、わたしの心を包み込んでくれているのがわかる。
こうして、そばにいてくれるだけで、
何だか傷が癒されていく気がする・・・

はじめてだよ。
こんなに素直に、自分の話が出来るのなんて・・・


「――やっぱり、吉澤さんて優しいね」

吉澤さんがわたしの頭に頬をつける。

「大丈夫。先輩は幸せになれますよ。
 だって、花が咲いたんだから。
 先輩の力で、花を咲かせたんだから」

ありがとう。


そのまま、吉澤さんの肩を借りて、少しだけ泣いた。

415 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:51

顔をあげたら、開口一番、「こんな肩でよければ、いくらでも貸しますよ」って
優しく微笑んでくれた。

そして、左手でわたしを支えたまま、右手をうーんと伸ばして
ティッシュ箱を取ろうとしてる。

なかなか届かないみたいだから、吉澤さんを乗り越えて
わたしがティッシュをゲット。

「あ・・・」

情けない声出しちゃって。
でも、ありがとう――

ティッシュで涙を拭いながら、明るく言った。

「のど、渇いちゃった」

416 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:51

「あ、じゃあアタシ、とっておきの紅茶淹れますよ。
 ちょっと待っててください。取ってきますから」

そう言って立ち上がると玄関へ。
そして、靴を履いて振り向くと

「帰ってきて、また必要だったら、いつでもどうぞ」

って、自分の肩をペンペンって叩いて、出て行った。


何か不思議だな・・・

柴ちゃんや、美貴ちゃんにだって、
ここまで全てをさらけ出して、話したことはないんだ。


417 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:52

<ピンポ〜ン>

同時に扉が開く。

は、はやっ!


「ハアッ、ハア。ダッシュで、取ってきました。
 久々に、階段、二段抜かし、しました」

そう言いながら、スタスタとキッチンへ。

ふふ。
そんなに急いでくれたんだ。

「あ、牛乳腐ってないですよね?」

キッチンから顔を覗かせて言う。

「ちょっと!それくらいは・・・って、ないかもしれない――」

418 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:53

「フハハ。ちゃんと持ってきました」
「もう!」

ニッコリ笑ったあなたにつられて、思わず笑っちゃった。

ほんとにね、温かいんだ。
心の奥から、何かフワッて包まれたみたいに。
ずっと、この空間にいたいって、思ってしまう。


ごめんね、出会ったばかりなのに・・・
わたし、あなたに甘えてばかりだね。


立ち上がって、キッチンで作業をする吉澤さんのそばに行った。

「ごめんね、迷惑ばっかり・・・」

吉澤さんは無言で、自分の肩をペンペンってー―

419 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:53

「迷惑なら、貸してません」

手を動かしたままで、視線も手元にあるままで。

「迷惑なら、とっくに突き飛ばしてます」

鍋に紅茶の茶葉を浮かせて。

「迷惑なら、紅茶淹れたりしません」

火を止めると、カップに注いだ。


「いつだって、寄りかかりたくなったら言ってください」

わたしの方を向いて、わたしの目を見つめて。

「これからずっと。いつだって、おいしい紅茶淹れますから。
 だから、遠慮しないで」


また、涙が溢れた。

420 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:54

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャンです」

「え?何?」

突然言い出すから、涙が引っ込んだ。

「あれ?こういう時に使うんじゃないのかなぁ?
 中澤教授が使ってたから、一度使ってみたかったんだけど・・・」

「フフフフ。いつでもくしゃみしたら来てくれるんだ?」
「あ、知ってます?先輩も」
「わたしも昔、授業で聞いたことある」
「よかったー!」

「で、来てくれるの?」
「ケースバイケースですが、極力参上します」

そう言って、敬礼してみせてくれた。

「さ、紅茶おいしいですよ。飲みましょ」

421 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:54


吉澤さんといると、時の経つのを忘れてしまう。


ミルクたっぷりの甘い紅茶を頂きながら、
わたしは包み隠さず、続きを吉澤さんに話した。

義父がお母さんを愛していたのは、事実だったこと。
でも、やっぱりわたしも義父を許せなくて、大学進学と共に家を出たこと。
せめて、大学の費用、生活費はと言って、義父が出してくれていること。
妹とは仲が良くて、よく連絡をとりあってることなどー―



「――これから・・・」

ん?

「これから毎日一緒に、ご飯食べませんか?」

吉澤さんの言葉に顔をあげた。

422 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:55

「あ、いや。先輩がよかったら、なんですけど。
 アタシ、いつも一人で食べてるから、結構寂しくて。
 自分で作っても、誰かと食べなきゃおいしくないなぁって、
 最近ちょうど、思ってたりして・・・」

「いいの?」
「こっちこそ、いいですか?って聞きたいぐらいで・・・」

「でも、吉澤さん、無理してない?」
「無理?アタシが?」

「うん。だってわたしが、あんな話ししたから・・・」

「いや、そういう訳じゃなくて・・・って、でも思いついたのは
 話聞いたからなんだけど。
 でも、無理にとかそういうんじゃなくて。
 あー、だから・・・
 なんて言うか、アタシがそうしたいんです!!」

吉澤さんの迫力に驚いた。

423 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:55

「すみません・・・。何かうまく言えなくて――
 でも、ホントです。アタシも今朝とか今とか先輩と一緒に食事できて
 すげぇ、楽しかったし――」

ダアッー、もう!

って、突然声を発したと思ったら、頭をかきむしって。

あー、圧倒的にボキャブラリーがたんねぇ

ってつぶやいて・・・



「ふふ、ありがとう。うれしいよ。一緒に食べよ?」
「ほんとッスか?」
「うん」
「ヤッター!!」

424 名前:第2章 2 投稿日:2008/07/18(金) 14:56

「じゃ、朝は多分アタシ、バイトから帰ったら寝ちゃうし、
 昼は先輩、仕事始まったら無理だと思うんで、
 毎日晩御飯を一緒に食べるってことでどうですか?
 あ、友達とかと食べるときは、そっち優先でいいんで」

「うん」
「アタシ作ります」
「えー、悪いよ」

「てか、アタシ作らないと危険っていうか・・・」
「ちょっと、それどういう意味?」

吉澤さんを睨んだ。

「――あ、いや、だから、アタシ作るんで、
 先輩は片付けしてもらえます?
 で、休みの日とか、一緒につくりましょうよ」

「うん。それならいいよ」
「ヨッシャ!決まり!
 楽しみになってきたな!」

小さくガッツポーズして、本当にうれしそうにしてる。


――ありがとう、吉澤さん。

わたしが気を使わないようにしてくれたんだよね?

顔を崩して笑うあなたに、心から感謝した。

425 名前:花に願いを 投稿日:2008/07/18(金) 14:56




426 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/07/18(金) 14:57

本日は以上です。



427 名前:みっちゃん 投稿日:2008/07/19(土) 05:02

ふはー・・・

お疲れ様です

玄米ちゃさんの小説はいいですね♪
いしよし好きって言うのもありますが、それ以前に
気持ちがほわわぁ〜んって温かくなってきます。

ファンになっちゃいましたよぉ(^u^)
428 名前:value 投稿日:2008/07/20(日) 04:05
前作も読んでましたがすっげー好きです。
これからも期待してます。
429 名前:さんにーろく 投稿日:2008/07/20(日) 20:50
更新お疲れ様です。

395改め、ひらがなの作者です。あんな駄作を読んでいただいたなんて光栄です!
只今完全にスランプで凹んでいたんですが、作者さんの作品を見て
元気が出ました!
お互い頑張りましょう!
430 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/07/24(木) 17:34

みっちゃん様
 ありがとうございます!!
 うれしいですね〜。益々ハマッて頂けるように頑張ります。

value様
 前作からお読み頂いてるようで、ありがとうございます!
 間違ってたら申し訳ないのですが、作者さまではないですか?

さんにーろく様
 やはりそうでしたか!
 次回作、楽しみにしてます!!


では、本日の更新にまいります。

431 名前:花に願いを 投稿日:2008/07/24(木) 17:34





432 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:35

約束通り、あれから吉澤さんは、毎日うちに来て、
夕飯を作ってくれる。

当然、食材は割り勘。

その辺は、なんかキッチリしたいんだよね。
そう言ったら、
そういうとこだけ、A型ですね。
なんて言われた。

わたしって、変なとこ几帳面だからなぁ・・・

433 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:36

ともあれ、吉澤さんは、バイトがある日はバイト前に来て、
一緒にお食事をして、そのまますぐに出かけてしまう。
でも、バイトの無い日は、お食事のあと、おいしい紅茶を淹れてくれて、
ゆっくりお話しができるんだ。

食べるだけでも、吉澤さんの色んな面が見れて嬉しいんだけど、
ゆっくり出来る日は、朝から浮かれているのが、自分でも分かるくらい
超ハイテンションになっちゃう。

だって、今日は何作ってくれるのかな?
今日はどんなあなたの一面を知ることができるのかな?
って思ったら、ワクワクしちゃうの。

優しかったり、いたずらっ子だったり。
虫を手づかみ出来るくせに、蛇が嫌いだったり。
ボーイッシュなのに、意外と小物はラブリーで。
年下なのに、時々すごく大人びたカオをしたり――


色んなあなたを発見するたびに
もっと知りたいって思うんだよ。

434 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:37

昨日は、今日が入社式だからって、バイトがあるのに
時間をかけて、栄養たっぷりの食事を作ってくれて。
温めるだけでいい朝食まで、準備してくれた。

それだけで、今日一日頑張れちゃう気がする――


よしっ!

鏡の前で、気合を入れた。
いよいよ今日から、一人前の社会人。

スーツを着てビシッと決めて、素敵なOLさんになるんだ!

って思っても、正直なところ、やっぱり期待なんかより、不安がいっぱい――

435 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:37



「大変!」

時計を見ると、もうすぐ家を出なきゃいけない時間。
オトナの女性らしく、時間に余裕を持って、優雅に出社したいもんね。


火の元、戸締り。
一通り、チェックして、もう一度鏡をのぞいた。

吉澤さんに、見て欲しかったな・・・
スーツ姿でビシッと決めたわたしの姿。

帰ってきて、夕飯のときに見せればいいんだけど、
一番に見てもらって、先輩イケてますよ。
なーんて言ってくれたら、不安も飛んじゃうと思うんだけど――

仕方ないか。
今頃、夢の中だろうしね。

436 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:38

玄関で靴を履こうとして、ポストに何かが入っているのに気付いた。
取り出すと、右上がりの綺麗な字で書かれたメモが一枚。

  『いってらっしゃい!
   今日、ご馳走作って待ってますから、頑張って!!』

最後に、ピースマーク。

思わず、笑みがこぼれた。

よしっ!
頑張っちゃお!!

しっかり施錠して、階段を下りると、
吉澤さんの部屋に向かって、小さな声で
「いってきます」とつぶやいた。

437 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:38





438 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:39

一日がなんとか終了。
本日は研修三昧。
今週は、今日みたいな研修三昧が続いて、
来週になると、いよいよ配属が決まる。

柴ちゃんも、美貴ちゃんも行きたい部署があるから、
そりゃ、気合が入っていて・・・

わたしはね、まあ、どこでもいいって言えば、どこでもいいんだ。
これがやりたいって、胸張って言えるものもないしね。

もちろん、一生懸命お仕事するよ。
適正を判断してもらって、自分にとって一番いい所に行ければいいかな・・・

439 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:39

「疲れたね〜」
「今日は美貴でも、珍しく緊張したよ」
「ほんと肩がガッチガチ」

そう言って、柴ちゃんは肩をグルグル。
帰り道、三人で駅まで歩く。

「あー、またあの殺人的な電車に乗るのか」
「美貴、今日押されまくって、えびぞりになった」

プッ!
美貴ちゃんのえびぞり、笑える。

「ほんとなの。ドアのところに立ってたらさ、グイグイ押されて、
 イナバウワーになったんだよ!」

アハハハハ。

440 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:40

「ねーねー、今から三人で食事行こうよ。
 自分たちで入社祝いしよ?」

柴ちゃんの提案に

「さんせーい!」
と美貴ちゃん。


ごめん。わたしは・・・

小さな声でつぶやいたわたしを、美貴ちゃんが覗き込んだ。


「愛しの吉澤さん?」
「い、いとしって・・・」
「今日も作ってくれるんだ?
 もしかして、お祝いでご馳走作ってくれるとか?」

黙って頷いた。

441 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:40

「いーなー、梨華ちゃん。
 恋する乙女って感じ!」
「ねー」

「ちょっと待ってよ。吉澤さんは女の子だよ?」

ムフフって、
二人して、ニヤニヤしちゃってる。

「ほんとだってば!」
「はいはい。分かってます。二人の邪魔はしませんよ〜
 ねー、ミキティ」
「ねー、柴ちゃん」

二人、寂しく居酒屋でも行こうぜぃ、
なんて肩まで組んで。


「ほんとに、ほんとだよ!」

「はいはい。分かってます。梨華ちゃんがうそ付けない人だと言うことも
 重々、美貴たちは承知しております」

442 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:41

「じゃあ、どうして、こ、恋なんてさ・・・」

「だって、恋する乙女みたいだもん。梨華ちゃん見てると」
「そうそう、この4年間の付き合いの中で、美貴達は見てきたわけ。
 梨華ちゃんの恋愛を。
 だから、なーんか始まっちゃいそうな気配・・・みたいな?」

「だから、女の子なんだって!」

「はいはい、わっかりました〜!
 じゃ、行こうか、柴ちゃん」
「行きましょ、行きましょ」

サッサと歩き出す二人。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「じゃあね〜」
「また明日ねー」

終始、ニヤニヤと手を振りながら、二人は行ってしまった。

443 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:41

まったく、何でわたしが『恋する乙女』なのよ・・・

吉澤さんは、女の子なんだってば。
二人とも、わたしの夢を知ってるくせにさ・・・


トボトボと駅に向かって歩く。

そりゃ、吉澤さんのことは好きだよ。
早く会いたいって思うし、少しでも長く一緒にいたいって思うしね。

ドキドキしちゃう事だってあるよ。
でも、それはさぁ――

それは――


違うよ。恋なんかじゃないって。
だって、わたしの夢は・・・

444 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:42

もう!
二人が変なこと言い出すから、わたしまで変なこと考えちゃう。


そんなんじゃないもん。
恋なんかじゃないもん。


『あったり前じゃないッスか』

吉澤さんに言ったら、絶対こう返ってくるよ。


大きく頷いて、わたしは駅に向かって、足を速めた。

445 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:42





446 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:42

イタタ・・・

さっきから我慢して歩いてるけど、靴擦れがひどい。
立ち止まって、靴を脱ぐと、
かかとから出血してる。

ちょっとヒールを高めのにしたのが、いけなかったかな・・・

慣れないのに、こんなの履いて一日過ごしたら
そりゃ、こうもなるよね?


もう一度、履き直すと、ズンッと痛む。
やっぱ、駅からタクシーにすれば良かった・・・

会社出る前から、少し痛かったけど、行けるかなって思ったし、
これくらい慣れなきゃ、素敵なOLにはなれないもんねって、
そう思ったんだけど・・・

歩き出すと激痛が走って、
ちょっと、やっぱ無理かも・・・

447 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:43

少しだけ休もうと、すぐそばの公園に入って
ベンチに腰掛けた。

靴を脱いで、もう一度確かめる。

ストッキングにも血がついていて、
上からティッシュでふき取った。

イタッ――

ふうふうと息をかける。


ハアー

参ったな。全然、素敵なOLじゃないや・・・
これじゃ、ビシッと決まってなくて、吉澤さんに幻滅されちゃうかな・・・?


はあ〜
吉澤さん、待ってるだろうな・・・

連絡先、聞いとけば良かったな。
今まで、必要なかったもんね――


頑張って、帰るか・・・

そう思って、腰を浮かそうとした時、公園の入り口で、
急ブレーキをかけて、バイクが止まった。

448 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:44

赤いライダースのジャケットを羽織って
白いフルフェイスのヘルメットを被った人が、
すごい勢いで駆け込んできて、こっちに向かってくる。

な、なんで、こっちに来るの?!
ちょ、ちょっと待って!

も、もしかして、わたしを、お、襲うつもり?!


痛みを我慢して、靴を履いて立ち上がった。


その間にも、その人はどんどん近づいてくる。
ちょっと待って、タンマ!

慌てて逃げようとして、そのままその姿に釘付けになった。


シールドをあげた、その姿――

449 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:44

――どっか、で・・・?


なんだろう?
頭の中にモヤがかかっていて、うまく思い出せない。

何かが、頭の奥の方でひっかかっている――


真っ赤な服に白い・・・

――どっかで見たこと、あったっけ・・・?

近づいてくるその人を見つめたまま、わたしは動けずにいた。




「先輩っ!」

え?

「探しましたよっ!」

その人は、わたしの目の前までくるとヘルメットを取った。

450 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:45

「吉澤さんっ!」
「良かった、無事で・・・」

「捜してくれたの?」

「遅いから、何かあったんじゃないかって心配で。
 この辺りグルグル回ってたんです」

「ごめんね・・・」


ふう〜

吉澤さんは、大きく息を吐き出すと言った。

「でも、ほんと良かった!すげぇ心配したんです。
 事故にでもあったんじゃないかって・・・」

そして、脱力したように、わたしが腰掛けていたベンチに座った。

ホントに良かった・・・

そうつぶやいて、長い足を投げ出して、髪をかきあげると
わたしを見て微笑んだ。


わたしの心臓がトクンと音を立てる。

451 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:46

「し、心配かけてごめんね」
「こんなとこに一人で座って、一体どうしたんですか?」

吉澤さんの隣に腰掛けると、もう一度、靴を脱いでかかとを見せた。

「うわっ、こりゃひどいや。
 連絡くれれば、迎えに行ったのに」

「だって、連絡先しらないもん・・・」

「あ・・・
 そっか、だからアタシも捜しまわったんだった」


ふふふ
フハハ

笑い声が重なる。

452 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:46

突然、吉澤さんが目の前にしゃがみ込んだ。

「どうしたの?」
「おんぶ」
「えっ?」
「ほら、早く!」

心臓がドキドキとうるさいほど音を立て始めた。

「い、いいよ。大丈夫」
「痛いんでしょ?」

そう言って、振り返ったあなたにときめいた自分がいた――

違う、違うよ。
ときめいてなんかいない。
吉澤さんとは、そんなんじゃない・・・


「大丈夫だってばっ!」

自分の気持ちを否定するように、思わず強く言ってしまった。
吉澤さんが、わたしから視線を外す――

453 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:47

「すみません」

吉澤さんが背中を向けたまま、静かに立ち上がる。

「あ、ち、違うの。
 ホントに大丈夫だから。そ、その・・・
 肩貸してくれるかな?」


彼女は黙って頷くと、視線を合わせないまま、
わたしの手を引いて、横から支えてくれた。


どうして・・・?

どうして、こんなに胸が痛むの?
どうして、泣きそうになるの?



わたし、どうかしてる――

454 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:47

吉澤さんは、わたしに合わせて、ゆっくり歩いてくれる。

休んでた分、傷口にあたると余計に痛む。


何か話さなきゃ。
そう思うけど、うまく言葉が出てこなくて・・・


バイクの所まで行くと、吉澤さんは黙ってジャケットを脱いだ。

「すみません。アタシ、バイクしか持ってなくて・・・
 後ろ、これで隠しますから、またいで乗れますか?」

「――うん」

「これ、被ってください」

手渡されたのは、吉澤さんと色違いのヘルメット。

455 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:48

誰かの・・・もの、かな?
特別な人とか、いるのかな?


チクリと胸が痛む。

だから何でよ?!
何で、さっきから、ドキドキしたり、痛くなったりしちゃう訳?

そうだ!
今日、柴ちゃんと美貴ちゃんに変なこと言われたからだ!
だから、さっきから無意識のうちに、意識しちゃって、おかしくなっちゃってるんだよ。
きっと、そうだ!



「――先輩、そのメットきついですか?」
「え?」
「さっきから、被りながらウンウン頷いてるから」

ゲッ!

456 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:48

「ち、違うよ、大丈夫。
 ちょっとね、考え事してただけ」

「考え事して、そんなに頷きますかねぇ」

そう言いながら、靴を脱がせてくれて、乗るのを手伝ってくれる。


「前側、見えないようにアタシにくっついちゃって下さい。
 それに、しっかりつかまってないと、振り落としちゃうかもしれないんで・・・」

「そ、そんなに揺れるの?」
「ええ、大地震並みに、右に左にと」


「――笑ってる」
「フハハ。バレました?
 まあ、でも危ないんで、ちゃんとつかまってて下さいね」

吉澤さんがヘルメットを被って、ハンドルを握ったのを見て、
腰につかまった。

457 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:49

「それじゃ、マジで危ないんで。
 遠慮なくガッツリ、つかまって下さい」

腰にある手を、前にグッと引っ張られた。


「じゃ、しっかりつかまってて下さいよ」


ブオンッ!

すごい音でエンジンがかかったと思ったら、勢いよく発進した。

キャッ!!

後ろに置いてかれそうになって、慌てて吉澤さんにしがみついた。

458 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:49

ピッタリくっついた背中から、彼女の体温を感じる。

またドキドキしてる、わたし・・・



すぐそばの信号で止まると、吉澤さんは後ろを振り返って、大きな声で言った。

「なるべく人気のない道、通りますね。
 先輩、パンツ見えちゃいそうだから」

「ちょっと!
 大きな声で言わないでよ!」

「だって、聞こえないでしょ?」

背中越しに、彼女が笑ったのを感じたから、
軽く背中を叩いた。

459 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:50

青信号になって、再び発進する。
ちゃんと学習能力はあるから、さっきのを教訓に
背中にしっかりしがみついた。


それなのに――
今度はゆっくり、丁寧に発進。
後ろにのけ反るようなこともない。


「ちょっと!
 さっきの、わざとでしょ?」

おっきな声で聞こえるように言った。

「聞こえませんよー」

「だから、わざとでしょ?」
「はい?」

「だーかーらー!わざとでしょーっ!!」
「なんすかあ?」

もう!

笑い声と共に、かすかに動いた背中に身を預けた。

460 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:50

あなたといるとね、楽しくて仕方ないの。
それにね、まるで、わたし自身を包んでくれるかのように、
心の奥から、ぬくもりが広がってくるんだよ。


わたしにとって、あなたは誰にも変えられない存在。

大切で、そして――


かわいくて、頼りになる、とっても大切な後輩・・・

――ただ、それだけだよ・・・


ちゃんと結論づけたのに、
なぜか胸が鈍く痛んだ。

461 名前:第2章 3 投稿日:2008/07/24(木) 17:51





462 名前:花に願いを 投稿日:2008/07/24(木) 17:51




463 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/07/24(木) 17:51


本日は以上です。


464 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/25(金) 09:24
モオールサイコーでタンデムって
かっけー!!! この設定が超ステキです
465 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/27(日) 22:14
2人が今後どうなっていくのか気になります。
続きが楽しみです!!
466 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/03(日) 10:45
これからはじまるっていうワクワク感がサイコーです
467 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/03(日) 19:47
ここのよっしーサイコーです!!
あーこんな人いたら自分も惚れちゃいますねww
作者様サイコーです!
468 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/08/08(金) 14:45

>>464:名無飼育さん様
 気にいって頂けた様子がレスから伝わってきて、うれしい限りです。
 ありがとうございます。

>>465:名無飼育さん様
 さて、今後はどうなって行くんでしょうか・・・

>>466:名無飼育さん様
 まだまだ、ワクワクして頂けるよう頑張ります。

>>467:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 まだまだ惚れちゃいそうな部分、書いて行きたいなと思っております。


では、本日の更新にまいります。



469 名前:花に願いを 投稿日:2008/08/08(金) 14:46





470 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:47

「よっすぃ〜、今夜は逃さないから」
「逃げませんよ」
「そう言っといて、いつも逃げるじゃない」
「そんなことないですよ」

カウンター越しに顔を近づけられる。

ここで、のけ反っちゃいけない。
ちゃんと目を見て、距離をはかる。


「キレイなカオ・・・」

頬に指を這わせて、唇をなでられる。

何をされても、彼女は怒らせてはいけない。
この店にとって、大切なお客様。

471 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:48


「ヨシ、ママが呼んでる」

休憩から戻ったマサオさんが、助け舟を出してくれた。

「すみません」

そう言って、彼女の手をそっとどけた。


マサオさんに目だけで礼を言って、
その場を立ち去る。

472 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:48

「もう!またわざとでしょ?
 いつもジャマしないでって言ってるのに」

「いいじゃない。
 このマサオにお相手させて下さいよ」

「イヤ」
「ひどいなぁ。あたしなら、キスぐらいしますよ?」

「あの唇がいいの」

「あなたが本気になれば、あいつなんか簡単に落とせるだろうに」

「彼女に小細工は効かないもの。
 それにね、なにより彼女の気持ちが欲しいの」

「あなたも懲りないですね。本気の本気だ」

「そうね。あんな風に逃げられると余計に追いかけたくなっちゃう・・・」
「ハンターですね」

「ふふふ。ねぇ、何か作って」


「いいですよ。アヤカさん」

473 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:49



ハアー

ひんやりした廊下に出ると、ため息がでた。

時間つぶしに、調理場行って何かつくるかな?


「ヨシ」
「あ、ママ」

「ほっぺにチューくらいしてやればいいのに」
「すみません・・・」

「やっぱり、キスするの、まだ怖い?」

どうだろ?
触れてみたくなる人は、出来たんです・・・

「――多分、思いもないのに、するのがイヤなんだと思います・・・」

「ハ〜、あんたのその青さに惚れてるのよ。あのお嬢様は」

少し釣りあがった目で見据えられる。

「ほんと、何年働いてもあんたは染まらないわね〜。
 マコトなんか、拾って二日で順応しちゃったって言うのに・・・
 まあ、いいのよ。安くないのがあんたの売りだから」

474 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:50

「その汚れてない心を汚したいって
 思っちゃうんでしょうね、あんたに惚れ込んでる客は。
 あたしでさえ、時々ドキッとするもの、その大きな瞳で見つめられると」

慌てて目をそらした。

「ヤダ、冗談よ。
 まあ、いざと言う時は、ちゃんと助けてあげるから。
 この世界に踏み込ませたのは、あたしだしね」

そう言うと、ママはウインクした。
バサッ
そんな効果音がつきそうだ。


「そうそう、あんたのロッカー、さっきから中でブンブン音がしてるわよ。
 携帯じゃないの?まさか客に教えてないわよね?
 つきまとわれるわよ」

「大丈夫です」
「あ、そ。ならいいわ」

475 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:50


「圭ママ」

歩き出した彼女の背中に声をかけた。

「なに?」

振り向いて、また見据えられる。
この目で捉えられると、嘘をつけない。



「――いや、何でもないです」
「そう」

ママはそのまま立ち去った。


今、アタシは一体何を聞こうとしてた?

これは恋ですか?

――なんて。

476 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:51

分かってるんだ。
あの日からずっと、心に彼女が住んでる。

こうして距離が近づいた今、
自分の中で、気持ちがどんどん膨らんでってるのも――


でも、きっと・・・
あの人は、この気持ちを拒絶するだろう。

昔、アタシがあの子を拒絶したように、
あの人もきっと――


今のままでいい。
あの人が、自分を必要としてくれるのなら。
あの人が、笑顔でいられるのなら、アタシは何でもする――

477 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:52

更衣室に入って、自分のロッカーを開ける。
ジーパンのポッケを探って、携帯を取り出した。


着信5件。留守電3件。

なんだこりゃ?
全部、『石川梨華』からのもの。

頬がゆるんだ。

とりあえず、留守電を聞く――

 ピー

  <吉澤さんの携帯でしょうか?
   はじめまして。私、柴田といいます。石川梨華の友達の柴田あゆみです。
   梨華ちゃん、今日の新入社員歓迎会で、すごい飲んで酔っ払っちゃってて・・・
   ちょ、梨華ちゃん、大丈夫?
   あ、すみません。
   梨華ちゃんが、吉澤さんに電話しろって、うるさくて。
   ちょっと、待ちなって!あ、すみません。一回きります>

478 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:52

なんだ、なんだ?
続いて、2件目。

ピー

  <あ、藤本でーす。はじめまして。
   梨華ちゃんが、愛しの吉澤さんに会いたいって、うるさくて。
   もう、酔っ払っちゃってて困るんです。
   これから、家連れて帰りますけど、バイト、何時に終わります?
   おい、梨華ちゃんダメだっ・・・>

 ツーツーツー


なんなんだ、一体?
そして、3件目。

 ピー

  <こらあ!会いにこーい!今すぐ、来ーい!
   聞こえてるのか?ひとみ!
   ハックション!寒いよぉ・・・>

479 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:53


高くて、甘い声が耳の奥でこだましてる。
キュッと胸が締め付けられる。

ひとみ、か・・・


携帯を握り締めて、立ち上がった。
ベストを脱いで、ジャケットを羽織り、バイクのキーを取り出す。

更衣室を出て、ちょうど通りかかったマコトに声をかけた。


「わりぃ。1時間、いや30分で戻るから、うまくママに伝えといて」
「えー、ヤですよ。自分で言ってくださいよ」

「頼む」

手を合わせて、マコトを拝んだ。

「今日締めた後の片付け、アタシ一人でやるからさ、ね?」

480 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:54

マコトは口を尖らせると言った。

「仕方ないなぁ。でも、ヨシさんいないと目立つから、早く帰ってきて下さいよ」
「わかった」

「ったく。通りかかんなきゃ良かった。ほんと、運が悪いんだな、あたしは」
「マコト!アイラブユー!」

「はあー。そういうの、なんであたしには言えるんですか?
 大体、少しは客を喜ばせるってことを覚えてくださいよ。
 先輩のくせに、自分から抱きしめたこともないなんて。
 ほっぺにチューくらい、挨拶みたいなもんでしょ?」

「だよな」

「そうですよ。わかってんなら――って、マサオさん!!
 ヨ、ヨシさんは?」

「あ、どこ行ったあいつ?また新しい客来て、さっきから探してんだけど」
「あ、イヤ。つまり、その・・・」

「つまり、その?」
「腹痛起こして、30分くらいトイレにこもるって、さっき言ってました!」


「――アホだな、お前・・・」

481 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:54





482 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:55

チャイムを押したけど、応答なし。
部屋の明かりはついてんだけど。

ドアをノックする。

コンコン

「吉澤です。先輩、吉澤です」


全く反応なし。

試しにノブを回してみると、すんなり回って、ドアが開いた。
嫌な予感がよぎって、慌てて部屋に踏み込む。

「先輩!」


目の前には、スーツのまま好き勝手に眠っている3人の姿――

483 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:55

「――ったく」

みんなカゼひくぞ、これじゃ。


ベッドの上には――

この顔は、藤本先輩だな、きっと。
布団を下敷きにして、夢の中。

体を持ち上げて、布団を引き抜いて、かけてあげる。

この際、スーツがシワになるのは、仕方ない。
みんな、自業自得だ。


ソファに横たわっているのは、柴田先輩だな。
背もたれに片足かけて、パンツ丸見えですって。

足をそろえてあげて、押入れから毛布を引っ張り出してきて上にかける。

484 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:56

最後にこの家の主。

ソファの前にあるローテーブルに突っ伏して、爆睡中――

「先輩」

小さく肩をゆすったけど、起きる気配なし。
このまま何かかぶせても、この体勢じゃかわいそうだし、カゼひいちゃうよな。

押入れをのぞいても、夏用のタオルケットしか入ってない・・・

仕方ないか。

一度、部屋を出て、自分の家へ。
毛布と、布団を抱えて、もう一度石川宅へ戻った。


毛布を敷いて、布団かければ、少しはマシだろ。

脇の荷物やら、雑誌やらを隅にまとめて、毛布を敷く。
もう一度、声をかけた。

485 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:57

「先輩、こっちで寝ましょ?」

藤本先輩と柴田先輩を起こさないように、なるべく小声で話しかける。

「ねえ、先輩」
「・・・ん、んー」

起きたと思ったら、反対方向に首を向けて、またスヤスヤ。

ダメだ、こりゃ。
しゃーない。

横から、先輩の体を起こして、抱きかかえると、
そっと毛布の上に降ろした。


「っん、うーん・・・」

軽く伸びをしたと思ったら、丸まっちゃって。
寒かったんでしょ?

布団をかけてあげて、電気を消した。

486 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:57

かわいい・・・

すぐに帰ろうと思ったのに、もう少し眺めていたくて、隣に座った。
薄明かりに照らされた寝顔が、無防備で、あどけなくて――

自然と手が動いて、思わず頬に触れてしまった。


うっすら、目が開く。

「――し、ざわ、さん・・・?」

まだ焦点が合ってない。
夢の中でも、アタシを必要としてくれる?

そのまま、頬をなでた。

「――どうして、ここに、いるの?」
「先輩が呼んだんですよ」
「わたし、が・・・?」
「今すぐ来いって言って、クシャミしたんです」

487 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:58

クシャミ・・・?

小さな声でそう言って、一生懸命、睡魔と戦ってる先輩。

「約束したから。極力参上するって」
「・・・ふふ。ほんとに呼ばれて飛び出て、来てくれたんだ」
「はい。ジャジャジャジャンです」

微笑んでくれた。


ねぇ、先輩。

「――会社で、嫌なこと、ありました?」

途端に、暗くなる表情。
目を閉じて、眉間にシワを寄せて、涙をこらえてる。

そっと、親指で眉間をなでた。
あなたが愛おしい。
あなたの苦しみや、悲しみは、全部アタシが吸い取ってあげる――

488 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:58

「大きなミス、しちゃったの・・・」

目じりからこぼれ落ちた涙。

「すごく叱られて・・・
 大事な契約の電話だったのに――」

また、溢れ出した涙。
全部拭ってあげるから、安心していいよ。

「わたし、あんな失敗して、あんなに怒られて、もうどうしたら・・・」

「アタシがほめてあげます」

え?

びっくりしたように開いた目。

489 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:59

「先輩が努力してるの、アタシが知ってます。
 毎晩寝る前に、ちゃんと勉強してるの、知ってますから」

「・・・どうして?」

「ヘッドボードにビジネス書が置いてあるでしょ?
 しおりが毎日少しずつ、ずれていってたから、
 毎日ちゃんと勉強してんだなって」

だから・・・

「どんなミスしたって、どんなに叱られたって、
 先輩が努力してること、アタシが知ってます」

生え際をなでて、そのまま何度も髪をなでる。

「いい夢見れるように、先輩が眠るまで、こうして隣にいますから。
 安心して眠ってください」

また、先輩の目から涙がこぼれる。

490 名前:第2章 4 投稿日:2008/08/08(金) 14:59

「ごめん、ね。また、甘えちゃう・・・」

そう言って、先輩はギュッと目を閉じた。


いいよ。
いつだってアタシは、あなたをうんと甘やかしてあげる。


「おやすみなさい」

先輩が再び眠りにつくまで、アタシはずっとそばにいて
その髪をなでてあげた。

491 名前:花に願いを 投稿日:2008/08/08(金) 15:00



492 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/08/08(金) 15:00

本日は、以上です。


493 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/09(土) 10:30
うわ!
ドッキドキの展開ですね!
二人の想いが甘酸っぱいです。つづき、めっちゃ気になります!
494 名前:みっちゃん 投稿日:2008/08/11(月) 07:11
最近、
玄米ちゃさんの小説見るためにパソコンに向かってる気がします。

文才力のある玄米ちゃさんに脱帽です。
そして、よっちゃんの優しさに感動ですっ
・・・書けないのに私も小説書きたい病が・・・(;--)

今後の二人の展開が待ち遠しいです!
495 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/08/14(木) 12:30

>>493:名無飼育さん様
 ドキドキして頂けましたか?
 このお話しでは、ちょっぴりじれったい二人です。

>>494:みっちゃん様
 うれしいお言葉の数々、ありがとうございます。
 書いてみると、意外とハマッてしまうかもしれませんよ?


では、本日の更新です。


496 名前:花に願いを 投稿日:2008/08/14(木) 12:31





497 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:32

「梨華ちゃん、起きて」
「・・・んー、もうちょっと」

「起きなよ」
「――ゔ〜、頭いたい・・・」

「あ、吉澤さん」
「うそっ!」

飛び起きた。


「な訳ないじゃん」
って、美貴ちゃん。

「なによ〜」

ふて腐れて、後ろに倒れこもうとしたら、
いつの間にか、背後にまわった柴ちゃんに阻まれた。

498 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:32

「勝手にシャワー借りたよ」

真後ろから声がする。
そんなの、いつものことじゃん。

「あとは、梨華ちゃんだけ」

目の前にいる美貴ちゃんが言う。


「わたしはいいよ〜。もうちょっとしてからにする」

再び倒れこもうと試みて、また失敗。


「返しに行かなきゃでしょ」
「返す?何を?」

わたしの下を指差す二人。

あれ?
この毛布と、お布団、うちのじゃない・・・

段々、よみがえってくる昨夜の記憶――

499 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:33

「ホントに来てくれたね〜、吉澤さん」

二人して、わたしの顔を見ながら、ニヤニヤ。



「アタシがほめてあげます」

そう言って、美貴ちゃんが柴ちゃんの頬をなでる。
カアーッと頬がほてる。

「先輩が眠るまで、こうして隣にいますから」

顔中、真っ赤になった。

「二人とも起きてたの?!」

「だって、美貴達にも布団かけてくれたんだもーん」
「そん時目覚めたけど、面白そうだから寝たフリしてた」

500 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:34

それにしてもさ。

「「カッコイイ〜」」

二人で、声そろえて言わなくたっていいじゃない。


「あれじゃ、梨華ちゃんが惚れるのも仕方ない」

二人してウンウン頷いちゃって。

「惚れてないってば!」
「そーお?」

そんなにジロジロ見ないでよ。

「美貴には恋人同士に見えたな〜」
「ウンウン。すっごいお似合いよ」

501 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:34

「もう、からかわないでよ」
「からかってないって、ねー柴ちゃん」

「うん、もちろん。
 でもさ、すっごいイケメンじゃない?吉澤さんて」

「柴ちゃんずるい。顔バッチシ見えたの?」
「暗かったし、寝たふりしてたからさ、そんなにマジマジ見れた訳じゃないんだけど、
 すっごい綺麗なカオだったと思う」

「いいなー。美貴の角度からは、ちょうど顔が影になっちゃててさ、
 あんまり見えなかったのよ」


で、どうなの?

二人に詰め寄られる。


「――き、きれいだよ、すごく。
 本人あまり自覚ないみたいだけど・・・」

502 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:35

「美貴会いたい」

は?

「そうだ!」
柴ちゃんがパンと手を叩く。

「お礼言いに行こ!みんな布団着せてもらったんだし」
「おかげでカゼひかなかったしね」

二人とも顔を見合わせて、すっかり乗り気。

「ケーキとか買って、お礼ですって、家行っちゃおうよ」
「いいね、それ!」

何、二人で盛り上がってんのよ?

「そうと決まれば」
「ほら行くよ」

え?
ちょ、ちょっと待ってよ!

503 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:36

「ほらグズグズしないで」
「支度しろ!」

二人が立ち上がって、わたしを見下ろす。

「わ、分かったから。待って、待って。お願い!シャワー浴びさせて!」

見下ろしたまま、二人ともニヤッて笑って――

「どーぞー。好きな人に会いに行くんだからね〜」
「きれいにしてきて下さいな」

「だから違うって!」

「「ハイハイ、ごゆっくり〜」」


もう!二人とも何よ!!
わざとドスドスと足音をさせて、浴室に向かった。

504 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:37


シャワーを頭からかぶると、幾分スッキリする。

こうして目を閉じると、
昨日のあなたの優しい眼差しと声が、よみがえってくる。


――ホントに来てくれた。
――わたしが落ち込んでるのに気付いてくれた。

そして・・・

――そばにいてくれた。


あなたが、ずっと髪をなでてくれて、心から安心したの。
あなたの手のぬくもりを感じて、また頑張ろうって思えた。

わたしが眠りについて、いつの間にか、あなたがいなくなっていても
あなたの匂いに包まれて、ぐっすり眠れた。

わたしを包み込んでくれる陽だまりのような温かさは、
いつだってわたしに元気をくれる。


――ごめんね。でも、ありがとう。

「わたし、頑張れそうだよ」

ちゃんと言葉に出来るように、小さな声でつぶやいた。

505 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:37





506 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:37

<ピンポ〜ン>

わたしが布団と毛布を抱えて、柴ちゃんがケーキ、
そして美貴ちゃんは手ぶら・・・

1つ持ってよって、お願いしたのに
あっさり、着たのは自分でしょ?って・・・
もう!今度から美貴ちゃんにお布団貸してあげないっ!


「返事、ないね。バイト?」
「ううん、違うはず」

もう、お昼の12時をまわってる。
まだ、寝てるのかもしれない・・・

「もう一回押してみよ」

「寝てたら悪いよ」

とわたしが言ったときには、すでに美貴ちゃんの人差し指は、
インターホンを押していた。

507 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:38


「いないね・・・」
「出かけちゃったのかもよ?」

そう答えた途端、

「――はい」

部屋の中から、小さな返事が聞こえた。
3人で顔を見合わせる。

「あ、ごめんね。石川です」

静かにドアが開いた。
目の前には、大あくびの吉澤さん。

「お、はよ、ございます。ふわ〜あ」

目をこすってて、明らかにまだ寝てましたって様子。


「ごめんね、寝てた?」
「ちょっと、帰り遅くなっちゃって・・・」

508 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:39

出直そうか?
そう言おうと思ったのに。

「藤本です。昨日はありがとうございました!
 これ、3人からお礼です」

って、柴ちゃんの手にあるケーキを指して、ご挨拶。

「気にしなくていいですよ」

そう言って、吉澤さんは微笑むと、
「よかったら紅茶でも飲んでいきますか?」って、わたし達をお部屋に上がらせてくれた。


509 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:39

「毛布とお布団、ありがとう」

そう言ったら、吉澤さんは紅茶の支度を進めながら
「その辺に置いといていいですよ」って。


柴ちゃんと美貴ちゃんは、すっかり吉澤さんに夢中のようで、
自己紹介の真っ最中。

それが終わると、吉澤さんの部屋を物色しては、
「この植物なに?」とか言って、質問攻め。

ふーんだ。

柴ちゃんと美貴ちゃんの背中に、あっかんべーをして、
そばに置いた、布団に触れる。

一応、その辺と言われたけど、
やっぱりちゃんと、ベッドの所まで持っていった方がいいかな?
なんて思って、ベッドまで行くと、ベッドの上にはバスタオルが2枚。

まさか――

510 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:40

「吉澤さん!」

会話に割って入った。

「もしかして今って、バスタオル着て寝てたの?」
「え?ああ・・・」

「わたしに貸したから、着るものなくなっちゃたんでしょ?」
「別に大丈夫ですから」

「ダメだよ!カゼひいたらどうするの!」
「ひいてないから、大丈夫ですって」

「だって!だってさ・・・」

だって――

吉澤さんが、カゼなんかひいたら、やだもん・・・

思わず口に出してしまって、ハッとして二人を見ると案の定ニヤニヤ。
吉澤さんだけが、驚いた顔をして固まっていた。

511 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:41

「違うよ。わたしのせいで、苦しい思いをさせたりしたら、
 悪いじゃない?」

「「ほ〜お」」

「だから、変な意味じゃなくて・・・」
「変て?」

こう言う時に限って、柴ちゃんたら、
わざと意地悪く聞くんだから!



「ほら、だからね。食事、困るじゃない?
 毎日、作ってもらってるし・・・」


バカって顔した二人――



「・・・そーですよ!
 先輩、一人じゃ餓死しちゃいそうだし」

そう言って微笑んだ吉澤さんのそんな顔、初めて見た気がする・・・

美貴ちゃんが、小さくため息をついたのが分かった。

512 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:41

くるりと背を向けて、食器棚からティーカップを取り出す吉澤さん。
気を利かせた柴ちゃんが、吉澤さんを手伝う。


あなたの背中をわたしは、ただ黙って見つめていた。

どうしてこんなに胸が痛むんだろう――


あなたのそんな表情を見ることが・・・
あなたに背を向けられることが・・・

どうして、こんなにも――

513 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:43

いつの間にか、ローテーブルには、
ケーキとティーカップが準備されていた。

「テーブル、これしかなくて。床に座らせちゃって、すみません」
「全然いいよ」
「そうそう、ちゃんと絨毯あるし」

柴ちゃんと美貴ちゃんが、着席してわたしを手招きする。

「ほら、梨華ちゃんもボーッと突っ立ってないで、
 早く座んなよ」

「うん」

四角いテーブルの一辺ずつを使って座る。

座布団とクッションを抱えた吉澤さんが、
わたし達に手渡しながら、空いているわたしの左隣に座った。

514 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:43

「いただきます」

美貴ちゃんが口火をきって、皆もそれに続いた。


「おいし」
「いい香りだね」

紅茶を口に運んだ二人が、吉澤さんを絶賛する。
うらやましいでしょ?
わたしなんか、いつも淹れてもらってるもん。


「ケーキ、おいしいです」

吉澤さんが、ケーキを頬張って、笑顔で答える。
その笑顔がいつもの吉澤さんの笑顔で、安心した。



「ごめん、ティッシュある?」

美貴ちゃんが、口元についたクリームを指で拭いながら、
吉澤さんに聞いた。

515 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:44

吉澤さんが、座ったままわたしの方に手を伸ばす。

わたしの耳の横を吉澤さんの右腕がかすめ、
吉澤さんが近づいてくる。

すぐ横に、吉澤さんがいて、まるで頭を抱きかかえられているような気分。

どうしてだか、急に心臓が暴れだして、
わたしは強く目をつむった。


「あ、すみません・・・」

頭の上で聞こえた声。

吉澤さんは、すぐに離れると立ち上がって、
わたしのすぐ後ろにある棚の上からティッシュを取ると、
美貴ちゃんに手渡した。

516 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:45

一瞬のことなのに、さっき暴れだした心臓が、
なかなかおさまってくれない。


ドキドキドキドキ・・・


暴れる心臓を静めようと、紅茶に手を伸ばして、
手が震えていることに気付いた。

<カチャン>

小さな音が鳴って、紅茶がこぼれる。

「あっ・・・」

慌ててティッシュをくれた美貴ちゃん。
すぐにおさえたけど、間に合わなくて、わたしのスカートの上に数滴、
紅茶がこぼれた。

517 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:46

すぐに布きんが差し出されて、
テーブルを拭くと、

「違う。服、服」って。

わたしの手から、それを奪い取ると、あなたはわたしのスカートを
拭いてくれた。

「早くしないと、シミになっちゃいますって」

つまむようにして、丁寧にシミを吸い取ってくれる。

また、高鳴りだす胸の音。
すぐ目の前にいるあなたに、聞こえてしまいそうなほどに――


「・・・ごめん、大丈夫。自分でやる」

そう言って、布きんをもらおうとして、
手が触れ合ってしまって、また大きく心音が波打って・・・

もうどうしたらいいのか分からなくなって、
わたしを見つめたままの大きな瞳から、目をそらしてしまった――

518 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:46

「ったく、梨華ちゃんは、ドジだなぁ」
「ほんと、ほんと。子供みたいだからね〜」

柴ちゃんと美貴ちゃんが、その場を和ませてくれた。



それから、4人で楽しくお話しして、
美貴ちゃんが、『吉澤さん』じゃ堅苦しいから、
違う呼び方しようよ、なんて言い出して。

「吉澤さん、普段なんて呼ばれてるの?」
「まあ、よっすぃ〜とか、よっちゃんとか、よしことか・・・」

「じゃ、美貴、よっちゃんって呼ぶ」
「私は、よしこかよっすぃ〜が呼びやすいかなぁ?
 梨華ちゃんは?」

「え?わたし?」
「ひとみちゃんとか、呼んじゃえよ」

グホッ!

隣で2杯目の紅茶を飲もうとしてむせた吉澤さん。

519 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:47

「下の名前は勘弁して下さい。ハズイんで」

あら、真っ赤になっちゃった。


「ひとみちゃんて、いい名前だよ?」

わたしが言うと、ますます真っ赤になった彼女。

「いや、あんま呼ばれたことないんでハズカシイです・・・」
「えー、じゃあいいじゃん。わたしが呼んであげる」
「いや、マジ。勘弁して下さい」

「どうして?恥ずかしくないよ」
「いや、何か背中がかゆくなるっつーか・・・」

「ひとーみちゃん!」

顔を覗き込んだら、首まで真っ赤にしちゃって、
もう、何でもいいですよ・・・
って、小さな声でつぶやいて。

その姿がかわいくて、自然と笑顔になる。

520 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:48

「よっちゃんも、わたし達のことも、ちゃん付けでいいよ」

美貴ちゃんの言葉に驚いて、すごい速さで顔を横にふるふるって。

「なんで?構わないよね?」

柴ちゃんの発言に大きく頷いた。


「む、無理です。そんなの」
「どうして?」
「だ、だって、3人とも先輩だし・・・」

「あんまり関係ないよ。年だって美貴達とほとんど変わんないじゃん」
「いや、無理ですって」

「梨華ちゃんのこと、梨華ちゃんて呼んでいいんだよ」

柴ちゃんが言ったから、わたしもかぶせて
「呼んでみて、呼んでみて〜」って。

「む、無理ですから。そんな」
「いいじゃん。呼んで?」

またまた、顔を覗きこむ。

521 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:48

「ほら〜、よっちゃん。呼んであげなよ〜」
「頑張れ、よしこ!」

「ほら、呼んで」

胡坐をかいて座っている吉澤さんに向かい合って、
ひざをくっつけて、正座して待つ。

のけ反って、後ろに手をついて、
挙動不審に、あちこちに視線をやって、逃げ場を探してる。

「ほら、呼んでみてってば」

吉澤さんの両足を軽く叩いて、催促する。


「う、う、あ、えーっと・・・、その――」
「早く」

「あ、だから・・・、り、り――」
「ちゃんと、最後まで」

522 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:49

「ダアーッ!ムリムリ。無理ですって!!」

「何でよ〜?」

ぷぅっとふくれた。


「だ、だって、無理ですもん。
 そんな、名前で呼ぶなんて、ぜってー無理!」

逃げるように立ち上がって、窓のところまで行くと、
さっさと窓を開けて、外に逃げた。


「かわいいね〜、よっちゃん」
「すごいギャップあるよね。昨日梨華ちゃんと話してるときは、
 めちゃめちゃ男前な感じだったのに」

「そのギャップにさ」
「梨華ちゃんてば」

「「キュンキュン来ちゃうんでしょ?」」

今度は、わたしが二人に詰め寄られた。

523 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:49

「か、かわいいよ、すごく・・・」
「それから?」

窓の外の吉澤さんに目をやる。
庭の植物に触れながら、何やらお手入れ中――

すごく優しい顔。

「優しいんだ、すごく・・・」

太陽の光を浴びて、キラキラと輝く髪。

「それに、温かいの・・・」


わたしの視線を追って、二人が吉澤さんを見る。

「なんか、よっちゃんてさ、キレイだよね。
 あ、顔もそうだけど、心がさ・・・」

美貴ちゃんの言葉に頷いた。

だから、汚しちゃいけないって思うの。
わたしなんかが、彼女を汚しちゃいけないって――

524 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:50



「あれ?」

柴ちゃんが、立ち上がる。

本棚の隅にある、その本。
柴ちゃんは、それを抜き出すと窓際へ行って
窓を叩いた。

笑顔の吉澤さんが、こっちを向く。
柴ちゃんが、それを窓越しに吉澤さんに見せると、
ヤベッって顔して――

柴ちゃんの隣に立った美貴ちゃんが、指をクイクイってやると、
うな垂れて部屋の中に入ってきた。


「ひとみちゃん、バーテンだったんだ」
「ひ、ひとみって・・・やっぱ、そう呼ぶんですか?」

満面の笑みで頷いた。

525 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:51

「深夜営業のレストランって言ったよね?」
「・・・はっきり、そうとは言ってない、かな・・・?」

「だから、カッチリした服を着るんだね」
「ま、まあ・・・、そう言うことです。ハイ・・・」

小さくなっちゃってる。
かわいい。


「何で隠してたの?かっこいいじゃん、バーテンって」

柴ちゃんが本をめくりながら言う。
大きく頷くわたし。

「『バーテンのためのカクテル入門』ねぇ・・・
 随分、読み込んでるね、この本」

「入ったばかりの頃に、客の相手出来ないなら、
 バーテンやれって言われて・・・」

526 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:51

「じゃあ、最初はホステスさんやってたの?」

ブルブルブルブル

美貴ちゃんの質問に、音がしそうなくらい首を振って、
ひとみちゃんは答えた。

「なんか、成り行き上、ママに拾われたっていうか。
 無理矢理引っ張ってかれたって言うか・・・」

「歯切れが悪いなあ。どういう意味なの?」

「つまり、その・・・
 アタシは植物観察してたんですけど、突然圭ママに、
 『あんたなら、客呼べる』って、連れてかれて・・・」

すいません。

なぜか、ひとみちゃんは小さな声で謝った。

527 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:52

「別にひとみちゃんの事、怒ってるわけじゃないよ。
 だけど、バーテンならバーテンて、正直に言ってくれたっていいじゃない」

まあ、普通の店なら・・・

って、ボソッと言って、慌てて口をつぐんだ。

即効で美貴ちゃんが、その言葉を拾う。

「普通じゃない店ってこと?」
「あ、いや、別に、普通じゃない訳じゃなくて、
 でも、普通じゃないって言うか――」

「あー、もう、ハッキリしないなあ。よしこ、あなたは何を言いたいの?」
「いや、だから・・・」

「いーよ、柴ちゃん。ねえ、3人で直接、お店行こうよ」

美貴ちゃんが言うと、ひとみちゃんはサッと顔をあげて、
それはダメって――

528 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:53

だから、なんで?

3人で詰め寄ると、しぶしぶ、ひとみちゃんは口を開いた――


「・・・レズビアン、バー、なんです」

「「レズビアンバー??」」

美貴ちゃんと柴ちゃんの声が重なる。

「あ、だからって、アタシは違いますよ!
 ノーマルです、ハイ。女の人と付き合ったことないですから・・・」

ひとみちゃんは、その場でふてくされたように胡坐をかくと、
話を続けた。

「つまり、スカウトされたんです。ママに・・・
 バイト代はずむから、うちの店に来てくれって。
 あんたが必要だって、拝み倒されて――
 お金も必要だったし、話し聞いたら結構楽チンそうだったし・・・」

529 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:54

「でも、その・・・。ノリで、抱きしめたりとか、冗談でキスしたりとかアタシ出来なくて。
 そしたら、見栄えいいから、あんたバーテンやれって言われて・・・」

「モテるでしょ?よっちゃん」

「そう・・・みたいです――」


ハア〜

ひとみちゃんは、大きな深いため息をついて

知られたくなかったな・・・

って、つぶやいた。

530 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:54

「ねぇ、今度の金曜日、そのお店行ってみない?」

柴ちゃんの提案に

「さんせーいっ!!」

て、元気よく手をあげた美貴ちゃん。


「や、来ない方がいいですって!」
「どうして?」

「だって、先輩たち可愛いから、ママに誘われますよ、きっと・・・」

「楽しそうじゃん!」

ねー

二人で、意気投合してる。

531 名前:第2章 5 投稿日:2008/08/14(木) 12:55

ひとみちゃんは、もう一度深いため息をつくと
顔をあげて、わたしを見た。

目が合う――


ちょっとだけ、ショックかも。
ひとみちゃんが、いわゆるその・・・夜のお仕事してたって。

でも、さっき、お客さんの相手が出来なくて
バーテンになったって聞いて、安心した自分がいた。


そこには、どんなあなたがいるの?
まだ知らないあなたの姿を見れるのかな?

そう思ったら――


「金曜日、わたしも行くっ!!」


元気よく手をあげたら、
ひとみちゃんは、ガックリ肩を落とした。

532 名前:花に願いを 投稿日:2008/08/14(木) 12:55


533 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/08/14(木) 12:56


本日は以上です。


534 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/08/15(金) 02:33
更新お疲れさまです。
次回はハラハラドキドキの展開になりそう
こっちはワクワクですけどねw
535 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/15(金) 04:47
更新お疲れ様です。
もうニヤニヤしちゃって困りますw
ミキティや柴ちゃんの強引な感じがいいですね。
次回も楽しみにしてますね。
536 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/08/22(金) 17:30

>>534:名無し飼育さん様
 ワクワクして頂けてますか。ありがとうございます。

>>535:名無飼育さん様
 なかなかもどかしい二人なので、脇の方々に
 いい仕事してもらわないと。


では、本日の更新にまいります。



537 名前:花に願いを 投稿日:2008/08/22(金) 17:30





538 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:32

「なんかドキドキしちゃうね」

仕事を終えて、出口で待ち合わせをして、3人でひとみちゃんのバイト先へ向かう。


「ネットで調べたら、なかなか有名な店みたいだよ」

そう言ったのは、PC事業部へ配属された柴ちゃん。


「うちの先輩が行ったことあるらしくて、よっちゃんのこと知ってた」
「聞いたの?」
「うん。だってその先輩、結構色んなお店、知ってるみたいだったから」

あっけらかんと答えるのは、うちの会社で1番のエリート集団、
第1営業部に配属された美貴ちゃん。

わたしは、総務部。
まあ、無難と言えば無難だよね…

539 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:33

「で、よしこの評判は?」

「それが、やっぱかなりモテモテだって。
 バーテンやってる人はよっちゃん含め、3人いるみたいなんだけど、
 ただのバーテンはよっちゃんだけ。あとの二人はフロアもこなすみたい」

「フロアだけの人もいるんでしょ?」

「もちろん。美人揃いの店だって。
 でもその中で、やっぱよっちゃん、目立ってるみたい。
 しかも、ほら、よっちゃん言ってたみたいに、
 客相手に軽くハグしたりさえしないから、
 逆に誰が1番に落とすかって、かなり入れ込む客が多いんだって」

「へえ〜」

「それにカウンターから滅多に出てこないから、
 カウンター出ると、ここぞとばかりに抱き着く人が続出だとか・・・」

「すごいね、それ」

「でも、よっちゃん、うまくかわすらしい。
 ハイハイって」

「よしこも大変だね〜」

540 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:34

「でね、熱心な客はあの白を私の色に染めたい〜って、言ってるんだとか」
「白?」
「色白だし、心が染まってないってことじゃないかな?」


急に美貴ちゃんが声をひそめる。

「なかでも」
「なかでも?」

「1番熱心なのが、長手コーポレーションのご令嬢だって話」

「え?あの通信業界、最大手の?」

「そう!
 かなりよっちゃんに入れ込んでるとか。
 彼女だけはよっちゃんに触れても、よっちゃん逃げないって。
 まあ、店から言われてるんだろうって話よ」

「相手が、長手のご令嬢じゃねぇ・・・」

「まあ、一応そのご令嬢も節度は守って、よっちゃんが嫌がることはしないんだって」

541 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:34

「ただね――」
「ただ、何?」

「かなりマジらしい」

マジって…

「本気でよっちゃんを恋人にしたいって、公言してるみたい」


恋人…


「まあ、よっちゃんにその気がないらしいからさ」

そう言って、美貴ちゃんはわたしの肩をポンと叩いた。



「あ、ここだ」

542 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:35

ネオンの立ち並ぶ中、ふと明かりが途切れたその先にお店はあった。
静かなたたずまいが、まるで高級レストランのよう――

重厚な扉を押し開けると、黄緑色のドレスをまとった
愛らしい顔の女性が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。3名様で宜しいですか?」
「はい」

さすがの美貴ちゃんも、気おされてる。

「当店のご利用は、初めてでい――」

「あ、ガキさん!」

ガキさんと呼んだのは、黒いバーテン服に身を包んだ
これまたなんとも、憎めない愛くるしい顔をした人。

543 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:36

「マコトあんたねぇ、ご案内してるのがわからないの?」

「だってヨシさんが、今日知り合いがくるから
 ガキさんに伝えて来いって言うんだもん。
 ヨシさん、また囲まれちゃってて動けないから」

「あら、ヨシさんの知り合いが来るなんて珍しいってか、始めてじゃない?」


あの…

「あ、申し訳ございません」

慌てて二人で頭をさげる。

「あ、いえ。
 多分そのヨシさんの知り合いが、わたし達かと…」

「えー!マジ?!」
「マコト!」
「し、失礼しました」

また、慌てて二人で頭をさげてる。

544 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:36

「す、すぐにご案内します」

笑みをたたえて、マコトさんが先に立って歩き出した。
慌ててついて行く。

落ち着いた照明に照らされた、長い廊下を歩くうちに
緊張が高まっていく――


「先ほどは、失礼致しました。
 正直、こんな綺麗な方が3人もいらっしゃると思ってなくて」

マコトさんが言う。

「綺麗だなんて、ねぇ」

まんざらでもない顔で、美貴ちゃんが答える。

「いや、ホントです。
 こういうお店は初めてですか?」

「はい・・・」

「そんなに緊張しなくて、大丈夫ですよ。
 普通にお酒を楽しみに来たと思って頂ければ」

そう言って、マコトさんはニッコリ微笑んだ。
その顔を見るだけで、安心できてしまうような、はじけた笑顔。

545 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:37

角を曲がると、一気に景色が広がった。

毛足の長い、深紅の絨毯が敷き詰められていて、
上には柔らかな光を落としているシャンデリア。

かすかに耳に届くくらいのボリュームで流されている音楽と、
ほのかに香る甘い香りが、緊張をほどいてくれる。

大振りな黒皮のソファに座って、グラスを片手に談笑する人々・・・

ゆったりと余裕を持って配置されたテーブルは、すでに満席に近い。


「す、すごいね・・・」
「何か異空間だけど、嫌じゃないかも・・・」

二人の感想に頷いた。


「少し、お待ちください」

マコトさんが歩いて行く方に目をやると、
ひとみちゃんがいた。

546 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:38

お酒のいっぱい並んだ棚を背に、慣れた手つきでシェイカーを振ってる。
それをうっとりした表情で見つめる人々で、カウンターは満席。

「ほんとによっちゃん、囲まれてるわ」
「それにしても・・・あれ、ホントによしこ?」

柴ちゃんの言う通り。

ひとみちゃんは、まるで別人のよう――

マコトさんと同じ黒のバーテン服を身に着けているんだけど、
白のブラウスに蝶ネクタイのマコトさんに対して、
ひとみちゃんは、淡いブルーのブラウスで、
胸元を大きく開けていて・・・

酒棚を照らしているライトが、ひとみちゃんのことも照らしていて
まるで映画のワンシーンでも、見ているみたい。

547 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:38

「かっこよすぎだわ」

うん、ホントに。
かっこよすぎる・・・

「ちょっと、柴ちゃん。
 梨華ちゃんの目、ハートになってる」

どれどれ・・・?

二人でのぞこうとするから、慌ててひとみちゃんから目をそらした。

「なってないってば!」


でも・・・
自然と目が、あなたにひきつけられてしまう――

548 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:39

マコトさんが、カウンターの中に入って、
ひとみちゃんに耳打ちすると、ひとみちゃんがこっちを向いた。
笑顔で軽く手をあげる。

その途端、一斉に振り向くカウンターの人々――


「何か、ものすごい嫉妬を感じない?」
「感じる・・・」

美貴ちゃんの意見に、柴ちゃんと共に頷いた。


マコトさんが、わたし達の所に戻ってきて、
「カウンター空けますから」って――

即効で辞退申し上げたのに・・・

「ヨシさん、もうあそこの皆さんに言っちゃいましたから」って――

わたし達、帰りに襲撃に合ったりしないよね?

549 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:39

「さ、どうぞ」

マコトさんが、カウンターまで案内してくれると、
今度は、立ち上がった面々を別の席へご案内。


「どうも〜」
「ごゆっくり〜」

次々に声をかけられる。


「ねえ、何か視線が好意的になってない?」

席に着くなり、美貴ちゃんが問いかける。

「あ、柴田先輩をアタシの姉ってことにしました」
「え?」

真ん中に座った、柴ちゃんが驚く。

「いや、そうでもしないと、どいてくれないし。
 3人の中じゃ、肌の色が一番近いし・・・」

「プッ、梨華ちゃんはありえないね」
「なによっ!」

ぷぅっとふくれたら、優しく微笑むあなたがいて・・・
またドキドキと、心臓が音を奏で始めた。


その格好で見つめられるの、心臓に悪いよ――

550 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:40

「何飲みます?」

ひとみちゃんが、わたし達に尋ねる。


「何がおすすめ?」

早々と、この雰囲気に慣れてきた感じの美貴ちゃん。

「お酒、皆さん大丈夫ですよね?」
「当然」

柴ちゃんが即答すると、ひとみちゃんは笑って、

「この間、酔いつぶれた3人組がいましたもんね」って。


  『アタシがほめてあげます』


耳の奥に残ってるんだ。
あの夜の、あなたの甘い声が――

551 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:41

「そうそう、柴田先輩のパンツ、見ちゃいましたよ」
「ちょっと!」

柴ちゃんが、叩こうとしたのを、のけ反って、
軽やかによけると、ひとみちゃんは言った。


「先輩たちに合いそうなカクテル、作りますよ。
 ダメな酒とかあります?」

「美貴、特に無い」
「私も」

「先輩は?」

「えっ、ああ、特にないよ・・・」

やっぱり、まともに見れない。
だって――

552 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:41

「梨華ちゃん、ここに来て、よっちゃんの姿見たときから
 目がハートになっちゃってんの」

「ちょっと、美貴ちゃん!変なこと言わないで」

「ほんと、ほんと。隣にいるこっちが恥ずかしいくらい」
「柴ちゃん!」


「うれしいですよ、アタシは・・・」

ひとみちゃんは、そう言うと、わたし達に背を向けて、
酒棚からお酒を取り出す。


美貴ちゃんは身を乗り出すと、
「よっちゃん、顔真っ赤だよ」って。

それを聞いて、わたしもカアーッと熱くなる。

「あら、梨華ちゃんも耳まで真っ赤」

柴ちゃんが、わたしを覗き込む。

553 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:42

なんかさあ、この二人って。
初々しいよね〜

なんて、二人にからかわれた。


そんな風にからかわれても、
シェイカーを振るあなたを見つめてしまう。

いつもより早く鳴り続ける鼓動が、邪魔だけれど
時々、こっちを見て微笑んでくれるから、
わたしも笑顔になる――


ひとみちゃんは、カウンター越しに身を乗り出して、
わたし達の前にコースターを敷くと、そこにグラスを置いた。

554 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:42

「3人とも違うんだ?」
「それぞれのイメージで作りました。
 全部、オリジナルですよ」

ニッコリ微笑むと、ひとみちゃんは続けた。

「まずは、柴田先輩。
 メロンリキュールとシャンパンで作りました。
 リンゴもちょっと入れてます。名前は『シャンパンの恋』」

「お〜」
「あ、柴ちゃんぽいかも」
「なんかいいね!」

「次は藤本先輩。
 赤ワインをジンジャーエールで割ったんです。
 名前はズバリ『ミキティ』
 何か藤本先輩って、赤のイメージがあるから」


「あー、分かる」
「似合うしね」

555 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:43

「そして先輩のは、シャンパンとピーチのカクテルを
 アレンジしたんです。名前は『ハッピーチ』」

「ハッピーチ?」

「まあ、単純に『幸福』と『ピーチ』をかけたんですけどね。
 必ず来る幸福、ですから」

そう言って、ひとみちゃんは微笑んだ。

「ありがとう」


「どうぞ。一応味に、自信はありますから。
 それから、これはアタシからのおごりです」

「いいの?」
「ええ」
「ラッキー!」

いただきます

3人で口をつけた。

556 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:43

「おいしい」
「美貴これ好きかも」

わたし達を、ニコニコして見つめるひとみちゃん。

口の中に広がったピーチの甘い味。
ほどよくアルコールが効いていて、
体の中に小さな明かりが灯ったような、そんな感覚。

『ハッピー』
確かにそんな気持ちかも・・・


わたしも微笑んで、素直においしいって伝えた。



「梨華ちゃんを、こんな笑顔に出来んの、よしこだけだね」
「うんうん」

「ちょっと、二人ともいきなり何?」

557 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:44

「いや、この前から思ってたんだけど、
 よしこの前だと梨華ちゃん、いい顔すんだよね〜」

そ、そうかな?


「おいしいもの与えてますから」

「ちょっと、ひとみちゃん!
 人をペットみたいに言わないでよ!」

「だってホントのことでしょ?」

そう言って、いたずらっぽく笑う。


その間に、美貴ちゃんと柴ちゃんは、自分たちのカクテルを飲み比べ。

558 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:45

「あー、ずるい。わたしも混ぜてよ」

「そこの二人は、二人の世界作ってなよ」
「なんなら、美貴達向こう行くけど」

「なんで、なんで?」

ひとみちゃんはわたし達のやりとりを見て、笑いながら、
「なんか食べたいものあります?」って聞いた。


「よっちゃんに任せるよ」

「かしこまりました」

うやうやしくお辞儀をする。
そして、顔をあげると、ひとみちゃんはわたし達の背後を見て固まった。

559 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:45

「よっすぃ〜」

甘えた声。

「アヤカさん…」

後ろを振り返る。


この人が、長手コーポレーションの――
直感でわかった。


「よっすぃ〜のそんなに楽しそうな顔、初めて見たわ」
「・・・大学の先輩、なんです」
「そう」

彼女はわたし達に軽く会釈をすると
「長手アヤカと言います」
そう言って、右手を差し出した。

慌てて美貴ちゃんが立ち上がって、握手をして挨拶する。
柴ちゃんとわたしも、美貴ちゃんにならった。

560 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:46

「よっすぃ〜の知り合いがお店に来るなんて、はじめてよ。
 3人とも素敵ね」

そ、そんなことないです…

消え入りそうな声のわたし達。
アヤカさんの視線が、わたしに止まる。


「アヤカさん、今日は・・・」
「大丈夫よ、邪魔しないわ。向こうに座るから」

そう言って、微笑むと
「ごゆっくり」
とわたし達に声をかけて、身をひるがえし、
マコトさんを従えて、フロアへと去っていった。

561 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:47

「貫禄あるね〜。さすが、長手のご令嬢」

「隙がないっていうか・・・
 私たちなんか、へびに睨まれたカエルだね」

美貴ちゃんと柴ちゃんが、それぞれ感想を述べる。
ふと思いついたように、美貴ちゃんが聞いた。

「ねー、そう言えば、柴ちゃんをお姉ちゃんにしなくていいの?」

「あの人に嘘言ったって、すぐバレますから。
 さてと。なんかうまいもん、調理場に頼んで持ってきますよ」


ひとみちゃんが奥にいくと、柴ちゃんがボソッとつぶやいた。

「あのご令嬢、なんか梨華ちゃんのこと、すごい見てたね」

それは感じた。
背筋がつめたくなるような敵意を。
この人本気だ、本気でひとみちゃんのこと――


「お待たせしました。
 取り急ぎチーズの盛り合わせ。後からジャンジャン来ますよ」

ひとみちゃんが戻ってきて、わたし達はまた楽しくおしゃべりを始めた。

562 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:48

おいしいカクテルを頂いて、だいぶ酔いがまわって来たころ、
突然お店の音楽が大きくなった。
今まで以上にゆったりとした曲調――


「ダンスタイムですよ」

驚いたわたし達三人に、後ろを指差して、ひとみちゃんが教えてくれた。

「音楽に合わせて、あんな風に踊るんです。
 うちの店の名物。この時間のために来るって人もいるぐらいで」

よく見ると、1番奥にステージがある。
二人一組になって、ステージにあがると、ぴったりくっついて体をゆらし始めた。


「先輩」

ひとみちゃんに呼ばれて、視線を元に戻す。



「アタシと踊りませんか?」

えっ?

563 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:48

「いいじゃん、行きなよ!」

柴ちゃんが隣で、わたしの肩を叩く。

「でも踊ったことないもん・・・」
「大丈夫。アタシに合わせて揺れてればいいんですよ」

でも…

「ほら、行きなよ!」

美貴ちゃんに急かされる。


無理だよ――

ひとみちゃんがカウンターを出て、わたしのすぐ脇に立って、
目の前に手を差し出す。

「行きましょ?」


きれいな瞳がわたしだけを捕らえていて、息がつまりそう・・・

その上、あんなにくっついたりしたら――

564 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:49



「ごめん。やっぱり無理だよ」

そう答えたと同時に、

「ヨシ、呼ばれてる」

髪を色とりどりに染めたバーテン服の人が
ひとみちゃんに声をかけた。


「今日はマサオさん、お願いします」

顔を背けて、ひとみちゃんがカウンターに戻ろうとすると、
その前に、誰かが立ちはだかった。


「ヨシ、行きなさい」


赤いドレスを来た、つり目気味の女性。

565 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:49

「ママ、今日だけは…」

この人が、ママ――

彼女は静かに首を振ると、ひとみちゃんに向かって、もう一度言った。


「行きなさい」


ひとみちゃんは唇をかみしめると、フロアに向かった。


ステージの前では、アヤカさんが微笑んで待っている。

――ズキン

胸が痛む。

566 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:50

ひとみちゃんは軽く会釈をして、彼女の手をひき、ステージにあがると、
彼女の腰を引き寄せた。

――ズキン


ゆったりしたリズムに合わせて、揺れる二人。
アヤカさんの両手がひとみちゃんの頬をなで、首の後ろにまわる。

――ズキン


少女のように頬を染めて、ひとみちゃんを見つめる彼女。
その彼女を見つめる、ひとみちゃんの大人びた横顔・・・


――見たくない。


こらえきれないほど胸が苦しくなって、わたしはギュッと目をつむった。

567 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:51

「ごめんなさいね。
 ヨシの代わりに、あたしがお相手させて頂くわ」

そう言って、ママはカウンターの中に入った。

店内の音楽が、2曲目に替わる。


「これ、結構続くんですか?」

美貴ちゃんが尋ねる。

「3曲あるわ」
「その間ずっと、ああですか?」

柴ちゃんがステージを指す。

「そうよ。
 ただ3曲目は、キスしてもいいの」

キ、キス…?

568 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:51

「安心して。ヨシはしないから。
 あのご令嬢がね、ああやって踊ってくれるだけでいいって」

ひとみちゃんの胸に顔をうずめて、ぴったり寄り添う二人…

また胸がズキンと痛む。
見たくなくて、視線を元に戻した。



「何か飲む?」

「あ、いただきます」

美貴ちゃんが、代表して答えてくれた。


ママが、お酒の準備をしてくれている間に、曲が3曲目に――

569 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:52

「ホントだ…」

後ろを振り向いたままの柴ちゃんがつぶやいた。

キス、してる…


「なんか別世界だね」

美貴ちゃんも呆気にとられてる。


「フフ。どうぞ」

ママが、わたし達にワインを出してくれた。


見たくないのに、いつの間にか視線は、あの二人を捕まえている。

アヤカさんがひとみちゃんの唇を指でなぞって、何か言っている。
ひとみちゃんが静かに首を横にふると、彼女はまた胸に顔を埋めた。

570 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:52


「あら今日も失敗。かわいそうに」

え?

「こんな雰囲気でしょ?
 ヨシも人間だからね、いつ落ちるかしら?って思いながら、もうすぐ2年半。
 一途よね〜、アヤカ」

「あのー、よっちゃんモテモテだって聞いたんですけど、
 あれって、順番とかあるんですか?」

「ヨシはないわ。アヤカとだけしか踊らない。
 そもそも、あの子カウンターから出ないもの」

「お店にとって、大事なご令嬢だから、特別扱いですか?」
「ちょっとミキティ!」

「アハハ、いいのよ。
 その通りだから。商売って、そういうものよ」

そんなの・・・

571 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:53

「ひどいって言いたい?」

ママがわたしを見据えて、鼻で笑うと続けた。

「さっきは正直驚いたわ、ヨシがあなたを誘ったのには。
 この2年半、あの子を見てきたけど、あの子から誘ったのはあなたが初めて」

また胸がズキンと痛む。

「あなたが断らなければ、アヤカには
 ヨシのこと諦めてって、ハッキリ言おうと思った」

驚いて顔をあげる。

「あなたにその気がないなら、もう少し、アヤカに頑張ってもらわなきゃ。
 ヨシはね、ホントに心が綺麗で、優しい子。
 だけどその分、人一倍傷つきやすいの。
 あの子には、幸せになってほしい――」

ママが優しい目をして、ひとみちゃんの方を見る。

572 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:54


「それに、あのアヤカの表情、やっぱり応援したくなるもの」

3曲目が終わると、店内の照明が元に戻り、
また耳にかすかに届く程度の音楽に戻る。

アヤカさんがひとみちゃんから静かに離れる。
離れたくない――
アヤカさんの仕草から、そんな声が聞こえてきそうで、胸が苦しくなる。


アヤカさんがひとみちゃんの両手をギュッと握ると、
笑顔を向けて、ひとみちゃんから離れようとした。
その手をひとみちゃんが掴む。

驚いた表情を浮かべたあと、はじけた笑顔を見せると
アヤカさんはひとみちゃんの手を引いて、席に座った。

573 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:54

「あら、とうとう風が吹いてきたかしら?」

黒いソファーにくっついて座って、アヤカさんはひとみちゃんの手を握り、
反対の手をひとみちゃんの腿において、はにかんだ笑顔をむける。

見ているだけでも、伝わってくるアヤカさんの想い――


「あんな顔見せられたら、あたしなんか、すぐ落ちちゃうんだけど」

ひとみちゃんが、アヤカさんに笑顔を向ける――

「今度こそ」

お願い、その笑顔を、他の人に向けないで・・・


「時間の問題かしらね」


ママの一言が、わたしの胸に重くのしかかった。

574 名前:第3章 1 投稿日:2008/08/22(金) 17:55



575 名前:花に願いを 投稿日:2008/08/22(金) 17:55


576 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/08/22(金) 17:55


本日は以上です。



577 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/23(土) 00:47
う〜ん。よっちゃん、ずるいですね...
でも、そうする気持ちも分かるし...

578 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/24(日) 17:20
圭ちゃんもズルい。
よっすぃーの意思よりも優先されるべき幸せって無いはず。

これからの梨華ちゃんとの関係がどうなって行くのか気になりますね。
579 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/24(日) 21:58
その2人のずるさによって
梨華ちゃんがどう動くか楽しみです。
580 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 10:50
こんな感じが大好きですww
梨華ちゃんvsアヤカ
楽しみにしていますww
581 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/09/03(水) 18:44

>>577:名無飼育さん様
 恋する乙女は、複雑です。

>>578:名無飼育さん様
 そうですね。
 さて、この二人の未来は、どうなって行くのやら・・・

>>579:名無飼育さん様
 いずれ、動くと思いますよ。

>>580:名無飼育さん様
 今回も、少しは楽しんで頂けると幸いです。


いやー、先週投下された超大型爆弾で、
すっかり脳内をやられてしまったようで・・・

いまだに興奮冷めやらぬ作者ですが、
なんとか平静を保って、本日の更新にまいりたいと思います。





582 名前:花に願いを 投稿日:2008/09/03(水) 18:45




583 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:46



584 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:46

「ヨシが戻って来ないなら、あたしが引き続き、お相手させて頂くわ」

ママはそう言うと、またグラスにワインを注いでくれた。

「心配しないで、今夜はあなた達から、お代は頂かないから」
「いいんですか?」
柴ちゃんが尋ねる。

「ええ、だってヨシが初めて連れてきたお友達ですもの」
「連れてきてもらったっていうか、無理矢理、美貴達が押しかけたっていうか…」
「それでもいいわよ」


きっきから、ママと柴ちゃん、美貴ちゃんの話しに
耳を傾けているフリをしてるけど、本当は全然耳に入っていない。

気になるのは、ひとみちゃんとアヤカさんのことで――

無意識のうちに、チラチラと様子をうかがっては、
二人の会話を聞こうとしてる。

585 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:47

「やだ、よっすぃ〜」

弾むアヤカさんの声。

「もう、いじわるっ」

甘い響きをもった、恋する女の声・・・


ひとみちゃんの言葉は聞き取れないけれど、
度々、明るいアヤカさんの笑い声が耳に飛び込んできて、
耳を塞いでしまいたくなる。


「ハイ、あ〜ん――
 うふふ。今度はよっすぃ〜が食べさせてよ」


息苦しくなって、グラスの中身を一気に飲み干した。

586 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:48

「梨華ちゃん、ちょっと大丈夫?」

柴ちゃんが、わたしを覗き込む。


「そんなに気になる?」

ママがわたしに問いかけた。

「べ、べつに…」

「まあ、強情ね」

そう言って、ママは笑った。
そして、ひとみちゃんを見つめると、遠い目をしてつぶやいた。

「あの子は変わらないわ…
 出会った時から、ホントに変わらない」

「よっちゃんのことですか?」

ママがニッコリ微笑む。

「あたしがあの子に初めて会ったのは、2年半前。
 ゴミ置き場に座りこんでたのよ――」

587 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:48




588 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:49

その日はね、明け方までこの店で、貸し切りのパーティーがあったの。
すべて片付け終わったのが、朝の7時。

みんな頑張ってくれたから、その日はあたしが、
最後の戸締まりとゴミ出しを引き受けて、みんなを帰したわ。

もう一度火の元をチェックして、ゴミを抱えて店を出た。

その時はね、ここに店を出したばっかりで、
貸し切りパーティーなんて初めてだったのよ。
前の店で、あたしによくしてくれた人がね、
開店祝いもかねて、盛大に開いてくれたの。

だからやっと店も滑り出したなぁなんて、うれしくて。
ただね、その人にね、言われたちゃったの。

ここで成功したいなら、もうちょっと強力な、
看板になるような人材を雇わないと、生き延びるのは厳しいかもしれないよって。

589 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:49

どっかツテを探そうかしら?
他の店から、スカウトしなきゃいけないかしら?

そんな事考えながら、ゴミステーションに行ったらね、
うずくまってる人がいるのよ。

ほら、こんな街でしょ?
ちょっと気味悪くて。

酔っ払いかしら?
それとも喧嘩して、のされちゃったのかしら?
まさか死んでないわよね?

嫌なことばかり考えて、こわごわ近づいたらね、動くのよ。
そいつが!

怖いでしょ?

590 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:49

でも、放っておく訳にいかないじゃない?
だから、勇気を振り絞って、そいつの背中に声かけたの。
ちょっと、あんた何してんの?って。

そしたらね、そいつったら、うずくまったまま、
『ちょっと待ってて』なんて言うのよ。

声がしっかりしてるから、酔っ払いでもなさそうだし、
喧嘩して負けた感じでもなさそうだし、何より女の声――
まあ、ヨシだから、当たり前なんだけど。

だから、ちょっと安心して、そいつの真後ろに立ってね、
あんたがそこにいたらゴミ捨てられないでしょ?
って、ちょっと強い口調で言ってやったの。
そしたら、慌てて立ち上がって『ごめんなさい』って深々と頭下げたわ。

それでね、あんた何してたの?って聞いたんだけどねー―

591 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:50


「何してたと思う?」

ママが楽しそうに、わたし達に聞いてくる。

「さあ・・・?」

美貴ちゃんも柴ちゃんも、首をひねってる。


ひとみちゃんがそんなに夢中になるって・・・


「――お花…ですか?」

「あら、さすがね!」
ママは目を見開いた。

「当てたのは、あなたが初めてよ」

ちょっとだけ誇らしくなる。

592 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:51

「コンクリートの割れ目から、一つだけ花が咲いてたの。
 それをね、すげぇなーと思って、見てたって。
 ヨシがほら、見てくださいよって、あたしを無理矢理しゃがませてね、
 『すげぇと思いません?』って微笑んだのよ」

ママが、いたずらっぽく微笑む。

「そのヨシの笑顔にね、あたしノックアウトされちゃった」

そう言って、楽しそうに笑った。

「この子よ!
 あたしが探してたのは、この子だわ!
 そう思って、そのまま店に引っ張って来て、
 あの子のメガネ外して、髪の毛整えてあげて――」

  『アタシは植物観察してたんですけど、突然圭ママに、
   あんたなら、客呼べるって、連れてかれて・・・』

確かにひとみちゃん、そう言ってた。

593 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:52

「あの時の感動は忘れないわ。
 この子が、この店を救ってくれるって思ったもの」

ママが続ける。

「何とかヨシを口説き落として、ここで働いてくれることになったの。
 あの外見でしょ?
 初日から、あっという間に客がついたわ。
 ヨシを目当てに来る人が、どんどん増えた。
 でも客層が広がれば広がるほど、色んな人が増える。
 皆が皆、物分りが良いわけじゃない。
 どんなにヨシが、突然引っ張ってこられた、ド素人だって言っても、
 店に来た以上は、それなりのサービスを期待する――
 まあ、当然よね?」

ママは自分のグラスを飲み干すと、
もう一つ、ボトルを持ってきた。

「今日は特別の特別ね」

そう言って、ウィンクらしき行為をした。

594 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:52

「最初のうちはね、あたしも素人だから勘弁してやってって
 ヨシのこと助けてたんだけどさ、あの子、ひと月経ってもふた月経っても、
 一向に慣れない訳よ。
 どんだけシャイなのよ、コイツはって、思ったけどね、
 さすがに3ヵ月も経てば、立派なジゴロになるかしら?
 なんて思って、もうしばらく待つことにしたのよ。
 ほら、一般的にも研修期間て、3ヵ月じゃない?」

3人で頷いた。

「ある時、その頃ヨシに入れあげてた客がね、
 酔った勢いでヨシに抱き着いたの。
 まあ、抱き着くなんてことは、それまでにもソコソコあったのよ。
 いつもみたいに、やんわりヨシが断って、その客から離れようとした途端にね――」

ママはそこで一度区切って、わたし達を見て、
そして、わたしに視線を合わせると言葉をつないだ。

「無理矢理、ヨシにキスしようとしたの」

595 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:53

キ、キス・・・

「正直、その時は、おっ!いいぞ、行けっ!
 なんて喜んでたの。けど、それも束の間、
 ヨシがその客を突き飛ばした」

「よしこがですか?」
「そう」

「よっぽど、されたくない感じの相手だったとか?」
「美貴ちゃん!」

美貴ちゃんが、ペロッと舌を出す。

「フフッ、違うわ。
 とっても、綺麗な人だったし、いかにもプライドの高いキャリアウーマンて感じだった。
 だから、これはヤバイと思って、すっとんで行って、その人に謝って、
 ヨシにも無理矢理謝らせて、ヨシを叱ったわ。
 でも、隣で頭を下げてるヨシの様子が尋常じゃなかった。
 拳を震わせて、唇噛み締めて――
 慌てて裏に引っ張っていって、事情を聞いたの。
 でもあの子、ダンマリ決め込んで、なかなか話してくれなかった・・・」

「初めてだった、とか?」

「ううん。そうじゃない」

596 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:54

「しばらく経ってから、やっと重たい口を開いてくれた――」

そう言って、ママは悲しい色を含んだ眼差しを、ひとみちゃんに向けた。

「時々思うのよ。あたし、間違ってるかなって・・・
 ここで、あの子を働かせてること自体が、
 もしかしたら、あの子を苦しめてるかもしれないって・・・
 繊細で、綺麗なあの心を、もしかしたら余計に傷つけてるのかもしれないって――」

そこまで言って、ママはハッとしたように、何度か瞬きをすると
おどけたように言った。

「まあ、今やめてもらっちゃ困るんだけどね」

597 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:54

もっと詳しく聞きたくて、ママに尋ねようとしたのと同時に、
後ろから声がかけられた。

「ママ、ヨシさん何とかした方がいいですよ。
 一人で、もうボトル2本あけちゃいましたよ」

ひとみちゃんを見ると、すっかり酔っ払って、アヤカさんに寄り掛かってる。
また胸がズキンと痛む。

「他のお客さん、アヤカさんだから文句言いませんけど、
 ほっといたらヨシさん、次から逃げられなくなりますよ?」


アヤカさんが嬉しそうに、ひとみちゃんを抱き抱えて、
その背中を撫でている。

――ズキン

「今頃あそこにいたのは、わたしだったかも・・・」

ハッとしてママを見た。

「今、そう思ったでしょ?」


図星だった。
そのまま、ママに見据えられる。

598 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:55

「ちょっと大丈夫?よっすぃ〜」

「だーいじょぶだって。
 もっと飲みましょーよ?」

「ダメよ。ほら目がおかしいもの」


ひとみちゃんの頬に両手を添えて、アヤカさんが顔を近付けて、
その大きな瞳を覗き込む。

段々、二人の距離が縮まっていくー―


ダメ、やめて!

心の中でそう叫んだとき、ひとみちゃんが静かにアヤカさんの手をどけた。

599 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:56

「ヤベー、頭クラクラする〜」

そう言って、ひとみちゃんは後ろに倒れこみ、
深々とソファに寄りかかった。


一瞬の沈黙の後、アヤカさんが笑って、ひとみちゃんを助け起こす。


「ハ〜、見てるこっちの方が、胸が痛くなるわね」

ママはそうつぶやいて、カウンターを出ると
わたしの横に来て言った。

「安心した?
 ヨシが他人とキスするのなんか、見たくないでしょ?」

「そんなこと…」
「そう?」

俯いた。
どうなんだろう、わたし…

600 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:56

確かに見たくないって思った。
でも、その理由はなぜ?

わたしが、女の子に恋?
しかも年下の?

ありえない。ありえないよ。
だってわたしは…

わたしの夢は――



「まあ、いいわ」

ママが隣でため息をついた。
そして、ひとみちゃんの方に目を向けると

「まったく、ヤケ酒ほど見苦しいものはないわね」

そうつぶやいて、ひとみちゃんのそばへ向かった。

601 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:57

「ほら、ヨシ。
 いい加減にしなさい!」

「おっ、ママ」
「あんた、お友達ほったらかしよ」

「そーでした、そーでした」

ひとみちゃんが立ち上がる。

「よっすぃ〜、私今日は帰るわ」
そう言って、アヤカさんも立ち上がった。


「えっ?もう帰っちゃうんスか?」

ひとみちゃんのその一言に、
アヤカさんは、一瞬驚いた顔を見せて、相好を崩した。

「初めてそんな風に言ってくれたわね」

本当にうれしそうな、はじけた笑顔。

602 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:57

「出口まで、送ってもらってもいい?」

アヤカさんはそう言うと、ひとみちゃんの腕をとった。
歩きだそうとした瞬間に、ひとみちゃんがフラつく。

慌てて、アヤカさんがひとみちゃんを抱き留めた。


「やあだ、よっすぃ〜
 大丈夫?」

再び聞こえた弾んだ声。

「支えてあげるから、ほら私に捕まって」

喜びをにじませた甘い声…

603 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:58

「ヨシ!
 しっかりしなさい!」

ママが一喝した。

ひとみちゃんが、アヤカさんから離れて、もう一度ソファに腰かける。

「ごめんなさい、アヤカ。
 ヨシ、こんなんだから、マコトに送らせるわ。
 マコト、お見送りして」

「はい。アヤカさん、こちらへ」


「よっすぃ〜、今日は楽しかった。
 また、来るね」

アヤカさんはそう言って、笑顔を向けたけど、
ひとみちゃんは俯いたまま、片手をあげただけだった。


悲しそうな色を見せて、アヤカさんが歩き出す――





――ヤダ、わたし。
ほっとしてる…

604 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:58



しばらくして、ひとみちゃんは、ママと一緒に戻ってくると
わたし達の前に来て、頭を下げた。

「すみません。変なとこ見せて」
うなだれたまま、謝るひとみちゃん。

「私たちなら全然、平気だよ」
「そうそう、よっちゃんの意外な一面が見れて楽しかった。
 ね、梨華ちゃん」

「ん?・・・うん」

ひとみちゃんが顔をあげる。

目が合う――

605 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 18:59

「ただいま戻りました」

マコトさんが戻ってきた。

「マコトごめんな」

「いいですよ。とりあえずアヤカさんも喜んでましたよ。
 2年以上通って、やっとここまで来れたって」

力なく笑うひとみちゃん。

「・・・アタシ、サイテーだな」


「ほんと、今日のあんたは最低」
ママが言い放つ。

「ついでに言うと、あたしが知ってる限り、今夜が1番カッコ悪い」

ひとみちゃんが唇を噛み締めた。


606 名前:第3章 2 投稿日:2008/09/03(水) 19:00

「誰かを利用するなんて、最低の人間がやることね。
 あんただけは、そんな汚いことしないと思ってたのに。
 とんだ買いかぶりだったわ」

「ママちょっと言い過ぎですよ」
マコトさんが割って入る。

「いいんだ。ほんとの事だから」
「でも、ヨシさん…」

「アタシ、アヤカさんに謝ってきます」

そう言って、ひとみちゃんは駆け出した。


「ちょっと、ヨシさん!」

マコトさんが呼びかけたけど、ひとみちゃんは振り向きもせず、
そのまま行ってしまった。


「大丈夫かな、ヨシさん。間に合うかな?」

「間に合うわよ。ヨシなら」
ママがきっぱり言い切る。


「アヤカにちゃんと謝るまで、帰ってこないわ。あの子はそうゆう子だもの」

607 名前:花に願いを 投稿日:2008/09/03(水) 19:00



608 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/09/03(水) 19:01

本日は、以上です。



609 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/04(木) 10:19
更新お疲れ様です。

ウインクらしき行為…(≧▽≦)笑えました!

よっしーが気になりますね…
今後目が離せません(^o^;
610 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/07(日) 22:54
更新お疲れ様です。

今、この作品が一番楽しみになっています。
二人がどうなっていくのか気になるーーーー!!

ということで、無理せず頑張ってください。
611 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/08(月) 20:23
がんばれ、よっすぃ〜
二人共素直じゃないとこが可愛いです
612 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/09/11(木) 17:09

>>609:名無飼育さん様
 ありがとうございます。 
 地味にねらったポイントで、笑っていただけたようで何よりです。

>>610:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 楽しみにしていただけて、光栄です。

>>611:名無飼育さん様
 なかなか素直になれないお二人ですが、
 本日は、どちらかがちょっとだけ・・・。



では、本日の更新にまいります。

 
613 名前:花に願いを 投稿日:2008/09/11(木) 17:10




614 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:12

結局、閉店の時間になっても、ひとみちゃんは戻って来なかった。

最後まで、待たせて貰ったおかげで、美貴ちゃんと柴ちゃんはすっかり、
店員さんと打ち解けちゃって――


おいしいお酒も手伝って、結構なドンチャン騒ぎ。

二人とも通っちゃおうかな?
なんて言ってて…

わたしは、やっぱりひとみちゃんの事が心配で、酔えなかった。

615 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:13

「とうとう、ヨシもアヤカさんに落ちたか…」

隣で、柴ちゃんとすっかり打ち解けたマサオさんが、
グラスをかたむけながら言う。

「今頃ヤっちゃってますかね?」

ヤ、ヤる?!

「バッカじゃないの、あんた達とヨシは違うのよ」

そう言って、ママはマコトさんの頭を叩いた。

「ちぇっ、ママいっつもヨシさんの味方なんだもん」
「仕方ないでしょ。あたしは綺麗なもんの味方」
「ヒデー」

いじけたマコトさんが、美貴ちゃんの前に頭を差し出して
なでなでしてもらってる。

616 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:15

「安心していいわよ。ヨシはそんなに器用じゃないから。
 それに抱く気があるなら、とっくに抱いてるわよ」

そう言って、ママはわたしに微笑みかけると続けた。

「そうそう、あなたに一つお願いがあるの」
「お願い、ですか…?」

「あの子を普段からカッコよくしてくれない?
 ボサボサ頭にメガネ。あれ、いくらあたしが言ってもやめないのよ。
 あなたの言うことなら、聞くんじゃないかしら?」

・・・そ、そうかな?

「そうだよ。だってよっちゃん、もったいないよ!
 ちゃんとすれば、めっちゃカッコイイもん」

「そう思うでしょ?
 美貴ちゃんていい子じゃない、うちで働く?」

「あ、いいですね〜」

「えっ!美貴さんマジで?
 大歓迎します!!」

「んな訳ないじゃ〜ん」

マコトさんが、ガックリうなだれる。

617 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:15

「そうだ!」
隣で柴ちゃんが、手を叩く。

「な、なに、急に?」
「ひとみんだよ!」

えっ?

「おー!柴ちゃん名案!」

「ひとみんて、まさかあのカリスマ美容師の?」
「マサオさん、知ってるの?」

「知ってる、知ってる。
 この頭、ひとみんでやってもらってんの」

「そうなの?」
「うん」

「ひとみんね、私の幼なじみなのよ」
「マジで?!
 なんかあゆみちゃんには、運命感じちゃうなぁ」

マサオさんが柴ちゃんの手を、両手で包むように握る。

618 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:16

「マサオさんは、いちいち言うことと、やることががクサイんですよ…」

「マコト、なんか言ったか?」
「いえ、べーつに」

マコトさんが、密かにあっかんべえをしてる。

「ねえ、あゆみちゃんも、ひとみんで切ってるの?」

「ううん、私は別の所。
 こんな風に、奇想天外な頭になるのが嫌だから」

柴ちゃんが、マサオさんの前髪をつまむ。
それを見てマコトさんは肩を揺らして、笑いをこらえてる。

619 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:17

「マコト!お前、今日の片付け全部やれ!」

「えー!なんでですか?
 ママ、何とか言って下さいよぉ」

「あー、もう、ほんっとうるさい!
 少しは、ガキさんと愛を見習って、二人ともキリキリ片付け始めなさい!」

「えー、だってあゆみちゃんのお相手しなきゃ〜」
「美貴さんのお相手しなきゃ〜」

「「間に合ってま〜す」」

二人が声を合わせて言うと、マサオさんもマコトさんも
ガックリ肩を落として、席を立った。

620 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:17

「アハハハ、このお店楽しい」
美貴ちゃんが言うと

「あら、じゃあ、あなた達も本当に働く?
 結構いい客とれると思うわ」

ママが本気っぽく言うから、3人で一斉に首を振った。

「あら残念・・・」



「ところでママ。
 明日、よしこ拉致して、ひとみん連れてっていいですか?」

柴ちゃんの問い掛けに、ママは頭の上で、大きく丸を作った。

621 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:18





622 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:19

またもや、3人で我が家に帰宅。
今日は、ちゃんと意識あるだけ、マシだけど――


ひとみちゃんの部屋のドアには、美貴ちゃんが書いた貼紙。

  『先輩3人からの指令。
   これを見たら、10秒以内に、上に来い!』


「こういうノリの方が、よっちゃん来やすいって」

美貴ちゃんの確信こもった発言に頷いた。
でも美貴ちゃんて、なんでこんな説得力あるんだろ?

623 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:19

すっかり太陽も昇ったというのに、まだひとみちゃんは戻らない。
時々貼紙はチェックしに行ってるし、バイクもない…


「ねーねー、また留守電にクシャミして、すぐ来いって入れてみれば?」

柴ちゃんが、コーヒーをすすりながら言う。


眠れない私を気遣って、二人ともずっと起きてくれてる。
眠いんだろうけど、こんな日は何も言わずにこうして、寄り添っていてくれる。

ホントに優しい親友二人。


「ねぇ、試しにやって見れば?」

美貴ちゃんがわたしに、にじり寄ってくる。

「そんなまさか。
 都合よく来てくれる訳ないじゃない」

624 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:20

「わかんないよ、やってみようよ」

柴ちゃんがティッシュをちぎって、こよりを作り始めた。

「ちょ、ちょっと!」
「ミキティ、押さえて」
「はいよ〜」

美貴ちゃんに羽交い締めされる。


「ちょ、ちょっと美貴ちゃんまで!」

柴ちゃん作成のこよりが、鼻の中に入ってきて――


ハ、ハッ…

「ほらほら、我慢しないで、スッキリ出しちゃいなよ」


鼻の奥がムズムズして、涙目になる。

「出しちゃえ、出しちゃえ」

こういう事するときって、二人とも妙にイキイキするんだよね…

625 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:21


「ハーックションっ!!」


<ピンポ〜ン>


「うそ?!」
「マジ?!」
「まさか?!」




『石川さん、宅配便でーす』

ハアー

3人で一斉に息を吐き出した。

626 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:23

アハ、アハハ・・・

さすがにね。そんなにうまくね。
あるわけないよね――


わたしは勢いよく立ち上がると、はんこを持って、玄関の戸を開けた。

重そうな段ボール。
またさゆから、レトルト食品だ。
もう!今は大丈夫って言ったのに・・・


「毎度どうも〜」
「ご苦労様でした!」


えっ?

自分が言った訳ではない挨拶が聞こえて、驚いて顔をあげる。


「あの〜
 一応10秒以内に上がってきましたけど・・・」

「ひとみちゃん!!」

「ところで先輩、なんで涙目なんですか?」

627 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:23





628 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:24

本当に、くしゃみと共にあらわれたひとみちゃんの両脇を、
柴ちゃんと美貴ちゃんは、あっという間に抱えて、
有無を言わさず、そのままタクシーへ乗り込んだ。

「ど、どこ、連れてくんですか?!」

後部座席の真ん中で、二人にホールドされてるひとみちゃん。
前に座ったわたしが、運転手さんに行き先を告げる。

「ところでよっちゃん、こんな時間まで何してたの?」
「アタシの質問は無視ですか?」
「うん!」

柴ちゃんの満面の笑み。
二人とも、ドSだから困った顔見せたら、余計に喜ぶからやめた方がいいよ。


「で、何してたの?」

だから…

ひとみちゃんが、モゴモゴと口を動かす。
無意識のうちに耳を澄ませてしまう。

629 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:24

「だから何?」
「だから、ですね…」
「うん。だから?」

二人に詰め寄られて、背筋を伸ばすひとみちゃん。


「アヤカさんとこに向かったんですけど…」
「それは知ってる。で?」

「えっーと・・・」

「何?」
「あの・・・」

「あの、何よ?」

二人の語尾が段々きつくなっていく。


「――家知らなくて…」

「「はあ?!」」

630 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:26

「いや、だから。なんとなくこの辺かな〜?
 くらいしか知らなくて。
 アヤカさん家、デカイからすぐ見つかると思ったら・・・」

「思ったら?」
「迷子になっちゃって…」

「じゃあ、ずっと迷ってた訳?」

「て、訳でもなく…」


「何なの、もう!」
「はっきり言え、よしこ!」

両脇から、どつかれるひとみちゃん。


「あーもう。だからぁ!
 迷ってぐるぐる回ってるうちに、不審者と間違えられて通報されて、
 捕まっちゃって、警察署にいたんですっ!!」

631 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:27

「プハッ!」

最初に笑ったのは、なぜか運転手さんだった。


「ちょっと!今アタシのこと笑ったでしょ?」

ひとみちゃんが、前に身を乗り出して、運転手さんにつっかかる。

「いや、ふふふ。すみません」

笑いを堪えて、涙目になってる。


「アハハ!かっこわるぅ〜」
「ばっかじゃん、よっちゃん!」

あはは!
アハハハハ!

車中にみんなの笑いが響く。

632 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:27

「ひどくないですか?皆で笑って。
 先輩は、笑ったり――」

「ふふふ、ごめんね」

「ひでー!!先輩まで」

ガックリうなだれて、後ろに倒れ込んで、ふて腐れてる。


ごめんね、ひとみちゃん。
だって、なんか、想像したら可笑しいんだもん。


「それで、プハッ、どうしたの?」
「藤本先輩、笑いながら聞かないで下さいよ」

「一応心配したよ?プフッ」
「柴田先輩まで…」

633 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:28

「みんなひどいよ・・・」

シュンとしちゃった。

「ごめん、ごめん。それで?」
「ママに電話しても通じないし、アヤカさんの電話なんて知らないし…」
「梨華ちゃんに電話すれば、良かったじゃん」


「だって――
 迷惑かけちゃうかなって…」

えっ?

「先輩、会社入ったばっかだし、
 大手だから、知り合いが捕まったとかバレて、クビとかなったらヤダなって…」


「よっちゃん、本気でバカ?」
「迎えに行ったくらいで、クビになる訳ないでしょ?」

「そうなんですか?!」

目をクルクルさせて、両脇の二人を交互に見る。

634 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:29

「大体よしこは、何か悪いことした訳?」

プルプルプル

音がしそうなほどに首をふる。


「呼んでくれてよかったのに」

振り向いて、わたしが言うとバツが悪そうに俯いた。


だって、先輩のこと――



「優しいんですね」

運転手さんが、ミラー越しにひとみちゃんを見て言う。

「そういう時って、自分のことしか考えられないもんですよ。
 人に迷惑かけるとか考えるの、なかなか出来ませんよ」

運転手さんがチラリと横目で、わたしを見る。

「それとも――
 あなたの事をよっぽど大切に思っているか、でしょうね」

635 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:29

「そりゃ後者でしょ」
「美貴ちゃん!」

「ねー、よっちゃん。後者だよね〜」

ひとみちゃん――
そう、なの…?

「はっきり言っちゃいなよ、よしこ!」


ドキドキ、する・・・


「い、いや、だから――」

だか、ら・・・?

「それは、その――」

そ、の…?

「ですから、アタシは――」

636 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:30


「ヤ、ヤダな、ひとみちゃん。
 みんな、からかってるんだよ?」

「からか、う・・・?」

ひとみちゃんが、眉間にシワをよせる。

胸が苦しい――
あなたの答えを聞きたいけど、聞きたくない。

『別に先輩のこと、大切になんて思ってませんよ』
そう言われることが怖い。

けれど――
あなたに大切だと言われることは、もっと怖いの。

あなたを好きになってしまいそうで。
後戻り出来なくなってしまいそうで――

637 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:31

「・・・ところで、アヤカさんには会えたの?」

苦しくって、耐えられなくて、自分から話題を変えた。
頑張って笑顔を見せているけど、さっきよりも胸が痛む。


「先輩…」

ひとみちゃんは、唇を噛み締めると続けた。

「ええ。刑事さんにかけあって、電話番号調べてもらって。
 明け方なのに飛んできてくれました」

「そっか…」

ズキン・・・
自分で聞いておいて、まるでナイフで抉られたように、胸の奥が激しく痛む。


「――それから朝ごはん、ご馳走になって。
 アヤカさんの部屋に通されて…
 続き、聞きたいですか?」

ひとみちゃんの言葉が、声が、わたしの傷口を更に深く抉る。

638 名前:第3章 3 投稿日:2008/09/11(木) 17:32

「よっちゃん、もういいよ」

「アタシは先輩に聞いてるんです!」

「よしこ、梨華ちゃん、本気で心配してたんだよ?
 それはわかってあげて?」


静まってしまった車内――


「――それ以上、別に何もないです。
 ちゃんと謝って、すぐに帰って来ました・・・」

ひとみちゃんが、顔をあげる。


「アタシは…
 アタシは、先輩に早く会いたかった――」


どうしよう。
そんなこと言われたら…
ダメだよ。あなたを好きになってしまう――


微妙な空気を破るように、運転手さんは明るく
目的地に着いたことを教えてくれた。

639 名前:花に願いを 投稿日:2008/09/11(木) 17:32


640 名前:花に願いを 投稿日:2008/09/11(木) 17:32


641 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/09/11(木) 17:33


本日は以上です。


642 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/11(木) 22:33
うわぁ〜すげーな、展開が。
面白すぎます。
しかし、梨華ちゃんはこの期に及んでまだそんな考えを・・・。
643 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/11(木) 23:12
更新お疲れ様です!

読んでるこっちが苦しくなってきた・・・。
梨華ちゃん、早く素直になってーー。

二人の幸せを祈りつつ、更新をお待ちしています。
644 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/12(金) 00:04
んんんん〜…この展開は予想できなかったっすねぇ。
すごいです。

とりあえず素直になるんだ、梨華ちゃん!!

645 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/12(金) 10:25
7日のSTBのよっすぃ〜ソロライブの夜の部で
最後スタンディングオベーションになって
よっすぃ〜がステージ裏に消えてもよっすぃコールが続いて
それに応えてふたたびステージ上に現れた時に言った言葉が

(0^〜^)<呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜ン

この小説思い出してニヤついたw
646 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/12(金) 10:34
伸ばしますねー(*_*)
続きが気になって仕方ないです(>_<)
よっしーの純粋な素直さが可愛い(≧▽≦)
作者様更新お疲れ様です!
647 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/09/17(水) 12:16

>>642:名無飼育さん様
 面白いと思って頂けて良かった!
 徐々に色んなことが、少しずつ動き出してきそうです。

>>643:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 なかなか素直になれないようですね、ここの梨華ちゃんは。

>>644:名無し飼育さん様
 予想外でしたか?
 このような反応をして頂けると、作者としては
 ちょっとニヤリとしてしまいます。

>>645:名無飼育さん様
 これは、ガッツポーズと共に、リアルに凹みました。
 ナマで聞きたかったあ〜〜〜!!
 あの場所にいたら、間違いなく両手を高々と上げて
 ガッツポーズをしていたことでしょう。
 そう思うと、あの場にいなくて良かったかも・・・?

>>646:名無飼育さん様
 伸ばしますよ〜
 そして、このお話しは、まだまだ続く予定です。


それでは、本日の更新にまいります。


 
648 名前:花に願いを 投稿日:2008/09/17(水) 12:17





649 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:18

タクシーを降りて、そのお店の前に4人で並ぶ。

この間来た時より、更に大きくて派手な看板が存在を主張する。


「あの〜
 『カットひとみん』って一体…」

「私の友達の店」

「柴田先輩の…
 で、アタシはなぜここに連れて来られたんでしょう?」

「そりゃ、カット屋さんに来たんだから、やることは一つでしょ?」
「ですよね〜」

ハハハ・・・

渇いた笑いを残して、ひとみちゃんが素早く立ち去る。

650 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:19

「待て、コラ!」

いち早く捕まえた美貴ちゃん。
ひとみちゃんの襟首を捕まえて、後ろ向きのまま、
『ひとみん』のドアの前まで引っ張って行った。

柴ちゃんが扉を開ける。


「ごめんなさ〜い!まだ営業してないの〜」

モップがけをしながら、顔もあげずに言う店主。


「ひとみん、私よ」

柴ちゃんが声をかけると、中腰のまま、瞳さんは顔をあげた。


「あゆみ!こんなに朝早くどうしたの?」
「朝早くって、もう9時半だけど…」

美貴ちゃんがすかさず突っ込む。

651 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:20

「今日はね、獲物を連れてきたの」

「え、獲物?!」
首根っこをつかまれた、ひとみちゃんの声が裏返る。

美貴ちゃんが、ひとみちゃんを差し出した。


「あーら、あたしのタイプだわ〜
 食べちゃいたいっ!」

「た、たべる?!」

ひとみちゃんが、大きな目をパチクリさせてる。


美貴ちゃんと柴ちゃんが逃げないように、両脇をがっちりホールド。

瞳さんが、ひとみちゃんの頬をなで、
顎をクイッとつかんで上を向かせると、右に左に動かして、品定めする――

652 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:20

「うーん、いいわあ。
 あなたになら、食べられてもいいかも――」

「た、た、た、た…」

ひとみちゃん、言葉にならないほど怯えちゃってる。

「ハイ、こっちにいらっしゃい」

そう言って瞳さんは、ひとみちゃんの首根っこを掴んだ。

「ひとみん、あとはよろしく〜」
「まかせといて!」

目をウルウルさせたひとみちゃんを、3人で手を振って見送った。

653 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:21

「どんな髪型になるかなぁ?」
「ひとみんだからねぇ、私たちの想像を遥かに超えてきそう」
「モヒカンとか?」
「あー、あるかも」
「坊主は?」
「ありだねぇ」

心配だけど、ちょっと楽しみ。
瞳さんは、確かに奇抜な髪型にしちゃうけど、
その人に似合わないスタイルには、絶対しないもの。

その人の個性を、ビックリするような形で引き出してくれるの。
自分でも気付かない、隅っこの方にある魅力を引き出してくれるんだよね。

ただ、普通のお仕事の人には、絶対に進められないけど――

654 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:21

「ねぇ、梨華ちゃん」

ふいに美貴ちゃんに呼ばれた。

「なに?」

「梨華ちゃんはさ、今でも夢が大事なんだよね?」
「どうしたの?急に」

「うーん、なんかさ。
 よっちゃん、可哀想かなって・・・」
「ミキティ」
柴ちゃんが、美貴ちゃんの言葉をさえぎる。

「あ、ごめん。何かふと思っちゃっただけなんだ。
 ほら、昨日、梨華ちゃんをダンスに誘ったのだって、
 よっちゃんにとって、すごく勇気がいることだったんだろうし、
 さっきもタクシーの中で、梨華ちゃんに会いたかったって言ってたでしょ?
 だから――」

胸の奥がズンと痛む。

655 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:22

「やだ、美貴ちゃん。わたしとひとみちゃんは、女同士だよ?」
「うん、そうなんだけどさ・・・なんか――」
「わたしは」

美貴ちゃんの言葉をさえぎった。


「わたしの夢は変わらないよ」

そう。変わらない。
だから、ひとみちゃんじゃダメなの――

656 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:23


わたしの夢は、幸せな家庭を築くこと。

特別なことなんて、望んでない。
平凡で、ありふれていて・・・

ちゃんと、わたしを愛してくれる旦那さまがいて、
そして可愛い子供がいて。
休みの日には、家族でお出かけして――

ごくありふれた日常でいいの。
至って普通な家庭でいいの。

築こうとしても築けなかったお母さん。
それを自分のせいにして、自ら命を絶ったわたしのお母さん――




わたしは――

わたしは、ただ幸せな家庭が築きたいだけなの。
他には何もいらない。

だから――



「わかった」

美貴ちゃんの声に顔をあげた。

「梨華ちゃんの夢、美貴も柴ちゃんも応援してるから」

二人とも微笑んでくれた。

657 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:23





658 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:24


「お待たせ〜」

瞳さんの声が聞こえて、わたし達は振り向いた。
満足そうな笑みを浮かべて、瞳さんが言う。

「もう、サイッコー!
 ものすごい自信作!!」

「さっすが、ひとみん」
「よっちゃんは?」

「まあ、落ち着いて」

わたし達をなだめるように言うと、瞳さんは奥に向かって
手招きをする。

「早く、来なさい」
『だって〜』

奥から、ひとみちゃんの情けない声が聞こえる。

「早くおいでよ、よしこ!」
「そうだよ、よっちゃん!」

『笑わないで下さいよ〜』

3人で顔を見合わせた。
一体、どんな頭になっちゃったの?

「ちょっと!私のやったスタイルにケチつける気?!」
『い、いや。そんなつもりじゃ・・・』
「なら、早くこっちに来る!」

一瞬の沈黙の後、ひとみちゃんが姿を現した――

659 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:25


「プハッ!なにそのチリチリ」
美貴ちゃんがふき出す。

「いやー、斬新!」
続いて柴ちゃんも。

「ほら〜!皆笑ったじゃないですか!!」
ひとみちゃんが、口を尖らして抗議。

ふふ。かわいい。
その髪型、少年みたいで可愛さが倍増。
クリクリのパーマに金髪ショートヘアになったひとみちゃん。

「あなたが寝て起きて、何もしなくてもボサボサにならない頭にしてって
 言ったんでしょ?」
「でも、こんな頭になると思わなかったし、まさか金髪にされるなんて・・・」

「でも、かわいいよ」
「先輩だって、笑ってるじゃないですか!」

プゥっとふくれて言うひとみちゃんが愛らしくて、また頬がゆるんでしまう。

660 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:25

「もう、いいですよ・・・」

シュンとしちゃって、そのクリクリの頭を撫でてあげたくなっちゃう。

「ひとみちゃん、金髪似合うよ」
「そうなの。外人顔だから、金髪似合うでしょ?
 私一目見て、ピンと来たのよ」

「あのー、ほら。アレみたい。
 えーっと。この前の卒業旅行で、こんな彫刻見たよね?」

柴ちゃんの問いかけで、記憶をたどってみる・・・

「あー、見た、見た!」
「えーっと、なんだっけ?」

3人で顔を見合わせた。

「「「ダビデ像!!」」」


「似てるかも〜」

瞳さんが豪快に笑う。

661 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:26

「好きにイジってくださいよ・・・」

ますますイジケて、俯いちゃったひとみちゃん。
いい加減、可哀想になって、ひとみちゃんに近づいて、その髪をなでてあげた。

「かわいいんだってば」
「いいですよ、慰めてくれなくても」
「ほんとだよ?」

ひとみちゃんが顔をあげる。

ドキン――

頼りなくゆれる大きな瞳に、胸が高鳴った。


「先輩が気に入ってくれたなら、これでいいです・・・」

消え入りそうに、そうつぶやくひとみちゃんを、抱きしめてしまいたい衝動に駆られて、
触れている髪から、慌てて手を離した――

662 名前:第3章 4 投稿日:2008/09/17(水) 12:27



663 名前:花に願いを 投稿日:2008/09/17(水) 12:27



664 名前:第4章 1 投稿日:2008/09/17(水) 12:28

あれから、ひとみちゃんとわたしの関係に、特に変わった所はない。
毎晩一緒にご飯を食べて、紅茶を飲んで談笑して――

ずっとこのままがいい。
このままの距離で、あなたと二人で毎日を過ごしていきたい。

それって、わがまま過ぎるかな?

でも、そう思ってしまう。
こうしてあなたと過ごす毎日が、いつまでも続いて行って欲しいって・・・

けれど――


その日のなにげない会話から、
わたしの淡い希望は、決して叶えられないことだと、
思い知らされてしまった――

665 名前:第4章 1 投稿日:2008/09/17(水) 12:28



666 名前:第4章 1 投稿日:2008/09/17(水) 12:29


いつものように、二人でお食事を終えて、
お片付けをしながら、わたしは、ふと何気なく尋ねた。

「ひとみちゃんは、どうして園芸学部に入ったの?」

洗い物をするわたしの隣で、彼女はいつものように紅茶を淹れていた。
茶葉を入れるその手が、一瞬止まったように見えた。

「う〜ん・・・、なんでかなぁ?」

ひとみちゃんが気の抜けた返事をする。

「珍しい学部だから、何か特別な理由があるのかと
 思ったのに」

「――昔・・・、ある人に言われたんです。
 花を見てる時の顔が、一番いいカオしてるって」

「そっか・・・」

胸がチクリと痛んだ。
それって、ひとみちゃんにとって、特別な人だったのかな?

667 名前:第4章 1 投稿日:2008/09/17(水) 12:29

「当たってると思うよ。
 ひとみちゃん、お花見てる時、すごく優しい顔してるもん」

ひとみちゃんはニッコリ笑うと言った。

「花って、すげぇなって思うんです」

ひとみちゃんが、二人分のカップを用意する。
洗い物を終えたわたしも、彼女を手伝う。

「ただそこにあるだけで、癒してくれたり、元気をくれたり・・・
 時には、その強さに心打たれたり――」

琥珀色の液体が、カップに注がれていく。

「アタシもそんな存在になりたいな・・・」

彼女が小さな声でつぶやいた。

668 名前:第4章 1 投稿日:2008/09/17(水) 12:30

「なってるよ」
「え?」

驚いたようにわたしを見る。
あなたを見上げて、その大きな瞳を見つめて言った。

「わたしにとって、ひとみちゃんはお花だよ。
 隣にいてくれるだけで、癒されるし、元気をもらえるもん」

思い切ってそう伝えたら、嬉しそうに顔をクシャッて崩して
あなたは微笑んだ。

その表情に、心臓がトクンとはねる。


「ありがとうございます」

ひとみちゃんは、そう言うと
お盆にカップをのせて、ローテーブルに運んだ。
いつものように、ソファに並んで腰掛ける。

669 名前:第4章 1 投稿日:2008/09/17(水) 12:30

この時間がとても好き。

向かい合ってお食事するのも好きだけど、
この時だけは、あなたのその横顔を、ひとりじめして見ていられる。

カップに視線を落とすから、伏し目がちになる。
スッと尖った鼻先。
薄い唇――

その全てを、この時間だけはひとりじめして、眺めていられる。


ふいに彼女が口を開いた。

「アタシ、夢があるんです」

視線だけで問いかける。

「世界を回って、色んな花を見てみたい。
 まだ見たことない花とか、この目で見てみたいんです」

670 名前:第4章 1 投稿日:2008/09/17(水) 12:31

「花って、自然って、すごいと思いませんか?」

綺麗な瞳が、強い光を宿す。

「広い大地があって、豊かな緑があって、それを彩る
 たくさんの花たちがいて――」

その瞳の輝きが眩しい。

「たった一輪の花が、人を救うことがあります。
 たった一輪の花が、争いを止めることもあると思うんです。
 だからアタシは、もっと花のことを勉強して、
 いつかは、自分で栽培して、世界中の人に花を届けていきたい――」

そう言った、あなたの力強い瞳を、まっすぐ見ていられなくて、
思わず目をそらしてしまった――

671 名前:第4章 1 投稿日:2008/09/17(水) 12:31



「実は今、アメリカの大学院に行かないかって、話しがあって・・・」

うそっ・・・

衝撃のあまり、顔を上げた。

「大学卒業したら来ないかって、向こうの教授から誘いが来てるんです」

ということは、来年の春に・・・

「中澤教授もね、薦めてくれてて・・・」



そっか――

喜んであげなきゃ。
彼女にとっては、いい話しだもの。
良かったねって、
頑張ってって――

672 名前:第4章 1 投稿日:2008/09/17(水) 12:32

「先輩?」

黙り込んだわたしを心配して、彼女が覗き込む。


やっぱり、イヤだよ・・・
ずっと、そばにいてよ・・・

「どうかしました?」

彼女が静かにカップを置いて、わたしに近づく。


お願い、行かないで・・・

心の奥がギシギシと音を立てる――



わたしは奥歯をグッと噛み締めて、そして――



笑顔を作った。

673 名前:第4章 1 投稿日:2008/09/17(水) 12:33



「良かったね。応援するよ」


やっとの思いで、言葉にしたのに、
ひとみちゃんは、寂しそうに微笑むとつぶやいた。

「アメリカって、遠いですよね・・・」

「でも、夢へ一歩近づくじゃない」
思いとは裏腹な言葉が口をつく。

「ひとみちゃんの夢、素敵だよ?
 誰よりも、わたしが応援してあげる!」

「ご飯――」
「え?」
「一緒に食べられなくなっちゃいますね」

ズキン――

674 名前:第4章 1 投稿日:2008/09/17(水) 12:33

「寂しくはなるけど、わたし達、いつまでもこうしていられる訳じゃないでしょ?」

まるで自分に言い聞かせるように、言葉をつないだ。

「ほら、その内どっちかが、結婚なんかしちゃったらさぁ。
 いつかは、一緒に食べられなくなるんだよ?」

そう、慣れておかなくちゃ。
いつかは、あなたがいなくなることに。
だって、わたし達、女同士なんだもの。


「そうですね。いつかは――
 いつかは、終わりが来るんですよね・・・」

ひとみちゃんが、顔を上げた。
大きな瞳が、わたしを見つめる。

わたしの全てを、射抜いてしまいそうな眼差し――

675 名前:第4章 1 投稿日:2008/09/17(水) 12:34

こんな時なのに・・・
こんな時なのに、ああ――

あなたのこと、好きだ――


「先輩のおかげで」

やめて・・・

「アメリカ行き」

お願い、行かないで・・・

「前向きに考えられそうです」



心の叫びとは正反対に、わたしは満面の笑みを
あなたに返した――

676 名前:第4章 1 投稿日:2008/09/17(水) 12:34



677 名前:花に願いを 投稿日:2008/09/17(水) 12:34



678 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/09/17(水) 12:36

本日は、以上です。

よっちゃんの髪型は、なつかしのアレです。


679 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/17(水) 14:24
せつねぇ・・・
作者さんはSだ!
680 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/18(木) 01:03
梨華ちゃん素直になって!!
もう〜
じらさないで〜
681 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/18(木) 07:54
私もよっすぃの髪型好きですYO
そしてようやく梨華ちゃんの気持ちを理解してあげることができました
しかし、切ないな〜
682 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/18(木) 23:57
更新おつです!!

梨華ちゃんの気持ちもよっすぃーの気持ちも切ない・・・。
どうにかしてあげたい気分になってくる。
683 名前:みっちゃん 投稿日:2008/09/22(月) 05:12
よっちゃんの金髪に梨華ちゃんとソファーって
なんだか昔(何年前かな?)のカレンダー(?)を思い出します。

玄米ちゃさんの小説を友達に見せたらはまっちゃってて
二人でニコニコしながら楽しく拝見しています☆
こんな恋愛できたらいいですけど、切なすぎるぅ(>U<.)
684 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/22(月) 06:44
盛り上がってるのはいいけど、sageてね。
685 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/09/30(火) 19:47

>>679:名無し飼育さん様
 またもやバレてしまいました(笑)
 どうしても、性分が出てしまいますね。
 そのうち、ひたすら甘いだけの作品、挑戦してみようかと・・・

>>680:名無飼育さん様
 すみません。じらします〜

>>681:名無飼育さん様
 一度、あの髪型のよっちゃんを書いてみたかったのです。

>>682:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 そして、お優しい。作者もどうにかしてあげたいんですが、
 今は、まだ・・・

>>683:みっちゃん様
 うれしいですね!
 お二人で、ハマって頂けるなんて、うれしい限りです。
 楽しんで頂けるように、頑張ります。

>>684:名無飼育さん様
 ありがとうございます。


それでは、本日の更新にまいります。

686 名前:花に願いを 投稿日:2008/09/30(火) 19:47





687 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:49

「石川さーん、ちょっといいかな?」

お昼ご飯から戻った途端、安倍部長に声をかけられた。

「悪いけど、3時からの会議のお茶出し、手伝ってあげてくれる?
 人手が足りないんだって」

そう言って、ニコッと笑う。

天使の笑顔。
その表現がピッタリくる。


この若さで、しかも女性で部長なんて、
よっぽど怖い人だと思ってたけど、大違い。
どんな時でも、一瞬で場を和ましてしまう不思議な力が、安倍部長にはある。


688 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:49

「かしこまりました」

「ありがとね〜
 あとで秘書課の子たちと、打ち合わせして」

「はい」
お辞儀をして、自分の席に戻る。

すかさず、柴ちゃんが近づいて来た。


柴ちゃんとは、部が違うけどフロアが一緒。
ちなみに美貴ちゃんは、この2つ上の階の7階。
最近は美貴ちゃん、外に出ることが多いみたいで、お昼もなかなか一緒に食べられない。


689 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:50

「梨華ちゃん、すごいよ。
 大チャンス!」

「なにが?」
「何がじゃないよ!」

腕を引っ張っられて、廊下に連れ出された。


「今日の会議、副社長が来るんだよ!」

柴ちゃんが声を潜めながら、興奮気味に言う。

「だから?」
「だからじゃないよ!
 玉の輿の大チャンスなの」

「玉の輿?」

690 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:50

「御曹司、次の社長、独身、現在恋人募集中!」
「ふ〜ん」

「ちょっと梨華ちゃん。夢に近付くチャンスでしょ?」
「別に玉の輿じゃなくていいし、普通でいいもん」


「あのね〜」

あきれたように、柴ちゃんはため息をつくと続けた。

「普通もいいけど、どうせならお金持ちの方がいいじゃない」
「そうかもしれないけど、興味ないよ」

「欲がないねぇ…私が代わりたいくらい」
「いいよ、別に。代われるならどーぞ」

「ほんと?!
 じゃ、私、直訴しちゃおうか――」

691 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:50

「柴田!」
柴ちゃんの背後から、声がかかる。

「これ3時までに仕上げて」



「ハーイ…」

一気にテンションダウンしちゃった柴ちゃん。

うなだれて歩きだした、柴ちゃんに
『いってらっしゃい』と声をかけて、秘書課に向かった。

692 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:51




693 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:51

打ち合わせ通り、二人一組で順番にコーヒーをお出しする。

大会議室に集まった面々。
来年春に行われる、社をあげての一大プロジェクトの1回目の報告会。

ピリピリした空気が、会議室中に広がっている。
その中心にいるのが、柴ちゃんが言っていた副社長。

わたしの予想に反して、彼は金髪に白いスーツを着て、
どこのホストよ?
みたいな格好で座り、書類に目を通している。

694 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:53

『石川さん達は、寺田副社長にお出ししてから、
 順に右回りで、お配りして下さい』

わたしと、もう一人の子は、1番最初に副社長にお出しするために、前方に向かう。
偉い人がいなくたって、この空間は緊張してしまうのに、
やはり今日は、空気が張り詰めていて、余計に緊張が高まる。


近くまで行って、立ち止まると、カップを受け取った。
邪魔にならないように、副社長の背後から、静かにそっと手を伸ばす。

テーブルにもう少しで、置ける。
そう思ったのに…

副社長の右手が動いて、カップに触れた。

<ガシャン!>

会議室が静まり返る。

695 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:53

「申し訳ありませんっ!」

副社長の袖にコーヒーがかかり、腕時計までが濡れている。
慌てて、布巾を掴み、時計を拭い、袖を拭いた。

白いスーツにシミが残る――


「君、何やってんだ!!」

隣に座っていた専務が、大声でわたしを怒鳴りつける。

「申し訳ありません!」

「ええよ。
 手動かしたの、自分やし」

「しかし、副社長・・・」

専務が私を睨む。

696 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:54

「本当に申し訳ありません・・・」

謝ることしか出来なくて、もう一度深く頭を下げた。


「ほんまにええって。気にせんといて。
 続けよか?」

副社長はそう皆に言うと、何事もなかったかのように書類をめくり始めた――






697 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:55


それからは5時までが、本当に長くて。
柴ちゃんが慰めてくれたけど、油断をすると涙がこぼれてしまいそうだった。

とにかく、早く家に帰りたかった。
早く帰って、ひとみちゃんの顔が見たくて仕方なかった。


やっと迎えた終業時間。
帰り支度の途中、震えた携帯――

届いたメールは、今誰よりも会いたい、あなたからのものだった。


  『牛乳きらしちゃったんで、これから買いに行こうと思って。
   先輩の帰る時間に合わせるんで、たまには一緒に帰りませんか?』


少しでも、一秒でも早く会いたいわたしの気持ちを、
あなたは分かってくれてるの?

698 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:56


駅の改札を出ると、すでにひとみちゃんは待ってくれていて、
わたしの姿を認めると、途端に笑顔になって、右手をあげた。


その笑顔を見たかったの――


涙がこぼれそうになって、わたしも慌てて笑顔を返した。



「お帰りなさい。ついでにケーキ、買っちゃいました」

ひとみちゃんが、箱を持ち上げる。

「食後のデザートも、たまにはいいかなって」
「あっ、いいね〜、楽しみ!」

努めて明るく振る舞う。
あなたのその笑顔を見れただけで、充分だもの。


家路を、二人でゆっくり歩く。
いつもは急ぐんだよ。
ひとみちゃんが待ってるって思うから――

699 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:56

玄関の鍵を開けて、我が家へ入る。
といっても開けてくれたのは、ひとみちゃん。
夕食をいつもうちで作ってくれるから、ひとみちゃんには合い鍵を渡してある。


「ただいま〜
 あ〜お腹すいちゃった!早く食べよ?」

笑顔でひとみちゃんに問いかけたのに、彼女はケーキをテーブルに置くと
わたしに向かって言った。

「会社で、なんかありました?」

どうして…

悲しいそぶりなんか、これっぽっちも見せてない。
凹んでるとこだって、見せてないよ。

それなのに――

700 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:57

ひとみちゃんが、わたしに近付く。

目を合わせたら、またあなたに甘えてしまいそうで。
あなたのその胸に飛び込んでしまいそうで。

視線を外して、わたしは明るく言った。


「そんなことないよ。どうしたの?」

完璧なはずだったのに――


あなたはわたしの髪をなでると、そのまま肩を抱き寄せた。

「いつだって、泣きたいときは、貸してあげるって言ったでしょ?」


そんなに優しい言葉をかけられたら、こんな風に抱き寄せられたら、
我慢なんて出来るはずもなくて、わたしはまた彼女に甘えてしまった――

701 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:57

その夜、ひとみちゃんはやっぱり、わたしが寝付くまで
ずっと髪を撫でてくれて。
優しい眼差しと、温かな手のぬくもりに包まれて、
わたしは、元気を取り戻した。



朝、目が覚めると、そこにひとみちゃんの姿はなくて。

いつものように、綺麗な右上がりの字で書かれたメモが一枚、
机の上に置いてあった。


  『会社、ちゃんと行くんですよ?
   今晩、また美味しいもの作って待ってますから』


702 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:58


ありがとう、ひとみちゃん・・・

あなたの存在が、わたしの中でどんどん大きくなってる。

あなたは、いつだって、わたしに元気をくれる。
わたしの全てを大きく包んでくれる。
だから、あなたがいなくなったら、わたしはー―


そばにいてくれるだけでいい。
他には、何も望まないから・・・

だから、お願い。
ここから、いなくならないで・・・

その儚い願いを込めて、わたしはその紙に指で触れた――

703 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:59


いつもより、一時間早い出社。
今日は、一年目の社員の使命の一つである、朝のお当番の日。

朝早いから、人はまばら。

昨日、ひとみちゃんがそばにいてくれなかったら
今朝の足取りは、重かったはず。

今夜は御礼に、お土産買って帰ろう。

ワインがいいかな?
シャンパンがいいかな?
それとも最近、ひとみちゃんがハマってるって言ってた焼酎がいいかなあ?

そんなことを考えながら、エレベーターに乗り込み、
階数ボタンを押して、閉ボタンを押した。

704 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 19:59

「ちょっと、待ったぁ!」

閉じかけた扉に手が差し込まれて、扉が開く。

「はあ〜、間に合った…」

ため息混じりに乗り込んで来たのは、副社長だった。


「君、早いなあ」
「えっ…あ、ああ、今日はお当番なんです…」
「ほう、そうかあ」

そう言って副社長は扉の方を向き、わたしに背中を向けた。

エレベーターが上昇を始める。


705 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 20:00

「あ、あの…
 き、昨日は本当に申し訳ありませんでした」

背中に向かって、深々と頭を下げる。

「ああ、かまへんよ」

「でも…
 スーツ、大丈夫でしたか?せめてクリーニング代は出させて下さい」

「あれな。オーダーメイドでな、めっちゃ高いねん」
「す、すみません…」
「クリーニングしても、完全には染みはおちひんって言われてもうたわ」

「じゃ、じゃあ弁償します」
「たっかいで〜」
「おいくら、ぐらいでしょうか…?」

「そやなあ。
 時計も濡れて、調子悪いしなぁ…」

「本当に申し訳ありません…」

「あんたの一年分の給料くらい、飛んでまうかもなあ」
「そ、そんなにですか?!」

706 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 20:00

「ま、弁償なんかせんでええよ」

そう言って副社長は振り返った。

「その代わり、今晩、食事付き合ってや」
「えっ、でも…」

5階に着いて、エレベーターの扉が開く。

「なんもせんよ。ただあんたと二人で、食事したいだけや。
 9時には家に送るって約束する。あんたには指一本触れへん」

「――そんな、急に、言われても…」


「降りないの?」
「あ、お、降ります」

707 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 20:01

副社長に促されるままに、エレベーターを降りた。
扉を手で押さえたまま、副社長が言う。

「終業時間に会社の裏手で待っとる。
 来てくれるな?」

「で、でも…」

「あんたに、選択肢はないと思うけどなあ。
 食べるだけやで、ほんまに。
 それから、あんた、オレの大事なスーツ汚して、
 時計壊してること、忘れんといてや」

副社長は、ニヤリと笑うと
「ほな」と言って、扉から手を離した。

「あ、待ってください」

無情にも、扉が閉まる。

708 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 20:01

どうしよう…
そんな、急に言われたって…
ひとみちゃんが待ってるって、言ってくれてるのに――


「りーか、ちゃんっ!!見ちゃったよ、今の〜」
「柴ちゃん!なんでいるの?!」

「私も今日、お当番だもん。
 ちょっとちょっと、本当に玉の輿チャンス到来じゃない」

そう言って、柴ちゃんはわたしの肘をつつく。

「でもさ…」

「だって、昨日の代償なんでしょ?
 指一本触れないって言ってるんだし、気楽に行ってきなよ」

「簡単に言うけどさ・・・」

「簡単じゃん。副社長も立場上、変なことしないよ。
 それに、もしかしたら、梨華ちゃんの夢を叶えてくれる人かもしれないじゃない?
 行ってみる価値アリだと思うな」

「でも・・・」
「あっ!ミキティにも、早速報告してこよ!」

「ちょっと、柴ちゃんっ!!」

スキップしながら、去っていく柴ちゃん。

709 名前:第4章 2 投稿日:2008/09/30(火) 20:02

『夢』って言ったって――

確かに、柴ちゃんと美貴ちゃんには、
夢が大事だって、言ったよ。

けどね。
あの日、ひとみちゃんへの気持ちに気づいてしまってから、
正直、自分でもどうしたらいいのか、分からない。

長年、抱いていた夢なのに、今はその夢を叶えることより、
少しでも長く、ひとみちゃんのそばにいたいって、思ってしまってる――


ひとみちゃん、わたし、どうしたらいい…?


散々悩んだあげく、終業1時間前になって、
やっとわたしは、ひとみちゃんにメールを送った。


『今日、会社の先輩に食事に誘われて、どうしても断れなくて…
 今夜はごめんなさい』


なぜか、言えなかった。
上司と言えど、男の人と二人で食事に行くなんて・・・


あなたにだけは――

どうしても、知られたくなかった。

710 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:04




711 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:05


**********

712 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:05

今日は元気が出るように、あったかいビーフシチューなんかいいかもな。
トロトロに煮込んで、チョーうまいの、食べさしてあげよ。


そう思って、下ごしらえしてると、携帯が震えた。

  『今日、会社の先輩に食事に誘われて、どうしても断れなくて…
   今夜はごめんなさい』


そっか…

今まで先輩、会社の付き合いってなかったから、
先輩にとっていいことではあるんだよな、きっと。

うん、そうだな。
今までこういう事がなかった方が、不思議なくらいなんだ。

713 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:06

  『了解しました!
   夕飯なら、これから支度始めようと思ってたとこなんで、大丈夫です。
   たまにはアタシも、早めに店行きたいと思ってたんで、ちょうど良かった。
   それに実は、ちょっと心配してたんですよ。
   もっと会社の人達と、交友深めた方がいいんじゃないかって。
   楽しんできて下さいね』


送信ボタンを押して、携帯を閉じた。

さてと――
コレ、どうすっかな?

火にかけた鍋を掻きまぜる。
作って置いといたら、次からアタシに気使って、
誘われても先輩、断っちゃいそうだし。

店に持ってって、マコトにでも食わせるか――



714 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:07



「すごいよ、吉澤さん。超ウマイッ!」

もぐもぐと、ホントに美味そうに食べてくれる。
彼女とはまた違う、うれしい笑顔。

「でも一体全体、どうしちゃったんですか?
 手料理持ってきてくれるなんて」

「たまたま気が向いたんだよ」
「まさか!花嫁修業?」
「アホかっ!」

「だって…
 でも、いいお嫁さんになりますよ。この味なら。
 何ならあたしのお嫁さんに――」

「バーカ、ヨシはノーマルだろうが」

「いってぇ、マサオさん、脳天殴らないで下さいよ。
 それに何で、そんな大きなハリセン持ってんですか?」

715 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:08

「ああこれ。ヒマだから、作った」

「何してんですか?開店準備して下さいよ」

「いや、今日はヨシが早く入ってくれたからさ。もう終わったし…って、
 お前の方が下っぱじゃないか!
 食ってばっかいないで、お前カウンター行ってろ!!」

「ちぇっ」

「あ、いいよ。アタシ行く。マコトはそれ、平らげてよ」

立ち上がろうとしたマコトを制して、カウンターに向かった。
マコトがマサオさんに向かってアッカンベーして、またハリセンで殴られてる。

716 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:08

フハハ。
あの二人、おもしれ〜。


いつもは、二人が開店準備をしてくれる。
アタシは一応学生が本分だし、これを本業にしている二人とは違って、
基本、入りの時間が遅い。

それでも前は、ちょくちょく早く来て手伝ってたけど、
先輩と夕飯を一緒に食べるようになってからは、一度も来てなかった。

たまには、いいかもしれないな。
仕事を始める前の、皆の和んだ顔が見れるから。

717 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:09

カウンターに入って、グラスと酒棚を再チェックする。

「ヨシさん」

フロアから声をかけられて、振り向くと
黄色いドレスをまとった高橋愛がいた。

彼女は、フロア専門。
なんとなく保護してあげたくなるタイプのようで、
彼女を指名するのは、社長やら、肩書きのある上客が多い。

「さっき、アヤカさんから電話があって。
 今夜、アメリカから来た友達を連れて行くから、
 聞きたいことあったら、どうぞって」

「そっか・・・」

視線を酒棚に戻す。

718 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:09

「ねえ、ヨシさん」
「んー?」

背を向けたまま、返事をする。
愛がカウンター席に腰掛けた。

「ほんとに、来年アメリカ行く気ですか?」
「んー、どうかな?」

「やめちゃえ」
「へ?」

驚いて、振り向いた。

「だってー―
 寂しいじゃないですか・・・」

口の中で、モゴモゴ言いながら、まん丸の目で見つめてくる。

719 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:10

そっか。
客は、この仕草と目で落ちるんだな。
なるほど・・・

「ちょっと、ヨシさん?」
「ん?」

「行かないでって、言ってるんです!」

あれ?キレた。

「聞いてます?人の話」
「聞いてるよ」

「だからぁ・・・
 ハア。もういいです」

愛は大きく肩から息を吐き出すと、立ち上がった。

720 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:11


「――アメリカにはさ、行ってみたいんだよ・・・」

そう言って、酒棚からビンを取り出した。
アメリカが原産のこの酒。

酒にもその土地によって、種類があるように
花にだって、たくさん種類があって、香りがある。

「けどさ、正直スゲー迷ってる。
 夢を叶えたいって自分と、このままでいたい自分が、毎日揺れ動いてるんだ」


アメリカ行きを決めれば、当然先輩のそばにはいられない。
もう、夕飯だって作ってあげられないし、一緒に食べることも出来ない。


けど、どこかで――

この間の夜、言われたように、ずっと一緒にいられないって事も分かってる。


いつかは――

終わりがくるんだ。


ならばいっそ、自分から飛び立ってしまおうか・・・

721 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:11

「さあ、そろそろ店開けるわよ!
 あら?愛とヨシったら、どうしたの?」

うちらを交互に見比べて、ママが目をぱちくりしてる。

「いや、別――」
「ママ」

苛立った口調の愛にさえぎられた。
だから、何でちょくちょくキレてんだ?

「ヨシさんて、気ぃ使いしぃのクセに、何でこんなに鈍感なんですかね?」

はあ?!

「全く!人が頑張ったっていうのに!」

そう言って、ドスドス足音をさせて、奥へと消えて行った。

722 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:12

「あーあ、綺麗な格好してるくせに、ガニ股で歩いちゃって・・・」

愛を見送りながら、ママがつぶやく。


「なんすか、あれ?今日随分、機嫌悪いみたいッスね?」

ママがアタシを凝視する。
段々、顔が近づいてきて、のけ反った。

「マ、ママ・・・
 ち、近いです・・・」

眼力というより、顔力――
こ、こわい・・・
背中に冷や汗がつたったのが、分かった。

「どうして、自分に向けられる目に関しては、この瞳がフシアナに
 なるのかしらねぇ」

「は、はい・・・?」

「他人と花だけは、よく観察してるのに」
「え、えーっと、おっしゃってる意味が・・・」

723 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:12

もうそろそろ、背筋がヤバイ。
どこまで、のけ反れば許してくれるんだろ?

「ま、よく目を開けて、自分の身の周りも見てみることね」

そう言われて、目を大きく見開いてみる。

「バカ!そういう意味じゃないわよ」

頭を叩かれて、やっと正常の位置に戻ってくれた。
背中イテー。

腰をさすっていると、ママが言った。


「アメリカ行くなら、全部にきちんと向き合ってから行きなさいよ」


724 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:13


**********


725 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:13

寺田副社長とは、本当にただ食事をしただけだった。
しかも、ご馳走にまでなって・・・
これじゃ、まるで逆の立場。

「あのー、ほんとにすみません」

助手席で頭を下げる。

副社長は、ハンドルを握りながら、ちらっとわたしを見ると
「かまへんよ」
そう言って笑った。


副社長だし、御曹司だから、運転手さんとかいるのかと思ったら、
自らが運転。

『運転手とか、めんどくさいやろ?』
レストランに向かう途中で、そう言うと、彼は照れたように笑った。

726 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:14

最初は、本当に二人きりだということに、
それも、自分の勤める会社の副社長と二人きりで、
向かい合って食事をしているという事実に、緊張しまくっていたわたし。

けれど、副社長が気さくに色んな話しをしてくれたおかげで、段々緊張がほぐれてきて、
おいしいお料理と、おいしいお酒を堪能できた。


「何とか、約束通り9時前に着きそうやわ」

「あ、この辺でいいです」
「なんで?ちゃんと家の前まで送るよ」

「あ、いえ。本当に」

きっと、そんなことはないけど。
バイトに行ってる時間だけど・・・

ひとみちゃんには、やっぱり見られたくない。

727 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:14

静かに車が止まる。

「今日は、本当にありがとうございました。
 ご馳走にまでなってしまって・・・
 やっぱり、申し訳ないです」

「ええねん」
「でも・・・」


副社長が、わたしの方に体ごと向いて、頭を下げた。

「ホンマ、ごめん」

え?!
急に、何?


「あれなあ、オレわざと手を動かしてん・・・」


728 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:15

「ホンマ、ごめんなさい」

深々と頭を下げる。

「どうしても、あんたと話す口実が欲しかった。
 普通に誘っても、絶対断られるの分かってたし」

「そんな・・・」

「ほんとに、ほんとにごめんなさい!!」

――ひどいよ。
あの日、わたし、すごく落ち込んだのに・・・


  『いつだって、泣きたいときは、貸してあげるって言ったでしょ?』

ひとみちゃんの優しい笑顔が浮かんだ。

729 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:15

「あんたが・・・、石川さんが好きなんや」

え・・・?

「入社式で見かけたときから、ずっと好きやった。
 今日一緒にいて、もっと好きになった」

「ちょ、ちょっと、待って下さい。
 そんなこと、急に言われても――」


「友達からでいい。
 まだ全然、好きとかじゃなくていいから・・・
 オレにチャンスを下さい」

また、頭を下げる。

「そ、そんな、だって・・・」

「副社長の肩書き抜きで、ほんとに友達からでいいから。
 だから・・・」

「ちょっと、ほんとに待って下さい・・・」

混乱しすぎて、どうしたらいいのか分からない。

730 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:16

「――恋人・・・、おるんですか?」

消え入りそうな声で、副社長が尋ねる。


恋人・・・なんて――


  『先輩』

ひとみちゃんの優しい声が、耳の奥によみがえる。


「それとも、好きな人が・・・?」

好きな人・・・なんて――


  『先輩が眠るまで、こうして隣にいますから』

ひとみちゃん・・・

731 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:16

ダメ、ダメだよ。
ひとみちゃんは、女の子だもの。

それにわたし達、恋人じゃない・・・

違う。
彼女とは決して、恋人になんか、なれないんだ。


  『先輩』

ひとみちゃんの優しい笑顔が浮かぶ。

――わたしの、好きな人・・・
――誰よりも、大切な人・・・



  『アタシ、夢があるんです』
  『実は今、アメリカの大学院に行かないかって、話しがあって・・・』

732 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:17


「石川、さん・・・?」

副社長の視線が、不安げに揺れる。


わたし――

わたしは、彼女の夢を応援しなきゃ・・・


今のままでいたら、いつかわたしは、あなたから離れられなくなってしまう。

大好きなあなたの夢を、邪魔してしまうかもしれない。



だから――


733 名前:第4章 3 投稿日:2008/09/30(火) 20:17

あなたへの思いは、胸の奥に閉じ込めて。

わたしは、あなたと出会う前に抱いていた夢に――

そう。
きっと、これは。
わたしにとってのチャンス。


だって、あなたとわたしは女の子同士。
結ばれることは、ないんだもの。

どんなに好きでも、言葉にしてしまったら、
そこで終わってしまう。

ずっと、あなたのいい先輩でいたいから・・・


だから――



一度強く目を瞑ると、わたしは副社長に向かって言った。

「わたしで本当にいいんですか?」


734 名前:花に願いを 投稿日:2008/09/30(火) 20:18



735 名前:花に願いを 投稿日:2008/09/30(火) 20:18



736 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/09/30(火) 20:18


本日は、以上です。


737 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/30(火) 20:24
初めてリアルタイムで読みました
でも・・・ああああああああああああorz
738 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/30(火) 21:26
黒板チックになってきたw

739 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/30(火) 21:49
更新おつです。

あわわわわわわーーーーーーーー。
誰か、止めてーー。
次の更新が待ち遠しいです。
740 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/01(水) 00:28
梨華ちゃーーーーーーーん!!
素直になって!!
741 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/01(水) 02:15
いやー >_<

そっちへ行くんかい >_<
742 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/10/02(木) 15:17

>>737:名無飼育さん様
 リアルタイムでお読み頂けたのですね。
 なにやら、雲行きが怪しくなってきてしまいましたが、
 はてさて、どうなりますことやら・・・

>>738:名無飼育さん様
 その板の作品は、読ませて頂いたことがないので、
 よく分かりませんが、う〜ん、どうでしょう・・・?

>>739:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 ご希望にお応えしまして、久々に早めの更新です。

>>740:名無飼育さん様
 ここの梨華ちゃん、結構頑固なんです・・・
 あ、リアルもか・・・(汗)

>>741:名無飼育さん様
 すみません!


では、本日の更新にまいります。

743 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/02(木) 15:17




744 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:18

あっという間に夏が来た。

変わったことと言えば、わたしが週一で
寺田副社長と食事に行くようになったこと。

当然、その日は、ひとみちゃんと食事出来ない訳で・・・

けれど、本当のことを、どうしてもひとみちゃんには言えなかった。

会社の先輩と――
いつもそう言って。

ひとみちゃんも、詳しいことは聞いてこない。

それ以外の日は、今まで通り、一緒に食事をして、
時間のある時は、紅茶を飲んで談笑して・・・

何一つ変わらないように感じるけれど、
わたしの中の思いは――

ひとみちゃんに対するわたしの思いは、
現実と反比例するように、どんどん膨らんでいく――

745 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:18



746 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:19

「あ〜、暑ーいっ!!」

柴ちゃんと二人で、席を確保して待っていると
上着を脱いで、汗を拭きながら、美貴ちゃんがやってきた。

「お疲れ〜」
「この暑い中、外回りは大変だね」

「ほんと、頭クラクラする」

柴ちゃんの隣に座って、わたしと向かい合う。

「クハ〜ッ!
 久々に、ここのランチが食べられる!!」

そう言って、美貴ちゃんは出されたお水を一気飲みした。

747 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:19

今は、お昼休み。
うちの会社の隣のビルに入っているレストラン。
夜は結構な値段をとるけれど、ランチタイムはリーズナブルで
近所のOLやサラリーマンで賑わっている。

今日は、今度の夏休みのお出かけ会議。

美貴ちゃんは、このところずっと、外出が多くて、戻るのはほとんど夕方。
だから、こうして3人でランチをするのは、すごく久しぶり。


「美貴ちゃん、お休みとれそう?」
「もっちろん!」

そう元気に返事して、今度はおしぼりで首筋を拭う。

「ちょっとミキティ、おやじくさいよ」

「いいじゃん、皆には見えないんだから。
 それにね、おしぼりは、拭くためにあるものなの」

相変わらずの美貴ちゃん節。

確かに今は、周りとは区切られた席に座ってるから、
見えないと言えば、見えないけどね・・・

748 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:20

「梨華ちゃんも柴ちゃんも、お休みとれたんでしょ?」
「うん」
「とーぜん」

「じゃ、予定通りの日にちでいいよね?」

3人で頷いて、異議はなし。

うちの会社は、いわゆるお盆休みと言うのはなくて、
それぞれが好きな時に、お休みをとれるシステム。

だから、3人で予定を合わせてとることにした。
幸い、3人とも違う課だから、一緒に休んだって支障はない。

749 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:21

「おじいちゃん、今年も別荘いいって?」

美貴ちゃんが柴ちゃんに尋ねる。

「毎年のことだもん。
 これも毎年のことだけど、掃除だけは自分達でしろよ、だって」

「ガッテン承知。ね〜、梨華ちゃん」
「うん」

柴ちゃんの家は、意外と言っては失礼かもしれないけど、
いわゆる良家だったりする。

代々続く名門のお家柄。
だから別荘だって持ってるし、車だって結構な高級車に乗ってる。

本人は全く無頓着で、気さくだから、何も知らないままお家に行くと、
たいていの人は、びっくりする。

750 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:21

「ところで、よっちゃん来れるって?」
「あっ、まだ、梨華ちゃんに話してない」

定食をつつきながら、あっけらかんと答える柴ちゃん。

「ちょ、ちょっと!ひとみちゃん呼ぶの?」
「うん」

当然と言うように頷く二人。

「今晩、話しといてよ」

またまた、あっさりと柴ちゃん。


「ま、待ってよ。
 だって、ひとみちゃんも予定あるだろうし」

「学生でしょ?何とかなるよ」

今度は美貴ちゃん。

「で、でも…」
「でも、なに?」

美貴ちゃんに見据えられた。

751 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:22

だって、だってね。
だってわたし、ひとみちゃんへの気持ち、必死で封じ込めてるのに――


「ねー、梨華ちゃん」

美貴ちゃんが、わたしを見つめたまま言う。

「もっと楽になろうよ」


楽…?


「柴ちゃん、言ってあげなよ」
「うん」

柴ちゃんは、頬張ったじゃがいもを飲み込むと、話し出した。


752 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:22

「あのさ、梨華ちゃん。
 梨華ちゃんさ、本当はよしこのこと好きなんでしょ?」

ご飯を飲み込もうとして、思わずむせた。

「ちょっと大丈夫?」

慌てて、お冷やで流し込む。


「だ、だいじょ、ぶ…」
「続けるよ?」

柴ちゃんは、わたしを気遣うようにそう言うと続けた。

753 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:23

「梨華ちゃん見てるとね、苦しくなる。
 本当に好きなのはよしこだって、伝わってくるんだよ。
 私達ね、確かに梨華ちゃんの夢、応援してあげたいけど、
 1番の幸せってさ、1番好きな人と一緒にいることなんじゃないかな?」

「中途半端な気持ちのままじゃ、副社長にも失礼だと思うよ?」

続けられた美貴ちゃんの言葉が、胸にささる。


「梨華ちゃん。よしこにさ、ちゃんと気持ち伝えなよ」


でも、わたし…

「――ひとみちゃんの夢、邪魔したくない・・・」

「よっちゃんの夢?」

わたしは、前に聞いた、ひとみちゃんの夢の話しを二人に伝えた。

754 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:24

「何だよ。そんなの。
 よっちゃんについて行けばいいじゃん。
 あっちなんか、日本よりよっぽど同性愛に理解あるんだし」

「そんな、簡単についていくなんて…」

「じゃあ、いいの?
 よしこ、本当に行っちゃうかもしれないんだよ?
 留学先の住まい、探し始めたんだよ!」

うそっ…


「やっぱ、よしこも梨華ちゃんには言ってないか…
 この前、ひとみんがバーに遊びに行って、ママからひそかに聞いたんだって」


そんな――

心構えしてたつもりなのに、実際目の前に突き付けられると動揺してしまう…

755 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:24

「ちゃんと伝えなよ」


「だけど――怖いよ…」
「気持ちを伝えることが?」

「だって、女同士だし、気持ち悪いって思われちゃうよ。
 わたしだって始めてだもん、女の子好きになるなんて。
 おかしいよ、絶対」

「美貴はそう思わない」

美貴ちゃんは、静かにお箸をおくと、優しい声で言った。


「よっちゃんが、そんな風に思う人じゃないって、
 梨華ちゃんが一番よく知ってるでしょ?」


「ね、梨華ちゃん」

柴ちゃんが、俯いたわたしの頭をなでた。

「梨華ちゃんはさ、幸せになっていいんだよ?」

その一言に涙が溢れた。

756 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:25





757 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:25

<プップー>

外でクラクションが鳴る。

もう、他にも住人、いるんだからね!


玄関を開けて、階下をのぞくと大きく手を振って、
美貴ちゃんと柴ちゃんの二人が、車から降りて来た。

ちょうど、ひとみちゃんがバッグを抱えて、玄関から出てきて――


「すっげぇ!レンジローバーだ!!」

柴ちゃんの車を見て、驚いてる。


わたしも戸締りをして、3人の元へ急いだ。

758 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:26

自分の荷物をトランクに詰め終わったひとみちゃんが、
わたしの荷物も詰めてくれる。

「ありがと」

いつもと違う始まりに、ちょっとだけ意識しちゃう。


「はい、よしこ」

そう言って、柴ちゃんがひとみちゃんの目の前に、車のキーをかざす。

「はい?」
「運転、よろしく」

柴ちゃんが、無理矢理ひとみちゃんの手に鍵を握らせた。

759 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:26

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。
 運転、アタシなんですか?」

「うん。車の免許も持ってんでしょ?」
「そりゃ、持ってますけど、車持ってないし、ペーパーですよ?」
「うそつけっ!」

美貴ちゃんが、ひとみちゃんの後ろから、
サングラスで頭をつついて、ひとみちゃんに手渡す。

「夏は日差しが強いからね〜
 はい、どーぞ」

「ちょっと!!事故りますって」

二人がひとみちゃんに、にじり寄る。

「ちょくちょく、マサオさんに車借りてるらしいじゃない?」
「ゲッ!」

「結構遠くまで、研究とか観察に行くらしいね〜」
「細い山道も、お手のものだって?」

「何でそれを?」
「マコトちゃんは素直でいい子だ」

「あんのやろ」

760 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:27

「先輩が3人。
 後輩は黙って運転する!」

「それでアタシ、呼ばれたんスか?」

「あら、よしこちゃん、今頃気付いた?」
「それに柴ちゃん、前進しかできないから」

「はあ?」

「そうなの、私バック出来ないのよ」
「バック出来ないなら、こんな狭い所まで、頭から突っ込まないで下さいよ・・・」


「というわけで、目的地まで一人で運転よろしく!」
「助手席で梨華ちゃんが、甲斐甲斐しくお世話してくれるから」

二人がわたしを見て、ニヤリと笑う。

「えっ!ちょっと。聞いてないよ」

「だって、今始めて言ったもん」

761 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:28

「私達後ろで寝るから、お二人仲良くね」
「目的地はナビに入れといたから、その通りに行っちゃって〜」

言うだけ言って、さっさと後部座席に乗り込む二人。

「ちょ、ちょっと!」


仕方なく、呆気にとられて立ち尽くしてるひとみちゃんを促して、
わたしも助手席に乗り込んだ。


「ったく、こんな狭い道に入れんなら、
 練習すりゃバックくらい、すぐ出来るだろーに」

「なんか言った?」
柴ちゃんが、前に身を乗り出してくる。

「独り言です」
ルームミラーを直しながら言うひとみちゃん。

762 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:28

「皆さんシートベルトして下さいよ。
 減点されんの、アタシですから」

そう言って、ひとみちゃんはサングラスをかけた。

大きな瞳が隠れてしまうのはもったいないけれど、
やっぱり何をしてもサマになる。

「似合うね」
「えっ?」
「サングラス」

途端に赤くなる頬。
白いから、すぐ分かっちゃう。


「じゃ、じゃあ、出発しますよ」

照れを隠すように、前を向いたままそう言って、
ひとみちゃんは右手をハンドルにかけると、後ろを振り返った。

助手席の後ろに、左手がまわされる――

ドキドキドキ…

一気に鼓動が早くなった。

763 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:29

たった一回切り返しただけで、道路に出る。

本当に運転、うまいんだ…

そう思っていたら、後ろから小さな声で
「やるねぇ」と柴ちゃんがつぶやいた。

柴ちゃん、本当はちゃんと運転できるの。
もちろんバックだって――


「あぶねっ!!」

突然、何かが飛び出してきた。

慌ててひとみちゃんが、急ブレーキを踏む。

同時にわたしの前に、ひとみちゃんの左手が差し出された。

764 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:29

「すみません。大丈夫ですか?」

また鼓動が早まる。


「ちょっと、よっちゃん、急になによ?」
「突然、猫が飛び出してきて・・・すみません」
「心臓、飛び出るかと思ったよ」

3人の会話が遠く聞こえた。

わたしだけ、違う意味でドキドキしてる・・・


「でもさあ」

ひとみちゃんの後ろに座っている美貴ちゃんが、
ニヤリとして運転席に近づく。

「とっさに左手なんか出しちゃって、梨華ちゃんだけ守るつもり?」

「そ、そんなこと!」

765 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:31

後ろを振り向いて抗議しようとして、
「危ないから前見て運転しろ!」
って、首を戻されてるひとみちゃん。

「う、うしろ、シートベルトしてるから、
 だ、大丈夫じゃないかと…」

「梨華ちゃんもしてるよ」
柴ちゃんも乗り出す。

「いや、その・・・なんていうか――」


「まっ、いいってことよ。
 前は二人で、イチャイチャ仲良くして下さいよ」

「そうそう、私達は寝るから」

おやすみ〜

そう言って、二人はシートに深々と座りなおした。

766 名前:第5章 1 投稿日:2008/10/02(木) 15:31

そっと、隣をうかがうと耳まで真っ赤――


わたしね、今すごくドキドキしてる。
他の誰かの隣にいても、こんなにドキドキしないのに。

あなただけなんだ。
ひとみちゃん、あなただけなんだよ。


ねぇ、あなたのその真っ赤な耳も、同じくらい真っ赤な頬も・・・

ただ、からかわれたからじゃないって思うのは、間違ってる?


あなたも――

あなたも、隣がわたしだから、そんなに真っ赤になってるんだって
そう、思ってもいいのかな・・・?

767 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/02(木) 15:32



768 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/02(木) 15:32



769 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/10/02(木) 15:32

本日は以上です。


770 名前:738 投稿日:2008/10/02(木) 21:41
更新お疲れさまです。
「黒板」とはメンバー同士の恋愛に男も入ってくる作品用の板ですよ。
草板の下のがそれなんですけど。

771 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/02(木) 23:15
更新おつかれさんです!

話が動く?動く?動きますか??
梨華ちゃん頑張れ、よっちゃんも頑張れ。
早く素直な二人が見たいです。
772 名前:741 投稿日:2008/10/03(金) 00:52
おっ、ちょっと戻ってきたw

いつも楽しく読ませてもらってマス♪

ガンバッテクダサイ☆
773 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/10/07(火) 13:02

>>770:738様
 ありがとうございます。

>>771:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 徐々に・・・ですかね。

>>772:741様
 うれしいお言葉、ありがとうございます。
 頑張ります!


では、本日の更新にまいります。


774 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/07(火) 13:02





775 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:03

車は快調に、高速を飛ばしてる。

ひとみちゃん、本当に運転が上手みたい。
追越車線に入る時も、走行車線に戻る時も、
すごくスムーズで、あまり揺れを感じない。

「運転、上手だね」
「車がいいからですよ」

そう言って、あなたは謙遜するけど違うよ。
だって柴ちゃんの運転で、この車何度も乗ってるもの。

柴ちゃんには悪いけど、柴ちゃんが運転する時は、
こんなに安心して乗っていられないし、スリル満点だもん。
きっと美貴ちゃんも同じこと、思ってると思うな。

776 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:04

「コーヒー飲む?」
「ああ、ありがとうございます」

後ろの二人は、多分タヌキ寝入り。

だってさっき、ひとみちゃんに通行券を渡されて、
どうしたらいいか困ってたら、柴ちゃんが、
窓側から声をひそめて、置き場所を教えてくれたもの。



コーヒーを取ろうと、グッと後ろに手を伸ばして、
柴ちゃんと美貴ちゃんの足の間にあるクーラーボックスを掴もうとする。

昨日、3人で車中用って、お菓子やらジュースやらを買い出ししたんだ。
けれど、2人はそれに手をつけることもなくて…

ねえ、もしかして、ホントに寝ちゃったの?


若干、美貴ちゃん寄りに置かれたクーラーボックスに手が届かなくて、
もう一度踏ん張って、グッと手を伸ばす。

美貴ちゃんが足で、クーラーボックスを押すのが見えた。

777 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:05

やっぱり起きてるじゃない。


ごめんね、二人とも。
わたしに気を使ってくれてるんだよね?

――ありがとう。


缶を二つ取り出して、体勢を元に戻した。

「すみません。大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」

ひとみちゃんが、前を見たまま左手を出す。

「ちょっと待って」

不思議そうに、横目でチラッとわたしを見る。

プルタブを開けてあげた。

「はい、どーぞ」

こんな些細なことが、すごくうれしいの。
あなたのために、何かをしてあげられることが――

778 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:05

「お菓子もあるよ?」

「ん?んじゃ、飴下さい。
 スーッとするやつがいいや」

足元に置いたお菓子袋を探って、飴をとりだす。

「ミントでいい?」
「はい」

袋を開けて、飴を一つ取り出す――


ラジオから流れてくる恋の歌と、
さっきから寝たフリをして、応援してくれてる親友の姿が
わたしの背中を後押ししてくれた。


779 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:06


「アーンして?」

「えっ?!」

驚いたように、一瞬こっちを見る。

「口に入れてあげるから」
「だ、大丈夫ですよ」

「いいから。危ないから、ほら、アーン」

また頬を染めてる。
ちゃんとしてくれないと、あげないよ?


前を向いたまま、おずおずと
ひとみちゃんがこっちに顔をよせて、口を開く。

「はい。どーぞ」

あなたの口に入れた時、微かに指に触れた薄い唇。
柔らかくて、温かくて…

自分でしたことなのに、恥ずかしくて真っ赤になった。
ひとみちゃんも、耳まで真っ赤。

780 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:07

「お、おいしいです・・・」
「ま、また、欲しかったら言って?」
「は、はい・・・」


それからわたしも、照れ隠しに飴を取り出して食べた。

自分の口に含もうとして、
さっき触れた指が、わたしの唇にも触れて、漠然と
間接キスしちゃった…

なんて思ったら、急にまた恥ずかしくなっちゃって、
カーッと顔が真っ赤になるのが、自分でもわかった。


781 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:07


「あれ?事故かな?」

気がつくと、いつの間にか渋滞していて。
ひとみちゃんが、チャンネルを変えてハイウェイラジオをつける。

「やっぱ事故だ」
「トラックがトイレットペーパー、バラまいちゃったって言ってる」



「次のサービスエリアで、少し休憩しましょうか?」


車を止めて、タヌキ寝入りの二人を起こすと、思った通りニヤニヤ。

「いやー、よく寝た、よく寝た」

なんて伸びをしながら言って、代わる代わる、わたしに耳打ちした。

782 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:08

「まさか、アーンして、なんてねぇ」
「やるねぇ、梨華ちゃん」


「軽く食事しちゃいます?」

車越しにひとみちゃんに声をかけられた時には、
わたしの顔は、ユデダコのようにまっかっか。

「あれ?どうかしました?」

首をひねるひとみちゃんに、慌てて、
「ないでもないよ」と答えた。


783 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:08


「さすがに込んでるね〜」

サービスエリアの建物内は、わたし達と同じ事を思って入った人で大混雑。

仕方なく、露店で思い思いの品を買い込んで、
外のスペースに陣取る。


やっぱり外は暑いからって、わたしと美貴ちゃんと柴ちゃんはかき氷を買って、
ひとみちゃんはソフトクリーム。

「なんかサービスエリア来ると、ソフトクリーム食べたくなるんですよ」

そう言いながら、ひとみちゃんはニコニコ嬉しそうに頬張る。

その笑顔は、ほんと子供みたい。
無邪気に笑うんだよね。

784 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:09

「あ、ほら、唇にクリームつけてるよ」
「えっ?マジですか?」

そう言って、舌で唇をひとなめ。


「あーあ、唇の端についちゃった」

そう言ったときには、自然に手が伸びてしまって…

気付いたときには、自分の指で
ひとみちゃんの唇の横を拭っていた。

「せ、せん、ぱい・・・?」


ひとみちゃんが、固まっちゃってる――



「あー、暑い暑い!」

「ホント、ホント。
 なんかここだけ、急に温度があがった感じ」

美貴ちゃんと柴ちゃんが、ニヤニヤ笑って言うから、
二人して真っ赤になった。


785 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:10


それから少し時間を潰して、再び出発。

「さてと、また私達、グッスリ眠りますから」
「どうぞ、ご自由に〜」

そう言って、二人はまた睡眠宣言した。


だからまた、わたしは甲斐甲斐しくお世話をした。


こうして、あなたとずっと、この車に乗っていたい。

そう思うほどに――

786 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:10




787 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:14

「着いたよ〜」

寝たフリだったのが、いつの間にか
ホントに眠ってしまった二人を揺り起こした。

ひとみちゃんは、荷物を下ろす準備。

「もう着いたの?」

目をこすりながら言う柴ちゃんに、別荘の鍵を催促した。



別荘に足を踏み入れた時から、
ずっと、スゲースゲー言い続けてるひとみちゃん。

「海も近いし、最高ですね!」
「いちいち感心してないで、さっさと掃除する!」

柴ちゃんに怒られても、どこ吹く風。


「おっ!この時計、7匹の子ヤギに出てくるやつみたい!」

目を輝かせて、あちこち物色中。

788 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:14

「カッケー!!」

ホント、子供みたい。
かわいい。


「あー、もう!買い出しにも行かなきゃ行けないのに!」
「そっか。そんな時間だね」

なぜ、こんなに柴ちゃんが、ご立腹かというと・・・
ここに来て、3時間が経つというのに、全く掃除がはかどっていないからで――


「柴田先輩、この重そうな箱、何が入ってるんですか?
 スゲー、何だこれ?
 南京錠って言うんだっけ?」

「はあ〜」

柴ちゃんは大きなため息を一つついて、ボヤいた。

「小学生か?あいつは…
 次から次に色んなもん、引っ張り出してきやがって!」


789 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:15

クスクスッ

「あ、梨華ちゃん、今あの好奇心の塊を、かわいいと思ったでしょ?」

美貴ちゃんにほっぺを突かれた。

「そうだよ。悪い?」
「おっ、はじめて認めた!」

二人とも大袈裟に驚いて、笑ってる。

いつもと違う環境で、いつもと違う場所だからかな?
今日は、前に進めそうな気がする。


「じゃあさ、美貴と柴ちゃんで買い出し行ってくるから、
 二人であと、片付けといてよ」

そして、親友達がこうして背中を押してくれる。

790 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:16

「よしこ!」

柴ちゃんが、南京錠と格闘中のひとみちゃんの頭をハタキで叩く。

「なんスか?」

あ、柴ちゃん。
さっきそれで、巨大な蜘蛛の巣、巻き取ってたよね…?


「あんたが遊んでばっかいるから、一向に掃除が進まないの、わかる?」

口をあんぐりと開けて、回りを見渡す。

「あれ…?
 アタシ、雑巾どこやったっけ?」


「ココ」

美貴ちゃんが、手にぶら下げて示す。

791 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:16

あは、あはははは…

ひとみちゃんが立ち上がるのと同時に、柴ちゃんが首根っこを掴んだ。

「いい?
 私とミキティは、今から買い出し行くから。
 梨華ちゃんと二人で、掃除終わらしといて!」

そう言って、柴ちゃんがひとみちゃんを睨む。

美貴ちゃんが睨むのも怖いけど、柴ちゃんもなかなか。
美貴ちゃんに睨まれると固まっちゃうけど、柴ちゃんは背筋が凍る感じ。

思った通り、ひとみちゃんがブルッと身を震わせた。

792 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:17

「ひとみちゃん、がんばろ?」
「はい!」

ひとみちゃんが、笑顔で返事する。

「デレッとすんなっ!!」

またハタキで叩かれてる。
だから柴ちゃん、そのハタキ…


「でも…」
「でも、何?」

またまた柴ちゃんが、ひと睨み。

793 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:17

「買い出しって、お店行くんですよね?」
「そうよ」

「スーパーですか?」
「ちょっと離れたとこにあんのよ」

「と言うことは、お車で?」
「だから何?」


「いや〜、バック出来ないのに駐車どうすんのかなって」

ウグッ

言葉に詰まった柴ちゃんを、してやったりとばかりに、
ニヤニヤして見つめるひとみちゃん。

794 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:18

「バーカ、路駐すんだよ」

美貴ちゃん、見事な切り返し。


「そ、そうだよ。
 ハハハハ…」

「ふう〜ん」

首根っこを掴まれたまま、横目で柴ちゃんを見てる。

意外とスルドイんだね…


「ま、いいや!
 先輩、チャッチャカ、やっちゃいましょ?」

わたしに笑顔で呼びかけた。

795 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:18

二人を玄関まで見送ると、

「さ、始めますか!」
そう言って、ひとみちゃんは腕まくり。

「あ、ちょっと待って。その前に――」

ひとみちゃんの髪に手を伸ばした。


さっきの蜘蛛の巣がね…


「ちょっとしゃがんで?」

ひとみちゃんが中腰になる。

「なんかついてます?」
「あ、うん。ちょっとね、ホコリが…」
「さっき、机の下に潜り込んだからかな?」

「そ、そうかもね…」

柴ちゃんのハタキで、とは言わないでおこう。

796 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:19

「とれたよ」
「ありがとうございます」

中腰のまま、顔を上げて言うから、見上げられる。
いつもと違う角度で見る、あなたの瞳は、やっぱり綺麗で・・・

あなたに触れたいという思いが、込み上げてくる。


「完全にとれちゃったね、パーマ・・・」

すっかり真っ直ぐに戻った髪に、もう一度触れる。

「アレは、さすがにもういいですよ」

体勢を直したひとみちゃんを、今度は見上げた。


「そう?可愛かったよ?」
「その割にはダビデ像とか、言ったじゃないですか〜」

ぷぅっと頬をふくらませたと思ったら、
髪に触れているわたしの手首を掴んだ。

797 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:19

「でも…」

掴んだまま、真剣な瞳になる。

「先輩が似合うって言ってくれたから、
 金髪は保ってるんです」


掴まれている手首が熱い。
あなたの眼差しから、目が離せない。

ねぇ、心臓が壊れちゃいそうだよ・・・




<ボーン、ボーン、ボーン>

さっき、ひとみちゃんが感動した時計が、
静寂を引き裂くように、時を刻んだ。

798 名前:第5章 2 投稿日:2008/10/07(火) 13:20

「す、すみません・・・」

ひとみちゃんが、サッと手を離す。

向かい合ったまま、二人で俯いて――


多分今、あなたもわたしも真っ赤な顔してると思う。
そう思うと、恥ずかしいけれど、でも――


ねぇ、ひとみちゃん。
わたし、期待してもいいのかな?

あなたの言葉、あなたの振る舞い・・・

あなたも、わたしと同じ思いでいてくれてるって。


――そう思うのは、間違ってる?
799 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/07(火) 13:20



800 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/07(火) 13:20



801 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/10/07(火) 13:22


本日は以上です。

802 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/07(火) 23:25
更新お疲れ様です。
毎回読んでいて次ぎどうなるのかワクワクしてます。
今一番の楽しみな小説!
次回更新までお待ちしてます。
803 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/08(水) 16:57
トラックからトイレットペーパーが散乱してるシーンをどこかでリアルで見たな、と思ったら某FCツアーの時・・・・作者さん行かれましたねw
804 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/08(水) 20:26
ageないでね

805 名前:てん 投稿日:2008/10/08(水) 22:08
E-ね!
素直になりかけた二人の成果が尼尼になれることを期待してます。
ワクワクどきどきまってます。
806 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/10/12(日) 17:05

>>802:名無飼育さん様
 うれしいお言葉、ありがとうございます!!
 ますますワクワクして頂けるように、頑張ります。

>>803:名無飼育さん様
 悲しいかな、参加してないのです・・・
 行きたかったぁ!!
 ハンカチをかみ締めながら、PCとにらめっこしていた結果、
 使った小ネタです。

>>804:名無飼育さん様
 ありがとうございます。

>>805:てん様
 E−ですか?
 ありがとうございます。
 読みは、某サングラスのおじさん風で合ってます?



では、本日の更新にまいります。








807 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/12(日) 17:06




808 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:08

「ただいま〜」
「おー!すっかり片付いてる!」

買い物袋を、両手いっぱいにさげたまま、
柴ちゃんと美貴ちゃんが、感嘆の声をあげる。

「おかえり〜」

洗い物の手を一旦とめて、二人を出迎えた。


「あれ?よっちゃんは?」
「お庭」

窓の外では、頭にタオルを巻いて、
バーベキューセットと格闘中のひとみちゃん。

「梨華ちゃん、アレ仕舞ってる場所、知ってたっけ?」

「ううん。
 ひとみちゃんが、さっき探検中に見つけたって」

「ハハハ。
 なかなかやるな、アヤツ」

柴ちゃんが、窓に近づいて、豪快に開ける。

809 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:09

「よしこ!やれば出来るじゃん!」
「おっ!」

ひとみちゃんは、一瞬驚いた顔をすると、
すぐに顔を、クシャッと崩して微笑んだ。

「まっかして下さいよ!掃除得意ですからっ」
「散らかすのもじゃないの?」
「いや、普段はあちらの先輩の方が、散らかし上手ですから」

「ちょっと、ひとみちゃん、どういうこと?!」

「うんうん」
「あたってる」

ちょっと二人まで!


ふはっ
アハハ

ハハハハハ

皆で笑った。

810 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:10


なんかね、ひとみちゃん、
あなたと一緒に過ごしてる時間が、本当に楽しくて仕方ないんだ。



「やっぱ、いいカオすんなぁ・・・」

美貴ちゃんが、隣でつぶやく。


柴ちゃんも、お庭に出て、
ひとみちゃんを、お手伝い。

あの二人、ホントに姉妹みたいかも…


「梨華ちゃんの事だよ?」
「えっ?」

「梨華ちゃん、よっちゃん見てる時、
 ホント、いいカオしてる」

「そ、そお?」

「うん。
 愛しい人を見てます〜って光線が、出まくってる」

「そ、そんなことないよ・・・」

811 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:11

「いいんじゃない」

そう言って、美貴ちゃんはわたしの肩を
ポンと叩いた。

「素直になっちゃいなよ。
 それに今夜、二人がラブラブになれるように
 柴ちゃんと、作戦考えて来たからさ」

「さ、作戦?!」

思わず、声が裏返った。

「グフフフフ
 新婚さんのように、ぴ〜ったりくっついちゃうような
 熱い夜にしてあげるっ!」

「ちょ、ちょっと、美貴ちゃん?!」

「まあ、楽しみにしてて〜」

そう言い残して、キッチンへと消えていく。

812 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:11

し、新婚なんて――

頬がカッと熱くなる。

だって、さっきわたしが思っちゃったから…


『ココの掃除機、年代もので重そうだから、アタシがやりますよ』

そう言って、ひとみちゃんは掃除機をかけてくれて、
わたしは拭き掃除。

途中、何度も目が合って、微笑み合って――

新婚さんの日曜日って、こんなかな?
なーんて、一人で思っちゃってて…

813 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:12


お庭では、柴ちゃんとひとみちゃんが、
順調にセッティングを続けてる。


ふと、ひとみちゃんが、顔を上げて、
こっちを見た。

ニコッと微笑むと、わたしに向かって手を振る。


――ねぇ、ひとみちゃん。

胸の奥にしまっているこの気持ち、あなたに伝えてもいいのかな?


窓越しに微笑み返して、
わたしも同じように手を振った。

814 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:12




815 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:13

カンパーイッ!!


「クハーッ!
 汗かいた後のビールは、うまいっ!」

ひとみちゃんが、喜びの声をあげる。


「さあ!
 ガッツリたべよーぜ!!」

さっさと、お肉を鉄板にのせて
臨戦体制の美貴ちゃん。


鉄板が、お肉で埋め尽くされると
ひとみちゃんが、不満の声をあげた。

816 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:13

「ちょっと藤本先輩!
 野菜も焼きましょーよ!」

「うっさい!まずは肉なんだよ」

「よしこー
 最初は好きにさせてあげて」

涼しい顔で、缶ビールを飲む柴ちゃん。


「だって〜
 肉ばっか、焼きすぎですよ〜」

「黙れ!!」

美貴ちゃんが、ひと睨み。

817 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:14

ひとみちゃんは、うなだれると
わたしと柴ちゃんのそばにやってきて、小声で囁いた。

「藤本先輩って、肉焼く時は、5割増しで怖くなるんスね」

「なんか言ったか?」
「い、いや、別に・・・」

「耳まで5割増しで聞こえんのかよ…」


また美貴ちゃんが、ジロリと睨む。

ひとみちゃんが、無言で首をふると
美貴ちゃんはまた、黙ってお肉を焼き始めた。

818 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:15

「だから、最初は好きにさせてやれって言ったでしょ」
「もっと早く教えて下さいよ」

そう言って、ひとみちゃんは
グッと缶ビールを飲み干すと、肩をすくめた。


「ったく、先輩達って、可愛い顔して中身オッサンだよな」

「ちょっとひとみちゃん!
 それ、わたしも入ってるよね?!」


「あ、酒取ってこよ…」

白々しくそう言った、ひとみちゃんの頭に――

<バサッ>

819 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:15

「オッサンって言ったか?」
「ちょっと柴田先輩、ハタキで叩くのやめて下さいよ」

「オッサンって言うからだ!
 ねー、梨華ちゃん」

「ねー
 あ、でも柴ちゃん、そのハタキね、
 蜘蛛の巣がついてるの」


「うそっ!マジで?!」

頭をパタパタ、手で払うひとみちゃん。

820 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:16

「あ、横だよ横」
「こっちですか?」

「逆逆」
「こっち?」

「違う、上上」
「えっ?ココ?」

「だから違う、後ろだって」


「お〜い、肉焼けたよって、よっちゃん、何自分の頭叩いてんの?」

「頭に蜘蛛の巣、あるって
 柴田先輩が、蜘蛛の巣付きのハタキで叩いたりするから!」

頭を下に向けて、無造作にはたく。


「そのハタキ、さっき美貴が綺麗にしたけど?」


プッ
ふふふ

821 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:17


「・・・騙したんスか?」

「誰も頭に蜘蛛の巣ついてるなんて
 一言も言ってないよ?」

白々しく、柴ちゃんが答える。

「アハハ!
 よっちゃん、サイコー!」

美貴ちゃんが、手を叩いて爆笑する。


「ひっで〜!!」

そう言いながら、ひとみちゃんも笑ってる。

822 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:17



今年の夏は、いつもにも増して、サイコーに楽しい。

みんなでバーベキューして、お酒を飲んで。
お腹を抱えるほど笑い合って…


そして隣には、大好きな人がいる――


来年も…
その次の夏も、あなたと一緒に過ごしたい。


だから、あなたに伝える勇気を下さい――


あなたの笑い声を聞きながら、
一人星を見上げて、そっと夏の夜空にお願いをした。

823 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:18





824 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:18

お片づけも済んで、順番にお風呂に入って。

「よしこは、最後」
「何でですか〜?」
「年功序列なんだよ」

容赦なく、二人に言われて、
目をこすりながら、待機したあげく、
やっとのことで、現在入浴中のひとみちゃん。

何度も順番変わってあげるって言ったのに、
意地になっちゃって・・・


「ひとみちゃん、ちょっと可哀想だったな」
「なんで?」

「だって、今日一人で運転してきたでしょ?
 疲れて、すごく眠いんだと思うの。
 やっぱり、順番変わってあげれば良かっ――」

言い終わる前に、二人に詰め寄られた。

825 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:19

「大事な夜を、そんなに簡単に終えていい訳?」

し、柴ちゃん。近い・・・

「美貴がイジワルで、よっちゃんを最後にする訳ないでしょ?」

そ、そうかな・・・?


「あのね、梨華ちゃん」

二人がけのソファーで、両脇を二人に挟まれる。


「今夜は、とっておきの作戦考えたから!」
「とっておきって・・・」

「題して『今夜は抱きしめられて眠っちゃえ』作戦!!」
「ちょ、ちょっと!抱きしめられ・・・って・・・」

「いいから、いいから」
「だからね――」

美貴ちゃんが、わたしに耳打ちする――

826 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:19


「ムリムリ、ムリだって!
 そんなの、出来ないよ!」

「何言ってんの。せっかくのチャンスだよ?
 真夏の夜の夢だっつうの」

「そ、そんなこと・・・」

「いいから、私達がうまく雰囲気作るからさ」
「そうそう。美貴が芝居するから、その通りにやってみなって」

「で、でも・・・わ、わたし、そんな演技なんて――」



「エリンギがどうかしました?」

827 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:20

「よ、よっちゃん?!」
「は、早かったね・・・ハハハ」

柴ちゃんと美貴ちゃんが、スッと立ち上がる。

わたしは、ドキドキしてしまって、
ひとみちゃんに背を向けて座った状態で、動けないまま・・・


向かい側のソファーに、柴ちゃんと美貴ちゃんが
何気なく腰掛けて、ひとみちゃんが座るとしたら――


「あー、気持ちよかった!」

無造作にタオルで頭を拭きながら、
わたしの隣に腰掛ける。

それだけで、固まるわたし――

828 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:21

「明日、エリンギ焼きます?」

ソファーの上で胡坐をかいて、わたしの方を向いて言う。
大きめのソファーだけど、さっきの名残で、
ひとみちゃん寄りに座ったままだから、ものすごく距離が近い。

「エ、エリンギ??」

思わず声が裏返った。


「あれ?エリンギって、話してませんでした?」

今度は頭をガシガシ拭きながら、柴ちゃんと美貴ちゃんに尋ねる。

「そ、そうそう。エリンギね。食べよう、うん」
「明日も、買い出し行くしね」



「――ホントは、柴田先輩、運転ちゃんと出来んでしょ?」


ブッ

柴ちゃんが、飲みかけたお茶を吐き出した。

829 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:21

「きったねぇ〜!!」

ひとみちゃんが、声をあげる。

なぜかと言うと、ローテーブルを挟んで、
ひとみちゃんの目の前には、柴ちゃん。
わたしの目の前には、美貴ちゃん。

柴ちゃんが、前を向いて噴き出せば、
当然、目の前のひとみちゃんにかかる訳で・・・

しかも、わたし向きに座ってるから、
横にかかってたりして・・・


「よしこが、変なこと言うからでしょ?」

台ふきで、テーブルを拭きながら、
柴ちゃんが抗議する。

「ほんとのことじゃないですか〜」

肩口にかかった飛沫を、自分のタオルで拭きながら言うひとみちゃん。

830 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:22

「ねぇ、濡れたので拭いた方がいいよ?」

そう言って、キッチンに行って、布きんを取ってくると
ひとみちゃんのそばに戻って、肩口をつまんで拭いてあげる。

「すいません」
「ううん。ちょっと冷たいかも。
 着替える?」

そう言って、顔を上げて、あまりの近さに驚いた。

わたしも肩口に、顔近づけてるし、
ひとみちゃんも、のぞいてるから当たり前なんだけど――


「ねぇ、そこのお二人さん。
 顔近づけ合っちゃって、二人の世界を作りたいのはわかるんだけど、
 美貴達もいるの、忘れないでくれるかなあ?」

「そ、そんなつもりじゃ」

慌てて、ひとみちゃんから離れる。

「そ、そーですよ!」

831 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:23

「ま、いいんだけどね。
 せっかく4人でいるんだし、なんかしない?」

美貴ちゃんの提案に、柴ちゃんがポンっと手を叩く。

「映画見よ?」
「いいね〜」

始まった・・・
とうとう、始まっちゃった。

二人のお芝居が――


「い、いいですね〜
 せっかく、4人なんですから。4人で、ね」


ねぇ、ひとみちゃん。
そこは、せっかく4人なら、何か別のことしましょうよ?
って、言う所じゃない?
ほら、ゲームとか、トランプとかさ。

映画って、4人で集まったから
じゃあ、せっかくだから・・・
なんて言って、見るものじゃないと思うの・・・

832 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:24

「あ、ワイン残ってたから、飲みながら見ます?」

そう言って、ひとみちゃんは立ち上がって、キッチンへ――



「やーっぱね。煽ればよっちゃん、絶対賛成すると思った」
「よしこ、とりあえず逃れるために、賛成したよね?」

ウッシッシ・・・


あ〜
もう、二人の手の平の中だ。

「ねー、ホントにわたし、無理だって」

小声で、二人に抵抗する。

「今更、何言ってんの?」
「後は、実行あるのみ」


そんなにうまく行くかな?

833 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:25

「で、何見ます?」

ワイングラスとボトルを抱えて、
ひとみちゃんが登場。

「やっぱ、夏はね、こういうのがいいでしょ?」

柴ちゃんが、取り出したのは、
ホラービデオ。

わたしが、小さくため息をついたのを見て、
美貴ちゃんが、わたしだけに見えるように
密かにカチンコを鳴らすまねをする。

「何ですか、それ?」

ひとみちゃんは、まだ分かっていないようで
グラスにワインを注ぎながら、柴ちゃんに質問。

834 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:26

「えー!!美貴、絶対やだ!!」

美貴ちゃんが、自分をかき抱いて抵抗する。

「何、言ってんの。夏はこういうのを見て涼しくなるの!」
「やだ、やだ。怖いの、ヤダ」

「よしこは、もちろん。
 こんな子供だましの映画なんか、へっちゃらでしょ?」

「へっ?あ、ああ、も、もちろん。
 へ、へっちゃらです、はい・・・」


「梨華ちゃんだって、こういうの苦手でしょ?」
涙をうっすら浮かべて、美貴ちゃん迫真の演技。

「う、うん・・・そうだね・・・」

「ほらみろ」
「ミキティ、そんなに怖いなら、私にくっついて見ればいいでしょ?」

「えー、でもぉ〜」
「誰かがぴったりくっついてれば、見れるんでしょ?」

「そうだけどさぁ…」

835 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:27

「ちゃんと背中から、抱きしめといてあげるから」

ちょ、ちょっと、柴ちゃん!
背中から抱きしめるって、まさか、わたし達にもやらせる気?!


「あの〜、そ、そこまでして、見なくてもいいんじゃないですかね…?
 ほら、藤本先輩、嫌がってるみたいだし…」

ひとみちゃん、ごもっとも。
でも、こんな美貴ちゃん見たら、面白がると思ったのになぁ。


「違うの、本当は見たいんだよ、美貴も。
 あれだよ、ほら。怖いものみたさ?みたいな…」

おっ、美貴ちゃん、作戦変更した。

「そうなの、本当はミキティ、ホラー好きでさ、
 見たいんだけど、そばに誰かいないと見れないの。
 だから、こうして皆で集まった時じゃないと、ね?」

この二人の話術は、ホントに尊敬に値すると思う。


「美貴、一人暮しだからさ。
 普段見たいなって思っても、なかなか見れないの…」

目まで、ウルウルさせちゃって――
美貴ちゃん、今から女優目指しても、イケるんじゃないかな?

836 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:27


「でも・・・、先輩も嫌いなんですよね?」
「――うん」

わたし、嘘はついてないよ。
ホラーって、あんまり得意じゃないもの。
ただね、今見ようとしてるのは、見過ぎてて、全く怖くないだけ。

「じゃあ、やっぱり止めま――」

ひとみちゃんの言葉を遮って、
美貴ちゃんが、柴ちゃんに懇願する。

「お願い、柴ちゃん!抱っこしてて!!」
「わかった、わかったって」


はあ〜
どうしても、この二人は、今夜の作戦を成功させたいらしい・・・



――でもそれってさ、わたしのためなんだよね・・・

ここまで、迫真の演技を続ける二人に感謝しなきゃ、だよね?

837 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:28

「ひとみちゃん、わたしもちょっと見たいかも…」

「「ほらっー!!」」

良くやった!
と言わんばかりに、ひとみちゃんにたたみ掛ける二人。


「で、でも…」

「いいじゃん。梨華ちゃんの事は、よしこが抱っこしてあげなよ」
「エエッ!だ、抱っこって…」

そうだよね。
それが、正しい反応だと思う。
けれど、ちょっとだけ、ショックかもしれない・・・


「ホイッ、決まり!!」

ブツクサ言う隙を与えずに、
柴ちゃんがDVDをセットする。

そして、その足で電気を消しに行った。

838 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:29

「うわっ!電気消すんですか?」
「当たり前でしょ?」

そう言いながら、柴ちゃんは
美貴ちゃんの背後に回って、約束どおり後ろから抱っこ。
美貴ちゃんが、二人分のワイングラスを取って、小さく二人で乾杯してる。

後はお前だとばかりに、目で合図された。

でもさ、抱っこして?
なんて言いづらいって。


そんな無言のやり取りの間に、映画の本編が始まっていた――

839 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:29



えーっと。
今の状況は、というと――


テレビに向かって、
左側のソファーには、美貴ちゃんを背中から抱っこした柴ちゃん。
あくびを噛み殺しながら、二人とも映画を見てる。

そして、ローテーブルを挟んだもう一つの二人掛けのソファーの、
テレビ側にひとみちゃん。
その後ろにわたしが座っている。


つまり、だ。

わたしは、抱っこされている訳でもなく、
逆に二人の間には、ビミョーな距離があったりなんかして――


前に座っているひとみちゃんは、
時々、ビクッと身を震わせながら、すっかり映画に見入っちゃってる。

840 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:30

実は、わたし達、この映画を見飽きるほど見てる。
去年もね、ココで見たのよ。

しかも、学生だったし、2週間くらいずっといたから
何回見たのかなぁ?

別に大好きな映画って訳じゃないんだけどね。
確かに怖くて、最初に見た時のインパクトがすごかったの。
だから、また見る?
みたいになったんだっけなぁ・・・?

あ、違う。
途中から、こっちの俳優さんがカッコいいとか、
いや、こっちでしょ?
みたいな論争になったんだ!

まあ、そんな訳で、
今じゃもう、いつ何が出てくるって、
わかっちゃってて、全然怖くないんだよね。


だからこそ、今夜はコレが選ばれたようで――

841 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:31

  『コレなら、抱き着きポイントわかってるから
   梨華ちゃん、心の準備できるでしょ?』

  『ココだ!って時に、思いっきり行っちゃいな』

なんて、二人に入れ知恵されたんだよね…


柴ちゃんが、痺れを切らしたように
わたしに目配せをする。


わかってる。
わかってる、けどさ――



「キャー!!」

大袈裟に驚いて、美貴ちゃんが
柴ちゃんの腕を抱きしめて、更にくっつく。

ひとみちゃんが、二人をちらっと横目で見て、
わたしの存在を思い出したみたい。

842 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:31

「せ、先輩も苦手でした、よね…?」
「うん・・・」

少しだけ、ひとみちゃんに近づいた。


向こう側から、強い視線を感じる。

『ほら、行け!』
『ここまで、やってやったんだぞ!』

二人の心の叫びが、聞こえそう。


そうだよね・・・
ここまで、してくれたんだもんね。

せ、せめて、くっついていい?
くらいは、わたしからお願いしなきゃ――


ヨシッ!


843 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:32

「来ます?」

えっ?

ひとみちゃんが、胡座をやめて
足を開く。

ど、ど、ど、ど、どうしよう!!


戸惑っていたら、薄明かりの中で、
そっと、あなたの手が差し出されて。

軽く握ったら、そのまま腕を引かれて、
あなたの腕の中に導かれた。


背中に温もりを感じる――


静かにあなたの腕が前に回って、体をすっぽり包まれた。

844 名前:第5章 3 投稿日:2008/10/12(日) 17:33

わたしの左肩に、そっとあなたがアゴをのせる――

全身がカッと熱くなった。


息づかいを感じるほど、こんなに近くに、ひとみちゃんがいる――

そう思うだけで、胸が張り裂けそうで。
いつ壊れてもおかしくないくらい、ドキドキが止まらないっていうのに――


「途中まで、ほったらかしにしちゃって、ごめんなさい」

小さな声で、あなたがわたしに謝るから、
まるで、耳元で囁かれたみたいで――

一気にまた、心臓が跳ね上がった。


言葉にならないほど、
震えてしまって・・・

黙って首をふるのが、精一杯だった――

845 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/12(日) 17:33



846 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/12(日) 17:33



847 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/10/12(日) 17:33

本日は以上です。


848 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/12(日) 18:23
その作戦にぜひ混じりたい
849 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/12(日) 23:32
更新お疲れ様です。

なんかいい感じですね。
そして友人思いの二人も最高です!
ますます目が離せない感じになってきました。

次回も楽しみにしています。
850 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/10/17(金) 19:19

>>848:名無飼育さん様
 ( ^▽^)カモンナ!
 (0^〜^)カモンナ!

>>849:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 頑張ります。


いや〜、某ユニットのせいで、
作者の脳みそがケーキになりつつあります。

いっその事、プロットを壊して、
よっちゃんにもう一度、カットひとみんに行かせて、
モヒカンにしてしまおう!とか、
夕食時に、梨華ちゃんに包丁持たせて、
追いかけさせてしまおう!とか、
ここ数日、真剣に悩んでおりました・・・

しかしながら、どんなに頑張っても、
今までのストーリーが台無しになるので、
何とかギリギリ、踏みとどまった次第です。


では、普通に本日の更新に参ります。


851 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/17(金) 19:20




852 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:20

まるで夢心地で――

温かな腕の中に包まれて、ホラー映画を見てることなんて
すっかり、忘れてしまいそう。


けどね。
ちょっとした場面で、あなたがビクッてするの。

所々、グッと奥歯をかみしめる音がして…


ねぇ、もしかして、ひとみちゃんて――


853 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:21

最大の山場で、あなたの腕にグッと力が入る。
堪え切れずに、『ウワッ』と小さな声でつぶやいた。

やっぱり――


かわいそうになって、そっと上から手を握ってあげた。
途端に、ギュッと握り返される。


ごめんね、ひとみちゃん。
早く気付いてあげれば良かった。



エンディングロールが流れて、
美貴ちゃんが体を起こして、DVDを止める。

そのまま、電気をつけに行くかと思いきや――

854 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:22

「柴ちゃん、怖〜い。
 お願い、今夜一緒に寝て?」

そう言って立ち上がると、柴ちゃんの手を引っ張った。


――美貴ちゃん、本当は、眠くて仕方ないんでしょ?


「仕方ないなぁ。
 じゃ、抱きしめあって寝るかぁ!」

ちょ、柴ちゃん?!

柴ちゃんが立ち上がって、美貴ちゃんの肩を抱き、わたしを見る。


「梨華ちゃん、名前覚えてるよね?」
「名前?」

「そうそう、さっき美貴達が命名したでしょ?」


あ…

  『今夜は抱きしめられて眠っちゃえ』作戦!!

二人の得意げな顔も、一緒に思い出した。

855 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:22

「じゃ、わたし達寝るから」
「おやすみ〜」

肩を組んで、二階へ――

と思ったら、階段をあがりかけた所で、
柴ちゃんは立ち止まると、正面を指差した。

「梨華ちゃんとよしこの寝室は、
 このリビングの奥にある、あの部屋だから」

「はっ?!」

「はっ、じゃないでしょ。
 よしこ、梨華ちゃんと一緒じゃ不満なの?」

「まさか不満なんて!でも急に、そんな…」

二人は、リビングに戻ってくると、
腕組みをして、ひとみちゃんを見下ろした。

856 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:23

「この別荘ね、寝室が二つなの。そして各部屋には、ベッドが二つずつ」
「美貴は、柴ちゃんと一緒じゃなきゃ怖〜い」
「ということは?」

「「ユーアンダースタン?」」

二人とも、打ち合わせしたに違いない。
だって、息がピッタリだもの。


「――わかり、ました…」

ひとみちゃんが、小さくつぶやいた。


「ではでは、改めて」
「おやすみなさ〜い!」

そしてまた、肩を組んで、二階へ――

と思ったら、柴ちゃんが、
また階段を上がりかけて止まる。


857 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:24

「いつまでも、そうやって、くっついててもいいけど、
 どうせなら、私達みたいに抱き合って寝れば?」

ニシシシ

「それでは、ホントに」
「おやすみ〜」

終始、ニヤニヤした二人に、そんな風に言われたけど
残されたわたし達は、どうしたらいいか分からなくて
離れることも出来ずに、沈黙したまま――


  『今夜は抱きしめられて眠っちゃえ』作戦、ね…


「あ、あの〜」

耳の横で声がする。

858 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:24

「トイレ行きたいんですけど…」
「あ、ごめんね」

慌てて、立ち上がる。
スッと背中の温もりが消えて、寂しくなる。


「せ、先輩は行きませんか?」
「わたしはいいよ、後で」

「そうですか…」

ひとみちゃんが、腕をさすりながら
立ち上がって、キョロキョロする。


「えっと…
 廊下に用事なんて、ないですよね?」

ないよ。

そう言おうとして、気付いた。

859 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:25

そっか、ひとみちゃん、一人で行くのが怖いんだ!

そうだよね。
あれ、突然トイレに現れるシーンが、あったんだった。

それと寝室の窓から、侵入してくるシーンも――

もしかすると、もしかして
作戦、成功しちゃうかもしれない。


「あのね、わたし、洗面所行きたいの。
 一緒に行ってもいい?」

そう言ったら、心底ホッとしたように
ひとみちゃんは、顔を綻ばせた。

かわいい…

でも罪悪感、感じちゃうな。


作戦では、わたしが怖がって
ひとみちゃんに、お願いする予定だったのに――


ちょっと可哀想な事しちゃった。

860 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:25


「先輩?」

トイレの中から、わたしがちゃんといるか、声をかけて確認してる。

小さな子供みたいで、
ほんと、かわいい。

「先輩?いますよね?」

「うん、いるよ」






「先輩?」

もう、何回も呼ばなくたって、
いるってば!

「大丈夫、いるよ」

水を流す音が聞こえて、ひとみちゃんが出てくる。

861 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:26

「はあ〜、すみません。
 もう、バレちゃいましたよね?」

困ったように、はにかんだ。


「怖いの、苦手だったんだね」

「そ、そんなことないです。あれが怖すぎなんですよ!
 って、説得力ないか…
 はあ〜、かっこわりぃな、アタシ」

「そんなことないよ。すごくかわいい」
「また、からかう」

「違うよ、ほんとにかわいいんだってば!」

本当だよ。
胸の中にギュッて、閉じ込めちゃいたいくらいだもん。

862 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:26




「一緒に、寝よっか?」

「うえっ??」

うえって、何よ。
これでも頑張って、
勇気を出して、言ったんだからね!

「い、いや。一緒にって、あの、一つのベッドにって、ことですよね?」
「そうだよ」

「それは、やっぱ、まずいです…」
「なんで?」

「いや、だって…」

口をモゴモゴ動かしながら、
はっきりしない、ひとみちゃん。

何よ!
なら、いいもん。

863 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:27

「じゃあ、ひとみちゃん、窓側のベッドに寝てね」

そう言って、寝室に向かって歩きだす。

「ゲッ!窓側?!」

声が裏返ってるよ。


「いや、今夜は窓側は嫌だなぁ…
 なんて」

わたしの後ろをついてきながら、
ブツブツつぶやく。

「窓側は無理だ。でも、先輩もですよね…
 かといって、一緒にってのは――」


だから、何でよ?

864 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:27

寝室のドアを開けた。

迷いなく壁側のベッドに向かうわたし。

さあ、どうする?
ひとみちゃん――



しばらく逡巡した後、
電気を消して、ひとみちゃんは窓側のベッドへ――

ムカッ


いいもん。
もう少し、イジワルしちゃうもん。


865 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:27

「あれ?
 今カーテン…、揺れ、た?」

布団をめくって、まさに潜り込もうとしていた
ひとみちゃんの背中が、ピキッと固まる。


「気の、せい、だよね?」

我ながら、お芝居、なかなかイケるんじゃない?
なんて思っていたら――


「せ、先輩、やっぱアタシ、
 窓側、ム、ムリです…」


ヤバイ、吹き出しちゃいそう。
わたし意外とSなのかも。
こんなにかわいい姿を見せられたら、
もっとイジワルしたくなっちゃう。

でもね、今夜は――

866 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:28

「一緒に、寝よ?」

そう言って、自分の掛け布団を持ち上げた。


「わたしも怖いの。だから、お願い」

そう言ったら、やっと観念したようで、
ひとみちゃんは、小さく頷いた。


枕を持って、わたしの隣に潜りこんでくる。
何だか、叱られた子供みたいにうなだれちゃって、
ほんとにかわいい――


ひとみちゃんは、小さな声で「おやすみなさい」とつぶやくと、
わたしに背中を向けた。

867 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:28

「ねぇ、どうして、そっち向いちゃうの?」

そう言って、そっとひとみちゃんの背中に手を置いたら、
驚いたように、ひとみちゃんの体が、ビクンッと跳ねた。



今日のわたし、ちょっと大胆かも…

あなたに触れたいって欲望に
逆らえない。

何かが背中を押してくれてるみたいに、
自然と体が動いて、言葉が出てくる――


「こっち、向いて?」

ひとみちゃんの肩を掴んで、
自分の方を向かせる。

868 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:29

「まだ、怖い?」

「ちょっとだけ・・・。
 でも、先輩がそばにいてくれるから、平気です・・・」

視線を外したまま、そう答えて、
ギュッと目を閉じる。

眉間に寄せられたシワ。
長いまつげ。
スッと通った鼻筋。
薄い唇。
少し下がった目じり。
全てが愛おしくて、かわいくて――


押さえきれないほどの感情が込み上げてきて
もっと近づきたいって、心が叫んでる。


869 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:30


「ねぇ、ちょっと頭あげて?」

ひとみちゃんが、驚いたように目を開ける。
頼りなく揺れる瞳に、愛しさが倍増する。

「こうで、いいですか?」

言われた通りに、頭を少し持ち上げたひとみちゃん。


枕をずらして、頭の下に、思い切って右腕を伸ばす。

「ちょ、ちょっと、先輩?!」

「腕枕してあげる」
「そんな!大丈夫ですよ!」

半身を起こして言う彼女。

「いいから、おいで?」

左手で彼女の頭を優しくなでて、
自らの腕に導く。

心地よい重みを受け止めて、うれしくなる。

870 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:30

「腕、痛くなっちゃいますよ?」

「じゃ、もうちょっとこっち来て?
 肘の上だと、しびれちゃう」

ひとみちゃんが素直に、二の腕まで頭を移動する。

あなたを包み込むように、肘を曲げて
肩を抱いてあげた。


「辛く、ないですか?」

アゴのすぐ下から、端正な顔が不安そうにのぞいてる。

「大丈夫だよ」

ニッコリ笑って、空いてる方の手で
あなたの生え際を撫でて、髪を梳いてあげた。

871 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:30

「ひとみちゃんが眠るまで、こうしててあげる」

いつもあなたがしてくれるように、
今夜は、わたしが甘やかしてあげる。
だから、安心して眠って?


「――気持ち、いいですね」

目を閉じて、されるがままのあなた。

「ひとみちゃんが、いつもしてくれるのも
 気持ちいいよ?」

その綺麗な長い指が、わたしの髪を撫でてくれて。
優しい眼差しに見守られて、
落ち込んでても、朝目覚めると、不思議と元気になってるの。

872 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:31

ひとみちゃんの手が、わたしの腰にのせられた。


「――もっと…、くっついても、いいですか?」


返事をするかわりに、抱きしめている腕にギュッと力を入れて、
ひとみちゃんを引き寄せた。


「すごい、ドキドキしてる、先輩…」

わたしの胸に顔を埋めたまま、言う彼女。
吐く息がくすぐったいよ。

「ひとみちゃんは、してないの?」

「ヤバイくらい、ドキドキしてます。
 心臓、壊れちゃいそう…」

「わたしも、だよ。
 これじゃ、眠れないね」



「でも…、こうしてたい」

ひとみちゃんの腕に力が入って、
体がピッタリくっつく。

「うん…」


873 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:32



二人の早鐘を子守歌に、
いつしか、あなたは眠りに落ちた。


朝早く起きて、一人で運転して、お掃除もして、
嫌いな怖い話しも見せられて――

疲れちゃったよね?


あなたに腕枕をしたまま、
少し体を離して、寝顔を見る。

安心しきったように、かすかに開かれた口。
あどけない寝顔が、たまらなく愛おしい。

874 名前:第5章 4 投稿日:2008/10/17(金) 19:32

「好き…」

小さな声でつぶやいたら、
溢れるほどの愛おしさが、一層込み上げてきて
苦しくなって、涙が溢れた。


「ひとみちゃん、好きなの」

こんなにも、あなたを愛してる――


あなたの髪をひきながら、
また少し泣いた。


875 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/17(金) 19:32



876 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/17(金) 19:32



877 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/10/17(金) 19:33

本日は、以上です。

878 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/17(金) 21:28
は〜〜。
どきどきするっていうよりもほこほこしますね。イイ感じ。
続き待ってます。

別スレ立ててHAパロってのはどうでしょうかw >>850
879 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 00:38
メチャメチャ二人のドキドキがこっちにも伝わってきました。
そして、二人の友人はホント良い人達ですね。
880 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 00:52
更新お疲れ様です。

>>355で完結するまで我慢すると言いながら、ここまで一気に読んでしまいました…。
堪え性の無いドMな奴です(笑)

次の更新楽しみに待ってます!!!!
881 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 02:05
積極的ないしかーさんいいですね〜☆

怖がりよっすぃ〜もいいですね♪
882 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 04:11
いい感じいい感じ(≧▽≦)
今回の梨華ちゃんサイコー!!
柴美貴は本当に良い友達ですね(^-^)
怖がり甘えたよっしーも可愛い(≧▽≦)
作者様サイコーです!!
883 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/10/24(金) 15:35

>>878:名無飼育さん様
 HAパロですか。なるほど・・・
 このユニットで、興奮さめやらぬ日々を
 送っている作者としては、考えてみたいかも・・・
 
>>879:名無飼育さん様
 ドキドキ伝わりましたか。
 親友二人は、ほんといい仕事をしてくれます。

>>880:名無し飼育さん様
 お帰りなさいませ(笑)
 ドMだったんですね!
 じゃあ、我慢できなかったオシオキをせねば・・・

>>881:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 二人は、こんな感じもいいですよね。

>>882:名無飼育さん様
 お姉さん梨華ちゃんに、甘えんぼよっちゃん。
 結構、作者のツボです。


では、本日の更新にまいります。


884 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/24(金) 15:36



885 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:36


<カンカンカンカン!!>


派手な金属音が聞こえて、目が覚めた。


「起きろ〜っ!」

今度はすぐ近くで、鳴らされる。


「何?何だ??何事?!」

軽くパニックを起こしたひとみちゃんが、
とび起きる。

886 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:37

「いや〜
 成功、成功、大成功だね!」

フライパンとおたまを持った柴ちゃんが、
満足げに言う。

いまだ状況を理解できていない
ひとみちゃんは、辺りをキョロキョロ。


「でも、よかったぁ!
 二人とも裸じゃなくて」

「美貴ちゃん!!」


美貴ちゃんの一言が、じわじわと脳に浸透したのか、
しばらく、ポッカーンとしていたひとみちゃんが
突然、慌てふためいた。

「あ、いや。何もしてないです!アタシ!!
 あの、そういうこと、考えなかったとは言いませんけど、
 断じて、してないですからっ」

887 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:38

「ほんとに?」

柴ちゃんが、ひとみちゃんをのぞき込む。

「はい!」

姿勢を正して答えるひとみちゃん。

「ほんとに、ほんと?」
「ほんとに、ほんとです!」


「ふ〜ん・・・で。
 よしこは、何をしてないって、言い張ってるの?」


「――はい?」

「何かを考えちゃったけど、そこには至らなかったって
 必死で弁解中なんだよね?」

美貴ちゃんも、一緒にのぞき込む。

888 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:39

「「で、その何かって?」」

ひとみちゃんの顔が、一気に真っ赤に染まる。


「よっちゃん、ヤラシ〜!」
「ちがっ!!」

「仕方ない、仕方ない。それが人間の本能というものよ」
「だから、柴田先輩、違うって!」

「どう違うの?」

「ど、ど、ど、ど、どうって・・・」

「ヤラシイこと考えちゃったんでしょ?」


「さあ、言えっ!」
「言っておしまい〜」

「いや、『さあ、言えっ!』はアタシのセリフなんだけど…って、
 そうじゃなくて…
 その――、だから、つまり、あんなにくっついたら、
 嫌でも考えちゃうって言うか…」

889 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:39

はあ〜

ひとみちゃんが、深いため息をついた。

「だから嫌だったんです。一緒のベッドでなんて。
 いつも先輩が寝たら、家に帰るのだって、
 自分を押さえる自信がなかったからなのに…」


そ、そうだったの?!


ハッとして、ひとみちゃんが周囲を見渡す。


「ふ〜ん。
 なるほど、そうか、そうだったか」

「いや〜、よっちゃん、寝起きは素直なのね〜」

「ミキティ、私達お邪魔みたいだから、
 向こうでテレビでも見てようか?」

「だね〜」

「じゃ」
「ごゆっくり〜」

890 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:40

「あ、ちょ、ちょっと!」

慌てて追いかけたひとみちゃんの目の前で、扉が閉まる。



「――ひとみちゃん」

そっと呼びかけたら、振り向きざま、
ひとみちゃんは、深々と頭を下げた。

「ご、ごめんなさい。
 あの、なんて言うか、その…
 先輩のこと、そんな変な目でなんか見てませんから!
 ただ、ちょっと・・・」

「ちょっと?」

「あの、いや、だから…
 ほんとにごめんなさい…」

「あやまらないでよ」
「えっ?」


「わたしだって…
 その――」

891 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:41


 <ギャーッ!!>

すさまじい悲鳴が聞こえて、慌てて
二人で部屋を飛び出すと――


「く、く、く、くも…」

柴ちゃんと美貴ちゃんが、身を寄せ合って指差す先を、
ひとみちゃんがあっさり捕獲。

「これの何が怖いんですか?」

テッシュでつかんだまま、二人に見せる。


「やめて!お願い!」
「デカイじゃん!早く殺してよ!」

「えー、殺すのはダメですよ。
 朝グモって縁起がいいって、昔から言うじゃないですか。
 きっといいことありますよ、今日」

892 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:42

「いいことなくていいから」
「早く、お願い」

「仕方ないなぁ
 ちょっと外行って、逃がしてきます」

笑いながら、そう言ってひとみちゃんは玄関へ。


「なるべく遠くに逃がしてよ〜」

「はいはい」



ハア〜

玄関の扉が閉まる音を聞いた途端に
二人はへたりこんだ。

そして――

893 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:42

「ごめん、梨華ちゃん!
 思いっきり邪魔したよね?」

柴ちゃんが、申し訳なさそうに言う。

「でもさ、チューくらいはしたんでしょ?」

そう言って、美貴ちゃんが期待の目を向けるけど・・・


「してない」
「なんで?!昨日の夜は?」

黙って、首を振った。

「あんだけくっついて寝といて、ほんとに何もなかったの?」
「うん・・・」

「じゃあ、好きってちゃんと言った?」

「ひとみちゃんが寝てる時になら…」


「なーにやってんの、もう!」


だって…

894 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:43


『ただいま〜』


「ともかく、今日もうまく二人きりにしてあげるから」
「チューくらい、しなよ?」
「もう今夜しかないんだからね?」
「ちゃんと伝えるんだよ?いい?」

矢継ぎ早に、二人に諭された。


そうだよね。
明日はもう帰る日だもの。
今日しかない。

今日、頑張るしかない。


きっと大丈夫。
思いは届くって。

絶対にうまく行く――

怯えそうになる心に言い聞かせるように
何度も何度も、つぶやいた。

895 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:43



896 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:44

その日は日中、目一杯海で遊んで、
今夜もお庭でバーベキュー。

メインは、ひとみちゃんの強い希望でシーフード。

海老を丸ごと焼いたり、お魚もそのまま豪快に調理して。
さっきまで、『何で肉がないんだ?』って、
ふてくされてた美貴ちゃんも、ひとみちゃんの手際の良さに感心してる。


  『海に来たら、せめて1回は、
   豪快に海の幸を食べたいじゃないですか?』


海で遊んだ帰り道、ぶらっと海鮮問屋に寄って、
売り子のおばちゃんや、おじちゃんとあっという間に仲良しになって
たくさん、おまけしてもらってた。

若いお姉さんに、『カッコイイー』
なーんて言われて、照れてたときには、ちょっとムッとしたけど、
真剣にお魚を選んでる横顔や、
おまけしてもらって、嬉しそうにわたしに見せてくれたりする姿に、
また、胸がキュンとなって、
ああ、やっぱりひとみちゃんのこと好きだなって、実感したんだ。

897 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:45


「先輩、エビむけましたよ」

何も言ってないのに、ひとみちゃんがむいたエビを差し出してくれた。

「手、熱いでしょ?大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。おいしいから、熱いうちに食べて下さい」

うながされるままに、一口頂いた。

「おいしい!」
「でしょ?」

そう言って、微笑んでくれる。


「なーんかさぁ、よしこって梨華ちゃんだけに
 優しいよね〜」

「そうそう、海でだって、梨華ちゃんにだけ、
 『ここ、石ありますよ』とか、
 『肩つかまっていいですよ?』とかさ」

898 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:45

「あ、いや、それは、何か先輩、危なっかしいから――」

照れ隠しなのか、ビールを一気に呷る。

あ、それ・・・

「よしこ、それ梨華ちゃんのビール」

ブッー


「コラ!汚い。私にかかった!」
柴ちゃんが、慌てておしぼりでジーパンを拭く。

「すいません。でも、柴田先輩、これでおあいこ」
「こいつ、ムカツク!」

アハハハハ

4人の笑い声が、夏の夜空に響く。

899 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:46

何かね、今、今日は風が吹いてるなぁって思ったの。
わたしの背中を押してくれる風が・・・

今日しかないぞって、あらゆるものが、わたしに勇気をくれる――



  『あ、これ、アスターだ』

海からの帰り道、風に揺れている花を見て、
あなたがそっと教えてくれた。

  『菊の花みたいでしょ?』
  『結構、気難しい花なんですよ』
  『でもこれね、色んな色があるんです』

他にも、色々教えてくれたけど、あなたが最後に教えてくれたことが
わたしに勇気をくれた。


  『紫のアスターの花言葉はね、<恋の勝利>なんです』

900 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:47

だけど、正直すごく緊張してる。
全てわたしの思い過ごしだったら、どうしようって。

ひとみちゃんが、わたしに優しいのは、
全然、意味なんかなくて。

ホントはわたしのことなんか、
ただの先輩としか、思ってなくて。

それなのに、告白なんかして、
嫌われちゃったら、どうしよう。
軽蔑されたら、どうしよう…って。


だったら、今のままがいい。
今のまま、ずっと今のままで――


  『実は今、アメリカの大学院に行かないかって、話しがあって』


嫌だ、ひとみちゃんと離れたくない。

901 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:47

「先輩、どうかしました?」

突然、間近でのぞきこまれた。

「元気、ないみたいだから…」
優しい眼差しで、わたしを気付かってくれる。


「お〜い、よしこ〜!
 酒買って来い!」

「はあ?」
「酒がないぞ〜」
「さっきまで、まだワイン一本あったじゃないですか?」

あきれながら、二人の元に帰っていくひとみちゃん。

柴ちゃんが、密かにわたしにウィンクした。

902 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:48

「これじゃ、足りない。
 よっちゃん、コンビニ行って買ってきて」

「ヤですよ。一本あれば充分でしょ?
 どんだけ飲む気ですか?」

「今夜は飲みたい気分なの」
「飲みすぎて、また大股開いて寝る気ですか?」
「うるさい!」

柴ちゃんが、ひとみちゃんの足を蹴る。

「つべこべ言わないで、後輩でしょ?
 行ってきなさい」

「柴田先輩って、足くせ悪いよな〜。
 しかもそうやってすぐ、上下関係ちらつかせるし」

「ちらつかせてない。最大に利用してるの」

「うわっ、最悪」

903 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:49

「梨華ちゃんがついてくから、文句ないでしょ?」

言いながら、美貴ちゃんがわたしに、
目で合図する。

「なんで先輩が出てくんですか?
 欲しい人が買いに行けばいいじゃないですか〜
 大体、みんな飲んじゃったし、車じゃ行けないんですよ?
 コンビニまで結構歩くんですから」

「歩けよ!」

「藤本先輩まで、ひで〜」


ありがとう、柴ちゃん、美貴ちゃん。

3人のやり取りを見ながら、
チャンスをくれようとしてる二人に、心の中で御礼を言った。

904 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:49

「ひとみちゃん、行こ?」

「えっ、でも…」
「せっかくだもの。
 もう少し、お買い物して来よ?」


「――へいへい、わかりましたよ」

そう言うと、ひとみちゃんは缶ビールをグイッと
飲み干して、お部屋に入った。



「わたし、頑張ってくるね」

「大丈夫、絶対大丈夫だよ!」
「頑張れ、梨華ちゃん」

最高の笑顔で送り出してくれる親友二人に大きく頷いて、
わたしもひとみちゃんに続いた。

905 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:50

お庭からリビングに上がると
ちょうど、ひとみちゃんが寝室から出て来た。

「どうしたの?」
「これ、着て下さい」

差し出されたのは、行きの車中、
あなたが羽織っていた半袖のパーカー。

「夜、ノースリーブで出歩くの、
 あんま良くないかなって…」

「ありがとう。
 でも、今夜は寒くないから大丈夫だよ?」

「いや、そうじゃなくて。
 あんま、その辺の男とかに見せたくないから…」


えっ?

906 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:50

「着て下さい」

俯いて、視線を外してるけど、
ひとみちゃんの頬が、ほんのり色づいているのがわかる。


「ありがとう」

素直に受け取ると、袖を通した。
ふわっと、あなたの香りが、わたしを包んでくれた。


「行きましょ?」

玄関へと歩き出した、ひとみちゃんの後を追った。

907 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:51

別荘の門を出ると、舗装されていないデコボコの道が続く。
ここを抜けると綺麗な道路に出るんだけど…

「先輩、足元、大丈夫ですか?」

「あ、ごめんね。
 暗いから、ちょっと怖くて」

この道、通りに出るまでが、本当に暗い。
だいぶ、目は慣れてきたんだけど――


「手、繋ぎませんか?」

目の前に、白くて綺麗な手が差し出される。

嬉しくなって、あなたの手をとると、
ギュッと握りしめてくれた。

908 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:51

平坦な道路に出てしまって、あ〜あ、もう少し繋いでたかったな・・・
なんて思っていたら、ひとみちゃんは一向にわたしの手を離そうとしない。


「――このまま、でも、いいですか?」

歩みを止めずに、前を向いたまま、ひとみちゃんが言う。


このままって、この手の事でいいんだよね?

「嫌、ですか?」

無言のわたしを心配して、ひとみちゃんが視線を向ける。
慌てて、首を横に振った。


よかった…

そうつぶやいて、ひとみちゃんがニッコリ微笑む。

また胸の奧がキュンとなる。


あなたの匂いに包まれて、
あなたの温もりを感じて。

わたし今、すごく幸せ。

こんな気持ちにさせてくれるのは
ひとみちゃん、あなただけなんだよ。

909 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:52

コンビニに着くと、
ひとみちゃんは、スッと手を離した。


手の平の温もりが消えて、
寂しくなる。

もっと、繋いでたかったのになぁ・・・


お酒をたんまり買い込んで、
お菓子とおつまみも、手当たり次第、カゴの中に放り込む。

「また行けって、言われないように」
って、あなたは言うけど、
二人で来られるなら、わたしは構わないんだけど。

910 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:53

レジでお酒とお菓子の袋を受け取って、
両手に提げるひとみちゃん。

「一つ持つよ」
「ん?じゃ、お菓子の方、お願いします」

「そっち重いでしょ?少しわけよ?」

あのレジのお兄さん、少しは考えて入れてほしいな。
たくさんのお酒を、一つの袋に入れるんだもん。

「大丈夫ですよ」
「だって、そんなにいっぱい、重いって」

そんなやり取りをしながら
コンビニを出ると、ひとみちゃんが言った。


「袋、持たなくていいんで、
 代わりにアタシの手、持ってくれませんか?」

行きと同じように、目の前に手が差し出される。

911 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:53

ひとみちゃんを見ると、いたずらっぽく笑ってる。

嬉しいよ。すごく嬉しいんだけど、
手を繋ぎたいって、見透かされてたみたいで、ちょっとだけ悔しい。


「どうしよっかなぁ?」
「えー!」

「中のお酒、少し分けてくれたら、
 ひとみちゃんの手も持ってあげる」

「んじゃ、一つ」

1番軽い缶を手渡される。

「これだけじゃダメ。そのワイン貸して」
「重くないから、大丈夫ですってば」

「ダメ」
「じゃ、これだけですよ?」

お菓子の袋に、ビンと缶を一つずつ足して――

912 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:54

「はい」

再び差し出された左手を、今度は素直に握った。

手の平が重なると、またギュッと握り返してくれる。
それと同時に、わたしの心もギュッてなって、
愛しさが込み上げてくる――




「あ、花火」
「え?」

ひとみちゃんが、繋いだままの手を持ち上げて、
空を指差す。

「ほんとだ」

「そう言えば、花火買ったのにしてませんね」
「すっかり忘れてたね。帰ったらする?」

隣のあなたを見上げて言ったら、
ちょっとだけ、照れた顔をして、
とても優しい眼差しで言ってくれた。

「このまま、少しだけ…
 二人で花火、見て行きませんか?」

ねぇ、手の平から伝わっちゃったかな?
まだしばらく、こうして二人でいたいって――

913 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:55

「ちゃんと見えるとこまで、行きましょうか?」

手を繋いで、海に向かって二人並んで歩く。

砂浜では、大学生なのかな?
わいわい騒ぎながら、次々に花火を打ち上げてる。

「楽しそうだね」

はしゃぐ学生達を遠巻きに見ながら、わたしは少しだけ
ひとみちゃんに寄り添った。


「もう少し、見てたいんですけど、いいですか?」

黙って頷いた。
わたしだって、もっとあなたと、こうしていたい・・・

914 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:56

「座りましょうか?」

黙って頷くと、ひとみちゃんは
「ちょっと、すみません」
そう言って、わたしの手を離した。

そして、目の前の防波堤を股越すと、
二人分の場所を、軽く手ではたいて、フーっと息を吹きかけた。

「敷く物、なんも持ってなくて。
 たぶん、汚れないと思いますけど・・・
 あ、そのパーカー敷いてもいいですよ?」

「ううん、ありがとう。大丈夫だよ」

ひとみちゃんが、綺麗にしてくれた場所へ腰掛ける。
こんな些細な所にも、いつも気を使ってくれる。

915 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:56

ひとみちゃんが、体勢を直して
二人並んで腰掛けて、花火を見た。

「すっげー、楽しそう」
「うん」

今日は新月だから、月明かりがない分、星たちが輝いてる。

輝く星も、静かに打ち寄せる波も、そっと吹き抜ける風も、
全てが心地よくて、とてもロマンティックで――


きっと、夏の夜の全てが、わたしを応援してくれてる。

916 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:57

「また、手、繋いでもいい・・・?」
「でもさっき、下ハタいたから汚いかも・・・」

自分の手をみつめる、ひとみちゃんの左手をとった。

そっと寄り添って、繋いだ手を自分の腿の上にのせ、
もう片方の手で、あなたの手を包み込む。

グッと握り返してくれるあなた。
思い切って、あなたの肩の上に頭をのせた。

すぐ近くのはずなのに、花火の音が、遠くに聞こえて、
まるで二人だけの世界にいるみたい。


ねぇ、わたし今、すごくドキドキしてるでしょ?


きっと、この心臓の音、あなたに伝わってる。
ひとみちゃんだけなんだよ。
わたしが、こんな風になるの。

917 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:58

ひとみちゃんが、やんわりと右手で、わたしの手をはがす。

うそっ、どうして・・・?


そう思ったら、わたしの左手をとって、
自分の右手を合わせると、指と指を絡めて繋いだ。

そして、左腕を後ろに回して、
わたしの肩を抱きしめた。

わたしもひとみちゃんの腰に、右腕をまわす。


隙間がないほどに、ぴったり体を寄せ合って、
心臓が飛び出ちゃいそうなほど、ドキドキしてるのに
なぜか心地よくて――

918 名前:第5章 5 投稿日:2008/10/24(金) 15:58

「先輩の髪の匂い、好きです・・・」

そっと、わたしの髪に唇が触れた。


「――髪の匂い・・・、だけ?」

頭の上で、首が横に振られたのを感じる。


ねぇ、今わたし達、想いが重なってるよね?

繋いだ手をギュッと握り返した。



「――先輩」

ひとみちゃんが、少し体を離して、
わたしを見つめる。

すごく真剣な瞳――


震えてしまいそうで、
腰に回した手で、あなたのTシャツを掴んだ。


そして、わたしは、
そのまま静かに目を閉じた――

919 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/24(金) 15:59



920 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/24(金) 15:59



921 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/10/24(金) 15:59


本日は以上です。


922 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/24(金) 21:32
更新お疲れ様でした。

作者さんのどS発動ですね(笑)
相変わらずいい所で区切られて…。
まだドキドキしてますよ。

次回更新まで大人しく待ってますのでオシオキはご勘弁下さい!!!!
923 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/24(金) 23:59
更新お疲れ様です。

友人二人が素敵すぎる!この二人暖かい。
そして今の梨華ちゃんとよっちゃんは見ていてカワイイ。

しかし作者様気になるところで・・・・!
ということで、次の更新までドキドキしながらお待ちしてます。
924 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/25(土) 00:31
更新お疲れ様です。
いつも心の癒しとして読んでいます。
あ”ぁぁぁーまたいいところで(汗
このままいい感じになることを心から願ってますw
925 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/25(土) 03:04
玄米ちゃさん、またやったね(笑)

あなた、またイイとこで切っちゃったね(泣)

あーあ、我慢できないな〜(涙)

でも・・・待ってますから☆
926 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/25(土) 21:18
ハァ━━━━━━ ;´Д` ━━━━━━ン!!!

こ、ここで切りますか…
めちゃめちゃ萌えました。
927 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/10/28(火) 12:24

>>922:名無し飼育さん様
 すみません。やっぱり発動しました(笑)
 う〜ん。残念ですが、オシオキは見送りますかねぇ・・・

>>923:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 チラッと申し上げると、友人二人は、
 今後もチョコチョコ活躍する予定です。

>>924:名無飼育さん様
 心の癒しにして頂けてるなんて!
 ありがとうございます!!
 ただ・・・
 最後まで、いい感じを願ってて頂ければと――

>>925:名無飼育さん様
 またやっちゃいました!(笑)
 また切っちゃいました!(笑)
 我慢して下さいませ!!(大笑)

 すみません。S全開で・・・

>>926:名無飼育さん様
 萌えて頂けました?
 ありがとうございます。
 どうも、いい所でとめるのが、作者の癖のようです。
 が、今回は一応意味があったりします。


では、本日の更新にまいります。




928 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/28(火) 12:25




929 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:26

先輩が、アタシの手を包み込んでくれるのを、
ただジッと見ていた。

小さなかわいい手が、アタシの手を握りしめて、
反対の手が、愛おしそうに手の甲を撫でてくれる――

肩に、心地よい重みを感じて、
寄せ合った体から、ドキドキが伝わってきた。



昨日の晩、自分でもよく我慢したと思う。

先輩の柔らかい肌が、間近にあって。
もう、頭ん中も気持ちも爆発しちゃいそうで…

本能に任せて、抱きしめて、キスして
その先だって、考えなかった訳じゃない。

930 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:27

それでも、踏み止まれたのは、
アタシが女だから。そして先輩も女だから――


昔、マサオさんに聞いたんだ。

  『好きになったってさ、相手がそんな関係を求めてるかなんてわかんない。
   ただ仲良しの度合いが、過ぎただけかもしれない。
   女同士って、多分男と女より難しい』って。


いきなりキスして、嫌われたくない。
傷つけるのは、もっと嫌だ。

でも、もっと近づきたいって欲望に逆らえなくて。

腰を引き寄せて、胸に顔を埋めて――

931 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:28

もう充分だって。
これで、先輩への想いを閉じ込めようって、
そう思ったのに――


そばにいたら、触れたくなる。
一度、その温もりを知ってしまったら
もう一度、欲しくなる。

アタシって、こんなに欲張りだったかな…?



そして今、先輩がアタシに身を預けてくれて、
昨日みたいに、またアタシの心音と先輩の心音が、ピッタリ重なって――

932 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:28

もう、ダメだ。
気持ち、止めらんない。


そっと重なった手を剥がして、
小さな手を握り直す。

指と指を絡めて、小さな手を包み込む。
大丈夫、怖がらないで。


そっと後ろに腕を回して、華奢な肩を抱き寄せると、
アタシの腰に、先輩の腕が回されたのを感じた。

思いがけない反応が、嬉しくて。
抱きしめた手に力を入れた。

933 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:29

もうとっくに、アタシの中で、
先輩への想いが破裂していて、外に出たいって叫んでる。

けど、アタシは臆病者だから、
ここまで来ても、逃げ道を探してしまう――



「先輩の髪の匂い、好きです・・・」

先輩の髪に、キスを一つ落として囁いた。

間違いじゃない。
けど、ホントに伝えたかったのは、
こんなにも、あなたが好きだってこと。


「――髪の匂い・・・、だけ?」

違うよ。
全部。あなたの全てが好きなんです。

934 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:29

小さく首を振ったら、
繋いでいる手を、ギュッと握り返してくれた。

もう、これ以上は限界。
自制心なんて効かないよ。
マックスを遥かに越えちゃって、伝えずにはいられない。


「――先輩」

少し体を離して、先輩を見つめた。

体温が一気に上昇する。
うまくなんて言えないけど、
込み上げる気持ちを、ただ形にしたい。


先輩が、静かに目を閉じた。

・・・いい、の?


935 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:30

繋いだ手から、
触れている体から、
熱が伝わって、全身が熱い。

ずっと触れたかった、その唇――

寝顔を見ながら、いつだって、
そこに触れてみたかったんだ・・・


引き寄せられるように、アタシは先輩に近付いた。

あと数センチ。
もうすぐ、重なる――

触れ合う直前で、アタシも目を閉じた。



936 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:31




  『ひーちゃんのバカッ!!』

目を閉じた瞬間、アタシの中に流れ込んで来た画像。

傷ついた瞳が、アタシを見上げてる――



ダメだ…、怖い。

体が震えた。


こんなに好きなのに――
こんなに触れたいのに――

まぶたの裏に焼きついた、
傷ついた瞳が、アタシを責める。

  『ひーちゃんなんて、大嫌いっ!』


待って、亜弥。
危ないから、行っちゃダメだ!!

937 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:31

頭を抱えた。


強烈な恐怖がアタシを襲う。



「ひとみ、ちゃん…?」

「ごめんなさい…」


アタシ――

「ごめんなさい…」


ただ、謝ることしか出来なかった。


938 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:31


**********


939 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:32


ひとみちゃんが、近づいて来たのを確かに感じていた。

今すぐにでも壊れてしまいそうなほど、
鼓動が早くなって、
繋いだ手と、あなたのTシャツを掴む手に力が入って――


けれど、唇が触れ合うことはなくて、
代わりになぜか、あなたから震えが伝わってきて。

繋いだ手が離されて、
恐る恐る、目を開けると、
あなたは頭を抱えて、背中を震わせていた。


「ひとみ、ちゃん…?」

「ごめんなさい…」

940 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:33

「ごめんなさい…」

何度も消えそうな声で謝って――


そうだよね。
ひとみちゃんは、こんな関係、求めてなかったよね?

やっぱり、あなたにとっては
わたしはただの先輩。

だって、わたし達女の子同士だもの。
おかしいよね?
こんな関係を求めるなんて――


胸の奥が疼く。
鋭いナイフで、切り刻まれてるみたい・・・


941 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:33

「ごめんなさい…」

違うよ。
謝らなきゃいけないのは、わたしの方。

あなたをこんなに苦しめて――


ねぇ、お願いだから、わたしを嫌いにならないで。

お願いだから――


「ひとみちゃん」

「ごめんなさい、アタシ…」

942 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:34

「ヤダ、どうしたの?」

努めて明るい声を出す。

なかったことにしよう?
今まで通り、わたしとあなたは、ただの先輩と後輩。

「ホントにごめんなさい・・・」
「どうして、謝るの?」

「だって、アタシ・・・」

「目にゴミが入っちゃって・・・
 目を瞑って、開けたら、ひとみちゃん、
 謝ってるんだもの。
 何か、あったの?」

きっと、うまく笑えてない。
でもね、こうしないと、わたしが壊れちゃう――

943 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:34

「先輩、アタシ・・・」

言わないで!
聞きたくない。

ねぇ、お願い。

普通の関係に戻るから、
もうあなたへの気持ちを、表に出したりしないから。

だから、お願い。
気味悪がったりしないで・・・

お願いだから、わたしを嫌いにならないで・・・


「アタシ、ダメなん――」

「わたしの夢、聞いてもらっちゃおうかな?」


ひとみちゃんの言葉をさえぎった。

944 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:35

あなたに否定されるのだけは、イヤ。

その前に、わたしは普通だって、
そんな目でひとみちゃんを見てなかったって伝えるから。

あなたを安心させてあげるから。

だから、お願い――



「わたし、お嫁さんになるのが夢なの」


945 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:35

「え?」
ひとみちゃんが、顔を上げる。

「ずーっと、小さい頃からの夢でね。
 わたしを愛してくれる旦那さまと、可愛い子供と幸せな家庭を築くの。
 ごくありふれた、平凡な家庭でいいんだ。
 お休みのには、皆でお出かけしたりして――」

言葉を紡ぐたびに、胸の奥がチクチク痛む。


「ひとみちゃんの夢に比べたら、すごくちっぽけな夢だけど、
 わたしにとっては、大切な夢なの」

嘘は言ってないよ。
あなたへの気持ちに気付くまでは、本当にそう思ってたんだもの。


946 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:36


「――大切な、夢、ですか・・・」

俯いて、つぶやくように、ひとみちゃんが言った。


だからね、さっきの事、
思い悩んだりしなくていいよ?

あなたは悪くない。
もう、謝る必要もないの。


「今ね・・・
 お付き合いしたいって、言われてる人がいて――」


947 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:37

一度、目を閉じると、深呼吸した。

あなたへの想いを、深い深い底に沈める。

二度と浮かびあがって来ないように、
二度と、あなたを苦しめたりしないように・・・


目を開けると、わたしは思い切って言った。

「うちの会社の副社長でね。
 入社式から、ずっと好きだったって言ってくれた。
 何度かお食事にも行ったんだけど、
 すごくいい人でね・・・」

安心して。
わたしは、あなたを好きなんかじゃ、ないから――


948 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:38

「――何度か・・・、夕飯、一緒に食べれなかったのは、
 その人と、一緒だった、からですか・・・?」

「ごめんね。なんか、言いそびれちゃって・・・
 ひとみちゃんには、ちゃんと報告しなきゃって、思ってたんだけど――」

これは嘘。
あなたにだけは、知られたくなかったもの。

この夏の旅行で、あなたに想いを伝えたら、
たとえ叶わなかったとしても、
副社長には、わたしの本当の気持ち、言わなきゃって思ってた。



「その人のこと――
 先輩も・・・、好き、なんですか?」

俯いたまま、ひざを抱えてるひとみちゃん。

949 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:38

ああ、ダメ。
沈めた気持ちが、浮かび上がってくる。

ひとみちゃんが好き。
あなたのことを、誰よりも愛してる。

この気持ちを、あなたに伝えることが出来たら――


「――好き、だと、思う・・・」


激しく胸が痛んで、めまいがした。


「――そっか・・・」

ひとみちゃんが、両手で顔を覆った。


950 名前:第5章 6 投稿日:2008/10/28(火) 12:39

少しは、安心した?

あなたとの関係を、壊したくない。

わたしが気持ちをしまいこんでさえいれば、
ずっと、あなたの隣で、ちょっと手の焼ける先輩で居続けられる。


いつの日か、この胸の痛みなんか消えて、
この夏の旅行のことを、笑って話せる日が来ると思うの。

なんか、恋人同士みたいだったよね?って・・・


涙が流れそうになって、慌てて上を向いた。
相変わらず、たくさんの星が光を放っている。

けれど・・・
綺麗に見えないのは、何でかな?

蒸し暑いはずなのに、
全てが冷え切って見えるのは、どうしてかな?


ひとみちゃん――

助けて、苦しいよ・・・

951 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/28(火) 12:39



952 名前:花に願いを 投稿日:2008/10/28(火) 12:40



953 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/10/28(火) 12:40


本日は以上です。


954 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/28(火) 14:43
更新お疲れ様でした。

…って!!!!
なんて区切り方をするのですかっ!!!!(涙)
どSにも程がありますよ(笑)


こっちまで苦しくなってます…早く助けて下さい…
955 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/28(火) 16:00
切なすぎる・・・。
涙が止まりません・・・。
泣き腫らした目のままこれから夜勤・・・。
夜中に思い出し泣きしそうです(T▽T)
956 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/28(火) 17:46
ひっ...ひどい〜〜

いくら玄米ちゃさんドSけど、これがひどすぎるな〜

まあ、「ハルカゼニのって」の方が死んだ梨華ちゃんに勝たなかったあややがいるから、ここで逆立場かしら?

梨華ちゃん頑張ってね!
957 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/28(火) 22:30
毎度更新お疲れ様です!

・・・・・・・・苦しいですね・・・・。
二人にはもう一歩踏み出して欲しい・・・。

次回更新を楽しみにしています。
958 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/28(火) 23:54
えぇ〜・・・そっかー

がんばれよしこ!
959 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/29(水) 00:35
ぐおぉぉぉぉ―――(>_<)
ざぐじゃざば―――(ToT)

歯痒い二人(T_T)
応援します!暖かい目で見守ります。
さくしゃさま、どうぞお手やわらかにm(__)m
960 名前:925ですYO 投稿日:2008/10/29(水) 01:50
そ う き た の ね (涙)
そうなっちゃうの?(泣)
どうなっちゃうの?(涙)
気になりまくってますが、楽しみに待ってますからね(耐)
961 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/29(水) 07:12
この展開、きたきたって感じです
やっぱり玄米ちゃさまの作品はこうでなくっちゃ
あぁ、私はどれだけMなんでしょうか・・
962 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/29(水) 20:24
ロマンティックにバイオレンス♪

ああああーーー_| ̄|○
963 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/11/07(金) 14:36

>>954:名無し飼育さん様
 またもや本領発揮です(笑)
 本日もお助け出来ないかもしれません(喜)

>>955:名無し飼育さん様
 泣きはらした目のまま、ご出勤なんて・・・
 お仕事大丈夫でしたか?

>>956:名無し飼育さん様
 すみません。
 どうも作者は、痛みを伴うものが好みのようでして・・・
 作者も梨華ちゃんにエールを送ってます!

>>957:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 お互いに、あと一歩踏み出せば・・・
 というじれったさが、実は好きだったりします。

>>958:名無飼育さん様
 ここのよっちゃんに伝えておきます!





 
964 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/11/07(金) 14:46

>>959:名無飼育さん様
 ありがとうございます!
 そのお気持ち、二人に届くかと・・・

>>960:925ですYO様
 そうきました!(笑)
 そうなります!(笑)
 さて、どうしましょうかね〜(高笑)

 今日もS全開で、すみません・・・

>>961:名無飼育さん様
 おっと!!
 またもや、M発見!
 作者の傾向を分かっていらっしゃる。

>>962:名無飼育さん様
 君の悲しみさえも全て幻だから〜♪
 になると、良いのですが・・・



965 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/11/07(金) 14:54

さて、すっかり現実が凄すぎて、
もうこの痛いシーンとかいらないんじゃん?

なんて、葛藤しながらの更新になります。

容量が微妙なので、幻板に新しくスレを立てさせて頂きました。
続きはそちらにて。

幻板『花に願いを2』になります。


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