TRUE WISH
1 名前:tsukise 投稿日:2008/04/12(土) 11:27
いくつか作品を書かせていただいておりました者です。
やじすず主体のアンリアル話を展開させて頂きます。
スレ汚しにならないよう努めさせて頂きますので
宜しくお願いします。
2 名前:***** 投稿日:2008/04/12(土) 11:29


――――― 終わりも、始まりも、ぜんぶあなただった。


「愛理!!」

全身汗びっしょりのあなたは、私の名前を呼んで、
弾けるような笑顔をくれた。

いつか見た笑顔。
開く事のない記憶の扉の向こう側に閉ざされた笑顔。
わたしにくれた、悲しくも嬉しい…笑顔。

もうひとりの私が胸の奥を激しく揺さぶるけれど、
打ち付ける鼓動の意味を、
溢れそうになる涙の意味を、
そして、あなたのことを…――― 『私』は知らない。

「あなたは…誰ですか?」

問いかければ開かれる未来の扉。

落としてきた日々にさよならをして、今、進みだす。

やっぱりはじまりを告げたのはあなた。

「あたしは―――」


**********


3 名前:a prologue 投稿日:2008/04/12(土) 11:30





薄暗い部屋のたった一つの明かりは、
カーテンの隙間から差し込む、一日の始まりを告げる陽の光。

けれど、きっとこの光も、この部屋の主にはもう届いていないだろう。
ただひとつ届くのは、優しい一人の笑顔だけ。
無条件の笑顔だけ。

「みや…ありがとう」

ベッドの上で横たわる、この部屋の主である少女のかすれ声。
その声を、傍らにひざまずき手のひらを包み込んでいた彼女が
頷きかけてまた笑顔を向ける。
そこに寂しさはない。

4 名前:a prologue 投稿日:2008/04/12(土) 11:30

どうして、そんな笑顔をむけられるんだろう?

ずっと私は不思議でならなかった。
私だったら、きっと泣く。
どうしようもできない気持ちが抑えきれずに、きっと。

でも、彼女…みやは言った。

『それが…私たちの試練だから』、と。

試練。
その言葉の重さを痛感した瞬間かもしれない。

「みや…」

最期の時は、残酷に、でも、穏やかに少女に訪れる。
優しい笑顔を瞼に焼き付けるように、
じっと、みやの瞳を覗き込みながら。

5 名前:a prologue 投稿日:2008/04/12(土) 11:30

「お疲れ様……梨沙子」

その声を合図に、
生命の輝きは、一度だけ眩くひかり、
そして…――― 少女から飛び立った。

「ほんとに…頑張ったね…お疲れ様」

握っていた手の甲に唇を落とし、みやは瞼を閉じる。
それから、きっと誰もがそうするように…静かに両手を胸で組んでやった。

白い肌は、朝陽の輝きに美しく映え、
彼女の旅立ちを祝福としているようで、
私のパートナーではないのに…涙がぼれそうになる。

そんな私を一瞥して、みやは立ち上がると両手を広げた。
彼女の『最期の願い』を叶えるために。

6 名前:a prologue 投稿日:2008/04/12(土) 11:30

「―――――」

すっと息を吸いこむ。

吐き出すと同時に、タクトを振るように踊る指先。
弾むように、包み込むように、
優しく、時に強く。

朝陽に照らされて神々しいその仕草は、
すべての生命を祝福する、天使の輝き。

その輝きに答えるように、部屋には小さな生命が芽を覗かせる。
少女を優しく包むように色とりどりの花を咲かせて。

少女は、生まれながらにして身体が弱く、外に出る事も叶わなかった。
もちろん、自然に触れることもできず、この四角い窓から眺めるだけで。
そんな彼女の最期の願い。
それは…触れることのかなわなかった『花に包まれてみたい』というもの。

私たちには、その願いをかなえてあげられる。
だから。

7 名前:a prologue 投稿日:2008/04/12(土) 11:31

「………ふぅ」

願いは…叶った。
生きている頃には叶わなかったけれど、それは確かに。
だってほら、少女の周りには春の季節に相応しい
パステルカラーの花々が、我先にと咲き誇っている。
少女の願いが、広がっている。

その花々に包まれて眠る少女は、
話に聞いたことのある、『お姫様』のようだった。

「みや……」

ふと目を移せば、気丈に横たわる少女を見つめるみや。
その背が、小さくて…折れてしまいそうで…いたたまれなくなる。

――― 明日は…自分がそうなっているかもしれなくて。

8 名前:a prologue 投稿日:2008/04/12(土) 11:31

「愛理」

びくっと身体が震える。
心を読まれてしまったのかと思って。
でも、みやは打って変わって凛とした声。
なにかもを受け入れたようにまっすぐな目で少女を見つめて。

「愛理もこういうの、覚悟、しときなよ」

たったその一言で。
ずきん、と胸の奥が痛んだ。
きっと顔にも出てしまったと思う。
みやが、悲しそうに私の顔を見て笑って見せたから。
声には出さないけど、『がんばれ』って、そんな風に。

優しいみや。
だから目の前で横たわる少女も惜しみない愛情を注いだ。
その愛情に限りがあるなんて、なんて残酷なんだろうね。
いつまでも続く愛情、それはこの地では叶わないものだから。

9 名前:a prologue 投稿日:2008/04/12(土) 11:31

「私は…」

交互にみやと少女を見る。
深くつながった二人を。

そんな風にひと時でも一緒にいれたのは幸せなのかもしれない。
パートナーとなる人によって、立場が変わる私たちだから。
こんなにも、最期の時も、穏やかに受け入れることが出来た二人は。

私にも…、そんなパートナーがついてくれるかな?

願わずにはいられない。
私を私と認めてくれる人と出会えることを。

「引きずられないように、ね」
「……………」

みやの言葉は重く私にのしかかってくる。

10 名前:a prologue 投稿日:2008/04/12(土) 11:32

どんなパートナーだろうと、私たちにはつき従うことしか出来ない。
最期の時を迎えるまで。
きゅっと口元を噛み締めれば、苦い思いがこみ上げてくる。

たくさんの友達たちが、次々と試練を乗り越えていく。
それに倣うように、私にももうすぐそのときがやってくると思う。

とてもつらい試練かもしれない。
もしかしたら、あっという間に終わるかもしれない。
ただ…できるならば、みやのように深い愛情の中にいたいと
飛び立つみやを追いかけながら思ったんだ。

その前を飛ぶみやから、キラキラ輝く雫が舞い降ちていることに
気づかないふりをするのに大変だったけど。

11 名前:tsukise 投稿日:2008/04/12(土) 11:33
>>2-10
今回更新はここまでです。
不定期更新になるかと思いますが
放棄だけはしませんので、宜しくお願いします。
12 名前:名無し 投稿日:2008/04/12(土) 14:41
tsukiseさんの新作待ってました!
まだまだ先が読めない展開ですがこれから楽しみにしてます!
なんだか愛理が悩みそうな感じで心配ですが・・・。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/12(土) 17:23
なんか面白そう。楽しみにしてます。
14 名前:シュン 投稿日:2008/04/13(日) 03:14
新作更新お疲れ様です。
tsukiseさんの新作を見つけたとき、
宝箱を見つけたような感覚を覚えた自分がいました。
もう暇つぶし程度では済まされないほどハマっちゃってるみたいです。
次回も楽しみにしてます。
15 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:03

ちゃんとした通知が来てから一時間。
私は、ずっと通知書とにらめっこをしていた。

みやの一件があるから、どうしても一歩を踏み出せなくて。
自分のパートナーとなる人も、あんな姿になって…名前を呼んで…そして。
そんな未来を想像して、なんだか滅入ってしまってるんだ。
ただの想像なのに…。

でも、行かなきゃ。
それが私たちのするべきことだから。

16 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:04

「あいりー」
「わっ」

突然うしろから抱きつかれて前につんのめる。
でもそんな私にお構いなく、声の主は首にしがみついてきて。
こんなことするのは一人しかいない。

「栞菜ぁー、おーもーいー」
「あ、ひどーい、傷つくー」
「わっ、わっ」

そのまま右に左に揺さぶられて、くねくねしてしまう。

「あははっ、愛理おもしろーい」
「もー、やだー栞菜ー」
「あはっ、でも、こんな愛理が主席なんて信じらんないね〜」
「うー、それもひどい」

恨めしく見上げるけれど、ぜんぜんおかまいなくにっこり笑う栞菜。
憎めないなぁ、もうー。

栞菜は私と同じクラスの者で。
勉強も出来るし、すっごく気配り上手な子。
気さくだし、あたしは好きだな。

17 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:04

「んでんで? 愛理に通知書、きたんでしょ?」
「うん……」
「そっか…、いよいよ、愛理もか」

そういえば、栞菜はちょっと前に戻ってきてた。
ということは、もう試験は終わったってことで…。

「ね、栞菜は……どうだった?」
「あたし? うーん…まぁ、なんていうか、やっぱりちょっと辛かった、かな」
「そ…っか…」

元気印の栞菜でも、やっぱり辛かったんだ…。
そう、だよね…。

みやを見ればわかる。
戻ってきてから、みやはしばらく誰とも喋らなくって。
ただ、その目をうさぎみたいに真っ赤に腫らして俯いてる姿を見かけた。

みんなが通る道のかもしれないけれど…。
私は…大丈夫かな…?

18 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:04

「ほーら、愛理! 暗い顔しないの!」
「うわっ」

くしゃくしゃっと頭をなでられてまた前のめりのなる。
追いかけてきたのは、優しい目。

「愛理なら大丈夫。みんながみんな辛いわけじゃないよ!」
「そう…かな…?」
「あたしだって、そりゃ少しは辛かったけど、ありがとうって聞けたもん。
それってすごく励みになった。あたし、頑張ってよかったと思えたもん」
「…うん」
「がんばれ、愛理! 戻ってくるの楽しみにしてるから!」
「……うんっ」

そうだ、頑張ろう。
私たちには、この試験は通過点でしかないんだから。
ずっとずっと長く続いていく試練を乗り越えるための。
これを乗り越えなければ、前には進めない。
それが、この世界に生まれた私たちの誰もが通る道。

19 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:05

「じゃねっ! ぱぱっと終わらせておいで!」
「ぱぱっとなんて無理だよぉ」
「あー…まぁ、愛理ってば優しすぎるからなぁ〜」
「そんなことはないけど…」
「でも…」

そこで栞菜は一度呼吸を置いて。
じっと私の目の中を覗き込んできた。
黒目がちな瞳が、戒めるようにむけられる。
まるで心の中を見抜くように、本当に鋭く。
ちょっとだけ、その瞳にどきっとした。

「引きずられないようにね。愛理、期待されてるんだから」
「栞菜…」

みんが言ってた。
私は期待されてるんだって。
私には全然わかんない。
勉強が出来るから期待されて、
課題を誰よりも早くクリアするから期待されて。

20 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:05

でも、優秀だと言われれば言われるほど、戸惑いは膨らんで。
大義を果たせるかとか、すごく不安になるんだ。

それに…聞いた。

この試験。
優秀なものとされるものには、辛い試練が与えられるって。
もしそれが……、みやのような辛いものだったら…。
私は、栞菜の言われるように『引きずられない』ように出来るだろうか?

「よしっ、行って来い、愛理!」
「う、うん…っ」

ぱしんと背を叩かれて我に返る。

私には…、私たちには選択肢なんてない。
ただ前に進むだけ。
迷っていても仕方ない。
せめて…、そう、せめてパートナーとなる人が、いい人であることを祈るだけ。

21 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:05

そっとパートナーの姿を見つめてみる。
遠い遠い地にいるはずのそのパートナーの姿も、
私たちにかかれば、全部お見通し。
どこでどんなことをしてるのかとか、全部。

ほら、じっと目を凝らせば、ひとつの輝きが目に入る。

元気に輝く生命体。
生き生きとしてる。
もっと見つめれば、ぱっと明るい笑顔の子。

あれが…私の…。





22 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:05

学校…、そう、ここは学校といわれる場所だ。
ひとつの教室に女の子が二人いる。
この教室…、色んな絵の具とかあって…美術室…かな?

一人は、大きなキャンバスに向かって絵を描いていて、
もう一人の女の子が、離れた窓枠に腰掛けるようにして笑顔で話しかけてる。
なんか、その子の笑顔があまりにも無邪気で、つられてしまいそう。
そして気づく。

あの子が…今、笑って話しかけてる子が、私のパートナーだって。
通知書に書いてある名前と顔を見比べて頷く。
『矢島舞美』と書かれた名前を。

すらっとした手足。
長くまっすぐな髪は、艶やかで今時珍しい漆黒。
その髪が、透き通るような皮膚の薄い肌を際立たせている。
キツい印象を与えてしまいそうな目をしてるけど、
笑顔が絶えないその姿は、明るい性格を滲ませてるみたい。

こんな子が…。
一瞬、とくんと不思議な具合に胸が鳴るのを感じた。
恋をするっていうのとはちょっと違うけど…、
なんていうか、ただ、そう…、どきどきした。

23 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:06

「えりって絵、上手いよね〜」

キャンバスに向かう女の子に、その子はやっぱり笑顔で話しかけた。
トン、と窓枠から降りると、踊るみたいにスキップで近づいてきたりなんかして、
うきうきした気持ちを全身で表してるみたい。

「舞美だって上手いじゃん。だから美術部に入ろうって言ったのに」
「あはっ、ごめん、なんかさ、アタシ、ほら、そそっかしいじゃん?
それに多分、じっとしてるとか出来なさそう」
「確かに。舞美だったらバケツとかひっくり返してその片付けで一日終わりそうだし」
「それは言いすぎー」

とっても仲良しさんなのかな?
二人は肩を震わせるようにして笑いあってる。

24 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:06

「てかさ、今ずっと何描いてるの?」
「この窓から見える学校の風景」
「学校の…?」

言われて、首をかしげながら窓の外を見やってる。
指でファインダーを作ってみたりして、うーん、なんて唸りながら。
なんか、一挙一動がコミカルで見ていて楽しい。

「あっ!この黒いのが窓の半分を隠してるあのおっきい木でしょ!」

ぽん、と手を打ってひらめいたように振り返るけど、

「違うし」

返ってきた反応は、とても冷たくて。
思わず脱力する姿が、また面白い。

「えり、冷たいよ」
「舞美がわかんないだけだってば」

ひどーい、なんて頬を膨らませてるけれど、
冗談なんだろうな、その顔には笑みが広がっていた。
お友達もつられるように笑ってみせてて、
やっぱり二人は仲良しなんだってわかる。

25 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:06

……私のパートナーとなる女の子。
すっごく冷たい人とか、酷い人だったらどうしようとか心配してたけど、
なんだか見た印象だと、ちょっとおっちょこちょいなのかもしれない。
一見すると、すっごくしっかりしてそうなのに。
でも、なんかそんな姿も憎めないんだ。
まだ少ししか知らないけど、失敗しても、なんか許せてしまう雰囲気を
その子は持っているんだ。
遠くにいる私にだって、すごく伝わってくるもん。

悪い人じゃない。
ううん、むしろ…、こういう子、私は好きなんだと思う。
その子とこれから…。

26 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:07

「よしっ」

カシャン、とパレットを机に置く音で、はっとする。
どうやらお友達が描き終えたみたい。

「完成?」
「ううん、まだ」
「もうほとんど白いところないのに」
「あははっ、塗ればいいってものじゃないんだよ、こーゆーのは」
「そうなの? 奥が深い…」

席を立つお友達と入れ違いで、絵の前に座って唸って。
じーっと覗き込むみたいにキャンバスを見て、
乾ききってない油に、おろしていた髪が触れそうになって、わたわたしてる。

「舞美、汚れないようにね。絵の具と違って落ちにくいよ、それ」
「わ、わかってるって」

見抜かれてバツの悪そうにしてる姿にまた笑みがこぼれてしまう。
あははっ、ホント、そそっかしいんだな、この子。

27 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:07

「これ、展覧会への出品作品でしょ?間に合いそう?」
「うん、大丈夫。あと手直しだからー」
「そっか〜、よかったね〜」
「まー、舞美がイタズラしなきゃ大丈夫」
「ちょっとぉー」

もー、とまた腕を振り上げるようにしてみせるけど、
全然お友達には効いてないみたい。
ぺろっと舌を出してみせてる。
ちょっと、可愛いかも。

一見すれば、とっても綺麗な子だけど、
仕草とかはすごく幼いから、そのギャップが楽しい。

28 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:07

…これが私のパートナーの姿。

そういえば誰かから聞いたことがある。
パートナーとなる人には、それなりの理由があるって。

まだひとつの世界しか知らない私たちのために、
まったく自分にはない何かを持った人がなるんだとか。
忘れてしまっている何かを思い出す時間を欲している人だとか。

でも。
思うんだ。
この子は、私に似てるって。
おっちょこちょいなところとか。
それに、何かを思い出す時間、この子には本当に必要なのかなって。
誰にだって悩みとかはあるだろうけど、今目の前にいる彼女に
どうしても思い出したいものがあるのか…よくわかんない。

29 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:07

ぐるぐるする思考に、頭を振る。
どんなに考えたって仕方ないから。
これは私のある種 試験。
だから、深く考えれば考えるほど自分が辛くなる。
とにかく与えられた課題を彼女とクリアする。
ただそれだけを考えなきゃ。

そう…、それだけ考えてればいいのに…

「よっし、じゃー舞美、帰ろ」
「うんっ、ね、ね、帰りアイス食べて帰んない?」
「い〜ね〜、舞美の驕りねっ」
「なんでよぉー」

教室を後にして颯爽と走っていく彼女を、
そのとき直視できない自分がいたんだ。

30 名前:Her appearance 投稿日:2008/05/15(木) 06:08





……さぁ、はじめよう。
彼女が眠るその前に。
彼女の願いを叶えるために。
きっと彼女にだって、どうしても叶えたい自分の願いはあるはず。
だから、それを私が。

そう…思っていたのに。

私はこの後、思い知る。
どれだけ自分が自分勝手な者だったのかを。
そして…どれだけ彼女が…精一杯生きてきたのかを。

31 名前:tsukise 投稿日:2008/05/15(木) 06:08

>>15-30
今回更新はここまでです。
なかなか停滞気味ですが、
またーりお付き合いくだされば幸いです。

>>12 名無しさん
嬉しいご感想を頂きましてありがとうございます(平伏
そうですね、まだ停滞しているところですが
鈴木さんの今後、見守ってくださればありがたいです(平伏

>>13 名無飼育さん
ありがとうございます(平伏
更新不定期ではございますが
お付き合いくだされば幸いです(平伏

>>14 シュンさん
作者として、大変嬉しいご感想を頂きありがとうございます(平伏
読者様からのレスが大変励みとなっております。
どうぞ、亀更新となっていますが、これからも
お付き合いくださればありがたい限りです(平伏

32 名前:名無し 投稿日:2008/05/15(木) 12:09
更新お疲れ様です!!
愛理は一体何者なんでしょう…?
続きが気になります。
舞美が舞美らしいですね。
次回もお待ちしてます!!

33 名前:with 投稿日:2008/05/15(木) 19:20
どうも〜初めまして。withと申しますッ!!!
tsukiseさんの書くやじすずがかなり好きなので、これからも期待して待ってます!!!
34 名前:シュン 投稿日:2008/05/16(金) 00:48
更新お疲れ様です。
悩んでる愛理と笑顔の舞美のこれからの関係がどうなっていくか・・・
すごく気になります。
次回もtsukiseさんのペースで頑張ってください。
35 名前:Signal of start 投稿日:2008/05/27(火) 21:17

漆黒の空を降りていく。

街の灯はとうに落ちた。
だから、姿を隠す必要もない。

もともと隠そうとしなくても、『それ用』にできた身体だし、
ぜんぜん気にしなくてもいいんだけれど、
初めて降り立つ世界に、緊張とか不安とか、
そんな色んな気持ちがごちゃまぜになって、
何故か、そう、やっぱり、どきどきしてたんだ。

何より、あの子に会える。
それが一番の緊張。

36 名前:Signal of start 投稿日:2008/05/27(火) 21:17

「えっと…」

記憶をたどる。
あの子の家は、このすぐ近くのはず。
何度も確認したのに、いざこうやって目の前にたくさんの屋根を見ると
どれがどれだかわからない。

意外と大きな家だった。
その2階の南向きの部屋があの子のもの。
ベランダにサボテンがおいてあった。
なんとなく、あの子の性格らしいなって思ったのを覚えてる。

「あった…っ」

なんだか、どきどきが早くなる。
見つけただけで。

「よいしょ…っと」

そろっとベランダに降り立つ。
ひんやりした感触が肌に伝わってきて、ぶるっとしてしまうけど、
それよりなにより、心地よさが広がった。

今、私はここにいる。
そんな風に確かめられて。

さぁ、それじゃあ始めよう。
彼女と一緒に。

37 名前:Signal of start 投稿日:2008/05/27(火) 21:17

「お邪魔…します」

すっと手を伸ばして、ガラスをすり抜けていく。
瞬間感じたのは、柑橘系の香り。
これは…甘酸っぱい、ライチ。
フレグランスの類のものが、部屋いっぱいに広がってるんだ。

真っ暗闇の中、首を回す。
壁にかけられた時計の針は、午前2時。
大抵の人間は、もう眠りの中にいる時間。
そう、もちろんそれは彼女だって。

「わ…」

気配を感じて振り返れば、大きなベッドで眠る彼女。
穏やかな表情が、起きてるときより全然あどけなくって、
幼い感じを出してるみたい。

でも、透き通る白い肌はカーテンの隙間から
微かに入る明かりに照らされてとても綺麗。
とっても…。

38 名前:Signal of start 投稿日:2008/05/27(火) 21:18

「……………」

気づけば起こすことも出来ずに、ただ寝顔を眺めていた。
寝顔を眺めたい衝動があったのもそうだけど、
なんとなく、気が引けて。

だって…。

だって、きっと彼女が目覚めれば、もう戻れない。
もう、私と進むしかない。
その先にあるもの、私は知ってる。
それが、そこに行ってしまうことが、怖い。

彼女のこれからを私が奪っていいのか、とか、
もう、そんな次元の話じゃないんだってわかっているけれど、
でも、もしも、引き返せるなら…って思ってしまうんだ。

今、ここで私が元の場所に戻ってしまえば、彼女はずっと、
こうやって穏やかな時間を過ごすことが出来るんじゃないかって、
そんな都合のいいこと考えてる。

39 名前:Signal of start 投稿日:2008/05/27(火) 21:18

「矢島…さん。私、迷ってます」

眠りの深さを確認して、ぽそりと呟きがもれる。

「あなたを本当に幸福な…、ううん、やめます…。
私には、どうしようもないことですよね、ごめんなさい」

私が口に出していいことじゃない。
大いなる意思によって、私はいるんだから。
でも、お願い、やっぱり一言だけ。

「本当に…ごめんなさい」

どうしても、言いたかった。
この言葉だけは。

心からの贖罪。

すべてが終わったとき、あなたは私を…


―――― 許してくれますか?


40 名前:Signal of start 投稿日:2008/05/27(火) 21:18

「………ぅん…、だれ…?」

あ…。

うっすらと開かれる瞼。
まるで水みたいに揺らめく深い色が生気を取り戻していくのがわかる。
そのまま一度瞬きをして。
とろん、とした目が、さまようみたいに天井を回って。
そして。

「こんばんわ」
「……………」

私とかち合う。




きっちり三秒。
彼女は私を瞬きせずに見つめて。

「………………だれ?」

また同じ言葉を繰り返した。
でも、今度はハッキリした口調で。
どこか緊張を含んだ色を滲ませて。

41 名前:Signal of start 投稿日:2008/05/27(火) 21:19

そりゃ、驚くよね。
誰とも知れない人が、自分の部屋にいたら。
しかも、こんな夜更けに、おかしな格好をして。

思ったら、なんだか可笑しくなって。
私は笑顔で彼女を見ていたんだ。

「こんばんは。私、愛理です。あなたの願いを叶えに来ました」
「……………わっ!なにっ!? えっ!?」

にっこり笑ったと同時だったと思う。
彼女は、がばっと起き上がって、逃げるようにベッドのすみに行くと
挙動不審に髪をかきながら慌てだしたんだ。
その胸にかき抱いたシーツがピン、と張ってる。

「だれっ? や、っていうか、どうやって入ったの?わっ、何時?
2時とかっ、えっ?えっ?」
「落ち着いて、矢島さん」
「えっ?えっ?」

とりあえず、彼女を落ち着かせないと。
話もできない。

42 名前:Signal of start 投稿日:2008/05/27(火) 21:19

ちょこんと彼女の側に膝を抱くようにしゃがんで
目線を合わせて笑ってみせる。
少しだけ申し訳ない気持ちを感じながら。

「驚かせてごめんなさい。でも、私はあなたの為にここにいるんです」
「え…? あたしの、ため?」

あ、ちょっと効果あったのかな。
自分のために、って言葉。
それが興味を惹くには十分なのを私は知ってる。

シーツを引き寄せたまま私と距離をとってるけど、
話を聞いてくれる体勢をとってるみたい。

「はい。私は、あなたの為に来たんです。
どんな願いも3つだけ叶えるために」
「え…、願い…?」

もう一度言うと、ちょっとオドオドしたように、
でもどこか興味津々に私の姿を見渡した。
多分、見たこともないような格好をしている私の姿を。

普通の人間は、こんな格好しないんじゃないかな?
肌にまとっているのは、真っ白なワンピース。
靴なんてなくって、素足。
そして。

43 名前:Signal of start 投稿日:2008/05/27(火) 21:20

「あなたの…」
「愛理です」
「あ、えっと、愛理…の、それって、ホンモノ…?」

それ?
あぁ、これ…かな?
人間と一番違うものだもんね。
訊きたくなるも当然かも。

「えぇ、本物です」
「えぇっ? だって、それって…」

しげしげと見つめられて、ちょっと困る。
でも、本物なのだから仕方ない。
そう、私の背中にあるものは。

「羽根、だよね?漫画とかでよくあるさ」
「漫画というものは よく判りませんが、はい、羽根です」

返事代わりに、広げてみせる。
そんなに大きなものではないけれど、
この部屋の中では、場所をとってしまうから折りたたんでいたんだ。
それを今軽い風を伴って、はらりと。

44 名前:Signal of start 投稿日:2008/05/27(火) 21:20

その姿に、息を飲んで。
彼女はまっすぐに私を見つめた。

「えっと…、愛理は…、何?」

好奇心の色が、その瞳に見える。
それは決して卑しいものでなくって、
たとえるなら、無邪気な子供が新しいおもちゃを見つけて
目を輝かせるような、そんな色。
とっても無邪気。

だからかな。
私は、もう最初の不安とかそういうのを忘れて。
笑顔で答えていたんだ。

彼女なら大丈夫。
悪い人じゃない。
むしろ―――…。

だから、彼女となら、…乗り越えれる。
そんな気がする。

45 名前:Signal of start 投稿日:2008/05/27(火) 21:21

「私は、アンゲロス…、この世界でいう所の『天使』です」

ばさっと、一度羽根を羽ばたかせる。
その風を受けて、ポカンとした彼女だけれど、

「天使…?」

誰もがそうするように、呆然としたまま問い返してきたんだ。
その表情も、どこか可笑しい。

「はい。正確には、天使見習いですが」
「天使…見習い…」

やっぱりポカンとする彼女は、オウム返しするだけで。
なんとなく、楽しさ少しと、それから前途多難な気がしたのは内緒。

46 名前:Signal of start 投稿日:2008/05/27(火) 21:21

「矢島さん、願い事はなんですか?」

さぁ、はじめよう。
彼女と一緒に、どこまでも。
その瞬間がくるまで。

もう止まれない。
進みだしたら、誰にも。
だからせめて…。

せめて、彼女の願いを、精一杯叶えよう。

47 名前:Signal of start 投稿日:2008/05/27(火) 21:21





初対面の彼女は、とっても驚いた顔で私を見つめてた。
きっと、ヘンテコな格好をしたおかしな子が来た、とか思ってたんだろうね。
でもさ、私はあなたのことを、もう少し違った感じで見てたんだ。

もらった資料で見るより、ずっとずっと綺麗な子だなって。
見た目とか、そういうのもあったけど、一番は心。

私たちには透けて見える人間の心。
まだ見習いの私には、ぼんやりとしたものだったけど、
それでもそれは、とってもまっすぐなもので。
偽りなんてない、真っ白でまっすぐな心で。

すごく綺麗って、思ったんだよ?

48 名前:tsukise 投稿日:2008/05/27(火) 21:22
>>35-47
今回更新はここまでです。
少しずつ二人の関係を書いていきたいところです。

>>32 名無しさん
鈴木さん、現実離れした存在でございましたw
矢島さんとのこれから、どうぞ見守ってくだされば
幸いです(平伏

>>33 withさん
作者としては、大変うれしいご意見を
ありがとうございます(平伏
まだまだ展開していない二人ですが、
続けて読んでくだされば幸いです(平伏

>>34 シュンさん
お心遣いありがとうございます。
二人のお話、まだまだスローペースとなりそうですが
またお付き合いくだされば幸いです(平伏

49 名前:シュン 投稿日:2008/05/28(水) 01:19
更新お疲れ様です。
鈴木さんの天使姿は似合いそうですね。
出逢った二人はこれからどんな道を歩いて行くんでしょうか。
次回も楽しみにしています。

50 名前:名無し 投稿日:2008/05/28(水) 04:34
更新お疲れ様です!
舞美の驚き方とか本当にしそうですよね(笑)
愛理の悩みが大きそうで気になります…。
続き、お待ちしてます!
51 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/06/19(木) 21:54
続き待ってます
52 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/27(金) 20:00
更新お疲れ様です
これから二人がどのように進展していくのか楽しみです
ニヤニヤしながら待ってます
53 名前:Time with her 投稿日:2008/06/28(土) 10:19

「はい」
「ありがとうございます」

白く細い手から差し出されたのは、湯気の上がっているマグカップ。
「熱いから気をつけてね」なんて言ったのは彼女なのに、
その直後に唇に押し当てた飲み物に「あちっ」なんてやってる。
おっちょこちょいなんだなぁ…。

「ココアとかしかなかったけど、口に合うかなぁ」
「いただきます」

両手でカップを包み込んで唇をつける。
ほわほわと上がる湯気に熱さを覚悟したけれど、
意外とちょうどいい温度で、こくん、と咽喉を鳴らす。

54 名前:Time with her 投稿日:2008/06/28(土) 10:19

あ…、甘い…。
それに香りも…優しい。

「おいしいですぅ」
「そ? よかった」

にっこり笑う彼女に、私も笑顔を向けてもう一口。

こんな飲み物初めて。
人間の世界って、こんなに美味しいもので溢れてるのかな?
考えただけで、とっても幸せな気持ちになっちゃう。

「あははっ、なんか、幸せそうだね?」
「えっ? あ、いやいや」

いけないいけない、顔にすぐ出ちゃうんだし気をつけないと。

55 名前:Time with her 投稿日:2008/06/28(土) 10:19

って、それよりなにより。
ちゃんと彼女と話さなければならないことがあるんだ。

「あ、あの」
「うん? あ、おかわり?はやいね」
「あ、いえ、そうでなくて。私が来た理由とかちゃんとお話しないと」

まだちゃんと理解してくれてないみたいだし。
ただ、最初のような警戒心が薄れているでホっとしたけれど。
そりゃあ、あの後全身を穴が開くほど見つめられたし。
少しは彼女の中で何か納得するものがあったのかもしれない。

まだほんの少ししか彼女のことわかってないけれど、
なんとなく、彼女はおおらかな性格をしているんじゃないかって思う。
ううん、おおらかっていうより、もっとこう…さっぱりした…、
小さなこととか気にしないような、そんな印象を持ってて。
笑顔で、…私のことも受け入れてくれるような気がして。

56 名前:Time with her 投稿日:2008/06/28(土) 10:20

「あ、そっか。なんか、最初の衝撃強かったけど、普通の子っぽくって忘れてた。
えっと? 愛理は天使なんだっけ?」
「はい」

うーん、なんてうなる彼女は壁にかかるカレンダーを見つめて。
それから交互に私の顔を見た。

「うーん、4月1日だからって、ちょっと凝りすぎだねぇ。誰のドッキリ?えり?」

え?
ドッキリ?
ドッキリって何?
驚く?
思わず目を、しぱしぱしてしまう。

57 名前:Time with her 投稿日:2008/06/28(土) 10:20

「えっ? えっ?」
「や、だから、その羽とかも嘘なんでしょ?宙に浮いたりとかすごいけど
どうやったの?」

これは…。
もしかして…。
ううん、もしかしなくても…。

「嘘なんかじゃないです、私、本当に天使候補生で」
「えー?」

やっぱり。
彼女は全然信じてなかったんだ。

58 名前:Time with her 投稿日:2008/06/28(土) 10:21

わかんなくないけれど。
突然現れて『私は天使です』なんて言って、
信じてくれる人は、そうそういないって栞菜が言ってたし。
私だって逆の立場だったら、信じられない。

けれど、それじゃ始まらないんだ。
ちゃんと信じてもらって、理解してもらって願い事を叶えなくては。
それが私がここにきた理由なんだし。

「羽根、触ってみてください」
「え、いいの?壊れてしまわない?」
「大丈夫です」

そっと少しだけ広げて、彼女の触れる位置まで伸ばす。
それを見て息を飲むのが判ったけれど、信じてもらわなくては意味が無い。
「いい?」と確認するような目をする彼女に頷いた。

59 名前:Time with her 投稿日:2008/06/28(土) 10:30

さわ。

優しく触れる感触。
恐る恐る。
でも、指先で撫でるように優しく。
なんだか、その感触が心地よい、かも。

さわさわ。

本当に優しい触れ方。
最初は遠慮がちだった彼女も、
だんだん慣れてきたのか、探るように手のひらで包み込んだりして。
くすぐったくて…気持ちよくって…。

60 名前:Time with her 投稿日:2008/06/28(土) 10:31

「わっ、ほ、ほんとに本物だったんだ?」

ある程度確認した彼女が、ぱっと指先をひっこめる。
なんとなく、離れた指先にガッカリする気持ちが広がるのは何故だろう?

ううん、きっと信じてもらえてなかったから。
そう、きっとそう。
だから、この胸が一度鳴ったのも。

「だからそうだって言ってるのに…」

落ち込んだ気持ちに後押しされて、うなだれてみせる。
そしたら彼女は、あからさまに困ったみたいにわたわたして、

61 名前:Time with her 投稿日:2008/06/28(土) 10:31

「ご、ごめん、なんか、全部作り物っぽかったから」

作り物…。

きっと悪気はない言葉なんだろうけど、ちょっとだけ悲しくなった。

確かに私たちは、人間から見れば想像上の生き物。
しかも、実際とはかけ離れたイメージで植えつけられてて。
なんとなくだけど…、存在を否定された気持ちになってしまったんだ。

ますます落ち込んでしまった私に、
彼女はもうどうしていいのか判らないって風にオロオロして。
でも、それから、そっと…本当にそっと手を伸ばしてきたんだ。
その先にある私の髪を優しく撫でるように。

62 名前:Time with her 投稿日:2008/06/28(土) 10:31

「あ…」

あたたかい手のひらは、そのまま頭をポン、と弾むように撫でて。
首をすめるようにして見上げれば、申し訳なさそうな笑顔。
彼女らしい、気持ちを隠さない笑顔。

「ごめんね、元気、だして」

滲んで見えたのは彼女の心。
私を本当に思ってくれてるって判る。

あぁ、優しいひとだ。
辛い事とか、ちゃんと判ろうとしてくれる、そんな。

63 名前:Time with her 投稿日:2008/06/28(土) 10:32

天使とか、人間とか、そういうの区別したりなんかしない。
きっと、彼女は。
こんな私でも。

だから思うんだ。
この人ならって。
うん、この人なら、幸福な―――。

「よし、わかった。うん、あたし、話聞くから。愛理のこと、教えて?」
「――――― はい」

ゆっくりと昇ってくる陽の柔らかさをカーテンの向こう側に感じながら、
私はやっと、彼女との始めの一歩を踏み出せたんだ。

64 名前:Time with her 投稿日:2008/06/28(土) 10:32





乗り越えれる。
この人なら、私は信じていける。
確信があった。
この人とならって、絶対の確信が。

こういう時の確信は、必ず当たるんだ。

――――悲しいぐらいに。

65 名前:tsukise 投稿日:2008/06/28(土) 10:33
>>53-64
今回更新はここまでです。
テンポよく更新したいのは山々なのですが…(ニガ
のんびりとお付き合いくだされば幸いです。

>>49 シュンさん
鈴木さん、そうですね白い色が似合いそうですよね。
二人の今後、まだまだ先は長いかもですが
まったりとお付き合いくだされば幸いです(平伏

>>50 名無しさん
矢島さんらしさが出ているならうれしい限りです。
鈴木さん、そうですね難しい心理みたいですが
どうぞゆっくり見守ってくだされば幸いです(平伏

>>51 名無し飼育さん
レスをありがとうございます(平伏

>>52 名無飼育さん
これからの二人、まだまだ足踏み状態が続きそうですが
続けてニヤニヤと(笑)見つめていただければ
幸いでございます(平伏
66 名前:名無し 投稿日:2008/06/28(土) 18:05
更新お疲れ様です!
愛理の最後の言葉にこれからの展開が気になります。
舞美と頑張ってほしいです!
次回もお待ちしてます!
67 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:20

私たちのこの世界での存在理由は、天使の位につくための試験。

その試験への合格が、私たち候補生の卒業を意味しているんだ。

試験内容は、資格を持った人の所へと降り立ち、3つの願いを叶える。

そして―――。

68 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:20

「その資格を持っていたのが、矢島さん、あなたなんです」
「あたしが…。そうなんだぁ…?」

半信半疑に私のことを聞いていた彼女が、
やっと話をきいて理解し始めたのは、あれから1時間は過ぎた頃だった。

考えてみれば、人間世界でいう『夜通し』で彼女と向かい合っていたかもしれない。
降り立った時には真っ暗だった空が、今はもう太陽の訪れを告げているし。

でも、彼女も真剣に聞いてくれた。
何度か話が脱線しそうになってたけど、ちゃんと私の話を。
なんだか、すごく大変だったけど、やっと全部話せた気がする。

69 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:21

「ですから、あなたの願い事を私に伝えてください」
「願い事…」

呟く彼女はすごく真剣に考えるそぶりを見せる。
だから、私もちょっと緊張して言葉を待ってたんだけど。
すぐに申し訳なさそうに目を伏せて言葉をつなげて。

「えっと、その、愛理のことをさ、あたしなんかより必要としている人
たくさんいるんじゃないかなぁ?」

そんなことを思うなんて…。
ちょっとだけ驚く。
みんな自分の願いを真剣に悩んで考えるものだと思っていたから。

70 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:21

確かに…、きっと、この広い世界。
私たちのような者が現れればいいと思っている人は多いと思う。

自由を得ようとする人。
富を得ようとする人。
未来を願う人。
過去を止めたい人。

行けるものなら、選択することが出来るなら
私も行きたいと思う場所があるかもしれない。

けれど、その権限は私たち、候補生にはないんだ。

71 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:21

「でも、誰にでも資格があるとは限らないんです。ちゃんとした審査とかがあって、
パートナーとなる人が決まるんです。誰の願いもってわけにはいかなくて…
……ごめんなさい」

頭を下げてうなだれる。
『色んな』ごめんなさいと一緒に。
慌てたのは彼女の方。
まさか私がこんな反応をするとは思ってなかったみたいで、わたわたして。

「や、愛理のせいじゃないし、謝んないでよ。うん、ルールは必要だし。
ほら、ゲームとかでもルールがあるから楽しめるじゃん?」

言ってる意味は微妙にズレてはいたけれど、
なんとなく彼女が私を励まそうとしていることはわかった。
一生懸命に、身振り手振りなんかしてみせたりしながら。

72 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:22

「ありがとうございます。そう言ってもらえると助かります」

今度は素直にありがとう。
彼女だけに、ありがとう。
彼女の優しさに胸を温かくしながら笑顔で。

そんな私にホっとした彼女は、ぽん、と頭を撫でてくれながら
良かった、って一緒に笑ってくれたっけ。

「うーん、あっ!じゃあさあ」
「はい?」
「愛理が天使になれますようにってのはダメ?」

突然まじめな顔で言われて、また驚く。

73 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:22

――――― なんで…。

「それはダメです」
「なんで?」
「候補生は、自分のために願い事とか力を使うことは禁止されてます」

――――― なんで彼女は、こんなにも無欲なんだろう?

出逢った時から偽らない気持ち。
思ったままのまっすぐな心。
そのぜんぶが驚くぐらい真っ白。

願い事はあなたのためのものなのに。
あなたのために私がいるのに。
なのに…。

74 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:22

「そうなんだ?」
「はい。もし使ったりしたら厳罰に処されるんです」
「そっかぁ…、残念。愛理みたいな子が早く天使になれれば、
きっとたくさんの人が助かるだろうにね」

なんて子供みたいな無邪気な笑顔を私に向けてくれるんだろう?

思わずにはいられない。
どうして彼女が?って。
そう、どうして彼女が選ばれたんだろうって。

でも、逆な気持ちもあるんだ。

――――― 彼女だから選ばれた。

こんな彼女だから、って。

75 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:23

「って、あっ!!! 今何時!?」
「えっ?」

唐突に声をあげた彼女は、私の返事を待たずに
ばたばたと机に置いてあったシンプルな腕時計を掴み取った。
あ、文字盤を見てぎょっとしてる。

「うわっ、完全に遅刻だ!」
「えっ? えっ?」

ぐしゃっと髪をかきあげる仕草は本当に困ってる感じ。
でもそれもまた一瞬。
部屋をかき回すみたいにあちこち動き回って、
おっきなボストンバックに服とかタオルとか押し込んでる。

76 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:23

「あ、あの」
「あ〜ごめんっ! あんね、あたしさ、フットサルやってんの。
あ、フットサルってわかる? サッカーのちっさい版でさ、室内でもできるヤツ。
それの練習試合があるの忘れてて遅刻なの!」

まくし立てるように言いながら、ぽいぽい荷物を詰め込んでって。
その片手には、携帯電話。
慣れたようにボタンをいくつか押してる。

「あっ、えり? ごめんっ!今から出るから!まじごめんって!
うんっ! 大丈夫!ガーッと突っ走るから!じゃね!」

電話の向こうから、ちょっと苛立った声がしてたけど大丈夫かな?

77 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:23

「あ、あの」
「あっ、愛理ごめんねっ!あたしそろそろ行かなきゃ!」
「あっ、だったら!」

私が願い事でその場所に。
そう言おうとぱっと立ち上がって、
今にも部屋を飛び出そうとしている彼女を止めようとするけど
せっかちな彼女はとまる気配とか全然なくて。

「えっ? 一緒にくる?」

全然方向違いなことを言ってくる。

そうじゃなくて…といいかけて止まる。
彼女のいつもの姿、それって実は私にはとても重要なことなのかも?
願い事を叶える事が一番だけど、でも、それよりもまずちゃんと
彼女のことを知りたい、そう思ってる自分がいるのも事実なんだ。
だったら。

78 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:24

「はい、一緒に連れてってください」
「あ…、でもその格好じゃ…」
「大丈夫です」
「えっ?でも…」

『それ仕様』にできた身体だから心配する必要ないんだけれど。
気にしているのなら…。

確か、この世界の女の子は、キーホルダーというものを持っているって聞いた。
みやと一緒に降りた時、梨沙子も可愛いのもってたし。
その形になっていれば。

よし。

79 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:24

「わっ、愛理っ!?」

身体の形を変化させる。
全身に光を伴って。

そうだ。
小さくてなんでもいいなら、アレにしよう。
何かの本で見た。
可愛いって私は思ったのに、みんなはただ笑うだけだったけど。

緑で可愛い、優しい生き物。

ポンっ!

「あ、愛理…?」

軽い音と一緒にその場に落ちる。
ポトっと。

80 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:24

『この姿なら、カバンでつれてってもらえますよね?』
「えっ、あ、愛理なの? これ」
『はいっ、お願いします』

まじまじと私を見下ろす彼女が、驚いた顔のまま膝をついて。
両手で持ち上げてくれる私というキーホルダー。

おかしくないかな。
私は好きなんだけど、彼女はどうかなぁ…?
それとも持ってると恥ずかしいものだったりする?

「これ……カッパのキーホルダー?」

そう、カッパ。
すっごく可愛いって思うんだけど…ダメ、かなぁ…。
不安になるけど、彼女は。

81 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:25

「あはっ、可愛いねーっ、愛理らしいかも?ワケわかんない所とか」
『それは…』

褒めてるのか、そうじゃないのか…。
ちょっと複雑なんだけど…。

でも、全然お構いなしに彼女はすばやくカバンの取っ手につけてくれて。

「よっし! じゃあ、走るから落ちないようにね!」

満面の笑顔で言ってくれたんだ。
だから私も、嬉しくなって。

『はいっ、お願いします!』

はりきって返事をしたんだ。

82 名前:Raison d'etre 投稿日:2008/06/29(日) 09:25





彼女と、初めてのお出かけ。
人間界での初めて外の空気。

びゅんびゅん風が吹き抜けていく中、彼女の匂いが鼻先を掠める。
視線を向ければ、まっすぐ、ずっとまっすぐを見て走る姿。
彼女らしい姿。

でも、カバンで不安定に揺れる私のことを気にしてか、
曲がり角とか人ごみをぬうときには私の上に手をかざしてくれて。
自然と渡された優しさに、胸に浮かんだのは戸惑い。

私、天使なのにって。
こんなに大事にされていいのかなって。
私、天使なのに、彼女に守られていいのかなって。

ちょっとだけ、複雑なキモチを抱きしめていたんだ。

83 名前:tsukise 投稿日:2008/06/29(日) 09:27

>>67-82
今回更新はここまでです。
矢島さんらしく鈴木さんらしく書けてると良いのですが(ニガ

>>66 名無しさん
鈴木さんは、そうですね、少し大変かもですね(ニガ
矢島さんと一緒に乗り越えてほしいものですが…。
どうぞ、また続けて読んでくだされば幸いです。

84 名前:with 投稿日:2008/06/29(日) 22:37
更新お疲れ様です。
愛理がカッパのキーホルダーになる所は笑えましたw
次回も更新待ってますッ!!!!
85 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/29(日) 23:14
更新お疲れ様です。
tsukiseさんの作品はどれもほっこり温かくて世界に惹きこまれます。
今後の展開が楽しみです。
86 名前:シュン 投稿日:2008/06/30(月) 00:28
更新お疲れ様です。
鈴木さんはなんだかんだで矢島さんのペースにはまっちゃってますねw
カッパのキーホルダーですか・・・
ベリキューのカッパの衣装を着た鈴木さんを小さくした感じでしょうか。
…すごく欲しいですw
次回更新も楽しみに待ってます。
87 名前:名無し 投稿日:2008/06/30(月) 04:50
更新お疲れ様です!
カッパ愛理には笑いました(笑)
ガーッといっちゃう矢島さんとの今後も見守ってます!
88 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:40

すごい。
本当にすごい。
瞬きするのも惜しいほど。

連れてきてもらったのは、さほど大きくない建物。
なのに。

89 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:41

「オフェンスに回れー!」

掛け声と同時に、彼女は駆ける。
緑のコートを所狭しと。

そう、まるで彼女は白いサラブレット。
風を切ってなびく、まとめられたストレートで綺麗な髪。
躍動する手足は、地を蹴って前に前に。
まっすぐ射るような目で先を見つめて、ただ走り出す。

「舞美ー! 1ゴールお願い!」
「まかせて!」

スルーパスがくれば、スイッチが入ったようにゴールへ。

90 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:41

盾となる相手が何人いても、するりとかわす。
無理に相手をこじ開けたりしない。
本当にスマートに、身体を翻してまた前へ。

ボールは生き物みたいに、彼女の足先に、膝に、頭に、弾んで転がる。
一度だってそのボールを見てないのに、意のままに。

ゴールは目の前。
でも、それを止めようと向かってきたのは最後の盾。
彼女よりも一回りほど体格の大きな。

こじ開ける?
どうする?
どうやっても難しいよ?

ハラハラする。
だって、ケガとかしたら…。

91 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:41

でも、彼女は止まらなかった。
トップスピードに入ったまま、ボールをまっすぐ転がして、
相手の前に――――、

「ッ!」

あっ!

接触。
盾となる相手が、彼女の足のボールめがけて一蹴り。
けど、入ったのは足。
ボールじゃなくって、最初から足を狙ってたんだ。
その重い衝撃で彼女の身体が傾ぐ。

92 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:42

『――― ッ!!!』

声にならない悲鳴があがる。
カチャン!と、プラチックになった身体も一度音を立てて。

ひどい…っ。
やっちゃいけないことを平気でするなんて。
そう思うけど、私には何もできない。
ぐっと胸が締め付けられるのを感じながら見つめるだけ。

でも、彼女は痛みに一瞬だけ顔をしかめて倒れこんだけど
ぜんぜんそんなこと気にしてなかった。
相手を睨みつける事も、そのままうずくまることもなく、
真剣な眼差しでボールの行く先を追っていたんだ。

93 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:42

えっ?
ボール?
そういえば、ボールは?

あ…!

「お願い!」

彼女の声に頷いたのは小さな影。
ボールを受け取った、同じユニフォームの、味方だ…!

そう、彼女はもうボールを渡していた。
相手が大きく一歩踏み出した僅かな隙に、かかとで後ろに。

「チッサー! シュート!!」
「任せて!!」

いつ気づいていたのか、まったく目を向けることも振り返ることなく
彼女は後ろから回り込んできている味方の動きを知っていた。

94 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:43

攻撃を繋いだのはチームで一番小さいチッサーと呼ばれた子。
意表をついたパスが見事に相手の裏をかいてた。、
誰もついていけなくなってるのを確認して、その子は、

「うりゃあっ!」

託されたボールを豪快に蹴り―――


バスンッ!!!


ゴールのネットを大きく揺らしたんだ。


95 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:43

ピピーーーーーー!


鳴らされた笛は試合終了の合図。

フットサルのルールはよく判らない。
でも、電光掲示板の数字が『3−0』という数字で点滅しているのを見れば判る。

彼女は勝ったんだ。
彼女と一緒にいるチームは。
満面の笑みで笑いあってるし。

それを遠くから見ていて、すっごくうれしい気持ちになった。
ハラハラしたし、腹も立ったし、びっくりもした。
でも、彼女は今喜んでいる。
それが、そのことが一番うれしい。

96 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:44

何より胸がドキドキした。
手に汗握るってこういうこと。
すべて彼女を見つめているだけで感じたもの。

本当にすごい。
私は運動が苦手な方だから、すごさがよく判る。
あんなにボールを自分の一部みたいに使えるなんて。

それに。
みんなの中心で、みんなに頼られて、みんなをよく見て。
すごくキラキラしてた。
それを見るみんなも。

97 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:44

………いいなぁ…。

不意に浮かぶ、心のモヤモヤ。
彼女が笑顔になればなるほど、モヤモヤしてくる。
ううん、その笑顔を私じゃないたくさんの人が見つめているだけで。

おかしいって判ってる。
こんなカッパの小さなキーホルダーのくせにって。
…ぜんぜん…、住む世界も違う生き物のくせにって。

でも、たった数時間でも気づいた彼女のいい所。
そして今気づいた、彼女の素敵な所。
そういうのを、私じゃないたくさんの人がいっぱい知ってるのが…なんだか悔しくて。

98 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:44

私は彼女のパートナーなのにって。
私が、彼女のパートナーなんだよって。

彼女の願いを叶えるのは私。
だから、願いを叶えたらあの笑顔を私もに向けてくるかなって。
そんな手前勝手で我侭なこと考えてる。

でもそんなこと考えてる自分がいやになって…。
ちょっと、モヤモヤしてるんだ。

この感情の名前、私は知らない。
天使には、教えられてないこの感情。

みやに聞けばわかるのかな…?
昔、笑顔の梨沙子を見つめるみやが苦しそうにしてたから。
その気持ちが今の私の気持ちなのかな…?
そうだとしたら、――― ちょっと、辛い、かもしれない。

99 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:45

「愛理!」

呼ばれてパッと意識を向けると、彼女の顔のドアップ。

『わっ!?』
「えっ、なにっ!?」
『ご、ごめんなさいっ、突然呼ばれてびっくりして』

考え事をしてたせいで、近づいてきてる彼女に気づかなかった。
心臓がバクバクしてる。
きっと変なこと考えてたせいだ。

「あはっ、ごめんごめん、あたしもいきなり呼んじゃったから」

でも、彼女はぜんぜん気にした様子もなくって、
がしがしと首からさげたタオルで頭の汗を拭ってる。
そのことにホっとした。
私の心のドロドロしたところ、彼女には見せたくないから。

100 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:45

それより…、あ、練習が終わったのかな?
見れば、周りの人たちも荷物を片付け始めてる。

『試合、終わったんですね』
「うんっ!快勝!」

無邪気にVサインして笑う彼女は子供っぽい。
私まで釣られてしまう。

「あ、それでね、愛理って人間の姿になれたりする?」
『人間にですか?』
「そう、羽根のない状態。ちょっと愛理を連れて行きたいところあるんだ」
『はぁ…』

連れて行きたいところ…?
どこだろ?

101 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:45

「ね、なれる? 一人で行くのはちょっと寂しい場所なんだよね」
『あ、はい、なれます』

一人で行くには、ということはお友達とは一緒に行かないんだ…。
それって、私とだけ行きたいって思ってくれてるわけで…。
………ちょっとだけ、沈んだ気持ちが浮上した、かも。

あ、でも、それだと…姿を見せた方がいいかもしれない。
『それ仕様』にできた身体では、普通の人間には私の姿は見えない。
だから。

「やった♪ じゃ、パパパっとお願い。みんな見てないしさ」
『あ、はぁ…』

なんだか憎めない笑顔。
でも、その笑顔につられて私は大切な事を見落としながら姿を変えたんだ。
そう、これって『一つ目の願い』になるんじゃないかってことを。

102 名前:moment of puzzlement 投稿日:2008/06/30(月) 16:46





彼女はずるい。
こうやって、私が何もいえない状況にしちゃうから。
こうやって…、なんでもしちゃいたい気持ちにするから。

そう、彼女が笑うと嬉しい。
喜んでくれる顔をみたい。
彼女が望む事なら、なんでも叶えてあげたい。
そんな気持ちが膨らんで…どんどん膨らんでいって…。

私が決める願い事の基準。
だから、私が願い事だと判断しなければ成り立たない試験クリア。
思えばこの時から私は、色んな間違いを犯していたのかもしれない。

天使としての、間違いを。

103 名前:tsukise 投稿日:2008/06/30(月) 16:46
>>88-102
今回更新はここまでです。
矢島さんはやっぱりスポーツ少女なイメージですw

>>84 withさん
鈴木さんは、やっぱりカッパって感じですよねw
彼女ならではなチョイスをしてみましたが笑いがとれたようでw
レス、ありがとうございます、励みとなります♪

>>85 名無飼育さん
そういって頂けると、作者としては大変うれしいです。
今後もまったりこの世界が続いていくと思いますが
お付き合いくだされば幸いです(平伏

>>86 シュンさん
そうですねw 気づけば元気に空回りする矢島さんに
鈴木さんは巻き込まれてしまっているようですねw
シュンさんと同じく、tsukiseもあのきぐるみ愛理はミニでも欲しいですw
あると面白いですよね♪w

>>87 名無しさん
カッパ愛理、やっぱり鈴木さんというとカッパですよねw
どんどん矢島さんに引っ張り込まれていたりしますが
どうぞ、今後も見守ってあげてくださいませ(平伏
104 名前:with 投稿日:2008/06/30(月) 17:15
更新お疲れ様です。
矢島さんとフットサルは似合いますね〜。果たして、矢島さんが連れていきたい場所はどこなのか気になります。
また更新待ってます!!!!
105 名前:シュン 投稿日:2008/07/01(火) 00:40
更新お疲れ様です。
恋するヒトが誰もが思うことを叶えられる天使だからこそ
間違いを犯してしまうというのはなんだか悲しいですね。
次回も楽しみに待ってます。
106 名前:ひろすぃ〜 投稿日:2008/07/01(火) 07:16
更新お疲れさまです。
今回の、この新作も楽しみに読ませてもらってます。
これから、2人がどうなっていくのか、とても気になっているところです。

愛理をどこに連れて行こうとしてるんでしょう…

次の更新まで、勝手にいろいろ想像してみます。
107 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:26

「うーん」

鏡越しに彼女がうなる。
それを見て、私は困る。

「あの…」
「あ、ちょっと待ってね。やっぱこっちがいいかも」

ばさっと、身体の前に出されたのは、
タイがついたカジュアルなシャツに黒のフレアスカート。
ちら、と視線を向ければ、真剣な顔であーでもないこーでもないと
ぶつぶつ呟いてる。

108 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:26

あの後、人間の姿になった私に彼女は、
にっこり笑って手を引くように前を歩き出したんだけど、
すぐさまピタっと止まって半回転。

まじまじと私の頭のてっぺんから足の先までをくるっと見渡して、
「これはマズイよね」なんて一言。

マズイ…?
私のどこがマズイんだろ?
問いかけるように首を傾げてみれば、
「や、真っ白なワンピって似合ってて可愛いんだけどさ、ちょっと危険なの」
なんて、ぽんぽんと頭を撫でてた。
それから「愛理、可愛いから」とも。

可愛い?
私が?
そんなこと考えたこともない。
第一、天使にそんなの関係ないし。

でも、有無も言わさず彼女は近くのショップに入って、
いくつかの洋服を掴むと、試着室へと私を押し込んだんだ。

109 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:26

そして、今に至るんだけど…。

「あの…、私、別にこの格好でいいと思うんですけど」
「ダメだよー、愛理、その格好のままだと誰かにさらわれちゃう」
「そんな大げさな」
「いーや。この世界の男の人とかは可愛い子には目がないの。
愛理、絶対可愛いし、スレてない感じとか絶っ対危険!」
「は、はぁ…」

熱弁されて困る。
どうも彼女は私が天使だということを忘れがちで。
さらわれたりしても、大丈夫っていうのが判ってないみたい。
でも、

「それにほら、おしゃれすると、愛理はもっと可愛いし」

満面の笑顔で言われれば何もいえない。
咽喉の奥で唸って、ただ頬ばかりが熱くなる。
どうしてこう、さらっと言ってのけちゃうんだろう、彼女は。

110 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:27

「う〜ん…、よし! これで行こう!あと髪はさ、右上でアップにして…
前髪わけてオデコ出したら絶対可愛いよ」
「あぅ…、お、お任せします」
「任せて♪いい美容室あるんだ♪」

なんか、どうやっても彼女は私を解放するつもりはないらしい。
だったら、もうお任せしちゃおう。
彼女がいいというのなら、きっと私にもいいことだろうし。

何より、…一緒にこうやっているの、楽しいって思ってる。
うん、私、今、楽しんでる。
だから。

111 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:27





112 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:27

「愛理可愛い」
「はぁ…」
「もうね、なんての? やっぱさ、可愛い」
「ありがとうございます…」

もみくちゃにされて。
色んな洋服を着せられて。
髪だって、あーだこーだといじられて。
解放されたのは2時間も経ってからのこと。

知り合いの人なのかな?
美容室に行ったら、小柄で元気な女の人が出てきて。
彼女のお願いに、『まっかせなさい!チェリーちゃんのお願いなら聞くよ!』
なんて力こぶを見せて。
出来上がった髪型に満足そうにしてたっけ。

113 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:28

彼女も、うんうん頷いてた。
さっきまで言ってた、額を見せるように前髪は左右に長くたらされてたから。
それを横目で見ながら、私は困り顔。
だって。

だって、私は本当に着飾る必要なんてなくって。
こんな綺麗にしてもらっても、ぜんぜんそんな、もったいないことで。

それに。
美容室を出てから言われた言葉。
それが心の奥に消えない黒い塊になって。

114 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:28


『愛理ってさ』
『はい?』
『そういう格好してれば、人間みたい』


――― 人間…みたい。


きっと他意なんてないんだ。
思ったことを伝えただけ。

でも、私の中で、すごくそれは重い言葉になって…。


115 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:28

私は人間じゃない。
彼女とは、ぜんぜん違う生き物。
そんな生き物が、人間の『真似事』をしてるだけ。

人間の真似事をしている…滑稽な生き物…。
それが、今の、私…。
浮かれてた自分が、ますます滑稽に思えてくる。

考え始めたら止まらなくなって。
さっきまでの嬉しい気持ちなんて微塵もなくなってしまった。

必死に彼女に笑顔で答えるけれど、すごく胸が痛くて。
彼女の顔を見るのが辛くなって…。
俯くみたいに彼女の後ろを歩くだけ。

116 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:29

「愛理…?」
「はい…?」

心配そうに顔を覗きこんでくる彼女にも曖昧な返事しかできない。

「うーん…、もしかして、ヤだった?」
「いえ、そんなことは…」

私の返事に、彼女はしばらく私を見つめてくる。
深いダークブラウンの瞳が、まっすぐ私をとらえてきて、
おろおろと視線を外してしまった。
そんな私を見て、また、うーん、と彼女は唸りだした。

彼女の考えること、よくわかんない。
今も何を考えてるのか。
思ったことを伝える彼女なのに、肝心な事を伝えてくれないから。

だから…――― 願い事もわからないのに。

117 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:29

「よしっ! 愛理、おいで!」
「わっ」

くん、と突然腕をひっぱられてよろめく。
でも全然お構いなしに彼女は駆け出す。
大きなボストンバックを右に左に揺らしながら。

どこに行くの?
私をどうするの?
あなたは―――…私にどうしてほしいの?

だんだん泣きたくなってくる。
どうしていいのかわかんなくて。

118 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:29





119 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:29

「あの……これ…」

ぽかんとしてしまう。
今の状況に。

「へっへーん♪これ、あたしのオススメ!!
ホントはさ、最初から このお店に愛理を連れてきたかったの。
女の子一人で入ると、なんか、寂しいじゃん?こういうとこって」

つれてこられたのはひとつの食べ物屋さん。
『甘味処』というらしい。

そして、目の前に広がっているのは…おっきなチョコレートパフェ。
私の目の高さまであるそれは、いろんなフルーツをのっけてて…、
甘い香りが、すでに私の鼻孔をくすぐって…。

120 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:30

「うわぁ…」

自然と笑顔になる。
咽喉も、ごくんって一度鳴って。

自分じゃどうしようもないんだ。
昔から甘いものが大好きで。
パフェとか、そういうの目がなくって。
一度でいいから、こんなに大きいの食べてみたいって思っていたけれど。
それが今、目の前に。
なのに仏頂面なんてしていられない。

121 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:30

「あっ、笑った」
「だって…、こんな、こんなおっきぃ…」
「あははっ、愛理って食いしん坊なんだ〜?」
「うぅ」

からかうみたいに笑った彼女は、でもそれ以上何かいうこともなくって。
じーっと、パフェを見つめる私に、一度頷いてくれたんだ。

食べていいよ、って。
優しい笑顔で。

だから。

おそるおそるスプーンを掴んで。

おっきなクリームの山をすくい取る。
とろっと落ちるようにかかったのはチョコレート。
それだけで幸せな気持ちが広がる。
でも、食いしん坊な私は、そのチョコクリームに、
立ててあったウエハウスを乗っける。

122 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:31

「おっ♪ おいしそうじゃん〜」
「えへへ」

彼女の言葉に、自分がほめられた気持ちになって笑みがこぼれる。

それから、ぱかっと口を大きく開けて…、

一口で頬張る。

「ん〜〜〜っ」
「あはっ、幸せそうだね、愛理」

だって。
ほら。

口の中には、ふわふわのクリーム。
でも、ちょっとだけかかったチョコレートが甘ったるく広がって。
でも、味と食感をちゃんと閉じ込めるみたいにウエハウス。
さくさくって、香ばしい焼きたての味をほのかに乗せてる。

123 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:31

これを幸せじゃないって誰が言える?
もう私、このまま死んじゃってもいいぐらい。
死ねないけど。

「おいしい?」
「はい、とっても!」
「よかった〜、なんかさ、愛理、落ち込んでるみたいだったし」
「えっ?」

切り替えして言われた言葉に、二口目に伸ばしていたスプーンをとめる。
そしたら、彼女はちょっと困ったみたいに笑いながら、
「勘違いならいいんだけど」と頭の後ろをわしゃっとかいてみせた。

124 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:31

「なんかさ、あたしって、ほら、全然力になれてないっていうか、
願い事? そういうの考えた事なかったからわかんなくて」
「それは…」
「時間かかりそうだし、その間、愛理退屈させたくないし、
こう、愛理にこの世界のこととか知ってほしくってさ。
なんての? もっとあたしたちの世界に溶け込んでほしくって。
一緒に歩いたり、一緒に買い物したり、そういうの?
したら、なんか、愛理もこれから笑ってすごしてくれるかなって。
逆効果、だったかもだけど、今、笑ってくれて、あたしはうれしい」

きっと彼女は、自分の気持ちとか伝えるのが不器用なんだろう。
途切れ途切れに、ごちゃまぜに、でも、一生懸命に言葉を繋げて。
止まらない言葉は彼女の想いの全部を届けて。

それはどこか彼女の人柄をうつしているみたいで、
胸が少しだけ温かくなった気がする。

125 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:32

それに…やっとわかった真意に言葉をなくしたんだ。

彼女は…、ちゃんと私のことを考えようとしてくれて。
一人の者として見てくれて。
ただの、願いを叶えるためだけに現れた者だなんて見てなくって。

色んな世界をみせてくれた。
私のために。
バタバタしたけど、いろんなものを。

彼女の好きな服。
彼女のお気に入りのお店。
彼女のかわいいと思うもの。
彼女の…本心。

そして、この世界。

126 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:32

ぜんぜんわかんなかった。
彼女が一直線に、たくさん追いかけるから。
でも、ちゃんと見渡してたらわかったはずのこと。

そう、ぜんぶ彼女を形作る、この世界を紹介していたってこと。

あぁ…私って。
自己嫌悪。
自分のことしか考えてなかったのは私のほう。
こんなんじゃ、天使失格。

「ありがとう、ございます…。うれしい、すごくうれしいです」

声が震えたのには気づかないでと願いながら彼女に微笑む。
やっぱり彼女は変わらずに笑顔を返してくれて。

今、心から思う。
彼女でよかった、と。
私のパートナーが、あなたでよかったと。

127 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:32

「それに願いごとは気にしないでください。矢島さんのタイミングでいいですから」
「あ、それ」
「え?」
「その矢島さん、とか敬語とかやめよ?なんかさ、すごいくすぐったい」
「そうですか?」
「ほらまた」

でも、私は彼女の願いを叶える者であって。
決して対等ではない生き物で。
それなのに、またそんなことを彼女は言う。

「いいじゃん、ぜんぜんあたしは気にしないから。呼び捨てでもいいし」
「そんな」

とんでもない。
でも、全然他意のない満面の笑みで言われると、逆らえない気持ちになる。

128 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:33

そう、やっぱり彼女の笑顔はずるい。
どんなことでも許してしまいたくなる。
どんなことでも、してあげたくなってしまう。

きっと、いろんな友達とかも同じ気持ちなんじゃないかなって思う。

彼女だから、ついていきたくなるんじゃないかなって。
彼女なら、笑顔でなんでも乗り切ってくれる、
期待にこたえてくれる、そんな気持ちにさせてくれるから。

でも、彼女の期待は?
彼女の願いは誰が?

そこまで考えて、胸がまたトクンとなる。

愚問だよね、これは。
そう、彼女の願いは、――― 私が。

だったら。

129 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:33

「わかりました。じゃあ…、舞美ちゃん」
「お、いいねぇ、なんか親しみやすい感じ?」
「そう?」
「うん、なんかさ、あたしも話しかけやすいもん、そう呼ばれるほうが」

そういうものなのかな?
それはやっぱり、友達みたいな感じってこと?
だとしたら、少しだけ嬉しくて、少しだけ苦しい。

友達と同じように私を見ること。
それが、どうやっても消せない事実を前に、これでいいのかなって…
少しだけ自問してしまうんだ。
辛い道、選択してるかもって。

でも、今彼女は笑ってる。
私が近づいたことに。
なら、今は、それでよしとしよう。
納得…させよう。

130 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:33

「って…あ…」
「え?」

声をあげた彼女は、少し『しまった』という顔をして。

「それと、人間の姿になるの、願い事にすればよかった…」
「あ……」

今度は私が気づく番。

そういえばそうだ。
なんで気づかなかったんだろう。
これでもう2つになってたはずなのに。

でも。

131 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:33

「ぷっ」
「あはっ」
「あははははっ」

顔を見合わせれば、屈託無く笑う彼女。
そんな彼女を見ていると、それでもよかったって思うんだ。

うん、なんか、
そんなに急いで願いを叶えたいなんて、思ってない自分を自覚したんだ。

132 名前:The world which she showed 投稿日:2008/07/01(火) 16:34





私の当たった女の子。
とっても元気で、明るくて、…優しくて。
試験が始まる前の沈んだ気持ちが嘘みたい。

もっと一緒にいてみたくなって…いてみたくなって…
願い事なんて、言われなきゃいいのに、なんて…思ってしまったんだ。

神様って…本当に残酷。
天使の私がいうセリフじゃないけど、
そう、思わずには…いられなかったっけ…。

133 名前:tsukise 投稿日:2008/07/01(火) 16:34

>>107-132
今回更新はここまでです。
なんとなく矢島さんは言葉足らずなイメージが…w

>>104 withさん
矢島さんは、そうですね〜スポーツ少女だけに
フットサルとか全般似合いそうですよね♪
彼女が連れて行きたかった場所、こんなところでございましたw

>>105 シュンさん
そうですね、鈴木さんの立場からすると
とっても辛い選択が続いてしまいそうですよね。
その彼女のこれからの選択も見守ってくだされば幸いです(平伏

>>106 ひろすぃ〜さん
前作よりのお付き合い、ありがとうございます(平伏
二人の行き先、ご想像の中にありましたでしょうか。
どうぞ、これからの二人も見届けてくださればありがたい限りです。
134 名前:with 投稿日:2008/07/01(火) 18:31
更新お疲れ様です。
矢島さんが連れてきたい場所がここだったとは…矢島さんらしいですねw
次回も更新待ってます!!!
135 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/04(金) 18:00
なんだか泣いてしまいそうです
幸せな日常のなかにも切ない感じが溢れてて・・・
次も楽しみにしてます
136 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/08(火) 06:25

――― ね、愛理、出かけよう?

うん。

戸惑いと、嬉しさを感じながら私は彼女と共に外へ。
人間の世界にまだ慣れない私だけれど、
彼女は大胆に私を変えていく。

いつもの笑顔で。
『大丈夫』という魔法の言葉と一緒に。

―――…彼女といれば大丈夫。

いつからそう思うようになったんだろう?
きっと、彼女が願いを口にしないから。
だから、いつまでもこの時が続くって、そう思い込んで。

そんなこと、ありはしないのに。
彼女といれば、本当に『大丈夫』な気になって。

そして、今日も私は新しい世界を知っていく。
ううん、新しい彼女を知っていくんだ。

137 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/08(火) 06:26





138 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/08(火) 06:26

「愛理、こっち」
「わっ」
「あははっ、ほら」

伸ばされた手にしがみつくみたいに飛びつく。
それでもびくともしない彼女は、しっかり私の身体を支えてくれて。
ほっ、と息をついて笑ってみせた。

あ、彼女も…舞美ちゃんも笑ってる。
この笑顔、好きだな。
すごくあったかいから。

139 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/08(火) 06:26

「ごめんね、でも、ここの最上階にあるレストランに美味しいケーキがあるの」

すぐ側にいる舞美ちゃんは、ボソボソっと私の耳に声を届けてくる。
なんだか恥ずかしいけれど、今の状況では動く事も出来なくて。
真っ赤になったまま、こくこく、と頭を動かすのが精一杯だったんだ。

そう、今私たちがいるのは、ギュウギュウ詰めになったエレベーター。
この街では有名な建物らしい。
そこの一番上にあるお店に私を案内したいって言ったのが始まり。

でも。

140 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/08(火) 06:27

「わっわっわっ」

階が上がるごとに扉が開けば押し寄せてくる人の波。
こんなたくさんの人に慣れない状況に、目が白黒する。
でも、そんな私を巻き込んで、どんどん奥へと押しつぶされそうになって行く。
舞美ちゃんと、離れていく。

なんでこんなにも入ってくるんだろう?
そんなに急ぐ必要性とかあったりするのかな?
人間ってよくわからない。

けどそれよりなにより、この状況は…。
息ができない、かも。
顔を上げても、人・人・人。
まったく他人に無関心で無機質な目は、どことなく恐怖感を与えてきて、
自然と頭がクラクラしてきて、嫌な汗が噴出してしまう。

141 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/08(火) 06:27

うぅ…、もう、だめ、かも。

そう思ったときだった。

「愛理」

聞いたこともない凛とした声に、飛びそうになっていた意識が落ちてくる。
ぱちぱちと目を瞬かせると、まっすぐなダークブラウンの瞳とぶつかる。
私を、私だけを見つめている、舞美ちゃんの…瞳。

目が合えば早かった。
人の隙間をぬって伸ばされた手が、私の手首を一度強くひっぱって。
思わぬ力によろめくけれど、素直に動く私の身体。
あっ、て思ったときには、そのままするりと
舞美ちゃんの腕の中におさまっていたんだ。

142 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/08(火) 06:27

「舞美ちゃ…」

周りから私を守るように壁に手をつく舞美ちゃんは、
それでも押してくる人を眉を寄せながら見渡してる。

「ごめん、少しだけ我慢ね」

低くアルトがかった優しい声は私だけに届く。
腕の中にいる、私だけに。
どこか落ち着かせるゆっくりした口調が、妙にくすぐったい。

143 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/08(火) 06:27

そっと、うかがうようにその腕に手を添えれば広がる匂い。
そう、舞美ちゃんの匂いが私の身体を包み込むんだ。
私を壊さないように優しく、
でも、押しつぶされそうになるのから守るように強く。
すごく…安心する。

決してガッチリした体格ではない舞美ちゃんなのに、
大丈夫って思ってしまう。
守られてる事に安心してしまう。

あまりにも居心地のいい、その腕の中。
耳を澄ませば、彼女の息遣い。
吸って、吐いて…また吸って。
とくん、とくん、と胸の呼応と一緒に。

144 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/08(火) 06:28

なんで、だろうね?
わからない自分の気持ち。
数えるほどの時間しか一緒にいないのに、
こんなにも舞美ちゃんは私の中で大きくなっていって。

きっとパートナーだから。
そう言い聞かせるけれど、説明のつかないものもあって。
たくさんありすぎて。

時々訊きたくなるんだ。
『舞美ちゃんは、私のこと、どう思ってるの?』って。

145 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/08(火) 06:28

でも、答えが怖くて訊けない。
もし、もしも、私の思う答えが返ってきたら。
『天使だよ』って、『愛理は願いを叶えてくれる天使』って、
無邪気に笑って言われたりしたら…。

当然の答えのはずなのに。
なのに…、怖いって、思ってる自分がいるのも本当。

――― ねぇ、舞美ちゃん? 私は…あなたにとって、どんな存在?

146 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/08(火) 06:28

「あ、もう着くよ」

念じてみたところで、当然伝わるはずはなくて。

残念な気持ちが広がったけど、顔には出せない。
ただ深い息をついて、笑うだけ。

「…うん」
「絶対おいしいよ? あ、降りるとき転ばないように気をつけてね」
「うん、ありがとう」

なんだか、不思議だね。
私のほうが舞美ちゃんに願いを叶えてもらってるみたい。
そのことに、少しだけ胸が痛んだんだ。

147 名前:tsukise 投稿日:2008/07/08(火) 06:29

>>135-146
今回更新はここまでです。
二人の距離は矢島さん次第、みたいな、はい(ニガ

>>134 withさん
矢島さんらしい場所だったでしょうかwそうですねw
それでも鈴木さんも喜びそうな場所ですよねw
どうぞ、また二人の行く先を見守ってくだされば幸いです。

>>135 名無飼育さん
何か、予感めいたものが流れているのでしょうか。
作者としましては、ご感想にただただ平伏すばかりです。
どうぞ、またお付き合いくだされば幸いです。
148 名前:with 投稿日:2008/07/08(火) 13:27
更新お疲れ様です。
愛理を守る矢島さん…カッコよすぎですよ!!!w
果たして矢島さんは鈴木さんをど〜思ってるんでしょ〜ね〜。
次回も更新待ってます。
149 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:22

「愛理ってさ、天使なんだよね?」

ふいに訊かれて顔を上げると、
舞美ちゃんはいつのまにかケーキをたいらげて、こっちに目を向けていた。
まだ半分ぐらいをのんびり食べていた私も手を止める。
そのまま目を覗き込むようにして、

「なんでも出来るの?」

そんなことを訊いてくる。

150 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:22

なんでも…?
それって、えっと、願い事のことかな?
何か、叶えたいものでも…できた…?

なんとなく、どきっとしてしまう。
当たり前のことなのに。
願いを叶えるのが、私の存在理由なのに。

151 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:22

「えっと…あまりに大きい願い事だと無理です。世界征服とか…」

出来ない事はないだろうけど、多分その後は責任が持てない。
もともと責任とか、自分がいなくなってからのことだし
深く考える必要はないんだろうけど、無責任な事、したくないから。

だからあえてそういう言い方をしたんたけど
舞美ちゃんは、私の答えにキョトンとして、それから豪快に笑った。
パタパタと手なんかも振って。

152 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:23

「あははっ、そういう意味じゃなくってさ」
「…?」
「愛理が何でも出来るのかってこと。勉強とかスポーツとか」

あ…そういうことか…。
あからさまにホっとしてしまう。
天使なのに、天使のくせに。

「大体の事なら」

うん、出来ない事はない。
全知全能の神に仕えるものとして恥ずかしくないよう、
日々精進するのが私たちのつとめだし。
多少の苦手はあったにしても、それなりには。

153 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:23

「そっかぁ〜、良かった」
「?」
「や、あのさ、だんだん暑くなってきてるじゃん?
きっとさ、今年もプール開きとか早そうだし、そしたら
愛理を連れてってあげたいなぁ〜って」
「プール…開き」
「うん、あ、わかるかな? プールっていうおっきな水槽みたいな所に
水を溜めて、バシャバシャーって人が泳げる場所なんだけど」

身振り手振りをしてコミカルに説明してくれる舞美ちゃんだけど
私は一気に顔がひきつっていく。

だって、
そのプールというところは、そう、泳ぐってことで。
水の中に入るってことで…。

154 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:23

「愛理って上手そうだよね、泳ぐの」
「あー…」
「カッパが好きっぽいし?」
「うー…」
「? 愛理?」

反応の薄い私に気づいた舞美ちゃん。
不思議そうに小首を傾げるようにしてみてくるけれど、
私はバツの悪い顔しかできない。

「どうしたの?」

ぐぐっと正面から見つめられれば、逃げる事はできない。
ただくるっと視線を泳がせて、それでもどうしようもない状況に
ため息をひとつ。
そして、観念する。

155 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:24

「…泳げないの」

「…へ?」

小声で言ったのがまずかったのか、舞美ちゃんは
もう一度耳をこちら側に向けて訊いてくる。
うぅ…だから…。

「私、泳げない」

一気に、かぁって顔が火照る。
はずかしさに、縮こまっていく身体と一緒に。
だって、そんな、欠点をもう一度伝えるって、ホント恥ずかしい。

156 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:24

「愛理…、天使、だよね?」
「天使でも…むりなんだもん」

即答する。
くるべき反応を意識して。

大抵こういうときって、2つの反応があるよね。
できないことに心配して、励ます方と。
できないことにびっくりして、その意外なことを笑ってしまう方。

ぽかんとしている舞美ちゃんは、
やっぱりというかなんというか、

「あっははははははっ!」

後者だった。

157 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:24

「ひどいよぉ…」

判ってたけど、
うん、判ってた反応だったけど、やっぱりちょっとむくれてしまう。
ぶぅっと頬を膨らませるようにして、小さく睨みつけて。
でも、やっぱり舞美ちゃんの笑いは止まらない。
噛み殺そうとしてるけど、全然できてない。
目が笑ったままだもん。

「あははっ、ごめんごめんっ、や、なんか可愛いなぁって、あははっ」
「なんか嬉しくない」
「やっぱりさ、女の子って欠点の1つとかあったほうが可愛いって」
「女の子って…。私、天使だからそういうの関係ないと思う」

でも、舞美ちゃんは笑顔のまんまで。
そのまま手をのばすと、私の頭をわしゃわしゃっと撫でてきた。
細く長い指先が、髪の隙間をくすぐるように踊る。
その感覚が、ちょっと心地よい。

158 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:25

「いーのいーの、愛理、可愛いって、うん」
「うぅ…、やっぱり嬉しくない。舞美ちゃんの意地悪」
「そんなことないって。あははっ」

まだ笑ったままの舞美ちゃんは、
可笑しそうに紅茶に手を伸ばした。
しぶしぶながら、それを見て私もケーキに戻る。

舞美ちゃんが紹介してくれたお店は、人気の場所だけあって
たくさんの人で溢れかえっていたけれど、
それに比例するぐらい、美味しかった。
たくさんあったケーキ、そのどれもが美味しそうで、選ぶとき迷ってしまったぐらい。
結局、舞美ちゃんが最後まで迷った二つを頼んでくれて、幸せな気持ちになったっけ。

159 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:25

「それにしても愛理って、本当に美味しそうに食べるよね〜」
「そうかなぁ?」
「うん、なんか紹介した甲斐があるってもんだし」
「でも本当においしいもん」

ぱくっ、とまたケーキを一口。
広がる甘さに、また幸せな気持ちが広がっていく。
人間の世界の食べもの、なんだかクセになりそう。

「あははっ、こんな妹欲しかったなぁ〜」

一足先に食べ終えた舞美ちゃんは、
アールグレイの紅茶を傾けながら、にこにこしてた。

160 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:26

妹…。
なんだか複雑な気持ちが広げるけれど、それは置いておいて。

だったら―――。

「それを願い事にする?」

出来ない事じゃない。
欲しいというなら。
本当に願うなら。

161 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:26

でも、舞美ちゃんはちょっと困ったみたいに笑って。

「愛理みたいな可愛くて素直な子ならいいけど、
うちのお父さんとお母さんからじゃ無理だよ」

そんな風にいったんだ。

ぜんぜん方向違いの言葉。
おじさんやおばさんは関係ないのに。

だけど、そこから転がり出た『妹』の意味に、
ごくん、と甘い塊が咽喉を滑り落ちるのと一緒に、とくん、と胸が鳴ったんだ。
時々感じるあの不思議な感覚みたいに。

162 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:26

舞美ちゃんの一言で、いつもこんな感じになる。
どきどきして、かぁって、なんだか頬が熱くなって。
うっ、と咽喉の奥に何か詰ったみたいになって言葉が出てこなくなって、
ただぎこちなく笑うだけ。

なんだか、息苦しい…かも。

叶えられないことはないんだ、本当に。
可愛くて素直な女の子を舞美ちゃんの妹に、って。
でも、私みたいな、という言葉がすごくひっかかって。

それに…願い事を叶えるってことは、
ひとつずつ、舞美ちゃんとの距離が開いていくってことで…。

ごまかすみたいに、えへへと笑ってケーキを頬張るけれど、
さっきまで感じた甘い味はしなかった。
ただ、ほんのちょっとの苦さを感じたっけ…。

163 名前:What do you think? 投稿日:2008/07/09(水) 15:26





『――― ねぇ、愛理。アタシさ、願い事を言われる度に怯えてるんだ』

そんな言葉を、みやが言ってた。
全然わかんなかったけど、今ならわかる。

もし私が彼女から願い事を切り出されたら…どんな顔をするんだろう?


164 名前:tsukise 投稿日:2008/07/09(水) 15:27

>>149-163
今回更新はここまでです。
無意識に言われる言葉だからこそ、
一喜一憂してしまうものですよね、はい(ニガ

>>148 withさん
鈴木さんが以前「メンバーで付き合うなら」という質問で
矢島さんと答え、理由が「守ってくれそう」みたいな事を
言っていたのを思い出しましてw実際カッコ良さそうですよねw
矢島さんの気持ち、天然だけにどうなることでしょうね、はいw

165 名前:with 投稿日:2008/07/09(水) 17:06
更新お疲れ様です。
泳げないことを顔を真っ赤にしながら言う鈴木さんにやられましたw
次回も更新待ってます。
166 名前:名無し飼育 投稿日:2008/07/10(木) 02:49
甘いもの好きほんわか天使愛理と天然舞美がかわゆい♪
愛理が「みや」の言葉を思い出すシーンが出ると・・・
番外編で「みや」と「梨沙子」のお話も是非読んでみたいですっ(*´∀`)
167 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/10(木) 19:40
連日更新お疲れ様です。
二人の会話が可愛すぎて癒されてますw
楽しみに待ってます。
168 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:38

G・G・G・G・G……。
並んだその文字に、ガックリ。

ふと顔を上げれば、カコーン、と大きな音を立てて
私のすぐ横を転がっていくボール。
その先を見つめれば、並んだ白いピンを見事全部ボールで倒して。
ただただ溜息。

「愛理…、もしかして運動全般ダメなの?」

なのかなぁ…。
自分では自覚ない。

後ろから声をかけられて情けなくうなだれながら振り返る。
そんな私を「気にすんな」なんて困った笑顔で迎えてくれる舞美ちゃん。

169 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:38

ここはボーリング場。
また知らない新しい場所にいるんだけど、
なかなかどうして、人間の遊びは難しい。

どうやったらあんな遠い場所のピンを倒せるんだろう?

「見てて」

恨めしくピンを眺めている横を、ぽん、と肩を叩いてすれ違う舞美ちゃん。
しゃんとした背中にストレートな髪が右に左に揺れていて、
なんとなく、歩いていく、ただそれだけなのに見とれてしまった。

でも、もっと釘付けにされたのはその後。

一つのボールを手に取ると、一呼吸。
それだけで彼女の周りの空気だけが色を変える。
ピン、と糸を張るように鋭く。

170 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:39

そのまま静かに前を見据えるようにして構える。
その凛とした眼差しが、鋭くピンをとらえているのが判る。
背中しか見えないのに、一挙一動がわかるんだ。
まっすぐ、前だけを見つめてる。
ずっとずっと先をまっすぐ。

キュ、という音と一緒に一歩を踏め出せば
アクセルを踏み込まれた車みたいにゆっくり加速。

キュ、キュ、キュ、と。
床が呼応しながら、彼女の歩みを助けて。

大きく後ろに振られる腕。
その白く細い腕のどこにそんな強さがあるのか、
ボールは彼女の意のままに重心を傾け、

そして、

ガコン―――!!

綺麗なフォームと一緒に手を離れるボール。

171 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:39

でも、彼女は姿勢を崩すことなくただボールの行方を見つめてる。
私みたいにオロオロしたように見るんじゃなくって、
どこか自信に満ちたように。

ボールは、意思をもったようにピンへと引き寄せられていく。
軽く弧を描くそれは、とてもスムーズに、音さえも潜ませて。

瞬きもためらわれる。
そのぐらい綺麗に進み、そして。

カコーン!!

綺麗な音が合唱した。

172 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:39

動けなかった。
全部のピンが倒れた事より、なによりも、
舞美ちゃんの背中に見とれた。

潔い背中。
しゃんと伸びてて、迷いがない。
ずっとずっと前を見据えてる。

きっとその眼差しは、ボールの行き先を見つめるように
遠い遠いまだ見ぬ未来をも、見つめてるんだ。

173 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:39

遠い、遠い…未来を……。

希望とか、たくさん持ってるんだろうな。
なりたいものもあるかもしれない。

その未来を、私は…。

願い事を叶えるために来た私は、きっと疫病神だろうね。
舞美ちゃんを困らせて、優しさに甘えて。

でもね、一緒にいたいんだ。
一緒に未来を見つめるものとして。
そのときがくるまで。
ううん、願わくば、その先だって…。

174 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:40





175 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:41

「96点だって! すっごい愛理ー!」
「ありがと〜」

次につれたこられたのはカラオケ店。
小さなボックス型の部屋に入るのには抵抗があったけど、
舞美ちゃんが絶対楽しいから、と招きいれてくれて。

最初はびくびくしていたんだけど、
流れる音とか、光とか、いろんな歌手さんの映像とか
そういうのがだんだん楽しくなってきて。

気づいたら、渡されたマイクで舞美ちゃんが歌った曲を歌ってた。
どれがどれ、とか全然わからないから、
ただ舞美ちゃんが歌った曲を覚えてもう一度。

舞美ちゃんは、すっごく驚いてたっけ。
『愛理、絶対音感持ってるの?』とか言われたし。
ぜったいおんかん、ってわかんないけど、なんか凄いみたい。

176 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:41

「愛理、うまいねー。ボーリングで落ち込んでたけど
つれてきて良かったよー」
「えへへ」

歌を歌うのは大好き。
神に捧げる歌も、こうやって新しく触れる曲も。

人間界の曲はよくわからない。
でも、私たちの世界のものとは全然違って、
気持ちがすごくこめられてると思う。

ちょっとした仕草とか、
悲しい気持ち、嬉しい気持ちとか、そういうのがたくさん。

私たちの歌は、神にだけ向けられたものだから、
こういう歌はとても新鮮で、どんどん知りたくなる。

人間の気持ち、どんどん知りたくなる。

177 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:41

「舞美ちゃん歌って? いろんなの、聞かせて?」
「うーん、そうだなぁ」

ピコピコと手元の機械をいじる舞美ちゃんは
難しい顔をして曲を探してるみたいだった。

舞美ちゃんの歌声。
しっかりした声で、でもどこか強さの中にも危うさとかあって。
聞いてて生身の温度を感じるんだ。
私は、この声、すごく好き。

「よしっ、じゃあこの曲!」

パっと曲を決めた舞美ちゃんは機械を操作して。
すぐにテレビ画面がかわる。

178 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:42

流れた音は結構にぎやか。
鼓膜を震わせる感じの、鋭い音で。
そしてすぐに、舞美ちゃんの声が響く。

――― 素直に本心を話すなんて 女の子からできないかもしれない

台詞だ。
でも、舞美ちゃんの声がすごく切なげで合ってる。

見れば、眉を寄せて丁寧に歌っている舞美ちゃん。
入り込むように、画面を見つめて。
もう、曲の一部になってる。

179 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:42

――― 一挙一動 あなたのすべてが……愛しい

とくん、と。

胸がなった。

その言葉が響いた瞬間。
自分でも気づくぐらい大きな鼓動を一度弾ませて。

だって、舞美ちゃんが本当に切なそうな目をしたから。
その目で、私を一度ちらりと見たから。

180 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:42

……ねぇ、舞美ちゃん。
私、おかしいんだ。

最近ずっと、舞美ちゃんのこと考えてる。
願いごと、いつ言われるんだろうって…おびえてる。

きっと舞美ちゃんにはわからない。
ううん、わからせてはいけない。
この気持ち。
私が、天使が持ち合わせてはいけないこの気持ち。

でもね?
伝えたいって、心のどこかでは思ってる。
この名前の知らない気持ち、舞美ちゃんに届けたいって。

181 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:43

私が天使でなければ…―――。

そこまで考えて頭を振った。

なんてバカなことを思ってるんだろう。
私は天使で、舞美ちゃんは人間。
それはどうやっても覆らない事実。

そして――― 歩く時間も、すべてが違うんだ。
これから先も、重なる事は、絶対ない。

今のこの瞬間だけの二人の接点。
だから。

だから…、この気持ちは、胸の奥に。
ただ、『今』という時間を大切に進む。
舞美ちゃんと一緒に、進む。

それだけ。

182 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:43


――― 心の中を 見抜いてほしい


響く声に胸が痛む。
ただの曲なのに。
舞美ちゃんの声で言われると。

見抜いて…ほしい…。
でも、覗かれちゃいけない。

私の気持ちを、矛盾した私が苦しめる。

きっと…最後のその時まで。

183 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:43





184 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:43

「愛理、具合悪いの?」
「ううん、大丈夫」

気持ちを引きずってしまって落ち込む私に、
舞美ちゃんはカラオケ店を出てからの帰り道も気にかけてた。

優しい人。
だからこそ辛い。
私には、もったいないぐらいのパートナーだから。
最後まで一緒にいるのが…辛い。

185 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:44

「あっ、ほらっ、愛理! プリクラ撮ろっ!」
「えっ? わっ」

突然ぱっと表情を変えて腕を取った舞美ちゃんは、
強くひっぱるようにしてビニールで囲まれた小さな部屋に連れて行く。
どぎまぎするけど、やっぱりなんにもできなくて、私はなすがままに。

「これは…写真?」
「そう。 あんね、色んなフレームとかで
撮った写真をデコレーションできるの!」
「デコ…?」
「あー、いいよっ、撮ってみれば判るって!」

舞美ちゃんって、説明するのとか苦手だよね。
なんかいつも思う。
やってみて色々悩むタイプかも。
まぁ、一生懸命だからそんな姿にも笑ってしまうんだけど。

あっ、でも…。

186 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:44

「私、写らないかもしれない」
「え? なんで」

なんで…って。
私は人外の者で。
いわばいるはずのない者だから、
その生命の記録さえも残せないはず。
ここにいたという記録は、天使の世界では必要のないものだから。

「いいじゃん、とりあえず撮ってみよっ」
「あ…、う、うん」

ちょっと私は舞美ちゃんの押しに弱いかもしれない。
こうやってなんでも聞いてしまうあたり、
願いごとが叶えられない理由かもしれないし。
うーん…。

187 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:44

「いくよ、ほら、ここレンズ」
「あっ、う、うんっ」
「愛理、笑顔で、ほらっ」

わっわっ。
舞美ちゃんに肩を抱かれるようにしてレンズの前に押し出される。
そ、そんな突然言われても。
え、笑顔笑顔。

カシャン

188 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:44





「ほら出来た!」

ポトン、と小さな穴から出てきたそれを、
楽しそうに私に見せてくれる。

写っているのは満面の笑顔と、緊張を滲ませたぎこちない私。

「わぁ…」

鏡以外で初めてみる自分に驚く。
こんな風に周りには見えてたんだぁって。

189 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:45

それよりなにより、私はちゃんと写っていたことに驚いた。
私の姿は、特定の人にしか通常見えない。
舞美ちゃんみたいにパートナーの人とかにしか。
それが、こうやって写真に姿を記録されたりするなんて。

「え、なに愛理、そんなに珍しい?」
「だって…、写真とか撮った事ないし…私こんななんだぁって」
「あははっ、うん、愛理はかわいいよ」
「もう…、またそんな風にー」

まじまじと見てしまう私に舞美ちゃんは可笑しそうに笑った。

舞美ちゃんの隣で笑う私。
可愛いとはお世辞にもいえなかったけど、
それでも、二人で笑顔で写っている姿は、ちょっと嬉しかった。
一緒の空間にいることが嬉しかった。

190 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:45

その写真に、舞美ちゃんは機械のペンで名前を書き、
周りに綺麗な羽根を散らしてくれた。
『愛理の羽根みたいだよね』、って言われて、恥ずかしかったっけ。

こんな風に記憶してくれてたんだって。
綺麗な羽根、って。
私のことを。

舞美ちゃんとのおでかけは、いつも新しいことでいっぱい。
新しい、舞美ちゃんの姿でいっぱい。
そして、新しい私でいっぱい。

こんな日が、ずっと続けばいいのにって…。
楽しそうに笑いかけてくれる舞美ちゃんを見ながら静かに思ったんだ。

191 名前:Time with her 投稿日:2008/07/15(火) 20:45




きらきら、きらきら。
とっても綺麗な命の光。

こんなに綺麗な人、あんまりいないんじゃないかな。
私なんかには勿体無いぐらいの人。

だからこそ、私はなんでもしたくなって。
気づいたら気持ちが加速していってたんだ。

先のことなんか、忘れて。

ぜんぶ忘れて。

192 名前:tsukise 投稿日:2008/07/15(火) 20:46

>>168-191
今回更新はここまでです。
そろそろ二人の関係も変わっていく展開になりそうです。

>>165 withさん
実際に鈴木さんは運動全般が苦手みたいですね。
ほわほわしている彼女だけにテレたりすると可愛いですよね♪
作者もそんな鈴木さんにやられたクチですw

>>166 名無し飼育さん
ふわふしている鈴木さんと天然な矢島さんだと
空気がどことなく優しい感じがしますよね♪
番外編…、書けそうなら書いてみたい二人ですね♪

>>167 名無飼育さん
鈴木さんと矢島さんの会話、実際もどこか天然だったり
話の途中で眠ってしまったりと楽しそうですよね♪
どうぞ、またフラリと立ち寄って読んでくだされば幸いです。

193 名前:with 投稿日:2008/07/15(火) 22:12
大量更新お疲れ様です。
鈴木さんもいろいろと複雑ですね〜。
今後二人の関係がどうなっていくのかかなり気になります。
次回も更新待ってます。
194 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:49

イレギュラーはいつだって突然。
予測なんてもちろんできない。

でも、そのイレギュラーが起こったとき、――― 何かが始まるんだ。

私の場合は、心のどこかが大きな音をたてて崩れていくのと一緒に

――― 何かが始まった。

きっとそれはカウントダウン。

私の天命を告げる、カウントダウン。

195 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:50





196 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:50

ピンポーン

昼下がりの午後、ふいにチャイムが鳴る音がした。
ついで聞こえたのは一階の舞美ちゃんのお母さんの声。
のんびりした声だけど、舞美ちゃんに似てどこかしっかりしてる。

「舞美ー、舞ちゃんよー?」
「えっ? 舞ちゃん?」
「二階に上がってもらうからねー?」
「あ、はーい」

舞ちゃん?
誰だろう?
舞美ちゃんの反応からして、お友達?みたいな感じだけど。

「あ、ごめん、愛理、カッパに」
「あ、うん」

パタパタと階段を駆け上がってくる足音に、
舞美ちゃんは、扉に向かいかけて、あ、と思い出したように告げる。
そっか、そうだよね、知り合いだったら私を見てビックリする。
家族だって知らない私のことだもん。
頷いて素早く姿を変えると舞美ちゃんが差し出してる携帯にくっついた。

197 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:50

次の瞬間。

「舞美ちゃんー!!」
「わっ!」

ばたん!と大きく扉が開いたかと思うと、元気な女の子が飛び込むように
舞美ちゃんに抱きついてきたんだ。
というか…後ろから、タックル?
ぐっと一度舞美ちゃんが呻いて顔を歪ませたのは気のせいじゃない。
あまりの突然のことに、私は…というか、私のついた携帯は
ベッドの上に放り出されたし。

198 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:50

「久しぶり! ってか、なんで最近全然連絡とかくれないわけ?」
「えー? や、ちょっと最近忙しくて」
「舞美ちゃんが忙しいとか、そんなのありえない」
「ひどいなぁー」

困ったみたいに笑いながら、つっこんできた女の子をやんわり離しつつ
私に手を伸ばしてくる舞美ちゃん。
持ち上げる瞬間、「ごめんね」とジェスチャーをしてくれて笑ってしまったっけ。

「舞ちゃんこそ元気だった?」
「もう、ぜんっぜん元気」
「あははっ、日本語おかしいから」

ころころ変わるその子の表情が楽しい。
本当に舞美ちゃんが好きなんだろうな、にこにこしながら
一生懸命自分のこととか伝えてて。

199 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:51

よくよく話を聞いてわかったんだけど、この女の子は『萩原舞』ちゃんで
舞美ちゃんの従姉妹らしい。
大抵の休みには、いつも遊びに来てくれてた舞美ちゃんなのに
今回に限ってなかなか来てくれないから、逆に遊びに来た、とか。
なんとなく申し訳ないかも。
きっと、それは私のせいでもあるから。

でも、それよりも…。

なんだろう、違和感を感じるんだ。
この子が部屋に入ってきてから…、
ううん、もうちょっと前、家に一歩踏み入れたときから。

この感じ、ちょっと…なんていうか…。
うん、知ってる。
これは、私がよく感じていた感覚で…。

200 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:51

「とりあえず、落ち着いて座んな?」
「はーい」

その子が動くたびに、敏感に感じる。
空気が、そこだけ違う…?
一部分だけ…どこだろう…?

あ…!
ちょっとまって…!

そこまで考えて、ひとつの事が思い当たる。

「もしかして」って。

でも、まさか、そんな。

でもありえないことじゃない。
滅多にそんなことないから、見落としていたけれど。

201 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:51

ドクン、ドクン、と。

自覚した途端に、激しく心臓の音が呼応する。
緊張とか、そういうの、ごちゃまぜになって。

だって。
だって、これは、この空気は、私たちの世界での空気だ。

つまり…。
私の近くに、もしかしたら…――― 私と『同じ』子がいるのかもしれない。
そうじゃなきゃ考えられないこの違和感。

でも、どうして?
ううん、どこから?

202 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:51

「そっか〜舞ちゃんも中学生かぁ〜」
「そうだよ? だからもう、子ども扱いできないよ?」
「うーん、なんかそれはそれで残念だなぁ」
「なんでさぁ〜」
「ほら、なんていうの?『ちっちゃいねぇ〜可愛いねぇ〜』って
そういうイメージがあるし」

舞美ちゃんたちの会話を遠くに聞きながら探る。
気配がするところを。

きっと近く。
あの子の近く。

「てか、その舞ちゃんのストラップかわいいねぇ、何、みかん?」

え?
みかん?
ストラップ?

203 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:51

「へへ〜、いいでしょ〜♪ これにはちょっとした秘密があるんだよ」
「えー? なになに? 彼氏とかに貰ったの?」
「ちっがうよ、そんなんじゃなくって。あー、でも、舞美ちゃんにも内緒に
しなきゃいけないんだよねー、これって」
「なによー」

自慢げに顔の前に下げ右に左に揺らされる、
携帯から下がったみかんのストラップ。
それを見て、ピンときた。
ううん、気配が一気に増した。

あのストラップ―――!

思ったのと、そのストラップがカタカタと震えだしたのは同時だった。

204 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:52

「えっ、ちょっと、なんかこれ…」

気づいた舞美ちゃんが、ストラップを訝しげに見つめてる。
従姉妹の子も気づいたみたいで、手のひらに乗せて。

「ちょっと、なにナッ…」

そこまで言いかけて、舞美ちゃんの顔をみつめると口をつぐむその子。
言っちゃいけない名前だと思ったんだろうな。
でも、その飲み込まれた言葉で私は確信する。

やっぱり、あの子だって。

205 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:52

カタカタと震えたそのキーホルダーは、
そのままボン! と大きな音を立てて部屋に突風を吹かせる。

「わっ」

決して大きくはない部屋が一度爆発。
小物がカタン、といくつか倒れたような気もする。

「な、なにっ?」

ちょっとした衝撃に怯む舞美ちゃんたちだけど、私は目が離せなかった。
だって…、この衝撃…、ううん、姿を変えてはっきり感じるこの気配は…

「愛理…!?」

名前を呼ばれて、僅かな驚きに目を瞬かせる。
その姿を、この場所で見つけるなんて夢にも思わなかったから。
でも、やっぱりという気持ちもあって。

206 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:52

向こうも少し驚いてる。
私を見つけて。
じっと私の姿を見つめたまま。

そんな彼女に、このままでいるなんてできない。

「わっ、愛理っ!?」

カタカタと震えて舞美ちゃんの手から離れる。
今度は私が姿を変える番。
同じく軽い衝撃と一緒に元の姿に。

そして…、目の前の子と向かい合う。

207 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:52

「………ナッキー」

彼女を私は知っていた。
そして、彼女も私を。
忘れたりなんかあるわけない。
大切な仲間なんだから。

そう、ナッキーは…、天使だ。
私たちのクラスでは一番物静かで、すごく聡明で。
私は結構話したりしたけれど、みやとかは少し距離を置いていたっけ。
きっと、性格が難しいから。
天使ということに、誰よりも強い誇りを持っているから。
それが少し意見の強さにつながってるから…難しいのかも。

それよりなにより、私のあとに試験があるって言ってたのを
聞いたことがあったけど、まさかこんなところで逢うなんて。

208 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:53

ううん、というか、そんなに時間が経っていたなんて。
この世界と私たちの世界は時間の流れがまったく違う。
生き物であらわすならば、人間と猫ほどの流れの違い。

一瞬の出来事でしかない、舞美ちゃんたち人間と
気の遠くなるような時間を過ごす私たち天界の者。

その時間の流れの違いをここにきて思いだした。

私が長く居すぎた?
だからナッキーの試験開始と重なった?
でも、舞美ちゃんの願いはまだだから…だから…。

言い訳じみている自分に、気持ちが落ち込む。
わかっているから。
自分が………そうなるようにしてるって。

209 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:53

「え…? 愛理、知り合い?」

姿を変えた私たちを従姉妹さんと咳き込みつつ忙しなく見ながら
舞美ちゃんに問われて、言葉に詰まる。

どういえばいいのかわからなくて。
とても簡単な答えだけど、…告げるのが躊躇われたんだ。
次に問われる言葉とか、いろいろ考えちゃって。
だから…曖昧に頷く。

「あっ、もしかして…舞美ちゃんにも天使が?」

代わりに答えたのは従姉妹の子。

その子の言葉に、ちくん、と胸が痛んだ。
同時に苦い気持ちが広がる。

よりによって、この場所で、この子に天使がついたことに。
それも…ナッキーだなんて…。

210 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:53

「『も』?ってことは…この子、舞ちゃんの…」

目をパチパチして、驚きを隠せない舞美ちゃん。
まじまじとナッキーの全身をくるっと見渡すみたいにして、
私と初めて逢ったときみたいに、その姿を見つめてる。

きっと、そんな舞美ちゃんが可笑しかったんだろうな、
従姉妹の女の子は、ケタケタと笑いながら、どこか自慢げに言ったんだ。

「うん、天使。あたしの天使」

ズキン、と。
今度は強い痛み。
得意そうな笑顔が…、すごく辛い。

211 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:53

どうしてそんなふうにいえるんだろうって。
そこまで考えて…、気づく。

きっとナッキーも…、私と同じように告げてないからだって。
そう、大事な事を。
本当は最初に言わなくてはいけないことを。

ふっと舞美ちゃんを見れば、まだ驚いた表情のままで
ナッキーと従姉妹さんを見つめている。
私以外の天使とか、珍しいんだろうな。
ちょっとだけ形の違う羽根とか、不思議そうに目をキョロキョロさせて。
その無邪気な目に、また胸が痛んだ気がしてくる。

212 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:54

舞美ちゃん…、そんな嬉しそうに見ないで。
そんなんじゃないんだよ、本当は。
私も、ナッキーも、舞美ちゃんが思っているような
そんな存在なんかじゃないんだ。

願い事を3つ叶えます。
そう伝えたけれど。
でも…。

舞美ちゃんの願いなら、なんでも叶えたいよ?
でもね、叶えたくもないんだ。
天使なのに。
天使のくせに。

ねぇ、どうしてかわかる…?
その理由、告げたら、舞美ちゃんはその時どんな顔をする?
今みたいに笑ってくれる?
それとも…。

もしも…軽蔑するような目をむけられたら…私は…。

213 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:54

「愛理」
「ぁ…」

呼ばれてハっとする。
ナッキーが、ずっと私を見つめていたから。
どこか責めるような目で。
ずっと、私のことを。

きっと見抜かれた胸のうち。
たった三文字の言葉だけど、付き合いが長い分わかる。
私の考えてることとか、勘の鋭いナッキーならすぐ気づいたはず。

そう、私が、舞美ちゃんにパートナーとして考えてはいけないことを思っていること。
天使としては持ってはいけない思いを、持ち始めていること…。

214 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:54

人間のためになにかしたい。
そう思うことは、いけないことだって…教わってきた。
これは試験だから。
だから、特別な気持ちを持ってはいけない。
ただ3つの願いを叶えて帰還すること、それだけを考えなきゃいけないって。

そんな風に言われたのに…私は…。

だんだん…苦しくなって。
それだけのために存在している自分が…、そして舞美ちゃんが。
背き始めてる。
いろんなことから。

途端に後ろめたい気持ちになって、
まだ私を見つめているナッキーに、ぎこちなく笑うことしか出来なかったっけ。

215 名前:Irregular 投稿日:2008/07/25(金) 05:54




どうして、こんなことになってるんだろう。
思ったところで、それは神の意思。
だったら、やっぱり恨まずには居られない。
舞美ちゃんの従姉妹に天使をつけたこと。

どうして…そこまで…、と。

告げられたのは始まりのカウントダウン。
痛みをともなう鼓動と一緒に。
そしてそれは……とても厳しい現実と一緒に。

動き出したら止まらない。

もう、止まらない。
216 名前:tsukise 投稿日:2008/07/25(金) 05:55

>>194-215
今回更新はここまでです。
暑い日々が続いてますね。
ですが、春休みで止まっている本作ですw

>>193 withさん
レスをありがとうございます、励みとなります。
鈴木さん…そうですね、色々と考えしまうために
ちょっと苦しい立場となってしまいそうです(ニガ

217 名前:with 投稿日:2008/07/25(金) 21:27
更新お疲れ様です。
いったい鈴木さん達は何を秘密にしているのかかなり気になります。
次回も更新待ってます。
218 名前:名無し 投稿日:2008/07/26(土) 05:52
更新お疲れ様です!
新しい展開に入りそうですね!
なっきーの登場がこれからどう響くのか…。
次回も正座して待ってます!
219 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:26

私たち天使は、時に敬われ、時に崇拝され、そして…時に疎まれる。

無条件に色んなものを受け入れる私たちだけど、
拒絶される気持ちを向けられると、どうしようもないんだ。

そんな時、心のどこかを痛めながら笑う。
それが、たぶん私。
でも、天使のみんながみんなそんな気持ちじゃない。

私たちにだって、人格がある。
人間のように。

そう、人間のように、譲れないものがあるんだ。

220 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:27





221 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:27

「もう! ばか! いきなりおっきくなんないでよ!」

はっとした。
キーの高い声と、勝気な瞳に。
それは隣に居た舞美ちゃんも一緒で、
びくんと身体を揺らしたみたいだった。

「すみません」

返事はナッキーが。
無表情に、ただ一度頭を軽く避けて。

その姿はなんだか……なんだか……。

222 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:27

「ダメだよ、舞ちゃん」

いたたまれない気持ちになりかけたのを止めたのは舞美ちゃんだった。

決してきつくはない言葉だけど、
それでも有無を言わせない強さがそこにあった。
意思の強さ、みたいな。

それはまっすぐ向けた瞳にも。

「人のこと、ばかとか、そんな風に言うの、よくない」

区切られる言葉が、真剣なことを伝えてる。
いつも笑顔の舞美ちゃんが、真剣に話しているのを判らせる。
それだけ『本気』の言葉なんだ。

223 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:28

「でも…だって…っ」

思わぬ言葉だったのかもしれない。
彼女はちょっと狼狽したみたいに、両手を上げたり下げたりさ迷わせて、
舞美ちゃんに困惑した眼差しを向けたんだ。

そして…、

「だって人間じゃないんだもん」

そんなふうに言う。

人間じゃない……、
その言葉が私の胸を深くえぐるように突き刺した。

私は知ってる。
彼女がいってる言葉の意味を…気持ちを。

224 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:28

私は…私たちは、決して対等なんかじゃない。
人間と天使、願いを叶えるものと叶えらるもの。
試験という名目がある以上…私達は決して。

その事実を突きつけられた気持ちになって…。

ズキン、ズキン、とだんだん大きく胸を打ちながら
心が悲鳴を上げていく。

「それに…それにっ、あたしだって利用されてるようなもんじゃん。
試験なんかに勝手に問題みたいに出されたりしてさ。
だから願い事を叶えるのだって当然のお返しだって思うもん」

まったくの正論。
彼女の言う言葉に、なんの間違いもない。

無作為に選ばれた特定の人間で。
そして、私たちの試験で。
…その場限りの関係で。

225 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:29

「舞美ちゃんもそう思うでしょ?」

びくん、と身体がはねた。
舞美ちゃんに問いかける語尾の強い言葉に。
同時に、すうっと全身の温度が下がっていく。

もし、舞美ちゃんも同じことを考えていたら?
心の奥底で、ずっとずっと思っていたのだったら?
ありえないことじゃない。
笑顔をくれる舞美ちゃんだけど、本当は私のこと…。

でも。

226 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:29

「そんなことない」

聞こえた声は、思いのほか凛としていて私の心を揺さぶった。

まったく迷いのない声。
見れば真剣にまっすぐ私を見つめる瞳。
そう、彼女じゃなくって、私を、まっすぐに見つめてた舞美ちゃん。

まるで…彼女だけじゃない、私にも聞いてほしいと言わんばかりの
そんな眼差しに、後ろめたい気持ちが掻き消えていく。

苦しさが…消えていく。

227 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:29


どうして…―――


「こんな風に出会うなんて、その子も思ってなかったはずだよ?
ほら、逆に考えてみたらさ、会えないはずなのに、会えるチャンスを
天使の試験でもらったようなものじゃん。大切にしなきゃ、その出会い」


どうして舞美ちゃんは、そんなにも信じてくれるの?
なんにでも信じる気持ちを、持ち続けることができるの?


目をそらしたかった。
でも…純粋な輝きから逃れられない。

舞美ちゃんから、逃げられない。

228 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:30

「あたしは、愛理と逢えて嬉しいもん」

私が見慣れた、明るく自信に満ちた華やかな笑顔。
その笑顔がきっかけだった。
締め付けるような胸の痛みは一気に遠のき、ただ鼓動が激しく打ち付ける。
温かい何かが全身を駆け巡って、心が軽くなる。

あぁ…私のパートナーは、やっぱりあなたでよかった。
今、心からそう思う。

ありがとう、と。
笑顔で音にならない言葉を唇に乗せてみる。
それが精一杯。今の私には。

でも、ちゃんと舞美ちゃんには届いていた。
笑顔で、うん、って頷いてくれたから。

229 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:30

むっとしたのは彼女。
つりあがった鋭い目を、私達に向けて。
そう、私と舞美ちゃんに向けて。
明らかに不快感を滲ませてる。
私と舞美ちゃんの…関係に。

「でもどうやったって、いつかはいなくなるんだよ。
ずっと一緒なんてない。願い事を叶えちゃえば用はないんだよ。
そんな風に、なっきーとかも思ってるんでしょ?
だったら仲良くしてもしかたないじゃん」

そのまま、まくし立てるように投げつけられる言葉は、
荒れる心に任せて次々吐き出される。

でも、冷たい言葉のはずなのに、
どこか切なくて、そう、なんだか…その矛先は私たちじゃなく
別の誰か、もっと大切な誰かに向けられているみたいで、
何もいえなかった。

230 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:30

「舞ちゃん…」

舞美ちゃんにも伝わったのかな。
呆れるでも、怒るでもなく、少しだけ寂しそうに名前を呼んだんだ。
ついで伸ばされた繊細な腕が、彼女の肩を優しくなでていく。

そこで我に返った彼女は、はっとしたように舞美ちゃんを見つめて。
それから見ているこっちが可哀想になるぐらい身体を縮こまらせてた。

「ごめんなさい…」

しゅんと頭を垂らして謝れば、もうさっきまでの勢いはなく。
だからかな、舞美ちゃんはただ首を振って笑顔で頭をくしゃっとなで上げた。

なにも言わなくてもわかる、その優しさ。
きっと、その子にも届いたんだろうな、
ぎこちなく、ためらいつつも笑っていたから。

231 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:31

「それで舞はお願い事ってしたの?」

切り替えして言われた言葉。
なにげなく聞いていた私は、その後愕然とする。

だって。

「うん、もう2つ叶えてもらった」

…2つ…!?

2つと言った。
確かに。
ということは、もうあと1つで…。

232 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:31

ぱっと視線を戻せば、無表情だったナッキーにわずかな変化があった。
私を正面から見据えて、ゆっくり一度瞬きしたんだ。

ナッキー…?

意味ありげに見つめられ、彼女の瞳の奥で何かがゆらめいた気がした。

233 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:31

「そっか。じゃあ、あと1つ叶えてもらうまででも仲良くしなきゃ」
「…うん」

バツの悪そうに答えるその子に、舞美ちゃんはもう一度髪を撫で上げて笑った。
その笑顔を見るたびに、苦しくなる。

なんにもわかってない舞美ちゃん。
ううん、伝えてないんだから当たり前。
だけど、とってももどかしく舞美ちゃんを見てしまうんだ。
なんにも知らないのに、そんな優しくしないで、って。
自分勝手に。

234 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:32

「舞ちゃんの事、お願いね」

続けていった言葉はナッキーに。
作り物めいた無表情のナッキーは、うってかわって笑顔になって。

「はい」

ふわっとした声で頷いたんだ。
ナッキーにしては珍しい笑顔で。
人間を…、あまり好きじゃないのに。

235 名前:Gentle person 投稿日:2008/08/20(水) 21:32





あとから聞いた。

舞美ちゃんの従姉妹さんは、ご両親が早くに離婚して
寂しい日々を送っていたんだと。
本当の姉妹にはなれないけど、あたしで出来る事はしてあげたいんだ、とも。
そして、資産家の娘だから不自由はなかったんだろうけど、
それより大切なもの、あるよね?、って、困ったみたいに笑ってた。
私はただ頷くことしかできなかったっけ。

優しい舞美ちゃん。
でも、その優しさがいつか自分を傷つける。
そんな気がする。

けれど、思うんだ。
きっと舞美ちゃんは、そうやって自分が苦しむ事になったとしても、

―――…優しさを失わない人なんだろうって。

236 名前:tsukise 投稿日:2008/08/20(水) 21:32
>>219-235
今回更新はここまでです。
スローペースですが、進んでいきたいかと(平伏

>>217 withさん
感想レスをいつもありがとうございます、励みです(平伏
鈴木さんたち二人…そうですね、何かを思ってのことでしょうが
後々引きずりそうですよね(苦笑

>>218 名無しさん
レスを頂きましてありがとうございます(平伏
そうですね、展開が変わりそうですね。
中島さんは、これからいろんな人に大きく関わっていきそうな感じですね
237 名前:名無し 投稿日:2008/08/21(木) 09:37
更新お疲れ様です!
舞美らしい姿ですね〜
誰が相手でも変わらないのが
次回もゆっくりお待ちしてますので
作者様のペースで頑張ってください
238 名前:with 投稿日:2008/08/21(木) 14:48
更新お疲れ様です。
矢島さんカッコイイですね〜ww
彼女なら言いそうな言葉です。
次回も作者さんのペースでいいので更新待ってます。
239 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:47

――― とすん、と。

真夜中の深い空を越えて、翼をしまうと同時に降り立つ。
あの、昼間に訪れた家の屋根へ。

呼ばれたんだ。
私たちだけにできる信号で。
来て、って。

「待ってたよ、愛理」
「ナッキー…」

そう、ナッキーに。

240 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:47

まさか、ここで同じ天使に会うなんて思ってなかったから昼間は驚いた。
けど、ナッキーのパートナーに会ってわかったんだ。
うん、十分な資格を持った子だって。
人格とかそういうものとは違う、私たちだけにわかる特別な資格を。

「愛理がいたのに驚いた。もうすぐ試験って知ってたけど
こんな身近にいるなんて思ってなかったから」
「私もナッキーがいるの、驚いた。それに…もう2つも叶えたなんて…」

ナッキーの性格を考えれば不思議なことじゃないかもしれない。
でも、願いを叶えるってことは、パートナーである人間には
特別な意味を持つことで…。

241 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:47

「愛理は? あの人の願い、どれだけ叶えたの?」
「私は…まだ…」
「ひとつも?」

頷く。

そう、私はまだ1つも叶えてない。
もちろん叶えたいって思ってる。
舞美ちゃんの願いだったらどんなことでも。

でも…。
―――――叶えたくない、と思っているのも事実。

幸いにも、舞美ちゃんにはまだ願いが無いだけ。
私に頼んででも叶えたいものが。

242 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:48

「おっどろいた。愛理は、あたしたちの中でも一番優秀で
合格なんてすぐだって言われてたのに」

私の答えに驚いたのはナッキー。
ちょっと目を丸くしたりなんかして、
大丈夫なの?って言いたげに眉を寄せてる。

そんなに変かな…?
私ってどんな子に思われてるんだろ?
ちょっと苦笑いしてしまう。

「そんな、私優秀じゃないよ」
「ずっとトップだった人が何言ってるんだか」

トップ…かぁ…。
あんまり気にしたりとかしていないけど、
ちょっとだけ、困ってしまうかも。

243 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:48

きっとそんな私の気持ちとかわかってるのかな。
ナッキーも少しだけ困ったみたいに笑って。
それから、ふっと視線をはずしたんだ。
何かを考え込むように。

「確かに…愛理が願いを叶えたがらないのもわかる気はするけど」

舞美ちゃんのことを言ってるのかな…?
ナッキーも、舞美ちゃんに会って、何か感じてくれたのかな…?
私の、複雑な気持ち、とか。

でも、次いで向けられた目はとても厳しいもので。

「でも、1人の想いを大切にしすぎて、候補生で終わらないようにね」

ぐっと咽喉の奥で唸ってしまった。

244 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:49

一人の想いを大切に…。
きっと今の状況への戒めの言葉なんだ。
このままずるずると…、それは許されないって、そう言うみたいな。

判ってる…。
私たちはアンゲロイになるためにここにいる。
ここはステップアップの1つ。

でも…。
舞美ちゃんの気持ちは大事にしたい。
ゆっくりでも…―――ちゃんと待っていたい。

「それは…」
「愛理は、期待されてるんだよ? アンゲロイになること。
その後、アルヒアンゲロイの統率を取る位につくこと」

遮るようにいわれて、また言葉に詰まる。

245 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:49

位とか、そういうの、よくわかんない。
とっても重要なものだって、それは理解できるけれど、
どうしてもなりたいかと問われれば、なんともいえない。

ただ、期待されてるから。
みんなが頑張ってというから。
だから…。

ただ今は、その『位』が舞美ちゃんより重いものだなんて思えないんだ。
舞美ちゃんの願いをさっさと叶えて…なんて考えられない。

246 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:49

「ひとつ叶えてしまえばすぐだよ。人間の欲なんて際限のないものなんだし」
「え…?」

ふといわれた言葉に、ナッキーを見つめ返す。

際限のない、欲?
それって一体…?
あの、舞という女の子と何かあったの?

問いかけるように首を傾げるけれど、ナッキーは怖い顔で中空を睨んだまま
結局なにも言ってくれなかった。

247 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:50

「あたしは…多分、もうすぐ試験を終えて帰還すると思う」
「そうなの…?」

うん、と頷くナッキーは、自信と確信に満ちた笑顔を一度覗かせて、

「…愛理、あたし、向こうで待ってるよ?愛理がしっかりトップで試験を終えてくるの」

ちくり、と。
小さな棘を私に投げつけ飛び上がった。

開かれた青白い翼は、漆黒の空には美しく鮮やかに舞い踊る。
まるで迷いのないナッキーの心を映してるみたい。

248 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:50

「じゃあね。あたし、いつも夜は追い出されてるから」
「………うん…」

風を伴って一度羽ばたけば、その姿はもう小さく。
ただ、それを何も言えずに見送るしか出来なかったっけ。

どうすればいい?
私は、どうするのが一番いい?
わからない…わからないよ…。

249 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:50

私は天使だ。
それも、まだまだ候補生。
気が遠くなるような時間の、まだほんの数歩しか歩いてない候補生。

誰もが言うと思う。
『天使なら、天使としての仕事を全うしな』って。
今の私は、試験をクリアして自分達の世界に戻るのがベスト。

わかってる。
そんなことはわかってる。

わからないのは、そんな当たり前のルールなんかじゃなくって、
私の説明もつかない気持ちの正体。

徐々に滲み出したシミのように、だんだん私の胸を痛みで覆い尽くしてきて、
自由を奪い始めてる。
前に進むことを躊躇うようになってる。

250 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:51

「みや…、みやならどうした?」

問いかけたところで、返事なんてない。
聞こえていても、みやのことだし助け舟なんて出してくれない。
これは私の問題で、みやはもう、終わったことなのだから。
終わったことに…したいんだから。

でもきっと、みやなら判ってくれるんだろうな。

幻を追いかけて、まやかしに惑わされて…
ボロボロになっていくのを…見たことがあったから。
見ているこっちが悲しくなるぐらい…みやは走り続けたから。

ねぇ、私も…走り出したら、わかるのかな。

誰にも聞こえないぐらいの声でつぶやいて空を見上げた。
ずっとずっと向こう、大切な想いがたくさん眠る場所を見つめるように。

そんな私を見守るみたいに、
一筋の涙星が流れていくのには、気づかなかったけど。

251 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:51



本当は…、
本当はだんだん…、自覚、してた。
私は人間に惹かれてるって。
――― 舞美ちゃんに、惹かれてるって。

でも、その感情は、天使には許されないもの。
ましてや試験中の候補生には。

判断を狂わせる甘い誘惑だから。

何人かの友達がその誘惑に堕ちていくのを見た。
その後を私は知らないけれど、きっと――― 大きな罰が与えられたんだと思う。
大きな罰…、それは堕天への道。

252 名前:A different view 投稿日:2008/08/23(土) 10:51

そうなってはいけない。
そうなってはいけないんだ。

だから違う。
私は惹かれてなんかいない。
人間のことを、想ってなんかいない。

そう思うのに。

強い戒めは、綻び始めて――― 心が溢れ出してたんだ。

253 名前:tsukise 投稿日:2008/08/23(土) 10:52
>>239-252
今回更新はここまでです。
中島さんって、作者としてはとても貴重なキャラだったりしますw

>>237 名無しさん
作者の中の矢島さんというキャラがこんな感じでございますw
結構まっすぐで誰にでも変わることない態度のようなw
どうぞまた続けて読んでくだされば幸いです(平伏

>>238 withさん
イメージの中の矢島さんの姿ですが
withさんの言いそうというご感想、嬉しく思います。
更新スローとなっておりますが、またお付き合いくだされば
幸いです(平伏
254 名前:with 投稿日:2008/08/23(土) 22:02
更新お疲れ様です。
鈴木さんもいろいろと大変ですね〜(-.-;)
中島さんにも何があったのか気になります。
また更新待ってますッ!!!
255 名前:名無し 投稿日:2008/08/25(月) 05:17
更新お疲れ様です!
nkskさんも大変なことがあったんですかね。
雅や愛理もですがみんな幸せになって欲しいなあ。
256 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:38





それは突然、夕立のように突然やってきて。
何もなかったように去っていく。

それは突然雷のように落ちてきて。
爪痕だけを…残していく。

爪痕だけを………。





257 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:39

「舞美ちゃん…大丈夫かな…」

真っ暗闇。
その中で耳に届くのは、びゅうびゅうと巻き起こる風を含んで
激しく四角い窓を打ち付けていく雨の音。

この季節には珍しい豪雨。
もう嵐と言ってもいいぐらいなんじゃないかな…。
かすかに見える木々が荒れ狂うようにしなっているのが見えるし。

そんな中、ちょっとそわそわしながら私は待っていた。
こんな日でも出掛けた私の主、舞美ちゃんの帰りを。

「うー……」

大丈夫かな…。
飛ばされたりしてないかな…。
けがとか大丈夫かな…。
早く…帰ってきて。

258 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:39

そんなことばっかり考えながら。

ふぅ…と、何度目かのため息が漏れた次の瞬間。

「うひゃー、ただいま〜」

玄関口からガチャンと重い扉を開ける音と元気な声が聞こえた。
途端に、身体がポン、と弾んだ。
と同時に人間の姿に戻ってみせる。
もう小さなカッパの姿じゃ待ちきれずに。

それは舞美ちゃんとの約束だったけど。

259 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:40

ここ数日一緒にいて分かったけれど、舞美ちゃんは意外と忙しい人で。
フットサルに陸上にバスケットボール、高校という場所で、
色んな人から色んな助っ人としての頼みごとをされてて。

その全部を引き受けてしまっているから、
毎日、家にはいない人なんだ。
部活、というらしいけど、そこがどんなところなのかよくわからない。

一度私も一緒にいったことがあったんだけど、
新しい舞美ちゃんが見れて嬉しかったのは最初だけで、
その後は遠くからポツンと一人で待っているだけ。

走り回る舞美ちゃんが、ちっぽけな私に気づくことなんてほとんどなくって
休憩のときに、ちょっとだけ笑顔をくれるだけだったし。

トドメは、何かの拍子に飛んできたボールが私にクリーンヒット。
運動神経があまり良いほうじゃない上に、立場上動く事が許されない私は
甘んじて痛みを受けるしかなかったっけ。

260 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:40

それから私を気にしてか、舞美ちゃんは家で帰宅するのを待ってるように
私に言ってきたんだ。
私も私で、さすがに反対する事もなくって。

その時にしたのが一つの約束。

『家にいる時、愛理は一人だしキーホルダーでいてね』

………当然だと思う。
突然、気を抜いた瞬間なんかに家族に見られでもしたら大変だし。
ただ、ちょっと残念な気持ちになったのも確か。
でも。

『あたしが帰ってきたら、いっぱいお話しようよ?』

そう言って元気に笑ってくれた舞美ちゃん。
全然気を遣った感じもなくって、
本当に心から言ってくれた言葉なのは明らかで。
現金な私は、こくこくと はにかみながら頷いてしまってたっけ。

261 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:40

仮にも私は天使。
離れていても、舞美ちゃんのことは感じられる。
大変なことが起こったりしたら、すぐに飛び出すことだってできる。
だから、素直に頷いたのも確か。
舞美ちゃんを守る事、ちゃんとできるって確信があったから。

「あいりー! ただいまー!」

バタン、と勢いよく開く扉。
そこから現れた人も、とっても元気に。
そんなに大声出したら、家族に気づかれるんじゃないかって思ったけど。

「おかえりなさい、舞美ちゃん」

笑顔で迎え入れるけど、変われ果てた舞美ちゃんに驚く。

262 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:40

だって、全身びしょびしょ。
持ってるカバンもずぶ濡れだし、髪の毛からはまだポタポタと
雨の雫が落ちてきてる。
頭からタオルを被って、わしゃわしゃかき回してるけど
それでも追いつかない水の量。

なんだか滝のように流れ落ちる汗、そんな風に見えなくもない。
まぁ、汗っかきの舞美ちゃんだし1/3はそうかもしれないかも…?

「舞美ちゃん、びしょ濡れだよ…!」
「あはは、大丈夫! もうさ! いきなり降り出したかと思ったら豪雨だし!
ほんっと参った参ったぁー!」

参ったなんていいながら、ものすごく楽しそうだよ…。
舞美ちゃんってあれだよね、台風とか楽しんじゃう方だよね、きっと。

しょうがないなぁって思いながら、舞美ちゃんに近づくと
タオルで頭をふわっと拭いてあげる。
「いいよー愛理も濡れちゃう」なんていうけれど、
このまま放っておいたら風邪でも引きかねないから。

263 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:41

「っくしゅん!」
「ほらぁ…」
「大丈夫だってばぁ〜」

全然大丈夫じゃないってば。
苦笑して優しく手を動かす。
舞美ちゃんも観念したのか好きなようにさせてくれてその場に座り込んだ。

「着替えた方がいいんじゃないかなぁ?」
「んー、それより先にお風呂入るし」
「そう?」

言いながら、舞美ちゃんはカバンを手繰り寄せて中身を探り始める。
外は結構濡れてしまっているけれど、中はビニールのおかげか
そんなに雨を吸い込んでいないみたいだった。

264 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:41

「えーと…携帯携帯」

がさごそ漁る姿に、ちょっと首をかしげる。

時々思うんだ。
この世界の人たちって、どうしてこんなに携帯電話をいじるんだろうって。
何かちょっとした時間があれば、みんな触っている気がする。

ゲームとか調べ物とかしてるんだよ、なんていってたけれど、
そんな本当に少しの時間でも、ほしい情報とかなのかな?
よくわかんないや。

「……あれー…? ………あっ!!」
「わっ!」

突然伸び上がる舞美ちゃんに思わずよろめく。
なに、突然…?

265 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:41

「舞美ちゃん? どうしたの?」
「…………携帯、美術室に忘れてきた」
「え?」

あちゃー、なんて言いながら頭をかきむしる舞美ちゃん。
美術室? 高校?

「お昼にさ、美術室のえりんとこに行ったんだ」
「お友達さんのところに?」
「うん、もうすぐ絵が完成だから〜って言ってて、見たかったから」
「へぇ」
「その時忘れちゃったんだ。そうだよ、隣の椅子の上!」

そんなにハッキリ覚えているのに、忘れちゃうなんて。
舞美ちゃんらしいといえば舞美ちゃんらしいけど。
夢中になってたのかな?

それからしばらく考え込むみたいに舞美ちゃんは俯いたり
天井を見上げるようにして。
そして。

266 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:42

「ちょっとあたし、取ってくるよ」
「えぇっ?」

こんな嵐の中…っ?

「あ、危ないよ…っ」
「大丈夫! ちょちょいっと行ってとってくるだけだし!」
「でも真っ暗だよ?」
「夜の学校なんて、何回か入ってったことあるし」

それは、いけないことなんじゃ…。

うぅ…、どうやっても聞き入れてくれない気がする。
そんなに携帯電話って大事なのかなぁ…。

「ごめんね、愛理。すぐ帰ってくるから」
「待って」
「え?」

どうやっても舞美ちゃんは また外へ飛び出すつもりらしい。
さすがに、こんな天気の中また一人で行かせるわけにはいかないし。
私は、人間じゃない。
少々のことじゃ、なんともない天使だから。

267 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:42

「一緒に行かせて?」
「えぇっ?危ないよ、愛理」

その危ない中 飛び出していこうとしてるのは誰ですか?

きっと言ったところで帰ってくるのは、テレたような笑みだけ。
だからため息一つ飲み込んで。

「ううん、行きたいの。舞美ちゃんと一緒に」
「愛理…」

ただ、それだけを告げた。

心配なのはうそじゃない。
それに舞美ちゃんは私の大切な…パートナー。
ここで大変なことにならないにしても、ケガなんてしたら悲しい。

268 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:42

「お願い、一緒に行きたいよ」
「…うーん…、よし、わかった。一緒に行こう?」
「うんっ」

断られてもコッソリ追いかけたけど。

「あ、じゃ、ちょっとだけ着替えるから、そしたら行こう。
これ以上酷くならないうちに取ってきたいし」
「うん」





この判断が、まさか思いも寄らない展開を連れてくるなんて、
私も、舞美ちゃんも…知る由もなかったっけ。

269 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:43





叩きつけるような雨の音が響き渡る校舎を歩く。
さっきまで感じていた外気の生ぬるい感じは、すぐにひんやりした空気に変わって。
すぐ外に建てられた外灯と、非常口を知らせる光だけが浮かび上がって、
ちょっと不気味な空間かもしれない。

「うぅ…」

元来こういうのが苦手な私は、身を縮こまらせて歩くだけ。
前を歩いていく舞美ちゃんの背をちょこちょこ追いかけるように。

「愛理だいじょうぶ?」
「だ、大丈夫だよ?」
「そう? ならいいんだけど…」

本当は全然大丈夫じゃない。
逃げたしたいぐらい怖いけど、ここまで来ておいて言えない。
私が行きたいって言ったんだもん。
一緒にって言ったんだもん。

270 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:43

でも…。

ゴロゴロ…。

あのいやな音がするたびに、背筋にいやな汗が流れていくんだ。
天使でも怖いものは怖い。
ましてや、私達の世界にはない、こんな天災は。

「愛理…怖いんだったら……」
「大丈夫…! 大丈夫だもん!」

心配そうに振り返る舞美ちゃんに、そう言い放った瞬間。

ピカッ!!

「――――!!」

ガシャーーーーン!!

「うひゃっ!!」
「わっ、愛理っ」

ものの見事に落ちた雷に、もう無我夢中で舞美ちゃんに飛びついた。

271 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:43

「だ、大丈夫だよ愛理。遠いから」
「うぅ…っ!」

驚いたみたいに私を受け止めた舞美ちゃんだけど、
震える私を見て取って、優しく背中を撫でてくれたんだ。
ぽんぽん、と、軽く弾ませるように、落ち着かせるように。

心が…穏やかさを取り戻していく。。
飛び込んで露になった鼓動が、耳から届いて…。
優しい息遣いが…耳に届いて。

あたたかい舞美ちゃん。
人柄がそのまま映し出された優しい人。
だから私は…。

「も、もう、大丈夫だよ」
「ほんとに?」

おずおずと身体を離して、みつめる。
心配そうな色を残した表情で、覗き込んでくる舞美ちゃんに
ちょっと、うっ、と顎を引いてしまうけど。

272 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:44

「よしっ、じゃあ、こうしよ?」
「え?」

ぽん、と手を打った舞美ちゃんは、何をするかと思いきや
ぱっと私の手を取って包み込むように握ってくれたんだ。
指先を絡めるように、離れないように。

「ほら、こうしてれば大丈夫じゃない? 一人って感じしないし」
「あ…」

一人じゃない。
私は…一人じゃない。

どうして舞美ちゃんは、こうやって無条件に優しさをくれるんだろう?
勇気を分けてくれるんだろう。

だから私は、…あなたのためにって、強く願ってしまうのに。

273 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:44





ペタペタと手を引かれて歩く。
温かさを感じているからかな、さっきほど怖くはない。

「もうすぐだよ」
「うん」

言われて一度来た道を振り返る。

ずいぶん進んだ。
まだ雨音が酷いけど、一緒に。
もう来た道は真っ暗で見えなくて。
なんとなく……今の自分の立場に似てる気がした。

274 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:44

舞美ちゃんと一緒にいるようになって。
ここまで来たけれど、まったく進展なんてなくって。
試験は進まなくって。
振り返ってみたところで、道はない。
ただ進むしかない。

沈んでしまう気持ちを振り切りたくて、
ぽたりと髪から落ちた雫に、結わえていた髪を何気なく解いた。

水気を含んだ毛先が、二三度跳ねて顔に水滴を伝わせてくる。
ちょっと指先で払うと、しっとりとした束はまとわりつくように頬に揺れて。
そのまま前髪を左右に分けるようにして…気づく。
息をつく気配に。

ん…?
舞美ちゃん…?

見つめていた視線に気づいて振り返れば、やっぱり舞美ちゃん。
はっとしたような表情を一度して、視線を逸らすと曖昧に笑ったんだ。

275 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:45

「舞美ちゃん?」
「あ、ううん、なんでもないよ?」
「?」

小首を傾げて、顔を近づけると、
今度は、ぐっと咽喉の奥で唸るようにして。
なんでもないっていうには、ちょっとおかしい。

「どうしたの? どこか痛い?」
「ううん、違くて。なんていうか、さ、その」
「うん?」

今度はどこか困ったみたいに笑う舞美ちゃん。
なに? 言ってほしいな?
もう一度そういうと、うーん、と唸って、それから、

「愛理ってほんと女の子だなって」
「え?」

女の子?

276 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:45

「雷とかそういうの怖いとか、なんか、すっごい可愛いって思うもん」

同性でもさ、なんてへへっと舞美ちゃんは笑った。
その笑顔が、ちょっと照れたみたいで、はにかむみたいで、
なんにもいえなくなる。

ただ、あの胸を締め付けるみたいな不思議な感覚がまた来て…、
今度は、私が視線を逸らして曖昧に笑うしかなかったんだ。

女の子…。
可愛い…。

なんでだろう?
おんなじ言葉を栞菜に言われた事とかはあったけど、
その時は、そんなことないよーって笑ってかわせたのに。
舞美ちゃんに言われると…なんだか…。

じんわりと身体が熱を帯びていくのがわかる。
頬が火照ってくる感覚に、一緒に恥ずかしさも加わって。

277 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:46

「そんなこと…ないよ?」

それだけいうのが精一杯だった。

あたりが真っ暗でよかったと、今ほど思ったことはないかもしれない。
舞美ちゃんに今の自分の顔を見られなくて済むから。
自覚したくない気持ちに…向き合わなくて済むから。

でも…。

「ね、愛理」
「え……?」

呼びかけられて顔を上げ…――― 言葉に詰まった。

光っては消える窓の外。
その青白い光の向こうに見える舞美ちゃんが、
見たこともないぐらい真剣な表情をしていたから。

淡い茶色の瞳が、私を射抜くぐらいまっすぐ向けられていたから。

278 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:46

「…舞…美ちゃん……?」

かすれる声。
自然とそれは激しく窓を叩きつける雨に掻き消えて。
ドクドクと早く脈打つ鼓動だけをリアルに伝えてくる。
今、この瞬間が、現実のものなんだと…伝えてくる。

それは―――


「ねぇ、愛理は…」


けたたましい警告音とともに―――


「もし、天使じゃなかったら―――」


279 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:46

私が…天使じゃなかったら…?

咽喉が鳴る。
ごくん、と一度大きく。
カラカラになったまま。
感じるのは手のひらの熱さだけ。
舞美ちゃんの…体温だけ。

聞いちゃいけない。
その先は聞いてはいけない。
その先の答えは―――― ないのだから。

思った瞬間。

280 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:47


ガシャーーーーーーーン!!!


「っ!!??」
「な、なにっ!?」

耳をつんざくほどの音が廊下に響き渡った。

これは…、何かが割れる音。
次いで聞こえたのが、何かが激しく音を立てて倒れていく感じで…。

「ガラス…? 窓ガラスが割れた?」

緊張を含んだ声で舞美ちゃんはつぶやいて。

「……! まさか…!! 行こう、愛理!」
「あ…!」

それから、ハっとしたように駆け出した。
私の手をぐっと強く引っ張るように。
廊下のずっとずっと向こうへ。

私達の…目的地へ。

281 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:47





「わ…」

扉を開けた瞬間吹き付けてきた風に思わず怯む。
その先の視界に広がったのは、変わり果てた美術室の姿だった。

「こんな……」

まさに惨劇。

床に散らばった画材。
壁を一面汚す絵の具。
ガラスを打ち破って入ってきたのは泥を含ませた木の葉たち。

荒れ狂う嵐は、この部屋を壊すだけでは物足りないように
部屋に踏み込んだ私や舞美ちゃんへも襲い掛かる。
砂と泥を混じらせた荒々しい風で、切り裂くみたいに。

282 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:47

その中を、一歩、また一歩と前に進む舞美ちゃん。

「舞美ちゃん…! 危ないよ!」

弾き飛ばされそうになるのをなんとか顔を覆ってこらえながら呼びかける。
このままじゃ、舞美ちゃんまで怪我しちゃう。

でも、舞美ちゃんは動かなかった。
バタバタと黒く長い髪をはためかせて、
その身体が雨風に汚れる事もかまわず。
ただ呆然と、無残な姿に変わった1つのキャンバスを見つめたまま。

「舞美ちゃん…?」

恐る恐る近づいて顔を覗きこんで…息を飲んだ。

もともと白い肌が、青白い嵐の中の雷に照らされて蒼白に。
その目に映るのは…絶望の色。
生気をなくした表情が、私を不安にさせるぐらい。

283 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:48

「どう、したの?」

たずねると、やっと舞美ちゃんの時間が動き出したかのように、
ゆっくりその場に膝をついた。
そのまま伸ばされたのは、泥にまみれ所々破れてしまった絵。
こんな状況じゃなきゃ、きっと色鮮やかに描かれた…これは…この窓からの景色?

……待って。
この絵。
見覚えがある。

まったく原型なんて留めていないけれど、これは。

そうだ…! 舞美ちゃんが嬉しそうに見てた!
確か、お友達の絵。
真剣な眼差しが今でもはっきり思い出せるもん。
この絵への、気持ちを十分に滲ませた真剣でまっすぐな眼差しが。

それが今…、変わり果てた姿で舞美ちゃんの手の中に。

284 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:48

「えりの絵が…。もうすぐ展覧会なのに…」

悲しみに満ちた声。
初めてきく舞美ちゃんのその声に胸が締め付けられる。

「舞美ちゃん…」

自分の服が汚れる事も気にせず、舞美ちゃんはその絵を胸に抱いて、
苦しげに唇を噛み締めた。
その胸のうちは判らない。
でも、きっと…自分のことのように悲しみを広がらせてる。

285 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:48

ピリリリ ピリリリ

「っ!?」

ふいに聞こえる電子音。
それはすぐそばに転がっている携帯から。
反射的に舞美ちゃんは身体を震わせて。

「あ……」

そっと手を伸ばしディスプレイに表示された文字を見て、愕然としている。
覗き込んで見えたのは『えり』の文字。
この絵の…持ち主だ。
そして、舞美ちゃんの大切な…。

286 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:49

「……えり……」

逡巡する舞美ちゃんが見て取れる。
何度も点滅しては消える光に、青白く映る顔には
動揺しているのがはっきり分かったから。

それでも何度目かの点滅のあと、
観念したように、舞美ちゃんは通話のボタンを押したんだ。

「…はい」
『もぉ〜、舞美ぃ? いるならさっさと出てよぉ〜』
「あ、ご、ごめんねぇー…」

電話口から漏れる声に、私はただハラハラするばかり。

だってこのタイミングでかかってくるなんて…。
しかも、一番舞美ちゃんが困る相手で。

287 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:49

『あれ? 舞美、いまどこ?』
「あ…、今、学校の…」
『もしかして美術室?』
「え? なんでっ?」
『だって舞美、携帯忘れてたっしょ? さっきウチも思い出してさ』
「そ、そうなんだ?」

焦る舞美ちゃんが見て取れる。
その場でくるくるまわったり、しきりに髪の毛をさわってみせたりしてて。

何か私でできることは…。
思ったところで、そうそういい案なんて浮かばない。

『あ、それでね、とってきてあげようと思ってたんだけど…』
「あ、ありがと、でも、ほら、もう来たから」

そこで話は終わるはずだった。
きっと舞美ちゃんの中では、『そっか、じゃあ』って。
そんな風に言って、電話を切るんだって、…私も思ってた。
でも。

288 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:50

『あ、なんなら合流する?もうすぐ着くし』

返ってきた返事は、予想とは違うものだったんだ。

「えぇっ!!??」

舞美ちゃんが、そんな声を出すのもわかる。

だって、この状況…。
そして…大切なものが、こんな目にあってるのをもし目の当たりにしたら…。

私だったら、絶対冷静でなんていられない。

『な、なによ、そんなおっきな声出しちゃって』
「う、ううん! なんでもない! や、でも、ほら、今日すごい嵐だし
早く家に帰ったほうが」
『それは舞美も一緒でしょー? あ、もうすぐ学校見えてくるから。
携帯かけながらじゃ校門越えられないし切るよ? じゃ、あとで』
「えり!!!」

そこで携帯は一方的に切れたみたいだった。
呆然としたように舞美ちゃんが携帯を見つめていたから。

289 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:50

吹き付ける風は、弱まることを知らずに私達を痛めつけていく。
雨に濡れる身体は、温かさを奪い去って。
そんな中浮かぶのは焦燥感だけ。

どうしたらいい?
舞美ちゃんは、どうする?
私は、もう分からない。

ただじっと、微動だにしない舞美ちゃんを見つめるだけ。

そうやって、どれだけ嵐の中に身をおいていたんだろう?
きっと、そんなに経ってない。
でも永遠ともとれる時間を打ち破ったのは…舞美ちゃんだった。

290 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:51

「……愛理」
「え…?」

か細く頼りない声に、一瞬誰の声なのか分からなかった。
でも、乱れる髪の隙間から覗く唇がかすかに震えるのが見えて
それが舞美ちゃんの呼びかけだったことに気づく。

「舞美ちゃん…?」

返事を返すけど、続く言葉はない。

ただ、唇を震わせて。
ぐっと携帯を握り締めてる。

だんだん心細くなって…一歩近づいたその時…。

やっと舞美ちゃんが…私に振り返ったんだ。
その表情を見て、何もいえなくなった。

291 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:51

だって…こんな…。

こんな顔の舞美ちゃん、みたことなかったから。

苦渋に満ちた表情。
ともすればわめきだしてしまいそうなのをこらえているような口元。
そして…嵐のせいじゃない、小刻みに震えている身体。

何もいえない私に。

それでも、舞美ちゃんは…告げたんだ。

一番…危惧していた言葉を。

292 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:51

「愛理」

「……舞美…ちゃん…?」


「お願い、してもいい?」


――――― 硬直。


もしかしたらって思ってた。

この状況を変える、唯一の方法に…願いを使うこと。

それが今、現実に…。

293 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:52

「――― っ」

全身を一気に鋭い電気が駆け抜ける。
背中を巡るように、ビシっと一度。
ううん、翼が広がるように、一度。

お願い。
お願いといった。
それは今までの私への頼みごとなんかじゃない。
そんなの、舞美ちゃんの顔をみればわかる。

これは…――― 願いごとだ。

誤魔化しなんかきかない、舞美ちゃんの第一の願いごとだ。

私の――― 最初の試練だ。

何も言えずに舞美ちゃんを見つめる。
でも、表情は変わらない。
願いごとは…変わらない。

294 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:52

「お願い、愛理。――― この美術室を、元に戻して」

どくん、と嫌な具合に胸が鳴る。
呼応するように、翼も脈動する。

気づいてる。
もうどうしようもない。
逃げるなんて、それこそできない。

だって。
だって、舞美ちゃん、泣きそうな顔してる。
辛そうに眉を寄せて、何か言いたいのを堪えるように唇をきゅっと締めて。
どうすることもできない現実に、最後の希望を私に預けようとしてる。
それを踏みにじるなんて、誰ができる?

できるわけ―――ないじゃない。

295 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:53


「うん、任せて」


――― 一気に力を解放する。


力強く笑顔を向けて翼を広げる。
ちゃんと笑顔になってるか自信はなかったけど、それでも。


「―――――」

光が溢れる。荒れ狂う教室いっぱいに。
翼が広がる。すべてを包み込むように。

舞美ちゃんを…包み込むように。

「あなたの願いを――― 叶えます」


296 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:53

一度翼をはためかせて身体を反転すると、すいっと指先を振る。
タクトを空中で滑らせるように、躍らせるように。

まるで五指で絹糸を引くような感覚。
空気だけじゃない、時間も、想いも引っ張って、
私の指先から、すべてをつむいでいく。
すべてを意のままにして…命を降り注がせていく。

「わぁ…」

息を飲んだのは背後にいる舞美ちゃん。
でも、意識を集中させている私には届かない。

一気に、すべてを、甦らせていくだけ。

壁を汚していた泥水は、分子単位で分解されて蒸発し、
床へと砕け散ったガラス片は、仲間を呼び寄せるように吸い付き合って、
あるべき場所へ戻っていく。

297 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:53

一つ一つのキャンバスも、筆も、絵の具も、
温かさを取り戻していく教室の中で、
ようやっと自分の場所を取り戻したように、元の姿へ。
存在を許された場所へ。

そして―――。

舞美ちゃんの手の中にあった一枚の絵を、手のひらをかざして手繰り寄せる。
それは、あの絵。
舞美ちゃんの大切なお友達の、あの絵。

引き裂かれた景色は、ただの絵だと分かっていても痛みを伴って。
込められた想いの強さを感じずにはいられない。

その絵を今、―――生き返らせる。

流れるようにキャンバスに触れれば、吹き込まれる息吹。
破れた繊維をもう一度繋ぎとめて、その上に鮮やかな いろどりを。

298 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:54

踊りだすのは、
深い紅、
映える緑、
突き抜ける蒼、
そして…ハっとするほどの白。

人間の作り出す、いろいろな絵画を見てきた私には分かる。
この絵を生み出した人は、とても繊細で心の脆さをよく知ってる人だって。

つたなさや荒々しさがあって、芸術品の粋には全く届かないけれど、
でも、込められた想いは、誰にも劣る事なんてない。
その人だけの、その瞬間の想い。それは誰にも。

その想いは、色んな人に伝わって…。
舞美ちゃんにも、伝わって…。

だから…―――― 私も。

299 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:54





「あ、舞美〜」

静寂の空間を破ったのは、どこかのんきな間延びした声。
キュ、キュ、とゴム靴を鳴らしながら教室へ入ってきて。
カンカン、と傘の先を床については雨の雫を落としてる。

でも動かない。
舞美ちゃんは、ぼんやりとした目で、ただ窓の外を見つめるだけ。

「? ちょっと舞美? 聞いてる?」

ぽん、と肩を叩かれて、舞美ちゃんはあからさまに身体を震わせた。
すでにカタチを変えて携帯にくっついた私にもその振動が伝わるぐらい。
そして、やっと気づく。
隣に立った…お友達に。

300 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:55

「あ、ああっ、え、えり、着いたんだ」
「もうすぐだって言ったじゃん、もぉー、また舞美どっか意識飛ばしてた?」
「あ、あはは、かも?」
「まったくー」

二人の姿を、私はどこか遠くから見てる感覚だった。
さっきの舞美ちゃんみたいに…ぼんやり。

本当に遠くにいるわけじゃない。
でも、気持ちがどこまでも空虚で…、そう、からっぽで。

ただ…その姿は、舞い戻った携帯電話にちょこんとくっつくカッパなだけ。
小さな、なにもできない、キーホルダーなだけ。
今の私は…、なにもできない…。

「あー、でも良かったぁ〜」
「え?」

うーん、と伸びをするようにして笑う彼女は、そのまま歩を進めて、あの絵へと。

301 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:55

「こんな天気じゃん? 少し心配してたんだ」
「心配? あ…もしかして」
「うん。この絵。大丈夫かなって」

指先でふちをなぞる彼女は、とても愛しそうに絵をみつめてる。
目を細めたのは私達。
舞美ちゃんと、私。

「良かった…よね。えりの絵、何もなくってさ」

努めて明るく振舞う舞美ちゃん。
たとえ失敗していたとしても、その頬に笑顔を乗せるようにして。

「うん」

返事をする彼女の口元に浮かべた笑みはとても柔らかくて、
どれだけその絵に想いを託していたのかが痛いほどわかる。
…舞美ちゃんが、どれだけその笑顔を…想いを守りたかったのかも。
だから。

302 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:55

私は正しいことをした。
そう胸をはれる。

そのはずなのに、でも…、心が…痛かった。

(愛理…、ありがとう)

そっと聞こえた声に、びくんと身体がはねる。
小さな塊だけど、それでも。

そんな…感謝の言葉なんて…。
舞美ちゃんが望んだ事だもん。
叶えるの、当たり前のことなんだよ?
舞美ちゃんが喜んでくれるんだもん。
叶えるの、当たり前のこと…。

そう確かに思うのに、舞美ちゃんの顔を見ることができない。
今、どんな顔をしているのか、見たくない。
舞美ちゃんの笑顔、見たくない。
彼女のための笑顔を…。

303 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:56

判ってる。
これが当たり前のことなんだって。

私は天使で。
舞美ちゃんはパートナー。
願いを叶えるパートナー。
立場が全然違うんだから、だから。

……いつか、こうやって願いを言われる事、判ってた。
なのに。
いざ言われて、苦しんでる。
天使のくせに、苦しんでる。

304 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:56

「ね、舞美、雨すごいし、どっかお店でお茶でもして帰ろうよ」
「うん、そ、だね」

そんな声を遠くに聞く。

じわっと込み上げてくる涙。
押さえきれない感情が、一気に滲み出して私を縛り付ける。
でも、それでも自分を保っていられたのは…。

優しく私に触れる指先を感じたから。
繊細で温かな舞美ちゃんの指先を感じたから。

震えてた。
優しく私に触れてるけど、小さく。
そのまま包み込んでくれたけど、どこか頼りなくって。

初めて……笑顔の下に隠されてた…

…舞美ちゃんの弱さを見た気がしたんだ。

305 名前:The first wish 投稿日:2008/09/04(木) 16:57




『ねぇ、愛理は、もし、天使じゃなかったら―――』

あの時、なにを言おうとしたの? 
私が天使じゃなかったら?
私が天使じゃなかったら…、…どうなっていた?

でも、私が天使だったから、だから…あなたに逢えたんだよ?

だからたとえ、さよならが近づいたとしてもそんなこと…いわないでほしい。

さよならが、とっても辛いから…。

306 名前:tsukise 投稿日:2008/09/04(木) 16:57
>>256-305
今回更新はここまでです。
大量更新で申し訳ないです。
なかなか色々難しいみたいです、はい。

>>254 withさん
感想レスをありがとうございます。
ちょっと辛い選択肢が続いている所で作者も大変ですw
中島さんにもきっと立場からくる辛さがたったのかもですね。
 
>>255 名無しさん
中島さん、夏焼さん、鈴木さん、
それぞれの試練がさまざまにふったのかもしれないですね。
作者もみんなの幸せをただただ祈るばかりでございます。
307 名前:with 投稿日:2008/09/04(木) 23:28
大量更新お疲れ様です。
ついに矢島さんも願い事を使いましたか〜。
なんだか鈴木さんのことを考えると切ないです。
ぜひとも幸せになってほしいなぁ〜
また更新待ってます。
308 名前:名無し 投稿日:2008/09/05(金) 05:50
更新お疲れ様です!
舞美の苦しんだ末の願いなんですね…。
愛理の事を思うと辛いです。
二人の今後も見守ってます!
309 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/16(火) 19:00
一気に読みました
繊細で素敵な作品ですね続き待っています
310 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:32

天命…というものが誰にでもある。
その天命に逆らう事は、誰にも許されない。
誰にも。

そして、それを揺り動かす事も許されない。

そう、知っていたはずだった。





311 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:32

ぼんやり四角い空を見上げてた。
舞美ちゃんの机の上で、かっぱの姿のまま。

誰も居ない部屋。
時刻は、お昼をゆうにすぎた頃。
舞美ちゃんはいつものように部活動。
そして、私もいつものようにひとりぼっち。

……何もする気が起きなかった。
ぽっかり心に穴が開いてしまって。

こんなにも、あっけなく、その時がやってくるなんて思わなかったから。

わかってる。
すごく舞美ちゃんが悩んだ末に出した答えだって。
だから…私は正しかったんだって。

でも…。
こんなにも、胸が痛むなんて…。

312 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:33

「みや…」

力なくつぶやく。
大切な友達の名前を。
きっと、一番今の私のことを理解してくれる人の名前を。

こっそり付き合ったみやの試験。
ひとつ、またひとつと願いを叶えたみやは、
その度に笑顔を見せていたけれど、その裏に隠していた涙。

ぜんぜんわかんなかった。
その意味。
願いごとを叶えるの、私達には当然のことで。
パートナーも喜んでくれて。
だから、涙の意味とか、ぜんぜんわかんなくて。

でも…いま、分かり始めてる。
みやの涙の理由。
パートナーだった梨沙子の、満面の笑顔だった理由。

313 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:33

嬉しいだけじゃなかったから。
叶えちゃ…いけない、そんな願いごともあったから。
叶えたくない…、そんな…願いごとも…あったから。
でも、受け入れなくてはいけないものだったから…二人とも笑顔で…。

「こんなに…辛いものだったんだね…」

今、はじめて…、自分の立っている場所を自覚した。
私がいるのは…『そういう場所』なんだって。

あとにも引けない。
進みだしたら止まらない。

そういう場所なんだって。

314 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:33

「ただいまー!」

ハっとする。
扉の向こう、1階の玄関から聞こえた声に。

ぱっと時計を見れば、いつのまにか時間は過ぎていて。
舞美ちゃんの帰宅する頃だ。

「…しっかり、しないと」

終わったわけじゃない。
まだ、2つある。
まだ…、2つ。

その願いを大切にしよう。
舞美ちゃんのこと、大切にしよう。

315 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:34

「愛理ー!!」

バン!、と強く扉を開いて入ってきた舞美ちゃんは私の返事を聞かずに、
持っていたボストンバッグを乱暴に床に落とし、手を伸ばしてきた。
あまりの勢いに何も言えず手の中におさまる私。

「ま、舞美ちゃん…?」
「ね、愛理、お出かけしよう!」
「え…?」
「うん、お出かけ! そうしよう!だって天気いいし!」
「天気…」

チラリと窓の外に目を向けると、どこかどんよりした空模様。

………天気、いい?

「いいじゃん! なんかさ、今日は買い物って感じなんだよ。ね?だから」

満面の笑顔の舞美ちゃんに圧倒される。

316 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:34

「う、うん…」
「よしっ! じゃあ、すぐ着替えるから行こう!」
「わっ」

ぽん、と軽く浮かされる身体。
それだけで舞美ちゃんの弾んだ気持ちが透けて見える。

とっても、嬉しそうにしてる。
うん、とっても…。

でも、気づいてるよ。
すこし、無理、してるって。
辛いときこそ明るくしようってがんばるの、知ってるもん。

だから言いたくなる。
無理、しないで?って。
頑張りすぎないでって。

それは、試験中の私には違約。
だから言えないけれど…。

317 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:34





「わぁー…」

流れていく世界に、感歎の声をあげた。
かぶせてもらったキャップが飛びそうになって、
後ろの舞美ちゃんが笑いながら押さえてくれたのがわかるけど、
目の前の世界に夢中になった。

初めて乗った『バス』という乗り物。
大きな部屋の中にたくさんの人を詰め込んで、右に左に揺れながら
緩やかに町並みを流していく。

そのひとつひとつが目新しくて、わくわくする。

318 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:35

「愛理、初めてなんだね、バス」
「うん…! 速いね、すごいねっ」
「あははっ、うんうん、速いね、すごいね」

可愛いなぁ、愛理は。なんて舞美ちゃんはキャップの上から頭を撫でてくる。
それに笑顔で応えて、また窓枠にしがみつく。

曇った空は残念だけど、肌をすぎる風は暖かさを含んで
とても気持ちいい感触で流れて。
沈んでいた気持ちが嘘みたい。

「あ。愛理、次で降りるからボタン押して?」
「ボタン?」
「ほら、これ」
「あ……」

そっと手を取られて指先で近くのボタンへと導かれる。
ただそれだけなのに、胸がトクンと鳴って。

319 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:35

「ね、これで次止まるの」
「そ、そうなんだ」

満面の笑顔を向けられれば直視できない。
ただ、曖昧に視線を逸らして笑うだけ。

なんでこんなになっちゃったんだろう?
こんな自分がいたなんて、思ってもみなかった。
一つ一つの仕草とか、言葉とか、そういうの、
たった一人の人間に、心動かされるなんてって。
だから、どんどん苦しくなるのに。

「さ、降りるよっ」
「あ、うんっ」

そんな私の気も知らないで、舞美ちゃんは軽やかにバスを降りる。
その背を見つめながら、またどこか胸が締め付けられた気がしたんだ。

320 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:35





それから回ったのは、たくさんのショップ。
小物や洋服、それに靴や日用品。
人間が当たり前に身につけるものたちだけど、
そのすべてが私にはまだまだ新鮮。
やっぱり舞美ちゃんは、そんな私を楽しそうに見ながら
色んなことを教えてくれたっけ。

「愛理、楽しい?」
「うんっ、すっごく」
「良かった」

こんな時間を過ごしていると、まるで何もなかったみたい。
一緒に笑って、はしゃいで、動き回って。
そう、ぜんぜん、願いごとなんて、考えてなかった時みたい。

321 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:35

ずっとこうしていたい。
心からそう願ってしまう。
楽しい時間を、ずっとずっと過ごしていたいって。
舞美ちゃんと一緒に、いろんなこと、たくさんしたいって。

それはささやかな私の願い。
叶えられる事はない、儚い願い。
分かっているけど、ただ、この時間だけは大切にしたいって思ったんだ。

322 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:36

次に回ったのは、ちょっとしたブランドショップ。
店員さんたちは、今まで入ったショップと違ってどこか落ち着いた雰囲気と
清楚な感じで。
被っていたキャップを取って、少しだけ気後れしてしまったっけ。

「ごめん、愛理、少しだけここらへん見ててくれる?」
「え?」
「あたし、ここで買った時計が壊れちゃってて。持ってってくるから」
「あ、うん」

ごめんね、と両手を合わせるようにしてから舞美ちゃんは奥へと消えていった。
見送った私は、手持ちぶたさに近くのショーケースを覗き見る。

323 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:36

「わぁ…」

眩しいぐらいのたくさんのリングやピアス。
私達の世界でも珍しくはないものばかりだけれど、
やっぱり神秘的なものはどこに行っても目を惹くもので。

不思議な形のものや、豪華な感じなものをゆっくり歩きながら見ていく。
どれも綺麗で吸い込まれそう。

と。

その時、一つのリングが目に留まったんだ。
思わず足を止めて見入ってしまうぐらい。

324 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:36

キラキラ輝くそのリング。
色とりどりな宝石を飾ったものがたくさんあったけど、そんなの目にも入らない。
一つのリングに釘付けになって、動けない。

それだけ魅力的だった。
シンプルだけど、羽根とクロスを象った不思議な形。
光に当たると淡く輝くふち。クロスの中心に際立つ小さな1つだけの石。
そのぜんぶが。

「きれい…」

ため息と一緒に転がり出る言葉。
人間が作り出すものに、時々こうやって私は目を奪われる。
ナッキーには『人間のものだよ?』と笑われたけど、
それでも、惹きつけられるものはしょうがないんだ。

そっと、ウインドウに指先をつける。
覗き込めば、また不思議に輝くリング。
なんだか、こんな綺麗なものを見れただけでも満足してしまったかも。

325 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:37

「欲しいの?」
「えっ?」

びくん、と身体がはねた。
突然かけられた声に。
振り返れば、いつのまに戻っていたのか舞美ちゃんが興味深げに
私の視線の先を追いかけていた。

「わっわっ」
「え、なんで?」

なんだか悪い事をしていた気持ちになって、隠すように手をパタパタしてしまう。
でも、僅かな差でも背丈が高い舞美ちゃんは、
ひょい、と背伸びをしてガラスの中を覗き込んだんだ。

326 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:37

「それ? 綺麗だねぇ」
「うぅ…、うん…」

見つけた輝きに、舞美ちゃんはなんの含みもない屈託な笑みを向ける。
そんな顔を見たら、頷くしかなくて。
小さくなりながら舞美ちゃんに場所を譲ったんだ。

「へぇ…、うん、愛理に、なんかさ、似合いそう」
「いやいやいやいや」

突然言われて、手を振りながら変な言葉を使ってしまう。
案の定「なにそれ」なんて舞美ちゃんは噴出して。
でも、それから少し考えるみたいに、じっと指輪を見つめ…。

327 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:37

「すいません、いいですか?」
「あ、はい、伺います」
「このリング、頂きたいんですけど」

えっ!?

「こちらの商品ですね、少々お待ちください」

ショーケースから取り出されたリングは、呆然としている私を置いて
店員さんとともに奥へと消えていく。

「あのっあのっあのっ」
「なに?」
「あれっ、あれっ」

わたわた舞美ちゃんと消えたリングの先を見る。
だって、そんな、そういうつもりじゃ…っ。

328 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:38

それに、みやに以前聞いた。
人間の世界の『お金』というもの。
私達にはない代価というシステム。
0という字が並べば並ぶほど、手に入れようとするものはとても高価なもので。
それを手に入れるためには、たくさん努力しないといけない、とか。

舞美ちゃん、すごく悩んでた。
それって、あのリングがとっても高価なもので。
とても、とてもたくさん努力をしていたのかもしれないのに、私が…。

けれど舞美ちゃんは、そんな私にいつものあの笑顔を向けて。

「愛理、気に入ったんでしょ?」
「それは…、うん、そうだけど…でも…っ」
「じゃあいいんだよ、気にすんな」
「そんな…っ」

無理だよぉ…。
私が、そんな、叶えてもらう立場になんて…。

329 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:38

「あいり」
「え?」

ぽん、と頭に載せられたのは、あのしなやかで綺麗な手のひら。
決して大きくなんてないのに、私に安心感をくれる手のひら。
そのまま、くしゃりと髪を一撫でして。

「愛理なら、あの指輪、大切にするでしょ?」
「それはもちろん…」
「きっとさ、天使の愛理の目にとまったんだから、これからたくさんの人が
あの指輪に目が行くと思う」
「そう…?」
「そしたら、やっぱり一番大切に持ってくれる人に出会えると
あの指輪だって嬉しいと思うんだ」

『あ、そりゃ、みんな大切にすると思うけどね、特にあの指輪は』と
ちょっと周りの視線を気にするように舞美ちゃんは小声で付け足した。

330 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:38

一番大切に…。

リングには特別な意味がある、と聞いたことがある。
永遠の想いを繋ぎ、そして、広げていく。
そして誓約と制約を持って、1つの大切なものを守っていく。

まるでそれは…。

私達…アンゲロスのように…永遠に―――。

それはなんて重いものなんだろう。
たくさんのものを受け止めて、そして…永遠に繋げて…。

「今は、なんか、愛理には大人っぽいかもしれないけど
いつか似合うようになるといいね。気高さっていうの?
そういうイメージあるし」

いつか…。
そうだね。
いつか、私がたくさんのものを受けとめていければ…。

少し落ち込んでしまいそうになったけど。

331 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:38

「きっと、あの指輪も愛理に出会うためにあそこにあったんだよ」

とかいって、なんて舞美ちゃんはカラっと笑ってくれた。

そのちょっとテレたような、でもなんの他意もない笑顔に
じんわりと胸の奥が暖かくなる。
息苦しさが、すっと消えていく。

舞美ちゃんの笑顔は、いつだって私に元気をくれる。
勇気だってくれる。
頑張ろうって、強く思える。

そう、あなたから、たくさんのものを私は貰ってるんだよ。
口には出せないけれど、あなたが私のパートナーで悲しいぐらい嬉しい。
本当に、悲しいぐらい。

ありがとう。
本当にありがとう。

332 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:39





「あ……」
「これは……」

思わず二人で顔を見合わせて苦笑い。
視線の先は私の指先。

お店を出て帰る道すがら、待ちきれなかった舞美ちゃんが
つけてみようと言い出して。
言われるままに取り出してみたはいいけれど…。
右手の薬指に沈めたリングは、遊ぶように上に下に。
うん、要するに、ちょっとぶかぶか。

333 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:39

「ごめん愛理…、サイズ、ちゃんと確かめてなかったね」
「あはは」
「すぐに戻って、換えてもらおう!」
「ううん、いいの」
「えっ、でも愛理…」
「だって」

このリングが良かった。
あのショーケースの中にあった、これが。
カタチは一緒でも、別のものじゃダメなんだ。
舞美ちゃんと一緒に見つめた、これじゃなきゃ。

すっとはずすと、今度は左手の親指に沈める。
これなら落ちる心配もないぐらいキッチリだし。
なにより…、色んな意味合いを兼ねた指への意味。

色んなことがうたわれているけれど、
この指は信念を貫いていく、とされているんだ。
だから。

334 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:39

「ほら、これなら大丈夫」
「愛理………、…ありがと」

ほっとしたように息を吐き出して、ふんわり笑う舞美ちゃんに私も笑顔を返す。
こんな些細なことでも、笑いあえるのを嬉しく感じながら。




335 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:40
その帰り道のことだった。

「ワン!」
「えっ?」
「あ、犬? どこの子だろ?」

舞美ちゃんと私の足元でくるくる回るように走ってきたのは小さな子犬。
目がクリクリしてて、毛がふわふわしてて、とってもかわいい。

「どうしたー? はぐれちゃったのかー?」

よいしょ、と持ち上げる舞美ちゃんは鼻先をくっつけるようにして
子犬に問いかける。
寄り目になりながら、それでも満面の笑顔で話しかける舞美ちゃんは
本当にその子犬が可愛くて仕方ないみたい。

336 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:40

「ワン!ワンワン!」
「そっかぁ〜はぐれちゃったかぁ〜」

まるで分かっているみたいに話しかけてるけど、
当たらずとも遠からずみたい。
オーラがうっすら見える私には、子犬の不安なのとか心細さとか、
そういう色が伝わってきてるから。

「どうしよう…近くにいるといいんだけど…」
「うーん…」

探すのは簡単。私には。
でも、それはできない。
願いとして私に向けられたものではないから。

とにかく近くを探してみよう、という舞美ちゃんに頷く。
こんな小さな子なんだ。
そんな遠くに飼い主がいるとは思えない。
もしかしたら、今もこの子犬と同じように不安そうに探しているかもしれない。

337 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:40

くるくると近くの通りを巡って。
表通りからはずれた道に差し掛かったときだった。

「ワンワンワン!」
「あっ!」

突然子犬が、寝かせていた耳をピンと立たせたかと思うと、
舞美ちゃんの腕の中から飛び出して駆け出したんだ。

「どこ行くのっ、待ってっ」
「あっ、舞美ちゃんっ」

追いかけるように走り出したのは舞美ちゃん。
まっすぐに子犬に向かって。

まるで疾風。
この街に慣れていないせいもあるけれど、
人の間をぬって走っていく舞美ちゃんはとても軽やかで、
ぜんぜん追いつけない。

338 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:41

「ま、待って、舞美ちゃ…っ」

転びそうになりながら、その背を追う。

必死だった。
取り残されそうな焦燥感と、理由の分からない悲しみが胸を襲って。
ただただ、そのまっすぐな背中を追いかけた。

そして…。

「あ、いたっ」

視界の先にいた舞美ちゃんが子犬を見つけたみたいだった。
そして、その子犬も…

「あー! どこいってたのよー! 探したんだよー!」
「ワンワン!」

飼い主である小さな女の子の姿を見つけたみたいだった。
当たり前のように、子犬は女の子に向かって駆け出して。

339 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:41

「あ、飼い主の子、見つかったんだ」

それを見た舞美ちゃんも、ちょっと嬉しそうに笑って。

私は、―――― 硬直した。

「ワンワン!」

駆け出していく子犬は、一直線に女の子に向かって走っていく。
わき目も振らず。
そう、―――周りを見ることもなく。

だから気づかなかった。

道の向こうから、車が来ていることに。

340 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:41

「「危ない!!」」

叫んだのは同時だった。

私と――――― そして、舞美ちゃんが。

ううん、私は叫んだだけ。
舞美ちゃんは――― 駆け出してた。
一気に身体のバネを収縮させて、そして弾ませて。

「おいでッ!」

抱えるように子犬に飛びつく舞美ちゃん。
身体は二転三転地面を転がって。
それから体勢を取り直して、また駆け出すつもりだった。

でも。

341 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:41

「あっ!」

カクン、と足がくずおれた。
反射的なものだったのか、それとも足をとられたのかわからない。
たった一秒、動けなかった。

でも、その一秒で十分だったんだ。

―――舞美ちゃんへと、車が襲い掛かるには。

「―――ッ!」

舞美ちゃんは、向かってくる車に硬直して動けない。
ただ、大きく目を見開いて影を見つめるだけ。
子犬を一度強く抱きしめて。

そして、私は、それを見届―――けるわけなかった。

342 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:42

「舞美ちゃんッ!!」

叫んだと同時に、両手を突き出してた。
こんな遠くじゃ、手が伸びない事には舞美ちゃんは助けられない。
普通なら。

でも、私は普通じゃない。
そう、力を、解放したんだ。
ううん、気づいたら…勝手に力を…解放してしまっていたんだ。

「風よ…ッ! お願い!!」

両手が輝く。
集まるのは鋭いナイフのような疾風。
完全に制御できていない未完成なそれは、
激しく巻き上がるように私さえ包み込んで。
頬に、指先に、形を成さない翼にと、次々痛みを与えていく。

その一切を無視して集め、解き放つ。

舞美ちゃんへ迫る影へと。

343 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:42


キキーーーーーー!!!


命中したのは前輪。
パン、と大きな音を一度立てるようにして。
次に聞こえたのはギギギ、と金属が擦れる音。
ゴムを失ったタイヤが、アスファルトに当たってるんだ。

そのままホイルを巻き込みながら回転するタイヤは
車体を徐々に左に傾けて転がり、軌道を逸らしていく。

「舞美ちゃんッ、伏せて!」
「ッ!」

そして、子犬を庇うようにしてうずくまる舞美ちゃんのすぐ側をかすめ、
歩道で止まった。

無我夢中だった。
舞美ちゃんを助けたい。
ただ、それだけの気持ちで。
それが……どれだけのものを巻き込んだかなんて、気づかずに。

344 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:43

「舞美ちゃん! 大丈夫!?」
「え…? あ、愛理…? 愛理が…?」

ゆっくり頷く。
それを見て、舞美ちゃんは呆然としたみたいに車に視線を送っていた。

僅かの理性が残っていたのか、運転手さんは無傷だった。
無意識の中の意識が、命を守る力を使ったのかもしれない。
それでも、その人外な力の跡は大きなもので。
少しだけ、胸が痛んだ。

「モモっ!」

響いたのはキーの高い女の子の声。
見れば、涙を滲ませながら舞美ちゃんに駆け寄ってきてる。

「ワン!ワンワン!」

きっと、子犬の名前だったんだろうな、
舞美ちゃんの手の中の子犬は、尻尾を何度も振りながら
女の子へと声をあげていたから。

345 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:43

「あなたのワンちゃん?」
「うんっ」
「そっか。良かった、ケガとかしなくて。…、はい」

膝をついて女の子と同じ目線になると、
舞美ちゃんは柔らかな笑顔で子犬を差し出した。
それまでどうしていいのかわからなかった女の子の顔から
やっと不安の色が吹き飛んで、笑顔が広がる。

「ありがとうっ、お姉ちゃん」
「うん、大切に守ってあげてね」
「うんっ!」

舞美ちゃんが、笑顔で女の子の腕の中にその犬を渡した。

346 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:43

「もう絶対離さないよ?」
「うん」

舌足らずの声で、ぎゅっと子犬を抱きしめる女の子。
よっぽど嬉しかったんだろうな。
満面の笑顔がふわりと広がっている。

「じゃあねっ、もう行くよっ」
「うん、気をつけてね」

女の子は頬を紅潮させ、手を振る舞美ちゃんに応えてから
そのまま元気よく裏手へと駆けていった。

それを見てホっとして、力を抜いた次の瞬間。

347 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:43

「―――――!!!???」

視界が揺らぐ。
激しく。
違う、私の身体が痙攣しているんだ。
全身を引き裂くような痛みを伴って。

「う…ッ、あ…ッ!」

痛むのは背中。
ううん、わかってる。
これは…背中じゃない、翼の痛み。
人間には分からない痛み。
刃物で切りつけられるような、そんな。

きっと…これは。


「愛理…? …!? 愛理!?」


―――――― 規約違反した、罰だ。


348 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:44

「舞美ちゃ…」

返事するよりも早く傾ぐ身体。
あ、って思ったときにはもう遅い。
途切れていく視界。
乱れる意識。
遠のく感覚。

そして…。

ぐらりとすべての世界をひっくり返して、
私は――― 地面に叩きつけられた。

349 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:44

「愛理ッ!! 愛理ぃッ!!」

舞美ちゃん…。
うっすら開いた瞼の向こう側に
膝をついて身体を揺らすその姿を確認するけれど、声が出ない。

肺が潰されるような、息が詰るようなそんな感覚と、
引き裂かれた皮膚から滲み出す自分の一部が、
痛みを伴ってすべてを奪っていくような感覚。
それがごちゃまぜになって動けない。

ただ情けなくうずくまって唸る事しかできない。

「うぅ…あぁ…っ…」

痛い…。
苦しい…っ。

額の汗が、ふつふつと玉の形になってアスファルトの上に
流れ落ちていく。
同じように、歯を食いしばっていても視界を滲ませるように
涙もこぼれていく。

350 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:44

こんな姿、舞美ちゃんに見せたくないのに。
舞美ちゃんに、辛い顔、させたくないのに。

「だい、じょ…ぶ…」
「うそ! 全然大丈夫じゃないよ…! 愛理しっかり…!!
「うぅ…」
「とにかく、一度戻ろう! 病院とかいいのかわかんないし…!」

早口にそれだけいうと、舞美ちゃんは気遣うように私の身体を引き上げて
おぶってくれたんだ。

近くにあるはずの舞美ちゃんの顔が、ひどく遠く、かすんで見える。
痛みは全身を巡り、華奢な身体をも責め続け、翼を…傷つけていく。

きっと病院という場所にいっても、どうにもできない。
治す方法さえ、あるのかもわからない。

でも、私にはそれを甘んじて受けても…守りたいものがあったんだ。
とうしても守りたいものが。

だから…。

351 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:44





「羽根、出せる?」

ベッドにうつぶせるよう横たえられた身体。
そっとその背をさするようにされて、無言で頷く。
それを合図に、いつもはカタチをなさない翼をそっと具現化していった。

「…っ」

その瞬間、舞美ちゃんが、一瞬息を飲む気配を感じた。
無理もないかもしれない。
自分でもわかるから。
その翼がどうなっているのか。
どくん、どくん、と脈打つみたいに鈍い痛みが波のようにやってきて、
外気にさらされた傷口から、とめどなく溢れる何かを伝えてるから。

352 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:45

「大丈夫…だよ?」
「愛理…」

向けた笑顔が失敗していることには気づいていた。
複雑そうな顔をしてる舞美ちゃんを見れば一目瞭然。

「消毒、するね」

震える声。
それは指先まで伝わって。
ガーゼを押し当てる舞美ちゃんが、どんな気持ちでいるのか考えると
胸がすごく痛んだ。
傷なんかより、全然。





353 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:45

悪夢は…、まもなくやってきた。

どれだけ時間が過ぎても傷はふさがらない。
痛みも、断続的に鋭く灼け付くような感覚で私を襲う。
いっそ、消えてしまえればこの苦しみから解放されるのかもしれない。
そんな気持ちさえ生まれてしまう。
でも、意識が散ってしまいそうになるのを、必死に繋ぎとめていられたのは…

「愛理…、愛理……」
「だい…じょうぶ……」

もう日付も変わって、漆黒の闇に包まれた部屋の中でも
ずっと私の名前を呼びながら、額の汗を拭ってくれる舞美ちゃんがいたから。
そんな中で、弱音なんてはけない。
自業自得なんだし、受け入れなきゃ。

354 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:45

「舞美ちゃん…」
「なに?」

一言一句逃さないとでもいうように、
舞美ちゃんは私の唇に耳を近づけてきた。
なんだか優しくされると辛い。
ただ、ためらいがちに、その耳元へ言葉を乗せていく。

「少し…休んで…?」
「ううん、大丈夫。愛理こそ眠って?…あ…、辛い…?」

首をふる。

どう言ったらいいんだろう?
舞美ちゃんは、私が無事な姿を見ない限り
身体を休めてくれなそう。

355 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:46

「私は…眠らなくても大丈夫だから……」
「でも」
「お願い…。舞美ちゃんが倒れたりしたら、困るの」
「愛理…」

頭をそっと撫でてくる舞美ちゃんは、苦しそうに眉間を寄せて。
それから、少しだけ泣きそうな笑みを浮かべたんだ。

「じゃあ、いつでも起こして? あたし、すぐ隣にいるから」

頷く。
きっと、それが舞美ちゃんの精一杯の妥協案だと思ったから。

でも、きっと舞美ちゃんも限界だったんだろうな、
毛布に包まるようにして私の隣に座り込んだそれだけで、
もう瞼が重そうに閉じられていったから。
それからまもなく、規則正しい寝息が届く。

356 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:46

舞美ちゃん、ありがとう。
そこまでして、私のために一生懸命になってくれて。

だから、
そんなあなただから、こうなったこと、後悔はしない。
候補生として、間違った気持ちかもしれないけれど、
願い以外でも、あなたのためになにかできた、それが素直に嬉しい。

「ぅ……ぁ…っ…」

戒めは、私を捕らえて離さない。
絶えず押し寄せては苦痛を翼に与えていく。
いっそ、翼なんてちぎれさってしまえばいいのに、と思うほど。

357 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:46

こんなときに思うのは、天使の存在意義。

主のために存在する私達。
見使いとして、限りない愛情の中に包まれ未来永劫祈り続ける。
それは主の源となり、万物への生を維持し続け、
そして、いつか意思を次の見使いへ渡し…消えゆく。
気が遠くなるような時間、ずっとずっと繰り返されてきたこと。

なんの疑問も持たずにここまできたけれど、
ここに来て…、この人間の世界に来て、時々思ってしまうんだ。

みやと梨沙子。
ナッキーとあの子。
そして、舞美ちゃんと私。

いろんな事象の重なりがどんどん私に何かを与えて…。
目の前の生命さえも慈しむ事ができずに、本当に主を愛せるのか、と。
ううん、もっと言ってしまえば…。

358 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:46

「…ッ!」

鋭い痛みが身体の芯を貫く。
強い戒めがまた私を縛り付けるように。

いつもなら、ここで考えるのをやめてた。
思っちゃいけないことだって。
天使となるものが、そんな疑問持っちゃいけないんだって。

でも、もう止まらなかった。
考えるの、止められなかった。

そう、

『目の前の生命を見捨ててまで、主に祈りを捧げる価値があるのか』

と。

359 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:47

くしくも、私達には力がある。
誰かを、何かを助ける事が出来る力を。
けれど、それさえも、消えゆく命を助けるのに使ってはいけない。
すべては禁忌に値するから。

分かってる。
難しい話が絡んでくることも。
一つの命を助ける事で、その世界に色んな影響がでてしまうとか。
力を持つものだからこそ、制約があるんだってことも。

でも。
だから。
だって。
あぁ……。

ぐるぐるする。
何がなんだかわからなくなってくる。

360 名前:The pain of wings 投稿日:2008/10/29(水) 08:47

ただ、ひとついえるのは……


私は――――


「ぅん……愛理………」


薄く開いた視界の向こうに滲んで見える―――


「舞…美ちゃ……」


―――― 舞美ちゃんが誰よりも… ――――




361 名前:tsukise 投稿日:2008/10/29(水) 08:47
>>310-360
今回更新はここまでです。
スローペースな上、大量更新で申し訳ない限りです。

>>307 withさん
矢島さんの願いごと、やむを得ないものでしたが
二人にはちょっと辛い選択だったかもしれないですね。
作者も幸せになってもらいたいものですが
どうにもこうにも、二人が素直に動いてくれるか…(ニガ

>>308 名無しさん
そうですね、お互いに苦しいものだったみたいですが
今後にも響きそうで、大変かもしれないですね。
どうぞ、今後の二人も見守ってくだされば幸いです。

>>309 名無飼育さん
嬉しいご感想頂きましてありがとうございます(平伏
スローペースで進んで言っておりますが、
またお暇つぶし感覚でお付き合いくだされば幸いです。

362 名前:with 投稿日:2008/10/30(木) 20:27
大量更新お疲れ様です。
いや〜かなり続きが気になる展開じゃないですかぁ〜!!!!
あぁ〜続きがかなり楽しみですッ!!!
次回もまた更新待ってます。
363 名前:名無し 投稿日:2008/11/01(土) 06:37
大量更新お疲れ様です!
愛理がどんどん辛い立場になってて
見てるこっちまで辛いです。
幸せになれるのを祈りつつ
次回更新もお待ちしてます!
364 名前:Sudden change 投稿日:2008/11/21(金) 12:02

天使にだって、いろいろな者がいる。

心優しき者。
心気高き者。
心か弱気者。

そのすべてが天使。

でも、そのすべては…主に仕える者。
それ以上でも、それ以下でもない。

人間より、高き場所で主に仕える者。

その想いの強さが…時にいろいろなものを生み出してしまう。
そして…その想いの弱さゆえに…
いろいろなものに巻き込まれてしまうものがいるんだ。

私はいったい…どちらなのだろう…?

365 名前:Sudden change 投稿日:2008/11/21(金) 12:02





僅かな光に視界を遮られて重い瞼をゆっくり開く。
タールのような、そんなどろっとしたものに身体を浸していたように
身体の自由が利かない。

「う…っ…、朝…」

のろのろと起き上がると、頭を押さえながらくるりと首を回す。
見慣れた部屋、見慣れた香り、そして…見慣れた…

「舞美ちゃん…」

ずっと、あれからもたれかかるようにして眠っていたのか、
毛布にくるまるようにして、舞美ちゃんは私のすぐそばにいてくれた。
すぅすぅと、規則正しい寝息は、深い眠りについている証拠。

触れる直前で、ためらうように手を止め、
それからもう一度そっと…、本当にそっと、舞美ちゃんの頬に触れる。

366 名前:Sudden change 投稿日:2008/11/21(金) 12:03

「あったかい…」

伝わってきたのは温もり。
生きている事の証。
そのことに、ちょっとホっとした。

当然の事だけど。
でも、当然の事だから、ホっとしたんだ。

こんな人間に出会うのは初めてだったから。
そんなにたくさんの人間と出会ったわけではないけれど、
それでも、人間のこと、それなりに見てきた。

思い悩み、苦しみ、誰かが誰かを裏切って、
その痛みでまた誰かを傷つける。
結果、悲しい道を辿ったり、間違った道を歩いたり
そうやって進んでいくのをたくさん知ってる。

でも、それだけじゃない。
たくさんの選択肢の中から、いろんなものを選んで、経験して。
辛い事もたくさんあるけど、それだけじゃない。
ちゃんと前に向かって歩くために力に変えている。
そんな姿も見てきた。

367 名前:Sudden change 投稿日:2008/11/21(金) 12:03

けれど、その両者にも、舞美ちゃんは当てはまらない。

だって、こんなにもたくさんの人のためにがんばって。
誰かのために心を痛めて。
でも、それさえも受け止めて、一緒に進もうとする。
ともすれば自分を犠牲にしかねないのに、臆することなく。
まるでそれは…私達のように。

「愛…理……」

聞こえた声に、はっと手をひっこめる。
そして気づく、今の自分の姿。

傷ついた翼をそのままにして、素肌をさらした状態。
身体を見られることに抵抗はないけれど、この翼は別。
所々、朱に染まって汚れて…、片翼は折れ垂れ下がっている。
それ見たら、きっと舞美ちゃん、気に病んじゃう。
舞美ちゃんのせいなんかじゃないのに、そういう人だから。

急いで翼をかき消すと、白の絹糸をまとうように服を作り出す。
それだけでもぐらりと視界が揺れるけど。
苦痛の一切を顔に出してはいけない。
こんな痛みより…舞美ちゃんの歪んだ顔のほうが辛いから。

368 名前:Sudden change 投稿日:2008/11/21(金) 12:03

「おはよう、舞美ちゃん」
「ん…、愛理…、…! 愛理っ、大丈夫っ!?」

一気に覚醒した舞美ちゃんは、身体から毛布を落として私に飛びついた。
がしっと肩を掴んで、全身をくまなく見回してる。

「だ、大丈夫、だから、舞美ちゃん、ちょっと落ち着いて」

かくかく揺らされる身体に、悲鳴を上げた。
大丈夫だけど、このままじゃ舞美ちゃんに殺されかねない。
細く繊細な腕は、思いも寄らぬ場所で見合わぬ力の強さを見せるから。

「あ、ごめん。だって、なんか、嬉しくって」

嬉しい。
そういってくれた。
泣き出しそうな笑顔で。

途端に私が泣きそうになる。
こんなにも想えてもらったことに。

「ありがとう…、もう、大丈夫だよ?」
「うん…、ほんと良かったぁ…」

へへ、なんて鼻を鳴らしながら、舞美ちゃんはまた笑った。
なんだかその笑顔が、ひどく懐かしく感じてしまったっけ。

369 名前:Sudden change 投稿日:2008/11/21(金) 12:04


でも、


「――――――!?」


そんな時間は長くは続かなかった。

一気に硬直する身体。
ピン、と緊張したように。
ズキンと頭痛が一度起これば、それだけでわかる。
この感覚。
近くで…。


「愛理? どうした?」


カタカタ、と。
回り始める歯車。


370 名前:Sudden change 投稿日:2008/11/21(金) 12:04

「願いが……、叶えられた?」
「愛理? なに? どういうこと?」


止められない、運命の歯車。
それを今、―――――揺さぶられた。


「ナッキーが、最後の願いを叶えた…?」
「ナッキー? あ…、舞ちゃんの天使?」

願いを叶える。
それだけきけばとてもいいことに聞こえる。

「そっかぁ。これで天使になれるんだね、そのこ。良かったじゃん」
「それは…っ」

でも、違う。
違うんだよ舞美ちゃん。
本当は…、本当は私達は…っ。

371 名前:Sudden change 投稿日:2008/11/21(金) 12:04

「待って…なんか、おかしくない…?」

何気なくカーテンを開いた舞美ちゃんがつぶやく。
続いて視線の先を追うようにカーテンか外を覗いて、絶句した。

一面、煙だった。
きっと、従姉妹の子の家の方。
真っ黒な煙が、すごい勢いで舞い上がって離れたここまできてる。

「か、火事っ!? ま、舞ちゃんッ!」
「舞美ちゃん…!」

慌てた舞美ちゃんは、取るものもとりあえず部屋を飛び出していく。
もちろん、舞美ちゃんだけをいかせるなんて出来なくて、私も。

372 名前:Sudden change 投稿日:2008/11/21(金) 12:05

「愛理は家にいな!」
「ううん、一緒に行く!」
「まだケガとかしてんでしょ!?」
「大丈夫だよ…! だから一緒に!」
「愛理……」
「お願いっ」

しばらく逡巡した舞美ちゃんは、それでも。

「よし、行こうっ」
「うん!」

私に手を差し出してくれたんだ。
それを力強く握って、私達は走り出したんだ。

舞ちゃんという子の元へ。
………きっと、別れを告げた、ナッキーのもとへと。

373 名前:tsukise 投稿日:2008/11/21(金) 12:05

>>364-372
今回更新はここまでです。
そろそろ佳境に入りたいところで御座います。

>>362 withさん
ご感想ありがとうございます。
どうぞ、続きもまたお付き合いくだされば幸いです。
作者として楽しみにして頂けると嬉しく思います。

>>363 名無しさん
ご感想ありがとうございます。
そうですね、どんどん彼女は辛くなってしまっていて
書いている方としてもつらいところでございます。
どうぞ、今後も彼女を見守ってくだされば幸いです。
374 名前:名無し 投稿日:2008/11/21(金) 15:33
更新お疲れ様です!
うわぁ…なんかマイマイ大丈夫なんでしょうか…
目が離せない展開ですね。
作者様に最後までお付き合いさせていただきます!
375 名前:with 投稿日:2008/11/22(土) 01:24
更新お疲れ様です。
いったいまいまいとなっきぃはどうなってしまったんでしょうか!!!!
毎回ハラハラドキドキですよ!!!!
また更新待ってます。
376 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:17

轟々と燃え盛る炎。
すべてを飲み込まんとするほどの威力。
そして、なにもかもを漆黒へと変えていく煙。
むせるような匂いに、鼻がもげそうになる。

「舞…!」
「あぶないよ…っ、舞美ちゃん」

今すぐにでも炎の中へと飛び込まんとする身体を
しがみつくようにして止める。
それでも、私なんかに止められるはずもなくって
ずるずると引きずられていく。

377 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:17

「舞美ちゃん…っ、落ち着いて…!」
「でも…! 舞が…!舞が!」
「なに、やってるの?」

突然の声は背後から。
まったく気づかなかったその人物に、
振り返った私と舞美ちゃんは、目を見開く。

そうだ、この事象は願いを叶え終わったから。
だったら、その当人は近くにいるはずだったんだ。
そう、彼女は。

「ナッキー…!」
「愛理。やっぱり来たのね。そんな気はしていたわ」

何もかもを知っていたように、無表情のまま彼女が立っていた。
ふぅん、というように、ちらりと舞美ちゃんを確認して。
また私に視線を戻す。
途端に眉をしかめたみたいだけど、それは無視する。
きっと、色んなものが見えたんだ。
いろんな…傷とか。

378 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:18

「ナッキー、これは…」
「えぇ、願いごと、全部叶えたの。だから、お別れ」

あっけなく言うその姿は、まるで第三者のことを話す口ぶり。
あまりの言葉に、うっと咽喉の奥が詰ってしまう。

「両親がもう一度仲良く自分と暮らしてくれますように、だって」
「ナッキー…!」

それは…口にしてはいけない願いごと。
きっと、大切なあの子の気持ちを含んだ願いごと。
それを軽く出したことに、私は憤りをあらわにした。
でも、ナッキーはこたえない。
どうして? なにが悪い? とでも言いたげに首をかしげるだけ。

「願いは叶えたわ。だから、これでおしまい」
「でも、あの子が…!」
「それは私の管轄外よ。それに……わかってるでしょ、愛理?」
「……!」

含まれた言葉は重いもの。
私たちだけにしかわからない、とっても重いもの。
思わぬ不意打ちに、唇を噛み締めて何もいえなくなった。

でも。

379 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:18

「助けて! お願い…ッ!!」

何も知らない舞美ちゃんは懇願した。
舞い上がる熱風なんかおかまいなしに。

「きっと、消防隊がくるまでも時間がかかっちゃう!
その前に舞が大変なことになったりしたら…!
だからっ、お願い!!」

頭が地面につくぐらい、舞美ちゃんは深く頭を下げた。
けれど、ナッキーの返事は変わらない。

「矢島さん、あなたの気持ちは分からなくもないわ。
でもね、私の試験はおわったの。もうどうすることもできない」
「そんなっ! あなたのパートナーだったんでしょう!?」
「パートナーだったからよ。なにもしてあげられないの」
「なにそれ…っ、わかんないよ…!」

そう、舞美ちゃんには分からない。
私達、天使候補生のルール。

380 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:19

ここで助ける事…、きっとナッキーにはできる。私にも。
それだけの力を私達は持っている。
けれど、できないんだ。
それは、すべて試験違反に値するから。
消えゆく命を助ける事、それは本当にしてはいけないんだ。

ふと視線を建物の入り口に向ければ、
泣き叫ぶ女の人と、それを必死に止めようとしている男の人。
きっと、あの子のお父さんとお母さん。
火の海に飲み込まれていく娘に、悲痛の叫びを繰り返してる。

舞美ちゃんの目にも映ったその姿。
だから、きっと…ここであきらめるわけにはいかなくて…。

「お願い! 舞を助けて!!お願い!!」
「……………」

すがり付いて懇願する舞美ちゃんに、ナッキーはもう何も答えなかった。
ううん、それどころか、冷たい眼差しで燃え上がる建物と
舞美ちゃんを交互に見やったんだ。

とても冷たい眼差しで。
天使なのに、まったくの温かみも感じない眼差しで。

381 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:19

わかってる。
ナッキーがそういう子だっていうのは。
天使ということに誰よりも誇りを持ってるから。
だからわかってる。

でも、すごく、悲しい気持ちになった。

パートナーなのに。
パートナーだったのに、そこまでも切り捨てられるものなの?って。

きっとこの気持ちが、昨日ナッキーに釘を刺された感情なんだろう。
でも…私には、そんな簡単に割り切るなんてできないよ…。

「愛理!!」
「っ!」

振り返った舞美ちゃんは、泣きそうな顔。
そのまま両手をとって。
悲鳴に近い叫びを今度は私に。

382 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:19

「お願い!! 舞を助けて!! 火を消して!!」
「…っ!」

ギリギリと強く握られた両手に、顔をしかめる。

すごく痛い。
いつもの舞美ちゃんからは考えられない激しい感情。
乱れた髪もそのままに、必死になってる。

「愛理、お願い…!」

唇を噛み締めて、頭を下げるとぎゅっとかたく瞼を閉じて。
舞美ちゃんは、願いを口にした。

383 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:20

―――――― パリン、と。

その瞬間、何かが割れる音がした。
ガラスが砕けるような、あの感覚。
そして。

意思とは無関係に広がる翼。
折れた片翼が垂れ下がるけれど、それでも大きく。

「愛…っ」

ハっとしたのは舞美ちゃん。
傷ついた私の翼を見て、冷静さを取り戻したみたいに。
でも、止まらない。
もう、止められない。

願いは告げられた。
だから、もう。

384 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:20

「あなたの願い、叶えます」

本当は…、本当は私、こんな形で…。

ううん、それは思ってはいけない。
天使候補生の私が、思ってはいけないこと。
さあ、今はただ…パートナーの心から願うものを叶えよう。

私だって…助けたい。
そう思っていた。
舞美ちゃんの言葉、心のどこかでは待っていた。

静かに瞼を閉じると、一切の雑念を捨てる。
すべてを操る力に私情はいらない。だから。

385 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:20

「水を…」

両手を空へ。
操るのは大気。
空気・風・そして水を私の元に。

手のひらをかざせば、応えるように雨雲がやってくる。
私を中心に。
この場所を巻き込まんとするように。

吹き荒れていくのは風。
この地を振るわせるような、そんな荒々しい。

「愛理…!」

ナッキーの声が耳に届いた気がした。
けど、止められない。
もう願いを叶える事に集中している私には。

ううん…

―――― 願いを叶えることで、気持ちを振り払おうとしている私には。

386 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:21

苦しい。
いやだ。
私、本当は。
でも、叶えなきゃ。
舞美ちゃんが望んだ。
だから。

矛盾した気持ちは、どんどん私を痛めつける。
気持ちだけじゃない。
集められた力も、バラバラになって荒れ狂う。

肌に感じる風が暴風となって次々と巻き起こる。
私を中心として、切り刻む竜巻のように。
雨雲からは、稲妻が顔を覗かせ轟音を響かせる。
その力の強さに、ギリッと歯を食いしばる。

「う…ぁ…」

降り始めた雨は、風に、稲妻に飲み込まれて、辺りに降り注ぐ。

まるで小さな暴風雨。
この場所にだけ、嵐がきたような、そんな。
それが意味するのは、――― 力の暴走。

387 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:21

「愛理…! 意識をしっかり持って!」
「…っ!?」

ナッキー…。
聞こえた声に、ほんのひとかけらの理性が反応した。

はっと瞼を開けば、そこには風に弾かれながらも
不安そうに私を見ている舞美ちゃん。

私…、なにやって…。

気づいてしまえば、あとは早かった。
一気に冷静さが落ちてきて。

手の中のすべてを、願いへ。





388 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:21





暴風は、やっと主の心を汲み水を願う場所へと届けた。
火花を散らせた稲妻は私への戒めを残し、形を溶かし。
そして…荒れ狂う炎のすべてを、私の力で包み込み…かき消した。

「愛理…」

全身を雨で濡らした私に、同じように
頬に髪を張り付かせた舞美ちゃんが呼びかけてくる。
でも答えられない。
返事をするのが苦しい。
ただ、膝をついてうなだれるだけ。

それほどまでに、一気に身体が衰弱した。
制御できなかった力の代償がとても大きかったんだ。

389 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:22

「行ってきて…舞美ちゃん…。ちゃんと生きてるから…」
「でも、愛理…」
「私は、動けないから…助けてあげて?」
「……でも……」

ためらう舞美ちゃんは、私にそっと手を伸ばしてくる。
けれど、それを制したのは別の手だった。

「私がいるわ。あなたは舞さんを助けてあげて」
「あ……」
「愛理の力を無駄にしないで」
「あ…、う、うん。じゃあ、ここはお願いするね」

頷くナッキーに、やっと舞美ちゃんは建物へと走り出した。
焼け落ちた建物は、まだ煙を上げてはいるけれど、
もうその火の元は断った。
また燃え上がる心配はない。

それを確認しながら、ヨロヨロと立ち上がると2、3歩前に出る。

そして、気づく。
人外な力の恐ろしさに。

390 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:22

一歩間違えば、この地域一帯さえ危なかった。
心の乱れが、すぐに力に出て…どうしようもなかった。
ナッキーがいなければ、今頃どうなっていたのか。

それでも、叶えなくては、という気持ちが次々水を送り出し…。
その結果に、何もいえなくなる。
舞美ちゃんのために、と思えば思うほど、おかしくなっていく。
冷静でなんかいられなくなってしまう。

どうして…こうなってしまったんだろう…。
問いかけたところで、答えはどこにもない。

391 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:22

「あの子はここで死ぬ運命だった。その史実を曲げちゃうなんて…、
愛理のパートナー、大変だね」

まるで心を読むように背中に向けられた言葉に、私はなにも言えなくなった。
ただ、雨雲を遠ざける太陽の光に照らされて
小さくなっていく舞美ちゃんの背中を見つめるしかできない。

「その羽根、傷ついてるのも…、きっとあの人絡みなんでしょ?」

責めるような声。
表面上消していても、私たちには見える翼。
それが痛んでいたのならナッキーならすぐ気づく。

言われた言葉には、どうしてそこまで、という気持ちが透けて見える。
だけど、私は小さく息を吐き出すしかなかった。

392 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:23

どうしてかな…?
私にも…わかんないや…。
なんか、よくわかんない。
もう、ぐちゃぐちゃ。
どうして、こうなってしまったのかも。

「愛理は優しすぎる」

反応の薄い私に苛立ったナッキーが突き刺すように告げる。
けど、それだけは否定するように首を振った。

私、優しくなんかないよ?
ぜんぜん、優しくなんかない。
今だって…。

今だって本当は、願いを叶えたくないって思ってしまったもん。
自分の我侭で、舞美ちゃんが願う一つの生命を落とそうとしてた。
ひどい事、しようとしてた。

393 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:23

聞こえたのは大きなため息。
ナッキーの、あきれたような、そんな。

「あといくつ?」

何が?なんて愚問。
観念して答える。

「………1つ」

口に出すと、それは真実味を一気に帯びて心にのしかかってくる。

あと…ひとつ。
舞美ちゃんの願いは、あとひとつ。
そして、私の試験も、あとひとつ。

それが終わったら…私は帰還して、天使に。
そして、舞美ちゃんとは…お別れ。

394 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:23

「そう」

平然とそれだけ答えるナッキーを恨めしく思う。

ナッキーのことだもん。
きっと気づいてた。
私が、あと1つだけなんだってこと。
それを確認するみたいに訊いてきて。
私に、『ほらね』って。
『もう止まらないんだよ』って、戒めみたいに告げて。

395 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:24

「なっきー…」

弱々しい声に顔を上げれば、ヨロヨロと戻ってきていた舞美ちゃんと
その背におぶられている、従姉妹の舞という女の子。

動揺した目が、ナッキーと私の間をさまよう。
その視線を直視できない。
なんだか、自分に向けられた色んな含みを持ったものみたいで。

「舞美ちゃん…」
「うん、大丈夫…。すり傷だけだから」

呼びかければ、小さく答えてくれる。
舞美ちゃんもどうしていいのかわからないんだ。
なんともいえないこの空気を。

でも、切り出したのは女の子のほうだった。

396 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:24

「なんで…なっきー…助けてくれなかったの…?」

力なくつぶやくその子に胸が痛む。
きっと、すごく悲しい気持ちになったんだと思う。
ずっと一緒にいたはずなのに、最後の願いを機に
まったく知らない人みたいな接し方をされたんだから。

でも、私と違うナッキーは…、
天使としての誇りを誰よりも持っているナッキーは、
弱った彼女を一瞥すると、

「最初から、そういう約束だったじゃない」

以前の姿とうって変わって、どこか高圧的にそう言った。
女の子は、その言葉に何かを言いかけて、でも言えず、ただうなだれた。

397 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:24

それを見て満足したのか、ナッキーはすぐに笑顔を向ける。
満面の笑顔を。
次の言葉が…――、最後の言葉になると知っているから。
試験の終わりだと分かっていたから。

「さようなら、人間さん。もう二度と会うことはないでしょう。
その人に貰った命、大切にしなよね」

瞬間、光を纏ってこの世界の衣服を脱ぎ去ると、風をともない広がる翼。
制約を失った自由な翼は いきいきとした色をして何度もはためく。
次の世界を待ち焦がれていたように、本当に、いきいきと。

それを私は、力なく見つめるしか出来なかった。

398 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:25

ナッキーは空へ、私は地に。

羨ましいわけじゃない。
急いてるわけではないのだから。
悔しいわけでもない。
競っているわけでもないのだから。

でも。
ただ……悲しかったんだ。

何がなのかは自分でもわからない。
でも、ひどく心がざわめいて、得体の知れない重苦しさに息が詰りそうになって。
ぐわっと胸をかき乱す、熱い灼熱に視界の先が少しだけ滲んで見えたんだ。

ナッキーの飛び立っていく姿が…滲んで見えたんだ。

399 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:25





その後、気を失った女の子を親御さんと病院に運ぶ途中、
タクシーという乗り物の中、ずっと舞美ちゃんは私の手を握ってた。
ぎゅっと、何も言わずに。

大丈夫だよ、って。
そんなふうに笑ってくれるんだと思ってた。
舞美ちゃんらしい、強い笑顔で。

でも、覗きこんだ顔に広がっていたのは、全然そんなのじゃなくって、
どこか思い詰めたような表情。

絶えず押し寄せてくる苦痛と戦っているみたいな、そんな。
そこに、私が見慣れた、明るく自信に満ちた笑顔は
どこにも見つけることはできなかった。

だから…、私も、何も言えなくなったんだ。

400 名前:The sky and the ground 投稿日:2008/11/22(土) 10:25

……ねぇ、舞美ちゃんも感じているの?
止められない時の感覚を。

だとしても…『その時』は、確実にやってくる。

その時…、舞美ちゃんは何を思う?

私は、その時きっと―――― 。

401 名前:tsukise 投稿日:2008/11/22(土) 10:26

>>376-400
今回更新はここまでです。
中島さんって意外と使いやすいキャラです(ぉ

>>374 名無しさん
ありがとうございます。
萩原さん、危機一髪、という感じなんですかね?
その後の展開もどうぞお付き合いくだされば幸いです(平伏

>>375 withさん
ご感想ありがとうございます。
そうですね、萩原さんと中島さんの二人の関係、
矢島さんと鈴木さんとはちょっと違って複雑だったみたいです(ニガ
嬉しいレスをいつもありがとうございます、励みとなります(平伏
402 名前:with 投稿日:2008/11/22(土) 16:05
更新お疲れ様です。
中島さんもついに試験を終えましたか〜。
萩原さんに冷たく接することが悲しく感じましたよ。
そして、鈴木さんも複雑ですねぇ〜。
鈴木さんと矢島さんは今後どんな風になっていくかとても楽しみです。
また更新待ってます。
403 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/22(土) 18:30
withさん、応援なさってるのは分かるのですが、毎度、ネタバレしていますよ。
他の方々の楽しみを奪ってしまいますので、
レスのガイドラインをお読みになって、以後お気をつけてくださいね。

作者さん、出すぎた真似をしてすみません。
私もずっと応援している一人です。
続きを楽しみにしております。
404 名前:with 投稿日:2008/11/22(土) 23:01
>>403
いや〜すいませんでした。
ネタバレしていましたか。
以後気をつけさしてもらいます。

そして、作者さんにも迷惑をかけてすいませんでした。
ラストまで応援してますよ。
405 名前:Confession 投稿日:2008/11/23(日) 10:19




事実と真実。
その違いってなんだろう?

きっとそれは…気持ちがどれだけこめられたものなのか。
難しいことはわからない。
でも、きっと…、そこに強い想いがこめられていれば、真実なんだと思う。

簡単に解き明かす事なんてできない、たくさんの色んな想いのかたち。
それがきっと……真実の姿。





406 名前:Confession 投稿日:2008/11/23(日) 10:19

白いカーテンの隙間から、その姿を確認して近づく。
会いに来た女の子は、空を見ているみたいだった。
けれど、その目には悔しさと、ほんのちょっとの切なさを滲ませて。

「舞ちゃん」
「? …あぁ、舞美ちゃん。来てくれたんだ」
「うん、具合はどう?」
「ぼちぼち、かな」

呼びかければ、淀んだ瞳のまま振り返り力なく微笑んだ。
無理もないかもしれない。
あれだけの事があったんだから…。

「おじさんとおばさんは?」
「今、先生と話してるみたい」
「そっか…」

………彼女の願いは叶った。
それは大きな代償と引き換えに。
そのはずだったんだ。

407 名前:Confession 投稿日:2008/11/23(日) 10:19

でも、そこには舞美ちゃんがいたから。
その願いは無償の願いとなり…、これから彼女は失っていた時間を
ゆっくり過ごしていく事になるんだろう。

じゃあ、舞美ちゃんは?
舞美ちゃんの願いは無償にならない?

それはきっと………ならないんだろう…。

大きく動き出した運命の歯車。
その回転音を、うるさいぐらいに聞いている私には分かるんだ。

舞美ちゃんはきっと…その運命から、逃れられない。

408 名前:Confession 投稿日:2008/11/23(日) 10:20

「舞美ちゃんの天使、そこにいるの?」
「え?」

言われて舞美ちゃんは、きょとんとしたように私に振り返った。
その視線を、私は直視できない。
ただ、じっと目の前に横たわる女の子の顔を見つめる事しかできなかった。
大きく一度身体を震わせて。

「何言ってんの、舞ちゃん。ここにいるじゃん、愛理」
「そっ…か……。やっぱり、ナッキーの言う通りなんだね」
「うん? どういうこと?」
「舞美ちゃん、聞いてないの?」
「え…?」

舞美ちゃんの視線が、私と女の子の間を行ったりきたりする。

409 名前:Confession 投稿日:2008/11/23(日) 10:20


―――――……いつか…。


いつか、こんな日がくるってわかってた。
ぜんぶ、舞美ちゃんに知られる日がくるってこと。
そう、運命を…告げる日がくること。


わかってたのに…、つらい。


410 名前:Confession 投稿日:2008/11/23(日) 10:20

「天使が来る人には、条件があるの」
「あ、それなら知ってるよ。愛理から聞いた。
ちゃんと審査みたいなのがあって、それをクリアした人が選ばれるって」
「その審査、どんなのか知ってる?」
「え? あ…、それは、聞いてない、かも」

ため息を漏らしたのは女の子。
しょうがないなぁって、そんなふうに。
なんだか、どっちが年上かわからない不思議な感じ。

「天使っていうのはね…」

ふっと見せたのは、暗い影。
その子が聞いた時も、こんな表情をしたんじゃないかって
容易に想像がつく。

もし…、もし舞美ちゃんも、こんな表情を浮かべたら…?
そう思ったのと、言葉が続けられたのは同時だった。

411 名前:Confession 投稿日:2008/11/23(日) 10:20


「死の近い人にしか現れないんだよ」



―――…知られた。


知られてしまった。


聞いてほしくなかった言葉。
でも、言わなくてはいけなかった言葉。
きっと、最初に出会った時に言わなければいけなかった言葉。

412 名前:Confession 投稿日:2008/11/23(日) 10:20

そう、私たち天使は、死の近い人間に限って現れる。
『それ用』にできた身体は、時に同じく死の近しい人間に見られることはあっても
パートナーとなる人間にしか見えることは、意識して具現化しない限りほぼない。

例外は、こうして目の前の女の子のように、同じ天使を連れた人。
滅多に天使同士が会うことはないから、本当にレアなケースだけど。

「死の…近い人…」

隣でつぶやく声に、ハっと我に帰る。
びくん、と身体が跳ねるのを感じながら。

じっとりと背中に嫌な汗がふつふつと浮き出てくるのがわかる。
嘘を見破られたときみたいに、かぁって、頬が熱くなってきて。
後ろめたさと、息苦しさで、ただ下を向いて…。
逃げ出したくなるのを我慢するのでいっぱいだった。

413 名前:Confession 投稿日:2008/11/23(日) 10:21

「だから…、死の遠くなったあたしには、もう舞美ちゃんの天使も見えない」
「愛理が…見えない?」

頷くその子。
視線を一度、私がいるだろう場所にさまよわせて。
やっぱり見つけることができなくて、しょうがないってため息一つ残してる。

「舞美ちゃん、いくつ叶えてもらった?」
「あたし…? えっと…2つ、になるかな…」
「じゃあ…あとひとつだね。ちゃんと…考えたお願いにした方がいいよ。
あたしは…、舞美ちゃんのお葬式なんて出たくないから」
「そんな…」
「でも、3つ目の願いを言うっていうのはそういうことなんだよ」

そういうこと…。
そんな言い方をした。
でも、それだけで伝わる言葉だと思う。

そう…3つ目の願いを口にすると…、その者には定められた死を。

414 名前:Confession 投稿日:2008/11/23(日) 10:21

困ったみたいに舞美ちゃんは笑おうとしたんだろうけど、
その笑顔は失敗していた。
舞美ちゃんらしくない、左右非対称の笑み。
それだけでわかる。
どれだけ心がざわついているのか。

「でも…、そっか。うん、わかった」

それでも、こうやって何かに納得したように
もう一度今度はちゃんと笑顔になる舞美ちゃんは強い人で。
だから…また、私の胸がズキンと痛んだんだ。

415 名前:Confession 投稿日:2008/11/23(日) 10:21

あとひとつ―――。

それはもう変えることができない事実。
その瞬間を逃れた人なんて、きっと目の前のベッドに横たわる彼女だけ。

舞美ちゃんは…どうする?
舞美ちゃんは…どうなる?

考えたくないけど、きっと結論がでるのはもうすぐ。

止められない時間。
止められない意思。

それを、私は笑顔で受け入れることができるんだろうか?

416 名前:Confession 投稿日:2008/11/23(日) 10:21




身体が痛む。
羽を中心にして。
それは決して、与えられた罰の傷の痛みなんかじゃなくって。

気づいてる。
もう、なんとなく。
私は…。

私は舞美ちゃんと離れたくなくて。

でも、絶対にそのときはくる。

だから…。

だから……全身が、心が痛いんだ。

417 名前:tsukise 投稿日:2008/11/23(日) 10:22

>>405-416
今回更新はここまでです。
シリアスな矢島さんって新鮮かもです。

>>402,404 withさん
ご感想ありがとうございます。
今後の展開もどうぞ見守ってくだされば幸いです。
佳境になりつつあり、作者もテンションが上がっておりますが
お互いにじっくり進んでいきたいですね。

>>403 名無飼育さん
お心遣い頂きましてありがとうございます(平伏
今後の更新も、どうぞお付き合いくだされば幸いです。
418 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/23(日) 13:43
連続更新、お疲れ様です&ありがとうございます。
衝撃でした、411が。
・・・言葉が出ませんが、とにかくしっかりと見守らせていただきます。
419 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:01





いつも思ってた。

―――『幸福な死』とは何か。

授業で出されたとき、私にはよく判らなくて、
ただ曖昧に優等生な答えを言ったのを覚えている。

私たちにその時が訪れるのは、途方もなく遠い話で。
全然わかんなかった。

でも。

死というものが間近に迫ったとき、
きっと私は、答えを見つけられる。

そんな気がしていた…。





420 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:02

「愛理」

部屋に戻ってすぐ呼ばれ、身体が震えるのを感じた。
いやな具合に。
でも、無視なんてできない。
もう、できない。

観念して、姿を変える。
小さな塊なんかじゃなくって、舞美ちゃんと同じ姿に。
けど、似てるけど、全然違う生き物に。

もう…わかっていた。
舞美ちゃんの異変。
従姉妹さんのお見舞いに行った帰りから、ずっと難しい顔をしてたから。
ううん、一度だって、…私に話しかけてくれなかったから。

421 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:02

何を…告げるの?
やっぱり…怒ってる?
何も言わなかった私に。

でも、言われても仕方ない事をした。
ずっとずっと隠してた。
舞美ちゃんに知られるのが怖くなって。
はじめに言わなきゃいけなかった。
でも、そう…舞美ちゃんをどんどん知るたびに…言えなくなって。
苦しくなって。

そんな私に、舞美ちゃんは告げたんだ。

422 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:03

「お願い、していい?」

「・・・・・・・・・・え?」

何を言われたのか分からなかった。
ただ感じたのは、翼の脈動。
どくん、と、また一度いやな具合に。

「今…、なんて…?」
「願いごと、してもいい?って言ったの」

問い返したところで、言葉はかわらない。
笑顔と一緒に、もう一度。

「どう、して…」
「うん…」

そこで、とても…とても優しい笑顔を向ける舞美ちゃん。
こんな優しい顔、みたことない。

423 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:03

それは…きっと…――――

「本当に叶えたいもの、叶えてほしいものができたの」

―――― 覚悟。

すべてを受け入れる、覚悟を決めたから。

過去にこんな顔をみたことがあるから分かるんだ。
そう、この顔。
これは、みやに最後の願いを告げた梨沙子の笑顔。
あの、すべてを受け入れた悲しい笑顔。

それを今、舞美ちゃんが。

424 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:03

「願いごとって…何…?」

聞きたくない。
けど、舞美ちゃんの望むこと、
納得してできた願いごと、聞かないと。

そしたら…舞美ちゃんは、笑顔のままいったんだ。

425 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:04


「あたしを知るすべての人の中から、あたしの記憶を消して」


――――っ。


何もいえなくなった。


頭を殴られたような衝撃と、鋭い刃物で胸を貫かれたような痛みが
一気に私に襲い掛かってきて眩暈がする。


426 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:04

「どう…して…?」
「だってさ、あたしがが死んだとき、みんなが悲しんだりするの辛いじゃん。
そういうの、あたし、なんかダメなんだ」
「でも…」
「記憶がなければ…、最初からあたしのこと知らなければ
悲しむことだってないんだし、その方が…絶対いい」

どうして…。
どうしてこの人は、こんな願いばかりを告げるんだろう。

ただの一度だって、この人は自分の為に願いを使わない。

誰かのために。
誰かが助かるなら。
誰かがそれで笑顔になれるなら。

まるでそれが当然なんだというみたいに。
こんな、最後の願いまで。

その願いを――― 私が?
そんなの…

427 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:04

「やだ…」
「愛理…?」
「やだよ…っ、そんなの叶えたくない…!」
「愛理………」

途端に悲しげな顔をする舞美ちゃんだけど、
それさえも見たくなくて、きゅっと瞼を閉じると何度も首を振った。

そんな最後、私はいやだ。
罰を受けてもいい。
そんなことで、舞美ちゃんが意思を曲げてくれるなら。

けど、思ったより頑固な舞美ちゃんは、願いを変えることはなかった。

「愛理。愛理は天使になるためにきたんでしょ?」
「それは…っ!」
「じゃあ、あたしの願い叶えなきゃ」
「でもっ! …ッ!」

続けて何かを言おうとした瞬間、ズキン、と痛みが背中に走る。
ううん、疼くように翼が脈動してるんだ。
まるで…、『その時』を私に告げるように。
そして、それは一気に弾ける。

428 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:05

「うぁ…っ」

一陣の風が私の身体を包み込んだと同時に広がる翼。
折れた片翼は、朱に染まったまま垂れ下がるけれど、
それでも天使の象徴である白さを保たせて。

舞い上がる身体は、もう私の意志を一切無視して、
今、その時を待っている。

「ほら、神様も怒ってる」

私から巻き起こる風を優しい笑みで受け止めて、
舞美ちゃんは見上げてきた。
その眼差しが、どこか遠く見えて胸が痛みだす。

やめて。
そんな風に見ないで。
私はあなたと一緒にいたい。
そんな、これでサヨナラなんだって、そんな風に見ないで。

でも、悲しいかな、心の声は詰ってでてこない。
ただまとまらない言葉が次々音を出しては消えていくだけ。

429 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:05

「やだ…やだよぉ…、こんなのやだよぉ」

熱い想いが溢れかえってくる。
胸の中から湧き上がって、もうどうしようもなくなる。

「っく…ッ…ひっく…」

形になったのは涙。
ぼろぼろとこぼれて、もう止められない。
上手く息が出来なくなって、ただなさけなく泣き崩れるだけ。

「愛理……。おいで?」
「―――っ、――ッ」

意味を持たない音をこぼす私に、
舞美ちゃんはやっぱり困ったみたいに笑って、
それから手を差し出してきたんだ。
そっと手を重ねれば、優しく引き寄せられて。

430 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:06

「舞…っ、美ちゃ…っ」
「いいから、愛理、ゆっくり呼吸して? ほら、吸ってー吐いてー」

腕の中に私を閉じ込めた舞美ちゃんは、そのまま背を撫でてくれる。
泣きじゃくる子供をあやすように、ぽんぽん、と、何度も。
その手の温かさに、私はまた涙が止まらなくなる。

私なんかに優しくしないでって。
私、あなたにとっても酷い事、これからするんだ。
だから、って。

「愛理。愛理が泣く事ない。はじめから決まってたんだから。
なのにさ、こうやって、愛理と出会えたこと、それって凄いことじゃん?
だから、なんつーの? ほら、こう、気にすんなー?」

なんて無茶な。
でも、言葉を詰まらせながら話してくれる舞美ちゃんは、
全然気を遣っている感じじゃなくって。
いつもの舞美ちゃん。
一生懸命、自分の思ってる本当の気持ちをまっすぐ相手に届ける、
そんな舞美ちゃん。

431 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:06

「やだ……ひっく…やだぁ…っ」
「あははっ、優しいなぁ、ううん、優しすぎる天使だよ愛理は」

大きく首をふる。
それは否定したかったから。

私は優しくなんてない。
ちっとも。
ただ聞き分けのいい子を演じているだけなんだ。

すべては試験のためって。
きっと、根底にはそんな気持ちがあって。

だから…、全然優しくなんてない。
優しいのは……本当に優しいのは……

432 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:07

「違う…っ、舞美ちゃんの方がずっとずっと…」

誰かのためにっていつも一生懸命な舞美ちゃん。
私なんかを大切にしてくれて、笑顔をくれた舞美ちゃん。
どんなに難しい事だって、絶対に諦めない、投げ出さない舞美ちゃん。

きっと天使よりも、天使らしい、舞美ちゃん。

そしてもう一度頭をくしゃりと撫でて、
舞美ちゃんは願いを繰り返した。

「ありがと。天使があたしのために泣いてくれた。それだけで十分、とか言って。
ほら、愛理はあたしを覚えていてくれる。それだけでいいんだ。だから」

私だけが……。
そんなの……っ、やだ。
私だけが覚えているなんて、そんなのだめ…っ。
こんなにも素敵な人。
出逢った人なら、きっとみんなこの人の魅力に気づいたはず。
それをなかったことになんて、してほしくない。
たくさんの人に、この人のこと、心にとどめていてほしい。

433 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:07

大きく首を振ろうとした。
でも、それを止めたのは、他でもない舞美ちゃん。
優しく、それでいてぎゅっと私の両頬を手で包み込んで、
正面から、ぐっと見つめてきたんだ。

「愛理」

焦茶色の瞳は、まっすぐ…まっすぐ私を見つめてる。
迷いなんてない。
ためらいなんてもう捨てた。
諦めなんかじゃない、希望を持った選択。
そのすべてを私に伝えるように。

途端に、どくん、と。
大きく背中が疼き、私の意思に関係なくまた翼が脈動する。
逃げられない運命を知らせるように。
帰還の時を、知らせるように。

434 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:07

「舞美ちゃ…」
「天使に、なるんでしょ?」

何もいえなくなった。
私の存在理由。
出逢った理由。
そのすべてが、その一言に込められていたから。

「お願い、愛理。…愛理になら、あたしの生命、託せる」

なんて……、なんて重いものを天使は背負うんだろう。
なんて自分は、浅はかだったんだろう。
試験に合格して、そして天使になって主に仕える。
その意味、ちゃんと理解せずにいた自分が恥ずかしい。
こんなにも、色んなものを背負って生きていくんだ、天使は。
舞美ちゃんを…ずっと感じて生きていくんだ…。

もう、きっと舞美ちゃんの意思は変わらない。
そして、私の道も、変わらない。
逃げる事なんてできない。
ごまかすなんて、それこそ無理。

435 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:08

さぁ――― 願いを―――。

涙は止まらない。
頭はぐるぐるして、頬がとても熱い。
みっともないことこの上ない姿。
それでも…、今、最後の願いを叶える。

舞美ちゃんの―――最期の願いを――――。

「あな、た、の…っ…、願い、叶え、ます…っ」

瞼を閉じれば、ぼろぼろと涙がこぼれる。
嗚咽が漏れて、ひっく、と咽喉が何度も鳴る。
でも。

天に向かって手を振り上げれば、一気に感覚が研ぎ澄まされていく。
広がる翼が光り輝いて、舞美ちゃんと私を包み込んでいく。
そして、きゅっと伸ばした手のひらを握り締めれば、集まる光の結晶たち。
部屋の壁から、窓から、色んな場所から一気に。

436 名前:Her memory 投稿日:2008/11/24(月) 09:08

それは…――― 舞美ちゃんの記憶。
たくさんの人の中にあった、舞美ちゃんの記憶。
影・形・笑顔・姿・声・色・歴史…――― そのすべてが私の手の中に。

ゆっくり瞳を開くと、じっと私を見つめている舞美ちゃん。
瞬きなんてしないで、ただじっと。
その顔に、不安の色は微塵もない。
あるのは笑顔。
ありがとうと言った、あのときの笑顔。

だから私は…、心をからっぽにして…その光をそっと天に返した。
手のひらをそっと開いて、天へとどけるように。
大切なもの、届けるように。


そして、舞美ちゃんは ――――― みんなの心から…消えたんだ。

437 名前:tsukise 投稿日:2008/11/24(月) 09:08

>>419-436
今回更新はここまでです。

438 名前:tsukise 投稿日:2008/11/24(月) 09:09

>>418 名無飼育さん
ご感想ありがとうございます(平伏
そうですね、矢島さんにとっても辛い告白だったと思います。
どうぞ、二人の辿る道をこれからも見守って下されば幸いです。
439 名前:tsukise 投稿日:2008/11/24(月) 09:09
流します。
440 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/24(月) 13:51
前回のは予想ついてたけど今回のは……いつのまにか涙が出てました
その優しさは残酷だと思います

どんな結末になるのか見守っています
441 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/24(月) 16:02
こちらまで泣けてきました。
でも、いつもながら作者さんのお話は、胸が締め付けられるようなシーンであっても、心に温かい火を灯します。
私の涙はともかく、愛理の涙が消えて、矢島さんともども笑顔になることを祈りつつ・・・
442 名前:名無し 投稿日:2008/11/24(月) 16:15
更新お疲れ様です
舞美の笑顔に涙して愛理の気持ちにも涙しました…。
凄く胸が痛いですが、二人が幸せになるのを祈ってます!
443 名前:m(_ _)m 投稿日:2008/11/24(月) 16:57
感動して涙ぐみました………

この小説は、『涙の色』の最後のフレーズが合いますね。
444 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:33





神様は、すべてを見てた。

空が落ちる日も、海が上がる日も。

もちろん、私たちのことも、ぜんぶ。





445 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:34

その存在を失った舞美ちゃん。
誰の記憶にも、その影を無くした舞美ちゃん。
私以外の中には、いない。

だから、舞美ちゃんは言ったんだ。
『愛理、どっか、行こうか』って。
手を握って。

もう、この場所にはとどまれないと知っていたから。
家族さえも、もう舞美ちゃんのことを知らないから。

私は何も言わずに頷いた。
辛い思い、たくさんする舞美ちゃんを見たくなかったから。
そして……、いつ、『その時』が来るのか、分からなかったから。

446 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:34

「ね、愛理。街に行こうかっ」
「え…?」
「やっぱさ、なんか、沈んだ気持ちとかいやだし、
人がいっぱいいると、知らないって知ってても安心するじゃん?」
「あ……、う、うん…っ」

きっと、舞美ちゃんが笑顔だったから、ずっと見落としてた。

すっごく辛いんだ。
当然だよね、誰も知らない世界に飛び込んだものだもん。
誰もしらない。
誰も頼れない。
そんな世界なのに、辛くないわけない。

舞美ちゃんが笑顔だから、そんな当たり前のことも見落としてたんだ。

舞美ちゃんが行きたいというなら、私は…

「行こうっ、うん、行こう舞美ちゃんっ」
「うんっ、行こう」

せめて…、その時が来るまで私が笑顔に―――。

447 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:34





街に出た舞美ちゃんは、いつもと変わらない笑顔で
色んな場所へと私を連れて行ってくれた。
人の記憶から舞美ちゃんが消えたとしても、
お店などでは変わらぬお客様。
何も困る事なんてなくって。

食事をして、ウィンドウショッピングを楽しんで、
ゲームセンターで遊んで、映画を見て。
そうやって、何も変わらない時を過ごしていたんだ。

そう、何も変わらない時を。
だから……、忘れてしまってた。
いろんなもの、無くしたんだって。
私も、舞美ちゃんも。

448 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:34

「あっ、あそこ」
「えっ?」

一緒に歩いていた舞美ちゃんがふいに指差した先。
視線を向ければ…あれは…舞美ちゃんの学校の制服を着た女の子2人。
二人がどうかしたの?、と聞く前に、舞美ちゃんは歩き出した。
2人に向かって。

そして。

「2人とも、何やってん……」

自然な仕草で話しかけたんだ。
でも、言葉は最後まで続かなかった。

2人は、そのまま舞美ちゃんに気づくことなく通り過ぎてしまったから。
まったく、そこに舞美ちゃんなんていなかったように。
おしゃべりをやめることなく。

ううん…、通り過ぎたあと、くすくす笑ってる。
ちらちらと舞美ちゃんに振り返って。

気づいてた、舞美ちゃんのこと。
それを『舞美ちゃん』と認識してはいないけど、
知らない変わった女の子が、突然話しかけてきた…、
そんな風に思ったのかもしれない。

449 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:35

「舞美ちゃん…」

目の前の背中は、時が止まったように立ちすくんでいる。
上げられた手は、力なく下りていって…。

どう、声をかけていいのか判らなくなった。
下手な言葉は、余計舞美ちゃんを傷つけるのを知っていたから。

でも、その空気を変えたのは他でもない舞美ちゃんのほうだった。
風を切るように髪をなびかせて振り返り、あの笑顔。

「あははっ、そうだった、忘れてた。みんな忘れたんだよね」
「舞美ちゃん…」
「あたし、いっつもどっか抜けてるからなぁー、あははっ」

頭をわしゃっとかく仕草は、いつもの舞美ちゃん。
でも…なんでもないって笑ってるけど、その笑顔が辛い。
舞美ちゃんが笑顔になる度に、苦しくなる。

450 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:35

わかるから。
舞美ちゃんが、どれだけ傷ついてるかわかるから。
本当は笑ったりなんかできないぐらい辛いのに、
最後の強がりで私を見つめて。

泣きたくなる。
なんにもできない自分に。
こんな気持ちになるために、ここに来たはずじゃないのに。
そう、信じていたのに。

でも、心のどこかでわかってた。
こうなること。
最期のときを、みやと体験したから。

苦しい。
嫌だ。
舞美ちゃんには、こんな笑顔させたくない。
そう思うのに、どうしていいかわからない。

451 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:35


そして―――。

最期のときは、確実に―――、私たちへ襲い掛かる。

最悪の、カタチで。


452 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:36

「―――ッ!!!」

遠くで聞こえた布を切り裂くような声。

「な、なに…っ?」
「悲鳴…!?」

反射的に私たちは振り返って、探す。
声の正体を。

「あ…っ!」

そして、――――― みつけた。

ううん、みつかった。

453 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:36

戦慄が走るほどの、ギラリと光る瞳に。
その手には何者をも切り捨てる、大きな刃物を握って。

あれはナイフ。
そうだ、決して食べ物に添えられるものなんかじゃなくって、
人間の作り出した、狩る側のものが使うとされる。

用途を間違えたそれはただの凶器。
悲しみ、怒り、恐怖をつれてくる。
それが今、現実に。

「あぁ…っ」

冷たく光るナイフは、次々と踊るように人々の身体を貫いていく。
愉快に笑う声が耳にこびりつくほど響いて、吐き気がする。

知ってる。
あんな人。
この人間界で異端者とされる者の1種。
「誰でも良かった」なんて人の命を奪っておきながら正義を語る、
理解できない人種。
そう、『通り魔』とも呼ばれるらしい。

454 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:36

「いや…」

危険、嫌だ、怖い。
感情がぐるぐるする。
頭が熱くなって、どうしていいのかわからなくなって、
ただその場でガクガク足を震わせながら涙を堪えるしかできない。

逃げなきゃ。
怖い。
とにかく逃げなきゃ。

わかっているのにできない。
舞美ちゃんをそのままにしていけない。

そう、わかってる。
逃げなきゃダメだって。
なのに動けない。
私も、そして、舞美ちゃんも。

455 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:37

「舞美ちゃん!!」

呼びかけても動かない身体。
ううん、動けないんだ。
微動だにせずに、ただじっと狂った刃を見つめて立ちすくんで。

初めて見る恐怖に満ちた舞美ちゃんの姿。
それが私の心をもかき乱す。

嫌だ、逃げて。
ダメ、こんなことで。
舞美ちゃんは、こんなことで…!

バッ、ともう一度ナイフの行方を探す。

重なっては離れる人の海から、キラリと光るそれは、
確実に、こっちに向かってきてるのが見て取れた。
ううん、その主が狙ったようにこっちに来てるんだ。

「舞美ちゃん! 見ちゃダメ!! 逃げなきゃ!!」
「あ…ぁ……」

舞美ちゃんの前に立って、両手を広げる。
お願い、自分を見失わないでって。
こんなことすれば、また罰をうけるってわかってるのに、
でも、気持ちが止められない。

456 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:37

舞美ちゃんに、こんなところで…!

そう思ったのと、目の前の舞美ちゃんの身体が
ビクンと一度震えたのは同時だった。

なに…?

その視線の先を追って振り返る。
交わったのは視線。
爛々と赤く濁った、鋭い視線。
思わず身体が硬直するほど。

でも、その人は。
狂った刃を持ったその人は―――ニヤリと笑ったんだ。
私を見て。

ううん、―――…私の向こう側にいる、舞美ちゃんを見て。

457 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:37

「うあぁぁぁッ!!」

……一瞬。

本当に一瞬だった。

獲物を選んだ、獰猛な獣は吼え、

「あぁ…ぁ…ぅ…」

動けない獲物に狂喜の笑みを向け、

「がぁぁぁっ!!」

血塗られた刃を――――、

「だめぇぇっ!!!」

やめてやめてやめて!!!
嫌だ!! ダメ!!
舞美ちゃんに触れないで!!


―――――!!!!


458 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:38





気がついたら身体を反転させて両手を広げてた。
舞美ちゃんの前に立つように。

ただ、守りたかった。
舞美ちゃんを。
それができれば、私なんて、いなくなってもいいって、
そう、思って。





459 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:38

―――――

―――




「あい…り…?」

硬く閉じて真っ暗になった視界。
その向こう側で、舞美ちゃんの声がした。
どこまでも静かなその声に、ゆっくり瞼を開いて―――、

「ひっ!?」

息を飲み込んだ。

だって、

目の前には、あの狂った瞳の人。

私を嫌な笑みで見つめてて。

その手には、鮮血を滴らせたあのナイフ。

先は、私の腹をえぐるように通り抜け…―――…通り…抜け…?

460 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:38

「あいり……」

もう一度名前を呼ばれて、思考が止まる。

何も考えられない。
何も。

ただ、目の前のことを脳に伝えることしかできない。

ナイフは…私を通り抜けてる。
そう、通り抜けて…、

「まいみ…ちゃん…」

振り返るようにしながら横に身体をずらしていく。

そして…知る。

ナイフが、刺さっていた。
えぐるように、胸に。
滴り落ちるのは、どろりとした血液。
ナイフの柄を伝って、地面に、ポタポタと。

461 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:38



でも、それはぜんぶ私じゃなくって。



――――― 舞美ちゃんを。



462 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:39

「舞…美…ちゃん……?」

呼びかけたのと、奇声を発しながら
男がナイフを引き抜いたのは同時だった。

ずるり、と。
ひっぱられるように、舞美ちゃんの身体が揺れる。
ナイフの先から中空に弧を描いて舞い上がるのは鮮血。
振り上げたナイフから…舞美ちゃんの、胸から。

「あ…ぁ…ぁ…」

男は走り出す。
もう舞美ちゃんには目もくれず。
新しい獲物を探して、卑しい笑みを張り付かせて。

でも、そんなことは私の目には入らなかった。

463 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:39

「舞美ちゃん…?」

ぐらりと揺れる舞美ちゃんの身体。
その手から離れたバッグは口をあけて、中の荷物を散らばらせ、
風になびく綺麗な髪は、今はまとわりつくように頬に張り付き、
白く長い手足が、がくんと折れて、

「舞美ちゃん!!!」

両手を広げる。
でも、その手が受け止めるはずのぬくもりはなく、

そして―――…地面へ叩きつけるように舞美ちゃんはくずおれた。

464 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:39

「―――――ッ!!!」
「――ッ!?―――!!!」

巻き上がる悲鳴。
離れる人たち。
舞美ちゃんから、逃げるように。

何人かが救急車、と叫ぶけどほとんどの人が離れていく。
異質なものを拒むように、自分はそうならぬように、と。
私をすり抜けるようにして。

「舞美ちゃんッ!!」

もう悲鳴に近い声で叫ぶ。
でも、手は触れられない。

時は来た。
来てしまったから。
私の、帰還の時が。
試験の終わり、そして…この世界での私の終わり。

465 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:40

「こんな…っ!」

こんな形でサヨナラ?
パートナーの死って、こんな?
何も出来ずに、これでお別れ?
舞美ちゃんの苦しむ姿で帰還しろ、と?

そんなの…――― そんなの嫌だ…!

「―――ッ!」

意識を集中する。
翼の痛みは増すけれど、そんなのどうだっていい。
今、この瞬間だけに私の意識を。
そして、一気に身体を具現化すると同時に周りの時間を止める。
私の姿を見られるわけにはいかないから。
もう帰還のときを迎え、人間の姿のように翼を隠せない私を。

466 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:40

「舞美ちゃん…っ!!!」

必死に、傷口を両手で押さえる。
具現化された手は、生き物みたいに流れていく鮮血に染まって真っ赤に。
でも止まらない。
すべてを出し切ってしまおうとする意思をとめられない。

「舞美ちゃん…!舞美ちゃん…!」

いやだ、いやだ…!いやだ!!

こんな形はいやだ!!

「愛理…、あたし…、ここで…?」

何もいえない。
『その時』というのは私達にも知らされていなかったのだから。

けれど、この状況。
弱っていくオーラに、嘘でも『大丈夫』なんて言えない。
ただ、大きく首を左右に振るだけ。
ただ、どうしていいのかわからなくて反射的に。

467 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:40

「そっか……、あたし、ここで死ぬんだ…」

その頬に浮かんだのは笑顔。

どうして…?
どうして笑えるの?
死の間際なのに、どうして舞美ちゃんは?

「泣かないで愛理…、あたしは、いいから」

伸ばされた真っ赤な指先が、私の頬に触れる。

「あぁ…血で汚れて…」

悲しげに歪んだのは舞美ちゃんの顔。
それを今度は全力で否定する。
汚れなんかじゃない。
こんなの全然。

ぐっとその手を握って頬につける。
滑り落ちそうになるのを止めるように。
468 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:41

嫌だ…、なに、これ…?
これは…なんなの…?

「やだ…やだよぉ…っ」

涙で滲む視界の中、強く、強くもう片方の手で傷口を押さえる。
止まらない緋色は、もうあたり一面に。

「愛理…、もういいから…」
「いやだ…!! しっかりして、舞美ちゃん」

呼びかけると、けほっ、けほっ、と何度かむせるように咳き込み
鮮血が吐き出された。
一気に小さくなるのは生命のオーラ。

弱々しく揺らめいて、消えてはもう一度現れる。
まるで最後の息吹のように。

469 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:41

「愛理…」
「やだぁ…っ」
「聞いて…」
「やだ…!」

まるで駄々っ子。
でも何も聞きたくなかった。
舞美ちゃんは、もうなにもかもを受け入れたような目で私を見てたから。
続く言葉は、きっと悲しいものだから。

「あいり」

それでも、優しく呼びかけられれば顔をあげるしかない。
舞美ちゃんの大好きな声だから。
やっぱり…大好きだから。

「ありがとう…本当にありがとう」
「っ!!」

首を振る。
ありがとう、なんていらない。
舞美ちゃんから、そんな、ききたくない。

470 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:42

「愛理」

困ったみたいに笑う舞美ちゃんは、指先をそっと伸ばしてきて
私の頬の涙を拭う。
弱々しく、でも、しっかりと。

そして…

「愛理…あたしさ……」

悲しくも綺麗な笑顔と…

「もし…生まれ変われるんなら……」

一筋の涙を頬に乗せて―――

「あたしも…愛理みたいな天使になりたい…な」

もう叶える事のできない願いを口にした。

471 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:42

瞬間、一気にオーラが薄くなる。
舞美ちゃんの命の灯が、小さくなっていく。

「舞美ちゃん…! 舞美ちゃん!!」

必死になって身体を揺さぶる。
でも、舞美ちゃんは私の呼びかけにゆっくり瞬きを一度して、
その目の光を閉ざしていった。

「やだ…っ…、やだよぉ…っ、舞美ちゃん…!起きて…!」

抱えるようにすがりつく。
私が汚れる事なんてどうでもいい。
そんな事で舞美ちゃんが目覚めてくれるなら、どんどん汚して。

でも、そんな想いとは裏腹に、一気に身体は冷たくなっていく。
温かさを失っていく。

何…?これ…?
これが、死というもの?
私達が試験として見つめなければならないものなの?
こんな、人間の命を弄ぶような運命を課して。

そんなの…、そんなの許されるの?

472 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:42

疑問を持てば、早かった。

今までそれ当然とばかりに過ごしていた日々が色あせる。
鮮明なアンゲロスへ進む道の願いは、一気に熱を無くし、
私の希望すら、とても薄くかすんで。
主への…、主への心が、なくなっていく。

きっと、主や私達の種族には取るに足らない命なのかもしれない。
でも、必死に生きてきた命。
それをこうも簡単に奪っていいの?
それが絶対的な存在であっても。

わかってる。
この意思は、重大な罪だと。
自身を否定し、主を否定しているこの気持ちは。

でも、止められない。
もう、止められないんだ。

それほどまでに大切な命。

だから―――― 行動に移ったのはすぐだった。

473 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:42

羽根を広げる。
大きく、どこまでも大きく。
傷つき、痛む片翼は折れたように下がるけれど、そんなのかまわない。
もう、そんなことは気にならない。

「舞美ちゃん…」

土気色の顔。
閉じられた瞼。
その胸や口元には、悲しい跡。

こんなの、――― 舞美ちゃんじゃない。
だから。

押さえ込んでいた感情が溢れかえってくる。
とまらない涙と一緒に。
でも、どうしようもない。

だって…。
だって舞美ちゃんは、誰よりも輝いていて。
誰よりもまっすぐな眼差しで遠くを見つめて。
とびっきりの笑顔で私の名を呼んでくれて。

ううん、たくさんの人の名を呼んで。
たくさんの人に元気をあげて。

そんな人が、こんな最期を迎えるなんて、そんなのおかしい。
そんなの…、許せない…っ。

474 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:43

「――――っ!」

最後の力を解放する。
今の私がもっているすべての力を。

一気にみなぎっていく力は、神々しいばかりの輝きになって
私を包み込んでいく。
私を、力の渦に、溶け込ませていく。

ビシビシと、羽根が破れる音がする。
身体中の細胞が熱くなってってる。
頭はクラクラと酸欠状態。
すべてが、私のすべてがなくなっていくのがわかる。

『愛理ッ!!』

ふと耳に届いたのは、悲鳴にも似た栞菜の叫び声。
ううん、栞菜だけじゃない。

『やめて愛理!!』
『なにやってんのよ! そんなことしたら…!』

ナッキーにみや…。
あぁ…みんな、見てたんだ?
ずっと…。

475 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:43

『聞こえてんでしょ愛理!! お願いやめて!!』
「栞菜…」

悲痛な叫びに、空を見上げる。
この空の向こう、ずっとずっと向こうの私たちの場所を。

『これはただの試験だよ!もう終わるじゃん!だから…!』
「終わらないよ?」
『愛理…っ』

うん、終わらない。

確かに、ただの試験かもしれない。
帰ってしまえば、この世界には二度と来る事もないと思う。
でもね、終わりじゃないんだ、栞菜。
ううん、終わりにしたくないの。

「舞美ちゃんは、まだ生きてるもん。だから…―――終わりじゃない」
『愛理…!!』

ごめんね、栞菜。
ずっと私の帰りを待っててくれてたんだろうけど。
でもね、帰れないよ。
こんな気持ちじゃ、帰れない。

476 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:43

『愛理…、自分が何をしようとしてるかわかってんの?』
「みや…」

どこまでも静かな声。
みやらしいね。
もう私の意志が固いの知ってて、それでも訊いて来る。
確認、みたいに。
それでいいのね、って、そんな風に。

「わかってるよ? 多分、もう、そっちには帰れない」
『…………本気、なんだね』
「うん」

今になって思い出す、みやのうさぎみたいな目。
きっとそれは今の私も。

あの時は本当にわかんなかった。
そこまで胸を痛めたみやの気持ち。
でも、気づいたんだ、たった今。

477 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:44

みやは……、みやは本当にパートナーだった梨沙子のことを想っていて。
だから、最期の瞬間…ううん、願いを叶える度に心が潰れそうになって。
どうしようもなくなって。
零れる涙を止めることもできなくて。

それでも、立ち上がったみや。
忘れたわけじゃない、梨沙子のこと。
ずっとずっと胸の奥深く、誰も触れることを許さない場所に
大切な宝物みたいに梨沙子と過ごした日々を閉じ込めてるはず。
あの愛らしい笑顔と一緒に。

それは、みやを強くして。
だから、今も、その場所に。

私も…。
私ももしかしたら、そうやって舞美ちゃんのことを
想っていけるかもしれない。
ずっとずっと、100年経っても、1000年経っても。

478 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:44

でもね、だめなんだ。

今のこの気持ちは、絶対に色褪せたりしない。
ずっとずっと、私を苦しめて、がんじがらめにして。
何をするにも、きっとこの痛みとともに今日のことを思い出す。

生きてるけど、そんなの死んでるのと同じ。
舞美ちゃんを失うって、そういうこと。

この世界で舞美ちゃんが笑ってる。
元気で毎日笑ってる。
ただ、それだけでいいんだ。
それが出来るなら…、側に―――…私がいなくても。

だから。

479 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:44

『愛理、考え直して…! お願い!』
「ナッキー…」

種族とかそういうのを大事にするナッキーには
難しいかな、こういう気持ち。

人間とか、天使とか、そんなの関係ないの。
一緒に笑って、楽しんで、つらい思いも一緒にして。
でも、舞美ちゃんだからそういうの、たくさん感じた。感じれた。
それって、無条件の感情だと思わない?

きっと…、きっと舞美ちゃんだって、思ってくれる。
私が天使じゃなくっても、って。

それが、答えなんだ。

480 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:45

「ごめんね、私、決めたんだ」
『だって愛理がいなきゃ…!期待されてるっていったじゃん!』
「私じゃなくても」
『え…っ?』
「私じゃなくても大丈夫だよ」
『なんで!』
「私より、私たちの世界を愛してる人たくさんいるもん。
栞菜や、ナッキー、みやだって」
『愛理…!!』

たぶん、私はもうできない。
こんなにも素敵な世界を知ってしまったから。
教えて…もらったから。

この場所より愛せる場所なんて、もうない。
この人より愛せる人なんて、もういない。

主を、愛し続けることなんて…、もうできない。

それほどまでに愛した人間がいるんだ。

481 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:45

「ごめん。ごめんね」

色んなものへの謝罪。

私を必要としてくれた人・もの・カタチ。
私を作ってくれた人・もの・カタチ。
そのすべてにごめんなさい。

私は、私の意志を貫きます。
あなたたちすべてを裏切っても。

482 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:45

「舞美ちゃん…」

そっと一度瞬きをして、ぴくりとも動かない舞美ちゃんを見つめる。

苦しかったよね。
怖かったよね。
痛かったよね。

でも、もう大丈夫だよ。

『『愛理!!!』』

栞菜とナッキーの声が聞こえる。
きっと…、みやはもう苦しげに瞼を伏せて見守っているだけ。

それを背に、私は地にひざまずくと舞美ちゃんの頬に両手を伸ばす。

伝わってきたのは ひんやりした肌の感触。
生命の灯が、たよりなく揺らめいては消えようとしてるんだ。
でも、消したりなんかしないよ?

私の灯を……あげる。

483 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:45

そっと顔を近づける。

頬をくすぐるかすかな息が舞美ちゃんの最後の希望。
その希望を、今、繋げる。

そっと…吹き込むように……――― 唇から。





人間の世界では、『キス』というらしい。
一番愛しい人へのプレゼントとも聞いた。
だったらきっと…、今の私がそうなんだろうね。

愛しい、舞美ちゃん。
あなたへの、私から最後のプレゼント。
一番、愛しい、あなたへの。





484 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:46

「あい…り……?」

か細い声で呼ばれて、ゆっくり舞美ちゃんを見つめる。

長く艶やかな睫毛が、何度か動いて開かれていく。
とろんとした大きな瞳。
まだ焦点は合っていないけど、遠くにきっと私の姿を確認してる。

「舞美ちゃん…」

あぁ…、良かった。
本当に良かった。

これで…私は何も、悔いはない。
あなたがいる、それだけで、もう私は…いい。

十分たくさんのものをもらった。
他でもない、あなたとの時間の中で。

485 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:46

真夜中の出会い、すごくびっくりしてた。
目をまんまるにして、こっちが困ってしまうぐらい。
スポーツに汗をかく姿は、まるでヒーロー。
疾風のように右に左に走り回って、真っ白なサラブレットみたいだった。
みんなに頼られてるのが、なんだか誇らしくもあって、悔しくもあって、
どんどんあなたに夢中になってた。
願いごとはいつだって誰かのため、
ただの一度だって誰かのためになんて使わなかったね。
そんなあなただから…私は今の一瞬さえも後悔はしてない。

486 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:46

「――――っ!」

ハっとする。
突然落ちてきた力に。
一気にそれは私を閉じ込めるように光で多い尽くす。
まるで光の卵の中にいれられたみたい。

そして――― 収縮が始まる。
一気に……私を消し始める。

溶ける。
溶けていく。
身体が、翼が、視界さえも。

これが報い。
すべてを捨て去った天使の、堕ちていく姿。

私が、―――― なくなる。
すべて、なくなる。

487 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:47

「あ……あぁ……」

手のひらを見つめれば、実感できるその力。
光り輝き、指先からどんどん溶けていく。

『愛理………』

みや…、まだ見てたんだね。

もう、私には仲間の声も僅かにしか聞こえない。
栞菜やナッキーが、そこにいるのかさえ、わからない。

「みや…、私、がんばったよね?」
『愛理………』

自己満足かもしれない。
でも、誰かに認めてほしかった。
私は、頑張ったって。
それは決して褒めてほしいんじゃなくって。
私が私の意志を貫いたこと、認めてほしかった。
私なりの正しさに背を押して欲しかった。

488 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:47

『………うん、愛理、がんばったよ。…お疲れ様』

あぁ…みや。
やっぱりあなたは私の友達。

きっとその言葉は、私達の世界では罪。
でも、言ってくれた。
ありがとう、本当に、今までありがとう。

にっこり空に微笑む。
見えているのかはもうわからない。
でも、私の笑顔を届けたくて。

収縮は止まらない。
どんどん、私を溶かしていく。
ほら、もう身体の半分はなくなってる。

タイムリミットはもうすぐそこ。

489 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:47

「舞美ちゃん…」

視界が鈍い。
どこにいるのか、もうわかんない。
そう、もう目が…見えない。
かすかに感じる、オーラだけ。
それに呼びかける。

「あいり…?」

名前を呼んでくれた…?
だめだ…、もう聞こえないや…。
でも聞いて?
聞こえないけど、聞いて…?

490 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:47

「元気でね、舞美ちゃん…、大好きな舞美ちゃん」

大好きだった。
私の全部を差し出しても惜しくないぐらい、大好きだった。
これからもずっと、その気持ちは私を捕らえて離さないと思う。

でも、ここまで。

私の物語は、ここまで。

その最期のページは…、あなた。

「大好きだよ、舞美ちゃん。ずっとずっと、大好き」
「あいり…? 愛理…っ!」

きっと血色の悪い顔のまま、まだ動けない身体を起き上がらせようとして、
でも、動けなくて。
それでも必死に私に手を伸ばしてくれてる。

応えたい、その手に。
でも、もうだめ。
透けていく身体は、もう舞美ちゃんに触れることを許さない。

491 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:48

判ってた。
こうなること。
でも、後悔なんてしてない。

舞美ちゃんは、この素敵な世界で生きていけるんだから。

たとえ…、その姿を見届ける事が叶わなくても。

「愛理…! 待って…! なんで…!」
「聞こえない…、聞こえないよぉ…、舞美ちゃん…」

止まったはずの涙が、また溢れてくる。

もうタイムリミットは すぐそこなのに…。
笑顔でお別れしたいって思ってたのに…。

怖い。
本当は怖いんだ。
なにもない闇の世界に消えていくのが。
私というものが、何もなくなってしまうのが。
名前のない堕天使になってしまうのが。

492 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:48

「愛理…! 行かないで!」

必死に何かを叫ぶ舞美ちゃん。
きっと、私を思ってくれる言葉をくれてる。
それは、ほんの少しだけれど、恐怖を取り除いてくれる。
独りになってしまう恐怖を。

溶け始めていく身体は、確実に最期の時を伝えてる。
光の渦にすべてを溶かして、私をうばっていく。

でも、その光にだって奪わせたりしない。
この輝きは。

「舞美ちゃん…、私、大切にするよ?」

そっと触れた指先に輝くもの。
舞美ちゃんがくれた、大切なもの。
これだけは、誰にも奪わせたりしない。
主にだって。

493 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:48

「愛理…ッ!!」

ハっとする。
突然開けた視界の先に見た、舞美ちゃんの辛そうな表情に。
ううん、その頬をポロポロと零れ落ちていくものに。

そんな…泣かないで?
舞美ちゃんに泣かれたら私…。

それでもその時はやってくる。
ほら、もう身体の感覚なんてない。

足も。
手も。
羽根も。
全部、もう…。

494 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:49

時間…ですね?
空を見上げて問いかける。
見えるはずもない、主へ。

私は愚かでしょうか?
人間に恋を…。
そう、人間に恋をした私は。

その生き方を愛しました。
その未来を、願いました。
そうですね…私は…きっと愚かなのでしょう。
天使が人間のために祈るなんて。

でも、いいんです。
私は彼女のために未来永劫、祈り続けることが出来ます。
主よ、あなたよりも。

肩から落ちてくる宿命を、私は受け入れます。
だから最後に…。

―――――― 最期に…ちゃんとお別れを…。

495 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:49

「舞美ちゃん」
「えっ?」

あなたに逢えてよかった。

あなたに逢わなければ、私はきっと大切なものに気づかなかった。
大切な、そう…たくさんの命の重さというものに。

ありがとう。
本当にありがとう。
きっと、これがいつも思っていた疑問の答え。
『幸福な死』、私のそれは、主の声や御心なんかじゃなくって
――――― あなたの存在。

濡れた瞳。
艶やかな髪。
そのすべてが美しい人。
大好きな人。

その人と、今、本当に、別れる。

496 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:49

「――――― さようなら」


瞬間、暗転。

深い闇の始まり。

意識も、ぜんぶ、飲み込んで。


そして私は…――――― すべてを、失った。


497 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:49


**********


498 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:50

「舞美ッ!!」

呼ばれた声に、身体が震えた。
止まっていた時間を強引に動かされたみたいに、
一瞬何が起こったのか分からない。

次いできたのは衝撃。
視界を全部覆うみたいにあたしを丸ごと捕まえる影。
直に伝わってくる体温。
それにやっと、あたしはえりに抱きつかれたんだと気づく。

「えり…?」
「舞美!!大丈夫!?」
「え…? 何が…?」

ぼんやりする。
ぜんぜん頭が働かない。
ただ、目の前で必死な形相をしているえりしか浮かばない。

499 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:50

「TVで舞美に似た子が倒れてたから、もしかしてって来てみたけど…」

そこでえりの視線が、くるっとあたしの身体を一周して、

「大丈夫だったんだね…! もう!寝転がってたりしたからびっくりしたじゃん!」

もう一度抱きつかれた。

どういう…こと?
まだ頭が働かない。
というか、身体も全然思うように動かせない。

愛理が…いた。
そう、光の中に。
その愛理は、あたしが何か言う前に…消えた。
泣きながら、あたしに好きだと告げて。

500 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:50

どうして消えた?
ううん、わかってる。
最後の願いを叶えたから。
もう、試験が終わったから。

でも待って。

あたし、生きてる。
それって、どうして?
愛理が、助けてくれた?

ううん、それ以前に…

「…えり…、あたしのことがわかるんだ…?」
「はあ? 大丈夫? あっ、やっぱ犯人になんかされたの!?
大丈夫!アイツならさっき逮捕されたから!」

あたしの…願いごとは、一人になることだったはず。
どうして、えりが分かるの?
これも、愛理が…?

501 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:51

ぜんぜん分からない。
でも、なんだろう?こんなにも胸が痛むのは。
何かが…抜け落ちてしまったような虚無感と、
ぐわっと身体の奥から込み上げてくる灼熱。

その灼熱は、頭の中をぐるぐるにして、
でも強い感情を胸に広がらせて……

「舞…美……? どう、したの…?」
「わかん、ない…」

えりの姿が滲んでいく。
溢れかえって零れ落ちる涙の向こう側に。

理由の分からない涙。
それが、どんどん溢れて止まらない。

502 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:51

どうして?
わかんない。
なんで泣くんだ、あたし?
痛い? ぜんぜん。
でも、苦しい。…悲しい。

そう、悲しい。
いないのが。
愛理が、いないのが。
最後の愛理が、笑顔じゃなかったから。
天使になれるはずなのに、泣いてたから。

「あ……」

ふと視線を落とせば、携帯に貼り付けた二人のプリクラ。
とっても緊張してた。
写真なんて撮った事ないって言ってた。
あの時の愛理のはにかんだ笑顔、わすれたくなくて、
すぐ感じれる場所に張った。
二人で。

なのに―――― そこには愛理の姿がなかった。

笑っているのはあたしだけ。
ぽっかりその隣に空間だけ残して、愛理は消えた。

503 名前:true wish 投稿日:2008/11/25(火) 08:52

それは、どこか…

「っく……っ、ひっく……っ」
「ま、舞美…?」

あたしの心のようで……

「うぁぁぁ―――っ、――――っ」
「舞美…、ど、どうしたのよ…」

大切なものを…あたしは無くしてしまったんだって…
―――― 気づかされたんだ。

本当に、すべてを無くしてしまった後に。

その隙間は埋まらない。
こんなに泣いたところで、もう愛理は戻らない。

でも、…ただあたしは、
えりの袖を固く掴んで泣きじゃくることしか出来なかったんだ…。
504 名前:tsukise 投稿日:2008/11/25(火) 08:52
>>444-503
今回更新はここまでです。
次回で最終回となります。

>>440 名無し飼育さん
そうですね、時として彼女の優しさは人を傷つけるでしょうね。
でも、そうだと分かっていても受け入れる彼女もまた
残酷な優しさを持っているのかもしれませんね。
どうぞ、彼女たちの結末を見守ってあげてください。

>>441 名無飼育さん
嬉しいご感想をありがとうございます。
彼女たちの苦しい選択でしたが、流した涙もそうですね
いつか笑顔に変わっていければよいと、作者も思います。
二人の道を、どうぞ見守ってあげてくださいませ(平伏

>>442 名無しさん
二人の対照的な笑顔と涙。それぞれの思いが
すれ違ったりしておりますがいつか重なってほしいものですね。
どうぞ、二人のその後がどうなっていくか見守ってくだされば幸いです。

>>443 m(_ _)mさん
ご感想、大変嬉しく思います、ありがとうございます。
そうですね…フレーズを歌う彼女とリンクする感じですね。
どうぞ、二人のその後も見守ってくだされば幸いです。
505 名前:tsukise 投稿日:2008/11/25(火) 08:53
流します。
506 名前:tsukise 投稿日:2008/11/25(火) 08:53
流します。
507 名前:名無し飼育 投稿日:2008/11/25(火) 10:03
連日の大量更新お疲れ様です

通学の電車の中だというのにボロ泣きしてしまいました
長年飼育に通ってますが、こんなに感情移入できて泣いた作品は初めてかもしれません

もうクライマックスですね
涙堪えつつ、作者様に最後までついていきます
508 名前:名無し 投稿日:2008/11/25(火) 12:22
更新お疲れ様です。
2人の事を考えると凄く胸が痛いです。
泣きそうになるのを必死に堪えて読みました。
最終回、心からみんなが幸せになるのを祈ってます。
509 名前:m(_ _)m 投稿日:2008/11/25(火) 20:55
切ないですね……。
また2人が出会ってくれることを願います。
510 名前:tsukise 投稿日:2008/11/26(水) 08:48
今回、最終回ということもあり、
作者のネタバレを防ぐためレスを先にさせて頂きます。
ご理解くだされば幸いです。

>>507 名無し飼育さん
ご感想頂きましてありがとうございます(平伏
作者として感情移入されたとのお言葉は光栄です。
どうぞ、最後の二人の姿も見守ってくだされば幸いです。

>>508 名無しさん
長くお付き合いくださいましてありがとうございます(平伏
二人の信じた道のその後、どうぞ見守ってください。

>>509 m(_ _)mさん
ご感想、ありがとうございます(平伏
そうですね、二人の選択ではありますが辛いものです。
その後の二人、どうぞお付き合いくださいませ(平伏
511 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:48

――――― 人間と天使の違いってなに?


難しいものじゃなくって、簡単なものなら…きっと翼がないこと。
ちょっと難しいものなら、その存在理由。

じゃあ、逆に人間と天使の同じものってなに?

逢ったことのない人には分からない。
でも、出会ってしまったあたしにはわかる。

それは…

それはきっと――――…何かを想う心の強さ。

512 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:48







513 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:49

一人で歩く通学路。
その胸には、大切なものを落とした虚無感だけが広がる。

こんなにも…。

こんなにもすべてが変わってしまうなんて思わなかった。

一緒に歩いてた時は、あんなにも輝いていたアスファルトがとっても冷たく。
見上げる空は、どこまでも無機質に色をなくして。
頬に感じるはずの風も、瞼を焦がす陽の光も、今は何も感じない。
何も…感じない。

くりぬかれた心の大切な場所。
大切な人。
それは、かけがえのないもので。
ただずっと、胸を切なく締め付ける日々に困ってる。

あたし…、こんなに愛理のこと…想ってたんだね。

514 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:49

出逢ったあの夜。
真っ白な翼とその姿に、本当に驚いたのを覚えてる。
でも笑った顔がとっても可愛くて、ちょこんと見える八重歯が垂れた眉が
印象深くって、すぐに打ち解けれた。
天使なんて、言われなければ分からないような普通の女の子で。
この世界でのこと、教えるたびに目をキラキラさせてた。
それが嬉しくって、笑ってる愛理の姿をどんどん見たくなって、夢中になってた。

夜の学校。
おっかなびっくりで歩いた愛理。
手を取って、その柔らかさにびっくりしたっけ。
天使でも…こんな柔らかくってあったかいものなんだって。
ふいに解かれた髪は、雫を含ませてしっとり肩に落ち…。
素直に綺麗だって思った。
見つめられれば、胸がとくんと一度なって、
起爆装置みたいに、どくどくと大きく脈打ってた。

515 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:50

だから…気づけば口に出てたんだ。
『愛理は、もし天使じゃなかったら…』って。
天使じゃなかったら、――― ずっとあたしと一緒にいてくれた?
打ち破るガラスの音がなければ、きっと伝えてしまっていた。
愛理を…苦しめてしまうかもしれないって分かっていても。

そう、いつからか止められなくなってた。
いろんな気持ち。

でも、愛理はいつか帰る。
あたしの前からいなくなる。
あたしだけの愛理なんかじゃないから。
だから…。

516 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:50

「…っ」

思わず胸を押さえて目を伏せた。
苦しい気持ちが込み上げてきて。

こんなに……。
こんなに、いつのまにか…好きになってたんだね。

泣きたくなる。
遅すぎる答えに。

517 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:50

どうしてもっと愛理との時間、大切にしなかったんだろう?
気づいてたのに。
愛理が、願い事のたびに悲しそうに笑ってること。
辛そうに。
すっごい辛そうに。

でも思うんだ。
きっと、また愛理がきたとしても、同じ事をしたって。

いつだって深く考えることが苦手なあたしは、
その時思った気持ちのままで突っ走って。
だから…、願い事もきっと、変わらない。
自分が命を落とすんだって最初からわかっていても。
愛理と、別れがくるって知っていても。

518 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:51

「……………愛理、元気かな…」

最後の愛理が頭から離れない。

折れた翼と、あの涙。
そう…愛理は泣いてた。
本当に悲しそうに。
でも笑って。
そうさせたのは他でもないあたし。

519 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:51

カツカツと靴のつま先を鳴らして歩く。
俯いて、ずっと。
だから気づかなかった。
目の前に人が立ってること。

「矢島舞美さん」
「んえっ?」

呼ばれて素っ頓狂な声をあげてしまう。
でも、追いかけてきた眼差しは、
そんな空気を一瞬で変えるような、とっても冷たいもの。
ううん、どこか、あたしを射るようなもの。

って。
あれ…?

「あなた…」

見覚えのある顔に驚く。

520 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:51

目の前に立っていたのは3人の女の子。
でも、そのうちの一人に見覚えがある。

愛理が話しかけてた。親しそうに。
それになにより、彼女は舞ちゃんの…、

「お久しぶり、かな? あなたたち人間の時間では」
「えっと…、天使、だよね」

言いながら他の二人にも首を回す。
一人は黒目がちで、ずっとあたしを怖い目で睨みつけてる。
そして、もう一人はどこか大人びた目で私を静かに見てて…
なんか、その目はあたしを推し量っているようにも見えなくない。

「あぁ…、二人も天使。……愛理の、友達だった」
「愛理の…」

そうか…、だからパートナーだったあたしを知ってて。
愛理が酷い目にあってたのも、全部知っているのかも。
そして、その原因があたしだってことも。

521 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:52

ん?
でも待って?
友達『だった』?
どうして?

「友達…だったって?」
「違う…! 今だって、ずっとずっとこれからだって友達だもん!」
「わっ」

黒目がちの子が、突然声を張り上げながらあたしに詰め寄ってきた。
自然と一歩下がる形になってしまう。
それだけ、鋭い言葉だったんだ。

522 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:52

「栞菜」
「だって…!」

後ろで静かに見ていた子が、たしなめるように肩に手をおく。
呼ばれた栞菜という子は何か言いたげだったけれど、
首を振るその子に、一瞬だけ、本当に一瞬だけ顔を歪ませて、
しゅんと頭を下げながら後ろへ下がったんだ。

その目は、真っ赤に充血してる。
ずっと泣き腫らしたように。

ずっと…。

あたし、みたいに。

苦い気持ちがまたこみ上げてきて、ず、っと鼻を一度鳴らす。
もう吹っ切らなきゃ。
愛理は願いを叶えたんだから。
天使になるためだったんだから。

523 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:53

「愛理は、…元気?」

何気ない一言だった。
天使仲間なんだし、きっと愛理のこと話に来てくれたんだって、
そんな勝手に思い込んで。

でも。
確かに愛理の話だったけど…、

「ッ! あなたのせいで…ッ!!」
「栞菜…っ!」

それは…、

「愛理は……」

まったく、思っても見なかったようなことで、

524 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:53

「愛理は、処罰されたわ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」



―――― 一瞬、頭の中が真っ白になった。

処罰?
処罰ってなに?
愛理が?
どうして?
愛理、頑張ってたよ?
天使に……、天使になったんじゃないの?
そのために、あたしと出会って、いろいろあって…。

愛理は―――――― どうしたの?

525 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:53

「処罰……、処罰!? えっ、なんで!?どうして!?」

思わず目の前の栞菜という子にしがみついてた。
落としたカバンにも気づかずに。
肩をわし掴みにして、ガクガクと揺らして。

でも、その子は、どこか責めるような目を向けるだけで
まったく気にも留めてない感じだった。
それが逆にあたしの冷静さを奪っていく。

「だ、だって、愛理、すっごい頑張ってたじゃん…!
一生懸命に願い事とか叶えてくれたし、 大変な目にあっても
あたしのためになんて力を使ってくれて…っ、きっとやっちゃいけないことも…」
「それが本当にやってはいけないことだったのよ…!」
「え…っ」

苛立ちを含んだその子の言葉に止まる。

526 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:54

やってはいけないこと…。
それをしてしまったから、処罰…された…?
ううん、処罰って、なに?どうして?

「大罪を二度にわたってやってしまったから…、処罰、されたの」

後ろの静かに見つめていた子が告げる。
ぶっきらぼうに、でも、どこか切なく、眉をしかめるようにして。

「一度なら温情もあったけど、それでも愛理のしたことは
大きく生命の史実を狂わせた。
それは…アンゲロスとしてしてはいけない大罪。だから」

アンゲロス…天使としてしてはいけない大罪。
一度ではなく、二度した罪。
それって…。

527 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:54

待って。
そういえばどうして愛理は翼を折っていた?

そうだ…、愛理はあの時突然倒れた。
犬を助けたあの時。
脂汗をびっしょりかいて、自分をかき抱くみたいにして。

あれが罪のひとつだったとしたら?
命を救うことが、罪だったのなら?

――――― 愕然としている自分は自覚していた。

すべてが繋がっていく。

528 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:54

命を救う。
それがしてはいけないこと。
しかも、
……課題の最終試験が、
パートナーの死を見つめることだったのなら?

あたしは生きてる。
命を落とすはずだったのに生きてる。
それは、………きっと愛理が……。

愛理が、なにをした?
なにを、してくれた…?
それで愛理は?
どうなった?


―――――― あたしのせいで…、処罰された?


529 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:55

「っ!!」

ぐっと口元を押さえる。
こみ上げてくる色んなものを押さえ込むように。
吐き出してしまわないように。
わめきだして…しまわないように。

なんて自分は、浅はかだったんだ。
どうしてもっと考えなかった?
天使である愛理とあたしの関係。

見た目が普通の女の子だったから。
だから、すべてを見落として。

でも、愛理は試験のためにやってきていた。
あたしの願いを叶えて、そして…最期を見届けるために。
なのに…。

優しい愛理。
その優しさゆえに…あたしなんかを…。

ごめん…愛理、ごめん。

530 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:55

「じゃあ愛理は…、愛理はどうなったの…?」

力なくたずねる。
ちくちくと刺さる棘の痛みを甘んじて受けながら。
愛理が受けたのは、こんなものじゃない。だから。
それに、目の前の彼女たちの顔を悲しみに歪ませているのは、
ほかでもない、あたしなんだから。

でも。
僅かな変化があった。

531 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:56

「………第三の生命に落とされたわ」

第三の…生命…?

先を促すあたしに、一呼吸おいて言葉は続けられた。

「ひとつ、神の御心に使える私たち。ひとつ、神の御心に背き堕ちた…
そうね、あなたたちがいうところの悪魔。そして…、ひとつ」

天使と悪魔、そして…?

「神と悪魔の狭間で試される………あなたたち、人間」

試される…人間?

「人間…っ? 待って…っ、愛理は人間に?」

確かに彼女はそう言った。
じゃあ……、じゃあ、愛理はあたしと同じこの世界に…?

532 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:56

「どこに? 愛理はどこにいるの…っ?」

掴みかかってた。
もう、なんか、すがりつくみたいに。

だって、一気に現実味を帯びた愛理の姿。
叶わぬと思っていた、同じ世界での生活。
それがもしかしたら、すぐ近くに降りてきているのかもしれないんだ。

でも、そんなはやる気持ちに歯止めをかけるように、
彼女たちは顔を一度見合わせると、どこか遠い目で顔を上げた。

「私たちはね、愛理のこと、大好きだった」
「え…?」

突然の言葉に、戸惑って手が離れる。

でも、言葉は止まらない。
まるで溢れかえった気持ちのように。

533 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:56

「愛理はあたしたちの中でも優秀なアンゲロスで、
きっと誰より優れた使者になるって言われてた」
「誰にでも公平で、誰よりも澄んでいて、真っ白で、誰よりも輝いてた」

ひどく疲れきったような声。
それと共に、ナッキーと呼ばれていた子と、栞菜と呼ばれた子は
思いつめた表情を崩さない。
そして、それはもう一人の天使も。

「愛理がいたから…、アタシは救われてたのかもしれない。
しっかり立たなきゃって、あの子が見てたから、頑張ろうって思えた」

その子に何があったのかは分からない。
でも、愛理の存在が何かを大きく変えていたのかもしれない。

534 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:57

高揚していた気分が、すうっと温度を下げていく。

愛理の世界での天使としての姿。
それはあたしにはわからない。
でも、容易に想像できる。

きっと愛理は、この子達が言うように、まっすぐで優しくて、
上に立つものの素質とかそういうの、全部持ってたんだと思う。
期待も…すごいものだったんだと思う。

だからこそ、辛い。

続けて向けられる、鋭い視線の意味が、
もうあたしにもわかるから。

535 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:57

「そんな愛理を誘惑したあなたを許せない」

そう言われても仕方の無い事をあたしはしたんだ。

この子達にとって大切な人を、あたしが奪った。
大罪を犯す道へと歩かせた。
あたしが。

胸が酷く軋む。
ぐっと心臓を掴まれたみたいで息が出来なくなる。
それが、消えることのない苦しい想いをあたしに気づかせるんだ。
全部あたしのせいだって。

536 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:57

――― でも。

そんなあたしを見て、弱い目をしたのはその子の方だった。
ううん、みんなそうだった。
憎しみの色を覗かせていた瞼を伏せて、
弱い、水をたたえるような静かな視線をアスファルトにさまよわせて。

「でも」

ためらいは言葉と一緒に。

「でも、愛理が心許した人だから…。
愛理が、あなたに心動かされたから、だから…」

葛藤が見えた。
色んな抑えきれないものとか、いっぱいあるけど、
でも、本当に大切なもの…大切な人の気持ちを否定できないから。
そう、愛理の気持ちを、踏みにじったりとか出来ないから。

537 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:58

その想いに、また胸が痛む。
本当は、もっと言いたいことがあるはずなのに。
大切な人を奪ったあたしに。
でも、すべては愛理のために。

ごめん。
本当にごめん。
あたし、愛理のこと、なんにもわかってなかった。
ちゃんと、わかろうともしてなかった。

「約束して?愛理をみつけたら、絶対に幸せにするって。
誰よりも幸せにするって」

誰よりも幸せに。
天使からの、とても重い願いごと。
でも、とても純粋でまっすぐな願いごと。

誰かのために祈る事を許されない彼女達の、それでも
願わずにいられない、そんな大切な想い。
それを、今、受け取る。

538 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:58

「約束する」

強く頷く。

なんにもできないかもしれない。
取るに足らないただの人間のあたしには。
でも、なにかできるかもしれない。
取るに足らない人間だからこそ、想いのままに、がむしゃらに。

そして、愛理も、その『人間』なのだから。

そんな私に何を見たのだろう。
彼女達は一度目を細めて、長い息を一度ついたんだ。
悲しい怒りが溶けていくように。
そして。

539 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:59

「愛理はこの都内のどこかにいるわ。名前は鈴木愛理」

静かに告げられた。

「鈴木…愛理」

反復すれば、現実味を帯びてくる姿。
一気に音は温かみを持って、くっきりと輪郭を伝えてくる。
確かに愛理がこの場所にいるんだ、と。

540 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:59

「でも、愛理には記憶がないわ」
「記憶?」
「私達、アンゲロスの世界での記憶。
そして、あなたとの記憶も、なにもかも」

白紙にされた世界。
大切なものを全部なくして、そして新しい命に。

なんにも知らない愛理。
二度と、過去を思い出すこともない、そんな真っ白な愛理。

不安?
ううん、そんなの。

541 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 08:59

「そんなのかまわない。だって、愛理は愛理じゃん」

私の答えに何を見たんだろう?
3人はハっとするように私をまっすぐ見て、そして…頬を緩めたんだ。

そう、愛理は愛理。
記憶なんて、新しいもので埋めてやればいい。
悲しい過去より楽しい未来で、たくさん、本当にたくさん。

「ありがとう、教えてくれて」
「え…?」
「あたし、絶対見つけるから。愛理、守ってみせるから」

愛理がそうやって、あたしを守ってくれたように。

542 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 09:00

「うん…、うん、お願い…。愛理をお願い」
「栞菜…」
「だって…、もうアタシ達にはなんにもできないじゃん…」
「出来ないから…」
「え…?」

一番冷静の子が、口を開く。
二人は、ううん、あたしもつられるようにその子を見る。
そしたら、言ってくれたんだ。
あたしを、しっかり見つめて。

「出来ないから、『願う』んだよ。叶うと信じて」
「叶うと…信じて」

あたしに、願いを。

543 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 09:00

滑稽? 天使が人間に願うのは。
そんなことない。
誰だって、叶うと信じて願いを抱く。
夢を…信じる。

さぁ、叶えてもらうのはもう終わり。
今度は、叶えるために進むだけ。

一歩を踏み出すのは、私達。

「任せて。絶対、愛理を見つけるから」
「うん……、うん…!」
「じゃあ、行くよ」

それだけ答えて背を向ける。
振り返ったりなんかしない。
もう、前に進むだけ。

過去なんかじゃなくって、未来のために。

544 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 09:01


「愛理、見つけるから、あたし」


辛い思い、たくさんおしつけてごめん。
きっと、これからも押し付けるかもしれない。
でも、それでも逢いたい。
愛理に逢いたいんだ。
だから。

「鈴木なんて、都内でどんだけいるんだろう?ってか、愛理っていくつ?
中学生ぐらい?うわっ、なんか、いきなり前途多難?」

くっくっ、と笑みがもれる。

でも。
どこにいても必ず見つけるから。
目印はきっと…あの指の輝き。
きっと、その輝きがあたしに愛理を教えてくれる。

だって確かに愛理はこの世界に、近くにいるんだから。
ふと視線を落とせば携帯に貼ったプリクラに愛理の姿。
ほらね?
だから。

545 名前:Somewhere some time 投稿日:2008/11/26(水) 09:01

羽なんかなくていい。
願いなんて、あたしのたったひとつだけ叶えてくれればそれでいい。
あたしの願いは、そう、たったひとつだけ。

愛理が…、あなたがあたしの隣で笑ってくれること。

ただそれだけ。

「愛理、ぜったい見つけるから」

もういるはずないのに、
あたしは空を一度見上げて、それから走り出した。


地上に降りた天使を探しに。

あたしだけの天使を探しに。

546 名前:TRUE WISH 投稿日:2008/11/26(水) 09:02



『TRUE WISH』 ――――――― END

547 名前:tsukise 投稿日:2008/11/26(水) 09:02
>>510-546

今回更新は、ここまでです。
と、同時に二人のお話『TRUE WISH』も完結でございます。

長くお付き合い下さいました皆様、
フラリと立ち寄って頂きました皆様、
ありがとうございました。

また、いつかどこかで新しい話を書くことがあれば
立ち寄って頂ければ幸いです。

二人の姿を見守って下さった皆様に、
重ねて御礼申し上げます、ありがとうございました。

548 名前:tsukise 投稿日:2008/11/26(水) 09:03

―――――――
549 名前:名無し 投稿日:2008/11/26(水) 13:35
脱稿お疲れ様です。
読みおわって凄く胸が清々しい気持ちです。
優しい気持ちになれる作品でした。
作者様、ありがとうございました。
また次回作も書いてくれるのを願ってます。
550 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/26(水) 14:00
ヤバイ位感動しました。
今まで読んできた物の中で
一番感動しました。
作者様本当にお疲れ様でした。
次回作を楽しみにしています。
551 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/26(水) 19:54
531の7行目が胸に染み込みます。
この言葉を胸に、愛理や舞美のように、優しくて強い生き方をしたいものです。
天使たちに人間っていいな、って思ってもらえるような・・・。

このような素晴らしい作品に出会えてとても幸せです。
それを生み出してくださった作者さんに、心からの感謝と最大の賛辞を。

またいつか、作者さんの作品を読めることを楽しみにしております。
本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。
552 名前:with 投稿日:2008/11/27(木) 01:45
脱稿おめでとうございます。そして、お疲れ様です。
また迷惑をかけるかもと思い感想を書くのをやめていましたが、終わりを迎えたということなのでお疲れの言葉を言わせてください。
このお話を自分はこれから先、一生忘れないといっても過言ではない作品ですよ。
こんなに心に染みた小説はいままで見たことがありません。
またいつか作者さんの新しいお話が見れることを楽しみにしています。
最後にこんな最高な作品を読ませてくれた作者さんに感謝です。
お疲れ様でした〜!!!!
553 名前:名無し飼育だね 投稿日:2008/11/29(土) 19:28
超感動しました!!
これは名作ですね!舞美と愛理がまた出会えて幸せになってるといいな(^O^)
554 名前:tsukise 投稿日:2008/12/04(木) 19:57

>>549 名無しさん
ご感想ありがとうございます。
連載当初よりお付き合いいただきまして感謝しております。
優しい気持ちになるとのお言葉、作者として二人の雰囲気として
考えておりましたので嬉しくおもいます。
また次回作を書くことかあればお付き合いくだされば幸いです。

>>550 名無飼育さん
ご感想ありがとうございます。
感動したとのご感想、とても嬉しく思います。
二人をとりまく色々な事柄、一緒に追いかけて下さり感謝です。
次回作がありましたならば、また立ち寄って頂ければ幸いです。

>>551 名無飼育さん
ご感想を頂きましてありがとうございます。
そうですね、そのどの2つでもない私達だからこそ
前向きに、ひたむきに生きていきたいものですよね。
二人の精一杯生きてきた道にお付き合いくださいまして感謝です。
いつかまた作品を書くことがあれば立ち寄って下されば幸いです。

555 名前:tsukise 投稿日:2008/12/04(木) 19:57

>>552 withさん
ご感想を頂きましてありがとうございます。
嬉しい数々のお言葉に、作者として嬉しい限りで御座います。
それほどまでにこの作品を好んで頂いた事、ありがたいです。
そうですね、またいつか書くことがありましたらお付き合いくだされば幸いです。

>>553 名無し飼育だねさん
ご感想ありがとうございます。
作者として、この作品へお付き合いくださり何か思うところを
持っていただけたのなら冥利に尽きるばかりでございます。
そうですね、二人がその後のストーリーで
幸せになってることを祈るばかりですね。

数々のご感想を頂きましてありがとうございました。
作者の励みとなっておりました。
556 名前:しおり 投稿日:2014/06/09(月) 22:21
とても感動しました。
もっと二人が大好きになる小説でした。
お疲れさまでした。
こんな気持ちにさせてくれてありがとうございます!!!
557 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/10/11(土) 14:22

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