おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜
- 1 名前:Z 投稿日:2008/03/25(火) 02:37
- ベリキュー+α
動物変身もの。
よくある設定でよくあるストーリー。
そんなありがちな話を不定期更新。
使い古されたネタですがよろしければどうぞ。
- 2 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/03/25(火) 02:39
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優しさはトラブルの始まり − 1 −
- 3 名前:優しさはトラブルの始まり − 1 − 投稿日:2008/03/25(火) 02:44
- 桜並木の下、制服のスカートをなびかせながら学校へ向かう。
ピンクの花びらが舞い散って、肩に一片落ちる。
それをそっと払う。
そんな光景を夏焼雅は夢見ていた。
入学式は昨日終わり、今日から本格的に高校生活が始まる。
雅は新しい自転車に乗り、新しい制服を着て学校へ向かっていた。
入学式と言えば当然季節は春で、桜は花を咲かせていた。
だが、それは雅の通学路以外でだ。
受験の日、学校の近くには桜並木とまではいかないが、桜の木が何本か植えてある道があった。
ピンク色のアパートがあって、そのアパートの周りに桜の木が確かにあったのだ。
だから雅は入学式の日、その桜の下を通ることを楽しみにしていた。
ひらひらと舞う花びらの中を駆け抜ける。
いかにも入学式というシチュエーション。
中学時代、雅が毎日のように歩いていた通学路には桜がなかった。
だから、そんなドラマのワンシーンのような通学風景に憧れていたのだ。
- 4 名前:優しさはトラブルの始まり − 1 − 投稿日:2008/03/25(火) 02:46
- それなのに。
桜があると思っていた場所に来てみれば、そこにあったのはアスファルトの地面。
桜の木はどこにいったのか、影も形もなかった。
それどころか、そこにあったピンクのアパートすら消えていた。
昨日、その光景を見てがっくりと肩を落としたことを雅は思い出した。
今日もやはり桜はない。
雅の目の前にあるのは殺風景な駐車場だ。
駐車場には申し訳程度に緑色をした背の低い植物が植えられていたが、それが何という植物なのかはわからなかった。
そして知りたいとも思わない。
そんなものよりも雅が必要としているものは桜なのだ。
自転車を止めて、雅は駐車場に足を踏み入れる。
ペタペタと音を立てて歩いて、桜があったであろう場所に立ってみた。
そこには当然桜の痕跡すらなく、アスファルトの上に白く大きな字で7と書かれていた。
雅は7の字を靴の裏でゴシゴシと擦ると、桜のかわりなのか植えてある植物の前へと歩く。
- 5 名前:優しさはトラブルの始まり − 1 − 投稿日:2008/03/25(火) 02:48
- 「あー、もう。どうして駐車場になってるわけ」
桜の淡い色とは違う濃い緑の前に立って一人呟いた。
雅は膝下ぐらいの高さに揃えられている植物を屈んで眺めてみる。
すると雅の目に白い何かが映った。
視界の大半が緑色をした植物で埋められているところに白い色が飛び込んできたせいで、雅は思わずその白いものを目で追ってしまう。
ぴょん。
白いものが跳ねる。
その白いものは緑の中を縫うようにしてぴょこぴょこと移動していく。
見えたり隠れたり。
白色がぴょんぴょんと動く。
その白い物体が視界から消えてまた現れた時、雅はその白いものにえいやっと手を伸ばした。
だが、その白い物体は雅の手からするりと抜け出してしまい、捕まえることが出来ない。
けれど、手にはその白い物体の感触がしっかりと残っていた。
ふわっとした柔らかな生き物。
毛で覆われているのか、触り心地がよかった気がした。
- 6 名前:優しさはトラブルの始まり − 1 − 投稿日:2008/03/25(火) 02:50
- 「こら、待て!」
ぴょこんと跳ねる生き物を雅は追いかける。
しばらくは緑の中をぴょこぴょこと。
そのうちにぴょこりと緑の中から飛び出して、雅の目の前に白い生き物が現れた。
目が赤くて真っ白なうさぎ。
そのうさぎは、雅が小学校の時に学校で飼っていたような大きなサイズのものではなかった。
もっと小さくて、雅の両手よりも少し大きいぐらい。
それぐらいのサイズだ。
耳の大きさも学校で飼っていたものとは違うように見えた。
だが、こういったうさぎをどこかで見たことがあって、雅は記憶を辿ってみる。
そうだ、ピーターラビットだ!
昔読んだ絵本の中にこんなうさぎが出てきた。
今、雅の目の前にいるうさぎは、ピーターラビットと呼ばれているものに形がそっくりだった。
- 7 名前:優しさはトラブルの始まり − 1 − 投稿日:2008/03/25(火) 02:56
- 「おいで」
白くて丸くて可愛い生き物に桜のことなどすっかり忘れて、雅はうさぎを呼んでみる。
屈んで両手をうさぎの方へと伸ばす。
すると先程まで逃げ回っていたのが嘘のようにうさぎが雅に近づいてきた。
うさぎはぴょんぴょんと躊躇うことなく雅の手元までやってくると、指先に顔を擦りつけてくる。
そのふわふわとした柔らかさに通学途中だということも忘れて、雅はうさぎを抱き上げて撫で回した。
しかし、うさぎは嫌がることもなく雅の腕の中でじっとしている。
それがまた可愛くて雅はうさぎをぎゅっと抱きしめた。
「こんなところに野ウサギとかいるわけないよね。……捨てうさぎ?」
捨てられたのかとうさぎに問いかけてみるが、うさぎが返事をするわけもない。
うさぎは黙って雅の腕の中に収まったままだ。
捨てられているなら拾って帰って、そこまで考えて雅は母親の顔を思い出した。
今までにも雅は色々な生き物を拾っては家に連れ帰った。
最初のうちは家族も雅が連れ帰った生き物たちを快く受け入れてくれていた。
だが、雅がそれらの生き物の世話を途中で投げ出すものだから、最近では何かを連れて帰ると嫌そうな顔をされるようになった。
それでも雅はこのうさぎを飼いたいと思う。
どうしたものかと雅は腕の中の白いうさぎを見た。
- 8 名前:優しさはトラブルの始まり − 1 − 投稿日:2008/03/25(火) 02:58
- 「あー、可愛いなあ」
雅は飼いたいなと思いながら、ぽむぽむとうさぎの頭を軽く叩いてから撫でつける。
うさぎの鼻先に自分の鼻をくっつけて、身体をわしゃわしゃと撫でるとうさぎが前足で雅の頬を押した。
ふわっとした足の感触が気持ち良くてうさぎの身体を撫で回し続けると、何度もうさぎが前足で雅の頬を押してくる。
変な人に思われるかも、と思いつつも雅はうさぎの可愛さににへらと笑ってしまう。
これはないだろう、という変な笑顔を貼り付けたまま雅がうさぎを撫でていると強い風が吹いた。
ガタンッと大きな音が道路の方から聞こえる。
音がした方を見ると、止めてあった雅の自転車が風に煽られて倒れていた。
そこで雅は大切なことを思い出す。
- 9 名前:優しさはトラブルの始まり − 1 − 投稿日:2008/03/25(火) 03:01
- 「あ、忘れてた。学校」
入学式が終わったばかりで、今日は本格的な学校生活第一日目。
そんな日に遅刻をするわけにはいかない。
雅が腕時計を見ると、まだ遅刻をするような時間ではないが余裕はあまりなかった。
腕時計からうさぎへ視線を移す。
捨てうさぎだったら可哀想だと思うが、学校にうさぎを連れて行くことは良いことだと言えない気がした。
「うさぎさん、ごめん。学校あるから、うち行くね」
うさぎをアスファルトの上に置いて、雅はブレザーをぱんぱんと払う。
夢に描いていたのは桜の花びら。
けれど、実際に舞ったのはうさぎの毛。
思い描いていたものとは随分違うがこれも悪くないと思った。
桜はなかったけれど、うさぎが可愛かったからそれでいい。
そんなことを思いながら、雅はうさぎに手を振った。
- 10 名前:優しさはトラブルの始まり − 1 − 投稿日:2008/03/25(火) 03:03
- 「じゃあね!」
駆け出そうとすると、うさぎがぴょこんと雅に向かって大きく跳ねた。
膝下あたりにうさぎが飛びついてきて、雅は思わずうさぎを抱きとめる。
「一緒に来たいの?」
「ピィ」
「え?」
雅は、うさぎって鳴くの?と思わずうさぎに問いかけてみるが当然返事はない。
そして鳴きもしない。
うちと離れたくないのかな。
そんなことを考えて少し口元が緩む。
雅が頭を撫でてやるとうさぎが気持ち良さそうに目を細めた。
一緒に学校へ行って、家に連れて帰って。
それからお母さんにうさぎを飼っていいのか聞いてみて。
頭の中でこのままうさぎを連れて行った場合にどうなるかを想像してみて、雅はうさぎをアスファルトの上に置いた。
- 11 名前:優しさはトラブルの始まり − 1 − 投稿日:2008/03/25(火) 03:04
- 「うー、ごめん。無理!見つかったら絶対ヤバイし」
母親はともかく、やはり学校に動物を連れて行くのは不味い。
動物を連れてくるなという校則があるのかどうかは知らないが、連れて行くことが許されるとも思えなかった。
さすがに入学早々先生に怒られるのは避けたい。
いや、避けたいではなく絶対に嫌だ。
雅はうさぎに背を向けて歩き出す。
てくてくてくと歩いて止まる。
耳の奥でついさっき聞いたうさぎの鳴き声が響く。
雅は頭をぶんっと一回振ると、足を進めて自転車の前に立つ。
心の中で「バイバイ」とうさぎに別れの挨拶をして、それでもどうしても耐えきれずに雅は振り返った。
目に映ったのはちょこんとアスファルトの上に座っているうさぎ。
赤い目が「行かないで」と言っているようで、雅は自転車に乗ることが出来ない。
軽く一分は考えてから、雅は倒れていた自転車を起こしてスタンドを上げた。
自転車を押してうさぎに近寄る。
- 12 名前:優しさはトラブルの始まり − 1 − 投稿日:2008/03/25(火) 03:07
- 「……大人しくしてられる?」
まるで返事をするようにうさぎがぴょこんと跳ねた。
雅が手を伸ばすとうさぎが嬉しそうに擦り寄ってくる。
「よし、一緒に学校連れて行ってあげる。でも、絶対に大人しくしてなきゃだめだよ」
雅はうさぎを抱き上げると、鼻先を人差し指で突く。
くすぐったそうにうさぎの耳がぴくりと動いた。
その様子に微笑みながらうさぎを自転車のカゴの中へ入れる。
ラタン製のカゴに白いうさぎが驚く程似合っていて、雅はこの自転車を選んでよかったなあとしみじみ思った。
雅は自転車に跨ると、カゴの中のうさぎをひと撫でしてからペダルをこぎ出した。
- 13 名前:優しさはトラブルの始まり − 1 − 投稿日:2008/03/25(火) 03:09
- ピンクの花びらのかわりにカゴの中でうさぎの白い毛が風になびく。
同じ制服を着た何人もの生徒を追い抜かして、校門を勢いよく通り抜ける。
門の前には生活指導の先生と思われる偉そうな教師が何人か立っていたが、走り抜ける自転車のカゴの中まではチェック出来なかったらしく、雅は咎められることなく自転車置き場にたどり着いた。
空いている場所を探して自転車を滑り込ませる。
スタンドを立てて自転車を止めるとがしゃんと音がして、カゴの中でうさぎがぴょこっと跳ねた。
雅はカゴの中を覗いて、うさぎを落ち着かせるように「大丈夫だよ」と声をかけた。
そして、今さらながらうさぎをどうしようかと考える。
生き物を教室に連れて行くわけにはいかない。
かと言って、その辺にうさぎを放しておいたらどこに行くかわからない。
頭の中で幾通りかの方法を考えて、雅が選んだものはうさぎをこのままカゴの中に置いておくことだった。
- 14 名前:優しさはトラブルの始まり − 1 − 投稿日:2008/03/25(火) 03:11
- 「うーん、でも見つかったら困るしなあ。あ、そうだ。これ」
一人呟いて雅は着ていたブレザーを脱ぐと、ふわりとカゴの上にそれを被せてうさぎを覆い隠す。
もう春になったとはいえ、ブラウス一枚で過ごすにはまだ肌寒い。
だが、他に方法が思い浮かばないのだから仕方がなかった。
「じゃ、大人しくしてるんだよ」
雅はカゴを人差し指でぴんと弾くと教室へと駆け出した。
- 15 名前:Z 投稿日:2008/03/25(火) 03:12
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- 16 名前:Z 投稿日:2008/03/25(火) 03:12
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- 17 名前:Z 投稿日:2008/03/25(火) 03:14
- 本日の更新終了です。
今後、ちょっとえっちな展開もあり、かもしれませんが、それでもよろしければお付き合い下さい。
とりあえず予定は未定です。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/25(火) 20:54
- 春の香りがするお話ですね
これからどんな展開になるかワクワクします(*´Д`)
次回も楽しみにしています
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/26(水) 00:29
- 更新お疲れさまです
全体的な雰囲気がかわいらしくて好きです。続き楽しみにしています
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/26(水) 00:54
- 新スレおめでとうございます
こんなに早くZさんの新作が読めて嬉しいσ(*≧u≦)
- 21 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/03/26(水) 03:18
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優しさはトラブルの始まり − 2 −
- 22 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:21
- 雅が学校から帰ってまずしたことは、ノートパソコンの電源を入れることだった。
母親に拾ったうさぎを飼いたいと告げて、返事も聞かずに自分の部屋へと駆け込んだ。
ブレザーをハンガーにかけて、ネクタイを緩める。
そして学校から帰る途中に買ってきたうさぎ用のケージとペットフードを部屋の隅に置き、連れ帰ったうさぎのことについて検索してみた。
「えーっと、ネザーランドドワーフ?」
ディスプレイに書かれている言葉を読み上げてみると、連れ帰った白いうさぎが雅の膝の上から身を乗り出してきた。
うさぎが雅の足の上で背伸びをするようにして机に前足をかけている。
ノートパソコンのディスプレイには、机にしがみつくようにしている拾ったうさぎとは色違いのうさぎの画像が映し出されていた。
雅が調べた結果によると、ピーターラビットとという種類のうさぎはいないらしい。
さらに調べていくと、ピーターラビットにそっくりな拾ったうさぎの種類はネザーランドドワーフというものだとわかった。
わかったと言っても、血統書のようなものがあるわけではないから全て雅の推測だ。
なんにせよ、もしも拾ったうさぎが本当にネザーランドドワーフだったとしたら、それなりの値段がするようだった。
- 23 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:23
- 「結構、高級なうさぎさんなんだねえ」
雅はしみじみと呟いてから、机の上によじ登ろうとしているうさぎを抱きかかえた。
するとよほど机の上に乗りたいのか、雅の腕の中でうさぎが暴れ出した。
「こら、大人しくしなさい。今日はうち、うさぎさんのおかげで大変なことになったんだからね」
うさぎを学校へ連れて行った結果、雅はあれから大変な目にあった。
カゴの中に残したうさぎが先生に見つかることはなかったが、かわりに雅の高校生活記念すべき第一日目は怒鳴り声とともに始まった。
うさぎにブレザーを渡したことにより、雅は上着なしで初めてのホームルームを受けることになって、当然それは担任の目に留まった。
おかげで雅は初日から担任に怒鳴られることになったのだ。
そして、クラスでは「初日からブレザーを忘れた生徒」として認識され、その日のうちにクラスメイト全員から名前を覚えられることになった。
- 24 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:29
- さらに雅にとって運が悪いことが一つ。
雅の後ろに座った生徒が妙に人懐っこい人物だったのだ。
それ自体は悪いことではないのだが、その生徒は仲良くなろうという気持ちが少しばかりずれているようだった。
徳永千奈美というのがその生徒の名前なのだが、彼女が何度も「ブレザーを忘れた夏焼さん」と嬉しそうに呼びかけるものだから、それが余計に雅がブレザーを忘れたということをクラスメイトの記憶に植え付けることになった。
呼んでいる本人に悪気はなかったらしいが、悪気がなければ許されるというものでもない。
だが、ブレザーを持っていなかった雅は、その呼び方を改めさせることが出来なかった。
おかげで不本意ながらも、一日中後ろの席から「ブレザーを忘れた夏焼さん」と呼ぶ千奈美に対し、律儀に返事を返し続けることになった。
やけに明るく元気の良い千奈美に反論出来なかったこともあるが、雅はその呼び方のせいでクラスの有名人になってしまった。
もちろん帰り際に「明日は絶対にブレザー着てくるから、その変な呼び方やめてよね!」と告げることは忘れなかった。
千奈美は「明日からブレザーを忘れた夏焼さんの好きな呼び方にするから」と笑っていたが本当に呼び方を変えてくれるのかは疑問だ。
- 25 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:31
- 「今日だってほんとはブレザー持ってたのにさ。ねー、うさぎさん」
雅はばたばたと腕の中で暴れるうさぎに話しかけて、額の辺りを撫でてやる。
指先で何度かそこを撫でると気持ちが良いのかうさぎが大人しくなった。
雅は静かに撫でられているうさぎに向かって「うさぎさん」と呼びかけようとする。
だが、そこであることに気がついた。
「そうだ。名前!名前つけないと」
膝の上にうさぎを戻して、雅はうさぎを眺めてみる。
真っ白な毛に覆われていて、小さくてぷにぷに。
食べたら美味しそうにも見える。
これにぴったりな名前。
うーん、と考え込んでも雅の頭にぴんとくる名前が浮かばない。
- 26 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:34
- 「なんて名前がいい?」
じっとうさぎを見つめるていると、うさぎが何か言いたげな様子に見えてくるから不思議だ。
だが、やはりうさぎはうさぎで何か答えてくれるわけもなく、雅の膝の上で静かにちょこんと座っている。
白いからしろちゃんとか。
丸いからまるちゃんとか。
浮かぶ名前はうさぎが聞いたら嫌がりそうなものばかり。
いくつか名前候補を考えて、雅は重要なことに気がつく。
「あ、待って。オスかメスかわかんないと名前つけらんないや」
肝心なことを忘れていた。
名前と言えば性別だ。
オスかメスかわからないことには、うさぎにぴったりな名前は付けられない。
早速、膝の上からうさぎを抱き上げると、雅はうさぎをびろーんと伸ばしてみる。
腹の下辺りに視線をやって、雅は「ん?」と顔を顰めた。
- 27 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:36
- 「って、これ。……メス?それともオス?」
雅は伸ばしたうさぎを凝視しながら、ついさっき調べたことを記憶の引き出しから引っ張り出した。
うさぎの性別はわかりにくい、というようなことが書いてあったような気がする。
「どっちなんだろ。うさぎさん、きみは女の子なの?それとも男の子?」
見てもわからないならどちらでも良いような気がしてきて、雅は性別を真面目に調べる気分になれない。
そんなことよりも足をだらんと伸ばしたうさぎの姿を見ている方が楽しくなってくる。
「あー、びろーんと伸びたうさぎも可愛い」
無防備なその姿が愛らしくて、雅はうさぎの額にちゅっと音を立ててキスをした。
うさぎは嫌がるでもなく伸びたままだ。
雅はそんなうさぎの鼻先にキスをして、その下あたりにもう一度キスをした。
- 28 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:39
- 『ぽんっ』
三度目のキスの後。
聞いたことの無いような音がした。
「ぽん」と「ぼん」の中間あたりの音。
どちらかといえば「ぽん」と言える。
そんな軽くも重くもない不思議な音が聞こえて、雅の目の前からうさぎが消えた。
そして消えたうさぎのかわりに雅の目に映ったのは見知らぬ女の子だった。
「うっ?なに?え?誰?」
疑問符だらけの言葉が雅の口から飛び出る。
だが、それは仕方がないことだと言えた。
俗に言う女の子座りをした小柄な少女が一人。
髪は肩につくぐらいの長さで、肌はびっくりするほど白かった。
そんな見知らぬ女の子が器用に足を折り曲げて床にぺたんと座っていた。
変な音がしたと思ったら、どこから現れたのかわからない女の子が床の上にちょこんと座っているのだから、雅以外の誰がここにいても頭も顔も言葉も疑問符だらけになるだろう。
当然、言葉は途切れ途切れで意味を成さないものになる。
だが、女の子はいたって冷静だった。
- 29 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:41
- 「うさぎ」
女の子が雅に一言だけ言葉を投げ返す。
少し、いやかなり高めの声。
小さな口が発したその言葉はとても馬鹿馬鹿しいもので、雅はすぐさま反論する。
「いや、人だし。……てか、裸!?」
「あ、そうだ。裸だった」
「えええっ、ちょっと。待ってよ!何で裸なの?いや、そうじゃなくて。ねえ、なに?どこから入ってきたの?」
「いや、だからそこにいたうさぎがあたし」
「うさぎって、なにばかなこと言ってんの。うちのうさぎはここにいる……。って、あれえ?」
雅はまず自分の手を見て、そして膝の上を見た。
けれど、その二カ所には拾ってきたうさぎがいなかった。
とりあえず部屋の中を見回してみるがうさぎは見あたらない。
立ち上がって椅子の上も見てみた。
当然の事ながらそんなところにうさぎがいるはずがなかった。
もう一度椅子に座って部屋の中を見る。
そして、最終的に雅の視線が向かった場所は目の前に座っている女の子。
- 30 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:43
- 「だから、うさぎはここだって」
女の子が雅を見ながら人差し指で自分の顔を指差す。
首を傾げてにっこりと雅に笑いかけている。
「裸でなにわけのわかんな……。ちょっ、待った!待ってよ!そうだ裸だった!服、服どうしたのっ」
「あー、ごめん。服貸して。えっと、なんて呼べばいいのかな。みやび?それともみや?もっと違うほうがいい?」
あまりに女の子が平然としているから気にすることを忘れていた。
服を着ている人間とかわらない態度で女の子が座っているせいで意識していなかったが、目の前にいる女の子は素っ裸だった。
白い肌を隠すこともせずにちょこんと床に座ったままだ。
女の子が裸だということを意識すると、雅は女の子を見ることが急に悪いことのように思えてきてそちらの方を見ることが出来なくなった。
- 31 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:46
- 「そんなのなんでもいいから、ちょっとこれ!」
雅は椅子から立ち上がる。
慌ててベッドの方へ行こうとして机に足をぶつけたが、この際そんなことはどうでも良いことだった。
雅は素早くベッドからシーツを引き剥がして、それを女の子に投げつけた。
シーツはばさっと言う音とともに女の子の膝の上に着地する。
「あ、ありがと」
お礼を言いながら女の子がそれにくるりとくるまった。
小柄な女の子は薄いピンクのシーツにすっかり埋まってしまって顔だけしか見えない。
雅はシーツの塊のようになっている女の子の前に座ると、疑問に思っていることを口にした。
「で、あんた誰なわけ?」
「もも」
「は?」
「だからあたしはうさぎで、ももこっていうの。で、そっちのことはなんて呼べばいいの?」
「えっと、うちはみやって呼ばれてるけど。って、だああああっ。今はそんなことどうでもいいしっ」
「良くないよ。呼び方は大事!」
「大事かもしれないけど、今はそんなことどうでもいい。それより裸のあんたがどこからうちの部屋に侵入してきたかのほうが大事だっての!」
- 32 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:47
- どん、と雅は床を叩いた。
自称うさぎの女の子がその音に眉根を寄せた。
どこの世界に裸で家宅侵入してくる女の子がいるのか。
年頃は自分と同じ。
いや、同じと言うよりは下に見える。
そんな女の子が裸でいること自体がおかしい。
そしてそんなおかしな女の子が自宅にいるなどどれだけおかしい事態なのか。
雅は考えると頭が変になりそうだった。
大体、うさぎを自称するなど何を考えているのかまったくわからない。
嘘をつくにしてももっとまともな嘘はなかったのかと思う。
そもそもこんなわけのわからない女の子と真面目に話そうとしてることがもう間違っているのかもしれない。
そう思うのだが、追い出すにしろどこから侵入してきたのかはっきりさせておいた方が良いような気がする。
このまま侵入経路がわからないなど気味が悪い。
- 33 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:49
- 「だーかーらー!みーやんが拾ってきたうさぎなんだってば」
聞き慣れない名前と繰り返されるうさぎだという主張。
雅は会話をしていると頭が痛くなってくるが、聞いたことのない呼び名に突っ込まずにはいられない。
「みーやん!?みーやんってなに?」
「みやびのこと。だって、呼び方なんてどーでもいいんでしょ」
「いいけど、良くない!変な呼び方しないでよ」
「いいじゃん」
「あーもー!あんた、何者なのっ」
「みーやん、しつこい。ももはみーやんが、朝から可愛い可愛いって言ってたうさぎななの。ほら、見てよ。うさぎと同じでもも可愛いでしょ?」
「あんた、ばかでしょ?」
本当に馬鹿げている。
そんなことがあってたまるかと雅は思う。
うさぎはうさぎで人は人だ。
決してイコールで結ばれることはない。
それに目の前にいる自称うさぎを可愛くないとは言わないが、朝から可愛いと言い続けたうさぎと一緒にすることは出来ない。
- 34 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:51
- 「もものことオスかメスかもわかんないみーやんにばかとか言われたくない。とにかく、みーやんが信じなくてもあたしはうさぎなのっ!」
「じゃあ、なんでうさぎが人間になってるのさ。おかしいじゃん」
そう、ここがおかしいのだ。
うさぎは人間にならない。
信じるも信じないもない。
間違っているのは雅ではなく、このももこという自称うさぎのほうなのだ。
雅は自称うさぎをぐっと睨みつける。
すると自称うさぎはシーツの中からごそごそと手を出して、唇に人差し指をあてた。
そしてこともなげに言った。
「あ、そっか。言うの忘れてた。もも、キスすると変身するの。便利でしょ」
にっこりと。
それはもう笑顔の見本のように。
自称うさぎが笑った。
- 35 名前:優しさはトラブルの始まり − 2 − 投稿日:2008/03/26(水) 03:53
- 「ほんとにばかでしょ?ありえないし、そんなの」
にっこり笑っている自称うさぎとは対照的に、雅は「ははん」と冷たく笑った。
口調は平坦。
信じるつもりはゼロだ。
「ありえないかどうか、試してみる?」
だが、自称うさぎは動じなかった。
あやしげな笑みを浮かべて、人差し指で唇を撫でた。
雅は何となく嫌な予感がして、自称うさぎから距離を取ろうと座ったままずるずると後退る。
けれど、ピンクのシーツにくるまった自称うさぎの手に肩を掴まれる。
その力は小柄な身体からは想像出来ないもので、雅はそれ以上動くことが出来なくなった。
動けない雅に自称うさぎがシーツごと近づいてくる。
自称うさぎの身体が一定距離近づいてからさらに近づいてくるのはわりと、いや、かなり整った顔。
雅は思わず目を閉じる。
しばらくの間があってから、当然のように何かが触れた。
それが何なのかは出来れば考えたくなかった。
- 36 名前:Z 投稿日:2008/03/26(水) 03:53
-
- 37 名前:Z 投稿日:2008/03/26(水) 03:53
- 本日の更新終了です。
- 38 名前:Z 投稿日:2008/03/26(水) 03:56
- >>18さん
春とは関係のない展開になっていってますw
>>19さん
可愛い雰囲気を持続させるようにがんばりますw
>>20さん
ありがとうございます。
二回目の更新も速攻でがんばりました(`・ω・´)
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/26(水) 20:11
- こっ、この展開は・・・!!!
萌えるー(*´Д`)
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/27(木) 00:26
- ファンタジーっぽくて楽しい話しになりそう!
狼の猫の嗣さん思い出した
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/27(木) 04:37
- 新スレおめでとうございます
萌えー(*´Д`)
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/27(木) 23:15
- 待望の新スレきましたかー!
作者さんの巧みな構成が凄い好きなのでwktkしてます
- 43 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/03/30(日) 04:03
-
優しさはトラブルの始まり − 3 −
- 44 名前:優しさはトラブルの始まり − 3 − 投稿日:2008/03/30(日) 04:06
- うさぎはうさぎ。
うさぎは変身したりしない。
決して人間になったりしない。
さらには人間からうさぎにもならない。
うさぎというものはどこまでいってもうさぎであって、変身したりはしないものである。
それが雅の認識だった。
そしてそれは世界中の誰に聞いても同じ答えになるだろうし、共通の認識のはずだ。
道を歩く誰に聞いても正しいのは雅で、間違っているのは自称うさぎの方だと答える。
そう思う。
そう思って生きてきた。
だが今、雅の目の前で起こったことはその認識を覆すものだった。
ぽん、とか、ぼん、とかそんな擬音はどうでもいい。
とにかく雅は目の前で起こった光景を信じたくなかった。
変な音とともに人間がうさぎになってうさぎが人間になる。
そんなことを信じるなんて冗談じゃないのだ。
- 45 名前:優しさはトラブルの始まり − 3 − 投稿日:2008/03/30(日) 04:10
- 自称うさぎの顔が近づいてきて、雅の唇に自称うさぎの唇が触れた。
簡単に言えばキスをされた。
それから「ぽんっ」という音がしてそれに驚いた雅が目を開けると、目の前から自称うさぎが消えていた。
そして自称うさぎのかわりに本物のうさぎがシーツの上にちょこんと座っていた。
そこまでなら、なんとか幻覚だったと自分を信じ込ませることが出来たかもしれない。
出来れば夢とか、幻とかそういったたぐいのものにしておいて欲しかった。
人間がうさぎに変わった幻覚を見た。
そういうことで済ませたかったのだが、今度は雅の目の前でうさぎが人間にかわったのだ。
自称うさぎのかわりに現れたシーツの上にちょこんと座ったうさぎ。
雅がそのうさぎを抱き上げると、うさぎがぴょこんと腕の中で跳ねた。
すると雅の唇にうさぎの口があたって、ようするにうさぎにキスをされたのだが、そのキスと同時に「ぽんっ」とどこかで聞いた音がした。
結果、音とともにうさぎは消えて目の前には裸の自称うさぎが現れた。
- 46 名前:優しさはトラブルの始まり − 3 − 投稿日:2008/03/30(日) 04:11
- ほんの数分間。
そんな短い時間の間に信じたくない出来事が雅の目の前で起こったのだ。
おかげで雅は呪文のように「うさぎはうさぎ」と唱えることになった。
「頭かたいなぁ」
ぶつぶつと呟き続ける雅を見ながら、シーツにくるまった自称うさぎが言った。
そして床に座り込んでいる雅の頭をぺしぺしと叩いた。
雅はその手を振り払う。
そして耳を塞いだ。
- 47 名前:優しさはトラブルの始まり − 3 − 投稿日:2008/03/30(日) 04:13
- 「うるさい!だまれ!しゃべるな!」
「やだ。みーやんが信じてくれるまでしゃべる」
「聞こえない!聞こえないったら、聞こえない。うさぎはしゃべらない。しゃべらない。絶対にしゃべらない」
「あのね、今はうさぎじゃないから。今はにんげんっ」
耳を覆う手が意味を成さないほどの大声。
自称うさぎが雅の耳元で大声を出すせいで、耳を押さえていても自称うさぎの声が聞こえてくる。
その上、自称うさぎの声がやけに良く通る声なものだから、雅の頭の中に声がキンキンと響いてうるさい。
雅はどうせ聞こえてくるのならと耳から手を離し、自称うさぎの髪を指差した。
「白うさぎなのに黒いじゃん!」
「ほら、顔とか腕見てよ。肌は真っ白。見てみて、ほら。白いでしょ?」
髪を指差す雅に対して、自称うさぎが顔や腕を指差して白さをアピールする。
確かに肌は本人が言うように真っ白だった。
だが、雅が指差している髪は真っ黒だ。
白いうさぎに黒い部分があってたまるものかと雅は自称うさぎの前髪を軽く引っ張る。
- 48 名前:優しさはトラブルの始まり − 3 − 投稿日:2008/03/30(日) 04:15
- 「でも、髪は黒い!」
「えー!この若さで髪まで白かったら大変じゃん。染めたりとか」
他にも髪が白かったら大変な理由を自称うさぎがいくつか上げる。
雅はそれを聞き流して、うさぎと人間の相違点を探して指摘していく。
「あっ、あっ!毛、毛がない」
「あるよ!ここに!」
「それ髪だもん。毛じゃないし」
往生際が悪いと言われればそれまでだが、雅はどうにも納得出来ない。
うさぎが人間になることも。
人間がうさぎになることも。
しかも、漫画かアニメのように変身トリガーがキス。
そんなありがちで、でもありえない話を信じたくなくて雅は自称うさぎの言葉を覆そうと躍起になる。
けれど、自称うさぎは動じるどころか呆れたように言った。
- 49 名前:優しさはトラブルの始まり − 3 − 投稿日:2008/03/30(日) 04:17
- 「あのね、全身白い毛に覆われた人とかもう人間じゃないと思う」
「人間じゃないじゃん!うさぎなんでしょ!」
「残念ながら今は人間なの」
「あーもー!絶対人間じゃないし、うさぎでもない!あんた何者なのっ」
「言うのも飽きてきたけど……。あたしはうさぎなの。で、ついでに言うと、名前はももこ。さっきも言ったけど、ももこ。果物の桃に子供の子で桃子。わかった?」
「わかりたくない」
「気持ちはわかるけどさ。でも、見たでしょ?ももが変身するところ」
「……見た」
言いたくないが見た。
どういうからくりかは知らないが、キスをしたら人間がうさぎになったし、うさぎが人間になった。
はあ、と雅は肩を落とす。
- 50 名前:優しさはトラブルの始まり − 3 − 投稿日:2008/03/30(日) 04:19
- 「じゃあ、いい加減信じようよ。みーやん」
「信じるしかないわけ?」
「ないと思うよ。だって、現実にももはここにいるんだもん」
ぽんぽんと桃子に肩を叩かれる。
口調は哀れみさえ感じさせるものだった。
拾ってきたうさぎに同情されて、肩を叩かれるなんてシチュエーション。
これではどちらが拾われてきたのかわからない。
そもそも何故、桃子にこんなことを言い聞かされなければならないのかわからなかった。
現実にうさぎの桃子はここにいる。
だが、それが何だというのだ。
拾ってきたのは雅だが、拾ったものを絶対に飼わなければいけないという規則はない。
たぶんない。
そんな気がする。
- 51 名前:優しさはトラブルの始まり − 3 − 投稿日:2008/03/30(日) 04:21
- 「やだ!出て行って!」
雅は部屋の扉を指差して桃子に言った。
現実を受け入れられない場合、その受け入れられない現実を消してしまえばいい。
雅は実に簡単な結論に辿り着いた。
自称うさぎがいなくなれば信じる必要も受け入れる必要もなくなるのだ。
とりあえず追い出して、そして綺麗さっぱり忘れてしまえばいい。
それが一番良い方法だと思った。
しかし、桃子がその提案をすんなり受け入れるはずもなかった。
「……いいけど。でも、みーやんのこと恨むよ?」
それはそれは暗い声だった。
先程までのやり取りで出していた甲高い声から一気に低い声。
さらにそこへ呪いという言葉をトッピングしたような声音で自称うさぎが言った。
恨むよ、と言っているがどうみてもすでに恨んでいるように見える。
そう言いたくなるような雰囲気だった。
雅を見つめる目も恨みがましくて、そんな目で見られていると自分が酷く悪いことを言ってしまったような気がしてきて雅は思わず問い返した。
- 52 名前:優しさはトラブルの始まり − 3 − 投稿日:2008/03/30(日) 04:22
- 「え?恨むの?」
「うん。もも、すっごくみーやんのこと恨むからね」
「なんで!?」
問い返してみたものの、恨まれても仕方がないような気がした。
捨てうさぎを拾って、そのうさぎを捨てたら。
それはまた捨てうさぎに戻って、今度は雅がそのうさぎを捨てたことになる。
ややこしいが、そういうことだ。
となれば、今まさに桃子を捨てようとしている雅が恨まれるのは当然なのかもしれない。
だが、元はと言えば最初に桃子を捨てた人間が悪いのではないだろうか。
そう思うのだが、桃子があまりにも重々しいオーラを身に纏っているせいで雅はそれを口にすることが出来ない。
- 53 名前:優しさはトラブルの始まり − 3 − 投稿日:2008/03/30(日) 04:23
- 「だって、もも行くところないんだもん」
「どうして?」
「もものこと飼ってくれてた人、遠くに行っちゃったから」
桃子が俯いて呟くように言った。
しょんぼりした声に雅は罪悪感を覚える。
「だから、もも行くところないんだ。みーやんが飼ってくれなかったら、きっともも死んじゃうよ」
沈んだ声は作りものとは思えなかった。
そして行く場所がないのは本当だとわかった。
朝、桃子と初めて会った場所。
それはうさぎがいるような場所ではない。
普通、うさぎは駐車場にいたりしないだろう。
どう考えても桃子はそこに捨てられていた。
理由はわからない。
そして聞けそうな雰囲気でもない。
- 54 名前:優しさはトラブルの始まり − 3 − 投稿日:2008/03/30(日) 04:25
- 動物は好きだ。
うさぎだって好きだ。
飼おうと思っていた。
今だって、飼わなければいけないのではないかと思っている。
けれど、人間になるうさぎなんてどうすればいいのだ。
雅の頭の中が「どうしよう」という言葉に支配される。
「みーやんしか頼る人がいないの」
縋るような声が聞こえた。
そして、それからたっぷり数十秒の間をおいて。
桃子がおねだりのエキスパートのような声と口調で言った。
「それでも飼ってくれないの?」
上目遣いのおまけ付き。
これを断ったら極悪人。
そんな気にさせるねだり方だった。
雅のブラウスの袖を桃子が引っ張る。
三回引っ張られて、雅の中にあった「どうしよう」が消えた。
- 55 名前:優しさはトラブルの始まり − 3 − 投稿日:2008/03/30(日) 04:27
- 「大人しくしてるなら」
雅がぼそっと小さな声で答えると、喜んだ桃子が雅に飛びついた。
するとシーツが床へ落ちて、雅の目に映ったのは裸の桃子。
「ちょっとおおおっ!裸はやめて!」
雅は落ちたシーツを素早く拾う。
そして桃子を頭からシーツで覆った。
もぞもぞとシーツ中で桃子が動いて、頭がちょこんと飛び出す。
それから今度はシーツごと桃子が雅に抱きついた。
- 56 名前:Z 投稿日:2008/03/30(日) 04:27
-
- 57 名前:Z 投稿日:2008/03/30(日) 04:27
- 本日の更新終了です。
- 58 名前:Z 投稿日:2008/03/30(日) 04:31
- >>39さん
書いてる人も萌えな気分です(´▽`)w
>>40さん
楽しいお話を目指しています(`・ω・´)
猫のつぐさんスレが立ったときは、私の頭の中が覗かれたのかと思いましたw
>>41さん
ありがとうございます。
一緒に萌えてください(´▽`)ノw
>>42さん
ありがとうございます。
巧みな構成が出来るようにがんばります(`・ω・´)
- 59 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/30(日) 22:04
- うさぎさんにメロメロで読んでるうちに
ニヤニヤしてるんじゃないかと心配でたまりませんw
更新お疲れ様でした〜。まったり続きをお待ちしています。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/31(月) 01:00
- 可愛い過ぎです!ももうさぎ
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/01(火) 23:43
- つぐさんの一挙一動に萌えるー(*´Д`)
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/05(土) 23:11
- みーやんにもつぐさんにも萌えーる
- 63 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/04/08(火) 02:59
-
優しさはトラブルの始まり − 4 −
- 64 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:03
- 現実の中には時として受け入れがたいものがある。
けれど、それでも受け入れると覚悟を決めたら、納得は出来なくとも受け入れられたりするものなのだと雅は知った。
というよりも、目の前で見てしまったから受け入れざる得ない。
たとえ、後悔することになろうとも。
押し切られる形で桃子を飼うことに決めた雅は裸のままの桃子にパジャマを着せた。
桃子にパジャマを着せたのは、他に何を着せるべきなのか思いつかなかったからだ。
桃子はうさぎのくせに服を着ることに慣れているのか、嫌がりもせずに与えられたパジャマを雅の手を借りることなく一人で着ていた。
そんな姿を見ていると本当にうさぎなのか疑わしくなってきて、雅は桃子にうさぎなのかと尋ねたくなったが答えはわかりきっているから聞かずにおいた。
そして雅は夕飯を食べながら、桃子の食事をどうするべきか考えた。
- 65 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:05
- うさぎの姿をしているのなら、ケージと一緒に買ってきたうさぎ用のペットフードがある。
だが、人間の姿をしている場合は何を食べさせたらいいのだろう。
人間にうさぎ用のペットフードを渡すのはいけないことのような気がする。
夕飯の時間中悩んで、雅は冷蔵庫の中からいくつかの食べ物を持ち出した。
部屋に戻ってそれらの食べ物を桃子に渡すと、桃子が美味しそうに渡した食べ物を食べ始めた。
人間の食べ物をぱくぱくと食べる桃子を見ていると好奇心が刺激される。
ちょっとした出来心。
雅は部屋の隅からペットフードを持ってきてそれを餌皿に入れた。
それを桃子が食べている食べ物の隣に並べて置いてみる。
すると桃子は気にすることもなくうさぎ用の餌を手に取り、口の中に運び入れようとした。
- 66 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:06
- 「ちょっ、待った!」
食べないだろうと思って置いたペットフードに桃子が手を出したものだから、雅は大声を出すことになった。
自分で餌皿を置いておきながら桃子の手を掴み、ペットフードを口の中に入れることを止める。
本来の姿はうさぎなのかもしれないが、今は人間の格好をしているのだ。
人の姿をした桃子がペットフードを摘んで食べるのはどうにも見ていられない。
「なに?」
「それ、食べるの?」
「美味しいよ?」
摘んだペットフードを見ながら桃子が不思議そうな顔をした。
美味しいのかもしれないがペットフードは人間の食べる物ではない。
雅は桃子の手からペットフードを奪い取ると、冷蔵庫から持ち出した食べ物を押しつけた。
- 67 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:08
- 「……こっち食べて」
「美味しいのに」
不満げに桃子が雅から渡された食べ物を受け取った。
そしてそれを口に放り込んで咀嚼する。
その様子を見ていると雅の頭の中に一つの疑問が浮かび上がった。
うさぎって雑食だっけ?
冷蔵庫から持ってきたものはトマトやキュウリ、他にはハムやチーズを少し。
桃子はそれを文句も言わずに口にしている。
むしゃむしゃとそれらを食べている姿を見ていると、うさぎにそんなものを与えて良かったのかと今さらながら不安になった。
「雑食なの?」
「ん?」
「うさぎって雑食?」
「ううん。草食」
「そんなの食べて平気?」
「人間の時は何食べても大丈夫みたい」
- 68 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:09
- 最後の一枚であるハムをぱくっと食べると桃子がVサインを出した。
確かにその食べっぷりを見ていると何を与えても大丈夫そうな気がする。
だが、食事のたびに冷蔵庫から食べ物を持ってくるわけにもいかない。
一回や二回ならともかく、毎食となると母親に勘づかれてしまうだろう。
桃子は人間の状態でもペットフードを食べられるようだが、雅としては人間の状態でうさぎ用の餌を食べてもらいたくはない。
となると、食事の時はうさぎの姿になっていてもらいたいのだが、うさぎの時に何を食事として与えるべきかよくわからない。
夕方、雅がパソコンで調べた時にはペットフードや牧草で良いと書かれていたが、人間に変身するうさぎの食事については書かれていなかった。
特別変わったものを食べるとは思えないが、一応桃子に尋ねてみる。
「じゃあ、うさぎのときは?」
雅はあまり高い物は食べないで欲しいとどこにいるのかわからない神様に祈ってみる。
すると桃子は雅が手に持っている餌皿を指差した。
- 69 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:11
- 「それでいいよ。あとお水欲しい」
「うさぎって水飲んだら死ぬって聞いたよ」
「それ、間違ってるんだよね。飲まない方が死んじゃう」
「へー」
雅は今初めてしゃべるうさぎが便利だと思った。
わからないことを本人に聞くことが出来るのだから、考えようによってはこれほど便利なことはないのかもしれない。
これからこのへんてこなうさぎを飼わなきゃいけないんだから、わからないことは全部聞いておこう。
ネットで調べるより簡単だと楽天的に考えることにしてみて、雅は桃子の便利な特性をいかして本人に本人の飼い方を教えてもらう。
いくつかの質問に答えてもらってそれを頭の中にインプットする。
おかげで雅の中のうさぎの知識が少しばかり増えて、今までより賢くなったようなそんな気がした。
「みーやん、他に聞きたいことは?」
「今のところないかな」
「そっか。じゃあ、そろそろ寝ようよ。もも、眠たくなっちゃった」
- 70 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:13
- ふああ、と桃子が欠伸をした。
雅もそれにつられて大きな欠伸が出る。
時計を見るとまだ寝るには少し早い時間だったが、今日一日ばたばたとしていたせいか急に眠たくなってくる。
雅は桃子の食事を片づけると、パジャマに着替えた。
ベッドサイドに置いてあるスタンドの電気を付ける。
ぱちんと部屋の照明を落としてベッドのシーツを捲った。
そこで雅はふとあることに気がつく。
「あれ?うさぎって夜行性じゃなかったっけ?」
「うん、夜行性なんだけどさ。でも夜、一人で起きててもつまんないから、人と一緒に寝るようにしてたら夜眠くなるようになっちゃったんだよね」
もう一度欠伸をしながら、桃子が両手を上げて身体を伸ばした。
軽く伸びをしてから立ち上がると、桃子がうーんと唸りながら雅の側にやってくる。
雅がベッドの中へ身体を滑り込ませると、どういうわけか桃子が一緒にベッドの中へと潜り込んできた。
- 71 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:15
- 「ちょっと、何でももがベッドに入るの?」
本人が自分のことを「もも」と呼んでいたから、雅もそれに習って桃子のことをももと呼ぶことにして実際にそう口にしてみた。
だが、それはどうでも良いことと言えた。
今、雅が気にするべきことはこの状況だ。
桃子が当然のように雅のベッドに潜り込んでいた。
標準サイズと言える雅とそれよりも小さな桃子。
場所を取る二人ではなかったが、シングルベッドに二人で入れば狭い。
どう考えても窮屈だ。
「だって、この状態でケージの中になんか入れないもん」
桃子が横になったまま面倒臭そうに言った。
確かに桃子の言う通りで、人間の姿ではケージの中に入ることは出来そうにない。
しかし、うさぎならば問題なくケージの中に入ることが出来る。
だから、雅は当然と言える主張をする。
- 72 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:17
- 「うさぎに戻ってよ」
「みーやんがキスしてくれたら戻る」
「なっ!?」
「さっき言ったじゃん、キスで変身するって。覚えてないの?」
「思い出した。……一応聞くけど、どこにキスすんの?」
「どこって、さっきキスしたところ。唇だよ、くっちっびっるっ」
「ええっ!?なんでうちがそんなところにキスしなきゃいけないのっ!唇とかそんなのだめだよ!」
「キスしないと変身しないんだから仕方ないじゃん」
キスの一つや二つ。
そんなものでうさぎに戻ってくれるのならお安いご用、というわけにはいかなかった。
頬や額ならまだ何とかなりそうな気がする。
だが、何故よりによって唇なのだ。
そんなところにキスするなど恥ずかしくて出来るわけがない。
しかも自分の方からなどありえない話だった。
「なんでそんなのが変身のトリガーなわけ!」
雅はこの融通の利かない変身トリガーに納得がいかない。
少しぐらいおまけしてくれたっていいのではないかと思う。
大体どういう経緯を辿ればキスが変身のトリガーになるのかがわからない。
- 73 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:20
- 「……知らない」
身体を起こして、桃子が膝を抱えた。
その姿は力が無く、しょんぼりしているように見える。
だから強い口調で問いかけることが躊躇われて、話しかける声が幾分柔らかなものになった。
「なんか理由あるでしょ、理由」
「知らないよ」
ぱたぱたと両足をベッドの上で動かしながら桃子が言った。
その様子は知らないと言うよりは言いたくない、そんな風にも取れた。
おかげでそれ以上のことを聞けなくなる。
もしかすると前の飼い主が何かをしたのかもしれないと雅は思う。
魔術とか、超能力とか。
何か得体の知れないもの。
雅の頭の中にはありえないことしか思い浮かばない。
そしてそれと連動して、黒ずくめの妙な衣装を着た桃子の元飼い主像が出来上がる。
その想像のせいか、少しだけ前の飼い主がどんな人間だったのか気になった。
- 74 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:22
- キスをすると人間に変身するような。
そんなことを現実に出来る人間とはどんな人物なのか。
頬や額といった当たり障りのない場所ではなく、わざわざ唇を指定するあたりが趣味の悪さを感じさせる。
おそらく桃子が変身するようになったのは元飼い主のせいで、その趣味の悪い元飼い主のおかげで面倒なことになっている。
雅は全ての原因を元飼い主に押しつけてこめかみの辺りを押さえた。
キスをしないとベッドは狭いまま。
キスをしない限り桃子はずっと人間のままなのだ。
どうしろというのだ、この状況を。
ん?キス?
ぐっとこめかみを押さえて、雅は頭に引っ掛かった単語を心の中で呟いてみる。
雅はうさぎとキスをした。
よく考えるまでもなくキスをした。
雅は変身騒ぎのせいで印象が薄くなっていた桃子とのキスを思い出す。
- 75 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:23
- 「っていうか、ちょっと待って。さっき、うち……。ももとキスしたよね?」
「したね」
「ああああっ。なんで!?」
「なんでって言われても」
「うさぎとキス」
「そうだね」
思い返せば、雅は他の誰ともそういったことをしたことがなかった。
ようするに桃子としたキスが初めてのキスだ。
今日ごたごたとした中でしたキスの一つがファーストキスだった。
雅は桃子の肩を掴む。
そしてその顔を覗き込む。
「どうしたの?」
桃子が抱えていた膝を離して、不思議そうな顔をした。
真っ直ぐに見つめられて、雅の頬が染まる。
顔が熱くなって、でもうさぎとキスをしたことを思い出したぐらいで赤くなっていることを知られたくなくて、雅はベッドサイドにあるスタンドの明かりを消した。
- 76 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:25
- 「もしかして、初めてだったとか?」
邪気のない声で桃子が雅に問いかける。
だが、「初めてだった」と素直に告げるのは癪に障る。
雅はうさぎとのキスがファーストキスになるのか考えてみる。
動物とのキスなら過去に何度もした。
だが、桃子は動物であって動物ではない。
うさぎの姿をしていない桃子はどこからどう見ても人間なのだ。
やっぱりこれはファーストキスになるよね、と結論がすぐに出て、雅の身体の温度が上がる。
雅はそれを隠そうとしてシーツの中に潜り込む。
「みーやん、そんな照れなくてもいいじゃん」
「照れてるんじゃない!あー、なに!なんで」
デリカシーのない声が聞こえて、雅はシーツの中から顔を出して反論する。
桃子が雅の肩をぽんと叩いて慰めるように言った。
- 77 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:26
- 「ごめんね。でも、諦めて」
「むかつく!なんでそんなにあっさりしてんの」
「だって、いいじゃん。キスぐらい」
「良くない!」
誰が何と言おうと良くない。
キスはキスぐらい、なんてものではない。
初めてのキスについては夢や希望がたくさんあって、それについて嫌という程語れるぐらいなのだ。
今ここにいる桃子はうさぎには見えないが、本来の姿はうさぎだ。
雅の中ではうさぎとのキスが初めてだなどありえない。
普通、誰でもそう思うだろう。
「キスってそんなに大事なの?」
「大事に決まってるじゃんっ!」
シーツを蹴飛ばして雅は起きあがる。
強い口調になったが、桃子は動じる様子がなかった。
「人間って難しいね」
はあ、と息を吐き出してやけに人間くさく同情するように桃子が言った。
同情するぐらいなら他の方法で変身して欲しいと雅は真剣に思った。
そしてないだろうと思いつつも、一応確認してみる。
- 78 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:28
- 「キス以外にうさぎに戻る方法は?」
「ないよ」
「ほんとに?」
「あったら教えてる。隠すほどもも性格悪くないよ」
「どうしてもキスじゃなきゃだめ?」
「だーめっ」
今度は雅が「はあ」とため息をつく番だった。
もしもいつか会うことがあれば、元飼い主に文句の三つや四つ言ってやりたい気分だ。
桃子が変身するようになったのが元飼い主のせいではなくても苦情を受け付けるべきだと思う。
「それってうちがしないとだめなわけ?」
「別にみーやんじゃなくてもいいけど。でも今、みーやんの他に誰がするの?」
「それは……」
「みーやんのお父さんとかお母さんとちゅーしろってこと?」
「だめ!待って!それは待って!」
「というわけで、みーやんと一緒に寝る」
「狭いんだって、このベッドに二人とか」
「じゃ、キス」
「やだ!絶対やだ!キスとか、そんなの」
雅は断固拒否する。
だが、拒否したところで困っているのは雅だけのようだった。
桃子は人間のままこのベッドで寝ることを望んでいるのか、雅がキスすることを拒否しても平然としている。
- 79 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:30
- 「ももからしてもいいけど、でもまだ人間のままでいたいし。みーやん、どうしてもももと寝るのが嫌だったら自分からももにキスしてね」
「どっちもやだってばっ」
「じゃ、諦めて。おやすみ、みーやん」
そう言うと、桃子はシーツにくるまり丸くなって目を閉じた。
取り残された雅は桃子の顔を覗いてみる。
視線は唇へ。
どくんと心臓が跳ねた。
顔を桃子の顔へ近づけてみる。
心臓の音が早くなるのがわかった。
「ももぉー」
結局、それ以上顔を近づけることなど出来るわけもなく。
雅は情けない声で桃子の名前を呼んだ。
するとシーツの中から手が伸びてきて腕を掴まれた。
強い力で引き倒されて、雅はシーツの中に引き込まれる。
後ろから抱きしめるように桃子の腕が回ってきて、胸の上辺りに手が置かれた。
- 80 名前:優しさはトラブルの始まり − 4 − 投稿日:2008/04/08(火) 03:33
- 「みーやんって胸ないんだね」
「うっさい!」
背後の桃子を肘で押して抗議する。
桃子の小さな笑い声が聞こえて、しばらくすると眠ってしまったのか静かになった。
すうすうという寝息を聞きながら雅は今後のことを考える。
絶対。
新しい飼い主を見つけて、そいつにこのうさぎを押しつけてやる。
そうすればベッドの狭さもキスも気にする必要がない。
しかし、新しい飼い主が見つかった場合、桃子が変身することを伝えるべきなのだろうか。
そんなことを考え始めると、新しい飼い主捜しも大変そうな気がして雅は探す前から疲れてくる。
ただでさえ変身騒ぎで疲れているのにこれから先のことを考えてさらに疲れるよりは、今は眠った方が良さそうだった。
明日も学校がある。
雅は眠る為に目をぎゅっと閉じた。
- 81 名前:Z 投稿日:2008/04/08(火) 03:34
-
- 82 名前:Z 投稿日:2008/04/08(火) 03:34
- 本日の更新終了です。
- 83 名前:Z 投稿日:2008/04/08(火) 03:38
- >>59さん
早めに更新してみました(`・ω・´)
ぜひメロメロのニヤニヤで読んでくださいw
>>60さん
ル*’ー’リ<ウフフ
>>61さん
一挙一動桃子の全てが萌え!
>>62さん
二人まとめて萌えちゃってください(*´▽`*)
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/08(火) 23:13
- みやびも桃も可愛いなー(*´Д`)
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/09(水) 00:31
- うおおお萌え死ぬ…
キスひとつでこんなにハラハラできるなんてこれも作者さんの力量ですね
続き期待してます
- 86 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/09(水) 00:45
- どたばたトラブルで楽しい話しの予感!
- 87 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/04/22(火) 01:01
-
優しさはトラブルの始まり − 5 −
- 88 名前:優しさはトラブルの始まり − 5 − 投稿日:2008/04/22(火) 01:04
- 夜が来れば当然、朝も来る。
眠れば目が覚めるのも当たり前で、雅は目覚まし時計に叩き起こされた。
目を閉じたまま手探りで目覚まし時計を探して掴み、雅が手元に持って来ようとするといつもとは違う場所で時計が引っ掛かりゴンという音がした。
「んー」
目覚まし時計が何かにぶつかる鈍い音の後に聞こえてきたのは誰かの声。
雅は寝起きが悪い方だが、すぐ近くから聞こえてきた声に目がぱちりと開く。
目覚まし時計を見ると時計が何かに引っ掛かっている。
シーツをはね除けてみると、人間の姿をした桃子が雅の身体にぺたりとくっついて眠っていた。
ああ、夢じゃなかったんだ。
昨日の出来事が夢だったらどんなに良いかと思うが、残念なことに雅の目の前には桃子が消えることなく存在していた。
せめて人間の姿ではなくうさぎに戻っていてくれたらと思うが現実は非情だ。
- 89 名前:優しさはトラブルの始まり − 5 − 投稿日:2008/04/22(火) 01:07
- これはうさぎなのだから深く考えてはいけない。
人間のように見えるが、正しい姿はうさぎなのだ。
雅は未だ納得出来ない脳の一部分にそう言い聞かせてみる。
しかし、寝ぼけた脳であってもすんなりと全てを受け入れるのは難しい。
左半身に絡みつくように眠っている桃子を見て、雅は朝から大きなため息をつく。
その間も目覚まし時計はけたたましい音を鳴らし続けていたが、雅の手元に時計が来ることを阻んでいる桃子は目を覚ましそうになかった。
「もも、起きて」
雅は目覚まし時計を止めて桃子に声をかけた。
けれど、桃子から聞こえてくるのは「うー」や「ふー」という返事とは呼べないようなものだけだ。
「もも、朝だってば。ごはんどーすんの?」
左半身にしがみついている桃子の手を剥がして、雅は身体を起こす。
ベッドの上から手を伸ばしてカーテンを開くと、朝の光が部屋の中に入り込んでくる。
眩しいぐらいの光に目を細めて、雅はベッドから降りると桃子の身体を揺すってみた。
- 90 名前:優しさはトラブルの始まり − 5 − 投稿日:2008/04/22(火) 01:10
- 「起きなよ」
「……ねむい」
雅が剥いだシーツをたぐり寄せると桃子がその中に潜り込む。
そして雅のかわりに枕を抱いて「おやすみ」と小さな声で言った。
「おやすみじゃないよ。朝はおはようだっての」
シーツの塊をぽむっと叩いてから、雅は髪をかき上げる。
がしがしと頭をかいて、壁に掛けてある制服を手に取った。
パジャマから制服に着替えて、ベッドの上を見る。
シーツが上下していて、その中にいる桃子が寝ていることがわかった。
朝食をどうするのかと桃子に聞いてみたものの、よく考えてみると家族と食べる食事の場所へ桃子を連れて行くわけにはいかない。
起こすよりこのまま寝ていてくれた方がいいのかもしれないと考え直して、雅は桃子を置いて部屋を出た。
階段をとんとんとんと降りる。
母親に挨拶をしてテーブルにつく。
いつもより素早く食べて、食べ終わると同時に雅は自室へと戻った。
- 91 名前:優しさはトラブルの始まり − 5 − 投稿日:2008/04/22(火) 01:12
- 雅が自室のドアを開けてベッドを見れば、そこにあるのは部屋から出る前と同じ形をしたシーツの塊。
うさぎというものが寝起きの悪い動物なのかは知らないが、桃子は確実に寝起きが悪いうさぎと言えると雅は思った。
雅はベッドに腰を下ろすと桃子に声をかけた。
「起きないの?」
「うん」
間を置くことなく寝ぼけた声で返事が返ってくる。
起きてこない方が幸せかもしれない。
雅はそんなことを思ったが、このままの姿で桃子をここへ置いておくわけにはいかなかった。
家族が雅の部屋へ黙って入ることは滅多にないが、万が一ということがある。
万が一というよりはどちらかというと嫌な予感がした。
過去を振り返れば、雅が黙って生き物を連れ帰ったりして、見つかっては困る物が部屋にある時に限って家族の誰かが雅の部屋に入ってくるのだ。
そしてそれが見つかって何度か両親に怒られた記憶がある。
だから、桃子をこのまま眠らせておくわけにはいかないだろう。
- 92 名前:優しさはトラブルの始まり − 5 − 投稿日:2008/04/22(火) 01:14
- 今まで動物が見つかったことは何度かあるが、さすがに家族に黙って人間を部屋に置いておいたことはない。
もしも、人間の姿をした桃子が見つかったら。
雅には家族に桃子が見つかった場合どうなるのか想像が付かない。
とりあえず桃子を起こして、この状態をどうにかするしかなさそうだった。
もちろんどうにかと言っても答えは一つなのだが、雅はその方法を考えるとそれを選びたいとは思えない。
かといってこのまま黙って桃子を見つめていても何も解決しないどころか学校に遅刻する。
「いい加減起きて。早くしないと学校遅刻する」
「んー、ももはぁ。……学校、ないしぃ」
「ももはなくてもうちにはあるの!」
「いってらっしゃい」
シーツの中から桃子の腕が出てきて、雅に向かってひらひらと手を振った。
その様子に雅は桃子がくるまっているシーツを剥ぎ取ろうとするが、桃子がシーツを掴んで離さないものだから状況は変わらない。
雅はシーツを剥ぎ取ることを諦めて桃子の頭を揺らしてみる。
- 93 名前:優しさはトラブルの始まり − 5 − 投稿日:2008/04/22(火) 01:16
- 「ももが起きないとうち、学校行けないんだから。こら、起きろ!」
がくがくとシーツごと桃子の頭を揺らすと、桃子が渋々といった様子でシーツの中から這いだしてきた。
桃子が目をごしごしと擦ってから、ふあっと口に手をあてて欠伸をする。
そして二度目の欠伸を噛み殺しながら言った。
「ねむーい」
「眠くても起きる!」
桃子の肩を掴んで身体を窓の方へ向けてやる。
朝日から逃げるように桃子が顔を背けた。
「おはよ」
「はい、おはよう」
雅が朝の挨拶に返事を返すと桃子が頭を肩に乗せてきた。
乗せられた頭を手で押し返すと、雅は桃子の顔を上げさせる。
- 94 名前:優しさはトラブルの始まり − 5 − 投稿日:2008/04/22(火) 01:17
- 「で、早速だけどもも。うさぎに戻って」
人間を部屋に置いておくことは出来ないが、うさぎなら問題ない。
母親にはうさぎを飼うと告げてあるのだから、ケージに入れて部屋の隅にでも置いておけば誰も文句を言わないだろう。
そしてそのままずっとうさぎの姿でいてくれるのなら言うことはない。
というよりも、人間の姿になってもらっては困る。
雅は今回桃子をうさぎに戻したら、今後一切人間の姿にするつもりはなかった。
うさぎのままでいてくれたら餌の心配もいらない。
家族に文句を言われることもない。
変身トリガーについて考える必要もない。
桃子が本来の姿であるうさぎでいてくれるのならば、雅は余計なことを考えずにうさぎを飼うことが出来るのだ。
新しい飼い主を捜そうと考えていたがそれも必要もないだろう。
雅はうさぎを飼いたいのだ。
人間を飼いたいわけではない。
うさぎだから拾ってきた。
人間にならずにうさぎのままでいてくれるならそれでいい。
- 95 名前:優しさはトラブルの始まり − 5 − 投稿日:2008/04/22(火) 01:19
- 「んー、うさぎに戻るの?」
「そう!うさぎに戻って」
「なんで?」
「お母さんにももが見つかったらどーすんの」
雅はとんっとベッドから降りて立ち上がる。
膝を抱えて座っている桃子の額をぐりぐりと人差し指で押すと桃子が顔を顰めた。
「お母さんにうさぎ飼うって言ったけど、人間飼うなんて言ってないよ、うち。大体、人間飼うとかおかしいじゃん。だからもしバレたら、たぶんもものこと飼えなくなる」
「それ、困る」
「じゃ、うさぎに戻って」
「じゃ、キスして」
桃子が抱えた膝の上に顎を乗せたまま言った。
それは予想通りの言葉だったが、雅は「うん」と言うことが出来ない。
しばらく考えてから雅が口にした言葉は昨日の夜と変わらないものだった。
- 96 名前:優しさはトラブルの始まり − 5 − 投稿日:2008/04/22(火) 01:20
- 「やだ」
雅は床にペタンと座り込んで、恨みがましい目で桃子を見る。
だが、桃子もその答えを予想していたのか涼しい顔をしたまま、雅を気にする様子はなかった。
ベッドの上から桃子が雅に問いかける。
「じゃあ、ももはどーやってうさぎに戻ればいいの?」
「そんなの気合いとか努力とか、そういうので何とかしてよ」
「無理。キスじゃないとうさぎに戻れない」
「キスとか!そんなのしない。普通、しないもん。好きな人とするんだよ、そういうのはっ!」
「もも、みーやんのこと好きだよ?」
雅は桃子の理解力に今さらながら驚く。
そして好きだという言葉を口にしたことにもびっくりした。
考えてみると、昨日の夜から桃子は雅の言っていることをよく理解している。
どんなうさぎも桃子のように日本語を理解するのか、それとも桃子だけが特別なのかはわからない。
その辺りのことを詳しく桃子に聞いてみたいと思ったが、今はその時間がなさそうだった。
時計の針はそろそろ家を出るべき時間を指そうとしていた。
- 97 名前:優しさはトラブルの始まり − 5 − 投稿日:2008/04/22(火) 01:22
- 「そういう好きじゃないんだって」
「どんな好きも一緒だよ」
「違うの!だから、だめ!絶対だめ!」
時間がないとはいえ、雅には簡単にキスなど出来そうもなかった。
頭では桃子をうさぎに戻す為にはキスが必要だとわかっているのだが、それを行動に移せない。
「口をくっつけるだけなのに。何がそんなに嫌なの?」
動こうとしない雅に桃子が呆れたように言った。
だが、雅は縋るように桃子を見ることしか出来ない。
「みーやん、このままじゃ学校に遅刻するよ」
「でも、だって!」
「でも」や「だって」では問題が解決しないことはわかっている。
わかっているが出来ないものは仕方がないのだ。
そしてこのままでは本当に遅刻する。
遅刻をすれば、「ブレザーを忘れた夏焼さん」に「遅刻をした」という言葉が加わるに違いなかった。
- 98 名前:優しさはトラブルの始まり − 5 − 投稿日:2008/04/22(火) 01:25
- 雅は桃子をじっと見る。
膝立ちになって桃子に近づいてみる。
息を吸って雅が桃子に顔を近づけると、桃子が少し雅に顔を寄せてきた。
お互いが微妙に近づいてから、雅は「はあああ」と息を吐き出してベッドの上に突っ伏した。
「もう、人間って面倒だなあ」
仕方がないといった口調でそう言うと桃子が雅の背中を叩いた。
ぽんぽんと叩かれて、雅が顔を上げると桃子が軽く笑った。
「気になるなら目、閉じてて」
「なにすんのっ」
「もちろんキス」
「あっ」とか「えっ」という言葉を発する間もなく、桃子の顔が近づいてくる。
雅は避けることも出来ず、というよりも避けるわけにもいかず目を力一杯閉じた。
唇に何かが触れる。
その感触については考えたくなかったが嫌でも意識してしまう。
桃子の唇の柔らかさに雅の心臓がどくんと鳴った後、『ぽんっ』という音が聞こえた。
目を開けて、頬を触ってみる。
いつもより熱を持っている気がした。
雅は頬の熱を冷ますそうと、両手で頬を何度か叩いてからベッドの上を見た。
するとそこには真っ白なうさぎがいた。
- 99 名前:優しさはトラブルの始まり − 5 − 投稿日:2008/04/22(火) 01:26
- 「あ、本当にうさぎに戻った」
ベッドの上にちょこんと白うさぎが座っていた。
雅は唇を手の甲でごしごしと擦ってから桃子を抱き上げる。
「うさぎだと可愛いんだけどなあ」
しみじみと呟いてから雅はうさぎの頭を撫でた。
耳がぴょこんと動いて、気持ち良さそうにうさぎが雅の手に擦り寄ってくる。
何度かふわふわとした毛の触り心地を確かめるように撫でてから、雅はケージの中に桃子を入れた。
ケージの中で桃子がぴょんと跳ねて雅の方へ寄ってくる。
そして桃子が何かを催促するようにケージをガジガジと齧った。
それを見て雅は大事なことを思い出す。
「ごめん、朝ご飯忘れてた。ここ、置いておくからね」
ペットフードを餌皿に開けてケージの中に入れる。
一緒に牧草も入れておく。
- 100 名前:優しさはトラブルの始まり − 5 − 投稿日:2008/04/22(火) 01:28
- 「もも、うちが帰ってくるまで静かにしてるんだよ」
ケージの隙間から指を入れて桃子の頬を突く。
すると雅の言葉に抗議でもしているのか、桃子に前足でぺしっと指を叩かれた。
しゃべらないと何を考えているのかわからないな。
まるでしゃべって欲しいと思っているような自分の考えに雅は頭はぶんっと振った。
うさぎはしゃべらない。
考えていることがわからないのが普通なのだ。
この異常な状況に慣れてしまいそうな自分を戒めるように雅はネクタイをぎゅっと締め直した。
もう桃子を人間に戻すまい。
そう誓って雅は部屋を飛び出した。
- 101 名前:Z 投稿日:2008/04/22(火) 01:28
-
- 102 名前:Z 投稿日:2008/04/22(火) 01:28
- 本日の更新終了です。
- 103 名前:Z 投稿日:2008/04/22(火) 01:31
- >>84さん
可愛さを維持出来るようにがんばりますw
>>85さん
生きてーw
死なない程度にハラハラ萌え萌えして頂ければと思いますw
>>86さん
こちらは明るく楽しいお話を目指しています(`・ω・´)
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/22(火) 22:06
- 朝弱い桃子萌えー(*´Д`)
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/23(水) 00:25
- みや良いなぁ欲しい…
でも○○したら●●●になるから
みやが好きになっても○○出来ないのかぁ
- 106 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/04/27(日) 23:40
-
優しさはトラブルの始まり − 6 −
- 107 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/27(日) 23:42
- たった一週間。
たった一週間でこの疲労だ。
「あー、帰りたくなーい」
放課後の教室、雅は机に突っ伏した。
「寄り道でもしてく?」
隣の机から声が聞こえて、雅は机の上から顔だけを器用に上げる。
雅が顔だけ動かして隣を見ると、隣の机の上には千奈美が座っていた。
「寄り道したって、結局家には帰らないとだめじゃん」
「じゃあ、みやだけ学校に泊まるとか」
「夜の学校なんて怖いしやだ」
「わー、みやって怖がりなんだ」
「怖がりってわけじゃないけど。って、ちぃはどうなのさ。ちぃは」
「あたし、平気だしー」
- 108 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/27(日) 23:44
- 千奈美が腰に両手を当てて「えっへん」と偉そうに言った。
雅には今の言葉が嘘か本当かわからないが、千奈美にわけのわからない自信があることだけは確かなようだった。
第一印象通りの口が達者なお調子者。
それが雅にとっての千奈美だ。
雅が千奈美と親しくなってから、千奈美はいつもこんな調子なのだ。
桃子を拾った翌日、雅は遅刻ぎりぎりの時間に教室へ飛び込んだ。
慌てて席について後ろを見ると、前日散々雅をからかった千奈美の姿がなかった。
どうしたのだろうと首を捻っていると、「間に合った!」という大きな声とともに千奈美が教室に駆け込んできた。
はあはあと浅い呼吸を繰り返しながら席についた千奈美に、前日の仕返しのつもりで雅は「遅刻ぎりぎりの徳永さん、おはよう」と告げた。
だが、千奈美はそれを気にすることもなく、「自転車をぶっ飛ばして学校に来た夏焼さんにそんなこと言われたくないもんねー」と言い放った。
その後、担任が教室に来るまでの間、二人は言い争いを続けることになったのだが、喧嘩ともじゃれ合いとも言えないようなそのやり取りのおかげで、雅にとって千奈美がクラスで一番最初の友達となった。
- 109 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/27(日) 23:46
- 「ほんとに帰らないつもり?」
にやにやと笑いながら千奈美が雅を覗き込んでくる。
雅が千奈美を見ると、その顔は「どうせ帰るくせに」と言いたげだった。
千奈美が思っている通りの答えを口にするのも癪に障ると思ったが、嘘を答えても仕方がないので雅は渋々と実際するであろう行動を千奈美に告げた。
「……帰るけどさー」
「そんなに帰りたくないなんて、さては何かあったな。あっ、わかった!親とケンカでしょ?」
「そうじゃなくて。ちょっと、ペットがね」
疲労の原因。
それがどこにあるのかは考えるまでもなくわかりきっている。
疲労の原因は今頃、ケージの中で不満そうにしているであろう桃子だ。
桃子を拾った日から一週間。
雅は思っていたよりもハードな生活を送っていた。
- 110 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/27(日) 23:50
- 「えー、ペット?なに飼ってるの?あたしはね、犬!犬飼ってんの」
「いいなー、犬。うちも犬とかのほうがよかったな」
「犬いいよ、すっごく可愛いし!」
「うちはさー、うさぎ飼ってるんだけど。これがねえ」
「へー!可愛いじゃん、うさぎ。見たい!携帯の待ち受けとかにしてないの?」
「いや、待ち受けとかそんなのは」
雅はペットの話にテンションが上がった千奈美に肩を揺すられ、携帯の待ち受け画面を見せるように催促される。
ペットを飼っている人の多くがするように雅の携帯の中にも桃子の画像がある。
待ち受けにこそしていないが、うさぎの姿をした桃子の画像を携帯の中に何枚か収めていた。
画像があるのに待ち受けに設定しないのには理由がある。
雅が桃子の画像を待ち受け画面に設定していないのは、一週間という時を過ごしていく間にうさぎの桃子と人間の桃子が雅の中で繋がりつつあったからだ。
飼い始めの数日は、うさぎの桃子と人間の桃子は別の存在として頭の中にあった。
元を辿れば同じものだとわかっていてもそうは思えなかったのだ。
だが、何度も変身する桃子を見ているうちに二つの存在が同じものだと雅の脳が認識し始めた。
だから雅は、千奈美にうさぎの画像を見せてもどうということはないと思いながらも、人間の姿をした桃子が頭の中にちらついてうさぎの画像を見せることが出来ない。
後ろめたいことをしているわけではないと思っても、桃子が変身するために必要なものを考えると、自分がとてもいけないことをしているような気がしてくるのだ。
- 111 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/27(日) 23:52
- 雅が桃子のことを思い出して携帯を見せることを渋っていると、千奈美が待ちきれないといった様子で鞄の中から自分の携帯を取りだし雅に手渡してきた。
渡された二つ折りの携帯を開くと、雅の目に千奈美が飼っているというプードルの画像が飛び込んでくる。
「ね、可愛いでしょ!」
「あー、いいなー。うちも犬飼いたい」
「みやも飼えばいいじゃん!そうだ、今度うちに犬、見においでよ」
「行きたい!」
「でさ、今度、みやの家に遊びに行くからうさぎ見せて。うさぎ!」
「え、うさぎ?」
「うさぎ飼ってるんでしょ?」
「うーん、まあ、飼ってるんだけど。うん、そうだね。……いいよ。そのうち遊びに来て」
歯切れの悪い雅を千奈美が不思議そうな顔で見る。
雅は椅子から立ち上がると千奈美の腕を取った。
「ペットの話はまた今度にしてさ、もう帰ろ!」
「帰りたくないんじゃなかったの?」
「帰りたくなくても帰らないわけにいかないし」
- 112 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/27(日) 23:55
- 雅は誤魔化すように笑うと、千奈美を引きずるようにして歩き出す。
千奈美が後ろから「痛いよー!」と騒ぎながらついてくるものだから騒がしいことこの上なかったが、大半の生徒が下校した人気の少ない校内ではそれほど気にする必要もなかった。
それに、教室内でも外でも千奈美が静かにしていることは滅多になかったから、雅は千奈美の騒がしさが気にならない。
雅は騒ぎながら後を付いてくる千奈美と廊下を歩きながら、家にいるうさぎのことを考える。
千奈美が遊びに来るのはいい。
しかし、桃子を見せるのは気が進まなかった。
雅の中でうさぎの桃子と人間の桃子が繋がりつつある理由。
それが、千奈美にうさぎを見せることを躊躇わせる。
学校に遅刻しかけたあの日。
雅は桃子を人間に戻さないと決めた。
桃子にはうさぎのまま過ごしてもらうつもりだった。
だが、雅の思惑などお構いなしに勝手にうさぎが人間に戻るのだ。
勝手と言っても念じたり気合いでうさぎから人間に戻るわけではない。
桃子が雅の承諾なくキスをしてくるのだ。
ようするに、雅の隙をついてキスをしてくる。
うさぎの桃子を抱きかかえている時に隙を見せようものなら、すぐに飛びついてくる。
全く油断も隙もあったものじゃないのだ。
そして、桃子がうさぎから人間に変身すれば、当然桃子をうさぎに戻す必要が出てくる。
桃子を人間のまま部屋に残して学校へ行くわけにはいかないのだから仕方がないのだが、人間の桃子をうさぎに戻す為にはキスをしなければならない。
- 113 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/27(日) 23:58
- 桃子を飼い始めて一週間。
そのうちの何日かは桃子とキスをしてから学校へ向かうことになった。
いってらっしゃいと微笑む桃子にキスをされる。
それはまるでドラマでよくある新婚家庭のような状態だった。
そんなものはこの先何年後かの未来でいい。
高校生になったばかりの今、新婚家庭のような状態になるなどふざけるなと大声で言いたい気分だ。
そして雅は相変わらずキスに慣れることが出来ない。
かといって、慣れたいわけでもない。
じゃあ、どうすれば良いのかと言えば、桃子がうさぎから人間になることを阻止するしかなかった。
となると、ケージを開けた瞬間に中から飛び出てくる桃子を捕まえたり、桃子から逃げたり、そんなことをしなければならない。
雅はこの一週間そんなことを続けていた。
桃子と暮らす生活が思ったよりもハードになったのは、こういった桃子の行動のせいと言えた。
桃子が大人しくしていてくれるのなら、雅は家へ帰りたくないと思う必要もないし、千奈美にうさぎを見せることを躊躇う必要もない。
もしも千奈美が部屋に来ている時にうさぎの桃子にキスをされたら。
ありえないことではないと思えるから、雅は千奈美に桃子を見せたいと思えないのだ。
- 114 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/28(月) 00:00
- 「……ばかうさぎ」
「うさぎ、ばかなの?」
「あ、えっと。何でもない」
桃子のことを考えていたせいか、雅は思わず頭の中にあった言葉が口に出た。
千奈美にもその言葉が聞こえたのか、問い返された。
雅は曖昧に答えてから、廊下を曲がり昇降口へと出る。
そして下駄箱から靴を出し、まだ新しいローファーを履く。
千奈美がつま先で床を叩く音が聞こえた。
靴を履いて千奈美と一緒に自転車置き場へと向かう。
いつも止めてある場所から自転車を引っ張り出してカゴに鞄を突っ込むと、徒歩通学の千奈美が同じように雅の自転車のカゴへ鞄を突っ込んだ。
自転車を引いて校門が見える場所まで歩くと、門の横に高校の制服とは違う制服を着た背の高い女の子が立っていた。
雅の隣にいる千奈美も背が高いが、その女の子は遠目から見ても千奈美よりも背が高いとわかった。
女の子のスタイルはモデルのようで、門に寄りかかる姿が様になっていた。
伸ばしかけだという千奈美の髪とは違う長い髪。
それがその女の子によく似合っている。
雅はその女の子の姿に千奈美の一つ年下である友達のことを思い出す。
千奈美の自慢の友達らしく、雅との会話の中で何度となく登場していた。
- 115 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/28(月) 00:02
- 「ねえ、ちぃ。もしかして、あれが熊井ちゃんって子?」
「え?熊井ちゃん?……ほんとだ!熊井ちゃんがいる」
雅は門とは違う方向を見ている千奈美の肩を叩いてから、背の高い女の子を指差した。
千奈美が確認するように門の横に立っている女の子を見て、大声を上げた。
「なんか、目立つ子だね。足長いし、すっごいカッコイイじゃん」
「うん」
頷くと同時に千奈美が走り出す。
雅も小走りになって千奈美の後を追った。
「ちぃ!」
バタバタと音を立てて走ったせいか、門に寄りかかり下を向いていた女の子が顔を上げて、千奈美の愛称を口にしてからにっこりと笑った。
だが、何故か笑いかけられた千奈美が不機嫌そうに言った。
- 116 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/28(月) 00:04
- 「どうしたの、熊井ちゃん」
「近くまで来たから待ってたんだ」
「先にあたし帰ってたらどうするつもりだったの?メールとかしてくれたらいいのに」
「だって、突然来た方が驚くでしょ」
「そりゃ、驚いたけど」
すれ違いになったら困る。
そんなことを考えもせずに突然現れた友達に千奈美が、ここで会えなかったらどうするつもりなのだとぶつぶつと文句を言う。
しかし、言われた相手は「会えなかったら電話すればいいじゃん」と至って楽天的に返事を返して笑っていた。
その様子に千奈美が「もうー!」と口を尖らせてから、雅の方を向いた。
「あ、熊井ちゃん。……じゃーん!この人がこの前話した夏焼雅さんでーす!」
「あー、この前言ってた?」
「そうそう」
両手を広げてかなりのオーバーアクションで千奈美が雅を紹介し始める。
雅は千奈美の紹介があまりに大げさすぎて、どう自己紹介すればいいのかと考えてから何事もなかったかのように頭を下げた。
すると、それに合わせて「あたしは熊井友理奈です」と熊井ちゃんと千奈美に呼ばれている女の子が頭を下げた。
- 117 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/28(月) 00:06
- 「ちぃが言ってた通り、夏焼さん綺麗だねー」
「でしょ!」
「うん、ほんと綺麗」
千奈美と友理奈の間で過去にどんな会話があったのかはわからないが、「綺麗」という単語を何度も口にされ、雅は慌てて頭を横に振る。
そして友理奈に「熊井さんの方が綺麗だし、カッコイイよ」と告げた。
しかし、雅のその言葉に返ってきた返事は「いやいや、夏焼さんのほうこそ」というもので、その結果、雅と友理奈は「綺麗」という単語を互いに押しつけ合うことになった。
「……熊井ちゃん」
何度かそんなやり取りを繰り返していると、雅の隣からじめっとした声が聞こえてきた。
雅が千奈美を見ると恨みがましい目で友理奈の方を見ている。
「あ、ちぃも可愛いよ!うん、すごく可愛い」
「もー!なにー!そのオマケみたいな言い方!」
「オマケじゃないって。ほんとだって!」
「全然、ほんとっぽくないよ!」
- 118 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/28(月) 00:07
- ぶすっとふくれた千奈美の機嫌を取るように友理奈が話しかける。
これが二人のいつものやり取りなのか、どうするべきかと千奈美と友理奈を見つめる雅をよそに二人は言い争いのようなものを続けていた。
しばらくそんな状態が続いて、どこかから「ぐう」という音が聞こえた。
雅は千奈美を見る。
友理奈も千奈美を見る。
二人から見られた千奈美はというと、お腹を押さえて情けない声を出した。
「……お腹、空いたみたい」
つい先程まで怒っていたとは思えない千奈美の姿に雅と友理奈は笑い出す。
そんな二人に千奈美が不満そうに地面を蹴飛ばしてから言った。
「熊井ちゃん、寄り道して帰ろうよ。寄り道!なんか食べていこっ」
「いいよ。あたしもお腹空いたし」
「あっ、みやも一緒に行こうよ!熊井ちゃんいいよね?」
「もちろん!夏焼さんもなんか食べにいこうよ」
- 119 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/28(月) 00:10
- 二人から誘われて、雅はお腹に手を当ててみる。
千奈美のようにぐうと音が鳴ることはなさそうだが、何かを食べたい気分ではあった。
隣で何を食べるかで盛り上がっている二人の会話を聞いていると、一緒に行こうかという気持ちが強くなってくる。
雅は千奈美に「一緒に行く」と答えかけて、ふと頭の中に桃子の姿が浮かんだ。
千奈美の「ぐう」と鳴ったお腹にあることを思い出す。
そういえば桃子に餌をやっていないような気がする。
今朝、ばたばたとしていて餌をやったのかどうか覚えていない。
だが、たとえ一日二回の餌やりを忘れても、あの生意気なうさぎがそう簡単に倒れたりするわけがないと思う。
けれど、餌をやり忘れたかもしれないことに気がつきながら寄り道をするのはさすがに不味いのではないか。
あの変なうさぎがどうなろうと関係ない。
そんな思いが一瞬よぎる。
けれど拾ってきた以上、雅には桃子の面倒をみる責任がある。
いくら桃子が人間に変身出来るとはいえ、置いてきたうさぎの姿のままでは餌を箱から取り出すことも出来ないし、勝手に何かを食べるわけにもいかないだろう。
今頃、千奈美のようにお腹を空かしているかもしれない、そう思うと寄り道をして帰ることは良くないことに思える。
- 120 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/28(月) 00:12
- 「ごめん!うち、今日は家に帰る。うさぎに餌やるの忘れてたから」
雅はカゴから千奈美の鞄を掴み取ると千奈美の手に押しつける。
挨拶もそこそこに自転車に跨ってペダルを漕ぐ。
あの口の減らないうさぎのことを心配してやる必要なんてない。
雅を異常に疲れさせる存在。
気にかけることも億劫なはずなのに、何故か気にせずにはいられない。
雅の些細な願いすら叶えようとしない桃子のことなどどうでもいいはずなのに、ペダルを漕ぐ足に力が入る。
うさぎのままでいて欲しい。
そんな雅の小さな願い。
拾ってきた時と同じ姿でいてくれたら話は簡単なのだ。
それなのに、どうしてそんなに人間の姿になりたがるのかは知らないが、桃子は人間の姿でいることを好む。
家に帰れば、きっとまた桃子は喜々として人間に戻ろうとするだろう。
大して広くもない部屋に二人。
狭苦しいし、夜もベッドの中に入り込んでくるから窮屈だ。
- 121 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/04/28(月) 00:12
- 家に帰りたくない。
でも、早く帰って桃子の様子を見なければと思う。
自転車のスピードを落とさずに角を曲がる。
雅は、桃子がうさぎのままでいてくれるのならばこのまま自分で桃子を飼おうと考えていた。
けれど、最近の疲労を考えると新しい飼い主を探した方が良いような気もする。
だが、どうするか迷うよりも先に今はすることがある。
とりあえず餌。
雅は自転車のスピードを上げた。
- 122 名前:Z 投稿日:2008/04/28(月) 00:13
-
- 123 名前:Z 投稿日:2008/04/28(月) 00:13
- 本日の更新終了です。
- 124 名前:Z 投稿日:2008/04/28(月) 00:15
- >>104さん
人間よりもお寝坊さんなうさぎさんです(*´▽`*)
>>105さん
その辺りのことは今後明らかに、……なるかもしれませんw
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 23:26
- 今回は非日常の中の日常の一コマ、って感じですね
穏やかな世界観で癒されます
雅ちゃんは平和じゃなさそうだけどw
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/03(土) 00:28
- これ読んだ後
料理対決で桃子をほっとけない雅ちゃんに(^ω^)
- 127 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 03:30
- 「ただいまー!」
玄関で叫ぶように言うが早いか雅は階段を駆け上がる。
自室に入ると鞄をベッドの上に放り投げ、部屋の隅に置いてあるケージの中を覗き込む。
「あれ?」
机の横、部屋の隅におかれているはずのケージはもぬけのからどころかケージ自体がない。
買い置きのペットフードが置いてある場所を見ると、今朝確かに置いてあったはずのペットフードも消えていた。
もしかして別の場所に置いたのかもしれないと思い部屋の中をぐるりと一周してみる。
だが、雅の部屋にはケージもペットフードもなければ桃子もいなかった。
首を傾げてから、部屋を出る。
トントントンと音を立てて階段を降りて、リビングを覗く。
しかし、そこには雅が探している人物はいなかった。
リビングを通りキッチンへ向かう。
「お母さーん」
キッチンの中を覗き込みながら、雅が声をかけると探していた人物から返事が返ってきた。
「おかえり」
「ただいま。あのさ、お母さん。うさぎ知らない?」
母親の背後に立って、雅は桃子のことを聞いてみる。
部屋の中にいない桃子の行方を知っていそうな人物。
それは今、会話をしている母親以外に思いつかない。
- 128 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 03:32
- 「うさぎって、部屋にいたあのうさぎ?それならあげちゃったわよ」
振り返りもしない母親から、どうでもいいと言わんばかりの答えが返ってきた。
雅は大声を上げる。
「な、なんでっ!?」
「だって、あんたどうせ世話しないでしょ?」
思い当たることならいくつもあった。
過去に拾ってきた動物。
その中で世話係が雅から母親に移ったものがいくつかある。
それを考えると「世話をしない」と言われても仕方がない気がした。
けれど、今はそんなことで引くわけにはいかない。
そもそも、世話を放棄するつもりもない。
何せ、あのうさぎは人間になって小うるさくああだこうだと文句を付けてくるのだ。
母親に世話を任せるなどとんでも無いことだった。
それに断りもなくうさぎを誰かに渡してしまう行為を許すわけにはいかない。
「大体、お母さんはうさぎ飼っていいなんて言ってないからね」
「そんなあー!うさぎ飼うってちゃんと報告したじゃん」
「報告は受けたけど、良いって言った?」
「言ってない、かも」
- 129 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 03:36
- 自信なげに答えてから、雅はうさぎを拾った日のことを思い返してみる。
あの日、母親にうさぎを飼うと確かに告げた。
しかし、よく考えてみると承諾は得ていない。
雅は「飼って良い」という言葉を聞く前に自室へ戻ってしまっていた。
「でしょ。お母さん、動物の世話係はもうやらないわよ」
「ほら、それは昔のことで。……今はちゃんと自分でやってるし、これからもやる」
「今までもそんなこと言って、犬やら猫やらいっぱい拾ってきたでしょ。最近だとほら、やどかりとか。結局、最後に世話したのは誰?」
「お母さん、かな。で、でもさ、今度はちゃんとうちが世話するから!」
「本当に?」
「ほんと、ほんと!絶対やる!」
首をがくんがくんと縦に振って母親に答える。
思いっきり頭を振りすぎてくらっとするぐらいだ。
だが、そこで雅は気がつく。
そう言えば桃子の新しい飼い主を捜そうと思っていたところだった。
- 130 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 03:39
- 探す前に誰かのもとに行ってしまったから、思わず母親にうさぎの面倒を見ると宣言してしまったが、よく考えるとこれは雅が考えていたよりも良い結果なのではないかと思う。
平穏な生活。
よく考えなくとも、それが手にはいるのだ。
飼い主を捜す手間が省けて、広いとは言えないが快適な空間である自室とベッドが戻ってくる。
このまま桃子は新しい飼い主のもとで幸せに暮らすし、雅もいつも通りの生活が出来る。
誰にとっても良い結果かもしれない。
罪悪感に責められることなく桃子を手放せる。
頼る人が雅しかいないと桃子は言った。
けれど、飼ってくれる人が他に見つかったのならその人物を頼ればいいのだ。
飼い主が遠くに行ってしまったと悲しそうな目をしていたが、きっとすぐに昔の飼い主など忘れる。
でも、もしも新しい飼い主と上手くいかなかったら。
人間になるうさぎなど嫌だと言って、雅がしたように家から追い出そうとしたら。
桃子はまたあんな沈んだ顔をするのだろうか。
昔の飼い主を思い出して泣き出しそうな顔を見せるのだろうか。
雅の胸の奥が針で刺されたかのようにちくりと痛む。
思ったよりも早く新しい飼い主が見つかってほっとすべきなのに、雅は思わず口を滑らせる。
滑ったと思いたかった。
気がつけば雅はこの胸の痛みは何なのだと自分自身に問いかける前に母親に尋ねていた。
- 131 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 03:42
- 「お母さん、うさぎ誰にあげたの?」
「愛理ちゃん」
「え、愛理?愛理っ!?」
「そう。あんたの従姉妹、愛理ちゃん。さっき愛理ちゃんがうちに来ててね。うさぎ欲しいって聞いたら欲しいって言ったからあげたわよ」
鈴木愛理。
聞き慣れたその名前を持つ人物が二つ年下の従姉妹だということはよく知っている。
だが、今更言われなくてもよくわかっている、と母親に反論する前に思わず声が出た。
「ええええっ、なんで!」
「雅が世話しそうにないから」
子供の世界は理不尽だ。
いつだって親が勝手に物事を決めてしまう。
昔からそうだ。
どれだけ雅が世話をすると言っても、動物を拾ってくれば怒られたり、雅の知らないうちにその動物を誰かに渡してしまうことがあった。
もちろん世話を放棄する雅が悪いのだが、勝手にどこかの誰かに渡してしまうのは酷いと思っていた。
大体、今は小さな子供とは違うのだ。
きちんと動物の世話ぐらい自分で出来る。
- 132 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 03:44
- 「家近いし、すぐに会いに行けるでしょ。気になるならいつでも遊びに行けばいいじゃない」
「そうだけど、でも……。お母さん、うち、うさぎ返してもらってくる!でさ、返してもらえたら、そしたら飼ってもいい?」
雅はエプロンを掴んで母親に頼み込む。
少し考えてから、仕方がないといった口調で母親が言った。
「雅が世話するならね」
「絶対する!」
「絶対よ?」
「まかせて!」
どん、と胸を叩くとけほっと咳が出た。
そんな雅を見て母親が笑った。
雅はキッチンを飛び出す。
靴を履いて自転車に飛び乗る。
雅の家から愛理の家は確かに近い。
自転車をとばせば約十分。
ついさっき自転車を飛ばして帰ってきたばかりなのに。
恨みがましくそんなことを思いながら雅はペダルを漕ぐ。
坂道をどんどん登る。
さすがに坂道は辛くて、はあはあと息が漏れる。
- 133 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 03:46
- うさぎは厄介者でろくなことをしない。
断りもなく雅にキスをして人間に戻り部屋をうろつくものだから部屋が狭く感じる。
愛理にあげてしまえばせいせいするはずだ。
飼うと決めたはずなのに、坂道が続いて呼吸が苦しいせいか桃子を飼おうと決めた意志が揺らぐ。
雅は一度大きく息を吸い込んで、二度に分けてそれを吐き出す。
拾ってきたのは雅だ。
人間の姿になるのはどうかと思うが、うさぎの姿を可愛いと思ったのは事実。
そして誰か新しい飼い主を見つけて桃子を押しつけようと思ったのも事実。
やはりどうしようかと迷う。
もしかすると人間に変身するうさぎという変わった生物はどこかに連れて行けば高く売れるかもしれない、などということまで脳裏に浮かぶ。
だが、飼ってやると雅が桃子に言ったのだ。
それに母親に何でもすぐに投げ出すと思われたままでいるのは癪に障る。
桃子の沈んだ声が頭から離れない。
雅はペダルを漕ぐ。
脳裏に浮かんだ、売り払えば高く売れそう、という想像を振り払って。
平穏な生活をどこかに投げ捨てて。
雅はペダルを漕ぎ続ける。
- 134 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 03:49
- 坂道は終わりを告げて、平坦な道へと変わる。
そこから三分間休みなくペダルを漕ぐと愛理の家の前へと着いた。
カシャンとスタンドを立てる。
息を軽く整えてからインターホンを押すと愛理の母親の声が聞こえた。
「みや、どうしたの?」
インターホン越しに母親と話すとすぐに玄関の扉が開いて愛理が顔を出した。
さすがに玄関に立つ愛理の腕の中に桃子はいない。
「あのさ、うさぎ。うちのお母さんからうさぎもらわなかった?」
「あ、あのうさぎなら部屋にいるよ。すっごく可愛いから気に入っちゃった」
「愛理、部屋行ってもいい?」
「いいよ」
「ありがと」
雅は靴を脱いで「お邪魔します」と頭を下げながら愛理の後に続く。
てくてくと長めの廊下を歩いて、愛理の部屋へと入る。
「うさちゃん、おいで」
雅が愛理の部屋に入ると、クッションの上に桃子が座っていた。
愛理が桃子に「うさちゃん」と呼びかけると、桃子がぴょんと跳ねてクッションから飛び降りた。
跳ねてこちらに向かってくる桃子を愛理が抱き上げる。
- 135 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 03:51
- 「うさぎに名前つけたの?」
「んーとね、……みっていうの」
「み?」
小さな声でぼそぼそと呟いた愛理の頬が染まる。
雅には愛理が赤くなる理由もわからなければ、何という名前を付けたのかも良く聞き取れなかった。
「……まいみ」
「人間みたい」
「そうかな」
白いうさぎを抱きかかえながら、愛理が目を細めて嬉しそうににへらと笑った。
そういう笑い方をする時というのは、愛理が本当に喜んでいたり嬉しいときだと雅は知っている。
だから、雅はこの家に来た理由を愛理に言い出しにくくなる。
あるのかないのかわからないような細い目をして桃子を撫でる愛理に声をかけようとして口ごもる。
それを何回か繰り返してから、雅は意を決して小さな声で愛理に言った。
- 136 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 03:53
- 「それ。……返して、って言ったらだめかな?」
「え?」
「そのうさぎさ、うちのなの。お母さん、勝手に愛理にあげちゃったんだ。だから、返して欲しくて」
「そっかあ」
「ごめん。ほんとごめん」
雅はぺこりと愛理に頭を下げる。
けれど、愛理からは返事がない。
雅が頭を上げて愛理を見ると、困ったように眉根を寄せていた。
桃子を撫でてうーんと愛理が唸る。
そして雅をちらりと見た。
「……やっぱ、だめ?」
きっと今、自分は愛理と同じぐらい困った顔をしているに違いないと雅は思った。
母親が勝手にあげてしまったとはいえ、愛理から桃子を取り上げるのは躊躇われる。
だが、このまま愛理の家に桃子を置いていくつもりにもなれない。
愛理は桃子を手放したくないのか、ぎゅっと抱きしめたまま動かない。
雅は愛理の腕の中に収まっている桃子に手を伸ばして背中を撫でてみる。
桃子の耳がぴくりと動く。
そしてもぞもぞと愛理の腕の中で動いて、雅の方に向かって前足を伸ばした。
- 137 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 03:56
- 「うさちゃん、みやのところに行きたいみたい」
そんな桃子を見て諦めたように愛理が言った。
愛理が抱きしめる力を弱めたのか、桃子が愛理の腕の中から雅に飛びつく。
「おかえり」
雅は慌てて桃子を両腕で抱きとめる。
すると腕の中で桃子が立ち上がって、雅の頬に顔を擦りつけてきた。
一瞬、キスをされるのかと思って雅は身体を硬くしたが、桃子はすぐに雅の腕の中にちょこんと収まる。
こうやっていつも大人しくしていてくれたら可愛いのに。
雅は桃子の額を指でぴんと跳ねる。
桃子がぱちぱちと瞬きを何度かしてから、前足で雅の腕をぺしぺしと叩いた。
「何か変だと思ったんだよね。おばさん、急にうさぎ持ってくるから」
愛理が雅の腕の中にいる桃子の頭を撫でた。
雅は愛理が名前まで付けた桃子を愛理から取り上げてしまったようで、何だか居心地が悪くなる。
そんな雅に気がついたのか、愛理がにこりと笑って「みやのほうが好きみたいだから」と言った。
- 138 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 03:59
- 「この子拾ってきたんだけどお母さん、うちが世話しないって思ったみたいで」
「みや、昔から色んな動物拾ってきてお母さんに世話押しつけてたもんね」
「そうだけどさあ」
「またいつもみたいに放り出すって思ったからおばさん、あたしにうさぎくれたんだ」
あはは、と乾いた笑いを雅は返す。
家がそう遠くないということもあって、幼い頃から互いのことをよく知っている愛理は当然、雅の「前科」もよく知っている。
そのせいもあって、雅の母親が愛理にうさぎを渡した理由をすんなりと理解したようだった。
「名前、なんて言うの?」
「もも」
「桃色の桃?」
「えっと食べる桃のもも、かな。うーん、どっちでも同じか。とにかく、桃子っていうんだ。このうさぎ」
「そっか。まいみじゃなくて、桃子なんだ」
「ごめんね、愛理」
「ううん、いいよ。……にしても。白うさぎなのに桃色の桃なんだね」
「本人がそう言うからさ」
「え?うさぎが?」
きょとんとした顔で愛理が言った。
雅は自分の言葉に慌てて口を押さえる。
- 139 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 04:02
- 「あ、いや。あの。そう言ったような気がした、みたいな」
「へー。以心伝心ってヤツ?」
「そ、そう。それ!」
誤魔化すように笑って雅は愛理へ曖昧な言い訳をした。
愛理はそれ以上追求することなく、人差し指を額に押しつけて念を送るような真似をした。
雅は小難しい顔をした愛理に向かって首をぶんっと縦に振ってそれに同意する。
腕の中では桃子が珍しく大人しくしていた。
雅が「もも」と名前を呼ぶと桃子の耳がぴくりと動く。
自分の腕の中にいる桃子の温かさと反応に雅の頬が緩む。
ハードな毎日を要求する桃子に感じていた苛立ちのようなものは嘘のように消えていた。
長いのか短いのかわからない一週間。
今さらながら、桃子がいなければ何だか物足りないことに気がついた。
手元に戻ってきた桃子にほっとしている自分がいる。
雅は七日間を一緒に過ごした桃子にいつの間にか情が移っていたことを自覚する。
人間に変身するのは勘弁して欲しいのだが、こうしてうさぎの姿でいる桃子はとても愛らしいのだ。
撫でると満足そうな顔をする桃子を見て、ふわふわの手触りを楽しむ。
するとどこからか「ぐう」という音が聞こえてきた。
愛理の視線が雅のお腹へ向かう。
そして雅も自分のお腹を見る。
- 140 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 04:04
- 「あ、餌!」
「ぶぅー!」
雅は自分のお腹が鳴ったことによって、桃子に餌をやることを忘れていたのではないかということを今さらながら思い出す。
そしてその不安が間違いではなかったとわかる。
不満そうな声が桃子から聞こえてくる。
どうやら餌はやっていなかったらしい。
「みや、餌やるの忘れてたの?」
「……そうみたい」
「ももちゃん、うちの子になる?」
桃子が雅の腕をたしたしと叩いて愛理の方へ行こうとするのを雅は抱きしめて阻止する。
「やる!餌やるから!」
「ほんとに?」
「うん、ほんと!今すぐやるから」
雅は愛理に頼んで桃子と一緒に持ってきたケージとペットフードを出してもらう。
餌皿にペットフードをあけてケージの中に置く。
そして桃子をケージの中に入れた。
がじがじと餌を齧る音がケージの中から聞こえてくる。
雅と愛理は一心不乱に餌を食べる桃子をケージの外から観察する。
- 141 名前:優しさはトラブルの始まり − 6 − 投稿日:2008/05/05(月) 04:06
- 「ももちゃん、みやにいじめられたらいつでもうちにおいで」
ちらりと雅を見てから、愛理が不穏なセリフを口にした。
雅が「えー!」と声を上げると、愛理がにやりと笑った。
何だかんだあったが、桃子は雅の手元に戻ってきた。
愛理には悪いことをしたと思う。
けれど、母親の承諾も得たし桃子はこれで夏焼家の一員になったのだ。
桃子が餌を食べ終わったら、家に連れて帰ろう。
雅は桃子を指先で突く。
うさぎで人間。
少し、いやかなり変わった動物を飼うことになった。
これからの生活に不安がないわけではないが、何とかやっていけると思う。
いけなくても、桃子が黙っていないだろうからやっていくしかない。
それにしても今日は自転車を乗り回したせいか疲れた。
出来ることなら、今日一日はうさぎのままでいて欲しい。
人間になった桃子に今日起こったことを根掘り葉掘り聞かれるのは冗談じゃない。
何に祈ればいいのか知らないが、うさぎの神様にでも祈ってみようかと雅はそんなことを真剣に考えた。
- 142 名前:Z 投稿日:2008/05/05(月) 04:07
-
- 143 名前:Z 投稿日:2008/05/05(月) 04:07
- 本日の更新終了です。
- 144 名前:Z 投稿日:2008/05/05(月) 04:11
- >>125さん
みやびちゃんがいつまで平和な日常を続けられるのか。
すべては桃子次第!w
>>126さん
テンパって無視しちゃう桃子に(´・ω・`)w
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/05(月) 09:32
- ここは萌えるいんたーねっつですね(*´Д`)
- 146 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/05/20(火) 02:29
-
うさぎの恩返し − 1 −
- 147 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/20(火) 02:31
- 白い毛にぺたりと張り付いたペラペラとした素材で出来た茶色い紙のようなもの。
雅の目の前では、鼻先から口にかけてくっついているペラペラとしたものをうさぎの姿をした桃子が前足で取ろうとしてもがいていた。
怒っているのか、桃子が時々後ろ足で床をたんたんと叩く音が聞こえる。
それを見る雅の手にはガムテープが握られていた。
後ろ足で立ち上がって鼻先にくっついたガムテープと格闘する桃子を雅は見つめる。
桃子が苛々とした様子でガムテープを前足で触っているのだが、触れば触る程ガムテープの粘着面に新しい白い毛がくっついていく。
……悪いことしちゃったなあ。
雅は必死にガムテープを剥がそうとする桃子を見てそんなことを思ったが、ガムテープを剥がしてやるつもりはない。
剥がすとろくな事にならないことがわかっているからだ。
- 148 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/20(火) 02:34
- 夕食後、雅が部屋へ戻ってくるとケージの中で桃子が暴れていた。
近寄ってみると、桃子がゲージをがじがじ齧って外へ出せと催促していた。
ケージの前でしばし考えてから、雅は参考書を持って椅子に座る。
桃子を出せば宿題どころの騒ぎではなくなるに違いない。
宿題をすることに乗り気ではなかったが、桃子を外に出して人間に戻られるよりはましだと考えて雅は鞄を開く。
中から数学の教科書を引っ張り出して机の上に広げた。
教科書の中身は数字だらけで雅は見ているだけで頭が痛くなってくる。
明日、誰かのノートを写させてもらえばいいのではないかという考えが浮かんだが、それを振り払って参考書とノートを開いた。
だが、頭の中に数字が入ってこない。
入ってくるのはガシガシというケージを齧る音だけだ。
パタン。
雅は潔く数学の教科書を閉じた。
少し桃子を外に出してやるのも悪くない。
退屈な数列を見ているとそんな気がしてくる。
- 149 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/20(火) 02:37
- 雅はケージを開けて桃子に外へ出るように促す。
もちろん雅の身体はケージから遠い位置にある。
飛びかかられてキスでもされたら厄介だ。
警戒している雅を気にすることなく桃子がぴょこんと外へ飛び出す。
ぴょんぴょんぴょんと跳ねて部屋の中央まで移動すると桃子がそこへ座り込んだ。
だが、雅は近寄らない。
ここ最近の桃子は、雅に何もしないと見せかけるという技を覚えていた。
それは、大人しくしている桃子に安心して近づいた雅へいきなり飛びかかりキスをするという方法で、雅はもうすでに何回か騙されている。
だから、用心するに越したことはないのだ。
雅は机の上に置いてあったガムテープを掴んで程よい長さに手で切る。
ガムテープは何かあったときの為の自衛手段だ。
雅は部屋の中央で座り込んだまま動かない桃子にそっと近づく。
自室というよりは何か危険なものが潜んでいるジャングルにでもいるかのように、そっと後ろから桃子へ近づくと雅は長い耳を突いた。
突かれた部分が曲がってからぴこんと戻る。
今度は頭を軽く撫でる。
桃子が飛びかかってくる様子はない。
- 150 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/20(火) 02:39
- 今日は何もしないつもりなのだと雅は安心して、桃子の隣に腰を下ろす。
するとくるりと桃子が振り返って、後ろ足で思いっきり床を蹴った。
「ぴょーん」という擬音が聞こえてきそうな勢いで桃子が雅の顔めがけて飛んでくる。
ヤバイ、と声に出したかは覚えていないが、雅は反射的に手に持っていたガムテープを桃子へ向けた。
当然、粘着面が桃子の方を向くようにした。
その結果、罠に捕らわれた動物のように、桃子は白い毛に茶色いペラペラとした紙をくっつけて暴れ回ることになったのだ。
そんな数分前の出来事があって、今も桃子はガムテープと格闘していた。
形勢は桃子が圧倒的に悪かった。
ガムテープは白い毛にべったりと張り付いてうさぎの手では取れそうにない。
暴れる程、身体にガムテープがくっつくということは桃子にもわかりそうなものだが、よほどガムテープの感触が我慢ならないのか大暴れしていた。
何分間もそんな桃子を見ていると、さすがに罪悪感というものが雅の中に生まれる。
それにこのままガムテープを放っておくと、桃子からガムテープを剥がすことが出来なくなりそうに見えた。
- 151 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/20(火) 02:42
- 「もも」
雅はガムテープを足下に置いて桃子に声をかけてみる。
だが、ガムテープと戦うことに集中している桃子にはその声が届かない。
「暴れると剥がれなくなるよ」
貼り付けたのは雅なのだが、まるで他人事のように告げると雅は桃子を抱き上げた。
暴れる桃子の前足を掴んでからガムテープの端をそっと摘む。
桃子が言葉に出来ないような鳴き声を上げた。
すると嫌な感触が雅の手に伝わってガムテープが少し剥がれた。
少しずつ白い毛ごとびりびりとガムテープを剥いでいく。
その間に何度も桃子が鳴き声をあげ、雅はその声が耳に入るたび「ごめんね」と謝った。
何度かの謝罪と鳴き声。
そしてびりびりと毛が強制的に抜かれていく音。
ガムテープを鼻先にくっつけた桃子を見ている時間よりも長い時間をかけて、雅はガムテープを桃子から剥がし取る。
貼り付けるときよりも遙かに神経を使って雅は桃子からガムテープを剥がし終え、ガムテープを剥がすことは貼ることよりも高度なテクニックが必要なのだと知った。
- 152 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/20(火) 02:44
- もうガムテープを貼るのはやめよう。
雅の腕の中で少し禿げた口の周りの毛を労るように、その部分を前足で撫でつけている桃子を見ながらそんなことを思う。
ガムテープに張り付いた白い毛と桃子の口の周りを見て本当に悪いことをしたと反省しながら、雅はガムテープを右手でくしゃっと握りつぶした。
雅の手の平にガムテープが残った力を振り絞って張り付いてくる。
これは気持ちが悪いな、と桃子を見ながら雅がさらに深く反省しかけた時だった。
突然、桃子が雅の腕の中から抜け出そうとした。
背筋を伸ばし、桃子が雅の顎に前足をかけてぴょんと飛び上がる。
「うわっ」
白うさぎの桃子に飛びかかられて、雅は目の前が文字通り真っ白になって仰け反った。
雅は間一髪で桃子を避ける。
避けられた桃子はといえば、ベッドの上に着地していた。
「……危なかった」
ガムテープを剥がせばろくな事にならないと予想した通りの出来事が起こって、雅は桃子を睨み付ける。
だが、桃子がそんなことぐらいで怯むわけがなかった。
白い塊がベッドから雅の足下へ移動してくる。
桃子が雅の足の甲をペンペンと叩いて抱っこをしろと催促してくる。
- 153 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/20(火) 02:46
- 雅は桃子をひょいと抱き上げるとぎゅっと抱きしめた。
動けない程の強さで抱きしめられた桃子が腕の中から逃れようとして、雅の腕に噛みつこうとする。
「もう、そんなことばっかりしてるとお仕置きするよ」
雅は桃子の鼻の頭を人差し指で押さえて噛みつこうとする桃子を止めた。
両手で桃子を掴んで、身体から離す。
びろーんと身体を伸ばす格好になっている桃子の目を雅は見た。
「もも、悪い子はガムテープの刑だからね!」
ガムテープを貼るのを止めようと誓ったのはどこの誰なのか。
誰かが先程の誓いを聞いていれば即座に突っ込みが入りそうな言葉だったが、誰もその誓いを聞いていないのだから雅には関係ない。
もしも誰かが聞いていたとしても、そういう野暮なことは言うべきではないと思う。
「わかった?」
赤い目をした桃子は雅の言葉を理解するつもりがないのか、ぶらんと垂れ下がっている後ろ足をばたばたとさせていた。
雅は足をばたつかせている桃子を床へと降ろす。
そして、都合良く誓いの言葉を無に返してガムテープを手に取った。
- 154 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/20(火) 02:48
- ぴょこんと桃子が跳ねて雅から遠ざかる。
雅はそれを追いかける。
それは、お仕置きと言うよりは追いかけっこと言った方が正しかった。
雅には本当にガムテープを貼り付けるつもりはない。
あんな大変な思いをしてガムテープを剥がすのは金輪際御免だ。
桃子をちょっと脅すことが出来ればそれでいい。
雅は逃げる桃子を追いかける。
さすがに小さなうさぎである桃子はすばしっこくて捕まえることが出来ない。
ぐるぐるとバターになる勢いで桃子を追いかけ回して数分間。
部屋の扉がノックもなく開いた。
「二階でどたばた騒がないのっ!」
鍵を閉めていなかったことを後悔するよりも早く、無遠慮に開いた扉の隙間から母親の怒鳴り声が聞こえてくる。
そして声の後から母親が姿を現し、雅と桃子の姿を見ると顔を顰めて言った。
- 155 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/20(火) 02:50
- 「……雅。うさぎに何するつもり?」
聞かれるのも無理はない。
雅の手にはガムテープ、前方には逃げ回る桃子がいる。
「え?あー、お母さん。これはね、色々と事情があって……」
非難の目を向ける母親を納得させる言葉が思い浮かばない。
誤魔化すのに丁度良い言い訳を探しながら口を動かすものだから、先程までの行動が非難されるべき行為に見えてくる。
見えてくるというよりも、非難されるべき行為だったと雅は自分でも思う。
だが、こういった状況になったのは雅だけが悪いわけではないのだ。
「どんな事情があるとガムテープを持ってうさぎを追い回すことになるの、雅」
「んっと、あの。しつけ、みたいな……」
「しつけっていうのはそういうもんじゃないの。ガムテープ持って追い回したってももちゃんには何のことだかわからないわよ。人間じゃないんだから、お仕置きとかそいうのはわからないの」
- 156 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/20(火) 02:51
- 確かにそうだ。
普通ならば、ガムテープを持って動物を追い回したところで、それが何を意味するものなのか追いかけられている動物には理解出来ないだろう。
だが、それは普通のうさぎに限っての話だ。
桃子はしっかりとガムテープの意味を考え、理解することが出来る。
「だって、ももはっ」
「なに?」
「……なんでもない。でも、悪いのはももだもん!」
理不尽だと雅は思う。
母親に桃子がどんな生き物なのかを説明しても笑われるか、頭がおかしいと思われるかの二つに一つだ。
しかし、納得出来ない。
悪いのは自分だけでなく、桃子もなのだ。
最初にしかけてきたのは桃子の方で雅ではない。
母親に告げても無駄だとわかっているが、雅はもやもやとした解消することの出来ない不満をつい口にしてしまう。
- 157 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/20(火) 02:53
- 「……ももちゃん苛めるなら、愛理ちゃんにあげるわよ?」
「え、それだめ!だめっ!」
自分のものを勝手に誰かにあげると言われたら誰でも思わず口にするであろう言葉を雅は叫ぶ。
口にした言葉は条件反射と言えた。
そのせいか、雅は少しばかり後悔をする。
愛理にあげてしまったほうが良いのではないか。
そんな思いが一瞬頭をよぎった。
「おいで、ももちゃん。雅が意地悪してごめんね」
雅がガムテープを握ったまま桃子の未来を考えていると、母親が屈んで桃子を抱き上げた。
抵抗することなく桃子は抱き上げられ、母親の腕の中に収まる。
そこにいるのは先程までの悪戯な桃子とは違うどこから見ても可愛らしい普通のうさぎだ。
- 158 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/20(火) 02:55
- やはり愛理に渡すわけにはいかない。
雅は簡単に桃子の未来を決定した。
母親の前では大人しく、雅の前でだけ好き放題なことをする桃子をこのまま誰かに渡してしまうのは腹立たしい。
いつか言うことを聞かせてみせる。
雅はぐっと右手を握って不可能に近い誓いを立ててみる。
「お母さん、もうもものこといじめないからでてってよ!」
「はいはい。出て行くから、もう大騒ぎしないでよ。高校生なんだから、うさぎ苛めてないで大人しくしてなさい」
「わかったって!」
母親の腕の中から桃子を奪い取ってその背中を押す。
雅は強引に母親を部屋から押し出すと、扉を閉めて鍵をかけた。
- 159 名前:Z 投稿日:2008/05/20(火) 02:55
-
- 160 名前:Z 投稿日:2008/05/20(火) 02:55
- 本日の更新終了です。
- 161 名前:Z 投稿日:2008/05/20(火) 02:56
- >>145さん
さらに萌えられるいんたーねっつ目指してがんばります(*´▽`*)
- 162 名前:名無し飼育。。。 投稿日:2008/05/20(火) 03:01
- 昔、娘。ドキュ!でうさぎを抱きあげてるみやびちゃんを思い出しました。
久し振りに見返すかな
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/21(水) 00:06
- ちょっとSな行動をするみやびちゃんも素敵やん(*´Д`)
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/21(水) 00:58
- 恩返しかぁ
どんな展開になるか楽しみ!
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/21(水) 19:40
- そろそろ人間桃子に会いたいな〜
- 166 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/22(木) 02:35
- 油断というより、意識が別のところにあった。
無断侵入をさせないために部屋の鍵をかける。
そこへ気持ちがいっていた。
だから、雅は桃子が腕の中から這い出そうとしていることに気がつかなかった。
「あー!」
声を上げたときには遅かった。
唇に短い毛の感触がした。
そして「ぽんっ」というお馴染みの音。
次の瞬間、雅の目の前には裸の桃子がいた。
桃子を指差して金魚のように何度か口をぱくぱくさせてから、雅はベッドへ向かう。
シーツを剥がして桃子に向かって放り投げる。
桃子が薄いピンクのシーツにくるまっている間にタンスからパジャマを取り出し、雅は掴んだパジャマを桃子に向かって乱暴に投げつけた。
- 167 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/22(木) 02:41
- 「みーやん、ガムテープとかひどい!」
シーツの中でごそごそと着替えながら桃子が言った。
薄いピンク色の塊から顔だけ出している桃子はガムテープを貼られた怒りを隠さない。
しかし怒りながらも、面倒だという呟きとともに桃子が着替えを続けていた。
面倒臭い。
雅が桃子にシーツを被って着替えろと告げたとき、桃子はそう答えた。
毎回、うさぎから人間になった桃子が裸で部屋を歩き、タンスの引き出しを探ってパジャマを取り出していた。
雅は裸で桃子が部屋の中をうろちょろする姿を見ていると落ち着かない。
だから、雅はシーツを桃子に被せた。
パジャマをタンスから取り出すのは自分で、桃子はシーツの中。
そうすれば裸で部屋の中を歩き回る桃子を見ずにすむ。
シーツにくるまったまま着替えてくれれば、被害は最小限に抑えられるのだ。
桃子は元の姿がうさぎのせいか裸になることも、そして裸を見られることも抵抗がないようだった。
しかし、れっきとした人間である雅にとっては、目の前で裸の人間にうろちょろされると目のやり場に困る事態になる。
同性とはいえじろじろ見るわけにもいかないし、かといってどこを見ていたらいいのかわからない。
となると、いくら桃子が面倒だと言っても裸の姿を隠してしまうほか無い。
キスをした後も問題は山積みなのだ。
- 168 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/22(木) 02:43
- 桃子は手慣れたもので、シーツの中であっという間にパジャマに着替える。
着替え終えると桃子はすくっと立ち上がり、シーツを身体からばさっと払い除けて雅の頭の上に被せた。
雅は桃子から被せられた視界を塞ぐシーツを掴んで元あった場所へ放り投げ、ベッドを背もたれにして座り込む。
勢いよくシーツを頭の上から退かしたせいか、静電気で髪が顔にまとわりついた。
「ひどいって……。うちじゃなくて、そっちが悪いんでしょーがっ!」
「悪くないもん。ちょっと人間になりたかっただけじゃん」
「その、ちょっと、が悪いんだっての」
「えー、可愛いお願いなのにー。少しの間だけ人間になりたいっていうささやかな願いぐらい叶えてくれたって罰は当たらないよ」
「可愛くない。ぜーんぜん可愛くない!それに少しの間じゃないじゃん。人間になりまくりでしょ」
頬に張り付こうとする髪を耳にかける。
すると今度は髪が雅の手にくっついた。
「可愛くないんだとしたら、それみーやんのせいだから。みーやんがガムテープなんか貼るから、ももの毛抜けちゃったし。あーあー、口の周りヒリヒリする」
「そりゃ、毛が抜けちゃったのは悪かったけど……。でも、元はと言えばももがいけないんじゃん!」
- 169 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/22(木) 02:44
- 雅はぐっと言葉に詰まって息を吸い込んだ。
そしてわざとらしく口元を撫でる桃子に誰が悪いのかを告げた。
桃子を見ると口の周りが少し赤くなっていて、雅の中にある罪悪感が少し大きくなる。
「うちだって悪かったかもしれないけど。でも、ももだって悪いのにうちだけお母さんに怒られたんだよ!」
自責の念に駆られ、だがそれを振り払うように雅は数分前のことを持ち出す。
「動物虐待は悪いことだもーん!」
「虐待されてんのはうち!変なことばっかして」
「変なことじゃないよ。キスだよ、キス!」
「それ、十分変なことだって」
扉近くにいた桃子が雅に近づいてくる。
ぺたぺたと足音を立てながら雅の前までやって来るとしゃがみ込む。
桃子が人差し指を立てて、雅の唇に押しつけた。
唇に触れる指先に雅の頬が染まる。
雅の顔を見た桃子がにやりと笑った。
- 170 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/22(木) 02:46
- 「みーやん、意識しすぎー」
大笑いするのも悪いと思ったのか、桃子が喉の奥で笑いを抑えていた。
それがまた何だか馬鹿にされているような気がして、雅は桃子を睨み付けた。
「うち、もっと可愛いうさぎが欲しかった!」
次にうさぎを飼うことになったら、こんなに生意気なうさぎは選ばない。
もっと従順で可愛いうさぎを選ぶ。
いや、従順なら犬だ。
犬にしよう。
きっと可愛いに違いないと雅は思う。
「こんな可愛いうさぎ、他にいないと思うけどなー」
「可愛くないよ!お母さんにばっかいい顔して、うちには変なことしかしない」
とん、と桃子の肩を押す。
桃子は力の流れに逆らわず、押されるままに床へ座り込んだ。
雅と桃子はお互い膝を抱えて向き合う。
- 171 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/22(木) 02:49
- 「もう、ももなんか知らない。どっか行っちゃえ!」
雅は後ろ手にベッドの上を探って枕の端を掴む。
ぐいっと引き寄せてから、雅は枕を桃子に投げつけた。
ぼふっという不鮮明な音とともに枕は桃子の頭へ見事に命中する。
枕は桃子の頭の上に一瞬乗って、それからずるりと床へ落ちた。
桃子が視線を下に向け、床へ落ちた枕を見る。
そしてそのまま膝に顔を埋めた。
しばらくして桃子が顔を上げると、そこには捨てられた子犬のような目があった。
正しくは、捨てられたうさぎの目、かもしれないと雅はそんなことを考えた。
言い過ぎだということはわかっていた。
元を辿れば桃子が悪い。
けれど、良いか悪いかで言えば、ガムテープを貼り付けた雅も同じように悪い。
これはただの八つ当たりだ。
わかっているからこそ、雅は謝りたくない。
桃子の縋るような目を前に雅は言い放つ。
「今さら大人しくしたって、許さないしっ」
桃子の目がさらに暗くなる。
何か考えているのか、雅を通り越してもっと遠くを見ているようにも思えた。
ずきん、と雅の身体の一部分が軋んだ。
肋骨の辺りがきりきりと痛かった。
- 172 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/22(木) 02:51
- 「……変なことしないなら許してあげてもいいけど」
雅は痛みを口から吐き出すように言った
桃子の様子を見ていると言わずにはいられなかったのだ。
順番から言えば桃子が先に謝るべきで雅が譲ってやる筋合いはないような気がするのだが、ガムテープに張り付いた白い毛が思い出されて謝罪を要求する気分にはなれなかった。
「ほんと?」
「うん」
「じゃ、大人しくする」
雅の返事を聞いた途端、照明のスイッチをオンにしたかのように桃子の表情がぱっと明るくなった。
本当に大人しくしているつもりがあるのか疑わしいが、とにかくそう言ってから桃子が雅に飛びついた。
「うわっ」
勢いよく飛びつかれて、雅はベッドに背中をぶつけた。
背骨にゴンという音が響いて、遅れて痛みが走る。
膝を抱えていた手はバランスを保つ為に床へついた。
抱きついてきた桃子の手が雅の肩を滑り、胸元へと移動する。
- 173 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/22(木) 02:53
- 「ちょっと、ももっ!」
大人しくすると言ったのはほんの数秒前のはずだ。
それなのに桃子の手は雅のブラウスのボタンを外し、唇は首筋に押しつけられていた。
「大人しくするんじゃなかったの!」
「ももは大人しいよ。騒いでるのはみーやんじゃん」
雅の顎の下辺りからくぐもった声が聞こえる。
声、という点で言えば、確かにうるさいのは雅の方だ。
だが、桃子の行動は大人しいといえるものではなかった。
ボタンはすでに半分程外され、唇は胸元に移動していた。
雅は自分の胸と桃子の額の間に手を滑り込ませる。
そして桃子の額を手の平で押す。
力を手の平に込めると一瞬、桃子から押し返されたがすぐに桃子の身体から力が抜けた。
すいっと頭が離れて、身体も雅から遠のく。
外されたボタンを慌てて留めてから雅は言った。
- 174 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/22(木) 02:56
- 「あー、もうっ!だから絶対、人間にさせたくなかったのに」
人間になった桃子はろくなことをしないのだ。
最近のブーム「お礼」がその最たるものだった。
桃子が拾ってくれたお礼にと雅を喜ばせようとしてくれるのだが、その方法がどう考えても間違っている。
雅の目から見て、いや、きっと誰の目から見ても、桃子が言う「お礼」は「感謝の気持ちを表すもの」だとは思えないだろう。
「今、許してくれたお礼ともものこと拾ってくれたお礼なのに何が悪いの?大体、うさぎのままじゃお礼出来ないし」
「だから、そのお礼が嫌なのっ!あと、人間になったらまたキスしないといけないんだよ!」
「えー、だってお礼だよ、お礼。お礼って嬉しいものじゃないの?それにキスはいいじゃん。あんなの挨拶だって。テレビでよくしてるじゃん」
「それは外国の話でしょ。って、テレビよく見るの?」
「みーやんが学校行ってるときとか。あと前に住んでたところで見てた」
「へえ」
そう言えば桃子をケージの外に出したまま学校へ行くと、部屋へ帰って時に雅が朝見ていたテレビのチャンネルとは違うチャンネルになっていることが多々あった。
気のせいかと思っていたが、それはどうやら桃子の仕業ということらしい。
気になっていたことの謎が解けたと感嘆の声を上げてから、雅は逸れていた話を元へと戻す。
- 175 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/22(木) 02:58
- 「って、とにかくキスは挨拶じゃないからっ」
「みーやんがそこまで言うなら挨拶じゃなくてもいいけどさ。それよりお礼だって」
「いらない」
「なんで?人間ってお礼されると嬉しいんでしょ?」
「お礼は嬉しいけど、でもあんなの嬉しくない!」
「嬉しくないの?なんで?ももはみーやんも喜んでくれると思うんだけど」
「だって、あんなのお礼じゃない!」
雅はまだ「お礼」をきちんとされたことはなかった。
というよりも、されないように抵抗し続けている。
桃子が言う「お礼」とは先程の行為のことで、もっと言えば服のボタンを外したその先のことだった。
恥ずかしいから雅は口にもしたくないのだが、桃子の言葉を借りると「えっち」というもののことになる。
それが桃子の言う「お礼」なのだ。
- 176 名前:うさぎの恩返し − 1 − 投稿日:2008/05/22(木) 03:00
- そんなものをお礼だと認めるなどありえないし、あってはならない。
絶対に認められないのだ。
キスさえも恥ずかしくて出来ればしたくない行為に分類されるのに、この上「えっち」なんてものが加わったら。
まさしく新婚家庭。
高校生で新婚なんて言葉は早すぎる。
それに何が楽しくてうさぎとそんな行為をしなければならないのか、どこかに問い合わせの電話でもしたいぐらいだ。
論点がおかしい気もするが、この際そんなことはどうでもいい。
雅はこの「お礼」だけは受け入れるわけにはいかないのだ。
- 177 名前:Z 投稿日:2008/05/22(木) 03:00
-
- 178 名前:Z 投稿日:2008/05/22(木) 03:00
- 本日の更新終了です。
- 179 名前:Z 投稿日:2008/05/22(木) 03:05
- >>162さん
娘。ドキュ!といえば、ワラビーを追い回したりクッキーを食べている映像しか思い浮かびません(;´▽`)
そんな桃子、じゃなくてうさぎを抱き上げている映像があったなんて!w
>>163さん
Sっぽいみやびちゃんはこうなりましたw
>>164さん
ありきたりの展開ですみません(;´▽`)
>>165さん
ル*’ー’リ<ウフフフ
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/22(木) 23:04
- 何という素敵なお礼なんだハァハァ
・・・あ、取り乱しましたすいませんw
次回も楽しみにしてます
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/23(金) 21:31
- 雅ちゃんお礼はちゃんと受けなきゃw
ageですいません。
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/24(土) 00:11
- 誰にそんな羨まし
けっ けしからんお礼を習ったんだもも!
前の飼い主が気になる
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/24(土) 20:03
- ももちゃんの言うお礼って…そんなぁぁ(*´д`*)
- 184 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/05/27(火) 01:55
-
うさぎの恩返し − 2 −
- 185 名前:うさぎの恩返し − 2 − 投稿日:2008/05/27(火) 01:57
- 「絶対にお礼の方法間違ってるからっ!」
「そうなの?」
「そうだよ!」
よじ登ったベッドの上から雅は桃子を牽制する。
領土を守る兵士のように桃子を追い払う。
床にぺたりと座り込んだ桃子は不思議そうな顔で雅を見上げていた。
何度繰り返されたかわからないやり取り。
毎晩ではないのだが、桃子は時々こうして「お礼」を強要してくる。
お礼なんてものは無理矢理受け取らせるものではない。
雅はそう何度も諭したのだが、桃子には理解出来ないようだった。
ありがとう、の一言で良いと言っているのだが、桃子はそれを嫌がる。
言葉だけでは足りないと言って聞かないのだ。
- 186 名前:うさぎの恩返し − 2 − 投稿日:2008/05/27(火) 01:59
- 「ほんとにもう、誰にこんなこと教わったわけっ」
「前にももを飼ってくれてた人」
「なんでうさぎとそういうことをすんの、前の飼い主はっ」
「知らないけど。でも、喜んでくれてたよ」
「絶対、その飼い主おかしい!へんたいでしょ!」
いくら人間の姿に変わることが出来ると言っても桃子はうさぎだ。
うさぎと人間がそういった行為をする。
それをすんなり受け入れるどころか、うさぎに教えるとはどういうことなのだ。
一体、桃子の前の飼い主とはどういった人物なのか。
うさぎを人間に変身させ、そしてそのトリガーをキスに設定し、さらには間違ったお礼を教えた。
想像を絶する変態と言わざる得ない。
変態ではないとすると、悪趣味で最低最悪。
さらに言えば雅の、いや、人間の常識を越えた人物。
雅は桃子の元飼い主に、関わり合いになりたくない人間ランキングの輝ける第一位を進呈したいぐらいだった。
ついでに桃子にも変態という称号を熨斗を付けてくれてやりたいと雅は思う。
- 187 名前:うさぎの恩返し − 2 − 投稿日:2008/05/27(火) 02:02
- 「このへんたいうさぎ!」
「みーやんもへんたいの仲間になったらいーんじゃない」
桃子が雅にふわりと笑いかける。
変態、という言葉を、こんなにも爽やかかつにこやかに言われる日が来るとは思わなかった。
「うち、へんたいの仲間になんかなりたくないっ」
「じゃあ、何の仲間ならいいの?」
「え?え、えーっと、正義の味方とか……」
「よかったね。もも、正義の味方だから。今からみーやんのこと助けてあげる」
桃子がベッドの縁に手をかけた。
重心を手に置いて、ぴょんと立ち上がる。
雅はすかさずベッドの上に立ち上がり、桃子の額を手の平で押す。
高い位置から桃子の額を押すと、低い位置にいる桃子はさすがに簡単にはベッドの上へ登ってこられないようだった。
上から押さえる力と下から押し上げる力。
均衡が保たれ、二人の動きが止まる。
だが、雅は膠着状態に変化を与える。
額を抑える手にさらに力を入れ、桃子の顔を上へと向けた。
- 188 名前:うさぎの恩返し − 2 − 投稿日:2008/05/27(火) 02:04
- 「どこからどう見ても、ももが悪者でしょ。これ」
「今から正義の味方に寝返るから」
「無駄に難しい言葉知ってるんだね」
「前にももを飼ってくれてた人、色んな事教えてくれたんだ。みーやんより優しかったし、いい人だった」
桃子から押し上げる力が抜けた。
一歩後ろに下がって、桃子が雅を見上げる。
さっきまでそこにあった雅をからかうような光は瞳から消え、かわりに穏やかな色が浮かんでいた。
昔を懐かしむような桃子に、雅は身体の中に何とも言えない心地の悪さを感じる。
「……でも、もものこと捨てたんでしょ」
言ってはならないことだった。
けれど、元飼い主と比べられるのは気分の良いことではない。
誰だって、誰かと比較されたらむっとするだろう。
自分が優れているとは思わないが、誰かと比べられるのは嫌なものだ。
まして、比べた相手の方を褒められたら尚更だ。
「違うもん!」
強い口調で桃子が言った。
- 189 名前:うさぎの恩返し − 2 − 投稿日:2008/05/27(火) 02:07
- 「じゃあ、なんであんなところにいたのさ」
「ももが。……ももが石川さんのところから逃げたんだもん!」
「石川さん?」
「悪いのは逃げたももで、石川さんじゃないもんっ」
「なんで逃げたの?」
「……もも、一緒にいられなくなったから」
「どうせ、ももが悪いことしたんでしょ。だから、逃げるようなことになったんじゃないの」
「違うもん。もも、悪いことなんかしてないもん。でも、でも……」
そこで言葉が途切れて、ぐすっと鼻の鳴る音が聞こえた。
今までからりと乾いていたはずの空気がどんよりと曇り、重みを増したような気がする。
桃子の吐き出す息が今までよりも湿り気を帯びたものに変化していた。
涙は流していないが、雅には桃子が今にも泣き出してしまいそうに思えた。
雅は桃子の言葉を待つ。
けれど、いくら待っても「でも」に繋がる言葉が桃子から発せられることはなかった。
かわりに聞こえたのは何度かの鼻を啜る音だ。
今、得た少ない情報からわかることは、桃子は捨てられたわけではなく逃げ出したということだった。
どういった理由から逃げ出したのかはわからないが、桃子の様子からして逃げ出したくて逃げたとは思えなかった。
未練を残しながら何らかの理由を持って逃げ出した。
そして未だに元飼い主のことを慕っている。
現在の飼い主である雅がこんなにも苦労をして、努力をして桃子を飼っているというのにだ。
すぐさま気持ちを切り替えられるわけではないことぐらい理解出来る。
だが、納得出来るわけでもなかった。
相変わらず雅の身体の中にある心地の悪さが消えない。
- 190 名前:うさぎの恩返し − 2 − 投稿日:2008/05/27(火) 02:10
- 「こんな話、どうでもいいよ。もうやめよ」
「聞きたい」
「もものことなんてどうでもいいじゃん」
「教えてよ。知りたい、もものこと。それに石川さんって人のこと」
桃子が湿りきった空気をぞんざいに放り投げ、話を打ち切ろうとした。
しかし、雅は打ち切られそうな話を繋ぎ止めようとする。
変態で悪趣味で最低な元飼い主と関わり合いを持ちたくないという思いは変わっていないが、知りたいという欲求が雅の中に生まれた。
桃子と元飼い主の関係や元飼い主についての情報を知れば、桃子のことも知ることが出来るだろう。
何か少しでも知ることが出来れば、桃子を大人しくさせる方法もわかるかもしれない。
いつまでも元飼い主より下の立場に甘んじているつもりはないのだ。
せめて元飼い主と対等にならなればならない。
だから、雅は桃子へ真剣に問いかけた。
「えー!みーやんってば、そんなにももに興味あるの?やだぁー」
しかし、返ってきたのは黄色い声だった。
両手は顎の下。
身体をくねらせ、高い甘い声で不自然に桃子が叫んだ。
その声は結構な音量で、夜に出すような声ではなかった。
雅は母親にまた余計なことで怒られてはかなわないと、ベッドから飛び降りて桃子の口を塞ぐ。
- 191 名前:うさぎの恩返し − 2 − 投稿日:2008/05/27(火) 02:12
- 手で桃子の口を押さえると、雅の手の平にもがもがと桃子が口を動かす感触が伝わってくる。
桃子が雅の手首を二度叩いた。
雅は口から手を離す前に、「大声出さないでよ」と念を押してから桃子を解放した。
ふうっと桃子が息を吐き出す。
「色々知りたくなるぐらいもものこと気になるならさ」
泣き出しそうに見えたのは目の錯覚だったのかもしれない。
雅がそう思ってしまう程に桃子が鮮やかに笑う。
「お礼してあげる。だから、みーやん大人しくして」
唇の両端をくいっと上げて桃子が言った。
いつもは年下に見える桃子が、雅よりも大人びた雰囲気に変わる。
そう言えば桃子に年齢を聞いたことがなかった、と雅は今さら気がついた。
雅は桃子の口を押さえていた手を掴まれる。
手の平に桃子が頬を押しつけた。
柔らかな皮膚が手に吸い付くようだった。
- 192 名前:うさぎの恩返し − 2 − 投稿日:2008/05/27(火) 02:14
- 「大人しくするのはそっち!」
桃子の持っているあやしげな雰囲気に飲まれそうになって、雅は頬に押しつけられていた手を乱暴に離した。
ベッドへ飛び乗って、桃子との距離を取る。
シーツをベッドから剥ぎ取って桃子の頭の上に放り投げた。
「みーやん、逃げないでよ」
桃子は頭に落ちてきたシーツから手早く脱出する。
そして、シーツをばさりと足下へ落とす。
「逃げるって。だって、やだもん!絶対やだっ」
ぺたんとベッドの上に座り込んで雅は背中を壁につけた。
カーテンが後頭部を撫でる。
ベッドの端に桃子が腰をかけた。
足首に桃子の手が触れる。
雅と同じぐらいの体温がそこから伝わってくる。
桃子の手の平が踵を撫で、雅の足先へ湿った何かが触れた。
ちゅっ、と小さな音がして雅の身体がびくんと跳ねた。
- 193 名前:Z 投稿日:2008/05/27(火) 02:15
-
- 194 名前:Z 投稿日:2008/05/27(火) 02:15
- 本日の更新終了です。
- 195 名前:Z 投稿日:2008/05/27(火) 02:18
- >>180さん
どんどん取り乱してください(´▽`)w
>>181さん
その辺については……。
ル*’ー’リ<ウフフフ
>>182さん
けしからん犯人については(;´▽`)……。
>>183さん
お礼って素敵ですね☆
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/27(火) 22:24
- 予想外の人物が登場して興奮した!
桃子のお礼に興奮した!
全私が興奮したっ!
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/28(水) 01:23
- いいところで切りますね
早く続きを…とか言って
作者様のペースでいいの続きで楽しみにしてます!
- 198 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/06/18(水) 01:30
-
うさぎの恩返し − 3 −
- 199 名前:うさぎの恩返し − 3 − 投稿日:2008/06/18(水) 01:33
- 掴まれた足首。
それは予想以上に強い力で掴まれていて、雅は桃子から逃げられない。
ぐいっと引っ張られて雅の背中が壁から離れた。
桃子との距離が狭まる。
足首から脹ら脛に桃子の手が伸びる。
これ以上、桃子の好きにさせないためにも雅は黙っているわけにはいかなかった。
「それ以上近寄ったら、絶対追い出す!誰が何と言っても追い出す!」
引っ張られている足を自分の方へ引き寄せながら雅は言った。
しかし、雅の言葉は何の効果も生み出さない。
「じゃ、あの可愛い子のところ行く」
「それ、だれ?」
「みーやんのお母さんがもものこと可愛い子にあげたじゃん。あの子の家」
「それ、もしかして。……愛理の家?」
「ああ、そうだ!その愛理って子。うん、あの子、みーやんより優しそうだもん」
「……行けば?」
- 200 名前:うさぎの恩返し − 3 − 投稿日:2008/06/18(水) 01:35
- 一呼吸置いてから、雅は桃子に冷たく言葉を投げた。
桃子が愛理の家へ行くわけがないと思ったからだ。
大体、桃子が愛理の家の場所を知っているわけがない。
たとえ行こうとしたところで愛理の家まで行く方法がないのだ。
けれど桃子は雅の予想を裏切り「ふふん」と笑った。
「もも、愛理の家ぐらい覚えてるし、一人で行けるよ。それに、きっと愛理なら喜んでくれると思うなー、お礼」
「ちょっと!やめなよ、愛理にお礼とか」
「行ってもいいんでしょ?」
「いいけど。……でも、愛理だって嫌がる」
「みーやんが喜んでたって言ったら、愛理だってきっといいって言ってくれるよ」
「いいなんて言ってないし!」
誰がいつそんなことをされてそう言ったのだ。
口にしたことのない言葉を勝手に雅が言ったものにされても困る。
迷惑だ。
盛大に迷惑だ。
あらぬ誤解を受けるのはまっぴら御免だ。
- 201 名前:うさぎの恩返し − 3 − 投稿日:2008/06/18(水) 01:37
- 「そうだっけ?」
「言うわけないでしょ!」
「言ったよ」
「お礼されてもないのに、いいとか言うわけないじゃん!」
「そんな真剣にならなくても。これからされるんだからいいんだって」
「よくない!それに誰にでもお礼しちゃだめ!大体、ももが言ってるのはお礼じゃないんだから」
雅の足にしがみついている桃子が眉間に皺を寄せた。
何を考えているのか小難しそうな顔をしている。
「誰にでもしちゃだめなら、みーやんにする。もも、みーやんにお礼したいもん」
考えた末に出た結論がこれなのか。
一度刷り込まれた認識を変えることは思いの外難しいようだった。
雅は足から桃子の手を剥がそうと四苦八苦しながらため息をつく。
「なんでそうなるかな。うちだってやだってば」
「なんでそんなに嫌がるのかわかんない」
「うちはなんでそんなにお礼したがるのかわかんないってのっ」
- 202 名前:うさぎの恩返し − 3 − 投稿日:2008/06/18(水) 01:39
- うさぎの世界においてお礼というものがどういう意味を持つのか知らないが、雅には桃子がここまでお礼にこだわる理由がわからない。
もしかするとお礼がしたいというよりは、桃子の欲求からくるものなのかもしれないと雅は思う。
うさぎの発情期はいつなんだろうかという疑問が頭に浮かぶ。
今がそういう時期でお礼という言葉はただの口実。
だとすると、かなり面倒なことになりそうだ。
雅の中でうさぎの発情期について後から調べたほうが良いに違いないという結論に達する。
それにしても、お礼という便利な言葉はどこで覚えたのだろう。
「だって、人間の世界はお礼が大事って言ってたもん!」
雅の疑問を解決するように桃子が強い口調で言った。
疑問と一緒に疑いが晴れる。
雅の方へにじり寄ってくる桃子の目は真剣で、お礼という言葉は口実ではないとわかった。
「……誰が?」
「石川さん」
予想通りの答えに雅の身体から力が抜ける。
間違ったお礼を桃子に教えた張本人で、雅が困る原因を作った悪の親玉。
それはやはり変態飼い主「石川さん」だった。
- 203 名前:うさぎの恩返し − 3 − 投稿日:2008/06/18(水) 01:41
- いつか会うことがあったら文句の一つどころか百ほど言ってやりたい。
雅は心の底からそう思った。
そして今後、石川という言葉を聞くたびにそう思うことになりそうだった。
「とにかく!その石川さんって人が良くてもうちはやだからね」
お礼とえっちを結びつけたのは石川という人物であって雅ではない。
だから、元飼い主が良くても現飼い主には拒否する権利があるはずだ。
冗談みたいな事態はうさぎが変身するということだけに留めておいてほしい。
「ほら、一回やってみれば考えかわるかもよ?」
「や、やるとか。そんなこと言わないのっ」
「だって、やるはやるじゃん。やってみないとわかんないって」
石川のうさぎの育て方は間違っていると雅は思う。
うさぎにやるだの、えっちだの、そんな言葉と行為を教える必要がどこにあったのだ。
しかも、桃子がお礼という行為をみんなが喜ぶものだと信じているから始末が悪い。
うさぎと初体験だなんて冗談じゃないのだ。
たとえ人間相手だって好きでもない人とするものではない。
ファーストキスを奪われただけでなく、この上えっちな行為をされるのは御免だ。
- 204 名前:うさぎの恩返し − 3 − 投稿日:2008/06/18(水) 01:42
- 「そんなのわかんなくていい。お礼ならもっとほかのことにしてよ」
雅は太ももに伸びた桃子の手を無理矢理振り払う。
桃子がお礼をしたいと思ってくれるのは有り難いが、内容変更が必要だ。
リクエストぐらい受け付けるべきだろう。
「んー、心配いらないよ。もも、結構上手だから」
何の心配なのだと問いかける前に手首を掴まれた。
抱き寄せられて、「ももにまかせて」と耳元で囁かれる。
うさぎの桃子とはまた違う柔らかさに、雅は反射的に桃子の腕の中から抜け出そうとする。
けれど、そんな抵抗もむなしくいとも簡単に雅はベッドへ押し倒された。
「絶対こんなお礼おかしいって!」
「でも、ももの知ってるお礼これしかないもん」
「うちがちゃんとしたお礼教えてあげる。だからもうやめよ?」
「じゃあ、それ後から教えて」
- 205 名前:うさぎの恩返し − 3 − 投稿日:2008/06/18(水) 01:46
- 両手首をベッドへ押しつけられた。
普段は神様など信じていないが、こういう時には神様という存在を信じ、頼りたくなる。
だが、やはり神様などいないのか事態は好転しそうにない。
伸ばしているのか、それとも勝手に伸びたのか。
中途半端な長さの髪が桃子の頬を隠す。
桃子の髪が雅の顔に触れ、頬に唇が押しつけられた。
何度かそこにキスをしてから、桃子の唇が耳へと移動する。
雅の耳元で桃子の息づかいが聞こえる。
これってやばくない?
頭の中で赤信号が点滅する。
どう考えてもこの先、良いことは起こりそうにない。
そもそも体勢からして悪かった。
押し倒された身体の上には桃子が馬乗りになっていた。
雅が漫画やテレビで何度も見たようなシチュエーションだ。
そして大抵、こういった場面の先に起こる出来事は一緒だったような気がした。
逃げ出さなければお礼をされる。
桃子にお礼をされるという事態は絶対に避けたい。
お礼という言葉から逃げ出すという単語を導く日が来るとは思わなかったが、ぐずぐずしている暇はなかった。
- 206 名前:うさぎの恩返し − 3 − 投稿日:2008/06/18(水) 01:50
- 雅は桃子に押さえつけられている腕を動かそうとした。
すると、桃子に耳をぺろりと舐められた。
耳の奥にざらざらとした音が響く。
くすぐったいような感触に雅は首すくめた。
生温かいものが耳をなぞっていく。
耳たぶを甘噛みされて、逃げ出すはずが思わず桃子に抱きつこうとした。
けれど、手首を押さえつけられていて思い通りに身体を動かすことが出来ない。
「やっ、ちょっと!もも、やめてよ!」
雅は予想外の身体の動きを誤魔化すように桃子に声をかける。
しかし、雅の声は桃子に聞こえているはずなのに、桃子の動きは止まらない。
雅の左手首を押さえていた桃子の手が離れ、ブラウスの裾を捲り上げようとしていた。
その手を雅が押さえつけると、首筋に唇を押しつけられる。
「んっ」
ゆっくりと触れてくる桃子の唇の感触におかしな声が出た。
それは今まで出したことのないような鼻にかかった湿り気を帯びた声で、雅は慌てて手で口を押さえた。
今、口にした声は人に聞かせるようなものではないとわかる。
もうこんな声を出さないようにしなければと思うが、意識がそこへ向かうことによって雅は桃子の動きを制限することが出来なくなった。
桃子が唇を付ける「ちゅっ」という音が聞こえてきて、それが艶めかしく耳に残る。
- 207 名前:うさぎの恩返し − 3 − 投稿日:2008/06/18(水) 01:54
- 「もも、これ以上はだめだって」
なるべく平坦に、何の感情も込めないように雅は桃子を制止した。
「なんで?みーやん気持ち良さそうに見える」
「良くないっ」
「そう?こういうところ、気持ちいいはずなんだけど」
いつの間にこんな姿になったのか、ブラウスのボタンは全て外され下着が見えていた。
右手も気がつけば解放されていて雅は胸を隠そうとしたが、先に下着の上から桃子が雅の胸に触れた。
桃子の手先が胸の上で動いて何かを探り当てる。
くすぐったさとそれと同じぐらいの恥ずかしさに雅は身をよじるが、桃子は気にもしていないようだった。
しばらく探り当てた場所の周りをゆるゆると撫でていた桃子の指先がその中心部に触れる。
「はあっ、…んっ」
今まで以上に湿った声が出た。
桃子にその声を聞かれた恥ずかしさから頬が真っ赤に染まっていくのがわかった。
明るい部屋から逃げるように雅は目を閉じる。
- 208 名前:うさぎの恩返し − 3 − 投稿日:2008/06/18(水) 01:56
- 「ほら、そういう声って気持ちいい時に出るんだよ。もも知ってるもん」
「うちは、知らないっ」
「じゃあ、ももが教えてあげる。気持ち良くなる方法」
いつものようなキンキンと響く高い声ではなく、落ち着いた低めの声で囁かれた。
ホックを外され、桃子に下着を取られそうになる。
雅が胸を手で押さえると、桃子がくすくすと笑った。
胸をガードする雅にそこへ触れることを諦めたのか、桃子の手が腰を撫でる。
顔が少し下へと向かって、肋骨の下辺りを舐められた。
唇と舌の柔らかさ、触れてくる手のくすぐったさ。
それらは雅に今まで感じたことのない感覚を与えてくる。
「や、だっ。あっ、ん…あっ」
言葉はまとまりを持たず、掠れた声ばかりが雅の喉の奥から出る。
頭の芯が痺れるような感覚に唇を噛む。
声はやはり聞かれたくなかった。
- 209 名前:うさぎの恩返し − 3 − 投稿日:2008/06/18(水) 01:58
- 「みーやんの声って綺麗だね」
雅の声をしっかり聞いていると主張でもするかのように桃子が言った。
桃子の声が熱っぽい雅の身体に染みこんでいく。
雅にはどうして今、自分がこんな状態になっているのかわからない。
わからないが、とにかく「お礼」をされている。
このまま流されていいわけがない。
身体の上に覆い被さる桃子の肩に手をかける。
目をしっかり開く。
少し視線を下へ動かすと桃子の頭が見えた。
黒髪から視線を移して天井を見る。
蛍光灯の光が今の状態を雅に強く認識させる。
この状態から逃げ出す方法を考える必要がある。
そう、うさぎにやられるなど冗談じゃないのだ。
- 210 名前:Z 投稿日:2008/06/18(水) 01:58
-
- 211 名前:Z 投稿日:2008/06/18(水) 01:58
- 本日の更新終了です。
- 212 名前:Z 投稿日:2008/06/18(水) 02:01
- >>196さん
予想外の人物、受け入れてもらえるかドキドキだったので嬉しいですw
>>197さん
お待たせしました!
しかし、また中途半端なところで(;´▽`)……。
- 213 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/19(木) 00:22
- 全く!石川さんの教育はっ
素晴らしいな
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/19(木) 15:11
- きゃはー!!!
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/20(金) 23:42
- け、けしからん行為だっ!
・・・わ、wktkなんかしてないんだからねっ!
(*゚∀゚)=3
- 216 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/06/29(日) 08:08
-
うさぎの恩返し − 4 −
- 217 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:12
- 形勢は圧倒的に不利だった。
桃子の唇は雅の腹の上を這い回り、手は脇腹や背中を撫でていた。
雅の唇からは耳を塞ぎたくなるような吐息混じりの声しか出ない。
下着を取られまいと胸を押さえている手にも力が入らなくなっていく。
何とかして桃子を自分の身体の上から排除したいが、雅にはその方法が思い浮かばない。
「もっ、いい加減に…して…よっ」
「大丈夫。心配しなくても、もっと良くなるから」
この状態のどこが大丈夫なのだ。
雅は声を大にしてそう言いたかったが、大きな声を出そうとすると聞かれたくないような別の声が出そうで、雅は桃子に好きなだけ文句を言うことも出来ない。
それに「もっと良くなる」と言われても困る。
雅には「もっと悪くなる」としか思えない。
「みーやんの身体、柔らかい。キスすると、ぷにってして気持ちいい」
失礼なことを言われたような気がする。
ぷにって何なのだ、ぷにって。
雅の身体は引き締まっているとは言い難いが、ぷにぷにはしていないはずだ。
ぷにぷにと言えば、今、雅の身体にキスをしている桃子の方がぷにぷにしているだろう。
- 218 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:15
- ん?キス?
雅の頭に一つの単語が引っ掛かる。
そうだ。
気がつくのが遅かった。
この状況から抜け出す為の手段。
雅はお手軽とは言えない方法を一つ思いつく。
今さらながら気がついた方法は雅が苦手としているものだが、でも確実なものと言えた。
桃子をうさぎに戻せばいいのだ。
今まで避けたり、桃子からしてもらっていたキスをこちらからしてやればいい。
そうすれば桃子は否応なしにうさぎに戻る。
そして、うさぎに戻ってしまえばこれ以上何かをすることなど出来ない。
雅は胸の下に置かれていた桃子の手を力一杯掴んで、自分の肩の辺りまで引き上げる。
脇腹を舐めていた桃子が顔を上げた。
「どうしたの?」
パジャマ姿の桃子が雅を見る。
- 219 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:17
- 「もも」
名前を呼ぶと嬉しそうな顔をして、桃子が雅の首筋に顔を埋めた。
首筋にキスを一つ落とされる。
こちらから同じようにキスをしなければならないと思うと、雅の心臓がどくんと大きく跳ねた。
『口をくっつけるだけじゃん』
桃子が言った台詞を思い出してみる。
そう、大したことはない。
今まで雅は何度も桃子とキスをしているし、意識する程のことではない。
それに今されていることを思えば簡単なことだ。
服ははだけ、身体の色々な部分を触られている。
このまま放っておけば、とんでもない場所まで触られるに決まっているのだ。
それを阻止する為にはキスしかない。
口と口をちょっとくっつければ片が付く。
桃子の手首を掴む手に力を入れる。
それに抗議するかのように、桃子が雅の首筋に噛みついた。
雅は思わず桃子の手を離しそうになったが、もう一度握り直して桃子に声をかけた。
- 220 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:18
- 「もも、もう…ちょっと…こっち、来て」
おかしな声を出さないように細心の注意を払って雅は桃子を呼んだ。
桃子の腕を自分の方へ引き寄せる。
まるで誘っているようにも思えるが、この際それは無視することにする。
今は細かいことを気にしている場合ではないのだ。
桃子が雅の呼びかけに応えるように身体を動かす。
今まで見えていた天井が雅から見えなくなって、変わりに桃子の顔が見える。
蛍光灯の光が遮られて少しだけ暗くなった。
握っていた手首を離すと、桃子が急に大人しくなった雅を訝しがるような顔をした。
雅は安心させるように微笑んでみる。
少しぎこちない笑顔になったが、場を和ませる効果ぐらいはあるのではないかと思う。
一応、桃子もつられるように笑っていたから何らかの効果があったはずだ。
右手で桃子の頬に触れる。
緊張しているのか手が震えているのが自分でもわかった。
けれど、今さら引き返すわけにはいかない。
- 221 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:20
- やらなきゃやられる!
やるとかやられるなんて言葉ははしたない、などと言っている場合ではないのだ。
自分の方からキスするなんてありえないと言っていた過去の自分を殴りつけてでも、こちらからキスをするしかない。
やらなければやられるしかない。
弱肉強食。
やったもん勝ち。
とにかくやるしかないのだ。
雅は桃子の頬を掴むようにして、自分の身体を桃子の方へ寄せる。
そしてぎゅっと目をつぶって勢いだけで唇をぶつけた。
柔らかな感触が雅の唇に伝わってくる。
「セーフ!」
しかし、桃子の声が聞こえて雅は目を開く。
するとそこにはうさぎではなく、人間の桃子がいた。
- 222 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:23
- 「あぶなかったー。不意打ちは、ちょっとずるいよ」
目を閉じていたのが悪かったのか。
唇を狙ってキスをしたはずなのに、雅の唇はどこか違う場所へ着地したらしい。
雅はもう一度、今度は目を開け、しっかりと狙いを定めてから桃子の顔へ自分の顔を寄せてみる。
だが、二度目はさすがに予想されていたのか、唇が桃子に触れることすらなかった。
「みーやん、ムードないなあ」
ムードがどうした。
雅は心の中で叫ぶ。
ムードだろうがドームだろうが、そんなものは人生に無関係だ。
そもそも、うさぎにムードだなんだと語られたくない。
とにかく早急にキスをしなければ、うさぎにやられるという非常にありがたくない事態に陥るのだ。
けれど、事態は悪い方にしか向かない。
警戒をした桃子が、雅からキスの出来る範囲には入らないようになってしまった。
その上、諦めの悪い桃子がお礼という行為を続行させようとしていた。
「この手、どけて」
「……やだ」
桃子が胸を覆う雅の手の甲へキスをする。
今も桃子はやる気に満ちあふれているようで、胸を覆う雅の手を退かそうとしていた。
このままではうさぎにやられてしまう。
そう思うが、桃子は雅の抵抗など気にも留めていないようで、今まで以上に肌へ触れてくる。
- 223 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:26
- 「もも、やめようよっ。絶対にヤバイってこんなのっ」
「そう?」
キスが無理なら、他の方法を考えるしかない。
今のところは「どうしよう」しか思い浮かばないが、何か言っているうちに良い考えが浮かぶかもしれないと雅は口を動かす。
だが、マズイ、ヤバイと何度か口にしてみたが、それでもやはり画期的な方法など浮かばなかった。
だから雅は今一番、桃子に言いたいことをとりあえず大声で叫んだ。
「うち、ももにやられるなんてやだっ!」
一階に聞こえるかもしれないと思ったが、それよりもこの状況を何とかする方が大事だった。
あまりに大きな声を出したせいか桃子の手が止まる。
「あ、もしかしてみーやんがしたいの?」
なるほどといった表情で桃子が言った。
- 224 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:27
- 「へ?」
「されるより、する方が好きだった?」
「なっ!?」
「そっちのほうがいいなら、そうするけど。……どうする?」
日本語というのは難しい。
いや、うさぎと会話することが難しいのか。
雅が口にした言葉はどこでどうなったのか違う意味として桃子に捉えられていた。
「ももはどっちでもいいよ。みーやんがする方が好きなら、そっちでもいい」
「……うちが、するの?」
「したいなら」
「えっと、それは」
予想もしていなかった展開に雅は返答に窮する。
自分の方からする、というのは想像の中にすらなかった。
危機的状況からは脱出できたが、これからどうすればいいのかわからない。
いや、脱出するどころか新たな危機に直面しているとも言えた。
大体、されるのも嫌だがするのも嫌だ。
嫌だというか、雅はやり方など知らない。
する方にまわっても困るだけで、何も解決しないと思えた。
- 225 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:30
- 「ももはどっちがいいの?」
雅は桃子を見上げながら言った。
答えようのない質問は、質問し返してしまえばいいという簡単な結論に行き着いた。
問いかけられた桃子が雅の上で身体を動かす。
ベッドが軋んでその振動が雅に伝わる。
桃子は身体を起こすと雅の腰の上に軽く座った。
そして、桃子自身を指さす。
「もも?」
「うん」
「うーん、どっちも好きだし、どっちも楽しいけど」
「す、好き…なの?」
「するのは楽しいし、されるのは気持ちいいじゃん」
「あ、そ、そう?」
「うん」
晴れ渡った空のような爽やかな笑みとともに桃子が答える。
その笑顔だけを見ていると、雅には話の内容が「する」や「される」といったものとは到底思えない。
それどころか、恥ずかしいという気持ちを持っている雅の方がやましい人間に思えてくるから不思議だ。
- 226 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:32
- 「で、どうするの?もも、みーやんにあわせるよ」
「いや、あの。ちょ、ちょっと待って」
「うん、待つ」
待たなくて良い。
待たなくて良いから諦めて欲しい。
待ってくれと自分で言っておきながら、雅はそんなことを考えた。
だが、そんな雅の思いもむなしく、桃子は期待に満ちた顔をして雅の腰の上に座っている。
何とはなしに待ってくれと言っただけで、雅に何か明確なプランがあるわけではなかった。
時間稼ぎにはなっているが、この先どちらかを選ばなければならないとしたら、どちらを選ぶのが一番被害が少なくて済むのだろうか。
雅がそんなことを考えている間に、桃子が臍のあたりをぽんぽんと叩いたり撫でたりと身体に触れてくるが、それは先程までの触り方とは全く違うものであまり気にはならなかった。
しかし、退屈しのぎに雅へ触れてくる桃子の様子からして、そう長い時間待ってもらえるとは思えない。
「みーやん、決まった?決めないなら、ももがするよ?」
すうっと腹の上を撫でられる。
桃子の触り方が元に戻って、背筋が変な感じにぞくっとした。
- 227 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:35
- 「ちょ、まだっ。待って!」
雅は桃子の手を掴む。
どうしようどうしようと頭の中で繰り返す。
何度目かのどうしようの後、桃子が掴んでいる手とは反対側の手で雅の肩を撫でた。
「わあっ!やだってばっ」
胸をガードしていた手でその手を握った。
手を退けてしまった胸のことが気になったが、雅は下着があるから大丈夫と自分で自分を励ましてみる。
「……ね、みーやん。もしかしてもも、あんまり上手くなかった?だからやなの?」
「下手じゃなっ」
一段階トーンを落とした桃子の声が聞こえて、雅は思わず否定しかけた。
「ち、違う!そうじゃなくて!上手とか下手の問題じゃない」
嫌な理由はそこではないと思い直す。
上手ければしてもいいというものでもないのだ。
こういうものは気持ちが大事で、上手いかどうかは別問題だと雅は思う。
大体、上手いか下手かなど比べる相手がいないのだから知りようがない。
こうしてある程度落ち着いた状態で考えてみると桃子が下手だとは思わないが、されている時はそんなことを考えている余裕もなく、上手や下手という感想の持ちようがなかった。
- 228 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:39
- 何か変な感じになっただけだ。
触れられると声を止めることが出来なかっただけだ。
いや、そうではなく。
先程の行為は思い出したくないものなのだから、桃子が上手いか下手かなど考えなくても良いのだ。
危うく流されそうになる思考を一旦打ち切って、雅は腰の上に座っている桃子に手で移動するように伝える。
すると、桃子が少し後ろにずれて雅の太ももの上に座り直した。
「とにかく、お礼はいらないの。それに、これだけしたら気が済んだでしょ」
「えー!こんなのまだ全然じゃん。ちゃんとしよーよ」
雅が身体を起こして桃子の額を押すと、桃子が不満げに口を尖らせた。
そこで雅は「する方がいい」と言って桃子を騙して、お礼ではなくキスをすればいいのだと気がつく。
だが、一気に疲れが出て色々なことがどうでも良く思えてくる。
桃子も「しよう」とは言っているが、やる気がそがれたのか手を出してくる様子はない。
「あのさ。うち、もう寝るから……」
太ももの上に座る桃子に退くように伝えると、今までの雅に対する執着が嘘のように桃子が素直に雅の言葉に従った。
- 229 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:42
- 「寝ちゃうの?」
「ももも寝なよ」
「なんで?しようよ」
「今日は、もう眠いからさ。だから、寝よ?もも、人間のままでいいから。だから、ね?」
「うさぎにならなくていいの?」
「うん。そのままでいいから」
雅はベッドから起ち上がって、桃子の頭を撫でる。
人間のままでいい、という言葉が効いたのか桃子はにこにこと笑っていた。
単純なのか、うさぎだからなのか。
よくわからないが、お礼のことはどうでも良くなったようだった。
桃子を見ると目をごしごしと擦っているから、桃子も眠くなったのかもしれない。
雅はタンスの中からパジャマを引っ張り出して着替える。
ボタンは全て外されていたから着替えやすいと言えた。
手間が省けていいよね、と自嘲気味に笑いながらパジャマに着替え終えると、雅はベッドの中に潜り込む。
「みーやん、お礼はどうしたらいいの?」
まだお礼の存在を忘れてはいなかったようで、桃子が雅の隣に身体を横たえながら言った。
「それももういいから。また今度にして」
「今度ならお礼してほしい?」
「……その時考える」
- 230 名前:うさぎの恩返し − 4 − 投稿日:2008/06/29(日) 08:45
- 絶対にするなと言いたいところだったが、それをぐっと堪えて雅は無難な返事を返す。
するなと言えば、なんでと尋ねられてまた言い争いになるに違いない。
問題は先送りに。
解決はしないが仕方がない。
雅は桃子に背を向けて目を閉じる。
背中にぴたりと桃子がくっついた。
腕が回されて抱きしめられる。
人間の桃子と一緒に眠るときは、雅はいつも桃子の抱き枕のような状態になる。
だから、この体勢も別段変わった体勢でもなく、驚くようなことではない。
それなのに今日は雅の心臓が大きく跳ねて、背中に感じる桃子の体温がいつもより熱く感じた。
何なの、これ。
先程までの行為が思い出されて、雅は桃子が側にいることを変に意識してしまう。
本当にもうこんな生活、冗談じゃない。
寿命が縮まったら間違いなく桃子のせいだ。
雅はどくどくとうるさい心臓を大人しくさせようと、息を吸ったり吐いたりしてみた。
机の上に広げたままになっている教科書の存在は頭の中から消えていた。
宿題は存在を忘れられたまま机の上。
心臓は存在を主張しながら雅を眠りから遠ざける。
削られていく睡眠時間を前に、雅はどうすれば眠ることが出来るのかと頭を抱えた。
- 231 名前:Z 投稿日:2008/06/29(日) 08:45
-
- 232 名前:Z 投稿日:2008/06/29(日) 08:45
- 本日の更新終了です。
- 233 名前:Z 投稿日:2008/06/29(日) 08:47
- >>213さん
石川さんの素晴らしい教育により、素晴らしい桃子になりました(´▽`)w
>>214さん
ル*’ー’リ<ウフフ
>>215さん
けしからん桃子と生け贄みやびちゃんはこんな感じになりましたw
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/30(月) 02:58
- お礼なんて言いいながら
自分も好きだったんっだな!
ももにはみやが再教育しなきゃ
- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/01(火) 08:15
- 寝る時にくっつくの萌えー(*´Д`)
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/02(水) 22:46
- 乙!
次は責めるみやに受けるももが見たいなぁ
- 237 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/07/16(水) 02:48
-
お客様はご近所様 − 1 −
- 238 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/16(水) 02:51
- 遠くから聞こえてくるジリジリという音に意識が引っ張られ、目を開けると部屋の中は明るかった。
雅はベッドの中から手を伸ばし、目覚まし時計を叩いて止める。
昨夜、なかなか寝付けなかったせいかまだ眠い。
もう一度目を閉じかけて、雅は嫌な予感に飛び起きた。
時計をしっかり見ると七時はとっくにすぎていて、もう八時が近かった。
頭の中に「遅刻」という二文字が浮かぶ。
雅はベッドから飛び出して、制服へ着替える。
ちらりとベッドの上を見るとシーツの塊がもぞもぞと動いていた。
雅の寝坊の元凶である桃子はまだ起きるつもりがないのか、シーツにくるまったまま顔を出しもしない。
桃子のせいで寝坊をしたのだと文句の一つでも言ってやりたかったが、今は桃子を叩き起こしてそんなことを言う時間も惜しかった。
雅に出来ることと言えば、恨みがましい視線を桃子へ送ることぐらいだ。
いつもの半分の時間で制服へ着替え、机を見る。
机の上には今日使う予定の教科書とノートが放り出されていた。
真っ白なノートを見て雅は宿題の存在を思い出したが、今さらどうにも出来そうにない。
とりあえず教科書とノートを鞄に詰め込んで、雅は桃子へ声をかける。
- 239 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/16(水) 02:52
- 「もも、うち学校行ってくるから」
「うん、気をつけて……」
シーツ越しにくぐもった声が聞こえた。
むにゃむにゃと眠たそうな声から、まだ桃子の意識が外へ向かっていないことがわかった。
「もも」
雅は愛理からもらった河童のぬいぐるみを手に取ると、シーツの塊に向かって投げつける。
「んー?」
「ちょっと、ねえ!起きなよ!」
「大人しくしてるから」
ふあ、と大きく息を吐き出しながら桃子がシーツから顔を出す。
雅が時計を見ると、もう八時を過ぎていた。
「だから、へーき」
「平気じゃないってっ。いつ誰が来るかわかんないんだよっ!」
- 240 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/16(水) 02:54
- うさぎに戻れ、とわざわざ口にする必要はない。
朝、目が覚めて桃子が人間の姿でいる時は、黙っていても雅が制服に着替えた頃に桃子の方からキスをしてくるようになっていた。
だが、こうして眠っている桃子を無理矢理起こした時は、なかなか雅の思ったように事が運ばない。
雅も寝起きが良い方ではないが、桃子はそれ以上に寝起きが悪かった。
「もう、いい」
半分寝ぼけたような状態の桃子に何を言っても埒が明かない。
大体、こうした押し問答が数分間続くことになる。
余裕のある朝なら桃子が覚醒するまで付き合うのだが、今日はそんな時間がなかった。
いつまでも桃子に付き合っているわけにはいかない。
なるべく早く家を出る為の選択肢。
雅が選べるものは一つしかなかった。
昨日、しようと思った。
成功はしなかったが、実行はした。
だから、今もしようと思えば雅の方からキス出来るはずだ。
- 241 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/16(水) 02:58
- 雅はシーツを剥いで桃子の肩を掴む。
寝転がったままの桃子の身体を自分の方へと向け、屈んでから顔を勢いよく桃子へ近づける。
眠たそうな目の桃子にじっと見つめられ、勢いがそがれた。
急に心臓がどくどくとうるさく鳴り始めて、雅は思わず桃子の目を右手で覆い隠す。
何か言いたげに桃子の口が開きかけたが、それに構わずに雅は目を閉じ、桃子の唇に自分の唇を押しつけた。
桃子からされるキスと自分の方からするキスは何かが違う。
けれど、その違いが何なのかはっきりとわかる前に、聞き慣れた「ぽんっ」という音とともに唇から柔らかな感触が消えた。
キスと引き替えに、ベッドの上に白い毛玉のような桃子が現れる。
雅はベッドの上にちょこんと座っているうさぎの桃子を掴むとケージに放り込む。
ペットフードをバラバラとこぼしながら餌皿に移してケージの中へ置いた。
ケージの中では桃子が乱暴な扱いに怒って鼻を鳴らしていたが、構っている時間はなかった。
元はと言えば昨夜、桃子が変なことをするから雅は寝坊したのだ。
なかなか寝付けなかったのは桃子のせいで、寝坊したのも桃子のせい。
だから、慌ててこんな乱暴な扱いになった。
怒りたいのはこっちの方だ、と雅は思う。
「もも、帰ってきたら話あるから!」
- 242 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/16(水) 03:01
- 人差し指でビシっと桃子を指さしてから、ケージに背を向ける。
帰ってきたら正しいお礼について説明しなければならない。
何度も説明したような気はするが、もう一度きっちりと桃子が納得するまで教え込むつもりだ。
昨夜のようなことがこれから何度もあって、何度も遅刻するなど冗談じゃない。
キスぐらいならまだしも、その先なんてまだ早すぎるのだ。
早すぎるというより、あってはならない。
それに、キスはしないと仕方がないからしているだけで、好きでキスをしているわけではない。
今、初めて自分の方からキスをすることになったが、それも出来れば避けたいことだ。
やれば出来る。
やれば出来た。
出来ないと思っていたから出来なかっただけで、やる気になればそれほど難しいことではなかった。
けれど、こちらからしなくていいのならその方がいい。
自分の方からキスするのは、何故だか緊張して心臓がどくどくとうるさかった。
雅は胸を手で押さえてみる。
心臓はまだ落ち着いていなかった。
きっと誰とキスをしてもこんな感じなのだろうと雅は思うことにする。
気にしたら負け。
そして今、気にするべき事はキスよりも時間。
勢いよく自室の扉を閉めて、階段を駆け下りる。
雅は玄関を飛び出し、自転車へ跨るとペダルをこぎ始めた。
- 243 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/16(水) 03:04
-
ギリギリセーフなら最高。
ギリギリアウトなら最悪。
テレビの占いよりは当たりそうな賭けをして、
雅は自転車をこいだ。
だが、賭の結果は最悪だった。
ギリギリセーフを狙うも、雅の目の前で学校の門は閉じられ、ギリギリアウトと門番の先生から告げられた。
昨夜から続く最悪な時間はまだ断ち切れてはいないようで、雅は生活指導の先生に小言を言われながら細く長く息を吐く。
ああ、今日一日が思いやられる。
そんなことを考えたのが悪かったのか、その後も最悪と言えるようなことが続いた。
遅刻をしただけならまだ良かったのだが、宿題も忘れていた。
忘れた宿題を提出しなければならないのは運悪く一時間目の授業で、雅は遅刻をしたおかげで友人のノートを頼ることすら出来なかった。
- 244 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/16(水) 03:06
- 遅刻と真っ白なノートと先生。
先生には角が生えていた。
そして、鬼のような先生はやはり鬼だった。
今日中に提出するようにとの言葉付きで雅の前にどんっと置かれたのは、宿題に出された倍の量はある問題集。
この時、雅の放課後の予定は自動的に決まった。
最悪な夜から最悪な放課後へ。
最悪な時間を断ち切れないまま雅は、放課後の教室で問題集と睨めっこをしていた。
授業が終わってから随分と時間のたった教室には、先生から問題集の提出を命じられた雅と、その雅を面白そうに見ている千奈美しかいなかった。
家に早く帰りたいわけではないから、居残ること自体は気にならない。
だが、先生から渡された問題集の存在は雅を憂鬱にさせる。
窓の外を見ると陽は傾き、空が赤く染まっていた。
雅は半分も埋まっていない問題集を見ながら、シャーペンをカチカチとノックした。
- 245 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/16(水) 03:09
- 桃子のたちの悪いお礼のせいで、雅は最近帰宅が遅くなっていた。
早く帰って桃子の相手をするとろくなことにならない為、放課後の教室で時間を潰したり、寄り道をしたりして家へ帰る時間を遅らせていたのだ。
そのせいで雅は最近、母親に怒られた。
昨日はガムテープのことで怒られたし散々だ。
そして、目の前にある問題の山を見る限り今日も帰りが遅くなりそうで、雅が母親に怒られるのは確定したようなものだった。
「あー!この問題やだ。全然わかんない。もう、帰りたーい!……帰りたくないけど」
「これじゃ、帰れそうにないよねえ」
「ちぃ、見てるだけじゃなくて教えてよ!」
「あたしに聞いてわかるわけないじゃん」
雅の正面に陣取っていた千奈美が、さも当然と言った口調で答えた。
「大体さー、中間テストの結果見たでしょ?みやとほとんど変わらなかったあたしに聞く方が間違ってる」
- 246 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/16(水) 03:10
- この間終わったばかりの雅の中間テストは決して良いとは言えない結果で、とても大きな声では言えない点数だった。
千奈美もその雅とあまり変わらない点数を取っていて、本人が言うように千奈美に勉強面で頼るのは間違っていると言えた。
「うちと同じぐらいの頭ならちぃが問題集やっても同じだし、これやってよー。どうせ、似たようなところ間違うんだし、絶対先生にバレないって」
「やだよ。面倒じゃん」
「えー、手伝ってよ!こんなの一人でやってたら、いつまでたっても終わらないって」
雅が情けない顔で千奈美のブレザーを引っ張る。
すると千奈美がしみじみと言った。
「先生も馬鹿だよねえ。こんなのみやに出しても、今日中に終わるわけないのに」
雅は千奈美の言葉にもっともだと頷きかけてから、千奈美の顔を見た。
今、随分とひどいことを言われたような気がする。
いや、確実に言われた。
- 247 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/16(水) 03:11
- 「ちょっと、それひどくない?」
「ひどくない。ひどいのはみやの中間テストの結果」
「ちぃ、人のこと言えないって……」
「あー、あたしはいいの、いいの。中学の頃からいっつも悪いもん」
「いっつもって。少しは勉強しなよ」
「みやに言われたくない。みやこそ、勉強やんな」
「あたしだって、ちぃに言われたくない」
千奈美が問題集を指先で弾く。
雅はそんな千奈美の指先を見てから、千奈美の額をシャーペンで突いた。
突かれた千奈美が眉間に皺を寄せる。
そして、しばらく考えてから千奈美が明るい声で宣言した。
「もうさ、これやんないで帰ろう!みや!」
「そんなことしたら、明日また先生に怒られるじゃん!」
「明日は明日の風が吹くって!」
「……早く帰っても仕方ないし、やる」
- 248 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/16(水) 03:13
- あまり帰りが遅くなると母親に怒られる。
だが、進んで早く帰るつもりにもなれない。
この問題集を放り出して帰れば明日、先生に怒られるのは火を見るよりも明らかだし、それならば母親に怒られる方がましだった。
それに理解しようとしない桃子にお礼について説明するのも億劫な気がした。
「みや、まーた帰りたくないとか言ってんの?」
千奈美があきれ顔で雅を見る。
「だってさあ」
「どうせ、うちのももが言うこと聞かないのぉー!とかそんな理由でしょ。みやはしつけが足りないんだよ、しつけが」
「うっさいなー。ちゃんとしつけてるってば。ただ言うこと聞かないだけだよ。ももが」
「そういうのがしつけが足りないっていうの。知ってた?」
「ちぃにだけは言われたくない。しつけ足りてるもん。足りないのはちぃの頭っ!」
「なにそれー!あたしだって、うさぎ一匹しつけられないみやに言われたくないですよーだっ」
「うさぎは一羽って数えるんですっ」
「あーもー!みや、細かいなー!」
- 249 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/16(水) 03:15
- 面倒臭そうに千奈美が言って、机に肘をついた。
千奈美が雅からシャーペンを奪い取って、空欄の多い問題集に落書きをする。
雅は千奈美からシャーペンを奪い返すと、はあとため息をついた。
千奈美には桃子の正体について話していない。
しかし、うさぎの桃子についての話を千奈美によくしていた。
主に人間の桃子がしたことを千奈美に話しているのだが、さすがにありのままを話すわけにもいかず、多少の脚色をくわえて桃子に対する愚痴を聞いてもらっている。
色々と桃子の話をしていたがいつも行き着く場所は同じで、最終的には桃子が雅の言うことを聞かないといった結論で雅の話は締めくくられていた。
問題集の空欄を一つ埋めて、雅は千奈美を見た。
昨夜の出来事について話したい。
うさぎがこんなことをするんだと言いたい。
けれど、さすがにうさぎに襲われ、よからぬことをされそうになった、とは言えそうになかった。
- 250 名前:Z 投稿日:2008/07/16(水) 03:16
-
- 251 名前:Z 投稿日:2008/07/16(水) 03:16
- 本日の更新終了です。
- 252 名前:Z 投稿日:2008/07/16(水) 03:18
- >>234さん
再教育はどうなるのか……。
よわよわなみやびちゃんががんばれるのかどうかが問題です(´▽`)
>>235さん
これからの季節、暑苦しくなってきますw
>>236さん
みやびちゃんのがんばり次第で。
……どうにかなるのかなあw
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/18(金) 00:06
- 眠たそうな目の桃子萌えー(*´Д`)
- 254 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/18(金) 02:06
- 「でも、今はうさぎの数え方より、これなんだよね。ほんと、どうしよう」
目の前にある問題集と桃子。
どちらもぼうっと見ているだけでは解決しない。
「どうしようって、問題解くか先生に泣きつくしかないんじゃない?」
「そうだよね」
雅は問題集を見る。
桃子のことは後から考えるとして、今は問題集の空欄をどうにかしなければならない。
けれど、残っている空欄はすぐに埋められそうもなかった。
雅はがしがしと頭を掻いてから叫ぶ。
「あー!もう、無理だって!」
「何が無理だって?いつまでも遊んでないで、そろそろ教室から出なよ」
教室に雅と千奈美以外の声が響く。
雅と千奈美は声がした方向、教室の入り口を見る。
「うわっ、風紀委員がきた」
千奈美が教室の入り口に仁王立ちになっている人物を見て声を上げた。
- 255 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/18(金) 02:11
- 「あたしは風紀委員って名前じゃないっての。ちゃんと清水って名前があるって言ってるでしょうが」
風紀委員こと清水佐紀は、放課後をだらだらと教室で過ごす雅と千奈美とって馴染みのある人物だった。
入学してからそう時間も立たないうちに放課後を千奈美と一緒に教室で過ごすようになった雅は、日に日に帰りが遅くなっていた。
もう少し、あと少し、そんな風に下校時間を遅らせていると、ある日小さな見知らぬ人物が教室に怒鳴り込んできた。
下校時刻はとっくに過ぎている、そう言って小さな身体に似合わない強気な物言いの風紀委員が雅と千奈美に声をかけたのが最初だ。
あれから数週間、雅と千奈美は相変わらず下校時刻を過ぎても教室に残っていることが多く、風紀委員の佐紀が教室に乗り込んでくる姿を見ることが日課に近かった。
「ほんと、あんたたちは毎日毎日……。いつまで教室にいるつもり?早く帰りな」
あんたたちが帰らないからあたしが帰れない、そんな心の声が聞こえてきそうな声色で佐紀が雅と千奈美を教室から追い出そうとする。
いつもの雅ならその声に教室を出る準備を始める。
だが、今日はそうもいかなかった。
目の前にある問題集が雅を帰らせない。
- 256 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/18(金) 02:16
- 「せんぱーいっ、助けて!」
「はっ?」
佐紀は雅の一学年上になる。
問題集を持て余している雅にとって、年上の佐紀はとても頼もしく見えた。
飛んで火に入る夏の虫。
雅にとってはグッドタイミング、佐紀にとってはバッドタイミング。
今日初めてと言えるラッキーな出来事に雅は笑みがこぼれた。
ここぞとばかりに、雅は佐紀に泣きついてみる。
「遊んでるわけじゃなくて、帰れないんです。これ、出来なくて」
「じゃあ、あたし帰るから。二人も早く帰りなよ」
「やー、ちょっと先輩!待って!この問題集、解くの手伝ってください」
「手伝えって、こんなの自分でやらなきゃ意味ないでしょ」
「自分で出来ないから、助けて欲しいんですっ」
「どこが?」
「この辺が」
「ほとんど空欄じゃん!」
「だから清水先輩、助けて!」
「自分でやんなって」
「1個上なんだから、簡単ですって。だから、お願いしますっ」
「お願いって。ちょっと、千奈美。あんた、教えてあげなよ。みやの友達なんでしょ」
「やだなー、先輩。教えてあげられるなら、もう教えてると思いませんか?」
「もう、ほんとあんたたちは手間のかかる……」
- 257 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/18(金) 02:18
- ぶつぶつと文句を言いながらも、佐紀が問題集を広げている雅の机までやってくる。
やれやれといった表情で問題集を覗き込むと、近くの机と対になっている椅子を引っ張ってきた。
問題集を広げた机を三人で取り囲んで、空欄を埋めていく作業に取りかかる。
雅がわからないと繰り返し、佐紀が顔を顰めながら問題を解く。
千奈美はそんな二人の様子を笑いながら見ているだけで、手伝おうとはしない。
時折、邪魔するように問題集を覗き込んでくる千奈美をあしらいながらもなんとか空欄を埋めると、雅は問題集をぱたんと閉じた。
「出来た!」
「この恩を忘れず、明日からは早く帰ってよね。ほんと」
「努力はします」
「努力は、じゃなくて。必ず早く帰ってよね!」
雅が嬉しげな声を上げると、佐紀がガタンと音を立てて椅子から起ち上がった。
つられるように起ち上がって、雅は呆れ声の佐紀に「ありがとうございます」と声をかけた。
その声に小さな佐紀が顎を上げて雅の顔を見上げる。
佐紀の黒い髪が揺れた。
- 258 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/18(金) 02:21
- その姿に雅は桃子を連想した。
雅よりも小さな身体に黒く短い髪。
後ろ髪の長さが肩にかかるぐらいの佐紀の髪に比べると桃子の髪はもう少し長いし、佐紀とは性格や雰囲気が随分と違う。
しかし、背格好がほぼ同じに見えるせいか、雅を見上げてくる佐紀から桃子が頭の中に浮かんだ。
そこで雅はふとあることを思い出す。
「あー、そうだ。清水先輩、うさぎの発情期っていつか知ってますか?」
「はあ?発情期?」
「はい、発情期」
桃子のお礼は純粋な気持ちから来るもので、発情期とは関係ないように思えた。
ああいったお礼を純粋な気持ちから行われるというのも雅にとっては有り難迷惑なことこの上ないのだが、桃子の欲望だけから来るものではないのだから仕方がない面もあるのかもしれない。
だが今後、お礼とは別の気持ちを持って桃子がああいった行為をしてくるかもしれないのだ。
その時のためにも雅はうさぎの生態についてもっと知っておくべきだと思う。
- 259 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/18(金) 02:23
- 「……うさぎ、繁殖させるの?」
「え?」
雅の中で桃子と繁殖という言葉が繋がらない。
頭の中では人間の姿をした桃子が脳天気な笑顔でぴょんぴょんと跳ね回っていた。
ぽかんとした顔のまま固まっている雅に千奈美が興味津々といった表情で声をかけてくる。
「おー!みや、うさぎの子供作るんだ?」
「ええっ?」
「生まれたらちょーだい」
千奈美から両手を広げてうさぎをねだられてから、雅は発情期の意味に改めて気がつく。
発情期が何の為にあるのか考えればすぐにわかることなのに、桃子の様子からはその答えに辿り着くことが出来なかった。
よく考えれば、いや考えなくても普通なら佐紀や千奈美のような答えがすぐに導き出せるはずだ。
けれど、桃子があまりにも爽やかすぎて、雅はあの行為が何を意味するものなのかすっかり忘れていた。
発情期は繁殖で、繁殖は子供で。
単語だけが雅の頭の中で繋がって、繋いだ線の行方がわからなくなる。
- 260 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/18(金) 02:24
- ももの子供。
それってうちの子供?
ええっ、でも。あのままいったら、うちがももの子供を……。
何がどうなったのか繋がった線はそんなところに辿り着く。
辿り着いたと同時に雅の顔が真っ赤に染まった。
「あー、あたしも欲しい」
雅の様子に気がつかない佐紀がのんびりとした調子で千奈美に便乗する。
さらに、あははと笑いながら子うさぎの可愛さについて千奈美と一緒に語り始めるものだから、雅の頭の中で小さな桃子がぴょこんぴょこんと跳ね回って収拾がつくなくなった。
「絶対に生まれませんっ!」
跳ね回る小さな桃子を振り払うように雅は大声を上げる。
「え?」
「なんで?」
強い口調で叫んだ雅に対して、佐紀がぽかんとした顔で雅を見る。
そして、千奈美が雅に問いかけた。
- 261 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/18(金) 02:26
- 「あ、いや、あの、べつに」
二人から見つめられて、雅は自分の想像がいかに馬鹿らしいものか気がついた。
雅と桃子の間に子供が生まれるなどということは絶対にありえない。
そして千奈美も佐紀も、雅と桃子の子供が欲しいと言っているわけではない。
うさぎの話をしていて真っ赤な顔をする必要などどこにもないのだ。
雅は今さらながらそんなことに気がついて、赤く染まった頬を両手で押さえる。
「繁殖じゃないんだ?」
「繁殖じゃなくて」
「じゃあ、なに?」
「えっと、なんだろう?」
佐紀に尋ねられて、雅は何の為に繁殖について語っているのかわからなくなってくる。
そもそも、どうして繁殖について話しているのか謎だった。
元を辿れば発情期の話のはずだ。
それがどうしてこんなことになったのだろう。
雅は問いかけてきた佐紀を縋るような目で見る。
「なんだろうって、こっちがなんだろう、だよ」
はあ、と大きく息を吐き出して佐紀が頭を振った。
そして雅の肩を押す。
- 262 名前:お客様はご近所様 − 1 − 投稿日:2008/07/18(金) 02:29
- 「もう、わけわかんないこと言ってないで、問題集終わったんだから早く教室から出る!」
佐紀が机の上に置かれている問題集を手にとって雅に押しつける。
千奈美が「はーい」と気の抜けた返事をすると、鞄を手に取って教室の出口へと向かう。
雅も慌てて鞄を掴むと電気を消して薄暗くなった教室を後にした。
「清水先輩。うさぎ、好きなんですか?」
職員室に向かう廊下を歩きながら、雅は前を行く佐紀に問いかける。
「うさぎ、好きだよ。あ、それと、佐紀でいいよ、佐紀で」
「佐紀先輩」
「うわ、きもちわるっ」
佐紀が肩をすくめる。
その様子を見て、千奈美が雅の隣でぽんっと手を叩いて口を開いた。
「じゃあ、佐紀さん」
「それも気持ち悪い」
「佐紀ちゃんは?」
「よし、それでいこう!」
くるりと後ろを向いてから、佐紀が千奈美を指さして笑った。
- 263 名前:Z 投稿日:2008/07/18(金) 02:30
-
- 264 名前:Z 投稿日:2008/07/18(金) 02:30
- 本日の更新終了です。
- 265 名前:Z 投稿日:2008/07/18(金) 02:31
- >>253さん
寝起き萌え(*´▽`*)
- 266 名前:名無し飼育さん。。。 投稿日:2008/07/18(金) 02:31
- 繁殖しちゃえばいいじゃないか!
- 267 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/18(金) 04:22
- こどもを想像したら萌えた(ノ∀`)w
バカな妄想が可愛い
- 268 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/19(土) 00:14
- 頭の中でももウサギが飛んだ!
- 269 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/07/24(木) 02:38
-
お客様はご近所様 − 2 −
- 270 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 02:43
- あれから雅は佐紀と別れて、千奈美と一緒に職員室へ問題集を提出に行った。
空欄を全て埋めた問題集は効果があったようで、先生は小言も言わずすぐに雅を解放してくれた。
それから急いで家に帰ったが、雅が帰り着いた頃には夕飯時で、母親が角を生やしかけていたところだ。
だが、怒鳴られる前に頭を下げて謝ったのが効いたのか、母親はぶつぶつと文句を言うぐらいでそれ以上何も言わなかった。
雅は少し早めの夕飯を食べて、自室へと戻る。
最悪な時間は断ち切れたのか、ようやく落ち着ける時間がやってきたようだった。
ケージの中で毛繕いをしている桃子を見る。
前足で顔を撫でている桃子を見ていると、雅には桃子が普通のうさぎにしか見えない。
これから桃子にお礼とは何かを説明しなければならないと思うと気が滅入ってくるが、説明しないまま何度もあのような行為をされても困る。
雅は桃子をケージの中から出そうとして、思い直す。
その前に発情期について調べた方が良さそうな気がした。
とりあえず普通のうさぎと普通じゃないうさぎの発情期について考えてみるが、普通じゃないうさぎのことなど調べようがない。
とりあえず普通のうさぎについて調べてから、あとは桃子に尋ねてみるしかなさそうだ。
雅はパソコンのスイッチを入れる。
ブラウザを立ち上げて検索サイトで『発情期』について調べてみる。
カチカチとキーボードとマウスを操作して、うさぎの発情期についての検索結果を見た雅は大きなため息をついた。
- 271 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 02:47
- うさぎには発情期はない。
というよりも、一年中発情期。
そんな検索結果に、雅は乱暴にパソコンのスイッチを切った。
椅子の向きをパソコンからケージの方へと変える。
桃子は毛繕いを終え、ケージの中で腹を床に付けてぺたんと伸びていた。
検索結果を見た雅は、お礼お礼と騒いでいた桃子の言葉に不純なものが混じっていないと言い切れなくなる。
純粋な気持ちからああいった行動に出たのなら修正のしようもあるが、不純な気持ちからの行動だったとしたらどう修正すればいいのだろう。
雅は桃子を説得する言葉を探しながらケージを開け、中にいる桃子の背中を撫でた。
雅が触れると寝かされていた桃子の耳がぴょこんと起ち上がった。
不思議そうな顔をして桃子が雅を見上げる。
じっと雅を見ている桃子を抱き上げて胸に抱える。
腕の中にいる桃子の額を指先で撫でると、桃子が気持ちよさそうに目を閉じた。
静かに目を閉じている桃子に雅は唇を寄せる。
唇に毛の感触がしたと同時に、雅の腕の中から柔らかな塊が消えて、目の前に人間の姿をした桃子が現れた。
- 272 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 02:52
- 「みーやん、おかえりー」
「ただいま」
「部屋に戻って来るなりパソコン始めちゃうから、今日はもう人間になれないかと思った」
嬉しそうな声を上げて裸の桃子が雅に飛びつく。
雅は桃子を見ないようにしながら抱きついてきた桃子の身体を遠ざけ、ベッドの上からシーツを剥いで放り投げる。
タンスの中から下着と目に付いたニットのシャツ、そしてショートパンツを掴んで桃子に手渡す。
手早く着替えた桃子を見ると、雅より小さな桃子には服が少し大きいようで、服を着ていると言うより服に着られているように見えた。
ぶかぶかな服を着て、桃子が床にぺたんと女の子座りをする。
雅はテーブルの下に置いてあったクッションを引き寄せると桃子の前に座った。
「今日は人間になってもらわないと困るから」
「なんで?」
「話があるから、ももに」
「なんの?」
「昨日言ったでしょ。正しいお礼について教えてあげるって」
クッションを抱えて桃子の目を見る。
目をくりくりと動かしながら桃子が興味のなさそうな声で言った。
- 273 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 02:55
- 「正しいお礼なんてどうでもいいじゃん」
「良くないよ!間違ってるものはちゃんと直さないと!」
「みーやんは真面目だなあ」
「真面目とかそういう問題じゃない」
「あれでいいじゃん、お礼なんて」
桃子が膝立ちでテーブルの前まで移動する。
そしてまた女の子座りをするとテーブルに突っ伏した。
雅はテーブルにびたっと張り付いている桃子の向かい側へ行き、座り直す。
「……なんで正しいお礼の方法聞かないの?どうしてもあのお礼じゃないとだめな理由があるの?」
「だめっていうか。みーやん、あれもお礼でしょ?石川さん、そう言ってたよ」
「お礼じゃないよっ!もしかして、もも。ああいうことしたいからしてるだけなんじゃないの?」
べたりとテーブルにくっつき、顔だけ上げて雅を見る桃子に顔を近づける。
雅はテーブルに肘をつき、手の平に顎を乗せると、桃子を疑いの眼差しで見た。
その眼差しに桃子が不思議そうな声を出す。
「ああいうことって?」
「ああいうことはああいうことだよ!」
どんっ、と雅はテーブルを叩く。
- 274 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 02:57
- 「あー、えっち?」
事も無げな様子で顔を上げると、桃子があっけらかんと言った。
桃子の言葉に雅の方が頬を染める。
「だってもも、好きとか言ってたじゃん」
「確かに言ったし、好きだけど。でも、それだけじゃないよ。みーやんの言うお礼がもものお礼とどう違うのかわかんないけど、でも、あれはももにとってちゃんとしたお礼だから……」
「あんなの違うしっ!」
もう一度どんっ、とテーブルを叩くと桃子が身体を起こした。
「お礼っていうのはねっ」
桃子がテーブルの端に手をかけ、声を荒げる雅をきょとんとした顔で見る。
「感謝の気持ちを言葉で表すことなの!言葉じゃないなら、プレゼントとか。あんな風に身体で、とかそんなのは違うのっ!わかった?」
「わかんない」
「はあああっ?」
「だって、同じじゃん。ももにとって、あれが感謝の気持ちを表す方法だもん」
「もも、感謝って言葉の意味わかってんの?」
「ありがとう、って気持ちのことでしょ?」
- 275 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 02:58
- いつになく真面目な顔で桃子が言った。
その顔からは不純な気持ちなど読み取れない。
真剣にそう思っている、としか考えられなかった。
それはそれで厄介で面倒だと思える。
純粋な気持ちで間違った表現方法を信じ込んでいるのだから、修正が難しい。
不純な気持ちを修正するよりはましだと思っていたがそんなこともないようで、雅は桃子に正しいお礼の方法をどうやって教えればいいのかわからなくなってくる。
「あってるけど。あってるけど!でも、その気持ちの表し方が間違ってるんだってばっ!」
うー、と唸って雅は桃子を見る。
桃子は雅の言葉を理解しかねるようで首を傾げていた。
「もっと、こう、普通に。言葉だけで伝わるから。それだけで十分だから。だから、ありがとうって言ってくれたらそれでいい」
「そんなんでいいの?」
「いい!それがいい!」
「ふーん」
気のない返事を返してから、桃子が雅の方へと身を乗り出した。
- 276 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 03:00
- 「でも、それってなんか違うんだよね」
「違うってなにがっ」
「だって、違うんだもん。ももにとって」
テーブルに肘をつく雅を桃子が下から見上げてくる。
白い手に腕を掴まれる。
真っ直ぐな目に見つめられて、雅の心臓がどくんと鳴った。
「やっぱり、発情期だからだ!うさぎはいつでも発情期なんでしょっ」
嫌な予感がして雅は身を引く。
掴まれた腕も強引に引いて、桃子の手から逃れる。
「へ?発情期ってなに?」
「え?発情期ってわかんないの?」
「わかんない。なにそれ?」
「発情期っていうのは……」
真顔で尋ねてくる桃子に説明しかけて、雅は口籠もる。
雅の頭の中に放課後の教室での出来事が思い浮かぶ。
繁殖とか子供。
そして自分がその時想像したもの。
そんなものに繋がる発情期について説明するということは、何だかとても恥ずかしいことのような気がしてくる。
- 277 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 03:03
- 「あー、もういい」
「よくないよ。みーやん、教えて」
「や、いいから」
「やだ!教えて。ちゃんと勉強しないともも、わかんないもん」
その余計とも言える向学心を正しいお礼の仕方へ向けてくれないかと雅は思う。
発情期に興味を示すより、正しいお礼の方法を学んで欲しい。
雅は心の底から桃子の向学心が正しい方へ向いてくれることを願う。
「そんなの知らなくても、ももは困らないからいいの」
「困るかもしれないもん」
「困らない!」
雅は強い口調で断言した。
すると桃子はそれ以上追求するつもりがなくなったのか、大人しくなる。
「とにかく!あれはお礼じゃなくて、それで、誰にでもああいうことしちゃだめだから!」
桃子が騒ぎ出さないうちに、雅は話をお礼についてに戻す。
お礼の方法が変わらないのなら、お礼をする対象を限定しておこうと雅は思う。
自分に対してならいいというわけでもないが、誰にでもお礼をされたら話がややこしくなる。
だから、雅は桃子が誰にでもお礼をすることを禁止しておく。
人間の姿をした桃子を誰かに会わせるつもりはないが、万が一と言うことがある。
だが、桃子は納得出来ないのか不満げな顔で雅を見ていた。
- 278 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 03:04
- 「わかった?もも」
「……もも、みーやん以外にお礼するつもりなんてないし」
疑うように桃子の名前を呼んだことが気に入らないのか、唇を尖らせながら桃子がぼそりと呟いた。
それまで雅をじっと見ていた桃子が視線を床へ落とす。
拗ねたような桃子の口調に雅の声色も自然と柔らかなものになる。
「ほんと?」
「ほんとだよ。誰にでもお礼なんてしないもん」
「そうなの?」
「うん」
「絶対、他の人にしちゃだめだよ?」
「しないよ」
「絶対だよ?」
「しないってば」
しつこく尋ねる雅が鬱陶しいのか、桃子が面倒臭そうに答えた。
そして、少し考えてから興味深そうに雅を見て言った。
「……ね、みーやん。そんなに他の人にして欲しくないなんてさ、もしかしてそういうの嫉妬って言うの?」
「はああっ!?」
- 279 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 03:06
- 思ってもいなかった単語が桃子の口から飛び出して、雅は思わず大きな声を上げた。
どういう経緯でそんな単語が桃子の頭の中に浮かんだのかわからないが、桃子が楽しそうに話を続ける。
「んとね、前に聞いたことある。嫉妬って」
「違うから!絶対に違うから!」
「えー、なんか嫉妬っていい意味だと思ったんだけど、違ったっけ?」
「もう!ももは間違いだらけなんだよ!」
「じゃあ、正しい意味教えてよ」
学ぼうという心は悪くない。
間違ったことを間違ったまま覚えてしまうより余程いい。
だが、どうして説明しにくいことばかりを知りたがるのかが理解出来ない。
「……ももと話してると疲れてくる」
顔を近づけてくる桃子の額を押して、雅は起ち上がる。
「ちょっとうち、飲み物取ってくるから。ここで待ってて」
犬に命令するように桃子に告げて扉に手をかける。
そのまま部屋を出ようとして、雅は振り返った。
- 280 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 03:08
- 「絶対、ぜーったいに!この部屋から出ないでよ!」
「はーい」
「あと鍵かけといて」
「はーい」
「いい?絶対にうちが声かけるまで開けちゃだめだからね」
「はいはい。みーやん、わかってるって」
軽い口調で返事を返す桃子へ念を押すように「鍵、忘れないでよ」と告げてから雅は階段を降りる。
とんとんとんと階段を降りてキッチンへ向かう。
食器棚からグラスを二つ取り出して冷蔵庫を開けると、中にはお茶もジュースも何もなかった。
雅はキッチンからリビングを覗き込んで母親に声をかけた。
「おかーさん。飲み物は?」
「あー、今切れてるから、何か欲しいならそこのコンビニで買ってきて」
「えー!」
「飲みたくないなら、行かなくてもいいんだけど?」
「……行ってくる」
- 281 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 03:09
- 可愛い娘をこんな時間に買い物へ行かせるなんてひどい親だ。
そんなことを思いながら玄関を開けて、自転車に乗る。
夜になったばかりの空には月が浮かんでいた。
暗い空に浮かぶ明るい月を見上げてから、雅はゆっくりと自転車を漕ぐ。
急がなくてもコンビニまで五分もかからない。
のんびりと自転車を走らせ、五軒先の家を見ると玄関に人影が見えた。
梨沙子かな。
幼なじみの名前が浮かぶ。
五軒先の家には雅の幼なじみである菅谷梨沙子という中学生が住んでいる。
二つ違いの梨沙子は甘えん坊で、幼い頃は雅の後ばかり付いて来ていた。
しかし、中学に上がった頃から雅、雅と騒がなくなって、最近は昔ほど二人で会うことがなくなっていた。
だが、甘えん坊なのは変わらず、今でも会えば雅にべったりとくっついて離れない。
- 282 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 03:11
- 「みやっ!」
自転車が梨沙子の家の前を通ると同時に甘えた声が聞こえてくる。
その声は間違いなく幼なじみのもので、雅は自転車を止めた。
「やっぱり梨沙子だ。こんな時間になにやってんの?」
「みやこそ、どこ行くの?」
「うちはコンビニ。梨沙子は?」
「あたしは空見てた」
梨沙子が白い手で闇色の空を指さす。
桃子と同じように梨沙子は白い。
だが、毛糸のような柔らかみを持つ桃子の白さとは違い、梨沙子は陶器のような白い肌をしていた。
そんな白い肌に長い髪の梨沙子はまるで人形のようで、雅の家族がよく梨沙子のことを可愛いと褒めていた。
もちろん、雅も梨沙子のことを可愛いと思っていたが、それを口にしたことはない。
小さな頃からずっと一緒にいる梨沙子に、そんなことを改めて口にするのも気恥ずかしかった。
「梨沙子は変わらないなあ」
「なにそれ?」
「べつにー」
- 283 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 03:13
- 梨沙子には昔から不思議なところがある。
つかみ所のない笑顔で笑う梨沙子は、雅には理解出来ないことを口にすることがよくあった。
今も雅は、わざわざ外になど出ずに部屋の中から空を見ればいいのに、と思ったが、それを梨沙子に告げたところで、梨沙子はきっと頼りない顔で笑うだけだろう。
可愛い顔をして頑固なところもある幼なじみは、外で空を見ると決めたらきっと誰が何を言っても気にせずに外で空を見続けるはずだ。
「そうだ。みや、うさぎ飼ったんだって?」
「あ、うん。そうだけど、なんで知ってるの?」
「愛理から聞いた」
なるほど、と雅は納得する。
雅の従姉妹である愛理は梨沙子と同じ中学に通っている。
クラスは違うが同学年ということでか、二人は仲が良い。
「あたし、今からうさぎ見に行ってもいい?」
「え?今?」
「うん、今。最近、みやの部屋にも行ってないしさ」
確かに梨沙子は最近、雅の部屋へ来ていなかった。
だから、久々に梨沙子を部屋に招き入れるのも悪くはないし、うさぎを梨沙子に見せるもの悪くない。
けれど今、雅の部屋にいるのはうさぎではなく人間だ。
- 284 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 03:14
- どうしよう。
雅は顎に手を当てて梨沙子の顔を見る。
梨沙子は断られることがないと思っているのか、期待に満ちた顔で雅を見ていた。
「あー、でも。うち、今からコンビニ行かないと」
やはり今から部屋に来られては困る。
はっきりと梨沙子を断るのも躊躇われて、雅は曖昧な物言いをした。
ケージは空で、かわりに人間が居る部屋に梨沙子がやってきたら、どうなるのか想像もつかない。
雅には梨沙子からうさぎはどこに居るのだと問い詰められた時、何と答えればいいのかわからなかった。
「なに買いに行くの?」
「ん?飲み物。今、うちの家、何もなくてさ」
「みやが飲むの?」
「そうだよ」
「じゃあ、あたしがなにか持ってきてあげるよ」
「えっ、梨沙子」
- 285 名前:お客様はご近所様 − 2 − 投稿日:2008/07/24(木) 03:17
- 言うが早いか、雅が止める前に梨沙子が家の中へ飛び込む。
普段、梨沙子は素早い方ではない。
どちらかといえばのんびりとしていて、行動が人よりワンテンポ遅れることも珍しくなかった。
そんな梨沙子が素早く行動するとき。
それはどうしてもやりたいことがあるときだった。
そしてこうと決めた時の梨沙子は驚くほど強情で、普段なら雅の言うことなら何でも聞く梨沙子が、雅の言うことすら聞かなくなる。
雅は夜空に浮かぶ月を縋るように見た。
最悪な時間は終わったと思っていたがそうでもないらしい。
梨沙子の行動の早さからいって、雅は梨沙子にうさぎを見せないわけにはいかない。
「はい、みや。これ持って、うさぎ見に行こう!」
玄関から飛び出してきた梨沙子に、ペットボトルを自転車のカゴに放り込まれる。
ハンドルを握る雅の腕を梨沙子が掴む。
黒い髪を夜風になびかせた梨沙子が天使のような顔で微笑んだ。
- 286 名前:Z 投稿日:2008/07/24(木) 03:17
-
- 287 名前:Z 投稿日:2008/07/24(木) 03:17
- 本日の更新終了です。
- 288 名前:Z 投稿日:2008/07/24(木) 03:19
- >>266さん
子うさぎいっぱいも見てみたいですねw
>>267さん
雅に似るのか、桃子に似るのか。
妄想が広がります(´▽`)w
>>268さん
ル*’ー’リ<ぴょーん♪
- 289 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/24(木) 08:24
- wktk展開キタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・* !!!!!
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/25(金) 00:55
- ももみや二人って話しも良いけどいろんなメンバーが絡むのも楽しいね!
- 291 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/08/07(木) 02:27
-
お客様はご近所様 − 3 −
- 292 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/07(木) 02:29
- 幼なじみの梨沙子が、この時間に雅の家へやってくることは不自然なことではない。
昔から梨沙子は雅の家に入り浸っていたし、雅の家族もそれを歓迎していた。
中学生になってからは試験勉強だと言って、夜、突然尋ねてくることもあった。
しかし、雅の家族は梨沙子を雅と同じように可愛がっていて、いつ梨沙子がやってきても快く迎えていた。
だから今日も、一人で出かけた雅が梨沙子を連れて家へ戻ってきても家族は何も言わなかった。
それどころか、雅よりも大切に扱われていた。
「おっ、梨沙子ちゃん。相変わらず可愛いね」
父親はでれでれとした笑顔で梨沙子を迎え入れ、母親は嬉しそうに「部屋にお菓子でも持っていく?」と梨沙子に声をかけた。
そんな家族に雅が「いいから、部屋に入ってこないでよ」と告げると、梨沙子が雅の後ろでくすくすと笑った。
雅は梨沙子をリビングに置いてキッチンへ駆け込むと、ペットボトルを冷蔵庫に放り込む。
乱暴に冷蔵庫の扉を閉めてリビングへと戻る。
雅はリビングの入り口で立ち止まっていた梨沙子の腕を引っ張って階段へと移動した。
- 293 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/07(木) 02:31
- 「お菓子、まだもらってないのにー」
「部屋にあるから」
「ほんと?」
「ほんと」
「じゃ、早くみやの部屋にいこっ」
雅の手からするりと梨沙子の腕が抜けた。
そして、反対に腕を掴まれる。
梨沙子から腕をぐいっと引っ張られ、雅は階段に躓きそうになる。
「梨沙子、危ないって」
「だって、早くうさぎ見たいんだもん」
うさぎという単語を聞いて、雅は慌てて梨沙子の服を力一杯掴んだ。
「早くは困るっ」
先に梨沙子を部屋に向かわせるわけにはいかない。
今、部屋にいるのはうさぎではなく人間なのだ。
雅は梨沙子を強引に階段から引きずり下ろして、肩に手を置いた。
- 294 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/07(木) 02:33
- 「ちょっと待って」
「どうして?」
「え、えっと。……そう、今、ちょっと部屋、散らかってるから」
「みやの部屋が?」
「うん」
「いっつも綺麗じゃん。あたし、みやの部屋が散らかってるのみたことないよ」
「そ、そうだけど。でも、今日はちょっと散らかってて……。とにかく、ちょっとここで待ってて」
「えー、いいよ。少しぐらい散らかってても」
「梨沙子が良くてもうちがやだ」
「どうせ、たいして散らかってないんでしょ?」
「結構、散らかってるから。だから、十分。んー、五分。五分だけでいいから、ここで待ってて」
梨沙子の肩をガクガクと揺らして階段下で待つように言い聞かせる。
雅が綺麗好きなことは梨沙子もよく知っている。
そんな自分の部屋が散らかっているなどすぐにわかってしまう嘘だと思ったが、他に良い嘘が思い浮かばないのだから仕方がない。
そもそも雅が嘘をすらすらつけるような性格なら、梨沙子を家まで連れてくることもなかっただろう。
「仕方ないなあ。五分だよ?五分たったら、みやの部屋行くからね」
- 295 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/07(木) 02:35
- 不満そうな顔をして壁に寄り掛かった梨沙子を見てから、雅は階段を駆け上がる。
ダダッと一番上まで階段を上って、扉を開ける。
バンッと乾いた音がして扉が開くはずだった。
だが、実際はガツンという音がしただけで扉は開かない。
もう一度扉をあけようとするが、不快な音がするだけで扉が開くことはなかった。
ああ、そうだ。
ももに鍵を閉めて扉を開けるなって言ったんだった。
こんなときは律儀に言いつけを守らなくていいんだよ、と八つ当たり気味に呟いてから、雅は扉をガンガンと叩く。
「もも、開けて。雅だよ、雅っ!」
ガチャガチャとドアノブを回していると、部屋の中からのんびりとした声が聞こえてくる。
「みーやん、そんなにガチャガチャしたら開けにくいって」
ゆっくりとした桃子の声に苛々としながらも手を止めると、扉がすぐに開く。
雅は扉に肩をぶつけながら部屋の中に入って桃子の手を取る。
- 296 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/07(木) 02:37
- 「ちょっと、もも。今すぐうさぎになって!」
「じゃあ、お決まりの台詞で悪いけど。……キスして」
「朝、うちからしたじゃんっ」
「朝は朝。今は今、だよ」
声を聞けば桃子にも雅が焦っていることがわかるはずなのだが、桃子はへらへらと笑って雅を見るだけで何もしようとはしない。
タイムリミットは五分。
誰からキスをするかで揉めている時間はなかった。
「みーやん、しないの?」
「するよ、今すぐする!」
「じゃあ、はいどーぞ。んー」
唇を突き出した桃子の顔を見る。
朝だって出来たのだから今だって出来る、と頭の中で何度も唱えて自分に暗示をかける。
やれば出来る子なんです、などと誰に言っているのかわからない台詞を心の中で呟いてから、目を閉じた。
ゆっくりと桃子に顔を寄せると、唇に柔らかいものがあたる。
しかし、唇にしては少し硬い。
何にキスをしたのかと雅が目を開けると、目の前には桃子の手の平があった。
- 297 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/07(木) 02:38
- 「やーい、騙されたー」
やはり触れたのは唇ではなかった。
他の物と唇の区別が付くようになってしまった自分の境遇を呪いながら、雅は「あはは」と笑っている桃子の手を掴む。
「ちょっと、もも!今は遊んでる場合じゃないんだって!」
「だって、みーやんがあまりにも真面目な顔してるから、少し和ませてあげようと思ってさー」
「真面目な顔にもなるよ!今、お客が来てるんだって!お客がっ」
「あ、誰か来てるんだ?もも、会ってみたーい」
「会わせてあげるから、大人しくうさぎに戻る!」
「えー、うさぎじゃお話出来ないじゃん。つまんない」
「つまるとかつまらないとかいう問題じゃなくて。梨沙子はうさぎを見に来たんだから、ももが人間だとうちが困るんだよ!」
一気に喋ったせいか頭がくらっとする。
不足している酸素を補おうと、雅が深く息を吸い込むと桃子がしみじみと言った。
「困ってるみーやんって可愛いねえ」
小さな手が伸びてきて雅の頭を撫でる。
雅は子供をあやすように頭を撫でる桃子の手を振り払う。
- 298 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/07(木) 02:40
- 「この悪趣味うさぎっ!」
「やーん、もも悪趣味じゃないもーん」
「そういうところが悪趣味なんだよっ。もう!とにかく、静かにして」
桃子の頬に手をあて、顔を自分の方へと向かせる。
制限時間を五分ではなく、やはり十分のままにしておけば良かったと後悔しながら、雅は目を閉じて桃子に唇を寄せた。
その瞬間、バタンッという大きな音が聞こえて雅は目を開く。
目の前では桃子が驚いた顔をしてた。
「みや、入るよ」
梨沙子の声が聞こえた時には、もう梨沙子の身体が部屋の中に入っていた。
だから、雅には梨沙子を制止する言葉をかける暇がなかった。
雅が扉の方へ顔を向けた時には、梨沙子が桃子以上に驚いた顔をして立っていた。
- 299 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/07(木) 02:42
- 目を見開いて、口をぽかんと開けている。
そんな梨沙子を見るのは初めてのような気がした。
「……みや。なにやってんの?」
芝居で言えば棒読み。
そんな口調で梨沙子が言った。
「まさか、女の子に手を出す為にあたしを五分待たせた?」
「え?」
「だって、なんかみや。今からその子に、キスしようとしてるみたいに見える」
梨沙子から言われて、雅は初めて自分の置かれている状況を理解する。
桃子に密着した身体と頬に添えた手。
そして雅を見上げる桃子。
今からキスするところに見えても仕方がない。
仕方がないというか、まさにキスしようとしていたところなのだから、梨沙子の言っていることは間違っていない。
しかし、間違っていないからと言って肯定するわけにはいかなかった。
雅は桃子から身体を離して、頬に添えていた手で桃子の目を指さした。
- 300 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/07(木) 02:43
- 「え?あっ、こ、これはっ、あの、ね。目にさ、ほらゴミ!ゴミが入って」
苦しい言い訳だと思いつつも、雅は誤解を解く努力をしてみる。
梨沙子が理解し、口にしたことは誤解ではなく事実なのだが、女の子に手を出そうとしたという部分は間違っているのだから、大まかに言えば誤解と言えるはずだ。
「へえ?」
じとっとした目で梨沙子から睨まれる。
「ね?ももっ、そうだよね?目にゴミが入ったんだよね」
雅は桃子を縋るような目で見て、同意を求めた。
ここで否定されたら、雅にはもう何と言っていいのかわからない。
だから、否定しないでくれと、どこにいるかわからない神様に祈ってみる。
- 301 名前:Z 投稿日:2008/08/07(木) 02:44
- 本日の更新終了です。
- 302 名前:Z 投稿日:2008/08/07(木) 02:44
-
- 303 名前:Z 投稿日:2008/08/07(木) 02:47
- >>289さん
ピンチ、かも?(´▽`)w
>>290さん
色々な人と絡むと楽しいですね!
- 304 名前:名無し 投稿日:2008/08/08(金) 02:55
- みやびちゃん状況が面白しぎるよみやびちゃんw
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/09(土) 00:27
- ももがみや以外で初めて人に会うのか!
存在を知られて良いなら外えも連れ出せるぅ
- 306 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/10(日) 07:07
- 「まあ、そうだね。大きなゴミがね」
ぱちぱちと瞬きをしながら桃子が言った。
それから大げさに目を擦って、桃子がベッドへ腰を下ろす。
「ふーん、ゴミねえ。……で、みや。この子、誰?」
疑いが晴れたわけではないようだった。
だが、梨沙子はそれよりも桃子のことが気になるのか、不審そうな目で桃子を見ていた。
雅が何と答えるべきかと思案していると、梨沙子が桃子を指さした。
「あれ、みやの服だよね」
「あ?え、うん」
否定するべきだったと思ったが、雅は嘘をつくよりも先に本当のことを口にしてしまう。
他に誤魔化しようがあっただろうと悔やんでも遅い。
梨沙子の目がどんどん険しくなっていくのがわかる。
- 307 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/10(日) 07:10
- 「なんでその子、みやの服着てるの?」
「着替え。そう、着替え持ってきてなくて」
「着替え?泊まったの?平日なのに、みやの家に泊まったの?」
「あー、えー、うん、まあ。泊まったっていうか」
住んでいる、とは言えない。
言ってしまえば楽になるのだろうが、桃子が雅の部屋に住んでいると梨沙子に告げたら、大ごとになりそうな気がした。
口止めに成功したとしても、少しぬけたところのある梨沙子のことだ。
うっかり雅の家族の前で桃子のことを口にする可能性がある。
家族に桃子の存在を知らせていない。
もしも、梨沙子が家族の前で桃子の存在を口にした場合、どうなるか考えただけで頭が痛くなる。
出来るだけ平和な毎日を送りたいという、雅のささやかな願い。
それを叶える為にもこの場を何とか誤魔化すしかないのだが、良い案が浮かばない。
「泊まったっていうか?なに?」
「あー、うん。そう、ちょっと着替え貸しただけだよ。服、汚しちゃったから」
かなり良い言い訳ではないかと雅は思う。
けれど、梨沙子は納得していないようで、嫌いな物を食べた後のような目をして桃子を見ている。
- 308 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/10(日) 07:12
- 「まあ、汚した服の替えでいいけど……。でさ、誰なのみや。あたしに紹介して」
「えっ、えっと。従姉妹!」
口から出任せも良いところだ。
しかも、今度は上手い嘘とは言えなかった。
家族同然に付き合ってきた梨沙子が知らない従姉妹など雅にいるはずがない。
雅が思わず口走った従姉妹という言葉を、梨沙子が否定するのは目に見えていた。
「聞いたことない」
一刀両断、雅が思わず口走った言葉を梨沙子がすっぱりと切って捨てる。
「んっと、梨沙子がほら、初めて会う従姉妹なんだ。今まであまり交流なくてさ」
「そんな従姉妹、どこに隠してたの?」
「隠してたわけじゃないんだけど……。最近、なんか会う機会が増えて。それで、時々こうやって遊びに来てるんだよ」
「……ほんとに従姉妹?」
雅に聞いても埒が明かないと思ったのか、梨沙子の目は桃子に向かっていた。
梨沙子から疑い以外のものが含まれない目線を受けても、桃子は全く気にする様子がない。
夜空に輝く月のようなぴっかり笑顔を浮かべて、桃子が梨沙子に自己紹介を始める。
- 309 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/10(日) 07:15
- 「みーやんの従姉妹の石川桃子でーす」
月に住むうさぎもこんな風に笑うのか。
雅はそんなことを考えてから、桃子が口にした名字に違和感を覚える。
石川。
夏焼じゃなくて石川。
未だに前の飼い主に義理立てしているようで、雅は桃子が口にした名字に納得がいかない。
適当に名字を付けるなら、山田とか佐藤とか日本人に多そうな名字があるだろうと思う。
よりにもよって石川なんてつける必要はない。
夏焼じゃなくてもいいが、石川は駄目だ。
雅はもっと他の名字にしろと言いたかったが、今さら名字を否定するなど梨沙子の疑いを深めるばかりな気がして出来そうになかった。
- 310 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/10(日) 07:17
- 「石川?ほんとに従姉妹なの?」
「ほんとっ!ほんとに従姉妹だって!梨沙子、うちを疑うの?」
梨沙子が聞き慣れない名字に怪訝な声で尋ねてくるが、雅はそれを力業でねじ伏せる。
手を取って目を見つめて疑わないでくれと訴えれば、梨沙子が雅の言葉を信じないまでも、疑い続けることはないと知っている。
「疑ったりしないけど……」
「だよね。梨沙子はうちを疑ったりしないもん」
雅は今ほど、梨沙子が自分に懐いていることを感謝したことはなかった。
とにかく梨沙子がそれ以上追求してこないことに雅はほっと胸を撫で下ろす。
だが、無理矢理納得させられた梨沙子は明らかに不満そうな顔をしていて、雅は機嫌を取る為に梨沙子の頭を軽く撫でる。
「学校はどこ?」
頭を撫でたおかげか、梨沙子の声が幾分柔らかなものに変わった。
机とセットになっている椅子を引っ張り出し、梨沙子が桃子の前に座る。
雅はどこに座ろうかと考えて、桃子の隣に腰を下ろした。
- 311 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/10(日) 07:19
- 「みーやんと同じ方の学校」
ねー、と桃子から同意を求められて雅はコクコクと首を縦に振って答える。
梨沙子は「へえ」と首を傾げているが、雅は桃子のことをどこの詐欺師かと思う。
よく詐欺師が「警察署の方から来ました」などと言って人を騙すと聞いたことがある。
警察署からではなく、「の方から」。
今のはそれと全く同じだ。
桃子と梨沙子を見ていると、梨沙子みたいな人間が詐欺師に騙されるのではないかと心配になってくる。
「みやと同じ学校ってことは、みやと同い年?」
「ううん。一個上」
「ええっ?」
雅の前で梨沙子が雅と同じ声を発しようとしているのがわかったが、雅の方が先に声を出した。
雅が予想外の大声をあげたせいか、梨沙子は出かかった言葉をごくりと飲み込んだように見えた。
「……見えない」
雅は小さく呟く。
けれど、その声は誰にも聞こえていなかったのか、雅の声を無視して桃子と梨沙子が会話を続けていた。
- 312 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/10(日) 07:21
- 「ほんとに?一個上に見えないよ」
「えー?そう?もも、みーやんよりお姉さんなんだけど」
「見えないって!」
梨沙子が同意を得るように雅を見る。
雅は曖昧に笑ってから、桃子の腕をバシンと叩いた。
見えるわけがない。
桃子は小柄なだけでなく、顔も子供のようだ。
高校生というよりは中学生に見える。
対して雅は大人っぽい顔だ。
大学生どころかそれ以上に見えると言われることも多かった。
そんな雅と比べたら、絶対に桃子の方が年上だとは思えないだろう。
たとえ雅相手ではなくとも、桃子は高校一年生にすら見えそうにない。
そんな桃子が雅の一個上という設定は無理があるように思えた。
せめて同級生と言って欲しかったと思うが、桃子を見るとにこにこと満足そうだったから、今さら同級生という設定になることはなさそうだった。
- 313 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/10(日) 07:22
- 「梨沙子は高校生?」
身を乗り出して桃子が梨沙子に尋ねる。
その様子はとても高校生には見えない。
対して、椅子に腰掛けている梨沙子は高校生だと言い張る桃子よりも年上に見えた。
「あたし、中二」
「えー、梨沙子だって見えないよ」
「桃子ちゃんだって見えない」
「ちゃんとかいらないよ、ももって呼んで。ももも梨沙子って呼ぶから。ってもう、呼んでるけど」
「ん、わかった」
雅がぼうっと二人を見ている間に会話はどんどん進んでいく。
そして最初は険悪にも見えた二人の仲が、ほのぼのとした空気に変わっていた。
好きな色は?
好きな漫画は?
好きな食べ物は?
どういうわけか意気投合したらしい二人の間で、そんなたわいもない話が延々続いていた。
雅は時々二人の話に相づちを打ちながら桃子を見る。
- 314 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/10(日) 07:23
- いつもは憎たらしいぐらい反抗的な桃子だが、梨沙子に対してだとそんなことはないように思える。
にこにこと梨沙子と笑いあう。
桃子は梨沙子に対して驚く程に素直に見えた。
何故、こんなにも態度が違うのだろうと考えながら、雅は桃子からケージへと視線を移す。
空っぽのケージ。
雅からは、うさぎとしてケージの中に入っている時だけ桃子が可愛らしく思える。
人間でいるときの桃子は手に余る。
もし今、ケージの中に桃子を入れることが出来たら、うさぎの桃子は梨沙子にどういう態度をとるのだろう。
そこまで考えて、雅は梨沙子がうさぎを見に来たのだということを思い出す。
今はすっかりうさぎのことを忘れて桃子と話し込んでいるが、思い出したら厄介だ。
これ以上、面倒が起こる前に梨沙子を家へ帰さなければならない。
「ねえ、梨沙子。もう時間も遅いし……」
唐突だとは思ったが、雅は起ち上がって梨沙子の肩を叩いた。
- 315 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/10(日) 07:25
- 「あ、ほんとだ」
雅に肩を叩かれて、梨沙子が壁に掛けられている時計を見た。
そして視線を雅に移して、「ん?」と小さな声を出した。
「あの中」
「え?」
「あの中に、うさぎいるの?」
雅を通り越して部屋の隅、梨沙子の目がそこに釘付けになっていた。
「忘れてたけど、あたし、うさぎ見に来たんじゃん。うさぎ、あそこ?」
椅子からぴょんと勢いよく起ち上がり、梨沙子がケージに向かおうとする。
雅は慌てて梨沙子の肩を掴んだ。
「いや、ちょっと。梨沙子、待って」
肩を掴んだ手に力を込めて梨沙子を止めようとするが、梨沙子は余程うさぎが見たいのか雅の制止を振り切ってケージへ向かう。
梨沙子がずるずると雅を引きずるようにしてケージの前まで歩く。
そして、空っぽのケージを数秒間見つめた後、振り返って雅に尋ねた。
- 316 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/10(日) 07:26
- 「うさぎは?」
あはは、と雅はひきつった笑いを浮かべる。
すると背後から、語尾に音符が付きそうなピンク色をした声が聞こえてきた。
「はーい」
声のした方を見ると、桃子がベッドに腰掛けたまま右手を挙げていた。
「ももじゃなくて、うさぎどこ?」
「ももがうさぎなの。って言ったら梨沙子、信じる?」
「信じるわけないじゃん、そんなの」
「えー、でも。そのケージに入ってたうさぎ、ももって名前なんだよ?」
「うさぎの名前、ももって言うの?」
桃子が自分のことをうさぎだと言い出した時、雅は心臓が止まるかと思った。
普通の人間がそんなことを信じるわけがないと思っていても、心臓をぎゅっと掴まれたような気がした。
当然、梨沙子が桃子の言葉を信じることはなかったが、桃子が次から次へといらないことを口にするものだから寿命が縮む思いだ。
- 317 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/10(日) 07:28
- 大体、うさぎの名前など、今ここで言ったら面倒なことになりそうで出来れば教えたくない。
余計なことを言うなと雅は桃子に言いたかったが、うさぎの名前は愛理に聞けばすぐにわかってしまう。
嘘を付いても仕方がないので、雅は梨沙子にうさぎの名前を正直に教えた。
「あれ?なんで、ももと名前一緒なの?」
「あー、うさぎ。ももからもらったんだ。だから、もも」
「ももからもらったからって、ももって名前、普通付けないと思うよ」
「あはは……。うち、普通じゃないから」
雅は自嘲気味に笑う。
否定しても名前の奇妙さは消えないのだから、笑うしかなかった。
「ほんと、みーやん。普通じゃないもんねえ」
そんな雅の気持ちを逆なでするような言葉を桃子が口にする。
「普通じゃないのはっ」
「みや?」
「……なんでもない」
- 318 名前:お客様はご近所様 − 3 − 投稿日:2008/08/10(日) 07:30
- 普通じゃないのは桃子の方だと言ったところで桃子は堪えないだろうし、梨沙子には何のことだかわからない。
言いかけた言葉を飲み込んで、雅は桃子を睨み付ける。
ああ、もう何でこんな事になったんだろう。
あの時、桃子が大人しくうさぎに戻ってくれたらよかったのに、と今さらどうにも出来ないことを考えて、雅はケージを爪先で蹴った。
そんな雅の腕に梨沙子が飛びついて、
不思議そうな顔でもう一度言った。
「で、うさぎ。どこ行ったの?」
すぐそこにいるよ。
そう言えたらどんなに楽だろう。
だが、本当のことは言えない。
言えないのならば、何か他の答えを用意しなければならないのだが、雅には良い答えなど何も思い浮かびそうになかった。
- 319 名前:Z 投稿日:2008/08/10(日) 07:30
-
- 320 名前:Z 投稿日:2008/08/10(日) 07:31
- 本日の更新終了です。
- 321 名前:Z 投稿日:2008/08/10(日) 07:33
- >>名無しさん
傍目には面白いけれど、みやびちゃん的には非常に面白くない状況ですw
>>305さん
ル*’ー’リ<お外にも行きたいですぅ
- 322 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/09/03(水) 02:41
-
お客様はご近所様 − 4 −
- 323 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 02:44
- 「もしかして、逃げた?それなら探した方がよくない?」
腕にしがみついていた梨沙子が雅から離れて、ケージの前に座り込む。
「逃げたんじゃなくて。うさぎは……」
「うさぎは?」
梨沙子の視線がケージから雅へ移る。
雅はうさぎがいない言い訳を考え出す為に頭をフル回転させる。
しかし、ぐるぐるぐると頭を回転させても何も浮かばない。
逃げたと言って、梨沙子と一緒にうさぎを探すわけにはいかない。
うさぎは逃げていないのだから、梨沙子がうさぎを見つけることは出来ないのだ。
うさぎはケージの中に入らないサイズになって、梨沙子の目の前にいる。
だから、ケージは空。
- 324 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 02:46
- 梨沙子のことだ。
うさぎが部屋の中で見つからなかった場合、次は部屋を出てうさぎを探すはずだ。
夏焼家大捜索。
そんなことになったら家族を巻き込むことになる。
それは非常に困る。
母親は見つかるまでうさぎを探すだろうし、梨沙子もそうするだろう。
何と答えるのが一番良いのか。
雅はなかなか次の言葉を口に出来ない。
続きを言おうとしない雅に焦れたのか、梨沙子が雅の服の裾を引っ張る。
雅は仕方なく、半ば投げやりな気持ちでベッドに腰掛けている桃子を指さした。
「そこにいる!……なーんて」
口にしてみたのはいいが、やはり無理がある。
雅は言い切ってしまうことも出来ず、中途半端に言葉が途切れた。
「だから、これももじゃん」
- 325 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 02:48
- 呆れたように梨沙子が言った。
それも当たり前のことだと雅は思う。
ももはももでも、梨沙子が見たいももはうさぎのももだ。
人間の桃子を指さしたところで何の解決にもならない。
「ももも、うさぎも似たようなもんだって。名前一緒だし」
桃子が平然とした顔で言った。
「でも、ももは人間じゃん。あたしはうさぎのももが見たいの」
梨沙子は納得しない。
雅は梨沙子の反応が正しいと思うし、納得したら驚くだろう。
だが、桃子は梨沙子の言葉を気にしていないようだった。
桃子がベッドから跳ねるように起ち上がって、梨沙子の隣へ立つ。
そして、座り込んでいる梨沙子の目を覗き込んだ。
「梨沙子、そんなにうさぎ見たいの?」
「うん。愛理がうさぎ可愛いって言ってたし」
「そっか。そんなに可愛いうさぎが見たいんだ」
「見たい、見たい」
- 326 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 02:50
- 梨沙子が桃子の腕を引っ張ってせがむ。
可愛いという言葉が良かったのか、桃子嬉しそうに笑った。
しかし、雅は笑っている場合ではないと思う。
話の流れからして、うさぎを見せずには済まない。
一流マジシャンでも、ケージの中からいもしないうさぎの桃子を取り出すなど無理な話だろう。
雅は桃子がこの話をどこへ持っていくのか見当もつかなかった。
「じゃあ、見せてあげる!」
「ほんとに?」
本当に、と聞きたいのは雅の方だ。
この場で桃子とキスをするなど冗談ではないし、万が一、桃子がそんなことをしようとしても雅は全力で逃げる。
それ以外の方法で桃子が一瞬でうさぎになる方法。
桃子はキス以外に変身する方法はないと言っていたのだから、そんなものがあるはずがない。
期待に満ちた梨沙子の目を見ながら、雅はこれから何が起こるのかと不安にならずにはいられなかった。
- 327 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 02:52
- 「ごめん。……梨沙子にうさぎ見せてあげたいんだけど」
残念そうに桃子が言った。
「今ね、具合が悪くて獣医さんのところなんだって」
「え?うさぎが?」
「うん、うさぎ」
「それって大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫みたい。すぐに治るって話だよ」
なるほど。
雅は桃子の言葉に素直に感心する。
病気にしてしまえば、うさぎがいないことに不思議はない。
困ったときは病気。
学校を休む口実と一緒だ。
何かあったときに病気と言えば、深く追求する人はそういない。
病気という言葉の便利さに雅は感謝する。
- 328 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 02:54
- 「いつ戻ってくるのかわかる?」
「明日、退院だったよね?みーやん」
そういえば高校に入ってから、まだ仮病を使っていない。
そんなことを考えているところへ、桃子から急に声をかけられて雅は慌てて返事を返す。
「う、うん、そう。明日!明日、もも戻ってくるんだ」
「みや、早く言いなよ。そういうこと」
「そうだね。うん、ごめん。梨沙子」
雅は、ケージの前から離れて呆れ顔をしている梨沙子に謝る。
「そういうことだから、また今度見せるね。うさぎ」
パチンと手を合わせて、雅は梨沙子を拝む。
梨沙子は残念そうな顔をしていたが、病気なら仕方がないと納得してくれた。
うさぎが元気になったら見せてくれと梨沙子から何度も念を押されて、雅は絶対に見せるからと約束をする。
その時は絶対に桃子をうさぎに戻す。
雅は心にそう固く誓って、遅くなったから帰るという梨沙子を家まで送った。
- 329 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 02:56
-
雅が部屋へ戻ると、桃子がのんびりとポテトチップスを食べていた。
パリパリと軽い音を立ててポテトチップスを齧る桃子の手から、雅は袋を奪う。
そして、桃子の隣に腰を下ろす。
雅は袋の中からポテトチップスを乱暴に取り出すと、ぱくりと一枚食べた。
「もうっ!なんなの、もも!」
胃の中にポテトチップスが到達する前にテーブルをドンと叩いた。
「なんなのって?」
「どうしてうさぎに戻らなかったのっ」
「だって、たまにはみーやん以外の人とも話してみたいじゃん」
「みたいじゃん、じゃないよ!うち、すっごく困ったんだからね」
「みたいだねえ」
「他人事みたいにっ」
「だって、他人事だもん」
平然と桃子が言い放って、雅が持っているポテトチップスの袋へ手を伸ばした。
桃子が袋の中からポテトチップスを取り出す。
反省の欠片もない桃子の態度に雅は声を荒らげる。
- 330 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 02:58
- 「誤魔化せなかったら、どうするつもりだったのっ!」
「どうもしなくていいじゃん。ありのままを、こう、ずばーんと」
「ありのままなんか、絶対に駄目だから!」
雅はポテトチップスの袋に手を伸ばす桃子の手をぴしゃりと叩く。
桃子の頭の中に「病気で誤魔化す」という方法が最初からあったのか知らないが、どう言い訳するのか何も考えていなかった雅は、寿命が数年分縮まった。
今回は上手く誤魔化せたから良かった。
だが、もし誤魔化せていなかったら。
ありのままをずばーんと告げるようなことになっていたのかと思うとぞっとする。
梨沙子が信じることはないだろうが、桃子の考え方や行動は大胆すぎて雅にはついて行けない。
「つまんないの」
桃子が面白くなさそうにため息をついた。
「石川さんはさ、人間のももと一緒にお出かけしたり、友達紹介してくれたのになあ」
「うちは石川さんじゃないもん!」
- 331 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 03:00
- 何をするのか予測も出来ない歩く危険物のような存在と出歩くなど考えたくもない。
ましてや友人に紹介するなど冗談ではない。
今日は結果的に梨沙子に桃子を紹介するようなことになったが、あんな状況でもなければ桃子を誰かに紹介するなどあり得ないことだ。
あの短い時間だけでも怖ろしいぐらいに疲れた。
それなのに、一緒に出かけたり、友人に桃子を紹介したりする石川の神経が雅には信じられなかった。
「今度こんなことしたら、もう、絶対に人間になんかしないからね」
「あっ、みーやん。まだチャンスくれるんだ?」
「いらないなら、一生うさぎでいれば?」
「いるいる!チャンス欲しい!」
腕にまとわりつくようにして桃子がねだる。
出来ることならうさぎらしく、一生をうさぎの姿で過ごして欲しいと雅は思う。
だが、短い経験からでもわかる。
桃子にとって雅の意志はあまり関係ないのだ。
チャンスを与える、与えないではない。
与えなければ無理矢理奪いに来る。
それが桃子だ。
どうせチャンスを与えなければならないのなら、無駄な抵抗などせずにさっさと与えてしまったほうがいい。
しかし、それでもこれだけは言っておかねばならない。
雅はチャンスと引き替えにする言葉を桃子に告げる。
- 332 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 03:02
- 「……ちゃんとうちの言うこと聞くんだよ?」
「はーい!」
返事だけなら金メダルをあげてもいい。
背筋を伸ばして右手を挙げる桃子の姿は優等生と言っても良かった。
何度聞いたかわからないその場だけの返事もはきはきとしていた。
この返事通りにしてくれたらなあ。
雅はそう思わずにいられない。
実際は、すぐに約束などなかったことになってしまう。
これ以上、念押ししても仕方がないということはわかっている。
腕にくっついている桃子を引き剥がして、雅は大きなため息をついた。
「もう、梨沙子には変な誤解されそうになるし。どうなるかと思った」
「誤解されたままでもいいじゃん」
「良くないっての。女の子に手を出したとか、そんな誤解困る」
「それ、誤解じゃなくて事実だし、問題ないと思うよ」
「事実じゃないしっ」
「キスしようとしたのは事実じゃん」
「しないと、ももがうさぎに戻らないから仕方ないでしょ」
- 333 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 03:04
- 今後、会うことのない相手。
そんな相手になら、誤解されたままでも大して困らない。
しかし、梨沙子はこの先何度も会う相手で、目と鼻の先に住んでいる。
女の子に手を出したと思い込まれていては、今後の付き合いに関わる。
確かにキスをしようとしたのは事実だが、雅にとって桃子とするキスは、キスというよりおまじないのようなものだった。
桃子の身体を変化させる。
それに必要なおまじないだ。
「仕方ないからキスするんだ?」
桃子が唇を尖らせる。
「それ以外にどんな理由があるわけ?」
どういうわけか不満げな様子の桃子に少しばかり罪悪感を覚えるが、雅としては進んでキスをしているわけではないのだから他に言いようがなかった。
出来るだけ回避したい事柄には違いない。
- 334 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 03:06
- 「まあ、そうだよね」
納得したのかしないのか。
重たい口調でそう言ってから、桃子がポテトチップスを一枚手にとってパリパリと齧る。
一枚のポテトチップスを三枚分の時間をかけて食べ終えると、桃子が雅の肩に顎をちょこんと乗せた。
桃子が吐き出す息が雅の首筋をくすぐる。
息が吹きかかる場所がぞわぞわとして、雅は桃子を身体から遠ざけようと桃子の頭に手をかけた。
「梨沙子って、みーやんのなに?」
頭を押し退ける前に桃子から問いかけられる。
「へ?なんなの、突然?」
「教えてよ。梨沙子がみーやんのなんなのか」
「なにって、幼なじみだけど」
「幼なじみってなに?」
突然の質問に、雅は桃子が何を言いたいの理解出来ない。
返事を急かすように「教えて」と耳元で囁かれて、雅は肩の上から桃子の頭を押し退けた。
吹きかかった息がまだ耳元に残っているようでくすぐったさが身体に残る。
- 335 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 03:08
- 「幼なじみっていうのは」
桃子の顔を見る。
だが、桃子はいつもと変わらない表情で、雅には桃子が何を考えているのかわからない。
「子供の頃からずっと一緒にいる人のことだよ」
「ずっとってずっと?」
「うん。梨沙子のことはちっちゃい頃から知ってる」
記憶があるよりずっと前から、雅は梨沙子と一緒にいる。
親同士も仲が良く、雅と梨沙子は本当の姉妹のように育った。
年齢がそう離れていないことも仲の良さに繋がっていた。
「へえ、そういうものなんだ。じゃあさ、愛理は?」
「従姉妹」
「従姉妹ってなに?」
- 336 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/03(水) 03:10
- 何がきっかけなのかはわからないが、桃子の知りたい病が始まったようだった。
梨沙子が部屋に来る前にも嫉妬について知りたがっていたが、桃子が「なに?」と何度も尋ねてくるときは大抵面倒臭いことになる。
元飼い主の石川が何を教えたのかは知らないが、桃子は人間の世界についてよく知っていた。
知らなくていいようなことまで知っていることには閉口するが、桃子の知識は人間として暮らすには不自由がないと言えるほどだ。
けれど、知らないこともまだ多いらしく、わからないことがあるとわかるまで「なに?」と雅に尋ねてくる。
それは幼稚園に通う子供が全てに対して「なに?」と問いかけてくるようなもので、雅は桃子の気が済むまで付き合わされることになる。
「お父さんかお母さんの兄妹の子供」
「たとえば、お父さんの妹の子供とか?」
「そんな感じ」
ふうんと呟いて桃子が黙り込む。
雅はこのまま桃子の知りたい病が治まってくれるように祈る。
面倒なことになるのは避けたかった。
- 337 名前:Z 投稿日:2008/09/03(水) 03:10
- 本日の更新終了です。
- 338 名前:Z 投稿日:2008/09/03(水) 03:10
-
- 339 名前:Z 投稿日:2008/09/03(水) 03:10
-
- 340 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/04(木) 00:28
- 知りたい病な桃子萌え!(*´Д`)
- 341 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/06(土) 02:30
- 「梨沙子と仲良い?」
「いいけど」
探るような桃子の口調に雅は嫌な予感がする。
「ももも梨沙子と仲良くなりたいな」
桃子の話はあちらこちらへ飛びすぎていて、話の流れについて行けなかった。
しかし、無理についていこうとも思わなかったから、雅は桃子の質問になんとなく答えていた。
けれど、嫌な予感が的中しそうな桃子の発言に、雅の問いかける声が大きくなった。
「なんのために!?」
「だって、可愛いじゃん」
当然だと言わんばかりの口調で桃子が言った。
- 342 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/06(土) 02:32
- 「……なにたくらんでるの?」
日頃の行いが物を言う。
今までの桃子の行動から導き出されたものが今の言葉だ。
幼馴染みの梨沙子に対してよからぬことを考えているのなら、阻止しなければならない。
「たくらんでなんかないよ。可愛い子とは仲良くなりたいじゃん。だから、愛理とも仲良くなりたいなあ」
「なにそれ?可愛ければ誰でもいいわけ!?」
「誰でもってわけじゃないよ。梨沙子と愛理はももの中でぴぴーんと来た可愛い子だから。あっ、もちろん、みーやんのことも好きだよ。綺麗で可愛いし」
「いや、うちのことは好きじゃなくていいから」
「でも、嫌いより好きの方がいいでしょ?」
「そりゃ、そうだけど。って、話が変わってる!だめだからね、梨沙子と愛理と仲良くするとか!」
「梨沙子と愛理って、みーやんのものなの?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ、ももが仲良くしたっていいじゃん」
「いいけど、だめっ」
- 343 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/06(土) 02:34
- 桃子は雅のペットだ。
ペットである桃子の面倒を雅が見るのは当たり前で、雅がしなければならないことの中には桃子のしつけも含まれている。
雅と桃子が生活しやすい環境を守る為にも、人間の桃子に好き勝手なことをさせるわけにはいかない。
桃子には夏焼家の中でして良いことと、悪いことをしっかり教える必要がある。
だから、梨沙子と愛理は雅のものではないが、止める権利ぐらいはあると思う。
教えたこと全てを守るような桃子ではないが、びしっと言っておかねばならない。
桃子が仲良くしたいからといって、言われた通りに二人に会わせていたら何が起こるかわらない。
「変なの」
「変でもいいのっ」
「みーやんのけーちっ。ももだって、色んな人と仲良くしたいのに」
床を片手でぺちんと叩いて、桃子が頬を膨らませる。
恨みがましい目で見つめられたが、桃子の好きにさせるつもりはない。
「もう、いいよ。別に仲良くなんかならなくても。でも、梨沙子と愛理と仲良く出来ない分、みーやんがももと遊んでくれるんだよね?」
- 344 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/06(土) 02:36
- 桃子が雅の肩にごつんと額をぶつける。
肩に軽い衝撃が走る。
雅の肩から顔を上げた桃子の目は期待に満ちていた。
「それは、まあ、たまには」
「たまに?たまにじゃ、もも、つまんないじゃんっ。ももにみーやん以外と仲良くするなって言うなら、みーやんがちゃんと責任とってよ!」
「わかった。遊ぶ。遊ぶってばっ!」
「やったー!」
雅は半ば強引に、桃子と遊ぶことを約束させられる。
どちらの桃子と遊ばなければならないのか尋ねたかったが、その答えは聞く必要がないように思えた。
桃子は人間の姿になることが好きらしく、聞けば絶対に人間の姿の時に遊んでくれと言うに違いない。
人間の姿で、という約束が一つ増えるなど冗談ではない。
出来ることならうさぎの姿の桃子と遊びたいと雅は思った。
「そうだ、みーやん。梨沙子と愛理、どっちが好き?」
小さくため息をついた雅に、桃子が唐突すぎる質問をぶつける。
- 345 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/06(土) 02:37
- 「どっちがって。そんなのどっちもだよ」
「同じってこと?」
比べようがない。
どちらも幼い頃から知っていて、今も同じぐらい親しい。
どちらの方が好きか比べようと思ったことなどなかった。
しかし、全く同じなのかと言われたら、それは違うような気がする。
姉妹同然とはいえ、実際には血の繋がりのない梨沙子と血縁関係である愛理。
好きだという気持ちは変わらなくても、どこかに意識の差がある。
「同じとはなんか違うけど、でも好きだよ」
「どう違うの?」
「従姉妹と幼なじみの違い」
「よくわかんない」
「うちにだって説明出来ないよ」
- 346 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/06(土) 02:39
- 意識の差。
それを説明することは難しそうだった。
雅自身、どう違うのかと問われても上手く説明出来そうにない。
幼馴染みと従姉妹。
血の繋がりの他に違う点はどこにあるのだろう。
雅は桃子から問われたことによって、初めてわかりそうでわからない違いを意識することになった。
だが、意識したからと言って、それを説明出来るかどうかは別問題だ。
理解出来ていることを説明するのでさえ難しいのに、理解出来ていないことを説明することは不可能だろう。
これ以上追求しないで欲しいという雅の願いが通じたのか、桃子があっさりと引き下がる。
「そっか。じゃあ、ももが聞いてもわかんないね。きっと」
「うん、きっとわかんないと思う」
「じゃあさ、じゃあさっ。好きっていっぱいあったら楽しい?」
「いっぱい?」
「うん、いっぱい」
「楽しいんじゃない?たぶん」
- 347 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/06(土) 02:41
- 少ないよりはいっぱいある方が楽しそうな感じがする。
好きという感情に計り方があるのかは知らないが、もしも計れるのなら、多い方が良いに決まっていると雅は思う。
大は小を兼ねるし、小さなものよりは大きなものの方が嬉しい。
昔話に出てくる小さな葛籠と大きな葛籠。
得をするのは小さな葛籠だったが、大きな葛籠を選びたくなるのが人間だ。
単純明快。
雅は深く考える必要性を感じない。
「……なんで泣いてたんだろ」
大きな葛籠にだって良い物が入っているかもしれないじゃないか。
そんなことを考えていると、桃子が首を傾げて雅を見ていた。
「泣いてた?」
「前にさ、石川さんがね、泣いてたの」
「なんで?」
「なんかね、よっ?んーと、ひと?なんだっけな、名前忘れちゃったけど。その人に振られたんだって。でもね、すごく好きなんだって言ってた」
桃子が記憶を辿りながら話し出す。
しかし、雅にはいっぱいの好きと今の話が繋がらない。
- 348 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/06(土) 02:43
- 「振られるってどういうこと?」
話の流れを掴めない雅を置き去りにして、桃子が新しい質問を投げかけてくる。
「どういうことって言われても……」
「振られるってなに?」
「うーん、好きじゃないって言われること。……かなあ」
「嫌いってこと?」
「そんな感じ」
ふーん、と桃子が軽く息を吐き出した。
まだ納得出来ないことがあるのか、桃子が雅に詰め寄る。
「嫌いだって言われても、どうしてすごく好きなままなのかな?」
そんなものを聞かれても雅にはわからない。
もしも雅だったら。
嫌いだと言われたら、きっとその人のことを嫌いになるだろう。
嫌いだと言われても好きなままでいるのは難しい。
自分のことを嫌いだと言う相手を好きなままでいるのは、とても不毛なことに思える。
- 349 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/06(土) 02:45
- 「わかんないよ、そんなの」
雅は素直に思ったことを桃子に伝えた。
「いっぱい好きなら楽しいのに、楽しくないの。すっごく好きだって言いながら、泣くんだ。でも、ももはどうすることも出来なかった。もも、石川さんのこといっぱい好きだったから、楽しくしてあげたかったのに。でも、何も出来なかった」
何を思いだしているのか、桃子の視線が宙を彷徨う。
過去の記憶と現在の意識が混じり合っているようで、桃子の言葉は繋がっているようで繋がっていない。
雅はぽろぽろとこぼれでた桃子の言葉を集めて繋ぎ合わせ、桃子の言葉を理解しようとする。
「それでね、ももも楽しくなかった。石川さんのこと、いっぱい好きだったのにちっとも楽しくなかったの。……ねえ、みーやん。ももはどうしたらよかったんだと思う?」
「……わかんないよ」
- 350 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/06(土) 02:47
- うさぎの言葉は人間のものよりも難解だった。
桃子の言葉が足りずに理解出来ない部分もあったが、それ以外の部分でも雅には理解の出来ないことがあった。
泣きたくなるぐらい人を好きになったこともなかったし、そんな人を慰めたこともなかった。
桃子が元飼い主である石川のことをとても好きだということはわかったが、それ以上のことはわからない。
今も桃子は石川のことが好きなのか。
それすらわからない。
一言聞けば解決しそうな問題だが、桃子に尋ねるのは躊躇われた。
自分のペットである桃子が、いつまでも前の飼い主を想っているという事実を知りたくないのかもしれない。
いっぱい好きってなんだろう。
雅の方が桃子に質問したい気分だ。
うさぎの桃子の方が人間の自分よりも答えに近い場所にいるような気がする。
- 351 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/06(土) 02:48
- 「そっか。好きって難しいね」
桃子が小さく呟いた。
そして、雅の疑問は解消しないまま話が打ち切られる。
好奇心の塊だった桃子から好奇心の塊消え、視線が部屋の片隅へと移る。
「もも、お腹空いちゃった」
膝をついたまま桃子がずるすると移動して、ペットフードの箱を手に取った。
箱を掴むと、また膝をついてずるずる移動する。
同じ体勢で雅の隣まで来ると、桃子が箱の中からペットフードをつまみ出し、口の中へ放り込む。
「ちょっと、それ食べるならうさぎになってから食べなって。それか、こっち食べて」
バリバリとペットフードを咀嚼する桃子を見て、雅は慌ててポテトチップスの袋を差し出した。
「えー、いいじゃん」
「良くないの」
差し出したポテトチップスの袋を桃子から押し退けられ、雅は桃子が手にしていたペットフードの箱を取り上げる。
桃子がすぐに箱へ手を伸ばしてくるが、雅は起ち上がって桃子の手から逃れた。
- 352 名前:お客様はご近所様 − 4 − 投稿日:2008/09/06(土) 02:49
- 「返してよ、みーやん」
「返して欲しかったら、うさぎに戻って」
「ちぇっ」
小さな舌打ちが聞こえたが無視する。
ペットフードの箱を桃子の目の前で振ると、ガサガサと音がした。
その音を聞いて桃子が物欲しそうな目で雅を見る。
「どーすんの?」
「んー、うさぎに戻る。でも、もう少し聞きたいことある。いい?」
「……いいよ」
いい加減、質問コーナーを終わらせたい。
そう思いながらも、「いいよ」と返事をしてしまう自分を雅は呪いたくなった。
- 353 名前:Z 投稿日:2008/09/06(土) 02:50
-
- 354 名前:Z 投稿日:2008/09/06(土) 02:50
- 本日の更新終了です。
- 355 名前:Z 投稿日:2008/09/06(土) 02:51
- >>340さん
知りたい病に困るみやびちゃんにも萌え(*´▽`*)w
- 356 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/06(土) 05:40
- なんだかんだ優しい雅ちゃんが好きw
そして、ももちゃん可愛い(*´▽`*)
切ない過去がチラチラ見え隠れして気になります。
- 357 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/06(土) 08:07
- 切ない過去がチラチラ見え隠れ・・・
なるほど!これがチラリズムですね、わかります
- 358 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/09/09(火) 04:50
-
お客様はご近所様 − 5 −
- 359 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 04:53
- 床に座っている桃子から服の裾を引っ張られ、雅は桃子の隣へ腰を下ろす。
ペットフードの箱は桃子から遠い場所へ置く。
「たとえばさ」
桃子がペットフードの箱から雅に視線を移す。
「もも以外だったら、いいわけ?」
雅は言葉の続きを待つ。
だが、桃子は黙ったままだ。
「なにが?」
「お礼」
続きを促すと、桃子の口から雅が忘れ去りたい言葉が漏れた。
雅は眉間に皺を寄せる。
すると桃子が「ももじゃないよ」と付け加えた。
そこで雅は桃子が最初に言った言葉を思い出す。
もも以外、と前置きがあった。
お礼の相手が桃子ではなく、別の誰かだったらどうかと問われていることに、雅は今さら気がつく。
- 360 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 04:55
- 「幼馴染みとか従姉妹とかさあ。……たとえば、ほら。梨沙子が相手ならいいの?」
例として挙げられた相手が身近すぎると思った。
いつも見ている相手だけあって簡単に想像出来た。
桃子の顔が梨沙子にすり替わる。
今まで考えたこともなかったが、桃子の一言がきっかけになって頭の中に色々な情報が溢れ出す。
桃子からされたお礼は忘れようがなく、記憶にしっかり刻み込まれている。
相手を梨沙子に置き換えてみたら、やけに想像がリアルになった。
幼馴染みは永遠に幼馴染みで、今まで他のものに置き換えようなどと考えたこともなかったのに、たった一言の言葉だけで、すんなりと幼馴染みから別のものに置き換えられる自分に驚いた。
そして、その想像に顔が熱くなるのを感じる。
「みーやん、顔赤い。なに想像した?」
「なっ、なにもっ」
「想像しなくて赤くなるってどういうこと?」
ぺたりと桃子の手が頬に触れる。
桃子の手の冷たさに、自分の頬がどれほど赤く染まっているのかわかる。
- 361 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 04:57
- 「ももとしたみたいなこと、想像したの?」
「してないよっ」
「じゃあ、なに考えたの?」
桃子の口調は、明らかに雅が何を考えたのかわかって聞いているものだった。
雅自身も誤魔化しようがないと思う。
赤い顔をしてむきになって否定している人間を見れば、誰でも桃子のように考えるはずだ。
わかっているのなら聞いてこなければ良いのにと思う。
どうせどれだけ追求されても、雅には答えられないのだ。
想像したことを口にすれば、今以上に赤くなるのは目に見えている。
これ以上、顔が赤くなるようなことをするなど
冗談ではない。
雅は答えないという意志を見せる為に唇をぐっと噛む。
雅の様子に想像の内容を詳しく聞くことを諦めたのか、桃子が雅の頬から手を離した。
「恥ずかしいこと考えたんだよね?」
念を押すように桃子が言った。
- 362 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 04:59
- 「だって、赤くなるってそういうことだもん」
桃子の知識はいらないものばかりだ。
そして、そのいらない知識は雅を困らせることしかしない。
腹立たしいのは、桃子がそれを楽しんでいるように見えることだった。
今も興味津々といった顔をして、桃子が雅を見ている。
桃子が好奇心を前面に押し出してさらに言葉を続ける。
「ももとのことを想像しても、赤くなる?」
「なんでももなんかのこと、うちが想像すんのっ」
「……だよねえ」
桃子とのことは出来れば想像したくない。
大体、想像しなくても現実に起こったことだ。
しかも、そう簡単に忘れることが出来ないような出来事で、この先また起こるかもしれない出来事。
雅には逃れたい現実をわざわざ想像したいとは思えない。
それに、過去に桃子との子供を想像して酷く動揺したことがある。
あのような事が何度も起こってもらっては困るのだ。
- 363 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 05:00
- 「誰ならいいの?お礼」
「誰が相手でもやだ」
少し低い声で問いかけられて、雅は即答した。
部屋の中が静まりかえる。
桃子が目を伏せた。
ついさっきまで部屋の中にあった熱が消えていく。
桃子は雅を見ない。
桃子から好奇心の熱が冷めていくのが見て取れる。
雅が桃子の手に触れると、桃子がゆっくりと雅へ視線をあわせた。
「そうだ。嫉妬ってさ、正しい意味なんなの?」
桃子の思考はぐるりと回って振り出しに戻っていた。
梨沙子が来る前の会話まで遡っている。
「今、知りたいわけ?」
「いいや、今度で」
素っ気なく桃子が答えた。
今まで雅を質問攻めにしていたことが嘘のように桃子が大人しくなる。
- 364 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 05:03
- 「みーやん。もも、うさぎに戻るね。お腹も空いたし」
そう言うなり、桃子が雅に近づく。
雅が何かを答える前に唇は塞がれ、雅の目の前にうさぎの桃子が現れた。
お腹が空いたから。
確かに桃子はさっきもそう言っていた。
けれど今、桃子にそう言わせたのは自分の態度が原因に思えた。
ケージの中に桃子を戻して、餌をやる。
そして雅はベッドへ倒れ込んだ。
桃子に悪いことをしたような気がする。
どちらかと言えば、いつも被害を被っているのは雅の方だ。
けれど、どういうわけか最終的に雅の方が悪かったような雰囲気になる。
梨沙子が来なければこんなことにはならなかった。
はあ、と息を吐き出してから頬に触れてみると、また頬が熱を持ち始めた。
梨沙子、という単語が熱源であることは間違いなかった。
桃子がうさぎに戻らなかったことや、キスをしようとした場面を見られたこと。
色々あったが、一番問題だったのは桃子の質問だ。
わけのわからないことを散々聞かれて、最後にはお礼の相手は誰がいいかだ。
しかも、相手が梨沙子だったらどうなのかと聞かれたせいで、梨沙子を変に意識してしまう。
- 365 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 05:05
- 飲み物があれば良かった。
そうすれば外に出る必要がなかったし、梨沙子に会わずに済んだ。
梨沙子に会わなければこんなことにはならなかった。
悪いのはおかしなことを言い出した桃子だが、梨沙子がこなければ桃子も変なことを聞いてこなかったはずだ。
「梨沙子のばか」
雅は小さく口に出して呟いた。
するとそれに答えるように携帯が着信音を鳴らす。
それは愛理専用に設定してある着信音で、雅には愛理からの電話だとすぐにわかった。
愛理からメールはよく来るが、直接電話がかかってくることは珍しい。
やけに疲れていたから、他の誰かだったら電話に出ないという選択肢もあった。
けれど、普段電話をかけてこない愛理が相手なら出ないわけにもいかない。
雅はベッドから飛び起きると、机の上にある携帯を手に取った。
「もしもし、みや?」
通話ボタンを押すと、明るい声が携帯の向こうから聞こえてくる。
- 366 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 05:08
- 「愛理、どうしたの?」
「今さ、りーちゃんから電話があって」
どくん、と雅の心臓が音を立てる。
愛理に何を言ったのだろう。
真っ先に頭に浮かんだのは、梨沙子の「女の子に手を出そうとした」という言葉だった。
「うさちゃん、病気なんだって?」
「ああ、うん。ちょっとね」
愛理の言葉にほっと胸を撫で下ろす。
さすがに梨沙子も言ってはならないことぐらいは心得ているようだ。
「……みや、うさぎいじめたの?」
「いじめてないよ!」
「みやがうさぎいじめたから、病気になったのかと思った」
「そんなことしないよ!」
「わかってる。冗談だよ」
- 367 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 05:10
- 携帯から愛理のくすくすと笑う声が聞こえてくる。
いつ聞いても愛理の声は心地良いと雅は思う。
桃子の落ち着きのないキンキンと高い声とは対照的で、愛理のおっとりとした口調や綿飴みたいに甘い声を聞いているととても落ち着く。
子供の頃から聞き続けている梨沙子の声も安心出来るものだが、愛理の声は梨沙子のものとも違う。
愛理とならどうだろう。
声を聞いているうちにそんなことが頭に浮かんだ。
心臓が小さな音を立てて、
顔が赤くなったような気がする。
けれど、梨沙子のときほどのことはないようだった。
「で、うさちゃん。大丈夫なの?」
「うん、平気。明日退院だから」
「そっかあ。よかったあ」
心の底から安心したような声が聞こえてきた。
雅はその声に、愛理には言えないようなことを想像しようとした自分がひどく悪い人間に思えてくる。
ぶんっ、と頭を大きく振って、人には言えないような考えを振り払う。
- 368 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 05:11
- 「でさ。なんか、みやの部屋に見たことがない女の子がいたって言ってたけど、それ誰?」
「え?」
見たことがない女の子。
そんなものは桃子以外ありえなかった。
「みや?」
「あ、うん。聞いてるよ」
ややこしいことになったと雅は頭を抱える。
雅の家族構成から親戚、ほとんどのことを愛理は知っている。
今まで隠す必要がなかったから、何でも愛理に話したし、愛理も何でも雅に話してくれた。
そんな愛理が知らない従姉妹。
存在に無理があるのではないかと思う。
梨沙子が愛理に言っていませんように。
こんな時に頼れるのは神様か仏様と相場は決まっている。
いつも神様に頼っているから、今日は仏様にしよう。
雅は縋る相手を一瞬のうちに決めて仏様に祈る。
梨沙子が、桃子は従姉妹だという設定を愛理に告げていませんように、と心の中で呟く。
- 369 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 05:13
- 「従姉妹ってほんと?」
普段、神様にばかり頼っているせいか仏様は雅に冷たかった。
祈りは届かず、雅は聞かれたくなかったことを愛理から聞かれる。
「従姉妹ってなにかな」
無駄な抵抗だとはわかっていても、誤魔化してみたくなる。
けれど、無駄な抵抗は無駄でしかなく、愛理は雅にデッドボールすれすれの球を投げてくる。
「だからあ、りーちゃんがみやの部屋に従姉妹がいたって」
「ああ、それ」
「誰?」
桃子です。
新しい従姉妹なんです。
うさぎなんです。
- 370 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 05:14
- どれも愛理を納得させることが出来る言葉だとは思えない。
愛理が投げたボールから身体をかわすべきではなかったような気がする。
自らボールに当たりにいって、頭にでも命中させて記憶を失った方がよかった。
雅はベッドへ俯せに倒れ込む。
「……従姉妹っぽい子」
枕に言葉が吸い込まれてもがもがと不明瞭な言葉になる。
だが、愛理にはしっかりと聞こえていたようで、不審そうな声で聞き返された。
「従姉妹っぽい?」
「なんていうか、こう。微妙な感じっていうか」
「それって、従姉妹なの?従姉妹じゃないの?」
もう許してください。
雅は心の中で愛理に頭を下げるが、それが愛理に伝わることはない。
携帯から「みや?」と答えを急かす声が聞こえてくる。
- 371 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 05:16
- 「えーと。今度、愛理にも会わせるからさ。ね、だから今日のところはそれで」
「あー、誤魔化そうとしてる!」
「愛理。お願いだから、誤魔化されて」
なりふり構わず、愛理に縋る。
もともと誤魔化したり嘘をついたりするのは苦手なのだ。
誤魔化されてくれないのなら、誤魔化されてくれと頼むしかない。
「……りーちゃん泣かせるようなことしたら、あたし怒るからね?」
「うん、そんなことしない。大丈夫だから」
俯せから、ごろりと仰向けになる。
愛理を安心させるように優しく返事を返した。
携帯の中から飛び出してきそうな勢いで「絶対だよ」と愛理から念を押されて、雅はもう一度「大丈夫」と答えた。
「じゃあ、誤魔化されとくけど。……みや、変な子に手出したらだめだよ?」
「ちょ、ちょっと。愛理、それ」
「いい?」
「待って、待って。それ愛理の誤解だからっ」
「でも、りーちゃん言ってたよ?みやが女の子に手を出してたとか、なんとか」
「だから、それも誤解なんだって」
- 372 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 05:18
- 馬鹿馬鹿馬鹿!
出来ることなら百回は叫びたかった。
梨沙子のヤツめ、と心の中で梨沙子に文句を数回ぶつけてから、雅は愛理に説明を試みる。
あれは従姉妹っぽい子の目にゴミが入って。
それを取ろうとしたら。
支離滅裂になりそうな言葉をなんとか順序立てて愛理に告げる。
「ほんとに?」
「ほんと、ほんと」
「それならいいけど」
疑いが晴れたわけではないが、梨沙子の言葉を信じたままでもないような愛理の声が聞こえてくる。
白でも黒でもない。
どちらかというと白に近いグレー。
愛理は、そんな中途半端な位置に雅を置いたようだった。
- 373 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 05:20
- 「りーちゃんね、ほんとにうさぎ見たいらしいからさ。何度もうさぎ見たいってあたしに言ってたから。だから、今度はちゃんと見せてあげてよね」
危機から逃れることが出来たのかわからないが、愛理の話題はうさぎに戻る。
雅はケージの中にいる桃子を見ながら答えた。
「うん、見せるよ」
「じゃあ、今度、りーちゃんと二人で行っていい?」
「おっけー!」
それから、二言三言話して携帯が切れた。
ケージの中では桃子が欠伸をしていた。
携帯をベッドの上に投げ出して、雅は起ち上がる。
ケージに近寄ると、寝そべっていた桃子が顔を上げた。
中を覗き込む。
すると桃子が身体を起こして、ケージにぴたりと張り付いてきた。
雅が顔をさらに近づけると、毛玉のような手で鼻をぺたぺたと押された。
- 374 名前:お客様はご近所様 − 5 − 投稿日:2008/09/09(火) 05:21
- 「このぉ、いたずらうさぎ!」
顔を引いてふわふわの手から逃げる。
桃子が雅に触れようと手を伸ばす。
その手を避けて、雅がケージを人差し指で弾くと桃子の手がケージを叩いた。
「少しはうちの言うこと聞きなよ」
桃子の目を見る。
「今度、絶対にうさぎ見せないとうち、困るんだから。だから、今度は絶対にうさぎになってもらうからね」
雅はケージにかけられた手を取って桃子に言い聞かせる。
ぴょこんと立てた耳を二、三回震わせてから、桃子がこくんと頷いた。
- 375 名前:Z 投稿日:2008/09/09(火) 05:22
-
- 376 名前:Z 投稿日:2008/09/09(火) 05:22
- 本日の更新終了です。
- 377 名前:Z 投稿日:2008/09/09(火) 05:26
- >>356さん
優しさがみやびちゃんをどんどん大変な立場へ。
らぶりー桃子とちょっぴり可哀想なみやびちゃんをお楽しみ頂ければと思いますw
>>357さん
らぶりー桃子のチラリズム萌えですね。わかります(´▽`)w
- 378 名前:名無し 投稿日:2008/09/09(火) 12:57
- みやびちゃん他人事でごめんすごい面白いw
- 379 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/13(土) 00:48
- 愛理に尋問される雅ちゃん萌えw
- 380 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/10/07(火) 02:14
-
檻のうさぎは退屈中
− 1 −
- 381 名前:檻のうさぎは退屈中 − 1 − 投稿日:2008/10/07(火) 02:16
-
ねえねえねえ。
雅は今日、桃子の口から何度聞いたかわからない。
はいはいはい。
雅は今日、桃子に向けて何度言ったかわからない。
週休二日制を今日ほど呪ったことはなかった。
土曜の朝、雅が珍しく早起きをしてみれば、起こしもしないのに桃子も起きてきて、それからずっとこの調子だ。
パジャマから部屋着に着替える時間もなく、起きた瞬間から桃子にまとわりつかれている。
- 382 名前:檻のうさぎは退屈中 − 1 − 投稿日:2008/10/07(火) 02:18
- 「ねえ、もっとみーやんの学校の話、聞かせてよ」
「あー、はいはい。えーっと、ちぃの話覚えてる?徳永千奈美っていう名前の子」
「覚えてるよ」
「そっか。うちの一番の友達で、さっき話した熊井ちゃんと仲が良いの。よくね、熊井ちゃんがちぃを学校まで迎えに来て一緒に帰ってる」
「へえ。どうして迎えにくるの?」
「仲が良いからじゃない?」
「熊井って子は、大きい子だよね?」
「そう。モデルみたいに身長が高くてスタイルいいよ。あ、ちぃも。ちぃもスタイルいい」
ふあ、と大きな欠伸を一つしてから、雅は両手を上げて身体を伸ばす。
ベッドの上、桃子が雅に寄り添うようにして話を聞いていた。
雅は朝起きてからすぐに桃子からせがまれて、延々と学校生活について語っている。
最初は興味津々で頷く桃子に話して聞かせることが楽しかった。
大げさなくらい笑ったり驚いたり。
桃子の反応を見ていると話して聞かせる甲斐があった。
だが、一時間も話せばいい加減飽きてくる。
- 383 名前:檻のうさぎは退屈中 − 1 − 投稿日:2008/10/07(火) 02:19
- 雅は窓の外を見る。
窓から見える空は晴れ渡っていた。
最近は雨ばかり降っていて、いかにも梅雨という天気が続いていたが、今日は久々に雲一つ無い青空が広がっている。
じめじめとした六月には珍しい天気だったから、部屋にいることが勿体なく感じる。
それに、せっかく早起きをしたのだから、いつまでもベッドの上に座っているのではなく、外へ遊びに行きたいと雅は思う。
「みーやんは二人と一緒に帰らないの?」
だが、そんな雅の思いは桃子に届かない。
話し始めた頃と変わらない興味を持って雅の言葉を待っている。
「んー、帰ったりするよ。寄り道もするし」
「そっかあ。みーやんが帰ってくるの遅い日って、二人と一緒に遊んでるんだ」
「まあ、そんな日もあるかなあ」
ふああ、と先程よりも大きな欠伸が出た。
眠いと言うよりは、退屈で欠伸が出る。
- 384 名前:檻のうさぎは退屈中 − 1 − 投稿日:2008/10/07(火) 02:21
- 「みーやん、眠いの?」
「眠くない」
「じゃあ、もっとシャキとしてよ。それで、もっと学校とか友達の話してよ」
「もういっぱい話したじゃん」
「まだ聞きたい。他には誰と遊んだりするの?」
「えーと、先輩の清水佐紀ちゃん。あとは梨沙子。一昨日、梨沙子に会ってさ、早くうさぎ見せろって言われた」
「それ、人間のももじゃだめなの?」
「うさぎのももじゃなきゃだめ」
「つまんないなあ」
ため息混じりに桃子が呟く。
けれど、桃子はまだ雅の話を聞きたいようで、側から離れない。
そろそろ解放して欲しい。
そう思うが、雅の気持ちが桃子に伝わることはなさそうだった。
- 385 名前:檻のうさぎは退屈中 − 1 − 投稿日:2008/10/07(火) 02:22
- 「ねえねえ、今日はどこか行くの?」
「予定はないけど、どっか行きたいなあ。天気もいいし」
「誰と行くの?」
「ちぃか梨沙子かなあ」
「いいなー!いいなー!ももも一緒に遊びたいっ」
「だーめ!ももはうちにいな」
「あー!もうっ!もも、すっごくつまんないっ」
桃子には少しつまらないぐらいが丁度良い。
大抵の場合、桃子が楽しいと雅が楽しくない事態に陥る。
桃子には悪いが、平和な土曜日を過ごす為に、つまらないままいてもらおうと雅は思う。
「絶対、一緒に行っちゃだめなの?」
「だーめ」
桃子が頬をぷうっと膨らませる。
不満げな桃子を見ていると、どこにも連れて行かない自分が悪者に思えてくるが仕方がない。
いつの世の中も、平和を守る為には多少の犠牲が必要なのだ。
- 386 名前:檻のうさぎは退屈中 − 1 − 投稿日:2008/10/07(火) 02:23
- 「じゃあ、みーやんがどこにもいかないように、ももが捕まえてるもん!」
ぎゅうっと腕を掴まれて、雅は顔を顰める。
力の限り雅の腕を掴んでいるようで、掴まれている部分が痛い。
「ちょっと、もも。痛いってばっ」
「もっとももとお話してくれるなら、離す」
「するする。するから離して。すっごく痛いんだって」
首を上下に振って桃子に懇願すると、掴まれていた腕がすっと放された。
パジャマの袖を捲ってみると、掴まれた部分が赤くなっていた。
「ねえ、みーやん。学校って面白い?」
「面白いよ」
「どんな風に?」
「ええ?どんな風にって言われても。友達いるし……。その友達と一緒にいろんなことしたり、そういうのが楽しいかなあ」
「色々ってどんなこと?」
「色々は色々だよ」
「ねえ、教えてよ」
- 387 名前:檻のうさぎは退屈中 − 1 − 投稿日:2008/10/07(火) 02:25
- 桃子と話すと約束してから五分も経っていない。
だが、もう限界だった。
起きた瞬間からまとわりつかれて、一時間以上桃子の質問に答え続けた。
そろそろ解放してくれてもいいのではないか。
雅はベッドの上に起ち上がる。
「もう、いいじゃん!そんなの!」
苛々とした気持ちを桃子にぶつける。
桃子は足もとに座ったまま、雅を見上げていた。
雅が桃子に尋ねられるままに、学校の話を語っていたのには理由があった。
ここ二、三日、雅が学校へ行こうとすると、桃子が一緒に行きたいと駄々をこねていた。
そんな桃子を無理矢理うさぎに戻して、ケージへ閉じ込めていた。
学校ではなくても、どこか散歩へ連れて行ってくれるだけでもいいと桃子は言っていたが、雅は桃子を外へ連れ出したりはしなかった。
外に出たがる桃子をケージへ閉じ込め続けていた。
不機嫌になる桃子に、さすがの雅も悪いことをしたと思い、叶えられる範囲の願いを叶えてやろうと思ったのだ。
それが今朝のこの状態で、雅は罪滅ぼしもかねて、学校の話を聞きたいという桃子の為にずっと語り続けていた。
- 388 名前:檻のうさぎは退屈中 − 1 − 投稿日:2008/10/07(火) 02:27
- 「よくないよ。もっと、学校の話聞かせて」
桃子が雅の袖を引っ張る。
甘えた声でもっと話をしてくれと催促される。
「もも、みーやんが宿題忘れた話とか、居残りさせられた話とかも聞きたい」
「そんな話はいいのっ!大体、うちが宿題忘れるのはももが原因じゃん」
「もも、なにもしてないもん」
「ももの相手してるから宿題出来ないんだよ!」
「ももの相手してないときも宿題してないのに?」
「……るっさい!」
口では桃子に敵いそうもなかった。
桃子が言っていることは全て事実で、事実だからこそ雅は腹立たしい。
雅は枕を手に取る。
苛々とした気持ちを枕に込めて部屋の隅へ投げつけた。
枕が壁にぶち当たり、ぼふっという音がする。
桃子がぽかんとした顔で雅を見ていた。
- 389 名前:檻のうさぎは退屈中 − 1 − 投稿日:2008/10/07(火) 02:28
- 「みーやん、怒った?」
「怒った!」
「ごめん。じゃあ、宿題のことは言わないから、もうちょっとももと話してよ」
袖を二回引っ張られる。
それでも桃子の方を見ずにいると、脚に桃子が絡みついてきた。
仕方なく桃子を見ると、桃子が嬉しそうに笑う。
雅は「はあ」と大げさにため息をついて、桃子の隣に座り直した。
「……なんの話が聞きたいの?」
「徳永って子の話、もう一回聞かせて。熊井って子は中学生なのに、高校まで徳永って子を迎えにくるんだよね?」
「うん。わざわざ遠回りしてきてるみたい」
「それって、徳永って子を好きだから?」
「どうだろうね。聞いたことないからわかんない」
- 390 名前:檻のうさぎは退屈中 − 1 − 投稿日:2008/10/07(火) 02:30
- 雅は肩をすくめる。
少し前に千奈美に尋ねてみたところ、「同じ中学だったから」と理由になるようなならないような言葉をもらった。
しかし、千奈美と友理奈は「同じ中学だったから」という言葉で片づけてしまえるような仲に見えない。
学年が一つ違う。
今では学校も違う。
それなのに、友理奈はたびたび高校までやってくる。
そして、千奈美は友理奈を見つけるといつもの三倍は嬉しそうな顔をする。
桃子にはわからないと答えたが、友理奈は千奈美のことを好きなのではないかと雅は思っている。
そうでもなければ、わざわざ遠回りをしてまで千奈美を迎えに来る理由の説明が出来ない。
時間にして二十分。
二十分も遠回りなのだ。
相当の理由がなければ、わざわざ高校まで来るはずがない。
「二人は恋人じゃないの?」
「付き合ってるって話は聞いたことない」
- 391 名前:檻のうさぎは退屈中 − 1 − 投稿日:2008/10/07(火) 02:31
- 雅は、千奈美からも友理奈からも「恋人」という単語を聞いたことがなかった。
だから、桃子の不思議そうな声に雅は素っ気なく答えた。
桃子が不思議そうな顔のまま「へんなの」と呟いた。
雅もその言葉を聞いて「へんなの」と思った。
今まで不思議に思ったことはなかったが、どうして二人は付き合っていないのだろう。
どちらかが好きだと言えば、それで済むような気がする。
桃子に言われるまで気がつかなかった自分にも呆れるが、千奈美と友理奈が付き合おうとしない事実にも雅は呆れる。
言ってしまえば恋人同士になれるような仲なのだから、好きの一つや二つ簡単に言えるはずだ。
自分とはまったく別の場所にある千奈美と友理奈の恋については積極的に考えられる。
他人事って素晴らしい。
雅は、自分が同じ立場だったら、などというつまらない置き換えはしないことに決めた。
- 392 名前:Z 投稿日:2008/10/07(火) 02:31
-
- 393 名前:Z 投稿日:2008/10/07(火) 02:31
- 本日の更新終了です。
- 394 名前:Z 投稿日:2008/10/07(火) 02:33
- >>378 名無しさん
他人事って素晴らしい!……ですね!w
>>379さん
ヘタレな感じですw
- 395 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/09(木) 00:12
- うざキャワ!
ウサギなら外に連れ出せるのに
人間でも知り合いに会わいようにすれば…みやなら会っちゃいうか
- 396 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/10/10(金) 01:52
-
檻のうさぎは退屈中
− 2 −
- 397 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 01:54
- 「好きだって言えばいいのに」
桃子が吐き出す息と一緒にぼそっと呟いた。
「うちもそう思う」
「なんで好きって言わないの?熊井って子も徳永って子のこと、好きなんでしょ?」
「たぶんね」
「じゃあ、どうして?」
「うち、ちぃじゃないし。それに、熊井ちゃんでもないからわかんない」
「じゃあ、会わせてよ。二人に。ももが直接聞く」
「絶対だめ!」
雅は即答した。
桃子が風船のように頬を膨らませる。
雅がぱんぱんになった頬を突くと、ぷしゅうと音がして空気が抜けた。
- 398 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 01:56
- 最近の桃子は好きという言葉に敏感だ。
梨沙子が家に来た日から、やけに好きという言葉に拘りたがる。
好きという言葉が持つ意味を知りたいのかもしれないが、解決しない問題に拘るのは桃子の悪い癖だと思う。
雅には気にもならないたった二文字の言葉に、桃子が拘りたがる理由がわからない。
「こんなの、つまんないよ。つまんなすぎる!」
「なにが?」
「もも、家の中にばっかりいてつまんない!お外に行きたいし、みーやんの友達にも会いたいっ!」
ついに桃子の不満が爆発する。
頭から湯気が出そうなほど、桃子は不機嫌な顔をしていた。
「だから、どっか行きたい!」
どん、とベッドを叩く。
桃子の頭にやかんをのせたら、水が一瞬のうちにお湯になるだろうと雅は思った。
「今からお外に連れてってよ、みーやん!」
噛みつくようにそう言って、桃子が雅に顔をぐいっと近づける。
- 399 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 01:58
- 「だめ!絶対だめ!ももと一緒に出かけたら、絶対おかしなことがおこるもん!」
雅は強い口調で桃子の言葉を否定した。
そして、桃子の額に自分の額をぶつける。
ごつんと鈍い音がする。
痛みのせいか、桃子の眉間に皺が寄る。
雅も思ったよりも額が痛くて、眉間に皺を寄せた。
「……みーやん、もものこと嫌いなの?」
怒っていたのは一瞬で、桃子の言葉が恨みがましいものに変わる。
「嫌いじゃないけど、だめなもんはだめなのっ」
「嫌いじゃないなら言うこと聞いてくれたっていいじゃん」
「嫌いじゃなくても言うことは聞かない」
まるで子供がするように、桃子が雅のパジャマの袖をぐいぐいと引っ張る。
それは欲しい玩具を買って貰えずに駄々をこねる子供と一緒で、言うことを聞くまで掴んだ袖を離しそうになかった。
- 400 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 01:59
- 「やっぱ嫌いなんじゃん、もものこと」
「あんまりしつこくすると嫌いになる」
「じゃあ、今は好き?」
邪念のない顔で桃子がじっと雅の目を見つめる。
けれど、過去の行いを考えると雅は桃子を信用出来ない。
好きだと答えたら何をされるかわからない気がして、雅は何と返事をすればいいのかと考え込む。
「みーやん」
桃子を見つめ返したまま黙っていると、名前を呼ばれた。
裾を掴んでいた手が肩へ移動する。
「もものこと、今は好き?」
「……嫌いじゃない」
もう一度問いかけられて、雅は仕方なく無難そうな答えを返す。
好きだと答えることは躊躇われた。
雅の答えに満足したのか、桃子が微笑む。
そして、肩に置かれた手に力が入った。
桃子が飛びつくように雅を押し倒す。
- 401 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 02:00
- 「うわっ、ちょっと」
ばたりと倒れたベッドの上。
雅は桃子に抱きつかれていた。
「もも、危ないって」
雅はべったりとくっついた桃子の身体を離す為に、桃子の肩に手をかける。
軽く力を入れると雅の身体から桃子が離れて、お互いの身体の間に隙間が出来た。
しかし、その隙間はすぐに埋められた。
雅の頬に桃子が唇を押しつける。
唇は頬から首筋へ移動して、パジャマのボタンを外されそうになる。
「こういうのだめだって言ったじゃん!ももっ!」
雅はボタンにかけられた手を掴んで叫んだ。
強い口調で名前を呼ぶと、桃子が顔を上げた。
- 402 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 02:02
- 「なんでやなの?お礼だよ」
「だから、こういうのは好きな人とするんだって言ったじゃん。何度言えばわかるわけ?」
「みーやん、もものこと好きって言ったじゃん」
「嫌いじゃないって言っただけでしょーがっ」
「それって好きってことなんじゃないの?」
「……まあ、そうかもしれないけど。でも、ももが言ってる好きとは違うの!」
雅が桃子の顔を見ると、やはり納得出来ないという表情をしていた。
何度言っても桃子には雅の言いたいことが伝わらない。
説明が足りない部分があるのかもしれないが、これ以上の事は雅にもわからない。
好きという言葉の違いなど、どう教えていいのか見当もつかなかった。
雅自身がはっきりと理解出来ていないのだから、上手く伝えるなど無理な話なのかもしれない。
出来れば言葉の雰囲気から感じ取って欲しい。
そう思うのだが、うさぎである桃子には難しいことなのか、今も首を捻って考え込んでいる。
桃子が真面目な顔をして考えた末に出した結論。
それは大抵の場合、ろくなものではない。
だから、今も雅にとって迷惑以外のなにものでもないことを考えているに違いないだろう。
早くこの状況から脱出した方が良い。
雅は過去の経験からそう判断して、桃子の身体を退かそうと、掴んだ手ごと桃子の身体を押す。
力一杯桃子を押すと、桃子が体勢を崩しながら突拍子もないことを言い出した。
- 403 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 02:05
- 「今、こうしてるのが梨沙子ならいいの?ももとは出来なくても、あの梨沙子って子とならするの?」
「なんで、梨沙子が今出てくるのっ」
反射的に言い返す。
雅の手から力が抜けて、桃子がもう一度身体を寄せてくる。
「この前みーやん、真っ赤になってた。あの時、梨沙子のこと考えてたんでしょ」
どくんと心臓が鳴る音が聞こえる。
幼馴染み。
小さい頃から一緒の友達。
相手が梨沙子でも桃子と同じだ。
こういう行為をする相手は好きな人でなければならない。
梨沙子のことは幼い頃から知っていて、好きだという感情はある。
しかし、それは恋愛感情とは違うものだと思う。
違うもののはずなのに、心臓の音がやけにうるさく感じる。
それがそういった行為を想像したことによるものなのか、また別のものなのか雅には判断出来ない。
- 404 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 02:06
- 「……ねえ、みーやん。ももと梨沙子って違うの?」
混乱した頭の中に桃子の声が入り込んでくる。
雅の中で桃子と梨沙子は明らかに違う。
過ごした年数も違うし、何よりもうさぎと人間という違いがある。
「梨沙子と愛理は違うんだよね?じゃあ、ももと梨沙子は?ももと愛理は?」
何も答えない雅に、桃子がさらに問いかけてくる。
梨沙子と愛理は違う。
桃子と梨沙子も違う。
もちろん、桃子と愛理も違う。
梨沙子は幼馴染みだし、愛理は従姉妹という血の繋がりがある親戚だ。
そして桃子とは幼馴染みでもなければ、血の繋がりもない。
少し変わったうさぎだ。
ある意味、桃子は特別な存在とも言えるが、梨沙子や愛理と同じ存在になることはない。
雅にはうさぎと人間を同じように見ることは出来ない。
「ももはうさぎじゃん。比べたって仕方ない」
- 405 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 02:08
- 真剣な目で雅を見つめている桃子に素っ気なく言葉を返す。
比べてみようとしても、想像が出来ないのだから仕方がない。
桃子を梨沙子に置き換えることは出来るが、梨沙子を桃子に置き換えることは無理そうだった。
「うさぎじゃだめなの?」
桃子が雅から目をそらすように、一度目を閉じた。
それから目を大きく開いて、小さな声で言った。
雅を見る目が潤んでいるように見えた。
その目を見て、駄目だと答えようとしていた雅は思い留まる。
桃子は雅が拾ってきたちょっとうるさいペットで、人間ではない。
良いも悪いもない。
人間である梨沙子や愛理とスタートラインが違う。
いくら人間に変身出来るからと言って、桃子が雅と同じ場所を走ることはない。
そう思うが、わざわざそんなことを桃子に伝える必要もない気がした。
そして、ついさっき口にした言葉が桃子を傷つけているという自覚は雅にもあった。
- 406 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 02:09
- 「だめじゃないよ。……だめじゃないけど、ももは梨沙子とも愛理とも違う」
雅なりに言葉を選んで桃子に伝える。
「どんな風に?」
「わかんないけど、違う」
「好きと嫌いならどっち?」
「それは、まあ。……好きの方だけど」
うさぎが単純な生物かは知らないが、桃子が単純で良かったと雅は思う。
好きという言葉を聞いて、桃子の表情が明らかに変わる。
雅からの答えに気が済んだのか、桃子が話題を変えた。
「あのさ、お礼って、感謝の気持ちじゃん?」
「うん」
「ももの感謝の気持ちって迷惑なの?」
「迷惑じゃないけど。でも、この方法は迷惑」
- 407 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 02:10
- そう言ってから、雅は桃子の肩を押す。
桃子の視線が肩に置かれた雅の手へ向かう。
桃子が肩にある雅の手を取って、ベッドへ押しつける。
スプリングが軋んで、雅の手が一瞬ベッドへ沈んだ。
「なんで、やなのかなあ。やっぱ、ももにはわかんないや」
はあ、とわざとらしく桃子がため息をつく。
「うちには、ももがわかんないのがわかんないよ」
雅はベッドへ押しつけられた手を動かそうとする。
だが、上から体重をかけられているせいかぴくりとも動かない。
「いい加減離れて」
「やだ」
「やだじゃなくて離れるのっ」
- 408 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 02:11
- 桃子を睨み付ける。
それでも桃子の腕から力は抜けない。
それどころか、そのまま桃子に抱きつかれる。
「もも、なにすんの。離れてってばっ」
「やだもん。ももはさ、みーやんのこと好きなのにさ、みーやんはお礼やだっていう。だから、お礼はしない。でも、離れるのはやだ」
「だから、好きの種類が違うって言ってんの。ついでに言うと、もも重いっ」
「もも、軽いもん!それに好きの種類なんかわかんない」
「わかんないなら、わかるように努力しなよ」
「じゃあ、みーやんが詳しく説明してよ」
雅は桃子からぎゅうっと抱きしめられる。
小柄な桃子はそう重たい方ではないとはいえ、身体の上に全体重をかけられるとさすがに重さを感じる。
桃子の身体の下から逃れようと思っても、そう簡単にいきそうになかった。
- 409 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 02:14
- 「説明って、そんなの……」
力ずくで動かすことが出来ないのならば、桃子の納得のいくように説明するしかない。
だが、どう説明すれば桃子が納得するのかわからない。
雅が言う好きと桃子が言う好き。
漠然とならば違いがわかるが、詳しく説明するとなると難しい。
千奈美と友理奈のことを無責任にあれこれいうことは簡単だ。
他人事ならば問題ないのだ。
けれど、自分のこととなると上手く頭が働かない。
桃子と梨沙子と愛理。
全て恋愛とは関係ないと思うが、どう言葉にすればいいのかは思いつかない。
抱きつかれて、この先何をされるかわからない。
この状況で、何かを上手く考えるなど出来そうになかった。
それでなくとも、雅から恋愛ごとについて詳しく説明するなど無理な話なのだ。
結局、頭の中で色々考えても結論は「わからない」以外に見つからなかった。
そして、見つからない答えを見つけようとして得たものは、胸の中に出来たもやもやとしたものだ。
- 410 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 02:15
- 「あー!もう、ももうるさい!」
雅は胸の中に出来たもやもやを吐き出すように大声を出した。
「うるさくないもん!うるさいのはみーやんじゃん!」
「ももが変なことするから、うるさくしなきゃいけなくなるんでしょ。悪いのはももだからね!」
「もも、悪くないし。みーやんの方が悪い!」
「じゃあ、うちが悪くていいから静かにしてよ!」
「やだっ!」
大声には大声で。
桃子からの反論も部屋に響き渡るような大きな声で、静かだった部屋が急に騒がしくなる。
抱きつかれたまま耳元で騒がれたから、雅は響いた声によって耳の奥が痛かった。
一階にいる両親のことも忘れて、雅は桃子と高校生がする喧嘩とは思えない怒鳴りあいを続けた。
生産性のない怒鳴りあいの結果、雅はこの喧嘩を終わらせる方法を一つ思いつく。
雅は枯れた声で桃子に告げた。
- 411 名前:檻のうさぎは退屈中 − 2 − 投稿日:2008/10/10(金) 02:16
- 「もうっ!もも、うさぎにもどってよ!」
雅が桃子の腰のあたりを乱暴に叩くと、桃子がぴょこんと起きあがる。
そのまま逃げようとする桃子の手首を起きあがって掴むと、雅は力任せに引き寄せた。
勢いのついた桃子の身体が雅の腕の中に収まる。
嫌な予感がするのか桃子が腕の中で暴れようとした。
桃子の頬に手をやって顔を自分の方へと向ける。
雅が強引に桃子の唇へ自分の唇を押しつけると、桃子がうさぎに戻った。
薄いピンクのシーツの上には白いうさぎ。
雅は桃子の首根っ子を掴む。
宙に浮いている足をばたばたとさせて、桃子が無駄な抵抗をする。
小さなキックが飛んでくるが、雅はそれを無視して桃子をケージへ閉じ込めた。
- 412 名前:Z 投稿日:2008/10/10(金) 02:17
-
- 413 名前:Z 投稿日:2008/10/10(金) 02:17
- 本日の更新終了です。
- 414 名前:Z 投稿日:2008/10/10(金) 02:18
- >>395さん
ル*’ー’リ<人間の姿がいいですう
と、うざキャワの人が言い出しそうですw
- 415 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/11(土) 00:24
- この二人の組み合わせだと、ドタバタしてるのが似合うなぁw
- 416 名前:Z 投稿日:2008/10/23(木) 02:47
-
檻のうさぎは退屈中 − 3 −
- 417 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/23(木) 02:50
- うるさいうさぎをケージへ閉じ込めてから数時間。
雅は早起きが悪かったのか、眠気に襲われてベッドの上に転がった。
昼食を取ってから、そう時間は経っていない。
食べてすぐ眠ると牛になる。
そんな言葉を思い出したが、睡魔には逆らえなかった。
ケージの中のうさぎも暴れ疲れたのか昼寝中だ。
牛になったらモウと鳴いてやる。
そう決めて、雅は睡魔に身を委ねた。
ごろごろと寝返りを打って、ベッドから枕がずるりと落ちた頃、何かの音が現実の世界から夢の世界に入り込んできた。
遠くから聞こえる音は聞き覚えのあるものだった。
なんだろう。
雅は考えながらも目を開けることが出来ない。
目覚まし時計の音かと思って手を伸ばすが、目覚ましは鳴っていなかった。
どれぐらいの時間が経ってからか、それが携帯の着信音だと気がついた。
雅は夢の世界から現実の世界へと引き戻される。
- 418 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/23(木) 02:51
- 「……梨沙子」
眠い目を擦りながら、雅はぼんやりと呟いた。
しつこく鳴り続けている着信音は梨沙子専用のものだった。
雅はずるずるとベッドから起きあがると、テーブルの上に置いてある携帯を手に取る。
「もしもーし」
欠伸を噛み殺しながら、携帯の向こうにいる梨沙子に語りかける。
すると、随分と長い間鳴っていた携帯から不満げな声が聞こえてきた。
「みや、遅い!」
梨沙子の声が予想外に大きく、雅は携帯から耳を離す。
雅は梨沙子の大きな声での文句を聞き終えてから、携帯を耳元へと戻した。
「ごめん。早起きしたら眠くて、ちょっと寝てた」
「早起きしたのに、また寝たら意味ないじゃん」
「そうだけどさあ、色々あって疲れちゃって」
「いろいろってなに?」
梨沙子から聞き返されて、慌てて口を押さえたがもう遅かった。
- 419 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/23(木) 02:53
- 「あー、うん。……まあ、いろいろね。そんなことより、梨沙子。なんか用あるんじゃないの?」
仕方なく、もごもごとわかるようなわからないような返答をしてから、梨沙子に話を振る。
「そうだった!今ね、愛理と一緒にいるんだ。それでね、ももの話になったの」
「えっ?」
梨沙子が口にした名前に、寝ぼけた頭が完全に覚醒する。
雅は思わずケージの中にいる桃子を見た。
昼下がりの午後。
いつもなら騒がしいはずのうさぎは、まだすやすやと眠っていた。
「うさぎさ、退院するって言ってたじゃん」
「あ、うさぎね。うさぎ……」
うさぎの桃子と人間の桃子。
名前が同じだからややこしい上に心臓に悪い。
雅は人間の桃子の話ではなくて良かったと胸を撫で下ろす。
- 420 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/23(木) 02:54
- 「そう、そのうさぎなんだけど。退院したんだよね?」
「うん。一応ね、退院した」
雅には梨沙子の次の言葉が予想出来た。
『うさぎを見に行ってもいい?』
絶対にそう聞かれるはずだ。
今日はこの間とは違う。
問題児は檻の中。
悪さをしようにも、どうにも出来ない状況だ。
来るなら来い!
今がチャンス!
桃子がうさぎになっている今のうちに見せてしまえば、梨沙子もしばらくの間大人しくなるはずだ。
雅は逸る心を抑えて、梨沙子の次の言葉を待つ。
- 421 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/23(木) 02:55
- 「じゃあさ、今から愛理と見に行ってもいい?」
「いいよ。でも、あんまり触らせたり出来ないかも」
今すぐ来てくれと世界中に聞こえるぐらいの大声で叫びたい。
そんな気持ちを抑えて、雅は残念そうに梨沙子に告げる。
病み上がりという設定は雅にとって好都合だった。
桃子が言い出した仮病が今、雅の役に立っていた。
調子の悪いうさぎという設定ならば、あまり触らせることなく、ケージの中のうさぎを見るだけで済ませることが出来るだろう。
というより、絶対に触らせたくない。
特にケージの中から出すなんてことは絶対に御免だ。
檻の中に閉じ込めたまま、穏便に事を済ませたい。
平和を愛する雅にとって、桃子がうさぎのまま何もせずにいてくれるかどうかは重要なことだ。
- 422 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/23(木) 02:57
- 「まだ元気になってないの?」
「ちょっとね、まだ完全じゃない感じ」
「そっか。ちょっと待って。愛理に聞いてみる」
聞かなくてもいいから今すぐ来て、と言いたくなるが、それをぐっと堪えて、愛理と打ち合わせをする梨沙子を待つ。
携帯の向こうでひそひそと話す声が聞こえてくる。
何と言っているのかと聞き耳を立てていると、梨沙子の勢いの良い声が携帯から聞こえてきた。
「久しぶりに見るだけでもいいから見たいって。今から、行ってもいい?」
「いいよ。待ってる」
雅は、梨沙子の「今すぐ行くから」という嬉しげな声を聞いてから携帯を切った。
怠惰な土曜日。
牛になる暇もなく、幼馴染みと従姉妹が尋ねてくる。
雅は一度大きく伸びをしてから、着替えを始める。
春と夏の間。
時期的に中途半端で、いつも六月は何を着るか迷う。
タンスを開けたり閉めたりしながら服を選ぶ。
その間に玄関からチャイムが聞こえて、雅が着替え終えると同時に部屋の扉をノックされた。
- 423 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/23(木) 02:59
- 「みや、きたよー!」
トントンという扉が叩かれる軽い音に続いて、弾むような梨沙子の声が聞こえてくる。
「鍵、開いてるよ」
ケージの中の桃子をちらりと見てから、梨沙子に言葉を返した。
うさぎの桃子はすやすやと眠っていた。
出来ればこのまま起きないで欲しい。
そんな願いを込めて桃子を見ていると、扉がカチャリと開いて梨沙子と愛理が部屋の中へ入ってきた。
「みや、久しぶり。ももちゃん、元気?」
「んー、それなりに元気って感じかな。今、寝てるから静かにね」
「あ、ほんとだ。寝てる。みやさあ、ももちゃんの世話ちゃんとしてた?」
「え?」
部屋へ入るなり、梨沙子がケージに齧り付くように張り付く。
愛理がそんな梨沙子の隣に立って、雅に問いかけてくる。
- 424 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/23(木) 03:01
- 「また餌やり忘れたりとかしたんじゃないの?だから、病気になっちゃったとか」
「そんなことないって!うさぎって、寒かったり暑かったりするの苦手でさ。ほら、今、季節の変わり目じゃん?だから、ね。風邪、風邪引いたんだって」
「今って、暑くも寒くもない気がするけど……」
「でもでも、人間も季節の変わり目ってよく風邪引くじゃん!」
「まあ、そうだけどさあ。……そんなに言い訳するとか、かえってあやしくない?ねえ、りーちゃん。そう思わない?」
ケージの前で桃子をじっと見ていた梨沙子がくるりと振り向く。
「確かにそうだよね。みやってば、あやしいなあ。ほんとはもものこと、いじめてた?」
「梨沙子までそんなこと言って!うちはもものこと、いじめないってばっ!」
静かにね、と言ったのは誰だと言われそうな程の大声で雅は反論をする。
それを見て、愛理が雅の肩を軽く叩いた。
「まあまあ、みや。落ち着いて」
雅が落ち着きをなくす原因を作った愛理が、にっこりと微笑みかけてくる。
その微笑みに苦笑を返して、雅はケージに張り付いている梨沙子に声をかけた。
- 425 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/23(木) 03:04
- 「まだちょっと元気ないから、今日は見るだけね」
雅は梨沙子に声をかけながら、桃子が元気がないように見えるか心配になる。
床に腹をべったりと付けるようにして、前足と後ろ足を伸ばし腹這いになっている桃子は、どうみてもぐったりとしているようには見えない気がした。
ぐったりと言うよりはのびのび。
そんな言葉がぴったりだ。
「うん、わかった。もも、今日は見るだけなんだって。つまんないね」
ケージの前に座り込んだ梨沙子が残念そうに呟く。
そんな梨沙子の肩に手を置き、ケージを上から覗き込むようにして愛理が桃子に声をかけた。
「ももちゃーん。久しぶり、愛理だよ。覚えてるかなー。ももちゃん、ももー」
静かにと言った雅の言葉はなかったことになったのか、愛理の声が次第に大きくなっていく。
その声に桃子の耳がぴくりと起ち上がる。
雅は愛理の口を手で塞ぎたい衝動を抑えて、「しぃー!」と人差し指を唇にあてた。
- 426 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/23(木) 03:07
- 「もも、起きないかなー。おーい、ももっ!」
起きないかな、という控えめな言葉とは裏腹に、梨沙子の声は桃子を起こそうとしてか、かなり大きなものだった。
雅は「静かに!」と誰よりも大きな声で叫びたくなる衝動を抑える。
まだ桃子は寝ている。
寝ているのだから、自ら大声を出して起こす必要はない。
おまじないのように「静かに静かに静かに」と心の中で唱えてみる。
だが、雅の願いもむなしく、梨沙子と愛理は桃子の名前を呼び続け、桃子がスイッチの入ったロボットのようにぴょこんと起ち上がった。
一等が当たった宝くじを落としても、今の雅ほど落胆する人はいないだろう。
雅はがっくりと肩を落とし、顔を顰めてこめかみを右手で押さえた。
そんな雅とは対照的に、梨沙子と愛理が黄色い声を上げる。
まだ眠いのか、桃子が前足で目をごしごしと擦ると二人が声を揃えて「可愛い!」と叫んだ。
今まで眠っていたとは思えない勢いで、桃子がぴょんぴょんとケージの中を跳ね回る。
あまりにも元気なその姿に雅は頭を抱えた。
人参を投げたら、猛スピードで走っていくに違いない。
いや、人参なんて投げなくてもどこまでも走っていきそうに見える。
そんな桃子の姿はとても病み上がりには見えない。
- 427 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/23(木) 03:11
- 梨沙子と愛理がその様子に喜んでケージの隙間に指を差し込むと、嬉しそうに桃子が指の側へ寄っていく。
桃子が指に頬を擦りつける。
その姿に二人は可愛いを連呼する。
そして、雅の眉間の皺が深くなる。
どうしたのものかと雅がベッドへ腰を下ろすと、梨沙子が嬉しそうに言った。
「ももさ、なんかすっごく元気じゃない?」
「だよね」
愛理がうんうんと頷く。
そして、雅に問いかけた。
「ほんとに病気だったの?すっごく元気じゃん」
もものやつ!
雅は心の中で桃子の名前を叫ぶ。
うさぎが病気だと言い出したのは桃子なのだ。
言った以上は責任を持って、静かに寝ていてくれないと困る。
たとえ寝ているのが無理にしても、もう少し大人しくしているべきだろう。
それが仮病を使ったものがするべきことだと雅は思う。
- 428 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/23(木) 03:13
- 「さっきまで元気なかったんだけどなあ。なんでだろ」
愛理の目を見て答えることは出来なかった。
雅は愛理を飛び越えて、ケージの中の桃子を見るようにして答える。
「きっとさ、あたしと愛理のこと好きなんじゃない?」
「あー、そうかも。ひょっとしたらみやのことより好きなのかも」
「そんなことっ」
梨沙子と愛理の言葉に反射的に反論しかけて、途中で言葉を切る。
桃子が誰を好きでも関係ない。
悪戯好きで我が儘、そして雅の言うことを聞こうとしない。
良いところなど思い浮かばない。
強いて上げるとすれば、うさぎの姿が可愛いことぐらいだ。
そんな桃子の一番が誰であろうと雅が気にする必要はない。
- 429 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/23(木) 03:14
- 「みや、どうしたの?」
「なんでもない」
先を促す梨沙子に素っ気なく答える。
「へんなの」
梨沙子が不思議そうな顔で雅を見てから、ケージへ視線を移す。
「ねえ、みや。もも、外に出したらだめ?」
「ちょっとだけ、とか。無理?」
愛理が梨沙子の言葉に続けて、雅に同じ事をねだる。
「……わかった。少しだけなら」
二人から、期待のこもった視線を向けられて雅は渋々頷いた。
- 430 名前:Z 投稿日:2008/10/23(木) 03:15
-
- 431 名前:Z 投稿日:2008/10/23(木) 03:15
-
- 432 名前:Z 投稿日:2008/10/23(木) 03:16
- >>415さん
大人しくしている二人ではないので、ドタバタがぴったりですねw
- 433 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/23(木) 12:30
- 雅ちゃんを振り回す2人かわいいなー
雅ちゃんには悪いけど…うさぎにも振り回されてほしいw
- 434 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/27(月) 03:10
- ケージの中ではうさぎがこれ以上ないほど元気に跳ねている。
ぴょんぴょんぺたんと動き回るうさぎを見て、外へ出すなと言う方が無理だろう。
桃子は雅の恨みがましい視線などお構いなしだ。
愛理が嬉しそうにケージの中から桃子を抱き上げる。
そして隣で手を伸ばして待っている梨沙子に桃子を渡した。
二人が可愛いと言いながら撫でると、桃子が満足そうに鼻をぴくぴくと動かす。
「そうえいばさ、今日は人間のももいないの?」
「あー、あたしも人間のももに会ってみたい。今から呼べないの?」
梨沙子一人なら良かった。
梨沙子なら不満があっても最終的に雅の言うことを聞く。
だが、愛理はそうはいかない。
連係プレーで攻めてこられると、雅が圧倒的に不利だ。
「あっ、えっ、それは」
梨沙子の手から受け取った桃子を抱きかかえながら、愛理が雅の隣に腰をかけた。
なんと答えれば良いのか頭が働かない雅を肩で押してくる。
- 435 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/27(月) 03:11
- 「呼ぼうよ、みや。あたし、ももにもう一度会って聞きたいことあるし」
梨沙子の言葉に、雅は嫌な予感がする。
何を聞きたいのかは尋ねる気にならない。
梨沙子の表情からして、雅にとって良くないことだということは確かだ。
「電話しよ、電話。ほら、みや」
愛理が机の上に置いてある携帯を視線で示す。
「いや、ちょっと、待とうよ」
「なんで?」
柔らかく桃子を撫でる愛理の手を見ながら、雅は自分にも同じぐらい優しくして欲しいと思う。
梨沙子と愛理に悪気はないのだろうが、二人の言葉がぐさぐさと雅の身体中に突き刺さる。
「ほら、ももはさ、学校。学校があるの」
「土曜なのに?」
愛理の言葉が胸を抉る。
- 436 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/27(月) 03:13
- 「みやと同じ学校じゃなかったっけ。なら、休みじゃないの?」
梨沙子の言葉が後頭部にぶち当たる。
「ほっ、補習!」
雅の声が裏返った。
「補習?」
二人がほぼ同時に不思議そうな声を上げる。
「もものヤツ、出来が悪いからさ。だから、今日は補習受けてんの」
雅は愛理の腕の中にいる桃子を撫でながら、口から出任せを言った。
桃子が前足で雅の手を叩くが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「それなら、みやも補習受けないと」
「愛理、ちょっと待ってよ。うち、ももより頭良いし!」
ため息混じりで雅の肩を叩く愛理に、雅は噛みつくように反論する。
だが、愛理は雅の言葉などどこ吹く風で聞き流す。
- 437 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/27(月) 03:15
- 「……みやより出来ないって相当な気がする」
愛理が「はあ」と大げさに息を吐き出すと、床に座り込んでいた梨沙子が心配そうな目で雅を見た。
「みやってそんなに駄目なの?」
「りーちゃん、知らない方が幸せなこともあるんだよ」
「愛理っ!」
「ごめん、ごめん。冗談だって」
反省の色がまったく見えない声で愛理が謝る。
愛理の言っていることは大方正しくて、雅はそれ以上何も言えない。
雅は今まで、悲惨な点数のテストは梨沙子に見せないようにしていた。
二つ年上の格好の良い幼馴染み。
梨沙子が持っているそんなイメージを壊したくなかったのかもしれない。
そして雅自身、格好の悪いことが大嫌いだった。
愛理にも出来ることならば隠しておきたかったが、さすが親戚と言うべきか、雅の両親がいらないことまで愛理の両親に伝えていた。
おかげで、雅が隠しておきたいことの大半を、親子仲の良い愛理が知っているという状態だった。
- 438 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/27(月) 03:17
- 「じゃあ、ももに聞こうっと。ねえ、もも。みや、ちゃんと勉強してる?いつも、みやのこと見てるでしょ」
優しく話しかけながら、梨沙子が愛理の腕の中から桃子を抱き上げる。
桃子が梨沙子の言葉に答えるように首をふるふると横に振って、前足をばたつかせる。
「ん?勉強してないの?」
梨沙子が桃子を覗き込み、尋ねる。
すると桃子が耳をぴんと立てて頷いた。
その様子に梨沙子が笑いながら、愛理と二人で雅を挟むようにしてベッドの上に座った。
「ももはよく見てるねえ」
愛理がしみじみと呟く。
雅は桃子の耳を人差し指で弾いてから、「めっ」と小さく叱った。
桃子が不満げに小さく鼻を鳴らすと、梨沙子の腕の中でもぞもぞと動き出す。
何をするのかと雅が見ていると、桃子が両耳をぴくりと動かして、梨沙子の腕の中からぴょこんと飛び出した。
小さなうさぎは雅の太股の上に着地する。
- 439 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/27(月) 03:18
- 今のうちに捕まえてケージの中に戻そう。
雅はそう決めて、桃子に手を伸ばす。
これ以上、外に出しておいたら何をするかわからない。
梨沙子と愛理も十分うさぎに触っただろうから、何かが起こる前に檻の中に閉じ込めてしまった方が良いはずだ。
しかし、雅が伸ばした手は空を切る。
うさぎは雅の太股から愛理の太股へ飛び移る。
ぴょこんと足の上に乗った桃子に愛理が手を伸ばす。
すると、抱き上げられる前に桃子が愛理の手に足をかけ、大きくジャンプした。
桃子がぴょんと上に向かって飛ぶ。
先にあるものは愛理の唇。
雅は叫ぶ。
耳を塞ぎたくなるような大声で愛理の名前を呼んだ。
「わー、愛理あぶないっ!」
狙っているとしか思えなかった。
何も知らない愛理の唇は無防備だ。
- 440 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/27(月) 03:20
- こんなところで人間に変身されるなど冗談ではない。
雅は桃子の狙いを阻止する為に、勢いよく愛理に抱きつく。
「みや、なにっ!?」
雅の突然の行動に愛理が大声を上げた。
目をまんまるにして愛理が雅を見ている。
しかし、それも当然だ。
雅が発したあぶないという言葉の理由が愛理に伝わることはないし、桃子はぴょこんと上に向かって跳ねただけだった。
唇を狙ったように見えたのは雅だけで、実際は大きく上に向かってジャンプしただけだ。
騒ぐようなことではない。
「愛理に抱きつきたかっただけとか。……みやって、手が早いみたいだし」
梨沙子が冷たく言い放つ。
「ちっ、違うって!」
「だってこの前、ももになんかしてたよね」
「してない!あれは誤解だから、誤解!」
そんな梨沙子に加勢するように、愛理が雅の肩を叩いた。
- 441 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/27(月) 03:21
- 「いつから、そんな子になっちゃったの。みやは」
「愛理まで、やめてよ」
雅は愛理の手をぺしりと叩きながら、ちらりと梨沙子を見る。
冗談めかした愛理とは違い、梨沙子が形容しがたい表情で雅を見ていた。
恨みがましいというほどではないが、思わず言い訳したくなるような雰囲気がある。
「あのさ、二人ともうちのことなんか誤解してない?」
「してない」
「いや、してるって」
「してないもん。ねー、もも」
梨沙子から一方的に冷たい視線を送られる。
何か言わなければと雅が口にした言葉は即座に却下され、梨沙子の視線は桃子の方へ向く。
視線に気がついた桃子が雅の太股をを飛び越えて、梨沙子の太股の上に着地した。
膝の上へふわりとやってきた白い塊を梨沙子が撫でる。
「ちょっと梨沙子、あぶない。ももから離れた方が……」
無理矢理桃子を奪い取りたい衝動を抑えて、梨沙子に忠告をする。
だが、梨沙子には雅が言いたいことの半分も伝わらない。
- 442 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/27(月) 03:23
- 「危ないってなんで?もも、なんかするの?」
「えっと、ももって悪戯好きだから」
「悪戯っていっても、ちょっと齧ったりするぐらいでしょ?」
「いや、まあ、そうっていうか、違うっていうか」
悪戯でも何でもなく、唇を狙っているから危ない。
ちなみにキスをすると人間になる。
そう言ってしまいたい。
言ってしまえば、おかしな誤解は解け、雅が今まで何をしようとしていたのか正しく伝わる。
桃子のことを隠す必要がなくなるから心が軽くなる。
しかし、言ってしまったら、それはそれで面倒なことになりそうだった。
キスで変身するうさぎ。
今まで桃子とどうやって暮らしてきたのか聞かれたところで、上手く答えられそうになかった。
あらぬ誤解が増えそうでもある。
梨沙子や愛理が信じてくれるかわからないし、信じた場合どう思うのかもわからない。
- 443 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/27(月) 03:25
- 危ない賭をするのは得意ではない。
下手なことをするよりも、安全だと思える方を選びたい。
変なところで堅実な性格が表に出る。
結局、雅は当たり障りのない言葉を梨沙子にかけた。
「えっと、うさぎってさ、齧ると結構痛いから。梨沙子、あぶない」
「んー、さっきから撫でたりしてるけど、ももは齧りそうにないよ」
膝の上で静かにしている桃子を梨沙子が撫でる。
撫でられることが楽しいのか、桃子が気持ち良さそうに伸びをした。
そして、ぷるぷると顔を振ると、梨沙子のブラウスに足をかけた。
後ろ足が一度沈んで、ぐっと伸びる。
「わあああっ、梨沙子。逃げてっ!」
ぴょーん。
桃子が飛びかかる。
雅は手を伸ばす。
白い塊は雅の手をすり抜ける。
- 444 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/27(月) 03:26
- 「みや、こわいって!急に大声出したら。もも、驚いて逃げちゃったじゃん」
梨沙子が驚いた様子で声を上げた。
言葉通り、桃子は梨沙子の膝の上から逃げ出している。
ぺたんと桃子が降り立った場所。
それは雅の太股の上だった。
雅が手を伸ばすと、甘えるように桃子が頬を擦りつけてくる。
「そうだよ。あたしも驚いた」
「ごめん」
隣の愛理に突かれる。
「もも、おいで」
両手を広げた愛理に向かって桃子がぴょんと飛んだ。
愛理の腕の中に収まると、桃子が目を細めて雅を見る。
何だか馬鹿にされているようで納得がいかない。
- 445 名前:檻のうさぎは退屈中 − 3 − 投稿日:2008/10/27(月) 03:28
- 「はい、みや。ももに謝って」
「なんでうちがっ!」
「大声出して、驚かせたじゃん。うさちゃんいじめちゃだめって、言ったでしょ。いじめるなら、あたしがもらうからね」
そんなに欲しいならうさぎの一匹や二匹くれてやる。
とは、言えない。
普段悪態を付いていても、いざ人にもらわれるとなると惜しい気がしてくる。
情が移っているわけではない。
勿体ないだけだ。
自分に言い聞かせるように心の中で呟いてから、雅はやむをえず桃子に謝罪の言葉を告げる。
「……ごめん、もも」
ぺこりと頭を下げると、愛理がまるでうさぎを撫でるように雅の頭を撫でた。
結局、梨沙子と愛理がいる間、桃子をケージの中へ入れることは出来なかった。
桃子は好き勝手に飛び跳ねて、二人に甘えるだけ甘えていた。
雅もうさぎの桃子に何か文句を言えるわけがなく、二人と一緒になって桃子と遊ぶことで土曜の午後を過ごすことになった。
- 446 名前:Z 投稿日:2008/10/27(月) 03:28
-
- 447 名前:Z 投稿日:2008/10/27(月) 03:28
-
- 448 名前:Z 投稿日:2008/10/27(月) 03:29
- >>433さん
みやびちゃん受難の日ですw
- 449 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/27(月) 11:14
- ばれずに取り敢えず難を逃れましたね。
うさももいいですねぇ、あいりやりさこにもばれないとすると意外な人の前でばれちゃうんですかね?
もも好きとしては他の人にもばれ可愛がられるか、ひとももに誰かが恋しちゃったりうさももの恋人でひとに変われる新きゃらに期待ですね。
- 450 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2008/10/31(金) 04:17
-
檻のうさぎは退屈中 − 4 −
- 451 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:19
- 「どういうつもりなの?あれ」
「どういうって?」
「病気だってことになってたのに、ももが元気だから梨沙子と愛理が変に思ったじゃん」
あれから数時間後、梨沙子と愛理は楽しかったと嬉しそうに家へ帰っていった。
雅はと言えば、二人が帰ってからすぐに夕食の時間になり、いつもの倍のスピードで食事を取ることになった。
急ぐ必要はなかったが、桃子に言いたいことが山のようにあった。
だから、自然と食事を取るペースが速くなった。
急いで夕飯を食べると雅は階段を駆け上がり、桃子の首根っ子を掴んでケージの中から出した。
うさぎの桃子にキスをすることに躊躇いはない。
動物を撫でる行為の延長線上にあるようなものだ。
軽くキスをして、雅は桃子を人間へ変身させた。
- 452 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:20
- 「もう病気は治ったんだから、元気でもおかしくないよ」
長袖のTシャツへ腕を通しながら桃子が答える。
乱暴にタンスを閉める音が聞こえた。
「でも、あれは元気すぎでしょ。それに、うちの言うこと聞かないし」
「もも、みーやんの言うこと聞く義務とかないもん」
義務などという言葉をどこで覚えてきたのだろうと雅は思う。
知らなくて良い言葉ばかり桃子は知っている。
「それに、もものおかげで人間のもものこと、あんまり聞かれなくてすんだでしょ」
着替え終えた桃子がクッションを抱えて、雅の前に座り込んだ。
「大体さあ、みーやんひどいよ。もものこと馬鹿みたいに言うし。もも、居残りばっかしてるみーやんより頭いいもん!」
「居残りなんか、時々だけじゃん」
「時々でも居残りは居残りだよ」
「誰だってたまには居残りするんだよ。ももなんてさ、うちよりも知らないことだらけのくせに生意気だ!」
「そんなの、ももはうさぎなんだから当たり前じゃん!」
「うさぎでも人間でも知らないんだから、同じでしょ」
- 453 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:22
- 前のめりになって雅の言葉に反論してくる桃子の額を人差し指で弾く。
桃子が痛そうに眉間に皺を寄せ、クッションを雅に投げつけた。
「みーやん、意地悪ばっか!もも、今度愛理に会ったら言うからね。みーやんはももに意地悪ばっかしますって」
「愛理に言えるもんなら言えばいい。今度、愛理に会うときも、ももはうさぎだから」
「なんでっ!」
「絶対に人間でなんか会わせない」
「やだ!もも、人間がいいっ!」
桃子が握った拳を床へ叩きつける。
どん、と鈍い音が部屋に響く。
聞き分けのない子供のように桃子が首を横にぶんぶんと振る。
うさぎでいて欲しい雅。
人間になりたい桃子。
お互いに自分の主張を譲る気はない。
話はどこまでいっても平行線で、交わることはなさそうだった。
- 454 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:23
- 「なんで、ももは人間になりたがるの。もともとうさぎでしょ。だったら、うさぎのままでいいじゃん。そうすれば、うちだってももにもっと優しくできる」
「やだもん。もも、うさぎだけど、でも人間も好きだもん」
桃子を叱りたいわけではない。
優しくしたいという気持ちは当然ある。
けれど、相手が人間の桃子になるとどうしても上手くいかないのだ。
雅には桃子の気持ちが理解出来ない。
それに、うさぎと人間の比率が問題だった。
雅が学校に行っている間、桃子はうさぎの姿で雅の部屋にいる。
だが、雅が学校から帰ってくると、大半の時間を人間の姿で過ごす。
初めのうちは良かった。
うさぎでいる時間の方が長かった。
しかし、次第に人間の姿でいる時間が増えていった。
最近では、うさぎの姿でいる時間の方が短くなっている。
- 455 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:25
- 桃子が無理にでも人間になろうとする。
それを阻止するのも面倒になり、桃子の好きにさせていたのが悪かったのかもしれないが、人間になりたいと駄々をこねる桃子の言葉は、雅にとっては我が儘にしか思えなかった。
人間が好きでも桃子はうさぎなのだ。
うさぎはうさぎでいるべきで、いくら好きでもそう簡単に人間になるべきではない。
頭が固いと言われるかもしれないが、雅には桃子がうさぎの姿でいることが当然だと思える。
「あのさ、ももは一体何者なの?……人間じゃなくて、うさぎだよね?それならさ、人間が好きでも、うさぎでいるのが正しいんじゃないの?」
間違っているものは正す必要がある。
雅は投げつけられたクッションを桃子に渡し、教え諭すようにゆっくりと言った。
「そりゃあ、うさぎが正しいよ。だけどさ、だけどさ。もも、お話するの好きなんだもん」
「いつもうちとしゃべってるじゃん。それで我慢しなよ。うち以外の人と話さなくてもいいでしょ」
どうしても話したいというなら、桃子の相手をするつもりはある。
長い時間話すわけにはいかないが、桃子の気晴らしに付き合うぐらいは問題ない。
問題なのは、誰彼構わず話そうとすることなのだ。
- 456 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:27
- 「だって、梨沙子と愛理、楽しそうだった。それにみーやんも楽しそうだった」
ずっと雅を見つめていた目が下を向く。
前髪が桃子の表情を隠す。
雅は桃子の沈んだ声に、酷く悪いことをしているような錯覚に陥る。
「ねえ、みーやん。楽しかったでしょ?」
「……まあ、楽しいかったけど」
床を見つめたままの桃子を前に、楽しかったと大声で言うことは気が引けた。
桃子の声に引っ張られるように沈んだ口調になる。
「だったら、つまんないのももだけじゃん」
クッションの上に桃子が小さな手を置いた。
その手はきつく握りしめられていて、白い手がさらに白く見えた。
「でも、もも撫でられたりするの好きなんだから、それだけでも楽しくない?今日みんな、ももと遊んでたんだし、それでいいじゃん」
- 457 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:28
- 出来るだけ優しく桃子に声をかける。
雅が前髪に触れると桃子が顔を上げた。
今にも泣き出しそうな気がして、雅は慰めるように髪を柔らかく撫でた。
「そりゃあ、梨沙子や愛理が撫でてくれたり遊んでくれるのは嬉しいよ。みーやんだって、いつもよりいっぱい遊んでくれたしさ。……でも、ももも一緒にお話したかったんだもん」
普通のうさぎはほとんど鳴くことがない。
ストレスや恐怖など余程のことがあったり、とても機嫌が良いときにだけ小さく鳴く。
だが、桃子は特別なうさぎのようだった。
お喋り好きなだけあって、うさぎの姿でいる時もよく鳴く。
そして人間になってもよく喋る。
もしかすると、うさぎの姿のまま人の言葉を話すことが出来れば、人間の姿に拘らないのかもしれない。
人間になるうさぎと、うさぎのまま人の言葉を喋るうさぎ。
どちらのうさぎが良いのか雅にはわからなかった。
- 458 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:30
- 「梨沙子とか愛理の話、ももも聞きたかった」
「聞いてたじゃん」
「聞いてたけど。でも、人間になってちゃんと聞きたかったんだもん。もももしゃべりたかったんだもん」
静かにぽつりぽつりと話す桃子の言葉を聞きながら、どうすれば桃子を説得することが出来るのか雅は考える。
「いい加減にしなよ、もも。梨沙子も愛理も、人間のももがなんなのかって疑ってるんだから。ももがうさぎのままで二人に会い続けたら、いつか人間のもものことは忘れると思う。だから、ずっとうさぎでいてよ」
「もも、忘れられないとだめなの?」
「だめっていうか、うちが困る。人間のもものこと聞かれたら」
桃子の握りしめられていた手から力が抜ける。
じめじめとした湿った空気が部屋の中を支配する。
その空気を作り出しているのは桃子だった。
- 459 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:32
- 「友達でいいじゃん。変な言い訳するからおかしいんだよ」
「友達って言ったって、うちの服きた友達とかおかしいでしょ」
「じゃあ、買って」
「そんなお小遣いないし」
「ももにあげたじゃだめなの?」
桃子が縋るように雅の服の裾を握った。
「もう、もも!いい加減諦めな!」
雅はいけないと思いつつも、押さえることが出来ずに大声で桃子を叱った。
ゆっくりと話を聞いていても埒が明かない。
無理矢理諦めさせることしか雅には思いつかなかった。
「また怒った」
「ももが怒らせるようなこと言うからじゃんっ」
「だって、だってっ!」
桃子が言葉を荒らげる。
「みーやん、ももがすること全部だめって言う。じゃあ、ももはどうしたらいいの?みーやんのこと怒らせるつもりじゃないのに、みーやんは怒るし」
- 460 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:34
- 桃子の言葉は雅に告げるというよりは、自分自身に向けたものだった
ぐいっと服の裾を引っ張られる。
「教えてよ。どうしたらみーやんはももと一緒にいて楽しくなるの?」
「どうしたらって……」
うさぎでいてくれたら。
そう言いたかったが、言えるような雰囲気ではなかった。
桃子が今にも泣き出しそうな顔で雅を見ている。
「つまんないんだもん。もも、みーやんと一緒に楽しいことしたい。出来れば、一緒に学校に行ってみたいけど、でも、学校に行くのが無理なことはわかってる。だって、学校って生徒じゃない人が入ったら怒られるってテレビでやってたし」
桃子がクッションを雅の膝の上に置いた。
そして、両手をそのクッションの上に突いて、身を乗り出してくる。
ペタンと座り込んでいる雅の足に桃子の体重がかかる。
足にかかる重さが、桃子の気持ちの大きさを表しているような気がした。
- 461 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:35
- 「でもさ、それならお散歩ぐらいみーやんとしたい」
桃子がぽすんとクッションを叩く。
「一緒にお外行きたいもん」
「……もも」
雅の目を桃子がじっと見る。
潤んだ桃子の目に歪んだ雅の姿が映っていた。
「みーやんはももといても楽しくないの?」
「そりゃ、楽しくないことはないけど」
「ももは、もっとみーやんと楽しいことしたい。石川さんのこと言ったら、みーやん怒るけど……。でもね、石川さんと一緒にいた時みたいに、もも、みーやんと楽しいこといっぱいしたい」
桃子が下を向く。
雅は涙がこぼれるのではないかと思ったが、クッションにも桃子の手にも水滴が落ちることはなかった。
- 462 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:36
- 「もも、うさぎだけど。でも、人間だもん。だから、みーやんと一緒にお出かけしたって変じゃない」
桃子がなんと言っても、うさぎはうさぎだ。
人間の姿になることが出来ても、それは本当の姿ではない。
一緒に出かけるなんておかしいし、変だ。
それに、一緒にいることころを誰かに見られたら何と言っていいかわからない。
桃子と出かけるなんてことは、困ることばかりで良いことなど一つもないように思える。
しかし、雅はそれを桃子に言うことが出来ない。
「みーやんのお友達に会ったって変じゃないもん」
勢いよく桃子が顔を上げた。
ぐしゅぐしゅと桃子の鼻が鳴る。
涙はこぼれていなかった。
けれど、泣いているも同然だった。
桃子の目は真っ赤で、流れ出そうな涙を辛うじて堪えているだけだ。
- 463 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:38
- 「わかった」
日に日に桃子に甘くなっている自覚はあった。
我が儘を言われたり、桃子の気まぐれな態度に振り回されて苛々とすることなどしょっちゅうだ。
だが、何故か憎めない。
こうして泣き出しそうな顔で頼まれたら嫌と言うことが出来ない。
甘やかせば自分が困ることなどわかりきっているのに、止められないのだ。
「……散歩、連れてくから」
「ほんとっ?」
「うん」
大抵のことは、こうして桃子の思い通りになる。
雅は細く息を吐き出した。
- 464 名前:檻のうさぎは退屈中 − 4 − 投稿日:2008/10/31(金) 04:40
- ペットを散歩に連れて行くのは飼い主の義務。
うさぎだって散歩ぐらいしたいだろう。
人間の姿をしていても、ペットはペットだ。
うさぎの姿と人間の姿。
違いは些細なものとは言えないが、飼い主としては散歩に連れて行かないわけにはいかないだろう。
このまま散歩に連れて行くことを拒んで、動物虐待などと叫ばれても厄介だ。
それに、桃子のしょんぼりとした姿を見ているのは忍びない。
雅は桃子を虐めたいわけではないのだ。
少し意見が合わないだけで、出来ることなら穏便に事を済ませて平和に暮らしたい。
「そのかわり、一人で外に出たらだめだよ。必ずうちと一緒に散歩に行こう」
「一人でなんか行かないよ。もも、みーやんと一緒がいい。ねえ、みーやん。お散歩、いつ連れて行ってくれる?」
「うーん。……じゃあ、来週の日曜とか」
「行く!日曜日にお散歩行く!」
真っ赤な目をした桃子が雅に飛びつく。
桃子の黒髪がふわりと揺れた。
人間にしては小さなサイズ。
でも、うさぎの姿を見慣れている雅には大きく見える桃子を腕の中に抱きとめる。
桃子が力一杯雅にしがみつく。
少しばかり身体が痛かったが、今だけは桃子の好きにさせておこうと雅は思った。
- 465 名前:Z 投稿日:2008/10/31(金) 04:41
-
- 466 名前:Z 投稿日:2008/10/31(金) 04:41
-
- 467 名前:Z 投稿日:2008/10/31(金) 04:43
- >>449さん
うさももの今後は秘密ですw
これから先どうなるかは、まったりお待ち頂ければと思います(´▽`)
- 468 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/01(土) 00:52
- ツイにお出かけ
ももの暴れっぷりが楽しみ
- 469 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/02(日) 15:58
- 桃子の活躍に期待ですwww
- 470 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/06(木) 00:31
- こんなやりとりをしていた日々も、今思うと幸せだった。
みたいな展開になっていくのかな。
お散歩が楽しみだけど、ちょっと不安。
- 471 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/12(水) 02:55
- 甘えたなももうさが可愛い(*´∀`)ポワワ
- 472 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2009/01/23(金) 04:39
-
ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 −1−
- 473 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 04:43
- 約束の日までの一週間はあっという間で、薄曇りの当日、桃子は朝から浮かれていて、雅は少しばかり憂鬱だった。
何故なら今は、梅雨まっただ中。
数少ない晴れの日だったが、散歩日和とは言い難い天気だ。
それだけで、少し気分が沈む。
その上、桃子は嬉しそうにはしゃいでいて、雅はそんな桃子を見ていると嫌な予感がする。
半ば無理矢理とはいえ、雅は桃子を散歩に連れて行くと約束した。
その日のうちに日付まで決められて、桃子がカレンダーの数字を赤い丸で囲った。
そして、その下に平仮名で「さんぽのひ」と書いた。
カレンダーの浮かれた字と、満面の笑みで雅の隣にいる桃子を見ていると、気乗りがしなくても散歩にいかないわけにはいかなかった。
しかし、朝からのドタバタで雅はすでに疲れていた。
雅が朝起きると、桃子がタンスをひっくり返す勢いで、どれを着ようかと鼻歌交じりで雅の服を部屋中に広げていたのだ。
一枚、もう一枚と並べられ、片づけられることのない服。
雅は黙ってそれを片づけた。
あまりにも嬉しそうな桃子を見たら何も言えなかったのだ。
どれぐらいの時間そんなことをしていたのか、ようやく服が決まった頃には正午近かった。
- 474 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 04:45
- 部屋で昼食を取りながら、これからどこへ行こうかと雅は考える。
その隣では、雅がキッチンからこっそり二人分持ってきたパンを桃子が齧っていた。
「もも、どこ行きたいの?」
「みーやんと一緒ならどこでもいい」
「どこでもって、難しいなあ。なんかないの?」
「うーん。いろんなところ行きたいけど。でも、どこがいいかよくわかんない」
胸焼けしそうなほど砂糖をまぶしたシュガートースト片手に桃子が首を傾げて考える。
きつね色をしたパンを口に運びながら、「公園、河原、学校、遊園地」といくつもの場所を羅列していく。
雅はその中から一つの単語を選び出した。
「じゃあ、学校いこっか」
「いいの?学校行っても」
「休みだから、ももが行っても大丈夫だと思う。校舎の中は無理かもしれないけど、グラウンドとか中庭とかさ、そういうところ歩こう。それでもいい?」
「もも、それでもいいから行きたい!」
梅雨の曇り空とは対照的に晴れやかな顔で桃子が笑った。
そして、シュガートーストをもの凄い勢いで口に運び出す。
味わう暇もない速度で桃子がパンを食べ終え、ゆっくりと砂糖控えめのシュガートーストを食べている雅を急かし始める。
- 475 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 04:48
- どうしてこんなに学校へ行くことが嬉しいのか、雅にはわからない。
学校は楽しいけれど面倒臭い。
友人達に会えるのはいい。
だが、付随してくる勉強というものが苦手だ。
本来は勉強をするために行く場所かもしれないが、雅にとっての学校は遊びに行く場所のようなものだった。
そうかといって、休日にわざわざ用もないのに遊びに行きたいような場所でもなかった。
用事がなければ近寄らないもの。
それが雅にとっての学校だったが、桃子にとっての学校は全く別のもののようだった。
テレビの影響なのか、学校というところは楽しいことがたくさん起こる場所だと思っているらしい。
「ねえ、みーやん。はやく!はやくっ!」
隣に座っている桃子が雅の腕を引っ張る。
落ち着いて昼食を取れる状況ではなくなって、雅は目を白黒させながらシュガートーストを口に運ぶ。
はぐはぐとパンを齧り、最後の一口をごくんと飲み込むと桃子が起ち上がる。
「じゃあ、出発!」
まだ早いって、と言う暇もなく、雅は桃子に引きずられるようにして玄関まで連れて行かれる。
- 476 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 04:49
- ああ、お皿。
片づけられることなくテーブルの上へ置きっぱなしになっている食器が気になる。
食べたらすぐ片づける。
要するに、出したものはすぐ片づける。
幼い頃からそうしつけられてきた雅は、今すぐにでも部屋に戻りたい衝動に駆られる。
しかし、目の前にいる桃子はそれを許してくれそうになく、雅は一応尋ねてみた。
「あのさ、お皿片づけてきてもいい?」
「だめっ!今すぐ散歩いく!」
「うわ、声大きい」
玄関で大声を出されて、慌てて桃子の口を押さえた。
リビングには両親がいる。
大声に驚いた両親が玄関にやってきて、桃子の姿を見たら厄介だ。
雅は桃子の口から手を離し、小さな声で桃子に言った。
「もも、お母さん達来たらどーすんの」
「友達来てるって言えばいいじゃん」
「あ、そっか」
「そんなことより、みーやんの靴貸して」
桃子が玄関にペタンと座り込んで、足を指さした。
「あー、靴もないんだっけ」
雅は桃子が来てから一度も一緒に外へ出かけたことがなかった。
だから、今まで気がつかなかったが、桃子用の服だけでなく靴もない。
サイズ合うかな、と桃子の足を見ながら下駄箱を開けて靴を探す。
淡い色のスカートに似合いそうな靴を見つけ出して、桃子の足下へ置いた。
- 477 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 04:51
- 「サイズ、どう?」
「んー、ちょっとだけきついかも」
「え?きついの?」
「うん。みーやんって、足ちっちゃいんだね」
「ももの足が大きいんだよ」
身長に比べると足が小さい。
それは自分でも自覚していることだったが、桃子に言われると反論したくなる。
反論したからといって何かあるわけではないが、反論せずにはいられない。
「えー、もも普通だもん」
そして、桃子も素直に頷くことがない。
いつもこんなことを繰り返してくだらない言い合いになるのだが、今日は出来るだけ桃子に合わせようと思い、雅は言いたい言葉を半分程度に収めて話を進める。
「うちも普通だもん。……足、大丈夫?」
「平気かな。早くいこっ」
ぴょこんと桃子が起ち上がる。
元気だなあ、とそんな桃子を横目に見て、雅は靴を履いて起ち上がる。
すると、待ちきれないのか桃子が玄関から飛び出した。
- 478 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 04:52
-
ぴょんぴょんぴょん。
車通りの少ない道を桃子が跳ねるように歩く。
その姿を見て、雅はうさぎみたいだと思った。
人間の姿でいる桃子を見て、うさぎのようだと感じたのは初めてだった。
雅は、浮かれた足取りで先を行く桃子の後ろを歩く。
そして、うさぎのような人間の桃子から尋ねられる「次、どっち?」という問いかけに答える。
小さな子供と出かけたらこんな感じなのかもしれない。
そんなことを思って、雅ははっと気がつく。
うさぎで子供。
いかにも言うことを聞かなそうな組み合わせに思わず苦笑する。
「みーやん、学校ってまだ?」
「今、歩き始めたばっかじゃん」
「そっかあ」
くるりと振り向いた桃子が立ち止まる。
雅が立ち止まっている桃子を追い越そうとすると、手を握られた。
- 479 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 04:54
- 「一緒に歩く」
「はいはい」
ぎゅうと握りしめられた手は解放されそうになかった。
恥ずかしいけれど仕方がない。
雅は桃子と手を繋いだまま、のんびりと学校へ向かう道を歩くことにする。
自転車通学の雅は、通学路の風景をゆっくりと見たことがなかった。
普段は風のように流れる街並みしか見ていない。
ゆっくりと歩く桃子に合わせて街を眺めて見ると、毎日通る通学路がまったく別のもののように感じられる。
小さなパン屋。
何が置いてあるのかわからないあやしげな雑貨屋。
看板の出ていない古着屋。
今までどうして気がつかなかったのかわからない店がたくさんあった。
そして、その一つ一つに桃子が大騒ぎする。
あれを食べたい、これも食べたい。
あの店に入りたい。
ここは何の店なのか。
騒がしいことこの上なかったが、いつもと何も変わらないのに、いつもとはまったく違って見える通学路に雅も何だか楽しくなってくる。
- 480 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 04:55
- たまにはこんな風に散歩するのもいいな。
握った手を引っ張られながら、雅はそんなことを考えた。
桃子も部屋にいるときよりも楽しそうで、もっと早く外へ連れて出てやればよかったと雅は思う。
はしゃぐ桃子に引きずられ、あっちへふらふらこっちへふらふらしながら学校へ向かう。
寄り道をしているわけではないが、あちらこちらへと歩き回るものだからなかなか学校までたどり着かない。
そのせいか、軽かった足取りが次第に重たいものになっていく。
「みーやん。もも、疲れたあ」
「もうすぐだから、がんばって歩くの」
学校まであと少し。
そんな場所まで来て桃子が音を上げる。
だが、桃子を励ましている雅も、実際は桃子と同じように疲れていた。
自転車だとそう遠く感じない距離でも、歩くと考えていたよりも遠かった。
しかも、はしゃぎ回る桃子に付き合っていたのだから尚更だ。
- 481 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 04:57
- 「ほらちゃんと歩いて」
「歩いてるけど、進まないんだもん」
「もも、ほら」
繋いだ桃子の手をぐいっと引っ張る。
「あっ、ちょっと楽になった」
雅は馬車馬になった気持ちでぐいぐいと桃子を引きずって歩く。
「みーやん、すごーい。これ、すっごく楽」
ずるずると桃子を引っ張る。
雅の力によって、ぺたぺたと桃子が歩く。
そんなことを何度も繰り返していると、急に桃子が雅の背中に飛びついた。
「みーやん、おんぶー!」
「うわ、もも。ちょっと重いって。自分で歩いてよ」
「やだー」
「これじゃ、うちも疲れて歩けなくなっちゃうよ」
甘えるようにべったりと雅の背中に張り付いている桃子の腕を叩く。
- 482 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 04:59
- 「じゃあ、休もうよ」
雅の背中が軽くなって、桃子が目の前にやってくる。
そして、ねだるように雅の服を引っ張った。
「もうすぐ学校だからさ、着いたら休めばいい」
「ちょっとだけ。ちょっとだけ休もっ」
「ふらふら歩き回るからそんなに疲れるんだよ。休んでもいいけど、もう少し先行こう。こんな道の真ん中で休めないから」
「あー、なんで学校ってこんな遠いんだろ」
今にも道路の真ん中に座り込んでしまいそうな桃子の手を取る。
ぴょんぴょん飛び跳ねていたうさぎはどこへ行ったのか。
繋いだ手を振りながら、桃子がぺたんぺたんと歩く。
のんびりゆったり風景を眺めながら歩いていると、懐かしい場所が雅の目に入る。
最近ではまったく意識しなくなった場所。
けれど、握った手が雅の記憶を刺激する。
「ね、ここ。覚えてる?」
雅は桃子の顔を見ながら、指を差す。
桃子が雅の指の先を見る。
その瞬間、桃子の表情が暗くなる。
ゆっくりだった歩調がさらに遅くなった。
- 483 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 05:01
- 雅が差した指の先にあるもの。
それは桃子と初めて会った駐車場だった。
「もも、あの時なんで駐車場なんかにいたの?」
雅は頭の中に浮かんだ疑問を素直に口にする。
「そんなのどうでもいいじゃん。学校行こう」
桃子の緩めた歩調が速くなる。
疲れたと騒いでいたのが嘘のような早歩きで桃子が先へ進もうとする。
捨てられたわけではない。
逃げ出してきた。
そう桃子本人が言っていた。
だが、それ以上詳しいことは知らない。
どうして桃子が駐車場にいたのか。
今まで気にならなかったわけではないが、その話になるといつも桃子が話題を変えてしまう。
おかげで聞きたくても聞くことが出来なかった。
今も、桃子の口調と表情から聞かれたくないのだとわかる。
だが、いつまでもはぐらかされているつもりはない。
- 484 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 05:02
- 「少し休もう。さっき疲れたって言ってたじゃん」
今なら聞けるかもしれないという思いが、雅を突き動かす。
雅は桃子の手を引いて駐車場へと足を進める。
けれど、桃子の足取りが駐車場へ近づくにつれ重くなった。
「もう平気だから」
小さな声でそう言って、桃子が足を止める。
「もも、休もう」
雅はそんな桃子を半ば強引に引っ張って、駐車場へ足を踏み入れる。
曇りとはいえ日曜日。
どこかへ出かけているのか、駐車場に車はほとんど無くがらんとしていた。
「いいから、行こうよ」
そう言って、桃子が駐車場から出ようとする。
雅はそんな桃子の手を離し、アスファルトの上に大きく書かれた7という数字の上に立った。
消えていた桜。
変わりにあった白いペンキで大きく書かれた7。
見つけたうさぎ。
- 485 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 05:04
- 「ここで休もうよ」
車がないことをいいことに、雅は白い線で囲まれたアスファルトの上に座り込む。
「ねえ、もも。どうしてももはここにいたの?聞かれたくなかったみたいだから、今まで聞かなかったけど……」
少し離れた場所で立ち止まったまま動こうとしない桃子に話しかける。
「ももがどうしても言いたくないならいいけど。でも、出来れば聞きたい。ももがどうしてここにいたのか」
短い時間だが一緒に暮らして、きっとこれからも一緒に暮らしていくことになる桃子のことを、雅は何も知らなかった。
元飼い主の話を聞かされると良い気分にならない。
けれど、知りたいと思う。
今まで聞くことが出来なかった分だけ、聞きたいという思いが強い。
目の前では桃子が暗い顔をしていた。
だが、理由がわからなければ、慰めようもない。
これから先も一緒に暮らしていくことになるのだから、もう少し桃子のことを知っておく必要がある。
好奇心もあるがそれ以上に、元飼い主の話題になると暗い顔をする桃子にかける言葉を知りたかった。
- 486 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主−1− 投稿日:2009/01/23(金) 05:05
- 「うち、ももの飼い主だよ?全部は無理でも、色んなこと話して欲しい。少しはもものこと知りたいじゃん」
いつもならすぐに引き下がる。
無理強いは好きではない。
けれど、この機会を逃したら、もう何も聞くことが出来ないような気がした。
「……ももね」
立ち止まっていた桃子が雅の隣へやってくる。
「前にも言ったけど、逃げてきたんだ。石川さんのところから」
泣き出しそうな目をしながら、桃子が言った。
そして、ぺたんと雅の隣に座り込む。
雅が落ち着かせるように手を握ると、今まで聞くことの出来なかった話を桃子がぽつりぽつりと語り出した。
- 487 名前:Z 投稿日:2009/01/23(金) 05:05
-
- 488 名前:Z 投稿日:2009/01/23(金) 05:06
-
- 489 名前:Z 投稿日:2009/01/23(金) 05:09
- >>468さん
やっとお出かけ編開始です!
>>469さん
大活躍!……してくれるでしょうかw
>>470さん
そ、そんな展開が!?w
……という展開かはわかりませんが、話が少し進みました(´▽`)
>>471さん
甘えん坊萌えです(*´▽`*)
- 490 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/23(金) 18:14
- 更新お疲れ様です
はしゃぐ桃子が可愛いw
いよいよ過去の話を…続き楽しみにしています
- 491 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2009/02/02(月) 02:50
-
ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 −
- 492 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/02(月) 02:51
-
理由ははっきりと覚えている。
忘れられるわけがない。
何故、駐車場にいたのか。
それは桃子が石川と住んでいた寮から逃げ出したからだ。
- 493 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/02(月) 02:53
- 冬から春へと移り変わる、そんな季節。
桃子の飼い主である石川はやけに忙しそうだった。
今までの石川なら、疲れていても桃子と一緒に過ごす時間を作ってくれていたが、最近は本当に忙しいらしく一緒に遊ぶ時間はほとんどなかった。
石川は桃子を放って、毎日段ボールの山を作り出していた。
桃子はそんな段ボールの山を人間の姿で眺めていることしかできない。
手を出そうとすれば、止められる。
しつこくすれば怒られる。
ここ最近は、そんなことばかりが続いていた。
今日もその数日間と何ら変わりがない。
「石川さん、ももも箱作ります」
「あんたはいいから、そこに座ってて」
「座ってるの、もう飽きました。だから、手伝います」
「手伝わなくていい!いいからっ!そこに座ってなさい!」
「……はあい」
タンスを開けて箱の中へものを詰める。
そんな作業をしていた石川に桃子は怒鳴られる。
石川はここ数日間、こんなことをしてばかりだ。
- 494 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/02(月) 02:57
- 毎日少しずつ増えていく段ボールについて、桃子はこれまで気にもしていなかった。
だが、この数日間、箱の存在によって邪険に扱われることが続いていて、それが桃子の不満となっていた。
部屋を占領する邪魔な箱。
それがなんなのか、桃子は今さらながら気になった。
「この箱って何なんですか?」
桃子は、石川が作ったばかりの箱をどんと叩くと疑問を口にした。
しかし、返ってきたのは聞き慣れない言葉だった。
「引っ越し」
「引っ越し?」
「転勤決まったから、引っ越しするの。ついでにここの取り壊しが急に決まって、引っ越しが予定より早くなっちゃったんだよね。だから、桃子にかまってる暇ないの。はい、そこどいて」
石川の隣にちょこんと座っていた桃子は肩を叩かれ、しぶしぶソファーの上へと移動する。
パステルカラーのソファーの上、足を伸ばしてぺたりと横になる。
そして引っ越しという言葉の意味を考えるが、さっぱりわからない。
転勤という言葉も何のことかわからないが、それ以上に引っ越しという言葉が気になって、桃子は石川に尋ねてみる。
- 495 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/02(月) 02:59
- 「あの、石川さん。そうじゃなくて。引っ越しってなんですか?」
「あー、そっか。わからないか。んー、引っ越しっていうのはね、ここに住めなくなっちゃうってことなの。だからね、引っ越しっていうのをして、これから新しいお部屋に行くんだよ」
「じゃあ、転勤はなんですか?」
「お仕事する場所がね、変わるの」
段ボールに荷物を詰めながら、石川が答える。
桃子は石川の言葉を頭の中で整理して、理解する。
数秒のうちに引っ越しと転勤という言葉が繋がり、桃子はこちらを見ようともしない石川の背中に飛びついた。
「わかりました!お仕事も変わるし、ここに住めなくなるから引っ越しするんですね」
「うん、桃子えらいね。そういうことなの。だからね、この箱に荷物を詰めて、新しいお部屋に持っていくんだよ」
ぽんぽんと手元にあった箱を叩いて石川が言った。
桃子はその箱の中身を覗き込む。
中には何に使うのかよくわからない小物がたくさん詰まっていた。
その中からピンク色の何かをつまみ出すと、石川にぴしゃりと手の甲を叩かれて桃子は顔を顰める。
仕方なく手を引っ込めて石川の顔を見ると、桃子以上に難しい顔をしていた。
新しい場所へ行く。
それを聞いただけで、桃子の頭の中は楽しい想像でいっぱいになった。
桃子にとって、新しい場所へ行くということはとても楽しいことの一つだ。
石川との散歩でいつもと違う場所へ連れて行ってもらえると、見たことのない風景や食べ物にどきどきわくわく出来た。
そして、そういった時は桃子だけでなく、石川もとても楽しそうにしていた。
だから、桃子には今の石川が浮かない顔をしている理由がわからない。
- 496 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/02(月) 03:01
- 「引っ越しって楽しいですか?」
桃子は、難しい顔をして段ボールの中へ荷物をがしゃがしゃと詰め込んでいる石川に尋ねる。
「あんまり楽しくないかな。準備大変だし、もう寮に住めないから」
「寮、って住むところですよね?新しいところにはないんですか?」
桃子と石川が住んでいるこの部屋は、小さなアパートを借り切った寮というものの中にある。
それは桃子も知っていた。
寮というものは安くて職場に近い。
だから仕事をしている間は寮に住むのだ、と過去に何度か石川がそう言っていた。
仕事をする際に住む場所というものが寮なのだから、新しい場所にもそれがあるはずだと桃子は思う。
「んー、転勤先にも寮はあるんだけど、そこは……」
歯切れ悪く石川が言って、荷物を詰める手を止める。
「まあ、大人の事情があるの」
そう言って、石川が「はあ」と一つため息をついた。
その顔から、石川が本当に引っ越しというものをしたくないのだとわかる。
- 497 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/02(月) 03:03
- 桃子には、住む場所が変わる、という意味以外を持たない引っ越しだが、箱と格闘している石川はいつもより機嫌が悪く、それは桃子にとって楽しくないことだった。
引っ越しというものには興味がないが、桃子には石川がつまらなそうにしていることは大問題なのだ。
浮かない顔をしている石川より、楽しそうに笑っている石川の方が好きだ。
では、石川が楽しくなるにはどうしたらいいか?
考えるまでもなく、桃子の頭の中に答えがぽんと浮かぶ。
この箱を作る作業が終われば、いつもの石川に戻るはずだ。
だから、この作業を早く終わらせてしまおうと桃子は思う。
「やっぱり、ももも手伝います。だって、その方が早いでしょ?」
「早くない。この前手伝わせたら、あんた、段ボールになんでもかんでも詰め込んで。あんなんじゃ、困るの」
がしゃん、と段ボールの中へピンク色の物体を投げ込みながら石川が言った。
それは桃子から見て、分別して箱にものを詰めているようには思えない。
だから、自分が手伝っても同じことだろうと考えて手を出すと、桃子は石川に睨まれる。
だが、このまま引き下がるものかと石川の背中から離れて、段ボールの横へぺたんと座り込んだ。
「でもでも、もも手伝いたいです。早くこれ終わらせたい」
「嬉しいけど、桃子はそっちで遊んでなさい」
「石川さーん!もももやりたいっ」
- 498 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/02(月) 03:05
- しつこくすると怒られるのは承知の上だったが、それでも桃子は諦めきれない。
箱をさっさと片づけて、いつものように石川と一緒に遊びたかった。
桃子は段ボールにしがみつき、石川を見る。
けれど、桃子に与えられたのはピンク色をした大きなうさぎのぬいぐるみだった。
石川から、これで遊んでいろとばかりにうさぎのぬいぐるみを腕の中へ押しつけられ、桃子はその扱いに頬をぷうっと膨らませた。
「もう、ふくれないの。あとから、一緒に遊んであげるから」
そんな桃子を見た石川が、ここ最近聞いたことのない言葉を口にした。
そして、桃子の髪を優しく撫でる。
一番聞きたかった言葉に、気になっていた箱の存在が、桃子の中でどうでもいいものへと変化する。
「ほんとですか?」
「ほんと。最近、桃子と遊んでないからね」
「やったー!」
「じゃあ、これ終わるまでちょっと離れてなさい」
「はーい!」
元気よく返事をして、桃子はうさぎのぬいぐるみとともにソファーへ移動する。
ごろりと仰向けにソファーへ転がって、うさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
- 499 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/02(月) 03:07
- 「あと何分ぐらいですか?」
あとから、と言われたばかりの今、もう待ちきれなくなって桃子は石川の背中へ問いかける。
「うーん、一時間ぐらい」
「えー!長いですっ」
「じゃあ、四十五分」
「それも長いです」
「なら、何分ならいいわけ?」
ため息混じりにそう言った石川から、ぽむっと小さなうさぎのぬいぐるみが飛んできて桃子は慌てて受け取った。
それを大きなうさぎと一緒に抱きしめて、張り切って答える。
「十分!」
「それじゃ何も出来ないでしょ」
「だってー!」
桃子は石川の言葉に、子供のように手足をばたつかせる。
それを見た石川が段ボール箱から離れ、桃子の側へとやってくる。
- 500 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/02(月) 03:08
- 「四十五分、ちょっと我慢してね」
ソファーの前へ跪くと、石川が身体を屈めた。
桃子の頬に石川の柔らかな唇が触れる。
次の瞬間、
こつんと額と額がくっついて、「待てる?」と問いかけられた。
桃子はうさぎのぬいぐるみごと石川を抱きしめる。
「ちゃんと待てます」
石川が桃子との約束を守らなかったことはない。
四十五分は長いが、待てば言葉通り一緒に遊んでくれるだろう。
時計を確認してから、桃子は石川を解放した。
- 501 名前:Z 投稿日:2009/02/02(月) 03:09
-
- 502 名前:Z 投稿日:2009/02/02(月) 03:09
- 本日の更新終了です。
- 503 名前:Z 投稿日:2009/02/02(月) 03:11
- >>490さん
wktk桃子から過去の桃子へびゅーんと飛びました。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
- 504 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:20
- それからぴったり四十五分後。
石川は約束通り桃子と一緒に遊んでくれた。
積み上げられた段ボールが少し邪魔だったが、文句は言えない。
ゲームをしたり、じゃれ合ったり。
そんなことをして、一緒に眠った。
目覚めた頃には石川の姿はなく、桃子はうさぎの姿に戻っていた。
人間の時ならばそれほどでもないがうさぎの時には大きなベッドの上で、桃子は会社へ行った石川の帰りを待つ。
部屋の物を自由に使って遊んで良い。
石川からそう言われている。
だが、柱を齧ったり、床を傷つけたりするようなことは禁じられている。
だから、石川のいない日中は、テレビを見たり、眠ったりして大人しく過ごすようにしていた。
桃子はこの暇な時間を使って部屋に山のようにある段ボールを片づけられたら、と思うが、うさぎの姿のままでは何も出来ない。
料理というものもしてみたいが、それも人間の姿でなければ出来ない。
結局、何も出来ないまま時間だけが過ぎていく。
- 505 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:23
- 最近の石川は、難しい顔をして段ボールと格闘してばかりいる。
しかし、会社から帰ってきた直後の石川はそれとはまた違った顔をしているのだ。
疲れているのか、帰って来るなりベッドへ倒れ込むことが多かった。
少し眠ってから桃子を人間に戻し、夕飯を作って、箱へ荷物を詰める作業を開始する。
そんな石川の力になれたら、と思うのだが、うさぎの姿で役立つことなど何も思い浮かばない。
広いベッドで身体を伸ばす。
時計を見ると、そろそろ石川が帰ってくる時間だった。
桃子はぷるると耳を振って、辺りの音を聞く。
すると、カチャリと扉の開く音が聞こえて、桃子はベッドの上から飛び降りる。
そのまま玄関まで走って、ぴょんと石川に飛びついた。
「ただいま、桃子」
桃子を抱きしめ、石川が玄関から移動する。
ベッドの上へ腰を下ろすと、桃子を隣に置いてごろりと仰向けになった。
石川がゆっくりと目を閉じる。
桃子は胸の上にぴょこんと飛び乗って、石川の顎をふにゅりと押した。
- 506 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:24
- 最近の石川は、そんなことをしてもすぐに眠ってしまう。
けれど、今日の石川は目を開けると、むくりと起きあがる。
そして桃子を抱き上げ、キスをした。
同時に、桃子は身体のあちらこちらがぐんっと伸びた感覚がして、一瞬のうちに人間の姿へと変化する。
「おかえりなさい!」
桃子は裸のまま石川の膝の上へちょこんと座ると、抱きついた。
「今日は、ももの方が先なんですね」
「先って?」
「だって最近、もものこと人間にする前に寝ちゃうじゃないですか」
「あー、そっか。そうだね。最近、すぐ寝ちゃってたか。ごめんね」
すまなそうな顔をして石川が言った。
両手をあわせて小さく頭を下げる。
それから、ふうっと息をつくと石川が眉間に皺を寄せた。
- 507 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:25
- 「そんなこと、気にしてません。それより石川さん、大丈夫ですか?」
「なにが?」
「最近、疲れてませんか?」
「そんなことないけど、どうしたの?」
「ここ、皺になってます」
とんとんと人差し指で眉間の皺を突く。
「あたしのこと、気にしてくれてるの?」
「もちろんです」
「ありがと。でも、大丈夫だから。心配しなくていいよ」
「ほんとですか?」
「ほんと。ほら、今日は元気そうでしょ?」
「うーん」
えっへんと胸を張った石川から身体を離して、その顔を見る。
石川のミルクティーのような色をした肌は、ぱっと見ただけでは体調が良いのか悪いのかよくわからない。
元気だと言われたら、そんな気がしてくる。
桃子は石川の頬を撫でてみる。
けれど、石川の言葉が本当なのかわからず首を傾げた。
- 508 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:27
- 「そんなことより、桃子。服着なさい」
角度を変えて石川を見ていると、桃子は膝の上から降ろされた。
石川が立ち上がり、タンスを開けて、中から下着と洋服を手に取る。
「えー!服、やだなあ」
「もう、慣れてるでしょ。ほら」
文句を言ってみるが、石川から下着と洋服が飛んでくる。
それでも渋っていると、洋服を手にした石川が桃子を床へ立たせた。
「はい、腕通して。足、上げる」
石川が服を片手に、桃子にあれこれ指示を出す。
桃子は石川の言葉に合わせて、腕を上げたり足を上げたりする。
時々、石川にまとわりついて怒られながらも、桃子はまるで着せ替え人形のように洋服を身に纏う。
「自分で着られるんだから、ちゃんとしなさい。ほら、ボタンは自分で留める」
うさぎから人間に変身するようになってすぐに桃子は石川から洋服の着方を教えられ、そして覚えた。
洋服の着方を教えてもらったばかりの頃は苦手だったボタンも、今では問題なく留められる。
けれど、桃子はボタンを留めずに石川に抱きつく。
- 509 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:29
- 「どうせ、すぐはずすのに」
「今日は外さない。外すぐらいなら、さっきもう……。って、変なこと言わさないの」
「えー、しないんですか?今日は、元気だって言ったじゃないですか」
随分前にお礼というものを教えて貰って以来、桃子は石川と数え切れないぐらいお礼と言われる行為をしていた。
けれど、石川が疲れているせいか、最近はほとんどそういったことをしていない。
出かけたり、ゲームをしたりすることも大好きだが、ふわふわと気持ちが良くなれるお礼も大好きで、桃子はねだるように
ぴたりとくっついた石川の身体に頬を擦りつけた。
「うーん」
桃子の髪を撫でながら、石川が考え込む。
ボタンを留めていないブラウスの襟を掴まれる。
するりとブラウスが肩を滑って、脱がされかける。
桃子が甘えた声で石川の名前を呼ぶと、テーブルの上から聞き慣れた音楽が聞こえた。
「……あ、携帯」
そう言って、石川が立ち上がる。
脱がされかけたブラウスはすぐに元へと戻され、桃子は頬を膨らませた。
- 510 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:31
- 「ボタン留めて」
携帯を手に取った石川がブラウスのボタンを指さす。
「つまんないの」
はあ、とため息混じりに呟いて、桃子はブラウスのボタンを留めた。
ぼそぼそとした小声。
石川を見ると、タンスに寄り掛かるようにして携帯に向かって話し込んでいた。
いつもの石川なら、電話の内容を桃子に聞かれることを気にしない。
まとわりつく桃子の相手をしながら、話をしていることがほとんどだ。
だから、今日のように桃子に会話の内容が聞こえないよう気をつけて話すことは珍しいと言えた。
普段、隣で会話をしているような電話の内容には興味がなかったが、こうして桃子のことを気にしながらの会話はさすがに気になる。
聞くなというのは聞いてくれと同じ意味を持っていると桃子は思う。
一体、石川が何を話しているのか気になって、桃子は耳を澄ました。
- 511 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:33
- 「まだ決まらないんだよね。寮は……だし、……飼ってるってみんな知ってるから。……急すぎだよ」
さすがに電話の向こうにいる相手の声は聞こえない。
それでも石川の声は途切れ途切れに聞こえてくる。
引っ越しの話をしているようだが、何故桃子に隠そうとするのかはわからない。
「……ん、わかってる。無理してるわけじゃないから」
明るい石川の声が聞こえてくるが、桃子には疲れの滲んだ声のように思えた。
「何かあったら、ひとみちゃんに相談するから安心して」
ひとみちゃんという単語にぴくりと耳が動く。
桃子にとって、「ひとみちゃん」というのはあまり良い思い出のない名前だ。
初めてひとみの話を聞いたときは、石川の様子がとても楽しそうで、桃子がその名前を気にすることはなかった。
けれどある日、ひとみの話をしながら石川がぼろぼろと泣き出した。
それは石川がひとみに振られた日だった。
あれからしばらくの間、石川は沈み込んで、どれだけ桃子が声をかけても楽しそうにすることはなかった。
今はもうそんなこともなくなったが、その頃のことがあるから、桃子にとって「ひとみちゃん」というのは良い名前ではない。
だから、そんな名前の相手に相談したいこととは何だろうかと桃子は気になる。
- 512 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:35
- それからしばらくして携帯がテーブルへ置かれ、石川が桃子の隣に座った。
並んで座ったベッドの上、桃子は石川を見る。
眉間には、石川が帰って来たばかりの時よりも深い皺が刻まれていた。
先程の会話の内容や昨日までの出来事から、引っ越しが石川にそんな顔をさせているのだと桃子にもわかる。
「石川さん。引っ越し、したくないんですか?」
「したくない、ってわけじゃないんだけど」
桃子は今さっき聞いたばかりの途切れ途切れの会話を頭の中で繋ぎ合わせ、心の中に浮かんだ疑問を石川にぶつけてみる。
しかし、返ってきた答えは歯切れの悪いものだった。
「困ってるんですか?」
「うーん、どうだろうね」
「教えてください。もも、石川さんがそんな顔してるの、やです」
つん、と眉間を突く。
けれど、石川は難しい顔をしたままだった。
- 513 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:37
- 「そう言われてもねえ」
「教えてくれないんですか?」
「教えたくないわけじゃないんだけど」
「石川さんっ」
煮え切らない態度の石川に桃子は声を荒らげる。
だが、石川は肝心なことを言おうとしない。
桃子は身を乗り出して石川のことを見た。
「もも、石川さんのお話聞きたいです。ひとみちゃんじゃなくて、ももだってお話聞けます」
ひとみちゃんに言えて桃子には言えないこと。
それは自分がひとみという人に負けているような気がして、桃子は悔しいと思う。
桃子を人間に変えてくれたのは石川だ。
人間に変身出来るようになってからというもの、桃子の毎日は石川がいなければ始まらない。
もちろん、うさぎの姿の時も桃子には石川が全てだったが、人間になって言葉を話し、石川と行動を共にするようになってから、それはより顕著なものとなっていた。
- 514 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:39
- 毎日がうさぎの時よりも楽しくて、石川の側を離れたくない。
自分を人間にしてくれた石川が大好きでもっと喜んで欲しい。
桃子を楽しい気分にさせてくれる石川に、同じような気持ちでいて欲しい。
そう思うようになっていた。
他の誰かではなく、自分が石川の一番でいたかった。
だから、ひとみにではなく、自分に話をして欲しいと桃子は思う。
「……隠してたって、すぐバレちゃうか」
桃子の勢いに諦めがついたのか、石川が困ったように言った。
そして、ゆっくりと引っ越しについて語り始めた。
桃子にはわからない部分もあったが、石川の話を要約すると、転勤先にある寮はペットの飼育が禁止で新しく部屋を探さなければならないということだった。
うさぎぐらい、と転勤先にある寮の管理人に石川が話をしてみたが、新しく出来たばかりだという寮は規則が厳しく、どんなペットも禁止していると言われたらしい。
しかも、それだけでなく、今住んでいるこの寮の取り壊しが決まり、それに合わせて転勤の時期が早まったせいで、新しい部屋を早急に探すことになった石川は疲れているらしい。
- 515 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:41
- 「もしかして、ももって迷惑ですか?」
しょんぼりと桃子は肩を落とす。
石川の話を総合すると、ペットである自分に原因があるように思えてくる。
ペットである自分がいなければ、寮に住めて問題が全て解決するのではないだろうか。
桃子にもそれぐらいのことは気が付ける。
だからこそ、石川はこの話を桃子にしたがらなかったのだろう。
「迷惑なんかじゃないよ。ちゃんと一緒に住めるようにしてあげるから」
「新しいお部屋に?」
「そう、新しいお部屋に。でも、それにはちょっとお金がかかるの」
「いっぱい?」
「いっぱいじゃないんだけどね。ちょっとここより都会だから、ちょっとだけね」
そう言って、石川が桃子の頭を撫でた。
人間の世界ではお金がないと何も出来ないということは、石川に教えられて知っている。
桃子には「ちょっと」というものがどれだけの金額かはわからない。
だが、金額がどうであれ、今までよりも大変だということはわかった。
- 516 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:43
- 「だから、今までより少しお仕事が忙しくて、桃子の相手あまりしてあげられなくてごめんね」
「そんなの、我慢出来ます」
そんなことよりも、桃子には石川の身体の方が心配だった。
最近、石川が疲れていたのは引っ越しの準備があったからだけではなかった。
今の話から、仕事が忙しいせいもあったのだと気がつき、さらにその原因が自分にあったと思うと桃子は心苦しくなってくる。
「桃子は何も心配しなくていいからね」
「心配します!絶対に無理しないでください」
「うん。無理しないように、桃子の為に稼ぐから大丈夫!」
石川がどんっと胸を叩く。
そして次の瞬間、強く叩きすぎたのかごほごほと咳き込んだ。
「わあ、石川さんっ」
桃子は慌てて石川の背中をさする。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
- 517 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 2 − 投稿日:2009/02/13(金) 04:47
- げほげほと胸を押さえながらも、桃子を安心させるようににっこりと石川が笑った。
桃子はそんな石川をじっと見た。
疲れてはいるが、大丈夫と言われたらそんな気もしていくる。
石川はほっそりとした身体をしているが、どこにそんな力があったのだというぐらいのパワーを発揮することがある。
だから、きっと大丈夫に違いないと桃子は考えてみる。
そもそも、石川に迷惑をかけているのが自分だとわかったところで、桃子にはそれをどうにも出来ない。
それに、それをどうこう言っても石川は簡単に引き下がるような人ではない。
桃子は過去を振り返る。
大抵のことは石川が言った通りになってきた。
きっと引っ越しも石川がなんとかしてくれる。
自分に言い聞かせるように桃子は心の中で唱えてみる。
桃子から何も出来ない以上、引っ越しについては石川を見ているしか出来ないのだ。
だから、桃子は引っ越しの準備をしている間は、出来るだけ石川の邪魔をしないよう静かにしていようと決めた。
そうすれば、きっとすぐに引っ越しは終わって、新しい部屋で新しい生活が始まる。
桃子はそう考えようとしていた。
だが、それから数日も経たないうちに、石川が誰かに引きずられるようにして部屋へ帰ってきた。
- 518 名前:Z 投稿日:2009/02/13(金) 04:47
-
- 519 名前:Z 投稿日:2009/02/13(金) 04:47
- 本日の更新終了です。
- 520 名前:Z 投稿日:2009/02/13(金) 04:47
-
- 521 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/13(金) 14:13
- 気になる所で終わったw
どんどん明らかになる過去にハラハラします
続き楽しみにしています
- 522 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2009/03/05(木) 02:03
-
ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 −
- 523 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:05
- いつもより乱暴なガチャガチャという音が玄関から聞こえて、ぴょこんと桃子は起きあがる。
玄関へ出迎えに行こうとすると、石川が誰かに支えられながら部屋へ入ってきた。
石川の隣には見たことのない人が立っていた。
「梨華ちゃーん。部屋、散らかってるね」
「いいの。今、引っ越しの準備してるんだから」
色白で背の高い女の人が、倒れそうな石川を支えていた。
桃子にはそれが「ひとみちゃん」であるとすぐにわかる。
うさぎの桃子の毛と同じように白くて、すらりと背の高い優しい人。
今、桃子の目の前で石川を支えている女の人は、石川から聞いた「ひとみちゃん」のイメージと寸分の違いもない。
ふらふらとよろける石川にひとみが肩を貸していた。
二人の様子から、ひとみが具合の悪い石川を部屋まで連れてきたのだとわかったが、桃子にはそれが面白くない。
悪い人ではないのだろうが、ひとみは過去に石川を泣かせた人だ。
桃子は石川の足下に擦り寄ると、足先を乱暴にぺたんと叩いた。
- 524 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:07
- 「桃子、ただいま」
力の抜けた声で石川が言って、桃子を見た。
桃子が足下から見上げる石川の顔色は明らかに悪かった。
それでも、部屋の中に石川以外の人間がいる以上、桃子はうさぎから姿を変えることが出来ない。
桃子は今すぐにでもキスをして石川に声をかけたかったが、それをぐっと我慢をして、ベッドの上へ飛び乗る。
そんな桃子をひとみが見つけて声を上げた。
「あ、うさぎ、放し飼いなんだ?」
「うん。狭いところに閉じ込めておくの可哀想でしょ」
「いろんなもの齧られない?」
「しつけしてあるから大丈夫」
「へえ、利口なうさぎなんだ」
感心したようにひとみが言って、桃子の隣へ石川を座らせた。
そして、桃子を好奇心いっぱいの目で見つめる。
「ひとみちゃん。勝手に桃子さわんないでね」
「どうして触ろうとしてるってわかった?」
「そりゃ、そんなに桃子見てたらわかるわよ」
ふうっ、と呆れたように石川が息を吐き出して、桃子の身体を撫でる。
桃子は石川の手に身体を擦りつけてから、膝の上にぴょんと飛び乗った。
後ろ足で立ち上がって、背伸びをする。
近くで見ても、石川の顔色は悪かった。
ついこの間、大丈夫だと言っていたが、かなり無理をしたのだろうと予想がつく。
こんな時、何故自分がうさぎなのかと思わずにいられない。
きっと本当の人間なら、石川に迷惑をかけることもないし、今、石川を支えているのも自分のはずだ。
うさぎの自分では、役に立つことが一つもなくて、桃子は泣き出したい気分になってくる。
- 525 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:10
- 出来ることなら、今すぐ人間になって石川に声をかけたい。
そう思うが、実際に石川へ声をかけているのはひとみだった。
「梨華ちゃん、横になったら?」
「もう、大丈夫だから」
「そう?顔色かなり悪いけど」
「あたしが大丈夫って言ったら、大丈夫なの」
「なら、いいけど。具合悪くなったら、すぐ横になりなよ」
一体、どうしたら石川の役に立てるのだろう。
役に立てないのなら、せめて迷惑をかけないようにしたい。
そんなことを考えていると、横から手が伸びてきて、ひとみから頭を撫でられた。
「……ねえ、うさぎ。あたしが引き取ろうか?」
桃子のぴんと立った耳を指先で軽く弾いてひとみが言った。
予想もしなかった言葉に桃子はひとみを見た。
そして、後ろ足で石川の足を蹴ってジャンプする。
それは絶対に嫌だ。
石川以外の誰かと住むことなど考えられない。
今、言葉を話すことが出来たら絶対にそう口にしているだろう。
桃子は喋ることが出来ない分、そんな思いを込めて力一杯石川の胸へ飛びついた。
「桃子はあたしが連れてく」
ぎゅっと桃子を抱きしめて、石川が言った。
ひとみが困ったように眉根を寄せ、石川を見る。
- 526 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:11
- 「だって、無理じゃん。寮にうさぎ連れてくるなって言われたでしょ」
「だから、部屋借りるって」
「……部屋借りる為に、仕事の量増やして倒れたくせに」
「そっ、それはっ」
桃子の頭を撫でていた石川が口籠もる。
「うさぎさあ、あたしに預けてくれたら大事にするよ。梨華ちゃんは、いつでも好きなときに会いに来ればいい」
「嬉しいけど。それだめなの。……桃子は特別なうさぎだから」
「じゃあ、禁止のところでもさ、勝手に飼っちゃえば?うさぎなんて小さいし、バレないでしょ」
「バレるとかバレないとか、そういう問題じゃないの!そこはキチンとしないと」
「梨華ちゃんは真面目だねえ」
「ひとみちゃんが不真面目なの!」
呆れたようにため息をついたひとみを石川が睨み付けた。
睨み付けられたひとみはといえば、そんなことはまったく気にならないらしく、からからと笑って石川の肩を叩いた。
「梨華ちゃんはほんと堅苦しいなあ。そんなんじゃ、長生き出来ないよ」
「別に早死にしたって誰も困らないからいいの」
「あたし、結構困るけど。梨華ちゃん早死にしたら」
「そんなこと思ってないくせに」
「思ってる、思ってる!それに、ほら、このうさぎも梨華ちゃんが死んだら困るんじゃないの?会社でも、うさぎの話ばっかりするぐらい大事なうさぎなんでしょ」
ひとみが桃子の鼻先を突く。
桃子はひとみの指を押し返す。
すると、ひとみが面白そうな顔をして桃子を覗き込んだ。
- 527 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:14
- 「そうだよ。桃子は特別なうさぎだもん」
ひとみから隠すように石川が桃子の身体を抱きしめ、頭を撫でつけた。
桃子は石川の胸に顔を擦りつける。
死ぬと言うことがどういうことかはよくわからない。
だが、テレビで見る死というものから、ある程度のことは想像が出来る。
桃子の目の前から石川が消えて、もう戻ってこない。
それが正しいかどうかはわからないが、石川がそんなことになってしまうのは嫌だと桃子は思う。
ひとみに飼われるのも嫌だが、石川が消えてしまうのはもっと耐えられない出来事だ。
想像の中の出来事に抗議するように、桃子が石川の腕の中で小さく鼻を鳴らすと、ひとみがよくわからないと言いたげな顔をして口を開く。
「特別、ねえ。……まあ、うさぎならいつでも引き受けるからさ、気が変わったらあたしにいいなよ」
「連れてくから」
「ほんと、強情だね。でも、本当にあたし、うさぎ引き取ってもいいよ。大事なうさぎみたいだし、あたしもちゃんと大事にするしさ」
石川の腕に抱えられた桃子の頭をひとみがぐりぐりと撫でつける。
頭を撫でるひとみの手は暖かくて柔らかかった。
桃子は、ひとみを意地悪な人ではないと思う。
倒れた石川を部屋に連れてきたり、うさぎの桃子を心配してくれたり、優しい人なのだとわかる。
けれど、優しいからといって、石川と同じようにひとみのことを好きになれるわけではない。
過去に石川を悲しませて泣かせた人。
どんなことがあろうとその事実は変わらない。
だから、大事にしてくれると言っても、ひとみの元へは行きたくなかった。
- 528 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:16
- 「とにかくさ、あんまり無理しないように」
桃子の頭を撫でていた手で、ひとみが石川の頭をぽんと叩く。
石川が眉根を寄せてひとみを見てから、こくんと頷いた。
それから桃子にはわからない仕事の話をしばらく二人でして、ひとみが帰っていった。
「石川さん、石川さん!」
「なに、桃子」
「仕事のしすぎで倒れたんですか?」
ソファーの上でキスを一つ。
ひとみが帰ってすぐ、桃子はうさぎから人間へと変わる。
そして、洋服を着るより早く石川に飛びついて、聞きたかったことを口にする。
「あんたは気にしなくていいの」
「気にします。だって石川さん、倒れたんでしょ?」
「大丈夫だから、気にしなくていいの」
「でもっ」
桃子は石川の腕を引っ張って顔を近づける。
だが、すぐに額を押され、石川との間に距離が出来る。
「仕事いっぱいして、あたし、ちゃんと桃子のことを連れて行ってあげるから。今日はちょっと疲れちゃったけどね」
「しばらくお仕事休んでください」
「それは無理。仕事ってそんなにたくさん休めないの。それより桃子。先に服着なさい」
腕にまとわりつく桃子から逃げ出し、石川がタンスの中から服を取りだして投げる。
桃子はぱさりと膝の上に飛んで来た服を掴んで、ソファーの前へと戻ってきた石川を見上げた。
- 529 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:18
- 旋毛の辺りを三回、ぽんぽんと叩かれて桃子は立ち上がる。
黙って服を着ると、頬へキスをされた。
にっこりと笑って石川がソファーへ腰掛ける。
そして、子供に言い聞かせるような口調で言った。
「今度は倒れないように働くから大丈夫。無理しないから、心配しないの」
桃子は石川の隣へ座り込んで顔を見る。
目の下には隈が出来ているし、顔色は相変わらず悪かった。
こんな石川を見て心配をするなという方がおかしい。
「心配します。だって石川さん、これからも無理するもん」
桃子を一緒に連れて行ってくれると約束をした。
その約束を守る為なら、絶対に無理をするだろうと桃子は思う。
石川とした大抵の約束は守られる。
だからこそ、石川が心配だった。
「しないって」
石川の力強い声が聞こえて、桃子は聞き返す。
「ほんとに?」
「ほんとに」
石川が桃子の頬を両手で挟む。
むぎゅっと押されて唇がタコのようになった。
- 530 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:20
- 「心配しないの」
けらけらと笑いながら石川が言った。
頬を押さえられて喋ることも出来ず、桃子は小さく頷いた。
それから、頬を押さえる両手を引き剥がして、石川に抱きつく。
「……もも、どうしたら石川さんの役に立てますか?」
心配することも出来ないなら、せめて何かの役に立てたらと桃子は思う。
けれど、具体的に何をすればいいかはわからない。
それでも、何かをしたくて桃子は石川の胸元に額を擦りつけた。
「一緒にいてくれるだけでいいよ」
「でも、一緒にいたら石川さん倒れちゃった」
「まあ、そんな日もあるって」
柔らかな声で石川がそう言って、桃子を腕の中へ閉じ込める。
石川を胸元から見上げると、笑いかけられた。
「あの、ももは、石川さんの迷惑になりたくないんです」
「桃子は迷惑なんかじゃないから」
「でも」
言いかけた言葉は、石川から力一杯抱きしめられて途切れる。
- 531 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:21
- 「こうやって一緒にいたら、暖かいし、気持ちいいし、十分役に立ってる。だから、桃子は何も気にしなくていいの。わかった?」
桃子の旋毛の上に顎を乗せながら石川が言った。
それは優しいけれど有無を言わせぬ口調で、桃子は反論することが出来ない。
「……わかりました」
納得したわけではない。
だが、他に答えようがなかった。
桃子は石川の背中へ腕を回し、身体をぴたりと密着させる。
「でも、ももに出来ることがあったら言ってくださいね」
「ん、ありがと」
頭のてっぺんにキスを落とされ、撫でられる。
ふわふわのソファーの上、石川から伝わってくる体温が心地良かった。
石川の腕の中はとても暖かくて眠くなる。
会社で倒れてしまった石川よりも早く眠ってしまうわけにはいかないと思っても、桃子は閉じようとする瞼を開くことは出来なかった。
- 532 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:24
-
倒れた日の翌日も石川の帰りは遅かった。
その次の日も、そのまた次の日も。
毎日、石川の帰りは遅く、桃子はそれを待っていた。
石川と過ごす時間は減ってしまったが、それは仕方がなかった。
桃子に出来ることは待つこと以外に考えられなかったし、余計なことをして石川を疲れさせたくはない。
石川が桃子と一緒に住む為に頑張っているのなら、桃子もそうしようと思う。
ずっと一緒にいられるなら、多少の我慢は気にならなかった。
石川とずっと一緒に暮らしていく。
引っ越しが決まって、色々と問題が山積みでも、それはとても簡単なことだと桃子は思っていた。
けれど、簡単だと思っていたことは、実はとても難しいものだと思い知らされた。
夜遅く帰ってきた石川が桃子に言った言葉。
それはとても信じられないようなもので、桃子は小さな子供のように同じ言葉を繰り返すことしか出来なかった。
「……やです。もも、石川さんと一緒にいたい。他のところに行くなんてやです」
桃子は首をぶんぶんと振って石川に訴える。
石川を困らせているのはわかる。
だが、今回の石川の話は絶対に受け入れられない。
石川が倒れたあの日。
石川は桃子を連れて行ってくれると言った。
ひとみが引き取ると言っても、それを受け入れなかった。
あれから数日しか経っていない。
それなのに、寮へ帰ってきてから、ずっと何かを言いたそうにしていた石川がやっと口を開いたと思ったら、桃子が一番聞きたくない言葉を口にした。
- 533 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:26
- 『しばらくひとみちゃんの家に行ってもらえるかな?』
捨てられる。
そう思った。
石川がそんなことをしないことは知っている。
けれど、そう思わずにはいられなかった。
「大丈夫。ちゃんと迎えに行くから。ほんと、しばらくだけだから」
今日、何度目かの「大丈夫」を石川が桃子に向かって告げる。
石川が約束を破ることはない。
それを知っていても、「迎えに行く」という言葉を信じられない。
そして、少しの間でも石川と離れるのは嫌だと思う。
「やっぱり、急すぎて部屋が見つからなくて。でも、もう引っ越ししないといけないし。だから、部屋が見つかるまで、ひとみちゃんが預かってくれるって。今すぐじゃないんだけど、引っ越しの日からしばらくの間だけ。すぐに迎えに行くから。ね?桃子」
「しばらくでも、やです。もも石川さんの側がいい」
タンスの前、段ボールへ荷物を詰めている石川の隣へ桃子はちょこんと座る。
石川の服の袖を掴んで、ぐいっと引っ張る。
すると、困ったような顔をして石川が言った。
「あたしも、桃子と一緒がいいけど。でも、新しい寮へ桃子を連れて行くわけにはいかないの」
石川のことを見上げていると、ぐりぐりと頭を撫でられる。
- 534 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:28
- 「……石川さんのこと困らせてるってわかります」
人に頼るより先に、自分の力で何とかしようとする。
石川はいつもそうだ。
倒れようと、自分一人の力で何とか出来るものならば、人に頼ったりしない。
その石川がひとみに頼っているのだから、余程の事態だ。
だが、桃子にも聞ける話と聞けない話がある。
役に立てないなら、せめて迷惑にならないようにしたい。
そう思ってはいても、石川と離ればなれにならなければいけないなら話は別だ。
「わかるなら、言うこと聞ける?あたし、嘘付いたりしないよ。ちゃんと桃子のことを迎えに行ってあげるから」
時間がかかっても、きっと迎えに来てくれる。
わかっていても、桃子は頷くことが出来なかった。
それに、石川から離れるだけでも信じられないような出来事なのに、ひとみの元へ行けなどということを納得出来るわけがない。
ひとみの元へ行くぐらいなら、会ったことのない知らない誰かの方がまだましだと思う。
石川が返事を促すように桃子を見る。
けれど、やはり頷くことは出来ない。
桃子は石川から目をそらすと床を見た。
- 535 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:29
- 「……石川さん、ひとみちゃんのことまだ好きなんですか?」
石川がひとみのことを嫌いだったらいいと桃子は思う。
嫌いだったら、きっとひとみに預けたりしない。
今まで考えたことのなかったそんなことを考える。
胸の中にもやもやとしたものがあった。
それは空を覆う雲のようで、ふうっと息を吹きかけても消えそうにない。
石川に頭を撫でられても、いつものように楽しい気分にはなれなかった。
「急にどうしたの?」
「……なんでもないです」
思ってもみなかったことを聞かれたせいか、石川が不思議そうな顔をしていた。
桃子は「嫌いだったらいいのに」と、思わず口に出しかけて慌てて唇を噛んだ。
「ひとみちゃんは友達。友達のこと好きなのは当たり前でしょ?」
友達という言葉は何度も聞いたことがある。
だが、桃子にはそれを正しく理解することが出来ない。
つかみ所のない漠然としたもので、それがどういったものなのかはっきりとしなかった。
桃子にとっての石川は飼い主。
石川にとってのひとみは友達。
桃子は石川が好きで、石川もひとみのことが好きだという。
- 536 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:31
- 飼い主と友達。
そしてその間にある好き。
その違いが、桃子にはわからない。
過去にも何度か石川に尋ねたことがあるが、理解は出来なかった。
今も、桃子にとっては石川の言葉は難しいだけで、石川が何を言いたいのかはわからない。
「桃子、こっち見て」
床を見つめて考え込んでいると、石川から名前を呼ばれて桃子は顔を上げる。
真っ直ぐな目で石川が桃子を見つめていた。
「ひとみちゃんの家にいるのはしばらくだけだから。すぐに迎えに行くから、ね?」
桃子を宥め賺すように石川が言葉を続ける。
「ひとみちゃん優しいから、きっと桃子も好きになるよ。しばらく人間にはなれないけど、可愛がってくれる。それは絶対だから」
「石川さんより?」
「同じぐらい」
桃子には、石川と同じように桃子に接するひとみというものが想像出来ない。
優しそうな目をしていたが、やはり石川とは違う。
同じなどありえないと桃子は思う。
「ひとみちゃんも桃子のことを好きになってくれるよ」
優しい声で石川が言った。
これ以上、桃子は何も言えそうにない。
- 537 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:32
- たとえ、同じように接してくれたところで、石川とひとみは違う。
桃子には石川ではないひとみと暮らしていく自信がない。
一日、二日ならもしかすると待っていることが出来るかもしれないが、いつになるかもわからない日を待つことが出来るとは思えない。
石川が約束を破ることがないとわかっていても、無理だと桃子は思った。
そして、石川と一緒に行くことも無理なのだとわかった。
石川を困らせたくはない。
けれど、ひとみと一緒に暮らしたくないと言い続ければ、石川を困らせることになる。
それに、たとえひとみと暮らして石川を待つことにしても、石川はその間に無理をするだろうし、迷惑をかけることにはかわりがないだろう。
石川はどんなに無理をしても、桃子との約束を守ろうとするに違いない。
現に一度、石川は桃子を連れて行く為に働きすぎて倒れていたし、今日も顔色が悪かった。
桃子は自分がいなければ、石川が楽になるのではないかと思う。
- 538 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:34
- 石川は優しいから約束を守ってくれる。
優しいから無理をする。
優しいから倒れる。
約束は守って欲しい。
でも、無理はして欲しくない。
倒れても欲しくない。
そして、ひとみと暮らしたいとも思えない。
どうすればいいかはわからない。
ただ自分の存在が邪魔になっているのだと桃子は思う。
桃子がいなければ、石川は約束を守る必要もないし、無理をすることもない。
そして倒れることもない。
石川の手が髪を撫でる。
この手から離れたくはなかった。
- 539 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:35
- 結局、その後も石川の話に桃子が頷くことはなかったし、石川が折れることもなかった。
話はまとまらず夜になり、一つのベッドに二人で潜り込んだ。
桃子は石川と暮らすうちに、夜行性の動物とは思えないほど夜ぐっすりと眠るようになっていたが、この日は石川が眠ってもまだ眠れなかった。
いつもの夜とは違い、少しも眠たくはない。
桃子はぴたりと石川に寄り添ってその体温を感じる。
真っ暗な部屋の中、どうすれば石川を困らせずにすむのかを考える。
けれど、その答えはもう初めから決まっていたようなもので、結論は簡単に出た。
一緒にいて迷惑をかけるぐらいなら。
石川が倒れてしまうぐらいなら。
ひとみの元へ行くぐらいなら。
だったら、ここにいないほうがいい。
きっと自分がいないほうが、石川は幸せになれる。
桃子は目を閉じる。
だが、朝まで眠ることは出来なかった。
- 540 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/05(木) 02:36
-
すぐには決心が付かなかった。
けれど、それから数日も経たないうちに、桃子はこっそりと石川の部屋を抜け出した。
外はまだ寒かったが、戻りたいとは思わなかった。
その後、寮はすぐに取り壊された。
石川が桃子を捜し回っていることは知っていた。
何度も物陰から、石川の姿を見た。
だが、そんな石川の姿もいつしか消えた。
きっと引っ越しをしてしまったのだろうと桃子は思った。
取り壊されてしまったあの寮へ戻りたいとはもう思わない。
けれど、まだ石川と一緒にいたいと思った。
- 541 名前:Z 投稿日:2009/03/05(木) 02:37
-
- 542 名前:Z 投稿日:2009/03/05(木) 02:37
- 本日の更新終了です。
- 543 名前:Z 投稿日:2009/03/05(木) 02:38
- >>521さん
お待たせしました、続きです。
ももうさの秘密、覗き見て頂ければと思います(´▽`)
- 544 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/03/10(火) 01:03
- ふ、不覚にも泣いてしまった・・・乙です。
ももうさ可愛すぎ健気すぎです
次回も期待してます!
- 545 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2009/03/26(木) 02:33
-
ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 4 −
- 546 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/26(木) 02:35
- 並んで座ったアスファルトの上、雅はやはり桃子にかける言葉が見つからなかった。
それどころか、何と声をかけたらいいのか前よりもわからなくなった。
雅からすれば、少し我慢をしてひとみという人と暮らせば住むような話だった。
そうすれば、全てが解決して、桃子は石川と住めただろうと思う。
けれど、雅と桃子の考え方は違うらしい。
桃子は雅が驚くほど真っ直ぐで、純粋に思える。
それは桃子が人間ではなく、うさぎだからなのかもしれない。
理解出来る部分と出来ない部分。
桃子の話はどちらかと言えば理解出来ない部分が多く、雅には過去の話を聞いたところで、元飼い主の話になると暗い顔になる桃子をどうすることも出来そうになかった。
過去を知ったことが良かったのか悪かったのかもわからない。
結局、雅は黙ったまま桃子の手を握り続けるしか出来ない。
「ここってね、石川さんと住んでた寮があった場所なんだ」
桃子がぽつりと呟いて、繋いだ手を強く握った。
雅が手を握る力の強さに隣を見ると、桃子は俯いてアスファルトを眺めていた。
流れた髪が顔を隠し、その表情はよくわからない。
- 547 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/26(木) 02:36
- 「あのピンクのアパートって寮だったんだ」
「うん」
桃子は俯いたまま顔を上げない。
声は沈んでいるものではなかったが、決して明るいものでもなかった。
いつもの桃子からすると、それは見ていられないようなもので、雅にも桃子にとって石川がどれほど大切な人だったのかが痛いほどわかった。
だから、雅は石川のことを聞かずにはいられない。
「いいの?」
「なにが?」
「石川さん」
良いわけがないと思いながら、雅は桃子に尋ねる。
桃子の話からすると、桃子と同じように石川も桃子を大切にしていたはずだ。
石川と離れて桃子が悲しいと感じているように、きっと石川も桃子がいなくなって悲しかったに違いない。
雅が石川でも、大切にしているペットがいなくなったら探し回るし、悲しむだろう。
「たぶん、泣いてるよ」
「なんで?」
「ももがいなくなって」
雅の声に、のろのろと桃子が顔を上げる。
桃子は石川のことを話し始める前のように、泣きそうな目をしているはずだと雅は思っていた。
けれど、桃子は困ったような顔をしているだけだった。
- 548 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/26(木) 02:38
- 「泣いてなんかないよ。きっと」
それが本心からの言葉なのかはわからなかった。
雅は桃子の心の中を探るように問いかける。
「帰りたくないの?」
「どこへ?」
「石川さんのところ」
「知らないもん。どこにいるかなんて」
「帰った方がいいよ」
「知らないのに帰れない。……みーやん、そんなにもものこと追い出したいの?」
どちらの言葉に対しての表情なのか、困り顔をしていた桃子の目が泣き出しそうなものに変わる。
「追い出したいわけじゃないよ」
雅は桃子を落ち着かせるように手をきつく握り返す。
だが、桃子は今にも泣き出しそうな赤い目をしたままだった。
「でもさ、心配してるよ。絶対。だって石川さん、探してたんでしょ?もものこと」
「探してたけど、でも。……ももがいたって石川さん、きっと困る。あの時だって、困ってた」
握っていた手が振りほどかれる。
小さな白い手が黒いアスファルトの上をこつんと叩いた。
雅はどうしていいかわからず、目に付いた桃子の髪を優しく撫でた。
- 549 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/26(木) 02:40
- 「だって、倒れちゃったんだよ。もものせいで。振られたって言って悲しそうな顔してたときだって、倒れたりしなかったのに。もものせいだもん、絶対」
ぐすん、と桃子の鼻が鳴った。
石川のことを思い出しているのか、桃子は雅を見ようとはしない。
聞かなければ良かったと雅は思う。
桃子が石川の元へ、帰りたくないわけがなかった。
ひとみに預けられることが嫌で石川の元から逃げ出したぐらいなのだ。
そんなに懐いている飼い主と離ればなれで平気なわけがない。
逃げ出してきた理由を語ることですら嫌がっていた桃子に、簡単に尋ねるべきではなかった。
軽率な自分を呪いながら、雅は鞄の中からハンカチを取り出すと、それを桃子へ手渡す。
ハンカチを受け取った桃子が目をごしごしと擦る姿を見て、雅は小さく息を吐き出した。
「それにもも、石川さんの言うこと聞けなかったもん。石川さんじゃない人と一緒に暮らしたくなかった。石川さんじゃなきゃ、やだもん。だから、石川さんのこと困らせるしか出来ない」
桃子の言葉に、雅は髪を撫でる手を止めた。
石川以外の人と暮らすことを嫌がっている桃子は今、雅の元にいる。
雅はハンカチを片手にぐしゅぐしゅと鼻を鳴らす桃子を覗き込む。
「うちは?」
「みーやん?」
「うん。うちは石川さんじゃないよ。それでもいいの?」
桃子が顔を上げ、目元を押さえていたハンカチを雅へ押しつける。
そして、何度か深呼吸をしてから言った。
- 550 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/26(木) 02:42
- 「みーやんは……」
言葉を一度句切ってから、桃子がにっこりと笑った。
「みーやんは平気だよ」
「どうして?」
「だって、もものこと見つけてくれたもん。ずっと一人でつまんなかったもものこと、見つけてくれた。外にいても誰ももものことなんか、気がつかなかったのに。石川さんだって、見つけられなかったんだよ?」
離れていた手が繋がる。
ぎゅっと握られた手は、さっきよりも温かい気がした。
「ももずっとね、ここから離れられなかった。石川さんのこと忘れなきゃって思って、ここから何度も離れようとしたけど、でも、無理で」
桃子が手を繋いだまま、ぴょんと立ち上がる。
繋いだ手が引っ張られ、雅は引きずられるようにアスファルトの上から腰を上げた。
だが、勢いに任せて立ち上がったせいか、足下がぐらつく。
ふらりとよろけた雅を桃子が支えて、くすくすと笑いながらその身体に抱きついた。
「もう、人間にもなれないし、石川さんもいないし。どうでもいいやって。そんなときにね、みーやんがもものこと見つけてくれたの。あの時、みーやんの腕の中が温かかったから、一緒に連れて行って欲しいなって思ったんだ。……まだ春になったばっかりでずっと、寒かったしね」
ぺたりとくっついた身体をさらに密着させるように、桃子が額を雅の身体に擦りつけた。
そして、小さな声で言った。
- 551 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/26(木) 02:44
- 「それに……」
「なに?」
「なんでもない」
言いかけた言葉は打ち消される。
言葉の続きが気になって、雅は問い返した。
「なに?気になる」
「いいの、いいのっ!」
話し始めた時よりも大きな声でそう言うと、桃子が雅の身体を強く抱きしめた。
力一杯抱きしめられて、雅はこんな場所で抱きつかれるのは少し恥ずかしいと思う。
いつもなら、桃子の身体から逃げ出している。
けれど、今日ばかりはそんなことも出来ず、桃子を抱きしめ返す。
「あのさ、ほんとに帰らなくていいの?うち、探してあげるよ。石川さんのこと」
雅は桃子の背中をぽんと叩く。
もう石川の話はやめた方が良いと思うが、言わずにはいられなかった。
おそらく石川はまだ桃子のことを探しているはずだ。
人間に変身するなどという変わったうさぎのことを、そう簡単に忘れられるわけがない。
雅だって、こんな変わったペットが急にどこかへ消えてしまったら、一生忘れられないはずだ。
そして、今は雅と暮らしている桃子も、石川のことを忘れていないのは日々の言動からもよくわかる。
だからこそ、石川のことを探せるものなら探してやりたいと雅は思う。
けれど、桃子は雅が思うような言葉を口にしなかった。
- 552 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/26(木) 02:46
- 「いいんだ、石川さんのことは。だって、ももがいないほうが絶対にいいもん」
「そんなことないよ」
「あるよ。それに、みーやんは石川さんのこと探せないよ」
「探せるよ!」
「石川さんがどこに引っ越したのかわからないのに?どこの会社で仕事してるのか知らないのに?」
「それは……」
桃子から畳み掛けるように言われて、雅は言葉に詰まる。
そんな雅から身体を離すと、桃子が言った。
「ももね、みーやんと一緒にいるの楽しいから好き。だから、それでいいよ」
桃子が雅に背を向け、前へ一歩ぴょこんと跳ねる。
「みーやんは石川さんとは違うけど、大丈夫」
明るい声で桃子が断言する。
だが、その声が少しだけ寂しげに聞こえて、雅は桃子の腕を掴んだ。
雅は掴んだ腕を引く。
すると、桃子がくるりと振り向いて、悪戯っぽく笑った。
「ちょっと意地悪で、冷たいところもあるけど。でも、時々優しいから」
「ちょっと、待って。時々ってなに、時々って。それに、うちは意地悪じゃないし、冷たくない」
「じゃあ、石川さんみたいにいつも優しくしてくれる?」
「石川さんみたいにって、うち、石川さんのこと知らないから無理だし」
「あ、そっかあ」
- 553 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/26(木) 02:49
- 今、気がついたというような声で呟くと、桃子が雅の腕へ腕を絡めた。
そして、人懐っこい笑みを浮かべて雅を見る。
催促されているような気がして頭を撫でてやると、桃子が嬉しそうに組んだ腕に力を込めた。
こうして雅にまとわりついている桃子を見ていると、今聞いた話が全部嘘のように思える。
むしろ、全て嘘だったらいいと考えずにはいられない。
石川のことも、逃げ出してきたことも全て忘れてしまった方が、桃子の為になるような気がする。
このうるさいぐらい元気なうさぎには、悲しそうな顔は似合わない。
いつも笑っていればいいのに、とそこまで考えて雅は苦笑する。
早く追い出してやろうと考えていたこともあったのに、気がつけば洗脳でもされているのか、桃子のことを心配するようになっている。
それどころか、昔よりもこの騒がしいうさぎのことを考える時間が増えていた。
そんな自分に、はあと大きなため息を一つついてから、雅は桃子に言った。
「……学校さ、時間も遅くなったしまた今度にして、なんか美味しいもの食べてかえろっか」
美味しいものを食べているときの桃子は、いつもより上機嫌でにこにこと笑っている。
今は嬉しそうにはしているが、いつもに比べるとどことなく元気がない。
手軽に、簡単に桃子を笑わせる方法。
雅に思いつくことはこんなことぐらいだ。
- 554 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/26(木) 02:50
- 「えっ、美味しいものってなにっ!?」
「ももの好きなもの買ってあげる」
「えー。じゃあなんか甘いもの!」
「なんかってなに?」
「なんでもいいよ。ももは、みーやんが美味しいって思うもの食べたい」
案の定、桃子がはしゃいで雅に飛びついた。
雅はそんな桃子をひらりとかわして、手を繋ぐ。
その繋いだ手の温もりに、雅は今まで考えたことのないことを頭に思い浮かべた。
いつかどこかで石川に会ったら、その時はどうなるのだろう。
出会ったばかりの頃は、厄介な存在でいなくなった方が良いと思っていた。
けれど、今は違う。
石川の話を聞いて、改めてわかった。
変わったうさぎは、雅の生活の中で大きなものになっていた。
急にいなくなられたら、部屋が広くなって、静かになる。
そして、きっと少し寂しくなる。
どうなるかわからない先のことを考えても仕方がない。
そう思いながらも、そんなことが頭から離れない。
頭の片隅に住み着こうとする考えを、雅は繋いだ手を振って追い払おうとした。
- 555 名前:ヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 − 投稿日:2009/03/26(木) 02:51
- ぶんっ。
繋いだ手を大きく振ると、桃子がその勢いを借りて前へ飛び出した。
「ね、早く行こうよ!美味しいもの食べに!」
桃子が繋いだ手を引っ張り、駆け出そうとする。
雅はその手を引き返しながら、叫んだ。
「ちょっと、引っ張らないの!ももっ!」
「みーやん、早く!」
「わかったって!」
足を緩めるつもりのない桃子に腕を引かれ、雅は歩道へ駆け出す。
駐車場を後にして、来た道を戻る。
飛ぶように足を進める桃子を見ながら、雅はくすりと笑う。
桃子の勢いにつられて走る通学路も悪くない。
頭の片隅から、簡単につまらない想像が消え去る。
引っ張られ、急がされ、ふらふらと駆け出した道の向こう。
薄い雲に隠れていた太陽がいつの間にか顔を出していた。
- 556 名前:Z 投稿日:2009/03/26(木) 02:52
-
- 557 名前:Z 投稿日:2009/03/26(木) 02:52
- 本日の更新終了です。
- 558 名前:Z 投稿日:2009/03/26(木) 02:55
- タイトルがヘンテコうさぎとヘンテコ飼い主 − 3 −になっていますが4ですorz
>>544さん
お待たせしました。
健気なももうさのその後です!
- 559 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/31(火) 04:29
- みやは石川さん捜すのかな?
- 560 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/01(水) 19:22
- 雅がももを慰めるみたいな
エロ期待wwなんちって
- 561 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/02(木) 12:28
- いい話!とってもいい話!
きゅんきゅんした
- 562 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/29(水) 21:48
- 実際に石川さんが登場してきたら、雅ちゃんはどうするんだろう?
あいりしゃや、ちなきゃぷまで巻き込んで、大騒ぎになってほしい。
- 563 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2009/05/05(火) 04:10
-
小さなうさぎの大きな出会い − 1 −
- 564 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:15
- 散歩に出た日曜の夜、雅は隣に眠る桃子を見ながら石川を探そうと決めた。
だが、石川を捜す為の情報を桃子から聞き出そうとしても、必要以上のことは答えない。
探してやるからと言っても、言うことを聞かない。
答えようとしない桃子から、無理矢理石川のことを聞き出してまで、石川を探す必要はないのかもしれないと雅は思う。
それに、桃子が答えない限り、石川を捜す手掛かりがなかったし、手掛かりのないものの探し方もわからなかった。
そして、雅自身も信じられないことだったが、桃子が石川の元へ帰ってしまうかもしれないと思うと探そうという気持ちが鈍る。
いつか桃子から石川を捜してくれと頼まれる日まで、このままでいいのではないかと雅には思えた。
そんなこともあり結局、石川のことは探そう、探そうと思うだけで、実際に探すことはなかった。
一緒に散歩に出た日から変わったことと言えば、桃子を拾った駐車場の前を通るたびに、胸の中に振り払えない何かを感じるようになったことだ。
それが何かはわからない。
けれど、毎日駐車場の前を通るたび、その何かが雅の胸の中に溜まっていく。
灰色に染まった雨雲のような何か。
振り払えない雲のようなものを感じると、雅は石川を捜さなければならないような気分になった。
だが、やはり実際に行動へ移すことはなかったし、胸の中にある漠然とした不安のようなものよりも、間近に迫った期末テストに気を取られ、いつしかそれどころではなくなっていた。
気がつけば、梅雨は終わり、夏がすぐそこまで近づいている。
胸のもやもやは、勉強と夏を思わせる日差しに消えていた。
- 565 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:17
- 「みーやん、まだー?」
期末テストまでそう日もなく、雅に勉強をさぼっている時間はなかった。
そもそも、今までも大して勉強をしていなかったのだから、必死にやらなければならない時期だった。
けれど、勉強をやらなければと思えば思うほどやる気が出ない。
さっきから教科書はただ開いたままで、何の役にも立っていなかった。
「まだ」
椅子に座った雅の横、机に齧り付くようにしている桃子に素っ気なく答える。
「どうして?」
「テスト勉強、終わってない」
教科書を一ページ、ぺらりと捲る。
テスト範囲の半分も勉強していないことに、雅は頭を抱えたくなる。
しかし、隣にいる桃子にそんなことがわかるわけもなく、雅の横でちょこんと膝立ちになって机の上を楽しそうに眺めていた。
雅はその楽しげな顔を見ていると、尚更やる気がなくなる。
勉強から解放されるのなら、桃子の相手をしていた方がいい。
それぐらいの気分だった。
そんな気持ちが伝わったのか、桃子が腕を引っ張り、雅を見上げて言った。
- 566 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:18
- 「あのさー、言ってもいい?」
「なに?」
「ももにはみーやんが勉強してるように見えない。だから、ももと早く遊んでよ」
桃子に催促されて、雅は一瞬言葉に詰まる。
実際、勉強をするわけでもなく、教科書を開いて机の前に座っているだけなのだから、桃子と遊んだところで同じだ。
だが、勉強をしているという形だけでも作っておかなければならない。
机の前から離れたら、それこそ勉強なんてものは頭の中から消え去ってしまう。
「してるから、邪魔しないの」
雅は桃子の額をぐっと押して、机から遠ざけようとする。
「どこが?だって、遊んでるじゃん。さっきから」
額を押す雅の手を押し返して、桃子が立ち上がる。
そして、机の上に開いているノートを人差し指で突いた。
「消しゴム弾いて飛ばしたり、ノートに落書きしたりさ、そういうのって勉強っていうの?」
桃子の指の先には、雅が描いた先生や千奈美の似顔絵、そしてうさぎの絵があった。
その向こうには消しゴムが転がっていて、今にも机から転がり落ちそうになっている。
桃子が不満そうな顔をして雅をじっと見る。
雅は桃子から隠すようにノートを一枚捲って、消しゴムを手元に引き寄せた。
- 567 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:20
- 「……言うの」
小さな声で答えて、視線を桃子からノートへと移す。
また教科書を一ページ捲って、髪をくしゃくしゃとかき上げた。
雅は難しい顔をして教科書を眺めるが、頭の中に何も入ってこないどころか、難しい文字の羅列に頭がくらくらしてくる。
逃げるように教科書から顔を上げると、桃子が消しゴムを手に取り、ぴんっと天井へ向けて投げた。
投げられた消しゴムは、すぐに桃子の手に戻ってくる。
その消しゴムを雅に向かって投げてから、桃子が言った。
「みーやん。消しゴム飛ばしたり、落書きするのって、何のテスト勉強?国語?それとも数学?」
「うっ」
横からごちゃごちゃとうるさい桃子に、口から短い言葉が飛び出る。
投げられた消しゴムは受け取り損ね、机の上からころりと床へ落ちていた。
「うっ?」
「うるさい!もも、あっちいけっ」
雅は、ばんっと机を叩いて桃子を睨む。
だが、桃子も負けてはいなかった。
「あー、ひどーい。もも、何もしてないのにっ」
「うちの勉強の邪魔した!」
「勉強してないみたいだから、声かけたんだもんっ」
「してるしっ」
不毛な言い争いだと思いつつも、止まらない。
- 568 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:22
- 「してないよ。ノート、絵しか描いてないもん」
「ももにはわかんないと思うけど、絵も勉強のうちなの」
「そんな勉強なら、ももだってしたい。お絵かき好きだもん」
「このノートはお絵かきノートじゃないし」
「さっき、絵も勉強のうちって言ったし、このノート、絵しか描いてないから、お絵かきノートみたいなもんじゃん」
「今は絵しか描いてないけど、すぐに違うこと書くからいいの」
雅の肩にしがみついた桃子がぷうっとふくれる。
雅は椅子から立ち上がり、桃子の手を掴む。
ぐいっと腕を引いて桃子をベッドの前まで連れていき、雅は肩を押して桃子をベッドの上へと座らせた。
逆らうことなく桃子がベッドへ腰掛ける。
しかし、とても納得しているとは言えない顔をしていた。
頬はふくれたままで、まるでフグのようだと雅は思う。
けれど、そんなことを口に出すと、桃子の頬がさらにふくれるだけだから止めておく。
「しばらくここで遊んでて」
掴んだ手を離して、桃子に言い聞かせる。
だが、桃子は頷きもしないし、返事もしない。
恨みがましいオーラを身体に纏って雅を見上げていた。
「みーやん、つまんないよぉ」
むくれた桃子が足をばたつかせて、雅の腕を引っ張る。
- 569 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:24
- 「それは見たらわかる。ちょっと待ってなよ」
つまらないのは、机に齧り付いている時から気がついていた。
桃子が雅にまとわりついて、ああだこうだと口を出してくるときは、大抵が構って欲しいときだ。
だから、暇を持て余していることはよくわかっていたが、今は相手をしているような場合ではない。
「もうちょっとってどれくらい?」
「もうちょっとはもうちょっとなの」
「十分とか、二十分とか?」
「一時間とか、二時間」
「長いよぉ」
桃子が悲鳴にも似た声を上げて、ベッドへ倒れ込む。
「休憩って大切だって、テレビで言ってたよ」
仰向けに倒れた身体をくるんと返し、桃子が俯せになって雅を見上げる。
桃子はうさぎの時に見せることのある、びろーんとだらしなく伸びた格好になって枕を抱えていた。
「息抜きしようよ、息抜きっ。もう、二時間ぐらい勉強してるじゃん」
どこから見ても息抜きをしている格好で、桃子が雅の服の裾を引っ張る。
「息抜きしてもいいけど、もう少し勉強してからね」
裾を掴む手を解いて、雅は桃子の顔を覗き込んだ。
- 570 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:25
- 「もうしばらく待ってて。終わったら、遊んであげるから」
ぽんぽんと頭を叩いて言い聞かせる。
桃子が渋々頷いて、抱えた枕をぎゅっと抱きしめる。
ぷうっとふくれた頬からは空気が抜け、かわりに眉根が寄せられていた。
桃子にまだ不満が残っていることはわかったが、いつまでも相手をしていられない。
雅は桃子に背を向け、机に向かう。
今度こそは真面目に勉強しなければと、教科書を睨み付ける。
赤い線や青い線が教科書に書き込まれていた。
黒板を写したはずのノートを見る。
けれど、線とノートが繋がらない。
授業を受けた記憶はあるが、先生の言葉は思い出せなかった。
さすがにこれはどうかと自分でも思うが、頭を叩いても、ノートを捲っても先生の顔ぐらいしか頭に浮かばない。
うーん、と唸って、雅は頭に浮かんだ顔をノートに描き出す。
あまり似ていない似顔絵が一つ完成して、雅は机に突っ伏した。
「あー、みーやん。やっぱ、やってないじゃんっ」
突然、後ろから声が聞こえて、雅は跳ね起きる。
- 571 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:27
- 「や、やってるって」
「絵、描いてたの見た」
「そっちで遊んでてって言ったじゃん」
「みーやんが勉強してないみたいだから、来ただけだもん」
後ろからノートを覗き込もうとする桃子を牽制しつつ、雅は振り返る。
そして、桃子の肩を掴んで言った。
「だー!もう、明日どっか連れて行ってあげるから、今日は大人しくしてなさいっ」
金曜日の次は黙っていても土曜日が来る。
いつ決まったのかは知らないが、世の中はそう決まっていて、今日は金曜の夜だった。
だから、その場しのぎとしか言えない雅の言葉は真実味を帯びていて、桃子が雅に飛びついた。
「やった!どこ?明日、どこ行くの?」
「決めといて」
「もも、よくわかんないもん」
「じゃあ、あとからうちが決めるから、ももは静かにしてて」
「うんっ」
跳ねるような声で返事をして、桃子が本棚へと向かう。
漫画を何冊か取り出すと、ベッドを椅子代わりに漫画を読み始めた。
雅はそれを見届けてから、机に向き直る。
けれど、平和は長く続かない。
喧噪はすぐにやってきて、背中にぺたりと張り付いた。
- 572 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:29
- 「ねー、みーやん。やっぱ、つまんなーい」
雅の肩に手と顎を乗せて、桃子が背中にべったりとくっついていた。
背中にかかる重みに、いい加減うさぎに戻してしまおうかという考えがよぎる。
けれど、すぐにその考えは頭から消え去った。
どうせキスをしようとしたところで、桃子が逃げ回って、今以上の騒ぎになって疲れるだけだ。
ならば、あまり被害がない状態を作り出して、好きなようにさせておくしかない。
「くっついててもいいから、静かにしてて。お願いだから」
「はあい」
くっついていてもいい、という言葉が良かったのか、桃子が静かになる。
雅は生温かい塊を背中に背負って、ノートにペンを走らせる。
わかったようなわからない問題をいくつか解き終えると、桃子から遠慮がちな声が聞こえてきた。
「あのさ、みーやん」
「なに?」
またか、と思ったが、雅は律儀に返事をして、ペンを走らせる手を止める。
「期末テストの期末ってさ、なに?これ聞いたら静かにしてるから、教えてよ」
耳元でぼそぼそと尋ねてくる桃子の声は申し訳なさそうだった。
その声に、無視をするのも可哀想だと思い、わかりやすく桃子の質問に答える。
- 573 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:32
- 「今だと、夏休みの前ぐらいのことかな。だから、期末テストは夏休み前にあるテストで、悪い点だと先生に怒られる」
「えっ!?」
「どうしたの?」
「みーやん、もうすぐ夏休みなの?」
声に色があるなら薔薇色とでも言いたくなるような嬉しそうな声で桃子が言って、雅の身体を抱きしめた。
雅は後ろへ引っ張られるように抱きしめられて、椅子ごとひっくり返りそうになる。
慌てて桃子の腕を引っ張り、体勢を整えた。
「そうだけど」
首に巻き付く腕を解いて答えると、それとほぼ同時に桃子がはしゃいだ声を上げた。
「やったー!もも、夏休み大好き」
「そんなに好きなの?」
「うん。だって夏休みって、いっぱい遊べる休みでしょ?」
雅は桃子の言葉に、いつも通りに夏休みを過ごすわけにはいかないのだと今さら気がついた。
今年の夏休みは今までとは違い、桃子がいる。
夏休みは確かにいっぱい遊べる。
毎年、宿題そっちのけでたくさん遊んできた。
でも、今年はどうなるのだろう。
桃子を見ると、期待に満ちた目をしていた。
もちろん、桃子を放って一人だけ遊ぶつもりはない。
だが、どれだけの時間を桃子と一緒に過ごせばいいのかわからない。
さすがに夏休み全てを桃子の為に使おうとは思えなかった。
- 574 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:34
- 「石川さん、夏休みの時、いっぱい遊んでくれたんだ?」
雅はとりあえず、元飼い主がどれだけの時間を桃子と過ごしたのか聞いてみる。
「うん。いろんなところ行ったよ。海っていうところも行った。怖くて泳げなかったけど」
他にも、遊園地や動物園。
桃子の話によると、楽しいと思われる場所にはほとんど行っていた。
雅は石川のことを今までに何度呪ったかわからないが、また呪わずにはいられない気持ちになる。
石川が桃子を甘やかしたから、今、雅が桃子から期待に満ちた目を向けられているのだ。
大体、休み中、いくら時間があると言っても、雅は石川と同じように桃子の相手をするわけにはいかない。
財力が違うし、そもそも休みの長さが違う。
学生と社会人、休みは同じようで全く違うのだ。
そんな雅の心の声が聞こえたのか、桃子が床の上に座り込んで言った。
「夏休みってどれぐらい?」
雅はくるんと椅子を回転させて、桃子の方を向く。
- 575 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:35
- 「一ヶ月ぐらい」
「石川さんと違って、いっぱいあるんだね」
「学生はいっぱい休みがあるから」
「みーやん、ももといっぱい遊んでくれる?」
「いっぱいかどうかはわかんないけど、遊ぶよ」
きらきら目を輝かせて雅を見上げている桃子を邪険に扱うわけにもいかず、雅は控えめな答えを出した。
そして、そのことに何か言われる前に言葉を続けた。
「でも、先にテストあるから」
「じゃあ、もも、みーやんが先生に怒られるの待ってるね」
「どういう意味?」
「みーやん、テスト苦手でしょ?」
「……だったら、なに?」
「先生に怒られるって決まってるもん」
くすくすと笑って、桃子が立ち上がる。
雅も同じように椅子から立ち上がり、桃子の手を掴もうとした。
だが、雅が腕を掴む前に桃子が逃げ出す。
「ももっ!」
「わー、みーやんが怒った!」
「わざと怒らせてるでしょっ」
部屋をぴょんぴょんと駆け回る桃子を追いかける。
狭い部屋の中では逃げ場もなく、雅は簡単に桃子の身体を捕まえた。
- 576 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:36
- 「このいたずらうさぎっ」
背中から桃子の首に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。
「みーやん、くるしっ」
大袈裟に桃子が雅の腕を叩いて、声を上げる。
桃子がぽんぽんと腕を叩き続けるが、雅は抱きしめたまま離さない。
「あやまれ、ばかうさっ」
「ごめんね。もも、つまんなかったから、遊んで欲しかったんだもん」
腕の中、桃子が小さな声で言った。
その必要以上に力のない声に、雅が腕の力を緩めると、桃子がくるりと雅の方を向いた。
桃子がしゅんと肩を落として、俯く。
その姿は人間というより、うさぎに近いと雅は思う。
拗ねて、ケージの片隅で丸まっている桃子を思い出す。
背中しか見えないふわふわの白い毛の塊。
突いても、餌をちらつかせても決して寄ってこない。
そんな桃子が頭に浮かんで、もう駄目だった。
- 577 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 1 − 投稿日:2009/05/05(火) 04:38
- 「ったく、もう」
可愛いと思ったら負けなのだ。
うさぎの桃子は小動物だけあって、可愛くて甘やかしたくなる。
それと今の桃子が繋がると、雅の方が折れるしかない。
ずるいと思うが、小さな動物に勝てるわけがなかった。
「明日、いっぱい遊んであげるから。今日は、もううさぎに戻って」
「わかった」
桃子が珍しく素直に頷く。
それは、白い毛の塊が機嫌を直して擦り寄ってくる姿と重なる。
何だか可愛くて頭を撫でてやると、嬉しいのか桃子が顔を上げてにこりと笑った。
「ちょっと早いけど、おやすみ。みーやん」
雅の腕を掴んで、桃子が背伸びをする。
顔が近づいてきて慌てて目を閉じると、ちゅっという音と共に柔らかいものが唇に触れた。
そして次の瞬間、お馴染みの音がして、雅の足下には見慣れた真っ白なうさぎがいた。
雅は桃子が触れた唇を指先で撫でる。
やはり、キスにはまだ慣れそうになかった。
- 578 名前:Z 投稿日:2009/05/05(火) 04:38
-
- 579 名前:Z 投稿日:2009/05/05(火) 04:38
- 本日の更新終了です。
- 580 名前:Z 投稿日:2009/05/05(火) 04:42
- >>559さん
雅のその後はこんな感じです。
>>560さん
この先何が起こるかは秘密です(´▽`)
>>561さん
ありがとうございます。
きゅんきゅんして頂けると嬉しいです!
>>562さん
この先の登場人物はトップシークレットです!w
- 581 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2009/05/13(水) 06:58
-
小さなうさぎの大きな出会い − 1 −
- 582 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:00
- 世の中の常識通り朝が来て、金曜の夜は土曜の朝に変わる。
いつもより遅く寝た分いつもより遅く起きて、雅はベッドの上で大きく伸びをした。
「んー」
身体が伸びる感覚に思わず声が漏れる。
大きな欠伸を一つして、ベッドから這い出ると部屋の隅にあるケージが目に入った。
ふらふらと近寄って、中を覗き込む。
すると、寝起きの悪いうさぎが珍しくもう起きていた。
何故、桃子が早起きしているのかは考えなくてもわかる。
昨日の約束が嬉しくて、早くから起きているに違いない。
けれど、朝から出かける気にもなれず、雅はケージの中で飛び跳ねている桃子に声をかけた。
「もも、午後からね」
それまで元気よく跳ねていた桃子の動きが止まり、不機嫌そうに後ろ足で床をぺしぺしと叩き始めた。
- 583 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:02
- 「ごめん。ちょっと朝から出かけるのだるい」
ぴょん、とケージの中で桃子が飛び上がる。
言いたいことはわかるが、桃子の願いを今すぐ叶えるつもりにはなれない。
雅は欠伸を噛み殺して、ケージの隙間から桃子を一撫でする。
ケージを開ければ、白いうさぎは飛び出してくるに違いない。
そのまま不満そうな桃子を残して、雅はパジャマのまま階段を降りてリビングに向かう。
一人遅い朝食を取って、部屋へ戻る。
ごろりとベッドへ横になるとまた眠ってしまいそうだった。
仕方なく机に向かって、教科書を開いたり、閉じたり。
ベッドへ戻って、目を閉じたり、開いたり。
そんなことを繰り返して、勉強をしたのかしないのかよくわからないまま昼食を食べた。
「もも、おまたせ」
時計の針は十二時を過ぎていて、雅は声をかけてケージを覗き込む。
朝とは違い、桃子はケージの真ん中で大人しく身体を伸ばしていた。
ケージを開いて名前を呼ぶと、雅の腕の中へうさぎが飛び込んでくる。
ふわふわの桃子を抱きしめて、唇を寄せる。
キスをすると白い塊が大きくて、でも小さな人間に変わった。
「約束、覚えてるよねっ」
うさぎから人間になるなり、桃子が弾んだ声で言った。
- 584 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:04
- 「覚えてる」
雅は答えながら、ベッドの上にあるシーツを桃子に向かって放り投げる。
投げたシーツは桃子の頭の上へばさりと着地した。
雅が投げた薄いピンク色のシーツにくるまると、桃子が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ほんと?」
「覚えてるから、人間にしたの」
「どこ行くの?」
「友達とよく行く雑貨屋があるから、そこ行こう」
買い物、という言葉に桃子が目を輝かせる。
「雑貨屋さんってなにがあるの?」
「んーと、可愛いものがいっぱい。ぬいぐるみとか、そういうの」
「やったー!もも、可愛いもの好き」
「何でも買ってあげるわけにはいかないけど、見てるだけでも面白いよ」
「うさぎのぬいぐるみあるかなー。石川さんのお部屋にね、大きいのあって可愛かった」
「あるんじゃない」
一つの言葉に口元がぴくりと反応して、乾いた声が出る。
唇が歪みかけて、雅は手の平で口元を覆った。
歪もうとする唇を押さえつける。
口角を上げて笑っているような形を作り出してから、ゆっくりと手を下ろした。
- 585 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:05
- 「あったらいいな。ももね、うさぎのぬいぐるみ好きだったから」
雅の様子には気がつかないのか、桃子が嬉しそうな声で言った。
「他にも、鏡とかね、あと、ご飯食べるお皿も可愛いのあるかな。もも、いろいろ見たいっ」
ぴょんぴょんと小さく跳ねながら、桃子が雅の腕を両手で掴む。
雅の腕に桃子の両手があるということは、シーツを固定する手がなくなったということだ。
当然、桃子が身に纏っていたシーツは引力に従って床へ落ちる。
となれば、雅の目の前にいるのは裸の桃子だ。
「ちょっと、ももっ!」
うさぎから人間に変身する際、桃子が裸になることには慣れた。
だが、裸の人間が目の前をうろうろすることには未だに慣れない。
だから雅は、はしゃいで落としたシーツなど気にする様子もない桃子の肩を掴む。
「今、服出すから、裸ではしゃがないのっ!」
「シーツ巻いてるもん」
「落ちてるからっ。シーツ!」
「あれ?」
- 586 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:08
- 雅は床へ落ちたシーツを拾って、不思議顔で動きを止めた桃子に巻き付ける。
そして、タンスへと向かう。
母親に買ってもらったきり、自分には似合わない気がして、ほとんど着たことがないワンピースがどこかにあるはずだ。
最近、着た覚えのないワンピースのありかは記憶の底に埋もれている。
うーん、と唸りながら引き出しをいくつも開いていると、シーツを身体に巻き付けた桃子が面白がって、タンスの中から洋服を引っ張り出そうとする。
それを阻止しつつ、雅はさらに引き出しをいくつか開いて、自分で着るには可愛すぎるワンピースを探しだし、桃子に手渡した。
「はい、これ着て」
ワンピースの色はシーツと同じような薄いピンク色で、桃子の好きな色だ。
ピンクは雅にとっても好きな色だったが、このワンピースはデザインも色も、年齢よりも上に見られることが多い雅が着るには少し甘すぎる。
かわりに、本当の年はわからないが、雅よりも子供っぽい桃子にはよく似合いそうな服だった。
「あ、これ可愛い。ももの好きな色だ」
ワンピースを受け取るなり、桃子が両手でワンピースを広げて、嬉しそうにくるりとターンする。
その姿は可愛かったが、またシーツが床に落ちて雅は頭を抱えたくなった。
「早く着替えないと、お店閉まっちゃうよ」
そんなに早く店が閉まるわけがないのだが、雅の言葉を聞いた桃子が慌てて着替え始める。
普段の桃子からは考えられないほど素早く身支度を済ませると、桃子がまるで童話に出てくるお姫様のようにスカートを掴み、少し持ち上げてにこりと笑った。
- 587 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:10
- 「似合う?」
雅には似合わなかった薄いピンクのワンピースは、少し大きいけれど桃子に良く似合っていた。
小首を傾げて雅を見る姿は、悔しいけれど可愛い。
「まあまあ」
本当のことを教えるのは癪に障る。
雅は素っ気なく答えると桃子に背を向け、疎かになっていた自分の準備を始める。
桃子に気を取られていて、自分の用意が出来ていなかった。
「そう?すっごく似合ってると思うけどなあ」
その声にちらりと後ろを向くと、いつ鏡の前へ移動したのか、桃子が姿見に自分を映していた。
「自分で言わないの」
「だって、みーやん言ってくれないもん」
「あー、似合ってる、似合ってる」
わざと平坦な口調で答えて、部屋の扉を開ける。
きょろきょろと廊下を見て誰もいないことを確認してから部屋の外へ出ると、後ろから桃子の拗ねたような声が聞こえてきた。
「もうっ。心がこもってない!」
「こもってるって。ほら、もも。そろそろ行くよ」
「待ってよぉ」
ぱたぱたと歩いてくる桃子を待って、雅は静かに階段を降りた。
- 588 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:13
-
玄関から外へ飛び出れば、天気は上々。
梅雨が明けてしまえば、空はどこまでも青く気持ちが良い。
頭の上に浮かぶ太陽は上機嫌で、歩いているだけで汗ばんでくるぐらいだ。
風があればいいと思うが、そこまでサービスは良くないようで、街路樹の葉はぴくりとも動かない。
「あっついなー」
雅は思わず呟く。
桃子の甘い格好とは対照的に、ジーンズにTシャツという服装で外へ出てきたが、足にまとわりつくデニム地に少しばかり不快感を覚える。
スカートかショートパンツを穿いてくれば良かったと思うが、もう遅い。
今から引き返すなど、元気いっぱい飛ぶように歩き回っている桃子が許しそうになかった。
小さな身体のどこにそんな元気があるのか、桃子は照りつける太陽の下、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
そんな桃子を見て、雅は空を見上げる。
からりと晴れた空は雲一つ無かった。
相変わらず風もなく涼しくなりようがない中、足取り軽くスキップする桃子に付き合っていたら身体が持ちそうにない。
雅はあちらこちらへ歩き回る桃子を捕まえる。
どこへ行くかわからない桃子を追いかけるのも疲れるが、ふらふらと勝手気ままに歩き回って迷子にでもなられたらそちらの方が困る。
雅は桃子の手をしっかりと握った。
- 589 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:15
- 「この前とは違う道だね」
辺りをきょろきょろ見回しながら桃子が言った。
繋がれた手はそのままで、桃子は雅の隣を大人しく歩いている。
「学校とは違う場所にあるから」
学校帰りに時々寄って帰る雑貨屋は、通学路から少し離れた場所にある。
雅の家からだと学校へ行くより、その店へ行く方が近い。
だからこの前、桃子と二人で学校へ向かった時に比べると、遙かに早く目的地にたどり着くことが出来る。
「もうすぐ着くから、手離しちゃだめだよ」
「なんで?」
「迷子になると困るから」
土曜の午後は人通りも多く、風のない街では感じる暑さが倍になったように思える。
桃子がはぐれてしまわないように繋いだ手はじっとりと汗を掻いていた。
けれど、手を離すわけにはいかない。
桃子も雅の言うことを聞いて、素直に手を繋いだまま歩いている。
日陰を選んで歩きながら、目的地を目指す。
街中へ近づくにつれて、人が多くなってくる。
雅が人混みが作り出す暑さに顔を顰めていると、桃子が弾んだ声で言った。
- 590 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:18
- 「みーやんっ、人いっぱいいるね」
「嬉しいの?」
「うんっ」
問いかけると、陽気な声が返ってくる。
雅には鬱陶しいだけの人混みも、桃子には楽しく感じられるようだった。
見るもの全てに反応してはしゃぐ桃子を見ていると、微笑ましくて少しだけ暑さが和らぐ。
それでも、いつまでも外を歩いていたくなくて、雅は早足で雑貨屋へ向かった。
「あ、ここ。うちがよく行く雑貨屋」
足早に道を辿った結果、目的の雑貨屋へはすぐに辿り着いた。
雅は木で作られた扉を開けて中へ入る。
空調が程よく効いている店内は外よりも遙かに涼しく、汗が乾いていく。
雅はさほど広くもない店内で桃子が迷子になることもないだろうと思い、汗ばんだ手を離した。
「可愛いお店でしょ」
店内を見回している桃子に声をかける。
そして、一人どこかへ歩き出しそうになっている桃子の腕を掴んだ。
「うん」
「石川さんと来たことある?」
「ううん。来たことない。石川さんとはね、いつも広いところに行く」
今いる雑貨屋は、社会人にはちょっと縁がない場所かもしれないと雅は思う。
店内の客は、雅と同年代の女の子がほとんどだ。
置いてある商品も十代の女の子をターゲットにしたものが中心になっている。
桃子はあまりこういった場所へ来たことがないのか、あっちの棚、こっちの棚とぴょこぴょこ歩き回りながら商品を眺めていて、それが楽しそうに見える。
その姿を見ていると、疑問が一つ雅の頭に浮かぶ。
- 591 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:20
- 今まで桃子はどこへ遊びに行っていたのだろう。
広いところという答えは漠然としすぎていて、そこがどこなのかいまいちよくわからない。
具体的な場所を桃子に聞こうと雅が口を開くと、それを遮るように桃子から声が上がった。
「あっ、うさぎのぬいぐるみだっ」
声のした方を見ると、桃子が自分の身長の半分はありそうな大きな白いぬいぐるみを抱えていた。
「みーやん、これ可愛い」
「可愛いね」
桃子が抱えているうさぎは確かに可愛かった。
そして、そのぬいぐるみを抱いている桃子の姿も、服装に合っていて可愛らしいと言えた。
だが、今はそれよりも気になることがある。
雅はぬいぐるみの頭をぺしぺしと叩きながら素っ気なく答えると、頭にある疑問を言葉にかえた。
「あのさ、広いところってどこ?」
「この前も話したけど、遊園地とか。あのね、もも、観覧車好き」
桃子の嬉しそうな声に、雅はつい低い声が出た。
「ふーん」
ぬいぐるみの長い耳をぴっと引っ張る。
目の錯覚か、ぬいぐるみの顔が痛そうに歪んだように見えた。
- 592 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:21
- 「どうしたの?」
「別にどうも」
痛そうな顔をしたぬいぐるみの頭を撫でて、雅は桃子を見る。
ぬいぐるみが気に入ったのか、ぎゅうぎゅうと抱きしめて頬を寄せていた。
桃子の頬はぬいぐるみのうさぎに負けず劣らず白い。
うさぎの桃子をぬいぐるみにして、今、桃子が抱きかかえているぬいぐるみと一緒に並べたらどちらが売れるだろうかと、馬鹿な考えが頭に浮かぶ。
同じ白いぬいぐるみでも、長い耳に長い毛の大きなぬいぐるみよりも、短めの耳とふわふわした毛の桃子の方が売れそうな気がした。
雅は親馬鹿みたいな考えにため息を一つ付いて、桃子からぬいぐるみを取り上げる。
やたらぬいぐるみに擦り寄っている桃子見ていると、このまま放っておくと売り物に何をするかわからない。
「これ、欲しいの?」
ぬいぐるみを棚に戻して、尋ねる。
「ん?これ?可愛いけど、でも、買ってとか言ったりしないから大丈夫だよ」
ぷるぷると首を振って桃子が答えた。
けれど、桃子がぬいぐるみを欲しいと思っているのは顔を見たらわかる。
それは、あまり物を欲しがらない桃子にしては珍しかった。
- 593 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:23
- 「こういうぬいぐるみ、石川さんの家にあったんでしょ」
「これ、色も形も違う」
「同じのだったら、欲しかった?」
「同じのじゃなくても、可愛いの好きだから欲しいけど。でももも、大人だから買ってとか言ったりしないもん」
出かける前、石川の家にうさぎのぬいぐるみがあったと聞いた。
そのせいか、ぬいぐるみの向こうに桃子が何を見ているのか気になる。
あまり自分から物を欲しがったりしない桃子が、口には出さないがぬいぐるみを欲しがっている。
雅にはその理由が、石川に通じているように思えた。
石川と自分を比べても仕方がない。
暮らしてきた時間が違うし、そもそも桃子は石川が買ってきたうさぎだ。
石川と雅では立場が違う。
桃子の中で石川の存在が大きいのは当たり前だ。
頭ではわかっているが、石川のことを嬉しそうに語られることが納得出来ない。
「みーやん、怒ってるの?」
「怒ってないよ」
ぬいぐるみの頭をぺしんと叩く。
桃子に今の飼い主は誰だと問いたくなる。
けれど、そんなことを聞いたところでどうにもならない。
- 594 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:25
- 「うさぎのぬいぐるみ探してるからさ、やっぱり石川さんに会いたいのかと思った」
どうにもならないとわかっているから黙っていられるのかと言えば、そうでもなかった。
雅はつい一言言いたくなる。
余計なことは言うべきではないが、言ってしまったものは今さら無かったことに出来ない。
「うさぎのぬいぐるみって、ももと同じで可愛いから。だから、探してただけだよ」
雅が叩いたぬいぐるみの頭を桃子が撫でながら言った。
そして、ぬいぐるみを乱暴に扱った雅を非難の目で見る。
石川と同じ存在になりたいわけではない。
桃子が石川を慕っているのは、今までの言動からよくわかっている。
それでも、自分が拾ってきたうさぎが前の飼い主を思って鳴いていれば気になる。
怒っているわけではないし、怒りたいわけでもない。
ただ石川の存在が気になるだけだ。
「……帰りたくないの?」
ぽつりと一言口にして、ぬいぐるみの頭を撫でる。
すると、雅に非難の目を向けていた桃子が歩き出した。
「帰れないもん。もも、逃げて来ちゃったから」
雅が呟いた一言で、何を問われたのかわかったらしい桃子が答えた。
そして、いくつもの棚を見ながら、時々商品を手にしては戻す。
その危なっかしい手つきに、商品が棚から落ちるのではないかと気になった。
- 595 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:27
- 「もし、石川さんがいいって言ったら?」
「みーやんはいいの?ももがいなくなっても」
手にしたグラスを棚に戻して、桃子が静かに言った。
雅は元あった場所から少しずれた場所へ戻されたグラスの位置を直す。
グラスから視線を移すと、桃子は俯いていた。
表情がよく見えない。
「ももの好きにしたらいい」
「ももはみーやんも好きだよ」
桃子から答えにならない答えが返ってくる。
その答えにある些細なものが雅の神経を逆撫でする。
たった一文字。
「も」という一文字に、雅の声が落ち着きを無くす。
「それ、答えになってないよ。どーすんの?石川さんのことだって、好きなんでしょ?」
苛々とした気持ちを隠すことが出来なかった。
そんな雅に桃子が面倒臭そうに言った。
「その話、もういいじゃん」
「良くないよ」
「みーやん、しつこい。この前から探さなくていいって、何度も言ってるじゃん」
「でも、前から言ってるけど、ももが良ければうちが石川さんのこと探すよ」
探したいけれど、探したくない。
桃子が石川に会いたいと言うなら、会わせてあげたい。
けれど、それと同じぐらい会わせたくないとも思う。
- 596 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:28
- 「石川さんのこと、もう嫌いになっちゃったの?」
雅の声に、桃子が顔を上げる。
頼りなげに眉毛が下がっていた。
「好きだけど……」
小さな声は、そこで途切れる。
桃子が何かを考えるように口元に手をあて、雅から視線をそらした。
「ももの飼い主ってさ、誰?」
「みーやん」
「石川さんに会えても?」
「ねえ、みーやん。どうしたの?」
「どうもしない。どうもしないけど、答えてよ。ももは、もし石川さんに会えたら、どうするの?」
結局、気になっているのはそこだった。
今の飼い主は雅だが、元々の飼い主だった石川が戻ってきたらどうなるのか。
それが知りたい。
笑って手放すには、桃子と深く関わりすぎていた。
- 597 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/13(水) 07:29
- 石川の元に行きたいと言われたら、どうしたいのか。
それは雅自身もよくわからない。
そして、どういう答えを望んでいるのかもわからなかった。
「ももは……」
桃子の視線が彷徨う。
雅の喉がごくんと鳴った。
けれど、言葉はそこまでで、その先を聞くことは出来なかった。
「みやっ!」
桃子の言葉の先は、別の声に奪い取られる。
振り向くと、そこには雅が良く知っている人物が立っていた。
- 598 名前:Z 投稿日:2009/05/13(水) 07:30
-
- 599 名前:Z 投稿日:2009/05/13(水) 07:30
- 本日の更新終了です。
- 600 名前:Z 投稿日:2009/05/13(水) 07:30
-
- 601 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:11
- 「あれ、ちぃ」
雅は、ほっそりとした身体に長い手足を持つ友人の名前を口にした。
「なにやってんの、みや」
クラスメイトでもあり、寄り道の相手でもある千奈美が隣へやってきて、雅の肩をばしばしと叩く。
千奈美のいつもと変わらない陽気な声と笑顔に、桃子との会話を続けることが出来なくなり、雅は千奈美の方を向いた。
「そっちこそ、なにやってんの。テスト勉強は?」
「その言葉、そっくりそのままみやに返す」
雅の言葉に千奈美が肩を竦める。
それを見て、雅は千奈美の背中をばしんと叩いた。
「うちは……。まあ、息抜きってヤツかな。で、ちぃは?」
「同じ、同じ。息抜きしてんの」
「ちぃ、一人?」
「ううん。熊井ちゃんと待ち合わせ」
千奈美の、そして雅の友人でもある友理奈の名前に、雅は辺りを見回す。
けれど、どんな人混みの中でも頭一つ飛び出ていて、目印になるぐらい目立つ友理奈の姿はどこにも見つからない。
雅はまだ来ていないのかと千奈美に尋ねようとしたが、それよりも早く桃子から服の裾を引っ張られた。
- 602 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:14
- 「熊井ちゃんって、あの熊井ちゃん?それにこのちぃって人は、あのちぃ?」
そう言えば桃子に千奈美と友理奈の話しをしたことがあったと、雅は思い出す。
桃子の顔を見ると、興味津々と言った様子で千奈美を眺めていた。
嫌な予感がする。
桃子が必要以上に興味を持つとろくな事がない。
それに、千奈美も小さな事を大ごとにしてしまう性格だ。
この二人が一緒にいるという時点で、良いことが起こるとは思えない。
何か起こるとすれば悪いことだ。
二人が雅の心の中を覗くことが出来たら怒り出しそうなことを考えながら、雅は桃子に小さく頷く。
そして、桃子の姿を自分の背中で隠した。
出来れば、桃子の存在に気がつかれないうちに、この場を立ち去りたい。
厄介なことが起こって、それに巻き込まれるのは御免だ。
だが、厄介ごとに好かれる体質にでもなっているのか、雅が聞きたくない一言を千奈美が口にした。
「その子、みやの友達?」
千奈美の明るい声に悪気はない。
そもそも、雅の思惑など知りようもないのだから、千奈美には悪意の込めようもないだろう。
いくら小さいとはいえ、人間の姿をしている桃子はそれなりの大きさがあるから、隠しても無駄だったということで、雅は仕方なく背中へ隠した桃子を隣に立たせた。
「あ、えーと。従姉妹」
以前にも桃子のことを従姉妹と紹介したことがあった。
あの時は、雅のことを良く知っている梨沙子が相手だったと言うこともあって、従姉妹という説明になかなか納得してもらえなかったが、今回は大丈夫なはずだ。
雅の親戚関係など千奈美が知っているわけがない。
- 603 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:15
- 「初めまして。石川桃子です」
「あ、どうも。徳永千奈美です」
千奈美が問題なく、雅の説明を受け入れる。
「従姉妹かあ。みやと似てないね。って、従姉妹だから、そんなに似てるわけないか」
まじまじと桃子を見て、千奈美が言った。
桃子の方も相変わらず興味深そうに千奈美を見ている。
このまま何事も起こりませんように。
雅は祈りながら、千奈美に声をかける。
「ちぃ、どこで熊井ちゃんと待ち合わせしてるの?」
いつもなら、千奈美とどこかへ行こうかという話の流れになる。
けれど、今はそんな流れになってもらっては困るのだ。
友理奈と待ち合わせをしているなら、早くその待ち合わせ場所へ行って欲しい。
もしも、この店が待ち合わせ場所なら、早く立ち去りたい。
友人相手に酷い話しだが、梨沙子が桃子に会ったときのような面倒に巻き込まれる前に、事を穏便に処理してしまいたかった。
「あー、えっと。そこ」
長い指が店の外を指していた。
雅は千奈美が指差した先を見る。
そこには見慣れたファーストフード店があった。
- 604 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:17
- 「そっか。時間、大丈夫?」
「あー、やばい。そろそろ行かないと」
鞄の中から携帯を取り出して時間を見ると、待ち合わせの時間が近いのか、千奈美が急に慌てだした。
だが、携帯を片手に駆け出そうとして、ぴたりと動きを止める。
「そうだ!みや。一緒に行かない?」
「でも、邪魔じゃない?」
「邪魔ってなに?」
「いや、なんとなく。悪いかなあって」
千奈美は、たぶん友理奈が好きだ。
友理奈も、たぶん千奈美が好きだ。
思い違いかもしれないが、雅はそう思っている。
だから、千奈美と一緒に行くべきではないような気がする。
そして、それ以上に、雅の周りにいる人間に桃子のことを知られたくなかった。
お互いの利害は一致しているはずだ。
あとは千奈美が大人しく友理奈との待ち合わせ場所へ向かってくれたらそれでいいと思うが、そんな雅の思いもむなしく、千奈美が雅の腕を掴んで引っ張る。
「このお店で騒いでるほうが悪いって」
「それはそうだけど」
雅は引っ張られた腕を自分の方へ引き戻して、抵抗する。
- 605 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:18
- 行こうよ。
行かない。
そんなやり取りを何度か繰り返していると、背中にどんっと何かがぶつかった。
「あ、すみません」
確かに店内で騒いでいる方が迷惑だ。
そんなことを思いながら、雅は振り向く前に反射的に謝る。
けれど、雅の声に応える声は、やけに機嫌の良いものだった。
「みや、あたし。あたし」
「あれ、熊井ちゃん」
振り向いた雅が口にしようとした言葉を千奈美が奪い取る。
「待ち合わせ場所に行こうと思ったんだけどさ、ちぃ見えたから来ちゃった」
にこにこと嬉しそうにそう言ってから、友理奈の視線が千奈美から別の場所へと移る。
視線の先には桃子がいた。
「誰?ちぃの友達?」
「ああ。みやの従姉妹で……」
「石川桃子です」
雅が口にすべき言葉は千奈美に奪われ、さらに桃子に奪われる。
結局、何も喋れずに口をぱくぱくとしている雅の横で、友理奈が丁寧に頭を下げた。
- 606 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:20
- 「あ、熊井友理奈って言います」
ぺこりとお辞儀をされて、つられるように桃子も頭を下げる。
千奈美に続いて、友理奈まで目の前に現れたものだから、桃子の目は好奇心でキラキラ輝いていて、雅は頭を抱えたくなった。
絶対に悪いことが起こる。
それも、きっと雅にとって悪いことだ。
一度マイナス方向へと向かった思考は、もう止めることが出来ない。
残された道は一つで、雅はそれを素早く選び取る。
好奇心の塊と化した桃子の腕を軽く引っ張る。
そして、背の高い二人組に声をかけた。
「うちら、そろそろ行くから」
「なんで?せっかくだし、みやもおいでよ」
「そうそう。ほら、熊井ちゃんもこう言ってるわけだし」
友理奈が誘って、千奈美が同意する。
そのやり取りに桃子の目がさらに輝く。
その様子に雅は、桃子の腕を掴む手に力を入れた。
「いや、二人でいきなよ」
「なに?みや、急いでるの?」
「いそ……」
千奈美に問いかけられたが、雅は言葉の半分も口に出来ない。
後半部分は桃子が答えていた。
- 607 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:21
- 「急いでないよー」
「ももっ!」
「じゃあ、いいじゃん。みや、一緒にいこ」
友理奈に腕を掴まれる。
桃子の腕を掴んでいたはずが、逆に桃子からも腕を掴まれていた。
「行こうよ、みーやん」
弾んだ桃子の声の後に、待ちきれず催促する千奈美の声が続く。
「早く、みや」
「……わかった」
神様なんていない。
桃子と出会ってから何度そんなことを考えただろう。
雅は強引な三人に連れられて、雑貨屋の向かい側にあるファーストフード店へと向かった。
- 608 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:22
-
「それにしても、ちっちゃいねー」
カウンターでジュースとパイを受け取って、席に着くなり友理奈が言った。
言われた相手は、考えるまでもなく四人の中で一番小さな桃子だ。
このメンバーの中で一番背の高い友理奈から見たら、桃子はかなり小さく見えるだろうと雅は思う。
「徳永さんも大きいと思ったけど、熊井さんはそれよりおっきいね」
「まあ、確かに大きいけど、それより石川さんが小さいんだと思う」
「えー!熊井さんが大きすぎるんだって」
「違う違う。石川さんが小さいの」
千奈美の隣へ座った友理奈が手を伸ばして桃子の頭をぽんぽんと叩く。
友理奈の向かい側に座っている桃子はぷうっと頬を膨らませてはいるが、何が嬉しいのか、やけに楽しそうだ。
「いいなあ。小さいのって」
「そう?ももは、もうちょっと大きくなりたかった」
「小さい方が可愛いじゃん」
本当に小さな桃子が羨ましいのか、友理奈が羨望の眼差しで桃子を見つめる。
その隣では、千奈美が黙って紙コップに刺さったストローをくわえていた。
- 609 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:26
- 雑貨屋からここへ来るまで間、桃子と友理奈はずっとこの調子だった。
一番小さな桃子と一番大きな友理奈はどういうわけか馬が合うらしい。
話の中心にあったのは身長のことだったが、初対面とは思えぬ様子で話し込んでいた。
それがいけなかったらしく、千奈美は少し不機嫌で、雅はそんな千奈美を見ていると落ち着かないし、楽しそうな桃子を見ていると何故かいつものように笑えない。
初対面の友理奈に、こんなにも桃子が懐くとは考えてもいなかった。
梨沙子とも初対面だったが、雅をからかおうとした桃子が調子に乗っていたせいか、すぐに打ち解けていた。
だが、今は梨沙子の時とは違う。
にも関わらず、桃子がここまで友理奈を気に入るとは思わなかったし、友理奈が桃子を気に入るとも思わなかった。
今も、小さい大きいと互いを見ながら二人でわいわいと騒いでる。
そんな中、ストローをくわえていた千奈美が、突然話題を変えるように桃子へ問いかけた。
「あのさ。石川さんって中学生?」
「ううん。みーやんのいっこ上」
「え?高校生!?」
それまで不機嫌そうだった千奈美が、それを忘れたかのように大声を上げる。
「そう。二年生」
「うそでしょ?」
平然と答える桃子の正面に座っている友理奈が、千奈美と同じように大声で言った。
その声に桃子が胸を張って答える。
- 610 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:28
- 「ほんと」
「マジで?」
「うん」
桃子は問い返してきた千奈美にも満面の笑みで答えていた。
しかし、桃子の前にいる二人はまだ信じられないというような顔をしている。
二人の気持ちはよくわかる。
雅から見ても、桃子はとても高校生には見えないと思う。
けれど、うさぎである桃子の実際の年齢はわからず、雅は桃子の自己申告を信じるしかないのだ。
それにしても、もう少し信じやすい年齢を言ってくれたらと考えずにはいられないが、梨沙子にも同じ事を告げているのだから、今さら桃子の年齢は変えようもなかった。
「……もしかして敬語、使ったほうがいい?」
信じられないが、本人が言うから信じる。
そんな顔をして、友理奈がぼそりと呟くように言った。
確かに本人がそう言い張るのだから信じるしかないし、雅も今さら桃子の年齢について、とやかく言うつもりはない。
だが、真面目な顔で桃子を見つめている友理奈を見ていると、何だかとても悪いことをしているような気分になってくる。
「いいよ。敬語なんて。もも、高校生になんか見えないもん」
ざわざわと騒がしい店内、雅は少し大きめの声で二人に告げる。
そして、ストローで紙コップの中の液体をかき混ぜると、がらがらと氷が音を鳴らした。
- 611 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:29
- 「ひっどーい!もも、高校生だもん」
どんっとテーブルを叩いて桃子が宣言するが、友理奈はまだ桃子の扱いを決めかねているようだった。
うーんと唸ってから、友理奈が困ったように口を開く。
「じゃあ、敬語?」
「ううん。敬語いらない」
「呼び方は?」
「ももでいいよ」
「えー。でも、なんか。あっ!」
何か閃いたらしい友理奈が両手を叩くと、ぱちんと小気味よい音が響いた。
「ももちって呼んでもいい?」
友理奈が満面の笑みで口にした一言。
その初めて聞く呼び方に、雅の耳がぴくんと反応した。
神経が耳に集まって、店内のざわめきが消える。
友理奈の提案に不思議そうな顔をしている桃子の声が、やけにはっきりと聞こえてきた。
「いいけど。どうして、ももちなの?」
「石川さん、ちっちゃいから。だから、ももとちっちゃいを合わせてももち」
「なんか、それやだー」
「いいじゃん」
「じゃあ、ももも、熊井さんのこと、なんか違う呼び方にしよ」
- 612 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:30
- 桃子のいつもより少し高い声が耳に残る。
隣を見ると、桃子も友理奈と同じようににこにこと笑っていた。
視線を正面へと移す。
すると、いつもお喋りな千奈美が眉間に皺を寄せて黙りこくっている。
厄介なことになりそうだと雅は思う。
いや、もう厄介なことになっているのかもしれない。
雅はふう、と小さく息を吐き出して、前髪をかき上げる。
何気なく額を触って眉間へと指を下ろすと、そこには皺が寄っていた。
眉間の皺を人差し指で伸ばす。
人差し指を顔から離すと、隣から弾んだ声が聞こえてきた。
「決めたっ!くまいちょーって呼ぶ」
「なんで?」
「ちょーってつけたら、なんか大きいっていうか、長い感じがするじゃん」
「それって、でっかい熊井ってこと?」
「そうそう」
「えー!それ、なんかやだ。やめようよ」
「そんなこと言ったらももも、やだもん」
「でもさ、ももちって、なんか可愛くない?」
「うーん。そう?」
「絶対可愛いって」
「じゃあ、ももちでいいかな」
くすくすと笑いながら桃子が答える。
雅は横目でちらりと桃子を見た。
- 613 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:32
- ほころんだ口元。
細められた目。
嬉しそうに笑う顔は照れているようにも見えた。
それは、雅にまとわりついている時の甘えたような表情とは違った。
そして、よく見る拗ねている時とも違う。
今まで見たことのなかった表情だ。
石川はこの顔を知っているのだろうか。
ふとそんなことが頭をよぎる。
けれど、雅は頭を軽く振って、その考えを追い払う。
さっきから桃子のことを少し気にしすぎている。
いくら桃子の今の飼い主が自分だからといって、桃子の表情まで雅の好きに出来るわけではないのだ。
頭を冷やした方が良いのかもしれない。
「あのね、くまいちょーって呼び方も可愛いと思うよ。だから、くまいちょーって呼んでいい?」
「しょーがないなあ」
雅も千奈美も友理奈のことは「熊井ちゃん」と呼んでいる。
桃子以外には「くまいちょー」と呼ぶ人はいない。
思い返せば、雅が人間の桃子と初めて会った時も、桃子は雅に桃子だけの呼び名を付けた。
桃子は、こういったことが好きなのかもしれない。
だから、大したことじゃない。
- 614 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:33
- そこまで考えて、雅は自嘲気味に笑う。
呼び名一つで、そんなことまで考える必要はなかった。
大したことじゃないなどと思おうとすることが、大したことだった。
目の前では、友理奈が楽しそうに桃子と話し続けている。
そして、千奈美がそれを不機嫌そうに見ていた。
雅も楽しそうな桃子を見ていると何だか胸の辺りがざわつく。
氷の入った紙コップをストローでかき混ぜる。
氷が溶けてきたのか、ガラガラと鳴る音がさっきよりも小さくなっていた。
何故、桃子が千奈美にではなく友理奈に懐くのか。
背の高さが問題なのかと思って、大きく伸びをしてみる。
けれど、そんなことでは何も変わらない。
雅は小さくため息をついて、ジュースを飲み干した。
- 615 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:34
-
ファーストフード店には一時間もいなかった。
さすがに千奈美に悪くて、雅は頃合いを見計らって、ファーストフード店から逃げるように雑貨屋へと戻ってきた。
「気に入ったの?熊井ちゃんのこと」
大きなうさぎのぬいぐるみがあった棚の前で、桃子に問いかける。
「うん。大きくてカッコイイ。なんか、本に載ってる人みたい」
「モデルみたいってこと?」
「そうそう、それっ!」
嬉しそうな声が店内に響く。
その声が予想以上に大きくて、雅は桃子の服を引っ張った。
「なんか、優しそうだし」
桃子の声が少しだけ小さなものになる。
だが、雅は柔らかな声に引っ張った服を離せない。
手の中にある薄いピンク色の生地は、皺になっているに違いなかった。
- 616 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:36
- 「ちぃは?」
「徳永さんもモデルみたい。くまいちょーみたいに大きくないし、ちょっとうるさいけど」
「ちぃが聞いたら怒るよ、それ」
「みーやんが言わなきゃわかんないよ」
「ちぃに伝えとく」
「えー!絶対に内緒!」
桃子が人差し指を唇へ押しつけて、もう一度「内緒だよ?」と低い声で言った。
雅は引っ張っていた服を離して、小さく頷く。
すると、桃子が満足そうに笑って、うさぎのぬいぐるみを手に取った。
それはこの店に来たばかりの時に、抱きかかえていたぬいぐるみだった。
「みーやんの友達って、みんな格好良かったり可愛かったりするんだね」
「……うちは?」
雅から少し離れて、桃子が考え込む様な顔をする。
そして、うーんと唸ってから、あっさりと言った。
「モデルではないと思う」
その答えを聞いて、雅は桃子にくるりと背を向けた。
桃子が素直に雅のことを褒めるとは思えなかったから、予想通りの答えだ。
「あー、でもっ!みーやんは綺麗だと思う。ほんとに、そう思う」
後ろから焦った様な声が聞こえてくる。
- 617 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:37
- 「もう、美味しもの買ってあげない」
「えー!?買ってよぉ」
「やだ」
「みーやん、綺麗!美人!超カッコイイ!」
「もう、遅い!熊井ちゃんとちぃの方が、カッコイイって思ってるくせに」
本気で友理奈や千奈美と比べて欲しいと思っているわけではない。
それなのに、口から次々と出てくる言葉が止まらなかった。
雅自身、何がしたいのかよくわからない。
「そんなことないってっ。みーやんが一番だよ!」
桃子が雅の背中にぺたりと張り付く。
それでも振り向かずにいると、脇腹を突かれた。
「……怒ってるの?」
「怒ってないよ」
問いかけてくる声があまりに頼りない声で、雅は振り向いて、桃子が抱えているぬいぐるみを指差した。
「これ、欲しい?」
「ううん」
「買ってあげようか?」
「……買ってくれるの?」
「小さいほうね」
大きなぬいぐるみは、雅が買うにはゼロが一つ多い。
雅は桃子が抱えているぬいぐるみを棚へ戻すと、同じ棚からそれと同じ種類の小さなうさぎを手に取った。
- 618 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 2 − 投稿日:2009/05/19(火) 04:40
- そして、その手の平サイズの小さなうさぎを一つ、レジへ持っていく。
ラッピングをされたうさぎを渡すと、桃子が雅に飛びついた。
それはいつもと何も変わらない行動だった。
だが、雅は相変わらず胸の辺りがざわついていた。
それは、雅だけが全てである部屋の中とは違う外の世界で、桃子が目を輝かせているからかもしれない。
桃子が自分で見つけてくるもの。
雅が与えたものではない、別の何か。
外へ出れば人も物も何もかも、桃子は自由に選び取ることが出来る。
こうして外へ出るということは、桃子に選択肢が増えるということらしい。
雅は、やっとそんなことに気がついた。
外へ出ることによって、広がっていく桃子の世界。
それは悪いことではないし、好奇心旺盛な桃子が雅以外のことに興味を持てば、雅にべったりと甘えてばかりの桃子も変わるかもしれない。
そうなれば、学校以外の時間のほとんどを桃子の為に使っている今に比べると、少しは楽になるはずだ。
もっと自分の時間が増えて、出来ることも増える。
けれど、雅にはそれが少し嬉しくて、少し悲しく思える。
雅は隣を見る。
桃子は雅の思惑など関係ないというように、ラッピングされたぬいぐるみを眺めていた。
- 619 名前:Z 投稿日:2009/05/19(火) 04:40
-
- 620 名前:Z 投稿日:2009/05/19(火) 04:40
- 本日の更新終了です。
- 621 名前:Z 投稿日:2009/05/19(火) 04:40
-
- 622 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 12:35
- みやに心境の変化が出てきてますね。
石川さんの出番も来るのかな????????????
- 623 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2009/07/28(火) 00:52
-
小さなうさぎの大きな出会い − 3 −
- 624 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 00:54
- 休み明けの授業は眠くて仕方がない。
月曜日はいつも時間が長く感じる。
だが、それもあと五分だ。
あと五分我慢すれば、眠たい授業が終わって家へ帰ることが出来る。
雅は欠伸を噛み殺しながら、黒板の文字をノートへ書き写す。
教壇の上では先生が教科書に書かれている数式について説明していたが、頭にまったく入ってこない。
それどころか時間が気になって、黒板でも教科書でもなく時計を何度も見る。
あと二分。
あと一分。
時計の針が進むたびに目が冴えてくる。
終了一分前になると、あんなに眠かったのが嘘のように頭の中がすっきりとした。
そして、待ちに待ったチャイムが鳴ると、スカートのポケットにしまってあった携帯がぶるると震えた。
先生が教室から出ていくのを待って携帯を開くと、友理奈からメールが届いていた。
何だろう、と思うより先に桃子の顔が浮かんで、雅は少しだけ嫌な気分になる。
だが、メールを無視するわけにもいかず、浮かない気分のまま友理奈からのメールを読んでみる。
- 625 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 00:56
- 『ちぃよりも先に校門に来て』
メールに書かれていたのは、そんな短い文章だった。
雅はメールに気がつかなければ良かったと思う。
友理奈は千奈美と一緒に帰る為に、よくこの学校の校門前まで来ていた。
その友理奈が千奈美より先に校門に来てくれと雅を呼び出すのだから、千奈美に聞かれたくないような話があるに違いない。
話はきっと桃子のことだろう。
土曜日、友理奈はどういうわけか桃子と意気投合していたし、今まで友理奈からこんなメールをもらったことはなかった。
雅は携帯をぱたんと閉じる。
友理奈からのメールは見なかったことにしよう。
そんな考えが頭に浮かぶ。
今の雅は、友理奈に桃子の話をしたいとは思えなかった。
- 626 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 00:59
- 人間の桃子に会ったことがあるのは、梨沙子、友理奈、千奈美の三人だ。
桃子はいつだって好奇心旺盛で、三人に会った時も興味津々といった様子ではしゃいでいた。
だが、雅には友理奈に対する興味の示し方が他の二人とは違ったように感じられた。
どこがどう違うのかと聞かれても、感覚的なものではっきりと答えられない。
答えられないが、その違いが雅の気持ちを少し沈ませる。
土曜日も、家へ帰ってから何だかもやもやとしてすっきりしなかった。
それに、友理奈と二人で話しているところを千奈美に見つかったら、厄介なことになるだろう。
三人で入ったファーストフード店、桃子とばかり話している友理奈を見ていた千奈美の目が怖かった。
いつもなら千奈美は友理奈といると、雅が見てもわかるほど上機嫌なのにあの日は違ったのだ。
桃子に興味を持っているなどと知ったら、どうなるかわからない。
月曜日と言うだけで憂鬱なのに、友理奈のメールのせいでさらに憂鬱になってくる。
それでも、メールを見てしまった事実をなかったことにするのは友理奈に悪い。
見てしまったのだから、行くしかなかった。
友理奈の話も、桃子のことではなくて、もっと違ったことかもしれない。
雅はいつもなら机の中へ残して帰る教科書を、のろのろと鞄の中へ詰め込む。
期末テストが一週間後に迫っている今、教科書を置いて帰るわけにはいかない。
テスト前以外は薄っぺらな鞄をパンパンにした頃、担任の先生が騒がしく教室へ入ってきて、教壇の上であれこれ注意を始める。
雅はそれを聞き流して、窓の外を見る。
校門前に友理奈がいなければいいなと思う。
- 627 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 01:01
- 先生の話は思ったよりも長かったが、よそ見を注意されることなくホームルームが終わった。
雅は後ろの席に座っている千奈美に告げる。
「ちぃ、ごめん。今日は先に帰る」
「えー、なんか用事?」
「うん、ちょっと急いでる」
急ぎたくはないが、急がなければならない。
重たい鞄を掴んで、雅は教室を飛び出す。
パタパタと足音を鳴らしながら廊下を走って、昇降口を目指す。
全速力で走るような気分ではなく、鞄と同じように重い足を機械的に動かして廊下を曲がると、何かにぶつかりそうになった。
きゅきゅっと靴を鳴らして止まると、聞き慣れた声に名前を呼ばれる。
「ちょっと、みや!」
目の前には、プリントの束を抱えた佐紀が怖い顔をして立っていた。
短い髪に、小さな身体。
桃子を思わせる身長に、気分がさらに重くなる。
- 628 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 01:02
- 「佐紀ちゃん。ごめん」
「謝るぐらいなら、最初から廊下を走らない」
風紀委員らしい物言いに、雅はもう一度「ごめん」と頭を下げた。
放課後、毎日のように教室に居残っている雅と千奈美を追い出しにやってくる佐紀とは随分仲良くなっていたが、風紀を乱す行動は見逃してもらえないらしい。
「でも、ちょっと今、急いでて」
「急いでても、だめ。ちゃんと歩いて行く!わかった?」
「はーい」
本当は急ぎたいわけではなかったから、雅は有り難い言葉に従う。
だが、歩き始めてすぐに気がつく。
友理奈が来るよりも早く校門に向かって、いなかったと言って先に帰ってしまえばどうだろう。
先に帰った言い訳は、用事があったからとでもメールをして誤魔化しておけばいい。
そんな考えが頭に浮かんで、雅はまた廊下を走り出す。
- 629 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 01:04
- 「って、こらぁ!夏焼、廊下を走るなー!」
「ごめん。今日だけ見逃してっ」
後ろから聞こえてくる風紀を乱すような大声に振り向かずに答えて、昇降口へ出る。
靴を履くが早いか駆け出して、自転車置き場へ向かう。
ずらっと並んだ自転車の中から自分のものを見つけ出し、カゴへ鞄を突っ込んで、自転車へ飛び乗る。
校門へ向かって自転車を走らせると、会いたくない人物がそこにいた。
すらりと高い背に、遠目からでも友理奈とわかる。
雅は仕方なく自転車から降りて、校門の前まで歩いた。
「みや」
門に寄り掛かった友理奈から、ぶん、と手を振られて、手を振り返す。
友理奈の笑顔にため息を付きながら、雅は足を止めた。
「熊井ちゃん。今日、早いね」
「学校早く終わったし、ダッシュで来た」
「そっか。メール見たけど、何の用?」
「ももちのことなんだけどさ」
「もものこと?」
「うん」
外れて欲しい予想が当たる。
友理奈の話はやはり桃子のことで、これ以上話を聞きたくない。
雅は八つ当たり気味に、自転車のタイヤを軽く蹴る。
- 630 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 01:06
- 「今度、会わせてくれない?」
「……どうして?」
問いかける声が低くなる。
友理奈の口から桃子の名前が出ると、桃子が嬉しそうに友理奈の話をしていた時のことが頭をよぎる。
友理奈に会った後の桃子を見ていた時は、雅だけが世界の全てだった桃子が、外の世界に興味を持ったことが寂しいのだと思った。
懐いているペットが、他の人にも尻尾を振るところを見た飼い主の気分。
そんな感情だと、自分の気持ちを片づけようとしていた。
だが、友理奈から桃子のことを言われるとむしゃくしゃとする。
べったりと甘えてくる桃子に苛々とすることも多いのに、こんな風に感じる自分が不思議だった。
「どうしてって。ちょっと話したいことあって」
「話したいことって?」
「言わないとだめ?」
「聞く権利なんて、うちにないし」
- 631 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 01:08
- 友理奈が会いたいと言うなら、会わせてやればいい。
そうすれば、人と話すことが大好きな桃子もきっと喜ぶ。
あらかじめ変なことを言わないように言い聞かせておけば、桃子も無茶はしないはずだ。
出会ったばかりの頃に比べれば、桃子も少しは聞き分けが良くなった。
だが、雅は素直にうんと言えない。
まるで聞き分けのない子供のように、友理奈の言葉にいちいち反応してしまう。
そんな雅の不機嫌な声に気がついたのか、友理奈が困ったように頭を掻いた。
「えっと、住所とか携帯の番号とかでもいいんだけど。ももちの許可ないと教えてもらえないよね?」
「勝手に教えるのはちょっとね」
声が冷たくなるのは、自分でも直しようがなかった。
雅は話をそらすように、千奈美の名前を出す。
「熊井ちゃん。ちぃが悲しむよ」
「なんで?」
「なんでって、そんなの決まってるじゃん」
友人の名前を出したのは、桃子のことをこれ以上話したくなかったからだ。
けれど、千奈美が悲しむというのは間違っていないと思う。
雅が見た中で、千奈美が一番嬉しそうに話す相手は友理奈だった。
それに、桃子にばかりかまう友理奈を見ているだけで不機嫌になるのだから、こうして千奈美に内緒で桃子に会いたいと友理奈が言ったと知ったら、きっと悲しむ。
- 632 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 01:09
- 「気にしないよ、ちぃは」
門をぺたんと叩いて、友理奈が言った。
「いや、してると思うけど。この前も結構気にしてたみたいだよ」
「そんなことないって」
「あれから、何もなかった?」
「あれからって?」
「土曜日、ももに会った後」
「別に何もないよ」
友理奈がさらりと答える。
しかし、友理奈は雲のない空を眺めていて、雅を見ようとはしなかった。
まだ暗くなりそうにない空を見たまま、友理奈が言葉を続ける。
「ももちって、どこに住んでるの?」
「うちの近所」
「そっかあ」
「どうしても、ももに会いたいの?」
「出来れば会いたい」
友理奈の視線が空から雅へ移る。
期待を込めた目で見つめられて、雅は何と答えればいいのか迷う。
理由もなく会わせないというのは、あまりにもおかしい。
どうしようかと考えて、出てきた言葉は送られてきたメールについてだった。
- 633 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 01:11
- 「熊井ちゃん。なんで、ちぃに内緒でうちのこと呼び出したの?」
「えーっと、それはさあ。んー」
今まで滑らかに喋っていた友理奈が急に言葉に詰まる。
眉根がぐっと寄せられて、少しだけ目つきが悪くなった。
「熊井ちゃんさ、なんでわざわざここまで来るの?結構、遠回りじゃない?この学校寄ったら」
歯切れの悪い友理奈に、雅は今まで聞かなかったことが不思議な質問をしてみる。
「そうだね。結構、遠い」
「遠いのになんで?」
「歩くのって、健康にいいから」
「それだけ?」
「それだけ。運動しないとさ、太っちゃうし」
わざとらしい口調でそう言って、友理奈が地面を蹴った。
ざっ、と小石が靴底に擦れる音がして、雅は友理奈の足元を見た。
「ちぃのことはもういいじゃん。みや、ももちに連絡取ってくれる?だめ?」
焦れったそうな友理奈の声に、雅は顔を上げる。
ももに伝えておくね。
そう一言言う為に重い口を開こうとすると、背後から声が聞こえた。
- 634 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 01:13
- 「みや、なんでここにいるの?急いでるって言ってたじゃん」
普段なら、教室にいつまでも残っている千奈美が雅の肩を叩く。
「そ、そうなんだけどさ。ここ通ったら、熊井ちゃんにばったり会っちゃって。ねえ、熊井ちゃん」
千奈美がこんなにも早く教室を出てくるとは思っていなかったから、上手く言葉が出なかった。
とりあえず友理奈に話を振って、千奈美の視線から目をそらす。
「うん、そう」
「へえ、そうなんだ?」
友理奈のあっさりとした言葉に、千奈美が疑いの眼差しを向ける。
けれど、友理奈は気にしていないようだった。
「みや、急いでるなら早く行かないと」
「あ、うん」
千奈美がやけに明るい声で雅を急かす。
その声に押されるように自転車に乗ると、千奈美が雅の背中を叩いた。
自転車はゆっくりと動きだし、雅は振り返って二人に手を振る。
結局、友理奈にはっきりとした答えを出さないまま、雅は自転車を漕ぎ出した。
- 635 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 01:16
-
いつもより自転車を漕ぐ足が重かったが、家まで普段と変わらない時間で帰り着いた。
階段を駆け上がって、部屋へ入るなり、重たい鞄をベッドの上へ放り投げる。
そして、ケージを見ると桃子は中にいなかった。
最近、雅は桃子をケージの中へ閉じ込めておくのも可哀想だと思って、ケージの蓋を開けたまま学校へ行くようになっていた。
だから、家へ帰ってきても、ケージの中に桃子がいないことも多い。
雅が帰ってくると、桃子はテレビを見ていることもあったし、部屋の扉を開けると同時に飛びついてくることもあった。
だが、今日は飛びついても来ないし、テレビもついていない。
どこへ行ったのかと部屋の中を見回すと、クッションの上、桃子がこの間雅が買ってやったうさぎのぬいぐるみを枕に眠っていた。
すやすやと眠っている桃子に思わず頬が緩む。
こうして静かに眠っていると、本当にどこにでもいるうさぎと変わらず、とても可愛く見える。
ふわふわの毛に手を伸ばして桃子を一撫ですると、突然携帯が鳴って、雅は慌ててポケットを押さえた。
桃子が眠っているのを確かめてから、ポケットから携帯を取り出す。
ベッドの上に座って通話ボタンを押すと、沈んだ千奈美の声が携帯から聞こえてきた。
- 636 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 01:18
- 「ちぃ、どうしたの?」
「あのさー、熊井ちゃん。……変じゃなかった?」
「変って?」
「なんかさ、土曜日にみやと会ってからおかしいんだよね。でも、熊井ちゃんに聞いても何も言わないし」
やっぱり、と雅は思う。
千奈美が桃子のことを気にしていないわけがない。
「みや。さっき、熊井ちゃんとなに話してた?」
「別に何も」
「ももって子のこと、なんか言ってなかった?」
「ううん。何も言ってないよ」
まさか桃子に会いたいと言っていたとは言えない。
千奈美に悪いと思うが、本当のことは黙っておくしかなかった。
けれど、千奈美もそれを簡単には信じない。
「ほんとに?なんかさ、熊井ちゃん。あの子のこと気にしてるみたいなんだよね」
「気にすることないって。熊井ちゃん、いつもの通りだったよ」
「そっか。ならいいんだけど」
納得したとは言い難い声で千奈美が言った。
自分でもすぐにわかる嘘だと思ったが、雅には他に何と言えばいいのかわからなかった。
- 637 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 01:20
- 携帯の向こうから、がさがさと何かを弄ぶ音がする。
千奈美は何も言わない。
雅も何も言えずにいると、携帯から「ふう」と小さく息を吐き出す音が聞こえた。
「ね、ちぃ」
沈黙に耐えきれず、雅は口を開く。
「んー?」
「熊井ちゃんのこと……」
続く言葉を息と一緒に飲み込む。
また沈黙が続いて、桃子に目をやると、ぺたんと寝ていた耳がぴんと立った。
眠そうに前足で目を擦って、桃子が伸びをする。
「なんでもないや」
飲み込んだ言葉は、喉の奥から出てこなかった。
雅は目を覚ました桃子を抱き上げ、二言、三言話してから、携帯を切る。
腕の中に収まった桃子が早速もぞもぞ動き出して、前足を伸ばしてくる。
- 638 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 3 − 投稿日:2009/07/28(火) 01:22
- 気に入らない。
そんなことを唐突に思って、腕の中の桃子を見た。
友理奈が桃子を気に入るから、千奈美の様子がおかしくなる。
雅には、寝ている時ぐらいしか静かな時間がない桃子のどこが良いのかわからない。
友理奈が桃子を気に入るのは友理奈の勝手だが、面倒なことに巻き込まれるのは御免だ。
桃子のせいで、友理奈におかしなことを頼まれることになった。
友理奈のせいで、千奈美に嘘を付くことになった。
雅は色々なことが気に入らなくて、面倒になって、友理奈と千奈美が付き合えばいいのにと、今まで以上に思った。
- 639 名前:Z 投稿日:2009/07/28(火) 01:23
-
- 640 名前:Z 投稿日:2009/07/28(火) 01:23
- 本日の更新終了です。
- 641 名前:Z 投稿日:2009/07/28(火) 01:25
- >>622さん
そうですね。変化があったりなかったり。
石川さんの出番は……。
秘密ですw
- 642 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2009/07/31(金) 06:43
-
小さなうさぎの大きな出会い − 4 −
- 643 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 06:46
- 早めの夕食をとって、部屋へ戻る。
階段をとんとんと登って自室の前へ立つと、中からテレビの音が聞こえてきた。
扉を開けると、うさぎの桃子がテレビの前に座っていた。
「もも」
ふわふわした毛で覆われた背中へ声をかける。
けれど、桃子はまだ機嫌が悪いらしく、振り向こうともしなかった。
桃子が不機嫌な理由はわかっている。
携帯で千奈美と話した後、眠りから覚めた桃子にキスをしなかったから拗ねているのだ。
雅は人間になりたがる桃子にキスをねだられたが、虫の居所が悪かったからそれを無視した。
そして、つきまとおうとする桃子を部屋に閉じ込め、リビングへと向かった。
自分の周りで起こる出来事の全てが煩わしくて、桃子の相手をするような気分ではなかったし、人間になった桃子を見ると思い出したくないことを思い出しそうで、うさぎのままでいて欲しかったのだ。
- 644 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 06:49
- 今もまだ人間の桃子には会いたくない。
しかし、機嫌の悪い桃子と一緒にいるのも落ち着かない。
それに、うさぎの姿をした桃子が拗ねたり、怒っていたりすると、雅の方が酷く悪いことをしたような気分になる。
小動物は得だ。
外見の可憐さに騙される。
雅は仕方なく、機嫌を取るように桃子の背中を撫でてみるが、桃子はやはり振り向かなかった。
桃子の機嫌はかなり悪いようだった。
テレビのボリュームも機嫌の悪さを表している。
下の階にいる母親が文句を言ってきそうなほど、大きい。
雅は床の上に転がっているリモコンを手に取ると、流行のお笑い芸人が喋り続けるテレビを消した。
消せば、桃子の機嫌がさらに悪くなることはわかりきっていたが、このまま桃子とテレビを見るような気分でもなかったし、このボリュームでテレビを流し続けて、母親が部屋へ乗り込んできても厄介だ。
テレビを消したせいか、桃子が後ろ足で床を叩き始める。
部屋に響くその音が耳障りで、雅はふてくされている桃子を抱き上げる。
すると、当然のように桃子が身体を伸ばして、雅の唇に触れようとした。
反射的に顔をそらすと、前足で胸元を叩かれた。
- 645 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 06:55
- 桃子を見ると、もっと雅に近づこうと小さな身体を精一杯伸ばしていた。
雅が諦めて顔を近づけると、すぐに唇に慣れた感触がして、聞き慣れた音がする。
そして、一瞬のうちに人間の桃子が目の前に現れた。
裸のまま桃子が雅に向かってべーっと舌を出し、クッションの上に置かれていたうさぎのぬいぐるみを手に取り、キスをする。
ぬいぐるみを桃子に買い与えてから、それは欠かさず行われていることで、雅はこんなに機嫌が悪くても当たり前のようにぬいぐるみにキスをする桃子がおかしくて、無意識のうちに笑ってしまう。
それがまた気に障ったようで、桃子が乱暴にタンスを開けた。
桃子を見ていると友理奈や千奈美のことが頭をよぎって複雑な気分になる。
だが、うさぎのまま騒ぎ続けられてもやはり落ち着かないだろうから、桃子の姿はどちらでも変わらないと思うことにした。
「機嫌直してよ」
ばさばさと音を立てて服を着る桃子に声をかけるが、反応がない。
雅は随分と譲歩しているつもりだ。
だが、桃子は振り向きもしないし、返事をするわけでもない。
その態度に苛々として、背中目がけてクッションを投げつけると、桃子の身体に見事に命中して、服を着終えた桃子が振り返った。
むすっとした顔に、何もこちらから機嫌を取る必要はないと思うが、狭い部屋の中で、喧嘩をしたような状況が続くのは過ごしにくくて仕方がない。
- 646 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 06:58
- 「アイス、食べる?」
とりあえず、手っ取り早く機嫌を取れそうなものを口にする。
さすがに時間をかけて、桃子の機嫌を取ろうとは思えない。
「……食べたい」
ぼそりと桃子が答える。
「じゃあ、ちょっとコンビニ行ってくる」
「あ、ももも一緒に行きたい」
「だーめ。ももはお留守番」
「一緒に連れてってよっ」
財布が入った鞄を取ろうとすると、桃子が背中にぺたりと張り付いてくる。
雅は背中に桃子を張り付けたまま鞄を手に取り、腰に巻き付いた桃子の腕を強引に剥がした。
すると、後ろから甘えるような声が聞こえてきた。
- 647 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 06:59
- 「お散歩、お散歩。お散歩行きたい」
ついさっきまで仏頂面をしていたとは思えない桃子の反応に雅は苦笑する。
「この前、行ったばっかじゃん」
「それでも、行きたいもん」
「今日はだめ」
ぴしゃりと言って、桃子から身体を離すと不満げな声が聞こえてくる。
「みーやんの友達はみんな優しいのに、みーやんは優しくない」
その言葉に、カチンとくる。
雅としては、最大限の努力をしていた。
いつまでも機嫌を直さない桃子に自分から折れて、機嫌を取る。
そんなことは、他の誰にもしないことだ。
桃子のことを怒りはするが、それはお互い様で雅だけが責められる謂われはない。
「優しいよ、うちは」
「じゃあ、連れてって」
一瞬、桃子をまた部屋に閉じ込めて出かけようかと考えたが、思い直す。
そんなことをすれば、機嫌を取る為にアイスクリームを買いに行くのに、それが無駄になりそうだった。
- 648 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:02
- 「わかった。そのかわり、玄関出るまで静かにしててよ」
「うんっ」
精一杯優しくして、優しくないと言われるのは癪に障る。
雅は渋々ながらも、桃子を連れて行くことに決める。
話をしているうちに、桃子の言う通りになるのはいつものことだった。
桃子を連れて足音を立てないようにこっそりと階段を降り、玄関を出る。
外へ出ると、夕飯を食べるまで明るかった空は、かなり薄暗くなっていた。
蝉の声が聞こえていた夕方とは違い、どこからか蛙の声が聞こえてくる。
桃子と手を繋ぎ、げこげこと微かに聞こえてくる蛙の声のリズムに合わせるように歩いて、梨沙子の家の前を通る。
こんなところを梨沙子に見られたら、何を言われるかわからないと雅は思う。
梨沙子は昔から、雅が一緒にいる相手を気にするところがあった。
桃子のことは梨沙子も知ってはいるが、手を繋いで歩いているところなど見られたら、きっと機嫌を損ねるに違いない。
気がつけば、早足になっていて、雅は桃子を引っ張るようにして歩いていた。
夜が近いというのに、蒸し暑くて額に汗が浮かぶ。
- 649 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:04
- 流れる汗も気にせずに、ぐいぐいと桃子を引っ張って歩いていると、不意に汗ばんだ手をぎゅっと握られる。
桃子を見ると、不思議そうな顔をしていた。
「早くアイス買って、食べよう」
そう言うと、納得したように桃子が笑った。
繋いだ手を桃子がぶんぶんと振る。
それに逆らうことなく雅も腕を振って、梨沙子の家から離れていく。
雅はコンビニの近くまで来てから、ようやく歩調を緩めた。
桃子も雅に合わせてさっきよりもゆっくり歩く。
面倒な相手に会わずにすんだ。
ほっとして、雅は「ふう」と息を吐き出そうとする。
けれど、その息は吐き出されることはなく、飲み込むことになった。
- 650 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:06
- 「……熊井ちゃん」
コンビニまであと少し。
そんな場所で、数時間前会ったばかりの友理奈が雅を見つけて手を振っていた。
「みや、良かった。今から、みやの家に行くところだったんだ」
雅が数歩歩く間に友理奈が駆け寄ってきて、弾んだ声で言った。
そして、雅の隣にいる桃子に小さく手を振った。
「あー、くまいちょーだ。やっほー」
桃子が友理奈と同じように弾んだ声を出す。
その声がやけに嬉しそうに聞こえて、雅は繋いでいた手を離した。
だが、桃子はそんなことにも気がつかないようで、背の高い友理奈を見上げていた。
「やっほ。ももち」
にこにこと友理奈が笑う。
それが何だか気に障って、友理奈にかける声が棘のあるものになった。
- 651 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:08
- 「もしかして、ももに会いに来た?」
友理奈が驚くというよりは、困惑した表情で雅を見る。
「うちに、会いに来たわけじゃないよね。熊井ちゃん」
確認するように問いかけると、一度桃子を見てから友理奈が言った。
「うん。ももちに」
「うち、ももと一緒に住んでるわけじゃないよ?」
「でも、近所なんでしょ?」
「そうだけど」
「だから、みやの家に行けばもしかして会えるかなって思って。会えなくても、みやに連絡取ってもらおうと思った」
「うちにも、ももにも会えなかったらどうするつもりだったの?」
「会えなかったら、その時は仕方ないなあって諦める」
きっぱりと言い切って、友理奈は桃子に身体を向ける。
明らかに自分だけ蚊帳の外になって、雅は目的地であったはずのコンビニを見た。
薄暗くなった街中、コンビニの看板が煌々と輝いていて目が痛い。
- 652 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:10
- 「あの、くまいちょー。ももになにか用があるの?」
興味津々といった様子を隠さず、桃子が話しかける。
「うん。この前、言い忘れたことあってさ。だから、ちょっと会いたかったんだ」
「ももに?」
「そう」
一度短く区切って、友理奈が言葉を続けた。
「会いたくなかった?」
その声が不安げに聞こえて、雅はコンビニの看板から友理奈へと視線を移した。
背の高い友理奈を見上げると、眉を寄せ、桃子の顔色を窺うように見ていた。
「ううん。会えて嬉しいよ。もも、お話するの好きだから」
「良かった」
見ている方が照れるような顔をして、友理奈が笑う。
雅は友理奈を見ていられなくなって、目をそらした。
- 653 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:11
- 「あのね、さっきも言ったけど、ももちに言い忘れてたことあるんだ」
「なに?」
「えっと、友達になって」
雅がまたコンビニの看板を見ていると、まるで教育テレビのドラマにでも出てきそうな台詞が聞こえてきた。
わざわざ桃子に会ってまで言いたかったことがこんなことだったとは思わず、雅は友理奈へ視線を戻す。
小学生のような台詞は大真面目に言われたもののようで、友理奈の顔は真剣そのものだった。
「くまいちょーと?」
「うん。ももちと友達になりたいなって思って。それ、この前言い忘れちゃって」
「いいよ。ももも、くまいちょーとお友達になりたかったから」
二人の話を聞いていると、小学生の会話を聞いているような気分になってくる。
けれど、二人は至って真面目らしい。
特に桃子は目をキラキラと輝かせていた。
二人のやり取りを聞いて、馬鹿馬鹿しいと雅は思う。
だが、嬉しそうに友理奈を見上げている桃子を見ていると、胸がざわついて仕方がない。
- 654 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:13
- 「ほんと?友達になってくれるの?」
「うんっ」
桃子がぴょんと友理奈に抱きつく。
抱きつかれた友理奈は一瞬驚いた顔をして、それから桃子の肩へ顔を埋めてほっとしたように言った。
「よかったー。断られたら、どうしようかと思った」
雅に懐いているはずの桃子は今、雅を見もしない。
それどころか、友理奈に抱きついて笑っている。
友理奈も桃子の肩へ顔を埋めて、雅などいないかのようだ。
このシーンだけを見ていると、誰が桃子の飼い主かわからなかった。
「断ったりしないよぉ」
「そっか。ほんと、良かった」
桃子の甘えた声が聞こえて、友理奈が顔を上げて空を見上げた。
ふう、と大きく息を吐き出してから、友理奈が抱きついている桃子の肩を叩いた。
- 655 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:14
- 「用事、それだけだから。今日はもう帰るね」
「もう帰っちゃうの?」
「うん。お母さん、心配するし」
桃子から離れて、友理奈が鞄の中を探る。
「これあげる」
「これなに?」
「家に帰ったら開けてみて。この前の店で買ったんだ」
「ありがとうっ」
桃子が差し出された小さな袋を受け取る。
それは確かに、土曜日に行った店で使っている袋だった。
友理奈は桃子に袋を渡すと、手を振って雅の家とは逆の方向へ歩き出した。
雅と桃子はその背中を見送って、コンビニへ入る。
アイスクリームを二人で選んで、会計を済ませて外へ出ると、来た道とは違い、手は繋がずに家へと急ぐ。
桃子の手を握っていた雅の手には、アイスクリームが入った袋が握られている。
雅の手を握っていた桃子の手には、友理奈からもらった袋が握られていた。
- 656 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:15
- 「友達、出来た!」
「よかったね」
雅は弾んだ桃子の声とは対照的に素っ気なく答える。
「嬉しい?」
「うんっ」
コンビニへ向かっていた時よりも、桃子の機嫌は遙かに良いようだった。
反対に雅の機嫌は、さっきよりも遙かに悪い。
雅は自然と足が速くなる。
「早く帰ろう。アイス溶けちゃう」
二人の距離が少し開く。
だが、雅は桃子を待つことなく、大きな歩幅で家へと向かった。
- 657 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:17
-
家に帰ると、桃子はアイスクリームよりも先に友理奈からもらった袋を開けた。
「あー、うさぎのストラップだ!」
「よかったね」
「これさ、これさっ!もものケージにつけて」
はしゃいだ声と共にストラップを押しつけられて、雅はそれを乱暴にケージへ括り付けた。
本来ならば携帯に取り付けられるはずのストラップが、ケージの外でゆらりと揺れる。
小さなうさぎのマスコットがケージに当たって、カシャンと小さな音を立てた。
「ねえ、もも。友達になってって言ったのが、ちぃでも嬉しかった?」
雅は桃子に背を向けたまま問いかける。
「そりゃあ、嬉しいよ」
「熊井ちゃんとどっちが嬉しい?」
「どっちも嬉しい」
当たり前だと言わんばかりの声で言われて、雅は桃子の隣に座り込む。
アイスクリームを袋から取り出して、ピンク色のカップを桃子に手渡した。
- 658 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:18
- 「梨沙子もさ、友達じゃん」
「そうなのかなあ?」
「そうだよ」
「友達になろうって言われてないよ」
「普通、言わない。梨沙子と友達っていうのも、嬉しい?」
「友達なら嬉しいよ。だって、友達って、いっぱいお話したり、色んなところ一緒に行けるんでしょ?」
「まあ、そんな感じかな」
アイスクリームを口に運びながら、誰かとこんな話をしたことがあったなと雅は思う。
しかし、それが誰なのか思い出せないまま、もう一つ質問をする。
「梨沙子と熊井ちゃんとちぃ、誰がいい?」
問いかけてから、すぐにわかった。
誰をどう好きなのか。
そんな話を桃子とした記憶がある。
あの時、初めて梨沙子と愛理の違いを考えることになった。
血の繋がりの他に違う点はあるのか。
桃子から問いかけられて、ずっと心の片隅にあった疑問。
あの時も上手く説明出来なかったが、今も変わらず上手く説明出来そうにない。
それどころかこうして時が経ってみると、あの時よりも自分の気持ちがもっとわからなくなっているようだった。
- 659 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:20
- 「三人とも好き」
「そうじゃなくて、誰が一番好き?」
迷うことなく答えられて、反射的に問いかけた。
くだらない質問だと自分でも思う。
それでも、今度は雅が桃子に問いかける。
「みーやん」
桃子が迷わずに答え、問い返してくる。
「みーやんは?」
「んー」
桃子とは違い、言葉に詰まる。
以前、似たようなことを問いかけられた時も、答えられなかった記憶がある。
「わかんない」
考えても、やはり答えは出ない。
だが、本当にわからないのだから他に答えようがなかった。
- 660 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:22
- 「ひどーい!ももはみーやんが一番なのにっ」
「そんなの、ほんとかどうかわかんない」
「ほんとだよっ」
「だってさ」
一番は石川、と言いかけて、雅は言葉を飲み込む。
桃子に付き合っていると、変に影響されて思考がおかしくなる。
今まで一番など決めようと思ったことはなかった。
桃子の一番が誰でも関係ないし、雅が桃子に合わせて一番を決める必要もない。
友理奈と千奈美のことだけでも面倒なことになりそうなのに、これ以上ややこしいことになるのは御免だ。
「いいや。うち、勉強する」
空になったアイスクリームのカップを捨てる。
雅は、厚みのある鞄から教科書を引っ張り出して机の上に並べた。
けれど、勉強をする気分には全くなれない。
- 661 名前:小さなうさぎの大きな出会い − 4 − 投稿日:2009/07/31(金) 07:24
- クッションの上には、雅が買ったうさぎ。
ケージには友理奈が買ったうさぎ。
二つのうさぎを見ながら、雅はくだらないと思いながらも桃子に問いかけた言葉を頭の中で反芻してみる。
一番好きなのは誰なのか。
頭に浮かんだのは三人で、梨沙子と愛理と桃子だった。
梨沙子は友達で、幼馴染みだ。
愛理は従姉妹で、姉妹のようなものだった。
桃子はペットで、二人と比べるような存在ではないはずだ。
三人はそれぞれ別の立場で、比べること自体が馬鹿げたことだった。
それなのに、どうしてか桃子に問いかけた言葉が頭から離れない。
テストが来週から始まると言うのに、勉強ははかどりそうになかった。
- 662 名前:Z 投稿日:2009/07/31(金) 07:24
-
- 663 名前:Z 投稿日:2009/07/31(金) 07:24
- 本日の更新終了です。
- 664 名前:Z 投稿日:2009/07/31(金) 07:24
-
- 665 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/02(日) 00:58
- 更新、ありがとうございます!
くまいちょーと桃の絡みがあって、微笑ましくていいですね。
読むたびに幸せをもらってます
- 666 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2009/08/06(木) 02:24
-
うさぎと人の憂鬱な一日 − 1 −
- 667 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 1 − 投稿日:2009/08/06(木) 02:26
- 「みや、もう家着いた?」
「学校」
「あ、まだ学校なんだ」
携帯から少し落胆したような愛理の声が聞こえてくる。
放課後の教室は、いつも通り雅と千奈美以外誰もいない。
しかし、いつもとは違い、時計の針がもう家に帰り着いていてもおかしくない時間をさしている。
「んー、ちょっと、友達と盛り上がってたらね、なんか遅くなった」
歯切れ悪く答えると、愛理がくすくすと笑いながら言った。
「……友達?追試じゃなくて?」
「別に、期末そんなに悪くなかったし」
「そうなの?」
「そうだよ」
「追試、頑張って」
「もう追試、全部終わったって!」
「やっぱり」
「や、あの、追試じゃなくて……」
しまった、と思ったときには遅かった。
口を塞いだところで、飛び出した言葉は消えてなくなりはしない。
携帯の向こうでは愛理の笑い声が大きくなり、目の前では、突然慌て始めた雅に千奈美が目を丸くしていた。
- 668 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 1 − 投稿日:2009/08/06(木) 02:27
- いつもより帰る時間が遅くなっているのは、今、口にした通り追試があったからだ。
期末テストは、ほとんど勉強が出来なかったこともあって、散々な出来だった。
勉強したからといって、クラスで一番や二番の成績が取れるとは思わないが、もう少し勉強しておけば、追試の数も減っただろう。
いくつもの追試を受けて、放課後の教室でぐったりしていることもなかったはずだ。
「で、何の用?」
笑い続ける愛理に、つい声が無愛想なものになる。
だが、携帯からは明るい声が聞こえてくる。
「今、りーちゃんといるんだけど。今日、みやの家に行こうかって話してたの。でも、無理みたいだからいい。明日なら、暇?」
「うん」
問いかけられて、雅は即答した。
スケジュール表を頭に浮かべるまでもなく、予定は何もない。
- 669 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 1 − 投稿日:2009/08/06(木) 02:30
- 「じゃあ、明日、りーちゃんと二人で行ってもいい?」
「いいよ」
「あ、でね。ももちゃんに会わせて、ももちゃんに」
「いいよ。ももなら、いつでもいるから」
「みやが言ってるのって、うさちゃんの方だよね?」
「そうだけど」
「そっちじゃなくて、もう一人のもも」
「もう一人って……」
「うさぎじゃないももちゃんがいるよね?」
「うん、まあ、いるけど」
「あたしもりーちゃんも、そっちのももちゃんに会いたい」
朗らかな愛理の声に、一瞬思考が止まる。
愛理に悪気がないことは、声からわかった。
けれど、雅には「またか」としか思えない。
期末テスト前、友理奈から同じことを言われた。
友理奈にも悪気があったわけではないが、雅にとってそれは楽しいとは言えない出来事だった。
桃子と友理奈が会った時のように、また疎外感を味わうなど御免だし、言いようのない気持ちに支配されるのもうんざりだ。
「なんで、みんな……」
無意識のうちに、胸の中にあった言葉が飛び出る。
だが、ももばっかり、という言葉はかろうじて飲み込む。
- 670 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 1 − 投稿日:2009/08/06(木) 02:31
- 「みや?」
「ごめん。なんでもない」
今、口にしたばかりの言葉を打ち消すようにそう言って、雅は小さく息を吐き出した。
そして、口早に告げる。
「明日、もも、だめだから」
自分が口にした言葉に、胸がちくりと痛む。
嘘は苦手だ。
それでも、その苦手な嘘を付いてでも、人間の桃子を二人に会わせたくないと雅は思う。
「そっかあ。じゃあ、いつならももちゃん空いてるかな?」
「わかんないよ」
「聞いてみてくれる?その日に合わせて行くから」
すんなりと諦めてくれたら。
そんな雅の願いは裏切られ、愛理が食い下がる。
雅は携帯の向こうに聞こえるようにため息をついた。
- 671 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 1 − 投稿日:2009/08/06(木) 02:35
- うさぎが変身をする。
それを知った人が桃子に興味を持つならわかる。
しかし、変身後の何ら普通の人間と変わらない桃子と会った誰もが、また桃子に会いたがる。
桃子の正体を知らないにもかかわらず、だ。
何故、桃子に会った人間が次から次へと桃子に関わりたがるのか、雅には理解出来なかった。
「なんでそんなに会いたいの?」
雅は問いかけるというよりは、独り言のように呟く。
「りーちゃんがさ、すごく気にしてて。だから、一度会って話したいんだよね」
「梨沙子が?」
「うん。ほら、りーちゃんがももに会った時にさ、みや、なんかしてたでしょ」
「なんか?」
「うん」
なんか、と言われて思い当たることはない。
視線を辺りに彷徨わせ考えていると、愛理との話が長引いているせいか、向かい側の机に座っている千奈美が退屈そうな顔で、大きな欠伸をしていた。
そして、欠伸で潤んだ目を千奈美がごしごしと擦った。
その様子に、雅の中で過去と現在が繋がる。
- 672 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 1 − 投稿日:2009/08/06(木) 02:38
- 『大きなゴミがね』
そう言って、目を擦っていた桃子が頭に浮かぶ。
確か、梨沙子に桃子をうさぎに戻そうとしていたところを見られ、それを誤魔化す為に目にゴミが入ったことにした。
あの時の梨沙子は、雅と桃子の関係を疑っていた。
けれど、あれから梨沙子と何度も会う機会があったが、梨沙子は何も言わなかったし、気にしている風でもなかったから、すっかり忘れていた。
「いいよ。明日で」
人間の桃子と会わせるのは不本意だったが、誤解はしっかりと解く必要があった。
愛理を巻き込んで、話が大きくなっている可能性を考えれば尚更だ。
どうしても気が乗らなければ、桃子はうさぎのままにしておけばいい。
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ、明日行くね。お昼食べてから行くから、ちゃんとももちゃん呼んでおいてね」
「わかった」
短く答えて、携帯を切る。
すると、待ってましたとばかりに千奈美が身を乗り出して、雅に声をかけた。
- 673 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 1 − 投稿日:2009/08/06(木) 02:39
- 「誰?」
「従姉妹」
「この前のちっちゃい子?」
「それとはまた違う子」
「ふうん」
気のない返事の後、千奈美が机に突っ伏す。
「あのちっちゃい子」
千奈美がべたりと上半身を机にくっつけ、くぐもった声で言った。
雅には、ちっちゃい、という単語が誰のことをさしているのかすぐにわかった。
知っているはずの名前を口にしない理由も何となく想像が付く。
机に突っ伏している千奈美の表情は見えない。
だが、机の上に置かれた手はぎゅっと握りしめられていた。
「結構可愛いけど、お喋りだね」
「ちぃもじゃん」
「あたしのことはいいのっ。今はあのちっちゃい子の話」
千奈美が上半身を机に付けたまま、顔だけを上げる。
その表情は思ったよりも険しいもので、雅は場の空気を変えるようになるべく軽い口調で話しかけた。
- 674 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 1 − 投稿日:2009/08/06(木) 02:41
- 「まあ、それなりに可愛いとは思うけどさ、ものすごくうるさいよ。ちぃより、うるさいかも」
「だから、あたしと比べないでって」
むすっとした表情を崩さずに千奈美が雅を見る。
「でさ、ああいう感じの子ってモテるの?」
「はっ?」
低い声は表情と同じく明らかに不機嫌なものだったが、そんなことよりも予想外の台詞に、雅は口をぱっくりと開けたままになる。
モテる。
そんな言葉と桃子を今まで結びつけたことはなく、頭の中で二つの単語が繋がらない。
雅にとって二つはまったく別の言語で、繋げて考えることの出来る千奈美が不思議に思える。
だから雅は、関連性の見つからない二つの言葉を頭に浮かべ、口をあんぐりと開けたまま千奈美を見ることしか出来なかった。
そんな閉じ忘れた雅の口に驚いたのか、千奈美が慌てたように身体を起こす。
そして、椅子から立ち上がった。
- 675 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 1 − 投稿日:2009/08/06(木) 02:43
- 「いや、なんとなく」
ぶっきらぼうにそう言ってから、千奈美が「もう、帰ろ」と続けた。
雅は閉じ忘れた口を一度閉じ、ゆっくりと開く。
「……熊井ちゃん?」
「そんなんじゃない」
「でも、この前からずっと気にしてたじゃん」
「気にしてなんかないよ。熊井ちゃんなんか、どうでもいいもん」
千奈美が机の横に掛けてある鞄を手に取り、雅に背を向ける。
上履きが床を擦り、耳障りな音を立てた。
気にしていないという言葉とは裏腹に、千奈美が苛立たしげに鞄を膝で蹴り上げる。
「もしかして、喧嘩した?」
千奈美の様子はどこから見ても不自然だ。
そもそも友理奈のことを、どうでもいいなどと言っているところを今まで見たことがない。
雅には二人に何かあったとしか考えられず、思い当たることの一つを口にしてみる。
- 676 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 1 − 投稿日:2009/08/06(木) 02:44
- 「してない。だって、最近会ってないし。そんなこといいから、もう帰ろうよ」
言うが早いか、千奈美が歩き出す。
雅は慌てて鞄を掴んで、千奈美の後を追った。
「大丈夫だよ。ちょっと、もものことが珍しいだけだって」
背中に声を掛けると、千奈美がくるりと振り向いた。
雅を見る千奈美の表情は、もう不機嫌とは言えなかった。
それよりも、苦しげといった表現の方があっている。
「やっぱり、あの子のこと気に入ってるんだ」
「い、あ、そうじゃなくて」
「いいよ。わかってるもん。熊井ちゃん、あれから浮かれててさ」
「ちぃ」
「気にしてないから、平気だよ」
千奈美が前を向く。
今度は声を掛けられなかった。
- 677 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 1 − 投稿日:2009/08/06(木) 02:45
- いつも明るくて、馬鹿みたいなことばかり言っている千奈美が落ち込んでいる姿を見ると、やりきれない思いでいっぱいになる。
そして、それと同時に無性に苛々とする。
雅の回りは、誰も彼も桃子のことばかりだ。
馬鹿の一つ覚えのように桃子のことを口にする。
雅の気持ちなどおかまいなしだ。
小さなうさぎは、今日も雅の部屋で跳ね回っているだろう。
家へ帰って、人間の桃子に会いたがっている人がいると言えば、大喜びするに違いない。
けれど、雅は桃子を誰にも会わせたくない。
出来ることなら、部屋に閉じ込めて、どこにも出られないようにしたいぐらいだ。
しかし、友理奈や梨沙子ならともかく、愛理の追求から逃れることは出来そうにない。
雅は明日のことを考えると、憂鬱で仕方がなかった。
- 678 名前:Z 投稿日:2009/08/06(木) 02:46
-
- 679 名前:Z 投稿日:2009/08/06(木) 02:46
- 本日の更新終了です。
- 680 名前:Z 投稿日:2009/08/06(木) 02:48
- >>665さん
こちらこそありがとうございます。
そう言って頂けると、私も幸せ気分になります。
桃子と熊井ちゃんはほのぼのイメージですw
- 681 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/06(木) 18:26
- 待ってました!!
りしゃみや、みやあいり、ももみやが大好きな自分にとっては楽しみな展開にw
- 682 名前:おしゃべりうさぎにご用心 〜 ありがちな話 〜 投稿日:2009/08/11(火) 02:10
-
うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 −
- 683 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/11(火) 02:12
- 雅は昨日の騒ぎを思い出すと頭が痛くなってくる。
いや、思い出さずとも、今ここではしゃいでいる桃子を見ているだけでげんなりする。
人間の桃子に愛理と梨沙子の二人が会いたいと言っていた。
そう伝えた瞬間、桃子が飛び上がって喜んだ。
それから、どんな服を着ようか、どんな話をしようかと、はしゃぐ桃子に付き合わされて、なかなか眠ることが出来なかった。
眠い。
これほど、今の気分を表すのに相応しい言葉もなかった。
夜遅くまで寝かせてもらえなかったせいで寝不足だし、朝早くから叩き起こされて不機嫌なこと極まりない。
「みーやん。二人、もうすぐ来るよねっ」
弾んだ声が聞こえてきて、雅はため息を一つつく。
やはり、桃子をうさぎに戻して、二人には人間の桃子は用事が出来て家に来られない、と言った方が良いのではないか。
そんな思いが頭をよぎる。
- 684 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/11(火) 02:15
- 「もも」
頭に浮かんだことを実行に移そうと、腰掛けていたベッドから立ち上がる。
クッションを抱えている桃子の隣に座り込むと、満面の笑みで桃子が雅を見た。
「なにー?」
邪気のない笑顔に、桃子をうさぎに戻そうとしている自分が悪人のように思える。
雅はもう一度ため息をついてから、桃子の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「……絶対、変なこと言ったり、したりしないでよ」
「変なことってなに?」
「うちが疑われるようなこと」
「それって、ももがうさぎだってバレなかったらいいんでしょ?あとキスしたりとか」
「そういうこと。あと、絶対に愛理に疑われるようなことしないで」
「それも、わかってるけど。どういうこと言ったらだめなの?」
「ももがうちの従姉妹とか。それ、愛理すごく気にしてたから」
愛理とは、子供の頃から何でも話してきた。
愛理が雅のことで知らないことなど数少ないし、実際、愛理が名前も知らない従姉妹などいない。
だから、愛理が桃子のことを疑うのも当然だ。
雅だって、愛理が突然、見たことも聞いたこともない従姉妹を連れてきたら疑うだろう。
それに、愛理は昔から頭が回る。
疑問を解決するまで引き下がらない気の強さも持っている。
雅は、それが時に厄介なことを引き寄せるということも知っている。
愛理を誤魔化せるとは思わないが、誤魔化せなければ事実を全て話さなければならないかもしれない。
桃子がうさぎであるという、信じてもらえないどころか、気でも触れたのかと思われるようなことを説明するのは気が重いし、避けたいことだ。
- 685 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/11(火) 02:17
- 雅はため息をつきかけて、それをぐっと飲み込む。
くしゃっと掴んだ桃子の髪を離すと、手の中から髪がさらさらと流れ出た。
「でも、それってみーやんが言ったんじゃん。もものこと従姉妹だって」
乱された髪を整えながら桃子が言った。
雅の言葉に納得がいかないのか、桃子は不満げな顔をしていた。
「そうだけど。愛理、絶対に聞いてくると思うから、言わないで」
「じゃあ、なんて言えばいいの?」
「友達、とか」
「でも、梨沙子も来るんでしょ?この前会った時、従姉妹だって言ったのに、急に友達って言ったらおかしいよ」
「じゃあ、なんて言えばいいの?」
「だから、それをももが聞いてるんだって」
考えていなかった。
とは、言えない。
しかし、友達が使えないとなると何と言えばいいのかわからず、雅は「うーん」と考え込む。
首を傾げて、何か良い答えがないかと必死に考えるが、突然名案が閃くわけもなかった。
結局、「うーん」と唸っただけで何も言えずにいると、雅の様子を窺っていた桃子が小さな欠伸を一つした。
そのすぐ後、部屋の外から「ピンポーン」という軽快な音が聞こえてきた。
雅の耳には、軽快なはずのその音がやけに重く響く。
- 686 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/11(火) 02:19
- 「あっ、きたっ」
チャイムの音に、桃子の顔がぱっと明るくなる。
だが、反対に雅の気分は沈み込む。
「もう来た」
晴れ渡った空のように明るい桃子の声とは対照的に、雅の声は空を覆う雲のようにどんよりとしたものになった。
「十分も早いじゃん」
時計を見上げて、誰に言うともなく呟く。
すると、下から雅を呼ぶ母親の声が聞こえた。
雅は渋々立ち上がる。
気分が乗らないとはいえ、母親に愛理と梨沙子を任せ、放っておくわけにもいかない。
「ちょっと行ってくる」
「待って、みーやん。愛理にはなんて言えばいいの?」
「そんなの、わかんないよ。適当に答えて」
「適当でいいの?」
「よくないけど……」
わからないものは答えようがない。
けれど、適当に答えられても困る。
雅がもう一度「うーん」と唸ると、部屋の扉がノックされた。
- 687 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/11(火) 02:20
- 「適当でいいけど、でも、あんまり適当なのはやめて」
答えにならない答えを返して、扉を開ける。
こちらから扉を開ける前に開けられて、また変な誤解をされても面倒だ。
「もも、久しぶり」
カチャリと扉を開けると、梨沙子がにこりと手を振って部屋に入ってきた。
続いて愛理が入ってくる。
「梨沙子だー。久しぶりー!」
桃子が最初に目に入った梨沙子に飛びつく。
飛びつかれた梨沙子は、桃子が着ている洋服を見ていた。
薄いピンクのチュニックに、デニム地のショートパンツ。
桃子が着ているどちらも雅のものだが、チュニックは買ったは良いが気に入らず、一度も着ていないものだ。
ショートパンツは梨沙子の前で何度も着ているものだが、ありふれた素材と形のショートパンツだから、雅のものと言わなければ気がつかないだろう。
梨沙子は桃子が着ている服が雅のものではないかと気にしているようだが、今日は気がつかれない自信がある。
雅の梨沙子対策はバッチリなのだ。
- 688 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/11(火) 02:22
- 梨沙子は雅が思った通り、桃子の服装に何も言わない。
一瞬、怪訝そうな顔をして首を傾げていたが、それだけだった。
ハードルを一つクリアした。
それだけでも素晴らしい。
愛理のことは後から考えよう。
一番大切なのは愛理への言い訳で、そこが失敗したら全ては水の泡なのだが、とりあえず前向きに考えることにした。
雅は面倒なことに目をつぶって、愛理に桃子を紹介することにする。
しかし、雅が紹介する前に、愛理が桃子に話しかけていた。
「初めまして、ももちゃん。あたし、みやの従姉妹で愛理。って、みやから聞いてる?」
「うん。聞いてる」
「そっか。よろしくね」
「よろしくっ。ももね、愛理って優しいから、愛理にも会いたかったんだ」
ぺたりとくっついていた梨沙子から離れて、桃子が愛理へ手を伸ばす。
桃子は握手を催促しているのか、伸ばした手で愛理の手を掴んだ。
- 689 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/11(火) 02:23
- 「優しい?」
愛理は桃子のなすがままに、掴まれた手をぶんぶんと振られていた。
だが、それを気にするよりも、桃子の言葉が気になったようで、愛理が不思議そうな顔をして桃子へ問いかける。
「会うの、初めてだよね?」
ももの馬鹿!
そう叫びたいところを、雅はぐっと堪える。
うさぎの時に会った愛理の印象を語ったところで、愛理には伝わらない。
それどころか不審に思われるだけだ。
現に愛理は、怪訝そうな顔をして桃子を見ている。
ぎゅうっ。
雅は笑顔を顔へ張り付け、桃子の二の腕をつねる。
きゃっ、と桃子が叫びかけて、慌てて口をつぐんだ。
そして、掴んでいる愛理の手を離した。
「う、うん。でも、みーやんからお話いっぱい聞いてるから」
声が少し震えている。
けれど、愛理はその答えに納得したようで、ぽん、と手を叩いて言った。
- 690 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/11(火) 02:25
- 「そっか。あたしもね、りーちゃんから色々とももちゃんの話聞いてて。だから、会いたかったんだよね。人間のももちゃんに」
「じゃあ、会いたかった者同士だ」
「そういうことだね」
愛理がにっこり笑ってベッドを背もたれにして座ると、その横へ梨沙子がちょこんと座った。
桃子はいつものようにクッションを抱えて愛理の向かい側に座り、雅はその隣に座ることにする。
「早速なんだけど、あたし、ももちゃんに直接聞きたいことがあって」
愛理がそこで言葉を止め、雅に向かって笑った。
雅は、人の良さそうな笑顔に嫌な予感がする。
それは、その笑顔が作られた笑顔だとわかるからだ。
普段の雅なら気がつかなかったかもしれないが、今日、愛理がここへ来た目的を考えると敏感にならざる得ない。
鈍い鈍いと言われる雅でも、不自然なぐらい自然な愛理の笑顔を見ていると、嫌なことしか起こらないとわかる。
「ももでいいよ」
愛理の笑顔に何も気がつかないのか、桃子ののほほんとした声が聞こえてくる。
- 691 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/11(火) 02:27
- 「じゃあ、もも。みやがね、あたしに、ももは従姉妹っぽい子だ、って言ってたんだけど。従姉妹っぽいってなに?」
遠回りすることなく、ストレートに愛理が言った。
それは雅が聞かれたくなかったことで、桃子にも聞いて欲しくなかったことだ。
でも、どちらかと言えば、桃子に聞くより、自分の方に聞いて欲しかった。
と言っても、答えはまだ見つかっていない。
そして、この先も見つかりそうにない。
雅はどうすればいいのかと頭を抱えて、でも、頭を抱えるより早く何らかの手を打たなければと思う。
「あ、ちょっ、それはねっ」
何か行動を起こせばどうにかなる。
黙っているよりは口を挟んでしまえ。
そう考えて、二人の間に割ってはいると、愛理からぴしゃりと言われた。
「みやは黙ってて」
はい。
と、小さく答えて、雅は答えた声よりも小さくなる。
だが、膝を抱えて、桃子がおかしな受け答えをしないようにと祈る。
梨沙子を見ると、梨沙子も不安そうな顔をして愛理を見ていた。
- 692 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/11(火) 02:29
- 「っぽいっていうのは、もも知らないけど。でも、ももはみーやんの従姉妹だよ」
「あたしもみやの従姉妹なんだけど、あたしと会ったことないよね?」
「今日、初めて会う」
「ほんとに、みやの従姉妹?この前、みやは従姉妹っぽいとか言ってたけど」
「みーやんが言ってたなら、そう」
「それってどういう意味?」
桃子が「うーん」と唸って雅を見る。
少し前、雅はきっと今の桃子と同じような顔をしていたに違いない。
桃子は困ったように眉根を寄せていた。
小さく息を吐き出して、桃子が人差し指で唇を押さえる。
そして、その人差し指で顎を軽く撫でた。
眉間に軽く寄っていた皺は跡形もなく消えていた。
放っておくと言ってはいけないことを言い出しそうな気がする。
桃子を信用していないわけではない。
いや、違う。
絶対に信用してはいけない。
今、適当でいいや、と桃子の頬が緩んだような気がする。
絶対、緩んだ。
ヤバイ。
絶対ヤバイ。
ヤバイ以外の言葉は思いつかない。
だから、雅は話をそらすべく立ち上がった。
- 693 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/11(火) 02:30
- 「あのさ、ほら、そんな話はやめて。そうだ、うさぎ。うさぎと遊んだら?」
「あ、そうだ。うさぎ!みや、うさぎ元気なの?」
ずっと黙って愛理と桃子の様子を見ていた梨沙子が声を上げた。
「うん、ちょー元気。ほら、ここに……」
ここに。
そう言って、指差した先は部屋の片隅にある桃子のケージだ。
だが、そこにうさぎがいるわけがなかった。
何故なら、うさぎは雅の隣にいる。
隣にいるうさぎがケージの中へ移動するにはいくつかの手順が必要で、その一段階目であるキスをこの場でした記憶もなければ、出来るわけもない。
人間の桃子がケージの中へ瞬間移動出来るほど、世の中は上手くできていないのだ。
墓穴を掘って、自ら埋まって出てこられない。
自分で自分にとどめを刺した。
そんな状況を自ら招いた。
話をそらす為とは言え、考えがなさ過ぎた。
実際、何も考えずに口にしたのだから仕方がないのだが、仕方がないで済ませられる事態ではない。
ヤバイ状況からの脱出。
それはさらにヤバイ状況へと自分を追い込んだだけだった。
- 694 名前:Z 投稿日:2009/08/11(火) 02:31
-
- 695 名前:Z 投稿日:2009/08/11(火) 02:31
- 本日の更新終了です。
- 696 名前:Z 投稿日:2009/08/11(火) 02:32
- >>681さん
久々に登場しましたw
- 697 名前:みら 投稿日:2009/08/18(火) 06:04
- あーなんだか期待した展開にw
がんばれみーやん!
- 698 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:12
- 「あれ?いないよ?」
空のゲージを指差した雅が石像と化して動けない間に、梨沙子はケージの前へと移動していて、不思議そうに空のケージを見つめていた。
愛理もその隣にやってきて不思議顔でケージを見ている。
「ほんとだ、いない」
「みや、うさぎどうしたの?また病気?って、あれ。今、元気って言ってたよね?」
梨沙子がさらに雅を追い込むようなことを口にする。
困ったときの病気頼み。
それすらも自分の言葉によって封じられていた。
どうしよう。
こんな時は神頼みに限るのだが、過去を思い返せば神様にも仏様にも裏切られている。
もう頼るべきものがない。
雅は、どうしよう、どうしよう、と呪文のように頭の中で唱えながら桃子を見る。
頼りたいわけではなかったが、もう頼る相手は桃子しかいなかった。
- 699 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:15
- 「散歩に行ってるよ」
雅の縋るような視線を受けて桃子が立ち上がり、ケージに張り付いている二人の肩を叩いた。
前回、梨沙子がうさぎがいないと騒いだときもそうだが、桃子はこういった時につく嘘が上手い。
事も無げに、まるで本当のことのように口にする。
「そ、そう!うさぎはさ、お母さんが散歩に連れてってるんだった」
雅は桃子の言葉に同調する。
こうなったら神様、仏様、桃子様だ。
桃子に任せるしかない。
自分で解決しようと足掻くより、遙かに良さそうに思える。
「え?散歩なの?」
「最近はうさぎも散歩するんだよ。知らなかった?」
驚いた梨沙子に桃子が自慢げに言う。
「でも、おばさん下にいたよ?」
「い、今から行くんだって。今から」
何故、そんなことを覚えているのか。
雅は愛理の冷静さを恨みながらも、たどたどしく答える。
- 700 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:17
- 「うさぎが散歩してるのなんか、見たことないけど」
空のケージを指先で弾いて、愛理が言った。
「うちの家、流行の最先端をいってるから」
うさぎの散歩が流行の最先端かどうかは知らないし、たとえ最先端でなくても関係ない。
今、この時、この場だけ最先端にすればいい。
事実はどうでもいいのだ。
二人が納得する。
今の雅に大事なのは、それだけだ。
「へえ、みやすごいね!うさぎも散歩したら楽しいだろうし、散歩っていいと思う」
梨沙子が目をきらきらさせて、雅を見る。
「そうでしょ。もも、散歩大好きだもん。あ、これ、うさぎのもものことね」
梨沙子の後ろで、桃子が得意げな顔をしていた。
慌てたように付けられた言葉だったが、ももがうさぎのももだということも言い忘れていなかった。
言い忘れていたら、また雅が腕をつねるところだ。
- 701 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:19
- 「じゃあ、うさぎのことは忘れて、ゲームかなんかしない?」
雅は迂闊なことを言わないように、細心の注意を払って言葉を選ぶ。
ゲームなら何も起こらない。
起こりようがない。
もし何か起こるとしたら、ゲームに負けた桃子が拗ねるぐらいのものだが、二人が帰るまでの時間をゲームで潰すことが出来るのなら、それぐらいのことくらいお安いご用だ。
だが、雅の思うように事は運びそうになかった。
二人は何故か空のゲージから離れようとせず、どういうわけかケージをじっと見たままだ。
最近の雅は、人生山あり谷ありどころか、谷ばかりだ。
「これさ、この前なかった」
梨沙子がケージについている何かを摘み上げる。
雅が梨沙子の手元を見ると、それはこの間、雅がケージに付けてやったうさぎのストラップだった。
「あー、それ可愛いでしょ。くまいちょーからもらったの」
「え?これ、もものなの」
雅が答える前に桃子が声を発していて、止めることが出来なかった。
梨沙子が不審そうな顔をして桃子を見る。
何故、止められなかったのか。
桃子の言葉は誤解を生みそうなもので、雅はがっくりと肩を落とす。
しかし、落ち込んでいる暇はない。
- 702 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:21
- 「いやいやいや、違うから。それ、うさぎのもものなんだ。うちがうさぎ飼ってるって言ったら、友達がさ、くれたの」
不自然なほど早口でそう言う。
当然、桃子の腕はつねってある。
雅の隣では桃子が痛そうに顔を顰めていた。
「へえ。可愛いね」
梨沙子が指先でストラップについているうさぎのマスコットを撫でた。
そして、梨沙子が立ち上がり、それを追うように愛理も立ち上がる。
くるりと振り返ってもといた場所へと梨沙子が足を運ぶが、すぐに止まった。
「あ、こっちにもうさぎがある」
タンスの上へ置いてあった真っ白いうさぎのぬいぐるみを、梨沙子が手に取る。
「それ、みーやんが買っ……」
「うちの!それ、うちのっ。この前、買ったんだ」
雅は桃子の言葉を奪い取る。
余計なことを喋られて、怪しまれても困るのだ。
「みやって、うさぎグッズ集めるの好きなの?」
「最近、ちょっとハマってて」
「そんなこと、教えてくれなかったじゃん」
ぷうっと頬を膨らませ、拗ねたように梨沙子が言った。
- 703 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:23
- 「あ、あれ?梨沙子に言わなかったっけ?うち、うさぎグッズ集めてるって」
「言ってないよ!」
「そっか。ごめん。最近、集めてるんだ。梨沙子も可愛いうさぎグッズ見つけたら教えてよ」
「いいよ。いくらでも教える。だからさ、今度、一緒にうさぎグッズ見に行こうよ、みや」
「うん。行こう。一緒に」
この場を誤魔化せるならどこへでもお供します。
そんな勢いで雅は頷く。
すると、隣にいる桃子から腕を引っ張られた。
「ももも、いきたーい」
「えー!ももも?」
声を上げた桃子に梨沙子がわざとらしく眉根を寄せると、桃子が梨沙子ではなく雅に問いかけた。
「えー、だめなの?」
「だめなの」
「うわ、梨沙子のけちぃ」
「けちだもん」
雅が口を挟む隙もなかった。
桃子の問いかけには梨沙子が答え、二人でああでもないこうでもないと盛り上がり始める。
うさぎグッズを買いに行くという話はどこへやら、気がつけばドラマや漫画の話を二人でしていた。
- 704 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:26
- 雅はふう、と小さく息を吐き出す。
二人で盛り上がって、余計なことを全部忘れ去ってくれたらこれほど有り難いことはない。
雅は、桃子が不用意な発言をしませんように、と心の中でぱんっと手を合わせて、あてにならない神様にお祈りをする。
神様が願いを叶えてくれるかわからないが、雅はあとを梨沙子に任せて、ベッドへ座り込んだ。
やはり、うさぎはうさぎのままがいい。
人間になったりするから、話がややこしくなる。
雅はそう思う。
桃子が来てからと言うもの、周りが騒がしくて仕方がない。
常に何かが起こっていて、落ち着く暇がなかった。
勉強もゆっくり出来ないし、迷惑なことばかりだ。
いや、桃子がいたからゆっくり勉強が出来なかったのは事実だが、桃子がいなかったとしても勉強をしていたかどうかわからない。
期末も中間も、テストと名のつくものは中学生の頃から惨憺たる結果で、人に褒められた記憶がなかった。
当然、進んで勉強をした記憶もない。。
そんなことを考えていると、とすん、とベッドが沈んで、隣を見ると愛理が座っていた。
「みや、追試どうだった?」
桃子のことも聞かれたくないことだが、勉強のことも同じくらい聞かれたくないことで、雅は素っ気なく答える。
- 705 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:28
- 「まあまあだよ」
「そっか。でも、みや。嘘ついてることあるでしょ」
「ほんとだって」
出来たとは言えないが、出来なかったわけでもない。
と、雅は思いたい。
先生は苦笑いだったが、怒ってはいなかった。
「勉強じゃなくて」
思わずむきになって反論すると、愛理が追試の結果を告げてきた先生のように苦笑いをした。
それから、ぎしり、とベッドが軋む音がして、愛理の顔が耳元に近づいた。
「ももが従姉妹って、嘘でしょ?」
小さな声はやけにはっきりと聞こえて、雅の喉がごくんと鳴った。
タンスの前では桃子と梨沙子が楽しそうに話をしている。
そして、愛理は雅を見たまま視線をそらそうとしない。
梨沙子ならいくらでも誤魔化せる気がする。
けれど、愛理を誤魔化すのは難しい。
愛理は雅の親戚関係についてほとんど知っているし、たとえ知らないことがあっても、両親に聞けばすぐにわかるだろう。
- 706 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:29
- 「……愛理」
「なに?」
「お願いだから、梨沙子には言わないで」
「やっぱり嘘なんだ」
「ごめん」
何と答えればいいか。
考えたけれど何も浮かばなかった。
だから、雅は素直に謝る。
誤魔化せないなら、認めるしかなかった。
「従姉妹じゃないなら、なんなの?」
「友達」
「じゃあ、それ、りーちゃんに言えばいいのに。言ったらだめなの?」
「うーん。言った方が、梨沙子が心配するんじゃないかと思って」
「なんで?友達なら、友達って言った方が良かったと思うけど。変な嘘つくから、りーちゃんが心配するんだと思う」
その通りだと雅も思う。
実際、梨沙子を普通に桃子と会わせることが出来ていたら、間違いなく友達と言っていたはずだ。
だが、梨沙子と桃子の出会い方は最悪だった。
桃子に今まさにキスをしようとした瞬間。
その瞬間を見られたのだ。
友達と言ったところで、信用してもらうのは難しかった。
- 707 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:30
- 「だって、変なところ梨沙子に見られちゃってさ。それで、なんか焦っちゃって、つい……」
「変なところって、キスしようとしたところ?」
「それはさ、ほんとに違って。そういうのじゃなかったんだけど、梨沙子が誤解しちゃって。だから、友達っていうのもおかしくて、それで」
それで、あの、その。
語尾はもごもごとはっきりしないものになった。
けれど、それは大元の部分に嘘があるで、どうしても歯切れの悪いものになる。
違わないけれど、違わないとは言えないのがいけないのだ。
愛理の言葉を肯定すれば、キスしようとした理由の説明も必要になってくる。
理由を説明しないのなら、恋人だと誤解されてもおかしくない。
「みや、あたしには嘘つかなくていいんだよ?」
一言で言えば、同情。
そんな表情で愛理が言った。
「嘘じゃないんだって。ほんと、何でもないからっ」
消え入るような声になったさっきとは違い、語尾が強くなる。
それは今までぼそぼそと話していたことが無駄になるような声の大きさで、雅は慌てて口を押さえた。
部屋はクーラーがかかっていて涼しいはずなのに、汗が流れ出そうになる。
- 708 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:32
- 「りーちゃんに聞こえるよ」
「わかってる。とにかく、ももとは何でもないから。ね、愛理」
「みやがそう言うなら、それでもいいけど。でも、これからはりーちゃんに変な嘘つくのやめてよね」
「わかった」
「それと。今度、もものことについて、ちゃんと説明してもらうから」
「説明って。今したじゃん。ももとは友達だって」
「他にもなんかあるでしょ?」
「ない。ないって」
「ほんとかなあ。なんか、あやしい」
悪戯っぽい声でそう言って、愛理が雅を見た。
「あやしくないって。ほんとっ、なんでもないしっ、あやしくもないからっ」
あやしいです。
否定すればするほど、そう認めているような雰囲気になって、雅はつい大声を出してしまう。
それが逆効果になるとわかっていても、止められなかった。
ついでにベッドから立ち上がって熱弁をふるったものだから、取り返しもつかない。
大声に驚いた梨沙子が雅を見ていたが、当然のことと言えた。
「あやしいって、なにが?」
「あ、えっと。なんでもない」
「みーやん。何でもないのに、急に大声出したら驚くじゃん」
誰のせいで大声を上げるようなことになったと思っているのだ。
そう言いたくなる気持ちをぐっと堪えて、視線を桃子から梨沙子へと移す。
雅は話の流れを変えるべく、別の話題を振ってみる。
- 709 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:34
- 「梨沙子、ももとなに話してたの?」
「んー、みやとよく遊ぶのかとか、そんなこと」
へえ、と相づちを打つ。
すると、梨沙子に睨まれた。
「ももから聞いた。あれからも、よくみやの部屋に来てるって」
梨沙子が雅の前へぺたんと座り込む。
隣に桃子が座るが、梨沙子の目は雅をじとりと睨んだままだ。
だが、雅には、桃子が部屋へ遊びに来るからと言って、どうして梨沙子が機嫌を損ねるのかが全くわからなかった。
「でも、あたし、みやから、そんな話聞いたことない」
「うちだって、言わないことぐらいあるよ」
「今まで、秘密とかなかったじゃん」
「秘密にしてたわけじゃなくて。言うほどのことでもないって思ったから」
桃子のことは秘密にしていた。
それは悪いと思う。
しかし、人には話せないことの一つや二つある。
いくら梨沙子に何でも話しているからと言って、生活の全てを報告しているわけではないし、桃子の話に限らず、話さないことだってたくさんある。
試験勉強を全くしていなかったことや、追試を受けていたこと。
現に、そんなことはわざわざ梨沙子に話していない。
秘密ではないが、あえて言わないことがこの世の中にはいくつもあるのだ。
- 710 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:37
- 「だって、学校の友達のこととかさ、全員の話するわけじゃないでしょ」
「そーだけど」
「うちだって、梨沙子の友達全員知ってるわけじゃないし」
「そーだけどさあ」
梨沙子が不満げに眉を寄せる。
雅の言っていることはわかるが、納得は出来ていないようだった。
「愛理だって、そうでしょ?」
「全員は知らない」
「だって、全員の話する必要ないじゃん」
とりあえず隣に話を振ってみると、愛理の返事に梨沙子が当たり前だと言わんばかりに口を挟んだ。
唇を尖らせてそんなことを言う梨沙子に、愛理がくすくすと笑い出す。
「りーちゃんもみやと同じじゃん」
「あ」
「みやのこと許してあげたら?」
「……わかった」
しまった、という顔から、渋々といった顔になり、梨沙子が頷く。
唇が尖ったままで、それがおかしくて思わず笑いが漏れる。
- 711 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:39
- 梨沙子は昔からいつもこうだ。
頑固なところがあってなかなか納得しないくせに、すっと自分の意見を引っ込めることがある。
納得しきれないという表情を残したまま、頷くのだ。
それは中学生になっても変わらない。
顔立ちや体つきはとても中学生に見えなくて、高校生と言っても通じるぐらいに成長した。
けれど、中身は変わらず子供っぽい。
そして、雅よりはるかに素直で、聞き分けが良い。
外見と中身に随分とギャップがあって、そこが可愛いと思う。
幼い頃から梨沙子を見ているが、ついつい甘やかしたくなる。
実際に甘やかしてきてもいたから、梨沙子は雅が何でも受け入れると思っているのかもしれない。
「そう言えば、りーちゃん。あれ、ももに聞いたの?」
ひとしきり笑った後、愛理が急に真面目な顔をして言った。
「あ、まだ」
「さっき、いっぱい聞かれたけどまだあるの?」
「うん」
梨沙子がこくんと頷いて、桃子を見る。
桃子は人と話せることが嬉しいのか、わくわくした顔をしていた。
雅はその顔を見ていると不安になってくる。
桃子が何を喋るのかと思うと気が気でないし、梨沙子が何を聞きたいのかも気になる。
愛理がやけに真面目な顔をしているのも不安を煽る材料だ。
- 712 名前:うさぎと人の憂鬱な一日 − 2 − 投稿日:2009/08/18(火) 07:42
- 「ももってさ、好きな人いる?」
躊躇うことなく梨沙子が問いかける。
何気なく口にされた言葉は思ってもいなかった言葉で、雅は素っ頓狂な声を上げた。
「はあっ!?」
しかし、驚いたのは雅だけで、桃子も愛理も至って普通だ。
それどころか桃子は、さらりととんでもない答えを口にした。
「いるよー。みーやん」
お茶を飲んでいたら吹き出していただろう。
雅はそれぐらい驚いた。
同時に、心臓が忙しなく動き出す。
どきどきという音が耳について仕方がなかった。
雅は大きく息を吸い込む。
桃子の言葉に心音を早める必要などないのだ。
雅は身体の中で暴れる心臓を服の上から押さえつけ、梨沙子を見る。
視界に映る梨沙子の顔は、どういうわけかひきつっているようだった。
そして、部屋には何とも言えない空気が流れていた。
- 713 名前:Z 投稿日:2009/08/18(火) 07:42
-
- 714 名前:Z 投稿日:2009/08/18(火) 07:42
- 本日の更新終了です。
- 715 名前:Z 投稿日:2009/08/18(火) 07:43
- >>697 みらさん
頑張ってます、みーやん!
- 716 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/18(火) 08:40
- みやびちゃん大変だねみやびちゃんw
- 717 名前:みら 投稿日:2009/08/18(火) 17:27
- うわぁ、面白いことになってきましたね…
- 718 名前:にっき 投稿日:2009/08/20(木) 02:43
- 雅ちゃんごめん・・・すっごい面白いw
続き楽しみにしています
- 719 名前:Z 投稿日:2009/08/24(月) 02:11
- 容量がいっぱいになったので新スレへ移行します。
レスは新スレにて。
新スレ
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