Berryz Quest
1 名前:びーろぐ 投稿日:2007/08/31(金) 20:24
剣と魔法のベタなファンタジーです。登場するのはタイトル通りベリです。
基本的にコメディーで、バトルは少なめです。てか、ほとんどバトりません。

一話完結で現時点で拾四話まで制作可能です。
でも、三話までしかストーリーが出来てなかったり…。

とりあえず拾話ぐらいまでは行きたいと思って頑張ります。
2 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:27
テーブルに両肘をつきその上にあごを乗せて
サキは窓の外をぼんやりと眺めていた。
煉瓦造りのお向かいさんと隣接する厩舎との間から
小麦を挽く風車小屋が見える。

春の日差しは柔らかく、室内を適度に暖めてくれていた。
ゆっくりと回転する風車を見ていると、思わず睡魔に引き込まれそうになる。

閉じそうになる瞼と格闘しているうち、突然呼び鈴が鳴った。
サキは眠気を払うように頭を激しく振ると
テーブルに手をついて、勢いよく立ち上がった。

「はーい! 開いてますよ。お入りくださぁい」

遠慮がちに開いた扉から顔を覗かせたのは
大人びた顔立ちの、それでいて表情や仕草に幼さの残る少女だった。
大きな瞳をキョロキョロさせながら、不安げに室内に目をやる。

サキは怯えさせないようにと、とびっきりの営業スマイルでテーブルを回り込み
椅子を引いて勢いよく掌を差し出した。

「どうぞ、どうぞ、お座りください。ご用件はなんでしょう?」

少女はしばらく佇んでいたが、決心したように一歩部屋に踏み入れると
インテリアをひとつひとつ確認するように見回し、サキの前に立った。

「ねえ、ここってモンスターハンターのお家だよね」

並ぶとサキより頭ひとつ高い。遠慮がちに「ええ」と頷くと
少女は膝に手を置いてサキの視線に合わせるように腰を曲げた。

「あのさぁ、ハンターのヒトいる?」
3 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:31
少女は小首を傾げ微笑んだ。あっけらかんとしたその態度に気おされながらも
サキは真顔で自分の顔を指した。少女の大きな瞳がさらに大きく見開かれた。

「坊やが?」

少女はそう言ってサキの顔を指差した。
サキはその人差し指を払いのけると、リスのように頬を膨らませた。

「あのねぇ…」

腰に手を当てため息をつく。八の字に下がった眉を目一杯吊り上げ
口を開きかけたその時、部屋の奥から大きなあくびが聞こえた。

「なにぃ、お客さん?」

眠そうに目をこすりながら現れたのは、髪の長い細面の少女だった。
サキは振り向いて声をかけた。

「ミヤ…まだ寝ててもよかったのに」

ミヤビは力なく手を振りながら、昼間っからそんなに眠れないよと呟くように言った。
彼女は夜な夜なゴブリンが現れて荒らすというオリーブ畑の監視の任についている。
今朝は早くに戻ってきて寝室に直行、今夜もまた出向かなくてはならない。
慣れない昼夜逆転の生活に、ここ数日はいつも眠そうにしている。

少女がサキの脇をすり抜け、ミヤビの前に立った。

「あの、ハンターのヒトですか?」

ミヤビがしっかりと頷くと、少女は姿勢を正した。

「はじめまして、りしゃこです。ワタシを仲間にしてください!」
4 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:33
頭を下げる少女を指差しながら、ミヤビは助けを求めるような視線をサキに向けた。
サキはひとつ息をついて少女のもとへ歩み寄った。

「いきなり仲間にって言われてもさぁ…」

いつまでも頭を下げ続ける少女に、ミヤビは頬に手を当て困惑気味に言った。

「そうだよ……えっと、リシャコちゃんだっけ?」

少女が顔を上げた。「りしゃこです。リ・サ・コ」

「ああ、リサコちゃんね」ミヤビとサキは顔を見合わせた。
どうやら、滑舌があまりよくないらしい。

「あの、ワタシ魔女になりたいんです!」

ミヤビの顔をまっすぐ見据え、リサコは訴えかけるように言った。

「魔女って、魔術師ってこと?」

眉を寄せ首を傾げながらミヤビが訊ねると、リサコは「魔女です!」と力強く答えた。
どうしたものかとミヤビはサキの顔を見た。サキはリサコの肩に手を置いた。

「ん〜と、魔女になりたいってことは魔法が使えるの?」
「使えるよ!」

ミヤビには敬語なのに自分にはタメ口をきく。サキは頬を膨らませた。
別に敬語を使って欲しいわけではないが、あきらかに下に見られているのが許せなかった。

「じゃあ見せてよ、魔法」

ミヤビが言うとリサコは「えっ」と呟いてうつむいた。
5 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:35
「あの、ちょこっとだけですけど」

足元に視線を落とし人差し指と親指の間に小さな隙間を作る。
ミヤビは腕を組んで苛立つように体を揺らせた。

「ちょっとでいいから。やってみせて」

「じゃあ…」と言ってリサコは人差し指で小さく魔法陣を切った。
口の中でもぞもぞと呪文を呟き、手を差し出す。すると、小さな掌から水が湧き出た。

「おお!」

ふたりは感嘆の声をあげリサコの掌を覗き込んだ。

「あの、モンスターハンターなのに魔法使えるヒトいないんですか?」

上目遣いにふたりを見比べながらリサコが訊ねた。
たいした術でもないのにこの驚きよう、彼女の疑問も当然だ。

サキが唇を大きく横に開き、白い歯を見せながら首を傾けた。

「いないこともないんだけどねぇ」
「うん。ちゃんとしてくれてればいいんだけどねぇ…」

とミヤビは頭をかきむしった。ぽかんと口を開けリサコがふたりを見つめていると
ミヤビがサキに顔を向けた。

「どうしよ、キャプテン」

「キャプテン!?」リサコが声を上げた。「このヒトがキャプテンなんですか?」
6 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:37
「うん、そうだよ」ミヤビがやさしく微笑みかける。そしてサキの肩に肘を置いた。
「このコがウチらのキャプテン。ちっちゃいけどアタシよりひとつ上のお姉さん」

「お、お姉さん!?」

リサコは指を目一杯開いたまま掌を口元に当てた。
そしてミヤビがサキの年齢を告げると、さらに大きく目を見開いた。

「アタシよりみっつも年上じゃん…」

唖然とした表情で呟く。次の瞬間、サキに体を向けると勢いよく頭を下げた。

「ゴメンなさい! 年下だと思ってました」
「いいよ別に。ほら、頭あげて」

サキは掌をひらひらさせながら言った。だがリサコは頭を上げようとしない。

「それと、さっき『坊や』って言っちゃってゴメンなさい!」
「だから、もういいって」

そう言ってリサコの体を起こす。小さな男の子に間違えられたことより
横で拳を顎に当て、にやついているミヤビの方が気になった。

「で、どうすんの」

笑いを噛み殺しながらミヤビが訊ねる。サキは指でつるりとした額をかきながら唸った。

「そうだなぁ…とりあえずマァのとこにでも預けてみる?」
「マァんとこね」

ミヤビはうんうんうんと何度もうなずいた。
7 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:41
「まぁ?」

リサコが小首を傾げる。首筋を摩りながらミヤビが応えた。

「近くに薬草とか取り扱ってるお店があるんだけど、そこのコなのね。
 薬草の調合とか魔法陣の作り方とか、すっごく詳しいのよ」

「本人はそれほど魔力強くないんだけどね。お父さんが有名な魔導師だったんだって」

サキが言うと、ミヤビも「そう」とうなずいた。

「なんかねー、優秀な魔術師を何人も育てたらしいよ」

「うん。だからね、魔術師…じゃなかった、魔女になりたいんなら
 ハンターなんかになるより、マァんとこで修行するのが一番」

「あの、修行ってなにをすればいいんですか?」

リサコが不安げに訊ねると、サキは心配しなくていいよと笑みを作った。

「別に苦しいこととかするわけじゃないから。マァは優しいコだし色々と教わるといいよ。
 そのかわり、一生懸命お店手伝わないといけないけどね」

「はい、がんばります! よろしくお願いします、あの…えっと…キャ、キャプ…テン」

ぎこちないその態度に、ふたりは思わず噴出しそうになった。

「サキでいいよ。それとウチらに敬語なんて使わなくていいから」
「そうそう。ウチら堅苦しいの嫌いなんだよね」

「はい!」とリサコは元気よく返事し、姿勢を正した。
「よろしくお願いします、サキちゃん!」
8 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:44
「じゃあ、早いほうがいいし、さっそく行こうかマァんとこ」
サキはそう言って手を叩いた。そしてミヤビを見る。「ミヤはどうする。寝てる?」

「なんか眠気も吹っ飛んじゃったし、着いてくよ」

そう言いながらもあくびを噛み殺すミヤビに、サキは首をすくめた。

揃って屋敷を出る。鍵をかけようとしないふたりに、リサコは訊ねた。

「留守にしちゃっていいんですか?」
「大丈夫、大丈夫。すぐそこだから」

ミヤビが指差したのは向かいのレンガ造りの立派な建物だった。
正面中央に豪奢な彫刻が刻まれた両開きの扉が
そして左右にも同じような装飾の施された片開きの扉が設けられていた。

それぞれの扉の上に、左から天秤、剣と盾、馬車のレリーフが掲げられている。
扉と扉の間にはいくつか窓があったが、店内は薄暗く中をうかがい知ることはできない。

先頭を歩くサキが左の扉に手を掛けた。
開くと上部につけられた呼び鈴が、カランコロンと鳴った。

「マァ居る?」

店内は間口が狭く奥行きが長い。隣の店舗とは戸棚を置いて仕切られており
そこには毒々しい色をした花や干からびたトカゲが陳列されている。

サキは奥まった先にあるカウンターに駆け寄り両手を着いて飛び乗った。

カウンター内は仕切られておらず、三店舗内を行き来できる構造になっていた。
長いカウンターの調度真ん中あたりに、椅子に腰掛け甲高い声で笑っている女性と
こちらに背を向けカウンターに手をついて立っている大柄な女性が見えた。
9 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:45
「マァ!!」

サキが大声を出すと、笑っていた女性が驚いたような顔を向けた。
そして大柄な女性が振り返る。

「サキちゃんじゃん」

サキが手招きすると、その女性──マーサは彼女の元へと大股で近づいてきた。

「ごめんごめん、全然気づかなかったよ。なんだ、ミヤも一緒なん…」

陳列棚の前で干からびたトカゲのシッポを持って顔をしかめるリサコに目を向け
マーサはそこで言葉を切った。そしてサキに顔を近づけ囁くように言った。

「誰?」

視線を感じたのか、リサコはカウンターを二度見し
マーサに気づくとトカゲを放り投げ駆け寄って頭を下げた。

「はじめまして、りしゃこです!」
「リシャコちゃん…」

マーサが呟く。リサコが反論するよりいち早く、ミヤビが口を開いた。

「リシャコじゃなくて、リサコちゃん。ほら前にさぁ、言ってたじゃん
 助手が欲しいって。だから連れてきたの」

「このコが?」

マーサはリサコの顔を覗き込んだ。
10 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:46
サキ、ミヤビ、リサコと三人並ぶとリサコが一番背が高い。
がマーサはさらに上背があった。しかも華奢な三人に比べ体格がいい。
あまりの迫力に、リサコはぎこちない笑みを作った。

「いくら?」

まじめ顔を崩さずマーサは訊いた。
意味が分からずリサコは「へ?」と頼りない声を上げた。
すぐさまサキが答える。

「お給金はいらない。あと衣食住はウチで面倒見るからさ。
 お店手伝う見返りに、このコに魔法教えてあげて欲しいんだ」

「魔女になりたいんだってさ」

ミヤビが言うとマーサは「魔女!?」と呟いて唸り声を上げた。

「ほら、ウチらもさ、もうひとりぐらい魔法使えるコが欲しいなって思ってたんだ。
 そんなに難しいのじゃなくても、簡単な回復系の魔法を教えてくれればいいんだけど」

「そうそう! チィひとりじゃ頼りなくって」

ミヤビが言うと「チィに怒られるよ」とサキは肘でつついた。
相変わらずまじめ顔のまま一言も発しないマーサをリサコは不安げに見つめていた。

カウンターに手をついてミヤビが飛び跳ねる。

「もしこのコが天才的な白魔術師になってもさ、マァんとこで薬草は買うから。
 うんって言ってよ!」

サキが顔の前で手を合わせ「お願い!」と呟いた。
リサコもそんなふたりを見て「お願いします」と頭を下げた。
11 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:48
「モモォー!!」

マーサがリサコに視線を向けたまま大声をあげた。驚いたリサコが顔を上げる。
「なにぃ〜」と甲高い声と共に、先ほどまでマーサと談笑していた女性が現れた。

マーサはびっくり顔のリサコの前に掌を差し出した。

「紹介するよ。今度ウチの手伝いをしてくれることになった…えっと、なんだっけ?」

「ホント? いいの!?」

サキが声を上げるとマーサは腕組みをして眉を寄せた。

「サキちゃんに頼まれたら断るわけにいかないじゃん」

「マーサ、ありがとぉ!!」

大喜びするサキとミヤビをよそに、まだ事態を把握していないのか
リサコはきょとんとしていた。

ミヤビに肩を揺すられ「雇ってくれるって。ほら、自己紹介しないと!」
と言われ初めて笑みがこぼれた。

「りしゃこです! よろしくお願いします!!」

「リサコちゃんね」すかさずサキがフォローする。

「へぇ〜リサコちゃんかぁ。また可愛らしいお手伝いさんだね。
 ワタシ、モモ。ここの隣で武器屋をしているモモコね。よろしく」

とモモコが手を差し出す。リサコははにかみながら両手でしっかり掴んだ。

「モモ、小指立ってるよ」とミヤビに小声で指摘されモモコはピンと立った小指を
慌ててしまい「もぉ〜」と恥ずかしそうに体をくねらせた。

「小指立つのが癖なんだ」リサコの耳元でサキがそう囁いた。
12 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:50
「えっと、あとクマイちゃんは居ないんだっけ」

カウンターの中を見回しながらマーサが言う。

「クマイチョーなら、また旅に出てるんじゃなぁい。ここ三日ぐらい見てないよ」
モモコが答える。そしてリサコに向かい
「ウチの隣でね、旅に必要なものを一通り揃えてるお店があるの。道具屋さんね。
 そこのコがユリナっていうんだけど、本人が旅好きで今も居ないの」

「馬とか馬車も扱ってて、ウチらも遠出するときはクマイちゃんトコで借りるんだよね」

サキの言葉を受けてミヤビが続ける。

「今も一頭借りてるんだよね、クマイちゃんトコで」

「あのぉ、とっても不思議なことがあるんですけど」

こめかみに人差し指をあてリサコは小首を傾げた。他の四人が視線を向ける。

「そのお店のヒトは、ユリナさんってヒトなんですよね」

全員が一斉に頷いた。ユリナという名前に、なんの疑問が浮かぶんだという風に。

「なんでみんな、クマイちゃんとかって呼ぶんですか?」

ほんの少し間をおいて、今度は全員が一斉に首を傾げた。

「なんでだっけ?」モモコが天井を見上げ呟く。
「熊を素手で殴り倒したとか、そんなんだったっけ」
13 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:52
「いや、蹴ったんじゃなかった? なんかさ、踵落しとかってやつで。
 確か、チィが見たとか言ってた気がする」

サキがそう言うと、マーサがカウンターから身を乗り出し、ミヤビを指差した。

「えーっ、ウチがチィから訊いた話では、見たのはミヤだってことだったよ」

するとミヤビは両手を口元にあて、激しく首を振った。

「言ってない、言ってない! そんなこと、ひとっコトも言った覚えないよ」

全員が腕組みをして唸り声を上げる。どうやら出所のはっきりしない噂話のようだ。

「あの、どんなヒトなんですか、クマイちゃんって。怖いんですか?」

熊を倒すぐらいだから、そうとう恐ろしい人物像を思い浮かべたのだろう。
不安げな表情でリサコが訊ねる。
それをモモコが隣にいるマーサに顔を向け、同意を求めるような口調で否定した。

「いや、クマイチョー怖くないよね。どっちかっていうとぽわーんってした感じ」

「ぽわーんってしてんのはモモじゃん。クマイちゃんはほわーんって感じ」

「ぽわーん」と言われ反論しようと口を開きかけたモモコだったが
それより先にミヤビに「クマイちゃんがほわーんで、モモはぽわーんだね」
と頷かれ、恨めしそうにふたりを睨みつけた。
14 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:54
「ぽわーん」と「ほわーん」の違いが分からず首をひねるリサコに
サキが肩を叩いて笑いかけた。

「クマイちゃんのことは会ってみればわかるって。
 とにかく、今日からマァのところで働くの。いい?」

「そしたら立派な魔女になれるよ!」

茶化すように言うミヤビとやさしく微笑むサキの顔を見比べ
リサコはしっかりと頷いた。そしてマーサに向かい改めて頭を下げた。

「がんばってね」

マーサが手を差し出した。それをしっかりと握ってリサコは応えた。

「はい、がんばりまっす!」

「それじゃあ、なにしてもらおっかなぁ。とりあえす…」

と上目遣いで呟いたあと、マーサはリサコに対し初めての笑顔をみせた。

「さっき放り投げたトカゲを棚に戻してもらおっか」
15 名前:第壱話 投稿日:2007/08/31(金) 20:54
 第壱話 ──あなたなしでは生きてゆけない──
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/01(土) 01:34
オモシロソウ、頑張ってくださいね。
17 名前:名無飼育さっ 投稿日:2007/09/02(日) 01:00
名前がちゃんと言えないりしゃこキャワッ!
18 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/06(木) 23:15
「疲れたぁ!」

倒れこみそうな勢いでミヤビは薬屋の扉を開けた。
カウンターの奥からパタパタと足音が聞こえる。
姿を見せたのは、マーサではなくリサコだった。

「いらっしゃいませー」

小首を傾げ精一杯の笑顔を見せる。ミヤビは這うようにして
リサコの元までたどり着き、両腕をカウンターの上に投げ出した。

「マァ居る?」

「どーいったご用でしょうか? ワタクシがおーかがいしましゅが」

笑顔のままそう言ってミヤビの顔を覗き込むリサコに
ミヤビは不機嫌な表情を向けた。

「言えてないじゃん。いいからマァは? 居ないの?」

リサコは体を起こすとふくれっ面でミヤビを見下ろした。
そして武器屋に顔を向け「ママァ!」と怒ったような声を上げた。
そのまま背を向け、わざと大きな足音をたてながら奥に歩き出す。
天秤や薬草などが置かれた机にたどり着き
ふんと鼻を鳴らして腰掛けたと同時に、マーサが現れた。

「ごめん、ごめん。今日さ、モモも居なくって」

カウンター内に仕切りがなく、行き来できるようになっているのは
不在のときに他の誰かが店番をするためである。
その恩恵に一番あやかっているのは、旅好きのユリナだが
モモコやマーサがそのことで不満を言ったことはない。
戻ってくるたびに、希少な鉱石や薬草を持ち帰ってくれるからだ。
19 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/06(木) 23:20
「どうしたの、えらく疲れてるじゃん。夜のお勤め、まだ続いてるの」

「変な言い方しないでよ。そう、四夜連続。しかも、今日は朝から仕事」

ミヤビは力なく手を振った。ゴブリンが現れるオリーブ畑の監視は、今も続いている。
彼女が言うには、昨夜はサキが代わりに赴く予定だったのが
別件が入ったため自分が行く羽目になったとのことだ。

さらに昼の仕事は荷馬車の警護で、想像していた以上にキツかったらしい。

「魔物なんて滅多に出るもんじゃないから、荷台で寝てればいいって話だったんだけど
 積荷って何だと思う? 牛だよ牛! そこらじゅう糞だらけで横になんてなれやしない」

結局、立ったままウトウトしただけだと、ミヤビはぼやいた。

今夜もオリーブ畑に行くのかと訊ねるマーサに、ミヤビは頭をかきむしりながら頷いた。
終わりがあるとすれば、ゴブリンを捕まえるか収穫の終わる秋なのだと答える。

「秋までじゃあたいへんじゃん、早く捕まえないと」

そんなことはわかってるよとミヤビは顔をしかめた。

「一応、チィが仕掛けてくれた罠があるんだけどさ、全然ダメ!
 掛かるの待ってたら、キャプテンの背が伸びちゃう」

「ミヤの背ぐらいに?」

マーサがまじめ顔で訊くと、ミヤビもまじめ顔でかぶりを振った。

「ううん、クマイちゃん抜いちゃうぐらい」

マーサは目を大きく見開いた。「そりゃ、たいへんだわ」
20 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/06(木) 23:22
「ところでさぁ、寝ないでも平気な薬ってある?」

「あるよ」マーサは即座に答え「どこだっけ」と呟きながら薬棚を探った。

待つ間、ミヤビはぼんやりと「十と五でぇ…十五だからぁ…」などと指折りながら
分銅と格闘するリサコを眺めていた。

「ねえ、あのコどんな感じ。ちゃんとやってる?」

リサコに聞こえないよう小声で訊ねる。マーサは薬棚に向いたまま応えた。

「がんばってるよ、店の手伝いも魔法も。ただちょっと計算が苦手みたいなんだよね」

ミヤビに顔だけを向けて片目を閉じる。薬の調合などは、必ず後で確認しないと
とんでもないことになっているのだという。

「ママァーできたよぉ!」

リサコが小さな包みを掲げながら大声を上げた。

「アンタ、いつからお母さんになったの」

ミヤビが訊くとマーサは顔をしかめた。

「変ななつかれかたしちゃったみたい……見たげるから持っといで!」

リサコは頷くと机に散らばった包みをかき集め笑顔でカウンターまで掛けて来た。
21 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/06(木) 23:23
「そうだ、このコ連れてけば」薬を探す手を止めマーサが言った。
「戦うとかムリだけど、見張りぐらいはできるでしょ。そしたらミヤも眠れるじゃん」

「うーん、でもなぁ…」

足手まといにならないか、それが心配だった。
せっかく獲物が現れても、下手に騒がれて逃がしては元も子もない。

「大丈夫だよ。意外としっかり…は、してないかもしれないけど
 少なくとも邪魔にはなんないでしょ…たぶん」

「なに、なに、なに?」

リサコが目を輝かせふたりの顔を見回す。自分の話をされてるとは思ってないらしい。

「リサコさ、ハンターの仕事したくない?」

マーサが訊ねると、リサコは「したい、したい、したい!」と何度も頷いた。
嬉々としてなにをすればいいのか訊いてくる。

「畑の見張り。でさ、魔物が現れたら寝てるミヤを起こすのさ。できる?」

リサコは笑顔でうんうんと頷きながら親指を立てた。
カウンターに突っ伏したままミヤビは冷ややかな視線をリサコに送った。

「ホントにできんのぉ。ゴブリンだよ、ゴブリンが出るんだよ?」

「アタシ、平気だよ! ゴブリンぐらい」

「朝まで見張るんだよ、ウチと交代で。できるの?」

「できるもん!」
22 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/06(木) 23:25
ムキになって返してくるリサコに、本当に理解しているのかとミヤビは不安になった。
だが、寝不足で働きの鈍っている頭で、これ以上考えるのは面倒だ。

「わかった、着いといで」

そう言って立ち上がる。手を叩きながら跳ねて喜ぶリサコに
遊びに行くんじゃないんだとミヤビは苦い表情を作った。

「ちょっと待って」

カウンターから外へ出ようとするリサコを、マーサが呼び止めた。
大股で奥に向かい立てかけてある数本の杖から一本を選ぶ。
リサコの元へ戻るとそれを差し出した。

「これ貸したげるよ。この前教えたじゃん、雷の呪文。ここ…」
と言って杖にずらりと並んだ魔法陣のひとつを指差す。
「この一番上の印を押さえながら唱えると雷が落ちるから」

「へぇー、すごい技持ってんじゃん」

よくも数日という短期間で習得したものだと、ミヤビは素直に感心した。

「じゃ、一回やってみようか」

とマーサが言う。ミヤビは「ここで!?」と素っとん狂な声を出した。「危ないじゃん」

「平気。さ、ここ立って。で、向こうの扉に向かって…」

マーサは左手をリサコの肩に添えながら右手で玄関扉を指した。
真剣な表情で頷いたリサコは、杖の印を親指で押さえながら前を突き出した。
部屋の隅に身を寄せミヤビは不安げにそれを見守った。
23 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/06(木) 23:26
口の中でもごもごと呪文を唱え、リサコは「えい!」と杖を振った。
すると扉ではなく隣の窓の前に、チッという小さな音と共に
糸のように細い閃光が天井から床へと走った。

「はっ? 今のが雷!?」

ミヤビは唖然とした顔をふたりに向けた。
が、マーサはよくやったとでも言いたげに微笑みながら手を叩いていた。
リサコが得意げな表情でミヤビに笑いかけてくる。

「あとね、ここを持ってこう振るともっと命中率が…」

ミヤビの落胆をよそに、マーサはリサコに魔術の指導を始めた。

「やっぱ、ひとりで行くよ」そう呟き、ミヤビはカウンターから薬の包みを掴んだ。
「請求はキャプテンに回しといて」

ふたりに背を向け、手にした包みを振りながら玄関扉へと向かう。
まだ指導を続けているマーサの「うん、わかった」という生返事が聞こえた。

「あっ、待って!」

呼び止めるリサコの声を無視し、ミヤビは扉を開いた。
24 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/06(木) 23:28
「がんばっといで」

ミヤビの後を追って飛び出したリサコに、マーサは手を振って送り出した。
一旦外に出たリサコだったが、扉から顔を見せると片目をつぶって手を振り返してきた。

留守居は真ん中の武器屋で待機する決まりになっている。
扉が閉じるのを確認して、マーサは武器屋に足を進めた。
が、ふと立ち止まって首を傾げる。

「そういや、ミヤってなにしに来たんだっけ?」

一瞬、思いを巡らせるが、まあいいやと言って歩き始めた。
が、カウンターに散らばる薬の包みが目に入り再び立ち止まる。
ひい、ふう、みいと数を数え、顔をしかめた。

「なにぃ、十つくれって言ったのに九つしかないじゃん」

そうぼやいてひとつ包みを開けると、小指の先につけて舐めた。

「やっぱり。配合が逆になってるよ。こりゃヤバイね。そうとう強いよ、効力が」

ぶつぶつ言いながら包みを全部ゴミ箱に放り込む。
そして武器屋に向かいながら、最後にこう呟いた。

「またムダになっちゃったじゃん、睡眠薬がさ」
25 名前:びーろぐ 投稿日:2007/09/06(木) 23:31
「雷」は「かみなり」ではなく「いかずち」、「いかずちのじゅもん」です。

>>16
アリガトウ、頑張ります。

>>17
今回ものっけからカミカミです。
26 名前:名無しなの 投稿日:2007/09/07(金) 00:51
作者さん更新乙です
カミカミでもそこがキャワワです♪
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 00:32
り、り、りしゃこは、かずまちがえたりなんかしてないもん
28 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/16(日) 00:17
「うわぁ、綺麗!」

夕日に染まるオリーブ畑を目にし、リサコは感嘆の声を上げた。

「これ全部オリーブの木?」

ミヤビの服をひっぱりながら、山の斜面に整然と並ぶ木々を指差す。
「うん、そう」とそっけない返事が返ってくる。

「あっ、あそこに小っちゃく見える、赤い屋根ってママたちの店だよね」
「そう」
「じゃあ、あっち緑の屋根がウチらん家ってこと?」
「そう」
「……ミヤ、ちっとも見てないじゃん!」

憤るリサコに、足元を見ながら「毎日来てるんだから見なくてもわかるよ」と
ミヤビは応えた。なにやらさっきから同じ場所を行ったり来たりしている。

「これもダメかぁ…まあ、もって十日だって言ってたし」

そう呟くとリサコには目もくれずスタスタと歩き出した。
そしてまた別の場所で、同じ行動を取る。先ほどからそれを何度も繰り返していた。

「なにやってんの?」

「ん? 罠のチェック。リサコもやる?」

ミヤビに訊ねられリサコは元気よく頷いた。

「じゃあこっちおいで」
29 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/16(日) 00:19
ミヤビに着いてしばらく歩くと古びた小屋の前に出た。
収穫時に使われる収納庫なのだという。
扉の前の石畳に、大きな円が描かれている。

「これはさすがに使えるね。リサコ、あの中に入って」

とミヤビが円を指す。リサコは言われるまま足を進めた。
線をまたいだ瞬間、ほのかに光ったような気がした。中心まで行って振り返る。
ミヤビが戻っておいでと手招きした。リサコはひとつ頷いて駆け出した。

「走ると危ないって!」

「えっ? 痛っ!!」

突然なにかにぶつかった。そのまましりもちをつく。
顔を上げると、呆れ顔のミヤビが近づいてくるのが見えた。
自分とミヤの間にはなにもない。でも確かになんかあった──リサコの顔が不安でゆがむ。

「もう、だから言ったのに」ミヤビが手を差し伸べ、リサコを助け起こした。
「どっか怪我してない?」

そう言ってリサコの体をあちらこちら眺めた。
そして視線を顔に向けると、プッと吹きだした。

「オデコ真っ赤!」

リサコは慌てて両手で額を隠した。恥ずかしさで、今度は顔全体が真っ赤になる。

「えっ、これなに? どういうこと?」

そう訊ねるとミヤビはにんまり笑って、おもむろに体を後へと倒した。
が、地面に倒れこむことなく、ある程度のところで傾きが止まる。
完全にバランスを崩しているのに、まるで壁にもたれかかるように静止している。

「これが、チィの作った罠」
30 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/16(日) 00:21
リサコはそっと手を前に伸ばした。なにもないはずなのに、冷たい感触が指先に走る。
思い切って両手で触れた。わずかに湾曲しているのがわかる。
叩くとパンパンと軽い音がした。

「ホントだ、壁がある!」

「で、ここが天井」上に伸ばしたミヤビの腕が、肘が少し曲がったところで止まる。
「これ以上高いと鳥とかが引っかかちゃうからね」

リサコは辺りを見回した。本当になにもない。頬を撫でる風さえも感じる。
完全に密閉された空間に閉じ込められているとは、到底信じられなかった。

「これ、どうやって出るの?」

リサコが訊くと、ミヤビは地面に描かれた円の一部を指差した。
屈んでよく見てみると、円は単純な線で描かれているのではなく
様々な図形によって形成されていた。
その一部が途切れていた。調度、指二本分ぐらいの幅で。

次にミヤビは夕日を指した。

「太陽の方向に魔法陣の途切れた部分ができるの。ここにこうやって触れて…」

腰を落として人差し指と中指をその場所に押し付けると
クラウチングスタートのような体勢から、一気に円の外に飛び出した。

「ね。やってみて」

促されリサコも同じように指先で地面に触れた。
また頭をぶつけそうな気がして、ゆっくりとしか動けない。
視線を地面に落とし、確実に線を越えたところで脚に力をこめた。
体勢を崩し思わず転びそうになる。
が、体は無事に罠の呪縛から解き放たれていた。
31 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/16(日) 00:24
「これ、キーっていうんだけど、夜は月の出る方向にできるのね。
 あと、松明とか灯りで照らしてもできるの。新月の夜とか曇ってる日なんかは困るから」

ミヤビがそう説明すると、リサコは腕組みをしてうなり声を上げた。

「これ作ったヒト、凄いねぇ。ホント凄い!」

「凄い…はずなんだけどねぇ。なんせ、掛かんないから」

掛からないのとリサコが訊ねると、ミヤビは人差し指で頭をかきながら頷いた。

「足跡のあった辺りを中心に十三個仕掛けて、九日の間で掛かったのは
 子ダヌキが一匹とイタチの親子が一組」

あとは昼間に遊んでいた近所の子供が一人、誤って入ってしまい
出られなくなって泣いていたことがあったということだ。

「チィの罠っていっつもそうなんだよね。間が悪いっていうか、運がないっていうか」

もうひとりのハンターであるチナミとは、まだ顔を合わせていない。
なんでも、魔物がよく出没する大きな街の結界造りに出向いてるそうで
その話を聞いた際も、リサコは「凄い」を連呼した。が、サキによると

「あちこちからいっぱい集められた魔術師の一人だからね。凄くなんかないよ」

ということらしい。

「さっ、行くよ。日が暮れる前に全部チェックしないと」

物思いにふけっている間に、ミヤビは次の罠へと向かっていた。

「待って!」と叫んでリサコは慌てて後を追った。
32 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/16(日) 00:26
結局、機能していた罠は約半数の六つだけだった。
その位置とこれまでの目撃証言を踏まえ、今夜の監視場所をミヤビが決める。
選んだのは山の中腹、オリーブ畑がほぼ見渡せる草むらだ。
当然のことながら、罠の生きていた収納庫などは死角になっている。

ふたりは並んで座り、畑の監視を始めた。
しばらくして依頼人らしき初老の男が、差し入れだといってブドウ酒とパンを持ってきた。
なにか必要な物はと訊ねる男に、今日はなにもいらないとミヤビが答える。
すると男はそのまま立ち去り、二度と現れなかった。

ミヤビが言うには、監視場所が岩場だったり冷え込みそうな夜の場合
毛皮の敷物や毛布などを持ってきてくれるとのことだ。

「それ、なに?」

リサコはミヤビの手元にある長い棒を指差した。

「これ? 昆っていうの。遠い異国の武器」

そう言うとミヤビは昆を持って立ち上がった。長さは彼女の背丈を少し超える程度。
ミヤビはそれを右に左にそして背中にと器用にくるくる回転させながら振り回した。
最後に一歩踏み出し、えいとばかりに力強く突く。

「どう?」と笑いかけるミヤビに、リサコは手を叩きながら感嘆の声を上げた。

が、サキから「ミヤは剣の使い手」と教えられたことを思い出し、それを話すと

「ゴブリン程度だったらこれで充分。刃物なんて無粋だよ」

と言ってミヤビはすとんと腰を落とした。
そうなんだと呟いたリサコだったが、実のところ言ってる意味はよくわからなかった。
33 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/16(日) 00:27
「リサコはあそこの小屋から左側ね。ウチは逆っ側を見てるから」

ミヤビの指す先を真剣に見つめながらリサコは頷いた。
気持ちを引き締めるように口元をぎゅっと絞る。

クロスした脚を抱きかかえ、足元から肩に昆を立てかけて座るミヤビを真似て
リサコはマーサから借りた杖を肩に立てかけ同じ姿勢をとった。
そうすることで、自分も彼女のように強くなったような気がした。

あたりはどっぷり暮れていた。見上げれば降ってきそうな星空
眼下には月明かりに照らされ、さわさわと風に揺れるオリーブの木々。
あまりに美しい光景に仕事を忘れ、リサコは思わず目を細め微笑んだ。

「リサコ」

「なに?」突然、話しかけられリサコは表情を引き締めた。

「眠いんじゃないの? だったら先に寝ていいよ」

どうやらぼんやりと風景を眺めているさまが、ウトウトしているように映ったらしい。
リサコはかぶりを振った。

「平気。ミヤこそ、ずっと寝てないんでしょ」

「ウチは大丈夫。マァから貰った薬があるから…」

と、そこまで言ってミヤビは「あっ」と声を上げた。どこだったっけと懐を探る。
小さな包みを取り出し、早めに飲んどかないと効かないからと薬をブドウ酒で流し込んだ。
ごくりと喉を鳴らすミヤビに、リサコは話しかけた。

「じゃあさぁ、お話しない?」
34 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/16(日) 00:29
「いいよ、なに話す?」

「ミヤはさぁ、なんでハンターになったの?」

「うーん……」

ミヤビは唸ったまま黙り込んでしまった。あまりにも長い沈黙に、リサコが顔を向けた。
すると彼女はリサコを一切見ることなく「監視!」とオリーブ畑を指差した。
リサコは慌てて視線を戻した。

「惚れちゃった…のかな、サキちゃんに」

「えっ!?」

ついさっき注意されたばかりだというのに、リサコは思わず顔をミヤビに振り向けた。
だが、ミヤビは顔を戻せとは言わなかった。ちらりとリサコに目を向けすぐに戻した。

「そんな顔しないでよ。変な意味じゃなくって、人柄とかそういうのにだよ。
 あとチィとかぁ、バックアップしてくれる、マァやモモやそれとクマイちゃんとか。
 こう、なんて言うの? 一緒にいると楽しいんだよね。みんな仲間だなって思ったり」

ミヤビは言葉を選ぶように、ゆったりとした口調で続けた。

「ウチさぁ、別にハンターになりたかったわけじゃないんだよね。
 たまたまサキちゃんに一緒にやんないって誘われたからなっただけで
 もしマァに誘われてたら、今のリサコみたいに店手伝ってたかもしれない」

「お薬屋さんの?」

「自分で商売始めてたかも知れないけど。とにかく、居心地がいいんだよね
 みんなといると。だからハンターになった…っていうよりここにいる、みたいな」
35 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/16(日) 00:31
「仲いいんだね」リサコが言うと

「ウチがこんなこと言ってたなんて、みんなには言わないでよ」

とミヤビは照れたような笑顔をリサコに向けた。
が、すぐに不機嫌な表情になり、ぷいと顔を背けた。

「もう! ニヤニヤしてないで、ちゃんと監視してよね!!
 遊びに来たんじゃないんだから、まったく…」

リサコは舌を出して首をすくめた。正面に目を戻す。
どうやら、ミヤビには馬鹿にしたような顔に映ったらしい。

──そうじゃないのに。ワタシもその仲間に入れるかなって思っただけなのに──

訊きたかったがリサコは訊かなかった。
本当の仲間なら、そんなことは口に出さなくてもわかるようになるはずだから。

月明かりに照らされたオリーブ畑は、変わらず静かだった。

「そういえば訊いたことなかったけどさ、リサコはなんで魔女になりたいの?」

「ワタシ!? ……ワタシはねぇ」

右に左にと頭をくねらせながら、体を前後に揺らす。
改めて身の上話を聞かせるのは、なんだか気恥ずかしかった。
36 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/16(日) 00:31
「ちっちゃい時にね、あの、ホントにちっちゃい時に…あれどこだったかなぁ
 山だったかな、迷子になったの。その、そんなに大きな山じゃないんだけど
 やっぱりほら、ちっちゃかったから……」

記憶の糸を手繰りながら懸命に喋るが、どうも話がまとまらない。

「それで暗い森の中を歩いているとね、なんか泣きそうになって。
 でもね、泣かなかったんだよ! ガマンしたの。でもね……」

「ふわぁ〜」

間の抜けた声が聞こえてきた。

「もう、ちゃんと聞いてよ!」リサコが睨みつける。

「ゴメン、ゴメン。ちゃんと聞いてる…よ」

言いながらミヤビは目をこすった。リサコは這うようにして体をよせた。

「眠いの?」

「う〜ん…もうちょっと早めに薬飲んどけばよかったね」

と笑顔を見せるものの、そうとう辛そうな様子だ。
リサコが寝てもいいよと言うと、一旦は大丈夫と首を振ったミヤビだったが

「じゃ、ちょっとだけ横になってもいい?」

「うん、ちゃんと見てるから」
37 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/16(日) 00:33
「あの…」と言いながら畑の中でもひときわ背の高いオリーブの木を指す。
「木の上に月がきたら起こして。交代するから」

リサコが首を縦に振ると、ミヤビは体を重そうにゆっくりと横たえた。
が、すぐさま起き上がると、鼻がくっつきそうなぐらいリサコに顔を近づけた。

「でも、それまでにリサコが眠くなったら、遠慮しないで起こすんだよ」

その真剣な眼差しに、リサコは思わず身を引いた。何度もうんうんと頷く。
可笑しいわけでもないのに、なぜか口元に笑みが浮かんだ。

「ムリは絶対にダメだからね。ふたりとも眠り込んじゃって、気づいたら朝でした
 は最悪だから。その上、畑荒らされたりでもしたら、信用問題に関わるんだから。
 わかった?」

わかったとリサコが答えると、ミヤビはゆっくりと瞼を閉じた。
そしてそのまま落ちるようにして倒れこんだ。

「ミヤ?」

名前を呼ぶリサコに、ミヤビは寝息で応えた。
38 名前:びーろぐ 投稿日:2007/09/16(日) 00:37
>>26
今回はカミませんでしたがグダグダになりました。

>>27
その通りです。リサコはちゃんと数えられます。
両手の指使って10までなら。
39 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/20(木) 23:11
ひとりっきりになると、なんだかひどく静かになった気がした。
耳がおかしくなったのではないかと思い、体を揺すってわざと衣擦れの音を出す。

かと思えば、なんの前触れもなく突風が吹き、ザワザワと木々が騒ぎ出す。
すでにゴブリンはすぐ近くまで来ているんじゃないかと不安になり
リサコは辺りを見回した。

ごくりと唾を飲み込み視線を落とすと、背中を丸め熟睡するミヤビのそばに
昆が転がっているのが見えた。

リサコは立ち上がり昆を手に取った。見た目の印象と違い、かなり重い。
見よう見真似で振り回してみるが、ミヤビのようには上手くいかなかった。
ほんの少し動いただけなのに、もう息が上がっている。
昆を放り出し、今度は杖を手に取った。

濃紺の草むらに白く浮かび上がる岩肌を敵に見立て呪文を唱える。
えいと杖を突き出すと、あらぬ方向に細い光の筋が走った。

眉を寄せ肩を落とす。思わずため息が漏れた。
下唇をかみ締め気合を入れなおし、リサコは再度挑戦した。

呪文を唱え杖を突き出す。さっきよりは岩肌の近くに落ちた。

何度か試すうちに三度に一度は標的の近くに雷が落ちるようになった。

肩で息をしながら腰を下ろす。心地よい疲労感と共に、軽い興奮が体中を駆け巡る。
今なら、ミヤビに頼らずゴブリンに勝てる気がする。

「さあ、来い!」

小さいが力強い声で、気合を入れた。夜はまだ始まったばかりだ。
40 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/20(木) 23:12
 
41 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/20(木) 23:14
「!!」

顔を上げたその瞬間、リサコは自分がどこにいるのかわからなかった。
すぐにオリーブ畑を監視していたんだと思い出す。
急いで辺りを見回した。先ほどよりもずいぶん暗くなった気がする。

頬に触れると、膝に押し当てていた型がついているのが感触だけでわかる。
どうやら、知らぬ間に居眠りしてしまったようだ。

天を仰ぐと、うす雲のかかった月が、すでに背の高い木の上を通り過ぎていた。
慌ててミヤビを起こそうと彼女に近づくが、ザワザワと木の揺れる音がして動きを止めた。

今はほとんど無風状態。木々を揺らすほどの風は吹いていない。
リサコは口を半開きにしたまま、音のするほうに目を凝らした。

顔を逸らさないようにして、ミヤビの肩をつついた。だが反応がない。
両手を添えて激しく揺らす。それでもミヤビは起きなかった。
「う〜ん」とうなり声を上げ、リサコの手を払いのけただけだった。

しかたなく、リサコは自身の目で確かめようと這い出した。

恐怖心がないといえばウソになる。だが監視場所と畑とはそうとう離れていた。
相手に見つかっても、すぐさま襲われるということはないだろう。
それに加え初仕事の高揚感と、居眠りをしてしまった罪悪感がリサコを大胆にさせた。

目を見開いたり細めたりしてみる。
闇は深く、全ての木が揺れているようにも、揺れていないようにも見えた。

距離もまったくつかめない。一箇所から聞こえるのか、それとも移動しているのか
それさえわからなかった。
42 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/20(木) 23:15
膝の辺りになにか硬いものが当たった。リサコは思わず飛びのいた。
おそるおそる顔を近づける。よく見てみれば、それは杖だった。
手を胸に当て息をつく。そして杖を手に取ると、リサコは思い切って立ち上がった。

腰を屈め畑に近づく。音のする方向はまだ定まっていなかった。
右に行ったり、左に行ったり、時に立ち止まって確認する。
慎重に、そして確実にリサコは歩を進めた。

「痛っ!」

なにかが足に引っかかった。リサコはそのまま転倒した。
痛みをこらえ、立ち上がろうとしたその瞬間、音が途絶えた。

気づかれた──リサコはその場に伏せた。

永遠とも思える沈黙が流れた。先ほどまで聞こえていた物音が
錯覚だったのではないかと思うほど静かだ。

月を隠していたうす雲が晴れた。オリーブ畑を淡い光りが照らし出す。

リサコは息をするのも忘れ、目を見開いて畑を凝視した。
どんな些細な変化も見落とさないよう、全神経を集中させる。

「ヴゴォ」

不気味な声がした。リサコは反射的に顔を振り向けた。

すぐ近くの背の高い草むらに、なにやら蠢く小さな影があった。
影には赤く濁った光がふたつあり、リサコをまっすぐ見据えていた。
リサコの顔から血の気が引いた。

ゴブリンはオリーブ畑ではなく、監視場所と畑の間の、草むらに潜んでいたのだ。
43 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/20(木) 23:17
リサコは石のように固まってしまった。頭の中が真っ白でなにも考えられない。
両の目はしっかりとゴブリンを捉えていたが、まるで騙し絵を見ているようで
意味のない陰影がフワフワと漂っているようにしか感じられなかった。

「グオオオオオ!」

雄たけびを上げ、ゴブリンがいきなり立ち上がった。

体が勝手に反応していた。恐怖心を感じる間もなく、リサコは走り出していた。
どれくらいの時間が経っただろうか、なにも考えず闇雲に走ったはずなのに
いつの間にか監視場所に戻っていた。

リサコはミヤビの元に倒れこむと、彼女の体を力一杯揺すった。

「ミヤ! ミヤ! 起きて、ミヤ!!」

懸命に呼びかけるが、一向に目を覚ます様子がない。
いつ襲い掛かられるかと振り向いたリサコだったが
意外なことにゴブリンは少し離れた草むらでこちらを伺っていた。

どうやら、もうひとりいることに気づき、警戒しているらしい。

「ミヤ! どうしちゃったのミヤ! 起きてよ、早く起きて!!」

ゴブリンはゆっくりと近づいてきていた。
低い唸り声を上げ、探るように首を伸ばす。

このままでは、ふたりともやられるかもしれない。
リサコは辺りを見回し杖を探した。が、どこにもない。
視線を手元に移し、そこでようやくずっと左手に持っていたことに気づいた。
44 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/20(木) 23:19
右手に持ち替えようとするのだが、しっかりと握られたまま手から離れない。
人差し指から順番に、一本一本引き離す。
その間にも、ゴブリンとの距離は縮まる一方だ。
どうやらミヤビが起き上がらないことに気づいたらしい。

ようやく右手に持ち替えたときには、かなり近くにまで来ていた。
リサコはゴブリンの目が自分を捕らえているのを確認すると
ミヤビに被害が及ばぬよう、正面を向いたまま左に数歩、跳ねた。

「グオオオオオ!」

ゴブリンが立ち上がった。リサコは呪文を唱え杖を突きつけた。

相変わらず、あらぬところに細い光りの線が宙を走っただけだったが
ゴブリンは小さな雷の落ちた方向に顔を振り向け、体を縮めた。

──ゴブリンは臆病な魔物だから、気配を消しておかないと現れないよ──

来る道中に聞いた、ミヤビの言葉がよみがえる。
今のリサコにゴブリンを倒すことは、到底ムリな話だが
追い払うぐらいならできるかもしれない。
捕獲するのが役目なのに追い払うなど、無論ハンターとしては失格だ。
だが、自分やミヤビが傷つけられるのは耐えられなかった。

リサコはごくりと唾を飲み込み、一歩前に出た。

「えい!」

呪文と共に杖を突きつける。今度も命中はしなかったが
雷が落ちた瞬間、ゴブリンは怯えたように頭を下げた。
45 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/20(木) 23:20
もう一発おみまいしてやろうと、リサコが呪文を唱える。

とその時、ゴブリンがおもむろにミヤビの方を向いた。
雄たけびを上げると、彼女に向かって一直線に走り出した。

「ダメェー!」

リサコは悲痛な叫び声を上げた。慌てて杖を振り向ける。
雷は見事にヒットした。が、それはゴブリンにではなく、眠っているミヤビにだった。

「ゴメーン!!」

左手を口元にそえ、ジタバタと足踏みをする。「あばば」している暇はない。
雷が落ちても右腕がピクリと上がっただけでミヤビは目を覚まさず
ゴブリンはすぐそばまで駆け寄ってきている。

リサコは神経を集中し呪文を唱えた。もう失敗は許されない。
えいと杖を力一杯ゴブリンに振り向ける。

「ブギャー!」

今度こそ、ゴブリンに命中した。膝頭を押さえ草むらを転げまわる。
殺傷能力はないが、当たると結構痛いらしい。ゴブリンはなかなか起き上がらなかった。

「やったぁ!」

リサコは飛び上がって喜んだ。だが、すぐに恐怖に変わった。
ゴブリンがゆっくりと顔を上げた。リサコを睨みつける。
その目には怒りが浮かんでいた。
46 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/20(木) 23:22
「ギィヤアアア!!」

雄たけびを上げ、ゴブリンが突進してきた。
リサコは二度三度と呪文を唱えたが、まったく命中しなかった。
それどころか、怒り狂ったゴブリンは怯みもしなかった。
まっすぐリサコに迫ってくる。

耐え切れなくなって、リサコは背中を向けた。が、その判断がまずかった。
すぐに追いつかれ、腰の辺りを殴打された。リサコはその場に倒れた。

なおも襲い掛かるゴブリンに、杖を振り回して応戦する。
立ち上がろうとするのだが、そのたびに殴られ引っかかれ
何度も組み伏せられた。

でたらめに振り回していた杖が、勢いあまって手から離れた。
リサコはしまったと顔を歪めたが、偶然にも杖はゴブリンに向かって飛んでいった。
ゴブリンが避けようと頭を抱えてしゃがみ込んだ。

逃げるなら今しかない。リサコはすぐさま立ち上がり、脚に目いっぱい力を込めた。

何度も転倒したり木にぶつかりながらも、リサコは必死で逃げた。
背中に奇声が突き刺さる。振り返るとゴブリンはたえず一定の距離を置いて
追いかけてきていた。

が、脚を休めようと立ち止まると、ゴブリンはその距離を一気に縮めてくる。

まるで雛を相手に狩りの練習をする仔猫のようだ。
弄ばれているんだと思うと、恐怖心に加えて悔しさが募り
リサコの目に泪が滲んだ。
47 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/20(木) 23:26
懸命に駆けるのだが、思うように速度が出ない。
もうほとんど歩いているのと変わらなかった。
体力はすでに限界を超えていた。
今、脚を動かしているのは、生きたいとういう思いだけだった。

脚がもつれ倒れこむ。もう顔をかばう気力もなかった。
頬をすりむいたが、そんなことには構ってられない。

ゴブリンがこの時を待っていたかのように速度を上げた。
大きく息を吸い、リサコは最後の力を振り絞って駆け出した。

「痛ッ」

頭をぶつけ、リサコは同じ場所に転倒した。
すぐに立ち上がろうとするのだが、上手く立ち上がれない。
腰が抜けたのかと思ったが、そうではなかった。

なにかがリサコの動きを妨げていた。
立ち上がろうとしても、這い出そうとしても
それをなにかが拒んでいた。なにもないはずの空間にある、なにかが。

そこには壁があった、見えない壁が。

そう、リサコは罠に掛かったのだ。ゴブリンを捕まえるために仕掛けた罠に。
48 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/26(水) 23:48
壁にぴったり背中をつけ、ゆっくりと立ち上がる。
これまでと違う気配を感じたのか、ゴブリンはある程度近づいたところで立ち止まった。

中に入ってきたらどうしよう──退路は絶たれた。リサコは頭の中が真っ白になった。

ゴブリンは警戒しながらも、ゆっくりとにじり寄ってきた。

首を小さく振りながら、リサコは不安げな視線を忙しなく辺りに巡らせた。
ふと、あるものに目が行ったとき、なにか重要なことを忘れている気がした。
迫り来るゴブリンとそれとを交互に見つめ、今日この畑での出来事を反芻する。

──昼間はお陽さま。夜はお月さま──

リサコの目が、大きく見開かれた。肩で大きく息をし、覚悟を決めた。

「来い! さあ、来い! オマエなんか、やっつけてやる!!」

突然の大声に驚いたのか、ゴブリンは立ち止まった。
そして頭を下げて探るような上目遣いになると、今度は左に移動を始めた。

それに合わせリサコも左に移動する。
湾曲した壁を背に移動するリサコに対し、ゴブリンが一定の距離を保ちながら動くため
自然と罠を中心に双方が左回りで対峙することとなった。

なかなかゴブリンは襲ってこなかった。
背を向けるとか倒れこむなど、わざと隙を見せれば襲ってくるかもしれない。
だが、それは危険な賭けだ。速やかな回避行動が取れなければ、命取りになる。

そもそもリサコに、そこまで考える余裕などなかった。
49 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/26(水) 23:49
ゴブリンが動きを止めた。腰を屈め体を縮める。
逆光で闇に沈んだ顔からは、表情を読み取ることができない。
だが、爛々と光る赤い目に、怒りが浮かんでいた。

来る──リサコは身構えた。

「グオオオオオ!」

縮めた体を一気に伸ばし、全速力でリサコの元に突進してくる。
リサコは天を仰ぎ、月を探した。

ゴブリンが罠に侵入したことを見届け
月の出る方向にあるキーを押さえて罠から脱出する。

それがリサコの助かる、唯一の策だ。

タイミングが早ければ、ゴブリンを罠に掛けることはできない。
逆に遅ければ、リサコ自身が襲われてしまう。
視線を上下させ、ゴブリンと月を交互に見る。

ゴブリンが罠に差し掛かる直前、リサコは大きな判断ミスに気づき、青ざめた。
頭が真っ白になる。もうなにも考えられない。
素早く行動すれば、まだ望みはあったかもしれない。
だがリサコには、迫り来るゴブリンを漠然と見つめることしかできなかった。

月はゴブリンの真後ろに浮かんでいた。
50 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/26(水) 23:51
地面が円形にぼんやりとした光を放った。
ゴブリンが罠との境界線を越えたのだ。

逃げなければと思うのだが、足が動かない。
無意識に背中を壁に押し付ける。
恐怖で顔が引きつっているのが自分でもわかる。

そうとうひどい顔、してるんだろうな。
こんなの、他人には見せられないや。

お月さま、まん丸でキレイ。
そっか、今日は満月だったんだ。

ほんのわずかな時間にも関わらず、様々なことが脳裏をよぎった。
それも、この危機的な状況とはまったく無関係な内容ばかりが。

「ギャアアア!!」

ゴブリンがリサコに向かって跳躍した。
リサコは声を発することもできず
目をつぶって頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。

その直後、背後から声がした。

「伏せて!」
51 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/26(水) 23:52
それは瞬きをするほどのわずかな時間でしかなかったが
リサコにとっては永遠とも思えるような、永い沈黙だった。

いつまで経っても襲われる気配がない。

リサコはそろりと顔を上げた。

まず視界に入ったのは、ゆっくりと宙を舞うゴブリン。
そして自分の頭上からまっすぐ前に伸びた、長い棒。

遠ざかっていくゴブリンは、ドンと腹に響く低い音をたてると
一瞬、中空にとどまり
その後ズルズルと滑るようにして地面に落ちた。

ゴブリンが消え去った空に、月が現れた。

月はちょうど長い棒の先端にあった。

まるで自分の頭から生えた角が、満月を突き刺しているように思えた。

リサコは振り向いた。そこには、昆を突きたてにっこりと笑う顔があった。

「よくやったね」
「サキちゃん!」

リサコは抱きつこうと、勢いよく立ち上がった。
52 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/26(水) 23:52

53 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/26(水) 23:58
カウンターの上に腰掛け、脚をぶらぶらさせながら、サキは興奮気味にまくし立てた。
奥の机で薬草をすり潰していたマーサが、そうなんだと顔を振り向けた。

モモコに包帯を巻いてもらいながら、リサコはそんなことないよと
照れくさそうに首を振った。

「もう、じっとしててよ」とモモコにたしなめられる。

「だってさ、ひとりでゴブリンを罠に誘いこもうとしてたんだから。ひとりでだよ?」

「ひとりでってさ、そんときミヤはなにしてたのさ」

マーサが問う。椅子を後ろ前にして背もたれに顎を乗せて
ぼんやりしていたミヤビが、慌てて頭を上げ、照れ笑いを浮かべた。

「いや、寝てた…」が怒ったような顔になるとリサコを指差した。
「だってね、起こしてって言ってんのに、起こしてくれないんだもん」

「えっ、起こしたよ。起こしたのにミヤ、起きないんだもん!」

ムキになって返すリサコの頬を、モモコが人差し指をクルクル回しながら突いた。

「どうせあれじゃないの、居眠りしちゃって起こさないといけない時間
 過ぎちゃったとか」

「それは…」当たっているだけに言い返せない。
54 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/27(木) 00:00
「ダメだよぉ、ムリしちゃあさ」

顔の傷に薬草を張りながらモモコが言う。リサコは小鼻を膨らませた。

「ホントだよ、ホントに起こしたんだもん!!」

反論するリサコだったが、モモコもマーサも信用していない様子だった。
いくら寝不足でも、魔物がすぐそばまで近づいているのに
ハンターであるミヤビが目を覚まさないはずがないからだ。

「いや、昨日のミヤはおかしかったよ」

サキが助け舟を出す。昨夜は別の場所で警護の仕事をしていたのだが
ふたりが気になり、ほんの少し現場を離れることを依頼主に断って様子を見に行ったのだ。

「そしたらさぁ、ミヤ、ぐっすり眠ってんだもん。揺すっても叩いても起きないんだから」

「どうしたの、ミヤらしくない」

マーサが訊くと、ミヤビは苦笑いを作って、面目ないと頭を下げた。

「なんかさぁ、憶えてないのよ、昨日のこと。今も頭ガンガンするし」

そう言って側頭部を掌で何度も叩く。変なものでも食べたんじゃないかとモモコに言われ
昨日なにを口にしたのか、それすら覚えていないミヤビは、無言のまま首を傾げた。
55 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/27(木) 00:02
どうやっても目を覚まさないミヤビを諦め、サキはリサコの姿を探した。
だが、どこにも見当たらない。少し離れた場所で杖を見つけ
これはただごとではないと、思わず身震いした。

その時だった、髪を微かに揺らす程度の風の中に、獣の臭いを感じ取ったのは。

慌ててミヤビの元に舞い戻り、昆を掴んで臭いをたぐって駆け出した。
そして見つけたのだ、ゴブリンに対峙するリサコの姿を。

「あれさ、結構離れてたし、風下だったら絶対気づかなかった」

ゴブリンに悟られないよう気配を消し、小さい体をさらに小さくして
リサコの背後からゆっくりと近づいたのだという。

そしてゴブリンが襲い掛かると同時に、彼女も一気に駆け寄った。

「でさ、なにが凄いかっていうとね、ウチが『伏せて』言う前にリサコ、頭下げたの。
 言う前にだよ? 凄いでしょ!」

「でもさぁ、それって怖くなってしゃがんだだけじゃないの?」

今日のモモコはやけに鋭い。リサコは縦とも横ともとれるような方向に首を振った。

「それは違う。ちゃんとウチが近づいてるのわかって下げたんだよ。
 だってギリギリだったんだもん。リサコ、そうだよね?」

そう断言するサキに、リサコは曖昧に微笑んで返した。
否定できるような空気ではなかったし
かといってサキの主張を胸を張って肯定するほど
リサコの神経は図太くもなかった。
56 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/27(木) 00:03
「とにかく、あの時はね、思った。なんかさ、心が通じてるなって」

感慨深げに語るサキをちらりと見ながら、マーサがすり鉢の粉末を紙に移した。

「一緒に行かせて、正解だったでしょ」

「正解、正解。ミヤなんかよりずっと役にたつよ」

とサキはミヤビの顔を覗き込んだ。

「もう、それは言わないでよ。反省してるんだからさ。……リサコ、お手柄」

そう言ってミヤビは手を叩いた。

「でも、次からは無茶はダメだよ」

心配そうに覗き込むモモコの瞳を見返し、リサコははにかんで大きく頷いた。

「モモに言われたくないよね」

マーサの発言に、そうだ、ホントだ、と言いながら皆が爆笑する。
それをモモコが金切り声で反論する。そんな様子を眺めながら
リサコの胸に昨夜のミヤビの言葉がよみがえった。

──ハンターになりたかったわけじゃない。仲間だから。心地いいから。
だから私はここにいる──

リサコはもう、自分が仲間に入れるかなんて訊きたいとは思わなかった。
57 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/27(木) 00:05
「あとさぁ、可笑しかったのがね」

サキがカウンターを飛び降りた。
屈むと自分の背後の床に線を引くように手を動かす。

「ウチがさぁ、リサコだとするでしょ。ここが罠の境界線ね」

マーサに促され、リサコは大きく口を開けて上を向いた。
顎を持たれ薬を口内に注がれながら
なにをしているんだろうとサキを目で追う。

「ウチはね、ゴブリンを突いた後だからまだ外にいるの、境界線のね。
 なのにさ、リサコったらね…」

「んん!」

リサコは薬を口に含んだまま、大きく目を見開いて立ち上がった。

「ウチに抱きつこうとして、こうやって立ち上がったの!
 したら、おでこガーンって」

笑いながらサキは額を押さえた。

「ほんとだ、大きな瘤ができている」と、モモコがリサコの顔を覗き込む。
椅子の背もたれを叩きながら、ミヤビが大笑いしていた。
冷めた顔でマーサが「バッカじゃないの」と水の入った杯を差し出した。

リサコの顔が真っ赤になる。

「もう、言わないヤクショクでしょ!!」

リサコの口から白い粉が、雪のように舞った。
58 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/27(木) 00:07
第壱話 ──あなたなしでは生きてゆけない──
59 名前:第壱話 あななし 投稿日:2007/09/27(木) 00:07


                            ── 完 ──
60 名前:びーろぐ 投稿日:2007/09/27(木) 00:09
第壱話完結です。
読んでくださった方々、駄文に付き合っていただき
ありがとうございました。

酷評、指摘、苦言など厳しい意見も大歓迎ですので
感想などありましたら、書いてやってください。
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/27(木) 00:35
りさこが可愛すぎる・・・
サキちゃんやるなぁ!
更新乙ですメッチャ楽しいです
62 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/27(木) 03:43
面白いですよ
忘れた頃のカミカミにやられたぁ〜
熊殺しの熊井ちゃん登場にも期待してます
63 名前:びーろぐ 投稿日:2007/10/15(月) 23:12
>>61
有難うございます。リサコ可愛かったですか。それはよかったです。
「あななし組」ですから。やっぱりキャプにはオイシイところを持ってってもらわないと。

>>62
有難うございます。ラストが弱いかなと思っていたので、そう言って貰えるとうれしいです。
クマイちゃんの登場は、もう少し先になりそうです。
でも、彼女中心の話も用意しているので、楽しみにしていてください。

現在、第弐話執筆中ですので、もうしばらくお待ちください。
64 名前:第弐話 投稿日:2007/11/03(土) 00:35
壊れるんじゃないかと思うほどの大きな音をたて、扉が開いた。
天秤片手に薬の調合をしていたマーサは、おもむろに顔を上げた。

カウンターに突進してくるサキの姿が見えた。
その勢いのまま跳ねてカウンターに飛び乗る。
後から昆を手にしたミヤビが現れ、サキの隣に肘を突いた。

「あら、いらっしゃい」

マーサはカウンターまで行くと、腕を突っ張るようにして
両手をカウンターに突き、ふたりを出迎えた。

「ちょっとさ、付き合って欲しいんだけど。十日ほど店、空けれる?」

興奮気味にまくし立てるサキに、マーサは眉をひそめた。

「十日ってさぁ、全然ちょっとじゃないじゃん。待って。……モモォ、大丈夫!?」

武器屋に顔を向け大声を上げる。モモコが人差し指を反り返りそうなほど
強く顎に押し当て、上目遣いで吹き抜けの天井を見上げていた。
相変わらず小指がピンと立っている。

「うーんとぉ……オッケー、いいよぉ」

とOKサインを返してくる。マーサはサキに顔を戻した。

「大丈夫だってさ。なに?」

「あのさぁ、ファイティン城まで一緒に来て欲しいんだよね」

「ファイティン城!」甲高い声がしたかと思うとバタバタと足音をたて
モモコが駆けてきた。「ファイティン城行くの?」
65 名前:第弐話 投稿日:2007/11/03(土) 00:37
ファイティン城は、有名な避暑地にある皇帝直轄の大きな城だ。
その勇ましい名称とはうらはらに、皇族たちが訪れる保養所として使われている。
サキら庶民とは無縁の場所だ。マーサが感心するように唸った。

「へぇ、凄いトコからの依頼だね」

「そうなのよ。アタシもビックリしたんだけどね、なんかね、前に仕事くれた方の
 知り合いの知り合いが、そこの領主の戴冠式かなんかに出て
 なんとかっていう貴族のヒトと話してるときに、なんかわかんないんだけど
 急にさ、ウチらの話になって…」

「サキちゃん、なんかばっかでわかんないや。それよりさ、どんな仕事?」

袋小路に陥りそうになったサキの話を、マーサはそう言って促した。
その隣で完全に無視されたかっこうとなったモモコが、むくれている。
肩を叩き、ミヤビが「そうだよ」と短く応えた。

「モモも行きたい! 行きたい!」

嬌声を上げ飛び跳ねるモモコに、サキたちの会話が途切れた。
うっとうしそうに、モモコの顔に目を向ける。

「ファイティン城からの依頼だったらさぁ、すんごい強いヤツが相手なんでしょ?
 モモさぁ、いっぱい武器とか用意するから。あっ、出張料はサービスするからね」

すでに自分も行くつもりではしゃぐモモコに、サキは大きなため息をついた。

「あのさぁ、モモまでついて来ちゃったら、お店どうすんの」

「留守番だったらリサコがいるじゃん」
66 名前:第弐話 投稿日:2007/11/03(土) 00:39
こともなげに言うモモコだったが、ミヤビが乗り出して顔を近づけ
意地の悪い笑みを浮かべた。

「残念、リサコはチィと別のお仕事。まっ、ひと月は帰ってこないだろうね」

そもそも十日間ものあいだ、リサコひとりで店番が務まるはずがないだろう。
落胆するモモコに、呆れ顔でサキが言う。

「それにね、今回は魔物とかそういうんじゃないの」

「そう。城の敷地内でね、流行り病が出たんだって」

「流行り病? なんでそんな話がキャプテンとこに来んのさぁ」

サキとミヤビの説明に、モモコは怒ったような声を上げた。

「ウチだって知らないよ、紹介なんだから。とにかく、モモはお留守番」

「えー、なんでぇー!」

自分だけ仲間はずれにされたと思ったらしく、あからさまな不満顔でサキを睨みつけた。
ミヤビが肩に手を置き、なぐさめるように言った。

「まだシーズン前だしさ、行ったって寒いだけでなんにもないよ。面白くないって。
 食べ物にしたって、ろくなもんないだろうし」

「でもさぁ、王様とかがどんなところに泊まるのか
 一回でいいから見てみたいじゃんよぉ」

「見れないから」

一介のモンスターハンターが本城なんかに通されるわけないじゃんと、サキははき捨てた。
入れるのは、せいぜい兵舎ぐらいだ。だがモモコは納得いかないらしく

「そんなの、わかんないじゃん」と頬を膨らました。
67 名前:第弐話 投稿日:2007/11/03(土) 00:40
「でさ、症状はね…」

すねるモモコを捨て置き、サキが詳しい状況の説明を始めた。
それをうんうんと一々頷きながらマーサはメモを取った。

「うん、だいたいわかった」

説明を聞き終えたマーサは、頭の中で必要な薬草、薬剤を羅列していった。
あとは実際に患者を看てみないことにははじまらない。

「じゃあ外で待ってるから。急いでね!」

薬棚を探るマーサに声をかけ、サキは慌ただしく店を出た。
その後を続くミヤビが、扉に手を掛けたところで振り向いた。

「そうだ、モモ!」

唇を突き出し拗ね顔でうなだれていたモモコが顔を上げた。

「なに? 連れてってくれるの!?」

「馬車借りてくから、クマイちゃんトコつけといて」

笑顔で言い残し、ミヤビは外に出た。モモコの顔から表情が消える。
旅支度を終えマーサは荷物を肩から担いだ。
68 名前:第弐話 投稿日:2007/11/03(土) 00:42
「行ってくるね」

手を振るマーサに、モモコが駆け寄って腕にしがみつく。

「ねえ、なんかいい方法ない?」

「ないね」

「そんなこといわないでよ! モモさぁ、どうしても行きたいんだぁ」

「そんなこと言われてもねぇ」正直、めんどくさいヤツだと思いながらマーサは唸った。
「うーん……そうだ!」

「なに? なんか思いついたの!?」

「あのさ、あそこに薬棚があるでしょ。あれの上から四段目の右端」

マーサが棚を指差すと、モモコは神妙な面持ちで「うん」と頷いた。

「あそこにさ、腰痛に効く薬草が入ってんのね」

「うん、それで?」

「明日の朝んなったらさ……」

声をひそめるマーサの口元に耳を近づけ、モモコは真剣な表情で頷いた。

「牛飼いのお婆さんが取りにくるから渡しとて」

早口で言い終えると、絡みつくモモコの腕を振り払った。
そしてくるりと背を向け、小走りに扉に向かう。
唖然として声も出ないモモコを残し、マーサは外に飛び出した。

「もう! マァのバカ!」

強い日差しに目を細めるマーサの背中に、扉の向こうから甲高い声が突き刺さった。
69 名前:第弐話 投稿日:2007/11/03(土) 00:43
 第弐話 ──ファイティングポーズはダテじゃない! ──
70 名前:びーろぐ 投稿日:2007/11/03(土) 00:47
もう少し書き進めてから弐話をはじめようと考えていたのですが
あんまり間隔があくのもどうかと思い、更新しました。
楽しんでもらえれば光栄です。

感嘆詞の「もう」と紛らわしいため、モモコの一人称は「モモ」で統一しますが
たいへんテンションが上がる場面などは「モー」と脳内変換して読んでください。

ところで、現在Gyaoで「にょきにょきチャンピオン」配信中です。
壱話の元ネタでもあるので、観たことのない方はぜひご覧ください。
71 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/05(月) 23:08
毎回おもしろいです
…ももがんばれ
72 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/10(土) 00:15
「凄ぉ〜い……」

馬車から身を乗り出し、ため息混じりにミヤビが呟いた。
その隣ではマーサが壮観な眺めに、言葉もなく只々見入ってる。

着いたとサキが声をかけるまでは、車中で居眠りしていたふたりだったが
空をも覆い隠してしまいそうにそびえる城壁と
ドラゴンでも棲んでいるのか思うほどの壮大な城門を目前にし
すっかり目が覚めてしまったようだ。

「皇帝が来城するときにはさ、あの城壁の上に兵隊さんがずらーって並ぶんだってさ」

サキがそう言うと、ふたりは城壁を見上げた。
が、近づきすぎていて城壁の上部がどうなっているのか、まるでわからない。

馬車は壮大な城門ではなく、その脇にある小さな守衛門の前で止まった。
小さいといっても、その辺の小国の城のものより立派で大きい。

サキは馬車から飛び降りると門の横にある小窓に一通の書状を差し出した。
しばらく待つように言われ、馬車に駆け戻る。

「おっかしいなぁ」

城壁を眺めながらマーサが呟いた。「なにが」とサキが訊ねると

「ないんだよ、魔物を排する結界が」

「そりゃあさ、この辺はあんまり出ないから」

「だったらさぁ、こんな城壁いらなくない?」

「きっとあれじゃない」マーサと同じように眺めながらミヤビが口を挟んだ。
「皇帝の威厳っていうやつ。俺はこんだけ偉いんだぞ、って言いたいんだよ」

「そうなのかねぇ」

首を傾げるマーサに、サキは冷ややかに言った。

「人って偉くなっちゃうとね、魔物なんかより、ずっと恐ろしいものができちゃうの」
そしてふたりに向かって片目をつむってみせた。「人間、それも側にいるね」
73 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/10(土) 00:18
城壁を一周できるんじゃないかと思えるほど
長い時間待たされ、ようやく門が開いた。

二騎の騎兵に先導され、菩提樹が立ち並ぶ石畳の大きな通りを進む。
辺りは広大な草原が広がり、右を見ればその向こうに鬱蒼と生い茂った森が
左にははるか彼方に峻険な山がそびえている。

前言撤回、取り囲む城壁を一周なんぞしていたら
何日、いや何ヶ月掛かるかわかったものではない。

知らぬ間に、後方にも二騎の騎兵が付いていた。
四方を囲まれていると、案内されているというより
連行されているような気になり、サキは顔をしかめた。

小高い丘を登っていくうちに、せり上がるようにして城壁が現れた。
ミヤビが気の抜けたような声を上げた。

「あれ、もう反対側? 思ってたより狭いね」

「違うよ、ミヤ」サキがひらひらと手を振った。
「ウチら直営地に入っただけで、お城はあの塀の中」

ミヤビは「ああ」とだけ言って言葉を失った。
マーサは「呆れたね」と呟いて椅子に腰を沈めた。

丘を登りきると、通りの先に城門が見えた。先導する騎兵が槍を掲げる。
それを合図に、門がギシギシと音をたて開き始めた。
門の向こう側には、なにやら木塀のようなものがあり、まだ城内は見えない。
木塀はゆっくりと向こう側に倒れていった。どうやら、塀ではなく跳ね橋だったらしい。

馬車が到着すると同時に門が開ききり、橋も向こう岸に渡った。
そこでようやくファイティン城の全貌があらわになる。
青々とした芝生の向こうに、まさに宮殿と呼ぶに相応しい荘厳な本城が鎮座していた。

これは貴賓を迎えるに当たって計算尽くされた儀式なのだ。
見惚れるミヤビとマーサを尻目に、サキは「なるほどね」と呟いた。
74 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/10(土) 00:20
一行は橋を渡るとすぐに左に折れ石造りの花壇のあいだを通った。
先導する騎兵の一人が振り返り、今はなにも植えられていないが
初夏になると色とりどりの花が咲き乱れるのだと教えてくれた。

大きな屋敷の前で馬車は停められた。
立派な扉の上に皇族の紋章が描かれている。
ミヤビが身を乗り出した。

「これが、兵舎?」

「さすが皇族のお城は違うね」

マーサがそう応じた。が、サキは首を振った。

「違う。ここはたぶん…迎賓館」

迎賓館でないと会えないような人物と対面するのか。
地位が高くなえばなるほど、現場を顧みなくなり頭が固くなる。
これからそんな相手と商談しなければならないのかと思うと
サキは憂鬱になった。

騎兵が馬車に近づき、まるで貴婦人を迎えるように手を差し出した。
サキはそれを辞退し、ぴょんと跳ねて地面に降り立った。
あとのふたりもそれに倣う。ミヤビがマーサの耳元で囁いた。

「モモだったら絶対、受けるよね」

「受けてる。だって、モモの夢はお姫様だから」

三人が通されたのは三階にある見晴らしのいい部屋だった。
天井からはシャンデリアが吊るされ、奥には天蓋つきの大きなベッドがあった。

絨毯の毛足は長く、一歩踏み入れたミヤビから「キャプテン、埋まっちゃうよ」
と言われ、サキは肘鉄で応戦した。
75 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/10(土) 00:22
座って待つようにと言われ、三人は並んでソファーに腰掛けた。

「あそこのさぁ、壷とか結構するんじゃない? ほら見て、窓硝子の透明なこと!
 よっぽど優秀な錬金術師でないと作れないよ。さすがだね」

「ちょっとさぁ、じっとしててよ、みっともない」

もの珍しそうに辺りを見回すミヤビの肩をサキは突いた。

「マァみたいにさ、ドシっと構えててよ」

マーサは両手を膝頭に置いて背筋をピンと張り
顔を正面に向けてただ一点を見つめていた。

「だってさぁ、珍しいんだもん…」

「もう、マァもなんか言ってやって」

サキはそう言ってマーサの膝を叩いた。だがマーサはなんの反応も返さなかった。

「マァ……さん?」

肩を掴んで顔を覗き込む。マーサは相変わらず正面を向いたまま
視線だけをサキに向けた。

「なに? 聞いてなかった」

どうやら緊張で固まってしまっていたらしい。
ふたりともこんなんで大丈夫だろうか。サキの口から思わずため息が漏れた。
76 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/10(土) 00:25
戸口に立つ衛兵が踵を鳴らした。槍を床に打ちつける大きな音が響き渡る。
顔を振り向けると、いかにもお偉いさんといった厳めしい顔つきの男が廊下に立っていた。
敬礼して出向かえる衛兵に、不遜な態度で軽く手を振り応える。

男と目が合い、サキはソファから腰を上げた。
続いてミヤビとマーサが慌てて立ち上がった。

「まあまあまあまあ、どうぞ掛けて、掛けて」

男の表情が変わった。にこやかに笑いながら小走りにサキらに近づく。
その豹変振りに戸惑いながら、サキたちは言われるがままに腰を下ろした。

男は衛師団長という役職と己の名を名乗り、大きな体をソファに沈めた。

「よくいらしてくれた。長旅、お疲れでしょう。
 この部屋はご自由に使っていただいて結構です。
 充分に疲れを癒してくだされ」

背中を丸め手もみするその姿は、衛師団長というより
大きな街の宝石商人のようだ。

「……はあ」

サキが曖昧な返事を返すと、師団長は満足そうに何度も頷いた。

「季節柄、満足のいく食事は用意できないが、その分、景色を堪能してくだされ。
 狩場の森以外なら、領内どこを散策していただいても結構。
 ……おい、今の時期ならどの辺りがいい?」

そう言って衛兵に顔を向けた。廊下を向いていた衛兵が振り向き踵を鳴らした。

「はっ! 陽光の滝などはいかがかと」

「おお陽光の滝か、それはいい。のちほど案内してさしあげなさい。
 ……雪解け水が流れ込んで、さぞかし壮絶な眺めとなっておろうな」

その風景を思い出しているのか、師団長は遠い目をした。

「あの…」サキが口を開いた。

「なんでしょうか?」師団長は頬を緩ませ、身を乗り出した。

「話が見えないんですけど」
77 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/10(土) 00:26
 
78 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/10(土) 00:28
弓矢、昆、短剣、それに白木の杖を絨毯の上に並べ、三人はそのまわりに車座になった。
それぞれ皆、難しい顔をしている。矢を一本手に取りながら、サキがため息をついた。

「せめて、これが魔法の矢だったらなぁ」

「しょうがないよ、だってルートに魔物が出るようなところなかったんだもん」

慰めるようにミヤビは応えた。出発当初は、昆すら必要ないと思っていた。
それを「山賊が出るかもしれないから」と助言してくれたのは、サキだ。
魔法の矢を持ってこなかったからといって、責められるはずなどなかった。

「その杖にはどんな魔法が刻んであんの」

そう言ってミヤビはマーサの膝に手を置いた。
マーサは杖を掴むと目を細めて印を確認した。

「えーと、身を守る結界でしょ、あと罠がふたつ。一応、雷の印もあるけど…」

黒魔術があまり得意でないマーサは、自信なさげに首を傾げた。

「もう一個ぐらいなら印を刻めるんだけど、どっちにしろチィぐらいの魔力がないとね」

「チィ……」

肝心のときにいないんだからと言って、サキはうなだれた。

「これだったらさ、アタシじゃなくって、モモ連れてきたほうがよかったね」

「そんなことないよ」

すぐさまサキが否定した。無理言って着いてきてもらったんだから
マァはなにも悪くないよと続ける。とその時、ノックの音がした。

「お連れ様だとおっしゃる方が…」

二人の衛兵に挟まれ小さな影が現れた。

「来たよぉ!」

黄色い声をあげ両手を振るその姿に、三人は一斉に叫んだ。

「モモ!!」
79 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/10(土) 00:29
知り合いであることを確認した後、衛兵はモモコを部屋に招き入れ自分たちは外に出た。

「うわぁ、凄いお部屋だねぇ。さすが皇帝のお城」

大きな荷物を引きずりながら、興味深げに辺りを見回す。
天蓋付きのベッドに目をやると

「あっ、お姫様ベッド!」

と荷物を棄てて走り出した。ベッドに飛び込み、嬌声を上げながら何度も跳ねる。

「なんで?」サキが声を上げた。「なんでモモがいるの。お店は?」

モモコは白いシーツを身にまとい瞳を閉じて香りを楽しんだ。
そして三人に目を向け、にっこりと笑った。

「あのね、クマイチョーが帰ってきたの。でね、お留守番頼んだら
 いいよって言ってくれたから、急いで来たの」

「よく来た! さすがモモだね」

マーサが手を叩いて歓迎する。ミヤビは跳ねるようにして立ち上がった。

「で、なに持ってきてくれたの?」

「いっぱい持ってきたよぉ」

モモコはそう言って荷物まで駆け戻った。
這うようにして集まった三人の顔を見回し、ひとつずつ取り出す。

「まずねぇ、キャベツでしょ、それと人参。えっと、これ木イチゴね。あとはねぇ…」

目を輝かせ見守る三人の前に、次々に食材が積まれていく。

「それからぁ……ジャン! 最高級の鹿肉!!」

三人の目が点になった。
80 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/10(土) 00:31
「これ…だけ?」

サキが食材の山を指差した。モモコはしっかりと頷いて返した。
言葉を失った三人を尻目に、嬉々として語る。

「ほらぁ、季節はずれだから、美味しいものないって言ってたでしょぉ。
 だからねぇモモ、がんばって買ってきたんだよ。……どうしたの、みんな?」

「あのう、武器屋のモモコさん…ですよね?」

「なにミヤ、変にあらたまちゃって」

「武器は?」

「持ってきてないよ。えっ、だって要らないって言ってたでしょ」

サキが放心したように後ろに倒れこんだ。毛足の長い絨毯に身を沈め、大の字になる。

「モモ…使えない」

「クマイちゃんが来てくれたほうがよかったよ」

腰に手を当て、ミヤビはうなだれるようにしてうつむいた。

「ひどぉーい! なんでそんなこと言うのぉ!!」

モモコはグーにした手を押し下げ、顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。
が、まったく反応しない三人に、次第にトーンダウンする。

「…なんか、あったの?」

「あのさ…」

応える気力もなくしたふたりに代わり、マーサが重い口を開いた。
81 名前:びーろぐ 投稿日:2007/11/10(土) 00:33
>>71
ありがとうございます。
モモコ、がんばってますよ。ただ、ちょっと空回りしてますが。
82 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/11(日) 01:29
さすがモモ!やっぱりモモはこうじゃなきゃw
83 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/16(金) 23:43
「今年の二月ごろから、狩場の森に魔物が棲みつくようになったんだって」

衛師団としては、特に悪さをするわけでもなく、夏までになんとかすればいいだろうと
そのまま放置していたということらしい。

ところが、である。そのころから熱病が流行りだし、よくよく調べてみると
発病者は狩場の森に近づいた者ばかりなのだということがわかった。

たまたまこの地に逗留していた魔術師に調査を依頼したところ
魔物の呪いが原因なのだと判明した。
病気を治すには、魔物を征伐するしかないのだと言う。

「アタシも診せてもらったんだけどね、確かにあれは薬じゃ治んないよ」

慌てた衛師団は精鋭を募って討伐隊を組織した。
だが、結果は魔物に近づくことすらできず、悪戯に病人を増やしただけだった。

「わかった!」モモコはそう言って膝をうった。
「病気を治すことから、魔物退治に依頼が変わったんだ!」

だから武器が必要なんだと納得顔のモモコに、マーサは力なく首を横に振った。

「じゃ、なにぃ?」

苛立ちげにいうモモコに、ミヤビが生気のない顔を上げ言った。

「来月末に、聖都から魔兵団が来るらしいよ、最新鋭の武器持って」

「えっ、だったらなんにも問題ないじゃん」

「おおありだよ!」そう言ってサキが体を起こした。
「三日もかけてさ、馬車駆ってやってきてさ、手ぶらで帰れるわけないじゃん!
 ……第一、わざわざ一緒に来てくれたマァに悪いし」

「アタシはいいよ、こんな豪華な部屋に泊まれたんだし」

室内を見回しながらマーサは言ったが、サキはそんなわけにいかないよと頬を膨らませた。
84 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/16(金) 23:46
そこでサキたちは師団長に、自分たちが魔物を倒すことを提案した。
これは先方としても願ってもない、申し出のはず──だった。

ところが師団長の反応は違った。はっきりと口にはしないが
困ったような笑みを浮かべ、あからさまに迷惑がる様子が伺えた。

「こちらの手違いから、連絡が遅れたことは申し訳なく思っている。
 だからこそ、こうやって部屋を用意し、ゆっくりしてくだされと
 言ってるわけで……」

そう繰り返すばかりで、要領を得ない。

病に苦しむ者のことを考えれば、一刻も早く魔物を退治したいはずだ。
なぜ申し出を拒むのかわからなかった。

さらに食い下がるサキに、師団長は渋々狩場の森に入ることを了承した。
無論、魔物を倒せばそれなりの報酬を支払うと、約束もしてくれた。
ただし、そこでなにが起きても自分たちは関知しないし、責任も取れないと付け加えた。

ようするに、失敗した場合は黙って帰ってくれということだ。

「つまり、ウチら信用されてないのよ」

はき捨てるようにミヤビは言った。

我らでも敵わぬ魔物をこんな小娘に退治なぞできるわけがない。
師団長の嘲笑を含んだ目がそう語っていた。
ならば意地でも退治して鼻を明かしてやる。だが、手持ちの武器では──。

「そういうことね…で、どんな魔物なの?」

「なんだっけ」マーサが天を仰いだ。「サ、サ、サーマ…サ、サーミ……」

「サーミア?」
85 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/16(金) 23:48
「そう、それ! なんでモモ知ってんの?」

マーサはモモコを指差し、大きな声を上げた。

「熱病を起こす魔物で、サーなんとかなんでしょ。サーミアしかいないじゃん。
 それねぇ、水に弱いんだよ。だから雨なんかが降ったら、すぐ死んじゃうよ」

魔物についてさらりと説明するモモコに、三人は感嘆の声を上げた。
武器屋なんだから、魔物の特徴や弱点を知っていて当たり前だとモモコは主張したが
それほど優秀な武器屋だと思っていなかった三人は、驚きを隠せなかった。

「これじゃあ、確かにムリだね」

絨毯の上に並んだ武器を眺め、モモコは呟き立ち上がった。

「じゃあさ、モモが戻って取ってくるよ。えっと、キャプテンには氷の矢でしょ。
 マァはぁ、水の精霊が宿った杖ね。あとミヤはねぇ、なにがいいかな…」

だが三人の意気は上がらなかった。サキが首を振りながら言った。

「それじゃあダメなんだよ。ウチら、遅くても明後日にはここを発たないといけないの」

不眠不休で馬を飛ばしても、往復に三日は掛かる。
公式に魔物退治を依頼されたわけではない。
滞在期間を延ばしてもらうことなど、できなかった。
モモコは静かに腰を下ろした。

「水かぁ。水の魔法ならリサコ得意なのにね」

マーサがぽつりと言った。他の魔法はまだまだだが、水の魔法だけは上手に使いこなせた。

魔法の使えないハンター二人に、武器を持たない武器屋
それに知識は豊富でも魔力の低い魔導師。

よくもこれだけ役に立たない面子が集まったものだと、サキはため息をついた。
86 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/16(金) 23:51
「近くにさぁ、武器屋とかなかったの? あとお城でなんか借りるとか」

モモコの問いに、「あるよ」とミヤビが即座に答える。

ここは有数の避暑地だ。城壁の外にも大きな街があり、武器屋もあった。
だが、そもそも魔物があまり出ない地であることに加え
皇帝の直営地が近いために武具取り扱いに制限が課されている。
三人は実際に行ってみたのだが、品揃えは小さな田舎町と大差なかった。

城で武具を借りるという案は、問題外である。

「そりゃ、武器ぐらいなら貸してくれるだろうけど…ねぇ」

ミヤビはそう言いながらサキに視線を送った。

「うん、討伐隊が全滅してるからね」

軍事のプロが失敗しているのだ。一介のハンターが同じものを使って
成功できるとは到底思えない。

「ちょっと待って」マーサが突然、口を開いた。
「討伐隊はさ、魔物が水に弱いってこと知らなかったんだよね」

サキが首を傾げた。

「うーん、どうだろ。確かに、話には出なかったと思うけど」

「もし、知らなかったとしたらさ、上手く武器を使えてなかったかもしれないじゃん」

「そっか、普通、水で魔物が倒せるなんて思わないもんね」

サキの顔が明るくなった。事態の飲み込めていないミヤビが
頭をかきながら眉を寄せた。

「えっ、どういうこと?」
87 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/16(金) 23:58
「つまり、マァが言ってるのは水の魔法に優れた杖や剣があるのに
 討伐隊が使わなかったから失敗したかもってこと」

「そっか、それはあるかも」モモコが手を叩いた。

「えっ、モモもわかったの? アタシだけ置いてけぼり!?」

自分の顔を指差しミヤビは三人の顔を見回した。
よし、と言ってサキが立ち上がった。

「とりあえず兵庫を見せてもらうだけの価値はあるってことだね。
 明日の朝、師団長さんにかけあってみる」

「そうと決まれば、早く寝ろ……寝よう」

ぽかんとするミヤビの前を、「寝ろとか言っちゃった」と呟きながら
マーサが素通りした。

「モモ、一番乗り!!」

モモコが天蓋付きのベッドに駆け寄り、ダイブした。
サキとマーサも、それぞれ寝る支度を始めた。

「ちょっとぉ、みんなで納得してないで、ウチにも教えてよ!」

声を上げるミヤビに、銀製のロウソク消し片手にサキが声を掛けた。

「灯り消すよ。ミヤも寝る用意して」

「もう…」ミヤビは絨毯の上に体を横たえた。

「そこで寝るの? 消すよ、いいね」

サキの問いに、ミヤビはふてくされたままなにも答えなかった。
すでにマーサとモモコは二人並んでベッドに納まっている。

「……ミヤ…ちょっと…ミヤ……」

苦しそうに言うサキに、ミヤビは無言のまま顔を振り向けた。
シャンデリアの灯を消そうと、つま先立ちになって
ロウソク消しを掲げるサキの姿があった。

「これ…とどかないんですけど」
88 名前:びーろぐ 投稿日:2007/11/17(土) 00:05
>>82
それぞれの個性を出そうと思っているので、そう言ってもらえると嬉しいです。
今回、モモコが活躍?する予定ですので楽しみにしていてください。
89 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/23(金) 23:55
サキたちが武具を見せてほしいと頼むと、師団長は意外にもあっさりと承諾してくれた。
兵庫の前まで案内され、戸口に立つ師団長から、さすがに中に通すわけにはいかないので
見たいものがあれば言って欲しいと告げられた。

モモコとマーサが相談して、いくつかの武具を挙げた。
しばらく待っていると、台車に山積みになった杖や剣が現れた。

「皇族の方々はそれぞれ専属の魔兵団を率いていらっしゃるので
 魔術師が使用するような武器はこれぐらいしか常備しておらんのです」

お恥ずかしい限りだと師団長は顔をしかめたが
どれもこれもモモコの店では扱いようのない代物ばかりだ。

モモコとマーサは、あの矢のオリハルコンの含有量がどうだとか
この杖はどんな魔法に最適だとか言って瞳を輝かせた。

「なにやってんの、早く使えそうなの選んでよ」

サキが大きなため息をついた。

「今から。今から探すから」
「ごめんよ、サキちゃん」

話に夢中になっていたふたりは、ようやく武具の選定に入った。
モモコが矢を十本ほど束ねてサキに差し出す。

「これ、氷の矢ね。結構凄いよ」

なにが凄いのかわからないが、武器屋のモモコが言うのだからそうなのだろう。
サキは矢を受け取った。

「モモ! 見てこのハルバード」マーサが武具の山から斧槍を取り出した。
「斧頭がさ、オリハルコンでできてるよ」

「ホントだ! すごぉい!!」

モモコは感嘆の声を上げた。
90 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/23(金) 23:56
「どう、ミヤ。使うんなら、お昼までには使えるように魔力ためとくよ」

そう言ってマーサはミヤビに手渡した。オリハルコンは魔力をためておけば
魔術が使えない者でも、その魔法が使える。ただし、一回限りだが。

「それは私が師団長の任に就く際に、閣下から直々に賜ったものです」

胸を張る師団長をよそに、ミヤビは感触を確かめるように手の中で何度か握り直すと
いきなり頭上高く振り上げ、力強く石畳に打ち下ろした。

師団長が身を乗り出す。刃こぼれするのではと冷や汗をかいた。
だがハルバードは石畳に当たる寸前でぴたりと止まった。胸に手を当て、大きく息をつく。

「重過ぎる。いいや」

実用性にしか興味のないミヤビは、ハルバードを台車に放り投げた。
師団長が慌てて駆け出した。落ちる前に、なんとか掴み取る。

「はい、モモにはこれ」

武具を探っていたマーサが、台車に体を向けたまま氷の刃をモモコに差し出す。
モモコは驚いたようにぴょんと跳ね、肩をすぼめて自分の顔を指差した。

「えっ、モモも行くの!?」

「当たり前じゃん」サキが腰に手を当て顔をしかめた。
「なにぃ、自分だけあの部屋でゆっくりしてるつもりだったの?」

「そうじゃないけどさぁ…」

モモコは恐るおそる剣を受け取った。
91 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/23(金) 23:58
氷の刃など魔法の剣は魔力がなければ使えない。
魔法の矢や杖の魔力を選定しなければいけない武器屋のモモコは
当然のことながらそれなりの魔力を備えていた。
が、実戦での経験もなければ訓練もしていない。モモコの顔が不安で曇った。

「あと、杖だね」マーサが呟いた。

「なんの魔法使うの。水? 氷? それとも結界?」

モモコが訊ねると、マーサは「水の結界」と短く答えた。
脇を締め小指の立った両手を胸の辺りにかざし、台車をくまなく見渡す。
ある一点でモモコの視線が止まる。「これ!」と叫んで
まるでカメレオンの舌の様な素早さで腕を伸ばし、一本の杖を引き寄せた。

その杖を受け取りマーサは口元に笑みを浮かべ、うんうんと頷いた。

が、すぐにふたりの顔から笑みが消えた。
互いに視線を交わし、ゆっくりと振り向いて師団長に探るような眼差しを向ける。

剣や槍なら、使った後そのまま返せば問題ない。
魔法の矢は消耗品だが、優れものといったところで、所詮は矢だ。
何百本も射るならともかく、サキひとりが使う程度なら
天下のファイティン城である。けち臭いことは言わないだろう。

しかし、杖は印を刻まなければ使えない。つまり、キズモノにするということだ。
しかもかなり高価な代物ときている。気軽に貸して欲しいとは言えない。
92 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/23(金) 23:59
どう切り出そうかと悩むふたりに、師団長が後ろ手に組んだ手を差し出した。

「お気に召したのでしたら、お持ちになって結構ですぞ」

「えっ! いいんですか!?」

マーサの目が大きく見開かれた。その表情は、喜びよりも驚きのほうが勝っていた。

「貴方も」師団長の掌がモモコの前で止まる。
「その剣、よければ、どうぞお持ち帰りくだされ」

「ホ、ホントですかぁ!?」

笑顔で師団長が頷く。ふたりは礼を言うのも忘れ
小走りにサキに近づき頭を付き合わせた。

「あのさ、魔物退治、中止しない?」

囁くマーサに、うんうんうんとモモコが何度も頷く。サキの顔が曇った。

「えっ、なんで? ここの武器じゃムリなの?」

ふたりは激しく首を振った。思ってた以上の武器が見つかったと答える。
じゃあどうして、と訊ねるサキに、モモコが口元に手を沿え小声で言った。

「だって、じゅーぶん、元取れたもん」

ふたりは剣と杖を掲げた。
93 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/24(土) 00:00
丘陵に広がる森を目の前にし、サキは深いため息をついた。
案内してくれた騎兵から絵図を受け取る。

「あの丘の上辺りにウンディーネの宿る聖樹があるのですが
 どうやら魔物はそこを棲み処としているようです」

騎兵は小高い丘と絵図とを交合に指しながら言った。
馬車のステップに脚を掛け膝の上に頬杖をついたまま
モモコは絵図を覗き込んだ。

「そこって、洞窟とか洞穴とかあるんですか」

「いや、ありませんな」

そう言って髭を撫でながら師団長が近づいてくる。
関わりになりたくないはずなのに、着いてきたのは
サキたちがどうやって魔物を倒すのか、興味があるからだろう。

どうやって雨をしのいでいるのだろうと首を傾げるモモコに
ここ最近は雨降ってないだってと、ミヤビが囁いた。

ひょっとするとサーミヤが雨を降らさないのだろうか。
だとすればかなり強い魔力を持っていることになる。
モモコの顔から血の気が引いた。

一足先に馬車を降りていたマーサが
懐から銀製の小さなペンダントの様なものを取り出した。

マーサによれば携帯用の天秤だということだ。
ふたつに割ると、それはまさに天秤皿の形そのままだ。

今回は天秤として使わないので片方を懐にしまい
中から取り出した銀製の棒で、皿の上に三角錐を組み上げる。
そして頂点からひし形の宝石をつけた紐を吊るす。
皿の上には、魔法陣が描かれていた。
94 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/24(土) 00:02
マーサは皿を掌に置き、ウロウロと辺りを歩き回った。
宝石が激しく揺れている。どうやら、その動きに合わせて進む方向を決めているようだ。
腕組みをしてそれを見守るサキに、馬車から降りたミヤビとモモコが並ぶ。

「なにをしているのですかな」

師団長がモモコの隣で顎を撫でながら囁いた。
モモコは「シー」と口元に人差し指を立てた。同時に用のない小指も立っていることに
皆が気づいたが指摘する者はいなかった。

「水脈を探してるんです」

サキがチラリと横目で見た。師団長は水脈ですかと首を傾げた。
納得がいっていない様子だったが、これ以上声を上げるのをためらったのか
うむと唸り声を上げたきり、口を閉ざした。

マーサが立ち止まった。宝石はピタリと止まり真下を指している。
にんまりとした笑顔を作る。その地点に杖を突きたてると
地面が円形に光って魔法陣が現れた。腰につけた小さな袋をサキに放り投げる。

「手伝って」

魔法陣に歩み寄るとサキは袋から砂を取り出し地面に撒いた。
手から離れた砂は、光を放つ魔法陣の上に同じ紋様を形づいていく。
サキが一周し終えると、マーサは杖を地面から離した。
光は消えたが、かつてチナミがゴブリンを捕えるために作った罠と
同じような魔法陣が出来上がっていた。

ただし、大きく違うのが、罠を解除するキーがない点だ。

「これ、どうやって外に出んの?」

問いかけるサキに、入ってごらんよとマーサが手招きする。
首を傾げながらマーサと入れ違いに魔法陣に足を踏み入れた。
95 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/11/24(土) 00:04
「手ぇ、かざしてみて」

言われるがままに、手を前に出す。境界線を越えても
壁にぶつかるようなことはなかった。
そのかわり、魔法陣のラインから勢いよく水が湧き出て
サキの掌を激しく打った。

「おお、凄い!」

これなら解除するキーがなくても、多少濡れるだけで魔法陣から出られる。
だがサーミヤは水が苦手な魔物だ。魔法陣の呪縛から逃れることはできない。

「こうやって誰かを指差して」

そう言ってマーサは人差し指でサキを指した。
サキは頷いてモモコを指差した。

「キャ! 冷たい!!」

サキの指先を伝って、水流がモモコの顔を襲った。
右に跳ねて逃げるモモコをサキの指先が追いかける。

「面白ぉーい!」

声を立てて笑いながら、サキは逃げまどうモモコを指で追った。
ひとしきり遊んだ後、魔法陣の境界線をぴょんと越えて外に出た。
足元をほんの少し濡らしたが、まったく気にならなかった。

「水鉄砲、ですかな」

口元に拳を当て師団長が嘲るように言った。
そばで佇む騎兵たちも、苦笑を隠せないでいる。
ミヤビがなにか言いたそうに睨みつけたが、サキが手を横に振ってそれを制した。

笑いたいなら笑わせておけばいい。なにも知らないほうが、こちらとしても好都合だ。
頬を膨らませるミヤビに、サキは笑顔で片目をつむってみせた。

魔法陣が上手く機能したことに満足顔のマーサの隣で
全身びしょ濡れのモモコがへたり込んでいた。悲痛な叫び声をあげる。

「もう! モモで実験しないで!!」
96 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/25(日) 21:27
マーサとモモコはいいコンビですな
97 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/01(土) 23:48
その夜、マーサは宮殿の高い塔の上にいた。テラスに立ち、狩場の森を見下ろす。
聖樹の位置を訊ねると衛兵は、ここからは死角になっていて見えないのだと答えた。
手元の絵図を指し示し、この辺りがあの稜線にあたるのだと教えてくれた。

マーサはほんの少し眉を寄せた。聖樹は丘の上にあると思っていたからだ。
気を取り直し、魔力を高めるため瞼を閉じて集中する。

おもむろに目を開き、森に手をかざすと、光の柱が次々に立ち上がった。
魔法陣の位置だ。「ほう」と衛兵が感心するような声を上げた。

光の柱の位置を絵図に描き移す。予想していた以上に誤差が大きい。
明日は一からやり直しだ。自然とマーサの口からため息が漏れた。

「ゴホン」

背後から咳払いが聞こえた。振り返ると、そこに立っていたのは師団長だった。
塔の下まで同行していただが、どこまでも続く螺旋階段を見上げ億劫に思ったのか

「下でお待ちしております」と別れたはずだった。

にも関わらずここにいるということは、かなり長い時間が経ったということだ。

「もうよろしいですかな」

笑顔だが、歪めた頬に苛立ちを見せながら師団長は言った。

「あー、もういいです。ありがとございました」

マーサはそう言って一礼すると、再度森に手をかざした。光の柱が、すっと消える。

「どうですかな、ご興味があるようなら、宮殿を案内させますが」

いやらしい笑みを浮かべ師団長は掌を差し出した。
──森が見たいなどと言って、本心は本城に入りたいだけだろう──
表情がそう物語っている。が、マーサは

「うーん、別にいいや」

と言って、唖然とする師団長の脇をすり抜け階段を降りた。
98 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/01(土) 23:48
99 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/01(土) 23:51
「疲れたぁ!」

モモコは部屋に帰るなりベッドに倒れこんだ。
うつ伏せのまま、もう動けないと呟く。放っておけばそのまま寝てしまいそうな勢いだ。

作業は困難を極めた。
まず、逃げられないように、周囲を魔法陣で囲む必要があった。
とはいえ、広大な森全体に張り巡らせるわけにはいかない。
なるべく棲み処に近づき、ピンポイントで取り囲まなければならない。

しかも見通しに悪い森の中で、いつ魔物に出会うかわからない。
サキ、ミヤビ、モモコが周囲を警戒しつつ、マーサが水脈を探り魔法陣を張る。
そしてそこまで逃げ込める範囲で次の水脈を探す。その作業を繰り返すのだ。

「リサコがいたら水脈がなくても作れるんだけどね」

そう自嘲気味にマーサは言ったが、何ヶ月も雨が降らないにも関わらず
青々と生い茂る森を見て、水脈を利用することを思いついたのは彼女だ。
その発想に、サキたちは頭が下がる思いだった。

ようやく聖樹近くまでたどり着き、六割ほど包囲網が完成したところで日暮れを迎えた。
暗い中での作業は危険を伴うと判断し、森を離れた。
皆、足が棒のようになり、くたびれ果てていた。

テーブルに食事が運ばれた。この時節は調理人も不在らしく
兵たちが食べる物と同じということだ。

モモコが持ってきた食材もあったが、今から調理するような元気は
誰も持ち合わせていなかった。

各々、重い体を引きずりテーブルにつく。ベッドから這い出したモモコが声を上げた。

「あれ、マァは?」

「マァなら本城に行ってるよ」

ミヤビが答える。筋肉痛になったらしく、顔をしかめながらゆっくりと腰を下ろす。

「本城!」先ほどまでの疲れはどこへ行ったのか、モモコはそう叫んで
全速力でテーブルに駆け寄り、イスの背もたれを掴んだ。「本城行ったの!?」
100 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/01(土) 23:53
「なんかね、魔法陣の位置を確認するとか言って、師団長さんについてったよ」

冷めたスープを口に運びながらミヤビが言う。
口に合わないのか、わずかに眉間に皺がよった。

「だってさぁ、本城なんて入れるわけないって言ってたじゃん!」

体をくねらせ悔しがるモモコに、どれから食べようかと
皿をきょろきょろ見回しながらサキが答えた。

「しょうがないでしょ、本城の一番高い塔からじゃないと、森全体が見れないんだから」

「モモが行きたかったのにぃ! なんでマァなの!?」

だから──と口を開きかけたサキだったが、思い直し口をつぐむ。
疲れ果てているのに、不毛な会話を繰り広げたくない。
がっくりとうなだれ、何度も首を振った。スプーンを取り落としそうになり
慌てて握りなおす。

「今から行ってくれば。マァに用があるって言えば入れてくれるんじゃない」

オイルソースのかかったパスタを頬張り、こともなげにミヤビが言った。
余計なことを、とサキは思ったが、モモコにとっては名案だったらしく
「そうだね」と明るく言って駆け出した。

「モモォ!」

サキは立ち上がり制止しようと大声を上げたが
モモコは振り返りもせず扉まで一直線に進んだ。

追いかける元気もなく、バタンと扉の閉まる音と共に、サキは腰をおろした。

「もう、遊びに来たんじゃないんだから」

リスのように頬を膨らませるサキに、口をもぐもぐと動かしながらミヤビが言った。

「まあ、いいじゃん。お城見せてもらうぐらい」

とその時、扉の開く音が聞こえた。ふたりは顔を振り向けた。
不機嫌な顔で佇むモモコの姿があった。城に立ち入ることを拒まれたのだろうか。
それにしては早すぎる。たった今、部屋を出たばかりではないか。

モモコの後ろから、大きな影が現れた。

「戻ったよー。夜ご飯なにぃ?」

マーサだった。
101 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/01(土) 23:53

102 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/01(土) 23:55
夜明けと共に一行は狩場の森に向かった。
空を見上げると相変わらず雲ひとつない快晴だ。
サキは雨でも降ってくれたら早いのにと、ため息をついた。

昨日作った魔法陣をたどり、包囲網までは順調に進んだ。
が、ここで予定外の足止めを喰らった。
マーサが包囲網の魔法陣を作り直すと言い出したのだ。

「しょうがないでしょ、聖樹の位置が違ってたんだからさ」

とはき捨てるマーサから、サキは絵図を受け取り広げた。
魔法陣の位置に×点が書き加えてられており、麓からほぼ直線に伸びて
丘の頂上付近で歪な弧を描いている。真円にならないのは、水脈の影響からだろう。

聖樹を表す木のマークはその中心からかなりずれていた。
とはいえ、包囲網の範囲には含まれている。特に問題があるようには思えなかった。

「これって、別に作り直さなくてもいいんじゃないの」

「ダメ。ちゃんとしとかないと効果ないから」

「効果って、なんの?」

「色々と」

天秤皿にやぐらを組みながら、面倒くさそうにマーサが答えた。
魔法に関してはマーサに任せるしかない。サキは口元を歪めながらも
無理矢理納得するようにうなずいた。

サキの肩に顎を乗せ、ミヤビが絵図を覗き込む。

「でもさぁ、魔物は聖樹んトコにいるとは限んないんでしょ。
 ちょっとくらいさ、ずれてたって関係ないんじゃないの」

その言葉に、全員の動きが止まった。へっぴり腰で剣を構えていたモモコが
無言でミヤビに顔を向ける。ミヤビは不安げに視線をあちらこちらに走らせた。

「なに、ウチなんか変なこと言った?」

彼女の言う通り、サーミヤは棲み処である聖樹近くにいるとは限らない。
包囲網の外にいる可能性もあるのだ。

そして、それはこの作戦の失敗を意味していた。
103 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/01(土) 23:58
重苦しい空気の中、一同はもくもくと作業を続けた。
今はとにかく、棲み処に魔物がいると信じるしかない。
この二日の作業が、まったくの無駄になるとは考えたくなかった。

「ねえ、モモちょっと思ったんだけどさぁ」

「なに」

水脈を探すマーサの真後ろで気配を探りながらミヤビが応える。
昨日作ったものと今日作り直したもので多くの魔法陣が周りにあるために気が緩んだのか
剣を引きずりながら足元に目を落としモモコが言った。

「別にさぁ、今日中に倒さなくてもさぁ、いいんじゃないの」

「なんで」

今度はサキが応えた。いつでも放てるよう弓と矢を手にし辺りを警戒する。

「だってさぁ、城の兵隊さんは森に入ってこないんでしょ」

どこに行くにも警護、もしくは案内の名の下に数人の城兵がついて回る。
実のところ、監視されているに過ぎないのだが、多くの病人を出したこの森だけは
足を踏み入れようとしなかった。

「ってことはさぁ、森から出なきゃ追い出されることないんじゃないの」

「なるほど。それ、いい考えじゃん」

水脈が見つかったらしく、杖を突きたてながらマーサが言った。
「そうでしょ」といいながらモモコが駆け寄った。

サキとミヤビが周囲の警戒に当たるため、魔法の砂で魔法陣を定着させるのは
モモコの役目になっていた。得意げな表情で懐から袋を出し砂をまく。

「でもさ」杖に寄りかかりながら、マーサは笑みを浮かべた。
「そうすると、夜は魔物に怯えながらこの森で野宿しないとだね」

「えっ!」モモコの手が止まった。目を丸くし小刻みに首を振る。
「ダメダメダメ! 今のなし! 倒そ、今日中に絶対倒そ!!」

厳しい表情で辺りを探るサキとミヤビの頬が、わずかに緩んだ。
104 名前:びーろぐ 投稿日:2007/12/02(日) 00:02
>>96
ありがとうございます。元々マーサを軸にストーリーを進める予定だったのですが
予想外のモモコの活躍に、自分でも驚いてます。
105 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/07(金) 23:30
「よし、これで包囲網完成!」

マーサの声に、全員が安堵の息を漏らした。が、すぐに険しい表情に変わる。
ここからは一歩一歩、確実に魔物の住処に近づいていくことになるのだ。
自然と気が引き締まった。

絵図を見ながら丘の頂上を目指す。古来より戦闘は高所を陣取った者が有利となる。
特に今回のミッションは、サキの氷の矢と魔法陣からの放水の
ふたつの飛び道具が攻撃が中心となるのだ。高所からの優位性は揺るぎない。

「ねえ、離れすぎてない?」

モモコが不安げな顔で振り返った。一つ前に作った魔法陣が視界から消えている。
もし、ここでサーミヤに出くわしたら、戻ることは難しい。

「わかってるって、ちょっと待って」

順調に進んでいたのが、あと少しで聖樹を見下ろせるというところまできて
水脈が見つからない。苛立つような声でマーサが応えた。
周囲を警戒しながら、サキがマーサに顔を向ける。ミヤビが乾いた唇を舐めた。

不安なのはモモコだけではない。
魔導師たるマーサに信頼を寄せてはいたが、他のふたりも同様だった。

「ああ、もうここでいいや」

マーサが杖を突きたてる。慌ててモモコが駆け寄り、砂をまいた。
完成と同時に、次の水脈を探そうと歩き出すマーサと入れ替えに
モモコは魔法陣の中に入った。

「マァ!」

モモコが声を上げた。だが、次の水脈を探すことに神経を集中したいマーサは無視した。
106 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/07(金) 23:31
「ねぇー、これって大丈夫なの!?」

モモコが叫んだ。その感に触る高い声に、厳しい表情でマーサが振り向いた。

「もう、さっきからうるさい…」

言葉が途切れた。魔法陣の中で、モモコは手を差し出していたが
境界線から吹きだした水は勢いがなく、腰の辺りまでしか届いていない。
これでは攻撃に使えないし、罠の役目もなさない。

思っていた以上に水脈が貧弱だったようだ。
マーサはため息をつきながら、モモコの元に足を進めた。
水の魔術を使ってカバーすれば、攻撃はできるかもしれない。

ただ、そうなると魔力のないサキやミヤビではムリだ。
ここから先、モモコとふたりで進むしかなくなる。最悪だとマーサは顔を歪めた。

「ちょっと、あれ見て!」

サキが声を上げた。視線を向けると、彼女は丘の頂を指差していた。
なんだろうと、マーサは指の先を目で追った。

ずっと足元ばかりを見ていたので気づかなかったが
頂に近づくにつれ木々の葉の量があきらかに減っていた。
そして頂に立つ木は、完全に立ち枯れしていた。

つまり、水脈が枯れているということだ。

ミヤビが腰を落とし駆け出した。サキに近づき顔を合わせて無言で頷くと
気配を消しふたり並んで頂に向かった。マーサもその後に続く。

「みんなぁ! 待ってよぉ〜!!」

魔法陣から一歩も出ることのできないモモコが悲痛な声を上げた。
107 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/07(金) 23:34
丘の頂にたどり着いたミヤビは、斜面を見下ろすと、すぐに頭を引っ込めた。
斜面に寝転がり、瞳を閉じ胸に手を置いてひとつ息をつく。

「どうしたの」

遅れて到着したサキが問う。ミヤビは無言のまま両手を下ろし、頭を下げるよう指示した。
そしてサキが彼女の隣にうつ伏せになると、丘の向こうを指差した。

「覗いてみて、ゆっくりと。声だしちゃダメだからね」

言われるがまま、サキは慎重に顔を上げた。立ち枯れした幹と幹のあいだから
何本もの倒木が見えた。さらにその先は、草花が一本も生えておらず
茶褐色の地面がむき出しになっている。荒地の中心に大きな切り株が一株だけ残っており
その上に灰色の大きな躯体がうずくまっていた。眠っているのか、微動だにしない。

「どうなってんの」

さらに遅れて到着したマーサが、サキと同じように丘から斜面を望む。
思わず声をあげそうになり、慌てて口元に手を当てた。

あれがサーミヤなのか。三人はおもわず息を呑んだ。

「ちょっとぉ、みんなどこぉ?」

背後から声がした。舌打ちをしながらサキが振り向いた。
へっぴり腰で剣を構える小さな影が木々の間から見えた。
モモコだ。独りで魔法陣に留まるより、皆と合流する方を選んだらしい。

「モモ、静かに」

サキはそう言って口元に人差し指を立てたが、向こうから見えるはずもない。
不安を紛らわせるためか、ぶつぶつと不満を呟く声が近づいてくる。
時折大きくなる声に、サーミヤが気づくんじゃないかと肝を冷やした。

「ちょっと迎えに行ってくるよ」

ミヤビがそう言ってふたりに頷きかけた。
サーミヤに悟られないよう静かに、そして素早く斜面を降りる。

残されたふたりは、ほんの少しだけ頭を上げサーミヤに視線を向けた。

「どっしよっか?」

「う〜ん、ちょっと待って」

マーサは目を閉じ、魔力を高めた。そしてゆっくりと手を振る。
すると森のあちらこちらに光の柱が立った。魔法陣の位置だ。
サキが絵図を広げ、その位置を確認する。

「どれかに追い込むしかないか」
108 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/07(金) 23:36
「もう! 置いてかないでよぉ!!」

ミヤビに連れられ、合流したモモコは涙目で訴えるように言った。

「静かに!」

サキとマーサは揃って人差し指を口元に立てた。
そしてそのままその指先をうずくまる魔物に向ける。

「なにこれ!」

荒涼とした斜面を目の当たりにし、モモコは全ての指を目いっぱい開いて
小刻みに首を振った。動揺する彼女の両肩をしっかりと抱き、ミヤビが囁いた。

「よく見て、あれがサーミヤ?」

モモコはびっくり顔のまま、無言で何度も頷いた。
サキが顔を覗き込む。

「ホント?」

「たぶん…乾燥してひび割れた灰色の肌でしょ、それに短い2本のツノ
 あと細く尖った顎は顔が見えないからわかんないけど
 肘から伸びた突起が最大の特徴だから…うん、間違いないと思う」

特徴を羅列するモモコに、三人は改めてその容姿を観察した。
顔を見合わせしっかりと頷く。

「さっきマァと話したんだけど」サキが口を開いた。
「ここより先に罠をはることは無理だと思うのね。
 すると今まで作ったヤツに追い込むしかない。で…」

絵図を広げ自分たちの位置を確認した後、ここに追い込むのだと言って
×印のひとつを指した。現在地からは、魔物を正面に見据え左後方となる。
横からミヤビが覗き込み、聖樹を挟んで彼女らとはちょうど反対側の×印を指した。

「こっちの方がいいんじゃないの。サーミヤから一番近いし
 追い込むんだったら、こっちから向こうへの方が安全だし」

だがそれにマーサが異を唱えた。うずくまるサーミヤに目を向け斜面を指し示す。

「ムリだね。向こう側は崖になってっから追いきれないよ」
109 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/07(金) 23:38
それに追い立てるほどの戦力を保持していない。
こちらから仕掛ければ、敵は逃げ出すよりも反撃してくるだろう。
誰かがおとりになって、こちら側に誘い込む方が確実だ。

サキは今いる場所から一旦低くなって再度盛り上がっている岩場を指差した。

「ウチがあそこから狙撃するでしょ。するとたぶん向かってくるのね。
 で、ある程度近づいたら、ここからモモが氷の刃で攻撃するの。
 そしたら、モモの方に向かってくるから、一気にこの×印のところまで…」

「えっ、ちょっと待って! モモがおとりになんの!?」

首を振るモモコに、マーサは顔をしかめた。

「だって、しょうがないじゃん。サキちゃんおとりにしたら援護できる人いなくなるし
 あと、対抗できる武器持ってんのってモモしかいないし」

「ムリ! ムリだよ、だってこんなの使ったことないし」

モモコはそう言って氷の刃を取り落とした。ため息をつきながらマーサがそれを拾う。

「しょうがないなぁ、アタシがおとりになるよ」

モモコ以外に剣を使えるのはマーサだけだ。
マーサは剣を品定めするように眺めながら口元を引き締めた。

「ダメだよ」マーサの肩を掴んでサキが顔を近づける。
「マァにもしものことがあったら、魔法陣ダメになっちゃう!」

魔物を退治すれば呪いが解けるように、魔術師が魔力を失えば魔法陣は無力化する。
サーミヤの熱病がどれほど体力と魔力を奪うのかはわからないが
仕掛けた魔法陣の効力が弱まるのは間違いないだろう。
マーサをおとりに使うわけにはいかなかった。
110 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/07(金) 23:39
「わかった、ウチがおとりになる」

ミヤビがそう言って強い視線をサキとマーサに送った。
いくらなんでも魔力のないミヤビが、昆だけでサーミヤに対抗するのは危険すぎる。
異を唱えようとするふたりを、ミヤビは両手を挙げて制した。

「聞いて。だってさ、このままじゃウチひとりだけなんにもしてないじゃん
 なんにもできないじゃん。そんなのヤなの、役に立ちたいの」

なにもしていないわけではない。ここまで無事に来れたのも
いつ襲われるかわからない状況で、サキとミヤビが周囲を警戒していたおかげだ。

それにサキとマーサが立てたプランにも、ミヤビの役割はちゃんとあった。
それは先回りし、包囲網から逃げられないよう、追い込む魔法陣に隣接する
魔法陣から攻撃する役目だ。

だがミヤビは、自分ひとりだけが安全圏にいることを潔しとしなかった。

「おとりったって、とにかく逃げればいいんでしょ、大丈夫だよ。
 魔法陣から攻撃するのはモモに任せるよ」

「ミーやん…」

自分の身を案じてくれていることに、モモコは瞳を潤ませミヤビを見つめた。
大丈夫だからとミヤビは笑顔で親指を立てて微笑んだ。

深刻そうに眉をひそめ黙りこくっていたマーサが、剣を掲げた。

「やっぱり危ない。アタシがおとりになるよ」
111 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/07(金) 23:41
「マァはダメだって!」サキが声を荒げる。
「それだったらウチが行く。弓ぐらいミヤも使えるでしょ、ここはウチが行くよ」

「それはムリ、キャプテンじゃなきゃダメだよ」ミヤビは静かに首を振った。
「じっと立ってんならともかく、撤退しながら狙い打つなんて芸当、ウチにはできない。
 大丈夫、心配しないで。ちゃんと誘い込んでみせるから」

どうやら決心は固いらしい。サキはミヤビの手を握り首を縦に振った。

「ムリしないでよ」

心配そうに顔を覗き込むマーサに、ミヤビは笑顔で頷いた。
三人の顔を順に目で追っていたモモコが、おずおずと手を挙げた。

「ハイ…やっぱりモモが行く。モモがおとりになる」

「あっそ、じゃあ任せるよ」

「えっ!!」とびっくり顔のモモコの肩を叩き、ミヤビは絵図を覗き込んで
自分はどこへ行けばいいのかサキに訊ねた。

「マァがさっきの弱い魔法陣から魔法使ってこっちに追い込むから、ミヤはここで待機ね」

サキはそう指示を出すと自身はすぐさま岩場へと向かった。
唖然とするモモコの手に、マーサが剣を握らせる。

「ガンバって」

そう言って魔法陣に向かうべく背を向ける。
ぽかんと口を開け、散り散りになる三人を目で追いながらモモコは声を上げた。

「なんで? なんでモモだけ止めてくれないのぉ!!」
112 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/07(金) 23:45
サキは目的地にたどり着くと岩陰からそっと顔を上げた。
サーミヤは相変わらずじっとしたまま微動だにしない。
目を放さないようにしながら、慎重に岩場に立つ。

ちらりと振り返り、斜面を駆け下りるミヤビとマーサを確認する。
正面に顔を戻し、視界の端で緊張に震えるモモコを捕えながら矢を一本掴んだ。

矢を弓につがい、胸元に狙いを定める。

距離はそれほど離れていない。急所を撃ち抜く自信はあった。
氷の矢一本で倒せる相手とは思っていなかったが
それでカタがつくなら言うことはない。

とその時、突然サーミヤが頭をもたげた。目を閉じたまま顔をサキに振り向ける。
チャンスだ! 眉間に撃ち込めばあるいは──サキは標的を変えた。

突然、サーミヤが目を見開いた。耳まで裂けた口が、不敵な笑みを作る。

「危ない! キャプテン逃げて!!」

モモコの大きな声がした。一瞬動揺したが、攻撃してくるような気配は感じられない。
とにかく、一発放って下がろうと思った瞬間、視界がぼやけてきた。
指先の力が抜け、狙いの定まぬまま、矢が放たれた。

矢は緩慢な放物線を描いて、地面に突き刺さった。

サキは立っていることもできず、岩肌に膝をついた。
頭が重い。息が荒くなる。心臓の鼓動が早まるのが自分でもわかった。

「キャプテン!!」

どこからか甲高い声が聞こえた。誰の声だろう?
イラッとさせる、それでいてひどく懐かしい声だ。

体が熱い。足元を誰かが強くひっぱったような気がした。
頬を冷たく硬い物が撫でた。少しヒリヒリしたが、もうどうでもよかった。

そこでサキの意識は途絶えた。
113 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/09(日) 10:14
雲行き怪しいですね
この後どうなるんだろう
114 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/13(木) 13:12
超面白い(笑)
一気に読んじゃいました!楽しみにしてまーす
115 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/15(土) 23:41
「…ぶない……テン逃げて!!」

モモコの叫び声が聞こえ、マーサは振り向いた。
上半身が露呈するのもかまわず、モモコが頂に手を着いて身を乗り出していた。

「キャプテン!!」

もう一度モモコが声を上げた。視線をサキに移す。
サキは岩場の上に棒立ちになり円を描くように体を揺らせていた。
そして、崩れるように膝をその場についた。

視界の端に斜面を駆け上がるミヤビの姿が見えた。マーサも慌てて駆け上がる。

なにかを発見したのか、モモコがはっとなって身を伏せた。
完全に倒れこんだサキを助け起こそうと岩場に登るミヤビに
モモコが大声を上げる。

「上がっちゃダメ! 伏せて」

ミヤビは動きを止め、足を岩にかけたまま姿勢を低くした。
ようやく追いついたマーサは、ミヤビの隣に身を伏せ、声を上げた。

「なに、どうなってんの!?」

「知らない! モモ、どうしたの?」

「サーミヤはぁ、見つめるだけでぇ、相手を呪っちゃうの!」

「はぁ!?」マーサは危険も顧みず、頭を上げた。
「どうして、そういう大事なこと、先に言わない!!」

サーミヤが切り株の上に立ち上がり、こちらを向いていた。
投げ出された細い脚を確認し、すぐさま岩陰に隠れる。

頭が露見しないようにしながら、目一杯手を伸ばす。なんとか足首を掴み、引き寄せる。
ある程度近づいたところで、ミヤビがもう一方の脚を掴んだ。
ふたりで力を込め、サキの体を岩場から引きずり下ろした。
116 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/15(土) 23:43
「サキちゃん!!」
「キャプテン!!」

顔は真っ赤に火照っていて、額には大粒の汗をかいていた。
頬に触れると焼けるように熱い。意識はなく、苦しそうにあえいでいる。

マーサは懐から薬草を取り出し、サキの口に詰め込んだ。
水筒の水で喉の奥に流し込む。効かないとわかっていても、そうせずにはいられなかった。

丘の頂から恐るおそる向こう側を探っていたモモコが、頭を下げた。
手でOKサインを作り、小走りに向かってきた。

「大丈夫、大丈夫、定位置に戻った。今はこんな感じ」

そう言って膝を抱えてしゃがみ込み、膝の間に頭をうずめる。

「もう、なんで今更!?」

ミヤビが声を荒げると、モモコはその姿勢のまま口を尖らせた。

「だってさぁ、言う前にみんな行っちゃったじゃん。
 それに、ずっとこんな感じだったから、大丈夫かなって。
 それがね、キャプテンが矢を向けたとたん、こうなって…」

言いながらモモコは首に筋を立て目を見開いてミヤビを睨みつけた。
が、すぐに不安げに顔を伏せる。

「それよりさ、キャプテンは? どんな感じ?」

心配そうにサキの顔を覗き込んだ。マーサは目を閉じて首を振った。

「わかんない。でも、かなりヤバそう」
117 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/15(土) 23:45
「どうする?」

ミヤビがふたりの顔を見回した。マーサは顎に手をやり、唇を噛んだ。
サキがこの状態では、作戦の続行は難しい。他の方法を考えなくてはならない。
唯一の望みの綱は、もうひとつの仕掛けが機能してくれれば──

「もうやめようよぉ。ねえ、帰ろ」

膝を抱えたまま、モモコが体を揺らせた。ミヤビが首を振る。

「それはダメ。絶対に倒すの」

「ムリィ……モモ、報酬とかいらない…この剣も返すから」

「自信持って。絶対に倒せる」ミヤビはモモコの両肩に手を置いた。
「それにね、アイツ倒さないと呪いは解けないんでしょ」

モモコは無言で頷いた。ミヤビは力強い視線をモモコに送った。

「だったらさ、キャプテンどうすんの。倒さないとこのまんまだよ?」

報酬なんていらない。ましてや、ハンターとしての意地やプライドなんて関係ない。
なんとしても、キャプテンを助けなければ──

マーサの腕の中で横たわるサキに目をやり、モモコは涙目で首を縦に振った。
ミヤビに視線を向けられ、マーサは当然だと口元に笑みを浮かべ頷いた。

これで三人の心はひとつになった。

あとはどうやって倒すか──それが、難問だった。
118 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/15(土) 23:47
「キャプテンが弓をかまえた、そしたらサーミヤがキャプテンを見た。
 モモもキャプテンに注意しようと頭を上げた。でもモモは見られなかった」

ミヤビが言うと、モモコはその通りだと頷いてみせた。

「つまり、なんに反応したかというと、殺気!」

「もしくは魔力」

マーサが続けた。魔法の矢じりには、あらかじめ魔力が込められている。
それが自分に向けられたことで反応したのだ。

「見て呪うってことは、なんて言うの、いっぺんに色んなもの見れないじゃん。
 だから、こっちと向こうに別れて…」

ミヤビは今いる岩場と丘の頂を指差した。二方向から交互に攻撃するのだ。

頂からモモコが剣で、岩場からはミヤビが矢で応戦する。
そして、武器を持たないマーサが、その中間地点でサーミヤを監視する。
それぞれの役割を決め、配置につく。

マーサがゆっくりと顔を上げた。
サーミヤは膝を抱いてうずくまったままだ。動く様子はない。
やはり、単に姿を見せただけでは反応しないらしい。

マーサがモモコに合図を送る。モモコは斜面に身を伏せたまま剣に魔力をこめた。
剣身が仄かに白い光をおびる。剣に魔力がたまった証だ。いつでもブリザードを放てる。

だが、サーミヤは微動だにしない。魔力には反応しないのか。
マーサはモモコに顔を向けた。

「モモ、殺気、殺気!」

だが、モモコは不安げに首を振った。

「殺気って、どうやったら出んの? わかんない、わかんないよぉ」

岩場からミヤビが大声を上げた。

「ほら、さっきキャプテンやられちゃったでしょ! 思い出して!
 悔しい、やっつけてやる! って強く想うの」

モモコは小刻みに頷き目を閉じた。剣の光が強くなる。
どうやら、怒りがモモコの魔力を増幅したようだ。
119 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/15(土) 23:50
マーサはサーミヤに顔を戻した。うなだれていた頭が、少しずつ上がっていく。
ゆっくりと首を回し、頂を向いたところで止まった。
これで殺気に反応することがはっきりした。

サーミヤが立ち上がった。一歩踏み出し、頂の向こうに探るような視線を送る。
このことを告げれば、モモコはパニックに陥るだろう。
マーサは無言のまま、ミヤビに向かって前に出るよう、手を振って合図した。

ミヤビは頷くと上半身をさらけ出し、矢をつがえた。
サーミヤが体を回した。完全にミヤビに向き直る前に彼女は矢を放った。

が、慌てて撃ったため、矢はサーミヤに向かわず転がった倒木に刺さった。
一瞬にして氷が張り、弾けて倒木を真っ二つにする。

「はずした!」

「なにやってんの!」

「だってぇ……! ヤバイ」

言い訳している暇はない。サーミヤの視線がミヤビに向けられた。
慌てて岩陰に隠れる。

「次、モモ!」

「えっ、やるの!?」

「早く!」

サーミヤが岩場に向かって一歩踏み出した。
早くしないとミヤビが襲われてしまう。

一瞬躊躇したのち、モモコは目をつむって立ち上がり
えいとばかりに剣を水平に振った。そして結果も見ずに身を隠す。
120 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/15(土) 23:51
「モモ、凄い!」

マーサは思わず声を上げた。当てずっぽうに振ったにも関わらず
ブリザードはまっすぐサーミヤに向かっていたからだ。

が、サーミヤはそれを身体をひねっただけで、なんなく避けた。

「チッ! 次、ミヤ」

マーサの声を受け、ミヤビは岩場の上に踊りあがった。
サーミヤが顔を向けるのもかまわず、じっくりと狙いを定める。
呪われたって関係ない。とにかく、命中させなければ意味がない。

サーミヤの視線がミヤビを捕えた。矢を放ち、岩肌を蹴って後ろに跳躍する。

「痛てててて!」

尻から地面に落ち、腰に激痛が走る。顔を引きつらせながら
どうなったのと、マーサに顔を向けた。

「ダメだ、掴まれた」

今度は確実に標的を捕えていた。だが、サーミヤは飛来する矢を目前で素手で掴んだのだ。

どれほどの身体能力を保持しているのか。苛立ちにマーサの頬が歪んだ。

「モモォ!」

マーサは声を荒げた。が、モモコは剣に魔力を込めている最中だった。

「ちょっと待ってよぉ〜」
121 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/15(土) 23:53
こうなったら、二方向同時攻撃しかない。

敵が殺気に反応するのなら、武器を保持しているかどうかは意味がない。
つまり、マーサが攻撃の意思を示せば、その視線は彼女に向くのだ。

仮に強い魔力に反応するのだとしても、杖を使えば剣で増幅されたモモコの魔力より
大きな力を出すことができる。

殺意にしろ魔力にしろ、サーミヤの視線が自分を捕えることに自信があった。
そして、その間にモモコとミヤビが同時に攻撃する。

そうなると、長時間マーサがサーミヤの視線に晒されることは確実だ。
間違いなく、呪われ熱病にうなされることになるだろう。

無論、覚悟はできていた。だが、マーサが倒れれば、同じ方法は使えない。一発勝負だ。
しかも相談している暇はない。サーミヤの視線は最後に攻撃を加えたミヤビに向いている。

「モモ、早く!」

「待ってって」

初の戦闘に動揺したモモコは魔力をためることに集中できないでいる。
剣はなかなか光を放たない。

切り株から一歩踏み出したサーミヤが、倒木を掴み上げた。
そして試すように何度か腕を振ると、岩場に向かって放り投げた。

放物線を描く倒木を漫然と見上げていたマーサだったが
その落下先を見極め、思わず大声を上げた。

「ミヤ、逃げて」

「ちょ、立てない!」

倒木はミヤビが立っていた岩の上に落ちた。
バウンドしながら転がってミヤビの頭上を襲う。
身体をよじってなんとかよけるが、さらに崩れた岩が降ってきた。

「痛ぁい! なんだよ、もう!」

大きな石が頭を直撃した。ミヤビはたまらず大声を上げた。
122 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/15(土) 23:55
「マァ!」

モモコが叫んだ。ようやく魔力がたまったようだ。剣が光を放っている。
サーミヤの注意が、岩場から頂に移る。マーサはミヤビに顔を向けた。

「ミヤ、立てる?」

頭と腰をさすりながら、ミヤビは頷いた。両手を地面に突きながらゆっくりと立ち上がる。
額に血が一筋流れていたが、たいした傷ではなさそうだ。

「アタシが合図したら、ふたり同時に攻撃して」

そう言うとマーサは全身をサーミヤに晒した。
杖を突きたて呪文を唱える。地面に魔法陣が現れ、まばゆい光を放つ。

「ちょっと、なにやってんの!」ミヤビが驚きの声を上げた。

「水脈、ないんでしょ?」とモモコが続ける。

実際に攻撃できるかどうかは関係ない。大切なのは意志だ。
魔物を倒したい、サキを救いたいという強い想いなのだ。

案の定、頂に向かいかけたサーミヤの視線が、仁王立ちになるマーサに向いた。
完全に目が合ったところで、マーサは声を上げた。

「行って! ほら、今!!」

訳もわからず、ミヤビは岩場に駆け上がった。モモコも急いで立ち上がる。
マーサと正面から向き合うサーミヤを目の当たりにし
ふたりはようやくそこでマーサの意図を理解した。
ミヤビが慌てて弓をかまえた。

マーサは身体が熱くなるのを感じた。だが、まだ下がるわけにはいかない。
失敗は許されないのだ。ミヤビが充分に狙いを定めるまでサーミヤを惹きつけなければ。
123 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/15(土) 23:58
「ミヤ! 早くぅ!!」

剣を下段に構えモモコが叫んだ。

「ちょっと待って……い、行くよ。せーのぉ!!」

ミヤビの合図と共に矢が放たれた。モモコが剣を斜めに振り上げる。
氷の矢とブリザードが、同時にサーミヤを襲う。

が、サーミヤは左右に素早く視線を巡らせると、腰を屈めた。
だがその姿勢では矢はかわせても、ブリザードが頭を直撃する。

ところが次の瞬間、サーミヤは垂直に跳躍した。
切り株の上を矢とブリザードが交錯する。

「えっ!?」
「ウソ!?」

モモコとミヤビが同時に声を上げた。失敗だ。もう手立てがない。
ふたりはサーミヤに見つめられる前に、素早く身を隠した。
だが短時間とはいえサーミヤの視線に晒されていたマーサは
膝を折ったまま動けないでいる。

着地したサーミヤは頂と岩場に順に眺め、最後にマーサを視界に捕えた。

「マァ!」ミヤビは舌打ちして岩場に駆け上がった。
「モモ、マァのことお願い」

狙いも定めず矢を放つ。見事に一本目は外れ。
二本目を弓につがう間に、モモコが戸惑いながらもマーサの元に向かった。

「大丈夫?」

モモコが手を差し伸べる。マーサは大丈夫だと答えたが
逃げるどころか立ち上がることもできなかった。

ミヤビが二本目を放った。肩口をかすめたが、完全に軌道を読みきっているのか
サーミヤは避けようともしなかった。

ミヤビはふたりをちらりと見た。モモコがふらつくマーサに肩を貸している。
まだ完全に隠れきっていない。サーミヤの視線は完全にミヤビを捕えていたが
かまわず三本目の矢を手にした。

だが、すでに視界がぼやけてきている。手に力が入らない。

「ミヤ、隠れて!」

モモコの声が聞こえる。でももう足が動かない。これまでか──
ミヤビの頬を、なにかが濡らした。
124 名前:びーろぐ 投稿日:2007/12/16(日) 00:02
>>113
この後もどんどん雲行きが怪しくなりますよ。

>>114
新しいお客さんですか。有難うございます。
期待はずれにならないように頑張ります。

あと、感想はsageでお願いしますね。
125 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/27(木) 23:16
マーサの大きな身体を引きずり、立ち枯れした木の陰まで運んだモモコは
頭の上になにかが落ちたように感じ、空を見上げた。

「冷たい!」

頬をなにかが打った。手で拭ってみると、それは水滴だった。
もう一度見上げる。いつのまにか、分厚い雲が空を覆っていた。
一粒、また一粒と水滴が落ちてくる。

「……雨だ」

モモコは無意識のうちに、掌を上に向け立ち上がっていた。
雨粒の落ちる間隔はどんどん短くなり、やがて本降りになった。

「グオォォアア!」

サーミヤが声を上げた。モモコの肩がぴくりと震えた。木の陰から覗き見る。

サーミヤが顔を覆い身体をのけぞらせていた。
そして悶えながら、今度は前かがみになる。丸めた背中が震えていた。

「…やったね、成功」

「マァ!」

さっきまでほとんど意識のなかったマーサが上半身を起こしていた。
大丈夫かと訊ねるモモコに笑顔で応える。

「それよりミヤは?」

「あっ、そうだ」

モモコは岩場に顔を向けた。片膝立ちになっているものの
ミヤビの顔はしっかりと前を向いていた。

どうやら、サーミヤが雨に濡れたせいで呪いが弱まったようだ。
126 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/27(木) 23:18
「でも凄い偶然!」

モモコは濡れるのもかまわず雨の中を飛び跳ねた。
もう何ヶ月も降っていなかったのだ。
それがこのタイミングで大雨になるとは。僥倖としか言いようがない。

が、マーサはゆっくりと首を振った。口元に不敵な笑みを作る。

「違うよ、偶然なんかじゃないよ」

「えっ、じゃあなに?」

「昨日と今日とでさ、ぐるっと包囲網創ったじゃん」
彼方を指しながら一周回る。「あれがさ、雨乞いの魔法陣になってんの」

包囲網が歪な形になっているのは、水脈のせいだけではなかった。
マーサが位置にこだわり創り直したのも、雨を降らせるためだったのだ。

「なんで言ってくれなかったの」

「だってさ、言ったらモモ『雨、降るの待とうよ』とか言っちゃうでしょ」

「……まあ、確かに」

それに正直自信がなかったのだと、マーサは付け加えた。
魔力がそれほど高くないため、確率はかなり低いと考えていた。

「よっしゃあ! とどめ刺すよ!! ミヤ、いける?」

激しく打ちつける雨音に負けないよう、マーサは大声を上げた。
「いけるよ」とミヤビも叫んで応えた。

マーサは魔物の正面に立つと杖を突きたて呪文を唱えた。
現れた魔法陣に砂をまく。これだけ雨が降っていれば水脈など関係ない。
手を差し出すと、勢いよく水が噴き出した。

ミヤビは岩場からサーミヤに向かって駆け下りながら矢を放った。
もう呪われる心配はない。至近距離から確実に命中させる。

近づくことはできなかったが、モモコも果敢に剣を振った。
扱いに慣れたのか、連続してブリザードを放つ。

激しい雨とマーサたちの波状攻撃に晒され、サーミヤは悶え苦しんだ。
あと少し、もうちょっとでケリが着く。

誰もがそう思った時、空から一筋の光が差し、サーミヤを照らした。
127 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/27(木) 23:20
「なんかおかしい、ミヤ止まって!」

攻撃を続けながらマーサは叫んだ。

「!? 痛ぁい」

勢いよく走っていたミヤビは急に立ち止まろうとして足を滑らせ転倒した。
先ほど痛めた腰を殴打し、顔を歪める。

雨足は確実に弱くなっていた。
マーサの周辺の地面が、雨が降っているにも関わらず乾いている。
放水する量に、降雨量が追いついていないのだ。

マーサは攻撃をやめ、少し離れた場所に杖を突き立てた。

「モモ、手伝って」

ふたりで砂をまき、魔法陣を定着させる。そして、また別の場所に杖を突き立てる。
サーミヤが攻撃してこない内に、できるだけ多くの魔法陣を創らなければならない。

その間、ミヤビは後退りながら矢を放ち続けた。

でたらめに振り回していたサーミヤの手が、次第に矢を振り落とすようになる。
そしてミヤビが最後に放った矢は、しっかりとサーミヤの手の中に納まっていた。

完全に雨は上がっていた。雲がはれ、日差しがまるで真夏のように肌に刺さる。
サーミヤが顔を上げ、ミヤビを睨みつけた。

「ヤバァイ!!」

矢は尽きた。もう逃げるしかない。ミヤビは手を着きながら斜面を駆け上がった。
援護しようと、マーサができたばかりの魔法陣の中で手を差し出した。
が、そこで動きが止まる。彼女の殺気を感じたのか、サーミヤがマーサに視線を移した。
128 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/27(木) 23:21
「マァ、なにやってんの!」

モモコが声を上げた。別の魔法陣の中に立ってはいるが
自分が狙われることを恐れ攻撃できない。それでも、その場を離れず
サーミヤの視線に晒されながら立ち尽くすマーサに、逃げるよう必死で声をかけた。

「もう!」

その様子に気づき、ミヤビは反転した。背負った昆を抜き、サーミヤに突進する。

「いやぁ!!」

気合と共に突くが、サーミヤはそれをなんなく避けた。
身をひるがえし、もう一度突こうとするのだが、ダメだった。
サーミヤに見つめられ、力が出ない。昆を取り落とすとその場に膝をついた。

「マァ! ミヤがミヤが!!」

モモコの絶叫に、マーサは我に返った。手をサーミヤに向かって差し出す。

「モモ、ウチとおんなじトコ狙って。早く!」

「えっ、でも」

モモコは戸惑った。なぜなら、マーサはサーミヤ直接ではなく
その背後に放水していたからだ。

「早く」と促され、訳もわからずモモコは手を差し出しマーサと同じ場所に放水した。
サーミヤの視線が足元のミヤビからマーサに移った。
が、魔法陣が呪いから守ってくれるらしく、すぐに病魔に冒されることはなかった。

魔法陣周辺の水が枯れると、マーサは別の魔法陣に移り同じ場所に放水した。
モモコもそれに倣う。三つ目の魔法陣が枯れ、次に移ろうとしたとき
マーサが前のめりに倒れた。それっきり動かない。

「マァ!!」

モモコは絶叫した。マーサが顔を振り向け、あとはお願いねと微笑んだ。
129 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/27(木) 23:23
モモコは幻影を見た。

恐ろしげな表情で睨みつける魔物の後ろで
一本の樹木が恐るべき速さで成長していた。

細い幹が見る見る間に太くなり、枝を生やす。
緑の葉が生い茂り、背後から魔物を包み込んでゆく。

背は魔物をはるかに越えていた。
上から右から左から、枝が伸び魔物を取り込んでいく。

魔物はまったく気づかず、怒りに満ちた視線をモモコに向けていた。

枝が魔物の前に回り、葉が胸元に触れたとき
魔物ははじめて気づいた。

だが、すでに手遅れだった。

複雑に絡まる枝は退路を断ち、葉がその姿を隠していく。
やがて魔物の姿は完全に見えなくなったが、それでも樹は成長を止めなかった。
風に揺れる深緑の葉の影から、茶色い枝がまるで生き物のように蠢いている。

一瞬、魔物の手が突き破って外に出たが、枝が鞭のようにしなり
それをも絡め取ってしまった。

薄れる意識の中、モモコは最後に魔物の断末魔を聞いた。
130 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/27(木) 23:23
 
131 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/27(木) 23:26
意識を取り戻したモモコの目に飛び込んできたのは、木目の天井だった。
上半身を起こすと、額から濡れた布が落ちた。

正面にベッドの上で寝息を立てるミヤビと、その側に腰掛けるマーサの姿があった。

「あっ、気づいた?」

マーサはモモコに顔を向けると片頬を上げて微笑んだ。
立ち上がりイスを掴んでモモコに近づく。傍らに腰を下ろすと、横になるよう促した。

「どうなったの?」

モモコが訊ねると、マーサは布を桶で濡らしながら答えた。

「倒した。モモのおかげさ」

布でモモコの汗をやさしく拭うと、マーサは折りたたんで額に乗せた。

雨が上がった後、攻撃しようと手を伸ばしたしたマーサの目に
あるものが釘付けになった。それは、切り株に芽吹いた一本の芽だった。

「思い出したんだよ、ウンディーネは水の精霊だって」

マーサはあの戦いの中で、ずっと疑問に思っていたことがあったと言う。
──それは、なぜサーミヤがあの場所から一歩も動かないのか。

動かないどころか、こちらが攻撃の意思を示さないかぎり呪うこともせず
まるで体力を温存するかのように、聖樹の切り株の上でうずくまっている。

師団長の話では、森に近づいただけで発病した者もいるにも関わらずだ。

「あれはね、精霊の復活を予期してたんだと思うね」

今から思えば、マーサの実力であれほどの雨を降らせることができるはずがない。
水の精霊の助けがあればこそだと、マーサは苦笑いを浮かべた。
132 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/27(木) 23:29
「じゃ、サーミヤじゃなくて、その後ろを狙ったのは…」

「切り株に新しく生えた芽だったわけさ」

精霊が復活する確証はない。それにあれほどの降雨を跳ね除けた魔力だ
サーミヤが気づけば抑えつけられる可能性もあった。

だが、マーサたちの攻撃に怒り狂ったサーミヤは我を忘れ
彼女たちを駆逐することに神経を集中した。
その結果、サーミヤは精霊の復活を赦してしまった。

「モモ、見たよ…あれ幻じゃなかったんだ……」

モモコは気を失う前に見た光景を語って聞かせた。
話が終わると、マーサは寂しそうな笑みを浮かべた。

「ウチが目ぇ醒ましたときね、サーミヤも、ウンディーネも、魔力残ってなかった」

通常、倒木した精霊の宿る樹は魔法の杖や、質の悪いものは魔法の砂に加工されるのだが
聖樹は魔法の砂にも使えないほど、魔力を使い果たしていた。

早晩あの森は消滅するだろうと、マーサは切なげに呟いた。
水脈を支えていたのは、精霊の力だからだ。

「森全体の命を賭けてモモたちを助けてくれたんだね」

そう言って顔を曇らせるモモコに、寂しげに微笑んでマーサは彼女の手を取った。

ふと顔を上げると、モモコは辺りを見回した。

「あれ、キャプテンは?」

サキの姿が見えない。モモコが訊ねると、マーサは空のベッドに顔を向けた。

「サキちゃん一番最初にヤラれちゃったじゃん。だから一番重症だったんだけどね」

魔物を倒したことで、呪いからは開放される。
だが、病によって奪われた体力まで回復するわけではない。

モモコの顔が青ざめる。──もしや、キャプテンの身に…
が、振り返ったマーサの顔には、笑みが浮かんでいた。

「サーミヤ倒したって言ったら、起き上がって『報酬の話してくる』って言ってさ
 走って師団長さんトコ行っちゃった」
133 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/27(木) 23:30
 第弐話 ──ファイティングポーズはダテじゃない! ──
134 名前:第弐話 ファイポ 投稿日:2007/12/27(木) 23:31



                    ── 完 ──
135 名前:びーろぐ 投稿日:2007/12/27(木) 23:40
第弐話完結です。
年内に終えることができ、安心しております。

某所でこの小説を読んでいるという記述を見つけました。
直接レスを貰うのはもちろん、よそで話題にして貰えるというのも
嬉しいですね。有難うございます。

酷評、指摘、苦言など厳しい意見も大歓迎ですので
感想などありましたら、書いてやってください。
136 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/28(金) 01:11
第弐話完結ありがとうございます
登場人物のキャラが立っててとても楽しめました
メンバーの新しい冒険楽しみにしています
137 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/28(金) 22:43
落ちのキャプテンに思わず笑ってしまいましたw
次回も楽しみにしてます!
138 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/28(金) 21:11
更新お待ちしてまーす
139 名前:びーろぐ 投稿日:2008/04/01(火) 02:23
レスが遅くなりまして、申し訳ありません。
>>136
こちらこそありがとうございます。
ちゃんとそれぞれのメンバーが描けているか心配してたので
そう言ってもらえると嬉しいです。

>>137
最後が締まらない感じになることが多いので、綺麗に決まってよかったです。

>>138
お待たせしております。

ということで、そろそろ第参話行きたいと思います。

140 名前:びーろぐ 投稿日:2008/04/01(火) 02:24
今回は、タイトルとほとんど関係ありません。
PVが初ロケなんで、旅物ならなんでもいいや、って感じだったんですが
後から考えた弐話が先に旅物になってしまいました。

他の話と差し替えも考えたんですが、四話は全員出てくる予定で動かせない内容だし
それだったら先にやっとかないと駄目な話だしで、そのまま行きます。

ということで、あのメンバーがいよいよ登場です。
今週中には始めますので、よければ読んでやってください。
141 名前:第参話 投稿日:2008/04/06(日) 23:38
ゴツゴツとした岩肌に背中を預け、リサコは滴り落ちるしずくを眺めていた。
盛り上がった岩盤の上に置かれた杯の中に、水滴が吸い込まれ水音を立てる。
周りの岩肌に反響し、まるでやまびこのように水音が繰り返され遠ざかっていく。

氷柱のように垂れ下がった鍾乳石が暗闇に浮かんでいた。先端に水滴がたまる。
──来る。そう思った次の瞬間、しずくが杯の中に落ちた。
先ほどと同じように、水音が去っていく。

「ねえ」傍らから声がした。「リサコ、お水とって」

リサコは腰を浮かせた。杯を掴んで中を覗き見る。
まだ底の方に少ししか貯まっていない。リサコは目をつむって魔法陣を切った。

「魔術使うんならいいよぉ、戻しといて」

華奢な腕がだるそうに上がり鍾乳石の下を指したが、リサコは大丈夫と首を振った。
魔術で杯を水で満たし、隣に差し出す。
喉を鳴らす音が聞こえ、戻ってきた杯には、半分ほど水が残されていた。

リサコはそれを飲み干し杯を元の場所に置いた。細くて長い脚が視界に入る。

「何日ぐらいたったのかな」
「さあ…三日ぐらいじゃないの」

抑揚のない声で答が返ってくる。リサコは鼻をすすり膝を抱きかかえた。

「みんな心配してるかな…」
「してないでしょ、ひと月は掛かるって言われたし」

リサコはこれまでの日程を指折り数え、最後に三を加えた。
十日とちょっとだ。これでは心配のしようがない。
142 名前:第参話 投稿日:2008/04/06(日) 23:40
ため息をつき天井を見上げる。微かに光が漏れていた。
日差しがまっすぐ刺さないのは、日が傾いてきた証拠だ。

隣からグルグルと腹のなる音が聞こえてきた。
リサコは顔をしかめ、相手の腿を叩いた。

「もう、チィみっともない」

「…フハハハ」チナミは力なく笑った。
「いいじゃん、誰もいないんだしさ」

「ダメだよ、女の子はいつだってちゃんとしてなきゃ」

頬を膨らますリサコだったが、次の瞬間、彼女の腹がグルグルと音を立てた。

「アハハ…リサコもじゃん」

チナミに肩を揺すられ、リサコは恥ずかしそうにうつむいた。

マーサの持たせてくれた薬草のおかげで、体力を失う心配はなかったが
空腹感を埋めることはできなかった。

リサコはへこんだ腹に手を当てため息をついた。
瞳を閉じ、あの日宿屋で食べた朝食に思いをはせた。
143 名前:第参話 投稿日:2008/04/06(日) 23:40
 第参話 ──ピリリと行こう! ──
144 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/06(日) 23:42
「凄ぉい」

真っ白なクロスの掛かったテーブルに並べられた料理を目の前にし
リサコは思わず声を上げた。

湯気の立つスープに、ほうれん草が添えられたカリカリのベーコン
それにエッグスタンドに立てられたゆで卵。

どれも一度は口にした事のある食材だったが
なぜかまるで違う食べ物のように感じてしまう。

「さっ、食べよ」

チナミに促され向かい合わせに席に着く。
スープをひと口すすり、パンに手を伸ばす。

「なにこれ!」

まず掴んだ感触に驚き、口に含んでそのやわらかさに二度驚く。

「焼きたては、そんななんだよ」

カチカチの固いパンしか食べたことのないリサコにとっては、衝撃だった。
モチモチした食感に、思わず口元がにやけた。ほんの少し首を傾け息をつく。

「ホント、凄いね…」

「そーだよねぇ、ウチなんて何年ぶりだろ、こんな料理食べたの」

「違うよ」リサコは上目遣いでチナミを見つめた。そして手をまっすぐ差し出す。
「料理のことじゃなくて、凄いのはチィさん」
145 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/06(日) 23:43
「え!?」

チナミの表情が固まった。すぐに照れたような笑顔になると
揃えた四本の指を口元にあてがった。

「ウチ、凄くなんかないよ…それになに、その変な呼び方」

初めて出会ったときには「チナミさん」と呼んでいたのが
しばらくすると「チナミちゃん」と呼ぶようになっていた。

そして今回の仕事、ふたりでグール退治することが決まったころには
「チィちゃん」になっていた。

呼び名の変遷は、リサコのチナミに対する気持ちが近くなった証でもあった。

そして今、「チィさん」へと変わった。
これはチナミへの心の距離が離れたからではない。
リサコは尊敬の念を込めて、そう呼ぶのだ。

「ううん、凄いよやっぱ。チィさんは」

謙遜するチナミに、リサコは目を伏せ首を振った。

依頼のあった村に着いてからというもの、リサコはチナミに対し
「凄い」しか言っていないような気がした。
146 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/06(日) 23:48
初めて「凄い」と呟いたのは、チナミが魔法陣を創るのを見た時だった。

杖を突き立てできた魔法陣に、砂をまいて定着させる。それが一般的なやり方だが
チナミの創る魔法陣は大きくて中心からでは砂をまくことができない。

二人一組で創るんだろうと、リサコは魔法陣に近づいた。
だがそこで信じられないようなことが起こった。チナミがその場から離れたのだ。

にも関わらず、杖はなんの支えもないまま立っている。
魔法陣の光は絶えることなく、チナミ自身が歩き回り定着させている。
そして完成と同時に、杖は自然に倒れた。

それは、かつてオリーブ畑で見たゴブリンを捕える罠の魔法陣と同じものだった。

「……凄い」

「えっ、なに?」

リサコの呟きが聞こえなかったらしく、杖を拾い上げながら、チナミは耳に手を当てた。
リサコはチナミの元まで駆け寄り、手を取って飛び跳ねた。

「凄いよ! こんなの見たことない」

全然凄くなんかないよと、チナミは手を振った。
マーサに教えてもらった罠だし、凄いのは彼女だと言って、照れたような笑みを作る。

そんなことはないと、リサコは首を振った。
実は彼女も罠の作り方を教わっていたのだが、一度として成功したことはなかった。

手本を示してくれるマーサにしても、チナミの創る魔法陣の半分
──手を伸ばせば境界線まで届くぐらい──の大きさしか創れない。
それに定着させるまで杖から手を離すなど一度もなかった。
147 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/06(日) 23:50
「なんで、そんなことができるの?」

リサコが尋ねると、チナミはなんのことかわからない様子できょとんとしていたが
杖から離れたにも関わらず魔法陣が消えなかったことだと言うと

「あー、あれね」と笑顔を見せた。
「ウチのパパが魔兵団に居たからね、教えてもらったの」

ある程度大きな国なら、必ずといっていいほど魔兵団を組織している。
皇帝の統治が安定している今の世には必要ないのだが
未来永劫、太平の世が続くとは限らない。
優れた技能を継承し有事に備えるためには、日々の鍛錬は欠かせないのだ。

その魔兵団とさっきの技とどう関係があるのか
リサコにはよくわからなかったが、それでも

「そうなんだ、凄いねぇ」

としきりに首を振った。

「凄くなんかないって。あれって、杖に魔力を溜め込んでその場所に定着させてんだけど
 マーサに『砂まけば簡単に定着すんだから魔力の無駄遣いだよ』って言われちゃった」

そう言ってチナミは苦笑いを浮かべたが、あれだけ大きな魔法陣を定着させるのに
どれほどの魔力が必要か、知識の乏しいリサコでも想像はついた。
マーサの言う「魔力の無駄遣い」とは、まさにそのことを指しているのだ。

「いやいやいやいや、チィちゃん凄いよ」

父親が魔兵団に属していたというだけでも、リサコにとっては雲の上の話だ。
改めてチナミという魔術師の凄さに感嘆の声を漏らした。
148 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/09(水) 18:57
更新おつかれさまでっす!次も楽しみにしてます
あと…企画のびーろぐさんの作品良かったですw
149 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/18(金) 03:21
今回の依頼は、夜になると山村に侵入してきて荒らすグールの駆逐だった。
広範囲に罠を巡らさなければならない上、日数が掛かることが予測された。

無名のハンターである彼女たちに高い報酬が支払われるはずはなく
経費削減を余儀なくされた。馬車や馬などは使えず、移動手段は歩きだ。
三日かけてふたりは村にたどり着いた。

そして村の長から説明を受け、すぐに作業に取り掛かった。
包囲網が半分のできないうちに、疲労はピークに達していた。

「もういいや、今日はここまで」

チナミはそう言うと、杖を投げ出し木陰に腰を下ろした。

「えっ!?」

リサコは慌てて駆け寄った。陽は傾きつつあるが、日没まではまだ時がある。
もう少し続けた方がいいのではと主張したが、チナミは

「ちゃんと見回りすれば大丈夫だよ。それに今夜来るとは限んないし」

と面倒そうに答えるだけだった。しょうがなくリサコも杖を抱えて隣に座る。

「ねえ、その杖どんな魔法が刻んであんの」

チナミがリサコの手元を覗き込んだ。

この杖はオリーブ畑の一件で「リサコ、がんばったから」とマーサが贈ってくれたものだ。
五つまで印の刻める優れもので、現在三つ刻まれている。
リサコは誇らしげに杖を差し出した。
150 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/18(金) 03:24
「ふーん。これとこれは知ってるけど、一番上のはなに?」

チナミが知っていると言ったのは、罠の魔法陣と、攻撃から身を守る結界だ。
どちらも成功したことはなく、結界にいたっては小石ひとつ跳ね返せない。
最後の印は、唯一リサコの使える魔術だった。

「これねぇ、雷の魔法」

やってみてと促され、リサコは頷いて立ち上がった。
印を押さえて呪文を唱える。大きな石に向かって杖を振ると
練習の成果からか、細いがとりあえず稲妻のような閃光が走った。

が、閃光は目標を大きく逸れ、近くの草むらに小さな焦げ痕を作っただけだった。
それでもリサコは笑みを浮かべて胸を張り、チナミは手を叩いてそれに応えた。

「やるじゃん! ねえ、ウチにもやらせて」

そう言って立ち上がる。

「えっ、でも……」

リサコは困ったようにうつむいた。

旅立つ前、サキから強く言い渡されたことがある。
それは、絶対チナミに杖に刻まれた魔術以外を使わせるなということだ。
理由はわからないが、サキ曰く

「そのために大枚はたいてチィに三本も杖、持たせてるんだから」

とのことだ。そのことを言うとチナミはリサコの杖を指差した。

「だったら、いいじゃん。だってさ、リサコの杖に刻んであんでしょ」
151 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/18(金) 03:27
確かに、他人の杖を使うなとは言われていない気がする。
リサコは首を傾げながらも、杖を差し出した。

「へ〜ぇ、いい杖だね。で、呪文は?」

問われリサコは指先で地面に古代文字を書いた。
時代によって読み方も意味も異なる文字を
正確に理解し発音できなければ、呪文は使えない。
読み方を教えると、チナミは真顔で頷き姿勢を正した。

リサコが狙った石を標的に据える。口の中で呪文を唱え、大きく杖を振りかぶった。

轟音が鳴り響き、目の前が真っ白に光る。
リサコは思わず目をつむり両手で耳をふさいだ。
体中に、なにか細かくて硬いものが、いくつも当たった。

恐るおそる目を開く。が、しばらくはチカチカしてなにも見えなかった。
ようやく目が慣れてくると、そこにあったはずの石がなくなっていた。

無意識のうちに腕をさすっていた。
目をやると細かな擦り傷や切り傷が、腕や脚にできている。

「リサコ、ゴメン!」チナミが駆け寄り、リサコの腕を抱いた。

チナミの放った雷が、石を粉々に砕いたのだ。そのかけらがふたりを襲った。
よく見ると、チナミの腕や顔にも小さな傷ができていた。

「あっ、リサコ血が出てる!」

リサコの腕に掴んで、申し訳なさそうに顔を歪める。
チナミは、怪我をさせてしまったことに責任を感じているようだったが
リサコにとって、傷のことなどどうでもいいことだった。

「チィちゃん凄い!」

雷の威力に、思わず叫び声を上げた。
152 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/18(金) 03:30
木陰に腰掛け、ふたりは互いの顔に傷薬を塗りあった。
地面には傷を癒す魔法陣が描かれている。

「ウチ、白魔術、苦手なんだよね」

と顔をしかめるチナミに代わってリサコが創ったものだ。
その効果も相まってか、先に塗った腕の傷はすでに塞がりつつあった。

「でもチィちゃん、ホントに凄いね」

「リサコさぁ、さっきから凄い、凄い言ってんだけど、ホントに思ってんの?」

チナミはそう言って疑いの目をリサコに向けた。
あまりに言い過ぎたため、そろそろ「凄い」のインフレが始まったようだ。

「ホントに、ホントに思ってるよ! だって凄いんだもん、チィちゃん」

「だってさぁ、言われたことないんだもん、キャプテンからもミヤからも」

「それはぁ、あれだと思うよ。ずっと、ずっと一緒に居すぎて、わかんないんだよ」

長年行動を共にしていると、己のことも含め、成長や客観的な実力が
冷静な目で見ることができなくなる。
というようなことを言いたかったのだが、リサコの言葉でそれが伝わったか疑わしい。
チナミは「そうかなぁ」と呟いただけで、天を仰いだ。

「でもリサコも凄いよ。だって、ほら! もう怪我治ってきてるもん」

そう言って腕を差し出す。そんなことないと恥ずかしそうに首を振ったが
白魔術の方があってるんじゃないかと言われ、顔を上げた。

「それママにも言われた!」

「ママって、おかあさんに言われたの?」

そうではなく、薬屋のマーサのことだと言うと、チナミは納得のいかない表情ながらも
そうなんだと相槌を打った。
153 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/18(金) 03:31
しばらく他愛もない話で盛り上がっていたが、ひとつあくびを噛み殺すと
チナミは眠いと呟いて草むらに身体を横たえた。

「ダメだよ! 見回りするんじゃなかったの?」

すでに夕闇が辺りを包んでいた。いつ魔物が現れてもおかしくない。
リサコは懸命にチナミの身体を揺すったが、彼女は起き上がろうとしなかった。

「大丈夫。どうせ出るのは夜中だし、今のうちに眠っとかないと」

「でも…」

「平気だって。リサコも疲れたでしょ。ちょっとだけ、ちょっとだけ寝よ」

そう言うとチナミは寝返りを打った。リサコは呆れたようにため息をつくと

「もういい、アタシ見張ってるから」と膝を抱えて背を向けた。

──ホントは凄くなんかないのかもしれない。

いくら魔力が高くても、それを生かさなければ意味がない。
投げやりなチナミの態度に、リサコは腹を立てた。
もう絶対に凄いと言わない。そう誓った。

この夜は月も出ておらず、完全に暮れてしまうと深い闇に包まれた。
遠くの家々から漏れる灯りが揺れるだけで、すぐ側の街道すら見えなかった。

袋から松明を取り出すが、火を点ける道具がない。
チナミの杖に炎の魔術が刻まれているはずだったが
呪文を知らなければ使いようがない。
154 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/18(金) 03:33
「チィちゃん…」

しかたなく、すでに寝息を立てているチナミを揺すって起こす。

「……なにぃ」
「暗いんだけど」
「えっ、暗いのが怖いの?」
「違う!」

暗くて周りが見えないんだと声を上げる。
そういうことね、とチナミは呟き、起き上がって杖を掴んで呪文を唱えた。
そして掌を差し出すと、水晶玉のようなものが現れ、青白い光を放った。

「凄い! なにこれ?」

言ってしまった後で、リサコは顔を歪めた。
ついさっき誓ったばかりにも関わらず、思わず口をついて出てしまった。

「これ? ただの光の玉だよ」

リサコの決意など知るはずもないチナミは
笑顔でリサコの手をとり掌の上に光の玉を浮かせた。

「魔力をこめると光が強くなんの。やってみて」

淡い光を放つ球体に、しばし見惚れていたが、リサコはひとつ頷くと
光の玉に魔力をこめようとした。だが、どうも上手くいかない。
光は強まるどころか、徐々に力を失っていき、辺りはまた闇に包まれた。

「もう」

ため息をつきながらチナミが玉に手をかざした。
するとどんどん光が増していき、ついにはまるで昼間のような明るさになった。
不思議なのは、これだけ辺りを照らしているにも関わらず
直接玉を見ても眩しくないことだ。
155 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/18(金) 03:35
「こんなもんかなっと」

チナミが手を遠ざけると、光は弱まっていき周辺を照らしだす程度になった。

「それでしばらく保つよ。じゃあウチはちょっと寝させてもらうから。おやすみ」

そう言ってチナミは身体を横たえた。

始めて見るその物体に、リサコは目を輝かせた。立ち上がってあちこちに振り向ける。
立ち並ぶ木々が、はっきりと見えた。その先になにがあるのだろうと、小走りに近づく。
闇の中に、畑を仕切る白い柵が浮かび上がってきた。
その手前に流れる水路が、光を反射してキラキラと輝いている。

松明なんかよりずっと明るいし、風に揺られて消える心配もない。
なによりも熱を持たないので、燃え移る心配もないし火傷することもない。

もっと明るくならないかと、魔力をこめた。が、やはり上手くいかない。
唇を突き出し首をひねる。やっぱり、ちゃんとしたやり方を教えてもらおう。
リサコはチナミの場所まで駆け戻った。

「ねえ、チィちゃん…」

が、すでにチナミは腕を枕に深い眠りについていた。寝息と共に肩が上下する。
寝顔を覗き込み、リサコはため息をついた。あとで訊くしかないかと傍に腰を下ろす。

玉を顔の前に掲げる。なんて綺麗な光を放っているのだろう。

「やっぱり…チィちゃん、凄いや」

リサコはそう呟くと、監視するのも忘れて玉を飽きることなく見つめた。
156 名前:びーろぐ 投稿日:2008/04/18(金) 03:37
>>148
有難うございます。楽しんでいただけてるでしょうか。
企画は投票も感想も少なかったので、そう言ってもらえると励みになります。
157 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/19(土) 00:20
再開乙です!
お持ちしておりました
158 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/25(金) 01:52
「う、ん〜ん」

リサコは思いっきり伸びをした。眠い目をこすりながらあくびを噛み殺す。
ゆっくりと瞬きを繰り返すが、再度襲ってくる睡魔に勝てず
口をむにゃむにゃと動かし、静かに瞳を閉じた。

が、目を開けた際に人の気配がしたような気がして慌てて身体を起こした。
すぐ目の前に見知らぬ若い男の顔があった。
「ひっ!」と小さな悲鳴を上げ、リサコは思わず後ずさった。

周りにいたのは、その男だけではなかった。
四、五人の男たちが険しい表情でリサコとチナミを囲んでいる。
その中に見覚えのある老人がいた。
打ち合わせした際に、たしか長老と名乗っていたはずだ。

魔力を失ったのかどこを探しても光の玉はなく、天を仰ぐとすでに青空が広がっていた。
リサコはようやく自分たちがしでかしてしまった重大な失態に気づいた。

「チィちゃん、チィちゃん、起きて!」

チナミの身体にすがりつき、激しく揺らす。

「なにぃ…もうちょっと、もうちょっとだけ、寝させて…」

「ダメだって! もう朝なんだよ!!」

「だからさぁ、もうちょっと……えっ、ウソ!」

そう言うとチナミは跳ね起きた。呆然とした表情で辺りを見回す。
そして虚ろな瞳で手元を見つめると、そのままがっくりとうなだれた。
159 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/25(金) 01:54
包囲網が不完全にも関わらず、朝まで眠り込んでしまった。
言い訳のしようのない大失態だ。
たとえ小さな仕事とはいえ、手を抜いたなどと噂が広まれば
モンスターハンターとして死活問題に関わる。

無言のまま長老が杖を突きながらチナミに近づいた。
ゆっくりと屈んでチナミの顔を覗き込む。

視線に気づいたチナミは顔を上げると、今にも泣き出しそうになり
座りなおして手を合わせ頭を下げた。

「ゴメンなさい! ホントに、ホントにゴメンなさい!!」

懇願するように謝るチナミに、長老は黙って首を横に振った。

「違うんです、これはアタシが! あの、アタシのせいで…」

リサコもなにか言わなければと思うのだが、言葉が続かない。
念仏のように「ゴメンなさい」を繰り返すチナミに
険しい表情で応える長老をはじめとする村人たち。
リサコの瞳に涙が溜まった。

「ワシャ言うておったのじゃ、こんな子供になにができるのかと」

長老が始めて声を発した。
重苦しい雰囲気に、リサコの瞳からついに涙がこぼれる。

が次の瞬間、信じられないことが起こった。長老がチナミの手を力強く握ったのだ。

「謝らなければならないのは、このワシじゃ。ありがとうございます、先生!!」

「へっ?」

チナミが頼りない声を上げた。
160 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/25(金) 01:56
長老たちに連れられ、リサコらは昨日張った罠のひとつへ向かった。
近づくにつれ、脳天に突き刺さるような奇声が聞こえてくる。

生い茂った森を抜け、村はずれにある穀倉の前に出る。
するとそこに飛び跳ねる黒い大きな体躯があった。グールだ。

その恐ろしげな姿に、リサコは身震いした。

とにかく身体が大きい。襲うのは女子供や老人が中心で
成人男性が被害に遭うことはめったにないと聞かされていたため
ゴブリンのような小さな魔物を想像していたのだが
体長は大男なみで手足が長い。

それに鋭い爪が伸びていて、ひと掻きされれば屈強な男性でも大怪我を負いかねない。

昨夜、もしチナミが目を覚まさなければ
ひとりででも見回りに行くつもりだったリサコは
己の無謀さに改めて戦慄した。

グールはよだれをたらしながら咆哮し、体当たりするように右に左に跳ねた。
が、まるでそこに壁があるかのごとく、一定の範囲からは出なかった。

いや、実際に壁があったのだ、見えない壁が。
グールの周辺は、朝日が反射し円形に白い砂が光っていた。

そう、ミヤビ曰く「掛かるの待ってたらキャプテンの身長がクマイちゃん超えちゃう」
チナミの罠に、仕掛けてわずか一晩で、このグールは掛かってしまったのだ。
161 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/25(金) 01:58
早期解決に気を良くした村人たちは、当初の予定よりもかなり多い報酬をくれた。
元々、半月以上は掛かるだろうと想定していたので、期間短縮と報酬加増が相まって
日単価としてはかなり高額な仕事をしたことになる。

「ちょっとさ、のんびりしていこうよ」

日ごろサキにこき使われていると不満を漏らすチナミのこの言葉を漏れ聞いた村の長は
それならばと貴族が魔物狩りの際に使う宿を、格安で紹介してくれた。

通常ならどれほど金を積もうが、町のハンター風情が宿泊できる施設ではないのだが
なんでも農閑期には村人が宿屋の手伝いをして生計を立てるそうで、顔が利くらしい。

こうしてチナミとリサコは、数日を豪華な宿ですごした。
客室は絢爛で居心地がいいし、食事は申し分ない。
近くには温泉が湧き、日ごろの疲れを癒すことができた。

「今日も楽しかったね!」

倒れこむようにしてリサコはベッドに身体を横たえた。シーツから、甘い香りが漂う。

いつもの宿だと、誰のものともわからぬ汗の臭いに辟易しながら
眠りにつかなければならないのだが、さすがは貴族が泊まる宿だ。
連泊しているにも関わらず、毎日シーツが交換されている。

しかもなんらかの魔術がかけられているらしく
すぐに深い眠りに落ち、朝の目覚めもいい。

この日は朝から曇り空だったが、ついに雨が降り出したらしい。
規則正しく屋根を打つ雨音が心地よく、瞼が自然に重くなった。
が、いつもはうるさいほどのチナミの声が
まったく聞こえてこないことを妙に思い、身体を起こす。

「チィさん?」

チナミはイスに腰掛け、いつになく真剣な表情で手にした小さな袋を覗き込んでいる。
声を掛けても微動だにしない。
162 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/25(金) 02:00
「チィさん!」

リサコは大きな声を上げた。するとチナミは驚いたような顔を向けた。

「どうかした?」

そう尋ねると、チナミは固まった筋肉を無理やりほぐすようにして笑顔を作った。
手を腿の間に滑り込ませ袋を隠す。

「な、なんでもないよ」

そう首を振るが、硬い笑顔の裏に明らかな動揺が伺える。
リサコが「ホントに?」と小首を傾げると
チナミの顔から表情が一瞬消え、今度は泣きそうな顔になって
リサコの元まで駆け寄ってきた。

「リサコ、お金持ってる!?」

「えっ、金貨ならここに…」

ベルトの裏から一枚の金貨を取り出した。
なにかあった時のためにと、サキが持たせてくれたものだ。

「そうじゃなくって、貯めてるお金とか…」

「ああ、家に帰ったらあるよ、ちょっとだけど」

薬屋の手伝いは、見返りに魔術を教えてもらうことで賃金は取らない約束になっている。
が、店に行くたびマーサから「サキちゃんには内緒だよ」と言って
金額は少ないが給金を貰っていた。それをリサコはこつこつと貯めていたのだ。

余談だが、賃金を貰うことで働く喜びや責任感を持って欲しいという思いから
実際にはサキがお金を用意し、マーサに渡すよう頼んでいたのだった。

そしてその金額とほぼ同額を、マーサが上乗せしてリサコに渡していることを
サキも知らないでいる。
163 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/25(金) 02:02
「お願い、そのお金、貸して!」

両手をあわせ懇願するチナミに、どうしたのとリサコは目を丸くした。
するとチナミは、先ほど穴が開くほど見つめていた袋を取り出した。
逆さまにして中身をベッドにぶちまめる。数枚の銀貨が散らばった。

「これ、ウチらの全財産…」

「えっ、だってこれ…なんで!?」

ベッドの上の銀貨は、旅費としてサキから渡された額と変わらない。
グールを捕縛した報酬はどこへ行ったのか。
その疑問を口にするとチナミは「使っちゃった」と半笑いで答えた。

「でもね、半分はリサコのせいなんだよ」

「なんで!? アタシ知らないよ」

「だってほら、一緒にここ泊まったじゃん。温泉入ったでしょ
 美味しいご飯たべたでしょ、楽しんだでしょ!」

それはそうだけど、とリサコは眉を寄せ首を傾けた。

「別にね、だから半分出せって言ってんじゃないんだよ。お金は返す、返すよ?
 とりあえずね、キャプテンにバレないよう、貸して欲しいって言ってるだけで…」

「チィちゃん、お金ないの?」

リサコが尋ねると、チナミは「ない」と言ってまた半笑いを浮かべた。

リサコはふたりで旅立つに当たって、杖の件と共に
サキから言いつけられていた、もうひとつの事柄を思い出した。

「解決したら、すぐに帰ってくるんだよ。絶対に寄り道したらダメだからね。
 ほっといたらチィ、持ってるお金、全部使っちゃうんだから」
164 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/25(金) 02:02

165 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/04/25(金) 02:07
翌朝、ふたりは空が白み始めるのと同時に宿を出た。

朝食の料金はすでに支払ってあったのだが、用意が整うまで待つ余裕がない。
代わりに前日分の余った食料を包んでもらい、旅路の糧とする。

「リサコ違う、こっちぃ!」

街道沿いに進もうとするリサコの袖をチナミが引いた。
普通に歩けば三日かかる道中も、山中を突っ切れば一昼夜で済むのだと言う。
もうこれ以上、出費は許されない。少しでも早く戻らなければならないのだ。

「えっ、大丈夫?」

「平気! とにかく、西に歩いてけば着くから。ウチに任せて!」

そうは言うもの、昨夜の雨は止んだが依然空には厚い雲が垂れ込めている。
正確に方向がわかるか、リサコは不安になった。
が、昼過ぎには太陽が出るから大丈夫とチナミは主張した。

「ホント?」
「うん、ホント!」
「迷ったりしない?」
「しないって、絶対!!」

なんの根拠があるのか、やけに自信ありげなチナミに言いくるめられ
リサコは生い茂った山に分け入った。道なき道を進み、時には崖を登り川を渡る。
そうして一日中歩き回ったが、ついに太陽が出ることなく日暮れを迎えた。

「ねえ、合ってる?」

不安そうにリサコが尋ねると、チナミは「大丈夫」と自分に言い聞かせるように呟いた。
太陽が出ていなくても、枝の伸びる方向や切り株を見れば方角がわかるのだと言う。

「ほら、これ見て」朽ちた切り株を見つけ、チナミは駆け寄り指差した。
「えっと、年輪の狭い方が北でしょ。だからね、西はあっち!」

そう言ってチナミは自分たちがやって来た方向に、人差し指を向けた。

「あれ?」

どうやらふたりは、完全に迷ってしまったようだ。
166 名前:びーろぐ 投稿日:2008/04/25(金) 02:13
>>157
お待たせしました。喜んでもらえて嬉しいです。

そう言えば今週のラジオこの二人でしたね。
UPしながら今気づきました。
167 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/28(月) 23:37
更新お疲れ様です
面白くて一気に読んでしまったw
168 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/01(木) 16:57
更新お疲れさまです!
続きも楽しみにしてまーす
169 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/05(月) 00:58
ふたりは左手の上に光の玉を、右手で杖を突きながら深夜の森を進んだ。
途中、突然降り出した雨を避けるため洞窟で休んだ以外は、ずっと歩きづめだ。

今はその雨も上がり、雲も晴れて星空が広がっている。
星座から方角を知る方法は、リサコでも知っている。
これで方角を間違えることはなくなったが、現在地がわからないため
西に向かって行けば、本当に我が町にたどり着くのか非常に怪しい。

「ねえ、ちょっと休もうよぉ」

「もうちょっと、もうちょっと行ったら町が見えるから」

本来なら尾根を伝って山みっつを越えれば町が眼下に広がるはずなのだが
さっきから登ったり降ったりを繰り返すばかりで、頂上にすら着かない。

同じ作業でも終着点が見えているのと見えないのでは疲労度がまるで違う。
むろん、後者のほうが大きいに決まっている。
リサコの口からは、ため息しか出なかった。

昨夜の雨のせいで足元はぬかるみ歩きにくい。
その上、左は急斜面になっていて、光も届かず闇に沈んでいる。
足を滑らせたら、どうなるかわからない。

「リサコ、ここ滑るから気をつけて。転んだらあぶなああぁぁっ!!!」

叫び声と共にリサコの視界からチナミの姿が消えた。
彼女が担いでいた、杖が二本突き出た袋が宙を舞う。
両手を交差させ、リサコは慌ててそれを受け止めた。

「チィーイ!」

リサコは大声を上げた。光の玉を斜面に向けるが、先はまったく見えない。
助けに行かなければと思うのだが、足がすくんで動かない。

「チィーちゃーん!!」

もう一度、名を呼ぶ。が闇夜に吸い込まれ返事が返ってくることはなかった。
170 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/05(月) 00:59
どうすることもできず佇むリサコだったが
もう一度チナミの名を叫ぼうと大きく息を吸ったとき
どこからか声が聞こえたような気がした。

が、それは崖下からではないことは確かだった。
「痛ぁい」とくぐもった声がする。どこからだろうと辺りを見回す。
ふと、足元が明るいような気がして視線を向けた。

地面が淡い光を放っていた。かがんでよく見ると、それは穴だった。

ひとまたぎで渡れるような小さな穴で、中から青白い光が差している。
チナミが持っていた、光の玉に違いない。

「チィー!!」

穴に向かって叫ぶと反響し語尾が何度も繰り返された。
しばらく待っていると、リサコの名を呼ぶ悲痛な声が返ってきた。

「足、挫いたぁー!」

今にも泣き出しそうな声だったが、どうやら大怪我はしていないらしい。
リサコは胸をなでおろした。

「リサコォー、ウチの袋にさぁー! 縄、入ってんでしょぉー!」

穴から叫び声がした。ちょっと待ってと答えリサコはチナミの袋を探った。
長い縄を見つけ、穴に向かってあったよと答える。

「そぉれ、木に、結んで、こっちに垂らしてぇー」

わかったと伝えると、リサコは周辺で一番太い幹に縄を巻きつけた。
そして穴の中へと垂らす。
171 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/05(月) 01:01
「届いたぁ?」

リサコは穴に向かってそう尋ねたが、返事がない。
なんだか光も弱くなったような気がし、穴の中を覗きこむ。
するとチナミの声が返ってきた。

「うわぁ、すっごく綺麗!」

なにか見つけたのだろうか。リサコは手にした光の玉の穴の中に入れた。
すぐ下に、突起した岩が見える。底はまだ深いが、あそこまでなら降りれるように思う。
リサコは振り返り縄を結わいだ幹に目をやった。

ゆっくりと縄を引く。確かな手ごたえを感じ、今度は全体重をかけ思いっきり引いた。
縄がほどける様子はない。もう一度、穴の中を覗き込み、光の玉を地面に置くと
縄をしっかりと掴んで、穴の中へ身体を滑り込ませた。

岩の上に降り立つが、穴は狭く深いため中の様子は見えない。
その下は斜面になっていて、底がぼんやりと光っている。
チナミはここを滑り落ちたため、大怪我を負わずにすんだようである。

急勾配だが、縄を使えばなんとか昇り降りできそうだ。
リサコはひとつ唾を飲みこみ、慎重に足を下ろした。

両足を踏ん張りズルズルと滑りながら斜面を降りる。
勾配はどんどんきつくなり、最後にはほぼ垂直になった。
が、すぐそこに岩肌の地面が見える。リサコは思い切って縄を放した。

「痛て!」

優雅に着地したつもりだったが、よろけて壁面に頭をぶつける。
痛みに顔をしかめ、患部をさすりながら辺りを見回した。
172 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/05(月) 01:03
天井は大きな玉が転がってきて塞いだような形をしており
一番高い部分が縄のぶら下がった穴で、反対側が一番低くなっている。
なんだか巨大な生き物の胃袋を思わせた。

広さはマーサの薬屋ぐらい。床はほぼ平らだが、一部下がっているところがあり
小さな穴が開いていて、淡い光が漏れている。おそらくそこにチナミがいるのだろうが
屈まなければ通れない小さな穴が、いっそう胃袋を連想させた。

リサコはゆっくりと光の刺す方へ向かった。
十二指腸のように曲がりくねった通路を予想していたのだが、実際はまったく違っていた。

穴をくぐると大きな部屋が開けており、まるで人為的に切り取ったように
壁面や天井、それに床が平坦で垂直に交わっている。

そこにチナミの姿はあった。屈んで壁の一部を照らし、熱心に見つめている。
なんだろうと、リサコは駆け寄った。チナミの背中越しに壁面を覗き込む。

「うわぁー、綺麗……」

思わず口をついて出る。光の玉に照らされ、壁面がキラキラと青い光を放っていた。
つい最近、同じようなものを見た気がするのだが、思い出せない。
そのときも今のように、只ただ見惚れていたように思う。
リサコはチナミの肩に手を掛け、身を乗り出した。

「リサコ! なんでここ居んの!?」

チナミの声に我に返る。

「なんでって、声掛けてもチィちゃん応えないし、なんか綺麗とかって聞こえたから…」

縄を伝って降りてきたのだと言うと、チナミは待ってなきゃダメだよとため息をついた。
173 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/05(月) 01:05
「それより、これなに?」

リサコが壁面を指す。するとチナミの顔に笑顔が戻った。

「これね、なんとかって鉱石だよ。確かね、炎だったっけかなぁ
 魔力を増幅させる力があんの」

「へ〜」

「あれだよ、こんな大きいのじゃないけどモモんチにあった、確か」

それで見たような気がしたのかとリサコは納得した。
チナミが言う通りモモコが見せてくれた
旅先からユリナが持ち帰ったという鉱石の中にあった。
なかでもリサコのお気に入りのヤツだ。

おそらく、採掘場だったのだろうと呟きながら、チナミは辺りを見回した。
あの穴以外に出入り口はなく、そこから搬出したとは考えられないので
落盤かなにかで今は使われていないのだと推測される。

「じゃあ、持って帰ったらモモ、喜ぶかなぁ」

「それだぁー!!」

突然、チナミが大声を上げリサコを指差した。リサコは驚いて思わず飛び上がった。

「えっ、なにぃ!?」

自分の発言が発端にも関わらず、リサコにはなんのことだかまったくわからない。
弱り顔のリサコに、チナミは得意げに言った。

「だから、持って帰んの。で、売るんだよ、モモに」

一見しただけでも、いつもユリナが持ち帰る鉱石の数倍はある。
きっとモモコは高値で買い取ってくれるだろう。
そして使い果たした報酬を補填するのだ。
174 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/05(月) 01:06
「でもさぁ、どうやって切るの?」

当たり前だが、掘削する道具など持ち合わせていない。
杖に岩を切り出す印など刻まれていないし、そもそもそんな魔術は聞いたこともない。

が、チナミには策があるようで、不敵な笑みを浮かべると

「思い出してみて、村に着いた日のことを」

「着いた日?」

チナミが笑顔で頷く。リサコは首を傾げ村に到着した日を思い起こした。

着いたのは昼過ぎだった。そこから村の長の家に行き長老らから状況を聞く。
そしてすぐに罠の作製に取りかかった。
包囲網が半分も完成しないうちに、チナミが作業は終了だと言い出し木陰で休む。
そして、そのあと……

「あー!」

リサコは声を上げた。思い出したかと尋ねるチナミに、なんども頷いて応える。
そしてふたり声を揃えて声を上げた。

「雷の呪文!」

石を砕いたほどの威力と命中率なら、周囲を狙い鉱石のみを切り出すことも可能だろう。

「リサコ、杖は?」
「置いてきた」
「じゃ、取りに行こう!」

そう言うとふたりは駆け出した。
175 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/05(月) 01:07
リサコから先に縄にぶら下がる。
壁面に足を着き登ろうとするのだが、どうも上手くいかない。

「リサコ、なにしてんの!」

チナミが声を上げる。が、垂直の壁では踏ん張りが利かず
非力なリサコでは腕の力だけで登ることができない。

「もう、しょうがないなぁ。坂んなってるところまで行ったら登れる?」

ちょうど顔の辺りから壁面は徐々に傾斜している。
そこに足が掛かれば、なんとか自力で登れそうだ。

そう答えると、チナミはリサコの股の間に頭を入れた。
そしてそのまま肩車をし肩の上に立つよう言う。

なんとか斜面に脚を掛ける。腕に力を込め、滑らないように慎重に足を進める。

「大丈夫、登れるよ」

振り返りそう言うと、チナミは指先でOKマークを作った。
跳躍して縄に飛びつき、器用に腕だけでスルスルと登ってくる。
リサコも先に進もうと力を入れた瞬間
身体が浮き上がるような感覚になり、足を滑らせた。

「ぎゃぁあ!」
「痛ぁい!!」

もろにチナミの身体の上に尻もちをついた。

「リサコ…どいて、早く!」

チナミの悲痛な叫びに、リサコはごめんなさいと頭を下げ
身体を引きずりながらチナミから離れた。

「もう、なんで手ぇ離すの? 足が滑んのはさぁ、しょうがないけど…」

「アタシ、離したりしてないんだけど」

そんなミスはしないよとふくれっ面で
リサコはしっかりと縄が握られた手を差し出した。

「えっ…」

唖然として天を仰ぐふたりの元に、縄の先端が舞い降りた。
176 名前:びーろぐ 投稿日:2008/05/05(月) 01:14
ようやくプロローグに繋がりましたw

>>167
一気、ですか。それはお疲れ様ですw
気に入ってもらえたようで、嬉しいです。

>>168
ありがとうございます。更新、遅くなってすみません。
177 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/20(火) 02:06
しっかり結ばれていなかった縄は、一人分の体重を支えることができても
二人分の体重には耐え切れなかった。
チナミに「もやい結び」を知っているかと尋ねられ、リサコは首を横に振った。
その場で教えてもらったが、時すでに遅しである。

他の出口はないかと探したが、胃袋と採掘場以外、他には部屋も道もなかった。

あとは誰かに、この穴を見つけてもらうしかない。

穴の真下に魔法陣が描かれており、中心から空に向かって一本の光が伸びていた。
チナミによると、これも魔兵団が使う魔術の一種だそうで
遠方への連絡用、つまり狼煙のようなものということだ。

敵の襲来を知らせるものや、救助を求めるものなど、様々な種類があるのだが
残念なことにチナミが憶えていたのは、単に光を発するものだけだった。

それでも、なにもしないよりマシだ。
なんだろう、と興味を持って近づいてくる人がいるかもしれない。

こうして三日が過ぎた。依然、助けが来る様子はない。
マーサが煎じてくれた薬草も残り少ない。
体力を失えば、チナミのこの魔術も効力を失う。助かる確率は下がる一方だ。

「もう、ここで……死んじゃうのかな」

無意識のうちに呟いていた。今までの人生で、身近にはまったくなかった言葉、死。
死ぬほど怖かったり、死ぬほどびっくりしたことはあっても
本当に自分や周りの人が死ぬなんて考えたことなかった。

死。自分の口から出たはずなのに、小指の先ほどの実感もない。
なんだか、可笑しくなった。

──死ぬ? なにそれ? 意味わかんない──

リサコは、知らず知らずのうちに、声を出して笑っていた。
178 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/20(火) 02:08
「リサコ、大丈夫!?」

気づくと、チナミがリサコの両肩を抱いて揺すっていた。
大丈夫だよと首を縦に振る。「ホント?」と妙に真顔で聞き返してくる。

「平気だって。なんかね、可笑しくなっただけ、ちょっと」

そう答えると、チナミは真顔のまま視線をそらせた。
どうやら「可笑しい」を「面白い」ではなく、「変になった」と捉えたようだ。

「しょうがない…こうなったら…うん、もう…やるしかない…」

真剣な表情でなにやらブツブツ呟いている。
今度はチナミが変になったのではとリサコが心配する番だ。
ゆっくりと彼女の顔を覗き込む。

すると突然、チナミが顔を上げた。

「リサコ、聞いて!」
「う、うん」
「大切な話だから、ちゃんと聞いてね」

切羽詰った表情に、リサコは思わず身を引いた。わかったと答える。

「これね、あの…今から起きることは、キャプテンに絶対、内緒だからね」
「えっ、うん」
「ミヤにも言っちゃダメだから」

マーサとモモコ、それにまだ会ったことのないユリナの名前を加え
絶対だからね、とチナミは念を押した。リサコはしっかりと頷いた。

「あのね、『封印されし禁断の魔術』ってのがあんの」
179 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/20(火) 02:09
「ふ、ふう…いん?」

「そっ! つまり、使っちゃいけない、悪い魔法があって、それね
 使えないように封印してんの。それが『封印されし禁断の魔術』」

わかったようなわからないようなチナミの説明に、リサコは首を傾げた。
その様子にチナミは「そうだなぁ」と呟きながら腰に手を当て
上目遣いに宙を見つめた。

「例えばね、人間を動物に変えちゃう呪文とか」

「それいいじゃん。アタシ、鳥になって空飛びたい!」

「違う! リサコがなりたい動物に変えられるとは限んないでしょ。
 カエルとかだったら、どうすんの。ヤでしょ?」

確かに、それはイヤだとリサコは顔をしかめた。

「だからね、そういう酷い魔術を、使えないようにしてんの。それが封印」
「どうやって?」
「わかんない。とにかく、大昔にはあった魔術なんだけど、今は使えなくしてんの」

よくわからないが、とりあえずカエルにされる心配はないということだ。
よかったと胸をなでおろす。チナミが口元に人差し指を立てた。

「でね、ここからが内緒の話なんだけど、ウチのママの家系が代々宮殿に勤めていて
 その『封印されし禁断の魔術』を受け継いでんの」

「えっ、なんで? 使えなくしてんでしょ、それがなんでチィのママが受け継いでるの?」

「それはほら、今は使えなくても、ひょっとしたら使える人が出てくるかもしれないでしょ
 だから、その時のためにウチの家系が受け継いでんの」
180 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/20(火) 02:11
放たれた魔術を相殺し無効化するには、相手の数倍の魔力が必要となる。
が、どんな呪文を使いどんな魔法陣を描いているのかがわかっていれば
同等の魔力で対抗することができるのだ。

「封印されし禁断の魔術」が開放された時に備え、チナミの母方の家系が
代々伝承しているのだという。それも、他に漏れないよう口伝で。

「それで、なに? そのふういんなんとかっていうのを、チィも知ってんの?」

遠慮がちに人差し指を向ける。するとチナミは全部じゃないけどと大きく首を縦に振った。

「そん中にね、あんの」
「なにが?」
「だから、助かる方法!」

苛立ちげに声を荒げる。リサコの顔に不安の色が射した。

「でも、それって使っちゃいけないんでしょ。大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないよ、ないけど、ここで死んじゃったらもっとダメじゃん。
 ちゃんと生きて帰って、これからも先に伝えることが大切だと思う。
 これがウチの意見。リサコは? どう思う」

「えっ、アタシ!? アタシは…」

封印だとか禁断だとか、そんな壮大な話を急にされてもピンと来ない。
判断など出来るはずがなかった。

「えっと、チィに任せる」

煮えきれない態度に、チナミは不満げに顔を歪めたが
とりあえずは了承と受け取ったようだ。
ちょっと待ってと言うと、魔法の砂を取って地面に魔法陣を描き始めた。
181 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/20(火) 02:12
今までに見たことのないような複雑な図形が、いくつも描き出されていく。
それが「封印されし禁断の魔術」と言われれば、なんだか禍々しいものに見えてくる。

真剣な表情で砂を落とすチナミの背中に、リサコは恐るおそる声を掛けた。

「ねえ、それってどんな魔法なの?」

「これ? これはねぇ、想い人を召還する魔術」

手を休めることなく、チナミはそう答えた。

「しょうかん?」
「そっ、会いたい人を念じると、すぐに来てくれんの、その人が」
「ふ〜ん」

唇を突き出し、そうなんだと何度も小刻みに首を縦に振る。
が、「あれ?」と首を傾げるとチナミの背中を叩いた。

「なんで、それがきんだんなの?」

チナミが身体を起こした。膝立ちの姿勢になり宙を見上げる。

「えっとねえ…」

フッと小さく笑い、揃えた四本の指を鼻の下にあてがう。
頭をガクンと落とし苦笑いしながら、なんでだっけと呟いた。

「ああ、あれだ」顔を上げリサコに人差し指を向けた。
「だってさ、もしも、もしもだよ。急に呼ばれたらヤじゃん。
 こっちだってさ、予定あるし。そんなの無視して
 みんなが勝手に呼び出したりしたら困るでしょ。だからだよ」

そうそう、そうなんだよと自分に言い聞かせるように呟き、チナミは作業に戻った。
リサコは口元に人差し指をあて、その程度で禁断だったら
もっと封印してほしい魔術もあるのに、と思った。
が、継承者であるチナミが言うのだから、きっとそうなのだろうと無理やり納得する。
182 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/20(火) 02:14
「出来たぁ!」

手の砂を払いながらチナミが声を上げた。
リサコは光の玉を近づけた。浮かび上がった魔法陣は
複雑な幾何学模様で構成されており、美しくもあり恐ろしくもあった。

「いい? この魔術は協力しないとダメだから」

そう言うとリサコの手を取り、人差し指で古代文字を書いて発音する。
リサコは口の中でその呪文を繰り返し、頷いて返した。

「あとねぇ、誰を呼び出すかなんだけど、リサコ誰がいい?
 ウチは、やっぱり頼りになるっていったら、キャプテンかな」

そう言って顔をしかめる。日ごろから人使いが荒いとか
小言ばかりでうるさいなどぼやいているが、やはり信頼はしているようだ。
眉間によった皺が、イヤだけどしょうがないよねと語っていた。

「アタシはねぇ……ママ!」

「ママ? ああ、マーサね」

リサコはうなずいた。ユリナとは会ったことがないし、モモコは論外だ。
ミヤビと悩んだが、こういう状況で頼りになるのは、やはりマーサだろう。

「うん、じゃあね、リサコはマァ、ウチはキャプテンね。それで行こう」

「えっ、協力するんでしょ、別々の人でいいの? 一緒におんなじ人を
 想うんじゃないの?」

「えーっとね、大丈夫、たぶん。それにね、忙しくって来れない状態?
 にあるかもしれないじゃん。ふたり想ってればどっちか来てくれるって」

来れない状況にある人間を召還するからこそ、禁断の魔術でないかと
リサコは思ったが、どうせ反論されるだけだし口をつぐんだ。
183 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/05/20(火) 02:16
「じゃあ行くよ」

そう言ってチナミは魔法陣の中に入り膝をついた。組んだ手を胸の前に掲げる。
リサコもそれに習いチナミの隣に並び手を組んだ。

「いい? 呪文を繰り返し唱えながら想い人、マァのことを想いつづけんの。
 これは、どっちかっていうと白魔術よりだから、リサコに懸かってるからね」

チナミの言葉に、緊張感が高まる。乾いた唇を湿らせ、ゆっくりと首を縦に振った。

「じゃ、やるよ」

チナミは目を閉じうつむいて呪文を唱え始めた。魔法陣の複雑な図形が怪しく光る。
赤とも黄色とも表現しがたい不思議な発光に、リサコは不安を感じたが
すぐに気を取り直し目を閉じて呪文を唱えた。そして頭の中でマーサを呼ぶ。

ふたり並んで呪文を繰り返す。初め真っ暗だったのが
閉じられた瞼の向こうから淡い光を感じるようになる。
魔法陣の放つ光が強くなっている証拠だ。

ずっと昔に参加した勇者復活祭の儀式を思い出す。
村人が教会に集まり、勇者の像に向かって、永遠と祈りを続けるのだ。
年に一度の祭は楽しい催しだったが
幼いリサコにとって、儀式は辛く退屈なものでしかなかった。
結局この時限りで、二度と儀式に参加することはなかった。

だが今のリサコは違う。
真剣に呪文を口の中で繰り返し、必死でマーサの顔を思い浮かべる。

──お願い。ママ、来て。アタシを助けて──
184 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/21(水) 07:05
チナミが頼りになるんだかならないんだかでおもろかわいいw
魔術は成功するのか…次の更新楽しみにしてます!
185 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/27(火) 06:10
おもしろーい!一気読みしましたぁ!!
久々に良質のファンタジーを読めて嬉しいです(´∀`)頑張って下さいね
ベリ小説はあまり読まないですが、うまく個性を出してくれてるので読みやすいです
偏ったメンバーの活躍がある訳でもなくて全てのキャラに興味が湧きました
クマイちゃんの登場も楽しみにしてます!
186 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/06/02(月) 04:43
必死に祈りを捧げるリサコの頭に、パラパラとなにかが降りかかった。
集中してるのに、と苛立ちながら払う。
が、しばらくすると砂状のものが、またも降ってきた。
再度、集中力が途切れる。
浮かび上がっていたマーサの顔が、一瞬にして消えた。

リサコは、なんなんだと顔をしかめ天を仰いだ。

そこにあったのは、女の生首だった。

魔法陣の光に照らし出され、天井に張り付くようにして浮かんでいる。
だらりと垂れた長い髪が、何本か頬に張り付いていた。
切れ長の瞳に生気は感じられず、視線は氷のように冷たい。
しっかりと結ばれた唇に、怒りというか、怨念のようなものが宿っている。
整った顔立ちが、なお一層恐ろしさを増していた。

「キャーッ!!」

リサコは叫び声をあげた。瞳を閉じ耳を塞ぐ。
うつむいてイヤイヤをするように小刻みに首を振った。

「リ、リサコどうしたの!?」

おもむろに肩を抱かれ、ピクリと身体を震わせる。
声でチナミとわかり、抱きつこうとしたのだが、身体が思うように動かない。

「上、上、上、上……」

うわ言のように繰り返す。聞き取れなかったのか「なに?」とチナミが聞き返してきた。
が、もう声を上げることができず、人差し指を天に向け何度も上下に揺らす。

「えっ、なにぃ?」

チナミの身体がほんの少し離れる気配がした。
ひとりにしてはイヤだと、チナミの手を握る。
しばらくの沈黙の後、恐怖に震えるリサコを地の底まで突き落とすような
チナミの絶叫が坑内に響き渡った。

「キャァー! クマイちゃん!!」
187 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/06/02(月) 04:44
 
188 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/06/02(月) 04:46
武器屋のカウンターに頬杖をつき、リサコはぼんやりと両開きの扉を眺めていた。
目の前に湯気の立つホットミルクが差し出される。
見上げると傍らにサキが立っていた。
ありがとうと礼を言い、壊れ物のように両手でそっと持ち上げ口に運んだ。

「あそこね、クマイちゃんの秘密の採掘場だったんだって」

チナミの予想したとおり、落盤で閉鎖した採掘場で
ブルースピネルという、氷の魔術を増幅させる鉱石が採れるということだ。

壁一枚隔てて別の坑道があり、天井と壁の間にある横穴で繋がっているらしい。
その横穴は高い位置にあり、ユリナほどの長身でなければ見つけられないし
なおかつ彼女ぐらい痩身でなければ通り抜けられない。

リサコが見たのは、まさに通り抜けようとしているユリナの姿で
生首に見えたのは身体がまだ横穴の中だったからだった。

「天井に穴なんか開けられて、秘密じゃなくなったってガッカリしてたよ」

あの辺りは夏場になると猟が行われるようになり、いつ人目に付くかわからない。
帰るなりユリナは、大々的な採掘の計画を、モモコに持ちかけていた。

「でもよかったね、クマイちゃんが来てくれて。
 クマイちゃん、あそこ行くの三ヶ月ぶりだって言ってたよ。凄い偶然だ」

カウンターに片手を突き、サキはそう言って笑顔を見せた。
リサコは頭を上げると目を見開き顔をサキに向けた。

「偶然なんかじゃないよ! だってあれ…」

そこまで言って口をつぐむ。チナミから口止めされている以上、説明できない。
「だって…なに?」と顔を覗き込むサキに、リサコはなんでもないと言って首を振った。

しげしげと見つめるサキの視線に耐え切れず顔を背ける。
横目でサキの顔色を伺いながらミルクをひと口すすった。
189 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/06/02(月) 04:48
「…ひょっとして、あれかな。『禁断の魔術』ってヤツ」

「なんで知ってんの!? ……あっ!」

言ってしまった後で気づく。これでは白状しているのと同じだ。

「なんでって」サキは困ったように眉を下げると人差し指でこめかみをかいた。
「ウチだけじゃなくて、みんな知ってるよ、チィの『禁断の魔術』」

「だって、キャプテンには内緒だって、みんなには言っちゃダメだって…」

「たぶんね、チィのことだから、バレるとまた叱られると思ったんじゃないのかな」

放っておくと、すぐに怪しげな魔術を使いたがるので
マーサに頼んでチナミに合った印を杖に刻んでもらい
自分勝手に魔術を使わないようにしたのだと言う。

元々、魔力の強い方だから高価な杖は必要なかったが
それでも三本は痛い出費だったと、サキは困ったちゃんの顔をした。

つまり、チナミの「魔術」を「禁断」とし「封印」したのは、サキだったのだ。

「えっ、でもチィのママって宮殿に勤めてるんでしょ?」

「うーん、確かにチィのお母さん、昔はお城に勤めてたけど
 小さな国だし宮殿って感じではなかったかな」

「じゃあ、じゃあね、パパが魔兵団に居たっていうのは?」

「ま、魔兵団!? だからさ、小さい国だしそんなのないって」

それでもチナミの父親は魔術師で、軍の中ではかなり高い地位にあったのは本当らしい。

「チィはね、こんぐらいの小さい話を」サキは人差し指と親指で小さな円を作った。
「こぉーんなに、大きな話にするから」

そう言いながら小さな身体を目一杯使い、両手で大きな円を描いた。
そして「だから真に受けないほうがいいよ」と付け加えた。
190 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/06/02(月) 04:50
「でも、でもね、ホントに来たでしょ」

「なにが? クマイちゃん?」

リサコは真剣な顔つきで頷いた。そしてどのような魔術だったかを説明する。

チナミが今までに、どれほどいい加減な魔術を披露してきたのか知らないが
今回に限っては、助けがちゃんと来たのだ。それも祈っている最中に。

これにはサキも答えられないようで、腕組みをして困ったような顔を傾けた。

「でも、不思議なんだよね…」

リサコは顎に人差し指を当て、宙空に視線を巡らせた。

「アタシはね、ママのことを思い浮かべたのね。で、チィはキャプテンだったの」

自分の名前が出てくるとは思っていなかったらしく
そうなんだとサキは口元をほころばせた。

「なのに、来たのはユリナさん。なんでだろ?」

「だから、やっぱり偶然なんだよ」

本当にそうなのだろうか。
あのタイミングでのユリナの登場は、どう考えても偶然とは思えなかった。

「じゃ、アタシ行くからね。リサコ、ホントに行かないの?」

カウンターを飛び越えながらサキが言う。リサコは力なく首を振った。
ひとりで留守番、大丈夫かと訊かれ、今度はうなだれるようにして首を縦に振った。

救出され無事に町にたどり着くとチナミはすぐさま

「クマイちゃん、お礼にご馳走するよ!」

と言ってモモコやマーサ、それにミヤビと連れ立って馴染みの酒場に行った。
リサコも誘われたが、とてもではないがそんな気分になれなかった。
どこからあの元気が出てくるのか、不思議でしょうがない。

サキも誘われており、散々心配掛けたんだから、たらふく喰ってやると息巻いた。
が、ノブに手を掛けたところで振り返る。
191 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/06/02(月) 04:55
「あっ、そうそう。チナミの魔術、信じる信じないはリサコの好きにしたらいいけどさ
 使わせるのはやめたほうがいいよ」

リサコは顔を上げた。
確かに、チナミはいい加減かもしれないし、だらしないところがあるかもしれない。
禁断の魔術なんてないのかもしれない。

でもチャンスも与えないで、頭ごなしに否定するのは間違っている。
祈っている最中に助けが来たのは事実だし
検証するなり再度試すなりすればいいではないか。

反論したいことはいくつもあったが、それをどう言葉にすればいいのかわからず
リサコは口をフガフガさせた。

その思いに気づいたのか、サキは上目遣いで思い出すようにポツリポツリと話し出した。

「だいぶ前なんだけどね、チィがさ、ゴルゴンを召還するとか言って呪文を唱えたの。
 そん時は、なんにもなかったのね。失敗しただけ。でも次の朝起きると…」

「…起きると、なに?」

不安げにリサコが繰り返すと、サキは口元を歪め不敵な笑みを浮かべた。

「チィの髪の毛が一本残らずヘビになってたの!」

リサコは思わず立ち上がった。ヘビと化し蠢く髪を想像し、身震いする。

「今回は今んトコなんにもないみたいだけど……どうなるかね」

悪戯っぽく言うとサキは、じゃあねと手を振って行ってしまった。
ひとり残されたリサコは怯えたような視線を辺りに巡らせた。
恐るおそる髪に手をやる。触れた瞬間、髪が指を撫でたような気がした。

「待って! やっぱアタシも行く!!」

静寂に耐え切れず、リサコは駆け出した。
192 名前:第参話 ピリリ 投稿日:2008/06/02(月) 04:55



                    ── 完 ──
193 名前:びーろぐ 投稿日:2008/06/02(月) 05:17
軽い予告みたいなところで、タイトルと関係ない話だと書きましたが、実は
「クマイちゃんはピリリまで…には出しとかないと!」っていうお話でしたw

その件も含め、酷評、指摘、苦言など厳しい意見も大歓迎ですので
感想などありましたら、書いてやってください。
「つまらないなら読むな」は、このスレでは禁止しますので、どうぞ遠慮なく。
ひと言「ツマラナイ」は勘弁ですが。

あ、面白い時はひと言でもいいですw

>>184
意図がちゃんと伝わっていることが確認できてよかったです。
魔術は…成功したのか、してないのか微妙ですねw

>>185
ファンタジーは、初挑戦に近い状態なので、そう言って貰えると嬉しいです。
コンセプトとしては、「ベリを知らなくても楽しめる、知っていればなお楽しい」
なので、励みになります。
クマイちゃんは今回、顔見せだけでしたが、次回から活躍する予定なので
楽しみにしていてください。
194 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/05(木) 05:14
おかげさまでベリを見るのが楽しくなってきました
リアルでは地味なサキちゃんとマアサちゃんが良い味出してて素敵です
次回のクマイちゃんにも期待してますので執筆頑張って下さいね!
マターリ舞ってます(´∀`)
195 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/05(木) 06:56
ついにクマイちゃんが!
個人的に熊井ちゃん一推しなので今後登場が増えるといいなあ〜w

でも誰が活躍してもすっごく楽しめるのでお気になさらずにw
次回の更新楽しみにしてます!
196 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/05(土) 00:22
更新お待ちしております
197 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/18(金) 23:18
ずっと待ってます。
ほんと、このお話好きなんで。
ワクワクします。
198 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/21(月) 22:20
今日初めて読んで、一気にハマっちゃいました!
みんなの個性が際立っておもしろすぎです
次の更新も楽しみにしてます
199 名前:びーろぐ 投稿日:2008/08/05(火) 05:19
お待たせしております第四話ですが、現在執筆中です。
近々上げる予定ですので、もうしばらくお待ちください。

>>194
キャプ、まあはリアルでは地味ですかそうですか…
でも、そんなふたりを素敵に思ってもらえて、嬉しいですね。
今作がきっかけでベリに興味を持った人がいたら、作者冥利に尽きます。

>>195
ストーリーや展開の関係で、どうしても偏りがでてしまいますが
なるべく公平に活躍させたいと心がけているので、楽しみにしていてください。

>>196-197
大変、お待たせして申し訳ないです。期待にそえるよう頑張ります。

>>198
どうすればそれぞれの個性が表現できるか、魅せられるかを
常に考えているので、そういってもらえると嬉しいです。

時期的に旬をすぎている感は否めませんが、予告です。
200 名前:びーろぐ 投稿日:2008/08/05(火) 05:20
まいかい、主役が変るこの小説。
あの娘かこの娘か、気になる人もいるはず。
さて、こんかいはこのふたりが登場です!
とくにオチがあるわけでもなく、内容もない話ですが
ゆるい雰囲気を楽しんで貰えたらと思ってます。
りょうりが得意なこのコンビ。
なにをするのか楽しみだっ!
201 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/05(火) 22:53
あの二人かあ〜ww
楽しみだっ!
202 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/06(水) 00:51
気長に待ってます
203 名前:第四話 投稿日:2008/08/19(火) 06:01
「はい、これ。マーサも」

薬を調合する手を止め、マーサは顔を上げた。
差し出された皿の上で、半球形の白い物体が湯気を上げている。

見上げるとアルファベットのkをあしらったペンダントトップが目に飛び込んだ。
さらに視線を上げると、か細い首の上に微笑みを浮かべるユリナの顔が見えた。

「お土産。なんかね、ずーっと東の方にある、異国の食べ物なんだって。
 ホントは蒸すらしいんだけど、そんなのないから釜に入れてあっためたよ」

ユリナは旅に出ると必ず帰りに立ち寄る街がある。
そこは貿易の拠点で、皇帝の統治も及ばないはるか彼方の東国や
南洋に浮かぶ小島からの珍しい品々が、行商によって運ばれてくるのだ。

そこで一風変った民族衣装に身を包んだ行商人から、買い求めたのだとユリナは言った。

「中華まんっていうんだって。ウチも買ったその場で食べたんだけど
 すんごく美味しかったよ」

「中華まん?」

「うん。『中に華』って意味なんだってよ」

「なに、花が入ってんの?」

「違うよ。あのね、中は豚肉」

「へ〜」

武器屋に目を移すと、モモコが顔の高さまで皿を持ち上げ珍しそうに眺めていた。
そして小指を立てた手で掴み、口へと運ぶ。
次の瞬間、飛び上がるようにして背筋を伸ばし、小さな瞳を目一杯大きくした。

「美味しい! クマイチョー、チョー美味しいよ、これ!!」

チョーチョーうるさいよと顔をしかめるマーサの横で、ユリナは笑みを浮かべた。
そのまま自分の店に戻る彼女の背中にありがとうと言い、マーサは皿を手に取った。
204 名前:第四話 投稿日:2008/08/19(火) 06:03
腕を伸ばし遠ざけるようにして眺めながら
本当に美味いんだろうかとマーサは首を傾げた。
大きさは拳より少し大きい程度で、頂点にねじったような皺があった。

今度は鼻先に近づける。甘い香りがした。
つつくと弾力性があり、指先にまとわりつくような感触だ。

恐るおそるひと口含む。

「!!」

なんとも言えない甘辛い風味が口の中に広がる。
味わうことも忘れ、マーサは夢中で食らいついた。

完食し、ひとつ息をついて腹を撫でる。
息をすると鼻腔に残り香が、かすかに匂った。
口元についた食べかすを小指で拭い、唇で挟むようにしてそぐ。
その芳醇な味に、なんでもっと味わって食べなかったんだろうと後悔した。

隣を見るとモモコがまだ食べている最中だった。
道具屋からユリナが両手で中華まんを持ったまま心配そうに見つめている。
食べ終えたモモコが美味しかったよと言うと、ユリナの頬に笑みが浮かんだ。

そして、そのままマーサに顔を向けた。マーサは無言のまま笑顔で親指を立てた。
ユリナにはそれで通じたようで、嬉しそうに肩を上げ、笑顔で親指をマーサに向けた。
お土産が好評だったことに安心したのか、ひとつ大きく息をついて
ようやく自らも中華まんを口に運んだ。

その様子をじっとマーサが見つめていると、視線に気づいたのかユリナが顔を向けた。

「食べる?」

と中華まんを掲げる。困惑顔で答えに詰まるマーサに構わず
ユリナは駆け寄ると皿を差し出した。

「はい、どうぞ」
205 名前:第四話 投稿日:2008/08/19(火) 06:05
「えっ、でもこれクマイちゃんのでしょ?」

「うん。でもウチはいい、買ったときに食べたし。マーサ食べなよ」

「いや、悪いって。クマイちゃんが食べてよ」

遠慮しながらも湯気を上げる中華まんから視線を逸らすことができなかった。
マーサ食べたそうだよと言われ、ようやく目をつむりかぶりを振る。

「ウチはさ、また行ったときに買って食べるから」

とマーサの胸元に皿を押し付けてくる。
そうは言うももの、その行商人がいつも居るとは限らない。
ユリナが幾度となく訪れている街にも関わらず
今回初めて出会ったということは、次はない可能性のほうが高いだろう。

もの凄く食べたいという欲求と共に
そんなに美味いものをユリナから奪うということが
途轍もなく残酷なことのように思えてならない。

差し出された皿に手が伸びそうになるのを必死で堪える。
苦悩の表情を浮かべるマーサを、不思議そうな顔でユリナは見つめていた。

「そうだ、いいこと思いついた!」

ユリナが声を上げた。マーサの顔に安堵の色が射す。

マーサにもある案が浮かんでいた。
それは中華まんを二つに分けて半分づつ食べるという選択だ。
だが、マーサからはとてもではないが、できる提案ではなかった。

なぜなら、あの喜びを半分でもユリナから奪うなどと
おぞましいことを口にできるはずがない。

だが彼女から申し出てくれれば快く、とはいかないものの
それだったら、となんとか承諾できる。マーサは次の言葉を待った。

ところが、ユリナの口から出た案は、マーサの想像を超えていた。

「ふたりでさ、作ろうよ、中華まん!」
206 名前:第四話 投稿日:2008/08/19(火) 06:07
 第四話 ──ハピネス〜幸福歓迎!〜 ──
207 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/08/19(火) 06:09
「えっ、作るの、これを?」

マーサは中華まんを指差した。ユリナが屈託のない笑顔で頷いた。

「だってほら、マーサ薬の調合とか得意じゃん。
 ちょっと舐めただけでさ、なにがどんだけ入ってるとか、わかるでしょ」

確かに、薬なら少し舐めれば調合の割合や効能は判別できる。
製造過程もある程度なら推測できる。
しかし、それは長年の薬屋の経験からであって、食品とはまた違う。

料理をしないわけではないが、それほど凝った物を作ることはない。
加えて、異国の食べ物だ。知らない食材が含まれている可能性が高い。

「そりゃあさ、まったくおんなじ物は作れないと思うよ。
 でもね、近い物はできるような気がするのね。
 なんか、懐かしいような味がするし」

「うーん」

マーサは腕組みをして中華まんを凝視した。
ユリナの言う様に、この味を再現できれば、こんなに素敵なことはない。
誰に遠慮することなく、堪能することができるのだ。

「ねえ、やってみない?」

ユリナが両手を机に突き、身を乗り出した。
マーサは唸り声を上げた。どうせ失敗するんじゃないかという想いと同時に
あの皮は小麦なんだろうけど、パンとは食感が違うよな。
あの薬草の茎を砕いて混ぜれば似たような感じになるかも──
などとすでに考え始めていた。

「やろうよ、マーサならできるって」

再三のユリナの誘いに、マーサは腹を決めた。
すっと立ち上がると、力強く頷く。

「わかった。やろう、クマイちゃん!」
208 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/08/19(火) 06:11
ふたりはテーブルを囲んで頭を突き合わせ、中華まんの解体を始めた。

「んーと。これなんだろ?」
「なんだろね」

まずは具材としてなにが入っているのか調べる。
それぞれの食材をピンセットを使って分類し
匂いを嗅いだり舌の上で転がし味を確かめたりする。

「クマイちゃん、これキノコっぽくない?」
「でも、なんか黒いよ?」
「そうなんだけど、このぷにぷにした食感がキノコっぽくない?」
「う〜ん、キノコ好きのマーサが言うんならそうなのかもね……こっちは筍かな」
「タケノ…コ?」
「知らない? 竹の子供で筍」
「そうなの?」
「うん」
「つーか竹の子供でしょ、食べれんの?」
「食べれ…食べられるよ。なんかね、ずっと東の地方の習慣なんだって」
「東!? 中華まんも東じゃん!!」
「ホントだ!」

そんなやり取りをしながら食材を判別していく。
今の季節、この土地で揃う物で代替食材を選び、ある程度煮詰まったのだが
どうしてもわからないのが、味付けだった。

「これって、やっぱりその国にしかない調味料なんじゃない」

マーサがそう呟いたのを最後に、ふたりは腕組みをしたまま黙り込んでしまった。
甘味は砂糖なのだろうと想像がつくが、辛味にどんな調味料が使われているのか
かいもく見当がつかなかった。これでは再現のしようがない。
209 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/08/19(火) 06:13
「ピザソースとか、いいんじゃないの」

背後から声がした。振り返るとモモコが立っていた。
ユリナが眉をひそめ首を傾げる。

「ピザソース?」

「うん。クマイチョーは知んないと思うけど、前にマァがモモたちに作ってくれた
 パスタにかかってたソース。あれ美味しかったじゃん。
 合うと思うんだよねぇ、お肉とか皮のもちもち感とかに」

「ピザソースかぁ」

マーサはイスに深く座り直し、遠くを見つめた。
かなり味付けは変ってしまうが、赤いソースがふんわりした皮に
染み込むさまを想像すると、口元からよだれが垂れそうになった。
──うん、それはそれでいいかもしんない。

「で、そのピザソースってなんなの?」

ユリナが尋ねる。マーサは両肘をテーブルにつき、前のめりになった。

「トマトってあんじゃん。あれをね、グジュグジュに潰して煮込むわけよ」
「えっ、トマトって、あの赤い丸いヤツ?」
「そう、あのトマト」
「食べられるの!?」
「食べれるよ。あのね、生でかじるとすっぱいんだよ。なんか果物みたい」

ユリナはトマトが食用だとは知らなかったらしく
肩を大きく下げ感嘆の声を上げた。
作り方を説明しても、どんなものかまったく想像がつかないようだ。

「まあ、とにかくモモはあの味付け、中華まんにピッタリだと思うよ」

客が来たらしく、そう言い残すとモモコは武器屋へと戻って行った。

「味がだいぶ変っちゃうけど、クマイちゃんどうする?」

「よくわかんないけど、マーサやモモチが美味しいと思うんならやってみたい」

失敗したら、また挑戦したらいい。接客にいそしむモモコの背中に
留守番お願いねと声を掛け、ふたりは買出しに出かけた。
210 名前:びーろぐ 投稿日:2008/08/19(火) 06:19
>>201
そうです、このふたりです。楽しんでもらえたでしょうか?

>>202
たいした話じゃないのでサクサク行くつもりですが
出来上がってないのでどうなるかわかりません。
なるべくお待たせしないよう、努力します。
211 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/20(水) 00:20
毎回楽しく読ませてもらってます
212 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/08/25(月) 23:19
とりあえず市で揃うものは買い求め、待ち合わせ場所を決めてふたりは分かれた。
マッシュルームを栽培している農家にマーサが向かい
ユリナは豚肉を求め、小さな牧場の扉を叩いた。

「すみませーん。あの、豚のひき肉が欲しいんですけど」

牛や羊の肉がぶら下げられた向こうに、小柄な小父さんがひとり
安楽イスに腰掛けパイプを噴かせていた。
ちらりとユリナに顔を向けると、無言のまま親指で窓をさした。

窓に駆け寄り外を眺めると、ちょうどエサ時だったらしく
十数匹の豚が、重なるようにしてエサ箱に群がっていた。

「好きなの選びな」

白い煙を吐きながら小父さんが言う。
欲しいのはひき肉であって豚丸々一匹ではない。
小父さんと窓の外を交互に見る。

「あのぉ…」

困惑するユリナをよそに、テーブルに置かれたメモを見ながら
小父さんは苛立ちげにブツブツと呟いていた。
そして顔を上げ、如際なさげに立ちすくむユリナに目を向けると
かすかに微笑み腰を上げた。

「数日家を空けておってな。ちょうど今から捌くつもりだったんじゃ。
 好きなのを連れといで。いい具合にミンチにしてやるわ」

口をぽっかり開け、そういうことねとユリナは何度も頷いた。
牧場に通じる扉を開け、餌場の前に立つ。
が、どんな豚が美味いのかなんて知識はまったくない。
我先にと雑穀にがっつく豚の群れに、ユリナは顎に手を当て首を傾げた。
213 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/08/25(月) 23:22
「クマイちゃーん!」

名を呼ばれユリナは声のする方に身体を向けた。
牧場の柵の向こうで、ハンターの四人が手を振っていた。

「どうしたの、みんな揃って」

ユリナは彼女らに駆け寄った。

「今からね、打ち合わせ。町の議会に参加するの」

代表してサキが応える。そうなんだと息を切らせながらユリナは笑顔で返した。

「クマイちゃんは? なにしてるの?」

リサコが尋ねた。旅がちで顔を合わせる機会の少ないユリナだったが
歳が一番近いせいか、例の一件以来、姉妹のように親しくしている。

「豚をね、かおうと思って選んでんの」
「かうの、豚さん!?」
「うん、かうよ」

リサコは、そうなんだと呟き、柵に寄りかかってエサ箱に群がる豚に目をやった。

「そうだ、今日は帰り遅いの?」

ユリナが訊くと、そうでもないよねとチナミがサキの顔を見た。
簡単な打ち合わせだから、夕方までには終わるのだとサキが答える。

「だったらさ、その後ウチに来ない? 
 あのね、マーサとふたりで料理することになってんの」

「へえー、なに作んの?」

「えーとね、異国の珍しい料理。まぁ楽しみにしといてよ」

サキが「えー、大丈夫なの」と、イタズラっぽい視線で笑みを浮かべた。
キャプテンに言われたくないよねとチナミが笑う。
サキは頬を膨らませ、チナミの肩をドンと突いた。

その間、リサコはずっと豚を眺めていた。
豚を指差し何匹いるか数えているミヤビが

「動いちゃうからわかんなくなるね」

と言うと、リサコも「ねっ」と応え、ふたりで笑いあう。
214 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/08/25(月) 23:23
また後でねと来訪の約束を交わし、サキたちは柵から離れた。
が、リサコがじっと豚の群れに目を向け、動こうとしない。
行くよとミヤビに促され、柵から手を離したのだが
よほど気になるのか、視線だけは豚に向けられたままだった。

「リサコ、選ぶ?」

ユリナが声を掛けると、リサコは笑顔でおもいっきり頷いた。

「えっ、リサコが選んじゃっていいの?」心配顔でサキが訊いた。

「ウチもどれがいいのか全然わからなくってさ、困ってたの。
 リサコが選んでくれるんだったら、逆に大助かりだよ」

迷惑にならないかと眉を寄せるサキをよそに
すでにリサコはユリナの手を借りながら柵を越えていた。
全力で餌場に駆け寄り、屈んで豚の群れを観察する。

「どれがいい?」

尋ねるとリサコは遅れてたどり着いたユリナに一旦顔を向け
すぐに戻すと屈んで一匹の豚を抱きかかえた。

「これなの?」

ユリナは首を傾げた。リサコが選んだ豚は、小ぶりで痩せてるように見えた。
もっと太っていて大きな豚の方がいいのではないかと思った。
が、リサコはよほど豚選びに自信があるのか、笑顔で頷いた。

「おじさぁーん!」

ユリナは大声を上げた。窓からパイプをくわえた顔が覗く。
リサコが抱えた豚を指差すと小父さんは指先でOKマークを作り
連れてくるよう手招きした。

「リサコー!」
「早くぅ!」
「置いてっちゃうよ!!」

柵の向こうからサキたちが口々に叫ぶ。
苛立っているというより、からかうような口調だ。

ユリナは豚を受け取り、あせった顔で走り去るリサコに、待ってるねと手を振った。
抱えた豚がずり落ちそうになり、慌てて担ぎなおした。
215 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/08/25(月) 23:25
「コイツはとんだ目利きだ」

豚の首根っこを掴んで顔の高さまで上げ、小父さんは呟いた。

「一見、小ぶりでもっと太らせた方がいいように見えるが
 この品種はこれくらいが引き締まっていて美味いんだ」

品質の高いものは、貴族に献上されるほどの高級品なのらしい。

ユリナは、リサコにそんな特技があったのかと驚くと同時に
肉の専門家に褒められたことが自分のことのように嬉しく、にんまりとした。

「好きなのを選べと言ったのは、このワシじゃからな。
 しょうがない、安値で分けてやろう」

解体に時が掛かるから、後で取りに来るように言われ、牧場をあとにする。
待ち合わせ場所に到着するとマーサはすでに来ており
ざる一杯のマッシュルームを抱えていた。

肉はどうしたのかと訊かれ、事情を説明しあとで取りに行くのだと答える。

これでほとんどの食材が揃った。あとはトマトだ。
ふたりはいつも利用している酒場へと向かった。
珍しい食材が入ったからとトマトを分けてくれたのはそこの女将で
マーサにピザソースの作り方を教えてくれたのも、彼女だった。

昼間の酒場に客はおらず、女将がテーブル席でうたた寝をしているのみだった。
これが雨の日ならば、仕事にあぶれた男どもが管を巻いているところなのだが
今日のように雲ひとつない晴天では、日中から店を開く意味などないだろう。

数年前なら昼間でも銅貨一枚で、手塩で酒一杯を飲む乞食同然の客も居たらしい。
が、近ごろは全土の街道を整備する「百年計画」の総仕上げだそうで
聖都から遠いこの地でも雇用が安定しており、昼間から飲むものはいない。

その代わり夜の客は増えており、売り上げは増えているはずだ。
にも関わらず晴天の日に日中から営業している
この酒場は町の七不思議のひとつでもあった。
216 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/08/25(月) 23:26
「こんにちは、おばさん!」

ユリナが声を掛けても女将はテーブルに突っ伏したまま動かなかった。
「おばさん!」とマーサが大声を上げたが、それでも反応しない。
ふたりは顔を合わせ困ったものだとため息をついた。
そして「せーの」と言って声を合わせる。

「こんにちは、ユウちゃん!」

すると女将はむっくりと起き上がった。
眠そうに目をこすり口元に垂れた涎を拭う。
杯が転がり、底に残った酒がテーブルを汚した。

「ああ、ミッちゃん遅かったやん」

寝ぼけているのか、訳のわからないことを呟く。
ふたりが駆け寄ると、アンタらかいなと大きなあくびをした。

「あのぉ、トマト分けて欲しいんですけどありますか、おば…」

マーサが言いかけると女将はギロリと睨みつけた。
首をすくめ「…ユウちゃん」と囁くように言い直す。

「待っとき」とぶっきらぼうに言うと女将は厨房の奥に消えた。
彼女が座っていたテーブル席に、ふたり並んで腰を下ろす。
なにに使うのか問われ、ピザソースを作るのだと答える。

「なんや、パスタソースにするんか」
「違います、中華まんを作るんですよ」
「…ちゅう?」

トマトを盛った皿を手にし、不思議そうに顔を歪める。

「まあ、なんでもええわ。そろそろ旬も終わりで、今年はこれで最後やから」

そう言いながら女将は皿をテーブルに置いた。
見慣れない物体に険しい表情になるユリナに、マーサは食べてみるかと声を掛けた。
女将がぺティナイフを取り出しトマトをくし切りにして差し出した。
217 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/08/25(月) 23:28
「これ、腐ってんじゃないの?」

軟らかい種の部分を指先で突きながらユリナが尋ねる。

「失礼やな、そんなもん出すわけないやろ!」

女将に怒鳴られユリナは首をすくめた。
隣で可笑しそうに肩を揺らしていたマーサが、一切れ掴んで口に放り込んだ。
すぐに表情を崩す。

「美味しいぃ〜」
「そやろ」
「でも、ちょっとすっぱいですね」
「ソースにするんやったら、それぐらい酸味があるほうがええんやで」
「ですよね」

女将も一切れ口に入れた。酸味が強いせいか、やはり表情が崩れる。

「アンタも食べてみ」
「初挑戦だね、クマイちゃん」

女将とマーサの顔を順に見たあと、最後に皿に乗ったトマトを見下ろす。
おずおずと手を伸ばす。触った感触が思ったより頼りなくて気持ち悪い。
種の部分はどうしても食べる気になれず、果肉のところを少しだけかじった。

「うわっ、なにこれ…」

その反応に、女将が声を立てて笑った。
ユリナはゴメンなさいといいながら、食べかけのトマトを戻した。

「まあ、苦手な人も結構いてるみたいやし、気にせんでもええよ」

ソースにすればまた違う味わいになるからと、慰めるようにユリナの肩に手を置いた。

「で、いくらで分けてもらえます?」

「そうやなぁ」女将は顎をひと撫でした後、ざるのマッシュルームを指差した。
「ソイツ半分とこのトマト半分を交換っちゅうのんはどう?」

マーサは承諾し、それぞれの食材を半分づつ移し変える。
帰り際に、ユリナが食べかけたトマトを口に放り込んだ。
満足そうなマーサの顔を、ユリナは眉をひそめ、よく食べられるねと呟いた。
218 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/08/25(月) 23:31
肉を取りに行くにはまだ早いので、一旦戻ることにする。
着くとふたりは厨房に直行し、下ごしらえを始めた。

ソース作りはマーサに任せ、解体した中華まんを参考に
ユリナが具材を細かく刻んでいく。
次に皮作りに取り掛かる。小麦粉をふるいにかけながらボウルにあけ
砂糖とマーサが用意した薬草とを混ぜ合わせるのだ。

「ねえ、どれくらい入れたらいいの?」
「適当でいいよ」
「ダメだよ、ちゃんと計んなきゃ」
「砂糖はね、小さじで一杯か二杯。薬草は…」

鍋をかき混ぜる手を止め、ユリナに近づくと
マーサは粉末にした薬草を一掴みしてボウルに放り込んだ。
唖然とするユリナを尻目に

「お湯足しながら混ぜてったらいいよ」

と言いながら自分の持ち場に戻る。
なにか言ってやろうとユリナは睨みつけたが、作業に没頭するマーサに
思いとどまり、口をあんぐりと開けたまま、ぬるま湯をボウルに流し込んだ。

「ねえ、クマイちゃん」
「なに?」
「蒸すんでしょ。どうやんの?」

こねる手を止め、ユリナは顔を上げた。
垂れた髪を、粉が付かないよう小指でかきあげる。

「アタシがお店で見たのはね、なんか、竹の籠みたいのでやってた」
「竹の籠?」
「うん。下に沸騰したお湯の入ったお鍋があって、上に籠を載せんの」
「ふーん、それであっためるんだ」
「そう、それで蒸すの」

納得が言った様子で、マーサはフムフムと首を縦に振った。
219 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/08/25(月) 23:32
窓から西日が射した。ユリナは「あっ」と声をあげ、汚れた手を拭った。

「お肉取りに行かなきゃ」
「皮は? どんな感じ?」
「まだ。こんな感じ」

ユリナはボウルを傾けてマーサに中を見せた。
全体がそぼろ状になっており、完成までには程遠い。

「じゃあ、やっとくよ」
「うん、お願いするね」

ソースは後は煮込むだけで、沸騰しないよう様子を見てればいい。
生地をこねるため作業台に向かうマーサと身体を入れ替え
ユリナは鍋の中を覗き見た。

赤いスープの中でブニョブニョした半球形の物体が漂っている。
崩れかけた実が気持ち悪く、さっきの食感を思い出し
本当に美味しいソースが出来るのだろうかと顔をしかめた。

マーサを見るとボウルに手を入れ生地をこねている最中だった。
押し込むたびに肩の筋肉が盛り上がり、そうとう力が入っていることがわかる。

ユリナはイタズラっぽい笑みを浮かべると
そっとマーサの背後に回りひとつ背中を叩いた。

「後は任せるね、握力のマーサ」

さっきのお返しだといわんばかりに言うと、唖然とするマーサを尻目に
反論される隙を与えず厨房を出た。

「握力は関係なくない!?」

誰も居ない厨房に、マーサの声がむなしく響いた。
220 名前:びーろぐ 投稿日:2008/08/25(月) 23:34
>>211
有難うございます。今回も楽しんで貰えてるでしょうか。
221 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/02(火) 05:53
ひき肉を携えユリナが戻ると、生地は完成していた。
まだ煮込む必要はあったがソースもトマトの原形はとどめておらず
いい香りが漂っている。

「ほら、見てクマイちゃん」

マーサが白い円形のものをヒラヒラさせながら顔の横に掲げた。

「一枚だけ作ったんだよ」

表面は滑らかで触ると赤子の肌のように柔らかい。
ユリナは感嘆の声を上げた。

「おお、さすが握力のマーサ」
「だから、握力は関係ないって」

顔をしかめるマーサだったが、すぐに笑顔になると半身になって腕を伸ばした。

「ジャーン、それとあれ!」

彼女の指した先には、いつもは厨房にない薬を作る際に使う大鍋があった。
中を見るように言われ、ユリナが覗き込んでみると
金属製の四角い網が、途中で引っかかって浮いている。
底には水が溜まっていた。

「どう? 即席で作った蒸し器」

少人数の料理しかしない普通の鍋とは違い、薬用の鍋は径も大きい。
真ん中辺りからすり鉢状に狭まっているので、網が引っかかったのだという。
難点は点で支えているため、バランスを崩すと網が落ちることだが
偏らないよう注意すれば問題ないだろう。

「凄い! さすが握…」
「握力は絶対、関係ないから。ここよ、ここ」

片目をつむりながら、マーサを人差し指で自分の頭をつついた。
222 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/02(火) 05:55
とりあえず試しにひとつ蒸すことにする。
薪をくべ湯が沸騰したところで、ユリナは皮を丸めただけの、具なし中華まんを入れた。
側に置かれた大小さまざまな砂時計の中から
ひとつを選び、マーサがそれと同時にひっくり返した。

フタをすると蒸気を抜く穴から、勢いよく白い湯気が噴きだした。

蒸しあがるまでの間に、具作りに取り掛かる。
ソースが出来上がったようで、マーサが薬指の先につけて口に運び満足そうに頷いた。

「それ、トマト以外になに入ってるの?」

豚肉とマッシュルームなどの食材を混ぜ合わせながらユリナは訊いた。

「えっとね、香草とニンニク、あとオリーブオイルが少々。食べてみる?」

小皿にすくって差し出される。ユリナはほんの少し顔をしかめた。

「クマイちゃん、種んとこが苦手なんでしょ。大丈夫、ちゃんと取ってるから」

恐るおそる舐めてみる。酸味が効いていてなかなか美味い。
ニンニクがアクセントになっていて、香草が深い味わいを出している。
トマト特有の、青臭さは感じられなかった。

「うん、美味しいよ。これなら食べられる」

ユリナの感想に、マーサは頬を上げて笑みを作った。
タネにソースを少しずつ加えながら、粘り気が出るまで手でこねる。

砂時計が落ちきったので一度取り出す。
が、表面は硬く割ってみると芯が残っていた。
即席の蒸し器に戻し、砂時計をひっくり返す。

再度、砂が落ちきったので取り出すが、今度は表面がベチョベチョで
しかもふんわり感がまったくない。
ふたりは並んで腕を組み、顔を曇らせた。
223 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/02(火) 05:56
「あれじゃないかな、湯気が当たり過ぎるとか」
「どういうこと?」

マーサが尋ねるとユリナは細くて長い人差し指を振り回し
宙に図を描きながら説明した。

「アタシが見たのはね、底がね、こう…竹で組んでるの、隙間なく」

つまり、網だとダイレクトに蒸気が当たるため
表面がふやけたということだ。

「じゃ、どうする? 布でも敷いてやる?」
「あー、それいいじゃん」

マーサの提案にユリナも同意した。
今度は皮だけではなく、具を包んで蒸し器に入れる。
そして先ほどと同じように砂時計が二度落ちきった段階で取り出す。

「いい感じだよ、クマイちゃん」
「ホント!?」

鍋を覗き込み、指先で突いてみる。買った中華まんを押したときの感触とそっくりだ。

「うん、いい感じだね」
「でしょ。出して、出して」
「うん……熱っ!」

熱さと格闘しながら中華まんを皿の上に置いた。見た目は問題ない。
ふたりは心配そうに顔を見合わせ、互いの意思を確認するように頷いた。
ユリナは中華まんを手に取り、慎重に二つに割った。

断面からひと塊の湯気がふわりと上がった。

「美味しそう!」

思わず声を上げる。半分をマーサに渡し、残った半分を口に運ぶ。
224 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/02(火) 05:57
「おお、いいんじゃない?」

予想以上の出来栄えに、ユリナは頬をほころばせた。
が、マーサは難しい顔で首を傾げた。

「ちょっとナマっぽくない?」
「そう? でも、これ以上やると、外がベチョってなんない?」
「でも豚肉だし。ちゃんと火を通さないとアブナイよ」

それからふたりは、具の量や大きさ、それに蒸す時間を調整し
なんとか満足の出来るものに仕上げた。
いよいよ本番だ。生地を円形に伸ばし、タネを包む。

「そうだ、今日牧場でね、サキちゃんたちと会ったよ」
「へー、そうなんだ」
「でね、マーサとふたりで珍しい料理作るからおいでって言っといた」
「えっ、来んの?」
「うん、来るよ四人で」
「じゃあガンバって美味しいの作んなきゃ」
「ねっ!」

だらだらと会話をしながら作業をしていると、厨房にリサコが現れた。
もうみんな戻ったのか尋ねる。リサコは一旦、首を縦に振ったが
少し考えてからチナミがまだ戻っていないのだと訂正した。

「でもね、急いで帰るって言ってた。ふたりの料理が楽しみだって」

そこまで言った後、リサコは初めて作業台の上に載った物に気づいたらしく
瞳を輝かせふたりの元まで駆け寄ってきた。

「これが異国の料理?」
「そう。リサコもやる?」

マーサがそう言うと、リサコは元気よく頷いた。
手を洗っておいでと言われ、背を向け全速力で駆け出しす。
戻ってくると二人から手ほどきを受け、作業に加わった。
筋がいいようで、中々手際がいい。
225 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/02(火) 05:59
「ねえ、これなんて料理?」
「これねえ、中華まんっていうの。中華はね『中に華』って意味なんだよ」

中に花が入っているのかと目を丸くしたリサコだったが
丸めたタネを掌に載せ、マーサが鼻で笑った。

「見たらわかるでしょ、花なわけないじゃん」
「マーサだって、おんなじこと言ってたくせに」
「そうなの!?」
「それは出来たの見たからじゃん。今、作ってんだからわかるでしょ」
「じゃ、なにこれ?」
「これはねぇ、豚肉だよ」
「へえ、豚肉…」

そうなんだと何度も頷いていたリサコだったが、ふと顔を上げると
「豚肉!?」と叫んで身体を硬直させた。

「そう。ほら、さっきリサコが選んでくれたヤツだよ」

具を包みながらユリナは笑顔をリサコに向けた。
一方、リサコは顔をこわばらせている。

「飼うんじゃなかったの、ブタさん!?」
「買ったよ。だからあんじゃん」

とユリナは作業を続けながらさらりと言う。

ようやく自分の勘違いに気づいたリサコは
虚ろな目つきで赤いソースと絡んだ豚肉を見つめた。

「リサコ、手が止まってる」

横目でマーサに睨まれ、リサコは取り繕うようにして具を皮に包んだ。

普段から豚肉を食べないわけではない。
だが、つい先ほど抱きかかえ、愛でた可愛い仔豚を
平気な顔をして食すなどできるはずがなかった。

こうなっちゃたんだ──ボウルに盛られた豚肉を見ていると涙が出そうになる。

楽しそうに会話しながら作業を続けるふたりを伺いながら
見つからないようにこっそり皮を丸め、具の代わりにそれを包む。

後からでもわかるよう、表面に爪で押して×印をつけトレイの上に、そっと並べた。
226 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/02(火) 06:00
「けっこう出来たね」
「うん、そうだね。ひとり二個づつぐらいかな」

そう言いながらユリナは、出来上がった中華まんを
人差指と親指で指しながら数を確認した。

「じゃあ、蒸していこうか」マーサが腰に手を当て吐き出すように言う。
「リサコ、もうすぐ出来るよってみんなに言って来て」

リサコは不安げな表情で頷き、扉まで後ずさった。
手探りでノブを掴むと一気に開き、逃げるようにして厨房から駆け出した。
が、すぐに廊下から派手な音が響き渡った。直後に「痛て!」と声が聞こえる。

ふたりは扉を見つめ首をすくめた。大丈夫かな、とユリナが呟く。
が、しばらくして遠ざかる足音が聞こえ、ふたりは息をついた。
何事もなかったかのように、それぞれ作業に戻る。

「ねえ、今のリサコ、ちょっと変じゃなかった」

「そうだっけ?」マーサは澄ました表情で蒸し器に中華まんを並べた。
「リサコの変なところ気にしてたら、きりがないよ」

それもそうかと呟いて、ユリナは蒸し器を覗き込んだ。
蓋をすると、すぐさま砂時計をひっくり返す。

「ちゃんと蒸しあがるかなぁ」

ユリナが不安げな声を上げた。だが顔には期待とやり遂げた達成感が浮かんでいる。

「どうだろね」

マーサの口からも楽観的な言葉は聞かれなかった。
が、その表情に自信を覗かせていた。
227 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/02(火) 12:55
りーちゃん可愛いなあ(*^ω^*)
わくわくとほのぼのが両方あっていつも楽しいです。
次の更新も楽しみにしてます。
228 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/03(水) 04:27
更新キテタ(・∀・)!
この作品でベリにハマりました。ここはメンバー全員が楽しそうですね。
執筆頑張って下さい。
229 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/23(火) 05:39
「そうだ、飲み物もいるね」

ユリナはそう言うとポットと、陶器のカップを六つ、用意した。
これも旅先で見つけた飲み物で、紅茶という。

ユリナの好物で、けして安価ではないのだが、旅に出れば必ず買って帰る。
ある時など、どこを探しても売っている商人が見つからず
ついに原産地にまで足を伸ばしたほどだ。

「みんな来たよぉ」

モモコが厨房に顔を見せた。蒸しあがるには、もうしばらく掛かる。
中華まんはマーサに任せ、ユリナは紅茶を振舞うことにした。

表に出ると、武器屋の、いつもはダガーナイフなど短剣が展示されている
丸いテーブルに白いクロスが掛けられていた。
イスが七脚並べられ、ミヤビとサキが隣り合って座り
ひとつ空けてモモコとリサコが席についていた。

「もう少しだから、これでも飲んで待ってて」

空席も含め、それぞれの前にカップを並べる。

「あれ? モモだけ違うんだけど」

モモコのところだけ、皆と違い杯が置かれた。
覗き込むと、すでに透明な液体が入っている。

「ああ、モモチのは砂糖水だよ」

それぞれのカップに紅茶を注ぎながらユリナが応えた。

「なんでぇ!」
「あれ、モモ好きなんじゃなかったっけ、砂糖水」

空席に手を置き身体を寄せるサキに、確かに好きだけどとモモコはべそを掻いた。
どうやら自分だけ違うものが出され、疎外感を感じたようだ。

「じゃあ、モモチも紅茶にしてもいいけどさぁ、文句言わないでよ」
「言わない! えっ、ていうかモモ、文句なんて言ったことないし」
「言うよ、『熱い!』とか『レモン入れないで』とか言ってさ」

ブツブツ言いながらも、ユリナはモモコにカップを差し出した。
泣き顔から一転、笑顔になってカップを口に運んだモモコだったが
唇に触れたとたん、「熱っ!」と声をあげ、全員の冷ややかな視線を集めた。
230 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/23(火) 05:40
「それで、なんの打ち合わせだったの?」

ユリナが尋ねる。モモコが「打ち合わせ?」とリピートしたが
それを無視してサキが山開きの件なのだと答えた。

「山開きかぁ。もうそんな季節なんだね」

紅茶をすすりながら感慨深そうにユリナは呟いた。
サキがまだまだ先だけどと笑みを漏らす。
モモコもなんの話かわかったらしく、リサコに語りかけた。

「そういえば、リサコ初めてだね」
「うん、楽しみ」
「そうも言ってられないよ。フェニックスが出るんだから」

ミヤビがイタズラっぽく言う。がリサコは理解していないらしく
「フェニックス?」と呟いて首を傾げた。

「なに、不死鳥が出るの?」

リサコの言葉に、サキとミヤビは顔を見合わせ、ため息をついた。
サキは両手を伸ばしてテーブルに突っ伏し
ミヤビはイスの背もたれに身体を預けて天を仰いだ。

「打ち合わせ、なに聞いてたんだか…」

サキが絞り出すような声で言った。
リサコは焦った表情でふたりを見回した。

「えっ、山開きでしょ。あれでしょ、秋になって
 山に入れるようになって、山菜とか取るんでしょ」

両手に握り拳を作って激しく振り、ちゃんと聞いていたことをアピールする。
呆れて声も出ないふたりに代わり、ユリナが口を開いた。
落ち着かせようとリサコの手首を掴む。どこから説明しようかと、思考を巡らせた。

「そうなんだけど、リサコたちは山菜取るために行くんじゃなくって、えっと…」
231 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/23(火) 05:40
厨房からマーサが姿を見せた。中華まんが蒸しあがったことを告げる。
手伝って欲しいと声を掛けられたユリナは、名残を惜しむかのように
リサコの手をそろりと離しながら腰を上げた。

「続きは後でね」

こくりと頷くリサコだったが、サキがゆっくりと頭を振りながら言った。

「クマイちゃん、もういいよ」
「うん、どうせ忘れちゃうんだから」

ミヤビの言葉に、リサコはそんなにすぐ忘れないと頬を膨らませた。
モモコが身を乗り出し、リサコの顔を覗き込む。

「あのね、フェニックスって言っても、ホントに死なないわけじゃないのね」

席を立ったユリナに代わって説明を始める。
山開きはまだ先だ。今、教えたところで当日になれば
また「フェニックス?」と首を傾げるに違いない。

「お待たせ〜」

トレイを手にしたマーサとユリナが現れた。
難しい顔でモモコの説明を聞き入っていたリサコの顔に色が射した。
立ち上がってふたりの元に駆け寄る。

「で、翼の紅い模様がね……って、ちょっとちょっと、リサコ!」

熱心に語っていたモモコが、走り去るリサコを目で追いながら
抗議の声を上げた。が、リサコの耳には届いていなかった。
ユリナの持つ中華まんの載ったトレイを反対側から支えるようにして持つ。
向かい合わせになりふたりで運ぶのだが、どう見ても歩きにくそうで
手伝っているのか、邪魔しているのかわからない。
232 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/23(火) 05:41
二枚のトレイがテーブルに並ぶ。白い湯気を上げる中華まんに
美味しそうと歓喜の声がため息と共に漏れた。

「これふたりで作ったの?」

ミヤビが羨望のこもった声を上げる。そうだよとユリナは答えた。
マーサと視線を交わし、自然と顔がほころんだ。

リサコは席に付くと、いち早く中華まんを手に取った。
熱いと言いながら手の中で中華まんを踊らせ、口元へ運ぶ。
他の者が次々と手を伸ばす中、マーサとユリナのふたりは
リサコの顔を真剣な眼差しで見つめていた。

「どう?」マーサが不安そうに尋ねる。
リサコは表情を崩すと、前のめりになった。

「うん、美味しいよ、これ。すっごく美味しい!」

リサコの反応に、ふたりは安堵の息を漏らした。

「それで、これなんて料理なの?」

美味しいと顔をほころばせながらサキが訊いた。ユリナが答える。

「あのね、ずっと東の方の料理で、中華まんっていうんだよ」

マーサが中華は「中に華」という意味だと付け加えると
手にした中華まんを上から眺めたり
ひっくり返したりしながら、ミヤビが声を上げた。

「えっ、中に花が入ってんの!!」

ユリナはみんなおんなじこと言うねと笑った。
233 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/23(火) 05:42
「違うよ、中に入ってんのは豚肉。ホントはね、甘辛い感じだったんだけど
 味付けがよくわかんなくて、マーサが……どうしたの、リサコ?」

ユリナの言葉に、全員がリサコに目を向けた。
眉間に皺をよせ、今にも泣き出しそうな表情で、舌を出している。
隣からマーサが覗き込むようにしてリサコの顔を見た。

「美味しくなかった? まだ、中に火が通ってなかったとか」

リサコは頬をこわばらせぎこちない笑みを作った。
そして「んなことない、美味しいよ」と首を振った。

「うん、美味しいよね」

と確認するようにサキが言った。
なぜ、あんな顔をするのだろうと不思議そうにリサコを見つめる。

皆の視線に耐え切れず、リサコは下を向いた。
が、その仕草がかえって注目を集めた。
しんと静まり返り、妙な緊張感があたりを支配する。

「でもさぁ、これ前にマーサが作ってくれたパスタの味に似てるよね」

空気を変えるミヤビの発言に、ユリナが喰いついた。

「そう! 味付けがどうしてもわかんなくって、困ってたら…」
「モモが言ったんだよ、前に作ってくれたピザソースにしたらって!」

モモコが自慢げに言う。そうなんだとサキとミヤビは納得顔で頷いた。

「さすがマァだよね」
「うん、ホント」
「元の味は知らないけど、これはこれで美味しいよね」
「うん、凄い凄い」
「クマイちゃんも…ね、一緒に作ったんだもんね」
「そうだよね、クマイちゃんもマーサも凄いよね」

しきりに感心しながら食べるふたりに、ピザソースを使うことを
提案したんだから、自分も褒めてくれとモモコが迫った。

会話の盛り上がる中、リサコはうつむいて口元を拭った。
そして小声でポツリと呟いた。

「ブタさん……忘れてた」
234 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/23(火) 05:43
約一名を除いて会食は和やかに続いた。
皆の満足そうな顔に、振舞ったふたりも晴れやかだった。
高評価に安心したのか一番、食べたのはマーサだった。
もっとみんなに食べてもらわないとダメだとユリナにつっこまれる。

「マーサ、チナミの分置いとかないと!」
「ああ、そっかそっか」

最後のひとつに手が伸びそうになったマーサを、ユリナがたしなめる。

「ただいま!」

武器屋の扉が開いた。チナミだ。
テーブルを囲む皆の姿を目にし、身体をのけぞらせながら
勢いよく人差し指を差し向けた。

「もう始まってんの! ズルイ、待っててくれたっていいじゃん!!」
「そんな言わなくっても、ちゃんとチナミの分は置いてあるから」

呆れ顔でマーサがテーブルの中華まんを指したが
「さっき食べそうになったじゃん」
と隣からユリナに囁かれ、苦笑いを浮かべた。

責めるような表情をしていたチナミだが、白い歯を見せ笑顔になると
駆け寄ってモモコとサキの間に腰を下ろした。

「美味しそう。えっ、これなに?」
「これね、中華まんっていうんだって」

指差しながら諭すような口調でサキが言う。
聞きなれない名前に首を傾げるチナミに
「中に華」という意味らしいとミヤビが告げた。
235 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/23(火) 05:44
「えーっ! 花が入ってんの!!」

今日、何度目の反応だろうか。
そろそろ説明するのが面倒になったユリナは
「まあ、食べてみてよ」と掌を差し出した。

ひとつ頷くとチナミは中華まんを手に取った。ひと口かじる。
笑顔で咀嚼するその隣で、モモコが

「もうさ、味付け変わってるんだし、中華まんじゃなくて
 違う名前にしない? 例えばさ、ピザまんとか」

ピザソースだからピザまんとか、あまりにも安直な発想ではないか
という意見もなく、意外にも同意するように皆が頷いた。

「ねえ」チナミがサキの袖を引いた。口元を隠すように手を添える。
「これ、味しないんだけど」

「だって、皮しか食べてないじゃん。ちゃんと中に具が入ってるから」

そう言ってサキはチナミの膝を叩いた。チナミはそういうことねと
OKサインを返し、ふたくち、みくちと続けて口に含んだ。

「どう?」

マーサとユリナが並んで身を乗り出した。
不安と期待が入り混じった表情でチナミを見つめる。

が、当のチナミは薄笑いを浮かべ首を傾げるだけで
具体的な感想を述べようとしない。しばらく思案した挙句
頭を鋭く振ると、思い立ったように中華まんをふたつに割った。
そして無言のまま、まじまじと断面を見つめる。

いつまで経っても感想を言わないチナミに、たまりかねたマーサが声を上げた。

「もう、美味しいのか美味しくないのか、はっきりしなよ!」

「あの…」両肘をテーブルにつき、困惑したような表情で
チナミは断面をふたりに向けた。

「なんも入ってないんですけど……」
236 名前:第四話 ハピネス 投稿日:2008/09/23(火) 05:46
皆が唖然とする中、リサコが音も立てずに席を立った。




                        ── 完 ──
237 名前:びーろぐ 投稿日:2008/09/23(火) 05:49
以上、「内容がないよう〜!」なお話でしたw

酷評、指摘、苦言など厳しい意見も大歓迎ですので
感想などありましたら、書いてやってください。
覚悟は出来てますのでw

>>227
ちょっとアフォなところが魅力のリサコですが
最近はちょっと大人になってきて寂しくもありますね。
今回はほのぼの度高めでしたが、次はわくわく度を高めで行こうと思います。

>>228
ベリ観てると、面白いとか可愛いよりも、楽しいという感情が先にたつので
それが伝わって嬉しいです。
更新が遅れがちなので、もっと頑張りたいです。
238 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/24(水) 00:28
次の冒険に向けて英気を養うお話ですね
わくわく楽しみに待ってます
239 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/29(月) 11:20
りーちゃんには悪いけど笑わせて頂きましたw
次回も楽しみにしてます!
240 名前:びーろぐ 投稿日:2008/11/04(火) 03:39
>>238
今回はわくわく度を上げていきます。
楽しんでもらえれば、嬉しいです。

>>239
有難うございます。お待たせしてすみません。

よろセンも今日から菅谷センセイの「ファンタジーの世界」が始まったということで
それに合わせてこちらも始めたいと思います。

ということで、ピーチッチの更新を楽しみにしつつ、第五話スタートです。
241 名前:第五話 投稿日:2008/11/04(火) 03:42
いつもより朝早く姿を見せたリサコに、マーサが珍しいじゃんと声を掛けた。
リサコは力なく頷くと、薬を調合する作業台の前に腰掛け
お腹すいた、と蚊の鳴くような声で呟いて、上半身を台に横たえた。

「なに、朝ゴハン食べて来なかったの?」
「うん」
「なんで?」
「当番がキャプテンだったから」

同じ姿勢のままリサコが答えると、マーサは「ああ…」と大きく頷いた。

「あとのふたりは?」

「ミヤは昨日からいない。チィは」だるそうに頭を上げ、哀れむように遠くを見つめる。
「キャプテンに捕まった。今、食べてると思う、たぶん」

「…そっか」

小さくかぶりを振り、マーサは心の中でムチャしやがってと呟いた。

「じゃあリサコ、ウチで食べてきなよ」

「ホント!」マーサの言葉に、勢いよく立ち上がる。

マーサは笑顔で返し、モモにリサコの分も頼んでくるよと厨房へ向かう。
が、思い立ったように振り向き

「あっ、じゃあね、待ってる間にウチの部屋、掃除しといてくんない」

そう言いながら人差し指を上に向けた。
リサコはわかったと応えると、箒やチリトリなど掃除道具一式を取り出した。
242 名前:第五話 投稿日:2008/11/04(火) 03:45
吹き抜けの店舗から奥を見上げると、二階廊下の手摺が見える。
その向こうに、間隔を空けて三つの扉が並んでいた。
店舗の並びと同じく、左からマーサ、モモコ、ユリナの部屋となっている。
階段は建物の両端にそれぞれあり、リサコは薬屋側から二階に上がった。

マーサの部屋には何度も泊まったことがある。
なにがどこにあるのか、どこにしまうべきなのか
マーサの生活習慣も含め、大抵のことはわかっていた。

昨夜、就寝前に書いていたのか、ベッド脇のテーブルに
開かれたままのレシピと、底に少しだけブドウ酒の残った杯が
置かれたままになっている。

まず、開かれたページに栞を挟んでレシピを書棚に戻し
杯を洗って食器棚に片付ける。

床を掃いて埃をはたけば、作業はあっという間に終了した。
部屋を出て廊下から見下ろすと、ちょうどモモコがカウンターに
皿や杯を並べている最中だった。

そうか、食事を作ってくれたのはモモだっけ
と改めて思い、リサコは手摺を掴んで大声を上げた。

「モモォ!」

「なにぃ」モモコがリサコを見上げる。

「モモの部屋も掃除したげよっか?」

「ホントォ、ありがとぉリサコ!」

手を大きく振るモモコに、笑顔で大きく頷くと
リサコは真ん中のモモコの部屋へと駆けた。
243 名前:第五話 投稿日:2008/11/04(火) 03:46
取っ手を掴んで勢いよく開く。部屋の様子が目に飛び込んできた瞬間
リサコの笑顔が凍りついた。身体が膠着してピクリとも動けない。

我に返るのにしばらく掛かった。
ゆっくりと扉を閉め、両手でしっかりと押さえる。
そうしていないと、なにかが飛び出してくるような気がしてならなかった。

「ヒドイ……チィと同じ、いや、チィよりヒドイかも…」

立ち直るのに時間がいった。反動をつけるようにして扉を押して離れる。
目眩がして足元がふらつく。よろける足のまま、ユリナの部屋へと向かった。

「あれ? リサコ、掃除してくれるんじゃなかったの!?」

階下から甲高い声が聞こえる。

「ちょっと、リサコォ!!」

最後は悲痛な叫びになっていた。
リサコはそれを無視し、ユリナの部屋の前に立った。

胸に手を当て、ゆっくりと息を吐く。
なにがあっても驚かないよう覚悟を決め、扉をそろりと開けた。

窓に鎧戸が下ろされており、室内は薄暗い。漏れた光の中でチリが舞っている。
家具は白を基調としているらしい。大小さまざまなキャビネットやチェストの上に
旅の土産だろうか、様々な形をしたオブジェや工芸品が所狭しと並んでいた。

雑多で統一感に欠けるが、それでもユリナなりに整理されているようで
散らかっているという印象はない。
244 名前:第五話 投稿日:2008/11/04(火) 03:52
リサコはホッと息をつき、室内に足を踏み入れた。
旅に出る前に掃除していたらしく、床にゴミが落ちているということもなかった。
窓に近づき鎧戸を開けると、朝の冷たい風がよどんだ空気を一蹴する。

薄く積もった埃を払いながら、並んだ土産物を鑑賞する。
木彫りの動物の像や珍しい柄の入った皿、仮面を被った戦士の像など
これといった関連も規則性も見出せない。
目に付いた物を片っ端から買ってきたという印象だ。

よく磨かれた銅鏡を眺めているうち
背後に顔らしきものが浮かんだ気がした。
血の気がさっと引き、慌てて振り返る。
そこにあったのは、一体の小さな像だった。

なんだ置物か、と息をつく。腰を屈め顔を近づける。

腕を組み膝を揃えて座っている悪魔の像だった。
頭が大きく、目は宝石でも埋め込まれているのか、怪しく光っていた。
大きく裂けた口には尖った歯が並び、長く伸びた耳の先端が頭の上まで達していた。

細かい細工がなされており、肌の質感や額に刻まれた皺を見ていると
本当に生きているんじゃないかと思うほどだ。

材質は銅か木製か。見ただけでは判断できず
触って確かめようとしたのだが、なんだか気味が悪く思いとどまる。

クマイちゃんは、なんでこんなのを買ったんだろうと首を傾げる。

「ヤダヤダ」

そう言いながら顔をしかめ背中を向けた。
正面の本棚にはたきをかけようとした次の瞬間、臀部に鋭い痛みが走った。

「痛ぁい!」

お尻を押さえ、思わず飛び上がった。
なにがあったのかと振り向くと、悪魔の像が床に転がっていた。
245 名前:第五話 投稿日:2008/11/04(火) 03:58
なにかの拍子で落ちて、お尻に当たったのか?
いや、なにかが可笑しい。
確か、像は膝を揃えて座っていたのではなかったか?

だが、リサコの目に映ったのは、細い手足を伸ばし
腹を床につけるようにして四つん這いになっている姿だった。

頭が混乱し、しばらく動けなかった。
呆然と見つめていると、像が頭を動かしリサコを見上げた。
片頬を上げると笑っているのか、ケケケと声を上げる。

「いやぁ!!」

箒を頭上高く上げ、一気に像に振り下ろす。
いや、像ではなかった。
本物の魔物が、部屋に上がりこんでいたのだ。

魔物は素早い動きで箒の一撃を避けた。
飛び上がりキャビネットの取っ手につかまる。
リサコは魔物めがけて箒を振ったが、またも逃げられた。
キャビネットの上に置かれた物が落ちる。

逃げる魔物を目で追う。
陶器の割れる音がしたが、気にしてられない。
ベッドの上に降りた魔物に向かって箒を打ち下ろす。
マクラに当たって、白い羽根が辺りに舞った。

魔物が戦士の像の上にちょこんと座り、威嚇するような声を上げた。
長い爪で引っかくような仕草をして、リサコを挑発する。
246 名前:第五話 投稿日:2008/11/04(火) 04:00
リサコは燭台を掴んで投げつけた。
魔物が飛び退き像に当たる。
反動で像が倒れ、キャビネットの上の物が将棋倒しになった。

「もう、リサコなにやってんの」

声と共に扉が開いた。
あまりの物音に、マーサが様子を見に来たようだ。

魔物が入り口に顔を向けた。マーサの存在に気づいた魔物は
すぐさま彼女に向かって走り出した。

「ママァ! 逃げてぇ!!」

大声をあげ、リサコは魔物を追った。
魔物がマーサに向かって跳躍する。
リサコは箒を振り上げたが間に合わない。

が、マーサは慌てることなく、飛び掛る魔物を抱きとめた。
そして頭をやさしく撫でる。魔物が甘えたような声を出した。

「あら、どうしたのミント」

「ミ、ミ、ミント!?」

箒を振りかざしたリサコの声が、裏返った。
247 名前:第五話 投稿日:2008/11/04(火) 04:00
 第五話 ──恋の呪縛──
248 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/04(火) 04:51
「前に言わなかったっけ、クマイちゃんペット飼ってるって」

床に転がった燭台を拾い上げながらマーサが言った。
かなりなついているようで、足元をミントがまとわり付いてくる。

リサコは不機嫌な表情で首を振った。
ため息をつき陶器などの破片を箒でかき集める。

「じゃ、リサコ知らないか。クマイちゃんと一緒に旅してるか
 この部屋に引きこもってるかだからね。この子がそう、ミントっていうの」

「なんで、魔物なんて飼ってんの!」

魔物じゃないよミントだよと言いながら
マーサは比較的損傷の少ない工芸品を棚に戻していった。

「なんかね、旅先で出会ったらしいよ。
 あんまり可愛いんで連れて帰ったって」

「か、可愛い? これの、どこが可愛いの!?」

「可愛いくない?」

背中に飛び乗ったり、腕にぶら下がったりしてじゃれてくるミントを
適当にあしらいながらマーサは答えた。

その様子を見ていると、嘘や冗談で言ってるわけではなさそうだ。
マーサやユリナの美的感覚はどうなっているのか。
リサコは肩を落とし、イヤイヤをするように首を振った。
249 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/04(火) 04:52
するとミントは、歯茎をむき出しにして
敵意のある視線をリサコに向けた。

それに対抗しようと、リサコも箒を振り上げる。
像を棚の上に戻していたマーサが
リサコの顔をチラリと見た。

「クマイちゃん、滅多なことで怒んないけど
 ミントのことになるとヒトが変るからね。
 あんまり苛めないほうがいいと思うよ」

「苛めてないもん! アタシがお尻、引っ掻かれたんだよ!!」

そう言って箒をミントに突きつけたが、マーサは信じてくれなかった。

そんなわけないよねと言いながら、マーサはミントの頭を撫でる。
ミントは目を細めながら、気持ちよさそうに喉を鳴らした。

扉が開きモモコが姿を見せた。
食事の用意が整ったことを告げる。

リサコが部屋の掃除をしてくれないことに
モモコは不満を言いかけたが
ユリナの部屋の惨状を目の当たりにし、口をつぐんだ。

彼女もミントはあまり得意でないらしく
一歩も部屋には踏み入れようとはしなかった。
250 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/04(火) 04:54
片付けの続きは食後にしようというマーサの提案に従い、階下に戻る。
武器屋のカウンターに、料理や飲み物が並んでいた。リサコの頬が緩む。

「美味しそうでしょ!」

どうだと言わんばかりに両手を広げ披露するモモコだったが
チーズの載ったパンや目玉焼き、暖めなおしたスープがあるだけだ。

これがモモの得意料理だもんねと、マーサに目玉焼きを指差され
モモコは下唇を突き出し、拗ねた表情を作った。

それでもサキの料理よりはマシだとリサコは手を叩いて喜んだ。

雑談しながら三人並んで朝食を楽しんでいると、武器屋の扉が開いた。

「おっはよう!」

現れたのはサキだった。なぜか弓を手に、背には数本の矢を背負っている。
予想外の訪問者に、リサコはむせながら顔を伏せた。

「なに、まだ朝ゴハン食べてんの? もう行くよ……あれ、リサコ?」

サキは首を傾げると駆け寄ってカウンターに飛び乗り腰掛けた。
そしてリサコの顔を覗き見る。リサコは顔を背けた。

「リサコ、食欲が無いって言ってたんじゃなかったっけ?」
「ん…そ、そうだよ……」
「じゃ、なにしてんの?」
「えっ…それ…は」

リサコは咀嚼しながら口元を隠した。マーサが慌てて助け舟を出す。

「もうそんな時間! 早く支度しないと」

リサコの背中を押しながら、店の奥へと連れ込んだ。
251 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/04(火) 04:56
「ママ、どこか出かけるの?」

口の中のものを急いで飲みこみ、リサコは尋ねた。

「はぁ?」マーサがびっくり顔になった。
「なに言ってんの、リサコも行くんだよ」

「えっ?」

リサコは立ち止まり首を傾げた。
どうしたのとサキが身を乗り出す。
マーサはリサコを指差しながら、真ん丸い瞳をサキに向けた。

「このコ、忘れてるよ、山開きのこと」
「え、山開きって、今日だっけ?」

リサコの反応に、サキは頭を振ってうなだれた。

「リサコォ、フェニックスって憶えてる?」
「フェ、フェニックス?」

顔を歪め叫ぶリサコに、三人が一斉にため息をついた。
何度教えたと思ってるんだと、サキが呟く。
辺りを忙しなく見回しながら、リサコは慌てて話し出した。

「憶えてるよ、フェニックスでしょ、あれだよ…不死鳥!」
「違うよ、リサコ。フェニックスは…」

説明しようとするモモコを、リサコが遮った。

「わかってる! 不死鳥だけど、ホントは不死じゃないんでしょ。
 ちゃんと憶えてるよ、それくらい」
252 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/04(火) 04:59
バカにしないで、とリサコは胸を張った。
が、不安げに目が泳いでいる。
呆れ顔のサキが質問をぶつけた。

「じゃあ、なんでフェニックスっていうの?」
「えっ? それは…」
「ウチら山開きに、なにしに行くかわかる?」
「えっと…だから、それは……」

なんにも憶えてないじゃんと、サキはため息をついた。
マーサとモモコは顔を見合わせ、しょうがないねと笑みをこぼした。

フェニックスは越冬する大型の怪鳥だ。
大きな特徴として、翼一面に紅く美しい模様がある。

一羽一羽それぞれ違っており、まったく同じものはない。
そのため、個別判定にも利用されているのだが、
稀に孫やひ孫の代に突然、同じ模様が現れることがあるのだ。

そのため、飛来した個体の模様と何百年か前の記録とが一致することが起きる。

「それで、死なない鳥なんだって思われたの。わかった?」

モモコが言うと、リサコは神妙な面持ちで頷いた。
本当に理解したか怪しいものだが、まあいいだろう。
本題はこのあとである。モモコが続ける。

「でね、近くに、そのフェニックスが生息する山があるの。
 それが、秋になると南の方に飛んでっちゃうのね、一斉に」
253 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/04(火) 05:05
フェニックスは決して凶暴な魔物ではない。
が、縄張り意識が強く、また春から秋に滞在するこの地で
雛を生み育てるので、うかつに近寄れないのだ。

「知ってるよ、だから、その、みんな飛んでっちゃって
 えっと…な、7日…だっけ? 経ってから
 山菜とか、キノコとか、採れるようになるんでしょ。それが山開き」

よく知ってるじゃんとマーサに言われ
リサコはどや顔で胸を張った。が

「でも今日ってことは、忘れてたんだよね」

とサキが言うと、表情を曇らせ恥ずかしそうにうつむいた。

山開きは、町の一大イベントである。
特に珍しい物や高価な物が採れるわけでもないのだが
なぜか解禁日のこの日に、町上げてのお祭り騒ぎとなる。

フェニックスは群れで行動するのだが
取り残されたものがいないとも限らない。
安全確認のため、猟師や自警団が手分けして
一般人に先駆け山に登るのだ。

サキたちハンターも、毎年その列に加わる。
説明を聞き終え、ようやく納得したリサコに、サキが声を掛けた。

「わかった? じゃ早く仕度して。マァさんもモモも」
254 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/04(火) 05:07
「えっ、モモも!?」モモコは自分の顔を指した。
「ちょっと待って、ミヤの代わりだったら、マァひとりでいいじゃん。
 なんで、モモもなの?」

元々ハンター四人が参加する手はずになっていた。
それが急な仕事が入ったためミヤビが抜け
マーサには数日前から代役を頼んでいたのだ。

が、モモコはなにも聞かされていなかった。
戸惑うのは当然だった。

憂鬱そうな表情でサキは頬杖を付いた。

「それがさぁ、急にチィが調子悪いとか言い出してね」

杖を準備しながら、マーサとリサコは顔を見合わせた。

「お腹押さえて苦しいとか言い出して。山開き楽しみにしてたから
 仮病なわけないんだよね」

首を傾げるサキを盗み見ながら、マーサとリサコは
「あれだよね」「うん、絶対、あれ」と囁きあった。

「ちょっとぉ! モモまで行ったらお店、どうすんのよぉ」

「平気、店番ぐらいは出来るよねって訊いたら、チィ頷いてたから」

「やだよ、モモ怖い〜。だって、フェニックス出るんでしょ!」

「大丈夫だって。山開きの日にフェニックス見つかったって話
 聞いたことないもん」

必死に抵抗を試みるが、どうやらモモコが参加するのは確定のようだ。

その影で、チナミの病状を心配しながら
リサコは胸に手を当て、そっと息をついた。

「家でご飯、食べなくて良かったよ」
255 名前:もここ 投稿日:2008/11/04(火) 22:50

アンリアかつノンカプなのにこのクオリティ、そして全員を満遍なく登場させるところがたまりません!
ただモモコ推しとしてはここでオイシいトコを一つ、今までのモモコはアホのコみたいで‥
そこもまた良いですけど!
256 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/05(水) 01:40
待ってました!小ネタにニヤニヤしながら読みました
わくわくの回ですね楽しみです

ピーチッチ更新してましたよ
257 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/05(水) 23:10
サキちゃんの料理って…
普段は頼りになるキャプテンに吹きました
258 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/12(水) 06:27
麓に着くと、すでに大勢の人で溢れかえっていた。
あちらこちらに露店が立ち並び
朝っぱらからすでに酔いの回っている者もいる。

サキたちは猟師や自警団と集まり
それぞれ進むルートを決めた。
途中まで四人で進み、山の中腹で二手に分かれる。

「モモ、ホントにその格好で登るの?」

怪訝な表情でリサコは訊いた。
モモコは厳めしい甲冑に身を包み
手には剣と盾を携えていた。

とてもではないが、山を登る格好には見えない。

「だって、フェニックスが出るんだよ。
 こんくらいじゃないと危ないじゃん」

「だから、出ないって」

サキが呟いた。
そんなのわからないとモモコが睨みつけたが
彼女のいう通り、今まで実際にフェニックスが
見つかったという報告はない。
259 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/12(水) 06:28
先発隊が組織されるのも、フェニックスを
見つけることが目的ではなく
選ばれること自体が栄誉とされており
一種のセレモニーと化していた。

「もう、恥ずかしいからやめて欲しいんですけど」

そう言ってサキはモモコをチラリと見た。
周りの人々が、なにか余興でも始まるのかと
好奇の視線を送ってくる。
誰も本気で甲冑姿のまま山を登るとは
思っていないようだ。

「あのさ」

マーサがモモコの隣に立ち冑に手を置いた。
その反動でバイザーが下がる。

急に視界が悪くなり、モモコは慌ててバイザーを上げた。
マーサに顔を向けようとしたが上手くいかず
不器用な動きで身体ごと向けた。

「なにぃ?」
「その格好じゃ、フェニックスに出会ったときに、逃げられないと思うよ」
「……そっか」

モモコは慌てて甲冑を脱ぎだした。
260 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/12(水) 06:29
実際に山に足を踏み入れてみると
そこに緊張感の欠片もなかった。

先発隊が安全を宣言するまでは、立ち入ることを禁じているはずなのだが
先回りして山菜などを採取している者も多く、子供の姿も見られる。

「あれ、いいの。平気?」

リサコの指した先で十歳にも満たない子供たちが
我先にと斜面を駆け上がっていた。
この辺りは山開き前でも滅多に襲われることはないから
大丈夫なのだとサキが応える。

が、その後ろでは甲冑は脱ぎ捨てたものの
剣と盾を手にしたモモコが怯えた表情で辺りを伺っていた。
あの子たちに笑われるよと呆れ顔のサキが呟いたが
モモコの耳には届いていないようだった。

しばらく獣道を進むうちに、まず子供の姿が消え
先発隊以外の人影もまばらになっていった。

それでも遠くからは歓喜の声が上がり、あいかわらず緊張感はない。

「この辺りだね」

絵図を広げながらマーサが言った。二手に分かれるポイントだ。
モモコが不安そうにリサコにしがみついた。
261 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/12(水) 06:31
どうする? とサキが三人に目で合図した。
なんのことかわからず、リサコは首を傾げたが
マーサは意図を理解しているらしく
自身とモモコ、サキとリサコを順に指した。

どうやら、振り分けの組み合わせらしい。
モモコとリサコを組ませるわけにはいかないので
順当な組み合わせだろう。

「リサコはこっちね」

先を進むサキに手招きされ、リサコはひとつ頷いて駆け出した。
とその時、モモコの悲鳴が背中に刺さった。

「なにあれ!?」

振り向くとモモコが背の高い草むらを剣を掲げ指していた。
目を細め凝視するが、なにも変わったところはない。

なにぃ、と不満げな声を出しながらマーサが近づく。

「動いた、そこ動いた!」と騒ぐモモコだったが
しばらく観察した後、マーサは「なんもないじゃん」
と呟き強引にモモコの手を引いた。

それでもモモコは草むらから目を離さなかった。
突然、マーサの手を振りほどくと声を上げた。

「ほら、あそこ。今、動いた! リサコ見たでしょ」
262 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/12(水) 06:33
リサコはよくわからないと首をひねった。一歩二歩とモモコに近づく。
次の瞬間、草むらの視線より少し高い辺りが左右に揺れた。

「ホントだ、動いた!」

指差すリサコに、怪訝な表情でサキが近づいた。

「風じゃないの?」
「違う、絶対違う。あのね、上んとこだけが、ガサッって…なった!」
「イノシシとか、そういうんじゃないの」

マーサが眉を寄せ言った。がモモコが即座に否定する。

「だって、あんな上だよ? イノシシって、もっとちっちゃいじゃん」

四人並んで草むらを凝視した。
モモコは盾を顔の前に掲げ、威嚇するように剣を突き出したが
彼女らの立つ位置からでは草むらまで届かない。

昼間からこの辺りを徘徊するような魔物はいない。
大型の野生動物も生息していない。

「だったら、やっぱフェニックスじゃないの?」

モモコが囁くように言った。マーサが首を傾げる。

「いくらなんでも、あんなに大きくなくない?」

そうだよねとサキが呟いた。
リサコやモモコが動いたと主張する場所は
マーサの背丈をはるかに超えている。
263 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/12(水) 06:35
フェニックスは大型の怪鳥ではあるが
体高はそれほど高くない。
立ち上がったところで、せいぜいサキかモモコを超えるほどだ。

「だったら、なに?」

モモコの顔が恐怖でゆがむ。

じっとしていても始まらない。
サキとマーサは顔を合わせ頷くと、草むらへと近づいた。

「近寄ったら、危ないって……うわぁ!」

突如、草むらが大きく揺れだした。モモコが声を上げる。

サキは腰に付けた短剣に手をやった。
マーサが杖を突き出し印を押さえる。
いつでも呪文が唱えられるよう口の中を濡らす。

草むらから細長い突起物が二本、飛び出した。
一瞬、なにかわからなかったが、よく見るとそれは腕だった。
二本の腕は草むらを掻き分けるようにして左右に動いた。

「わっ!」

奇声を発し草むらの上に浮かんが丸い物体を目にし
マーサは思わず大声を上げた。

「クマイちゃん!!」
264 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/12(水) 06:44
草むらから現れたのは、ユリナだった。

「びっくりした?」

唖然とするサキやマーサ、リサコを目の前にして
イタズラが成功した子供のように、ユリナははしゃいだ。
いや、これはイタズラ以外の何物でもなかったし
そのスタイルの良さに反して、ユリナは子供だった。

「なにやってんの、クマイちゃん」

頭を十五度傾け、サキは緩慢な動作でユリナを叩いた。

「そうだよ、なんで居んの」

脱力しきった表情でマーサが尋ねる。
山開きを楽しみにしていたユリナが
この日に戻ってきたことは理解できる。

だが、先発隊に選ばれたわけでもないのに
先んじて山に入るなど
彼女の性格からは考えられなかった。

「いやぁ、店に帰ったらチナミがいるじゃん。
 どうしたのって、訊いたらキャプテン……」

ユリナはそこで慌てて口を押さえた。
まるでそれが禁断の呪文だったかのように
言葉を飲み込む。
265 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/12(水) 06:45
「なんかさ、体調壊しちゃって先発隊に
 参加できなくなっちゃったって言うからね
 だったらアタシが代わりに行ってあげるよってなって」

山麓でサキたちのルートを聞き、後を追ったのだが
いつの間にか追い越していたらしい。

背後からサキたちの声が聞こえたため
驚かすことを思い立ったのだと言う。

そういうことかと、マーサがため息をついた。

「四人いるから、大丈夫だったのに」

と呟くサキにユリナは首を振って応えた。

「えっ、いないよ。一、二、三人じゃん」

サキ、リサコ、マーサを順に指差し言う。
そんなはずはないと眉を寄せ辺りを見回す三人だったが
ふとリサコが視線を下げ、叫び声を上げた。

「モモォ! 大丈夫!!」

足元に、泡を吹いたモモコが転がっていた。
266 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/12(水) 06:45
267 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/12(水) 06:46
結局、あてにならないモモコを麓に帰し
ユリナを加えて編制を組み直すこととなった。

「どうする?」
「どうしよっか」

サキとマーサの頭には、ふたりが別々に行動し
ユリナとリサコをそれぞれどちらに付けるかの選択肢しかなかった。
が、リサコが笑顔でユリナの腕に絡みついた。

「アタシ、クマイちゃんがいい!」

どうして自分が選ばれたかわからないユリナは、困惑の表情を浮かべた。
サキとマーサも、違った意味で困惑の表情を浮かべる。

「どうする?」
「どうしよっか」

まったく同じ会話をふたりで繰り広げる。
しばしの沈黙の後、口火を切ったのはサキだった。

「まっ、いいんじゃない」

フェニックスなど出るはずがないと高を括っているサキは
ユリナさえ大丈夫ならと彼女の顔を覗き込んだ。
それにユリナは笑顔で親指を立て応えた。

「じゃあ、ウチはサキちゃんと」

そう言ってマーサは二枚ある絵図のうち一枚をユリナに差し出した。

二組はそこで別れた。互いの姿が見えなくなった辺りでサキは首を傾げた。

「リサコさ、なんでクマイちゃんと組みたかったんだろ」

マァもわかんないとマーサも首を傾げた。
が、ふと立ち止まると人差し指を立てた。

「あれじゃん。ほら、リサコがウチの店に始めて来た日。あれ信じたんじゃない」
「なにぃ?」

なんのことだと眉をひそめるサキに、マーサは人差し指を向けた。

「サキちゃんが言ったんじゃん、クマイちゃんが熊を倒したって話」
268 名前:びーろぐ 投稿日:2008/11/12(水) 06:57
>>255
申し訳ありません。またもや残念な結果に…
でも、いつかは必ず活躍するに違いないので気長にお待ちください。

>>256
細かいネタがちゃんと伝わっているのか心配だったので
そう言って貰えると嬉しいです。有難うございます。

>>257
誰しも弱点ってあるものですが、彼女たちはそれすら魅力にしてますよね。
そういったところを描いていけたらなって思います。

ピーチッチ楽しく読ませてもらいました。作者さんに感謝です。
269 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/13(木) 00:48
ももこ大活躍の回と思ったらwww
270 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:39
ユリナとふたりっきりになったリサコは
真っ先に言わなければならないことがあった。

「あの、クマイちゃんごめんなさい」

立ち止まり頭を下げる。
先を進んでいたユリナは、立ち止まり振り返って首を傾げた。

神妙な顔つきでリサコは今朝の出来事を話した。
部屋を無茶苦茶にしたことで、激しく叱責されるかと身を縮めたが
意外にもユリナは笑顔でリサコの肩を抱いた。

「平気だよ、いつものことだから」
「えっ?」

意味がわからずぼんやりとユリナの顔を眺めた。
ユリナが言うには、きちんと片付けて部屋を出ても
戻ってくるとグチャグチャに散らかっているらしい。

「ミントがね、ウチの足音がわかるみたいで
 階段上がってると部屋からもの凄い音が聞こえるの」

留守中にマーサが何度か部屋に入り、確認したことがあるのだが
散らかっていたことは一度もないそうだ。
つまり、ミントはちゃんと足音を聞き分けられるということになる。

「長いこと旅した後なんか、もの凄いことになってるよ。
 叱ってやろうと思ったこともあるけど
 それだけウチが戻ってくるの楽しみにしてると思うとね」
271 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:40
困ったようにほんの少し眉をひそめたが
それでも頬には笑みが浮かんでいた。
よほどミントが可愛いようだ。

「でも、一緒に旅してるんでしょ」

リサコが尋ねると、ユリナは寂しそうな表情でうつむいた。

「昔はね。でも最近は着いて来てくれなくなっちゃった」

そうなんだとリサコは頷いた。
今朝、マーサが旅に連れて行っているようなことを
言っていた気がしたが、それは昔のことなのだろうか。

ユリナの顔がパッと明るくなった。

「ミント、可愛いでしょ!」

リサコは顔をしかめた。あれのどこが可愛いのかわからない。
口を開こうとしたとき、マーサの忠告が頭をかすめた。

──クマイちゃん、ミントのことになるとヒトが変るよ──

「う、うん。かわいい…ね」

苦笑いを浮かべ力なく言う。

そうでしょうと満足顔で微笑むユリナに、リサコは胸をなでおろしたが
今後、一緒に遊ぼうなどと言われたらどうしようと頭を抱えた。
272 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:42
人の手が入らない山を登るのは楽なことではない。
道なき道を進み、勾配のきつい斜面を手を着きながら登る。
途中、ユリナに平気かと尋ねられたが
チナミと山中を彷徨ったあの夜に比べればなんてことはない。
リサコは大丈夫だと笑顔で答えた。

「リサコ見て、あれだよ」

斜面を登りきったユリナが、息を切らせながら言った。
彼女の指す先に目をやり、リサコは思わず息を呑んだ。

フェニックスの巣だった。

巨木の上に、何本もの枝にまたがって大きな巣が載っていた。
枝の一部は、重みに耐え切れず折れたり大きくしなったりしている。

リサコは巣の下まで駆け寄り見上げた。枯れ枝で組まれた巣は
どれほどの厚みがあるのか、まったく陽の光を通さない。

「凄いでしょ、この上で卵産んで雛を育てるの」

ユリナが隣に並んで言う。
圧倒されたリサコは無言のまま頷いた。

「でも、ちゃんとフェニックスがいないか
 確認してから近づかないと危ないよ」

そのための先発隊なんだからとユリナは表情を引き締めた。
神妙な顔でごめんなさいと言うとユリナは

「平気だと思うけど、用心に越したことはないからね」

と笑みを作った。
273 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:43
「クマイちゃんはフェニックス見たことあるの?」

リサコが尋ねるとユリナは「あるよ」とさらりと答えた。

「えっ、あるの!?」

あまりの即答振りに、リサコは驚きの声を上げた。

「うん、山道とか歩いてるとよく飛んでるよ」
「平気なの、襲われたりしない?」
「しない、しない」

そう言ってユリナは笑った。
フェニックスのエサは小動物や小さな魔物で
人間が襲われることはまずないのだ言う。

「巣にさえ近寄らなきゃ大丈夫だよ。
 あのね、羽が真っ赤でもの凄く綺麗なんだよ」

そうなんだとリサコは頷いた。

「見てみたいなぁ」
「よく出る場所、知ってるから、今度連れてってあげるよ」
「ホント!」

笑顔で首を縦に振るユリナだったが
あっと声を上げると微妙に口元を歪めた。

「でもフェニックス行っちゃったから、今年はもう見れないね。
 今度って言ったら、来年の春だよ」

そうだったとリサコは落胆の色を見せた。
が、ちゃんと憶えておいて、来年の春には
必ず連れて行ってもらおうと心に誓う。
274 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:46
「でもクマイちゃんってひとりで旅してるんでしょ。
 危ない目とか遭ったことないの?」

ふと胸によぎった疑問を口にする。
フェニックスは危険でなくても
他にも恐ろしい魔物は多くいるのだ。

この質問にも「ないよ」と即答したユリナだったが
掌を広げ前に突き出し、「ちょっと待って」と言って考え込んだ。

「えーとね、一度だけあるかな」

「えっ、なにがあったの?」

「あのね、確かあん時はね、サキちゃんと一緒だったのかな?
 …うん、そうそう、行く方向がおんなじだったんで
 ふたりで旅してたんだった。魔物に襲われたの」

無表情のまま、淡々と語っていたユリナだったが
「魔物」という単語を口にしたときだけは
当時を思い出したのか、苦悩の表情を浮かべた。

「倒したの?」

「ウチが?」ユリナが自分の顔を指した。リサコが頷くと
そんなの無理に決まってると笑いながら首を振った。

「じゃ、キャプテンに助けてもらったの?」

「ううん、襲われた時はね、ひとりだった。
 水くみに行ったとか、そんなだったと思う」

旅の途中、近くの川にひとりで水をくみに行ったときに襲われたのだという。
275 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:47
「どんな魔物だった?」

「よく憶えてないんだけど、大きな翼を生やしてた。身体も大きかったよ。
 でも、その割りに素早かったし、もう助からないなって思った」

「で、どうなったの?」

「あのね、二人組の男の人が来て、助けてくれた」

地元の猟師か、モンスターハンターかはわからないが
古い甲冑に身を包んだ男ふたりが現れたそうだ。

ただ、直後にユリナは気を失ったので
その後のことはわからない。
気づいたら、悲鳴を聞いて駆けつけたサキに介抱されていた。

事情を説明したのだが、サキが到着したときには
すでに魔物も二人組の男もいなかったのだと言う。

「でも助かってよかったね」

リサコが言うと、ユリナは笑顔で頷いた。
が、すぐに表情を曇らせる。

あの後、男たちがどうなったのか
今でも気がかりなのだとユリナは言った。
お礼を言えなかったのが心残りなのだと。

「ホントはね、すぐにその人たち探そうって思ったの。
 でもね、サキちゃんがダメだって言ったんだよ。
 危ないから止めとこうって。もう関わんない方がいいって」

ユリナの声には若干、怒りがこもっていた。
口には出さなかったが、サキの言動を薄情だと感じたのだろう。
276 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:49
だが、リサコにはサキの考えの方が、正しいと思えた。
男たちが追い払ったとしても
魔物はまだその辺にいるかもしれないのだ。
速やかにその場を離れるのが正解だろう。

そして、同時に思う。自分だったらどうするか。
助けてくれた人たちを、思いやる余裕があるだろうか。

サキの腕にすがり、早く逃げようと懇願する姿が脳裏をかすめ
思わずため息が漏れた。

「クマイちゃん、凄いね」
「なにが?」

尋ねるユリナに、リサコは耳を赤らめ
なんでもないと激しく首を振った。
自然と出た言葉ひとつで、不甲斐ない妄想を
見透かされたような気がする。

「で、でも、クマイちゃんって凄いよね」

話題を変えようとしたのだが
口から出た台詞はほとんど同じだった。
当然のことながら、「だからなにが」と返される。

「だって、危ないって思ったのはその時だけなんでしょ。
 アタシだったら、もっと違う魔物でもやられちゃうもん」

「だから、魔物に襲われたのが、その時だけなんだって」

「えっ、そうなの?」

「そうだよ。だいたい、アタシ魔物なんて倒せないもん」

そう言ってユリナはリサコの肩に手を置いた。
自分はサキやミヤビのように武器を扱えないし
チナミやマーサのような魔術師でもないのだと続けた。
277 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:50
その発言に呆然とするリサコに
ユリナは自身の顔の前で手を振った。

「あっ、でもね、馬車に結界を張ってあるから大丈夫。
 大抵の魔物からは守ってくれるから。心配しなくていいよ」

「いや、そういうことじゃなくて……だって、クマイちゃんでしょ?」
「えっとぉ…そう、だけど?」

リサコの質問の意図がわからず、ユリナは首を傾げた。

「だから、熊を倒すからクマイちゃんなんでしょ?」
「はぁ!?」

ユリナは立ち止まり眉を寄せた。

「全然、違うよ。誰が言ったの、そんなこと」

誰だっけとリサコは呟いた。
みんな言ってた気がすると告げる。

するとユリナは、モモかチナミだねと言って、憮然とした表情を作った。
そうに決まってると決め付けた。

「じゃあ、なんでクマイちゃんっていうの?」

リサコが訊くとユリナは知らないよと吐き捨てた。
なんの脈絡もなく、モモコが言い出したのだと言う。
278 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:52
「なんか知んないけど、あのコすぐに変な呼び方するのよ。
 チナミのことトクさんって呼んだり
 マーサをスーちゃんって呼んだり」

薬屋の手伝いをしている時に、「スーチャン」という単語は
何度か耳にしたことがあった。

てっきり武具か薬草の名称だと思い込んでいたのだが
それがマーサのことを指しているのだと、リサコは今始めて知った。

モモコの変な呼び名は、他の人間に浸透することはなかった。
「モモチ」という呼称も、彼女自身が言い出したのだが
律儀に使っているのはユリナだけだ。

ところが、なぜかユリナの「クマイちゃん」だけは
他の者も使うようになった。
今では「ユリナ」と呼ぶ者は誰一人としていない。

「じゃあ…」
「しっ!」

口を開きかけたリサコを、ユリナは人差し指を立て制した。
真剣な眼差しで辺りを探る。

「今さ、なんか音しなかった?」

囁くようにユリナが尋ねる。
なにが、と小声で答えるリサコにいいから待っててと
言い残しユリナは木々の狭間に消えていった。
279 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:53
不安げに辺りを見回しながらしばらく待っていると
木陰からユリナの顔が現れた。
一旦、口元に人差し指を立てた後
「こっち来て」と唇を動かし手招きする。

リサコも同じように口元に指を当て頷いた。
音を立てないよう、ゆっくりと近づく。

「あれ見て」

ユリナの示す先に、大きなフェニックスの巣があった。
クークーと腹の虫が鳴るような音がしたかと思うと
巣の上から棒状のものがひょいと現れた。

「えっ、あれってひょっとして…」
「そう、フェニックスの雛」

ユリナはそう言った後、この時期だと雛というより若鳥かなと言い直した。

フェニックスの若鳥は頭を右に左にと振り向け
覚束ない足取りで立ち上がった。
そして、大きな翼をはためかせた。

「飛ぶ? 飛ぶのかなぁ」
「さぁ……あっ!」

ユリナが叫び声を上げた。若鳥がよろめき倒れたのだ。
姿が見えなくなり、ふたりは心配したが
しばらくすると巣の上から頭を現した。
クークーと心細い鳴き声を上げる。
280 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:55
「怪我してるのかな」
「うーん、そうかもしれない」

距離がある上に巣は木の高い位置にある。
頭と時おり羽ばたく翼しか見えず、様子はわからなかったが
群れから取り残されたということは、可能性が高い。

「そうだリサコ、キャプテン呼んで来てくれる?」

とにかく、ふたりだけではなにも判断できない。
ユリナは絵図を広げ、この辺りに居るはずだからと指し示した。

リサコは黙ったまま首を縦に振った。
そして巣に目をやったまま後退り
見えなくなったところで一気に駆け出した。

太陽と頂の位置を確認しながら、野山を走る。
途中、山菜取りを楽しむ親子連れを見かけ、すれ違いざまに

「フェニックス居た!」

と声を掛けたのだが、早口のせいで聞き取れなかったのか

「そうかい、良かったねぇ!」

と背後から返事が聞こえ、リサコは足を踏み外しそうになった。
281 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:56
どのくらい走り回っただろうか。
二手に分かれてから、それほど経っていないにも関わらず
サキたちの姿は、なかなか見つからなかった。

──もうダメだ、走れない。

そう思ったその時、藪の向こうから聞き覚えのある
豪快な笑い声が聞こえてきた。
マァさん、笑いすぎだって。もうひとりがそう応える。

ようやく見つけた。ママとキャプテンだ。
最後の力を振り絞り、脚に力を込める。
リサコは転がるようにして、藪の中へと突っ込んだ。

「わわわわっ! いったぁ〜い!」

藪を抜け獣道に頭から転げ落ちる。
手や足には擦り傷を作り、頭には大きな瘤が出来た。

「びっくりしたぁ」サキが胸に手をやり息をついた。
「リサコ! なにやってんの」マーサが手を差し伸べた。
「出た!」リサコはふたりを睨みつけた。

「なにそれ、こっちの台詞じゃん」

マーサが顔を曇らせながら、手を掴もうとしないリサコの腕を取り
強引に立ち上がらせようとする。
確かに、サキやマーサからすれば、突然出てきたのはリサコの方だ。

「違うんだって、ホントに出たの、フェニックスが!」
「えっ」

サキとマーサは顔を見合わせた。そして困惑した表情を作る。
大粒の汗をかき、土に汚れ、相当面白くなっているリサコの顔に
サキはにこりともせず顔を寄せ、呟いた。

「マジ?」
282 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:57
 
283 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:58
待つ間、ユリナはずっと巣を観察していた。
フェニックスの若鳥が、覚束ない足取りで立ち上がり
翼がはためかせるたびに「あっ」と声を上げる。

届くはずもないのに、手を差し伸べようとしてしまう。
そして、巣の内側に倒れこむのを確認して、胸をなでおろす。

「まだかなぁ」

首をひねって背後に目をやる。
気温が下がったわけでもないのに
寒気を感じ二の腕辺りをさする。

バサバサと大きな羽音が聞こえ、ユリナは顔を戻した。
若鳥が巣の淵に立ち全身を晒していた。
翼を大きく振るたびに、紅く美しい模様がひるがえる。

フェニックスが巣立とうとしている。
一生に一度、見られるかどうかの光景だ。
ユリナは身を乗り出した。

クーと力強くひと鳴きしたかと思うと
若鳥は大きくはばたいた。
立派とは言いがたい華奢な身体が浮き上がる。
ユリナも、それに合わせるように腰を浮かせた。

細い足が巣から離れる。宙を舞うかと思われたが
はばたく翼に力はなく、身体を支えることが出来ずに
木の葉のように地面へ落下した。
284 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/18(火) 04:59
「危ない!」

ユリナの足が自然と前に出る。が、それ以上踏み出せない。
若鳥だけならともかく、もし親鳥が居たなら非常に危険だ。

地に堕ちた若鳥は落下の衝撃もあってか、立ち上がれないでいる。
もう翼を広げる余力も残っていないようだ。

「遅いなぁ」

振り返り呟く。リサコたちも親鳥も、戻ってくる気配がない。
腰につけた袋に手をやる。そこには薬草が入っていた。
人間用に処方された薬がフェニックスに効くか
わからないが今のユリナにできることは他にない。

辺りを探りながら、ユリナはゆっくりと近づいた。
ユリナの半分ほどもない小さな身体を、そっと抱き上げる。
若鳥はほんの少し、羽をはばたかせただけで、抵抗する気はないらしい。

「大丈夫? ちょっと待ってね」

左手で若鳥の体を支えながら、右手で袋を探った。
とその時、ガサガサと物音が聞こえた。
リサコが戻ってきたんだと、音のするほうを向いた。

だが、そこにいたのはリサコでもサキでもなかった。

少し離れた巨木の太い枝の上。
大きな身体をさらに大きく見せようと翼を広げる。
フェニックスだ。

若鳥を抱くユリナの手に力が入る。
フェニックスは、脳に響く甲高い鳴き声を上げ、地上に降り立った。
285 名前:びーろぐ 投稿日:2008/11/18(火) 05:05
>>269
私も彼女の活躍を期待していたのですが。
非常に残念です。

でもモモコは出来る子です。
いつかは必ず活躍してくれると信じましょう!
286 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/19(水) 00:38
ワクワク
続き待ってまーす
287 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/20(木) 00:33
目立っているようで、実は地味なのがミヤだったり。
サキちゃんは存在感で目立ってるけどね。

この二人の活躍の場はあるのかな?

モモの活躍はその後でもいいです。
288 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/20(木) 09:59
見せ場があるとかないとかじゃなくて、話全体から作者さんのBerryzに対する愛みたいなものがよく伝わってきて、私はこのお話が大好きです。
ほのぼのするというか、心があったかくなります。
289 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/21(金) 02:49
りしゃくまですか?
ほのぼのコンビですね。なごむー
桃子は良いアクセントですね。作者さんは使い方が上手いと思います
290 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/25(火) 01:53

確かにももの扱いは雑な気がしますけど
話自体に高い評価を点けたいですね、上のみやとしみさきに活躍を期待してる人は口が過ぎるかと
どちらかと言うともも好きな人に喧嘩売ってる印象を与えそうですし、りさこ好きとしてはそこまで気になりませんけど
291 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/26(水) 04:48
>>290
読者レスの議論は案内板でお願いします

>>作者さん
スレ汚し申し訳ありません
誰がメインでもお話に引き込ませてくれる作者さんの文章が好きです
ゆっくりでも構いませんのでご自分の納得のいくものを書いて下さいね
292 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:31
「ホントにフェニックスだったの?」

森を駆けながらサキが尋ねた。
息も絶えだえにその姿を追いながら、リサコは答えた。

「ホ、ホントだって…クマ、クマイちゃんも、見たん、だから」

ちょっと待ってよとすがるリサコに、サキは早くしてと手招きする。

マーサはフェニックス発見の報告のため、すでに山を降りていた。
これで親鳥までいたら、今日の山開きは中止せざるえない。

地面に手を着き、もう走れないと弱音を吐くリサコに
もう少しだからとサキが檄を飛ばす。

「近くだよ。リサコ、早く!」

絵図を振りながら苛立ったような声を出す。
大まかな位置は説明しているが、細かい場所となると
リサコが案内するしかない。
軽い身のこなしで飛び跳ね、焦りをあらわにするサキを見上げ
リサコは大きく息を吸うと、足に力を込めた。

とその時、つんざくような鋭い鳴き声が響き渡った。
リサコは思わず棒立ちになった。

「ヤバイ」

サキはそう呟き、声のした方に駆け出した。
慌ててリサコも後を追う。

「ま、待ってキャプテン!」
293 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:33
ようやくサキの背中に追いつき、リサコの顔に安堵の色が浮かんだ。
が、彼女が弓矢を構えているのに気づき、表情が凍りつく。

そしてその向こうの光景が目に入り、リサコは声をあげた。

「クマイちゃん!」
「静かに!」

サキに制され、リサコは口に手を当てた。

目の前には怯えたユリナの背中があった。腕になにかを抱えている。
その向こうに、見たこともない大きな鳥が
威嚇するように翼を広げている。

──あれがフェニックスなのか。

優雅さも美しさも感じられない。そこにあるのは、恐怖だけだった。

足元には、サキが放ったのであろう、矢が一本刺さっていた。
そのためか、怒りの矛先は彼女に向いていた。
大きな翼をはためかせ、甲高い鳴き声をあげる。

耳を塞ぎたくなるようなその響きに
リサコは耐え切れずサキの背中に隠れた。

フェニックスがユリナのほうに身体を向けた。
すぐさま、サキが矢を放った。翼をかすめる。
素早く顔だけをサキに向け、フェニックスはまた鳴き声をあげた。
294 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:34
「クマイちゃん、大丈夫?」

新たに矢をつがえ、フェニックスに狙いをつけたままサキが訊いた。
ユリナの頭が小刻みに上下するのが見えた。

「じゃあね、ゆっくり、ゆっくりだよ。その雛、地面に置いて」
「ひ、雛じゃないよ、若鳥だよ」

背中を震わせ、怯えた声でユリナが言った。

「そんなの、どっちでもいいから! 早く置いて」

サキが声を荒げる。ユリナは頷き、素早く腰を落した。
が、その動きに反応したフェニックスがユリナに向き直り
鳴き声をあげながら一歩踏み出した。

その足元を狙ってサキが矢を放つ。
フェニックスの意識がサキに移る。

「刺激しちゃダメだよ、ゆっくりと。気づかれないようゆっくり下ろすの」

早くって言ったのサキちゃんじゃん、とブツブツ呟きながら
ユリナは少しずつ膝を曲げ、腰を落した。

その様子を、リサコは固唾を呑んで見守った。握った拳に力が入る。
が、ふと何者かの気配を感じ、空を見上げた。

今日は雲ひとつない、快晴だ。陽の光がまぶしく、目を細める。
視線を逸らしたくなるが、なぜか逸らせてはいけないように思えた。

太陽の中に、なにかがいるような気がした。
さらに目を細める。確かに、なにか影のようなものが動いた。
その影はどんどん大きくなり、翼を大きくはばたくのが、はっきり見えた。

リサコは太陽を指差し、大声を上げた。

「大変! フェニックスが、もう一匹いる!!」
295 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:36
リサコの声に、サキも頭を上げた。影はさらに大きくなっていた。

「違う、あれは…」
「キャァー!!」

ユリナの叫び声が聞こえ、ふたりは慌てて顔を戻した。
フェニックスが彼女に襲いかかろうとしていた。
サキはすぐに弓を構えたが、若鳥を置いて
逃げようとするユリナと重なり、放つことができない。

危ない、と思った次の瞬間、空から影が舞い降りて
フェニックスとユリナの間に割って入った。

「フェニックスじゃない!」

リサコはそう叫んだ。

ワシの様なクチバシと鋭い目以外は、鳥類の特徴を持ち合わせていなかった。
大きな翼は鳥というよりコウモリのようだ。
大地を踏みしめる足とは別に、鋭い爪を持った腕がある。
肌に羽毛はなく、黒光りしている。

「ひょっとして、スパイシージャック!?」

リサコは昔見た書物の挿絵を思い出していた。
それはドラゴンやゴーレムなど、伝説の魔物や
とてつもなく強い魔物を紹介した書物。
そこに載っていたスパイシージャックにそっくりだ。

スパイシージャックは半身になってフェニックスとユリナに視線を巡らせた。

睨みつけられた瞬間、ユリナの身体が地面に倒れこんだ。
そのまま気を失い、動かなくなった。
296 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:37
「クマイちゃん!」

ユリナを助けなければ。身体が勝手に反応していた。

「リサコ、ダメ!」

サキが制止するのも関わらず、リサコは走り出していた。
危険を顧みず、ユリナの上に覆いかぶさる。

頭を上げスパイシージャックを見上げる。
すぐ側に大きな鋭い爪があった。
あれで掻かれたらひとたまりもないだろう。

が、スパイシージャックは一瞥をくれただけでフェニックスに身体を向けた。
フェニックスが鳴き声をあげる。

スパイシージャックの足の間から
フェニックスが襲い来るのが見えた。
だが、スパイシージャックは難なく
フェニックスの翼を掴むと地面に叩きつけた。

起き上がろうとするフェニックスの頭を踏みつける。
なおも抵抗しようとするフェニックスの翼をねじ上げた。

動きを封じ込まれたフェニックスは
怒りのこもった目でスパイシージャックを睨みつけたが
すぐに若鳥に視線を落とした。

リサコにはフェニックスが泣いているように思えた。

それをあざ笑うかのように、スパイシージャックはケケケと声を上げた。

ケケケ──どこかで聞いたことのあるような、いやらしい笑い声だった。
297 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:39
ユリナを助け出すチャンスだったにも関わらず
リサコは固まったまま動けなかった。

スパイシージャックは、すでに抵抗できないフェニックスを
弄ぶようにさらに翼をねじ上げた。

そして足に力を込める。もうほんの少し、踏み込めば
フェニックスの頭は砕ける。

そんなの、見たくない。リサコは瞳をぎゅっと閉じた。

「ミント、そこまで!!」

サキの声が響いた。リサコは顔を上げた。
サキを見やる。スパイシージャックに照準を合わせている。

次にスパイシージャックに視線を移す。
サキを忌々しそうに見つめている。
うなり声を上げ、見せ付けるようにしてフェニックスの翼を締め上げた。

「いい加減にしないと撃つよ、本当に撃つよ」

悪戯っ子を諭すような、それでいて力強く、サキが言った。

スパイシージャックは威嚇するようにサキを睨みつけたが
フェニックスに視線を落とすと、足の力を抜いた。

「リサコ、クマイちゃんをこっちに」
「えっと、あのっ、ミントって…」

当然の疑問を口にしたリサコだったが、いいから早くと促され
ユリナの身体を引きずりサキの元まで戻った。
298 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:40
「さあ、アンタの好きなクマイちゃんはもう大丈夫だから。そこを離れな」

だがスパイシージャックは動こうとしなかった。
サキに視線を向けたまま、再び足に力を込めようとする。

「リサコ、クマイちゃんの頭叩いて」

囁くようにサキが言った。
目を醒まさせるために、頬を叩くならわかるが
頭を叩くなんて聞いたことがない。
かえって逆効果になりそうだ。

「えっ、なんで?」
「いいから、軽くでいいから叩いて。ポンって叩いて」

訳もわからず、リサコは「クマイちゃんゴメン」と呟いて
ユリナの頭を平手で叩いた。ペシッと乾いた音が響く。

するとスパイシージャックがフェニックスを押さえつけたまま、身を乗り出した。
リサコに向かって恐ろしい表情で唸り声を上げる。
リサコは小さく悲鳴をあげ身体を引いた。

「言うこと聞かないと、クマイちゃんが酷い目に遭うよ。
 このコ、可愛い顔して手加減知らないんだから。いいの?

──キャプテンが叩けって言ったんじゃん。

リサコは困惑した表情でサキを見上げた。

スパイシージャックはサキを睨みつけた後、リサコを忌々しそうに見つめた。
そしてフェニックスに視線を落とし、最後にユリナに顔を向けた。

ようやく観念したようだ。フェニックスの頭から足をのけ
掴んだ翼を投げつけるようにして離した。

フェニックスはすぐさま反撃しようとしたが
スパイシージャックが大きくはばたいたため
その突風に身動きが取れなくなった。

スパイシージャックは颯爽と飛び立ち、現れたときと同じように太陽の中に消えた。
299 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:40
 
300 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:42
リサコたちはユリナの身体を抱え、すぐに身を隠した。
親鳥が若鳥を無事巣の中に戻すのを確認し、そっと山を降りた。

大きなユリナを背負うサキの姿が可笑しかったが
リサコはとてもではないが、笑う気になれなかった。

途中、目を醒ましたユリナが、アイツだ、またアイツが出た
と言って子供のように泣きじゃくった。

大丈夫だから、化け物はウチらが退治したからと、サキが宥める。
雛はちゃんと親鳥が巣に返したから心配しないでいいよと言うと
雛じゃないよ若鳥だよと反論しつつ、ユリナは平静を取り戻した。

山を降りると大騒ぎになっていた。
仔細はわからなかったが、山開きは延期、山に残されたフェニックス親子は
地元の猟師が監視しつつ、他に残ってる個体がいないか、探ることになった。

膨らんだお祭ムードが、一気に萎んでいった。
意気消沈し、肩を落として帰っていく人たちを目にし、リサコは

「やっつけちゃえばいいのに。そしたら、山開きできるのに。
 だってさぁ、それがハンターの仕事じゃないの」

そうサキに尋ねたが、フェニックスは里に下りてきて悪さをするじゃなし
小型の魔物や害獣をエサにしてるので、そういう訳には行かないのだと答えた。

「なんでもかんでもね、駆除すればいいってもんじゃないんだよ」

──それともあの時、アタシがミントを止めなかった方が、良かった?

そう問われれば、首を横に振るしかなかった。
スパイシージャックが足に力を込めた瞬間を思い出すと
背筋に冷たいものが走った。
301 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:44
「そういえば…」リサコには大きな疑問が残されていた。
サキが「ミント」と呼んだ、スパイシージャックのことだ。

ユリナが部屋で飼っていた悪魔の様な小さな魔物もミントという名だった。
この二匹に、なにか関係があるのだろうか。
仮にあるとして、スパイシージャックが現れたときの
ユリナの怯えようはなんだったのか。

彼女はその姿を見て、卒倒したのだ。

「だいぶ前なんだけどねぇ、クマイちゃんとふたりで旅したことがあるんだ」

サキはリサコの疑問には答えず、昔話を切り出した。

魔術も使えず、これといった武器を携えるているわけでもないのに
ひとりで旅するユリナに、他の面々は心配を通り越して興味を抱いていた。
熊を倒すという話も、そのころに出た冗談らしい。

そこで、行き先が一緒だと偽り、サキが着いて行く事にした。

「それ、さっき訊いたよ。あれでしょ、すっごい魔物に襲われて
 二人組のハンターかなんかに、助けてもらったって話でしょ」

リサコがそう言って人差し指を向けると、サキは苦笑いを浮かべた。

「それねぇ、実を言うと逆なんだよね」
「逆!?」

リサコは腕を下ろし、肩をすとんと落した。

サキが言うには、事件はユリナが馬車から離れた時に起こったらしい。
そのころはミント──小さい悪魔の様な方──も一緒に旅していたそうだ。

馬車でユリナの帰りを待っていると
突然、荷台からミントが飛び出し森の中へと消えていった。
302 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:45
サキもミントのことはあまり得意ではなかったのだが
ユリナの大切なペットだ、放っておくわけにも行かず、後を追った。

すると道中、髭づらで甲冑姿の二人組の男とすれ違った。
かなり慌てた様子で、一人目はそのまま通り過ぎたのだが
二人目がいきなり剣を突きつけてきた。

「やい、金目の物を置いていけ!」

震える声で言った。
山賊がよく出る辺りだと訊いていたので、慌てることはなかった。
むしろ、こんなへっぴり腰で山賊が務まるのか
心配になったのだとサキは言った。

「放っておけ。さっきの化け物がまたでたら、どうするんだ」

もう一人の男がそうはき捨てた。しばらく迷っている様子だったが
その言葉に従うことにしたようで、舌打ちを残して立ち去っていった。

化け物という台詞に、サキの胸は騒いだ。
男たちが来た方に急いで向かう。

「そしたらね、いたの。倒れているクマイちゃんと
 覆いかぶさるようにしてるスパイシージャックが」

サキはすぐさま弓矢を構えた。
指が震えて狙いが定まらなかったよ、と当時を振り返る。
スパイシージャックなどという、大物を相手にしたことなどなかったのだと。

ところがスパイシージャックは、サキの姿を認めると
その場でくるりと回り、身体が小さくなっていった。
303 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:47
「どんどん、小さくなっていっちゃって、最後はミントになっちゃった」
「えっ、じゃあさっきのスパイシージャックは!?」

サキは微笑んで首を縦に振った。「ミントだよ、クマイちゃんの飼ってる」

つまり、ユリナを襲おうとした二人組の山賊を
スパイシージャックと化したミントが追い払ったのだ。

ところが、ユリナは目を醒ますと、恐ろしい魔物に襲われ
そこに現れた二人組の男に助けられたのだとサキに訴えた。

どう説明したものかと逡巡していると、小さくなったミントは
ユリナに姿を見せることなく、その場から消えた。

馬車に戻ると、何事もなかったかのようにミントが待っていた。
ユリナはサキにした話をそっくりそのまま、ミントにも話した。

それまではあまり好印象をもっていなかったのだが
悲しそうな顔をして聞くミントを見て
あの時ばかりは、ほんの少しだが可哀想に思ったと
サキは顔を曇らせた。

「それからだね、ミントがクマイちゃんの旅に着いて行かなくなったのは」

サキはそう言った後、ううん、と首を振った。
正確には、隠れて着いて行くようになったんだと付け足した。

大好きはユリナのことは守ってやりたい。
だが、恐ろしい姿を晒して怯えさすことはできない。

そのためには危険を事前に察知し、ユリナにわからないよう排除するしかない。
だから、共に旅することをやめ、遠くから見守ることにしたのだ。
304 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:48
「今回はね、ミントも油断したんだと思うよ」

旅から戻ってきて危険な目に遭うとは思いもしなかったのだろう。
実際、ユリナが町にいる間、ミントは部屋から滅多に出ない。
スパイシージャックの姿を人前で晒したのも
サキの知るかぎり、あの時以来、今日で二回目なのらしい。

「ふ〜ん、そうなんだ。なんか、ちょっと切ないね」

好きなのに、いや、好きだからこそ一緒にいることができない。
遠くで見つめるしかない。しかもその間、独りぼっちだ。
ユリナはもちろんのこと、遊んでくれるマーサもいないのだ。

「そう思うなら、ミントのことも可愛がってあげてね」

「うん」リサコは大きく頷いた。が、気味の悪い悪魔の姿を思い出し
「えっと…努力するよ」

「じゃ、早く帰ろう。マァさんから聞いたよ、クマイちゃんの部屋
 メッチャクチャにしたんでしょ」

そう言うとサキは駆け出した。リサコも笑顔で頷き後を追う。

「キャプテンも手伝ってよ、部屋片付けんの」

「え〜、ヤダよ。だってアタシ、ミントに恨まれてるもん」

当てていないとはいえ、ミントに向かって矢を放ったのだ。
どんな仕返しされるか、わかったものではないのだと言う。

「えっ、じゃあアタシどうなんの? クマイちゃんの頭、叩いちゃったんだよ!?」

「そんなの知らないよ!」

そう言ってサキは声を立てて笑った。逃げるように速度を上げる。
キャプテンが叩けって言ったんでしょ、なんとかしてよ
とリサコは声をあげ、サキの背中を必死で追った。
305 名前:第五話 呪縛 投稿日:2008/11/28(金) 05:48



                    ── 完 ──
306 名前:びーろぐ 投稿日:2008/11/28(金) 06:30
>>286
ワクワクドキドキしていただけたでしょうか。

>>287
今回サキは結構活躍したと思うのですがどうでしょうか?
ミヤビが地味というのは目から鱗だったりします。
貴重なご意見有難うございます。

>>288
箱の時の初レスもそうなんですが、こういう言われ方すると照れますねw
なんだか独りでニヤニヤして気持ち悪い人になっちゃいます。

>>289
この組み合わせはリアルでユリナがお姉さんになるコンビですからね。私も和みます。

>>290
お話自体に評価もらえるのは嬉しいですね。

>>291
誘導有難うございます。
個人的には読者どうしのレスはアリだと思っているのですが
読む方として見にくいかもしれません。

話が終わるかまで待つかネタバレスレに移動して議論するのが正解なのだと思います。
307 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/30(日) 21:05
まさかのスパイシージャック登場に笑ってしまいましたw
そしてキャプテン超かっけー!

第6話も楽しみにしてます!
308 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/01(月) 00:39
「ケケケ──」ってまさかカッパじゃ!?

雛に固執するのが熊井ちゃんっぽい
309 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/01(月) 21:29
前半のお話と後半のお話の活躍っぷりに、サキちゃんサイコーです!
310 名前:287 投稿日:2008/12/02(火) 00:19
ここのサキちゃんは、基本的にカッコいいので、今回の活躍が見れてうれしいです。

自分もモモ推しではあるのですが、モモは一応2話で活躍したので、ミヤがまだかなぁと。

モモの活躍も見たいので、頑張ったモモを助けるカッコいいミヤなんて展開いかがでしょう。
311 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/02(火) 05:59
怯えるクマイちゃん可愛いなぁ
でもちょっと切ないね
今回も楽しませていただきました
ありがとうございます!
312 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/02(火) 12:30

キャップの活躍いいですね、珍しいです!流石ダンス担当!

次は珍しい繋がりでモモとリサコとかの組み合わせも見たいですね!
313 名前:河童好き 投稿日:2008/12/02(火) 12:34

かっ、河童!?ベリクエにまさかの河童!?
ここでももこ辺りが河童をペットという名の使いにしたらナイスな展開!!
314 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/03(水) 20:20
>>310=>>312=>>313
いいかげんにしろ

作者さん、スレ汚し失礼しました
いつも更新楽しみにしてます
315 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/08(月) 13:02

いい加減にするのは>>314の貴方では?

注意の仕方も悪いし上記の方々はあくまで感想の範囲でコメントしていると思いますし、>>291さまの忠告を読まれた方が良いですよ?見るに耐えないので。

まるでゲームをしているようにわくわくするアンリアルもの、いつも有り難うございます。
316 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/08(月) 16:19
>>315
それはあなたも同じですよ
これ以上は荒れるのでもう打ち止めで
317 名前:びーろぐ 投稿日:2008/12/08(月) 23:40
更新もなしでレスだけするのもどうかと思って控えていたのですが
ちょっとアレなんでコメントします。

特定のメンバーやCPを推したり活躍を希望するレスに
嫌悪感を示す作者さんが多いようですが、私は気になりません。
むしろ、そういうのも含め、たくさん感想を頂けると嬉しいです。

ただ、先々のストーリーは決まっているので
反映させることは難しいです。その点はご理解ください。

常々、気軽に感じたことを書いて欲しいと思ってます。
ですが、掲示板形式の場合、どうしても他の読者さんの目に入ります。
最低限、そのことを意識して感想を書いてください。

他の読者さんも、明らかな悪意がある場合以外は
あまり騒ぎ立てないよう、お願いします。

この件に対するレスは不要です。
どうしても、という方は案内板の雑スレか語るスレ辺りにでも書いてください。
ネタバレスレに書いて頂ければ、コテでレスします。
318 名前:びーろぐ 投稿日:2008/12/08(月) 23:41
>>307
当初は違う魔物だったのですがよろセン観て変更しました。
喜んで貰えたようで良かったです。

>>308
ぽさが伝わって良かったです。ちょっとしつこいかなと思ったのですが。

>>309
後半はともかく、前半の活躍ってなんでしょうか。
チナミを再起不能にしたことかな?

>>310
元々、ミヤビがカッコいい担当になるはずだったんですが、なぜかこうなりました。
モモコやミヤビは次回活躍する…かもしれないので、楽しみにしていてください。

>>311
狙って切ない話や泣ける話を書ける人でないので伝わって良かったです。

>>312
キャップという名称は定着するのでしょうか。
今更クマチョとか出せないですし、ちょくちょく呼び名を変えるのは勘弁して欲しいですね。
フルーティーズは登場する予定があるので、気長にお待ちください。

>>313
河童は出す予定ありませんが、河童な人はそのうち登場しますよ。

>>314-316
レスが遅れたため、混乱を招きました。申し訳ありません。
配慮を感謝します。
319 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/09(火) 02:22
作品同様落ち着いた対応に舌を巻きました、まぁ推しとか絡みとか関係なしに他の話では主要には剰りならない人物が出番あるとおぉっと感嘆を漏らしますけど
あとは噂の河童な人がどう話に関わるのか期待値高いです。
320 名前:びーろぐ 投稿日:2008/12/29(月) 23:56
>>319
ベリはラジオで色々なからみが聴けるので想像しやすいです。
今回、河童な人は登場しませんが、他の人が出るかもしれませんよ。

と、いうことで今年最後の更新です。皆さん、良いお年を!
321 名前:第六話 投稿日:2008/12/29(月) 23:58
「ホントに来た?」

耳元で囁かれ、ミヤビはしっかりと頷いた。
もっとも、月光りもなく、辺りは暗闇に包まれているので
相手に意思が通じたどうかは定かでない。

が、チナミはそれ以上なにも訊かず、隣でじっと息を潜めている。
長い付き合いだ。沈黙がなにを意味するのか、察したのだろう。

日中降り続いた小雨のせいか、草の濡れた匂いが仄かに香る。
唾を飲み込むとやけに苦い。隣からも喉の鳴る音が聞こえ
チナミも緊張してるんだと思うと可笑しくなった。
そんなに、難しい仕事じゃないのに。思わず頬が緩む。

空気が揺れる気配がした。ガサッと草を踏みしめる音が聞こえる。
不意にチナミの身体が離れるのを感じた。
ミヤビも素早く反対側に回り込んだ。

が、次の瞬間、派手な音がしたかと思うと「イテ!」と小さな声が聞こえた。
それまで感じていた気配が、突如消える。

──あのバカ、なにやってんの!

ミヤビは胸の内で舌打ちした。動きを止め、改めて気配を探る。
息を潜め、五感を研ぎ澄ます。

一陣の風が吹き、木々がざわめく。
それに反応したのか、空気の流れとは違う方向に、なにかが動いた。

相手はすでにこちらの存在に気づいている。
モタモタしてたら好機を逸する。ミヤビは躊躇うことなく駆け出した。
322 名前:第六話 投稿日:2008/12/29(月) 23:59
気配を感じていたのは、わずかな間だ。
が相手はゴブリン、気配を消したまま動き回るなどという芸当はできない。
ひとところにとどまり、息を殺して怯えてるに決まっている。
ミヤビは迷うことなく、先ほど気配のした場所に昆を突きたてた。

「ちょ、タンマ!」

声と同時に気配が甦る。チナミだ。気づいた時にはもう遅い。
なんとか昆の軌道を逸らせるが、勢いのついた身体は停められない。
激しくぶつかり、ふたりして地面に転がる。

「痛ぁい!」
「ミヤ、酷い!!」

こんがらがり立てないでいる内に
「ウゴ」と声をあげゴブリンの気配が遠ざかっていった。

尻もちをついたまま、呆然とそれを見送る。
チナミが呪文を唱え、掌の上に光の玉を載せた。
憔悴しきったふたりの顔が、ぼんやりと浮かび上がる。

「もう、逃げられちゃったじゃん。どうすんの」
「ミヤのせいでしょ、なんでチナミとゴブリン間違えんの!」

確かに、気配を取り間違えたのはミヤビのミスだ。
だが、確認してからでは遅い。イチかバチか賭けるしかなかった。

「だいたいさぁ、チィが転ぶからいけないんでしょ。
 あれでゴブリンに気づかれちゃったんだから」

「しょうがないじゃん、石につまづいたんだからさ」

ハンターの癖に、石に気づかないなんてどんだけだよ、とミヤビは悪態をついた。
323 名前:第六話 投稿日:2008/12/30(火) 00:00
「それに、こっから向こうはチィの持ち場でしょ
 なんで気づくの遅いの」

「そんなこと言ったらさぁ、昨日なんてすぐ側通ってんのに
 ミヤ気づいてなかったじゃん。また居眠りしてたんじゃないの」

「き、昨日のことは関係ないでしょ。そうだ、チィだってだいぶ前に
 朝まで眠ってたことあったじゃん。たまたま捕まったからよかったけど」

「それこそ、今は関係ないじゃん!」

激しい言い争いの後、しばらく睨みあっていたが
どちらからともなくプイと顔を逸らした。

すんでのところで取り逃がすなんて、とんだ失態だ。
これなら、ひとりの方が良かった。
帰ったら、キャプテンにチナミを外してもらうように言おう。
ミヤビがそんなことを考えていると

「こんなんだったら、チナミひとりで来れば良かった」

と呟く声が聞こえた。文句を言ってやろうと振り向いた瞬間
遠くから「ブギャー」と絹を裂くような叫び声があがった。
ふたりは思わず顔を見合わせた。

「今の、あれ」チナミが人差し指をつき立てた。
「うん」ミヤビは頷いた。「行ってみよう」

光の玉を片手に声のした方に向かう。
そこにあったのは、厩舎の側に張った罠に掛かった、ゴブリンの姿だった。
324 名前:第六話 投稿日:2008/12/30(火) 00:01
 
325 名前:第六話 投稿日:2008/12/30(火) 00:02
武器屋のカウンターに向かい、チナミは誇らしげに三本の指を立てた。

「なんだと思う?」

店番のマーサに問う。なにが、と顔をしかめる彼女に
無言のまま腕をブンブン振って、三本指を見せ付ける。

「わかんないよ、それじゃあさぁ」
「三日だよ、三日」
「だから、なにがよ?」

マーサは苛立ちげに返した。なにが言いたいのか、まったく伝わってこない。
横からミヤビが現れ、カウンターに手を突き身を乗り出した。

「あのね、ウチらがゴブリンを捕まえるのに掛かった日数」
「そう、その平均。それが三日」

近ごろの大規模な開発のせいで、里にゴブリンが現れることが多くなっていた。
当然のことながら、駆除の依頼が増えている。

サキは依頼主との打ち合わせや事後処理などの雑用もあり
リサコは薬屋の手伝いが本業なので
自然とチナミとミヤビのふたりが現場に出ることが多い。

そして、このふたりでの成績が、ここ最近いいのだ。

「掛かるの待ってたら、キャプテンの身長がクマイちゃん超えちゃう」
とチナミの創る罠が揶揄されていたのも今は昔
直接捕縛するのも含め、平均三日で解決している。
326 名前:第六話 投稿日:2008/12/30(火) 00:04
「なんかさ、リサコが来てからだよね、調子いいの」

そう言ってミヤビがカウンターの中を覗きこんだ。
薬屋で調合をしていたリサコは、初めキョトンとしていたが
ミヤビに「ねっ」と微笑まれ、そんなことないよと
恥ずかしそうにうつむいた。

「そういや、あれだよね、初めてオリーブ畑に行った日に
 いきなりゴブリン捕まえちゃったんだよね」

マーサが言うと、ミヤビもそうそうと頷いた。
チナミと初めて行った時もそうだ。その日の内にグールを捕えている。

「違う、違う。関係ないよ」

首を振り否定するリサコだったが、褒められるのは
満更でもないようで、顔がにやけている。
リサコ凄いねと、マーサとミヤビは感心しきりだ。

「でもさ、オリーブ畑はそうかもしんないけど、他は関係なくない?」

気分良くまとまり掛けていた話を、チナミが混ぜ返した。

「グールん時はリサコなんもしてないし、他はウチとミヤでしょ」

リサコが唇を尖らせチナミを睨みつける。
ミヤビがなにか言おうと口を開きかけた。
リサコの表情が明るくなり、彼女に視線を移す。

「確かに、確かに。最近いいのは、ウチらふたりだもんね」

リサコの口が大きく開かれた。その表情のまま、うな垂れる。
327 名前:第六話 投稿日:2008/12/30(火) 00:05
「でも…」次に口を開いたのはマーサだ。
リサコは顔を上げ、期待のこもった瞳で彼女を見た。

「リサコが来てからさぁ、店の売り上げも…売り上げはあんま変わんないか。
 まあ、にぎやかになって、雰囲気よくなったっていうか」

「人数増えてんだから、にぎやかになんの当たり前じゃん」

マーサを指しながら、チナミがはき捨てるように言った。
隣でミヤビもそうだよねと首を縦に振った。
しばらく考えを巡らせていたマーサだったが

「やっぱ関係ないね」

と呟いて苦笑いを浮かべた。

マーサの擁護も不発に終わった。
リサコの頭が、紐の切れた操り人形のように、ガックリ落ちた。

「だからね、凄いのはウチらだよね!」

チナミは片手を腰にやり、もう一方の手をミヤビの肩に回した。
ミヤビも頷きながら親指を立てマーサに向けた。

「そう、名コンビだね」

チナミはその言葉を聞いて、腰に当てていた手を挙げた。

「そう、名コンビ!」そして人差し指を天に向けて伸ばす。

「スッペシャルだね!!」
328 名前:第六話 投稿日:2008/12/30(火) 00:06
 第六話 ──スッペシャル ジェネレ〜ション──
329 名前:第六話 スッペ 投稿日:2008/12/30(火) 00:07
「聖都が推し進める『百年計画』の一環で、この付近にも
 新たな街道が開通しました」

大きな屋敷の前に立ち、サキがそう説明すると
隣に立った紳士は無言のまま頷いた。

「結果、山深くに生息していた大型の肉食獣や魔物が
 近隣の山中に移ってきました。
 その為、生存競争に負けたゴブリンなどの弱い魔物が
 棲み処を追われ、町にも出没するようになったのです」

ここのところ、何度となく口にしたセールストークは淀みなく
彼女自身、本当に理解しているのかどうかわからない

「まあ、逆に考えれば彼らこそ、乱開発の犠牲者なのかもしれません」

という一文で締めくくられた。

それを聞いていた紳士も、真剣に耳を傾けていたか、怪しい。
機械的に頷くだけで、彼の視線は常に、庭の立ち木の側で中腰になり
地面を観察するチナミとミヤビの姿に向いていた。

「私も遠い昔に計画された開発が、今の時代になって
 どれほど必要なのか、疑問に思うことがあります」

紳士はそう言って、地面を探るふたりに向かって歩き出した。

「ですが、私も家族を持つ身、まずは可愛い子供たちを
 守ってやらなければならない。わかってもらえますかな」

サキも真摯な表情で、後を追う。

「わかります、仰るとおりですね」
330 名前:第六話 スッペ 投稿日:2008/12/30(火) 00:09
「これはサクラという木で、長男が生まれる際に
 異国より苗を取り寄せました。
 我ら家族にとって、大切な木なのです」

もう十日もすれば美しい花を咲かせるのだという。
だが、小さな芽をつけた枝が、無残にも折れている。

「どう?」

屈んで地面に目をやるふたりに、サキが尋ねた。

「間違いないね」
「うん、間違いない」

ふたりしてそう呟くと、チナミが立ち上がり振り向いた。

「これは、ゴブリンの足跡です」

きっぱり言い切って地面を指差す。ミヤビも身体を起こした。

「向こうからずーっと続いていて、あそこで途切れてますね」

そう言って庭の端から端を指した。
やっぱり、としたり顔でサキは頷いた。

「あの塀を越えていったということですか」

紳士が首を傾げた。
屋敷には高い塀が巡らされており、人間でも容易に越えることはできない。
小さな身体のゴブリンには難しそうに思えたが
想像以上に身軽で、軽々と飛び越えるのだとサキは応えた。
331 名前:第六話 スッペ 投稿日:2008/12/30(火) 00:10
「それでは、貴女がたにお願いすることにしましょう」

紳士が言う。三人は並んで姿勢を正し
ありがとうございますと頭を下げた。

「よし、やるか!」

肘を横に張り胸を張るチナミに「オー!」とミヤビが応える。
作業を始めるふたりを残し、サキは紳士と共に屋敷に入った。

報酬や期間、監視場所として二階のバルコニーを
提供してもらうことなど決め、再び庭に出る。

すると、作業をしているはずのチナミとミヤビが
テラスの椅子に腰掛け、のんびりしていた。
サキらの姿を目にし、慌てて立ち上がる。

「もう、なにやってんの!」

依頼人の前でサボるなど、もっての外だ。
信用問題に関わる。サキはふたりに駆け寄った。
だがチナミは笑顔で答えた。

「えっ、なに言ってんのキャプテン」
「もう終わったよ」

ミヤビが庭を披露するように手を広げた。
見ると魔法陣が三つ、侵入して来たと思われる辺りと木の下
それに足跡が消えた塀の辺りに張ってある。

「それと向こうもだよ」

チナミが指差す。
行ってみると玄関を回りこんで反対側にも一つあった。
332 名前:第六話 スッペ 投稿日:2008/12/30(火) 00:11
「えっ、こんだけ? 大丈夫なの」

足跡があったといっても、それは昨夜の侵入経路でしかない。
他から入られることも考えられる。

「大丈夫、ちゃんとふたりで外も見てきてるから」

そう言ってチナミは自分とミヤビの胸を指した。

屋敷は高台に立っており、北側からは侵入できない。
西側の裏道は坂になっていて
登りきったところでないと、塀を越えられない。
東側は中央の門扉に向かって塀が高くなるデザインとなっており
やはり一番低いところからでないと越えられない。

南側は森で、木を伝えばどこからでも侵入可能だが
これは夜通し監視することで、カバーする。

「ねっ、完璧。パーフェクト!」

自信たっぷりにチナミが言う。

「ウチら、名コンビだもんね」

ミヤビがチナミの肩に手を置き、もう一方の手で互いの顔を指す。
最近、実績を上げていることから
いい気になってるのではないかとサキは表情を歪めたが
そんな心配を吹き飛ばすように、チナミは笑顔で頷いた。

「ウィ、ア、スッペシャル、コンビ!!」
333 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/30(火) 00:25
リアルタイムで読めました!
来年も楽しみに待ってます
334 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/31(水) 02:13
今年は作者さんの小説がきっかけでBerryzに興味を持った年でした
来年も素敵なBerryzの小説を楽しみにしてます
ではよいお年を!
335 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/06(火) 03:37
監視はその夜から始まった。
毛布に包まり寝息を立てているチナミの隣で
ミヤビは暗い森を見下ろしていた。

ふたりいるおかげで、交代で仮眠が取れる。
一方に別の仕事が入ればひとりで見張らなくてはならなくなるが
このところゴブリン退治ばかりなので
昼夜逆転の生活にも幾分慣れた。

「う〜寒い、寒い」

そう呟いて襟を合わせる。
春になって日中はかなり過ごしやすくなったが
それでもまだまだ冷え込む夜もある。今日はそんな日だった。

差し入れのブドウ酒を喉に流し込む。
頬にほんのり赤みが指した。

がさりと物音がした。一瞬、緊張が走るが
すぐにその正体がわかり、ミヤビは頬を緩めた。

チナミが寝返りを打ったのだ。
しょうがないねと言いながら、ミヤビはずり落ちた毛布をかけ直し
チナミの肩をやさしくポンポンと叩いた。

肩に手を置いたまま、正面に顔を向ける。
とその時、またも物音がした。
今度は隣からではない。階下からだ。

なにやら扉が開くような音だったが、夜遅い上に
ゴブリンが出没するのだから家人が外に出た可能性は低い。
336 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/06(火) 03:39
光の玉を取り出し、バルコニーから身を乗り出す。
気づかれないよう、光量を下げているので照らされる範囲は狭い。
庭を順に照らすが、音の正体は見つからなかった。

真下のテラスで、動く気配がした。手摺を掴んで覗き込む。
姿は見えなかったが、なにかを引きずるような音が聞こえ
突然椅子が宙を舞い庭に転がった。

間違いない。どこから侵入したのかわからないが
ゴブリンが現れたのだ。急いでチナミを起こす。

「なにぃ」

寝ぼけたような声を上げるが、真剣な表情のミヤビを見て
すぐに事態を把握する。音を立てないようにして起き上がる。

「出たの?」

ミヤビは黙ったまま頷いた。
並んで手摺を掴み身を乗り出す。

「どこ?」
「この下」

そう言ってミヤビは人差し指を下に向けた。

鼻の下を伸ばしチナミは頭を手摺の外に出した。
ひとつ頷く。彼女も気配を感じたようだ。

「うん、なんかいるね」
337 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/06(火) 03:41
突然、小さな影が眼下から飛び出した。
一直線にサクラの木に向かって走る。

ゴブリンだ、間違いない。

チナミが呪文を唱えながら杖を振った。
好成績のおかげで、サキから買うことを許された新しい杖だ。
以前から使いたかった魔術の印が刻んである。
振り切ったと同時に、稲光が走った。

が、雷はゴブリンにではなく、サクラの木に落ちた。
いきなり目の前の木が燃え上がり、ゴブリンが硬直する。

「ちょっと、なんでここで雷の呪文!?」

そう言いながらミヤビは手摺に足をかけた。

「だってぇ…せっかくだから、使いたかったんだもん」
「消して、早く!」

氷の印が刻まれた杖を探すチナミを残し
ミヤビはバルコニーから飛び降りた。

炎に包まれた木を呆然と見つめるゴブリンに向かって駆ける。
昆を突き出すが、寸前に気づかれ避けられる。
側頭部を昆がかすめ、ゴブリンの体毛が宙を舞った。

だがミヤビは慌てない。次の一手で確実に仕留められる。
が、昆を突こうとした瞬間、背中に焼けるような痛みが走った。

なにが起こったのかわからないまま、その場に倒れこんだ。
338 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/06(火) 03:42
「ちょっと、ミヤじゃま!」

振り返るとバルコニーの上からチナミが
そこをどけという風に手を振っていた。
彼女が放ったブリザードが、ミヤビの背中を直撃したのだ。

「チィのバカ! ウチのこと殺す気!?」

魔力が強いせいもあって、チナミのブリザードは
冷たいというより痛い。むしろ熱いと感じるほどだ。
背中をさすりながらミヤビはうめき声を上げた。

だが、いつまでもジッとしてられない。
小さな後姿が遠ざかる。
ミヤビは渾身の力を込め立ち上がった。

ゴブリンは屋敷の裏へと向かっていた。裏通りは坂道になっており
侵入は登りきったところからでなければできないが
敷地内からみた塀の高さは均一で、どこからでも脱出可能だ。

ゴブリンが塀に向かって跳躍する。
ミヤビはとっさに昆を投げつけた。

当たりこそしなかったが、頭上を通過する昆に驚き
ゴブリンは塀を飛び越えることができず、方向を変えた。

屋敷の裏まで回ったところで飛び込んできた光景に
ミヤビは自分の目を疑った。思わずヤバイと呟く。

炎に照らされた裏門の扉が、開いていたのだ。
339 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/06(火) 03:45
塀にぶつかって転がった昆を掴む。
裏門を今まさにくぐろうとするゴブリンに投げつける。
が、昆はゴブリンまで到達せず
なぜか空に跳ね返ってミヤビの額を直撃した。

「キャー! なにこれ」

痛がっている暇はない、ゴブリンを追わねば。
ミヤビは駆け出した。だがなにかにぶつかり尻餅をつく。
自分のいる場所、それは罠の中だった。

「キー、キーどこ!?」

空を見上げ月を探すが、塀か屋敷の陰になっているのか
どこにも見当たらない。
松明など灯りに照らされてもできることを思い出し
燃え上がるサクラの木の方向に向かって駆けた。

「あった!」

指をキーに添えたとたん、辺りは闇に包まれた。
キーが消滅し、境界線を越えようとしていたミヤビは
またも頭をぶつけその場に倒れた。

「ミヤー! 火ィ消えたよぉ!!」

バルコニーからチナミが手を振っていた。
その能天気な声に、ミヤビは舌打ちした。
身体のあちこちが痛い。今日はなんて日だ。

ゴブリンが逃げていった方に目をやる。
もう今からでは追いつかないだろう。
闇の中で門扉が軋んだ音を立てながら揺れた。
340 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/06(火) 03:45
341 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/06(火) 03:47
「もう、なにやってんの!!」

サクラの木の下でサキに怒鳴りつけられ
ミヤビとチナミは身体を縮めた。

なんとか全焼は免れたものの、今年は花を愛でることは無理だろう。

「貸して!」

サキはチナミの手から杖を奪い取った。
チナミはなにか言いたそうに口を開いたが
結局なにも言えずサキの行動を見守った。

「こんなもの、こうしてやる」

短剣を抜き、杖の表面に滑らせる。
チナミのつぶらな瞳が目一杯、開かれた。
開いた口がさらに大きく、顎が外れるのではと思うほど開いた。

はい、と言ってサキは杖を突き返した。
チナミの手元に戻った杖は、雷の印が削り取られていた。

「高かったんだよ、これ…」

「高かろうが安かろうが、あんな危険な魔術
 使わせるわけにはいかないでしょ!」

泣きそうになるチナミに、サキが大声をあげた。

杖に刻める印の数は限られている。
そして削り取ったからといって新たに刻めるわけではない。
愛おしそうに杖を抱くチナミに、サキはふんと鼻を鳴らした。
342 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/06(火) 03:48
屋敷から紳士が姿を見せた。
サキがすぐに駆け寄り、何度も謝罪の言葉を繰り返す。
紳士は困惑気味の表情で、手で制した。

裏門は一々施錠すると出入りに不便だということで
日ごろから開放されていたようだ。
使用人が勝手にやらかしていたことらしく
つい先ほどまで屋敷の中から

「ゴブリンが侵入するのをわかっていて、なんたる不始末だ」

と怒鳴る声が聞こえていた。

サキと紳士が並んで前まで来たところで
ミヤビとチナミは、謝罪と共に頭を下げた。

「まあ、家の者が無事でしたから、良しとしましょう。
 お約束どおり、今後も貴女がたに任せます」

後ろ手を組み低い声を響かせる。
裏門の鍵が開いていたのは依頼主のミスだ。

それに門周辺は使用人によって踏み荒らされており
ゴブリンの足跡は残っていなかった。
痕跡を見つけられなかったといって
チナミらを責めることはできない。

その点で紳士も強くは出られないのだろう。
木を見上げ長いため息をついた。
343 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/06(火) 03:50
「もう出掛けなくてはならない。昼には戻りますので
 話の続きはその後でよろしいかな」

「わかりました、それでは後ほどお伺いさせてもらいます。
 この度は、どうもご迷惑おかけしました」

サキが頭を下げる。チナミらも倣い、すみませんでしたと頭を下げた。

「もう、いいですよ。貴女たちが来てくれたおかげで
 昨夜は久々に枕を高くして眠ることができた。
 それだけでも感謝してます」

サクラの木に目をやりながら、こんなことになってるとは
思いもしなかったが、と捨て台詞を残し紳士は踵を返した。

迎えの馬車が現れた。紳士が乗り込むまで、三人は頭を下げ続けた。
馬のいななきが聞こえ、車軸が回る音がしたところで
サキが頭を上げ、ふたりに身体を向けた。

「ひとつ、言っておきたいことがあるんだけど」
「なにぃ」

頭を下げたまま、視線だけをサキに向けチナミが言った。
もう身体を起こしていいからと言われ、ふたりは上体を起こした。

「気分良く仕事してもらうのは、悪いことじゃないから言わなかったけど」
「うん」
「最近、ゴブリンが町に現れることが多くなったのね」
「えっ、知ってるよ、そんくらい」

チナミが言うと、知ってる知ってるとミヤビも何度も頷いた。
344 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/06(火) 03:52
知っていてなんでわかんないの、とサキはため息をついた。

「ここんところ、成績がいいとか言って喜んでるけど
 魔物が増えたんだから、当たり前じゃん」

対象が増えたのだから確率が上がるのは当然だ。
あまりの正論に、ふたりは声も出なかった。

「三日ぐらい前だったかな、ゴブリン捕まえた農園あったでしょ」

すんでのところで取り逃がしたゴブリンを
厩舎近くの罠で捕らえた、あの農園だ。

「昨日の夜ね、また依頼あったの。それで行ってみたら…」

以前、調査した時と同じような箇所に足跡があったのだと言う。
つまり、捕えたのは日ごろ農園を荒らすゴブリンとは別物だったのだ。

無論、農園主はそれはそれで喜んでいる。
新たな侵入者を未然に防いだのだから。

だが裏を返せば「掛かるの待ってたらキャプテンの身長がクマイちゃん超える」
という神話はまだ生きているということだ。
チナミは腕をだらりと下げうな垂れた。

「まあ、これからはもう少し謙虚な気持ちを持って
 仕事をしてください、以上!」

サキはそう言うとくるりと身をひるがえし
昼にまた来るからと言って去った。

ふたりはその場にへたり込み、虚ろな視線を絡ませて大きなため息をついた。
345 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/06(火) 03:55
 
346 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/06(火) 03:56
「よし、これで完成!」

チナミは立ち上がって額の汗を腕で拭った。
ミヤビが腰を叩きながら良く働いたねと
晴れやかな表情で空を見上げる。

太陽はすでに西に傾きかけている。
そろそろ依頼主が帰ってくるころだ。
それまでに作業が完了したことに、ふたりは胸をなでおろした。

馬車の走る音が聞こえ、ふたりは玄関の前に直立した。
門の前に停まった馬車から依頼主の紳士が降りた。
それに続き、サキが姿を見せた。

来る途中、たまたま出会って馬車に乗せてもらったらしい。

「これ見て!」

ミヤビが自信ありげに言う。
門から敷地に入ったところに、大きな魔法陣が描かれていた。
そして門柱から顔を出し中を覗くと、塀を沿うようにして
隙間なく魔法陣が敷き詰められていた。

「お昼までに仕上げないといけないと思って、がんばったんだよ」

チナミが胸を張る。再依頼を受けた農園は
一から罠を張りなおさなければならない。
午後からは借り出されるだろうと予測し、午前中に仕上げたのだ。

それにしても、とサキは呟いた。

──広い敷地にたった四つの次はこれかい。間はないのか、間は。
347 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/06(火) 03:58
「これは素晴らしい」

紳士が感嘆の声をあげた。
その反応に、チナミとミヤビは満面の笑みを浮かべた。
が、紳士は顎に手を当て、ほんの少し眉を寄せた。

「確かに素晴らしい…のですが、私どもはどうやって
 屋敷から出入りすれば良いのですか」

突然の問いに、ふたりは唖然とした表情を作った。
互いに視線を交わし、どちらが説明するか牽制しあう。
結局、負けた形でチナミが口を開いた。

「あのですね、こう、お陽さまが出る方向にキーといって
 魔法陣が途切れるところができて、そこを押さえながら…」

「それは昨日も聞きましたよ。入る時はいいが、出る時はどうするんです?」

チナミがキーを指差したまま固まる。
キーは真南からほんの少し西側にあった。
時が経つにつれ西に、つまり敷地内に移動していく。
敷地の外側、つまり東にはキーがない。
固まったままのチナミの後を、ミヤビが慌てて継いだ。

「それはですね、キーは光の射す方にできるんですね。
 なんで、松明なんかで照らせば、そこに…」

「家人には出掛ける度に松明を持たさなければならないのですか?
 それも真昼間から? 常に?」

紳士の問いかけに、ミヤビも屈んで松明を差し出す姿勢で固まった。
しばしの沈黙の後、強い視線を紳士に向け、チナミが力強く言った。

「消します、すぐに!」
348 名前:びーろぐ 投稿日:2009/01/06(火) 04:08
>>333
素早いレス有難うございます。テンション上がりますね!
今年は更新頻度を上げていきたいです。

>>334
そう言って貰えると、作者冥利に尽きます。
今後も、たくさんの人がベリに興味を持ってくれるような
作品を書いていけたらな、と思います。
349 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/06(火) 09:46
一生懸命だけどおバカな二人がわいわいがやがや頑張ってる姿がよーく伝わってきて、自然に頬が緩んでしまいます
二人とも可愛いなあ
350 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/07(水) 01:13
おバカちゃんズは佐紀&雅のはずなのにw
351 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/13(火) 05:00
薬屋の扉を開け、ふらついた足取りでカウンターまでたどり着くと
チナミは印の削られた杖を差し出し叫んだ。

「ちょっと、これ見てよ!」

なにが、と店の奥からマーサが近づいた。
髪をかき上げながらチナミの手元を覗き込み、顔をしかめる。

「なにやってんの、もったいない」
「ウチじゃないもん、キャプテンがやったの!」

マーサはそのひと言でだけで事情を察したらしく
そうなんだと呟き、店の奥で薬を調合するリサコの元に戻った。

「ねぇ、もっかい書いてよ、雷の印」
「お金、持ってんの?」
「保障期間中でしょ、ただにしてよ」
「そんなシステムないですから」

不具合が出たとかならともかく、削り取られたのは
当店の責任ではありませんと言われ
チナミは唇を突き出し拗ねた表情を作った。

「わかったよ…払うから書いて」
「サキちゃんがOKしたらね」

あのサキが赦すはずなどない。
無言のままチナミはがっくりうなだれた。
額がカウンターの天板に当たり、コツンと音を立てた。
352 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/13(火) 05:02
「どうしたの?」

隣の店からモモコが現れた。
チナミは「これ」とだけ言って杖を突きつけた。

「この前、買ってったヤツじゃん。どうだった?
 使い勝手いいでしょ」

「いいから、上のほう見てよ」

カウンターに頬杖をつき、ぶっきらぼうな声で言う。
しばらく杖を眺めていたモモコだったが
並んだ印のひとつが削られていることに気づき、声をあげた。

「えっ、どうしたの、これ?」
「雷の印があったんだけど、キャプテンが削っちゃったの」
「なんでぇ!?」

チナミは驚くモモコの顔をチラリと見上げ、すぐに視線を落とした。
暇を持て余すように指遊びをしながら呟く。

「ちゃんと練習したらさ、威力の調整だってできるようになるし
 命中率だって上げられるのに」

「ああ…練習してないのに使っちゃったんだ」

呆れ顔で言うモモコに、チナミは身体を近づけた。
昨夜からの出来事をぶちまける。
353 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/13(火) 05:03
「そりゃあさ、悪いのはチナミかも知んないけど
 削り取るなんて酷いと思わない?」

「うーん、まぁ酷いよね」

「でしょ! 自分、なんもやんないくせに
 怒ってばっかなんだから」

「そうだねぇ、キャプテン短気だもんね」

「あのさぁ…」

白熱するチナミとモモコに、マーサがため息混じりに声を掛けた。

「グチるんだったら、余所でやってくんない?
 はっきり言って、迷惑なんだけど」

はき捨てるように言うマーサの隣で、乳鉢を抱えたリサコが頷く。
ふたりともチナミによるサキの愚痴は聞き飽きたと
言わんばかりの表情をしている。

「違う、ちゃんと用があって来たの。なんかこう、疲れが取れる薬ない?」

マーサがリサコの元を離れ、薬棚に向かった。
それを合図に、チナミのキャプテン批判が再開される。
人使いの荒さから始まり、料理の腕前にまで話は及んだ。

「なんかさぁ、もうやってらんないって感じ」

伸びをするようにして体を反らし、天を仰いだ。
354 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/13(火) 05:04
マーサがカウンターに小さな包みと水の入った杯を差し出した。

「はい、滋養強壮に効く薬」
「ジ、ジヨー?」

首を傾げるチナミに、マーサが答える。

「身体が元気になって、やる気が出るってこと」

後半の説明は余計だと頬を膨らませながら、チナミは包みを開けた。
口に含み、顔をしかめる。慌てて水で流し込んだ。

武器屋の呼び鈴が鳴った。
客が来たらしい。モモコが店に戻る。

「マァ、これ苦いんだけどぉ!」

責めるような口調で言い、チナミは舌を出した。

「良薬は口に苦しって言うでしょ。ガマンしなよ」

まだ味が残ってると言いながら水をがぶ飲みする。
その様子を見ながら、リサコがイヒヒと笑い転げた。

「こんなとこに居た!」

武器屋の陳列棚の陰からカウンター越しに顔を見せたのはミヤビだった。

「どうしたのミヤ」

リサコが尋ねると、もう出掛ける時刻なので部屋に行ったら
チナミの姿がなく、ずっと探してたのだと答えた。
355 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/13(火) 05:06
「チィのことだから、どうせ寝過ごしてるんだと
 思ったら居ないんだもん。ビックリしたよ」

「なにいってんの、寝てないのに、寝過ごせないじゃん」

「えっ、寝てないの?」

屋敷から三人で戻った後、再依頼のあった農園に罠を張るため
すぐにサキとふたりで赴いたのだと説明する。

「で、今帰ってきたとこ。マァににぃ〜がい薬もらってたの」

嫌味っぽく言うチナミに、マーサは頬を歪め悪戯っぽく笑った。

「ウソ! 全然知らずにウチずっと寝てたよ。ゴメン、チィ」

同じように夜明かししていたにも関わらず
自分だけ睡眠をとっていたことに自責の念に駆られたのか
ミヤビはそう言ってチナミに向かって両手を合わせた。

「いいよ、別に」

魔力のないミヤビには罠は作れない。
ならば無駄に起きているより、しっかりと睡眠をとって
体力を温存していた方がありがたい。

「えっ、てことは今夜どうなんの、ウチがこっちでチィがあっち?」

「ううん、そっちはキャプテンが行くってさ。
 ウチもミヤも今夜はこっち」

傍で聞いていると意味不明の会話だが、つまり農園にはサキが赴くので
屋敷は昨日と同じく、チナミとミヤビとで監視するということだ。
356 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/13(火) 05:08
「じゃ、いいよ。今夜はウチひとりで行くからさ、チィは寝ててよ」
「えっ?」

ミヤビは任せてと自分の胸を叩いた。
チナミをまっすぐ見据え、しっかりと頷く。
頭を下げた一瞬だけ、瞳が閉じた。

ミヤビは昼のうちに睡眠をとっているのだし
一晩ぐらいなら任せても大丈夫だろう。

ひとりだけ休むことに後ろめたさはあったが
屋敷にしろ、農園にしろ、罠を張ったのはチナミだ。
休息を取ったって、責められる筋合いはない。

ところが、意外な人物がこの案に異論を唱えた。

「ダメダメ! 休んだりしたら、絶対ダメだから!」

モモコだった。力強い口調で、カウンターを拳で叩く。
全員が一斉に視線を送る。なにを熱くなっているのか、わからない。

「今日はキャプテンも監視に行ってるんでしょ。
 いいの、先にゴブリン捕まえられても」

強い視線をモモコから送られ、チナミは弾かれたように立ち上がった。

「キャプテンより先に、ゴブリン捕まえなきゃ。で見返してやるの!」
「見返す?」

唖然とした表情でチナミがモモコの台詞を繰り返す。
モモコは口元を引き締め頷いた。
357 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/13(火) 05:09
「そうだよ、最近よく捕まるのは、魔物が増えたからじゃないってことを
 しらら…知らしらめてやるんだよ、キャプテンに」

興奮しているせいか、舌が回らない。
使い慣れない言葉を使うからだよとマーサが呟いた。

「今夜中に捕まえて、トクさんたちが優秀だってことを
 キャプテンに知らしらしめてやるの」

「だから、知らしめてやる、だって」

マーサが訂正するが今のモモコの耳には届かない。
握り拳を振り上げ、チナミを鼓舞する。
珍しく小指が立っていない。

「いや、今夜中に捕まえられるかどうかは、ちょっと…」
「ミヤ、そんな弱気でどうすんの!」

そう言いながらモモコはミヤビの肩をバンバン叩いた。

「ちょ、痛い! どうしちゃったの、この人!」
「さあ、なんか変なスイッチ入っちゃったみたい」

マーサとリサコは揃って首をひねった。
一方、チナミは口をあんぐり開けたまま呆然と宙を仰いでいる。

──そうだよ、キャプテンより先に捕まえて
ウチらがスッペシャルなこと証明してやる。
358 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/13(火) 05:10
チナミの表情が引き締まる。
迷いのない瞳をモモコに向ける。

「モモ、ありがとう。ウチがんばる。
 ほら、ミヤ行くよ!」

チナミは大きく手を振って玄関へ駆け出した。

「えっ、ウチあんまり意味わかってないんだけど!」

武器屋の玄関とチナミの背中とを交互に見ながらミヤビが叫ぶ。
カウンターを越えチナミの後を追うか
素直に武器屋から外に出るか迷っている様子だったが
最終的に後者を選択したようで
姿を消すと同時に陳列棚越しに足音が響いた。

扉の取っ手を掴みチナミが振り向いた。

「マァ!」
「なに?」
「薬代、リサコの給金から引いといて」

乳鉢で薬草をすり潰しながら興味なさげに
会話を聞いていたリサコが顔を上げた。

「なんで!?」
「だってリサコ、チナミのこと笑ったでしょ、だから!」

そう言い残し、チナミは夕暮れの町へと消えていった。
359 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/13(火) 05:11
 
360 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/13(火) 05:15
月明かりの元、安楽椅子を揺らせながら
ミヤビは深緑に沈む森をぼんやり眺めていた。

ホーホーとフクロウの鳴き声が聞こえる。
それはゴブリンが森に潜んでいない証拠でもある。

裏門の施錠はあえてしていない。
その代わり、ひと際大きな罠を張ってある。
昨夜のように、門をくぐりゴブリンが一歩敷地に踏み込めば
その時点でゲームセットだ。

隣の影がむっくり起き上がる。

「ミヤ、代わろうか」

眠そうに目をこすりながらチナミが言った。

「いいよ、ゆっくり寝てなよ」
「…でも」
「チィは昼間一杯働いたんだから。夜は任せて」

大量の魔法陣を張ったおかげで
チナミは体力も魔力も使い果たしていた。
起きていたところで、役に立つか疑わしい。

それに敷地をぐるりと罠が囲んであるのだから
監視すること自体が不要だ。
依頼主に対するポーズでしかない。

ミヤビはそう言ってチナミを説いたが
彼女は首を縦に振らなかった。

モモコに一体なにを吹き込まれたのだろうと、ミヤビは首を傾げた。
361 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/13(火) 05:17
「もう…じゃあいいよ、一緒に起きてよ」

ミヤビはそう言って安楽椅子から降りた。
重そうに腰を上げたチナミが、代わってその椅子にどっかと腰掛けた。
椅子が前後に大きく揺れる。

反動で身体が投げ出されそうになったが
彼女は揺れるがままに身を任せていた。

ミヤビは隣の床に膝を抱えて座った。
気持ちよさそうに椅子に揺られるチナミを見て
この様子なら、結局は寝息を立てることになるだろうと首をすくめた。

顔を森に戻す。椅子が揺れるたびに軋むような音が
リズムを刻み耳に心地いい。

ところが、音はすぐに止まった。
見上げるとチナミが首をだらしなく曲げ、寝入ってる。

「しょうがないなぁ」

ミヤビは身体をよじって後ろにある毛布に手を伸ばした。
が、再び椅子の揺れる音が聞こえた。
振り返ると眠そうに目をこするチナミが立っていた。

「ちょっと…外、歩いてくるよ」
「なんで?」

ミヤビは首を傾げたが、すぐにそういうことかと頷いて立ち上がった。

これだけ罠を張ってあるのだから監視は意味がない。
それに昨日の今日だ。警戒してゴブリンが近づいてこない可能性も高い。

だったら周辺を探索した方が、よほどいいだろう。
362 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/13(火) 05:19
「チィ、頭いいじゃん」

ミヤビが言うと、目をしょぼつかせさせながら
そんなの知ってるよとチナミは呟いた。

「じゃ、早く見回りに行こう」

ミヤビはそう言ってチナミの手を引いた。
が、彼女は棒立ちのまま動こうとしない。

「見回り?」

チナミが目を細め探るようにミヤビの顔を見た。
ミヤビは黙ったまま大きく、ゆっくりと首を縦に振った。

「なにそれ?」

「えっ、ここは罠いっぱい張ってて監視してても無駄だから
 外に見回りに行こうって、思ったんでしょ?」

ミヤビは人差し指を下に向け周囲を指しながら言った。
だがチナミは難しい顔をして首を横に振る。

「じゃあ、なんで外行こうって思ったの?」

「……ただの眠気覚ましだけど」

ミヤビの目が大きく見開かれた。
そしてガックリとうな垂れる。

一瞬でもチナミを利口だと思った自分を後悔した。
363 名前:びーろぐ 投稿日:2009/01/13(火) 05:25
>>349
バカ可愛いさまが伝わって良かったです。
ある意味、このふたりは最強コンビですね。

>>350
茉麻も認めるリアルおバカちゃんズは、このふたりですから。
364 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/18(日) 00:07
リアルおバカちゃんズ最高
365 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/20(火) 05:00
単なる眠気覚ましではなく、見回りも兼ねようということで
ふたりは揃って裏通りに出た。

南に進んで右に折れれば果樹園が見える。
そこをぐるりと一周し、小さな牧場を横切り、山の麓で折り返す。

ゴブリンの行動範囲はこんなものだろうと予想しルートを決めた。

果樹園に差し掛かった辺りまできて
チナミは元気を取り戻したようだ。
上げた腕の肘に手を沿え、大きく伸びをする。

「平気? 眠くない?」
「うん。マァの薬、よく効くみたい」

凄く苦いけど、と顔をしかめる。
ミヤビはふと笑みを漏らした。

「見返してやりたいって気持ちはわかるけど
 ウチら別に競争してるわけじゃないんだよ?」

「知ってるよ、けど、なんか悔しいじゃん。
 だからキャプテンより先に捕まえんの」

ふたりでがんばろうよと言われ、ミヤビは低い唸り声をあげた。

チナミの主張は裏を返せば、サキが先に捕まえては困るということだ。
仲間として、それはなんだか違う気がした。

だが、成績がいいのは単に魔物が増えたせいだと指摘され
彼女自身、モチベーションが下がっているのも事実だ。

ここは気持ちを新たにするためにも、モモコやチナミが言うように
先に捕まえて見返してやる、ぐらいの気概を持った方がいいかもしれない。
366 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/20(火) 05:02
「そうだね、見返すってのは、ちょっとアレだけど
 ウチらが優秀だってことは、証明してやんないとね」

そうだよとチナミが満面の笑みを浮かべた。
ミヤビもそれに笑顔で返した。

が、ミヤビはすぐに真顔になり、果樹園の柵に身を隠した。
チナミも屈んで後ろにつく。

「どした?」
「向こうの道からなんか来る」

ミヤビはそう囁き、低い姿勢のまま駆けた。

四つ角までたどり着く。
果樹園に沿って道なりに、何者かが近づいてくるのが、はっきりわかった。

気配からして、それほど体格はよくない。
ゴブリンである可能性が高い。
ミヤビは振り返ってチナミの顔を見た。

まずミヤビが昆で攻撃し、かわされた時はチナミが魔術を放つ。
そして、転がったゴブリンの足元に魔法陣を創り、閉じ込める。

目だけで手はずを確認し、ふたり揃って首を縦に振る。
ミヤビは前を向いた。
367 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/20(火) 05:04
無警戒な足音が近づいてくる。もう失敗は許されない。
肌寒い夜にも関わらず、ミヤビの額に一筋の汗が流れた。

確実に仕留めるには、近ければ近い方がいい。
だが、気取られ逃げられては元も子もない。

すぐにでも飛び出したい衝動を押さえ込み
あと五歩、あと三歩、と心の中で数え
悟られないよう気配を消す。

あと一歩──そう思った時、背中に緊張するチナミの気配を感じた。

──マズイ、相手にも伝わってしまう。

考えるより先に身体が動いていた。
ミヤビは辻に躍り出ると昆を勢いよく突いた。

だが昆の先端は、対象に当たる直前で止まった。

チナミが飛び出し、杖を振りかざす。
が、そこで動きを止めた。
目を見開き声をあげる。

「えっ、ゴブリンじゃないじゃん!」

突き出された昆の先端を、寄り目になって見つめていたのは
ピンクの服を着た、小さな少女だった。
368 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/20(火) 05:05
ミヤビの額から、どっと汗があふれ出た。
先ほどの、緊張からの汗とはまったく違う。冷や汗だ。

もし、もう一歩近づくまで待っていたら
昆は確実に少女の眉間を貫いていただろう。

今日ばかりはチナミのミスに感謝しなければならない。
ミヤビは昆を引いた。

「ゴメンね、大丈夫?」

それまでぼんやり立ち尽くしていた少女が
突然しりもちをついた。

「危ない!」

ふたりは駆け寄った。
が、少女はイヤイヤをするように首を振り
すぐに立ち上がって一歩身を引いた。

チナミが膝に手を着いて目線をあわせ、笑みを作る。

「こんなところでなにしてんの? お名前は?」

少女は怯えた様子を見せながら、指を二本立てた。

「…マイ。……二…三才」
「二、三才?」

この子は自分の歳も言えないのか。ふたりは苦笑いを浮かべた。
それにどう幼く見積もっても、七、八才にしか見えなかった。
369 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/20(火) 05:07
ミヤビもチナミの隣に並び、視線を下げた。

「こんな夜中にひとりじゃ危ないよ。
 お姉さんが、お家まで送ってあげようか」

ミヤビは手を差し伸べたが、マイは伏せていた顔を上げ
大きな瞳で睨みつけるようにしてふたりを見ると
はっきりとした口調で言った。

「いい! ママがいるから」

ミヤビの手を振り払い、逃げるようにして来た道とは反対の
森に続く坂を駆け上がっていった。

「ほらぁ、ミヤが脅かすから逃げちゃったじゃん」

呆れ顔でチナミがミヤビの肩を叩く。

「だって……ゴブリンかと思ったんだもん」

深夜に子供が徘徊してるなど、想像もできない。
体格からしてゴブリンだと考える方が自然だ。

「で、どうする。追いかける?」
「マイちゃん? う〜ん…」

ミヤビは考え込んだ。母親が一緒なら心配いらない。
この辺りに大人を襲うような魔物はいないからだ。

だが彼女がそう言っただけで、姿を確認していない。
そのことだけが、気がかりだった。
370 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/20(火) 05:09
「マイやぁ〜い」

マイが来た道から声が聞こえた。
チナミが光の玉の掲げ、光量を上げた。

「ウメばあさん!」

チナミが声をあげた。
近づいてきたのは、これからふたりが向かおうとしていた牧場で
牛を飼っているウメばあさんだ。

ウメばあさんは額に手をかざし眩しそうに目を細めていたが
ふたりの姿を確認すると杖を突きながらトボトボと駆けて来た。

「おお、アンタらかい」

八十八才という歳のわりには元気な方なのだが
持病を抱えておりマーサの薬屋をちょくちょく訪ねてくる。
そのため、彼女たちとは顔見知りだった。

「腰の方はどうです、良くなりました?」
「今からそっち行くつもりだったんですよ」
「ところで、こんなとこでなにしてんです?」

矢継ぎ早に話しかけられ、ウメばあさんはおろおろした。
会話が途切れるのを待って、「それよりも」とようやく口を開いた。

「こんぐらいの、小さな女の子を見なかったかい?
 頭の大きい、こう髪をひとつ結びした、ピンクの服を…」

「マイちゃん!」

言いながらチナミが人差し指を突きつける。
ウメばあさんは口をあんぐりと開け、何度も頷いた。
371 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/20(火) 05:10
「あっち行きましたけど」

ミヤビは坂道を指差した。
ウメばあさんは「そうかい、ありがとうよ」と言って
杖を突きつつ坂道を登って行った。

「あの」ミヤビはなにやら不安を感じ、彼女を呼び止めた。
「お母さんと一緒って言ってたんですけど…違うんですか?」

ウメばあさんは振り向くと首を横に振った。

「あれは孫娘での、久しぶりに姉とふたりで訪ねてくれてな。
 今回、母親は来とらんわ」

「えっ!?」
「マイちゃん、ひとりなんですか?」

ふたりの顔から血の気が引いた。ウメばあさんが頷く。

「なんでも、お姉ちゃんが食っとったライスとかいう食べ物に
 席を外した隙に砂糖をかけたらしくての。
 派手な姉妹ゲンカのあげく、家を飛び出してしまったんじゃ」

「じゃ、早く探さないと!」

声をあげ、ミヤビは駆け出した。
ところが、チナミが動こうとしない。

「チィ、なにやってんの!」
「あれ、なんか来る」

チナミが正面を指した。揺れる明かりがふたつ、近づいていた。
372 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/20(火) 05:12
現れたのは近くの農場で働く男たちだった。

「アンタたちはハンターの…」
「こっちにゴブリンが来なかった?」

男たちは松明を掲げ言った。
「ゴブリン?」とチナミが眉を寄せる。

「ああ、ここに傷のあるヤツだ」

男が右の側頭部を前から後に撫でた。
なんでも、外が騒がしいので出てみたら
ゴブリンが畑を荒らしていたらしい。

「それって、ひょっとしたら…」

昨夜、取り逃がしたゴブリンではないだろうか。
傷は昆をかすめた時にできたものに違いない。

マイやウメばあさんが来たのは一本道だ。
ミヤビたちが通った道は、いくつか分かれ道があったが
走って逃げるゴブリンがいたなら気づかないはずがない。

「とすると、残ったのは…」

ミヤビはゆっくりとマイが走り去った坂道に顔を向けた。
道は曲がりくねっており、手前の樹木に遮られ先が見えない。

「大変、早く追いかけなきゃ!!」
373 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/20(火) 05:15
道々、男たちにマイの特徴を説明しながら先を急いだ。

「歳は…」

言いかけて後ろを向き、ウメばあさんの姿を探す。
まだ遥か後方を杖を突きながら歩いていた。
ミヤビは彼女の元まで駆け戻った。

「ウチらが探すから、ウメばあさんはここで待ってて」
「じゃが、しかし…」
「任せて。それより、マイちゃんっていくつ?」
「えーっと…二、三才じゃ」
「もう、こんなときに冗談はいいから!」

ミヤビは怒鳴り声をあげた。
だが、ウメばあさんは至って真面目顔で彼女を見上げている。

「冗談など、言っとりゃせん。マイは二、三才なんじゃ」
「はあ!? どういうこと?」
「あの子は二月の二十九日生まれでの。四年に一度、歳を取るんじゃよ」
「……」

しばらく無言のまま、ウメばあさんの顔を眺めていたが
「とにかく待ってて」と言い残し、男たちの元へ戻った。

「えっと、二才と三才の間ってことだから…たぶん、十才ぐらい」

男たちは怪訝な表情をしていたが、わかったと頷き
松明を片手に探索を再開した。
374 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/20(火) 05:16
分かれ道に差し掛かり、チナミとミヤビは男たちと別れた。

ケンカして家を飛び出しているため、名を呼ぶわけにはいかない。
逆に逃げてしまう可能性があるからだ。

周囲に建物はなく、鬱蒼とした森が広がっている。
彼女は灯りを手にしていなかった。
真っ暗な森に入って行ったとは考えられない。

もし入ったとしても、身を隠すためで
奥には進めないだろう。ふたりは道なりに進んだ。

「マイちゃん、襲われたりしてないよね」

辺りを探りながらチナミが呟く。

「襲われたら、ウチらの責任だよね」
「……」
「だってさ、昨日捕まえてれば、こんなことになんなかったんだし」
「……」
「今日だってマイちゃん、すぐ追いかけてれば…」
「もう!」

ミヤビは声を荒げた。

「なんで、悪い方にばっか考えるの!?」
「だってぇ」

チナミが気弱な声をあげる。ミヤビは彼女の手を取った。

「文句言ってないで集中してよ。
 ゴブリンでもマイちゃんでもいいから、とにかく早く見つけるの」
375 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/20(火) 05:18
不安や緊張が高まると騒ぎ立てて、それを紛らわせようとする。
チナミの悪い癖だ。

怒鳴ったり宥めすかしたりして
なんとか大人しくさせたが
それでも先を進むミヤビの後ろで

「でも……もし……どうしよ…」

などと呟いている。

魔力が高く、剣の腕も一級品なのだが
時折、精神的弱さを覗かせる。

「ねぇ、ミヤ…」

不安げなチナミの声に、ミヤビは苛立ちを募らせた。

「もう、いいからちゃんとしてくれる!?」
「違う、あれ」

チナミは光の玉をかざし、杖で森の中を指していた。
ミヤビはその先に目を向けた。

光の玉に照らされ、森の中に小さな小屋が二棟
浮かび上がっていた。

ミヤビは光を消すよう指示した。辺りが闇に沈む。
しばらくして目が慣れてくると、ぼんやりとだが
小屋が建っているのがわかった。

これなら、灯りを持っていないマイでも見つけることができたかもしれない。
376 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/01/20(火) 05:19
「行ってみよう」

ふたりは小屋に向かって走り出した。

「チィはこっちね。ウチは向こう見てくるから」

手前の小さな棟はチナミに任せ
ミヤビは奥の小屋に近づいた。

気配を殺し、扉に耳を当てる。

「ミヤ、これ開かないよ」

取っ手をガチャガチャさせながらチナミが言った。

「静かに!」

口元に人差し指を立て、注意する。
再び耳を当て中の様子を探るが、物音ひとつしない。
取っ手を掴み引いた。難なく扉は開いた。

小屋は一部屋しかなく、入り口から全体が見渡せた。
中央に四人掛けのテーブルと椅子が四脚
奥には暖炉があり、家具は洋服ダンスがあるだけだった。

「どう?」

背後からチナミが顔を覗かせた。

「誰も居ないみたい。行こ」

ミヤビはそう言って扉を閉めた。

部屋が暗闇に包まれる。
ふたりの足音が遠ざかる中、洋服ダンスが微かな物音を立てた。
377 名前:びーろぐ 投稿日:2009/01/20(火) 05:25
>>364
このふたりは色んな展開が想定できて、書いていても楽しいです。
378 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/21(水) 00:21
ウメばあさんってw
379 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/13(金) 23:30
続きが気になる><
380 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:35
しばらく進むと森を抜けた。
広がる畑を縫うように道が伸び、民家や納屋が点在していた。
深夜にも関わらず灯の燈る窓もある。

「どうする?」

チナミが訊いた。腕を組んで考え込むミヤビに

「引き返したほうがよくない?」と続ける。

ここから先は道も入り組んでおり
ふたりだけで探索するのは無理がある。
それに、この辺りで魔物が現れたという話はなく
とりあえずマイが襲われる心配はない。

「そうだね、戻ろっか」

今度は手分けして、じっくり森の中も探りながら
進むことを決め、ふたりは踵を返した。

「こんなとこでなにやってんの?」

声が聞こえ振り返る。立っていたのはリサコだった。

「リサコこそ、なにやってんの!?」

尋ねたいのはこちらの方だと、ふたりして駆け寄る。

「えっ、差し入れだよ」

リサコは笑みを浮かべ、包みを掲げた。
381 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:37
今夜はハンターが三人とも出払ってるため
マーサの部屋に泊めてもらうことにしたらしい。

疲れているであろうふたりのため
マーサが夜食を作ってくれたのだという。

「じゃあ、なんでこんなとこに居んの?」

チナミが問う。リサコはムッとした表情を作った。

「だから言ってるでしょ、差し入れ届けにきたの!」
「だって、方向全然違うよ?」
「それは…」

どうやら道に迷ってしまったようだ。
だが、今はそんなことにツッコミを入れている場合ではない。

「調度よかった。リサコ、キャプテン呼んできて!」

ミヤビが声をあげた。
理由を尋ねるリサコに、小さな子供が迷子になり
ゴブリンに襲われるかもしれないのだと告げる。

「わかった!」

それは大変だと顔を歪め、踵を返し駆け出す。
が、リサコはすぐに足を止め振り返った。

「キャプテン、今日居ないよ!」

サキは農園を監視してるため、今夜は不在だ。
382 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:38
「じゃあ、モモ!」

チナミが叫ぶ。「あばば」しながら走り出そうとしたリサコだったが

「…は、いいや!」とチナミが続けるので、再び振り向いた。

「マーサ! マーサ呼んで来て、早く!」

急かすようにチナミが人差し指を振り向ける。
リサコは唇を噛みしめ頷いた。包みを抱えたまま駆ける。

「じゃあね、ウチ先に戻ってるから、チィはマァ来んの待ってて」
「あっ、ミヤ!」

呼び止めるチナミを振り切り、ミヤビは森に入っていった。

ひとり残されたチナミだったが、ただぼんやり待っているわけにもいかない。
とにかく自分にできることを、と思い近くの庭先や畑、納屋の中などを探った。

豚小屋の窓から光の玉を差し込み、照らしていると遠くから
「ありがと」と声が聞こえた。
「リサコは危ないから家に戻って」と声の主が続ける。

マーサだ。チナミは慌てて駆け戻った。

「チィ〜! どこぉ!!」
「ここ、ここ!」

自分の名を叫ぶ声に応えながら、森の入り口にたどり着く。
そこにはマーサだけでなく、なんとモモコの姿もあった。
383 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:40
「なんでモモがいんの?」

チナミは声を張り上げ、モモコを指差した。
なにをそんなに驚いているんだという風に
モモコは目を丸くした。

「えっ、ちっちゃい子が迷子になっちゃったんでしょ。
 だからモモ、探すの手伝わなくっちゃって思って」

「ゴブリンが出んだよ、怖くないの?」

「もう、いくらなんでもゴブリンぐらい平気だよぉ」

そう抗議するものの、モモコはクロスアーマーの上に
ブリガンダインまで着込んでいる。
剣を携えているのはいいとしても、ゴブリンごときに
どれだけ重装備なんだとチナミは呆れ顔になった。

「そんなこと言ってる場合じゃないよ、早く探さないと!」

マーサに促され、チナミを先頭に一行は森に続く道を進んだ。

道中、これまでの経緯とマイの特徴を説明する。

「ピンクの服着てて、目がね、こうクリッとしてて可愛いの。で…」
「マイちゃんの特徴はいいや」
「えっ、なんで?」

特徴もわからず、どうやって探す気だろうと首をひねるチナミに
マーサはもどかしそうに答えた。

「だって、こんな真夜中にちっちゃい子が外に居たら
 マイちゃんじゃなくても、ほっとけないでしょ!」
384 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:41
「じゃ、ウチこっち行くから」

三人揃って道なりに戻っても意味がない。
別れて捜索することとなった。

マイが森に入った可能性は低いが、ゼロではない。
そう主張するマーサが、森の中を突っ切り
分かれ道まで先回りすることになった。

彼女の背中が見えなくなったところで
チナミはモモコに尋ねた。

「モモは、どうする?」
「えっ! モモ、さすがに森には入れない」

暗い森を不安そうに見つめながら首を振る。

「じゃあ、いいよ。チナミが入るからモモは道ね」
「ちょっと待って、迷ったらどうすればいいの?」
「迷わないよ。一本道なんだから、迷うわけないじゃん!」
「だって、分かれ道あるんでしょ?」

だからモモは来なくていいって言ったんだよ
とチナミは頭を抱えた。

結局、ふたりで道なりに進むこととなった。

頼りないモモコが一緒に居ることで
自分がしっかりしなければいけないと思ったのか
チナミは森に入ったり茂みの中を探ったり、精力的に動いた。

一方、モモコは辺りを不安げに見回しながら歩くだけで
フクロウの鳴き声や狼の遠吠えが聴こえるたび、悲鳴を上げた。
385 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:42
「ちょっとは静かにしてくれる? 集中できないでしょ!」

ついさっきミヤビに言われた台詞をモモコに言う。

「だってぇ…」

モモコの瞳に涙がたまる。いつ、泣き出しても可笑しくない。

「もう、こっち来て」

そこは調度、小屋を見つけた辺りだった。
モモコの手を取り、森に入る。

「えっ、暗いし無理だって!」

後ろに体重を掛け抵抗されたが、強引に引っ張る。
小屋にたどり着くと勢いよく扉を開け、モモコを押し込んだ。

「ここで待ってな。後で迎えに来るから」

あんなに騒がれては、捜索にならない。
力任せに扉を閉め、モモコが出てくる前にその場を立ち去った。

残されたモモコは、一旦小屋を出たが
二、三歩進んだところで足がすくみ立ち止まった。

チナミから授かった光の玉に魔力を込める。
が、あまり光量が上がらず、暗い森に人影を見つけることはできなかった。

冷たい風が吹きつけ、木々がざわめく。ひとり取り残されたことに
急に不安になり、慌てて小屋の中に舞い戻った。
386 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:44
モモコは扉を閉め、テーブルに光の玉を浮かせた。
奥の椅子に腰掛け、いつ魔物が入ってきても
対処できるよう扉を凝視する。

小屋は四隅の柱に板を打ち付けただけの簡素な造りだった。
風が吹くと、壁や屋根が軋み悲鳴を上げる。
そのたび、モモコは不安そうに顔を振り向け身を縮めた。

「ちょっとぉ、トクさんまだぁ……」

そんなにすぐ戻ってくるとは思っていなかったが
なにか喋っていないと恐怖に押しつぶされそうになる。

「モモだってさぁ、ゴブリンぐらいなら平気なんだよ。でもさ…」

暗い森の中を探索するとは聞いていなかった。
よく考えてみれば、マイは森を抜けていた可能性もある。

「最初から言ってくれてたらさぁ、モモは畑とか、納屋とか
 そっちの方、探したのにぃ」

それだったらひとりでも大丈夫だったのに、とため息をついた。

とその時、洋服ダンスがごとりと物音を立てた。
だらしなく落ちていた肩が、ピクリと上がる。
椅子を引きずる音が響き、モモコの大きなお尻が落ちそうになった。

もう声も出なかった。目を見開きタンスを凝視する。
剣を掴み、ゆっくりと腰を上げた。
387 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:46
「確かに、音したよね…」

聞き取れないほどの小さな声で呟く。
後退りながらテーブルを回るが、外が気になり扉に目を向けた。

素早く洋服ダンスに視線を戻す。
ほかに隠れていそうな場所がないか、辺りを見回す。

天井に天板はなく、梁がむき出しになっている。
暖炉は小さく、いくらゴブリンといえど隠れられるとは思えない。
テーブルの下も確認するが、そこもなにも居なかった。

やはり、何者かが隠れているとすれば、タンスの中しかない。

──でも、タンスの中はなにも居なくて、音は小屋の外からかもしれない。

そう自分に言い聞かせるが、中を確認しなければ安心できない。
すり足でゆっくり近づき、剣の先でタンスを突いた。

反応がない。もう一度、軽く突く。
その瞬間、風が吹き壁が軋んだ。

モモコは剣を引き寄せ、その場にしゃがみ込んだ。
頭を上げ、キョロキョロと視線を泳がせる。

「今の違う、今の違うよね。タンスじゃない、外、外」

何度も呟き、自分を納得させる。

いつまでも怯えているわけにはいかなかった。
小屋が安全であること証明しなければならない。
モモコは意を決し、立ち上がった。

手の届くところまで近づくが、直接触れることができず
両開きの扉の取っ手に、剣の先を引っ掛けた。

テコの原理を使い、剣の柄を押す。
錆びた蝶番が耳障りな音を立てた。
なにかが飛び出す気配はなかった。

モモコは扉の影から、そろりと中を覗きこんだ。
388 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:46
389 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:47
一方、森の中を突っ切っていたマーサは途中
水音を耳にし進む方向を変えていた。

「まさかとは思うけど…」

この辺りに流れるのは浅い小川で、子供でも溺れる心配はない。
だが今の時期なら、雪解け水が流れ込んで増水している可能性もあった。

悪い想像はしたくないが、捜索は最悪の状況を想定しなければならない。

「ん? なんだあれ」

一瞬、白っぽいものが視界の隅に飛び込んだような気がして、マーサは立ち止まった。

二、三歩引き返し、光の玉を向ける。
立ち並ぶ木々の間から、なにやらピンクの小さな物体が
うずくまっているのが見えた。

「!? マイちゃ…」

大声をあげそうになったが、慌てて口をつぐむ。
相手はケンカして家を飛び出しているのだ。
気づかれれば、逃げられる可能性だってある。

地面を静かに踏みしめ、音を立てないようゆっくり近づく。

背を向けた小さな身体が、切り株の上に腰掛けていた。
頭からフード付きのピンクの服をすっぽり被り、小刻みに動いている。

寒さに震えているのかもしれない。

「マイ…ちゃん」

マーサは驚ろかさないよう、そっと肩に手を掛けた。
390 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:48
「ギィヤアア!」

振り向きざま、相手は奇声を発した。
フードの下には、毛むくじゃらの恐ろしい顔があった。
目が赤く怪しい光を放っている。

「うわぁ!!」

マーサは驚きのあまり、とっさにフードを掴んで空高く投げ上げていた。
小さな身体が宙を舞い、遥か後方でドサッと音を立てた。

胸に手を当て息を整える。
こんなに驚いたのは初めてだと首を振る。

が「マイちゃん!」と声をあげ、慌てて振り向いた。

「大変だ!!」

己のしでかしたことに血の気が引き、音のした方に駆け出す。

「チィの話、ちゃんと訊いときゃよかったよ!」

チナミがマイの特徴を説明しようとしたのを遮ったのはマーサだ。
マイがあれほど恐ろしげな顔をしてると知っていれば
心の準備もできたのに、と後悔した。

ぐったりとして動かないピンクの物体に駆け寄る。

「マイちゃん、大丈夫!? マイちゃん、マイちゃん! ……ん?」

抱き上げた小さな身体から、フードがはらりと落ちた。
現れたその顔は、どこからどう見ても、ゴブリンだった。
391 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:48
392 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:50
「おお、コイツだ。間違いねえ」

分かれ道の分岐点に皆が集まっていた。
マーサがゴブリンの首根っこを掴み掲げると
男たちが一斉に頷いた。

その隣でチナミが膝に手を着き、うな垂れている。

「絶対、ウチとミヤで捕まえようと思ってたのに…」

右側頭部の傷は確認した。
昨晩、ミヤビが付けた傷に間違いない。

「おばあさん、こっち、こっち!」

遠くからミヤビの声が聞こえた。
マーサが捕えたゴブリンがピンクの服を着ていたと聞き
ウメばあさんを連れに戻ったのだ。

「どうですか?」

ピンクの服をマーサが差し出した。
ウメばあさんは受け取り、服を広げた。

「おお…」

ウメばあさんの顔が歪んだ。今にも泣き出しそうになる。

もしや──皆の顔に緊張が走る。

ウメばあさんは服を握り締め、首を横に振った。

「違う、これはマイのではないわ」
393 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:51
マイが襲われ、服を奪われたのではなかったようだ。
一斉に皆の口から安堵の息が漏れた。

だが、他にも魔物がいないともかぎらないし
夜の森には様々な危険がある。

「よし、捜索を再開しよう」

男のひとりがそう言って手を叩いた。

彼女らとしては、魔物を捕えるという本来の仕事は果たした。
マイの捜索は、応援を頼んであるからアンタらは帰っていいよと
言われたがチナミらにそのつもりはなかった。

そもそも、あの四つ角で出会ったときに
マイを引き止めなかったことが事の発端だ。
責任を感じずにはいられない。

「ん? 誰か来てんじゃない」

マーサが指差した。チナミが光の玉を向ける。
暗い道をトボトボとこちらに向かってくる影があった。

強い光に照らされ、下を向いていた顔が上がった。
ミヤビが声をあげた。

「モモじゃん! えっ、なんでモモが居んの!?」
「あーっ、忘れてた!」

チナミが叫んだ。小屋にモモコを押し込んだことを
すっかり忘れていたのだ。
394 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:52
こちらに気づいたモモコが駆け出した。
だが、いつものなら肘を腰につけ
小指を立てながら前後に揺らす腕が見えない。
走り方もなんだか重々しい。

近づいたモモコをよく見ると、背中になにか背負っていた。

「マイちゃん!」

ミヤビが手を口元に当て声をあげた。
モモコの背中には、寝息を立てるマイの姿があった。

杖を突きながらウメばあさんが近づいた。
モモコの背中からマイを受け取る。
愛おしそうに、マイの頬を撫でた。

「もう、怖かったんだから!」

モモコが涙目で訴えるように言った。

「いつまで待ってもトクさん来ないし、光の玉は暗くなっちゃうし…」

べそをかくモモコの身体を、ミヤビが揺すった。

「そんなことより、マイちゃんどうしたの?」
「どこで見つけた?」
「どうやってここまで来たの?」

次々に質問を浴びせ掛けられ、モモコは困惑した。

「もう、みんな一旦、落ち着いて!」
395 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:53
モモコがマイを見つけたのは、あの小屋の洋服タンスの中だった。

「なんかね、タンスん中から音がしたのね。
 ゴブリンだったら捕えないといけないじゃん。
 ここは、モモがガンバんないとって思ってさ」

提げた剣をスッと抜いて構え、鋭い視線を左右に巡らせる。
勇ましい武勇伝を再現したいのだろうが
腰が引けていて様になっていないのは、ご愛嬌だ。

「バッって開けて、ガッって切り込もうとしたら…」

頭上高く剣を振り上げる。が次の瞬間、力なく剣を下ろした。

「この子が居たの」

そう言って剣を握ったまま、小指でマイを指した。

その後、気持ちよさそうに眠るマイを膝に抱えて座り
チナミが戻るのを待っていたのだが、いっこうに戻ってくる気配はないし
光の玉は魔力を失い暗くなっていくわで、小屋を出る決心をしたのだという。

「ホントは来た道、戻るつもりだったんだけどさ…」

間違って逆に進んでしまったらしく、いつまで経っても森を抜けない。
弱り果てているところに光が射し、慌てて駆け寄ったのだ。

「ウチ、あの小屋覗いたんだけどなぁ…
 そっか、タンスの中かぁ」

そう呟いてミヤビは大きなため息をついた。
396 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:55
大袈裟なことになってしまい、皆には迷惑かけたと
ウメばあさんが一人ひとりに頭を下げ、この夜は解散となった。

リサコが心配しているだろうから、早く戻ろうと
家路を急ぐマーサだったが、どうもチナミとミヤビの足取りが重い。

「なにやってんの、早く帰ろうよ」

遅れて着いてくるふたりに声を掛けるが
いっこうに速度が上がる気配がない。
どうしたんだろうねと呟き、モモコがふたりの元に駆け戻った。
マーサもその後を追う。

「どうしたの、元気ないよ?」

モモコが尋ねると、チナミとミヤビは揃って肩を落とした。

「だってぇ…」チナミが表情を歪ませる。
「ゴブリンはマァが捕まえちゃったしさ」

「うん…マイちゃんはモモが見つけちゃったもんね」

大活躍のふたりに比べ、チナミとミヤビは昨夜に続き今夜も良いところなしだ。

「そんなの、関係ないじゃん」

明るく言いながらマーサはチナミの肩を叩いた。
なによりもマイが無事に見つかったのだから
誰が手柄を立てたかなど小さなことではないか。

「それは、そうなんだけどね」

頭を傾けたままミヤビは何度も頷いた。
だが、やはりハンターとしてのプライドがあるのだろうか
その表情は納得のいっていない様子だった。
397 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:57
鉛を仕込んだように重くなった足を引きずり
家にたどり着いたころには、空が白み始めていた。

「なんかゴメンね、一晩中付き合わせて」

ハンターのミヤビやチナミはこの後ゆっくり眠ることができるが
モモコやマーサはそうはいかない。店を休むわけにはいかないのだ。

ミヤビは店の手伝いに行こうかと申し出たのだが
交代で仮眠を取るから大丈夫だとマーサは応えた。

「そうだよ、お店はモモとスーちゃんでやってけるから。
 それより、ふたりとも早く元気だしてね」

アンタがチナミをけしかけるから、こんなことになったんだろう。
それさえなければ、こんなに落ち込むこともなかったのに。

そう言ってやりたかったが、口には出さなかった。
言ったところで、自分がますます惨めになるだけだし
思いつきで喋るモモコに、昼間のやり取りなんて憶えているはずもない。

「それじゃあ、また明日ね」

揚げた手を軽く合わせ、互いの家に戻ろうとしたその時
ハンターの事務所兼住居の扉が開いた。

「どうだった!?」

先に戻ったリサコが、心配して寝ずに待っていたのだろうと
皆が思ったが、扉の前に立つ人物を目にし、誰もが言葉を失った。

まるで幽霊でも見るように、表情が固まっている。

「あれ、みんなどうした?」

その言葉を合図に、チナミはまるで茨に絡まった腕をほどくように
ゆっくりと上げた。そしてそのまま相手の顔を指す。

「な、なんでキャプテンがここに居んの!?」
398 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 04:59
「なんでって…」サキの顔に不快感が表れる。
「自分の家なんだから、居たって可笑しくないじゃん」

「いや、可笑しいでしょ。だって…」

今夜サキは農園の監視に行っているはずだ。
夜明けまで帰ってくるはずがない、ある条件を満たさない限り。

「まさか!」

チナミの瞳や口、鼻の穴から毛穴まで、顔中の孔という孔が大きく開いた。

ほぼ同時に、ミヤビもある結論を導き出していた。
よろけるようにして前に出ながら、ふたり揃って声を発する。

「ゴブリン捕まえたの?」

サキはチナミとミヤビの顔を順に見た後、無表情のまましっかり頷いた。

これで今夜なんの成果も出していないのは、チナミとミヤビだけとなった。
見返してやるどころの騒ぎではない。
ふたりは惚けた表情のまま、その場に膝から崩れ落ちた。

「そんなことよりさ、どうなったの、女の子」

サキが声を荒げる。どうやら、事のあらましをリサコから聞いたらしい。
自分も探しに行くつもりだったが、リサコの説明では場所がわからず
案内させるにはあまりにも遅い時間だったので断念したとのことだ。
399 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 05:00
「マイちゃんなら大丈夫。見つかったよ」

口を開く気力もなくしたふたりに代わってマーサが応えた。
サキは胸に手を当て、よかったと言って息をついた。
モモコが満面の笑みを浮かべ、盛んに自分の顔を指差す。

「モモ。モモが見つけたんだよ」

横目で覚めた視線をモモコに送りながら
サキはマーサの耳元に近づいた。

「そうなの?」
「まさかでしょ。でも、そうなんだよ、これが」

そうなんだと頷きながら、サキは面倒そうに手を叩いた。

しゃがみ込んでいたチナミが、サキの袖を引いた。

「ねえ、ゴブリンってどうやって捕まえた? 罠に掛かったの?」

自分が仕掛けた罠が役に立ったのなら、まだ救われる。
一縷の望みを求めチナミは尋ねた。が、サキは静かに首を振った。

「いや、矢を射って捕まえた。こうやって、ピュ! って」

そう言いながら弓を構える仕草をする。
チナミはガックリ肩を落とした。
ミヤビと慰めあうように互いの肩を抱く。
400 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 05:04
「こっちも捕まえたよ、ゴブリン」

マーサはそう言うと、落ち込むふたりの背後に屈みこみ肩を抱いた。

「ウチら三人でね」

チナミとミヤビは弾かれたように頭を上げた。
驚きの表情でマーサに顔を向ける。
サキが凄いじゃんと言って身体をのけ反らせた。

「えっ、ウチらなんにも…」

困惑気味に呟くミヤビをマーサが遮る。

「みんなで探して捕まえたんだし、それでいいじゃん」
「でもぉ」
「いくらなんでも、それは…」

チナミとミヤビは顔を曇らせた。
ゴブリンを捕まえたのは、マーサひとりでなのだ。
「私たちがやりました」声高らかに宣言できるはずがない。

だが、マーサはふたりの顔を交互に覗き込みながら、顔を歪めた。
肩を抱く手に力が入る。

「そんなさぁ、ウチだけ仲間はずれにしないで、入れてよね」

そして肩頬を上げて笑みを作った。

「スッペシャルな仲間にさ」
401 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 05:05



                    ── 完 ──
402 名前:第六話 スッペ 投稿日:2009/03/10(火) 05:30
「スペジェネ」ということで、今回は高1トリオ+早生まれのあの人が活躍するお話でした。
書き上げたのはずいぶん前なんですけど、納得がいかず書き直しの連続で
更新するのにかなり間が空いてしまいました。

出来上がりに満足したわけでないのですが、これ以上粘っても無駄なのでUPしました。
とりあえず、高1トリオが高2になる前に完結できて、ホッとしております。

感想などありましたら、書き込んでやってください。
読んでくださる皆さまのご意見が執筆活動の糧となっておりますので。

>>378
今回、登場したのはあくまでウメばあさん(80歳)と迷子のマイちゃん(2〜3歳)なので
今後エリカ、マイが登場する可能性はありますよ。

>>379
お待たせして申し訳ありません。
流行の熱病にかかってしまい、一週間ほど寝込んでしまったものでw
403 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/10(火) 13:01
ずっと楽しみにしていました。このお話好きです。
第六話完結、ありがとうございました。
404 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/11(水) 00:25
楽しく読ませて頂きました。
第七話も楽しみにしています。
405 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/11(水) 03:58
マーサの活躍嬉しかったです☆そして優しいとこが尚GOOD!!

次は6話でやや影が薄かった彼女が活躍してくれると嬉しいです☆
406 名前:もんちっち 投稿日:2009/03/11(水) 13:50
お疲れ様です。

第六話めっちゃ楽しかったです。
次回も楽しみにしてます。
407 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/11(水) 18:53
>>404
>>406
レスはageないで・・・
408 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 16:03
次も楽しみデース
409 名前:びーろぐ 投稿日:2009/05/12(火) 05:45
>>403
お待たせしてすみませんでした。
こちらこそ、読んで頂いて感謝です。

>>404
有難うございます。
また楽しんでもらえるような作品が書ければな、と思います。

>>405
マーサの優しさが伝わって良かったです。やや唐突かな、と思っていたので。
七話ではご期待に沿えると思いますよ。他の人のことだったらゴメンなさいですけど。

>>406
疲れましたw
有難うございます。頑張って書きます。

>>408
雅乙

TOPページになければ、ある程度ネタバレ感想もありかなーなんて思っているので
>>407さんの言うように、レスはsageでお願いしますね。
でもミスってageても落ち込まなくていいですよ。私もよくやりますからw

では、第七話をお楽しみください。
410 名前:第七話 投稿日:2009/05/12(火) 05:48
屋根を打つ雨音が、激しくなった。
曇った窓硝子を伝う水滴を眺めながら
ユリナはひとつ息をついて椅子に腰掛けた。

武器屋ではモモコが手を振りながら最後の客を送り出していた。
ありがとうございました、と甲高い声をあげるモモコに続き
ユリナも身を乗り出して、ありがとうございました、と声を掛ける。

間仕切り代わりの戸棚に阻まれ姿は見えなかったが
扉の呼び鈴が鳴るのが聞こえた。
窓に雨の中を駆ける人影が映る。

モモコがスカートを押さえながら椅子にストンと腰を下ろした。
ふたり顔を見合わせ、今日も忙しかったねと笑みを浮かべる。
ここ数日、休む間もないほど忙しい。

近くに新たな街道が開通したため
旅の道具や護身用の武具、それに携帯する薬草などを
買い求める客が増えたためだ。

加えて、たちの悪い熱病が流行り、マーサの薬屋は大繁盛である。

しかも当のマーサが、熱冷ましの薬草の在庫が少ないということで
調達のため昨日から店を空けている。

忙しさはピークに達していた。

雨は客商売にとって天敵だったが
少しでも休息を取れるのはありがたかった。

ユリナは背もたれに身体を預け、大きく伸びをした。
411 名前:第七話 投稿日:2009/05/12(火) 05:49
だが、ささやかな安らぎはすぐに打ち破られた。

頭上から物音が聞こえた。ユリナは振り向いて二階に目をやった。

板張りの床を這いずり回る音がしばらく続いた後
ドンとなにかにぶつかったような音が聞こえた。

そして次の瞬間、陶器が割れる音が辺りに響き渡った。

「もう、あの子ったら」

ミントが暴れているのだ。ユリナは深いため息をついた。

ここ数日、忙しさにかまけ
ほとんどかまってやることができずにいた。
そのせいで、フラストレーションがたまっているようだ。

普段は部屋で大人しく待っているのだが
ユリナが長旅から帰った直後のように、盛大に暴れている。

閉店直後に、部屋の後片付けをするのが日課となって久しい。

「しょうがないなぁ」

ユリナは重い腰を上げ、武器屋に顔を向けた。
店番をモモコに任せ、少しだけでもミントの相手をしてやろうと思ったのだ。

ところが、モモコは椅子に座ったまま
だらしなく頭を傾け、寝息を立てている。
412 名前:第七話 投稿日:2009/05/12(火) 05:50
モモコも相当、疲れが溜まっているのだ。
客が途絶えたこのひと時に、居眠りするくらいはしょうがないだろう。

ユリナは肩を落とした。二階の物音を気にしつつ
ゆっくりと腰を下ろした。

大きな物が倒れるような音が聞こえた。
目をギュッと閉じ、首をすくめる。
不安げな瞳で二階を見上げる。
小さく開いた口から、長いため息が漏れた。

とその時、夕食の準備をしていたリサコが姿を見せた。

「あっ、よかった。リサ…」

店番を頼もうと口を開きかけたのだが
リサコが口元に人差し指を立てたため
そのまま口をつぐんだ。

そうか、大声を出してはモモコが目を醒ましてしまう。
ユリナは照れ笑いを浮かべ、同じように人差し指を口元に当てた。

「あのさ、リサコ…」

小声で話しかけたのだが、リサコは掌を向け、それを制した。
そして、足音をたてないよう、中腰でゆっくりモモコに近づく。

なにをするつもりだろうと首を傾げユリナが見守っていると
モモコの寝顔を覗き込み、声を出さずに笑みを漏らした。

おもむろに中指と親指で輪を作り、モモコの額へ近づけた。
力任せに指を弾く。パチンと音が鳴り、モモコが「痛い!」と声をあげた。
413 名前:第七話 投稿日:2009/05/12(火) 05:52
なにが起こったのかわからず、辺りを見回すモモコの前で
リサコが腹を抱えて笑い転げた。

「な、なにぃ?」

額を押さえながらモモコはリサコを見上げた。
リサコの笑いはおさまらず、目元の涙を手の甲で拭う。

「なんでもないよ!」

もうちょっとできあがるから待っててと
言いながら厨房へ駆け戻った。

状況が把握できず、天井の隅から床板の木目まで
じっくりと観察するように見つめていたモモコが
最後に視線を向けたのはユリナだった。

「えっ、いったい、モモになにが起こったの?」

額を激しくさすりながら、そう尋ねてくる。
ユリナは答える代わりに頬を膨らませ首を振った。

「モモチ、ちょっとだけ店番お願いできる?」

モモコの返事を待たず、ユリナは立ち上がった。

だが、彼女が向かったのは二階の自室ではなかった。

店の入り口に向かい、扉を開けた。
そのまま外に出ると降りしきる雨の中を
ハンターの家に向かって一直線に駆けた。
414 名前:第七話 投稿日:2009/05/12(火) 05:54
「リサコがモモのことバカにしてる?」

サキがそう聞き返すとユリナは神妙な面持ちで頷いた。

「う〜ん、そうかなぁ…」

椅子に深く腰掛け、サキは腕組みをして唸った。
ユリナは身を乗り出しテーブルをドンと叩いた。

その音に驚き、出かける準備をしていたチナミとミヤビが動きを止めた。

「だってさぁ、眠ってるモモチにデコピンするんだよ。
 普通、考えられる?」

「う〜ん、普通しないよねぇ」

「でしょ!? この前だってね、急にモモチの顎
 掴んで『トントン、誰か居ますかぁ』って言うんだよ。
 サキちゃん、そんなことされたことある?」

「う〜ん、ないねぇ」

唸り声をあげるサキの背後で、チナミとミヤビが顔を見合わせる。
そして揃って首を傾げた。

ユリナが鋭い視線をふたりに向ける。

「ふたりはどう? ミヤは? ないでしょ!?」
「えっ、アタシ? ないない!」

いきなり問われ、ミヤビは自身の顔を指した。
激しく首を振る。サキが眉を寄せ身を乗り出した。

「そりゃあ、クマイちゃん…」

──ミヤにそれやっちゃあ、シャレになんないでしょ。

そう言いかけて思いとどまった。
ユリナがミヤビに問うた時点で、すでにシャレになってない。
415 名前:第七話 投稿日:2009/05/12(火) 05:55
「でも、それでモモが怒ったりはしてないんでしょ?」

サキが言うとユリナは静かに首を縦に振った。

「だったら問題ないよねぇ」

首をひねって後を向き、サキは荷物をまとめる
チナミとミヤビに同意を求めた。

「ないんじゃないの?」

投げやりな口調でチナミが応える。
ユリナが不満そうに口元をゆがめ、チナミを睨みつける。
が、ミヤビが大きな袋を担ぎながら口を開いた。

「うん、それにリサコも別にバカにしてるんじゃないと思うけど」

そしてサキに言ってくるねと手を振り、玄関に足を向けた。
杖を選んでいたチナミが、慌ててその後を追う。

なにか言いたげにふたりを目で追っていたユリナだったが
なにも口にすることができず、改めてサキの顔を覗き込んだ。

「でも、やっぱり可笑しいよ、あんなことするなんて」
「イタズラだったら、チィやミヤもするよ」
「あのふたりは誰にだってするじゃん」
「う〜ん。まあ、アタシもやられたことあるけど…」
「でしょ!?」

問題なのはリサコが仕掛けるのがモモコだけだということだ。
あれはきっと、モモコのことを子供だと思って舐めている証拠だ。
ユリナはそう強く主張した。

「でも、それってさぁ…」

両膝をテーブルに置き、サキは下から見上げるようにして
ユリナに顔を近づけた。

「クマイちゃんが、モモのこと子供と思ってんじゃないの?」
416 名前:第七話 投稿日:2009/05/12(火) 05:57
「えっ?」

虚を衝かれ、ユリナは言葉を失った。
テーブルの上に手を滑らせながら、サキはゆっくり身体を起こした。

「クマイちゃんは、リサコに怒ってんじゃなくて
 イタズラされてもなにも言い返せないモモが
 だらしないと思って、怒ってんじゃないの?」

「それは…」

「モモはクマイちゃんが思ってるほど子供じゃないよ」

だから、ほっといても大丈夫と言ってサキは立ち上がった。
だが、ユリナは納得がいかない様子で、激しく首を横に振った。

「違うよ、モモチが子供かどうかが問題じゃないのよ。
 ウチが言ってるのは、リサコがモモチひとりだけに
 イタズラすることなのね。あれは、やっぱり…」

サキは椅子に座りなおし、ユリナの顔をまじまじと見つめた。

「じゃあ、クマイちゃんはどうすればいいと思う?」
「それは……」
「リサコが、モモのことバカにしないようにするには、どうすればいい?」

サキの問いにユリナは口ごもった。
しばらく考え込んだ末、絞り出すような声で言った。

「……モモチに、もうちょっとしっかりしてもらう」
「ほらぁ、やっぱり問題はモモにあるんじゃん」

笑いながら言うサキに、首を傾げながらユリナは顔をしかめた。

「まあ、クマイちゃんの心配もわかんないでもないよ。
 一度、リサコにはアタシの方から話してみる」

そこから先は、その後で考えようとサキは話を切り上げ
立ち上がって厨房へ向かった。
417 名前:第七話 投稿日:2009/05/12(火) 05:58
まだなにか言いたげに難しい顔で座っているユリナに
サキは夕飯を食べていかないかと尋ねた。
すると、ユリナは慌てて立ち上がった。

「いや…そんな…いいよ、悪いし…」

「遠慮しなくていいよ。今夜はミヤが作ってくれたシチューだよ。
 クマイちゃん、シチュー好きでしょ?」

「…ミヤが作ったんだ」

じゃあ頂こうかなと言って、ユリナは座りなおした。

「そうしなよ。実はね、急な仕事が入ってふたりが出掛けちゃったもんだから
 アタシひとりで食べきれなくって困ってたんだよね。
 じゃあ、最後の味付けしてくるから、ちょっとだけ待ってて」

「えっ、味付けはサキちゃんなの!?」

サキが頷く。ユリナはテーブルの淵に膝をぶつけ
転びそうになりながら席を立った。

「そうだ、ミントにエサやるの忘れてた!
 ゴ、ゴメン、また今度ご馳走になるよ」

逃げるようにして立ち去るユリナを、サキは首を傾げ見送った。

「急にどうしちゃったんだろ、クマイちゃん」

そう呟き厨房に向かった。
火にかけた鍋に、調味料を適当にぶっ込む。
小皿に取って味見をし、なにか物足りないなと首を傾げた。

「モモは思ってるより大人…か」

さっきユリナに言った台詞を反芻し、サキはふと笑みを漏らした。

「だったらいいんだけどね」

そう呟きながら、大量のピーナッツバターを鍋に投入した。
418 名前:第七話 投稿日:2009/05/12(火) 06:00
 第七話 ──なんちゅう恋をやってるぅ YOU KNOW?──
419 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/13(水) 00:28
さすがマジレッサー熊井ちゃんw
420 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/19(火) 04:40
「今日はお天気、よさそうだねぇ」

差し込む朝日に目を細めながら、サキは鍋をかき混ぜた。

昨夜の残り物のシチューは、辺りに怪しげな匂いを振りまいていたが
サキにとっては会心の出来だったらしく
リズミカルに頭を揺らしながら鼻歌を口ずさみ、ペロリと舌を出した。

釜から焦げたパンと黄身の潰れた目玉焼きを取り出し皿に盛る。

テーブルに食器を並べていると、目をこすりながらリサコが現れた。

「おはよう、リサコ」
「!? 今日って、キャプテンが当番だったっけ?」

それまで眠そうにしていたリサコが目をむいた。
サキは笑顔で首を振った。

「ううん、ミヤだったんだけど、急な仕事が入ったから」

昨日リサコは店で夕食を済ませ、夜遅くまで手伝いをしていた。
そのため、チナミとミヤビが出かけたことを知らなかったのだ。

「もうすぐだから座って待ってて」

「いや、あの…そうだ、今日もママ居なくって、店も忙しくって
 えっと、クマイちゃんから、ちょっと早く来てって言われてたんだった。
 …………行ってきまーす!!」

「待って、リサコ話があるんだけど…」

呼び止めるのもかまわず、ドタバタと走る足音が遠ざかっていった。

二人っきりだし、昨日のユリナの話を訊いてみるいい機会だったのに
とほんの少し首を右に傾ける。

「まあ、いっか。急ぐ話でもないし」

そう思い直し、サキは器にシチューを注いだ。
421 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/19(火) 04:42
トレイに料理を載せ、食卓に向かっていると
今しがた出て行ったばかりのリサコが舞い戻ってきた。

「どうしたの?」

テーブルにトレイを置きながら尋ねる。
リサコは腕になにやら小動物らしきものを抱えていた。

「見て」

腕の中にある小さな顔を、サキに向ける。
肌は透き通るように白く、げっ歯類を思わせる顔立ちだ。
苦しそうに喘ぎながら、時折「クゥ〜ン」と弱々しい鳴き声をあげる。

「あのね、玄関出たすぐそこの軒の下で倒れてたの」

そう言いながらリサコは玄関を指した。
腕一本で抱えることになり、思わず落っことしそうになる。
震える小さな手が、リサコの腕を強く掴んだ。

「ねえ、この子フェアリーだよね?」

尋ねられ、サキは首をひねった。
上から覗き込んだり、腕の下に潜って見上げたりして観察する。
だが、サキの知識では魔物であることはわかるものの
フェアリーかどうかまでは結論が出せなかった。

魔物が小刻みに震えながら、怯えたような視線をリサコに送る。

「病気なのかな…」

リサコはしっかり抱き寄せ、心配そうに呟いた。
422 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/19(火) 04:44
「わかんないけど、弱ってるのは確かだね」
「どうすればいい?」

とりあえずは体力をつけることが先決だ。
サキは皿からシチューをすくって魔物の口元に近づけた。

「ダメだよ、変なもの食べさせちゃ!」

リサコは身体を素早くひねって、魔物をサキから遠ざけた。
突然の行為に唖然とするサキに、リサコは慌てて言い繕った。

「あっ…ほら、あれじゃん。人間とは違うかもしれないじゃん、食べるものが。
 だからね、変な物っていうのは、この子にはってことなのね。
 あの…だから、別にそういう意味で言ったんじゃなくて……」

「そういう意味って?」

「いや、そうじゃなくって……そうだ、ママに訊いたらわかるかな?」

「なに食べたら治るか? わかんないでしょ、それこそ人間じゃないんだから」

家畜用なら処方したことがあると聞いてはいるが
さすがに魔物に薬を出したなんて話があるはずない。
そもそも、マーサは出かけていて居ないではないか。

そんなことよりも、「そういう意味」とはどういう意味なのか。

話題を変えて誤魔化そうとするリサコの策略などにひっかかるサキではない。
問いただしてやろうとするサキだったが、そこである考えが浮かんだ。

「そうだ、モモに訊いたら?」
423 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/19(火) 04:46
「モモォ〜!?」

リサコの顔にあからさまな不快感が浮かんだ。
だが、かまわずサキは続けた。

「モモさ、武器屋さんじゃん。魔物のことについては、すっごく詳しいから。
 この子がフェアリーかどうか、すぐわかるんじゃないかな」

「う〜ん、でもなぁ」

「どうやったら倒せるかとかもよく知ってるし。
 ってことはよ、なんで弱ってるかもわかるってことでしょ。
 マーサに訊くより、ずっといいかも知んないよ」

「そうかなぁ…」

「そうだよ。ほら、早くしないと、どんどん弱っちゃうよ」

渋るリサコの背中を押し、外へと送り出す。
玄関からリサコの様子を見守るが、武器屋の扉の前を
うろつくばかりで、彼女は中に入ろうとしない。

サキは腕を振って中に入るよう促した。
唇を突き出し、今にも泣き出しそうな表情を作っていたリサコだったが
腕の中の魔物に視線を落とし、ひとつ頷くと
ようやく扉を開いて上半身を滑り込ませた。

サキはリサコの姿が完全に店の中に消えるのを確認し家の中に戻った。

「モモ、上手くやってくれたら、いいんだけど」

そうすれば、リサコのみならず、ユリナも彼女のことを見直すだろう。

軽やかな足取りで食卓まで戻り、いただきますと手を合わせる。
シチューをひと口すすり、サキは満足げに頷いた。
424 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/19(火) 04:46
 
425 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/19(火) 04:48
開店の準備をしていたユリナは、武器屋の呼び鈴に気づき顔を上げた。

「はーい、少々お待ちくださーい」

薬を求める客は、早朝深夜に関わらずやって来る。
だが、武器屋や道具屋の場合、緊急を要する客はまずない。
こんなに朝早く、誰がなんの用だろうと、小走りに武器屋に向かった。

「あれ、リサコじゃん。どうしたの」

もちろん、店の手伝いに来たのだろうが、それにしては時間が早い。
その上、扉から不安そうに顔を覗かせるだけで
店内に足を踏み入れようとしない。

「……モモは?」
「まだだけど」

そう応えながらユリナは二階を見上げた。
顔を戻し、人差し指をモモコの部屋に向ける。

「呼んでこようか?」

だがリサコは激しく首を振った。
上目遣いですがるような視線をユリナに送る。

「あのね、見てもらいたいものがあるんだけど」

扉の隙間からゆっくり身体を滑り込ませた。

「うわっ、可愛い!」

リサコの腕の中にある物に目が行った瞬間
ユリナはカウンターを飛び越えていた。
魔物の顔を覗き込み、やさしく頭を撫でる。

ユリナの反応に安心したのか、リサコの顔から不安の色が消えた。
426 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/19(火) 04:51
「どうしたの、この子」

ユリナが尋ねると、リサコは窓から自宅の扉を指した。

「あのね、そこの家、出たところで見つけたの」

ユリナはそうなんだと相槌を打った。

「ねえ、抱っこさせて」
「うん、いいよ」

ユリナはリサコから魔物を受け取った。
怯えた表情を見せる魔物に、怖がらなくてもいいよと
やさしく声を掛ける。

「この子、フェアリーだよね?」

リサコに尋ねられ、ユリナは両脇の下に手を通し
持ち上げて魔物を眺めた。
右から左から、ひっくり返して背後からと
様々な方向から観察するが、よくわからない。

ただ、辛そうな様子だけは伝わってくる。

「なんともいえないけど、この子病気じゃないの?」
「そうなの! ずっと震えてるの。どうしたらいい?」
「う〜ん…」
「なんか、いい薬とかない?」

そんなこと言われても──ユリナは眉を寄せ考え込んだ。

互いに留守居を頼む関係から、それぞれの店の品揃えは頭に入っている。
ただ、それは一般的な商品に限ってだ。
難病に効く薬だったり、特殊な武具の場合は
やはり専門のマーサやモモコでないとわからない。

道具屋はそれほど複雑な商品は置いていないが
馬車の修理だったり馬具の細かな調整となると、ユリナでないとできない。

魔物の病気を治す薬などという話なると
これはもう、マーサでないと無理だろう。

ユリナの腕の中で苦しそうに喘ぐ魔物を
心配そうに見つめるリサコを目の前にして
なにもできない自分にユリナはふがいなさを感じた。
427 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/19(火) 04:52
「キャプテンに相談したらね、モモに診せたらどうかって」
「モモ?」

サキの意図がわからず、ユリナは顔をしかめた。

「そう。でもね、診てもらおうって思っても
 モモ、怖がっちゃうでしょ、きっと」

「そうだよねぇ」

この魔物が仮にフェアリーだったとしても、モモコのことだ
外見だけで恐れてしまい、触るどころか近づくことさえ、できないだろう。

「やっぱ、無理だよね」

落胆の声を漏らしながら、リサコはユリナの腕から魔物を受け取った。

階上から扉の開く音が聞こえた。
見上げると大きなあくびをするモモコが立っていた。

「クマイチョーおはよぉ……なんだ、リサコも来てたん…」

眠そうにしていたモモコが突然、目を見開いた。
二階廊下の手摺から身を乗り出す。

「リサコ、なに持ってんの!?」

モモコが声をあげる。
リサコは身体をよじってモモコの視線から魔物を隠した。
428 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/19(火) 04:53
「もう、なんで隠すの。いいからモモに見せて!」

モモコが叫ぶ。
助言を求めるようなリサコの視線に
ユリナは顔をしかめながらも、ひとつ頷いた。

二階にいるモモコがよく見えるよう
リサコは魔物を高く掲げた。

クゥ〜ンとか細い声をあげる魔物を
モモコは落ちるのではないかと思うほど
手摺から身を乗り出し、食い入るように見つめた。

「あぁー!!」

甲高い声をあげると、モモコは逃げるようにして自室に戻った。
鍵をかける音が、階下に居るユリナたちにも聞こえた。

「モモ!」ユリナは非難の声をあげた。
「もう、なにも逃げることないじゃん!」

見せろと言ったのはモモコではないか。
それをひと言も発しないまま、自室にこもるなんて酷い。

「もういいよ、クマイちゃん」

リサコが魔物を抱き寄せながら言う。
だが、ユリナは許せなかった。

ひょっとするとサキが言うように、モモコがなんとかしてれるかもしれない。
そう思ったユリナやリサコの淡い期待を裏切った。
429 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/19(火) 04:55
気落ちするリサコを置いて、ユリナは階段を駆け上がった。
モモコの部屋の前に立ち、激しく扉を叩く。

「モモチ、なんで逃げんの!」

だが部屋の中からは返事がない。
ユリナはさらに激しく扉を叩いた。

「ねえ、見たでしょ、あの子病気なんだよ?
 リサコが助けたいって困ってんのに
 モモチなんとも思わないの!?」

取っ手を掴み、ガチャガチャ動かす。が、扉は開かない。

「モモチのこと見損なったよ」

ユリナはため息をついて、扉にもたれ掛かった。

カチャリと鍵の回る音が静かに鳴った。扉がユリナの身体を押す。
脇の下からモモコの顔が、ひょっこり現れた。

ユリナは身をひるがえした。

「もう、なんで隠れんの!!」
「……リサコは?」

囁くようにしてモモコが尋ねる。

「えっ、下に居るよ」ユリナは人差し指を振り向け、階下に目をやった。
「あれ? 居ない……」

手摺を掴み見回すが、リサコの姿はどこにもなかった。
430 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/19(火) 04:56
「どこ行った?」

扉から頭だけを出しモモコが尋ねる。

「わかんない。わかんないけど、モモチがあんまり酷いから帰っちゃったんだよ。
 せっかくさ、サキちゃんがモモチに診せたらって言ってくれたのに……」

「えっ、キャプテンも知ってんの?」

ユリナの言葉を遮り、モモコが彼女の顔を見上げた。
ユリナは黙ったまま頷いた。

「大変! クマイチョーこれ持って着いて来て」

モモコはそう言うと、たっぷり水をたたえた水桶をユリナに手渡した。
そして猫の様な仕草で、音も立てずに廊下を進んだ。

「ちょっと、これ重い…」

訳もわからず後を追う。
モモコは周囲を警戒しながら一階に降り
誰も居ないことを確信すると、入り口に向かって走り出した。

「クマイチョー、ダッシュ!」
「待って、これ重いんだって!」

水桶の重さに辟易しながら、なんとか入り口までたどり着いた。
両手が塞がっているため、身体で扉を押し開ける。

すでにモモコはハンターの家まで到着していた。
プリッとしたお尻をこちらに向け、首だけを中に突っ込んでいる。
431 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/19(火) 04:58
「ちょっと、モモチ!」

ユリナは声を荒げた。
するとモモコがお尻の辺りで手をヒラヒラ振った。
どうやら手招きしているらしい。

ユリナが近づくと、モモコは彼女の背後に回り
先に入るよう促した。

「リサコ居る?」
「えー、誰も居ないよ」

苛立った声でユリナが応える。

「じゃ、奥に進もう」

モモコがユリナの背中を押す。

「これって、なんのつもりなの!?」
「いいから、いいから」

モモコがユリナの背後に隠れるようにして、ふたりは進んだ。

客を迎える表の部屋を抜け
廊下を挟んで向かい側の食堂に入ったところで
ユリナはテーブルに突っ伏すサキの姿を見つけた。

「サキちゃん!」

ユリナはその場に水桶を置き、駆け寄った。
怪しげな香りが漂っている。耐え切れず鼻を押さえた。
432 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/19(火) 05:01
サキはサジを握ったまま、テーブルに上半身を横たえていた。
器の中には異臭を放つ液体。これは、ひょっとして……

「あまりの不味さに気を失った!?」
「そんな訳ないじゃん。キャプテン味オンチなんだからさ」

水桶を抱えたモモコが言う。
するとサキがむっくり起き上がった。

「誰が味オンチだって?」
「サキちゃん! 大丈夫?」

ユリナは悲鳴にも近い声をあげた。
サキが手の甲で頬を押さえながら
弱々しい笑みを浮かべる。

「平気、平気。ちょっと熱っぽいだけだから」

そう言って額をペシペシ叩く。

ユリナはモモコが持つ水桶に手を伸ばした。
縁に掛けられた布を水に浸して絞り
サキの顔に薄っすら浮かんだ汗を拭う。

サキがありがとうと言って、ユリナの手に指を添えた。

──水桶はこのためだったのか。

なぜ、モモコがサキの病状を知っていたのかはわからない。
が、その適切な対応に、ユリナは感服した。

「クマイチョー、それ雑巾だよ」

モモコの指摘に、ふたりの表情が固まった。
ユリナは手にした布を慌てて背後に隠し、ぎこちない笑みを作った。
433 名前:びーろぐ 投稿日:2009/05/19(火) 05:05
>>419
彼女には、この真っ直ぐさをいつまでも持ち続けて欲しいですね。
434 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/20(水) 00:38
この状況で、弱ってて、熱っぽいなんて、まるで・・・
435 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/21(木) 10:38
悔しいですがどう足掻いても俺には書けないでしょう
次回を楽しみに待たせて頂きます
436 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/26(火) 04:58
「リサコが抱えてたの、あれサーミヤだよ」
「サーミヤ!?」

思いもよらないモモコの発言に、サキとユリナは声を揃え叫んだ。

「サーミヤって、あのファイティン城で戦った?」

熱のせいで乾いた唇を湿らせながらサキが尋ねる。
モモコは真剣な面持ちで頷いた。が、すぐに表情が崩れる。

「あん時ねぇ、モモが倒したんだよ、サーミヤ」

顔をクシャクシャにして自慢げに言うモモコに
すぐさまサキが訂正した。

「えっ、マァでしょ」
「うん、そこはマーサだよね」

ユリナもそう言って頷く。

「なに言ってんの! キャプテン、真っ先に倒れたんだから知らないでしょ!
 クマイチョーなんてあん時、居なかったじゃん!!」

「居なかったけど後で聞いたんだよ、ミヤから。マーサのお蔭だって」

「ミヤも先に倒れたの! それでスーちゃんも倒れちゃって、最後にモモが…」

「でもアタシが目ェ醒ました時、病に侵されてなかったの、マァだけだったよ。
 モモ、ベッドでうんうん唸ってたじゃん」

そう言ってサキがモモコの顔を指差す。
モモコは唇を尖らせ、確かにそうなんだだけど、と呟いた。

「ホントなんだって! とにかく、あのサーミヤはモモが倒したの!!」

小指の立った拳を下に押し付けるように振りながら、モモコは声を荒げた。
そんな彼女に、ユリナとサキは冷ややかな視線を送った。
437 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/26(火) 04:59
「まあ、いいや。話を戻すけど、あれホントにサーミヤなの?」

サキがそう尋ねると、モモコは俯いたまま拗ねた視線を送った。

「よくはないけど、話を戻すとホントにサーミヤだよ」

ここ最近、流行りだした熱病は
あのサーミヤのせいに違いないのだと言う。

だがファイティン城の時とは違い
この町で流行っている病は、薬で完治している。

「それはまだ子供だからだよ。魔力が弱いの。
 だからスーちゃんも呪いとは気づかないし、薬で治っちゃうの」

「でもアタシ、熱病ってほどじゃないよ」

両手で頬を叩きながらサキが言う。
彼女も流行り病の症状は耳にしていた。
直接、魔物と触れ合っていたにも関わらず、それに比べずいぶん軽い。

「それはほら、だいぶ弱ってたじゃん」

昨日の雨にやられたのだろう。
これまで病に苦しめられた人たちも、今ごろ症状が和らいでいるはずだ。
モモコはそう主張した。

ユリナは腕組みをしたまま人差し指を顎にやった。
そして難しい顔をして、口元を引き締める。

「なるほど、確かに。呪いで人を病気にしてるっていうより
 自分が病気になっているって感じだったもんね」

「クマイちゃん」サキがユリナを見上げた。
「今の、そんなに上手いコト言えてないよ」
438 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/26(火) 05:01
「とにかく、キャプテンがこうなってるんだし
 アイツはサーミヤに間違いないよ」

魔物に詳しいモモコが言っていることでもあるし理屈にも合っている。
だがひとつだけ疑問が残る。
魔物と直接、触れ合ったのはサキだけではない。
リサコやユリナもなのだ。
にも関わらず、このふたりは病に侵されていない。

そのことをユリナが主張すると、モモコは言いにくそうに口ごもった。

「リサコはほら、水の魔力が強いじゃん。
 サーミヤは、水に弱いから……」

「アタシは?」

ユリナは自分の顔を指した。
困り果てた表情で、モモコは助けを求めるような視線をサキに送った。

「クマイチョーは……ねぇ」
「うん……クマイちゃんは平気なんだよ、そういうの」
「えっ、なにが? どういう意味?」

わけがわからず眉を寄せるユリナに
サキとモモコは困惑した表情で弱々しい笑みを作った。

「ねえ、なにみんなで集まってんの?」

廊下から声が聞こえ、ユリナたちは顔を向けた。
そこには魔物を抱えたリサコが立っていた。
439 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/26(火) 05:03
「!?」

サキが素早く椅子から降り、くるりと身をひるがえして背もたれに隠れる。
ユリナは慌てて食器棚の影に身を寄せた。
頭がほんの少し出ていることに気づき、膝を曲げる。

ふたりともモモコの話にあれこれ言っていた割りに行動が素早い。

モモコもサキと同じように椅子を盾に隠れようとするのだが

「ちょっと、モモがなんとかしてよ」

とサキに押し出されてしまった。
仕方なく、水桶を構えて臨戦態勢をとる。

「リ、リサコ、その子床に置いて」
「えっ、なんで?」
「いいから早く……ちょっと、こっちに顔向けないで!」

モモコが大声をあげる。
リサコは言われた通り魔物を抱き寄せ顔を自分に向けたが
皆のおかしな行動に不快感を露にした。

「ちょっとこれ、なんなの? みんなでなにやってんの?」

サキが椅子の背もたれから顔を出す。

「リサコ、よく聞いてね。ソイツ、悪い魔物なんだ」
「えっ、ウソ!」
「ウソじゃない、ウソじゃない。あのね、ファイティン城の話、覚えてる?」

関わった事案については、必ず報告しあうようにしている。
リサコは視線を巡らせながら、口の中でブツブツ呟いた。
そして、大きく口を開けると、パッと瞳を輝かせた。

「あっ、あれだ。ママが水の魔法で退治したヤツでしょ!」
440 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/26(火) 05:05
「違っ! あれはモモが…」

反論しようとしたモモコだったが
その話はいいからとサキに言われ
しぶしぶ話を切り上げた。
水桶を構え、再び臨戦態勢に戻る。

「とにかく、その子がそん時とおんなじ魔物なの。
 だから、早く床に置いて。モモがこの水ぶっ掛けて退治するから」

「ウソ…」

放心したように立ち尽くしていたリサコだったが
ふと腕の中の魔物に視線を落とした。
力強く抱きしめると、唇を噛みしめひとつ頷いた。
そして顔を上げ、三人をキッと睨みつける。

「そんなの、デタラメだよ。その魔物って呪って病気にするんでしょ。
 誰も病気になってないじゃん」

するとサキが背もたれの影から手を上げた。

「ハイ、アタシ今ちょっとつらいです」
「そんな……」

リサコは大きく目を見開いて唖然とした表情を作った。
が、大きくかぶりを振ると毅然と言い放った。

「違う、それはたまたまだよ。ほら、今、熱病が流行ってるから…」
「だからね、その流行り病もその子のせいなの」

モモコが言う。リサコが強い視線を彼女に向けた。
441 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/26(火) 05:06
「でも…でもアタシ、なんともないよ」
「だってリサコは水の魔力が強いから」
「クマイちゃんは?」

リサコに睨まれ、ユリナは食器棚の影から手を上げた。

「えっと……今んとこ、なんともない」
「ほら! この子、やっぱり関係ないんだよ」
「だってクマイチョーはミン…」

言いかけてモモコはしまったとでもいう風に口元に手を当てた。
ユリナは「ミン?」と呟いて首を傾げた。

「クマイちゃんはなに?」

強い口調でリサコが尋ねる。
モモコは言葉にならない声を発しながら、首を小刻みに振った。

「リサコ、お願いだから言うこと聞いて」

サキが困ったように眉を下げた。

「モモが言うように、一度水を掛けてみたらわかるでしょ。
 サーミヤだったら死ぬし、もし違うんだったら平気なはずなんだから」

リサコが腕の中に視線を落とし黙りこくった。
しばらく思案している様子だったが、「やっぱりダメだ」と呟いた。

「この子、病気なんだよ? 冷たい水なんて掛けたら
 余計に悪くなっちゃうでしょ!」

「もう、リサコ…」

サキは火照った額に手を当て、目を瞑って首を振った。
442 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/26(火) 05:08
「モモ、もういいよ。水ぶっ掛けちゃって」
「えっ?」

きょとんとするモモコに、そこに入っているのは
ただの水なんでしょとサキが尋ねた。
そうだと答えるモモコに、リサコごとぶっ掛けちゃえとサキが指示する。

なるほど、と呟きモモコは水桶を大きく振りかぶった。

「リサコ、ゴメンね!!」

リサコが身を挺して魔物を守ろうとしても
彼女の身体を伝って必ず魔物にも水が掛かる。

リサコに手立てはないと思われた。
だが、彼女は意外な行動に出た。

さあ掛けてくれと言わんばかりに、魔物をモモコの前に差し出したのだ。

「!? キャー!!」

魔物ともろに視線のあったモモコは
水桶から手を離し、その場にへたり込んだ。

後方に大きく振りかぶっていた水桶は
そのまま後に投げ出され、テーブルの上を水浸しにした。
そしてシチューの入った器にぶつかり、派手な音を立てた。

三人がパニックに陥っている間に、リサコは魔物を抱えて姿を消した。
443 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/26(火) 05:09
「もう、なにやってんのモモォ」

サキが呆れ声をあげる。

ユリナは水しぶきで濡れた袖を拭いながら
食器棚の影から出た。
膝を曲げ無理な姿勢をしていたため、太ももが痛い。

椅子に腰掛けようとしたのだが、びしょ濡れだった。
しかたなく、テーブルに手をついて身体を休める。

「だってぇ…しょうがないじゃん」モモコは肩を落とした。

「今モモ、サーミヤに見つめられたんだよ?
 呪われるトコだったんだから。危ない、危ない」

そう言いながら二の腕を抱え、寒気を払うようにさする。

「病気になったって、いいじゃん。
 だって、倒したら呪い解けるんでしょ」

「あっ、そっか」

見つめられたところで、すぐに水を掛けてやればよかったのだ。
相手はあれだけ衰弱しきっている。
呪われる前に退治できたに違いない。

「モモチ、ビビリすぎ」
「ホント、どんだけ、だよ」

ふたりに責められ、モモコは唇を尖らせた。

「ずっと隠れてたふたりに言われたくないんですけど!」
444 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/26(火) 05:11
その後、これからどうするかを三人で話し合ったのだが

「まあ、リサコもずっと抱えてるわけにはいかないし、なんとかなるでしょ」

という楽観的なサキの発言でお開きとなった。

この日も店は忙しく、ひっきりなしに来客があったのだが
熱病の薬を求める者は、ぱったり来なくなった。

客の中には本人、もしくは家族が流行り病に侵された者もおり
ユリナはそれとなくその後の経過を尋ねてみた。

すると、すでに完治している者を除き、症状に差があるものの
昨晩から急に病状が軽くなったのだと口を揃えた。

自分が病魔に侵されていないことから
あの子はサーミヤなどという、恐ろしい魔物なんかじゃないでは
と疑っていたのだが、モモコの説を裏付けるこの結果に
その余地はなくなった。

あと、心配なのはリサコ自身だ。
もう戻ってこないのではないかとユリナとモモコは案じたが

「行く当てなんてないし、そのうち帰ってくるよ」

とサキはこれまた楽観的に答えた。
リサコがある程度、貯えを持っていることは彼女も知っていた。
だが、魔物と一緒に泊めてくれるところなどない。

一日、二日は野宿でしのげても、お腹が空いたら帰ってくるよとサキは笑った。
445 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/26(火) 05:14
ところがサキの予想に反し、リサコはその日の昼過ぎ、店に現れた。
どこかに匿っているのか、魔物の姿はない。
彼女は、午前中サボってしまったことモモコとユリナに詫び
薬屋に戻って調合を始めた。

これといっていつもと違う様子はなく
客に対しても、モモコたちに対しても
いつもと同じように接していたが、魔物のことを尋ねると

「ぜぇ〜ったい、教えない!」

と怒ったような表情で言い放ち、そっぽを向いた。

こうして一日、二日が過ぎた。
依然、魔物の行方はわからない。

見舞いがてらに薬草を持ってモモコがサキを訪ねたのだが
彼女も魔物の居所について、なにも掴んでないらしい。

「リサコ、部屋に鍵掛けてのね。だからてっきり…」

ハンターたちの住まいでは、全員が家を空けるときを除き
自室に鍵を掛ける習慣はない。

これは魔物を匿っているからだろうと
サキはリサコが留守中に彼女の部屋に入った。

「どうやって入ったの?」
「まあアタシ、合鍵持ってるから」

ハンターを束ねる立場にあるのだから、当然と言えば当然だ。
多少の後ろめたさはあったが、緊急事態だししょうがない
と自分に言い聞かせ、部屋を探ったのだと言う。

ところが、そこに魔物は居なかった。
446 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/05/26(火) 05:15
モモコからその話を聞き、ユリナは首を傾げた。

「じゃあ、どこ連れてったんだろうね?」

モモコとふたり並んで薬屋に顔を向ける。

リサコは相変らず黙々と薬の調合をしていた。
ただ、普段とはほんの少し違うのが
マーサの部屋から持ち出したレシピを山積みにしていることだ。

モモコがそっと耳元で囁いた。

「あれさ、きっとあの子の病気を治す薬を作ってると思うんだよね」
「えっ、そんなの作れるの?」
「う〜ん、無理だと思うよ」

以前、マーサに聞いたところによると
まだそれほど複雑な調合は教えてないらしい。

レシピがあるからといって、一朝一夕にできることではない。

それでもリサコは、真剣な表情で天秤と向き合っている。
健気ではあるが、その対象が病魔を引き起こす魔物なだけに
手放しで応援してやることができない。

天秤に顔を近づけすぎたのか、鼻に粉末を吸い込んだようで
突然リサコが大きなくしゃみをした。

そのせいでまた粉薬が辺りを舞う。
リサコは手を大きく振って払いながら
けふん、けふんと咳払いを繰り返した。

いつもなら笑いが起こるところなのだが
ユリナはモモコと顔を見合わせ、大きなため息をついた。
447 名前:びーろぐ 投稿日:2009/05/26(火) 05:21
>>434
こういうことでした。予想は当たっていたでしょうか?

>>435
大変、ありがたいお言葉ですが、誤爆の様な気もしないでもないです。
もし違うのなら、どこをどう見てそう思ったのか、知りたいですね。
448 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/26(火) 21:55
わくわく
449 名前:435 投稿日:2009/05/28(木) 00:24
誤爆じゃないですよ(笑)
一番はアットホームな雰囲気が文章から伝わってくる部分ですかね
450 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/06/02(火) 04:53
451 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/06/02(火) 04:55
どのくらい眠っていたのだろう。
目を開けるとなんだか辺りがやけに明るい。

ベッドの下で、ジッと隠れていろと言われていたにも関わらず
知らず知らずのうちに這い出ていたようだ。
上半身が外に投げ出されている。

この状態で見つからなかったことも不思議だが
今の自分に、これだけの体力が残っていたことの方が驚きだった。

戻ろうと思うのだが、身体がいうことを利かない。
その内、あの少女が現れて戻してくれるだろう。
それを待つしかない。

扉の開く音がして声が聞こえた。

「スーちゃん、ゴメンねぇ〜。入るよぉ」

あの少女の声ではない。早く身を隠さなければ。
気は急いているのだが、身体の方が着いてきてくれない。
パタパタと足音が近づいてくる。
背後で「あっ」という声と共に、足音が止まった。

しばしの静寂の後、今度は足音が遠ざかって行った。
バタンと乱暴に扉を閉める音が響き渡った。

もうおしまいだ。覚悟を決め、動きを止める。

やがて再び扉が開いた。今度の足音は、やけに慎重だ。
先ほどと同じように、背後でピタリと止まる。

後は頭上から大量の水が降り注ぐだけだ。
それで全てが終わる。なにもかも──目をギュッと閉じる。

「はい。これ食べな」

ゆっくりと目を開ける。紙の上に、浅黒い粉末が盛ってあった。

「ファイアードラゴンの鱗を乾燥させて煎じた薬だから。
 食べたら元気になるよ」
452 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/06/02(火) 04:55
453 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/06/02(火) 04:57
モモコは頬杖を突いてベッドに腰掛け、薬を舐める魔物を見下ろした。

「スーちゃんの部屋に居たとはねぇ」

そう言って部屋中を見渡す。
そういえば、店に来るたびリサコは必ずこの部屋に出入りしていた。
レシピを出す時と戻す時、一日に二回。

だが今思うに、それ以外は極端にこの部屋に近づかなかった。
衰弱し、苦しんでいるであろうこの魔物が
気になって仕方がないはずなのに、階下から部屋を見上げることもなく
黙々と薬の調合に集中していた。

「それにしてもリサコ、大胆だよね。
 モモなんて、昨日から何度もこの部屋入ってるのに。
 それに、スーちゃん帰ってきたら、どうするつもりだったんだろ?」

熱冷ましの薬を調達に出向いているマーサは
予定ではすでに戻っていてもおかしくなかった。
サキやユリナは気づかなかったが、多少でも魔力のある彼女なら
魔物がサーミヤであると気づき、すぐに処分しただろう。

だがしかし、誰からも支持を得られないリサコにとって
マーサは最後の砦だったのかもしれない。

きっとママならわかってくれる。この子が悪い子じゃないって──

そう思うと切なくなってくる。
モモコは床に目を落とし、長い息を吐いた。
454 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/06/02(火) 04:59
「アンタさぁ、リサコのこと好きなの?」

冷ややかな視線を向け、魔物に語りかけた。
薬を舐めていた魔物の動きが止まる。

「わかってる? あの子、水の魔法が得意なんだよ」

魔物が頭をもたげた。ゆっくりとモモコに顔を向ける。

「ちょ、こっち向かないで!!」

モモコが足をばたつかせ、掌を突きつけ首を激しく振る。
すると魔物は、ふと顔をそらせた。再び薬を舐め始める。

「もう、モモのこと、呪わないでよね」

アンタのこと助けてあげてるんだからと鼻を鳴らす。

「いくらアンタがリサコに懐いても、このままだと
 お互い不幸になるだけだと思うよ」

成長し魔力が強くなってくれば、いずれ退治しなければならなくなる。

「長く一緒に居るとね、情が湧いてくるのね。
 そうなったら、余計に辛くなるじゃん。情って意味、わかる?」

そう問いかけるが、魔物は黙々と薬を舐め続けている。
モモコはつまらなそうな表情で首を傾げた。

「アンタに言ってもわかんないか」

膝をポンと叩いて立ち上がる。

「モモ、もう行くけど、それ飲んで元気になったら
 どっか人の居ない山奥にでも行っちゃってね。
 それがアンタにとっても、リサコにとっても一番いいんだから」

モモコはそう言って部屋から立ち去った。
455 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/06/02(火) 05:00
マーサの部屋で魔物を見つけたことを
モモコはユリナにもリサコにも話さなかった。

様子を見に行くこともなかったのだが
薬が効いているらしいことはわかった。

閉店間際、レシピをマーサの部屋に返しに行ったリサコが
ここ数日で見せたことのない、晴れ晴れとした表情をしていたからだ。

翌朝になっても、リサコの上機嫌は続いていた。

モモコが「おはよう」と声を掛けると
にやけた口元を慌てて引き締め

「さあ、今日も頑張って調合のお勉強しないと」

難しいから大変だよ、などと呟きながら階段を登っていく。

モモコの口元から思わず笑みがこぼれた。

──まあ二、三日ぐらいだったら一緒に居てもいいか。

魔物が魔力を取り戻せば、町に居座るかぎり
熱病にかかっている人たちの病状が重くなるだろう。

だが薬で治る程度ではあるし、問題はない。
いつまで経っても立ち去る様子がなければ
サキに相談しよう。
彼女なら、きっとなんとかしてくれる。

そんなことを考えていると、突然乱暴に扉を開く音がした。

二階を見上げると、血相を変えたリサコが手摺を掴んで立ち尽くしていた。
456 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/06/02(火) 05:01
「リサコ……どうしたの?」

モモコは立ち上がった。
だがリサコの耳に彼女の言葉は届いていないらしく
せわしなく左右に顔を振り向けると、モモコの部屋へと駆け込んだ。

モモコが二階に上がろうかどうしようか迷っているうちに
リサコが部屋から飛び出してきた。
そして、次にユリナの部屋へ向かい、扉を激しく叩く。

「ああ、リサコじゃん。どうしたの?」
「来てない?」

姿を見せたユリナは、いきなり尋ねられ首を傾げた。

「誰が?」
「あのね、居ないの! 部屋に行ったら、居なくなってたの!」
「えっ、誰のこと?」

ユリナは眉を寄せた。
ちょっとゴメンと言って部屋に入ろうとしたリサコだったが
ユリナの肩の上に、ミントがひょっこり顔を見せたため
あばばりながら回れ右をした。

「リサコ!」二階を見上げ、モモコは声をあげた。
「それって、スーちゃんの部屋に隠した、サーミヤのこと?」

「どうして…」

リサコの顔色が、見る見るうちに青くなる。
階段を一気に降り、モモコの元へ駆け寄る。

「なんで、なんでモモが知ってんの!?」
457 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/06/02(火) 05:03
──そっか、あの子、ちゃんとモモの言うことわかってくれたんだ。

夜、元気になった様子をリサコに見せて安心させ
そしてそのまま姿をくらませたのだろう。

ここはちゃんと説明しなければならない。
そうしなければ、魔物のことを想うリサコにも
黙って身を引いた魔物にも、申し訳がない。

モモコは慎重に口を開いた。

「あのね、昨日スーちゃんの部屋に行った時に、見つけたの」
「えっ、そうなの? マーサの部屋に隠れてたの?」

遅れて降りてきたユリナが、モモコとリサコ、どちらか一方にではなく
ふたり同時に投げかけるように尋ねた。

モモコは口元をしっかり引き締め、頷いた。
リサコは黙ったまま、モモコの顔を睨みつけている。

「どうもベッドの下に隠してたみたいなんだけど
 こう、なんか半分身体がはみ出てて、それでモモ見つけたんだけど」

「そうなんだ…ウチ、マーサの部屋に入ったけど
 全然気づかなかった」

顎に手を当て、ユリナが深刻そうに頷いた。

留守中でも互いの部屋を行き来する仲だからこその盲点だった。
もっとも、ミントが苦手なモモコとリサコが
ユリナの部屋に立ち入ることは皆無だったが。
458 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/06/02(火) 05:04
「あっ!!」

叫び声をあげ、リサコが表情を歪めてモモコを指差した。

「ひょっとして…それで退治しちゃったの!!」

つぶらなモモコの瞳が見開かれた。激しく首を振る。

「ち、違うよ、モモは…」
「ぜんぜん悪い子じゃないよ、熱病なんて関係ないもん!」

リサコの肩を掴もうとしたしたモモコの手を、リサコは振り払った。

「酷い!!」
「いや、違う…モモは」
「モモ、酷い!」

リサコは頬に流れる涙を拭おうともせず
真っ直ぐにモモコの顔を睨みつけた。
ふたりの顔を、心配そうに見比べていたユリナが
モモコの肩に手を置き、そっと尋ねた。

「そうなの? モモチが退治しちゃったの?」

モモコは顔を震わせ、ユリナの顔をすがるように見上げた。

「違うよ、モモ、そんなことしてないよぉ」
「じゃ、なんで居なくなってんの!?」

リサコが人差し指をマーサの部屋に振り向け、声を荒げた。
その迫力に気圧され、モモコは思わず後ずさった。
459 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/06/02(火) 05:06
「それは、たぶん自分で出て行ったんじゃないかと…」
「そんなはずない。だってアタシにもの凄くなついてたんだよ!」

リサコが詰め寄る。モモコはさらに後ずさった。
平坦な床にも関わらず、つまずいて転びそうになる。

「おっはよう!」

武器屋の扉が開き、元気な声が飛び込んできた。
サキだった。モモコとユリナは、その声に顔を向けたが
リサコはモモコの顔を睨みつけたままだった。

「ジャーン! 見て、アタシ元気になったよ!」

そう言うとサキは華麗にターンをして、最後にポーズを決めた。
が、誰も反応しない。決めポーズを維持したまま
彼女の眉だけが不安そうに下がっていった。

「あれ……なに、この空気?」

リサコがおもむろにサキに顔を向けた。
驚いたように目を見開き、口元に苦悶の表情を浮かべた。
そして無言のまま、店の奥へと駆け出した。

後を追うとしたモモコだったが、足が動かなかった。
廊下を走る足音がむなしく響き、そして裏口の扉が開く音がした。

足元に視線を落とし、モモコは静かに腰を下ろした。
ユリナはどうしていいのかわからず、頭を掻くとため息をついた。

「えっと……アタシはどうすれば、いいんでしょうか?」

依然、ポーズを決めたままのサキが訊いた。
460 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/06/02(火) 05:08
説明を求めるサキに、ユリナは魔物がマーサの部屋に匿われていたこと
朝になったら居なくなっていたこと、モモコが退治したんじゃないかと
リサコが詰め寄ったことなどを話した。

終始うつむいていたモモコだったが
自分が退治したのではと疑われた件になると
つと顔をあげ口を開きかけた。
だが結局なにも言わず、またうつむいた。

「で、そこにサキちゃんが現れたわけよ。
 病気が治ったってことは、つまり、そういうことだから…」

元気になったサキを見て、リサコは魔物がもうこの世に居ないことを確信したのだ。

「ってことは、アタシの病気が治らなかったほうが良かったってこと?
 失礼しちゃうね、まったく」

頬を膨らませサキはカウンターに近づいた。

薬屋の呼鈴が鳴った。
今のモモコに接客ができるような状態ではない。
「はーい」と言いながら、ユリナが薬屋に向かった。

「いやあ、朝早くからすまないね」

そこに居たのは見慣れない顔の中年の女性だった。

「腕のいい薬師が居るって聞いたもんでね」

隣町からやってきたのだそうだ。
田舎のことだから、隣町といっても早朝の散歩がてらに
ちょっと立ち寄るといった距離ではない。

マーサの腕を聞きつけ、わざわざ来てくれたのだということに
ユリナは自分のことのように誇らしく思った。
461 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/06/02(火) 05:10
「昨日の夜中にね、ウチの旦那が熱出しちまってね」

ユリナは頬に手をあて、それは心配ですねと眉を寄せた。
すると客の女性は手招きをするように手を振り、鼻で笑った。

「心配なもんかい。いつも怒鳴り散らしてるあの宿六が
 静かになって、むしろ清々しているよ」

客の笑い声に釣られ、ユリナも笑顔になった。

「ところがね」

客の女性は不意に笑顔を引っ込めた。

「旦那だけだったらよかったんだけど、朝になったらウチのチビちゃん
 ああ、三歳と五歳になる娘が居るんだけどさ、これがまあ、お転婆で」

アタシに似たらおしとやかになってるはずなのに、なんでだろう?
ああ、きっと旦那の血筋に違いない、実は姑が癇癪持ちでいつも困らされる。
そういえば、この前もアタシが掃除していたら──

と、この年頃の女性、平たくいえば小母さんにありがちな
ころころと話題の変わる話に、ユリナは一々相槌を打って応えていた。

「あのぉ……」

カウンターに手をつき、サキが仕切り代わりの戸棚の陰から顔を出した。

「クマイちゃん、ゴメンね……ちょっといいですか?」
「なんだい?」
「えっと、娘さんが朝になったら、どうなったんですか?」

ああ、肝心の話を忘れてたよ、と客は何度も頷いた。

「それがさぁ、チビちゃんふたり揃って熱出しちゃってさ。
 宿六だけだったら、放っておくんだけどね。
 それで、近所で聞いたら、こっちの方で熱病が流行ってるとかって」

ユリナとサキは顔を見合わせた。──まさか。
それまでうな垂れていてモモコが、ゆっくりと薬屋に顔を向ける。
そんな三人の様子には気づかず、客の女性は続けた。

「ウチの連中も、その流行り病にやられたのかもしれないって…
 どうしたい? アタシの顔に、なんか付いてるかい?」
462 名前:第七話 なん恋 投稿日:2009/06/02(火) 05:14



                    ── 完 ──
463 名前:びーろぐ 投稿日:2009/06/02(火) 05:28
ちょっと短めですが、七話完結です。
感想等ありましたら、どしどし書いてやってください。何でも構いませんので。

>>448
わくわくは続いてますでしょうか?
ドキドキに変わっていれば嬉しいですね。

>>449
誤爆じゃないと知って、安心しましたw
剣と魔法のファンタジーなのに、アットホームでどうすんだって感じですが
雰囲気を楽しんで頂いているようで、嬉しいです。
これからも、こういう感じで行きますので、よろしくお付き合いください。

さて、次回の更新予定です。
来週6月9日、火曜日の早朝を予定してます。
sage更新ですので、お見逃しないように。
464 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/03(水) 00:21
初めておねえさんしたけど
モモコ辛いな
465 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/04(木) 00:28
普段があのテンションだけに、影で優しかったりするのがじーんと来るね。
この両極端さがモモコの特徴でもあるけど。
466 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/04(木) 00:31
今回のタイトルとの関連性は、サーミヤと面と向かえないから、
「横顔だけど・・・」ってとこかな?
467 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/04(木) 06:52
自分バカだからオチが分からない…orz
468 名前:びーろぐ 投稿日:2009/06/09(火) 03:52
>>464
辛いですよね。でも、きっと報われる日が来るはずです。

>>465
なんだかんだ言って、みんなから頼られてる感じがしますよね。
梨沙子がどう思ってるか、謎なんですけどw

>>466
おー、それいいですね。頂きますw

>>467
全然大丈夫。なんせ、まだオチてませんからw

さて、予告通り更新します。本日は前半を、来週後半を更新します。
今回は八話ではなく、特別編です。
469 名前:特別編 投稿日:2009/06/09(火) 03:55
最後の客を送り出した後、モモコとユリナ、それにリサコの三人は
それぞれの店の中で、なにをするでもなく椅子に腰掛けうなだれていた。

遠くから馬の蹄の音が聞こえる。
だんだん近づいてきて、ついに店の前で止んだ。

ユリナが立ち上がった。
釣られるようにしてモモコが不安そうな顔を上げる。
扉が開き、サキが現れた。

「はぁー、ただいま」
「どうだった?」

ユリナが尋ねる。サキはコリをほぐすように首を回した。

「間違いないね、あれはサーミヤの仕業だよ」

現在のところ、被害者は八人。
今朝、薬を買いに来た婦人の家の納屋に潜んでいる可能性が高い。
緊急に町の議会を開いてもらい
魔物退治の依頼を受けてきたということだ。

サキはいつまでもうつむいているリサコの前に立った。

「さっ、リサコの出番だよ」

リサコは弾かれたように顔を上げた。
困惑するような視線をサキに向ける。

「あと、モモ!」

突然、名前を呼ばれモモコの顎がピクリと動いた。

「今回は、ふたりに行ってもらうから」
470 名前:特別編 投稿日:2009/06/09(火) 03:57
「ちょっと待って、なんでモモチとリサコなの?」

当人たちが口を開く前に、ユリナが訊いた。

サキはこの人選のどこに疑問を挟む余地があるんだと
驚いたような顔を作った。

「だって、サーミヤは水に弱いんだよ?
 だったらリサコじゃん」

そう言ってリサコの肩を抱いた。
そしてモモコの顔を指す。

「それにモモ、前にサーミヤ倒したの、自分だって言ったじゃん」

ゆっくり立ち上がりながら、モモコはそうだけど、と呟いた。

「ね、これで決まり。じゃあ、準備して。ほら早く!
 暗くなる前に発たないと!」

リサコの腕を掴んで立たせ、手を叩いて急かす。
宿泊先は確保しているからとモモコにメモを手渡した。

ふたりがのろのろと準備を進める間に
サキはマーサの部屋から一本の杖を持ち出した。

「リサコ」

サキが声を掛けると、リサコは虚ろな表情で振り向いた。
サキは手にした杖に、視線を落とした。

「これ、ファイティン城でマーサがもらった杖なんだ。
 けっこう、高価な物らしいのね。
 で、いつかリサコが一人前になって、必要な時が来たら
 渡そうって大切に保管してあったの」

淡々と語るサキの言葉を、リサコはぼんやり聞いていた。

「マァが居ない間に、アタシがこんなこと言うのもアレなんだけど
 今がその時だと思うんだよね」

サキは杖をリサコに差し出した。

「はい、受け取って」
471 名前:特別編 投稿日:2009/06/09(火) 03:57
 特別編 ──Bye Bye またね──
472 名前:特別編 投稿日:2009/06/09(火) 03:59
モモコとリサコが発った後、閉店後の片づけをするユリナをサキも手伝った。

「あのふたり、大丈夫かなぁ」

サキに尋ねるというより、独り言をいうようにユリナは呟いた。

「さぁねぇ、どうだろうねぇ〜」

床を掃きながらイタズラっぽい口調でサキが答える。
カウンターを拭く手を止め、ユリナが身を乗り出した。

「ねえ、なんであのふたりに行かせたの?」
「だから言ったじゃん。サーミヤは水が…」
「でも、まだ子供なんだよ。水桶一杯で退治できるんだよ?」

水の魔法が得意だとか、以前退治した経験があるとかは必要ない。
その程度だったら自分でも退治できる、とユリナは主張した。
ギュッと握り締めたため、雑巾から水が滴り落ちる。

「それにさ、リサコあんなに可愛がっていたんだよ。
 退治なんてできないよ、絶対」

「ん〜、そうかもしんないねぇ」

「モモチだってさ、今朝のあんなリサコ見てたら
 可哀想で退治するなんて無理だよ」

「そーだねぇ、無理かもねぇ」

「じゃあ、なんでふたりに行かせたの?」

自分だってリサコの目の前で、魔物に水をぶっ掛けることなどできない。
あれだけ強く責められたモモコは、なおさらのことだろう。
ここは、自分とサキとで赴くのが正解ではなかったのか。
そう言ってユリナはより強く雑巾を握り締めた。

サキは作業の手を止め、ユリナの顔を凝視した。

「クマイちゃん」
「なに?」
「カウンターの上」
「あっ!」

ユリナはびしょ濡れになったカウンターを慌てて拭いた。
473 名前:特別編 投稿日:2009/06/09(火) 04:02
「ひょっとしたらさ、退治しないで帰ってくるよ、あのふたり」

カウンターをゴシゴシ擦りながら、ユリナは責めるような口調で言った。

「ゴミ箱どこだっけ?」

チリトリを手に辺りを見回すサキに
こっちにあるからとユリナが手を差し出しす。

「退治しないで、どうするの?」

ホウキとチリトリを手渡しながらサキが尋ねる。
ゴミ箱に向かいながら、ユリナは唸り声をあげた。

「そうだなぁ…どっか、山奥とかに逃がしちゃうとか」

ホウキを振り回しながらユリナが言う。
サキは腕組みをして業とらしくしかめっ面を作った。

「あるねぇ。あのふたりならやりかねない」

「でしょ!」ユリナはそれ見たことかと、冷ややかな視線をサキに向けた。
「そうなったら、どうするつもりなの?」

サキはカウンターに手をつき身を乗り出した。

「そりゃあ、怒るよ。怒るに決まってんじゃん。
 モモがついていながら、なんてことしてくれたのって。
 ハンターの信用、台無しじゃんって、めっちゃ怒るよ」

サキの剣幕に、ユリナは身を引いた。
足元から頭へと、舐めるような視線を送る。

「えっ、なに言ってんの、サキちゃん?」

するとサキはしたり顔で口元をほんの少し歪めて見せた。

「まあ、そうなったら、さすがにリサコもモモのこと、見直すでしょ」

子供扱いもしなくなるんじゃないかと口元を舐める。
しばしの沈黙の後、ユリナはあんぐりと口を開けたままゆっくり頷いた。

「あぁ……なるほど」
474 名前:特別編 投稿日:2009/06/09(火) 04:02
 
475 名前:特別編 投稿日:2009/06/09(火) 04:04
隣町へ向かう道中、モモコとリサコは一切口を利かなかった。

夕闇が迫る中、トボトボと足を進めるリサコの背中を目標に
着かず離れず、まるで尾行でもするように、モモコは後を追った。

町外れに差し掛かる。
辺りは一面、麦畑が広がり、隙間を埋めるように
民家がポツリポツリと点在している。
鳥の居なくなった大空に、コウモリが一匹
我がもの顔で舞っていた。

モモコは足を止めた。
少しずつ遠ざかるリサコの姿を目で追う。
大きくひとつ頷き、駆け足でリサコを追い抜くと前に回った。

突然、目の前に現れたモモコに驚き、リサコは立ち止まった。

「リサコ、サーミヤ捕まえよ!」
「……捕まえる?」

怪訝そうにモモコを見つめるリサコに
モモコはそうだよと言って腕を抱いた。

「病気は薬で治るし、あれぐらいの魔力だったら
 遠くに離れたら呪いも効かなくなるのね。
 だからね、捕まえて遠くに連れてっちゃうの。
 誰も居ないような、山奥に逃がすのよ。
 そしたら、退治しなくても済むから」

一気にまくし立てるモモコに、リサコは唖然となった。
モモコは「聞いてる?」と言ってリサコの身体を揺さぶった。

「……退治しなくて…いいの?」
「そうだよ、しなくていいの」
「ホントに?」

モモコは真剣な表情でしっかり首を縦に振った。
そこでようやく、リサコの顔に笑みが浮かんだ。
476 名前:特別編 投稿日:2009/06/09(火) 04:05
「モモ、凄い!」

「凄いでしょ? こんなの誰も思いつかないよ。
 やっぱモモって天才なのかも! ウフフ」

ふたり手を取り、飛び跳ねながらはしゃいだ。

「でも…」リサコがふと視線を落とした。
「そんなことしたら、キャプテンに叱られないかな」

不安そうなリサコの顔を見上げ、モモコは胸に手を置いた。

「大丈夫、モモが責任取るから。リサコは心配しなくていいよ」

そう言い聞かせると、リサコははにかんだような表情で頷いた。
が、今度はモモコが顔を伏せる。

「ただね、ひとつだけ問題があるのね」
「えっ、なに!?」

リサコの表情が曇る。モモコは唇を尖らせ上目遣いでリサコを見た。

「サーミヤをね、遠くへ連れてこうとしたらね
 ほら、やっぱり呪われちゃうでしょ。そんなのヤじゃん。
 だからね、どうやったらモモ、呪われずに連れてけるか、わかんなくて」

モジモジしながらモモコが言う。
リサコは腕組みをして冷ややかな視線を送った。

「もう、だらしないなぁ」
「だってぇ…」
「しょうがない、それはアタシが行ったげる」
「ホント?」
「ちゃんと、責任持って逃がしてくるから」
「ありがとう〜リサコ!」

手を叩いて喜ぶモモコに、満面の笑みでリサコは応えた。
477 名前:特別編 投稿日:2009/06/09(火) 04:08
「そうと決まれば、急ごう!」

モモコはリサコの手を取り、駆け出そうとした。
だが、リサコは一歩足を踏み出したところで立ち止まった。

「? どうしたの、リサコ」

リサコはモモコの手を離すと顔を背けた。
姿勢を正し、唇を噛みしめる。
そして真剣な眼差しをモモコに向けた。

「あのね、モモ」
「なに?」

なにを言い出すんだろうとモモコはびっくり顔になった。
一旦、顔を伏せたリサコだったが
再度、顔を上げた彼女の瞳が、微かに潤んでいた。

「酷いコト言って、ゴメンなさい!」

リサコは頭を下げた。モモコの表情が崩れる。

「なんだ、そんなことかぁ。いいよぉ〜、気にしなくても。
 モモ、全然気にしてないし」

「でも、薬あげてくれてくれてたんでしょ、クマイちゃんから聞いたよ。
 そのおかげで、元気になって、それで居なくなってて」

「そうだよぉ、ファイヤードラゴンの鱗、よく効くんだから」

「なのにアタシ、あんな酷いコト言って、モモのこと責めて…」

「もういいって。ちょっとぉ、泣かないでよぉ〜。
 リサコ泣いたら、モモまで泣きたくなっちゃうじゃ〜ん」

涙がこぼれそうになるリサコを宥める。

「モタモタしてたら、真夜中になっちゃうよ。ねっ、急ご?」

リサコが無言のまま大きく頷いた。
モモコが手を引き、夜のあぜ道をふたり並んで駆け出した。
478 名前:特別編 投稿日:2009/06/09(火) 04:08
 
479 名前:特別編 投稿日:2009/06/09(火) 04:11
魔物を捕え、人の通わない山中に放す。

これで上手くいく、はずだった。ところが──

ふたりは熱病に冒された農夫の家に来ていた。
畑に行くのに、魔物が潜んでいると思われる納屋の前を通ったらしい。

マーサの煎じた薬は、飲めばたちどころに完治するというものではない。

それでも今朝、薬を買いに来た婦人の家では
夫も子供たちも普通に歩きまわれるまでに回復した。

だがこの家の農夫は、サキが持参した薬を飲んだにも関わらず
昼前に倒れてから、まったく病状が変わっていないのだという。

それに、モモコたちの町で流行った熱病に比べ
格段に病状が重くなっている。

これはサーミヤの魔力が強くなっている証拠だ。

しかも、薬では治らないほどに。

そして、ここまで強くなれば、サーミヤが遠く離れたからといって
呪いが解けるようなことはない。

患者を診ていたモモコが、振り返った。
両手を組み不安そうに見守るリサコと目が合う。

「どうしよう、リサコ」

泣きそうになりながら、訴えかけるように言う。

「ファイヤードラゴンの鱗、効き過ぎちゃったみたい」
480 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/09(火) 08:20
ドキドキ
481 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/10(水) 00:49
前回で完結してたけど
モモコ救済の特別編?
482 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:14
ふたりはサーミヤが潜んでいると思われる、納屋の前に立っていた。

「リサコ、ホントにいいんだね」

モモコが確認すると、納屋を睨みつけたまま、リサコは静かに頷いた。

彼女らが町にたどり着いた時には、被害者は十五人にまで拡大していた。
だが発症したのは夕暮れまでで、サキの訴えで議会が召集され
この納屋付近が立ち入り禁止となってからは、出ていない。

これはサキの見立て通り、この納屋に潜んでいる公算が強いことを示す。

また、薬では治らないような症状の者は九人で
朝早く発病した者は、薬で病状が軽くなっていた。
つまり、昼前ころから魔力が強くなったということだ。

予想外の状況に、モモコは一度戻ることを提案した。
ところが、リサコがそれを拒否した。

「だって、ひょっとしたらあの子じゃないかもしれないでしょ」

今更、モモコの見立てを疑うつもりはない。
あの魔物は、サーミヤで間違いないだろう。
だが、この町での現象は、違う原因の可能性もある。

今ここで戻れば、違う人が派遣されるかもしれない。
チナミが一仕事終え、戻って来てるかもしれない。
マーサが熱冷ましの薬を調達し、帰って来てるかもしれない。

リサコは、なんとしても自分の目で真相を確かめたかった。
だから今、この町から離れるわけにはいかなかった。

「リサコにとって、すっごく辛い結果に、なっちゃうかもしれないんだよ。
 それでもいいんだね?」

モモコの問いに、リサコは力強い眼差しでしっかりと頷いた。
483 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:16
まずは逃げられないよう、納屋の周りに罠を張る。

モモコが以前マーサから教わっていた呪文をリサコに教えると
ファイティン城でもらった杖を使って
いとも簡単に魔法陣を創り上げた。

しかも、水脈もないにも関わらず、マーサが創ったものより強力だ。

普通の罠ならまともに創ることもできないのに
さすがはサーミヤの呪いを跳ね返すだけの威力はあると
リサコの水の魔力の高さに、モモコは感心した。

リサコが杖を突き立て魔法陣を創り
モモコが砂をまいて定着させる。

作業に没頭している間は、余計なことを考えずにすむ。
ふたりは松明片手に、懸命に身体を動かした。

「これでいいかな?」

モモコはいいよと言って小さく頷いた。

納屋の裏に三つ、各側面に三つ、表に二つ罠を張った。
数としてはいささか心もとないが、通常の罠と違い
中に入ってこちらから攻撃もできるのだから、問題ないだろう。

いよいよ納屋に踏み込む時がきた。
扉の正面にリサコが立ち、その背後にモモコが控える。

「リサコ…」
「うん」

リサコの喉がゴクリと鳴る。彼女は取っ手に手を伸ばした。

木材が軋む音が、耳を刺激した。
484 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:18
納屋には馬鍬や大鎌などの農具が所狭しと並べられていた。
松明を差し入れると揺れる灯りに陰影が形を変化させ
不気味な化け物のように見えた。

リサコが魔物の名前を呼びながら、足を踏み入れた。
一歩進むごとに、床が軋む音が鳴る。

モモコは入ることができず、入り口に佇んでいた。
なんの意味があるのか、手首で耳を押さえ、部屋の中を見回した。

天井に蜘蛛の巣が張っている。
家人の話では二、三日前に納屋の整理をしたそうなのだが
まるで何年も人が入っていないように思えてしまう。

「ねえ、居ないの? 居るなら出てきて」

リサコが声を掛ける。反応はない。

ひょっとして、ここではなかったのか──
そう思った次の瞬間、屋根裏からコトリと小さな音が聞こえた。

「今、聞こえた! なんか音したよ!!」

モモコは思わず声をあげた。
リサコが振り返り、口元に人差し指を立てる。

「シー、静かに!」

顔を戻し、松明を差し向ける。

「そこに居るの?」

リサコが囁くように言う。
すると、天井裏から何者かが走り回るような音が響いた。
485 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:19
モモコは思わず後ずさった。
次の瞬間、頭上でガタンと大きな音がした。
なにかが頭の上に落ちてきて、髪の毛をかきむしる。

「キャー!!」

叫び声をあげてうずくまるモモコの背中を、何者かが蹴った。
砂を蹴る軽快な足音が後方へと遠ざかる。

振り向いたリサコがモモコに駆け寄った。
だが、彼女はモモコを見ていなかった。
扉の枠に手を掛け、外に目を向けている。

うずくまったまま頭を抑えモモコは振り返った。
そこに、月明かりに照らされ、飛び跳ねる魔物が居た。

モモコの意識が遠ざかる。その場に倒れた。

「モモ!」

松明を放り投げ、リサコが屈んでモモコの身体を支える。

「モモ、大丈夫!?」
「もうダメ……呪われちゃった…」

弱々しく首を振り、リサコの手を取る。
モモコの名を呼び、額に手を当てたリサコだったが
ふと顔をしかめ、ゆっくりと首をひねった。

「あれ? 熱ないじゃん」
486 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:20
モモコはパチパチと瞬きを繰り返した。
両手を頬に当てる。

「あれ、ホントだ!」

よかった、まだ呪われてなかった──
だが、喜ぶのはまだ早い。すぐそこに、サーミヤが居るのだ。
モモコは慌ててリサコの背後に隠れた。

リサコが立ち上がった。魔物を凝視する。
飛び跳ねていた魔物がこちらを向いた。
リサコの姿を見つけ、軽快な足取りで近づいてくる。

小さくなってリサコの背中から覗いていたモモコは顔を伏せた。

「来ちゃダメ!」リサコが叫んだ。「オマエがやったの!?」

魔物が立ち止まる。リサコの声が震えていた。

「今、流行ってる病気、ホントにオマエがやったの?
 みんなが熱で苦しんでいるのは、オマエのせいなの!?」

モモコはリサコの影からそっと顔を覗かせた。
魔物が「クゥ〜ン」と鳴き声をあげながら
愛嬌のある表情で小首を傾げている。

問いかけたところで、魔物が答えるわけがない。
だが、モモコは確信していた。
学術的な特徴だけでなく、漂う妖気がファイティン城で戦った
あのサーミヤに酷似している。

リサコも気づいているはずだ。
店から抜け出す前に比べ、魔力が格段に上がっていることを。
487 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:22
リサコが突然、走り出した。
腰の辺りを持って隠れていたモモコは
支えを失い前方に転びそうになった。

魔物とモモコの間に、遮蔽物がなくなった。
モモコは焦った。どこかに身を隠さなければ。

どうすればいいかわからず、オロオロするばかりだったが
魔物は彼女など目もくれず、その視線は駆けるリサコを追っていた。

リサコが魔法陣に入った。地面が円形にぼんやり光る。

モモコは魔法陣に入れば呪いが軽減されることを思い出した。
魔物の視界を避け、リサコとは別の魔法陣に向かった。

なんとか呪われることなく、魔法陣に駆け込むことができ
モモコはその場にしゃがみ込んだ。

視線を向けると、リサコが魔物と正面から向き合っていた。

「ゴメンね。でも、こうしないとダメなの」

リサコの頬に大粒の涙が伝っていた。
魔物は遊んでもらえるとでも思っているのか
盛んに飛び跳ねたり宙返りしたりしている。

リサコの手がゆっくりと上がっていく。
魔法陣の境界線を越えれば、指先から強烈な放水が始まる。

「ホントに、ホントにゴメンね」

激しい嗚咽のため肩が揺れていた。
もう少しで指先が境界線を越える。

今まさに、モモコの目の前で魔物が退治されようとしている。

──いいの? リサコに辛い役目を押し付けて、モモ、ホントにいいの?

モモコは激しく首を振った。
口元を引き締め、よろける足取りで立ち上がった。
488 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:23
魔物を目の前にして、リサコの脳裏には
一緒に過ごした数日の出来事が浮かんでは消えた。

軒先で弱った魔物を見つけたときの不安。
サキやユリナに相談したら真剣に考えてくれた。
だが、危険な魔物だとモモコが主張し
ふたりも処分するよう、リサコに迫った。

みんなの言うことが、理解できないわけではなかった。

でも、ひょっとしたら違うかもしれない。
わずかな望みに、すがりたかった。

それに、モモコたちが言うことが正しいとしても
熱病を引き起こすくらい、大したことではないではないか。

なによりも苦しんでいるあの子を放っておけなかった。

魔物を助けたことを、後悔はしていない。

だが、今は違う。

回復した魔物は、強大な魔力を身につけていた。
熱病に侵された人たちは、退治することでしか救えない。

これは仕方のないことなのだ。でも……

あとほんの少しなのに、指先が境界線を越えられない。
石のように固まってしまい、動かすことができなかった。

──ダメ。アタシには、できない。

腕を下ろそうとした、その瞬間、魔物を激しい水流が襲った。

リサコが呆然と見守る中、大量の水に晒され
苦しむ暇もなく魔物は逝った。

あっけない最後だった。

リサコはゆっくりと水流の出所へ顔を向けた。
別の魔法陣の中に、モモコが立っていた。
モモコは悲しそうな表情で、首を振った。

「ダメだよ。リサコに、そんなことさせるなんて、
 やっぱり、モモにはできないよ」

リサコは意識を失い、その場に倒れこんだ。
489 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:24
490 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:25
その後、リサコは高熱を出して寝込んだ。

サーミヤを倒したことで、病に臥せっていた人々は
全員回復したが、その全てを背負い込んだかのように
リサコの病状は重かった。

彼女の看病を一手に引き受けたのは、モモコだった。
他の者が代わろうかと言っても、決して首を縦に振らなかった。

三日目の朝だった。

リサコが寝息を立てているベッドに上半身を横たえ
居眠りしていると、優しく肩を叩かれた。

「……あっ、キャプテン!」

モモコは慌てて起き上がり、髪を撫で付けた。

「ゴメン、ゴメン。眠っちゃってた」

だが、サキは優しい表情で首を振った。

「リサコ、熱下がったみたい。もう大丈夫だよ」

モモコはリサコの頬に手をやった。
昨夜まで焼けるように熱かったのが嘘のようだ。
表情も穏やかだ。

頬に触れた掌から、ほんのり温もりが伝わってくる。

「よかったぁ…」

安心したせいか、全身の力が一気に抜けた。
椅子から転げ落ちそうになるモモコの身体を
サキが慌てて支えてくれた。
491 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:26
後はもう大丈夫だから休んでというサキの勧めに従い
モモコは家に戻った。

相当疲れていたのか、一昼夜一度も目が覚めることなく
泥のように眠った。
だが、身体はともかく、気分はいまひとつ優れなかった。

翌朝、久しぶりに店に出ると、ユリナから看病大変だったね
と声を掛けられた。
だが、モモコは曖昧な笑みで返すしかできなかった。

「今日からリサコも店に来るみたいだよ」
「……そうなんだ」

沈んだ表情で顔を伏せるモモコに、ユリナは首を傾げた。

「どうしたの、モモチ。元気ないよ」

モモコはなんでもない、と首を振ったが
ふとあることを思いつき、ユリナに顔を向けた。

「ねえ、クマイチョー」
「なに?」

一瞬、躊躇するが、思い切って口にする。

「もしも、もしもだよ。ミントがもの凄く悪いことをして
 キャプテンたちがね、ミントのこと退治しちゃったら、どうする?
 やっぱり、怒る? キャプテンたちのこと、恨んじゃう?」
492 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:28
ユリナが拳でカウンターを叩いた。
ドンと大きな音が鳴り響き、驚いたモモコの肩がピクリと上がる。

「怒るよ!」

そうだよね、そんなことになったら、やっぱり怒るよね
と思いながらモモコは足元に視線を落とした。

が、ユリナが「モモチ!!」と続けたので慌てて顔を上げる。

「えっ、アタシ!? もしかして、モモが怒られてる?」
「なに言ってんの、ミントが悪いことなんてするはずないでしょ!」
「そっち!?」

モモコは目を丸くした。「いや、だからもしもの話で…」

「もしもでも、あるわけないじゃん!
 そりゃあさ、部屋で暴れまわったり、置物倒したり
 それくらいのことはするよ。
 でも、退治されるような悪いことなんてしないよ!
 だいたい、ミントにそんな力ないじゃん」

もの凄い剣幕でまくし立てる。
防戦一方のモモコは、思わず「それはクマイチョーが知らないだけで」
と口にしそうになったが、すんでのところで踏み止まる。

まだ子供だったとはいえ、あのサーミヤの呪いから
姿を見せることなくユリナを守ったのだから
ミントの魔力は相当のものだ。

もしもの話、ミントが本気を出して暴れたら
サキたちでは到底太刀打ちできないであろう。

だがユリナにとっては、小さくて可愛い
自分が庇護してやらなければならない、か弱い存在なのだ。
493 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:30
「ゴメン、ゴメンよ、クマイチョー」

頬を膨らませ、そっぽを向いたユリナに
モモコは手を合わせ必死に許しを請うた。

しばらく無視していたユリナだったが
「でも…」と小さく呟くとモモコに顔を向けた。

「そうなったら、しょうがないと思う」
「えっ」

モモコは放心したように呟いた。
顎に手をあて、眉間に皺を寄せてユリナはしぼり出すように言った。

「だって、みんなウチがミントのこと可愛がってること知ってるでしょ。
 なのに、そういう結論が出たってことは、しょうがないと思う。
 そりゃあ、悲しいし、何日も落ち込むと思うよ。
 でも、サキちゃんたちを恨んだりはしない。絶対、しないよ」

──だって、みんなを信頼してるから。

ユリナはそう言って微笑んだ。

「だから、リサコもわかってくれると思うよ」

モモコは無意識のうちに立ち上がっていた。
だから元気出して、と言い残し道具屋に向かうユリナの背中を目で追う。
途中、振り返り

「あっ、でも今のは『もしも』の話だからね。
 ミントは、そんな悪いことしないから」

と言って人差し指を立てるユリナに、口元に笑みを浮かべ
モモコは頷きながら「ありがとう」と小さく呟いた。
494 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:31
モモコに向かって人差し指を立てるユリナの視界に
ひとつの人影が写った。

リサコだった。裏口から入ったらしく、彼女は店の奥から姿を見せた。

「リサ…」

声を掛けようとしたユリナだったが
彼女が口元に指を立てたため、口をつぐむ。

なにをするんだろうと見守っていると
物音を立てないよう、慎重に足を進め
モモコの背後に立った。

視線を落とし、膝頭をモモコの膝裏に合わせる。
口元が歪み、まるでアヒルの嘴のようになっている。

次の瞬間、えいとばかりに膝を曲げた。

後から膝裏を押され、モモコはバランスを崩し
転びそうになって、カウンターに手を着いた。

なにが起こったのわからず、慌てて振り向いたモモコの顔を
指差しリサコは爆笑した。

「ひっかかったぁ!」

飛び跳ねてはしゃぐリサコを
棒立ちのままモモコは見つめていた。

ひとしきり笑った後、リサコは「お仕事、お仕事」
と言いながら薬屋に戻った。

その姿を呆然と見送っていたモモコだったが
顔を逸らすと今にも泣きそうな表情になった。

が、ユリナと目が合い、慌てて目元をこすると、笑顔を作った。

「もう、リサコったら!」
「ゴメン、ゴメン!」

リサコが作業台からふざけた口調で応える。

久方ぶりに、店内に笑顔が溢れた。
495 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:31
496 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:32
「へ〜、そんなことがあったんだ」

ユリナから話を聞き、サキは目を細め呟いた。

頬杖を突き窓の外を眺める。
初夏の風に吹かれ、風車がゆっくり回っていた。

なにも心配することはなかった。
モモコも、そしてリサコも、決して子供なんかじゃなかった。

日々の暮らしの中で、様々な経験をし、成長しているのだ。

そう思うと嬉しかった。

「それは、よかったね」

自然と口元に笑みが浮かんだ。

ユリナがドンとテーブルを叩いた。
驚いたサキは、思わず姿勢を正した。

「ど、どうしたの、クマイちゃん」

見上げるとユリナの眉間に皺がよっていた。

「全然、よくないよ。だって、いきなり膝カックンだよ?
 あれは、絶対モモチのこと子供だって舐めてる証拠だよ。
 リサコ、ちっとも変ってないんだから。これは問題だよ?」

「……はあ」

詰め寄ってくるユリナに、サキはたじろいだ。

──忘れてたよ。ここにもうひとり、大きな子供が残ってたんだっけ。

サキの口から大きなため息が漏れた。
497 名前:特別編 投稿日:2009/06/16(火) 05:33



                    ── おし从 ’w’)  ──
498 名前:びーろぐ 投稿日:2009/06/16(火) 05:48
これで本当に完結です。
今回は内容以外の部分で、色々悩んだお話でした。
感想などありましたら、気軽に書いてやってください。

容量的に次スレを立てるか迷うところですが
たくさんレスを頂ければ踏ん切りがつきますんでw

>>480
ドキドキしてもらえたようで良かったです。
読み終えて変わりましたでしょうか?

>>481
そういう意味合いも、なくはないんですけど…
499 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/16(火) 09:45
面白かったです!ももりしゃの二人の関係がなんかすごく素敵でした(*^□^*)続編も期待してます!
500 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/16(火) 11:20
どきどきわくわくが詰まっていて楽しくてあったかくてたまに泣けて、本当に大好きな作品です。
なんていうか作者さんの人柄が伝わってくる物語だなあと思います。
ファンタジーだけどBerryz工房がすごくBerryz工房らしくて愛を感じますw

これで完結といわずぜひぜひライバル編まで書いてくださいw
501 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/16(火) 16:11
やっぱり魔物のモデルは舞h…

毎回楽しみにしております。各キャラがいきいきしていて本当に面白いです。
502 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/17(水) 00:16
ももりしゃは申し分ないですが、ユリナのポジションもいいですね。

ラストのサキの一言に笑わせていただきました。
503 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/17(水) 00:42
ぜひぜひ次スレで続けてください
504 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/17(水) 02:11
この作品大好きです!

ファンタジーながらもメンバー全員の魅力(キャラ)を全く壊さず書けるのは脱帽です。

ぜひぜひ続けちゃってください!
505 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 00:54
無理強いはしませんが個人的には続けて欲しいです
506 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/17(月) 05:18
まだカナ?
507 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/23(水) 02:16
更新待ってます
508 名前:びーろぐ 投稿日:2009/12/15(火) 06:54
前回の更新から4人のメンバーが誕生日を迎えてしまいました
茉麻、熊井ちゃん、雅、キャプテン、おめでとうございます
プレゼントの遅い桃子のことを笑えないですねw ホントすいません

>>498
の書き込みで本当に完結と書きましたが
これは七話からの流れが完結したという意味です

また「次スレを立てるか迷う」というのは容量的に微妙だし
たくさんレスがついて残量が少なくなれば
踏ん切りがつくんだけどなぁと言う意味でした

誤解を招くような書き込みで申し訳ないです

結果、八話はこれまでで最長の話になったので次スレ立てることにしました
引き続きお付き合いください
509 名前:びーろぐ 投稿日:2009/12/15(火) 06:56
>>499
今回は自分の思うふたりの関係性を書ききったように思います。
それが伝わってるとすると嬉しいですね。

>>500
一応ファンタジーなんで、どきどきわくわくしてもらえて良かったです。
楽しいのとあったかいのは私自身、ベリから感じてます。
前にも書きましたが、狙って泣ける話を書けない人なんで、そう言って貰えると嬉しいです。

>ファンタジーだけどBerryz工房がすごくBerryz工房らしくて愛を感じますw

この言葉が一番嬉しいですね。
各話のタイトルが曲名になってるのも、ある意味最低限「娘。小説」であることの担保です。

今ではその必要はなかったかなと自負しています。

>>501
本来なら次の曲に絡められれば良かったんですが。
…力不足です

いつから気づいてたんでしょうか? よければ教えて欲しいですね

>>502
今回、クマイちゃんはいいアクセントになってくれましたw
当初、何の考えもなく旅好きにしてしまい
後に使いどころに困ってしまった彼女ですが、いい味出してくれてますw

>>503
もちろん、続けますよw

>>504
アンリアルでらしさを描けるかをテーマにしてるので嬉しいですね。

>>505
追い込まれないと書けない質なので、ドンドン無理強いしてくださいw

>>506
お待たせしてます。

>>507
すみません、もうちょっとだけ。
510 名前:びーろぐ 投稿日:2009/12/30(水) 06:04
今更ですけど次スレ

Berryz Quest Vol.2
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/dream/1260910997/

同板なんで、告知しなくても良いかと思ってたんですけど
専ブラ使う人の中には、張っとかないと気づかない人もいるんですよね。
申し訳ありません。

それと、これも忘れてました。

ずっと読んでくださっている皆様がた
今年も駄文に付き合って頂き、ありがとうございます。

それでは、良いお年を!!

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