東京飴色ラプソディー
- 1 名前:空飛び猫 投稿日:2007/08/18(土) 23:01
-
今日も東京には飴色の恋歌が流れている。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:02
-
はぁ、と息を吐くと、それは白く色づいた。
もう何度目かの溜息のようなそれを見て、東京でも白くなるものなのだなと思う。
北海道の様な寒さではないが、東京のそれも違う感じで寒かった。こんな時に外なんて出るもんじゃない。
母から送れと頼まれた物がなければきっと外には出ずに暖かい部屋の中でぬくぬくしていただろう。
はぁとまた息を吐く。白く空にあがっていったのを見て、やっぱり寒いと思った。
コンビニで暖でもとりたいものだがあいにく、ここらにコンビニはなかった。
ちょっとと思って出かけたものだから、手袋も持ってきていなかった。
そりゃ北海道に比べたらと言われたらそれまでだけど、寒いものは寒い。
「あー……さみぃ」
声に出すとホントに寒い気がしてくるから不思議だった。
顔の感覚が麻痺してきていた。ちょっと危ないかもしれない。
死にそうと思いながら住宅街を見回すと、明かりの灯った看板を見つけた。
「飴色カフェ? ……カフェだ!」
自宅からそれほど離れた場所ではないけれど、私は極度の出不精なので
近所に精通している訳ではなかった。
なので飴色カフェなんて聞いた事もなかった。
飴色という割には白い外壁のそこのドアを開けようとしたものの開かない。
がちゃがちゃやっていると中から開けてくれる人がいた。
「あ、すみません」
「どうぞ。寒かったでしょう?」
コートを脱いで、隣の椅子にかける。
感覚のなかった皮膚がじわじわと暖まって戻ってきた。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:03
- 先刻ドアを開けてくれた人がメニューを持ってきた。
よく見ると可愛い顔をしていた。ちょっとドキッとしたけれど顔には出さなかった。
メニューを見るとそこには飲み物の名前と食べ物の名前が沢山載っていた。
正直、珈琲の違いなんて分からないんだけど、どうしたらいいものか。
あいにくブレンドという単語はなかった。
紅茶にしようかなと紅茶の欄を見ると、茶葉の名前が羅列されていた。
「どうしよっかな」
あったかければなんでもいいんだけど。
そう思っているとチョコレートの匂いが漂ってきた。
メニューを確認すると、ジュースのところにホットチョコレートと書いてあった。
「お決まりですか?」
先刻の可愛いお姉さんがにっこり笑いながら聞いてきた。
私はなるべく見ない様にしながらホットチョコレートを注文した。
見てるの分かったら恥ずかしいし、向こうだって不躾に見られるのは嫌だろうから。
彼女は注文を聞くとすぐにいなくなってしまった。
そりゃそうだ。店員さんなんだから注文し終わったのにそこにいるなんておかしい。
「石川、外のタマネギ一個持ってきて」
「はーい」
あの子、石川さんて言うんだ。
ぼんやりとそんな事を考えながら出された水を少し口にする。
冷たいそれはだんだん暖かくなってきた体に心地よく感じた。
お腹も空いている気がした。
そういえば、朝起きてからまだ何も口にしていなかった。
忙しそうに何かを作ってるマスターみたいな人に頼むのも気が引けて、
私は石川さんが戻ってくるのを待った。
「寒ムい」
「そら冬だからね」
タマネギを受け取りながらマスターが笑った。
石川さんも笑って、それからこっちをちらっとだけ見た。
こっちが見ていたからだろう。
手をあげるとにっこり笑ってこちらに近付いてきた。
「メニュー見せてくれますか?」
「あ、はい。どうぞ」
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:06
- すぐに渡してくれたメニューをもう一度見る。
先刻はドリンクの部分しか見なかったけれど、今回は御飯の部分をしっかりと見た。
「あ、これおいしそう」
ぼそっと言うと、石川さんにそれが聞こえたのか嬉しそうに話しかけられた。
「それね、おいしいの。バターをね、ライスの中に混ぜて食べるのよ」
私は別に、ステーキ丼のステーキの部分がおいしそうだった訳だが
彼女は彼女なりにバターがオススメポイントだったのだろう。
石川さんは少しうざったいタイプなのかもしれない。
「じゃぁこれで」
「はい。ちょっと待っててね」
おしゃれなカフェにありがちな、店員さんが馴れ馴れしい感じ。
ここでもそれは例外ではなかったらしい。
椅子はソファでくつろげるし、音楽も好きな感じだし、
これで料理がおいしかったら、店員さんが馴れ馴れしい以外はいい事尽くめだ。
先刻まで可愛いなんて思ってた癖に、私は悪態を心の中でついていた。
「はい、ホットチョコ」
「ども」
濃い茶色のそれを口に含むと、濃厚な味がした。
甘すぎず、チョコレートのビターな感じが大人の味な気がして
私はとても満足していた。
「おいしい?」
まだそこにいたらしい石川さんがにこにこ笑っていた。
仕方ないから頷くと、彼女は自分もそれがすごく好きだと言う話をしだした。
どうしたものか迷っていると、マスターが石川さんを呼んだ。
「はーい。じゃ、またね」
また、なんて必要ないが店員さんである以上、もう一度は会うだろう。
ステーキ丼を持ってきてもらわないと困るし。
ホットチョコは本当においしくて、私はちびちびとそれを飲んでいた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:07
- 窓の外を見ようとしたけれど、結露でよく見えなかった。
いつも雪がある訳じゃない冬。
それはなんだか不思議で、暖かい地域にいるんだと感じた。
その割には寒く感じたけれど。
「はい、ステーキ丼です」
何時の間にか隣にいた石川さんが、ステーキ丼を私の前に置いた。
「ども」
あいにくバターは見えなかったので、そのまま食べようとしたその時、
石川さんが慌てて私に言った。
「それね、御飯とステーキの間にバターがあるの」
「あ、そう」
「だからまぜまぜしてね」
まぜまぜって私は子供かと突っ込みをいれたかったけれど、
言うのも面倒だったので黙って混ぜた。
ニコニコしながら石川さんがこっちを見ていた
「……おいし」
「でっしょう?」
石川さんが嬉しそうに言った。私は頷きながら久々に食べた肉に感動していた。
確かにバターの風味もしていて、石川さんは正しかった訳だ。
「石川、何してるの」
「今いきまーす。またね」
石川さんが去った後、私は少し寂しい気がしていた。
ちょっとうざいタイプで、私にとっては面倒くさい人な筈なのに。
私はステーキ丼を食べながら、水を飲んだ。
ホットチョコを飲んでもよかったけど濃厚なチョコレートと
ステーキ丼はあわない気がしたから。
「お水、足す?」
「うん」
ちょうど飲みきった頃に、石川さんがやってきてお水をいれてくれた。
「こんなに寒かったら雪降るかな?」
石川さんが普通に話す。だから私も普通に返事をした。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:08
- 「雪の匂いはしないけど」
「雪って匂うの?」
「なんとなく分かるかな」
そっか、と石川さんは頷いて、それからにっこり笑った。
「貴方は雪の国から来た人なのね?」
「まぁね」
私はステーキを一枚口にした。
薄切りになってるそれは脂がのっていて、カルビっぽかった。
タレが違うだけで部位は一緒なのかもしれない。
「ねぇ、これってカルビと同じ肉?」
「うーんとね、ロース?」
心の中でロースじゃないだろと思っていると、
カウンターの中からマスターが首を横に振った。
「今日のはカルビだよ」
いつもその場でいい肉を買ってるから、と石川さんがあわてて言い訳した。
顔が少し赤らんでいた。思わずふっと鼻で笑ってしまった。
「あ、ひどーい」
唇を尖らせて石川さんが私を責めた。
私は、軽く謝ってステーキをまた一枚食べた。
これでも空気は読める筈だから、そこまで石川さんは怒っていないとみたからだ。
でも石川さんは違った。
「ひどいって言ってるんですけど?」
「……ごめんなさい」
「はい。ではごゆっくり」
謝らせて満足げに笑う姿はまるで私の母親のようで、
それが少しだけカチンときたけれど、不快感はなかった。
不思議な人だ。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:08
- いつもの私ならちょっとヤンキー風に『あぁん?』とでも言ってやるのに。
カウンターの方に戻る石川さんの後ろ姿を見ながら
私はステーキの最後の一枚を口にいれた。
残っている御飯も口に入れて、ゆっくり咀嚼する。
窓の外が見たくて、結露を指で拭いた。
曇った窓の外は相変わらず寒そうに曇っていた。
いっそ、雪でも降ればいいのだ。
雪が降った方がなんとなくあたたかく感じるから。
コポコポとコーヒーメーカーが音をたてていた。
音楽が止んで、マスターが違う曲をかけた。
先程までいたお客さんはいなくなっていて、だから御客は私一人になった。
ホットチョコを口にして、それが最早ホットではない事に気付く。
頼む順番を間違えた訳だ。ホットではないけれど、チョコはおいしかった。
甘いものよりも肉の方が好きだったけれど、
食後に甘い物があるのは嫌いではなかった。
私がチョコを飲み干した時だった。
石川さんが小さなお皿を持ってきて、私の前に置いた。
「はい。サービス」
「はぁ……ありがとう」
お皿には三つ程苺が乗っていた。
コンデンスミルクがかかっていて、へたは取ってあった。
実は苺は嫌いなのだが出されてしまったので
仕方なく小さなフォークでそれを口にする。
普段めったに食べない苺は正直あまり美味しくはなかった。
「おいしい?」
「……うん」
「私が作ったの」
作ったという程ではないだろうそれを見て私はおかしくなってしまった。
笑いを堪えていると石川さんが唇を尖らせた。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:09
- まぁ、作ったとは言えないけど、コンデンスミルクの量とか
考えているのかもしれないし。
「おいしいよ」
「ほんと?」
「うん。おいしい」
朗らかに石川さんが笑顔を見せた。
いい笑顔だなと思った。少しだけドキッとしている自分がいた。
大体、いつもそんなお世辞言わないのに。
苺だって私からしてみたら美味しくないのに。
苺を食べ終えた私はコートのポケットを探った。
「あれ?」
「ん?」
そこにある筈のそれが見当たらない。
デニムの後ろのポケットも確認する。やはりない。
鞄は持ってきていなかった。
元々、母に送る荷物を送りにきただけなのだから、財布はいらない筈で。
「あー!」
「どうしたの?」
「財布……もってきてない……」
「あらら」
携帯でお金を払うシステムがすごく人気だけど、
あいにく私はそういう面倒なのがすごく嫌いで、
大体そういうシステムをこの小さなカフェが持っているとも思えない。
「どうしよう……」
「いいわ、私が払っておいてあげるから、また来た時に返してね?」
一見さんなのにそんなに優しくしてくれるなんて。なんて素敵な人なのだ。
うざったいなんて思っていたのは隠して、私は石川さんにお礼を言った。
「ありがとう、石川さん」
「はい。どういたしまして」
コートを着て、マスターにお辞儀するとマスターはちょっとだけ微笑んだ。
「ねぇ、貴方、名前は?」
うっかり言うのを忘れていたが
確かにお金を借りているのに名前も名乗らないのは失礼だった。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:10
- 「藤本美貴です」
「美貴ちゃんね、私は石川梨華」
梨華って言うんだ、と私は思った。
漢字を説明する彼女に、少し面倒だなと思いながらも頷いた。
「じゃぁ美貴ちゃん、またね」
「今週中には持ってくるから」
外に出るとぴゅーと風がふいてすごく寒かった。
どれだけあそこが居心地よかったかが分かる気がした。
「さみー」
言えば言うほど寒くなる気がして、それ以上私はそれを口にしなかった。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:10
-
* * *
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:11
- 結局その日は家に帰って、お風呂で温まって、布団にくるまって過ごした。
映画でも見ようかなと思ったのにテレビでは面白そうな映画はやっていなかったのもあり、
ビデオ借りに行くのは寒くて嫌だったので見なかった。
翌日は授業があったので、もそもそと外にでる準備をして外にでた。
寒かったけど今回はちょっとあったかい格好をしていったので
昨日よりはましだった。
飴色カフェに寄る頃は夜になるだろう。石川さんはいるのだろうか。
石川さんが店にいる時間を聞けばよかったのだろうけど、うっかり忘れていた。
なんとなく授業を上の空で聞いていた。ぼんやりと外を眺める。
窓に結露はなく、綺麗に外が見えた。
窓際の席ではなかったから、樹木が見えるだけだったけれど。
「美貴、なんかぼーっとしてるね」
「あー、そう?」
授業が終ると同級生の愛ちゃんに話しかけられる。
「昨日、カフェ入ったら財布なくてさ」
「皿でも洗ったん?」
「いや、貸してくれた」
へー、と愛ちゃんは少し興味なさげに頷いた。
そんな程度の話題だし、と気にならなかった私はガムを口にして
それを愛ちゃんにも差し出した。
「素敵な店員さん?」
ぶっとガムを吐き出してしまった。慌ててそれを拾うとティッシュに包む。
もったいない事をしたけど大学の机の上なんて汚いことこの上ない。
「あ、図星?図星?」
「ちょっとうざいんだよね」
「でも気になるんだ?」
愛ちゃんの言う通り、図星だった。
私は石川さんが気になっていた。
私の嫌いなうざいタイプなのに凄く惹かれていた。
「通っちゃいなよ」
「……とりあえず返しにいかないとね」
「うまくいったら教えてよ」
麻琴と行くからなんて言いながら愛ちゃんは立ち上がった。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:11
- 外を見ると夕焼けだった。
授業も全て終った事だし、財布を確認して誰もいなくなった教室を出る。
静かな廊下は弱い日差しで赤く染まっていた。まるで紅葉の中にいる様だった。
石川さんが見たらどう思うのだろう。私とは違う事を考える気がした。
冬の夕方は短い。どんどん暗くなって、もうそれは夜だった。
はぁと吐く息は相変わらず白く、私は家に帰りたくなっていた。
「まぁ、コンビニ御飯よりずっとおいしいし、お金借りたままだし」
自宅のマンションを通り過ぎて、昨日行った道を行く。
ぼんやりと歩いているだけだったけれど、意外と自宅との距離は遠く感じた。
飴色カフェの玄関を開こうとすると、また開かない。
がたんがたんやっていると、中から人がきて開けてくれた。
「はい、どうぞ」
「ども」
それはやっぱり石川さんだった。私はコートを脱いで、ソファに座った。
「はい、どうぞ」
メニューを差し出す石川さんのシャツの袖からのぞく腕は褐色で
意外と外にでる人なのかなと思ったが、聞くのも野暮なので聞かなかった。
私はざっとメニューを見た。
私が迷っていると石川さんが嬉しそうにメニューのどれがオススメかを語り出した。
「オススメはね、オムライス。半熟玉子でおいしいのよ。あとね」
「じゃぁこのビーフカツレツで」
「えー」
いちいち唇を突き出されても困る訳だが私がメニューを渡すと
石川さんは仕方ないといった感じで受け取ってマスターの元に行った。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:11
- 手持ち無沙汰になってしまった私は飲み物を頼めばよかったと少し後悔していた。
お水を出してくれた石川さんは何か言いたそうだったけれど何も言わなかった。
「石川さん」
「はい」
「なんか飲み物でオススメある?」
聞いてほしかったのであろう石川さんはそれを聞かれて
凄く嬉しそうにメニューでオススメの飲み物を教えてくれた。
「冷たいのならグレープティー。
本物の葡萄を中にいれてるからあとで食べられるの。
温かいのなら……ストロベリーチャイなんてどう?あ、珈琲のがいいかな?」
「じゃぁグレープティーで」
珈琲の説明までさせたらきっとその後、ジュースの説明までされるだろうと
思ったので即決すると石川さんはうん、と頷いた。
すぐにでてきたグレープティーに少しだけガムシロップを入れて飲む。
グレープの風味が生きていてオススメなだけあった。
「これね、私が作ったの」
「ふーん」
「葡萄大目にしといたから」
えへへと笑う姿はなんとも憎たらしくて私はわざとお礼を言わなかった。
店内にお客さんは別にいなかった所為か石川さんは暇そうにコップを拭いたりしていた。
カウンタの外の椅子に座って、中のマスターと仲良さそうに談笑していた。
なんとなく面白くなかった。
そら店員とマスターが仲いい方がお店としてやりやすいだろうけど。
そんな事を思っていたからか、葡萄を一つテーブルに落としてしまった。
汚いかなとは思ったけれど大丈夫だろうと、拾って食べていると、
石川さんがこっちを見て、にっこり笑った。
「もうすぐ出来るから」
「うん」
こういう所に一人で来る事なんてあまりない私はどう過ごしたらいいのか
いまいち分からなかった。文庫本でも持ってきたらよかったのか。
あいにく教科書なんて開きたくなかったので私は鞄は開けなかった。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:12
-
「はい。どうぞ」
ビーフカツレツは薄くてでかかった。
大きな肉の横にはカリフラワーと人参と芋とバターライスが乗っていて、ボリューム満点だった。
ブラウンソースがカツの味を華やかに色添えて、私は無言でそれをひたすら食べた。
「すごい勢いだね」
「おなあういえあああ」
「お腹空いてたんだ?」
頷くと石川さんはころころと笑った。
私が彼女の方を向くと彼女は私の唇についたソースを拭ってそれを舐めた。
「これもオススメメニューの一つなのよ」
さっきオムライスって言ったじゃんと言いたかったけれど口の中に肉が残っていたのでやめた。
「石川、時間だよ」
「はーい」
マスターが声をかけて石川さんが行ってしまいそうになった。
私は慌てて肉を飲み込んで石川さんに話しかけた。
「石川さん、昨日のお金」
「あーそっか。じゃぁ待ってるよ」
石川さんはそう言うとタイムカードを押しに行ってしまった。
今渡せばそれで終る筈だったのにどうしてそうなっちゃうの?
私は頭を抱えながらも少しだけ嬉しかった。
なんという感情なんだろう。嫌悪感の中の好意。
不思議すぎて言葉ではそれ以上の表現ができなかった。
石川さんは腰に巻いていたエプロンを外して出てきた。
手に持っているコートが、まっピンクで私は少し目眩がした。
そのまま私の席の前の椅子に座るとマスターが近寄ってきた。
「はい、今日もおつかれさん」
「わーい。今日はピーチティーだ」
ガムシロップは入れずにそれを飲み始めた石川さんは見ている私に気付いて
グラスをこっちによこした。
「何?」
「味見」
ふふっと笑う。よく笑う人だなぁと思いながらご好意に甘えてピーチティーを一口飲んだ。
「おいしい?」
頷いてそれを返す。石川さんは自慢げにそれを受け取ってまた飲んだ。
「いつもね、終わったあとはこうして今日のオススメを飲んでるのよ」
「オススメはグレープティーじゃないの」
「それは私のオススメ」
石川さんはストローに桃を一つ刺してそれを口にした。
なんとなくエロティックで私は恥ずかしくなって下を向いた。
そう言えば、石川さんは御飯を食べたのだろうか。私が尋ねると石川さんは頷いた。
「美貴ちゃんが来るちょっと前に賄いを食べました」
昨日であったばかりのカフェの店員さんと、カフェで二人、仲良くお茶してる。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:13
- 否、仲良くは言い過ぎかもしれない。勝手に仲良くされている訳だから。
それでもそれを受け入れてしまっているのは私がよっぽどお人好しなのか、彼女の人徳か。
どっちもない気がした。
「美貴ちゃんはさ、学生さん?」
私は頷いてカツレツをナイフで切った。
「ていうかさ」
「うん」
昨日から言いそびれていた事があった。
面倒だからそのままでもいいんだけれど、一応抵抗しておきたかったのだ。
「美貴ちゃんて呼ぶのやめてくれる?」
「なんで?」
はずいじゃん、とナイフをふらふら動かすと、石川さんは眉をひそめた。
「美貴ちゃん、ナイフでそういう事するものじゃないわ」
「だからその」
「じゃぁ私の事も、梨華ちゃんでいいわ」
なんだそれ。なんとなく気付いていたが、石川さんは強情な人だった。
ふふんと笑っている石川さんに反抗するのも面倒で私は、溜息をついてまたカツレツを切った。
小さくしすぎると、かえって食べにくいものだ。
石川さんならきっと小さーく切っておちょぼ口でそれを食べるのだろう。
なんとなく想像できた。
「ねぇ、石川さん」
「ん?」
「そんなに見つめないでもらえますか?」
顎の下に両手を添えて、テーブルに肘をつきながら石川さんはずっと私を見ていた。
そんなに見られたら食べにくいものである。
「美貴ちゃんは恥ずかしがりやなんだね」
なんだその理論は。と突っ込みたくなったものの、面倒だったのでやめる。
この人と戦うのはそれはそれは疲れる事であると、先刻気付いたからである。
「石川さんは積極的なんだね」
「ネガティブになっちゃいけないって、マスターが言っていたからね」
マスター、貴方を少し恨みます。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:13
- そんなマスターは今、石川さんと私以外の御客がいない所為かカウンターにすらいなかった。
このお店、それで平気なんだろうか。
「石川さん、お腹いっぱい?」
「うーん。八分目くらい?」
石川さんのお腹の具合を聞いた私はしめしめとカリフラワーをフォークに突き刺した。
そのままあーんて言うと石川さんはカリフラワーを食べてくれた。
そのまま人参と芋も石川さんに食べさせる。
最後の芋を食べさせた時に石川さんはやっと気付いた。
「あ、野菜全部食べさせた!」
「口開けなきゃよかったじゃん」
涼しい顔をして私はバターライスを口にした。
石川さんはむーと下唇を前に出していたけれどすぐにそれをやめた。
「次から気をつけるからいいもん」
「ホントに前向きなんだね」
失笑すると石川さんは微笑んだ。
本当に不思議だと思う。
面倒な人は嫌いだったし、カフェの店員さんと仲良くなる事なんて初めてだった。
カツレツを食べ終えて私は満足していた。
そろそろ帰りたいし。と財布を取り出すと彼女も財布を取り出した。
「おいくら?」
「うんとね、カツレツが八八〇円で」
「いや、昨日の」
「あー。えーと、これがレシート」
私はそれを見て財布の中を確かめる。
「えと、一五〇円のおつりはある?」
「うん。あるよ」
石川さんは一五〇円を取り出して手渡された。
私も千円札と五〇〇円を渡した。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:14
- お洒落なお店にしては安価だと思った。私が立ち上がると石川さんが私に言った。
「飴色はテーブル会計なの」
「あ、そうなんだ?」
立ち上がったのを見て、マスターが近寄ってきた。
先刻はあまりよく見てなかったけど、結構綺麗な人だった。
「ごめんね、石川、うるさいでしょ?」
「はぁ。そうですね」
思わず頷くとマスターは笑って石川さんは怒った顔をしていた。
マスターに二千円を手渡すとマスターは石川さんからも千円札を受け取った。
「あれ、サービスじゃないんだ?」
「そんな事してもらえないじゃない?」
どうやらサービスとして出したものにお金を払い続けた結果、そうなったらしい。
マスターが困った様にはにかんでいるのを見て、やっぱり石川さんは強情な人なんだと思った。
コートを着た私達はドアの前に立った。
隣にいる人のまっピンクな色は気になったけれど
ドアを開ければさよならなんだから、それは我慢した。
「これね、ちょっと横に押してからドアを動かすのよ」
「あー、開かないもんね」
試しに横に押してみると本当にすんなりと開いた。北風がぴゅーと音を立てていた。
出るのを躊躇していると隣にいる石川さんは、よし、と気合いを入れて外にでた。
「ほら、ずっとあったかい所にいたから」
「そか」
いちいち説明してくれなくてもいいんだけど、石川さんはそういうのが好きみたいだった。
北風に吹かれて顔が歪む。
石川さんが私にどっちに行くのか方向を尋ねてきた。
私が左を指差すと石川さんはそっちに歩き出した。
「送ってくれるの?」
「方向が一緒だっただけ」
悪戯っぽく石川さんが笑った。
してやったりって顔をしていてちょっとムカついた。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:14
- それから石川さんは、曲がり角の度にどっちか聞いて、
私はだんだん指をさすのが面倒になってきていた。
「ねぇ、まだ違わないの?」
「ひどーい。さよならしたいのね?」
「まぁそうなんだけど」
もう一度石川さんはひどーいと言って私の腕に自分の腕を絡ませた。
「おうちまでいっちゃうぞ?」
「勘弁してください」
言った後に少し頬が緩んでしまった。
思わずの行動だったのだけれど、石川さんはそれが嬉しかったらしく、腕を離さなかった。
「どっち?」
「こっち」
私が指を指すと、石川さんはちょっと寂しそうな顔をした。
腕が離れて、石川さんが小さく手を振った。
「んじゃ」
「あっさりしてるよね」
「なんで?普通じゃん」
貴方がこってりしてるんです。
私が突っ込む前に石川さんは、よし、とまた気合いを入れた。
「帰る!」
「はい。んじゃ」
ホントは私も少し寂しかった。
殆ど知らない人とは言えど、一緒にいた人と離れるのはちょっと孤独を感じる。
私は彼女の行った方向に顔を向けた。すると彼女も振り向いていた。
「またおいでね!」
「はーい」
「夜はいつもこれくらいだから!」
石川さんは笑って大きく手を振るとざくざくと歩いていった。
最初は弱そうな人に見えたけど、ホントはすごく強い人なのかもしれない。
強情なだけある。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:15
-
* * *
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:16
- 「あー」
「何よ」
石川さんと別れた日から数日、私は相変わらず大学に来ていた。
大学生なのだから当然だけど、寒さは昨日よりも増して、
いつになく私は学校にいるのが嫌だった。
「お金払いに行ったの?」
「うん。いった」
なるべく気にもしてない顔をした私に愛ちゃんはにやにやしながら肘をぶつけた。
「名前聞いた?」
「勝手に教えられた」
愛ちゃんはそれが面白かったらしくけらけらと笑った。
名前を聞かれて、戸惑う自分がいた。教えても構わないだろう。
なのに何故かヒミツにしたかった。
「ほらほら言っちゃえ」
「うっさいよ?」
愛ちゃんはそれ以上は聞いてこなかった。
それが普通の反応だと思った。石川さんはやっぱりおかしい。
「そういえば麻琴の部活のコーチもカフェの店員さんが好きって言ってたよ」
「誰が好きだって言ったのよ」
好きじゃないよ。むしろ苦手だよ。
そう言おうとしたら愛ちゃんが真面目な顔で、麻琴、と答えた。思わず大爆笑してしまった。
だから愛ちゃんと友達をやるのはたまらない。
なんで笑うのって言いながら彼女も笑っていた。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:16
- 授業が全部終わる頃には陽も落ちかけていた。
私は首を回しながら大学の門をくぐる。今日はどうしよう。
自分で作るのも面倒だし、コンビニはまずいし。定食屋にでも行こうかな。
私は故意にあそこを思い出さない様にしていた。
だって何度も行ったら、まるで下心があるみたい。
そう思っているのに足は一方向を向いていた。
私がマンションの前を通り過ぎるなんてどうかしている。
この間石川さんと別れたT地路を曲がってお店につく頃には、もう完全に月の時間になっていた。
我ながら文学的な表現だ。
少し気分が良くなって、教わった様に飴色のドアを開けた。
「やーだぁ」
「ははっ」
いきなりうざったい声が聞こえて、私がそっちを見るとそこには石川さんがいた。
ショートカットの綺麗な女の子と話をしていた。こちらには気付かないみたいだった。
がたんと音を立ててドアを閉めると、やっと気付いた石川さんは、女の子と話すのをやめた。
「美貴ちゃん! いらっしゃい」
「ビーフカツレツとグレープティーで」
「未だ色々メニューあるけど?」
「お客の注文に文句つけんの?」
「わかった」
石川さんは立ち上がってバックヤードに向かった。
私はなるべくその子と離れた場所に座った。石川さんはどうでるんだろう。少し気になった。
間もなく、石川さんはグレープティーを持って出てきた。
「美貴ちゃん、なんか怒ってる?」
「怒ってない」
何を怒る必要があるのか。それでも私の声はなんとなく苛立っているのが自分でも分かった。
「ならいいんだけど」
カタン、と音を立ててグレープティーが机に置かれた。
グレープは昨日より少なく見えた。
自分が勝手にそう思っているのかもしれないけれど。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:17
- 石川さんは、そのまま先刻話していた女の子の所に戻ってしまった。
グレープを一つ食べた私はなるべくそっちを見ない様にしていた。
何を気にする事があるのか。でも腹が立っているのは確かだった。
「石川さん、お食事はすませました?」
その女の子が優しそうな声でそう尋ねているのが聞こえた。
賄いを食べたと答えるのだろうか。それともまだだから一緒に食べようと答えるのか。
「賄いを先ほど」
「ここの賄いは美味しそうですね」
「そうよ、すごく美味しいの」
石川さんはきっとにこにこ笑っているのだろう。
その人、本当は御飯を一緒に食べたかったんじゃないの?
私はガムシロップを入れるのも忘れてグレープティーを飲んだ。
苛々して、早く食事がしたかった。
そして早く食べ終えて、早くこのお店を出たかった。
こんな事なら来なければよかったのだ。
「石川」
「はーい」
マスターが石川さんを呼んだ。
石川さんはマスターの元に行ったのだろう。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:17
- 私がふとそっちを見ると、一人きりにされた女の子がこっちを見ていた。
少し挑戦的な視線だった。なんで私がそんな顔をされなきゃいけないのよ。
私が睨み返すと、その子は視線を外した。
喧嘩を売ってきた癖に、戦うつもりはないらしい。
「美貴ちゃん」
ムッとして、机の上に落ちた露で遊んでいた私に、石川さんが話しかけてきた。
「何?」
思わず苛立った声が出た。明らかに喧嘩腰で、石川さんはちょっと固まっていた。
「ちょっと」
その女の子が立ち上がったその時だった。
「美貴ちゃん、怒るんだったら理由くらい言いなさい? 卑怯じゃない」
「……ごめんなさい」
私は思わず謝っていた。否、確かに理由も言わずに怒るのは卑怯だ。
言っている事は石川さんが正しい。
「はい。じゃぁ仲直りしよ?」
「はい」
ふふっと石川さんが笑って、私も思わず笑っていた。
「で、なんか用事あったんじゃないの?」
「あ、そうそう」
石川さんは手を合わせて私に謝った。
もうカツレツ用のお肉がないそうで、私はまたメニューを見せてもらう事にした。
私が見ている間も、石川さんは私の傍にいた。
オススメは何か聞こうと思っていた時だった。
「石川さん」
「はーい?」
先刻立ち上がった彼女はそのまま立っていたらしく、
石川さんが振り向くのを見ると、ほっとした顔で笑った。
「えと、お水、いただいても?」
「あ、気付かなくてごめんなさい」
石川さんは私の傍を離れてお水の瓶を取りにいってしまった。
私は石川さんを取られた気がした。
否、普通に考えて石川さんは物じゃないし、取る、取らないじゃないし。大体いらないし。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:18
-
いらないし? 本当に?
疑問符が私の頭の前を通過した。
本当に、いらないのだろうか。
先刻みたいに怒ったりとかされるのも確かにうざいけど、
でもそれがなんだか嫌じゃないのって珍しい。
面倒だと感じるのに近付きたいとも感じる。
もしかして、私は今、大事な人に出会ってるのではないだろうか。
目の前で石川さんが違う子と話している。
それすらも嫌悪感を感じさせるそれは、もしかしなくても嫉妬ではないか。
「ね、だから、石川さん」
「梨華ちゃん!」
確信した時こそ行動の時。私は彼女を呼んでいた。今まで頑なに呼ばなかった下の名前で。
「御飯決まった?」
「オススメ、教えてほしい」
私がメニューを突き出すと、梨華ちゃんは小さくはにかんで瓶を置くと、
私のテーブルにやってきた。私からメニューを受け取った梨華ちゃんはうーんと唸った。
「美貴ちゃんはどんなのが食べたい?」
「肉っぽいの」
「お野菜も入った方がいいわよね」
「それはいらない」
めっと彼女が顔をしかめる。
ちょっと面倒だと思ったけど面倒なのが嫌じゃないのって、彼女くらいだから。
「ハンバーガーなんてどう?」
「あ、それいい」
「サラダがついてるの、自分で食べなきゃ駄目よ?」
「梨華ちゃんが食べてよ」
だーめ、と梨華ちゃんは私のおでこを指でとんと叩いた。
その後、メニューを持ってマスターの所に戻った梨華ちゃんはバックヤードに入ってしまった。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:20
- 女の子はしょんぼりした顔をしていた。まるで捨てられた仔犬の様だった。
梨華ちゃんが出てくる前に彼女はマスターにお金を渡して外に出て行った。
ちょっと可哀想な事をしたかな?
私が思っていると、梨華ちゃんが出てきた。
「あれ?帰っちゃった?」
マスターが頷くと梨華ちゃんは困った様に溜息をつく。
何それ、私が話し相手じゃ不満なのか。
私が冷たい顔をしていると、梨華ちゃんは私のテーブルの前の椅子に座って
持っていた小さなお皿を出した。
「サービスの苺、美貴ちゃん食べる?」
「あのさ、このあいだは言わなかったけど、美貴、苺嫌いなんだけど」
梨華ちゃんは驚いた顔をしたものの、クスクス笑いながら自分で苺を食べた。
「そっか。気を使ってくれたのね」
「まぁ、美貴も大人ですから」
そう言うと、梨華ちゃんはうんうんと頷いた。
会話と会話の隙間に、マスターが梨華ちゃんに声をかけてきた。
「石川」
「はーい」
「自分の分も食べちゃいなさい」
「わぁい」
梨華ちゃんはお皿を二枚持ってきて自分の所と私の所に置いた。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:21
- 「今日の賄いはとっておきだわ」
「ねぇ、食べたって言ってなかった?」
「うん。ホントは食べてなかったの」
この間、食べてないって言ったら一緒にと言われたからと、梨華ちゃんが困った様に笑った。
マスターがカウンターの中から出てきてグラスを梨華ちゃんの横に置いた。
「はい、アイスチョコミルクティ」
「おいしそう!」
「感想教えてね」
「はーい」
梨華ちゃんの準備が出来ているのを確認して私はハンバーガーにかぶりついた。
梨華ちゃんも同じものを食べていた。
トマトとレタスの入ったそれはちょっと食べにくかったけれど美味しかった。
目前の人は悪戦苦闘しているのかと思いきや、ナイフとフォークで食べようとしていた。
うまくいかなそうだなと思っていると、本当にうまくいかなくて思わず笑った。
「なんで笑うかな」
「いや、なんか予想通りで」
「もうこれの味見させてあげない」
「はいはい。ごめんごめん」
私の下唇の横についていたケチャップを指で拭ってくれた彼女は
そのままそれを自分の口に含ませた。
狙ってやってます? ってぐらい艶っぽくて私はドキッとした。
「えへへ、ドキドキした?」
「うるさいよ」
悪戯っぽく笑う彼女は先刻の艶っぽさ等どこへやら。
どっちの顔が本当なのか、私は確かめたくなった。
……つまり、すっかり彼女の虜な訳である。
「美貴もここでバイトしようかな」
「いいね!でもなんで?」
「賄いが美味しいから」
本当は貴方の傍にいたいから。
でもそんな事言っても喜ばせるだけって感じがするから言わない。
好きって言ってもらえるまで言わない。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:22
- ……ただの弱虫な気もしたけれど私はそう決意して、残っていたハンバーガーを食べた。
サラダはもちろん梨華ちゃんの担当である。
サラダをこっそり梨華ちゃんの方に押しやると、梨華ちゃんは顔をしかめてこう言った。
「ここでバイトさせてあげないわよ?」
「なんで梨華ちゃんが決めるのさ」
「駄目よ。駄目よね、マスター」
マスターに尋ねるものだから、マスターもうんうんと頷いてしまう。
しまった。悪い相手を敵にした。私は致し方なくサラダを食べた。
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:22
-
* * *
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:23
- がたんと音を立ててドアを開けた。
北風がぴゅーぴゅーと吹いている。
隣にいるピンクのコートを着た人は、よし、と気合いをいれていた。
私は小さく溜息をつきながら外に出た。鼻をかすめる匂いが、雪を知らせていた。
「梨華ちゃん」
「ん?」
「雪降るよ」
私がそう言う前くらいからふわふわと白いそれが髪の毛を濡らしていた。
「雪だぁっ」
「だから降るって言ったでしょ」
ふふんと鼻を高くさせると梨華ちゃんは凄いね、と言って笑った。
「梨華ちゃん」
「なぁに?」
「寒いっしょ」
私は手袋をつけない彼女に片方を貸してあげた。
彼女が不思議そうな顔をしてこちらを見ているから、私は黙ってもう片方の手を握った。
「美貴ちゃんて優しいんだね」
「送りはしないからね」
「分かってます」
電燈の下の影が二つ繋がっていた。
寒さで頬がかぴかぴしていた。耳の感覚は最早ない。
だけれど、手だけは温かくて、私達は黙ってゆっくり歩いた。
やがて別れ道になった。
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 23:23
- また会えばいいだけなのにちょっと寂しくて私が離そうとしなかった手を
梨華ちゃんは、よし、と気合いを入れてから離した。
そして手袋を私の手につけかえた。
私の頭にかぶっていた雪を払い落とすと、梨華ちゃんは真っ赤なほっぺたをあげて言った。
「また来てくれるよね?」
「バイト許してくれる?」
「じゃぁ履歴書もって明日おいで」
「時間は?」
「いつでも。夜はこれぐらいまで」
うん、と私が頷くと梨華ちゃんは白い息を吐きながら笑った。
「梨華ちゃん」
「ん?」
「ありがと」
なんで、と聞かれて、なんででも、と言い返す。
もっと一緒にいたかったけれど、彼女が気合いをいれた後だったから、
それは口に出さなかった。
「んじゃまた明日ね」
「うん。また明日」
また明日。そう言われる事のなんともくすぐったい感じ。
今日は帰ったら愛ちゃんに報告だ。
「好きな人ができたよ」ってね。
- 31 名前:空飛び猫 投稿日:2007/08/18(土) 23:27
- 思っていたよりも、少ない量でした……。短くてごめんなさい。
一月くらいに書いた作品です。これでおしまいだったりします。
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/19(日) 00:40
- あー、この雰囲気すごくいいなぁ。
夏なのにあったかい気持ちになりました。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/19(日) 22:43
- 久しぶりの空飛びさんの新作待ってました!!
石川さんの話ぶりというか雰囲気がとても可愛かったです。
藤本さんの低い温度からじわじわと高まる熱量と内包する感情がすごく伝わってきて、
こちらもやはり素直じゃないなぁと思いつつ可愛いなと思ってしまいました。w
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/20(月) 06:30
- その後の話とか、あっちゃったりします…?
あったらいいなw
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/20(月) 23:47
- なんというか…素敵なお話ありがとうございました。
またもし続きがあれば見て見たいです。
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/23(木) 12:22
- めちゃくちゃ惹きこまれました。
石川さんも藤本さんもキャラが立っててかわいい。
この二人のお話もっと読んでみたいなぁと思いました。
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:04
-
* * *
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:05
- 雪は早々にやんでしまい、翌日は寒いだけの日だった。
私はヘッドフォンで耳をカバーして、マフラーと手袋をつけ、
フード付きのコートで完全防備をした姿で大学までの道のりを歩いていた。
空はグレー色をしている。もう雪の匂い、というか気配はしなかった。
雨まで分かる訳ではないので、雨が降るかは分からなかったけれど、多分大丈夫だろう。
教科書が入るくらい大きな茶色の鞄の中には最低限のものしか入っていなかった。
携帯、MP3プレイヤ、定期入れと財布、化粧ポーチ。
中に入っているのはそんな程度だから、ホントは大きくなくてもいい。
その中に、今日はいつもと違うものが入っていた。履歴書だ。
今日は写真を撮ってから行かなくちゃいけない。
いつもはスッピン同然で行く一限からの授業なのに、今日はメイクもばっちりだった。
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:06
- 朝起きた時、いつもなら二度寝するのに今日はしなかった。
たまたまだと言い聞かせてはいるけれど、本当は緊張しているのだと思う。
「おはよー、美貴」
「ん、おはよ」
「あれ?」
「ん?」
「化粧してる?」
「してちゃ悪い?」
後ろから話しかけてきた愛ちゃんが、ヘッドフォンを外した私をじーっと見た後に、
にやっと笑った。
「店員さんと会うの?」
「……」
「会うんだ?」
にしし、なんて笑うもんだから、なかなか素直に言い出せなかった。
大体、これでバイトしますなんて言ったらどれだけからかわれるか分かったもんじゃない。
「美貴、親友には報告の義務があると思うよ?」
「何それ」
「麻琴とカップルになった時に美貴が言ったんだよ」
「……そうだっけ?」
「言いなさい」
自分で言い出しておいて、自分がしないのは確かに卑怯かもしれない。
私は仕方なく、昨日の出来事を話した。そしてバイトするんだって報告もした。
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:06
- 愛ちゃんは興味深くうんうんと頷きながら聞いた後、大きく私にハグをしてくれた。
「おめでと……!!」
「愛ちゃん、大袈裟です」
「だって、あの美貴ちゃんが」
みなまでいうな、と私は彼女の腕から離れた。
他の学生の視線が痛かったのもある。
「まぁ、今日授業終ったら行ってくるからさ」
愛ちゃんはそれを聞いて、拳を突き出してウィンクした。
私は仕方なく拳を彼女の拳と力なく合わせて歩き出した。
全く愛ちゃんは舞台の上にいる様な人だった。
ホントにそんな事してる人、実際には見た事ないよ。
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:06
-
* * *
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:07
- 写真は、何度撮っても可愛く撮れなかった。
半目だったり、笑みが引きつっていたり。
三度目の正直で撮った筈の写真なんて、その両方だった。
残念ながら、七百円もする写真を三度も撮ったら、
大学生の寂しい財布には厳しかったので、
比較的ましな笑みのひきつっているものを選んで、それを履歴書に貼った。
ヘッドフォンから流れる大好きなバンドの曲も、今日は耳に入らなかった。
心臓が口から飛び出しそうで、マフラーに顔を埋めて歩く。
昨日の今日で、どうやって会ったらいいんだろう。
早く着いてほしい気持ちと永遠に着かないで欲しい気持ちが交差していた。
でも時は早く過ぎてしまうもので、見慣れたドアの前に私は立っていた。
ドアをちょっと横に動かしてから開ける。
コップを拭くマスターの他には、店には誰もいなかった。
「いらっしゃい」
「あれ?一人ですか?」
拍子抜けした。
昨日はいるって言ったのに。ちょっと不満だった。
「今買い物に行ってもらってるんだ」
「そうなんですか」
「なんか飲む?」
「や、えと、面接にきたんですが」
そう言うと、マスターはけらけらと笑った。
私はその意味が捉えられず、その場で固まっていた。
カフェの面接に飲み物が出るなんて聞いた事ないが、でるものなんだろうか。
或いは、飲み物をだすというのが冗談だたんだろうか。
それとも、はなから面接する気なんてなかったんだろうか。
「まぁいいからなんか飲みなよ、おごりだからさ」
「はぁ」
「藤本が飲めば、石川も飲む様になるだろうし」
もう既に私は藤本呼ばわりな訳だが、どうしてかこの綺麗な人に言われて不快感はない。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:07
- 「何飲む?」
「じゃぁ、昨日梨華ちゃんが飲んでた」
「あぁ、いいよ。ホットのがいいよね?」
「助かります」
寒かったので、本当に助かった。
それからホットチョコミルクティをだしてくれるまで、
マスターが何も言わないから、私も何も言わなかった。
ホットチョコミルクティは、かじかんだ私の手をだんだんと温めていき、
こまかい震えが止まり、喉の凍りついた感じも溶けていった。
「おいしい」
「よかった。じゃぁメニューに加えよう」
「そうやってメニューが増えていくんですね」
「最初はね、アメリカンとオムライスだけしかなかったんだ」
耳を疑う様な言葉を聞いて、私は思わず笑った。
嘘かと思ったら、本当だそうで、常連さんになってくれた人達のリクエストや、
自分で考案したメニューを試食してもらって増えていったんだそうだ。
「酒が欲しいとか、甘いのが欲しいとか、皆我侭でね」
でも、あんまり繁盛している様には見えなかった。
それが顔にでていたのか、勝手にマスターは教えてくれた。
「ここ、我が家だから家賃ないし、祖母の遺産がなんだか沢山入ってきちゃってね」
しばらく遊んでも暮らしていけるらしい。なんとも羨ましい。
そんな話をしていた時だった。がたん、と音がした。
振り向くと、耳とほっぺを真っ赤にさせた梨華ちゃんが両手に荷物を持って入ってきた。
「いっそ、雪とか降ればいいのにってくらい寒いわ!」
「歩いてて滑ってもいいならどうぞ」
「美貴ちゃん、ひどい!……いらっしゃい」
バックヤードの方に一度入った梨華ちゃんは、エプロンをつけてでてきた。
「今日はなんか食べていく?」
「あの、面接……」
もう最後まで言うのが嫌になっていたので一応単語だけ発してみた。
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:08
- 梨華ちゃんはおかしそうにクスクス笑った。マスターもやっぱり笑っていて、
私はやっぱりだまされたのだと、少し憤慨していた。
「もういいです。帰ります」
「あ、ごめんごめん、違うの」
梨華ちゃんが私の腕を掴んだ。そこだけが熱く感じる。
洋服の上からなのに、柔らかい感触が分かる気がした。
「あのね、もう合格なのよ」
「え?」
「履歴書持ってきてくれた時点で合格」
ただし、時給は安いらしい。
どうやら、梨華ちゃんもそうやって受かったらしく、つくづく変なお店だと思った。
結局今日は仕事がないらしく、賄いだけ食べて帰る事になった。
今日は、って、今日も、じゃないのかって話だが、常連さんもいるらしいし、
きっと忙しい日もあるんだろう。
じゃなかったら遺産だけじゃやっていけないだろうし。
賄いは冬らしく、ホワイトシチュー。かと思いきや、少しだけピンク色をしている。
シチューだよ、って出てきたのだから、シチューな筈なのだ。
しかし、ピンク色。照明の色で違う訳じゃない筈だった。
「あ、ピンクなの気に入った?」
「……気に入ってるんじゃなくて、気になってるの」
同じ様な感じの言葉だけど、意味合いは全然違う。
「それね、私のリクエストで出来たメニューなの」
「……え?もしかして、ピンクの食べ物って言ったの?」
「すごーい!よく分かったね!」
そりゃあのピンクのコート着てるのを見たら、ピンク好きなのかなって思うけど。
でも、この前の格好もそうだったけれど、
不思議とコート以外の私服にピンクはなかった。
今日は、グレーのハーフパンツ、白いリボンタイブラウスに焦げ茶のロングカーディガン。
シックで大人っぽくて、可愛いファッションだった。
「洋服にピンクはいれないの?」
「飴色では禁止なの。だから、コートとか、お休みの日の服はピンクよ」
確かに、焦げ茶の木目調なカフェにまっピンクな店員さんは似合わない。
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:09
- 想像して笑いを噛殺していると、ほっぺたを抓られた。
「こらー、想像して笑ってるんでしょ」
「笑ってなひ笑ってなひ」
「こら、冷めないうちに食べなさい」
マスターが呆れた様に私達を見ながら言った。
「これはね、海老のソースが入ってるからピンクなんだよ」
「へぇ、海老かー」
「最近は輸入でも海老が美味しくてね、ソースくらいにならできるんだ」
今日はいい海老だったから、なんてマスターはご機嫌だった。
中に入っているのはホタテやイカ、海老で、肉はなかったけれど、
一口食べたらあまりの美味しさに目をつむってしまう程だった。
なんて美味しい食べ物を作る人だ。
これが毎日賄いで食べられるなら、安い時給でも働く気になるものだ。
「さて、明日からは働いてもらうからね」
食べ終わった頃にマスターが言った。
掃除でもするのか、それとも客足なんてものが分かるのだろうか、と悩んでいると、
梨華ちゃんがカレンダーを確認して空笑いをしていた。
「噂の常連達が帰ってくるんだ」
マスターが言う。
毎食の様にここで御飯を食べていくのと梨華ちゃんが説明してくれた。
常連さん達は、今、この寒いのに更に寒い韓国に旅行に行っているのだそうだ。
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:09
- 自分達で食べたお皿を洗う。寒さにかじかんだ手にはぁと息を吹きかけると、
梨華ちゃんも自分の手にはぁと息をかけていた。
よく見るともう真っ赤なその手は、飲食業らしく、少しあかぎれていた。
「ちゃんと、働いてる手してるよね」
「そりゃそうよ。美貴ちゃんだってその内手が痛くて眠れない日がくるわ」
「それでも働くんだね」
「それよりも楽しい事や嬉しい事があるからね」
思わず目を見開いた。
働くって、お金をもらう為に働くものだと思っていた。
そりゃ、もちろん、お金も必要なんだろう。
なんだろうけれど、彼女はそれだけじゃなかった。
「美貴ちゃんがね、きてくれた時も、すごく嬉しかったなぁ」
「……え?」
「……新しいお客さんだ!ってね」
なんだ、新しいお客さんがきたからか。
マグカップを棚の上に伏せて置いた梨華ちゃんは、
そのままバックヤードでコートを着込んだ。
私が椅子に置いてあったコートを取りに戻ってそれを着ている時だった。
ガチャンとドアが開いた。私と喧嘩しそうになったあの女の子だった。
梨華ちゃんはまだバックヤードから出てきていなかった。
「藤本、悪いんだけど、バックヤードからタマネギとってきて?」
「え?あ、はい」
ドアから入ってきた彼女はそのやり取りに驚いていたが、
私は構わずバックヤードに戻った。梨華ちゃんは準備が出来ていたらしく、
出てこようとしているところだった。
「梨華ちゃん、あの子来てる」
「吉澤さんかぁ」
梨華ちゃんは困った様に笑った。
「ねぇ、あの子、梨華ちゃんのこと」
「人の気持ちは勝手に代弁しない」
梨華ちゃんがめっと叱った。
きっとあの子は梨華ちゃんが好きで、その事を梨華ちゃんは知っている。
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:10
- うーん、と悩んでいた梨華ちゃんは、うん!と大きく頷いて、コートを脱いだ。
そのコートを私に渡すと、お水の瓶とコップを手にとった。
「美貴ちゃんはここで待ってて」
「じゃぁタマネギ、マスターに持ってって」
「わかった」
こんにちは、って声が聞こえた。梨華ちゃんもこんにちはって返していた。
タマネギをマスターに渡していた。お水を置く音がした。
メニューを開く音がパラパラとしていた。
「石川さん」
「はい」
「あの、オススメってあります?」
「えーと」
梨華ちゃんの困った声が聞こえていた。出て行きたい気持ちにかられた。
私が適当に選んで、これでいいよね?ってやりたかった。
でも、店員になった今、そんな事はできなかった。
否、やろうと思えばできた。でもきっと梨華ちゃんはそんな事を望んでいないから。
梨華ちゃんは、待ってて、ってそう言ったから。
「あの、石川さん」
「はい」
「今日こそ聞いてもらえますか?」
何を聞いてほしいのだろう。私はいつの間にか、ピンクのコートを抱き締めていた。
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:10
- なんでか不安な気持ちでいっぱいになった。
「……何かしら?」
「石川さん、私は、石川さんの事が」
好きです、って言うのだろう。
言ったとしたら、梨華ちゃんはなんと答えるのだろう。
梨華ちゃんのピンクのコートに、私の紺のコートはなんとなく色があっている気がした。
だから、私達の相性までよくなった気がして、勝手に安心していた。
でもよくよく考えてみたら、梨華ちゃんが私に好意を持っているという確証はない訳で。
「……石川さんの事が、好きです」
あの子はいつから梨華ちゃんの事が好きなんだろう。
私みたいな新人よりもずっとずっと前からだろうか。
だとしたら、梨華ちゃんが見てきたあの子と私と、どっちが好印象だろう。
優しく語りかけるあの子。わざと冷たく突き放した言い方をしてしまう私。
大人っぽく食事を一緒にしませんかと誘うあの子。野菜を全部食べさせる私。
きっと帰り道、家まで送り届けるあの子。分かれ道で別れちゃう私。
どう考えても分が悪かった。
だから、私は、その言葉を聞き逃しそうになった。
「ごめんなさい」
耳を疑った。そういえば、食事を一緒にするのを彼女は拒んでいた。
でも、あんなに優しそうなあの子を振るだなんて。
「理由、教えてもらえますか?」
「……スキになろうって努力したら、それはもうスキじゃないんだなって思ったの」
「そう、ですか」
どういう経緯かは知らないけれど、梨華ちゃんはあの子の好意に気付いていて、
尚かつそれに答えられたらと思っていたみたいだった。
でもそうしている時点でそれはスキじゃないと気付いた様だ。
「今日は、帰ります。でも、またここに来させてくださいね」
「いつでもどうぞ。ホントにごめんなさい」
「いえ、じゃぁ、また」
ガタンと音が聞こえた。どうやらあの子は帰ったらしかった。
私はこっそり外を覗くと、マスターがシチューの鍋に火を通していた。
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:11
- 梨華ちゃんは、ドアの方を向いている。
少し俯きがちで、両手は握りこぶしを握っていた。
そして、その手が小刻みに震えていた。
「梨華ちゃん」
バックヤードから出てきた私に、振り向きもせず、
ただ黙って梨華ちゃんはドアの方を向いていた。
マスターは火を落として、バックヤードに入って行った。
私はゆっくり、梨華ちゃんの方に歩いていった。
梨華ちゃんの前に立つと、梨華ちゃんの瞳から、涙がこぼれているのに気付いた。
「ふぇ……」
ぽんぽんと頭を撫でると、梨華ちゃんは情けない声をだした。
情けない声を出して、その後、私の肩に頭を預けて泣いた。
「私、酷いの」
「うん」
「吉澤さんの好意に気付いてて、スキになろうって勝手に努力して」
「うん」
「悪戯に優しくしといて、スキになれません、ごめんなさいだなんて」
「うん」
それから梨華ちゃんは、吉澤さんが如何にいい人だったかを語って、
如何に自分が自分勝手な事をしたかで自分を責めて、
ひとしきり泣いた後に、大きく深呼吸をして気合いをいれた。
「よし……」
「こんな時でも気合いいれるんだね」
「こんな時だからです!」
何気ない顔をして戻ってきたマスターが、
紙コップに入った暖かい飲み物を私達に手渡してくれた。
「帰り道、飲みながら帰りなさい」
「ごちそうさまです」
梨華ちゃんが何か言う前に、私はごちそうになる事にした。
マスターはきっとそれを願っているに違いないからだ。
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 02:11
- 梨華ちゃんは少し不満そうだったけれど、
マスターはニコニコしながら頷いていたから、間違いない。
二人でコートを着直して、片手ずつ手袋をはめた。
よし、と気合いをいれる梨華ちゃんに紙コップを持たせて、私はドアを開けた。
ぴゅーと北風がふいていた。ぶるっと震えたものの、
もう気合いをいれてしまった梨華ちゃんがさっさと歩き出してしまうので私は後を追った。
「梨華ちゃん、手」
「美貴ちゃんて優しいよね」
「そ、そんな事言うなら繋がないから!」
「はいはい。言いません」
片手には暖かなストロベリーラテ、片手にはさっきまで泣いてたのが嘘の様なカラスの子。
いつもの様に分かれ道で手を離すと梨華ちゃんは嬉しそうに笑った。
「どうしたの?」
「ううん、また明日ね」
はい、と手袋を渡される。
さっきよりもあったかい筈なのに、なんでか寒い空気が漂っている。
ラテを一口飲むと、もう大分ぬるくなってしまっていた。
「美貴ちゃん、送ってあげようか?」
「なんで、一人で帰れるよ」
「うん、じゃぁまた明日ね」
よし、と気合いをいれて、梨華ちゃんは歩き出した。
私も小さな声で、よし、と気合いをいれて歩き出す。
一人で帰るなんて、今までなんでもなかった筈なのに、今はなんだか無償に寂しい。
「あ、いつバイトに入ればいいのか聞かなかった」
というか、何時の間にか明日も入る事になっていた。
大体、安いというだけで、時給も聞いていない。仕事内容も聞いていない。
「あー、向こうのペースにのせられた!」
私は曇り空の夜、白い息を吐きながら、天をあおいで一人ぼやいた。
でも顔は笑顔になっていたかもしれない。妙に頬が突っ張ったから。
- 51 名前:空飛び猫 投稿日:2007/09/09(日) 02:12
- つ、続いちゃいました……!!
ついつい妄想が楽しくて……。すみません。
一応この御話もおしまいです。
できたらこの先も続けられたらとは思ってます。が現状では未定です。
>>32
ありがとーごじゃいまーす。
夏なのに、寒い時期の御話ですね。
>>33
お待たせしてました。
可愛い二人だと言ってもらえて嬉しいでーす。
>>34
ない予定だったんですが、書いちゃいました。。
PLEASURESの合間に書いてるんですが、ごっちゃにならないようにするのが大変ですね。。(汗
>>35
いえいえ、こちらこそ読んでくれて有難うございました。
続き、ついつい書いちゃいましたwまた読んで下さると嬉しいです。
>>36
ありがとーごじゃいまーす。
キャラが立ってると言われると自分の事のように嬉しいです。
続き、ぜひ読んでくださーい。
- 52 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 14:10
- 続ききた!嬉しいですほんとに。
はぁ…藤本さんも石川さんもかわいいよ。なんか涙出てくる。
どんどん妄想していただけるとうれしいです。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 21:21
- うわー続いちゃった! 嬉しいな嬉しいな♪
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/10(月) 03:33
- 今日発見しました。
静かでしんとしてて白い息が出る冬に、
どこかあったかいところでぽかぽかしてるような文章ですごく心地いいです。
(吉澤さんは切ないし、今は熱帯夜ですけど)
続きも勝手に期待させてもらいます。
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/21(金) 23:58
- 描写が丁寧で引き込まれます。
次回も期待しております。
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 00:00
- その人の瞳から落ちた涙を見て、ドキドキした。
それはまるで、恋のようだった。
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 00:00
-
東京飴色ラプソディーアナザーストーリー
〜恋しき涙〜
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 00:01
- 私にとって、石川さんは先輩で、お姉さんで、ママだ。
だから、石川さんの事を、私はママと呼んでいた。
両親が仕事で忙しい私の夕食は大抵飴色で食べる事になっている。
飴色で食べた分だけ両親に請求がいくから安心してスキなものを食べていられる。
作るのはマスターだけど、だしてくれるのは石川さんで、
石川さんは大抵私の前に座って御飯を食べる間、御話してくれていた。
「さゆね、今日学校でテストだったの」
「内容、わかった?」
「うーん。自己採点で八十点くらいかなぁ」
「すごいじゃない」
「まだ点数わからないよ?」
いいのいいの、と石川さんはニコニコしながら頷いた。
一見さんのあまりこないこのお店は、とても居心地がよかった。
常連さん達も騒がしいけれど、いい人達ばっかりだった。
「さゆー、百点だったら奢ってあげるよ」
「ありがとうございまーす」
「ケメコ、奢るならお酒以外じゃないとだめだって知ってた?」
「あ、忘れてた!」
笑いの絶えない、素敵な私の居場所。大好きな大好きな、私の居場所。
泣きそうになった時は必ず駆け込んだ。
- 59 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 00:01
- 学校にも、普通に友達はいる。可愛い後輩の前ではお姉さんぶったりもする。
でも何かが欠けていた。それはきっと石川さんだと私は思っていた。
ママがいないとダメな子だなんて、高校三年生にもなって恥ずかしいけれど、
私には石川さんがいないとダメだった。
石川さんが可愛がってくれるから、私はかろうじて笑顔で暮らしていた。
だって、家に帰ったら真っ暗で、朝起きたら既に誰もいなくて、
一人暮らしだったらこんなもんだと分かっているのに、
シンクに置いてあるマグカップが、誰かいたんだって分からせてしまうから。
「さゆ、食後に何か飲む?」
「うん。あと、甘いの食べたいなぁ」
「じゃぁ、飲み物とデザートかな?」
「ママのいれてくれるお茶がいいな」
頷くと石川さんは私の頭を撫でてからバックヤードに入って行った。
石川さんは、人に触れるのが上手だった。
ぽんぽんと頭を撫でてくれたり、柔らかく手を包み込んでくれたり、
絶妙なタイミングでそれがでてくるから、私は時々泣きそうになる。
ありがとうって、感謝の気持ちで溢れそうになる。
だから、石川さんはママだった。石川さんは大きな愛で私を包み込む。
私はそれに答えたかった。だから勉強もがんばったし、部活もがんばった。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 00:01
- ある日、決定的に変わった事があった。
飴色に御飯を食べに入ったら、知らない人がいたのだ。
たまに来る一見さん。それだけなら、時々はあった。
でもその一見さんは、ニコニコ笑いながら、石川さんと話していた。
私は仕方なく、カウンターに座ってマスターに御飯をだしてもらった。
後ろ向きになったから、石川さんがどんな顔をしているのか私には見えない。
でも、時々視線を感じるから、気にしてくれてるんだって思った。
否、思いたかっただけなのかもしれない。
その日の夕食は、味がしなかった。
時々、マスターが話しかけてくれたけれど、私は元気なく答えるだけしかできない。
ママ、ママ、こっちを向いて。
ママが前に座ってくれないと御飯が美味しくないの。
ママに話したい事が沢山あるの。
頭の中は石川さんでいっぱいだった。
御飯を食べ終わって、私はいつもみたいにデザートは食べずに、席を立った。
ごちそうさまでした、と言うと、マスターはごめんね、と小さい声で言ってくれた。
だから、私は最後の力を振り絞って、笑顔を作って首を横に振った。
ドアを開けて外にでる。涙がこぼれ落ちてきた。
飴色の外にでて涙がでるなんて、初めてだった。
ママ、さゆ、今日テストがかえってきたの。
97点もとれたの。100点にはならなかったけど、すごい満足したの。
きっと、褒めてもらえると思ったのに。思ったのに。
結局言えないまま終っちゃったよ。
私は走って家に帰った。
徒歩三分の場所に住んでいるから、走ったら二分くらいでついてしまった。
家の明かりはついていなく、真っ暗で、いつも通りだった。
こんな顔してる時に帰られていても、困るんだけど、
でもやっぱり一人は寂しかった。
あの人に石川さんを取られちゃう、そう思っただけで、涙がとまらなかった。
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 00:02
- 部屋でしゃくり上げて泣いていると、携帯が鳴った。
絵里からだった。
「はい」
『さゆー?』
「なに?」
『あれ、さゆ、泣いてるの?』
「うん」
『話してみる?』
絵里の声が、優しく聞こえた。私はゆっくり、今日あった話をした。
うん、うん、と受話器の向こうで黙って聞いてくれる絵里の相づちが聞こえた。
最後まで話すと、絵里は少し黙った後、さっきと変わらない優しい声で言った。
『さゆ、気を悪くしないで聞いてくれる?』
「うん」
『それは、きっと、さゆが親離れしないといけない時がきたんだって思うんだ』
「親……離れ」
『さゆ、さゆには私やれいながいるじゃん?泣きたい時はこうして電話ででも、
実際会ってでも、泣いてくれたらいいんだよ。
さゆが石川さんに甘えてばかりいたら、石川さんだって石川さんの人生だって、
さゆに支配されちゃうじゃない』
私が、石川さんの人生を支配してしまう。
考えた事もなかった。
でも確かに、私は石川さんにいつも私の事を考えていて欲しかった。
いつもいつもさゆが一番大事だよって言っていてほしかった。
それがダメだなんて一度も思わなかったけれど、
もし、自分が同じ事を、後輩にされたら。
確かに嫌かもしれない。否、嫌だ。小春や愛佳の事ばかりなんて考えていられない。
「そう……だよね」
『うん。だから、ちょっとずつでも大人になろうよ、一緒にさ』
「うん。有難う、絵里」
『まずは親離れからだっ!私もお姉ちゃん離れするからさ』
二人でやれば怖くない、なんて赤信号のときの様な事を言い出す絵里を、
私は今、抱き締めたくて仕方なかった。
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 00:02
- その出来事があってから、私はなんでかとてもすんなりとママ離れができた。
あの人が話しかけていても、心が揺さぶられる事はなかった。
あの人はよくきていた。石川さんは彼女の相手をしつつ私の方にも来てくれていた。
それだけで満足だった。
「さゆね、明日から修学旅行なの」
「明日から?今年はどこにいくの?」
「沖縄、ママにはちゃんとお土産買ってくるからね」
石川さんはうんうんって頷きながら私の頭を撫でてくれた。
あの人は、どんな顔をしてこっちを見ているんだろう。
ふと気になって、その様子を見ると、意外にもニコニコしていた。
しかも目があった時、優しく微笑まれた。
どう反応したらいいのか分からなくて、私は目をそらしてしまった。
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 00:03
- そして私は、飛行機に乗って秋の沖縄に行った。
秋なせいもあって、暑過ぎず、心地よいくらいの気候で、
私は絵里とれいなと三人で写真を撮りまくりながら沖縄を満喫した。
修学旅行中、時々あの人のあの笑みを思い出した。
意外といい人なのかもしれない。
そうなら、石川さんと付き合ってもいいと私は思い始めていた。
「さゆ、何見てるの?」
「んーとね、ペアストラップ」
「お。ママと自分で?」
「ううん、両方ママにあげるの」
それは私なりの彼女への応援だった。
彼女がそれをつけられますように、とまでは思えなかったけれど。
ゴーヤクッキーとドライマンゴーと泡盛とペアストラップを持って、
私は飴色のドアを開けた。
同じ時期に旅行に行っていた常連さん達も帰ってきたらしく、
飴色は賑やかな音をだしていた。
「お、さゆじゃーん」
「さゆ、ひさしぶりー」
「さゆ、沖縄どうだった?」
「韓国のお土産あるで、さゆ」
皆が私に向かって両手を広げておかえりを言ってくれた。
私がただいまーと声を出すと、バックヤードから石川さんが出てきた。
「さゆ!おかえりなさい!」
「ママー!ただいまー!」
石川さんの腕の中に飛び込むと、石川さんは私の頭を撫でながら、
寂しかったよ、って言ってくれた。すごくすごく幸せだった。
再会を心から喜び合った後、私は皆にクッキーやマンゴーや泡盛を渡した。
中澤さんと保田さんは、泡盛を早速開けて飲み始めて、
クッキーを食べるからお茶をいれて、と安倍さんが石川さんに御願いをしていて、
マンゴーをマスターが刻んで、後藤さんはそれをちょびちょび食べていた。
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 00:03
- そこに、あの人がやってきた。
私はあの人にも聞こえる様に、石川さんにお土産を渡した。
「ママ、これね、ママが大好きな人と出会える様に、って、買ってきたんだよ」
「ペアストラップ?大事に使うね、ありがとう」
石川さんは、ストラップを抱き締めてくれた。
もう片方は誰にあげるの?そう聞いたら照れながらあの人に渡すのかな?
そう思って、その人を見ると、その人はなんだか悲しそうな顔をしていた。
どうしたの?もらえるかもしれないのに、嬉しくないの?
まるで、失恋でもした様な顔をしていた。
「美貴ちゃん、美貴ちゃん」
石川さんの声で、知らない人が呼ばれた。
私が驚いて石川さんの方を見ると、石川さんはペアストラップの封を開けて、
片方を自分の携帯電話につけていた。
「ちょっと待って、紅茶いれてるんだから」
聞いた事のない声がバックヤードから聞こえてきた。
私が驚いた顔をしていると、石川さんは私に教えてくれた。
「新しく、ここで働きはじめた子がいるの」
「え?」
「紹介するね」
もう一度、石川さんはバックヤードに向かって呼び掛けた。
その人は不慣れな手つきで紅茶のポットとティーカップをトレイに乗せて現れた。
「こ、お、ちゃっ。こ、お、ちゃっ」
「……安倍さん、子供じゃないんですから」
「えへへ、新米さんに言われちゃった」
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 00:05
- トレイの上のポットとティーカップはかしゃかしゃ音が鳴っていた。
こわいくらいの形相でトレイを睨みつけながら、
その人はそーっとテーブルにポットを置いた。
「美貴ちゃん、この子ね、私の後輩で道重さゆみちゃん」
「さゆみです」
「藤本美貴です」
ぺこりとお辞儀をすると、藤本さんはトレイを小脇に挟んで石川さんの隣に立った。
「沖縄かー」
「なんで分かるの?」
「それ、琉球ガラスじゃん。それにゴーヤクッキーも泡盛も
あ、ドライマンゴーもか」
美貴ちゃんすごいね、って言う石川さんの顔は少しだけ子供っぽくて、
ママじゃないみたいだった。それが、少しだけ悲しかった。
なんだか御飯を食べる気もしなくて、帰ろうか迷ってた時だった。
「吉澤さん、ごめんなさい。メニューを渡すの忘れてたわ」
「いえ、今日はやっぱり帰ります」
「そう?」
その人は足早に外にでていった。
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 00:05
- 石川さんはしょんぼりとした顔をしていた。
隣に立っていた藤本さんがパシンパシンと頭を乱暴に撫でていた。
あぁ、きっと石川さんのペアストラップの相手はあの人じゃなくて、
藤本さんなのだ。だったら私はあの人に酷い事をしてしまった。
どうにも気になってしまって、私はドアをこっそり開けた。
ドアの前では、その人がしゃがみ込んでいた。
他の人達がわいわい騒いでいるのを確認した私は、そっとドアの外にでて、
その人の隣にしゃがんだ。
ぽろぽろ涙が流れていた。
こっちを見ようともせず、ただただその人は涙を流した。
覗き込んでいると、やっと目が合った。
泣いているのに、無理矢理微笑んでくれた。
私が微笑み返すと、私の頭を軽く叩いて、彼女は立ち上がった。
涙の溜まった瞳を擦って、大きく深呼吸をしていた。
私が立ち上がると、彼女はごめんね、と小さい声で呟いた。
私は、その人の隣で何て言おうか、一生懸命考えたけれど、何も浮かばなかった。
だから、何も言わないまま、その人の手を握った。
石川さんの瞳に映らなかった貴方と私。同じ人を見つめていた二人。
今は停滞しているけれど、きっと歩き出せるから。
曇っていた空の合間から青空がのぞいた。握っていた手が握り返された。
私が彼女を見上げると、彼女が悪戯っぽく笑った。
だから、私もにっこり笑い返した。
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 00:05
-
終わり。
- 68 名前:空飛び猫 投稿日:2007/10/03(水) 00:12
- >>63ですが、秋ではなく、冬、です……orz
- 69 名前:空飛び猫 投稿日:2007/10/03(水) 00:13
- 続きというよりは違う視点のお話でした。
またしても続きがあるかは未定です。
しかし、今回の石川さんは……まったくもう。
>>52
またしても続いちゃいましたよー。
可愛いと言って頂けると本望なのです。
また妄想したら書きますね。
>>53
また続いちゃった!読んでもらえると嬉しいな♪
>>54
発見されちゃいましたか。
最近はすごく寒くなりだしましたよね。
書いてる方も、真夏日とかに寒い話は大変不思議でした。
期待に答えられたらいいなぁと思います。
>>55
ありがとうございます!
今回も読んで頂けたらうれしいでっす。
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 21:35
- しんみりしました
秋ですなぁ
- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/05(金) 17:24
- 続いた!ここの更新が一番の楽しみだったりします。
なんかいいですわ。吉澤さんもさゆも切ないですけどそれもまた良い。
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/21(日) 09:50
- あんなに暑かったのが嘘のような気候になりましたね。
こちらの作品によく似合う。
- 73 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/01(土) 01:24
-
東京飴色ラプソディー
:第三話:
- 74 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/01(土) 01:25
- その日の梨華ちゃんは、へこんでいた。
吉澤さんに対して酷い事をしたと、常連さん達に叱られたのだ。
『よっすぃかわいそー』
『ちょっとは気使いぃよ』
『吉澤をここに連れてきた身になってよ』
『泣いてるんじゃないのー?』
そもそも、ここの常連さん達は、帰ってきて早々に、
自己紹介もすんでない私の事をいじくり倒して、けらけら笑ってる様な人達な訳で、
そんな人達に何言われたって私は屁とも思わないけれど、
梨華ちゃんはすごくへこんでいた。
ちょっと力を入れて叩く様に頭を撫でてみても、
ちょっと優しい声をだしてみても、
とにかく何をしてもだめだったのに。
なのに、マスターのちょっとした一言でちゃっかり復活した。
「ほら、石川、ポジティブポジティブ」
泡盛の瓶を中澤さん達から奪ってコーヒーが並んでる棚に置くと、
マスターはぽんぽん、と梨華ちゃんの頭を叩いた。
それだけで。たったそれだけで、梨華ちゃんは復活したのだ。
「やっちゃった事は仕方ないから、今度きたとき謝ります」
「謝るのはどうかと……」
「え?それもダメ?」
吉澤さんにだってプライドとかあるだろうし。
ホントに鈍い人なのだ、梨華ちゃんは。
- 75 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/01(土) 01:25
- 「それより、それ、誰にあげるのぉ?」
「せやせや、誰にあげるん」
ニヤニヤした顔をしながらちょっと高い声を出して、
安倍さんと中澤さんが近付いてきた。
視線の先は梨華ちゃんの手にある琉球ガラスのペアストラップ。
さっき呼ばれた時に手にしていたそれの片方は既に梨華ちゃんの携帯につけられていた。
呼ばれたって事は、そういう事だと思っていいんだろうか。
私は顔が赤くなっていくのが分かった。
それを見つけた中澤さんが更に顔をニヤニヤさせているのが分かった。
「私、そろそろ帰る時間だから!」
「え?美貴ちゃん?」
ペアストラップ。その響きはすごく甘美だ。
まるで約束をしてくれているかのような、そんな響き。
だけど、それをくれる側の気持ちってどうなんだろう。
ペアストラップをするっていうのがこっちと向うじゃ意味合いが違うかもしれない。
「美貴ちゃん、マスターが今日の新作飲まないかって」
「……今日はやめとく」
「そっか」
ペアストラップ、くれるの?そう聞けたらどんなに楽か。
でもあいにく私は素直じゃない。だから、そんな事聞ける訳ない。
「梨華ちゃんは飲んでくの?」
「うん。飲んでく」
「じゃぁ今日は別々だね」
「そう、だね」
きっぱり。梨華ちゃんはきっぱりそう言った。
- 76 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/01(土) 01:26
- だんだん彼女の事で分かってきた事がある。
彼女はウェットに見えてドライだ。自分がそうだと決めたら、そう進む。
だから、私が帰るって言っても、自分が残るって決めてたら残る。
私は、ドライに見えるけれど、ウェットなタイプで、でも意地っ張りだから、
彼女が残るって言っても、帰るを突き通す。
こういう時、別々に帰るのが寂しいって、彼女は思わないのだろうか。
こういう時、どっちかが折れればいいって、彼女は思わないのだろうか。
「んじゃ」
「美貴ちゃん」
「何?」
「……ううん、なんでもない」
梨華ちゃんは何か言いたそうだったけれど、私は敢えてそれ以上は何も言わなかった。
一人で帰る帰り道はすごく寂しかった。
イライラしたり、ウキウキしたり、凹んだり、なんだか梨華ちゃんといると感情が忙しい。
でも、どうせ梨華ちゃんは今頃常連さん達と楽しく新作を飲んでるに違いない。
マスターとニコニコしあってるに違いない。
考えてみたら、私なんて、梨華ちゃんとは知り合ってまだ数週間。
そりゃマスターの言葉の方が私の言葉よりも彼女の心に響くだろう。
なんでペアストラップがもらえるなんて思ったんだろう。
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/01(土) 01:26
- 泣きそうになってきてしまったので、愛ちゃんに電話をかけた。
愛ちゃんなら、慰めてくれるかな?
『もしもぉし』
「もしもし?」
『ごめん、今、麻琴といる』
「そっか……」
『あれ?へこんでる?』
「いや、いいよ」
『言ってみぃよ?』
私は何も言えなかった。言ったら最後な気がしたから。
言ったら絶対泣き出す。それくらい自分は今、感情の起伏が激しくて、
なんでだろう。って自分でも思うくらい落ち込んでいた。
『分かった。梨華ちゃん関連だ』
「……」
『また自分だけで考えてるんでしょう?
ダメだよ、美貴は自分だけで考えて自分だけで色々決めつけちゃうんだから』
「そう、かなぁ」
『うん。何だかよく分からないけど、決めつけはよくないからねぇ』
「ありがと」
『いえいえ』
「まこっつぁんに宜しく」
『麻琴も心配しとるでよ、今度二人でカフェ行くからさ』
「おぅ。美味しいコーヒーいれちゃる」
愛ちゃんは優しい声で大丈夫大丈夫と繰り返してから電話を切った。
友達ってホントに有難いものだと思った。
なんだかとっても心が落ち着いたから。
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/01(土) 01:27
- やっぱり、マスターの新作を飲んで帰ろう。
たまには私が折れないと、いつまでたっても平行線だ。
「そうだよ、寒いし!」
私が叫んで振り返ろうとした時だった。
暖かい何かが私を包み込んだ。
頬にも毛糸のような感触の暖かい何かが優しく触れていた。
「そりゃ寒いよ、美貴ちゃん、マフラー忘れてったよ?」
「梨華……ちゃん?」
「新作飲まないで追いかけてきたんだから」
振り向くと、鼻を真っ赤にさせて、梨華ちゃんが笑っていた。
彼女は手袋もマフラーもつけているのに、何故か帽子はつけていなかった。
「梨華ちゃん、帽子は?」
「あれ?あ!忘れた」
「じゃぁ、戻ろうよ、戻って新作飲もう」
「なぁに、結局飲みたかったんじゃないの」
その言い方は優しくて、甘ったるくて、なんでか私は泣きそうになった。
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/01(土) 01:27
-
どうしてだろう。彼女の一つ一つに、こんなにも揺さぶられて。
「どうしたの?」
「なんでも、ない」
「泣かないでよ、いいものあげるから」
「泣いてないし」
「ほら、これ、もらってくれるよね?」
手袋の中から出現したのはペアストラップの片方。
冬なのに琉球ガラス。一番作るのが難しいらしい赤い琉球ガラス。
「……もらってほしい?」
「うん。もらってほしい」
「ホントに?」
「ホントよ」
ちょうど私の手の中にあった携帯に、それの紐を通して、
外れない様にくるっと回した。
「ペアストラップだよ?」
「知ってるよ?」
「ホントにいいの?」
「なんでよ、いいに決まってるじゃないのよ」
私があんまりにも納得しないから、梨華ちゃんは呆れた顔をしながら私に耳打ちした。
「美貴ちゃんにしか、もらって欲しくないよ?」
現金なもので、それだけで私はニコニコしながら、彼女の手を取って、
飴色に新作を飲みに戻った。
むろん、ニヤニヤした常連さん達に囲まれて、顔が真っ赤になったのは言うまでもない。
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/01(土) 01:28
- 終わり。
- 81 名前:空飛び猫 投稿日:2007/12/01(土) 01:29
- おそーい更新ですみません。しかも短すぎる……。
久々に更新したら、なんかえらい情緒不安定な作品に。
自分の情緒が不安定なのかもしれません。。
またしても次回は書けたら書く感じで。続きはあるかもないかも。
>>70
秋通り越して冬になってしまいましたな。
秋になるのが遅過ぎた所為か、秋は早足でしたね。
>>71
アリガトーゴジャイマス。
切ないのがスキな作家の所為もあるかもしれません。むふ。
>>72
寒くなりましたねぇ。今年は寒いみたいですね。
外が寒ければ寒い程、家の中はあったかくて外にでたくなくなりますな。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/01(土) 19:18
- ありがとうございます
暖まりました
- 83 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/03(月) 18:28
- 私はこの雰囲気が好きです
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/03(月) 20:09
- 私も好きです
二人ともかわいい
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/04(火) 21:03
- 最高すぎるなぁ。
石川さんも藤本さんもかわいい。愛おしい。
この作品が大好きです。ありがとうございました。
- 86 名前:空飛び猫 投稿日:2007/12/25(火) 02:53
-
東京飴色ラプソディー
アナザーストーリー
:聖なるケセラセラ:
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 02:54
-
君がいれば僕は笑顔になる 君がいれば僕は幸せになる
君がいれば、君がいれば、君さえいれば
だからね、君にメリークリスマスを言わせてください
君に一番最初にメリークリスマスを 聖なる夜に君と二人で
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 02:55
-
クリスマスの前になって、世の中はクリスマスソングでいっぱいだ。
メリークリスマス、きっとあの人にも言えるだろう。
ただし、二人きりではないのがミソだけど。
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 02:55
-
最近、梨華ちゃんが幸せそうだ。
つんとした感じの女の子が新しくバイトに入って、梨華ちゃんはご機嫌。
つんとしてる割に、意外と優しくて、意外と照れ屋で、
あぁこれが梨華ちゃんがメロメロな理由か、と我々飴色常連の間ではもっぱらの噂だ。
からかい好きの皆の中で、梨華ちゃんもよっすぃもかなりからかい甲斐のある人達だけれど、
新しくきた藤本美貴ちゃんはもっともっとからかい甲斐のあるタイプらしく、
いちいちにやにやしながら裕ちゃんが近付いていく。
それを毛を逆立てる猫のように反応してしまう藤本ちゃんは、
それが尚更からかわれる原因なのだと気付いていない。
「なっちぃ」
「んー?」
「裕ちゃん楽しそうだよね」
「ありゃ楽しいっしょ。私もスキよ、ああいう子」
じゃぁからかい甲斐がない、とか、ブーブー文句言われる私はスキじゃないのか、と
ちょっと憤慨しつつ、でもそれを顔に出さずにふーんとだけ返して、
私はお皿に盛られたチョコレートをつまんだ。
「ねぇ圭織、チョコな感じのミルクティてある?」
「あぁ、こないだ作ったなぁ。あの時はアイスだったけど、なっちはホットがスキだよね」
「さすが飴色。それ、おねがーい」
今日は梨華ちゃんはお休みだった。梨華ちゃんがお休みだと大抵、藤本ちゃんもお休みで、
それってバイトとしてどうなのって思う時もあるけれど、
そもそも飴色はバイトが欲しくてバイトを雇ってる訳じゃないみたいだから、いいみたいだった。
マスターのかおりんは趣味でお店をやっているから、バイトも面白ければいいらしかった。
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 02:56
-
隣の人にホットチョコミルクティが渡されて、しばらくすると
私の目の前にアイスチョコミルクティが置かれた。
「後藤はアイスのがどちらかというとスキじゃない?」
「てかお部屋の中はあったかいしね」
古い大きな暖房器具がごぉんごぉんと音を立てていた。あれでちゃんと温まるんだから不思議だ。
ガムシロップをいれなくてもほんのり甘いそれのお供がチョコレートなのも、と思っていると、
かおりんが南瓜のバタ炒めをだしてくれた。
ほんのりしょっぱ甘いそれは、チョコミルクティの甘さを引き立てて幸せにひたれた。
「ごっちんて美味しそうに食べるよねぇ」
「そお?」
「うんうん。作りがいがあります」
南瓜はなっちも大好きで、二人で分け合いながらそれを食べた。
私はなっちと二人でいる時のまったりした空気がスキだった。
なっちと二人と言いつつ、かおりんもいるんだけど、
かおりんはいつもこういう時、黙って仕事をしていてくれる。
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 02:56
-
「きったでー!」
「のぉんでないわよぉ?」
どたどたと裕ちゃんと圭ちゃんがドアから滑り込んできた。
顔は仄かに赤くて、明らかに飲んだ後の顔をしていた。
「なんやの、二人でまったりお茶かいな」
「おこちゃまなのよね」
「酔い覚ましになんか食べる?」
「魚系のお味噌汁とかある?」
「おにぎりとかも欲しい」
「はいはい。作れますよ」
別に、この二人が嫌いな訳じゃない。むしろ大好きだし、みんなでわいわいしてるのもスキだ。
でも、まったりしてる時も大好きなのだ。だから、ちょっと内心がっかりしていた。
「ごとぉ、不満そうやなぁ?」
「顔に出すのよくないよぉ?」
「なにが?全然不満じゃないけど?」
「……つまらん!」
「うん。つまらん!」
酔っぱらってるとすぐこうやって人に絡んでくるこの人達を、
何故かたまらなく愛しく感じる時がある。
「後藤、もっと子供らしくせな」
「もう二十歳とっくに過ぎてますけど?」
「うそっ!」
「ホント」
「でもまだうちの中ではコ・ド・モ、やねんで?」
「はいはい……」
愛しい時もあるけど……でも、めんどくさい時もある。
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 02:57
-
四人集まると、結局飴色の閉店時間までいてしまうのが常で、
その日も閉店時間までそこにいた。
かおりんが飴色のガタガタしたドアの鍵を閉める。
西洋のドアだから、鍵もアンティークで素敵だ。
大きく伸びをしながら裕ちゃんと圭ちゃんが歩き出す。
かおりんが結んでいた髪をほどいて手を振っていた。
なっちは寒そうに身を縮こまらせていた。
月はどんよりとした雲の影からちらちらと顔を見せていた。
もうそろそろ満月になりそうなくらいだった。
「なっち、寒い?」
「寒い」
「あったかい缶紅茶買う?」
「いいね」
「さっきまで飲んでたやろがー」
振り向かずに裕ちゃんが言ったけど、ダメって声じゃなかった。
私はポケットの中の小さながま口から、小銭を取り出して、
近くにあった自販機にお金を入れた。
「缶紅茶でも、寒いと美味しいよねぇ」
「うん。おいしー」
敢えて缶の蓋は開けなかった。ちょっとそれで暖を取ってから飲む、
それがなっちに教えてもらった美味しい缶紅茶の飲みかただった。
「ごっちん、だんだん分かってきたねぇ」
「えへへ」
「そういえば、クリスマスはどうするの?」
「そろそろだねぇ」
「今年は藤本もいれてやるかぁ」
「梨華ちゃんと二人がいいんじゃない?」
「せやなぁ」
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 02:57
- 飴色は、常時貸し切りのようなものだけど、クリスマスはホントに貸し切りで、
皆で集まってわいわい騒ぐのが常だった。
確かに、カップルの為の祭だという様な、日本の風潮は嫌いだった。
どちらかといえば、家族が集まるのがクリスマスだし、ここのメンバーは家族同然だった。
でも、でも、こんなにしあわせそうなクリスマスソングが沢山流れてたら、
「聖なる夜に君と二人で」なんて歌われてたら、そりゃぁ二人にだってなってみたい訳で。
「ごっちん、どうしたの?」
「……そろそろ飲んでもいいかなって」
「いいんでない?」
「じゃぁ飲もおっと」
いい感じにぬるくなった紅茶は、身体の中から温めてくれた。
はーと息を吹き出す音がして隣を見ると、なっちが缶を持ちながら手を温めていた。
ふとこっちを見て、困った様に笑った。ドキッとする仕草だった。
「まだ寒い?飲んだら?」
「にぶちんごっちん」
「なぁにそれ」
「なんでもありません」
鈍いのはどっちだ。ドキドキしてるのを隠すのに必死なのを知らない癖に。
飴色ができて、五回目の冬。なっちと出会って四回目の冬。
次の自販機の横に置いてあった空き缶入れに、飲み終わった缶を入れる。
空は高く、どこまでも雲が覆っていた。
「あ、雪かも」
「お、北海道出身者がいうなら降るんやろな」
「ほら、降ってきたぁ」
「ホントに雪の匂いってあるのかしら」
ほらほら、って言いながら、なっちは私の腕に絡まった。
嬉しくってドキドキしてでもそれがなっちの所為だって思われたくなくて、
にへっと笑った。雪がふってきたのが嬉しいんだよって。
あぁもうホント、鈍い人に恋をしてるのって大変だ。
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 02:58
-
***
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 02:58
- そして何の進展もないまま、クリスマスイブがやってきた。
否、今までだって進展があった訳じゃない。
スローペースな人が好きな人だっていうのもよく分かってるから、
敢えて自分からアクションは起こしてこなかった。
でも、梨華ちゃんを見てたらなんだか焦ってきたのだ。
あんなに皆でプッシュしてたよっすぃの目の前からかっさらって行った藤本ちゃん。
あんな人が、私の目の前に現れるとも限らない。
「今日は集まりがいいような悪いようなやなぁ」
「いや、明らかにいいでしょ」
「裕ちゃんはただ単に石川と藤本がいないのが気になってるだけ」
クリスマスイブのパーティには、裕ちゃん、圭ちゃん、かおりん、なっち、私という
いつものメンバーに、よっすぃとさゆが加わった7人で行われていた。
何時の間にか仲良くなったらしいよっすぃとさゆは真剣な顔をしてババ抜きを二人でやっていた。
ババ抜きを二人でやって楽しいものなのか、疑問だったが真剣そうだったので黙って見守る事にした。
裕ちゃんと圭ちゃんは相変わらず飲みまくっていた。
かおりんが下手にスパークリングな日本酒なんて買ってきてしまうものだから、既に泥酔だ。
なっちと私は、カウンターに座って食事をまっていた。
今日はターキーずくしな匂いがしていた。
かおりんの作るターキーサンドがスキな私は、お腹を空かせて待っていた。
「後藤」
「んあ?」
「マヨネーズがない」
「えええ!サンドウィッチが!」
滅多に大声をあげない私でも、大きな声になってしまう程、
ターキーサンドにはマヨネーズは必需品だ。
「買ってきてくれる?」
「いいよっ。瓶のやつだよね?」
「そうそう。よろしく。あ、なっち、スキな紅茶の缶買ってきていいよ」
「ホントに?じゃぁ一緒に行ってくる」
かおりんからおさいふを借りて、飴色の古いドアを開ける。
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 02:59
- あいにく、ホワイトクリスマスとはいかなかった。
でも曇っているのでもしかしたら降りそうな天気で、まだ少し期待していた。
「マヨネーズ、ローファットとかじゃない方が美味しいよね」
「紅茶の缶が沢山売ってるスーパーにしようよ」
「なっち、そんなに遠くまで行くの?」
「……ダメ?」
「いいけど」
くしゅんっとなっちがくしゃみをした。
コート着てきたけれど、他は何もつけていなかった。
近くのスーパーで終らせるつもりだったからだけど、
遠くまで行くなら手袋くらい必要だろう。一度戻ればいいだけの話。だけの話なんだけど。
「いいよ。大丈夫。行こうよ」
「でも……」
「じゃぁ、こうしよう……ほら、ね、あったかい」
ぎゅっと結ばれた手から暖かみが伝わってきて、ドキドキしてるのも相まって
私の身体は熱くなった。気付いたら二人きり。気付いたらあの歌のシチュエーション。
「な、なっち」
「ん?どした?」
「メリークリスマス」
「……メリークリスマス?」
思いきり意味をこめていたんだけれど、さすがにメリークリスマスじゃ
伝わらなかったみたいだった。
「どうしたの、いきなり」
「……にぶちんなっちめ」
「にぶちんて、無理あるっしょ、それ」
せっかく聖なる夜に君と二人でメリークリスマスを君にだったのに。
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 02:59
- 私の唇がとんがっていたのが分かったのか、
なっちはクスクス笑いながら繋いだ手をぶんぶん振り回した。
「ちゃんとはぐらかさないで言ってみたら?」
「え?」
「なんでメリークリスマスだったのか」
「……嫌です」
恥ずかしくって言えないよ、そんなの。
私はそのぶんぶん振られた手を更にぶんぶんと振った。
「言ってよぉ」
「言わないよぉ」
「なんでよぉ」
「……なんででも」
「むー」
何時の間にか、振られていた手は落ち着いていた。
なっちは私の手を引っぱりながら歩き出した。
勇気のない私でごめんね。って、自分にもなっちにも謝った。
否、なっちは別に困らないだろうけど。
「ねぇ、ごっちん」
「うん?」
「……紅茶、何がいいと思う?」
「うーん。あのスーパーなら、圭織がいつも買ってるのは大抵あると思うけど」
「それじゃ嫌」
だとしたら、もう一個向うの大きなスーパーに行くかしかない。
でも既になっちの手は冷たくて、凍ってしまいそうだった。
「うーん。でもさ、寒いじゃない?」
「でも行きたいの」
「どうしても?」
「どーしても」
こんな時、だんだん赤くなっていく彼女の頬をぺちぺちできたらどんだけいいだろう。
でも、あいにく私はそういう立場の人じゃないから。
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 03:00
- 「せめて、どの紅茶がいいか決めてからいこうよ」
「……圭織はスキなのって言ったよ?」
「でもさ、寒いじゃん?」
「いい。わかった。もうマヨネーズだけ買って帰ろう」
「そんな事言ってないじゃない」
「早く帰りたいんでしょう?あそこのスーパーでマヨネーズかったらすぐ帰ろう」
あぁどうして私ってこう不器用なんだろう。すぐなっちを拗ねさせてしまう。
そして拗ねたなっちはそんなにすぐにはご機嫌がまっすぐにならない訳で。
私が困っているのを知っていても、つんと顔を反らせて、スーパーの方へ歩き出す。
ねぇ、なっちの心配をして帰ろうって言ったんだよ?
そう口にしたかったけれど、それは口から出なかった。
だんだん私もご機嫌が斜めになってきて、スーパーに向かいながら、黙ってしまった。
手は繋いだままだったけれど、すごく遠く感じた。
マヨネーズを手に取って、レジに並ぶ。その間も絶対手は離れない癖に顔は合わせてくれない。
レジの人も不思議だったと思う。手をつなぐ程仲いいような二人が、全然顔を合わせないなんて。
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 03:00
- 結局、飴色の前まで私達は一言も喋らずに帰ってきてしまった。
人影が見えたのか、中からドアが開く。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
「ごっちん、なんかあった?」
「なんでもない」
ドアを開けたかおりんは少し驚いていたようだったけれど、
喧嘩したのが分かったのだろう、それからは何も言わなかった。
よっすぃがさゆを送って行ったのか、二人はもういなかった。
裕ちゃんと圭ちゃんは酔いつぶれて寝ていた。
「もうすぐターキーサンドできるからね」
かおりんにそう言われて、なっちを見るとなっちは隣の隣の席に座っていた。
さっきまで真っ赤だった頬も少し落ち着いて、でもご機嫌はなおってないみたいだった。
「なっち」
「ごっちん」
私が彼女を呼んだ声と同じ位の時に彼女も私の名前を呼んだ。
「ごめん」
「私も、ごめん」
ターキーサンドが二人の間に置かれる。同時に、マグカップも二つ置かれた。
「新作、アップルシナモンチャイ」
美味しそうな匂いに二人から思わず、わぁと笑みがこぼれる。
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 03:01
- 窓が外との温度差で真っ白になるくらい暖かいこの場所が、
お互いの冷たく尖っていた心も溶かした。
「なっち」
「なぁに?」
「さっきのさ、メリークリスマスなんだけどさ」
今度こそ、前に一歩進める、そんな気がした。
「あれね、歌の」
「メリークリスマース!!!!!!」
歌詞にあったんだよ、って言おうとしたら、ガチャンと開いたドアから、
梨華ちゃんと藤本ちゃんがクラッカーを鳴らして入ってきた。
「石川、藤本、空気詠め!」
「そうよ、いいところだったのに!」
何時の間にか起きていたらしい聞き耳ずきんさん達が梨華ちゃん達にヤジを飛ばす。
じろっと睨みつけるとまた眠った振りをするんだから、梨華ちゃん達よりずっとたちが悪い。
「二人とも、ターキーサンド食べる?」
「わぁい。食べまーす」
ドアが閉まる。ちょっとだけ入り込んできた冷たい空気も、すぐ消えて行った。
いつもと変わらない光景。いつもと変わらない笑顔。
だけどいつもより近い距離に彼女がいる気がする。
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 03:01
-
「ねぇごっちん」
「ん?」
「メリークリスマス」
「……メリ−クリスマス」
聖なる夜、君と二人ではないけれど、変わらない筈だった今年のクリスマス。
ちょっとだけ、進展がある……かも?
「で、どういう意味なの?」
「えぇっ」
あぁ、やっぱりないかも。
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 03:01
-
終わり。
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 03:02
- Merry Merry Xmas to everybody in this world.
by サンタ猫。
- 104 名前:空飛び猫 投稿日:2007/12/25(火) 03:24
- メリーメリークリスマスなのー
ちょっと遅くなりましたが、サンタさんみたいに夜中に更新。
久々のこの二人は、私の中では何があってもこんな感じなんだなぁと感じました。
>>82
こちらこそ読んでくれて有難うございます。
冬の缶紅茶のような小説でありたいと思っております。
>>83
ありがとーございます。
素直に嬉しいです。
>>84
どうもありがとーなの。
可愛いと言われたいお年頃なのでウレシス。
>>85
サイコーといわれてサイコーな気分でつ。
石川さんと藤本さんてはじめて書いたんですが、大好きと言って頂けてとてもうれしゅうございます。
皆様また読みにきてくださいませ。
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/26(水) 14:03
- やっぱりないのかよ!
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/27(木) 16:45
- ごっち〜ん!かわいいぞ。
なっちさん…天然ですねこのお方。
そして密かに大好きです中澤さん。飴色カフェに行きたいですよ。
- 107 名前:空飛び猫 投稿日:2008/01/13(日) 22:56
-
東京飴色ラプソディー
アナザーストーリー
:吉と小吉、どっちが勝ちか:
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 22:57
-
その日、私はママにも、れいなや絵里にも内緒で、神社の前に立っていた。
約束の時間から、もう五分も経っていた。約束の人はまだ来ない。
「嘘つき……」
あと五分。あと五分待っても来なかったら帰ろう。
否、ただ帰るのは癪だから、ちゃんとお参りしてから帰ろう。
時はお正月、私は何故か吉澤さんと初詣に行く約束をしていた。
昨日の敵は今日の友と言うのか、あれ以来すっかり仲良くなってしまった私達は、
飴色で偶然会うとその場で一緒に遊んだりしていた。
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 22:57
-
クリスマスの夜も、そんな時の一つだった。
「さゆの勝ち!」
「えーと……」
「何か?」
「いえ、なんでもありません」
二人きりのババ抜きなんて、どっちかしかババは持ってない。
それでもなんだかそのシチュエーションが面白くて、延々と続けてしまったクリスマスの日の夜。
私は連勝にご満悦になりながら、散らばったトランプを集めた。
「さゆみちゃん、そろそろ帰ろう?」
「えー、まだやりたい」
「でもね、もう遅いから」
「ターキーサンド食べてないもん」
私がそう言うとカウンターの中から声が聞こえた。
「さゆ、明日まで残しておいてあげるよ」
「えー」
「せやせや、もう子供は帰る時間やで」
「えー」
送ったり、と中澤さんが吉澤さんに言うと、吉澤さんは自分のコート着てから
私のコートを手に取った。
「まだママにも会ってないー」
「ママは今日は来んと思うで」
「むー」
コートを着させられてる時点で負けだった。
ガタガタンと音を立てて飴色のドアが開いた。
最後のあがきと言わんばかりに唇を尖らせて外に出る。
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 22:58
-
私の唇に気付いているだろう吉澤さんは困った様に溜息をつきながら微笑んでいた。
私は黙って先を歩いた。三歩後をついてくる吉澤さんは、きっと何か言葉を探していた。
最近、私達の距離感は微妙だった。
あの日、彼女が私の前で泣いたあの日から一週間くらい、吉澤さんは毎日飴色に来ていた。
まるで、石川さんを忘れるための様に、毎日来ては、傷ついた顔をしていた。
だから、つい、私は吉澤さんと一緒に食事をした。
我侭を言っても仕方ないなって聞いてくれたりとか、
最初はあの日の負い目があるのかと思っていた。
でも、だんだん勘違いしそうになるくらい、吉澤さんは私に優しかった。
私は私で、最初は負い目を感じていたから食べていた食事が、だんだん楽しみになってきていた。
「さゆみちゃん」
彼女が私の名前を呼ぶ様になったのは最近だった。
ずっと、「あの」とか「ねぇ」とか曖昧な呼び方で、それに苛立った私が無理矢理呼ばせたのだ。
皆みたいにさゆでいいって言ったのに、彼女は順序があるからとさゆみちゃんと呼んだ。
「……」
「よかったらさ、お正月、お参りにいかない?」
「え?」
大体、順序ってなんだ。順序って。
そう思っていた時、ふいに誘われた所為か、私は思わず尖らせていた唇を引っ込めてしまった。
「……ふっ」
「べ、別に、機嫌直った訳じゃないもん!」
「別に、機嫌直してほしくて誘ってないよ。いや、直ったらいいとは思ってるけどさ」
あんまり嬉しそうに吉澤さんが笑うものだから、私は根負けして、行く事を約束した。
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 22:58
-
***
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 22:58
-
元旦の日の十一時半なんて、混んでいそうな時間に約束するものだから、
さっきから私は人の波にさらわれそうだった。
あと五分、あと五分。そう思ってる内に五分はとっくに過ぎていた。
「おまいり……するの大変そうだなぁ」
神社の前は行列で、すごい人だった。小さいくしゃみが出た。
安倍さんのオススメカイロであるホッとだった缶紅茶はとっくにひえひえだ。
正直、飲む気にはなれなかった。だけどこの場を離れるのはとても大変そうだった。
「吉澤さんの嘘つき」
私は、約束という言葉に敏感だった。子供の頃から破られるのが当たり前だったそれを、
私は容易く誰かとしたくなかった。
それを知ってるから、絵里やれいなも、ママも、確実な約束しかしなかった。
だから、うっかり忘れていたんだ。
普通の人にしてみたら、約束なんて、簡単に破られるものだという事を。
「吉澤さんの……嘘つき……」
何度も言うと心がすっとするどころか、涙が出そうにつらくなった。
もうおまいりなんてしないで帰ろう。そう思った時だった。
「さゆ!」
後ろから声が聞こえた。振り向くと、沢山の人が昇る階段を逆走してくる吉澤さんがそこにいた。
「遅刻!」
「ごめん、南門で待ってた」
「知らない!遅刻なんだから!」
気付いたら私は吉澤さんの胸の中で涙を流していた。ばしんばしんと胸を叩く手が痛かった。
「ごめん。ごめんね」
「ばか!吉澤さんのばかー!」
周りの人は、何事かとこっちを見ていた。
それでも恥ずかしがらず、吉澤さんは私の頭をずっと撫でていた。
ぐずぐず泣いている私の涙を拭いて、吉澤さんは下に落ちていた缶紅茶を拾って、
もらっていい?と聞いた後にそれをあけた。
よくみると、汗だくだった。ごくんごくんと紅茶が喉をとおっていく。
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 22:59
-
「ねぇ」
「ん?」
飲み終わったのか、缶から口を離した吉澤さんは私の手をひいて、階段を上り始めた。
途中にあったゴミ箱にさり気なく缶を捨てる。そういうところは好感が持てた。
「どした?」
「さっき、さゆって呼ばなかった?」
「……ダメだった?」
「ううん、順序ってなんだったんだろうって」
「や、あの時はとっさだったから」
単純にもっと親しくなってからと思っていたと彼女は恥ずかしそうに言った。
そういうところも好感がもてる。
なのに、なんで私はママに対しての様に素直になれないんだろう。
「もっと親しくってどういうこと?」
「色々、知り合って、仲良くなること」
「色々ってどんなこと?」
「お互い、家族構成も知らないし、飴色で以外の事知らないっしょ?」
ね?って、優しく笑うものだから、嬉しくなって笑顔で頷いた。
全てではないかもしれないけど、一部の約束は、破るためにあるのかもしれない。
守るばかりが約束ではないのかもしれない。
だって、破られた約束があったからこんなに吉澤さんを近くに感じたし、
ちょっとだけドキドキしたし。
ドキドキ?
まさか、そんな事ある訳ない。
お参りする間、胸が高鳴っているのはきっと階段を上った所為だと、言い聞かせる自分がいた。
そんなのも、おかしな話だけど。
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 22:59
-
さっき泣いたカラスはどこへやら、私はもうおみくじで頭がいっぱいになっていた。
「さゆは絶対大吉がいいの」
「そら皆大吉がいいに決まってるじゃん」
「でもさゆみはぜーったい大吉がいいの」
そう言い張ってから両手を擦り合わせて念じてから、一本の棒を手に取った。
吉澤さんも結構真面目に願ってから一本の棒を手に取る。
二人でその棒を持って巫女さんに渡すと、巫女さんが恭しく紙を一枚ずつ渡してくれた。
二人でせーので開こうって決めた訳じゃないのに、
二人とも紙を開けずにちょっと人ごみから離れた所に移動した。
「行くよ?」
「うん。いいよ」
結局、せーの、って言って二人で同時に開いた。
「吉だ!」
「小吉!」
私が勝った!とガッツポーズをすると、何故か吉澤さんもガッツポーズをしていた。
「吉澤さん?私が勝ったんですよ?」
「え?吉より小さい吉だから小吉でしょう?」
「えー?!大吉、中吉、小吉、吉の順でしょう?」
その後、お互いが譲らなかったので勝負は飴色に持ち越される事になった。
きっとマスターなら正解を知ってるから。
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 22:59
- おわり。
- 116 名前:空飛び猫。 投稿日:2008/01/13(日) 23:03
- この組み合わせは個人的には珍しい感じです。
因みに、私も時々分からなくなります。<表題の件
多分、さゆが正しいですよね?
>>105
あるかもしれないしないかもしれない。どっちでしょうね( ・ ∀ ・ )
待て、続報!
>>106
ごっちんが可愛いと言って頂けて至極光栄でございます!!
私も中澤さん好きで書いてて楽しいのでスキと言って頂けて嬉しいでっす。
飴色行けたらきっと癒しになるんでしょうねぇ。。
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/15(火) 22:16
- 自分もさゆのほうが正しいかと。
さゆと吉澤さん珍しい組み合わせですね。
姉妹のような感じもありつつで、どうなっていくのか楽しみです。
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/16(水) 15:44
- さゆよし大好きなんでドキドキしながら読みました。
ツンデレのさゆって意外といいもんですね。
- 119 名前:空飛び猫 投稿日:2008/02/14(木) 17:38
-
東京飴色ラプソディー
:第四話:
春を追え、君よ来い
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 17:39
-
春は恋の季節とはよく言ったもので、恋をしていると、
世の中が薔薇色になるし、春みたいに浮かれてしまう。
そう。私は自覚したのだ。石川梨華に恋をしていると。
「ねぇ、梨華ちゃん」
「ん?」
「あーん」
野菜をフォークに突き刺して、梨華ちゃんの口の前まで持って行く。
「ダメ。自分で食べなさい?」
「ちぇ」
「女の子が舌打ちなんてもっとダメ!」
梨華ちゃんが怒った顔をするから、私は仕方なく野菜を口にした。
でも顔がにやけてるのは自覚していた。ダメだ。どうしようにもおさえようがない。
「……藤本ってあんなんやったっけ?」
「割と石川の前では……ああだった気もするけど……でも……」
「あれだ!頭の中が春なんだ!」
安倍さんの言葉に後藤さんがポンと手を叩いて頷いた。
なんか意味が違う気もしたけど、あながち嘘でもなかったので、放っておいた。
聞こえているのかいないのか、梨華ちゃんは常連さん達の言葉には突っ込みもせず、
賄いであるドライカレーと野菜スープを口に運んでいた。
- 121 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 17:39
- 一足早く食べ終わった私は、安倍さんの持ってきたチョコレートマフィンを口にしていた。
多分、バレンタインの練習だろうそれは、皆に持ってきていたもので、なかなか美味しかった。
「安倍さん、これ美味しいっす」
「サンキュー」
結果的に誰よりも先に感想を述べてしまった所為か、突き刺さる視線が痛かったけれど、
気にせず、マフィンを食べた。そんな視線をよこすくらいなら真っ先に食べればいいのに、
もったいぶって食べないからこうなるのである。
「なっつぁんは天才やなぁ」
「もー、毎日出てくると期待してるでしょう?」
「なっつぁんうまいねぇ、当日も期待してるわ」
「あはは、当日ってなんのことやら」
私の後を追う様に常連さん達が次々と感想を述べる。
更に突き刺さる背中の視線。私の所為ではないってば。
- 122 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 17:40
- 安倍さんが頑張ってるのはきっと、こないだのクリスマスの時に、
ちょっと進展があったらしいあの人との関係の所為だろうと推測される。
私ですら気付いていた二人の微妙な距離感は、これを機に、縮まるのだろうか。
どうだろう、もしかしたら進展しないかもしれない。相当鈍い二人組だから。
否、そんな事を案じている場合ではなかった。
私は私で、案じなければいけない事があった。
それは、梨華ちゃんは果たして誰かにチョコレートを送るかという事。
否、この場合、「誰かに送るか」ではなく、「私に送られるか」が問題だ。
ペアストラップをもらってしまった私としては、私から送るというのは無論当然で、
でももし、もし、梨華ちゃんが送ってくれようとしてるなら、
私からはホワイトデーでもいいかな、とか思っていたりもして。
ベタではあるけれど、それはそれで楽しそうだし。
でも聞ける訳ない。「バレンタインデーくれるの?」なんて聞ける訳ない。
「美貴ちゃん?」
「……え?」
「すーっごい恐い顔」
「そ、そう?」
「何か、怒ってた?」
「ううん、別に、怒ってはいない」
「ならいいけど。そろそろ休憩終るよ?」
優しく微笑む彼女は、誰か違う人にも優しく微笑みそうだった。
それが不安で、それが心配で、私は遠い北海道を思い出しそうになった。
違う。違う。彼女はきっとそんな人じゃない。
そう思っているのに、私の頭の中では、別の人が微笑んでいた。優しく、でも冷たく。
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 17:40
- 事件は、それからしばらくして起きた。
「……なんで……」
「そんなに吃驚しなくてもいいじゃない」
「ひどくない?」
「自分から言う人ってそう多くはないと思うけど」
こっそり教えてくれてたってよかったのに。もう半月以上も過ぎてしまっているではないか。
「梨華ちゃんの馬鹿っ!」
「馬鹿って何?そんなに自分の誕生日を言わなかった事がいけない?」
いけないに決まってる。知り合って最初の誕生日だったのに。
最初の、最初の、記念日だったのに。
「…………」
「美貴ちゃん、馬鹿って言ったの謝って」
「…………」
「美貴ちゃん」
「…………」
「そう、じゃぁ美貴ちゃんなんて知らないからね」
こっちだって、梨華ちゃんなんて知らない。
私は黙ってバックヤードに入ると腰に巻いていたエプロンをかなぐり捨てて、
バックヤードからそのまま外に出た。
外にでると、すこし冷静になった自分がいた。
別に、そこまで記念日にこだわっていた訳じゃない。
ただ、黙っていられたのが悲しかっただけ。
他の人が祝っていたそのとき、たまたま授業でバイトに入ってなかった自分に
一抹の悔しさを感じていただけ。
- 124 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 17:41
- ちょっと後悔してお店に戻ると、背中を向けた梨華ちゃんがそこにいた。
「梨華ちゃん」
「……」
「ごめん」
「分かったならいいけど。人に本気で馬鹿って言っちゃいけないのよ?」
「うん。ごめん」
「……私もごめんね」
何時の間にか近くにきていた梨華ちゃんは、私の頬を撫でて小さく笑った。
よくみると、涙目だった。私が撫でていた手を握ると、梨華ちゃんが私のもう片方の手を握った。
伏せがちな瞼に気付いた。それはもしかしなくても、ゴーのサイン。
ゆっくり顔を近づけると、頬を桃色に染めながら瞼を閉じていく梨華ちゃんがいた。
あと数センチ。後、数センチで彼女の唇に触れる。
その時にガタガタンッと音がして、私達は飛び退いた。
「……あいててて」
「裕ちゃん、ホント、タイミング悪いわよ」
「せやって皆乗っかるからやろ」
「ごめんごめん」
顔を真っ赤にさせて、梨華ちゃんが、人の山の真ん中くらいに
ちゃっかりいたマスターに向かって言った。
「今日はあがりますから」
「はい。どうぞ」
「あ、私もあが」
「藤本、ごめん。今日は珍しく洗い物が沢山あるから残って」
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 17:42
- プンプンしてる梨華ちゃんは、残ってる私に気付かなかったらしく、
さっさとあがってしまった。残された私がカウンターの中で皿を洗っていると、
にやにやした常連さん達がこそこそ話しているのが聞こえた。
「青いよね」
「青いのがいいんやって」
「チューしちゃえばよかったのにね」
「皆見てるの分かったらできないさね」
「せやろーな、なっつぁん」
「な、なっち関係ないべ」
「動揺すると訛るよね、なっつぁんて」
結局洗い物が終るまで、私はにやにやした常連さん達の視線を浴びることになった。
無論、速攻上がったのは言うまでもない。
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 17:42
- それ以来、梨華ちゃんとは微妙な距離感がうまれていた。
指が触れてもお互いがパッと離れるような、そんな距離。
正直、寂しくもあり、にやにやしている常連さん達が憎らしくもあり。
それでもなんとなく、梨華ちゃんがバツが悪そうにしてるから、
私もバツが悪くなってしまって、どうしようもない状態に陥っていた。
そんなこんなで、バレンタインデー当日はやってきてしまい、
私は結局簡単に作れる、という言葉に惹かれて買ったトリュフセットで、
いとも簡単に作ったピンク色のトリュフを鞄の中にしまいこんで、バイトにやってきた。
「はよーございまーす」
「おはよぉミキティ」
「……その呼び方なんすか?」
珍しい呼び方で珍しいくらい浮かれた声を出す後藤さんを見ると、
にまにまにまにま笑っていて気持悪いくらいだった。
口元に茶色く残っているチョコレートの欠片を見つけて、お店を見回すと、
安倍さんがテーブルにうつむけになって顔を隠していた。
耳まで赤くなっていたので、きっと成功したのだろう。
まぁ、成功しない方がおかしい二人だったけれど。
「おめでとーございまーす」
「ありがとーんふふ」
かなり抑揚のない声で祝ってあげたのだけれど、嫌味は通じなかったらしく、
後藤さんはにまにましながら指についたチョコレートを舐めていた。
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 17:42
- エプロンを腰に巻いていると、梨華ちゃんがバックヤードに入ってきた。
「おはよ」
「お、おはよ」
相変わらず感じる距離。あれ以来、一緒に帰ったりもしていない。
でも、今日は、大事な日だ。誕生日ができなかった、せめてもの日だ。
「梨華ちゃん」
「なぁに?」
「今日、一緒に帰ろうね」
「……うん」
鞄の中のチョコレート。女の子の一大イベントが迫っていた。
それからというもの、ドキドキしてしまった私は、仕事どころではなかった。
「藤本、これは私ちゃうで?なっつぁんの頼んだ紅茶やろ」
「ふじもとっ!こぼしてる!」
「美貴ちゃん、危ないっ!」
とにかくこぼしたり割ったり間違えて運んだり、私はぼろぼろだった。
最後には溜息を隠さなくなったマスターが梨華ちゃんと私に魔法瓶に入った紅茶を渡して、
今日は帰る様に命じたくらいだった。
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 17:43
- 外は奇しくも雪。東京ってこんなに雪が降ったものかと思ったけれど、
そういえば、去年も雪が降っていた様に感じた。
黙って前を歩く梨華ちゃんの手は、素手で、寒そうに赤く染まっていた。
彼女の吐いているだろう息が天に昇って行くのが見えた。
私は、マフラーを巻き直して、手袋を片方取ると、梨華ちゃんの元まで小走りで近付いた。
「梨華ちゃん、片方貸してあげる」
「え?あ、あぁ、ありがとう」
「はい、手を貸して」
両手を出すものだから、片方に手袋をつけた後、少し強引に手をつないだ。
「み、美貴ちゃん?」
「……あのさ、かまえないでくれる?」
もう距離があるのなんてまっぴらだった。
「だって」
「今日なんの日だ」
「……美貴ちゃんて、意外と記念日大事にするのね」
「いちおー、美貴、女の子ですから」
はい、とトリュフを渡した。
梨華ちゃんは驚いた顔をして、それから笑顔になって、箱のラッピングを解いた。
ピンクなんて、梨華ちゃんのスキな色でしょう?私が得意な顔をしていると、
梨華ちゃんが 中身を見て、顔をしかめた。
「え?ピンクだよ?」
「……」
「だって、ピンクだよ?」
「だからなの……」
「え?」
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 17:44
- 梨華ちゃんは、自分の鞄の中から、同じ位の大きさの箱を取り出した。
ピンクピンクしたそのラッピングを丁寧に解くと、
そこにはいびつな形をしたピンク色のチョコレートが入っていた。
「あれ?梨華ちゃん、もしかして、『誰でも簡単手作り 桜のトリュフ』作った?」
「もう!もう!なんで私より上手なの!」
「へへ……同じもの作ってたか」
どっちが上手かとかより、同じもの作ってた事の方がずっとずっと嬉しかった。
こうやって考え方とかが似てくるものなのかなと感じたから。
「食べてもいい?」
「いいよ、食べなくて。味見したんでしょ」
「梨華ちゃんが作ったのは味見してないし」
私が一つ食べると、梨華ちゃんの頬が桜色になった気がした。
「美味しい」
「……ホントに?」
「うん。すっごい美味しい」
梨華ちゃんも私の作ったトリュフを食べて、美味しいってニコニコ笑った。
あまりにも可愛い笑顔をしているものだから、私は思わず彼女に顔を近づけた。
「美貴ちゃん」
「黙って?」
「ダメよ、美貴ちゃん」
「なんで?」
私が少し離れると、梨華ちゃんは大真面目な顔をして言った。
「ちゃんと、お互いの気持ちとか、伝えてないじゃない?」
「じゃぁ、伝えたらいいの?」
「……そ、そ、それは」
チョコレートまで用意して、食べておいて、今更だと思うけど。
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 17:44
- 私は桜トリュフの箱を鞄にしまって、梨華ちゃんが逃げない様に、手で顔を包み込んだ。
既に梨華ちゃんは及び腰だった。
「スキだよ、梨華ちゃん」
「……」
「梨華ちゃんは?」
「……えと」
「美貴の事、どう思ってる?」
「嫌いな訳、ないじゃない……」
「じゃぁ、なんて言うの?」
もうあと数ミリで梨華ちゃんの唇は私の物になるところだった。
吐息が私の唇に暖かみを覚えさせる。
「スキ……」
言葉を聞いた瞬間、とまらなくなった自分がいた。
なるべく優しく、彼女の唇を奪った。
触れているだけだったけれど、柔らかな感触がゾクゾクと興奮させた。
少しだけ唇を離すと、息継ぎをする彼女の吐息を唇が感じた。
彼女の方から、唇の感触を押し付けてきたのは、それから何秒も経ってない頃だった。
名残惜しむ様に、何度か唇を押し付け合って離れると、真っ赤な顔をした彼女が、
私の耳元でクスクス笑った。私も思わずクスクス笑っていた。
ここが人通りのない道で助かった。誰か歩いていたら、とんでもなく恥ずかしいところだった。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 17:44
- こうして、名実共に、恋人同士となった私達は、お互いの家への分かれ道まで、
久々に手をつないで歩いた。
分かれ道になっても、なかなか手が離せなかった。
できたら、このまま家まで連れて帰りたかった。
でも、それはまだ早すぎる気がしたから、我慢して手を離すと、
梨華ちゃんは少し寂しそうにしてから、うん、と頷いた。
あぁ、やっぱり強い人だよなぁとこんな時思う。
私よりもずっとずっと強いのだ、彼女は。
「じゃぁ、またね、美貴ちゃん」
「またね、梨華ちゃん」
自分から手を離した癖に、寂しそうにしていたのが分かったのか、
突然私を抱き締めると、頬に口付けをして彼女は走り去っていった。
「……あの人、意外と大胆だよね……」
思わず、口に出してしまうくらい、私を驚かせて。
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 17:45
- 終わり。
- 133 名前:空飛び猫 投稿日:2008/02/14(木) 17:49
- なんかどんどん美貴ちゃんがツンデレじゃなくてデレデレになってってる気がします。。。
バレンタインなのでバレンタインネタで。皆さん、ハッピーバレンタイン。
>>117
正しいですよね!!よかった、あっててw
さゆよしはなかなか素敵な組み合わせなのではないかと思われます。
私的には新規開拓ですが、成功なんじゃないのかと。
>>118
さゆって、初めて書くので、どういう感じに書いたらいいのかすごく悩みました。
ツンデレさゆ、意外といいと言ってもらえて嬉しいでーす。
- 134 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 22:20
- りかみき最高に可愛い!
寒い冬が大好きになりそうなお話ありがとうございました!
そしてごっちんまたまた可愛いぞ。
- 135 名前:七紙 投稿日:2008/02/15(金) 07:00
- ずっとずっと、初めの作品から作者様の大ファンです。長い年月を経ての初レスに緊張しています。作者様が描く石川さんが本当に大好きです。が、この作品の石川さん、過去最高にうざ可愛い(凄く誉めています)かもしれません。美貴ちゃんでなければ、このうざ可愛いさは引き出せないのかも。とか勝手に思ったりしています。いしよし王道!の私が今や1番好きな作品となっています。更新が嬉しくてつい長々と、失礼しました。
今後もこの二人を、飴色を見守っていきたいです。最後に作者様へ、色々な意味を込めまして、、いつもありがとうございます。
- 136 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/20(水) 20:57
- 正直ここの梨華ちゃんとミキティ、どちらとも付き合いたい!
たまらんほど可愛い。でもそれよりもりかみきが見たいんだ〜!
- 137 名前:空飛び猫 投稿日:2008/03/04(火) 23:58
-
東京飴色ラプソディーアナザーストーリー
〜ほろにがチョコラ〜
- 138 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/04(火) 23:59
-
そもそものところで、本当の好きってなんだろう。
そう考える事が多くなった。あの人にこっぴどく振られてから、はや二ヶ月。
目の前の少女が愛しくて、だけど、そんなに簡単にそう言ってしまっていいものかと悩む。
どうしたら君は笑ってくれる?そればかりを考えているというのに、
彼女と会う場所はあまりに残酷にあの人の視線を感じる場所だから。
- 139 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/04(火) 23:59
-
「吉澤さん、吉澤さんの番」
「分かってますよ。えーと、ここ……とここ」
二人きりでやるトランプもなかなか難しい。
何がって、適度にやる気を見せつつも本気にならない、手加減の問題だ。
負けるともう一回、勝ってももう一回。結局はやり続けるはめになるのだけど、
彼女が笑ってくれるなら、勝ってもらおうではないかという訳だ。
「神経衰弱って面白いの?」
「や、私はよう好かんわ」
「なっち、なっち、うちらもする?」
「しない」
ここの常連さん達は何を思っているのか、私達がトランプをする度に、
面白くなさそうなのに、興味深げに私達を見ていた。
「あ、ここは違ったかな?」
「ふふふーん」
「うわっ、やられた」
口紅をつけなくても赤い唇の口角が上がる。
白い肌にまっすぐ伸びる黒い髪の毛。ぱっちりした目は、長い長い睫毛で守られていた。
観察すればするほど、あの人には似ていない。
そりゃそうだった。他人なのだから、似ていなくて当然だ。
最初の印象は、人形の様な子だった。こちらを認識して睨まれた時からは、我侭な子、な印象。
でもその印象もだんだん変わっていった。我侭な様に見えるのは、寂しいからだ。
本人が何気なく口にする家庭環境や、彼女の身の回りの事が、
如何に彼女を孤独感に苛ませているか、嫌という程感じられた。
- 140 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/05(水) 00:00
-
約束を破った事があった。後からマスターに彼女の約束に対する執着を聞かされた。
だからあんなに泣いたのか。だからあんなに寂しそうに立っていたのか。
でも、それを聞いた時から自分の足が竦んだのが分かった。
私はいつも、彼女の約束を守っていられるだろうか。
何がなんでも約束通りに動けるだろうか、彼女を悲しませないでいられるだろうか。
「吉澤さん?」
「ん?あぁ、ごめん、私の番だったね」
「もう終ったんだってば」
「え?あ、ホントだ!」
見ると、殆どのカードを彼女が持っていた。
彼女は何か言いかけてからそれを飲み込んで、私にもう帰ると伝えた。
なるべく、私に気を使わせない様に、立ち上がるのを見て、
私はいつもの様に彼女のコートを手に取って、それを着せた。
私が自分のコートを着ている間に、彼女はちょこちょことあの人の所に行った。
「ママ、また明日ね」
「うん、また明日。いい夢を」
「ママもね」
あの人から、大事な娘だという事も聞かされていた。
いつからかママと呼ぶ様になった彼女は、本当に娘の様に大事に思っていると。
それを聞いてしまった今、尚更、彼女に自分の思いを伝えるのが困難になった。
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/05(水) 00:00
-
私がゆっくり歩くのが面白いのか、はたまた、家に帰りたくないのか、
彼女はわざとゆっくり歩くのがスキみたいだった。
前者であればいいと何度も思った。帰りたくない場所に帰らせるのは悲しかった。
でもきっと後者なのだろう。
真っ白なファーのついた紺色のコートを着た彼女は、いつだって鍵をなくした振りをしたから。
「鍵ある?」
「ない……あ、あった」
「じゃぁ、おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
私はとある高校のバレーボール部のコーチで、それ以外は何もしていなかった。
これでは、こんなに立派な家のお嬢さんに何も言えない。
そう思ったのが、きっかけといえばきっかけだった。
- 142 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/05(水) 00:00
-
飴色を封印した訳ではなかった。
ただ、少し、忙しくなって、なかなか顔を出せなくなっただけ。
私は、コーチを辞めようとしていた。もっと、ちゃんとした仕事をしようとしていた。
無論、コーチが悪い訳ではない。ただ、週に一度か二度、部活に顔を出すだけの仕事ではなく、
もっと、ちゃんと、地に足のついた生活がしたかったのだ。
彼女が高校を卒業した時に、彼女に自分が恥ずかしいと思われたなくなかったのだ。
このご時世、就職活動はそんなに簡単ではなかった。
三週間程頑張ってみて、うちひしがれて、飴色のドアを開けた。
「吉澤さん」
「梨華ちゃん、ちょ、ま」
ばしーんと音がした。だんだん自分の頬が熱くなっていくのが分かった。
ずきんずきんと痛んでいくのも分かった。
そこまで分かって、やっと自分の頬が叩かれた事に気付いた。
「え?なんで?」
「貴方って最低!」
一筋の涙を流しながら、あの人が怒っていた。見た事ないくらい、軽蔑された顔だった。
何をしたというのだ、私は。むしろ、頑張ってきたのではないだろうか。
- 143 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/05(水) 00:01
-
「石川、それはないよ。吉澤さんだって、事情があるでしょうに」
「でも、あの子はもっと心を閉ざしたわ!あんなに傷ついて!」
耳に届いてきた言葉を聞いて、私は少し焦っていた。
「あの、なんで」
「なんで?あの子はね、置いていかれるのが一番怖いの。
なのに、貴方は、近付いて近付いて、それでぱっといなくなって」
「三週間ですよ?」
「それがあの子にとって、どれだけ長いと思ってるの」
どれだけ長いか、私は分かっていなかった様だった。
聞けば、ここ一週間は飴色にも顔を出さずにいるそうだ。
私は私なりに、私の考えていた事を、石川さん達に話した。
怒り心頭に達していた石川さんも、ようやく落ち着いて私の事を理解してくれた様だった。
「じゃぁ、今から一緒に行きましょう」
「え?」
「御飯届けるついでに、貴方の気持ちを伝えてちょうだい」
「……え?」
彼女が高校を卒業するのを待つつもりだった。
大体、彼女の目の前で大失恋をしてからたった二ヶ月半。たった二ヶ月半なのだ。
「梨華ちゃんて時々、強引だよね」
「だって、あの子、今も傷ついてるわ」
「でもさ、吉澤さんが気持ちを伝える時なんてのは吉澤さんが決める問題でしょう?」
藤本さんが私に冷たいおしぼりを渡しながら石川さんを諌めた。
私は赤く腫れてるだろう頬にそれを押し当てながら少し考えた。
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/05(水) 00:01
-
果たして、待つだけが彼女への愛だろうか。
三週間が長かったなら、二ヶ月半が、彼女にとって、どれだけの長さになるのだろうか。
否、時の長さの問題ではなかった。そう、彼女を本当に思うなら。思うなら。
「石川さん」
「吉澤さん、ごめんね。やっぱり私だけで行くわ」
「いえ、連れていって下さい」
「え?」
「彼女に伝えてから行動に移しても遅くなかったですよね」
なんて馬鹿なんだろう。なんて自分の事しか考えていなかったんだろう。
私は、彼女に持って行くというサンドウィッチを持って、石川さんの隣を歩いた。
いつからだろう、この人の隣にいても、ドキドキしなくなっていたのは。
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/05(水) 00:02
-
「石川さん」
「はい」
「有難うございました」
「え?」
「大事な事を間違える所でした」
「こちらこそ、ありがとう」
「え?」
「大事な子なの。だから、あの子の分もありがとう」
ドアの前でそういう会話をした後、石川さんは彼女の家のドアを開けた。
靴を脱いで、上がると、階段を上った。大きな大きな家だった。
多分、小さく見積もっても二百坪はあるだろう敷地に、三階建ての家。
人の住んでいる気配は殆どしなかった。
真っ白な壁がただひたすら続いて、時々絵画があるだけで。
こんな寂しい場所に、彼女は毎日帰っていたのか。
こんな暗い場所に、彼女を三週間も一人にしていたのか。
私はひたすら後悔していた。体裁が、とか考えている場合じゃなかったのだ。
「さゆ、サンドウィッチ持ってきたの。食べない?」
「ありがとう、ママ。置いておいて」
消え入る様な声で、ドアの向うの彼女が言うのが聞こえた。
石川さんは言われた通りにドアの前にサンドウィッチのお盆を置いて、
私に微笑んで去って行った。
「さゆみちゃん」
「……」
どこかから動く彼女の気配を感じた。もしかしたら、起き上がった、だけかもしれないけれど。
「石川さんに連れてきてもらったんだ」
「……何しにきたの?」
「ごめん。ホントにごめん。でも、聞いてほしい」
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/05(水) 00:02
-
私は、ドアを背もたれにして、座り込んで彼女に話しかけた。
「このままじゃダメだと思ってたんだよ。
君が卒業した時、私を選んではもらえないと思った」
「……」
「選んでほしかったんだよね。だから、就職活動とかしてみた」
「……」
「結果はね、三週間頑張って、内定ゼロ。大体、書類審査でおとされるんだよね」
「……」
「一人にしてごめん。一人にしない為に頑張ったのに、結果、一人にしてたら意味ないじゃんね」
「……」
「スキだよ、さゆ。それを免罪符にするつもりはないけど、スキだから頑張ってたんだ」
かちゃ、とドアノブが動いた。見上げると大きな瞳から涙がこぼれていた。
「もう一人にしないよ」
「バカ。もう選んじゃったもん」
「え?」
「吉澤さんと撮ったチェキ、絵里にもれいなにも見せちゃったもん」
「それは嬉しいな」
見上げたままでいると、さゆみが跪いて私の額に自分の額を乗せた。
頬に触れると、涙で濡れて、少し冷たくなっていた。
「もう、絶対一人にしないって約束してくれる?」
「うん。さゆが学校に行ってる間しか就職活動しないし、
学校行ってる間だけの仕事しか選ばない」
「じゃぁ、いいものあげる」
さゆみは立ち上がると部屋の中からダークブラウンの箱を持ってきて、私にそれを渡した。
「何?」
「先週の木曜日は何の日だ?」
「え?先週……?」
「もう。鈍いなぁ。チョコあげる日なの」
あ!と驚いている私の横に座った彼女は、かけてあったリボンを解いて、中身を取り出すと、
私の口の中に小さなチョコレートを一ついれた。
「美味しい?」
「うん。美味しい」
「よかった。さゆはサンドウィッチ食べようっと」
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/05(水) 00:03
-
サンドウィッチとチョコレートを食べ終わった私達は、
お盆と空の箱を持って、飴色まで手をつないで歩いた。
心配かけました、って言おうとしてたのに、ドアを開けた瞬間、
石川さんがさゆみを抱き締めてて、常連さん達がにやにやしていた。
藤本さんがにっと笑ってくれたので、私がサムズアップすると、
にやにやしていた常連さん達が大爆笑した。
何がそんなにおかしいのか分からなかったけれど、さゆみも笑っていたのでよしとした。
ほろ苦いチョコレートは、永遠に思い出だ。
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/05(水) 00:03
-
おしまい
- 149 名前:空飛び猫。 投稿日:2008/03/05(水) 00:10
- うわー!もしかして容量やばいですか?気付いてなかったorz
どうしましょうね。。
>>134
りかみきいいですよねぇ。私も大ハマりです。
寒い冬って、いい感じがしますよね。春も好きだけど、冬がスキでっす。
>>135 七紙さん
ありがとうございます。なんだか嬉しいお言葉です。
いつから書き始めたんだか、もう忘れてしまいそうに昔な気がしますけど、
(六年くらい前でしたっけ?)
そんな頃から変わらず娘。さん達をスキでいられる私達に乾杯ですねww
>>136
私は、さゆと付き合いたいですwツンデレライスッキ♪
でも私も私とではなく吉澤さんとさゆで御願いしたいところです。
- 150 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/06(木) 21:41
- みんなハッピーでいいね。まだまだ飴色の面々みたい!
どうしましょうなんて迷わずいけよいけばわかるさ。
- 151 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/08(土) 23:39
- 最初のりかみきの出会い話で読み終わってたのですが、
続く話があったんですね(笑
それ以降の話を一気に読みました。
…切なくもありほのぼのしました、最高の一言です!!
空飛び猫。様の書く文章好きです。
今後の更新、期待して待ってます。
- 152 名前:& ◆LMRaV4nJQQ 投稿日:2008/03/09(日) 18:29
- 移転オメ!って事で次はどんな話が読めるか楽しみにしています♪
- 153 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/10(月) 14:51
- 先日ようやく発見しました!
ふわふわと幸せな気分で読める作品ですね。
後味も最高ですw
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/10(月) 21:31
- スレごと移転してたから探したよぉ。・゚・(ノД`)・゚・。
- 155 名前:空飛び猫 投稿日:2008/03/20(木) 23:47
- 東京飴色ラプソディアナザーストーリー
〜星になれ、あたしの初恋〜
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:47
- 「わー!道重さん、それ味見させて!!」
「小春はすぐそうやって人のものもらおうとするー」
そう言いながらもあたしにペットボトルのジュースを飲ませてくれる道重さんはいい人だ。
「小春?」
「え?」
「にやにやしながら人を見ないでちょうだい」
「あはぁ」
顔にでる性格というのはよくないものだ。バレてしまう。バレてしまう。
「なんか隠してるの?」
「いえ、なんでも」
あたしは道重さんが大好きだった。多分、これって恋っていうんだと思った。
道重さんが学校にこないなんて日々が続いてて、ちょっと凹んでいた。
道重さんがお腹痛いって思ってたらあたしもお腹が痛い気がした。
だから、お腹痛い日々が続いていた。きっとこれって、シンクロってやつだと思う。
愛佳にそう言ったら、そうだね、って言ってたし間違いない。
「そう言えば、聞いたよ?部活休んでたって?」
「お腹いたかったんですぅ」
「……」
あたしの言葉に何か言いたげな顔をしたけど、やめた道重さんは、きっと『シンクロだ』って思った筈。
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:47
- 久々の部活はやっぱり楽しかった。道重さんがいるからなのか、部活が楽しいのか。
きっと両方なんだけど。
中学の頃、バレーボールをやっていたあたしが、何故、新体操部に入ったのか。それは簡単な理由からだった。
一年になった時の部活動のオリエンテーリングで、新体操の部長の横にいた道重さんがあまりに綺麗だったからだ。
「ねぇ、絵里、さゆみの顔になんかついてる?」
「いや、小春がバカなだけだから気にしなくて平気」
「聞こえてますよ!!」
あたしは自分でいうのもなんだけど、甘えんぼうなタイプで、だからスキンシップを求めるんだけど、
どうしても道重さんにはチューができなかった。こんなにスキなのに、ハグまでしかできない。
そう言ったら、愛佳がハグだけでもすごいと思うって言ってて、それが少し意外だった。
同じ学年では唯一の部活仲間な愛佳は転校生で、関西の訛りがあるんだけど、
なんかあたしの知ってる関西弁より柔らかい子で入学式の時から何かとつるんでいる、
結構親友なんじゃないの?ってくらい仲いい子だ。
一年生で新しく入ってきた子達が他にはいないので、新体操部では、あたし達が一番下になる。
当然、掃除とか、お茶の準備とかはあたし達がしないといけないんだけど、
大体、掃除はあたしの担当で、お茶は愛佳の担当だった。
どんなにあたしが抗議しても、先輩方は絶対愛佳がお茶!って言い張った。
理由は教えてもらってないので、なんでだかは分からないままだ。
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:48
- この日も、そんな一日の始まりだった。
朝、体育館を使った後の掃除をあたしがして、授業のはじまる前の、ちょっとした休憩タイムに、
愛佳が水筒から五人分の紅茶を紙コップに注いでいた。
もう、着替えていたので、あとはゆっくり出来る訳で、あたしは早々に部活で使った道具をかたして、道重さんの隣に座った。
「みっつぃ、今日もありがとうね」
「いーえー」
「小春には?小春には?」
「はいはい。どうもね」
ぽんぽん、と道重さんがあたしの頭を撫でた。
それだけで、結構幸せになれたし、あたしはそれでいいと思っていた。
愛佳のあったかい紅茶はなんていう味だかは知らなかったけど、いつもちょっと違う味がして、それがすごくスキだった。
「あいかぁ」
「ん?」
「これスキ」
「はい、了解」
いつもスキだけど、いつもよりスキだったら、伝える事にしていた。
そうすると、愛佳は次からそれをリピートして煎れてくれたりする。
新しい味は、週に一度くらいはあって、美味しいけど、いつものが美味しかったら、あたしは正直だから言わない。
「小春はさ、みっつぃに甘え過ぎだと思う」
「うん。そしてみっつぃは小春を甘やかし過ぎだと思う」
「えー!!!」
亀井さんと田中さんがそう言って、あたしが抗議した。よく言われるけれど、そんな自覚はない。
困った様に笑う愛佳はどう思ってるのか。あたしが聞いたってはぐらかすだけだ。愛佳は意外と本心を喋らない。
「道重さぁん」
「小春は自覚した方がいいと思う」
「道重さんまで!!」
そんなこんなで予鈴が鳴った。
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:48
- 授業に向かう道すがら、愛佳の持ってた水筒を持つと、愛佳が微笑んだ。
あたしが笑い返すと愛佳は時計を見て、あたしをせかした。
「早くしないと遅れちゃうよー」
最近、髪の毛を切った愛佳は、前よりも少し元気な子に見えた。
前は髪の毛が長かった所為か、大人しげに見えたものだ。
実際は結構元気な子なんだけど、周りからはそう見られなくて、しかも本人がそれを否定しなかった。
あたしばっかりが無駄に元気があるように言われて、ちょっと心外だった。
「愛佳、走れっ」
「廊下は走っちゃダメやんかー」
そう言いながら、愛佳は笑っていた。あたしもおかしくなって笑いながら走った。
勢い良く教室のドアを開けると、既にいた先生が険しい顔をしてこっちを睨んでいた。
息切れしながら席について愛佳の方を見ると、愛佳がにへって笑った。
あたしが笑い返していると、先生の持っていた出席簿で殴られた。
絶対愛佳にはやらないくせに。
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:49
- お昼ご飯は、新体操部は部室で食べるのがお約束になっていた。
道重さんはいつも美味しそうなお弁当を持っていて、それをじっと見つめているとたいてい少しだけ交換してくれた。
あたしのはいつもコンビニ弁当だったから、美味しくないんだけど、道重さんはそれでも何かを見つけて、交換してくれる。
そういうところも、すごく、スキだった。大好きだった。
「小春、今日は何が欲しいの?」
「いいんですかぁ?」
「そのかわり、小春のお弁当のコーンサラダひと口ちょうだいね」
「じゃぁ、じゃぁ、そのハンバーグみたいなのください!」
「小春って、人のものな割にメインをいくよね……」
呆れた声をした田中さんの言葉は聞こえない事にした。
だって、そのハンバーグみたいなのがすごく美味しそうだったんだもん。
あたしは半分こしてもらったハンバーグみたいなのを口にした。
「餃子のようだ!」
「ホント?美味しい?」
「おいしいっす!」
コーンサラダを全て差し出すと、道重さんはスプーンで一すくいして、それを口にいれた。
うんうん、って頷くから、あたしもうんうんって頷いた。
今更気付いた。あたしは、別に食べ物が欲しいんじゃない。道重さんのその優しい笑みが欲しかったんだ。
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:49
- 午後の授業も、大体愛佳にちょっかいだして終ってしまった。
別に、勉強が嫌いな訳じゃない。ただ、ちょっとつまらないだけ。
愛佳も愛佳でいちいち反応してくれるから、二人でクスクス笑ってるんだけど、
やっぱりあたしだけ怒られた。絶対不公平だと思う。
放課後、掃除も終らせて。
「あいかぁ、行くよ」
「あれ?今日部活ないって先輩言うてたやん」
「だから行くの!」
三人だけで遊ぼうなんて後輩は悲し過ぎます!仲間に入れろ!
と、いう訳で、あたしと愛佳は断固抗議する為に、走って校門前の先輩達に体当たりした。
体当たりしたのあたしだけだけど。やっぱり愛佳はずるい。
「なに?今日は部活ないって言ったじゃん」
「小春達も連れてって下さいよー」
「どこいくかしってるの?」
「や、知らないけど」
「だめ」
「なんで?」
あたしがなんで?って聞こうとしたら、道重さんが聞いてくれた。
亀井さんは大きく溜息をして何か言おうか迷っているようにみえた。
「絵里、いいんじゃない?そういう風に知るのもありだよ」
「うーん。まぁ、みっつぃいるしね。じゃぁおいで」
愛佳がよくてあたしがダメな理由が分からなかったのでふくれてると、
亀井さんがほっぺを突き刺して、おいてくぞ?と言われたので諦めて満面の笑みを見せた。
「ねぇ、愛佳」
「ん?」
「どこにいくんだろ?」
「そんなん聞かれたって知らへんわ」
柔らかい口調で愛佳が的確に突っ込む。そら知らないだろう。あたしだって知らないんだから。
ちょっと前を歩く道重さんは心無しか幸せそうで、お腹痛いのおさまってよかったなぁと心から思った。
学校を一週間も休んじゃうくらいお腹痛いなんて、あたしのお腹の痛さよりずっとずっと痛かっただろうから。
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:50
- そこは、古びた喫茶店だった。いや、喫茶店ていうと怒られそうだ。カフェって書いてある。
でも普通の家に見えた。ソファとテーブルが沢山あって、カウンターがあるってだけで、
あとはおうちに見えた。
「小春、ここでは静かにしてなよ?」
「そうそう。子供のくるところじゃないんだから」
一つしか年が違わないのに子供扱いされて、あたしはちょっとふくれていた。
愛佳は緊張していたみたいで、珍しくあたしの手を握った。その手は震えていた。
「愛佳、なんか緊張してる?」
「う、ううん。大丈夫」
「なんか頼む?」
「ううん、大丈夫」
こそこそ愛佳と話してたそのときだった。
「吉澤さん!」
「ただいま、さゆ」
道重さんがパッと立ち上がって駆け寄ったその人は、すごーく大人な人だった。
姉妹、というには違う名字だったし、師弟というにはちょっとべたべたした感じだった。
「みんなに紹介するね」
聞きたくない気がした。
「吉澤ひとみさん。私の、大事な人」
「おめでとーさゆ」
「さゆ、おめでとさん」
「お、おめでとうございます」
あたしは、何も言えていなかった。道重さんが幸せそうに腕を絡めている姿を見て、
あたしはおめでとうと言えばいいのか。それとも。
「小春?」
「あ、おめでとーございます!小春知らなかったな、道重さんにこんな素敵な人いるの」
「んふふ、ありがとう」
「あ、小春、晩御飯に遅れちゃう!早く帰りますね」
「小春?」
後ろから、不思議そうな声をしている道重さんの言葉が聞こえたけれど、返事はしないで飛び出した。
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:50
- 外はもう春だった。昼間は上着がいらないくらい暖かい。でも今くらいの時間になると、急に冷たい風が吹く。
あたしはちょっと寒くて身震いしてから歩き出した。不思議と、涙はでてこない。
さっきまでの出来事を思い出していた。
失恋だ。失恋をしたのだ。
悲しくて悲しくて涙がでてもおかしくないのに、なんでか涙はでてこない。
むしろ笑顔がこぼれてくる。あんなに甘えた道重さんは見た事なかった。
あんなに幸せそうな道重さんも見た事なかった。
しかも、相手は大人で、余裕がありそうで、優しそうだった。
「小春!」
「……愛佳?」
愛佳は滅多にあたしの名前を呼ばない。なんでかは知らないけど、大抵呼ばない。
でもこの日は、小春ってはっきり聞こえた。
「珍しいね、名前で呼ぶなんて」
「……大丈夫?」
「何が?全然元気だよ?」
「小春は、ホントに辛い時、辛いって言わないん、知ってるんよ?」
そうかな?あたしは辛いと感じた事がないだけだ。
どうせいつか人は一人になる訳で、ちょっとの間だけでも誰かがいてくれるのなら、
それこそが幸せなのであって、一人の時間は普通とよぶのだ。
「小春が辛いって言わないと、あたしが辛い」
「辛くないって。ホントに全然辛くないんだって」
そう言って笑うと、愛佳が泣き出した。
「え?愛佳?」
ぽろぽろ流れ落ちる涙は、あたしをどうしたらいいのか分からなくさせた。
あたしより小さい愛佳が、あたしの為に泣いていた。
どうしよう。って考えてる間に、あたしは愛佳を抱き締めた。
まだ咲かない桜の木の下で、女の子同士で抱き合ってるのってなんか変だけど、
抱き締めたら背中に手を添えてもらえたので、結果、間違ってなかった気がした。
「ごめんね、愛佳」
「なんで小春が謝るん」
「愛佳泣かしたから」
「勝手に泣いてんもん」
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:51
- 少しして落ち着いたのか、愛佳は私から少しだけ離れて私の顔を見た。
結構真剣な顔をしていた。
「小春は、もっと、もっと、自分の事を素直に外にだしたらいいと思う」
「だしてるよ」
「だしてない」
きっと、道重さんへの思いを知ってたからってだけじゃないんだろう。
あたしのお弁当の事とか、あんまり帰りたがらないあたしとかを見て言ってるんだろう。
でもそれは日常だ。辛いとかそんな話じゃない。
「小春は、ホントはめちゃ傷ついてんやん」
「んなことないよ」
「気付かんと思った?なぁ、ずっと見てきてて、気付かんと思った?」
あたしが困ってたのが分かったのか、愛佳は溜息を隠してあたしから離れようとした。
「わっ」
「もうちょっとこのままがいい」
皆が言う程、愛佳に甘える事なんてそうなかった。
愛佳の手があたしの背中を撫でていた。
「愛佳」
「ん?」
「失恋しちゃった」
「うん」
人はいつも自分の傍にはいてくれない。そんなの、親とか見てたらよく分かった。
何度も再婚を繰り返した挙げ句、自分にできた新しい子が可愛くて、
前からいたあたしは忘れ去られていた。あの瞬間、分かっていた筈なのに。
なんで、また、あたしは同じ過ちを繰り返そうとしていたのか。
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:51
- 道重さんだって、あたしの事可愛いって可愛がってくれてたけど、
結局、結局、あの大人の人の所に行ってしまった。
あたしの傍に永遠にいてくれる人なんて、やっぱり存在しないんだ。
「小春」
「何?」
「愛佳はずっといるよ?」
「え?」
「愛佳は出会ってからずーっと傍にいたでしょう?」
確かに、愛佳は傍にいてくれた。あたしがお腹痛いって言ったら、保健室にまでついてきてくれて。
あたしが飛び出しても、こうしてついてきてくれて。
「小春の隣に、ずーっとおるよ?」
「愛佳……」
「だから、愛佳の全部をあげるから」
そんな顔しないで、って言われた。
あたしはどうしたらいいか分からなかった。
そんな顔ってどんな顔なのか分からなかったし、愛佳のその泣きそうな顔の方が心配だったし。
「小春、どんな顔してる?」
「笑ってるのに、笑ってない顔」
頬に手を添えられて、あたしは自分の口角があがってる事に気付いた。
そうか。笑っていたのか。こんなに空しいのに、笑っていたのか。
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:52
- 「愛佳が傍にいる。絶対いる。ずっといるから」
「絶対とか言わない方がいいよ。愛佳だっていつかスキな人ができたら」
「愛佳のスキな人は!!」
愛佳はそれ以上、何も言わなかった。
いなくなるのかなって思ったけど、小春から離れたりもしなかった。
「愛佳」
「約束したんやもん。絶対傍から離れへんって」
「……ありがと」
ここで離れて行ったら、きっとあたしは愛佳もだって思ったと思う。
桜の木がざわざわっと風を作った。
「さむっ」
「な、寒い」
「風邪ひいちゃうから、うちに帰ろう」
「……離れたらあかんねんて」
「大丈夫。もう傍にいてくれるって分かったから」
それでも愛佳はあたしから離れなかった。
「愛佳?」
愛佳はじっとあたしを見て、ちょっと考えた様に目を伏せていた。
あたしはどうしたらいいのか分からなくて、もう一度愛佳の名前を呼んだ。
「小春、愛佳ね」
「うん」
「愛佳、ずるいんだ」
知ってる。愛佳は結構狡いタイプだ。
でもそう言ったら傷付けそうな気がしたから、黙っていると、愛佳が続けた。
「なんとなく、分かってたの。今日、ついていったら小春が失恋しちゃうんじゃないかって」
「……」
「でもとめられなかった」
「……」
「とめようと思ったのに、とめられなかった」
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:52
- 愛佳はまた泣き出していた。細めた目から小粒の涙をぽろぽろおとしていた。
「愛佳ね、小春が失恋して、泣いたらなぐさめてあげようって思っててん」
「ありがと」
「でも、小春、泣かないし、笑ってるのに笑ってへんし」
「……」
「愛佳にじゃ小春の本当を見せられへん?」
なんて答えたらいいのか分からなかった。
本当ってなんだろう。いつものあたしは偽物なんだろうか。
「愛佳、あたしは見せてるよ?」
「嘘。小春は本当の小春を隠してる。」
本当のあたしを、隠してる。
『小春、なんでいつもコンビニなの?』
『コンビニ弁当がスキなんでーす』
『またカラオケー?たまにはまっすぐ帰ろうよ』
『だって歌いたいじゃないですかー』
『小春、そのキズどうしたの?』
『ちょっと転んじゃってぇ』
『小春、隈すごいよ?』
『ゲームやりまくっちゃってぇ』
エコーの様に過去の言葉達が浮かんできていた。
隠しているか。確かに隠していた。
本当は、コンビニ弁当なんてスキじゃなかった。
歌いたいんじゃなくて、かえりたくないだけだった。
転んだというよりは、突き飛ばされた結果、転んだのだ。
ゲームなんてやってなかった。ただ、明日を考えると眠れなかった。
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:53
- 「愛佳」
「ん?」
「なんで分かったの?」
手が少し震えていた。あたしはいつのまにか愛佳にしがみついていた。
愛佳は頬に置いていた手を頭の上に置いて、ゆっくりあたしの髪の毛を撫でた。
「小春は、素直だから、すぐ分かったよ」
「そっか」
あたしがもう一回抱きつくと、愛佳はぎゅっと抱き返してくれた。
「大丈夫。愛佳は小春から離れないから」
その言葉は、あたしの奥の奥にまで入り込んだ。
なんだか、力が沸いてきた気がしていた。
あたしが離れようとすると、愛佳がくっついてくる。
「分かったよ、分かったってば」
「ホンマに?ホンマに?」
「うん。分かった」
愛佳はやっと笑った。そのままあたし達はカフェには戻らないで帰宅した。
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:53
- 失恋。失恋てなんだろう。
道重さんは、あたしの傍にいてくれるなんて、最初から言ってなかった。
だから、約束を破られた訳じゃない。なのに、なんでかすごく悲しくて、空しくて。
日曜日が過ぎ、月曜日になってもその疑問は頭から抜けなかった。
学校行きのバスの中で、あたしは窓の外を見ながら未だ、頭から抜けないあのシーンを思い出していた。
『……さん。私の、大事な人』
名前は思い出せなかった。思い出したくないだけかもしれないけれど。
道重さんのほっぺは赤くなってた。道重さんはすごく幸せそうだった。
道重さんは、道重さんは、道重さんは……思い出すのは道重さんばっかりだった。
「おはよ?」
「……」
「小春?」
「ん?あぁ、おはよー」
目の前に愛佳が立っていた。角のコンビニはとっくに過ぎていた。
「あれ?あたし、コンビニ寄らないといけなかったんだ」
「あのね、愛佳ね、お料理の勉強してて」
「うん?」
「よかったら、これから、お弁当、食べてくれるかな?」
「愛佳……」
「まずい、と思うんだけど……でも」
「ううん。きっと美味しいよ。ありがとう」
愛佳は、うふふって笑った。
愛佳がきて、やっとあたしは道重さんの事を思い出すのをやめた。
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:54
- 授業は、いつもと同じく、上の空だった。
でもいつもと少し違ったのは、誰も怒らなかった事だった。
別に、失恋を知られた訳でもないのに、不思議だった。
「愛佳、今日、部室行くのやめない?」
「小春……」
お昼休みにそういうと、愛佳は何か言いたげだったけど、何も言わなかった。
どうせ、放課後には部活がある。いかない訳にはいかなかった。
部活が必須の学校だったから、休むのにだって許可がいる訳で。
「どこで食べようね」
「……小春」
「屋上とかいくない?」
「小春、逃げたらあかん」
「え?」
どんどん廊下を進むあたしの後ろをついてきていた愛佳が小さな声で、はっきりそう言った。
「小春は逃げてる。でもそれじゃいい事あらへん」
「愛佳……」
「ちゃんと向き合おう?愛佳がついてるから」
黙ってしまったあたしの手を握って、愛佳が進み始めた。あたしはついていくしかなかった。
やだって言ったら、愛佳まで失いそうな気がしたから。
部室のドアの前で、愛佳は止まった。
握っていたあたしの手を、そのまま自分の胸元に持ってきて、愛佳は祈る様に目を閉じた。
「神様ってきっといると、愛佳は思ってる」
「……」
「だから、大丈夫。小春には神様も、愛佳もついてるから」
愛佳がにっこり笑った。愛佳もちょっと緊張してるみたいだった。
あたしは、頷いて、愛佳の額にあたしの額をくっつけた。
「パワー充電完了!」
離れた時、愛佳の顔が真っ赤だった気がするけど、そんな事、今は気にならなかった。
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:55
- 「たのもー!」
「うっさ」
「何よ、小春」
「みっつぃも入ったら?」
先輩方はもう既に御飯を食べ始めていた。
道重さんはいつもと変わらずニコニコしていた。
「あれ?小春、今日はお弁当なんだ?」
気付いてくれたのが嬉しくかった。
きっとあたしにしっぽがあったらぶんぶんに振られてるだろうと思った。
「小春、で、なんでたのもうなの?」
「道場破りっぽいよね」
「ていうかみっつぃは風邪?顔赤いよ?」
愛佳を見ると愛佳はあはって笑ってごまかした。
でも心配そうにあたしを見ていた。どうしよう。
亀井さんと田中さんのいる前で告白するのはちょっと気が引けた。
「道重さん、お、お、お、お話が……」
そこまでいうと、田中さんと亀井さんがカタンと立ち上がった。
「みっつぃ、ちょっと外にでてようか」
「はい」
三人が出て行って、ドアが閉まった。なんで分かったんだろう。なんで、なんで。
「みんなどうしたんだろう?小春?小春はどうしたの?」
道重さんが立ち上がってあたしの髪の毛を撫でた。
俯いていたあたしが上目遣いで道重さんを見ると、道重さんは昨日と変わらず優しかった。
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:55
- 勇気を出さないといけなかった。きっと外で愛佳が祈ってくれてるから。
「道重さん」
ずっと前から思っていた。
「貴方の事がスキでした」
そう言ったら、どういう返事がかえってくるものだろうって
「ずっとずっと、スキでした」
想像していた結末がわーっと頭の中を占領した。
『ありがとう』
「ありがとう」
『でも、貴方なんて嫌いだわ』
「さゆみも小春が大好きよ?」
ぱちん、とその言葉で、頭の中を占領していた言葉達が消えて行った。
でも、あの人が大事って、あの時。
「でも、さゆみには心に決めた人がいるの。小春にも、きっと現れると思うけど」
それはきっとさゆみじゃないんだわ、って道重さんは悲しそうに笑った。
「……ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとう」
ごめんね、とは、言われなかった。
- 173 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:56
- 道重さんは、ドアを開けて、他の先輩方と愛佳を呼んだ。
戻ってきた愛佳は既に泣いていた。
「愛佳?なんで泣いてるの?」
「このバカ分からんらしい」
「めっちゃバカだー」
そう言うと先輩方は座ってお弁当を食べ始めた。
あたしは愛佳の手を握って、自分の胸元に持っていった。
「神様はよく分からないけど、小春は愛佳を信じるよ」
「こはるぅ」
こそっと言ったら、いっそう愛佳は泣いてしまった。
結局泣きやむまで結構時間がかかった所為で、御飯をかっ込んで食べないといけなくなってしまった。
せっかくの愛佳のお弁当がもったいなかった。明日は、ゆっくり食べる時間をとろう。
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/20(木) 23:56
- おわり。
- 175 名前:空飛び猫 投稿日:2008/03/20(木) 23:57
- 飴色に新しいメンバーが入りました。イェイ♪
最近、ずっと書きたくて書きたくてたまらなかった二人なので嬉しいです。
私の中では、まだ定まってないのですが、鉄は熱いうちに打て!というやつ?
あ、呼び方が現実と違うのは、承知してます。
>>150
飴色のメンバーみたいって言ってくれて有難う。私も書きたかった。
迷わずいっちゃったよ いったらちょっと分かった気がしたよw
>>151
実はあれで終わりだったんですが、続けてみたらこんなに長く(笑)
読んで下さって有難う!そう言っていただけてうれしーでっす。
>>152 & ?LMRaV4nJQQさん
ありがとーノシこんなお話になりました。いかがざんしょ?w
>>153
発見されましたか!ありがとーです。
書いててもふわふわしたりしてまっす。
>>154
ごめんねおかあさんはじめてのいてんだったからごめんね
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/22(土) 18:38
- なんてやつだよみっつぃ。。すごい新メン来ちゃったなぁ。
みんなに幸あれ。
- 177 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/01(火) 03:24
-
東京飴色ラプソディー
:第五話:
rain rain go away
come again another day
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/01(火) 03:25
- 忘れられないキスをされた。あの時を、まだ思い出すだけで、顔が火照る。
思わず、キス仕返しちゃったりして、あの時の私、はしたなかったかしら。
「石川、藤本の事を思い浮かべてるん?」
「仕事中なのにねぇ」
「まぁ、あと五分であがりだし」
慌てて顔を取り繕っても遅かった。既に赤くなった頬は、熱を離さない。
顔を両手で押さえると、にやにやしていた中澤さん達はげらげら笑い出した。
マスターまで笑ってるから質が悪い。
「バレンタインでなんかあったらしいなぁ」
「バレンタインといえば、なっちとごっちんでしょう」
「あぁ、あの子らもなんかあれ以来なぁ」
話題が切り替わったのをいい事に、早々にバックヤードに入ると、
マスターが追いかけてきた。
「今日はもうこれでいいよ」
「はーい」
「なんか食べてく?」
「ううん、今日はお財布買いに行こうと思ってて」
「この雨の中?気をつけていくんだよ?」
奇しくも今日は空が雨色模様。でも、私は雨が嫌いではなかった。
飴色に初めて来たときも雨だった。
「はーい。気をつけまーす」
「じゃぁ、サーモマグにお茶つめてあげるね。サンドウィッチも持ってく?」
「マスター、それじゃ遠足だわ」
マスターは、ははっと笑って、お茶だけにする、と
バックヤードのサーモマグを持ってカウンターに向かった。
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/01(火) 03:25
- バックヤードから出ると、さっきまでは元気だった中澤さんと保田さんがダウンしていた。
どうやら、お酒にまた負けたらしい。まぁ、毎日負けているのだけれど。
たまに休肝日を設けると、機嫌が悪くてたまらないけれど、愛しい人達。
傍にあったブランケットを二人にかけて、ピンクのコートを羽織った。
マスターが暖かいお茶をサーモマグにいれて渡してくれた。
「今日のお茶はね、桜焙じ茶だよ」
「もう三月も終わりだから?」
「季節限定品で、今日届いたやつ」
「第一号ね」
「いつだって石川が第一号だよ」
それは、店員特権というらしい。
マスターのニコニコ笑ってくれる笑顔が大好きだった。
今も好きだけれど、出会った頃から、すごく。
マスターみたいな人になりたかった。
だから、もし自分のカフェを持つ事でマスターみたいになれるなら、と何度も思った。
空想の中のカフェは、優しい桜色で包まれていた。
本当は、ピンクピンクさせたかったんだけれど、それじゃお客さんが来ない気がしたから。
今は、その空想のカフェを経営する隣に、あの人の姿がある。
いつか言ってみたかった。
『カフェやるんだけど、一緒にやりませんか?』
それってまるでプロポーズ!!なんて恥ずかしい事を考えてしまうものだろう。
「石川?」
「ふぇ?」
「にやにやしてるけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫でーす」
私は慌てて外に出た。お店の中でにやにやするのは恥ずかしかったから。
無論、外でも恥ずかしいので、ちょっとの間、この空想は封印だ。
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/01(火) 03:25
- 傘を差すと、雨の雫が音楽を奏でた。
リズムに乗って、トントントン、トントントン。
灰色がかった空だって、私にかかれば、虹色だ。
どうにも止められない空想は、しかめっ面をしながらにやにやを防ぐ事で、またはじまった。
それはそれで、変な人な気もしたけれど。
そういえば、美貴ちゃんは、今学生さんだ。卒業したら、何をするんだろう。
飴色での時間を大切にしすぎていて、何科の学生をやっているのかも聞いてなかった。
『卒業したら、何するの?よかったら、私とカフェを……』
またそこに戻ってしまう。恥ずかしくて、もどかしくて、顔が百面相してしまいそうになる。
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/01(火) 03:26
- 私は、お財布を探しに、都心に出かけようとしていた。
使っていたお財布の、小銭の部分が破けてしまって、小銭が落ちてしまう様になったから。
本当は、美貴ちゃんと行く予定だった。
でも、急がないと、小銭が落ちるのが止まらなかったから、仕方なく一人で行く事にした。
誘ってみたけれど、なんだか用事があるみたいだったから。
時々、話を聞く、愛ちゃんと遊ぶ約束でもしてるのかしら?
ちょっとジェラシーを感じてしまう。でも、愛ちゃんは親友だって言ってた。
私と、親密になれたのも、愛ちゃんのおかげだって。
だからこそジェラシーなのだけれど、美貴ちゃんは複雑な乙女心が分かっていなかった。
私も私で、美貴ちゃんの複雑な乙女心は理解できていなかったので、お互い様かもしれない。
「そのバス待ってー!!」
ゆっくり歩いていたら、バスが私を通り過ぎて、バス停に止まった。
この付近のバスは、一つ行ってしまうと二十分はこない。
都内なのに、のどかな所為か、電車という行き方もあるからかは分からないけれど。
でも、私はバスが好きだった。
駅が遠いからもあるけれど、のんびり都心に一本で出られるのはすごく便利な気がしたから。
ついでに、どんなに遠くまで乗っても、運賃が一律なのもスキだった。
走って追いつくと、運転手さんがニコニコ笑って待っていてくれた。
「すみません」
「いえいえ。余裕はありますから、大丈夫ですよ」
210円を渡して、バスの中に入ると、誰も乗っていなかった。
一番後ろの窓際席に座ると、雨の雫が、まるで雫の方が走っている様な形をして、
走り出したバスの窓にくっついていた。
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/01(火) 03:26
- バスが走り出してから、十五分くらい経った頃、
雨音が突然、サーサーからザーザーに変わった。
まるでバケツをひっくり返した様な雨とはよく言ったもので、
本当にお空の上でバケツがひっくり返ったくらい沢山の水が落ちてきていた。
私は、バスが降りるまでの間、あと三十分の間に落ち着くといいな、と思いながら、
サーモマグの蓋を開けた。ほんのり香る桜の塩漬けの匂いに、春が来た事を確認する。
何時の間にか、コートも冬のコートからスプリングコートに変わった。
着ていた服も、薄手になった。ブーツも履かなくなった。
春は大好きだ。めいっぱい空気を吸い込むと、春の匂いがするのがスキ。
美貴ちゃんと出会って、初めての春。お花見、一緒にできたらいいな。
「まもなく、終点。終点、渋谷でございます」
雨脚はおさまらず、ザーザーぶりの中、私はデパートに向かった。
歩いて五分もしない内に、パンプスはびちょびちょで、鞄を守るのに精一杯の状態だった。
諦めて帰ればいいのに、なんだかムキになってしまって、デパートまで頑張って歩いてしまった。
渋谷の街は、人がそれでも多かった。雨だろうと関係ないのか、カップルが沢山歩いていて、
一緒の傘に入ったりもしていて、ちょっとだけ羨ましかった。
美貴ちゃんはきっと、やだよ!って言いながら、それでも一緒の傘に入ってくれる。
そう思っただけで、私は誇らしく思ってしまって、一人でも平気な気がした。
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/01(火) 03:27
- デパートに入ると、雨宿りしている人もいるのか、結構ごった返していた。
お財布コーナーに入ると、店員さんが色々オススメしてくれた。
「こちらのタイプも人気がありますよ」
「ありがとうございます」
勧められるがままに、手にとってみるものの、黒だったり赤だったり、私には合わない気がして、
諦めてかえろうかと思っていた時だった。
「あ、これ、可愛い」
薄いラベンダーと白いレースがベースの小さめなお財布。裏地は薄い水色だった。
小銭入れががま口な所も気に入った。
色々開けて見ていると、まるで、自分の為にあるかの様に使いやすくて、
思わず笑顔で店員さんにそれを渡して言った。
「これをください」
「かしこまりました、少々お待ち下さいね」
お会計するのを待ってる間、ハンカチコーナーで同じブランドのものを見つけた。
「すみません、これもおねがいします。こっちは、プレゼント包装してもらえますか?」
気に入るかは分からないけれど、お揃いって響きに彼女は弱いから。
- 184 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/01(火) 03:27
- デパートを出ると、大分雨も落ち着いていた。
紙袋の上から透明のビニールをかぶせてもらったとは言え、ちょっと心配だったので、
デパートの袋を守りながら歩いた。
ピンクのお財布!とばかり思っていたけれど、ラベンダーも綺麗だわ。
白いレースも大人っぽくて、なんだかちょっと背伸びした気分だった。
何より、お揃いだし。って、それじゃ私までお揃いって響きに弱いみたい。
青信号に早くならないか、スクランブル交差点できょろきょろしている時だった。
見慣れた顔が、楽しそうに笑っているのを見つけた。
同じ傘の下には、綺麗な女の人がいた。緩いウェーブがかかった髪の毛が、肩の下まで揺れていた。
その人は、寄りかかって笑っていた。彼女も、笑っていた。楽しそうに、笑っていた。
ねぇ、約束があるって、その人と?その人が愛ちゃん?随分、話と違う雰囲気なのね。
私は、大人だから、聞かないでいたい。聞かないでいたいけれど、どうしても気になるわ。
問いただしたかった筈なのに、スクランブル交差点が青になった途端、
私は彼女達に見つからない様に、隠れてバス停に向かった。
逃げ出す様に乗ったバスの中で、私は一人なのをいい事に、お財布とハンカチの入った紙袋を抱き締めて泣いた。
綺麗な唇をしている人だった。くっきりした口紅を差して、割と自信に満ちあふれていて。
お似合いな気がした。だから、逃げたんだと思う。私じゃ適わない気がしたから。
私は負けず嫌いで、ポジティブで、だから、逃げ出すなんて私らしくないのに、
その時はネガティブで、自信のない私がそこにいた。
窓に映る私の唇には、薄いピンクのリップ。くっきりした形はしていなかった。
空はまだまだ雨模様。私の気持ちも雨色に染まった。
- 185 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/01(火) 03:27
- おわり。
- 186 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/01(火) 03:28
-
「レイニー止め」という言葉が思い浮かびました。
のっけからコメントが分かる人にしか分からない話ですみません……。
かぶった!と思ったんですが、ここで終らせないと、中途半端な所しか残らなかったもので。
まぁ、まぁ、急降下がないと、ジェットコースターも面白くないものです。
某夢と魔法の王国だって、コースター系の方が、船に乗ってぶらりんこするより人気あるでしょう?
>>176
褒め言葉ととらえておきます!!
みっつぃは今、一番気になっているんです。ラジオとかも聞いちゃうくらい。
気になる子ほどキーマンに置いちゃうみたいです。えへ。
- 187 名前:空飛び猫。 投稿日:2008/04/01(火) 03:30
- もういっちょ。
桜焙じ茶、実際あるお茶です。チャイにしても飲めます。美味しいです。
今日のお供は普通の焙じ茶で、煎れた後に、桜焙じ茶にすればよかったと思ったので
出てきた人に、飲ませてみましたw
- 188 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/02(水) 22:15
- あら〜あらら〜どうなるんでしょうか。
まだ続きそうなので感想は控えますが。続き待ってますよ。
176はもちろん褒め言葉ですよ!なんか感動したんです。
- 189 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/03(木) 01:23
-
東京飴色ラプソディ
:第六話:
雨音に乗って、君は何処?
- 190 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 01:24
- その電話は突然だった。
あまりに突然で、私は電話に出るのを躊躇したくらいだった。
夜中の一時に、公衆電話からの着信。あまりに怪しすぎる。
泊まりにきていた愛ちゃんはとっくに寝ていたので、
一人でその電話と対峙していた。起きていたら、盛り上がれるのに。
もしかしたら、と一抹の期待を抱かなかったかと言われれば嘘になる。
梨華ちゃんがこんな時間にかけてくる訳ないけれど、
小指の爪程の期待を抱いて、私は電話にでた。
「はい」
「アロゥ?」
「はぁ?」
「ふっふっふ、相変わらずだねぇ」
聞き覚えのある声。含み笑いも独特だった。
「こんな夜中に、どなた様で?」
「えぇえー、最終便でせっかく帰ってきたのに、忘れたとは言わせないぞ!」
わざとらしく怒る声に、意外と冷静な自分がいた。
「おかえり、亜弥ちゃん」
「ただいま、たん♪」
きっと大きめのサングラスを唇で銜えながら、足を交差させて立っているに違いない。
そういう女だ。松浦亜弥という人物は。
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 01:25
- 「んで?」
「で、って」
「まさか、会うつもり?!」
「愛ちゃん、声でかい」
広い部屋でもない私の部屋で、向かい合わせに座って朝食を食べているのだから、
そんなに大きな声出さなくても聞こえる。
耳を塞ぐ私を睨みつけながら、愛ちゃんは私の作ったカフェオレを飲んだ。
飲み物を作るのは、大分上手になってきた。これも、飴色のおかげだ。
「会うつもりかって聞いてるんですけど」
「会うよ。そりゃ、だって、幼馴染みだし」
「やめときなよ。今は石川さんがいるじゃん」
そう言いながら、愛ちゃんはトーストにジャムをぬったくったナイフを振り回した。
「こら、ナイフ振り回すな」
「そういう事、やっと言える様になったの、石川さんのおかげじゃん」
マナーにうるさくなったのは、梨華ちゃんの影響で、
でも、そんなの、亜弥ちゃんと会うのに、関係が……ないと言いたかった。
多分、関係あるんだろう。亜弥ちゃんは、ただの幼馴染みとは言いがたい人だったから。
「今更何の用なのよ」
「いや、知らないけどさ」
「会いに行くんやめときぃよ」
時々、でてくる福井弁は、彼女が本気の時だって分かっていた。
だから、その時は、まだ会いにいかないつもりだった。
- 192 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 01:25
- なのに、なんで私は今、渋谷のデパートの近くでぼーっと立っているのだろう。
梨華ちゃんの誘いを断ってまで。
せっかく、デートだったのに。せっかく、梨華ちゃんのお財布新調する筈だったのに。
でも、私は決意をもって、この場に挑んでいた。
いつまでも未練がましく亜弥ちゃんとのプリクラを持ち歩いていた私じゃ、もうない。
私には梨華ちゃんがいた。梨華ちゃんとの時を大切にしたかった。
だから、バイバイ、って言いにきたのだ。
「 Je voulais te voir et ecouter ta voix, ton visage me manquait !」
突然後ろから抱きつかれた。感触で分かる。亜弥ちゃんだ。
「はぁ?」
「会いたかった、たんのその、不機嫌そうな顔を見たかったって言ったの」
「不機嫌とか余計だし」
感触で分かった自分が嫌で、不機嫌だったのは事実だ。
「たん、つめたくなった」
「あっそ」
昔は、そんなじゃなかった。それは私も思っている事だった。
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 01:26
- 亜弥ちゃんの言動一つ一つに振り回されて、それが幸せで。
でも今は?懐かしいのがちょっとだけ切なくて、久々に会えて嬉しくて。
でもそれって、今までの嬉しさとはちょっと違った。
本当に幼馴染みに戻った気がした。
「ねぇ、たんは、何食べたい?」
わざとらしく腕を絡めて、人の反応を見ている。
そういうしたたかな部分、昔は嫌いじゃなかった。
でも、今は。
「私ね、スキな人できたんだ」
「たん?」
「その人の事、悲しませたくないから、もう会わないね」
やっと初恋が終った気がした。
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 01:26
- その一言の後の亜弥ちゃんは、別人の様だった。
さっきまでみたいにくっついたりしない。
どんな人?って聞くから、要点だけ述べた。
「うざったいくらい可愛い人」
「たんにのろけられるなんて、私も終わりだわ」
亜弥ちゃんはちょっと、悲しそうに笑っていた。
「Au revoir, mon premier amour」
「だから、フランス語で喋るなっつの」
「さよならって言ったのよ」
ホントは、なんて言ったか分かってた。今、フランス語の授業受けてたし。
でも、敢えて分からない振りをした。悲しすぎる気がしたから。
ねぇ、亜弥ちゃん。擦れ違ったままだったね。
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 01:27
- 亜弥ちゃんと会った翌日、私は飴色のドアを開けるまで、ウキウキしていた。
亜弥ちゃんの事、話す必要はないし、多分話さない。
でも、梨華ちゃんに会ったらちょっとだけ甘えたかった。
バックヤードで突然ハグくらいしたかった。
「おはようございます」
「おはよ」
「あれ?梨華ちゃんは」
「バックヤードだよ」
コートをコート掛けにかける。
桜も咲き始め、すっかり春になったけれど、まだ肌寒くて
スプリングコートは欠かせなかった。
常連さん達も心無しか暖かめの格好をしていた。
なんとなく、視線を感じたけれど、その時はなんでかまでは気付かなかった。
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 01:27
- バックヤードに入ると、梨華ちゃんが苺を盛りつけていた。
「おはよ、梨華ちゃん」
「おはよう」
梨華ちゃんと、目があわなかった。
ハグしたかったけれど、するっと隣をすり抜けて、バックヤードから出て行ってしまった。
何があったんだろう?
私がエプロンをつけて出て行くと、さゆみちゃんが梨華ちゃんに話しかけていた。
「ママ、昨日お財布買ったの?」
「えぇ」
「見せて見せて」
「ちょっと待っててね」
バックヤードに戻ってきた梨華ちゃんは、やっぱり私の顔を見なかった。
さゆみちゃんには、ニコニコ笑顔で答えているのに、私には。
その時、私は、私が何かした事に気付いた。
「きゃー!可愛い!どこで買ったの?」
「……渋谷の、デパート」
その悲しい響きを聞いた時、あぁ、この人は見たんだなって確信した。
昨日、私が亜弥ちゃんといるのを、この人は見たんだ。
そして、誤解したんだ。亜弥ちゃんが、あんな風にスキンシップをとるから。
否、違う。ちゃんと報告しておくべきだったのだ。
言ってから行くべきだった。それを怠った私がいけない。
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 01:28
- 悲しませたくないから、決別しにいって、結局傷付けて。
私の悲しい顔が分かったのか、梨華ちゃんは私に問いかける事はしなかった。
そのかわり、私はお財布は見せてもらえなかった。
梨華ちゃんは、さっとバックヤードに戻って、仕舞ってしまったのだ。
その後も、バイトが終るまで、梨華ちゃんはこっちをあまり見てはくれなかった。
三時間後、私がバックヤードにいる間に、梨華ちゃんは帰ってしまった。
マスターの顔を見ると、行きなさい、って言われた。
私はあわててコートも羽織らずに外に出た。風が冷たかった。
曲がり角を曲がると、梨華ちゃんと吉澤さんが話していた。
梨華ちゃんは、私を見ると、逃げる様に歩き出した。
追いかけないといけない。今、話さないと、梨華ちゃんが離れて行ってしまう。
それなのに、無情にも、吉澤さんが私につかみかかった。
「あんただったら任せられるって思って、私は……!」
「ごめん」
素直に謝った。吉澤さんだって、納得いかないだろう。
あんな風に、好きだった人が涙ぐんでいたら。
全ては私の所為。私は、言い訳するのは嫌いだった。だから、ただ、謝った。
「ごめんですむことかよっ」
「ごめんですまないけど、ごめん」
私は、私の腕を掴んでいる吉澤さんの手をほどいて、続けた。
「でも私は今、追いかけなきゃいけない」
今、行かなかったら、梨華ちゃんは誤解したままだ。
まっすぐ見返すと、吉澤さんは溜息をついた後、小さい声で返した。
「……行きなよ」
「ありがと」
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 01:28
- 私は、後ろは振り向かずに走った。昨日の雨でぬかるんだ大地が私を阻む。
走って間もない曲がり道を曲がった所で、足を滑らせて転んだ。
「いったぁ」
ジーンズが泥だらけだった。
私が顔を上にあげると、戻ってきていたのか、梨華ちゃんが目の前にいた。
じっと私の目を見つめていると思ったら、核心を問われた。
「あの人、誰?」
「……亜弥ちゃんは、幼馴染み」
「美貴ちゃんて、意外とスキンシップ激しいのね」
梨華ちゃんはちょっと拗ねた様に言った。
その拗ねた唇が愛しくて、こないだみたいにキスがしたかった。
「……誤解だよ」
「見たものは、誤解って言わないわ。幼馴染みとあんなにスキンシップが激しいの?」
「あの人、フランスに留学中だから」
「美貴ちゃんもフランスに留学してたの?」
「ごめん。もとから激しい人でした」
梨華ちゃんは座り込む私の前にしゃがんだ。
ちょっと遠めの水たまりで、小さな雨蛙がげこげこ泣いていた。
池から遊びにでてしまったんだろう。
「……亜弥ちゃんは、初恋だった」
「……そう」
「でも、初恋は大学進学の時あっさり終ってね。引き摺ってただけ」
「……」
「今は、別の恋をしてる」
幸せな恋を。そして、その人は、目の前にいます。
- 199 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 01:29
- 「その事を、彼女に伝えただけだよ。
もう、スキンシップが激しくてもドキドキしないよって」
「私に触られたら、ドキドキするの?」
「今でさえ、ドキドキだよ」
「目の前にしゃがんでるだけなのに?」
「こないだみたいに、キスがしたくなって、
でも、キスしていいものか迷うくらいスキ」
彼女の手が私の頬に触れた。
びくっとして、目を閉じると、唇に柔らかい感触を感じた。
少し離れると、どんな顔してるのか分からないくらい彼女の顔が近くにあった。
「梨華ちゃん、ごめんね」
「誤解だったんでしょう?」
「うん、でも、吉澤さんみたいな事しちゃった」
「え?」
「傷付けない様に、って思ってたら、傷付けた」
「私はさゆみたいに、子供じゃないわ」
「どうかな?顔、真っ赤ですよ?」
「もう……!!」
結局、泥だらけのジーンズとスカートで、私はエプロンしたままで、帰路に着いた。
久々に寒い寒い言いながら、手を繋ぐと、お互いの手は熱くて、
顔もなんだか火照り気味で、クスクス笑いながらお互いの家への分かれ道まで歩いた。
- 200 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 01:29
-
おわり
- 201 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/03(木) 01:29
-
東京飴色ラプソディ
プチアナザーストーリー
「悪戯なチェリー」
- 202 名前:〈o´”o`?N”L 投稿日:2008/04/03(木) 01:30
-
「お許し下さい」
「許さない」
「この通りです」
「絶対許さない」
さっきから、何度も謝られてるけど、絶対許さない。
「だってさぁ、石川さん、飴色出る時、泣いてたし」
「雨降って地固まるってことわざ、知らないの?」
つめたーく。なるべくつめたーく。
だって私は怒ってるんだもん。
「でも、さゆにとってだって、大事な人でしょ?」
「さゆみにとってだって、って事は、吉澤さんの大事な人なんだ?」
私が一瞥すると、隣を歩く吉澤さんはかなり焦って言い訳めいた事を口にする。
「や、ある意味大事なんだけど、そうじゃなくって」
ふーん。大事なんだ。そう思ったらちょっと悔しくなって、悪ノリしてしまった。
「さゆみに約束してくれたあの吉澤さんは偽りだったんだ?」
「さゆ」
諌める様に吉澤さんが私の名前を呼んだ。でも、悪ノリがとまらなかった。
「ママの一番になれなかったから、さゆみの事」
「さゆみ、それ以上言ったら本気で怒るよ?」
吉澤さんの声が変わった。ちょっと盗み見ると、厳しい顔をしていた。
こういう時、吉澤さんはこわい。さすが、バレー部のコーチなだけあった。
「……言い過ぎたのは謝るけど……」
「けど?」
「やっぱり許さない!」
「えぇえ!」
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 01:30
- もうこうなったらふんぎりがつかない。
「さゆみ、こっち向いて?」
「向かないもん」
私は怒ってるんだ。
もうすぐおうちだけど、おうちにつくまでは怒ってるさゆみでいるつもりだ。
「あ、ママ達帰ってきた!」
「え?ママ?」
思わず振り向くと、頬にチュッとキスされた。
「……狡い」
「機嫌直った?」
悔しいだけで終らせない。さゆみは大人の女になるのが最近の目標だから。
「……もう一回してくれたら、直してあげる」
とんとん、と頬を指差す私の唇に、柔らかい何かに触れた。
驚いて、鳩が豆鉄砲をくらってるような顔をしていると、吉澤さんはしゃあしゃあとこう言った。
「大人を出し抜こうなんて、まだまだ早いですよ?」
くやしー!と叫ぶ私のおうちは、何時の間にかもう目の前だった。
- 204 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 01:30
- おわり。
- 205 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/03(木) 01:34
- ごめん。>>202の名前欄、文字ばけった。
えーと。こうしーん完了!早めにできてよかった。
一応、最初に続けよう!と思った時に出来上がってた話はここまでです。
いや、ノリで始めたカップルもいるので、りかみきにかんしては、ですが。
でももうちょっとお付合いいただけたらなぁと思います。
全体的に台詞ばっかりですみません。。
>>188
梨華美貴はこうなりました!
よかったですー。
愛佳が嫌われちゃったらどうしようってもうそればっかり(キモイですね……)
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/03(木) 11:14
- 更新ありがとうございます
少しずつエピソードが増えていく梨華美貴そしてカフェに集う方たちが愛しいです
どこまでもお付き合いさせてください
- 207 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/04(金) 22:26
- 更新おつです!
飴色エピソードにも終わりが来るの?
どこまでも付いていくさ〜
- 208 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/07(月) 03:15
-
東京飴色ラプソディ
アナザーストーリー
:to be or not to be:
:that is the question!:
- 209 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/07(月) 03:15
- 先輩から、健気だね、という言葉をもらった。
辞書で調べてみると、『弱い者が困難や苦労に立派に立ち向かうようす』とある。
どうやら、他人からみても、私は弱く見え、その上、困難に立ち向かってるようだ。
でも、自分でそう思うのと、他人からそう見えるのは大分違う。
その人は私が健気だと言うけれど、私はそうは思わなかった。
この状況は少し、幸せでもあったから。
「ねぇねぇ愛佳」
「ん?」
「これ、なんていう意味?」
「んーと、to be or not to be, that is the question?」
「クエスチョンか!」
「多分、辞書に載ってるんとちゃう?ちょっと待って」
残念ながら、それは、辞書には載っていなかった。
私は意外と物を調べる事がスキなタイプだった。
好きな人のあれやそれを調べるのもスキだったけれど、知識として何かを調べるのもまた、楽しかった。
「じゃぁ、図書室のパソコン使わせてもらお」
「パソコンなんてあるの?」
「……あるん知らないのん、小春くらいよ?」
六時間目が終って、掃除をしていた私達は掃除道具をかたして、廊下に出た。
歩いていると、ふと小春が手を繋ぐ。どきんと胸が鳴ったけれど、何事もないかのように握り返す。
小春がホッとしてるのが伝わってきた。
あの日から、小春は、私が離れていかないか、確認の為にスキンシップを繰り返していた。
私はだから、必ず、どんな事があっても離れていかないサインを返す。
そりゃ、人はいつか、一人になる事くらい分かっていたけれど、小春が一人になるのが平気になるくらいまで、
否、小春に次にスキな人ができるまででも、私は小春の傍にいてあげたかった。
ウソ。小春にスキな人なんてできなければいいと思っている。私は狡い。
- 210 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/07(月) 03:16
- 図書館には、誰もいなかった。
誰かいれば、よかったのに。そうしたら、小春と二人きりだって意識しないですんだのに。
あの日から、私は少し臆病になっていた。心を見透かされてそうで嫌だった。
あの時、言いかけた、私の好きな人の名前が、自分だって小春は知っているんだろうか。
「誰もいーひんな」
「パソコンだけ使わせてもらっちゃえば?」
「とりあえず、見てみる?」
ラッキーな事に、パソコンの電源はついていて、インターネットもつかえるみたいだった。
一つの椅子に二人でぎゅーぎゅー詰めになりながら座って、私がキーボードを打った。
「なんやったっけ? to be or not to be that is the」
「クエスチョン!」
「せやせや、って、そこだけ覚えてたん?」
思わずクスクス笑ってしまうと、小春はふふーんと自慢げに鼻を高くした。
仕方ない人。でもそこが愛しい人。
ねぇ、恥ずかしくって名前があんまり呼べないの、知ってた?
呼んだ時に、貴方の表情が曇ったら、なんて思っちゃうくらいスキなの、知ってた?
「あ、でたでた」
「えーと……このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ?」
「ハムレットっていう作品の一文みたいやねぇ」
ふーん、と小春は頷いていたものの、それ以上は聞かれなかった。
だから、私も調べなかった。
「そろそろ、部室に行こっか。それともこのまま帰る?」
「一応、寄ろっか」
このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ。その一文は、ずっと頭に残っていた。
ちゃんとした意味を捉える為に、ハムレットを読むべきかとも思ったけれど、それもやめておいた。
- 211 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/07(月) 03:16
- 部室には、誰もいなかった。書き置きが残されていたのを見つけて、小春がそれを読み上げた。
「もう待てないから先帰るね。絵里
今週末はカレービュッフェに行くの、忘れないでね。さゆみ
テーブルの上のジュースは二人の分だから、飲んでいいよ。れいな」
「ジュース……これやね」
私が冷静にジュースを手にしていると、小春は目の中にお星様を作って私の肩を揺すった。
「カレーだって!カレーだって!愛佳、カレー好き?」
「う、うん。スキやで」
若干、引き気味に言っても、小春には伝わらない。そう言う所も、スキだけど。
「小春も大大大好き!やったぁ!!うっれしいなぁ」
「なぁ、ジュース、ここで飲む?帰り道すがら飲む?」
「帰りながら飲もうよ」
話題を変えると、あっさり変わってしまった。
小春にとってカレーってどのくらいのスキなんだろう。
私よりスキ? だったら、ちょっと悲しい。
……道重先輩より、スキ? な訳はない。断言できてしまう悲しさよ。
- 212 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/07(月) 03:17
- 「これ真っ赤だねぇ」
「クランベリーだって」
「ストロベリーみたいなもん?」
「うーん、どっちかっていうと、ブルーベリーじゃない?」
右手にクランベリージュース、左手に小春。
図書館からずっとずっと手を離していなかった。今、離したら、私が離れてくって思うかな?
私は、なんとなく、離し辛くて、クランベリージュースの蓋が開けられないでいた。
「手、離さないと飲めないね」
「せやね」
「……飲むの、また今度にする?」
「せや、ね」
勘違いしそうになる。そんなに私と手を繋いでいたいのかと勘違いしそうになる。
小春は、今、傷心で、雛が親鳥から離れるとピーピー鳴いてしまうのと一緒で、
今は、私が親鳥と同じなだけで……。
「愛佳」
「ん?」
「もし、もしだよ?」
「うん」
「小春が……ううん、なんでもない」
小春はそう言ったっきり黙ってしまった。
私が小春を覗き込むと、小春はちょっと困った様に笑った。
「やっぱ、飲もうよ、せっかくだし」
小春はパッと手を離して、クランベリージュースの蓋を開けた。
パッと、小春の右手が離れた左手を、私はどうしていいか、分からなかった。
- 213 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/07(月) 03:17
- 一口飲んで、小春は顔をしかめた。
「すっぱぁい!」
「ほんまに?」
私は、やっと左手でペットボトルの蓋を開けた。
飲んでみると、ケーキで食べるベリーなんかとは違う味がした。
「うわぁ」
「絶対これわざとだよ、あの人達ー!」
「やけど、これ、ちょっと癖になる」
私が二口目を飲んでいると、小春も負けじと二口目を飲んだ。
三分の一くらい飲んだところで、小春は自分のポケットに蓋をしまってしまった。
「ちょっ、蓋できんくなるやん」
「飲みきればいいんでしょ?ほら、愛佳も」
「えー」
蓋についたジュースの水滴だって、気になったけど、小春の言う事に弱い私は、
言われるがままに、蓋をしまう。手を差し伸べられたら、そりゃ、従うしかない訳で。
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/07(月) 03:18
- 再び、右手にクランベリージュース、左手に小春。
時々飲むクランベリージュースは酸っぱくて、心臓が左手に集まってるかのように左手がドキドキしていて、
私はご機嫌に歌いながら隣を歩く小春が愛しくて仕方なかった。
「愛のために、あんなたのためにぃ、セイ!」
「引き受けましょぉー」
小春がノリノリだから思わず私も歌っちゃったりして、放課後の帰り道、裏道を通っていてよかったとホントに思った。
「僕好みのぉ」
「ワァルド」
「オブワールド!」
結局、二人の家の分かれ道まで、ずっと歌っていた。まるで、何か話すのを拒否してるかのように。
その推測は当たっている気がしていた。私は小春を、高校受験の時からずっと見てきたから。
受験の日に、小春が私が震えてるの分かって、話しかけてくれたの覚えてる。
小春は他人の感情に敏感だ。多分、家庭環境がそうしているのだろう。
「分かれ道、やね」
「右にいけば小春の家、左に行けば愛佳の家」
「小春の家の前まで行こか?」
「いいよ。一人で帰れる」
私は思わずキュッと左手を強く握った。離れたくないと意思表示をした。
小春は穏やかに微笑んで、私の左手をブンブンと振ってから離した。
「また明日ね」
「うん。また明日……」
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/07(月) 03:18
- 私から離れた小春は割とまっすぐ歩いていた。
あぁ、もしかしたら、離れられなかったのは私の方なのかもしれない。
雛は、私なのかもしれない。ああして、まっすぐ歩く姿を見ると、そう思えた。
「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」
さっき、図書室で調べた言葉を思い出した。
このままでいい気がした。このままじゃいけない気がした。
どうしたらいいか分からなかった。
この台詞を、どんなシチュエーションで誰が言ったかは知らないけれど、その人はどう解決したのだろう。
図書室でハムレットをかりてくればよかった。逃げたのをちょっとだけ後悔した。
このまま、つまり、小春に告白もせず、ただただ現状を維持するのがいいのか、
振られるのを覚悟で、小春に告白をするべきか。
「このままでいいのか、いけないのか」
繰り返せば繰り返す程、このままでいいと頭が諭し、心はいけないと叫ぶ。
このままで苦しいのは私。でも、このままだと満足できないのも私。
誰かに相談しようにも、なんとなく、道重先輩達にはできなかった。
告白しなよって言われそうな気がしたから。
結局、アドバイスされたって、実行するのに必要なのは自分の意思だ。
自分が、このままじゃいけない、と心と頭、両方で思うまでは、実行なんて出来はしない。
それでも、誰かに問いたくなるのはなんでだろう。
クランベリージュースは既に、生温くなっていた。
最後の一口を飲み干して、左のポッケに入っていた蓋を閉じて、
近くにあった自販機の横のゴミ箱に捨てた。
このままでいいのか、いけないのか。
ぼんやりと、それを思い浮かべながら、振り向けど、小春はもう見えなくなっていて、
私は視界を滲ませながら、家路を急いだ。
- 216 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/07(月) 03:18
-
おわり。
- 217 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/07(月) 03:30
- こうしーん。えーと。。こはみっつぃこはみっつぃしたかっただけです。
しかも、続く終りかたとか。
キーボードのKが調子悪くて、『小春』って打つの大変でしたw
表題は、私は「生きるべきか死ぬべきか」っていう訳は知ってたんですが、
そういう訳しかたもあるというのを、今回恥ずかしながら、初めて知りました。。
シェイクスピアはちょい食べ嫌いしてたんですが、これを機にちゃんと読んでみようかなぁ。
あ、『愛のために』は、ちょうどトリビュートアルバムを聞いててうっかりでてしまいましたw
>>206
いえいえ、こちらこそ読んでくれて有難うございます。
ラブラブばかりだと(自分が)飽きるかなぁ……という感じで、暗雲を立ち籠めさせてみても、
結局ラブラブに戻ってる、梨華美貴は不思議なカップルさんです(笑)
>>207
ありです!
飴色はホントは超短編(最初の一話のみ)だったので、いつ終るか予想がつきませんが、
いつかは終るんでしょう。終わりネタも考えておきます。
ネタがなくなった!とかで終わりは嫌なのでw
- 218 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:25
- 手を繋ぐのは怖いから。拒否されるのが、怖いから。
- 219 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/10(木) 20:26
-
東京飴色ラプソディ
アナザーストーリー
:君に届け:
- 220 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:26
- 帰り道、あたしはまっすぐ歩けていただろうか。ふらふらしていなかっただろうか。
少しだけ不安になる。まるで、自分が弱い人間の様に感じて身震いする。
−−このままでいいのか、いけないのか、それが、問題だ。
このままでいいと心が叫ぶ。頭ではいけないと分かっているのに、心が叫ぶ。
走って帰った家路。家の鍵を開けると、ドアの向うで母が子供をあやしている声が聞こえた。
まるで、誰か別人の様に優しげな声。
うんざりするほど甘ったるくて、あたしは音を立てない様に二階にあがって部屋のドアを閉めた。
愛佳の声が聞きたかった。愛佳に大丈夫って言ってもらいたかった。
携帯なんて持ってない。家の電話はつかえない。
階下からのバタンとドアの閉まる音が怖くて仕方なかった。
この間までは普通だったのに、なんであたしはこんなに弱くなってしまったんだろう。
−−このままでいいのか、いけないのか、それが、問題だ。
昔のままでよかった。変わってしまったのは愛佳のあの言葉の所為。
知ってしまった温もり。知ってしまった優しさ。知ってしまった愛情。
あたしは、今までよりずっとずっと夜を怖がる様になった。
翌朝を待ちわびる様になった。
この事を知っているのは愛佳だけ。でも、愛佳には相談できなかった。
言える訳がない。
愛佳の所為でこんなに弱くなったんだよ、なんて。
- 221 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:27
- 愛佳は、離れないと宣言をしたあの日から、一度も自分から手を離さなかった。
すごい信念だと思う。
まるで、あたしが一度でも離したらもう信じなくなるみたいに、頑なに、手を離さない。
いつかは離さないと、生活できない訳で、授業だって受けられないし、
だから時々は離すんだけど、その時、愛佳は必ず、少しだけ傷ついた顔をする。
それはきっと無意識にしている顔で、その顔を見たくないと思う反面、
その顔を見て、ホッとしている自分がいた。
あたしの手を握っている事が、愛佳の中でそれだけ重要な事なんだって分かるだけで、
すごく幸せだった。
あたしは狡い。愛佳に負けじと、狡い。
どたんどたんと階段を昇る音が聞こえて、あたしは布団の中で息をひそめた。
「ちょっと!ただいまくらい言いなさいよね!」
「……」
「かっわいくない子ね!」
ドン!とドアを殴る音が聞こえて、階段を降りて行く音が聞こえた。
母がああなったのは、何故だろう。あたしの所為だろうか。
そう思ったら、涙がでてきた。
「あいかぁ」
あの日から、一人で泣く時、必ず愛佳の名前を呼ぶ様になった。
まるで、その言葉しか教わっていない赤ちゃんだ。
「あいかぁ」
道重さんの事がスキだった時、こんなに道重さんの名前を呼んだだろうか。
否、こんな事は初めてだった。
あたしはでも、それを愛佳に知られるのが怖かった。
道重さんに告白して、振られたのはたった二十日前。
二十日ごときで、違う人の名前を連呼する程、軽い気持ちで愛佳を利用したなんて思われたくなかった。
- 222 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:27
- 「みっちしげさーん!カレーは何種類あるんですかぁ?」
「確か、二十種類くらいあるみたいよ」
「いつにもまして……だな」
「さゆが楽しそうだからいいじゃん、絵里」
カレービュッフェに行く日は早々にやってきた。
カレービュッフェはなんとこの間のカフェがやってるらしく、
あたし達は招待されて、そこに向かっていた。つまり、ただだ。
あたしはホッとしていた。カフェでお茶程度ならともかく、カレービュッフェなんて、
行けるお金は持ち合わせていないからだった。
「みっつぃ、どうした?」
「具合悪い?」
ぐんぐん歩いて行くあたしを余所に、後ろの方で皆が愛佳を心配していた。
あたしが振り向くと、愛佳は笑って言った。
「お腹すいちゃったみたいですぅ」
「あは、みっつぃらしいね」
なんとなく、あたしの所為な気がしていた。今日会ってから、まだ一度も彼女に触れていないから。
出会った時には既に先輩方三名は揃っていたので、そんな事できなかった訳で。
そうだったらいいという願望なのかもしれないけれど、彼女はなんとなく元気がなかった。
あたしは、何度か愛佳の方を見たけれど、それ以来、愛佳は普通に笑っていた。
やはり、願望だったのだ。
あたしは少しだけがっかりしている自分に、呆れていた。
そうだったらいいななんて、どれだえ罪深い人間なのだろう。
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:27
- 行く道すがら、桜並木を通った。
桜の木は、もう葉桜になっていた。
あたしが最後に残った桜に手を伸ばすと、道重さんがあたしに言う。
「小春、桜の木は折らない様に気をつけて」
「え?なんで?」
「折ったら、そこから死んじゃう事もあるくらい、弱い木なの」
「へぇ……気をつけまーす」
「いい子だね」
なるべく、なるべく折らない様に桜の花弁に触れた。
人の夢って書いて、儚い。
昔、愛佳に国語のノートを借りた時に教えてもらった言葉だった。
桜は人の夢なんだろうか。この花弁に、人は何を思うんだろうか。
桜の木が、急に愛佳に見えた。愛佳も、儚げで、触れてはいけない気がするのに、触れたくなる。
ふっと振り返るとにっこり微笑まれた。こういう時、前はどうしてただろう。
道重さんに呼ばれてあたしはすぐに目線を外した。
それから愛佳がどんな顔をしてるか確認していなかった。
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:28
- カレービュッフェはビュッフェというには少し、規模が小さかった。
それでも、カレーがタイカレーから日本のカレーまで色々とあった。
カレーだけじゃなくて、タンドリーチキンやらナシゴレンまであって、
なんでもありかよ!って突っ込みたくなったが、突っ込まない所が面白い気がしたので、敢えて突っ込まなかった。
綺麗だけど怖いお姉さんと、綺麗で優しそうだけどわざとらしいお姉さんが、次々と大皿の料理を持ってきていた。
あたし達の他には、酔っぱらったお姉さん(と呼べと言われた)達と、まったりしたお姉さん達と、
あの人がいた。道重さんの、大事な人。
「これなんですかぁ?」
「これね、パッタイ。ベトナム料理よ」
「ひゃーおいしそー!」
両手をあげて喜んでいると、マスターと呼ばれている人がニコニコしていた。
「美味しそうに言ってくれると、作りがいがあるな」
「マスター、一度やりたいって言ってましたもんね、ビュッフェ」
「客いいひんのになあ」
「それは禁句よ、ゆうちゃん」
どんどん料理が出てくる。
あたしはナンでタイカレー食べたり、御飯でインドカリー食べたり、
珍しいアジア料理を食べたり、とにかく食べて食べて食べまくった。
愛佳の方を、時々見ると、小さめのお皿に、小さく盛りつけていた料理を、
ちょっとずつ食べていて、その姿がすごく愛らしく見えた。
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:28
- 「道重さん、もうお腹いっぱいでふー」
「でふーて何なの、でふーって」
けらけら笑う道重さんがあたしのお腹を叩く。
「ダメっす!飛び出てくるくらい食べてまふー!」
「あは。まふーまふー」
尚、お腹を叩こうとする道重さんのお腹を叩き返した。
ちょっと前まで、道重さんに、怖くて触れられなかったのを思い出した。
愛佳に触れられないのは、逆に怖い。
視線を感じて、見ると、愛佳が少し傷ついた顔をしていた。
あたしが迷っていると、愛佳は飲み物を取りに立った。
チャンスだとあたしも立って、もう水分もとれないくらいお腹いっぱいなのに、
マスカットティーと書かれたピッチャーから、お茶をコップに注いだ。
愛佳は、こちらをちらっと見たものの、何を飲もうか考えている様だった。
「みっつぃ、なに飲みたいの?」
何時の間にか立っていた道重さんが愛佳の肩を抱こうとした。
あたしは思わず、ペシンとその手を叩いて、牽制してしまった。
「小春?」
「あっ……えと、蚊が……」
「蚊なんてこの季節いないっしょ」
訝しげにあたしを見る道重さんの手は、それでも愛佳から離れた。
そのかわり、あたしの頬をつまんで軽く抓った。
「いはいれふ」
「ペシンて何よ、ペシンて」
「なんれもないれふ」
「なんかあるから叩いたんでしょう?」
言えない。愛佳に触らないでなんて、言えない。
触っていいのはあたしだけだなんて、思い上がっていたなんて、絶対言えない。
- 226 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:29
- 周囲は笑っていた。まるで、仲良しの仔犬達がじゃれ合ってるのを見ているかの様だった。
あたし的には、蛇に睨まれた蛙だった訳だけど、そうは見えないみたいだった。
「ごめん!そんなに痛かった?」
急に、道重さんがあたしの頬から手を離してあたしの頭を撫でた。
なんでだろう?全然痛くないし、痛がってるのがポーズなくらい、分からないだろうか。
でもすぐに自分の異変に気付いた。あたしは泣いていた。
痛みからではなく、思い上がっている自分が嫌で、涙が出てしまったのかもしれない。
何故泣いたかまでは分からなかったけれど、とにかく、痛みからではない事は確かだった。
「ごめんね、小春。ごめんね」
「や、えと、ゴミが入ったんです!」
「……それでも、ごめんね?」
「大丈夫ですよぉ。ゴミは道重さんの所為じゃないし」
えへへ、って笑っていたら、何時の間にか、愛佳の姿が見えなくなっていた。
愛佳の姿を探しても、愛佳は見当たらなかった。愛佳の鞄も、スプリングコートも、そこにはなかった。
愛佳を探しているのが分かったのか、道重さんは、あたしの顔を自分の方に向けた。
「小春、小春にとってみっつぃは何?」
「え?」
「貴方の、なんなの?」
愛佳はあたしの親友的存在。
「ホントに、親友なだけ?」
失恋して、たった二十日で、その失恋した相手にそんな事を聞かれて、
あたしはなんて返事をしたらいいんだか分からなかった。
大体、あたしは失恋したばかりで、なんて本人に言うのは相当辛い。
でも、不思議と、怖くはなかった。その感情を出すのが、怖くはなかった。
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:29
- 「さゆみ、ちょっと小春ちゃん借りていいかな?」
助け舟が出たのは、意外な人物からだった。
さゆみだってー!と外野で二名叫んでる人達がいたのが分かった。
この人、道重さんの事、さゆみって呼ぶんだな、って遠巻きに思った。
その事に、何も感じなかったのは、失恋してから二十日経ってるからだろうか。
「吉澤さん……でもさゆは」
「今聞いてる事って、さゆみに言う事じゃないでしょう?」
「そりゃそうだけど」
「いいから、借りるよ。はい、小春ちゃん、ちょっと外で話そう」
言われるがままに、ヨシザワサンに連れていかれる。
コートもなしに、外に出ると、少しだけ肌寒かった。まだ、春は遠そうだ。
「小春ちゃん」
「はい」
「実はさ、私、失恋したばっかりでさ」
「え?」
「あの、色黒のお姉さんいたでしょう?あの人に年末、こっぴどく振られたんだよね」
「年……末?」
理解できない話をされていた。この人は道重さんの大事な人な訳で。
大事な人っていうのは、付き合ってる人って意味だと、勝手に思っていたけれど、
違うんだろうか。もしかしたら、あたしの勘違いだったんだろうか。
「んで、さゆみとそういう事になったのが、今年の三月」
「……そういう事?」
「つ、つまり……付き合いだした時っていうか」
ちょっと照れてるヨシザワサンに、あたしはかける言葉が浮かばなかった。
- 228 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:30
- そんなに、道重さんとの関係を話したいのだろうか。と、うがってみてると、
ヨシザワサンは慌てて、否定した。
「や、自慢したかったんじゃないよ?」
「じゃぁ、なんですか?」
「だからさ、失恋してからの日数じゃないんだよ、って話」
「……え?」
「その人が運命の人だったら、別に、失恋した当日からでも、その人にいっちゃっていいと思うんだ」
「……」
「それこそが、運命の人なんだからさ」
にっと笑うヨシザワサンは少しかっこよかった。
ぽんぽんと頭を撫でられて、あたしは、愛佳に触れられないのが怖い話をした。
初めて、誰かに愛佳の話をした。
「怖いって、大事な感覚だよ?」
「そうでしょうか」
「大事に思ってるから、怖いんでしょ?」
その通りかもしれなかった。あたしがうん、と頷くとヨシザワサンはニコニコ笑って言った。
「ほら、もう答は分かったじゃん」
「あたし、行きます。愛佳に伝えに行きます」
「よしいけ!ゴーゴーだ!」
ゴーゴーだ、はちょっと古い気がしたけれど、敢えて突っ込まなかった。
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:30
- あたしは走った。飴色の路地を出て、角を曲がって、もっと走る所だった。
でも、すぐ立ち止まった。愛佳がしゃがんでいたからだ。
「愛佳」
「……」
「どうしてそこでしゃがんでるの?」
愛佳は首を横に振るだけで何も言わなかった。
「黙ってたら分からないよ」
「……」
愛佳の隣にしゃがむと、愛佳は顔をあげずに呟いた。
「愛佳、狡いの」
愛佳の髪の毛に触れると、びくっと愛佳は震えた。それでも、拒否はしなかった。
ひくっひくって、愛佳は泣いていた。
何度も狡いって言葉を発しながら、顔をあげずに泣いていた。
「なんで狡いの?」
ようやくあたしは愛佳に問い返した。
狡いって言ってるだけじゃ、分からない。
確かに、愛佳は狡いタイプの人間だけど、そこまで泣かれる程狡いなんて思った事がない。
「……」
「言わなきゃ分かんないよ」
「愛佳ね」
ようやく顔をあげた愛佳はぐちゃぐちゃになりながらあたしの手を握った。
「追いかけてきてほしかってん。我侭やってん。
道重先輩と、仲良くしてるの見るのんが面白くなかった」
「愛佳、あたしは追いかけたくて追いかけてきたんだよ?」
「汚いよ。愛佳は汚い。小春に、追いかけてきてもらう資格ないん」
あたしは必死に愛佳の手を握り返した。
せめて、そうやって、愛佳に汚くてもいいって気付いてほしかった。
そういう愛佳も、あたしはなんでか嫌いじゃなかったから。
そういう愛佳がいてこそ、愛佳だと思ったから。
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:31
- 「愛佳には小春の友達の資格ない」
「愛佳?何言い出すの」
「小春の友達なのに、こんなに……」
愛佳があたしの手を離そうとした。
初めて、あの日から初めて。
あたしは慌てて繋ぎ直す。しっかりと、離せない様に。
「友達じゃなくて、いいよ」
「愛佳の事、もういらないん?」
傷ついた顔をしていた。
そうじゃないよ、愛佳。
「違う。そうじゃなくって」
手を繋ぐだけじゃ満足できなかった。
抱き締めたかった。
否。
キスがしたい。
愛佳に、キスがしたかった。
あたしには愛佳が必要だった。それは、最初は、逃げ道だったかもしれないけれど、
今はただの道で、愛佳を愛して行くという道で、そこを歩いていきたいから。
だから、愛佳を愛したかった。
- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:31
- 「愛佳の事が、スキだよ」
「嘘」
「嘘じゃない!愛佳は、前に自分があたしのモノだって、言ったじゃん」
「言ったよ?言ったけど」
「じゃぁ大人しくあたしのモノになりなさい」
「……小春」
「それとも、あたしのモノになるの、もう嫌?」
「嫌なんて、嘘でも言われへんわ」
顔を近づけると、愛佳は目を瞑った。ぐちゃぐちゃだけど、可愛い顔をしていた。
今更、ドキドキしてしまった。これで、あたし達は晴れて、恋人同士?
「愛佳、ちゃんと聞くんだヨ?」
「ん、なぁに?」
「愛佳はあたしのモノ。じゃぁ、あたしは?」
「え?」
「愛佳のモノだよ?」
「……うん」
その返事を聞いて、やっとあたしは愛佳に口づけた。
柔らかい感触が、ぞわぞわっとあたしを震えさせた、
ちょっと離してからまた口づけると、熱い吐息を感じた。
あぁ、愛佳は待っていたんだ。そう思うだけで、何度も繰り返しそうになった。
「こはっ」
「どうしたの?」
何度目かのキスの後、愛佳があたしの名前を呼んだ。
「恥ずかしいので、そろそろ……」
「あぁ、外だったか」
人通りはないものの、ここはお外。人が来ないとも限らない。
あたしが立ち上がると、愛佳は立ち上がれないみたいだった。
手を差し伸べると、顔を真っ赤にしながら、その手を握り返した。
あぁ、ほんとにあたしのモノなんだ、って思ったら、ちょっと嬉しくて、
またキスしそうになった。あたしのなんだよって世界に知らしめたかった。
- 232 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:33
- カフェに戻るべきか戻らないべきか、考えた結果、あたしは戻ると言った。
愛佳は戻りたくない様子だったけど、あたしが言ったからか、こくんと頷いた。
カフェに戻ると、出て行った時とあまり変わらず、皆お茶していた。
「お。若いのが帰ってきたで」
「ちょっと、手繋いでるじゃなーい」
「中澤さん、保田さん、やめてあげてください」
いじられても、あたしは手を離そうとはしなかった。
愛佳も、離れる素振りはなかった。多分、あたしのモノっていう言葉が聞いてるんだろう。
「ファーストキッスは、レモン味やったかい?」
「カレー味でした」
「うぉっ。今してきたんかい!」
関西弁のお姉さんが突っ込むから、えへへ、と笑うと、愛佳は真っ赤になって、
ちょっとだけあたしを睨んだ。
吉澤さんが近付いてきた。
「中澤さん、それくらいにしてあげてください」
「はいはい」
お姉さん達が去って行くと、吉澤さんはにっこり笑って、あたしの頭を撫でて、
それから愛佳の頭も撫でるか考えてやめたようだった。
「二人とも頑張ったね」
その言葉が嬉しくて、思わずよしざわさーんと抱きつこうとすると、
何時の間にか傍にきていた道重さんがあたしのおでこを叩いて、
手を握っていた愛佳が腕にしがみついて止めていた。
「はいはい。仲良き事は良き事だね。いいから座りなよね」
あんた達の分食べられちゃわない様に守るの大変だったんだから、と
真っ黒に近い色をしたチョコレートケーキを持って、こわそうなお姉さんが言った。
- 233 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:34
- あぁ、どうしよう。ここの人達は優しくて、思わず居座ってしまいそうなくらいだ。
ケーキを食べながらそんな事を思っていると、道重さんが優しい笑みを浮かべながら言った。
「いつでもおいで。ここは私の居場所だけど、小春の居場所にしてもいいんだよ?」
愛佳に喋った?と顔を向けると、愛佳は首を横に振った。
「分からないとでもおもったか。分かりやすい顔をしてる癖に」
亀井さんが隣に座ってペチンとおでこを叩いた。
田中さんもその隣でうんうんと頷いている。
あたしは泣きそうになっていた。
誰に泣きつこうか考えていたら、愛佳が先に泣いていた。
「せんぱぁい」
「小春って呼ぶとこでしょ、そこは!」
「そ、そう?」
思わず突っ込むと、愛佳は泣き笑いで、小春って呼んだ。
まるで自分の事の様に嬉しそうに。
「あいかぁ」
抱き合っていると、誰かが言った。
「はいはい。仲良き事は」
良き事だね。
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:34
-
おわり。
- 235 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/10(木) 20:41
- えへへ。やはりこはみっつぃこはみっつぃしたかっただけです。
そろそろ別のも書けと怒られそうですが、こはみっつぃブームがきてたんです。ごめんちゃい。
でもとっても楽しかったです。
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 21:51
- あーー泣いた。泣いた。
りかみき大好きだけど良いもんは良いよね。
小春もみっつぃーも可愛いよ。みんな良い子だよ。
飴色最高だわ。
- 237 名前:名無し1 投稿日:2008/04/12(土) 14:02
- 飴色の仲間にいれてほしいですw
良き仲間を良きこはみつをありがとうございました。
- 238 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/13(日) 23:43
-
東京飴色ラプソディ
第七話
風に乗れ、僕の声
- 239 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/13(日) 23:43
- 東京は、春だ。
春一番も大分前に吹いて、桜も散る程の雨も降り、もうそろそろ新緑の季節になる。
ふるさとにいた頃を思い出す。春は、もっと遠かった。
あの土地はまだ雪が降っている頃ではないか。
ふと思い立って、天気を調べると、案の定、雪が降っていた。
「梨華ちゃんて、地元どこなんだろ」
一人暮らししてるんだから、地元がここではない事も伺えた。
なんとなく、踏み込めない領域。もしかして、そこまで深い関係ではない?
まぁ、私も黙っている事は多々あるので、人にばかり言えとは言えない。
「うぉっ。もう十一時だ。寝なきゃ」
明日は朝八時には起きないといけない。
真面目に行ってなさそうに言われるけれど、私は割と真面目に大学に通っていた。
私の職業はカフェのバイターではなく、あくまで大学生だから。
久々に学校に行くのは、春休みが終ったからだ。
「寝る。寝るったら寝る」
あんまり眠くないけれど、睡眠は大事だから、私は無理矢理眠りについた。
- 240 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/13(日) 23:43
- 八時に目が覚めた私は軽くストレッチをして、外にでた。
スプリングコート、そろそろいらなくなってきたなぁ。
そう言いつつ、麻のショールを首に巻いて、大学に向かう。
大学はバスと電車に乗って、四十分くらいかかる所にあった。
バスの停留所で待っていると、バスが遠くからやってくるのが見えた。
ふるさとのバスは、一時間に一本あればいい方だったけれど、
東京はさすが、遅くとも十五分に一本はくる。
それでもバスは時間が読めないから、と、私は十一時につければいいのに、
九時半にはバスに乗る様にしていた。
ブブブと携帯が揺れる。多分、愛ちゃんだ。
『美貴、余分な五線紙持ってる? 愛』
五線紙というのは、楽譜に使うあの五線紙。
『持ってるよ。10時過ぎには学校着くかな 美貴』
ぴぴっと返信すると、愛ちゃんは素早く返信してきた。
『よかったー。生協で売り切れだったんだ 愛』
バスは案外早く駅について、私は電車に乗って降りた後にまたバスに乗って、学校へとたどり着いた。
学食に向かう途中、もうすっかり葉っぱだけになった桜の木を見つけた。
よく見ると、チューリップの花も咲き誇り、学校はすっかり春だった。
かぶる授業はいくつかあれど、一応学科が違う愛ちゃんと一番よく会う場所は学食だった。
- 241 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/13(日) 23:44
- 「久しぶりやね、美貴と会うの」
「愛ちゃん、春休み中ずっと帰郷してたじゃん」
「麻琴連れてったんよ。ガキさんに会わせた!」
「おぉ、どうだった?」
「もうねぇ、吃驚しとうよ!んで、そのまま意気投合」
「よかったじゃん」
愛ちゃんは、地元にいる幼馴染みに麻琴ちゃんを会わせたくて会わせたくて仕方なかったらしく、
二年越しでそれを実行していた。何故二年越しかというと、麻琴ちゃんが照れてダメって言ってたからだ。
「んで、ですね」
「五線紙ね、はい」
「ありがとー!助かった!」
愛ちゃんが忘れるなんて、珍しい。私が余分に持っているのも珍しい。
が、何より、生協が売り切れなのが、かなり珍しい。
それに気付いたのか、愛ちゃんはけらけら笑いながら、教えてくれた。
新学期、皆が買い求めるものだから、売り切れになってしまったらしい。
「そういえばさ、今日はバイト?」
「うん。メイスン先生の授業が終ったら、行くつもりかなぁ」
「そっか。麻琴が美貴も一緒に御飯しないかって言ってたんだけど」
「うーん。明日もバイトだな。明後日なら休みだよ」
「でも、休みの日は梨華ちゃんにあげたいしなぁ」
「や、あの人、あんま休みの日に会ってくんない」
- 242 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/13(日) 23:45
- そういえば、なんでだろう?
毎日の様に飴色で会ってるから、休みの日まで会わなくてもって事か。
でもそれって、なんか寂しい。なんか、恋人って感じがしない。
そもそも、本当に私達は恋人なんだろうか。
デートしたのも、キスしたのも数える程で、殆どが飴色で同じエプロンをつけているだけ。
デートも、デートらしいデートじゃなかった。
女の子同士っていうのは、そういうところが問題だ。
どういうのをデートっていうの?どういうことをしたら、恋人同士なの?
「愛ちゃん」
「んー?」
「どういうデートしてる?」
「大抵、オウチデートだな。
あっしんところでイチャイチャイチャイチャ……しようとすると麻琴が逃げるけど」
「オウチデートかぁ」
「ん?もしや」
「うん。行った事ない」
のけぞる愛ちゃんは、失礼だけど正直なやつだ。
ついでに、地元を知らない話題をすると、愛ちゃんは大きく溜息をついた。
「美貴、それはだめだ」
「えー、でも、聞かれなかったし、聞く機会なくてさ」
「かなりだめだ」
愛ちゃんは時計を見ると立ち上がった。もうそろそろ10時半。
彼女は授業の二十分前にはついてスタンバッているタイプだった。
「とにかく、もっと深い関係になり」
「深い関係か」
「じゃなきゃ、付き合ってるって言わん!」
その言葉は私に突き刺さった。
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/13(日) 23:45
- 付き合ってるって言わないなら、なんて言うんだ。
イイオトモダチ?それって、大分嫌な言葉だ。
今日のメイスン先生の授業も終わった。
少し暑くなってきたから、私は麻のショールを首から肩に移動させて、飴色への道を急いだ。
やはりバスに乗って電車に乗ってバスにまた乗って。行きと同じ道を四十分かけて戻った。
飴色につくと、梨華ちゃんは、何やらマスターから料理を学んでいた。
一生懸命だったけど、意外と豪快に野菜を切っていたので、まだまだマスターへの道のりは遠そうだった。
「あ、美貴ちゃん、こんばんわ」
「もうこんばんわの時間かー。遅くなってごめんなさい」
「学生の本分は勉強だからね。いいんだよ」
マスターがにっこり笑った。
私もそう思ってるので、うん、と頷いて、ショールとスプリングコートをコート掛けにかけて、バックヤードに向かった。
まだ常連さん達の来ないうちに、と、今日飲みそうな飲み物の下準備をした。
と、言っても、お酒の氷の準備と、酒や紅茶の茶葉を何種類かピックアップして置いておくだけだったけれど。
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/13(日) 23:45
- お店に出てしばらくすると、常連さん達がぞろぞろやってきた。
「今日は何にします?」
「なんかオススメの酒ある?」
「マスターが買ってきた紫蘇焼酎がありますよ」
「じゃぁそれロックで」
「私もそれ、ソーダ割りで」
「なっちねぇ、ふじもっちゃんオススメのミルクティ」
「ごとーはそれのアイスをストレートで」
「はい」
最近、オススメを聞かれる様になったのが嬉しくて、準備をするようになったら、
常連さん達はどんどんオススメを聞いてくれる様になった。
それが嬉しくて、私はどんどん勉強した。飲み物の勉強は意外と面白かった。
ミルクティに合う茶葉でストレートというと少し難しかったけれど、
予習済みだったので、パッと並んだ缶からフルーツの香りが少しする花の紅茶を取った。
ミルクをいれても香りは飛ばないけど、ストレートでアイスにすると大分香りも落ち着く。
焙じ茶とかでチャイにするのも考えたけど、今日はチャイとは言われなかったから。
二つのポットでお茶を煎れてる間に、紫蘇焼酎のロックとソーダ割りを濃いめに作る。
氷を沢山いれたグラスに片方のポットのお茶を注いで、全てのグラスやポット、カップをトレイに乗せた。
もうそろそろバイトを初めて四ヶ月以上経つ。運ぶのは大分上達した。
- 245 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/13(日) 23:46
- 満足そうにしている常連さん達を見て、ほくそ笑んでいると、吉澤さんとさゆみちゃんがやってきた。
吉澤さんは、コーチを辞めた後、真面目に勉強して、大学受験に備えていた。
体育大学の教育学科に行きたいらしい。体育教師だなんて、ものすごくあっていた。
それでも毎日飴色でさゆみちゃんと御飯を食べるのは頑なに守っていた。
ひっぱたかれたりしたんだから、当然かもしれないけど、頑張ってるなぁと思う。
「あーあぁ」
「さゆ、どうしたん?」
「今度、進路相談があるの」
「あぁ、さゆももう高三やもんな」
「大学はエスカレーターだけど、学科は自分で決めないといけないから……」
時が経つのが早いって中澤さんは焼酎を飲みながら嘆いていた。
「そこに大学生がおるやん、聞いてみたらいいで」
「や、私は、参考にならないと思います」
びしっと拒否すると、なんで?ってさゆみちゃんが聞いてきた。
「普通の大学生じゃないっつうか」
「え?藤本さんも体育大学?」
「違うし。美貴そんなに筋肉ないっしょ」
皆が注目してきたのが分かった。梨華ちゃんの包丁とまな板が触れ合う音も途絶えた。
- 246 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/13(日) 23:46
- 隠してた訳じゃないし、言ったって別に構わない話だし、恥ずかしくもなんともないし。
色々自分に言い訳して、やっと私はそれを口にした。
「音大生なんです」
「えー!見えない!見えない!」
「何科?何科?」
「ジャズ科」
「へぇ、そんな科あるんだ」
皆が興味本位で色々聞いてくるのが分かった。だから言いたくなかったのだ。
だから敢えて何も言わなかったのに。さゆみちゃんの学年を恨みたかった。
ちらっと梨華ちゃんを見ると、梨華ちゃんはハトが豆鉄砲を食らった様な顔をしていた。
そんなに吃驚する様な事だったのかな?
私がそっちを見ていると、梨華ちゃんは神妙な顔で、野菜と向き合ってしまったので、それ以上顔はあわなかった。
- 247 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/13(日) 23:47
- 結局さゆみちゃんは、私の大学が専門的過ぎて話を聞く事は出来ず、
うんうん唸りながら御飯を食べて、吉澤さんと一緒にくらーく帰って行った。
バックヤードで洗い物をしていると、梨華ちゃんが何時の間にか隣に来て言った。
「音大だから、洗い物する時ゴム手袋はめてたんだ」
「うん。荒れるとピアノ弾けなくなっちゃうしね。ボーカリスト志望だけど、必須なんだ、ピアノ」
「……じゃぁ、ジャズボーカリストになる夢があるんだね」
ちょっと暗い顔をして、梨華ちゃんが言った。
「梨華ちゃん?」
「私も、夢、あるんだ」
「へぇ、どんな?」
「……カフェ開くの夢でね」
そこまで言ってから、梨華ちゃんは黙ってしまった。
「そっか、いつかは飴色を出てくんだね」
「そうね。いつかは離れて行くんだわ」
離れて行く?私達も?
結局、深くなるような話は何も出来ず、ただ、お互いの夢を知っただけで、私達の今日の業務は終了した。
帰り道、もう寒くないから手をつなげなかった。
否、そうじゃない。
離れて行くのが怖くて、もう手がつなげなかったのだ。
- 248 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/13(日) 23:47
-
おわり。
- 249 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/13(日) 23:49
- 不穏な終りかたですが、こんな感じで。
まもなく、着陸態勢に入ります。シートベルトしといてくださいね。
>>236
ありがとーなのー!!
りかみきスキーに言われると心強いです。
えへへ。貴方に言われた最高の名に恥じぬ様これからも頑張るね。
>>237 名無し1 さん
私も入りたいです。
こっそり行って、なっつぁん達と茶飲み友達になりたい。
こちらこそ、読んでくれてありがとーです。
- 250 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/16(水) 00:48
- シートベルト準備オッケーですぞ
- 251 名前:七紙 投稿日:2008/04/18(金) 17:09
- 機長の操縦に身を任せます(;_;)
- 252 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/18(金) 22:10
- あの人の私を呼ぶ声が耳でこだまする。
どうしてだろう、それだけで、頬に熱が帯びる。
- 253 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/18(金) 22:11
-
東京飴色ラプソディ
アナザーストーリー
:口付けキラキラ:
- 254 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/18(金) 22:11
- 今日も、飴色に向かう道の途中で、吉澤さんに会った。
新緑の木の下で、これからカフェに行くというのに、ペットボトルのお茶を飲んでいた。
「吉澤さん、これから飴色行くのに、また飲んでるの?」
「うーん。なんか口寂しくてさ」
吉澤さんは隣を歩く時、手をひらひらとさせる。
だから、私はその手を追いかける様に手を繋ぐ。
「ねぇ、吉澤さん」
「ん?」
「さゆみの事呼んでみて?」
「……さゆ?」
「ブー」
私は、吉澤さんがさゆみって呼ぶ声がスキだった。
叱られる様に言われたって、ドキドキした。
さゆって呼ぶ人は沢山いるけど、さゆみって呼ぶのは吉澤さんだけ。
時々しか呼んでくれないのが癪だけど、時々だから喜びも倍増だった。
仕方ないので、話を変えた。
「さゆね、今日やっと学科決めてきたよ」
「へぇ、何科に進むの?」
「えーとねぇ、国文科」
最初、体育大学の教育学部って言ったら、先生に大笑いされてしまったんだけど、それは内緒だ。
「国文科かー。将来の夢、決めたの?」
「ううん。大学に上がってから決めても遅くないかなって」
夢は『吉澤さんの』限定で、お嫁さんなんだけど、本人にはまだ言えない。
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/18(金) 22:12
- 飴色に近くなると、吉澤さんはいつも心をざわめかせる様だった。
キュッと手を強く握ってきたし、笑みが不自然だった。
「吉澤さん?」
何も分かってない振りをして、問い返すのも大変だ。
「ん?」
それなのに、吉澤さんはいつも、何気ない顔に戻ってしまう。
飴色に続く一本道に入ると、吉澤さんはいつも自然と手を離す。
無意識なんだと思う。否、思いたいだけかもしれないけれど。
うっかり忘れてしまいそうだけれど、吉澤さんは、去年末ママに振られている。
ママも吉澤さんもそれを見せないでいるから、うっかり、忘れてしまいそうになるけれど。
重要だったのは、振られた事ではない。吉澤さんが、ママをスキだった事だ。
「吉澤さん」
「ん?」
「飴色で何食べようか」
「ん?いつもおまかせにしてるじゃない?」
「そうだけど、たまには、スキなものリクエストしてもよくない?」
「うーん。そうだね。何食べたい?」
吉澤さんは私に優しい。
それってもしかして、負い目があるから?
「吉澤さんは何が食べたいの?」
「うーん。鍋?」
「鍋はさすがに出ないと思うの」
「じゃぁ、オススメを聞いてみようよ」
それじゃ、おまかせと変わらない。
変わらないのが分からないくらい、吉澤さんは緊張してる様だった。
ねぇ、じゃぁなんで私の手を握ったの?なんであの時約束したの?
そう問いかけたくなったけど、できなかった。
それだけ、私は吉澤さんがスキだった。
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/18(金) 22:12
- ガタガタと音を立てて飴色のドアを開けると、小春とみっつぃがいた。
「ほら、ほっぺにご飯粒」
「とってとって」
顔を赤くしながらご飯粒をとっているみっつぃは愛らしかった。
そのままご飯粒は小春の口の中に消えて行く。唇に触れたのが恥ずかしいらしく、
みっつぃはその指をもう片方の手で握って俯いた。
なんだそのラブラブっぷりは。
呆れて見ていると、私を見て慌てている小春の姿が見えた。
みっつぃがちょっと面白くなさそうな顔をすると、小春はえへって笑ってごまかした。
ママがチョコレートを二人にあげていた。板チョコを割った形をしていた。御裾分けらしい。
ここは、小春の居場所になったみたいだった。
小春の居場所がどこかにできればいいと思っていたから、とてもそれは嬉しかった。
私がテーブル席に座ると、吉澤さんは前の席に座った。
四人がけだから、横に座ったっていいのに。
「おかえり、さゆ。吉澤さんも、いらっしゃい」
「ただいま、ママ。あれ?藤本さんは?」
「……忙しいみたいよ?」
聞いちゃいけない事を聞いてしまったらしい。
私はふーんと流して、敢えて聞いてみた。
「ねぇママ、お鍋とか、出来る?」
「さ、さゆ?!」
「うーん、マスターに聞いてみるね」
「ありがと、ママ」
ママが去った後、吉澤さんは少し面白くなさそうに、さゆみの名前を呼んだ。
「冗談が過ぎるんじゃないの?石川さんだって困るでしょ」
「……マスターが困るんじゃないんだ?」
「さゆみ」
ぞくっとした。その声で呼ばれるのがたまらなく嬉しかった。
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/18(金) 22:12
- 十分後、吉澤さんと私は目をまんまるにしていた。
なんで、なんで、こんな事になったんだろう。
四人テーブルを二つくっつけて、椅子を周りに集めて、
まだまだ食べそうな小春と、もうお腹一杯そうなみっつぃと私と吉澤さんとママとマスターで、
なんと、鍋を囲んでいた。
「鍋……」
「ちょうど最後の時期だと思ってたんだ」
マスターが嬉しそうに言った。あまりにニコニコしてるから、当てつけで言ったなんて言えず、
私はにっこり笑い返して、豆乳カレー鍋をよそってもらった。
席移動して隣に座った吉澤さんを見ると、ママによそってもらって、少し照れてるみたいだった。
なんだか面白くなかったから、それ以降、ずっと私はマスターや小春達とばかり話していた。
ママにも時々話しかけたけど、吉澤さんには絶対話しかけなかった。
シメはなんとインスタントラーメンだった。
意外にもこれが、ヒットで、さすがマスター!って感じに褒め奉ってると、
マスターはニコニコしながら、冷蔵庫からデザートを取り出しに向かった。
ママも一緒にバックヤードに行くと、吉澤さんは一人になった。
「さゆ」
「……」
「何に腹立ったか知らないけど、無視しないのね?」
「べつに無視してないもん」
「してる」
会話を聞いて、喧嘩してるのが分かったのか、小春とみっつぃは何時の間にか、バックヤードに避難していた。
「……」
「さゆ、私、なんかしたかな?」
「……」
「さゆ、教えてよ。こういうの苦手だよ」
吉澤さんが私の手を握った。優しく優しく握るから、勘違いしそうになる。
あぁもうこういうの嫌だ!
そう思って、思わずその手を振りほどいた。
「さゆ……」
吉澤さんは傷ついた顔をしていた。
「傷つくのはこっちよ!吉澤さんのバカッ」
「バカって言ったって、わからないんだから、せめてヒントだけでも教えてよ」
吉澤さんは困ってしまった様だった。
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/18(金) 22:13
- バックヤードからは誰も出てこない。
「……さゆみ?」
「なんで、今さゆみって呼ぶのよぉ」
「な、なんでって」
その呼び方で呼ばれたら、言うしかないじゃない。
「吉澤さんはずるい。まだ、ママに未練があるくせに!」
「ないよ!」
「あるの!いっつも、飴色の前の道で手離すし!ママと話してる時照れてるし!」
さっきだって。さっきだって、鍋よそってもらって嬉しそうにしてた。
私が堪えきれず涙を流し始めると、吉澤さんはうーんと唸りながら教えてくれた。
「あのね、まず、飴色の前の道で手を思わず離してしまうのは、
常連さん達が見てるって思うと照れくさいからで」
「え?」
「あと、石川さんはさゆみのママなんだから、ちょっと照れくさい事くらい了承してください」
「……吉澤さん」
吉澤さんが、私の手を握った。優しかったけど、少し強引に。
ドキドキした。このままキスしてくれたらいいのにって思った。
「ねぇ、ホンットに未練ない?」
「さゆみ?」
「じゃぁ、ここでキスして?」
吉澤さんは大人の意地を見せて、私の顎に手をかけて唇を近づけた。
私が目を瞑ったのと、ドアが開いたのは同時くらいだった。
「藤本ー!今日のオススメはなんやねん!」
「あれ?他の子達は?」
「てか、何しようとしとん?」
目を開けて、視線だけ動かすと、常連さん達がやってきていた。
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/18(金) 22:13
- パッと離れると、離れるのを待っていたかの様にマスター達がバックヤードから出てきた。
ママをこっそり見ると、微笑まれた。小春達を見るときゃーきゃ−言っていた。
「あー!鍋の残骸!」
「えー、豆乳カレー鍋、しちゃったのぉ」
「残り物野菜で食べちゃった」
「ずるいよー」
「まぁまぁ、お腹空いてるなら、パスタでも作るからさ」
「鍋がよかったのに」
安倍さんが拗ねていた。
後藤さんも一緒になってブーブー言っていた。
にやにやしてる中澤さんと保田さんの事は気にしないでおこうと思った。
「か、帰ろうか」
「さゆみの事、送って行きますね」
ぎくしゃくぎくしゃくしながら私達は飴色を出て、そのまま曲がり角まで歩いた。
曲がり角を曲がった後、私達は大笑いした。
「吉澤さんのあの硬直っぷり!」
「さゆみだって笑顔凍ってたよ?」
ひとしきり笑っていると、自然と目が合った。
「さっき、なんて言った?」
「え?」
「ここで?」
「キス、して」
最後の方はもう言えてなかった。唇を奪われていたから。
ねぇ、どこででもキスして?あんな風にからかわれても、キスして?
そうしたら信じられる気がするから。貴方の事信じさせて?
「私もさゆみに不満があるんだ」
「えー! 何?」
「さゆみはいつまでたっても、吉澤さん」
ひとみさんと呼ばれたいですって言われた。
ひとみさん、って呼ぶと、呼び終わる前にまた口付けされた。
ねぇ、私達、どっからどうみてもバカップルだね。
それがなんだか、とてつもなく嬉しかった。
- 260 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/18(金) 22:13
-
終わり
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/18(金) 22:26
- さゆよしこうしーん。りかみきの続きはもう少々お待ち下さい。
>>250
もうちょっと、そのままで。
>>251 七紙さん
安全運転しますので、宜しくお願いします。
- 262 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/18(金) 22:26
- うぉ。名前いれ忘れた。。orz
- 263 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/18(金) 22:34
- ぐわー、たまらんですねこれは…
- 264 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/25(金) 22:04
- 上を見上げたら、満天の星。
あの星みたいな夢を見ていた。
私も、そしてあの人も。
でも、星と星は遠くて遠くて、いつかあの星にたどり着いたら、
もう会えないんじゃないかと思った。
あの星にたどり着いたら、もう、会えないんじゃないかと。
- 265 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/25(金) 22:04
-
東京飴色ラプソディ
第七.五話
星空の庭
in a garden of dreams
- 266 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/25(金) 22:05
- 美貴ちゃんは、春になってからなかなかバイトに入れなくなった。
四年になって三年時の倍以上に忙しいみたいだった。
そういえば、三年の時も、学校がある時は週に一回か二回、
バイトに入ってるくらいだった。
春休みが変だったのだ。春休みも、でも思い返せば、
一週間に四度くらいしか入らなかったのは、
もしかしたら、学校関連で忙しかったのかもしれない。
音大生だなんて、知らなかった。
もしかしたら、もっと知らない事沢山あるのかもしれない。
「……謎だわ」
「藤本が?」
「うん。私、美貴ちゃんの事、何も知らないんだわ」
「石川、他人の事言えるの?」
「……言えない」
私だって、過去の話をした訳じゃない。
別に、する様な過去がある訳じゃないから、しなくてもいいんだろうけど、
それでも、なんで上京したかくらいは言うべきだったのかもしれない。
でも、ユメを言い合ったとして、私達の距離は変わったの?
そんな訳なかった。星と星は、何千光年も離れてる。
そこにたどり着いてしまったら、きっと。
- 267 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/25(金) 22:05
- 美貴ちゃんの事、もっと知りたい。
でも、キズは浅い方がいい。
これ以上好きになって、これ以上傷つくのは嫌だった。
外は雨。
よく、雨の日は音がこもるってマスターが言ったけれど、こもって聞こえた事はなかった。
もしかしたら、美貴ちゃんはわかってたのかな?
「あーぁ」
「どうした?」
「なんか、空しい」
「そう? これからだと思うけど」
「寂しい」
「それも恋の醍醐味だと思うけど」
「マスターは私よりずっとポジティブなのね」
「マイナスに考えるより、ずっといいと思うけど」
そりゃそうなんだろうけど、でも、なんだか胸が張り裂けそうで、
これ以上彼女を見ていたら、ホントに張り裂けても不思議はないくらいだった。
『それこそが恋、でしょ?』
そう思ってる自分がいた。
誰か、スキになってくれる人をスキになろうと努力してるより、ずっと心に正直だ。
- 268 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/25(金) 22:06
- 私には、未来がY路地に見えていた。右にはカフェという道があり、左には音楽という道がある。
進めば進むだけ、お互いが見えなくなり、進めば進むだけ、声が聞こえなくなる。
そういう風に見えていた。
「はよーございまーす」
「お。きたきた。久しぶり」
「ホント、入れなくてすみません」
二週間ぶりにやってきた美貴ちゃんと目が合った。
反らしたら、美貴ちゃんは不機嫌そうに私の名前を呼んだ。
「な、なに?」
「なんかあるの?音大生じゃいけない理由」
「何の事?」
「音大生だって聞いた途端、目を合わせようともしないなんて」
リカチャンラシクナイ、と言われて、なんとなく、カチンときて、言い返す。
「じゃぁ、私らしいって何よ」
「思ったらすぐに言い返してくる。卑怯な事はしない。
それくらい、たかだか数ヶ月の付き合いだってわかるよ」
さっきまでの怒りはどこへやら、私は嬉しくてうふってつい笑ってしまった。
「喜んでる所悪いけど、私は怒ってるよ?
誰だったっけ? 昔、私に言ったよね」
再現するかの様に、美貴ちゃんが言った。
「梨華ちゃん、怒るんだったら理由くらい言いなさい? 卑怯じゃない」
言い方までマネするものだから、私もなるべくなさけなーく言い返した。
「ごめんなさぁい」
「ちょ、美貴、そんなに情けなく言ってないし!」
素早く突っ込みをいれる美貴ちゃんがスキだった。
空しいなんて、言ってごめんね。
さよならしてでも、美貴ちゃんの夢、応援するからね。
でも、それは言わなかった。なんとなく、美貴ちゃんは夢を諦めそうな気がしたから。
自惚れでなければ、だけど。
- 269 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/25(金) 22:06
- 思い出すのは、両親の事だった。
小さな頃に離婚した理由を、母は、父の足かせになりたくなかったと言っていた。
父の夢を応援したいから、と、別れたと言っていた。
子供ながらに衝撃だったのを思い出す。
母にとって、一緒に何かを夢見るのが、結婚ではなかったのだ。
「美貴ちゃん」
「ん?」
「……なんでもない」
「何よ」
「ドリンク作るの上手になったよね」
「そりゃ、もう何ヶ月だ?」
ベテランとまではいわないけど、って笑う美貴ちゃんには夢がある。
私にも、譲れない夢がある。
だから、私は、離れて行くのを止められない。
……本当にそうだろうか。
本当に、一緒に夢は見られないものだろうか。
どうしたらYになってるだろう道を、直線にできるだろうか。
それからの日々は、そればかりを考えていた。
美貴ちゃんは相変わらず、忙しいらしく、あまり店に顔を出さなかった。
寂しいと思ってるけど、電話もできなかった。
忙しいのわかってるのに、電話したら、悪いと思ったから。
もしかして、これこそが、足かせという言葉の意味なのかもしれない。
この、寂しいとか、かまって、っていう思いを我慢している事こそが、
足かせになっている事なのかもしれない。
どうしたら、いいんだろう。
どうしたら、私は、自分の夢を叶えつつ、美貴ちゃんの夢を叶える事を願えるだろう。
それはやはり、別れを意味しているのだろうか。
- 270 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/25(金) 22:06
- −−星の輝く庭にいた。色んな星が輝いていた。
べつの人の星も混じっている様で、持ち上げると、光を失った。
広い広いその庭で、美貴ちゃんが星を持ち上げては置いていた。
私には気付いてないみたいだった。
私も星を持ち上げた。光らなくなる星を置いて、また違う星を持ち上げる。
何度か、試した後に、光り続ける星を見つけた。
美貴ちゃんがやっと私に気付いた。
私は、その星を美貴ちゃんに差し出した。
美貴ちゃんが星を受け取ると、その星は光ったままだった。−−
はっと目が覚める。
起き上がって、時計を見ると、ちょうど四時半頃だった。
もうすぐ夜明けだ。
冷蔵庫のお水を求めて歩き出すと、カーテンの隙間から、星空が見えた。
「美貴ちゃん……」
きっと、夢は星。星は、夢。
あの夢が正夢だったら、私達は、一緒にいられるの?
- 271 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/25(金) 22:06
-
おわり
- 272 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/25(金) 22:08
- さてさて、小さいですが、更新でつ。
>>263
ありがとごじゃいまーす。書いててもたまらんかったです。でへ。
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/25(金) 22:54
- 更新ありがとうございます!
んー続きが楽しみだ。
- 274 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:38
- 親友ってなんだろう。恋人ってなんだろう。
どっちがより大切って訳でもなく、どっちか選べる訳もなく。
私の親友が好敵だと、彼女が言った。
焼きもち焼いちゃうくらい、仲良しだねって。
でも実は私も親友の彼女に焼きもち焼いてる時があったりして。
そんな事言ったら、横にいる人泣きそうだから、言わないけどさ。
- 275 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:39
-
東京飴色ラプソディ
アナザーストーリー
うららか春色びっくり箱
- 276 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:39
- 「なぁ、麻琴」
「ん?」
「美貴が悩んでるん、知ってんのに、力になれない」
「うーん……」
麻琴は少し悩んでから、答えた。
「でも、進路って自分が決めないといけないじゃん?」
「私が早々に決めたん、きっと気にしてる」
「うーん」
またしても悩みだしてしまって、結局答えはでてこなかった。
四年になって、突然という訳じゃないけれど、結構忙しくなった。
麻琴とは十日ぶりのデートだ。麻琴の事も色々聞きたかったけど、
どうしても、どうしても、美貴の事が気になった。
「そういえばさ、コーチ変わった」
「えー!」
「新学期開けてみたら、やめてた」
「まじで?」
「おおまじです」
今度のコーチ頼りなくってな、と、弱った様に麻琴が言った。
どこかに行くあてもなくぶらぶらする事、三十分。
その間、美貴って言葉は何度口から出ただろう。
そして、ついに、麻琴がキレた。
「私じゃなくて、藤本さんと会ってくれば?」
「酷い!」
「酷いのはどっちよ!」
そりゃ、私が悪い。私が悪いのはわかってるけど、心配でたまらないのだ。
いつも、悩んでたら教えてくれたのに、悩んでる事すら隠してる。
舞台で食べていく為に本格的に動き出した私に、美貴の悩みは愚問だとでも思っているのだろうか。
私だって悩んだ。食べていけるだけの実力があるか、とか、そういう根本的なところから、
具体的に動きだすとしたら、まで、幅広く悩んだ。
だから、ちょっとでも解決の糸口を、見つけられるなら、私にも聞いてほしかった。
その事ばかり考えていたからか、麻琴まで怒らせて、私って、ホント、ダメだ。
- 277 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:40
- 「愛ちゃん?愛ちゃん!」
「ダメやねぇ、あっし」
「ダメじゃないよ、もう、仕方ない人だなぁ」
何時の間にか、頭を撫でてくれている麻琴がいた。
「まことぉ」
抱きつくとあわあわして、それでも撫でてくれる麻琴が大好きだった。
麻琴は、ぽんぽんと頭を撫でながら提案してくれた。
「コーチの通ってるカフェ、この近くらしいんだけど、行ってみる?」
「え?いく!いく!」
美人だと噂のコーチは、美貴みたいにカフェの店員さんがスキだった。
ぞっこんだって、麻琴が言っていたのは、大分前だけど、
もし、美貴みたいにうまくいってたら、素敵だなって、思っていた。
「じゃぁ、仲直りね」
「はい、仲直り」
小指と小指を絡める姿は、街行く人には仲良しな親友同士に見えるかもしれない。
残念。親友は別にいるのだ。
その親友の悩める姿に心を痛めてはいるけれど、
されとて、目の前の楽しそうな物に食らいつかない訳がない。
私は、麻琴の腕に絡まり歩きながらふんふん鼻歌なんて歌ってしまっていた。
麻琴がちょっと呆れている気がしたけど、もしかしたら何も考えてないかもしれない。
そういう人だ、麻琴って。
- 278 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:40
- カフェの前に立った私は、既視感を覚えていた。
来た事ない筈なのに、なんとなーく、なんとなーく、懐かしい気がしたのだ。
その事を麻琴に告げるとあはは、と笑われた。
「きっと居心地のいいカフェの証拠だよ、それ」
「そうなんかなぁ」
そそくさと麻琴が入ってしまったので、結局、私はカフェの名前も見ずに、
扉の向う側にやってきた。中を見るだに、来た事のない新しい感じと、
どことなく感じる既視感に、少し目眩を覚えた。
白い壁と、フローリング、焦げ茶の革張りのソファ、カウンタ席は背もたれがついていた。
「いらっしゃい」
綺麗な女の人が、カウンタの向う側でにっこり微笑んだ。
私達とその女の人以外は、誰もいなかった。
それもまた、既視感を覚える。
「愛ちゃん、ソファ席スキだよね?」
「うん」
「ここ座ってもいいですか?」
「お好きな席へどうぞ」
ソファに座っていると、その女性はカウンタから出てきて、お水をだしてくれた。
「お決まりの頃、伺いますね」
メニューを見ると、飲み物も食べ物もやたらとメニューがあった。
ブレンド、って言葉を思わず探す。案の定ない。
でも、カフェってブレンド置いてない所多いし、と考え直す。
- 279 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:41
- 結局、私は、おひるを食べてない所為もあって、菜の花とベーコンのグラタン風リゾットを頼み、
麻琴はパンプキンクリームソースハンバーグを頼んだ。
お水にレモンの香りがしたので、私達は食後に温かい飲み物を頼む事になった。
「今、私、一人なので、少しお時間頂いちゃうんですけど、いいですか?」
「あ、はい。全然大丈夫です」
全然、は、否定系に使うのが普通だって前に訂正したら、
麻琴が、『コンちゃん』からそう使うよりもっと前は肯定系に使っていたんだよとか、
そんな情報を仕入れて、それがきっかけで大げんかしたなぁとか思い出した。
「愛ちゃん、どうかした?」
「ううん、全然で、喧嘩したなって」
「愛ちゃん、一ヶ月くらい音信不通になったよね」
「だって、怒りがおさまらなかって」
クスクス笑っていると、ジューと音が聞こえてきた。
カウンターの中から美味しそうな匂いが漂ってくる。
がたん、とドアの開く音がした。
色素の薄い女の人が入ってきた。やたら綺麗で、外人ぽい空気が漂っていた。
いかにも、お洒落なカフェにきていそうだった。
そう思っていたら、麻琴がめちゃくちゃ笑顔で彼女に向かって手を振った。
「コーチ!きちゃいました!」
「おぅ、麻琴。だから、もうコーチじゃないんだってば。あ、例の彼女?」
「はい!って、違う人と来てたら気まずいじゃないですか」
聞き捨てならない事を言っていたけれど、それよりも、この綺麗な人が、
鬼コーチだっていう事の方が信じられなくて、私は目をきょとんとさせてしまった。
- 280 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:41
- 「あれ?今日マスター一人ですか?」
「買い物にね、いってもらっててね。何か食べる?飲む?」
「あ、えーと、彼女が来たら、頂きます」
「はい。了解」
彼女って、もしかして、カフェの店員さんだろうか。
コーチは無事に彼女と付き合えたのだろうか。
なんとなく、運命を感じて、私はつい、コーチに聞いてしまった。
「コーチ、カフェの店員さんと付き合ってるんですか?」
「コーチって、もうコーチじゃないよ……って、え?なんで知ってるの?」
「やっぱり、お付合いしてるんですね!」
キラキラした顔をしているだろう私。あちゃーって顔をしている麻琴。
麻琴を少し睨んだ後、申し訳なさそうな顔をしているコーチ。
「いや、カフェの店員さんとは付き合ってないよ」
「……ごめんなさい」
嫌な事を聞いてしまった様だったので、謝ると、コーチは許してくれた。
この人が鬼コーチだなんて、本当だろうか?随分、優しい人に見える。
「マスター、ひとみさん、来てる?」
「きてるよ」
「おかえり」
「ただいま、ひとみさん」
なんと、これまたお人形さんみたいな人が現れた。
コーチがにっこり笑ってるのを見ると……もしや、妹?
「これ、前にコーチしていた時の生徒の麻琴。んで、その彼女の……えと」
「あ、高橋愛です」
私が遅まきながら、自己紹介すると、カウンタの中で咳き込む音が聞こえた。
花粉症だろうか。少し不憫に思えた。
コーチもちょっと涙目になっていたので、花粉が舞い込んできたのかもしれない。
「あ、こ、こんにちは。私は、うーん、コーチ!コーチの……彼女の、道重です!」
敢えて、ウィンクしてまで教えてくれているのに、
下の名前を教えてもらえなかったのは、何か事情があるのだろうか。
道重さんはコーチの隣の席に座って、足をぷらぷらさせていた。
- 281 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:42
- 私は自分の頭の中でまとめた。
カフェの店員さんとは付き合っていない。
そして、目の前のこの人が彼女で、道重さん。
「ねぇねぇコーチィ」
「だからもうコーチじゃないんだってば」
麻琴がかまってかまってとコーチに話しかける。
いっそ同じテーブルになればいいのに、とすら思える程私は置いてけぼりだ。
それでも、既視感溢れるカフェは居心地がよかった。
でてきたグラタン風リゾットは想像ではドリアだったのだけど、
なかなかどうして、リゾットが中に入っていて美味しかった。
麻琴のハンバーグも味見させてもらうと、
カボチャのクリーミーなソースと、デミグラスソースの辛みが合わさって、
ボケすぎず、はっきりしすぎず、絶妙な味わいだった。
彼女がきたら頼むと言っていたコーチと、その彼女は、
メニューを見る訳でもなく、私達を見てニヤニヤクスクス内緒話をしていた。
やがて、カウンタの中でまだ動いている女性が、どんぶりを二つ持って出てきた。
「はい、春の天丼・カレー塩風」
「わー!もしかして、小エビと空豆の掻き揚げ?」
「昨日食べたがってたから。ふきのとうとかは、
天ぷらにすると苦みがおさまるから、試してみて、ダメだったらこっちにあげなさい」
「はーい」
道重さんが嬉しそうにお箸をもって、頂きますをしていた。
あれ?と、そこで気付く。メニューに、天丼なんてあったっけ?
パズルの破片の様に、自分の中で何かと何かが彷徨っていたけれど、
あいにく、繋がりはしなかった。
- 282 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:43
- リゾットとハンバーグを食べ終えて、ホットのドリンクを頼もうとした時だった。
ガタンとドアが開いた。大きな紙袋を抱えて、女性が入ってくる。
「おかえり」
「ただいまでーす。って、お客様が!いらっしゃい」
ちょっと色黒だったけど、可愛らしい人だった。
ニコニコしてるところとか、細いのに大きな紙袋を片手で抱えてるところとか、
私は結構好きなタイプな気がした。なんとなく、予感だけど。
「飲み物、食後にお聞きする約束だから、とりあえずそれ置いて、お聞きしてくれる?」
「はーい。ちょっと待っててね、すぐいくわ」
本当にすぐにその人はやってきて、メニューを渡してくれた。
「麻琴、何にする?」
「うーん、沢山あるねぇ……オススメってありますか?」
ドキッとした。なんでドキッとしたかまではわからなかったけど、とにかくドキッとしたのだ。
その人はちょっと嬉しそうに、オススメを教えてくれた。
「この季節だったら、もうすぐおしまいだから、ストロベリミルクティとかどうかしら?
コーヒー系だったら、マシュマロモカっていうのもあるんだけど。
あとはー、日本茶系だったら、梅煎茶っていう手もあるわね」
「じゃぁ、マシュマロモカをください」
「……じゃ、じゃぁ、梅煎茶を」
「はい、じゃぁちょっと待っててね」
ニコニコ笑う彼女はとても朗らかで、好印象だった。
オススメを沢山羅列してもらっておいてなんだけれど、
好印象ではあるものの、若干うざったいタイプにもみえた。
そういえば、ここは、コーチのスキだった人が働いているお店。
もしかして、あの人が?
「愛ちゃん、聞いちゃだめだよ」
「え?顔にでてた?」
「さっきからずっとでてた」
「あの人が?」
「さぁ?」
きっと麻琴は答を知っている。知っておきながら、黙っている。
でも、今それを聞く事が出来ない事ぐらい、私にもわかったので、黙った。
- 283 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:44
- 梅煎茶は、ポットで出てきた。
「もう茶葉は抜いてあるから、濃くならないので安心してね」
この人はどこまで笑顔でいられるんだろう。少し疑問に思える程、その人は完璧な笑顔だった。
私は口を開いたらその話をしちゃいそうで、それをわかってるのか、麻琴も何も話し出さず、
私達は重い沈黙を守っていた。
ドアがまた開いたのはその時だった。
ドアを開けた人物と、私はお互い目を点にしていた。
「あれ?」
「え?なんで?」
なんと、そこには美貴が立っていたのだ。
「なんで、ここにおるん?」
「なんで、ここにいんの?」
同時に話しかける。コーチと道重さんがブッと吹き出すと、カウンタの中のお姉さんも堪えきれずにクスクス笑っていた。
麻琴も大爆笑している。それを聞きつけて、裏にいた色黒の女性もでてきた。
「何?なんでみんな笑ってるの?あ、美貴ちゃん」
「ちょ、調べたの?」
「え?何を?」
「や、梨華ちゃんじゃなくって」
梨華ちゃんて聞こえた。美貴の大事な梨華ちゃんは、もしかしなくても、
好印象だけどちょっとうざったいなと感じてしまったこの人なのだろうか。
そういえば、うざい、って美貴が言っていた。
そういえば、美貴の話す『飴色』はこんな内装だった。
美貴の話していた通りのマスターだった。
美貴の話していたのと同じで、常連さんがおまかせで物を食べていた。
- 284 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:44
- 「あー!やっとさゆ、自分の事さゆって言える!」
「なんで?え?何?」
梨華ちゃんだけがわかっていない。私は立ち上がって梨華ちゃんに近寄ると、手を差し出した。
「初めまして、高橋愛です」
「貴方が愛ちゃん?え?なんで?」
「えーと。その」
その後、説明するのは、至難の技だった。
- 285 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:45
- とにもかくにも、梨華ちゃんと出会ってみて、わかったのは、
亜弥ちゃんとは全然違うタイプの人な事。きっと悪戯に美貴の心を乱したりしないだろう。
それだけが気がかりだったから、安心できた。
帰り道、麻琴に問いつめると、麻琴は知っていてやった事を告白した。
「麻琴のバカッ」
「えー、大成功だったじゃん」
「え?」
「愛ちゃん、梨華さんに焼きもち焼いてたから、普通に会ったら、きっともっと先入観あったよ」
どうしてこうも、考えていなさげなくせに、考えているんだろうか。
「愛ちゃんはわかりやすすぎるんだよ」
むっとくる事をいわれて、十五分程口を聞かなかったのは、いうまでもない。
- 286 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:45
-
おわり。
- 287 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/27(日) 01:48
- 先に、おがたかを着陸させてくださいね。
専ブラデビューです。とっても楽ですけど、間違えてないか不安です。
専ブラデビューしたら、名前欄の所にうざいくらい自分の名前が反映されてることに気付きました。
すみません。でもいちいち名前欄を記入したりしなかったりは面倒なので、これで行きたいと思います。
>>273
続く前に、これが通ってすみません。
こちらこそ、読んで下さって有難う。
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/27(日) 23:17
- この2人の登場をずっと待ってました
満足です
- 289 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:12
- たかだか半年くらい前、貴方に出会った。
それが、何年もの間にすら思える程、愛しい短い日々。
ねぇ、飴色の歌を、聞いていますか?
極上の歌を、聞いていますか?
- 290 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/30(水) 01:13
-
東京飴色ラプソディ
最終話 前編
空高く舞い上がれ
〜Dreaming Marble〜
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:13
- 四年生になって、三年の比ではなく忙しくなった。
否、三年の時が忙しくなかった訳ではない。
ただ、三年の最後に学業を少しだけおろそかにしていたツケがまわってきたのだ。
「あー」
「美貴、おつかれやね」
「愛ちゃんは疲れないの?」
「ていうか、これが日常、みたいな?」
「そうだったっけー」
「美貴が忘れてただけっしょ」
カフェラテを飲みながら愛ちゃんはうんうん、と頷いた。
愛ちゃんは手帳を見て、オーディションの日程を確認していた。
「愛ちゃん、何カ所目?」
「えーと、十カ所目」
「決まるといいね」
「ここが本命だから、受かってくれるといいんやけど」
愛ちゃんは、遊園地内のステージのオーディションやら、
ミュージカル系の劇団のオーディションを受けまくっていた。
最終的には、フリーになって活躍するのを前提に、今は勉強を継続する事を選んだ様だった。
「私は、まだどうするかすら決まらないなぁ」
「……見つかるでよ、きっと」
愛ちゃんは私の肩をぽんぽんと叩いた。
愛ちゃんが気にしてくれているのは、ずっとずっとわかっていた。
それでも、相談できなかった。
夢に向かってひたすら突っ走ってる愛ちゃんに、今更聞けないのだ。
『どういう夢が、私の夢だと思う?』
なんて。
- 292 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:14
- 困った事に、私はジャズボーカリストとして、一人でやっていくだけの力がまだなかった。
本当は、コンクールで優勝したり、地道に営業とか回ってフリーになる力とコネをつけていくのが、
ボーカリストとしては、正当な道なんだろうけど、私はそれをしてこなかった。
地道な営業は、向いてないのがわかっていたし、
コンクールは亜弥ちゃんとの差を見せつけられて以来、避けて通っていた。
音楽教室の先生、という手もあるのだけど、教えるとか真面目に向いてないと思う。
つまり、私は、宙ぶらりんなのだ。
「そういえば、石川さん元気?」
「こないだまで梨華ちゃんて呼んでたのに、どうしたの?」
「いや、知り合いになっちゃったし」
「ふーん」
「で、元気?」
あれ以来、会ってない。そう言ったら、仰け反られた。
「な、な、なんで?!」
「学校が忙しくて」
「でも学校は夜は終るやろ」
「……自主練とか」
「要するに、行きたくない訳?」
見透かされて、ドキッとする。
愛ちゃんは大袈裟に溜息をついて、私の顔の前で人差し指を動かした。
「その内、ダレかに取られちゃうで」
「その心配はしてないけど……」
「のろける前に、ちゃんと安心させたげてよ」
安心。安心てなんだろう。
どうしたら梨華ちゃんは安心するんだろう。
そもそも梨華ちゃんが不安なのかすらわからないのに、
それでも私は愛ちゃんに言われるがままに、飴色に足を運んでいた。
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:14
- ガタピシと飴色のドアをあける。久々に味わう感覚。
白い壁も、茶色いソファも懐かしく感じた。
「藤本、久しぶり」
「お久しぶりっす」
ダレも来ていなかった。
梨華ちゃんは?と聞くと、バックヤードにいるよ、ってマスターが教えてくれた。
バックヤードを覗くと、私に背を向けたまま、梨華ちゃんが何かしていた。
「いらっしゃいー」
「いや、客じゃないし」
「美貴ちゃん!小春ちゃん達かと思ったわ」
最近、やけにバックヤードに入り込むから。と、梨華ちゃんは微笑んだ。
私は、その顔を見て、すごく幸せな気分になれた。
変な意地等張らずに、どんだけ忙しくても、飴色にくればよかったのだ。
「美貴ちゃん、どうかしたの?」
「ううん、ごめんね、梨華ちゃん」
「なんで?」
「美貴、梨華ちゃんに避けるなって言ったくせに、自分が避けてた」
私がそう言うと、梨華ちゃんはぽんぽんと私の頭を撫でた。
「でも来てくれたんでしょう?」
「会ったら、避けてたの、馬鹿みたいって思った」
「それだけで嬉しいわ」
思わず抱き締めると、背中に梨華ちゃんの手が回る。
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:15
- 涙が出そうになった。なんで、こんなにスキなんだろう。
「梨華ちゃん、スキだよ」
「うん、知ってる」
「梨華ちゃんは?」
「大好きよ」
ちょっと離れると、梨華ちゃんがチュッとキスをしてくれた。
驚いている私に、梨華ちゃんはふふんと勝ち誇った顔をしていた。
「梨華ちゃんて、時々大胆だよね」
「そう?」
何してたの?って聞くと、フォークとナイフとスプーンとお箸のセットを作っていたと答えられた。
そういう小さい仕事、最近は私の仕事だったのに、来なかった間、梨華ちゃんがやってくれてたんだ。
そういえば、梨華ちゃんは、カフェを開くのが夢だって言っていた。
それも、カフェには必要な作業だった。
小さい一つ一つが、夢に向かっている梨華ちゃん。夢を模索中の私。
大分違う気がして、私はそのまま離れた。
ちょっとだけ、不満げな顔をした梨華ちゃんは、それでも、そのまま離れた。
「梨華ちゃん」
「ん?」
「……なんでもない」
「そう」
手を洗った後、隣でセットを一緒に作る。
これって、なんかカップルでカフェとかやったらこんな感じなんじゃないのかな?
そう思ったら少し幸せな気分になった。
もしかしたら、歌う以外に夢ってあるんじゃないのか。時々そう思う。
それでも、まだ、歌う事にこだわっている自分て、一体なんなんだろう。
なんで、まだ、歌う事にこだわっているんだろう。
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:15
- 結局、そのまま、何も言えずにバイトの時間は終ってしまった。
帰り道、久々に二人で手を繋いで歩いた。幸福感に包まれて、思わず泣きそうになった。
気付かれない様に、星を見たりとかしてると、繋いでいた手を、梨華ちゃんが抱き締めてくれた。
「な、なに、急に」
「なんでもないよ?」
ドキドキする。梨華ちゃんに恋をしたばかりの頃、意地を張ってばかりいた事を思い出す。
遠い昔の様に感じたけれど、思い返せば、そんなに遠い思い出ではなかった。
今は、意地を張る事もなくなった。
それは、きっと、包み込まれているからだ。
梨華ちゃんは、私がつんけんしてても、普通にしてても、何をしてても、私を包み込んでいる。
怒ったりもされるけど、最後は笑って許してくれる。
……まるで、それじゃお母さんだ。
「ぷっ」
「何?なんで笑ってるの?」
「や……なんでもな……ふふはっ」
「何よ!言ってよ!」
「や、なんか、梨華ちゃんて、お母さんみたいだよね」
そう言うと、梨華ちゃんはムーと唇を尖らせた。
- 296 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:16
- 「それは不本意だわ」
「なんで?」
「恋愛対象じゃないみたいじゃない」
梨華ちゃんは拗ねてしまった。
「そっか。そっか。美貴ちゃんにとって私はお母さんか」
「前言撤回します。梨華ちゃんは、うーん。なんだろうなぁ」
「もう知らない!」
あはは、って笑うと、梨華ちゃんのふくれた頬をつん、とつつくと、梨華ちゃんがこっちを見た。
唇を近づけると、梨華ちゃんはプイと横を向いてしまう。
「お母さんとチューなんてしないでしょ」
「梨華ちゃんはお母さんじゃないよ」
「じゃぁ何よ」
「……恥ずかしくって言えません」
「言わなかったらチューさせないんだから」
そういう強情な所が、お母さんだって言ってるんだけど、
それを今言ってしまうと、さすがに許してもらえなさそうなので、敢えて言わない。
「梨華ちゃんは、美貴の……」
「美貴ちゃんの?」
「あー!やっぱり言えない!」
「言ってよ」
頭の中で、愛ちゃんの声が響く。
『その内、ダレかに取られちゃうで』
確かに、その通りかもしれない。今、縛り付けておかないで、どうする。
梨華ちゃんを見つめると、梨華ちゃんはちょっと上目遣いにこっちを見ていた。
心なしかうっとりして見えるのは、雰囲気の所為か、電柱の明かりが少しチカチカしている所為か。
「梨華ちゃんは、美貴の」
「うん」
「大事な、恋人」
食む様に、梨華ちゃんの唇が私の唇を奪った。
何度目かのそれの後に、私は梨華ちゃんの手を握って言った。
「梨華ちゃん、どっちかのオウチに行きませんか」
さすがに、ここでチューしてて、人が通ったら恥ずかしい。
それをどうとったのか、梨華ちゃんは顔を真っ赤にして、離れてしまった。
どういう意味に取られたのか、気付いたのはそのちょっと後。
時間差で真っ赤になる私を見て、梨華ちゃんはまた顔を赤く染めた。
- 297 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:17
- 私の部屋に、梨華ちゃんがいるのは、とても不思議だった。
チャイを作っていると、ソファに座っていた梨華ちゃんが近付いてきた。
「美貴ちゃんのオウチって、シンプルだね」
「うん」
「楽譜が散乱してるのが、音大生っぽい」
「散乱しててすみません」
チャイを鍋からコップに移していると、梨華ちゃんはクスクス笑った。
「まるで、飴色にいるみたいだわ」
「安倍さんとかに作ってるみたいだね」
「チャイ用の茶葉、買ったの?」
「うん。勉強の傍ら、お茶欲しいなと思った時に気分転換とかで作る様になったの」
飴色の影響、と笑うと、梨華ちゃんもニコニコ微笑んでいた。
マグカップにチャイを注いで、シナモンスティックをいれて渡すと、
梨華ちゃんはそれを持ってソファに戻って行った。
私も、追いかける様にチャイのマグを持ってソファに座る。
やたらと緊張した。お母さんにこんなにドキドキはすまい。
梨華ちゃんがお母さんだなんて言って、申しわけない気持ちで一杯だった。
「ふふっ」
「何よ」
「美貴ちゃん、すっごい緊張してる」
「ひどっ!」
「かーわいい」
くしゃくしゃっと髪の毛を撫でられて、ムキになった私は、チャイを二つともテーブルに置いて、
梨華ちゃんを組み敷いた。梨華ちゃんは少し慌てて、チャイを指差した。
「チャイ」
「後で飲めばいいよ」
「せっかくあったかいのに」
「しー」
「……あ」
- 298 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:18
-
それからの出来事は、まるで夢の中の様に幻想的で、扇情的で、身体と頭が一緒になっていて、
どっちがどっちだかわからないくらいで、
覚えているのは、艶っぽい声で、美貴の名前を呼んでいる梨華ちゃんの声と、その唇だけだった。
- 299 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:19
- 「……おはよ」
「はよ」
「美貴ちゃん、寒くなかった?」
「うん。大丈夫」
目覚めた時、梨華ちゃんが恥ずかしそうに笑っていて、私も思わず笑っていて、私達はもう一度、唇を合わせた。
彼女のたわわな乳房が、私のそれと触れ合った。彼女の髪の毛が私の首もとで揺れて、
組合わさった足と足が、腕と腕が、手と手が、全てが溶け合ってしまったかの様だった。
彼女の首筋に、舌を這わせて彼女の悩ましげな声を聞いてると、彼女が何か思い出したかの様に離れて、聞いた。
「……美貴ちゃん、今日はお休み?」
「え?あ、学校!」
「じゃぁ、早く行かなきゃだわ」
「梨華ちゃんは、今日は」
「私は、飴色にいるから」
「うん、じゃぁ、帰りに飴色に寄るから」
急に現実に引き戻されて、裸を見られている事が恥ずかしく思えた。
「シャワー、浴びてく?」
「ううん、オウチで浴びるから平気。美貴ちゃん浴びてきて?」
「うん、じゃぁちょっと行ってくる」
シャワーを浴び終えて、身体を拭いて出ると、もう梨華ちゃんは昨日の服に着替えていた。
「帰るね?」
「うん。また後でね」
「また後で」
梨華ちゃんは美貴の唇を食んでから玄関に向かった。
時々大人っぽい事するなって思ってたけど、あの後だと更にドキドキして身体が震えそうになる。
- 300 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:20
- 大学に着く頃には、お昼になってしまっていた。
授業は一限からあった訳で、しかも個人レッスンが入っていたりもしていたから、まず先生の所にお詫びしにいった。
めちゃくちゃ怒られた後、学食に向かうと、愛ちゃんが学食でおひるごはんを食べていたのを見つけた。
私もとりあえず、冷やしうどんを手にして、愛ちゃんの前に座った。
「なんかあったん?」
「なんで?」
「にやにやしとるから」
「まじで」
「まじ。おおまじ」
いくら親友とは言え、そんな事まで報告する事ない……と思っていたら、思い出してしまった。
愛ちゃんの初体験の後、私は愛ちゃんから事細かに聞いていたのだ。
「……あの、その……」
「あん?はよ言い」
「そういう関係になりました」
「そういう?…………えー!!!!!!!!!!!!」
「声おっきい」
愛ちゃんは事細かに聞こうとしたけれど、事細かはさすがに恥ずかしかったので、伏せておいた。
にやにやしてるらしい私を見て、ホントに喜んでくれたのか、
愛ちゃんは私の頭を撫でながら、よかったよかったとしきりに言っていた。
- 301 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:21
- 飴色に行くと、マスターが変わらずに迎えてくれた。
常連さん達はまだ来ていなかった。
バックヤードに入ると、梨華ちゃんがグラスを磨いていた。
「おはよ」
「おはようじゃないわ、こんばんは」
「はい。こんばんは」
ちらっと外を見ると、まだ誰も来ていない。
軽く口づけると、梨華ちゃんは美貴の唇に人差し指を当てた。
「美貴ちゃん、公私混同はよくないわ」
「はーい」
梨華ちゃんが磨いていたグラスを棚にしまっていると、
やっぱりカップルでカフェを開いてる気分になって、なんだか、幸せだった。
「梨華ちゃん」
「ん?」
「明日さ、お休みなんだ」
「うん?」
「今日帰りに、寄ってかない?」
お休みだったら、お昼過ぎまで二人でベッドの中にいられるから。
なんて思ってたら梨華ちゃんにあっさり断られた。
「明日学生さんがお休みって事は、小春ちゃん達が来ると思うのよね」
あの子達が来てるとマスター一人じゃ大変だから、って。
ふーん、て顔をしていると、梨華ちゃんは少し考えた後で、こう言った。
「じゃぁ、その……着替え、取りに戻ってもいい?」
今朝も同じ服じゃ恥ずかしいからって、慌てて帰ったらしい。
そういう所好きだった。今すぐにでも、抱き締めちゃいたかった。
- 302 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:21
- こういう日の、三時間ていうのは、意外と早く進むもので、
常連さん達の次から次にやってくる難問に答えながら仕事をこなしていたら、終ってしまった。
今日は珍しいチャイをマスターから教わっておいたのを出したら、結構喜んでもらえて、それが自信に繋がった。
このアルバイト、私はかなりスキだった。
「帰ろっか」
「うん。すぐ行くね」
「なんやすっかり仲直りやな」
「喧嘩なんてしてないっすよ」
「意地っ張りやなぁ」
中澤さんがパシンと私の頭を叩いた。
「大事にしたり?」
「わかってますよ」
「言うなぁ」
中澤さんはわはは、と笑って飲みに戻ってしまった。
鞄を持って、梨華ちゃんがドアの近くまで来た。二人でゆっくりドアを開けて、中にいる人達に別れを告げる。
- 303 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:22
- 外は、まだ上着無しだと寒かった。けれど、私も梨華ちゃんも軽い羽織もの程度しか着ていなかった。
「石川、藤本」
「マスター?」
歩き出そうとした時、後ろから声をかけられて振り向くと、マスターがいた。
「寒いでしょ?これ、一つしかないけど、二人でくるまってきなさい」
薄い緑のストールを渡された。大きなストールだった。
梨華ちゃんは嬉しそうに笑ってお礼を言っていた。私も、お辞儀した。
マスターはにっこり笑ってお店の中に入っていった。私達も、歩き出した。
「ほら、美貴ちゃん、入って入って」
「うん」
二人でクスクス笑いながらストールの中で手を繋いで歩く。
端から見たら、きっとおかしな二人だって思われると思う。でもそれでいいと思った。
見た事のある電柱の前までやってきた。妙な感覚が沸く。
あの時、言いたかったのは。
「昨日さ、ここで」
「うん」
「梨華ちゃんの事、お母さんみたいって言ったじゃん?」
「またその話ぶり返すの?」
不機嫌そうな声を出したから、私は首を横に振って否定した。
「最後まで聞いてよ。それってさ」
「うん」
「梨華ちゃんに包み込まれてる気がしたからなんだよね」
何しても、許してもらえる気がしていた。
離れてる間も、近くにいる気がしていた。
「そか」
「だから、これ、言うの結構怖い事なんだけど、
梨華ちゃんに聞いてもらおうかなって」
「え?」
- 304 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:23
- 「……」
「美貴ちゃん、言うって言ってから五分は経ったわよ」
そう言われたって、言うのが怖いんだから仕方ない。
梨華ちゃんは、ここで聞くのは諦めたと言わんばかりに、私の手を引いて歩き出した。
「梨華ちゃん、聞いてくれないの?」
「聞いたげるけど、オウチでね」
そうだった。別れ道で別れる気でいたから、立ち止まっていたけれど、
梨華ちゃんはお泊まりにくるんだった。
時々触れる腰が柔らかくて、無駄にドキドキして、私は前にも増して、無口になった。
「ちょっと待っててね」
「あがっちゃ、だめ?」
「いいけど、すぐ美貴ちゃんち行くんでしょう?」
「でも、見たいじゃん」
じゃぁ、って階段を一緒に上って、そのマンションの二階の角部屋の前に立った。
石川って書いてあるのを見て、ここが、と少しときめいた。
ドアを開けると、もっとどぎつくピンクなのかと思いきや、薄いピンクが主立った部屋で、
女の子らしい、レースなんかがあしらわれてる、可愛い部屋だった。
「意外」
「えー」
「もっと、どぎついピンクを思い浮かべてた」
「酷い!って言っても、前はそうだったんだけど」
飴色に着てから、趣味が少しずつ変わったそうだ。
だからか、ところどころ、ポップなピンクも見えた。
「ちょっと待っててー」
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:24
- 部屋の奥にあるクローゼットらしき所から、洋服を選んでいる彼女を見ながら、
私は出された冷たいアップルティを口にしていた。
人工的に甘いそれが口に残る。舌が、砂糖の味で一杯になる。
こういうお茶は大学で時々飲むくらいで、梨華ちゃんの家にあるなんて意外だった。
「意外だね」
「え?」
「こういうお茶、飲むんだ?」
「親から送られてきたのよ」
自分が食べないとなんでも送ってくるんだから、って彼女は愛しそうに親の話をしていた。
親に焼きもちなんてあり得ないけど、私はちょっと面白くなくて、ふーんと答えてそのお茶を飲んでいた。
「お待たせ」
梨華ちゃんの準備が出来たので、私はお茶を飲み干そうとした。
「あ、ちょっとちょうだい」
喉乾いちゃった、っていう梨華ちゃんが色っぽく見えて、私は口に含んでそれを梨華ちゃんに飲ませてあげた。
驚いてたけど、すぐ飲んだ梨華ちゃんは、無人島でも暮らしていけるんじゃないかってくらい順応性の高い人だと思った。
唇の端からこぼれてるお茶を舐めてあげると、梨華ちゃんは困った様に言った。
「美貴ちゃんちに行くんじゃないの?」
「うん。行くよ?」
立ち上がると、梨華ちゃんはすぐには立てないみたいだった。
手を差し伸べると、やっと立ち上がった梨華ちゃんは恥ずかしそうにスプリングコートを着込んで、
こっちを見ないで歩き出した。私はマスターに借りたストールを巻き付けて、梨華ちゃんの隣を歩いた。
- 306 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:25
- 私の家は、梨華ちゃんの家に比べると、簡素だった。
焦げ茶のソファが気に入っていたけれど、色みがあまりない部屋だった。
「大人っぽいよね」
「そう?梨華ちゃんちは可愛いじゃない」
同い年なのにね、って梨華ちゃんはスプリングコートを脱いで、私のお気に入りのソファに座った。
ぽんぽん、と隣を叩くから、そこに座ると、梨華ちゃんが私の髪の毛を撫でて言った。
「さっきの、お話、してみてよ」
「え」
誘われた訳ではなかったらしい。
この天然のじらしっぷりがまたスキなんだけど、じらされてる方としてはたまったものではない。
「だめ。ちゃんとお話しなかったらさせてあげない」
この人、時々ドSに見えるのは気のせいですか。
私が黙っていると、梨華ちゃんは私の頭を抱きかかえて、髪の毛を撫でた。
あぁ、やっぱり、包み込まれている。この人に、包み込まれている。
- 307 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:26
- 怖いのは未来。怖いのは、確定していない未来。
十メートル先が見えない霧の中で、私は今、彼女の手を握っていた。
この人の傍にいたら、怖くない。そんな気がしていた。
「あのね」
「うん」
「私、どういう道に進んだらいいのかわからないんだ」
「うん」
「ジャズボーカリストとして、一人前になるには、まだ勉強が必要で」
でも、営業も、コンテストも、教室の先生になるのも無理で。
だからといって、普通の会社に行くのも、音大を出る意味がない気がしていた。
嫌だとか、そんなの我侭なのわかってるけど、でも、どうしたらいいかわからなくて。
何を夢にしたらいいんだろう。何を、目的に、人生を歩んだらいいんだろう。
「美貴ちゃん」
「ごめん、夢のある人に話す話じゃないね」
「そんな事ないよ?」
「でも、夢が見つからないなんて、おかしいでしょ?」
- 308 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:26
- 梨華ちゃんは私から少し離れて、両手で何かを包み込んでいる形を見せた。
「私ね、一杯考えてたんだけど、これしか、ないかなって思ってて」
「うん?」
「美貴ちゃんが、嫌って言うかなって思ってたんだけど、
でも、もし、まだ美貴ちゃんの夢が、決まってないなら」
「うん」
その両手に包み込んでいる何かを私に手渡すから、私はそれを受け取った。
なんとなく、光って見えた気がした。何もなかったけれど、そこが光ってる気がした。
「カフェ、一緒にやらない?」
「え?」
「音楽カフェ」
営業嫌だったら、自分のカフェで歌っちゃえばいいのよ、って梨華ちゃんが言った。
思わず苦笑い。でも、ドキドキした。だって、それって、まるで、プロポーズ。
「ダメ?」
「……音楽カフェかー。考えた事なかったな」
嘘。カップルでカフェって、前もなんか考えた気がする。しかも数回。
「音楽と、御飯と飲み物で」
「うん」
「マーブルな世界にするの」
あんまり梨華ちゃんが嬉しそうに笑うから
「そのマーブルはピンクなんでしょ?」
「ピンクと焦げ茶でどう?」
「あ、結構可愛いかも」
思わず夢に乗っかってしまった。
- 309 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:27
- 貴方と今宵も、マーブルカフェで。
それはまだ夢だけど。夢のまた夢だけど。
それも悪くない気がした。
貴方の横で、歌を歌いながら、料理したりして。
それってまるで夢の様じゃない?
『いらっしゃい、マーブルカフェへようこそ』
そんな声が聞こえる気がした。
問題は、マスターの様に料理するのは、きっと私だって事だ。
音大卒業したら、カフェ学校でも通うかなぁ。
「美貴ちゃん?」
「ん?」
「にやにやしてどうしたの?」
「なんでもありません」
でも、それは、ちょっと未来のお話。
- 310 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:28
-
***
- 311 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:28
-
***
- 312 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:28
- 夢が近くにやってきて、安心してしまったのか、私は、
せっかく梨華ちゃんが泊まりにきてくれたのに、ソファで熟睡してしまった様だった。
起こしてくれればいいのに、あんまり気持ち良さそうだからとか言って、
梨華ちゃんは起こしてくれなかった。
朝ご飯を作りながら怒っていると、後ろから抱き締められた。
「梨華ちゃん?」
「明日、お店定休日なの覚えてる?」
「うん」
「だから、また来て、いいかな?」
それだけ聞いたらご機嫌に鼻歌まで歌ってしまう私って一体なんなんだろう。
夜まで待てなくて、火を消して、思わず、深く口づける。
「ダメ」
「ダメじゃない」
「遅れちゃう」
「ちょっとくらい平気」
昨日覚えた梨華ちゃんの弱い所を責めると、梨華ちゃんの腰がくだけるのがわかった。
わかりやすいもんね、とニヤニヤしてると、梨華ちゃんは負けじと私の耳を優しく噛んだ。
「あ、ずるっ」
「狡いのはどっち?夜までダメって言ったらダメ」
「チェー」
結局、夜までお預けなまま、着替えて、飴色に向かうのだった。
- 313 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:29
-
***
- 314 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:29
-
***
- 315 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:29
-
***
- 316 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 01:29
-
〜FIN〜
- 317 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/30(水) 01:32
- 長らくご愛読、ありがとうございました。
>>288
私も、いつ出せるか、いつ出せるか、って結構出すのを楽しみにしていたので、
満足していただけて嬉しいでっす。
- 318 名前:空飛び猫 投稿日:2008/04/30(水) 02:12
- ごめんなさい。
タイトルに前編てあるけど、前編じゃないです。
これで終わりです。
最後にやっちゃったorz
- 319 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 04:11
- お、終わってしまった…寂しいなぁ
胸キュン話をたくさんありがとうございました
ゆっくりと時間流れる飴色カフェの優しい雰囲気が大好きでした
- 320 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 08:53
- お疲れさまでした。
幸せなお話でした。大好きです。
- 321 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/30(水) 17:25
- 完結お疲れさまでした。
ここに出てくるCP全部好きになっちゃいました。
そのうちれなえり話も来るんじゃないかと密かに期待してたんですけどw
素敵なお話の数々、本当にありがとうございました。
- 322 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/01(木) 00:02
- 終わっちゃいましたか!
ほんとにほんとに楽しかったです。
りかみきも可愛いし飴色の面々大好きでしたよ。
ありがとうございました。また会いたいなぁ。
- 323 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/01(木) 00:24
- 素晴らしかったです。
暖かいお話をありがとうございました。
- 324 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/01(木) 23:22
- 素敵な作品ありがとうございました!
また次回作も楽しみにしています♪
- 325 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/02(金) 01:48
- 面白かったです。
マーブルカフェ・ストーリーに期待しています。
- 326 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/05/03(土) 01:23
- 前編って書いてあるからずっと後編があるものだと思って読み続けてました。
間違えたってそんなステキなオチですかwww
- 327 名前:七紙 投稿日:2008/05/03(土) 16:34
- 今、キュン死しそうです。
飴色、飴色大好き。
今の恋人と出逢った頃を懐かしく思い出させてくれた、そんな作品でした。
作者様大変お疲れ様でした。
今後も期待しております!
- 328 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/05/04(日) 02:59
- 胸がときめきっぱなしでした!
飴色の話を読む度に、思い出す度に幸せになれました。
本当に素晴らしい作品をありがとうございました。
素敵な恋でしたね。憧れます。
- 329 名前:空飛び猫 投稿日:2008/05/09(金) 23:47
- ヒャー!!沢山のレス、有難うございまっす。
ちょっとずつですが、返信させて頂きます。
>>319
私も淋しいですー。なんで終らせちゃったの私!!w
こちらこそ、読んで下さって有難うございました。
>>320
有難うございました。
書いてる方まで幸せなお話でした(笑)
>>321
れなえり、出そびれちゃいましたね。
その内、マスターの話にまで行こうかと思ってたんですけど(笑)
さすがに自重しました。
>>322
終っちゃいましたー!
また会える日が来るといいですね。私もまた会いたいです。
>>323
えへへ、照れますねー。
こちらこそ、読んでくれてありがとーでした!
>>324
次回作も、練っております。練っておりますよ!
次も、またお会いできると嬉しいでーす。
- 330 名前:空飛び猫 投稿日:2008/05/09(金) 23:47
-
>>325
ありがとうございまーす。
マーブルカフェストーリー、一段落して、まだここが落ちてなかったら書きまーす。
>>326
ごめんなさい!ごめんなさい!
後編はどっか区切ろうと思ってたんですけど、
面倒になっちゃって、一気にアップしちゃったんですよね。
>>327
キュン死ってすごい素敵な響き。
しかもそんな素敵エピソードまで!!
有難うございましたー!
>>328
ときめいてもらえたなら、すごく本望です。
私も、書いてて幸せじゃない時はあまりなかったりして。
書いてる側も読んでる側も楽しいのが一番ですよね。
ありがとございました。
みなさん、ほんとにありがとーございました!
またお会いする時を楽しみにしています!
- 331 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/21(水) 22:38
- 一気に読んじゃいました(^◇^)┛
めっちゃ幸せな気分になってます(≧∇≦)
マーブルカフエ…
どんな物語ができてくんでしょうかね?
読んでみたくなっちゃいます!!
まわりの方々もいい味出しててスゴイ!!!!
次回作を楽しみにしてます。
- 332 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/18(金) 21:24
- 一気に読ませていただきました
雰囲気がめっちゃ大好きです。
特によっすぃとさゆのカップルが素敵で凄く印象に残りました。
良ければまたこの2人でお話しをお願いしま〜す
- 333 名前:空飛び猫 投稿日:2008/07/20(日) 01:58
-
それは、焦げ茶とピンクの雑貨や家具が織りなす、マーブルな小さい世界。
- 334 名前:空飛び猫 投稿日:2008/07/20(日) 01:58
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
- 335 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 01:59
-
もう、卒業してから何年経っただろう。多分、たかだか三年とか、それくらい。
私は料理を出す美貴の手を見ながら思った。
美貴は相変わらず梨華さんにメロメロで、時々歌いながら、自分達のカフェをやっていた。
虹ヶ丘という街は、飴色からそんなに離れていなかった所為か、
飴色にいた人達は、こっちにも顔を出してくれていた。
ここは、マーブルカフェ、飴色の姉妹店と銘打たれた、ジャズカフェ。
日替わりで、生ステージがある。毎日美貴が歌うのは大変だから、
時々、私や他の同窓生がステージに上ぼる日があった。
ピアノソロがあれば、ギターソロがある。ボーカルの日ももちろんある。
今日は私のオンステージの日。ギタリストの女の子と談笑していると、
少し離れた所で面白くなさそうな顔をしている麻琴を見つけた。
こういう時、少し、優越感に浸る自分が、少し嫌いだった。
- 336 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 01:59
-
「 Tonight Tonight It all began tonight 」
ジャズカフェなんだから!と美貴が言うから、ジャズアレンジのされたトゥナイトを歌う。
この歌を歌う時はいつも麻琴を思って歌う。
「 I saw you and the world went away 」
でも、恋ってそんなにキラキラしてない。
キラキラやドキドキを忘れてしまいそうに麻琴との間はラブラブとは言えなかった。
要するに、付き合って五年以上も経てば、愛の言葉だってあまり口にしなくなるというものだ。
- 337 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 01:59
-
マーブルは、メニューが壁の大きな黒板に書かれていて、毎日変わっていた。
あれが食べたいと思って訪れてもなかったりする、とても厄介なカフェだった。
「美貴、私、どうしてもロコモコが食べたい」
「今日はないっつってんのに」
「美貴のロコモコ、すーっごい美味しいの、知らないん?」
「仕方ないなぁ。内緒だよ?」
ステージを終えた私が美貴に頼むと、美貴は大抵スキなものを作ってくれる。
飴色の姉妹店としては、出してと言われて出さない訳にも行かないらしい。
「美貴さーん」
「何よ、マコ」
「私は、さっぱりだけどがっつり系が食べたいでっす」
「……冷やし白ごま担々麺なんてどうだ」
「いいっすね」
隣で余裕で笑う麻琴は、美貴がいなくなったら途端に笑みを消した。
- 338 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 01:59
-
麻琴の座っていた席の隣に座ると、麻琴が戻ってきて座る。
「何怒ってるの?」
「べつに怒ってないよ?」
嘘。怒ってる時の麻琴って、分かりやすい。
喉のために冷たい飲み物断ちをしている私に、美貴がカフェインレスのお茶をくれた。
麻琴は、蜂蜜レモンを飲んでいるのが分かった。
美貴が見つけ出したそのハチミツは美味しくて、毎日作られている数少ない飲み物の一つだった。
「いーしかーわさーん」
「あら、いらっしゃい」
見かけない顔をした人が入ってきた。
梨華さんと仲良くしてるみたいだった。
- 339 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 01:59
-
薄ピンク色した机の前にある茶色いソファに座って、その人は黒板を眺めた。
オープンキッチンだから、美貴の背中が見える。美貴はこっちを向かなかった。
「あぁっ、今日、海老カレーないんですね」
「ごめんなさい、食べたかった?」
「残念。今日はべつのを頼みます」
黒板に書いてある文字は簡素で、美貴らしい文字だった。
鹿のシルエットの置物がライトに照らされていた。
その人はニコニコ笑って、ビーフシチューを頼んだ。
梨華さんが中に引っ込んで、私のロコモコを持って出てきた。
その人が疑問に思う顔をしていた。
こちらを見る気がしたので私はそれからその人を見るのはやめた。
- 340 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 02:00
-
ロコモコを持ってきた梨華さんが、私の目の前にそれを置く。
少し視線を感じた。
「はい、愛ちゃん」
「わーい」
「麻琴ちゃんもちょっと待っててね」
「はーい」
店内に流れるのはもちろん、アイの歌。
小さなステージに小さなキッチン。
まるで、まだ駆け出しの二人を見守るかの様に、テーブルが配置されて、
私達は彼女達の優しさを食べながらマーブルでまったりと過ごす。
「愛ちゃん、先食べてていいのに」
「いいよ、ちゃんと待つ」
「ごめん」
「べつに謝らんでも」
- 341 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 02:00
-
違う、と麻琴が小さく呟いた。
「ちょっとした、焼きもちだったんだ」
「え?」
「さっきの人。ギターの」
「あぁ」
「ごめん」
「ええよ。でも私が、麻琴のこと思いながら歌ってたん、覚えててね」
ホントに?って麻琴の顔に書いてあったので、テーブルの下で、手を繋いだ。
なんだかんだいって、まだまだ私達、ラブラブみたいです。
- 342 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 02:00
-
冷やし白ごま担々麺を持ってきた美貴の顔は少し不機嫌そうだった。
「もしかして、あれ?」
「そう。あれ」
小さな声で尋ねると、ひそひそっとした声で美貴が返した。
さっきから梨華さんは、あの人に捕まっている。
「思い出すんだなぁ、出会った頃のこと」
「ふーん」
「吉澤さんも、ああやってずっと梨華ちゃんのこと引き止めてたんだよね」
梨華ちゃんは人がいいから、とかなんとか言いながら、美貴はキッチンに戻って行った。
もう、躍起になって離さない様にはしない、その自信が麻琴にも欲しかった。
麻琴は蜂蜜レモンの中にあったチェリーを口に入れながら、さり気なーくその人を観察してるみたいだった。
- 343 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 02:01
-
「こーんばんわー」
また一人、知らない子が現れた。
関西のほうのイントネーションの、柔らかい感じの女の子だ。
「いらっしゃい」
「こんにちは、石川さん」
その子は、さっききた女の子の前に座った。
「絵梨香ちゃん、何頼んだん?」
「お好み風ホットサンド」
「美味しそうやん!私は何にしようかなぁ」
それも美味しそうな選択だったな、とか思いつつロコモコを食べる。
とろとろの目玉焼きと、少し和風のオニオンソースが御飯とよくあう。
麻琴の冷やし白ごま担々麺もなかなか美味しかった。
腕をあげたなぁと思う。
レッスンしながらカフェ学校に通う!なんて言い出した時は、どうしたものかと思ったけれど。
- 344 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 02:01
-
「うーん。どうしたもんかなぁ」
「唯ちゃんはどんなのが食べたいの?」
「そうだなぁ。しょっぱいもの。で、スープっぽくて、あったかいもの」
「夏なのにね」
「あはは、夏なのにね」
梨華さんが、その会話をさり気なく聞いていたのか、近付いて行って助言した。
「オニオンスープパスタなんてどう?」
「オニオンスープパスタ?」
「オニオングラタンスープのグラタン無しみたいなのの中にパスタが入ってるの」
「それがいいです」
「了解」
梨華さんはいちおう、メニューに載っているものをお勧めしていた。
我ながら耳がダンボになっているのが分かる。
あの空を飛べる象さんは、隣の人の会話なんて聞かなかっただろうけど。
- 345 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 02:01
-
あんまり耳がダンボになってるのが分かりやすかったのか、麻琴がペシッと私の腕を叩いた。
私達はわざとらしく会話を始める。
「ねぇ、今日の歌ってさ、ミュージカルの歌だよね」
「うん。ジャズ風にアレンジはしたんやけどね」
愛ちゃんは譲らないね、とか言うもんだから、むっとして、ジャズだって歌える事をアピールしていると、
キッチンのほうを向いていなかった私の後ろにいた美貴が突然言った。
「だったら、愛ちゃん、次はちゃんとジャズ歌ってね」
「え!いたん!」
「いたよ」
美貴はお皿を取りにきていたらしく、両手に私達の食べ終えたお皿を持ってニッと笑っていた。
美貴は一度キッチンに戻って、温いお水と冷たいお水を持ってきてくれた。
「何がいい?やっぱ、 When I Fall In Love とか?」
「美貴の得意な所をいかんといてくれる?」
「全部得意なんですけど?」
「お、言う言う」
けらけらと笑って美貴はまた、キッチンに戻った。
- 346 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 02:01
-
美貴と話してる間、視線を感じていた。
そう広くない店内。会話も聞こえるくらいのお店。
小さくジャズが流れてるものの、向うだって、私達の会話が聞こえる訳である。
私が美貴の友達だってことくらい分かっただろう。
ふっと視線の先を見ると、その子はにっこり笑った。
余裕の笑みというやつだろうか。読めない人だと思った。
「麻琴」
「ん?」
「今日、うちくる?」
「いいけど」
「じゃぁいこう」
「え?」
なんとなく、美貴の手の内を晒している気がして嫌だった。
その後、彼女達が何を話していたかは分からない。
私達はそのまま挨拶だけして帰ってしまったからだ。
- 347 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 02:02
-
帰り道、私は珍しく麻琴の腕に絡まってみた。
麻琴は驚いたものの、振り払ったりはしなかった。
「何歌おうかな」
「さっきの歌じゃダメなの?」
「別に平気だけど、どうせなら歌いたい歌歌いたいじゃない」
「歌いたいが沢山だね」
あははって笑うもんだから、私もあははって笑う。
帰り道、虹ヶ丘の空はキラキラ星がところどころ見えて。
「貴方がいれば、今宵、世界は星のよう」
「え?」
「なーんでもない」
やっぱり、ラブラブなんて空気がないなんて言って、申し訳なかったかもしれない。
私達は、何年経っても、変わらず、今夜あったばかりみたい。
- 348 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 02:02
-
For here you are
And what was just a world is a star
Tonight
- 349 名前:「Tonight」 投稿日:2008/07/20(日) 02:02
-
see you again.
- 350 名前:空飛び猫 投稿日:2008/07/20(日) 02:03
-
またしばらく宜しくお願いします。
不定期更新予定。容量が足りなくなるってことはないくらいにしたい所存。
さすがに、数ヶ月後じゃリアリティがないので、何年か経ってます。
>>331
ありがとーごじゃいまーす。
色々とお褒め頂けて、嬉しいです。
マーブルカフェ、こんな話になってきました。
>>332
ありがとうございます!
よっすぃとさゆは、個人的にもダイスキなカップルでした。
今度のマーブルにはどうなってでてくるか、自分でも期待しています。
その内出ますので、少々お待ちを。
- 351 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/20(日) 20:07
- マーブルカフェきたぁあああああああああああああああああああ
新たな登場人物も!更新楽しみにしてまっす!
- 352 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/31(木) 19:37
-
瞬きしてる間にも、貴方はどんどん離れてく
- 353 名前:空飛び猫 投稿日:2008/07/31(木) 19:37
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
〜貴方の傍にいたいだけ〜
- 354 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:39
-
飴色に出入りし始めたのは、高一の頃だった。
あの頃、まだ私は彼女に片思いで、あの頃、まだ彼女はあの人がスキだった。
今は、少し違う形で、違うカフェに入り浸っていた。
三年半くらい、経っただろうか。私達は大学生になっていた。
「何出てくるんだろう?」
「なんだろーお肉?」
「藤本さんだから?」
「あは」
喧嘩したりするけれど、私達は仲良く過ごしていた。
マーブルでの夕食は、毎日とまではいかないけれど、かなりお約束で、
デートの代わりの様にマーブルで食事をしていた。
彼女は家を出て、一人で暮らしながら大学に通っていた。
大学まで通うなんて、と親からは言われたみたいだけれど、
実際行かせてもらえない程、酷い事は言われなかったみたいだった。
- 355 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:39
-
彼女が家賃を稼ぐために、選んだバイト先は、
藤本さんと石川さんのやっているカフェだった。
賄い付きで、時給もそれなりに高めに設定してもらったみたいだった。
石川さんも、藤本さんも、彼女の事をすごく心配していた結果だろう。
彼女は授業の入っている時間以外は、ほぼマーブルにいる生活をしていた。
夜帰ったらもう寝るだけだよ、なんてよく零していたけれど、
充実したいい生活を送っている様だった。
私は、大学に通い出して、一年目で、授業もいっぱいいれてはいたけれど、
マーブルで彼女と食事する為に、ほぼ、バイトはしていなかった。
幸い、というか、なんというか、両親は甘く、彼女の孤独も分かってくれていたので、
私が彼女の傍にいたいと思う気持ちも理解してくれていたみたいだった。
時々、彼女が絶対仕事が忙しいという時間帯だけ、バイトをして、
そしてそのバイト代の殆どは、マーブルでの食事代や交通費に消えていた。
- 356 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:40
-
一人で暮らし出してから、彼女は少し変わった。
余裕ができたみたいで、夜寝る時も、うなされる事が少なくなったらしい。
少なくなった、という事は、まだあるという事だけれど、
そこは追求しなかった。私は、彼女の支えでありたいと思ったけれど、
刺のある支えにはなりたくなかったから。
「ふじもっさーん」
「ん?」
「おにく!おにく!」
「たまには肉以外も食べなよね」
「藤本さんに言われたくないしぃ」
にひひ、と笑う彼女が愛しくて、隣で微笑む事ができる事の喜びがどれほどか、
私は毎日噛み締めて生きていた。
もし、いきなりいなくなったら、きっと泣いてしまうだろう。生きる気力を無くすかもしれない。
それだけ私にとって、彼女は大事な存在だった。
- 357 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:41
-
「愛佳?愛佳ー」
「ん?」
「愛佳は何食べるの?」
「あ、はい、夏野菜のペペロンチーノで」
「はい。ちょっと待っててね」
少しぼーっとしすぎたかもしれない。彼女が心配そうに私を見ていた。
私が笑顔を見せると、彼女もにっこり笑った。
「ねぇねぇ、愛佳」
「ん?」
「こないだ、道重さんと話してたんだけどね」
その人の名を、彼女の口から言われると、今でも少しだけドキッとした。
それが分かっても、彼女は敢えて普通にその人の名前を口にする。
そうすることで、私を安心させる為に。
- 358 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:41
-
彼女の話によると、最近、石川さんはとある女性に好かれているらしい。
その話を道重さんにしたところ、
全然似てないけれど、接し方が、どことなく、吉澤さんの昔のそれに似てる、と、
道重さんも気付いていたらしい。
石川さんはよく好かれるタイプらしく、最初の頃はぴりぴりしていた藤本さんも、
慣れてきたからいいよ、なんて、余裕で答えているそうで、
私は、いつか、私にもそういう日がきたらいいのにな、と思った。
私だったら、好きにならないで!って思ってしまうだろう。
結構、我侭で、傲慢で、そして嫉妬深いのだ。
「愛佳はそのままがいいなぁ」
「え?」
「愛佳も藤本さんみたいになりたいって、今思ってたんでしょ?」
「……よくわかるね」
「付き合い、長くなってきましたから」
ぽんぽん、と頭を撫でられる。それはまるで、彼女が藤本さんになったみたいだった。
- 359 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:42
-
私達の間で、何かが変わっていた。何かが。
いつも忙しく、充実していて、成長していく彼女。
その彼女の傍らで、ただのんびりしているだけの私。
でも、自分が忙しくなったら、彼女とはいられない。
それは、私にとっては考えられない事だった。
彼女にとってもそうであってほしいと思うものの、もう、そんな自信はなかった。
あの頃、私はずっとこの人がスキで、ずっとこっちを見てほしくて、
でも彼女はこっちを見てくれていなかった。
振り返ってくれてからの三年間、すごくすごく幸せで、すごくすごく満ち足りていた。
何が変わったのだろう。
私が変わったのか、彼女が変わったのか、それとも違う何かが変わったのか。
答が出ないまま、大学生活は続いていた。
学部の違う私達は、共通の授業でも殆ど一緒にはならなかった。
授業が終ってマーブルに通うまでの道のりと、マーブルでの賄いを食べている間、
それだけが私達が話していられる時間だった。
- 360 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:42
-
「愛佳、明日は休み?」
「うん。休みだよ」
ホントは、学校以外は殆ど休みなんだけど。
そう言うと、刺がある感じがするから。
「じゃぁさ、どっか行こうよ」
「ホントに?」
「うん」
したい事ある?って彼女がニコニコしながら言った。
映画、遊園地、プラネタリウム。ううん、散歩するだけだっていい。
彼女と一日いられるなら、それだけで。
「じゃぁ、お散歩しようよ」
「お散歩でいいの?」
「うん。どこがいいかなぁ。どっか大きな公園とか」
「海までいってみる?」
「遠いよ?」
「いいじゃん」
久しぶりに幸せだった。
もちろん、賄いを食べてるそばにいるのも、マーブルに行く道のりも、
幸せなんだけど。なんだけど。
- 361 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:43
-
「小春ー」
「ふぁい」
「口にいれたまま喋るな」
「だって藤本さんが呼んだんだもん」
「汚いでしょ。あのさ」
藤本さんが申し訳なさそうな顔をした時、彼女の顔が曇るのが分かった。
藤本さんには分からないくらいの顔の違い。それでも私には分かった。
「ごめん!明日、誰もステージ立てなくて……」
「大丈夫っす。藤本さんは弾き語り?」
「うん。そうなりそう」
「大変っすね。楽しみだけど」
私にも、ごめんね、と言ってから藤本さんは立ち去った。
- 362 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:43
-
ここはただのカフェじゃない。ステージがあって、それを見に来るお客さんも結構いる。
だから、毎日ステージはあるし、ステージのある時間は忙しい。
二人で回転させるのですら大変なのに、一人になんてとてもなれないのは分かっていた。
でも、彼女の時給や、働く日数を考えると、もう一人アルバイトをいれるのはなかなか難しい。
彼女の為でもあり、お店の為でもあった。それも全部分かってる。
分かってるけど、悲しい。分かってるけど切ない。分かってるけど恨みたくなる時がある。
頭の中でしている理解を、感情が超えるのだ。
「……愛佳、ごめん」
「全然、大丈夫」
「ホントに?」
「うん。明日もマーブルにくれば会えるし」
「そうだね。今日、あと一時間で上がりなんだけど」
「待ってるよ」
「帰り道、送ってくね」
うちに泊まってく?とかそういう言葉を彼女から聞いた事はなかった。
彼女の家に行った事がない訳じゃないけど、数える程だった。
きっと、家のある私のその家を大事にしてくれているんだ。
それは分かっているのに、やっぱり感情がついていかない。
- 363 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:44
-
もうすぐ提出のレポートを書いていると、一時間なんてそんなに途方にくれる時間ではなかった。
彼女が腰に巻いていたエプロンを外すのを見て、私はルーズリーフやペンケースを閉まった。
もうすぐ、十時半だった。家までの距離を考えると、ゆっくり歩いたら門限ぎりぎりな感じだった。
「小春、明日の話なんだけどさ」
「はいはーい」
仕事と私、なんて、比べられないのも分かってる。
だって、全然対象が違う。でも、仕事は生きて行くのに必要だけど……私は?
もう少ししたら出ないと間に合わない。門限破って、印象が悪くなるのは彼女だ。
「……小春」
「ごめん、もうちょっとだけ待ってくれる?」
「門限ぎりぎりだから、先、帰るね」
「……そっか。ごめん」
「また明日ね」
マーブルのドアは、まだ新しいから飴色みたいにギシギシ言わなかった。
- 364 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:44
-
見上げたら、綺麗な星空。空は高くて、星は少し遠かった。
涙が出そうになる。見上げてるから、まだ落ちてはこないけれど。
門限に間に合わせる為に、早く歩く。否、マーブルから離れる為にかもしれない。
どっちだかもう分からなかった。
何が変わってしまったんだろう。もしかしたら、私が変わらなすぎたのかもしれない。
いつまでも、高校時代と同じ気持ちで。同じ様にいられると思っていて。
でも、大学生になって、全然違う生活を始めた彼女にとって、私はもしかしたら、重荷なだけかもしれない。
「あいかぁ」
「え?小春?」
息を切らしながら走ってくるその人はキラキラ輝いていて、まるで星から降りてきたみたいだった。
思わず何かがこみ上げてくる。多分、感動とかそんな感じの感情と一緒に涙が。
「愛佳?泣いてるの?」
「なんで?マーブルで明日の」
「明日の事は明日できるってなったんだよ。それより、愛佳が一人で帰すのはよくないなって」
「……ありがと……」
「泣くなよぅ」
- 365 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:45
-
コツンと彼女の額が私のそれにあたる。笑顔が間近で見える。
涙でぐちゃぐちゃの顔のまま笑い返すと頬を包み込まれた。
目を閉じると、そこは満天の星空だった。さっき見た空よりもずっとずっと輝いている、星空。
柔らかく、彼女が私の唇を食んだ。少しだけ目を開けるとそこに愛しい顔があった。
なんで、こんなに簡単に私は落ちてしまうんだろう。喜んでしまうんだろう。
さっきまでの感情が嘘の様に落ち着いた。
「ねぇ」
「ん?」
「帰りたくない」
一生分の勇気を使った。きっと、もう二度とこの台詞言えないかもってくらい勇気を出した。
「……うーん」
「……」
「帰ろうよ?急げば、門限、間に合うし」
彼女が私から離れた。私が黙っていると、彼女は私の手を握った。
私が彼女を見ると、彼女は困った様に笑って言った。
「今度のお休みが一緒の日は、海に行こうね」
「……うん」
私が返事を返すとあからさまにほっとした顔をされた。
- 366 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:45
-
ねぇ、困らせたいんじゃないの。
ただ、ただ、一緒にいたいだけなの。
ずっと隣を歩いていたいの。ただ、それだけなの。
でも、その気持ちは届いてるのか、私には見えないくらい、
彼女は先を歩いている様に感じた。
- 367 名前:貴方の傍にいたいだけ 投稿日:2008/07/31(木) 19:46
-
see you again.
- 368 名前:空飛び猫 投稿日:2008/07/31(木) 19:49
-
ふー。早々に、タイトルをジャズの曲名でとか、歌詞を絡めていく〜とかを諦めました。
ごめんなさい。猫でっす。
諦めた途端に話が進むという展開に、もう後悔しまくりです。
なんで早くに諦めようとしてなかったんだ!って感じです(ニガワラ
>>351
きちゃいました。こっちのが先にきちゃいました。
新たな登場人物は、どうなっていくんでしょうね〜。
とりあえず、飴色からお引っ越ししてきた住人さんもいるみたいですね。
またちょっとずつ書いて行きますので、よろしくおねがいしまーす。
- 369 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/03(日) 01:19
- 飴色からずっと通わせてもらってます。
マーブルも飴色に負けず劣らずいい雰囲気のカフェですね。
お引越ししてきた住人さんも、新しい登場人物の活躍もとても期待しています。
もちろんりかみきも!楽しみに待ってます。
- 370 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/03(日) 20:41
- お互いが望む事が違うのか何とも言えないギャップ感が痛く切ない...
- 371 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/09(土) 13:48
- 少しずつ変化が訪れているんですね。変わらないものもあるんだろうけど。
続き楽しみにしています。
- 372 名前:LULLABY OF BIRDLAND 投稿日:2008/08/09(土) 23:26
-
三年ちょっと。それって、そんなに長い時間かしら?
私にとって、貴方はまだまだドキドキする存在なのに。
ねぇ、なんで、なんにも言ってくれないの?
- 373 名前:空飛び猫 投稿日:2008/08/09(土) 23:27
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
〜LULLABY OF BIRDLAND〜
- 374 名前:LULLABY OF BIRDLAND 投稿日:2008/08/09(土) 23:28
-
その人がくる様になったのは、三週間くらい前からだった。
最初から、少しだけ人懐っこい感じの人だった。
何度か、経験していた『お客さんからの特別な好意』。
勿論、その時も最初は気付いていなかった。
なんとなく、優しそうな人だなってだけで。
「石川さん」
「はーい?」
「今日のお勧めとかってあります?」
最近、その人からとみによく聞かれる様になったその台詞は、
なんとなく、三年前のあの頃の事を思い出した。
あの頃、まだ美貴ちゃんは私に対して、すごく執着してくれていると感じていた。
その頃はまだ恋じゃなかったとしても、執着はされてた筈だった。
でも、今は。
「うーん。そうねぇ。今日は、お魚かなぁ。サーモンのフライとか美味しいわね」
「じゃぁ、それにしてもいいですか?」
「もちろん」
あの頃みたいに、視線は感じなかった。
- 375 名前:LULLABY OF BIRDLAND 投稿日:2008/08/09(土) 23:28
-
何度かあったその『好意』は、大抵美貴ちゃんとの関係が分かって、
うやむやになっていく事が多かった。
その結果、お客さんが遠ざかる事はあったけれど、その為だけに関係を隠したくなかった。
「なぁ、絵梨香ちゃん」
「ん?」
「うちは何食べたらいいと思う?」
「そうだなぁ……石川さん、なんか他にあります?」
その人、三好絵梨香ちゃんに話し掛けた彼女は、岡田唯ちゃんという名前で
関西から出てきたての、OLさんだった。
唯ちゃんと絵梨香ちゃんは同じ会社の違う部署の人らしく、
よく一緒にマーブルにきていた。
私に話し掛ける絵梨香ちゃんを見て、少し、唯ちゃんの顔が曇った。
「えっと、そうね、パスタとかは?
蛸とルッコラのペペロンチーノとか、あとは、トマトクリームのパスタも美味しいのよ?」
蛸が新鮮なのが入ったから、とかなんとか言ってる私をニコニコしながら見る絵梨香ちゃん。
その絵梨香ちゃんをじっと見つめている唯ちゃん。
私は困った様に笑っているだけだった。こういう時、いつもどうしたらいいのか分からない。
- 376 名前:LULLABY OF BIRDLAND 投稿日:2008/08/09(土) 23:29
-
「絵梨香ちゃんは、蛸好きやんな?」
「うん、でも、唯ちゃんが食べるんだよ?」
「せやねんけどな。でも、蛸のほうにするわ」
「そう?」
絵梨香ちゃんは、にこっと笑った。
それだけで、唯ちゃんのご機嫌が良くなるのが目に見えて分かって、少しだけ微笑ましかった。
蛸とルッコラのパスタとサーモンフライのプレートの注文を通すと、
美貴ちゃんは少しだけ微笑んで了承した。もうすぐ、厨房を変わる時間だった。
同じ味が作れるくらい、私達は仲良くもなっていた。大抵は美貴ちゃんが作ってくれてるけど、
ステージの前後一時間ずつとステージの間は、私が担当していた。
手を念入りに洗っていると、また、私の事を絵梨香ちゃんが呼ぶ。
いい子だと思う。嫌な気持ちにはさせない。でも、正直、少し困ってしまう。
だからって、美貴ちゃんにワルモノになってもらうのもなんかおかしいし、
それでも自分から拒絶する程、私はいい人じゃなかった。
- 377 名前:LULLABY OF BIRDLAND 投稿日:2008/08/09(土) 23:29
-
気付いてくれたのは、小春だった。
「私でもいいですかー?」
「いいですよ」
「よかったぁ。えっと、飲み物の追加ですよね?」
「そうそう。えっと、同じものを」
「はーい」
ドリンクのオーダーを通しながら小春は私にウィンクしてくれた。
いい子だと思う。本当に。さゆの妹にしたいくらい、いい子。
「梨華ちゃん、あとよろしくね」
「ごめんね、遅くなって」
「いいよ。ちょっと喉あっためてくるね」
「うん」
厨房の下のほうで手を揺らす。触れて、ってサイン。
でも、気付いてもらえなかった。
しょんぼりしてる暇もないくらい、人がやってきていた。
- 378 名前:LULLABY OF BIRDLAND 投稿日:2008/08/09(土) 23:30
-
ステージの上で美貴ちゃんが歌うのは、昔、歌詞を教えてもらった曲だった。
「貴方の溜息を聞く度に、小鳥達の囀りを思い出す」って、憂いをこめた歌。
開業当時、知らず知らずと溜息の多くなる私に、触りだけ歌っては、
溜息なんてつかないで、と頭を撫でてくれていた。
でも、ぼんやり美貴ちゃんの歌を聞く事もできないくらい、忙しい。
料理をしながらステージまでこなす美貴ちゃんて本当にすごいなぁと感じた。
あの頃、私と彼女が描いた夢は、現実になった。
夢は、いいことばかりではなくて、だから、辛い事も沢山あったけれど、
でも、いい人達に恵まれて、私は幸せだった。
だから、溜息も自ずと減って行った。彼女のその歌の触りの部分を聞く機会も減った。
「梨華さん、サーモンフライのプレート、御願いできますか?」
「あれ?愛佳?」
「えへへ、お手伝いです」
「そか、ありがとね」
何時の間にか、彼女はエプロンをつけて、オーダーをとってくれていた。
- 379 名前:LULLABY OF BIRDLAND 投稿日:2008/08/09(土) 23:30
-
いつも、彼女もアルバイトとして迎え入れたいねって話をしていた。
小春と一緒の時間を過ごさせてあげたかった。
ただ、必ずしも、休みが一緒だったりしてあげられないだろうから、
その点や、アルバイト代があまり出せそうにないとか、そういうところで、
私達も躊躇しているところがあった。
でも、小春も愛佳も喜ぶ結果なら、と手伝ってもらう度に感じていた。
「あ、愛佳」
「はい」
「サーモン、あと三つでなくなるから」
「はい、三つですね」
覚えのいい子だった。三つと言って、間違えられた事はなかった。
「あいかぁ」
「ん?」
「モヒートと、カンパリブラッディオレンジと、あと、梅酒のロックできた」
「アイスオレンジティーとアイスフルーツティーも宜しく」
「ほいほい」
あの頃の、私達を見ている様だった。
三年前とは言わない。二年とか、それくらい前。
- 380 名前:LULLABY OF BIRDLAND 投稿日:2008/08/09(土) 23:31
-
開業するちょっと前の、あの頃。
美貴ちゃんが、忙しいカフェに修行に行くって言い出すから私も着いて行く事になって、
二人で忙しいカフェで三ヶ月、毎日働いた。
あの頃の経験は生きている。
まったり、お客さんのニーズに合わせた料理を出す事も大事。
でも、お客さんが沢山来るなら、決まった料理を出すのも大事。
それを教えてくれたのは、関西弁の粋なお姉さんだった。
関西から来て、毘沙門という、虹ヶ丘のすぐ近くの
少し近代的な地域でカフェを営んでいる稲葉さんを、今でも思い出す。
初対面の時からニコニコ笑顔で厳しく指導していただいた。
今でも時々、お互いのカフェを行き来している。
稲葉さんや、飴色のメンバーがくると、いつも緊張する。
でも、それはいい刺激で、私達は胸を張って、マーブルを見せたい気持ちでいる事が、
何よりもの恩返しだと思っていた。
- 381 名前:LULLABY OF BIRDLAND 投稿日:2008/08/09(土) 23:31
-
三十分くらいのステージは、あっという間に終ってしまった。
その後の一時間も、汗を流しながら料理している間に終ってしまった。
「ごめんなさい、サーモンプレートはもう終っちゃったんですよ」
「えぇ?メニューにあるじゃないのよ」
「でももうないんです。すみません」
「どういう店なんだか」
愛佳が謝っている声が聞こえた。
出て行くべきか悩んでいると、美貴ちゃんが厨房に入った。
「すみません!他も、お勧めのメニューですので、
そちらもご覧になってみて頂けますか?」
謝り倒す愛佳に根負けしたのか、怒ってらしたお客様はパスタを頼んだ。
オーダーを通す愛佳の声が、小さく震えていた。
「私が出るから、裏行っていいわよ?」
「はい」
バックヤードに入って行く愛佳を、追いかける様に小春がバックヤードに向かうのが見えた。
- 382 名前:LULLABY OF BIRDLAND 投稿日:2008/08/09(土) 23:31
-
ステージが終った後は、大分、人も落ち着いていた。
さゆと絵里ちゃんとれいなちゃんが遊びにきていた。
相変わらず、お茶さえあればずっとおしゃべりしていられるくらい仲好しで、
チャイを飲む傍ら、おまけで出してあげた大学芋をほおばっている姿は、
なんとなく、可愛らしくて、思わずもっともっとあげたくなる気持ちをおさえた。
「石川さん、そろそろ帰ります」
「はいはい。お会計ね」
「ごちそうさまでした」
「今日はいっぱい飲んだのねー。割る?」
「こっちで計算します」
「じゃぁ、七千六百円です」
マーブルは、飴色の時の様に良心的に値段を設定しているつもりだった。
それでもそんな金額になるなんて、すごく飲んだに違いない。
絵梨香ちゃんは一万円札を出して、私に渡す。
- 383 名前:LULLABY OF BIRDLAND 投稿日:2008/08/09(土) 23:32
-
受け皿に受け取って、レジに向かうのに、視線を感じた。
他でもない、絵梨香ちゃんの視線。
熱っぽい視線にやはり、困ってしまう。どうしたらいいのか、全く分からない。
おつりを渡して、ドアまで見送って、ドアを閉める。
その間、美貴ちゃんは一切こっちを見なかった。
何時の間にか戻ってきていた小春と愛佳と、楽しく会話しているみたいだった。
淋しく感じてしまうのは、ずるいんだろうか。
振り向くと、さゆと目が合った。にこっと微笑むその姿は、幸せそうで、
相変わらず、吉澤さんとは仲がいいみたいだった。
「ママー」
「どうしたの?」
「あの人、三週間目だね」
「……さゆ」
「だって、いつまでもつのかなって」
「さーゆ?」
ごめんってば、と言いつつもさゆは悪ぶらなかった。
- 384 名前:LULLABY OF BIRDLAND 投稿日:2008/08/09(土) 23:32
-
あの日、確かに繋がっていた、手と手は、どうしてか少し離れている気がして、
どことなく焦りを感じる。貴方の傍にいたいのに、傍にいる筈なのに、遠く感じて。
ねぇ、あの日みたいに歌ってよ。私の溜息を聞いて歌って、とそれが今の、私の溜息の原因だ。
- 385 名前:LULLABY OF BIRDLAND 投稿日:2008/08/09(土) 23:33
- see you again.
- 386 名前:空飛び猫 投稿日:2008/08/09(土) 23:33
- な、なんとか、曲名シリーズに戻った気がします。
しかも、今回は、さほど曲に捕われすぎてない気もする。頑張った!……かも?
>>369
ありがとうございまーす。
飴色とマーブル、少し雰囲気は違うんですが、どちらも通いたい感じを目指してます。
また、みんなが幸せになれる事を願いつつ、いそいそと書いております。
>>370
どこかで掛け違ったボタンは、いつ元に戻るんでしょうねぇ。
>>371
変わってきたもの、変わらないもの、変えていかなきゃいけないもの。
三年間で、色々と変化してるみたいです。現在進行形なのかも。
続き、がんばりまーす。
- 387 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/10(日) 20:15
- うわーん切なくなってきた
- 388 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/11(月) 00:13
- めっちゃ続きが気になります!
- 389 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/07(日) 17:30
- ひとのこころはむずかしいんですね。
どうなっていくのかたのしみです。
- 390 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/21(日) 00:55
- 待ってます
- 391 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/30(火) 21:59
- 続き♪
- 392 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/30(火) 23:49
- 更新されたのかと期待しちゃうから
ageないで…
- 393 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/01(水) 22:16
- ごめん・・・
- 394 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/17(金) 23:10
- come back
- 395 名前:ever after 投稿日:2008/10/20(月) 23:18
-
様々な苦難を乗り越え、ひとみ王子とさゆみ姫は、永遠の幸せを誓った。
「and they lived happly ever after」
それがいつだって、童話の最後の文句で、それ以上の文句はなかった。
じゃぁ、その後はどうなるの?
本当に、ずっと、ずーっと一緒に幸せに暮らしていられるの?
答は、NOだと、最近思う。
- 396 名前:空飛び猫 投稿日:2008/10/20(月) 23:18
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
〜ever after〜
- 397 名前:ever after 投稿日:2008/10/20(月) 23:19
-
久々のデートは、よりにもよって、童話の様な映画を見に行くデートだった。
こういうのスキでしょう?ってにっこり笑った彼女を見ると、
普段と変わらない感じで、だったらどうして、私は変わってるんだろうとちょっと思った。
「ひとみさん、ポップコーン買うの?」
「買わないの?」
「この後、マーブル行くんでしょ?」
「あぁ、お腹いっぱいになっちゃうか」
できるだけ、できるだけ声のトーンを優しくして諭す。
久々だからってはしゃぎすぎだよ、ひとみさん。
はしゃいでる彼女を見れば見る程、冷めていく自分がいた。
ねぇ、それって、本当に、はしゃいでくれてるの?
それとも、はしゃいでる様に見せてるだけなの?
……なんで、そんな事思わなきゃいけないんだろう。
なんで、疑心暗鬼で悲しくならなきゃいけないんだろう。
- 398 名前:ever after 投稿日:2008/10/20(月) 23:19
-
電話の着信音が鳴った。シンプルな、電子音。
ひとみさんは携帯を見て、やっと座った席を立った。
「ごめん、ちょっと電話出てくる」
「いってらっしゃい」
ねぇ、それ、誰からの電話?
疑心暗鬼が疑心暗鬼を呼ぶ。
鬼だらけになった私は、いっそあの人の携帯を奪って、
自分がその電話に出てしまいたい欲求にかられる。
少しして、ひとみさんは戻ってきた。
私が不安に思ってる事なんて、気付かないみたいだった。
ちょっと大きめの紙コップのコーラを飲みながら、ひとみさんは笑った。
髪の毛に触れられて、優しく触れられてるのが分かる。
ちょっとだけ安心して、私は、微笑み返した。
「同僚からだった」
「そっか」
今、ひとみさんは教育実習に、どこかの学校に通っていた。
その学校は教えてもらえていない。なんでか、内緒だって言うのだ。
普通は母校とかなんだろうけれど、ひとみさんの母校は地元で、
ちょっと遠かったから、違う学校なのだろう。
- 399 名前:ever after 投稿日:2008/10/20(月) 23:20
-
ひとみさんは、その同期で一緒に教育実習に入っている人達の事を、
同僚と呼んでいた。
同僚が何人いるのか知らないし、もしかしたら一人かもしれないけど、
それも教えてもらっていない。聞いてないから答えないだけかもしれないけれど。
教育実習が忙しいらしく、ほとんどデートとかできていなかった。
毎日食べていた夕飯も、教育実習スタートと同時になくなった。
『ちょっとの間、淋しい思いをさせます』
でも、頑張るからねって、笑ってた時、あの時、私はまだ、エヴァ−アフターの中にいた。
王子様がちょっと狩りにでかける。それぐらいの事柄だと、姫は思っていた。
でも、実際、大冒険が始まってるみたいだった。
- 400 名前:ever after 投稿日:2008/10/20(月) 23:20
-
教育実習の期間は一ヶ月。短い様で長い一ヶ月。その間、私は毎日メールを待っていた。
朝のおはようと夜のおやすみ。その二回のやりとりしか、結局してなかったけど。
「面白かった?」
気付いたら、真っ暗だった館内は、すっかり明るくなっていた。
「うん。面白かった」
「……よかった」
マーブルに行くかーと伸びをするひとみさんの横で、私は一生懸命ストーリーを思い出していた。
でも、殆ど思い出せなかった。最後が特に、全く思い出せなかった。
結局、あのお姫様は、王子様と結ばれたの?
何週間か前なら聞けた質問が、何故かお腹の中で渦巻いていた。
- 401 名前:ever after 投稿日:2008/10/20(月) 23:20
-
夏は、まだまだ順調に温度をあげていて、地球温暖化なんて言葉が現実味を帯びてきていた。
鼻にかいてしまった汗をひとみさんが気付いて、ハンカチで拭いてくれた。
ちゃんと、お化粧してる私の為に、ぽんぽんて軽く拭いてくれた。
ちょっとだけ嬉しくて、暑かったけど腕に絡み付く。
ははっ、て、ひとみさんが笑う。
私もふふって笑って、そのまま歩いて行きそうな空気になっていた。
風がざわっと吹いたのが心地よくて、空を見上げたら青葉の間をてんとう虫が飛んでいた。
「ひとみさん、てんとーむしだよ」
「あ、ほんとだね」
二人で歩くのは、本当は、とっても楽しい。
一緒にいるのが、とっても幸せだった。
どうして、疑心暗鬼に取り憑かれてしまうのか、私には未だに分からない。
- 402 名前:ever after 投稿日:2008/10/20(月) 23:20
-
マーブルに行く道は、自然に溢れていた。
虹ヶ丘は、私の街からは少し離れていたけど、私は専ら、夕飯はマーブルで過ごしていた。
飴色にも時々は顔を出していたけれど、やっぱり、ママのいる場所にいたかったから。
マーブルに行く道がスキっていうのもある。
徒歩とバスを使って、三十分。
自宅から坂を降りて、バスに乗って、虹ヶ丘に流れる川の橋の手前で降りて、
橋を渡ってすぐの坂を昇る。坂を昇りきった所の、
銀木犀が揺れる青い屋根の家の角を曲がると、マーブルにたどり着く。
まるで、パリのアパルトメンみたいな外観で、上は色んな人が住めるようになっていた。
大体は、音大生とか、画家さんとかが住んでいるらしいと聞いた。
ママと美貴さんもそこに住んでいた。一緒の部屋に暮らしていると聞いている。
まだ、お部屋に入れてもらっていなかった。私が、なんとなく辞退し続けている。
ちょっと、恥ずかしいのだ。そこがママと美貴さんの、愛の園だと思ってしまうから。
私も、いつかひとみさんと暮らす事になったら、そこに住みたかった。
- 403 名前:ever after 投稿日:2008/10/20(月) 23:21
-
その話をしようとした時だった。
「あのね、ひとみさん」
「吉澤さん?」
後ろから、女の人の声が聞こえた。
ひとみさんは慌てて振り返った。その拍子で、手が離れた。
その拍子で離れたと思いたかった。とても可愛い女性が立っていたから。
「こんこん?さっき、図書館行くって言ってなかった?」
この人が、さっきの電話の相手。
「今日が月に一度の閉館日だって忘れてて」
てへって笑うと、とってもチャーミングだ。
「あ、こんにちは、紺野です。いつも吉澤さんにお世話になってます」
「……道重です」
「やだなぁ、こんこん。いつもお世話してる方なくせに」
「そうですね。じゃぁ、お世話してます」
こらこら、と笑う吉澤さんは、どことなく楽しそうで、
私の知らない世界の人だった。
なんとなく、さっきまでの疑心暗鬼が疑心暗鬼じゃなくなった気がしていた。
- 404 名前:ever after 投稿日:2008/10/20(月) 23:22
-
「さゆ?さーゆ」
「……」
「なんか、怒ってる?」
「別に、怒ってない」
紺野さんと別れてから、私はまだその一言しか口を聞いていなかった。
ピンクが好きそうで、ほんわかしてて、おっとりしてて、優しそうで、
でも頭が良さそうだった。
「じゃぁ、なんで黙ってるの?」
「特に、話す事ないから黙ってるの」
「ちょっと、さゆ?」
言葉の端々に刺がでていた。川を渡って、すぐの坂を昇る。
坂を昇りきって、すぐの銀木犀の揺れる青い屋根の家の角を曲がる。
「さゆ、いい加減にしなよ」
「何が?」
「いい?気に入らない事があったからって黙るのは子供のする事だよ」
あとちょっと。あとちょっとでマーブルなのに。
「じゃぁ、私は子供なんだわ」
「さゆだって、もう、本当は大人だよ」
「吉澤さんはもっともっと大人みたいね」
もうマーブルには一人で行くから、そう言って私は彼女の手を振り切った。
- 405 名前:ever after 投稿日:2008/10/20(月) 23:22
-
銀木犀の揺れる家の角を曲がって、すぐのマーブルに飛び込む。
「さゆ?」
「ママァ」
訳も言わずに腕に飛び込んで泣く私をママはただただ抱き締めてくれていた。
吉澤さんが追いかけてきたけど、美貴さんが追い払っていた。
小春と愛佳しかお店にいなくてよかった。本当によかった。
涙が枯れた頃合いを見計らって、美貴さんがミルクティーをいれてくれた。
紫色した、紫芋チャイ。泡立てたミルクに、泣いた兎の絵が描いてあった。
- 406 名前:ever after 投稿日:2008/10/20(月) 23:22
-
ハピリーエヴァ−アフター。その後のお話なんて、そうそうしない、おとぎ話。
でも、現実は、その後もあるし、それがハピリーとは限らない。
私はまた、捕われのお姫様に戻っていた。
何時の間にか、今度はべつの事に捕われて。
- 407 名前:ever after 投稿日:2008/10/20(月) 23:23
-
see you again.
- 408 名前:空飛び猫 投稿日:2008/10/20(月) 23:23
- 長らくご無沙汰してました。
ネットから離れていた間に、色々とあったみたいで……。
とりあえず、マーブルは続きます。
ちょっと忙しい期間になってきてるので、またまたお待たせするかもしれませんが。。
>>387
ごめんよぅ。今回は切ないの続きだよぅ。
>>388
続き、というかべつの人のお話です。ドゾー。
>>389
難しいですねぇ。私は、未だによくわかりません。
続き、楽しみにしてください。
>>390
お待たせしました。
>>391
続き、長らくお待たせしました。
>>392
お待たせしちゃってごめんね。
>>393
どんまい。
>>394
I'm Back!! ごめんね、遅くなって。
- 409 名前:君はスミレ 投稿日:2008/10/21(火) 16:00
-
あたしの君はスミレの様だ。
可憐で、清楚で、まるで野に咲くスミレ。
君が風にたなびいてしまわない様に。
君が雨に野ざらしにされない様に。
そうして君を守って行く。
あの星に、そう誓った。
- 410 名前:空飛び猫 投稿日:2008/10/21(火) 16:01
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
〜君はスミレ〜
- 411 名前:君はスミレ 投稿日:2008/10/21(火) 16:01
-
今日も、あたしはマーブルで働いていた。
そして、今日も、愛佳はあたしのバイトが終るのを待っていた。
そうしてくれている愛佳を見て、安心する時がある。
そうやって傍にいてくれれば、守れる位置にいるから。
でも、不安になる時もある。彼女の人生はそれでいいのかと。
「愛佳」
「ん−?」
「もうすぐ休憩時間なんだけど、何食べたい?」
「……じゃぁ、たまには作ってほしいな」
「了解」
あたしが作れる料理は、一つだけ。
お店名物となりつつある、と勝手に自負している裏メニュー。お好み風ホットサンド。
それはあたしが開発した料理で、だからか、あたしのいない時に頼まれても
美貴さんも梨華さんも作らないでいてくれるみたいだった。
それは、ちょっと認められてるみたいで嬉しかった。
あたしの今日のメニューは、ホワイトカレーライス。
美貴さんが今日初めて作る、チキンの入った真っ白なカレーだ。
- 412 名前:君はスミレ 投稿日:2008/10/21(火) 16:02
-
お好み風ホットサンドを作ってる時、ふと、愛佳に目をやる。
俯きがちにノートを見ていて、ペンを走らせている。
キャベツの千切りを切り終わった頃、ふともう一度彼女を見ると、
見知らぬ人が彼女に声をかけていた。
愛佳は困ってる顔をしながら、首をかしげていた。
パンを敷いて、マヨネーズとソースで和えたキャベツの千切りと、豚肉をいれる。
上からもう一枚パンを置いて、機械をしめる。
心ここにあらず、だ。
あたしは、美貴さんみたいに、冷静に、『まぁよくあることだよね』とは言えない。
愛佳を誰かに取られるのがすごく怖いし、愛佳が離れていくのが怖い。
そんな事したら、生きていけるかすごく不安だ。
「小春、焦げるよ?」
「あっ!」
「小春、危ない!」
「あっつ!」
そのフライパンのちょっと形の変わった感じの機械は、
タオルで触らないと火傷するくらい熱くなる。
- 413 名前:君はスミレ 投稿日:2008/10/21(火) 16:02
-
その事をぼーっとして忘れていた。
「冷やしてきなさい。やっといてあげるから」
「ごめんなさい」
「いいから早く!」
美貴さんが珍しく焦った声を出していた。
じゃーじゃー流れる冷水の中に手を突っ込んでいると、
後ろから抱き締める小さな身体があった。
「愛佳?」
「だいじょぶ?」
「ぼーっとしちゃってさ」
「疲れてるんじゃない?」
まさか、焼きもちやいてました、なんて言えない。
変なプライドが邪魔して、言えやしない。
「大丈夫。ちょっと、考え事してただけだからさ」
「さっきね、そこで、不思議な人に話し掛けられちゃった」
「ふーん」
きゅっと、愛佳があたしを抱き締める力が強くなった。
流水は冷たくて、心地よいを通り越して痛かった。
ホットサンドはできてるみたいだったし、カレーもあとは盛るだけだった。
「愛佳?」
「ん?」
「そろそろ、御飯食べようよ」
「うん」
少し淋しそうに離れるこの人に、突然口づけたら、きっと恥ずかしそうに受け入れてくれるんだろう。
でも、周りの目とか、考えてしなかった。自分が意外と、恥ずかしがりやなのにその時気付いた。
- 414 名前:君はスミレ 投稿日:2008/10/21(火) 16:02
-
愛佳とテーブルについた時、その『不思議な人』はもういなかった。
どう不思議なのか聞きたい気もしたし、その人の話を愛佳の口から聞きたくない気もした。
どっちにしようか悩んでいたら、愛佳は、いただきます、と
ホットサンドを食べて、にっこり微笑んだ。
「美味しい。ホントに美味しい」
「ほんと?」
「小春も、立派なカフェ職人さんになれるね」
「え?」
「ん?」
思ってもみなかった言葉だった。
カフェ職人。所謂、飯田さんや、美貴さん、梨華さんの事を指しているのだろう。
「カフェ職人かー」
「そう。命名、愛佳」
得意げにしてるところとか、好きだよ。
心の中で思う。彼女の事が、本当にスキだった。
- 415 名前:君はスミレ 投稿日:2008/10/21(火) 16:03
-
カフェ職人、もし、そんな夢をあたしが持ってもいいのなら、愛佳も一緒になってほしい。
まだまだ、遠い未来の話だけれど。
でも、そんな我侭は言えなかった。
愛佳には愛佳の人生があって、愛佳には、愛佳の生きていく道がある。
ただ、美味しそうにあたしの料理を食べてくれるなら、それでよかった。
唇の端に着いたソースを拭ってあげると、愛佳が微笑んだ。
「小春、冷めちゃうよ」
「あぁ、そうだった」
ホワイトカレーは、白いんだから辛くないと思い込んでいたら、
相当辛くて、やられた!と叫びそうになった。
水をがぶがぶと飲むあたしに追加の水を持ってきた美貴さんは得意げだった。
本当にくやしい。でも、おいしいおいしいカレーだった。
- 416 名前:君はスミレ 投稿日:2008/10/21(火) 16:03
-
九時四十五分も過ぎた。そろそろ送らないと、虹ヶ丘から彼女の家までは徒歩で四十五分はかかる。
最終バスは九時半で、バスのない時間まで引き止めるものだから、
結局いつも歩かせてしまって、ちょっとだけ申し訳なく思う。
でも、一人でバスに乗るくらいなら、あたしと歩いた方がずっとずっと楽しいよって、
愛佳が言ってくれるから。あたしはいつもそれに甘えていた。
「愛佳」
「ん?」
「今あがるから、そろそろ帰ろうか」
「うん。じゃぁ、準備しとく」
夏のマーブルは、クーラーを殆どきかせていなかった。
時々お客さんに言われるけど、それでも、その時は個別に扇風機を貸していた。
エコだし、長くいると寒く感じるものだから、という梨華さんの持論だ。
でもその中のどこかに、歌う人達の喉を乾燥させない様に、っていう配慮もあるみたいだった。
それでも、長くいると寒いのだろうか、愛佳はいつも薄手のカーディガンやブランケットを持ち歩いていた。
- 417 名前:君はスミレ 投稿日:2008/10/21(火) 16:03
-
愛佳は鞄をいつも二つ持っていた。教科書いれてる重そうな鞄と、自分の物をいれてる布の鞄。
重そうな方の鞄を持つと、愛佳は大丈夫だよ?と鞄を取り戻そうとする。
「あいた手はぁ」
「あいた手は?」
「こうしましょー」
手を繋ぐ。それだけで幸せになれるから。
愛佳も微笑んでくれた。ちょっとだけ、ロマンティックな空気。
今日歌われていた、ジャズバージョンのキスザガールが頭の中をよぎる。
Go on and kiss that girl!
あの歌を聞いた時、その曲に合わせながらキスがしたかったのを思い出した。
「……愛佳」
「うん?」
「今日歌われてた歌、知ってる?」
「あぁ、映画の曲」
「歌詞、覚えてる?」
「……覚えてない」
- 418 名前:君はスミレ 投稿日:2008/10/21(火) 16:03
-
「Lalalala, Lalalala, Go on and?」
「Kiss that girl」
小さく歌うと、一緒に歌ってくれる。
唇を近づけると、目を閉じながら小さく微笑んでくれる。
鞄をおとしても、気にせずずっとあたしを抱き締めてくれる。
それだけで、幸せ。それだけが、幸せ。
ねぇ、君の為ならあたしは生きていけるよ。
今日も君が笑う。それだけで世界は春になる。
小さな小さな、春になる。
花が息吹き、心地よい風が吹く気がする。
暑さも感じない。
「このままでいたいね」
「……あ、ヤバい。そろそろ行かないと門限間に合わない」
「小春……」
「今度のお休みの日こそ、海行こうね」
「もう秋になっちゃうよ」
名残惜しむみたいにした最後の口付けは、ちょっと情熱的で、
お互い我慢できなくなりそうだったから、あたしは鞄を両方手に取って、
愛佳の手もとって、無理矢理走り出した。
愛佳がどんな顔をしてるのか、見てる暇はなかった。
- 419 名前:君はスミレ 投稿日:2008/10/21(火) 16:04
-
星の王子様は、薔薇を守る為に、ガラスのドームみたいなのを置いていた。
自分のスミレも同じ様に守るべきか。
ねぇ、星の王子様って、その後どうなっていたっけ?
子供の頃に読んだ本の内容だから、もうその時には思い出せなかった。
- 420 名前:君はスミレ 投稿日:2008/10/21(火) 16:04
-
see you again.
- 421 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/21(火) 18:55
- うわああああんどんどん切なくなってくうううううう
- 422 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/21(火) 23:13
- らしい二人ですねw
ほのぼのな感じがすごくいい
心が暖まる。薔薇じゃなくて、スミレってとこが好きです
- 423 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/30(木) 11:07
- さゆとよっすぃの2人がとってもいい感じにツボです
「Morning Days vol.3」でさゆ・こは・みつの3人がキャンプしてますが、それがこの飴色の3人の関係をそのまま抜き出したみたいでした(笑)
次回更新楽しみに待っています
- 424 名前:Because of YOU 投稿日:2008/11/01(土) 01:50
-
多忙な時間を一緒に過ごすのは、それだけで宝物。
一緒に厨房にいると、同じ頭の中をしてるんじゃないかってくらい、
タイミングが合う。それだけで幸せ。
だから、気付かなかった。彼女が厨房の外ではどう考えているかなんて。
- 425 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/01(土) 01:50
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
〜Because of YOU〜
- 426 名前:Because of YOU 投稿日:2008/11/01(土) 01:51
-
その人の存在に気付いたのは、その人がきてすぐだった。
半年に一度くらいのペースで訪れる、そういうタイミングに、
正直私は辟易していた。
そして、またしても。梨華ちゃんをスキっていう感じの人が現れたのである。
それは女性だったり男性だったり、日本人であったり、時には外国人であったり。
様々な人種だけれど、皆一様に、梨華ちゃんの優しい微笑みを見て、
ぱーっと恋に落ちてしまうのだ。
その人も、同じ様だった。
「あの、すみません」
「はい」
「予約した三好ですが」
予約なんて、必要のない筈の時間帯。
わざわざ予約するなんて、カップルの誕生日かと思いきや。
女性二人で、仕事帰りにちょろっと寄っただけだと言う。
- 427 名前:Because of YOU 投稿日:2008/11/01(土) 01:51
-
なんでわざわざ?と疑問に思っていた答はすぐに出た。
「あの失礼ですが、石川さん、ですか?」
「えぇ?」
「すみません。電話の声と同じだなって思って」
見た事のない客ではなかった。
つまり、相手は狙いを定めていたのだ。
意外と、今回の人は考え無しに行動するタイプではないかもしれなかった。
それから一ヶ月くらい。彼女は週に三度は訪れた。
お店的には毎回沢山飲んで下さるし、有難かったけれど、
私の心中は穏やかではなかった。顔に出さなかっただけだ。
- 428 名前:Because of YOU 投稿日:2008/11/01(土) 01:51
-
ドアの開く音は殆どしない。
小さなお店だったし、ライヴ中にベルが鳴っても嫌だったから、
させない様な作りにした。
厨房にいた私が、さゆが入ってきたのに気付いたのは、だから、声がしてからだった。
「ママー」
「はい、いらっしゃい」
「それお寿司屋さんみたい」
「江戸前です!」
じゃぁ、今日はそんなさゆに合わせて、と酢飯を作り出す。
あいにく、生魚はカルパッチョ用しかなかったが、
酢醤油で食べても美味しいくらいの鮮度のものだったし。
- 429 名前:Because of YOU 投稿日:2008/11/01(土) 01:52
-
注文しないのに何かを飲んでいるさゆを見て、不思議に思ったのか、
三好さんは梨華ちゃんを捕まえてそれを尋ねていた。
「ここは、お勧めを出してくれるとか、あるんですか?」
「えぇ、聞いて頂ければ、なるべく添いますけど」
「……そうですか」
「あ、もしかして、彼女の事?」
「えぇ」
そこで助け舟を出さなければ終ったのに。少しだけいらつく自分がいた。
最近喧嘩したままなのか、吉澤さんとは来なくなったさゆの、
一人分の酢飯は、早くに冷めていた。
「彼女は毎日食べにくるから、毎日違うものを美貴ちゃんが用意してるの。
大抵は、今日一日食べた物とか、聞いたりするんだけど、
なんか今日はもう用意し出しちゃったみたいだから」
そう。心が通い合っているかの様に、私と梨華ちゃんは厨房の中と外で繋がっていた。
ドリンク係の小春も、だけど。そして時々ヘルプで入ってくれる愛佳もだけど。
- 430 名前:Because of YOU 投稿日:2008/11/01(土) 01:52
-
三好さんはどういう顔をしているんだろう。
そう考えながら、鯛と、サーモンと、開いて茹でた海老と、
酢飯を冷ます傍らでちゃちゃっと作っておいた錦糸卵を上に乗せる。
さやいんげんはなかったので、ただのいんげんもさっと茹でて細く切る。
彩りに乗せて、最後に胡麻をかける。
いつもなら梨華ちゃんを呼ぶ。
なのに、その時に限って私は自分でさゆに渡しにいった。
その人のその顔が見たかった気もする。
でも、何より、梨華ちゃんの顔が見たかったのだろうと、思う。
「はい。江戸前のちらしだよ」
「キャー!すごい!さすが藤本さん!」
「いいからよく食べて、早く仲直りしなさいね」
「……」
「ごめん。余計な事言ったわ」
「ううん。ありがと」
くしゃくしゃってさゆの頭を撫でると、ふわふわと細い毛が、手に心地よく感じた。
- 431 名前:Because of YOU 投稿日:2008/11/01(土) 01:52
-
微笑みながら振り返ると、梨華ちゃんはまだ、三好さんと喋っていた。
とても優しく微笑んでいた。私に微笑む時とまるで同じ様に。
三好さんの顔は見なかった。悔しかったのだ。
きっと、困った顔で笑ってるに違いないと踏んでいたのに、
そうではなかったその現実が、悔しくてたまらなかったのだ。
「梨華ちゃん、ごめん」
「ん?あ、もう喉あっためる?」
「うん。今日ちょっと調子悪くてさ」
「わかった。すぐ入るね」
気付いたら、声をかけていた。
そのまま、手を洗いにいく彼女が、頑張って、とぽんぽん肩を叩いていったのが、
また少しだけ悲しかった。
ホントは、そんなに余裕ないんだよ?そんな、大人じゃないんだよ?
そう言えたら、きっと楽なのに。なんでか私のプライドが許して言えない。
あの日、吉澤さんに取られまいと必死にかなぐり捨てたプライドを、
私はまた着込んでしまっている様だった。
- 432 名前:Because of YOU 投稿日:2008/11/01(土) 01:52
-
歌う歌は、今日に限らず愛の歌。
そして、今日に限らず幸せな歌。
今日じゃなければと思う。
今でなければ、きっと幸せに歌えたのに。
because of you. 貴方故に。
そう、全ては、貴方故に。
- 433 名前:Because of YOU 投稿日:2008/11/01(土) 01:53
-
see you again.
- 434 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/01(土) 01:55
- どもー。おひさしぶりでっす。
久々に、美貴ちゃん書いたなって感じました。
もっと長いの書きたかったんですが、気付いたら終えてしまってましたorz
ホント短くてすみません。。
>>421
ごめんー!もっと切なくなってきちゃいました(´・ω・`)ホントニモウネ....
>>422
らしいですかw
よかったよかった。
スミレ、か、スズラン、て感じのイメージでした。
>>423
さゆとよっちぃのお話は、次回書きたいと思っています。
ホントは今日書いちゃいたかったんだけど、この時間です。。
ヒャー!!そんな場面みたいみたい!でも切ないから見たくない見たくない!嘘、みたいですw
- 435 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/01(土) 11:30
- 待ってました!美貴ちゃん切ないですね。次も楽しみにしてます。
- 436 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/02(日) 01:38
- 更新ありがとうございます!
ミキティの気持ちを知りたかったのでうれしいです。
続きも楽しみにしてますよー。
- 437 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/03(月) 10:40
- 確かにミキティの気持ちも分かるなぁなんて思いました
- 438 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:01
-
眠れる森の美女は、ずっとずっと眠って待っていた。
王子様のキスをひたすら、ただひたすらに。
じゃぁ、私はどうしたらいい?
あの人が帰るのをひたすら待つのか。
それとも……。
- 439 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/12(水) 00:02
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
〜Sleeping Beauty〜
- 440 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:02
-
最初の内は、謝ってたりした吉澤さんのメールは、だんだん諭す口調になって、
最終的には、「私が悪いけど、君も悪い」的な身もふたもないものになってきた。
返事を返さない私の事を指しているのだろうけど、なんだかすごく腹が立って、
しばらくメールはしてこないとまで言うから、
こっちだってしてやるものかー!と、意気込んでいた。
「うんうん。それは吉澤さんが悪いね」
「そーぉ?絵里は、さゆが悪いと思うけど」
「えぇえ!さゆの?どこが?」
マーブルで夕飯を食べ終ってお茶しているところだった。
愛佳も誘ったら、御飯は小春と食べるから、飲み物だけで、とか殊勝な事を言っていた。
自分の心の中で考える事が、すごく刺々しく感じた。
もしかしたら、その刺は口からも出ていたかもしれない。
- 441 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:03
-
絵里は、食後のケーキをほおばりながら、ちょっと考えて、
口の中身を飲み込んでから喋り出した。
「いち。吉澤さんのその同僚が、浮気相手かなんて分からないのに、
勝手に怒って、返事もしない。そりゃ相手だって痺れを切らすでしょ」
「まぁ、まぁ、さゆだって、さ」
れいながフォローしてくれていた。自分の唇が尖っていくのを感じる。
絵里の言葉は、痛いのに優しい。
「に。さゆの夢はお嫁さんて言ってるけど、さゆはこれから先も、
吉澤さんが教職に就いたら、帰りを待ちたい訳でしょう?
帰りを待ってる間、ずっとそんな風に疑心暗鬼な嫁なんて欲しくないなぁ」
「絵里!言い過ぎだって!」
眉が垂れ下がっていく。じゃぁどうしたらいいっていうの?
じゃぁ、どうしたら、私は吉澤さんと幸せになれるっていうの?
- 442 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:03
-
「さゆ、現実的な事いうとさ、なんかやりたい事見つけた方がいいよ。
ずっと一緒にやってく相手に、何も夢ややりたい事がなかったら、
置いてく方だって気後れするし、置いてかれる方だってつらいよ?
今のさゆは、夢を夢見てるんだよ」
ズキーンと心に響いた。
そういえば、私には趣味はお茶するくらいしかない。
しかも、お茶と言っても、こうしてママの所でおしゃべりするくらいのお茶。
国文科に通ってはいるけれど、特に、これを極めたい、っていうのがあって、通ってる訳じゃない。
じゃぁ私は、結局どうなるんだろう。卒業後、働くという話はまだ出ていない。
そろそろ出ていい頃だけど、両親と話せなくて、進路の話とか……否、違う。
考えたくなかったのだ。進路とかそういうのを考えると、吉澤さんととばかり思ってたから、
今更別の進路なんて考えたくなかったのだ。
「さゆ、就職しろとは言わないけどさー」
「うん」
「なんか夢中になれるもの、吉澤さん以外で見つけなよ」
「……うん」
さゆみの隣で、愛佳もなんだかしょんぼりしていた。
なんでだろう、私の分まで、切なそうだった。
- 443 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:03
-
夢中になれるもの。夢中になれるもの。
とりあえず、お嫁さんは諦めきれなかったので、
趣味を見つけてみようと、本屋さんに向かった。
趣味雑誌のコーナーで片っ端から探して、ようやくたどり着いたのは、
手芸コーナーだった。編み物の、初心者向けの本を手にとったけれど、
何が書いてあるのか、一切分からなかった。
でも、こういう、ちまちました事、嫌いじゃない筈。
自分に言い聞かせて、なんて呼ぶのか分からないその編む棒と、
毛糸を選んで、今から作る事を考えても、クリスマスには間に合うくらいに思って、
とりあえず編み始めた。これがなかなか難しくて、三段終った頃にはもう手放していた。
「あー!無理!無理ったら無理!」
何時の間にか、ベッドに倒れこんでじたばたしながら叫んでいた。
「ひとみさんに電話しちゃいたいー!」
会いたいとかそんな事ばっかり考えちゃって、話にならない。
- 444 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:03
-
「さゆがなりたいもの、かぁ」
理想なのは、お嫁さん。でも家事ができる訳じゃない。
お料理だって、できないし。
お掃除だって、そんなにしてないし。
洗濯機の使い方だってよく分からない。
それって、どうなの?って思うけど、
しなくてもいい生活をしてきてしまっているんだから、仕方ないのかもしれない。
「一人暮らし、してみようかなぁ」
突然家を出るって言ったら、両親は反対するだろう。
でも、マーブルの上だったら許してもらえないだろうか。
「でも、どうせ、一人で暮らしてるようなものだしなぁ」
ちょーっとお手伝いさんがいて、ちょーっと全部やってもらっちゃってるだけだ。
それが意味がないと思うんだけど、でもこのだだっ広い家を、全部片付けるのは至難の技な訳で。
「悩ましい。悩ましいなぁ」
私の思考回路は、だんだん止まってくる。
とろーんと視界がぼやけて、真っ暗になっていった。
- 445 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:04
-
『さゆなんてなんもできないし、夢もないし、そんなのお嫁さんにいらないよ』
『やだ!やだったらやだ!』
『家事できないのなんてお嫁さんて言わないし』
『できたらいいの?』
『毎日、疑心暗鬼で待たれるのすごく嫌だし』
『何かしたいこと見つけたらいいの?』
『さゆなんていらない。いらないったらいらない』
『バカ!ママのバカ!パパのバカ!』
- 446 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:04
-
目覚めたとき、涙が一雫、耳に落ちていってくすぐったかった。
どうやら、夢を見ていた様だった。
「なんで、最後、パパとママになっちゃったんだろう」
夜が、明けそうなくらいの時間だった。
薄明るくなってきているカーテンの下から覗く光は、
まるでおとぎの国にきたみたいだった。
カーテンを開けて、窓の外を見る。
空は、雲が少しだけ多くて、光が反射して綺麗だった。
カタン。音がして、下を見る。
新聞の人かな?と思ったけど、違った。
ひとみさんだった。
「ひとみさん!」
「……さゆ?起きてたの?」
フードをかぶって、走り去ろうとしていたひとみさんに、思わず声をかけると、
ひとみさんは驚いた顔をしてこっちを見て聞いた。
怒ってる声はしていなかった。
- 447 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:04
-
私は、窓の外の空気が吐息よりも冷たい事を、
のぼっていく息が仄かに白い事で気がついた。
「今、起きた」
「そか」
穏やかに微笑んでいてくれるのは、なんで?
私は、大人げない事したのに。
「そっち行くね」
「あったかい格好しといで」
意外と寒いから、って、ひとみさんが言った。
夏ももう終わってるって、空も告げる様に秋晴れだった。
カーディガンを羽織って、下に降りる。
急いでいたから、何も飲み物とか用意できなかった。
ひとみさんはもしかしたら喉が乾いていたかもしれないのに。
でも、なんでか、今行かなきゃ、いなくなっちゃう気がして。
- 448 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:04
-
がたん、とドアを開けると、玄関先の階段にひとみさんは座っていた。
「久しぶり」
「……うん、久しぶり」
「……泣いてた?」
「夢がね、ちょっと嫌な夢だったみたいで」
「可哀想にね」
涙の跡を撫でてくれるその手は少し冷たくて、でも暖かくて、
頬をこすりつけると、髪の毛に伸びたその手がくしゃくしゃって撫でてくれた。
いつだったか、珍しく藤本さんが撫でてくれた時の様に。
でも、全然違う感情がこみ上げた。
「なんで、こんな時間に?」
「いや、なんとなく、呼ばれた気がして」
「それだけで?」
「だめだった?」
「ううん」
嬉しい。って言ったときには、涙が溢れていた。
- 449 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:05
-
私は、喧嘩していたのも忘れて、ひとみさんの腕の中でしばらく泣いた。
「今日のさゆみは、どこかセンチメンタルなんだね」
「そうかも」
「どんな夢だった?」
「あのね」
夢の説明を、ずっとひとみさんは聞いてくれた。
相づちを打つ以外は、黙って、聞いてくれた。
そして話し終わった頃、色々考えた後にひとみさんは話し始めた。
「出会った頃と、同じ様な過ちを、私はおかしていたかもしれないね」
「え?」
「さゆみが、喜んでくれると思ってしていた事が、実は、さゆみを苦しめていた」
「何?」
ひとみさんは立ち上がって、ぽんぽんとお尻をはたいた。
ジーンズから落ちる埃がキラキラ輝いていた。
「今、教育実習してる学校、さゆみの高校なんだ」
「え?」
「あそこ、結構月給いいし、さゆ見てたら、教えがいありそうだったし」
ひとみさんは恥ずかしそうに笑った。
- 450 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:05
-
なんで、って唇がうごいたのが見えたのか、ひとみさんは続けた。
「さゆはさ、家事とか得意じゃないの知ってるし、
なるべく、お金の事で苦労させたくなかったし、
それに、時間とかとれそうな仕事だったし」
太陽が昇るのが、ひとみさんの後ろで見えた。
だから、ひとみさんには後光が指している様に見えた。
「でも甘かった」
「え?」
「教師なんて、そんな時間とれる仕事じゃなかったし、
そんな気持ちで始められるものでもなかった」
「そうなんだ」
「でも、それでもやりたいって思えた」
だから、と続ける、ひとみさんは毅然としていた。
私は、心のどこかでそれを受け入れる準備をしていた。
- 451 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:06
-
「だから、さゆみ、許して。
貴方を一人にする時間が多くなるかもしれないけれど」
それは決して、貴方を一人にしたくてしてる訳じゃないから。
その気持ちが伝わっただけで、私はなんだか心が落ち着いていた。
「いいわ。私も」
「え?」
「私も、やりたい事見つけて、いつかひとみさんに
『さゆみがいなきゃダメなのに』って言わせてみせるから」
「……それは……」
「見ててね!」
天に向かってガッツポーズ。
ついでに太陽が眩しくて見えなくなってきたひとみさんにウィンク。
ははって笑ったから、成功だ。
- 452 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:06
-
SleepingBeauty,SleepingBeauty.
Why are you still sleeping?
私はもうとっくに起きて、王子様と歩く道を選びました。
例えばまた、いばらの道に閉ざされたとしても。
王子様が剣を振るうなら、私はまだ見ぬ明日への希望という力を持って、
二人で戦うのみなのです。
- 453 名前:Sleeping Beauty 投稿日:2008/11/12(水) 00:06
-
See you again!
- 454 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/12(水) 00:09
- うわー。予定外にさゆ編を早くに終らせてしまった。
でも書いててすごいのってた。のって書けるときってそうないから大事だね。
>>435
ありがとー。美貴ちゃん、なかなか擦れ違いますよね。
>>436
いえいえ。こちらこそ読んで下さって有難う。
美貴ちゃんの気持ちも分かりますよねぇ。
ああいうのって、付き合い長ければ長い程できるものだし。
>>437
ねー。どっちも悪くないのよねぇ。難しいですねぇ。
- 455 名前:我侭なプディングを貴方の唇に 投稿日:2008/11/12(水) 23:36
-
明け方目が覚めると吐く息が薄くだけど白く濁った。
どうやら、夏は終ったらしい。
まだ、昼間は暖かいけれど、寒い寒い冬がやってくる。
海に行こうねって言った約束は、まだ、果たされていなかった。
- 456 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/12(水) 23:37
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
〜我侭なプディングを貴方の唇に〜
- 457 名前:我侭なプディングを貴方の唇に 投稿日:2008/11/12(水) 23:37
-
いつだって貴方におかえりなさいって言いたい。
それって、そんなに夢とは言えないものなのかな?
「愛佳。あーいか」
「ん?」
「なんか、上の空」
「そんなことあらへん」
じゃぁ、なんて言ったか分かる?って聞かれて、
答につまった。だって、上の空はホントだったから。
「まぁ、別にいいけど。なんかあった?」
「あらへん。ただ……夏が終ったなぁって、風を感じて思っただけ」
「そか」
愛佳ってば詩人みたいだね、って小春が笑った。
まるで、その相手が私でなくてもいい、博愛主義者の様に。
時々思う。小春は、本当に、私をそういう意味で愛してくれているのだろうかって。
帰り道、時々、帰りたくないって素振りを見せても、必ず自宅に送り届けられる。
それって、私にそんなに魅力がないのか、それとも、彼女が私を愛していないのか。
そんな事ばかりを思うから、辛くなって苦しくなって。
自業自得の負のスパイラルは、目の前に彼女がいても、続く様になっていた。
- 458 名前:我侭なプディングを貴方の唇に 投稿日:2008/11/12(水) 23:37
-
海、行けなかったね。とか、ずっと前に言ってた映画、DVDになったよ。とか。
話題を探せば、探す程、小春を責め立てる様な内容になるから、なるべく話題を探さなかった。
「愛佳?」
「うん?」
「なんか、あった?」
「だから、なんもあらへんって」
「そう?」
「あと十五分したら帰らなあかん」
「うん。私もあがる準備してくる」
小春。小春。小春。
どんだけ心の中で呼んでも、振り返らなかった。
多分、声に出したら、振り返ってくれたんだろう。
でも、今は声にできなかったから。
ねぇ、あの頃となんも変わらないね。
あの頃と、同じで、私はずっと貴方を追いかけてる。
- 459 名前:我侭なプディングを貴方の唇に 投稿日:2008/11/12(水) 23:37
-
帰り道、空は高く、星が瞬いていた。
繋いでる先の手が、ちょっとだけ冷たかった。
少しあかぎれているその手は、ぎゅっと私を掴んで離さない。
「ねぇ小春」
「ん?」
「将来、したい事決めた?」
「え?」
「したい事、決めた?」
「うん。こないだ、決まった」
「……そっか」
私の心も掴んで離さないくせに、貴方はすぐに遠くにいってしまう。
どんどん空高くに飛んでいく鳥の様に。
私は地上で貴方が帰ってくるのを待つしかない。
「愛佳は?」
「え?」
「なんか、したい事、あるの?」
「……どう、かなぁ」
「そっか……」
- 460 名前:我侭なプディングを貴方の唇に 投稿日:2008/11/12(水) 23:38
-
私のしたい事なんて聞かないで。
聞かないで、有無を言わさず、私を引っ張っていって。
そう言えたらどんなに楽だろう。
でも。あいにく。
小春の人生に、私という足かせはいらなかった。
足かせになるくらいなら、私は消えようと思っていた。
「愛佳?」
「……」
「愛佳、いなくならないでね」
「え?」
「……そんな顔、してるから」
あの日の約束、忘れちゃった?
そう言われて、私はやっと思い出した。
足かせになる訳にはいかない理由を。
あの日、小春に約束したあの言葉を。
「いなくならないよ?」
だからこそ
「約束したんやもん」
私は成長しなければならなかった。
- 461 名前:我侭なプディングを貴方の唇に 投稿日:2008/11/12(水) 23:38
-
唇に刻まれた約束を、思い出させるかの様に口付けて。
忘れてしまいそうな愚かな私に、それでも優しく口付けて。
いつかの映画も、いつかの海も、頭から消え去る様に
そんなものよりずっとずっと大事だったあの約束で、私を縛り付けて。
- 462 名前:僕らは飽きもせずただお互いをがんじがらめに 投稿日:2008/11/12(水) 23:38
-
読んでる雑誌にドッグイヤーが増えていく。
君とあそこに行こう。ここに行こう。
忙しくて、なかなか叶えられないけれど。
なのに、何故かそれは増えていく一方で。
同じ気持ちでいてくれるって、そう信じていて、いいんでしょうか?
- 463 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/12(水) 23:39
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
〜僕らは飽きもせずただお互いをがんじがらめに〜
- 464 名前:僕らは飽きもせずただお互いをがんじがらめに 投稿日:2008/11/12(水) 23:39
-
愛佳は、最近、上の空だ。
話しかけても聞いていなかったり、こちらから話しかけないと何も話さなかったり。
他の人と話してる時は普通に見える。
考え過ぎだろうか、私に対して、何か思う事があるんだろうか。
だから、あの日、思わず口にした。
あのときの、あの約束の話を。
そして愛佳は言った。
『いなくならないよ?』
喜ぶ反面、その後の言葉が響いた。
『約束したんやもん』
約束したから、いなくならないの?
じゃぁ、その約束で私は愛佳を縛り付けているんだろうか?
- 465 名前:僕らは飽きもせずただお互いをがんじがらめに 投稿日:2008/11/12(水) 23:39
-
ドリンクを作りながら、こっそり愛佳をかいま見ると、
何かを一生懸命書いていた。レポートだろうか?
学部が違うから、今何が課題なのか全く分からなかった。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
愛佳に話しかける女の子がいた。
少し背の高めの、アジア系だけど日本人ではなさそうな子。
愛佳も知ってる様な感じで答えていた。
もしかしなくても、あれがこないだ愛佳が言っていた不思議な子だろうか。
「愛佳はぁ、何飲んでる?」
「今日はね、仙桃っていうお茶」
「中国茶だね」
「そうやね」
自分の知らない人が、愛佳と愛佳を呼ぶ声に、驚く程嫉妬している自分がいた。
手が震える。
ねぇ、あの日、あの約束で私が君を縛り付けなかったら。
もしあの時、あの約束を思い出させなかったら。
君は、君は、どうしていた?
- 466 名前:僕らは飽きもせずただお互いをがんじがらめに 投稿日:2008/11/12(水) 23:39
-
「小春、そろそろ夕飯食べる?……小春?」
「あ、はい。食べます」
「じゃぁ、何食べたいか愛佳に聞いてきて」
「はい」
こないだ火傷した手は、もうなおりかけていた。
あの日以来、お好み風ホットサンドを、愛佳は頼んでいなかった。
「愛佳」
「あ、小春、あのね、この人」
「夕飯、何食べるって、美貴さんが」
「……小春と一緒でいいよ」
「わかった」
誰だかなんて、聞きたくなかった。
例え、それが交換留学生で、仲良くしなきゃならない、とか、
そんな理由だって、嫌だった。
なんて心の狭い人間なんだろう、私は。
- 467 名前:僕らは飽きもせずただお互いをがんじがらめに 投稿日:2008/11/12(水) 23:39
-
夕飯の準備が終るまで、私は再びカウンターに入った。
その人は、時々私を見ながら、愛佳と話し続けていた。
愛佳は、愛佳で、時々こっちを気にしていたけれど、
敢えて、その人から逃れようとはしなかった。
「ほい。賄い二つできあがり」
「小春、食べてらっしゃい」
「はい……」
「……小春?」
「はい?」
石川さんが、ゆっくり私の頭を撫でて小さな声でこう言った。
「私が愛佳なら、邪魔してって思ってる」
「梨華さん、それって」
「内緒よ?」
「はい」
でも大分勇気づけられて、私は、麻婆茄子プレートを二つ持って、愛佳の所に行った。
- 468 名前:僕らは飽きもせずただお互いをがんじがらめに 投稿日:2008/11/12(水) 23:40
-
「はい、麻婆茄子プレート、だって」
「わぁ、からそー!おいしそー!」
「中華三昧ネ、愛佳」
「そう、ね」
プレートを二つとも同じテーブルに置くと、私はその人に向かって手を差し出した。
「いつも愛佳がお世話になってます」
「お世話に?なってないよー」
「それが、日本の挨拶だから」
「そう?私、ジュンジュンです」
「久住小春です」
ジュンジュンは二枚目のプレートがジュンジュンの分かと思っていたらしく、
席に座ろうとしたので、私はジュンジュンにこれは私のって明瞭に答えた。
まるで、愛佳の事をさしてるかのようで、少し清々しかった。
「じゃぁ今日はジュンジュン帰るね」
「またね、ジュンジュン」
「またね、愛佳、またね、小春」
「はい。さようなら」
ジュンジュンが去った後、少しだけ不機嫌そうな素振りを見せてると、
愛佳はちょっと嬉しそうに見えた。それだけで、少し、満足だった。
- 469 名前:僕らは飽きもせずただお互いをがんじがらめに 投稿日:2008/11/12(水) 23:40
-
麻婆茄子は案の定、思ってる色どおり、辛かった。
ひーひー言いながら食べてると、お水の追加にきた梨華さんが、
くすくす笑いながらウィンクしていった。
梨華さんの美貴さんも、次にあの人がきたら邪魔してくれたらいいのにね。
って言いたかったけど、やめといた。
- 470 名前:僕らは飽きもせずただお互いをがんじがらめに 投稿日:2008/11/12(水) 23:40
-
帰り道、それはまるで夏があったのなんて嘘の様に、肌寒かった。
季節は早歩きで進んでいて、どんどん年の瀬に迫っていく。
いつか、学生を卒業しちゃうのがこわかった。今なら愛佳もずっとマーブルにいてくれるけど、
卒業したらそうもいかないから。
「小春?」
「ん?」
「……寒いね」
「あぁ、今日珍しく薄着だね」
薄いピンク色のスカートに、紺色の薄いニットを着ていた愛佳はかろうじて長袖ではあったものの、
Vの字に開いた襟元が寒そうだった。健康的な鎖骨が見えている。
「小春、今日ね」
「うん」
「もしかしたら、帰らないかもって言ってある」
ぞくぞくする自分を感じて、ものすごく抑える。
一線を超えてしまったら、きっと今以上に縛り付けてしまう。
「だから、門限とか気にしないで平気やで」
「でも、明日学校あるし」
愛佳は悲しそうに笑った。
- 471 名前:僕らは飽きもせずただお互いをがんじがらめに 投稿日:2008/11/12(水) 23:40
-
「……小春は、愛佳の事が、嫌い?」
「スキだよ」
「ここまで言わせても、ダメ?」
「……愛佳」
なんて言えばいいんだろう。なんて言えば、自分のその気持ちが一番に伝わるんだろう。
「せやね、あかんよね……なぁ、こっから先は、一人で帰るね」
「愛佳」
「今日は、追いかけてこんといて?」
「愛佳、待って」
走り出す愛佳を追いかけたらいいのか、いけないのか。
愛佳が走り去るときに道に落ちたイヤリングを拾って、考える。
口実はある。あるのに、身体がうごかない。
- 472 名前:僕らは飽きもせずただお互いをがんじがらめに 投稿日:2008/11/12(水) 23:41
-
熱い吐息が耳に感じる。漏れる声が頭の中で響く。
潤んだ瞳が目の中に映る。
そこまで想像できるのに、たった一つの勇気がでなくて。
あの、ジュンジュンて子に、いつか愛佳を取られちゃうかもしれない。
そんな事が、頭の中に浮かんだ。
- 473 名前:僕らは飽きもせずただお互いをがんじがらめに 投稿日:2008/11/12(水) 23:41
-
See you again.
- 474 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/12(水) 23:44
- 二日連続とか久々ー。
こはみっつぃ、やっぱ楽しいね。
そして、自分とこで発言してしまったネタをそのまま使ってしまった……。
まぁ、明日は来客だし、明後日、明々後日は仕事なので、少なくとも次の更新は土曜日以降になりそうです。
ていうか寒過ぎで、思わず季節だけ先走らせてしまいました……。
寒いから冬だもん!って歌ありましたよねww
- 475 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/13(木) 10:54
- 気になる展開に
- 476 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/13(木) 18:23
- ここの人たちみんな大好きだあああああああああああああ
- 477 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/16(日) 20:11
-
星が瞬く、あの空を見上げるのは私一人だったのでしょうか
たとえば、それが、貴方の隣であったとしても
貴方が下を向いているならば、それは私一人に感じます
- 478 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/16(日) 20:12
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
〜季節外れの蛍が飛ぶ様な星空で〜
- 479 名前:季節外れの蛍が飛ぶ様な星空で 投稿日:2008/11/16(日) 20:12
-
絵梨香ちゃんがきたのは、久しぶりの事だった。
最近見ないなぁと申し訳ないけど、少し安心していたのに。
珍しく、一人だった。いつもは唯ちゃんとくるのに。
「石川さん、お土産なんです」
「え?」
皆さんでどうぞって、綺麗なダークチョコレート色に包まれた、四角い箱を渡された。
リボンがピンク色で、それはまるでマーブルのお店の中みたいで、
意識してくれたんだなぁと思う。
「でも、申し訳ないわ」
「いいんです。買っていく人が少なくて」
社員旅行で、同僚の手前って言ってくれた。
そういう所も、きっと唯ちゃんはスキなんだろう。
- 480 名前:季節外れの蛍が飛ぶ様な星空で 投稿日:2008/11/16(日) 20:12
-
悪い人じゃない。でも、自分には心に決めた人がいた。
それでも、お客様だからっていい顔をしている自分が、情けなかった。
「わぁ、それなんですかぁ?」
割って入ったのは、美貴ちゃんではなく、小春だった。
美貴ちゃんがくる訳なかった。
こないだだって、私が絵梨香ちゃんと話している間、
さゆに料理を運びにいって、楽しそうになんか話してた。
その後、調理場に入ってって言ってくれたけど、
結局用事があったから声かけただけ。
「君にはちょっと早いかも。大人向けのチョコレート」
「こう見えて、来年成人式です」
「来年、なら早いでしょ」
「たしかにぃ」
にっこにこしてる小春はちょっとずつ私と彼女の間に入って、
だんだん私を後ろに下げていった。
- 481 名前:季節外れの蛍が飛ぶ様な星空で 投稿日:2008/11/16(日) 20:12
-
「梨華ちゃん、これよろしくー」
「あ、ごめん。ありがと」
調理場に取りにいくと、通ってないオーダーだった。
「これは?」
「えーと、愛佳に」
「愛佳?愛佳一人でこれ食べるの?」
二人分くらいのフレンチフライ。
大量のサワークリームとスイートチリソースが横に盛られている。
「ちょっと作りすぎちゃった」
「小春も食べるかなぁ」
「梨華ちゃん、たまには梨華ちゃんが食べたら?」
「え?」
「なーんてね。無理だよね」
どういう事だろう?
ちょっと考えてから、私は、ある事を思い出した。
- 482 名前:季節外れの蛍が飛ぶ様な星空で 投稿日:2008/11/16(日) 20:13
-
真剣な顔をして、美貴ちゃんに問いかける。
「あの話、してこいってこと?」
「え?」
「愛佳のバイトの話」
「あぁ……うん、それでもいいけど」
「違うの?」
「うーん。違うっちゃ違うけど」
なんだか、腑に落ちない言い方をされる。
「いや、えーと、愛佳さ、なんか最近悩んでるみたいだから」
それで合点が行く。意外とよく見てるのだ、私の美貴ちゃんは。
「わかった。聞いてきたらいいのね?」
「うん。そゆこと」
「回りくどい事しないでそう言ってよ」
「ごめん」
「いいけど」
フレンチフライが冷める前に、私はそれとナプキンを持って、
端っこのソファ席に座ってる、愛佳の元に行った。
- 483 名前:季節外れの蛍が飛ぶ様な星空で 投稿日:2008/11/16(日) 20:13
-
視線を感じる。多分、絵梨香ちゃんの。
でも、敢えて、そっちは見なかった。
見たら、笑顔を見せてしまうから。
そしたらきっと、どんどん、彼女は希望を持っていくから。
「愛佳」
「え?わぁ、どないしたんですか、そのポテト」
「一緒に食べようと思って」
ノートを書いていた愛佳はそれをしまって、元気なさげに笑った。
たっぷりのサワークリームとスイートチリソースにポテトをディップして、それを口にする。
「自分とこのながら、美味しいわぁ」
「あは、梨華さん面白い」
「愛佳、最近どう?」
「え?」
「なんか、元気ないみたいだから」
私は、回りくどい事はしない。というかできない。
だから、直球勝負で聞いてみる。
- 484 名前:季節外れの蛍が飛ぶ様な星空で 投稿日:2008/11/16(日) 20:13
-
愛佳はちょっと驚いてから、困った様に笑った。
それ以上聞かないで、黙ってフレンチフライを食べていると、愛佳はやっと口を開く。
「……なんか、必要とされてない気がするんです」
「小春に?」
こくん、と愛佳が頷く。
「恋人って言えるのかな、とか、同じ方向に進めないのかな、とか、
とにかく、色んな感情が芽生えちゃって、悲しくなっちゃって」
愛佳は手を振るわせながら、笑った。
「なんで、こうなっちゃったんだろうなぁ」
胸に突き刺さる言葉だった。最近、私もよく考えていた言葉だったから。
それからしばらく、お互い何も話さず、フレンチフライを食べていた。
ディップしては食べ、ディップしては食べ。
- 485 名前:季節外れの蛍が飛ぶ様な星空で 投稿日:2008/11/16(日) 20:13
-
「なんでこうなっちゃったんだろう、か」
「え?」
「最近、私もよくそう考えるな、って」
「あの人の事ですか?」
「間接的には」
愛佳は少し考えてから私の瞳を覗き込んだ。
「でも、梨華さん達は一緒に歩んでる」
「片方が空を見ていて、もう片方が地面を見ていても?」
「え?」
「同じ方向に歩いていても、それじゃ意味ないんじゃないかな?」
おかしい。悩み相談を聞きにきた筈なのに、自分の悩みを話している。
- 486 名前:季節外れの蛍が飛ぶ様な星空で 投稿日:2008/11/16(日) 20:13
-
愛佳は少し考えてから、こう答えた。
「それは、私も違うと思います」
「ふふ、正直ね」
「でも、なんか、少し元気になりました」
「え?」
「だって、梨華さん達も同じ様に悩んでるんだなって」
自分だけじゃない事に、安堵感を覚えていたみたいだった。
ナプキンで手を拭いて、つまんでいなかった方の手で愛佳の頭を撫でてから、
私は立ち上がった。そろそろ混み出す時間帯だから。
「愛佳、なんかあったら言ってきてね」
「はい」
「なんでもいいからね」
「はい」
この子も、娘にしたいくらい、愛しい存在だった。
- 487 名前:季節外れの蛍が飛ぶ様な星空で 投稿日:2008/11/16(日) 20:14
-
厨房に戻ると、美貴ちゃんがこっちを見ていた。
「どうだった?」
「内緒」
「ふーん」
まぁいいけど、なんて言いながら気にしていた。
ねぇ、どうして愛佳の変化には気付けるのに、私の変化には気付けないの?
そう聞いたら、どうなるんだろう?
そう聞いたら、どう変わるんだろう?
- 488 名前:季節外れの蛍が飛ぶ様な星空で 投稿日:2008/11/16(日) 20:14
-
あの日から、私は変わらず空を見ています。
貴方も空を眺めてくれていたと思っていたのは、違ったのでしょうか?
星が瞬くその瞬間を、一緒に見れたと思っていたのに。
光ったその星を一緒に見つけたと、そう思っていたのに。
- 489 名前:季節外れの蛍が飛ぶ様な星空で 投稿日:2008/11/16(日) 20:14
-
see you again....
- 490 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/16(日) 20:15
-
最近、楽しい愛の歌を歌う機会が減った。
どうせ、内容まではあの人は気にしないと思ったから。
厨房の中まで、聞こえやしないのだ。私の歌なんて。
- 491 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/16(日) 20:15
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
〜虹ヶ丘の端っこで、アイの歌を歌う僕〜
- 492 名前:虹ヶ丘の端っこで、アイの歌を歌う僕 投稿日:2008/11/16(日) 20:16
-
その事を指摘したのは、駆け出しジャズピアニストの麦だった。
麦は、麦茶がスキだから麦ってあだ名だった。
本名を忘れてしまうくらい、麦としか呼んでいなかった。
「美貴は、最近、幸せな歌歌わないねー」
「……たまたまだよ」
「カノジョとなんかあったんだ?」
「なんもないし」
「そっちのが問題」
常になんかあるのがカップルだよ、とか分かりきった様に言う。
麦が、たまには歌ってあげたら?とか言う。
「厨房までは聞こえないもんだよ」
「そうかな?聞こえてると思うけど」
麦がそんな事言うもんだから、今日歌った悲しい歌は、妙に感情がこもってしまって。
泣いちゃいそうに辛くなった。
- 493 名前:虹ヶ丘の端っこで、アイの歌を歌う僕 投稿日:2008/11/16(日) 20:16
-
厨房に戻ると、梨華ちゃんはアップルパイを焼いていた。
数少ない梨華ちゃんだけが作れるそのパイは、リクエストがあった時だけ焼くメニュ−だった。
「珍しいね、アップルパイでるなんて」
「うん、絵梨香ちゃんと唯ちゃんが食べるんだって」
「ふーん」
随分仲いいんだね、と、口から出そうになった。
言ってしまったらどうなるんだろう。喧嘩になるんだろうか。
「何も言わないんだね」
「え?」
「なんでもない」
梨華ちゃんは焼き上げたアップルパイにバニラアイスを乗せて、
チョコレートソースを振りかけた。
「じゃぁ、出してくるね」
「厨房、変わるよ」
「うん、ありがと」
通り過ぎるときにかすかに鼻をくすぐったシナモンが、
まるで彼女の香水かの様に感じた。
- 494 名前:虹ヶ丘の端っこで、アイの歌を歌う僕 投稿日:2008/11/16(日) 20:16
-
厨房で料理を作りながら、外の音に耳を傾けると、
意外と会話が聞こえてくるのが分かった。
これなら、歌ってる歌の内容も聞こうと思えば聞ける。
聞こうと思えば、だけど。
さゆがやってきた声がしていた。吉澤さんも一緒な様だった。
仲直りしたのはいい事だ。
仲直り記念に何かいいメニューはないか、冷蔵庫を開けて考えていると、
目に入ったのは、チキンレッグが四本。
今日はハニーマスタードチキンレッグにしよう。
作り始めていると、愛佳が厨房にオーダーを通していた。
「愛佳」
「はい」
「ありがとね」
「やりたいんです」
傍にいたいから、って顔をしていた。
そういえば、私もその一心で飴色にバイトに入った気がする。
付け合わせの野菜を素揚げして、ハニーマスタードソースに絡めたチキンレッグを、
二本ずつ仲良く寄り添わせて、梨華ちゃんを呼ぶ。
パンとライスどっちがいいかだけ聞いてみて、と言うと、
梨華ちゃんは頷いて、チキンレッグを持っていった。
- 495 名前:虹ヶ丘の端っこで、アイの歌を歌う僕 投稿日:2008/11/16(日) 20:16
-
それからしばらくは、戦場の様だった。
梨華ちゃんも厨房に入って、愛佳と小春がオーダーを通して。
愛佳の門限の時間帯も、まだ忙しくて、小春は送れなくてごめんって謝っていた。
愛佳は少し考えて、家に電話すると言い出した。
止める小春を静止したのは、梨華ちゃんだった。
「でも梨華さん」
「愛佳だって、考えないで電話してる訳じゃないんだから」
「そうかもしれないけど」
「責任もって、オウチにお泊まりさせてあげてね」
「……はい」
珍しい事だった。梨華ちゃんのが、大丈夫だから帰りなさいって言う立場だったし、
梨華ちゃんが口を出す範囲を超えてる事まで言っていた。
「あの、今日は大丈夫になりました」
「ごめんね、愛佳、ありがとう」
「いえ、いいんです」
それより頑張りましょう、って愛佳が笑った。
心なしか、いつもより元気そうに。
- 496 名前:虹ヶ丘の端っこで、アイの歌を歌う僕 投稿日:2008/11/16(日) 20:17
-
閉店した後、皆でお疲れ様の一杯を飲んだ。
愛佳と小春は今年最後のスイカソーダで、私はビール、梨華ちゃんは苺アイスティーだった。
スイカソーダを飲み終わった二人が出て行くのを見守っていた梨華ちゃんは、
グラスを洗いに洗い場に向かった。ビールを飲み終えた私も、ビールグラスを持って、洗い場に入る。
泡だらけの手がなんとなく扇情的で、思わずビールグラスを置いて、
梨華ちゃんを後ろから抱き締めようとした。
「やっ」
「え……?」
「ごめん、そゆの、今は嫌」
目の前が真っ暗になった気がした。
どこでどう間違えたんだろう。どこでどう、道を違えてしまったんだろう。
触れられなかった彼女の皮膚は、相変わらず健康的な色みをしていた。
泡が流されて、私の感情も流されていく。
涙が出そうになって、涙を流すまいと唇を噛みしめる自分がいた。
「梨華ちゃん」
「……ごめん、先あがってるね」
「梨華ちゃん?」
ねぇ梨華ちゃん、愛を確かめられなかったら、私は信じられなくなるよ?
ねぇ梨華ちゃん、ホントはあの人の事、好きになっちゃった?
- 497 名前:虹ヶ丘の端っこで、アイの歌を歌う僕 投稿日:2008/11/16(日) 20:17
-
幸せな愛の歌を歌いたい。
幸せな愛を紡ぎたい。
どうやって今まで、それを当たり前にしてきたんだろう。
今はそれが、難しくてならない。
- 498 名前:虹ヶ丘の端っこで、アイの歌を歌う僕 投稿日:2008/11/16(日) 20:17
-
see you again...
- 499 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/16(日) 20:19
- うぉー不穏な展開だ。
>>475
思っても見なかった方向性に向かいました。汗
>>476
私もダイスキだー!!!!!!!!
- 500 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/16(日) 20:23
- りあるたいむ!
美貴ちゃんに感情移入して読んでいたら、切なくてクラクラしました。
次の更新が楽しみです。
- 501 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/16(日) 22:09
- 切なすぎて、胸と顎?のあたりが、なんていうか痛い感じ・・・
- 502 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/16(日) 22:13
- やばい。切なすぎて。
みんながみんな相手を思いやってるのにすれ違う。
うまくいかないものですね。
- 503 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/17(月) 05:38
- ミキティが切ない(>_<)
- 504 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/17(月) 09:11
- り、梨華ちゃん…
- 505 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/17(月) 23:39
-
今は咲いてない桜の木の下で、薄紅色の傘を差す君はまるで桜の精の様。
雨がしとしと、涙ぽろぽろ。それは君の涙?それとも私の?
- 506 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/17(月) 23:39
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
〜桜チラリ、君がじわり〜
- 507 名前:桜チラリ、君がじわり 投稿日:2008/11/17(月) 23:40
-
スイカソーダを飲み終えた私達は、挨拶をしてからドアの外に出た。
少し、緊張気味に傘を差す私の後ろで、愛佳も傘を差した。
「……あの、さ」
「ん?」
「今日」
泊まってく?って聞くだけなのに。
こんなに勇気がいるのはなんでだろう?
「帰るよ、分かってる」
「え?」
予想外の言葉に、思いがけず言葉を詰まらせる。
これ以上、何か言える気がしなかった。
- 508 名前:桜チラリ、君がじわり 投稿日:2008/11/17(月) 23:40
-
それから、会話はなくなった。
何を言ったらいいのか、私が分からなかったのだ。
「小春、ここまでで大丈夫。またね」
私の家と彼女の家の分かれ道の手前の、桜の木の下で、
愛佳は振り向いてそう言った。
今日も少し肌寒そうな格好をしていた。
茶色いチェックのワンピースに、薄いピンクのカーディガン。
焦げ茶色のブーツだけは、秋模様だったけれど。
「愛佳」
「また、ね」
行っちゃう。行ってしまう。
もし、このまま行かせたら、あの子のものになっちゃうの?
もしこのまま今日バイバイしちゃったら、離れていっちゃうの?
- 509 名前:桜チラリ、君がじわり 投稿日:2008/11/17(月) 23:40
-
「愛佳!」
「……小春?」
傘を捨てて、彼女の元に走る。
グイと引き寄せると、彼女の傘も落ちる。
今は咲いてない桜の花弁が落ちる様に静かに傘が落ちていく。
「小春?」
「えと……えと……」
言葉が浮かばない。自分が引き止めたくせに。
雨がしとしと降っている。自分達をだんだん濡らしていく。
風邪引く前に傘を差さないと。それは分かってるのに言葉が出ない。
「小春」
「愛佳」
「ごめん、私、狡い子やねん」
愛佳はちょっと離れてから私の頬を撫でた。
- 510 名前:桜チラリ、君がじわり 投稿日:2008/11/17(月) 23:40
-
愛佳の事ならよく知ってる。
ちょっとだけ狡いのすら、愛しいと思ってる。
「知ってる。でもね、私は情けない子なの」
「私もそれ、知っとるで」
「あ、言ったな?」
愛佳の指が私の髪の毛を耳にかける。
少し指が震えていた。よく見ると、唇も震えている。
「お互い様やんな」
「うん……そだね」
「なぁ、私の事、必要?」
「もちろん」
いなかったら死んじゃうよ、と言う私を見ていた瞳は、
少しだけきらめいた。まるで、流れ星が輝く様に。
- 511 名前:桜チラリ、君がじわり 投稿日:2008/11/17(月) 23:40
-
ゴクンと喉が鳴った音がした。
どちらの音かは分からなかった。
「せやったら」
「うん」
「行動で示してぇな」
「うん」
「今日は、帰らへんで?」
頷いた私の手を引っ張って、傘を二つ取りに行くと、
愛佳は薄紅色の傘を閉じて、私の若草色の傘の中に入った。
それから私のアパートまでの間、私達はやっぱり口を聞かなかった。
- 512 名前:桜チラリ、君がじわり 投稿日:2008/11/17(月) 23:41
-
アパートの鍵を探している私の後ろで、愛佳は丁寧に傘をしまっていた。
水気を切って、折り目に添ってたたんでいった。
アパートの鍵を見つけたものの、うまく鍵穴に差し込めない私は、
顔が熱くてたまらなかった。
こんな情けない私を、なんでこの人は欲してくれるんだろう。
少しだけ、そんな疑問が思い浮かんだ。
「お待たせ。今、暖房いれるね」
「小春」
「なんか、飲む?」
「小春」
「それとも……えと」
私が暖房のスイッチをつけて、お湯を沸かす間、愛佳は玄関に立ったままだった。
にへって笑うと、困った様に笑い返された。
「小春」
「はい」
「無理せんといて」
「無理じゃないよ」
「でも」
「そうじゃないよ……そうじゃない」
とにかく上がって、って言うと愛佳はブーツを脱いで、こっちにやってきた。
- 513 名前:桜チラリ、君がじわり 投稿日:2008/11/17(月) 23:41
-
昼間にうちにあげる事はあったけど、夜は初めてだった。
しゅんしゅん言い出したヤカンの火をとめるべきか悩んでからやっぱりやめた。
「愛佳」
「ん?」
「愛佳にね、触ると幸せだよ?」
「ありがと」
「愛佳とね、もっともっと深くまで繋がりたいよ?」
「……うん」
「でもね、そうしちゃうと、もう二度と離せない気がするんだ」
もっともっと束縛しちゃう気がするんだ。
そしたら、いつか息できなくなっちゃうでしょう?
そう、続ける私の頬をまた、彼女の冷たい指が撫でた。
「なんで?なんでそれがダメなん?」
「だって、そんなの」
「私は、小春で埋め尽くされたいで?」
彼女のしとった髪の毛からは、彼女の匂いがしていた。
思い出すのはいつかの記憶。
彼女の濡れた吐息や、艶めいた声、潤む瞳を想像したあの記憶。
- 514 名前:桜チラリ、君がじわり 投稿日:2008/11/17(月) 23:41
-
「でもな、無理はさせたないねん」
「逆だよ愛佳」
「え?」
「この状況で、そゆ事しない方が無理してる」
「ほんまに?」
「本当だよ」
彼女の指が、私の唇に触れる。優しく、ゆっくりと。
「なぁ、私、やっぱり狡いみたい」
「うん。でも、その狡いの、私は好きだよ」
「ほんま?」
「ほんま」
彼女のしとった前髪を撫で付けると、そのまま自分も彼女の唇に触れる。
柔らかくて、どうにかなっちゃいそうだった。
- 515 名前:桜チラリ、君がじわり 投稿日:2008/11/17(月) 23:41
-
彼女の手を反らして、ゆっくり唇を近づけると、彼女が瞼を閉じた。
チェックのワンピースの前のボタンを一つずつ開けていく。
口づけている先はだんだん下に降りていく。
「小春……待って」
「待たない」
「でも」
もう待たない。だって、無理しなくていいって言われたんだから。
そう思ってたときだった。
ピー!とヤカンが鳴り出してしまう。
驚いて少し離れると、彼女も驚いたのか、少し笑って、火を止めてくれた。
「なぁ、シャワー、貸してくれる?」
「……うん」
「大丈夫。逃げへんから」
だんだん暖かくなってきた室内に取り残されるのは、なんか嫌で、
彼女が浴室に入ってくのを追いかけて、自分も浴室に向かった。
- 516 名前:桜チラリ、君がじわり 投稿日:2008/11/17(月) 23:42
-
「え?小春?」
「一緒に入る」
「え、ちょっとそれ恥ずかしいねんけど」
「修学旅行の時だって一緒だったじゃん」
「えー、それとこれとは」
思わずにっと笑う。自分の中でちょっと意地悪な自分が目覚めた。
「洗ってあげるよ」
「小春って……ちょっとSっぽい?」
「足の先まで洗ってあげるからね」
じゃーと流れるシャワーの湯気が、鏡を曇らせた。
- 517 名前:桜チラリ、君がじわり 投稿日:2008/11/17(月) 23:42
-
水滴の伝うその身体を泡だらけにしながら、優しく洗う。
時々ビクンてするその仕草が愛しくて、悪戯ばかりしかけて。
ねぇ、涙みたいに伝ってるその水滴は、喜びだと、感じていいですか?
- 518 名前:桜チラリ、君がじわり 投稿日:2008/11/17(月) 23:42
-
see you again.
- 519 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/17(月) 23:46
- うーわー!!!と自分で自分に絶叫です(笑)
>>500
おー、リアルタイムなんて、なんて偶然。
切ない、というか、最早……って感じっすね。
次の更新はこはみっつぃでした。ごめんちゃい。
>>501
それって美貴ちゃんの(ryと梨華ちゃんの(ryの事かーヽ(`Д´)ノ
>>502
うまくいかないですねぇ。。うまくいくといいんだけどねぇ。
早々簡単にうまくいかないのが、人間模様なのかもしれませんねぇ。
>>503
ごめんね。切ないね。
>>504
もー何やってるんでしょうね、うちの梨華ちゃんてば。
- 520 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/18(火) 17:59
- きゃぁぁぁ///笑っ
- 521 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/18(火) 22:39
- ぉお!
- 522 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/18(火) 23:39
-
今夜は見えない筈の星が見えた気がした。
手を伸ばせば届く所にほら、星が。
そう思ったら、どうしてだろう。涙が溢れてとまらなかった。
- 523 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/18(火) 23:39
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
〜私だけのプレシャス〜
- 524 名前:私だけのプレシャス 投稿日:2008/11/18(火) 23:39
-
何度も、何度も、確かめる様に彼女の背中にしがみついた。
吐息が溢れても気にせず、声が漏れても仕方ないといった風に。
彼女も苦しそうに、私の名前を呼んでくれる。
見上げるとすぐの所に彼女がいて、彼女の瞳の中で星が輝いていた。
彼女のそれを見て、やはり、私は思うのだ。
この瞳に制圧されたい。全てを彼女と共にしたい。
何度も触れ合う唇が、何度も絡み合う指が、私を支配する。
果てしない欲望と、たどり着いた先の喜びが、いっそう私を彼女の下にいたいと思わせた。
永久に続かないのならば、せめて、朝まででも。
「小春」
「ん?」
「好きぃ」
「ん」
私もだよ、なんて余裕めいた声で微笑まれて、私はどうしたらいいんだろう。
一人で余裕がないくせに、永遠にこれを続けていたいと思う私は、
なんてふしだらなんだろう。
- 525 名前:私だけのプレシャス 投稿日:2008/11/18(火) 23:39
-
永遠に続くものなんてない事を、忘れかけていた明け方、
私達はさすがに疲れて、でもお互いからはさほど離れずに、
ベッドに横になりながら会話をしていた。
喋りながら、時々彼女の唇に指で触れる。
そうすると、笑ってくれるから。
そうすると、その柔らかさに彼女が生きてる事を実感できるから。
「愛佳」
「ん?」
「幸せ?」
「うん……でもな、こういう事したから幸せっていうより」
彼女の頬を撫でて、また唇に指を戻す。
微笑んでいたかもしれない。意識してではなく。
「愛されてるから、幸せなんやと思う」
「……愛されてるって実感した?」
「めっちゃした」
彼女も微笑んで、私も意識して微笑んだ。
- 526 名前:私だけのプレシャス 投稿日:2008/11/18(火) 23:40
-
ふと、彼女が真面目な顔をして言う。
「でもね、愛佳はさっき、小春で埋め尽くされたいって言ってくれたけど」
「今もされたいで?」
「……でもそれはダメだと思う」
少し私の顔が曇ったのが分かったのか、彼女は私の髪の毛を梳きながら続ける。
「愛佳には愛佳の人生がある」
「私の人生やもん、私が埋め尽くされたいて言うのを夢にしたらあかんのん?」
「それは……そうだけど、でも」
「愛佳の人生、あげるなんて一言も言うてないやん
私は、小春で埋め尽くされて過ごしたいっていう、そういう人生を歩みたいの」
かなり強引だったかな、と思いきや、小春は何故か大分納得していた。
「そか。そうだよね」
「でも、無理はせんといてね」
「うん、小春が小春なりに、愛してればそれでいいんだよね」
「せやね」
なんか、簡単に言いくるめる事が出来てしまったけれど。
でもそれは本当にそう思っている事だったのだから、それでいいのかもしれない。
彼女が腕を広げるものだから、思わず飛び込んでしまった。
つい、いつもと同じ感覚で。
だから全身で感じた肌の感触が少し恥ずかしかったけれど、
離してくれなかったし、離されたくもなかったから、そのままこそばゆい気持ちを味わった。
- 527 名前:私だけのプレシャス 投稿日:2008/11/18(火) 23:40
-
ふと意識が覚醒すると、彼女の腕の中のままだった。
どうやら眠ってしまったらしい事に気付く。
彼女はまだ眠っていた。
腕がちょっとだけしびれている。多分、彼女もそうだろう。
でも、離れる気がしない。だって、彼女が起きた時、離れてたら悲しむだろうから。
ぴーぴー小鳥が鳴く音が聞こえた。
どれくらい時間が経っただろう。今日はお休みの日だから、授業はないけれど、
小春はバイトがある筈だった。
時計は彼女の向うで、動かしたら彼女が起きてしまいそうで、動くに動けなかった。
「ん……愛佳?おはよ」
「おはよぉ」
「んふふ、かぁいいねぇ」
唇が近付いてきて、そのまま口の中を支配される。
言葉を紡ぐ事はおろか、息すらもままならないくらいに、深い口付け。
時々離れそうになる時に、名前を呼ぶんだけど、
ただただ呼んでるだけの様に聞こえているみたいで。
- 528 名前:私だけのプレシャス 投稿日:2008/11/18(火) 23:40
-
ようやく彼女の唇が私の首筋に移動して、目線の先に時計が入った。
時計はとっくに、正午を過ぎていた。
「小春」
「もっと呼んでいいよ」
「ちがっ、小春ってば」
「ん?ここじゃない?」
「そんなんじゃなくって」
「え?なんだよぉ」
「正午、過ぎてますけど?」
「えー!!!!!!」
慌てて起き上がってから小春はもう一度私の所に戻ってきて、私に軽く口づけた。
「お風呂、どっちが先がいい?」
「一緒に出るなら、小春より、私のが準備遅い気がする」
「じゃぁ愛佳先入っていいよ」
「急ぐね」
昨日借りたタオルをそのまま借りて、私はシャワーをざっと浴びた。
小春が流れ落ちるみたいで嫌だったけど、これから先、
何度もそれを感じられるのだったら、とも思った。
- 529 名前:私だけのプレシャス 投稿日:2008/11/18(火) 23:41
-
シャワーから出ると、彼女が簡単な朝食を作ってくれていた。
ベーコンエッグの乗ったトーストに、ミルクのたっぷり入った紅茶。
「ごめんね、先に」
「全然?急いで入ってくるね、あ、そこにある服着ていいよ」
朝食を先に取っていて構わないと言われたけど、ちょっと考えてから、準備を先にする事にした。
昨日着ていた服をたたもうとしたら、まだしとっていた。
用意してくれていた服を着て、鞄の中にいれてあった櫛で髪を梳く。
うっすらお化粧を施していると、彼女が出てきた。
「洋服、おっきくない?」
「小春細いもん。そんなにおっきくないで」
「へへ、なんか照れくさいね」
「昨日着た服、まだしとってるんだけど」
「ホント?」
「……今度、泊まる時用に置いてっていい?」
「……いいよ」
小春でいっぱいになりたかった筈の私は、小春をいっぱいにしてしまうかもしれない。
そのとき、少しだけそうおもった。
- 530 名前:私だけのプレシャス 投稿日:2008/11/18(火) 23:41
-
お昼過ぎに外にでて、あの時みた星は見えないけれど
でも、思い浮かべるだけで、ほら、明日を歩ける気がするから
時々、輝く瞳を見せてほしいと願いながら、私の星の隣を歩く
輝く星は私のプレシャス 私だけのプレシャス
- 531 名前:私だけのプレシャス 投稿日:2008/11/18(火) 23:41
-
see you again!!
- 532 名前:空飛び猫 投稿日:2008/11/18(火) 23:44
- やりすぎたと猛省してます。ごめんなさい。
でもそのままうp。
友人から素敵な詞を教わって、勝手にマーブルテーマソングに決定しました。
>>520
期待通りのお言葉ありがとうw
>>521
楽しかったんですが、いささかやりすぎた感じがしますね。ごめんなさい。
- 533 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/19(水) 12:05
- よかったわぁ
残るはあのお2人ですね!
- 534 名前:名無飼育さん。 投稿日:2008/11/20(木) 01:11
- どこに反省点があるのかわかりませんw
この二人のちょっとぎこちなくて幼くて甘い優しい雰囲気が大好きです!
癒されました。
- 535 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/20(木) 01:39
- こんなんキュンキュンするに決まってる
- 536 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/29(土) 23:30
- みきちゃんとりかちゃんの仲がどうなるのか・・・つづき気になるぅ!!
- 537 名前:even I know your still near by me 投稿日:2008/12/04(木) 03:11
-
すぐそばにあなたを感じる。
あなたが隣で寝息を立てるのを感じる。
なのに、なぜ触れる事すら叶わないのだろう。
本当は触れたい。でも、拒絶したのは、私。
- 538 名前:even I know your still near by me 投稿日:2008/12/04(木) 03:12
-
あの日以来、私達は皆に心配される程ギクシャクしていた。
あれから一度たりとも、幸せな愛の歌を歌わない彼女。
少し声が掠れていて、なんだかちょっと弱ってて。
これから秋が遠ざかり、冬がやってきて乾燥という名の大敵が訪れるというのに、
彼女は珍しく、部屋にいる時もマスクもせずに過ごしていた。
店にいる間は、風邪と間違われない為にマスクはしないけど部屋でしてないのは珍しい。
だけど、指摘できないくらい、私達はギクシャクしていたから、私は何も言えないままだった。
- 539 名前:even I know your still near by me 投稿日:2008/12/04(木) 03:14
-
虹ヶ丘は丘だけあって海からは少し離れていた。
住まいや店は高台に構えなさいと母に言われたから、それを実行したけれど、
飴色の頃と違って少し忙しいお店の買い出しを、車以外で行うのはとても困難なくらい、高台というのはハンデがあった。
最近は勉強の為にって小春を連れていっていた買い出しに私が付き合ったのは
小春が今月二度目の遅刻をしたからだった。
小春はめったに遅刻しない。
ちょっとおちゃらけて見えるけれど、そういう所はしっかりしてる子だった。
前回は私がけしかけた結果だったけど、
今回は学校の先生に急に呼び出されたそうだ。
あまりに突然で大慌てな電話をしてきたのを思い出して、思わず吹き出すと、隣にいた美貴ちゃんが、訝しげにこちらを見た。
- 540 名前:even I know your still near by me 投稿日:2008/12/04(木) 03:15
-
そういう時、普段だったらナンダヨゥて拗ねたみたいに聞いてくれたよね。
「あれ?石川さん?」
「絵梨香ちゃん?」
「やっぱり!偶然ですね!」
あぁ、隣でムスッとしてた人がどんどん機嫌が悪くなっていく空気を感じる。
そんな事すら分かるのに、私は彼女に何も言えてないし、
目の前の絵梨香ちゃんにも何も言えてない。
「今日は唯ちゃんは?」
「仕事中なんです、彼女は多分、会社にいますよ
私はこれから取引先と打ち合わせで」
石川さんは今日は、って声が聞こえた気がした時だった。
腕に柔らかい指が絡みつく。細くて長い、美貴ちゃんの指。
- 541 名前:even I know your still near by me 投稿日:2008/12/04(木) 03:17
-
「梨華ちゃんは美貴とデート中だから」
「仲良しなんですね」
「永遠の愛を誓い合う程にね」
「……」
絵梨香ちゃんは、息を飲んでいた。
私を見ている顔が悲しそうに歪む。
「私、ずっと言えなくて……ごめんね」
「いや、私が勝手に思い込んでただけなんで」
「絵梨香ちゃん、ごめんね」
「謝らないで下さい、大丈夫ですから」
絵梨香ちゃんの声が震えていた。
どうしたらいいか悩んでいたら、美貴ちゃんが私の手を引っ張った。
それを見て、絵梨香ちゃんが小さく言葉を紡ぐ。
「じゃあ、行きますね」
「また、お店に来てください、お客様としてなら大歓迎だよ」
美貴ちゃんがしっかり私の手を繋ぎながら言った。
風で髪の毛が靡く。私の震えそうな手をしっかり美貴ちゃんが止めていた。
- 542 名前:even I know your still near by me 投稿日:2008/12/04(木) 03:19
-
絵梨香ちゃんは、最後にはまだ悲しそうだったけど、笑顔で、また行きますと言ってくれた。
それが嘘だったとして、すごく優しい人だと思った。
もしもなんて事は存在しないから、美貴ちゃんと出会わなかったらなんて存在しないけど、
でも、もし、美貴ちゃんと出会わなかったら、とちょっとだけ思った。
「梨華ちゃん?」
「はい」
「美貴と出会わなかったらとか考えた?」
「ちょっとだけ」
「冷静に突っ込むと、マーブルがまず存在しないから、彼女とは出会えないよ」
「意地悪ね」
- 543 名前:even I know your still near by me 投稿日:2008/12/04(木) 03:21
-
繋いだ手はでも離れない。離さない。
やっと見つけたずっと隣にいた筈のあなたを、今更また霧の中に失いたくはなかったから。
「結局また美貴が悪者かー」
「ごめんね」
「嘘だよ。美貴は悪者でいいんだった」
「え?」
聞き返すと美貴ちゃんは手を繋いだまま歩き出した。
「美貴は梨華ちゃんといられるなら、悪者だってなんだって良かったのに、それをずっと忘れてたみたい」
「美貴ちゃん……」
鞄に潜ませていたマスクを渡すと、美貴ちゃんは片手で器用につけて、微笑んだ目をした。
- 544 名前:even I know your still near by me 投稿日:2008/12/04(木) 03:22
-
「梨華ちゃん」
「うん?」
「今日は、閉店しちゃおうか」
「それはダメ」
「やっぱり?」
「そりゃそうです」
美貴ちゃんはちょっと鋭い目をして、周りを見渡すと、
私の耳元で小声で囁いた。
「でも今晩は」
「何?」
「寝かさないからね?」
「美貴ちゃんってば、こんな昼間から!」
- 545 名前:even I know your still near by me 投稿日:2008/12/04(木) 03:23
-
私がポカポカ肩を叩くと、美貴ちゃんは楽しそうに言い返す。
「え〜?UNOしようって言っちゃダメなわけぇ?」
「……!もう知らない!」
「なんだと思ったの?ねぇねぇ梨華ちゃん?」
「……決めた。本当にUNOするわよ」
「ええっ」
ことUNOに関して言えば、ニヤニヤしてる彼女を、寝かさないのはきっと私だと思った。
- 546 名前:even I know your still near by me 投稿日:2008/12/04(木) 03:24
-
そこにいると分かっているのならば、触れてしまえばいいんだと、気付かせてくれたのは他でもないあなたでした。
凝り固まったプライドも、捨てさせてくれたのはあなたでした。
ねぇ、言葉に出さなきゃ伝わらない事、今夜は沢山話そうね。
- 547 名前:even I know your still near by me 投稿日:2008/12/04(木) 03:27
-
see you again!!!
- 548 名前:空飛び猫 投稿日:2008/12/04(木) 03:36
- 携帯からこんばんは。
携帯で作るって相当大変だと痛感しました。
多分しばらく携帯から更新て、しないと思います。。。。。タイヘンダッタorz
そして、一貫していた、タイトルを入れ忘れました。
携帯の罠は恐ろしい……。
>>533
残りも少なくなってきました。
もうちょい続きます。
>>534
ウフフ嬉しい事仰るwww
ぎこちないのがまた好きな私です。
熟年もいいけど、新婚もいいよね。
>>535
していただいてありがとうございますた。そう言って頂いただけで書いた甲斐あります!
>>536
続きお待たせしました〜。
- 549 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/05(金) 22:22
- ミキティがんばったー!
りかみき大好きだー!
- 550 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:51
-
いつだって見てるのはあの人の横顔。
嬉しそうにカノジョに話し掛けてたり、
ぼんやり見つめていたり。
いつだって私はあの横顔を、見つめている。
- 551 名前:空飛び猫 投稿日:2008/12/06(土) 02:51
-
虹ヶ丘マーブルコンフィチュール
〜満ちゆかぬ横顔と私〜
- 552 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:52
-
絵梨香ちゃんとは毎日会う。
同じ会社だからだけど、それだけじゃない。
私が、絵梨香ちゃんを探してはカフェに誘ったりしてるからだ。
絵梨香ちゃんを初めてみたのは、新入社員として、入社式に参加した時だった。
割と小さな会社で、それほど立派な入社式ではなかったけれど、
新入社員の代表として挨拶していた、絵梨香ちゃんだけは立派に見えた。
そのときから、私の恋は始まった。
- 553 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:52
-
誘うのはいつも私。悲しい思いをするのも私。
それなのに、どうして毎日の様に誘ってしまうんだろう。
どうして、悲しい思いを自らしにいくんだろう。
「絵梨香ちゃん、今日ご飯食べいかん?」
「いいよ」
そして、今日も私は悲しみを胸の奥に飲み込む予定だった。
「どこがいい?うちはなんでもええけど」
「うーん、新しいとこ、開拓してみる?」
お決まりに、マーブルって言われそうな気がしていたから、
少し意外だった。
同時に、少し悲しそうに微笑んでる絵梨香ちゃんを、私は見逃さなかった。
何か、あったんだ。きっと、昨日と今日の間に、何か。
「んじゃぁ、本屋寄らへん?」
「本屋?」
「本屋で、素敵なお店、探せるやん?」
「あぁ、カフェ本とか、レストラン本とか色々あるよね、本屋なら」
僅かに曇っていた絵梨香ちゃんの表情が少し明るくなる。
それだけで、少しホッとする。
- 554 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:52
-
私は、何故こんなにこの人の隣でドキドキしているんだろう。
どうしてこんなにスキなんだろう。
どうして触れたいって思ったり、抱き締めたいって思ったりするんだろう。
その答えは、出会ってから、三年。まだ、見つかっていなかった。
スキ、って思ったときに、言えばよかった。
どんどん、言いにくくなって、その内、あの人が現れて。
そして全く進まなくなった恋路は、まるで、
触れる事のできない私の右手と彼女の左手が交差する様に、
どんどん交わらなくなっていった。
「なぁ、絵梨香ちゃん」
「んー?」
「この辺は、虹ヶ丘?」
「いや、ここらへんは、花崎のあたりだね」
地図を見ながら、なるべく虹ヶ丘のカフェを探す。
絵梨香ちゃんが、気が変わったら、と思ったから。
- 555 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:53
-
そんな私を見透かしてか、絵梨香ちゃんは急に言い出す。
「花崎の方でもいいかもね」
「え?」
「ほら、こことか、唯ちゃんスキそう」
確かに、私がスキそうなカフェ。
思い返せば、マーブルだって、私が同僚に聞いて、
どうしても行きたくて連れて行ったんだ。
間接照明ばかりを使っているのに、あまり暗すぎない店内。
焦げ茶色のシックな家具に、うす桃色の甘い小物。
壁は、白地にやっぱりピンク色の小花柄で。
「……ほんまや」
「え?」
「ここも、かわええなって」
「うん。でしょ?」
花崎なんて場所も覚えてないくらい、滅多に行かなかったけど、
でも、絵梨香ちゃんと過ごせるなら、それでいいと思った。
だって、マーブルだって、たどり着くまで色々あった。
大体、マーブルは、絵梨香ちゃんがご所望で行きたかった訳で。
私が行きたかった訳じゃない筈で。
- 556 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:53
-
花崎まで、会社からは電車で十五分くらいかかった。
虹ヶ丘には、帰り道すがらだったけど、花崎はわざわざ遠回りして帰ってる様なもので。
だからなんだと言われそうだけど、なんとなく納得しがたい何かがそこにはあった。
きっと素敵なカフェなんだろう。もしかしたら、すーごく美味しいかもしれない。
なのに、なんか、納得できない。
もう、花崎に行く駅にたどり着いてしまった。
改札に入る前に聞かないと、花崎に向かってしまったら遅い。
「なぁ、絵梨香ちゃん」
「ん?」
聞いたら、後戻りは出来なそうな気配がしていたのに、
私の唇は勝手に動いていた。口角は上がっている。
でも眉が下がってる自信があった。
だって、絵梨香ちゃんの顔が困っていたから。
「なんか、あったん?」
「なんで?」
「やって、おかしいやん、あんだけ毎日マーブル通っててんのに」
だって、そんなおかしな絵梨香ちゃんも、全部ひっくるめてスキって言いたいけど、
そんなにおかしかったら、絵梨香ちゃんが絵梨香ちゃんじゃないみたいで。
- 557 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:53
-
あたりは、もうライトに照らされていた。
夜が早くなったのは、冬が近付いてきた証拠だ。
絵梨香ちゃんが、こめかみをぽりぽりかきながら、情けなさそうに笑った。
「失恋、した」
「いつ?」
「誰に、とは聞かないんだ?」
「あ……だれに?」
「いいよ、分かってたんだったらそれで」
絵梨香ちゃんは言いにくそうに、今日、と言った。
ふんわかしたあのイシカワさんには、
フジモトさんという永久の愛を誓い合った、共同経営者がおりました。
そういう事らしい。
「……ごめん」
「なんで唯ちゃんが謝るの」
「聞いて、ごめん」
「いいよ」
知ってたみたいだし、と絵梨香ちゃんは情けなげに笑った。
- 558 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:53
-
それから、行った、花崎のカフェは意外と暗くて料理の色みがあまり見えなかった。
音楽がクラブ系で、なんだか少し騒がしかった。
料理は美味しかったけど、マーブルを超えた訳じゃなかった。
そして私と絵梨香ちゃんのカフェジプシーが始まった。
花崎にも虹ヶ丘にも、毘沙門にも、溝谷にも、色んな所に行った。
一番素敵だと思ったのは、毘沙門のカフェだった。
関西人のオーナーさんらしき人がいて、関西の話で少し盛りあがった。
その状態が、一ヶ月くらい、続いただろうか。
世の中はもう冬支度をすっかり終えていた。
秋コートもそれなりに着ていたけど、もうほぼ、十二月頃まで着られるコートが活躍していた。
マフラーもしていたし、帽子もニットになっていた。
絵梨香ちゃんは相変わらず、少しだけ満ち足りない顔をしていた。
私も一緒だったかもしれない。
- 559 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:54
-
決断の時は迫っていた。
このまま年は越したらいけない気がしていた。
このまま年を越したら、なし崩し的に、マーブルはなかった事になる。
「絵梨香ちゃん」
毘沙門のカフェも素敵だ。
「ん?」
素敵だけど。
「マーブル、行かへん?」
「え……と」
「大丈夫。うち、ずっと一緒におるから」
私じゃダメかもしれないけど、でも、その満ち足りない横顔を、
見つめるのは辛いから。
そして、何より。
「うち、マーブルが、恋しいねん」
「唯ちゃんも、か」
やっぱり。
きっと絵梨香ちゃんもそうだって思ってた。
やっぱり、私達が毎日の様に通いたいって思ってるのは、
一緒の場所だった。それだけで嬉しかった。
- 560 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:54
-
二人揃って、マーブルに入ると、もうすぐステージがスタートしそうだった。
ステージに立っているのは、イシカワさんの大事な人。
絵梨香ちゃんは何も言わずに端っこのソファ席に座った。
ステージが見える位置は隣しかないし、隣に座りたかったから、
私は絵梨香ちゃんの隣に座った。
触れそうで触れない位置に彼女の手があった。
少し、不安そうに震えているのが分かった。
ステージにあの人がいるって事は、イシカワさんは厨房の中だよ、って伝えたかった。
いつもお客さんとして来ていた筈の女の子が、オーダーを通していた。
新しく、アルバイトに入ったんだろうか。
私達の所にもやってくる。関西地方の訛りがあった。
「オーダー、取らせてもらってええですか?」
「えーと、絵梨香ちゃん、決まった?」
壁に書かれたメニューの中に、大きくお好みホットサンドって書いてあった。
他にも、ホットサンドメニューが増えていた。
- 561 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:54
-
絵梨香ちゃんは、ふと思い出したかの様に女の子にこう聞いた。
「……今日、私が何を食べたか石川さんに伝えてもらっていいですか?」
「え?」
「それで、石川さんに何か作ってくださいって」
「一応、聞いてきていいですか?」
「いえ、今、私の食べたものを伝えてきてください。
ダメだったら、トマトソースのスパゲティを」
「わかり、ました」
困惑した顔をしている女の子に、私は、お好みホットサンドを頼んだ。
あまりに大きく書いてあったからだけど、彼女はホッとした様に微笑む。
それ以上絵梨香ちゃんが何も言わないから私が勝手に、
キールロワイアルを二人分頼んで、彼女はそれをドリンクカウンターの中の女の子に伝えていた。
思えば、ここは女の子しか、店員さんがいないなぁと思った。
力仕事とか、どうしてるんだろう、とか、そんな他愛もない事ばかりを考えた。
否、考えようとして考えた。だって、絵梨香ちゃんがぎゅっと私の手を掴んでいたから。
少し震えてるのは変わらない。何も喋らないから、私も、何も言えなかった。
- 562 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:54
-
それからキールロワイアルがすぐにきて、
ドリンクカウンターの中の子が厨房に入って、
照明が暗くなった。ステージが始まるのだ。
ふと、厨房をステージ上のフジモトさんが見つめるのが見えた。
口角が少し上がるのが見えた気がした。
顔に似合わないくらいといったら、失礼になるけれど、
ものすごく優しい声で、幸せそうにカノジョが歌った。
- 563 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:54
-
Because of you these a song in my heart
〜貴方の所為で、この歌が歌われる〜
Because of you my romance had it start
〜貴方がいて、私の恋が始まる〜
Because of you the sun will shine
〜貴方故に、陽は輝き〜
And the moon will say you're mine
〜そして月は貴方を私のものだと告げる〜
Forever and never to part
〜永久に、永遠に、二人が離れる事のない様に〜
- 564 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:55
-
私は英語が得意ではなかったけれど、マーブルに通い出してから、
英語の歌の歌詞をよく勉強していた。
自己流に訳したりもしていた。だから、意味が違う事もあるけれど、
今日の歌が、フジモトさんがイシカワさんに伝える愛の歌だって事くらいは分かった。
幸せそうに歌われるその歌は、イシカワさん故に輝いているのだと伝わってきた。
否、もしかしたら、二人の関係を知っているからそう思えたのかもしれないけれど。
何故なら、この歌は前も歌われていたからだ。
「なぁ、絵梨香ちゃん」
「……」
「きっと、石川さんは、トマトスパゲティ以外を作ってくれるで」
「……」
「きっとやけど、絶対やで」
ステージは三曲歌って終った。
いつもなら、バックヤードに向かうフジモトさんが、
何故か厨房に入っていった。
少しして、フジモトさんが蛸のカルパッチョを持って、私達のテーブルを訪れた。
「こないだは、意地悪してごめんね」
「……意地悪だったんですか?」
「いや、ホントの事だったけど、あんな言い方は酷かったなって」
「そうですか……」
絵梨香ちゃんは固い笑顔で応対していた。
- 565 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:55
-
どんな事を言われたんだろう。
そう思っていると、フジモトさんは私の方も見て、にこっと笑った。
「こないだのお詫びって思ったんだけど、蛸スキなのは、ユイさんの方だっけ?」
「え?」
「そんな話、してなかった?」
「適いませんね」
「直接聞いたんじゃないよ?厨房の中にまで聞こえてきただけ」
サービスだから、って私達のテーブルに蛸のカルパッチョを置くと、
女の子に何か言って、フジモトさんはバックヤードに入っていった。
もしかしなくても、私達に気付いて、すぐに用意しにいってくれたんだろう。
いい人なんだなって思った。
キールロワイアルがなくなったから、私達はドリンクメニューを見比べて、
グラスホッパーとチェリーブロッサムを頼んだ。
キールロワイアルは、シャンパンベースだって知っていたけれど、
この二つは完全に、名前に誘惑されたのだ。
入れ替わる様に、お好みホットサンドがやってきた。
ドリンクカウンターにはまたあの子が戻っていた。
「先食べてていいよ」
「あかん。見届けるまで食べられへん」
「ありがと」
それに。
手を離してくれないと握られてる手は利き手なん、なんて死んでも言えない。
- 566 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:56
-
フジモトさんが厨房に入っていくのが見えた。
次に出てくるのは、フジモトさんか、新しく入った女の子な筈だった。
でも、出てきたのは、イシカワさんだった。
お皿を持って、こっちに向かってきていた。
座ってる私たちには、まだ、それがトマトのスパゲティかどうかが分からない。
「お待たせしました」
「……いえ、全然大丈夫です」
「真鯛と野菜のコンソメリゾットです」
絵梨香ちゃんは確かめる様にお皿の中を覗き込んだ。
確かに、深いお皿の中には、金色に輝いたスープに、お米とたっぷりの野菜と真鯛が入っていた。
「ダメよ?お昼だって、お肉だけじゃなくて、野菜とか食べないと」
「すみません」
「日本人にはお魚のが身体にあってるし」
「はい」
「コンソメ味、スキだったよね?」
あぁ、どうして。
どうしてこんな事が起きるんだろう。
- 567 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:56
-
先に泣いたのは私だった。
私が泣いたから、隣にいた彼女はきっと泣けなくなった。
でも、嬉しかったのだ。きっと一生懸命考えてくれた結果だろうって分かったから。
「はは、なんで、うち、泣いてんねんやろ」
「ありがと、唯ちゃん」
「なんで?なんもしてへんで」
「ううん、ありがとう」
蛸のカルパッチョの入っていたお皿を持って、イシカワさんはさり気なく去っていった。
鼻を小さく啜る私に、絵梨香ちゃんはティッシュをくれた。
「食べようか?」
「せやな、リゾットやもん、はよ食べなな」
「唯ちゃんの冷めちゃった?」
「あっちあちに作ってくれてたらしいから、まだ平気」
さくさくしたパンの食感が、口の中を一杯にする。
ソースとマヨネーズの味と、頬を伝う涙の味が一緒になって、
少しだけ塩味を強く感じる。
それから、食べ終わるまで、私達はさっきまでのはなんだったのか、ってくらい、
他愛もない話をしていた。会社の話、テレビの話、それから今度の休みの話。
他愛がなさすぎて、覚えきれないくらいの話しかしなかった。
- 568 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:56
-
食後に、練乳苺ミルクティを飲んで、お会計を済ませて、外に出た。
耳の下まで帽子をかぶってる私を見て、絵梨香ちゃんが笑った。
「絵梨香ちゃん、唯ちゃん」
「イシカワさん?」
「また、きてくれて、すごく嬉しかった。また、いつでもきて?」
「また、毎日の様に来ます」
絵梨香ちゃんが答えるより先に、私が答えた。
イシカワさんが笑顔で頷くから、絵梨香ちゃんは困った様に帽子に手を当てながら、笑った。
「毎日来てくれるなら、いつものメニューじゃ飽きちゃうわね」
「え?」
「いつでも、その日食べたもの言ってちょうだいって事」
「はい」
絵梨香ちゃんは、やっとちょっと涙ぐんだ。
- 569 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:57
-
帰り道、私達は分かれ道まで結局何も話さなかった。
意地悪な事言われた話も、結局聞かなかったし、
きっと今ではそれは些細な事になったのだと思った。
北風がピープーと吹いていた。
イチョウの木々がざわざわとざわめき、空には月がぽっかり浮かんでいた。
「ビコーズオブユー」
「え?」
「マイロマンハドイットスタート」
「さっきの歌?」
「せや、さっきの歌」
なんて意味?って聞くから、何にも説明せずに、彼女の手をそっと握った。
それ以上、何も説明しなかった。
彼女も何も聞かなかった。でも、振り払われもしなかった。
ビコーズオブユー、て歌い続けると、彼女はただただそれを聞いてくれていた。
- 570 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:57
-
ずっと貴方の横顔を見ていた私に、貴方はまだ気付いてないかもしれない。
さっきの歌も、ただ歌っただけに聞こえたかもしれない。
でも、その横顔は、時々こっちを見て笑う。
その瞬間が永久に続く為に、私はこれから頑張る。
いつか、その願いを叶える為に。
ビコーズオブユーって歌って、赤面してもらう為に。
- 571 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:57
-
「フォーエバーエン」
「never to part」
「え?」
「ん?歌の続きでしょう?」
「絵梨香ちゃんもしかして」
「んー?」
「歌詞、覚えてる?」
「うん」
「意味も、分かってる?」
「……」
にやっと笑う彼女に、先に赤面したのは、私だった。
- 572 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:58
-
see you again!!!
- 573 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:58
-
***
- 574 名前:満ちゆかぬ横顔と私 投稿日:2008/12/06(土) 02:59
-
***
- 575 名前:空飛び猫 投稿日:2008/12/06(土) 02:59
- 書いたはいいけど、なんでか飼育が表示されなくて困りきってたけど、
気合いで更新できそうです。よかったよかった。
因みに、飼育の問題ではなく、自分の接続状態の問題でした。
ところで、携帯で書いたのを読み直したら、短くて吃驚した。
携帯だとあんなに長く書いた気がしていたのに……(´・ω・`)
反動の様に、今日は長めですかね?
まだもうちょっとだけ続きます。
>>549
えへへ。マリマトー!!
と自分が頑張ったかの様に喜んでますが、私は流れに身を任せてるだけだったりw
りかみき、私もダイスキだー!!!
- 576 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/06(土) 13:18
- あれ?寒いのに目から汗が。
みんな爽やかでいいね。みんな素敵で可愛い。
マーブルも良いお店になってきてますね。
- 577 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/13(土) 23:10
- 次楽しみにしてます。
- 578 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:37
-
触れていい距離にあなたがいる
それだけで幸せを感じる
だいたい、なんで私はあんなに何か難しい事考えていたんだっけ?
神様に感謝。収穫できた、料理だけじゃなくて、貴方に出会えたという事にも感謝。
- 579 名前:空飛び猫 投稿日:2008/12/25(木) 00:38
-
虹が丘マーブルコンフィチュール
最終話
星に願いを〜when you wish upon a star〜
- 580 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:38
-
十月、東京の街では、ハロウィーンの飾り付けが街をオレンジと黒に染める頃。
マーブルでは、白い扉の窓ガラスの部分に、七面鳥の飾り付けがされていた。
外まで香ってくる程の、七面鳥を焼く匂いに、絵梨香と唯は顔を見合わせた。
「なぁ、これって、とりにく?」
「とりだね……なんか、不思議な匂いも混ざってるけど」
嗅いだ事のない匂いだった。
七面鳥の飾り付けは、『closed door party!』という看板を持っていた。
「どういう意味?」
「……貸し切り、なのかな?」
入るか迷っていると、後ろからとんとん、と唯の肩を叩く人がいた。
「入らないの?」
「えと、入っていいんですか?」
「招待状あるじゃない?」
にこっと微笑むと、そのロングヘアの女性は自分の分の招待状も見せて、白い扉を開けた。
- 581 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:39
-
扉の中はまるで異国の様だった。
普段は敷かれていない白いテーブルクロスは、焦げ茶の家具に合っている。
ピンクな雑貨こそ健在だったものの、テーブルの上を敷き詰める料理は、
自分達があまり見た事のない料理達だった。
「お。噂をすればかげだ」
「ほーんと」
自分達の事を言われてるのかと、知りもしない人達を見返すと、
その人達はロングヘアの女性に向かって駆け寄った。
「飯田さん、マーブル久々なんじゃないですかー?」
「そうだね。自分のお店あるからね」
どうやら、カフェのオーナーさんらしい事は、話の繋がりでなんとなく分かった。
なんだ、この人が噂されてたのか。そう思った時だった。
「ふふふ。そして噂の」
「え?」
「はじめましてー、マーブルのオーナーの娘のさゆみでーす」
「え?え?」
- 582 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:39
-
にっこり微笑んで、梨華にも劣らぬ美少女っぷりを見せた、さゆみ、を
どうしたものかと唯が悩んでいると、絵梨香が微笑み返して、差し出された手を握り返した。
「ごめんなさいね、娘同然に扱ってる後輩なの」
「そんなところだろうと思いました」
絵梨香が一番の微笑みを見せるのは、やはり梨華に対してのみなのだ、と
唯が少ししょんぼりしているのが分かったのか、梨華はパンパンと手を叩いた。
「もうすぐターキー焼けるから、皆さんお待ち下さいね」
「石川さん」
「はい?」
「なんで、今ターキーなんですか?」
「あぁ、感謝祭なのよ。アメリカでは、この時期のターキーの方が定番なのよ?」
クリスマスは忙しいし、夜は昔働いてたカフェのパーティがお約束だから、
マーブルでは、感謝祭を祝う事にしたらしい。
- 583 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:39
-
皆が来れる様に、と日曜日の夜にしたけれど、本当は木曜日なのだそうだ。
カナダでは金曜日だったかな?と言いながら、フルーツパンチのある所に、
梨華は二人を通す。そこにいたのは、浮かれきった小春とちょっと困った愛佳だった。
「ハピサンクギビーン!」
「はい?」
「ハッピー、サンクス、ギビング、って、言うてるんです……」
「サンクスはありがとうで、ギビングはもらうという意味で、
ハピはハッピーなのです!だから、たくさんもらえてハッピーという」
「了解」
クスクス絵梨香が笑うもんだから小春は少しふふんと鼻を高くする。
愛佳は苦笑しながらも、フルーツパンチを二つのグラスに注いで、
ハピサンクギビン、と小春にのっていた。
- 584 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:39
-
音も立てずにドアが開くものだから、いちいち人の声で気付く。
これは気配に強い人じゃないとお店が務まらないなと絵梨香は感じる。
毘沙門のカフェ、キスザヘブンのオーナーさんとも嬉しい再会を果たして、
知らない人達とも挨拶をして、知り合いになる。
それがなんだか、新しい世界を体感している様で、唯は少しだけ不安になる。
「なぁ、なぁ、絵梨香ちゃん」
「ん?」
「隣にいてな?」
「わかってるよ」
絵梨香のシャツの裾を掴む唯の手を、振り払う事など、絵梨香はしなかった。
- 585 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:40
-
お客さんがくる度に、小春はフルーツパンチの前でハピサンクギビンと叫び、
愛佳はフルーツパンチを注いで同じ言葉を繰り返した。
時々、目が合えば触れ合って。
時々、手が触れ合うとじゃれ合って。
じゃれ合っていれば、さゆみに突っ込まれて、小春は嬉しそうにニシシと笑い返す。
それが、自分に寄って出来ている微笑みなのだと今は愛佳も実感できた。
「ねぇ」
「ん?」
二人から、少し人が離れていった時に、愛佳がこっそり尋ねる。
「小春、やりたい事、見つけたんやろ?」
「うん」
「それ、まだ内緒なん?」
「教えてもいいけど、恥ずかしいな」
「教えてぇな」
「……愛佳と、カフェ職人、目指したい」
「うちと?」
「うん」
「うち、限定?」
「当たり前じゃん」
ぷりぷり怒る小春の肩に、そっと愛佳が寄り添う。
- 586 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:40
-
愛佳の頬をそっと小春が撫でると、愛佳は一筋の涙を流して囁いた。
「ありがとぉ」
「なんで?こっちがありがとうだよ」
テーブルの下に隠れて、こっそりキスをする。
まるで、悪戯してる子供みたいって、愛佳が笑う。
小春もクスクス笑ってると、コンコン、とテーブルをノックする音がした。
「はい!」
「フルーツパンチ、注いでいただけますか?」
「はい、喜んで!」
慌てて後ろを向いて涙を拭う愛佳を見てみぬ振りをしてくれるその人に、
へらへらっと笑って小春がフルーツパンチを注いだ。
- 587 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:40
-
「えー!なんでこんこんがここにいるの!」
「吉澤さんこそなんで?」
「私ねぇ、ここの常連なの」
「その言い方、まるでおばちゃんですよぉ」
「失礼な!それで、こんこんは?」
あさ美がさっき注いでもらったフルーツパンチを飲んでいると、
見かけたのが同僚だったから声をかけただけだった。
「そうじゃなく、ここ、今日貸し切りでしょう?」
「あぁ、幼馴染みが、ここの常連さんなんです」
「どの子?……って、麻琴?!」
「あ、コーチィ」
吉澤さんがコーチだったんだ、ってあさ美が笑うものだから、ひとみも笑うしかなかった。
きょとんとした顔をしている麻琴に、説明していると、さゆみが隣にきて、お辞儀をする。
「こんにちは、お噂はかねがね」
「こちらも、お噂はかねがね」
「え?さゆみの話してるんですか?」
「さゆみちゃんが可愛くて可愛くて、メロメロなんですって」
「……ふふ」
嬉しそうにさゆみが笑うのを見て、あさ美がひとみをちらっと見ると、
ひとみがあちゃぁという顔をしていた。
- 588 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:40
-
楽しそうに話し始めたあさ美と麻琴を置いて、ひとみとさゆみは壁際のソファに座った。
「メロメロなんだ?」
「……メロメロですよ?」
「ここでキスしてって言ったら出来るくらい?」
「したら恥ずかしいのはどーっちだ?」
「私だけどね」
勝てないなぁって笑うさゆみの顔はそれでも満ち足りていて、
余裕のある微笑みだった。今までだったら、もっと、もっと、必死だった筈。
少しだけ、ひとみは不安に思う。
いつか、この子は、飛び立っていってしまうんではないだろうか。
そんなひとみの心配を予測したのか、さゆみが自分の腕を絡めて言った。
「私ね、家事、勉強してるんだ」
「え?」
「やっぱり、最初の夢実現させようと思って」
「どんな、夢?」
「ひとみさんの、お嫁さん」
「そっか。そういえば、就職決まったよ?」
「うちの学校?」
「そう」
家計のやりくりも勉強しなきゃね、とさゆみが笑った。
- 589 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:41
-
あさ美と話していた筈の麻琴は窮地に追いやられていた。
「え、だから、違うって」
「麻琴は私をずーっと一人にしといて!」
「違うんだって、ほら、この子」
「何!」
「あさ美ちゃんだってば」
「え?」
愛は、エキセントリックに怒っている自分に気付いて少し赤面しつつ、
あさ美にお辞儀をする。
「いつも、麻琴がお世話になってます」
「へへへ」
「いや、私、もうお世話なんてしてないですよ」
「そうですね、私がしてますね」
あははって笑いながら握られている手が、だんだん強くなっていく。
麻琴は笑いながら痛みを隠していた。
- 590 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:42
-
時々くる、不思議な外国人さんなジュンジュンが、
何故か招待状を手に持っていた。
愛佳の注いだフルーツパンチを珍しげに飲みながら、笑いかける。
「珍しい行事ね。この国で初めて体験するよ」
「この国の行事じゃないのよ。でも、オーナーがアメリカ好きだから」
アメリカ発祥の音楽のお店だし、と愛佳が説明しているのを見ると、
なんだか無性に焼きもちが焼かれてきて、ジュンジュンから背を向けさせて、
小春が愛佳に尋ねる。
「どういう事?」
「私があげたの」
「なんで?」
「だって、友達いないって言うし」
留学してるのに、もったいないじゃない?と当然の様に言う愛佳に、
小春は溜息を隠して、振り向き直すとジュンジュンに向かって言った。
「いい?愛佳は小春のだからね」
「愛佳は誰のものでもないよー」
「そうだよね、愛佳?」
「そうなの、愛佳?」
「……えーと、そう、です」
何時の間にか聞いていた周りの人達が、ヒューヒューとはやし立てた。
- 591 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:42
-
七時を過ぎて、料理が出始めた。
グレービーソースをかけて食べるマッシュポテトや、サツマイモの料理、
さやいんげんのキャセロールと呼ばれるもの、サラダ、焼きたてパン、
そしてメインの七面鳥が焼き上がる。
スタッフィングの入ったそれの匂いを嗅いで、唯があの匂いや、と呟く。
「では行きまーす!せぇの!」
HAPPY THANKS GIVING!!!!!!
集った人々が皆でお祝いの暗号の様にそれを言いながら、フルーツパンチを飲む。
「なぁ、そろそろドリンクカウンター開けたらいいやんか」
「はいはい。開けます開けます」
裕子や圭、それにキスザヘブンのオーナー、貴子がカウンターの前で待ち受けていた。
それぞれ好きなドリンクを頼むとカウンタに入った梨華がそれを手際良く作る。
三人は、真希やなつみ、圭織が座っているソファに行って語り合う。
その仲の良さで、今日初めて会ってる仲じゃない事はよく分かった。
- 592 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:42
-
梨華は、ひとしきりカウンターの中で、ドリンクを作った。
一息できる頃には、料理がなくなりかけていた。
ちょこちょこ、愛佳が持ってきてくれた料理をつまみながら、キッチンを覗いた。
美貴はさっきから、出てこないでパイを焼いていた。
パンプキンパイとアップルパイのいい匂いが漂い始めていた。
もうすぐパーティーが終わるのだと思うと少し寂しく思う。
しかし、それ以上に、梨華の心中は幸せで一杯だった。
これこそが、自分の作りたかったカフェであり、
飴色も、キスザヘブンも両方継承できた、素敵な居場所だった。
こうして、いいカフェは増えていくのだと自負できる。
小春達もいつかいいカフェを作り上げてほしいと、
最近相談をこっそり受けた梨華は思うのだった。
- 593 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:43
-
窓は結露をしていて外が見えない。
でもその閉鎖感も、暖かみのある室内も、
お客さんが時々出入りする時に感じる、ひやっとした外の空気も。
全てが飴色を思い出し、全てがあの頃、美貴と出会った頃を思い出す。
自分の店を持ちたいとがむしゃらに修行していたあの頃。
ふと入ってきたお客さんに一目惚れして、勝手に一緒にカフェやれたらなんて夢もって。
それで、結果、両思いになって、一緒にカフェを始めて。
カフェをたたまないと生きていけないかも、くらいの頃から、
カフェをたたむ事なんて到底できないくらいになったと、梨華は信じていた。
焼き上がったパイの香ばしい色合いを見て、
それを切り分けてみせる誇らしげな美貴の顔を見て、
甘いものに包まれて幸せになっていく皆の顔を見て、
自然と涙が出ている自分に、梨華はやっと気付いた。
美貴が気付いて、こっそり近寄る。
皆はパイを食べていて、気付いていなかった。
「なんで泣いてるの?」
「なんでもない」
これからも、この人の横で、カフェを続けていけたら、
こんなに幸せな事はない。そう思えるから。
- 594 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:43
- 梨華は涙を拭って、笑った。
「ハピサンクギビン」
「なんか、最早呪文の様だよ、それ」
「呪文よ、呪文」
来年も、こうしてサンクスギビングがお祝いできる様に。
そして、願わくば、全てのお客様の居場所でありたい。
神様がもしいるならば、来年はもっともっと沢山の人とサンクスギビングを祝いたい。
そして、隣にはずっと、貴方にいてほしい。
- 595 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:44
-
いつでも、マーブルは貴方をお待ちしています。
- 596 名前:星に願いを〜when you wish upon a star〜 投稿日:2008/12/25(木) 00:44
-
farewell!!!
- 597 名前:空飛び猫 投稿日:2008/12/25(木) 00:50
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はい。長らくお待たせしました。
そして、長らくのご愛読有難うございました。
これで、ホントに飴色(そしてマーブル)はおしまいです。
最初は、超短編として、草板に書いた作品が、まさかこんなに続くとは。
これも、皆さんが感想書いてくれたおかげだと思います。
ありがとうございました。
次回は未定です。もしかしたら書くかもしれないし、書かないかもしれないし。
とりあえず、某板の作品を完結させる事を始めたいと思います。
>>576
爽やかですか!!ありがとうございます。
マーブルがいいお店になってくれたのは、一重に、皆様の暖かい目があったからでございます。
どもありがとね。
>>577
お待たせしちゃってすみませんでしたー。
またいつかどこかで。
- 598 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/26(金) 19:13
- 素敵なお話をありがとうございました!
飴色の最初のお話を読んだときの衝撃はすごかった。。
りかみきが大好きです!
- 599 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/26(金) 19:52
- ロマンチックな甘い雰囲気にひたすら酔いしれました
個人的にはよしさゆがスマッシュヒットです
某板の方も楽しみにしてます!
- 600 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/27(土) 00:01
- 甘くロマンチックで、でも少しほろ苦い素敵な物語をありがとうございました。
今回は特に小春と愛佳の物語が好きでした。
きっとまたいつか、飴色やマーブルのメンツと会える気がするので…
だから、さよならは、言わない。
- 601 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/27(土) 02:29
- 心のどっかで、本当に飴色やマーブルはどこかにあるんじゃないかと思ってしまうくらい
この物語の世界が、登場人物みんなが大好きです!
くすぐったくなったり、切ない気持ちになったり
3年分ぐらいキュンキュンさせていただきました。
素敵なお話をどうもありがとうございました!
- 602 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/27(土) 17:41
- すごく面白くて、一気に読んでしまいました。
この物語の雰囲気がとても心地よかったです。
空飛び猫さんの大ファンになりました。
ありがとうございました。
- 603 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/27(土) 23:00
- ageちゃいかんよageちゃ
- 604 名前:空飛び猫 投稿日:2009/01/30(金) 23:53
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うわー、なんか、リアルなライフに色々ありまして、
御返事遅れておりました。すみませんでした。
>>598
いえいえ、こちらこそ、有難うございます。
衝撃!いい衝撃だったならよいのですがw
りかみきがこれからも幸せでありますように
>>599
うわー嬉しいお言葉有難う!
よしさゆは、個人的に新たな発見だった一作でもあります。
某板、できるだけがんばりまーす。
>>600
うんうん、そういうの目指してました。
こちらこそありがとう。
こはみっつぃが褒められて、嬉しい限りです。
じゃぁ、私もさよならは言いません。って言いつつ、上でフェアウェル言うてるけど。
>>601
飴色やマーブルがホントにどこかにあるようなと思って頂けたなら、してやったりです!
ありがとうございました!
三年分もきゅんきゅんしていただけて感無量です!
>>602
ありがとうございまーす。
大ファンだなんてテレテレ
また読みにきて下さいね。
>>603
ごめんなさい。代わりに謝るので許してあげてください。
悪気はないんだと思うんだ。うん。
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