Simple Story
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/01(水) 23:49
- Cu-teさんメインでまったりいきます。
- 2 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:49
- 「大丈夫だよ」
いつも、舞美ちゃんはそう言って笑った。
それにつられて、自分も大丈夫って思えた。
初めてのレコーディングの時も。
初めてのコンサートの時も。
いつもいつも。
いつもその笑顔のおかげで乗り越えて来れたのかもしれなかった。
- 3 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:50
- *
「ねぇ、舞美ちゃん、ちょっといい?」
「ん?いいけど?」
汗を拭きながら、いつもの笑顔で舞美ちゃんは言った。
普段のレッスンでも全力投球。
でも、常に笑顔を絶やすことのない舞美ちゃん。
私の申し出に、嫌な顔一つすることなく、荷物を片付ける手を止めてくれた。
「嗣永さんのことなんだけどさ」
「桃ちゃんのこと?」
私の問いに少し意外そうな顔をした舞美ちゃんだったけど、
「あ、新ユニットのことね」と続けて言う頃には、もういつもの顔に戻っていた。
- 4 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:50
- Buono!
夏のコンサートの最中に発表された新ユニット。
発表以来、私の心を占めるのは、それに対する期待と不安ばかりだった。
「うん、どんな人なのかなと思って……」
「え、でもこの前のコンサート一緒だったでしょ?」
「一緒だったけど……」
言葉につまる。
一緒だったけど、一緒だっただけだった。
ユニットのことが決まった後に、よろしくと挨拶を交わしただけ。
リハの時も特に言葉を交わす事は無かった。
舞美ちゃんは歳が近いこともあって、よく話していたと思うけど。
それを目で追うだけで、私自身はそれほど話したことはなかった。
- 5 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:50
- 「いい子だよ。可愛いし」
「可愛いんだ」
言葉と裏腹に、舞美の笑みが消えたのが気になったけど。
かまわず私は言葉を続けた。
「それで?それで?しっかりしてる感じ?」
「んー、おっちょこちょい、かな?ベリーズのみんなが、よく忘れ物をするって言ってるし。それに……」
「それに?」
「よくリハでも本番でもこけてるでしょ?」
「確かにそーかも……」
本番中にステージの横からみていてそんなシーンがあったと思う。
今回の夏のコンサートに限らず、冬のときもだったり……
そして、すぐに起き上がってなんでもないように堂々と歌っていたことも覚えている。
- 6 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:51
- 「それで?それで?他には?」
「別に……会ってみたら後はわかるんじゃないの?」
「わかるけど、心配なの!雅ちゃんとは「あぁ!」で一緒だったし、たまにメールもするんだけどさ。嗣永さんは初めてなんだもん」
「なら、雅ちゃんから聞けば良いじゃん。同じベリーズだし」
少し突き放すように言われた言葉がしゃくに障った。
雅ちゃんからは、決まったときにメールがやってきた。
返信するついでに、少しだけ聞いてみたけれど、返って来る言葉は、舞美ちゃんとほとんど同じようなことだった。
おっちょこちょい。女の子女の子してる。最初にでてくるのがこの二つのフレーズだった。
ただ、雅ちゃんに、それ以上深くつっこんでも聞きづらい。
嗣永さんとずっと一緒にいるだから。
- 7 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:51
- 「それに、心配すること無いよ。きっと最初は桃ちゃんも、猫かぶってお姉さんしてくれるから、頼りになると思うよ」
「でもさ、やっぱり心配だよ。それに、ベリーズの二人は、私たちよりもずっとデビュー早かったんだから、きっとレッスンとかの覚えも早いんだよ。私が足引っ張ったらどうしよう?」
「大丈夫だって。考えすぎだよ」
「考えすぎじゃないよ。実際、今回のコンサートでもそうだったでしょ」
「そんなことないって!」
「そんなことあるよ!」
自分の声が部屋に反響することで、声が知らないうちに大きくなっていることに気づいた。
舞美ちゃんはすぐには言い返してこなかった。
ただ、口を真一文字に結んで、そこに笑顔は少しもなかった。
- 8 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:51
- 「舞美ちゃん?」
「……いっちゃえばいいでしょ」
か細い声だった。
思わず「え?」と聞き返すほどに。
「言っちゃえばいいじゃん。そんなに新しいユニットのことばっかり考えてるなら、そっちいっちゃえばいいんだよ」
今度ははっきりと口を開いて飛び出てきた言葉だった。
「舞美ちゃん?」
「いいよ。きっと桃ちゃんも雅ちゃんも優しくしてくれる。愛理はそっちいっちゃえばいい」
半ば叫ぶように言われた。
目は合わしてくれない。
うつむいた舞美ちゃんの雰囲気は、今までに一度も感じたことのないものだった。
- 9 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:51
- 「どうしてそうなるの?ね?舞美ちゃん?」
「いっちゃえばいい。いっちゃうんでしょ?きっと楽しいよ。私といるよりきっと楽しい。そしたら、もう戻ってこないんでしょ?」
まくし立てるように言われた言葉がカチンと来た。
勝手に決め付けて訳のわからないままに怒ってる。
こっちは心配で相談しているのに。
「わかった。いいよ、舞美ちゃんなんか知らないもん。知らないもん!」
私は叫んで部屋を出た。
扉を閉めるとき、舞美ちゃんの姿がチラッと見えた。
変わらずうつむいたままで、表情は見えないけれど、鼻をすするような音が一瞬聞こえたような気がした。
- 10 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:52
- *
「……って、もうホントに舞美ちゃん、最悪!」
勢い良く吸ったストローからはズズズという音がするだけで、ジュースは私の口には入ってこなかった。
あの後、ナッキーの家に転がり込んで、私は舞美ちゃんとの出来事を愚痴っていた。
「そうなんだ、舞美ちゃんがね」
ナッキーはそう言って、すっと自分のコップを私の方へと移動させてくれた。
「ありがとう」
半分ほど残ったそれに、自分のストローを刺して飲み始める。
- 11 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:52
- 「もう、せっかく教えてもらおうと思ったのに……訳わかんないよ!」
「まぁまぁ……ごめんね、私が嗣永さんのこと知ってれば相談に乗れたんだけど……」
「ううん、違うの、ナッキーは悪くないよ。悪いのは舞美ちゃんだから」
「あ、梅さんなら知ってるんじゃない?ほら、舞美と一緒にZYXだったし……」
「えー……」
言葉につまる。「そっか、梅さんに聞こう」と言うことはできなかった。
忘れていただけじゃない。聞きにくいわけじゃない。
だけど……どうしてだろう……梅さんじゃなくて、舞美ちゃん……
舞美ちゃんから聞きたかった……
- 12 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:53
- 「もう、わかってるんじゃないの?」
「え?」
ふっと顔を上げる。
笑顔のナッキーと目が合った。
わかってる?何が?
「聞きたかったわけじゃないんでしょ?嗣永さんのことが」
え?どうして?
「舞美ちゃんに聞いて欲しかったんでしょ?」
「どうして……?私が?舞美ちゃんに?」
「うん」
自信満々で頷くナッキー。
わからない。ナッキーはわかっているみたいだけど、私は自分のことなのにわからない。
- 13 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:53
- 「梅さんでもダメ。きっと私が嗣永さんと仲良しでも、きっと愛理は私には聞いてこない」
「そんなこと……」
「そうだよ。きっとそう。舞美ちゃんに心配して欲しかったんでしょ?がんばれって言って欲しかったんでしょ?」
「……」
答えられなかった。
そこまで言われて、自分のことに少し気づいた。
そして、それがものすごく恥ずかしかった。
たぶん、私は言って欲しかったんだ。
いつものように、舞美ちゃんからの一言を。
「大丈夫」って。そういって欲しかったんだ。
それを望んでいたから、どうにかしてそれを引き出そうとして……
- 14 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:53
- 「でも、舞美ちゃんのこともわかってあげて。きっと悪気があって言ったんじゃないから」
「え?」
「思い出しちゃったんだと思うよ。ああ見えて、意外と引きずってるんだから。あのことを」
「あのこと……」
思い出すのに数秒かかった。
初めて体験したメンバーとの別れ。
決して忘れてたわけではないけれど。
だけど、あの時も、舞美ちゃんは言ったから。
「大丈夫」って言ったから。だから、大丈夫だと思ってた。
あぁ、そっか。
すぅーっと考えが浮かんできた。
舞美ちゃんは、「大丈夫」って自分に言い聞かせていたのかもしれない。
私は、それを誤解していたのかもしれない……
- 15 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:53
- 「謝んなきゃ……」
「そうだね。きっと舞美ちゃんも、言ったことを気にしてると思うからさ」
「うん、ありがとう、ナッキー」
「どういたしまして」
残ったジュースを一気に吸い込んでから、私はかばんから携帯を出して電話をかける。
「じゃ、私はジュースのお代わり入れてくるから」
お盆にコップを載せて、立ち上がるナッキーに「ありがとう」とジェスチャーで返す。
ドキドキドキとなる心臓。
5コール目で舞美ちゃんが出た。
「もしもし、舞美ちゃん、私だけど……」
- 16 名前:魔法の言葉 投稿日:2007/08/01(水) 23:54
- おしまい
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/01(水) 23:55
- こんな感じで、短い話をこれからも書いていきたいと思います。
- 18 名前:名無飼育さ 投稿日:2007/08/02(木) 02:19
- イイヨー愛理も舞美も冷静ナッキーもイイヨー
期待してます
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/02(木) 11:43
- はじめてこっちの読んだけどいい感じ
他の作品もお待ちしております
- 20 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/08/12(日) 02:56
- ℃-uteメインキター!!
次回作も期待してます。
- 21 名前:一人の夜、ベッドの中で 投稿日:2007/08/15(水) 22:18
- 「一人の夜、ベッドの中で」
- 22 名前:一人の夜、ベッドの中で 投稿日:2007/08/15(水) 22:18
- はぁ……
何度目かの寝返りとともにため息をつく。
全然眠れなかった。
ひとりぼっちのホテルの部屋は薄暗かった。
同じ部屋のナッキーは、栞菜のところへ行って来るといったまま、帰ってこない。
きっと、栞菜は舞美ちゃんのところにいってるだろうし、舞ちゃんやえりかちゃんがも一緒にいるんだろう……
ナッキーもきっとそのままそっちにいったんだと思う。
みんなで楽しく、遊んでるんだ。
明日もお仕事なのに。
きっと寝坊して、みんなマネージャーさんに怒られるんだ。
- 23 名前:一人の夜、ベッドの中で 投稿日:2007/08/15(水) 22:18
- 「一緒にいかない?」というナッキーの誘いを私は断った。
疲れて眠いから、なんて嘘。
そこまでわかっていたからこそ、私は断った。
見たくない。舞美ちゃんに会いたくない。
みんなに優しくして、笑いかけて……
そんなの私のワガママでしかないのはわかってる。
だって、別に舞美ちゃんは私のものだってわけじゃないし。
℃-uteのリーダーなんだし……
ごろんと寝返りを打った。
笑ってる栞菜の顔が浮かんだ。
続いてえりかちゃん、舞ちゃん……そして舞美ちゃん。
目をぎゅとつぶる。
眠れ眠れ眠れと自分に言い聞かせるけど逆効果。
羊を数えてみても、羊の顔がみんなの顔に変わってしまって……
- 24 名前:一人の夜、ベッドの中で 投稿日:2007/08/15(水) 22:19
- 行こうかな……
浮かんできた考えに、私は枕に顔をうずめた。
行ってもきっと嫌な思いをするだけだ。
見たくない。見たくない。
楽しそうにしてる舞美ちゃんを。
コンコン
そのとき、部屋に音が響いた。
ビクッと起き上がる。
それとともに、サーっと血の気が引くのがわかった。
こんな時間に……ドアのノックの音……
お化け?幽霊?変な人?
ギュッと布団を握る。
体が動かない。
本当に怖い時って声すら出せないんだ……
どこか冷静な自分がそう思う。
- 25 名前:一人の夜、ベッドの中で 投稿日:2007/08/15(水) 22:19
- はぁはぁと自分の呼吸音が聞こえるほどの静寂。
次の音を待つ。
じっと、ただじっと私は動けずに、そのままの状態で待っていた。
カチッと音がした。
鍵の開く音。
キィーと開く扉と入れ違いに入ってくる光。
「ふああぁぁぁぁッ!」
ようやく声がでた。
布団を頭からかぶって顔を伏せる。
「あ、愛理?」
呼んでる。私を呼んでる。舞美ちゃん?舞美ちゃんの幽霊。
きっとそうだ、幽霊。幽霊なんだ。
「愛理、どうしたの?」
え……
布団をがばっとはがされた。
薄暗い部屋の中、私の前に立っていた。
両手に私からはがした布団を持って。
- 26 名前:一人の夜、ベッドの中で 投稿日:2007/08/15(水) 22:19
- 「舞美ちゃん?」
「うん、愛理?大丈夫?」
「舞…美ちゃん……」
「どうしたの?愛理?泣きそうな声してるよ?大丈夫?」
「だ、大丈夫」
ズズッと鼻をすすって涙を拭いた。
「ほんとに?全然大丈夫そうに見えないんだけど?」
「大丈夫。それよりも……どうして舞美ちゃん?」
「え?」
「だって、みんなと一緒にいたんでしょ?」
「あー……」
舞美ちゃんの目が私からそれて、天井を見上げる。
たっぷり1秒くらい時間をとってから「大丈夫!」と言ったいつもの笑顔を信じるのは難しかった。
- 27 名前:一人の夜、ベッドの中で 投稿日:2007/08/15(水) 22:20
- 「私は大丈夫だから。戻ってくれていいよ」
嘘だ。このまま二人でいたいよ……
「ううん、愛理と一緒にいる」
「え?」
「ナッキーにも言われてるし」
「ナッキーが?」
ふっと少し浮かんだ心が、再び沈んだ。
ナッキーが言ったからって。
理由は結局それなんだ。
「うん、愛理が一人だから、行ってあげてって、鍵をもらったの」
「そうなんだ……ごめんね」
「ううん、大丈夫。それに、愛理と二人きりの方がうれしいし……」
「え……?」
どういう意味?と続ける前に、舞美ちゃんは私の横に寝転がった。
- 28 名前:一人の夜、ベッドの中で 投稿日:2007/08/15(水) 22:20
- 「明日も朝早いんだし、ほら、寝よ」
パサッと布団を掛けられる。
すぐ横に舞美ちゃんの顔がやってきて、ぎゅっと手を握られた。
「え……舞美ちゃん……」
「おやすみ、愛理」
「お、おやすみ……」
舞美ちゃんは目を閉じる。
長い睫毛。
私の息で揺れそうなくらいに近いところにあった。
ドクン、ドクンと心臓が高鳴る。
舞美ちゃんに聞こえちゃうんじゃないかと心配になるほどに。
寝付けるわけなんてなかった。
さっきまでよりもずっと目がさえてしまった。
- 29 名前:一人の夜、ベッドの中で 投稿日:2007/08/15(水) 22:20
- はぁ……
握った手は汗まみれだけど、離すことなんてできなかった。
どのくらい時間が経っただろう。
舞美ちゃんに背を向けていることで、私の心臓はようやく落ち着いてきた。
そのことで、何か覚悟ができたのかもしれなかった。
それとも、私はすごくうれしかったのかもしれない。
舞美ちゃんと二人でこうしていることが。
だから……小声だけど、言うことができた。
「舞美ちゃん……大好きだよ」って。
言ってしまってから、答えが聞くのが怖くて目を閉じる。
だけど、いくら構えていても、返事はなかった。
- 30 名前:一人の夜、ベッドの中で 投稿日:2007/08/15(水) 22:20
- 「舞美ちゃん?」
呼びかけても同じ。
耳を澄ますと返ってくるのは寝息だけだった。
目を開けて覗いてみても、手をにぎにぎしてみても反応はない。
ほっとしたような、でも寂しいような。
そんな気持ちを込めて、私は背中を向けてつぶやいた。
「ばかぁ……大っキライだもん」って。
- 31 名前:一人の夜、ベッドの中で 投稿日:2007/08/15(水) 22:22
- おしまい
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/15(水) 22:24
- >>21-31 某イベントのトークを元に2作目を書いてみました。短いですけれども、短編スレなので許してください。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/15(水) 22:28
- たくさんのレスありがとうございました。
>>18 名無飼育さ様
初レスありがとうございます。作者の中での3人のイメージそのままなので、ほめていただきうれしいです。
>>19 名無飼育さん様
これからも満足いただけるようなものが書けるようがんばります。
>>20 名無し飼育さん様
1レス目から「℃-ute」の綴りを間違っていてごめんなさい。この3人が書きやすいので登場頻度高いかもしれませんが、他メンもがんばって書いていきたいと思います。
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/16(木) 01:04
- ほのぼの良いですね
- 35 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/08/17(金) 01:58
- やじすずキャワ!
- 36 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/08/22(水) 02:00
- 愛理可愛いですね〜
- 37 名前:奇跡、夢、現実 〜 side M 〜 投稿日:2007/08/23(木) 00:47
- 「奇跡、夢、現実 〜 side M 〜」
- 38 名前:奇跡、夢、現実 〜 side M 〜 投稿日:2007/08/23(木) 00:49
- カンと金属音が響いた。
一歩も動けなかった。
自分のはるか斜めを勢い良く通り過ぎていくボール。
ランナーが自分の前を走っていくことで、ようやく体が動いた。
途端に両の耳に戻ってくる歓声。
先ほどまでとは正反対の方向から、大きく響くそれと、背後から聞こえる落胆の声。
それは、愛理の記録が途切れたことを意味していた。
ズキンと胸が痛んだのは、先の回に打球を受けたせいではない。
連続無失点記録を更新していたマウンドだった。
先発のえりが簡単に2点を取られたため、急遽登板を早めた愛理。
それから、何度も何度も訪れるピンチを乗り切って作り上げた記録だった。
もちろん、点を取られないと負けないスポーツだから、それは私たちのここまでの勝利と直結しているものだった。
そして、この試合でも記録以上に勝利のためにこれ以上の失点は免れたかった。
- 39 名前:奇跡、夢、現実 〜 side M 〜 投稿日:2007/08/23(木) 00:49
- なのに……
愛理がちらっとこっちを見た。その表情が少し緩んだ後、引き締まって頷いた。
なんでもないよという風に。
だけど、私は頷き返せずに目をそらした。
私のミスがきっかけになった失点だった。
あのとき、自分のところに転がってきたボールを弾かなければ……
歓声が上がる。
愛理は記録が途切れたことに落胆した様子もなく、次の打者を打ち取っていた。
「まだ、終わってないよ」
ベンチに戻る前、愛理が走ってきてグラブで私の肩を叩いた。
0−4のスコアで試合は8回裏まで進んでいる。
私たちが放ったヒットはまだわずかに1本だけだった。
三者凡退を繰り返す私たちは、愛理に息を整える暇すら与えられていなかったんだから……
- 40 名前:奇跡、夢、現実 〜 side M 〜 投稿日:2007/08/23(木) 00:50
- 「一番しんどいくせに」
ヘルメットをかぶってネクストバッターズサークルで座る愛理の背中につぶやく。
えりと二人で分担しながらとはいえ、連日40度近い猛暑の中、何試合も投げ続けてきたのに。
しかも、愛理はまだ2年生。来年もある。
なのに……どうして、これが最後の試合になる私よりも、愛理のほうが諦めてないのさ……
カン
ワンアウト後に愛理が打った。
ボールは内野の間を抜けて、外野に転がった。
まだ、2本目のヒットだったけど、ベース上で軽く右手を上げる愛理。
まだ4点。1本のヒットで状況が変わるわけもない。
夢はみなけりゃ始まらないなんて思ってたけど、夢の舞台に立ってしまえばなんてことはない、現実的な計算をしてしまう。
- 41 名前:奇跡、夢、現実 〜 side M 〜 投稿日:2007/08/23(木) 00:50
- 愛理と再び目が合う。
1塁までは遠くて、よく表情までわからなかったけど、じっと私を見ていることはわかった。
本日は3打数無安打2三振。
そんな私を、彼女は信じてくれているのかもしれない。
諦めている自分が嫌気がさしたが、それは信じてくれている愛理に対する罪悪感であり……
奇跡を信じようとする気持ちではなかった。
続くバッターがヒットを打ち、その次が四球を選んでベースが全て埋まっていくまでは。
ふぅと深呼吸をした。
4点差。ホームランで同点。
手の届く範囲にやってきた奇跡を、私は必死で否定しようとする。
ホームランよりも、ゲッツーの方が現実的だった。
3塁へやってきた愛理と目が合ってしまう。
1塁の時と全く変わらない目。
ううん、きっと4点差になってしまったときから変わっていない目だった。
- 42 名前:奇跡、夢、現実 〜 side M 〜 投稿日:2007/08/23(木) 00:50
- ボールが4つ続いた。
マウンドでピッチャーが顔を下げる。
押し出しで得た1点。
3点差にはなったけど、いまだヒットは2本だけ。
次のバッターは私。
三振で2アウト。
ゲッツーでチェンジ。
ヒットなら1点差。
犠牲フライなら2点差。
そして……ホームランで逆転。
ドクンを胸がなった。
腕が震えているのがわかる。
前の打席とその前の打席、三振を喫した2打席が脳裏によぎる。
下手に転がしてゲッツーよりは、三振した方がいいのかもと、そんな気さえしてきた。
- 43 名前:奇跡、夢、現実 〜 side M 〜 投稿日:2007/08/23(木) 00:51
- バットを握りなおしてバッターボックスに向かう。
帰ってきた愛理とすれ違いざまに手を叩いた。
「大丈夫、舞美ちゃんならできるよ」
叩いた手をそのままグッと愛理が握った。
途端に止まった体の震え。
それが勇気なのかなんなのかわからないけれど。
そのときだけは、愛理の目をしっかりと見て頷くことができた。
奇跡を信じるという思いを越えていた。起こせるという確信にすら変わっていたのかもしれない。
「ありがとう」
言い残して打席に立つ。
スタンドの目が全て自分に向けられているんだろう。
大きくなっていく歓声。だけど、そのどちらも気にはならなかった。
それ以上に、ベンチから見ている愛理の視線の方が気になっていたんだろう。
- 44 名前:奇跡、夢、現実 〜 side M 〜 投稿日:2007/08/23(木) 00:51
- ピッチャーの足が上がってボールが向かってくる。
1球目はファウル。
手に残った打球の感覚が、その後を予感させていた。
2球目は大きく外れたボール。
そして、3球目。
カキン
その音だけ切り取ったかのように耳に響いた。
ボールが当たった感覚はなかった。
まるで空気を薙いでいる様に軽い感触。
だけど、確かにボールが当たったと確信できた。
ボールの行方を目で追う。
ぐんぐんと、ぐんぐんと青空に向かって伸びていく。
長い、長い時間だった。
ぐんぐん、ぐんぐん伸びていくボール。
ぐんぐん、ぐんぐん、ボールはスタンドまで伸びていった。
- 45 名前:奇跡、夢、現実 〜 side M 〜 投稿日:2007/08/23(木) 00:51
- 音が戻る。
逆転満塁ホームラン。
自分がやったことが、怒号交じりの歓声の中で実感できる。
空中を歩いているかのような感覚でダイヤモンドを回り、戻ってきたベンチでチームメイトと、そして最後に愛理と手を叩く。
「ナイスバッティング!」
にこりと笑った愛理だけど、すぐにグラブをはめると、顔つきが戻った。
「勝つよ、愛理」
私も一度だけ表情を崩した後、同じように引き締める。
勝負はまだ終わっちゃいない。
1点差のまま迎えた最終回。
私と愛理はグラブを軽く弾いてグランドに駆け出した。
- 46 名前:奇跡、夢、現実 〜 side M 〜 投稿日:2007/08/23(木) 00:52
- おしまい
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/23(木) 00:56
- >>37-46
決勝戦を見ていてやじすずで妄想してしまい、勢いで書いてしまいました。反省はしていません。
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/23(木) 01:00
- 今回もたくさんのレスありがとうございました。
>>34 名無飼育さん様
二人きりなので、ほのぼのしてみました。きっと有原さんとか混じるとドタバタになっちゃいそうですね。
>>35 名無し飼育さん様
やじすずをもっと広めたいとも思っていましたので、そういっていただけるとうれしいです。
>>36 名無し飼育さん
鈴木さんが大好きですので、これからもかわいく書いていけるようにがんばります。
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/24(金) 00:47
- Cu-teさんのキャラは全く解かんないけど読んでるうちに解ればと、
その前に顔と名前を…。
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/29(水) 01:42
- 1レス目でズッコケたんですがw読み続けてよかった
愛理が舞美を支えてるっていいなぁと思いました
- 51 名前:四捨五入 投稿日:2007/09/03(月) 07:26
- 「四捨五入」
- 52 名前:四捨五入 投稿日:2007/09/03(月) 07:27
- 「できた!」
「うん、正解。じゃ、次はこの問題ね」
指で指される問題は、文章がいっぱいで複雑そうだった。
「難しそうだよ、舞美ちゃん」
「やる前から諦めないの。ほら、やってみる」
頭をポンポンと叩かれた。
「できたらご褒美くれる?」
「ご褒美?」
舞美ちゃんは少し考えた後、「いいよ、このページの問題が全部終わったらね」と答えた。
- 53 名前:四捨五入 投稿日:2007/09/03(月) 07:28
- どーせご褒美は、お菓子かアイスに決まってる。
いつもそうだ。こっちの気も知らないで……
もちろんそれは心の中でとどめておいたまま、問題に取り掛かる。
だけど、撃沈。
何度読んでみても、問題の意味がわからなかった。
「おーい、舞ちゃん、手が止まってるぞ〜」
私の手が一向に動かないことで察した舞美ちゃんが、左側から覗き込む。
ふわっと頬にかかる舞美ちゃんの髪の毛と、鼻をくすぐる舞美ちゃんの匂い……
- 54 名前:四捨五入 投稿日:2007/09/03(月) 07:28
- 「――――聞いてる?」
「ふぇ?うん、うんうん、聞いてる聞いてる」
「嘘だー!聞いてなかったでしょ?」
「聞いてたもん」
「じゃ、やってみなよ〜聞いてたんでしょ?聞いてたならできるよね〜」
舞美ちゃんは意地悪だ。
いっつもいっつも意地悪だ。
「ごめんなさい」
諦めて素直に謝る。
すると、鼻先が当たりそうなほどに近づいた舞美ちゃんの顔がほころぶ。
「素直にそういえばいいのよ。学校じゃないんだから」
「はーい」
もう一度、舞美ちゃんが説明を始める。
- 55 名前:四捨五入 投稿日:2007/09/03(月) 07:29
- 「だから、こことこの5を掛けるでしょ?」
「うんうん」
「それで、こっちの0.8で割るの」
「これでいい?」
「うん、できてるできてる。で、最後に四捨五入して整数にしなさいだから、この6.4の4を四捨五入して……」
「ししゃごにゅう?」
聞いたことのあるような無いような単語。
そういえば、授業中にそんな言葉を友達が言っていたようないなかったような……
「えー……四捨五入って、知らない?」
舞美ちゃん、目が点になってる。
そんなに当たり前のこと?私がバカってこと?いや、バカだからこうして教えてもらってるんだけどさ……
「えっと……簡単に言うとね、4以下が0になっちゃって、5以上を10にすることなんだけ……ど」
意味がわからないという雰囲気を全身で発しているのに気づいたのか、舞美ちゃんの説明が止まる。
他のこともこれくらい気づいてくれたらいいのにと、勉強を教えてもらう度に思う。
- 56 名前:四捨五入 投稿日:2007/09/03(月) 07:29
- 「たとえばね、今、舞ちゃんは11歳だっけ?」
舞美ちゃんはノートの端っこに11と書く。
「うん」
「じゃー舞ちゃんの年齢を四捨五入するとね、こっちの1が0になるから、10になるのね」
指でさされる1の文字。
さっきいった、これが4より小さいから、0になるということみたいだ。
「うんうん」
「それで、私は今15歳でしょ?だから、私を四捨五入すると……」
「5?こっちをするの?」
「そうそう。5以上は10になるんだから、一つ繰り上がって20になるわけ」
「……うん……うんうん」
5だから、10になるから、10+10で20ってことなのかな……
- 57 名前:四捨五入 投稿日:2007/09/03(月) 07:29
- 「わかった?」
「うん、たぶん」
「そしたら、さっきの答えね、6.4を四捨五入して整数にしなさいだから、この4を四捨五入して……」
「4だから、0?」
「そう、だから答えは4が0になって6になります」
その言葉をきいて、私は答えに6と書き込む。
「そうそう、できたじゃん」
舞美ちゃんの顔がほころんで、ゆれた髪の毛が私の頬に触れた。
ドキッとした。
だけど、舞美ちゃんはそんなことには気づかない。
- 58 名前:四捨五入 投稿日:2007/09/03(月) 07:30
- 「その調子で後2問がんばって。そしたら帰りにアイスクリーム食べに行こう」
やっぱりご褒美はアイスクリームなんだ……
少し複雑だけど、二人で食べにいくなら、立派なデートだ。
だから、がんばろう。
と、次の問題を読み始めたときだった。
「あ、ここにいたんだ」
ドアが開いて、入ってきたのは愛理。
「うん、舞ちゃんの宿題を見てあげてたの」
「そうなんだ」
私と目が合うけど、すぐに愛理の目は横の舞美ちゃんに戻った。
- 59 名前:四捨五入 投稿日:2007/09/03(月) 07:30
-
「舞美ちゃんの携帯さ、設定終わったから」
「え、ほんと?ありがとー愛理!」
愛理が差し出す携帯は、私と同じ色違いの機種。
機械の操作が苦手な舞美ちゃんが、仕事が始まる前に愛理に設定を頼んでいたのを知っている。
愛理が使っているのは、別の携帯なのにね……
舞美ちゃんはいっつもまっさきに愛理だ。
なんでもかんでも愛理愛理。
私も同じ機種だからやってあげるのにと、宿題を教えてもらう前に言ったけど、「ありがとう。でも先に宿題やらなくちゃね」と言われた。
子ども扱いだ。
そりゃ、私はまだ小学生で、愛理は中学生だけど……
たった一つ違いじゃん。
ほんの少し前までは愛理も小学生だったのに……
- 60 名前:四捨五入 投稿日:2007/09/03(月) 07:31
- 「あ、そだ、愛理、この後、大丈夫?」
「え?大丈夫だけど?」
「舞ちゃんとこの後アイス食べに行くんだけどさ、愛理もいかない?携帯のお礼におごるよ」
にこりと笑顔で言われた言葉は、私の楽しみを簡単に奪ってしまう言葉。
「ほんと?でも……いいの?二人の約束じゃないの?」
私の目を見る愛理は、少し複雑そう。
少し勘付いているのかもしれない。
でも、それをさえぎるように舞美ちゃんが言った。
「みんなで行くほうが楽しいじゃん。いいよね、舞ちゃん」って。
ずるい。舞美ちゃんはいっつもずるい。
そう言われて、嫌なんて言える人間なんていないじゃん……
- 61 名前:四捨五入 投稿日:2007/09/03(月) 07:31
- 「……うん」
落ち込んでいることを悟られないように返事する。
だけど、舞美ちゃんと目は合わせられなかった。
悪いのはいつも舞美ちゃん。
ものすっごく鈍い舞美ちゃん。
私を子ども扱いしかしてくれない舞美ちゃんが悪いんだ。
そのくせ……大好きな舞美ちゃん……
悪いんだ。悪いのに大好きだから悪いんだ……
残りの問題を解こうとするけど、携帯を手にする二人の楽しそうな話し声が気になって集中できなかった。
- 62 名前:四捨五入 投稿日:2007/09/03(月) 07:32
-
そうだよ、さっきの四捨五入。
私と舞美ちゃんは4つ違いだし、愛理と舞美ちゃんとは3つ違い。
四捨五入したらどっちも0になっちゃうんだよ……
舞美ちゃん……覚えてろ……年の差はゼロなんだからね。
愛理と同じ中学生になったら、もう絶対に子ども扱いなんてさせないんだから。
- 63 名前:四捨五入 投稿日:2007/09/03(月) 07:32
- おしまい
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 07:33
- >>51-63
萩原さんと矢島さんで一つ。萩原さん、難しいです……
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 07:39
- レスありがとうございました。
>>49 名無飼育さん様
わからない中、読んで頂きありがとうございます。
Cutie Circuitのサイトに行くと、メンバーのブログもプロフィールもあって、顔と名前とキャラを簡単につかむのに良いかもしれませんね。
作者自身もそこからの情報が多いです。
>>50 名無飼育さん様
1レス目から肝心のユニット名の誤字、本当にすいません。それでも読んで頂き、楽しんでいただけたならうれしいです。
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 08:00
- 更新を発見して朝から幸せな気分になりましたwありがとうございます!
ほんわかとしているけど、少し切ない……
つい最後の決意を応援したくなりましたw
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/04(火) 01:18
- ありがとうございます、早速Cutie Circuit行ってみます。
- 68 名前:スタートライン 投稿日:2007/09/13(木) 23:31
- 「スタートライン」
- 69 名前:スタートライン 投稿日:2007/09/13(木) 23:32
- カツンカツンと廊下に響く自分の足音が、どこか不気味だった。
窓から差し込む夕日が、廊下を真っ赤に染めている。
外からは部活動の掛け声が聞こえてくるし、ブラスバンド部が練習している音も聞こえる。
けれど、この旧校舎の中からは何一つ音はしなかった。
舞美自身、ここに入るのは久しぶりだった。
中等部の頃に少し入った程度。
高等部に入ってからは一度もなかった。
窓も開けていないから、むわっとした空気がまとわりつき、頬に汗が一筋流れた。
- 70 名前:スタートライン 投稿日:2007/09/13(木) 23:32
- 「あーあ、ほんと馬鹿」
舞美の足取りは重かった。
フットサルの練習中に思い切り蹴りこんでしまったボールは、ゴールをはるかに超えて、この旧校舎の教室へと飛んでいった。
唯一の救いは、ガシャンという音がしなかったこと。
取りに行くのも面倒な上に、更にガラスまで割ってしまっていたなら、その後に起こる先生からのお説教までついてくるのだから。
「どの教室だったっけ?」
呟く。
まるでここだけ周りから切り取られた世界に感じられ、少し不安になったから。
端から4番目の窓というのは覚えているから、2番目の教室に入ってみる。
鍵は、開いていた。
そのことに少し驚いたけれど、閉まっていることを想定して、職員室で鍵を借りてこなかった自分に苦笑した。
なんにせよ、ラッキーかも。
ガラガラと扉を開く音が廊下に響く。
- 71 名前:スタートライン 投稿日:2007/09/13(木) 23:32
- 「あ……」
中の状況に、舞美は思わず声が漏れた。
鼻についたのは絵の具の独特な匂い。
壁に立てかけられるように並べられた、色とりどりの絵と、部屋の中央にドンと台に置かれたキャンバス。
まだ半分ほどしか書かれていないその横にある机にはたくさんの画材道具が乗せられていた。
そして、その前に木の椅子。
整然と並べられたその中で、壁際に転がる場違いなほどに砂でくすんだボール。
開いている窓から飛び込んだのだろう。
風に揺られてカーテンが揺れている。
- 72 名前:スタートライン 投稿日:2007/09/13(木) 23:33
- 誰もいないのかな……
隠れる場所なんてない。
そもそも、教室だというのに、たった一組の木の椅子以外に椅子も机もなかった。
ボールを取ろうと部屋を横切る際に、書きかけのデッサンが目に入る。
人?
ううん、これは……
じーっとキャンバスを覗き込む。
- 73 名前:スタートライン 投稿日:2007/09/13(木) 23:33
- 「誰?」
そのとき、扉の方から声が聞こえた。
ふっとそっちを見ると、髪の毛を頭の上でちょこんと結んだ女の子。
そもそも、女子校なのだから、生徒は全員女の子なのだけれど……
ただ、彼女の着ている制服のリボンが赤かったことから、中等部の生徒であることはわかる。
頬に少しついた黒い鉛筆の汚れから、彼女が書いていたであろうこともわかった。
しかし、明らかにおどおどとしているのは彼女の方であり、舞美は自分がこの部屋の主であるかのような変な感覚を覚えた。
「あ、ごめんなさい。ちょっと、あれがここに入っちゃったから」
後ろのあるボールを親指で差す。
「あ……」
「ごめんね、邪魔しちゃって」
「いえ……そんなことないです、舞美先輩……」
「ふぇ??」
急に呼ばれた自分の名前に驚いた。
必死に自分の知り合いの顔を思い浮かべるが、目の前の彼女は見たこともない顔だった。
- 74 名前:スタートライン 投稿日:2007/09/13(木) 23:33
- 「あの、ごめん……えーっと……」
「鈴木です。鈴木愛理といいます」
ぺこんとおじぎをする愛理につられて、舞美も頭を下げる。
「えーと、鈴木さん、ごめん、私、どこかで会った?」
「あ、いいえ、ごめんなさい……舞美先輩のこと、こっちが勝手に知ってただけです」
「え……?」
「あ、あの、私、美術部なんですけど、ここから、よく見えるんです。舞美先輩が部活やってるの」
「あ、あぁ……そういうことね」
確かに、舞美たち、フットサル部はこの下で練習をしている。
グラウンドは野球部とサッカー部が使っているし、体育館はバスケ部とバレー部が占有しているから。
まだできて間もないフットサル部は、旧校舎の前の小さな広場しか練習場所がない。
- 75 名前:スタートライン 投稿日:2007/09/13(木) 23:34
- なら……
引っかかって、もう一度キャンバスに目をやる。
いくつもの線が入っていて、細かなところまではわからない。
それでも、一人の人がドリブルをしている姿ということはわかる。
右足で今にも切り返そうとしているシーン。
動きにあわせて横にながれるポニーテール。
そして、舞美は自分の腕に巻かれたリストバンドを触った。
同じものがそこに描かれていたから。
これ……私?
自分のドリブルの時の姿勢を見たことなんてない。
それでも、この一瞬を絵として見ると、TVで見ているようなサッカー選手のドリブルに遜色ないように思えてしまった。
自意識過剰。
そう言われてしまえばそれだけのことなんだろうけれど……
- 76 名前:スタートライン 投稿日:2007/09/13(木) 23:34
- 愛理は、自分の描いた絵を覗く舞美をじっと見たままだった。
舞美も、絵のことを尋ねることができない。
どうして、私の名前をこの子は知っていたの?
どうして、私の絵を描いているの?
口に出すことはできなかった。
ただ、じっと舞美も愛理の目を見つめ、愛理も目を逸らすことはなかった。
キョロっとした目と、少し開いた口から覗く八重歯。
トクンと胸が鳴る。
自分に興味を持ってくれている存在が、どこかうれしく、でもやっぱりどこかで自分じゃないのかもという疑問が捨てられなかったのだ。
- 77 名前:スタートライン 投稿日:2007/09/13(木) 23:34
- しばらくして、そのバランスを保った静寂は、一人の女の子の登場によって破られる。
「舞美、遅ーい!みんな待ってるよ」
舞美と同じくらいの背の女の子が、大きな声で教室に入ってくる。
入ってきた途端、戸のすぐ横にいる愛理に気づき、バツの悪そうな顔をした。
「あ、えり、ごめん。すぐ戻るから。わざわざありがとう」
「ううん、いいけど……大丈夫?」
「あ、うん、大丈夫」
もう一度、愛理に目を合わせて軽く微笑む。
愛理も「はい」と答えて舞美を見る。
さっきまでの沈黙は嘘のようだった。
- 78 名前:スタートライン 投稿日:2007/09/13(木) 23:34
- 「ごめんね、邪魔をして」
「いえ、大丈夫です。部活、がんばってくださいね」
「うん、ありがとう」
ボールを手に取り教室を出る。
ガラガラガラと戸を閉めてしまうと、何かが絶たれてしまうように思えて、舞美は少しだけあけたままにしておいた。
- 79 名前:スタートライン 投稿日:2007/09/13(木) 23:35
- 「知り合い?」
旧校舎からでると、えりかが言った。
「ううん……ようやく知り合えた、みたいな?」
「はぁ?」
鈴木愛理。
美術部。
まだまだ知っているのはそれだけだった。
たぶん、彼女も私について知っているのは同じだけだろう。
「ほら、みんな待ってるんだし、早く、練習に戻ろう!」
「ちょっとー舞美!先行かないでよ!」
駆け出しながら舞美は思った。
また、もう一度あの教室に行ってみようと。
- 80 名前:スタートライン 投稿日:2007/09/13(木) 23:38
- >>68-78
某DVDの影響もうけつつ、学園ものを書いてみました。
思い切り序盤だけですので、短編の間に続きみたいなものも入れつつ、スレを進めていきたいです。
- 81 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/13(木) 23:43
- レスありがとうございます。
>>66 名無飼育さん
すぐに発見していただきありがとうございます。萩原さん、いつも矢島さんにアピールして軽くあしらわれていますので、いつか報われる日がくればいいなぁと。
>>67 名無飼育さん
ご希望に添えるものでしたでしょうか?他にもたくさんのサイトがございますので、細かな情報は検索してみてくださいね。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/14(金) 00:30
- やじすず長編?中編?キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━
しかも学園ものキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━
うわっ嬉しすぎてもう…wktkして続き待ってます!
- 83 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/09/14(金) 01:16
- やじすずktkr!
これから二人がどう距離を縮めていくのか楽しみです
- 84 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:32
- 「リーダー論」
- 85 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:32
- はぁ……
机に突っ伏す。
何度もあのシーンが思い出される。
わかってたことなんだ。
今回のツアー、栞菜と千聖がそれぞれ別の日に学校で抜けるから、最初の公演からいきなりパートがめちゃめちゃに変わってしまうんだ。
ただでさえ、春のツアーと同じ曲でパートが変わっている曲があるのに、そこで更に2パターン増えることになってしまう。
大混乱のままに迎えた初日。
歌詞を飛ばしたのは他でもない私。
はぁ……
もう一度ため息。
両手をだらんと伸ばして、頬を机につけると冷たくて気持ちよかった。
- 86 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:33
- 「お疲れだねぇ、舞美ちゃん」
「ん…あ、愛理」
顔だけ起こして見上げる。
愛理は新ユニットのレッスンもあったので、一人居残りだったんだ。
「お疲れ」
「お疲れなのは舞美ちゃんでしょ」
「あ〜、うん、そうかも」
「大丈夫?」
「うん……大丈夫……」
「そう、ならいいんだけど……」
愛理はそう言って、奥の更衣室へ入っていった。
- 87 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:34
- コンサートが終わった後、マネージャーさんから怒られた。
気にしすぎていたっていうのは言い訳。
その前のパートで、なっきーがその日のリハーサルで何度も飛ばしていたから、それがすごく気になっていた。
だから、本番中も、なっきーへと目が行っていた。
そして、なっきーが忘れずに歌えていたことに安堵した瞬間だった。
だめだめだ……
そこからはもうグダグダだった。
袖にはけた後、急いで走っていたら水分補給用のボトルを倒して、床が水びたしになっちゃったし。
衣装替えで、髪の毛がうまく通らずに一人遅れてしまったし。
- 88 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:34
- リーダーなのに。
改めて思う。
でも、それは、ずっと前から思っていたことだ。
まとめられてないなぁって。頼りないなぁって。
メンバーがみんなみんな私がリーダーだから頼ってくれるから。
それに答えなきゃと思っていると、すぐに自分自身のことが抜けてしまう。
自分には才能がないんじゃないのって。
いっそのこと、リーダーは誰かに変わってもらったほうがいいかも……
と、レッスン終了時のメンバーの顔を一人一人思い浮かべる……
- 89 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:35
- 「舞美ちゃん、夏休みの宿題……」
「え?まだ終わってなかったの?もう9月じゃん!学校始まってるでしょ?」
人を殺せそうなほどに厚いプリントの束を手にする舞ちゃん。
続くように千聖も問題集を手にしている。
「ちょっと、舞美、栞菜なんとかしてよ!」
叫ぶのはえり。
目をやると、栞菜がタオルを顔に押し付けている。
それを引き離そうと、破れそうなほどにタオルの端を引っぱっているが、栞菜は幸せそうに目を閉じてタオルに鼻をうずめる。
「離しなよ、栞菜、それ私のなの」
「えりかちゃんもイイ匂い〜」
「バカッ何言ってんの!ほら、舞美がタオル貸してくれるって!」
「えええ!」
タオルから手を離した栞菜の目は大きく見開かれていて。
急に離したもんだから、えりが勢い余って肘を机の角にぶつけて、ものすごい音がした……
- 90 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:36
- 「あ〜ビリビリ!ビリビリしてる〜!!ちょっとアータ!今ちょ〜ビリビリしてるわよ!しーてーるわーよ!」
「舞美ちゃんのタ〜オ〜ル〜」
目を見開いたままこっちにものすごい勢いでやってくる栞菜と、変なテンションで悶絶しているえり。
「舞美ちゃん、舞美ちゃん」
肩を叩かれる。
横を向くと、なっきーがいた。
「千聖が抜けた時のパート、確認したいんだけど……ダメかな?キュフフフ」
上目遣いに笑うなっきーだけど、答えるよりも突進してくる栞菜を避ける方が先。
だから、栞菜はそのままの勢いでなっきーにつっこんでいく。
- 91 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:36
- 「あ、なっきーもなかなか不思議な匂いがする」
ものすごい勢いで壁に押しつけられたなっきー。
栞菜の表情は私からは見えないが、たぶん満足そうなのかも……しれない……
「舞美ちゃん、宿題!」
「教えてよ!間に合わないよ!」
「ちょっと舞美!肘痛いわよ!ひーじーいーたーいーわーよ!」
「舞美ちゃん、助けて〜」
「舞美ちゃんの匂い〜」
……
………はぁ
ダメかもしれない……
全然だめ……これっぽっちもまとまりがないよね、私たちって……
- 92 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:37
- やっぱり……彼女にいて欲しかったな、なんて思うのはダメだよね。
任せて。って約束したもん。
私はリーダーだもん。
しっかりしなくちゃ。舞美!
℃-uteをまとめるのは私しかいないんだから!
自分に言い聞かせる。
その時だった。
「ケロ〜」
そんな声とともに緑色の物体が、私の視界に現れた。
- 93 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:37
- 「ケロ〜、舞美ちゃん、悩んでるケロ〜」
「……愛理?」
「違うケロ。お鈴ちゃんは帰ったケロ。私は河童だケロ〜」
この服を見たことがある。
愛理のパジャマ。河童の着ぐるみみたいなものだった。
ご丁寧に水かきまでついているこれは愛理のお気に入りで、ホテルでも着ていることがあったけど……
持ってたんだ……今も……
- 94 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:38
- 「ケロケロ〜」
「愛理」
「違うケロ〜何度言ったらわかるケロ〜」
水かきのついた手でペシペシと叩かれる。
全然痛くないけれど、そんなところがやっぱり愛理は女の子らしくって、ちょっと羨ましかった。
「えーと、じゃあ、河童さん?」
「ケロ〜」
「愛理……じゃなくて、河童さんは、私に何の用?」
「ケロ〜」
少し困ったような顔をして、首をかしげる愛理。
人差し指をこめかみにつけるしぐさをした後に、言った。
「舞美ちゃん、がんばりすぎケロ?」
「え?」
「たぶんね、大丈夫だよ。舞美ちゃん、一人で何もかもしようとしなくても。ケロ」
とってつけたような「ケロ」に少し吹き出しそうになった。
- 95 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:38
- 「んーそうかな?」
「そうケロ。みんな心配してるケロ。舞美ちゃんのこと。最近、落ち込んでるっぽい感じだったから」
「元気づけようとしてるケロ〜」と付け加え、愛理はくるりと後ろを向く。
背中にかかれた甲羅が見えた。
あれが……そうなんだ……
言われてみると、いつもに増してみんながみんな変なテンションだったけど……
「私も学級委員やってるケロ」
「あぁ……」
そういえば、愛理、自分で学級委員に立候補したって言ってた。
あまり学校にいかないのに、大変じゃないの?って、みんなで言ってた。
「私はあまり学校に行けないし……クラスのみんなに助けられてばっかりのダメ委員長だけど……みんな、私のこと委員長っていってくれるケロ」
「そっか」
「あのね、舞美ちゃん、私思うんだけど」
くるっともう一度愛理は私の方に振り返った。
さっきまでと違い、少し真剣な表情で、じっと私を見つめている。
- 96 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:39
- 「もっと頼っていいと思うよ。リーダーだからって全部一人でやらなくていいと思うよ?」
「そう、なのかな……」
「うん、だって、私もクラスのみんなに言われたもん。それに……」
「それに?」
「私、舞美ちゃんに頼ってもらうとうれしいもん。ケロ」
「きっと、みんなも同じだよ」って言いながら、愛理はにこっと笑う。
八重歯がぴょこんと口の端から覗いていて、思わずドキッとしてしまった。
- 97 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:39
- 「ありがと、愛理」
「ケロ〜」
また河童に戻った愛理。
手をクネクネさせながらぴょこぴょこと動き回り始めた。
年下なんだよね。
こういう仕草をみていると、まだまだまだまだ子どもだなぁって思う。
まだ……中学生になったばっかだもんね。
「ケロ〜ケロケロ」
愛理はそんなことを言いながら、更衣室に入っていった。
- 98 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:39
- 「心配掛けてごめんね」
扉に向かってつぶやく。
愛理だけじゃない、みんなに言わなきゃね。
ゆっくりと頷く。
そして、数分間じっと待ってから、私は荷物を取りに更衣室へと入った。
- 99 名前:リーダー論 投稿日:2007/09/18(火) 07:39
- おしまい
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/18(火) 07:42
- >>84-99
鈴木さん学級委員ネタで一つ。ようやくこのスレも100まで行きました。
前回の続きみたいなものは、こうやって思いつきで合間に短編を入れながら、書いていきます。
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/18(火) 07:48
- いつもたくさんのレスありがとうございます。
>>82 名無飼育さん
このスレは短編集形式なので、短編で続きを書いていく形になると思います。
間に思いつきで他のも挟みますが、ご了承ください。
>>83 名無飼育さん
間を挟みつつ、書いていきたいと思いますので、作中の二人同様ゆっくりとお待ちいただけると。
- 102 名前:82 投稿日:2007/09/18(火) 14:39
- ℃-uteっていいチームだなぁ、と改めて思いました。
もちろん短編も楽しみにしてますよ!
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/19(水) 00:43
- 良い話しだケロ〜
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/09(火) 23:31
- 待ってます
- 105 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:35
- リーダー論 2nd
- 106 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:35
- 「好きだよ」
たった4文字の言葉だけど、私の世界を揺るがすには十分な言葉だった。
上目で見上げられていたのはどれくらい前だっただろう。
今は、ほとんど同じ高さになった目が、私をしっかりを捕らえていた。
いつからだろう。
私が愛理をそういう風に思い始めたのは。
いつからだろう。
愛理が私をそういう風に思っていたのは。
- 107 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:35
- 気づいていた。
気づかない振りもしていた。
気づかないでいたかった。
だけど、こうして言葉にされてしまうと、気づかない振りをしているわけにもいかない。
ごくんと、口にたまった唾を飲みこんだ。
それは、「私もだよ」という言葉が出そうになるのを飲み込むためにでもあった。
だけど、私は、リーダーだから。
みんなが大好きで、みんなのまとめ役で、みんなに平等で……
誰かが特別とか絶対ダメなんだ。
もし……ここで私が好きと言ってしまったのなら……
℃-uteは……えりが、舞ちゃんが、なっきーが、千聖が、栞菜が……
どうして私がリーダーなんだろう?
どうして私はリーダーをやっているんだろう?
- 108 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:36
- 「愛理……」
きっと私の声は震えていただろう。
きっと私の声は沈んでいたんだろう。
でなきゃ、名前を呼ばれただけで、愛理がこんなに泣きそうな顔をするわけがない。
「ごめん」
目は、見れなかった。
顔を背けて、ぐっと目をつぶって、私は言った。
たった3文字の言葉だけど、私たちの世界を揺るがすには十分な言葉だった。
- 109 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:36
- ◇
翌日、びくびくしながら扉を開けた。
誰もいない部屋に少し安心するけれど、同時に次にくるのが愛理だったら……と不安がよぎった。
あれから、愛理とはメールすらしていない。
毎日のように送られてくるおやすみメールも、おはようメールも、今日はない。
相談しようにもメンバーに相談なんてできるわけもなく。
とりあえず、荷物を置いて誰かがくるまでブラブラしていようと思った瞬間に、扉が開いた。
まるで悪いことをしているときに誰かが入ってきたように、全身がビクンとした。
「おはよー」
掛けられた声がえりの声で、ほっと胸をなでおろす。
「おはよ」
なんとか笑顔で振り返るも、えりは不振そうな目で私を見てくる。
- 110 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:37
- 「ど、どうしたの?」
「舞美ちゃん、すっごい汗」
「え、あ、あ……」
とっさに何も思い浮かばず、あたふたする私に、えりは「舞美ちゃんってすぐ汗かくよね」と納得する。
それは少々心外だったけれども、この場はそれで収まるのならありがたい。
「ねぇ、そういえばさ」
「何?」
「愛理さ――」
その言葉が突き刺さる。
何気なく振るわれた刃は、とても鋭利なナイフだった。
えりは全てをわかっていってるんじゃないかって、そんなことすら思えてしまう。
ドクンドクンと体中に響き渡る心音を聞きながら、えりの続く言葉を待つ。
- 111 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:37
- 「今日は少し遅れるんだよね?」
「へ?」
「あれ?この前、マネージャーさんがいってたじゃん。ボーノがあるから午後からになるって」
「あ、あぁそうだったね」
心音は次第に収まってくる。
愛理と顔をあわせる瞬間が遅くなったから。
最低だ。
自分で思う。
愛理とこのまま顔を合わさずにいられるのならなんて、そんなことすら思ってしまったのだから。
- 112 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:38
- そのまま、みんなが次々とが到着し、えりとの会話は流れてしまう。
普通の日。
普通の日だった。
レッスン中は細かなことを考える余裕もなく。
私が愛理のことを次に思い出したのはお昼ご飯を配られたときだった。
「あれ?一個余ってるけど?」
「あ、愛理の分でしょ?」
「でもさ、愛理は向こうで食べてくるんじゃないの?」
舞ちゃんと千聖の会話。
けれど、愛理という名前が私の意識を一瞬で奪ってしまう。
「なのかな。でもさ、愛理遅いよね」
「お昼までには戻るって昨日言ってたのにね」
はぁと息が漏れた。
心音がまた体中に響く。
もしかしたら、昨日のことで、こっちにこないんじゃないかって。
- 113 名前:リーダー論 投稿日:2007/10/14(日) 12:38
- お弁当のフタをあける。
白いご飯にまぶされたゴマと、真ん中にドンとのせられた梅干が目に付く。
「舞美ちゃん、梅干あげる」
「だめだよ、愛理、好き嫌いしちゃ」
「一緒にこのエビフライもあげるからさ」
「仕方ないなぁ……」
そんなやり取りを思い出す。
梅干をご飯と一緒に口に運ぶ。
梅干はキライなくせに、ピーマンとかゴーヤとか好きな不思議な子。
今日はハンバーグとから揚げだから、愛理は何ていうんだろう?
「舞美ちゃん」
昨日の言葉が頭に流れる。
「好きだよ」
愛理はそう言った。夢でもなんでもない現実だった。
- 114 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:39
- 「遅くなってゴメン!」
結局、愛理がやってきたのは、私たちがお弁当を食べ終わるころだった。
「おはよう」と声を掛けた私に返した言葉は、いつもよりも元気がないのは確実だった。
そのまま、特に会話を交わすことも、視線を合わせることもなく、時は過ぎ去っていく。
午前のレッスンに参加していない愛理は、みんなに比べてぎこちなく。
左右に振られるすらっとした手。
細くて白くて、ほんとに愛理は女の子だなって思えてくる。
手を取ってあげたいと思う。
動きが散漫なのは、午前からいなかったことだけが原因でもないはず。
無我夢中に動かしている手を取ってあげたいと。
- 115 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:39
- だけど、私はそれをすることができない。
見ていると、気持ちが揺らいでくるから。
できるだけ愛理の方を見ないように努めた。
気づかれないように、変に思われないようにしたつもりだった。
けれど、それは普段からどれだけお互いがお互いの存在を意識していたかっていう裏返しになるんだろう。
気づいたのはなっきーだった。
レッスンが全て終わった後、逃げるように着替えを済ませた私を、なっきーは追ってきた。
- 116 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:39
- 「舞美ちゃん、早いから」
「そ、そう?」
「早いよ。変だよ、朝からなんかそわそわしてるし……それに……」
「それに?」
「愛理が来てからもっと変になった。二人とも」
そんなことないよ、と即答はできなかった。
ばれてたんだって驚きが勝った。
「愛理、言ったの?」
「え?どうして……」
平静を装うのは難しすぎた。
つーっと汗が頬をつたうのがわかった。
頬だけじゃない。背中までびしょびしょだった。
- 117 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:40
- 「言ったんだ」
「……」
「言ったんだよね。で、舞美ちゃんは振ったわけだ」
「振ったわけじゃ……」
「ない」とは言い切れなかった。
だけど、振りたくて振ったわけじゃない。
「振ったんでしょ。でなきゃ、あんなにぎこちなくなるわけない」
「……」
「どうして?愛理のこと好きじゃないの?どう考えても、舞美ちゃんは愛理が好きな素振りだったけど……」
「違う……」
好きだよ。
大好きだよ。
でも、ダメなんだよ。
- 118 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:41
- 「じゃあ、どうしてさ?どうして愛理に応えてあげなかったの?」
怒ったようななっきーの言い方にカチンときた。
自分だってできるならそうしたい。
そうしないのは、目の前にいるなっきー、あなたのためでもあるんだから。
「応えたいよ。私だって。でも、できないんじゃん!」
「どうしてさ?」
「私、リーダーなんだもん。愛理だけを特別扱いなんてできないよ」
そう、私はリーダーだよ。
なりたかった。うれしかった。
リーダーって言われて。
がんばんなきゃって思った。
だけど……だけど……愛理の顔を見ると、それがつらかった。
リーダーであることが、つらかった。
- 119 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:41
- 「はぁ……舞美ちゃん、それマジで言ってるの?」
少し驚いた後に見せたなっきーの脱力したような表情に、再びカチンときた。
「そうよ。なっきーはいいよね、好きにできるもんね。愛理のこと好きなら、好きっていえるもんね。自分のことだけ考えていればいいもんね!」
パチン
「何するのよ」
「バカ!愛理だけ特別扱いできない?何言ってるの?二人で映画行って、ボーリング行って、ご飯も食べに行ってて。
何が今更特別扱いはダメなのさ?みんな気づいてるよ!
だから、えりかちゃんも、舞ちゃんも、栞菜も千聖も……私も、いろんなことを諦めてるんだよ。
愛理だから……舞美ちゃんだから……なのにさ……」
なっきーは泣いていた。
- 120 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:42
- 「なのに、今更何言ってんのさ、バカ!」
私も。なっきーはそう言った。
それが私に向けてのことではないことは明白だった。
他のみんなはわからないけど…少なくともなっきーは……
でないとさ……気づかないよね。わかんないよね。
格好いいと思った。
リーダーだから、みんなのためだなんて、自分を殺している自分よりも。
好きな人のためにって、自分を殺せるなっきーが。
「ほら、さっさと愛理のとこいく!」
「は、はい」
思わず出てしまった返事。
駆け出す前にいった「ごめん」の言葉は、なっきーに聞こえていたらまた怒られていたに違いない。
昨日とは違う「ごめん」を言うのは愛理に対してなのだから。
- 121 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:43
- 廊下を走る。
角を曲がったとき、着替えを終えて出てきた愛理たちと鉢合わせた。
「愛理!」
隣にいる栞菜も舞ちゃんも気にしない。
怯えているような、泣きそうな目をした愛理を、私は抱きしめた。
- 122 名前:リーダー論 2nd 投稿日:2007/10/14(日) 12:43
- おしまい
- 123 名前:リーダー論 投稿日:2007/10/14(日) 12:44
- >>105-121
どうも作者は矢島さんを悩ませるのが好きなようです(マテ
- 124 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/14(日) 12:50
- 思いついたものをポンポン書くので予定が未定になりがちです……
次は前の続きに当たるものを書きたいのですが。
>>102 82さん
ありがとうございます。
℃-uteさんはみんな特徴的で書いていて楽しいですので、このグループなりのよさを書いていけたらなぁと。
>>103 名無飼育さん
これからもそう言っていただけるようなお話を書いていきたいケロ〜
>>104 名無飼育さん
お待たせしてごめんなさい。月2回更新くらいのペースでいきたいですので、よろしくです。
- 125 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/10/22(月) 23:19
- 舞美も愛理も可愛いですねー
以前の続きも気になります!
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/23(火) 18:53
- もう最近やじすずのことしか頭に浮かばない・・・
駄目だな、私(ノ∀`)
今回も最高でした!次も楽しみにしてます♪
- 127 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:25
- ――File 1――
不完全性神秘
- 128 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:26
-
数日間降り続いた雨が上がった夜更け。
雨は止んだがまだ雲が厚い今日は、月の光も届かなかった。
近くの街灯は、その光を3日前から止めている。
住宅街に作られた闇に存在するのは1つの黒い影。
屋根の上で身を潜めるそれは、500年以上前から変わることのない仕草だった。
忍び。
彼女たちのことを昔の人はそう呼んだ。
監視カメラや盗聴器を初めとするたくさんの道具や、インターネット、携帯電話の発達した情報化社会の現代において、彼女たちの存在が過去のものになろうとしているが……
それでも、彼女たちは確かに存在していた。
人並み外れた身体能力を身につけた彼女たちは、現代まで続く、忍びであったのだ。
- 129 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:26
- 第213代頭領の娘。鈴木愛理。
彼女は暗闇の中、じっと屋根の上で考え込んでいた。
標的はこの真下なんだけど……
木造2階建ての中にいるのは3人だけ。
1階に二人と、2階に一人眠っている。
窓の一つが開いていることを愛理は知っている。
『愛理、どうかしました?』
「ううん、何でもない」
『本当に?』
「……大丈夫」
イヤホンから聞こえる声に答えると、暗闇の中、愛理は窓に手を掛けた。
・
・
・
・
- 130 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:27
- 「鈴木ー、鈴木愛理ー」
教室に響く国語教師の声。
呼ばれた愛理は夢の中から現実に引き戻される。
「は、はい」
「続き、読みなさい」
「はい!」
勢いよく立ち上がり、教科書に目をやる。
音読していっているのだから、段落の変わり目で交代するのが常である。
幸いにして、開いていたページには段落の変わり目が一つしかなかった。
「山の向こうでは春の――」
「そこはもう読んでるぞー」
容赦ない教師の声と、クラス中の失笑が聞こえる。
愛理はそれを受け入れるしかなく、「聞いていませんでした」と答えた。
「5月バカにはまだ早いぞ。せめて連休終わってからにしろよ」
「座ってよし」と教師はいい、後ろの生徒を当てた。
- 131 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:27
- 仕方ないよ。昨日遅かったんだから。
愛理は思う。
まだ4月の半ばを過ぎたころ。
授業が始まってほんの2週間程度だが、まだまだ中学生になっての緊張感を保っている時期だった。
だからこそ、たった一人、夢の世界へと旅立ってしまった愛理が目立つ形になってしまう。
「にはこの空間がまるで―――」
後ろの子の声が聞こえる。
そんなところで切るなんてありえないし……
心の中で毒づく。
もちろん、愛理が眠っているから、教師もそういう意地悪をしたわけで。
それがこの教師の生徒から微妙に嫌われている理由でもあったのだが……
はぁ……
ため息一つ。
窓の外はどんより曇り空。
天気予報で今日の降水確率は70%だって言ってたなと、愛理は思い出す。
- 132 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:27
- 今日、来るかな。
愛理は淡い期待を抱く。
一昨日も来た。
昨日も来た。
会えるかな?
会いたいな。
矢島舞美。
高等部1年C組。
フットサル部(去年同好会から格上げ)所属。
誕生日は2月7日。
血液型はO型。
パーソナルデータを思い起こす。
調べれば、携帯電話からメールアドレスからそれこそテストの点数まで知ることができるけれど、愛理はしなかった。
最低限のこと以外は、彼女の口から聞きたい。
友達に対する礼儀だと、愛理は思っていた。
- 133 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:27
- 友達。
その言葉に顔がほころぶ。
舞美ちゃんと友達。
先日、「先輩」とかいらないからと、愛理は言われた。
なんか堅苦しいし、私も「愛理」って呼ぶから。
舞美はそう言った。
すごくうれしかったけれど、恥ずかしさもあり、愛理は昨日は舞美ちゃんとは呼べなかった。
今日こそは呼ぶんだ。
そんな決意を抱きながら、今日も退屈な授業が終わり、放課後がやってきた。
- 134 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:27
- 「じゃーねー」
掃除も終わり、担任が簡単な連絡を終えると、みんな次々と教室を飛び出していく。
愛理も帰り支度をしようとカバンをあけると、携帯が点滅をしている。
メールか……
一応中等部では携帯電話は禁止ということになっているが、実際は黙認されているという状態であった。
授業中はマナーモードでカバンの中へ。
それさえ守っていれば、教師は何も言わなかった。
点滅している光は赤色。
警戒、注意を呼びかける色。
それが愛理の気持ちをどこか暗くさせる。
赤の光は任務のメール。
任務。依頼。
そういった名前でたびたび愛理の元へとやってくる。
拒否することはできない。
そもそも、どうやって依頼されるのかなど、愛理は知らない。
- 135 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:28
- まだ知る必要はない。
小さい頃に尋ねると、父親がそう答えた。
父親と会話できたのはその頃だけだった。
母親も同じ。
愛理が10歳になるとき、両親と会うことを許されなくなった。
それと共に始まった訓練。
愛理は最初の任務を請け負ったのは、訓練を受けてからまだ3ヶ月しかたっていない頃だった。
それから3年間。
たくさんのことをこなしてきたけれど……
- 136 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:28
- はぁ
愛理はため息を一つつく。
任務が嫌だったことはなかった。
確かに嫌な任務はあったけれども、それが自分の運命だって思ってきた。
だけど、今、任務が入ることが嫌だった。
任務をこなすことが嫌なのではない。
任務が入ると、早く帰らなければならない。
それはつまり、愛理にとって、放課後でしか会えない舞美とのわずかな時間が、更に少ないものになるということを意味しているからである。
- 137 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:28
- はぁ
もう一つため息をついて、愛理はメールを開く。
送り主は中島早貴。
小さな頃から愛理と一緒にいる、いわば付き人と呼ばれる存在だった。
ただ、彼女は愛理と一つしか変わらないゆえに、付き人というよりは友達や姉妹のような関係になってしまっているのだが。
寄り道をせずにすぐに帰ってくること。
書かれていたのは、たったそれだけの短い文章。
それは有無を言わさぬ強制である。
それでも、愛理は今すぐに帰ることはなかった。
全力で走れば20分は早く帰ることができる。
だから、その20分間は舞美ちゃんと話したい。
携帯をカバンにしまいこみ、愛理は教室をでる。
向かう先は旧校舎の2階。
美術室と勝手に名づけてはいるが、実際の美術室は新校舎にきちんとある。
そこはただの空き教室。
- 138 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:29
- 元々、この学校には美術部なんてものはなかった。
愛理が勝手に作ったものだった。
一人だけの方が、融通が利くというのも一つの理由。
加えて、絵を描くことは嫌いではなかった。
上手いか下手かは別にして、愛理の趣味と言えるようなものはこれだけだったから。
幸いにして一般的にメジャーな部活だったことと、愛理が用具を自分のものを使うので、教室だけを貸すという条件で簡単に部の設立は認められた。
旧校舎の部屋を割り当てられたのはそんな理由からもある。
そんなわけで、愛理はここで一人絵を描く。
さながら自分のアトリエのようにも思える空間。
そこで愛理は絵を描きながら舞美を待つ。
高等部は中等部に比べて、終わるのが15分遅いから、ほんの少ししか会えないけれど、それでも待っていたかった。
もしも、舞美がここに来たときに自分がいなければ、もう二度と来てくれないんじゃないかって、そんな危機感を愛理は持っていた。
早く来ないかな。
先ほどから何度も時計をちらちらと見るが、長針はほとんど動いていない。
この時間を貯金できたらいいのに、と愛理は思った。
- 139 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:29
- 舞美ちゃんが来てから、この15分を使うと、20分間話していられるのに……
そんなことを考えていると、外から雨音が聞こえてきた。
「雨だ……」
ポツリとつぶやく。
強くなっていく雨足に、旧校舎の屋根がまるで楽器のように音を立てる。
今日は、部活していかないのかな。
舞美のフットサル部は体育館でやっているわけではない。
だからこそ、愛理がここの窓から見ることができるのだけれど。
15分が経過する。
舞美はまだ来なかった。
きっとホームルームが長引いてるんだよ。
そう自分に言い聞かせるが、時間は容赦なく過ぎていく。
- 140 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:29
- あと2分。ううん、あと3分待っていられる。
扉と時計を交互に見る。
今日はこないのかな?会えないのかな?
もう雨だし、帰っちゃったのかな?
泣きそうになるのをこらえる。
しかたないじゃん、愛理。
今日は雨だし、舞美ちゃんだって毎日ここに来るほど暇じゃないよ。
だから……
自分に言い聞かせて、立ち上がってカバンを肩にかける。
- 141 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:30
- その時だった。
ガラガラとできるだけ音を立てないように気を使いながら、開けられる。
こんな開け方をするのは一人しかいなかった。
「あれ、今日はもう帰るの、愛理」
「え、あ………えっと……」
「雨降ってるしね。うん、気をつけて帰りなよ」
「え……違います。帰りません。今来たところです」
思わずこぼれてしまった一筋の涙を、気づかれないように拭く。
カバンを投げるように置き、椅子に座った。
「がんばるね、愛理」
「は、はい。舞美先輩は、雨なのに部活ですか?」
「愛理、それだめ」
「え?」
「舞美先輩じゃなくって、舞美ちゃん、でしょ?」
意地悪そうに笑みを浮かべながら、舞美も自分のカバンを置いて、愛理に近づく。
- 142 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:30
- 恐れ多くて、そんなの言えません。
と反論した昨日は、舞美の「どうして?」の一言で答えに詰まったから、もう使えない。
恥ずかしいから、なんて言える訳がない愛理は、ただただ「すみません」とだけ言った。
「それに、敬語も止めてっていってるのに」
「ごめんなさい」
「まぁ……私もがんばらないとね。愛理がいつか舞美ちゃんって気軽に話しかけてくれるように」
「え?」
独り言のように言った舞美の言葉を、愛理はうまく聞き取ることができなかった。
- 143 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:30
- 「いやいや、なんでもないよ。うん、ごめんね、いつも邪魔して」
「……邪魔なんかじゃないですから」
「そうなんだ、よかった。邪魔になったらいつでも言ってね」
「絶対言いません!」
思わず立ち上がって大声を出す愛理。
舞美は思わず吹き出してしまった。
「笑わないでくださいよ」
「ごめんごめん、だって、愛理って面白いんだもん」
あははと舞美は笑い続ける。
けれど、愛理も嫌な気はしなかった。
それどころか、どこかうれしくもさえあり、舞美につられて笑い出した。
- 144 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:30
- 「ちょっと、廊下まで大音量で笑い声響いてて怖いんですけど」
扉の方から声がして、二人の笑いが止まる。
「あ、えり」
「『あ、えり』じゃない。ったく、今日は体育館の2階が空いてるから、そこでトレーニングって言おうとしたら教室にいないし」
舞美の真似を交えて非難をするえりか。
愛理は、彼女のことも知っている。
よく、舞美を呼びにここにやってくるからだ。
梅田えりか。
高等部1年D組。
フットサル部マネージャー
その長い手足に似合わず、運動はからっきしダメというのは舞美から得た情報だった。
- 145 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:30
- 「すぐに教室にいったらいないし。すごく探したんだからね」
「ごめん、ごめん」
「ごめんで済んだら警察はいらないです。早く行こ。みんな待ってるよ」
えりかはさっと舞美のカバンを持つと、、「自分で持つから」と、すぐに舞美は手を伸ばして、えりかの手からカバンを奪い取る。
髪の毛が触れ合いそうになるほどに近い二人の距離と、絡まる交差する二人の腕。
たった一瞬のそれだったが、ズキッと愛理は胸が痛んだ。
「ごめん、愛理。またね」
「え……」
「愛理?」
「あ……はい」
お邪魔しましたという声が重なり、扉が閉められる。
ぽつんと一人取り残された部屋。
雨音だけが部屋に響く。
ぼーっと舞美たちがでていった扉を向いて立っていたが、すぐに帰らないといけないことに気づく。
時間はもう20分をゆうに過ぎていた。
- 146 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:32
- *
「どうしたんですか?雨が降ったとはいえ、遅すぎですよ」
「ごめん、なっきー」
「クライアントが雨で遅れるから良かったですが、気をつけてくださいよ」
場所は愛理の家の離れ。
離れとはいっても、一般家庭の平均的に暮らす家よりは十分に広い。
けれども、一山を敷地にしている愛理の家にとっては、本宅から見れば、それは確かに離れと呼ばれるものだった。
今回の依頼のクライアントの姿は、まだディスプレイには映らない。
ダッシュで帰って来たものの、雨でぬかるんだ山道では計算通りに帰ってこれるわけではなく。
結局、待っている時間がお説教の時間へと変わっていた。
「ごめんごめん。それよりさ、今回のクライアントってどんな感じ?」
「そうですね、私と同い年だったかと思います」
マウスをクリックすると、顔写真とプロフィールがディスプレイに表示される。
- 147 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:34
- 有原栞菜
14歳
14歳……
今までで一番若いのかもしれなかった。
システムはよくはわからないが、自分たちに依頼をするということはそれなりに大きなお金が動くことは、なんとなく自覚はしている。
今まで何度か依頼によって入手してきた貴金属の値段も相当のものであったことからも、それは裏付けられる。
だからこそ、疑問が生じるが、その下の項目が解決させる。
キュートといえば、今をときめく大手企業だ。
そこの社長令嬢。それが今回のクライアントだった。
「へぇ」
思わず感嘆の声が漏れる。
クライアントのプライバシーや依頼の目的は気にすることは無い。
それが契約の一つだった。
何も聞かずに依頼をこなし、終わってしまえば全てを忘れる。
それが忍びと、愛理は教え込まれていた。
- 148 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:35
- 「気になりますか?」
だから、早貴は尋ねた。今までにない反応を愛理が示したのだから。
「ううん、別に。どーせもう明日になったら忘れてる」
「そう、ですか」
早貴はクライアントのプロフィールを閉じた時、目の前のディスプレイに本人が現れた。
「えーと、これでいいのかな?もしもーし、きこえてますかー?」
スピーカーから聞こえる声は、まさしく年相応の女の子の声だった。
「はい、大丈夫です。有原栞菜さんですね」
「わ、いたんだ。わっかんないよ。ね、これ見えてるの?」
二人のアップの目が眼前に広がった。
「わっ」と愛理は思わず仰け反るが、早貴は特に気にした風もなく、話を続ける。
- 149 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:35
- 「見えてます。大丈夫ですから、そこに座ってお話ください。私たちが何をすればいいのか」
「変な感じ。ちゃんとそっちの様子も見せてくれればいいのに」
そんな文句を言いながらも、栞菜は椅子に腰掛けて話し始める。
「あのね、欲しいものがあるんだけどね」
「物ですか?」
「うん。物、かな。できる?」
「聞いてみないとわかりませんが、できないことはないと自負しています」
抑揚のないままに淡々と話を進めていく。
交渉事は早貴の仕事。
愛理はその様子を横で見ているだけ。
- 150 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:35
- いなくてもいいじゃん。
ふとそんなことを思ってしまい、すぐに早貴に心の中で謝る。
けれども、あのシーンが頭に残っているのも事実だった。
ほんの一瞬でしかないシーンだけど。
愛理はふとした瞬間にそれを思い出してしまう。
触れ合った手。
キスしそうなほどに近づいていた顔。
そのまま手を取ってキスをしている姿が容易に想像できてしまえるような……
絵になっていた。二人は。
- 151 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:36
- 「愛理?」
「え、あ、ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
「しっかりしてください。それで、今回の依頼品ですが……」
カチッとクリック音とともに画面に文字が出る。
「不完全性神秘?」
「そうです」
「って何?」
「それをこれから聞くんです。クライアントの依頼は、それが欲しいということです」
「場所はわかってるの?」
「はい。同じ学校の人が持っているらしいです」
「ふぅん……」
不完全性神秘。
どんな物なんだろう?
名前から見当はつかなかった。
「どんな物?写真とかないの?」
「物じゃないから。私が勝手にそう名付けてるだけ」
愛理の問いに返ってきたのはスピーカーから。
- 152 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:36
- 「物じゃない?」
「そう。物じゃないの。これに入れてきて欲しいのよ」
彼女が手に持っているのは小指ほどの薄いカード。
ということは……
「データですか」
愛理より早く、早貴が口に出す。
「そうよ。データ。携帯電話のね、中に入ってるのよ」
「わかりました。コピーでよろしいでしょうか?それとも相手方の削除を希望ですか?」
「コピーでいいよ。別に舞美ちゃんのものを消す必要ないし」
何気なく言われた言葉。
普段なら流してしまいそうな言葉。
それでも、愛理はその言葉に反応できた。
舞美ちゃん。
自分が知っている中では一人しかいない。
- 153 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:37
- あやうく出てしまいそうな声をこらえる。
違っていて欲しい、という願いは、すぐに打ち消される。
「舞美ちゃんね、矢島舞美ちゃんが持ってるからさ。それを」
告げられた言葉に息が詰まりそうになる。
けれども、わずかながらうれしさがあったことも否定はできなかった。
「愛理?どうしました?」
「ううん……大丈夫……続けて」
懸命につくろうとする笑顔も上手く作れずに、ぎこちない笑みで愛理は答えた。
舞美ちゃん……
「わかりました。矢島舞美さんですね。こちらの方で調べることもできますが、ご存知でしたら住所など教えていただけると手間が省けますが?」
「うん、家に名簿あるから、それみたらわかると思う。また後でメールすればいい?」
「わかりました。依頼を頂いたメールアドレスでお願いします」
「うん、じゃ、お願いね」
愛理をよそに順調にまとまっていく話。
送られてくるメールの内容が、自分の危惧を決定付けるものになるのは十分にわかっている。
- 154 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:37
- 舞美ちゃんから……
物を奪うわけではないのが、救いではあったと愛理は思う。
全く気づかれずに達成すれば、舞美ちゃんには何の被害もない。
舞美ちゃんの悲しむ顔を見ずに済む。
でも……
もしかしたらそのデータの内容が、舞美ちゃんがどうしても隠しておきたいものだったら……
それを彼女に渡すことは、舞美ちゃんにとって……
- 155 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:37
- 目の前に映る少女に目をやる。
何かをたくらんでいる様子はない。
どちらかといえば、単純にそのもの自体を欲しがっている言い方だった。
もし、何か重大な企業の秘密事項が間違って舞美ちゃんの手元にあるなら、それを取り戻すことで、舞美ちゃんが変な人たちから狙われなくて済むかもしれない。
でも、それじゃコピーでいいというのは少しおかしい気が……
- 156 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:38
- 「愛理、正式に受けますがよろしいでしょうか?」
「……うん」
大丈夫、私は中身を確かめることができる。
もしも、もしも舞美ちゃんにとって恥ずかしいような内容だったら……その時は……
「わかりました。それでは、有原栞菜さん、このご依頼は受けさせていただきます」
「よろしくお願いします」
栞菜はぺこりと頭を下げた。
- 157 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:38
- 「それでは、最後に一つお聞きしてよろしいでしょうか?」
「何?」
「そのファイルは、どういった形式のものなんですか?」
「形式?」
「画像ファイルとか音楽ファイルとか、簡単にでいいです」
「えっとね、それはね―――」
- 158 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/10/31(水) 15:38
-
「File1 不完全性神秘 後編」に続く。
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/31(水) 15:40
- >>127-158
今回は前後編になります。
後編の前に思いつきで短編を入れるかもしれません。
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/31(水) 15:45
- レス返しです。
>>125 名無し飼育さん
一応、前回の続きの1パターン目みたいな感じです。連作というか、オムニバスものでやっていけたらなぁと思っております。
>>126 名無し飼育さん
やじすず、良いですね。目標は℃-uteメン全員で絡ませたいのですが、どうしてもやじすずが多くなってしまいますね。
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/31(水) 21:12
- おお、意外な展開ww
ていうかいい所で止めるなぁw
後編お待ちしてます。
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/01(木) 00:26
- こうゆう方向に行くとは!
面白そうな予感
- 163 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 08:46
- 予想外な展開で驚きました!
今飼育で一番続きが気になる作品です
後半も短編も楽しみにしております
- 164 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:54
- ――File 2――
不完全性神秘 (後編)
- 165 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:55
- カチンと小さく音がして、窓が動き始める。
力を入れるのは最初だけ、後は滑らせるようにやさしく動かしていく。
風の動きを感じると共に、鼻に届く舞美の部屋の匂い。
鎮静作用を持つラベンダーの香りだが、愛理の心拍数がにわかに上がり始める。
舞美ちゃん……
暗闇の中、愛理は半身を窓から入れる。
夜目が十分に利くため、街灯の明かりが無くても十分に部屋の様子が分かる。
綺麗に整頓された部屋だった。
机の上も整然と本が並べられ、洋服タンスの上では、動物のヌイグルミも綺麗に並んでいる。
- 166 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:55
- 「お邪魔します」
口の動きだけでそう言うと、ゆっくりと窓から室内へと足を運ぶ。
こんな形で家に入りたくなかったのに。
愛理は思う。
きちんとした形で入りたかったな、と。
いつかこの家に招待された時、後ろめたさを感じるに違いないから。
「仕方ないもん。任務だから」
その言葉で片付けられなくなっていることに、愛理は気づいている。
それでも、自分への免罪符のように、愛理はそう呟かずにはいられなかった。
- 167 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:55
- 舞美がいるのは一番奥のベッド。
規則正しく聞こえてくるかすかな寝息が、眠りについていることを示していた。
携帯電話は、舞美の枕元。
舞美ちゃん……
ゆっくりと近くまでいき、顔を覗き込む。
掛け布団と首の間からのぞくのは紺色のパジャマ。
ずっとずっと近くで見ていたかった顔。
ずっとずっと、遠くから見ていた顔。
見ていれば見ているほどに、触れたい衝動に駆られ、手を伸ばす。
掛け布団の縁に触れる。
少しひんやりした羽毛の感触。
そのまま、沿っていくように舞美へ近づける。
- 168 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:56
- 肩に触れた。
あったかい。
初めてかもしれない。
舞美ちゃんに触れたのは……
触れたい。舞美ちゃんに、もっと……
ドクンドクンと心臓が高鳴る。
それは、愛理の欲求を駆り立てるように、早く、早くなっていく。
- 169 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:56
- 舞美ちゃん……
髪に触れる。
少し揺れた髪から、シャンプーの匂いが漏れてくる。
舞美ちゃんの香り……いい匂い……
『愛理』
ビクッとして、手を引っ込める。
声が漏れなかったのが奇跡的だった。
『どうしました?目標が発見できませんか?』
「そ、そんなことない」
全身から汗が吹き出ていた。
早貴からこちらの様子は見えないことはわかっている。
それでも、動揺せずにはいられなかった。
- 170 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:56
- 『そうですか。予想以上に時間が掛かっているものですから。早めにお願いします』
「わ、わかってる」
ポケットのチャックを開き、SDカードを取り出す。
携帯電話は少し古めの機種。
ストラップもシンプルに一個だけしかつけていない。
見るのは初めてかも……
考えてみると、自分の前で携帯を取り出したことはなかった。
あんまりメールとかしないのかな?
携帯の電源は入ったままだった。
時刻は2時を過ぎた頃。
待ち受け画面は星空に浮かぶ月。
光が漏れないように手で隠しながら、SDカードを差し込む。
- 171 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:57
- 後は、中のデータを移し取るだけ。
フォルダは二つ。
一つはカメラで、もう一つはムービー。
不完全性神秘。
栞菜が名づけたそれが、どんなものか全く分からない。
だから、早貴と二人で出した結論は、データを全て持ってくるというものだった。
「目標発見。今からコピー開始」
進度を示すバーが画面に現れるのを確認し、愛理は一度、携帯から目を離す。
舞美は変わらずに眠ったまま。
不完全性神秘、ね……
どんなものかまだ愛理はわからない。
ただ、内容によっては、舞美を守るために、どんなことも辞さない覚悟はあった。
- 172 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:57
- 「コピー終わったよ。なっきー」
『お疲れ様。速やかに戻ってください。明日も朝早いですから』
「うん」
そう、舞美とはまた明日も会うだろう。
学校に行って、放課後になればいつものように彼女はやってくるだろう。
その時、今までどおりに接することができるのか、わからなかった。
舞美はこれっぽっちも変わらない。
変わるのは愛理自身。
舞美のことも一度にたくさん知ってしまったから。
部屋の香り、パジャマの色。
携帯の機種に待ち受け画面。
そして……触れてしまったぬくもり。
- 173 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:57
- 携帯を枕元に戻し、部屋を出ようとするが、その前に再度愛理は舞美に触れた。
掛かった髪を払いながら、そっとを頬を撫でるように。
あったかいね、舞美ちゃん
「うう……」
心の中の呼びかけに答えるように、ピクッと舞美は頬を動かし、声を漏らす。
愛理はさっと手を引っ込め、そのまま息を潜める。
舞美は起きてくる様子は無い。
唇の端をもう一度動かし、再び規則正しい寝息に戻った。
さすがに、もう一度触れることはできずに、愛理は部屋から出て行く。
- 174 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:58
- 雲の間からいつの間にか月がのぞいていた。
窓を閉めた後、愛理は屋根に上って座り込む。
任務はもう終わった。
けれど、愛理の仕事はまだ残っている。
イヤホンを外し、電源を切った後、内ポケットから取り出した自分の携帯の電源を入れた。
中身を確かめなくちゃいけない。
舞美ちゃんのもつ、不完全性神秘というものが何なのか、確かめるために。
カチッと差し込んだSDカード。
容量は半分くらいだった。
中に入っているのは、舞美の携帯で見たものと同じ、カメラ、ムービーの二つのフォルダ。
- 175 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:58
- 目的のものはムービー。
カメラも見てみたいという欲求はあった。
舞美がどんなものを取っているのか、愛理にとってはそれも重大事項であった。
だが、それよりも先に確認しなければいけない。
不完全性神秘。
もしこれが舞美にとって残しておくことが危険なものであったら、もう一度愛理は部屋に入り、携帯から消すつもりでいた。
掟を破っているということに対する罪悪感はなかった。
あるとすれば、舞美のプライバシーを覗いているという罪悪感。
しかし、それも彼女のためという大義名分の元では、薄れつつあった。
- 176 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:58
- フォルダを開く。
出てきたファイルは一つだけ。
日付がそのままファイル名になっている。
0704022004
07年4月2日20時4分ということ予想ができた。
これが、不完全性神秘……?
これしか該当するものはなかった。
あのときの栞菜と早貴のやりとりを思い出す。
「そのファイルは、どういった形ものなんですか?」
「えっとね……拡張子とかいうのよくわからないんだけど、いい?」
「簡単でいいですよ。メモとか写真とかメールとか」
「えっとね、それはね、ムービーなの」
「ムービー?動画ファイルということですか?」
「そう。お願いね」
確かにそう言っていた。
だから、これがまさしくそれに該当するものだった。
- 177 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:59
- もしかしたら、何かの事件現場を偶然撮ってしまったのかもしれない。
犯人の顔とか、重大な証拠とか……
ボタンを押すことに迷いはない。
見落とすことの無いように、瞬きを一度してから、ボタンを押す。
映像が流れ始めた。
映ったのはすりガラス。
漏れてくる舞美の声は、雑音交じりで聞き取りにくいが、こう言っていた。
「えーこちら都内某所のホテルです。今から現場に突入してみようと思います」と。
- 178 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:59
- 笑いをこらえたような舞美の声。
そして、開かれるドア。
映ったのは裸で背を向けた女の子
「舞ちゃ〜ん」
「ん?舞美ちゃん、何?って嘘!え、え、何してるの」
「え、撮ってるの。セクシーな舞ちゃんを、ほらほら、ちゃんと撮れてるよ」
「バカ!バカ!何してるのさ」
裸の女の子は振り返って、そう抗議しながら湯船に飛び込んだ。
「いつも一緒に入ってるし、いいじゃん」
「バカ、ほんと、バカ。信じらんない、大っ嫌い!!」
「うわっ!ちょっ、ダメ。携帯が濡れる。壊れるから」
しばらくの間、罵声と共に画面が床と天井をいったりきたりしてから、動画は唐突に終わった。
- 179 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:59
- 「……」
終わった後も、携帯の画面を見つめたまま、愛理は止まっていた。
何かの重大事件の現場では決してなかった。
映っていたのは、確かに犯罪の現場ではあったけれども。
もう一度、見てみる。
けれども、結果は同じ。
自分と同じくらいかの女の子の裸と舞美ちゃんの声しか入っていない。
「間違い、だよね」
一度、SDカードを抜いてから、同じ操作を繰り返す。
けれども、結果は同じ。
- 180 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 17:59
- 「これが、不完全性心理」
ぽつりと呟くように言った。
こんなもののために、というショックではなかった。
自分が決して見たことのない舞美の一面を見てしまったショック。
そして、映像に映っている「舞ちゃん」と呼ばれる子が、舞美の何であるかという心配。
仲、いいよね。
声がいつもと違ってた。
梅田さんに対するものとも違って、すっごく楽しそう。
だよね、いつも一緒にお風呂入ってるって言ってたよね。
一緒に旅行いってるくらいだもんね。
私なんかより、ずっとずっと、仲良しなんだよね。
視界がぼやけてくる。
鼻を一度すすると、嗚咽が漏れた。
- 181 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:00
- 舞美ちゃん。
舞美ちゃん、舞美ちゃん……
右手を握る。ぎゅっと、ぎゅっと愛理は握った。
舞美ちゃんのぬくもり。
すごく温かかった。
手の中で携帯が震える。
相手は早貴からだった
「もしもし」
『もしもし、愛理?どうかしました?イヤホンの電源を突然切るなんて』
「ううん、なんでもない」
『何でもないわけ無いです。愛理……泣いていますね?』
気づかないわけはなかった。
姉妹のように、昔から二人で一緒にすごしてきたのだから。
- 182 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:00
- 「大丈夫、大丈夫だから。すぐに帰るから」
そう言った愛理の声は震えていた。
『何も、無いんですね。怪我も何も』
「うん、大丈夫。すぐに帰るから」
涙を袖でぬぐった。
月は雲に隠れ、ポツポツとまた雨が降り始めてきた。
愛理は携帯を切り、SDカードをポケットに戻す。
舞美ちゃんと舞ちゃん
舞美ちゃんと舞ちゃん
呪文のように呟くたびに、胸が痛くなる。
- 183 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:00
- 見なければ良かっただなんて、今更思ってしまう。
どうして見てしまったんだろう?
どうして掟を破ってしまったんだろう?
カメラのフォルダの中を見ることを、愛理はもう思いつきもしなかった。
すべて忘れてしまえればいいのに。
ただ、そう願った。
舞美ちゃんの笑顔もぬくもりも何もかも。
全部、全部忘れてしまえればいいのに――と。
- 184 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:01
- *
翌日、愛理は学校を休んだ。
雨に打たれて体調が悪いという理由で。
忍びたるもの、雨に打たれたくらいで体調を壊していてはダメです。
気が抜けている証拠です。と、早貴からはお説教が始まる。
けれども、早貴は昨日、愛理がどうして泣いていたかを尋ねることはなかった。
帰ってきてすぐに、全身怪我をしていないか確認をしただけで、SDカードを受け取ると、それ以上何も言わなかった。
雨は昼過ぎには止み、まぶしい太陽が久しぶりに輝いていた。
愛理は、じっと寝ているわけではなく、山道を軽く歩いていた。
湿った土の感触と雨上がりの新緑の匂いが心地よく、愛理はゆっくりと山を一周散歩した。
- 185 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:01
- 舞美ちゃんは、今日は来るんだろうか。
来て欲しいという思い。もし自分がいなかったら心配してくれるかなという思い。
期待は膨らみはするが、昨日までとは少し違い、膨らんでいくごとに、少しの痛みが襲い掛かる。
一晩経ち、愛理にのしかかるのは、舞の存在だった。
「舞ちゃん」
うれしそうに呼びかける舞美の声が、そこだけ切り出したように愛理の頭に強く残る。
冗談であんなことができるだけ、仲が良い証拠でしょ。
そう思い、愛理の心は沈んでいく。
- 186 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:02
- 「もう、辞めようかな」
美術部を?
舞美のことを?
忍びを?
どれかはわからなかった。
けれど、ふと辞めたいって思った。
何かを。いろんなことを。
「愛理、こんなところにいたんですね」
上から声がすると、木がカサカサとゆれ、早貴が自分の前に着地した。
「なっきーどうしたの?」
「この後、クライアントに今回の依頼品を渡すのですが、一緒に来ますか?」
「クライアントに?」
愛理はひらめく。
彼女なら、もしかしたら知っているかもしれない、と。
- 187 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:02
- この映像を求めた彼女が、二人のことを知っていないわけはない。
でないと……これを手に入れようとする意味がわからないのだから。
「ええ」
「会えるの?」
「面と向かってではないですが、クライアントにこれが本当に依頼の品か、確認していただく必要がありますから」
「行く。連れて行って!」
愛理は即答した。
- 188 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:02
- *
場所は前回と同じホテルの一室。
テーブルの上。丁寧にケースに入れられたそれを、栞菜は笑顔で手にした。
「確認していただけませんか?」
「ええ?ここで?」
「はい、右下のボタンを押していただけると、こちらとの通信が止まりますから」
「うん、わかった」
カチッという音で、画面が暗くなる。
愛理はゴクンと息を呑んだ。
どうやって切り出せばいいんだろう?
なっきーに気づかれないように、どうやって……
- 189 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:02
- 「愛理、風邪はもう大丈夫ですか?」
「う……ん、大丈夫じゃ……ないかも?」
「どっちなんですか?」
「大丈夫だけど、ちょっと熱があるから喉が渇いたかも。なっきー、取ってきてくれない?」
「え?ですが……」
早貴はチラリと画面を見る。
「大丈夫。後はクライアントに確認するだけでしょ。お願い、本家の冷蔵庫にカフェオレあったから、それ持ってきて」
本家からはここまで、往復すれば10分近くかかる。
それだけあれば、舞美ちゃんと舞ちゃんのことを聞くことができる。
- 190 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:03
- 「……わかりました」
「ありがとう、なっきー」
音もなく席を立ち、早貴は部屋を出る。
愛理の言葉を疑いもしない。
彼女にとっては、ある種の信仰に近いものがあった。
愛理のいうことは絶対、という主従関係を構築する上で最も単純なものが。
一度、時計をチラッと確認してから、愛理は黒い画面に視線を戻し、通信がもう一度つながるのを待つ。
動画は1分程度のものだから、もうすぐなんだけど……
もう一度時計を確認しようとすると、画面が光り、また椅子に座った栞菜の姿が映った。
- 191 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:03
- 「ありがとう、これであってるわ。本当にありがとう」
「あ、そーなんだ……」
思わず、普段どおりに声が出てしまったが、それを取り繕うことまで頭が回らなかった。
あれが、不完全性神秘……
あれで、間違いないんだ。
そのつもりではいたけれども、改めて宣言されると、落胆の気持ちを抱かずにはいられなかった。
愛理の中には、間違っていて欲しいという思いがやはりあったのかもしれなかった。
「あれ?さっきまでと人が違う?」
「あ、え、うん、あの……えっと……」
「あ、あなた、この前にいた、もう一人の人?」
「あ、はい、そーです」
「やっぱり。私、すっごく可愛い声、一度聞くと忘れないもん」
「は、はあ……」
栞菜は携帯を片手にうれしそうな顔をしている。
この人は何を言っているんだろう?と愛理は思ったが、早く聞かなければ早貴が帰ってくると思い出し、それ以上考えずに、本題を切り出す。
- 192 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:03
- 「あの、一つ聞いていいですか?」
「何?」
「あの動画、映っている舞ちゃんっていうのは誰ですか?」
その言葉に栞菜の表情が変わった。
笑みが消え去り、睨みつけるような眼が、カメラ越しに愛理を捕らえていた。
「見たの?」
「……」
「見たんだ?」
「……はい」
愛理はようやく気づいた。
彼女にとってもこれは見てはいけない秘密のものだと。
だから、頼んだのだ。不完全性神秘なんて名前をつけて、自分たちに。
- 193 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:04
- そこまで思考が回らなかった。
舞美と舞のことばかり考えていたのだから。
愛理は眼を伏せて、言葉を待った。
「何も聞かずになんでもやってくれる。その噂を聞いて頼んだのに、どーゆーこと?」
「ごめんなさい」
「ごめんで済んだら警察はいらないわよ」
「……」
愛理はぐっと眼を瞑った。
悪いのは自分と痛いほどに分かっている。
- 194 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:04
- 見なければよかった。
全てその感情に集約されてしまう。
見なければ。
こんなものを見なければよかったのに……
画面越しに栞菜が放つ罵詈雑言は、愛理には聞こえていなかった。
愛理は「ごめんなさい」と、念仏のようにただひたすら唱え続けるだけだった。
- 195 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:04
- 「愛理、カフェオレは無かったのでコーヒーを入れて……」
「何とか言いなさいよ!」と栞菜の叫びの途中、部屋に戻ってきた早貴は、言葉をとめる。
部屋の中の異様な雰囲気にすぐに気づいたからだ。
画面の中では顔を真っ赤にして立ち上がっている栞菜。
反対に画面を見ずに顔を伏せて何かをブツブツ言っている愛理。
「愛理、どうしました?」
肩をゆすり、顔を覗き込むと、愛理は両手で眼を擦りながら声を出して泣き始めた。
- 196 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:04
- 「あ、あんた、さっきの人。いたんだ」
「は、はい。ちょっと席を外しておりました。あの、一体どういう……」
「どーしたもこーしたもないわよ。その子!私のを勝手に見たのよ」
「見た?」
「そーよ。あんたたちって、依頼したものを何も聞かずに持ってくるんじゃなかったの?話が違うわよ!」
早貴は画面と愛理を交互に見る。
涙ながらにごめんなさいと訴える愛理は、問い詰めるまでもなく、それを肯定していた。
「どうして、こんなことをしたんですか?」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃわかりません」
愛理は嗚咽するだけ。
早貴に知られたことで、ますます増えていく後悔の念。
舞美ちゃんのために、その言葉で打ち消されないほどに強くなっていき、ごめんなさい以外の言葉が出なかった。
- 197 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:05
- 悪いのは自分だと分かっている。
痛いほどに。
どうしてそんなことをしたのかも、分かっている。
全て理解しているからこそ、愛理は何も言えなかった。
そして、自分の前で画面に向かって謝り続ける早貴。
その姿を見ているのもつらくなり……
愛理は部屋を飛び出した。
「愛理!」
反射的に追いかけることができなかったのは、栞菜が目の前にいたから。
それは、決して愛理のことを軽んじているわけではない。
けれども、その一瞬の躊躇で、愛理にもう自分が追いつかないことを察した早貴は、追いかけることはしなかった。
- 198 名前:不完全性神秘 投稿日:2007/11/25(日) 18:07
-
「File1 不完全性神秘 後編の後編」に続く。
- 199 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/25(日) 18:10
- >>164-198
最後まで書こうとしたら更新がのびのびになってしまったので、こういう形の更新で申し訳ないです。
次こそは!
訂正
>>164
× ――File 2――
○ ――File 1――
重ね重ね失礼しました。
- 200 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/25(日) 18:18
- たくさんのレスをありがとうございます。
>>161 ぽっかり空いてしまった上、またまた引っ張ってしまって申し訳ないです。お楽しみは長く……ということでお願いします。
>>162 ありがとうございます。これからもまだまだ予想できない流れにしていけるようにがんばります。
>>163 たくさんの作者様を差し置いて、恐れ多いです。予想を外して申し訳ないです。外れてよかったと思っていただけるお話にしたいです。
更新が空いてしまったので、次回は来月の初め頃には更新したいです。
- 201 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/26(月) 20:44
- あったかい雰囲気が話から伝わってきますね、素敵です。
次回も楽しみにしてます。
- 202 名前:sage 投稿日:2007/11/29(木) 15:31
- 楽しみ楽しみ〜
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/30(金) 01:33
- 名前欄じゃなくE-mail欄にsageって入れてね
- 204 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/23(日) 10:03
- 続きワクテカしながら待ってます
- 205 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:32
- ――File 1――
不完全性神秘 (後編の後編)
- 206 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:32
- どれくらい走っただろう。
暮れかけていた空に星が瞬き、街灯の光が愛理を照らしていた。
人通りも少なく、両側の家からは明かりと共に笑い声が響いてくる。
そんな住宅街を愛理は一人、とぼとぼと歩いていた。
ここはどこだろう?
見たことのあるようで、見たことのない街。
この世から自分だけが切り離されたように感じ、愛理は自分の存在を確かめるように、パチンと手を叩いた。
- 207 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:32
- 携帯……置いてきたままなんだ。
ポケットを探っても何も出てこない。
鍵も財布も何もかも、身につけてはいなかった。
春とはいえ、昼間のままの格好では少し肌寒い。
それでも、帰ろうという選択肢を考えないのは、迷子になったからというわけでは、もちろんなかった。
当てもなくただただ歩く。
すれ違う人は、愛理の姿を気に留めることも無く、そのまま通り過ぎてしまう。
どれくらい歩いただろう?
ふと、辺りが一段と暗くなったと感じた。
見上げると、真上の街灯が消えていた。
- 208 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:33
- 「消えちゃってるんだ」
ポツリとそう口に出し、愛理がある事に気づいたのと、自分の正面から声を掛けられるのは同時だった。
「愛理?愛理だよね?」
逃げ出したいと思った。
けれども、足が動かなかった。
代わりに、どんな顔をして会えばいいのか、今更ながらに考え始めてしまう。
光の中に佇む舞美と、闇の中に佇む自分。
それがバカみたいにぴったり合いすぎていて。
舞美の前ということで、愛理は必死に涙をこぼすことをこらえていた。
- 209 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:33
- 「どうしてこんなところに?学校、休んでたよね?」
舞美は小走りに近づいてくると、愛理の肩に触れた。
薄着で冷えた体に伝わるぬくもりが、昨夜の誘惑を思い起こさせる。
「舞美ちゃん」
触れたいけれど、自分から触れることに後ろめたさがあった。
自分がやってしまったこと。
もしも口にしてしまえば、舞美は必ず自分に汚い言葉を投げつけるに違いない。
栞菜の顔が、言葉が蘇る。
同じことを舞美ちゃんに言われたのなら。
- 210 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:33
- 「ごめん」
身体を強張らせる愛理に、舞美は自分のせいだと思い、肩から手を離す。
「違うの。ごめんなさい」
「ううん、それより、こんなところにいたら風邪ひどくなっちゃうから、家に来なよ?」
知っている。
入ったこともある。
もちろんそんなことを言える訳も無い。
そして、そのことに気をとられて、愛理は見落としていた。
舞美が自分が学校を休んでいるということ、そして、その理由が風邪だと知っていたことを。
愛理は後に知ることになる。
舞美が愛理の教室を探し、クラスメイトからそのことを聞いたということを。
- 211 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:34
- 舞美が改めて差し出した手を、愛理はとることを迷う。
自分がやってしまったことを考えると、迷わずにはいられない。
舞美ちゃん。
何も変わらない顔で自分を見つめていてくれる。
まっすぐに。
知っている。まだ一ヶ月も経たないけれど、ずっとずっと毎日のように見ていたから。
ゴールを決めたときの弾けるような笑顔。
ミスしたときの悔しそうな顔。
練習とはいえ、いつも一生懸命で全力疾走で。
だから、愛理はどんどんどんどん好きになっていた。
けれども、今はそのまっすぐさが痛かった。
- 212 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:34
- 「愛理?」
差し出されたままの手は、闇をつかんだまま。
それでも、引っ込めることはなく、待っていた。
愛理が自分の手をとってくれることを。
二人にとっては永遠に続くように感じられた時間だったが、それに終わりを告げたのは一人の女の子の登場によってだった。
- 213 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:34
- 「舞美ちゃん、何やってるの?早く帰ってアイス食べようよ」
光の中に現れた人物に、愛理は声をあげそうになった。
二つに縛った髪と小さな体。
その顔を忘れるわけは無い。
「ごめん、先に帰ってて、舞ちゃん」
舞美はゆっくり振り返ってそう言った。
「え?どーして?あれ?その人、知り合い?」
「うん、学校の友達。だから、ほら、先に帰ってて」
「そーなんだ」
そう答えてはいるが、トントンと足取りも軽やかに舞美の横にやってきて、手を握る舞。
その一連の仕草があまりに自然すぎていて、愛理の気持ちは更に沈んでいく。
- 214 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:34
- 「はじめまして。舞美ちゃんのフィアンセの萩原舞です」
舞は愛理をジーッと観察した後、つないだ手を持ち上げながら言った。
やっぱり、そうなんだ。
驚きも悲しみも、もうなかった。
- 215 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:35
- 「ごめんね。もう帰―――」
「違う、愛理。この子、従兄弟の舞ちゃんっていって、ただの、ほんっとにただの従兄弟」
愛理の言葉をさえぎるように、早口で舞美は言う。
「ただの」という言葉を強調して。
それは無意識のことで、舞美自身も気づいてはいないことだったけれども。
「勝手に言ってるだけ。昔から一緒に遊ぶこと多いから、懐いちゃってさ」
「違うもん!舞美ちゃん、大きくなったらお嫁さんにしてくれるって言ったもん」
「そんなの舞が幼稚園くらいの頃でしょ。それにフィアンセって言葉、どこで覚えてきたのよ」
目の前で始まる言い合いを、愛理は困惑交じりに眺めていた。
頭の中を占めるは、「ただの従兄弟」という言葉。
しかし、目の前に繰り広げられる言い合いは、「ただの従兄弟」ではできないようなものであるのも確かだった。
- 216 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:35
- ただ、一つ愛理にわかるのは、舞が舞美を好きであるということ。
小さな体で舞美の目をしっかりと見つめて、自分を主張する姿が、羨ましかった。
だよね……ダメ、だよね
自分のやってしまったことを思い返す。
たとえ、舞と舞美が「ただの」従兄弟だったとしても、それでおしまいという気持ちにはならなかった。
胸を張って舞美ちゃんを好きって言える?
この子よりも好きですって言える?
- 217 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:35
- 言えない。
言えないよ。
言いたいけど、言えないよ。
だって、私、ズルいことをしたもん。
好きな人にズルいことをして、好きだ何て言う資格なんて……
「愛理?」
言い合うのを中断し、舞美が声を掛けたのは、愛理が泣いていたから。
自分たちをしっかりと見たまま、泣いていたから。
- 218 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:36
- 「どうしたの?」
舞が尋ねる。
その時、ようやく愛理は自分の視界がにじんでいることに気づいた。
「な……なんでも……」
言葉を出そうとすれば、嗚咽がこみ上げてくる。
胸が痛くて、悔しくて……情けなくて。
愛理は泣いた。声に出して泣いた。
「愛理?どうした?大丈夫?」
舞美は、躊躇いがちに愛理の肩に手を置く。
すぐに骨の感触がする、小さな細い肩。
しゃくりあげる度に上下するそれに、舞美はやさしく腕を回した。
- 219 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:36
- 「舞美ちゃん?その人、大丈夫なの?」
心配そうな舞と目線を合わせ、舞美は一度頷く。
舞は、それを見ると、それ以上何も言わずに、その場を離れて家に帰っていった。
自分が何もできないということをわかっているから。
だけど、本心ではその場に残りたかった。
「愛理」と彼女が呼ぶ人間が気になったから。
それでも、自分が残ることは、舞美にとって迷惑になると舞なりに感じたから、その場を去ったのだ。
遠くなっていく足音。
舞美はもう一度愛理に向き直る。
目の前で彼女は泣くばかり。
腕に力を入れて、体を引き寄せる。
抵抗することもなく、愛理は自分の胸にもたれかかってくる。
背は自分よりも少し低いくらいだったが、それ以上に小さく思える体。
細くて、そして冷えた体だった。
- 220 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:36
- 「舞美ちゃん」
くぐもった声で愛理は言う。
離れようとする彼女を離すまいと、ぐっと力を入れる。
それでも愛理は体を少し離し、顔を自分の方へと向ける。
涙の跡を頬に残し、両目には涙を貯めたままで。
「愛理、大丈夫?」
その問いかけに、愛理はうなずく。
頭の中はまだまだぐちゃぐちゃだったが、舞美に抱き寄せられ、ぬくもりを感じることで落ち着いたのも事実だった。
- 221 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:36
- 「ほら、可愛い顔が台無しだぞ」
冗談めかして言ったけれども、愛理は顔をはっと上げ、舞美を見た。
そして、言った。
「どうして舞美ちゃんは私に優しくするの?」と。
どうして?
どうしてだろう?
小さくしゃくりあげながらも、舞美の目を捉えて離さない
どうして?
どうして愛理が泣いているとつらい?
どうして愛理が笑ってるとうれしい?
どうして愛理が学校に来ないと心配?
その答えは、少し考えればわかるほどに、舞美は大人だった。
- 222 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:37
- うん、そうだよね。
視界がパッと開けたように感じたのは、精神的な問題だけではなかった。
今まで消えていた街灯が、光を取り戻したのだ。
愛理の目に光る涙。
それを指でぬぐうと、舞美は覚悟を決めた。
- 223 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:37
- 「だって……私は……」
いつも以上に真剣なその言葉に、愛理は身を固くした。
本能的に感じ取っていた。
舞美が口に出そうとしていることが、とても大事なことで、自分たちの関係を変えてしまうかもしれないということを。
「愛……理の……こと」
涙すら止まっていた。
一音一音を心に焼き付けようとするように、愛理は目を閉じた
目を閉じることで鋭敏になった感覚が、舞美の息遣いまでをも耳に捕らえる。
それと共に、自分を抱く舞美の手が、小刻みに震えているのも感じることができた。
- 224 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:37
-
…
……
けれども、いくら待っても続きの言葉はこなかった。
不信に思い、ゆっくりと目を開ける。
自分に向けられているはずの視線だった。
しかし、見つめてくれているはずのそれは、自分の頭越しにあった。
- 225 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:38
- 愛理が背後の気配を認識したのはそのすぐ後。
間違えるはずは無い。この気配を。
誰よりも自分と共にいた人間のものだったから。
そこまでわかっていても、振り返りたくは無かった。
舞美の答えを待っていたかった。
「愛理、あの、後ろの……」
しかし、その希望を壊したのは舞美の声だった。
普段の声に戻って言われたそれは、おしまいを告げるようだった。
- 226 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:38
- 「なっきー」
そう呼びかけて愛理は振り返った。
「愛理、ずいぶん探したんですよ」
「……」
素直に謝ることはできなかった。
頬に張り付いた髪の毛。
泥が跳ねたズボンの裾。
汗を吸って色の変わったシャツ。
それを見れば、どれだけ自分を探してくれていたのか、すぐにわかったのに。
それでも、舞美の言葉を遮ったことへの怒りが、すぐに「ごめんなさい」と言うことを拒んでいた。
- 227 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:38
- 「愛理?大丈夫ですか?」
「なっきー……」
「帰りましょう。もう大丈夫です。あのことは、上手く納得していただけましたから」
『あのこと』と、早貴は言った。
愛理の背後にいる人間が誰かわかっていたから。
そして、もしかしたらと思い、最後にここにやってきていたのだから。
「うん……」
答えて、愛理はもう一度舞美を見る。
「また明日学校でね」
いつもの笑顔を見せながら舞美はそう告げると、愛理の肩をポンと押し、体を離した。
- 228 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:38
- 「舞美ちゃん……」
「風邪、ちゃんと治しなよ」
やだ。
やだよ。
愛理は動かなかった。
早貴が自分に近づき、手をぎゅっと握っても動かなかった。
「ありがとうございました」
早貴がお辞儀をする。
「いえいえ、どーいたしまして」
舞美が答える。
やだ。
そんなのやだよ。
「じゃあね」と舞美。
「ありがとうございました。気をつけてお帰りください」と早貴。
- 229 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:39
- やだ。
やだよ。
「帰りましょう」
帰ろうとする早貴に手を引っ張られる。
舞美は背後を向ける。
やだ。
舞美ちゃん、やだよ。
「愛理?」
早貴の呼び掛けにも答えない。
いきなりつないでいた手を振り解き、愛理は一歩前に出た。
- 230 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:39
- 「舞美ちゃん!」
「愛理?」
「さっきの答え……」
聞きたかった。
こんなことで流されてしまうのは嫌だった。
ここで聞かないと、もう聞くことができないような気がして。
少し離れたところで、舞美は難しそうな顔をし、早貴をチラリと見た後、愛理に視線を戻して言った。
- 231 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:39
- 「愛理のこと、友達だと思ってるからだよ」と。
そう、なんだ。
そう、だよね。
「バイバイ」と言い残して舞美は去っていく。
その背中を愛理は見ず、うつむきながら背を向ける。
再び滲んでいく視界に、光の輪が広がる。
「帰りましょうか」
抑揚の無い声で早貴は手を出した。
その手をとって、愛理は歩き始めた。
- 232 名前:不完全性神秘 投稿日:2008/01/03(木) 09:40
- File1 不完全性神秘 完
File2 へ続く。
- 233 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/03(木) 09:41
- >>205-232 後編の後編終わりです。
File1:不完全性神秘 は>>127-232 です。
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/03(木) 09:45
- 諸事情で更新予告から1ヶ月空いてしまって申し訳ございません。
スレの容量的に短編も入らないと思いますので、次スレを立てると思います。
草や森は次スレ禁止らしいですので、短編集スレ(短編ではなくなりつつありますが)ですが、普通の板に立てるしかないなと思っています。
昨年はお世話になりました。今年もよろしくお願いします。
- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/03(木) 09:49
- レス返しです。
>>201 ℃-ute自身のように温かいイメージでがんばりたいです。ありがとうございました。
>>202 ありがとうございます。age、sageは特に気にはしませんが、更新したと間違える方もいらっしゃいますので、sageでおねがいします。
>>203 ご丁寧にありがとうございます。
>>204 間が空いてしまって申し訳ないです。次もワクテカしていただけるようにがんばります。
たくさんのレスありがとうございました。
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/03(木) 17:21
- 愛理も舞美も考えすぎなんだよ・゚・(ノД`)・゚・
舞美、もう一歩!
- 237 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 02:23
- 栞菜の依頼理由や梅さんの気持ちも気になるし
まだまだ奥の有る話になりそうですね
なっきーにも活躍も期待…欲張り過ぎですねお気になさらずに
File2も凄く楽しみにしてます
- 238 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/01/25(金) 20:29
- すっかり惹きこまれてしまいました。
続きが待ち遠しいです。。
- 239 名前:First Step 投稿日:2008/01/28(月) 22:45
- 「First Step」
- 240 名前:First Step 投稿日:2008/01/28(月) 22:46
-
いつだったのだろう。
自分を見上げる視線が、いつしか同じ高さになったのは……
いつだったのだろう。
同じ高さの目線が、自分よりもはるか上になってしまったのは……
いつだったのだろう。
離れてしまったのは、目線の高さだけじゃなかったのは……
- 241 名前:First Step 投稿日:2008/01/28(月) 22:47
- ――どうして恋人になれないの
ステージの上で愛理は歌う。
たった一人、スポットライトを一身に浴びて歌う。
普段の愛理から想像もつかない、凛とした声。
私が最初の聞いたのは、もう何年前になるだろう。
あの時、私はこの曲を家で聞いていた。
田中さんと雅ちゃんと3人で歌っていた、小さな小さな愛理を、私は見ていた。
- 242 名前:First Step 投稿日:2008/01/28(月) 22:47
- スターだった。
愛理は私の。
自分と同じくらいの子がこんなことできるんだって。
いつか、こうなりたい。
愛理にみたいになれたらって思った。
初めて℃-uteの結成を告げられたとき、すごくうれしかった。
石川さんに初めて会ったときよりもうれしかったと思う。
グループを組めるということ。CDを出せるということ。
そして、なにより愛理と一緒ということに。
愛理に追いついた。
同じ位置までこれたんだって思った。
愛理は最初、ダンスが苦手だったから、教えたりすることもあった。
同じグループだから、一緒にがんばろうって思った。
同じ目線で、同じ立場で。
だけど、それはすぐに変わってしまった。
- 243 名前:First Step 投稿日:2008/01/28(月) 22:47
- ぐんぐんと背も伸びていき、大人びた顔つきになった愛理。
もちろん、大きくなったのは背だけじゃなかった。
℃-uteの中心でたくさんのパートをこなし、新しいユニットもできた。
愛理は、どんどんどんどん離れていってしまった。
- 244 名前:First Step 投稿日:2008/01/28(月) 22:48
-
――あなたをまっすぐ見れない
あの時よりも、堂々と愛理は歌い上げている。
あの時は、ただ見ているだけだった自分。
今もそれは同じ。
家で見ているか、ステージの袖で見ているかの違いだけ。
劣等感なんてのはよくわからないけど、それじゃないことは確かだった。
かといって、最初のような憧れでもなかった。
- 245 名前:First Step 投稿日:2008/01/28(月) 22:48
- 追いつきたいって思った。
同じグループになっただけで、愛理と並んだつもりでいた自分。
だから、変わっていないんだ。
私と愛理は、少しも並んでなんかいなかったんだから。
追いついてやる。並んでやるんだって。
愛理以上にがんばんないと、その差は縮まらないんだって。
そんな当たり前のことに、今更気づいた。
愛理は歌いきった。
たった一人で。
楽屋で話しているときの愛理のほんわかとした雰囲気は、どこにもない。
まっすぐ前を見てから、ぺこりとお辞儀した。
ステージに向けられる拍手と歓声に混じり、私も気づけば拍手をしていた。
- 246 名前:First Step 投稿日:2008/01/28(月) 22:48
- 「お疲れ様」
戻ってくる愛理に私は言う。
「ありがとう、なっきー」
愛理は、ニコッと笑って言った。
その笑顔だけは、ずっと昔から変わらないものだった。
- 247 名前:First Step 投稿日:2008/01/28(月) 22:49
- おしまい
- 248 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/28(月) 22:51
- >>239-247 First Step
短いですが更新終了。ひさびさのリアルです。
- 249 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/28(月) 22:58
- レス返しです
>>236 二人とも考えすぎなようで……ゆっくりゆっくりこれからも見守ってあげてください。
>>237 まだまだ謎な部分を残しておりますので、少しでもご期待に添えるようにがんばります。
>>238 更新がスローですが、引き続きそう思っていただけるように努力します。
- 250 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/28(月) 23:04
- >>234 で次スレを立てることになるかもといっておりましたが、管理人さんにお願いしてスレを森へと移転していただこうと思います。
移転後も引き続きよろしくお願いいたします。
- 251 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/03(日) 20:16
- 更新お疲れ様です。
File2も待ってます!
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/10(月) 22:45
- 作者さん、お待ちしてます。
続きを待ち焦がれてます。
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/21(金) 00:01
- つづきはー
- 254 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/31(月) 08:23
- まだまだマダ〜?
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/31(月) 08:38
- 上げるな
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/02(水) 08:18
- もう書かないのかな〜
悲しい…
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/02(金) 07:46
- 書かへんのん?
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/02(金) 10:40
- 下げ
- 259 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/05(月) 19:46
- ――File 2――
アナザーステップ
- 260 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/05(月) 19:46
- カタン。
取り出した靴と入れ替わりに下駄箱のフタがしまった。
靴を履き替えて、今度は脱いだ上履きを下駄箱へ。
小学生のころから何度となくやってきた作業であり、中学生になってからもかわらない作業。
ただ、変わったのはそれを行う時間だけ。
校舎の中では部活が始まるまでのおしゃべりに興じる生徒。
一足先に着替えて校庭へ飛び出し、グラウンドを整備するのは愛理と同級生ばかり。
愛理はその校庭を背に向けて門へと向かった。
- 261 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/05(月) 19:46
- あの日以来、舞美とは会っていなかった。
もう1週間を過ぎている。
風邪は翌日には治り、登校をしていたが、一度も会っていない。
そして、一度も愛理は旧校舎へと足を運んでいなかった。
舞美ちゃん。
その名前を思い出すと、胸が痛かった。
友達だからだよ。
舞美は言った。
それで満足だったはずだった。
少し前までは。
ただ見ているだけの存在の舞美と、友達になりたかった。
ただ、それだけのはずだったのに……
- 262 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/05(月) 19:46
- 名前を覚えて欲しかった。
二人きりで話をしたかった。
友達になりたかった。
ハードルを越えるたびにすぐにやってくる次の欲望。
友達になりたいで終わるはずも無かった。
友達なんて。
愛理は思う。
あの時、あの瞬間に自分が望んでいた答えはそんなものではなかった。
- 263 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/05(月) 19:46
- はぁ……
ため息をつく。
春の日差しは温かく、校庭の周りに植えられた桜は、花を落として緑へと変わっている。
まるで、そのひと時の桜の花のように。
舞美ちゃんとのことは、綺麗な思い出で終わってしまうんだと。
そう思いながらも、愛理は校門を潜り抜けた。
- 264 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/05(月) 19:47
- ◇
ガン
蹴ったボールはゴールバーを叩いた。
「舞美、ドンマイ」
チームメイトの声が耳に届く。
いつもこいうときは真っ先に声を掛けてくるえりが、今日はまだ部活に来ていなかった。
「ごめん、ごめん」
謝る舞美。
最近、こういうことが多い気がすると自分でも理解はしていた。
パスが少し長かったり、チームメイトのパスに気づかなかったりと。
- 265 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/05(月) 19:47
- 一般には調子が悪いという言葉で片付けられてしまいそうなそれだったが。
少しずつ狂っている歯車の理由を、舞美はなんとなく気づいてた。
なっきー
愛理はそう言った。
愛理と同い年くらいなのかな。
それとも敬語を使っていたから、愛理よりも年下なのかも……
真ん丸の顔と、大きな目。
何かのキャラクターに似ているようだったが、舞美はそれを思い出すことはできなかった。
ただ、自分を見つめていた目だけが、舞美の心に強く残った。
- 266 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/05(月) 19:47
- いつからそこにいたんだろう。
明かりがついて、ようやくわかった彼女の姿は、まっすぐに自分を見据えていた。
威圧感、殺意。
必死に押さえ込んでいてもそれを感じ取れる視線。
射抜かれるような視線に、舞美は数秒間は言葉が出せなかった。
そして、その攻撃性の中にも感じる一つの感情を感じ取る。
嫉妬に近いような、羨望の眼差し。
舞美は気づいた。
なっきーと呼ばれた彼女の思いを。
あの眼差しを思い出せば思い出すほどに、彼女の思いを。
- 267 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/05(月) 19:47
- 更に、冷静になっていく自分の頭が、嫌な思考を更に進ませる。
愛理は、自分のことをなんとも思っていないんじゃないかと。
自分が愛理が好きだということは、もう気づいている。
その感情は、決して一方通行では上手くいくことはない。
だから、自分がいくら愛理が好きであっても、愛理がなんとも思っていないのであれば……
そして、なっきーと呼ばれた彼女の存在……
彼女と愛理の関係は……
思考がぐるぐると回っていく。
- 268 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/05(月) 19:48
- 「友達だから」
咄嗟に出た言葉だったが、今になって思えば、それでよかったと舞美は思う。
冷静になってしまえば、もうそれ以上に舞美は踏み込むことはできなかった。
ズキンと脇腹に痛みが走る。
昔に感じた痛みが再び襲い掛かってきた。
ほんの2年ちょっと前のことだけれど、もう、何年も経ってしまったような……
何重にも鍵をかけて閉じ込めておいたものが、ぱっと開いてしまったようだった。
そして、一度開いてしまえば、もう一度鍵を掛けるのが困難な痛み。
- 269 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/05(月) 19:48
- 「舞美」
呼ばれて気づいた時には、すでにボールが自分の前。
あわてて蹴ったボールはゴールのはるか上を勢いよく通過して、旧校舎へと飛んでいく。
「舞美、ぼーっとしてちゃダメよ?」
えりが声を掛ける。
たった今到着したばかりのようで、制服のまま、カバンを手に提げていた。
「ごめんごめん、とってくる」
走り出そうとする舞美に、えりが後ろから小さな声を掛けた。
「ボール、2階に入ったから取ってきなよ」と。
- 270 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/05(月) 19:53
- >>259-269 アナザーステップ(前半)更新終了。
1話分を書いていますがスレの容量がもうありませんので、移転申請してから、今週末に後半部分を更新させていただきます。
>>251-258
一括レスで失礼します。
お待たせして申し訳ございません。遅いながらも、頂くレスが励みになっております。
こんな作者を待っていただいて、ほんとにありがたい限りです。引き続き、お付き合いいただけるとありがたいです。
- 271 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 20:59
- ◇
愛理はぼーっと歩き続ける。
あの日以来、任務のメールが入ることもなかった。
だからといって、どこかに寄り道するわけも無く、愛理はまっすぐに家を目指して帰っていくのだが。
校門をでてすぐ、自分を見つめる人物に愛理は気づかない。
行きかう人の中で、たった一人、校門にもたれかかりながら、立っている人物。
その人の方を見向きもせずに通り過ぎる愛理。
けれども、彼女を待っていた相手が、それを見逃すわけもなかった。
- 272 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 20:59
-
「鈴木さん」
突然に呼ばれた声。
鈴木というありふれた名前だから、他人を呼んでいる可能性もあったが、愛理は振り返った。
「あ……」
動けなかった。
舞美と会ったら全力で逃げ出すことは可能だった。
クラスメートなら、普通に応対をしていただろう。
それは、それらの事態を想定して、どうするか考えていたから。
けれども、想定もしていなかった人物が目の前に現れ、愛理は続く言葉がでなかった。
- 273 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 20:59
- 「話、あるんだけど、少しだけいい?」
えりからの言葉に愛理は頷く。
断る理由はないけれど、話を聞く理由となるものもそれだけだった。
目の前に立つ人物に愛理は目を合わさない。
後ろめたさがあった。
えりに何かをしたわけでは決して無いが、舞美の知り合いというだけで。
たった、それだけで。
「避けてるでしょ?」
「……」
愛理は答えない。
誰を避けているかなんて明白すぎた。
けれど、えりはあえて次の言葉を口にした。
「舞美のこと」と。
- 274 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 20:59
- 愛理は答えることはできない。
わざと答えないのではなくて、何か言おうとしても言葉がでてこなかった。
「舞美もそう。最近は行こうとしない」
「え……?」
舞美ちゃんが?
どうして……
それは自惚れでもあったのかもしれない。
舞美が自分に会いに来てくれていると。
それなのに逃げるようにして学校をでていく自分に、愛理は罪悪感すら感じていたのに。
- 275 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 21:00
- 根底から覆される事実に、視界がぐらっと揺れた。
平衡感覚を失って倒れそうになるのを、愛理は校門に手をついて踏みとどまった。
「何があったかなんて、私にはどうでもいいことだけどさ。舞美が変なんだよ。あんたのせいで。最近ずっとどこかうわの空だし……」
舞美ちゃん……
私のせい。
私がいるから……
そっか……
私がいると迷惑だもんね……
舞美ちゃん……
うれしかったよ。
あの日からずっと好きだった舞美ちゃんと話せて。
最初に会った時のこと、舞美ちゃんは覚えてないだろうけど……
私の命の恩人が、こんな素敵な人でよかったと思った。
- 276 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 21:00
- でも、ダメだよね。
これ以上舞美ちゃんに迷惑を掛けてちゃ……
「だからさ――」
「一つだけ、教えてください」
愛理は言った。
初めてえりと目を合わせて。
「え……?何?」
「舞美ちゃんは、どこにいますか?」
- 277 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 21:00
- ◇
気づいたのは、階段に足をかけてから。
さっき来たばかりのえりが、どうしてボールの行方を知ってるのか。
角度的に絶対に見えるわけ無い。
ましてや2階に入っただなんて、ボールの勢いからして絶対に無理。
じゃあ、どうしてえりは2階だなんていったの?
トクンと舞美の胸が鳴った。
2階。
いるはずは無い。
ううん、きっといるはず。
でないと、えりがそんなことを言うはず無い。
- 278 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 21:00
- いる。
じゃあ私はどうする?
言える?愛理に会って何か言える?
カツン。
右足をかけた。
カツン。
次に左足。
ボールはきっとここにはない。
旧校舎の周りに落ちているんだろう。
でも、どうして引き返さない?
- 279 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 21:01
- もう一度右足。次いで左足。
何が言える?
何を言って欲しい?
聞きたい。
なっきーと呼ばれた子が何なのか。
でも、聞けるわけ無い。
カツンカツン。
自分の足音がタイムリミットへのカウントダウンのように聞こえる。
だが、舞美はそれでも足を止めようとしなかった。
止まってしまったなら。
もう、先には進めない。
なぜか、そう確信できたから。
- 280 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 21:01
- カツン。
愛理に何を言う?
好きって言える?
カツン。
大きくなりすぎた。
物事を知りすぎてしまった。
好きだからしょうがないと、そんなドラマのような言葉で突っ走っていた2年前。
残ったのは消えない脇腹の傷跡だけ。
あの頃には戻れない。
もう一度、繰り返したくは無いから。
だから……
- 281 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 21:01
- カツン。
最後の一段。
結局、何を言いたいか決められなかった。
だが、舞美は思う。
目の前の光景を見てしまえば、きっと思いついていても何も言えなくなってしまっただろうと。
夕日が照らす廊下。
その真ん中に一人立っていた。
鈴木愛理。
まるで絵画のような、夕日に映えた横顔が自分の方へとゆっくりと向けられる。
- 282 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 21:01
- 「舞美ちゃん」
先に声を出したのは愛理だった。
頬に光ったのは一筋の涙。
「愛理」
近づいていく。
離れてしまった距離を少しずつ埋めていくように、ゆっくりと。
けれども、その作業は完成しなかった。
- 283 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 21:02
- 「来ないで」
愛理の声。
真ん中あたりに差し掛かった舞美の足が、反射的に止まる。
「それ以上、来ないで」
「どうして?愛理?」
「だめ。そこで聞いて……」
そのときになって、舞美は愛理の涙に気づいた。
けれども、この前のように抱き寄せることはできなかった。
愛理に近づくことはもちろん、指一本動かすことはできなかった。
「舞美ちゃん、ありがとう。すっごくうれしかったよ」
「愛理……」
「好きだよ、舞美ちゃん。誰よりも、大好きだよ」
にこりと笑顔を作る愛理。
突然のことに舞美は言葉を返せなかった。
言いたいことはたくさんある。
それが一度に出ようとして詰まってしまって。
空気の通らない喉は、何の音も出すことなく、舞美はただただ空気をむさぼるように、何度も口を動かすだけだった。
- 284 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 21:02
- 「だから……」
ふっと笑みが消え、愛理の表情に影がさす。
「愛理!」
呪縛が解けたのはその愛理の表情を見た瞬間だった。
溜まっていた言葉の中で、最も短い言葉が真っ先に飛び出した。
そして、強く思った。
愛理に次の言葉を言わせてはいけないと。
絶対に、絶対に愛理の言葉を遮らないといけないと。
- 285 名前:アナザーステップ 投稿日:2008/05/11(日) 21:02
- 「さようなら」
瞬間、風が吹いた。
思わず舞美は瞬きをする。
たったそれだけの間だった。
たったそれだけの。
けれども、何かが起こるには十分な間だった。
「愛理!」
さっきまでより一段と大きな声で舞美は叫ぶ。
だが、真っ赤に染まる廊下に愛理の姿はなく、叫び声が廊下に反響するだけだった。
- 286 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/11(日) 21:03
- File3へ続く
- 287 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/11(日) 21:03
- >>271-286
更新終了
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/11(日) 21:06
- 管理人さんにお願いして夢板に移転していただきました。引き続きよろしくお願いします。
今までのまとめ
File0 スタートライン >>68-78
File1 不完全性神秘 >>127-232
File2 アナザーステップ >>259-286
- 289 名前:名無し 投稿日:2008/05/15(木) 12:12
- 一気に読みました!!
愛理…、せつないですね…。
今後の展開も気になります。
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/12(木) 20:27
- 楽しみー
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/12(木) 21:03
-
- 292 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 00:21
- 続き待ち焦がれてました。これからも楽しみです。
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/01(火) 07:05
- 激しく期待!!
- 294 名前:きん 投稿日:2008/07/01(火) 07:07
- 続きが気になる
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/28(月) 18:16
- File3まだかなー
- 296 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:14
- ――File 3――
ゼロ点
- 297 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:14
- かがんだ愛理の頭上に空気が走る。
一つに束ねた髪がばさっと解けた。
避け切れなかった……
ダンと一歩強く踏み出して飛びあがる。
懐に入れた木彫りの小さな仏像がこぼれそうになるのを、左手で押しとどめる。
『愛理、その前の建物を回りこむように』
イヤホンから聞こえる声に返事はしない。
背中へと襲い掛かるものはなんだろうか。
愛理にはわからない。
いくら「忍び」と呼ばれる彼女たちでも、銃を避けることは困難だ。
相手の視線、発射のタイミング、それらを判断することで避けることが可能になるといった程度のもの。
- 298 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:15
- だが、これは銃ではなかった。
昔ながらの投擲武器。
殺傷能力よりも相手の動きを止めることが目的となる。
ちらっと愛理は後ろを見る。
数十メートル向こうで振りかぶった人影。
腕が振られると共に、愛理は右に大きく跳ぶ。
けれども、それを見越したかのように愛理の方へとそれはやってくる。
着地しようとする右足を地面に着けず、倒れこむようにして避ける。
どうして……
何度やっても同じだった。
愛理が避けようと動く方向に計ったかのようにやってくる。
動きが完全に読まれていた。
体勢を立て直す間に、距離は更に縮まっていく。
そして、距離が縮まることで、愛理へ到達する時間も短くなっていく。
- 299 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:15
- はぁっはぁっはぁっ
必死に走り続けるが、次の投擲で愛理の身体は意思とは無関係に地面に叩きつけられた。
全身に感じる衝撃と、焼けるように痛む足。
右のふくらはぎに刺さったのは針のようなもの。
出血はほとんどなかった。
けれども、切り落とされたように痛む足。
それとともに、いくら愛理が動かそうとしても、右足全体の自由が全くきかなかった。
「無駄よ。神経毒も混ざってるから動くわけないよ」
甲高い声で、女性だとわかる。
女性というよりも、自分と同じくらいの、女の子。
後ろを見ると、さっきまでの速度とは正反対で、ゆっくり近づいてくるのがわかる。
だが、月明かりの少ない今夜では、この距離では顔まで判別するのは不可能だった。
- 300 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:15
- 『愛理、何があったんですか?』
「別に……失敗しちゃっただけ。ごめんね、なっきー」
『愛理、今すぐそちらに向かいますから、待っててください』
「ダメ。来ちゃだめ。なっきーが来るまで私は生きていないと思う。
だから、逃げて。このことをお父様に知らせて」
言い終えると愛理はイヤホンを耳から外し、握りつぶした。
右足の痛みは少しだけ和らいでいた。
それは、完全に麻痺しているからであって、それは徐々に上半身に至ろうとしているのがわかった。
強烈な倦怠感が全身を襲い、自分が倒れこんでいる地面の感覚さえもなくなってきた。
「ごめんね。桃も頼まれてやってることだから。やっぱね、仕事はきちんとこなしてこそ、プロだもん」
それが愛理の聞いた最後の言葉だった―――
・・・
・・・・
- 301 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:16
- ◇
「……夢?」
夢にしては生々し過ぎるのは、実際に自分が体験したことだったから。
数ヶ月間は毎日のように見てしまった夢だけど、最近は全く見ていなかった夢。
以前に見たのはどれくらい前だったか、愛理も正確には覚えていないほど。
「どうしたの、うなされてたけど」
ぱぁっと明るくなったのは扉が開いたから。
「ちょっと昔の夢を見ただけ」
「昔の?」
「うん」
「あ、そ」
扉を開けて入ってきた少女はそれ以上は詮索することはなく、愛理の横へ腰を下ろした。
- 302 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:16
- 「で、愛理、学校は?」
「……いかない。任務だから」
「もう終わってるし」
「みやも行ってない」
「私はいいのよ」
そう言った雅の顔にどこか影が差したことに、愛理は全く気づかない。
夏焼雅。14歳
愛理はそれしか知らない。
いつからか自分の傍にいた。
ううん、みやと一緒だからあんな夢を見たのかも。
愛理は思う。
雅と愛理が出会ったのは、夢の出来事が実際にあった時から少ししてから。
基本的にサポート役としての早貴を除くと、一人で任務を行うことが多いが、数少ない例外として誰かとチームを組んで行うことがある。
その例外の度に一緒になるのが雅だった。
- 303 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:17
- しかし、今回は勝手が違う。
雅一人でできる任務だが、あえて愛理を同行させている。
代わりに、早貴のサポートはない。
それは決して雅の力を軽んじているわけではなく、その力を知っているからこそのことだった。
現に、愛理のサポートとして全てのお膳立てをし、すでに任務は終わっていた。
「ほらほら、愛理、早く帰って学校行きなよ」
「いやだ」
「やだじゃないの。まったく、なっきーの苦労もわかるわ」
「なっきーは関係ない」
「あ、そ」
はぁとため息をつき、雅は立ち上がる。
朝食の準備をするためだ。
決して料理は得意な方ではない。
むしろ、愛理の方が上手いくらいだ。
けれども、雅は決して愛理にそれを要求しない。
自分の方がお姉さんだから。
そんな他愛もないこだわりが、キッチンに立つ動機となっている。
- 304 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:17
- 拗ねるくらいに良くはなってきたのかな
雅は思う。
任務の前に会ったときは、全く別人のようだった。
死んだようなという表現がぴったりだった数日前に比べると。
「目玉焼きでいい?」
「うん。半熟ね」
愛理の返事が終わる前に卵を割る。
そもそも、こんなことは聞かなくてもわかっている。
だが、雅はあえて問いかける。
二人で任務を行うというのはただの口実で、愛理に元気になって欲しいがためのものなのだから。
「全く、意外と甘いよね。なっきぃは」
愛理に聞こえないように言う。
そして、大事にされているなと雅は思う。
あの冷静ななっきぃが、半ば取り乱したように自分に連絡を取ってきたのだから。
- 305 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:17
- 愛理は、私がそうなったら心配してくれるのかな?
自意識の過剰さに気づき、思わず笑みがこぼれる。
どうかしてるのかも。そんなことを考えるなんてさ。
ふと手元に目をやる。
気づくと、目玉焼きは半熟ではなかった。
「愛理、ごめーん」
- 306 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:18
- ◇
「みやはさ、これからどーするの?」
「これから?」
食後のコーヒーに一口飲んでから、愛理が口を開いた。
「そう。もう……お別れなんだよね?」
「あー、そういうこと?」
お別れといっても今生の別れでもないし。
ただ、久しぶりに愛理に会ったし、今度もいつ会えるかわからないし、かといっていつでもポンポンと会えるわけでもないし。
雅は髪をかきむしる。
確かに愛理に会ったのは久しぶりだし……ほんの少し前とは違って大人びて……ってそれも違う。
たぶん、久しぶりだからなんだろう。こうして誰かといることが。
- 307 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:18
-
「みや?」
「あ、ごめん。普通に明日からまた別の任務が入るだろうし、次はどこだろうなー」
「ふーん」
「愛理は、明日からちゃんと学校行くんだよ」
「……やだ」
またこれだ。
どうも愛理は学校に行きたくないらしい。
登校拒否児が増えているなんてニュースを、最近は見たことのあるようなないような。
そもそも自分が学校に行っていないから、人のことは言えないんだけど……
でも、愛理って優等生なイメージあるし、なっきぃもそういうとこは厳しそうだから、ちゃんと行ってると思ってたけど……
- 308 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:19
- 「いじめ?」
「え?」
「いや、いじめられて学校にいきたくないのかなーって」
「ううん、違うよ。それに、私が本当にいじめられてたら、そんな子に『いじめられて』なんて言うのは、余計にだめだよ」
「だよね、違うと思って言ってみた」
「なにそれ」
愛理が少し笑う。
だけど、それはどこか寂しそうで。
だからこそ、雅は学校での出来事が、愛理が落ち込んでいる原因だと余計に思うわけだった。
けれども、それ以上、雅は詮索しない。
自分には自分の世界があるように、愛理には愛理の世界がある。
自分の世界を知られたくないから、愛理の世界を知ろうとはしない。
なにより、自分の世界を知られたなら、愛理はきっと今までのように笑ってくれないと思うから。
- 309 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:19
- 誰かを殺すことまでを任務にしている自分と、そこまで至らない愛理。
同じ忍びでもその差は、とても大きいものだから。
だから、と雅は思う。
あの時、愛理が気を失っていてよかったと。
あの時、愛理の意識があったのなら、きっとこうして笑い合えなかったのだから。
「みや、どうしたの?」
無意識に顔が険しくなっていたことを、真正面から見ていた愛理は気づく。
「何でもない。考え事してただけ。それ飲んだら、家まで送るよ」
「うん」
答えた愛理は、ゆっくりゆっくりとコーヒーを飲み始めるのであった。
- 310 名前:ゼロ点 投稿日:2008/08/18(月) 20:20
- File4へ続く
- 311 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/18(月) 20:21
- >>296-310
File3 ゼロ点
遅くなって申し訳ございません。
- 312 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/18(月) 20:25
- >>389-295
お待たせしてばかりで申し訳ございません。
次こそは……と宣言できませんが、少しでも早く更新できるようにがんばりますので、お付き合いいただけるとうれしいです。
- 313 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/12(日) 15:35
- 待ってます
- 314 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/29(水) 18:33
- まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。
- 315 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/02(火) 18:30
- まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。
- 316 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/02(火) 18:31
- まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。まだかな、まだかな〜。
- 317 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/03(水) 02:20
- ageんな!
- 318 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/03(水) 08:28
- うっせ
- 319 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/03(水) 19:29
- 作者さんのペースで良いので是非続きが読みたいです
お待ちしてます
- 320 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/02(月) 10:49
- kikikikikikiiiiiiiiiiiiiiii
- 321 名前:お前達 投稿日:2009/02/03(火) 23:22
- どんだけ〜!
ふるっw
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