四角関係
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/13(水) 23:41
-
・タイトルの話は藤松石吉で中編。大学生。
・他にはどうでもいい小ネタを書きます。組み合わせは節操なく雑多。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/13(水) 23:42
-
まずはたまっている小ネタから消化していきます。
時期的に不愉快に感じる方もいらっしゃるとは思いますが、その場合には黙殺していただけると非常にありがたいです。
あやみきアンリアル
- 3 名前:アンリアル 投稿日:2007/06/13(水) 23:43
-
『 アンリアル 』
- 4 名前:アンリアル 投稿日:2007/06/13(水) 23:44
-
「ねえ、亜弥ちゃんまだ怒ってんの?」
「はー?怒ってなんかないし」
とか言いつつ美貴の顔を見もしない。
これはいつもより根が深いなあ。
「だからあ、なんっかいも謝ってんじゃん。ごめんなさい。絶対にもうしません。ね?」
「だからあ、なんっかいも言ってんじゃん。もういいって」
「じゃあ何怒ってんの?」
「何とかないの。怒ってないんだから」
「……」
ハリネズミみたいな亜弥ちゃんの背中に、高く掲げて永遠を誓った美貴の指先はだらりと床を指す。
平謝りして土下座してビンタくらって足蹴にされて一時間ベランダで正座したのに。
それでも亜弥ちゃんはまだ許してくれないという。
せめて顔が見たいと肩にかけた手さえも乱暴に振り払われてしまった。
- 5 名前:アンリアル 投稿日:2007/06/13(水) 23:45
-
「やっぱ怒ってんじゃん」
「怒ってないね」
「じゃあ美貴のことちゃんと見てよ」
「――はい。見た」
……見る前にチッて舌打ちが聞こえたんですけど。
ぶすくれた顔が正面から美貴を見据える。
ああ、もう。
いい加減に機嫌直してよ。
そんな顔したってかわいいだけなんだからさ。
でもやっぱり同じ亜弥ちゃんの顔なら笑顔が見たいな。
しかし、尖った唇に反射的に寄せてしまった顔はアイアンクローで握られた。
「ん、がっ」
押しのけるというよりは殴るに近い動きで、そのまま亜弥ちゃんの目の前から払いのけられる。
いってえ…。
コレ結構堪えるわ。
こきこきと首を鳴らす美貴を、亜弥ちゃんの冷たい目が見下ろす。
- 6 名前:アンリアル 投稿日:2007/06/13(水) 23:45
-
「ぅも〜。怒ってないんでしょ?じゃあいいじゃん」
「今はヤダ」
だからやっぱ怒ってんじゃん。
「もういい?」
「は?」
「アンタの顔見るの」
「……えーと」
うわー。
すっげー嫌そうな言い方。
「アタシ寝るわ」
「え、あ、ちょっと」
美貴の返事も待たずに、すたすたとベッドルームに入っていく足音はからさまに怒っている。
目の前でガツンと閉じられたドアの隙間をむなしくなぞる。
まいったなあ。
自業自得とは言え、これだけ拒否られると結構へこむ。
- 7 名前:アンリアル 投稿日:2007/06/13(水) 23:46
-
悪かったと思ってるし、反省もしてるし、後悔もしてる。
それをきちんと伝えたつもりではあるのだけれど。
(今日はもう帰った方がいいのかなあ)
時間を置かないと解決しないことだって、きっとある。
美貴にだってそれくらいわかるけど。
……。
ダメ。
この薄いドア一枚向こうでは亜弥ちゃんが一人でベッドに入っている。
それでここで美貴が帰っちゃうのは、それは、違うと思った。
ふうっとひとつ息をついて。
……よし。
- 8 名前:アンリアル 投稿日:2007/06/13(水) 23:46
-
カチャ
「入ってくんな」
イタイ先制攻撃。
でもこれだけ間髪いれずに攻撃できるってコトは。
そーっと後ろ手にドアを閉めて、ゆっくりとベッドに近づく。
ドアを閉じると部屋はかなり真っ暗。
亜弥ちゃんの動きに目を凝らす。
「入ってくんなって言ったろ」
ぴくりとも動かず発せられる言葉は半分くらいお布団に吸収される。
頭からお布団をかぶったままで。
それでも亜弥ちゃんは美貴の気配を読んでいる。
- 9 名前:アンリアル 投稿日:2007/06/13(水) 23:47
-
背中向けの亜弥ちゃんをぐしぐしと乗り越えて、無理矢理向かい合わせにベッドに入った。
「亜弥ちゃん――」
「人の話聞け、バカ」
顔上げてくれないけど、声かなり怒ってるけど。
……体を返すことはしなかった。
腕を回して抱き寄せても、抵抗なく体を任せてくる。
「亜弥ちゃん」
「なんだよ」
「愛してるからね」
「ばーか。アンタのそれは……」
言いかけた言葉をため息に飲み込んで、亜弥ちゃんは美貴の鎖骨の辺りに顔を押し付けてきた。
「信用……ないんだけどなあ」
ふっと肌に触れた亜弥ちゃんの吐息はかすかに、だけど確かに笑みを含んでいて。
抜けた息の分だけやわらかくなった体を、美貴はきつく抱きしめた。
- 10 名前:アンリアル 投稿日:2007/06/13(水) 23:47
-
『 アンリアル 』 終わり
- 11 名前:esk 投稿日:2007/06/13(水) 23:49
- 以上です。アンリアルです。
タイトルのお話開始は7月頃になると思います。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/15(金) 04:00
- 変わるものもあれば変わらない何かもありますよね
お話読んでてそんなことを思いました
7月お待ちしてます
- 13 名前:esk 投稿日:2007/06/15(金) 22:17
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>12さま
何が変わっても根底に残るものってありますよね。
なんだか深く感じていただいてありがとうございます。
今後は基本おばかっぽい話が多くなるので、ちと申し訳ないのですが……。
ここから先は冬から春くらいまでに書いたものがほとんどになります。
登場人物はがきさんと 光 井 さん。
- 14 名前:vs 藤本 投稿日:2007/06/15(金) 22:18
-
『 vs 藤本 』
- 15 名前:vs 藤本 投稿日:2007/06/15(金) 22:18
-
収録の合間、少し時間が空いたので楽屋に戻ってみた。
ぽつりぽつりと人影は三人分。
田中っちとさゆみんはそれぞれ好きなように魂が抜けている。
……まあ確かに今日忙しいよね。
隅っこのTVの前にいる後ろ頭は光井ちゃんかな。
カメは……いないか。
今収録中じゃないはずだし、どこ行ったんだあの子。
またおやつでも買いに出たのか〜?
もっさんと一緒じゃないことだけ確かめてきたから、それさえなければいいけど。
最近べたべたしすぎなんだよね、とくにもっさん。
一回松浦さんにガツンと言ってもらわないと。
- 16 名前:vs 藤本 投稿日:2007/06/15(金) 22:19
-
とりあえずさゆれなはほっといて光井ちゃんに近寄ると、画面には終わったとこのコンサート。
先輩二人を気遣ってか(てかあの二人が先輩か……)かなり音量はしぼってある。
朝から繰り返し流してるからさすがのさゆみんでさえもう飽きたみたいだけど、光井ちゃんはまだかじ
りつきで見ていた。
私に気づいてもいないみたい。
よしよし。勉強熱心で良いですよ。
自分をよりよく見せるのがお仕事なんだから、なんと言われようとビデオチェックは重要だ。
黙ってぽすりととなりに座ると、びっくり顔が振り返った。
「あ、お疲れ様です。新垣さん」
「うん。お疲れー」
おっと。
良く見たら画面の中で歌っているのはヤツがたったひとりじゃん。
もっさんのソロタイムだ。
- 17 名前:vs 藤本 投稿日:2007/06/15(金) 22:19
-
「藤本さんってすごいですね」
画面に視線を戻して、ほうっとため息をつく。
……あなたもですか、光井さん。
まあね、これだけ見ると惚れるのもわかるよ?
これだけを、見るとね。
「……歌もダンスもうまいしね。無駄に迫力あるからね〜、あの人は」
「あ、はい。それもなんですけど……すごい、余裕があるじゃないですか」
「ん?あ〜そうだね」
「尊敬しちゃいます」
それは確かに。
クソ度胸があるというか、大きく構えているというか、物怖じしないというか。
逆に相手を物怖じさせるというか、縮こまらせるというか……。
あれを真似するのはなかなか大変だろうけど、がんばりたまえ。
「はいっ。私もコンサート中に亀井さんのおしり触れるくらい余裕になりたいですっ」
「え?は?やっ、そこっ!?」
それがポイントなわけっ?光井ちゃん!?
- 18 名前:vs 藤本 投稿日:2007/06/15(金) 22:20
-
「あ、いえ、例えばの話で――」
「触らなくていいからっ」
「はい、あの――」
「っていうか、光井」
「え」
がしりと肩を掴んで目を見据える。
捨て犬みたいな目でおびえたって、これだけは言っておく。
これ以上心配事を増やす余裕は私にだってないんだから。
「 カメに触んじゃねーぞ? 」
「……ハイ」
- 19 名前:vs 藤本 投稿日:2007/06/15(金) 22:21
-
『 vs 藤本 』 終わり
- 20 名前:esk 投稿日:2007/06/15(金) 22:22
- 以上です。
ライブビデオをチェックするとか実際あるんだろうか??
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/16(土) 01:23
- ニヤニヤです
- 22 名前:esk 投稿日:2007/06/16(土) 23:53
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>21さま
ニィニィです(・e・)
あやみき もしくは みきよし
- 23 名前:リング 投稿日:2007/06/16(土) 23:54
-
『 リング 』
- 24 名前:リング 投稿日:2007/06/16(土) 23:54
-
「あんたさぁあ、アタシが結婚したら旦那とバトるって言ったじゃん?」
「は?何急に」
そんなん言ったっけ?
「いつ?」
「だいぶ前」
いつだよ。
それじゃわかんねーよ。
「言った?」
「言ったんだよ」
「じゃあ言った」
「うん。でさ、アタシは絶対そんなことなんないと思ってたのさ」
あ、思い出した。
あれか。水族館行って雨降ってんのに外でご飯食わされたヤツか。
- 25 名前:リング 投稿日:2007/06/16(土) 23:55
-
「そうだね。すっごいどうでもいい返事がかえってきて焦った覚えあるわ」
「うん。はあ?何言ってんのコイツって思った」
「ひどーいっ」
「思ったんだけどさあっ」
美貴の前でがっくりとうなだれる亜弥ちゃん。
なんだあ?
意味わかんなくてその後頭部をじっと見つめる。
ツムジィ。
「……なにコレ」
「ん?」
顔を上げないままで言うから、はじめ亜弥ちゃんが指差してる先に気づかなかった。
点々でその先を追って。
「……あは☆」
「あは☆じゃないってばもー。なんだこれって聞いてんだよこっちはっ」
美貴の手首を強くつかんで二人の間にかざす。
手のひらが亜弥ちゃんの方を向いてるけどきっとたぶん手相が見たいわけじゃないと思う。
- 26 名前:リング 投稿日:2007/06/16(土) 23:55
-
「んだよもー絶対ゆるさねえっ。バトる!ぶっとばしてやる!」
「……よっちゃん力強いよ?」
背だって美貴や亜弥ちゃんとは10センチ近く差がある。
しかも確か美貴が言ったバトるはたぶんそういう意味じゃない。
美貴の方が亜弥ちゃんのこと知ってるんだからね!みたいな口げんかのはず。
「そういう問題じゃないのっ。けじめなんだよ、お礼参りだよ」
「いや、それも違うと思う」
「しかもこれマジリングじゃん……」
美貴の手をぐりっとひっくり返して薬指を凝視する。
美貴たちの、よっちゃんの給料で三か月分つったらかなりの額になるからそれほどではないだろうけど
、それなりに意味のあるリング。
えへ。
えへへ。
「キモ」
ぅえへへへ。
でへへへへ。
「キモ……だあっもうっ、よっすぃのばかぁっ」
- 27 名前:リング 投稿日:2007/06/16(土) 23:56
-
『 リング 』 終わり
- 28 名前:esk 投稿日:2007/06/16(土) 23:58
- 以上です。
おや?>>26の改行おかしいですね。ごめんなさい。
- 29 名前:esk 投稿日:2007/06/17(日) 22:11
- 読んでくださった方がいたのなら、ありがとうございます。
さくさく行きます。
よしごま……かな?
- 30 名前:降臨 投稿日:2007/06/17(日) 22:11
-
『 降臨 』
- 31 名前:降臨 投稿日:2007/06/17(日) 22:12
-
「よしこー」
「よしこー?」
「よすぃこぉ〜」
「だあっ、もおっ。なんだよっ」
ぐらぐらと揺り動かす腕をがっしりと握り止める。
ほらみろ。
起きてた。
大きな瞳を眇めてじろりと睨むよしこ。
「つまんない。遊んで」
「……はあ?」
空気が抜けたような声にかぶせて、ひゅうっと風が吹き抜けた。
- 32 名前:降臨 投稿日:2007/06/17(日) 22:13
-
よしこはいつもここにいる。
面白いこといくらでもある天界のはずれ。
誰も来ない、一番つまんない場所。
そこにぽっかりとあいた下界が見える穴の淵に、よしこはいつもいる。
「なんか見える?」
「ん。いっぱい人がいる」
「だねー」
並んで穴を見下ろすと、せかせかと足早に移動するおじさん、おばさん、おねーさん。
ごとーもきっと。
どれくらいか前にはあの中にいたんだろうけど。
もうあんまり覚えてないな。
- 33 名前:降臨 投稿日:2007/06/17(日) 22:13
-
「そうなの?あたしはめちゃめちゃ覚えてるけど」
下界にいたころのことなんか、覚えてるのはよしこくらいだよ。
よしこは下界で死に別れた恋人と来世を約束した。
来世でもきっと出会って。
そして。
――今度こそは天命の尽きるまで共に過ごすと。
下界でその人とよしこの終焉がどんなだったのか、よしこは何も語らない。
だからごとーは何も知らない。
彼女との、幸せだった日々しか。
ごとーは知らない。
その人の側に降りるために。
その人が降りたらすぐに側に行くために。
よしこはずっとこの穴の側で、彼女が降りるのを待っている。
幸せだった日々を、ごとー相手に語りながら。
- 34 名前:降臨 投稿日:2007/06/17(日) 22:14
-
「っ!!」
いきなりよしこが体を起こして、すぐ側でよしこの顔をぼんやりと覗き込んでたごとーはごろりと後ろに転がってしまった。
「よ、よしこ?」
よしこは転がったごとーを振り返りもしないで、じいっと穴を覗き込んでいる。
なんか見つけた?
っていうか。
まさか。
「……降りた」
「……マジ?」
「マジマジマジっっ。ごっちん、世話んなったなっ。あたしは行くよっ」
- 35 名前:降臨 投稿日:2007/06/17(日) 22:15
-
やっと振り返ったよしこは満面の笑顔で、本当に幸せそうな顔で。
転がってるごとーに気づいて、悪い悪いって手を差し伸べてくれて。
ごとーは、差し伸べられた手をじっと見つめた。
「……」
「んな顔すんなって。そだ、ごっちんも降りて来なよ。下で会おうぜぃ」
「……そうだね」
ハイテンションのよしこは今にも走り出しそうで。
会えるわけないじゃん。
下に人間がどんだけいると思ってんの。
無理に決まってんじゃん。
よしこのその人とも、会えるわけないじゃん。
しかももしかごとーとよしこが会えたとしても、よしこにはその人いるんでしょ。
それじゃ……意味ないもん……。
「ね、絶対来なよ。あ、申請降りるまでに時間かかるからさっさと申請してね。じゃ」
「っ」
- 36 名前:降臨 投稿日:2007/06/17(日) 22:15
-
ずるいよ。ずるい。
なんで最後に。
キスなんか。
忘れるくせに。
下に下りたら。
ごとーのことなんか忘れちゃうくせに。
いつも穴の淵で一緒に昼寝したことも。
忘れるくせに。
「ずるいよ……」
ごとーの言葉は、もう誰にも届かない。
よしこはもう、消えていた。
下に降りるためにはまず本部に申請を出して、審査を待って、準備期間を経て、やっと降りることがで
きる。
希望地や希望日時によってその期間はまちまちだけど、よしこは希望が限定的だし結構時間かかるんじ
ゃないかなあ。
申請を出した時点で天界の住人としての資格を失うから、よしこはもう二度とここには帰ってこない。
ぽっかりと口をあけた穴の淵に取り残されるのは。
ごとーひとり。
- 37 名前:降臨 投稿日:2007/06/17(日) 22:16
-
「ねー紺野ぉ」
「は、はい」
「よしこって、どこに降りたの?」
追って来いとか言うくせに、どこに降りるかも教えて行かなかったバカよしこ。
「あの……それは教えられないことになってますんで……」
申請所の受付係をやっている紺野は、申し訳なさそうに肩を落とした。
ふーん。
だよねえ。
まあでも。
「じゃあさ、ごとー、日本の関東地区だったらどこでもいいや」
「え!?後藤さん……降りるんですか?」
よしこがよく見ていた地域。
昔住んでいたのがそのあたりだったんだろう。
「うん。性別は女で。申請出しといて」
「……はい」
よしこのいないここはつまんない。
下なんか見ててももっとつまんない。
下に降りたらつまんなくないかどうかも。
まだわからないけど。
でも下には、よしこがいる。
- 38 名前:降臨 投稿日:2007/06/17(日) 22:16
-
- 39 名前:降臨 投稿日:2007/06/17(日) 22:17
-
「という夢を見たんです」
「へー?」
相変わらずうるさい楽屋。
ミキティと梨華ちゃんがよしこを挟んだ右と左できぃきぃといがみ合っている。
見慣れた光景に動じることなく、みんなそれぞれ好きに騒いでいて。
静寂を好むことは、この部屋では大きな罪となるのだろう。
「……どっちなんだろ?」
「え?」
「よしこの運命の人」
きぃきぃ騒ぐ二人の間で悠々と本を広げているよしこ。
ミキティは関東生まれじゃないし、やっぱり梨華ちゃんかな?
でもどうも、見ていると梨華ちゃんよりミキティの方が余裕ありげに見えるしな。
「でも、夢ですし……」
夢だけど。
結構ホントっぽくない?あの三人見てたら。
それに。
……ごとーは。
- 40 名前:降臨 投稿日:2007/06/17(日) 22:17
-
「後藤さん?」
「ん、いや。それで?紺野はごとーのあとを追ってきたの?」
「え、さ、さあ……?」
真っ白なほっぺたをピンクに染めて、紺野がうつむく。
「そこまでは、見なかったので」
「ふうん」
わかんないか。
そっか。
もしそうだったら。
「ちょっと、面白いのにな」
「……え?」
- 41 名前:降臨 投稿日:2007/06/17(日) 22:18
-
『 降臨 』 終わり
- 42 名前:esk 投稿日:2007/06/17(日) 22:18
- 以上です。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/18(月) 20:56
- 夢を見たのがこの子ってのが「らしい」気がして面白かったです
天界の二人は降りてもドタバタコメディで楽しそうですねw
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/19(火) 04:23
- 面白そうー。 頑張ってくださいねー。
- 45 名前:esk 投稿日:2007/06/19(火) 22:45
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>43さま
こういうメルヘンな話はやっぱり彼女が合いますよね〜。
もう四人で、いや、五人でドタバタでしょうw
>>44さま
ありがとうございます。頑張りますー。
紺野さんモノは上に上げたやつくらいしかなかったので、(無理矢理)5期つながりで。
あいがき。
- 46 名前:衣装チェンジ 投稿日:2007/06/19(火) 22:46
-
『 衣装チェンジ 』
- 47 名前:衣装チェンジ 投稿日:2007/06/19(火) 22:48
-
「ねーよっちゃあん。次何着よう?ね?ね?どれがいい?」
「そうだなあ。次はコレとかいいんじゃね?」
「どれどれ?わあっ。も〜よっちゃんのえっちぃ」
「なんだよお。あたしのために着てくれるんじゃないのー?」
「えー?じゃぁあ、よっちゃんのためなら、着てあげよっかなあ」
「…何?お酒でも飲んでるの?もっさん」
「がきさんは失礼だなあ」
着替えに行ったもっさんの背中を見ながらつぶやくと、意外に近くにいた吉澤さんがでれでれとした顔
を近づけてくる。
やめてください。私にそんなことしたって無駄ですから。
力いっぱい押しやるといかにも不服そうな顔をする。
「いいんですか?あんなカッコさせて」
「んん?何だあ?がきさんも美貴のセクスィ衣装に惚れちゃうって?」
「惚れませんけど」
「いいんだ。がきさんが美貴に惚れようと他の誰が惚れようと、美貴の心はあたしのものだから」
聞いてないし。
…ホントお気楽なお人。
- 48 名前:衣装チェンジ 投稿日:2007/06/19(火) 22:49
-
「そういう意味じゃなかったんですけどね」
「え?何?」
「吉澤さん……そろそろ覚悟しといた方がいいですよ」
「何を?」
きょとんとした顔で首をかしげる。
犬ですか、あなたは。
「だから――」「よっちゃあん」
「あ、美貴ちゃあん」
かしげていた長い首がぐるりと反転する。一瞬のためらいもなく。
そこにはこれまたフリフリの、しかもちょっとえっちぃ衣装を着た藤本美貴。
「どうどう?似合う?かわいい?」
極上照れ笑顔がぐいぐいと吉澤さんにせまってくる。
「……か、かわいいです」
さっきまでの余裕はどこへやら、吉澤さんはなんだかぎこちない。
だから注意してあげたのに。
- 49 名前:衣装チェンジ 投稿日:2007/06/19(火) 22:50
-
ほんのり顔を赤らめて、ギクシャクともっさんから体を離す。
私でもちょっとぽーってなっちゃうくらいかわいい藤本美貴。
吉澤さんに耐えられるものかどうか。
「なんだよ、なんでそんなに固いの?あっ、がきさん。どうどう?美貴にだって意外と似合うでしょー?かわいい?かわいい?」
「あー、似合う似合う。かわいいかわいい。って、自分で意外ととか言わなーい」
「えへへへ。だってえ。イメチェン?イメチェンだよ、ね?よっちゃん」
「え?あ、うん。そうだね」
まだ固まってるし。
「――美貴ちゃん、それ脱いで」
「うわあっ」
「え?なんで?」
突然私の脇あたりからにゅうっと顔を出したのは、もっさんが珍しくやわらかい物腰で接する人。
愛ちゃん。
こんなにいきなりなのに普通に対応してるし。
愛ちゃんを一番わかってるのはもっさんなんだろうか。
- 50 名前:衣装チェンジ 投稿日:2007/06/19(火) 22:51
-
「脱いでっ」
「え、無理だよ。もう撮影始まっちゃうし」
スカートをつかんで揺らす愛ちゃんに、もっさんもさすがに困惑顔。
ってか愛ちゃん、君はいきなり何をしに来たんだね?
「いややあっ」
「え?わけわかんない」
「もっさん、いいから行って」
駄々をこねる愛ちゃんをもっさんから引っぺがす。
「あ、うん。いいの?」
「いややっ行ったあかんてっ」
だってたぶんあなた待ちですよ、今。
吉澤さんといちゃついてるから時間かかるんだ。
「じゃあ、まあ行くわ」
「あかんーーっ」
- 51 名前:衣装チェンジ 投稿日:2007/06/19(火) 22:51
-
テンションの下がったもっさんにやっとで慣れた吉澤さんもついて行って。
気がつけば楽屋にはなんだかうろうろとばたばたしている愛ちゃんだけ。
「ちょっともー。愛ちゃんどうしたのー?」
そろそろうっとおしくなってきたから声をかけると、愛ちゃんはびっくり目でこっちを振り返った。
「がきさん、いかんかったん?」
「どこに?」
「スタジオ。……美貴ちゃん見に、とか」
「なんで私がもっさんを」
苦笑いを浮かべる私を、さらに大きく見開いた愛ちゃんの目が見つめる。
「だって里沙ちゃん――がきさん、美貴ちゃんのこと見とったが。かわいい言うたし」
「そりゃまー」
言ったというか言わされたというか。
「 ! やから、あーしも着るっ」
ああ……。そういうこと?
なんていうかもう。
……かわいいやつめ。
うろうろじたばたを再開した愛ちゃんをぼんやりと眺めながら、私は甘い気持ちをかみ締めた。
- 52 名前:衣装チェンジ 投稿日:2007/06/19(火) 22:52
-
『 衣装チェンジ 』 終わり
- 53 名前:esk 投稿日:2007/06/19(火) 22:56
- 以上です。
更新し始めてから思い出しました。
前スレの内容かぶってるやつとこれと、どちらか一方だけをupしようと思っていたことを……。
ずべてがぐだぐだでごめんなさい……。
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/20(水) 09:17
- 一粒で二度おいしい感じでよかったですよー
あー可愛いわ二人とも
- 55 名前:esk 投稿日:2007/06/21(木) 22:37
- 読んでくださった方、ありがとうございました。
>>54さま
暖かい言葉をありがとうございます。
どっちもかなりゆるい話なので、もったいなすぎるお言葉です。
次はガッタスメンです。
- 56 名前:美貴 投稿日:2007/06/21(木) 22:38
-
『 美貴 』
- 57 名前:美貴 投稿日:2007/06/21(木) 22:39
-
『あざーしたっっ』
今日は久しぶりに結構メンバーそろったから、なかなか充実した練習だったなー。
ロッカールームでう〜んって体を伸ばしていたら、梨華ちゃんがごく短い距離をわざわざ駆け寄ってく
る。
「ね、柴ちゃんこのあと何?」
「それがね、夕方まであくんだよ〜」
「ホントっ?じゃあランチ行かない?」
「うん、行く行くっ」
「あー、いいなあ」
きらきらと輝く梨華ちゃんの目を見つめながらぶんぶんと首を振っていると、いきなりすぐ後ろから鼻
にかかった声がわりこむ。
振り返ると荷物をまとめている美貴が、手は高速に動いたままで私たちを見上げている。
「ん?美貴も行く?」
珍しい。
私と梨華ちゃんの間に入りたいなんて言うような子じゃないのに。
「はあ?あー違う違う。そういう意味じゃなくて」
瞬殺。やっぱりね。
「昼食べる時間あんのかってスケジュールだからさ。美貴」
はははってやけ気味にさわやかな笑顔は憎たらしいほど綺麗で。
見とれて胸の前で両手を組む梨華ちゃんの足をぎゅうっと踏みつける。
(なによ〜)
(……)
- 58 名前:美貴 投稿日:2007/06/21(木) 22:39
-
……あれ?
梨華ちゃんからそむけた視線の先、すっと誰かに目をそらされた気がした。
誰だろ?
視界に入るのは、是ちゃん相手に新発売のお菓子について熱く語っているののとコンコン。
それから――窓の外に顔を向けているよしこ。
「んじゃね」
スポーツバッグを肩にかつぐと、美貴はさわやかに片手をあげた。
「あ、ああ。お疲れ」
「うん。梨華ちゃんとあゆみちゃんもお疲れ〜」
ホント忙しそう。
廊下からはすでにばたばたと走り去っていく足音。
でもなんかその音は軽くて。
「美貴今日機嫌イイよね」
「わっ」
いきなり聞こえた声に振り返ると、どーんと立ちはだかる里ちゃん。近いよ(でかいよ)。
ああ、でも。そういえばそうかも。
ランチの話とかも普段なら思っていても自分から話をふってくるような子じゃないし。
- 59 名前:美貴 投稿日:2007/06/21(木) 22:40
-
「このあとGAMとみた」
にいっと口の端を吊り上げる里ちゃん。なるほどね。
仕事忙しいとかいいながら、それってのろけだったのか。
ちゃんと聞いてあげればよかったかな。
「わっかりやすいよね〜、美貴は」
豪快に笑う里ちゃんがばしばしと梨華ちゃんを叩く。
眉毛下がってる下がってる。
私に回ってこないうちにその手から逃げてベンチに座ると、よしこと向かい合わせになっていた。
またじっとこっちを見ている。
ん?って首を傾げて見せると一つため息をついて視線をそらせる。
いや、顔見てため息ってすごいヤなんですけど……。
視線をそらしたまま、また一つ。
「は?よしこ何?」
二つ目は里ちゃん向きだったみたい。
長い足を折りたたんでベンチに膝をつく。
「どーしたあ?美貴が行っちゃったから寂しいのかあ?」
里ちゃんの言葉に、ぷうっとほっぺたを膨らませてみせるよしこ。
なんだ。図星?
- 60 名前:美貴 投稿日:2007/06/21(木) 22:41
-
「そういえば今日は美貴あんまりよしこにべたべたしてなかったもんね。まっつー待ってるからね〜」
にやにやとからかう里ちゃん。
「美貴そういうとこはわかりやすもんね」
同意した私をちらりと見て、またため息。
「なんだなんだあ?」
「あーーーっっ」
里ちゃんのからかい声に、ベンチをけり倒す勢いで立ち上がるよしこ。
がしゃんと音をたてて何かが床に落ちた。
「よ、よしこ?」
「ずるいよっ」
「「は?」」
「二人ともずるいっ」
両手を拳にして天井を振り仰ぐ。
- 61 名前:美貴 投稿日:2007/06/21(木) 22:42
-
「「??」」
二人?誰と誰?私と里ちゃん?
お互い顔を見合わせるけど。私と里ちゃんの共通点って……何?
一応梨華ちゃんを振り返ってみるけど、解決を望むなんてばかな期待はしていないんだからそんなに困った顔する必要ないよ。
「あ、あ」
息詰るようなよしこの声に振り返る。
「あたしも『美貴』とか呼びて〜〜〜〜〜!!」
「「「「「「 勝手に呼べば? 」」」」」」
- 62 名前:esk 投稿日:2007/06/21(木) 22:44
- 以上です。
紺野さん部分ははめ込み画像です。
- 63 名前:esk 投稿日:2007/06/22(金) 21:42
- 読んでくださった方がいたのなら、ありがとうございます。
ガキカメ行きます。
- 64 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:43
-
『 母と藤本 』
- 65 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:47
-
よーし。
今日も一日がんばろー。
かちゃ
「おはよ」「ふじ……っ」
「う……ございます?」
たぶん、私がドアを開けたのと同時に立ち上がったのであろうカメと、ばっちり目が合う。
そしてがっくりと肩を落とすカメ。
「おはようございます、がきさん」
「おはよ……」
- 66 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:47
-
耳を垂れた犬みたいにわかりやすくしゅんとしている。
あのさ、人の顔見て落ち込むのやめてくれないかい?
しかも。
『ふじ』
ねえ、カメ。
誰が入ってくると思ったわけ?
目が合った瞬間の、固まった満面笑顔はなんなわけ?
なんか結構落ち込むんだけど。そういうの。
こっちがしゅんってなりたいよ。
いじいじと手に持った帽子をつまんでいるカメを遠い目で眺める。
- 67 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:48
-
……ん?
帽子?
「どっか出るの?」
「えっ?」
「いや、それ」
「え?ええええっっ!?」
「えっ??なになになに??」
手元を指差すと、カメはこっちがびっくりするくらいの奇声をあげて帽子を背中に隠した。
いや、隠したって。
さっき見たし。
っていうか、堂々と手に持ってたじゃん、アンタ。
「違うのっ。これは違うんですよっ、がきさん!」
「いや、何が違うの。っていうか何と違うの」
「違うんですっ。これはね、昨日新しく買ったんですけどっ」
「おニュー?そうなんだ。ちょっと見せてよ」
- 68 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:48
-
ひょいっと手を伸ばすと、ずざあってあとずさるカメ。
そこまで嫌がることか?
「ダメ!だめです。がきさんにはまだ見せられないんですっ」
「はあ?」
「藤本さんが先なのっ」
「――っ」
ああそう。
やっぱりね。
そうだと思ったよ。
わかってたさ。
……フンだ(涙)。
- 69 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:49
-
「帽子ね、買ったんですけどどうかなって思って、だから明日見てくださいって藤本さんに昨日晩電話したんですけど」
「電話!?」
カメが?
メールしても1・2時間返事返ってこないカメが電話?
っていうかなんでもっさんなわけさ。
私でいいじゃん。
っていうか、愛ちゃんでもさゆでも田中っちでも。
誰でもいいけどもっさんはダメなのーっ。
じっとりと微妙なにらみ合いになった二人の後ろで、軽い金属音。
かちゃ
- 70 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:50
-
「おはよー」
そしていかにもだるそうな声。
「あっ。藤本さん!遅いじゃないですかあっ」
「ああ、カメちゃん、ごめんね。取材長引いてさ」
長引いた取材が原因なのか、二割り増し程度不機嫌なもっさん。
その不機嫌にかまいもせずに体を乗り出すカメに、もっさんも目を細めて頬を緩める。
もっさんとうまく付き合うコツ。
それは彼女のご機嫌を伺わないこと。
とても簡単なようで、清水の舞台から飛び降りるくらいの勇気、もしくは出雲大社のしめ縄並みに図太い神経が必要である。
カメが持ち合わせているのはおそらく後者だ。
「それ?」
「あ、えっとぉ」
カメの手元の帽子を差したもっさんの細い指先と私をちらちらっと見交わすカメ。
なんだよ。
そこまで私には見られたくないわけ?
- 71 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:50
-
「がきさーん、ちょっとこれ見てやー」
絶妙のタイミングで割り込んできたのは、愛ちゃんのまのびした声。
「何ー?」
「がきさ――」
微妙な空気からくるりと振り返った私の後ろで、カメの声がかすかに聞こえた気がしたけど、私は気づかないフリで愛ちゃんの方へ近寄る。
「あ、ごめん。絵里となんかしゃべっとった?」
「ううん。いーのいーの。で、何?」
「これなー……」
- 72 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:51
-
- 73 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:51
-
スタジオのすみっこ、撮影中のカメをぼんやりと眺めていたら。
「がーきさん」
嫌なやつが来た。
私のとなりにだらりと立つ細いシルエット。
「お。カメちゃんだ。おー、キモイキモイ」
ブったポーズを付けているカメににやにやと笑いながら手を振った。
「あ、藤本さーん。がきさんも〜」
気づいたカメがへなへなと手を振り返す。
そのクネクネした動きにもっさんがぶはっと息を吐き出す。
「亀ちゃんきもーい」
「えー??ひ〜ど〜い〜」
「き〜も〜い〜」
隣から響いてくるけらけらと心底楽しそうな笑い声。
- 74 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:52
-
撮影中だから、カメももっさんもそれ以上会話を続けることはしなかったけど。
あきらかにカメの表情が和らいでいる。
私がいることには気づきもしないで硬い表情を浮かべていたくせに。
もっさんにからかわれただけであの変わりよう。
「ねえ、がきさん」
「……え?何?」
特に会話もなくぼんやりと突っ立っていたら、少し低めの声。
「美貴……もう飽きちゃった」
「は?」
何が?
撮影見るのが?
じゃあ楽屋でも行けば?
- 75 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:53
-
「っていうかあ、美貴こう見えて寂しがりやじゃん?」
うん。
すっごく見かけによらずね。
「だからさあ、がきさんに冷たくされるの結構傷ついたり?してるわけよ」
「……はい?」
照れ隠しににやにやと笑う横顔。
え?
ってことは本気で寂しかったり傷ついたりしてたの?
もっさんが?
まじまじと横顔を見つめると、そんなに見るなよ〜とか照れた声。
「キャラじゃないよね。ないけどさ。でもそうなの」
「そう……なんだ」
「うん。それでさ、もうがきさんいじりも飽きちゃったし、だから勝手にネタバレしちゃうけど」
ネタバレ??
っていうか飽きたってそれ?
- 76 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:53
-
「朝さ、カメちゃん、帽子一番に美貴に見せたじゃん?」
ちくり
「うん……」
「あれなんでだと思う?」
ちくちく
「なんでって……」
一番に見せたいからでしょ?
私よりも先に、もっさんに。
「んー。そうなんだけど」
ずき
- 77 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:54
-
あんまり言うとなー。とか言うくせに。
「じゃあ、なんで一番ががきさんじゃなくて美貴なんだと思う?」
ずきいっ
だからもう少し……オブラートに包んだ言い方を。
そりゃ……カメにとって一番が。
私じゃなくて。
「う〜ん。じゃあさ、最近カメちゃん服が決まらないって遅刻してくるでしょ?あ、仕事ではあんまりないけど、がきさんと一緒に遊ぶときとかひどんじゃない?」
「ひどい」
それは即答。
しみじみと即答。
最近ホントひどいんだもん。
「そん時にさ、お母さんに見てもらったんだけどやっぱり決まらなくて――ってよく言わない?」
「言う」
もうワンパターン。
必ず言う。
- 78 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:55
-
「だからね、美貴は、お母さんなわけ」
「っ、はあっ?」
え?ちょっと待って。は?は?は?はは?母??
もっさんが?誰の?
え、っていうか文章つながってないんだけど。
なにが『だから』?
何につながってんの?
全然わかんない。
私頭悪い?
もっさんの手が悪い頭をぽんぽんってなでて。
「お母さんに嫉妬してもしょうがないでしょってことだよ」
- 79 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:55
-
…………??
「だから、美貴に冷たくしないでね?」
また(かわいい)照れ笑いを残して、なぜかカメに向かって親指を立てて見せたもっさんはスタジオを出て行った。
えーっと。
…………??
「がきさーん」
「あ、カメ。終わったんだ」
首をかたむけたままで固まっていたら、撮影が終わったらしいカメが私に駆け寄ってきた。
っていうか撮影終わったんなら待ってあげてたらいいのに。
そのタイミングで出て行くかね、あの人は。
- 80 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:56
-
「うん。あの、がきさん、あのね……このあと、ちょっと時間あくじゃないですかあ」
「え?ああ、そうだね」
2時間くらいあくんだっけ?
「……お買い物、行きません?」
「ああ、うん。いいね」
??
そんなくねくねして言うことかなあ。
早く行こうって私の手を引いて前を歩くカメは、なんだかの鼻歌を歌ってて、こんなに近いのに顔をあわせようとしない。
機嫌はよさそうなんだけどなあ。
変なとこ気になっちゃうのは、やっぱりもっさんがあんなこと言うからで。
- 81 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:56
-
楽屋でバッグを拾って、いざ、出かけようとしたとき。
「あ。それ」
例の、おニュー帽子。
ちょっとずきっと小さな胸が痛んだけど、でも。
さっきはちゃんと見れなかったけど、カメが被ってるのを見るとなかなか。
「かわいいじゃん」
「ほ、ホントですか!?」
や、そこまでびびること?
「似合ってる似合ってる。いいね。私もそんなの欲しいな〜」
今から買い物だし、ちょっと見てこようかな。
ちょこっとつばの部分をつまむと、上目遣いにうへ〜っとカメの口元が緩まる。
「えへへへ」
そんなに嬉しいことかね?
さては朝もっさんにほめてもらえなかったんだな。
「かわいいかわいい。だからもう、笑ってないで行くよ」
なんだか急に動きが鈍くなったカメをひっぱって、出口へと向かう。
- 82 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:57
-
街中に出ればもっさんはいない。
でもあの特徴的なとろいしゃべりで誰かに見つかるかもしれない。
お気楽なカメは見つかったら愛想良く笑顔を向けてしまうし。
それどころかとろすぎて私からはぐれていってしまうかもしれない。
それは困る。
だから私は、カメの手をぎゅっと握った。
この二時間は、ずっと私から離れるんじゃないよ?
- 83 名前:母と藤本 投稿日:2007/06/22(金) 21:58
-
『 母と藤本 』 終わり
- 84 名前:esk 投稿日:2007/06/22(金) 21:58
- 以上です。
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/22(金) 22:39
- ガキカメかーわいいなぁ〜w
ミキティがまたいじらしいですね。
- 86 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/23(土) 00:51
- ミキティかわいい
あと>>61の最後の1行で笑ってしまいました。
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/23(土) 03:17
- 最近ガキさんカワイイなぁ
- 88 名前:esk 投稿日:2007/06/23(土) 23:23
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>85さま
ガキカメは自分が書くカプの中では珍しくプラトニックなので、私もかわいくてたまりません。
>>86さま
前のも読んでいただけたんですねっ。ありがとうございます。
オチで笑っていただけるとすごく嬉しいです♪
>>87さま
かわいいですよね〜。大好きです。
さて、そろそろ倉庫がすっきりしてきました。
今日は本気でどうでもいい激短小ネタ3連発です。
まずは石柴。
- 89 名前:あゆむ 投稿日:2007/06/23(土) 23:24
-
『 あゆむ 』
- 90 名前:あゆむ 投稿日:2007/06/23(土) 23:27
-
「――きて」
んぅ……。
「起きて」
んんー?
「柴ちゃん、起きてっ」
ゆさゆさと揺すられて、仕方なく重いまぶたを開く。
カーテン越しの窓の外はまだ真っ暗で。
「……何ぃ」
「あのね、さっきね、私がね、まだモーニングにいてね」
はあっ?
「五期メンバーが入ってくるのね」
「……梨華ちゃん」
「でね、つんくさんがね」
「梨華ちゃんっ。ちょっと待って」
「四期は……え?」
「それ、夢の話なんだよね?」
「うん。そうだよ」
- 91 名前:あゆむ 投稿日:2007/06/23(土) 23:28
-
当然でしょ?何言ってんの?
みたいな顔しないでくれる?
それじゃツッコミが続かない。
「それでね……柴ちゃん、聞いてる?」
「はいはい。それで?」
「うん。それで、つんくさんが四期が四人やってんから五期は五人やろって言ってね、五人入ってくるの」
「一人多いじゃん」
「そうなのっ。それがねっ、すっごいの!」
「はあ」
私の肩を掴んでがくがくとゆする梨華ちゃん。
長い爪が食い込んで痛いんですけど……。
「なんとね、しばたあゆむ君って言って、男の子なの!(作者実夢)」
「はあっ!?」
何それ。あゆむって。
っていうかなんでモーニングに男の子。
さすが梨華ちゃんの夢は意味わかんない。
- 92 名前:あゆむ 投稿日:2007/06/23(土) 23:29
-
「それでね、あゆむ君はガチャピンにそっくりで面白くないダジャレ連発して、でもクールで……もう、どうしようっ!?」
「……何が?」
っていうか緑のヤツはどうでもいいんだよ。
全然似てないしっ。
「だってだってだって、私、あゆむ君にきゅうんってしちゃって――柴ちゃん、私どうしようっ!?」
「はあ?どうしようって何が?しかも夢なんでしょ?」
「どうしよう〜〜」
また聞いてないし。
「だってね、柴ちゃんっ。私柴ちゃん以外の人にきゅうんってなっちゃったんだよ!?」
- 93 名前:あゆむ 投稿日:2007/06/23(土) 23:30
-
…………。
えーと。
なんてーか。
あのお。
「り、りかちゃ……って寝てんのかよっ!」
くーってすでに気持ちよさそうな寝息を立てている寝顔をまじまじと見下ろす。
あのテンションで即寝……。
梨華ちゃん、絶対寝ぼけてた。
ってことは朝起きたら覚えてないとか言うんだろうなあ。
こんなに。
私のこと寝れなくさせといてさっ。
- 94 名前:esk 投稿日:2007/06/23(土) 23:31
-
次はあやみき
- 95 名前:ウサギと猫 投稿日:2007/06/23(土) 23:32
-
『 ウサギと猫 』
- 96 名前:ウサギと猫 投稿日:2007/06/23(土) 23:33
-
朝起きたら亜弥ちゃんがウサギだった。
びっくりして鏡見せたら、アンタは猫だよって鏡を裏っ返された。
なんだこれ?
ちっちゃくって真っ白でかわいいからアタシはウサギなんだねー
美貴の友達んちのミニウサギは子犬くらいの大きさだったけどね
そう言えばウサギは寂しいと死んじゃうらしいよ
たん…それ、アタシが昨日言ったこと言ってんの?
うん。美貴に会えなくて寂しいって言ったじゃん♪
あれはー、そう言わなきゃアンタ酔って暴れるからでしょうが
アンタはなんで猫なわけ?
んー
目つきが怖いとかそんなとこ?
いや、ちがうな
何?その言い切り
くるりと体を返して華奢な体をベッドに押し戻す。
「猫ってウサギを食べちゃうらしいよ♪」
- 97 名前:ウサギと猫 投稿日:2007/06/23(土) 23:34
-
『 ウサギと猫 』 終わり
- 98 名前:esk 投稿日:2007/06/23(土) 23:35
- 最後にりかみき
- 99 名前:火と水 投稿日:2007/06/23(土) 23:36
-
『 火と水 』
- 100 名前:火と水 投稿日:2007/06/23(土) 23:37
-
「火と水は愛し合えないの」
「はあああ?」
「水は火を消してしまうから。火は水を蒸発させてしまうから」
「……梨華ちゃん。熱でもあるの?」
「ちっがうよっ。コレ!」
「……ああ」
差し出されたそれは珍しく彼女が熱心に目を通していた文庫本で。
なんだかのファンタジーモノなのだろう。
「かわいそうだよね」
うっすらと涙ぐむ梨華ちゃんに美貴はため息しか出ない。
「あのさー。何?火とか水が擬人化されてるとかそんなのなわけ?」
「ううん。火の精と水の精が恋をしてね、でもみんなは反対するの。火と水は決して出会ってはいけないんだって」
「ああそう」
「でもね。二人は命を賭けて愛し合って」
「死んじゃったのね」
「……そう」
- 101 名前:火と水 投稿日:2007/06/23(土) 23:37
-
しゅんとうなだれる梨華ちゃん。
ああ、意味わかんねえ。
「あのさー、火と水が出会ったところでお湯がわくだけじゃん。しばらくしたらまた水に戻るよ」
「だめだよ。それじゃずっと一緒にいられない」
「いいじゃん。たまにで」
「やだよ。私はいつでも一緒にいたいもんっ」
「……ああ、そう」
いじいじと文庫本の端をなぞる指先。
なんとなく言いたいことわかっちゃって、顔がゆっくりと熱を上げる。
さっそく火に温められてるよ、美貴。
「んじゃさ。蓋する」
「え?」
「お風呂の蓋にさ、水滴がついてまた落ちてお風呂のお湯に戻るじゃん。そんな感じ」
「……美貴ちゃん、頭いー」
- 102 名前:火と水 投稿日:2007/06/23(土) 23:38
-
翳っていた瞳がきらきらと美貴を見上げる。
ものすごく屁理屈だと思うんだけどな。
梨華ちゃんって単純……。
単純だからこそ。
純粋で。
「でもさ、良く考えたらそれって火の方が瞬殺じゃない?」
「瞬殺?」
「火に水ぶっかけたら一瞬で消えちゃうじゃん」
「私は消えないもん……。美貴ちゃんの方が心配だよ。お風呂たき続けたら干上がっちゃうもん……」
「そしたらまた水足すよ」
「梨華ちゃんへの愛情はずっと足され続けてるから」
- 103 名前:火と水 投稿日:2007/06/23(土) 23:39
-
『 火と水 』 終わり
- 104 名前:esk 投稿日:2007/06/23(土) 23:42
- 以上です。
『あゆむ』
最後に終わりを入れ忘れました。
『ウサギと猫』
なんかで聞いたんですけど、猫がウサギを食べるってホントですか?(怖)
『火と水』
藤本さん、絶対こんなこと言わない。(オチ台詞)
- 105 名前:esk 投稿日:2007/06/24(日) 23:16
- 読んでくださった方がいたのなら、ありがとうございます。
さゆみき
- 106 名前:チョコレートケーキ 投稿日:2007/06/24(日) 23:17
-
『 チョコレートケーキ 』
- 107 名前:チョコレートケーキ 投稿日:2007/06/24(日) 23:18
-
………………
「さゆー?絵里もう買ったよー?」
…………
「さゆぅ?」
……
「ケーキ買うの?」
「……うん。買う!」
絵里の言葉に背中を押されて、私は黒茶色のケーキを手にとった。
- 108 名前:チョコレートケーキ 投稿日:2007/06/24(日) 23:18
-
「ケーキ一個でなんでそんなに悩んでたの?」
コンビニからの帰り道、隣からは絵里ののんびり声。
「どうすれば一番効果的か、考えてたの」
「……??」
「シミュレーションってやつだね」
「……さゆ?」
絵里の顔がかすかにかげる。
『また変なこと考えてるでしょ?』
声が聞こえてきそうなくらい下がった眉。
- 109 名前:チョコレートケーキ 投稿日:2007/06/24(日) 23:20
-
大事なのは切り出し方。
そこでご機嫌を損ねるともうあとの話は通じない。
きょろりと楽屋を見渡すと、部屋を出て行ったときと同じ奥の一人掛けソファに藤本さんはいた。
行儀悪く横向きに体を投げ出して、小さな耳にはイヤホンがつながっている。
そうっと近づくと、目を瞑ってはいるけれど肘掛からだらりと垂れた細い足はゆらゆらと揺れていた。
ソファのそばにしゃがみこんで、その整った顔をじっくりと眺める。
綺麗だなあ……。
こんなに近くでじっくり顔を見れることってないもんね。
すっごい貴重だよ。
「さゆ」「藤本さん」
ついうっとりとその顔を眺めていたら、絵里の不審気な声。
ちょっと絵里、起きちゃったらまずいじゃない!
第一声が『何見てんだよ』だったらさすがの私にも勝ち目がない。
慌てて絵里にかぶせて少し大きめの声で名前を呼ぶ。
- 110 名前:チョコレートケーキ 投稿日:2007/06/24(日) 23:20
-
「……ん?」
細く開いたまぶたの間から、鋭い視線が私を捉える。
「うわっ……と。重さん?」
「はいー」
「顔近いよ」
亜弥ちゃんじゃないんだから。
って、ちょっと聞きたくない名前を口にしながら、藤本さんはのっそりと体を起こす。
「で?なんか用?」
耳からはずしたイヤホンをまとめながら、私の方を見もしないぶっきらぼうな答え。
でも、藤本さんはイヤホンをはずした。
「あのね、さっき絵里とコンビニ行ってきたんです」
「え?ああ……」
- 111 名前:チョコレートケーキ 投稿日:2007/06/24(日) 23:21
-
私の手元と、すぐそばにいた絵里の手元を確認して小さくうなずく。
ものすごく興味なさ気に。
『だから何?』
って声が横顔から聞こえる。
でもそんなことでさゆみはくじけませんから。
「でね」
かさかさ
「じゃーん♪」
「あっ」
チョコレートケーキ。
コンビニケーキだけどチョコレートケーキ。
甘いお菓子はちょっと苦手、だなんて信じられないことを言う藤本さんは、なぜか一番甘ったるいチョコレートケーキがお気に入りで。
今日はガッタスの練習日だったみたいだから、きっとおなかもすいているはず。
- 112 名前:チョコレートケーキ 投稿日:2007/06/24(日) 23:22
-
「藤本さんに、買って来ました」
「え?マジ?くれるの?重さんやっさし〜」
きらきらと目を輝かせてソファに座りなおす藤本さん。
もうご機嫌になってる。
かわいいなあ。
でも、それだけじゃだめだもん。
「条件があります」
「え?うん。何?」
輝いたままの目で上目遣い。
「これから私のことは『さゆみん』って呼んでください」
「……はあ?」
「あ、ちゃんと最後にハートつけてくださいね」
「え……ヤなんだけど」
わかりやすく顔をしかめる藤本さん。
- 113 名前:チョコレートケーキ 投稿日:2007/06/24(日) 23:22
-
「じゃあ、ケーキは私が食べます」
「ケチ重」
いや、そんな微妙にうまいこと言われても。
でも藤本さんは、自分でもうまいこと言ったと思ったのか、サムイこと言ったと思ったのか、ぷはって噴出して頬を緩める。
「えー。美貴ケーキ食べたい〜」
「さゆみんって呼んでください」
それで機嫌もよくなったのか、甘えモードに入った藤本さんに……ちょっとどきどきしてきちゃった。
でもだめだめ。
「やだよ。はずかしいじゃん〜」
微妙に動きがくねってる。
でも、本気でいやがってない。
ちょっと面白そうって思ってることがその目から伝わってきて。
「あ、じゃあじゃあ、絵里のことはえりりんって」「言わない」
一瞬の間もなくはっきりきっぱり切り捨てられて、絵里はがっくりとひざを落とす。
もう、余計なこと言わないでよ。
藤本さんのテンション下がっちゃう。
- 114 名前:チョコレートケーキ 投稿日:2007/06/24(日) 23:23
-
「私のことは?呼んでくれますよね?」
「も〜。じゃあ……言うよ?」
てれてれと上目遣い。
よかった。テンション下がってない。
「はい」
「……さゆみん」
「…………あ、はい」
にやにやと照れ笑いを浮かべる藤本さん。
「え、あ、えー?これ、すっごい恥ずかしい!!」
「いや、重さん、それ美貴のせりふ――だよ、さゆみん」
「え、うわーっ。やっぱりいいです!重さんでいいですっ」
「えー?なんでだよぉ。さゆみーん」
やっばい!これやっばいよお。
恥ずかしすぎる!
- 115 名前:チョコレートケーキ 投稿日:2007/06/24(日) 23:24
-
「さゆみん顔まっかだよお?」
あわてて伏せた顔を覗き込まれて、もっと頬が熱くなる。
「あ、えっと、ケーキ、どうぞ……」
「えへへ。ありがとう、さゆみん」
目じり下げちゃって、ほんっとうれしそうに笑ってるけど、その原因はケーキなのか、私の反応をからかって楽しんでいるのか、もうわからない。
「ねえ、さゆみん」
「は、はい。あの、藤本さん……」
「お茶、淹れて」
「あ、はい。もう、あの」
もういいですって、言いたいのにうまく言えない。
部屋の隅っこのポットでお茶を淹れて藤本さんのところに戻ると、すでにケーキは半分になっていた。
- 116 名前:チョコレートケーキ 投稿日:2007/06/24(日) 23:24
-
「ありがとう、さゆみん」
その呼び名にいちいち反応しちゃう私をにやにやと見上げて、藤本さんはフォークを差し出す。
「はい、あーん」
「あ、は、はい……」
じいって口元見つめられて、すっごい恥ずかしい。
「おいしいよね〜」
えへへ〜って。
すっごいご機嫌な笑顔。
- 117 名前:チョコレートケーキ 投稿日:2007/06/24(日) 23:25
-
もういいですって言ったのに。
だいたい、始めからあの一日だけのお願いだったのに。
「さゆみん、それ取って」
「次さゆみんだよ」
「さゆみん……さゆみんってばっ。聞いてんの!?」
定着しないでくださいよ〜。
毎日どきどきして、もう、ホント。
道重さゆみ、やばいです。
- 118 名前:チョコレートケーキ 投稿日:2007/06/24(日) 23:25
-
『 チョコレートケーキ 』 終わり
- 119 名前:esk 投稿日:2007/06/24(日) 23:28
- 道重さんの語り口調ってわからない……。
えっと、ちょっとまた色々あってアレですが、もうひとつ。
あやみき
- 120 名前:リターン 投稿日:2007/06/24(日) 23:28
-
『 リターン 』
- 121 名前:リターン 投稿日:2007/06/24(日) 23:29
- ばーか。
ばかだなあ。
おまえマジばか。
体がどろどろに溶けてしまった。
手も足も目も耳も声も、涙も。
もうココにはない。
流れ出して、消え去って。それでも。
魂だけで、声を拾う。
ばーか、ばーか、ばーか。
君がいない。
真っ暗で。ううん。真っ白で。
君がいないココには、なんにもない。
たん
お願い。ココに来て。
お願い。その手
たん
で、触れて。
- 122 名前:リターン 投稿日:2007/06/24(日) 23:30
-
「あーあ。落ちてるねえ」
舞い降りるため息は君の声。
「ほら、寝るんならベッド行きなよ」
でも亜弥ちゃん、美貴にはもう体がないんだ。
重いまぶたを開いても、君の顔も見えなくて。
「うわっ。ひでー顔。ちゃんと冷やせよ」
ああ、触れる。
君の指先が触れるのは。
「……拾ったからにはアタシのもんだよね?」
アナタのために。
再構築された私。
- 123 名前:リターン 投稿日:2007/06/24(日) 23:30
-
『 リターン 』 終わり
- 124 名前:esk 投稿日:2007/06/24(日) 23:31
- 書いたのは6月2日。
本日以上です。
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/25(月) 09:34
- さゆみきあやみきごちそうさまです(*´д`*)
- 126 名前:esk 投稿日:2007/06/25(月) 23:30
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>125さま
おいしく召し上がっていただけました〜?
ありがとうございます!
さて。松浦さんのお誕生日に、彼女があまり幸せじゃないSFシリーズを。
―― 初めての方へ 宣伝 ――
シリーズとはいえ話自体はつながっていませんので、読まなくても大丈夫ですが、一応。
ひとつめ ttp://m-seek.on.arena.ne.jp/cgi-bin/test/read.cgi/grass/1160904221/194-214
ふたつめ ttp://m-seek.on.arena.ne.jp/cgi-bin/test/read.cgi/grass/1165740919/64-95
ひとつめは展開がエロいのでご注意を。
全部読むと意外と長いので、そんなのヤだという方には基本設定を。
もし上二つを読んでいただけるという方には ネ タ バ レ になりますので、飛ばしてください。
↓
↓
↓
藤松石吉の四人は同じ会社の社員でSF(SFXではない)関係。
松→藤はラブ。藤→松は……??どうなんだろう?愛はあります。
とりあえずお付き合いな関係ではありません。
↑
↑
↑
―― 以上 ――
- 127 名前:esk 投稿日:2007/06/25(月) 23:31
- しょっぱなちょいエロですが、そこだけですのでご安心ください。
もしくは期待しないでくださいw
前振りが長くなりましたが。
松浦さん、21歳おめでとう。
これからも藤本さんをよろしくお願いします。
- 128 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:32
-
『 SF625(小春襲来) 』
- 129 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:33
-
「……く、はあっ」
くんっとのけぞった首筋に、条件反射のように吸い付く。
汗に湿った髪が鼻先を掠めて、甘い匂いに目眩がする。
ああ。やばい。
アタシのが意識飛びそう……。
「んんっ」
ぶるっと首をふって、熱っぽい目がアタシを見上げる。
「ふあっ……、ちゅー……」
甘い声に誘われて、唇を合わせた。
瞬間。
♪
信じらんない。
何このタイミング。
- 130 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:34
-
「ん……ぅ」
鈍い動きで懸命に舌を絡めてくるたんに気づかれないように、すばやく枕元を探る。
指先に触れた固い感触が腹立たしい。
今この時間、アタシが触れたいのはこんなものじゃない。
唇を合わせたままの横目でたんの携帯を確認。
メールじゃなくて着信だし!
ありえないってばー。
「……ぅ?」
って、やば。
開いた携帯から漏れる光に、たんが少しだけ瞬きをした。
思わず電源ボタンを強く押す。
あ。
電源切れた。
ま。いっか。
- 131 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:35
-
「あ、そだ」
とろとろと眠りに入りそうなたんの肩をゆする。
寝ちゃダメ〜。
「ん……なんだよぅ」
「携帯。鳴ってたの。最高にいいとこだったから切っちゃったけど」
「え〜も〜。勝手にぃ〜」
差し出した携帯にのばした指が空を切る。
目開けろ。
無理矢理手に握らせるとかすかにまぶたが開いた。
「ん〜……あれ?」
緩慢だった動作がいきなり素早くなって、ためらいなく携帯を耳に当てるたんにぎょっとする。
だってもう2時前だよ?
「え?誰?」
「新潟のおばさん」
「新潟?に、親戚いたの?」
「ううん。美貴のじゃなくて、
――あ、もしもし、藤本です。
――はい。すいません、ちょっと寝てたんで。
――え?小春が?またですか?
――よっちゃんも?なんでだろ?とりあえず私からも電話してみます。
――や、いいですよ、全然」
- 132 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:35
-
ぴっと携帯を切ると、たんは少し眉をひそめて見せた。
なんだろ?
よっちゃんって吉澤さんだよね?
なんで?
っていうかオマエ普通にしゃきしゃきしゃべれるんじゃん。
さっきの舌ったらずはフリかい。
「どうしたの?」
「ん〜。小春がこっち来てるみたい」
「は?」
コハル?
「あーえっとねえ、小春は――」
言いながらすでに次の電話に取り掛かろうと携帯を耳に当てている。
答える気ないだろ、オマエ。
「もし。うん。
――ああ。よかった、そうなんだ。
――え?美貴の?ああ、電源落としてたから。
――まあ、そんなとこ。で?
――うぇっ、マジ?うん。わかった」
- 133 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:36
-
口調からおそらく吉澤さんだろうとはわかるけど。
なんか焦りめで、しゃべりながらすでに体を起こしている。
じゃあ、あとでって。
え?『あとで』?
「ごめん、ちょっと客来る」
「は?」
客って、吉澤さん?
たんは説明もせずにばたばたとバスルームに入ってしまった。
これはもしかして……帰れってこと?
シャワーから戻ったたんに追い立てられるようにバスルームに押し込められる。
吉澤さんが来るからといってアタシを追い返すのはおかしい。
しかも『客』とは言わないだろうし。
ってことは誰が来るの?
ってか新潟のおばさんと吉澤さんとの関連がわからない。
ってかそもそも関連があるの?
ってかたんに新潟に親戚がいるなんかはじめて聞いたし。
ってか。
小春って誰。
- 134 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:37
-
ちょうど髪が乾いたころ、インターホンが高らかに鳴った。
そういやたんは帰れとは言わなかった。
まあこの時間だしね。
「藤本さん!!」
「うわっ、ちょ、でけーっ!小春でけーよっ!!」
玄関を開けたとたんにたんに飛びついたのは、吉澤さんに引けをとらない長身ながらも幼い顔つき……中学生?
まさかこいつ中学生にまで手を出してんの?
それはちょっと……引くんだけど。
「お久しぶりですぅっ」
「ああ、うん。てか小春、おまえ、でかくなったなあっ」
「そうですかあ?藤本さんがちっちゃいんじゃないですか?」
「ほっとけ」
上から抱きすくめてくる中学生を引き剥がして、たんが顔をしかめる。
でもすぐに、んははって表情をくずして。
「まあ、入んなよ」
「はあーい♪」
- 135 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:37
-
「邪魔して悪いね」
小春ちゃんに続いて入ってきた吉澤さんがにやにやとアタシを見下ろす。
最中だったんじゃないの?って。
「まあ、もう終わってましたから。いいですけど――ちょっ」
いきなり何も言わずに、吉澤さんはぐいってアタシの頭を抱き寄せる。
くんくんって耳元で鼻を鳴らして。
「んー。いい匂い。慌てて風呂入ったって感じ?」
頭を抱き寄せる腕の乱暴さと、タイムラグで腰に回された腕の柔らかさ。
ほんっとこの人は……。
「どうして吉澤さんがここにいるんですか?」
体に巻きつく長い腕をやんわりと解いて体を離す。
吉澤さんがちょっと気にしている方向に目をやると、たんとさっきの子はすでにリビングに入っていた。
一応中学生の目に入らないようには気になる、のかな?
「っていうか、あの子って……?」
誰?なんでこんな時間にここに?状況が見えない。
「あー、小春、あいつさ、あたしのいとこなんだけど」
「え?吉澤さんの?」
たんの親戚じゃなかったのか。
「うん、そう。家新潟なんだけど、去年こっちに家出してきたときに美貴に会わせたら気に入っちゃったみた
いでさ」
「気にい……って、家出!?」
中学生が新潟から東京に家出!?
- 136 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:38
-
「あ、そうだっ、小春、あんたまた家出だって?」
部屋の方へ進みながら話をしていたアタシの声に、たんが思い出したみたいに小春ちゃんを振り返る。
「だってね、聞いてくださいよおっ」
「あ、ちょっと待った。おばさんに電話入れるわ」
「えー」
嬉々としてしゃべりだした小春ちゃんを手で制して顔をしかめてみせる。
小春ちゃんは不満そうに唇を尖らせるけど、
「しばらくここいていいから。とにかく電話はするからな」
「……はーい」
しぶしぶとうなずく。
携帯を取りにベッドルームに入ったたんの背中を見送りながら、吉澤さんが小春ちゃんを小突く。
「オマエほんっと美貴の言うことしかきかねーのな」
「えへへへ」
「こいつ、あたしがおばさんに電話するっつったらあたしの携帯取り上げて電源切りやがんの」
なだめすかしてやっと取り返してすぐに、たんから連絡があったらしい。
「あ、藤本です。小春こっち着きました。
――はい。しばらくこっちおいてていいですよ。
――いえいえ。全然。学校は?
――ああ、はい。わかりました。また電話します」
- 137 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:39
-
携帯片手に、っていうかすでにしゃべりながらリビングに戻ってきたたんは、吉澤さんにべったりくっついて座り込んでいる小春ちゃんの髪をぐしぐしと撫でた。
……。
何その愛情仕草。
小春ちゃんも吉澤さんとたんにはさまれて、垂れた目をますますとろけさせている。
なんと小春ちゃんが新潟から一人で(そりゃそうだ)家出してきたのは、これで三度目。
……その全てをこの部屋で過ごしているというのだから、アタシこの子好きになれないと思う。
てか、この子さっきからたんにべたべたしすぎなんだけどっ。
さすがに中学生に手を出したのはアタシの妄想だったようだけど、小春ちゃん、こいつ絶対たんのこと好きだ。
「小春、さっき藤本さんに電話したんですよ?なんで電源切ってたんですかあ?」
「んー?充電切れてたのかな」
「ええ〜?もー。ちゃんと充電しててくださいよぅ」
しれっと言うたんに、間延びした声で抗議する小春ちゃん。
つーかほっとけよ。
切りたくなるときだってあんだよ。
- 138 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:40
-
小春ちゃんは中間試験が終わったところで学校も休みらしくって(って思いっきり計画的だよね)、とにかく気が済むまではこっちにいるとのこと。
こっちって……なんでたんのとこなわけ?
普通に考えたら親戚である吉澤さんちなんじゃないの?
とりあえず東京まで出てきたものの、たんに連絡がつかなかったからまずは吉澤さんの方に行ってたみたいだし。
「小春がこっちがいいって言うから」
って吉澤ーっ。あんた小春ちゃんに甘すぎっ。
だいたいこんなド平日に来てもアタシたちは仕事だし、相手してやれもしない。
昼間とかどうするのかなって思ってたら、一人で遊ぶから大丈夫です!だって。
中学生が一人でうろうろするのってかなり心配なんだけど、大丈夫なのかな?
「親となら東京にもしょっちゅう来てるし大丈夫だよ」
吉澤さんは気楽に言うけど、そんなもんかなあ。
年の離れた妹がいるアタシはちょっと過保護ぎみで、なかなか納得できない。
- 139 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:41
-
「松浦さんってえ、藤本さんの後輩さんなんですか?」
「え?うん」
吉澤さん相手にまだぶつぶつと文句を付けていたら、いきなりでかい目に見つめられる。
みんな会社が一緒なんだ、とかそんな話をたんとしていたみたい。
ってか後輩って……なんか妙な言い回し。
学生だから?
普通に友達とか――ああ、そういうこと?
友達とも認めたくないわけね。
「まあ、年はアタシのが下だけど。たんは甘えっ子だからなあ。年上って感じしないね」
「ちょ、亜弥ちゃんっ。小春の前でんなこと言わないでよっ」
頬を染めるたんに、小春ちゃんは悔しそうに唇をかむ。
ふふん。
この松浦亜弥がたかが14の小娘に馬鹿にされておとなしくしてると思うなよ。
っていうかこれだけしたたかなんだったら、一人でほっといても大丈夫かな?
とにかく今日はもう遅いからってことで、アタシとたんはたんの部屋で、吉澤さんと小春ちゃんはもう一つの部屋で寝ることになった。
元々その部屋には吉澤さんが住んでたときがあったから、今でも寝泊りには不自由しない。
- 140 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:42
-
「たん」
ベッドに入って、おやすみのちゅーをしようと思って顔を寄せたら、微妙にかわされる。
え?
なんで?
「たん?」
「今日はだめ」
「ええ?」
「だって……隣に小春いるもん」
はあ?
「や、別にえっちしようって言ってるわけじゃ……」
もうすぐ明るくなり始めるような時間だし。
さっきしたし。
「う〜ん。気持ち的に、ダメ」
え、ちょっと待って。
三人でとか四人でとか平気で、むしろ好んでしちゃうような子が何言ってんの?
それってさあ、なんか、あの。
それって、それってさ……。
- 141 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:42
-
……。
いや、落ち着け落ち着け。
こういう嫉妬の泥沼は判断力を誤らせる。
過去にも経験あるじゃん。
ね、おちつこ。
……。
うん。大丈夫。
吉澤さんのいとこだからね。
たんにとっても妹みたいなもんでかわいいんでしょ。
うん。うん。年の離れた妹はかわいいよね。
なついてくれると余計にね。
わかったわかった。
たまにはお姉ちゃん扱いされるのも楽しんでしょ。
えっちしまくしくりな自分は『いいお姉ちゃん』の範囲から外れるってわかってるんだね。
……ってまあ、この子がそこまで深く考えてるとは思わないけど。
もっと直感的なものなんだろうね。
わかったよ。
わかったから今日はおとなしく寝てあげる。
- 142 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:43
-
「じゃあ、おやす……ってオイ」
わかったよ、ってにっこり大人の余裕スマイルを返してやろうと顔を覗き込んだら。
すぅー
すぅー
寝てやがるし。
こっちやきもきさせといてそれかい。
もうマジで、ぶっとばしてやろうかと(ry
「……ったく」
まあ、起こすのかわいそうだから、ほっぺた突付いただけにしといてあげるけど。
でもね。
これは仕方ない。
たん。
アタシ、あの子はやっぱり好きになれないよ。
- 143 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:43
-
- 144 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:44
-
小春ちゃんが来て何日かが経った。
あいかわらず新潟に帰るそぶりも見せず、たんのうちに居座っている。
昼間はひとりで遊んだり、お昼休みには会社に顔を出したり。
家出って言うか普通に遊びに来ただけじゃないの?ってくらい楽しんでるみたい。
たんといちゃつかれると、もーこいつさっさと帰れって思うときもあるけど(えっちできないしっ)、
どうやら向こうもアタシの存在が気に入らないみたいであまり話かけてもこないから、
同じ家に毎日過ごしていてもあまりかかわらずにいられた。
今日までは。
「あ、亜弥ちゃん、今日暇?」
「は?」
お昼の買出しに行こうと総務課に顔を出した瞬間、たんの第一声は疑問形だった。
暇って聞き方はどうなんだろう。
小春ちゃんが来てからこっち毎日泊り込みなんだけど。
- 145 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:45
-
「あのさー、美貴今日予定入れちゃってえ」
「誰」
反射的に目つきがきつくなるのはしょうがない。
アンタもそんな甘えた声出してるんじゃないよ。
「梨華ちゃん」
「はあっ?吉澤さんは?」
「んー?どっか行くみたい」
それで梨華ちゃんに誘われたのね。
寂しいとか言いやがったんだね、あの女……。
ってかさあ、アタシとはしないのに梨華ちゃんとはしちゃうわけ?
まあアタシとできない分誰かとしたいってことなんだろうけど……ムカつく。
だいたい、『いいお姉さん』的にそれはどうなのよ。
うちじゃなけりゃいいっての?
「でさ、悪いんだけど」
「はいはい。わかってますよ」
小春ちゃんの面倒みろってことね。
っていうか。
正直。
……すっげーヤなんだけど。
- 146 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:45
-
「お帰りなさ〜い♪」
「……ただいま」
「……」
「んな顔しないでよ。たんは飲み会」
玄関に飛び出してきた小春ちゃんは、一人帰ってきたアタシにあからさまに不審気。
こっちだってウソついてまでアンタの面倒なんか見たくないっつーの。
「飲み会……」
「ま、社会人ですから」
微妙に目をあわせないようにしてスーパーの買い物をダイニングテーブルに下ろすと、小春ちゃんがその白い
袋をじとーっと眺めている。
「たんに君をよろしくって言われてるから、お惣菜とか買ってきたよ」
「あ……ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる小春ちゃん。
- 147 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:46
-
……。
意外と素直。
そうだよなあ。
素直なとこはホント素直で。
アタシに対する態度もだからこそのものなんだろうけど。
嘘やごまかしを極端に嫌悪するたんにとって、この裏表のなさは信用の置けるポイントなんだろう。
でもそれは、たんに限らず誰もが共通して信用を置くポイントで。
だから。
「好き嫌いある?」
ちょっとだけ、声をやわらかくしてみる。
目を見て、聞いてみる。
まあ、ほら。今日は二人っきりだし。
あんまツンツンしてても疲れるしさ。
「特にないです」
ふむ。
食べ物をなんでもおいしく食べるのは良い子の証。
姫路にいたころにはおばあちゃんに言われ続けた言葉。
でも納豆はどうしても食べられないよ、おばあちゃん。
- 148 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:46
-
でも。
続いた小春ちゃんの言葉は全然良い子じゃなった。
少なくとも、アタシにとっては。
「あの……藤本さんは、何時ごろ帰ってくるんですか?」
かちん
「……どうだろうねえ。オールになるかも知んない」
そういえばあいつ梨華ちゃんとこに泊まんのかな?
……っていうかまた腹立ってきたし。
「オール?」
「……ああ。オールナイト。帰らないかもしれないってこと」
むかつきのままにわざと突っぱねて言ったのに、きょとんとした顔にこっちが調子狂わされる。
そっかあ。
中学生なんだよなあ。
- 149 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:48
-
変なとこで実感がわいてきて、情も沸いてきて、手抜きレシピながらピザなんか焼いてやると、
小春ちゃんはどっかのアニメキャラみたいにでっかい目をぐりぐりと見開いて見せた。
星がとんでるぞー。
「すっごい!すっごおい!ホントにピザだ!!」
「はいはい。そこ邪魔。火傷するよ」
グリルから取り出したピザにかじりつきな小春ちゃんを、ダイニングテーブルまで押しやる。
帰りにスーパーで買ったお惣菜と、小春ちゃんが作った微妙なサラダ。
なんだかちぐはぐした食卓だけど、この二人がたんの部屋で夕飯って時点でちぐはぐしてるんだからちょうどいい。
「すごおおいっ!お・い・し・いっ」
足をじたばたさせて、しまいにはぴょんぴょん飛び跳ねそうな勢いの小春ちゃん。
「ちょっとお、おとなしく食べなよー」
とかいいつつまんざらでもない。
裏表がないから、ホントころりと態度がかわる。
どうやらアタシは、なんとなく気に入らないヤツからおいしいものを作ってくれるいいヒトに昇格したらしい。
……って餌付けかーい。
- 150 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:48
-
でもなんか、たんが小春ちゃんとしゃべると意味もなくにやつく理由がわかった気がする。
「なんで?なんでちゃちゃーって作ったのに、ピザ屋さんのよりすっごいおいしいの?松浦さんってすっごおい!」
「そ、そおかな」
ストレート。とにかく直球。しかも超速球。
球児かあんたは。
野球のルールもわかんないようなあたしには、打ち返すなんかできない。
ただ、受け止めるだけ。
ご飯食べて、TV見ながらちょっとしゃべったりして。
だいぶんこの二人っきりって状況にもなれてきて。
「そういえばさ」
「はいー?」
ご飯で一気にご機嫌になった小春ちゃんは、返事の声も心持ち高い。
「なんで家出してきたの?」
- 151 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:49
-
たんも吉澤さんも、小春ちゃんの家出を当然のように受け入れていて、理由なんかも聞こうともしなかった。
アタシも聞きもしなかった。
今まであんまり口をきかなかったって言うのもあるけど、はっきり言って興味なかったからね。
ややこしいことに巻き込まれるのもごめんだし。
でも今、聞きたくなったのは、この子自体にアタシが興味を持ちだしたからだろう。
アタシだって裏表のない性格だって自信はある。
だけど小春ちゃんよりは少しだけ大人だから、いきなりころりと態度を変えることはなかなかできない。
それでも、話を聞いてやるくらいの気には、なった。
「えっとー。小春の学校、こないだ中間試験があったんですよ」
「うん。それは聞いた」
そこまで切り出して、小春ちゃんはお手拭で手と口元を拭いて、アタシにきちんと目を合わせた。
- 152 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:50
-
「でね、そのあとに進路希望調査があったんですけど、小春、高校は東京にしたいって言ったらお母さんとけんかになっちゃって」
「……へえ」
意外。
甘ったれた感じだと思ってたのに。
高校で親元離れようなんてタイプには見えない。
「小春の家って、村なんですよ。高校なんかないし、行きたいところを選んでたらみんなも結構寮に入るとかなってるんで、
どうせ寮なんだったら小春は東京がいいなって」
「なるほどね」
「……ばーかって、思ってます?」
恐る恐るアタシの顔色をうかがう目は不安そうで、きっと地元ではみんなにあきれられてたんだろうってわかった。
「いいや、別に」
「……ホントですか?」
だって、アタシも同じだったから。
- 153 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:51
-
結局は大学までお預けになったけど。
地元の高校もすごく楽しかったけど、もしあの時東京に出ていたらどうなっただろうって、今でも思う。
「行きたい学校とかは?決めてるの?」
「はいっ。こっち来てからずっと学校見て回ってたんです」
……ホント。
しっかりしてるよ。
毎日遊びほうけてたんじゃない。
単に親を困らせたくて家出してきたんじゃない。
「家にいても資料は見れるんですけど、先輩の感じとか学校の周りとかもっとちゃんと見たかったんで」
「親にもちゃんとその理由言えばよかったのに」
「言いましたよ。でも東京の高校に行くこと自体に反対なんで、それさえも許してくれなくて」
それで一人飛び出してきたと。
ああ、それでか。ちょっとわかった。
小春ちゃんの親から連絡ないなあって思ってたんだよね。
すぐにでも迎えに来るかと思ったらそれもないし。
ちゃんとあんたの意思、通じてるじゃん。
もしかしたら、たんと吉澤さんも知ってるのかもしれない。
それで帰れとは一言も言わないんだろう。
- 154 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:51
-
「それでね、合格したらここに住み――」「だめ」
アタシの瞬殺に、小春ちゃんはぶうって唇をとがらせるけど、だめ。絶対だめ。
あんたのせいでもう何日もえっちできてないし、あのバカ梨華ちゃんに走っちゃうし。
「絶対くんな」
「さっきと言ってること違う〜」
「東京に来るのは勝手にすればいい。でもここに来るのは、だめ」
小春ちゃんは、ちょっと困ったみたいな顔をして。
「あのね、松浦さん」
「――うん?」
おっと、中学生相手になにムキになっちゃったよ。ごめんね。
だめだめ。大人の余裕。大人の余裕。
「小春、藤本さんが好きなんです」
「知ってる」
知ってるから、ムキになっちゃうんだよ。
「松浦さんは、藤本さんが好きなんですか?」
「――そうだよ」
「藤本さんは?松浦さんのこと……好きなんですか」
まっすぐな瞳が、少しだけ自信なさ気にゆれた。
その真っ黒な瞳にまっすぐ射抜かれて。
でもアタシの目にその黒は色を薄めて。
「たんは――」
- 155 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:52
-
がちゃ
え?
「ただいまーっ」
「藤本さん!」
質問の答えも忘れて、パブロフの犬のように椅子を蹴って玄関へかけていく小春ちゃん。
アタシはその後姿を眺めながら、いつのまにか乗り出していた体をゆっくりと椅子に沈めた。
ふっと見上げた時計は10時半。
意外と早かったじゃん。
良かった。早く帰ってきてくれて。
『たんは』
アタシは。
あいつの一番嫌いな、嘘をつくところだった。
- 156 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:52
-
- 157 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:53
-
ちらりと時計を見上げる。
6月25日まであと3分。
小春ちゃんとゲームで盛り上がっているたん。
この土日は吉澤さんと梨華ちゃんも一緒に結構遊んだ。
遊園地に行ってきた今日は結構みんな疲れてて(梨華ちゃん寝てるし)、なのに中学生はぶっちぎりで元気だ。
あと2分。
吉澤さんの膝で寝ちゃってる梨華ちゃん。
あと1分。
あ、勝っちゃって。
これはまた。
「もっかいする!」
やっぱりね。
あ。12時。
6月25日。
誕生日おめでとう、私。
もう次のゲーム始まってるし。
アタシはなんだかその場に居づらくなって、散らかっているお皿だの空き缶だのをかき集めてキッチンへと運んだ。
- 158 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:53
-
ざー
カチャ、カチャ
あーあ。誕生日一番初めにしたことが皿洗いか。
いや別にさ、12時になった瞬間にちゅーとか。
したかったわけじゃないけど。
ないけどさ。
「はあ」
「でっかいため息」
「うあっ」
びっくりした。
いきなり耳元で聞こえた声に、飛び上がった手からがちゃんとグラスが滑り落ちた。
やば。
割れてないよね?
- 159 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:54
-
「てか、何してんの?」
「ん?」
「ゲームは?」
「美貴は強すぎるからダメなんだって。今梨華ちゃんとやってる」
そこで起きてる吉澤さんじゃなくて寝てる梨華ちゃんを起こすところが小春ちゃんだなあ。
ちゃんと勝てる相手選んでる。
「――ちょっと」
「んー?」
「邪魔なんだけど」
アタシの腰に腕を巻きつかせて、ぎゅっと抱きついてくる。
久しぶりの感触にちょっとどきってしちゃったじゃん。
「あんた手伝いに来たんじゃないの?てかここアンタんち」
「いーじゃん、そんなのほっといてさ」
ぐいっとアタシの体を反転させて。
「ちゅう、したい」
にぃっと口の端を引いてみせる。
「え?なに言ってんの?」
あんなに嫌がってたくせに今更?
- 160 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:54
-
ちらりとリビングに視線をくれる。
見えない。
一応見えないけど。
少し覗き込めば見える位置で。
「亜弥ちゃんは?したくないの?」
「……したい」
にぃっと笑みを浮かべた目元に、こんなやつに心を読まれたのかと恥ずかしくなる。
ゆっくりとまぶたを閉じると、柔らかくふさがれる唇。
あーあ。
3分くらい遅いんだよね。
でもねっとりと絡むキスに。
心が。
満足感を覚えて。
ああ、久しぶり。
やっぱ、好き。
たんとするキスは、たまらなく気持ちいい。
細い腰にゆったりと腕を絡める。
- 161 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:54
-
音を立てて唇を吸い上げて、顔を離されて。
ヤダ。
もっとしてよ。
切な視線での訴えを、たんはにっこりと拒んでくれる。
「誕生日、おめでとう」
「……遅いよ」
「遅くないもーん」
いたずらっ子目で差し出された携帯。
ん?
突き出されたディスプレイ。
[ 6/25 0:00 ]
「あれ?」
- 162 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:55
-
0:01
「え……?」
末尾の数字がカウントするのと同時、ふっとリビングの電気が消えた。
え?え?え?
なんで?
でも小春ちゃんとかまだいるんだよね?
ぱち
「えっ!?たん?」
なぜかキッチンまで明かりを落とされる。
停電……じゃない。今明らかにこいつが電気消した。
ほかに明かりのないこの部屋は、もう完全に真っ暗。
そういえばゲームの音もいつの間にか消えていて。
冷蔵庫のモーター音だけが耳に聞こえた。
「た、た、たん?」
- 163 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:55
-
軽いパニックに陥ったアタシは、すぐ隣にいるはずのたんにしがみつく。
暗闇は、ちょっと苦手。
そんなアタシを抱えるようにして、たんはゆっくりとリビングへ入っていく。
「たん?電気……」
「しっ」
軽いキスに黙らされる。
何?どうして?
何が起こってるの?
みんなは?
いないの?
しがみついた腕をぎゅうっと握り締めると、妙に甲高いメロディ。
「ひゃっ」
Happy Birthdayの曲だと気づくのに少し時間がかかった。
しゅぼ
何か聞き覚えのある音とともに、リビングの一角が明るくなる。
- 164 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:56
-
「ぁ……ばか」
「え?」
明るいんだけど、それはテーブルの下で。
誰かがなんかやってるってことしかわかんなくて。
甲高いメロディが終わったとき。
「「「 誕生日おめでとー!! 」」」
ぱーん!
ぱんぱん、ぱん!
「きゃっ!?」
たんの手を掴んだままで、がばっとしゃがみこむ。
「やだやだやだっ。何?なんなのっ?」
「亜弥ちゃん」
「やだっ、たん、何っ?」
「亜弥ちゃん、大丈夫だよ」
くすくすと笑う声に顔を上げると、うすく開いた目にたんの顔が弱い光に揺れていた。
- 165 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:56
-
――光?
恐る恐る光の方へ目をむけると。
「あ……」
オレンジ色のろうそくの炎と。
その下に真っ白なケーキ。
そして、にやにやと笑う三人組。
「お誕生日おめでとうございますっ。松浦さん」
「アリガト……」
ぺたりと床に座り込んだままのアタシを、駆け寄ってきた小春ちゃんが両手を差し伸べて立たせる。
そのまま強引にずるずるとケーキの前まで引っ張り出されて。
「ほらっ、ふーってして下さい!ふーって!」
「……ぷはっ」
小春ちゃんはテンション高いなあ。
ケーキのろうそくを吹き消すと誰かが部屋の電気をつけて、またクラッカーが盛大にはじけた。
- 166 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:57
-
「もー。びっくりするじゃん!」
しがみついたままだったたんの腕を揺らすと、にこにことうれしそうな顔。
「小春がねえ、どうしてもやりたいって言ってさ」
「え?」
びっくりして振り返ると、言っちゃだめじゃないですかあっ、ってこぶしを振り回す小春ちゃん。
「あれも小春が考えたの。やるでしょ?」
吉澤さんが指差したのは、壁時計。
指し示す時刻は12時10分を過ぎたところ。
さっきたんから受け取ったままになっていた携帯を見ると、12:06。
5分ほど、ずらされていたんだろう。
梨華ちゃんの手から、はいって手渡されたバースデーカード。
開くとまた、あの甲高いメロディが流れた。
たんと吉澤さんと梨華ちゃんと、小春ちゃんと。
4人それぞれの手書きでメッセージがつづられている。
- 167 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:58
-
「ありがとう……」
それぞれのメッセージと、小春ちゃんの最後の、お邪魔してごめんなさいって一言。
……嘘、言わなかったのにな。
ごめんとか、言われても困る。
ちらりと小春ちゃんを見ると、ニコニコ笑っていた笑顔がこっちも困ったようにゆがむ。
「……あの」
「びっくりしました?」
「え、あ、うん」
「えへへへ。小春こういうの好きなんですっ。コンサートとかイベントのバイトとかしたいんですけど、やっぱりそういうのって東京じゃないですかっ」
「そっか」
焦ったように前のめりに夢を語る14歳。
14、か。
すべてに前のめりで。
追い立てられている必死さに。
追い越されそうで、怖かったんだ。
- 168 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/25(月) 23:59
-
「ありがとう」
それと、こっちこそ。
ごめん。
繰り返した言葉に、小春ちゃんは安心したように頬を緩めた。
アタシに歩み寄ってくれた小春ちゃんも、きっと怖かったはずだ。
「さー、ケーキケーキ♪」
複雑な気持ちに浸ったままのアタシをこつんと小突いて、吉澤さんの能天気な声。
梨華ちゃんお茶淹れて、とかなんか仕切っちゃってるし。
切り分けられたケーキと、これだけは信頼できる梨華ちゃんのおいしい紅茶をテーブルに並べて。
こんな時間にケーキってねえ?って梨華ちゃんと苦笑するけど、そんなことお構いなしな男前二人と中学生にはなかなかわかってもらえない。
それでもおいしくいただいて。
またゲーム再開して。
今度はアタシも勝負して――負けて。
深夜まで大盛り上がりして。
次の日の夕方、小春ちゃんは新潟へ帰っていった。
- 169 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/26(火) 00:00
-
仕事終わる時間まで帰るのを待たせて、さすがに東京駅までは行けないけど、最寄り駅で四人でお見送り。
いつのまにやらどっさりと増えた荷物を抱えて(学校見学もしてたけどお買い物もちゃっかりしてたみたいね)、小春ちゃんは一人電車に乗り込んだ。
じゃあね、元気でね、ちゃんと学校行けよ、親に謝んなよ。
とか。
みんなが普通にかける言葉がアタシはうまく言えなくて。
だってもっと、伝えたい気持ちがあって。
でもそれは、もっとうまく言えなくて。
ああもう、電車出ちゃうじゃん。
じりじりと焦ってたら、一瞬、小春ちゃんと目が合った。
まっすぐな、大きな瞳の黒さがアタシの視界にかちりとはまって。
「小春」
自然に、するりと出てきた言葉。
それに、任せよう。
「っ?はいっ」
「来年の春に、待ってる」
「!?は、はい」
この一言だけで。
君は許してくれる?
- 170 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/26(火) 00:00
-
「帰ろ?」
ぼんやりと電車を見送っているアタシの肩を、たんがぽんとたたいた。
吉澤さんたちはって首をひねると、すでにだいぶ先のほうを歩いている。
アタシそんなに長い間ぼーっとしてたかなあ?
「……うん」
なんか脱力。
いなくなっちゃったんだなあ。
ここ数日、お互いにそこにいることをギンギンに意識しあっていた相手が。
それって結構、かなり、寂しくて。
たんとしっとり黄昏るかなって、くるりと振り返ったら。
「早く帰ってえっちしよ?」
「ぶはぁっ!!」
待てコラ。
- 171 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/26(火) 00:01
-
「あ、あんたねえ」
「だあって。小春がいる間できなかったんだもん。さ、さっさと帰るよ」
腕を組んだままぐいぐいとひっぱられる。
半歩前の横顔は心底嬉しそうで。
「あんたねえ、もうちょっと哀愁感じたりとかないわけ?」
「何に?」
「何って……小春ちゃん帰っちゃったんだよ?」
「ああ。そうだね。でもまた来るじゃん」
「来るけど……って、やっぱたん知ってたんだ」
「何を?」
「小春ちゃん。東京の高校来たいって」
「え?ああ。まあね」
やっぱり。
「でもさ、来ても来年の春じゃん?だからやっぱり――」
「いや、その前にさ。夏休み、来るでしょ」
……。
「あ」
- 172 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/26(火) 00:02
-
「だから小春とのしばらくの別れよりも、今は亜弥ちゃんとのえっちの方が重要なの!」
「ちょ、大きな声で言わないでよ!」
ちらっておばさんの視線を感じて、慌ててその場を立ち去る。
「だいたいさあ、忘れてたけどアタシ誕生日プレゼントとかもらってない」
「あ」
「あって、忘れてたでしょ!?アンタ、今の今まで忘れてたでしょ!?」
「えっとー、それは、ほら、美貴がプレゼント、みたいな?」
「なにそれ?それってなんかアタシにいいことあるわけ?」
「あるじゃん」
「はあ?何よ」
今度はちょっと人目を気にしつつ、ぐいって頭を抱き寄せる。
耳元でささやく甘い声は笑みを含んでいて。
「すーっごい、気持ちよくしてあげるじゃん?」
「……ばーか」
- 173 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/26(火) 00:03
-
『 SF625(小春襲来) 』 終わり
- 174 名前:SF625(小春襲来) 投稿日:2007/06/26(火) 00:05
- 以上です。
若干時間オーバー。だって長いんだもんw
このシリーズは無駄に長くなるのはなぜだろう……。
というか、これって、あやこは……??
SF関係ないし。期待された方がいらっしゃったら、ごめんなさい。
さて、これでやけっぱちのガレージセールが終了しました。
整形しないままの駄文にもかかわらず読んでくださった方、本当にありがとうございます。
タイトルの本編開始まで、一週間ほど時間をあけるつもりです。
- 175 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/26(火) 00:20
- むふっ。大満足です(*´д`*)
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/26(火) 16:45
- SFシリーズ好きです
個性的なメンバーがそれぞれおもしろい
自由な美貴ちゃんいいですね
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/27(水) 16:15
- SF大好きです。
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/27(水) 23:17
- こっはーの素直さがまぶしい…(遠い目)
まっとうな神経で思い悩む亜弥ちゃんについつい感情移入して読んでしまいます
- 179 名前:esk 投稿日:2007/07/01(日) 22:52
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>175さま
満足していただけて何よりです♪
>>176さま
おお、個性的ですか。嬉しいお言葉です。
自由すぎて松浦さんが若干かわいそうですがw
>>177さま
ありがとうございますっ。
>>178さま
素直に全力投球な小春ちゃんが好きです。
まっとうな神経wたしかに他のメンバーにはまっとうな神経がないです。
さて、やっとでタイトルの話に入ります。
藤松石吉中心で、ちょい長めの中編です。(まだ最後まとまってないのですが)
実はこの話はボツネタUPスレの某ネタから思いついたのですが、
あからさまなネタバレになるため、お詫びとお礼は完結後にさせていただきます。
それでは、いつも通りぐだぐだとまりない話ですが、お付き合いいただけると幸いです――。
- 180 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 22:54
-
『 四角関係 』
- 181 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 22:55
-
「梨華ちゃーん、おっはよう!」
甲高い声がさわやかな朝の空に響き渡る。
少々恥ずかしくなりながら振り返った石川の視界に、満面の笑みを浮かべる女の子が一人。
なかなかかわいい。
緩い坂道を駆け下りてくる様子をまぶしく見つめながら、石川は額に手をかざした。
朝なのに空の青が濃い。
もうすぐ夏がやってくる。
けだるげな大学生たちの流れをかき分け、石川目指してまっしぐらに駆けよって来た彼女は、少し息が上がっていた。
肩を揺らしながら髪を手櫛で整え、大きく息をついて胸の辺りを押さえる。
どの仕草も、『かわいい自分』を構成する大切な要素であることを彼女は熟知していた。
- 182 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 22:56
-
一巡りした予定調和の仕上げに、にこにこと石川に笑いかける。
そうすると石川はにっこりと笑い返し、おもちゃみたいな声でこう答えてくれる。
「おはよう、亜弥ちゃん」
大声で名前呼ぶのはやめてね、と顔には出すが言葉には出さないことも知っている。
二人の手荷物に共通するのはラケットケース。
石川にとって松浦亜弥はサークルの後輩。
松浦にとって石川梨華はお気に入りの先輩。
可愛いものが大好きな松浦にとって、去年の学内ミスコンで優勝している石川は
格好のターゲットになっていた。
そこに憧れや先輩に対する尊敬といった感情はわずかばかりも存在しない。
- 183 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 22:57
-
今日の自分の服装について。
今日の石川の髪形について。
自分の髪について、自分の笑顔について、自分の、自分の……。
松浦は一方的にきゃいきゃいと石川の周りを回り、
「あ、アタシこっちだから。朝一から梨華ちゃんとおしゃべりできて今日はラッキー!じゃ、サークルのときにまたねー」
ぶんぶんと手を振って力一杯走り去る。
有り余った元気がその背中から噴出していた。
彼女の行く先に現れた友人らしき人物に向かって、さらに大きく手を振る松浦の後姿を見送りながら、石川は
小さく首をかしげる。
「私、なんかしゃべったかな?」
疑問に思うまでもない。相槌のみである。
- 184 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 22:59
-
石川ががらんとした教室に入ると、定位置の辺りに長い茶髪が広がっていた。
「……また」
苦笑を浮かべる石川は、茶髪を広げている友人の隣のいすをそっと引いた。
起きる気配はない。
まだ時間はある、今しばらくは寝かしておこう。
朝一の授業に早く来すぎるといった、あまり通常の学生はやらないようなことを、この友人は度々やってのける。
かといって早め行動を心がけているのかといえば全くそういうわけでもなく、遅刻率は非常に高い。
微かに寝息を立てる隣人の、まっすぐで綺麗な髪を石川はぼんやりと眺めていた。
ガラス越しの柔らかい光が明るく染めたその髪を金色に照らす。
宗教画の天使のようだとか言ったら、石川の周辺の人間たちは一様の反応を返してくれるだろう。
- 185 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 23:00
-
苦笑いに細めらた目で窓の外を見遣り――その目が間をおかずに見開かれる。
なぜかといえば、ほんの少し視線を下げたガラス越し、突如現れた黒い瞳ががっちりと石川を捉えていたから。
白黒茶の毛でくっきり彩られた長い顔、すぐ下には同色の巻き毛で覆われた大きな手……ではなく前足が二つ。
だめでしょっ
ガラス向こうのかわいらしい声に続いて、小柄な女の子がよたよたと窓の中に入り込んだ。
ほっぺたがぷくぷくしていて声も子供っぽいが、おそらくここの学生だろう。
興味深々で教室を覗き込む大型犬は、大学職員が毎日ここへ連れてきている彼女の相棒である。
温和で人懐っこい彼を学生はことさら可愛がっていて、学内で学生に散歩されている姿はこの大学の名物でもあった。
- 186 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 23:01
-
しかし彼はバーニーズマウンテンドッグ。
荷物を運ぶ犬種であり、とても力が強い。
華奢な女の子一人が、立派なほっぺたを真っ赤にしてリードを引いたところで、なんの抵抗も感じていない。
後ろに友人でもいるらしく首を向けて何か言っているが、どうやら助けは来ないようだ。
ぺこぺこと教室内に頭を下げながら、もう首まで真っ赤になっている。
ダニエルぅ
少し近く聞こえた声もすでに涙交じり。
(この子……かわいいな)
見当はずれのところに意識を飛ばした石川の隣から。
- 187 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 23:01
-
「――んの?」
突然もれ出たうめくような声。
石川は机に突っ伏している友人をまじまじと見つめた。
何今の?
どこから出た声?
さらに疑問形?
教室はいつのまにか大半が学生で埋まってきている。
しかも窓の向こうにはアイドル犬。
彼女の周りは今や喧騒に包まれていた。
その喧騒にぴくりとも反応しなかった隣人が、窓越し聞こえた声に肩を揺らした。
たった一度だけだが、画期的なことに変わりはない。
石川はそんなことになんだか感心してしまった。
- 188 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 23:02
-
ダニエルは教室内に興味が薄れたのか、いつのまにやら女の子を引きずるようにして悠々と歩き去って行ってしまった。
女の子のその様子を伺うに、彼女の向かいたい方向ではないようだが。
窓際に群がっていた女子学生たちも名残惜しそうに散っていく。
さて、そろそろこの隣人を起こさなければ。
チャイムが鳴るまで数分もない。
石川は、茶色い髪に覆われた細い肩に手をかけた。
「ごっちん、起きなよ」
- 189 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 23:02
-
- 190 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 23:03
-
「――っだあ!美貴、なっんでまだ寝てるんだよっ」
意識が浮上すると同時に吉澤ひとみは嫌な予感に襲われ、視覚に入った目覚ましを凝視した。
嫌な予感は比較的良く当たるものである。
「ああ?……うっさいなあ。何時だよ」
藤本美貴は片手を着いてベッドから体を起こし、逆の手でがしがしと寝癖のひどい頭をかいた。
「9時2分!どうすんだよ〜。たった今チャイム鳴ったじゃんかあ」
「知らねえよ。よっちゃんウザイ」
吉澤の情けない声を不機嫌にばっさりと切り捨て、藤本は犬のようにぶるぶると頭を振った。
どうせ遅刻ならもう少し寝ていようかと思ったが、二限を狙うにしてもそろそろ起きなければならない。
仕方なく藤本はよろよろと階段を下りはじめた。
- 191 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 23:04
-
「ひとみー?起きたの?」
足音に気づいたのか、階段下、吉澤母が顔を出す。
「おはよー」
ローテンションの藤本の声に、吉澤母はきょとんとした顔を一度作ってから小さく笑う。
「美貴ちゃんか。おはよ。今日は学校行くんだ?」
「一限間に合わなかったけどね」
ふわあっと盛大にあくびをする藤本。
「いいね、大学生は。ご飯食べる時間あるでしょ?」
「うん。先シャワーしてくる」
ぼさぼさ頭のまま背を丸めてバスルームに入っていく。
軽い音を立てて閉じたドアを数秒見つめ、吉澤母は口元を緩めた。
「良いことだ」
- 192 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 23:05
-
藤本は電車に乗り込むと、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
明るい。目に差し込む光の強さに負けないようにまぶたを眇める。
もし窓の外に誰かがいたなら、10人中11人が逃げ出すほどの目つきだが。
本当のところは。
まぶしいという感覚は。
好きだ。
いくつかの駅を停まったり通り過ぎたり、ただ飽きずにそれを眺めて。
「あ」
今どこだ?
軽い圧縮音を立てて開いた扉の隙間から、駅名の看板を探す。
降りていく学生の肩越しに駅名を確認して。
「う、わ。すいません、降ります!」
- 193 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 23:06
-
結構大きな総合大学のあるこの駅は、さすが利用者も学生ばかりで(なにせ駅名が大学名を冠している)、そういう同年代の人ごみを藤本はあまり好きではなかった。
居心地の悪い流れの端っこにくっついて巨大な門をくぐる。
(教室どこだっけ?)
掲示板の隅にある構内案内板をぼんやりと眺める。
増築に増築を重ねた校舎は秩序なく並び、地域コミュニティ施設や緑地帯まで含まれるこの大学の広さは、藤本にとって迷惑以外の何者でもなかった。
- 194 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 23:07
-
「二年にもなって教室の場所確認してるの?」
その気配を感じるよりも早く声が届く。
とはいっても掲示板前で棒立ちしていれば、その背後は常に誰かが行き交っていて、馴れた気配とはいえその中から一人を感じるとることはさすがにできなかっただけとも言えるのだが。
しかし一声さえ発すれば、あとはもう振り返るまでもない。
この脳天に響く声の持ち主の名は石川梨華という。
ちなみに藤本の無二の相棒、吉澤の彼女である。
すぐ隣から横顔を覗き込まれている気配。
甘い香りが微かに藤本の鼻をくすぐる。
弱い鼻がむずむずして顔をしかめた。
「だって広いんだもん」
- 195 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 23:07
-
教室はまだ見つからない。
特別教室棟、講堂、体育館。
プール、来客用駐車場は30台収容。
「地図読むの得意じゃなかったっけ?」
「そういうのとは関係ないでしょ」
くすくすと笑う石川の声。
肩にかけたかばんを持ち直し、一歩距離をとってから藤本は斜めに振り返る。
かちりと目を合わせたまま小さく呼吸をおいて。
「おはよ」
藤本の声に石川が頬を緩めた。
――吉澤は面食いだった。
- 196 名前:四角関係 投稿日:2007/07/01(日) 23:08
-
「おはよ。教室いこ。遅刻しちゃうよ」
石川の甘い笑顔に、飲み込んだはずの空気がのどにひっかかる。
小さい咳払いをした藤本を、しかし、石川はたいして気に留めなかったようだった。
「次梨華ちゃんと一緒だっけ?」
のどの渇きをごまかすように、少し大きく驚いた作り声で訊ねる。
「もーそんなこと忘れないでよ。たまにひどいよね」
「いやいや、そんなことないでしょ」
「私のことなんだよ?覚えといてよ」
言ってから自分で照れてクネクネする石川。
「キショーいっ」
「なによぅ」
一瞬ふてくせれた顔を作るものの、すぐに相好をくずす石川から、藤本はすいと視線をはずす。
「で?教室どこ?」
- 197 名前:esk 投稿日:2007/07/01(日) 23:09
- いまいち切りよくないですが、本日ここまで。
登場人物ほぼ全員出ました。一人名前出てませんが、まあ、あの人です。
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/02(月) 15:21
- めっちゃおもしろそう
また楽しみが増えました
このちょっと独特な雰囲気が好きです
次回も期待してます
- 199 名前:esk 投稿日:2007/07/04(水) 22:29
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>198さま
好評いただき、ありがとうございます。
独特ですか??でも嬉しいお言葉です♪
ご期待に添えるようにがんばりたいと思いますっ。
削除依頼をしてくださった方、ありがとうございます。
あとでしようと思ってそのまま忘れていましたw
では、更新です。
- 200 名前:esk 投稿日:2007/07/04(水) 22:30
-
教室の端っこの方に並んで座った席で、藤本はぼんやりと石川の横顔を眺めていた。
視界の狭い石川には、すぐ隣の席からその横顔を見つめていてもあまり気づかれない。
それをよく承知している藤本は遠慮なくその横顔を眺める。
授業を聞いている真剣な顔は、かなり整っている。
しかもパーツの一つ一つがとりあえず派手だ。
(ほんっとアイツ顔だけで選んでるよな)
吉澤の、石川といるときの緩んだ顔が克明に思い出される。
石川の独特のテンションに藤本は初めついていけずに辟易していた。
いくら吉澤の彼女とは言え、思っていることが即座に顔に出てしまう藤本にとって、石川と笑顔で接することは不可能にさえ思われた。
いじりネタとして楽しめるようになったのは、付き合い二年目になった最近のことである。
しかし本人ネタ振りのつもりがないとか、本当に信じられない。
- 201 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:31
-
「ん?どーかした?」
長い長い授業が終わりに差し掛かったころ、やっとのことで石川が藤本の視線に気づく。
少し顔を伏せて、横上目遣いでささやく。
石川にしてみれば授業中なのだし目立たないようにしただけなのだろうが。
藤本の心臓には少々負担が大きかったようだ。
「や、別に」
あわてて顔をそらして窓の外を見やる。
「……変なの」
藤本の視線の先、青い空が高く広がる。
いい天気だ。
- 202 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:32
-
- 203 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:33
-
高い位置にある窓から射し込む光で、教室はほどよい温度に暖められていた。
大学生になったとはいえ、一年生の授業は一般教養がほとんど。
この心地良い空気の中で集中するにはなかなか……退屈な授業中。
「でさ、今日は髪とか触っちゃった。えへへへ」
大教室の最後方席、潜めてはいるものの松浦の声は浮かれているためか良く通る。
今期新入生では一、二を争うアイドル松浦がそんな上機嫌でいるのだから、周囲の男どもはそわそわと聞き耳を立てていた。
そんな周囲の異様な気配を充分に感じながらもかまいもせず、自分の手のひらを見つめる松浦の目はとろりととろけている。
- 204 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:33
-
その隣に座るのはほっぺたの印象的な――紺野あさ美。
高校時代からの親友で、松浦の取り扱いには慣れている。
陶酔に入った彼女に最適な反応は、『テキトーな相槌』(どうせ聞いていやしない)。
それはわかっている。
しかし今日は、いつもなら授業を聞きつつも一言二言相手をしてやるところを、若干反応を薄めてみた。
「アタシが手出したらさ、んって頭差し出してくんの。いい匂いした〜」
しかし、
「かわいいよねえ、梨華ちゃん」
とまでうっとりとつぶやかれると、どうやら紺野の不満は何一つ伝わっていないことを悟らずにいられない。
ここはひとつがつんと言っておかないと。
今後のために。
うん。そうだ。
- 205 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:34
-
「亜弥ちゃん……」
「梨華ちゃん?」
「亜弥ちゃん!どういう聞き違い?」
ありえない。
「あ、ごめんごめんごめえん」
ふざけた物言いに顔をしかめてみせものの、それでもにやにやと緩んだ松浦の表情は変わらない。
コイツにはもっと直接的な物言いをしなければ伝わらない。
そしてそれは、紺野が最も苦手とする自己表現。
それでも今日だけは、と、深く息を吸い込んで怒った顔を作ってみせる。
「……私、怒ってるように見えない?」
覗き込んだ松浦の顔にくっきりと浮かんだ『?』に、紺野の口から大きなため息が漏れる。
頭の片隅にも思っていなかったことがはっきりした。
- 206 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:34
-
「……どうしたの?」
真剣に心配そうな顔。
「なんかあった?」
なんかあったじゃねえよ。
口を出かかった言葉をぐっと押さえる。
理性的で理知的。
それが紺野あさ美。
今朝、大型犬のリードを紺野に無理矢理持たせ、全力で走り去った友人は松浦である。
朝一のお散歩を上機嫌に満喫するダニエルに、元来非力な紺野が勝てるはずもない。
ただ引きずられていく紺野の姿を、離れたところから松浦は腹を抱えて笑い転げて見ていた。
教室を覗き込むダニエルにさすがに助けに来てくれるかと思えば、呼吸困難のごとく喉を鳴らす。
ダニエルの視線の先が、よりにもよって。
- 207 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:35
-
「……ごっちん?」
「なん、なん言ってんっさ!?」
大教室だったため、すみっこにいた紺野まで教卓の視線は届かなかったものの、周囲の学生の視線は広範囲で紺野に集中している。
すいません、すいません、と口の中でつぶやき、紺野は真っ赤になってうつむく。
「……紺ちゃんはずかしー」
「だ、亜弥、亜弥ちゃんがっ」
「しーしーしーっ。紺ちゃん授業中っ」
今の今までしゃべり続けていた松浦に注意され、正直へこむ。
「で?今日はごっちんがどうしたの?また声かけたのに気づいてくれなかったの?」
- 208 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:36
-
松浦と紺野にとって、ごっちんこと後藤真希は高校の先輩に当たる。
立地や学力の釣り合いから、この大学への進学者はかなり多い。
つまり先輩も多い。
その中で、紺野にとって後藤は特別な憧れを抱いていた先輩だった。
今朝、ダニエルが覗き込んだ教室の窓際の机に広がっていた綺麗な茶色い髪。
顔を上げなくても。声を聞かなくても。
紺野にはそれが誰であるか一目でわかった。
一年間、そうやって窓際で堂々と居眠りを決め込む後藤を見ていたのだから。
あの時そばにいたのは自分なのに。
今朝そのそばにいたのは、石川。
松浦がさっきから目を輝かせて語り続けている石川。
後藤と二人並べば、誰もが振り返るような。
- 209 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:36
-
「……はぁ」
「どした……もお、ごっちん!」
「あ、ちが、誰が悪いとかじゃなくてっ」
後藤と松浦は学年は違うものの、同じ立場を経験した者同士、気心の知れた友人でもあった。
松浦の頭の中は元来少々の年齢差を意識しないようにできているのだろう。
「悪気はなくてもねえ」
「いや、ホントに今回は関係ないから……あんまり」
紺野のこの怒りの発信源は、間違いなく今隣で友達を思うあまり憮然とした表情を浮かべている松浦である。
しかし、あの教室に後藤がいなければ『ごめんごめん』の一言でしぶしぶながらも許してしまっていただろう。
だから全く関係ないとも言い切れない。
自分に気づいていなかったとはいえ後藤の前で恥をさらした。
その姿を……石川に見られた。
それが紺野にとっては大きなダメージとなっている。
- 210 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:37
-
本日全ての授業を終え、ジャージに着替えてグラウンドへ向かう松浦の足取りは軽い。
その隣で紺野の機嫌ももう直りつつあった。
不機嫌の元凶であるとはいえ、明るく話術巧みな松浦と話していると楽しい気分になれる。
待つ必要のない着替えを待って、行く必要のないグラウンドまで行ってしまうほど、紺野だって松浦のことが好きだと思っている。
「……から。うん。夜に電話するね。……もうっ。……するからねっ」
少し遠く聞こえるこの特徴的な声は。
おそるおそる隣を伺うと、案の定松浦の表情は輝いている。
せわしなく髪を整えて。
「梨華ちゃんっ」
- 211 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:38
-
誰かを見送っていたらしき石川が二人を振り返る。
その甘い表情にいやな予感がして、紺野は石川の見送っていた先を見やる。
無秩序に行き交う人群れの中で、華奢な背中がまっすぐこちらから遠ざかっていく。
石川の機嫌もいいのか、まとわりつく松浦に愛想良く相手をしている。
松浦にだけ小さく手を振って紺野は二人のそばを離れた。
『夜に電話するね』
すねたような甘えたような石川の口調に、松浦は気づかなかったのだろうか。
紺野はうすうす気づいていた。
石川には、恋人がいるのだろう。
後藤あたりに聞けばきっとすぐに解決する話なのだろうが、紺野にその勇気はなかった。
紺野の隣、後藤のいなくなった空間にすっぽりと収まった松浦。
その存在にずいぶん助けられた(困らされたことも多々あったが)。
大切な親友。
深みにはまる前に気づかせるべきだとはわかっている。
それでも、元来気弱な紺野はなかなか言い出せないでいた。
- 212 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:39
-
サークルの後、松浦は石川を連れまわしてプリクラを撮ったり服を見に行ったりして。
時刻はもう夕飯時。
「梨華ちゃん、なんか食べてこうよ〜」
腕にしがみつくようにして上目遣いに見上げる。
石川の困ったような表情に、より腕を強く引き寄せる。
「ね?ね?アタシもうおなかすいておなかすいて」
「あ、でも……」
『夜に電話するね』
紺野の予想を裏切り、松浦は石川の声音に気づいていた。
恋人がいるであろうことも本当は気づいている。
わかりやすい石川のこと、その表情を追っている松浦が気づかないはずはなかった。
それでも松浦は気づかないフリをする。
遠慮をしないために。
恋人がいるからといってあきらめるつもりはない。
でも迷惑をかけるつもりもない。
松浦はそのあたりの駆け引きを楽しんでもいた。
- 213 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:41
-
「マックだったらおごるしぃ」
恋人に早く電話したいであろう石川を引き止める。
恋人に使うはずの時間を自分に割かせる。
でもそれは長い時間ではない。
夜になって、吉澤の携帯が鳴ったとき、藤本はお笑い番組を見ながらげらげらと大口を開けて笑っていた。
「悪い」
申し訳なさそうな、情けない声を出す吉澤に笑って見せて、
「そういうこと言わないの。じゃあ美貴もう寝るね」
「あ、うん。おやすみ」
あっさりと眠りに入った藤本に、吉澤は小さくため息をついた。
手の中で吉澤を呼び出し続けている携帯を見下ろして、苦い笑いを浮かべる。
- 214 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:42
-
「……もしー」
『あ、ひとみちゃん。もしかして寝てた?』
「まさか。テレビ見てたよ」
藤本がしっかりと抱えていたクッションを引き寄せる。
かすかにぬくもりの残るそれを、吉澤はぎゅっと抱きしめた。
『ふーん。何見てたの?』
「ああ?なんかお笑いのヤツ」
『あ、私が見てたのとおんなじのかな?』
胡坐をかいたままベッドにもたれて軽く目を閉じる。
目を開いているよりも、石川の声が近く聞こえる気がした。
『……それでね、サークルのあとさあ……』
- 215 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:42
-
- 216 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:44
-
松浦は中学高校とテニス部に所属していた。
スポ根が趣味なわけではないが、元来の運動神経の良さと負けず嫌いな性格が調和しあって、部内では強いほうだった。
高校二年の後半で部活はやめてしまったが、そのあとも家族や友達と遊びではしていたし、やっぱり好きだったから大学でもテニスサークルに入るつもりだった。
大きな総合大学だけあってテニスサークルも数が多い。
中にはとりあえず集まるだけのためのものもあったが、松浦はそれなりにきちんと練習のできるところを探していた。
自分の外見には自覚がある。
(ありすぎるという指摘もあるが、事実かわいいのだから仕方がないと松浦は思っている)
そういういいかげんなサークルほど見学に行けばしつこい勧誘にあうのは目に見えていたので、こっそりと見て回っていた。
そのうちのひとつで、石川を見つけた。
- 217 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:44
-
コート整備、準備、ウォーミングアップ。
だらだらしている周りを気にしながらも、まじめにこなしているやたらきれいな人。
そのまじめさから一年生かと思ったら、先輩と呼ばれていたから少なくとも二年生以上だろう。
練習が始まると誰よりも真剣な目でボールを追う。
うまいかどうかというと自分といい勝負なくらいだろうが、とにかく、一生懸命。
大学のサークルというものに少し幻滅しかけていた松浦の目に、その姿は新鮮に映った。
彼女からなんとなく目が離せなくなった松浦の脇を、長い髪がするりと抜けていった。
「梨華ちゃーん」
ん?
斜め前に現れた人物に、松浦は視線をくれる。
あれ?少し甘いこの声には覚えが、あるかも。
石川にその声は届かなかったようだが、周りの人間が彼女の肩をつついた。
振り返った石川の表情がぱっとほころんだ。
- 218 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:45
-
「ごっちん。どうしたの?」
……声……。
いや、顔にあってると言えばあってるのだが。
おもちゃみたいな声と、真剣な表情から一転して華やかな笑顔。
その華に、松浦はどきりとした。
彼女は、松浦の予想通り人物、後藤と二言三言話をしながらちらりと松浦のほうに視線をくれた。
石川にしてみれば、誰かいるなという確認をしただけだったのだろうが、後藤がその視線に気づいて松浦を振り返る。
「あれ?まっつーじゃんっ」
かなり驚いたのかぐりぐりと目を見開く。
「あ、うん。久しぶり」
「なんだー。まっつーもここ来てたんだ。教えてくれればよかったのにー」
くしゃくしゃと髪をなでられてちょっと照れる。
後藤がこの大学に来ていることは知っていたし、進学先が決まった時点で連絡をしようかと思わなかったわけではないが、そのころでもう数ヶ月ほど連絡が途絶えていたから。
なんとなく、できなかった。
- 219 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:46
-
「そっかそっか。あ、もしかしてサークル見学?まっつーテニス部だったよね?」
「えっ、そうなの?」
会話に入れずおどおどとしていた石川の声がさらに高くなる。
「あ、えと、はい」
「そうなんだ。どう?うちは結構ちゃんと練習してるよ?あ、中入って見てきなよ」
せわしない動きで腕をとられる。
あったかい感触に胸が鳴って黙ってしまう。
「梨華ちゃーん。強引だなあ。まっつー困ってんじゃん」
「あ、そか、ごめんね?どっかサークル決めてる?」
「いえ、まだ」
「じゃあホント、見てかない?あ、私石川梨華っていいます。二年だよ」
にっこりと笑って手を差し伸べられる。
少しだけためらって、松浦はその手を握り返した。
「松浦亜弥です。一年です」
「まっつーはごとーの高校の友達だよ」
「後輩です」
間髪入れずに入った松浦の訂正に後藤はがっくりと肩を落としてみせた。
「まっつーひどい……ごとーは友達って言ったのに……」
- 220 名前:四角関係 投稿日:2007/07/04(水) 22:46
-
「だってごっちんが友達って言ったらアタシ浪人したみたいじゃんっ。思いますよねっ?」
「え……えっと……ごめん、ちょっと思った……」
「違いますからねっ。イッコ下ですからっ」
こぶしを握り締めて主張する松浦と、どーでもいいじゃんと流す後藤。
二人に挟まれて、石川は困ったように苦笑いを浮かべた。
「ま、まー、ほら、とりあえず見ていってよ……」
手を引かれてフェンスのなかのベンチに座らされる。
見ててね。
石川は小さく手を振ってコートの中に戻って行った。
「暇だからごとーも見てこーかな」
松浦の隣に後藤が腰掛ける。
その言葉に松浦はいぶかしげな視線を向けた。
興味のないことにはいっさい手間を割かないのが、後藤真希という人物。
テニスに興味があると聞いたことはない。
では、何に?
一心にコートを見つめている後藤の横顔は、松浦の視線をシャットアウトしているようにも見えた。
- 221 名前:esk 投稿日:2007/07/04(水) 22:47
- 本日ここまで。
後半はわりとどうでもいい内容でした。
- 222 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/05(木) 02:35
- ハイ先生!後半全然どうでも良くない気がします!
松浦さんが妙に可愛く思えて困りました。
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/05(木) 05:46
- 面白いです。頑張ってね。
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/05(木) 06:04
- ドウデモイイなんて…凄く良かったよ。
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/05(木) 16:02
- そろそろなんとなく相関図が見えてきた感じがしますね!
続き楽しみに待っています♪
- 226 名前:esk 投稿日:2007/07/08(日) 16:07
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>222さま
そ、そうですか?ちょっと余談かなあと思ったのですが。
楽しんでもらえたようで安心しました♪
>>223さま
ありがとうございます。がんばりますのでまた来てくださいw
>>224さま
ホントですか〜。書いてよかった。
>>225さま
そうですね、導入部分(というか設定説明w)完了といったところでしょうか。
この先も楽しんでいただけると嬉しいです。
今更ですが。設定説明といえば、相対年齢は多少いじっています。
年上組が大学二回生、年下組が大学一回生、季節的には5月末〜6月あたりでしょうか。
誰が浪人とかそういうつもりはありませんのでw
- 227 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:08
-
「ふあ」
とろりと腑抜けた目でよく晴れた空を見上げる。
昼休み。
コンビニで買い込んだ食糧を大量消費した藤本は、グラウンドの土手にねっころがっていた。
「梨華ちゃん今頃よっちゃん探してるんだろーなー」
後藤と話し込んでいる隙に置き去りにしてきた石川の、無駄に大きい動きが目に見えるようで肩を震わせる。
でも次の瞬間、彼女が探しているのは自分ではなく吉澤であることを思い出してため息をついた。
(美貴がいなくても美貴のことを探してくれる人なんかいない)
あえて言うなら吉澤くらいか。
見てほしい。自分のことを。
対等に接して……名前を呼んでほしい。
そう願うことが、なぜ自分には許されないのか。
- 228 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:08
-
「とか、なんだもーっ」
石川のことを考えていたら思考回路までがキショ志向に犯されていたか。
いまさら思い悩むようなことではない。
とりあえず今は午後のひと時を満喫することに集中しよう。
ゆるくまぶたを閉じて、遠く人の声を聞く。
少し風が吹いて、土と草の匂いがした。
むき出しの足に芝生がちくちくしたけど、それはそれでまた……。
ぴたりと動きを止めると、晴れた日ざしがゆっくりと体を温めはじめた。
体が感じるすべての感覚は、藤本にとってまだ物珍しく感じられた。
- 229 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:09
-
…………
……
わふ
わふわふわふ
……
ダーン、まちなさーい
わふわふわふ
あ、あぶないっ
- 230 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:09
-
「ぐほおっ!?」
体の前面に重柔らかい衝撃。
いや、柔らかくない。
「なっなっ」
もさもさする。
動いてる。
なんか熱い。
え?熱い!
なんだっ!?
- 231 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:10
-
「ごめんなさ……ぷはっ」
「だ、だだだだだだれっ!?」
必死になってもがく藤本の、その長い手足は空を切るばかり。
「ぷ、くくく、あははっ」
テメエ、美貴のこと笑いやがったな。
覚悟できてんなことやってんだろうな。
イラっとするその声に、わずかばかりの冷静さを取り戻し、目を開くという行為を思い出す。
ばちりと開いた視界に至近距離、黒い巻き毛と長い鼻面。
わふっわふっわふっ
……犬?
数秒間見つめ合って、その瞳の色が認識されたころ。
べろりと鼻先を舐められる。
「うあぅ」
- 232 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:11
-
「あっはははっ」
甲高い声に首をひねると、膝をついて体をくの字に曲げて笑い転げている女の子。
「ちょっと……アンタ」
「は、はいはい。うくくっ」
失礼にもほどがある。
「笑ってないで言うことあるでしょ」
「あ、はは……ふ、はい。……ごめんなさ、い……ぷっ」
胸元に手を当てなんとか笑いをこらえてまじめな顔を作ったものの、真剣を保つのに六文字は多すぎた。
更に激しく笑い転げてる相手に、今は何を言っても無駄だ。
収まるまで無視するのが最良だろう。
華奢な腕でやんわりと押しやると、犬は素直に藤本の上から降りて傍らにちょこんと座り込んだ。
- 233 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:11
-
「はーあーもー面白かった」
「こっちは面白くなんかないね」
突き放した言葉を投げつけてやったものの、口調はすねたようにしか聞こえない。
これじゃあ今更キレて見せたって、こいつはびくともしないだろう。
「ごめんなさい、ホントに。あなたのこと見つけたら急に走り出しちゃって」
普通程度ににこにこと笑いかけられると……結構かわいい、かも。
「あんたさー、ここの学生?」
「はいっ。松浦亜弥って言います。一回生です」
訊ねてもいない自己紹介を聞いてみれば、学部も学科もまったく違う。
藤本が少しばかり心を許すには重要な要素。
「あなたは?」
「二回だけど――てかさ」
少し早口に言い、口調を渋いものに転調する。
- 234 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:12
-
「あんた学内で自分ちの犬の散歩なんかしてんじゃないよ」
「あれ?知らないんですか?ダンは保田さんの犬ですよ?」
「誰だよそれ」
「えー??保田さんも知らないの?」
ありえない、と言わんばかりの表情に少しひるむ。
やすだ……?
言われてみれば、記憶の隅に引っ掛かりがないこともない。
んー。
やすだやすだやすだ……。
ヤッスー。
「あ」
吉澤の話の中に何度か出てきた人物だ。
- 235 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:13
-
この大学の職員であり、石川の家とは子供のころからの付き合いで、なんでも石川のことを溺愛しているらしい。
なかなか変わった人物であると同時に、理事長の親戚だとかで大学内には顔が利く。
教授でもないのに小さいながらも自分の部屋を割り当てられており……そうだ、飼い犬を毎日つれてきていると聞いたこともある。
吉澤には迷惑な情報ばかりだ。
学内ではなにかと有名な人物だと聞いていたのに、すっかり忘れていた。
「ああ、思い出した。あの変わった人ね」
「そうそう。変わった人。この種類の犬は散歩をいっぱいしなきゃいけないらしくって、でも保田さんああ見えて忙しいからアタシたちにも散歩させてくれるんだよ」
なるほど。
保田がどういう環境で暮らしているかは知らないが、朝から夕方まで働いている主人を待つだけの日々よりも、こうして学生に引かれて一日中歩きまわれる方が犬にとってもいいことなのだろう。
藤本は、人間よりも動物にずっと甘い。
- 236 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:14
-
いきなり飛びつかれてびっくりしたが、爪を立てるようなこともしなかったし特に打ち身らしき箇所もない。
今は藤本と松浦の間でおとなしく伏せている。
きょろきょろと動く目がなかなかかわいい。
……うん。かわいい。
「かわいいね」
「うん。知ってる」
にこにこと『一番かわいい笑顔』で藤本を見つめる松浦。
「……ん?」
今のやりとり、何かがおかしかないか。
……ま、いいや。
「暑いの大丈夫なの?」
「え?」
「寒いとこの犬だよね」
ぶっとい前足を撫でる。
すでに大型犬の貫禄を見せているが、もう少し大きくなるはずだ。
犬を飼ったことはないからよくはわからないが、顔つきもまだ少し幼い気がする。
- 237 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:15
-
「犬種詳しいんだ?」
「ああ……まあ、犬は好きだから」
「そうなんだー」
今の会話で何に感心しているのか、松浦はキラキラと星をたたえた瞳で藤本を見つめている。
それはちょっと……慣れていない。
なんとなくもぞもぞと居心地の悪い思いをしながら、他の話題を探す。
えーっと。あ、そうそう。
「たんってゆーの?」
「は?」
わさわさと毛皮をなでていた松浦の手がぴたりと止まった。
大きく見開いた目でまじまじと藤本の顔を見つめる。
「や、この子の名前」
目を見開いたままで松浦の頬がひくひくと引きつる。
- 238 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:16
-
「言ってなかったっけ?
……言ってないね。
言ってない。
わかったからアンタ笑いすぎ!」
- 239 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:16
-
堰が切れたように松浦は再びけたたましく笑い出した。
どうやら藤本の記憶は今度ははずれていたらしい。
さっき松浦がそう呼んだような気がしたのだが。
呼吸困難になりながら笑い転げる松浦に、藤本はそっぽを向く。
「た、たん……。たんってなんかめっちゃカワイイー」
「だから違うんでしょっ。ホントはなんてゆーのよっ?」
「たんだよー。ねー?たにえるだ、あははは」
きょとんとしている犬の顔を覗き込みながら、松浦はけらけらと笑い続ける。
たにえる?
たにえるたにえる……。
- 240 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:18
-
「たに、ダニエルかっ。ダンだなっ」
「違うよーたにえるだもんねー。ねー、たん?」
犬にとってはダニエルでもたにえるでも構わないのか、単に松浦が気に入っているのか、ぺろぺろと嬉しそうにその手を舐めている。
「あーん、たんってばこそばいよお」
「もー、アンタ失礼すぎ!」
「拗ねない拗ねない。ほら笑いなよ、たんー」
ダニエルにべとべとに舐められた手で藤本の髪をなでる。
「み、私がかよっ」
「にゃはは、たんってばもー、かーわいー♪」
振りほどこうとした腕でさらにぐりぐりと乱暴に頭をなでられる。
「気安くさわんなっ」
「どーしたの、たんー?機嫌悪いなあ。お散歩いこっかあ?」
「勝手に行ってこいっ」
10人中13人はその場で土下座する視線で睨みつけるが、松浦は全く動じず。
それどころか。
「いや〜ん。たんってばアタシのことそんなに見つめちゃって」
ばっちりウィンクまでかまされてしまうありさま。
- 241 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:18
-
昼休み終了のチャイムが鳴り出したとたん、藤本は荒々しくその場を立ち上がった。
服についていた芝がぱらぱらと零れ落ちる。
声もかけず、振り返りもせずにずんずんと立ち去る藤本の後ろで。
「たん〜、またね〜」
松浦の能天気な声が空に高く響いていた。
- 242 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:19
-
藤本が午後イチの教室に入ると、すでに石川と後藤は定位置に着いていた。
後藤の後ろにかばんを放り出すと、その音に石川がぱっと振り返った。
「ちょっとお。お昼どこ行ってたのっ?」
「ああ、外で食べてたから」
「外お?」
疑わしげな石川の視線を避けて、ごそごそとかばんをさぐる。
教科書を取り出して、いすに座ると、今度は後藤と目が合った。
「たまに謎な行動取るね」
「はは」
後藤の温度の低い視線を乾いた笑いでかわす。
正直、藤本は後藤が少し苦手だ。
吉澤とはずいぶん気が合うようなのだが、どうにも……苦手だ。
藤本に向けられる視線が、一つ一つの言動が。
どこか。不安にさせられる。
ありえるはずもないのに。
自分の本当を見抜かれているような気がして、落ち着かない。
授業開始から10分も経って、ようやくやってきた先生が講義を開始した。
- 243 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:20
-
- 244 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:20
-
授業終了のチャイムが鳴ったとき、教壇にはすでに誰もいなかった。
「うふふ……ふ……ふふ……」
「……」
へらへらとニヤける松浦。
うんざりとした顔でとりあえず机の上を片付ける紺野。
ちらりと松浦の手元を覗き込むと、ノートは意味不明なイラストで飾られているだけである。
しょうがないよね。
授業始まってからずっとこの調子なんだから。
「ふはは……ああ……かわいいなぁ……」
はあ。
紺野は一つため息をついて小さく咳払いをした。
そろそろ教室移動をしなければならない。
そのためには、この桃色オーラ30%増量中の友人に話しかけなければならない。
……憂鬱だ。
- 245 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:21
-
「……石川さん?」
「へ?えっ……梨華ちゃん?いるの?」
一年生必修の一般教養科目に、真面目な二年生である石川はたぶんいない。
「じゃなくて。今度は何?何もないところで転んだの?ぶつかった電柱に謝ってたの?」
「ちっがうよ〜。土手でね、お昼寝してたの」
「……え」
それはちょっと……石川のイメージではない。
ベンチに座るときでもハンカチをひきそうな石川が?
土手で?お昼寝?
「ダンがね、飛びついちゃって……ぷっ」
笑い事じゃねえよ。
当事者がここにいればコンマ一秒で突込みが入るところだ。
「こう、うあーっ。って」
両手を振り回して目の前の空をじたばたと振り払ってみせる松浦。
「わ、危ないなあ」
顔に似合わず卓越した反射神経で、紺野は松浦の腕をかわす。
迷惑そうな顔をして見せるが、松浦には紺野など見えていないのだから効果はない。
- 246 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:26
-
しかし紺野のイメージの石川なら、パニックに陥ったら固まってしまいそうで。
「意外だなあ」
「へ?」
「石川さんが土手でお昼寝とか、腕振り回すとか」
しかしこれはあくまで紺野のイメージであり、実際の石川は力づくでラケットを振り回すことで有名だし、グランドに胡坐をかいて座ることだってある。
(でも筋トレのしすぎで若干腹筋が割れていることだけは、吉澤しか知らないトップシークレットである)
「梨華ちゃんがどうかしたの?」
「え?だから……あれ?」
きょとんとした松浦の顔に紺野も同じ顔をしてみせる。
「……石川さんの話だよね?」
「……?違うよ?」
「ええっ!?」
- 247 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:27
-
石川ではない。
松浦にこんなでれでれした顔をさせているのが石川ではない?
「でね、うわーってしてるのがすっごいかわいくてえ、もうアタシきゅうんって♪」
「ちょ、ちょっと待って!亜弥ちゃん、それ誰の話っ?」
「たん」
「……ダン?」
なんだ犬か。
松浦の行く先グレーな恋に気をもんでいた紺野はほっと胸をなでおろす。
いや、他の人に目を向けてくれた方がいいのは確かなんだけれど、あまりにもあっさり方向転換さえれるのも若干……ムカツク……。
「ダンじゃないの〜。点々つかないのっ。た・ん!」
「あ、そうなんだ。今度は誰の犬?」
「犬じゃないっ!」
「あれ?じゃあ猫?」
「人間!」
「……ムカツク」
- 248 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:29
-
「もーねーすっごいかわいいんだよっ?でもかっこいいのっ。かっこかわいい!体ほっそーくって、外人さんみたいな綺麗な顔で、表情とかちょっと怖いんだけど、でもとにかくかわいいのっ!!」
紺野のつぶやきも耳に入れず、松浦はうっとりとかなたを見上げる。
「……えっとー、次の授業なんだったかなー」
「紺ちゃん聞いてよ!もー同じ人間だとは思えないっ」
「あのさ……石川さんは?」
「ああ……梨華ちゃんもかわいい……でもたんもかわいい。二人はね、全く別のかわいさなわけさ。だからどっちの方が上とかないのっ。わかるっ?」
「あー、はいはいはい……」
こめかみに突きつけられた指先をめんどくさそうに振り払うと、紺野はかばんを抱えて席をたった。
「ちょ……待ってよおっっ」
やっとで机の上を片し始めた松浦を置いて、紺野は足早に教室を離れた。
- 249 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:32
-
「えーと、次の授業は……」
進行方向を変える十字路で、松浦を待つべきか行ってしまうべきか一瞬迷ったそのとき。
「お。紺野じゃん」
さばさばした口調の癖に、意外とかわいらしい声。
びくりと肩を揺らしつつ振り返った紺野の目に入ってきたのは……昼間の大学には無駄に華やかな光を放つ二人組。
「後藤会長……」
と、石川梨華。
口をついてしまった呼び名に紺野自身が気がつくよりも早く。
「かいちょう?」
石川がくいっと首を傾けた。
視線が紺野と後藤の間を行ったりきたり。
その視線をさえぎるように、後藤が顔の前に手を広げた。
- 250 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:33
-
「あー、あーあーあー。紺野ぉ、それもうやめてよぉ」
「なになに?会長?何の会?サークル?」
珍しくかなり焦っている友人に、石川は俄然食いついた。
こうなった石川を止められるものはいない。
できるとすれば吉澤の甘いささやきくらいだが、残念ながら視界に入る限り吉澤の姿はなかった。
「知らない。ごとーは知らないー」
「えー?ごっちんのことでしょ?」
「知らないね。マジ知らない」
後藤に何を言っても無駄と悟り、石川の標的はほっぺたの印象的な彼女に移った。
「こんの、さん?どういうこと?ごっちん何の会長なの?」
「え、あ、あの……」
とって食われそうな石川の質問攻めに、助けを求めるように後藤を振り返るが、彼女はあさっての方向を見上げている。
自分はどうやら後藤を追い詰めるような発言をしてしまったらしい。
- 251 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:34
-
しかし後藤は静止をかけることはしなかった。
それは単に食らいついた石川をとどめることが不可能だからだったのだが、紺野はさらに事実を告げる役目を自分に押し付けたのだと理解した。
「高校の……生徒会です」
「生徒会の会長!?それって生徒会長じゃん!?ごっちんが?」
「は、はい。おととしの、ですが」
ちなみにその時紺野は副会長だった。
もうひとつ言うと次の年も副会長を務めた。
その年の会長が松浦だったのはさらに余談。
「うちの高校おかしいんだよ」
言葉と同時に後藤はため息をついた。
- 252 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:35
-
彼女らの高校では、生徒会長は立候補を募らず誰に投票しても良いことになっており、いつの年からかミスコンの様相を呈してきていた。
ちなみに他の役員は前年度生徒会内から選ばれる。
「ごっちんが生徒会長……」
「あーもういいじゃん。昔の話!紺野もいい加減その呼び方やめなよね」
渋い顔をしてみせる後藤を前に、紺野はしゅんと小さくなった。
「は、はい……。ではなんと」
「後藤でいいってば」
「では……後藤さん」
「うむ。よろしい」
ふにゃっと笑った顔に、紺野は困ったような笑顔を向けた。
- 253 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:36
-
「紺ちゃーん」
ふわりと漂ったやわらかい空気を引き裂いて、石川とは違うものの、特徴的な声が甲高く響く。
「もー。ちょっとくらい待ってくれたって……あっ、梨華ちゃんっ」
さらに一オクターブ高くなった声がドップラー効果になる速度で、松浦が紺野の傍らを走りぬける。
「あ、亜弥ちゃ、んっ!?」
がつんと音が聞こえてくるくらいの勢いで抱きついた松浦。
石川は松浦をぶら下げたままよろよろとあとずさり、後藤が抱きとめる形でやっと後退をとめた。
「まっつー。危ない」
正面から抱きついている松浦をべりっとはがして、後藤の声は少し低い。
「あれ?ごっちんいたの?」
「いたの」
いまだによろよろしている石川の体を立て直して、ずり落ちたバッグを取り、乱れた髪に手をやる。
滑らかな後藤の仕草に、紺野は小さく苦笑いを浮かべた。
- 254 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:36
-
「ね、梨華ちゃん次どこ?B2棟?B2棟?B2棟?」
「え?えと、どこだっけ……ごっちん」
「A1だよ」
石川の肩を少し押しやって、ぐいぐいとせまってくる松浦から遠ざける。
「B2だったら遠いからさっさと行かないと遅刻だよ」
A1はたった今紺野と松浦が出てきた校舎。
二人に時間がないのは、もちろん、松浦がぐずぐずしていたせいである。
「アタシ次B2だなんて言ってないもん」
むうっと唇を尖らせる松浦。
「ふーん?――紺野」
少し強い、命令口調で名前を呼ばれる。
姿を確認することもしない。
「ハイ。B2棟5206教室、西洋文化史です。担当教員は文学部の牧野助教授です」
反射的な事務口調できっぱりと答える紺野。
「紺ちゃんお仕事モード……」
うらめしそうな目をむけつつ、松浦がぼやく。
- 255 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:37
-
「ほら行った行った。いつまでも紺野に迷惑かけないでよね」
「じゃあね〜」
石川が笑顔で見送ってくれるのなら行ってもいいかもしれない。
実際そろそろ時間も真面目にヤバイし。
会う予定のないところで会えたのだからそれだけでもラッキーとしなければ。
うんうんとうなづくと、松浦はお勉強してきま〜す、とおどけて石川に手を振り返して、でも。
後藤の横をすり抜ける瞬間。
「……紺ちゃんのこと、自分の所有物みたいにしちゃってぇ」
耳擦りしてやることは忘れない。
「え?」
ひょいっと振り返った顔はきょとんとしている。
ふむ。
無意識か。
これはどう捉えるべきか。
「亜弥ちゃん!!」
考察を展開する暇もなく、紺野に腕を引かれる。
「後藤かい……後藤さん、石川さん、失礼しますっ」
「梨華ちゃんばいばーい」
- 256 名前:四角関係 投稿日:2007/07/08(日) 16:38
-
「行こっか」
ずるずると引きずられていく松浦を苦笑を浮かべて見送ると、後藤に促されて二人階段へ向かった。
「ごっちんが生徒会長ってなんか想像できないなあ」
「んあー。もうやめてよお」
ぱたぱたと手ウチワで顔を仰ぐ後藤を、石川はくすくすと笑いながら見上げる。
「副会長がしっかりしてたから、ごとーはなんもしてなかったし」
「紺野さん?」
「うん、そー」
ふわりと笑った後藤の顔に少しだけ嫉妬を覚えたりもするのは、無意識の優越感・独占欲。
なんでも自分でこなしてしまう後藤にとって、あんな風に絶対的な信頼を寄せる相手は多くない。
『気を許す』だけなら数人は列挙される(例:石川、吉澤)。
けれど『信頼』となると、あからさまにその数を減らすのだ。
ある意味、紺野は後藤のインナースペースに最も近い人物といえるのだろう。
今のところ、本人同士に自覚はないようだが。
- 257 名前:esk 投稿日:2007/07/08(日) 16:49
- 本日ここまで。
ちょっと多すぎたかも。
最適更新量がわからない〜。
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/11(水) 22:49
- たんw、可愛いー
ダンも可愛いー
更新量、言われてみると多いかもしれないんですけど
私はするっと読めてしまいました。読んでて楽しいです
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/11(水) 22:51
- もうあるだけ出しちゃってください!w
次回の更新楽しみに待っています♪
- 260 名前:esk 投稿日:2007/07/12(木) 23:26
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>258さま
>読んでて楽しいです
一番嬉しいお言葉です。ありがとうございます!
キリのいいところと文章量が一定しないんですよね……。
>>259さま
まとまってるならどんどん出したいんですけどねw
そして今回は少なめです。
- 261 名前:四角関係 投稿日:2007/07/12(木) 23:28
-
その日は6限授業があったため、教室を出るとすでに西の空は夕焼けの気配を見せていた。
「屋上行こうよ」
二人を誘ったのは後藤だったが、石川と吉澤も即座に誘いに応じた。
「そうそうっ、ひとみちゃん聞いてっ」
屋上に入る低い柵を乗り越えながら、石川が突然黄色い声をあげる。
「ん?あ、梨華ちゃんかばん」
吉澤は柵にひっかかったかばんを持ち上げながら石川の手をとった。
紳士である。
「気ぃつけて」
「ありがと」
支えているわけだから、当然その距離はほんの少ししかない。
すれ違いざま、あまりの至近距離に照れたようににっこりと笑いあう。
そんなバカップルの桃色オーラに背を向けて、後藤は目の前に広がるたそがれを眺めていた。
大学の裏手は谷になっており、谷底の田園風景、向かいの新興住宅地までかなり広く見渡せる。
- 262 名前:四角関係 投稿日:2007/07/12(木) 23:29
-
3m四方程のその空間は、屋上というよりは単なる屋根の上。
近代デザインを意識して多重式に入り組んだ情報棟は、こういった空間がいくつか出来てしまっている。
屋上として作られたわけではないから、外周には柵もなく広さもない。
そのわりに、教員用デイルームのベランダからは手すり柵を乗り越えるだけで入れてしまう。
しかもデイルームからもベランダからも死角。
小さな子供が出入りしないとはいえ、なんともずさんな安全管理である。
多くの学生に知られているわけではないと思うが、あがってみるとコンビニの袋が落ちていたりするから、吉澤たちしか知らない場所と言うわけでもないのだろう。
意識して緑を配置している屋上スペースもあるのだが、ここほどの眺めは望めない。
暇と好奇心と開放感に溢れた大学生には、この上なく魅惑的な空間。
- 263 名前:四角関係 投稿日:2007/07/12(木) 23:30
-
「で?なんて?」
床の汚れを気にしながら座った石川にかばんを戻しながら、吉澤はその顔を覗き込む。
「あ、あのね、ごっちんってばね、高校のとき――」
「あーっ」
ぼーっと突っ立っていた後藤が慌てて振り返る。
「言わなくていいからっ」
紺野に会った日から数日が経って、もう忘れたのかとも思っていたのに。
石川、意外としつこい。
(いや、意外でもないか)
「え?何?」
「あのね」
「梨華ちゃん!」
顔を赤くして石川に迫る後藤に、吉澤はにやにやとヘッドロックをかけた。
「何々?ぜひ、聞かせて」
「よ〜すぃ〜こ〜」
くぐもった後藤の声をげらげらと笑う吉澤の声がかき消す。
- 264 名前:四角関係 投稿日:2007/07/12(木) 23:30
-
「生徒会長!?」
「んぎっ」
驚いた拍子に腕に力がこもってしまい、後藤から奇声が上がる。
「あ、ひとみちゃんっ、ごっちんごっちん!」
「へ?うわっ、ごめんっ」
慌てて腕を緩めると、途端に後藤の顔面に血が上って真っ赤になる。
「よ、よしこお〜〜〜」
「ごめんごめんっ。いや〜ごっちんがあんまりかっけくて!」
「ふえ?」
けほけほと力なく咳き込みながら、涙目が吉澤を見上げる。
「生徒会長かっけ〜〜っ」
両手をグーにして力んで見せる吉澤に、ツレ二人はぽかんと口を開く。
- 265 名前:四角関係 投稿日:2007/07/12(木) 23:31
-
「いやあ、ごっちんそういうの似合うよねっ」
「へ?」
「全校生徒注目っ、みたいなの。ごっちんが前にいたらみんなうおーって注目するって」
吉澤はどうやら全校集会とライブのステージを考え違いしているようだ。
しかしカリスマ性というモノは、生徒会長でも総理大臣でもアイドルでも共通した必要必須事項であり、吉澤の思考もあながち突拍子のないことではないのかもしれない。
『似合わない。意外。想像できない』
そんな感想しか与えられたことのない後藤、真っ赤になっていた顔が今はほんのりとピンク色になっている。
「ごとー……よしこのこと、好き」
「「えええっ!?」」
いつの間にか薄暗くなった空に、吉澤と石川のユニゾンが高く響いた。
- 266 名前:四角関係 投稿日:2007/07/12(木) 23:31
-
- 267 名前:四角関係 投稿日:2007/07/12(木) 23:32
-
「怒られちゃったねー」
コーヒーショップで買ったカフェオレをすすりながら、後藤がのんびりと言う。
駅までの道のりを三人並び、吉澤と後藤はのんびり、石川はとぼとぼと歩いていた。
あのあと、二人の声があまりにも大きすぎたのか、近くを通っていた警備員に見つかってこっぴどく怒られてしまった。
「ごめんね、ごっちんは悪くないのにね」
「いや、悪いって」
確かに見つかったのは石川と吉澤の声が大きかったせいだが、屋根の上に上がっていたのは三人だ。
警備員は別に大声を出したから怒ったわけではない。
吉澤の間髪を入れない突っ込みに、後藤は声を上げて笑った。
「でもさ、私たちのせいで見つかっちゃって、もうあそこ上がれないしっ」
「一回見つかったくらい平気だって」
「そーそー」
眉を八の字に下げて不安そうな顔をする石川を、吉澤の手がわしゃわしゃとなでる。
人に怒られなれていない石川はわかりやすくへこんでいて、どうにもネガティブになりすぎだ。
実際は学生証を出して番号まで控えられてしまったから、もう少し危機感を感じた方がいいかもしれなかったが、吉澤にはこれほどへこんでいる石川の前でそうは言えなかった。
- 268 名前:四角関係 投稿日:2007/07/12(木) 23:33
-
「てかさあ、だいたいごっちんがいきなりあんなこと言うから、あたしらが大声出すことになったんじゃん」
ふと思い立ったように吉澤が後藤の肩の辺りを小突く。
「何ソレ?」
一歩前を歩いていた後藤は、きょとんとした顔で吉澤を振り返った。
「いや、いきなりあの言い方はないでしょ」
ほっぺたをほんのりピンク色にしてしみじみと『好き』とか言われたら、そりゃー焦る。
三人は三人ともかなり整った顔立ちをしている。
石川は正統派美少女、吉澤は端正な美少年風。
そして後藤は一種オリエンタルな香りを漂わせていて、普段はあまり愛想を振りまくタイプではない。
それが頬を染めて恥らうようにはにかむなど、反則行為の極みである。
- 269 名前:四角関係 投稿日:2007/07/12(木) 23:33
-
「えー?だってごとーはよしこのこと好きなんだもん」
数十分前にも後藤から発せられた言葉。
うん、そう。
その顔で言うんなら平気なんだよ。
「はいはい、アリガト」
今度はこめかみの辺りにこつんとこぶしを当てて、吉澤が苦笑いを浮かべた。
「あ、もちろん梨華ちゃんのことも好きだからね」
ひょいっと首を伸ばして、吉澤を挟んだ反対側に立つ石川の顔を覗き込む。
「え、あ、ありがとう」
目を見開いて、困ったように笑う石川。
その目元をちらりと見下ろして、吉澤の苦笑いが渋いものへと変わった。
「だあーら、ごっちんは余計なこと言わないのっ」
眉間にしわを寄せたまま、あごをしゃくって後藤をにらみつける。
- 270 名前:四角関係 投稿日:2007/07/12(木) 23:34
-
「えー。よしこひどいよ。ごとーはこんなにも梨華ちゃんのことが好きなのにぃ」
「え?ごっちん、あの」
「ねえ、梨華ちゃん。よしこなんかやめてごとーにしなよ」
ね?と石川の手を取る後藤を、吉澤は引きずるようにして石川から引き剥がす。
「ちょっと待って、さっきごっちん『よしこ好き』っつったじゃん」
「えー?言ったっけ?」
「マテコラ」
空中を見上げて口笛まで吹きかねない後藤に、吉澤はくってかかる。
それをひらりとよけると、後藤はすばやく石川に詰め寄った。
「ね、梨華ちゃん、ごとー料理うまいよ?おいしいお菓子作ってあげるよ?」
「餌付けかよ」
「どう?梨華ちゃん」
「え?どうって言われても……」
「はい、ごっちんふられた〜」
後藤の肩をおしやって遠ざけると、吉澤はその間に入るように石川に体を寄せる。
さりげなく探り出した手を握った。
- 271 名前:四角関係 投稿日:2007/07/12(木) 23:35
-
「うえぇぇ。マジで?ごとーショックぅ。ショックだからもう帰るよ〜」
「いや、今帰ってるところだから。っていうかちょうど駅に着いただけだから」
とぼとぼと駅構内に入っていく後藤を、吉澤のツッコミが追う。
くくくっと、吉澤の傍らから押し殺したような笑い声が上がる。
振り返ると、石川がにこにこと後藤を眺めていた。
「ごっちんって面白いよね〜」
屈託なく笑う笑顔に、吉澤は口の中で小さく舌打ちをする。
数分前にはどっぷりと沈みかけていた石川。
今はくすくすと堪えきれない笑みをこぼしている。
なんか微妙に負けた。
すっげー悔しいんだけど。
憮然とした顔を向けると、後藤はにまりと笑って見せた。
- 272 名前:四角関係 投稿日:2007/07/12(木) 23:35
-
大学前の駅から、吉澤と後藤は西へ、石川は東へ帰る。
でも今日は、悔しいから吉澤も東向きのホームに向かう。
「ごっちん、あたし梨華ちゃん送ってくわ」
「うん、わかった。えっちしに行くんだね」
「ごっちん!!」「しねーよっ!!」
真っ赤になって叫ぶ二人に、後藤はうんうんとうなずいてみせる。
「いやあ、いいねえ、若いねえ」
腕を組んだままで階段に消えていく後藤。
「……同い年だし」
その後姿を眺めながら、吉澤はもう聞こえないツッコミをつぶやいた。
「かえろっか」
なんだか妙に照れくさくなりながら、石川の手を引く。
さらに照れた顔で、石川が素直についてくる。
- 273 名前:四角関係 投稿日:2007/07/12(木) 23:36
-
「ホントにいいの?遅くなっちゃうよ?」
「いいの、いいの」
ホームに降り、石川は少し心配そうな目で吉澤を見上げた。
でもその目は多分に甘えを含んでいて。
気楽に答えながらも吉澤の頬は緩んでいく。
後藤にはああ言ったけど、まあ、ほら、ムード次第では……ね?
にまにまと、目を細めながらふと。
藤本に遅くなるとは言って出なかったことを思い出す。
思い出すと気にかかることではあったが、まあ、どうせ吉澤が部屋に帰るまでは起きやしないから平気だろう。
吉澤はこっそりと、母親の携帯に遅くなる旨をメールした。
- 274 名前:esk 投稿日:2007/07/12(木) 23:38
- 本日以上です。
えっと、次回はがんばります……。
- 275 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/13(金) 00:49
- うわーごっちん可愛すぎっすよ反則っすよ
そして振り回されてるいしよしもかわいいですw
- 276 名前:esk 投稿日:2007/07/17(火) 00:49
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>275さま
前回分テーマは『(アホ)かわいい仲良し三人組』だったので、
うまく伝わったみたいで嬉しいです。
- 277 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 00:50
-
藤本はごろりと芝生に体を投げ出した。
数日前の出来事を思い出して思わず噴出す。
まああんなこと二度とない。
そう、うとうとし始めた時。
「……ぐほっ!」
またかよ。
いや、またじゃない。
同じじゃない感触と。
……甘い匂い。
「普通こんなことする?」
目を開くとまつげが触れ合う距離に人の顔。
もちろんその造作など判別しようもないが、自分に乗っかっている人物が誰であるはわかっていた。
- 278 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 00:51
-
「だって嬉しかったんだもん」
少しだけ顔を起して、にゃはっと満面の笑顔。
ぴったりと重ねられた体から、彼女の体温と……体形が伝わる。
……なかなか女性らしい体つきのようで。
太陽のように笑う彼女の髪の隙間からもれる明るい光。
まぶしい光。
まぶしいという感覚は……好きだ。
「たんっていっつもここでお昼なわけじゃないの?」
体を起こした藤本から転がり落とされて、松浦は仕方なくその傍らに座り込む。
あまりにもインパクトの強いファーストコンタクトの日から一週間以上経っている。
松浦は毎日ここで藤本を待っていた。
ダニエルが一緒のときもあったし、紺野が一緒のときもあった。
他の友人は連れてきていない。
でも二度目会えた今日が一人きりだったことが、松浦には嬉しく思われた。
- 279 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 00:51
-
「ああ、まあ……」
「何曜日はここにいるとかある?」
「特に決まってない」
「じゃあそれ以外は学食?」
「ん……いや、学食はあんまり……てか、んーなのどうでもいいじゃん」
どうでもよくない。
松浦には絶対にどうでもよくない。
紺野にいくらあきれられても、石川と藤本を自分の中で比べることは出来なかった。
なにせ、藤本には一度しか会えていなかったのだし。
藤本はかわいい。
とてつもなくかわいい。
でも石川もかわいい。
どちらかを選べと言うのなら、もっと藤本に会わせてもらわなくてはフェアじゃないってものだろう。
- 280 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 00:52
-
「じゃあアタシたんにいつ会えるの?」
「はあ?」
思わず振り向いてしまうと、むうっと唇を尖らせる松浦。
目が合うと、尖っていた唇がにゅうっと笑みの形に変わっていった。
「……えへへへ」
「亜弥ちゃん」
「えへ……え?何?」
「笑い方キモい。それと私の顔見すぎ」
必要寸法五割り増しで至近距離にある顔をぐいっと押しやって、自分も体をそらせる。
「ええっ?アタシのことキモいなんてありえないっ」
「ああ?」
「ありえないよ、たんっ。だめ、もっとちゃんと会わないとっ」
「はああ?」
- 281 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 00:53
-
松浦は無駄に大きい傍らのかばんに手を突っ込んだ。
何が出てくるんだろうと反らせた体を戻して手元を眺めていると、目の前ににゅっと現れた派手な色の手帳。
「わっ」
「ん?」
いきなり鼻先に突きつけられて声を上げてしまったが、落ち着いて見ればそれほど近くに差し出されたわけではなかったようだ。
ではなぜこんな近くに見えたかというと……遠近感を無視するでかさだから。
ハードブックの本のようにも見えるが、重そうな皮の表紙を見るにやはり手帳なのだろう。
ぱらぱらとめくるページはどれもカラフルに飾られていた。
ハートマークがやたら目に入る。
(――人の手帳見たらまずいか)
はたと気づいて今更ながら目を反らそうとした藤本の腕を、松浦がぐいっと引き寄せる。
「たん、ちゃんと見なさいっ」
「はあ?」
気ぃつかってやったんだろうが。
- 282 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 00:54
-
ぶつぶつと文句を言いつつ覗き込んだページは……目がちかちかする。
とりあえずなんでもかんでも派手じゃないと気がすまない性格らしいことはわかった。
目の前に突き出されたのは、どうやら一週間の時間割のようだと藤本は判断した。
勉強という言葉からあまりにもかけ離れた楽しげな一ページになっているため、気づくのに少し時間を要した。
「一緒の授業は?ないの?」
「――え」
それはまずい。
引き気味だった体を乗り出して、記憶をたどりながら隅から隅まで眺める。
よし。
「ない」
- 283 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 00:54
-
「えー?マジでえ?」
がっくりと肩を落とす松浦に、藤本はほっと胸を撫で下ろした。
(って美貴……)
撫で下ろしてからふと自問。
なぜほっとするのか。
ここ以外の場所で会いたくない理由を思ってがしがしと頭をかく。
「じゃあさ、近くの教室で授業してるときとかは?」
「そんなの覚えてないし」
「んーもうっ、たんの時間割見せなよっ」
体を乗り出して、反対側にある藤本のかばんに手をのばす。
「――、ちょっ」
勝手に手を突っ込みかねない様子に、一瞬言葉を失う。
(普通んなことするかっ!?)
「書いてないっ。時間割なんか書いてないからっ」
「はー?何それっ」
「覚えてるからいらないのっ」
「あんたさっき覚えてないっつったじゃんっ」
「そんときになったら思い出すんだよっ」
- 284 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 00:55
-
んぎぎぎっとおでこくっつける距離で睨みつけられる。
睨み合いなら自信がある。
この間は自慢の睨みが利かなかったが、あの時は動揺が激しかったからだろう。
こっちが後ろめたかろうとなんだろうと、睨み合いでこの藤本美貴に勝つ相手なんて……。
「……もう」
張り切って突き合わせていたおでこからふっと力が抜けた。
睨み合いに勝った……わけではなさそうだ。
余裕の表情を浮かべる松浦に、藤本はきょとんとする。
しょーがないわね、この子はもう。わがままで。
みたいな。
第一次反抗期の三歳児を見るような目つき。
なんかこう……ムカツク。
- 285 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 00:55
-
余裕の表情のままくしゃくしゃと髪を撫でられて。
ぽかんとしていたらにまにまと笑いかけられる。
「キショイ……」
「もう、たんって素直じゃないなあ」
「はあっ?」
だめだ、コイツ。
石川あたりとは反応が180度違う。
扱いにくくてたまらない。
眉間にシワを寄せた藤本を放置して、松浦は手帳から時間割をはずす。
「ハイ。ちゃんと肌身離さず持ってるんだよ」
「は?こんなのもらっても困るんだけど」
差し出された派手な時間割をひらひらと泳がせる。
「誰もあげるなんか言ってないし。コピーしたら返してよ。あ、もちろんカラーコピーだよ」
「コピー?なんで?」
「だからあ、近くにいるときはアタシのこと探して、会いに来なさいってコト」
- 286 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 00:56
-
ああ、なるほ……ど?
至極当然・理路整然、といった顔で押し付けられる言葉に思わず納得しそうになるけど。
いや、待て。
ものすごく理不尽なこと言われてる、今。
「……わっけわかんねー。マジでわけわかんねえ」
時間割がどうのではなく、松浦亜弥という人間が。
藤本は時間割を手に持ったまま、呆然と空を見上げた。
「あんたが自分の時間割教えてくんないからしょうがないんじゃん」
しょうがない?本当にそうだろうか。
根本的な何かが間違ってはいないだろうか。
根本的に。
松浦亜弥という人間は、藤本美貴というニンゲンとの付き合い方を間違えている。
間違えたのは。
松浦か。
藤本か。
見上げた空の青さが目にまぶしすぎて、藤本はきつく目を閉じた。
- 287 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 00:57
-
「あ、そうだ。これもあげる」
真昼間からたそがれようとしていた藤本の顔面に、ひらりとなにかが乗せられる。
――全くコイツは相手の感傷をぶっちぎってくれる。
数秒間無視して見たものの、のけられる気配もないためしかたなくそれを摘み上げた。
至近距離で『一番かわいい顔』の松浦。
「ナニコレ」
「プリクラ」
それはわかる。
「アタシ用のとっておきなんだからね。感謝しなさいよね」
感謝ってなんで。いやその前に『アタシ用』?『アタシ用』ってなんだ?
自分ひとりが映っている特大プリクラを自分で所有することの意味は何だ。
- 288 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 00:57
-
「いらない」
「なんでよ」
「私に必要ないから」
「必要だよー。ちょっと今日は落ち込んだなーっていう時にコレ見たら元気になれるじゃん」
「はー?なれないからっ」
「なれるよ。私なんかいっつもテンションあがっちゃうよ?」
「あがんないし、あがんなくていいし。とにかくいらない」
吉澤に見つかったらなんて言われるかわかったもんじゃない。
それだけは勘弁してもらいたい。
「しつこいですー」
「どっち――が、っ」
押し返そうとした腕を逆に強くつかまれた。
巻きつく指の感覚。
じわりと伝わる体温。
皮膚の、肉の感触。
- 289 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 00:59
-
「……たん?」
呼吸が、うまく回らない。
「どうかした?あ、ごめん、痛い?」
突然フリーズした藤本を、腕を強く握りすぎたためかと仮定して松浦はそっと指を開いた。
「……ぁ」
喪失感。
に、微かにもれた声。
言葉なく、二人の間の時間が数瞬止まる。
隙間なく見詰め合う松浦の瞳が、微かな驚きに続いてやさしい温度を浮かべる。
ゆっくりと、今度はそっと。緩く同じところをつかまれる。
温度。
体温。
- 290 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 01:00
-
くらりと目眩がして、傾いだ藤本の体を松浦の腕が引き寄せる。
そのままゆっくりと自分のひざの上に倒れこませる。
松浦のジーンズが、自分の頬が触れた部分だけ色濃く変色した。
そのとき初めて、藤本は自分が涙を流していたことに気づいた。
顔がかあっと熱くなる。
膝枕なんかされて、そんなの冗談じゃないって思う気持ちもどっかあるのに、涙なんか見られるくらいならこのままでもいいかとか思ってしまう。
それに……なんでこんなに。
- 291 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 01:01
-
腕はまだつかまれたままだった。
逆の手はまるまった背中をゆっくりと撫でている。
手のひらから伝わる、体温とヒトの感触。
……そういうのには、慣れていない。
だから。
こんなに。
気持ちが、甘い。
閉じていたまぶたを薄く開く。
松浦の青いジーンズと赤いミュール、芝生の緑、グラウンドの茶。
まぶしいほどに強い光があるから、まぶしいほどに鮮やかな色彩がある。
その光の中に、藤本はいた。
- 292 名前:四角関係 投稿日:2007/07/17(火) 01:02
-
「……たんは寂しがりやさんだなあ」
それからしばらくして松浦のつぶやいた声は、藤本の耳には届かなかった。
少し強く風が吹いて、遠くを見遣る松浦の髪を揺らした。
(かわいすぎて……困るよ)
- 293 名前:esk 投稿日:2007/07/17(火) 01:06
- 本日以上です。
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/17(火) 21:43
- SFのファンですがこちらもすごく好きになりました。
- 295 名前:名無し 投稿日:2007/07/18(水) 11:43
- 藤本さんを泣かす松浦さん好きです
- 296 名前:esk 投稿日:2007/07/23(月) 23:39
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>294さま
ふぁ、ファンですか!?ありがとうございます〜。こちらもよろしくおねがいしますっ。
SF人気者だなあ……。
>>295さま
松浦さん最強ですからw
さて。この先の構成が不自然すぎたため、現在再編成作業中です。
たいして進んでないのにごめんなさい。
とりあえず今日はどうでも小ネタでお茶を濁します。
石柴藤吉。
- 297 名前: 投稿日:2007/07/23(月) 23:40
-
『 ボーリング 』
- 298 名前:ボーリング 投稿日:2007/07/23(月) 23:41
-
「石川梨華争奪杯!第224回、ボーーーリング大会!!」
「ちょ、よっすぃ、大きな声はだめだよっ」
帽子やサングラス、メガネとか多少は顔隠してるけど、周りにはどうもばれてるみたいだし。
その上であんまり目立つ発言はやめてほしい。
「さあ、柴田選手、意気込みをどうぞっ」
よっすぃは、袖をひっぱった私を無視して、柴ちゃんにインタビューの真似なんか始めた。
くるくるとボールを磨いていた柴ちゃんが、あまり気乗りしなさそうに顔を上げる。
「まあ、もともと梨華ちゃんは私のモノだから、この勝負自体意味がないって言うか」
「あれー、あゆみちゃん勝負する前から負け宣言なんだ」
「おっ、挑戦者・藤本選手強気です」
「はあ?美貴何言ってんの?勝利宣言だよ?」
「てかよっちゃん、美貴挑戦者なの?」
- 299 名前:ボーリング 投稿日:2007/07/23(月) 23:42
-
このボーリング大会が決まった日からイマイチテンションの低い柴ちゃん。
かなりノリノリな美貴ちゃん。
さらにノリノリなよっすぃ。
ああ、なんでこんなことになってるんだろう。
っていうか、柴田さん。
石川梨華は柴田さんのものでもありませんから。
「だって美貴、ベストスコア私に負けてるじゃん」
「昔の勝負では勝ったもん」
「あ〜、柴っちゃんとミキティはデビュー前によく遊んでたんだっけ?」
「そうそう。でも実力では負けてるってことだし」
「美貴本番に強いから」
「今日が本番?」
「そうそう」
なんかピリピリしてるよ〜。
二人の周りだけ気温が低――と思ったらよっすぃのとこだけ小春日和だわ。
柴ちゃんも意外と冷たいしゃべり方するからなあ。
ちょっと、怖い。
- 300 名前:ボーリング 投稿日:2007/07/23(月) 23:42
-
「あゆみちゃんいっつもベストスコアの話するけど、たった3ピン差じゃん」
「そんだけ違うかったら充分だよ。ねえ、梨華ちゃん?」
「そ、そうかな?そうでもないんじゃない?あ、でもそうかもっ」
いきなりこっちに振られても〜。
左右から二人の眼光に、びくびくと首を振る。
「どっちよ〜っ」
「梨華ちゃん!」
「えええ〜。わかんないってばっ」
ボーリングのスコアなんか100も行かない私に、軽く160を超えちゃう二人は世界が違いすぎる。
どう言えばいいっていうのよ。
じりじりと迫ってくる二人にあとずさった私の肩を、よっすぃが支えてくれた。
振り返ると間近ににやにや笑い。
「てか、始めませんか?」
- 301 名前:ボーリング 投稿日:2007/07/23(月) 23:43
-
真剣にボールを選定して、丁寧に磨いている柴ちゃんと美貴ちゃん。
……そんなに汚れてるのかな?
チーム?分けは、私とよっすぃ、柴ちゃんと美貴ちゃん。
私が混ざるとどう考えても二人の調子狂わせちゃいそうだから。
始まってみたら、やっぱり二人はとんでもなく上手い。
……そして私はとんでもなく下手だった。
よっすぃはそこそこ上手いみたい。
普通の女の子の平均知らないからよくはわからないけど。
それでも自分がとんでもなく下手だってことはわかる。
- 302 名前:ボーリング 投稿日:2007/07/23(月) 23:43
-
「てかさ、5フレで30行ってないってどうよ」
「え?マジ?」
「ひどいね」
「あれさ、歩数あってないよね」
「美貴あれPKのときに見たことある」
「ボール飛んでるって」
「レーン破壊する気?」
「力有り余ってるんじゃない?」
「穴あいたら自分で弁償しろよー」
「ここまで下手だと盛り下がるよね」
「さすがKY(空気・読めない)」
「でもあゆみちゃんも結構KYだよね」
「はあ?私あんなんじゃないよっ」
「梨華ちゃんほどではないけど」
「っていうか美貴のが断然KYじゃん」
「美貴は違うよ。空気読めないんじゃないの。空気読まないなの」
「なお悪いっ」
「悪だね、悪」
「じゃあ梨華ちゃんは天然で悪だね」
「っていうか公害」
「存在自体が災害」
- 303 名前:ボーリング 投稿日:2007/07/23(月) 23:44
-
「うるさーいっ。二人とも真面目にやんなよっ」
途中からよっすぃまで混ざってるしっ。
っていうかこれって一応『石川梨華争奪戦』なんでしょ?
そんな日くらい優しくしてくれてもいいじゃんっ。
「だって梨華ちゃんいじられる方が好きじゃん」
「うん。――あ、いや、っていうか勝負中でしょ!そっちどうなのよっ」
「終わったよ」
「そっち遅いんだもん」
「は?……あ」
柴ちゃんと美貴ちゃんが二人同時にが指差した画面を見上げると。
ホントに終わってる。
スコアは美貴ちゃん160。柴ちゃん164。
「まあ実力って言うか?」
「いやいやいや、ボーリングはアベレージとっていくらでしょ。3ゲーム終わってから言ってくれる?」
今日は3ゲーム平均点勝負らしい。
- 304 名前:ボーリング 投稿日:2007/07/23(月) 23:44
-
さて。2ゲーム目は美貴ちゃん168(なにげにベストスコア(ホントに本番に強い))、柴ちゃん166。
わずかに柴ちゃんリードで、勝負の3ゲーム目。
「これ今どっち勝ってるの?」
「う〜ん。よくわかんないけどミキティ有利っぽくね?」
ストライクが続くと点数がすぐには出ないらしい。
でも柴ちゃんが不機嫌そうな顔してるってことは本当に美貴ちゃんが勝ってるんだろう。
ボーリングの点数のつけ方ってよくわかんないなあ。
ちなみに1ゲームにかかる時間が違いすぎるため、私たちは2ゲームで終わりにした。
その時点で柴ちゃんたちの3ゲーム目もだいぶ進んでいたから。
がこーん
「よっしゃ!」
顔をあげるとまたストライク。
ガッツポーズで戻ってきた美貴ちゃんが、満面の笑みに顔を緩めて私に笑いかける。
- 305 名前:ボーリング 投稿日:2007/07/23(月) 23:45
-
「も〜、決まりかなあ」
「まだまだっ」
スコアを見上げる美貴ちゃんを横目に、柴ちゃんが気合を入れて立ち上がる。
「決まりなの?」
「うん。決まり決まり」
「ふーん。じゃあ、ミキティが梨華ちゃんゲットしちゃうんだ〜」
「しちゃうよ〜」
にへ〜と顔を緩める美貴ちゃんをよそに、にやりと意味ありげな視線を私に向けるよっちゃん。
その流し目に、どきっとする。
ちょ、ちょっと……そんなのやめてよね。
「……よっちゃん?」
あああ、ほらっ。
美貴ちゃん勘良いんだからっ。
よっすぃを睨み付けた眉間の筋肉は、でも、すぐに緩む。
顔に触れた、あったかい感触に負けて。
- 306 名前:ボーリング 投稿日:2007/07/23(月) 23:46
-
にやにやと笑いながら私のほっぺたを撫でるよっすぃ。
「そうか〜。ミキティかあ。でもねえ。梨華ちゃん」
手の動きが止まって、私の目を見ると、勝ち誇ったような笑み。
「……あたしから離れられんの?」
「は?よっちゃんちょっと!」
美貴ちゃんの声を無視して、私のほっぺたを挟むよっすぃの手に力がこもる。
ゆっくりと近づいてきた大きな目に抵抗力を失うのは、もう、条件反射。
「どうかした?」
投げ終わったらしい柴ちゃんの声まで聞こえて。
二人の視線を痛いほど感じているのに。
私は、されるがままで。
一瞬だけど。
唇が触れ合った。
- 307 名前:ボーリング 投稿日:2007/07/23(月) 23:46
-
「よっちゃん!?」「よしこ!?」
二人同時の叫び声が、聞こえたような聞こえなかったような。
急激に熱くなる顔が自然にうつむく。
「何今の!?梨華ちゃんよしこと付き合ってんの!?」
がくがくと肩をゆすられて、かろうじて顔を上げると、柴ちゃんのつりあがった目。
「ちが、違うよっ」
「いや、違うようには見えなかったっ」
「っていうか、美貴も聞いてない」
「だって言ってないもん。っていうか付き合ってないし」
美貴ちゃんにぐいぐいと迫られて、でもよっすぃはしれっとした声で答えている。
「……どういうこと?」
私は私で、柴ちゃんに冷たい視線を浴びせられて。
ううう。
その視線。
わかっちゃってるよね……。
- 308 名前:ボーリング 投稿日:2007/07/23(月) 23:47
-
「だ、だって」
「だって何?ちゃんと言ってみな?」
にこーっと顔を近づけてくるよっすぃ。
ああ、言わないといけないのね。
私が言うのね。
「……よっすぃ……上手いんだもん」
「「 何がだ〜〜!!! 」」
- 309 名前: 投稿日:2007/07/23(月) 23:48
-
『 ボーリング 』 終わり
- 310 名前:esk 投稿日:2007/07/23(月) 23:53
- 以上です。相変わらず不純でごめんなさい。
っていうか小ネタスレ別に立てときゃよかった……。
お前がKYだよ……。
- 311 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/24(火) 01:27
- いやいやKY(空気・読めてる)ですよ!w
いやーがっつり萌えましたはー
- 312 名前:esk 投稿日:2007/07/28(土) 17:49
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>311さま
ありがとうございます!ホントですか?大丈夫ですか?
まあ、読めてなくても厚顔無恥に続きますw
- 313 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:50
-
「ひとみちゃん」
机に突っ伏している吉澤の肩を揺らす。
「ん〜……。あ、終わった?」
「終わったよ。もー、ずっと寝てるんだもん」
「だって眠くて。ふぁ」
大口をあける吉澤を、石川はあきれたような顔で見つめる。
深夜まで藤本が借りてきた映画を付き合わされて見ていたため、昨夜はあまり寝ていない。
だいたいすでに深夜と呼べる時刻に入ってから、いきなり映画が見たいとか言い出して、そのくせホラーを一人で見るのは怖いとか柄にもないことを言いやがる。
やつのわがままには底がないのか。
深夜営業のレンタル屋が近所にあるのも、こうなっては考えようだ。
明日は朝イチからはずせない授業があるのだと抗議する吉澤に、藤本の主張はこうだった。
『美貴が起きてるんだから、よっちゃんが寝ても意味ないじゃん』
確かに。藤本が起きている限り、吉澤一人が眠りに就いたところで本当の意味の睡眠にはならない。
そう思うんだったら一緒に寝てほしいと言う吉澤の嘆願はあっさりと却下された。
- 314 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:50
-
短い眠りを隔てたのちに全くさわやかでない朝を迎え、案の定一瞬たりとも覚醒しようとしない藤本。
しかもしとしとと雨が降り出している。
踏んだり蹴ったりとはまさにこのこと。
舌打ちしながら、それでも遅刻もせずに来たのだから褒めてほしいくらいだ。
「あ、そうだ。梨華ちゃん、あたし今日これで帰るね」
「えっ?なんで?午後の授業は?」
「間違えてバイト入れちゃってさー。今度ノート見せて」
「えええっ?」
「ね?」
文句を言おうと尖らせた石川の唇に、吉澤の細い指先が押し付けられる。
「……いいけどお」
- 315 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:51
-
それだけで柔和した石川に、吉澤は勝ち誇ったようににかって笑って見せて。
グロスの移った指先をちろりと舐める。
「なっ……もお」
男前な笑みでキザな仕草をやってのける吉澤も吉澤だが。
真っ赤になりながら胸のあたりで手を組む石川も石川だ。
「じゃ、ヨシザワお仕事してきまーす」
せっかく漂った甘い空気を一掃するとぼけた声で宣言すると、言うが早いか、すでに体を返して。
切り替え早すぎ。
真昼間の大学の真ん中で、じんわりとかしちゃった自分をどうしろって言うんだか。
- 316 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:52
-
(さてと)
へんなりと眉を下げる石川。
吉澤に置きざられた教室を抜け出して、一人学食前までやってきたものの。
その入り口近くで立ち往生中。
わざとゆっくりと傘をたたみ、所在無く携帯なんかを取り出す。
目の前スレスレを賑やかに学生たちが通り過ぎる。
(……困ったなあ)
ひとりで昼食をとると言う行為を、石川はかなり苦手としている。
今日は後藤も午後から日だし、昼食だけのために他の友人に連絡を取るというのも気が引ける。
誰かを捕まえたとしても、その友人は友人で一緒にいる人がいるだろうし。
人見知りの激しい石川にとって、良く知らない人と昼食をとることはなかなかし難い。
とりあえず取り出した携帯。
なんとなく呼び出したメモリーをじっと眺める。
一人だけ。
心当たりがある。
普段一緒にいる友人をけってでも、自分と昼食をとってくれるであろう人物。
- 317 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:52
-
しかし。
普通に考えても図々しいお願い。
彼女の気持ちを考えると、それはしてはいけないことだと思う。
(よし)
しょうがない。
一人でご飯が食べられないだなんて子供みたいなこと言ってたらだめだよね。
石川梨華、大人になります!
無駄に力んで券売機に向かった石川の背後から。
「あ!梨華ちゃん!」
きらきらと光を撒き散らすような明るい声。
先ほど携帯に呼び出されていた名前を持つ人物。
「亜弥ちゃん……」
- 318 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:53
-
毎日毎日あの土手で、懲りずに藤本を待っている松浦も、さすがに雨の日まで彼女がそこに来るとは思っていない。
朝から降り続ける雨を恨めしく思っていた。
けれど、今は同じものに感謝したくなっている。
飛びついてきた勢いのまま、石川にまとわりつく松浦。
さっきまでは会いたいと思っていたが、いや、会えて嬉しいし、損得ではなく楽しい気持ちになれているのも確かなんだけれど。
困ったなあ、なんて。思うのも事実。
(ひとみちゃん帰っててよかった……)
「ね、今日は何食べるの?」
松浦の対人距離が近すぎるのは藤本に限ったことではない。
無駄に近くから聞こえてくるかわいらしい声。
「んー。何にしよう?」
何もない空を見上げて思案するフリで、気づかれないようにこっそりと体をそらせる。
- 319 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:54
-
その視線を追ったわけではないが、松浦もきょろきょろとあたりを見回した。
「ごっちんは?」
「今日はお昼からしか授業ない日だから。まだ来てないよ」
「へーそうなんだ。……もしかして、梨華ちゃんお昼一人?」
「あ、うん。あの、いつも一緒の子がバイトで帰っちゃって……」
「じゃ、アタシ一緒してい?」
「え……いいけど……お友達は?」
「全然良いよ、そんなのっ。梨華ちゃんと二人のほうが嬉しいもん!」
たたたっ、とまだそばに居た紺野他友人たちに二・三言声を掛けるとすぐに戻ってくる。
なんとなく視線を向けると、数人の友人たちは特に気分を損ねた風でもなく……むしろにやにやとこちらを見ている。
石川は、なんとなくいたたまれなくなって小さく会釈して体を返した。
松浦がすっと腕を組んでくると、後ろできゃーっと小さく歓声が上がった。
なんなんだろう、これは。
石川の眉がきゅうっと下がる。
- 320 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:55
-
「にゃはは。梨華ちゃん、かわいい顔んなってるよ」
眉の辺りにぐりぐりと指を押し付けてくる。
いや、ますます視線を感じるんですけど。
「あ。眉毛消えた」
「ええ!?」
慌てて手で眉を押さえ、石川は松浦をにらみつける。
なのににこにこと嬉しそうに笑う松浦。
なんてことをしてくれるんだ、と鏡を取り出そうと石川がかばんに手を突っ込んだら。
「うっそだよーだ」
「え?」
良く理解できていないのか、石川はまだ眉を隠したままで。
「冗談だってば」
「ホントに?ホントにウソ?」
「ウソウソ。ちゃんとあるよ、眉毛。かわいいのが」
にひっと笑いながら顔をくっつけてくる松浦に、石川はがっくりと肩を落とす。
松浦といるととにかくいつもこんな感じだ。
前触れもなく走り出す、目隠しされたジェットコースター。
でも、隣でべったりくっついてとめどなく笑い続ける松浦が居るから、どこか安心していられる。
- 321 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:55
-
「で?何する?」
「うーん。カレーかなあ」
「じゃあアタシもっ」
一枚ずつ食券を買って、券売機の列を離れる。
人ごみを掻き分けて脱出した松浦がふと思いついて振り返ると、石川は背の高い男子生徒の後ろで立ちすくんでいる。
……全く、この人は。
ぐいっと腕を引いて人ごみから石川を引っ張り出す。
「ご、ごめんね」
眉を下げて情けなさそうに言う石川は、やっぱりかわいい。
なんていうか。
ホント、はずさないなあ。
「いえいえ」
にかっと笑ってやると、石川はほっとしたように頬を緩めた。
握った手をそのままに、カレーコーナーへと引っ張っていく。
石川は特に抵抗するでもなく、反応もなく素直についてくる。
列の最後尾に並んで、それでも手はつながれたまま。
ちらりと顔を見上げても、にこにことしているだけで。
- 322 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:56
-
――あの日。
どうして彼女は。
腕に触れた。
ただそれだけで。
大きな瞳から流れ出した涙が真っ白な頬を伝っていることに、彼女は気がついていないようだった。
その表情に痛みはなく。苦しみもつらさもなかった。
けれど、松浦がちょっとだけ期待したような恋情も、残念ながら読み取れなかった。
松浦自身は、石川に始めて触れたときは胸が躍ったが(今でも小躍りくらいはする)、藤本の表情にはその喜びはなかった。
そうではなく、もっと。内的な。自己的な。
長く迷子になっていた子供が母親を見つけたような。
安堵と、不信。
彼女は何が信じられないと言うのだろう。
松浦が?
それとも――
- 323 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:56
-
「亜弥ちゃん」
「――え?」
「ごめん、手……」
石川は申し訳なさそうに繋がれた手を掲げてみせる。
すでにカレーは二人分用意されており、列から少し離れたところで石川は困った顔をしている。
たしかに片手でトレーを持つのは難しい。
「ああ、ごめんごめん。梨華ちゃんの手気持ちよくてぇ」
「えー?もお、亜弥ちゃんっていっつもそんなことばっかり」
妙に嬉しそうに身をくねらせる石川に、繋いだままの手でチョップを入れる。
「えー?なんでえ?」
「梨華ちゃんがかわいいからだよ」
しれっと言ってのけ、一度引き寄せた手をぱっと離す。
じっと顔を見つめてみたが、石川の表情は特に変化しなかった。
もちろん、日に焼けた肌に涙を落とすこともしなかった。
- 324 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:56
-
- 325 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:57
-
バイトから帰り、吉澤は机の引き出しをごそごそと探っていた。
「……っかしいーなあ。絶対ここなのになー」
最近はじめたバイトが本採用になった。
試用期間中の給与を手渡しされ、次回からは口座振込みだ。
時給も上がる。
そのための、大事な大事な銀行通帳が。
「ったく。美貴のやつぅ」
意外と几帳面な吉澤。
引き出しの中もきちんとそろえられていたはずだ。
――自分の記憶の中では。
こんなばらばらになっている引き出しは記憶にない。
ないということは、原因はひとつだ。
手荒に引き出しをかき回す藤本がはっきりと目に浮かぶ。
何を探したか知らないが、せめて元に戻しといてほしかった。
- 326 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 17:57
-
仕方がない。
引き出しごとごっそりと机に取り出して、一番底から中身をさらう。
探し物ついでに整理しますか。
さて、一番下は何だろう。
取り出されたのは二つ折りのコピー用紙。
ひらりと開くと。
(……?)
派手に彩られた……時間割?
そして挟まれていたモノを一目、吉澤はピューっと口笛を吹く。
「かわいー……けど。美貴って……アイドルヲタ?」
吉澤の手には一枚の写真。
この部屋にあって自分の持ち物ではないということは、当然藤本の所有物である。
引き出しの一番底にあったということは……隠してあったのかもしれない。
輝かしいまでの笑顔の、その下には本人直筆であろうフルネームがでかでかと書かれている。
『松浦亜弥』
見た顔ではなく聞いた名でもないが、吉澤だってアイドルに詳しいわけではない。
しかしこの表情の作り方は素人とは思えない。
どうみてもそれを生業としている人物のものだ。
- 327 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 18:00
-
「……ん?」
しかしひらりと裏を返し、先ほどから無意識に感じていた違和感の正体を知る。
これは、写真ではない。
プリクラだ。1シート2分割の最大サイズ。
最近は生写真のかわりにプリクラを配るのだろうか。
まあどこにでも貼れるほうが使い手はありそうだが。
「……う〜む」
ありそうだけど。
その考えには無理がある。
ということは……素人さんですか?
これが?
これだけ自信満々の笑顔が?
それも無理がある。
う〜む。
仕方ない。
「美貴ー。おーい。美貴ちゃーん」
持ち主に聞いてみよう。
- 328 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 18:01
-
「……んだよ」
何度目かの呼びかけに、ようやくうざったそうな応答が帰ってくる。
「これ、誰?」
「ああ?……あっ」
慌てて隠そうとする藤本を押さえ込んで、ひらひらとプリクラを振って見せる。
「誰?」
勝ち誇ったような吉澤に、藤本はがっくりとうなだれた。
- 329 名前:四角関係 投稿日:2007/07/28(土) 18:01
-
藤本が外で見聞きしたことは、細大漏らさず全て吉澤に話している。
そうしなければ色々と不都合があるから、必要不可欠な過程だった。
なのに。松浦のことだけはどうしても言えなかった。
松浦は、もし大学内で藤本を見つければ、文字通り飛びついてくるだろう。
そういうやつだ。
そのときに吉澤が何も知らなければ非常に厄介なことになる。
だから話さなければならないとは思っていた。
いいきっかけだと思わなくては。
藤本はできるだけ叙情を挟まず、簡素に叙事的に出来事だけを口にした。
「ふーん。オッケー。わかった。気をつけるよ」
意外にもあっさりした吉澤の答えに、構えていた藤本はきょとんとする。
もっとつっこんでからかわれると思っていた。
実際、吉澤はからかおうと思っていた。
でも、できなかった。
吉澤の胸の奥に、ポツリと黒い穴が開いた。
- 330 名前:esk 投稿日:2007/07/28(土) 18:08
- 本日以上です。
再編成したくせにこの先のまとまりはなくなっていきますが、
それが実力だとあきらめましたw
あと、自己ツッコミを忘れてたんですけど、『ボウリング』ですよね。
みんなで穴掘ってどうするんだか……。
- 331 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/29(日) 07:58
- とっても良かったよ!
- 332 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/29(日) 12:07
- 同居している二人の関係が読み取れなくて…。
すでにどこかに書いてあるのかな?
- 333 名前:esk 投稿日:2007/07/30(月) 23:49
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>331さま
ありがとうございます。がんばりますっ。
>>332さま
内緒です。前回分、一番疑問に思ってもらいたかった部分です。
謎掛けできるほどの力量がなくてわかりにくいですが、徐々にネタバレていけたらなあと思います。
では、更新します。
- 334 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:50
-
「たん」
「ん……?」
松浦のひざに頭を乗せて、藤本は気持ちよさそうにうとうとしている。
あの涙を見せてしまった日から、松浦はこの格好をとることを藤本に強要するようになった。
はじめは嫌がっていたものの、意外と力強い腕に強引に引き倒されて、もう今では抵抗もなく頭を乗せるようになってしまっていた。
「そろそろ携帯教えてよ」
三度目ここで出会ったとき、松浦の求めに藤本は応じなかった。
『あんまり知らない子に教えたくないんだよね』
冗談めかして言った言葉に松浦はわかりやすく膨れて見せたが、その実結構ショックだった。
そのショックの大きさは相当で、こんなに仲良くなったつもりなのに、もしまた訊ねて断られたらツラすぎる。そう思って今まで聞けずじまいだった。
一緒に過ごした時間は実際そう多くない。
学年も学部も学科も全く違うという藤本と、この場所以外で出会うことは一度もなかった。
しかも毎日張っていても出会えるのは週に一、二度。
このままどこかに出かけようとか誘いをかけたこともあったが、藤本がそれに応じることもなかった。
ただ、松浦にとってもこうやってのんびり一緒に過ごす時間が幸せで、それ以上それ以外を望むことはあまりなかった。
- 335 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:50
-
「いいじゃんそんなの。私は今の携帯社会はどうかと思うね。こう、時間の流れが……」
「……もういい」
のんびりと語りだす藤本の声に、松浦はがっくりと肩を落とす。
それでも思ったよりショックが小さかったのは、藤本のしれっとした笑顔のおかげか。
気を使ってくれてるのかな?
教えられないのも何か理由があるのかもしれない。
それならそれで理由を知ることのできない関係に寂しくも思うのだが。
「あーやちゃん」
歌うように呼びかけられて、そっぽを向いていた視線をひざの上に下げると、上を見上げている藤本の大きな瞳と出会う。
にまりと垂れる、多分に甘えを含んだ視線。
これでいい。
これだけでも、いいよね。
手を取り、猫背な背中を撫でてやると、猫のように藤本は目を細めた。
- 336 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:51
-
松浦の気配と外気の感触を楽しみながら、ゆったりと目を閉じていた藤本。
そのまぶたの向こうが少し翳ったような気がして、薄くまぶたを開いた。
「……!!」
視界いっぱいに迫ってきているのものが松浦の顔だと気づいた時には、すでに頬にやわらかい感触が落ちてきていた。
「……ばっ、なにすんの!」
「きゃ」
とっさに振り払った彼女の体がごろりと土手に転がる。
「あ、ごめ……てかいきなり何すんのっ」
「いったあー。ほっぺたちゅーくらいいいじゃんかあ」
唇を尖らせながら、松浦がひじの辺りをさする。
「――っ。怪我っ」
「え?いたっ」
ひじを強くつかまれて体をよじる。
「もうっ。痛いとこつかまないでよ」
「だって……怪我……」
「別に血も出てないし大丈夫だよ」
腕をひねって確かめるが、芝にこすれて赤くなっているだけで傷にはなっていない。
- 337 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:51
-
「そ、そう?……でも、ごめん。あの、びっくりして」
「あー、それはアタシもごめんだね。そんなにイヤだったの?」
「イヤっていうか……だめでしょ、勝手に人の体に」
松浦にとってキスなど本当にただの挨拶で(今のは挨拶以上の感情を持っていたけれど)、それをあんなに拒否されると、これもまた正直へこむ。
藤本は照れ屋なのだ。
スキンシップにオープンな自分とは違う生活をしてきたのだろう。
おそらくちょっとばかり……家庭に事情があるのだろう。
そう納得はしている。
嫌われているわけでない、むしろ結構……好かれているであろうこともわかっている。
だから。
(ま、もうちょっと押せ押せだよね)
- 338 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:52
-
- 339 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:52
-
学生証がない。
昼休み後、三限授業の教室に入ろうとして、藤本ははたと気づいた。
PC教室はカードリーダーに学生証を通さないと入ることができない。
教室前にあったベンチでかばんの中身を全部さらって探したものの、見つからない。
学生証はパスケースの中に入れてあった。
つまり、定期もない。
(やば……。よっちゃん……マジごめん)
定期もそれなりの額だが、一番まずいのは学生証。
学生証には学内のコンビニ、学食、カフェなど全てで使えるクレジット機能が付いている。
しかもコンビニは学生生協も兼ねているから、結構大きな額を動かすことができる。
これは。まずい。
中に居るであろう後藤か石川の携帯に連絡すれば、内側からドアを開けてもらうことはできる。
しかし藤本は授業には出席せず、教室を離れた。
今落とした、という感じではないし、朝それで改札を通ったのだから忘れてきたはずもない。
可能性としては大学内。
とにかく一刻も早く探し出さなくては。
- 340 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:53
-
とりあえず学生課で落し物コーナーをあけてもらう。
「マメなようで抜けてるねえ、あんたは」
なんでこいつなんだ。
保田の視線を落ち着かなく感じながら、山のようにある落し物を点検するが、そこにはなかった。
保田の勧めでクレジット機能停止の手続きだけしてもらう。
「出てきたら携帯に連絡してあげるよ」
意外なほどに落ち込んでいる藤本に苦笑を浮かべながら、保田はその細い肩をたたいた。
「……お願いします」
コンビニ、教室、図書館、朝から自分が歩いたコースをたどってみるが、どうも見つかるとは思えなくなってきた。
- 341 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:54
-
「まいったな……」
吉澤になんて謝ればいいだろう。
こんな失敗は初めてで、ちょっとした動揺が藤本を揺らす。
さすがの吉澤でも、これには怒るだろう。
定期代っていくらだっけ?
(しばらくバイト代わって、よっちゃんの代わりに働こうかな)
それでは根本的に吉澤の増収にはならないんだけど。
最近始めたコンビニバイト、シフトを増やしてもらってかわりに働くとか?
(……コンビニ?)
そうだ。昼食は学内のコンビニでカード払いしている。
その時点まではあったのだ。
つまり、無くしたのは昼休み中――。
藤本の脳裏にふと、昼休みの出来事が浮かんだ。
頬に触れた、松浦の――。
(じゃなくてっ)
かっと熱くなった顔をぶるぶると振って、藤本はグラウンドへ歩き出した。
もしかしたら、あの時に落としたのかもしれない。
- 342 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:55
-
足早に土手へ向かうと、なぜか見慣れた後姿がそこにあり、藤本の胸をどきりとさせる。
どうして?
藤本がここを離れるとき、なぜか松浦はいつも遠ざかっていく自分をここから見送っていた。
ついてこられると非常にやっかいなことになるから、藤本にしてみれば願ったりなわけだが、松浦の性格を考えるとべったりとくっついてきそうだったから、それはいつも意外に思っていた。
そういえば。
松浦は、以前ほどしつこく会いたいとは言わなくなった。
時間割もコピーしたが、一度も使っていない。
- 343 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:56
-
松浦は松浦でそれなりに思うところがあり、今は少し引いたスタンスを保つことにしていた。
立ち入ったことを聞こうとすると、するりと避けられる。
所詮心を許してはいないのだと落ち込む気持ちと、触れられたくない傷ならば、外から包んで癒してやりたいと思う気持ち。
さらには、まだ石川へも向かい続けている自らの気持ちの行方。
安堵と、不信。
彼女が流した涙を、松浦はわからなくもないと思った。
彼女が信用できないと思っているのはきっと。
――自分自身。
(でもさ、たん)
信用できなくても何でも。
まず一番に愛すべきなのは、自分自身なんだよ?
じゃなきゃ他人なんて愛せない。
- 344 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:57
-
さくり
芝を踏む音に、松浦はぱっと振り返った。
「たん!」
藤本を認めると、待っていたかのように(実際待っていたのだが)得意げに腕を差し出して見せる。
もしかして。
藤本が慌てて近づいて、その手元を確かめると。
「じゃーん」
それは、見覚えのあるパスケース。
「良かったね、親切な人が拾ってくれてて」
「うわー。マジ助かったよ。良かったあ」
っていうか落し物コーナーに届けといてくれればよかったのに。
ふとそう思わなかったわけでもないが、なんにせよ見つかったことには大きく安堵していた。
「ありがとー」
- 345 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:57
-
「……うっふっふ」
はあっと息をついてしゃがみこんだ藤本に覆いかぶさるようにして、得意の満面笑顔な松浦。
唇に指を当てて、にまにまと笑う。
「何?お礼の催促?私お金ないよ?」
いや、でもお礼はしよう。
さっきのバイト、本気で吉澤に願い出ようか。
「ちがいまーす。たんはぁ、定期入れの中に学生証入れてたんだね」
「あ、うん。そうなんだ。だからさっき学生課で――」
はっと藤本の動きが止まる。
まさか。
「名前見ちゃった、よ――」「やめてっ!!」
藤本の鋭い声が松浦の言葉をさえぎる。
聞きたくない。
その名前を。
松浦の口から呼ばれたくなかった。
- 346 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:58
-
「え、え?」
過剰な反応に戸惑いを隠せない松浦。
「あ、ごめ……あの……いや、たん。たんでいいじゃん。ね?」
「どうして?かわいい名前じゃん」
戸惑いが疑いに代わりつつある松浦の顔に、フォローしようのない行動をとってしまったことを悟る。
「あー、ほら、み、私のことたんって呼ぶの亜弥ちゃんだけじゃん?それってさ、結構うれしいって言うか。だから亜弥ちゃんには他の呼ばれ方したくないっていうか」
「……そう?」
何気にかなり恥ずかしいことを言ってしまった。
ごまかそうとして本心言っちゃってどうするんだよ。
疑いが消えた松浦の甘い笑顔に、安堵と同時に、深い後悔を覚える。
「ほら、それにダンと兄弟みたいでさ、気に入ってるんだよね。私犬好きだからさ。だから亜弥ちゃんは今までどおりたんって呼んでよ」
フォロー、フォロー、言い訳、言い訳。
繰り返す頭の中で。
- 347 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:58
-
何よりも大切な。
その名前で呼ばれたくない。
突如はっきりと形作られた想い。
「んー。……わかった」
「うん。ありがと。なんかお礼するよ。マジで助かったし」
意外とすぐに引き下がった松浦に、藤本はほっと胸をなでおろした。
が。
「じゃあ……ちゅーして?」
「はあっ!?」
「軽いのでいいから」
「いや……軽いとか……」
そういう問題ではなくて。
「ほらほら、早くう」
絡み付いてくる腕に。
ぐいぐいと迫ってくるドアップに。
どうしてそんなことをしてしまったのかと言えば。
今でも頭の中で居座っている、がっちりと整形されたその想いせいだ。
- 348 名前:四角関係 投稿日:2007/07/30(月) 23:59
-
「え」
……ほっぺただけど。
「え……え……」
「それ、それで我慢してっ」
ちらりと顔色を窺う。
また不満そうにしてるんだろうなと思っていた藤本の予想を大きく裏切って。
顔を真っ赤にして小さくうなずく松浦。
「へ?」
「だ、だって……」
まさかしてくれるとは思わなかった。
まさか。
ここまでうれしくなれるとは思ってもいなかった。
- 349 名前:esk 投稿日:2007/07/31(火) 00:02
- 本日以上です。
松浦さんの体勢無理だと思う。>>336冒頭
- 350 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/01(水) 22:15
- たしかに謎があちこちでてきますね。
つづき楽しみ。
- 351 名前:esk 投稿日:2007/08/02(木) 22:09
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>350さま
最後には全ての謎が解ける……はずです(^ ^;)
最後までお付き合いお願いします。
では、更新です。
- 352 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:10
-
ほっぺたにくれたちゅーはその一度だけ。
何度せがんでも二度目はなかった。
……二度目、されたら。
色々なことがわかってしまうこともわかっていたから。
ただのお遊びでもあったんだけど。
それに、あの一度があまりにも特別だったから。
二度目はいらないとも、思う。
今は、まだ。
ここのところ雨が降ったりして藤本に会うことはなかった。
「今日もー来ないー」
やっと晴れた今日は多大に期待していたのだが、残念ながら松浦の願いはどこにも届かなかったらしい。
気分転換にダニエルのところへ行こう。
保田さんがいたら散歩もさせてもらおう。
カラ元気で空を見上げてざかざかと土手を登る。
- 353 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:10
-
保田は教務課棟の二階端に自分の部屋を持っている。
そのすぐ横は外部階段が設置してあり、その下にダニエルの小屋があった。
「……み……ちゃん」
ん?誰かいる?
建物の角まで近づくと、続いて誰かの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
かなり切羽詰っている。
何事だろうと早めていた足を緩めた。
「……ってば……なんだから」
「あ、れ?」
この延髄が痛くなるようなおもちゃ声は間違いなく石川。
藤本が現れるまでは遠くに聞こえるだけでも心が浮き立った声。
今でもそれは変わりない。
二度目のちゅーが一番先に変えてしまうのは、彼女との関係だろう。
- 354 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:11
-
「だってだってだって梨華ちゃぁん!」
「!?」
おびえた声に思わず角から顔をのぞかせる。
ものすごく。
聞き覚えがある声のような気がするのは気のせいか。
「ったく、そういうのすっごいかっこ悪い」
突き放すような石川の言葉。
そんな言葉を浴びせられたことのない松浦にとってはそれも驚きだった。
だけど。
「だぁら犬はだめなんだって言ったじゃんよぉ」
ダニエルの前にしゃがみこんで鼻面を撫でてやっている石川。
その左腕がぐんと後ろに引っ張られていて。
一直線上に立つ女の子にしては背の高い人影。
顔を逸らせて半身後ろを向いている。
「こんなにかわいいのに怖いのお?」
「そんなにでかいのに怖くないのお?」
硬く握られた手。
「もういいじゃん、帰ろうよぉ」
つながった腕をぶんぶんと上下させる。
「はいはい」
立ち上がった石川はもう一度ダニエルに手を振って別れを告げる。
- 355 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:11
-
すると長身の彼女は。
流れるような動きで石川の肩を抱き。
その頬に、唇を寄せた。
- 356 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:12
-
「ちょっとぉ」
むくれた声を出して見せるものの、石川も素直に体を寄せる。
「梨華ちゃんち行こ?」
「あんな情けない姿見せといてよく言えるよね」
「だからほら、名誉挽回」
「……それ……から」
「え……んだ」
そのまま手を繋いで駅の方向へ二人は遠ざかって行った。
立ちすくむ松浦。
血液が、体の中身が、足元から地面へ、もっと下へ流れ出ていく。
ひどくゆっくりと。
空っぽになった体を冷たく感じた。
肩を抱いて。
頬に。
唇を。
- 357 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:13
-
ぅおんっ
どれくらいそうしていたのか、ダニエルの一声で意識を取り戻した。
体温も徐々に戻ってくる。
ぅおぅ……
ダニエルの声が心配そうに聞こえたのは、たぶん松浦の気のせいではないだろう。
いつでも明るいオーラをまとっている松浦が、自分の目に入る範囲内にいて暗く落ちている姿など彼は初めて見た。
しっぽをぱたりと振って見せると少し気持ちを上向けて松浦が近づいてくる。
毛皮ごしに撫でられる手からも、温度が感じられるようになってきて。
がちゃん
「石川!」
けれど彼女のその声に、目の中に戻って来ていた温度はがちりと固まった。
「ダニーにフロントライン……あれ?」
二階の鉄扉から体を乗り出している、ダニエルの飼い主、保田。
「……松浦?」
愛犬の傍らにしゃがみこんでいるのが自分の思っていた人物ではないことを視認し、ぎょろりとあたりを見回しながら手に持った平べったい小箱を振り回した。
- 358 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:14
-
「梨華ちゃん、石川さんなら……たぶん、帰りました」
「ああ、そうなんだ。じゃあ松浦コレ……いや、いいわ。ダニー連れてあがって来て」
言うなり保田は返事も聞かず扉を閉めた。
相変わらず自己完結な人だ。
せわしない。
小さくため息をつく松浦。
これで松浦に急用でもあったらどうするのか。
「ないんだけど」
口の中で呟いて、松浦はダニエルのリードを階段からはずした。
「ダン……アタシは何を見たのかな?」
声に顔を上げたダニエルが見たものは、松浦のあまりにも弱弱しい笑みだった。
- 359 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:14
-
がちゃん
薄い壁越し、重い外扉の音が保田の耳に届いた。
ちゃっかちゃっかちゃっか。
続いて聞こえる耳なじんだ爪音。
コンコン
「あいてるよ」
こっちが上がってこいって言ったんだから勝手にあけてもかまわないだろうに、松浦のそういう意外と礼儀正しいところを保田は買っていた。
大切な愛犬の散歩、誰にでも任せるわけではない。
自分が信頼でき、犬を飼った経験のある者をきちんと見分けている。
何よりもダニエルが気に入るかどうかが大きいのだが。
その点において松浦は間違いなく合格点。
かちゃりと扉を開けて、保田の視線はまず床から1メートルあたりを確認して笑みを浮かべ、次に50センチほど視線を上げる。
- 360 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:15
-
「……松浦?」
「あ、はい」
呼びかけに、一瞬遅れて笑顔を作る松浦。
珍しく。
彼女にしては非常に珍しく。
引きつった笑いの目が笑っていない。
どうしたのこの子?
愛犬に目で問うと困ったように耳を垂れて見せた。
自分にもわかんないんっすよ
あそ
「松浦、ダニーの足拭いてやって」
ダニエルを部屋に入れる時用に入り口にタオルをかけてある。
彼に小声で話しかけながら足をぬぐっている松浦の背中を見つめ、保田は小さくため息をついた。
こっちから誘ってしまったんだし。
いや、もし用事がなかったとしても、こんな松浦に出会ったら保田はここへ連れてきただろう。
「とりあえずコーヒーでも淹れてやるか」
- 361 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:17
-
口の中で呟いてコーヒードリッパーを取り出して、そういえば松浦はコーヒー・紅茶の類をあまり得意としていなかったことを思い出す。
と言ってもこの部屋には他の飲み物はないし。
ダニエルの犬用ミルクでも出してやるか?
ちんまりとした応接セットに浅く腰掛け、まだ少しぼんやりとしている松浦の前にカップを置く。
「あ、ありがとうございます」
「紅茶で良かった?ミルクと砂糖はこれね」
「は〜い。いただきます」
おどけて笑っては見せるものの、やはりどこか無理をしている。
あらかじめ予測して少なめに淹れたものの、溢れそうなほど注がれたミルクと砂糖。
(甘……)
胸焼けしそうなカップから目をそらして、ダニエルにちらりと視線をくれる。
相棒は松浦のひざに鼻面を乗せ、心配そうにその顔を見上げていた。
保田は別に人の感情の機微に聡いわけではないし、松浦の『なんでもないそぶり』もそれほど下手なわけではない。
それでも保田が松浦の本心を見抜いてしまうのは、ダニエルの表情を読んでいるからである。
- 362 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:18
-
何気ない会話をしながら、保田はダニエルの首の後ろにフロントラインを垂らす。
「フロントライン?」
「ノミ除けよ」
「へー、そうなんですか」
松浦にわさわさと撫でられているダニエルの表情がいくらか和らぐ。
ふむ。
それほど深刻でもないのかな?
「石川は?さっきまでいたと思ったんだけど」
保田は松浦の石川への気持ちを知っている。
石川の話題を振ればこのまま機嫌も良くなると思ったのだが。
「っ……」
「ぁ」
それが地雷だったか。
一瞬曇った松浦の表情に、保田は自分のうかつさを悟る。
- 363 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:18
-
「あー、えっと」
「帰ったみたいですよ。すごい、外人みたいな綺麗な人と一緒でした」
それでも、曇ったのはほんの一瞬。
すぐににこりと笑顔を浮かべて、大げさすぎるほどの身振りで二人を語る松浦。
「……そっか。吉澤と一緒だったか」
なるほど。
見ちゃったか。
「吉澤……ひとみさんですよね?」
「うん。あ、知ってた?」
「えーっと……知ってるっていうか、見覚えがあるっていうか。すごい綺麗な人だから」
にこにことして見せる松浦が痛々しくて、保田は無理やり伸ばした腕でその髪をぐしゃぐしゃと撫でてやった。
「いいヤツだよ、吉澤。……だから松浦も元気出しな」
ぐしゃぐしゃにした髪に隠れて、松浦の顔は見えない。
だから保田は気がつかなかった。
松浦が、石川よりも吉澤の名前に反応を示したことに。
- 364 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:19
-
- 365 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:19
-
めずらしく先に目を覚ましたのは石川だった。
まだ熱気の残っているベッドの中からぼんやりと部屋を眺める。
いつのまにか暮れた陽に、すでに部屋は薄暗い。
「……ぅ」
首をまわした動きを感じたのか、吉澤がちいさく声を漏らす。
石川はくすりと笑みをこぼした。
こういうときはいつも吉澤が先に目を覚ますから、こんなふうに寝顔を見ることは少ない。
くふふとのどをならして、真っ白な頬をゆっくりと撫でた。
「ん……美貴ぃ……?」
「――」
- 366 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:21
-
ぐっと飲んだ息が重くのど元にまとわりついた。
顔にうかんでいた笑みをひっこめることも出来なくて、笑みの形のまま虚ろに固まる。
けれど、耳を疑うよりも。信じられる信じられないを問答するよりも。
ただ。
悲しかった。
知っている。
わかっている。
『あたしは誰か一人のモノになることはできないから』
初めて想いをうちあけたそのときの、吉澤の心底困った顔を、忘れたことはない。
どんなに幸せでも、忘れられることはない。
それでもかまわない。
私のモノにならなくてもいいから。
そう言ってしまった石川にとっては。
ゆるく目を閉じた吉澤の寝顔を、ただ亡羊と見つめるしかなかった。
- 367 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:21
-
- 368 名前:四角関係 投稿日:2007/08/02(木) 22:22
-
今日は吉澤は石川とデート。
終電より早く戻ることはないだろう。
そんなとき、藤本はいつも一人きりで小さくなって膝を抱えていた。
閉ざされた空間は優しい照明で照らされていて。
それは吉澤の優しさ。
子供のころ、眩しい世界で心をえぐられた。
二人して奇異な目で見られた。
えぐられた心の傷は、表面上癒えた今でも記憶からは消えずに。
自分の存在が、何よりも大切な人に同じ痛みを与えるのであれば、もう何も望みはしないと。
自分を捕らえたのが彼女であるのなら、いっそのこと解放してくれてもかまわないとさえ願った。
しかし吉澤は藤本の願いは受け入れず、彼女を眩しい世界から守り続けた。
いつでも暖かい光に包んで、守り続けた。
傷を癒す、やわらかい光。
それは吉澤の優しさであり、想いであった。
守られる日々は心地よく、でも、それでも。
……眩しい光に憧れた。
- 369 名前:esk 投稿日:2007/08/02(木) 22:30
- 本日以上です。
今回結構わかりにくいかと思います。
最後には全部わかるはずですので、根気良くお付き合いいただければ嬉しいです。
- 370 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/05(日) 02:28
- めちゃくちゃ気になるなー。
どういうことなんだろう…続き待ってます。
- 371 名前:esk 投稿日:2007/08/06(月) 21:08
- 呼んでくださった方、ありがとうございます。
>>370さま
どんどん気になってください!
どういうことか色々考えてみていただけると面白いかと思います。
更新します。
- 372 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:10
-
緑が生い茂った大木が、ざあっと木の葉ずれの音を立てる。
昼ごろから吹き始めた風は、夕刻に近づくにつれて強さを増してきていた。
「雨降ったらやだな……」
うす曇の空を見上げながらの後藤のつぶやきは、残念ながら友人二人には届かなかった。
「なんでお昼のあと帰ってこなかったの!?」
「だからぁ、寝過ごしたって言ってんじゃん」
「いっつもそんなこと言ってさあっ。急にどっかいっちゃうのやめてって言ってるでしょ!」
「なんでそんなことまで梨華ちゃんに許可とらないといけないわけ?」
「心配するじゃないっ」
「しなくていいし」
昼食後、いつものように松浦のひざでうとうとしていたら、すっかり寝過ごしてまたもや三限をさぼってしまった。
理由を聞かれても答えられない。
それが石川の癇に障ったらしい。
「こないだもそんなこと言って――」
「ストップ。あれは言ったじゃん。パスケース無くしたの」
「だったら私に連絡してよっ。一緒に探すじゃん!」
「授業始まってたし」
「始まってても――」
- 373 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:11
-
ずずずずず
超音波でキャンキャンと叫ぶ石川。うざったそうに相手をする藤本。
その傍らでパック牛乳を啜る後藤は、無表情に二人を眺める。
その視線の冷たさに、きっと石川は気づいていない。
こんな無駄な言い争いなど相手にするまでもないのだけれど、後藤の視線から逃れるためだけに藤本はいちいち言葉を返す。
(んーな目で美貴のこと見てんなよっ)
あからさまに警戒オーラを纏っている後藤に、イライラする。
――ごっちんはきっと、気付いてるんだろう。
『美貴』に。
なぜかって言えば、きっと勘が鋭すぎるからなんだろうけど。
一番ばれやすいはずの梨華ちゃんとか全然気づいてないし。
扱いやすいタイプだね、梨華ちゃんは。
ごっちんは。
扱いにくい。すごく。
- 374 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:12
-
だからヤなんだよ。
大学なんか来たくなかった。
新しい人間関係なんかいらない。
日の光にあたらないとコケが生えちゃうよとかマジで余計なお世話。
美貴はずっとよっちゃんの用意してくれる部屋の中で、ぬくぬくしてればそれでいいって言ったのに。
なんでだよ。
それでいいなんか、ホントは思ってないこと。
ホントは、明るい光に照らされたいって思ってたこと。
よっちゃんは、よっちゃんの家族は。
なんでわかっちゃうんだよ。
- 375 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:12
-
いなくなったら探して欲しいって。
心配もして欲しいって。
思ってること、なんで梨華ちゃんはわかっちゃうの。
美貴をちゃんと見て欲しいって思ってること。
なんでごっちんは。
そんな冷たい目でかなえてくれるの。
そして亜弥ちゃんは。
ひどく簡単に。
美貴に、触れて。
それがすごく残酷だってことに。
誰も気づいていない。
美貴の願いは。決して。
望んではいけないことなのに――
- 376 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:13
-
はあ。
思わず口をついた藤本のため息に、石川はさらにヒートアップする。
「うっさいなあ。私のことなんかほっといてよ」
石川の甲高い声にイライラして。
詰め寄る肩を乱暴に押しやったら、石川は簡単にしりもちをついた。
「あ、ごめ……」
「もういいっ。私帰る!」
差し出した藤本の手を顧みることもせず、石川はテラスを飛び出す。
その迫力にすれ違う何人かが振り返っていた。
人ごみにまぎれていく後姿を見遣りながら、藤本はもう一度ため息をついた。
(梨華ちゃん……ごめん)
- 377 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:13
-
傷つけるようなつもりはなかった。
じゃれあっているときの怒り顔ではない、悔しそうに唇をかむ怒り顔は、藤本だって見たくなかった。
普段ならもっとうまくかわせるのに。
受け流して笑いに持っていって、ごめんね?って一言謝ればそれで済む。
でも最近は。
ちょっと、無理。
原因はあれだ。
アレだよ。
わかってるって。
うっさい。
人の頭ん中でへらへら笑ってんじゃねえよ。
あんな風に体に触れて、あんな風に。
藤本に、話しかけて。
(たん、とか)
名前を(あだ名だけど)呼ばれたり。
頬に触れた唇。
唇が触れた頬。
- 378 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:14
-
「……おーい。聞いてる?」
苦い桃色の世界を漂っていた藤本の、その目の前に白い手がひらひらとゆれる。
「あ、ごめん。何?ごっちん」
「このあと、どうする?」
もう一コマ授業が残っている。
授業を受けるような気分ではないが、飛び出していった石川のためにもせめてノートを取るくらいするべきか。
「……出るよ」
「そ。じゃ、ごとーは梨華ちゃん追っかけていい?」
「あ」
そうか。そういう選択肢もあったのか。
全く思いつきもしなかった。
- 379 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:15
-
きょとんとした藤本を、後藤は無表情に眺める。
(だからそれをさ、やめてよね)
居心地悪く髪を触ったりする藤本に、後藤はぐいと体を乗り出す。
「な、何?」
表情を伺えないほどの近距離。
「ごとーの大切なトモダチ。理由もなく傷つけるんだったら、ごとーはアンタを許さないよ?」
- 380 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:15
-
こぼれんばかりに目を見開いた藤本を残して、後藤はさっと駆け出した。
言わずにはいられなかった。
胸の中でとぐろを巻く何かを、吐き出したくて我慢できなかった。
でも。
(自分がすっきりするために、ごとーは大切な人を傷つけたのかも)
きゅっと唇を噛む。
大学に入るまで、『大切』という言葉の意味をわかっていなかったと思う。
家族は好きだったし、友達も好きだった。
『好き』と『大切』の違いをわかっていなかった。
それを教えてくれたのは。
「梨華ちゃん!」
彼女たちだった。
- 381 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:16
-
「……ごっちん」
駅舎脇のベンチにうなだれて座る石川。
ゆっくりとあげた顔は、思いっきり眉が下がっている。
石川の前に立ちふさがるようにした後藤の、その背後に石川はちらりと目を向けた。
「授業出るってさ」
「あ……そう、なんだ」
ほっとしたような、傷ついたような。
どちらの感情が強いのか、後藤にはわからなかった。
「ま、今は二人とも頭冷やしたほうが良いんじゃない?」
わざと明るい声で言って、髪をぐしゃぐしゃと撫でてやる。
「うん……」
困った様にではあるけれど、石川の表情も和らぐ。
どかりとベンチに腰掛け、至近距離でにこっと笑みを向ける後藤に、石川もぎこちなく笑みを作ってみせた。
「なーんかアレだね」
「え?」
「カリカリしてない?二人とも」
- 382 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:19
-
「二人ともかは、わかんないけど……私は……」
あの日、ベッドの中で吉澤がつぶやいた名前は。
石川の頭から片時も離れることはなかった。
「……梨華ちゃん?」
泣きそう?
そう思うまもなく。
石川の頬を伝う、涙。
さっと取り出したハンカチを手渡すと、しばらく後藤は何も言わずにその肩を抱いていた。
「ごめんね……」
やっと落ち着いたのか、石川は赤く染まった目で眉尻を下げる。
「いいよお。いんだよ?もっと泣いても」
照れたように笑う石川。
眉が緩む。
「で、あのバカ今度は何したの?」
「……あはは」
- 383 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:20
-
語学ホームクラスが同じだった石川と後藤。
ディスカッションクラスで親しくなった後藤と吉澤。
入学から一ヶ月もたてばこの三人で行動することが定番になっていた。
異国情緒漂う容貌の二人と対峙することに、身のすくむ思いは常に感じていた石川ではあるが。
後藤と吉澤に対する想いに温度差を知るまで、それほどの時間はかからなかった。
感情にムラのある人だということはすぐに気づいた。
後藤も気分屋なところがあるが、吉澤はもっと。
お調子者のようで神経質。
突き放すようで甘える。
振り回されて戸惑うこともあるけれど、そのたびに心の奥の方を振り揺らされて。
気づけばどの顔にも、惹かれていた。
そのどれもが、石川にとってたった一人の『吉澤ひとみ』だった。
- 384 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:20
-
全くの期待もなく想いを打ち明けたわけでは、正直、なかった。
後藤と三人でいることも多かったけれど、二人だけですごす時間も長くなって。
(もちろん、後藤の協力と後押しがあってのこと)
肥大化していく気持ちと期待。
普段は支離滅裂な吉澤も、石川と一緒にいるときは徐々に安定しているようにも思えてきた。
それはつまり、心を許してくれているということなのだろうかと。
期待して。
両手を強く握り締めて。
打ち明けた想い。
恐る恐る見上げた吉澤の表情に。
期待が膨張して。
けれど。
- 385 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:21
-
抱きすくめられる、その、二人の距離がゼロになる寸前の。
歪んだ頬。
と。
「……ごめん」
搾り出すような声。
はじけとんだ。
期待。
「ごめん……ごめん、ごめん…………」
繰り返される言葉と、抱きしめられる強い力。
熱い体。
腰が落ちてしまった石川を側のベンチに座らせて。
吉澤はその前に膝まづく。
- 386 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:22
-
「梨華ちゃん、聞いて……。あたしは……誰かのモノには、なれないんだ」
「そんな、モノとか、私そんなこと思ってないっ」
「うん、そうか、そうだよね。じゃあなんていうか……あたしは梨華ちゃんに……あたしのことを独占させてあげることができないんだ」
「付き合ってる人、いないって言ったじゃない……」
「違うんだ、違うけど。すごく。大切な、人がいて」
「そ、か。わか――」
「でもあのっ。あたし……梨華ちゃんのこと、す、好きでっ、だからあの……すごい、虫のいいこと、ひどいこと言うけど……もし、梨華ちゃんがそれでもいいって、言ってくれるなら……」
石川の手を取り、額に押し付ける。
それはまるで、祈るようなしぐさ。
それはまるで。
救いを求めるような。
「……ホント、ひどいよ」
「ごめん……」
「それって浮気だよ?二股ってことだよ?」
「……そう、だね」
「ひどいよ……私が、それでもいいって、言うのわかってて言うんだから……ひどいよ、ホント」
「いい、の?」
- 387 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:26
-
石川は。
顔を上げた吉澤の表情の中に、あきらかな迷いを読み取った。
たった今自分が言った言葉を後悔している。
それでも。
間違っていると言われても。
歪んでいると言われても。
……吉澤を苦しめることになるとしても。
細い糸一本でつながった想いを、石川はその手の中にぎゅっと閉じ込めた。
一番大切な人に、吉澤は愛されていないのかもしれない。
石川はそう理解していた。
だから、誰かの愛を受け取りたくて。
自分にすがったのだと。
……誰でもいいから、とは思いたくなかった。
都合の良い女として選ばれたんだとしても、かまわなかった。
それでも、選ばれたことには変わりはないのだから。
- 388 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:27
-
- 389 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:27
-
部屋のまんなかで胡坐をかいて、藤本は大きくため息をついた。
テーブルには例の派手な時間割と特大サイズのプリクラが並んでいる。
「『亜弥ちゃんかわいー』ってため息?」
「っ!?よっちゃん!?」
「いやあ、マジでかわいいねえ。亜弥ちゃん」
「ちょっと!よっちゃんには梨華ちゃんがいるじゃん!」
「いやいやいや、一般的な意見としてだよ」
かわいい子大好きな吉澤にしては少々気の入らない感想。
もっとつっかかってくると思っていた藤本は肩透かしをくらって気が抜ける。
「そ、そう?」
「そーそー。何、あせっちゃった?」
「はあ?はあ?はあ?何で美貴があせんの?」
いや、めっちゃあせってるし。
「まーま。そーかそーかそーか」
腕を組んでうんうんとうなづく。
「何それ。むかつくんだけど」
「そーかあ。美貴ちゃんもとうとう恋しちゃいましたか」
「はあっ!?何それ。きもいんだけど」
「いや、きもいて」
- 390 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:28
-
がっくりと肩を落とす吉澤から、藤本はふいと視線をそらせる。
その先に何を見ればいいのか。
それさえも定まらない。
「……美貴が恋なんかしてどうすんの」
「どーするとか言わないの」
眉をしかめる吉澤。
乱れていく藤本の心音を体に感じながら、胸が痛むのは自分の方だっていうのに。
苦い笑顔を見られないように、ふわりと小さな体を抱き寄せる。
「よしざーはふじもっちゃんが好きですよ」
自分だけが。
好きなんて言葉一つで。
その『体』に触れることができる。
- 391 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:28
-
髪を撫でる。
体に触れる。
抱きしめる。
吉澤の手に触れられて、藤本は確信していた。
(やっぱり、違う)
努めて他人と触れ合わないようにしてきた藤本にとって、人肌とはこの感触が全てだった。
松浦に触れられて感じるのは、それとは全く違うものだった。
吉澤が悪いわけではない。
それはもう、どうしようもない根本の問題。
藤本という存在自体の根本的問題。
その根本的問題をぶっちぎったのが、松浦。
- 392 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:29
-
無反応な藤本を抱いたまま、吉澤は苦笑いを浮かべる。
長い指を通すと、髪はサラサラと零れ落ちた。
細くてやわらかい、綺麗な髪だ。
女の髪はフェチズムの極みだという人もいるが、やっぱ体に触れる方が好きだな。
逆の手で体を撫でながら、髪先を摘み上げて見つめる。
「髪伸びたね」
「ん?ああ」
気のない返事。
しかし思い直したように藤本が顔をあげる。
その冷めた表情に、吉澤はぴたりと手を止めた。
「……なんでさ、美貴の髪が伸びるのかな?」
吉澤の短い髪をみつめながら、藤本のつぶやき。
それは、吉澤も疑問に思わなかったわけではないこと。
彼女は共に過ごした毎日を、確実に、自分と同じに年を重ねて。
……とても綺麗になった。
間近で見詰め合う、強い光を放つ瞳。
- 393 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:29
-
「そりゃ……生きてるからじゃね?」
「『生きてるから』」
ツボにはまったみたいに震える細い肩に、眉をひそめる吉澤。
自分としては至極当然の答えを返したつもりなのに。
「おまえさー」
「よっちゃんの触り方ってエッチくさい」
「くさ……、はぁ?」
とがめるように続けようとした言葉をさえぎられる。
聞きたくない話ってことか。
藤本は吉澤の広い胸に顔をうずめた。
吉澤は戸惑うように小さく息をつく。
これほど感傷的なのは藤本にしてはめずらしい。
思い当たるのは。平面の極上笑顔。
松浦、亜弥。
さわり、と小さく胸が揺らいだ。
- 394 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:37
-
「あ」
「ん?」
かすかに鳴った胸音を聞きとがめたかのように、藤本が声を上げる。
「あのねー、梨華ちゃんとケンカした」
「あらら。またですか」
「ごめんね」
申し訳なさそうに言う藤本の頭を、吉澤はぽんぽんとたたいてみせた。
「だいじょぶだいじょぶ。理由は?」
「んーと、まあ、いつもの」
「そっか。わかった明日適当にフォローしとくよ」
「いつもごめんね」
「それは言わないお約束ってやつでしょ?」
軽い口調で言うと、藤本も吉澤の胸の中でふはっと小さく笑った。
- 395 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:38
-
「あ、それと……ごっちんともちょっと」
「へ?ごっちん?」
「まあ……そっちは、ごっちんからなんも言ってこなかったらほっといて」
「おけ。わかった。けど……どうかした?」
「ん〜。まあ……っていうか、ごっちんってさあ……美貴とよっちゃんで結構態度違うよね」
なんでもないことのような、軽い口調ではあったけれど。
さっきから吉澤の顔を見ようとしないところに、あからさまに藤本の感傷が現れている。
「は?まさか。んなわけねーじゃん」
「いやいや、これがマジでさ」
「えー?そうかあ?」
「そうなの」
後藤の動物的感性が侮れないことは吉澤も十分に知っている。
立場上周囲の目は気になってしまう藤本がそう言うのなら、ありえないとは言えない。
「まいるよねえ」
苦笑交じりにつぶやいた藤本の気持ちが下に向かったのを感じて、吉澤はその体にまわした腕に力を込める。
- 396 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:38
-
後藤と藤本がしっくりいっていないことにはなんとなく気づいていた。
けれど藤本は後藤におびえているものの、嫌悪を感じているわけではないことはわかっている。
後藤にしても、動物的直感でしっぽを膨らましているにすぎないのだろう。
原因が『それ』なら解決策は、ある。
「じゃあさ、ごっちんの前ではちゃんと美貴でいるとかは?」
「はぁ?何言ってんの?」
ちょっとは本気だったんだけどな。
バカにしたような声は首をすくめて流しておく。
「いいんだ。美貴にはよっちゃんがいるから」
「そりゃ、いるけどさ」
後藤や石川だって。まだ得体の知れない松浦とやらだって。藤本のそばにいるのだ。
吉澤はそれを藤本に理解してほしいと思っていた。
思っては、いる。
けれど。
- 397 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:38
-
(やっぱり言えない、か)
吉澤はぎゅっときつく目を閉じた。
けれど、胸の奥にあいた小さな穴からは、すでに真っ黒いものが滲み出して来ていた。
「よっちゃん、好き〜」
「あたしも。美貴が好きだよ」
広がってゆく染みに蓋をするように、吉澤はすばやく言葉を重ねた。
やっと顔を上げた藤本は、とろけるように甘い表情で吉澤を見上げる。
感傷など、本当はなかったのではないかと思うくらいに。
そんなもので騙されるほどには、吉澤も藤本を知らないわけではないけれど。
騙したいと思っているのなら騙されてやれるくらいには、まだ余裕がある。
「よっちゃんがいれば、美貴はほかになんにもいらないよ」
(……ウソばっか)
声にしない言葉を口の中に含んだまま、吉澤は近づく藤本の唇を迎え入れる。
- 398 名前:四角関係 投稿日:2007/08/06(月) 21:39
-
「ん……」
呼吸の隙間もれる甘い吐息に、吉澤は腕にさらに力を込めた。
少し苦しそうに身をよじる。
その動きさえ愛しくて。
「は……あぁ……」
彼女の中に侵入し、甘い声を誘い出して、絡めとる。
もしも誰かが。
深まってゆくこの行為を背徳と責めるのならば。
二人という存在は意味を為さなくなるのだろう。
二人がようやく眠りに落ちた明け方近く。
ひどくゆっくりと雨が降り始めた。
- 399 名前:esk 投稿日:2007/08/06(月) 21:42
- 本日以上です。
絶好調に思わせぶりでごめんなさい。
- 400 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/06(月) 22:47
- あっなんかわかったかも…と思いつつよく考えると違うような…。
いやーもどかしいですね。
でも考えてるの楽しいんで、しばらく思わせぶりな感じでお願いしますw
- 401 名前:esk 投稿日:2007/08/09(木) 23:09
- 『読』んでくださった方、ありがとうございます。
>>400さま
わかりましたか〜?そうやって楽しんでほしくて書いている話なのでとても嬉しいです♪
今回で結構わかっちゃうかもしれませんが、解決編までもう少しあるのでまだまだ楽しんでください!
誤字・脱字・意味不明は基本スルーしているのですが、これだけは訂正させてください……。
>>389
×「そーかあ。美貴ちゃんもとうとう恋しちゃいましたか」
○「そーかあ。美貴ちゃんもとうとう恋をしちゃいましたか」
ネタで脱字って……。オチで噛んだ芸人の切なさを実体験しました。
ついでにこれも。
>>380
×家族は好きだったし、友達も好きだった。
『好き』と『大切』の違いをわかっていなかった。
○家族は好きだったし、友達も好きだった。
でも、『好き』と『大切』の違いをわかっていなかった。
では、更新します。
- 402 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:10
-
「……あっ」
教室の窓からぼんやりと中庭を眺めていた松浦が声をあげる。
その声に反応して、紺野も窓の外へ視線を向けた。
食い入るように一点を見つめている松浦。
「どうかした?」
「ん……たんがいた」
「え?どこ?どの人?」
紺野はまだ藤本の顔を知らない。
朝起きると霧のような雨模様で。
中庭にはあまり人がいないが、傘が邪魔で人の顔などわからなかった。
「あの柱のとこ。真ん中の」
「えー?あ、あれ?黒いシャツの人?」
「そうそう。あー、叫んでも聞こえないだろうなー」
「絶対やめてね」
- 403 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:11
-
唇を尖らせる横顔を覗き見て、紺野は少しだけ肩の力を落とした。
なんとなく。
今朝から松浦に元気がなかったような気がしていたから。
いつもならもっと食いつくはずの藤本のことでさえ、見つけたときは微妙な表情に見えた。
いまだって無理をしている……のかな?どうだろう。
そこまで観察して、紺野はそっと視線を中庭に戻した。
松浦はオープンな性格なようで、その実あまり他人に弱みを見せたがらない。
これくらいの段階ならまだ、気づかないフリをしてやる方が彼女にはストレスが少ないと紺野は判断した。
紺野の視線の先。
教室からは逆端になる奥の方、ちょうど渡り廊下の下で一人立っている黒シャツ。
傘を差していないということは、これから校舎に入るところなのかもしれない。
松浦から聞いていた通りのモデル並に長い手足と華奢な体のラインはわかるが、後姿で顔はわからなかった。
松浦はよくあれだけでわかったものだと紺野は密かに感心した。
- 404 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:12
-
「こっち向かないかな〜」
むーん、と某カメハメハポーズでパワーを送ってみるものの、それで気づいたら超能力だ。
(っていうか亜弥ちゃん、それ攻撃技)
しばらく一心不乱にパワーを送っていたが、残念ながら教員がやってきてしまった。
「――残念」
語学授業なので席が決まっており、窓際のこの席は紺野のものである。
松浦はふにゃりと眉を下げると廊下側の席に戻っていった。
授業が始まってすぐ、紺野がふと視線を向けると、さっきの黒シャツが白いスカートの誰かと立ち話をしていた。
黒シャツが斜にこちらを向く形になっていて、顔もわりと見えている。
(確かに綺麗な人だな……)
この距離でもわかるくらいはっきりした顔立ち。
かわいいというよりもかっこいいという感じか。
ちらりと松浦の方を伺うと、ぼんやりと頬杖をついていた。
とりあえず深刻な考え事のようには見えなくてほっとする。
授業を聞けとは自分も言えないが、くすりと笑ってしまった。
まあ松浦に知らせたところでどうしようもないのだし。
- 405 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:13
-
もう一度視線を戻すと、黒シャツが相手の肩に手をやってにやにやと笑っている。
何をしゃべっているのかはわかるわけもないが、その幸せそうな雰囲気に紺野は少し眉をひそめた。
背を向けていた話し相手がふいにこちらの方を見上げた。
どきりとしたが、どうやらこちらを見たというよりも黒シャツから顔を背けただけのようだった。
だが。
一瞬振り返った、見覚えのある横顔。
(石川さん……?)
紺野の眉間に、シワが深くなる。
そして白スカートと親しげに話をしていた黒シャツは。
ふたり手をつないで、校舎の中に入って行った。
- 406 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:13
-
- 407 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:14
-
藤本と寝たのはずいぶん久しぶりだったような気がする。
少なくとも石川と付き合うようになってからは、ぐんと回数が減っている。
思えば以前は彼女の方から求めてくることもあったのだから、やはり石川のことを思って遠慮していたのだろう。
いいのに。
彼女の罪は、全て自分が負うものなのに。
「ひとみちゃん!」
ぼんやりしていた意識を甲高い声に引き戻されて、間近にその笑みを見るとさすがにちくりと胸が痛んだ。
「もー、どしたの、ぼーっとして」
教室へ向かう廊下で、いつの間にか立ち止まってしまっていたらしい。
手を繋いだまま進んでしまった石川がつんのめって振り返る。
「あー。ちょっと眠くて。ぼーっとした」
「ちゃんと寝てないの?」
「……ははは」
- 408 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:14
-
ナニをしていて寝ていないのかを思って、吉澤の笑いが乾いたものになる。
その顔を覗き込むようにしていた石川だが、それ以上追求はせずに人気のない廊下をまた歩き始めた。
昨日藤本とケンカしたらしいのに、石川は至って通常通りであった。
フォローする必要もなく、拍子抜けしたくらい。
石川と藤本はよくケンカ――というより小競り合いを起こす。
まあお互い好きなようにうっぷんを晴らしているだけのようなもので。
だから、普段からフォローの必要はあまりないのだが。
石川と吉澤にはそんな小競り合いはない。
お互いの主張がぶつかり合うと言うことがあまりないのだ。
単に気が合うとか仲が良いとか、相手のことを思いやっているとか。
そんないい風に捉えることもできるけれど。
吉澤には。
石川は自分には本音で接してくれていないのではないかと思えてしまう。
吉澤よりも藤本の方が、本音を出しやすいのかもしれない。
今だって。
吉澤の前だから、昨日のことを引きずっているのに無理をして笑っているのではないかとか思うと。
- 409 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:15
-
石川には藤本の方が合っているのかもしれない。
そして藤本には。
松浦が。
では、自分は?
吉澤の存在はどこに行き着けばいいのだろう。
胸の痛みを感じながら、手を引くようにして半歩前を歩く石川の横顔をぼんやりと眺める。
「あ、ちょっと待って」
ぼんやりしていたら、いつのまにやら立ち止まった石川を追い抜かしていて、今度は吉澤がつんのめる。
「もう、待ってって言ったのに」
くすくすと笑いながら石川はレポートを取り出す。
なんでこんなところに、というほど地味に設置されたレポート提出箱。
通常のレポートは事務棟の提出箱に提出する。
こっちはめったに使うことがないのだが、それにしてももう少しわかりやすい場所に作れば良いのに、と吉澤はいつも思う。
ポストのような提出箱に、石川のレポートは問題なく収まって。
その隙間から、ひらりと何か小さなものが何かが落ちた。
- 410 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:15
-
床に落ちる前に、さっと伸ばした吉澤の手に収まるそれは。
……プリクラ?
「……何コレ」
ちらりと視線を落としたそれに。
色々と。かなり、色々な意味で、吉澤は渋い顔をしてみせる。
「え?プリクラ?……あっ!!」
さっと指先から取り上げられる。
けれど、その小さな四角に切り取られた光景は吉澤の頭からしばらく離れることはないだろう。
「ち、違うの、これは、亜弥ちゃんが、あの」
石川が、ぎゅうっと手の中に隠したそこには。
- 411 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:16
-
石川のほっぺたに、おもいっきり、ぶちゅーっと、ちゅーしてる、『松浦亜弥』。
しかも照れ笑顔な石川は、嫌がっている風もなくて。
もし隣に居るのが自分だったら、『嬉しそうな顔』と思えるくらいの笑顔。
そして、幸せそうな顔でくっついている松浦。
「あ、亜弥ちゃんが勝手にね、ね?聞いてる?」
「え……ああ」
渋い顔をしてみせる吉澤の腕をぶんぶんと振りながら、石川の声が上ずってさらに高くなる。
あやちゃん
そういえば、その名は何度も耳にしていた。
いささか気に入らない名前として。
どうも石川のことを気に入っているらしい彼女の後輩。
後輩からあっというまに友達にまで詰め寄った、強引なヤツ。
『かわいいし、おもしろいし、テニスも上手なんだよ』
石川の評価も上々で、それがまた気に入らなかった。
それが、よりにもよって。
- 412 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:17
-
中教室のまんなからへん、吉澤が椅子を引くと床をこする音が耳についた。
並んだ隣に、石川はスカートを気にしながらゆっくりと腰を下ろす。
スカートの白いすそが床につきそうで、吉澤はなんとなくいらいらした。
さっき見たプリクラのふたりは、やはり吉澤の頭から離れようとはしなかった。
石川は元来警戒心が強く、よく知らない人間相手には常に顔がひきつる。
しかも意外と体育会系で上下関係には厳しい。
その石川から、しかも後輩という立場でありながら、あそこまでリラックスした笑顔を引き出すとは。
吉澤は松浦の涙ぐましいまでの努力を認めると同時に。
(いいヤツなんだろうな)
悔しいし、嫉妬もある。
けれど、どこか尊敬にも似た感情も覚えていた。
石川の人見知りは気になっていた。
もっと心を許す友人を作るべきだと思うのだが、これがなかなか難しい。
石川自身の人見知りに相乗するのが、どうしても――下心か引け目か、どちらかを引き出してしまう彼女の外見。
松浦は現状下心を抱いているようだが、彼女ならそのままでも石川の心からの友人になってくれるように思った。
- 413 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:19
-
そして、藤本にも。
昨日の藤本はあきらかにおかしかった。
嫌なやつやどうでもいいやつなら、あんなに尾をひかない。
藤本はきっと、松浦のことが。
「あ、そういえばこないださ」
黙ったままの吉澤に、石川は少し焦ったように話かける。
勢い込むとふはっと強く息を吸い込む石川の癖が、今日は妙に耳についた。
なぜ、焦る?
なぜ、顔を見ない。
懸命に話を継ぐ、それは吉澤の知らない話だった。藤本の話だ。
あいまいにノリだけで返事をごまかす。もう慣れたものではあるが。
ツッコミ・ダメ出し大好きな彼女はツッコミ放題の石川をとても気に入っていた。
嬉々としてダメ出しをする藤本、半泣きになりながらもいつのまにかそれを楽しんでいる石川。
二人を見ていると少し苦い気持ちになった。
- 414 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:19
-
「――って言ってたでしょ?だから今日は……ひとみちゃん?」
「ん、ああ」
「もー、私といるときに他の事考えないでよぅ」
「あ、うん。ごめん」
「え?」
わざと小首を傾げて見せた石川がきょとん、と動きを止める。
「うん?」
「……キショッとか言われると思ったから」
「え、ああ」
藤本なら間髪いれずに返すであろう反応。
「どしたの?なんか変だよ?」
変?石川にとって変なのは。
吉澤か。
藤本か。
- 415 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:20
-
「そっか。変か」
「……ね、さっきの、気にしてる?」
「いや、全然」
「じゃあ――」
「あたし、変だから帰るわ」
がたりと席を立った吉澤のシャツを、すがるように石川がつかむ。
「え、え?次授業は?」
「サボる。……今度ノート見せてやってよ」
藤本にでも。
- 416 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:20
-
- 417 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:21
-
「たんは?」
授業が終わったとたん、松浦が窓際に駆け寄ってくる。
「え?もういないよ?」
「えええ〜?」
一時間半も立っているようなところではない。
往生際悪く動き出そうとしない松浦を窓枠から引っぺがして、次の教室へ向かう。
どうも松浦亜弥という人物は時間の観念が少々人とずれている。
初動がやたらに遅いのだ。
動き出せばてきぱきとなんでもこなすのだが、動き出しだけはあきれるくらい遅い。
しかし遅刻は決してしないのは、なぜなんだろう?
世界は本当に彼女を中心に回っているのではないだろうか。
紺野は松浦の手を引きながらため息をついた。
「ねえ、亜弥ちゃん」
「うん?」
松浦はまだあきらめ悪く、中庭をきょろきょろと眺めている。
「今日、石川さんに会った?」
「――、うん。朝イチで会ったよ」
- 418 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:22
-
一瞬の間。
けれど、紺野が首を傾げるよりも早く振り返った松浦は、にこりと上機嫌な笑顔を作って見せた。
それに気づきながら、紺野は表情が硬くならないように慎重に言葉を続けた。
「ふーん。……どんなかっこしてた?」
「梨華ちゃん今日はねー……避暑地のお嬢様?」
そうでなくて。
「え?ああ、えっとね、白いふわってしたスカートに薄いピンクのカーディガンだった」
「そう……」
「え、なんでそんながっかりすんの?すっごいかわいかったんだよ!?」
むうっと唇を尖らせて、松浦はどかどかと肩をぶつけてくる。
体を引いて体当たりをかわしながら、紺野は一時間前に見た光景を思い出していた。
まだ。
自分の想像の範囲を出たわけではない。
まだ、松浦に話すべきではない。
今はまだ、うまく言葉を選べない。
「紺ちゃんは梨華ちゃんのかわいさを甘く見てるっ」
いつのまにやら石川談義に入っていた松浦を軽くいなしながら、紺野は遠い目をした。
- 419 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:22
-
- 420 名前:四角関係 投稿日:2007/08/09(木) 23:24
-
部屋に帰ると、吉澤は即行で藤本を起こした。
昨日の疲れからか、ずっと寝入っていたらしい。
ぼんやりと覚め切らないままの体を乱暴に抱きすくめる。
それなのに、どうしたの?とは聞くものの抵抗らしい抵抗もしない相棒に少しイラつく。
「もー何だよ昼まっから。昨日あんなにしたのにさー」
何度も激しくされて、さすがに疲れの滲んだ声が口を尖らせる。
「梨華ちゃん機嫌直ってなかったの?」
「いや、それはたぶん、大丈夫なんだけど」
「だよね。回復早いからね、梨華ちゃんは」
からからと笑ってみせる藤本。
ずきん。
そんななんでも知ってるよみたいな言い方しないで。
胸が、呼吸が、苦しくなる。
泣きたく、なる。
美貴――梨華ちゃん――――松浦
お願い。
あたしを。
――置いていかないで。
- 421 名前:esk 投稿日:2007/08/09(木) 23:26
- 本日以上です。
……伝わったかなぁ。
- 422 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/09(木) 23:49
- これはあれですか、ひょっとして映像化しようと思ってもできないみたいなネタかな?
いや、なに言ってるんだろう自分…
わけわかんないですね、スイマセン
松浦さんがあの人と結ばれることを願っております…
- 423 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/10(金) 00:23
- 読んでます読んでます。
…伝わってます。
- 424 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/10(金) 01:06
- うーん・・・
複雑になればなるほど目が離せない感じ。
更新楽しみにしてます。
- 425 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/10(金) 07:11
- う〜ん…
あー、ダメだ!申し訳ないけど自分はもうギブアップ!w
梨華ちゃんファンなので梨華ちゃんが忍びないっていうのもありますが。(苦笑)
残念ながら自分はもう読ませていただくのを断念しますが
頑張って完結させてくださいね。
- 426 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/11(土) 12:09
- >>425
書き込みせずに静かに消える事も出来ないのですか?
すみません作者さま
応援してます頑張ってください。
- 427 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/12(日) 00:18
- >>426
あなたもいちいち突っかからない方が良いと思うよ?
空気悪くなるだけなんだから。
作者さん、作品と関係ないレスで申し訳。頑張ってね。
- 428 名前:esk 投稿日:2007/08/15(水) 16:01
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>422さま
いやあ、わかりますよ。
わかりますのでそのへんは 川VxV)<コメントを控えさせていただきます
みんなが幸せになれるといいなあとは思っておりますがw
>>423さま
伝わってたあ……。ほっとしました。
力加減が難しくて毎回緊張していましたが、これでちょっと肩の力が抜けたかなあと。
>>424さま
迷走車なので目を離すと見失うかもしれません。
あと少しなのでどうかついてきて下さい。
>>425さま
自分の力量以上のものは書けないので仕方ないですね〜。
石川さんは私も大好きなんですが、どうしてこんなに不幸なんでしょう??不思議ですw
>>426さま、>>427さま
お気遣いありがとうございます。
気合入れて頑張ります!
では。更新します。
- 429 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:02
-
お昼ごはんのコンビニ袋をぶら下げて、グラウンドへ向かう松浦の足取りはやや重め。
人前では平気なフリを演じて見せるものの、誰も見ていないと思うとやはり体は無理が利かない。
会いたい。
けど。
知りたくない。
けど。
目の前が広く開けたとき。
ずっと前方にひょこひょこと揺れる猫背な背中を見つけて。
きゅっと胸が縮んだ。
だけど縮んだ内側から、体の温度は容赦なく上がっていくのだ。
持ち主の複雑に絡まる意思なんてお構いもなしに。
(しょうがないよね)
うだうだ考えてたって、結局カラダは正直だ。
うん。
- 430 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:03
-
松浦は一度大きく息を吐き出して。
100m程の距離を全力疾走。
「たーん!!」
その華奢な背中にがっつりと飛びつく。
声もなく。
もつれるように砂利道に突っ伏した藤本。
「いっ……たあっ」
やりすぎた。
カラダに正直になりすぎた。
「亜弥ちゃん……あんたねえ」
振り返りもせずに言い当てられたことに松浦は顔をほころばせるが、藤本に言わせて見ればこんなことを何のためらいもなくやってみせるのは彼女ぐらいなものなのだ。
- 431 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:05
-
呆れと怒りを含んだ声を搾り出したのに、一向に体の上からのこうとしない松浦を背負ったまま、なんとか四つんばいに体を起こす。
ぬくい。
背中が。
そんで、すげー……やらかい。
惜しげもなく預けられた体の、温度とか柔らかさとか重さとか。
そういったものが藤本の感覚を惑わせる。
熱いとか柔らかいとか重いとか、藤本にとってそれはイコール吉澤。
だから混乱する。
背中に背負ったモノに愛情とかを。
(……間違える)
それで、動けなくなる。
(よっちゃんごめん……てか、梨華ちゃん、ごめん)
- 432 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:12
-
『もういいっ。私帰る!』
あー、待って、帰んないで。
ここにいて。
そばにいてよ。
だって美貴、寂しがりやなんだモン。
(……ってなんだそりゃーっ!!)
あーだめだ、おかしくなってる。
だって温度とか重さとか匂いとか柔らかさとか柔らかさとか柔らかさとか。
柔らかいとこに伸びかけた意識を追いやるようにぶるりと頭を振った。
この手で触れていいものではない。石川も松浦も。
(美貴にはよっちゃんがいるもんねっ)
「……ん?」
自重+背中でにゃははと笑い続ける人の体重を支えた手のひらにぐっと力を込めたら。
ずきん、と鈍い痛みが走って、惚けた意識を取り戻す。
嫌な感じだ。
ものすごく。
ぼとりと背中の荷物を振り落として、手のひらを見つめる。
ぽつり、と赤い血豆のような……いや、切れている。
- 433 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:12
-
「あーっ、怪我したじゃん!」
ほらあっと、松浦の目の前に突き出してみせる。
地面についた手のひらが少し切れていた。
指の間から見えた松浦の顔が、にゅっとより目になる。
変な顔。
「えーもー、ちょこっとだけじゃん」
「ちょこっとでもさー、私体に傷とかマジ駄目なんだけど……」
「何乙女なこと言っちゃってんの?」
しょーがないなあ。
渋る藤本の手に、ごそごそと取り出したバンソコをぺたりと貼る。
「はい。痛いの痛いのー、とんでけー」
歌うように言われて、ふうっと息を吹きかけられる。
ものすごく嬉しそうに顔を見上げられて、藤本はきょとんとしてしまう。
- 434 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:15
-
「って、子供のときにされなかった?」
言ってしまってから、松浦は自分の失態に気づく。
たぶん今の台詞にはNGワードが含まれている。
「――え?どうだろう?」
数瞬遅れて帰ってきた答えが、松浦の仮定を肯定した。
「あれー?関西だけかな?アタシもともと関西だから」
「へえ、そうなんだ。そのわりに関西弁じゃないね」
意図的にふった枝道に、慌てて駆け込んでくる表情は本当に普通に見えた。
それを確認してから、松浦はごく自然に藤本から視線をはずす。
背後で小さく息をついた気配を感じながら。
「意識してるもん」
得意げに言って定位置あたりにそっと荷物を降ろす。
「座ろ?」
にっこりと笑ってみせる。
- 435 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:16
-
お互いに思うところもあり、いつもよりも幾分かまったりと昼食を終える。
あとはいつも通りいちゃいちゃな夏っぽい時間を過ごすだけ。
なんだけど。
今日はちょっと。
(甘えてみようかな〜とか?)
「ねえ、たん?」
「うん?」
「今日アタシね、サークルなんだ」
サークル。
そのキーワードに、藤本は松浦の傍らにある手荷物をすばやく窺う。
さっきからものすごく気にはなっていた。
存在を主張してくる、テニスラケット。
藤本の友人も、今朝から肩に下げていた、モノ。
- 436 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:16
-
「そうなんだ」
平静を装って、興味なさ気に応対する。
視線は薄っぺらいそれから離せない。
「でね、髪、やって?」
松浦はその視線に気づかないのか、上機嫌に笑顔をみせる。
有無を言わさぬ流れ技で藤本の足の間に体を割り込ませ、取り出した櫛やゴムをその手に押し付ける。
「なんで私が……」
ぶつぶつと文句を言いながらも、仕方なく柔らかい髪を梳く。
(えーと)
吉澤はたいてい髪を短くしていたから、こういうのはやりなれていない。
慣れない手つきでとりあえず丁寧に二つわけにしてやる。
- 437 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:17
-
藤本の手がさらさらと自分の髪をすべって。
すごくどきどきした。
一度だけ、石川に髪をくくってもらったことがある。
そのときもすごくどきどきしたなあ、とか。
松浦は甘い気持ちを覚え。
櫛とゴムを両手に試行錯誤している藤本の手に思い出すのは。
石川とダニエルと固くつながれた白い手。
会いたい。
けど。
知りたくない。
けど。
……信じてる。
何を、と言われてもはっきりとひとつの言葉にはできないけれど。
- 438 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:18
-
(強いて言うなら……愛?)
LOVEだ。ラブ。らぶらぶ〜な、自己愛、友愛、親愛、家族愛。恋愛も。
今背後にいる人の、顔は見えない。
目を瞑って、何も見えなくて。
顔もなくて、腕とか足とか、なくても。
匂いとか気配とか。
たとえそれさえなかったとしても。
信じてる。
そこに存在する存在力。
イコール 愛
ってやつを。
地面についていた手をぐっと握り締める。
いつの間にやらすいぶん大きな話になったものだ。
何かすごく、大きな使命を背負った気分。
- 439 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:18
-
「……ちゃん?」
「えっ?」
「こんなもんでいい?」
思考の波の盛り上がりが最高潮を迎えたとき、ちょっと情けなさ気な声。
折りたたみ式の大きな鏡と、ファンデーションの小さな鏡を駆使して後ろを見せてもらう。
お世辞にも上手いとは言えないが、それなりに努力の跡は認められる。
「あのー、私こういうのあんまやったことないからさー。あとで誰かに直してもらいなよ」
少しへこんだ声音に、ぷっと思わず噴出す。
「いいよ。これで」
「そ、そう?」
「たんがしてくれたんだもん。これがいい」
「ああ……そう?」
うつむいたまま前髪をなんとなく引っ張ってみたり、多分きっと、確実に照れている。
- 440 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:22
-
「たん」
「ふえ?」
「……カワイイ」
「はあ?」
「だからぁ」
もう一度繰り返そうとした松浦の甘い声にかぶせて、タイミングよくチャイムが鳴った。
続けようとする松浦の言葉をさえぎって、藤本はすばやく立ち上がる。
そんなこと、言われても困る。
そんな目で見られても、何も返せない。
それを追うように、珍しく、同時に立ち上がった松浦。
「あ、ごめん、ちょっとこれ持ってて」
さりげなさを装って、ラケットケースを藤本に押し付ける。
とっさの思い付きだった。
信じてるけど、かわいくてたまらないから思いついてしまった作戦を、即実行。
『サークル』
そのキーワードに反応した藤本に、松浦も反応していた。
髪を触るフリをしながら、横目で動きを窺う。
藤本が石川を知っているとは思ったこともなかったから、松浦の口から石川の話をしたことはない。
それどころか、テニスサークル所属という話しさえしたことがなかったかもしれない。
松浦と石川が同じサークル所属と知ったとき。
藤本の反応は?
- 441 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:22
-
餌を撒いて、獲物を待つ。
そして松浦の狙い通りに、藤本の視線はラケットケースを舐めるように動き回っていた。
くるりと裏を返したその視線が、一箇所で止まった。
彼女の視線の先には、サークルの名前がデザインされた、缶バッジ。
赤を基調としたそれはなかなかかわいくて、松浦もお気に入りだった。
彼女らのサークルでは伝統的に新入部員に配られているもので、大抵みんなラケットケースにつけている。
もちろん。
石川も。
さて、藤本の反応は?
- 442 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:23
-
「じゃ、サークルがんばってね」
「え」
ぽとりと芝生の上に戻されたラケット。
特に感情を感じさせない声。
ためらいなく土手を登る華奢な背中。
それは、どう受け取ればいい?
少しばかりの動揺はあるように感じられたが、それじゃわかんない。
情報が足らない。
それでは、彼女の本心を読むことができない。
それどころか。
(下手打った……かも)
松浦は、額に手を当てる芝居がかったポーズで渋い顔を作った。
- 443 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:23
-
- 444 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:24
-
「……かれさまっしたー」
バックヤードの粗末な扉を押し開け、屋外に踏み出す。
吉澤は外気の開放感に体をぐんっとのばした。
今日はバイトまでずっと寝ていたけれど、楽だったような余計にだれたような。
なんとなくすっきりしない気分だ。
「はー」
力なく脱力した。
と、同時に。
「はれ?」
見覚えのあるシルエットを見つける。
「梨華ちゃん?」
- 445 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:24
-
たたた、と駆け寄ると、困ったように笑みを作ってみせる。
人目を避けた暗がりに立つ石川に、吉澤は顔をしかめた。
「どうしたの?ダメじゃん、こんな時間に一人で」
「あの、うん。ごめんね?ちょっとお買い物に」
掲げてみせる手には、コンビニの白い袋。
吉澤の働くのとは別の。
中には雑誌が見えている。
吉澤が働くコンビニは、石川の最寄り駅前にある。
わりと大きな住宅地にある駅なので、まちろんコンビニもひとつだけではない。
「送るよ」
少しそっけない言い方になってしまったのは、吉澤の複雑な心情。
- 446 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:25
-
手をつないで。
深夜の住宅街は人気ゼロ。
わりと高級住宅街だから、塀も高いし庭木もうっそうとしている。
低い声で(石川も、努めて低い声で)ぼそぼそと、もそもそとした会話は全く弾まない。
バイト疲れと濃密な夜気とまとわりつく陰気さにいささか疲弊して、吉澤は小さく息をついた。
その吐息が夜気に霧散するよりも早く。
石川がぴたりと足を止めた。
「……梨華ちゃん?」
顔をじっと見上げられて、居心地悪く彼女を見下ろす。
「ひとみちゃん……私といるのツライ?」
「は?」
唐突な質問は、まっすぐに。
吉澤のため息を追い抜いて、ひとり夜を進む。
- 447 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:26
-
「――んなわけないじゃん」
「そうかな?そうは思えないよ」
「どうして?」
二度目。
重ねて否定はしなかった。
理由を尋ねた。
それだけで、石川には十分すぎる答え。
でも。
目をそらさない。
吉澤の目に入らないように体を反らしながら。
ぐっと空の手を握り締めた。
一生懸命考えた。
一生懸命。
今まで頑張ってきた。
後藤には泣きついてしまったけれど、基本的には自分ひとりで。
決めた。
夜の闇に白く浮いた吉澤の顔を、石川はぐいと見上げた。
- 448 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:29
-
「あのね。私、ひとみちゃんが好きだよ」
「ひとみちゃんが私以外の人といたいって思ってるときも」
「私はひとみちゃんと一緒にいたいって思ってること、わかってほしいの」
「わがまま言うけど、わかって」
「私はひとみちゃんの全部が好きだってこと、あなたはわかっていて」
- 449 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:31
-
まっすぐに突き刺さる、真っ黒な瞳。
静かな声。
石川が見つめるのは。
「……っ」
石川と吉澤を繋ぐ手の平が知らず力んで。
傷口がずきんと痛んだ。
(――美貴っ)
その痛みをこらえるように。
その痛みをもっともっと強く感じるために。
手の中にある細い指を強く握り締めた。
- 450 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:36
-
『全部』の
何%を持ってかれるの?
残りの何%があたしに残るの?
わかって
わかって
わかって
梨華ちゃんこそわかって。
あたし自身がわかんない、わかりたくない体ん中。
梨華ちゃんが、わかって。
お願い。
梨華ちゃんが助けてよっ
- 451 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:38
-
「梨華ちゃ――」「だけど」
「ひとみちゃんがそれをツライって言うんなら」
にこりと、聖母の笑みで石川は微笑む。
「この先はひとみちゃんが決めていいよ」
石川の手が、ゆっくりと吉澤を開放する。
吉澤の願いは、
石川には届かずに打ち落とされた。
- 452 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:39
-
- 453 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:40
-
「美貴ぃ」
「んー?」
少し遅くなったバイトからの帰宅。
部屋に入るとすぐに藤本はDSを開く。
最近これがお気に入りだ。
「あのさー」
「うんー」
「あたしさー」
「うんー」
「梨華ちゃんと別れた」
- 454 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:42
-
「……」
部屋には。
Liteな機体からあふれるコミカルなBGM。
「どうして?」
視線をさまよわせた藤本に、ひときわ高くなったBGMは二人から切り離されて。
吉澤の聴覚に立ち入るのは藤本のドスを効かせた低い声のみ。
視覚には釣り気味の目をさらに釣り上げた藤本だけが迫ってくる。
それを三角定規の角度で見おろして。
「梨華ちゃんはさ、あたしの全部が好きなんだってさ」
「は?そんなの当然じゃん。態度見てりゃ美貴にだってわかるよ。それでなんで別れるとか――」
「美貴。梨華ちゃんは『吉澤ひとみ』の全部が好きなんだよ」
「――っ」
見つめられた瞳が意図的に纏った非難に、藤本はかっと頬を染める。
その色を、吉澤は冷たい顔で見くだす。
- 455 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:43
-
「――だからっ」
見透かされた感情を、藤本は怒りでかき消す。
「あのさあっ、なんっかいも言ってんじゃん。美貴がいるせいでよっちゃんに迷惑かけるようなことがあったら、美貴を消してって」
「ダメ」
無表情の即答は誰のための否定。
「いいんだ」
「何がっ」
「あたしと美貴には、美貴とあたしがいればそれでいいんだ」
「――」
- 456 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:47
-
石川に。
先に惹かれたのはどっちだったのだろう。
先に出会ったと言えば吉澤だった。
けれど、先にまともな会話をしたのは藤本だったような気がする。
甘い声に、無駄に熱い内面に、ひっきりなしにぶつけられる桃色光線に。
先にヤラレタのはどっちだったのだろう。
あるいは。そんな区別はなかったのかもしれないけれど。
彼女を抱きしめたのは吉澤だった。
それは当たり前の。
はじめから決まっていたこと。
では、アイツは?
松浦を抱きしめるのは誰?
……いや、違う。
藤本の腕に抱くことができるものなんて、何もない。
それも、はじめから決まっていること。
ラケットケースの缶バッジ。
赤は藤本を拒む。
たぎるような炎も、流れることを止めない血流も。
- 457 名前:四角関係 投稿日:2007/08/15(水) 16:50
-
「だから美貴を消すなんて誰にもさせない」
「よっちゃん」
「美貴のすべては、あたしに権利があるんだろ?」
「――」
吉澤の冷たい目を、藤本はただじっと見つめる。
けれど、それも長い時間ではない。
「そうだよ」
柔らかく笑んで、
ひどく静かにうなずく。
「美貴は、よっちゃんのモノだから」
ゆっくりと細い腰に腕を回して、隙間なく体を合わせる。
心を合わせるために、ふたりを追い出す。
(バイバイ、亜弥ちゃん……梨華ちゃん)
- 458 名前:esk 投稿日:2007/08/15(水) 16:51
- 本日以上です。
テンションぐわんぐわんで書いたのでかなり読みにくいかと。
- 459 名前:esk 投稿日:2007/08/15(水) 16:51
- 悪人は作者一人です。
- 460 名前:esk 投稿日:2007/08/15(水) 17:06
- 一応流してみたり。
- 461 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/17(金) 03:20
- あらためてはじめから全部読みました。
なぜかわからないけど切ない感じで引き込まれます。
次回も楽しみです。
- 462 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 23:23
- 続きめっちゃ待ってます。
- 463 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 23:24
- 続きめっちゃ待ってます。
- 464 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 23:39
- 上げんな。
- 465 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/08(土) 03:14
- 読み返したらわかってしまった気がします。
“『吉澤ひとみ』の全部”かぁ…辛いですね。
まっ、とにもかくにも続きwktkして待ってます!
- 466 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/18(火) 16:57
- まっだかなぁ[
- 467 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/20(木) 18:21
- よっしーの気持ち、分かるような…
いしよし、あやみきが好きですが、
みきよしも好きですよ!
梨華ちゃんの重さも好きです。
続き楽しみに待ってまーす♪
- 468 名前:esk 投稿日:2007/09/23(日) 23:42
- 読んでくださった方、ありがとうございました。
そして待っていて下さった方、ごめんなさい。
なかなか話がまとまらなくて(涙)。
>>461さま
状況的には結構切ないんですけど、でもみんながんばっています。
>>462-464さま
お待たせしました。ごめんなさいっ。
>>465さま
一番つらいのはこの人かもしれません。
助けてあげたい……。
>>466さま
やっと更新しますw
>>467さま
作者もみんな好きなんです。
ずいぶんイタイ思いをさせてしまっていますがw
あと、作者フリーの『よしやぐ』は私でした。
あの緩さは今ここには上げられないと思いまして。
向こうにレス下さった方、ありがとうございます(うまく引っかかってくださってw)。
ってここ見てないですよねww
では、更新します。
- 469 名前:esk 投稿日:2007/09/23(日) 23:43
-
「石川さん、どうかしたの?」
「さあ……」
友人の不振気な声に、松浦も首をすくめるだけ。
サークルが始まってからずっと、ぼーっとしているかいつもの三倍から回っているかのどちらかの石川。
どうしたのかなんて聞かれても、松浦にだってわかるわけがない。
石川の友人たちでさえ扱いきれずにいるのだから、さらに後輩に当たる松浦の友人ともなればもう、気味悪げにおびえていても仕方がない。
「「あ」」
しかもこけた。
何をしていたのか足をもつれさせて地面に伏せる姿は、なまじ体が柔らかいだけに海から打ち上げられた軟体動物のようだ。
すぐには立ち上がらない石川に、松浦たちも一度顔を見合わせてみるが、微かに聞こえてくる不気味な声にゆっくりと視線を戻す。
絡まった手足をそのままで、肩を震わせて小刻みに笑い続ける石川の様子には、さすがに彼女の友人たちも近寄ることができないようだ。
しかし、その戸惑いがちな視線もしだいに一箇所に集まり。
テニスコート内のほぼすべての視線が自分に集まったころ、松浦は仕方なく重い足を踏み出した。
- 470 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:44
-
「えっと、大丈夫?」
痛い視線を背中いっぱいに浴びながら、松浦は勇気を振り絞って軟体動物の傍らにひざをつく。
小さく声をかけて、細かく震える肩に伸ばした手が。
するりと空を切った。
「へーきだよ」
体をかわしたそのままの、目を合わせない角度で石川が口を開く。
あまりにも平坦な言葉に、松浦は一瞬その意味を取り忘れた。
ぱちりと瞬きをひとつして、やっとその意味を理解したとき。
「梨華ちゃん!」
鋭い声に、呆けていた意識がびくりと体を震わせる。
遅れて顔を上げると、長い髪がふわりと目の前を覆った。
「ごっちん……」
っていうかどこから現れたの。
さっきまでどこにも姿を見せていなかったのに、いきなりコートに飛び込んできた後藤。
松浦が唖然と見つめるその人物を、石川は驚くでもなく振り返る。
- 471 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:45
-
「――っ」
一瞬、視界をかすめた石川の横顔。
頬が。
濡れていたような気がして。
どきり、と胸が鳴った。
その頬を隠すように、後藤はすばやく石川を抱き寄せる。
「どうしたの?」
「あはは……こけただけだよお」
先ほどの平坦な声とはあまりにも違う。
それ以前に、今日一日で聞いたどの声とも違う。
感情のある声。
「怪我は?」
「ないとおも……うっ」
「あるんじゃん。どこ?」
「足。捻挫……かな」
「立てる?医務室行こうか」
- 472 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:46
-
なんだか立ち入れない雰囲気に、誰も二人に声をかけない。
ほんの数10センチの距離でしゃがみこむ松浦でさえも。
「よ……っと」
抱きかかえたそのままに、後藤は石川を立たせる。
体重を乗せてみると強い痛みが走ったのだろう、石川が眉をしかめて後藤に寄りかかる。
後藤は石川の腕を担ぐようにして体を差込むが、後藤の方が少しだけ背が高い。
腰をかがめたままのその姿勢で、医務室まで行くのはつらいだろうな。
松浦はぼんやりとそんなことを思う。
「あ、部長、私――」
「うん。わかってる。えっと、お友達さん?」
「ごとーです」
「ごめんね、石川さんをよろしく」
通常モードではあまり愛想のよくない後藤。
部長という立場上気丈に接したものの、会話を早く切り上げたいと思っているのはバレバレだ。
- 473 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:47
-
じゃあ、とすでに歩き出した二人に、松浦ははじかれるように立ち上がった。
「ていうかアタシも行くしっ」
すでに数歩遠ざかっていた石川と後藤。
松浦の声への反応は石川の方が大きい。
しかし、肩越しに振り返ったのは後藤だけだった。
「ごとー一人で平気」
突き放された言葉に、松浦は思わず首をすくめた。
怒っている?
無表情や不機嫌とは違う。
もっと強い感情の発露。
(なんで?)
松浦は、ただその場に立ち竦むしかできなった。
- 474 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:48
-
- 475 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:49
-
医務室には誰もいなかった。
当然鍵もかかっていたのだが、学生課で簡単に借りられることを後藤は知っていた。
薬とかもあるのだからもう少しちゃんと管理した方がいいのでは。
そんなことを思いながら硬いソファに石川を座らせる。
「どう?痛い?」
「普通にしてたら大丈夫だよ」
そう言いつつ額の汗をぬぐう石川。
グランドから医務室までは相当遠く、後藤に頼り過ぎないように歩くには長すぎた。
やせ我慢に眉を下げて笑むと、後藤は石川の髪をくしゃくしゃとなでる。
「なっちいないんじゃ湿布貼るくらいしかできないよね」
養護員である安倍は保田と仲が良く、そのつながりから石川も後藤も親しくしている。
後藤が医務室内を我が物顔で物色できるのもそのおかげだ。
たいした労もなく湿布を探し当て、石川の足元にひざをつく。
- 476 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:51
-
細心の注意を以ってスニーカーを脱がすが、石川の体が無言でびくりと震えた。
さらにゆっくりとした動きで靴下も脱がす。
「やっぱり腫れてきたね。病院行った方がいいかも」
ゆっくりと湿布を貼り付ける。
熱を持った足首に湿布の冷たさが心地よく、石川はほうっと息を吐いた。
その吐息と同時に。
薄く閉じたまぶたの隙間から、するりと一筋のしずくがこぼれた。
「梨華ちゃん」
後藤は体を起こすと、正面から石川を抱きしめる。
「我慢しなくていいから。今ここにはごとーしかいないから。だから全部吐き出しな。ね?」
ゆっくりとまるまった背をなでる。
その腕の中で体を震わせていた石川は、しばらくするとぽつぽつと平坦な声を漏らしはじめた。
- 477 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:52
-
吉澤と別れたこと
付き合う前から他に大切な人がいると知っていたこと
それでもかまわないと思ったこと
それでも
どうしようもなく切なかったこと
あの日ベッドの中でつぶやかれた名前と
そして。
松浦――
- 478 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:53
-
朝から石川の様子のおかしいことには気づいていた。
必須科目なのに吉澤は学校をサボり、連絡もつかない。
それを石川が心配もおせっかいもしない。
ただのケンカ程度の話ではないと気づいていた。
吉澤よりも後藤が先に石川と出会い。
それからずっと、二人を見てきた。
わからないはずがない。
だから後藤が本当に驚いたのは、ふたつの名前。
それだけだった。
二人目の名前の後、石川がくすりと笑った。
後藤がいぶかしげに体を離すと、石川は泣き腫らした目をごしごしとこすった。
もう、涙はこぼれない。
- 479 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:53
-
「私ね。ひとみちゃんに振られたら……お前なんかもういらないって言われたら、次は亜弥ちゃんのこと好きになろうかなって思ってたんだ」
「ええっ?」
驚いて目を見開く後藤に、石川はくすりと笑いかける。
あせる後藤というのはなかなかお目にかかれない。
「かわいいし、面白いし、年下なのに頼れるし。自己中なようですごい私のこと考えてくれてるし。あんなにストレートに好きって言ってくれる人他にいないよ。
この気持ちを受け入れたら、きっと毎日楽しいだろうなっって」
目を伏せて何もない床を見つめてつぶやく石川を、後藤は何も言わずに見つめていた。
柔らかい声は、本当に、本心からそう思っていることがわかって。
だから声をかけることも、抱きしめることもしなかった。
「そんなこと思ったたから、バチあたったんだね」
そんな言葉が出るくらい。
好きになろうかなという程度ではなく、すでに気持ちが揺れていたのかもしれない。
自覚があったかどうかは別として。
表情を伺うように後藤を見上げた石川の、その笑みは。
眉は思いっきり下がっているけれど、自虐的というわけではなった。
だから後藤も、ただふわりと笑んでみせた。
- 480 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:54
-
「そんなことでバチ当てるほど神様も意地悪じゃないよ」
「でもさ……」
「まっつーも、意地悪じゃない」
笑みのまま。
でも、頬がゆがむ。
「ごとーはさ」
とす、と硬いソファに並んで座った後藤を、石川の視線が追う。
「いつの間にか生徒会長なんかなっちゃってさ。うちほら、やる気ない奴に会長やらせるから、その分引継ぎ期間とか長いのね。引継ぎって言うか教育っていうか。
ごとーとかすっごいやる気なかったのに、前の人はいやな顔一つしないで根気良く教えてくれて。
だから恩返しのつもりもあって、ごとーも頑張ってまっつーに仕事教えて……あ、ごとーの次はまっつーだったんだけど」
「えっ。そうなの?」
「そうなの。でさ、あの子要領はいいけど覚え悪いからさあ、ごとーも結構大変だったのね」
ふにゃりと笑いながらちらりと表情を伺うと、石川も抑えきれないように、ぷっとふきだした。
「うん。だからさ、ごとーはわりとまっつーのことわかってるつもり」
「え?」
「ちゃんと色々考えてるよ。だからさ……梨華ちゃんはもうちょっと待ってて」
「待つ……?」
「うん。ごとーも――」
- 481 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:55
-
がら
「なっち、いるの?――って、石川?」
開け放ったドアの向こう、そこには無遠慮に医務室を覗き込む人物が。
「ごとーは無視ですか……圭ちゃん」
「いや、見えてるけど。どうしたの?怪我?」
すたすたと後藤の前を横切り、石川の前にしゃがみこむ。
「捻挫?」
「う、うん。そうなの。練習中にこけちゃって」
「はー?あいかわらずばっかねえ。ちょっと見せてみな」
「ちょ、ケメちゃ――痛っ」
あまり丁寧と言いがたい手つきで足に触れる保田。
- 482 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:55
-
「お。結構腫れてるじゃない。病院行く?車出すわよ」
「え?や、そこまでは」
「いや、行った方がいいよ。圭ちゃんすぐ出れるの?」
拒否しようとする石川を押しとどめて、後藤は保田を振り返る。
「ああ――、まあ、大丈夫よ」
一瞬考え込む顔つきから、おそらく仕事は残っているのだろうが、そこで石川を取るのが保田圭だ。
「じゃあごとー梨華ちゃんの荷物とって来るね」
「あ」
言うや否や立ち上がった後藤。
すがりつくように石川は腕をつかむ。
後藤は柔らかい表情で石川を見つめて。
「梨華ちゃん」
「う、うん」
「待ってて」
それだけを言い置いて、医務室を出てゆく。
「そりゃ待ってるでしょうに」
首をひねる保田の隣で、石川はきゅっと唇をかんだ。
- 483 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:56
-
テニスコートに戻ると、すぐに松浦が駆け寄ってくる。
「梨華ちゃんどう?」
「うん。ただの捻挫だと思うけど、圭ちゃんが病院連れて行くって」
「えっ、じゃあ結構ひどいってことじゃ……」
「いやいや。圭ちゃん梨華ちゃんに甘いから」
ああ。
納得。
「で、梨華ちゃんの荷物取りに来たんだけど」
松浦は妙に気合の入った顔でオーケーサインを出すと、さっとベンチに走って行き。
ターンする速さで戻ってきた。
手には見覚えのあるラケットケースと大き目のバッグ。
「早いね」
「まとめときましたから」
驚いて目を見開くと、松浦は得意げに笑って見せた。
要領のよさ、健在。
うんうん。
ごとーが教育しただけのことはあるよ。
「あと着替えとか更衣室だからアタシ取って来るね」
「ああ、そっか。ごとーも行くよ」
松浦は先輩に一言断ると後藤の手を引いて土手を登りはじめた。
- 484 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:57
-
更衣室においてあった着替えの入ったバッグを提げて、松浦が部屋を出てくる。
バッグを後藤に差し出し、じっとその顔を見つめる。
「ん?」
「……梨華ちゃん、どうかしたの?」
後藤は少しだけ、んー、と考えこんで。
「あのさ、梨華ちゃんと圭ちゃん待ってるし、あとにしよ。練習終わったら来て」
後藤の長い指がすいと空を切る。
松浦はそれを追って首を反らせた。
「そこで待ってるから」
「は?」
裏っ返った視線の先には微妙な出っ張り。
なんだあれ?
「じゃね」
「え、ちょっとっ。何あれ?待ってるって」
「屋上。二階のデイルームのベランダから入れるから」
「ふえ?」
もう一度背骨を反らせて空を見上げる。
確かにどっかのベランダが見えてるけど、真下過ぎてよくわからん。
「じゃああとでー」
さらに背中をそらそうと努力している(一、二歩下がればいいということには全く気づいていない)松浦をおいて、後藤はすでにすたすたと歩き始めていた。
- 485 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:57
-
「遅いっ」
すでに石川とダニエルを乗せた車の傍らで、釣りあがった眦をさらに鋭く立てている保田。
「まっつーとちょっと話してて」
って、まだほとんど話してないんだけど。
保田はせっかちすぎる。
「松浦?」
「亜弥ちゃん?」
助手席の窓から顔をのぞかせていた石川が眉を下げる。
悲しいような、苦しいような、困ったような、それにちょっとだけ恥ずかしいような。
どういう感情を持っていいのか、それさえも決められなくて。
それに苦しんでいるようだった。
「大丈夫だよ、梨華ちゃん。あとはごとーに任せて」
「でも……」
しゅんと肩を落とす石川。
「梨華ちゃんはもうすでに十分頑張ったんだから。あとは任せて」
「頑張ってなんかないよっ。私は……ただ逃げただけ」
「違うって。誰かが動き出さなきゃいけなかった」
それは自分の役目だと思っていたけれど。
石川に先を越された。
- 486 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:58
-
「ごっちん……」
「梨華ちゃんは待ってて。自分のこと信じて、待ってて」
「自分を?ごっちんをじゃなくて?」
「うん。梨華ちゃんの気持ちとか主張とか。文句とか。信じて」
「文句?」
ふっと笑みをこぼした石川に、後藤もくにゃりと笑って見せた。
「もういい?」
後藤から受け取った荷物を後部座席に突っ込んで、保田はすでに運転席についている。
のけ者にされて機嫌を損ねたらしい保田の声に、後藤と石川は肩をすくめて苦笑いを合わせる。
「じゃあ、梨華ちゃん……お大事に」
「うん」
- 487 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:58
-
ゆっくりと保田の愛車が駐車場をあとにする。
滑らかな動きとは決して言えないが、痛む足をつっぱて姿勢を保つ必要はないようだ。
しばらく乗らないでいる間に保田の運転もずいぶん上達したらしい。
助手席からそっとその横顔を伺いながら、石川はほっと息をついた。
彼女が免許を取得した数年前には、命がけのドライブによく連れて行ってもらったものだ。
あまり友達がいなかったから、よく遊んでもらった。
受験期に入るとそうそう遊んでいられなくなり、さらに大学に入ってからは吉澤に夢中で。
せっかく保田のいる大学に入れたのに、いつのまにか彼女から遠ざかってしまっていた。
車の不規則なゆれに体を任せていると、なんだかぽっかりと胸の奥が暖かくなって。
ふーっと長く息を吐くと、体の中からいろいろなものが抜け落ちて。
一滴だけ残っていたのか、ぽたりとしずくがたれた。
「石川。ティッシュそこ」
ばれない様にぬぐったつもりだったが、前方に顔を固定させたままで保田がダッシュボードの隙間を指差す。
「うん」
はじめから見えていたけれど。
もう大丈夫だけど。
引き出したティッシュで顔をぬぐう。
- 488 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:59
-
「後藤がさ」
「うん?」
「あいつが『任せろ』なんか言うの、初めて聞いたよ」
「そう?」
こてん、と首を傾げてみせる。
そういえば。
あまりそういう言葉を使うタイプではない。
自分を信頼しろだなんて。
どちらかと言えば他人に興味をもたれることを嫌う後藤が。
「ちょっと悔しいわね」
保田が小さく息をつく。
石川を守る役目は、もう自分だけに与えられたものではないということか。
つぶやかれた言葉の意味をずいぶん時間をかけて噛み砕き、石川はふんわりと笑みを浮かべた。
「ケメちゃん」
若干あがったままがっちりと固まった保田の肩に自分の頬を押し付ける。
「危ないわよ」
「けち……」
唇を尖らせながらも石川は姿勢を返さず、保田も押しとどめることはしなかった。
- 489 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:59
-
- 490 名前:四角関係 投稿日:2007/09/23(日) 23:59
-
「うわーっ。すっごい眺めいいじゃん。気持ちいー!」
「落ちないでね」
柵などない狭い屋上。
そのパラペットに両足であがって大きく腕を広げる松浦の服のすそを、後藤はくいっと引っ張る。
いつもは引っ張られる立場な後藤。
石川や吉澤の気持ちが少しわかった気がした。
後ろから見ている方がずっと怖い。
「ちょっとこっち来て座りなって」
壁に背をつけてぺたりと座り込む。
「えー。ごっちんがこっち来なよぅ」
「こないだ警備員さんに見つかって怒られたから。下から見えるとこはやめて」
あの後へこむ石川がかわいくて。
でもあの子はいつもつまらないことで真剣に落ち込むから、やっぱりかわいそうだと思って。
ちょっとじゃれてみながら気分転換させてあげた。
まんまと笑顔になった石川に、とても満足したけれど。
結局最後に石川の手を引いて行ったのは吉澤だった。
それがどうというわけではない。
後藤は自分の役目を十分に果たして。
それ以上は吉澤の役目だった。
それだけ。
人にはそれぞれの役目が割り振られている。
- 491 名前:四角関係 投稿日:2007/09/24(月) 00:00
-
「ごとーはさ」
名残惜しそうに空を見上げていた松浦も、いつの間にやら後藤の隣に腰を下ろしていた。
ぼんやりとあの日の夕日を見上げていた後藤の横顔を、じっと覗き込む。
「うん」
「王子様じゃなくて、ナイトになりたかったの」
「……へ?」
それが後藤の役目。
「梨華ちゃんを守る、ナイト」
ナイトは巧みに剣を振るい、果敢に敵を倒してお姫様を救い出す。
でも最後に彼女の手をひいて、らぶらぶな夜を過ごすのは王子様の役目(役得)。
「寂しいね」
「そうでもないよ。なんかね。結構満足」
ふにゃりと笑む後藤が本当に幸せそうで、松浦もそういうものなのかと妥協する。
- 492 名前:四角関係 投稿日:2007/09/24(月) 00:01
-
「でもねー、ごとーはちょっとまずいことに気づいちゃったんだよ」
「……何が?」
「梨華ちゃんを守るためにはね、ごとーのすごく大切な人を傷つけなきゃいけないらしいって。
ごとーはその人も大好きで、でもその人もずっと苦しんでて、だから助けてあげたいって思ってた」
傷つけることでしか助けられないだなんて。
神様はひどすぎると思った。
「それって……吉澤さんのこと?吉澤さんと梨華ちゃん、なんかあったの?」
松浦の口から出た名前に、後藤は少しだけ驚いた顔で宙に目を見開く。
知っていたのか。
松浦は、どれだけのことを知っているのだろう。
そして、自分は?どれだけのことを知っている?
じっと見つめる視線を頬に受けて、後藤はきゅっと唇を結んだ。
「大丈夫だよ。ごとーが大丈夫にする」
後藤の言葉にゆがむ松浦の頬を、視界に入れないように空を見上げた。
暮れかけた空は微妙な色合いを持って。
でも今日は赤く染まることはしないようだ。
- 493 名前:四角関係 投稿日:2007/09/24(月) 00:02
-
「ねえ、まっつー」
「うん?」
「まっつーが見てきたこととか聞いたこととか、今までに覚えたこと全部がさ、でたらめだったら面白いと思わない?」
「ええ?そんなの……面白くないよ」
その言葉をどう受け取ったのか、松浦の声が少し沈んだ。
彼女のことは全て、目で、耳で、肌で覚えた。
唯一外部から与えられた情報は松浦の中でうまく形をなすことができなくて。
だから五感で覚えた彼女だけを信じているのに。
それがでたらめだったら?
そんなの面白いわけがない。
唇を尖らせてうつむく松浦の頭をぽんぽんとなでて、後藤は少し考え込んでいるようだった。
「ごっちんは面白いと思うの?」
顔は伏せたままで、上目遣いに後藤を見上げる松浦。
「――思うね。でたらめだけどさ、ウソとか間違いじゃないんだよ。たぶん順番が、並び方がでたらめだっただけなんだよ。だからきちんと並べなおしてみたいって、ごとーは思う。それって結構、楽しそうじゃない?」
知っているんだ。きっとちゃんと、自分たちは全ての情報を与えられている。
ただちょっと、意図的に組み換えられた順番に惑わされているだけで。
「わかんないよお」
「うーん。だからジグソーパズル?みたいな。今はばらっばらだけど、それぞれのピースは絶対にウソなんかついてないじゃん?いらないピースが混じってたり、足らないピースがあったりもしなくって。ちゃんと並べたら、どんな絵ができるのかなって。ごとーはわくわくしてるね」
本心からわくわくしているらしい後藤の薄い笑みに、松浦はあきれたようなため息を漏らす。
- 494 名前:四角関係 投稿日:2007/09/24(月) 00:03
-
「じゃあ怖くないんじゃん」
「いやあ、それがね、わくわくするけどやっぱり怖いんだよ」
ふにゃふにゃと笑ってみせる後藤。
ああもう、やっぱりこの人はわからない。
そして、かなわない。
「でね、勇気がなくってぐずぐずしてたの。そしたらびっくり」
わざと目をむいて見せた後藤に、松浦はさらにあきれたような顔をしてみせる。
「ごとーのお姫様は切り込み隊長になっていましたとさ」
「は?梨華ちゃんが?」
「うん。だからごとーももうぐずぐずしてらんない。ちょっくら頑張ってこようかと思うわけですよ」
「怖いのに?」
「でも、お姫様一人に戦わせとくわけにいかないからさ」
後藤は正しい絵を楽しみにしていると言った。
石川は、おそらく、でたらめな絵を拒絶した。
(アタシは?)
少しでも何かを間違えれば、すべてを失い、すべてを傷つけ、そして自分は地の底に堕ちるだろう。
それでも。ただそこにあるものを信じているから。
「アタシは、どうしたらいい?」
毅然とした表情を受け取って、後藤はふにゃりと笑う。
ね?梨華ちゃん。この子はちゃんと考えてるんだよ。
- 495 名前:四角関係 投稿日:2007/09/24(月) 00:04
-
「今はごとーの番だから。まっつーの順番が回ってきたら、そのときは、頑張って」
「ん〜。よくわかんないけど、じゃあ待ってる」
「うん。待ってて。ごとー、がんばってくるよ」
一度松浦の頭を乱暴に撫でてから、後藤はすっと立ち上がった。
そのまま顔を合わせず背を向けて歩き出す後藤に、松浦もあわてて立ち上がったけれど。
あとを追うことができなかった。
戦地に向かうナイトの背中は、なんだか孤独を背負っているように見えて。
それを追うのは自分ではないことに気づいた。
「ごっちんっ」
「んあ?」
松浦を振り返った後藤は、拍子抜けるほどのほほんとしていて、一瞬言葉を詰まらせるけど。
表情じゃない。体にまとうオーラが尻尾を垂らした犬みたいで。
ふっと笑みを漏らす。
毛足の長い大型犬。
誰にでも愛想を振りまくわけじゃないから、このリードを託せる人物を松浦は一人しか知らない。
きっとまた困った顔をして、まっしろな頬をピンク色に染め上げるんだろうけど。
- 496 名前:四角関係 投稿日:2007/09/24(月) 00:05
-
「そんな辛そうにしなくてもいいと思うよ」
「ふぇ?」
「ごっちんには凄腕の衛生兵がついてるんだから」
「えーせーへー?」
「ごっちんから受け取ったつもりでいたけどさ。やっぱ返してあげるよ。アタシよりもごっちんの方が必要そうだから」
まさしく犬のように小首をかしげる後藤に、松浦は早く行けとばかりに手を振って見せる。
納得できない顔のまま歩き出す後藤の背中に、松浦はまっすぐ両手を伸ばした。
そしてその背中をぐっと押し出す。
(がんばって)
あなたは。
孤独なナイトではない。
- 497 名前:esk 投稿日:2007/09/24(月) 00:09
- 本日以上です。
後藤さん、お誕生日おめでとうございました。
だからこんな内容になったわけではないのですがw
- 498 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/24(月) 03:38
- ああーそれぞれが切ない想いを抱えてる…
- 499 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/24(月) 11:47
- ごっちん がんばれ
一点つじつま合ないんですよ
自分の解では…
たのしみだなあ
- 500 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/25(火) 00:49
- あのよしやぐ作者さんだったのかー
まんまと騙された内の一人ですw
ていうか読めば読むほどわからなくなってくるんですけど…
自分のアフォさ加減が嫌になってきますよwww
続き期待してます
- 501 名前:esk 投稿日:2007/10/06(土) 23:27
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>498さま
いつの間にやらずいぶん切ない話になってしまいました。(こんなはずではなかったのにー)
>>499さま
ドキ。つじつま、大筋は合うはずですが、小筋は……ご愛嬌になるかもしれませんw
>>500さま
あちらもこちらも騙されていただけているようで何よりです♪
こちらも複雑なひねりではないので、予想通りで良いと思われますよ〜。
ちょっとまた時間がかかりそうなので、できているところだけUPしたいと思います。
なので、本日少しだけです。
- 502 名前:esk 投稿日:2007/10/06(土) 23:28
-
さくり
土手の芝を踏む吉澤の手には、薄い封筒が握られていた。
この土手で松浦と藤本がじゃれあっている姿を、いつか遠くから見たことがあった。
自分と居るとき以外には見せない、気の抜けきった藤本。
少し気分が悪くなって、吉澤は大きく息を吐き出した。
藤本は吉澤のために生まれ、吉澤一人のためにこれからも生き続ける。
ずっとずっと。記憶にある限り昔から一緒にいた。
背が伸びて、髪が伸びて、――とても綺麗になった、藤本。
それは吉澤だけが知っている。
自分だけが知っていればいい。
「美貴……」
- 503 名前:四角関係 投稿日:2007/10/06(土) 23:31
-
『亜弥ちゃーん』
『なあに?たん』
封筒を握り締める手にぐっと力が入る。
美貴の名を呼ぶことは、それだけは譲れない。
吉澤は、ぐっとひざを折ると、芝の上に封筒をおいた。
途中で拾ってきた手に余るくらいの石を重石に載せて、ゆっくりとその場を立ち去る。
そこに残されたのは。
一通の手紙と。
意識下から突き上げられた、透明な叫び。
- 504 名前:四角関係 投稿日:2007/10/06(土) 23:32
-
なぜまっすぐに進める。
自分以外の人はどうやって。
そうやって。
自分の想いをまっすぐに保つ。
うなずく石川。
受け入れる藤本。
二人はわかってくれない。
誰か。
あたしを。
助けて
- 505 名前:四角関係 投稿日:2007/10/06(土) 23:34
-
教室に向かう吉澤の足取りはなかば引きずるように重かった。
気は全く乗らないが、昨日丸一日サボってしまったから、あまりサボり続けるわけにもいかない。
幸い今日は石川と同じ授業は少ない日だから、どうにか顔を合わさずにいられるだろう。
あとは。
「おはよう」
「おはよう……ごっちん」
後藤にもできれば会わずにいたかったが、そうもいかないらしい。
しなやかな動きで吉澤に近寄り、すっと首を傾げると下からの角度で吉澤を見上げる。
白い頬に長い髪がさらりと流れた。
「ちょっと、いいかな」
「……うん」
もうすぐ授業が始まる。
なんだ、結局サボりか。
- 506 名前:四角関係 投稿日:2007/10/06(土) 23:35
-
図書館裏の木陰にすえられたベンチに座ったまま、後藤は長く何も話し出さなかった。
その隣に座った吉澤も、そうなれば自分から話しかけるような話題はない。
今このときに適切な話題は何もない。
そろそろ固いベンチに座ったおしりが痛くなってきた。
お隣は大丈夫なんだろうか?
ふと後藤に向けてみた意識が違和感を覚える。
後藤の横顔が、なんだかイラついている。
彼女にしては珍しく、とても珍しく。何かを言いよどんでいるようだった。
丸い靴の先までがとんとんと細かいリズムを刻んでいる。
後藤は普段からあまり口数の多い方ではなく、始終ぼおっとしている。
けれど言いたいことはずばずばと言うたちで(そういうところは藤本によく似ていると思っていた)、こんな風に言いよどむ後藤の姿に、吉澤は焦燥に駆られた。
石川と別れたことを責められるのだろうと思っていたけれど。
――まさか。
一定のリズムを刻み続ける後藤の靴音と、少し早くなった吉澤の鼓動。
それらを和らげるように、緩やかに風が吹いて頭上の木の葉を揺らした。
- 507 名前:四角関係 投稿日:2007/10/06(土) 23:38
-
ぱらぱらと降り注がれるその音を聞いたのか。
後藤は身を漂わせていたリズムを止めると同時に、がつっと立ち上がる。
空を仰いだ長い髪が陽に溶けて、つられて彼女を見上げた吉澤は、まぶしい、と思った。
少しの間、後藤は太陽を見つめていた。
光を体に集めているみたいだと、吉澤は思った。
前触れもなく。大げさなほどの動作でくるりと振り返った後藤。
その影に入り。
吉澤のまとう空気はひやりと温度を下げた。
「ねえ、よしこ」
後藤の声は、少し震えているように聞こえた。
「 ミキって、誰? 」
光で焼きついた吉澤の目に、後藤の表情は見えなかった。
- 508 名前:四角関係 投稿日:2007/10/06(土) 23:38
-
- 509 名前:四角関係 投稿日:2007/10/06(土) 23:41
-
鼻歌交じりに土手へやってきた松浦。
今日は早く授業が終わったので非常に機嫌が良く、足取りも軽い。
後藤は待てと言った。
それならば自分は何も知らないふりをして、残された時間を有意義に過ごすのが役得というもの。
堕ちるか昇るか。それが決定するまでおそらくそれほどの猶予はない。
定位置までやってきてそこに誰も居ないことを確認すると、松浦の鼻歌は少し低くなる。
でもまだ後から来るかもしれないし。
さっと土手に腰を下ろそうとした松浦。
白い封筒がその視界を掠める。
「なんだろ」
個人情報保護法にはあまり興味のない松浦。
宛名のない封筒をためらいもなく開く。
好奇心旺盛だからというわけではない。
閉じているものは、開ける。
それだけ。
封はされていなかった。
- 510 名前:四角関係 投稿日:2007/10/06(土) 23:44
-
中から出てきた一枚のプリクラに、眉をしかめる。
自分、だ。
「はあっ?なんでよ」
自分の顔が封筒の中とはいえ地べたにおかれていたことにまず腹を立て、同封されていた便箋を取り出しながらあることに気づいた。
このプリクラは。
藤本に手渡したものだ。
左手のプリクラに顔をむけたまま、視線だけを右手にゆっくりと移し替える。
つまり、真っ白な、この便箋は。
ごくりとつばを飲んで二つ折りの便箋を、片手でゆっくりと開いた。
- 511 名前:四角関係 投稿日:2007/10/06(土) 23:45
-
亜弥ちゃんへ
バイバイ
美貴
- 512 名前:四角関係 投稿日:2007/10/06(土) 23:46
-
右上がりの細い文字は記憶にない。
でも。
「みき」
誰。とも。
なぜ。とも。
思わなかった。
だから松浦は。
彼女にしては破格の初動で駆け出した。
- 513 名前:四角関係 投稿日:2007/10/06(土) 23:49
- 本日以上です。
- 514 名前:esk 投稿日:2007/10/06(土) 23:52
- 今回わりと重要な発言が含まれています。
さて、このあとどうしましょうw
- 515 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/12(金) 12:34
- 続きたのしみにしてますw
- 516 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/26(金) 21:06
- たのしみにしています
- 517 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/27(土) 00:51
- やー、私も続きが楽しみです。
どうなってもいいから続きを待ってます^^
- 518 名前:esk 投稿日:2007/10/27(土) 23:04
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>515-517さま
ありがとうございます。お待たせして申し訳ないです。
こんな話にも先を待ってくれている方がいるのなら、くじけてはならんと思いました。
さて、レスがいただけたからというわけではないですがw、中途半端に更新します。
- 519 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:05
-
心に傷を受けるには年齢一ケタは幼すぎた。
『ミキってだれだよ』
『美貴は美貴だよっ』
『はー?そんなやつなんかいないじゃん』
『いるっつってんだろっ』
『じゃあさっさとここに連れてこいよ』
『だぁらっ、美貴がおまえらなんかとはしゃべりたくないっつってんだよっ』
『ほら見ろ、やっぱいないんじゃん。よしざわのウソツキー』
『ウソじゃねーーっ』
ぎゃんぎゃんと泣き喚くクソガキを組み伏せて、肩で息をする。
いつも一緒に遊んでいた幼馴染の少年は、傷だらけの腕で自らの顔を覆う。
自分も、腕の、足の、頬の傷口がずきずきと痛んだ。
そのどの痛みよりも強く、体のまんなからへんが痛んだ。
だけど、鼻の奥につんとこみあげるものを必死になって抑える。
泣くな。
だって、美貴は泣いてない。
- 520 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:06
-
『よっちゃんってちょっと気持ち悪いよね』
『だよね。へんな女の子の話よくするしさ』
『ミキでしょ?』
『そうそうっ』
『独り言多いしさあ』
『気持ち悪いーっ』
『あっ、どうしよう、私今からよっちゃんと遊ぶ約束してるんだった』
『やめときなよっ』
『そうだよ。うつるよー、気持ち悪いの』
『えーっ、絶対やだっ。こっち入れてよー』
『いいよいいよ。あんな子ほっときなよ』
きゃあきゃあと騒ぐ声はすごく楽しそうだった。
その声のどれもが、あたしをかっこいいと言って群がってきた女の子たちのものだった。
ほんの数十分前、放課後の教室でさえ。
あたしはだらりと力の抜けた体をフェンスに押し付けた。
美貴は、困ったように顔をしかめて。
ごめんね、とつぶやいた。
- 521 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:07
-
いらない。
誰もいらない。
あたしには美貴だけがいればいい。
美貴のことを誰も知る必要はない。
美貴にはあたしだけがいればいい。
美貴はあたしが、守ってやる。
- 522 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:07
-
- 523 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:08
-
「美、貴は……」
「うん」
うつろな目でつぶやく吉澤の膝元に後藤はしゃがみこむ。
いたわるように、やわらかい笑みを浮かべて。
「ごっちんは、どうして、その……名前を」
「よしこさー。うかつすぎ」
ぽくっと、吉澤のおでこに後藤のこぶしが当てられる。
「……え?」
少し遅れて、吉澤のきょとんとした目が後藤を見つめる。
ちゃんと、後藤を視界に捕らえる。
だから後藤も、やわらかかった笑みを意地悪くゆがめて見せた。
「梨華ちゃんの前で寝言で言ったらしいよ」
「……マジ?」
「ベッドの中で」
「……」
声もなく頭を抱える吉澤を、後藤はからからと笑い飛ばした。
「梨華ちゃん、なんて言ってた?」
恐る恐る顔をあげた吉澤は、おびえたようなすがるような目で後藤を見つめる。
「教えない」
「はは……」
吉澤の乾いた笑いに、後藤は細く息を吐いた。
- 524 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:08
-
少し、心臓が震えた。
乾いた笑いなんかではすまない。
もっと深いところから抉り出す。
後藤は吉澤に気づかれないように、ぐっとこぶしを握り締めた。
手に残るのは、石川と松浦の髪の感触。
大丈夫。
任せてって言ったから。
がんばるって言ったから。
だから大丈夫。
「ねえ、よしこ?」
「うん?」
吉澤の気の抜けた目をしっかりと見返す、後藤のその表情は固い。
笑みは、いらない。
- 525 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:10
-
「よしこの一番大切な人がミキなの?」
「……え」
「よしこは、本当にミキを大切にしてる?」
「なっ」
重ねて押し付けられた後藤の言葉に、吉澤の顔色がさっと変わった。
対峙する後藤は表情を変えない。
言葉をとめない。
「ミキは、本当に今のままでいいって思ってる?」
「――っ」
「ねえ、よしこ。よく考えて」
ともすれば吉澤の腕の中に閉じこもろうとする藤本に、大学に通うよう勧めたのは吉澤自身だ。
ずっと嫌がっていた藤本も、大学が始まる季節になるとついには折れて了承した。
吉澤は自分の強引さに満足していた。
結局はこれが藤本にとって最良なのだと確信していた。
例えそれで自分が苦しんだとしても、だ。
この世界に生を受けて、この世界の光を浴びる。
誰もが当然に願うことだと思っていたのに。
それが間違っていたとしたら。
藤本の望むことが、それがこの世界に縛られないことだと言うのなら。
- 526 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:10
-
「美貴を……解放しろってこと?」
『よっちゃんに迷惑をかけるんだったら美貴を消して』
ことあるごとに彼女はそう言った。
もし吉澤が、じゃあ消えろと言えば、少しのためらいもなく消えていくのだろう。
そういう覚悟で、何度も彼女はその言葉を使う。
本当は。
消えたかったの?
「違う。違うよ、よしこ。そうじゃなくて」
「じゃあ、なんだよっ」
吐き捨てるように叫ぶと、吉澤は、どんと足を踏み鳴らした。
わからない。
どうすればいい?
美貴がしたいことは。美貴にとって一番いいことは。美貴が幸せになるためには。
あたしはどうすればいい。
愛して。守って。
それ以外にどうすれば。
- 527 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:11
-
「よしこはミキを弱いと思ってる?」
「そりゃ――」
彼女は弱者だ。
社会的弱者だ。
そうだろう?
「そうかな?本当に弱いと思ってるのは」
後藤が顔をゆがめる。
逸らしそうになる目を、懸命に見開く。
ごとー、がんばるから。
よしこも。
がんばって。
「よしこ自身じゃないの?自分の弱さを守るために、ミキを守ろうとしているんじゃないの?」
- 528 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:12
-
ゆっくりと文字をなぞるように後藤の声が言葉をつなぐ。
その糸をたぐるように少しずつ言葉を理解して、呆然と吉澤の目は見開かれていく。
弱弱しい吉澤の視線を捕らえる後藤の目は、痛みが見えるほどに真剣で。
「そ、な……え?」
吉澤は右手で胸を抑えて浅い呼吸を繰り返す。
後藤はあえぐ吉澤をしっかりと見据えたまま、だらりとベンチに垂れたままの吉澤の左手を、両手でふわりと包み込んだ。
「今のままじゃよしこが縛られてる。それじゃ、誰も――自分も、守れない。大切にできない」
「縛られ……?」
優しげな手つきはそのままで、深くうなずく後藤。
「違う。美貴はそんなことしないっ」
むしろいつでも消えてしまいそうで。
細い腕を手繰り寄せて。
顔を寄せて。体を重ねて。
何度も何度もその存在を確認した。
「うん。ミキは、ね」
「じゃあっ」
「よしこは、ミキを守るっていう自分の想いに縛られてるんだ」
- 529 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:13
-
『 お互いだけがいればそれで良い 』
純粋にそう思っていられたころは、二人のバランスは正しく取れていた。
けれど、支点を一点しか持たないバランスはひどく危ういもの。
- 530 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:14
-
「あたしが、あたしの想いに……?」
「うん。だからさ、梨華ちゃんを遠ざけようとしたでしょ?」
「……」
柔らかくいたわるような後藤の声に、吉澤はびくりと体を震わせた。
わかっていた。
自分のことだから。
それでも。
わかりたくなかった。
藤本という存在を持ちながら石川に捕らえられた。
それは吉澤の罪なのだろうか。
「……梨華ちゃんを」
ゆっくりと吉澤の唇が動き出す。
「好きになるのが、怖かったんだ」
「うん」
うつろな目で、平坦に言葉をつむぐ。
石川にはまっていくのが怖かった。
だから防衛線を張った。
『 結局石川は藤本を選ぶ 』
好きになり過ぎないように。
恐怖に不安で防衛線を張った。
- 531 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:14
-
「それで、うまくいくと、思ってた」
「うん」
石川と自分の間に藤本を置くことで。
石川の想いを藤本に分散させることで。
自分の想いを二人に分散させることで。
気持ちにセーブをかけた。
「でも、だめだった」
「そっか」
想いは、防衛線を超えて。
ぎりぎりで保っていたバランスをいとも簡単に崩した。
- 532 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:17
-
ずっと。
人を愛することが怖かった。
藤本以外を愛してしまうことが怖かった。
そうすれば。
「きっと」
いつか。
美貴を消したいと思う日が来る
- 533 名前:四角関係 投稿日:2007/10/27(土) 23:18
-
「あ……ああ……」
落ちる。
落ちる落ちる堕ちる堕ちる堕ちろ。
美貴を捕らえたのはあたしであり。
美貴の全てはあたしに権利があるが。
美貴の存在を否定することは許されない。
愛するのではない。
愛さなければならない。
もし美貴を愛さないというのであれば。
オマエは地の底に堕ちろ
- 534 名前:esk 投稿日:2007/10/27(土) 23:19
- 本日以上です。
- 535 名前:esk 投稿日:2007/10/27(土) 23:19
- 話が
- 536 名前:esk 投稿日:2007/10/27(土) 23:19
- 進まない。
- 537 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/31(水) 18:14
- 更新うれしいです!
先が想像できなくてぞくぞくします。
続き楽しみにしてます!!
- 538 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/19(月) 00:33
- どんな結末であっても、そこまでの過程が楽しみです。
話がどんどん進んじゃうのはもったいないと思ってるんで。
ごっちんも、よしこも、がんばれ
- 539 名前:esk 投稿日:2007/12/31(月) 16:34
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>537さま
ありがとうございます。
話の進展以上に、更新自体の展望がなかなか見えませんがw
どうにかがんばりたいと思います。
>>538さま
ありがとうございます。
こんなに迷走していても許してもらえるでしょうか……。
結末は決まっているので、二人にがんばって前に進めてもらおうと思います。
がんばれ〜ノシ
さて。年内に更新できればいいかなと思っていたのですが……無理でしたw
ということで、深刻にどうでもいいいしよし小ネタ(微古)で更新偽装したいと思います。
- 540 名前: 投稿日:2007/12/31(月) 16:36
-
『 ピンク 』
- 541 名前:ピンク 投稿日:2007/12/31(月) 16:37
-
最近、あたしの姫は『イタズラ』に凝っている。
他愛もない、ちょっと笑えるくらいのものだけど、不意打ちで食らうからたまに……困らされる。
例えば。
さっきまで普通に眺めていた台本に、突然例のウサギが現れた。
――セリフをとちった。
フットサルの練習中に、スポーツドリンクのつもりで飲んだらコーラだった。
――コーチの顔に噴出した。
着替えようとしたら自分のわき腹に『梨華のもの』と書いてあった。
――まいちんに死ぬほど笑われた。
まあどうせ梨華ちゃんが考えることだから、この程度。
あまり突飛なことはできやしない。……たぶん。
今回だって、モノ自体はたいしたことじゃなかった。
いつもより全然たいしたことなかったんだけど。
- 542 名前:ピンク 投稿日:2007/12/31(月) 16:38
-
「……ただいま」
ぐったりと重い腕でリビングのドアをあけると、なんだか薄暗い。
あれ?寝てる?
「うー?」
寝息を探そうと澄ましたあたしの耳に、梨華ちゃんののんきな声。
映画を見ていたらしい。って、またホラーかよ。
スプーンかなんかを唇に咥えたまま首だけこちらに向けてくる姫。手元には小さなカップ。
ホラー見ながらヨーグルトを食うこいつの神経は疑わしい……。
「おかえぃ、よっひぃ」
スプーンをひこひこと上下させながらの間抜けたお返事。
「ただいま、梨華ちゃん……」
「ん」
さらに気の抜けたあたしの返事に満足げに笑んで見せると、梨華ちゃんは咥えていたスプーンをゆっく
りと引き抜いて、くんっと尖った顎を差し出した。
あたしは半ば条件反射に唇を寄せる。
軽く音を立てて、ただいまのご挨拶。
- 543 名前:ピンク 投稿日:2007/12/31(月) 16:39
-
そのままソファに並んで座って、腰に腕を回す。
普段ならこのままいちゃつきモードに入るんだけど。
TVはホラー、あたしは凹み中でいまいち気が乗らない。
だけど姫は結構その気みたいで、ぐいぐいとあたしに体を押し付けてくる。
「ん〜。よっすぃ?どうかしたの?」
気乗りして来ないあたしに気づいたのか、ごつりと頭突きを食らう。
それでもあたしは、なんだか色気を醸し出す目じりにも、今日ばかりは惑わされてやんない。
「今日ね、仕事行ったらさ」
「……うん」
唐突に話し出したあたしに、姫はちょっと不満そうに唇を尖らせながらも素直にうなずいた。
「ほら、ロンハーのさ、私服チェックみたいのあるじゃん?」
「うん、あるね」
「あれに引っかかってさ」
「へー、そうなんだ。でも今日のよっすぃはバッチリきまってるよ?」
そりゃそうだ。
なんたって今日はこの部屋から直行だったんだから。
昨夜も今朝ももにゃもにゃしてすっきり気持ちよく仕事に向かったんだよ。
そんなハッピ〜♪な午後にあんな落とし穴があるなんて思わないでしょ、普通。
- 544 名前:ピンク 投稿日:2007/12/31(月) 16:40
-
「……あれさ、バッグも開けられるんだよね」
「…………へえ。そうなんだ」
ちらりと視線をくれてやると、わざとらしく目をそらせた。
でもその唇がにやにやとひくついている。
「まあ、別に変わったもんは行きしなに買ったゆで卵くらいだからいいかなって思ったんだよね」
「よっすぃ、好きだもんね。あ、冷蔵庫に入ってるよ。食べる?」
「今はいい」
さりげなさを装って体を離そうとする梨華ちゃんをぐいと抱き寄せる。
「でさ、バッグ開けたらどピンク、出てくるじゃん?」
「化粧ポーチ?」
「そうそう。これはやべーって思ったね」
「いいじゃん。あの色よっすぃ好きな色だし」
「うん。好きだね」
「それにさ、この服であのポーチってインパクト強いよ?」
「うん。強いね」
「やっぱさ、私たちにそういうのって大事だよ。ね?」
「うん。大事だね」
「じゃあ良かったんじゃん。結果オーライだよ」
「うん。そうだね。梨華ちゃんの屁理屈はわかったから」
「 あたしの化粧ポーチ返せ(涙) 」
- 545 名前: 投稿日:2007/12/31(月) 16:41
-
『 ピンク 』 終わり
- 546 名前:esk 投稿日:2007/12/31(月) 16:44
- 本編アレで止めといてこんなのでごめんなさい。
せめて休み中には更新したいと言っておきます。
2007年、お付き合いくださった方々、本当にありがとうございました。
2008年もお付き合いいただけるなら、最上の喜びです。
ではみなさま、良いお年を。
- 547 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 21:22
- こんなのなんてとんでもない!!
私好みの良い雰囲気のいしよしでした。
今年の最後にこの作品を読めて幸せです。
- 548 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 22:59
- こーゆーいしよしいいですねー
- 549 名前:esk 投稿日:2008/01/05(土) 22:48
- 読んで下さった方、ありがとうございます。
>>547さま
ゆるゆるお好みでしたか(笑)?
私も、基本どんなCPでも、のんびりまったりおばかな
雰囲気が好きなんですよね〜。
>>548さま
お気に召していただけてうれしいですっ
久しぶりの本編更新です。
- 550 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 22:48
-
「や……み、見な、いで」
「見ないよ」
頭を抱え込んで、吉澤はがくがくと体を振るわせる。
とっさに体を起こして、後藤は吉澤の頭をぐっと胸に抱き寄せた。
吉澤の震えが後藤をも震わせ、そして奮わせる。
助けてやる。
絶対に。
堕ちるなんか、許さない。
「見、てる」
「見てないよ」
「美貴が、見てる」
「……でも、ごとーは見てないよ」
言って、後藤は固く目を瞑る。
その眼裏に、そっぽを向いてたたずむ誰かを見たような気がした。
なんだ見てないんじゃん。
いや、見ててもいい。
っていうか、ちゃんとこっち向いて見てろ。
その前で。
「も、全部吐いちゃいな」
- 551 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 22:50
-
「あたし、はっ」
後藤の言葉が呼び水になったように。
吉澤は宙に向かって声を噴き上げた。
「き、汚いっ。美、貴閉じ込め……っ、のに、梨華ちゃ、のこと……だから美貴、い、いらな、って!
なのにっ、まだ、縛りつけ……っ。何も誰も、許せな、あたし、サイアクっ。弱、て、きたな、誰も、愛せなんか、しな、守れなんか、誰も……誰もっ」
自らの吐き出した切れ切れの言葉が全身に刺さり、吉澤は強く胸を抑える。
後藤は抱きしめる腕を回して、その手を上から包み込んだ。
「そうだね。よしこは弱い。きっと心の底には汚い部分もあるんだと思う」
吉澤とは対照的に、後藤の声は静かだった。
それを体に響かせて、吉澤はびくりと肩をすくめる。
しかし震える肩が怯えを含むよりも早く、後藤は声をたてて笑った。
「でもさー。そんなのみんな同じだよ?」
- 552 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 22:51
-
「おな……え?」
「ごとーだってユウキのこととかどっか行っちゃえバカってしょっちゅう思うけど、それでもやっぱりそこに愛はあるし」
「あ、い……」
「うん。ごとーはね、思うことと愛することは、別のものだと思うよ」
「べつ」
放心したような気抜けた声で、吉澤はただ後藤の言葉を鸚鵡返しにする。
その震える手を、後藤はきゅっと握り締めた。
「そう。別。べっこ。人間ってのはさ、心の中でどんなに汚いことを思ってても、人を愛することは許されてる生き物なんだよ。そうじゃないと、誰も人を愛せないじゃん?」
「でも、でもねっ、あたしが……『そう』思えば、美貴は……っ」
藤本を殺すのに、ナイフもマシンガンもいらない。
言葉ひとつ。
思いひとつ。
思うだけ、それだけで彼女は。
- 553 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 22:52
-
「それ……がね、ミキちゃんの悪いとこだと思う」
「な――っ、わる、くなっ」
少し苦味を含んだ声で後藤が搾り出した言葉に、吉澤は噛み付くように怒りの声を上げた。
こう言えば吉澤が憤慨することは予測していた。
だから後藤はできる限り優しい手つきでその背を撫で、それ以上に優しい声で言葉を続けた。
「悪いよ。ごとーのよしこに何してんだテメーって思ったこと何べんもあるもん」
「何、言って――」
「だってさ、ミキちゃんの気持ちが重すぎて、だからよしこは自分の心を縛り付けちゃったでしょ」
「ちが……っ」
「違う?本当に?」
小さな子供を諭すような後藤の問いに、吉澤は言葉を失う。
『少しでもよっちゃんに負担をかけるなら消えるから』
彼女はそう繰り返した。
そう言われたら。
負担に思うことも、できなくなった。
- 554 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 22:53
-
「ちが、うも……あたし、あたしが……」
「よしこ。聞いて。重いってね、そう思っても、いいんだよ?」
ささやくような後藤の声に、吉澤はいやいやと首を振り続ける。
「おも、ってな……もん」
普段にはない幼げな仕草と言葉。
本当に。
本当に幼いころに閉じてしまった扉。
その向こうにあるものが、少しずつ姿を現す。
それを見つめるのは後藤の役割ではない。
吉澤と。
――藤本が。
受け入れていかなければならない、真実の姿。
- 555 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 22:55
-
「そうやって何もかも縛り付けちゃだめだって」
聞き分けのない子供のように弱弱しく首を振り続ける吉澤の背を、後藤はぽんぽんとたたいてやる。
「確かによしこがミキちゃんを重いって思う事は優しいことじゃない。ずるくて、弱いことだよ。
でもね、だからってミキちゃんを守るんだーって言うことで弱い自分を隠そうとしても、それじゃ意味ないよ。誰も守れなんかしない。
自分自身には……ミキちゃんには、意地なんか張らないで、嘘つかないで、弱いところも汚いところも見せてかなきゃだめだよ」
「でも……でも……」
ずるくて、弱くあること。
それ自体が許されないのだと、思ったから。
「許すよ。ごとーだけじゃない。みんなが許すよ。もしも、許さないって言ってよしこを攻撃するようなやつがいたとしても、ごとーが守ってあげるから。だから大丈夫だよ」
- 556 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 22:56
-
ふわり。ふわりと。
吉澤の言葉ひとつずつを後藤が包んで取り去ってゆく。
そしてもう、言葉もなくなって。
吉澤は、抱きしめられた頭に直接響く声に、ただぼんやりと耳を傾けていた。
守る。
大丈夫。
繰り返される言葉に自分はふさわしいとは思わなかったけれど。
どくどくと脈打つ自分の鼓動。
それに負けないくらい後藤の鼓動も強く、早くて。
耳を澄ませばその呼吸も決して穏やかとは言えない。
それならば。
信じられるような気がした。
- 557 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 22:57
-
「絶対に守るよ。ごとーはナイトだからね」
なんでもないように軽い口調。
心音の高さがばれていないとでも思っているのだろう。
「ナイト」
胸を突き上げるものを声に変換する。
その声は思ったよりもずっとやわらかくて、吉澤は唇の端を引いた。
「そう。かっこいいでしょ」
ふふっと笑った後藤の振動が小刻みに伝わる。
その心地よさに、吉澤の震えも徐々におさまっていった。
天も地もないほどに震えていた体がふわりと平衡感覚を取り戻す。
足が踏みしめる地面を硬いと感じることができた。
胸を抑えていた手をゆっくりと緩める。
かえって意識的に力を込めないと指先を緩めることができなくて、吉澤は苦笑を浮かべた。
白くなった手のひらに、とくりとくりと赤みが広がっていく。
「はは……ごっちん、すげえ……」
その赤を見つめながら、弱くつぶやく。
底のない空間にまっすぐ堕ちていくはずだった自分を。
後藤はたしかにすくい上げた。
- 558 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 22:58
-
わかって、くれなかった。
薄汚い自分を、藤本は受け入れ。
石川は、薄汚い自分の判断に従った。
それが二人の愛情であり、想いであったことはわかる。
だけど、吉澤が望んでいたのは、共に堕ちてくれる仲間ではなかった。
賛同し、突き放すことで教えられても、答えを見出せるほど大人ではなかった。
吉澤を否定して、それでもなお手を差し伸べてくれたのは。
後藤だった。
「すげーっしょ?」
誇らしげに軽口をたたく後藤の、その声に安堵が深く滲んでいることに吉澤は気づいていた。
「うん……」
すげえ。
自分の心の闇を、汚泥にまみれた自分の本当の姿を目の当たりにしながら。
それでも自分を愛してくれるこの親友は。
「マジ……かっけー」
「うらやまし?」
くすくすと笑いながら、後藤はゆっくりと腕を緩める。
ずいぶん久しぶりに見たような気がした吉澤の目は、力なく緩んではいたけれど澄んだ色をしていた。
「うらやましいよ」
素直に肯定する吉澤に、後藤はにこりと笑いかける。
- 559 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 22:59
-
「じゃあさ、よしこも、かっけくなろう?」
「……え?」
「もう嘘ついたり怖がったりしないで、重いとかイヤだとか思ったらちゃんと言葉で伝え合ってさ。
それで二人がケンカでもしたら、ごとーたちが仲裁もするし愚痴も聞く。
それでもしも、二人がちょっとだけ愛しあえないような気持ちになっても、その分ごとーたちがそれぞれを愛してあげる。
だからね、二人は心置きなく強くなって、誰かを愛せる人になって。ね?」
「愛して……いいのかな」
自分は誰かを。
藤本以外の誰かを。
愛しても、いい?
「いいよ」
「美貴のこと……愛したままで?」
不安げに揺れる吉澤の目に、後藤は強くうなずく。
「うん。だってよしこはさ、ミキちゃんのこといっぱいに愛して、そうじゃないと他の人を愛することはできないでしょ。
よしこにとってミキちゃんは……そういう『人』でしょ?」
やさしげな声で顔を覗き込んでくる後藤を、吉澤はまじまじと見つめ返した。
どうして後藤は。
そんなことまでわかってしまうのか。
- 560 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 23:00
-
「ごっちんはさ、いつから美貴のこと……」
『ごっちんってさ、美貴とよっちゃんで態度違うよね』
いったいいつから。
今まで誰にも気づかせなかったのに、どうして。
「ミキちゃんさ、初めのころ梨華ちゃんのこと嫌いだったでしょ」
「あー……」
ふふ、と笑う後藤に、吉澤はあいまいに肯定を示す。
嫌い、というほどではないが、苦手意識は確かにあったようだった。
「ごとーは梨華ちゃんのナイトでもあるから、まあちょっと……警戒してた」
なるほど。
『吉澤ひとみの全部』を受け入れようとしていた石川とは視点が違うというわけか。
「でもそれでよくあたしのこと認めてくれたね」
大切な大切な、石川の相手として。
「梨華ちゃんが好きなら仕方ないでしょ。ミキちゃん側の気持ちの変化もちょっとずつ感じてたしね。
あ、でも『わかった』のは最近だよ」
- 561 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 23:01
-
きっかけは、そう。
石川の言葉。
吉澤には石川の他に大切な人がいるらしい。
他の『人』。
後藤にとって、それがこのトリックパズルの最後の1ピースだった。
「大切になんか……してなかったけどね」
「コラ」
自嘲気味に息を吐く吉澤のこめかみあたりを、後藤は笑いながらこつんと小突く。
「ひねないの。これからがんばって大切にするんでしょ」
「でも……」
恥じるような、困ったような、情けないような。
微妙な顔つきで吉澤は後藤を見上げる。
自信、ない。
- 562 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 23:02
-
はっきりそう書かれた顔に、後藤は思わず噴出す。
いつもは飄々としていて、誰かに教えを請うようなことはあまりしない吉澤。
でも今日は、今だけは、すがるような目が自分を見上げている。
そうしていけばいい。これからも。
全ての人に全てをさらすことはできやしないけど。
できないのならできないと言えばいい。
助けが必要なら、ただ一言そう言えばいい。
今みたいに、わからない、教えてって。
目で訴えればいい。
「んー。大切にするってさ、ただ一方的に優しくするだけのことじゃないとごとーは思う」
「どういうこと?」
「そうだなあ……その人がより良い方向に向かえるように導いてあげるっていうか」
その答えがわからなくても、一生懸命一緒に考えてあげるから。
「間違ってたらそれはちゃんとしかってあげることも必要だと思う。
まあ、好きって思いすぎるとなかなか難しいかもしれないけどね」
石川や藤本が吉澤を救えなかったのはそのせいだろう。
好きだって気持ちが大きくなりすぎて、失うことを恐れすぎた。
- 563 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 23:03
-
「難しい……ね」
「うん。でもさ、ミキちゃんを一番に大切にするのはやっぱりよしこなんだから。がんばるんだよ。
それで、自信もって梨華ちゃんにぶつかっておいで」
「……はい」
こくりとうなずいた吉澤を満足げに見下ろして、後藤はその頭をくしゃくしゃと撫でた。
「じゃ、ごとーはもう行くから」
「え」
行っちゃうの?
すがるような目に差し伸べそうになる手をぐっと抑える。
(大切にするって、マジで難しいよ)
苦笑いを浮かべながら、それでもためらいなく後藤は立ち上がった。
「がんばれよ〜」
もう一度ぽんぽんと頭を軽くたたいて、そのまま体を返す。
歩き出した後藤に、その意味を悟って吉澤は表情を引き締めた。
- 564 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 23:03
-
「ごっちんっ」
「ん?」
力強い声に、くるりと振り返る髪が、ふわりと揺れて。
吉澤はふらりとベンチを立ち上がる。
少しめまいがしてよろめいたけれど、後藤は駆け寄るようなことはしなかった。
じっと目を見詰め合う。
「ありがとう」
ふふ。
後藤の瞳に柔らかい笑みが浮かぶ。
「気にすんな〜」
「それと……大丈夫?」
「ふぇ?」
「ごっちんの傷は、あたしで癒せる?」
「……あは。大丈夫だよ」
- 565 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 23:04
-
「でも」
傷を、受けたはずだ。
吉澤を助けるために振るった後藤の剣先は、きっと彼女自身にも傷を負わせた。
これだけ大きな心で自分を包み込んだ彼女だから、きっと親友を傷つけたことに傷ついている。
「ごとーには、凄腕のえーせーへーがついてるからさ」
「えーせーへー……って何?」
「良くわかんない」
「はあ?」
「でも、それが誰だかは、多分、わかってる」
「へ?」
石川、か?
っていうか、えーせーへー?何だそれ??
疑問符だらけの吉澤を置いて、後藤は今度こそゆっくりと立ち去る。
- 566 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 23:05
-
疑問符のままに後藤を見送る吉澤の視線の先。
風にふわりと揺れる髪が光を孕んで。
背を覆うほどの長い髪が金に透ける。
まるで。
光の羽を背負うようだと。
吉澤は思った。
その姿は。
『彼女』のようだと。
思った。
- 567 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 23:06
-
物心つくよりも以前、吉澤は発育不全を危惧されるほどに感情の起伏が乏しかった。
もちろんそのころのことを本人は覚えてなどいないけれど。
ただ、ひとつ。小さなころから胸にある、イメージ。
あれが記憶だというのなら、それは初めて二人が出会った瞬間なのだろう。
暗い暗い穴の底にうずくまり、外では大きな何かがうごめいている。
ごうごうと響く音。がくがくと揺する振動。
自分に触れようと伸びてくる巨大な何かから逃げるために、小さく体を丸めて。
とにかく怖くて、ただじっとうずくまっていた。
こんな世界は早く終わればいいのに。
終われ、終われ、終われ。ずっとそれだけを唱えていた。
そこへ突然、穴の上から強い光が差し込む。
その光があまりにもまぶしかったから、きらきらしていたから。
初めて抱えていた膝を解いた。
光を求めて穴から這い出したその目の前に。
明るい光を背負い、幼い少女が立っていた。
- 568 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 23:07
-
自らの異常性は自覚している。
藤本も吉澤も、絶対確実に、正常ではない。
精神科医にかかれば全てのカルテに(+)がマークされるだろう。
それでも彼女はここにいる。
異常でもなく正常でもなく、それはただ事実である。
直線的で射抜くような瞳。
ただまっすぐにそこに立つ姿。
恒常とそこにある彼女はあの時、暗く惑う自分をその直線的視線で恒常と受け入れた。
彼女は、光だ。
吉澤はずっと、その光に包まれて生きてきた。
- 569 名前:四角関係 投稿日:2008/01/05(土) 23:08
-
もうずいぶん小さくなった後藤の背に、金の羽が揺れる。
自分にとって光は。
藤本一人だと思っていた。
そうでなくてはならないと。
思っていた。
だからこんなにも。
近くに。無数に。
あふれる光に気づいていなかった。
まぶしいという感覚は。
こんなにも。
好きなのに。
- 570 名前:esk 投稿日:2008/01/05(土) 23:13
- 本日以上です。
よっしゃっ。ひと山目越えたあっ。
二ヶ月以上、何もしていなかったわけではありません。
その証拠に文章がブツブツでしょう?
無秩序に長くなりすぎて無理やり縮めたからですよ!だから支離滅裂なんですよ!
今回後藤さん語り詰めになってしまいましたwご苦労様でした。
- 571 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/06(日) 00:49
- おお、更新来た!
ごっちん!
- 572 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/06(日) 16:17
- うーむ
興味深くなって来ました!
更新お疲れ様です!
- 573 名前:esk 投稿日:2008/01/12(土) 23:12
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>571さま
来ましたー。ごっちんがw
>>572さま
ありがとうございます。
もう少しなので、このまま見てて下さい!
さあ、今夜解決編!(たぶん)
- 574 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:13
-
かかとの細いミュールで全力で走る。
何度も転びそうになって、それでも松浦は走った。
グラウンドの土手を端っこまで走りすぎ、中庭や緑地のベンチ、コーヒーショップのテラス。
コンビニを一周駆け抜け、大本命の学食へ駆け込む。
『学食はあんまり……』
学生の昼食は、大きくコンビニ派と学食派に分かれる。
藤本はいつでもコンビニで買った昼食をあの土手で食べていた。
しかし。
松浦が彼女に会うのは週に一度、多くて二度。
毎日そこで待っていて、である。
一週間は七日。二回生ならまだ授業も多いから、そのうち四日は登校してきているはず。
では、なぜ一・二度しか土手で昼食をとらないのか。
そのほかの日には。
どこで昼食をとっているのか。
誰と一緒にいるのか。
- 575 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:14
-
それをなぜ。
松浦に知られたくなかったのか。
なぜ。の、答えは。
知りたくなかった。
過去形。
今は。
知らなくてはならない。
- 576 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:15
-
二つある食堂のうち、グラウンドから近い方にまず駆け込んだ。
そして、あまりの学生の多さに愕然とする。
しかも昼休みが始まってすぐだから、席に着かずうろうろしている学生が多い。
この中からたった一人を探し出すのは、しかもおそらく自分を避けているであろう人物を探し出すのは、もはや不可能と言い切って良いだろう。
「亜弥ちゃん?」
思わずよろめいた松浦の耳に、聞きなれた細い声。
勢い良く振り返ると、見慣れたほっぺた――もとい、顔。
「紺ちゃん!!」
地獄に仏、いや、地蔵?
どっちでもいいや。
とにかくその手をきつく握る。
「ど、どうしたの?」
松浦のあまりの形相に若干引き気味で、でも心配そうな顔。
- 577 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:15
-
「たん見なかった!?」
「え?見ていない……と思うけど」
紺野の頬に、戸惑い共に緊張が走る。
「お願い、探して!」
「いいけど、どうしたの?」
質問には答えず、無言のまま突きつけられたのは、白い封筒と便箋とプリクラ。
松浦に握りつぶされてくしゃくしゃだ。
まず驚いたのは、松浦が自分のプリクラをくしゃくしゃにしておいて何も言わないこと。
それはありえない。
あらためてただ事ではないことを認識し、便箋に目を落とす。
たった三行の、それ。
松浦の形相と、くしゃくしゃになったプリクラ。
- 578 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:16
-
「これ、どういう――」
「わからない」
「え?」
恐る恐る顔を上げた紺野に、松浦は戸惑いのない顔できっぱりと答える。
わからない、という顔ではない。
「それでもアタシは信じてるし、きっとそれで間違ってないと思う」
松浦の強い視線に、紺野は小さくうなずいた。
今が、その『時』なんだと悟る。
「わかった。じゃあ」
「後藤さんに連絡しよう」
- 579 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:17
-
『もしー。紺野?電話なんか珍しいじゃん』
「突然すみません。今お電話よろしいでしょうか?」
『よろしい、よろしい』
コール二つで繋がった後藤は妙に上機嫌で、気合を入れていた紺野はかくりと肩を落とした。
「あ、ありがとうございます。あの、唐突で申し訳ないのですが、今……吉澤さんとご一緒でしょうか?」
『……よしこ?なんで?』
YES、NOではない返事。
手の中の小さな端末を、きゅっと握り締める。
「亜弥ちゃんが……」
ちらりと視線を向ける。
なんて言えばいいんだろう。
松浦自身も、ただ、眉をぎゅっと寄せていた。
『そか。まっつーか。わかった』
「え?」
わかった?
『さっきまで図書館裏のベンチのとこで一緒にいたんだ。たぶん、まだいると思う』
「あ、ありがとうございます!」
『ううん。まっつーに……がんばって、って言っといて』
後藤の言葉をすべて伝えると、松浦は眉を寄せたままで小さく礼を言うと食堂を駆け出した。
- 580 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:18
-
走り去る松浦の背を見送りながら、紺野はたまらない不安に駆り立てられ、少し、足が震えた。
幸せの余韻のままに振り返る石川。
その肩越しに遠ざかる、少し背の高い、華奢な人影。
霧のような雨の向こう、手をつないで校舎に消えてゆく二人。
たんがね
たんは
たんってば
たんの……もー紺ちゃん、聞いてるの?
聞いてるよ。
聞いていた。
その声の幸せそうな色まで聞いていたから。
- 581 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:19
-
だから、真実を知るのが怖かった。
その色を変えてしまうのが怖かった。
自分が知らなければ、このまま時を止めていられるのではないかと思った。
そんなこと、できるはずもないのに。
いつ。
言えばよかったのだろう。
自分が気づいてしまった可能性を。
いつ。
確認していれば。
自分にそれだけの勇気があれば、何かが変わっていただろうか。
「後藤さん……」
きっと同じ想いを、自分よりももっと長く、もっとつらく抱え込んでいたその人を想って、
紺野は手の中の携帯をきつく握り締めた。
反芻するのは上機嫌に聞こえた後藤の声。だけど。
もし、彼女が自分の知らない真実を知っているのならば。
あの声は、ウソだ。
もう一度かけようか。
すっと視線を落とした瞬間、紺野の手が振動を感じた。
- 582 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:19
-
- 583 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:20
-
手のひらほどに小さくなった後藤は、通話を終えると90度方向転換したようだった。
正門の方へ向かっていたからもう今日は帰るのだろうと思っていたが、足が構内に向かっている。
(誰かに呼び出されたかな?)
大人気だね。
そりゃそうだ。あれだけかっこよくて優しい女はそうそういない。
それが自分の親友だって言うんだから、なんかこう、自慢だね。
うん。
すばらしい。
「…………」
立ち去っていった後藤の恩に報いるのであれば、吉澤がしなければならないことは決まっている。
しかし吉澤はなかなかそれができずにいた。
力なく座り込んだベンチから、ただじっと後藤の背を見つめていた。
- 584 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:21
-
後藤もきっと、見つめられている視線に気づいていただろう。
一度目の通話に立ち止まっていたとき、微かだがこちらに視線をくれたように感じた。
しかしその後藤も方向転換をするほどに気持ちが切り代わり、足取りも柔らかく変わっている。
もう後藤に甘えてばかり入られない。
いつまでも逃げてはいられない。
「……はー」
長く息を吐き出して、吉澤は空を見上げた。
まぶしさに白飛びした視界の片隅に、見慣れた細いシルエットが小さく背中を丸めていた。
彼女は、今の話をどう聞いただろう。
自分の身勝手な想いを、ずっと受け入れていた彼女は。
「なあ、美貴ぃ――」
ためらいがちに伸ばされた手が、ぴくりともしないその体に触れるよりも、早く。
「たん!!」
少し遠くから、甲高い声が飛び込んできた。
- 585 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:22
-
「えっ」
はじかれるようにベンチを立ったのは吉澤。
とっさに踵を返そうとしたのは藤本。
「逃げんなバカ!!」
確実に近づいてきている松浦の罵声とも言える声に、吉澤はぐっと足を突っ張った。
「ちょ、よっちゃん!」
困惑した藤本の言葉に、吉澤はきつく唇を引き結ぶと。
暗い方へと意識をひるがえした。
突然明るい光にさらされた藤本がまぶしさに身をすくめた、そのとき。
「たん!」
なだれ込むように細い腰にタックルをかます小さな体。
- 586 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:23
-
はっ、はっ、はっ
短い呼吸を繰り返しながら、松浦の視線はなめるように抱きついた体を這い上がる。
ぎらついた視線を逸らすことができず、藤本はただ頬をゆがめただけだった。
「たん……いた」
どうして。
あんなにはっきりとした拒絶を受け取っておきながら。
その瞳はどうして。
そんなに強い光を放つ。
「探した、じゃんかっ」
「……誰を」
「だれって――アンタに決まってんでしょっ」
会いたかったら探すし。
待つ。
藤本を。
探すし。
待つ。
- 587 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:25
- 「こ、これっ」
整わない呼吸のままで、藤本の胸元にたたきつけられた三行文。
「ねえ、たん。これ、どういうこと?バイバイって、どういうこと?」
「どういうって……そのままの意味じゃん」
「違うでしょ!何で逃げるの?ねえ、言って。ちゃんと言って。アタシにわかるようにっ」
丸否定。
どんだけ自信あんの。
「ねえ、教えてよっ。どういうこと? バイバイって、美貴……って、どういうことっ」
「――っ」
その名に言葉を失った藤本を、松浦はぐっと見上げる。
「本当のことを言いなっ。それが何だって、アタシはちゃんと受け入れてやるから。
アタシは 吉 澤 ひ と み がなんであってもかまわないんだよっ」
- 588 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:28
-
松浦の口から出た名に、くらりとめまいがして、藤本は顔を逸らす。
一度だけ。
松浦がその名を口にしかけたことがあった。
そのときの藤本の過剰反応を覚えていたのだろう、以後、松浦がその名を口にすることはなかった。
口にすることを避けていた、その名を。
今、あえて突きつけるように口にした。
眉をしかめたまま震える白い頬を、松浦はじっと見つめた。
しかし、返事や反応を待ったのはほんの数瞬。
唐突にその顔を力任せに引き倒すと、噛み付くように唇を重ねた。
「う……っ」
あまりにも乱暴な行為。
しかし繋がっている唇から伝わるのは。
言葉や行為とはあまりにも裏腹な、弱さ。
頬をつかむ手もあからさまに震えている。
泣き出すんじゃないかとか、藤本がぼんやりとそんなことを思いはじめたころ。
- 589 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:29
-
がり
頭に直接響く嫌な音。
ゆっくりと顔を離すと、松浦は藤本の唇をぺろりと舐めた。
「あや、……?」
外気にさらされた唇が感じた痛みに、藤本は松浦の体を強く押しやる。
慌てて唇を強くぬぐった手の甲には、キラキラと光を反射するグロスと。
赤い。
「何してっ……」
睨み付けようと顔を上げて。
松浦の表情に言葉を失う。
- 590 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:32
-
少しうつろな目で、ゆっくりと自らの唇を舐める。
赤い舌が拭う、不自然に赤い唇。
元来青いほどに白い肌を、さらに青ざめさせた顔の中で、その色は。
狂気
を、感じさせて。
藤本はぶるりと身を震わせた。
「それ……あんたじゃんか……」
松浦はうつろな声のまま、藤本の手の甲をなぞってみせる。
「え?」
「あんたでしょ……?」
うつろになりきれない、不安に揺れる瞳が藤本を見上げる。
その瞳に映るのは。
「……違う」
違う。
それは。
赤い色は。
自分のものではない。
- 591 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:33
-
「違うから」
「……だからっ」
藤本の力ないつぶやきにうつろだった目をかっと見開くと、松浦はその胸倉をつかんで、引き倒したときと同じくらいの力強さで壁に押し付ける。
「ちょ、亜弥ちゃん、いたっ……」
痛みに背を丸めた藤本の胸元に、突きつけるようにして松浦は額を押し付ける。
「どうしてっ。いつも否定だけ……。なんで教えてくれないのっ。
お願い。ねえお願い。教えて。美貴って何なの。たんは誰なの。
アタシそんなに強くないよ。ねえ。どうして?信じて良いの?このまま信じ続けて良いの?」
くぐもった声は、すでに泣いていたのだろう。
それをわかっていながらも、藤本には細かく震えるその肩に手を回すことはできなかった。
「……私は私だよ」
「信じていいんだよね?」
白い腕でぐっと顔をぬぐって、松浦はゆっくりと顔を上げた。
濡れたまつげが不安げに揺れる。
常に自信過剰な彼女の、そんな目を見るのは初めてだ。
- 592 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:35
-
そんな弱い目で見ないで。
もっと、強くいて。
だって自分は、こんなにも。
弱い。
「亜弥ちゃんが信じられないって言うんだったら……それは私にはどうしようもない」
パシッ
思ったよりも大きな音がした。
抜けるように白いほっぺたがじわじわと赤くなっていくのを、松浦はにじむ視界で強く見上げた。
「アタシだってさあっ。色んなもの犠牲にしてここにいるんだよっ。
アタシだけじゃ終わんないの、あんただけじゃ終わんないのっ。
たんだってわかってるでしょっ?」
- 593 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:44
-
信じたものがウソだとしたら。
自分は堕ちる。
一度はこの人と愛した人の、今でもその想いは胸にある、その人の。
彼女がもっとも愛したものを、自分は今奪おうとしているのか。
――それとも?
結末はまだ揺れているが、石川と吉澤の間に何かが起こったことは確実だ。
どちらにしても、そこに自分は無関係ではいられない。
「もうこのままじゃ無理なんだよっ」
胸倉掴む勢いで10センチ上の無表情にくいかかる松浦。
見上げる視線と見下ろす視線が絡む。
- 594 名前:四角関係 投稿日:2008/01/12(土) 23:47
-
藤本は小さく息をついた。
その通り。
このままは無理だ。
このままの関係を続けて行くことはできない。
誰一人とも、だ。
初めから、そんなものはなかったのだ。
何も。
自分には……自分なんてものは。
なかったのだから。
松浦のためにも、きちんと幕を引いておかなければならないと、藤本は思った。
「ごめんわかった。ちゃんと言う」
「え?」
黙っていた藤本が突然発した声が思いもよらずにしっかりしていて、松浦は少し意表を突かれて意味を取り損ねた。
しかし、続く言葉はどう違えることもできなかった。
「もう、キミには会いたくない」
「な、ウソ、つっ……ばか!!」
松浦に力いっぱい突き飛ばされた体が、反転して地面に転がる。
全速力で走り去る後姿は、体を起こした時にはもうずいぶん遠くなっていた。
(忙しいやつ)
その背中を一人ぼんやりと見送る藤本に、罵声が飛ぶ。
- 595 名前:四角関係 投稿日:2008/01/13(日) 00:01
-
「美貴、なんであんなこと言ったんだよっ。松浦泣いてんじゃんか!追いかけろよ!」
ゆっくりと立ち上がり、藤本は服についた土を払い落とした。
追いかける?
なぜ。
泣いているから?
それがかわいそうだと言うのならば。
「……よっちゃんが追いかければ良い」
「なっ……ふざけんなっ」
ふざけてなどいない。
松浦が言った。
無理なんだ、と。
全く以ってその通りだ。
精神的にも。
肉体的にも。
無理なんだ。
- 596 名前:四角関係 投稿日:2008/01/13(日) 00:02
-
藤本は松浦を追いかけられない。
泣いていても、その涙をぬぐってやることもできない。
抱きしめてやることなど。
藤本がどれほどそれを望んだとしても、できやしない。
それができる吉澤を、うらやましいと思った。
それを自分にさせようとする吉澤を。
憎いとも、思った。
「行けよ、早くっ」
「よっちゃんが追いかければいいっ。美貴には……」
唇をきつくかむ仕草。
心のゆれが、二人の間で直に伝わる。
隣り合った心
共有される心臓
「美貴にはなんだよっ。しょーもないこと言ったらはったおす!」
ダンっ
校舎にこぶしをたたきつけた、藤本。
その痛みに顔をしかめた、吉澤。
- 597 名前:四角関係 投稿日:2008/01/13(日) 00:03
-
「やれるもんならやってみなよっ。美貴には……っ
追いかける 足 も
張り倒される 体 も
な い っ !! 」
- 598 名前:esk 投稿日:2008/01/13(日) 00:05
- 本日以上です。
やっとここまできたかと感慨深い気持ちです。長かった……。
あと2回か3回で終わると思われます。
- 599 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 23:23
- うぬー。更新来た!
美貴ちゃんもよっすぃーも
がんばってほしいよ。
- 600 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/14(月) 01:53
- やばいやばい。
そういうことだったのか
なんて言ったらいいかわからないけど、とにかく引き込まれる。
ますます続きが気になっちゃいますよ。
みんな幸せになることを願って更新待ってます。
- 601 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/14(月) 01:53
- あげちゃいました
すいません
- 602 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/15(火) 13:44
- みんなが真剣に頑張っている姿に涙です(;_;)
- 603 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/18(金) 20:34
- うゎー びっくりした。続きメッチャ気になります。
- 604 名前:esk 投稿日:2008/01/31(木) 21:58
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>599さま
がんばらせますっ。
無理やりにでもw
>>600さま
その反応を待っていました!作者の思う壺ですw
こういうことだったのですよ。
最後まで引き込まれてもらえるようにがんばります。
>>601さま
お気になさらず〜。
>>602さま
誰も置いていかないように全員にがんばってもらいますよ〜。
>>603さま
思う壺もう一人ゲット!
ありがとうございます。
今日はちょっとだけ更新です。
- 605 名前:四角関係 投稿日:2008/01/31(木) 21:59
-
守ってやる。
その気持ちのスタートは、代替行為だったかもしれない。
石川にはじめて出会った時。
細くて高い声が、女の子らしい仕草が、迷いがちな視線が、前のめりな語りが。
一年と少し、ずっと斜め後ろにいた子を思わせた。
自信なさげにおどおどしているのに、聞いたことにはさらさらと完璧な答えを返す。
自分の意思を無視していきなり放り込まれた檻の中でも、
彼女が後ろにいれば何も心配することはないのだろうと思った。
人を頼るという安らぎを教えてくれた、ひとつ年下のあの子。
彼女に甘えてぬるい一年間を過ごした。
自分が安らぐだけではいけないのではないだろうか。
そう気づいたときにはもう自分はその子の隣を立ち上がってしまっていた。
後悔に振り返ると、空いた席は太陽を操る少女に埋められていた。
斜め後ろではなく、隣に座るあの子。
自分を見上げる少しおどおどした目ではなく、対等に楽しげな目。
きっと彼女なら、あの子を頼りにして、頼らせてあげられる。
それはもう自分の役目ではなくなっていた。
- 606 名前:四角関係 投稿日:2008/01/31(木) 22:00
-
だから石川に出会った時。
今度こそは、頼りにされたいと思った。安らぎになりたいと思った。
守りたいと思った。
信頼の笑みが嬉しかった。もっともっと欲しくなった。
限りなく欲したものは次第に曖昧になり。
もっとたくさんの人を、自分が大切に思うすべての人を、守りたいと思うようになった。
それはとても幸せで。
充実した日々だった。
でもさ、紺野。
ごとーは次は誰を頼ればいいの?
- 607 名前:四角関係 投稿日:2008/01/31(木) 22:01
-
手の中の携帯に視線を落とす。
着信履歴の一番上には、紺野あさ美の名前。
後藤の指先は操られるように滑らかな動きでその番号を呼び出した。
『は、はいっ』
ワンコールも終わらないうちに繋がった紺野の、いつもよりもさらに高く震える声。
真っ赤になっているであろうほっぺたが克明に思い浮かんで、後藤の唇は無意識に笑みを作る。
「紺野、今どこ?」
『え、あの、学食ですがっ、下の』
学食は二つ。
構内にある高低差に従い、手前にある方は『下の学食』奥にある方は『上の学食』と呼ばれていた。
他にもカフェやコーヒーショップもあるが、軽食程度しかおいていないので大学生の昼食にはあまり適さない。
特に紺野や後藤には問題外だ。
「わかった。すぐ行く」
紺野の返事も聞かず、携帯を閉じた後藤は進路を90度変えた。
その足取りは軽く。
次第に早足になってゆく。
- 608 名前:四角関係 投稿日:2008/01/31(木) 22:02
-
数分後、学食に駆けつけた後藤を紺野の八の字眉が迎える。
「後藤さ――ん?」
三歩離れた位置で。
止まると思っていた後藤はあと二歩を詰めて、くしゃりと紺野の髪を撫でた。
「あの、え?」
「まっつーは?」
「えっと、電話してすぐに、走って行きました」
「そか」
ならすでに彼女のところについているだろう。
自分では『彼女』を救うことはできない。
吉澤や石川に対する想いが強すぎる。
彼女を救うことができるのは、吉澤自身か、松浦か。
どちらにしても今は任せるしかできない。
だから。握り締めた刃を、今は少しだけ下げて。
手の中にある柔らかい髪の感触に想いを沈める。
- 609 名前:四角関係 投稿日:2008/01/31(木) 22:03
-
困ったような顔で見上げる紺野と目が合うのは少し恥ずかしいから、目線は斜めにはずして、
後藤はただ髪を撫でる。
(そういや、髪撫でるのって好きだなあ)
髪を撫でるときはたいてい、目が合わないからいいのかもしれない。
涙をにじませる、石川のすがるような目を避けて。
深刻に引き締められた、松浦の頬から目をそむけて。
- 610 名前:四角関係 投稿日:2008/01/31(木) 22:04
-
「……あ」
「は、はいっ」
びくり、紺野が肩をすくめる。
暮れかけた空に浮かんだ、松浦の言葉。
それはたぶん今ここにいいる人物をさす言葉だとは思うのだけれど。
「ねえ紺野、えーせーへーって何?」
「えーせー……?あ。衛生兵は、軍隊に従事し、敵味方なく医療行為を施す兵士のことです。
衛生兵を攻撃することは禁じられており、逆に衛生兵自身には武器の携帯が許可されていません」
抑揚のない後藤の言葉に、紺野は一瞬きょとんとしたが、すぐによどみなく言葉を続けた。
よどみなさ過ぎて、後藤は一瞬理解できない。
十分に噛み砕いてからやっとで口元を緩ませる。
「はは……なるほどね」
攻撃力ゼロなのに無敵。
まさに紺野にぴったりだ。
- 611 名前:四角関係 投稿日:2008/01/31(木) 22:05
-
大切な人を傷つけることでしか助けることができなかった。
返す刃で自分に付いた傷の、その痛みは予測よりも深く。
これからの人付き合いが鬱になりそうだな、なんて思ったのは大げさではあれども、
冗談にしなければ不安になるくらいの核は確かにあった。
自分は人を傷つける。
かつて、無意識のうちに深い人付き合いを避けていたのは、その自覚があったからだろう。
想いが強くなればなるほどに歯止めが利かなくなる。
鋭い刃を抜き身でぶら下げて、それを振るうことでしか自分の想いを伝えられなくなる。
なのに、人を傷つける痛みに耐えることもできないから。
それなら、自分の想いなど伝わらなくてもいいと思っていた。
- 612 名前:四角関係 投稿日:2008/01/31(木) 22:07
-
後藤の腕の中、がくがくと体を振るわせた吉澤。
ベンチに浅く座り、うなだれた吉澤。
痛かった。
自分の想いを押し付けることで傷つく彼女を見つめることは痛いほどにツラくて。
先に涙を流すとすれば自分だろうと思った。
なのに彼女は。
涙をにじませるようなこともなく。
ありがとう
と。そう言った。
えぐられた傷に手を添えて。
それでも確かに自分に向けられた信頼。
それがたまらなく嬉しくて、だからこそ背を向けた。
愛していると伝えるならば、背を向けるしかなかった。
正面に向き合えば、そんな言葉も刃に乗せてしまいそうで。
怖くて。
- 613 名前:四角関係 投稿日:2008/01/31(木) 22:08
-
……だから自分は、後ろに立つ紺野に安らぎを覚えるのだろうか。
背を向けていれば、刃を振るわなくても自分の想いを見ていてくれるから?
攻撃されることも許されていない衛生兵には。
こんな自分であっても刃を向けずにいられるから?
彼女ならば。
ずっとそばにいても……?
「後藤、さん?」
細い声に、はっと顔を上げる。
心配そうにひそめられた眉。
その眉を安心させてあげる方法は、今はまだわからないけど。
- 614 名前:四角関係 投稿日:2008/01/31(木) 22:09
-
「紺野」
「は、はい」
「お昼ってもう食べた?」
「あっ。……忘れていました」
なんたる不覚。
悔しそうにこぶしを握り締める紺野に、後藤はぷはっと噴出す。
「一緒に食べよ」
「え、あ、はいっ」
自分が安心することはできるから。
いつかきっと、君のことも安心させてあげられるようになるから。
だからそれまで。
君はそばにいて。
学食に入ろうと進行方向を決めると、紺野はやっぱり後藤の斜め後ろに立つ。
後藤は、その安心感に緩んだ口元をそっと片手で隠した。
- 615 名前:esk 投稿日:2008/01/31(木) 22:10
- 本日以上です。
- 616 名前:esk 投稿日:2008/02/04(月) 23:55
- 読んでくださった方がいたのなら、ありがとうございます。
更新します。
- 617 名前:四角関係 投稿日:2008/02/04(月) 23:56
-
自分たちが他の子達と違うらしいということに気づいたのはいつだったか。
その上で、おかしいのは吉澤ではなく自分であるということに
気づくにはもう少し時間を要した。
そして、それを吉澤に納得させるのはさらに長い時間が必要だった。
『 フジモトミキ 』
その名がどこから来たのかも、知らない。
まして自分がどこから来たのかなど。
気がつけば吉澤と共にあった。
自分という存在が、『あった』。
- 618 名前:四角関係 投稿日:2008/02/04(月) 23:57
-
藤本は壁にたたきつけたこぶしをだらりと下ろした。
「はあ」
強く息を吐き出して、少し乱れていた呼吸を整える。
「ごめんね」
「え――え?」
驚いた顔で立ちすくんでいた吉澤が、はっと顔を上げた
「変なこと、怒鳴ったりしてさ」
「え?あ、いや」
まだ大きな目をぱちぱちしながら吉澤はよく分からない顔のまま首を振る。
「いやー、よっちゃんが変なこと言うからさ。美貴も対抗しちゃったよ」
「へん、て」
「足とか体とかさ、美貴にあってどうすんのって話だよね」
「な」
「あったらおかしいでしょ」
- 619 名前:四角関係 投稿日:2008/02/04(月) 23:57
-
「違うっ」
「違わない」
「ちが」「手のひら」
「 、……え?」
「怪我したんだ」
藤本の唐突な言葉に、吉澤は乗り出していた肩をかくりと落とした。
白い手のひらをゆるく開いて見下ろす藤本。
視界を同調させると、吉澤の目にも映った、うっすらと残る傷跡。
松浦に追突されて付いた、血豆のような傷だった。
ぐっと握り締めても、もう痛みなどない。
「ああ……。ってそんなのもう治ったし」
「唇も」
親指の腹で拭うと、まだかなりの鮮血が移った。
意外と傷は深かったのかもしれない。
舌で拭うと鉄の味が口の中に広がる。
- 620 名前:四角関係 投稿日:2008/02/04(月) 23:58
-
「そんなのすぐ治るってばっ」
藤本が何を言いたいのか分からず、吉澤はイライラと叫んだ。
「怪我するし、けんかするし、定期なくす」
「だからっ……、美貴?」
伏せたままの頬がにこりと笑った。
吉澤は眉をしかめる。
吉澤の体に傷を作り、吉澤の人間関係にしこりをつくり、吉澤の持ち物をなくす。
これ以上迷惑はかけられない。
そんなことのために。
外の世界に出たわけではなかったんだ。
あのままで良かった。
ずっと、吉澤と二人でのままで。
……ただ。
向かい合って抱きしめあうのではなく、背中合わせで違う空を見上げてみたかった。
固く握り合った手をそのままに、新しい世界に触れてみたかった。
吉澤が右を向いているとき、左側に何があるのかを教えてあげたいと思った。
外の世界を共有して、共に笑い合ってみたいと思った。
それだけなのに。
- 621 名前:四角関係 投稿日:2008/02/04(月) 23:59
-
左側には、新しい世界には。
吉澤ではない、他の人が、いて。
その手を取りたいと思ってしまった。
その結果がこれだ。
- 622 名前:四角関係 投稿日:2008/02/04(月) 23:59
-
「美貴はさ、はじめっからいない人なのにね。だめだよね、そんなの」
手を取るなど、不可能だと。
わかっていたのに。
「え?」
「いないじゃん、美貴は現実にはさ。よっちゃんが頭ん中に作っただけじゃん」
「……作った?」
作った。
のか?
本当に、吉澤が藤本を作ったのだろうか。
ずっと、そこにいた。
怖くて膝を抱えたときに、激情に任せてこぶしを振るったときに、初めて触れ合った夜に。
いつでも藤本がそこにいて。
一人だったことはない。
それが。
自分の幻想だと……?
- 623 名前:四角関係 投稿日:2008/02/05(火) 00:00
-
「よっちゃんは一人で生きるのが怖いから、美貴をそばに置いただけなんだよ」
一人では立てないから。
弱いから。
だから藤本を。
自分よりも弱い存在を。
守るという優越感のために。
「……ああ、そうだよ。それはその通りだよ。否定なんかしない」
「え」
思うよりも柔らかく返ってきた吉澤の言葉に、藤本は驚いて目を見開いた。
わざと突きつけた言葉に、吉澤は戸惑うだろうと思っていたのに。
しかし、その言葉はかえって吉澤に後藤の言葉を思い起こさせ、冷静にした。
「あたしは、あたしたちは、弱い。でもそれを否定しないで、
それを認めて強くなればいいんだって。ごっちんが教えてくれたじゃんか」
「……」
後藤の名に、藤本は口元をゆがめた。
- 624 名前:四角関係 投稿日:2008/02/05(火) 00:01
-
後藤は。
ずっと前から自分を見ていた。
きっと彼女の中で真実に気づくよりももっと前から。
獣のように鋭い目で睨みながら、だけどそれは否定ではなかった。
自分の存在がまだ自分の中で曖昧だったころ。
周囲の他人はそろって藤本の存在を否定した。
否定しなかったのは、吉澤とその家族だけだった。
だからいくら睨まれても、……若干、嫌われてるんだと分かっていても。
信頼していた。
だから後藤の教えは、本当は、藤本の心にも深く響いていたんだ。
だけど。
- 625 名前:四角関係 投稿日:2008/02/05(火) 00:03
-
「強くなろう」
視線を落とした藤本の肩に手を重ねて、吉澤は優しく語り掛ける。
「よっちゃんはもう、強いよ」
「え?」
「美貴さえいなけりゃよっちゃんは強くいられるよ。
美貴はもっと早いうちに消えとかないといけなかったんだよね。
たぶん、梨華ちゃんに出会ったあたりでもう美貴は必要なくなってたんだよ。
それなのにずっと居座っちゃって、色々歪めちゃって。ごめんね」
嘲笑まじりに言ってのける藤本に、吉澤は情けない顔で眉を下げる。
「違うんだ……ごめん、悪いのは美貴じゃないから。そんな風に言わないで……」
藤本が自分のことをそんな風に思うように仕向けたのは吉澤だ。
弱かった吉澤の、子供じみた虚勢のせいで。
「……よっちゃん?」
藤本は吉澤の言う意味が分からずに眉をひそめてその顔を見上げた。
覗き込んだ、困ったような、でもどこか照れくさいような表情に
……なぜか胸が切なくなった。
「確かにあたしは弱くて、だから美貴の存在にすがって。美貴を自分だけのものにしようとしてた。
それはホントに、ごめん。反省してる。美貴はさ、あたしのためにいるわけじゃないのにね」
- 626 名前:四角関係 投稿日:2008/02/05(火) 00:04
-
「じゃあ……何のために?」
藤本の声が少し、震えた。
創造主のためでないとしたら。
自分がここにいる意味はない。
「うん。意味とか、ないんだと思う。あたしも美貴も、誰だって生きるのに意味なんかなくて。
空が青かったり夏が暑かったりするのと同じで、ただ、そうあるだけで。
美貴がここにいるって、それだけのことだよ。
誰のためにとか、何のためにとかそういうことじゃなくて、ただ生きてるんだと思う」
「生きる……」
『生きる』
その言葉を。
自分にも当てはめていいのだろうか。
- 627 名前:四角関係 投稿日:2008/02/05(火) 00:04
-
「いいに決まってんじゃん。だって生きてるから美貴はちゃんと成長してるんじゃん?
ちっこいけどちゃんと背も伸びてるし。人を好きになったりもする」
「っ」
どきり、として藤本は胸を押さえた。
その胸に湧き上がる熱に耐えるように、きゅっと目を瞑る。
抑えきれない熱が、自分を苦しめる。
ただちょっと。
本当にただの好奇心で。
外の世界に触れてみたかっただけなんだ。
だから吉澤の説得に従ってみただけなのに。
なのに、出会う全ては自分を苦しめる。
吉澤の成長のせいにして消える。
それはすごくラクで。
この苦しみから解放してくれるような気がした。
閉じた眼裏に、彼女を浮かべる苦しみから。
- 628 名前:四角関係 投稿日:2008/02/05(火) 00:05
-
「……や、だよ」
「何が?」
「これ以上……」
好きになりたくない。
「そう?じゃあどうして、松浦に美貴の名前を残したの?」
松浦に当てた手紙に藤本が何を書いたのか、吉澤は知らなかった。
だから松浦が突きつけた便箋に、少なからず驚いた。
藤本がそんなSOSを出していたことに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
彼女の名に『美貴』の字を充てたのは吉澤だった。
美しく貴いもの。
その名は吉澤にとって藤本そのものをあらわす言葉であり、
それは藤本が確かにここに存在することを表す記号であった。
「美貴っていう存在を知って欲しかったんじゃないの?」
吉澤ひとみではない藤本美貴を。
- 629 名前:四角関係 投稿日:2008/02/05(火) 00:06
-
「知ってもらって、それで……どうすんの」
走ってきた呼吸を整えずにしゃべりる松浦は、何度も息を飲み込んで、喘ぐように苦しそうだった。
じりじりと額に浮いていく汗と、紅潮する頬。
感情の昂ぶりから、潤んでいく瞳。
記憶をたどるだけで頭を抱えたくなるほどに。
藤本の中、色濃く、松浦は存在する。
もしも松浦を手に入れたとして。
それでどうする?
手を繋いで見つめ合って。
キスをして?
えっちする?
どうやって。
この体で?
- 630 名前:四角関係 投稿日:2008/02/05(火) 00:07
-
「すればいんじゃね?」
あまりにも軽い吉澤の言葉に、藤本はかくりと膝を折る。
「や、だめでしょ」
「あたしだって梨華ちゃんとしてんだし」
「そりゃよっちゃんはいいけど」
この体は、吉澤のものだから。
だから、藤本には。
誰かと触れ合うことなど。
「あたしにいいんなら美貴にだっていいんだよ。
美貴はあたしで、あたしは美貴なんだからさ。
この、その体は、あたしのものであり、美貴のものなんだよ」
とんっと胸を突かれて力の抜けていた膝が一、二歩後退する。
体が。
ある。
自分にだって、倒れそうになれば支えてくれる足がある。
それならば。
前に進む足もあると。
この体を自分のものだと思っても。
「それで……いいの?」
「いいんだよ」
- 631 名前:四角関係 投稿日:2008/02/05(火) 00:08
-
離れることで視界に無理なく収まった吉澤は、にこにこと藤本を見つめていた。
その笑顔は、なんだかいつもの吉澤とは違っていて。
なんだか、ずいぶんと余裕に見えて。
切なさの、理由は。
「梨華ちゃんはどうすんの」
「全部ちゃんと説明して、分かってもらう」
「怒るよ、きっと」
「そしたら謝る。何回振られてもあきらめない」
「そこに美貴がいてもいいの?」
「当然。だって美貴はあたしだから」
「……そこに亜弥ちゃんがいても、いいの?」
「うん。それが美貴だからさ」
- 632 名前:四角関係 投稿日:2008/02/05(火) 00:08
-
切ないと。
思ったのは。
藤本はふっとため息をついて額に手を当てた。
ずっと一緒にいたのに。
それなのに。
勝手に一人だけ大人になりやがって。
いつまでも駄々をこねている自分だけが子供みたいでむかつくじゃないか。
立ち止まって手を差し伸べて。
追いつくのを待っていてくれているだなんて。
悔しくて笑えてくる。
「それじゃ美貴はよっちゃんを好きなままだよ」
「そうじゃなきゃ美貴じゃないじゃん?」
苦笑まじりにつぶやいた藤本に、吉澤はにやりと笑って見せた。
- 633 名前:esk 投稿日:2008/02/05(火) 00:09
- 本日以上です。
- 634 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/06(水) 00:16
- う〜ん切ない・・・
更新乙です!!美貴ちゃんが幸せになるといいなぁ・・・
- 635 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/10(日) 19:26
- 深い!
- 636 名前:esk 投稿日:2008/02/11(月) 12:12
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
>>634さま
ありがとうございます。
彼女に幸せが訪れるよう、見ていてあげてください。
>>635さま
逆じゃなくて良かったw
>>598は嘘です。ごめんなさい。今回含め、あと二回です。
- 637 名前:四角関係 投稿日:2008/02/11(月) 12:13
- 「はっ、はあっ、はあっ」
もう、走れない。
感情のままに駆け続けて、気がつけばここに戻ってきていた。
土手の緑とグランドの茶と空の青。
(ごっちん!)
がんばれとか言われても無理だった。
後藤はきっとがんばったのに。
自分には、無理だった。
助けたい、守りたいという想いよりも。
怒りや悲しみが勝ってしまった。
- 638 名前:四角関係 投稿日:2008/02/11(月) 12:14
-
「はあ、は」
芝に突っ込むようにして膝をつく。
痛いと思ったけれど、膝をひくことはしなかった。
「は……ぅくっ」
口の中に粘りつく鉄の味を絡め取るようにして飲み込む。
しかし飲み込まれた唾液はそのまま喉にまとわり付いて、思わず首に手を当てる。
首を絞められているようで、苦しかった。
口元を拭うと手の甲が赤く線を引く。
この味は。
この色は。
これは確かに。
- 639 名前:四角関係 投稿日:2008/02/11(月) 12:15
-
「ぅ……ああっ!」
「きゃ」
こみ上げる憤りのまま地面にこぶしを叩きつけ、一声ほえると、少し離れたところから甲高い声が聞こえた。
まさか。
いやな予感がする。
かなりいやな予感だ。
見ない方がいい。顔を上げずに、上げるのは膝だ。
このまま後ろを向いて立ち去った方がいい。
そう自分に言い聞かせるのに、打ち付けた膝はまだしびれていて、走り続けた足にも力が入らない。
「亜弥ちゃん?」
- 640 名前:四角関係 投稿日:2008/02/11(月) 12:15
-
「……」
ああ、気づいたか。
気づくよね。
そりゃそうだよね。
会いたくない相手でも、声かけちゃうよね。
知らん振りなんかしないよね、あなたは。
「どうしたの?」
さすがに無視はできない。
四つんばいに膝をついたままちらりと視線を向けると、彼女はほっとしたように息をつく。
「梨華ちゃん……」
今会うのは、ちょっと精神的に厳しい相手。
相手の方が、さらに厳しいだろうと思われるが。
しかも、なぜここに。
- 641 名前:四角関係 投稿日:2008/02/11(月) 12:16
-
「大丈夫?こっちおいでよ」
整わない呼吸のまま呆けた松浦に、石川は自分の隣の地面をぽんぽんとたたいてみせた。
微笑みさえ浮かべる石川の意図が読めず、松浦はもう一度ごくりとつばを飲み込む。
血の味はもうずいぶん薄くなっていた。
「ん?」
動けないでいる松浦を見つめ、首をかしげる。
その仕草にぎこちなさもなくて。
どうして。
(アタシが、知らないと思ってるから?)
もう一度、座るように促されて、松浦はしかたなく石川の傍らに腰を下ろした。
「天気いいねー」
両手を少し後ろについて、空を見上げる石川。
どこかすがすがしいような表情に、松浦はまた、戸惑いを覚える。
- 642 名前:四角関係 投稿日:2008/02/11(月) 12:17
-
目の前に投げ出された石川の足には、白いサポーターが巻かれているが、特に杖のようなものを持っている様子はない。
「足、どう?」
「大丈夫。ぶつけたりしたらちょっと痛いくらい」
「そっか……」
さっと風が吹いて、汗ばんだ松浦の肌を撫でていく。
汗で張り付いた前髪を払って、小さく息をついた。
次の息を吸う一瞬手前のタイミングで。
「昨日さ」
「っ、え?」
唐突に発せられた石川の声に、松浦ははっと前のめりになる。
やっとおとなしくなっていた心臓がざわりと騒ぎ始めた。
知っている?
知らない?
何を言う?
どう思っている?
石川の横顔は穏やかで、その心は読めなかった。
- 643 名前:四角関係 投稿日:2008/02/11(月) 12:18
-
「私ね、ケメちゃんとこに泊めてもらったんだ。病院行った後そのまま。
あんなに話したの久しぶりでね、すごく楽しかった」
「あ……そう」
「でね、なんか、ごっちんの言ってた意味がちょっと分かった」
「っ、ごっちん?」
見当はずれの話なのかと気が抜けた次の瞬間、聞き捨てならない名前が飛び出した。
ごくりと、もう何の味もしないつばを飲み込む。
「うん」
くるりと首を松浦に向け、石川はひとつうなずいた。
目が合ってどきりとした松浦に、気づいたのか気づかないのか。
じっと見つめ返される。
「私の気持ちとか、文句とか、信じろって」
「も、文句?」
文句って何だ。
「私も言われたときは意味わかんなかったんだけど、ケメちゃんに言われて、わかったの」
「……何を?」
「私みたいなイイ女、手放す方が馬鹿なんだって」
「…………」
- 644 名前:四角関係 投稿日:2008/02/11(月) 12:19
-
えっと。
あなたそういうキャラでしたっけ?
なんか違うような。
っていうか、目が違う。
明らかに違う。
ちょっとおどおどしたような、困り顔で眉を下げているような、そんな笑みじゃない。
ぎらぎらと炎を湛えた目と、強い意志に弧を描く唇。
そのあまりの美しさに、くらりとめまいがして。
(いや……待てよ)
その懐かしい感覚に、松浦は目を見開く。
その表情を、確かに知っていた。
一番に、石川に心惹かれたのは、サークル中に見せたあの瞳だった。
華やかな外見に似合わない、暑苦しいまでに闘志みなぎるその表情に、魅せられた。
- 645 名前:四角関係 投稿日:2008/02/11(月) 12:20
-
「こんなイイ女がそばにいて想ってくれてるのによそ見するなんかばっかじゃないの?
ありえない。私だよ?石川梨華だよ?私が許しても世間が許さないと思わない!?」
「……思う」
そうだ。
石川梨華はこの松浦亜弥が惚れたほどの女性。
さらにはこの松浦亜弥までを。
それらをないがしろにする人物がいるなど考えられない。
だいたいあいつらは周りの人間をなんだと思っているんだ。
世界は自分たちだけで成り立っているとでも思っているのか。
自分たちの世界が、二人だけで成り立っているとでも思っているのか。
甘い。
甘すぎる。
そんな世界など、土足で踏みにじってやる。
助ける?守る?
冗談じゃない。
助けることができなかったと悔しがった数分前の自分にあきれる。
そんなこと、してやる気などさらさらない。
- 646 名前:四角関係 投稿日:2008/02/11(月) 12:21
-
「だよね!?私ね、間違ってた。甘やかしすぎた。ひとみちゃんも自分も。
だからね、私、戦う。許してなんかやらないし、手放してなんかやらない。
私がそんな引き際のいい女だと思ったら大間違いなんだからねっ」
こくこくとうなずきながら、松浦は石川の手を強く握り締めた。
その通りだ。
人を愛するとは、愛し合うとは、それすなわち戦である。
「だからね、亜弥ちゃんも覚悟してて」
「……へ?」
がっつりと見つめあいながら、握り締めた手をぶんぶんと振っていた松浦の手がぴたりと止まる。
覚悟?
うん。まあ、してるけど。
「私ね、見たの。ここで亜弥ちゃんとひとみちゃんが一緒にいるの」
「――ああ」
ひとみちゃん?
思わぬ名に一瞬首をかしげ、うがったようにうなずく。
- 647 名前:四角関係 投稿日:2008/02/11(月) 12:23
-
やはり石川はそう思っていたか。
それ以外で石川がここにいる意味はない。
その上で瞳の中に炎を燃やしているということは、おそらく石川はここで待っていたのだろう。
松浦と。
彼女を。
その状況下で松浦に恨み言を言わない石川の意思の強さには、松浦も心底感心していた。
だからこそ、『それは違う』と即答はしなかった。
軽くそれを否定することはできなかった。
違うのだ。
絶対に。
それは自分の希望的観測ではない。
……はず。
石川の手を握る逆の手の中で握りつぶされている、便箋の。
その名は。
- 648 名前:四角関係 投稿日:2008/02/11(月) 12:28
-
「梨華ちゃん」
「うん」
「たんは」
「たん?」
「うん。アタシと一緒にいた人は」
「……」
石川の眉がいぶかしげにひそめられる。
それを見つめながら、松浦は続く言葉を思う。
自分からコレを告げることは、その答えを自ら勝ち取ろうと燃やす彼女の炎に、水をさすことにならないだろうか。
松浦はそれを望まない。
こんなにも美しい炎を絶やすことなど許さない。
だから、コレは石川自身が彼女に問い詰め、吐き出させるべきではないのだろうか。
「いた、人は?」
「たんは――」
第一、自分だって。
憶測でしか。
- 649 名前:四角関係 投稿日:2008/02/11(月) 12:29
-
さくり
迷いを見せる松浦の背後で、かすかに芝を踏む音。
「……タイミングいいっつーか、悪いっつーか」
その背後から降ってきた声に、松浦と石川ははじかれたように振り返る。
その二つの視界の中で。
「えっと、お待たせしました」
ばつ悪そうに軽くかみ締められた薄い唇には。
まだ赤い色が残っていた。
- 650 名前:esk 投稿日:2008/02/11(月) 12:30
- 本日以上です。
- 651 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/12(火) 01:00
- わー、いいですね。
想像したより、ずっとおもしろい終盤。
次はどうくるんだ…
- 652 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/12(火) 10:40
- たんの外見は…
やっぱりそうですよね…
ミキティ(;_;)好きよ
自分の頭を整理する為、もう一度最初から
読んでみます。
作者様ありがとうございます。
- 653 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/12(火) 11:41
- うわー!ミキティー!!
毎回更新楽しみにしてますがドラマティックで素敵です!!
次回楽しみにしております!!!!
作者様更新お疲れ様です^^
- 654 名前:esk 投稿日:2008/02/26(火) 23:59
- お誕生日おめでとうございます。
貴女にとって実り多き一年でありますように。
読んでくださった方、ありがとうございます。
>>651さま
想像されていた内容が知りたいです。とても。
最後は以下のように終わります。お気に召したら幸いです……。
>>652さま
外見は……話の性質上そうなってしまいました。
でも吉澤さんと絡む時は通常形態です。
初めから読まれると、色々とアラが……w
>>653さま
ドラマティックですか!?
そんなラストになればいいのですがー。
では、最終回です。長いです。
- 655 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:00
-
「たん!」「ひとみちゃん!」
甲高い声が二つ絡まって、青い空に突き抜ける。
少し背の高い彼女はいくらか迷いを見せたものの、さっと二人の前に回り込むと、
そのままどかりと胡坐をかいて腰を下ろした。
抜けるように白い肌と、日本人離れした大きな瞳。
その美しさ。
「たん」
あまり機嫌の良くない、どちらかといえば怒気を含んだ松浦の声に、彼女はぴくりと振り返る。
「アタシ――」
「ごめん、松浦。先あたしでいいかな?」
差し挟まれた、思うよりもゆっくりと紡がれる言葉に松浦は思わず肩をひく。
「え……」
「ちゃんと、松浦にも説明するからさ。つーか、させるから」
- 656 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:01
-
柔らかいはずの眼差しに心地悪さを感じる。
おっとりとした口調にテンポを狂わされる。
斜めにずれた景色の中を歩かされているような。
これではまっすぐに進めない。
彼女に。
まっすぐたどり着けない。
「……たん、じゃないの?」
「うん。ごめん」
目には見えないものを見ようとして、大きな瞳をさらに見開く松浦。
今目の前にいるのは、確かに自分が求めるその人と、同じ目の色肌の色で。同じ声で。
でも。
違う。
「……吉澤さん、ですか?」
「松浦は勘がいいな」
少し驚いたように、吉澤はうなずいてみせる。
それは松浦の望む憶測を肯定する。
だけど。
その唇の赤い跡は確かに自分が付けたもので。
- 657 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:01
-
ということは。
……どういうこと?
わかりかけていたものが見えなくなった。
ふいに恐怖がこみ上げて、身震いがした。
だってそれは。その赤は。
最も恐れていた事態を肯定する。
もしも。
自分が求めている人と、今目の前にいる人が同一人物なのだとしたら。
自分は。石川は。
目の前が暗くなる思いに、松浦はぎゅっとまぶたを閉じた。
- 658 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:02
-
そんな松浦に気づかないのか、吉澤は少し困ったように笑って。
「美貴のやつ土壇場でぐずるから、来るのがあたしになっちゃったんだよ」
「「 みき!? 」」
二人同時の反応に、吉澤は眉を寄せたままの顔でにやりと唇の端をひく。
松浦は手の中で強張る石川の小さな手をもう一度強く握り締めて。
そして慌しく左手の中の便箋を広げる。
「美貴」
青ざめた顔をして、もう一度その文字を声でなぞる。
今とても。
この名を信じたい。
「そう。それを書いた人ね。梨華ちゃん、見てよ。それ、あたしの字じゃないよね?」
いぶかしげに松浦の手元を覗き込み、石川もこくんとうなずく。
松浦は吉澤の字を知らない。
そうなの?
そっと見上げると、石川は何か言いたげな目のままもう一度うなずいた。
そのままで二人じっと見詰め合う。
信じて。
この名を、あなたも信じて。
松浦の強い瞳に、戸惑うようだった石川もぐっと顎をひいた。
くるりと吉澤に向き直り、すっと背筋を伸ばす。
- 659 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:03
-
「ひとみちゃん!」
「うん」
「私ね。すっごい怒ってる」
「うん。ごめん」
きっと睨みつける視線で言い終わるのも待たずに、吉澤が頭を下げる。
素早すぎる反応に、石川も反らせていた胸をかくりと折る。
いやいや、ここで折れてはいけない。
思い直してぐっと顎を突き出す。
「ごめんってね、わかってるの?自分がしてきたこと。
私のこと、この私のことをね、あれだけないがしろにしていいと思ってるの?」
「思ってないです。ホント、反省してる。ごめんなさい」
あぐらのままで武士のように頭を下げ続ける吉澤。
普段、彼女が石川に対してこれほど素直に下手に出ることは珍しい。
口調は重いものではないが、そこに不快はなかった。
反省の意を無理やり口調に載せることをせず、素の自分のままに話そうという意思が伝わる。
「は、反省なんかされてもね」
その意思を汲んでくじけそうになる自分の怒りを盛り立て、石川はぐっと目じりに力を込めた。
ここで折れてしまえば何も変われない。
それじゃ、だめだ。
- 660 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:03
-
「殴ってもいいよ」
「え?それは……」
吉澤はぽすぽすと自分の頬をこぶしで小突いてみせる。
石川は、言葉で怒りはしても手が出るというタイプではない。
人に手を上げるなど、そんな恐ろしいこと考えたこともない。
ひるむ石川に、吉澤はぐっと顔を寄せた。
「グーで殴られても、蹴られてもいい。それでも、あたしは諦めない」
「諦めない……?」
「うん。梨華ちゃんを他のやつになんかやれない。
梨華ちゃんはあたしの……吉澤ひとみのものだから。
一回自分から手放しといて図々しいのはわかってるけど、でももう諦めないって決めたから」
きっぱりと言い切った吉澤に、石川はぽかりと空いた口がふさがらない。
そんな自信、どこから。
「か、勝手に決めないでよっ。私、ひとみちゃんを許したわけじゃないっ」
「うん。だから、聞いて」
言い訳ではなく。
真実を。
「……言いなよ。聞いてあげる」
少し緊張気味に、でもまだふてくされたような声でうなずく石川。
その隣に視線を移すと、きゅっと唇を引き結んだ松浦の真剣な目。
二人の目を交互に見つめ、吉澤はすうっと息を吸い込んだ。
- 661 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:04
-
「えっとね、ここにいるあたしはあたしなんだけどあたしだけじゃなくって、あたしと美貴と二人なわけ。だから梨華ちゃんには、あ、松浦にも、マジで悪いことしたなって思ってるんだけど、あ、でも分かって欲しいのは全然、二人とも悪気があってしたわけじゃなくって、あたしらはあたしだけとか美貴だけとかどっちか一人とかそういうのが無理なのね。だからしょうがなかったってか、でもそういうのも甘えてたなって思ったから――」
「ちょ、ちょっと待って!」
「だから殴られても――へ?」
「ぜんっぜん意味わかんない」
呆れたように言う石川がこめかみの辺りを押さえる。
吉澤の脈絡のない話には慣れているつもりでいたが、これはひどすぎる。
「マジで!?困ったな。あたし説明下手だしな。美貴が出てくりゃわかりやすいんだけど」
「……出てくる?」
完全に頭を抱えている石川の隣で、こちらはいくぶんか平静を保てている松浦。
ちらちらとあたりに視線を走らせた。
その仕草に、吉澤はカリカリと額を掻く。
「あー、そうじゃなくてさ。……美貴、もう観念したら?」
目の前にいるどちらに向けてもいない呼びかけに、石川もいぶかしげに顔を上げる。
二人の視線を前に、吉澤の目はどちらも捕らえていない。
- 662 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:04
-
『…………わかった』
「お、マジで?じゃあ変わるね」
「え?ひとみちゃん?」
吉澤は石川の髪をぐしゃっとなでると、満足そうに微笑んで。
「……はあ」
次の瞬間。
ぐったりと重いため息をついた。
「なんでこうなるかなあ」
石川の髪をなでていた手をゆっくりと目の前にかざして、もう一度息をつくのは。
「……たん、なの?」
すがるような松浦の視線に、さらにぐったりと肩を落として。
「そうだよ」
藤本は、三度目のため息をついた。
- 663 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:05
-
「たん……たん!」
土手のゆるい下りを飛び降りるように抱きついてきた松浦をうまくさばいて、
藤本が先に目を合わせたのは石川だった。
「梨華ちゃん、ごめんね」
眉を下げて謝りながらも、藤本は穏やかな顔を石川に向ける。
そのどこか照れたような、もどかしそうな、はにかみを石川はよく知っていた。
それは自分の恋人が時折見せる表情。
そんな時はなぜか、底にある愛情を必死に隠そうとするのが、
なんだかすぐったくて、かわいかった。
そんな時はなぜか、決して自分に触れようとはしない彼女が、
なんだか切なげで、かわいそうだった。
「ひとみ、ちゃん?」
「……ううん。今、美貴。美貴の名前は、藤本美貴」
ゆっくりと首を振る彼女の傍らから、むくりと起き上がる松浦。
肩に付いた芝のきれっぱしがぱらぱらと地面へと帰っていく。
- 664 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:06
-
「 二 重 人 格 」
- 665 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:07
-
何かに憑かれたような、単調な声。
少し低いその声に、石川はきょとんと目を見開く。
「え?何……なんて……?」
石川の視線がきょろきょろと二人の間を行き来する。
二人の表情から何かを感じ取ったのか、その目元が徐々に青ざめていく。
不安げに揺れる視線を受け流すように、藤本は小さく息をついた。
「ごめん。そうなんだ」
「じゃあ、やっぱりたんはたんだったんだっ。たん、みーきたん」
「ちょ、何それっ、キモっ」
めんどくさそうに松浦を押しやる白い腕。
それに絡まる、同じくらいに白い腕。
「たぁん」
にこにこと笑みを浮かべる松浦に、呆然としていた石川がはっと目を見開く。
「たんって……もしかして、亜弥ちゃんがさっき言ってた……」
「そうだよー」
「あ、だからそのぉ、よっちゃんが亜弥ちゃんと浮気した説はなしね」
「は?」
「あれは美貴だから」
- 666 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:07
-
それはつまり。
この場所で松浦の髪を懸命に触っていたのは、藤本美貴で。
藤本美貴とは今目の前にいる人で。
でも今目の前にいるのは吉澤ひとみで。
それは自分の恋人だった人で。
……たぶん、まだ恋人である人で。
美貴、みきってでも確か。
その名前が吉澤の口からつぶやかれたこと。
忘れられるはずがない。
藤本美貴。
それが、今ここにいる。
吉澤ひとみ。
二重人格。
だれが。
吉澤が。
藤本?
ふじもと
二重人格
二重に絡まる
困ったようにはにかむ笑みと、髪を撫でる満足げな笑み
- 667 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:08
-
「ちょ、ちょっと待って!わかんないよっ。どういうこと?あなたはひとみちゃんでしょ?
私にはわかるもん!いつも見てるひとみちゃんだもんっ。藤本!?誰それっ?そんな人知らないっ」
興奮気味気上ずった声に、藤本が眉を下げる。
「あー、えっと」
『あ、いい。あとはあたしに言わせて』
「え?そう?じゃあ……あっと、ごめん、よっちゃんに戻るね」
「も、戻る?」
「え〜。みきたん〜」
石川に向かってこくりとうなずき、松浦はとりあえず無視。
藤本はするりと表意識から退く。
「梨華ちゃん」
そっと石川の肩に手を伸ばす吉澤。
触れられる瞬間、石川はびくりと肩をすくめた。
それでも、その壁を突き破るように吉澤は手を伸ばす。
優しく触れた手の感触に、石川もほっと息をついた。
「ひとみちゃん……」
- 668 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:10
-
「みきたん……じゃなくなっちゃったの?」
「うん。ごめん、松浦あのね、二人ともに聞いてほしいんだ。
えっとね、つまり、あたしの、『吉澤ひとみ』の中にはもう一人の人格がいてね。
それがさっきの『藤本美貴』」
吉澤は人差し指を立て、とんっと自分の胸の辺りと突いてみせる。
その中にいる人を指差すように。
「こういう状態は、たぶんさっき松浦が言ったとおり、二重人格ってことになるんだと思う」
何事もないようにさくっと言い切って、一瞬、まぶたを閉じる。
後藤によっていくぶん緩和されたとはいえ、やはり頭をよぎるのは幼い頃のトラウマ。
否定され、笑われ、気味悪がられる。
美貴を否定するな、美貴を笑うな。
声高に叫ぶことでしか、彼女を守るという大義名分を振るうことでしか。
自分を守れなかった。
彼女を守らずに。
自分を守らずに。
人前に立つことは、やはり、怖かった。
他でもない石川に否定されることが、何よりも怖かった。
『そんな人知らない』
そんな人とはつまり、自分のことだ。
- 669 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:11
-
ゆっくりとまぶたを上げ、ただ静かにその目を見つめる。
石川の戸惑うようだった目が、ぎこちなく色を変える。
心臓が、高鳴ったのは。
吉澤か、藤本か。
石川自身、どう感情を持てば良いのか分からなかった。
理解ができなかったわけではない。
本当は、むしろ今まで気づいていなかったのが不思議なくらい、すんなりと納得していた。
ただ……怖くて。
ずっとすぐそこに見えていた対岸に突然橋を架けられても、松浦のように喜んで駆けていく気にはなれない。
だって知っているんだ。きっと自分はこの橋の向こうに何があるのかを知っている。
懸命に見ないふりをしていて、だから知りたいと思うことができた。
強引に渡ることだって、きっと今までにでもできたはずだ。
それをしなかったのは、事実を受け入れる勇気がなかったからで。
では今、その勇気があるのかと問われれば、その答えは石川自身にも分からなかった。
だから、怖かった。
橋を渡った向こうで、自分がどう振舞えばいいのかがわからなくて、不安だった。
どう振舞えば。
吉澤に気に入られるのかが分からなかったから。
(……違う)
こくりと、石川は細い喉を鳴らす。
- 670 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:11
-
『あんたはさ、人に気に入られようとしすぎなのよ。
必要以上にかわいくしたり大げさに楽しそうにしてみたりさ。八方美人』
『そんなあ。ひどいよケメちゃん』
『ひどくない。だから甘く見られんのよ。綺麗な恋愛なんかしてたら綺麗に終わるだけ。
不満があるんだったら大声で罵ってやれば良かったのよ』
『そんなの……したくないもん』
『あのねー。大っ嫌い、別れてやる、とか叫ぶ女が本当にそう思ってるわけないじゃない。
駆け引きよ、駆け引き。相手をぬるま湯に浸からせるようなマネしてたらだめよ。
あんたほどのいい女はそうそういないんだから、自信持ってぶちぎれて、
氷水浴びせて膝まづかせてやんなさい』
『ケメちゃんに恋愛論語られても……あ、いえ、なんでもないです』
『ま、あいつだってさ、色々思うとこあったんじゃない?知らないけど。
カッコしいだからあんまり自分を出せる方じゃないし、腫れ物に触るみたいにしないで
こっちから抉り出してやるのも愛情でしょ』
『……もう遅いよ』
『ま、あんたが遅いって決めたんだったら、私はもう何も言わないけど?』
- 671 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:12
-
石川は、すぅ、と息を吸い込んだ。
決めてない。
まだ、遅いなんか思ってない。
怖いなんか、思ってる場合じゃない。
感情の揺れていた瞳に、めらめらと炎が沸き立つ様を、吉澤は見たと思った。
それが否定や嫌悪でないことは感じたが。
……もしかして、怒ってる?
「わかった」
「え、あ、そう?」
きっぱりと強い語調に、吉澤はいささかひるむ。
こんなにあっさり受け入れられるとは思っていなかった。
そこにかぶせるように石川は眦を上げる。
「さっきのが藤本美貴……美貴ちゃんなのね?」
「う、うん」
「ってことは、私、何度も美貴ちゃんに会ってるよね?大学来てたよね?」
「えと、うん」
自分の存在の意味を自覚して以来、藤本は吉澤の家族ぐらいとしか関わっていなかった。
しかし吉澤は、彼女の通っていた高校からはほとんど進学者のいない大学を選び
(学力的には相当きつかったが)、藤本にも大学生として生活するように勧めた。
吉澤の家族にも熱心に勧められ、仕方なく藤本も同意する形になった。
家の中以外で体を動かすこと自体が、藤本には十年ぶりぐらいのことだった。
- 672 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:13
-
「美貴ちゃんの方もひとみちゃんだって、嘘ついて、私に会ってたよね?」
「や、嘘って言うか」
それでも、藤本の存在を公開する勇気はなかった。
藤本自身がそれを許さなかった。
吉澤ひとみとして、外界を味わうことで満足していたようだった。
「嘘なんじゃない!私のこと騙してたんじゃない!最低、信じらんない。
ひとみちゃんも美貴ちゃんもサイッテー!」
「ええっ?あ、いや……」
「大体……そうだよ……私たち、付き合ってるんだよ?
その、色々、そういうの……うわ、ほんっとサイッテー」
「え?いや、それは」
さすがに焦って石川の肩に手を伸ばす。
「触んないでっ」
その手を振り払い、汚いものを見る目つきが冷たく突き刺さる。
「ちが、美貴は……え?あ、うん」
吉澤の視線が一瞬宙をさ迷い、かちりと石川に向き直る。
- 673 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:13
-
「あのね、美貴は――あ、今しゃべってんの美貴ね。美貴は梨華ちゃんに指一本触れてない。
ホント、それは信じて。美貴もよっちゃんもそこまでデリカシーなくないから」
眠ったり、意識を外界と隔絶したりして、そのあたりのプライバシーは守りあってきた。
特に取り決めをしたわけではないが、二人の人間として存在するために、最低必要な常識だった。
「み、美貴ちゃん?でも、そんなの言われても信じられないもんっ」
自分で知らない間に二人の人間に触れられていたのかもしれない。
そう思うと顔から火を噴くように恥ずかしく、また強い怒りを覚えた。
「あ、でもみきたんが言ってること、正しいと思う」
石川の剣幕に、ここはまかせておこうと聴くだけにしていた松浦も、藤本の劣勢を見て
さすがに口を挟む。
「亜弥ちゃん」
突然現れた助け舟に、藤本がほっとして松浦を振り返る。
松浦はその間の抜けた顔ににこりと笑って見せた。
「だって、みきたんってばアタシがちょっと触れただけで泣いたもん」
「ちょっ、んなこと言わなくていいしっ」
「ちゅーもすっごい恥ずかしそうだったし、だから絶対――」
「うっさい、黙れっ」
きつい物言いをしながらも、白い頬を真っ赤に染めて、ばたばたと顔の前で手を振る。
これが藤本美貴だ。
石川が見てきた『吉澤ひとみ』。
それを構成する、吉澤ひとみと藤本美貴の差異。
- 674 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:14
-
「なんでよー。みきたん初ちゅーだったんでしょ?そうでしょ?」
「は?いや……」
嬉しそうに(見た目)自分の恋人をからかう松浦の姿に、石川はいささか複雑な思いを抱く。
藤本に初めて触れたのが松浦だったとしても、その体に触れたのは自分の方が先なのだと。
ぐっと拳を握りかけ。
(あれ?)
その力がふっと緩む。
「ねえ、美貴ちゃん」
「うん?」
「美貴ちゃんとひとみちゃんって……そういうことしてるんじゃないの?」
石川の聞きなれない低い声に、びくりと藤本は肩をすくめる。
ベッドの中の石川に、寝ぼけた吉澤は『美貴』と名を呼んだ。
『大切な人がいるんだ』そう言ったときの温度が、家族や友人レベルでないことは明白だった。
ぎらり。
「あ、えっと……」
両側から睨まれた藤本はたじたじとあとずさり。
そのまま。
「ふはは……ん?あれ?」
『よっちゃんパス』
- 675 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:15
-
「うえ!?ちょ、ここで!?美貴、ちょ、お〜い……勘弁してよ」
慌ててきょろきょろと辺りを見回した吉澤ががっくりと肩を落とす。
二人に絡まれる藤本をにやにやと見ていたら、気づかないうちに入れ替えられていたらしい。
突き刺さる視線の痛みに、仕方なく顔を上げる。
「や、やあ、二人ともカワイイお顔が台無しだよ。ほら、笑って笑って――」
「吉澤さん?」
「ハイ。あ、いや、松浦までそんな……」
じりじりとにじり寄る松浦から顔を逸らせると、そこには石川のつりあがった目。
吉澤は行き場のなくなった視線を空へ向けた。
いい天気だ。
「どう言うことですか?みきたんとえっちしてるってことですか?」
「う……あ、……ハイ」
小さくうなずくと、石川は冷たいため息をつき、松浦はさらに体を乗り出してくる。
「それってどうやってするんですか?」
「え!?そっち?あ、いや、それはほら、まあ、いいじゃんかっ」
「良くないよ、浮気者っ」
石川の小さなこぶしがごつりと肩の辺りを押しやる。
思うよりも強い力にひっくり返りそうになって、手をついてぐっと体を起こす。
そこにさらにかぶさるように体を乗り出してくる石川。
- 676 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:18
-
「うーあー、でも、それはね、しょうがないって……思って欲しい」
「どうしてっ」
「だってさあ、あたしにとって美貴はあたしで、美貴にとってあたしは美貴なわけ。
だからまずは二人でいっぱい愛し合って、じゃないと他人を愛してる余裕がないんだよ」
「あ……ああ。それちょっとわかるかも」
ここまで怒りをぶつけてくる石川を見るのは初めてで、それを説得できる言葉だとは
思えず眉を下げていると、意外にも逆サイドから肯定が戻ってくる。
振り向くと、松浦はあごに指を当てて、少し考えるような仕草をしていた。
「マジ?」
「うん。それってアタシと同じことかなって。みきたんも梨華ちゃんも大好きだけど、
一番好きなのは自分ですから」
自分を愛せなきゃ他人なんか愛せない。
それは正しく松浦の持論と合致する。
自分がすごーく好きだから、他人にも惜しみない愛を注げる。
「ね?ほら。梨華ちゃんもさ、松浦もああ言ってるんだし。ね?」
許して?
わざとらしく『かわいい』笑顔で小首を傾げてみせる吉澤。
石川は思わずニヤニヤしてしまいそうな頬にきゅっと力を込めて首をひねる。
「そ、そう?そうかなあ……でもさあ、そういうのって精神論じゃないの?
え、えっち……までしなくてもいいんじゃないの?」
「あ、えと、で、でもさっ、梨華ちゃんあたしのこと浮気とか二股とか言うかもだけど、
梨華ちゃんだってそうなんだからね」
「は?なんでよっ」
- 677 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:19
-
「だって梨華ちゃん、『吉澤ひとみ』の全部が好きなんでしょ?
その『吉澤ひとみ』のいくらかは『藤本美貴』なんだよ?」
「それはっ……だって、知らなかったんだもん。教えてくれなかったんじゃんっ。
それじゃ私には、どれがひとみちゃんでどれが美貴ちゃんかなんてわかんないじゃんっ」
吉澤の理不尽さに、こぶしを握り締める。
知らなかった。
何も。
だから、どんな『彼女』も愛していた。
全てを愛していた。
吉澤とか、藤本とか。
今更そんな名前なんかで分けられても、もう切り離せない。
では、初めから知っていれば。
出会いから教えられていれば。
藤本を好きにはならなかった?
ためらいのない突っ込みや、はにかむ笑みに、心惹かれなかった?
例えば今から、藤本部分は松浦あたりが独占すると言われて、素直に譲ることができる?
「今更言われても……無理だよ」
「無理でいいよ。わかんなくていい。梨華ちゃんは何も変わんなくていいんだよ。
そのまま、あたしも美貴も両方好きなままでいて」
「そんなの……」
通常、それは浮気や二股と呼ばれる行為となる。
そんなつもりはこれっぽっちもなかった。
そう声高に叫んでみたところで、事実を知ってしまった今では何の意味もない。
- 678 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:21
-
「あたしもさ、ホント言うとムカついてたんだよ?美貴のこと好きな梨華ちゃんに。
ムカつくって言ったらホント悪いけど、不安って言うか。
美貴に梨華ちゃんのこと取られちゃうって、イライラしてた。
でも、もういんだ。美貴はあたしだから。美貴のこともっと好きになって。
愛して。それってつまりあたしが愛されてるってことだから。すげー嬉しい」
少し気まずそうにではあるが、まっすぐに全てをさらけ出す吉澤。
けれどそこに行き着くまで、どれだけの葛藤があっただろう。
『カッコしい』の彼女が、そんな情けない嫉妬を告白できるまでに、何があっただろう。
石川はその全てを知らない。
知っているのは。
それらに自分がかかわらずにいられないということだけだ。
そして。
松浦も。
ちらりと隣をみやると、松浦と自然に目が合う。
少しの間見つめあい、小さくうなずいて見せた。
- 679 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:24
-
松浦も答えるようにうなずくと、唇をきゅっとひいて、少しだけその表情を硬くする。
「あの、吉澤さん」
「うん?」
「みきたんは、二人はいつからそんな――」
「生まれつき。生まれたときからずっと一緒だった。だから一生このまま。
美貴が消えることなんか絶対にない。あたしが許さないから。だから松浦は心配すんな」
言いよどんだ松浦の言葉を継いで、吉澤は強い語調で言い切る。
「うちは子供の頃に虐待とかもぜってーなかったし、だから世間一般で言う多重人格とは
ちょっと違うんだと思う。シャムの双子っての?あっちに近いんじゃないかな。
ああいう人たちってそれで一生全うした人、何人もいるじゃん?
だからあたしらも二人に切り離したり、人格統合したりとか、そんなのできないの。無理」
突っぱねるように言う吉澤に、松浦は少し肩をすくめる。
そのまま黙り込んでしまった松浦に、吉澤は目を眇めてこめかみの辺りをぽりぽりと掻いた。
自分の不安を松浦に当たってどうする。
- 680 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:27
-
「んと、なんていうか、だからこそ二人にはあたしたちを二人とも好きになって欲しくて。
子供の頃みたいに二人だけで閉じこもって、それでいいなんか思えなくなってるし、
あたしもそうだけど、美貴の思うことも複雑になってるから、正直あたしだけじゃ全部を
持ちきれなくなってんのね。それで色々壊しかけて。すごく申し訳ないことしたと思ってる。
もう二度とあんなことしないために、二人に、松浦にも助けて欲しい。
美貴のこと、支えて欲しい。あたしのこと、支えてて欲しい」
口調を和らげてみたものの、松浦はまだうつむき加減で考え込んでいるようだった。
「無理、かな?」
石川や藤本には可能な望みだと思う。
だけど松浦は、彼女にとっての『吉澤ひとみ』は藤本が全てだ。
いきなり出てきた邪魔者を愛せと言われても、できることではないのだろう。
『よっちゃん、ちょっといい?』
吉澤の心が不安に揺れるよりも早く、藤本がその肩に手をかける。
くいっと引かれて振り返り、吉澤はその動きのままに少し下にある細い肩におでこをくっつけた。
うつむいた吉澤をそのままに、藤本がそっと顔をあげる。
- 681 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:28
-
「亜弥ちゃん」
「――えっ」
考え込むようにしていた松浦が、呼ばれた名にはっと顔を上げる。
「みきたん?」
「うん――てかそれで固定かよ。まあいいけど。でさ、さっきよっちゃんも言ってたけど、
美貴はよっちゃんなわけ。わかる?美貴はよっちゃんの一部であって単体の人間ではないの。
だからさ、美貴のこと……あの、好きって、思ってくれるなら、よっちゃんのことも――」
「ああ、うん。それはいいんだけど」
「へ?」
あまりにもあっさりした答えに、かくりと肩を落とす。
「そんなことよりみきたんはさ、梨華ちゃんのことも好きなの?」
「えっ」
「吉澤さんは梨華ちゃんにみきたんのこと好きになってって言ってたけど、
みきたん的には?好きなの?」
「う……まあ」
怒っているという風でもないが、有無を言わせず問いただす口調に仕方なくうなずく。
視界の隅で石川がぴくりと肩を震わせた。
今そっちは絶対に見れないと思った。
- 682 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:29
-
「ふーん。わかった」
「えと……だめ?」
「ううん。いいよ。梨華ちゃん好きなままで。アタシにはその方が好都合だもん。
アタシも梨華ちゃん諦めなくていいってことでしょ?」
「は?」
なんか今妙な発言を聞いた気がする。
諦めない。
とはつまり。
……狙ってたってこと?
「そう、なの?」
「そうなの」
「……きーてないんですけど」
がっくりとうなだれる藤本。
自分だけを見て、自分だけを好きになってくれる人に出会えたと思っていたのに。
「自分二股も三股もかけといてずうずうしいこと言うね、この人は」
「や、それはちょっと違うって言うか……。だいたいほら、梨華ちゃんの意思は?」
「大丈夫。梨華ちゃんはアタシのこと好きだから」
なんだその自信。
恐る恐る石川の方を伺うと、困り顔ではあるが微かに笑っている。
- 683 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:31
-
「否定なしかよ……」
「いーじゃんいーじゃん。梨華ちゃん。松浦だったらぜんぜんオッケーだよ。
だってあたしら運命共同体じゃん?かっこよくね?」
「ちょ、よっちゃんまでいきなり出てきて何言ってんの!?」
がっくりと肩を落とす藤本の仕草をそのままに、吉澤が口を挟む。
さっきちょっと落ち込んだはずの吉澤は、松浦の軽い反応にすでに立ち直っていたらしい。
それにもちょっと……理不尽を感じる。
吉澤の一番近いところにいるのは自分なのに、どうして松浦の言葉ひとつで立ち直ってしまうのだ。
なんだかこっちの立場がないじゃないか。
「ほら、あたしも松浦結構いいなーって思うし」
「は?」
「あ、アタシも吉澤さんわりといいなって思いますよ」
「ちょ、あんたら初対面でしょうがっ」
「だって顔みきたんだし」
「ポイント顔なの!?」
「顔だよ」
「いやー、この美しい顔がいけないんだね。美しいって……罪だね」
「まあアタシのかわいさには負けますけどね」
「う〜ん。そうだなあ。松浦になら勝ちを譲ってあげてもいいよ」
「ひとみちゃんと亜弥ちゃんって……なんか似てるね」
三人のやり取りに取り残されたみたいになっていた石川を間に、松浦と吉澤が顔を見合わせる。
確かに。
本人同士もなんだか初対面とは思えなくて、ちょっと笑う。
- 684 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:33
-
「あ、そういや、松浦ってもしかしてあたしのこと知ってた?」
石川よりはずっとこの状態の受け入れが早かったし、それに。
親指の腹で唇を拭う。
もう血は止まっていたが、微かな痛みが走る。
この、意味は?
「知ってたっていうか、ちょっと見かけてました」
「美貴だと思わずに?」
どういうシチュエーションならそうとわかるんだろう。
「梨華ちゃんと一緒だったんですけど、ダニエルをすっごい怖がってたから、
どうしてだろうってずっと考えてました。それで、あー、きっと双子なんだーって思って。
よくあるじゃないですか、双子が生まれたら不吉だから一人は生まれてないことにして
地下牢に閉じ込めちゃう、みたいな」
「どこでよくあんの、そんな話」
苦笑を浮かべる吉澤。
ちなみに吉澤家は普通のサラリーマン家庭だ。
人と触れ合うことに慣れていないところや、普通の子供なら知っていることを知らなかったなど、
松浦なりには筋の通った想像だったのだが。
「だからね」
突きつけた松浦の指先が、吉澤の唇をなぞる。
「あんたもちゃんと生きてるヒトなんだぞって、言いたかったんです」
だからちゃんと、アタシを愛せ、と。
- 685 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:40
-
「なるほどね」
うんうんとうなずいている吉澤を、じっと見つめる。
唇を離れた指先は、所在無くくるくると回っていた。
『あたしにとって美貴はあたしで、美貴にとってあたしは美貴なわけ』
その理屈で言えば、この人は自分が愛した人なのだ。
これから愛していく人なのだ。
この二人を、二人の人として。
「そういえば、ごっちんはやっぱり二人のこと知ってたんですか?」
「ごっちん?」
「はい。アタシ、ごっちんに……ヒントかな?もらって。その時は良く分からなかったんですけど、
みきたんのこと信じようって思えたから」
だから、ここにいる。
吉澤と藤本が一人の同じ人ではないと、信じていたから。
まあ結局、松浦の憶測も正解ではなかったのだけれど。
「そっかあ、さすがだなあ。ごっちん。あたしらのことも見破ってたみたいだし」
「やっぱり知ってたんだ。じゃ、紺ちゃん……アタシの友達にも教えちゃっていいですか?」
「こんちゃん?」
「みきたんのこと色々話してたし、アタシのことも心配してくれてると思うから」
「ああ、いいよ。ね、美貴」
「まあ……いいけど」
軽く答える吉澤に、藤本はしぶしぶながらもうなずく。
あまりいきなり人間関係を増やしたくはなかったのだが。
- 686 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:43
-
「あ、じゃあ私もケメちゃんにも言っていい?」
「うえ、保田さん?……いいけど……なんかやだな」
勢い込む石川に、これはさすがに難色を示す藤本。
「圭ちゃんか〜。それはあたし的にも微妙だな」
「ひとみちゃんまでなんでよ」
「保田さん結構いい人ですよ?」
「いや、別に圭ちゃんが悪い人って言ってるんじゃないけど……あーっ、もうめんどくせ。
もうばーんと公表しちゃおうか。名前も『吉澤=ミキティ=ひとみ』とかにして」
「ミキティってなんだよっ」
「あ、じゃあ『吉澤=みきたん=ひとみ』で」
「えーミキティの方がいいよ。ね、美貴?」
「どっちもイヤなんですけど……」
ずきずきするこめかみに指を当てて藤本が視線をめぐらせると、なんだかにこにこと笑っている
石川と目が合った。
「梨華ちゃんもなんとか言ってよ」
「美貴ちゃんが言って無理なら私にはもっと無理だよ」
苦笑を浮かべる石川に、藤本もへなりと眉を下げる。
不思議な感覚だった。
石川の視線が、自分を捕らえていることが。
石川の声が、自分の名を呼ぶことが。嬉しかった。
まだなんだかを言い合っている吉澤と松浦がそばにいることが、幸せだと思った。
- 687 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:47
-
だけど、どうなるんだろう、これから。
四人の関係はすごく複雑で、きっと他人には理解なんかされない。
不純で不届きで不道徳で。
でもきっと、不変の。
……不変、の。
藤本はゆるく目を閉じて、吉澤の手を右手の中にきゅっと握り締めた。
「ん?美貴?」
本当に、変わらずにいることなんかできるんだろうか。
このままでいることが、可能なんだろうか。
「大丈夫だよ」
「「え?」」
不安がよぎらせた藤本に、吉澤は声に出して答える。
唐突な言葉に首をかしげた石川と松浦を、吉澤はにこにこと見つめる。
「うまくやってこ。四人でさ」
吉澤の無邪気な声に、二人は顔を見合わせる。
きっとそれは、簡単にうなずけることではない。
だけど石川も松浦も、ごく自然に笑みを浮かべて、こくんとうなずいて見せた。
ただ藤本だけが不安げに眉をひそめて。
「だーいじょうぶ。あたしらならぜってーうまくやってけるって。
明るく楽しい四角関係やってこ!ね?」
わざと大きな身振りで自信満々に言い切る吉澤に、さすがに藤本も眉を緩めた。
不安なんか、あるに決まってる。
だから石川も松浦も吉澤も、迷いなく進もうとしているのだ。
- 688 名前:四角関係 投稿日:2008/02/27(水) 00:51
-
それならば。自分だって努力しよう。
永久不変であるために、変わっていこう。
左手で掴んだ幸せを放さないように。
ただ。ずっと、一緒にいたいと思えばいい。
消えてもいいなんか思わずに、どうしてもここにいたいって思えばいい。
その想いがきっと。
全てを叶えてくれるだろうから。
- 689 名前: 投稿日:2008/02/27(水) 00:52
-
『 四角関係 』 終わり
- 690 名前:esk 投稿日:2008/02/27(水) 01:00
-
いやあ…………終わりましたね。
途中どうなることかと思いましたが、なんとか完結まで漕ぎ着けました。
レスって素晴らしいですね。偉大です。本当にありがとうございます。
昔、映画『others』を観たときに「こんな話を書いてみたい!」と思いました。
だまし絵的な、途中で「なんか変だぞ」、最後に「そうだったのか!」と言わせる話。
……に、ちょっとでもなってたらいいなと。
主題である『 >>664 』については、特に調べ物はしていません。
軽々しく扱うものではなかったかもしれませんが、
>>679で言い逃れているように、別物だと思っていただけると助かります。
さて、ここで補足するのも情けない話ですが、みきよしの設定を少々。
・二人の会話は、完全脳内、交互にしゃべる、どちらかが脳内、を使い分けています。
・脳内の藤本さんは、あの外観、あの声です。服は着ていますw(脱ぐことも可能ww)
・藤本さんの背や髪は普通に成長する程度にしか伸びません。切る方は自由かな?
・大学で人間関係を一新したので、性格にムラがあっても気づかれないという強引設定です。
批評・感想下さい。お願いします。自分なりにがんばったつもりなので、ご褒美下さい。
ついでに『どこで気づいたか』を教えてもらえるとさらに嬉しいです。
実はそれが一番気になっているので。
しかし内容もひどいですが、表現の揺れがひどいですね。読みにくい読みにくいw
にもかかわらず最後まで読んでくださった方、本当に本当にありがとうございました!!
- 691 名前:esk 投稿日:2008/02/27(水) 01:01
- 完
- 692 名前:esk 投稿日:2008/02/27(水) 01:01
- 結
- 693 名前:esk 投稿日:2008/02/27(水) 01:02
- age
- 694 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/27(水) 01:08
- いやぁ、期待のはるか上を行く素晴らしいラストでした。
この最後の更新が一番面白かった気がします。
気づいた場所ですが、自分は>>454の「『吉澤ひとみ』の全部」で確信に変わりました
ともかく、完結お疲れ様でした
とっても面白かったです!
- 695 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/27(水) 13:11
- うーん
こいつは凄い小説ですね!
最後の最後までよくわかんなかったんですけど最後ですっきりしましたよ
- 696 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/27(水) 13:20
- 設定とかうんぬんを抜きにしても読み物としてすごい面白かったですよ
- 697 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/27(水) 20:45
- おもしろかった!
なるほど…とうなって読み終わったところです。
全然気づかなかったのが悔しいどころか嬉しい気持ち。
- 698 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/27(水) 22:12
- 396で気づきました
「四角関係」っていうのがどうつながるんだろうと思いながら読んでいたんですが
ラストの会話を読んでなるほどと納得しました
面白かったです
- 699 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/28(木) 14:51
- 完結乙です。最後回では正直泣きました。
『四角関係』の意味が分かったときには笑いましたけどw
自分は>>519-533の更新分で気付きました。
それまで違和感はあるけど、どう解釈したらそれが拭えるのか分からないと思いながら
読んでたんですけど、分かったときにはそういうことか!と唸らされましたw
まさに作者さんの思う壺ですw
面白い作品をありがとうございました。
- 700 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/28(木) 14:51
- >>699
sage忘れすいませんorz
- 701 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/28(木) 14:53
- 自分的にも完結しました!
作者様有難うございます。
一時期私もこっち系の小説読み耽ってましたが…
統合しない場合もありなんですね。
ジェニーとかね
二重人格って理解するのが、本当に遅くって(汗)
迂闊でした。
個人的に続編などを宜しかったら…w
お疲れ様でした。
- 702 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/28(木) 22:17
- や、とうとう完結しちゃいましたね。お疲れ様でした。
最初、>339で、おや?と思って、
>340で、このせりふ変だよ間違いじゃない?と思いつつ、
>345でそういうことかと思ったけれど、
結局最後までずっと>676の梨華ちゃんと同じ疑問が自分にもあって、
完結まですごく楽しんじゃいました。
わかって読むと、>191ってすごくいいシーンだなとか、
ほかにも、いろいろ感想を言いたくなっちゃいます。
また書いてください!
- 703 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/29(金) 02:58
- >>701
もう…ネタバレ勘弁してよ…
- 704 名前:701 投稿日:2008/02/29(金) 15:43
- 大変申し訳ありません!
すみませんでした。
削除出来ましたら宜しくお願いしますm(__)m
本当にすみません…
- 705 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/29(金) 20:38
- >>704
自分で依頼スレに依頼してこようね
作者様にはどうにも出来ないから
ついでにこのレスも消していただければ。
- 706 名前:esk 投稿日:2008/02/29(金) 23:18
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
こんなに読みにくい話を完読してくださった方がこんなにいることに驚いています。
みなさん忍耐力ありますね〜。
とてもとても嬉しくて、にまにましながら読ませていただいているのですが、
申し訳ありませんが、レスのお返事はまたゆっくりさせて下さい。
>>701さま、もう流れているのでいいと思います。
>>703さま、>>705さま、お気遣いありがとうございます。
緩いあやみき
- 707 名前: 投稿日:2008/02/29(金) 23:20
-
『わんこ』
- 708 名前:わんこ 投稿日:2008/02/29(金) 23:21
-
あややは最近どう?
最近、最近ですか?えーと、あ、そうなんですよ。
私最近犬を飼い始めたんですよ。
最近って言ってももう半年くらいかな?なるんですけど
へえ、犬。いいね。かわいいでしょ
もーねー……すっごいかわいいです。癒されまくってますよ
一人暮らしの寂しさとかもう慣れちゃってたんですけど、
やっぱり今までは寂しかったんだなーとか思いますね
でも世話とか大変じゃないの?忙しいから
そうですね。
でも子犬じゃなくて結構育った感じの子なんで、わりと大丈夫です
そっか、じゃあわりと淡白な感じなのかな?
や、それがそうでもなくって。
アタシが家に帰ったら、わーって走ってきて飛びついて来るんですよね。
お帰りお帰りーって、ぴょんぴょんしちゃって。
だっこしてちゅーしてあげるまでずっとまとわり付いてきたりして
- 709 名前:わんこ 投稿日:2008/02/29(金) 23:22
-
構って君なんだ
そーなんですよ。
でもね、私基本Sなんでたまにわざとそっけなくしたりするんですよ。
そしたらきゅうんって拗ねちゃったりして、
もうその仕草に私がきゅう〜んって。
あはは。うまいこと言うねえ
えへへ。
で、もうすぐにぎゅうってだっこして好き好き〜ってちゅーしちゃう
やあ、もう幸せそうだねえ
ほんっと幸せです。いいですよ
「 犬 は 」
- 710 名前:わんこ 投稿日:2008/02/29(金) 23:23
-
「お疲れ様でーす」
「お疲れ様。あやや、ご飯食べてかない?」
「すみません、アタシの帰りを待ってる子がいるんで……」
「あ、そっかそっか」
「本当にごめんなさい」
「いや、いいよ。早く帰ってあげなー」
「はいっ」
急いで車に乗り込んで、流れる街灯を目で追う。
前は乗ったらすぐに半分くらい寝かかっちゃってたんだけど、
今はもう、そわそわしちゃってそんなことしない。
どうしてるかな。
おとなしくしてるかな。
ちゃんとご飯食べたかな。
昼間一人で遊んでたのかな。
寂しいって思ってるかな。
ごめんね。
すぐに帰るからね。
- 711 名前:わんこ 投稿日:2008/02/29(金) 23:24
-
目を瞑るとあの子を抱きしめる感触が腕によみがえって、口元が緩む。
――早く触れたい。
もう、車遅いっ。
急いでくださいって言ったのに。
挨拶もそこそこにマンションに駆け込む。
エレベーターの中から家の電話にワンコール。
すぴすぴと鼻を鳴らしながらソファに寝そべっていたあの子が、
のそりと首を上げる姿が目に浮かぶ。
鍵を取り出す必要もなくがちゃりとノブを回す。
緩んだ笑顔を真正面に見て、靴を脱ぐのももどかしくぎゅっと抱きしめあう。
「たん、ただいま」
「お帰り、亜弥ちゃんっ」
- 712 名前: 投稿日:2008/02/29(金) 23:25
-
『わんこ』 終わり
- 713 名前:esk 投稿日:2008/02/29(金) 23:31
-
お誕生日更新にでも使うかと置いてたんですけど、
本編完結が間に合わずお蔵入りになるところでした。
えー、『四角関係』の批評・感想はまだまだお待ちしています。
ってもうないかw
もしいただけるようなら、ネタ命なだけのお話なので
そこだけはご配慮いただけますよう、お願いします。
- 714 名前:esk 投稿日:2008/03/01(土) 00:16
- 流
- 715 名前:名無し読者。 投稿日:2008/03/02(日) 06:31
- 短編に癒されました。
感謝です。
- 716 名前:esk 投稿日:2008/04/12(土) 23:24
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
そして感想下さった方、本当にありがとうございますっ。
レスをせびっておいて一ヶ月半放置とか申し訳ありません……。
>>694さま
ありがとうございます。
最後の更新は、読んでくださった方にも登場人物さんたちにも、
ここに至るまでの重さを忘れてもらえるように能天気めに仕上げたつもりでした。
なので面白いと感じていただけたのはとても嬉しいです。
>>454ですか〜。なるほど。
ここで確信していただけるとなかなかドラマティックだったのではないでしょうか。
ほくほく。
>>695さま
最後までわからなかった方には、特に読みにくい話だっただろうと思います。
申し訳ないです……。それでも読んでくださってありがとうございます。
様々なところで気づいて、その後をそれぞれの気持ちで読んでほしいと思っていたので、
最後までわからないという方もいて下さって良かったです。
>>696さま
ありがとうございます。
設定命な話ではありましたが、それだけで終わらないように気をつけたつもりだったので
そう言っていただけると嬉しいです。
>>697さま
ありがとうございます。最後までわからなかった方も作者の思う壺ですw
トリック小説の特有の、わかった時の悔しさを楽しんでいただけたのなら嬉しいです。
- 717 名前:esk 投稿日:2008/04/12(土) 23:25
-
>>698さま
ありがとうございます。
>>396でしたか。ここもわかりやすかったのでしょうか。
ここでわかると、このあとの>>398あたりが違う角度で見ていただけたんじゃないかと、
ちょっと(・∀・ )ニヤニヤです。
タイトルは元々、メイン登場人物が『四人』であることを強調しようとしてつけたもの
だったのですが、いつの間にやら話の方がタイトル通りのラストに誘導されていましたw
>>699さま
最終回、楽しんでいただけてありがとうございます。
>>519-533ですか!
ここはかなり苦労したところで、これじゃ意味わからん!と内心半泣きで書いた
シーンだったのですが、感じ取っていただけた方がいたとは。すごく嬉しいです!
>それまで違和感はあるけど、どう解釈したらそれが拭えるのか分からないと思いながら
>読んでたんですけど、分かったときにはそういうことか!と唸らされましたw
正に思う壺ですwその唸り声を聞きたいがために書いた話ですw
>>701さま
二人を統合しないこと、藤本さんを消さないこと、がこの話で一番書きたいことでした。
だって一人の人ですから。生まれたからには生きるのが当然なのですよ。
現実には難しいのでしょうけど。
でも自分が藤本さんだったら絶対に消えたくないし、怖いと思います。
>>702さま
おっ。>>340。ここはわりと隠れネタバレのつもりでしたが、見つかっていましたか(嬉)
間違いじゃないのですよ〜w
>>345もきわどい感じかと思っていたのですが、気づいていただけたんですね。
このあたりは書いてても楽しかったです。誰か気づけ〜。でも全員は気づくな〜。ってw
>>191はそうですね。この話で一番すごい人は吉澤のご両親だと思います。
彼らを中心にしたエピソードも入れたかったのですが、子を想う親の気持ちは
書けば書くほど安っぽくなってしまったのでやめました。あの一コマが全てです。
>>703-705さま
お気遣いありがとうございます。
- 718 名前:esk 投稿日:2008/04/12(土) 23:25
-
ボツネタUPスレのどこからいただいたネタだったのか書くのを忘れていました。
これです ↓
>299 :名無飼育さん :2004/11/16(火) 10:12
>ひとみ 二分の一
>石川の婚約者・ひとみは拳法の達人。
>そんなひとみには誰にも言えない秘密があった。
>それは水をかぶると・・・。
>吉澤ひとみ役:吉澤ひとみ
>石川梨華:石川梨華
>吉澤ひとみ(変身後):藤本美貴
>没理由:なんとなく
……えーと。
>吉澤ひとみ(変身後):藤本美貴
を掠っているだけですね。っていうかそもそも1/2のパロだったんですねw
2004年なので書かれた方ももうこの界隈にはいないかもしれないですが、
いたとしてもここを見ていないとは思いますが。
ネタ使わせていただきました。ありがとうございました。
では、どうでもいい四角小ネタをひとつ。
おバカ系ちょいエロ?純粋な心をお持ちの方は進まれぬよう。
- 719 名前: 投稿日:2008/04/12(土) 23:26
-
『 自業自得 』
- 720 名前:自業自得 投稿日:2008/04/12(土) 23:27
-
むくり
ベッドから起き上がった真っ白な体は、目を閉じたままでぼんやりと斜め上を見上げる。
「あ、起きた」
隣から聞こえたくすくすと笑う声に、吉澤はしぱしぱと目をしばたかせた。
「梨華ちゃん……?」
この声を間違えるはずはないし、間違えるなんて許されもしない。
それでも疑問形になってしまうのは仕方がない。
だってさ……。
重い頭を傾けて、見慣れた彼女の部屋を見回す。
窓の外が明るい。
朝、だろう。
夜、ではない。
ぺたぺたと触れてみた自分の上半身と、見下ろしたお布団の隙間から見える恋人の上半身は
何も纏っていない。
それだけで昨夜何があったのかは的確に予測されるんだけど。
だけれども。
- 721 名前:自業自得 投稿日:2008/04/12(土) 23:27
-
(やべえ)
全く記憶にない。
昨夜は二人で飲みに行った。
でもアルコールにはめっぽう強い吉澤。
こんな風に記憶をなくす事なんて初めてだ。
ぞくりと背中辺りに寒気が走る。
記憶がないというのはかなり怖い。
酔ってえっちって、まさか……変なことしてないよね?
恐る恐る石川の顔色を伺うと、なんだか照れくさそうにはにかむ。
……なんかいつもと反応違うんですけど。
「お、おはよう」
「おはよう――」
ぎこちなく声をかけると、彼女はえへっと笑って。
「――美貴ちゃん」
とんでもないことを言った。
- 722 名前:自業自得 投稿日:2008/04/12(土) 23:28
-
- 723 名前:自業自得 投稿日:2008/04/12(土) 23:29
-
「――ってさあ、有り得なくね?ぜってー有り得ないって!」
「あー、そうだねえ」
「有り得ねーってばっ。だってえっちだよ!?美貴が梨華ちゃんとえっちしたんだよ!?」
「やー、困ったねえ」
「困ったなんてもんじゃないでしょっ。怒りだよ、い、か、りっ」
「まー、酔ってたしねえ」
「だから許されるってのっ?だいたい梨華ちゃんも梨華ちゃんだよっ。
途中で気づいたのに最後までしちゃうとかさあっ」
「んー、でも梨華ちゃんはねえ」
「ううう。そうだけどさあ、美貴のことも好きなんだけどさあ」
「しょうがないねえ」
「だけどさあ、美貴のやつ、開き直りやがって『梨華ちゃんだって嬉しそうだったし』
とかもーっ、すんげームカつくっ」
「あー、……」
「ごっちん聞いてんの!?」
「聞いてる聞いてる」
「梨華ちゃんのあのボンキュッボンなボディをあたし以外のヤツがっ」
「よしこ」
「梨華ちゃんのえっちな声をあたしいぐぁうぃ」「よしこ」
- 724 名前:自業自得 投稿日:2008/04/12(土) 23:29
-
拳を振り上げて熱演する吉澤の口を、後藤の手のひらが叩きつけるようにふさぐ。
「うぉっうぃ」
「ここ学食」
「……う」
目を白黒させながらうなずく吉澤を一睨みして、後藤はゆっくりと手を離す。
昼休みではないとはいえ、だらだらとだべっている同輩はかなりたくさんいる。
未だ後藤にとって石川はお姫様であり、こんなところで辱めを受けさせるわけにはいかないのだ。
「ぶはっ。ごっちん、いてーよぉ」
「ジゴウジトクというのです」
「じご……?」
「悪いことをしたら罰を食らうのは当然ですよってこと」
「うええ?悪いのは美貴じゃね?」
「いや、そっちじゃなくて。っていうか、ミキティは『よしこ以外の人』じゃないでしょ」
後藤と藤本の対面はごくあっさりと行われ、あれから数ヶ月経った今でも
特に良くも悪くもならずごくごくあっさりとした関係が築かれている。
ちなみに吉澤が酔狂でつけたあだ名がいたく気に入ったようで、唯一後藤だけが
この名を使うが、淡々とした二人の関係にこの呼び名はあまりにもミスマッチだった。
- 725 名前:自業自得 投稿日:2008/04/12(土) 23:30
-
「そおおだけどさあああ」
「諦めるしかないねえ」
「う〜〜」
吉澤と石川が恋人同士である以上、藤本と石川も恋人同士である。
それは吉澤もよーく理解していたし、この現状を避ける選択肢も吉澤にはあったのに、
それを選ばなかったのも自分自身だとよーくわかっている。
そうは言っても、割り切れなかったりする時だって、ある。
だからと言って、石川や藤本にそれは言えない。
だからこそ、ここでグチっているのに。
学食のテーブルにべちゃりと広がる吉澤に対面して、
後藤はいちごみるくパックをずずずと音を立てて啜る。
その興味なさげな横顔に、吉澤は不服そうに唇を尖らせた。
「ごっちん、喧嘩したらグチ聞いてくれるって言ったのにい」
「聞いてんじゃん」
「もっと親身になって聞いてよっ」
――痴話げんかにどう親身になれと。
あからさまにため息をつく後藤を、吉澤は恨めしそうに見上げる。
「ごっちんが聞いてくれないんだったら、あたしのこの怒りはどうしたらいいのさ〜」
「知らないよ、もう。――あ、紺野。ここ、ここ」
- 726 名前:自業自得 投稿日:2008/04/12(土) 23:31
-
がたりと立ち上がって手を振る後藤。
つられて体を起こした吉澤がその視線の先を追うと、
ぱたぱたと駆けてくるのは後藤の呼びかけ通りの紺野あさ美。
「ごとーさん、遅くなってすみません。……えっと」
「あ、よしざー」
「ごめんなさい、吉澤さん。こんにちは」
申し訳なさそうに謝り、丁寧に頭を下げる。
松浦の言い分により、紺野にも吉澤と藤本の事情を教えている。
紺野もはじめは驚きはしたものの、どちらにもほとんど面識がなかったおかげか、
それに関して特別な感情は持たず普通に接することが出来ている。
ただなかなか見分けがつかないのはとても申し訳なく、失礼なことをしていると思っていたが。
「じゃ、行こうか」
「はい」「ふぇ?」
元のいすに座ると思っていた後藤はそのままバッグを掴んで立ち去ろうとする。
情けない声を上げた吉澤を見下ろして、後藤は機嫌良さげに手を振って見せた。
「駅前のカフェでデザートフェアしてるからさ。行って来るねー」
「え、え?」
「あ、吉澤さんも――」
「よしこは行かないよね?」
「……ハイ」
有無を言わさない極上の笑みに見下ろされたら、しゅんとなってうなずくしかない。
- 727 名前:自業自得 投稿日:2008/04/12(土) 23:34
-
「なんだよ……。単なる時間つぶしかよ……」
駅方面へ向かって楽しげに遠ざかっていく後姿を見つめながらぶつぶつとつぶやく。
がたがた騒いでいたせいでなんだかちらちらと注目を浴びている気がする。
ヤな感じだ。
むすっと頬を膨らませてうつむく。
なんで自分ばっかりこんな目に。
悪いことをしたから?
違う。悪いのは藤本だ。
きっとそうだ。
「ふ……ふふ」
だから、ジゴージトクだ。
悪いことをしたら罰を受けるのは当然なのだ。
「ふ、ふふふふ……」
見てろ藤本。
(松浦と……えっちしてやる……っ)
思いっきり悪人顔で、吉澤はぐっと拳を握り締めた。
- 728 名前:自業自得 投稿日:2008/04/12(土) 23:34
-
『あー……』
裏意識からこっそりと吉澤の様子を見ていた藤本が、ぽりぽりと頬をかく。
吉澤は藤本の様子に気づかず、がたりと席を立つとすでに歩き出している。
止めるべきか。
止めざるべきか。
『ま、いっか』
何事も経験だし、ね。
- 729 名前:自業自得 投稿日:2008/04/12(土) 23:35
-
- 730 名前:自業自得 投稿日:2008/04/12(土) 23:36
-
ぉ……ぶおおぉぉ……
表を走る車の音が近づいて遠ざかる。
ほんの一秒部屋を照らしたヘッドライトも音とともに遠ざかる。
平常を取り戻した薄明かりにうっすらと浮かぶのは、
女性の部屋らしい、こぎれいに飾り付けられたインテリア。
そろそろ夜は肌寒い季節のはずが、部屋の中はかすかな熱気でむっとしている。
充満するなんだか甘い香りと、荒い呼吸音。
そのすべての発信源は、シングルなベッドの中で絡む、真っ白な肌二つ。
「ちょ……も……ムリ」
「はあ?何言ってんの?馬鹿じゃない?」
松浦の冷ややかな声に、吉澤はヒッと声を上げて体を縮める。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「もーいいよ。ひーたん使えない。みきたんに替わって」
「ハ……ハイ」
そそくさと表意識から降りる吉澤。
こういう結果になるとわかってはいたけれど、行為を見ているのも悪趣味だと
寝に入っていた藤本が表意識に押し出される。
- 731 名前:自業自得 投稿日:2008/04/12(土) 23:37
-
「……ん」
「みきた〜ん♪」
額に貼りついた髪をかき上げようとして、藤本は腕のだるさにため息をついた。
「亜弥ちゃーん。よっちゃん相手なんだからもうちょっと手加減してあげてよ」
「えー?だってひーたんってばみきたんのフリしようとするんだよ?
ってことはこっちも騙されてあげないと可哀想じゃーん」
けらけらと笑う松浦に、藤本はベッドの中で肩をすくめる。
吉澤。哀れなり。
「でもさあ、ぜんっぜんダメ。あれじゃ梨華ちゃん可哀想だよ」
「いやいやいや」
藤本だって何度も吉澤としたけれど、ちゃんと満足していたから。
普 通 に。
「で?」
「は?」
がっつりと正面から向けられたパーフェクトな笑みに
言いたいことはわかっていたけれど、とっさに言い訳が思いつかず間を取る。
- 732 名前:自業自得 投稿日:2008/04/12(土) 23:37
-
「梨華ちゃんとえっちしたんだって?」
「あーえーと。や、よっちゃんアフォみたいに飲んで意識失うからさー。
なんか気がついたら真っ最中だったっつーか、美貴も意識が酔っ払ってるから
良くわかんないかったっつーか、あんまし覚えてないっつーか、だからあの、
……ごめんなさい、しました」
素直に謝るとむうっと唇を尖らせる松浦。
「まあ、いいけどっ」
「え?いいの?」
「いいけど……わかってるよね?」
「えーと」
にっこりと笑う目がサディスティックに光り、藤本は思わず視線を泳がせる。
松浦はその顔をガッツリつかんで自分の方へ向かせた。
「今日はあたしの好きにしていいってことでしょ」
いっつも好きにしてんじゃん
「う……うん」
言いかけた言葉を飲み込んで、藤本はかすかに引きつった笑みを返す。
まだまだ夜は長い。
……今夜もがんばろう。
- 733 名前: 投稿日:2008/04/12(土) 23:38
-
『 自業自得 』 終わり
- 734 名前:esk 投稿日:2008/04/12(土) 23:39
- 吉澤さん、お誕生日おめでとうございます。
(そんな日にこんな扱いでごめんなさいw)
- 735 名前:esk 投稿日:2008/04/13(日) 00:13
- しまったあっ。
忘れてました。ごめんなさいっ。
>>707-712
読んでいただいた方、ありがとうございます。
>>715さま
こんなゆるゆるの話で癒されていただいて、
こちらこそありがとうございました。
- 736 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/21(水) 04:44
- >>730の松浦さんが最高に好きです(笑)
ごちそうさまでした。
- 737 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/04(金) 02:40
- 狼狽しっぱなしの吉澤さんがかわいいw
それと遅ればせながら本編の話なんですが、私は
>>329の1、2行目でもしや?とかすかに思い、その後色々迷いつつ
>>519でそれがやっと確信に変わりました。
- 738 名前:esk 投稿日:2008/12/30(火) 22:49
-
読んでくださった方、ありがとうございます。
>>736さま
なんたって松浦さんはドSですからw
>>737さま
おおっ。本編感想、ありがとうございます!
>>329ですか〜。この辺は力加減が難しかったんですよね。
書きながらどきどきしたことを覚えていますw
色々今更ですが、あやみき的な。
タイトルあれですけど、中身そんなでもないです。
本編終了と上の短編の中間くらいの時間軸で。
- 739 名前: 投稿日:2008/12/30(火) 22:50
-
『 フィジカルセックス 』
- 740 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/30(火) 22:50
-
今日は藤本と松浦のデートの日だった。
石川はいない。吉澤も顔を出さない。二人だけのデート。
某テーマパークで一日遊んだ後、地元に帰り食事を済ませた。
それぞれの帰り道に分かれる寸前、なんだか名残惜しいような、
疲れたから早く帰りたいような、そんな微妙な空気を漂わせつつ。
「ね、ここのバー夜景がすっごい綺麗なんだって」
わりと有名なホテルの下を通りかかったとき、松浦は藤本の腕を引っ張った。
そういう会話運びにはもうなれたから、藤本は間をはしょって顔をしかめる。
「行きたいの?」
「ちょっとだけ。ね?」
- 741 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/30(火) 22:51
-
以前は吉澤の所持金内で藤本も動いていたが、今は自分自身でもバイトを始めたので
(そのせいで遊ぶ時間がないと石川・松浦には不評であったが)
自由になる金銭もそれなりにある。
しかし、ホテルのバーとは学生の身分では少々敷居が高いのではないだろうか。
「今ね、平日は女の子ならチャージなしなんだって」
「そんなことまで調べてんの?」
呆れて見下ろすと得意げな笑みに見上げられる。
どうやら松浦の今日のデートコースにこのバーははじめから組み込まれていたらしい。
ここで行かないと言えばかなり機嫌をそこねることになりそうだ。
それにやはり、いくら淡白な藤本とはいえ、夜景が綺麗なバーというものにも一応の興味もある。
引きずられるようなポーズを取りながらも、少しばかり胸を躍らせて最上階へ上った。
- 742 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/30(火) 22:52
-
「うわっ」
思わず声を上げてしまい、藤本は慌ててうつむいた。
重い扉を開いたすぐそこに、がつんと一面の夜景が広がっていた。
覆いかぶさるようなその迫力に、藤本はぎょっと肩をひいた。
「んふふ」
その隣で松浦はにまにまと笑っている。
すぐに店員がやってきて、
込み合う時間だったが運良く夜景の見えるカウンター席に案内された。
- 743 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/30(火) 22:52
-
「かんぱーい」
落ち着いてはいるが気取り過ぎない雰囲気に、藤本もしかめていた表情を和らげて、
そっとグラスを上げてみせる。
「亜弥ちゃん、ここ来たことあったの?」
「ないよ。なんで?」
「あ、いや……」
『妙に場慣れしてるから』
その言葉は自分が場慣れしていないことを認めることになる。
それはちょっと悔しくて、藤本は言葉を飲み込んだ。
それでも松浦はにやりと笑んで見せて。
「雑誌で見ただけだよ。来るのは初めて。……たんとね、来たいなって思ってたんだ」
にやにやしていた笑みが、すうっとはにかみに変わって視線を逸らす。
(そういうのがさー)
その横顔から視線をはずせなくなって、藤本も困ったように口元を引き上げる。
松浦の場合、これを狙いでやってるときがあるからなんとも……遣り切れない。
- 744 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/30(火) 22:54
-
今日はどうやらその遣り切れなさを狙われていたらしい。
笑みひとつ、指先の仕草ひとつ。
眼下に広がる光の海を演出に、ふわりふわりと巻き込まれて。
「ちょっとごめんね」
席を立った松浦を見送り、藤本はほっと息をついた。
(飲まれるなあ)
カクテルを二杯ずつ。
時間的にも頃合だろう。
松浦が戻ったらもう帰ろう。
なんだか疲れた。
そう心積もりをして待つのに、松浦本人がなかなか帰ってこない。
(おかしいな)
それほどアルコールに強くはない恋人。
迎えに行った方がいいのかもしれない。
- 745 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/30(火) 22:54
-
「ごっめん。遅くなった」
振り返りかけた藤本の耳元で、松浦の焦った声が聞こえた。
「わっ……と。大丈夫?どうかした?」
「ううん。大丈夫。あの、もう行こうか」
「え?うん」
少し頬も赤いような気がして、店内半歩前を歩く松浦の横顔を見つめる。
(ん?)
頬が赤いというよりも。
呼吸が乱れている。
「ちょっと。ホントに大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
「ホントに?」
「ホントホント」
「嘘でしょ?」
「嘘じゃない嘘じゃない」
- 746 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/30(火) 22:55
-
「ありがとうございました」
「ご馳走様でーす」
「は?え?ちょ、亜弥ちゃ、え?」
にっこり営業スマイルを浮かべる店員に見送られて店の扉がぱたりと閉じる。
何度も後ろを振り返っていた藤本は、はっと気づいて顔をしかめた。
(やられた)
かっこ悪すぎ。
松浦の戻りが遅かったのはお手洗いの後で支払いを済ませていたからだろう。
こういうところで奢られるということ自体がなんだかかっこ悪いのに、
それさえもスマートに受け入れ切れなかった自分がさらにかっこ悪い。
「もう……出すのに」
「ま、いいじゃん。気にしない気にしない」
松浦は早口にそう言ってエレベーターに乗り込む。
小さな箱に若干気まずい空気が漂う。
ふう
小さく息をつく声に、気まずく泳がせていた視線を松浦に戻した。
薄暗い店内ではなく明るいエレベーター内で見ると、やはり頬が赤いように見えた。
しかもなんか目を合わせようとしないし。
- 747 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/30(火) 22:55
-
「やっぱ酔ってんじゃん」
「んなこたーない」
「意地張んな――」
スゥ
体に感じる圧力に、藤本は思わず階数表示パネルを見上げた。
地上階ではない。
誰かが乗って来る。
仕方なく問い詰める口調を押し込め、体をすっと奥へ引く。
が、その腕をぐっと松浦に引っ張られ、そのまま音もなく開いた扉から箱の外へと連れ出された。
「や、亜弥ちゃん、下じゃないって」
慌てて戻ろうとする藤本を引きずるように廊下を進む松浦。
「ちょ……」
まさか。
- 748 名前:esk 投稿日:2008/12/30(火) 22:59
- げ。しくったー
すいません、続きは明日……
- 749 名前:esk 投稿日:2008/12/31(水) 16:44
- 再開します。
- 750 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:45
-
「そこまでするっ!?」
「……しちゃったもん」
松浦もさすがに恥ずかしそうに俯く。
部屋には入ったものの、所在無く窓辺に寄りかかっている。
席を立ち、ダッシュで部屋のチェックインとバーの会計を済ませる。
そりゃ息も上がるし、酔いも回るだろう。
しかし、頬が赤かったのはそれだけではなくて。
「イヤなわけ?」
「え、や、えーと」
嫌なわけがない。
少々……とは間違っても言えないくらいに特殊な生を歩んできたとはいえ、
恋人がいるなら当然えっちに直結しちゃうお年頃。
触れたいと思う手を、誰にも気づかれないように握り締めたのも一度や二度ではない。
- 751 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:46
-
「ひーたんと梨華ちゃんには許可取ってるから」
「きょかあっ!?」
許可ってなんだ。許可って。
もちろん、藤本がためらった一番の理由はそれなんだけど。
自分の体は自分のものではない。
吉澤がいくら二人が対等だと言ったとしても、藤本もそれを受け入れるとは言ったとしても、
やはり事実としてこの体は吉澤のものなのだ。
手をつないだり、キスをしたり。
それだけでも罪悪感を感じているのに。
「ま、考えといて。とりあえずアタシはお風呂入ってくるね」
すれ違いざま、ぽんと肩を叩かれる。
しかし目は合わさずにバスルームへと消えていく松浦。
遅れて香った残り香にため息を一つ、藤本はでかいベッドにダイブする。
- 752 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:47
-
(あ”ー)
目を瞑ると浮かぶのは松浦の赤い頬。
(亜弥ちゃん……初めて、だよねえ)
はっきりそうと聞いたことはないが、それを匂わせることは言っていた。
いくら松浦とはいえ、今現在かなり恥ずかしい思いをしているだろう。
だからこっちがあまり悩むのはスマートなことではない。
むしろかなりかっこ悪い。
(つってもなあ)
(人の体でえっちするって、どうよ!?)
もちろん、一番の問題は吉澤や石川への後ろめたさだが、
二人の許可が下りている以上それは今のところ放っておこう。
そうじゃない。もっと根本的な問題として。
ごろりと寝返りを打ち、腕を視界まで持ち上げる。
白い腕。
長い指。
その指先で頬を撫でる。
肌の色も、爪の形も、目の色も、唇も、髪の長さも色も、声も。
似ているところなんて何もないから。
触れたいと思って伸ばした腕の色に、イラ立つ。
- 753 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:48
-
罪悪感だなんて奇麗事言ってるけど、本当は。
もっと、汚い感情で。
もしも自分たちが、ぎゃくのたちば
「――はっ」
強く息を吐き出して、慌てて想いを断ち切る。
だめだ違う。そうじゃない。それは絶対に違う。
きつく目を閉じて、強い呼吸を繰り返す。
大丈夫。落ち着いてきた。
呼吸を緩めて、閉じたまぶたも緩めて、何も考えないで。
ただ、ゆったりと体を横たえる。
呼吸が安定してしばらく。
細い体がベッドからむくりと起き上がる。
がしがしと髪をかき上げ、ひとつため息をつくとベッドから立ち上がった。
- 754 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:49
-
ちゃぷん
「……はー」
この日に向けて磨き上げた体を、松浦は指先ですうっと撫でた。
(どきどき……するぅ)
顔半分をお湯に沈めてぷくぷくと息を吐き出す。
中学高校と当然モテ街道まっしぐらだった。
一応お付き合いした相手もいた。
だけど家が厳しかったこともあって、こういうことは初めてなのだ。
しかも相手の方が動揺してるとか。
「う〜〜」
色々と。
困る。
- 755 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:51
-
こんこん
「え!?」
突然響いたノックの音に、慌てて腕で体を隠す。
すぐにも晒す体だとは言え、まだ心の準備ができていない。
そりゃお風呂一緒にとか、そのうちしてみたいことではあるけどっ。
こんこんこん
「な、何っ?」
『まつうらあー』
「!? ひ、ひーたん!? なんで!?」
さらに驚いて、バスタブのふちをを握り締める。
今日は絶対に顔出さないって言っていたのに。
『美貴寝ちゃってさー』
「あ、そ、そう。あの、え? 何?」
『あのさー、コイツ、まだダメだわ』
「――は?」
焦って浮ついていた気持ちが、ぴたりと動きを止める。
ダメ?ダメってなによ?
- 756 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:52
-
『あたしとおんなじとこで止まってやんの』
「え」
『ごめん。今日はなしにしてやって』
「……」
『じゃ』
普段よりもトーンの低い声。
ドアの向こうで気配が遠ざかる。
微かにぼふりとベッドに体を投げ出す音が聞こえた。
「……」
そのまま耳を澄まし、動き出す物音がしないことを確認してから、ざばりと浴槽から立ち上がる。
鏡に映る白い肌。
明るい光を反射してうっすらと輝く。
それをじっと見つめて、ばさりとバスローブを羽織った。
「……甘い」
ぽつりとつぶやいた声は、自分が思うよりもさらに低かった。
- 757 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:52
-
ばたん
「……ん? あ、ごめ、美貴寝て……ちょ、え」
体を起こそうとした藤本の肩が押さえ込まれ、ベッドに押し戻される。
そのまま細い体にまたがるようにして、松浦はベッドに上がった。
「あ、亜弥ちゃ……んっ」
暖かい唇が呼吸を奪う。
さらりと頬にかかった髪が冷たくてぞくりとした。
思わず体をすくめると、さっと唇が離れていく。
安心したような名残惜しいような目に妖艶な笑みを落として、
ベッドボードにのびた白い腕が、部屋の照明をひとつずつしぼってゆく。
- 758 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:53
-
「え、あの、あれ?」
張り付いた笑みのまま、シャツのボタンがひとつずつはずされる。
その指先と、少しぼんやりとした目を視線が行ったり来たり。
合うようで合わない視線はこっちの状態なんかかまってくれないわけで。
押し返そうとした手も、するりと逃げて。
「――っ」
胸元からおなかにかけてをなぞった手のひらの感触に、一気に全身の皮膚が粟立った。
「待って! だめ!!」
すでに頬を伝う涙。
汚い感情が、噴出して。
- 759 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:53
-
「う、う〜〜」
両腕で顔を覆うが、あふれ出す涙も感情も抑えることはできない。
だからヤダって言ったのに。
こんな風になりたくないから、だから触れないように我慢してたのに。
「ふえ、うくぅっ」
抑えることのできない感情なら、涙で流してしまえばいい。
そう諦めて子供のように泣きじゃくる藤本を、松浦は力ずくで抱きしめた。
「アタシはひーたんじゃない」
「うぅ……ん……?」
「ひーたんにとってあんたは自分自身だから、やっぱどっかで甘やかしてんの。
自分が優しくされたいのと同じレベルであんたに優しくしちゃう」
抱きしめる腕がそっと緩んで、細い体をベッドに戻した。
上から見下ろす松浦の表情は固く、怒っているようにも見えた。
- 760 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:54
-
「でも、アタシは違う」
顔を覆う腕をぐっとつかまれる。
その確かさに、藤本は体をすくめた。
手をつなぎあったり、軽いハグ、軽いキス。
そんなものには少しずつ慣れてきた。
でも、ただ触れられる。その感触には、どうしても慣れることができなかった。
それについて深く考えないようにしていたけれど、
あふれるままに感情をあふれさせた今はもう隠しようもない。
……触れて欲しいから、だ。
吉澤ではなく、自分に。触れて欲しいから。
だから、松浦や石川の手に、腹立たしく思う。
吉澤をねたましく思う。
それが理不尽な甘えだとわかっていても、ただ駄々をこねる子供のように腹立たしくなるから。
だから触れられたくなかった。
- 761 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:54
-
どこかおびえたような表情を浮かべる藤本を、松浦はじっと見下ろす。
まだ出会って間もないあの日、同じように腕をつかむと、藤本は同じように涙を流した。
あれから長い時間を一緒にすごして、その心は開かれたように見えるけど、
結局根本のところは少しも変わっていない。
本人、変わろうという努力はしているのだろう。
松浦だってそれはわかっているから静観してやっていた。
だけどたぶん。
それじゃダメだ。
「アタシがあんたを、変えてやる」
もう、待たない。
努力しても変われないというのなら、強引にでも変えてやる。
藤本のためとかそんなんじゃなく。
「アタシに触られるのが嫌とか、人として許されないよね」
よりにもよって、それが自分の恋人とか。
ありえない。
松浦亜弥的に、絶対にありえない。
「嫌っていうか、あの」
「問答無用」
「や、ちょ、ま、やあーーーーっ」
- 762 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:54
-
- 763 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:55
-
「……う……んっ」
油断したら浮きそうになる意識を、歯を食いしばって押しとどめる。
これほどまで、体に意識を縛りつけようとしたのは初めてかもしれない。
しかしここで吉澤が出てきてしまってはシャレにならないのだから、がんばるしかない。
「ん……は」
皮膚の表面を滑らかにすべる唇に。
「う、く、はあっ」
体の中をぐちゃぐちゃにかき回す指先に。
頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。
- 764 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:56
-
(違うっ)
与えられる、湧き上がる感覚は、吉澤とする行為とはあまりにも、
違っていて。
藤本美貴という心で知っていたつもりの感覚。
吉澤ひとみという体を通して得る感覚。
抱き合った肌から感じるそれは。
心の感覚なのか、体の感覚なのか。
ぐちゃぐちゃにミックスされた感覚に翻弄され
- 765 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:56
-
- 766 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:57
-
「だいじょぶかー」
「ん……うん」
やっと呼吸が整ってきた。
藤本は大きく息を吐き出して、ぎこちなくうなずく。
最初っから最後まで泣き続けてしまった。
それって結構。
恥ずかしい。
「亜弥ちゃんって結構S……」
「ふっ……。でも気持ちよかったべ?」
「……っ」
「素直になりなー」
言葉に詰まった藤本の髪を、松浦がくしゃくしゃと撫でる。
しばらくはされるままにしていた藤本だったが、何を思い立ったのか、
いきなりその手を乱暴に取って握り締めた。
- 767 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:57
-
「お?」
松浦は軽く目を見張る。
そんな元気あるんだ、って驚きと。
藤本が自分から触れてくることは、多分初めてだったから。
荒療治、さっそく効果ありか。
にやにやと笑みを浮かべる松浦の横で、藤本はさっと体を起こした。
そのまま松浦の上に乗り上がると、握ったままの手をベッドにぐっと押し付ける。
戸惑う松浦を藤本はじっと見下ろす。
ぎゅっと握りしめた手のひらから伝わる体温と、確かなヒトの感触。
包み込んでいる手は、藤本美貴として認識している手よりもいくぶん大きくて。
だからむしろ松浦の手首を包んであまるくらい。
……いつも。
目で見る景色も、耳で聞く音も、手で触る感触も。
それは一度吉澤ひとみというフィルターを通してから届いていた。
長い指を絡めて手を握り直すと、松浦は、ん?と首を傾げて見せた。
なんでもないよ、と答えてやると、ぶつぶつと文句をつける。
その不満そうな、でもどこかうれしそうな声を聞き流しながら、思った。
- 768 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:57
-
厳重に、何重にも重ねられていたフィルターは、今、あっさりと全て剥ぎ取られた。
強引すぎるひどすぎるやり方だったと思ってしまうけれど。
むき出しの神経に叩きつけられる想いの、熱。
むき出しの神経からあふれ出る想いの、熱。
その熱に任せて翻弄されることを、ただ楽しんでいいんだと、思うことができた。
今まで、いいんだよと言われても、心の底からそう思えなかったことが。
(ごめん)
自分が一番子供だった。
優しい視線と言葉で待ってくれていた吉澤と石川と。
待ちきれずに強引に腕をひっぱりあげた松浦に。
やっとで追いつくことができた。
(待たせて、ごめん)
- 769 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:58
-
唇を尖らせて文句をつけながら、松浦は正直、少しばかり焦っていた。
見上げる藤本の表情が、あまりにも綺麗で。
何か強い意志を感じさせて。
それって、さあ。
しかも、これって組敷かれている体勢なわけで。
長いまつげに涙を絡ませたまま、何かを振り切った目が松浦が見下ろす。
……荒療治、効果ありすぎ?
松浦の笑みがひきつる。
「やー、アタシもなんかねー、気持ちイかったよー。あははー」
だからもう寝ようか。
そう続けたかった言葉を、藤本の視線が握りつぶす。
「そっかあ、それは良かったねえ。
でもさあ、美貴ばっかやられっぱなしってのも納得いかないよねー」
「え、やー、ほら、今日はあんたのためって言うか、もう目的果たしたって言うか、だから」
あはは。
乾いた笑いが漏れる。
そりゃまあ、それなりにそっちの覚悟もしてきたけど、
やっぱいざとなると逃げ腰になるのは女の子として仕方の無いことだと思う。
- 770 名前:フィジカルセックス 投稿日:2008/12/31(水) 16:58
-
「言っとくけど、美貴結構うまいよ?」
にやりと笑った目元に、言いたいことは色々あった。
自分で言うかそんなこととか、さっきまで泣いてたくせにとか、誰の評価だよとか、
色々あったけど。
体をすべる指先のせいで何も言えなくなったことは、一生黙っておこうと思った。
- 771 名前: 投稿日:2008/12/31(水) 16:59
-
『 フィジカルセックス 』 終わり
- 772 名前:esk 投稿日:2008/12/31(水) 17:01
- 失礼いたしました。
中間完成していないことを忘れて更新しようとしてしまいました。
あほやー。
それでは、みなさま良いお年を。
- 773 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/01(木) 01:33
- お久しぶりの更新嬉しいです!
複雑ではありますが、いしよしもあやみきも
みんな幸せになってもらいたいですね(^-^)
あやちゃんGJ!!
作者様も良いお年を。
- 774 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/20(火) 19:56
- おお!更新されてた!
エルダコンでは久々のあやみきがある様ですね。
自分はまだ行けてないのですが。
本年も楽しみにしております。
- 775 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/31(火) 23:15
- グレイトですね。
- 776 名前:esk 投稿日:2009/11/01(日) 01:10
- 読んでくださった方、ありがとうございます。
って10ヶ月も前の話ですけどww
>>773-775さま
ありがとうございます。
忘れた頃に更新するスレですw
なんで今更、という声が聞こえてきそうですがw
本編を読んでいない方は、吉澤さんと藤本さんが >>664 であるということだけ
念頭においていただければある程度わかると思います。
時期的には本編終了後すぐくらい、『フィジカル・セックス』よりも前と思われます。
- 777 名前: 投稿日:2009/11/01(日) 01:28
-
『 タンパク質とビタミンC 』
- 778 名前:タンパク質とビタミンC 投稿日:2009/11/01(日) 01:28
-
「あ、ごめん」
「は?」
隣で談笑していた相手に唐突に謝られて、吉澤は面食らって首をかしげた。
そんな談笑相手の石川は慌てたそぶりでバッグから携帯を取り出した。
「あれ、ケメちゃんだ――もしもし」
「なんだ、圭ちゃんか」
紛れもないデート中。
そこに電話をかけてくる邪魔者。
ちょと傾きかけた吉澤の機嫌も、相手が保田ではどうにもならない。
テーブルに置かれたカップのふちを細い指でなぞりながら、ぼんやりと宙を見上げる。
ざわざわした店内でも几帳面に潜められた石川の声に、口元が少し緩んだ。
「――今? ひとみちゃんと一緒。
――えっと駅カフェだよ。
――うーん。別に、何も。なんで?
――えっ? ホント? 行く行く!
――うん。どれくらい?
――うん。わかった。ありがと〜」
- 779 名前:タンパク質とビタミンC 投稿日:2009/11/01(日) 01:29
-
石川の上機嫌な声と、『行く行く』という言葉に、吉澤はちらりと横顔に視線を送った。
丁寧なしぐさで携帯を切ると、その横顔が真正面に向いて、得意げに笑った。
「どうかしたの?」
「ケメちゃんが焼肉おごってくれるって!」
「……焼肉?」
浮かれた声で言う石川に、吉澤は一瞬反応を遅らせる。
「うん。 しかもこの上のとこだって! 高いんだよ、ここ」
「そんなのいいの?」
「なんかね、割引券がたっぷりあるんだって」
しかし石川はその間に気づかなかったようで、元々高い声を更に高くした。
今現在二人がくつろいでいるカフェの入っている駅ビル、その最上階は
レストラン街になっていた。
石川の小さな手が指差す先を追って天井を見上げ、吉澤は少し、迷う。
「……肉かー」
「え? 調子悪い?」
その迷いにようやく気づいた石川が首を傾げる。
吉澤の焼肉好きは、純肉食の石川でさえたまにひくくらいなのに。
おなかでも壊してるんだろうかと心配げに見つめる石川に、吉澤は首をすくめて笑って見せた。
- 780 名前:タンパク質とビタミンC 投稿日:2009/11/01(日) 01:29
-
「いやいや、そんなことないよ。なんつーか……実は、肉好きなのは美貴の方なんだよね。
あたしはほとんど食べられない」
「えええっ。そうだったの?」
「うん」
衝撃の告白に、石川は目を丸くする。
吉澤はその見開かれた目を見つめながら、ははは、と小さく笑った。
「じゃあ今まで一緒に焼肉行ってたのは美貴ちゃんだったのか……」
「そゆこと」
「そっかー、じゃあケメちゃん断んないとだね」
「――いや、いいよ。梨華ちゃん行きたかったんでしょ?」
「え、でも」
「美貴ー」
「あ」
言い募る石川の言葉を聞かずに、宙に向かって声をかける。
目をそらしたのは、緩む口元を見せたくなかったから。
自分と藤本との『違い』を口にすることは、まだ少し……迷いがある。
だから、石川が迷いなく自分を選んだことが、たまらなくうれしかった。
- 781 名前:タンパク質とビタミンC 投稿日:2009/11/01(日) 01:30
-
「美貴ってば……んーん、まだ。……違う違う。飯。焼肉だっ――肉!!」
「あ」
「出ましたっ、肉担当!」
「え、えーと」
「……ここどこ?」
はじけるように立ち上がったまま、きょとんとした顔であたりを見回す仕草に、
石川は驚きよりも先に笑い出しそうになる口元を手で押さえた。
それは確かに、吉澤ではない、藤本の仕草だ。
「あの、えっとね」
「まあいいや。焼肉早く行こ!」
「あ、美貴ちゃん待って。もうちょっと時間があって」
「そうなの?」
素直にぺたんとソファに腰を下ろして、吉澤の飲みかけのカフェオレを飲み干す。
ご機嫌で鼻歌まで歌いだす藤本を、石川はじっと見つめる。
ああ、これだ。焼肉行くとなるといっつも人が変わったみたいにテンションがあがって。
『人が変わった見たみたいに』
まさかホントに変わってたとは、ね。
- 782 名前:タンパク質とビタミンC 投稿日:2009/11/01(日) 01:30
-
「やっぱさあ、動物は肉食べてこそ動物だと思うんだよね」
「美貴ちゃんは野性的だね……」
「人間だって元は野生じゃん」
店員の先導に続いて足を進める石川は、半歩後ろから聞こえてくる藤本の言葉に
苦笑いを浮かべる。
確かにそうなんだけど。
現代日本人に野生の記憶がどれくらい残されているというのだろうか。
「あ、石川。こっちこっち」
「ケメちゃん!」
「え」
先導の店員が席に着くよりも早く、ぶんぶんと手を振りながら保田が立ち上がる。
手を振り返す石川と、立ち止まる藤本。
その間に数歩分あいてしまった間隔を埋めるように、藤本は目いっぱい腕を伸ばして、
石川の上着の裾を引っ張る。
「ちょっと……」
「あれ? 言わなかったっけ? 今日はケメちゃんのおごりなんだよ」
「聞いてな――」
「学校の暑気払いでここ使ったら結構な割引券貰ってね。って、何、説明しなかったの?」
「ううん。したんだけど――あ、お母さんに電話しなきゃ。適当に頼んどいて」
「ちょ」
「おっけー」
- 783 名前:タンパク質とビタミンC 投稿日:2009/11/01(日) 01:31
-
おろおろとする藤本を無理やり座席に押し込め、石川はというと店の入り口まで戻っていく。
その後姿を、藤本は信じられない思いでしつこく見送る。
いきなり二人きりとか。
ありえない。
っていうか振り返りたくないんですけど。
「何頼んでもいいわよ〜。今日はどーんと!」
ほれほれ、とメニューでつつかれて、そこまでされると振り返らないという選択肢は
もうないわけで。
仕方なく振り返ると、すでに飲んでいるのかというくらい上機嫌な保田が至近距離に。
ああ、心臓に悪い。
「あの、でも……いいんですか?」
「いいから呼んだんでしょ。何遠慮してんの。吉澤のクセにガラにもない。」
「あー、いや……あの、すいません。藤本です」
「えっ!?」
テーブルを挟んだだけの距離から身を乗り出して顔を寄せられ、思わず上半身がのけぞった。
ぎょろ目でマジマジと見つめられて、居心地の悪さは最大値を振り切る。
- 784 名前:タンパク質とビタミンC 投稿日:2009/11/01(日) 01:31
-
保田にしてみても、石川の口から藤本と吉澤の事情は告げられており、
その後、吉澤とは何度も顔をあわせてそのことについても話はしたが、
実物の『藤本美貴』を目にするのは初めてで、少しの動揺はあった。
「へっえーーー。や、ごめん。全然わかんないわ」
しかし、その動揺を興味という仮面の下に押し込めて、マジマジとその顔を見つめる。
居心地悪そうにしつつも少しほっとしたような藤本の表情に、保田も小さく息をついた。
どうやら自分の対応は間違っていなかったらしい。
「まあ、外側は変わってないですし。あの、よっちゃんに変わりましょうか」
「いや、いいって。でもなんで? さっき石川は吉澤と一緒って言ってたけど」
「よっちゃん、肉食べれないんです。だから私と交代して」
「は!? で、藤本は食べれんの?」
「はい」
「どういう仕組みなわけ?」
「あー、いや。どうなんでしょう」
食べ物の好みはかなり正反対に近い。
肉が好きな藤本。肉が嫌いな吉澤。
野菜が好きな吉澤。野菜が嫌いな藤本。
どういう仕組みなのかと聞かれても、結局好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いだとしか
答えられなかった。
- 785 名前:タンパク質とビタミンC 投稿日:2009/11/01(日) 01:32
-
- 786 名前:タンパク質とビタミンC 投稿日:2009/11/01(日) 01:32
-
踊るような足取りで歩く藤本。
その後姿を追いながら、石川は口元に笑みを浮かべる。
(お酒好きはひとみちゃんも美貴ちゃんも一緒かー)
食べ物の好みは違えども、アルコールに強い体質までは変わりないようで、
保田がうれしがって飲ませるものだからずいぶん飲んでいる。
わざとなのか本当に酔っているのか、足取りはいくぶんおぼつかない。
その楽しそうに右へ左へふらふらとする藤本の腕を石川はぐいっと引っ張り寄せた。
なんだか、自分のそばから離れていってしまいそうで、不安になった。
そのまま手を握ると、ふらふらしていた足取りが急におとなしくなり、
藤本は肩を落としてしゅんとなる。
最近では触れるだけで驚くようなことはけれど、それでもまだおとなしくはなる。
そして上目遣いに困ったみたいなはにかみ。
この照れ屋さは吉澤にはない反応で。
藤本のどこが一番好きかと聞かれたら、石川の答えはこの反応だろう。
握った手を引っ張って自分の方を向かせると、石川は藤本ににこっと笑いかける。
情けなさげに眉を下げる藤本も、その笑みにようやく落ち着いたようだった。
- 787 名前:タンパク質とビタミンC 投稿日:2009/11/01(日) 01:33
-
「焼肉、おいしかったねー」
藤本は何事もなかったようにゆるく笑い、満足げにつぶやいた。
その言葉に石川も大きくうなずきかけ、ふっとそのあごをぐいっと藤本に突きつける。
「美貴ちゃん!」
「な、なにさ」
「あのね、野菜もちゃんと食べなきゃだめだよ!」
「好きじゃないもん」
「でも体に悪いでしょ」
「ああ。いいのいいの。野菜と魚はよっちゃんが食べるから。美貴は肉担当」
「でもさー……でも」
食事の間中、野菜も食べさせようとする石川の努力をすべて無視して、
藤本はほとんど肉しか食べなかった。
子供相手じゃないんだから、と自身も偏食気味の保田には笑われたが、
石川としてはどうしても納得がいかなかった。
しかし、そう言われると。
確かに健康うんぬんの理由はクリアしてしまう。
- 788 名前:タンパク質とビタミンC 投稿日:2009/11/01(日) 01:33
-
「……便利だね」
「でしょ?よっちゃんの食べた野菜が美貴の栄養になって、美貴が食べた肉が
よっちゃんの栄養になるの」
返す言葉がなくなってため息をついた石川に、藤本は勝ち誇ったように、にひひ、
と笑いかけた。
「そっか。じゃあ良かった」
「ん? うん。美貴一人だったらコレステロールでいっぱいになっちゃうからね」
「違うよ」
「うん?」
「私がひとみちゃんに注いできた愛情、ちゃんと美貴ちゃんの栄養にもなってたんだなって」
「――」
言葉を失った藤本は、大きな目をぽっかり開けたままで石川を見つめる。
しかし、見つめ返されるまなざしの暖かさに、思わず目をそらした。
- 789 名前:タンパク質とビタミンC 投稿日:2009/11/01(日) 01:34
-
「梨華ちゃんってはずイ」
「え?」
「普通そんなこと思ってても言わないじゃん」
「だって言わないとわかんないじゃない」
「わかんなくていいよう」
なおも言い募る石川の言葉を聞かないように、藤本は止まっていた足をさっさと前に進める。
握り合った手が離れることはなかったため、ぐいぐいと力強く腕を引かれながら
石川もそれに負けない力で引き返す。
「良くないよ! ね、わかった?」
「わかんない」
「じゃあもっとちゃんと聞いてよ」
「やだ。聞かない」
「もうっ、こっち向いて」
「やだってばもー。早く帰ろうよ」
「美貴ちゃん!」
深夜の街中に石川の甲高い声が響き渡る。
暗闇の中で藤本の顔が真っ赤に染まっていたことに石川は気づかなかったけれど、
こっそりと覗き見していた吉澤に藤本は後々散々からかわれることとなった。
- 790 名前: 投稿日:2009/11/01(日) 01:35
-
『 タンパク質とビタミンC 』 終わり
- 791 名前:esk 投稿日:2009/11/01(日) 01:38
- 最近若い子ばっかり書いてたから、なんか乙女チックになってしまったw
さて、この更新に気づく人がいるのでしょうかww
- 792 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 01:40
- おお
久しぶりの更新なので設定忘れてたから戸惑ってしまいましたよ
なかなか上手い設定の生かし方ですね
- 793 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/17(火) 23:53
- 待ってました
やっぱ作者さん好きです
また更新頑張ってください
- 794 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/20(金) 03:50
- お待ちしてました!
やっぱりこのシリーズ好きです。
- 795 名前:名無し飼育 投稿日:2009/11/22(日) 09:02
- 更新ありがとうございます!
好きだなぁ四角関係♪
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