Deliverer
- 1 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/03/05(月) 22:43
- 前スレ「Breakout」内
Deliverer
ttp://m-seek.on.arena.ne.jp/cgi-bin/test/read.cgi/dream/1140500697/451-
続きです。
小川さん主役で性別が違ってたりしますのでご注意ください。
- 2 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/05(月) 22:50
-
愛ちゃんからメールが来て、さゆみんの熱が下がらないので、もうひと晩泊まるとのことだった。
今はその方がかえってありがたかった。
どんな顔で会ったらいいのかわからない。
俺は家に帰り、夕方から早々と寝てしまった。
次の日から普通に仕事をこなした。
時間が経つにつれ、自分のしたことが正しかったのかわからなくなっていた。
結局、俺のやったことはただの自己満足でしかない。
- 3 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/05(月) 22:51
-
「…ただいま」
「おかえりー…、その手、どうしたん?」
俺は右手に包帯を巻いていた。
社長を殴って腫れたのと、パソコンを破壊した時に破片で傷つけていた。
「ああ、ちょっと」
愛ちゃんは眉間に軽くしわを寄せた。
「仕事がらみ?」
「んや。たいしたことないから。それより、さゆみん大丈夫?」
「ああ、熱下がったみたいやから帰ってきた。まだ甘えたそうにしてたけど」
「もうちょっといてあげたらよかったじゃん」
「うん…」
何だかやっぱり元気ないな。
愛ちゃんは何か言いたそうに俺を目で追っていた。
俺は気づかないフリをした。
- 4 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/05(月) 22:51
-
次の日は2人とも休日。
引越し先を見て回る予定…だったんだけど。
2人とも全然上の空。
いたずらに時間だけ消費してくたびれてしまった。
夕食のため入ったレストランでも愛ちゃんは全然喋らなかった。
「なかなか決めらんないもんだねえ。母さんに頼んだ方が早いかなあ」
「………」
「家具とかも買わなきゃなんないし。てか、ベッド買わないとねえ」
2人で寝るには狭すぎる。今のベッド。
「密着できて、冬はいいかもしれないけどね〜」
オヤジっぽく言ったけど、愛ちゃん無反応。てか聞いてねえ。
「…マコト」
「ん?」
「……あーし、マコトに言わなきゃならんことがある」
そう言う愛ちゃんの目は真っ赤だった。
「言わなくていいよ」
とっさに言ってしまった。
「え?」
「いいよ。言わなくて。俺は愛ちゃんのこと、丸ごと受け止めるから」
愛ちゃんは泣き出した。
「あーしも同じ気持ちやけど、言わんと一生後悔する…!」
- 5 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/05(月) 22:52
-
「実は、あーし…」
「愛ちゃん!」
俺は愛ちゃんの言葉をさえぎった。
「知ってるよ。もうその問題は終わってる」
「え…!?」
愛ちゃんはこれ以上ないくらい大きく目を見開いた。
「な、何を知ってるん?適当なこと言わんでよ!」
「社長でしょ…元・社長、か」
愛ちゃんの顔から血の気が失せた。
「な……、何で!?」
俺は黙っていた。
「嘘や!」
愛ちゃんは席を立つと、駆け出した。
「愛ちゃん!?」
俺は伝票をひっつかむと、急いで精算して、後を追おうとした。
お釣りを受け取らずに店を出て、どっちへ行ったのか、とりあえず飛び出した。
次の瞬間。
光る物体が視界に入ると同時に衝撃が来た。
身体が宙に浮く感覚と、何か温かい液体が流れる感触と、悲鳴と怒鳴り声が聞こえた。
わかったのはそこまでで、そこで意識が途切れた。
- 6 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/05(月) 22:52
-
意識を取り戻すと、何かに乗せられていた。
救急隊員が目に入って、救急車の中らしいと気づいた。
跳ねられたんだな、俺。
愛ちゃんが泣きながら何か説明していた。
左目がぼやけている。
このまま死んじゃうのかな…。
愛ちゃん。
意識が朦朧としていたけど、呼べたらしく、愛ちゃんが俺の顔をのぞきこむのがわかった。
救急隊員が何か言ってる。
眠い。
寝かせてほしい。
そのまま深い眠りに落ちた。
- 7 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/03/05(月) 22:54
- 更新終了。
いきなりこんな展開ですいません。
- 8 名前:名無し読者 投稿日:2007/03/05(月) 23:13
- あばばばば…っ;
まこっーーあいさーーん!!
毎回ゾクゾクでドキマコナイロンですよ;本当に作者殿最高っす
- 9 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/11(日) 09:01
-
目が覚めると、泣いてる愛ちゃんが目に入った。
「愛ちゃん…」
「まごどっ!」
愛ちゃんは更に激しく泣き出した。
泣きながら早口で何か言ってるんだけど、ごめん、ひとことも聞き取れない。
身体を起こそうとするとあちこちに痛みが走った。
「いてて…」
右手が動かない。見るとギプスがはめられていた。
「あんた、ちょっと落ち着きぃ。マコトも動いたらあかん」
後ろにいたらしい母さんが愛ちゃんの肩を軽く揺さぶった。
その後ろには父さんもいた。
母さんがなだめたので、愛ちゃんはしばらくしゃくりあげていたけど、何とか落ち着いたみたいだった。
- 10 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/11(日) 09:01
-
「俺、どーなったの?」
「頭を強く打ったみたいで脳震盪起こしたらしい。ちょっと切ったんで何針か縫った。
それと右手首骨折。あとは全身の軽い打撲と擦り傷やな」
ああ。それくらいで済んだんだ。
「あ〜……死んだかと思った…」
「マコト!!」
「アホなこと言いなや!」
すごい剣幕で怒られた。
「お前、丸一日、目が覚めなかったんだぞ。心配したぞ」
父さんが母さんの肩を抱いて言った。
みんな疲れた顔をしていた。
ずいぶん心配させたみたいだ。
「…ごめんなさい」
うんうん、と父さんがうなずいた。
- 11 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/11(日) 09:02
-
俺をはねた運転手は、一方通行を逆送してしまい、焦ってそこを抜けようとしていたらしい。
幸いなことに徐行に近いスピードだった。
「何やええとこのぼんぼんやって、早速弁護士が示談にしよ、って言って来たで」
母さんが苦い顔で言った。
「はぁ」
別にそーゆーのはどうでもいいなあ…。
「腹立つからふんだくったろか」
「う〜ん…別にいいよお」
「お前、金あった方がいいだろ?」
「はあ?」
父さんは何を言い出したんだ?
「お前、少し貯金しないと」
「…何の話?」
「お前、高橋さん?…この人と一緒に住んでるんだって?」
「へ?ああ…」
「結婚するならお金貯めないといかんだろう」
ええ!?結婚!?
いててて、ビックリして急に動いたら、痛い。
「だいじょうぶ?マコト」
「うん…」
てか愛ちゃん、今の父さんの発言はスルー?
- 12 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/11(日) 09:02
-
母さんは苦笑いしながら言った。
「まぁそれはともかく、あんた、家探してるんやって?」
「うん…」
「今空いてるビルあるから入ったらどうや?」
「どうや、って…家賃とかは?」
「まあ払えるだけでええよ」
何か簡単に言うね。
「退院したら2人で見にきたらええやん」
「はあ」
愛ちゃんを見ると、俺を見ていた目を少しそらした。
- 13 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/11(日) 09:02
-
精密検査やら何やらで、5日間入院した。
後は通院でいいらしい。
事故の交渉は父さんと母さんに任せた。
「うあー。久々の我が家だー」
狭いけど、やっぱ自分ちはホッとする。
浮かれてるのは俺だけで、愛ちゃんはずっと元気がない。
入院中ずっとついていてくれてたんで、疲れてるのかもしれないけど。
「…マコト」
「ん?」
「話があるんやけど」
「うん」
とりあえずお茶なんかいれて座る。
「何?」
「吉澤さんが…、お金、持って来た」
「ん?何のお金?」
俺が言うと愛ちゃんは少し怒ったような顔になった。
「聞きたいのはこっちや!慰謝料ってどういうこと?吉澤さんと何したん?」
「え?」
俺は左手で首の後ろをかいた。
口を半開きにした状態で考えることしばし。
- 14 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/11(日) 09:03
-
「………あのさぁ」
「何」
「何か記憶が飛んでるみたいで…」
「嘘」
「いや、マジでマジで。事故の時の記憶もないし、その後、
救急車みたいのに乗ってたのは何となく覚えてるんだけど」
「マコト、ちゃんと救急隊の人の質問に答えてたがし」
「それ全然覚えてない」
「………」
愛ちゃんは疑わしい顔つきで俺を見た。
「前後の記憶がところどころ飛んでる」
「…事故より前の話しやと思うけど」
「でもわかんない。吉澤さんに聞いたら?」
「…吉澤さんには聞いた」
「何て?」
「……マコトに聞けって」
「ええ〜?」
愛ちゃんは深くため息をついた。
「それよりさあ、愛ちゃん」
「え?」
「腹減った」
「………」
愛ちゃんは更に深いため息をついた。
- 15 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/11(日) 09:03
-
翌日から仕事復帰。
「ああ!てんちょお、大丈夫ですか〜?」
ガキさんが俺を見るなりすっ飛んで来た。
「あ〜、スイマセンでした。心より、お詫び申し上げます…」
「いやいやいや、こちらこそお見舞いも行けませんで。で、大丈夫なんですか?車にはねられたって…」
「右手首骨折したくらいだから。この辺、派手だけどたいしたことないんだ」
眉毛の上辺りと、顔の何箇所かにガーゼが貼られていて、目立つといえば目立つ。
「も〜びっくりしましたよ〜」
「どうもスイマセン…」
仕事の方は大谷さんと、時々矢口さんが手伝ってくれていたそうで特に問題なかったとのこと。
「お。もーいいの?まこっちゃん」
噂をすれば、矢口さん。
「あ、どうも、ご迷惑おかけしました」
「いいってことよ」
- 16 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/11(日) 09:04
-
奥の店長室というか俺が使ってる部屋で少し話をする。
店の近況とかを聞いた後、いくつか経営状況について指摘を受けた。
「なるほど〜。しっかし、あれですね、矢口さんが店長やった方がいいんじゃないっすかね」
自虐気味に言うと、矢口さんは真顔で俺の顔を見た。
「…オイラさあ、前は何店か任されてたんだよ」
「そーなんですか」
「自分で言うのも何だけど、けっこううまくやってたんだよね」
「そーでしょうね」
「コレでヘタ打っちゃってさ」
矢口さんは小指を立てて見せた。
「……?女?」
「そ。惚れた女がいてさあ。仕事ほっぽってバックレちまったのよ」
「………」
「ホントならクビ、下手すりゃ指の一本、飛んでもおかしくなかったんだけどさ」
ええ〜?ホントにそういうことアリなの!?
「裕ちゃんがとりなしてくれて、イチから出直しってことになったんだ」
裕ちゃんって、母さんのことか。
「だからさ、何でもやるからさ。困ったことがあったら、オイラに言えよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
それから矢口さんは苦笑して言った。
「ガキさんとかオイラが仕切るとちょっとイヤな顔するんだよな。
店長はまこっちゃんだから、って感じで」
「はあ」
「大事にしろよ、仲間はさ」
「はい」
- 17 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/11(日) 09:04
-
コンコン。ドアがノックされた。
「はぁい」
ドアが開いて、吉澤さんが顔を覗かせた。
「お、よっすぃー。久しぶり」
「…お久しぶりです」
矢口さんは吉澤さんと挨拶を交わすと、「んじゃ、オイラはこれで」と言って出て行った。
吉澤さんは矢口さんを見送ると、中に入ってドアを閉めた。
「邪魔したか?」
「え?いえ別に」
吉澤さんは俺の格好を上から下まで眺めた。
「よかったな。大したことなくて」
「はあ。お騒がせしました」
「ホントだよ。ビックリしたぜ」
「スイマセン。でももう元気なんで」
吉澤さんはうなずくと、ソファに座った。
俺もテーブルを挟んだ向かい側に座る。
- 18 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/11(日) 09:05
-
「ところで、愛ちゃんが言ってたけど、お前、記憶喪失ってマジか?」
「え?ああ、何かところどころ記憶が抜けてるみたいです」
「マジでか?」
「マジです」
吉澤さんは俺の顔を覗きこんだ。
そのままじーっと凝視される。
「?」
「…マジか?」
「はぁ?」
「忘れたことにする、じゃなくて?」
「え?何がですか?」
吉澤さんは眉をひそめて、何かを考えている風だったけど、やがて言った。
「…まあ、いいか。終わったことだしな」
吉澤さんは、愛ちゃんを大事にしろ、とか言って自分の店へ戻って行った。
- 19 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/03/11(日) 09:09
- 更新終了。
レス御礼。
>>8 名無し読者 さま
ドキマコナイロンw
どう転がっていくのか、自分でもよくわかりません。
- 20 名前:名無し。。。 投稿日:2007/03/13(火) 07:37
- 初めまして。最近ココを発見し、楽しく読まさせていただいていました。
まこあい大好き派の自分としては、すごく好きな作品です。
次回もハツをドキドキさせながら、お待ちしています。
- 21 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/17(土) 23:51
-
何となく愛ちゃんと気まずい。
何がどうってわけじゃないけど、見えない壁があるような感じ。
いろいろ世話を焼いてはくれるんだけど、何だかよそよそしいと言うか。
やたら気を遣われている感じがする。
まだ事故が自分のせいだと思ってるんだろうか。
愛ちゃんは俺がはねられた瞬間は見てなかったけど、わかった途端パニックになったらしい。
俺はもう全然平気なんだけど、腫れ物に触るような雰囲気なのは何かなあ。
こっちもギプスが邪魔でいろいろ面倒だったりして、何となく近づけないでいる。
ギプスが取れるまでの我慢、かなあ。
- 22 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/17(土) 23:51
-
「ふう」
思わずため息が漏れた。
今日は店の女の子に
「あたしとヤッたらいくら出す?マジでありじゃない?」
とか言われた。
ちなみに大谷さんが陰で高見盛と呼んでたりするような子。ありえないっす…。
「出しませんよ。てか従業員同士は禁止ですから」
「え〜?ありえなくね?」
う〜ん。この態度、口調。勤務態度もよろしくないし、考えなきゃいけないなあ。
店にとって不利益な人は解雇する。言うのは簡単だけど実行するのはキツイ。
店長なんだからいい子ちゃんじゃやっていけない。
わかってるけど、胃が痛い…。
- 23 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/17(土) 23:52
-
そろそろ店を閉めて帰ろうかと思ったら、電話が鳴った。
「はいはい〜」
『あっ、マコト!?よかった〜。ちょっと来てくれない?』
「のんつぁん?」
『今さあ、生本番されちゃったみたいなんだけど、よっちゃんいねーんだよ。マコト来てよ』
「ええ〜!?俺?」
『頼む!助けて!俺わかんねーんだもん』
俺が行っても役に立つのかなあ…。仕方ないなあ。
「場所どこ?」
- 24 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/17(土) 23:53
-
店を閉めて、タクシーで言われた場所へ向かう。
チャイムを押すと、すぐのんつぁんが出て来た。
「ああ!?どうしたあ、マコト?それ!」
俺の吊った腕を指して、のんつぁんが叫んだ。
「声デカイよ。ちょっと交通事故。…いるんでしょ、中?」
部屋の中を指すと、のんつぁんはうなずいた。
中に入ると、腕組みして立っているミキティさんとソファに座っている客の男がいた。
2人とも俺を見てぎょっとした顔になった。
たぶん、のんつぁんと同じことで驚いたんだろうけど、
別に説明する必要もないので本題に入ることにした。
客は入れたけど出す時抜いただの、誘われただの言い訳を始めた。
「んだと、てめぇ!」
ミキティさんがキレかかるのを、まあまあとなだめる。
- 25 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/18(日) 00:01
-
何だかんだで和解同意書にサインさせ、10万円で手を打った。
途中で吉澤さんと連絡が取れて、俺の判断に任せると言われたので、
そのお金はミキティさんにそのまま渡した。
「大丈夫ですか?」
「え?ああ。別にたいしたことないよ。それよか、全部もらっちゃっていいの?」
「はい。吉澤さんに許可もらってますから」
「あんた、わざわざ来たのに?」
「大変だったのはミキティさんで、俺じゃないですから」
「……ふん。どうってことないって言ってるじゃん」
「はいはい。帰りましょう」
はい終了。
「マコト、送ってやるよ。一回店戻るけど」
「おっ。助かるよ」
- 26 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/18(日) 00:02
-
と言ったものの。
ということはミキティさんと一緒なわけで。
ワゴンなんだから別に並んで座らなくてもいいと思うんだけど。
「…どうしたの?その腕」
ミキティさんが聞いてきた。
「ちょっと車にはねられまして」
「ぼーっとしてるからだよ」
のんつぁんがすかさず言う。
うう。反論できない。
「大丈夫なの?」
「ええ。ちょっと手首の骨折ったくらいで、たいしたことないです」
「あ、そ」
店の駐車場に着いて、せっかくだから店に顔を出そうと思って車から降りた。
「あのさ」
ミキティさんが声をかけてきた。
のんつぁんは先に店に入って行った。
「ラブリー元気?」
「あ、はい」
「そ。ならいいけど」
「はぁ…」
「店まだやってんの?」
「やってます…」
こっちだって生活かかってるんですから。
何が聞きたいんだろう?
- 27 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/18(日) 00:02
-
「あのさ」
「はい」
「美貴、変わったよね?」
「ふぇ?」
間抜けな声を出したらにらまれた。
「や、ちょっと…わかんないっす」
「何だよ。変わったろ?頑張ってるよ?」
すいません。よくわかりません。
「頑張ってるんだって」
「あ、あ〜、そうですか。でも無理はしないでくださいね」
ミキティさんは一瞬固まって俺を見た。ん?また何か変なこと言っちゃった?
「…そーやってまた優しいこと言って……」
ミキティさんは何かブツブツ言いながら、さっさと店に入ってしまった。
何なの?
- 28 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/18(日) 00:02
-
店に入るとみ〜よさんがいた。
「あ〜、小川さん!どうしたんですか?そのケガ」
「車にひかれたんだって」
何故か代わりに答えてくれるミキティさん。
ミキティさんはシャワー室の方に行った。
「わりぃ、マコト、ちょっと待ってて」
のんつぁんは奥の部屋へ行った。
「座ったら?」
み〜よさんに勧められて、ソファに腰を下ろす。
み〜よさんも隣に座ってきた。
- 29 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/18(日) 00:03
-
「その腕じゃ大変そうですね」
「そっすね。まだ指先しか動かせないんで…」
「右手だし。利き腕だから不便でしょ」
「はあ」
み〜よさんはギプスに固められた俺の腕を見て、何でか怪しい笑いを浮かべた。
「これとか。ね」
み〜よさんはわざとらしく右手で輪を作って上下させた。
しばらくその手が上下するのをぽかんと眺めてたけど、何が言いたいのかしばらくして気づいた。
「顔真っ赤ですよ、ふふ。私、お手伝いしてあげますよ〜」
「か、からかわないでくださいよぉ」
「本気だよー、私。小川さんの調べたいんだけどなあ」
「な、何を調べるんですか」
「何ってナニを」
太ももを撫でられた。
せ、セクハラでぇす!
「マコト〜、帰れるぞー!」
ナイス、のんつぁん!
心からホッとして立ち上がった。
- 30 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/03/18(日) 00:08
- 更新終了。
レス御礼。
>>20 名無し。。。 さま
はじめましてどうも。
まこあい、読者も作者も増えませんかねえ〜。
基本はまこあいなんですが、まこ絡みなら何でも好物なので
いろいろとっ散らかってますw
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/18(日) 23:14
- >>20さんじゃないですが、自分もマコ絡み好きです
何が好きと言われると困るんですが(マコヲタじゃないはずなのにな)
そんなわけでマコだらけのこのスレにいると天国なんです…(ポワワ
…でもマコとラブリーの件がどうなるのかは大変心配です
次回お待ちしてます
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/19(月) 22:16
- 更新お疲れ様です!
いつの間にか新スレだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
みーよったらまたw
次回も楽しみにしてます^^
- 33 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/24(土) 23:52
-
すっかり遅くなったので、帰ると愛ちゃんはもう寝ていた。
起こさないようにそっとバスルームに入り、ギプスが濡れないように
ビニール袋をかぶせてシャワーを浴びた。
はあ、さっぱりした。
冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して
ベッドによりかかって座り、それを飲んだ。
何だか寝つけそうもない。
ベッドの愛ちゃんはやたら寝返りをうっている。
「いやっ、やめて!」
何だ?寝言?
穏やかじゃないな。
立ち上がって、覗き込んだ。
- 34 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/24(土) 23:52
-
愛ちゃんは眉をしかめて、うなされてるみたいだった。
「マコト!マコト!」
「危ない!」
「イヤーーー!!」
「愛ちゃん、愛ちゃん!」
たまらず揺すって起こした。
愛ちゃんは汗をびっしょりかいていた。
「マコト…?」
「大丈夫?」
一口くらいしか飲んでいなかったミネラルウォーターのペットボトルを差し出す。
愛ちゃんは半分くらい飲んで、ふう、と大きく息を吐き出した。
- 35 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/24(土) 23:53
-
「…怖い夢、見た」
「うん」
汗で顔に貼りついた髪を取ってあげた。
タオルで拭いてあげようと思って、かがめていた身体を起こすと
愛ちゃんは慌てたように俺のシャツをつかんだ。
どこも行かないよ。そんな必死な顔しなくても。
「大丈夫だって」
仕方なく自分のTシャツを引っ張って愛ちゃんの顔をぬぐった。
愛ちゃんはまだ微かに震えていて、しがみついて来た。
体勢が苦しくなってきたのでベッドに上がると、更にくっついて来た。
愛ちゃんの背中に腕を回す。ええい、右手首のギプスが邪魔だ。
愛ちゃんは俺の鎖骨あたりに顔を押しつけてしゃくりあげた。
Tシャツが涙と吐息で湿っていくのがわかった。
俺は愛ちゃんの背中と髪をそっと撫でた。
- 36 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/24(土) 23:53
-
しばらくそうしているうちに、愛ちゃんの震えとしゃくりあげるのがおさまって来た。
静かになったけど、愛ちゃんは離れようとしない。
そのまま寝ちゃったのかと思ったけど、そうではないらしい。
愛ちゃんの体温とシャンプーの匂いと胸の感触と吐息と。
突然意識してしまった。
こんな時に反応してしまう自分が情けない。
少し腰を引いて密着を避けると、愛ちゃんは嫌がって逆にぴったりくっついて来た。
そして、Tシャツから顔を離して潤んだ目で俺を見上げた。
反則だよね、そーゆー顔…。
その目に魅入られたように、しばらくぼんやりしていた。
頭がくらくらして思考がまとまらない。
そのまま固まっていると、愛ちゃんが動いた。
「もぉ!」
「えっ?」
- 37 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/24(土) 23:53
-
気づいたら天井が見えていた。
愛ちゃんが更にのしかかって来て、顔中にキスされた。
「えっ、ちょ、愛ちゃん?」
愛ちゃんは顎、首筋にキスするとそのまま下へ下がって行った。
Tシャツの中に手が入ってきて、腹筋を撫で回される。
パジャマ代わりのハーフパンツに手がかかった。
「えっ、ちょっと…」
いきなり下着ごと引きおろされて、そのまま温かさに包み込まれる感覚を得た。
「くぁっ」
唐突に快感の波に飲み込まれた俺は、身体を起こそうともがいたけど無駄だった。
愛ちゃんの頭が激しく上下する。
- 38 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/24(土) 23:54
-
頭の中がしびれ、何も考えられない。
「……ヤバいって!愛ちゃん!」
全然攻撃の手を緩める様子のない愛ちゃん。
すぐに限界が来た。
「――――――!!」
……出ちゃった。
そりゃもうこれでもかってくらいに。
だってひさびさだし…って何か自分に言い訳したりして。
愛ちゃんはようやくおさまった俺から離れた。
- 39 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/24(土) 23:54
-
「うわわ、愛ちゃん、ぺ!しなさい、ぺ!」
慌ててティッシュの箱を指差したけど、愛ちゃんは無視。
顔を少し仰向かせて口の中のものを飲み下した。
飲み込むたびに喉が小さく震えるのが見えた。
近くに転がっていたミネラルウォーターのペットボトルを拾って差し出すと、
それは素直に受け取った。
水を飲んだ愛ちゃんは、無表情にこう告げた。
「まだ終わってない」
「ふぇ?」
何がと聞く間もなく、また覆いかぶさってくる愛ちゃん。
今度は違う温かさに包まれるのがわかった。
愛ちゃんがまとわりついてくる。
- 40 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/24(土) 23:54
-
愛ちゃんは何か切羽詰った感じで激しく動いた。
それに耐えていると、先に愛ちゃんの方に限界が来たようだった。
がくがくと痙攣して倒れこんで来た。
激しい息遣い。
「……どしたの?愛ちゃん…急に」
「ほやって…マコトが…抱いてくれんから…」
「え?だって…」
「嫌われても仕方ないけど…」
「え、ちょっと、何言ってんの?」
愛ちゃんはまた強引に動き始めた。
「ちょ、愛ちゃん?」
こうなったら終わらせるしかないなあ。
おっし。
愛ちゃんの動きに合わせて、下から突き上げた。
「!?」
愛ちゃんは俺の攻撃に驚いたのか、動きが止まった。
俺はお構いなしに突き上げる。
- 41 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/24(土) 23:55
-
えっちぃ音と愛ちゃんの吐息と声。
そう長くはもたないとわかった。
このまま出したい衝動に駆られて、気がついた。
アレつけてない…。
どうしようかと戸惑っていると、
天使と悪魔の声が聞こえて来た。
悪魔は吉澤さんそっくりの声で
「出しちゃえよ、気持ちいいぞぉ〜。全部お前のものにしちゃえよ。
どくどくっていっちゃえよ。ウッヘッヘッへ」
と囁きかけてきた。
一方、天使はチャーミーさんそっくりの高い声。
「いけません。赤ちゃんが出来ちゃいますよ?責任取れますか?
いけません、いけません…」
フェイドアウト。
そーだよなあ…。
- 42 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/24(土) 23:55
-
「愛ちゃん!出るから、どいて!」
「………」
愛ちゃんは首振って拒否。ええ〜?
再び攻撃を加えてくる。え、ちょ、ホントにヤバいんだけど。
悪魔の声がさゆみんに変わった。
「出来たら責任とってね☆」
ちょ、立場替わってる。
最後に天使の格好をした愛ちゃんが囁いた。
「出していいよ」
そして頭の中が真っ白になった。
- 43 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/03/24(土) 23:56
- 更新終了。
風邪薬(タミフルに非ず)で朦朧とした頭で書いた。
反省はしていない。
- 44 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/03/25(日) 00:03
- レス御礼。
>>31 名無飼育さん さま
マコヲタじゃないのにマコ絡み好き。
( ´D`)<それはそれでええやん
むしろ素晴らしい(逆に誰ヲタなのか気になりますw)。
マコとラブリーは今回こんなことに…。
>>32 名無飼育さん さま
いつの間にか新スレでぇぇぇぇぇす!
み〜よさんじゃなくて、みーよさんで書いてたのを忘れてました。
まぁどっちでもいーか。
从,,^ ロ ^) <テキトーな作者だべ
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 08:17
- 更新お疲れ様です!
マコ愛きたぁぁぁぁぁぁぁww
やぱりマコ愛が一番なのれす^^
- 46 名前:31 投稿日:2007/03/25(日) 18:00
- 後悔も反省もしなくていいですごちそうさまでした。
しかしまこあいはこれからも大変そうだ…
えーとワタクシ去年4月某日に共に悲しんだお仲間ヲタでございます
しかし彼女絡みよりマコ絡みが好きなのです不思議なことです
- 47 名前:名無し読者 投稿日:2007/03/25(日) 22:45
- GJです。激しく!愛さんもマコもとてつもなく
作者様も
- 48 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/07(土) 23:24
-
目が覚めると、一人で寝ていた。
いつの間にか眠っちゃったんだな。
うーん……。
頭をがしがしかきながら起き上がる。
「何だったんだろ……。夢か?」
あんまりタマッてたから夢見たのかな。
夢にしちゃリアル過ぎ。
ガチャ
バスルームのドアを開けると
「あれ?」
愛ちゃんがお風呂に入っていた。
「何でいるの?」
「今日、休み」
「ああ、そっか」
「入る?」
「あー、うん」
- 49 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/07(土) 23:24
-
朝風呂って何かゼータク。
ごそごそと服を脱いで、またギプスにビニール袋をかぶせる。
入って行くとシャワーをかけられた。
座るよう指示されて、頭と身体を洗われた。
一通り洗ってもらって、シャワーで泡を流した。
先に俺がバスタブに入り、愛ちゃんが俺の上に入った。
俺は左手で愛ちゃんの肩が出ている部分にお湯をかけた。
愛ちゃんは身体の力を抜いてもたれかかって来た。
「愛ちゃん?」
「ん……」
「あの…中で出しちゃったけど、大丈夫なの?」
「出来ちゃったら、どーする?」
「ふぇ?」
やっぱやばかったのか?
「あー…頑張ってミルク代稼ぐよ」
「え!?」
「え?」
何かすごいビックリされた。
マズイこと言った?
- 50 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/07(土) 23:24
-
「マコトは、あーしとの子供欲しい?イヤじゃないの?」
「うえー?何でイヤとか思うの?」
「ほやって…最近、全然…」
「はあ?」
「迷惑なんかなって」
「何かよくわかんないけど、右手が不自由だしさあ、近づくとビクビクしてたのは
愛ちゃんの方じゃないの?」
「……ごめん」
「え?や、謝んなくても」
「ううん。あーし、マコトが怖かった」
「ええ?」
何それ?
「出よ。のど渇いた」
「あ、うん」
- 51 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/07(土) 23:25
-
ビニール袋を外して、テキトーに身体と頭を拭いて出た。
大きなグラスに氷を入れて、コーラを注ぐ。
くあーー、炭酸のシュワシュワが渇いたのどにしみわたる。
「あ〜、もお。床がビショビショやがし。ちゃんと拭かな。ほら」
後から出て来た愛ちゃんが呆れたように俺の頭をバスタオルで拭いた。
「はいはい」
テキトーに受け流して、コーラのグラスを渡す。
愛ちゃんも喉を鳴らしてそれを飲んだ。
- 52 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/07(土) 23:25
-
「俺が怖かったって、どういうこと?」
「ん……。嫌われたんやないかって」
「何で」
「……あーし、このままやったらマコトと暮らせない」
「ええ!?何で!何で!?」
「ちょっと聞いて!」
「……はい」
「もう隠しごととかしたくないんよ」
「うー?」
「ほんまに、マコトは何も覚えてないの?あーしの過去、知らんの?」
「……」
返事が出来なかった。
「覚えてないってゆーんやったらそれでもいい。最初から話す」
愛ちゃんはまっすぐに俺を見すえた。
そして自分のことを話し始めた。
「あーしがデリやってたんは――」
今更だけど気づいた。
愛ちゃんのことを思いやってと言うより、自分がもう思い出すのが嫌だっただけなんだ。
それが逆に愛ちゃんを苦しめていた。
- 53 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/07(土) 23:26
-
ふう。
思わず深いため息をつくと、愛ちゃんの話が止まった。
話を嫌がってると思ったらしい。
別にさえぎるつもりはなかったけど、愛ちゃんが黙ったから率直に話すことにした。
「俺、言ったよね?丸ごと受け止めるから、って」
「……それって……」
「救急車の中のことはホントに覚えてない。記憶が少し飛んでるのもホント。
ただ、愛ちゃんに何があったかは、だいたいわかってる……と思う。
だけどもう、いいじゃん」
「いいの?それで。あーしは…汚れてるんやよ」
「愛ちゃんは愛ちゃんじゃん」
ちょっと強引かもと思ったけど愛ちゃんを抱きしめた。
愛ちゃんは少しびくっとしたけど、抵抗しなかった。
「そーいうこと言うなよぉ」
「ほやって……」
「ちゃんと話すのを避けてたのは俺がヘタレだったから。
ちゃんとわかってる上で、愛ちゃんとはこれからも付き合いたい…それでいい?」
「……うん」
「泣くなよー」
「ほやって……」
- 54 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/07(土) 23:26
-
何とか落ち着いて、腹減ったなあなんてのんきなことを思い始めていたら、
愛ちゃんが言った。
「まだ話し終わってないと思うけど?」
「んぇ?何?」
「慰謝料。何やったん?」
「ああ……」
大雑把に説明したら、根掘り葉掘りつっこまれた。
話し終えると、今度は愛ちゃんが深いため息を吐いた。
「もー…無茶しんでよ……」
「まあとにかく、終わってるから。この話は」
「ばか!」
いてっ。何で叩くかなあ。
「もーホント、危ないことしんでよ!」
別に危ないことしてるつもりはないけどなあ。
- 55 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/07(土) 23:26
-
愛ちゃんは何とか機嫌を直して食事を作ってくれた。
トーストとサラダとか簡単なのだけど。
ちゃんとトーストにマーガリンを塗って渡してくれた。
片手でマーガリンを塗ったりするのはなかなか難しいんだ。
愛ちゃんがミルクティをコクコク飲んでいる姿を見て、思い出した。
「あっ」
「何?」
「さっきの話!」
「何や」
「や、赤ちゃんって……」
「ああ」
愛ちゃんは平然としてた。
「だいじょぶや」
「はあ?」
「明日あたりせーり来る」
「あ、そお……」
試されてたのか。
何か脱力した。
- 56 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/04/07(土) 23:42
- 更新終了。
レス御礼。
>>45 名無飼育さん さま
まこあいが一番好物なのですが、何に魅かれたのか最近自問。
悪い意味ではないです。不思議な2人です。
>>31 さま
何かうpした後で恥ずかしくなったであります。
しかし反省はしませんw
去年の4月……つらいGWでしたねえ……。
あまりに混乱して書いてた話をぶった切って主人公を
行方不明にしたまま終了させるところでした。
2人はガチ!
>>47 名無し読者 さま
GJサンクスです。
風邪薬で朦朧となっていたのに、なかなか治りませんでしたw
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/10(火) 20:06
- 更新お疲れ様です!
まこあいの魅力…一体何でしょうかねw
自分もよく分からないっすw
ただ愛ちゃんがマコをガチで好いてるのは分かりますがww
- 58 名前:名無し 投稿日:2007/04/24(火) 23:11
- まこあいサイコーですね。カワイくて、カワイくて仕方ないです。
でも、まこあいのなんとも言えない独自の「じれったい感じ」が好きです。
次回更新もお待ちしております。
- 59 名前:名無し 投稿日:2007/04/24(火) 23:13
- >>58です。ごめんなさい。ageてしまいました。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/25(水) 01:35
- >>58
ageてくれて感謝。おかげで面白い小説に出会えた。
- 61 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/26(木) 23:39
-
ようやくギプスが取れた。
まだ完治とは言い難いけど、身軽になったのは嬉しい。
「お。ギプス取れたんか」
吉澤さんが店に顔を出した。
「それじゃあ、今日はパーッといくか?」
「あ、はい」
「すげーぞ!もうボインボインのパッツンパッツン」
何かすげー古臭い表現……。オッサンじゃん。
「え、どこ行くんですか?」
「セクキャバ♪」
「またぁ…。そーゆーのやめたんじゃないんですか?」
「やめねーよ。前から言ってるだろ?そーゆー店に行くのも勉強なんだって」
- 62 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/26(木) 23:39
-
最近吉澤さんがハマってるらしい店に連れて行かれた。
何だかすごい立派な扉をくぐって入店。
吉澤さんは慣れた感じでいろいろ頼んでいる。
微妙に仕切られた空間に入った。
「いらっしゃませ〜」
女の子が2人登場。
「何飲みますぅ?」
「俺、水割りね。お前は?」
「あ、同じで……」
女の子が飲み物を作っている間に、吉澤さんが囁いて来た。
「カワイイだろ?」
自分が指名した女の子の方へ目を向けて言った。
「はあ、そーですね……」
- 63 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/26(木) 23:40
-
「おまちどうさま〜」
とりあえずカンパイ。
しかし何というか、気まずい。
吉澤さんは上機嫌で女の子を触りまくっているけど、こっちはそれどころじゃない。
吉澤さんの目の前で胸とか揉めるわけがない。
膝の上に女の子が乗っけてるだけのはっきり言って生殺し状態。
密着してるわけだから、当然興奮するんだけど。
でも、それだけ。
「楽しんでるか〜?マコトー」
「あ、はぁ」
正直、もう帰りたい……。
- 64 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/26(木) 23:40
-
ようやく解放されて家に帰った。
「お帰り〜」
うお!愛ちゃん起きてる!
「飲んで来たん?」
「あ〜、吉澤さんが、ギプス取れたお祝いだって……」
「ふ〜ん」
何かじろじろ見てる。
「フロ入るね」
ギプスを外した右手首をお湯に入れてゆっくり曲げ伸ばし。
固まっちゃってるから、まだ全然曲げられない。
腫れてるし。
あせらずやろう。
- 65 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/26(木) 23:41
-
「ふい〜」
さっぱりして出ると、愛ちゃんはまだ起きてて何かやっていた。
「何してんの?」
「引越しの準備。少しずつやっとかんと」
「あ〜、そうだねえ…」
一応来月辺り引っ越そうということになってるんだけど。
まだ物件は決まってない。
ん?
何か部屋の隅に、見たことのある物がまとめて置いてあるけど……。
「ぅあ!」
えーっと、隠してあったはずのDVDとか本とか、そーゆうものが、見えるところに……。
- 66 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/26(木) 23:41
-
「……これ、いるん?」
愛ちゃんが冷めた感じで言った。
「あ〜……」
「……マコトって」
「え?」
「けっこー巨乳好き?」
ぐはあ!
「いや、あんね、これ、吉澤さんから預かってるのもあって……」
「ふ〜ん」
素っ気ない返事。
いやマジなんだけど。
預かってるというか、押しつけられたというか……まあ、言い訳だけど。
別にいいじゃねーかよお。
と思いつつも、何か開き直れないような雰囲気。
「別にえーけど」
全然いいって感じじゃないんだけど。
- 67 名前:Deliverer 投稿日:2007/04/26(木) 23:41
-
何か気まずいままベッドに入る。
愛ちゃんはまだ何かごそごそやってる。
ふあ〜…眠い。
♪♪♪ ♪♪ ♪♪♪ ♪♪
ん、電話?誰だ?
ベッドから下りて携帯を取り上げる。
こんこんだ。
「もしもし?」
『あ、マコト?えっと、今忙しい?』
「んや。もー家で、もー寝ようかなって」
『え!そーなんだ。ごめん、マコトならまだ起きてるかと思って……ごめんね、切るね』
「や、ちょ、ナニ何?気になるじゃん」
『たいしたことじゃないから。ごめんね』
「えー?ちょっと……」
『ちょっと誰かの声が聞きたかっただけ。じゃあね、おやすみ』
「おやすみ……」
何なの?
首をひねって携帯を置くと、愛ちゃんがじーっと俺を見ていた。
「誰?」
「あー、友達」
「……女の子」
「うん」
疑問じゃなくて確認だ。
「もー寝ようよ」
「寝れば」
うわあ素っ気ない。
いいよもう。眠いから寝る。
久しぶりにお酒を飲んだせいか、すぐに眠りに引き込まれた。
- 68 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/04/26(木) 23:46
- 更新終了。
間が開くとダメですねえ…。
ブログ始めました。
ttp://masakari.blog100.fc2.com/
ホントにチラシの裏なので気が向いた方はどうぞ。
- 69 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/04/26(木) 23:55
- レス御礼。
>>57 名無飼育さん さま
初期まこあいはえらいオープンだったのに、近年は謎ですよねw
後ろから愛さんが抱きつくのがデフォ。
>>58 名無し さま
まこあいは幾つになっても、何か子供っぽいw
じれったい感じは確かに自分もツボですね。
>>59 名無しさま
大丈夫ですよー。ビックリしましたけどw
>>60 名無飼育さん さま
こういうこともあるんですねー。
一期一会。
- 70 名前:名無し 投稿日:2007/05/02(水) 21:34
- 更新お疲れ様です。
気分はスッカリ弟の恋を見守る兄のような気分のようです。
次回も楽しみにお待ちしております
- 71 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/04(金) 23:18
-
今日はコーヒーショップの外が見える席に陣取って、ちょっと観察。
ウチの店は運転手のいないデリと言うか、駅前待ち合わせ型と言うか
そんな感じなので時々様子を見ることにしてる。
単に腹が減ったんで、何か食べるためってのもあるけど。
クロックムッシュをもごもご食ってると、そのうちに嬢の一人が待ち合わせ場所に来た。
セクシーさんか。何か他の嬢たちにはボスとか呼ばれてるけど。
体育会系っぽいにーちゃんが現れた。
交渉中?
商談がまとまったのか、2人は歩き出して路地に消えた。
「ふむ」
カボチャのタルトうめー。
あ、セクシーさん戻って来た。
こっちに気づいたのか、手を振ってきた。
ちょ、客と一緒なのにそーゆーことは。
慌ててると悪戯っぽい笑顔で通り過ぎて行った。
はあ〜。
- 72 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/04(金) 23:19
-
「マコ?」
ぶはっ!
アイスティー変なとこ入った。
げほっげほっ……うぇ。
「だ、大丈夫?」
背中さすられた。
「……こんこん」
「大丈夫?」
「うん……」
ごほっ。
「いきなり声かけられたから、ビックリした」
「あ、ゴメンね」
「いやいや。それよか、どしたの?この駅だっけ?」
「親戚の家に行った帰りなんだ。喉渇いたな〜って思ってたら、マコトが見えたから」
「おー。偶然だねえ」
「何してるの?」
「いや、まあ仕事兼休憩というか……」
「ふ〜ん?」
「あ、何飲む?俺おごるし」
「え?いいの?」
「おう」
アイス・ソイラテと……やっぱカボチャのタルト。
こんこんとは食べ物の趣味が合うんだよねえ。
- 73 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/04(金) 23:19
-
「そー言えばさ、何かあったの?」
「え?あ、この間はごめんね。変な電話しちゃって」
「いや、いいけどさ。何か変だよね?最近」
「…………」
「言ってみ?」
食べるのも話すのもゆっくりな、こんこんの話を根気よく聞く。
どっちかって言うと食べる方に集中しちゃうから、けっこう時間がかかった。
まあ普段から女の子たちの話を聞くのが仕事みたいなもんだし、
こんこんのスローペースには慣れてるつもりだった。
- 74 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/04(金) 23:20
-
「つまり、ストーカーに狙われてる、と?」
こんこんはソイラテを飲みながらうなずいた。
何かストローをくわえてる姿が妙に色っぽい……ん?何考えてんだ、俺。
こんこんの話では、2ヶ月くらい前からポストに変な封筒が入るようになったらしい。
中には写真と手紙。
写真ってのが、露出写真というのか要するに野郎の下半身が写っている物で、
手紙にはいつも見てます的なことが書いてあったらしい。
最近では薬の小瓶みたいのが入っていて、「おしっこ下さい」というメッセージが……。
「うへえ。何かヤバイね。手紙だけ?」
「無言電話もすごい。家に帰るとかかって来るの。どこかで見られてるみたいな……」
「う〜ん。着信拒否って番号変えちゃえば?」
「うん……そうする。この間は3回くらいかかって来て、不安になっちゃって。
それでマコトについ電話しちゃったんだけど……ごめんね」
「だから、いいって。謝るなよー。いいよ、いつでも電話して来なよ」
こんこんはちょっと困った感じで笑った。
- 75 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/04(金) 23:20
-
「いや、ホントに危ないから。先輩には言ってあるの?」
「イタ電が多いって話はしたけど……」
「忙しーの?」
こんこんはうなずいた。
うーん。何かなあ。
何かあったら言えとしつこいくらい念を押して、こんこんと別れた。
心配だなあ。
何か危機感が薄いんだよなー。
- 76 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/04(金) 23:20
-
吉澤さんの事務所に顔を出した。
「おう、どした?」
「これお返しします」
この間愛ちゃんににらまれたDVDと写真集。
「お?もういいのか?」
「もういいっす……」
吉澤さんはニヤッと笑って、デスクの引き出しから別のDVDを取り出した。
「これどーよ?」
「もーいいですって……。愛ちゃんに白い目で見られましたよ」
「いーから見ろって、これ」
無理やりDVDのパッケージを見せつけて来る、吉澤さん。
あ!!
「…………」
「愛ちゃんに似てね?」
「…………」
「……観る?」
「結構です!だいたい愛ちゃんはそんな身長デカくないじゃないですか!」
「何だ、詳しいじゃねーの」
「ふがっ」
- 77 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/04(金) 23:21
-
吉澤さんはニヤニヤして言った。
「お前さー、尻に敷かれてんの?」
「や、そんなことは……」
「だってビビッてんじゃん」
「ビビッてないですよー。あんまシャレが通じないんですって」
「ああ、そーかもな」
愛ちゃんは意外と堅い。
時々大胆なことをしてくるくせに、普段はきっちり条件がそろってないと
えっちぃことさせてくれない。
店のオモチャ持って帰った時もすげー怒ったし。
んだよ、仕事ではやってたじゃん……とか思ったけど言わなかった。
もう仕事の話はしたくないだろうし。
今でもいろいろ気にしてるみたいで、病院で検査した結果の紙をそっと出して来たことがあった。
別に疑ってたわけじゃないけど、本番しなくても病気をうつされることは珍しくない。
結果は問題なかった。
そして、ぽつりと呟いた。
「マコト以外とする気はないから……」
何を?とは聞き返さなかった。ただぎゅっと抱き締めた。
- 78 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/04(金) 23:21
-
「ところで、吉澤さん」
「お、何だ?今日もセクキャバ行く?」
「や、それはいーです。あの、ストーカー対策なんですけど」
「あん?誰かやられてるのか?」
「店の子じゃないんですけど、友達が……」
仕事上でもけっこうストーカーまがいは多い。
それでちょっと相談してみることにした。
「相手に心当たりあんの?」
「ないみたいです」
「彼氏持ち?」
「はい」
「ふ〜ん。ストーカーって元彼とか多いって言うよなあ。知ってる?」
「…………」
俺は思わず変な顔をしたらしい。
「あれ?ひょっとして……お前?」
うなずく。
「ふーん。その前は?」
首を振る。
「お?お前が初めてなの?」
「中学からの付き合いなんで……」
「はーん」
吉澤さんはニヤッと笑った。
- 79 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/04(金) 23:22
-
「な、何ですか」
「いや〜。元カノの心配ですか」
「い、いーじゃないですか!友達なんだから」
「友達ねえ……。何で別れた?」
「他に好きな人が出来た、って」
吉澤さんは呆れた顔をした。
「お前自分をフッた相手の心配してんのか?彼氏に任せておきゃいいじゃねーか」
「まあそうですけど……。一応対策とか教えて下さいよ」
吉澤さんは頭をがしがしかいてデスクの椅子にどっかり腰掛けた。
「お前ねー、そーゆー中途半端に情けかけるから、ミキティもあきらめねーんだぞ」
「はあ?」
「電話とか今でも来るんだろ?」
「はあ。何か『頑張ってるから!』とかって。何なんですかね?」
吉澤さんは呆れた顔で「アホか」と言った。
- 80 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/04(金) 23:23
-
「あー、そっか。アホなのか。しょーがねーな」
吉澤さんは一人で納得すると、パソコンから「ストーカー対策マニュアル」というのを
プリントアウトしてくれた。
「まあ、最寄りの交番かなんかに相談すんのが一番って気もするけどな。
いざとなったら探偵に頼むのも手だな。矢口さんに頼めば何とかなんじゃね?」
逃げちゃった本番常習犯を追い込むのに、時々探偵を使うことがある。
お金かかるけど、やっぱ相手はプロ。すぐ見つかる。
「無茶はすんなよ?お前、意外とキレたら無謀なことするからな」
「そーですか?気をつけます」
「愛ちゃんに心配かけるなよ」
頭をぐりぐり撫でられた。
- 81 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/05/04(金) 23:31
- 更新終了。
たぶんあと1,2回で終わります。
たぶん。
レス御礼
>>70 名無し さま
∬*´▽`)ノシ ニイチャーン
しっかりしてるんだか何だかわからないマコです。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/05(土) 11:25
- 更新お疲れ様です!
こんこん大丈夫なのこんこん・・・
愛ちゃんに心配かけちゃダメだよまことーw
そろそろ終わりでつか、寂しいっす><
- 83 名前:名無し 投稿日:2007/05/10(木) 21:57
- 更新お疲れ様でやんす。
もう少しで終わってしまうとは寂しいですよ。
こんまこはガチですが、好みはまこあいです。
次回も楽しみにしています。
- 84 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:08
-
こんこんとはしょっちゅう連絡を取り合って様子を聞いた。
無言電話の方は番号を変えて、今のところはおさまってるようだった。
吉澤さんにもらった「ストーカー対策マニュアル」をコピーして渡して、
いろいろ対策を話し合った。
とりあえずマンションの管理人さんに事情を説明して、不審者に注意してもらうようにした。
それから最寄の交番に相談した。一応パトロールを強化するとは言ってもらえた。
矢口さんにも相談した。
「探偵かぁ?紹介するのはいいけど。高いぞ、料金。学生だろ?」
「はい」
「そーだなあ……夜間の張り込みくらいなら、ウチの若いのにやらせるか」
「え、悪いですよ。それなら俺自分でやりますよ」
「まこっちゃんは仕事あるだろ。いいんだよ、そういうのも経験になるんだから」
「じゃあ今のところは特に動きないんで、いざという時はお願いします」
「おう」
- 85 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:09
-
「大丈夫だよ、マコ。いざとなったら、わたしこれでも空手茶帯なんだから」
「危ないから!戦わなくていいから!」
こんこんおススメのオムライス屋で食事しながら作戦会議。
んまいな、ここ。今度愛ちゃんと一緒に来よう。
「とにかく戸締りはしっかり!カーテンはちゃんとする!部屋に入る時は左右確認!」
「わかったよ」
ホンワカした顔でオムライスを頬張っているこんこん。
ホントにわかってんのかなー。
「何かあったら、すぐ言ってよ?」
「うん。ありがと」
- 86 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:09
-
風呂上りに牛乳一気飲み。っぷはー。
ん?オヤジくさいっていういつものツッコミはナシ?
「ケータイ、鳴ってたで」
「うん?」
愛ちゃんはしかめ面で携帯を差し出した。
こんこんからだ。
「……最近、多いな」
ぼそっと愛ちゃんが呟いた。
ん?ひょっとして携帯チェックした?
別にやましいことはないよ。……たぶん、ない。
アゴをぽりぽりかいてると、「かけ直さんの?」と言われた。
うむ。ここは堂々とかけますか。
- 87 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:09
-
「もしもーし」
『マコト?』
「うん。何かあった?」
『今日、帰って来たら、郵便受けにゴミがいっぱい投げ込まれてたの』
「ええ!?」
『とりあえず、警察には連絡して被害届は、出した』
「うーん……だいじょぶ?こんこん」
『マコトの声聞いたら少し落ち着いた……』
「今から行こうか?」
『…………』
「こんこん?」
『……ううん。いい。大丈夫』
「ちょっとでも変わったことがあったら110番しなよ?」
『うん……わかった。ありがとね。じゃあ、お休み』
「おやすみ……」
おいおい大丈夫なのか、ホントに。
明らかに行為がエスカレートしてるじゃん。
…………。
ん?
何か視線が。
- 88 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:10
-
愛ちゃんは何も言わずに俺をじーっと見ていた。何かこえー。
「えっと、あのさ、友達がストーカーされてて……」
思わず言い訳。
「どーゆー友達や」
「どーゆーって?大学一緒」
「大学の友達?」
「ってゆーか、中学から一緒」
「はあ!?高校も?」
「あ……うん」
愛ちゃんの目が更に鋭くなった。
「……ひょっとして、付き合ってた?」
「…………ぅん」
「元カノ?」
「そーだね……」
すげー目でにらまれた。
や、「元」ですよ。
- 89 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:10
-
「やけぼっくいに火か!」
「はぁ?何言ってんの?こんこん彼氏いるし。俺だって愛ちゃんいるじゃん」
「隠れて会ったりしてるんやろ!」
「別に隠れてないし。メシ食ったりはしたけど」
「何やてえ!?」
「や、だから、別に」
「ばか!」
おわっ!枕が飛んで来た。
「え、ちょっと」
次は雑誌。
「愛ちゃ――」
テレビのリモコン。
「アブなっ――」
ゴツン。
頭の中に鈍い音が響いた。
目の前に火花が散り、真っ暗になった。
- 90 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:11
-
――誰かバタバタ走り回ってる。
「きゅーきゅーしゃ!きゅーきゅーしゃ!」
……救急車?
「わーん!マゴドが死んじゃうー!」
……そんな簡単に死なないよ。
「119番って何番やー!」
……119番は119番だよ。
目を開けると電灯の光が眩しかった。
上体をゆっくり起こす。
額の左半分がズキズキした。
「いってぇ……」
「マゴドっ!?」
愛ちゃんがすごい勢いで顔を覗き込んで来た。
- 91 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:11
-
左眉の上辺りを触ってみると、ぬるっとした感触がした。
うおう、血が出てる。
「ゴメンなざい!ゴメンなざい!ゴメンな…」
「あー、大丈夫だよ!愛ちゃん」
愛ちゃんは顔をくしゃくしゃにして泣いてる。
ああもう、ハナまで垂らしちゃって。
頭を撫でようとして、手に血がついてるのに気づいた。
ゆっくり立ち上がってみる。
別に何ともないみたいだ。
洗面所の鏡で見てみると、2センチくらい横に切れていた。
浅い傷で、血もすぐ止まった。
ちょっと腫れてるけどたいしたことはない。
手と顔を洗って戻った。
床に目覚まし時計が転がっていた。
裏の電池カバーが外れて、電池も転がっている。
「これかー…」
- 92 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:11
-
まだしゃくりあげている愛ちゃんの頭を撫でて、ティッシュで顔を拭いてあげた。
「もー泣くなよー」
「ほやって……」
「だいじょぶだって」
「……切れてる」
「キレてないっすよ」
人差し指を立てて振ってみせると、愛ちゃんは急に冷静になったらしく、
ため息をついて立ち上がった。
どーせ似てないよ。
愛ちゃんは傷を消毒して、大き目の絆創膏を貼ってくれた。
アイスノンをあてて冷やす。
それにしても俺って全然信用ないのかなー。
複雑な気持ちのまま、いつの間にか眠ってしまった。
- 93 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:12
-
「おい。起きんかい」
んえ!?
思わず跳ね起きた。
「……かーさん?」
「おぅ。おはよーさん」
何でか母さんがいた。
「ナニ何!?」
「はよぅ支度しぃ。部屋見に行くで」
「ええ?今から?」
「そうや。愛ちゃん、今日休みやろ」
知らないけど。
愛ちゃんは母さんの後ろにいて、目が合うと軽くうなずいた。
「何で知ってんの?」
「昨日聞いたんや。都合いいかどうか」
「えー?俺の都合は?」
「アンタはどうとでもなるやんか。えーから早くせえ!」
はいはい。慌てて顔を洗って歯を磨いて着替えた。
昨日冷やしたから、コブは目立たなくなっていた。
触ると痛いけど、たいしたことはないみたいだ。
- 94 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:12
-
「よっ。元気?」
保田さんが車の前で立っていた。
どうやら今日は運転手のよう。
「あ、どうも」
「店、うまく行ってるみたいじゃない」
「えーまあ。おかげさまで何とか」
保田さんの運転で、物件へ。
こういうのに詳しくないのでよくわかんないけど、新しそうで立派なマンションだった。
「わぁ……すごい」
愛ちゃんも感心している。
2LDKで日当たり良好。駐車場完備。こんなとこ、いったいいくら払えばいいんだ?
「心配いらんよ」
母さんはあっさり言った。
- 95 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:13
-
「ふぇ?」
「タダで貸したる」
「うそぉ!?」
「ほんまや」
「何で?」
「ここ、あたしが住んでたんや。この冷蔵庫とか洗濯機、テレビもこのままにしとくから」
「え?母さんの家?引っ越すの?」
「うん」
気のせいか、母さんの顔が赤くなっている。何だ?
「あんな、あんたのこないだの事故の示談金。ちょっと貸しといてもらえんやろか」
「え?いいけど、何?」
「あれで借金のめどがつくねん」
「ああ、それなら使っちゃってよ。俺要らないし」
「うん……ありがとう」
何で母さんがお礼言うんだろ。父さんの借金じゃん。
- 96 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:13
-
「よかったねー。裕ちゃん」
保田さんがニヤニヤしてる。
「え、何ですか?」
「裕ちゃんね、つんくさんと約束したんだって。
借金を半年以内に完済したら戻ってもいいって」
「戻るって?」
母さんを見ると、怒ってるような笑ってるような複雑な顔をしていた。
「ゴローさん一人やったら、あの家広すぎるやろ」
「……えええ!?住むの!?」
「嫌なんか!」
「いてえ!」
叩かれた。
- 97 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/11(金) 23:13
-
「いや…えええ?」
「そんな驚くことやないやろ」
「いや、すっげー驚くことだと思うよ……。え?ラーメン屋手伝うの?」
「そこまでの話やない。仕事やってそう簡単に辞められんし。
再婚するって決まってるわけでもない。ただ、一緒に住むだけや」
「…………」
よくわからん。まあ好きにすればいいけど。いつの間にそんなことに?
「そやから、アンタらはここで好きなようにイチャイチャしたらええ」
「……どうもありがとうございます」
「あ、そうや。ベッドは持って行くで。さすがに自分のベッドでイチャつかれんのは
かなわんからな」
「あ〜はいはい……」
何かもうワケわかんなくなってきたから、後は愛ちゃんに任せて俺は仕事に向かった。
- 98 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/05/11(金) 23:23
- 更新終了。
気づいたらこんな展開に。
先がわからなくなってきましたあ!(元気よく)
レス御礼。
>>82 名無飼育さん さま
そろそろ終わりのはずなんですが、
よくわからくなってきました(苦笑
ちなみにこんこんの受けた嫌がらせは
友人の実体験が元だったりします。
>>83 名無し さま
こんまこはガチ!でもまこあい。同意見ですw
でも最近は他のまこ絡みも書きたいなあと思ったり。
たぶん思うだけorz
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/11(金) 23:33
- 更新お疲れ様です!
リアルタイムキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!!
裕ちゃんktkr
作者様のペースでがんがってくらさい
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/12(土) 02:21
- 更新お疲れ様です。
お〜、母、戻ることになりましたか!
戻ってから先が楽しみです。
- 101 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:52
-
お風呂から上がって、洗面所で髪を乾かしつつ、眉の上の傷の具合を見た。
もう傷は乾いているから大丈夫っぽいけど、まだ目立つ。
一応サージカルテープを貼り付けておく。
さって風呂上りの牛乳〜。
「ケータイ、鳴ってたで」
「ん?」
こないだと同じパターン?
違うのは携帯が置かれたままなこと。
見るとやっぱり、こんこんだった。
思わず愛ちゃんの顔を見ると、無表情。
でも、かけ直さないわけにはいかない……よね。
- 102 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:52
-
「こんこん?」
『あ、マコト?今大丈夫?』
「うん」
『何か誰か来たみたい……』
「ええ!?大丈夫?行こうか?」
『え、だって、彼女と一緒にいるんでしょ?』
「うん」
『悪いから、いいよ』
「だって平気じゃないから電話してきたんでしょ?今から行くから」
『いいの?』
「うん。待ってろー」
『うん……』
- 103 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:53
-
「愛ちゃん、こんこんがピンチっぽいからちょっと行ってくんね」
「何で」
愛ちゃんは乾いた感じで言った。
「え、何でって、前にも言ったじゃん。ストーカーが……」
「違う。何でマコトなん」
「ふぇ?」
「他にもおるやろ。彼氏とか彼氏とか彼氏とか」
かなり早口になっている。
ひょっとして、やばい?
「や、だって、友達だし」
「おかしいやろ!何で元彼頼ってるん!マコトも何でほいほい行くんや。
まだ好きなんやろ!その子のこと」
「愛ちゃん……」
「もう知らん。勝手に行けばいいわ。ほんでヨリでも何でも戻したらええ」
「愛ちゃん!」
俺が大声を出したので、愛ちゃんは一瞬ビクッと身体をこわばらせた。
- 104 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:53
-
「本気で言ってるの?愛ちゃん」
「…………」
俺を見上げる愛ちゃんの目にみるみるうちに涙が盛り上がってきた。
「ごめん。愛ちゃんを困らせたいわけじゃないんだよ。
ただ、心配なだけなんだ」
愛ちゃんの頬に手をあてて、指で涙をぬぐう。
「……じゃあ、あーしも行く」
「へ?」
「あーしも一緒に行く」
「え、ホント?一緒に行く?」
俺が言うと、愛ちゃんは首をかしげて俺を見た。
「いいの?」
「いいの?ってこっちのセリフだし」
今日は吉澤さんの方も手伝ったから、車で帰って来ていた。
吉澤さんのベンツじゃなくて、デリで使っていた車。
「何かコレ乗るの久しぶりやな」
愛ちゃんはあちこち見ながら言った。
「てか助手席乗るのは始めてや」
「うん。俺も誰も乗せたことないよ」
「ホント?」
「うん。仕事じゃ助手席乗せないもん」
「そっか」
何となく嬉しそうな愛ちゃん。機嫌直ったかなー。
- 105 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:54
-
こんこんのマンションに着いた。
パッと見る限り、怪しげな人影は見えない。
周囲を見てこようかと思ったけど、愛ちゃんが一緒だからまずいかな。
とりあえず、こんこんの部屋に行こう。
「こんこん?マコトです」
『あ、今開けるね』
オートロックの扉を開けてもらってエントランスに入った。
マンションの中は静かだった。
エレベーターも俺たちが呼んだのが動いているだけ。
こんこんの部屋の前に着いたけど、特に人の気配とかはない。
一応周囲に気を配りつつ、こんこんの部屋のドアチャイムを鳴らした。
こんこんはすぐ出て来た。
「こらー危ないじゃん。チェーンしろー」
「え、あ、ごめん。って、え?マコト、彼女さんも連れて来たの?」
「うん」
「うん、って」
「とりあえず、入れて」
「あ、うん。どうぞ……」
こんこんは先に部屋に入った。
愛ちゃんが不思議そうな顔で俺を見た。
「あーしのこと、知ってるん?」
「ん。前にケータイで撮ったヤツ見せた」
「ええ?ちょっと何やっとるん。はずかし……」
「なーにがぁ?」
ごちゃごちゃ言いながら、靴を脱いで上がる。
- 106 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:54
-
「あの、ホントご迷惑かけてスイマセン……」
「いいよお。俺が無理に連れてきたんだから。えっとね、愛ちゃん、紺野あさ美ちゃんです」
「あ、ども……高橋愛ですぅ」
とりあえず紹介。ぎこちなく頭を下げ合う2人。
「大丈夫?」
「さっきまで、ドアの辺りでう誰かうろうろしてたっぽいんだけど……」
「今は誰もいなかったよ?」
愛ちゃんもうなずく。
「ドアの覗き穴?だっけ、あれ見た?」
「何か塞がれてたっぽくて見えなかった」
「ええ……何か怖いな」
愛ちゃんがおびえたように俺のシャツのすそをつかんだ。
「俺ちょっと周り見て来る」
立ち上がろうとすると愛ちゃんがシャツを引っ張った。
「え、ちょっと危ないって」
「1周して戻ってくるだけだって」
ポケットに突っ込んできた懐中電灯を取り出して見せた。
「じゃ、あーしも行く」
「愛ちゃんは待っててよ。こんこんと」
愛ちゃんはちらっとこんこんを見て、少ししてうなずいた。
「ちゃんと鍵かけてね。すぐ戻って来るから」
「危ないことしないでよ?」
こんこんが困った顔で言った。
「だいじょぶ、だいじょぶ」
- 107 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:54
-
廊下に出る。
人の気配はない。
エレベーターで1階に下りる。
エントランスにも誰もいない。
外に出た。
マンションの周りをゆっくり歩いてみる。
裏側の非常階段部分を見上げてみる。
うーん。特に異状はないなあ。
無言電話とか家に帰ったらかかってくるって言ってたけど、
近所に住んでるヤツなのかな。
この辺はマンションが多いから、窓の明かりが見えればいるかどうかはわかるだろう。
どこから見てるかなんてわかるわけないよなあ。
てか、今俺が不審者みたいな感じ。
……戻ろう。
マンションの入り口の方まで戻ると、けたたましい音を立てて、
スクーターが近づいて来た。
パンッと一際大きな音をたてて、近くで止まった。
「おがわ!」
「ふぇっ!?」
いきなり声を掛けられたので驚いた。
- 108 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:55
-
「あっ!先輩!?」
こんこんの彼氏である先輩だった。
先輩はスクーターを引っ張って近づいて来た。
「変なヤツ、いた?」
「えっ?何でそれを?」
「小川の彼女?の『たかはしあい』さんから電話あって怒られた。
『彼女が変態に狙われとるのに何やってるんですかー』って」
「えええ!?」
あ、愛ちゃん、何を……。
「何かところどころ訛っててよくわかんなかったんだけど、とりあえず、来た」
「あ、ああ、どうも……」
先輩はおかしそうに笑っている。
一緒にこんこんの部屋に向かった。
「彼女、小川のこと、すげー心配してたよ?」
「あ、どうもすいません」
「いや、いいんだけどさ。心配かけるなよー?」
「はいぃ…」
別に気を悪くしてる風ではないようだけど、何だか気まずい。
- 109 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:55
-
先輩の登場に固まる、こんこん。
「紺野」
「はいっ…」
「何で言わないんだよー。何で小川に言えて、俺には言えないの?」
「……ごめんなさい」
「あのっ、こんこんは」
「小川には聞いてない」
ぴしゃりと言われて、口をつぐむ。
「怒ってるわけじゃないよ?心配してるんだから。何で困ってるのに言わないんだよ」
「…………」
いつもにも増して小さな声のこんこん。聞き取れない。
ていうか、俺たち話に入らない方がいいんだよね?
愛ちゃんと玄関の方に移動。
「どーやって先輩に連絡したの?」
「あさ美ちゃんのケータイ取り上げて電話した」
うわ。何その行動力。
「……怒ってる?」
「へ?俺?何で?」
「勝手なことしたから……」
「いや、まあ、よかったんじゃない?」
やっぱ先輩がそばにいる方がこんこんも安心だろうし。
と、静かになったのでちょっと部屋を覗くと、あー……。
「帰ろ。愛ちゃん」
「え?いいの?」
「うん。邪魔になるから」
- 110 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:56
-
「本当にいいの?マコト」
「いーんだよ。先輩いるから、大丈夫でしょ?」
「でも……」
「こんこんさあ、遠慮しすぎなんだよね、先輩に。でも俺が言うのも何か変だしさ。
愛ちゃんが言ってくれてよかったんだと思うよ」
「そうなん?」
「うん。ストーカーの方は後で先輩と話して、どうするか決めるよ」
車に乗り込んで、エンジンをかける。
家に向けて車を走らせた。
「カッコいい人やったな」
「んー」
「お似合いやな」
「うん」
愛ちゃんは俺をちらっと見た。
「……何でそんな割り切れるんかわからん」
愛ちゃんがぼそっと言った。
- 111 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:56
-
「ほぁ?何?」
「今でも好きなんやろ?彼女のこと」
「愛ちゃんが思ってるのとは違うよ」
「どう違うん」
う〜ん。どう言ったらいいのか。うまく言えそうもない。
「向こうに好きな人が出来たから別れたんやろ?」
「うん」
「そんな簡単に別れられるん?」
「簡単じゃなかったよ……半年くらい引きずってた」
「じゃあ何で……」
「俺じゃダメなんだって、わかったから。言われた時はもう覚悟してた。
好きだったからこそ、困らせたくなかった」
まあ今から思えば強がり、というかつまんないプライドというか。
割とあっさり別れたけど、その後の俺の中はぐしゃぐしゃだった。
「カッコつけたけど、落ち込んで。今でも何か自分に自信が持てない。
だから、今、不思議なんだ」
「何が」
「愛ちゃんが俺といること」
「はあ?何でや」
何でって……。
黙り込んだ俺の肩を、愛ちゃんが叩いた。
「ばか。もっと自分に自信持ちね」
「はは」
苦笑するしかできなかった。
その後は無言のまま、走り続けた。
家の駐車場に車を停めてエンジンを切ると、愛ちゃんが言った。
「あーしから別れるなんて絶対言わんよ」
「俺からだって言わない…」
言い終わらないうちに頭を抱えられてキスされた。
噛みつくみたいなキスだった。
- 112 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:56
-
それから何回かこんこんや先輩とやりとりした結果、
矢口さんに張り込みの依頼をした。
2日で不審者が特定された。
こんこんの許可を得て、先輩と俺とでストーカーに接触した。
ストーカーは近所に住む学生で、こんこんとはほとんど面識がなく、
一方的に好意を寄せていたらしい。
ストーカー行為をやめるよう説得して、誓約書を書かせることに成功。
とりあえず、一件落着。
そのお礼ってんでもないんだろうけど、こんこんと先輩は引越しの手伝いに来てくれた。
保田さんがトラックを手配してくれて、自分たちで荷物を運んだ。
家電とかは母さんが置いて行ってくれたのがあるから、荷物は少なくて済んだ。
寝室にはダブルベッドが愛ちゃんの強い希望で置かれることになった。
正直、寝る時いつも足を巻きつけられるのは暑苦しい時もあるんだけど……。
ゼータクな悩みなのかもしれない。
- 113 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:57
-
そして始まった新生活。
借金のめどがついたので父さんと母さんに諭されて、俺は大学に戻ることになった。
週末は実家のラーメン屋を手伝う日々。
デリの店の方は矢口さんに任せることになった。
そして何でか店を辞めたガキさんがラーメン屋を手伝っている。
将来俺がラーメン屋をやる時は一緒にやりたいと言ってくれている。
いつになるかわかんないけど……。
時々吉澤さんに頼まれて、デリの助っ人をやることもある。
イケナイ所に遊びに誘われるのも変わらない。
ミキティさんやお店の子達がたまにラーメン屋に来ることもある。
誰に聞いたのか、けっこう遠いのに。
- 114 名前:Deliverer 投稿日:2007/05/28(月) 23:57
-
愛ちゃんは相変わらずバイトに励む日々。
なかなかいちゃいちゃする時間がないと突然キレるのは相変わらず。
まぁそーゆーとこもカワイイっていうか。でへへ。
「のぉ、マコト」
「ん?」
「あーしの家族に……会ってくれん?」
「いいよ」
「えっ」
何でそこでビックリすんの?自分で言っておいて。
「いや〜、あんまりあっさり言うから」
「だって別に嫌じゃないし。何か問題あんの?」
「おかーさんは怒ってる。勝手に出てきたから」
「あー……」
「おとーさんは元ヤン」
「うー……」
「大丈夫やよ」
何なの?この自信。
「マコトならだいじょーぶ」
「全然根拠ないよね、その自信」
「じゃ、行こ」
「ふぇ!?今から?」
「うん」
すげーいきなり。
でも結局逆らえないんだ。
笑顔で手を引っ張る愛ちゃんにうながされて、俺は立ち上がった。
- 115 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/05/29(火) 00:00
-
「Deliverer」完結です。
おつきあいいただき、ありがとうございました。
- 116 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/05/29(火) 00:03
- レス御礼。
>>99 名無飼育さん さま
自分のペースでやってたらgdgdに。
ありがとうございました。
>>100 名無飼育さん さま
この人たちは何だかんだ言って仲がいいのです。
たぶん泣くほど笑ってるはずw
ありがとうございました。
- 117 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/05/29(火) 00:06
- 次の話はまだ決まってませんが、
小川さん絡み小説なのは確かです。
(それしか書けない)
ではまた。
- 118 名前:名無しマコ 投稿日:2007/05/29(火) 05:14
- 完結オメです
全員の尻に敷かれそうなマコが容易に想像つきます 次作も期待してます
- 119 名前:ru-ku 投稿日:2007/05/29(火) 11:32
- お疲れ様です。
最近、知ったばかりですが、
とても楽しく読ませていただきました。
次回作も、楽しみにしています(^^
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/29(火) 18:26
- 突拍子のない愛ちゃんにハラハラしつつ
めちゃくちゃ楽しませていただきました
マコ絡みまた楽しみにしてます。
- 121 名前:名無し読者 投稿日:2007/05/29(火) 23:50
- 更新乙です。完結おめでとうございます。
「Breakout」から読んでおります。作者さんの書かれてるマコは生き生きしてますね。
それに、登場人物の1人1人のキャラが生かされてるなぁと思います。
自作も楽しみにしております。
PS HP覗かせてもらってます。ROM専ですいません。
- 122 名前:名無し読者 投稿日:2007/05/29(火) 23:53
- スイマセン あげてしまいました。
逝ってきます・・・
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 12:37
- HP持ってらっしゃるんですか?!
行きたいっす…
み、道しるべをくださいぃぃぃ
- 124 名前:名無しかぼちゃ 投稿日:2007/06/03(日) 00:17
- >>123
このログ内にURL書いてくださってますよ。
- 125 名前:123 投稿日:2007/06/03(日) 02:02
- >>124 ありがとうございます。
スレ汚し申し訳ない。逝ってきますorz
- 126 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/06/14(木) 23:11
- まずはレス御礼。
>>118 名無しマコ さま
ありがとうございます。
高橋さんだけじゃなくて「全員」というのがとても共感w
>>119 ru-ku さま
ありがとうございます。
楽しく読んでいただければ何よりです。
次回作は…何かビミョーなものに…。
>>120 名無飼育さん さま
ありがとうございます。
やはり高橋さんが暴走するというのが醍醐味でしょうかw
>>121>>122 名無し読者 さま
ありがとうございます。
>作者さんの書かれてるマコは生き生きしてますね。
マジでうれすぃーです。
ROM専無問題です。チラ裏なので。
あとageでもsageでも流れのままに。
>>123 名無飼育さん さま
HPっつーかブログですね。
>>124 名無しかぼちゃ さま
フォローありがとうございます。
>>123 さま
orzヾ (´▽`*∬…イ`
- 127 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/06/14(木) 23:13
-
「すべて世は事も無し」
- 128 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:14
-
誰にでも平等に朝は来る。
ほとんど眠らなかったとしても同じことだ。
吉澤は身体に絡まった毛布を剥ぎ取るようにしてベッドから起き上がった。
部屋の中に人の気配はなかった。
どうやら愛想をつかされたらしいが、あまり感慨はなかった。
自分のことを他人に説明する気はない。
それでややこしいことになりかけていた。
この辺が潮時だろう。
だいたい3ヶ月持てばいい方だ。
一ヶ月のうち2,3日しかここには戻ってこない。
待つだけの女は最近流行らないらしい。
- 129 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:14
-
シャワーを浴び、手首のGショックを見た。
あと10分で迎えが来る。
手早く身体を拭き、服を着た。
水槽を収納している羽目板の奥から、H&K USPと15発入りマガジン(弾倉)2本を出した。
バラの弾薬を詰めていく。
バネがバカにならないよう、銃が必要ない時には常にマガジンは空にしておく。
教えられたことはきちんと守っている。
これから会う人物の事を思い、吉澤は少し口の端を曲げて笑みを漏らした。
弾薬を装填し、マガジンをグリップに押し込んで、ちゃんとはまっていることを確かめた。
すぐに撃てるようにスライドトップを引っぱって離し、一発目の弾薬を薬室に送り込んだ。
スライドトップを少し引いて、薬室に弾薬が来ているのを確認すると、
銃と予備のマガジンをポケットに突っ込んだ。
玄関のドアがノックされた。
時間ぴったりだ。
吉澤は右手で銃を握り、親指でマニュアル・セーフティを外しながらドアの脇に立った。
- 130 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:14
-
「誰?」
「保田よ」
ロックを外し、だがチェーンは外さずにドアを開けた。
8センチくらいの隙間から保田の顔が見えた。
吉澤はドアを閉め、チェーンを外して再び開けた。
「久しぶり」
「うん。すぐ出る?」
「支度出来てるわね?」
「ああ」
吉澤は足元のデイパックを取り上げた。
保田はうなずいた。
「まだお茶を飲むくらいの時間はあるわよ」
「ウチで?」
保田は勝手に上がりこんだ。
「見事に何もないわね」
「やかんくらいはあるよ」
吉澤はやかんに水を入れてガス台にかけた。
「椅子も」
保田に椅子をすすめ、自分はキッチンカウンターにもたれた。
- 131 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:15
-
「愛想が悪いのは変わらないわね。あたしに会えて嬉しいくらいのこと言えないの?」
吉澤はおえー、と吐く真似をしてみせた。
保田は逆にそれでいいというように笑いを浮かべた。
「ここのところ、ずいぶんとやんちゃな評判を聞くけど?」
吉澤は肩をすくめた。
「コーヒーでいい?インスタントだけど」
保田はうなずいた。
吉澤は紙のカップ入りのインスタントコーヒーを取り出した。
「マグカップもないわけ?」
「あるよ。歯磨きコップと兼用」
「1つしかないわけ?」
「あたしが寝ている間に持ってったみたいだね」
保田は首を振った。
- 132 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:15
-
「あんた、とっかえひっかえはいいけど刺されないようにしなさいよ」
「向こうから勝手に来て、勝手に出て行くんだよ」
保田は顔をしかめ、カップの端を持って熱いコーヒーを啜りこんだ。
インスタントのありがたいところは、誰が淹れても同じ味になるというところだ。
「圭ちゃんがチャンスをくれって上に言ってくれたの?」
「チャンスって何よ」
「あたしはとっくにクビになったと思ってた」
「停職になってただけよ。熱を冷ますための」
「熱?」
「休んでる間に反抗期は終わったでしょ?」
反抗期。
仲間が周囲からいなくなって荒れていた自分はそう判断されてたってわけか。
吉澤はむっつりとコーヒーを飲み下した。
- 133 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:15
-
今回保田が来なければ、吉澤はもうこの仕事を辞めようと思っていた。
まだ利用価値があると判断されたのか。
しかし来たのが保田でなければ、たぶん自分は断っていたと吉澤は思った。
保田には頭が上がらない。
「こういう言い方はあれだけど……アンタが一人前になるまでにはけっこう――」
「わかってるよ――元手がかかってるって言うんだろ?」
「お金だけの問題じゃないわ」
それもわかってる、という風に吉澤は手を振った。
確かに身寄りのない自分を学校に生かせてくれ、生きる方法を教えてくれた。
その代わり代償もあった。
それについてはあまり考えたくない。
「とにかく、仕事はちゃんとする。そろそろ本題に入って」
「オーケー。仕事は単純よ。人探し」
確かに単純な仕事だと思った。話を聞いた時は。
- 134 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:16
-
飛行機は定刻より10分早く空港に着陸した。
吉澤は入国審査をくぐって、出迎えてるはずの相手を探した。
空港内は冷房が効きすぎて寒いくらいだった。
“吉澤”と書いた紙を持ったサングラスをかけた小柄な相手の前に立った。
「10」
相手は少し驚いたようにサングラスを上にずらして、吉澤の顔を見た。
「ああ、じゃあ5だな」
確認のための番号は「15」だった。
数が出てくる話を相手から切り出す手はずになっていたが、吉澤は面倒になって手順を省いた。
「よし。行こう。荷物は?」
「これだけだ」
吉澤はデイパックを示して言った。
- 135 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:16
-
「あんたを手伝うよう言われている。かくまって、カワイコちゃん捜しを手伝う。
これでいい?」
吉澤はうなずいた。
「何て呼べばいい?」
「市井」
「市井?」
「一応言っておくけど、あんたより年上だよ」
案内人は空港を出て駐車場へ向かった。
外に出た途端に湿っぽくて暑い空気に包まれた。
市井は助手席側のドアを開け、吉澤に乗るよう手振りで示した。
吉澤が乗り込むと、運転席側に回ってハンドルとシートの間に滑り込んだ。
市井は巧みに車の流れに割り込んで進んだ。
20分ほど道なりに走り、右折した。
- 136 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:17
-
市井が窓の外を指差した。
巨大な砦のような高層集合住宅群が見えた。
「あそこへは行かない方がいい」
「何なんだ?」
「あそこは“竜の巣”だ。入ったら二度と出られない。世界で最悪のスラムだ」
「ふーん……で、ウチらはどこへ向かってる?」
「ホテルだよ。上等の部屋を用意してる」
「へえ」
「本当だよ。ウチの家業だからね。フロントでサインをする必要もないし、
あたしたちが見張るからセキュリティはばっちり」
「あたしたちって?」
「あたしの手下」
用心棒ってわけか。
人を捜すだけのはずが、ずいぶんときな臭い出迎えだ。
- 137 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:17
-
ホテルに着いたが、チェックインもせず市井は裏階段を上り始めた。
2階まで上がるとエレベーターに素早く乗り込み、9階へ上がった。
「宿代は前払いしてある」
市井の言葉に吉澤はうなずいた。
部屋は広くて無個性だった。
吉澤はベッドに腰掛け、デイパックの中の書類を探った。
「言っておくが、一人では行動するな」
「あんた、組織の人間?」
「現地ガイドだ。圭ちゃんからあんたの面倒を見るように言われてる」
保田の知り合いなのか。
吉澤の反応に市井はにやっと笑った。
「あんたは狙われてるらしい。圭ちゃんの話によると。だから護衛が必要でしょ?」
「狙われてる?あたしが?」
「知らないの?マルタイ(対象者)を捜してるのは、あんただけじゃないらしい」
「そいつらにとって、あたしは邪魔者ってわけか。ところで武器は?」
「必要か?」
「今狙われてると言ったのはどの口だよ」
「生憎とこの辺じゃコンビニで買うようなわけにはいかない。大丈夫だ、あたしたちが守る」
吉澤は肩をすくめた。
- 138 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:18
-
「ところで、探してる相手は何をやった?」
「詳しくは聞かされていない。一緒に帰るよう説得しろと言われている。
資産家の親が組織に泣きついて来た」
「マルタイの名前は?」
「アヤカ」
吉澤は市井にメモを見せた。
「この場所はどこ?ここから遠いのか?」
「いや、遠くはない。ここからちょっと北に行ったところだ。
少し寝な。後で連れて行ってやるよ」
「疲れてない」
市井は軽く肩をすくめた。
「いいだろう。話が早いのは好きだよ」
「相手と話す時は2人だけにしてほしい」
「わかってるって」
- 139 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:19
-
通りに出てすぐに3人の若者が後ろについた。
市井の姿を見るとすぐにタバコの吸殻を投げ捨て、10メートルほどの距離をあけて
扇形の陣形をとった。
そのうちに吉澤は3人よりも小柄な少年が、前方をうろついているのに気づいた。
ほとんど振り返らないのに、先導するように歩いている。
「あれは斥候か?」
吉澤が聞くと市井はにやっと笑った。
「目がいいな。あれは“門衛”だ。逃げるはめになった時、あいつが人込みに扉を開く。
我々が通り抜けた後に、扉を閉じる」
吉澤にはその意味がわかった。
味方が走ってくると、近くにいる人間を張り飛ばして抜け穴を作る。
味方が全員その穴を通り抜けたところで、追っ手の通り道に自分の身を投げ出す。
大抵はこれでうまくいくが、周囲にいるのが見物人ではなく敵の人間だった場合、
“門衛”はナイフか銃か、ない場合は自分の手で穴をこじ開けなければならない。
そんな時、後衛がよほど素早く行動を起こさなければ、“門衛”は命を落とすことになる。
つまりこの役割は消耗品なのだ。
- 140 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:19
-
それを配置しているということは、市井はやることを心得ている。
本人は至って気楽な感じで歩いていた。
店のウィンドーを覗いたり、通り過ぎる女の子を冷やかしたり。
しかし吉澤は、市井の目つきに潜む警戒心に気づいていた。
行き交う人間に向けるまなざしは、トラブルを感知しようとしている。
吉澤は嫌な予感が背筋を駆け上がってくるのを感じた。
思わず首筋をさする。
市井が目を上げ、左へ視線を向けた。
吉澤は何かの動きに備えて、身構えた。
市井は遠くに目をやりながら、煙草に火をつけた。
「後藤、どうしてるか知ってる?」
- 141 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:19
-
市井はマッチを振り捨てた。
後衛の3人が足を止め、1人が体の向きを変えて後方を見張った。
“門衛”はその間に通りを西側へ横断し、角で立ち止まって親分の方を振り返った。
「ごっちんを知ってるの?」
「あたしが教育したんだよ」
「やっぱり組織の人間だったのか」
「そう嫌がることないだろ」
「組織を抜けた人間のことなんか別に知りたくない」
市井は部下の動きをまるで見ていなかったが、それは見る必要がないからだった。
のんびりと煙草を吸い込み、細長く煙を吐き出した。
「後藤が裏切ったと思ってる?」
吉澤は返事をしなかった。
「そのうち、あんたにもわかる時が来るよ」
- 142 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:20
-
門衛の少年が、通りの向こうで飼い主にお預けを食らった犬のように体を動かしている。
孤独な役割だ。
“門衛”はここでは大きな責任を負っている。
通りを横断するのに大きな危険を伴う。
護衛対象と後衛が車の流れで遮られないよう、タイミングをはかる必要がある。
同時に行き交うすべての車に目を光らせなくてはならない。
市井は短くなった煙草を投げ捨てた。
“門衛”がさりげなく合図を出し、市井たちはよどみない流れとなって横断した。
見事な連携だ。吉澤は感嘆した。
一行を無事導いた“門衛”の顔に、安堵の色が浮かんだ。
- 143 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:20
-
市井と部下たちは雑踏をすいすい進み、絶えず動いているのに落ち着いていた。
一見、前方だけにらみつけているようだが、周囲をすべて認識しているようだった。
10分ほどかかって、目的の建物を見つけた。
マスタード色の5階建ての建物だった。
トタン屋根つきの小さなバルコニーが突き出し、手すりにはテレビのアンテナや
洗濯物が絡み合い、雑然とした雰囲気を演出していた。
「部屋の番号はわかってるのか?」
市井が聞いた。
“門衛”がロビーに立って階段を見上げた。
帽子から靴まで全身黒づくめの老婆が、椅子に座って煙草をふかしながら
胡散臭そうにそれを見ている。
「わからん」
吉澤が答えると、市井はにやりとした。
「ほら。あたしがいてよかったろ?」
- 144 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:20
-
市井は老婆に近づき、吉澤のわからない言葉を使って乱暴な調子で話しかけた。
老婆が同じくらい乱暴に言葉を返すと、市井は笑ってポケットから煙草を出し、
一本抜き取って与えた。
煙草が洋モクだったので、老婆の目に驚きと喜びの色が浮かんだ。
「写真」
市井がぶっきらぼうに言った。
吉澤は不承不承、対象者の写真を渡す。
市井は老婆に写真を見せ、老婆は数秒それを眺めた後うなずいた。
「知ってるってさ。……ただ、教えて欲しけりゃもっと煙草を寄越せ、だと」
「彼女は一人なのか聞いてくれ」
「この婆さんか?」
「アヤカって人だよ」
- 145 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:21
-
市井は老婆に3本の煙草を渡した。老婆はそれをひったくると、更に片手を出した。
市井は何か怒鳴った。
老婆が怒鳴り返す。
市井は更に1本与えた。
老婆はうなずき、煙草をまとめてポケットに突っ込みながら、上の階を指差して何か言った。
「あんがとよ」
市井は皮肉っぽい笑顔で言うと、吉澤の方を向いた。
「この上、4階だ」
“門衛”が前を行き、後衛2人が後ろについた。
残りの1人はロビーに待機する。
目的の部屋の前まで来ると、吉澤は言った。
「2人で話したい」
市井はうなずいた。
「ここで待ってる」
- 146 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:22
-
ドアをノックした。
応答なし。
中で足音や物音がする気配もない。
もう一度ノックした。
やはり応答はない。
市井が“門衛”の方を見た。
“門衛”は首を横に振った。
吉澤はそのやりとりには気を向けず、ドアの鍵を見ていた。
鍵自体は大したものではなく、器用に錠を外す吉澤を見て市井は満足そうにうなずいた。
「いない」
吉澤は呟いた。
中は空っぽだった。
人がいないだけではなく、家具や服や生活用具、トイレットペーパーの果てまで
きれいになくなっていた。
シーツも何もないベッドと椅子が一脚あるのみ。
吉澤の部屋以上に何もない。
窓からバルコニーをのぞいた。
開いたドアの前に立っていた市井が、激しい口調で後衛の1人に何か命じた。
それから吉澤の方へ向き直った。
「逃げられたようだな」
「……どうかな。片づけていく余裕があったみたいだし」
「どうだか。出て行った瞬間に近所のヤツらが全部かっさらってったのかもしれない」
吉澤はうなった。
- 147 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:22
-
階段から老婆のわめく声が聞こえた。
後衛の1人が部屋の中まで引っ張って来る。
市井の合図でドアが閉められた。
市井が何か老婆に言い、後衛の1人が窓を開けた。
市井が窓を指差して何か言った。
吉澤にもそれが脅しの言葉ということがわかった。
「やめなよ、そういうの」
吉澤は急に疲労を感じて言った。
市井は無視し、何故4階まで無駄足を踏ませたのか追求した。
老婆の返事はつまるところ、「聞かれなかったから」というものだった。
市井は女がどこへ行ったか聞いた。
老婆の返事は「知ったことか」。
- 148 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:22
-
「よし。この婆さんが魔法を使えるかみせてもらおう」
「ちょっと、何する気だ?」
「空を飛べるか見るんだ」
後衛の男が老婆を後ろから抱きかかえ、片手で口をふさいで悲鳴を封じた。
「おいおいおい、乱暴はよせ。手を離すよう言ってくれ」
「口を出すな」
「あんたはガイドなんだろ?あたしを手伝うのが仕事のはずだ」
吉澤は窓を閉めた。
こいつらは本気だ。老婆を窓から放り出すくらい平気でやるだろう。
「それよりも婆さんに聞いてくれ」
市井はうなずき、老婆に近づいて冷たい口調で何かを言った。
老婆はいきなり堰を切ったようにべらべらとしゃべり始めた。
時々市井が質問を挟む。
長い語りが終わり、ようやく市井は老婆の拘束を解くよう命じた。
- 149 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/14(木) 23:23
-
「あんたが捜してるお嬢ちゃんは一日だけここにいたそうだ。
昨日も今日も彼女を訪問した男がいるらしい。今朝そいつと出て行ったそうだ。
行き先は知らないと言っている。婆さんが嘘をついてなければの話だが」
「わかった。それでじゅうぶんだ」
市井は丸めた紙幣の束をポケットから出し、そのうちの一枚を老婆に渡した。
老婆は紙幣をブラウスの中に突っ込み、何か怒鳴った。
市井は煙草を箱ごとやった。
「さて。これからどうする?」
「少し休んだ方がいいな。今日はもういいだろう?」
今度は市井の提案に逆らう気はなかった。
むやみに歩き回っても仕方ない。
- 150 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/06/14(木) 23:23
- 更新終了。
次回で完結します。
- 151 名前:名無しマコ 投稿日:2007/06/15(金) 04:51
- おおっ!あの子が…見当たらないけど(笑)どうなちゃうん 楽しみに待っときます
- 152 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:29
-
ホテルに戻り、元の部屋に落ち着いた。
吉澤が眠っている間も市井の部下たちは働いていた。
ホテルの廊下を歩き回り、出入口と歩道を監視し、吉澤のいる階の階段をふさいだ。
しかもそれはごく秘密裡に行われていた。
吉澤はぐっすり眠り、7時に目覚めた。
シャワーを浴び、服を着て、階下の食堂に下りた。
ゆで卵とトーストとコーヒーを腹に詰め込み、部屋に戻る。
部屋の外の廊下に“門衛”がひっそり立っていたが、吉澤は驚かなかった。
「よう。ご苦労さん」
吉澤は声を掛けた。
“門衛”はうなずき、照れたような笑みを浮かべた。
- 153 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:29
-
近くでよく見ると、少年ではなく女の子だとわかった。
しかも年の頃は13歳かそれくらいだ。
吉澤は、ふと自分が組織の仕事を始めた頃を思い出した。
“門衛”は何か言いたそうに、まだそこに立っている。
「入るか?」
吉澤は聞いてみた。
“門衛”は首をかしげた。
「何か飲むか?コーラがあったっけな、ちょっと待て」
吉澤は部屋のドアを開けて入り、冷蔵庫から缶入りのコーラを出して戻った。
「ほら」
コーラを差し出すと、“門衛”はぱあっと笑顔になった。
何度もお辞儀を繰り返して、嬉しそうにしまいこんだ。
あまりにも嬉しそうな笑顔に、吉澤も思わず笑みをこぼした。
- 154 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:30
-
「ところで、親分は?」
“門衛”は動きを止め、耳をすませるような仕草をした。
それからエレベーターがある方向に顔を向けた。
つられて吉澤もその方を向くと、市井が姿を現した。
「来るのがわかったのか?」
少し驚いて“門衛”に聞くと、うなずいた。
「へえ」
「よう。今日はどうする?」
「ビラをバラ撒く」
「ビラ?」
「向こうにこっちを捜させる」
市井はすぐにビラを500枚ほど用意した。
アヤカの写真を載せ、“この女性を見かけた方は吉澤ひとみまでご一報を”と入れた。
その文面の後にホテルの電話番号と内線番号をのせた。
- 155 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:30
-
一日かけて、女性の立ち寄りそうな先にバラ撒いた。
つまり、裕福そうな観光客が立ち寄りそうな所だ。
市井とその部下たちの警護網は目ではなく肌で感じ取れた。
一度だけ、フェリー乗り場へと続く通路まで行った時に、“門衛”の姿を見た。
吉澤がフェリーに乗るのかどうか気にして、吉澤とその背後にいるらしい市井との間で
神経質に視線を往復させている。
フェリーに乗るならば、特別の陣形が必要になる。
吉澤はそこから引き返した。
警護網が北へ移動するのが感じ取れる。
“門衛”は再び吉澤の先につくために走ることになるだろう。
吉澤はそれを思い、歩調を緩めた。
この炎天下の中、“門衛”の仕事が少しでも楽になるように。
- 156 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:30
-
疲れ切って、ホテルの部屋に戻る。
“門衛”が当たり前のように、ひっそりと立っていた。
「よう。お疲れ」
“門衛”は頭を下げた。
吉澤は歩き回る合間に買ったチョコレートの箱を“門衛”に渡した。
“門衛”は驚いたように吉澤を見上げた。
「もらっとけ。親分には言わなくてもいい」
“門衛”はお辞儀を繰り返して、また大事そうにしまい込んだ。
「あたしは少し寝る」
“門衛”はにっこり笑って一礼し、廊下の角を回って消えた。
吉澤は部屋に入ってベッドに倒れ込んだ。
- 157 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:31
-
電話のベルに起こされた。
「もしもし」
『あんたが吉澤ひとみか?』
男の声だった。
「ああ」
『彼女に関わるな。自分の国へ帰れ。自分の仕事をしろ』
「これがあたしの仕事だよ。あんたは誰だ?」
沈黙が流れた。
『誰かが痛い目をみることになるぞ』
「あたしはただ彼女と話がしたいだけだよ。あんたは誰だ?彼女は無事か?」
『彼女は無事だ。馬鹿な探偵ごっこはやめろ』
「いやだね。明日は更に今日の倍バラ撒くよ。ここで有名人になるまで帰らない」
再び沈黙。
いや、受話器の向こう側で誰かと話している声がする。
耳を澄ますが、男女の区別もできなかった。
『展望台に8時だ。話をさせてやる。来るな?』
「行くよ」
『1人で来い。チンピラは連れて来るな』
「わかってるよ」
電話が切れた。
時計を見る。午後6時だった。
- 158 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:31
-
「1人で行くのは大問題だ」
「あんたの意見は聞いてないよ、ガイドさん」
「わかってないな。あんたを危険な目に遭わせないようにするのが、あたしの仕事だ。
あんたが殺されでもしたら、あたしは圭ちゃんに八つ裂きにされるよ」
「殺されるつもりはないよ」
「だいたい、どこの誰が掛けてきたのかもわからないんだろう?それに何故ホテルで会わない?」
「あたしを信用してないんだろ。とにかく、手掛かりだ。邪魔しないでくれ」
「そうは行かないな。気づかれないように着いて行くさ。向こうだってご一行様だろう?」
「たぶん」
吉澤は立ち上がった。
「とにかく、護衛はいらない」
「あたしが着いていくのを、どうやって止める気だ?」
冷たい目で市井が言った。
吉澤は肩をすくめた。
「じゃあ、あんただけだ」
「よし」
「ただし後方でだ」
「わかってるよ」
「じゃあ行こう」
「まだ時間はたっぷりある」
「早めに行動しないと落ち着かないんだ」
- 159 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:31
-
フェリーのラッシュに耐えて9分間の航海と船から見える絶景を楽しんだ後、桟橋に降り立った。
満員の船の中には、確かに市井しか着いて来ていないようだった。
しばらく歩き、坂道を登って左に曲がって駅に着いた。
そこからケーブルカーに乗りこんだ。
吉澤は進行方向右手の席に座り、市井は後方左手の通路側に座った。
手下の姿は見えない。
急勾配を登り切ったケーブルカーが山頂駅に着き、吉澤は足を震わせながら降りた。
吉澤は高所恐怖症だった。
指定場所である展望台は駅の左手数メートルのところにあった。
約束の時間まではあと40分あった。
- 160 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:32
-
吉澤は近辺の偵察にかかった。
細い遊歩道を右に入った。
木立の間を抜けると庭園があり、そこを抜けて更に歩いた。
下り斜面側には低い石壁が続いていて、境界線になっていた。
山頂側には林へと続く小道がいくつもある。
あちこちにベンチが設置してあり、いろんな角度から絶景を楽しめるようになっていた。
しかし展望台より先に行く観光客は少なく、人影はまばらで、若いカップル数組と
ジョギングをしている数人くらいしか見当たらない。
10分ほどで吉澤は展望台の近くへ戻った。
怪しい人影なし。罠や待ち伏せの気配も感じられない。
約束の20分前に駅の近くまで下りて、そこで待った。
周囲を見回すと、上の斜面を市井がうろついているのが見えた。
- 161 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:32
-
そろそろ時間だ。
吉澤は展望台へ足を運びながら、うなじの辺りがぴりぴりするのを感じた。
いた。
彼女だ。
写真で見たアヤカに間違いない。
目が合った。
「あなたが、吉澤さん?」
「そうです、話が……」
吉澤が近づくと、彼女は突然身を翻して走り出した。
「――――!!」
いつの間にか背後に市井が来ていた。
吉澤は彼女の後を追った。
大木の下の急カーブを回ろうとしている。
足には少し自信がある。すぐに追いつけると思った。
しかし彼女は1人で来たわけではなかった。
3人の男が現れて、吉澤とアヤカの間に割り込んだ。
吉澤は男たちとの距離が3メートルほどのところで急ブレーキをかけた。
男たちは三つ子のように同じ格好で、手斧を持っている。
まともに遣り合う気はない。
何しろこっちは丸腰だ。
元来た道を引き返そうと思った時、上の茂みで何かが動く音がした。
ゆっくりと吉澤が振り返ると、新手の3人組が逃げ道を塞いだ。
囲まれた。
- 162 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:33
-
市井はどうした?
姿が見えない。
やっぱり肝心な時に助けは来ないのだ。
みんな逃げる。
自分で何とかするしかない。
ちらりと右を見た。
うまくやれば、あの低い石壁まで走って、飛び越えることが出来るかもしれない。
問題は、その先がどうなってるのかわからないことだ。
三つ子Aが手斧をかざした。
後ろの連中が更に距離を詰めて来る音がする。
じりじりと前後の距離が縮まった。
吉澤は覚悟を決めた。
ただやられるくらいなら、その先が断崖だろうと飛び降りた方がましだ。
手斧が振り上げられた。
- 163 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:33
-
その頭上の大木の枝から何かが落ちて来た。
“門衛”だった。
三つ子Aとともに地面に激突した“門衛”は、片手を伸ばして
もう1人の敵の足首をつかみ、すくい倒した。
その巨体の三つ子Aは、“門衛”の手に負えるとは思えなかったが、
それでも必死に組み伏せ、顔を上げた。
ここを飛び越えて行け、と目で訴えている。
“門衛”が扉を開いたのだ。
後方から数人の足音が聞こえ、前方からも聞こえて、市井の部下たちが道の両側を塞いだ。
そのうちの1人が三つ子Cを始末している間に、別の1人が吉澤の腕を引っ張った。
まだもつれあっている三つ子Aと“門衛”の上を越えさせ、背中を押した。
「走れ!」
- 164 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:33
-
三つ子Aが“門衛”のすねを足で払って、うつ伏せに転がした。
“門衛”は必死で体を丸めながらも、相手の両足首をつかんで離さなかった。
その背中へ手斧が振り下ろされた。1回、2回。
「行け!行け!」
市井の部下が必死で吉澤を押し出そうとしていた。
「あいつを助けろ!」
「ヤツは死んだ!あんたは行け!」
吉澤の背後では敵味方が入り乱れて闘っていた。
怒りの叫び声と金属のぶつかる音。
今なら確実に安全な場所に逃げられる。
「くそ!」
吉澤は押し出そうとする何本もの腕を振り払って、混乱の中に飛び込んだ。
- 165 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:33
-
“門衛”の倒れている方へ駆けて行き、三つ子の1人に背後からつかみかかって、投げ飛ばした。
別の1人の脇腹に蹴りを入れ、顔面を殴りつけた。
“門衛”の身体を抱え起こした。
かなり出血し、顔色は灰色で目がうつろだった。
その目が吉澤をとらえて、驚きととがめる目つきになった。
なぜ扉から逃げなかったのか、とその目が言っている。
吉澤は“門衛”を消防士のやり方で肩に担ぎ上げた。
市井の部下が困惑と怒りの顔で見ていた。
彼らは吉澤を救出するのが精一杯で、敵と前面対決をする余裕はない。
なのにこいつは作戦を台無しにし、“門衛”の働きを無駄にしようとしている。
吉澤は再び囲まれた。
「医者を呼んでくれ」
三つ子Aはにやにや笑い、吉澤の頭の上へ手斧を振りかざした。
- 166 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:34
-
その眉間を銃弾が貫通した。
三つ子Aが倒れる。
更に2発銃声が響き、残りの敵たちは森の中へ逃げ去った。
銃口を下げた市井が外灯の下に現れた。
「救急車を呼んでくれ!」
「手遅れだよ」
「医者を呼べ!」
「その子を助けて何になる?あんたの情けがその子には仇となるんだ。
そいつはもうここで仕事は出来ない。この子は“竜の巣”の出身だ。
帰っても生きていけない」
「いいから医者へ連れて行け!車はないのか!?」
市井は首を振って、言った。
「こっちだ」
- 167 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:34
-
車を5分と走らせないうちに門衛のいる入り口を通過し、長い私道に入った。
広大な屋敷に招じ入れられた吉澤は、バスルームへ案内された。
「ここはどこだ?」
「まず、その血を洗い流して来い」
「おい、あの子は――」
「わかってる。ちゃんと手当てを受けている。ここには医療設備もある」
市井が立ち去ってから、吉澤は服を脱いだ。
どれも血でべとついている。
それらをゴミ箱に投げ捨て、洗面台に湯を張った。
石鹸をつけて手を洗う。
市井が再び入って来て、着替えを置いて出て行った。
- 168 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:34
-
着替えを終え、吉澤は廊下を歩いて書斎に入った。
保田が腕組みして椅子に座っていた。
「圭ちゃん!?」
「吉澤……」
「いったいどうなってるんだ?」
「仕事は終わったわ。帰るわよ」
「どういうことだよ!」
「彼女を保護しようとしていたのはあたし達だけじゃなかったってこと」
「そっちが保護したから、もう用済みってこと?」
「まあ……そういうことね」
「ふざけんなよ!そのために子供が背中を切り裂かれたんだ!」
保田は痛ましげな顔で吉澤を見た。
「あたしも全部は聞かされてなかったのよ。最初からダシに使われたのね。
こっちが動けばあっちも動くと思って」
「あっちって?」
「たぶん、CIA」
「CIAがチンピラを?」
「わからない。元々紗耶香たちともめていた連中らしいし」
「さやか?」
「市井紗耶香よ。ガイド役だったでしょ?」
「ああ」
「部下の子には気の毒なことをしたわ」
「あの子はどうなった?」
吉澤は立ち上がった。
- 169 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:35
-
市井が廊下に立っていた。
「おい、あの子はどうなった!?」
「大丈夫だ。出血は多かったが、命はとりとめた」
「そうか……」
「さっきも言ったが、それは必ずしも幸福なことじゃない。あの子は――」
「あたしが連れて帰る」
「何?」
「ちょっと、吉澤!何言ってるの!?」
保田は吉澤の左肩をつかんだ。
「あんたにとっては用済みなんだろ?だったら、あたしにくれ」
「吉澤!犬や猫じゃないのよ!」
「本気か?」
市井は吉澤の目を覗き込んだ。
吉澤はじっと見返す。
やがて市井はニッコリ笑った。
- 170 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:35
-
- 171 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:35
-
誰にでも平等に朝は来る。
ほとんど眠らなかったとしても同じことだ。
「もう着いたのか?」
「まだですよ。到着までもう少しあります。寝てていいですよ。起こしますから」
「んー……」
ほとんど寝てないくせに何でこんなにこいつは爽やかな顔してるのかね。
吉澤はそう思いながら、大あくびをした。
「会長って、どんな人ですか?」
「こっちに来た時に一回会ってるはずだけどな。覚えてないか?」
「えー?いや、ちょっと……」
「まあ5年も前だしな。麻琴はまだ言葉もよくわかってなかったし」
「はあ。それで今回は?」
「仕事だろ」
当たり前、という顔で吉澤は言った。
- 172 名前:すべて世は事も無し 投稿日:2007/06/16(土) 23:35
-
「ようやく一人前と認められたってわけだ」
「そうなんですか?」
「たぶん」
「たぶんですか」
麻琴は苦笑いした。
「大丈夫だよ。あたしがついてる」
吉澤はぽんぽんと麻琴の頭を撫でた。
麻琴は嬉しそうに笑った。
その笑った顔は5年前に初めて会った時と印象が変わらない。
「少し寝る」
「はい」
吉澤は腕を組み、麻琴の肩に寄りかかって目をつむった。
「おかしなヤツが来たら起こしてくれ」
「大丈夫ですよ。私が吉澤さんを守りますから」
「そうか」
吉澤は目をつぶったまま笑った。
- 173 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/06/16(土) 23:41
- 以上でこの話は終わりです。
まあ何というか、よっさんとマコの話を書きたかったんですが……。
レス御礼。
>>151 名無しマコ
一応出ましたw
わりと気の毒な役になってしまいました……。
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/18(月) 16:44
- スピード感があって入り込んで読んでしまいました
マコがいじらしすぎて困ります…
- 175 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/06/22(金) 23:06
- まずはレス御礼。
>>174 名無飼育さん さま
入り込んでくれてありがとうございます。
この設定でマコ主人公の話を作ろうと思ってたのですが……。
まあこれはこれで。
ではまた別の話を。
一部性別が違いますのでご注意下さい。
- 176 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:07
-
『ごめん もう会えん』
いつも以上に素っ気ないメール。
それだけで、彼女と連絡が取れなくなった。
理由はわかっている。
彼女はアイドル。
自分はお笑い芸人。
バレたら格好のスキャンダルだ。
最近、彼女の周辺でスキャンダルの記事が相次いで報道された。
当然彼女もマークされてるはず。
いや、もう既にマークされているのかもしれない。
事務所からキツく交際禁止を告げられたであろうことは想像がついた。
だからって、これで終わりかよ。
- 177 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:07
-
「まこと」
「んぇ?」
「口開いてる」
あごを下から軽く叩かれた。
「んがっ。……痛いよ、にーちゃん」
口が半開きなのは持ちネタの1つだが、今は仕事中ではない。
「おめーが腑抜けた顔してるからだろ。こっちまで気が抜けるからやめれ」
ひとみは不機嫌そうにまことを睨みつける。
まことは恨めしそうにひとみを見た。
2人は兄弟でお笑いコンビを組んでいる。
最初はひとみがピンで『ヒトミ・ヨシザワの世界のジョークショー』等というネタを
やっていたのだが、シュール過ぎて、一部のマニアにしかウケなかった。
そんな時に事務所に遊びに来ていたまことと、
ひとみの掛け合いがまるでコントのようだったため、
事務所の社長が「ピコーン!と来て」コンビを結成するに至った。
今では「アホカッコいい」とかで人気上昇中だった。
- 178 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:07
-
「しゃきっとしろよ。おめー、ここんとこボーッとし過ぎ。ボケるのはネタだけにしろよ」
「…………」
「ええい、辛気臭い」
ひとみは親指に人差し指を引っ掛け、ためを作って、まことの額を弾いた。
「〜〜〜〜!!――――いってえ!!すげーいてえ!!」
「あんたたち、馬鹿やってないで、もうすぐ本番よ」
マネージャーの保田にこってり叱られた。
「てか、ここどこ?何やんの?俺ら」
2人はワゴン車の中で待機させられていた。
番組のスタッフが現れて、2人にアイマスクを渡す。
「え」
2人は顔を見合わせた。
この展開は非常に嫌な予感がする。
拒むわけにはいかないので、仕方なくアイマスクを着け、スタッフに誘導される。
「メチャメチャ嫌な予感がする」
「うん……」
- 179 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:08
-
「はい、アイマスク取ってください」
「…………」
何かの扉の前。
既にカメラは回っている。
誘導されて扉の向こうへ出る。
「今回のチャレンジ芸人はこの方たちでーす!!」
「へ?」
「ぇあ?」
「吉澤兄弟のお2人でーす!」
「マジかよ!?」
「ぬぅあ!?」
呆然とする2人。
「お2人には高さ10メートルの飛び込み台から飛び込んでいただきます!!」
「はあああ!?」
「…………」
2人は10メートルの飛び込み台の上にいた。
足元はプール。
目がくらむような高さだ。
- 180 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:09
-
プールの向こう側には司会の石川梨華と、この数日まことの頭を独占していた、高橋愛。
「よりによって梨華ちゃん……orz」
「よりによって愛ちゃん……orz」
何たる皮肉か、お互いの彼女――いや元彼女と言うべきか。
離れた場所とはいえ、久しぶりに生で見る愛の姿。
思わずじっと見ると、離れていてもわかるくらい露骨に視線を避けられた。
「おい、ボーッとしてんじゃねえ!」
ひとみに頭をどつかれた。
「ふぇ?」
「ふぇ、じゃねえ!こっから飛ばなきゃなんねーんだよ」
「うん……」
「まこっちゃーん、ボーッとしないでくださーい」
梨華が拡声器で呼び掛けてくる。
同じく愛が拡声器で事務的にルールの説明をする。
要するに他の何組かのお笑いコンビの中で、どのコンビが一番早く飛び込めるかを競うらしい。
「いいですか?じゃあ、スタート!」
梨華の高い声がプール内に響き渡り、スタートの合図が鳴り響いた。
- 181 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:09
-
「マジかよ……。お前、飛び込みやったことある?」
ひとみがひきつった表情でまことに聞いた。
ひとみは高所恐怖症なのだ。
普段はハチャメチャな言動が売りだが、高い所やジェットコースターの類は本気で避けている。
「7.5メートルまでならある」
「マジか!10メートルは?」
「危ないからやめろって言われた」
「……おい」
「いや、頭から飛び込んだらってことで、足から落ちる分には大丈夫だと思うよ」
- 182 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:09
-
まことは子供の頃、割と体が弱く喘息だったので、親が心配して水泳を習わせた。
水泳は意外にあっていたらしく、中学生の時に県の記録を作るまでになった。
高校は水泳の特待生として入学した。
7.5メートルの飛び込み台から飛ばされたのは、高校の水泳部の練習の時だった。
普段から、部の練習に遅刻してきた者は5メートルから飛ぶという慣習があった。
まことはそれにひっかかったことはなかったが、突然コーチに「お前は根性が足らん」
と言われて、7.5メートルから飛び込むよう命令された。
拒否できるわけもなく、思い切って飛び込んだが、背中を強打して真っ赤になった。
(こんな話したら、ますます兄ちゃん、飛べなくなるよなあ……)
高飛び込みの選手が、10メートルからの練習で失神しているのもよく見かけた。
10メートルと言えば4階くらいの高さだ。
目の高さを入れて11メートルが人間の一番恐れる高さだと聞いたことがある。
怖いのは無理もない。
- 183 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:10
-
ひとみはそろそろと踏み切り台の端に行く。
途中で慌てて引き返して来た。
「あぶねっ。滑る!滑る!」
「おにいさーん、何やってるんですかー、早く飛んでくださーい!」
梨華が拡声器で呼びかける。
「るっせ。くそ、こんなの飛べるわけねーだろ」
ひとみはマイクに入らないよう小声で毒づく。
「聞こえてるよー」
「うあ」
相変わらず、まことはぼんやりとプールの向こう側を眺めている。
「まこっちゃん、テレビ映ってるから!」
梨華がつっこむ。
「ボーッとしすぎ!」
愛も一緒になってつっこんでくる。
- 184 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:10
-
誰のせいだよ。
まことはふてくされる。
仕事で言ってるってことはわかってる。
それでも面白くなかった。
愛が自分より仕事と夢の方を選んだことは理解できた。
もし自分の方を選んだとしたら、その方が困っただろうとも思う。
諦めなくちゃいけないんだ。
まことはプールを見下ろす。
この場所でも苦い思いばかりした。
高校では一日中水泳漬けだった。
ひたすら泳ぎ、怒鳴られる日々。
結局、腰を痛めたこともあり、2年の途中で退部、そのまま退学した。
ふらふらしていた頃にたまたま行った兄の事務所にスカウトされて、今に至っている。
「結局、逃げてばっかだな、俺……」
ぶんぶんと首を振る。
何をやっても中途半端な自分。
- 185 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:11
-
梨華と愛は2人を挑発するような言動を繰り返している。
「ダメなら、止めれば?謝ったら許してあげてもいいよ」
「へたれー」
「くっそ、ふざけんな。こんなの出来るかよ」
ひとみはぶつぶつ言っている。
まことは手首、足首、首を回して準備運動を始めた。
「おい、準備運動かよ!?」
「した方がいいよ」
前屈、後屈と続ける。
「え、マジ?お前、いくの?」
「うん」
まことは両肩をぐるりと回した。
愛の方を一瞬見る。
それから前をまっすぐ向いた。
- 186 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:11
-
「俺はへたれじゃねえーー!!」
助走をつけて、前に飛んだ。
「えええ!!??」
「ちょっ、危ない!!」
- 187 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:12
-
ふわっと浮いた感覚があり、それから落ちて行く。
何秒も滞空しているかのような感覚。
まことは頭からつま先までまっすぐ伸びたきれいな姿勢で落ちて行く。
猛烈な水の衝撃。
- 188 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:12
-
まことが水中から顔を出すまで、全員絶句していた。
当の本人は立ち泳ぎから仰向けになって、キックだけで進んでいる。
とてものん気そうだ。
「ちょ、ちょっとー!!何優雅に泳いでるの!?」
梨華が焦って声を掛けるが、聞こえないふりで水と戯れている。
「自由すぎだって……」
愛が呟いた。
しばらく自由に泳いで、気が済んだところでプールから上がった。
梨華に怒られた。
ひとみはその後10分ほど掛かったが、何とか飛び込んだ。
- 189 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:13
-
収録が終わったのは夜中の1時。
それからまことは保田から長い説教を受けていた。
「もーいーじゃん、圭ちゃ〜ん。腹減った」
ひとみが助け舟を出す。
「あんたねー。もうちょっと危機感持ちなさいよ!弟が首の骨折って死んでたらどーすんの!」
「大丈夫だったんだからいいじゃん。ちゃんと準備運動もしてたし」
ひとみは大あくび。
まことは首をすくめて神妙にしている。
だが内心は晴れ晴れとした気分になっていた。
そんな気がするだけかもしれないが、少なくとも今だけは。
- 190 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:13
-
- 191 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:13
-
「……って。何で、いるの?」
「あかん?」
「あかんって……もう会わないって言って来たの、誰?」
「言ってないもん」
「何ぃ!?」
「メールやもん」
「……あのね」
「会わないやなくて会えん、やもん」
「どっちにしても、別れるつったのそっちじゃん」
「別れるなんて言ってえんもん」
「はあ!?何なの?それ」
「別れんとあかんと思ったのは本当やよ。ほやけど」
「ほやけど?」
「惚れ直してもーた」
「ああ!?」
「カッコよかった。こないだの飛び込み」
「……ぇえ?」
「バレなきゃだいじょーぶやよ」
「ええー?」
「いしかーさんとおにーさんやってバレてえんやろ」
「ええ!?あの2人いつ復縁してたの!?」
「ほら。知らんかったやろ?気をつければだいじょーぶやって」
「…………」
「それとも、もう嫌?あーしと付き合うの」
「……嫌なわけないじゃん」
「じゃ、入れて?」
「うん」
ガシャン。
扉が閉まった。
- 192 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:14
-
- 193 名前:跳ぶ 投稿日:2007/06/22(金) 23:14
-
- 194 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/06/22(金) 23:15
- この話は以上です。
最後のシーンはなくてもいいかな、とも思いましたが……。
ではまた。
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/22(金) 23:30
- gdgdっぷりがこの二人らしいと思いましたw
愛さんの振り回しっぷりもいつもながら切れ味抜群ですね!
- 196 名前:名無しマコ 投稿日:2007/06/23(土) 07:45
- まこあいはこの関係が良いですよね?
恋愛でもヘタレないでください(笑)
吉兄もいしかーさん使用のへたれモードがステキでし
- 197 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/07/07(土) 23:59
- まずはレス御礼。
>>195 名無飼育さん さま
gdgdがデフォな2人です。
思いっ切り逃げておいて、全力で戻ってくる愛さんw
>>196 名無しマコ さま
へたれてこそマコ。
吉兄は高い所以外では俄然強め。彼女の前ではちょいへたれ。
- 198 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/07/08(日) 00:03
- 新しい話を始めたいと思います。
年齢設定はメチャクチャです。
- 199 名前:背中の温度(1) 投稿日:2007/07/08(日) 00:04
-
「あのっ、高橋さん!」
校門を出たところで声を掛けられた。
麻琴は校門を出る前から気づいていたので足を止めたが、愛は気づいていないかのように
麻琴に向かってマシンガントークをぶちかましている。
「愛ちゃん」
麻琴がやんわりと制すと愛はようやく口を閉じて、声を掛けてきた方へ顔を向けた。
「あの、ちょっと、いいかな?」
近くの男子校の制服を着た生徒は愛に向けて言いつつ、麻琴をちらと見た。
「はいはいはい。じゃ、あたしはお先に――」
「麻琴」
先に行きかけた麻琴の制服の袖を、愛がつかんだ。
「待っとって」
- 200 名前:背中の温度(1) 投稿日:2007/07/08(日) 00:04
-
嫌だよと麻琴は言いかけたが、袖を握る手に力が込められたので仕方なくうなずいた。
少し先へ行って、足を止める。
その間、愛がずっと視線で追っていた。
――逃げないよ。
麻琴は呟いた。
一度、待たずに先に行ったら、愛がものすごい勢いで追いかけて来て
叩かれたことがあった。
何だかなあ。
麻琴は呟き、空を見上げる。
「お待たせ!」
「ほあ!?」
早っ!
見ると愛の肩越しに、恨めしそうにこっちを見ている男子生徒の姿があった。
「え。断ったの?」
「行こ!」
愛は麻琴の腕に自分の腕を絡めて歩き出した。
引きずられるように麻琴も歩き出す。
いつも以上に愛が密着している気がする。
振り返ると、男子生徒がすごい目つきで麻琴を見ていた。
――ゴメンナサイ。
何故か浮かんでくる、そんな言葉。
「……何であたしが」
「ん?」
- 201 名前:背中の温度(1) 投稿日:2007/07/08(日) 00:05
-
麻琴の屈託も知らず、愛はすっきりした顔をしている。
「さっきの人、つきあってくれって言ってきたんでしょ?断ったの?」
「うん」
「何で」
「何でって何や。つきあう気ないもん」
「さっきの人さぁ、ウチの学校でもけっこう人気ある人だよ」
「ふーん」
まるで気のない愛の返事。
「愛ちゃんさー、近くの男子校で何て言われてるか知ってる?」
「知らん」
「“撃墜王”だよ」
「へー。何かカッコえーのー」
「いやいや。何機撃墜するんだ、って話ですよ」
「そんなん知らん」
「断るにしてもさぁ、もーちょっと、こう……」
「つきあう気ないんやから時間の無駄やが」
「むー……」
麻琴の記憶では、中等部くらいまでは顔を真っ赤にして、見てる方が気の毒になるくらい
頭を下げて「スミマセン。ゴメンナサイ」とか謝っていたような気がする。
愛が中等部の時は、麻琴は別の中学校に通っていた。
外部受験で高等部から今の学校に入った。
それでも告白されている所を何度か見たことがあるのだから、実際はもっと多かったのだろう。
いつからこんなんなった?
- 202 名前:背中の温度(1) 投稿日:2007/07/08(日) 00:05
-
「……何かさあ、あたしと愛ちゃんがつきあってると思われてるらしくて、
この間なんか『頼む!高橋さんと別れてくれ!』とか言われたよ」
「誰や!そんなん言うヤツは!」
「ねー。いくらウチが女子校だからって……」
「あっしが麻琴と別れるわけないやろ!」
「そっちかよ!てか、つきあってないから。ウチら」
「えー?ほーなん?」
「もぉー…カンベンしてよぉ……」
「……イヤなん?」
「え?」
愛が腕を離した。
「お?」
「麻琴はイヤ?あたしとじゃ」
「ふぇ?」
麻琴は口をぽかんと開けて、愛を見つめた。
愛や麻琴の通っている学校は小等部から大学まである一貫教育校だ。
学業よりも個性重視の自由闊達な校風の女子校で、
そんな雰囲気なので女の子同士でつきあっている子達も珍しくはない。
しかし外部入学組の麻琴は、何となくそういった雰囲気から一歩引いていた。
- 203 名前:背中の温度(1) 投稿日:2007/07/08(日) 00:05
-
え?何、今の。
どーゆー意味だ?
「麻琴、口開いてる」
「あぁ…うん」
愛は先に立って歩き始めた。
ん?今の話は終わり?
麻琴は首をかしげる。
あんまり最近では見たことのない、弱い感じの愛だった。
何かフォローっぽいことを言った方がいいのか麻琴が迷っていると、
愛が振り返った。
- 204 名前:背中の温度(1) 投稿日:2007/07/08(日) 00:06
-
「麻琴、今日ウチ来るやろ?」
「はあ?」
急に話が変わったので麻琴は面食らった。
しかも決めつけた口調で。
さっきと全然違う雰囲気。
「今日カレーやで」
「行きます」
カレーと聞いて麻琴が即答すると、愛はニッコリ笑って麻琴の手をとった。
つないだ手をぶんぶん振りながら歩く。
「♪カッレー、カッレー」
「♪ カレーがかれーの何でだろ〜」
勝手に作った歌を歌いながら。
これでも高橋愛は高校2年生、小川麻琴は1年生である。
- 205 名前:背中の温度(1) 投稿日:2007/07/08(日) 00:06
-
愛と麻琴の家は隣同士で、麻琴の両親は共働きで忙しく、家にいないことが多かった。
それで小さい頃から麻琴は愛の家の世話になることが多かった。
着替えて愛の家に行くと、愛しかいなかった。
「あれ?おばさんは?」
「お父さんとこ」
愛の父親は単身赴任中で、母親は最近ほとんどそっちにいっているらしい。
「最近、ほとんどあっちだね」
「おかーさん、麻琴おるから安心やーって言ってたで」
「むー?」
自分のどこが安心なのか。麻琴は首をひねる。
「昔から守ってくれたやろ」
愛は小さい頃から泣き虫で、何かあるとすぐ泣いた。
小学校に入るか入らないかの頃に、高橋家は小川家の隣に引っ越して来た。
訛っていた愛は近所の子供たちにからかわれた。
それを麻琴が、悪ガキたちと取っ組み合いまで演じて止めさせた。
放し飼いの犬に愛が追いかけられた時も、身体を張って守った。
麻琴は犬に腕を噛まれて何針か縫った。
愛の方がずっと泣きじゃくっていて、麻琴はお見舞いのカステラをニコニコして食べていた。
愛が手から離して引っかかった風船を取ろうとして木に登り、見事に落っこちたこともあった。
診てもらった医者に「女の子なんだから」と呆れられた。
- 206 名前:背中の温度(1) 投稿日:2007/07/08(日) 00:07
-
「……子供の時の話じゃん」
「今はダメなん?」
「えー?まあ…お望みとあらば」
麻琴は恭しく胸に手を当て、礼をしてみせた。
「あはっ。まるでナイトやな」
「子供の時、よく言ってたじゃん。『あっしのナイトになって』って」
「よー憶えてるのー」
「忘れていいなら今すぐ忘れる」
「何でやー。これからも守ってや」
だから早く王子様を見つけろっての、と麻琴は心の中だけで思う。
ナイトは姫とは結ばれないんだから。
- 207 名前:背中の温度(1) 投稿日:2007/07/08(日) 00:07
-
「ところで愛ちゃん」
「何?」
「おばさんがいないってことは、カレーは?」
「あたしが作るよ」
「何い!?」
「何や不満か」
「いえっ。別にっ」
……包丁持って威嚇しないで欲しい。
愛はお菓子作りは上手だったが、料理の方は正直微妙だと麻琴は思っていた。
何だか変わった料理ばかり作りたがる。
結局、カレーは2人で作った。
- 208 名前:背中の温度(1) 投稿日:2007/07/08(日) 00:08
-
「ぺけたぁ!」
「うん!」
愛がカレー皿にご飯をよそい、その上に麻琴がカレーを豪快にかける。
「麻琴、かっこいー」
何でカレーをかける姿がかっこいーのか。麻琴は特につっこまない。
既にカレーライスの方に気持ちが向いていた。
簡単なサラダも作って、夕食開始。
食べながら、他愛のない会話をする。
食事が終わると、2人で後片付け。
「さって…」
帰ろうかな、と言おうとした麻琴の服の裾を愛がつかむ。
「泊まってくやろ?」
「え〜?何も支度してないし」
「麻琴のお泊りセットはウチにあるじゃん」
「ガッコの準備だよ」
「朝寄ればええがし。いつもそうしてるやろ」
「むう……。とりあえず、一回家戻る。宿題あるし」
- 209 名前:背中の温度(1) 投稿日:2007/07/08(日) 00:08
-
愛は裾をつかんだまま、ついて来た。
「いや、ちょっと、何すか?ウチ泊まる?」
「まぁ、それでもええけど」
「愛ちゃんはおかーさんのベッドで寝てよね」
「ほやったらダメ」
「何で?もぉさあ、一緒のベッドとか勘弁してよお。
愛ちゃん足巻きつけてくるから苦しいんだって」
「ほやって暗いとイヤやし、何かに巻きついてないと眠れないんだもん」
「あたしは抱き枕かい」
「早くウチもどろ?」
「はいはい」
最近、麻琴は自分でもどうでもいいと思っているようなことでも
愛に反論を試みるようになっていた。
一種の反抗期なのか。
しかし結局、愛の言うとおりにしてしまう麻琴なのであった。
- 210 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/07/08(日) 00:10
- 更新終了。
先が見えてないのに始めてしまった…。
ぬるいペースで進むと思います。
- 211 名前:名無し読者 投稿日:2007/07/08(日) 11:01
- 新作キタ━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!!
のっけから小ネタ満載でご馳走様でした。
それにしても高ちゃんあんた・・・
- 212 名前:ぽち 投稿日:2007/07/08(日) 17:30
- 可愛いな〜。まこあい最高!
- 213 名前:名無しマコ 投稿日:2007/07/09(月) 04:02
- 撃墜暴走愛さん(・∀・)wwwwww
男子にまで嫉妬されるマコがカッコよす
wktkしながら続きまってます。
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/13(金) 21:39
- あなた天才
- 215 名前:背中の温度(2) 投稿日:2007/07/17(火) 22:41
-
「麻琴ゲットぉ!」
「ぐっへぁ!?」
中庭の大きな木の下で、無防備に大の字になって食後の昼寝としゃれこんでいた
麻琴の腹の上に何かが乗っかった。
思わず昼食べたかぼちゃパンをリバースしそうになる。
うっぷうっぷしながら、腹の上の主を見上げる。
「よしざぁせんぷぁい?」
「おう。吉澤先輩ですYO!」
「ぬぁ、ぬぁんですか?」
マウントポジションをとった状態のまま、吉澤先輩は不敵な笑いを浮かべた。
3年生の吉澤はフットサル部のキャプテンで、容姿端麗、スポーツ万能の学園の人気者の典型だ。
「今度の学園祭、フットサル部は模擬店を出します」
「はぁ……」
「焼きそばやります。焼きそばの屋台出します」
「ハァ……」
「せ、先輩!まこっちゃんの呼吸がおかしな感じに!」
麻琴の隣でいつまでもお弁当を食べていたはずの紺野あさ美の、慌てた声が聞こえた。
それでようやく麻琴の腹部の圧迫感が消えた。
あさ美ちゃん、もっと早く言ってくれ……。
- 216 名前:背中の温度(2) 投稿日:2007/07/17(火) 22:41
-
「げほっげほっ」
「悪い悪い」
腹を押さえて咳き込む麻琴をよそに、さして悪いとも思っていない表情で吉澤は謝った。
「んじゃ放課後待ってるから」
「はぁ!?何ですか?」
「今の話聞いてなかった?ウチら焼きそばの屋台やるから」
「それはわかりました。でも何であたしなんですか?」
「何でって…人手が足りねーから、幽霊部員の手も借りたいんだよ」
「幽霊部員って何ですかー!?あたし、退部届け出してますよ!?」
麻琴は高等部に入ってすぐの頃、あさ美や辻希美に誘われて、フットサル部に入った。
しかし、麻琴は水泳や陸上は割りと出来るが球技は苦手だった。
何かを奪い合う、という闘争心が麻琴には欠けている。
いろいろと考えた末、退部届けを顧問の教師に提出したのが先月。
- 217 名前:背中の温度(2) 投稿日:2007/07/17(火) 22:41
-
「知ってる」
「じゃあ――」
「受理してねーから」
「はあ!?」
「あたしが受理してないから、まだ部員」
「ええーー!?そんなのアリっすか!?」
「アリっす。ということなので、麻琴は準備手伝うように。来ないと――」
「来ないと?」
「紺野にセクハラしちゃうぞ♪」
「……別にいーっすよ。後藤さんに殺されても知りませんけど」
「ちょ、ちょっと、マコ……」
「じゃあ高橋にセクハラする」
セクハラ以外の選択肢はないのか。あさ美は呆れた顔で2人を見る。
「どーぞ」
「あれ?オマイラ付き合ってんじゃないの?」
「いーえ」
「ふーん……。んじゃ、購買のかぼちゃパンを買い占める」
「ええっ!止めて下さいよー」
「「そこか」」
吉澤とあさ美のツッコミが同時に決まった。
結局、なし崩し的に麻琴がフットサル部の手伝いをすることが決まった。
何にしても、頼まれればイヤとは言えない麻琴なのであった。
- 218 名前:背中の温度(2) 投稿日:2007/07/17(火) 22:42
-
「まこっちゃんていいなあ〜」
腹をさすりながら教室に戻ると、クラスメートが話しかけて来た。
「 ∬∬´◇`)ハァ?」
「合唱部の歌姫だけじゃなくて、王子様とも仲良くて」
「…………?」
とりあえず、「合唱部の歌姫」というのは愛のことらしいのはわかった。
何度か聞いたことがあったから。
「王子様って、吉澤先輩のこと?」
「そうだよ〜。2人とも今年の王子様とお姫様間違いなしじゃん」
「?? あの〜、話が見えないっすけど……」
「え、まこっちゃん、知らないの?『王子様とお姫様をさがせ!』
新聞部が毎月中・高等部の全生徒を対象にアンケートとってるじゃん」
「∬∬゚听)シラネ」
- 219 名前:背中の温度(2) 投稿日:2007/07/17(火) 22:42
-
そのアンケートで年間一位をとった生徒は、学園祭で撮影会&握手会をやるそうだ。
吉澤は中等部の時からぶっちぎりで王子様で、今年のお姫様は愛に決まりそうだとのこと。
「去年は石川先輩がいたからね〜。でも今年は高橋先輩で決まりでしょ。
最近、丸くなったって評判だし」
「丸くなった?」
「愛想がよくなったって言うか。前は話しかけづらかったもん。
だからみんな驚いたんだよ、まこっちゃんに」
「は?あたし?」
「だって、クールな歌姫がすごいベタベタしてるわ、見たことないような笑顔だわ、
みんなビックリだったよ」
愛ちゃん、どんな学校生活送ってたんだよ……。
麻琴は首の後ろをかいた。
- 220 名前:背中の温度(2) 投稿日:2007/07/17(火) 22:42
-
- 221 名前:背中の温度(2) 投稿日:2007/07/17(火) 22:43
-
――アツイ。
暑いってか、熱い。
午前中はまだ日陰があったが、午後からは日光にさらされている。
暑さ対策に頭にバンダナを巻いていたら、ラーメン屋の大将みたいだとみんなにつっこまれた。
それから「大将」と呼ばれている。
麻琴も面倒になってフツーに返事していた。
それはいい。
問題は、それ以上に熱い鉄板だ。
麻琴は昨日からひたすら焼きそばを作り続けている。
学園祭初日の午前中こそ物珍しさから皆で作っていたものの、午後から誰も来なくなった。
吉澤が一応当番を決めて、一時間毎に交代するはずだったが全然来なかった。
どうやら「王子様とお姫様をさがせ!」の発表があったらしい。
下馬評どおり、王子様は吉澤、お姫様は愛に決まったようだ。
- 222 名前:背中の温度(2) 投稿日:2007/07/17(火) 22:43
-
ちょうど材料を補充するため、保管場所の部室に向かっていた麻琴は見てしまった。
吉澤が愛をお姫様抱っこしているところを。
周囲からは悲鳴と歓声と嘆声。
調子に乗ってそのまま振り回す吉澤に、愛は耳まで真っ赤にして首にしがみついている。
麻琴の心臓が跳ねた。
そのまま急いでその場を離れた。
何か見てはいけないものを見てしまった気がした。
何だコレ?
麻琴は首をひねった。
胸がざわざわして落ち着かない。
何だか息苦しい感じがする。
何なんだ?
吉澤を見上げる、愛の潤んだ目と赤い顔。
しばらく頭から離れそうもなかった。
- 223 名前:背中の温度(2) 投稿日:2007/07/17(火) 22:43
-
2日目の今日になっても、麻琴はひたすら焼きそばを作り続けている。
朝は仕込みのために早くから学校に来ていた。
あまり寝ていない。
今日も当番は来ない。
昨日手伝ってくれていたあさ美は、今日は用事があるので来られないとわかっている。
さっきまで手伝ってくれていたマネージャーの加護亜依も、
クラスの仕事があるとすまなそうな顔で行ってしまった。
行けと言ったのは麻琴だが。
麻琴もクラスの仕事があったのだが、様子を見に来たクラスメートが
逆に気の毒がって手伝ってくれる有様だった。
今日も写真撮影に追われている吉澤王子が、
「ウチの焼きそば買ってくれたら、ポイント2倍」
と訳のわからない売り込みをしたため、客足は途切れない。
- 224 名前:背中の温度(2) 投稿日:2007/07/17(火) 22:43
-
「たいしょお!焼きそばひとつ!」
昨日はそう声を掛けると、元気な声で「あいよ!」と返って来たのだが、
今日は「うぇ〜い」という謎のうなり声が聞こえてきたので、新垣里沙は少し驚いた。
「え、ちょっと。まこっちん?だいじょぶ?」
「ああ…ガキさん。だいじょおぶ…」
麻琴の顔は全然大丈夫なように新垣には見えなかった。
新垣は麻琴の横に回り込んだ。
「え?まこっちん、ひょっとしてずーっとやってるの?しかも1人?」
「あー」
「ちょっとどいて」
「ふぇ?」
「あたし焼いてみたい。まこっちん休んでなよ」
「えー?大丈夫?」
「自分の分だけだから。あたしもんじゃ焼くの得意なんだよ」
「もんじゃと焼きそばは違うくないですかぁ?」
「いいから!」
新垣が自分の手からヘラを奪い取るのを、麻琴はぼんやり見ていた。
昨日から何度となく様子を見に来てくれていた気がする。
クラスの仕事に行けない麻琴をフォローしてくれていたようだった。
- 225 名前:背中の温度(2) 投稿日:2007/07/17(火) 22:44
-
「え、ガキさん、ソースかけすぎじゃない?」
「いーの!」
「でも焦げるよ、ほら」
「だぁーいじょーぶですって!……あ、くっついた」
「あー、ちょっと」
「うお!あっちぃ!あっちぃ!」
「が、ガキさ〜ん」
「だーいじょーぶだって!」
鉄板をヘラでガシガシこする新垣を不安げに見つめる麻琴。
びしっ。
「いてえ!?」
急に脳天に衝撃が走った。一瞬、目の前が白くなってくらっとした。
振り向くと右手をチョップの形にした吉澤が立っていた。
「ぬぁーにやってんだ、オメー。ガキさんにやらせて。サボってんじゃね〜」
「…………」
いつの間にかぞろぞろとみんな集まって来ていた。
怒られている麻琴をニヤニヤして見ている。
少し離れたところに愛の姿。
麻琴はぼんやりした目で愛を見た。
- 226 名前:背中の温度(2) 投稿日:2007/07/17(火) 22:44
-
「ちょっと!吉澤さん!ひどいじゃないですか!」
「え」
日頃礼儀正しい新垣が食ってかかってきたので、吉澤は驚いた。
「ここってフットサル部の屋台ですよね!?誰も部員の人来ないで、ずーっと、まこっちん1人に
全部やらせておいてひどいじゃないですか!!サボってるのはどっちですか!」
「麻琴1人……?」
吉澤はけげんな顔で、周囲を見回した。
やばい、という顔をする部員たち。
「お前ら、当番は?」
「い、いやー、ちょっと忙しくって……」
「ちょっ、辻、お前行かなかったのかよ!」
「美貴ちゃんこそ一回くらいさぼったってわかんねーとか言ってたじゃん」
「あ、あたしクラスの催しが……」
「あたしも……」
吉澤の顔が見る見る不機嫌になっていく。
「よっちゃんだって、愛ちゃん先輩とイチャついてたじゃん」
「ちょっ、シッ。黙れって、辻」
- 227 名前:背中の温度(2) 投稿日:2007/07/17(火) 22:44
-
「もういい」
吉澤は無表情に言い捨てた。
部員たちは首をすくめた。
「……悪かったな、麻琴。休んでいーぞ」
吉澤は場所を入れ替わろうと麻琴の体に触れて、反射的に手を引っ込めた。
「あちっ。ちょっ、お前、すぐ日陰行け!スゲー熱いぞ」
言われるまま、麻琴はふらふらと歩き始めた。
麻琴は歩いているつもりだったのだが、身体がふわふわする感じで頼りない。
気づくと地面が見えていた。
あれ?と思う間もなく、目の前が真っ白になった。
- 228 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/07/17(火) 22:45
- 更新終了。
- 229 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/07/17(火) 22:51
- レス御礼。
>>211 名無し読者 さま
微妙に古い小ネタばかりのようですが、ニヤニヤしていただければ。
高ちゃんって何か新鮮な呼び方w
>>212 ぽち さま
まこあい好きにはこれからイラッとする展開かも…。
>>213 名無しマコ さま
暴走愛さんがすっかり定番にw
愛さんに密着されるたびに男子ににらまれてる小川さん。
>>214 名無飼育さん さま
て、天才ですか…。
どこかの誤爆かと思いますた。
- 230 名前:名無し 投稿日:2007/07/19(木) 23:08
- 更新お疲れ様です。マコどうなっちゃうんでしょうか。
次回も楽しみにしています!
- 231 名前:背中の温度(3) 投稿日:2007/07/25(水) 22:50
-
さっきから麻琴は白い天井をじっと眺めている。
少し動くと、「動いちゃダメ!」と叱られた。
視線だけ動かすと、その先に新垣の真剣な顔。
新垣は点滴の液が落ちるのをじっと見つめている。
この点滴が終わったら帰ってもいいと言われた。
麻琴がいきなり倒れたので、大騒ぎになった。
近くにいた教師の保田が駆けつけ、麻琴の様子を見て熱中症と判断した。
すぐに日陰に運び込み頭を冷やすよう指示する。
麻琴はすぐに意識を回復して、水分を補給したので状態はよくなったのだが、
保田は病院に行った方がいいと判断した。
麻琴は大丈夫ですと言ったが、保田は熱中症の危険性について延々と説明したので
周囲の生徒の方が真っ青になった。
保田の車で病院へ行くことになり、新垣が付き添った。
新垣は他の者が付いて来ようとするのを全て退けて、自分が行くと主張して譲らなかった。
その迫力に、誰も何も言い返せなかった。
- 232 名前:背中の温度(3) 投稿日:2007/07/25(水) 22:51
-
「でもよかった……。大変なことにならなくて」
「あー…ごめんね、心配かけて」
「まこっちんは悪くないよ。皆がひどいよ」
新垣はまだ怒っているようだが、麻琴としては手伝いを押しつけられたことに
特に腹を立ててはいなかった。
むしろ大騒ぎになって申し訳ないような気持ちの方が強かった。
「何で怒んないの?」
「や、別に……。皆忙しかったんだろうし」
「んなわけないじゃん!皆サボって遊んでたんだよ」
まあ、それならそれで仕方ないかとも思う。
貧乏クジをひいたのは自分の要領の悪さだ。
「もー!」
麻琴は自分の代わりに怒っている新垣を何だかおかしく思った。
「何笑ってんの?」
「いや……ありがとね、ガキさん」
麻琴が笑って言うと、新垣の顔が少し赤くなった。
「何言ってんの?もー点滴終わったから帰るよ、ほら!」
「はいはい」
- 233 名前:背中の温度(3) 投稿日:2007/07/25(水) 22:51
-
「終わった?」
保田が姿を見せた。
「あ、はい」
「んじゃ、家まで送って行くわ。車回してくるから玄関で待ってな」
「はい」
保田は先に出て行った。
「んと……ガッコに戻らなくていいのかな?荷物とか」
「まこっちんの鞄は高橋先輩が持って行くって言ってた」
「あ、そ」
処置室を出ると、少し離れた場所に愛と吉澤がいるのが見えた。
愛がうつむいていて、吉澤がその肩を抱くようにして何か声をかけていた。
身長差があるので抱きしめているように見えた。
足を止めた麻琴を新垣が見た。
愛たちと麻琴の顔を見比べ、いきなり麻琴の手を取った。
「行こ」
「え?」
そのままずんずん歩き出し、愛たちの横を通り過ぎた。
「麻琴!?」
「ガキさん?」
- 234 名前:背中の温度(3) 投稿日:2007/07/25(水) 22:52
-
新垣は足を止めない。麻琴はひっぱられるがままだ。
「あ、愛ちゃん、鞄……」
麻琴は鞄を受け取ろうと手だけ伸ばすが、愛は渡そうとはしなかった。
「かばんー」
ようやく新垣が足を止めた。
愛が小走りに駆け寄って来る。
目と鼻の頭が赤い。
「まごどっ!」
愛は麻琴の顔を両手で挟んで、すごい勢いで自分の顔を近づけた。
「イテッ。近い近い!」
「大丈夫なん?」
「大丈夫だよ」
「おばさん、今日もえんのやろ?おかーさんがタクシー代出すって言ってるから、帰ろ?」
「あ、保田先生が送ってくれるって……」
「ほな帰ろ!」
愛は新垣がつかんでいるのと逆の腕をつかんで、強引に歩き出した。
「ちょっ、待っ、イタイイタイ」
両側から引っ張られる形になった麻琴が騒ぐと、新垣が手を離した。
「ガキさん?」
「あ、あたし、学校へ戻るから。気をつけてね」
「そっか。いろいろありがとねぇ!」
麻琴は愛にひきずられながら新垣に手を振った。
新垣もちょっと手を上げてそれに応えた。
「ぉーい、あたしはスルーかよ……」
吉澤が呟いて新垣ににらまれた。
「んな怒るなって。悪かったよ」
新垣は答えず、麻琴たちの後姿をずっと見ていた。
- 235 名前:背中の温度(3) 投稿日:2007/07/25(水) 22:52
-
「愛ちゃん、痛いってー」
玄関の近くまで来て、ようやく愛は引っ張っていた腕を離してくれた。
と思ったら、今度は顔を覗き込んできた。
「な、何?」
「ホントに大丈夫?」
「うん」
愛は麻琴の額に手をあてた。
「気持ち悪くない?」
「うん」
「頭とか痛くない?」
「うん」
2日間立ちっぱなしだったので身体が少し筋肉痛だったが、麻琴は言わなかった。
腰がイタイなどと言ったら絶対愛は大騒ぎする。
「もし具合が悪くなったら、すぐ言いなよ?」
「うん」
それでようやく愛は落ち着いたようだった。
- 236 名前:背中の温度(3) 投稿日:2007/07/25(水) 22:52
-
保田に送ってもらい、麻琴の家の前で車を降りた。
大丈夫だと言っても愛は麻琴の部屋まで付いて来た。
「ウチにくればいいのに」
「大丈夫だって。もー」
「熱中症で死ぬ人もいるって保田せんせが言ってた」
「だから点滴したし、あたしは大丈夫だって」
まあ2,3日は安静にしていろと言われたのだが。
「あたし、麻琴がピンチなのに気づかんかった」
「忙しかったんだから仕方ないじゃん。……お姫様に選ばれたんでしょ?おめでと」
「…………」
愛は複雑な表情で麻琴を見た。
「お似合いじゃん。吉澤さんと」
愛は不意に背中を向けて部屋を出て行った。
「お?」
何か機嫌損ねた?
麻琴はベッドに身を投げ出した。
やっぱり身体がだるい。
急速に睡魔に引き込まれていった。
- 237 名前:背中の温度(3) 投稿日:2007/07/25(水) 22:53
-
目を覚ますと、目の前に愛の顔があった。
愛は麻琴にくっつくようにして眠っている。
麻琴はしばらく愛の寝顔を見ていた。
最近の愛は時々大人っぽい表情をすることがあって、麻琴はどきっとすることがあった。
今自分の前で眼を閉じている愛は、まるで無防備で。
麻琴は思わず愛の鼻筋に指で触れそうになった。
――何かあたしオカシーぞ。
潤んだ眼で吉澤を見上げていた愛を見てから、何だか落ち着かない。
愛ちゃんって、女の人が好きなのかな。
それなら男子生徒に素っ気ないのもうなずける、と麻琴は思った。
そーいや、宝塚大好きだっけ。
……むう。けっこーマジだったりして。
麻琴は愛から離れて壁際に寝返りをうった。
- 238 名前:背中の温度(3) 投稿日:2007/07/25(水) 22:53
-
「……まこと?」
愛が起きたらしい気配がした。
麻琴は愛に背を向けたまま、寝ているふりをした。
何故そうしたのか自分でもよくわからない。
「あー…寝てもたー…」
ベッドのスプリングの振動で、愛が動いているのがわかる。
不意に何かが麻琴の頬に触れた。
それは麻琴のアゴ辺りまで撫で回した。
「うぁ」
麻琴は思わず声をあげた。
「あ、起きた?」
「何すんのさ、愛ちゃん」
「少し、熱あるんやない?」
「んー?」
麻琴は自分で額やら首筋やらを触ってみた。
「……そーかも」
「ちゃんと水分とらな」
「うん…」
「麦茶作って戻ってきたら、麻琴寝てるんやもん」
「ん?」
さっき出て行ったのはそれだったのか。
麻琴は首の後ろをかいた。
「麻琴見てたら眠くなって、一緒に寝てもた」
「……そっか」
「麦茶飲む?たぶんもう冷えてるよ」
「ん。階下行こ」
「うん」
それから2人で仲良く麦茶を飲んだ。
- 239 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/07/25(水) 22:58
- 更新終了。
>>230 名無し さま
熱中症はこわいのでマジで注意です。
麦茶に梅干最強。
- 240 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/26(木) 00:09
- むあ〜
様々な人間模様が見え隠れしているわけですね…
更新お疲れさまです。
- 241 名前:名無し 投稿日:2007/08/06(月) 21:25
- 久々に来てみたら、またまたおもしろそうな展開になってますね
二人のやりとりがおもしろいです。
次回も楽しみにしてま〜す
- 242 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/07(火) 22:37
- うむ
まこあいはガチ
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/13(月) 23:24
- まこガキもいいよ
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/18(土) 01:08
- 続きがめっちゃ気になりますね(^-^)/
- 245 名前:背中の温度(4) 投稿日:2007/08/31(金) 00:28
-
「…キモい」
「キモくない!まこっちゃんは」
ぼそりと呟いた愛の言葉をソッコーで否定する新垣。
「キモい顔をするからキモいのであって、キモい顔をしなければキモくない」
ぶつぶつ言い続ける愛を新垣は眉をひそめて見やり、反論したそうな顔をしている。
麻琴は愛の言うのももっともだと思った。
今の自分は相当だらしない顔をしているはずだ。
わかっていてもニヤケ顔が止まらない。
「……いいなあ」
あさ美がぼそりと呟いた。
麻琴の目の前にはかぼちゃパンの山。
かぼちゃパンだけではなく、かぼちゃプリン、かぼちゃクッキー等
かぼちゃ類が大集合していた。
昼休みに食堂に行くと、熱中症のお見舞い、快気祝いと称して、
クラスメートやフットサル部のメンバーだけではなく、
2,3年生や、果ては中等部の生徒まで、かぼちゃに関するものを持って来たのだ。
「麻琴のかぼちゃ好きって有名なんだねー」
かぼちゃに囲まれて幸せそうな麻琴をうらやましそうに見ながらあさ美が呟いた。
「みたいだね。購買でかぼちゃパンが売り切れてて涙ぐんでたのは有名だもんね」
新垣がうなずいた。
それから眉をひそめて呟く。
「にしても、こんなに人気あるとは気づかなかった……」
「面白がってるだけやろ」
愛は面白くなさそうに呟いた。
- 246 名前:背中の温度(4) 投稿日:2007/08/31(金) 00:28
-
あさ美の意識は既にかぼちゃづくしの山の方へ向いていた。
「いいなぁ……」
「あ、あさ美ちゃんも食べる?日持ちしないものもあるからさ」
「え、いいの?」
「いいよぉ。ガキさんもどう?愛ちゃんも」
「あ、あたしはいいよ」
「あたしもいらん」
たくさんもらったせいか、太っ腹なところを見せる麻琴。
あさ美と2人でかぼちゃプリンを食べ始めた。
「そーいえば、フットサル部の方は何か大変なんでしょ?」
新垣はふと思い出して言ってみた。
麻琴はあさ美の方を見た。
あさ美はスプーンをくわえたまま止まっている。
「あさ美ちゃん?」
あさ美は言い辛そうに呟いた。
「一ヶ月間対外試合禁止だって」
「ええ!?何で?」
「麻琴が熱中症になった件で、保田先生がずいぶん怒ってて。
チームスポーツなのにチームワークがなってない、とか」
「…あたし部員じゃないのに……」
「特に吉澤さんはずいぶん叱られたみたい。キャプテン失格だとか」
「ええーー?あたしのせいでー!?」
「麻琴のせいじゃないよ」
「でも、あたしが原因じゃん!あたし、ちょっと行って来る!」
「え、どこに?」
「保田せんせーのとこ!」
「もう昼休み終わるって!」
「放課後にしな!」
3人がかりで止められて、麻琴は仕方なく従った。
- 247 名前:背中の温度(4) 投稿日:2007/08/31(金) 00:29
-
放課後、すぐに保田のところへ行こうと思った麻琴だったが、
そういう時に限って担任につかまって、体調について根掘り葉掘り聞かれた。
大丈夫だということを何とか納得してもらい、職員室へ向かった。
保田は職員室にはいなかった。
他の教師が保健室にいるのではないかと教えてくれたので、そこへ向かった。
「失礼しまーっす!――――失礼しましたー!」
勢いよくドアを開けた麻琴は、その勢いのままドアを閉めた。
「ん?」
誰かが抱き合っているように見えたので、慌ててドアを閉めたのだ。
正確に言うと、座っている生徒の頭を立っている生徒が抱えるような感じに見えた。
立っていたのが愛で、座っていたのは吉澤だった気がする。
麻琴の思考はそこでストップした。
どゆこと?
ガチャッ!
ドアが勢いよく開いた。
「麻琴!?」
愛が飛び出して来た。
「あぁ、愛ちゃん…」
ぼんやり呟く麻琴。
「どしたん?具合悪くなった?」
「や、えー…っと、保田せんせーがここにいるんじゃないかと…」
「おらんよ」
「あ、そうですか。失礼しました」
何故か敬語になって、その場から離れようとする麻琴。
「え、ちょっと麻琴、待って!」
- 248 名前:背中の温度(4) 投稿日:2007/08/31(金) 00:30
-
走り出した麻琴を追って来る愛。
廊下の角で減速したところを後ろから飛びつかれた。
「ぐぇ」
思いっ切り体重を乗せられたので、妙な声を出して潰れる麻琴。
「何で逃げるん!」
「何でのっかるん……」
「あんた達、廊下でなに騒いでるの!」
「あ」
顔を上げると、保田が腕組みしてにらんでいた。
「先生!」
麻琴は愛を背中にへばりつけたまま立ち上がった。
「何よ」
「あのっ、フットサル部のことなんですが!」
「うん」
「対外試合禁止ってホントですか?」
「そうよ」
「何でですか!?あたしのせいですよね!?」
「別に小川が悪いわけじゃないわよ。部全体の問題だから。
だいたい吉澤は自分の都合で小川の退部届けも握りつぶしてたし、
ちょっと勝手すぎるわ」
「よしざーさんは悪くないです!だから、処分は撤回してくださいぃ」
必死な麻琴に保田は少し目を見開いた。
後ろには相変わらず背中にぶら下がっている愛。
- 249 名前:背中の温度(4) 投稿日:2007/08/31(金) 00:30
-
「あたしのせいで部が活動できないなんて悲しいですーー!」
「だからあんたのせいじゃないって……」
「でも麻琴が倒れたからそうなったんですよね?」
いきなり口を挟む愛。
しかし相変わらず麻琴の首に腕を回してぶら下がっている。
「ほしたら皆、麻琴のせいやーって思うんやないですか?」
腕組みをして考える保田。
「まあ、そうかもね。確かに小川の立場ってのもあるか」
「あたしのことはいいです。試合出来るようにして下さいー」
「うーん……。わかった。禁止は解くわ」
「ホントですかぁ!?」
「うん。まぁ、みんな反省してるみたいだし、いいでしょ」
「ありがとうございますぅ!」
頭を下げる麻琴。
ぶら下がったまま、頭を下げる愛。
保田を見送って、麻琴は大きく息を吐き出した。
「言ってみるもんやな」
「うん」
「よかったの」
「……それはいいけど、そろそろ下りてくんない?」
「いやや」
「何でだよ!」
背中に乗っかった愛を振り落とそうとすると、愛は更に腕に力を入れた。
振り落とされまいと、きゃーきゃー言って喜んでいる。
逆効果だったらしい。
- 250 名前:背中の温度(4) 投稿日:2007/08/31(金) 00:31
-
「おめーら、何遊んでんの?」
吉澤の声が聞こえて、麻琴は動きを止めた。
いつの間にか近くに吉澤が立っていた。
「相変わらず仲いいなー」
「あ、よしざーさん、保田せんせが…」
「ああ、聞いた。お前らが説得してくれたの?」
「ハイ。麻琴が」
「愛ちゃんが言ったからでしょ」
「そんなことないざ」
「あー、その……何だ、ありがと」
「あ、いえ……」
愛はようやく麻琴の背中から離れた。
吉澤はまだ何か言いたげに2人を見ている。
麻琴は不意にさっきの光景を思い出した。
何やってたんだろ?この人たち。
無言状態が30秒ほど経過した頃、吉澤がいきなり愛の尻を撫でた。
「ギャー!」
「なっ、何やってんですかー!いきなり!」
思わず愛を背後にかばう麻琴。
吉澤は手をひらひらさせてニヤッと笑った。
「こないだ、高橋にセクハラしてもいいっつったじゃん」
「はあー!?」
「麻琴!?」
すごい勢いで愛ににらまれた。
何で触ったほうじゃなくて自分がにらまれるんだ、と麻琴はへこむ。
「あれはっ、手伝わなかったらって話じゃないですか!手伝ったじゃないですか!」
「んでも、別にいいって言ったじゃん」
「いいとか、そういう問題じゃないですよ!」
- 251 名前:背中の温度(4) 投稿日:2007/08/31(金) 00:32
-
大声を出す麻琴を吉澤は軽くいなし、愛の方を見て言った。
「なかなかいーもん持ってるねー。どう?あたしと付き合わない?」
愛は眉をひそめた。
「……冗談はやめて下さい」
「冗談じゃないよ?さっきだって優しくしてくれたじゃん」
「あれは…!」
「どーよ?麻琴」
「ふぇっ?」
展開についていけない麻琴は間の抜けた声を出した。
「あたしが高橋とつきあうつったらどーする?」
「えっ?つきあうの?」
思わず愛の方を向いて確認した。
「ばか!」
愛は言い捨てて、踵を返して駆け出した。
「え?ちょ、愛ちゃん?」
取り残された麻琴は全然状況がつかめてない。
後姿を見送って、すぐに見えなくなった。
「ばかってどっちに言ったんでしょーね?」
吉澤に聞いてみたが、苦笑で返された。
- 252 名前:背中の温度(4) 投稿日:2007/08/31(金) 00:32
-
麻琴は家に帰って、着替えてから愛の家に行った。
両親不在のことが多いので、互いに合鍵を持っている。
一応玄関で声をかけて上がりこむ。
愛の部屋のドアもちゃんとノックをした。
返事が無かったが勝手に開けて入る。
愛は制服のまま膝を抱えて座っていた。
背中から漂っている負のオーラに、麻琴は一瞬たじろいだ。
「愛ちゃん」
声を掛けるが、愛は膝に顔をうずめて動かない。
んしょっと麻琴も床に座り、愛と反対向きになって背中を合わせた。
ほんの少し、愛の方へ体重をかける。
小さい頃から、すねた愛が機嫌を直すまで、いつも麻琴はこうして待っていた。
2人の背中が互いの体温で温まって来た頃、愛が動いた。
「暑い」
「んー」
しかし麻琴はよけない。
そのうち愛が上半身を起こして、麻琴の方へ体重を掛けて来た。
そのまま力を抜いたので、麻琴の方にかなり負荷がかかる。
「重い」
「んー」
愛もよけない。
ぐてーとしたまま、口を開いた。
「あたし、麻琴が好きやよ」
「あたしだって愛ちゃんが好きだよ」
「あたしの好きは恋人になりたいって意味だよ?」
「……そっか」
「麻琴の好きは違うやろ?」
「何で決めつけるかなあ」
- 253 名前:背中の温度(4) 投稿日:2007/08/31(金) 00:33
-
愛は身体を起こした。
「だってそうやろ?麻琴は女の子同士はダメなんやろ?」
「んなことひと言も言ってないじゃん……」
今度は麻琴が愛の方へ身体を預ける。
「さっきさぁ、保健室で吉澤さんのこと抱きしめてなかった?」
「やっぱ見たんか。あれは、ただ慰めてただけで…」
「慰めてた?」
「うん。やっぱ試合停止はショックだったらしくて……。
でも吉澤さんは弱音とか吐かない人やろ?何かたまたま弱ってるとこ見てもーて」
「…………」
「麻琴?」
「何かもやっとした」
「もやっと?」
「すごいイヤだった。愛ちゃんが誰かを抱きしめてるの」
「麻琴……」
愛が振り返って見ると、麻琴は膝に顔を埋めていた。
愛は麻琴の背中に抱きついた。
「ごめん」
「謝らなくてもいいけどさ。……これって何?」
「嫉妬?」
「だよね」
麻琴はがばっと顔を上げた。
首を曲げると愛と目が合った。
「愛ちゃん」
「ん?」
「好きです」
一瞬、2人の顔が重なった。
- 254 名前:背中の温度(4) 投稿日:2007/08/31(金) 00:33
-
その後大泣きし出した愛の涙を止めるのに、かなり時間を要した。
- 255 名前:背中の温度(4) 投稿日:2007/08/31(金) 00:34
-
「何だ。結局つきあい出したんか、お前ら」
手をつないで歩いている愛と麻琴を見て、吉澤が冷やかした。
「愛ちゃんにちょっかい出したら石川さんに言いつけますよ」
「んなっ、何で石川のことを?」
「彼女と遠恋中だからってセクハラしすぎですよ」
「鈍感大王のお前に言われたくねー!」
2人は笑いながら走って逃げた。
校門へ近づくと、男子校の制服を着た生徒が目に入った。
「また愛ちゃん?」
「どうかな?」
「もしそうだったら、あたしが断るよ。『あたしの彼女に手を出すな』って」
「まことぉー」
愛は麻琴の背中に抱きついた。
- 256 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/08/31(金) 00:35
-
さりげなく完結してしまいました。
もともと長くする予定ではなかったので。
まあ何というか、いろいろと力不足を実感…。
- 257 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/08/31(金) 00:41
- レス御礼。
>>240 名無飼育さん さま
いろいろ複雑だった割に、何かあっさりと…でしたでしょうか。
>>241 名無し さま
久々ですと、次もまた違う話になってるかもしれないですw
>>242 名無飼育さん さま
まったくもって同意w
>>243 名無飼育さん さま
これまた同意ですが、消化不良でスイマセン
>>244 名無飼育さん さま
気にしていただきありがとうございます(^^)
- 258 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/08/31(金) 00:42
- 次回はストックを作ってからあげたいと思いますが、
すばてにおいて行き当たりばったりなので……。
ではまた。
- 259 名前:名無し読者 投稿日:2007/09/02(日) 01:24
- 作者さん、更新乙です。
飼育では数少ないマコ絡みの甘甘作品を小ネタというスパイスを混ぜて
届けてくれて有難うございます。
次回作をモニターにこびりついた砂糖を落としながらお待ちしております。
- 260 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/02(日) 21:41
- お疲れ様です。
鈍感大王かわいらしくて最高です。
とても面白かったです。
- 261 名前:名無しさん 投稿日:2007/09/03(月) 22:43
- 更新&完結お疲れ様です。
いつもホクホクしながら小説読ましてもらいました。
じれったいまこあい大好きです。
でもちょっとまこがき気になります。ってかガキさん絶対惚れましたよね?
- 262 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/09/11(火) 23:20
- すばてって何だよ、自分……。
まずはレス御礼。
>>259 名無し読者 さま
小ネタに気づいていただければウレシイっす。
次の話も当然のようにマコ絡みなのですが
甘甘とは対極にあるような話です……。
>>260 名無飼育さん さま
鈍感大王さいこーですかー(意味なくテンション高)。
面白かったという感想が地味にうれしいです。
>>261 名無しさん さま
じれったさをもうちょっと引っ張れたらよかったんですけどねー。
そんなわけで、まこガキが中途半端になってしまいますた。
ガキさんはまこちぃ全肯定派。
- 263 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/09/11(火) 23:25
- それでもって新しい話を始めたいと思いますが、
例によって注意書きです。
・公序良俗に反する表現があったりします
・メンバーがイタい目にあったりします
ご注意ください。
>>127-172 「すべて世は事も無し」
の本編のような話です。
- 264 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/11(火) 23:25
-
「降ればどしゃぶり」
- 265 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/11(火) 23:26
-
駅の改札を出ると、迎えがいた。
「お久しぶりです。吉澤さん。小川さんもよくいらっしゃいました」
小川麻琴は相手に頭を下げつつ、考えた。
どこかで会ったろうか?
「新垣里沙です。覚えてますか?小さい頃、遊んでもらいました」
「えっ!?」
「えってお前。すいませんねー、里沙お嬢様。お嬢様があまりにおきれいになられたんで
わからなかったみたいです」
吉澤ひとみの言葉に里沙は苦笑した。
「吉澤さんは相変わらずですね。でも私にはそんなお世辞は必要ないですから」
「お世辞じゃないっすよ、お嬢様。なあ麻琴?」
「はい。以前お会いした時は可愛らしかったですが、今は大人っぽくなられた」
「もう。私のことはいいですから」
里沙は真っ赤になったが、咳払いをすると改まって言った。
「尾けられてはいませんよね?」
「そういえば、黒いサングラスにトレンチコートを着た、付け髭の男が――」
「大丈夫です」
麻琴はひとみの言葉を遮って答えた。
里沙は苦笑して、先に立って歩き始めた。
- 266 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/11(火) 23:26
-
会長は愛想よく片手を差し出して来た。
「小川麻琴くんだったな」
「はい」
素早く力強く握手が交わされた。
「君の仕事ぶりは吉澤から聞いているよ。さあ皆座ってくれたまえ。コーヒー?それとも紅茶?」
会長の机の前に木の椅子が3脚、半円形に並べられていた。
里沙が右に、ひとみが左に座った。
麻琴は仕方なく残った真ん中に座った。
会長が銀製のコーヒーセットに歩み寄った。
「おじ様、私が……」
「ああ、いい、里沙。座っていなさい」
会長はひどくぎこちない手つきでコーヒーを手づから淹れてくれた。
これも連綿と続く名門一族の血がなせる業なのだろう。
ひとつひとつ動作の間に妙な間があり、麻琴ははらはらしながら見守った。
- 267 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/11(火) 23:27
-
コーヒーの給仕を無事に終えた会長は机の向こうの椅子に座り、
机の引き出しから一冊のファイルを取り出した。
しばらくそのファイルを眺め首を振った後、机越しにひとみに手渡した。
そして椅子に身を沈みこませると、両手の指の腹と腹を合わせた。
目をつぶって話し始める。
「我々は、ちょっとした問題を抱えるお得意様に、その解決策を見つけて差し上げるという
サービスを提供してきた。
スキャンダルと言うと世間は面白がるが、友人がそれに巻き込まれているならば
多少のわずらわしさは覚悟して、最善を尽くしてやらねばなるまい」
もったいぶった沈黙が開いた。
「高橋議員は名家の出だ。政治家としての躍進の影に家名の後押しがあったことは
否定できないが……まあ有能な政治家であることは確かだ。我々は彼の大望に力を
貸すことにした」
金のためだろう、ひとみが口を動かさずに呟いた。
耳のいい麻琴にしか聞こえなかったはずだ。
もとより、ひとみは麻琴にだけ聞かせるつもりで言ったのだろう。
「彼は近いうちに国務大臣になるだろう」
だから何だ、という言葉をひとみは飲み込んだ。
「だが、ひとつ問題がある」
そこで我々の出番というわけか。
- 268 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/11(火) 23:27
-
「その問題とは、議員の長女だ」
ひとみはファイルのページを何枚かめくり、10代後半と思しき少女の写真を見つけた。
端正な顔立ちで、雑誌の表紙を飾ってもおかしくない容貌だった。
「愛という。彼女はこれまでも問題行動があった。しかし今回は……」
「何かトラブルですか?」
「家出だ」
それなら連れ戻せばいいだけのことだ。
ひとみは麻琴と目を合わせる。
ただの家出騒動にしては雰囲気がものものしい。
「警察は何と?」
ひとみが聞いた。
「警察には知らせていない」
「20才になるかならないかっていう女性が家出して3ヶ月以上も経つのに?」
「議員としては、政治生命を危険にさらすわけにはいかなかった」
「議員は娘がかわいくないんですかね?」
「溺愛しているとは言い難い。――それでも娘が帰ってくることを望んでいる。11月までに」
11月に何がある?
選挙か。
「この件を君たちで解決して欲しい」
「高橋夫妻に話が聞きたいですね。出来るだけ早く」
ひとみが言い、会長はうなずいた。
- 269 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/11(火) 23:27
-
家出人を捜そうと思ったら、真っ先に自宅を調べるのが鉄則だ。
「家出人捜しか。探偵事務所の仕事だろうよ。こんなのは」
ひとみはまだぶつぶつ言っている。
麻琴は自分たちを先導してくれている里沙の様子を気にした。
先頭の里沙はゆっくり歩いていた。
「目撃証言が3週間も前とはな。今もそこにいるかあやしいもんだ。
金持ち令嬢が自由に金を引き出せるとあっちゃ、尚更だ。
世界中どこにいたっておかしくない」
「吉澤さん」
麻琴の困った声にひとみは笑みをこぼした。
「わかってるよ。ウチらのするべきことは――最善を尽くし、報酬を受け取り、
一切を忘れる」
里沙の先導で、2人は立体駐車場に向かった。
「しかし、何で高橋議員は娘さんを3ヶ月以上も放っておいて、
今頃になって取り戻そうとしてるんでしょうね?」
「直接聞いてみるんだな」
- 270 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/11(火) 23:28
-
里沙の後に従って駐車場の傾斜路を上って行く。
「お嬢様はエレベーターはお嫌いか?」
3階にたどり着くと、里沙は場内を見回して言った。
「紺のBMWを捜して下さい。運転手が乗っています。高橋議員の側近です。
彼が高橋家まで案内してくれます」
里沙はファイルをひとみに渡した。
「必要な情報は全てそのファイルに入っています」
「令嬢の居場所も?」
「吉澤さん……」
麻琴が困った顔でひとみを見た。
「オーケー、オーケー。ありがとう、里沙お嬢様」
「では私はこれで。吉報を待っています」
里沙はきびすを返すと傾斜路を下って行った。
「お嬢様はBMWつったっていろいろ種類があるって知らないのかね?第一名前とか……」
「あれですよ」
麻琴はBMWにすたすたと近づいて行き、ひとみは首を振ってゆっくり後を追った。
- 271 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/09/11(火) 23:28
- 更新終了。
まあこんな感じで。
- 272 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/13(木) 09:12
-
高橋議員は写真と同じ笑顔で2人を出迎えた。
「ずいぶんと若いんだな」
議員は主に麻琴の方を見て言った。
「今、我々を返品すれば、ビール券か箱ティッシュがもらえますよ」
吉澤が言うと、議員は露骨に苦々しい表情を浮かべた。
「お座り下さい。この2人は腕が確かだと会長が確約してくれました」
高橋夫人が2人をソファーに座らせた。
「若すぎると思わないか?」
「ええ。でも、私たちだけではこれ以上は無理よ。お願いするしかない」
それで議員は黙った。
夫人は視線をひとみ達に向けた。
「それで、知りたいことは何?」
- 273 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/13(木) 09:12
-
夫妻が語ったことは、ここまで送ってくれた運転手から聞き出したことと大差はなかった。
愛は両親の過剰とも言える愛情を一身に受けて育った。
パーティがあると招待客の前へ引き出され、習い事の成果を発表させられた。
バレエ、声楽、ピアノ、茶道、華道、乗馬等、数々習わせ、
両親は娘のためにバレエの発表会や演奏会を開いた。
愛が成長するに従って、父親は政界への階段を上へ上へと駆け上り、
家族と一緒に過ごす時間はほとんど持てなくなった。
夫人の方も同様で、接待や議員夫人の集会や崇高なボランティア活動に時間を割かれていた。
娘に何もしてやれない両親は、学校だけは一流の学校を娘のために選んだ。
愛は学校の成績を上げれば親の関心をひけると考え、勉学にいそしんだ。
しかし成果は上がらなかった。
両親は娘のために何もしてやれなかったが、娘の方も両親を満足させられなかった。
愛は必死になって完璧を追い求め、その努力が無駄に終わると、無関心を決め込むようになった。
普通の子供なら一過性で済む反抗期が終わりを迎えることが無かった。
その場限りのお世辞を言う者や、他愛の無い話をする相手は掃いて捨てるほどいたが、
親友と呼べるものは一人もいなかった。
悩みを打ち明ける相手はもっぱらカウンセラーで、それもやがて口を開かなくなった。
- 274 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/13(木) 09:12
-
愛の生い立ちの話は長々と続いた。
よくある金持ち娘の転落話だ、とひとみは思った。
この後はお決まりの、酒、薬、不純異性交遊。
「愛さんが目撃されたのは3週間も前なのに、どうして誰にも相談しなかったんですか?」
麻琴が質問した。
本当に聞きたいのは、どうして3ヶ月も放って置いたのかということだが、
このタイミングで聞くのはまずい。
「目撃した友人が電話をくれたのが5日前だった。そこで私たちは会長に相談することにした」
「友人が目撃したというのは偶然ですか?」
「偶然だろう」
ひとみはありきたりな質問をした。
「愛さんが家出をする直前に何か変わったことはありませんでしたか?」
陳腐な質問だが、この手の質問ならば大抵の依頼人は進んで答えてくれる。
- 275 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/13(木) 09:13
-
誰も答えなかった。
ひとみは時間つぶしに冷めかかったお茶を飲んだ。
二口分の沈黙を確認した後で口を開いた。
「変わったことは何も起こらなかったか、あったけれども話したくないか、
どちらかってことですね?」
「愛は家にいたわ。でも変わったことは何もなかった。本当よ」
「大抵の場合、家出に至るには“促進要因”と呼ばれるものがあります。
両親との喧嘩…両親の間の喧嘩…彼氏と会うのを止められていた…とかね」
「そんなことは一切無かった」
高橋議員が確信を込めた声で答えた。
「そうですか。そいつは残念です。そういうのがわかれば役に立ったんですが。
何から逃げているのかわかれば、何に逃げてるのかもすぐわかる。
……本当に何もなかったですか?」
ひとみがお茶を飲み干す間、沈黙が続いた。
- 276 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/13(木) 09:13
-
「愛さんを最後に見たのはいつですか?」
「土曜の夜。後援会のパーティーで留守だった。
帰って来たのはかなり遅くて1時を過ぎていたと思う」
「部屋をのぞいてみると、あの子はベッドに入っていたわ」
「1人で?」
「おい!」
議員が顔を真っ赤にさせてがなった。
「会長に今すぐ電話して取り替えてもらうぞ!」
夫人は夫に取り合わず、続けた。
「日曜の朝、私たちが目を覚ましたのは、もうお昼近くで……愛はもういなかった。
使用人に聞くと、愛は散歩に行くと言って出て行ったと……」
「ずいぶんと長い散歩ですね」
ひとみはまた議員ににらまれた。
「私たちは車であの子を探し回ったけど――見つからなかった。
でもあの子の車を見つけた。繁華街のバス停前に止めてあった。
それで私たちは、あの子が家出をしたと――」
「今までに何回家出を?」
ひとみはさらっと聞いた。
「4,5回……」
「国外へは?」
「一度も無い」
「親戚のところへは?」
「あの子は誰とも親密ではないわ」
「そこで警察と消防に連絡を?」
議員の顔が赤黒くなった。
- 277 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/13(木) 09:13
-
「いいか、お前らは何もかも私たち親のせいにしたいんだろうが、そうはいかんぞ!
あの子には全てを与えてやった。その報いが政治家生命をメチャクチャに
されることだというのか!? この家を出たいなら勝手に出て行けばいいんだ!」
「我々もそれで結構ですよ。ただ家族写真がないとさまにならないんじゃないですか?」
「貴様らには何も頼まん!」
ひとみは立ち上がった。
「あなたから頼まれた覚えはありません。我々は組織から仕事を依頼される。
組織が愛さんを捜せと言えば捜します。やめろと言えばやめます」
夫人も立ち上がった。
「愛を見つけて!」
それは嘆願ではなく命令だった。
夫の意見を無視する命令、そうひとみには聞こえた。
使用人が香り高い紅茶を運んできて、話は再開された。
- 278 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/13(木) 09:13
-
悪い知らせがあった。
愛の銀行口座からは金が引き出されていない。
クレジットカードも使っていないわけで、これはよくない兆候と言えた。
何か別の方法で金を得ているということになる。
物乞いか、盗みか、売春か。
物乞いはあまり現実的ではない。盗みは技術が要る。
手っ取り早いのは売春だろう。
ひとみも麻琴も、両親にはある覚悟がいるだろうと考えた。
愛はもう存在していない可能性が高い。
「愛さんの部屋を見せてもらえますか?」
夫人が2人を愛の部屋へ案内してくれた。
まるでホテルの一室のようだ、と麻琴は思った。
こぎれいでシンプル。しかし生活のにおいがしない。
大きなクローゼットと専用の浴室が付いていた。
- 279 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/13(木) 09:14
-
「ちょっとお時間いただきますよ」
ひとみが部屋を見回して言った。
「お邪魔でしたら、私は……」
「まぁベッドにでも腰掛けていてください」
ひとみは引き出しとクローゼットを調べ始めた。
「この部屋は家出した状態のままでしょうね?」
「ええ」
ひとみはドレッサーの一番上の引き出しを開け、天板の裏を手で探った。
テープが手に触れたので、そっと引き剥がした。
「煙草ですか?」
「マリファナですね。……ずいぶん上物だ」
「あの子にはお金に不自由させてませんから」
今は違うだろうがな、とひとみは腹の中で呟き、順に引き出しを探って行った。
それが終わるとクローゼットにとりかかった。
思ったより衣類は少ない。
何着目かのジャケットの裏に精神安定剤が貼り付けられていた。
- 280 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/13(木) 09:14
-
麻琴が浴室から出て来た。
ビニール袋を手にしている。
「どこにあった?」
「洗面台の底です」
「こいつは大漁だな」
「何ですか?」
夫人が立ち上がって2人の手元を覗き込んだ。
「エックスにチョコにエスにコーク…何でもあるな」
「何なの?それ」
「MDMA、大麻、アンフェタミン、コカイン」
「まさか…!麻薬!?」
「いい知らせもありますよ。注射針が無い」
次は愛の車を調べた。
さしたる収穫はなかった。
麻薬の類がこっちから出て来なかったのがひとみには意外に思えた。
- 281 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/13(木) 09:14
-
「あまり議員を刺激しないで下さいよ」
「わぁってるよ。だけどフツーにやったって、アイツらの腹のうちはわかんないぞ」
「それはそうですけど……」
高橋議員も夫人も忙しいらしく、既に外出していた。
夫人はひとみ達だけで夕食を取ることを気にしてくれたが、そんな気遣いは無用だった。
2人は高橋家お抱えの料理人が供してくれた料理をたらふく腹に詰め込み、
客室に通された。
客室に備えられた浴室でゆったりと風呂まで入った。
「お姫様の家出は計画的なもんじゃないな」
ひとみはベッドに寝転がって、隣のベッドの麻琴に確認するように言った。
「クスリが大量に残っているからですか?」
「そうだ。とっさに家を出ようと思ったんだろうな。車にヤクがなかったのは、
途中でそのことに気づいてあるだけさらってったからだろう」
「家にある分を持っていかなかったってことは、まだ中毒が軽度ってことでしょうか?」
「それか家に帰るのが心底嫌だったのか。……どっちにしても彼女には帰る意思はないな。
軽い気持ちで家出をするヤツは、たいてい見つけられることを望んで、
意識的にしろ無意識的にしろ手掛かりを残していくもんだ。
それに、金が無いんだ。
家より酷い生活ってことになりゃお姫様は飽きたら戻ってくるだろ」
「今よりいい生活をしてるって可能性もありますよ」
「まあな。気になるのは、ヤクにも金にも手をつけてないってことだ。
いったい何を考えてるんだ?」
- 282 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/13(木) 09:15
-
寝室のドアがノックされた時、ひとみは反射的に腕時計を確認した。
2時を少し過ぎていた。
麻琴を見る。
麻琴はおそろしく耳がいいので、誰の足音かを聞き分けることが出来る。
「夫人ですね」
「夜這いか?――どうぞ」
高橋夫人が入って来て、ドアを後ろ手に閉めた。
シルクのネグリジェを着ているというのがよくわからないが、
夫人は思いつめたような表情を浮かべていた。
「どうしました?」
「ずいぶん迷った末にここへ来ました」
「はあ」
「愛は書き置きを残していったの」
「……車の中にですね?」
夫人はうなずいた。
「あなただけが見るように?」
「……ええ。お話ししていないことがあります」
そして夫人は秘密を打ち明けた。
- 283 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/13(木) 09:15
-
夫人の話が終わると、ひとみは立ち上がった。
「書き置きはどこですか?」
「必要なの?」
「警察に捜索を依頼する時に必要になります。もし破り捨てたんだとしたら、犯罪になりますよ」
「警察に行くつもり?」
「着替えたらすぐに。奥様も来ますか?」
「主人は――」
「知ったこっちゃねー!」
ひとみは激したが、それ以上に激しく夫人が叫んだ。
「あの子には私の助けが必要なの!あの子に言わなくてはならないことがあるの!」
「何ですか?」
ひとみは半ばうんざりしながら聞いた。
夫人の口から更に秘密が飛び出した。
ひとみと麻琴は思わず顔を見合わせた。
- 284 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/09/13(木) 09:15
- 更新終了。
- 285 名前:名無しマコ 投稿日:2007/09/13(木) 20:28
- おおぅ何だか新展開にゾクゾクしすぎます
カッコヨスなマコに期待しますよ
- 286 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/15(土) 10:33
- お嬢様もすごいしお母さんもすごいなぁ
どんな秘密だったんだかあれこれ考えてますがわかりませんw
- 287 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/16(日) 23:53
-
「――書き置きはどこに?」
ひとみは自分の頭が冷えるのを待って、聞いた。
「貸し金庫の中。私名義の。警察に行くつもり?」
「いえ」
状況が変わった。
何てこった、とひとみは呟く。
組織がきれいな仕事を用意してくれるわけがないとわかってはいるが。
「議員はあなたが知っているとは――」
「知らないわ。知っていれば離婚は避けられない。
そうなれば愛の居所がわからなくなるでしょう?」
「でしょうね。――さて、奥様には承知していて欲しいことがあります」
「何かしら?」
「お嬢さんはクスリやら食べ物やら寝る場所を得るために、
どんなことでもやってるはずです」
「愛がそんなことをするはずが……」
「しますよ。ウチらだって似たようなもんです」
ひとみは服を取り上げた。
「話は済んだようなので、我々はこれでおいとましますよ」
「まあ。ゆっくりお休みして下さい。睡眠のお邪魔をしてしまったのでしょう?」
「どうせもう眠れないですから同じです」
夫人が麻琴の方に目をやると、麻琴は既に着替え終わっていた。
- 288 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/16(日) 23:53
-
運転手に駅前まで送ってもらい、ネットカフェに逃げ込んで朝までの時間をつぶした。
ひとみは煮詰まったようなコーヒーをがぶがぶ飲み、煙草を喫いまくった。
「身体に悪いですよ」
麻琴が少し顔をしかめて言った。
「うん」
ひとみは案外素直に煙草を灰皿に押し付け、椅子にもたれた。
「少し寝たほうがいいんじゃないですか?」
「……眠れない」
麻琴に寝ろとは勧めなかった。麻琴は元々あまり眠らないようだった。
いつ声を掛けても、眠っていたとは思えない反応を見せる。
麻琴は世界で最悪のスラムと呼ばれる“竜の巣”の出身だ。
そこでどんな暮らしをして何を見て育ったのか、ひとみは聞いたことがない。
しかし麻琴の異常とも言える耳と勘のよさは、そういった育ちが関係していると思っていた。
- 289 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/16(日) 23:53
-
レンタカーで車を調達し、愛の通っていた大学へ向かった。
「講義に遅れる」
ひょろひょろした男子学生は育ちのよさそうな顔に不安げな表情を浮かべて答えた。
では講義の後、近くのコーヒーショップで、と約束を取り付けた。
学生はほぼ時間通りに姿を現わした。
腰を下ろすなり話し始めた。
「僕は何も知らない。こんなことなら話すんじゃなかった。
警察とか関わりたくない」
「ウチらは警官じゃない」
「それなら話す義務もない」
「確かめたいことがいくつかあるだけなんだ」
「例えば?」
「例えば、あんたの話が全部でたらめだとかね」
「どういう意味だよ」
露骨に不機嫌さを顔に表わした。
しかし2人から威圧感を感じているらしく、目には微かに怯えが見える。
「北の街で彼女を見かけたって?」
「うん。その後地下鉄に乗っちゃったから声を掛けられなかった」
「追ったのか?」
「ああ……でも僕はカードを持っていなかったから……」
「カード?あの駅はカードは非対応だ」
「…………」
「ウチらは警察じゃない。あんたがこの話を本当だと言い張るなら
ここで引き下がるしかない。でもあんたが嘘を吐いてることはわかる」
「……誰にも言わない?」
「約束する」
「この話が他へ漏れたら…」
「絶対にない」
- 290 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/16(日) 23:54
-
「僕は友達と旅行に行って2,3泊していたんだ。で、その友達が女を呼ぼうって言い出して…」
「ふむ」
「で、そういう所に電話したんだ。その、わかるよね?」
「ああ。それで、おねえちゃんが2人派遣されて来たと」
「うん」
「で、やることをやったと」
「うん」
「で?そのうちの1人が高橋愛だったと」
「ち、違うよ!」
育ちのいいお坊ちゃんはショックを受けた顔をした。
「違うのか。で?」
「その……終わった後にいろいろ話なんかして、それでドラッグの話になって……。
彼女たちに聞いたんだ。どこかで手に入る所はないかって」
「はーん。で、当然彼女たちは知っていたと」
「うん。彼女たちはある人へ電話をして、そしたら出て来いって言われた」
「で?のこのこ行ったわけ?」
「呆れるかもしれないけど、そこはにぎやかな所だったしさ、映画館の隣で場所も知ってた」
- 291 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/16(日) 23:54
-
ひとみは首をこきこきと鳴らした。
「いつになったら愛さんは出て来んの?」
「その売人と高橋が一緒にいた」
「……なるほど。話はした?」
「いや。向こうは何がおかしいのかげらげら笑ってて、僕らが近づくと路地の方へ引き返した」
「高橋愛に間違いない?」
「うん」
「何で言い切れる?」
「高橋とは……その、少しだけつきあったことがあるんだ」
「売人が来て、それから?」
「大麻を買って、すぐ帰ったよ」
「高橋愛を追っかけたりはしなかったんだね?」
「一緒にいた連中がヤバそうで、そんなこと出来なかったよ」
「それで正解だよ。高橋愛は元気そうだった?」
「うん。ただ……」
「ラリってた」
「たぶん」
「売人はどんなヤツだった?」
「女だよ。小柄だけどすごい迫力のある人だった」
「女?」
ひとみと麻琴は顔を見合わせた。
- 292 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/16(日) 23:54
-
『どんな感じ?』
圭が電話で様子を訊ねて来た。
「高橋愛はヤクの売人に囲われてるらしい。そいつはどうやら女性派遣業務にも顔が利くらしい。
今んとこわかったのはそれだけ」
『結構はかどってるみたいじゃない。』
「嫌味かよ。とにかく圭ちゃん、あっちに隠れ家を用意してよ」
『ホテルじゃダメなの?』
「目に付くだろ」
『わかった。手配しておくわ。他には?』
「現金」
『いつものように領収書取っておきなさいよ。それからメッセージがあるわ』
「何?」
『10月1日までにその娘を連れ戻して』
「何時何分?」
『こら。ふざけない。それから、娘が見つかっても10月1日まで戻すなとのこと』
「あん?」
いないのも困るが、喋られても困るってか?
- 293 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/16(日) 23:55
-
『とにかく。リミットは9週間』
「それまでに高橋愛を見つけて、捕まえて、ヤクを抜いて、説得して連れ戻せって?」
『もし期限までに見つからなかったら――』
「見つからなかったら?」
『忘れなさい』
ひとみは唸った。
「なるほど。そういうことか……わかったよ、圭ちゃん」
電話を切ると、麻琴が淹れてくれたお茶を飲んだ。
「嫌な匂いがするな」
「え?お茶ですか?」
「いや。今回の件」
麻琴はああ、とうなずいた。
「お嬢さんが役に立つのは選挙期間中の数日間だけってことですか」
「ああ。それが過ぎれば、失踪したままにしておけってわけだ」
「10月1日ぴったりってのは難しいですね」
「ああ。でもやるしかない」
- 294 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/09/16(日) 23:56
- 更新終了。
- 295 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/09/17(月) 00:00
- レス御礼。
>>285 名無しマコ さま
何か今のところ親分の方が目立っておりますが。
そのうち活躍するはずですw
>>286 名無飼育さん さま
お母さんは最初、マダムちっくな漠然としたイメージしかなかったのですが
何故か途中からマルシアが浮かんできましたw
秘密は当分秘密。
- 296 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/17(月) 00:51
- 今回もかっけーYO!
なるほど、マル様にあてはめれば良いのですね。
- 297 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/19(水) 23:24
-
北の街は思ったよりも蒸し暑かった。
ひとみはぼやいた。
「もっとカラッとしてるのかと思ったがな」
空港に出迎えが来ていた。
飯田圭織と名乗る女性は圭の古い知り合いで、組織と関わりがあるらしかった。
ひとみたちのような工作員ではなく、上流社会の方の交友関係のようだった。
世事に疎く、その為に高橋愛の件について他言することはないだろうと見込まれたらしい。
圭織の危なっかしい運転で家に着いた時はひとみも麻琴もぐったりしていた。
- 298 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/19(水) 23:24
-
「一週間以内にバカンスに出かけるから、ここを好きに使っていいわ」
圭織の家は閑静な住宅街にあり、隠れ家としては申し分なかった。
2階建てで、1階は若い夫婦に貸しているらしい。
「ここの家はアトリエ代わりに使ってるだけだから。他のスペースがもったいないでしょ?」
家の横の狭い階段を上りながら、圭織が説明した。
ひとみと麻琴は曖昧にうなずいた。
いくつも家を持っている人種の考えていることなど理解できるはずもない。
部屋に入ると油絵の具の臭いが鼻をついた。
通りに面して居間があり、その奥に小さなキッチン、更に奥に寝室と浴室があった。
「慣れない人には絵の具の臭いが気になるでしょ?一応片付けて、換気もしたんだけど……」
「まあ大丈夫ですよ。充分です」
ひとみはあちこち覗き込みながら答えた。
- 299 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/19(水) 23:25
-
「この絵、すごいですね」
寝室に掛かっている大きな夜景の絵を見て麻琴が声を上げた。
「あ、わかる?その絵はね、夜描いたの」
「?」
「朝、気持ちいい〜とばっと窓開けてフクロウが飛んでいたらおかしいでしょ?」
「??」
「フクロウは夜飛ぶものでしょ?」
「はあ…」
「だから朝飛んじゃいけないの」
「???」
ひとみは苦笑してそっと離れた。
麻琴は延々とフクロウの話を聞かされている。
- 300 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/19(水) 23:25
-
「自分が朝ただ空飛んでるだけでもみんなに迷惑をかけちゃうの。わかる?」
「何となく……」
圭織は満足そうにうなずいた。
「いい子ね。明日の朝一番で別荘に行こうと思ってるんだけど、あなたもどう?」
「すごく残念なんですけど、急ぎの用事がありまして……」
「そう。すごく静かで落ち着くところよ。時間が出来たらいらっしゃい。
地図を描いておくから」
「ありがとうございます」
部屋から出ていたひとみが顔を覗かせた。
「あー、すいません、飯田さん。そろそろ行かなくちゃならないんです。
ホテルにチェックインしなくちゃなんないんで」
残念そうな圭織に見送られて2人はひとまず隠れ家を後にした。
しばらくの拠点は中心街のホテルになる。
- 301 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/19(水) 23:25
-
手掛かりはほとんどなかった。
お坊ちゃん学生の頼んだデリヘル店は既に営業していなかった。
電話番号や店名を変えただけかもしれないので、その店の場所だけは押さえた。
お坊ちゃん学生からデリ嬢と記念に撮影した携帯の画像も入手した。
ひとみがカマをかけるとお坊ちゃんは青ざめて否定したが、最後には見せざるを得なかった。
これだけでは手掛かりとも言えない。
ひとみと麻琴は交替でデリヘル店のあったビルを見張り、公園で人を眺め、地下鉄駅を歩いた。
お坊ちゃん学生が彼女を見かけた映画館の付近も見張った。
夜になると繁華街をうろついて、知ってる顔を探した。
あっという間に3週間が過ぎた。
- 302 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/19(水) 23:26
-
「ひょっとして、売人はヘマしてブタ箱に入ってるかもしれない。
ひょっとして、今頃足元をコンクリで固められて海に沈められてるかもしれない。
ひょっとして、高橋愛が売人と一緒にいたのはあの晩だけだったかもしれない。
ひょっとして…」
「吉澤さぁん……」
麻琴は情けない声をあげて、ひとみのぼやきを止めさせた。
ここのところ、ひとみはホテルに戻って身体を休めながら、愚痴ってばかりいた。
「ひょっとして、こんなこと考えるのは時間の無駄か?」
「まあ、あたしも考えますよ。彼女が病気になってるかもしれないとか、
警察に捕まってるかもしれないとか、クスリでマズイことになってるかもしれないとか」
「うん」
2人とも同じことを考えていたが、それは口に出さなかった。
口に出してしまえば、ぞれが現実になりそうな気がした。
つまり、愛はもうこの世にいないのではないか、ということだ。
ここのところ、寝ようとすると、ひとみの脳裏に愛の姿が浮かぶようになっていた。
それは死のイメージを伴っていた。
そして眠れない、と麻琴に愚痴をこぼすのだ。
麻琴はひとみが眠るまで、それに付き合った。
- 303 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/19(水) 23:26
-
“高橋愛”が目の前を歩いていた。
残り時間が一ヶ月を過ぎた夜、いつもの散歩コースをたどり、映画館の辺りを歩いていた。
ふと顔を上げると、偶然その姿が目に飛び込んできて、思わず麻琴は周囲を見回した。
愛は数センチ向こうにいた。
思わず声を掛けて、うちへ帰ろうと言いそうになった。
しかし実際には麻琴は後ろに素早く下がって、人混みの中にまぎれて傍観を決め込んだ。
心臓の鼓動が自分でもうるさく感じた。
愛は1人で歩いていた。
連れ出すチャンスかもしれない。
しかし麻琴は後ろから男たちが付いて来ていることに気づいた。
人混みを抜けた所で、男2人が愛の背後から肩をつかんで路地の方へ強引に引っ張って行った。
麻琴は素早く近づき、路地を覗き込んだ。
雑居ビルに入って行くのが見えた。
続いてビルに入る。
エレベーターは動いていない。
地下にトイレがあった。
- 304 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/19(水) 23:26
-
近づくと漂白剤の臭いが鼻をついた。
ドア越しに会話が聞こえた。
「何するのよ!」
「お前、藤本の女だな?」
「それが何!?」
ピシッと乾いた音がした。
頬を張られたらしい。
「少し痛い目に遭ってもらうぜ」
考えている暇はなかった。
傷をつけられては困る。
階段の隅に消火器があった。
麻琴は右手に消火器をぶら下げて、素早く音を立てずにドアに近づいた。
ドアのすりガラス越しに1人立っているのが見えた。
まずはコイツだ。
深く息を吸い、肩を下げてドアにぶつかった。
- 305 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/19(水) 23:27
-
男は壁にぶつかって倒れた。
ドアと壁に挟まれた男に、体重を掛けてもう一度ドアを叩きつけた。
間髪入れず、もう1人の男の髪の毛を左手でつかみ思い切り引っ張って、
さらけ出した首の右側に消火器を叩きつけた。
殺す気なら頭頂部を殴ればいいだけだ。
だが麻琴にはその気はなかった。
気絶してくれればそれでいい。
男は願いどおり、うめいて崩れ落ちた。
ドア側の男がうめいて立ち上がろうとしていた。
蹴りを入れて黙らせた。
愛は大きな目を見開いて、突然の闖入者を見ていた。
「大丈夫?」
麻琴が声を掛けても、固まったまま反応しなかった。
どうやって彼女を連れ出すか考えた。
そのせいで反応が遅れた。
- 306 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/19(水) 23:27
-
「動くな。動いたら殺す」
低いきっぱりした声が聞こえた。
麻薬でラリっている声ではない。落ち着いた声だった。
麻琴は動かず、じっとしていた。
近づいてくる気配があった。
麻琴は歯をくいしばり、目を閉じた。
「美貴ちゃん――」
愛が何か言ったが聞こえなかった。
右耳の下に衝撃が走り、麻琴の頭の中に白い光が走った。
- 307 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/09/19(水) 23:27
- 更新終了。
- 308 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/09/19(水) 23:31
- レス御礼。
>>296 名無飼育さん さま
例によって、かっけーのかそうじゃないのか
わからないマコになってきましたあ!(元気よく)
- 309 名前:名無し 投稿日:2007/09/20(木) 19:58
- マコぉ〜〜〜〜!!!
またまたハラハラドキドキな話にワクワクしています。
気になる秘密もあったりと、読者を楽しませてくれる作者様に感謝です!
次もお待ちしておりますぞ。
- 310 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/22(土) 23:12
-
「この人はあたしを助けてくれたんだって」
「だから誰だよ?」
「それはわかんないけど……」
「オメーが1人でうろうろするから悪いんだろ?」
「ごめん……」
「そんな顔するなよ。美貴がいじめてるみたいじゃん」
麻琴は地べたにうつ伏せになって寝かされていた。
さっきから落ち着きなく歩き回っているのが愛だ。
そしてもう1人が“美貴”。
こいつがどうやらクスリの売人らしい。
ハシシ独特の甘ったるい匂いが漂っている。
- 311 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/22(土) 23:13
-
麻琴はゆっくりと上半身を起こした。
腕立て伏せのような格好で頭を上げ、次に膝を折って地面の上に正座した。
首の後ろが脈動している。
軽く吐き気がした。
「大丈夫か?」
美貴が顔を覗き込んできた。
麻琴は吐き気がおさまるのを待って、うなずいた。
「吸うか?気分が落ち着く」
美貴が自分の吸っていたジョイントを差し出した。
親指と人差し指で受け取り、長くひと吸いして、ゆっくり息を吐き出す。
咳き込みそうになるが我慢した。
もうひと吸いして、美貴へ返した。
ゆっくりと身体の緊張がほどけていく。
「悪かったな。てっきり愛を拉致ったヤツらの仲間だと思ったんだ」
「だからそっちはこの人がやっつけてくれたんだって」
口を挟んだ愛を美貴はにらみつけて黙らせた。
「あんた何者だ?」
「ただの観光客だよ」
「何でこいつを尾けてた?」
「そんなつもりじゃないよ。トイレに行ったら取り込んでたから、どいてもらっただけ」
- 312 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/22(土) 23:13
-
ふふん、と美貴は笑ってジョイントを吸いながら愛の隣へ戻った。
愛は美貴の手からジョイントを取ると、深く吸い込んだ。
「なかなかいい手際だったな」
「それはどうも」
周囲を見渡すと、例の映画館の隣の路地だった。
どうやらこの辺が美貴たちのナワバリらしい。
「あんた意外と重いからここまで連れて来るのがやっとでさ。あのビル付近はヤツらのシマだし」
「それはどうも、お手間かけました」
丁寧に頭を下げると、美貴は笑い出した。
「面白いな、あんた。ちょっと付き合わない?」
「はあ?」
- 313 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/22(土) 23:13
-
美貴の言う“クラブ”は穴蔵のような場所だった。
音楽が流れ、ダンスフロアで客が踊る。古典的な店だ。
ビールを時間をかけてすすってる間に、どうやら麻琴は藤本美貴に気に入られたらしかった。
麻琴はいろいろ考えたかったが、音楽がやかましく段々と苦痛を感じるようになっていた。
愛はフロアで激しく頭を振り立てて踊っていたが、曲がスローテンポに変わると
ゆったりとしなやかに踊り始めた。
そう言えばバレエを習ってたんだなと麻琴は思い出した。
「いい女でしょ?」
美貴が言った。麻琴の視線の先に気づいていたらしい。
「手出すなよ」
ふざけた口調だったが、目つきは鋭かった。
「わかってる」
自分はただ、あの娘を両親の所に連れ戻そうとしているだけだ。
- 314 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/22(土) 23:14
-
「お仕事の時間だ」
美貴が告げると、愛は女子トイレで身体を洗い、胸の谷間に香水をひと吹きした。
「お仕事?」
「働かなきゃ飯は食えないんだよ」
美貴は愛がおめかしをしているのを満足そうに眺めて言った。
それからガラスの小瓶を取り出し、小さじ一杯を愛に差し出した。
愛は鼻をさじの前に突き出して、片側の鼻の穴を親指で塞ぎ、開いてる方で素早く吸い込んだ。
もう1杯を反対側から吸い込み、頭を前後にそっと揺すった。
美貴は素早くクスリをすくい、自分でも素早く吸い込んだ。
それから麻琴にひとさじ差し出した。
「コークだよ。やるか?」
美貴の目つきには試すような光が宿っていた。
麻琴は不器用に吸い込んだ。
金属っぽい妙な味が喉の奥に広がった。
上物ではないらしい。
- 315 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/22(土) 23:14
-
美貴は満足したように、メモ用紙を愛に渡した。
「誰か一緒に行かせる?」
愛は首を横に振った。
「この場所なら前に行ったことあるから。先に部屋に帰ってて」
愛は美貴の唇に軽くキスをして、バイバイと手を振って出て行った。
「……あの子は彼女じゃないの?」
「そうだよ」
何か文句あるかという顔で美貴は麻琴を見た。
- 316 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/22(土) 23:14
-
“クラブ”を出たのは午前2時過ぎだった。
麻琴は慣れないクスリとアルコールのせいで頭がガンガンしていた。
愛を尾けるべきだったかもしれない。
もしくはひとみに連絡するべきだったかもしれない。
しかしここで動けば失敗する可能性の方が大きかった。
「これからどうするんだ?」
「タクシーでホテルに帰る」
「ウチに泊まって行きなよ。いいから来なって。朝になってから帰ればいい」
半ば強引に美貴のマンションに連れて行かれた。
売人とポン引きをやっているわりには地味な1LDKだった。
それでも中心街に住んでいるのだから、これでも羽振りがいい方なのかもしれない。
「もう寝な」
美貴は毛布を麻琴に放り投げると、寝室に引っ込んだ。
しばらくすると、愛ではない誰かが入って来た。
その誰かは美貴の寝室に入って行った。
- 317 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/22(土) 23:14
-
愛が帰って来たのが足音でわかった。
愛は長いため息を吐き、やかんを火にかけた。
湯が沸くのを待つ間、いらいらしている様子が伝わって来た。
紅茶にミルクと砂糖を入れてかき混ぜると、忍び足で寝室へ向かった。
寝室のドアが開き、そして閉まった。
意外にも、忍び足の音が居間へ戻って来た。
愛は窓の外を見ながら、ミルクティーを飲んだ。
飲み終えるとシンクにカップを置き、服を脱いでいる気配がした。
まっすぐ近づいてくると愛は麻琴の横に寝転がった。
「毛布少し貸してよ」
「美貴ちゃんとこ行かないの?」
「1人じゃないもん」
「……こんな暮らし、嫌じゃない?」
「別に。……寝かせて」
寝入ったと思った愛が、不意に身体を密着させて来た。
愛は麻琴の耳に口を寄せて囁いた。
「助けてくれてありがと」
- 318 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/22(土) 23:15
-
明け方、愛が起きる気配がして、バスルームへ入って行った。
麻琴が入って行くと、愛は洗面台に腰掛けて、足指の間の血管に注射針を突き立てていた。
麻琴に気づいて愛は顔を上げた。
その顔つきにはヘロインの影響がはっきり出ていた。
少量でもヘロインはヘロインだ。
「美貴ちゃんには黙ってて」
「ヘロインは身体によくないよ」
「気分がよくなるの」
「いつから?」
「知らない。……2週間ぐらい前かな」
愛は注射器セットをバッグにしまうと、麻琴の横をすり抜けて居間に戻った。
床に横たわり、天井を見つめている。
「一度ホテルに戻るよ」
「あっそ」
やがて愛の寝息が聞こえてきた。
- 319 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/09/22(土) 23:15
- 更新終了。
- 320 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/09/22(土) 23:19
- レス御礼。
>>309 名無し さま
こちらこそ読んで下さったうえに、ありがたいレスに感謝です。
ちょこちょこ更新ですが、お付き合いください。
- 321 名前:名無し 投稿日:2007/09/23(日) 19:12
- 更新オツであります。
更新されるたびに次が気になる話に目が離せません。
マコ〜〜愛さんを頼むぞ!!
- 322 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/26(水) 08:20
-
麻琴はホテルに戻ってひとみにあったこと全てを話し、今後の作戦を立てた。
午後になって、ひとみは食料品その他必要なものを買い込んで圭織の家へ向かった。
部屋に入ってまずしたことは部屋の換気だった。
それから食料品を冷蔵庫にしまい込んだ。
天井とベッド脇の照明を明るいものからワット数の低いものに取り替えた。
タンスやサイドテーブルなどの尖った部分にタオルを当ててテープで留めた。
ここまで終えると、家から出て近くのコーヒーショップでエスプレッソを飲んだ。
- 323 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/26(水) 08:21
-
麻琴が夜8時ごろに美貴のマンションを訪ねると、ドアの前に若い男が立っていた。
「何だ?」
「美貴ちゃんに会いに来たんだけど」
「今いない」
どうやら用心棒らしい。
「愛ちゃんは?」
「お前は誰だ?」
「小川麻琴って言います。昨日、ここに泊めてもらったんだけど」
「ちょっと待て」
男は横を向いてどこかに携帯で連絡し始めた。
「入っていいそうだ」
- 324 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/26(水) 08:21
-
部屋に入ると愛が1人でいた。
愛は何かでラリっていた。
「ああ、また来たの?美貴ちゃんはいないよ」
「どこに行ったの?」
「お仕事」
それは既にわかっていた。
映画館の横に美貴が立っているのを確かめてからここへ来たのだ。
「今日はお仕事は?」
「あたし?聞いてどうするの?今日は予定はないけど」
今なら愛を連れ出せそうな気がした。
だが、表の男と美貴に通報される前にやりあわなければならない。
「美貴ちゃんと話をしなきゃなんない」
マンションを出て、走った。
美貴は映画館の横に立っていた。
「よう。まこっちゃん」
「商売はどう?」
「さっぱり。空振りばっか」
「ちょっと1杯どう?」
「……ん。30分なら」
「いいよ」
通りの向かい側にあるバーへ入った。
- 325 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/26(水) 08:21
-
「さっき、マンションに行ったんだろ?今は仕事の時間だ」
「愛ちゃん、ラリってた」
「あんたにゃカンケーない」
美貴はビールを飲み干した。
「商売には関係あるでしょ?上客ほどヤク中を嫌う」
「あんた何やってんだ?」
「こっちの仕事に関係してくるかもしれないんだ」
「何?」
「女の子が要る」
「愛はダメだよ。他のを世話してやる」
「仕事で要るんだよ」
「どんな?」
「一発勝負なんだ。うまくいけば儲けはでかいけど、危ない橋も渡らなきゃなんない」
「あんたがカタギじゃないのは気づいてたよ。で、儲けはどのくらいになる?」
「まあ、恋人が稼がなくてもいいくらいはね」
美貴はバツの悪そうな顔をした。
本心かどうかはわからない。
「あたしはあの子に惚れてる」
「知ってる」
「で、仕事って?」
「詳しい話は明日にしよう。大通りの公園の噴水前に13時」
「何でそんな面倒くさいことすんの?」
「仕事ってそういうものでしょ?」
美貴はふん、と鼻を鳴らした。
どうやら了解してくれたらしかった。
- 326 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/26(水) 08:22
-
麻琴は歩いてホテルに戻り、ひとみに気がついたことを告げた。
ひとみは圭に電話をかけた。
「定時連絡」
『はいよ。お疲れさん』
「ウチらの尾行を外して」
『何ですって?』
「次はもうちょっとうまいヤツを寄越しなよ」
『ちょっと、吉澤――』
「んじゃね」
吉澤は電話を切った。
- 327 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/26(水) 08:22
-
次の日、麻琴はホテルを出て南へ歩き、地下鉄駅へ向かった。
券売機で切符を買い、階段へ向かう途中で向きを変えて、再び通りへ戻った。
通りをゆっくりした歩調でぶらつき、向きを変えると一転してピッチを上げた。
誰かが後を尾けて来ていれば、かなり汗だくになっているはずだ。
今度は地下鉄に乗り、降りるとエスカレーターでいったん地上に出て、また戻り、
別の路線に乗って、降り、また別の路線に乗り、また乗り換えて大通りへ戻って来た。
麻琴はようやく尾行が外れたことを確信した。
汗だくになっていたが、その甲斐はあった。
レストランのテラスから、噴水の辺りが見渡せた。
アイスティーをちびちび飲みながら待った。
美貴との約束までにはまだ時間があった。
招かれざる客が来ていないかを調べる時間はじゅうぶんにあった。
- 328 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/26(水) 08:23
-
美貴は愛を連れて、時間ぴったりに現れた。
美貴と麻琴だけで話を始めた。
「それで話ってのは何なんだ?」
「あたしの依頼人はここへ絵を買いに来た」
「何の話?」
「その絵は500万くらいする」
「ふーん。で?」
「依頼人はその絵を350万で買った」
「だから何だよ?」
「その絵を500万で買ってくれる人を知ってるんだ」
美貴はようやく目の色を変えた。
「その絵を手に入れられるんだな?」
「協力してくれればね」
「よし。もっと詳しく教えなよ」
- 329 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/26(水) 08:23
-
噴水の周りの鳩が一斉に飛び立った。
見ると愛が鳩を追い立てていた。
そのまま美貴のそばへ走って来る。
「美貴ちゃん、つまんない!」
「うっさいな、今大事な話をしてるんだって」
「つまんない」
愛は美貴の袖を引っぱった。
「アイスでも食べてな。美貴は麻琴と仕事の打ち合わせをしてるんだ」
「いてもらった方がいいよ。彼女にも関係ある話だから」
「何?」
「ある男と寝て欲しい」
「いくらで?」
「50万」
「……その人、変態?」
- 330 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/26(水) 08:24
-
麻琴が手はずを説明すると、美貴は乗って来た。
逆にこっちが警戒感を抱くくらいあっさりしていた。
愛は無関心を決め込んでいる。
美貴は200万で愛を変態紳士に抱かせることに合意した。
美貴の家で段取りを更に詰めた。
愛は相変わらず関心がないように見えた。
麻琴は3時間かけて、段取りを美貴と用心棒の頭に叩き込んだ。
「……質問はある?」
麻琴が聞くと、美貴と用心棒は疲れた顔で首を横に振った。
「じゃあよろしく」
麻琴が言うと、美貴は伸びをして、ジョイントに火を点けた。
話の間中、麻琴にクスリとアルコールの類を禁止されていたのだ。
用心棒は外へ出て行った。
愛がすっとバスルームに入った。
「彼女はヤク中だよ」
麻琴が言うと美貴は首を振った。
「いや、違うね。1日に2,3回だ。たいした量じゃない」
「気にならないの?彼女なんでしょ?」
「これを最後に足を洗う」
「そうなんだ」
- 331 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/26(水) 08:24
-
麻琴はベランダに出た。
美貴も付いて来た。
「とりあえず、100万。後は来月と再来月に50万ずつ渡す。あたしが無事だったとして」
「商談成立」
美貴はニヤッと笑って拳を差し出した。軽く拳をぶつけ合う。
「ところで、オジサマを悩殺させる服が必要なんだけど」
「ああ。明日、愛と買いに行きな。お代はそっち持ちだろ?」
麻琴はうなずいた。
- 332 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/09/26(水) 08:25
- 更新終了。
次回、まこあいデート(?)
- 333 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/09/26(水) 08:30
- レス御礼。
>>321 名無し さま
まとめて更新しようかな、とも思いましたが
やっぱり引っ張る感じで行きます」。
マコはがんがりますよ〜。
- 334 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/28(金) 22:48
-
愛が可愛らしく回ってみせた。
店員が愛に、それから麻琴に笑顔を向けた。
「これでいい?」
愛が麻琴に聞いた。
麻琴はうなずいた。
「とてもいい」
愛はファッション雑誌のモデルのように首をかしげた。
はっとするくらい綺麗だった。
地味な黒のシース・ドレスだったが、肩はむき出しで、胸の露出もそこそこある。
オジサマの下心をかきたてるには十分だろう。
金のネックレスがそれらを更に引き立てている。
顔は化粧っ気がなかったが、その方が麻琴には好ましかった。
「他にご入用のものはございますか?」
店員に聞かれ、愛が麻琴の顔を見た。
「これで全部です。ありがとう」
麻琴が答えた。
「ではこちらへどうぞ。お包みいたします」
- 335 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/28(金) 22:49
-
店を出ると、麻琴は愛を昼食に誘った。
お腹がすいていた愛は承諾した。
2人はこじんまりとしたフランス料理店に入った。
カジュアルな服装でもとがめられない気さくな店だ。
愛はメニューの選び方を心得ており、麻琴は嬉しく思った。
つまり、思ったほど堕落しているわけではないらしい。
上流階級と密接に関係している組織の性質上、麻琴も一通りの礼儀作法は叩き込まれている。
だがやはり付け焼刃とは違う。
改めて、愛はここにいるべきではないと思った。
- 336 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/28(金) 22:49
-
「はい」
メインの料理を食べていると、突然目の前にフォークに刺した舌平目が突き出された。
麻琴は反射的に口に入れてしまった。
それから赤面した。
「マナー違反だよ」
「だってそっちのお肉も食べてみたい」
愛のメインは魚料理の「骨付き舌平目とポワロー葱のムニエル 茸のパウダーソース」で、
麻琴のは肉料理の「ブレス産山鳥の骨付きグリル・クラポディーヌ」だった。
麻琴は苦笑してウェイターを呼び、皿を持ってこさせた。
「悪いこと企んでるわりにはお行儀がいいんだ」
「そっちこそ」
「こういうことをするとすごく怒られた。『恥をかかせるのか!』って。
父親にも、ボーイフレンドにも」
麻琴は黙って自分の山鳥を切り分けた。
- 337 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/28(金) 22:49
-
「あんた怒らないの?」
「別に。たいしたことじゃないし。元々育ちがいいわけじゃない」
「そうなの?ご両親は何を?」
「さあ。気づいたらいなかったから、何をしてどんな人だったんだか」
愛は雷に打たれたような顔をした。
「家族は?」
麻琴は首を振った。
山鳥を分けた皿を愛の方へ置いた。
「そっちは?」
「え?」
「いるんでしょ?家族」
「……あたしは家族から逃げてきたの」
「帰る気は?」
「ない」
- 338 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/28(金) 22:50
-
料理は素晴らしかったが、それは勘定も同様だった。
「ごちそうさま」
愛が言い、麻琴はうなずいた。
腹ごなしに公園を歩く。
「ひょっとして、口説こうとか思ってない?」
「はあ?」
麻琴が驚くと、愛は赤面した。
「だって……優しいから」
「優しい?」
麻琴には特別に何かした覚えはない。
愛が今までどんな交際をしてきたのか、わかるような気がした。
善意と好意と下心の区別が出来ていない。
- 339 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/28(金) 22:50
-
「そういう気がないなら、別にいい。もしあたしを口説いたら、美貴ちゃんに殺されるよ」
「あたしが?」
愛はうなずいた。
「まあ、大事な金づるだしね」
麻琴がわざと意地悪く言うと、愛は顔をしかめた。
「あたしの稼ぐお金が目当てじゃない」
「そうかな。今度の稼ぎでいくらもらえる?」
愛の顔が赤くなった。
「お金のことは美貴ちゃんに任せてる。美貴ちゃんはあたしを大事にしてくれてる」
「本当に?」
「今夜で最後だって、足を洗わせてくれるって言った」
「お金のあるうちはそうかもしれない。でもお金を遣い切ったら、また元通りだよ。
また腕が注射の跡だらけになる」
愛は見てわかるくらい動揺した。
しばらく黙って歩いた。
愛は麻琴の言葉を考えているようだった。
- 340 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/28(金) 22:50
-
しばらくして、愛が立ち止まった。
「もう帰った方がいいみたい」
愛は微かに震えていた。
「どうしたの?」
「今夜は大事な仕事があるから、もう帰らないと」
「寒いの?」
愛はうなずいた。
汗ばむような陽気なのに、震えている。
「ヘロインか」
「うるさい!」
「息を深く吸って」
「うるさいってば!」
「これからどんどんひどくなるよ」
愛はベンチに座った。
麻琴も隣に座る。
- 341 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/09/28(金) 22:50
-
「今夜で知らない人と寝るのは最後になるんだよね?」
「そうしたいなら」
愛の顔はどんどん白くなっていった。
「……そうしたい」
「うん。じゃあ最後だ」
愛は笑い出した。
「あんたが決めるの?あたしを守ってくれるって言うの?」
「守るよ」
「今の仕事をやめさせてくれるの?」
「うん」
「そう。じゃあまずタクシーに乗せてよ。帰らなくちゃ」
麻琴は愛をタクシーに乗せて、美貴のマンションまで送った。
それからホテルへ戻った。
愛がヘロインを打つところを見たくなかったし、やらなければならないことがたくさんあった。
- 342 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/09/28(金) 22:51
- 更新終了。
- 343 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/29(土) 12:00
- 神がいる。凄いな
- 344 名前:名無し 投稿日:2007/10/01(月) 18:45
- まこあいデ−ト良かったですYO!!
ハロモニ。を見直ししてしまいました(^−^)
まこあいサイコ〜〜!
- 345 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/03(水) 15:53
-
目的の女性がエレベーターから降りてきた。
ロビーを横切って、回転ドアから出て行く。
麻琴はその後を数歩遅れて尾いていく。
女性がタクシーの前に立つ。
通りに立っていた美貴と用心棒に合図を送ると、交差点の方へ向かった。
そっちの方にタクシーを待たせてある。
女性の乗ったタクシーが走り去り、美貴たちの乗ったタクシーが後を追った。
- 346 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/03(水) 15:53
-
女性は絵の持ち主の奥方で、今夜クラシックのコンサートに出かけることになっている。
その間、旦那が自分はクラシックに興味がないので映画に行くとか何とか理由をつけて
別行動――別のお楽しみというわけだ。
そのお楽しみの相手を愛がすることになっていた。
予定より早く奥方が帰って来るとまずいので、美貴たちが見張る。
戻って来た時に備えて、旦那は麻琴の部屋で楽しむことになっている。
その間、麻琴が夫妻の部屋で待機し、絵を守ることになっている。
その時がチャンス、というわけだ。
手はずはそうなっていた。
少なくとも美貴の中では。
- 347 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/03(水) 15:54
-
麻琴はバーへ行き、愛を見つけた。
「5分経ったら、上がって来て」
囁いて離れた。
愛はクスリを美貴と麻琴に取り上げられていたので不機嫌だった。
麻琴は自分の部屋に上がり、カクテルをこしらえた。
筋弛緩剤を数滴垂らした特別製だ。
ベッドに座って待つ。
数分後、ドアがノックされた。
「入って」
麻琴を見て、愛は眉を吊り上げた。
「お相手は今来るって連絡があった。座ったら?」
愛はベッドにどすんと座った。
「まあこれでも飲んでリラックスして」
愛はヘロインを禁じられてイライラしていたので、落ち着くため、それをぐいぐい飲んだ。
10分後、愛が正体を失くしたところで、ひとみが部屋に入って来た。
「よし。裏口に車を着けてある」
- 348 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/03(水) 15:54
-
美貴はいらついていた。
合流するために指定されていた地下鉄駅で既に一時間近くも待たされている。
美貴たちは一時間経っても奥方がホールから出て来なかったら、ここへ来るように言われていた。
そこで絵を持って姿を見せた麻琴が買い手の所へ行く後を尾けることになっていた。
分け前の配分も合流もその後だ。
「はめられたんじゃねえか?美貴」
「黙ってろ」
用心棒を睨みつけた。
仕事を終えた愛は金を受け取って、先にマンションに戻っているはずだった。
だが電話が通じない。
美貴と用心棒は電車に乗って、ホテルへ向かった。
ドアマンを押しのけるようにして中に入り、エレベーターに乗り込む。
- 349 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/03(水) 15:55
-
麻琴の部屋の前まで来ると、美貴は腰にぶら下げていた伸縮式の特殊警棒を振り出して伸ばした。
前は気絶させるだけで勘弁してやったが、今度は事と次第によっては頭を叩き割ってやる。
用心棒をドアの反対側に立たせて、ドアチャイムを鳴らした。
5分待って、用心棒をエレベーターの見張りに立たせ、ドアの鍵のピッキングにかかった。
部屋の中はもぬけの空だった。
2分後、美貴はフロントのカウンターの前にいた。
「小川麻琴の部屋はどこ?」
「小川様はチェックアウトなさいました」
「何かメッセージを残してない?」
「お待ちくださいませ」
急げよ、クソが。
「残念ながらございません」
美貴はカウンターの下を蹴っ飛ばした。
それからホテルを出ると、タクシーに乗りこんだ。
- 350 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/03(水) 15:55
-
圭織のベッドに寝かしつけると、愛が意識を取り戻し始めた。
麻琴は肩で息をしていた。
ここまで動かない愛を担いで階段を上り、寝室まで運んできたためだ。
「何してるの?」
用意しておいたハンカチで手首を縛りつけていると、愛がぼんやりとした状態で言った。
「あんた、そーゆー趣味なの?」
縛られた手首を見ての発言だったが、とがめる口調ではなかった。
「何で、あたしを縛ってるの?」
「休んで欲しいからだよ」
麻琴はベッドにかがみ込んで、愛の顔を覗き込んだ。
「いい?愛ちゃん。もうヘロインとは縁を切るんだ。その他のいけないおクスリも」
朦朧としている愛には麻琴の言ってる意味が理解できていないようだったが、
それならそれで構わなかった。
麻琴は精神安定剤を愛の口に入れ、水を流し込んだ。
愛は少しの抵抗の後、それを飲み込んだ。
愛が眠りにつくまでの数分間、麻琴はそばに座っていた。
愛が眠ったのを見届けると、麻琴は寝室を出てドアを閉めた。
- 351 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/03(水) 15:56
-
「眠ったか?」
「はい」
居間へ行くと、ひとみが台所からコーヒーを入れたマグカップを運んで来た。
2人はソファに腰掛けた。
「72時間だ」
ひとみは熱いコーヒーをすすって言った。
「72時間あれば最悪の状態を脱するはずだ。まだ依存度は低いみたいだし
禁断症状で死ぬ心配はしなくていいだろう」
ひとみはミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲んでいる麻琴を見た。
「いいか?高橋愛がヤクから抜けられるかは、お前次第だ」
「え?あたしですか?」
- 352 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/03(水) 15:56
-
「ヤク中ってのはたいてい何かに依存している。ヤクから抜けた後、彼女の依存はお前に向く。
ヤクから離れさせるにはお前が面倒をみるしかない」
麻琴の顔にわずかに動揺が浮かんだ。
「ヤク中を自立させるには時間が掛かる。お前が彼女を愛していること、
ずっと面倒を見ることを信じさせるしかない。藤本美貴や、他の男の代わりに」
麻琴が何か言いたそうにしたが、無視してひとみは続けた。
「その後、飛行機に乗せて親の手に引き渡す。それでお役御免だ」
麻琴はうつむいた。
何を思っているか、ひとみには痛いほどわかった。
自分も似たような思いを味わったことがある。
この世界のやり方にはまったく反吐が出る。
「いいか。72時間だ。この世界の汚さを罵るのは、その後だ」
- 353 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/03(水) 15:56
-
電話が鳴った。
ひとみと麻琴は飛び上がりそうになった。
「飯田さんの友人だろ?」
そう言いながら、ひとみは警戒する顔つきになっていた。
そっと電話に近づき、受話器を取った。
「……もしもし」
『そこにオガワマコトがいるだろ?』
ひとみは麻琴を見て、それから窓の方を見た。
察した麻琴が横向きで窓に近づき、カーテンを少しだけ開いた。
美貴が立っているのが見えた。
この家を見上げている。
用心棒の姿は見えなかった。
ということは裏を固めている可能性が高い。
「どちらにお掛けですか?」
『ふざけんなよ。あんたが誰か知らないが、そこに麻琴がいるのはわかってんだ。
愛って女も一緒に』
「何のことやら」
『うっさい。こっちの用意が出来しだい、そっちに行くから首を洗って待ってな』
電話が切れた。
- 354 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/03(水) 15:57
-
「どうなってんだ?何でこの場所がわかった?尾行は完全に外れたはずだ」
ひとみが言うと麻琴もうなずいた。
「ってことは、ここを知ってるヤツが…?」
「って言うと、飯田さん、保田さん、会長……」
「飯田さんはエーゲ海でバカンスだ。会長には何のメリットもない。てことは……圭ちゃん」
「まさか」
「圭ちゃんにウチらをハメるつもりはなくても、そうなってる可能性がある」
ひとみはうろうろと居間を歩き回った。
「……待てよ。最初から、藤本美貴のことは知っていたのか?
ウチらを送り込んだのは奥様を満足させるためで、
議員と愉快な仲間たちは娘に家出したままでいて欲しいんだな」
ひとみは電話の方へ戻った。
「あの坊ちゃんの話もヤツらの脚本通りのものだったんだ――ったく、やってくれるぜ」
麻琴はまだ信じられなかったが、つじつまは合う。
とにかく今窮地に陥りつつあるのは間違いない。
ではどうする?どこへ行ったらいい?
麻琴は寝室へ向かった。
ひとみは電話の受話器を取り上げた。
「圭ちゃん?」
『吉澤?どうしたの?』
「あまり時間がないんだ。話しておくことがある――」
- 355 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/03(水) 15:57
- 更新終了。
- 356 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/03(水) 16:02
- レス御礼。
>>名無飼育さん さま
∬∬´▽`)<神は死んだ!
川*’ー’)<ニーチェか!
>>名無し さま
ハロモニ。の例の回はしてやられましたw
フツーに食うまこちぃがたまりません。
- 357 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/03(水) 16:05
- フツーにレス番入れるの忘れた…
一応
>>343 名無飼育さん さま
>>344 名無し さま
へのレスです。
- 358 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/03(水) 20:03
- ドキドキする展開ですね
最高です。
- 359 名前:ぽち 投稿日:2007/10/04(木) 15:37
- 次の展開はどうなるのか、楽しみです!
- 360 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/07(日) 23:14
-
してやられた。
車庫が開いて、車が飛び出して来た。
おそらく裏にいた用心棒は何らかの方法でやられたのだろう。
それは美貴の想定内だった。
だからバイクで来たのだ。
すぐに追いかけた。
すぐに家に乗り込まなかったのは、単純に人目につきたくなかっただけだ。
夜が更けて、ひと気がなくなるまで待つつもりだったが、
向こうから捕まりに来るならそれでもいい。
直線で追いついた時に違和感を感じた。
車の運転席には知らない女。
胃を誰かにつかまれたような感覚に襲われた。
後部座席にも誰も乗っていない。
「くそっ!」
運転席の女が窓越しに何か言った。
その口の動きが「ゴクローサン」と言っていた。
- 361 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/07(日) 23:15
-
空が、しばらく溜め込んでいたものをここぞとばかりに解き放った。
ワイパーがどれなのか、動かすのに少し手間取った。
麻琴は寝室でざっと見て記憶した地図を、もう一度頭の中で反芻した。
そろそろ美貴が追いかけた相手が違うことに気づいて、戻って来てるかもしれない。
圭織が車を複数所有していたのと、別荘へ行く地図を描いてくれていたお蔭で助かった。
この雨ではあまりスピードは出せない。
愛は助手席で夢の中だ。
当面は安全運転に専念することにした。
- 362 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/07(日) 23:15
-
圭織の別荘はログハウスだった。
周囲に人家は見当たらない。
舗装されていない道路を走って車が揺れたが、愛はまだ眠っている。
麻琴は慎重に運転して、ログハウスまで辿り着いた。
麻琴は愛を車内に残して、車から降りた。
強張った背中と腰を伸ばす。
山を走っている間に雨は上がっていた。
緑に囲まれて新鮮な空気を吸い込むと、気分がすっきりした。
麻琴は小屋に近づき、階段を上がった。
上がってすぐ、広々としたウッドッデッキになっている。
玄関は右手奥だった。
圭織の地図に描いてあった通りに鉢植えの下から合い鍵を取り出し、それで中へ入った。
入ってすぐ台所らしきものがあり、木製のカウンターがあった。
居間には大きい木のテーブルがあり、ふかふかの椅子が2脚。
部屋の隅には大きな炉の黒い薪ストーブが鎮座している。
上階に寝室が3つ。
- 363 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/07(日) 23:15
-
電気やガス、水道が使えることを確認して車のところへ戻った。
助手席のドアを開けると、愛は頭をヘッドレストにもたれかけて眠っていた。
顔がむくんでいて青白い。
これからの数時間を思うと、麻琴は憂鬱な気分になった。
だがもう後戻りは出来ない。
「起きて」
麻琴は愛を揺さぶった。
愛はむにゃむにゃ何か呟くと身体を丸めて、眠りに戻った。
「起きてよ」
「やだ」
麻琴は愛を強引に座席から引っ張り出した。
足がついていかず、地面に膝をついた。
「ちょっと!」
抗議の声を上げた愛は、座り込んだまま麻琴の顔を見上げた。
そして初めて、ここが街の中ではないことに気づいた。
「ちょっと……ここはどこ?」
愛が記憶の糸をたぐっている間、麻琴は車をロックした。
愛はどこまで覚えているだろう?
- 364 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/07(日) 23:16
-
「美貴ちゃんはどこ?」
「知らない」
愛は立ち上がって、身体についた泥を払った。
「帰る」
「どうやって?」
「帰してよ!」
もちろんお家には帰してあげるよ。
だけど今すぐはダメだ。
「あたしは美貴ちゃんをだました。たぶんあたし達はグルだと思ってる」
「何でそんなことを……」
「今の仕事をやめたいんでしょ?このままだと本当にヘロインから抜けられなくなる」
麻琴はそこまで言うと、小屋の中へ戻った。
- 365 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/07(日) 23:16
-
山の中なので冷え込みがきつくなってきた。
麻琴は薪ストーブを点けようとした。
細い薪を並べ、古新聞を上に置き、マッチを擦った。
愛がドアを開けて入って来た。
「クスリはどこ!?」
詰問口調だった。
「ここにはないよ」
「ばか!変態!」
変態って何だよ。
麻琴は火の具合を見ながら薪を積んでいった。
「寒い」
麻琴は返事をせずに火を熾すことに集中した。
- 366 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/07(日) 23:16
-
「凍え死にそう」
「禁断症状が出てるんだ。そこにセーターを2枚出しておいたから、着た方がいいよ」
「クスリちょうだい。じゃなきゃ帰る!」
「どこに?美貴ちゃんはさぞかし歓迎してくれるだろうね」
「鬼!悪魔!あたしの人生メチャクチャにして!」
「仕事をやめたいって言ったのは愛ちゃんでしょ?」
「あんた、頭がおかしい!」
「そうかもしれない。そう思うならそう思えばいい」
愛の手が小刻みに震えていた。
その震えはすぐに身体全体に広がっていった。
「何で?何でこんなことをするの?」
「街に立って、搾り取られるだけ搾り取られて、クスリ漬けになって、
捨てられるのを黙って見ていられなかったんだ」
「あんたには関係ないでしょ!?」
麻琴は肩をすくめた。
「これは愛ちゃん自身が望んだことでもある。クスリをやめ、売春をやめる」
「そんなこと出来ない!やめたいけど、出来ないの!」
「出来るよ。あたしが力を貸す」
「どうやって?あんたお医者さんなの?」
「違うけど、ある程度の知識はある」
- 367 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/07(日) 23:17
-
愛は部屋の中を歩き始めた。
壁に手をあてて、なぞるようにしながら歩く。
「そんなの無理!何でほっといてくれないの!?あんたに何の権利があって……」
いい質問だ。
麻琴もその答えを探している。
愛は床に座り込んだ。
膝を腕で挟み込み、頭を両手で押さえた。
ゆっくりと身体が前後に揺れはじめ、その動きがだんだん速く、激しくなっていった。
はっきりしない、すすり泣きが聞こえた。
麻琴の胸が痛む。
つかの間、その痛みと闘った。
子供の頃に見た、悲惨な光景がぐるぐると目の前を通り過ぎて行った。
麻琴の耳に、愛のしゃくりあげる泣き声が聞こえていた。
目には身体を丸めて膝を抱えている愛が見えている。
だが、動けなかった。
悲しみや怒りやいろんな感情が湧き上がってくるのを、何とかなだめすかして抑え込んだ。
ゆっくりと息を吸い込み、同じくらいゆっくりと吐き出した。
ゆっくり手を握っては開くことを繰り返した。
それでようやく感情の統制がとれるようになった。
- 368 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/07(日) 23:17
-
愛の隣に腰を下ろし、揺れている身体を抱き締めた。
愛は手首を握ってきた。
麻琴は赤ん坊をあやすように、身体を前後に揺すった。
少し経ってから、麻琴はキッチンに行ってお湯を沸かし、紅茶を淹れた。
砂糖を探したが見当たらなかったので、代わりにはちみつを紅茶にたっぷり落とした。
それを持って愛のところへ戻り、カップを支えながら愛に飲ませた。
その後、また身体を揺すってやった。
- 369 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/07(日) 23:18
- 更新終了。
- 370 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/07(日) 23:21
- レス御礼。
>>358 名無飼育さん さま
き、期待にこたえられるようがんがりまっす…。
>>ぽち さま
あんまり明るい展開ではないですが、こんな調子で進みます。
- 371 名前:ぽち 投稿日:2007/10/08(月) 03:32
- 更新ありがとうございます。
二人の関係がどのようになるのか楽しみです。
- 372 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:52
-
禁断症状では人は死なない。
本人が死を望む場合を除いて。
愛の肉体は欲しくてたまらないうものを求めて、さまざまな策を弄し始めた。
鼻水、涙目から始まって、関節と筋肉の痛み。
皮膚がむずむずし、神経がぴりぴりする。
痙攣を伴って全身の筋肉と関節に激痛が走る。
鳥肌を伴うすさまじい悪寒がひどくなって、関節がきしんで骨が砕け散るかのように思えてくる。
いわゆるコールド・ターキーと言われる症状だ。
呼吸の間隔が短くなり、息が荒くなり、吐き出す息が長いため息とうめきとなって出た。
愛はあまりの苦痛に、横たわって膝を抱え込むことしか出来なかった。
- 373 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:52
-
麻琴は愛を温めるため、毛布でくるんだ。
寝室に入る前から愛の体は震えていた。
痛みと寒気を振り払うために、足を踏み鳴らすようにして歩いて来たのだ。
「もう無理」
愛が言った。
「何か薬ちょうだい」
「ホントにないんだ」
「お願いだから…」
「ないんだよ」
ベッドに座っている麻琴の前に愛はひざまずいた。
「何でもしてあげるから。あたし、気持ちよくしてあげられる」
「愛ちゃん……」
「上手くやるから」
麻琴は首を横に振って、しがみついて来る愛を立たせた。
「歩くんだ。あたしにつかまって」
「やだ」
麻琴は愛の肩に腕を回して、部屋の中を行ったり来たりし始めた。
- 374 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:52
-
「こんなの無理」
「大丈夫」
「死んじゃうよぉ」
「死なない」
麻琴は答える一方で、自問していた。
本当に大丈夫なのか?
本当に死なないのか?
愛のひどい苦しみように、早くもクスリを捨てたことを後悔しかけていた。
ヤク中は嫌というほど目にしたが、立ち直った人間は見たことがない。
「怖いよ、麻琴」
「うん」
「うん、って何よ」
愛は笑い出した。
「あんたのせいでこうなったのに、無責任すぎる」
笑いながら、麻琴の胸や肩をこぶしでどんどん叩いた。
笑い声はすぐに、泣き声に変わった。
- 375 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:53
-
痙攣が始まった。
愛は吐こうとしたが、吐くものがないため胃壁がひきつるような感覚と
身体の痙攣と、二重の苦しみを味わっていた。
麻琴は愛を後ろから抱きかかえて、嘔吐感が少しおさまっている間に
濡れタオルを額に当て、耳元で話しかけた。
大丈夫、きっと乗り越えられる、死ぬことはない、と。
いろんな記憶を引っ張り出して、子守唄らしきものを歌った。
それから、知ってる限りの歌を歌い続けた。
- 376 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:53
-
誰にでも平等に朝は来る。
ほとんど眠らなかったとしても同じことだ。
愛にとって人生で一番つらい夜だったことは間違いない。
彼女はよく頑張った、と麻琴は単純に思った。
椅子に座って、愛の寝顔を見守った。
来るべき次の禁断症状に備えて、休息する時間だった。
- 377 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:53
-
しばらくして目を覚ました愛は、自分がどこにいるのかわかってないようだった。
身体を起こして、麻琴に気づくと弱々しく笑ってみせた。
その後ベッドから身を乗り出して、麻琴が用意しておいたバケツの中に吐いた。
「おはよう」
麻琴が声を掛けると、愛はぶつぶつと文句を呟いた。
麻琴が濡れタオルを渡し、愛はそれで顔を拭いた。
ベッドから立ち上がろうとするが、愛の膝はわらってしまって出来なかった。
麻琴は愛の肘をつかんで立ち上がるのを手伝った。
よろよろしながらも何とか階段を下り、ストーブの前の椅子に座らせることが出来た。
麻琴はストーブの火を熾し、台所へ行ってやかんを火にかけた。
愛のカップにははちみつをたっぷり入れておく。
「大丈夫?」
愛に声を掛ける。
「おかげさまで」
皮肉たっぷりに愛が答えた。
まあ悪い兆候ではない。
- 378 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:54
-
紅茶道具一式をストーブのそばへ持って行き、愛に最初の1杯を注いだ。
「どうぞ」
「どうせ吐いちゃうよ」
愛はぶつぶつ言ったが、麻琴がじっと見ているので、仕方なくカップを手にした。
「甘過ぎる」
麻琴はちょっと笑って自分の紅茶を飲んだ。
「何か食べる?」
愛はあんた、馬鹿じゃないの?という顔で麻琴を見た。
- 379 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:54
-
麻琴は苦笑して立ち上がった。
台所の戸棚の中にクリスプブレッドを見つけた。
それをパリパリ食べていると、愛が話し掛けてきた。
「今日も昨日みたいなひどいことになるの?」
怯えた顔が小さな子供のようだった。
「いや。昨日ほどひどいことにはならないと思う。ただ寒気と痛みは襲ってくると思う」
「何でわかるの?」
「本を読んだ」
「それちょうだい」
愛はクリスプブレッドに手を伸ばした。
麻琴は袋を渡した。
しばらくの間、互いにクリスプブレッドを噛む音だけが居間に響いていた。
- 380 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:54
-
「ここ、テレビはないの?」
「ないみたいだね」
「ラジオも?」
麻琴は首を振った。
愛はゆっくりと椅子から立ち上がった。
身体が痛むらしく、かなりゆっくりした動作だった。
窓の近くに行って、外の景色を眺めた。
「きれいなところね」
「うん」
何かもっと気の利いた答え方が出来ないものか、と麻琴は自嘲した。
- 381 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:54
-
「あたし、汚れてる」
愛が唐突に言った。
「そんなこと言ったらダメだ」
「ううん。ホントに汚れてるの」
麻琴はちょっと考えて、聞いた。
「お風呂に入る?」
愛はうなずいた。
浴室は下の階だった。
階段を時間をかけて下りながら、愛はうめいた。
「今度来る時はホテルに泊まる」
今度?
- 382 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:55
-
愛を階段に座らせておいて、麻琴はバスタブに湯を張った。
湯がたまるまでの間、愛はうとうとしていた。
風呂の準備が出来、麻琴はバスタオルとタオルを手渡した。
「いいよ」
愛はバスタブと麻琴の顔を交互に見やった。
「何?」
「入れない」
「ん?」
「足が上がらない」
愛が左足を上げてみせると、膝の高さまで上がらなかった。
- 383 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:55
-
麻琴はあごをかいた。
「あたしが手伝えばいいんでしょ?」
愛を見る。
準備は?
「あんたの前で裸になるのはイヤ」
麻琴はため息を吐いた。
「仕事では脱いでるんでしょ?」
「それとこれとは違う。客は知り合いじゃないもん」
ふむ。
愛の言うことはそれなりに筋が通っていた。
羞恥心を失っていないということでもある。
- 384 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:55
-
「じゃあ、あたしは後ろを向いてるからその間に服を脱いで。
そうしたらバスタブへ運ぶ。出たくなったら、呼んで」
「……どうしよっかな」
「お湯が冷めちゃうよ。入らないなら、あたしが入るけど?」
愛は考えるようなしぐさをした。
どことなく、はにかんでるようでもある。
それが自分に対して媚びている演技なのか、麻琴にはわからなかった。
たぶん、本当に恥ずかしいのだろうと思った。
「わかった。でも余計なことはしないでよ?」
「はいはい」
- 385 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:56
-
麻琴は後ろを向いた。
衣擦れの音が聞こえる。
愛は手元がおぼつかないので、脱ぐまでにずいぶん時間が掛かった。
仕方なく、麻琴は途中まで手伝うことを愛に了承させた。
また後ろを向いて待つ。
ようやく終わったらしく、愛の長いため息が聞こえた。
「いいよ」
麻琴はなるべく愛を見ないようにしようと思ったが、それが意外に難しいことに気づいた。
どうしたって目に入る。
「何してんの?お湯がぬるくなるじゃない」
愛は真っ赤な顔で言った。
腕を交差させて胸を隠している。
「……えっと、後ろ向いて」
「何で?」
「持ち上げるためだよ!」
「怒ることないじゃん」
「怒ってないよ」
「声が怒ってたもん」
だんだん愛の口調が幼児化しているような気がする。
麻琴は愛の腰を両手で支えて持ち上げ、何とかバスタブの中へ下ろした。
「熱い!」
「すぐにぬるくなるよ。終わったら呼んでよ。一人じゃ滑って危ないから」
麻琴は浴室から出て、階段を上がった。
大きくため息を吐くと、紅茶を飲み、またクリスプブレッドをかじった。
- 386 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:56
-
「麻琴!」
「何?」
「もう出る!」
「はいよ」
愛はたっぷり30分はバスタブに浸かっていた。
麻琴は時々様子を見に行って、愛が溺れてないか確認していた。
浴室に行くと、愛の髪は泡まみれになっていた。
「流してくれる?前屈みになれなくて」
麻琴はシャワーヘッドを手に取って、愛の頭の上からシャワーを流した。
愛が手を差し出して来ると、麻琴は愛の腰をつかんで持ち上げた。
バスタブの外に出す時に、身体が触れ合った。
麻琴はすぐ離れて、愛にバスタオルを巻きつけてやった。
- 387 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:56
-
愛に服を着けさせると、階段を上った。
愛の足取りはかなりしっかりしていて、少し手を貸すだけで済んだ。
そのまま上階の寝室まで連れて行く。
麻琴が居間でストーブの灰をかいていると、愛が1人で階段を下りてきた。
一歩一歩、覚束ない足取りだったが、麻琴の近くまで来た。
「麻琴?」
「ん?」
「クスリちょうだい」
愛は麻琴の肩に顔を押しつけて、激しく泣き出した。
- 388 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/11(木) 22:57
-
- 389 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/11(木) 22:57
- 更新終了。
- 390 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/11(木) 23:00
- レス御礼。
>>371 ぽち さま
こちらこそレスありがとうございます。
しばらく2人の世界という感じで。
- 391 名前:ぽち 投稿日:2007/10/12(金) 07:34
- いいですね〜、2人の世界。
楽しみです。
- 392 名前:名無し 投稿日:2007/10/14(日) 22:41
- 更新おつかれさまです。
なんだか2人の世界が切ないですね。
でも、楽しみにしているので、頑張ってください。
- 393 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 22:57
-
明るくなると、麻琴は活動を開始する。
ストーブの火を熾した後、シャワーを浴びる。
素早く身体と髪を洗ってタオルで拭く。
ストーブの前に立って髪を乾かす。
やかんを火にかけて湯を沸かし、濃い目に淹れた紅茶にミルクと砂糖をたっぷり入れて飲む。
外のウッドデッキに出て、小さいテーブルでトーストを食べ、2杯目の紅茶を飲む。
麻琴は早朝の冷たい空気が好きだった。
涼しくて静かな空気に包まれる。
この時間だけは自分のものだった。
- 394 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 22:57
-
愛の方は最後のヘロインから一週間経っても、まだつらい夜を過ごしていた。
麻琴が朝の静寂を楽しみ、森にかかった霧が晴れていく様子を堪能した後、
ようやく愛が階段をゆっくり下りてくる。
台所を覗いて麻琴の姿を捜してから、外へ出てくる。
手にはカップを持っている。
麻琴はそれにティーポットの最後の紅茶を注いでやる。
カップにははちみつがたっぷり入っており、愛がそれを飲んでいる間に
麻琴がトーストを運んでくる。
愛はそれにもたっぷりとバターとジャムを塗って食べる。
- 395 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 22:57
-
朝はほとんど会話はしない。
時々、愛が前夜の悪夢について話すこともあるが、大抵は黙って朝の空気に浸る。
麻琴は愛が何を考えているのか、訊いてみようとは思わなかった。
愛は表面上は麻琴のすることに従っている様に見える。
それが本人の意思によるものなのか、あるいは世間と隔絶されたこの場所で
今はとりあえず麻琴の世話に頼り、隙を見て美貴の所へ戻ろうとしているのか、
麻琴には何とも判断がつきかねた。
- 396 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 22:58
-
ここでの暮らしを始めてから3日目に、2人は散歩に出かけた。
最初は麻琴が愛を支えてやらなくてはならなかった。
愛は気まずそうに麻琴につかまっていたが、この日以降、愛の回復が急速に進み始めた。
丘の頂上からの眺めは絶景だった。
丘の向こうは渓谷で、鬱蒼とした原生林と青々と茂った牧草地と川の流れが見えた。
3度目の散歩からは愛が先行して歩くようになった。
麻琴はあまり距離が開かないように注意しつつ、後ろからついて行った。
川辺に辿り着くと、倒木の上に並んで腰掛けた。
愛は息を乱し、顔を紅潮させていた。
しかしそこには笑みが浮かんでいた。
しばらくそこに留まり、それからまた斜面を上った。
毎日少しずつ、散歩の距離は伸びて行った。
- 397 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 22:58
-
小屋の裏側は斜面になっているが、そこに丸太を組んだ手すりがあって
下りられるようになっていた。
そこを辿って下りてみると、岩の露天風呂があった。
どうやら天然の温泉らしい。
2人は驚き、天気のいい時に入ってみようということになった。
散歩の後は2人とも空腹になり、たっぷり昼食をとった。
一週間目に麻琴は愛を信じて1人で町まで下り、食料その他の必要なものを買い込んで戻った。
愛は大人しく待っていた。
昼食が済むと昼寝をした。
疲れきった愛はベッドに倒れこむようにして眠りに落ちた。
麻琴は隣の寝室のベッドに寝転がりはするが、眠らなかった。
最初のうちは愛が本当に眠っているのか、抜け出さないという確信が持てなかった。
しかし愛はつらい夜を過ごし、新鮮な空気の中で散歩という結構な運動をした後なので、
深く眠っていた。
そのうち麻琴も愛の気配を伺うことを止め、本を読んだりして過ごすようになった。
- 398 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 22:59
-
この日も2人は一緒に階段を上がり、ほとんど同時にそれぞれの寝室のドアの前に辿り着いた。
ぼんやり考え事をしていた麻琴は、そのまま自分の寝室に入った。
ドアを閉めてから気づいた。
いつもは愛の後で寝室に入っていたことに。
急いでドアを開けると、愛は廊下に立ったままでいた。
その顔には恐怖と傷心の入り混じった表情が浮かんでいた。
麻琴を見ると、ぎこちない笑みを浮かべた。
麻琴はどうしていいかわからず、黙って立っていた。
愛は一歩前に進むと、手を差し出して素早く麻琴の手を握った。
ぱっと離れると、自分の寝室に入って行った。
ドアは閉めずに開けたままだった。
麻琴は自分の部屋に入り、ベッドに横になった。
何を考えたらいいのかわからなかった。
この日以来、愛はドアの前で麻琴の手を握ってから寝室に入るようになった。
- 399 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 22:59
-
昼間は穏やかだったが、夜になると愛は再び禁断症状に陥って身体を震わせ、
麻琴に対して敵意をむき出しにした。
午後になるとよく雨が降った。
暗い雨雲が垂れ込めると、2人の間にも暗く重苦しい雰囲気が漂った。
愛はクスリと両親と残してきた恋人のことを考え、麻琴は迫ってきている期限と
愛の両親と組織のことを考えた。
そして秘密のことを。
愛の持っている秘密と、愛の知らない秘密。
- 400 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 22:59
-
「あたしたち、これからどうなるの?」
昼寝の後、お茶を飲んでいると愛が言った。
今までその手の質問がなかったことの方が驚きだった。
「どうって?」
「あたしのヤク中を治して…それからどうするの?」
「絵の取引きをする。それを手伝って欲しい。うまくいったら報酬の半分を渡すよ。
それで新しい生活の準備が出来るでしょ?」
愛は危ぶむような目で麻琴を見た。
「その後は?」
「その後?」
「お金を受け取って、はいサヨウナラ?」
「……さあ」
愛の強い視線に麻琴は首をすくめた。
- 401 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 22:59
-
愛は麻琴を見つめたまま、言った。
「その…あたしのことを好きなんじゃないかと思ってた」
「……好きだよ」
「じゃ何で?」
「ん?」
「何で何もしないの?」
ナンデナニモシナイノ?
言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「……あたしは無理やり愛ちゃんを連れて来たんだよ?これ以上、ナンカ出来るわけないじゃん」
麻琴は立ち上がって表へ出た。
外はどしゃ降りだったがどうでもよかった。
しばらく1人になりたかった。
- 402 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 23:00
-
雨の中を散歩して頭からつま先までずぶ濡れになって戻ると、
驚いたことに、愛がタオルを持って出迎えた。
「無茶しないでよ」
とがめるような口調ではなかった。
心配しているようでもあり、面白がっているようでもあった。
麻琴の頭をタオルでがしがし拭く。
「風邪ひくから早く着替えて」
子供に言うような口調で、愛は麻琴のシャツをまくり上げて背中を拭こうとした。
その手が止まった。
「この傷は……?」
麻琴の背中に斜めに走って、えぐれた傷がある。
「子供の時、ちょっと」
麻琴はそれだけ言うと、愛から離れて階段を上がった。
特に隠すようなことでもないが、説明を求められても納得させられるか自信がなかった。
- 403 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 23:00
-
いつもにも増して夕食の時間は静かだった。
愛は何か言いたそうにちらちらと麻琴の様子を伺っている。
「……何?」
「え、別に」
「聞きたいことがあるなら言った方がいいよ」
「……その、背中の傷……虐待、とか?」
ギャクタイ。
愛は新聞の三面記事的な想像をしているらしい、と麻琴は思った。
「ギャングに手斧でやられたんだよ」
「ギャング?」
愛は目を丸くした。
- 404 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 23:00
-
「あたしが育ったのは不法占拠者と呼ばれる人々が住む所。ギャングが支配する所。
麻薬と売春と搾取工場。鼠の大集団、狂犬病の犬の群れ。子供は輪姦され、身売りされる」
「…………」
愛は思いがけない話に、息を呑んで聞いていた。
「そんな場所で8歳からギャングの手下として仕事をするようになった。
12歳くらいから“門衛”をやるようになった」
「門衛?」
「ボスや客人を先導し、ヤバくなったら逃げ道を作る。その後、逃げ道を塞ぐ。
要するに捨て駒なんだ、この役割は」
「そんな……」
「歯車を差す油は替えがきいても、歯車を取り替えるのは難しい。
……とにかく、あたしは客人を通すために扉をこじ開けた。その代償がこれ」
麻琴は背後を指した。
「ホントならそこで人生は終わってた。だけどまだ生きてる」
愛はひどくショックを受けたようだった。
本当なら話すべきではなかったのかもしれない。
お嬢様に人生の真実を教えて何になる?
その後はいつもにもまして静かな時間を過ごした。
- 405 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 23:01
-
寝室の前の廊下の床がきしむ音で、麻琴は目を醒ました。
しばらくためらう様子があった後ドアが開き、愛が戸口に立った。
一瞬、愛の母親のシルクのネグリジェ姿を思い出した。
愛はネグリジェではなくパジャマの上だけ着ていた。
サイズが大きすぎて裾が膝まである。
「どした?具合でも悪い?」
「……話がしたいの」
高橋家の女性は夜中に話をしたくなるものらしい。
麻琴は愛を中に入れ、ベッドに座らせた。
愛はゆっくりと話し始めた。
何度も練習したような話し方だった。
「知っておいて欲しいことがあるの」
「うん」
「あたしについて」
麻琴は後ろめたさを感じた。
ごめん、愛ちゃん。あたしはもう知ってるんだ。
- 406 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 23:01
-
「その、あたしが家を出たのは……クスリをやってたのも……理由が、あるの」
愛は視線を落として、うつむいた。
「無理に話さなくてもいいよ。何があっても、あたしは――」
「ううん。聞いて欲しい」
麻琴は聞きたくなかった。
しかしうなずくしかなかった。
「お父さんが……」
愛の頬を涙がゆっくりと流れ落ちた。
「お父さんが、無理やり、あたしを……」
麻琴は気力を振り絞って、愛の頬に手をあてて顔を上げさせた。
愛の目を覗き込み、指で涙をぬぐってやる。
「……たぶん、キンシンソーカンっていうんだと、思う……」
麻琴は愛の頬を撫でた。
かわいそうに。
- 407 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 23:02
-
「最初は、身体を触られるだけだった。でも、あの日、無理やり……」
更に涙が流れ落ちた。
愛は麻琴の肩に顔を押し付けた。
麻琴は愛の肩を抱いて、髪を撫でた。
「そのことを忘れるのに、クスリが必要だった。男の子と遊ぶことも……。
美貴ちゃんと付き合うようになったのは、たぶん、男が憎かったからだと思う」
麻琴に愛の勇気の半分もあれば、真実を打ち明けることが出来た。
愛の知らない秘密を。
だが、ここでそれを話してしまえば全てが終わってしまう。
麻琴にはそうすることが出来なかった。
だから代わりに言った。
「大丈夫だよ。もう終わったことなんだ。愛ちゃんは悪くない」
「家に戻るのは、絶対にイヤ」
「うん」
「帰りたくない」
「うん、うん」
愛が離れなかったので、その晩は一緒にベッドで寝た。
愛は眠りに落ちるまで離れようとしなかった。
麻琴はずっと愛の頭を撫でてやった。
麻琴は一睡も出来なかった。
どの道を進んでも、最後は裏切りという結果に辿り着く。
- 408 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/16(火) 23:02
-
- 409 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/16(火) 23:02
- 更新終了。
- 410 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/16(火) 23:07
- レス御礼。
>>391 ぽち さま
え〜と、まあ、こんな感じに……。
>>392 名無し さま
書いてる方もかなり切ないです。
わけもなく謝りたくなります(苦笑
- 411 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/17(水) 02:09
- 作者様、乙です
愛ちゃんとマコ、2人だけの世界
ずっしりと重いけどこのまま続いて欲しかったり・・・。
切ない。
- 412 名前:ぽち 投稿日:2007/10/17(水) 05:02
- う〜ん。なんともすごい展開に。
でも、この2人だけの空気感は好きです。
- 413 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/20(土) 23:08
-
「ちゃんと説明しなさい、吉澤」
圭がいつも以上に迫力のある顔で睨みつけてきたが、ひとみは涼しい顔をしていた。
「聞いてるの!?」
「聞いてるよ。だから、言った通りだって」
「身柄は押さえたけど2人がどこへ行ったかわからない、って
そんな説明で納得できるわけないでしょう!?」
「だってその通りだもん。ホテルはチェックアウト済み、隠れ家には戻って来ない。
どこへ行ったんだか、全然わかんねー」
「あんたがそんなドジ踏むわけないでしょう!何考えてんのよ。何で小川は連絡して来ないの?」
「あたしが知りたいよ。圭ちゃんの教育は無駄じゃなかったね。完璧に身を隠した」
「あんたねぇ……」
圭は頭を抱えた。
- 414 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/20(土) 23:08
-
「あと何日?7日?」
「8日だ。それまでに何とか行方を突き止めてくれないと困る」
高橋議員の側近が口を挟んできた。
「その小川って子が何か企んでいるということはないのか?」
「それはないわ。あの子が私たちを裏切るということは、絶対にない」
圭がきっぱり言ったので、ひとみは心の中で拍手した。
側近はその迫力に押されて、それ以降の言葉を飲み込んだ。
「……それでは、今後のことは任せる。怒り心頭の議員をなだめに行かなくてはならないのでね」
ひとみはジャケットを側近に手渡した。
側近はアタッシェケースを手に持って、部屋から出て行った。
- 415 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/20(土) 23:09
-
「何を隠してるの?」
圭はひとみをにらんだ。
「何も」
「嘘。居場所がわかってるから、あんただけ戻って来たんでしょ」
「いや。マジでわかんねー」
「ちょっとあんた、あたしを疑ってるんじゃないでしょうね?
あんたが言って来たのよ?ヤバイことになったって」
「いや。信じてるよ」
ひとみは真面目な顔で言った。
「麻琴のことも」
「私だって小川が裏切るとは思ってないわよ。あの子はあんたに忠誠を誓ってる」
「あたしが死ねと言えば死ぬ、って言うんだろ?…それより圭ちゃん、あいつ携帯忘れてるよ」
「あらら」
圭は窓のそばへ駆け寄った。
「まだエレベーターの中かな」
「あたしが追っかけるから、外へ出たら呼び止めてよ」
「ムチャ言わないでよ。ここ何階だと思ってるの?」
「7階。ケメ子なら出来るって」
ひとみはエレベーターに乗り込むと、すぐに仕事に取り掛かった。
1階に下りるまでに、いくつか収穫があった。
- 416 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/20(土) 23:09
-
晴れた日には露天風呂に入るのが2人の日課になった。
昼過ぎになると、少し熱めのお湯に浸かって、ゆったり過ごした。
いや、ゆったりしていたのは愛だけで、のびのびと手足を伸ばしている愛を横目に、
麻琴は端の方でじっと大人しくしていた。
始めのうちは一緒に入ることを渋っていたが、愛が無理やり引っ張り込もうとしたので
仕方なく同意した。
愛は最初に風呂に入る時に恥らっていたのが嘘のように
惜しげもなく身体を見せつけるようにしていたので、麻琴は目のやり場に困った。
それを愛は楽しんでいるようだった。
あの真夜中の告白以来、愛は重荷をひとつ下ろしたらしく、明るくなった。
麻琴の抱えるジレンマなど知るはずもなく、愛は陽の光と、それと同じくらい自分を暖める
麻琴の存在を全身で感じていた。
- 417 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/20(土) 23:09
-
「こんなガキどもに任せるから、こういうことになるんだ!」
高橋議員が叫んだ。
「どこが腕利きだ?おいお前、どの面下げて私の前につっ立ってるんだ。娘はどこだ!?」
議員の顔は紅潮し、目は血走っていた。
権力に取りつかれた者特有の怒りの表情が浮かんでいる。
側近がまあまあ、と適当なもっともらしい言葉を並べ立てて、ご機嫌を取り結び始めた。
「期限切れには、まだ2日残っています」
圭が落ち着いて言ったので、ひとみは心の中で快哉を叫んだ。
さすが圭ちゃん。
- 418 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/20(土) 23:10
-
「その小川とかいうガキからの連絡が途絶えて何週間になると思ってるんだ?」
議員はひとみを睨みつけた。
「おい、殴られないうちに出て行った方がいいぞ」
ひとみはふざけんな、と声に出さずに呟いた。
てめーが何をやらかしたかわかってるんだ。
何で麻琴が行方をくらませなきゃならなくなったと思ってるんだ。
そう仕向けたヤツはこの中にいる。
それが誰かは見当はついていた。
もし麻琴が傷ついたり、死ぬようなことがあったら……。
ひとみはその相手を睨みつけた。
- 419 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/20(土) 23:10
-
「明日、ここを離れる。朝食を食べたら」
やっと麻琴が愛の寝室に入ってきたと思ったら、こう言い出したので、愛は反発した。
「そんなのやだ」
「嫌とかいいとかいう問題じゃないんだ」
「しなくちゃならないことは他にもあるじゃない」
麻琴は黙って愛を見つめた。
愛は見返す。
何か感情が揺らめいているのがわかったが、それが何なのか愛にはわからなかった。
永遠にも思える時間が過ぎた後、麻琴は突然背中を向けて、部屋から出て行った。
愛はドアに枕を投げつけた。
- 420 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/20(土) 23:10
-
麻琴は朝早くから起き出して、少ない荷物をまとめた。
それから食料品の整理をした。
腐りそうなものは持って行った方がいいと思い、りんごやみかんを紙袋に入れた。
手早くシャワーを浴びて、やかんを火にかけた。
愛が起き出す気配がした。
台所に立つ麻琴の横を黙ってすり抜けていく。
黙って窓の近くに立って、外の天気を確かめた。
「おはよう」
麻琴は言った。
愛は答えない。
黙ってシャワーを浴びに行った。
- 421 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/20(土) 23:11
-
愛がシャワーを浴びて戻ると、麻琴はテーブルについて、紅茶を飲みながら本を読んでいた。
愛は台所へ行き、冷蔵庫から卵とパンを出して、朝食を作り始めた。
作ったものを麻琴の前へ乱暴に置いた。
「今日、ここを出るんだよね?」
「うん」
「それで、どうなるの?」
「どうって?」
「あたしはどうなるの?」
「お金を手に入れる」
「あたしとあんたの関係はどうなるの?」
あと少し。少しだけ黙って自分について来てくれ、と麻琴は思った。
思っただけで口に出して言えるはずもない。
「それは、今はまだ決められない」
「どういうこと?」
「このままでいこうってことだよ」
「お金をやるから、このままサヨナラってこと?」
麻琴は目を合わせないようにして言った。
「それは愛ちゃんの自由だよ。好きにすればいい」
「何で?何であたしを抱こうとしないの?」
愛がずばっと言ったので、麻琴はむせた。
- 422 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/20(土) 23:11
-
「あ、愛ちゃ――」
「何で?あたし、魅力がない?」
「そんなわけないじゃん……」
「じゃあ何で?」
愛ははっとした顔をした。
「お父さんとのこと?あたしが、汚れてるから?」
「違うよ!」
麻琴は慌てた。
「やっぱり話すんじゃなかった!軽蔑してるんでしょ、あたしのこと」
「そんなことないって!」
「そうだよね。自分の父親と寝たヤク中の売春婦なんて愛せるわけないもんね!」
「愛ちゃん!」
止める間もなく、愛は席を立って外へ飛び出して行った。
- 423 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/20(土) 23:11
-
しばらく一人にした方がいいと思った。
落ち着いたら、真実を打ち明けるべきなのかもしれない。
麻琴はうろうろと小屋の中を歩き回った。
やはり、一人にしてはおけない。
愛を探しに行こう。
麻琴は急いで外へ飛び出した。
瞬間、何かが視界に入って、咄嗟に麻琴は顎を引いてかわした。
頭には当たらなかったが、胸に衝撃が走った。
肺の息がすべて吐き出され、麻琴は床に倒れ込んだ。
- 424 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/20(土) 23:12
-
- 425 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/20(土) 23:12
- 更新終了。
ガキさん、おたおめ。
- 426 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/20(土) 23:21
- レス御礼。
>>411 名無飼育さん さま
2人の世界でいて欲しかったのですが、いろいろ動き出しました。
>>412 ぽち さま
静かな展開が動き出します。
- 427 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/21(日) 19:16
- 更新お疲れさまです。
佳境ですなあ…。
- 428 名前:ぽち 投稿日:2007/10/23(火) 05:33
- どうなるのでしょうか?楽しみです。
- 429 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/25(木) 23:21
-
朦朧としながら、やっとの思いで頭を上げると、目の前に藤本美貴が立っていた。
特殊警棒を握っている。
その少し後ろに愛が立ちすくんでいた。
「よくもやってくれたな、麻琴。美貴は嘘を吐かれるのが嫌いなんだ」
2人の顔が見えたのは一瞬で、すぐに滅茶苦茶に蹴りを入れられた。
麻琴は身体を丸め、目をつぶり歯を食いしばって耐えるしかなかった。
「やめて!美貴ちゃん、やめて!」
愛の声がした。
蹴りが止まった。
「愛、こっちに来い」
美貴は特殊警棒の先で示して、愛を台所の椅子の1つに座らせた。
「麻琴を傷つけるのはやめて!一緒に行くから!」
「嫌だと言っても連れて行く。だけどこのままじゃ美貴の気がおさまんない」
- 430 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/25(木) 23:22
-
美貴は麻琴の前髪をつかんで、顔を上げさせた。
「よし。立て」
麻琴は気力を振り絞って立ち上がり、台所の椅子に崩れ落ちるように腰掛けた。
右胸が激しく痛んだ。
浅く速い呼吸しか出来ず、息を吸うたびに突き刺すような痛みが走った。
美貴は麻琴から目を離さなかった。
こいつは何をしでかすかわからない。
「何でも言うこと聞くから!だから手を出さないで!」
「どうやって、美貴を信じさせる?」
「そんなのわかんないよ!でも誓うから」
美貴は何かを思いついて、ニヤッと笑った。
「そうだ。いいことを思いついた」
美貴は注射道具一式を取り出して、テーブルの上に置いた。
それから粉末の入ったパケを放り出した。
「こいつを溶かして打て。そしたら認めてやる」
- 431 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/25(木) 23:22
-
「愛ちゃん、ダメだ」
「黙ってな」
美貴は特殊警棒をびゅんと振って威嚇した。
ヘタな動きを見せれば、あれで頭を叩き割られるだろう。
愛はパケを手に取った。
「約束して、美貴ちゃん。麻琴に手を出さないって」
愛は涙声だった。
「ああ」
- 432 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/25(木) 23:22
-
麻琴の胸の痛みは極限に達していた。
愛はゴム管を腕に巻き、きつく縛っている。
このままでは元の木阿弥だ。
愛は二度とヤク中から抜け出せなくなる。
麻琴は痛みをこらえ血を吐き出して、言った。
「あの男は、愛ちゃんの実の父親じゃない」
声を出すと、頭がくらくらした。
愛の手がぴたっと止まった。
膨らんだ血管の直前で注射器の針が止まっている。
「黙れ!」
美貴の顔が緊張した。
麻琴は必死に言葉をつないだ。
「あの人と愛ちゃんは血がつながっていない。ひどいことをされたことに変わりはないけど、
実の親子じゃないんだ」
「麻琴、あんた、いったい……」
- 433 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/25(木) 23:23
-
麻琴は美貴に頭を叩き割られる前に必死に続けた。
「あたしは、愛ちゃんを連れ戻すために来たんだ。お母さんが、待ってる」
「ごちゃごちゃうるせーんだよ!愛、早くそれを打て!」
愛は呆然と麻琴を見つめている。
「打っちゃダメだ!」
麻琴は叫んだ。
美貴の注意が愛の方へ一瞬それた。
- 434 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/25(木) 23:23
-
美貴に体当たりした瞬間に、麻琴の胸の痛みは消えていた。
もっと重要なこと、つまり生き延びることが最優先になった。
身体をぶつけると同時に特殊警棒を持った右手首をつかんで封じた。
そのまま足を早く動かして押し、美貴のバランスを崩した。
特殊警棒が床に落ち、麻琴が締め付けたまま上になって倒れた。
痛みがよみがえった。
息が詰まる。
構わず美貴の上にのしかかって、体重をかけて押さえつけたまま、両手で両襟をつかんだ。
そのまま絞り込むようにして、頚動脈を圧迫した。
美貴は酸素を求めてあえいだが、麻琴も同様だった。
息が苦しい。
胸が激しく痛む。
だがこの手を離すわけにはいかない。
- 435 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/25(木) 23:23
-
やがて、美貴は落ちた。
頚動脈を圧迫されて失神した者は、絞めるのを止めればすぐに脳への血流が再開するため
死ぬようなことはない。
逆に言えば、すぐに意識を取り戻すかもしれないということだ。
麻琴は痛みをこらえて立ち上がり、荷物をひっつかむと、愛の手を取って小屋を出た。
頭がふらふらして視界がぼやけ、痛みのために涙がにじんていた。
車まで走り、息を整えようとした。
口に血が込み上げてきて、吐き出した。
倒れこむように車の座席に乗り込んだ。
ドアを閉め、エンジンをかける。
愛が乗り込んだのを確認して、車を出した。
- 436 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/25(木) 23:24
-
麻琴は痛みを和らげるために、身体を左右に動かさなければならなかった。
舗装されていない山道を走る振動のせいで、いっそう胸の痛みがひどくなった。
――まずい。
深く息を吸うことが出来ないせいで、過換気症候群を起こしかけていた。
頭がくらくらして来た。
このままだとどこかに突っ込みそうだったので、仕方なく車を停めた。
荷物を手探りして、震える手で果物の入った紙袋をつかんだ。
構わず逆さにして中身を出す。
助手席の愛の方へりんごやみかんが転がった。
愛が非難するような声を上げたが、説明する余裕がない。
欲しいのは中身ではなく、紙袋の方だ。
それで鼻と口を覆って、ゆっくり何度か呼吸した。
呼吸が深く速くなって過呼吸になると、血中の酸素量が増えて二酸化炭素が減るため
血液がアルカリ性に傾き、激しい呼吸困難、動悸、手足や唇周辺のしびれ・震え等を起こす。
手っ取り早い対処法は、紙袋で口と鼻を覆い、再呼吸する事によって自分の呼気を吸い込み、
二酸化炭素を取り込むことだ。
- 437 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/25(木) 23:24
-
なかなか思うように息を吸うことが出来ない。
何度か苦しい思いをした後に、ようやく効果が現れて来た。
何とか呼吸を制御できるようになったところで、再び車を発進させた。
前方の道路に意識を集中して、しばらく山道を走り続けた。
愛が何か叫んでいるが、耳を貸す余裕はない。
しばらく走るうちに、ようやく舗装道路に出た。
国道に出て、ひたすら走る。
呼吸が速まってきたので、途中でまた停車して、しばらく紙袋を口に押し当てて呼吸した。
10分ほど繰り返すと、何とかましになった。
血を吐き出して、更に続けた。
ようやく直りかけてきたので、再び走り出した。
前方の道路が揺れて、ぼやけたりはっきり見えたりした。
とにかく、この道路を走り続ければ空港に着くことはわかっていた。
- 438 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/25(木) 23:24
-
- 439 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/25(木) 23:25
- 更新終了。
あと一回、かな?
- 440 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/25(木) 23:28
- レス御礼。
>>427 名無飼育さん さま
佳境でぇす。最後まで突っ走ります。
>>428 ぽち さま
悩みつつも、走り続けます。
- 441 名前:ぽち 投稿日:2007/10/26(金) 06:36
- 佳境ですね。楽しみにしています。
- 442 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/28(日) 23:56
-
顔を知られている相手を尾行するのは難しい。
ひとみは長い一日を過ごして、頭の中を整理していた。
目の前の灰皿には、既に吸殻が山のようになっている。
ひとみは仕事中は煙草を喫わないし、普段から本数がそう多いわけではないが、
喫い出すとなかなか止まらなくなることがあった。
いつもなら麻琴が止めてくれるのだが、今はそばにいない。
吸殻の山が燻り出したところで、顔をしかめて灰皿を片付けた。
それでようやく電話をかける気になった。
いざ掛けてみると、すぐに本人が出たので面食らった。
てっきり執事とかその類いの人間が取り次ぐと思い込んでいた。
ひとみは、相手に全てを話した。
- 443 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/28(日) 23:56
-
圭の携帯が鳴った。
スイートルームの中は重苦しい雰囲気に包まれていたので、
圭は半ばほっとして部屋の隅へと移動した。
「もしもし?――小川!?」
部屋中の視線が圭に集まった。
「あんた今までどこに――今どこ?――愛さんは?一緒なのね?」
圭は高橋議員と側近の方へ顔を向けて、うなずいた。
「愛さんの身柄を押さえました」
- 444 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/28(日) 23:57
-
「彼女はどんな状態なんだ?」
側近が聞いた。
「彼女はどんな状態?――そう、大丈夫なのね?」
圭がまた顔を向けて言った。
「これから飛行機に乗るそうです」
高橋議員がようやく顔を緩めた。
- 445 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/28(日) 23:57
-
「どこ行ってたの?」
「トイレ」
麻琴は愛の隣の椅子に、なるべく上体を曲げないように慎重に座った。
咳の発作を止めようとしたが無理だった。
慌てて紙袋を口元へ持っていく。
また少し血を吐いた。
愛が心配して身体に触れようとしたが、かえって困るので、やんわり遮った。
「大丈夫?病院とかに行った方がよくない?」
「大丈夫。たぶん肋骨が折れてるけど、心配要らない」
「全然大丈夫じゃないじゃない……飛行機なんか乗れるの?」
「大丈夫だよ。今はとにかくここを離れなきゃなんない」
- 446 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/28(日) 23:57
-
愛は麻琴の手を握って、言った。
「ねえ。さっき、お母さんに頼まれて来たって、言ったよね?……あたしをあの家に連れ戻すの?」
麻琴は青白い顔に冷たい汗を浮かべていた。
「そんなことしないで、お願い。ねえ麻琴、一緒に逃げよ?」
愛は麻琴の顔の汗を指でぬぐった。
「お金なら何とかなる。どこか暖かい所へ行こう?」
「暖かい所?」
「どこか島とか、人の少ない所がいい」
「ああ…いいね……」
麻琴が言うと、愛は安心したように表情を緩めた。
- 447 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/28(日) 23:58
-
「向こうへ着いたら、あたしの身体をきれいにしてくれる?」
麻琴は不意をつかれて、少し慌てた。
「……そうしたいなら」
「そうしてほしい」
「じゃあ、そうする。行こう」
搭乗案内が始まったので、麻琴はゆっくり立ち上がった。
2人は何の問題もなく機上の人となった。
愛はずっと麻琴の手を握っていた。
- 448 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/28(日) 23:58
-
空港から出た瞬間に、ダークスーツ姿の男が麻琴の腕をつかんだ。
つかまれた瞬間に、相手がプロだとわかった。
もう1人の黒スーツが愛を連れて行こうとする。
「麻琴!?」
愛は必死に身体を投げ出して、麻琴にしがみついた。
「いいんだ、愛ちゃん」
「麻琴?」
スーツ男に強く押されて、麻琴はまた咳き込んで、口から血がこぼれた。
- 449 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/28(日) 23:58
-
「愛ちゃん」
麻琴は痛みをこらえて言った。
「この人たちがお母さんのところへ連れて行ってくれる。ちゃんと面倒を見てくれる」
「やだ!麻琴!」
愛は必死に麻琴にしがみついた。
男は麻琴を引き離そうとする。
「この人から手を離して!ひどいケガをしてるんだから!」
「愛ちゃん、この人たちと一緒に行って。あたしたちは一緒にいちゃいけないんだ」
「麻琴っ!」
麻琴は愛の手を自分から引きはがし、指先を軽く握ってから、離した。
「さよなら、愛ちゃん」
- 450 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/28(日) 23:59
-
黒スーツが、停まっているベンツの方へ愛を誘導していった。
ベンツの後部座席から、愛の母親が降りてきた。
愛の母親は泣きながら歩道で娘を待っていた。
麻琴は愛と反対の方へ追い立てられた。
ぐいぐい押されて、愛と母親が涙の対面を果たすところは見ることが出来なかった。
押されたせいでまた咳き込み、少し血を吐いた。
「そいつから手を離せ。それ以上何かしたら、ただじゃ済まさない」
男が手を離した。
顔を上げると、ひとみが目の前に立っていた。
- 451 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/28(日) 23:59
-
ひとみは微かに笑みを浮かべていたが、全体的には心配そうな顔をしていた。
麻琴が振り返ると、ベンツの後部座席に座っている愛の後頭部が見えた。
愛は母親の肩に頭をもたせかけていた。
その隣には、会長の姿があった。
「よう。元気だったか?麻琴」
「……彼女は会長の娘だったんですね」
「ああ」
「知らなかった」
「ああ。あたしも知らなかったし、会長もだ。つい最近まで」
「会長も?」
「ああ。上流社会ってのは、あれで案外世界が狭いらしくてな。
母親に連絡したら、すぐに会長から電話が来たよ」
- 452 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/28(日) 23:59
-
ひとみは麻琴を促して、歩き出した。
「会長は、あの子にきちんと治療を受けさせると約束した。もちろん母親付きでだ。
……お前も治療が必要みたいだな。大丈夫か?」
「何とか…」
「病院に行こう」
2人は空港の駐車場に向かった。
車に乗り込むと、ひとみは言った。
「ところで、だ。今頃、議員は別の空港で待ちぼうけを食ってる。
ヤツはあの子が会長の娘だってことは全然知らない。
自分の娘じゃないのは知ってるみたいだがな。
だがそのうち、ヤツは奥様がお前を使って離婚の口実を作らせたと思うだろう。
離婚訴訟になれば泥沼化は必至だからな」
- 453 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/28(日) 23:59
-
「本当のことを説明しないんですか?」
「ヤツにはまだ利用価値がある、と会長は判断している」
「あの人が愛ちゃんにしたことを知ってもですか?自分の娘が、あんな目に……」
「それがビジネスだ」
麻琴の表情に気に入らないと書いてあったが、ひとみは無視して続けた。
「だから、お前はしばらく姿を消せ」
「……どのくらいですか?」
「ほとぼりが冷めるまで」
要するにスケープゴートの役割を担わされたわけだ。
仕方がない。これが組織だ。
ひとみは、くしゃくしゃと麻琴の頭を撫でた。
「お前はよくやった」
「……はい」
「ゆっくり休め」
ひとみは車のエンジンをかけた。
- 454 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/29(月) 00:00
-
高橋議員の側近は、紺のBMWの運転席に乗り込んだ。
今回の選挙はうまくいきそうだ。
このまま行けば、大臣の座も夢ではない。
もっと上も狙えるかもしれない。
議員の娘は遠くの保養地にいるから、余計なことを喋ることはないだろう。
側近がエンジンを始動させようとした時、首筋に何か冷たいものが押し付けられた。
「動くな。動いたら殺す。そのままじっとしていろ」
「やめてくれ」
「ウチらをはめたな?」
「いや、それは……」
首筋を拳銃で押した。
「は、はめた」
「何のために?」
「あの娘に喋らせないように」
「何を?」
側近は一瞬ためらった後、答えた。
「私とのことを」
「……どいつもこいつも、あの子を食いものにしやがって…!」
押し殺してはいたが激しい怒りの声音に、側近は一瞬撃ち殺される、と思った。
がたがた震え出し、異臭が漂ってきた。
失禁したらしい。
「あんたの親分に伝言だ。組織からのな。あんたの親分は次の選挙には立候補しない。
政界から引退だ。奥様の離婚の申し出には素直に応じろ。お前は辞めるんだ。
わかったか?腹心の部下さん。
今度また、どっかの政治家の周りをうろついてるのを見かけたら、
お前の身体で動いてるのは腕時計だけになる」
- 455 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/29(月) 00:00
-
ひとみはBMWから離れ、待っていた車に乗り込んだ。
「死なない程度にやっちゃダメなの?」
圭は顔をしかめた。
「あんなヤツのためにあんたが手を汚すことはないわよ」
「そっか」
圭は車を発進させながら、言った。
「小川に連絡してもいいわよ。もう戻ってきても大丈夫だって」
「もう少し、休ませてやってもいいんじゃない?」
「あんたがそう言うなら。でも、寂しいでしょ?あの子がいないと」
「…ふん。圭ちゃんの言う通りだよ」
- 456 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/29(月) 00:01
-
今日も天気は雨だった。
これで5日間降りっぱなしだ。
麻琴はストーブに薪を足し、湿った郵便物をテーブルの上に置いた。
愛からの手紙が一通。
リハビリを終えて、復学するという内容だった。
ひとみからのハガキが一枚。
先日送った銀行為替手形についての文句だった。
それは会長からの手紙に同封されていたもので、手紙には今回の働きに対する感謝と
今こうむっている不便に対する謝罪が書かれていた。
麻琴は銀行為替手形をひとみに送り、半分はひとみに、半分は愛に渡してくれと頼んだ。
『気は確かか?あの子は国が買えるほど金持ちになったんだぞ?』
でも報酬の半分を分けるって約束したんだ。
麻琴はやかんを火にかけた。
はちみつをたっぷり入れた紅茶を飲めば、傷が早く治るかもしれない。
ゆっくり椅子に腰をかけると、お湯が沸くのを待った。
- 457 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/29(月) 00:01
-
- 458 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/29(月) 00:01
-
駅の改札を出ると、迎えがいた。
「お久しぶりです、小川さん。お体の方はいかがですか?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
麻琴は里沙に頭を下げつつ、隣の人物に気を取られていた。
「ご存知ですよね?愛ちゃんのことは」
「はあ。でも、どうして里沙お嬢様と…?」
「従姉妹ですから」
ああ、そうだった。
愛は会長の娘で里沙は会長の姪だから、そうなるわけだ。
麻琴はうかつにも思いつかなかった。
じっと麻琴を凝視していた愛が一歩前に出た。
「麻琴」
「はいっ?」
麻琴は思わず姿勢をただした。
「聞きたいことがいっぱいあるの。話してくれるよね?」
「まあまあ、愛ちゃん。これから時間はいっぱいあるから」
里沙がいさめた。
これから?
呆然とする麻琴をよそに、里沙と愛は両側から麻琴を挟んで歩き始めた。
- 459 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/29(月) 00:02
-
- 460 名前:降ればどしゃぶり 投稿日:2007/10/29(月) 00:02
- 以上でこの話は終わりです。
小川さん、お誕生日おめでとう。
- 461 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/10/29(月) 00:04
- レス御礼。
>>441 ぽち さま
何とか終わりました…。どんなもんでしょう?
- 462 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/29(月) 05:40
- 作者さま
完結お疲れさまそしてありがとう。
ドラマを観ているように映像が浮かびました
次回作にも期待してますのでがんばってください。
- 463 名前:ぽち 投稿日:2007/10/29(月) 06:47
- お疲れ様です。
二人のその後、も番外で読みたくなるようなお話でした。
ありがとうございます。
- 464 名前:名無しマコ 投稿日:2007/10/29(月) 08:27
- えがったえがった
みんなが幸せになれそうで
マコおめでとう20歳
- 465 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/29(月) 17:54
- 麻琴がすんごいかっこよかった
完結おつかれさまです。ワクワクドキドキひやひやしながら読みました。
それと、麻琴、誕生日・成人おめでとう。
- 466 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/29(月) 18:51
- 完結本当にお疲れさまでした。
超シリアスものも最高ですね。次回作も心待ちにしています。
小川さん誕生日おめでとう。
- 467 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/04(金) 22:54
- 越年してしまいましたが、まずはレス返し。
>>462 名無飼育さん さま
こちらこそ読んでいただきありがとうございました。
緊迫感のある話の次は、毎度脱力気味の話です。
>>463 ぽち さま
2人のその後というか続編を書こうと思ってはいるのですが
さっぱり進みません。
違う話が先になってしまいましたw
>>464 名無しマコ さま
とりあえずハッピーエンド、ということで。
皆幸せになれ!
>>465 名無飼育さん さま
かっこいい麻琴が読めるのはこのスレだけ(嘘)。
たまにはいいですよね?
>>466 名無飼育さん さま
シリアスものは反応薄いのかな〜と思っておりましたら
意外と読んでいただいていたようで驚きました。
ありがたいことです。
ということで。
次がさっぱり書き出せないでいたら、違う話が出てきました。
今更ですが、Delivererの続編です。
と言っても前ほど長くはならないかと思います。
- 468 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/04(金) 22:55
-
「店リニューアルしたから、そのお祝いで焼肉パーティやっからお前も来い」
吉澤さんからお誘いを受けたので、ほいほいと行った。
今でも吉澤さんに頼まれると断れなくて、いろいろ手伝ったりしている。
改装したのはデリの方じゃなくて、焼肉店の方。
しかし儲かってんのかなー。すげえ金かかってない?
- 469 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/04(金) 22:55
-
焼肉店に行くと、デリの昼と夜のお店、どっちの子も来ていた。
「まこっちゃん久しぶり〜。愛ちゃんとはよく遊んでるけど」
いきなり顔を合わせるなり、さゆみんのひと言。
ちょ、ここで愛ちゃんの名前出さないでよ。
その横でミキティさんが大変に不機嫌そうな顔で俺をにらんでいた。
ま、まあいいや。とにかく飲んで食って帰ろう……。
「あ、お前飲むなよ?」
「え?何でですか」
「帰り運転手」
「え……」
「足代ちゃんと出すから」
ああ、それで呼ばれたのか。ガックシ、納得。
- 470 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/04(金) 22:56
-
「おーいミキティ飲んでっかー?」
「…はい」
吉澤さん、声かけるならちゃんと相手しなよ。
「元気ねーな」
「…大丈夫です」
「おーマコト、ミキティに酒ついでやれ!」
吉澤さん……絶対知ってて言ってるんでしょ。
刺激しないで下さいよお。
♪♪♪ ♪♪ ♪♪♪ ♪♪
あ、電話。
「へーい」
『マコト、コロス!』
「あぁあ、うぉ落ち着いて!何もないから!泣くなあ!」
だああ!またさゆみんか!
『何でミキティの隣に座るんや!』
「だって吉澤さんが…」
『早く帰って来い!許さんよ!』
「は〜い。わかりまった…」
- 471 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/04(金) 22:56
-
もー何ですぐ、ないことないこと告げ口するかなあ、さゆみん。
「まこっちゃん、ダメだよ〜」
「ぬぁんだよ、それ。俺何もしてねーっつーの!」
「えぇ〜?じゃあみーよさんとは?」
「うぇ!?なっ、それ」
「鼻血出なかったら、どーなってた?」
「ちょっ…!何で知ってんの?」
あ、俺自分で認めてやんの。バカ?
「愛ちゃんには言ってないから。でもミキティさんとはダメだよ」
「別に言ってもいいけど。何もしてねーし」
「してもらうとこだったんでしょ?」
「ぶは!!」
ああもうヤブヘビだから黙ってよ……。
- 472 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/04(金) 22:57
-
「うお、こぼれた!マコト、おしぼりおしぼり!早く早く」
もー吉澤さん酔っ払い。
今日チャーミーさんいないのかよ、ちゃんと面倒みてよ。
と思ってたらお開きになった頃に、タクシーとともにチャーミーさん登場。
そのタクシーにフツーに乗り込む吉澤さん。
いいのか?何で誰も何も言わないの?
「じゃーね、マコト」
チャーミーさんにニッコリ手を振られると、つられて振り返す俺。
「んじゃ後頼むな、マコト」
「はーい。お疲れ様です」
見送って、その他の皆さんを送り届ける。
……お約束のようにミキティさんが最後。
- 473 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/04(金) 22:57
-
「あのさ」
「うぉ」
いきなり耳元で声がしたので驚いた。
「何ですか?」
「…ラブリーと暮らしてんの?」
「はぁ、まあ」
「…メールとかしたいんだけど」
「え?」
何のために?
「これ」
名刺を差し出してくるミキティさん。
「ここに書いてあるから、メールしてくんない?」
「え、や、あの、無理っす」
「何でだよ!」
あ、キレた。
だってメールなんかしたら愛ちゃんに殺される。
「いいじゃん」
ミキティさんは勝手に俺のジーンズのポケットに名刺をねじこんだ。
「え、ちょっ」
「待ってるから」
- 474 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/04(金) 22:57
-
「ただいまー」
帰ると愛ちゃんが仁王立ちしていた。
「マコト。そこ座りなさい」
「…へーい」
「ミキティとメール交換してるんやないやろな?」
ぶはっ!
超能力でもあんの?なにこのタイミング。
「んなワケないじゃん…」
「じゃ携帯見せて」
「んえ〜?」
「見せられないん?」
「い、いーよぉ。見なよ。俺何もしてねーもん」
- 475 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/04(金) 22:58
-
愛ちゃんは眉間に皺を寄せて、携帯を弄り始めた。
「…あれ?」
「あれ、じゃないよ。何もないから」
「…ごめん、マコト」
「許さん」
「えっ?」
「お仕置き」
「えっ?えっ?ちょっ、マコ?」
うぉりゃ!
愛ちゃんを押し倒して、服を脱がす…てか、何でこんな薄着なんだろ。
絶対誘ってる!いや違うと思うけど、どっちでもいいや。
「ダメだって、まことぉ…」
「…………」
「……ベッドいこ」
「…うん」
夜はこれから。
- 476 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/01/04(金) 22:59
- 更新終了。
ひさしぶりなので、いきなり失敗…。
何かマコトのキャラが若干変わってる気がしなくもないですが。
こんな感じで。
- 477 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 23:20
- 更新お疲れさまです。
と冷静に書き込んでますがモニタのこちら側では激しくガッツポーズを取っています。
今後も楽しみして待っていますよ!
- 478 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/07(月) 23:50
- 更新お疲れ様です
待ってましたよ!!めちゃくちゃ待ってました!!!!!
マコ…もっとやれやれwwww
- 479 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:44
-
携帯に見たことない番号から着信があった。
「はい」
『あのさ、ちょっといい?』
へっ?この声は…ミキティさん?
何でこの番号知ってんの?
「えーと、どちら様で『美貴だよ!』
ツッコミ早!
「あ、ああ…どうもです」
『ちょっと話さない?今何してんの?』
「えっと…あの、無理です」
『なんだよそれ。話くらい、いいじゃん』
「いや…それよか、何でこの番号知ってるんですか?」
『いいじゃん、別に』
「や、あんまりよくないですけども。誰かに聞いたんですか?」
『……よっちゃんから』
うわあ。吉澤さん、何やってるんですかあ〜!
『また電話していい?』
「や、それはちょっと……」
『何だよ!電話くらいいいじゃねーかよ!何だよ、まったく――』
ツー、ツー。
あれ?怒って切っちゃった?
- 480 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:45
-
♪♪♪ ♪♪
「はいはい」
『ごめん…充電切れた』
あはは、何かカワイイ。――ってヤバイでしょ、俺。
何とかしなくちゃ。
「えっと、ミキティさんってー、もしかして俺のこと好きなんですか?」
俺だっていつまでもヘタレじゃないもんね。
ちょっと反撃!
『なっ…何言ってんだよ、お前!』
「えへへへへ」
『ばっ…バッカじゃねーの!死ねよ!』
そこまで言わなくても。
しかしこのままからかってたらホントに殺されるかも。
「じゃあ、お仕事頑張ってくださいね〜」
『ちょっと待て、お前!』
はい、通話終了っと。
はあ…疲れた。
- 481 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:45
-
何かよくわかんないけど、デリの方と手が切れないみたいで。
吉澤さんに頼まれたら断れないので、つい手伝ってしまっている。
俺としては個人的な感覚だったんだけど。
何でかお店の経営会議みたいのに呼ばれてしまった。
経営に関する話は最初だけで、後はただの雑談だったけど。てかほとんど雑談。
俺が2号店立ち上げる前くらいに入ったドライバーと時々話をするようになった。
ミキティさんに「使えねーヤツ」とか言われてた人。
エリック亀造って名前で、何人だよ!って皆につっこまれてた。
何かへらへらしててつかみどころがない感じ。
- 482 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:45
-
「ね〜、まこっちゃん、『ラブリーさん』って今どこにいるのかなぁ。知ってる?」
ぶはっ!何だよ、その質問!
「すっごい好みなんだよねえ。写真でしか見たことないんだけど」
「はは……そーなんだ…」
「何か彼女にしたい感じ。すっごいタイプなんだけど」
「ああ、そう…」
「ラブリーは今、マコトの彼女だぞ」
ちょ、吉澤さん!何で言うの!
「マジで!?今度会わせてよ!今度!ねえ!まこっちゃん!」
うわ。マジじゃん、こいつ。
「お、落ち着け」
「ずるいよ、まこっちゃん!ねえ、知り合うきっかけは?何で付き合うようになったの?
やっぱカワイイ?」
あ〜うるっせー。
「いやフツーフツー」
「おめ、んなこと言っていいのか?」
吉澤さんがニヤニヤしてる。
もー誰のせいでこーなったんですか!
- 483 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:46
-
「え、でも、従業員同士の恋愛禁止ですよね?」
「おー。コイツ俺に隠れて付き合ってたんだぜ。殺そうかと思ったもん」
全然シャレに聞こえないんですけど。
ひょっとして、ホントは怒ってたんだったりして。
「でもコイツは俺の弟子で弟みてーなもんだから、許してやったんだよ。
まあ実際、辞めてたしな」
エリックは何か納得行かない顔。
「それよか亀はミキティがいいんじゃねーの?」
「ええ?店長やめてくださいよぉ。僕はそういうつもりじゃないですぅ」
「へえ〜ミキティさんかあ」
「だから違うって、まこっちゃん」
「マコトはミキティのことも詳しいよな」
ぐは!吉澤さん、俺なんかしましたっけ?
「でもミキティさんの好きな人って、まこっちゃんだよね?」
エリックがすねたような視線を飛ばしてきた。
ええ〜?何この展開。
「うはは。モテモテだな、マコト。エロエロだ」
「何でですかあ!ちっがいますよ。俺は愛ちゃんだけですよ!」
「ラブリーさんって愛ちゃんって言うんだ。カワイイな〜。今度会わせてよ」
「おー。会わせてやる」
勝手に決めないで下さいよ!ぜってーやだ。
- 484 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:46
-
これだけじゃ終わらなくてエリックは会議が終わった後、家までついて来ようとした。
「ちょ、マジ?仕事でしょ?」
「まだ時間あるもん。ね〜、会わせてよ、まこっちゃ〜ん」
うっぜ。
まあ一回見れば気が済むかなあ。
仕方なく連れて帰ると、愛ちゃんは出かける支度をしていた。
てか、この後一緒に出かける予定だったんだよ!
早く帰れ!亀造。
「あ。お帰りー」
「たでーまー…」
まずいことに愛ちゃんはばっちり化粧して、ちょっぴりエロスな格好だった。
「はじめまして、エリック亀造ですぅ。よろしくお願いします〜」
「あ、はい。高橋愛です、よろしくお願いします」
勝手に自己紹介すんな!
愛ちゃんも愛想よくしなくていいよ!
- 485 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:46
-
「まこっちゃん、ずるいよ!」
エリックににらまれた。
何だそりゃ。
「もーいいだろ?帰った、帰った」
「ええ〜?」
「用事あんの、用事」
無理やり追い返した。
「ったく」
「…何なん?」
「吉澤さんとこでドライバーやってるヤツで、愛ちゃんの写真見て気に入ったんだって。
会いたいって勝手について来た」
「ふ〜ん。行こ」
愛ちゃんはあんまり興味ないみたいで、ちょっとホッとしてる俺がいた。
- 486 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:48
-
あれからエリックからしつこくメールや電話が来る。
『今日は愛ちゃんいるの?』
『昨日は愛ちゃんとどこへいったの?』
『3人で飲みに行こうよ、おごるから』
めちゃくちゃ愛ちゃんに興味持ってるじゃん!
だけどあまりにもうっさいので、ついオーケーしてしまった。
流されやすいこの性格を何とかしたい。
- 487 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:49
-
どうせ愛ちゃんと一緒に出るからいいもんね、と思ってたんだけど
用事で少し遅れて待ち合わせ場所に行った。
そしたら誰もいねえ!
後で聞いたら、エリックは30分も前から待ち合わせ場所に。
愛ちゃんはぴったりくらいに着いたらしい。
で、2人でさっさと飲みに……。
しかも俺、店の名前聞いてないし。
仕方ないから愛ちゃんに電話した。
- 488 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:49
-
「今どこ?」
『わかんない』
ええ〜?ちょっと…。
「看板とか店の名前は?」
『○○って書いてあるけど、ここがどこかわかんない』
あ〜愛ちゃんって、方向感覚ないもんね……。
とかやってたら、おい、何でお前が出るんだ、エリック!
『あ〜、まこっちゃん?あんね、交差点を左に曲がって…』
何かテキトーなこと言ってる気がする。
ないよ、んなビル。
もう歩き疲れた。
- 489 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:50
-
愛ちゃんから電話。
『マコト、どこ?』
「わかんない。歩いてる」
『もう着く?』
「店の名前くらい教えてよ…」
『あ、わかった。んーと××だって!』
「おっけ。後は人に聞く」
『エリックくん、方向音痴なんやね〜』
いや…違うと思うけど。
だって今聞こえたぞ。
『いや〜愛ちゃんと飲めてちょ〜うれしいな〜ウィックエリック』
- 490 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:50
-
やっと到着。
……何かおかしくない?
何で愛ちゃんとエリックが並んで座って、俺が向かい側なの?
「まこっちゃん、待ってたよ〜」
嘘つけ!
愛ちゃんにさりげなく触るな!くっつくなあ!
「マコト、何飲む?」
「愛ちゃんは何飲んでんの?」
「ワイン」
「はあ?」
そんなの好きだった?
「エリックくんが…」
「愛ちゃんにはワインが似合いますよ!大人の女って感じでしょ ウヘヘ」
「あ〜そお…」
どうでもいいや、もう。
「まこっちゃん、飲んで食べて!おごりだから!」
うるせー。言われなくても飲むし食うよ。
- 491 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:51
-
とりあえず一通り飲んで食って、会計を済ませて外へ出た。
エリックはかなり酔っ払ってる。
「まこっちゃん!」
何だよ。早く帰るよ、もう。
「お願いがあります!」
「何?」
「愛ちゃんと、手をつなぎたいんだけど、いい?」
はあ?
- 492 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:51
-
「駅まででいいから!お願い!」
「……愛ちゃんがいいんならいいよ」
「ホント?」
愛ちゃんは困るって言うよりは呆れたような顔をしていた。
「駅まででしょ?ええよ。行こ、エリックくん」
いいのか。あ〜あ……。
2人で手をつないで歩く後ろをとぼとぼついて行く。
はっきり言って面白くない。
そういえば最近愛ちゃんと手をつないで歩いてなかったな。
大事なことはいつも後から気づく。
でも今は何も考えられない。
- 493 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:51
-
「まこっちゃん、今日はありがとう!」
「俺に言うな。愛ちゃんに言いなよ」
「うん!愛ちゃん、ありがとう!」
「いえいえ。どーいたしまして」
あー、何かもやもやする。
エリックはニコニコへらへらした顔で手を振って、電車に乗って帰った。
つないだ手を洗わないとか言ってた。
頼むから今すぐ洗ってくれ。
ヘンなことに使うなよな!
「マコト?」
「ん?」
「帰ろ?」
「ああ…」
- 494 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:52
-
とぼとぼ歩いてると、愛ちゃんが顔を覗き込んできた。
「どしたん?元気ないな」
「ん〜…」
「ひょっとして…ヤキモチ?」
「ああ…そうかも」
愛ちゃんはビックリしたような顔をした。
「マコトってそういうのないのかと思ってた」
「何でだよぉ」
「落ち込んでる?」
「うん…」
「つないでいいって言ったのマコトじゃん」
「いや、言ってないし」
「でも止めんかったやろ」
「こんなにへこむとは思わなかった…」
愛ちゃんはくすくす笑っている。
何だよぉ。
- 495 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/08(火) 23:52
-
「じゃあ手つないで帰ろ?」
エリックとつないだ手じゃない方を握ったら、愛ちゃんは笑っていた。
「何?エリックくんとつないだ方はイヤなん?」
「何か生々しいじゃん…」
「仕方ないな〜」
しばらく歩いてると、愛ちゃんは更にくっついて来た。
「何?」
「腕組む方が好き」
「ん?じゃ、どうぞ」
「ふふ。こっちの方が恋人っぽいやろ?」
そう…かな。
愛ちゃんのやわらかい感触を感じながら、何となく強張っていた気持ちがほぐれていく気がした。
- 496 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/01/08(火) 23:54
- 更新終了。
何故か今頃この人が。
- 497 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/01/08(火) 23:57
- レス御礼。
>>477 名無飼育さん さま
ガッツポーズありがとうございまっす。
ゆるい感じで進みます。
>>478 名無飼育さん さま
お待ちいただきありがとうございます。
マコがエロおやじになってるwww
- 498 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/09(水) 03:55
- マコがちょーかわいい…
そして今回登場のこの人は本当に適当ですねw
- 499 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/09(水) 23:29
- 更新お疲れさまです
これは何だか展開が読めねえええ
けど今後も楽しみにしてます(笑)
- 500 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 00:22
- エリック積極的すぎww
おもしろすぎて、すごーく楽しみです。
ちなみにBreakoutの頃から追ってます。
- 501 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/13(日) 23:21
-
♪♪♪ ♪♪ ♪♪♪ ♪♪
「はい」
『……もしもし』
うぁ、またミキティさん?
『あのさ』
「えっと、どちらさ『美貴だよ!』
すげえ。前よりツッコミが早くなってる。
- 502 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/13(日) 23:22
-
「はい。何でしょうか?」
『今話していい?』
「や〜、ちょっと今レポート仕上げなくちゃなんなくて」
『何ソレ。店の?』
「や、学校ですよ。俺学生ですから」
最近遠慮なくこき使われてるけどね。
『大学生ってヒマなんじゃないの?』
「そうでもないです…てか、何ですか?」
『何でメールくれないの?』
「や、だから、無理って…」
『冷てーよ』
口調が変わってますけど……。
やばい、話題変えよう。
- 503 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/13(日) 23:22
-
「あ〜、そうだ、エリック亀造知ってます?」
『知ってるけど』
「ミキティさんのこと好きらしいっすね」
『ばっ…かじゃねーの。知らねーよ、そんなの』
あ、何か照れてる?気づいてるっぽいな。
「でっへっへ。ミキティさんだって気づいてるんでしょ〜?」
『うっせーな!知らねぇっつってんだろ!だいたいアイツ、愛ちゃん愛ちゃん騒いでるし』
相変わらず言ってるのか。
やろー。愛ちゃんは渡さんぞ。
「いやぁ、そのうちミキティさんの方がいいって言い出しますよ〜」
『どーでもいいよ、あんなヤツ!』
「そーですか。あの〜そろそろ切りますね。レポート…」
『あっ』
「何ですか?」
『……話してくれて、ありがと』
「…………ぃえ」
言葉に詰まっちゃった、俺。
何か変だなー。
- 504 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/13(日) 23:22
-
それからしばらくして。
エリックから電話があった。
『まこっちゃん?』
「おぅ。どーした?」
『今日、愛ちゃんいる?』
「……いないよ」
時々こんな電話が掛かってくる。
正直うざいっす……。
『今度ミキティさんと4人で遊びに行かない?』
「はあ!?」
おいおい、マジか?
- 505 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/13(日) 23:23
-
「ちょっとエリック、やばいよそれは。愛ちゃんは辞めたけどミキティさんはまだ店の人じゃん」
『そーなの?』
「最初に言われたろ?商品に手をつけるなって」
『でもさ〜、ミキティさんはいいよって言ってくれたんだよね〜』
「マジで?でもやめといた方がいいって。あの人まだ店ではトップ3に入る人なんだから。
吉澤さんにバレても知らないぞ。あの人怒ったらこえーぞ。去勢しろって言われるぞ」
『きょせい?』
「タイに行けって言われるぞ」
『はあ?じゃあ、店長に聞いてみるね』
「ちょっ!やめろ!俺は何も聞いてないから!知らないからな!」
- 506 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/13(日) 23:23
-
10分後。
『おう、マコト』
「あ、どーも……」
吉澤さんから電話。
『何?亀とミキティは付き合ってんのか?』
「いや、俺は知らないですけど……」
『ふーん。ちょっとこっち来いや』
「はっ、はいぃ」
うわわ、エリック何言ったんだよ。それと俺の名前出すな!
- 507 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/13(日) 23:23
-
あせりまくって、店に急行。
中に入ると、吉澤さんとエリック。
すわ修羅場か、と思ったらそうでもない。普通に笑って話してる。
「おう、マコト」
「あー、まこっちゃ〜ん」
「……何なんすか?」
「亀が、ミキティと愛ちゃんと4人で遊びに行きたいって土下座したぞ」
吉澤さんが笑って言った。
「え」
土下座……。エリック、そこまでして行きたいのか。
「それでなあ……」
「はいっ」
「俺も行く」
――――はあ!?
- 508 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/13(日) 23:24
-
「店長が、6人で行けばいいじゃんって言ってくれた。やったね!まこっちゃん」
はああ!?
何言ってんの?
「で、やっぱ温泉だよなあって今話してたとこなんだわ。いいか?それで」
「温泉、ですか」
「うん。泊まりで」
「ミキティさんも温泉行きたいって言ってました!」
エリックうっさい。
しかし、いいのか?
「吉澤さん、あの、いいんですか?ミキティさん」
「ん?ああ、亀お前、付き合ってんの?」
「いえ、まだそういう仲じゃないですぅ」
「んだよ。さっさと付き合って、マコトみたいに仕事辞めさせろよ」
ええ〜、ちょっと。愛ちゃんは俺が辞めさせたわけじゃないんだけど……。
「店長は一緒に行く人決まってるんですか?」
「ん。チャーミーだ」
あっさり答える吉澤さん。
「えええ!?チャーミーさんって、店長の愛人なんですか!?」
「うるせーよ、亀。そーゆーこと言ってっとお前連れて行かないよ」
「ええ〜?」
ああ、話題がそれてる。
- 509 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/13(日) 23:24
-
「それであの、ミキティさんは?」
「ああ。まあ亀とミキティじゃ釣りあわねーし、付き合うとかないだろ」
「ええ〜?ひっどいな〜店長」
「ウチの女の子に何かあったら亀、お前覚悟出来てるんだろうな?」
吉澤さんの顔は笑っていたけど、目は笑っていなかった。
鋭い視線にエリックは固まった。
へらへらした調子が消えた。
「だから言ったろ…。付き合いたいなら辞めてからにしろって」
そう言うと、エリックは真面目な顔でうなずいた。
それにしても吉澤さんの言ってることってメチャクチャなんだけど……。
とりあえず、この3人の間では温泉行きが決まってしまったらしい。
エリックは多少こたえたらしく、その後は少し大人しくなっていた。
- 510 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/13(日) 23:24
-
家に戻って、愛ちゃんに聞いてみた。
「愛ちゃん、温泉行く?」
「え、温泉?行く行く!」
「吉澤さんとエリックとチャーミーさんとミキティさんが一緒だけど」
「何それ!?何でミキティ??」
「何かエリックが」
「え?2人って付き合ってるの?」
「いや…付き合ってはいないみたい。エリックは愛ちゃん愛ちゃん言ってるらしいし」
「ええ〜?」
愛ちゃん困惑。
「何かイヤかも」
「でもさぁ、吉澤さんが行こうって言ってるから……」
「ああ」
愛ちゃんは俺が吉澤さんに逆らえないことをよくわかってる。
「まぁまだ決定じゃないから」
「マコトと2人なら行きたいな〜」
「それは俺だって」
顔を見合わせる。
ちょっとの間、見詰め合って、それからどちらともなくくっついた。
- 511 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/13(日) 23:25
-
次の日。
学食でメシ食ってると携帯が鳴った。
♪♪♪ ♪♪ ♪♪♪ ♪♪
「はい」
『もしもし』
「あ『美貴だよ!』
早過ぎ。
「はい。何でしょ?」
『あのさ、旅行行くの?』
「たぶん行かないです」
『え?…行かないの?』
「はぁ。エリックとミキティさんは行くんですよね?」
『かっ関係ないだろ!行かねーよ!』
「あれ?エリックはミキティさんがいいって言ったって……」
『言ってない!』
「そですか。あの〜…やっぱ、こういう風に話すのってまずいんで、やめませんか?」
『何でだよ!いいじゃん!こっちの身にもなれよ!』
怒鳴りまくるミキティさん。こえー。
- 512 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/13(日) 23:25
-
「電話してるのバレたら、ミキティさんだって吉澤さんに怒られるんじゃないですか?」
『番号教えたのよっちゃんだし。あんた今は従業員じゃないじゃん。
それに…怒られてもいい』
俺が困るんですけど!
「いやいや、そういうことじゃ…」
『美貴、頑張ってるんだよ』
「は?」
『全然休んでない』
「いや、休息とってくださいよ」
『温泉行きたい』
「あぁ、エリック待ってますよ〜」
『バカ!』
あ、切った。
何かちっちゃい声で『もぅ』とか言ってた。ちょっとカワイイ。…あれ?
- 513 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/13(日) 23:25
-
家に帰ると、愛ちゃんが俺の顔を見るなり言った。
「ミキティから電話来た」
「はっ?」
ええ?何それ。
「一緒に旅行行こうって。今まで変な電話したりしてゴメン、仲良くしよって」
「んん?」
「よぉわからんのやけど」
「…俺だってわかんないよ」
愛ちゃんは早い口調で続けた。
「ほんでな、仕方ないから行くことにした」
「え、行くの?」
「行こうよ。ほやけどなるべく一緒におってよ?」
「ん?」
「ほやって、エリックくんとミキティさんが一緒やろ?チャーミーさんはええけど」
「ん〜。無理に行くことないけど」
「行こうよ。よしざーさんのおごりやよ、きっと。美味しいもん食べれるで?」
それは魅力的だけどさ〜。
何か嫌な予感がする。
- 514 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/01/13(日) 23:26
- 更新終了。
- 515 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/01/13(日) 23:31
- レス御礼。
>>498 名無飼育さん さま
へたれまこちぃです。
そして俄然適当な人ですw
>>499 名無飼育さん さま
んっふっふ。
いろいろ展開を想像してみて下さい。
そっちの方が面白かったりしてw
>>500 名無飼育さん さま
俄然強めに積極的ですw
そういえばBreakoutからけっこー経つんですねえ。
これからもよろしくお願いします。
- 516 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/15(火) 00:54
- 読んでるこちらもとっても嫌な予感が……w
- 517 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/19(土) 00:10
- ん〜、私としてはいい予感が。ワラ
- 518 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/21(月) 23:28
-
「んじゃ、週末な」
吉澤さんのひと言で、週末の温泉行きが決定してしまった。
エリックが決めた宿らしいけど、貸し切り風呂で混浴って何だよ。
何かエロいこと考えてんのか。
エリックから宿のパンフレットをもらった。
「愛ちゃん来るよね?」
「ああ、行かない」
「ええ〜!嘘!?」
「うん。嘘」
「何だよ〜まこっちゃ〜ん」
くねくねすんな!
「あのさあ、愛ちゃんとつきあってるのは俺。お前じゃねーの!」
「そういうわけじゃないよ〜、まこっちゃん」
「もう手つなぐな。あと触るな!」
「ええ〜、ダメなの?」
「ダメに決まってんだろ!」
何でしょんぼりしてんの?コイツ。
- 519 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/21(月) 23:29
-
「エリックはミキティさんと一緒にいればいいじゃん」
「えぇ〜?両方好きなんだよねぇ」
知るか!
てか勝手に天秤にかけるな、人の彼女を。
「で、まこっちゃん。現地集合ね」
「何で?」
「全員乗れる車がないから」
「ああ。じゃあ、吉澤さんとチャーミーさん、エリックとミキティさんと
愛ちゃんと俺でいいんだな?」
「うん。でも僕の車、4人乗れるよぉ」
「んじゃ吉澤さんたち乗せたら?」
「ええ〜」
だからくねくねすんな!
- 520 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/21(月) 23:29
-
そこへさゆみんが出勤してきた。
「おはよ〜」
「おはよ」
「まこっちゃん、温泉行くんだって?」
「うん、まあ」
「愛ちゃんと電話で話したらビミョーな感じだったよ」
「ああ…」
「ミキティさん来るなら気まずいよね〜」
ちょ、さゆみん、ここでそれ言っちゃうの?
あ、エリックがうつむいてる。
「何か愛ちゃんに意地悪な電話とかしてたらしいもんね〜」
「さゆみん…その話題は今ちょっと……」
「え、まずいの?あ、エリック?」
「…………」
全員沈黙。
耐え切れず、飲み物を買うために外に出た。
さゆみんがついて来た。
「まずいって、さゆみん」
「そうなの?エリックはミキティさん狙いなの?」
「ん〜…」
「温泉でもめないようにね〜」
誰のせいだよ。
- 521 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/21(月) 23:29
-
温泉行き前日。
何だかご機嫌な吉澤さんから電話。
『おー明日は温泉だなー。俺ら電車で行くから、車貸してやるぞ。どうする?』
「え、いいんですか?」
『おう。俺ら観光しながら行くからさ、お前ら車でゆっくり来い』
さっすが吉澤兄さん。一生ついていきます!
エリックはどうするのかな、と思ってたら電話が来た。
『まこっちゃん、明日どうするの?僕の車に乗ってかない?』
「いや、いい」
ソッコーで拒否。
『ええ〜、何で?ミキティさんもいるのに〜』
だからダメなの!
「俺吉澤さんから車借りたから。現地集合な」
『そんなぁ、まこっちゃ〜ん、一緒に行こうよぉ〜』
「無理」
通話終了。
- 522 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/21(月) 23:30
-
それから10分位して。
♪♪♪ ♪♪ ♪♪♪ ♪♪
「もしもし?」
『…美貴だけど』
「ああ、はい。お疲れさまです」
『エリックの車に乗らないの?』
「乗らないっす。吉澤さんが車貸してくれたんで」
『何だよそれ!』
何だよと言われても。
『美貴にエリックと2人で行けって言うわけ?』
「いや…それは知らないですけど」
『んだよ、もう!』
切れた。
あ〜何か行く前から疲れる……。
- 523 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/21(月) 23:30
-
さて当日。
途中、水族館なんか寄り道しながら宿に到着。
……誰も来てない。
「予約名とかどうなってんだろ?」
「さあ。ロビーで待ってよか」
エリックに電話しようか迷っていると、声をかけられた。
「お。来てたんか、マコト」
「吉澤さん」
吉澤さんとチャーミーさん到着。
「おぅ、愛ちゃん、久しぶり」
「あ、吉澤さん、今日はよろしくお願いします」
何か妙に礼儀正しい愛ちゃん。
- 524 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/21(月) 23:30
-
吉澤さんたちが来たのでようやく宿にチェックイン。
遅れてエリックたちもやって来た。
「まこっちゃ〜ん。あ!愛ちゃん!」
大声出すな!てか愛ちゃんに触るなエリック。
ミキティさんは?あ、何かもうお土産屋チェックしてる。
「こら、エリック。ちゃんとミキティさんの面倒見ろよ」
「ん?あ〜、わかったよ。まこっちゃん。…ミキティさ〜ん、お部屋行きましょ〜!」
エリックがそばに行くと、ミキティさんは少し照れくさそうにうなずいた。
「何かいい雰囲気?」
愛ちゃんに聞いてみたけど、愛ちゃんは首をかしげていた。
- 525 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/21(月) 23:30
-
「あ。ラブリー元気?…てか、もうラブリーじゃないんだっけ」
「うん。愛でええよ。…ミキティも元気?」
「美貴も美貴でいいよ」
「うん」
ん?ミキティさんと愛ちゃん、けっこう悪くないんじゃないの、雰囲気。
「つーか、何で一部屋なの?エリック」
「えへへ〜。この部屋で6人で寝ますぅ〜」
コイツにコーディネーターを任せたのは間違いだったかもしれない。
とりあえず、速やかに準備して愛ちゃんと2人だけで貸切風呂へゴー!
エリックが何か言ってたけど聞かずにバックレ。
一回くらい2人きりで入らせろよ!
- 526 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/21(月) 23:31
-
丸い桶みたいなお風呂にどっぷり浸かる。
「うぃ〜」
「オッサンくさい」
愛ちゃんにつっこまれたけど、いい気分だから気にしない。
2人でゆっくりお風呂に入ることなんてそうないし。
景色もいいし、久々にゆったりした気持ちになる。
湯煙の中の愛ちゃんはいつもよりキレイに見えたけど、
エロい気分よりもくつろいだ気分の方が勝った。
何だかんだで30分くらい入ってると、さすがにのぼせてきたので出た。
- 527 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/21(月) 23:31
-
「あぁ!愛ちゃん浴衣だ〜」
エリックうっさい。俺だって浴衣だよ。
いいからお前らも入って来い!
「ええ〜?ミキティさん、貸切風呂…」
「行かない」
相変わらずツッコミ早。
エリックとミキティさんはフツーの男女風呂へ行き、吉澤さんたちは貸切に行った。
「…ダメじゃん」
愛ちゃんが離れて歩くエリックたちを見て言った。
「う〜ん」
よくわからんな、この2人は。
- 528 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/01/21(月) 23:32
- 更新終了。
温泉行きたい…。
- 529 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/01/21(月) 23:35
- レス御礼。
>>516 名無飼育さん さま
∬*´▽`)<ですよねー
>>517 名無飼育さん さま
∬;´▽`)<そ、そうですか…?
- 530 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/23(水) 23:33
- 更新お疲れさまです。
これはいいワクワクですね。今後も楽しみして待ってます。
この時期の湯けむり温泉は極上ですな。私も行きたいです…。
- 531 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:15
-
夕食は宴会モード突入。
ハイペースで飲みまくる吉澤さん。
「マコト、飲むぞ!飲め!」
「はいっ」
「飲むぞ!飲んでるか?」
「はいっ」
何でか俺と吉澤さんで差しつ差されつ(ハイペースで)。
エリックは女の子組にうまいこと入り込んでへらへらしてた。
そのうちに吉澤さん沈没。
- 532 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:15
-
「チャーミーさ〜ん…」
「はいはい。よっちゃんね〜、マコトと飲むと嬉しくなって飲みすぎるんだよねー」
それは…嬉しいような迷惑なような。
あとチャーミーさんに任せて、酔い覚ましに愛ちゃんと外へ散歩に出た。
宿を出て道路を渡り、コンクリートの階段を下りて浜辺へ行く。
海辺の波打ち際は涼しい風が吹いていて、波の音も耳に心地よかった。
「気持ちいいね〜」
愛ちゃんが海風を吸い込んで言った。
「ん。海はいいね」
ホントは夏の間に来たかったな。
- 533 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:16
-
少し浜辺を歩いた後戻って来て、階段下の近くにベンチがあったので腰掛ける。
ちょっと隠れ場的な雰囲気で、道路からはこっちの姿は見えないみたい。
こっちから見上げるとガードレールが見えるけど、道路側にいると覗き込まないと見えないはず。
愛ちゃんがくっついてきて、腕を絡めてきた。
少し酔ってるのかな?
愛ちゃんを見ると、顔が近づいてきた。
そのままキスした。
酔っ払ってるのと見られてないだろう安心感とで、軽いキスじゃ済まなくなってきた。
あ〜誰か来たらやばいよな。
そう思いながらも、止まんない。
- 534 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:16
-
「へ〜そーなんだ〜、ミキティさんも大変だよね〜」
頭の上からエリックの声がした。
愛ちゃんがびくっとして俺から離れた。
どうやらエリックとミキティさんが上の手すりで話をしてるらしい。
「…別に大変じゃないし」
「まこっちゃんと愛ちゃんて前から知り合いなの?」
何の話をしてるんだよ、エリック。
俺らの話を振るな!
「知らない」
「あ〜、知らないんだ〜そっか〜」
「うん」
何か会話になってないし。
盛り上げろよ、もっと。
ジャリッと砂利を踏みしめるような音がして、足音が遠ざかった。
2人は宿へ戻って行ったようだった。
愛ちゃんと俺は顔を見合わせ、どちらともなく言った。
「戻る?」
「そだね」
- 535 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:17
-
部屋に戻ると、吉澤さんが復活していた。
あれ?
「おぅ、風呂行くぞ、風呂」
「えぇ、大丈夫ですか?酔ってるのに」
「ちっと疲れて寝てただけだ。そんなに酔っ払ってねーよ」
そうですか。
そんじゃ行きましょうかね。
今度は男女に分かれてお風呂へ行った。
- 536 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:17
-
「2人とも色白いっすね〜」
「じろじろ見るなよ〜」
エリックに返しつつ吉澤さんを見ると、確かに白い。
「店長、その傷どうしたんですかぁ?」
エリックはホント、微妙なことを平気で口に出して聞くよなあ。
吉澤さんの脇腹に細長く盛り上がった傷跡があった。
「これか?昔、梨華に刺された」
ええ!?やっぱ酔っ払ってるのか?
フツーの調子ですげえことを言い出した吉澤さん。
「え?梨華って誰?」
「うるさいエリック。サウナでも入ってろ」
「え〜」
- 537 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:17
-
吉澤さんと露天風呂に浸かる。
エリックも入ってたけど、多少気まずくなったのか出て行った。
「さっきの、マジですか?」
「ん?梨華に刺されたってか?マジだよ」
「梨華って、チャーミーさんですよね?な、何があったんですか?」
「浮気がバレた」
えらいシンプルな回答。
「ええ〜?大丈夫だったんですか?」
「俺その時ぽよってたし、梨華ちゃん力ねーから肉だけで大したことなかったんだけどさ。
まあ血はけっこー出たけど」
そーゆー問題なんだろうか?
「刺された所より心の方が痛かったな」
吉澤さんはぼそっと呟いて、夜の海に目をやった。
「そこまで追い詰めたのは俺なんだよな。アイツその後真っ青になってさ、大泣き」
そりゃあ、ねえ。
「まあ痛かったけど。コイツを大事にしようって思ったなー」
何かしみじみしてる吉澤さん。
- 538 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:17
-
…てか。
「何で浮気するんですか?」
「ああ?そこに可愛い子がいるからだ」
んなキッパリ言われても。
「…怒らないんですか?チャーミーさん」
「今はな」
うーん?
「戻って来るってわかったんだろ」
「はあ?」
吉澤さんはニヤッと笑って「おこちゃまにはわかんねえよ」と言った。
確かによくわかりませんけども。
- 539 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:18
-
風呂から上がると、出入り口付近でエリックがうろうろしていた。
「何やってんの?」
「あ。あ〜、美貴さん待ってようかなって」
お?
「お前いつから『美貴さん』って呼ぶようになったんだよ?」
「えへへ〜。いいじゃん〜」
別にいいけど。
「まあ仲良くね」
「ねえねえ、まこっちゃん。愛ちゃんってエロい?」
「なっ…何言ってんだ、お前は」
「ね〜、教えてよ〜」
放っておいてロビーに移動した。
そこでくつろいでると、愛ちゃんとミキティさんが来た。
楽しそうに笑って話してる。…女の子ってよくわからん。
その後ろからエリック。
2人の肩を抱くようにして歩いてる。
何かもう怒る気にもならないな。
- 540 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:18
-
「まこっちゃん、飲みに行こうよ」
え〜?
居酒屋とバーを合わせたみたいなお酒を出してくれる所へ移動。
この4人で飲むの?
何か嫌な予感が。
「この旅行って誰が計画したの?」
ミキティさんが口を開いた。
「僕で〜す」
エリックが手を上げた。
「ふーん。…で、何か飲んでいいの?」
「いいですよ!何にしますか?」
- 541 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:19
-
「えっと、あーしトイレ行って来るね」
「あ、場所わかります?僕一緒に行きますよ〜」
ちょっと待てエリック!
愛ちゃんのトイレについて行く気かよ。
「まこっちゃん、決めておいて。飲み物」
ちょっ、2人にするなよ!
……ん〜と。
「…何にしますか?」
「何でもいい」
ええ〜?
「えっと、じゃあ俺は…」
メニューに目を走らせる。
てか、沈黙が怖い。
- 542 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:19
-
「あのさ…この後時間ある?」
「ふぇっ?もー寝ますけど」
「じゃあ今でいい」
「な、何ですか?」
思わず身構える。
「別に。暇ならちょっと話しようと思っただけ」
「エリックと散歩とかしたらいいんじゃないですか?夜の海、キレイっすよ」
「ざけんな。何でアイツと」
顔をしかめるミキティさん。
「そうですか?アイツ、ミキティさんのこと好きですよ」
「……告られたけど、フッた」
何ぃ!?
あ、ミキティさん顔真っ赤。
- 543 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:19
-
「えええ!?」
「な、何だよ、うっさいよ。悪い?」
「え、何でフッたんですか?」
「いいじゃん。個人の自由だろ」
「えええ!?」
「……あんた、そんなに美貴のこと嫌い?」
「ほぁ?そんなことないですよ」
「美貴、頑張ってるのに」
「はあ。吉澤さんが見てくれてると思いますよ」
「よっちゃんはカンケーないんだよ!……美貴は、あんたに見ていてもらいたいの!」
思わずミキティさんを見つめた。
- 544 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:20
-
「俺?」
「うん。……ダメ?」
上目遣いで俺を見るミキティさんは可愛かった。
「けっこー相性いいと思わない?ウチらって」
「……ぇえ……」
「ダメ?」
ダメとか、そういうことじゃないんだ。
「俺は愛ちゃんが大好きです。彼女に何かあったら、命がけで守るつもりです。
ずっと2人で歩いて行きたいんです。泣かせるようなことはしたくないんです」
「…………」
- 545 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/25(金) 23:20
-
「だから、あの……」
「あ〜あ。フラれちゃったか!」
「……フラれるとか」
「美貴が気があるの知ってるくせに。ムカつく!」
ええ〜?
「ただいま」
「トイレの場所遠いんだよね〜」
やっと愛ちゃんとエリックが戻って来た。
「何飲むか決まった?」
うん決まった。飲もう!飲むよ。
飲んで早く寝よう。
「マコト、飲みすぎ」
うんそうだね。でも飲まないとやってらんないっす。
- 546 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/01/25(金) 23:21
- 更新終了。
あと2回くらい。
- 547 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/01/25(金) 23:24
- レス御礼。
>>530 名無飼育さん さま
温泉行きたいです。
ていうか今なら暖かいところならどこでもw
- 548 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/26(土) 21:51
- 僕は作者様と温泉行って背中流したいです。
や、流させてくださいw
- 549 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/29(火) 23:36
- 作者さん、更新乙です。
何かホントに先が読めない作品ですね。この旅行の結末は如何にって
感じです。美貴様のキャラがリアル本人とかぶってる気がするのは
気のせいでしょうか?
>>548さんが背中流すなら自分はお酌をw
- 550 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/31(木) 23:56
-
夜中に気持ち悪くなって起きた。
やっぱ飲みすぎたか。
隣では吉澤さんが爆睡中。
あれ?エリックがいない。
チャーミーさんは…寝てるね。愛ちゃんも。
寝相悪いな〜、はだけてるじゃん。
布団をかけてあげる。
……ミキティさんもいないし。
ひょっとしてエリックと一緒、とか?
てかマジで気持ち悪い。
部屋のトイレを汚すのは抵抗があったので、部屋の外へ出る。
あ〜、気持ち悪い。しばらく禁酒しよう。
- 551 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/31(木) 23:57
-
深夜だからかフロントには誰もいない。
んん?
薄暗いロビーに人影が。
思わず柱に隠れる俺。…てか、吐きそうなんだけど。
おお?抱き合ってる2人…エリックとミキティさんか?
……うぁ、やばい。マジで吐く。
トイレは2人の後ろなんだよな。
そーっと気配を殺して、通り抜ける。
何とか気づかれずトイレに到着。
思う存分吐く。吐きまくる。
- 552 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/31(木) 23:57
-
吐くだけ吐いたら、スッキリした。
けっこうな時間そうしていたので、寒くなってきた。
戻ろう。もう2人もいないだろう。
……いるじゃん。
あんまり体勢変わってないっぽいけど。
うーん。
俺、部屋に戻りたいんだけど。
ジャマしちゃ悪いよなあ。
そ〜っと…。
パタッ。
やべっ。スリッパ引っかかった。
「ん?」
ダッシュ!
- 553 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/31(木) 23:57
-
慌てて部屋に入って布団をかぶった。
おやすみなさい。
俺は何も見てません。
誰かが部屋に入って来た。
「まこっちゃん…起きてる?」
寝てるから起こすな。
「ねぇねぇ、起きてるんでしょ!」
ぼすぼす布団を叩くエリック。
「んだよ〜、俺眠いんだよ」
「ちょっと聞いてよ、まこっちゃん!」
「やだ。寝る。おやすみ」
「お願いだから聞いて」
「……ぐ〜」
そのままホントに寝てしまった。
- 554 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/31(木) 23:58
-
起きたらスッキリ。
朝メシもうまい。俺単純単純単純です。
ちょっと観光でもしようかということで、皆で近くの神社へ散策。
「ねー、まこっちゃん」
吉澤さんはチャーミーさんと、愛ちゃんはミキティさんと歩いているので
何でか俺はエリックと一緒に歩くことに。
「何?」
「昨日のあれは違うんだよぉ」
「あれって何だよ」
「美貴さんとは何もしてないから。ホントにしてないから」
「え、お前何かしてたの?」
「だからしてないってば!」
- 555 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/31(木) 23:58
-
「どこまで?」
「ええ?」
「キスした?」
「……うん」
したのか!
「その先は?」
「え〜?」
「やっちゃったの?」
「してないって〜、だから」
「ほお〜。でもキスはしたと」
「うん……今回は特別って言われた」
「特別ねえ。エリックスペシャル?」
「まこっちゃん、意味わかんないし。ねえ内緒だよ?愛ちゃんにも言わないでね」
「ん〜。まあ頑張れ」
「うへへ」
- 556 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/31(木) 23:58
-
言うなと言われれば言いたくなるのが人情ってもんです。
エリックには義理ないし。
「愛ちゃん、エリック、ミキティさんとキスしたって」
「え〜、ホントに?だって美貴ちゃん彼氏おるよ」
なぬ!?
「ほやって昨日お風呂で話した時、おるって言ってたで」
「え〜マジっすか」
んじゃ昨日のあの態度は何なの?
フラれたとか…。
「ありえねー…」
「ん?何かあったの?何か言われた?美貴ちゃんに」
「んや…別に」
女の人ってこえー。
彼氏ってやっぱエリックなのかな。
- 557 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/31(木) 23:59
-
昼食は回転寿司へ。
どうやら宿代は吉澤さん持ちらしいので、その他の5人で払うことにした。
「ん〜お腹いっぱい」
「エリックくん、けっこー食べる人やったんやね」
「そんな僕にホレました?」
「全然」
ニッコリ笑ってエリックにダメージを与える愛ちゃん。
何かなあ……。
1人で歩いてるミキティさん。
放っておくのも何なんで、声を掛けた。
「ミキティさん、何食べました?」
「寿司」
そりゃそーだけど。
トロとかウニとかいろいろあるじゃん…。
- 558 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/31(木) 23:59
-
夕方に宿に戻って来た。
「ねえねえ、まこっちゃん」
「ん?」
またエリックがへらへらして近づいてきた。
「4人で混浴しない?」
「しない」
「えぇ〜」
えぇ〜じゃない!
「お前、愛ちゃんの裸見たいだけだろ!」
「うへへ。まこっちゃんだって、美貴さんの裸見たくない?」
「見たくない」
「うそぉ。嘘だね」
何だコイツは。
「じゃあ、愛ちゃんに聞いてくる!」
……もう知らん。
- 559 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/01/31(木) 23:59
-
ロビーでジュースを飲んでいると、エリックが戻って来た。
「まこっちゃん…」
「ん」
「やっぱダメだった」
そりゃそうだろ。
「愛ちゃんに思いっきり拒否られた」
「そうだろ〜。意外とカタいんだよ、愛ちゃんは」
「う〜」
「エリック、ミキティさんと貸し切り風呂行って来なよ」
「だって美貴さんに手を出したらやばいって、まこっちゃん言ったじゃん」
ここまで来て何を言うか。
「まあ…うまくやんなよ」
「応援してくれるの?」
「うん…まあ」
「ありがとう、まこっちゃん!」
くっついてくるな。相手が違うだろ!
- 560 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/02/01(金) 00:00
- 更新終了。
うまく終われるか不安に。
- 561 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/02/01(金) 00:05
- レス御礼。
>>548 名無飼育さん さま
こういう感じのレスって初めてもらった気がするので
何か新鮮w
とりあえず温泉連れて行ってくださいw
>>549 名無飼育さん さま
自分的にはみきちーのキャラが勝手に
暴走してる気がするんですが。
お酌…あんま飲めないのでウーロン茶でお願いします(ヘタレ)
- 562 名前:名無しさん 投稿日:2008/02/01(金) 12:31
- エリックの真意が読めない…
ミキティも実際はどうなのか…
毎回ニヤニヤしながら読んでます。
がんばってください。
- 563 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/02(土) 22:40
- 俺はエリック×まこっちゃんでもアリだと思うw
- 564 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/03(日) 21:54
- 更新お疲れさまです。
553レス目、本当にありそうで噴きました(笑)
おおうやっぱり読めない展開。今後も楽しみにしてますよ。
- 565 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/04(月) 16:24
- 心の中だけで淡々と突っ込んでる麻琴にうけました(笑)
すっかり苦労人ですねえ。
- 566 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/02/11(月) 21:20
-
「美貴さ〜ん、おみやげ何買いましょうか?」
「ん〜。これがいいかな」
何となく打ち解けた感じの2人。
けっこーお似合いって気もする。
「おぉ?アイツら、けっこーラブラブなのか?」
吉澤さんが言うと、チャーミーさんが首をひねった。
「そうかなー。美貴ちゃん、好きな人いるんじゃなかった?」
「彼氏いるってマジですか?」
ちょっと気になるので質問したら、愛ちゃんににらまれた。
- 567 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/02/11(月) 21:21
-
「マコト、気になるん?」
「ぶぇ別に」
「何で噛んでるん」
「うはは。尻に敷かれてんな、マコト」
吉澤さんにニヤニヤされる。
「愛ちゃんは前からマコトマコトだもんね」
チャーミーさんもニヤニヤ。
「なっ…何言ってるんですか、もう!」
愛ちゃんは顔を赤くしていた。
でも吉澤さんはエリックたちを認めたような気がする。
根拠はないけど。
- 568 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/02/11(月) 21:21
-
翌朝。
「んじゃ俺ら別のとこ寄って泊まって帰るから、マコト店頼むな」
「ええ!?聞いてないっすよ?」
「今言った」
「あ〜…了解で〜す…」
仕方ないか。車貸してもらって、宿代も出してもらっちゃったし。
「んじゃな、亀」
「はい!」
「まぁ、がんばれ」
「はい!がんばりま〜す」
何を頑張るんだか。
吉澤さんとチャーミーさんがタクシーに乗って先に出て行くのを見送った。
- 569 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/02/11(月) 21:21
-
さて。俺らも帰りますか。
「ね〜、まこっちゃん。4人でどこか寄って行かない?」
「行かない」
「まこっちゃ〜ん…」
「んだよ。ミキティさんと2人で行けばいいじゃん」
「愛ちゃんも連れて行っていい?」
「いいわけあるか!いいから2人でデートして来い!」
エリックの背中を押して、ミキティさんの方へ押しやる。
「仲良くね」
「あ…ありがと」
ミキティさんにお礼言われちゃった。
「帰ろ、マコト。じゃ美貴ちゃん、またね〜」
「うん」
互いに手を振り合う愛ちゃんとミキティさん。
女の子たちは仲良くなったみたい。
- 570 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/02/11(月) 21:21
-
さて帰ろう帰ろう。
出発後、しばらくして。
「……マコト」
「ん?」
「美貴ちゃんと電話してたんやって?」
「!! なっ…!」
「美貴ちゃんから直接聞いたで」
「えええ!?」
な、何言ったんだよ、ミキティさん。
「お風呂場で聞いたんやよ。ほんでも、マコト大事にしなよって言ってた」
「ふ〜ん…」
「いろいろ聞いたやよぉ!」
語尾が強めで怖いです、愛ちゃん。
- 571 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/02/11(月) 21:22
-
「な、何聞いたの?」
「言わないって美貴ちゃんと約束したで、言わんとく」
「えええ!?」
すっげえ気になるんだけど!
「何ナニ!?気になるじゃん」
「言いません。その代わり……」
「その代わり?」
「今日はあーしがお仕置きします」
「はあ!?」
そんなこんなで帰りにラブホに連れ込まれてお仕置きされた。
内容?教えない。けど。
浮気なんて考えられないようにしてやる〜とかっておかしくない?
浮気なんかしてないっつーの!
- 572 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/02/11(月) 21:22
-
そんなこんなで温泉で疲れを癒すどころか疲れて帰って来た。
あれからエリックとミキティさんはうまくいったのかと思ったら。
「で、つきあってんの?ミキティさんと」
「いえ。遊びに行ったりはしてるんですけどね〜」
「何だよ。彼女にしちゃえばいいじゃん」
「え〜。だってかわいそうだし…」
意味わかんね。
「まこっちゃんは愛ちゃんと別れる予定ないの?」
「ねーよ!」
何かまだ愛ちゃんのこと諦めてないし。
- 573 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/02/11(月) 21:22
-
で。
愛ちゃんといえば。
温泉旅行からけっこう経った後。
「……マコト」
「ん?」
朝から深刻そうな顔の愛ちゃん。
「どした?」
「……せーりが来ない」
「ん?」
んん?それって、それって?
遅れてるだけ?
それとも……。
- 574 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/02/11(月) 21:23
-
気をつけてたつもりだけど。
おぼえがない……こともない。
愛ちゃんが大丈夫って言ってた時があったけど……大丈夫じゃなかったのか?
「……ごめん」
「ふぇ?何で謝るの?」
「ほやって……デキてたらやっぱメーワクやろ?」
「いいじゃん、それでも」
「え?」
不安げな顔の愛ちゃんを抱きしめる。
「いいよ、愛ちゃんとの子なら」
「まごどぉ〜……」
「泣くなよ〜」
- 575 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/02/11(月) 21:23
-
ともかく、病院へ。
愛ちゃんが外で待っていて、と言うので近くのコーヒーショップで待つ。
う〜ん。
子供かあ。ひょっとして俺、親父になるのかな。
そーなると結婚しなくちゃなんないよな。
プロポーズしなくちゃなんないのかな?
え〜?何て言うんだ?
指輪とかっているのか?
学校辞めて働いた方がいいのかな。
そしたら母さん怒るかなー。
愛ちゃんのお父さんとかも、この間会った時はわりと歓迎してくれたけど、
順番が違う!って殴られたりして。
いやいや、そんなことより今は愛ちゃんの体調の方が心配だ。
何か気をつけることとかあるのかな。
あ〜、やっぱ一緒に行けばよかった。
あ、愛ちゃん来た。
- 576 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/02/11(月) 21:23
-
「ごめん!マコト」
「ほぁ?」
「不順やって」
はあ!?
「薬もらった」
「あ〜…そかそか」
「ごめん」
「いや別に謝らなくてもいいけど…」
てか、よく考えたら市販の検査薬使えばよかったんじゃ?
「愛ちゃん、検査薬試した?」
「……怖くて出来んかった」
「そっか」
そうだよね。愛ちゃんだっていろいろ考えちゃったよな。
- 577 名前:Deliverer+ 投稿日:2008/02/11(月) 21:24
-
んじゃ帰ろう。
「今度から気をつけてな?」
「気をつけるけど…」
大丈夫っつったの愛ちゃんじゃね?という言葉を飲み込む。
もう愛ちゃんの大丈夫は信用しないでおこう。
「あーしはいつでもいいんやけど」
「ん?」
「マコトが卒業するまで待ってる」
「え、何が?」
「言わん」
「え〜何だよぉ」
何となく言いたいことはわかったけど、やっぱ今はまだ早いのかな。
頑張るから待っててほしいな。
そんな気持ちを込めて愛ちゃんの手を握ると、愛ちゃんも握り返してきた。
そのまま手をつないで家に帰った。
- 578 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/02/11(月) 21:25
- この話は以上です。
- 579 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/02/11(月) 21:33
- レス御礼。
>>562 名無しさん さま
謎残し去るw
作者は皆様のレスにニヤニヤしておりますw
>>563 名無飼育さん さま
リd*^ー^) <まこっちゃん、アリだって! フォー
∬;`▽´)<無理!
>>564 名無飼育さん さま
腹が減れば食べ、眠くなったら寝る。
それがマコクォリティw
>>565 名無飼育さん さま
本人は心の中だけで叫んでるつもりでも、
意外と声に出てたりしますw
- 580 名前:ななし 投稿日:2008/02/11(月) 22:19
- お疲れ様です!!
とうとう終わってしまいましたか…
でも、このほのぼのな感じが良かったです♪
ミキティとエリックの今後が気になります…
- 581 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 02:27
- しばらく来れず、久しぶりに来てみたら終わってるなんてorz
でも
最後まで振り回し体質の愛ちゃんに楽しませてもらいましたw
- 582 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/09/21(日) 23:47
-
大変に遅くなりましたがレス御礼。
>>580 ななし さま
ありがとうございます。
ほのぼのとシリアスと交互に書きたくなります。
ミキティとエリックの関係は謎なまま…。
>>581 名無飼育さん さま
久し振りでも感想ありがとうございます。
私の書く話は要するにまこっちんが振り回されてるだけですw
- 583 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/09/21(日) 23:49
-
>>264-460 「降ればどしゃぶり」の続きです。
「深い川は音もなく静かに流れる」
- 584 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/09/21(日) 23:49
-
駐車場でひとみが待っていた。
里沙と愛に挟まれて困惑している麻琴と目が合うと、ニヤッと笑った。
3人が近づくと、ひとみは素早く車の後部座席のドアを開いた。
愛がためらいもなく乗り込む。
「小川さん、どうぞ」
里沙が促したので、自分は助手席に乗るものと思っていた麻琴は慌てた。
「えっ?いえっ、そんな……」
「どうぞ。ご遠慮なさらず」
里沙は微笑んで、さっさと助手席に乗り込んでしまった。
麻琴は嫌な汗をかきながら、愛の隣に乗り込んだ。
席次など気にしたことのない愛は、居心地悪そうに座った麻琴を不思議そうに見やった。
- 585 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/09/21(日) 23:50
-
「それで、『組織』って何なの?」
車が走り出してしばらくすると、愛が唐突に質問した。
麻琴は愛からの視線を痛いほど感じながらも、そっちを見ないようにしていた。
「麻琴」
誰かが答えることを期待したが、愛は麻琴を指名した。
麻琴はバックミラー越しにひとみの視線をとらえようとしたが、すぐにそらされた。
「里沙お嬢様にお聞きになった方が」
「私の方からは説明しましたよ?古い友人と顧客のための安全と平穏を提供しているって」
「何だかわかんない」
里沙は少し間をおいて、再び口を開いた。
「つまりね、警察やマスコミの無遠慮な目にさらしたくない私的な厄介ごとを解決してるわけ」
「警察やなんかとは違うってこと?」
「違うの。あくまでも私的な活動で法的な権限とかはないの。
だから信用できる友人…メンバーと呼んでるけど、その依頼しか受けない」
それはつまり本業の経営の利害と関係しているのだが、ひとみは黙っていた。
害を為すとみなされれば組織は速やかに手を引く。
依頼を受ければ絶対に解決させる、という種類のものではない。
正義の味方でもない。
そして失敗することがあれば、ひとみたち工作員は存在しないものとして扱われる。
- 586 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/09/21(日) 23:50
-
「麻琴は何でこんなことやってるの?」
愛は麻琴の袖を引っ張った。
「吉澤さんの仕事を手伝っていただけです」
愛は運転席のひとみを見た。
「吉澤さんは何で?」
「雇われたんですよ」
「どうやって?」
「まあ……スカウトされたようなもんですね」
「ふーん」
まだ何か言うのかと思ったが、愛はそれで口をつぐんだ。
愛以外の3人に何となくほっとしたような空気が流れた。
- 587 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/09/21(日) 23:50
-
会長邸に着くと、ひとみは車を少し離れたガレージに入れに行った。
麻琴はひとみを待っていた。
里沙と先に行ったと思っていた愛が近づいてきたので、麻琴は少し緊張した。
「どうしました?」
麻琴が聞くと、愛は妙な表情を浮かべた。
「ねえ」
「はい」
「何で敬語なの?」
「これが普通です」
「前は違ったじゃない」
「前とは立場が違いますから」
愛は眉間にしわを寄せた。
「前は任務だったから、ってこと?」
「……そうです」
「全部、お芝居だったってこと?あたしを連れ戻すための」
- 588 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/09/21(日) 23:51
-
麻琴はひとみに以前言われたことを思い返した。
『ヤク中ってのはたいてい何かに依存している。ヤクから抜けた後、彼女の依存はお前に向く。
ヤクから離れさせるにはお前が面倒をみるしかない』
愛はうまく立ち直ったのだろうか。まだ治療の過程なのか。
まだ依存は自分に向いているのだろうか?
「全部、嘘だったの?」
責めるような愛の口調が弱々しくなっていた。
「お嬢様のことを考えてしたことです」
「やめてよ!お嬢様とかって」
麻琴は愛から目を逸らした。
ひとみが近づいて来るのが見えて、ほっとした。
「おや。愛お嬢様、どうしました?」
「そのお嬢様って、やめてよ!」
ひとみは軽く肩をすくめた。
「里沙お嬢様も嫌がられるんですけどね。そう言われましてもねえ」
「お父様が言わせてるの?」
「会長ですか?こんな瑣末な問題で頭を悩ませることはないでしょう。
単純に立場が違うんですよ」
「…………」
「ノブレスオブリージュ。高貴な方は身分にふさわしい振る舞いをしなければならぬ。
我々には我々の仕事があります」
愛は何か言いかけてやめた。
「まあ窮屈でしょうが、あまりお気になさらずに」
すぐに慣れますよ、とひとみは付け加えた。
- 589 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/21(日) 23:53
-
「早速だけど、仕事よ」
顔を合わせるなり、圭は言った。
「ちょ、戻って来たばっかだよ?一服する暇くらいないの?」
「先方がお待ちなのよ。お茶はそっちで飲みなさい。わかってると思うけど、煙草はダメよ」
ひとみは肩をすくめた。
「で?内容は?」
「ここで話すことは何もないわ。先方は奥の応接室で待ってるから」
ひとみは先に部屋を出た。
「小川、ちょっと」
「はい?」
圭に呼び止められて耳打ちされた。
麻琴はけげんな表情を浮かべたが、「頼むわね」と念押しされ、うなずいた。
- 590 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/21(日) 23:53
-
「ったく、人づかい荒いよな」
ひとみは広い廊下を歩きながら、ぶつぶつ呟いていた。
自分といる時は大抵こんな調子なので麻琴は気にかけなかった。
圭に言われたことを頭の中で反芻した。
どういうことかよくわからなかったが、とにかく従うしかない。
ひとみがドアをノックして、「どうぞ」という女性の声が返ってきた。
ひとみは何故かドアを開けるのを一瞬躊躇した。
不自然な間の後ドアを開けたひとみは、そのまま身体を反転させようとした。
「――っ!?麻琴!?」
麻琴に肘関節をきめられていた。
圭にひとみを逃がすな、と釘を刺されていたのだ。
「イテッ、てめ……」
「仕事です」
ぐい、と麻琴がきめた肘を前へ押すと、ひとみは否応無しに前へ進んだ。
部屋に入ると、依頼人らしい女性が立ち上がるのが見えた。
- 591 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/09/21(日) 23:54
- 更新終了。
久し振りなのでいろいろ失敗……。
見づらい点はご容赦。
- 592 名前:名無し 投稿日:2008/09/22(月) 20:12
- お疲れ様です。
前々から、この話の続きを読みたいな〜と思っていたので、とても嬉しいです。
今回のワクワクしながら、読ませていただきます。
次回もお待ちしてま〜す!
- 593 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/23(火) 11:11
- 更新お疲れ様です♪
この話の続きが見れるなんて幸せです☆
愛ちゃんと麻琴の何かじれったい会話にキュンキュンしとります♪
楽しみにしてます。頑張って下さい☆★
- 594 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/24(水) 19:54
- 待ってました!!
まこあいにはまだ根強いファンがいるんで楽しませてくださいね
- 595 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/09/25(木) 09:00
- レス御礼。
>>592 名無し さま
嬉しく思っていただけて、こちらも嬉しいです。
気長にお付き合いください。
>>593 名無飼育さん
リアルまこちぃのマシンガントークを見た後だと
無口なまこちぃに違和感があるかもしれませんw
がんがります。
>>594 名無飼育さん
ベタベタなまこあいにはなりそうもないですが…
うちの愛さんは勝手に暴走するのでわかんないですね。
- 596 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/25(木) 09:00
-
「……逃げないから、離せ」
ひとみが首の後ろにじっとりと汗をかきながら、麻琴に囁いた。
そう力が入っているわけではないので痛いからではない。
麻琴は手を離した。
だが逃げたら捕まえられる位置は確保した。
「お久し振り」
依頼人の女性が声を掛けてきた。
麻琴には覚えのない相手だったので、ひとみを見上げると、
ひとみはびっしょり汗をかいていた。
- 597 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/25(木) 09:01
-
ひとみは応接室の革張りのソファに乱暴に座り込んだ。
「……さっさと仕事の話をしよう」
相手はひとみの態度に気を悪くした風もなく、麻琴の方を見て微笑んだ。
「石川梨華です。あなたは……」
「小川麻琴です」
深々とお辞儀をした麻琴に梨華は軽くうなずき、ひとみの向かいのソファに腰を下ろした。
麻琴もひとみの隣に座る。
「……お知り合いですか?」
麻琴は聞いてみたが、ひとみはむっつりした顔で黙っている。
梨華も黙ってひとみを見ている。
こっちは何というか、感慨深そうな表情だった。
麻琴は気まずい思いで座っていたが、お茶でもいれようかと腰を浮かせた。
途端にひとみに服の裾をつかまれた。
「待て。どこへ行く?」
「え、お茶でも…」
「動くな。ここにいろ。……仕事の話だ」
後の方は梨華へ向かって言った。
だが目を合わせようともしない。
- 598 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/25(木) 09:01
-
「わたしの妹を連れ戻して欲しいの」
梨華は一枚の写真をテーブルの上に置いた。
「名前は紺野あさ美。名字が違うのは、親類の家に養子に入ったから。
飛び級で大学を卒業して、今は会社の開発部門の研究員をしてる。
一ヶ月前、会議に出席するために出かけて、一週間会議に出席した後、戻ってこないの」
ひとみは目をつぶったまま、聞いた。
「警察は何て言ってる?」
「警察には知らせてないわ」
「なぜだ?失踪したのなら、まず捜索願いを出すのが当然だろう。
だいたい、こいつは警察か探偵事務所の仕事だよ」
「妹は失踪したんじゃない」
「あ?」
ひとみは目を開け、初めて梨華の方に視線を向けた。
「本人に戻る意思がない」
「何で」
「恋人が出来たみたい」
「そりゃめでたい」
今度は梨華が不機嫌な表情になった。
「妹はだまされてる。相手は妹の持ってる研究成果のデータが欲しいだけ」
「なら警察に行きなよ。データは会社の財産だろ?窃盗罪で捕まえさせりゃいい」
「わたしはデータじゃなくて、妹に戻って来て欲しいの!」
「場所がわかってんなら、そこへ行ってそう言えばいい」
「だから、あなた達にしか出来ない」
「何で」
梨華の告げた場所を聞いて、ひとみと麻琴は目を合わせた。
- 599 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/25(木) 09:02
-
ひとみは梨華が帰る時も立ち上がりもしなかった。
梨華は気にした風もなく、見送りに出た麻琴に握手を求めた。
「それじゃ、お願いしますね。小川さん」
「はい。あの、吉澤さんは…」
「いいの。わかってるから。昔、助けてもらったの。よっすぃーには。
仕事はきちんとする人だって、わかってるから」
よっすぃー。古い友人たちが吉澤をそう呼ぶのを聞いたことがあった。
梨華の微笑んだ顔を、麻琴はどこかで見たことがあるような気がした。
- 600 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/25(木) 09:02
-
「麻琴!」
通路に愛が立っていたので、麻琴はぎょっとした。
今は仕事中だ。
「…愛ちゃん?」
「あっ、梨華殿?」
梨華“殿”って何だ。
2人は知り合いらしく、きゃあきゃあと盛り上がっている。
やはり上流社会って狭い世界なんだな。
麻琴は少し離れて終わるのを眺めながら思った。
- 601 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/25(木) 09:02
-
「ふ〜ん。あさ美ちゃん捜しに行くんだ」
「そーなの」
「あたしも行く!」
「…なっ、何言ってるんですか!」
ぎょっとして麻琴が叫んだ。
「いいじゃない。仕事の邪魔はしないから。買い物とかしたいし」
「あ〜、じゃあ一緒に行こうか?」
「あの、我々は別行動ですからね?」
- 602 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/09/25(木) 09:05
- 更新終了。
短いですが、今日はここまでで。
- 603 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/26(金) 21:45
- なんでこんなにステキすぎる文が書けるんだろう
連載再開してウレシイです
- 604 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/30(火) 11:40
-
「何でこうなんの?」
「あたしに聞かないで下さいよ」
ひとみににらまれて、麻琴は肩をすくめた。
愛はファーストクラスの席をとっているはずなのに、ちゃっかり麻琴の隣に座っていた。
さっきまでうるさく麻琴に話しかけ、今はイヤフォンをつけて音楽を聴いている。
ひとみと麻琴の分もファーストクラスで取ると言われたが、拒否した。
遊びに行くわけではない。
まさか本当に一緒についてくるとは思わなかった。
- 605 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/30(火) 11:40
-
「何で石川も一緒なんだよ?」
「2人とも子供の時から家族ぐるみの付き合いとかで…」
「しょーがねーな。だいたい何で飛行機の便の時間を教えるんだよ、圭ちゃんも。
機密の保全も何もあったもんじゃねー。あいつらの面倒見てる暇なんかねーぞ」
「観光して待ってるとか」
「ふざけてんな、まったく…。会長も甘やかしすぎじゃないか?」
「あ、何か悪口言ってる」
愛がイヤフォンを外してひとみを見た。
「えぇと、お嬢様。我々とは別行動ですから、くれぐれもお間違えのないように」
「わかってる。吉澤さんや麻琴の仕事の邪魔はしないから。でも今はいいでしょ?」
「そろそろ食事の時間なんで戻った方がいいと思いますけどね」
「ん。じゃあまた後でね、麻琴」
愛は麻琴に手を振ると、ファーストクラスの方へ戻って行った。
- 606 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/30(火) 11:41
-
「ずいぶん懐かれたな……お前、ナンカしたの?」
「ナンカって何ですか」
「いや…キスとか」
「…なっ!してないですよ!そんな」
「してないのか」
「しませんよ!……これって、まだあたしに依存してるってことなんですかね?」
ひとみは麻琴の顔をちらっと見て、真面目な顔で答えた。
「一応カウンセリングは終了してる。今は母親が一緒で、あのクソ親父とも別れた。
姉妹みたいな里沙お嬢さまもついてるし、前よりはいい状況じゃないの」
麻琴はうなずいた。
「だいたい、対象者とその後も顔を合わせる状況がおかしいっての。組織も考えろよ」
「それって、石川さんのことですか?」
ひとみは返事をしなかった。
「あの、石川さんって、どこかで見たことある気がするんですよね」
「あん?ああ、新聞か雑誌じゃねーの?時々出てるぞ。石川財閥令嬢だからな」
「や、家で…」
「家?…………!」
「てっ!何で叩くんですか!?」
「思い出すな。忘れてろ」
- 607 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/30(火) 11:41
-
入国審査と税関を通って到着ロビーに出ると、市井紗耶香が待っていた。
「よう。久し振り」
「また世話になる」
「ああ。まあ今回は土地カンのある小川がいるから、あたしはサブに徹するよ。
何かコブ付らしいし」
紗耶香の視線の先を辿ると、梨華と愛がスーツケースをポーターに運ばせていた。
「あっちの世話も頼まれてるのか」
「てかあっちの護衛がメインだな」
「ああ、その方がうちらも助かる」
- 608 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/30(火) 11:42
-
今回はきちんと正式の手続きを行ってホテルにチェックインした。
身元を調べられたところでどうということはない。
「さて、行こうか」
荷物を部屋に置くなり、ひとみは言った。
「相変わらずせっかちだな」
「場所はわかってるんだ。特に準備するものは?前は武器がなくて酷い目に遭った」
「気休めにしかならんと思うが…お守り代わりに持ってな」
紗耶香がマカロフを手渡した。
ひとみはスライドを少し引いて装填を確認した。
弾薬は薬室に収まっていて、すぐに発射できる。
横をちらっと見ると、麻琴も同じようにしていた。
スライドを放して戻し、親指でセーフティをかけた。
「お嬢さま方の方はどうなってるんだ?」
「あたしの部下がついてるよ」
「そうか。じゃあ行こう」
- 609 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/30(火) 11:42
-
向かった先は何故かホテルの地下室だった。
ボイラー室に入り、金属製のドアから廊下に出た。
更に階段を下り、金属製の管の中へ入って行く。
中は狭く、暗かった。
低い天井から10メートルおきくらいに裸電球がぶら下がっている。
天井から水滴が滴っている。
頭上からは車の行き交うような音が聞こえていた。
どうやら道路の真下にいるらしい、とひとみは気づいた。
「ひょっとして、下水管の中?」
「そう」
紗耶香は振り向かずにうなずいた。
しばらく歩き、階段を2段上がって別のドアをくぐった。
地下室の中に入ると、紗耶香は短いはしごを上ってハッチを解錠した。
それから自分ははしごを降りて、ひとみを見た。
「さて。吉澤はここで待っていた方がいいんじゃないかな?」
「何でだよ」
「この先は地獄だ。小川は慣れてるけど」
ひとみはかぶりを振った。
はしごに取り付き、上りはじめた。
上り切った途端に、後悔した。
- 610 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/09/30(火) 11:42
-
路地に出た。
道幅は1メートル程、苔と泥とアンモニア臭の染み付いた汚い壁、
地面は泥と糞とガラスの破片や廃材でどろどろだった。
ひとみは思わず口と鼻を押さえたが、澱んだ汚臭で目に涙がにじみ、吐き気が込み上げた。
集合住宅が真上にそびえている。
かなり近く、高いので自分の方へ倒れてくるような感覚に襲われる。
無数の電線や電話線、ケーブルが頭上を縦横に通過し、もつれたコードや針金が蔓を思わせて、
ひとみはジャングルにいるような感覚を得た。
組織に入ったばかりの頃、演習と称してジャングルに1ヶ月放り込まれたことがある。
汚臭がしないだけ、あっちの方がましだと思った。
石壁の低い所に穴がうがたれており、その中で人が身を寄せ合っていた。
ひとみは鉄格子や竹網越しの視線を感じ取った。
耳を塞ぎたくなるような大勢の人間の話し声の合間に、赤ん坊の泣き声、
老人のうめき声、犬の群れの吠える声、石壁の向こう側で鼠の走り回る音が聞こえる。
「ここが、“竜の巣”か……」
「行きますよ」
麻琴が歩き出し、ひとみは慌てて後を追った。
- 611 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/09/30(火) 11:44
- 更新終了。
- 612 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/09/30(火) 11:46
- レス御礼。
>>603 名無飼育さん さま
ステキすぎるコメントありがとうございます。
恐縮でぇす。
- 613 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/30(火) 21:48
- ステキ
- 614 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/30(火) 21:56
- 続きが楽しみです!!
ここのかっこいいマコが大好きなんで。
- 615 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/30(火) 21:58
- 上げちゃいました・・・
ごめんなさい!!
- 616 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/01(水) 12:30
- さすがです
- 617 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/03(金) 16:11
- 吉澤さんにも想像がつかない世界があるんですね…
本当に彼女はここにいるんでしょうか
- 618 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/05(日) 08:52
-
さっきよりも少し広い左手の路地に入ると、甘ったるい匂いが鼻をついた。
壁を背にして座り込んだ人々が紫煙の向こうに見えた。
麻琴とひとみは汚物の中を歩き、地面に寝ている人間をまたぎ越え、
天井からぶら下がったコードやホースを避けながら進んだ。
次に入り込んだ路地は、さっきよりも狭く、汚かった。
ひとみはうめき声をあげた。
鼠の群れが足のようなものをかじっている。
それが人形のものではないことに気づいて、ひとみは胃が引きつるのを感じた。
吐き気を必死に押しとどめる。
「もう少し我慢して下さい。ここよりはましになります」
麻琴が落ち着いた声で言わなければ、たぶん胃の中のものをぶちまけていた。
- 619 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/05(日) 08:52
-
小路の突き当りを左に曲がり、しばらくジグザグに進み、まっすぐな道に出た。
更に2回、右に曲がる。
まるで迷路だ。
空はほとんど見えず、薄暗い。
澱んだ空気の中を這いずり回っている。
本当にジャングルだと思った。
小さな円形の空き地に出た。
そこから放射状に5本の小路が延びている。
少年たちが4人、輪になってしゃがみこみ、煙草をふかしながらサイコロを振っていた。
飛び込んできた獲物に、好奇と期待の目を向けた。
- 620 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/05(日) 08:52
-
ひとみはシャツの裾を左手でつかんで、いつでもマカロフを抜けるよう準備した。
リーダーと思しき大柄の少年がゆっくりと麻琴の前に進み出た。
ナイフを引き抜くと、目の前にかざす。
麻琴は慌てず、ゆっくりと何かを言った。
少年の顔が困惑したものに変わり、ナイフを持った手が力なく下がった。
何か命令を怒鳴ると、仲間たちが小路の1本へ駆け出して行った。
残ったリーダーはへつらうような笑顔で何やら話し始めた。
ひとみにはひとつも理解できなかったが、弁解している様子なのはわかった。
麻琴は何の反応も見せず、相手にしていなかった。
- 621 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/05(日) 08:53
-
やがて少年たちと一緒にスーツ姿の男が姿を現した。
どうみても黒社会の人間だったが、丁重な身振りで会釈をした。
麻琴と会話を交わし、少年たちに命令を下した。
少年たちが去ると、上着の内ポケットから煙草を出して2人に勧めた。
麻琴は首を振って辞退し、ひとみも同じようにした。
口の中にはひっきりなしに酸っぱい味が込み上げており、この上煙草を喫ったら
どういうことになるのか想像したくなかった。
少ししてから少年が戻って来て何かを報告した。
男が麻琴に何か言い、ひとみの方を向いてうなずいてみせた。
「一緒に来ていただけますか?と」
麻琴が通訳した。
ひとみはうなずいた。
- 622 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/05(日) 08:53
-
小路の1本に向かって歩き出すと、周囲に集まっていた野次馬が左右に割れて3人を通した。
中庭のような所から小屋の中を通って、裏口から別の小路へ抜けた。
やがて行き止まりになった。
そう見えただけで、男は突き当たりのビルの階段を下りた。
その階段を下りた先はコンクリートの壁だった。
その右側に細い裂け目があり、男は身体を横にしてその隙間に身体をねじ込んだ。
男はついて来い、と言うようにひとみと麻琴に合図を送った。
「……マジかよ」
ひとみはなるべく壁に身体が付かないように慎重に横歩きした。
ここで擦り傷でも作ったら、何に感染するか知れたものではない。
シャツにぬるぬるしたものが付着していることに気づき、
上下を見られる状態でないことに感謝した。
3メートルほど進んだその先は、また壁で終わっていた。
今度は左手の裂け目に入り、6メートルほど進んだ。
ひとみは閉所恐怖症を起こしそうになりながら、歯を食いしばって進んだ。
ようやくそこを抜け出した。
と思ったら、男に元の場所に押し戻された。
「ちょっ!何だよ!?」
男は何か怒鳴り、銃を構えて前方へ向き直った。
- 623 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/05(日) 08:54
-
「おい、どうなってんだ?麻琴!?」
「何かあったみたいです」
「何かって…」
「ここで待て、確認してくる、と言ってます」
男が先へ進み、見えなくなった。
ひとみはうなった。
こんなところで襲撃されたら身動きが取れない。
それでも反射的に銃を右手で抜き出し、セーフティを外していた。
薬室を点検する。
ほとんど習慣になっている動作だった。
撃つべき時に弾が出ないのでは困る。
男の声がした。
「もう来てもいい、と」
麻琴が通訳した。
ひとみはじりじりと先へ進んだ。
ようやく視界が開けた先に、薄暗い玄関があった。
その前で、男が部下らしい男達を何か怒鳴りつけている。
麻琴がその中に割って入った。
何度かやり取りした後、麻琴はひとみの方を向いた。
「……まずいことになりました」
「何だ?」
「マルタイはここにいません」
「何?」
麻琴はそのまま木製の階段を上がりはじめた。
- 624 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/05(日) 08:54
-
「おい、どこへ行く?」
ひとみは慌てて後を追った。
木製の階段はぎしぎしきしむ音を立てた。
麻琴は閉まっているドアを2つやり過ごし、3つ目のドアの脇に立った。
ドアは少し開いていた。
その隙間へ向かって麻琴が何か声をかけた。
返事を待たずにドアを開ける。
ひとみの知る麻琴にしては慎重さに欠けるように見えた。
そこは低い天井がむき出しになった2畳ほどの部屋だった。
無機質なスチールデスクの上にパソコンが置かれていた。
ケーブルが数本、壁をぶち抜いた穴からつながっている。
そこに人が横たわっていた。
「……久しぶりだね、よっすぃー」
その声に聞き覚えがあった。
- 625 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/10/05(日) 08:55
- 更新終了。
- 626 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/10/05(日) 08:59
- レス御礼。
>>613 名無飼育さん さま
ありがとうございます。
>>614 名無飼育さん さま
個人的に「無口なマコシリーズ」と呼んでますw
たまにはかっこいい役やってもいいじゃないか!
>>615 名無飼育さん さま
はいドンマイ!
>>616 名無飼育さん さま
ありがとうございます。
>>617 名無飼育さん さま
吉澤さんは基本的に都会っ子なので。
さて彼女はいずこに。
- 627 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/05(日) 15:34
- ヘタレ吉澤さんも素敵
ここのカッケーまこも素敵
- 628 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/07(火) 01:07
- うわ、今度は誰だろう
- 629 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/10(金) 23:55
-
「警察が連れて行った?」
「そうらしい」
紗耶香がうなずいた。
「じゃあ警察があさ美を保護してくれているってこと?」
「……いや。たぶん、いないだろう」
「どういうこと?」
梨華は眉をひそめた。
何がどうなっているのかわからない。
ひとみと麻琴はどろどろに汚れて戻って来て、紗耶香と何か言い争っていた。
さっきから部屋には紗耶香の部下が出たり入ったりして、何か報告し続けている。
- 630 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/10(金) 23:56
-
「誰かが値段をつり上げた」
「値段?」
「どうやらこっちは競り負けたらしい」
「どういうこと?」
何を言っているのかわからない。
梨華の眉間のしわが更に深くなった。
「思っている以上に妹さんは重要人物らしい。警察を動かすほどの金が動いてる」
「……よくわからない。とにかく、私は警察に行ってみるわ」
「気が済むならそうするといい」
梨華は厳しい視線を紗耶香に向けた。
紗耶香は涼しい顔で受け流し、部屋に入って来たひとみに声をかけた。
- 631 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/10(金) 23:57
-
「お嬢様を警察まで連れて行ってさしあげてくれ」
ひとみはシャワーを浴びて汚れた服も着替えていた。
紗耶香の言葉に無表情に答えた。
「何であたしが」
「あんたの仕事だ」
「あたしの仕事は紺野あさ美を連れ戻すことだ。お嬢様のお守りじゃない」
「そっちは失敗した」
「まだわかんないよ。あんたは何を隠してる?」
「何も隠してない」
「紺野あさ美がごっちんと一緒だってのは知っていたんだな?」
紗耶香は黙っていたが、沈黙は肯定と同義だった。
「ごっちんは誰が連れて行ったか知ってるんだろ?話がしたい」
「後藤が醒めるまで、まだかかる。用事を済ませな」
「あんた、こうなると知ってて、あたしらをあそこに行かせたのか?」
「……いや。こうなることは予測していなかった」
ひとみは黙って紗耶香を見つめた。
- 632 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/10(金) 23:57
-
「本当だよ」
「…………」
「ずっとあの場所にいられるわけがない。吉澤か石川が迎えにくれば
後藤も納得すると思った。……まあ、甘かったかな」
ひとみはしばらく紗耶香を見つめた後、目をそらし、大きく息を吐き出した。
「くそ。地獄に落ちろ」
「必要ないね。ここが地獄だ」
紗耶香の返しに、ひとみはふっと笑いをこぼした。
それから真顔になって言った。
「……警察には麻琴がついていけばいいだろう?どうせあたしは言葉がわからない」
「よっすぃー」
はらはらして2人のやり取りを見守っていた梨華が口を挟んだ。
「一緒に、来て」
これでひとみに選択権はなくなった。
- 633 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/10(金) 23:58
-
警察署に行き、身分を明かして用向きを告げると、副署長と名乗る人物が対応してくれた。
返答はひとみの予想通りのもので、曰く
「紺野あさ美なる人物が入国したという記録はない。いわんや保護においてをや」
とのことだった。
言葉も態度も丁寧だったが、親しみを持てる相手ではなかった。
呆然と立ち尽くす梨華を、ひとみがさりげなく誘導して部屋を出た。
梨華は足元がおぼつかない様子で、ひとみの腕につかまるようにして歩いた。
「……あさ美は本当にここにいないの?」
梨華の呟くような問いかけに、ひとみは答えなかった。
何かを探すように周囲に目を配っている。
「そういえば、小川さんは?」
「……いるよ」
署に入る前に姿が見えなくなった麻琴がひょっこり姿を現した。
- 634 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/10(金) 23:58
-
「どうだった?」
麻琴は首を振った。
「どうやらここには本当にいないみたいです。既にどこかに移されていると考えられます」
ひとみはうなずいた。
梨華がつかまっている腕を急に意識した。
ひとみは咳払いして言った。
「……戻ろう。ごっちんから話を聞く」
「そのごっちんって、よっすぃーの知り合いなの?」
梨華の問いかけにひとみはうなずいた。
それから思い出したように麻琴を見た。
「麻琴、お前、ごっちんを知ってたの?」
麻琴はうなずいた。
「よく市井さんのところに来ていましたから」
「ああ…そうか…。ごっちんは何をしていたんだ?」
麻琴は首を振った。
ひとみも特に期待して聞いたわけではなかった。
麻琴が逆に聞いた。
「お知り合いだったんですね」
「……ああ、よく知ってた」
- 635 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/10/10(金) 23:59
- 更新終了。
- 636 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/10/11(土) 00:03
- レス御礼
>>627 名無飼育さん さま
今回の吉澤さんは動揺してるだけです、たぶんw
マコが地味すぎる気がしてきました。
>>628 名無飼育さん さま
けっこう前に考えた設定と最近考えた設定が
ごっちゃになっております。
- 637 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/11(土) 02:06
- この話でマコ以外の人が主役っぽくなってるのは珍しい気がするw
貴重に読ませて頂きます。
- 638 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/16(木) 08:54
-
後藤真希は腹部に盲管銃創を受けていた。
発射された弾薬は亜音速だったらしく、突き抜けなかった。
ひとみ達を案内した男の部下たちが応急手当を施し、病院のような場所へ担ぎ込んだ。
穴倉のような場所だったが道具は揃っているようで、すぐに弾が取り除かれた。
感染症さえ気をつければ、命に別状はないといえた。
「私も一緒に行く」
その穴倉行きに同行すると梨華が言い出して、ひとみは露骨に渋面を作った。
「無理だ」
「どうして!?私には話を聞く権利があるわ」
「そうであったとしても、無理だよ。あの場所は危険すぎる」
「じゃあ、ここへ移送できないの?後藤さんを」
ひとみは首をかしげて、紗耶香の顔を見た。
紗耶香は首を横に振った。
「動かせないな。救急車が入るのに警察が出動するような場所だ」
梨華は更に眉を吊り上げた。
何かを言いかけたが、ひとみがそれをさえぎった。
「ウチらに任せて」
落ち着いた声だった。
梨華ははっとしたようにひとみを見た。
ひとみはその視線を受け止めた。
「ウチらが後藤真希から話を聞く」
梨華はひとみの目を見つめて言った。
「隠し事はしないで」
「……わかった」
- 639 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/16(木) 08:54
-
また“竜の巣”に入り込むのは気が重かったが仕方がない。
麻琴に従って路地に入り込む。
また狭く汚い中を這いずり回って穴倉に辿り着いた。
穴倉の奥のベッドに真希が横たわっていた。
さすがにその部屋だけは清潔さが保たれているようだった。
麻琴が医者らしい男と話をしてひとみの方へ戻って来た。
「少しなら話をしてもいいそうです」
ひとみはうなずき、ベッドに近づいた。
「よっすぃー?」
真希の方から声を掛けてきた。
「ああ。話がしたいんだけど」
「いいよ」
真希の顔は青白かった。
「紺野あさ美はどこにいる?」
「いきなり本題か。……あたしが知ってると思う?」
「思う」
ひとみが即答すると真希は少し口の端を上げた。
「よしこは相変わらずだね」
ひとみは黙って返事を待った。
- 640 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/16(木) 08:54
-
「どうだったの?」
ひとみ達の部屋の前で梨華が待っていた。
「……着替えてシャワーを浴びたいんだけど」
ひとみが汚れたシャツの襟首を引っ張って言った。
梨華は不承不承うなずいた。
ひとみと麻琴がシャワーを浴びて浴室を出ると、紗耶香と梨華がソファに座って
待っていた。
「2人で一緒にシャワーを浴びるとは仲がいいんだな」
「勝手に入ってくるなよ」
紗耶香のからかうような言葉に、ひとみはうんざりした声を返した。
冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出すと、半分ほどを飲み干した。
「あまり時間がない。手短に話す」
「だから待ってたんだ」
紗耶香はしれっと言った。
- 641 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/16(木) 08:55
-
「紺野あさ美の研究成果がマフィアにとって価値のあるものだった。
紺野はその危険性に気づいて、信頼できる相手に相談した。
その相手は身を隠すことを提案し、外部の人間が簡単に入り込めない
場所に連れて行った。ところがそっちにも手が回って、見つかった。
……まあ大体こんなところだ」
マフィアと癒着している警察官僚が、竜の巣出身の部下を使って拉致したらしいと
わかっていたが、それは端折った。話が長くなるだけだ。
言葉をいったん切って、ひとみは梨華を見た。
梨華はうなずいた。
「紺野あさ美ははおそらく買収された警察からマフィアの手に渡って、ある場所で
研究成果が商品になるように強制的に取り組まされている」
「そこはどこ?」
梨華の問いにひとみは首を振った。
「それを言うつもりはない。移動される前にあたし達がそこへ乗り込む。
何度も言うけど時間がない。動かなくちゃならない。
あんた達は戻るなり、ここで待つなり好きにして」
「そんな説明じゃ納得できない」
「あんたが依頼したのは紺野あさ美を連れ戻すことでしょ?
ウチらはそれをやるだけだ」
これで話は終わったとばかりにひとみは部屋から出ようとした。
「吉澤」
紗耶香の声にひとみは足を止めた。
「後藤と会って……どうだった?」
「ごっちんはごっちんだ。何も変わらない」
振り返らず返事をして、ひとみは部屋を出た。
- 642 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/16(木) 08:55
-
地図を手に入れてホテルに戻ると、ロビーのソファに座っていた愛が立ち上がって
こっちへ向かってきた。
「何を買ってきたの?」
麻琴は首を振った。
「秘密ってわけ?何でもかんでも秘密なのね」
愛の口調は素っ気なかったが、言葉ほどイラついているようではなかった。
「出かけるのね?」
「ええ」
「一緒に行って、近くで待ってちゃダメなの?」
「危険ですから」
「どっちが?」
「お互いに」
「あたしの心配もしてくれるの?」
麻琴はうなずいた。
- 643 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/16(木) 08:56
-
「会長の娘だから?」
「誰であれ、危険にさらしたくありません」
「麻琴は危険な目に遭うんでしょ?」
「仕事ですから」
「やめるわけにはいかないの?」
麻琴は愛の顔を見た。
愛は至って真面目な表情をしていた。
「吉澤さんがやめたら、やめる?」
麻琴は困惑した表情を浮かべた。
「……考えたことなかったですね」
「じゃあ考えて」
「はい?」
「あたしと暮らすこと」
「はっ?」
「あと、暖かい所に行くって約束もした」
愛はにっこり笑うと、麻琴の背中を叩いて言った。
「ちゃんと無事に帰ってきてね」
- 644 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/10/16(木) 08:56
- 更新終了。
- 645 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/10/16(木) 08:59
- レス御礼。
>>637 名無飼育さん さま
何でこういう感じになってるのか書いてる本人も不思議ですw
まあこれはこれでええやん、とか。
- 646 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 14:37
- まこあいー!!
やっぱいいなぁw
- 647 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/20(月) 12:51
-
「……寒い」
ひとみが言わずもがなのことを呟いた。
吐く息が白かった。
ほんの2日前までシャツ一枚で過ごしていたのに、今はハーフコートを着込んでいる。
飛行機と鉄道を乗り継いで、辺境の町に降り立った。
凍りついた路面を滑らないよう注意して歩き、目的の家に着いた。
「ここか」
「みたいですね」
集合住宅のようなものを想像していたが、今目の前にあるのは古い家だった。
麻琴は1階の汚れた窓を覗き込んでみたが明かりは見えず、何も聞こえなかった。
ひとみがインターホンを押した。
機能しているかわからなかったので、もう一度、今度は長めに押した。
ガリガリという雑音の後、『はい』と返答があった。
「“チェリー”に会いたい」
『あ!はい――』
雑音と何人かの声が入り混じり、何を言ってるのかわからない。
そのうち雑音が消えた。
ひとみがもう一度押そうか迷っていると、ドアの向こうで鍵を開ける音がした。
ドアが押し開けられ、ひとみは脇へよけた。
- 648 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/20(月) 12:52
-
「こんにちは!」
人懐こい顔が現れた。
どう見ても子供にしか見えなかったので、ひとみと麻琴はちらっと視線を交わした。
「千聖!いきなり開けちゃダメだって言われてたでしょ!」
背後から別の声が追いかけてきた。
その声もどこか舌足らずだった。
「だって、2人組だよ、舞ちゃん。間違いないって」
「ちゃんと確認してよ!」
「あ〜、えっとぉ、吉澤さんと小川さん、ですよね?」
「そうだ」
ひとみがうなずくと、千聖は後ろを振り返って「ほら!」と言った。
「こっちから名前言っちゃってるじゃん!」
ひとみはぼんやりと「狼と7匹の子山羊」という話を思い出した。
お母さん山羊は街へ出かけることになり、子山羊たちに
「誰が来ても、決してドアを開けてはいけませんよ」と注意して家を出る。
そこへ狼がやって来るが、狼のがらがら声で「お母さんですよ」と言っても
子山羊たちにはすぐに見破られてしまう。そこで狼は……。
いや狼とかどうでもいい。
「5」
「えっ!?……ああ、よ、4?」
「千聖のバカ!番号はこっちからだったでしょ!」
「とにかく、確認番号は『9』だ」
「あ、ああ、そうです、9でしたよね!ほら、あってるじゃん!」
後ろからわあわあ言う声が増えたが、千聖はひとみ達を中へ招き入れた。
千聖から少し離れて、さっきから叫んでいたらしい少女が立っていた。
警戒するような視線をひとみ達に向けている。
- 649 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/20(月) 12:52
-
古いが広い家だった。
中は暑かった。
がらんとした部屋の右手に大きな大理石の暖炉があり、
その傍の凝った細工を施してあるテーブルを囲んで、
同じような年頃の少女達が3人座っていた。
「……リーダーは?」
ひとみはぐるっと部屋を見渡して言った。
事前に指定された“チェリー”とかいうコードネームだかなんだかわからない
名前をあまり口にしたくなかった。
「まい…リーダーは急に用事が出来て出かけてます。
ウチらが手伝いをするように言われてます」
千聖が何が嬉しいのかぴょんぴょん飛び跳ねながら答えた。
「車が要る」
「車、ですか?」
千聖は飛び跳ねるのを止めて、仲間の方を見た。
またわあわあとかしましいやり取りがあり、その間、ひとみは窓から外を見ていた。
凍りついた川が見え、熱いコーヒーか紅茶が飲みたくなった。
「こっちへ来て下さい」
話がまとまったらしく、千聖が先に立って歩き出した。
「ちっさー、外寒いってば」
1人がコートを持って来て千聖に手渡した。
千聖が素直に着込むと、別の1人が帽子と手袋を渡した。
- 650 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/20(月) 12:52
-
確かに外は寒かった。
「これを使ってください」
かなり年季の入った車を指した。
ひとみはうなずいた。
「しばらく借りる」
「はい。どうぞ」
「夜にまた来る。ここにいる?」
「はい。夜にはリーダーも戻ってきてると思います」
ひとみは人差し指と親指をくっつけて見せた。
「キーは?」
「あ、はい、はい!」
千聖があわてて家の中に戻ろうとすると、家の中から1人出て来た。
「ちっさー、鍵」
「あ、なっきぃ、ありがとー」
千聖の手からひとみに車の鍵が手渡された。
「ありがとう」
「あのぉ、古い車で、癖がありますから気をつけてください」
なっきぃが言った。
ひとみはうなずき、車に乗り込んだ。
麻琴も助手席に乗り込み、2人に手を振った。
ともかくエンジンはかかり、ギアを入れて発進した。
- 651 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/20(月) 12:53
-
車で町を出て、道路標識に従って進み、40キロほど離れた町を目指した。
予想通りの悪路で車はバウンドしまくり、雪解けの舗装道路でずるずる滑った。
バスやトラックを巻き込まれないように慎重に避けながら、小さな町をいくつか通り抜けた。
工場が立ち並ぶ道を走り続けるとしだいに周囲が暗くなり、そのうち暗闇になった。
ヘッドライトが照らす道は一直線で、ずっと使われていなかったか、
まったく整備されていないようだった。
ひとみは運転しながら地図を思い浮かべようとした。
もっと早くターゲットに近づく道があるはずだが、今はなるべく幹線道路を走りたかった。
道路は酷くなる一方で、車は滑りまくり、時々小さい穴にタイヤが落ちこんだ。
「この2キロ先にT字路があるはずです」
「うん」
- 652 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/20(月) 12:53
-
T字路に着くと小さな標識があり、確かにその場所であることが確認できた。
ここを左折し、2キロ先の左手にある最初の建物がターゲットのはずだった。
2キロ走ると、すぐに高いコンクリートの塀がヘッドライトに照らされて見えた。
ゆっくり走り続けると、大きな鉄の門があった。
そこを通り過ぎると、塀は更に40メートル位続いて直角に曲がっていた。
もう一軒、建物が少し先にあり、柵も塀もなかった。
カーブを曲がって、ターゲットからの視界をさえぎる所まで進み、
左手の私道に車を入れた。
車は1メートルほど滑って停まった。
畑か何かへと続く道のようだが、畑仕事が再開されるまでは何ヶ月もかかるはずだ。
ひとみと麻琴は車から降りた。
ドアをそっと閉め、更に押してきちんと閉まったことを確認し、
ワイパーに新聞紙を挟んだ。
さて、とひとみは足跡が残らないよう凍った場所を選んで歩きながら考えた。
これからどう動くか、まだ考えがまとまってなかった。
- 653 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/20(月) 12:53
-
氷をブーツが踏み砕く音がやけに耳につく。
夜間行軍中の兵士のようにそっと足をおろす必要があると悟った。
コンクリートの塀に近づいた。
近づくにつれ、ドアの輪郭がはっきり見えた。
開くかどうか試したかったが、雪に足跡がついてはまずい。
門に向けて歩き続けた。
敷地から空に向いている明かりはなく、物音も聞こえなかった。
監視カメラや侵入感知装置の類を探したが、周囲が暗い上に正面の塀が高く、
距離も遠いため、よくわからなかった。
もしあるとすれば、もうすぐ身をもって知ることになる。
門扉と裏口を調べたが、当然鍵がかかっていた。
車に戻り、麻琴と今見てきたものについて話した。
時間と知識が不足している。
とにかく今見られるものは見た。
ひとみは車を走らせながら、必要な装備について麻琴と検討した。
- 654 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/10/20(月) 12:55
- 更新終了。
書きたいものを書いていくだけです。
- 655 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/10/20(月) 12:56
- レス御礼。
>>646 名無し飼育さん さま
またしても愛さん勝手に登場する、です。
やはりまこあいですねw
- 656 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/21(火) 12:59
- もちろん
まこあいですよw
- 657 名前:名無し読者 投稿日:2008/10/21(火) 13:10
- いつもながら先が読めないのに惹きつけられる展開
またこの師弟コンビもいい味だしてますね。
まこメインの貴重な小説ありがとうございます。
- 658 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/26(日) 08:50
-
車を元の場所に停め、ロックして降りた。
家に駆け寄り、またインターホンを押して待った。
『はい』
「吉澤だ」
雑音が消えたが、待てばいいとわかっている。
数分後、ドアが開いて千聖が顔を出した。
「お帰りなさい!」
ひとみは黙ってうなずいた。
部屋に入ると、テーブルのところには誰もいなかった。
「座ってください」
千聖に促されて、ひとみと麻琴は椅子に腰をおろした。
ばたばたと千聖が暖炉のそばのドアの向こうに走って行った。
入れ替わりに長身の女性が姿を現した。
- 659 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/26(日) 08:51
-
ひとみは思わず麻琴の方を見た。
小声で囁く。
「おい……アラビア語ってわかるか?」
「え?……アッサラーム・アレイクム……?」
女性はきょとんとした顔をした後、何かに気づいたように顔の前で手を振った。
「あ、違います。大丈夫です」
「何だ、言葉通じるのか…」
相手は微笑してうなずいた。
ひとみはほっとすると同時に自分の勘違いに少し赤面した。
「はい。あ、梅田えりかと言います。何か食べますか?」
「ああ、頼む。出来れば温かい飲み物も」
「はい」
えりかはうなずくと奥の部屋に引っ込んだ。
「…びっくりしたなー。てっきりあっち系の美人かと思ったわ」
ひとみが呟き、麻琴は苦笑した。
- 660 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/26(日) 08:51
-
えりかが黒っぽいライ麦パンのサンドイッチを出してくれ、それを熱い紅茶とともに食べた。
食べ終わった頃にリーダーが現れた。
矢島舞美と名乗り、日中の不在を詫びた。
「何かお手伝いすることは?」
「紙とペンを」
舞美がボールペンとA4判の紙を持ってきた。
ひとみはそれにリストを書き込んだ。
書き終えて、それを舞美に渡した。
舞美は書いたものをしげしげと眺め、「少し待ってください」と言って奥へ引っ込んだ。
しばらくして舞美がコートを着込んで戻って来た。
何故か後ろにえりかと千聖もいる。
暖かい格好をしているところを見ると一緒について来るらしい。
- 661 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/26(日) 08:51
-
小さい車は5人も乗ると一杯だった。
舞美が運転し、えりかが助手席でナビゲートし、千聖が後ろから時々口を挟んだ。
「どこへ行くの?」
麻琴が聞くと、千聖が「アパートです」と答えた。
「アパート?」
麻琴の疑問に千聖は笑顔でうなずいた。
道路の左右に工場やアパートが並んでいるのが見えた。
舞美は氷と雪を盛大に跳ね飛ばして、ウィンカーを点けずに狭い道へ左折した。
脇道に車を停めると、舞美は飛び降りた。
「ここで待っていて下さい」
舞美はえりかと千聖を連れて、アパートへ入っていった。
しばらくして3人が戻って来て、ひとみと麻琴も車を降りた。
舞美が車をロックする。
- 662 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/26(日) 08:52
-
5人でアパートの玄関を通って薄暗い照明の廊下に入った。
壁の向こうから機械の音が聞こえた。
床のタイルは無くなっており、壁は漆喰が剥がれ落ちていた。
エレベータに乗り込む。5人も乗ると一杯だった。
舞美が5階のボタンを押し、ガタガタ揺れながらエレベーターが上昇していった。
数メートルごとにガクンと止まり、また動き出した。
ようやく5階に着いてドアが開き、薄暗い中に降り立った。
舞美たちが先に歩き、ひとみと麻琴が後に続いた。
- 663 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/26(日) 08:52
-
暗い廊下を進み、舞美がコートのポケットから紐でまとめた鍵を出した。
突き当りのドアの前に行くと、合う鍵を探してごそごそやり始めた。
えりかと千聖が心配そうに舞美の手元を覗き込んでいる。
ずいぶんと仲がいいんだな、とひとみは3人の背中を見ながらぼんやり思った。
自分がこの仕事を始めた頃を思い出した。
圭と真希と自分とでいくつかの作戦をこなした。
辛い任務が多かったが、その分やりがいがあったような気もする。
合間には真希とふざけあって、それが過ぎて圭に叱られたこともあった。
ひとみはぶん、と首を振った。
何でこんな辺鄙な場所で感傷に浸っているのか。
真希の傷の具合がが気がかりではあったが、それは今は考えるべきことではない。
今やっていることに集中しなくてはならない。
- 664 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/26(日) 08:52
-
ようやく舞美がドアを開けて、明かりのスイッチを手探りして点けた。
部屋に入るとガンオイルのにおいがした。
ひとみはまたしても組織に入った頃の記憶を呼び覚まされた。
初めて銃を持たされた時の記憶だった。
舞美が左手のドアに向かい、最後尾の麻琴は玄関のドアを閉め、鍵をかけてから続いた。
入った部屋の天井には電球が4個ついていたが、点灯しているのは1個だけだった。
狭い部屋には木箱やボール箱やバラの爆発物が雑然と積み上げられていた。
ひとみは一番手前の茶色の木箱のふたを開けてみた。
つや消しグリーンの丸い形状のものが目に入った。
「……対戦車地雷ですね」
麻琴が呟いた。
「ここにあるもので間に合いますか?」
舞美が言った。
ここにあるものが何かわかっているらしい。
ひとみは無言でうなずき、他のものも見て回った。
- 665 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/26(日) 08:53
-
「……おいおい」
隅の方に電気式の発火装置が5,6本無造作に転がっていた。
その円筒から50センチほどのコードが2本延びたままになっている。
このコードがアンテナの役割を果たして、携帯電話の発信等で起きる電気エネルギーによって
発火するおそれがある。
そうなればここのガラクタ全部が吹き飛ぶだろう。
この国ではこの類のものがどこに流出しようが意に介さなかったらしい。
ひとみと麻琴はそれぞれ発火装置をひとつずつ取り上げ、コードをより合わせて回路を閉じた。
千聖が興味を持って真似しようとした。
「触るな!」
ひとみが怒鳴って、千聖は咄嗟に手を引っこめた。
えりかが千聖の手を引いて部屋の隅へ移動させた。
「……悪いけど、ウチらはここを五体満足で出たいんだ。
出来ればあんた達もそうであってほしい」
ひとみが声のトーンを下げて言った。
舞美たちは神妙にうなずいた。
- 666 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/26(日) 08:53
-
ひとみは顎に手をやって、ひとしきり考えをめぐらせた。
「……ちょっとした作業をしたいんだけど、お湯が大量に入手できて、
換気の出来る部屋はある?」
「さっきの家の2階を使ってください。バスルームもあります」
舞美が答えた。
ひとみがどう説明しようか迷っていると、続けて言った。
「一週間後には私たちも引き上げます。元々使っていない家なので
何でもある物は使って下さい」
ひとみはうなずいた。
「よし。こいつを運ぶ」
ひとみと麻琴は箱をいくつか運び出した。
部屋から出ると、舞美が部屋の鍵をかけた。
車に荷物を積み込み、家に戻る前にガソリンスタンドに寄って給油させた。
ひとみと麻琴はそこでロープ等の用具をいくつか買い込んだ。
貧弱な品揃えではあったが、さしあたって必要な物は入手した。
- 667 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/10/26(日) 08:53
-
家に戻ると、2階に荷物を運び込んだ。
「ちょいと作業をする。危ないから子供は近づけないでほしい」
ひとみは舞美に言った。
舞美はうなずいた。
「何かありましたら声をかけてください」
ずいぶんとしつけがいいな、とひとみは思った。
だがすぐに目の前の作業の方に思いを巡らせた。
「さて、やるか」
何をするか言わなくても麻琴にはわかっていた。
- 668 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/10/26(日) 08:55
- 更新終了。
- 669 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/10/26(日) 08:58
- レス御礼。
>>656 名無し飼育さん さま
今回の話はあんまりまこあいじゃない予定だったんですが…。
>>657 名無し読者 さま
自分でも先が読めません…w
マコが目立ってませんが、これからこれから。
- 670 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/26(日) 19:39
- 怖いひとみさんもカッケーです!!
梅さん達も出てきてキャラがどんどん増えそうなw
- 671 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/10(月) 23:24
-
しばらくうんざりするような作業を2人とも無言で続けた。
一服するために1階に降りて行くと、テーブルのところに座っていたえりかが立ち上がった。
「悪いけど、何か飲ませて」
「はい」
飲み物を待つ間に麻琴は外に出て、家の周囲を歩いた。
近くの商店が数軒集まっている裏のゴミが捨てられている所で、目的の物を見つけた。
発泡スチロールを抱えて戻ると、階段の所で会った舞にけげんな顔で見られた。
2階にそれを置いてからひとみのところに戻ると、熱いミルクティーが待っていた。
- 672 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/10(月) 23:24
-
飲み終える頃にひとみは舞美に言った。
「銃が要る」
舞美とえりかは顔を見合わせた。
ひとみたちにはわからない視線と動作のやり取りの後、舞美はうなずくと奥に引っ込んだ。
舞美が用意した銃はブローニングだった。
「シリアルナンバーは削って出所をわからなくしてあります」
そう言われたが、ひとみは何事も自分の目で見ないと信用できない。
麻琴も同様だった。
この辺は圭の教育が行き届いている。
「オーケー。予備の弾倉は?」
舞美は申し訳なさそうに首を振った。
「すいません」
「まあいいよ。13発で身を守れないなら、引退した方がいい」
- 673 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/10(月) 23:25
-
再び作業に取り掛かった。
1時間ほど黙々と手を動かして、ひとみは開け放っている窓のそばに行き、
新鮮な空気を吸った。
「なあ麻琴」
「何ですか?」
「お前、愛お嬢様と一緒に暮らすの?」
「ほぁっ!?」
麻琴はナイフを持っている手元を狂わせそうになった。
「な、何ですか!?それ」
「ん?お嬢様が言って来たんだよ。仕事辞めさせられないのかって」
「ええ?あ〜…」
麻琴は顔をしかめた。
まさか直接ひとみに言っているとは思わなかった。
- 674 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/10(月) 23:25
-
「あたしもちょっと考えた」
「え、何をですか?」
「この仕事辞めるってこと」
「…………」
「どう思う?」
麻琴は手元に視線を落として、作業を続けた。
「お前と一緒に店でもやってもいいかなとかさ」
「店、ですか?」
「まあ何でもいいよ。何か出来るかなってさ。でも……」
ひとみは作業していた場所に戻って、緑色の油粘土状のものを取り上げた。
「こういう技術しか知らないんだよな」
「…………」
「汚れ仕事をやっていくしかない」
麻琴は下を向いたまま、わずかにうなずいた。
「ろくでもないけど、この世界で生きていくしかない」
- 675 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/10(月) 23:25
-
地雷から取り出したプラスティック爆薬で爆発物をこしらえてしまうと、
後は待機の時間だった。
時計は3時を指していた。
麻琴は階下へ降り、爆発物を毛布でくるんだものを車まで運んだ。
戻ると、テーブルのところに座っていた舞美が立ち上がった。
「起きてたの?ウチらのことなら気にしないでいいよ」
麻琴が声を掛けると舞美は眠そうな顔でうなずき、それからハッとした顔になった。
「そういうわけには……」
「舞美。交替するよ」
えりかが奥の部屋から出て来た。
舞美が少し困ったようにえりかを見た。
「2人とも寝なよ。今してもらうことはないから」
「でも……まだ起きてますよね?」
「あたしは元々あんまり眠らないから」
舞美とえりかは困ったように顔を見合わせた。
「何かあったら呼ぶから」
麻琴が笑いかけると、2人は頭を下げて奥の部屋に引っ込んだ。
麻琴は横にならなくても、眠ることが出来る。
テーブルの椅子に座り、明るくなるまでそこにいた。
- 676 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/10(月) 23:26
-
明るくなってから2階に上がると、ひとみがソファで身体を丸めて眠っていた。
ひとみは何かぶつぶつ呟き、身動きした。
それからハッとしたように起き上がった。
一瞬自分がどこにいるかわからないようだったが、麻琴の様子を見て思い出したようだった。
「う〜」
不機嫌なうなり声をあげて起き上がった。
「嫌な夢を見た…」
「石川さんの夢ですか?」
ひとみはものすごい勢いで顔を上げて麻琴を見た。
「何だって!?」
「いや、何か」
「何か言ったか?あたし」
「梨華ちゃん、違うんだ…って」
「…………」
ひとみは髪をぐしゃぐしゃかき回した。
それから大きく息を吐き出した。
- 677 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/10(月) 23:26
-
「――この仕事を始めたばっかりの頃、潜入捜査をやった」
ひとみがぼそぼそ話し出した。
麻琴は黙って聞いていた。
「わかるだろ?つまり人探しのために身分偽装をして、入り込んだ」
麻琴はうなずいた。
「お前と愛お嬢様と一緒だよ。違ったのは――」
ひとみはまた大きく息を吸って吐き出した。
「深い仲になっちまったのと、その後こっぴどく傷つけたってことだ」
「傷つけた?」
「偽装がバレそうになって、嘘を突き通すための嘘をついた」
「……でも、石川さんを救うためだったんですよね?」
「そうだろうと傷つけたことには変わらない」
「でも……」
ひとみは立ち上がった。
「――それだけだ」
ひとみが麻琴にする自分の話は、いつも唐突に始まり、唐突に終わった。
麻琴はそれに対して耳を傾けるだけで、自分の意見は殆ど言わなかった。
- 678 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/10(月) 23:26
-
「いろいろありがとう。世話になった」
家を出る時に、舞美とえりかに礼を言った。
「車は明日返す」
「はい。お気をつけて」
まあ気をつけはするが、どうなるかはわからないな、とひとみは思った。
麻琴は2人の後ろから顔を出している子達に手を振った。
車に乗り込み、走り出した。
ターゲットを目指して、暗闇の中、一車線の道を滑りながら走り続けた。
ヘッドライトが左手のコンクリートの塀を照らしていた。
前に見た時から変わっているところはないようだ。
明かりも動きも見えず、門は閉まっている。
前と同じ私道に車を入れて停めた。
エンジンを切ると、急速に冷えていく車の中で、ひとみと麻琴は計画を再検討した。
- 679 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/10(月) 23:27
-
外はひどく寒かったので、車から出るのに少し勇気を必要とした。
ひとみはまたフロントガラスに新聞紙をかぶせ、トランクから爆薬を取り出した。
ロープを巻いて、肩から掛けられるようにしてある。
車の鍵を右後輪の下に隠した。
もし捕まった場合、何とか逃げられれば車を使える。
ひとみが鍵を持っていれば、ひとみが捕まった場合に麻琴が使えないことになる。
逆も同様だ。
とにかく紺野あさ美を救出することが最大の目的だった。
- 680 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/10(月) 23:27
-
2人は耳を澄ませながら歩いた。
門を押してみたが、当然開かなかった。
雪を踏み越えて、裏から近づくことにした。
足跡が残るが、道路から見えないような場所を歩くしかない。
歩くうちに夜目が効くようになってきた。
敷地の塀にゆっくり近づき、雪を泳ぐように漕いで、戸口まで行った。
正面の門よりももっと古くて錆びていて、頑丈なドアだった。
こっち側にはヒンジも錠前もない。
ひとみは押してみたが、びくとも動かなかった。
更に進み、右に曲がりしばらく進んで足を止めた。
しばらく動きを止めて耳を澄ました。
何も聞こえなかった。
- 681 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/10(月) 23:28
-
ひとみがうなずいてみせ、麻琴はロープの先にレンガと板切れを結びつけた物を取り出した。
遠心力を利用して、塀を越えるように放り投げた。
……つもりだったが、板切れとレンガが目の前に落ちてきた。
麻琴はロープをまとめてもう一度投げようとして、動きを止めた。
膝をついて雪に埋もれようとした。
あまり意味はなかった。
元々埋まっているような状態だったからだ。
ひとみも同じように姿勢を低くしていた。
- 682 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/10(月) 23:28
-
車のライトが塀を照らした。
光がどんどん明るくなり、近づいて来るのがわかった。
大型ディーゼル・エンジンのガチャガチャいう音でトラクターとわかり、2人はほっとした。
マフィアならトラクターで襲ってくるようなことはないだろう。
音が騒がしくなり、光が強くなって、トラクターの姿が見えた。
光と音が遠のくのを待って、再び仕事に取り掛かった。
2度チャレンジして、ようやく麻琴はロープを塀のてっぺんに引っ掛けることに成功した。
レンガがおもりの役割を果たし、板切れが塀の角に引っかかる仕掛けになっている。
麻琴はロープがぴんと張っている状態を確認し、ゆっくり自分の体重を掛けていった。
安物のナイロンロープは伸びて嫌な音をたてたが、ちゃんと体重を支えた。
麻琴は脚を塀に突っ張って、へこんでいる場所を足ががりにして登り始めた。
- 683 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/11/10(月) 23:29
- 更新終了。
- 684 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/11/10(月) 23:33
- レス御礼。
>>670 名無し飼育さん さま
梅さんたちの裏設定もいろいろ考えすぎてわけわかんなくなりましたw
表には出てこないです、たぶん。
ひとみさんがカッケーとマコが地味に。
- 685 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/11(火) 09:24
- 毎度お疲れ様です。
鉞南瓜様は何かしてらっしゃったんですか?
アウトドア(?)的な事にかなり詳しいですよねw
この作品の世界観が、なんか好きです
少しカッコイイ感じで渋いぜ!!(何
- 686 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/21(金) 22:23
-
てっぺんまで登るのにさして時間はかからなかった。
麻琴は90センチほどの幅に乗っかって一息入れた。
大きな建物にさえぎられて、ターゲットの建物はほとんど見えなかった。
麻琴は体の向きを変え、板切れを外側に引っ掛け直して下り始めた。
右足にロープを巻きつけると、体重を預けて素早く降りた。
雪や氷の上をなるべく音を立てないようにして歩き、出入り口へ近づいた。
麻琴はポケットから懐中電灯を出して点けた。
不必要に周囲を照らさないように、レンズをほとんどテープで覆い、小さな穴を開けてある。
懐中電灯を口にくわえ、ドアを調べた。
大きなかんぬきが真ん中にあり、ドアを固定しているとわかった。
何年も使用してないらしく、錆びだらけだった。
麻琴は取っ手を持ってそっと上下に揺すり、押したり引いたりした。
少しずつ動くようになり、ゆっくりとかんぬきを抜いた。
ドアを10センチほど手前に引いて開くのを確かめると、さらに大きく開いた。
外のひとみに合図をして、そこから中に入れた。
これで脱出のルートは確保できた。
- 687 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/21(金) 22:23
-
建物の陰に入ると暖かく感じた。
風が当たらないからそう感じるだけで、実際はそうではない。
麻琴は懐中電灯のテープをはがし、人差し指と中指でレンズを塞いで光を調整した。
広い場所を照らすと、最初は弱い光で見えなかったが、近づくにつれ発電機が見えてきた。
発電機に近づくと、ひとみはその付近を調べ始めた。
麻琴は懐中電灯を消し、ターゲットの建物へと進んだ。
銃を点検し、すぐに抜けるようにコートのポケットに入れた。
発電機のケーブルがターゲットの建物に入っているのを確認し、
姿勢を低くして壁に沿って窓の下へゆっくり近づいた。
上のガラスが鉄格子で保護してある。
壁に背中をくっつけて周囲を見回し、耳を澄ました。
テレビらしい音声が聞こえた。
音楽番組をやっているらしく、それに合わせて口ずさんでるらしい人間がいる。
男の声だった。
少なくとも紺野あさ美ではない。
- 688 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/21(金) 22:24
-
麻琴はコンクリートの階段を2段上って、玄関のドアに近づいた。
ドアノブを下げて、そっと押す。
ドアには鍵がかかっていた。
麻琴はじっと立って、あさ美の声がしないか耳を澄ました。
声を聞いたことはないが、若い女性の声があればわかるはずだ。
2階から誰かが大声を張り上げて降りてくる気配がした。
麻琴はドアから離れ、歯で先をくわえて手袋を脱ぐと、銃を握った。
誰かが出てきたら、撃ち倒してそいつを乗り越え、中へ突入するつもりだった。
1階におりたらしく、声が大きくなった。
誰かが怒鳴り返しているのが聞こえた。
玄関のドアの近くで声が聞こえ、それが遠ざかり、1階の部屋のドアを開け閉めする音がした。
麻琴は銃をポケットに戻し、階段を下りた。
- 689 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/21(金) 22:24
-
建物の裏手に回ると、大きな衛星アンテナが地面に設置されていた。
方向と仰角を少しずつ変えてある物が他に2台あった。
1階の窓は裏側も鉄格子がはまっていた。
その下にしゃがんでも、その窓から光は漏れてこない。
窓枠のところまで目を持っていくと、ガラスに内側から板が打ち付けられているとわかった。
板の向こうから、ブーンという甲高い電子音が聞こえた。
人の声は聞こえない。
隣の窓までゆっくり進んだ。
その窓も内側から板が打ち付けられていたが、少し光が漏れていた。
右端に1センチほど隙間が出来ている。
麻琴は鉄格子に顔を押し付け、必死で中を覗こうとした。
グレーのモニターが6台、画面を向こう側にして設置してあった。
こちら側にあるのは1つの広い部屋のようだ。
男が2人、中で動いているのが見えた。
その1人がプリントアウトされたA4判の用紙をつまんで、
後ろにいるらしい誰かに振って見せていた。
- 690 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/21(金) 22:24
-
麻琴は窓に耳を近づけた。
自分の呼吸の音が邪魔しないように口を開けて、耳に神経を集中させた。
しばらく麻琴にとっては無意味な言葉のやり取りが聞こえた。
口からよだれが垂れてきたのをそっとぬぐい、更に聞き耳を立てた。
『……あの女はどうしてる?』
『2階でお食事だ。後30分は戻ってこないだろうさ』
『1日に何回食事すりゃ気が済むんだ?』
女は2階にいる。
あさ美のことだろうか?
2階にいるのだとすれば、これからやろうとしていることに都合がいい。
- 691 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/21(金) 22:25
-
麻琴は発電機のある場所に引き返し、見たもの、聞いたものをひとみに報告した。
ひとみはうなずき、装備の準備を始めた。
ひとみはコンピュータ・ルームと思しき壁に爆薬を仕掛けた。
導爆線をねじれがないように伸ばした。
導爆線の根元から30センチのところに本線を取り付けた。
教わった手順を頭の中で繰り返す。
こんな電波の飛び交ってる中で、起爆ケーブルに影響がないか心配だった。
乾電池につなぐコードの先を剥いた時点でドッカンとならないことを祈った。
マニュアルには1キロ離れるか、十分に身を隠していれば大丈夫とあった。
この角を曲がったくらいじゃ十分とは言えないだろうな、とひとみは苦笑を浮かべた。
- 692 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/21(金) 22:25
-
ひとみが起爆ケーブルを取り出した時、玄関のドアの開く音がした。
麻琴がすぐに動いた。
考える暇はない。
また手袋をくわえて脱ぐと、ポケットに手を突っ込んで銃を抜き、セーフティを外した。
深く息を吸い、建物の角へと向かう。
足音で1人とわかった。
角まであと3歩というところで、懐中電灯の光が上下に揺れながら近づいてきた。
麻琴は足を止め、もう一度親指で押して、セーフティが外れていることを確認した。
相手が角を曲がってこっちに身体を向けた。
うつむいて、懐中電灯の光が照らす足元を見ている。
ぶら下げている自動小銃の銃身が光った。
- 693 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/21(金) 22:26
-
麻琴は飛び掛り、左腕を相手の首に巻きつけて、銃を腹に押し付けた。
相手の胴を脚で挟んで、一緒に倒れながら引き金を引いた。
押し付けたことで銃声が小さくなればいいと思ったのだが、麻琴の願いも空しく
銃声が辺りに響き渡った。
麻琴はすぐに跳ね起きると、建物の玄関の方へ走った。
ドアが開き、大柄なので紺野あさ美ではないとすぐにわかる身体が出て来た。
何か叫んでいる。
麻琴は銃を構えると、動きの見えた方へ一発撃った。
悲鳴が上がり、甲高い金属音がした。
次の瞬間、轟音とともに周囲が震え、身体が30センチほど地面から浮いた感じがした。
ひとみが爆発物を起爆したらしい。
吹き飛ばされたコンクリートの破片やガラスや雪、氷がばらばらとあちこちに降り注ぐ。
麻琴は耳ががんがん鳴るのをこらえ、両腕で頭を抱えて、壁の方へ這い進んだ。
本当は上を見て落下物を避けなければならないとわかっていたが、無理だった。
どうせ暗くてよく見えない。
- 694 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/11/21(金) 22:26
-
いろいろな物が降り注いでしまうまで、麻琴はしゃがんで待った。
そのうち咳が止まらなくなり、鼻水が出て来た。
手鼻をかみ、耳抜きをした。
ようやく落下物が収まったので、麻琴は起き上がって拳銃を探した。
雪の上に転がっていたブローニングを拾い上げ、薬室に装弾されていることを確かめた。
それから玄関へ向かった。
倒れている男のそばにAKが落ちていたので、取りに行けないよう門の方へ放り投げた。
どうせ室内では使えない。
爆発の衝撃でコンピュータ・ルームは消滅し、窓やドアへの通り道は全て破壊されていた。
- 695 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/11/21(金) 22:27
- 更新終了。
- 696 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/11/21(金) 22:31
- レス御礼。
>>685 名無し飼育さん さま
何かしてるというほどのことは何もしてません。
アウトドアグッズのカタログを見たりするのは好きです。
知人に山で遭難して奇跡の生還を果たした人がいますがw
しばらく渋いマコでいきます。
- 697 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/27(木) 01:51
- 知人スゲーじゃないですかw
渋いマコも格好いい。
- 698 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/01(月) 23:25
-
廊下には埃が立ち込めていて、霧の中を照らすようなもので懐中電灯は役に立たなかった。
麻琴はいろいろな破片につまづきながら進み、左手で壁をなぞりながら階段を上った。
一番近いドアまで手探りで進み、押した。
少し抵抗があったので無理やり押しこむと、少し開いたので身体をねじ込んだ。
椅子につまづき、それを避けて進むと、足元から誰かがうめいている声がした。
麻琴は腰をかがめ、懐中電灯で照らしながらその方へ進んだ。
伏せていた身体を起こしてみると、紺野あさ美だった。
- 699 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/01(月) 23:25
-
白いコンクリートの破片をかぶり、震えていたが、生きている。
かなりきわどい爆破をやったことに気づいて、麻琴は少し身震いした。
とにかく見た目に外傷は見られない。五体はそろっている。
「紺野あさ美さんですね?」
聞こえてはいないだろうが、とにかく呼びかけた。
「ここから出ます、立って下さい」
顔の埃をぬぐってやり、あさ美の脇を抱えて階段まで引っ張っていった。
- 700 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/01(月) 23:26
-
麻琴はあさ美を抱えたまま、後ろ向きに階段を下りていった。
階段であさ美の足が段差で弾んだが、これ以上どうにもできないので仕方ない。
あさ美はまだショック状態から抜け出せないでいるようだった。
何が起きたのか把握できていない。
ようやく新鮮な空気の元へ出た。
麻琴はあさ美を地面へ下ろし、ぜいぜいあえぎながら呼吸を整えた。
「…大丈夫ですか?しっかりして下さい」
麻琴はあさ美の肩を揺さぶった。
あさ美はようやく身体の機能を取り戻して、咳き込み始めた。
そこで麻琴はあさ美がコートも靴も身につけていないことに気づいた。
- 701 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/01(月) 23:27
-
麻琴は室内へ取って返し、ガラクタをひっくり返して、何とかコートと靴を見つけ出した。
あさ美のところへ戻り、フード付きの作業着のようなジャケットを身体に巻きつけた。
靴のサイズはかなり大きかったが、仕方ない。
それを履かせていると、あさ美が声を出した。
「……誰?」
顔を手でぬぐい、麻琴の顔を見た。
「小川麻琴といいます。あなたのお姉さん、石川梨華さんに頼まれて来ました」
あさ美は聴覚がまだ戻っていないようで、首をかしげて麻琴を見ている。
「え、何が起きたの!?どうなってるの?」
「行きますよ。立って下さい」
麻琴は靴紐を結び終えると、あさ美の足を軽く叩いた。
- 702 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/01(月) 23:27
-
「えっ、何?」
麻琴はあさ美を立たせ、ジャケットを着るのを手伝った。
「ここを離れないと。車があります」
あさ美の腕をしっかりつかみ、歩き始めた。
しばらく歩くうち、あさ美は少し回復してきたようだった。
「何なんですか?あなた誰ですか!?」
「石川梨華さんに頼まれて来た者です」
「……姉に……?……吉澤、さん?」
「吉澤さんも一緒です」
ひとみの名前が出てきたのに少し驚いたが、考えている暇はない。
- 703 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/01(月) 23:27
-
車の置いてある場所に着いた、はずだった。
麻琴はあさ美を引っ張って急いで歩いたため、息を弾ませてへたりこんでいた。
あるはずの場所に車はなかった。
場所を間違ったのかと思い、周囲を見回したが、やはりここだ。
タイヤの跡がある。
他のタイヤの跡と、麻琴とひとみのものではない足跡もたくさんあった。
やられた。
さっきのトラクターの連中かもしれない。
落ち着くために麻琴はゆっくりと深呼吸を繰り返した。
「ちょっと派手にやりすぎたな」
ひとみが顔をしかめながら近づいてきた。
「車が……」
言いかける麻琴を手で制した。
「やられたな。今見てきたが、乗って逃げられそうな車はない」
それから、あさ美の方へ顔を向けた。
- 704 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/01(月) 23:28
-
「紺野あさ美さんですね?我々は――」
「あなたが吉澤さんですね?」
「そうです。すぐにここを離れます」
あさ美はうなずきかけ、それからハッとしたように自分の身体を調べ始めた。
「どうしました?」
「……大事なものがないんです」
「命あっての物種ですよ。すぐにここを――」
「姉からもらった大事なネックレスなんです。姉妹としての、唯一の思い出の――」
「またお姉さんに買ってもらえばいい」
「そういう問題じゃないんです。あれは……」
あさ美は泣きそうになっていた。
麻琴は困ったようにひとみを見た。
ひとみは無表情にあさ美を見ている。
「いつまで身につけていた?」
「さっきの爆発が起きるまでは……」
「お前、首を引っ張ったりしたか?」
ひとみは麻琴を見た。
麻琴は首を振った。
「いえ。わきの下に手を入れて抱えてました」
「そうか」
ひとみはうなずくと、自分のブローニングを取り出して薬室を点検した。
「場所は?2階だな?」
「2階の階段から一番手前の部屋です。……吉澤さん、ひょっとして探しに?」
- 705 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/01(月) 23:29
-
「お前は紺野を連れて先に行け。北に向かえば線路があるはずだ。
それから線路沿いに駅まで向かえ。そこで待て。制限時間は――」
ひとみは腕時計を見た。
「10:00」
「吉澤さん、あたしが――」
「行け。すぐ追いつく。心配するな。お前の任務の方がキツイぞ。この天候だ」
あさ美が心配そうに2人を交互に見やった。
「あの……」
「こいつについて行けば心配ありません。私もすぐに追いつきます。
探し物の件ですが、火にまかれてたりして見つからない場合もありますんで、
あまり期待しないでください」
「……ありがとうございます。あの、デザインは……」
「お姉さんのとおそろいのものでしょう?わかってます」
あさ美は少し目を見開いてひとみを見た。
それから頭を深々と下げた。
「ありがとうございます」
「誰にだって大事なものはある。……もう行け、麻琴」
麻琴はじっとひとみを見ていたが、やがてうなずいた。
「行きましょう」
あさ美をうながし、歩き始めた。
- 706 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/01(月) 23:31
-
麻琴は400メートルほど歩いたところで足を止めて、北極星を捜した。
すぐに北極星を見つけたが、考えをまとめるために空を見上げたまま歩き始めた。
「……あの、……」
「…………」
「……すいません」
「…………」
「あのっ!」
腕を引っ張られて、あさ美に話し掛けられていることに気づいた。
「何ですか?」
「お名前、何でしたっけ?」
「小川麻琴です」
「小川さん。……吉澤さんは大丈夫でしょうか?」
「……大丈夫ですよ」
麻琴はあさ美をじっと見つめて答えた。
あさ美は麻琴を探るように見て、しばらくしてうなずいた。
- 707 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/01(月) 23:31
-
「かなり歩くことになりそうです」
「体力には少し自信があります」
麻琴はその言葉を信じ、道路脇の林に向かって膝まで雪に潜って進んだ。
かなり目立つ跡が残るが仕方ない。
時々腰まで潜りながら進んだ。
木が途切れたところまで来ると、足を止めて空を仰いだ。
寒気が顔を刺した。
あさ美が雪に膝まで潜りながら追いついた。
暑いらしく、フードを下ろしていた。
麻琴はフードをかぶせた。
「せっかく温まった身体の熱が逃げます」
北への目印になるようなものが地上に見えないかと思って捜したが、暗くて見えなかった。
北極星の真下の地上に近い星を選んでそれを目指すことにした。
その方がずっと空を見上げて歩くよりも合理的だ。
さして明るくはなかったが、当面役に立ちそうだった。
- 708 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/12/01(月) 23:31
- 更新終了。
- 709 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/12/01(月) 23:38
- レス御礼。
>>697 名無し飼育さん さま
山の行き先は私しか知らされてなかったので、
けっこう命運を握ってたようですw
冷静さが鍵です。この話もw
- 710 名前:名無し読者 投稿日:2008/12/05(金) 22:38
- マコ、こんこん過酷な状況ですね。2人ともご無事で。
- 711 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/15(月) 22:26
-
麻琴はあまり足を上げずに雪を押し砕いて進んだ。
とにかくあさ美が早く歩けるようにすることが最優先だ。
空に雲が流れるようになり、目印の星が見えなくなることが多くなった。
北極星も雲の間に見えたり見えなくなったりした。
見えない時はなるべく真っ直ぐ歩くように心がけたが、晴れてから確認すると
かなりずれていることが多かった。
1時間ほど歩き続けるうち、風が強くなってきた。
麻琴はこの風と雲でそのうち雪になるのではないかと危惧していた。
雪が降れば方角がわからなくなる。
更に酷い環境を迎えようとしていた。
麻琴は自然に出来た窪みを見つけて、風を避けるために更に掘って身体を埋めた。
窪みのふちに北を示す印の溝を掘った。
- 712 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/15(月) 22:26
-
あさ美が追いついてきて、窪みに倒れこむように座り込んだ。
「……お腹、すいた」
あさ美が呟いた。
麻琴はポケットを探った。
チョコバーが出て来た。
作戦中はいつ食事が出来るかわからないので、いつも数本持ち歩いていた。
最後の1本をあさ美に手渡す。
「いいんですか?」
あさ美は目を丸くして言った。
麻琴は黙ってうなずいた。
あさ美はゆっくりとチョコバーを食べ始めた。
不意にあさ美が顔を上げて言った。
「あの爆破は、あなた達がやったんですか?」
「はい」
あさ美はほお、というような声を出した。
- 713 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/15(月) 22:27
-
「小川さんも、吉澤さんと同じようなことをやってるんですか?」
「そうです。……吉澤さんを知ってるんですか?」
「お会いしたのは初めてです。でも姉から聞いていました。
もし自分に何かあったら、吉澤さんに助けてもらえって。
私に何かあったら、吉澤さんに頼むとも」
「……そうですか」
「本当に来てくれましたね」
麻琴は何と言っていいのかわからなかったので黙ってうなずいた。
あさ美はまたチョコバーに意識を戻した。
食べ終わるのを待って、再び立ち上がった。
雪が激しく降り始めていた。
- 714 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/15(月) 22:27
-
早く道路に出ないとまずいことになりそうだった。
本来なら雪洞を掘ってビバークした方がいいような天候だ。
しかし時間に余裕がない。
マフィアがこの後どう追撃してくるか予想がつかない。
ひとつだけ楽観できることがあるとすれば、雪が足跡を消してくれるということだけだ。
しかしそれはこの後ひとみと合流できるのは駅に着くまで無理ということでもあった。
西に向かえば道路があるはずだった。
どうやら風は西の方から吹いているようなので、顔に受けながら進めば
方向的にはあっていることになる。
向かい風に逆らって進むのはかなりキツかった。
強い風が肌に突き刺さり、涙がにじんだ。
麻琴は雪を漕いで道を作り、あさ美がついて来ているのを確認しながら進んだ。
- 715 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/15(月) 22:27
-
1時間後に成果があった。
路面は見えなかったが、急に雪が浅くなっている場所があった。
降ったばかりの雪に轍が出来ている。
一車線の道路のようだった。
麻琴は確認のためにそこで飛び跳ねてみた。
道路に間違いない。
これで今までよりも早く進める。
この辺の地理に関して麻琴がわかるほとんど唯一のことが幹線道路の位置だった。
鉄道は東西に伸びているから、北へ進めばどこかで行き当たるはずだ。
- 716 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/15(月) 22:28
-
「……まだだいぶあるんですか?」
追いついてきたあさ美が震えながら聞いた。
フードの上の雪が凍っている。
「大丈夫ですか?」
麻琴は雪を払ってやり、自分でも間抜けな質問だと思いながら聞いた。
あさ美は何とかうなずいた。
「その、小川さんはこういうことに詳しいんですよね?サバイバル的なこととか……」
「まあそうですね」
「大丈夫なんですよね?」
「大丈夫です」
麻琴にはそう答えるしかなかった。
- 717 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/15(月) 22:28
-
3時間ほど歩き続けると、さすがにあさ美の足取りが鈍ってきた。
激しい寒さと雪の中を漕ぐようにして歩き続けたのがこたえて来ている。
寒さのせいで身体が震えていた。
風が2人の顔に雪を叩きつけていた。
麻琴がしてやれることはほとんどなかった。
出来ることは歩き続けて線路に到達し、駅に向かうことだけだ。
あと何キロ歩かなければならないのか、麻琴にもわからなかった。
- 718 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/15(月) 22:28
-
あさ美は震えが止まらなくなっていた。
低体温症の前兆が出始めている。
寒冷にさらされると、末梢細動脈が収縮し皮膚血流を低下させて熱の放散を抑えるとともに、
震えなどの発熱反応が起こる。
熱を身体の中心に引き寄せようとして、手足がこわばりはじめる。
怖いのは頭の熱をも引き寄せ、判断力を奪うことだ。
治す方法は外部から熱を与えるしかない。
火の気はない。
温かい飲み物もない。
あとは――他人の体温だけだ。
麻琴はあさ美を自分の背中に抱きつかせるようにして歩いた。
歩きづらいが背負って歩くよりはましだ。
それに風があさ美に当たりづらくなる。
- 719 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/15(月) 22:29
-
「しっかりしてください。お姉さんが待ってますよ」
「姉は……怒ってるんでしょうね……」
あさ美は呟くように言った。
「勝手に行方をくらませて、結局マフィアに捕らえられて……」
「心配してるだけですよ」
「後藤さんの言うとおり、初めから組織にお願いした方がよかったのかな……」
「後藤さん?」
「……後藤さんはどうなったのか、知っていますか?」
「後藤さんはお腹を撃たれてましたが、手術したので大丈夫です」
「そうですか……よかった……」
あさ美の声が小さくなり、力が弱くなった感じがした。
「ここに来る前、後藤さんにも頼まれたんです。紺野を頼むって。自分は行けないから」
「……そう、ですか……」
麻琴の言うことを理解しているのかわからなかったが、とにかく話しかけた。
- 720 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/15(月) 22:29
-
1時間経った。
いやになるくらい遅い歩みだったが、とにかく進んでいる。
数分でも足を止めれば二度と動けなくなることはわかっていた。
更に15分ほど歩いて、麻琴は何かにつまずいた。
レールだった。
線路に辿り着いた。
「線路に着きましたよ!」
麻琴は大げさに言ったが、あさ美は殆ど反応しなかった。
まずい段階に入っていた。
- 721 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/15(月) 22:30
-
左右の木立が風を少し防いでくれた。
麻琴はあさ美を抱えるようにしながら線路に沿って歩いた。
小さな物置のような小屋が立ち並んでいるのに気づいた。
視界が5メートルほどしか利かないので、直前まで見えなかったのだ。
麻琴は慌てて懐中電灯を取り出し、小屋を照らした。
ほとんどが錆びた南京錠で閉ざされていたが、1軒だけ錠のついていない小屋を見つけた。
- 722 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2008/12/15(月) 22:30
-
麻琴は雪を蹴り出してドアを開けた。
あさ美の両脇に手を入れて引きずるようにして中へ入った。
風が遮られただけでずいぶんと暖かく感じた。
あさ美は麻琴が下ろした場所で身体を丸めて倒れこんだ。
早く何とかしないと危険な状況だった。
麻琴はいつも腰にぶら下げているツール・ナイフを取り出した。
手がかじかんでうまくナイフが開けない。
何とか刃を出すと、地面に転がっているガラクタの中から木切れを引っ張った。
表面の凍った部分を必死に削り、乾いた部分を出す。
乾いた部分を薄く削って柄の折れたシャベルの上に落とした。
あさ美の様子が気がかりだったが、今は火を起こすことが最優先だった。
- 723 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/12/15(月) 22:30
- 更新終了。
- 724 名前:鉞南瓜 投稿日:2008/12/15(月) 22:33
- レス御礼。
>>710 名無し読者 さま
こんこんもマコもがんばってます。
リアルでの2人の絡みが見たいなあ。
- 725 名前:名無し 投稿日:2008/12/19(金) 19:36
- 更新お疲れさまです。いや〜ハラハラな展開にいつもドキドキしています。
こんまこがんばれ〜〜〜!!作者さんはネ申!
いつも応援してます。
- 726 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/24(水) 22:35
- 昨夜から一気に読ませて頂きました。前スレもw
作者様の世界にどっぷりとハマっています。
素敵なクリスマスプレゼントをありがとうございます。
まこあいもよいですが、ちょっぴりいしよしも気になりますww
更新お疲れ様です。
- 727 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/01/12(月) 23:42
-
麻琴は細い木の棒を集め、屋根の下地部分の合板を引きはがして細く引き裂いた。
焚き火の準備が出来るとブローニングを出して弾倉を抜き、薬室の弾薬を排出した。
ツールのプライヤーを使って弾薬の弾頭を引き抜き、黒い火薬を木屑の上に振りかけた。
3つ目の弾薬は火薬を半分残しておいた。
それから麻琴は地面に落ちていたボロ布を拾い上げ、ツールのはさみを使って少し切り取った。
それを火薬が半分入った弾薬にドライバーを使って詰め込んだ。
その弾薬を銃に装填して、地面を狙って撃った。
ボロ布が煤けて炎をあげ始めた。
その端を持って軽く振り、薄く削った木の上に乗せた。
すぐに火薬が燃え上がって、小屋の中が明るくなった。
麻琴は更に細かい木切れを突っ込み、火を吹いた。
湯気と煙が立ち上がり始め、パチパチと木が燃える音がし始めた。
- 728 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/01/12(月) 23:42
-
麻琴は更に木をくべて、よく燃えるように加減した。
炎がだいぶ高く上がって熱気が感じられるようになった。
小屋の中に煙が充満し、目に涙がにじんだ。
麻琴はドアを押して少し開けた。
風と雪が少し入り込むが仕方がない。
ここで酸欠状態になって死にたくはない。
あさ美が何とか起き上がって、焚き火のそばに来た。
麻琴は更に木をくべた。
手足の感覚が早くも戻り始め、濡れた服が湯気を上げ始めた。
何とか生き延びたと思った。
- 729 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/01/12(月) 23:42
-
夜が明けてから吹雪の中を2時間歩いて、ようやく駅にたどり着いた。
駅舎の中はひどい臭いがして、酔っ払いやジャンキーのたまり場になっていたが
暖かかったので、それ以外のことはどうでもよかった。
次の麻琴の優先事項は温かい飲み物と食べ物を手に入れることだった。
駅の中に開いている店はなかったが、外に鉄道やバスの乗客向けの店がいくつか並んでいた。
主な商品は酒と煙草だったが、そこで麻琴は紙コップのコーヒーとパンをいくつか買った。
思った通りどちらもひどい味だった。
しかし今の状況ではそれでもありがたかった。
麻琴とあさ美はもっと熱を取り込む必要があった。
もう一杯まずいコーヒーを飲み、チョコバーをかじった。
- 730 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/01/12(月) 23:43
-
麻琴は腕時計を見た。
もうすぐ10:00だ。
ひとみが現れなければ、あさ美と2人でこの国を出なければならない。
出国方法はあらかじめ決めていなかった。
自分で考えなくてはならない。
麻琴がコーヒーを飲み終えると同時に耳慣れた声が背後から聞こえた。
「そのコーヒー、すっげえまずいだろ?」
「吉澤さん!」
ひとみは疲れたような顔をしていたが、それでも薄く笑っていた。
- 731 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/01/12(月) 23:43
-
- 732 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/01/12(月) 23:43
-
姉妹の再会は意外とあっさりとしたものだった。
抱擁と涙の後、あさ美はすぐにパソコンのある部屋に閉じこもった。
ひとみと麻琴はホテルのティールームで香り高いコーヒーを味わっていた。
合流後の移動に3日かかった。
荒天で足止めを食ったためだ。
その後は何の問題もなく戻って来られた。
「ずいぶんとあっさりしてるんですね。死にそうな目にあったのに」
「データを確かめたいんだろ」
「データ?」
「あのネックレスだ。たぶんあれに何か仕込んであったんだろ。
あそこのコンピュータはウチらが全部ふっ飛ばしちまったからな」
「……そういうことなんですか?」
「事前に施設は全部ふっ飛ばすことと、紺野の要求には従えという指示があったからな。
姉妹の絆とやらにほだされたわけじゃない」
ひとみは皮肉っぽく言った。
「まあ…石川さんにとっても大事なものには変わりないですよね」
「だから、石川は関係ないっての」
ひとみは梨華絡みで必死になったと思われたくないらしく、渋い顔をした。
麻琴は笑いをこらえた。
ひとみは紗耶香が仕切っているこのホテルへ行くのも嫌がっていた。
ホテル前であさ美を紗耶香に引き渡してお役御免かと思っていたら、
ここで数日待機しろという圭からの指示を受けた。
- 733 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/01/12(月) 23:44
-
「麻琴っ」
ティールームを出たとたんに聞き覚えのある声がして、麻琴の肩がびくっと上がった。
ほどなくして背中に飛びつかれる感触があった。
「お茶してたんなら誘ってくれればいいのに」
愛に後ろから耳元で囁かれて、麻琴は困惑した。
「あ〜……仕事の話、です」
「まだ何かあるの?」
麻琴は愛に抱きつかれたまま、ひとみの顔を見た。
ひとみは笑いをこらえて言った。
「少しゆっくりしてもいいぞ、麻琴」
「そんなこと言うんなら、一人であの場所に行ってください」
「…てめぇ……、わかったよ。あー、愛お嬢さま、我々はまだやることがありますので」
愛は不満そうに麻琴から離れた。
- 734 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/01/12(月) 23:44
-
一緒について来たがる愛を振り切って2人が向かった先は“竜の巣”だった。
仕事ではない。個人的な用だった。
また薄暗い迷路の中を麻琴の背中だけ見失わないようにひとみは必死でついて行った。
同じような路地を歩いているようだが、一度迷うと二度と同じ場所には出られない。
「ここです」
麻琴がドアの前で立ち止まった。
ひとみがうなずくと、麻琴はドアをノックした。
中から声がして、麻琴がそれに答える。
「どうぞ。開いてるよ」
麻琴がうなずいて見せ、ひとみはドアを開けた。
- 735 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/01/12(月) 23:44
-
そこは低い天井がむき出しになった狭い部屋だった。
文字通り壁をえぐって作ったロフトの上に、真希は寝ていた。
「元気そうだね」
「そっちも…とは言えないかな?」
「元気だよ。もう起きて動ける」
ひとみはうなずいた。
小さなテーブルの上に載っている薬草のものと思われるあやしげな臭いが部屋中に漂っている。
椅子は一脚しかなかった。
「いちーちゃんから聞いたよ。紺野を救出してくれてありがとう」
真希は上からひとみと麻琴に笑いかけた。
「別にごっちんのためにしたわけじゃない」
ひとみの素っ気ない物言いに真希は更におかしそうに笑った。
ひとみは咳払いをして言った。
「ちょっと話がしたいけど、いいかな?」
「いいよ」
麻琴は2人にするために部屋を出た。
- 736 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/01/12(月) 23:45
-
かなり待たされるだろうと思ったが、30分もかからずにひとみは出て来た。
「いいんですか?」
「ああ、もういい」
麻琴は何か言いかけて、ひとみの表情を見てやめた。
どうやら話は済んだらしい。
「何か食べて行きますか?」
「ここでか?冗談じゃないよ」
「けっこう美味しいものを食べさせてくれる所もありますよ」
「この外に出てからにしよう」
「危ない所ばかりじゃないですよ」
「そりゃお前の基準だ」
麻琴は苦笑して、先に立って歩き始めた。
「ごっちんにはここがあってるんだな」
ひとみの呟きが後ろから聞こえたが、独り言だとわかっていたので返事はしなかった。
- 737 名前:鉞南瓜 投稿日:2009/01/12(月) 23:45
- 更新終了。
- 738 名前:鉞南瓜 投稿日:2009/01/12(月) 23:52
- レス御礼。
>>725 名無し さま
紺マコがんばりました。
いつも応援ありがとうございます。
こちらにしてみれば読んでくれる方こそネ申です。
>>726 名無飼育さん さま
一気読みありがとうございます。
ハマっていただいて嬉しいです。
いしよしは自分の中でも謎が多いです。
どうなるかわかりませんw
- 739 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/13(火) 12:20
- いいですね。
- 740 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/13(火) 12:47
- 良かった(>_<)
作者様更新お疲れ様です!
これからが気になります…
- 741 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:38
-
今度はあさ美が真希に会いたいと言い出した。
ひとみに連れて行ってやれと言われ、麻琴は承諾した。
それを耳に挟んだらしい愛が2人の元へ来て、口を尖らせて文句を言った。
「何であさ美ちゃんばっかり……あたしも行く!」
「すごい所だよ?危ないからやめた方がいいよ」
あさ美がおっとりといさめても愛は納得しなかった。
「あさ美ちゃんは平気なんでしょ?」
「平気じゃないけど……会わなくちゃ」
あさ美の思い詰めたような口調に、愛は口をつぐんだ。
「戻ってきてから、一緒に食事しよう?」
あさ美が言うと、愛は仕方なくうなずいた。
- 742 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:38
-
あさ美と麻琴がホテルに戻ると、待ちかねたように愛にレストランへ引っ張り込まれた。
愛はメニューを差して、「ここからここまで全部持って来て」と言った。
麻琴は驚いて愛の顔を見た。
「愛ちゃん、相変わらずだね」
あさ美が苦笑して言った。
「これ、デザートですよ?」
麻琴は一応聞いた。
「わかってる」
「食事は?」
「だから、これ」
「ホントに、いいんですか?」
「皆も食べるでしょ?」
「愛ちゃん、いつも少しだけ食べて残すの」
「食べきれないもん」
麻琴が困惑した顔をしてるのに気づいた愛は、少し考えて
「……ここから、ここまでにする」
と先ほどの半分の位置を指した。
- 743 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:38
-
愛は注文したものが来るとそれで満足して、ほとんど食べなかった。
金持ち特有の感覚なのか、それとも買い物依存の一種なのか。
麻琴は半ば呆れながら、せっせと愛が注文したものを片づけることになった。
あさ美は黙々と食べることに専念して、他の事に関心を向けなくなった。
「おいしい?」
愛が首を傾げて麻琴に聞いた。
麻琴はうなずく。
愛は目を細めて笑った。
「あさ美ちゃんも食べてよ」
「……そのタルト、残しておいて」
あさ美はそう言うと、再び自分の世界に戻っていった。
そんなあさ美の様子を麻琴が興味深げな顔で見ていた。
それに気づいた愛は少し顔をしかめた。
- 744 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:39
-
食事を終えると、紗耶香の部下が近づいてきて、麻琴に耳打ちした。
「用事が出来ましたので、私はこれで失礼します」
麻琴は愛とあさ美に一礼すると、返事を待たずに部屋へ戻った。
ひとみが待っていた。
麻琴は部屋が片付いていることに気づいた。
「帰国ですか?」
「いや」
ひとみは淡々と保田から受けた指示を麻琴に伝えた。
- 745 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:39
-
「何でこうなるんですかねえ?」
機内で客室乗務員にサービスされた飲み物を口にしながら呟いた麻琴に、
ひとみは面倒くさそうに答えた。
「バカンスだと」
「や、バカンスはけっこうですよ。ウチらは何で?」
「お嬢様方の護衛だろ」
「護衛、ですか」
「まあ建前だな。紺野あさ美の件が完全にかたづくまで戻ってくるなってことだ。
少し羽をのばせって圭ちゃんが言ってたから、ごほうび的な意味もあるのかな」
今回の紺野あさ美の誘拐はマフィア組織の幹部がボスに内緒でやってのけたもので、
ボスの逆鱗に触れたらしい。
グループ内で粛清が行われ、権力闘争が起きているらしかった。
紗耶香が裏で動き回って、紺野あさ美に手を出さないよう圧力をかけているらしい。
ひとみは何となく紗耶香と真希の立場がわかってきた。
一見組織と関係ないようだが、実は表に出てこない部分で深く関わっている。
2人がどうしてそんな道を選んだのか、ひとみにはわからなかったが、
知らなくていい部分なのだろうと納得していた。
立ち位置が変われば善悪の基準も変わる。簡単に理解できることではないのだ。
- 746 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:39
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「お前、愛お嬢様と暖かい所へ行くって約束したんだろ?」
ぶっと変な音がしたのでひとみが麻琴を見ると、麻琴は飲み物を吹いていた。
「……何で……」
「まあせいぜい楽しんだらいんじゃね?」
「いやそれはまずくないですか?」
「何が」
「や、仕事ですよね?ウチらは」
「行き先は石川財閥の経営するホテルだ。自前の警備もいる。
セキュリティは高いから何もすることないぞ」
「はあ……」
「何遠慮してるのか知らないけどな、恋愛は自由だぞ。相手がお嬢様だろうと」
「…………」
「お嬢様方はそのうち、身分に合った紳士と結婚する」
「だったら……」
「だけどそれは家柄や財産に基づいた一種の経済制度だ。恋愛は経済とは別だ。
つまり、結婚外恋愛は自由だ」
麻琴は眉をひそめた。
ひとみは苦笑した。
「勘違いするなよ。拒むなって言ってるわけじゃない。自分の意思で決めろ」
- 747 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:40
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何もすることはないと言ったものの、ひとみと麻琴は梨華たちがチェック・インする前に
ホテル内を調べた。
ホテルの警備責任者が立ち会った。
最上階のスイートは贅を尽くした8つの部屋から成っていた。
梨華たちが滞在している間はこのフロアは貸切だ。
「どの部屋も日当たりがよく、眺望も最高です」
ホテルの支配人が胸を張ったが、生憎と到着が遅かったので周囲は夕闇に包まれていた。
- 748 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:40
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- 749 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:40
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誰かが部屋に入ってきたと認識するより先に身体が動いていた。
ベッドから跳ね起きると同時にベッドの横に転がり落ち、ベッドの下に置いてあった
USPをひっつかみ、セーフティを外しながら片膝をついて体勢を整えようとした。
息を呑む音が聞こえ、「待って!撃たないで!」
特徴のある甲高い声が響いた。
ひとみはベッドの端から顔を上げた。
フットライトの薄明かりで立っている姿が見えた。
「……何だ、あんたか」
ひとみは銃を下ろし、ゆっくり立ち上がった。
「ご、ごめんなさい…驚かせるつもりは…」
「いや。こっちこそ悪かった」
ひとみはバツが悪そうに言った。
「……麻琴は?」
考えてみれば、麻琴が侵入者を見逃すわけがない。
ひとみは自分の過剰な反応に少しバツが悪かった。
「愛ちゃんと……」
「ああ、そうか」
- 750 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:40
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ひとみは部屋の明かりを点けた。
「本当にごめんなさい。寝てたのに」
「もういいって。……何?」
「あの、特に何ってわけじゃ……。眠れないから、少し話でも、って」
「そう」
ひとみはサイドボードの上に並んだ各種のボトルの中から1本を取り上げた。
「飲む?」
「え、あの、私……」
「つきあってよ。どうせもう眠れない」
- 751 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:41
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「入って」
「え、でも……」
「しばらく2人きりにしてあげた方がいいでしょ」
愛に強引に部屋に引っ張り込まれた麻琴は困惑した。
「そんなにイヤ?」
「えっ?」
「あたしと2人になるの」
「そういうわけでは」
「じゃあ何」
愛に顔を近づけられて思わず後ずさった。
すぐに背中にドアが当たり、逃げ場を失った。
「あの、座ってお話を――」
「…………」
愛は黙って麻琴の肩に額を押し付けた。
そのまま身を預けてくる。
麻琴は愛のするままにまかせた。
愛の手がごそごそと動き回り、シャツの裾に侵入しようとしていた。
背中の古傷を撫で、前に回った手が止まった。
少し身体を離し、シャツをまくる。
「……傷になってる」
麻琴の腹に擦り傷が出来ていた。
かさぶたになりかかっている。
「銃のグリップが当たるんです」
愛は麻琴の顔を見上げ、それからまた腹の傷を眺めた。
そっと撫でた後、かがんでそこにキスをした。
- 752 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:41
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気が済んだのか、愛は立ち上がった。
「こっち来て。話しよ」
愛がソファに座って手招きした。
麻琴は従う。
「あたし麻琴のことほとんど知らない」
「はあ」
「いろいろ聞かせて?」
長くなりそうだ。
麻琴は冷蔵庫からミネラル・ウォーターを取り出した。
- 753 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:42
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- 754 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:42
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「やれやれ。やっと帰ってきたな。いとしの我が家へ」
ひとみは部屋に入り、伸びをした。
1人で住んでいた時よりもいくぶん物は増えたが、殺風景なのは相変わらずだった。
麻琴はお湯を沸かすためにやかんに水を入れて火にかけた。
「これで後は報酬を受け取り、全てを忘れる」
ひとみはいつもの決まり文句を呟いた。
「あ」
麻琴が何かを思い出したように、部屋の中をうろうろし始めた。
「何だよ……うっとうしい」
「いや、ずっと気になってて…あ、これ」
麻琴の手にある写真を見て、ひとみの顔色が変わった。
「おまっ…!」
「これって、梨華さんですよね?」
「勝手に見つけんな!てか、いつの間に“梨華さん”とか呼んでんだよ!」
「いーじゃないですか。梨華さんだって“ひとみちゃん”って呼んでるんだし」
「……っ!ぐあーー!!いいから早く、まずいコーヒーいれろ!」
「はいはい。不味くないですよ。あの駅のコーヒーに比べたら」
ひとみはふっと笑った。
「そうだな。もういいな、あの味は」
それから椅子に深く腰掛けて、コーヒーが出来るのを待った。
- 755 名前:深い川は音もなく静かに流れる 投稿日:2009/02/24(火) 21:42
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- 756 名前:鉞南瓜 投稿日:2009/02/24(火) 21:45
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以上でこの話は終わりです。
お読みいただき、ありがとうございました。
- 757 名前:鉞南瓜 投稿日:2009/02/24(火) 21:47
- レス御礼。
>>739 名無飼育さん さま
ありがとうございます。
>>740 名無飼育さん さま
ありがとうございます。
先のことはわからない、ということで。
- 758 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/26(木) 23:18
- 吉マコのやり取りがすごく愛しかったです
緊張する場面も緩やかな日常もよくて
ついつい読み返してしまいます
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