soul mate
1 名前:トーマ 投稿日:2006/01/19(木) 10:52

今日、21回目の誕生日を迎えたあの人と、9月まで一つ年下のあの人の
アンリアルなお話です。
2 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 11:04

朝、家を出てから、約6時間、私はまだ目的地に着くことが出来ずにいた。

国内線を乗り継いで、やっと辿り着いたこの南の島から、
更に2時間あまり、船に揺られなくてはならないらしい。
その出航の時刻まで、まだいくらかの待ち時間がある。

壁の時刻表を確認していると、不意に空腹に気付かされた。
そういえば、朝、無理やり、トーストをかじって以来、
飛行機の中で出されたスープ以外、何も口にしていなかった。

何をそんなに張り詰めていたのだろう・・・
3 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 11:21
待合の小さな建物を出て、乗船券売り場の人に教えられた店を探す。
東京では、まだ梅雨にも入っていなかったけれど、
この南の島の日差しは、サングラス越しにもまぶしい。

つば広の帽子を深く被りなおして、少し歩くと、
土産物屋の隣に小さな食堂が見つかる。
引き戸を滑らせて、中を窺うと、食事時を外しているせいか、
小さな店内に客らしい人影は見当たらない。
戸惑いながら、隅のテーブルに腰を下ろした頃、
奥から小柄な小母さんが、人懐こそうな笑顔を浮かべて現れた。

「今、いいですか?」
「食事かね」
「ええ」
「もちろんいいさぁ、で、何にする?」
「あっ、じゃあ、それを・・」

顔で示された壁のメニューの一つを指差して注文を伝えると、
小母さんは、ウチの一番のお勧めなのだと、満足げに笑って、奥に姿を消す。

この島自体は、初めてだったけれど、本島には何度も訪れていたから、
ここの郷土料理の知識はある程度持っていた。
4 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 11:52
程なく出された麺料理は、たぶん空腹でなくてもおいしいと思われるもので、
小母さんの自信が納得できたけれど、半分もいかないうちに、箸が進まなくなった。
そんな私を、冷たいお茶を運んでくれた小母さんが訝しげに見て、
「口に合わないかね・・」
と申し訳なさそうな顔をする。

「いえ、とってもおいしい」
残りをどうにかこの二日間あまりものを受け付けにくくなっている胃に詰め込んで、
ご馳走さまと笑顔をつくると、
小母さんは安心したように、
「観光かね」と尋ねる。

「あっ、いえ・・人に会いに・・A島まで行くんですけど」
「そー、それじゃまだ大変だぁ・・一人でかい?」
「ええ」
「あー、恋人にでも会いに行くんだろ、で、胸がいっぱいってやつなのかな?」
「あっ、いえ・・・・でも、大切な人に」
「そう、なら、楽しみだ」
「はい・・・」

お勘定をして、気をつけての声に送られて、
また炎天下に出る。

大切な人に会いに行く。
でも、それが楽しみかと言われると・・・・



5 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 12:00
待合の長椅子で、バッグの中から、この長旅の理由を取り出す。

一昨日の夕方、マンションのポストに落ちていたその手紙の筆跡に見覚えはなかったけれど、
そこに書かれていた人の名は、確かに見覚えのあるものだった。

忘れようとしても、忘れられない人。
いや、決して忘れたいとも、忘れられるとも思ったことのない、
ある時から、常に私の心の中に住み続けている・・
そんな人の名前だった。
6 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 12:26

彼女と初めて会ったのは、高校二年の春・・・

いつもなら、コートで汗を流しているはずの時間に、
私は駅前の商店街をぼんやりと歩いていた。

その日、授業が終わると、誰よりも早く教室を出て、
部活の顧問の先生の机の上に、退部届けを置くと、逃げるように学校を離れた。

ほんの何日か前までは、こんなことになるなんて思いもしなかった。

テニスが好きだった。
中学から続けているそれは、私の生活の中で、一番大きな比重を占めているものだった。
でも、もうあの部には、私の居場所は無くなってしまっていた。

どうも私がいけないことをしてしまったようだった。
何でも、先輩の彼氏を盗ったのだとか・・・

その類の言いがかりは、初めての事ではなかったし、ある程度慣れてはいたけれど、
今回ばかりは、相手が悪かった。
最も尊敬していた先輩。
一年の時から、一番可愛がってくれていた先輩。
その人に、みんなの前で、最低の女だと罵られた。
すさまじい形相で・・・

私は、ただある三年生から、手紙をもらっただけ。
友達から、カッコイイから付き合っちゃえば、何て勧められて、
一度だけ映画を見に行っただけ。
その時に、すぐに肩に腕をまわしてくるような人だったから、
その後の誘いはきっぱりと断っていた。

7 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 12:46
それだけだったのに・・・

どうも私はヤリマンらしい。
付き合う男をコロコロかえて・・・
そんな噂がいつの間にか、学校中に広がっていた。

仲のいい友達は、振った相手が悪かったね、モテル人だから、プライド傷ついて、
その腹いせで嫌がらせしてるんだって、
でも、根も葉もないことなんだから、噂なんてすぐに消えるよって慰めてくれたけど、
そんなに簡単なことじゃなかったみたい。

私はまったく知らなかったことだったけど、
その彼は、先輩とも付き合っていたらしくて、
どんな風に、私のことを言ったのかは知らないけど・・・

とにかく、私は最低・・・らしい。

こんなことで、テニスを止めることになるなんて思ってもいなかった。
けれど、あそこには、たぶん一人として私の味方になってくれる人はいないようだった。
先輩達はもちろん、同級生にも・・
もしかしたら、私が今まで気付かなかっただけで、
本当はもっと前から、どこかで彼女達の反感をかっていたのかも知れない。

そういえば、以前、誰かに、アンタのキャラは男ウケがいい分、
同性からはジェラシー受けるかもね、なんて言われたことがあったけど・・
8 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 13:15

いつの間にかCDショップの中にいた。
アップテンポの曲が大きな音で流れている人の多いポップスのコーナーを避けて、
奥に入ると、ぱったりと人気のない一角があった。
ここはジャズか何かなのかな・・知らないレーベルの知らないタイトルが並んでいる。

その一つを何気に手にした時、ふとした思い付きが頭に浮かんだ。
このままコレをポケットに忍び込ませてしまったら・・

私はそれまで、たぶん真面目に生きてきていた。
両親は優しかったし、それなりに娘に甘かったけれど、
人並みの躾はされて育ったせいか、
学校の決まりは守ること、ちゃんと授業は受けて、部活もやる以上は休まないこと、
人に後ろ指刺されるようなことは決してしないこと・・
そんな事は当たり前だと思ってそれまでの日々を過ごしてきた。
だから、今回のことも自分自身に恥じるようなことはないと信じていた。
でも、
他人がそう見ていてくれるとは限らない。
私の言い訳なんて聞いてもくれようとしない。
それならば、イイコにしている意味なんてないのかもしれない。
みんなの言うようなワルイコになってしまえば、
その方が楽なのかも知れない。

たった一枚のCDを万引きする。
すぐに見つかって警察沙汰になってしまえば・・
たとえ成功してしまったとしても、悪いことをしたという事で、
今の自分を納得することが出来るのかも知れない。

自分の思っている自分と、人から見られている自分が、
少しは折り合いをつけてくれるかもしれない。

9 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 13:30
手に持ったCDには、横文字のタイトルと、知らないミュージシャンのシルエット。
それをよく見もしないで、制服の上着のポケットに入れる。

その瞬間・・・
誰かにその手を掴まれた。

一瞬、目の前が暗くなる。
それまでの思い込みが、いかにくだらないものであったかを、瞬時に気付かされる。

自分でも分かるほど、体が震え出している。
父の怒った顔、母の泣き顔、友達の嘲笑・・・それらが次々と目の前に浮かぶ。
もしかしたら、これで、私はもう明るいところは歩けないのかもしれない・・

このまま手を引かれて・・・

けれど、私のそんな思いに反して、その手は私からそのCDを受け取ると、
そのまま元の棚に返して、
「こんなの聴かないでしょ」
と、呆れたように囁いた。

恐る恐るその声のほうを窺うと、そこにいたのは、
店員でも、もちろん警察の人でもなく・・・私と同じ制服の女の子。

目が合うと、笑って、
「行こうか」
それだけ言うと、私の手を取り直して、さっさと歩き出す。

私は、引きずられるように、その後に従った。
10 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 13:51
店を出ても、彼女は何も言い出さなかった。
私は、いく度か声をかけようとして、彼女の背中を見たけれど、
やっぱり声が出て来なかった。
ただ、少しずつ動悸は収まって、冷静さを取り戻してきたのか、
その見知らぬ少女を観察し始めていた。

同じ制服だから、同じ学校の子。
でも顔に見覚えがない。
さっきチラッと見た限りでも、かなり人目を引く容貌だったから、
一度でも会ったことがあるなら、覚えていそうなものだけれど、
やっぱり、私のそれまでの記憶の中に彼女はいなかった。

スカートがかなり短めで、ネクタイも緩めていて、
いわゆるギャル風にしている。
髪もきれいな茶色に染められていて、肩のバッグも学校指定のものには見えなかった。

一応校則通りの通学姿の私とは、たぶん少し違う世界に住んでいる人。
それが彼女の第一印象だった。

だけど、なんだろう・・・こうして手を引かれていても、そんなに抵抗がない。
記憶とは別のところで、何か懐かしいような・・・

そんなことをぼんやり考えていた時、不意に前を行く人の足が止まった。
11 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 14:08
「のど乾いた」
「えっ?」
ファーストフードにでも立ち寄るつもりなのだろうか・・
私はあたりにそれらして店を探す。

けれど、彼女の次の行動は、さっと手を差し出すといったものだった。

・・・・・
あっ、そうか・・・お金を出せってことなんだよね、コレって。
所謂カツアゲ?
私には充分に、そうされるだけの弱みがあるわけだし・・

モゾモゾっとバッグからお財布を取り出す。
こういう場合は、いくら渡せばいいんだろう。
あいにくそれほどの持ち合わせはないし・・少し躊躇していると、

「120円」
「えっ?」
「だから、のど渇いた」
「あっ・・・」
私は慌てて小銭入れから、500円硬貨をつまみ出して、
出されたままになっているその手のひらに載せる。

彼女はそれを確認すると、さっと酒屋の前の自販で、缶コーヒーを一つ落として、
はいって感じにお釣りの硬貨を私のての中に返す。

そして、それを持ったまま、また歩きはじめる。
手はすでに離されていたけれど、やっぱり私はその後に従う。

12 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 14:22
商店街が尽きて、住宅地に入ると、道の脇に児童公園。
どうもそこが彼女の目的地だったらしい。

小さなベンチを見つけて、どうぞとばかりに右端に座って私を促す。
オズオズと少し離れて座ると、開けた缶コーヒーを一口飲んで、
まるで当たり前のことのように、私の方に突き出す。
その仕草があまりに自然だったから、私は思わず受け取って、
少しだけその甘苦い味を口に含ませてから、
初対面なんだよねこの人なんて、改めて思ってしまって、
少し戸惑いを感じながら彼女の手にそれを返す。

彼女は、それをまた一口・・それから、
「似合わないよ」
と、独り言のようにつぶやく。
「全然似合わないよね、あーゆーこと」
あっ、さっきのアレ・・・

返事を出来ないでいる私に、
「タイプじゃないでしょ。それにヘタクソすぎ・・・もしかして、わざとつかまりたかったとか?」
って、ゆっくりとコチラに顔を向ける。


13 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 14:47
私より少し背の高い彼女だけど、前かがみに姿勢を崩して座っているから、
かしこまってうつむいている私を少し見上げる感じに傾けられているその顔は、
ふわっとした笑顔を浮かべてて、その人懐こい仕草が、
私のそれまであった緊張を、あっという間に溶かしてしまった。

「うん、そーなのかもしれない。なんかね、何かを少しね、壊してみたくて・・」
「今の自分をとか?」
「うん、そんな感じなのかも」
「でも、たぶん方法が違うよね」
「うん、それは良く分かりました。あなたに腕掴まれた時、本当、怖かったもの」
「怖かった?」
「うん、これで何もかも終わりだなーって」
「おおげさだなー」
「本当、そんな感じしちゃったの・・・だから、二度とあんなことはしません」
「そっ、なら良かった。マジ、似合わないから」

「もしかして、助けてくれたんですよね」
「かな」
「ううん、助けてもらった・・ありがとうございました」
「イエイエ、どーいたまして・・・てかさ、アンタすごい顔してあの店の中歩いてたからさ」
「すごい顔?」
「うん、なんか思いつめちゃってる感じで
 ・・・・アタシ、あんましお節介な方じゃないんだけどさ・・なんかすごかったから」
「そんなに・・本当にありがとうございました」
私は、ベンチを立って彼女の前で頭を下げる。

「あっ、そんな・・・たいしたことしてないし、ほら、コレ奢ってもらったし」
って、コーヒーの缶を持ち上げる。
14 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 15:13
やだなあんましかしこまらないでよ、何てベンチに戻るように促されて、

「あの・・・同じ学校の人ですよね」
「うん、この春から」
「えっ、ってもしかして・・・一年生?」
「そーだよ」
「ごめん、大人っぽいから、同級生か先輩とかって思ってた」
「あー、それで何気に敬語・・」
「うん・・その、あなたのこと知らなくて・・」
「うーん、アタシあんまし学校とか行かないしね」
「そーなんだ」
「うん。でも、アタシはアンタのことは知ってるよ」
「えっ?」
「だって、結構有名人だよ、二年C組の石川梨華さん」
「そーなの?」
「うん、クラスの男子とか騒いでるもの。ミスM高なんだってね」
「そんなことないよ」
とは、否定してみたけれど、その話の元は大体の想像がついていた。

去年の学園祭の直後、ある朝、掲示板に張り出された人気ランキング。
非公式なものだったらしくて、学校側がすぐにはがしたらしいけど、
それは、しばらくの間、学校中を賑わせた。
文化祭の期間中当時の三年生が企画していた、ミス、ミスターコンの集計結果らしかったけど、
女子のトップが何故か私で、男子のトップは例の彼だった。
あの頃は、クラスメートとかにからかわれたり、先輩達に冷やかされたりしながらも、
満更でもない気分だったけど、
今にして思えば、最近の嫌な出来事は、全てあそこから始まっいたような気がする。

15 名前:出会い 投稿日:2006/01/19(木) 15:34
「まあ、妥当なところだと思うよ、アタシの見る限りではさ」
「そんなこと・・・それに」
「みたいだね」
「えっ?」
「このごろは別の意味でも噂の的みたいだしね」
あー、やっぱり、この子も知ってたんだ。

「もしかして、それでなのかな、さっきのコトとか」
「・・・うん、なんかね、あのての噂くらい、気にしなければ済むと思ってたし、
 てゆーか、それは今でもそー思っているんだけど・・」
「他にもあるの?」
「うん、そのことでね、すごく信頼していた人にね、とっても嫌なこと言われて・・
 なんかね、自分の存在自体が悪いことみたく思えて、もーどーなってもいいかなって、
 自暴自棄ってやつなのかな、そんな感じで」
「そーなんだ」

「うん、自分の今までを全部否定されたみたくてさ・・
 だから、ここじゃないどこか別のところに行っちゃいたいなーなんてね」
「別のところ?」
「うん、別のところで、別の自分になるの」
「別の自分ねー」
「うん、別の自分・・」

「それって、今もそーなの?」
「うん・・・あっ、でも、もーあーゆーつまらないことはしないから」
「そりゃそーでしょ」
「うん。でも、どーすれば行けるんだろーね、別のところって」

「そーだなー・・・なんならさ、連れてってあげようか」
「えっ?」
「そんなたいしたトコじゃないけど、今までのアンタがいたトコとは少し違うかも」
「ホント?」
「うん、アタシが連れてってあげるよ、こことは違う別のトコ」


それが、彼女・・・後藤真希との出会いだった。


16 名前:トーマ 投稿日:2006/01/19(木) 15:35
本日は、ここまでにしておきます。
17 名前:Liar 投稿日:2006/01/19(木) 22:44
お!トーマさんの作品だぁ〜!!!
マジで大好きなんです。がんばってください!
いしごまですか・・・。楽しみです。
更新、楽しみにまってます!これからもがんばっえくださいね。
18 名前:名無 投稿日:2006/01/20(金) 01:34
更新お疲れ様です。
すごく続きが楽しみです!!
19 名前:名無し 投稿日:2006/01/20(金) 07:38
トーマさんのいしごま大好きです!
今後の展開、楽しみにしてます。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/20(金) 16:32
トーマさんの新作だ!
しかもいしごま!!
次回更新も楽しみに待ってます。
21 名前:名無しさん 投稿日:2006/01/20(金) 22:44
トーマさんのいしごま新作と聞いてやってきました。
楽しみにしてます。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/21(土) 14:34
soul mateというタイトルに惹かれてなにげなく開いたらトーマさんの名前が!
うれしいです。更新たのしみにしています。
23 名前:16歳 投稿日:2006/01/24(火) 09:36

「違うトコロに連れてってあげる」そんな彼女の言葉を、
どんなふうに解釈すればいいのか、その時の私には、分からなかったけれど、
この不意に目の前に現れた少女に、
私は、不思議と、しばらくぶりに再会した幼馴染のような懐かしさを感じていたから、
言われるままにメルアドを交換して、
その何度目かのやり取りの中に記されていた週末の誘いにも、何の躊躇もなく応じていた。
それにそれは、急に部活の予定がなくなって、もてあましている時間と気持ちを、
埋め合わせるのに、ちょうど都合のいいものでもあった。

指定の時刻より少し早めに待ち合わせ場所についていた私を、
少し遅れてやってきた彼女は、見つけるなり、
「あっ、やっぱり・・」
と小さくため息をついて、
「まあ、思ってた通りだけどさ・・コレじゃ、制服の方がましなくらいだよね」
そんなことを言って、本当に可笑しそうに笑う彼女に、
自分では充分にお洒落しているつもりの私は、腹を立ててもいいはずだったけれど、
悲しいことに私には、
まるでファッション誌から抜け出てきたように、颯爽と垢抜けている彼女に対して、
言い返す言葉の持ち合わせは一つもなかった。

「うーん、よし、ちょっと飾ってみよう」
そんなコトを言われるままに、私は目的の場所に向かう前に、
彼女の家に連れて行かれることになった。
24 名前:16歳 投稿日:2006/01/24(火) 09:59
彼女の家は、学校を挟んで、ちょうど私の家と反対側に一駅行った、
その駅前の小さな繁華街の中にあった。

一階はお店になっていた。
その時間には閉められていたから、よくは分からなかったけれど、お酒を出す店のようだった。
その裏に回ったところの外階段を上がると、小さな玄関があった。
薄暗いそこで、履物を脱ぎながら、
「おじゃまします」と小声で言ってみたけれど、
中は静まり返っていて、彼女の家族がいるのかどうかは分からないまま、
すぐ脇にあった内階段を彼女のあとに従った。

通された6帖程の部屋は、壁一面に、私の知らないアーティストのポスターが張ってあって、
濃いグレーのカバーに包まれたベッドの脇には、ギターのケースが置かれ、
机の上はキーボードに占領されていて、本棚は、CDプレーヤーとCDのためのものになっていた。

全体的にモノトーンのその部屋は、
私の子供じみて、小物が散乱している部屋とは、まるで別の意味で少し雑然としていて、
どこか男性的でさえあったけれど、
机の反対側にドンと置かれた大き目のドレッサーの周りだけは、
ここが女性の部屋だという事を主張していた。 
25 名前:16歳 投稿日:2006/01/24(火) 10:39
ドアを背にしたまま、ボーッと立ったままの私の顔を、
少し可笑しそうに覗き込んでから、
部屋の主は、作り付けになっているクローゼットを大きく開け放って、
「サイズは、大丈夫だよね」
と、そこに所狭しと掛けられている衣装を物色し始める。

顎で呼ばれて、オズオズと近づくと、
そのいくつかを、小首をかしげながら次々と私の胸にあてがって、
「よし、コレで決まり」
と選ばれたのは、かなり大胆なキャミとミニスカート。
「えっ?」って顔をしている私に、
「大丈夫、合う上着あるから、寒くないし」
と、見当違いのコトを、自信たっぷりに言い放って、
「さっ、着替えて」と渡す。

その衣装にも、こちらを向いたままの彼女にも、戸惑いを感じたけれど、
変に意識するのも格好悪いかなと、意を決して、
背中を向けて、ピンクのワンピースを脱ぎ捨てる。

「やっぱ、スタイルいいんじゃん」
なんて軽く発せられる言葉に、羞恥心が蘇って、体中が赤くなるのを感じる。
それが、分かったのか分からないのか、
「少し日焼けしすぎだけどね」
なんて、彼女はたぶん何気なく続けたのだろうけれど、
日頃から気にしてることを言われたおかげで、かえって、開き直ることが出来たようで、
「地黒なの、いいでしょ黒くたって」
と、手早く彼女の衣装を身にまとった。

「ちょっと大きいかな・・てか、ウエスト細すぎ・・まあ、腰ではいてくれればいいから」
ほら、って開かれたドレッサーの鏡の前に立たされて、
両肩をポンと叩かれた後、ふわっと上着を掛けてくれた。
こんな感じの・・・着たことなかったけど・・・
26 名前:16歳 投稿日:2006/01/24(火) 11:06
「じゃあ、今度は」って、そのままドレッサーの前に座らされて、
髪をまとめていた髪留めをはずされる。
「少し色を入れるといいのに」
なんて言いながら、丁寧にブラッシングをする彼女の手つきは滑らかで、
アイロンとカーラーで、程なくスタイリングが決まる。

「上手だね」
「うん、プロ並でしょ」
「本当、プロみたい・・・ママよりずっと上手・・」
なんて、ついポロッと言ってしまって、
「って、ママにやってもらってるの?」
なんて呆れられる。
あっ、いけない・・・思わず露呈してしまった自分の子供っぽさを、
取り繕おうと慌てて言葉を探している私に構わず、
「じゃ、次はー」
彼女は、別の作業に取り掛かる。

「えっ?お化粧・・するの?」
「高校生なんだから、当たり前でしょ」
そうなんだ・・・当たり前なのか・・
もちろん私だって、眉ぐらいそろえているし、グロスだってつけてるし、
今日だって、ビューラーで睫毛を上げてきてるけど・・
「本格的なんだね」
彼女が並べ始めたメイク道具は、私には初めて見るものの方が多かった。

「うん、こっちもプロ並だから、任せておいてよ」
椅子をくるっと回されて、鏡を背にしたまま、
しばらく彼女にされるままになる。
他人に顔をいじってもらうなんて、もしかしたら七五三以来かも・・


27 名前:16歳 投稿日:2006/01/24(火) 11:26
「よし」と、鏡に向き直るように言われて、
あっと息を呑む。
そこには、今まで見たことのない自分がいた。

「アンタさ、キレイな顔してるけど、整っている分、少し地味なんだよね。
 せっかくの素材なんだからさ、少し飾ってあげた方がいいよ。
 ね、だいぶ華やかになったでしょ」

「・・・うん・・大人みたい。本当、上手なんだね」
「うん、アタシってさ、メイク命みたいなもんだからさ」
「いつもしてるの?」
「学校行ったりする時は、抑え目だけどね」
「そーなんだー、どおりでキレイなはずだー」
「ってねー、しなくったって充分、美人なんだからね」
そんなこと分かっているけど、今までまるっきり押され気味だったから、
「ふーん、知らないけどねー」
なんて、からかってみる。
「あっ、疑ってるでしょ、ヤナ感じー、本当にアンタなんかに負けないんだからね」
「ハイハイ、じゃあ今度、スッピン見せてよね」
「分かったよ、そのうちにね、少し高いけどね」
「えっ?拝観料いるの?」
「当然!」
「ならいいや・・私、あんまり怖いのとか得意じゃないし」
「あっ、言ったなー・・・てさ、そろそろ行こうか」
「えっ?」
「あれ、忘れちゃってた?今日は渋谷だったでしょうが」
「あっ、そーだったよね」
「もー、だからオメカシしたんでしょーが」
28 名前:16歳 投稿日:2006/01/24(火) 11:46

私達が住む東京近県のこの町から、渋谷までは、
電車を乗り継いで、二時間弱もかかる。
だから私は、それまで一度しかそこに行ったことがなかった。
その時の、そのあまりの人の多さと、騒然とした雰囲気に圧倒された経験から、
それ以来、友達と都心に出る時は、表参道とか銀座あたりを選んでしまっていたから、
彼女からのメールで、その街を指定された時、少し戸惑ったけれど、
彼女にはソコが、一番似つかわしいように思えて、同意していた。

その街は、やっぱり以前の印象のままに、雑然とした熱気に溢れていたけれど、
何かが少し前とは違っていた。

彼女と並んで歩きながら、その違和感の元を探ってみると・・
何気に人をよけずに済む。
というか、周りが少しよけてくれているような・・・
それに、いくつもの視線を感じたり、信号やお店の前で立ち止まっている時に、
男の人たちが声をかけてくるのは、同じだったけど、
その態度が、馴れ馴れしく無遠慮だった前回とは違って、
どこか遠慮がちだったし、
みんな、後藤さんの「彼氏と待ち合わせだから」の一言で、
すんなりと引き下がっていった。

29 名前:16歳 投稿日:2006/01/24(火) 12:03
カフェでお茶をしていると、
それまでのナンパとはちょっと様子の違った大人の人に声をかけられる。
それにも後藤さんが対応してくれたけど、何かカードを渡されたりして・・
「何だったの今の」
「あー、スカウト・・モデルの」
「スカウト?」
「まっ、たいしたトコじゃない」
彼女は、渡された名刺を折りたたんで、コーヒーのソーサーの上に置く。

「慣れてるんだね」
「うん、慣れてる」
「やっぱ、なんかすごいなー後藤さんって」
「は?」
「いっぱいナンパされちゃうし、スカウトとかされちゃうし」
「あー、でも、アレ、アタシもだけど、アンタに声かけてんだよ」
「えっ?」
「アンタあーゆーのの扱い慣れてなさそーだからさ、
 アタシが断ってあげてるけど、向こうの目的はアンタもだから・・」
「そーなの?」
「そーなの。今、この街にさ、何千人の女の子がいるかわかんないけど、
 たぶんその中で、一ニを争っちゃってるよアタシたち」
「そんなこと・・」
「あると思うけどな」
30 名前:16歳 投稿日:2006/01/24(火) 12:16
「あっ、それからさ、そのゴトウサンってのやめない?」
「あっ・・」
「一応、アンタの方が年上だしさ」
「うん、じゃ・・・・マキチャンとか?」
「うーん、なんか、それも照れるよね・・家族にしか呼ばれてないし」
「なんて呼ばれてるの?友達とか・・」
「ごっちん」
「ゴッチン?」
「変?」
「変じゃないけど、なんか痛そうかなって」
「ヘ?」
「ううん、なら、ごっちんで」
「うん、そーして」

「そーする。じゃ、私も・・アンタはイヤかも」
「やっぱり?」
「うん」
「じゃ、石川先輩とか?」
「あっ、バカにしてるでしょ」
「うん」
「もー・・・・下の名前でいいよ。みんなそーだし」
「リカチャン?」
「うん」

その後、私達は、いくつかのお店を廻って、
ごっちんの見立てで、私も何着かの服を買った。
31 名前:16歳 投稿日:2006/01/24(火) 12:43
もう帰ろうかって時間になって、かなりしつこいスカウトにつかまった。
「なー、一度でええから、ウチの事務所に遊びに来てみーへん?」
関西弁のその女の人は、ごっちんの背に隠れている私の方にも回りこんできたりして、
なかなか離してくれなかった。
「急ぎますから」
という私達に、
「その気になったら、いつでも電話して」
と、名刺の裏に、なにやら急いで書き込んで、それぞれの手に握らせた。

「なっ、待ってるから」
結局、駅のホームまで、追いかけてきたその人に送られる形で電車に乗り込む。

「なんかしつこい人だったよね」
名刺の裏に書かれていたのは、携帯の番号だった。
「コレ、個人のなのかな」
「みたいだね」

「そっか、熱心な人みたいだね・・でも、いいよね」
そのまま、その名刺を破ろうとした私を、
意外なことに、ごっちんは押しとどめた。
「コレは、持ってた方がいい」
「えっ?」
「コレは、本物だからさ、持っていた方がいい」
「本物?」
「うん、本物・・・あっ、それでさ・・」

それっきり、話を変えた彼女に、
その言葉の意味を問いただすことは出来なかったけれど、
その言葉を発した時の彼女の表情が、それまでとは違って、真剣だったから、
私は言われたとおりに、それを財布のカード入れの中にしまった。

32 名前:トーマ 投稿日:2006/01/24(火) 12:44
短いですが、今日はここまでにします。
33 名前:トーマ 投稿日:2006/01/24(火) 12:58
>>17 Liar様
>>18 名無様
>>19 名無し様
>>20 名無し飼育様
>>21 名無し様
>>22 名無し飼育様

ありがとうございました。
失礼とは思いますが、同じコトの繰り返しになってしまいそうなので、
レス返しをまとめさせて下さい。

いしごまです。
少し長い話になりそうです。(分量的なことではなく、物語の中の時間経過が)
たぶん、あんまり甘い話ではありません。
ご期待に添えないかもしれませんが、まったりと付き合ってやってください。
34 名前:Liar 投稿日:2006/01/24(火) 16:13
更新、お疲れ様でした。

暗い話も大好きです!
作者さんが書く、いしごまは本当にすごいと思います。
これからも頑張ってください。
35 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 09:49

この、私の生活に、それまでと全く違った色を添え始めた魅力的な新しい友人に、
私は、興味以上のものを感じていたから、
メールでの連絡は、毎日欠かさなかったけれど、
小さな期待を抱いて通う学校生活の中で、
彼女の姿を見つけることは、それからも出来なかった。

いくら学年が違うとはいえ、あまり大きくもないこの高校で、
それはやっぱり不自然なことに思えて、
私は、あの日の彼女の制服姿が見間違えだったのでは、とさえ考えはじめていた。

「ねえ、一年の子だと思うんだけどさ・・」
ある日、思い切って、
情報通で知られるクラスメイトに、何気ない会話の中で尋ねてみると、
すぐに、どこから手に入れたのか、一年生の名簿を見せてくれた。

後藤真希
確かに1年D組に、その名前はあった。
36 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 10:09
しばらくぶりで会った、地元のファーストフードで、その話をすると、
「マジで疑ってたんだぁ」と笑われた。
「なーんちゃって女子高生やるんなら、もうちょっとイイ学校にするよ」だそうで・・

「だってさ、メールで、学校で会わないねとか聞いても、
 そーだねとかしか返してくれないし・・」
「うん、まあね・・・めったに行かないしさ・・学校。行く時も通学時間が人と違うし」
「えっ?」
「ほら、行くのが遅すぎたり、帰るのが早すぎたり」
「あー・・・サボリ?」
「そーでもないかな・・この頃、バイト忙しいから」
「えっ?バイトしてるの?」
「うん、言ってなかったっけ?」
「うん、聞いてない」
そのことに限らず、彼女が自分の事をあまり話してくれてないのに、
今更ながら気がつく。
もしかして、私、自分の事ばっかり話してた? 

「そっか、バイトしてるんだ」
「うん・・・お金が必要だから・・」
何に使うのとは、聞かなかった。
彼女の部屋にあった音楽関係のものや、洋服の数なんか見たら、
およその想像はついたから・・
37 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 10:49
「でも、あんまり欠席してると、学校、クビになっちゃうよ」
「そーだねー」
「結構、厳しいんだよウチ・・出席数だけは」
「みたいだねー・・担任にも言われてる。寝ててもいいから、出るだけは出ろって」
「でしょ」
「うん・・・・でも、それでもいいかな」
「えっ?何が?」
「クビならクビでさ・・・その前に辞めちゃうかも知れないし」
「辞めちゃうって、学校?」
「うん」
「どーして?何かヤナこととかあるの?」
「そんなんじゃなくて・・他にやりたいことあるし」
「学校辞めて?」
「うん・・・まだ分からないけどね」
そう言うと彼女は、ゆっくりと視線を窓の外に移した。
日が長くなって、まだ明るさを残しているこの街は、学校や、職場からの帰宅の足で賑わっていた。

学校を辞める・・・・それは、私には考えたこともないものだった。
高校に行くのは、当たり前なこと。
もちろん、私の周りにも、不登校の子も居たし、
何か問題を起こして退学になった人の話も聞いたことはあった。
でも、それは特別なことで、特殊な人たちのことだと思っていた。

彼女は、確かに少し派手な身なりをしていたし、あまり真面目な学生ではないのだろうけれど、
話してみれば普通の女子高生だったし、
第一、いくら大人びていたとしても、まだこの春、入学したばかりの15歳の少女だった。

つまらないから授業を抜けるのは、分かる。
お小遣い稼ぎに学校を休んでバイトをするのも、ギリギリありかもしれない、
でも、サボルのと辞めるのとでは、全然違う。
大抵のことは、高校生というある意味気楽なこの身分のままやれるはずだと思うし、
それを捨ててまで、今、やりたいことなんて・・・

「何?そのしたいことって?」
38 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 11:17
「うん、ちょっとね・・・・それよか、梨華ちゃんはないの?したいこととか」
「私?」
「うん・・・将来とか」
もしかして、話、はぐらかされちゃったのかな・・
でも、将来か・・・私はそれまで目先のことばかり考えていたから、
そう、この春までは、レギュラーになって、インターハイに出ることが、夢だったし・・

「なんだろ、あんまり考えたことなくて・・ほら、頭とかいいほうじゃないし、
 得意なこととかあんまりないから・・・先のこととか・・・わかんないや」
「そー」
と、ごっちんは少し寂しそうな顔をした。
もしかして、失望させちゃったのかな・・だけど、大抵の高校生は、そんなものだと思うよ。たぶん・・

「ね、私のことなんかどーでもいいからさ、教えてよ、ごっちんのしたいこと」
私はやっぱり知りたかった。
15歳の少女が、学校を辞めてまで、やりたいこと、やろうとしていること。
それを聞いて、言おうと思っていた。
卒業してからでいいんじゃないのとか、席を置いたままでも出来るよとか・・

「あ・・・うん・・・・じゃあね、夜とか出れるかな?」
「えっ?」
「来月の初めの土曜日・・」
その時に、話してくれるつもりなのだろうか。

「土曜なら大丈夫だと思うけど・・」
「少し遅くなっちゃうと思うけど」
「うん、ママに許してもらうよ」
「じゃあね、えっと・・・ここに来て、夕方の6時」
ごっちんは、バッグの中から、一枚の紙を取り出して、テーブルの上に置いた。

手にとって見ると、それは新宿にあるライブハウスのチケットだった。
39 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 11:31
このチケットが、彼女のしたいことと、どうつながるのか分からなかったけれど、
「ここに直接行けばいいの?」
「うん」
「ごっちんは、一緒に行けないの?」
「うん、アタシは少しその前に用があるから。
 あっ、駅からの地図書くから・・うん、分かりやすいところだし・・
 あっ、帰りは一緒するし・・・でも、やっぱ無理かな」
「大丈夫だよ、子供じゃないもの。一人で行ける」
「だよね」
「うん」


そうは言ってみたものの、
一人であの大きな街に行くのは、やっぱりちょっと不安だった。
ライブハウスなんて行ったこともなかったし・・
もしかしたら、あの彼女の部屋のポスターのバンドとかが出るのだろうか、
それとも、忙しいと言っていた、バイト先が、このお店なのだろうか。

ママには、友達と大勢で行くと、小さな嘘をついて、
その日は早めに身支度に取り掛かった。
ごっちんに選んでもらった服を身につけて、
薦められて揃えたメイク道具で、顔をつくった。
40 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 12:14
ごっちんの地図は、思いの外、正確だった。
チケットのお店は、雑居ビルの地下を一つ降りたところにあった。
あまり明るくない階段を降りて、少し重たいドアを開けると、中は更に薄暗くて、
少し大きめの音で流されているBGMも知らない曲だったから、
やっぱり場違いなところに来てしまったようで、居心地の悪さを感じたけれど、
彼女に言われた通りに、入り口でその名前を告げると、
エプロンだけでしか店の人だと分からない金髪のお兄さんは、あー、と笑って、
私をカウンター席に連れて行ってくれた。

「マスター、この子、ごっちんの連れ」
紹介されたカウンターの中の人は、
顔の半分が髭と眼鏡で隠されているからよくは分からないけれど、
たぶんパパと同じぐらいの年の人だった。
「あっ、聞いてる、リカチャンだよね?」
「あっはい」
初めて会う人に、下の名前を呼ばれて多少の戸惑いは感じたけれど、
それは、ごっちんとこの人の親しさを示しているのだろうから、
やっぱり、彼女はここでバイトをしているのだろうと、その時の私は確信していた。

「こっち、座って・・・ホント、かわいいねー」
「えっ?」
無遠慮に私を見定めるようにして、そんなことを言うマスターに、
また少しの警戒心がわく。それが分かったのか、
「あっ、ごめん、ごめん・・・ごっちんがね、飛び切り可愛い子を呼んでるって言ってたから」
 ホント、言ってた通りだなって思ってさ」
「あっ、いえ」
「はい、座って・・・こーゆーとこ、初めてなんでしょ」
「はい」
「ちょっと煩いかな」
「あっ、いえ」
「じき慣れるよ・・あっそれから、ここは飢えた狼みたいなのがたくさんいるけど、
 おじさんが守ってあげるから、心配しないで」
なんて、眼鏡の中で、細い目をウインクさせるマスター。
きっとこの人は、いい人なんだろうな・・・
私は、それまでの不安からやっと少し解放されて、
ちょっと高めのカウンター席に腰を乗っけた。
41 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 12:56
「あの・・・ごっちんは?」
「えっと、まだ時間前だよね、もうすぐ始まるから、ちょっと待ってて」
えっ・・まだ来てないってこと?
「あのー・・彼女、まだ・・」
「あれ、もしかして、聞いてないのかな?」
「何をですか?」
「あー、そっか、そっか、ドッキリか、なら、言わない方がいいよね」
「は?どーゆーことですか?」
「まー、そのうち分かるから、それより飲み物、何にする?」
「あっ、じゃあコーラで・・」
「オーケー、ちょっと待っててね」

ごっちんは、本当にまだきてないのだろうか、ここでバイトしてるわけではないのだろうか、
それに、ドッキリとかって・・そんなことを考えていると、

「ね、一人?」
と後ろから声をかけられる。
「いえ」
少し首だけまわすと、二人連れの男の人が、すぐそばに立っていた。
「待ち合わせ?」
「ええ」
「こんな子待たせるなんて、許せないヤツだよね・・・彼氏来るまでさ、オレらと付き合わない?」
「あ、いえ、その・・」
私が言いよどんでいるところに、
「コラ!油断も隙もないんだから・・ダメだよ、この子は僕のお客さんなんだから」
と、コーラを置きながら、マスターが子供をしかるように言う。
「嘘だー!マスター、冗談は顔だけにしといた方がいいよ」
「本当だって、ね、リカチャン・・ほら、コレ、僕のおごり。
 あっ、アイスも入れてあげなきゃね、好きだったよね」
なんて言いながら、頼んでもいない、フロートをコーラの上に落とす。
「あっ、マスター、いつもありがとう」
「ほらね」
「マジかよ、タクー、オヤジのくせに贅沢だなー」
「オヤジは失礼だろう」
「オヤジにオヤジって言って、何が悪いんだよ、でも、保護者付じゃしゃーねーか。
 また、今度ね・・リッカチャン」
なんて言いながらその場を離れる二人組みに、
「今度なんてないからなー」追い討ちをかけるマスター。

「あっ、あの・・」
「アイツら常連だからさ、まっ、そんな悪いヤツラでもないんだけどね、
 今日は、寄ってくる虫は全部払いのけるようにって、頼まれてるからさ」
マスターは、そんなことを言って、ストローの脇に、長いスプーンを置いた。
42 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 13:15
いつの間にか着いた時には、閑散としていた店内に、人の気配が溢れ始めていた。
「今日は、さすがに入りがいいな」
「人気のあるバンドなんですか?」
「うん、今、ウチに出てる中では、ナンバーワンかな・・・ほら、そろそろ始まる」

椅子を回すと、フロアを埋めている人の向こうの、一段だけ高くなっているステージに、
ドラムセットやアンプがスタンバイされていて、照明が落ちたままのそこで、
バンドのメンバーがチューニングを始めていた。

ごっちん、何してるんだろう、もう始まっちゃうよ・・・

フロアのライトが全部落とされて、
ぼんやりライティングされただけのステージで激しいイントロが鳴らされ始める。
パッと明るいスポットライトが当てられたステージの真ん中で、
「行くよー!」とボーカルが声をあげる。
えっ?
オーッという歓声の中、歌い始めたのは・・
・・・・・・・・
ごっちんだった。
黒い革のぴっちりとしたショートパンツのスーツに、網タイツなんてはいてるけど、
前髪を固めてあげているけれど、
真っ黒な、アイラインを引いて、赤い唇をしているけど、
やっぱり、紛れもなく、後藤真希・・・その人だった。
43 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 13:31
続けざまに二曲。
その後に、メンバー紹介の短いMC。
そこで彼女は、ボーカルのマッキーっと最後に紹介され、
一段と大きい歓声の中、大きく頭を下げていた。

続けてまた二曲。
それは、どれも初めて聞く激しいロックナンバーだった。
ごっちんは歌っていた。大きな音の波の中で。
ごっちんは歌っていた。激しく体を躍らせながら。
ごっちんは歌っていた。大きな歓声に包まれて。
ごっちんは・・・・歌っていた。

「えー、今日は、アタシの友達が聴きにきてくれていて・・
 そのこは、こーゆーとこ初めてで、
 うん、アタシと違って、凄く真面目な、箱に入っちゃってるような子で・・
 あれ、みんな疑ってるでしょ、あのねー、アタシにだって、まともな友達いるんだからねー。
 で、こんなのばっかだと、ひっくり返っちゃうかも知れないんで、
 で、今日は特別に少ししっとりとしたのやっちゃいます。
 みんなもたまには、こーゆーのも聴いて下さい。
 えー、アタシの尊敬するプリプリのナンバーから・・M・・」

一転して、静かなメロディーが流れて・・・あっ、コレなら知ってる。
ごっちんは、囁くように歌い始める。

ラストにって、また一段と盛り上がる曲が演奏されて・・
ライブは終わった。
44 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 13:54
しばらくざわめいていた観客も、少しずつ引いていって、
気がついた時には、お店の人達が、後片付けをし始めていた。

「驚いた?」
ぼんやりとしている私に、マスターが悪戯っぽく尋ねる。
「はい」
「もうちょっと待っててね。じきに来ると思うから、彼女」
「あっ、はい」

驚いていた。
あの彼女の部屋の様子を知っているのだから、
少しは想像していても良さそうなことだったけれど、
やっぱり私は、驚いていた。

私にとって、バンドとかって、テレビとかラジオの中のもので、
歌うってことは、カラオケでの話で、
ステージなんて、中学の合唱コンクール以来、立ったこともなくって、
だから、やっぱり驚いていた。

ごっちんの言ってたやりたいことって・・・
「コレが、アタシのやりたいこと」
頭の中の疑問に、不意に生の声が答えをくれた。
振り向くと、さっきまでのステージの上とは違う、
いつものごっちんがそこにいた。
45 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 14:08
「あっ・・」
「驚かせちゃった?」
「うん」
「どーだった?」
「あっ・・・うん、良かった」
「本当?」
「うん、私、こーゆーの初めてで、だからよくわかんないけど、
 なんかすごかった。圧倒された。とっても格好よかった」
「そー」
「なんかね、別の人みたいだった。迫力あって・・・それから、バラードも素敵だった」
「あーゆーのさ、いつもやらないんだけどさ、
 梨華ちゃんって、たぶんロックとか聴かない人だから、なんか知ってるのって思ってさ」
「うん、ありがとう。なんか、すごくじーんとした。本当素敵だった」
「そー、なら良かった。少し照れくさかったけどね。
 じゃ、そろそろ行こうか」
「えっ?」
「ほら、ここ、もう店じまいだよ・・」
「あっ・・・」

「マスター、今日はありがとね」
「いいえー、どーいたしまして。次のステージも期待してるよ」
「うん、期待してて」
「あっ、それからリカチャンも、コレに懲りずに、これからはちょくちょく遊びに来てよね」
「はい。今日は色々ありがとうございました」

「待ってるからねー」
の声に送られて、ネオンで店の中より遥かに明るい夜の街に出る。
46 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 14:29
人ごみの中を縫うように歩きながら、
私は覚めやらぬ興奮で、早口で色々と彼女に尋ねた。
たぶん、ごっちんもステージの後で気が高ぶっていたのだろう、
いつもより口数が多かった。

「いつもあそこで歌ってるの?」
「うん、月に二三度かな・・あそこ、結構人気あってさ、色んなバンド出てるからさ、
 なかなか取れなかったり・・メンバーも働いてたり、学校忙しかったりさ」
「そー、働いてる人とかもいるんだ」
「うん、大学生が二人で、後はフリーターと・・
 ドラムの人なんてさ、あんな顔して、スーツ着て、サラリーマンやってるんだよ」
「へー、って、どんな人だったか覚えてないけど」
「へっ?」
「あっ、ごっちんばっかり見てたから、他の人の顔とか全然・・」
「そーなの?」
「うん・・・いつからやってるの?」
「あー、あのバンドはね、この春から・・あの店で演奏聴いてね、押しかけボーカルになっちゃったんだ」
「へー、すごく息合ってたから、もっと長いのかと思ってた」
「うん、まだ三ヶ月かな・・歌とか楽器とかはさ、中学の時から、ちょっとね・・
 地元の子たちとちょっとバンド組んでたりね」
「そーなんだー・・やっぱり練習とか大変なんだよねー」
「うん、スケジュール合わせてたり、練習できるところも少ないしさ、
 それを借りるのも、結構かかっちゃうし・・」
「それでバイト?」
「あっ、今のバンドはさ、アタシは払わなくっていいってね、子供だからって、
 他の人たちが持ち寄ってるみたい・・」
「じゃあ何でバイト・・」
「あっ、うん・・・まあ、イロイロとね」
47 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 14:49
「やっぱり、プロ目指してるんだよね」
週末の遅い時間の電車は込み合っていたけれど、
始発駅だったから、何とか並んで座ることが出来た。

「うん、ゆくゆくはね・・・そんなに甘いもんじゃないだろうけど」
「なれるよきっと。すごく良かったし、あそこのマスターも人気ナンバーワンだって言ってたし」
「そんなこと言ってたんだ」
「うん、お客の入りが違うって」
「そー、みんな頑張ってチケット捌いてたからね」
「あっ、そーだコレ・・まだ払ってなかったよね」
「えっ?」
「チケット代・・もらったやつの」
「あー、いいよ、それは」
「いいの?」
「うん、今回はね・・そのうち、頼むかもしれないけど、10枚捌いてとかね」
「あっ、じゃ今度ね・・私、友達少ないけど・・うん、10枚くらいなら何とかなると思う・・」
「アハ、冗談だよ。そーゆーのもアタシは免除されてるの」
「本当?」
「うん、半分、マスコットみたいなものらしいよ」
「そーなんだ」
「うん、かわいいからさ、何かと得なの」
「そー」
「ってね、ここは突っ込むところでしょ」
「だって、本当のことなんじゃないの」
「まっ、そーかな・・子供だからってことだと思うけどね」

ごっちんは、少し自嘲気味にそんなふうに言ったけど、
私は、たぶん単純にバンドのメンバーに可愛がられて、大事にされているのだと思った。
そうされるだけの価値を彼女は持っているのだろうと思った。
48 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 15:17
「で、やりたいことって・・」
「うん、今はともかく、絶対にプロになる。そー決めてる」
「そっか・・いいなぁごっちんは」
「何が?」
「目指すものがあって」
「うん、まあね」
「それに才能があって」
「才能?」
「うん、したいことが出来る才能」
「あー、どーかなー、それは・・・好きだからやってるだけだけどね」
「ううん、あると思うよ・・すごく上手だったもの」
「まあ、好きこそものの何とかってやつじゃないの・・」
「ううん、すごく合ってると思うし・・本当、羨ましいよ」
「羨ましい?」
「うん、私なんか、何もないもの・・才能とかって・・」

「あるんじゃないの梨華ちゃんにも」
「ううん、何もないよ」
「そっかな・・・少なくとも、アタシにははっきり見えてるけどね」
「えっ?何?」
「顔」
「は?」
「顔が可愛いじゃん」
「はー、何それ・・そーでもないし、それにそんなの才能とは違うでしょ」
「違わないよ・・あのさ、顔がイイとかって、才能の一つなんだよ」
「そーなの?」
「うん、頭がいいってのと同じだよ、顔がイイって。
 運動が出来るのとかと同じだと思うよ、スタイルがイイとかって」
「そーかなー」
「そーだって。美貌も才能のうち。
 アタシだって、ロックボーカルやるのにさ、ルックスがイイってのは有利だって思うもの。
 そのために磨いてるしさ・・ボイトレするように、メイクもするんだよ」
「それはさ、ごっちんみたいな場合はさそーだけどね。ステージ映えとかあるから・・」
「でしょ・・だからね、梨華ちゃんの容姿も一つの才能なの。」
「でも、それって、やっぱり特殊なケースだよ。すごく特別なこと。
 普通はさ、将来のこととかに結びつかないんじゃないのかな・・普通はね」

 
49 名前:16歳 投稿日:2006/01/27(金) 15:40
「あのさ・・どーして梨華ちゃんは、自分が普通だって思ってるの?」
「えっ?」
「アタシは特別なんだよね」
「うん、ごっちんは特別だと思う」
「なら、梨華ちゃんも、特別だよ」
「特別って何もないよ、私・・」
「ううん、特別なんだ。特別にしちゃえばいいんだよ。
 せっかくさ、持って生まれた才能なんだもの、特別にしてあげなよ」
「・・・・」
「うん、アタシが、梨華ちゃんだったらさ、絶対、その才能を活かす道を考えるな」
「活かす道?」
「うん、活かせる道」

ごっちんは自信たっぷりにそんなことを言うけど・・・
確かに、小さい頃から、可愛い、可愛いって言われてたし、それなりにモテたりしたけど、
それがアダになることだって少なくなかったし・・
自分の顔は決して嫌いじゃなかったけど、特別美人だとか思えないし、
それを将来に結び付けてなんて、考えたこともなかったから、
やっぱり、自分を特別なんて思えなかった。

だからやっぱり、ごっちんが羨ましかった。
彼女の夢は、遠からずきっと実現するだろうと思った。
彼女には、それだけの才能がある。
たぶん、ステージに立つために、スポットライトを浴びるために、
選ばれて生まれてきた人なのだろう。

やっぱり、私とは住む世界が違うのかな・・・
彼女と別れて、駅からの道を一人歩きながら、私は少し寂しさを感じていた。
50 名前:トーマ 投稿日:2006/01/27(金) 15:46
ここまでにします。


>>34 Liar様 ありがとうございます。
       このくらい(週2)のペースで更新できると思います。
       またしばらくお付き合い下さい。
51 名前:Liar 投稿日:2006/01/28(土) 21:20
ごっちんが、ボーカルですか!
カッコいいですねぇ〜。
頑張ってください!トーマさんの作品は
どれも大好きです!この作品、今1番楽しみにしてます!
52 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/28(土) 23:34
更新お疲れ様です
これからどういう展開になっていくんだー
とにかく楽しみにしています
53 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 09:15

季節が初夏から夏に移っても、私の日常は、平凡なままだった。
一応、机の前にいたテスト期間もやり過ごしてしまえば、
ただ長いだけの夏休みが待っていた。

ここ数年、ひたすらコートで球を追って過ごしてきた夏の日を、
その年の私は、やっぱり、かなりもてあます事になった。
ママは、勉強でもすればいいじゃないと当たり前に言うけれど、
どっち道、短大くらいにしか進学する気の無い私は、
決められた課題以上のことは、どうしてもする気になれなかった。

こんなことなら、クラスメイトのバイトの誘いを受けておけばよかったのかなと、
時折後悔もしたけれど、
リゾート地のペンションに一月も泊り込んでのそれは、
その魅力以上に、私を躊躇わせた。

やっぱり私は、今はごっちんのいるこの町を離れたくなかった。
彼女とは住む世界が違うのかもしれなかったけれど、
それでも、その世界を覗き見ることの出来るこの場所に、
私は留まっていたかった。
54 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 09:42
当のごっちんは、相変わらず忙しくしていたけれど、
それでも時々は、私の部屋を訪れて、この暇人に付き合ってくれた。

ある日、出かける約束を、ママの急用で留守を頼まれてしまった私が、
「よかったら、ウチに来ない?」
と誘って以来、
「ごちゃごちゃしていて落ち着く」
と妙に私の部屋を気に入ってしまった彼女とは、
もっぱら、私の部屋で会うようになっていた。

それは、その夏の暑さにすっかり出不精になっていた私にとっても、
彼女の時間に合わせて、遅くに出かけることを心配するウチの親にとっても、
都合がいいものだった。
それに、私の予想に反して、この少し不良っぽい新しい友人を、
私の家族は最初から気に入って、その訪問を歓迎してくれていた。
それは、彼女の人懐っこさによるものだろうけれど、
たぶんそれ以上に、キレイなものが大好きなママの審美眼に、
今までのどの友人よりも、彼女がかなっていたからだと思う。

55 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 10:27
その日も、ごっちんは夕食が終わった頃に、ふらっと現れて、
「相変わらずだね」
と床に散らばった雑誌をさっさとテーブルに重ね始めた。

「電話してくれればいいのに」
「あまり変わらないでしょ」
「まあそーだけどさ・・何か入れてくるね・・あっお腹は?」
「お腹はいっぱい。冷たいのがいいかな」

お茶を運んできた時には、
ベッドにもたれるいつもの場所に、ごっちんはすっかり腰を落ち着けていた。
私が、小物を片付けて、自分の場所を作っているのを眺めながら、
「本当、グチャグチャ色々あるよねー」
なんて今更なことを言う。
その口ぶりに、悪気が無いのが分かるから、
「本当にねー、私、整理とか下手でさ、物とか捨てられなくて、 
 いらないものとかついつい買っちゃうしね」
「うん、コレ、いったい何に使うんだろーてのあるよね」
「お店では、すごくいい物に見えるんだよね・・
 てさ、ごっちんは本当に落ち着くの?ここ?」
「うん・・・なんかね」
「本当?他の友達は、目がチカチカするとか言うよ」
「あー、ピンクだから?」
「うん」
「だよね・・普通。ごちゃごちゃしてるし、基本ピンクだし、落ち着かないのが普通だよね。
 なんでかなー・・アタシ、好きじゃないしねピンク・・」
「なの?」
「うん、あれ、言ってなかったっけ?」
「うん・・着ないのは知ってたけど」
「そーなんだよね、着ないし、部屋にも置かないし・・
 なのになんでかなー、ここは全体的に馴染むんだよね。
 もしかして、マイナスとマイナスをかけたらプラスになっちゃったみたいな・・」
「何それ」
「うん、なんだろーね」
「やっぱ、ごっちんって変わってるよね」
「うん、よく言われる。自分でも思うもの。でも、誰かさんには負けるけどね」
「えっ、なに?私のこと?」
「うん、だって梨華ちゃんは、この部屋にずっと居るんだよ」
「あー・・・てねー」
そんなことを言い合って、笑ってるけど、
この部屋にすっかり馴染んでいる彼女を改めて眺めて、ふと不思議な気持ちになる。
56 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 10:59
「でもさ、なんだろな・・なんか不思議だよね」
「何が?」
「ほら、私達って、趣味とかさ・・全然違うじゃない?」
「まあね」
「それに、会ってまだ間もないのに、なんだろな、そんな気がしなくて、
 気とか使わないしさ、ずっと前から知ってたみたいな・・」
「うん・・・ってさ、梨華ちゃんは、気付いてなかったけど、
 アタシ、初めて学校でね、梨華ちゃんのこと見かけた時、
 どこかで前に会ったことある感じしてさ」
「そーなの?」
「うん、で、ほらCD屋でさ、見つけて・・万引き未遂の時・・」
「あっ、それは言わないでよ。自分でも、何であんなことしよーとしたのかわかんないんだから」
「そーだろーけどさ、あの時、考える前に手が出てたんだよね。思わずって感じで」
「本当、あの時は助かったなー・・ありがとね」
「あっ、いえいえ。でね、梨華ちゃんの腕、引っ張って歩きながらさ、
 なんかね、デジャブってゆーのかな、そんな感じで」
「デジャブ?」
「うん、前にもこんなことあったなって妙な感じ」
「ふーん・・でもね、私も・・そーゆーんじゃないけど、あの時、ごっちんの背中見ながら、
 なんかね、懐かしいなって、初めて会った人なのに、変だなって」
「そんな気してたの?」
「うん、私って、本当は人見知りで、友達とかなかなか出来ないのにさ、
 あの時、公園でさ、色々自分のこと喋ったじゃない・・
 なんかね、自然にそんなふーに出来て・・」

思い返してみると、やっぱりそれは不思議だった。
あんな状況だったからかも知れないけど・・・
 
57 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 11:32
「そっか、ならやっぱり、そーなのかな」
「何が?」
「あのさ、梨華ちゃんは・・・ソウルメイトって知ってる?」
「何それ?」
「うん、あのさ・・・生まれ変わりとかって信じる?」
「生まれ変わり?」
「うん・・・ほら、身体はさ、死んじゃって、なくなっちゃうじゃない」
「うん」
「でもね、魂は身体を離れてね、いずれ別の命で生まれ変わるの。
 別の動物とか、別の国の人とか・・繰り返し」
「よくわかんないけど・・もし、そうなら、イイよね。死ぬのとか怖くなくなるし」
「うん。で、その生まれ変わりを繰り返している何億だか何兆だか・・もっと多いのかな、
 そんなたくさんの魂の中でね、
 何度も同じ時代を、同じ場所で、一緒に過ごす魂があるの・・
 それをソウルメイトって言うんだって」

「何度も巡り合うの?」
「うん、生まれ変わるって、ほら、人間とは限らないし、
 この星の上だけのことにしたって、結構広いし、とにかくたくさんあるし、
 だからめったにそんな偶然なんてありえないんだけど、確率的にはね」
「だよね」
「だけど、ソウルメイトはね、運命みたいに繰り返し出会っちゃうの。
 親子とか、親友とか、恋人とか、形はね、その度違うんだけど、
 なんてのかな、どーしても深い関わりを持っちゃうみたいなね・・・」

「・・・・って、ごっちんと私が・・それってことなの?」
「うん、そーかも知れないなってね・・・わかんないけどね」

それは、そうだよね。わからない・・
生まれ変わりがあるってこと自体、不確かなことなんだし・・
でも、それが本当のことなら、
生まれ変わりも、ソウルメイトも・・・本当なら・・
58 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 12:05
「あのさ、梨華ちゃんは、同じ夢とか見ない?」
「同じ夢?」
「うん、何度も同じ夢を見たり、続きものだったり・・」
「どーかな、あんまりちゃんと覚えてないからな、夢って」
「そー、アタシはね、あるんだよね・・小さい頃から、何回も同じシチュエーションの夢をみるの」
「何回も?」
「うん、同じ夢ってのじゃなくてね、同じ設定で同じ登場人物で、続きものの物語みたいに」
「へー、面白いね、それ」
「うん、でね、最近になって思うんだよね・・それって前世の記憶なんじゃないかって」
「前世の記憶・・・ってあるものなの?」
「わかんないけどね。でね、その中にさ、出てくるんだよね」
「何が?」
「梨華ちゃん」
「私?」
「うん、顔とかね、違うんだけど・・
 日本じゃないし、よくわかんないけど、ずっと昔だし、
 だから、全然違う人なんだけど、夢の中でね、この子は梨華ちゃんなんだってわかるんだよね」
「ふーん、不思議だねー、てさ、どんな子なのその子って」
「うん、可愛い子だよ、それから・・あっいけない」

話しかけて、ふと時計に目をやったごっちんは、少し慌てて、

「今度話してあげるね、それよりさ、テレビ・・ちょっといいかな」
59 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 12:29
「ちょっと見たいのあってさ」
「別にいいけど、珍しいね、ごっちんがテレビって」
「あっちょっとね」

面白そうな話が、途中で切れてしまったのは残念だったけど、
ごっちんがテレビなんていうのは、本当に珍しいことだったから、
急いでスイッチを入れて、リモコンを渡した。
私は本来、テレビっ子で、一人で部屋に居る時は、大抵つけっぱなしにしているけれど、
彼女が居る時には、なるべく消すようにしていた。

彼女が選択したチャンネルは、私も見たいと思っていたものだった。

「ごっちんも見るんだねテレビ」
「そりゃ、たまにはさ・・・てね、ちょっと気になるバンドが出るの」
「そーなんだ」
それは、生放送の歌番組。
かなりマニアックなアーティストから、普通のアイドルまで、幅広いジャンルの歌が聞ける。
今日の放送には、私の好きな女性アイドルも出演するはずだった。

「あのさ、ウチのバンドのドラムス・・」
「あー、サラリーマンの?」
「うん、あの人がね、学生の時に一緒にやってた人が、ギターやってる・・・
 そーそー、このバンド」
「へー、そーなんだー・・初めて見るけど」
「うん、デビューしたばかりで・・・インディーズではね、結構長いんだけど、
 メジャーに移って・・」

その日の二曲目が、そのバンドだった。
ごっちんは、食い入るようにその演奏を聴いていた。
「やっぱり、上手いよね」
「うん」
「やっぱり、違うよね」
それは、自分たちとってことなのだろうか・・
私には、その違いはわからなかったから、
そのバンドを見ながら、ボーカルのトコロに、あの日のごっちんを重ねたりしていた。

60 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 13:04
「いつか、ごっちんも・・テレビの中の人になっちゃうんだよね」
「テレビの中の人?」
「うん、あーやって歌うの、あそこで」
「あー、そーゆー意味・・・うん、いつかね」

「そしたら、やっぱり、遠くなっちゃうんだよね」
「そんなことはないでしょ」
「そーかなー・・やっぱ、大きいと思うよ・・この中と外の距離って・・
 私ね、笑わないでよ・・小さい頃とか、思ってたんだ・・テレビの中の人になりたいって」
「へー、そーなんだ」
「うん、小さい頃の写真とかさ、決まって玩具のマイク持ってね」
「そっか、なら、なっちゃえばいいじゃない」
「えっ?そんなの無理だよ。ごっちんみたく歌えないもの」
「そーなの?でも、別にアタシみたくバンドとかじゃなくてもさ、アイドルとか・・」
「それもねー」

子供の時、本当にそうなりたくて、なれると思ってて、
でも、小学校の四年生だったかな、自分新聞に、将来の夢はアイドルって書いたのを、
みんなに笑われて、無理だよってバカにされて、
それ以来、すっかりしぼんでしまった幼い夢。

「いいと思うけどな・・この人みたいに」
「あっ、好きなんだよね、この人」
画面には、私の好きなアイドル歌手の顔が映っていた。
「あっ、今までと感じちがうよね、今度の曲」
「うん・・ほら、ナッチもさ、もう二十歳だからね、脱アイドルってやつじゃないの」
「そうだね、もー二十歳かー」
ごっちんの口から、アイドル歌手の愛称が出てきたのは、ちょっと意外だったけど、
それが、私の好きなものを肯定してくれてるみたいで、ちょっと嬉しかった。


61 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 13:23
「梨華ちゃん、こーゆーの好きなんだよね」
「うん、ミーハーだからね」
「なら、そのミーハーついでに、本当になっちゃえばいいじゃない・・アイドル」
「そんなの無理だよ」
「そんなことないと思うけどな・・・だって、安倍なつみ・・
 あの名刺くれた人の事務所だよ」
「えっ?」
「ほら、前に渋谷で声かけてきた」
「あの関西弁のお姉さん?」
「うん・・知らなかったの?」
「うん、って普通知らないよ、事務所とかって」
「そんなものなのかな」
「ごっちん、詳しいんだね、意外」
「あー、中学くらいまでは、アイドルとかもいいかなって」
「へー」
少し驚いた。根っからのロック少女だと思っていたから。

「とにかく歌いたくてさ、音楽教室通ったりとかさ・・
 まあ、バンド始めてからは、こっちの方があってるなってね、
 でも、教室の仲間とか、アイドルのオーディションとか受けてたから、
 詳しいって言えば、詳しいのかな、そっち方面もね」
「そーなんだー」
「うん、ほら、渋谷とかでさ、色々スカウトされたりするでしょ、モデルとか」
「うん」
「中にはさ、結構危ないのとかあったりさ、変な雑誌とか、お金取られたりさ」
「そーなの?」
「うん、そーゆーのの方が多いのかな・・でも、あそこなら大丈夫だからさ」
「あっ、それで・・」
「ちゃんと持ってるように言ったよね、あの名刺・・って、捨ててないよね」
「・・・一応ね」
62 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 13:38
「あそこの人がさ、あんなふうに誘うんだもの、いけるんじゃないの・・アイドル」
「そんなことないよ・・ほら、あーゆーのってたくさん声かけるんでしょ」
「かもしれないけど」
「まっ、でも光栄かな。ナッチと同じ事務所の人に声かけてもらうなんてね」
「チャンスだと思うんだけどな・・嫌いならいいけど、なりたかったならさ」
「子供の頃のことだよ・・今は思ってないもの」
「そーなの?」
「うん・・・私は普通だからさ」

子供の時に、一度捨ててしまった夢を、もう一度見直すには、
私はちょっと大人になりすぎたと思う。
このテレビの中にいる人たちはみんな、すごく強い意志を持って、
それだけを夢見て、それなりの努力をしてきたのだと思う。
私のはただの子供の夢で、
ごっちんのように音楽学校に通ったりとかしてこなかったわけだから・・


「あっ、今度さ、オーディション受けるんだよね」
「えっ?」
「レコード会社の、ちょっと大きい所」
「そーなんだ、すごいね・・本当にプロになっちゃうんだね」
「まあ、そんなに簡単には合格しないだろうけど、受けるだけは自由だからさ、
 もちろん、受かるまで受け続けるつもりだけどね」
「そっか・・・頑張ってよね」
「うん」

テレビの中の人に・・・やっぱり、ごっちんは、なっちゃうんだよね。
63 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 14:00

パパの遅めの夏休みに合わせた、久々の家族旅行から帰ると、
長かった夏休みも、残りわずか一週間ほどになっていた。

遅くまでテレビを見て、やっと浴びたシャワーの後に、髪を乾かしていると、
携帯が鳴り始めた。
非通知の着信に、戸惑いながら出てみると、
返ってきたのは、よく知った声だった。
その声が、珍しく早口で、
「今、ちょっと外に出れるかな」と用を急ぐ。

「どーしたの・・こんな遅くに」
「あ、うん、今、家の前にいるんだけど」
「ウチの?」
「うん」
いくら彼女でも、こんなに遅い時間は初めてで、
それに、何か焦ってる様子で・・・
「ちょっと待っててね」

私は、急いでパジャマからありあわせの物に着替える。
もうすっかり灯りを落として、戸締りのされた玄関を出ると、
門に隠れるように、ごっちんは立っていた。

「どーしたの・・何かあった?」
「うん・・・あのね、アタシ、この町を出ることにした」
「えっ?」
「東京に行く」
「行くって・・」
「うん、本格的にバンドやるから」
「って・・・」
「学校も辞めて、向こうで暮らす」
「暮らすって・・・引っ越すの?」
「うん・・・で、しばらく会えなくなるから」
「・・・・」
「忙しくなるし」
「・・・・・・よくわかんないけど」
「じゃ、急ぐから」
64 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 14:13
「って、連絡してくれるんでしょ・・東京なら、私、行くし」
「あ、うん・・じゃ、車、待たせてあるから」
ごっちんが、目をやったほうを辿ると、路地の向こうに、大きなワンボックスが、
ライトを点けたまま止められていた。

それに向かって急ぐ足を少し追うと、
急に立ち止まった彼女は、さっと振り返って、
大きく一つ息をすると、
「もう、ここには戻らない。そう決めてる」
「・・・・」
「だから」
ごっちんは、その大きな目で、私を射抜くようにして、
「梨華ちゃんも・・来て」
「えっ?」
「向こうの世界に・・・待ってるから」
「って、どこ・・・」
その後の問いかけには、答えてくれないまま、彼女は小走りで車に行くと、
もう、こちらに向きかえることもなく、その助手席に乗り込む。

慌てて、その後を追った私を、夜中の道に残して、
大きな車は、走り去った。

ごっちん、どーしたの急に・・私、わけわかんないよ・・

それでもその時は、
明日にでもメールで、ゆっくりと詳しい事情をきけばいいと・・思っていた。
65 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 14:30
けれど、翌日、いくらメールを送っても、電話をかけてみても、
彼女につながることはなかった。
三日目になって、やっと事態を理解した私は、日が暮れるのを待って、
一度だけ行った事のある彼女の家を訪ねた。

前の時と同じように、裏の階段を上がって、呼び出しのチャイムを鳴らしてみる。
半分、予想していたことだけれど、そこでは応答はなかった。
下に戻って、恐る恐る営業中になっているお店の戸を開ける。
そこは、やっぱり小料理屋さんで、カウンター席に何人かの人が座っていた。
その中の人が、入り口を覗く私を見つけて、
「いらっしゃい・・・・」
と、いぶかしげに語尾を濁す。

その人の顔に、尋ね人の面影を見つけた私は、意を決して、中に入る。
笑顔に戻ったその人は、
「誰かのお迎えかな?」
と、小さな子供に言うように、小首をかしげる。
「あっ、いえ・・・あの、後藤さん、真希さん・・」
「・・もしかして、真希のお友達?」
「はい・・いらっしゃいますか?」
それには答えず、目の前の客に、「ちょっと、ごめんなさいね」と会釈して、
カウンターを出て、私の背中を抱えるようにして、
店の奥につづく暖簾をくぐらせる。
66 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 14:49
「あなた、学校のお友達?」
「ええ、まあ」
「そー」
「あのー、連絡とれなくて、携帯つながらなくて・・」
「そうよね、洗濯しちゃったものね」
「えっ?」

「あの子、ここにいないわよ」
「あっ、それは・・」
「知ってるの?何か」
「引っ越すみたいなこと言ってましたから」
「引越しねー・・・家出しちゃったのよ」
「家出?」
「そー家出・・・三日前から帰って来ないの。荷物もだいぶなくなってるし」
私は、あの大きい車を思い出していた。

「別にねー、あの子が音楽やることにね、反対してたわけじゃないのにね。
 知ってるでしょ、バンドやってること」
「はい」
「まあ、確かにね、少し言ったわよ・・もっとお母さんにもわかるのやりなさいとかね、
 高校くらいはちゃんと行きなさいとかわね・・
 でも、そんなの親ならさ、当たり前のことでしょ」
「ええ」
「別にここにいてもね、今までそれでやってきたんだから」
「・・・・」
「それを、何を考えてるんだか・・・携帯だって、音楽学校通うのに、遅くなると危ないから、
 アタシが買って持たせ始めたものなのにね。
 変な連中とフラフラ出歩いてても、連絡だけはしなさいってさ、お金払ってやってたのに・・
 それを、洗濯機の中に放り込んであるんだもの・・回しちゃったわよ。
 おかげで、友達の一人もわかりゃしない。
 知らないのよね、あの子の友達・・誰も紹介とかしてくれないし・・」

67 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 15:00
「あなたは、他に心当たりとかあるの?あの子のバンド仲間とか」
「あ、いえ」
一つあった。でも、それは言わない方がいいと思った。

「そー、でも、もし、あなたの所に何か連絡あったら、
 小母さんにも教えてほしいの・・・ね、ここに」
小母さんは、割烹着のポケットから、店のマッチを一つ、私の手に握らせた。
「怒ってないからって」
「あっ、はい」
「本当にバカな子なんだから・・・本当に怒ってないのに」
「・・・」
「あなた・・まだ、名前聞いてなかったわよね」
「石川です。石川梨華といいます」
「石川さん・・・」
「はい、あの・・真希さんから連絡ありましたら・・」
「まあ、そんなことないと思うけど、もしあったら、あなたのこと伝えるから」
「お願いします」
私は、お店を出る前に、小母さんに・・ごっちんのお母さんに、もう一度大きく頭を下げた。
68 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 15:23
次の日を待って、私はあのライブハウスに来ていた。
そこが何時から開いているのか、わからなかったけれど、
出来たら、お客さんが来る前に、マスターに会いたかったから、四時過ぎには店の前に着いていた。
案の定、お店はまだ開いてなかったけれど、入り口に立っていると、
しばらくして、大きな荷物を抱えた人が降りてきた。

「あれ・・・梨華ちゃん・・だよね・・どーした?」
「あっ、あの、ごっちん・・・」
「うん・・ちょっと、これ持っててね」
マスターは、荷物を一つ、私に抱えさせて、店の鍵を回した。

荷物を抱えたまま、先を行くマスターにつづいて、前日のお酒とタバコの匂いが残る店の中に入る。
「ありがとう、そこにおいて」
と示されたカウンターに、荷物を下ろすと、
「まあ、座っててよ」
と荷物の整理をするマスターに諭されるように言われる。

一段落ついたマスターは、二つコーヒーをいれて、私の前に一つ置く。
「ごっちんのことだよね」
「はい、連絡取れなくなっちゃって」
「おウチの方も?」
「ええ、家出しちゃったみたいで」
「そっか、ここもね、来てないんだよね、今」
「えっ?」
「あのバンド解散しちゃってね」
「って・・・バンドを本格的にやるからって、だから東京に行くって」
「あー、うん・・オーディション・・受けてたのは知ってるよね」
「はい、今度受けるって」
「うん、大手のレコード会社のさ・・で、受かったんだよ」
「えっ、そーなんですか」
「うん」
「って・・さっき、バンド解散って」
「あ・・・バンドでね、受けたんだけどさ・・受かったのは、あの子とベースだけで」
「あっ・・」



69 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 15:38
「だから・・梨華ちゃんもわかるよね・・バンドは解散・・色々もめたみたいでさ」
「そーだったんですか」
「うん、それ以来、バンド連中も、ウチのスタッフもその二人とは連絡つかなくなっちゃって」
「そーなんですか」
「まっ、でもチャンスだからね。新しくオーディション通ったメンバーでバンドを組むらしくてさ」

そーなんだ・・・ごっちん、本当にプロになるんだ。

「でも、水臭いよね、梨華ちゃんも連絡つかないなんて。
 僕だって本当の娘みたいに思ってたのに・・」
「あっ、でもきっと、落ち着いたら・・連絡してくると思います・・ここにも」
「だと思いたいけどね」

「忙しい時間にすいませんでした」
と店を出る私を、
「ごっちんがいなくてもさ、いつでも遊びに来てよね・・待っているから」
マスターは、そんなことを言って、見送ってくれた。

そーか、オーディション、受かったんだ・・
バンドの他のメンバーは気の毒だと思うけど、彼女にとっては、やっぱり大きなチャンスだと思う。
それで、学校も辞めて、家も町も出て、この東京のどこかで・・

人ごみをあの小さな町に帰る道を辿りながら、
私は、彼女の明るい未来を素直に祝福しようと、自分に言い聞かせていた。

たとえ、そのために置き去りにされたものの中に、自分が入っていたとしても・・
70 名前:16歳 投稿日:2006/02/03(金) 15:43
電車の窓から眺める、夜に向かう景色は、
都会から離れて、だんだん淋しいものになっていく。

灯り始めた人家の灯りのその一つ一つに、
それぞれ別の生活があって、
私もきっとその中の一つにいて・・
それは、これから、彼女に当たるであろうスポットライトの明るさとは、
比べ物にならないくらい小さくて・・・

知らない間に、涙が頬を伝っていた。
71 名前:トーマ 投稿日:2006/02/03(金) 15:44
本日は、ここまでにします。
72 名前:トーマ 投稿日:2006/02/03(金) 15:50
>>51 Liar様 ありがとうございます。早速、更新が滞ってしまって・・

>>52 名無し飼育様 ありがとうございます。とりあえず、少し展開したのかな、
       年齢をサブタイトルにしてしまったのに、なかなか16歳が終わりません。
       (後藤さんは、まだ15だし・・)
73 名前:Liar 投稿日:2006/02/03(金) 15:51
少しずつ、始まっていきますね。
2人はどうなっていくのでしょうか…。
いつも、たのしみにしてます!
頑張ってください!
74 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/08(水) 13:07
Mが脳内ぐるぐる。懐かしい曲です。
続き、楽しみにしています。
75 名前:16歳 投稿日:2006/02/09(木) 09:47
やっぱり何の連絡もないまま、二学期が始まった。
念のために訪れてみた一年生の教室で、
彼女が正式に学校を辞めたという事実を聞かされた。

帰り道、まだまだきつい夏の日差しを避けて、アーケードを選んで歩いていた私は、
気がつくとあのCDショップの前に差し掛かっていた。
そこから流れ出るメロディに誘われるように、中に入って、
あのジャズのコーナーを覗いてみたけれど、
もちろんそこには、彼女はいなくて、
ハードロックのコーナーで、いくつかのCDを手にとってみたりした。

いつかきっとこの中に、彼女の姿を見つける日が来るのだろう。

ポップスの方にまわると、なっちの新曲のポスターが貼られていた。
あっこれ・・この間テレビで歌っていた・・
あの番組を一緒に見たのは、まだほんの一月前のことなのに、
何かずいぶんと昔のような気がする。
そういえば、彼女と出会ってからも、まだ数ヶ月。
色々と印象的なことばかりだったから、すごく長く感じていたけれど・・

彼女は、またふらりと私の前に現れたりするのだろうか・・
それとも、この小さな町で、平凡に暮らす私とは、
もう交わることのない道を、彼女は歩き始めてしまったのだろうか・・

「ソウルメイト」なんて言ってたれど

76 名前:16歳 投稿日:2006/02/09(木) 10:03
一駅だけの電車に揺られて、我が家へとつづくゆるい坂道を登る。

うちに帰れば、ママがお帰りと迎えてくれて、
明日になれば、またこの坂を下りて、学校へと向かう。
退屈な授業を受けて、友達とくだらないおしゃべりをして、
そんななんでもない日々が、繰り返す。

この先の道を、彼女は走り去って行った。
暗い夜の道を、あの大きな光の中へ向かって、
振り向きもせず・・

でも、最後に言葉を残して。
そう、彼女は言葉を残していった。
待っていると・・
こんな私に、「向こうの世界で待っている」と・・

彼女がいなくなって、連絡が取れないことに気付いて、
私は、私の知っている彼女につながる道を探して歩いた。
彼女の家とあのライブハウスと。
でも、道はたぶんもう一つあって、
私が敢て知らないふりをしていたそこに行く手段を、
彼女は、繰り返し教えてくれてもいた。

そうだよね、ごっちん・・

無駄かもしれないけど、無理かもしれないけど、
やっぱり、それを辿ってみるべきなんだよね。
ね、待っているって、そういう意味なんだよね。
ね、待っていてくれているんだよね。

77 名前:16歳 投稿日:2006/02/09(木) 10:07
私は、部屋に帰るなり、制服を着替えることもしないまま、
財布にしまわれていたあの名刺を取り出してみる。

そこに手書きされている番号を、
一つ一つ確認しながら、

押した。

78 名前:・・ 投稿日:2006/02/09(木) 10:33
  

船には、120人の定員に対して、30人も乗っているだろうか。
一度、船室の一番後ろの席に腰を落ち着けてから、
海の風にあたるために、デッキに出てみる。

南の海は、明るいエメラルドグリーンに輝いていて、
その穏やかに広がる中を、
この船が作る波だけが白い。
進む先にに目を凝らせば、水平線の上に、目的の島を見つけることが出来た。
それはやっぱり、以前、パンフレットの中で見た覚えのある形をしていた。

「あのー、もしかしたら、石川、石川梨華さんですよね」
不意にかけられた声に振り向くと、
私と同年輩くらいの女の人が、連れの男性を隠すように、こちらに近づいてきていた。

「あっ・・はい」
一瞬迷ったけれど、否定することはしなかった。

「あー、やっぱり・・もしかして撮影か何か?」
「あ、いえ」
「じゃあプライベートで?」
「ええ」
「そーなんですか・・あの、握手お願いしていいですか?」
「はい」
と手を差し伸べると、両手で返して、ほら、あなたもと、後ろの男性を誘う。

オズオズと前に押し出されたその人の、遠慮がちに出された手を握ると、
少し震えているのがわかる。
その様子を面白がっているような、女の人は、
「この人、前からあなたの大ファンなんですよ。
 ね、何か話しなさいよ、せっかくのチャンスなんだからさー」
と、男の人の背中を叩く。
79 名前:・・ 投稿日:2006/02/09(木) 10:57
「あ・・・デビューの時から応援してました」
「あっ、ありがとうございます」
「・・・・・・」
「もー、それだけなのー、
 この人、待合室であなた見つけて、ずっとソワソワしてて、
 きっとそーだって・・私が、声かればイイじゃないって言っても、
 モジモジしてるばかりで、ホント、度胸なくて」

いつから見られていたのだろう。
いつもなら、敏感になっているはずのそんな視線に、
私は全く気付いていなかった。

「コンサート行ったんですよ。私も付いてって・・ 
 ラストのアリーナ・・良かったですよね、アレ」
「あっ、どーもありがとうございました」
「もう歌わないんですか?」
「・・・それは・・」
「あー別に・・いえ、テレビ見てます。この前のドラマも良かったですよね」
「あっ、どーも・・・・で、そのー」
「ええ、わかってます。プライベートですものね。騒いだりしません」
「すいません」
この長閑な地方での、私の知名度などたかが知れているのだろうけれど、
この旅の目的を考えれば、なるべくひっそりとしていたかった。

「でも、プライベートであの島って・・長くいるんですか?」
「いえ・・あの・・」
「あっ、別に詮索するつもりはないんですけど・・
 もし良かったら、私達、あそこでダイバーのスクールとか、宿とかやってて、
 本当、良かったら、てか、是非、寄って下さいよ。
 小さな島ですけど、色々案内できると思うし・・」
「はー」
「今なら、まだシーズン前でヒマしてるし・・
 そーだ、いっそウチに泊まりません?しばらく予約入ってないし、
 ね、ホテルとかキャンセルしちゃって」
「あっ、それは・・」
80 名前:・・ 投稿日:2006/02/09(木) 11:26
「オイ、おまえ、失礼だろ。石川さんにだって、色々都合があるんだから」
だんだん遠慮がなくなってくるそんな誘いに、少し困っていると、
それまで黙っていた男の人が、女の人を制するように言って、
でも、もし何か役に立てるならと、
小さなリーフレットを差し出して、
「じゃ、本当に失礼しました」
と、小さく頭を下げると、まだ何か話そうとしている女の人を引きずるように、
船室の中に戻って行った。

手に残された明るい色のリーフレットに目を落としてみる。
そういえば、宿の予約など、思いつきもしなかった。

あの手紙を受け取って、
一晩迷って、
航空機の手配だけをして、こうしてここまでやってきてしまった。
幸い今は、以前のような過密なスケジュールではなかったから、
事務所にも、当面の予定を確認しただけで、
この旅行に出ることさえ、告げてはいない。

島影は、だんだん大きなものになってゆく。
この南の果てに、
あの手紙に書かれていたように、本当にその人はいるのだろうか・・

会いたかった。

だから、こうして船に揺られている。

でも、あの手紙は、単なる間違いかもしれないし、
悪質なの悪戯なのかも知れない。
だとしたら、この長旅は、ただの徒労に終わるけれど、
それならば、それで構わないと思った。
いや、むしろそうであって欲しかった。
あの手紙に書かれてあったことなど、出来たら嘘であって欲しい・・

早い夏の日差しに、キラキラとゆれる海面を見ながら、
私の気持ちもまた、小さく揺れ動いていた。



81 名前:16歳 投稿日:2006/02/09(木) 11:52

「はいー、中澤ですー、どちらさんですかあー」
電話の相手は、ゆっくりと返事をした。

「あっ、あの・・・覚えてないと思うんですけど・・
 あの、前に、五月の半ばくらいに・・あの、渋谷で、駅のそばで・・
 名刺頂いて、この番号書いてもらって・・」

「あ・・」少し考えているふうだったけれど、
「いや、忘れてへんよー、あの目の離れてる子と、色の黒い子やろ?
 な、そーやろ?」
かなり失礼な言い方だったけれど、
意外なことに、その人は、私達の事をちゃんと覚えていた。

「あっ、その黒い方なんですけど・・」
「おー、そやそや、こんな声しとったわ、うんうん。
 って、電話くれたってことは、その気になったってことやね。うん、よかった、よかった」
「・・・・って、まだよくわからないんですけど」
「えっ、ちがうんか?」
「正直、どーすればいいのかわかんなくて、だから、詳しい話を聞いてみようかなって」
「あっ、それはそーやね・・まっ、とにかく会おう、な、うん。
 で、アンタ、どこに住んでるの?」
私が最寄の駅名を告げると、
「少し遠いなぁ・・・今日は出てこれんよね」
「はい」
「でも、気が変わってもらっても困るし・・うん、ちょっと待ってな・・
 アタシもこれで結構忙しいんやけど・・・早く会いたいしな・・・
 どやろ、今度の週末、土曜、こっちに出てこれるかな」
「今度の土曜日ですか?」
「そや、善は急げってゆーからな」
「・・・はい、大丈夫だと思いますけど」
「よし、決まりや、ならなー・・」
と、待ち合わせの時間と場所を指定された。
82 名前:16歳 投稿日:2006/02/09(木) 12:05
少し早めに着いたそのカフェで、ジュースを頼んで座っていると、
約束の時間ちょうどに、覚えのある金髪の人が、バタバタと入ってきた。

その人は、きょろきょろと店の中を見回して、隅に座る私を見つけると、
ニカリと笑って、足早に近づいてきて、
「一人?」
開口一番、そう尋ねた。

私は、それまで上気していた顔から、一気に血が引くのを感じた。
私じゃなかったんだ。
この人の目当ては、やっぱりごっちんで・・

勘違いにも程がある。
そーだよね、ごっちんのついでに、一緒にいた私にも名刺を渡しただけだったんだ。
それなのに、何で調子に乗って電話なんてしちゃったんだろう・・
83 名前:16歳 投稿日:2006/02/09(木) 12:35
「ごめんなさい」
「は?何謝ってんの?って、一人できたん?」
「はい、すいません・・・私じゃないんですよね」
「何が?」
「だから、スカウト・・・もう一人の子の方だったんですよね」
「は?アンタにも名刺・・渡したよね」
「ええ、いただきましたけど・・」

「あっ、ごめんごめん。アタシが一人って聞いたせいか。
 うん、まっ、てっきり二人とも来てくれるもんやと思ってたんはそーなんやけどな。
 あー、もちろん、アンタだけでもいいんよ、うん。 
 ただな、あん時、アンタら二人見てな、なんやすごく絵になっててな、
 絵になる組み合わせやなって思ってな、
 ちょうど、今度はアイドルユニットを売り出そーって話があってな・・」
「なら、やっぱり・・」

「いや、アンタ一人でも充分なんよ。ホンマ。
 うん、あのなー、アタシ、スカウトとちがうんよ」
「は?」
「てか、ウチの会社は、基本的にスカウトとかしてなくてな、
 オーディションとか、スクールとかな、そーゆーので、新人は採るようにしててな」
「じゃ、あのー」
「うん、アタシはマネージャーやってんの。
 アンタも知ってるやろ・・安倍なつみ」
「ええ、もちろん」
「今はあの子に付いててな、あの子のマネージャーなんやけど、
 週末はライブやから、それはまた別に担当がおって、
 そーゆー時は、もっぱら営業みたいなことしててな、
 あの日もな、ホレ、あそこのラジオ局、そこに打ち合わせに行った帰りでな、
 で、アンタら見つけたってわけや」
「はー」

「これは、いっちょ声かけなーって思ってな、
 スカウトみたいなことしてしまったわけやけどな。
 ホレ、あんなトコにおったら、アッチコッチから声かけられるやろ」
「ええ、まあ」
「やろ。他の事務所に持ってかれたら、一生後悔すると思ってな」
 
 
 
84 名前:16歳 投稿日:2006/02/09(木) 13:21
「そーだったんですか・・・でも、何で私なんか・・」
「は?アンタ、自分で思わへん?」
「何をですか?」
「生まれながらのアイドルやなーって」
「・・・・そんなこと・・って、私、そのー、歌とか全然やったことなくて・・」
「そんなん関係ないやろ。あっ、もちろんこれからレッスンしてもらうけど・・
 そーゆーんやないんよ・・なんつーのかな・・華?そーゆーのを持ってると思うんやけどな。
 あんなごちゃごゃしてる街中でも、ぱっと目を引いてたもんなぁ」

「でも、あの、それ、私一人ででもですか?」
「うん。今、こーしててもな。
 まっ、もう一人の子もビンビンにオーラあったけどな・・
 あの子は、興味ないんかな・・芸能界とか」
「あっ、ごっちん・・彼女は、バンドやってて、で、オーディション受かって」
「えっ?そーなん?どこ?」
「A社だって聞いてますけど」
「そーかー・・もってかれたってことやね。
 まっ、残念やけど、バンドやるんなら、ウチじゃ畑違いやからなー」

「でも、アンタはウチに来てくれるんやろ」
「って、本当にいいんでしょうか・・私なんか」
「ずいぶんとネガティブな子やなー・・興味はあるんやろ?」
「ええ」
「やってみたいという気も・・あるよな」
「それは・・・あります」

「なら、そんでOKや・・・あっ、言っておいたアレ、持ってきてる?」
一応書いてきてくれと言われていた履歴書を渡すと、
中澤さんは、さっと眺めて、
「高ニ・・一月生まれか・・・なら、ホンマ早くした方がええな・・
 よし、取り合えず、行こか」
と、置かれたばかりのアイスコーヒーを一息に飲みほすと、
伝票を持ってさっさと立ち上がる。
85 名前:16歳 投稿日:2006/02/09(木) 13:53
五分も歩かずに着いた目的の場所は、五階建てほどのビルだった。
なっつあんのお陰で建ったよーなもんやな、と言って案内された真新しいそこには、
事務所と、芸能スクールが併設されていた。

何人かの机に向かっている人にいるオフィスの奥にある
社長室と書かれた部屋に通される。

「社長ー、エエ子見つけてきましたー」
そんな中澤さんの大声に、机の上の書類に目を落としていた初老の人が、
顔を上げて、無言のまま立ち上がると、
入り口で小さくなっている私のそばまで来て、
頭の先からつま先まで、それこそ嘗め回すように、視線を這わせる。
あまりいい気分はしなかったけれど、
しばらくそうした後に、
ぽんと一つ私の肩を叩いて、
「すぐに契約するか」と言って、崩した顔は、優しげだった。

「そーこなくっちゃ・・・って、アンタ、オヤゴサンには・・」
「あっ、それはまだ・・・あの、今日は話を聞くだけのつもりだったんで」
「あっ、そやったな・・うん、まっ、そこはそれ、アタシがなんとでもするし・・
 って、社長、この子、アタシに任せてもらえますよね」
「もちろん、かまわんよ。例の件なんだろう?」
「はい、そのつもりです」
「うん、それなら、スタッフの人選も済んでいるから、この子で進めてもらってかまわん。
 あっ、君、名前は?」
「石川・・・石川梨華といいます。果物の梨に中華の華・・」

社長さんは、指で宙に私の言った字をなぞって、
「うん、イイ名前だ。そのままいけるな。
 じゃ、後はこの中澤君の言うことをよく聞いて・・期待してるから」
「はい、よろしくお願いします」
社長さんの強い口調に、つい頭を下げてしまったけれど、
もしかして、私、今・・・決めちゃったんだよね・・・

86 名前:16歳 投稿日:2006/02/09(木) 14:12
その後、小さな会議室で、何枚かの書類を渡されて、
何人かの人に紹介されて、
翌日には、ウチに挨拶に来るという中澤さんに、
駅からの地図を描いて渡した。

家に帰ると、
もちろんアタシが説得するけど、急に知らん人から話を聞かされるよりもと、
言われた通りの段取りで、
パパとママに事務所の会社案内とスクールの入学案内書を見せて、
渋谷でスカウトされたこと、今日説明されたことを一気に話す。

「どーしたの梨華・・急に・・危なかったりしないの?
 芸能界って、きっと厳しい世界よ・・アンタ大丈夫なの?」
「とにかくやってみたいの。子供の時の夢だったの。
 どこまでやれるかわからないけど、試してみたいの」
「そー言うば、小さい時はそんなこと言ってたわよね・・
 でもねー、大変よー、学校は、学校はどうする気なの?スクール通うのだって遠いし・・」

と、早口で色々言ってくるママの隣で、パパはただ黙って・・怒っているようだった。
私は、まともにその顔を見ることが出来なくて、
とにかく明日、事務所の人が来るの。あの安倍なつみさんのマネージャーやってる人なの。
だから、失礼のないように話を聞いて欲しいの。
それだけ言って、自分の部屋に逃げ込んだ。
87 名前:16歳 投稿日:2006/02/09(木) 14:37
中澤さんは、
アタシは、たぶんいっぱしの詐欺師にかてなれるで、なんて冗談を言っていた通り、
本当に話の上手い人だった。
二時間あまり、ほとんど一人でまくし立てて、
帰りには、しっかりと契約書にパパのサインをもらっていた。

彼女が帰って、嵐が去った我が家は、しばらく皆、ぼーっとしていたけれど、
時間が経つにつれて、
中澤さんの言葉だけで、もうすっかり娘がスターになると確信してしまったらしいママと、
元来、自分の娘が世界中で一番可愛いと信じていたパパは、
妙にハイテンションになってしまって、
「そんなに甘くないんだからね。これからが大変なんだから。
 デビューだって、いつになるかわからないし、デビューしたからって売れるとは限らないし」
なんて、逆に私が宥める始末だった。


渡された当面のスケジュールをベッドでながめる。
このたった二日間で、私のこれからの運命は、たぶん大きく変わってしまった。

こんな性急に話が進むとは思ってなかった。
一応、話だけ聞いてみようと出かけた。
具体的な話は、まだ先のことだと思っていた。
私の知らないその世界が、どんなものか、ちょっと見てみようと思っていた。

けれど、一歩踏み込んでみたその世界は、
私のそんな漠然とした思いでは、
想像もつかない速さでで動いているトコロのようだった。
88 名前:トーマ 投稿日:2006/02/09(木) 14:43
本日は、ここまでにします。

>>73 Liar様 ありがとうございます。
       リアル世界の後藤さんが心配ですが、ここでは淡々と行きたいと思います。

>>74 名無し飼育様 ありがとうございます。
       かなり古い歌ですが、案外、後藤さんに似合うのではと思いまして・・
89 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/09(木) 16:31
更新ありがとうございます。
うまく言えないけど、ドキドキして一気に読んでしまいました。
これからも楽しみにしています。
90 名前:Liar 投稿日:2006/02/09(木) 16:32
まってました!
いよいよ石川さんが…!
楽しみにしてますよ!
91 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/10(金) 23:59
ど、どうなるんですか?
気になる!!
92 名前:16歳 投稿日:2006/02/16(木) 11:43

レッスンは、早速次の週から始められることになった。
予約が必要な個人レッスンのボイストレーニングは別にして、
毎日午後から受けられるというダンスレッスンには、
最低でも、ウィークディの夕方二時間を二回、土曜日は基本的に終日、というのが
中澤さんからの指示だった。

レッスン初日、午前中で学校を早退して、
まず顔を出すようにと言いつけられていた事務所の入り口で名前を告げると、
応対に出てきた小柄な女の人が、
「聞いてる、聞いてる、石川さんだよね」
と、そのまま更衣室に案内してくれた。
コレあなたのと、真新しいロッカーのキーが渡されて、すぐに準備するように促される。
私がモゾモゾと着替えをするその脇で、そこの使用上の注意が簡単に説明される。

つづけて連れて行かれたダンススタジオは、レッスンの真っ最中で、
何十人もの女の子達が、流される音楽に合わせて体を動かしていたけれど、
小柄な人は、その少女達の間を器用にすり抜けて、
鏡の前でカウントを取っている人に近づいて、その耳元で何かを言う。
耳打ちされたその人は、入り口で立ったままの私の方を一瞥すると、大きく手を上げる。
それを合図に音楽が止んで、それぞれのポーズで体を休める少女達の間を、
その人は、大またで私の前にやってくると、
挨拶をしようとする私を制するように、
「初めて?」と短く尋ねる。
「はい、まるっきり・・」
「そー、じゃあね」と鏡の前に立っている他の二人の内の一人を手で招いて、
「この子お願い」そう言うか言わないかのうちに、
すぐに音を出すように合図をして、
大きな声でカウントを取りながら、鏡の前に戻る。

その忙しなさに圧倒されながらも、
何とか新しく目の前に立った人に、慌ててお願いしますと頭を下げる。
「はい、よろしくな」と、少し関西なまりの返事を返した人に、
「アッちゃんが係かぁ、じゃあ後はよろしくね」
なんて言って、案内してくれた人が立ち去るのを、少し追って礼を告げていると、
「ほら、すぐに始めるよー」
と、やっぱり忙しない。
93 名前:16歳 投稿日:2006/02/16(木) 11:49
「あの子たち見て、マネでいいから、少し動いて見て」
なんて言われて、見よう見まねで、手足を動かしてみたけれど、
「やっぱり、基礎の基礎からやね」
と、すぐに止められる。

基本だからといくつかのステップを踏んでみせてくれながら、
「はよ、みんなに追いつかんとな」
なんて言われたけれど、
結局、基本ステップの一つもままならないまま、
「まあ、ボチボチやりましょ」
と、少し呆れたように言われて、

その日のレッスンは終わった。
94 名前:16歳 投稿日:2006/02/16(木) 12:00
ざっと眺めただけだけれど、他のレッスン生は、たぶん中学生ぐらいの子が多くて、
中には、明らかに小学生らしき子もいるのに、
私から見れば、みんなそれなりにちゃんと踊れていた。
洗面所の鏡に顔を映しながら、私は知らずにため息をついてしまう。
彼女達に追いつくことなんてできるのだろうか・・

そんな不安を消そうと、勢い良く水を出して、もう一度バシャバシャと顔を洗う。
少しだけ晴れた気分で、肩のタオルで顔を拭うと、
不意に鏡の中で鋭い視線とぶつかる。
振り向くと、
同じ歳くらいのキレイな顔立ちの子が、腕組みをして私の少し後ろに立っていた。
95 名前:16歳 投稿日:2006/02/16(木) 12:22
「ねー・・・アンタ・・何様?」

「えっ?」
突然のそんな問いかけに、意味がつかめないまま、
「あっ、あの、今日からレッスン受けることになった・・石川・・」
そう言いかけると、すぐに言葉がかぶせられる。
「あのね、名前とかじゃなくて、アンタいったい何様なわけ?」
「あのー、どーゆー・・」
やっぱり意味がわからない。

その人は、呆れたように、ふーと一つ息を吐いて、
「ずいぶんとさ、特別扱いじゃない・・
 稲葉さんの個人レッスンとか・・ありえないでしょ」
「あ、あの、私、初めてで・・ダンスとか・・」
「そんなのみりゃわかるわよ。ずぶの素人だよね。だからってねー」

そう言って、私を刺すその視線を、
「まあ、まあ」と、いつからそこにいたのか、別の人がさえぎるように間に入って、
「ほら、この子、昨日、中澤さんが言ってた・・」
「そんなのもわかってるつーの」
「ならさ」
「だけどさー、何がどんだけ特別なんだよって、話だよ」
「うん、でも、そー言ってたじゃない・・・ね、あなた、石川さんだっけ?」
96 名前:16歳 投稿日:2006/02/16(木) 12:42
まだ何か言いたげな人の肩を軽く押さえるようにしながら、
こちらに向けられた笑顔に、
「はい、石川梨華といいます。よろしくお願いします」
と、助けを求めるように、早口で返すと、
「うん、あっ、私は柴田、柴田あゆみ・・で、この子は・・」
「藤本美貴」鋭い目の人は、そう続けた。

「シバタさんに、フジモトさん・・」
「うん・・・えっと、あなた・・リカちゃんでいいのかな・・呼び方とか」
「はい」
「じゃ、梨華ちゃん、こっちこそよろしく。
 あっ、ミキティとは、たぶん同じ年だよね」
「あっ、そーなんですか?私、高ニで、まだ16なんですけど」
「やっぱ、そーだ、ね」
と、藤本さんに顔を向ける柴田さんに、
「だから、何だって言うのよ」
あくまでもそっけない藤本さんだったけれど、
「これからよろしくお願いします」と、もう一度頭を下げると、
「わかったから・・じゃ」
なんて、後ろ手だったけれど、小さく手を振って、洗面所を出て行った。

その後姿を見送りながら、ついため息を漏らしてしまった私を、
柴田さんは、可笑しそうに見て、肩をすくめながら、小さな声で、
「気にしなくていいから。あの子、あんなだけど、根はイイコだから。
 ちょっと口は悪いけどね・・あっ、目つきもソートーね」
と、クスリと笑う。
97 名前:16歳 投稿日:2006/02/16(木) 13:11

途中まで同じ電車だという柴田さんと、一緒に事務所を出る。
帰る道々、何もわからない私に、彼女は積極的に色々話してくれた。

レッスンは、スクール生と、オーディション組が混ざって受けているのだとかで、
「私とミキティは、この4月のオーディションからだから、
 スクールで長くやってる中学生なんかより、ずっとヘタクソなんだけどね、
 夏の安倍さんのツアーの時には、バックダンサーで出してもらったんだ」
「すごいですね、それ」
「すごくなんかないよ。ステージの端っこで、バタバタやってただけだもの。
 でも、スクール生は、いくら上手でも、内部オーディションで合格しない限り、
 それも出来ないらしいんだよね。厳しいんだよ、そーゆーとこ」

「あのさ、ミキティがさ」
「藤本さん?」
「うん、さっき突っかかってたじゃない」
「ええ・・私、何か気に障るよーなこと・・」
「わからない?」
「はい・・でも、個人レッスンがどーとか・・」
「うん、マンツーマンでのダンスレッスンとか、普通ないんだよね、私達」
「そーなんですか?」
「うん、ステージの振り付けとか、個別に指導されることはあっても、あーゆーのはね」
「あっ、でも、それ私が初心者で、何も出来ないから」
「そんなの最初はみんなそーだから。それでも、見様見真似で始めるの」
「そーなんですか・・じゃ何で私・・」
「うん、梨華ちゃんは、特別だから」
「特別?」
「うん、中澤さんがそー言ってた」
「中澤さん・・どんなふーに言ってたんですか?」
98 名前:16歳 投稿日:2006/02/16(木) 13:41
「うん、昨日ね、オーディション組・・去年の人も合わせて、今10人ちょっといるんだけど、
 集められてね・・新しい子が入るからって。
 今、ほら、オーディションやってないから、どーしてって感じでね・・
 そしたら、中澤さん、自慢げに、アタシが街でひろーたんやって」
「・・・なんか捨て犬みたいですね」
「うん、ミキティもそんなふーに突っ込んでた。捨て猫ですかって。
 あー、犬と猫のちがいかー、梨華ちゃんとミキティで・・うん、なんかソレ面白いねー」
柴田さんは、自分の言ったことに少しうけて、

「でね、そー言われた中澤さんが、
 うん、特上の猫二匹見つけてなー、まあ、一匹取り逃がしてしもーたんやけど、
 何とかもう一匹は捕まえることがやって」
「やっぱり、猫なワケですね」
「うん、まあ、話の流れだよ。でも、梨華ちゃん的には、犬の方が良かったのかな」
「そんなのどーでもいいですけど」
「あっ、別に悪口とかじゃなくてね・・
 やっと捕まえたから、大事にするって、たぶんメチャクチャ贔屓するから、
 アンタらも腹が立つかもしれんけど、逆にソレを励みにするよーにって、
 堂々とそんなこと言い切っちゃって」
「・・・・」
「だから、梨華ちゃんの特別扱いは、みんなわかってるんだけど、ミキティもね。
 でも、やっぱり、突っかかってみたくなっちゃったんだよね。
 あの子、気が強いし、それに次は自分だって自信持ってたみたいだから」
「次って」
「デビュー」
「あっ・・」
 
99 名前:16歳 投稿日:2006/02/16(木) 14:06
「あそこにいる子たちはさ、スクール生はもちろんだけど、
 私達みたいに一応オーディション通っていてもね、本当にデビューできるのは、
 その中のほんの一握りでね」
「そーなんですか」
「うん、だから、最初から、半分ソレが決まってるみたいなね、そーゆーのは、
 やっぱり、嫉妬とかされちゃうからさ」
「嫉妬ですか」
「うん、ジェラシー」

「でも、梨華ちゃん見て、納得しちゃったけどね、私は。
 こりゃ、中澤さんじゃなくても、拾いたくなるわってね」
「じゃ、柴田さんは・・しないんですか?そのー、嫉妬とか・・」
「ソレはもちろん・・するよ」
「するんだ」
「そんなのは当たり前だよ。私だって、コレでもデビューしたいんだからね」
「ですよね」
「あっ、今、ちょっとバカにしたでしょ」
「してません」
「本当?」
「本当です」

「まっ、いいけどね・・でもさ、そーゆーのと仲良くするのってのは、別のことでしょ」
「はい」
「何気に気が合いそーじゃない?私達」
「はい、私もそんな気がしてました」
「調子いいなー。梨華ちゃんってもしかして八方美人?」
「ちがいますよー、本当にそー思ったんですー」
「まっ、いいけどね・・これから一緒にレッスン受けるわけだからさ、仲良くやろ」
「はい」

私のその返事は、社交辞令ではなかった。
柴田さんの屈託の無いストレートな話し振りは、心地よかったし、
一つ年上だというその人は、その歳の差以上に、しっかりとしていて、
頼りになってくれそうだなと思った。
100 名前:16歳 投稿日:2006/02/16(木) 14:34
「そー言えば、中澤さんが逃げちゃったって言ってた、もう一匹って・・」
「友達です」
「その子はやらないの?芸能界に興味ないとか?」
「いえ、バンドやってて、ロックなんですけど、ボーカルやってて」
「へー、プロなの?」
「ええ、この前レコード会社のオーディション受かって」
「そっか、じゃ、畑は違うけど、ライバルってトコかな、梨華ちゃんの」
「いえ、そんなんじゃなくて・・私よりずっと先の方歩いてるから・・
 でも、その子が背中を押してくれて、やってみればって、きっとできるからって」
「そーなんだ、いい友達持ってるんだね」
「はい」


ここでと、途中の駅で降りた柴田さんを見送った一人の電車で、
私はやっぱり、ごっちんのことを思っていた。

ごっちん・・・
あなたは今、どこにいるの?
何をしてるの?

やっぱり、デビューに向けて、練習とかしているんだよね。
新しく組むってマスターが言っていたバンドは、もう決まったのかな・・
・・・・ご飯とか、ちゃんと食べているんだよね。
心配なんて・・・しなくていいんだよね。

あなたは、あなたの選んだ道を歩いているのだから。

ごっちん、私も歩き始めたよ。

私の道は、あなたとは違う道だけど、
それでも、同じ方向を向いているんだよね。
ね、あなたの言ってた向こうの世界に、通じているんだよね。
同じ光を目指しているんだよね。

だから・・・・

101 名前:トーマ 投稿日:2006/02/16(木) 14:48
短いですけど、今日はここまでにします。

>>89 名無し飼育様 ありがとうございます。
       モタモタした進行ですけれど、まったりと付き合って下さい。


>>90 Liar様 ありがとうございます。石川さんも、やっと歩きはじめました。
       キャラ的に、この設定の年の頃のちょっとネガティブ入ってる子なので(w)

>>91 名無し飼育様 ありがとうございます。
       ぐずり気味の展開具合ですが、何とか少しずつ・・まだ当分16歳ですけど・・
102 名前:トーマ 投稿日:2006/02/16(木) 15:01
誤植です。すいません。

>>9811行目   誤 何とかもう一匹は捕まえることがやって、
       
        正 何とかもう一匹は捕まえることが出来たんやって、
103 名前:Liar 投稿日:2006/02/16(木) 15:51
やった!更新されてる!
最近、いっつもここをのぞいてます。
楽しみです!後藤さんの登場が待ち遠しい・…。
104 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 09:25

何もかもが初めてのコトで、何一つとして満足に出来ない私は、
ただ先生方にしかられ続けるだけの日々だったけど、
次々と与えられる課題は、不安を感じているヒマをなくしてくれたし、
家に帰り着くのは、夜もだいぶ遅くなってからという肉体的なハードさも、
部活を辞めてからすっかり鈍りきっていた身体と心には、むしろ充実感さえ与えてくれた。

柴田さんが言っていたように、
他のレッスン生から、多少の悪意のある言葉や視線を投げかけられることも時にはあったけれど、
それでかえって負けず嫌いに火が点けられて、
結局、当初ママと相談して決めていた週三回の予定は、あっさりと覆されて、
私は毎日、レッスンに通うようになっていた。

午後になると決まって早退する私を不審がって、色々と尋ねてくるクラスメートに、
しばらくは曖昧な返事をしていたけれど、
あまりに心配する一人の友人に、ここだけの話と、
スカウトされたことなどは伏せて、芸能スクールに通い始めたのだけを話した。
半分予想できたことだったけど、
たった一人に告げただけのその事実は、
次の日には、色々と形を変えて、周囲のほとんどが噂をする種になっていた。
中には、今のうちにサインをちょうだいとか、応援してるからとかの
好意的なものもあるにはあったけれど、
やっぱり大半が、バカみたいとか、身の程知らずだとかの陰口だった。
けれど、
ちょっと前までなら、かなりへこんだであろうそんな状況も、
はっきりとした目標を手に入れた今の私には、
それはむしろ、厳しいレッスンに耐えるためのバネにさえなった。
105 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 09:49
そんな日々が半月ほど続いた日曜日、
普段より早めに出てくるようにと言われて、午前中に事務所に顔を出すと、
待ち構えていたかのような中澤さんに、そのまま車に乗せられる。

「どこに行くんですか?」
「うん、エエトコ連れてったるわ。で、どーや、頑張ってるみたいやけど」
あれ以来、挨拶程度に顔をあわせることはあったけれど、
何かと多忙なこの人と、ゆっくりと話をするのは久しぶりだった。

「はい、大変です。なかなか上手く出来なくて」
「うん、そら、まだまだやろーけどな。
 でも、なかなかスジがエエって、アッちゃんが褒めとったで」
声量が決定的に足らないらしい歌の方は、なかなか本格的なレッスンに入れないでいたけれど、
変なくせがついてない分、吸収が早いと、ダンスの稲葉先生には、最近褒めてもらうこともあった。

「それと、カメラの人もな、いい表情するよーになったってな」
ダンスや歌のレッスン以外にも、
カメラを回してのコメントの練習や、スチール写真の撮影のシュミレーションなんかも、
カリキュラムの中に組み込まれていた。

「まっ、苦手なコトはな、一生懸命やらなあかんのはもちろんやけどな、
 それ以上にな、得意なことを伸ばす方が大切やからな。
 どんな小さなことでも、コレなら他人には負けへんつーのを見つけてな、
 それを一つ一つ武器にしていったらいいんや」
「はい」
私が、強く返事をすると、
「相変わらずエエ返事やな。意外とアンタ、体育会系やね。
 まっ、もしかしたら、その素直な返事が、今のアンタの一番の武器なのかもな」
中澤さんはハンドルを回しながら、ニッコリと笑った。

「さ、着いたで」
連れて行かれたのは・・
「あっ、もしかして」
「そや、もーリハ始まってんのやないかなー」
安倍さんがコンサートをしている会場だった。
106 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 10:09
楽屋口から、客席にまわる。
小さなスポットだけが灯されたステージで、
Tシャツ姿の小さな人が、
インカムをつけたスタッフと何か打ち合わせをしているところだった。

フロアディレクターから「じゃ、MCの後から」と声がかかり、
聞き覚えのあるイントロが流れ出す。
それに合わせて振りを付け始めたステージ上の人は、
それまでの小さいという印象が嘘のように、その存在感を示し始めて、
歌いだすと、ますます大きく見え出した。

「イシカー、口あいてるでー」
続けられた数曲の間、たぶん私はそうしていたのだろう。
ただただ見入ってしまっていた。
「あっ、すいません」
「別に謝らんでもいいけどな。どや、生で見ると、リハでもなかなかの迫力やろ」
「はい」

リハーサルの終わりまで見させてもらって、楽屋に連れて行ってもらう。

「なっつあん、調子どー」
中澤さんが声をかけながら入ると、
置くの席に座っていた人が、くるりと椅子を回して、
手に持ったペットボトルを、オーとばかりに上げながら、
「絶好調だべさ」
と、満面の笑みで振り返る。
そして、中澤さんの背中に半分隠れるようにしている私を見つけて、
「お客さん?」
と小首をかしげる。
「いや、ウチの新人や。今日は勉強させよーと思ってな。
 ほれ、挨拶せんかい」
「あっ、はい」
私は半歩だけ前に出て、
「石川梨華といいます。今日は勉強させていただきます。よろしくお願いします」
早口で言いながら、頭を下げる。
107 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 10:40
「あー、もしかして、ゆーちゃんが前に言ってた・・
 そっか、この子かー、ふーん」
安倍さんは、立ち上がると、ゆっくりと私に近づいてくる。
合わされた強いその視線を外すように、うつむくと、
「よろしくね」
と、視界の中に小さな手が差し出される。
一瞬その意味がわからずに、ぼーっとしていると、
「ほら、握手」
と促されて、慌ててその手をとってみる。
私、少し震えているかもしれない。

そんな様子に、中澤さんが、
「なに緊張してんのアンタ」
と、呆れたように言うから、
話された右手を左手でさすりながら、
「・・・・ずっと安倍さんのファンだったんで・・」
と、本当のことを言ったのに、
「へー、それはありがとね」
と、安倍さんは半信半疑で、
「イシカー、アンタも上手いなー。とても社交辞令には聞こえへん」
と、中澤さんは、妙に感心したように言う。

「いえ、本当なんです。本当にファンで、CDだって、DVDだって・・
 ○○でしょ、○○でしょ・・・」
ついムキになった私が、安倍さんのシングルのタイトルを並べ始めると、
「うんうん」
と、丸い目をさらに丸くして、安倍さんは頷いてくれたけど、
「ハイハイ、わかった、わかった」
と、中澤さんは軽く受け流す。

でも、ポンと私のお尻を一つ叩くと、
「まっ、ファンなのはよーわかったけどな、これからはファンやない。
 後輩やからな。それに、ある意味ライバルになるんやからな。そのつもりでな」
と、少し上気している私を諭すように、ゆっくりと言う。

そっか、そうだよね。
今の私は、あの客席じゃなくて、この人の立っていたステージの上を目指しているのだから・・
108 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 10:55
「そっか、ライバルかー、頑張ってね」
「はい」
安倍さんは、私にそんな言葉をくれたけれど、私を見ててくれたのはそこまでで、

「って、ゆーちゃん、あの話本当なの?」
「何の?」
「ほら、なっちから離れちゃうって」
「そのことなら、ホンマのことや。10月からな」
「そっか、さびしーなー。ゆーちゃんとはデビューの時からだもんねー」
「そやな、長い付き合いやなー」
「で、この子に付くってわけ?」
「うん、てゆーか、この子らにやな」
「らって・・何人か持つってこと?」
「うん・・今度な、ユニット出すんや」
「へー、そーなんだー」

半分見えない会話がされ始める。
この子って言ってるから、私に関わることなんだろうけど、
中澤さんが付くって?ユニットって?
初めの頃、そういうのを考えているくらいの話は聞いた覚えがあるけれど、
まだ何もきちんとは聞かされていない。

「あー、あのお店、また連れてってよ」
「うん、エエけど」
「それからさー、この前ね・・・」
私が少しぼんやりしている間に、話は別のトコロに転がって行ったようだった。

「安倍さーん、そろそろスタンバイおねがいしまーす」
ドア越しにかけられたスタッフの声に、
「ほな、次のステージ見せてもらうから」
と、部屋を出る中澤さんに従って、
「失礼しました」と、その楽屋をあとにする。
109 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 11:10
まだ時間があるからと、別の控え室に通されて、
何か打ち合わせでもあるのだろう、ちょっとと出て行った中澤さんを、一人で待つ。

閉ざされたドア越しにも、開演前の慌しさが伝わって、
その緊張感につられて、つい身を硬くして座っていると、
しばらくして、紙コップを二つ持って入ってきた中澤さんに、
「アンタ、ホンマに緊張しーやな」と笑われる。

「まっ、これでも飲んで・・別にアンタがステージに立つわけやないんやから、
 少しリラックスしー」
「はい・・・で、あのー、ちょっと聞いてもいいですか?」
「何?」
「あのー、さっき安倍さんと話してた・・」
「うん?」
「ユニットがどーとか」
「あー、うん、今日返ってから、ちゃんと話そうと思ってたんやけど・・
 まー、自分のことやしな、気になるわな」
「はい」
「うん、前にもちょこっと言ったよーな気がするけどな・・
 ずいぶん前から進めてきた話なんやけどな、やっとツメが出来てな」
「はー」

「決まったんよ、正式に・・デビューや」
「えっ?・・・私がですか?」
「うん、ユニットやけどな」
「あの、それ、どーいった・・」
「うん・・・まだ他の子らに話してないしなー、
 色々と仕掛けもあるしな・・・やっぱり、事務所に帰ってからにするわ」
「あ・・はい」
110 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 11:33
「まっ、ちょっとの間もったいぶらせてもらうけどな。
 それよりな、石川、アンタ、東京に出てこんとやな」
「はい?」
「まっ、色々と忙しくなるし・・
 わかるやろ、今までみたいに悠長にレッスンしてる場合じゃなくなる」
「ユウチョウ・・」
自分では、充分ハードだと思っていたけれど・・

「あっ、まあ言葉が悪かったかな・・でもな、はっきり言うけど、
 学校に通ってるヒマなんかなくなる」
「あっ・・」
「で、コレは親御さんとも相談せなーならんことやけど、
 今の学校をしばらく休学するか、通信制に席を移すか、
 まっ、義務教育やないんやし、スパッとやめてしまうのも手やけどな」
「・・・・」

「それに、アンタんとこは、ちと遠いからな・・
 動き出したら、半年くらいはオフもままならなくなるしな、
 体のこととか考えたら、やっぱり近くに移った方がな」
「家を出てってことですか?」
「そや、住居の方は、こっちで手配するから心配いらんし」
「って、それ、もう決まったコトなんですよね」
「まあな」
「わかりました、お任せします」
「そーか、で、親御さんには、アタシから話そーか?」
「いえ、自分で話します。自分のことですから」
「そやな、その方がええ」


安倍さんのお昼の公演を見せてもらった。
ステージと客席が、いつの間にか一体となって盛り上がったそれは、
さっきのリハとは比較にならないものだった。
初めて味わうその感動は、
中澤さんの話に感じた少しの戸惑いを、消し去るのに充分なものだった。

私も、あのステージに立つんだ。
あの声援を浴びるんだ。
そのためなら、多少の犠牲は払っても、決して惜しくはない。
111 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 12:06

事務所に戻って、しばらく待つようにと言われた小会議室のドアを開けると、
その中では、柴田さんと藤本さんが、おしゃべりをしていた。
この二人とユニットを組むことになるのだろうか・・
少し驚いたけれど、それ以上に何か納得できるものを感じた。

「おはよーございます」
何時にあっても、そうするのだと教えられた挨拶をすると、
「あー、おはよー・・って、梨華ちゃんも呼び出されたの?」
と、柴田さんが少し不思議そうな顔をする。
「ええ」
「ふーん、じゃあ、なんなんだろーね、本当・・今ね、ミキティと話してて、
 何かマズイことしたんじゃないのって」
「だから、してねーつーの」
「って言うしさー」
ああ、この人たち、本当にまだ何も聞かされていないんだ。
で、お説教でもされるのかと心配してて・・
日頃は、何かと余裕のある感じの二人が、そんなことを思っていたのかと思うと、
ついクスリと笑ってしまった。

「あれ・・・もしかして、梨華ちゃん、何か知ってるの?」
「あっ、いえ」
目聡い柴田さんは、
「やっぱ、知ってるんでしょ、何?ね、教えてよ」
と、立ち上がって、詰め寄ってくる。

「あ、いえ、何も・・」
私から話すことでもないだろうし、
それに先輩達より先に知っているのも何かまずいような気がして、とぼけてみたけれど、
「うそ、絶対何か知ってる。顔に出てるもの。嘘つけないたちだよね、梨華ちゃんって」
って、お見通しらしい。
「いえ、本当に何も・・」
困っている私を、
「いいじゃん、どーせすぐにわかることだし」
と、藤本さんの一言が助けてくれた。
「そーだけどさ・・」
柴田さんは、しぶしぶといった感じに座りなおして、私もその隣に席を取る。
まあ、藤本さんとすれば、私なんかから聞きたくないといったところなんだろうけれど。

その後の沈黙が、少し重たくなり始めた頃、
「お待たせー」
と、中澤さんが、後ろにあの小柄な人、あさみさんを従えて入ってきた。
112 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 12:22
「早速やけど・・柴田、藤本、それから石川・・
 今からアンタらに、大切な話がある。心して聞くよーに」
「「「はい」」」
「今度、アンタら三人で組んでもらうことになった」
「はい?」
と、怪訝そうな藤本さんに視線を合わせて、中澤さんは続けた。
「三人のユニットでデビューしてもらうことになったんや」
「えっ?」
二人のどちらかともなく、少し驚きの声が漏れる。

「CDデビューは、来年の一月。16日になるのかな・・
 あのつんくさんのプロデュースで、振り付けは夏先生にお願いする。
 どや、すごいやろ。ウチの会社上げての一大プロジェクトやな。
 アタシが当分、マネージメントの責任を持つことになるけど、
 細かいことは、ここにいるあさみに手伝ってもらう」
「よろしくね」
と、あさみさんが、ちょこっと頭を下げて、つられるように三人で会釈を返す。

「でや、これからいう事をよーく聞いて欲しいんやけど、
 アンタらのデビューは、その当日まで、社外秘や」
「シャガイヒ?」
「うん、親や友達にはもちろん、スクールの連中にも秘密や。
 レッスンとかも、別の場所借りるしな」
「って、どーして・・」
「うん、ちょっとした仕掛けがあってな・・」
113 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 12:43
中澤さんの話はこうだった。
某テレビ局で土曜の昼間に生の情報番組が、10月の第二週から新しく始まる。
その目玉として、二十数人のアシスタント兼レポーターの女の子の中から、
ネットの投票によって、アイドルをデビューさせるという企画が行われる。
11月から年内いっぱいされた投票結果が、元日の特番で発表されて、
それが私達になるということらしい・・

「でも、投票ってことは・・・」
「そやな、選ばれるかどーかわからんってことやけどな・・
 まっ、でも、アンタら三人になるんやなー、コレが」
「って、操作するってことですか」
「まっ、そーせんで済めば、それに越したことはないけどな。
 アンタらに票が集まるよーな流れは、作るんやけどな」

何か釈然としないものをやっぱり感じてしまう。

「でも、あの、普通にデビューって、出来ないものなんですか?」
たぶん三人とも思っていることを、柴田さんが口に出す。

「うん、ぶっちゃけるけどな・・
 アイドルユニットを売り出すちゅーうウチの企画自体は、この春から進めててな、
 4月のアンタらのオーディションかて、それに向けてのものやったんやけど、
 ちょうどタイミングよく、局の方からこんな企画があるんやけどって話があってな、
 コレは渡りに船ってわけでな。」
114 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 13:00
「ええか、一口に新人のデビューゆーても、そー簡単なことやない。
 ウチならせいぜい、なっつあんとバーターでテレビの歌番組にねじ込むか、
 ラジオ局やユウセンやら全国回って、あと握手会とかな、
 湯水のように宣伝費使ってな、それでも運、不運とかあるしな・・
 もちろん、アンタらは売れる。
 そー信じてるからこそ、デビューさせるんやけど・・
 
 ええか、今度の企画にはいくつもの利点があるんや。
 まず、その番組で多少なりとも顔が売れる。
 企画自体が、マスコミで取り上げられる。
 で、投票してもらうことで、自分達の手で作り出したアイドルってことで、
 その投票した子らが、最初のしかも根強いファンになってくれる。
 デビューしてからも、番組の企画やから、その局が色々とバックアップしてくれる。
 な、わかるよな」

「ええ、でもそれなら、その投票の結果が出てからでも・・」

「あのな、もし仮にやで、その結果を見てから、ユニット組んで、歌作って、振付けて、
 そんなことしてたら、せっかく盛り上がった熱が冷めてしまうし、
 第一、所属事務所とか違うもんがどーやって、一緒に活動するんや。
 それこそ、一発ものの企画で終わってしまうやろ。」

「あっ・・」

「大丈夫、アンタらは、正規に選ばれる。
 それに備えて、準備を早めに始めるってだけや」
115 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 13:28

「ねー、どー思う?」
事務所を出てから、ちょっと寄ってこーよと柴田さんが言い出して、
私達は、カラオケボックスの中にいた。
と言っても、歌うわけじゃない。
ほら、社外秘だから、念のために個室の方が良くないと言うことらしい。

「まっ、とにかくデビューだからさ・・それにしてもキツイよねこのスケジュール」
「うん・・」
それぞれに渡された当面のスケジュール表に目を落とす。

新しく始まると言うその情報番組のリハーサルや、取材のロケの間を縫うように、
デビュー候補曲のレコーディングや振り付けのレッスンが、
来月の頭から、すぐに始められることになっていた。

「アルバムでも作るのかよって、勢いだよね」
タイトル未定で、AとかBとかの符号がつけられた曲がHまで用意されていた。
「これ、みんなPVまで作るんだねー、こりゃ、大変だわ」
と、藤本さんはため息をついたけれど、
「でも、やっと決まったんだよね」
と、しみじみと続けて、
「うん」と柴田さんが感慨深げに頷く。
この人たちは、4月からこの日を待っていたんだ。

「でも、本当に大丈夫なのかねー」
「投票のこと?」
「それももちろんだけどさ、ほら、お荷物とかいるし」
と、藤本さんが私を見る。
「あっ、あの、もしかして、それ私のことですか?」
「決まってるじゃん。アンタ、少しはどーにかなってきたわけ?」
「・・・・はい・・・頑張ります」
たぶん歌もダンスも、私はまだまだ、この人たちからは何歩も後れを取っている。

「頑張るってねー」
藤本さんが不満げに言うのを、
「まあ、私達だって、まだまだだしさ、これからみんなで頑張ろうよ。
 ほら、組むと決まったら、運命共同体なんだからさ、仲良くさ」
と、柴田さんが宥める。
116 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 13:42
藤本さんと別れた帰りの電車で、
あの子はソロ志向が強かったからって聞かされる。

次のデビューはユニットになるみたいなことは、
オーディションの時から匂わされていて、
仲間内では、誰と誰が選ばれるのだろうといった話がよくされていたけれど、
藤本さんはあくまでも自分はソロでやりたいと言っていたという。

「だから、嬉しさも半分ってとこなのかもね」
「そーだったんですか」
「私は、すごく嬉しいけどね。秘密とか言われてなかったら、親とか友達だけじゃなくて、 
 たとえば、今この電車に乗ってるみんなにさ、言って廻りたいくらい。
 だって、デビューできるんだよ。ワクワクなんてもんじゃないよ。
 梨華ちゃんだってそーでしょ」
「はい」
「あっ、それからさ、そろそろ敬語とかやめよーか。一緒にやるんだからさ」
「あっ、はい」
「名前とかもさ、さん付けとかじゃなくて、そーだなシバちゃんで、
 ミキティもそー呼んでるし」
「シバちゃん・・・ですか?」
「うん、じゃ、これからますますよろしくってことで」
「はい、こちらこそよろしくお願い・・」
「だからー」
「あっ、よろしく、シバちゃん・・・でいいですか」
「そー、てか、最後の余計」
117 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 14:08

不安なことも、腑に落ちないことも多かったけれど、
動き出してしまったものは、一瞬たりとも留まることを許してくれないようだった。
やらなければならないことが、山のように用意されて、
その一つ一つをとにかくクリアしていかなければならなかった。

学校は、通信制に転入することにして、週明け早々に会社の寮に移ることになった。
寮といっても、小さなワンルームマンションを、会社で借り切っているもので、
一通りの家具は備え付けになっているそこへの引越しは、
何かと心配するママにすっかり任せて、
私は、ひたすらスケジュールに追われていた。

新番組の顔合わせには、メイン司会の若手漫才コンビと、
最近テレビドラマに進出し始めたベテランの舞台女優さんの他に、
総勢24人のアシスタントの女の子が集められた。
その構成は、雑誌のモデルさんや、女優の卵、中にはお笑いを目指している子もいたりと、
バラバラだったけれど、驚いたことに、ウチの事務所からも私達以外に二人、
オーディション組の子が入っていた。

その子達が、素直にテレビに出れると喜んでいるのを、
私達は、複雑な思いで見なければならなかったけれど、
そんなことを感じていられるのも、打ち合わせの段階までで、
放送の間に流すVTRの撮影が始められると、すぐにそれどころではなくなった。

どれが実際に使われることになるのかわからない、何パターンもの収録が連日のように行われ、
その間に、何回もスタジオリハーサルが繰り返された。
118 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 14:33
実際に放送された第一回目は、
その大半が、秋から始まったドラマの宣伝で、
終わってから、事務所で見せられたVTRで、私達が画面に映っていたのは、
二時間の間のほんの10分程度だった。

それでも、三人でもう一度見ようと、
その夜は、まだ片付かない私の部屋で、VTRを流していた。
比較的近いシバちゃんは、自宅通いを続けていたけれど、
北海道出身の美貴ちゃんは、もちろん早くからこの寮に住んでいて、
私が越してからは、よくどちらかの部屋で一緒に食事をしたりしていた。
とはいっても、二人とも家事は苦手だったから、お弁当を買ってきてといったものだったけれど。
それは、ほぼ同じスケジュールで動いていて、
他の人には話せないことを共有しているというのが、主な理由だったけれど、
不意の一人暮らしで、淋しい私を、
見た目に寄らず、案外根は優しい美貴ちゃんが、気に掛けてのことなのかもしれない。

「短いねー」
「うん、でも、ミキティと梨華ちゃんは結構おいしいトコロじゃない」
「かもね」
色々と撮った中で、
私達は他の一人の子とやった秋のファッションの紹介というものが使われた。
「でも、あれはモデルの子たちになると思っててさ」
「うん、だから気軽にやってたのが、かえって良かったのかもね」
同じパターンを、何組かが撮っていた。

「でも、本当、羨ましいよ。可愛く撮れてたし、
 私なんか、映画の告知と、試写会場で大口開けて見ているとこだけだよ」
長く回したらしい自分達のコメントを全部カットされて、
他の有名タレントさんたちのばかり流されたことに、シバちゃんは相当へこんでいた。

「でも、シバちゃんは、司会の人の後ろに映りこんでるし」
「そんなこと言ったら、CM前に、二人とも何度か抜かれてるよね」
「だっけ?」
「うん・・まっ、でも私でも、他の子たちと比べたら、恵まれてる方だけどね」
「うん、これが、中澤さんの言っていた流れってことなのかな」
「たぶんね」
119 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 15:12
その流れが、本格的に流れ出したのは、二回目のゲストに、
つんくさんが出演した時だった。

シンガーソングライターとして、活動している傍ら、
何組かのアーティストのプロデュースを手がけているつんくさんが、
「今度は、コテコテのアイドルをプロデュースしたいんやけど」と切り出して、
「コテコテですか、どんな感じの子がええですかねー」と受けて、
「そやね、もちろん可愛い子・・うん、ここにいるような・・
 って、みんなかわいいなー、いけるんちゃう、アイドル」という話の流れで、
じゃあ、この子らで、オーディションしませんか、という事になり、
それなら自分が選ぶより、せっかくテレビ番組なんだから、
視聴者に選んでもらいましょう・・と決まって、

エンディングで、番組のホームページに投票のサイトを作りますとの告知がされた。

次の週には、冒頭で、投票要領が紹介されて、
それぞれ一人ずつの自己紹介と、簡単なプロフィールが流された。
その企画は、色々な雑誌にも取り上げられて、個別に取材を受けたりもするようになった。

ネットの投票は、ホームページ上に常に公開され、
もちろん番組の中でも、途中経過が発表された。
私達三人は、事務所や局の思惑通りに、順調に票を伸ばしていった。
それには手は加えていないらしかったけれど、そうなるような方策は、常にされていた。

たとえば、つんくさんの登場の回でも、
可愛い子ばかりやな、の台詞の後に、美貴ちゃんのアップからのナメがあって、
いけるんとちゃうアイドル、の次の画面は私だったし、
視聴者に選んでもらおうと決定された直後に、シバちゃんのアップで、CMに入った。
その後の放送でも、一見平等そうに見える出番も、
私達の出番は、比較的視聴率の高い時間帯だったり、
ちょっとした告知をする場合でも、
「石川、相変わらず、どっから声だしとんねん」とか、
VTRの間の窓に抜かれた時でも、
「藤本は油断すると、目が怖いからなー」とか、
「ほれ、柴田、カメラ来るから笑っとけよ」とか、
番組中に何気なく司会者が、私達の名前を連呼したりした。

12月に入って、お笑いの子が強烈にそのボケっぷりをアピールして、
票を伸ばすという想定外のことがあったけれど、
次の回からは、その子の出番は極端に削られた。
120 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 15:34
それと平行して、着々とレコーディングや、その振り付け、PVの撮影などの作業が進められて、
私達は、ゆっくり眠る間も与えられなかった。

そんなある日、アー写撮りの休憩時間に、
「ちょっと、イシカー」
と、中澤さんにスタジオの外に連れ出されて、一枚のパンフレットを見せられた。

「なあ、これ・・・アンタと一緒におった子やろ」
それは、あるバンドの宣材で・・
「・・・・・はい、たぶん」
全体に暗い写真だったけれど、そのメンバーの真ん中にいるのは、
たぶん、いや確かに・・・ごっちんだった。

「そっか、やっぱりな。しかし、偶然なんやろか、同じ日やな」
そのバンド、MAKISIMのデビューシングル発売日は、02.01.16と書かれていた。
それは、私達がデビューすると決められているまさにその日で、
やっぱり、運命なのだと思った。

そんな私の感慨をよそに、
「まっ、畑が違うからな、気にせんでもいいとは思うけど、
 アチラさんもずいぶん力入れてくるみたいやからな」

「でな、この子とは、どーゆー・・年は違うみたいやけど」
「あっ、同じ高校で、学年は一個下なんですけど」
「そーか・・・だいぶ親しかったんやろな」
「はい」
「・・・うーん、めったに同じ番組とかにでるつーことはないと思うけど、
 一応、ゆーとくけど、その親しいつーのは、公にせん方がええな」
「はい?」
この人、何を言ってるのだろう。
121 名前:16歳 投稿日:2006/02/24(金) 16:02
「うーん、なんてゆーか・・
 この子のな、宣材とか、雑誌のインタビューとか見せてもらったんやけどな、
 若い割には進んでるつーか、まあロックやからな、男関係とか・・
 そーゆーことを敢て匂わせてるてゆーか・・」
「ごっちんは、そんな子じゃありません」
「うん、ホンマのことは知らんけどな、そーゆー売り方をするみたいなんや。
 まっ、それはそれでアリやと思うんやけど、
 アンタは違う。正統派のアイドルやからな。な、わかるやろ」
「・・・よくわかりません」
「うーん、つまりな、友達だってことになると、アンタまでそー見られるってことや。
 ええか、アウトローのイメージとは違って、アイドルのイメージなんてもんは、
 ガラス細工みたいなもんや、タバコ一本咥えただけで、跡形もなく壊れてしまう。
 特に、男関係はな、絶対的にタブーや。
 それを敢てオープンにしているようなこの子とな、親しいとなれば、
 アンタも同類とみなされる。それが、世間ちゅーもんや。
 な、わかるよな」
「・・・でも、大切な友達なんです」
「うん、まあ男ってわけやないから、わからん分には、ええと思うけど・・
 まっ、それ以外にもな、プライベートも気を付けて欲しいんやけど、
 アンタ、まさか彼氏とかおらんよね」
「はい、そんなのいません」
「なら、ええけど、とにかく、そんなわけや」

中澤さんの言いたいことはわかった。
アイドルに異性関係がタブーなことくらい私だって知ってる。
でも、友達は・・・

彼女からは、未だに連絡はない。
テレビに出るようになって、しばらくは、どこかでそれを見て、連絡してくれるのではと、
期待して待っていたりしたけれど・・

彼女も同じ日のデビューなのだから、やっぱり忙しくしているのだろう。

良かったね、ごっちん、夢がかなって・・
でも、本当はそのことは、あなたの口から聞きたかった。
そう一言だけでも、メールでいいから・・

そしたら、私は、社外秘だろうがなんだろうが、
あなたにだけは、ちゃんと伝えたかった。
私もなのだと。

私も、あなたに言われたように、こっちの世界に来ているのだと。
 
122 名前:トーマ 投稿日:2006/02/24(金) 16:05
ここで本日の更新を終わりにします。


>>103 Liar様  ありがとうございます。なかなか筆が進みません。
        まったりと付き合ってやって下さい。
123 名前:Liar 投稿日:2006/02/26(日) 00:11
おつかれさまでした。
いよいよ、石川さんが!!どうなっていくのでしょうか・…。
気になってたまりません!
まったりとまってますよぉ〜。
124 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/26(日) 16:11
淡々とでも着実に物語が進んでいますね。
すごくおもしろいです。更新たのしみにしています。
125 名前:16歳 投稿日:2006/03/03(金) 09:39

元日の昼間に組まれた特番の中で、ネット投票の結果が発表されることになった。
ホームページ上での経過の公表は、クリスマスの日から更新されていなかったけれど、
それまでとほとんど変動のない順位が、
ざわめきとため息の中、10位から4位までの名前と得票数がチャート板に次々と表示された。

「さて、ベスト3は、まず得票数だけ発表します」
チャート板の上から三段までの数字が同時に回転し始めて、
それ以下とは一桁違う得票が、歓声の中、止まる。
「上位三名は大接戦ですねー。どーでしょう、いっそその三人にユニットを組ませるっていうのは」
と、司会者にふられたつんくさんが、
「うん、他をちぎっとるしな・・・ええよ、それで行こう。
 うん、三人組か・・アイドルグループの王道って感じやしな。」
あっさり同意して、
「それでは、注目のベスト3の発表です」
でCMをまたいで、
シバちゃん、美貴ちゃん、そして私の順で、
その名前が、チャート板の数字の前に回転を止める。

私達は、それぞれ驚きの表情を作って、
前に呼び出されると、キャーキャーと抱き合って、涙まで流してみせる。

興奮を装う私達の一人一人と、おめでとうと握手を交わしたつんくさんが、
「うん、なかなか個性的な組み合わせやな。
 そやな、ユニットの名前は・・・・ゼリービーンズ・・色んな味が楽しめますって感じで・・
 うん、何かワクワクしてきたなー。
 よっしゃ、イメージ、ガンガン湧いてきたで、今すぐにでも曲が書けそーやな」
「じゃあ、デビューは早くなりそーですね」
「うん、まかせといて・・・そやな、なるたけ早い方がええな。
 投票してくれた人たちも待ってるやろし。どやろ、16日」
「って、コノですか?」
「そや、1月16日。決まりやな」
そんな、司会とプロデューサーのやり取りに、
私達は少し不安そうな顔をして、もう一度驚いてみせる。

番組の終わりには、CD発売後の週末に、デビューイベントが開かれ、
初回限定版に、その参加券が付くとの緊急発表を装った告知がされて、
その茶番は終わる。
126 名前:17歳 投稿日:2006/03/03(金) 10:11
何曲もレコーディングされていた中で、デビュー曲と決められたのは、
私達の予想に反して、最初の方に収録されたちょっとレトロな感じのおとなしい曲だった。
シバちゃんがセンターのその曲を、
「ちょっとインパクトが弱いんじゃないですか」
と、不満げな美貴ちゃんに、
「まあな。けど、一曲目はこんなんがええんとちゃうかな。
 はなからインパクトが強すぎると、色が付きすぎるし、
 間違って一発屋でおわってしまう可能性もあるしな。
 それに、この曲はあくまでも番組とのタイアップやから、色んな制約もあるしな。
 まっ、本当の勝負は二曲目やから」
と、中澤さんは、諭すように言った。

私達のデビューは、正月早々のマスコミに、大々的に取り上げられて、
デビューイベントには、何千人もの人が、会場のコンサートホールの外に長蛇の列を作った。
ちょうどその日に17歳の誕生日を迎える私には、
それを知っている人たちからのプレゼントを受け付けるコーナーも特別に用意されていて、
それを見つけた二人から、さんざん羨ましがられたりした。

「・・・って、もしかして、16日にデビューって決めたのは・・」
「そや。もちろん、これも狙いの一つや。
 このイベントがマスコミに取り上げられる時は、必ずアンタの誕生日が絡められるからな。
 それに、アイドルのデビューは一つでも若いに越したことないからな。
 16、16、17・・その方が、三人の年齢関係もわかりやすいしな。ま、そーゆーこっちゃ」
改めて、このデビューの用意周到さに感心させられる。

延々と続けられた握手会の最後の一人を見送って、
さすがにしびれた手をさすりながらも、
「あの人たち、みんなアタシたちのCD買ってくれたんだよね」
と、なかなか興奮の治まらない私達に、
「お疲れさん。まっ、こんなもんやろな」
と、中澤さんは、拍子抜けするくらい冷静だった。
「同発が結構強いからな・・初動で、5位・・4位、そやな、間違ってベスト3に入ったらめっけもんやな」

その予想通り、私達のデビュー曲は、オリコン初登場4位にランクインして、
次の週もかろうじてベスト10内に留まった。
127 名前:17歳 投稿日:2006/03/03(金) 10:33

同日発売のごっちん達の曲は、初登場こそ20位圏外だったけれど、
徐々にその売り上げを伸ばして、
三週目に、私達と入れ替わるようにベスト10に浮上して、注目を集め出すと、
ますますその勢いを加速させて、
次々とリリースされる有力アーティストの初動には及ばないものの、
何週にもわたって、3位前後をキープする大ヒット曲となって、
今、最もブレイクしているバンドと、話題を集めた。
特に、実力者揃いと評価される男性4人をバックに従えてボーカルをはるMAKIは、
16歳とクレジットされているその年齢とはだいぶギャップのある
セクシーなコスチュームと、過激な言動で、
あっという間に、女子中高生のカリスマともてはやされるようになっていた。


そんな様子を横目に、
コテコテのアイドル路線の私達は、
一月ちょっとという短いインターバルで発売されることになった
セカンドシングルのプロモーションに移っていた。

二曲目に選ばれたのは、私がセンターの少しコミカルな感じの曲で、
その曲が勝負と中澤さんが言っていたように、
初出演となる清涼飲料水のCMとのタイアップをはじめ、
各テレビ局の歌番組、全国のラジオ局への出演ラッシュと、
可能な限りの宣伝活動が行われて、
私達はそれこそ息つくヒマもない忙しさだった。
128 名前:17歳 投稿日:2006/03/03(金) 11:08
そんな一連のプロモーション活動も終盤に差し掛かった頃、
テレビの収録では最後だったけれど、オンエアー上は最初となる生放送の歌番組で、
私はやっと彼女に会うことが出来ることになった。

彼女達は、それがテレビ初登場という事で、
「こいつらに持ってかれるかもなー」
と、中澤さんがぼやきながら渡した台本に、そのバンドの名前を見つけた私は、
心臓が止まるかと思った。
同じ業界にいるとはいえ、そのスタンスが180度異なる彼女達とは、
それまで、すれ違うこともなくて、
マスコミを通してしかその情報を得ることも出来ていなかったのに、
・・・同じ番組に出れる。
しかも、それは、あの日一緒に見た、あの番組で・・・

「生放送は、緊張するよね」
「うん、それに他のアーティストの前で歌うのとかさ」
なんてぼやくシバちゃんと美貴ちゃんの会話を聞きながら、
私は一人、別の思いの中にいた。

色々と読み漁ってみた雑誌の彼女のインタビューや、ライブのレポートの記事には、
確かに彼女の姿が写ってはいたけれど、
それはどこか違う人みたいで、
すっかり印象の変わってしまった彼女に、一抹の不安も感じていたりしたけれど、
やっぱり、久々に会えることの嬉しさの方が、それをはるかに上まわって、
どうしても口元が緩んでしまう。

そんな私に、中澤さんは、
「イシカー、前にもゆーたと思うけど、気ーつけてな。
 まっ、台本には絡みはないけどな・・でも生やからな」
と、一言釘をさした。

「ねー、さっき中澤さんに言われてたの何?」
三人だけになったところで、シバちゃんに聞かれて、
私はそれまで黙っていたことを話す。
「へー、この子が、あの逃げられちゃった猫かー」
「えっ、何のこと?」
「ほら、このMAKIって子が、梨華ちゃんと一緒にスカウトされたって子なんだって」
「うそー、マジ?」
「うん」
「何で、今まで話さなかったのよ!」
「だって、聞かれなかったから」
「ってねー・・だって、この子が梨華ちゃんの友達とか、想像出来ないでしょ、フツー」
「かな?」
「うん、タイプとか違いすぎるし。って、マジに友達なんだよね」
「うん、でも公表しちゃいけないって・・中澤さんが」
「えっ、どーして?」
美貴ちゃんは不思議がったけど、
「そーだね。その方がいいよ」
と、シバちゃんは、中澤さんの意図を理解しているみたいだった。
129 名前:17歳 投稿日:2006/03/03(金) 11:28
夜の放送に向けてのリハーサルは、昼過ぎから始められる。
新人で、一曲目に歌うことになっている私達は、当然、最初に入って、
一応のリハーサルを終えて、楽屋に戻った時にも、彼女達はまだ来ていないようだった。

細かいスケジュールに追われている私達は、
本番までの空き時間にも、雑誌の取材が一本入っていて、
それが終わってからも、あの情報番組のホームページにアップする写真を撮ったり、
別の雑誌のためのアンケートを記入したりしなければならなかったけれど、
私は、台本の予定表をにらんで、
手早くそれらを済ませると、ちょっとと席を立つ。

戻ってみたスタジオでは、ちょうどあのバンドのリハーサルが始められるところだった。
慌しく動き回るスタッフのじゃまにならないように、
入り口の脇に隠れるように立って、スタジオの中央のライトの中に目を凝らす。
何度か繰り返して演奏されるあのヒット曲に声を乗せているその人は、
やっぱりあのごっちんだった。
まだ私服のままのせいか、いつかライブハウスで見た時よりも、むしろ素に近い感じで、
確かに、私の知っているごっちんだった。

それに安心した私は、素直に再会を喜び合おうと、
リハを終えて引き上げる大きな男の人たちの最後尾を歩く彼女に、
小さな声で、でもはっきりと呼びかけてみる。
振り返った彼女と・・目が合った・・確かに。
けれど、次の瞬間、それは、さっとそらされて・・
えっ?

彼女はそのまま何事もなかったかのように、スタジオをあとにする。
置き去りにされた私など、そこに存在さえしていなかったかのように。
どーして・・・
130 名前:17歳 投稿日:2006/03/03(金) 11:54
楽屋に戻ると、
何やってたの、早く衣装に着替えてと、あさみさんにせかされる。

笑顔を作って歌い終えたけれど、
その後のトークで、曲の解説をすることになっていた私は、少しぼんやりしていて、
慌てて喋ったせいで、カミカミになるのを、
美貴ちゃんに突っ込まれて、シバちゃんに助けられて、
そんな私達の様子が返って司会者には受けたようで、和んだ雰囲気の中、
その日がバースディのシバちゃんと、もうすぐ迎える美貴ちゃんのお祝いがされて、
私達の出番が終わる。

他の出演者のトークの間も、雛壇に座っていて、いつカメラに抜かれるかわからないから、
一応の緊張を持続させていなければならなかったけれど、
私はどうしても、ふとした瞬間に、さっきの彼女の態度を思い出してしまっていた。
どーして・・
何度か席替えはあったけれど、彼女達と隣り合わせることもないまま、
番組は着々と進行して、
後は、彼女達のトークとCMを挟んでの演奏を残すだけとなる。

ちょうど司会者のすぐ後ろに並ぶことになった私の目の前に、彼女の背中がある。
それは、手を伸ばせば届きそうな距離だったけれど、
むき出しになっているその肩は、誰に触れられることも拒否しているように見えた。

バンドのリーダーだというベースの人が、
同じライブハウスで別々のバンドでやっていた連中を、
自分が一人一人スカウトして、結成したのだと、
私が知っていることと少し違うバンドのプロフィールを笑い話のように紹介した後、
「女子中高生のカリスマって言われてるけど」
と、司会に話を振られたごっちんは、
「そーですか、アタシは知りませんけど」
と気のない返事をして、
「クールだねー」
と、それを受けた司会者は、
「そー言えば、小耳に挟んだけどさ」
と、台本にない話を始める。
131 名前:17歳 投稿日:2006/03/03(金) 12:15
「MAKIちゃんとゼリーの梨華ちゃんって、同じ学校なんだって?」
たぶん、そこでカメラに抜かれたであろう私は、いったいどんな顔をしていたのだろう。
「学校って、高校ですか?」
「うん、そー聞いたけど」
「高校かー、なら、アタシほとんど行かなかったし」
「そーなの?でも、こんだけ可愛ければさ、お互い目立ってたでしょ」
「一応入学してみましたって感じで、すぐやめちゃったから、学校の子とかほとんど知らないしな」
「あーそーなんだ・・・梨華ちゃんは?」
不意にふられて、アシスタントの人にマイクを渡される。
「あっ、ごめんなさい」
と、小首を傾げてみせると、
「そっか、オジさん的には、二人の並んだセーラー服姿とか見てみたかったけどねー」
なんて言われて、
「あのー、セーラーじゃなかったんですよ。すいません」
と、まともに返したつもりの言葉が妙に受けて、そのままCMに入る。

彼女の歌は、リハーサルとは別人だった。
下着を思わせるような衣装に、濃いメイクのせいもあって、
とても年下とは思えないセクシーさで、
堂々と激しいロックナンバーを歌い上げて、独特の世界を作り上げている。

その演奏を聴きながら、私は決心していた。
今日を逃したら、この人はますます遠くに行ってしまうかもしれない。
132 名前:17歳 投稿日:2006/03/03(金) 12:47
楽屋に戻ると、手早く仕度を済ませて、
他の打ち合わせで中澤さんがいないことをいいことに、
あさみさんに、自分で車を拾って帰るからと、逃げるように部屋を出て、
彼女達の控え室の前で待つ。

しばらくして出てきたたぶんドラムの人に、ありったけの勇気を出して、
この後仕事があるのかと聞くと、
「あれー君、梨華ちゃんだっけ・・もしかして、オレラのファン?」
「ええ、まあ」
「へー、そーなんだ。ってことは・・イイヨ、イイヨ、この後はメチャクチャひまだからさー、
 いくらでも付き合っちゃうよ」
と、勘違いされているところに、次々と出てきたメンバーに取り囲まれて、
「この子、付き合ってくれるみたいだよ」
「へー、かわいいねー」
なんて、口々に冷やかされる。

かなり困ったけど、次に仕事がないのは決まりみたいだったから、
男の人たちの隙間から彼女を探して、
一番背の高い人の後ろで、背中を向けているのを見つけると、
その人たちの間をすり抜けて、腰のポケットに突っ込まれている彼女の腕を掴む。

抵抗されるかと覚悟していたけれど、
意外にも彼女は、私が腕を掴むと同時に、その手で私を引っ張るように走り出した。
後ろで何か言っている人達から逃げるように、
そのまま走って、通用口まで辿り着く。
二人してぜいぜいしているのを警備の小父さんに笑われながら、外に出て、
停められているタクシーに近づこうとすると、
「どこに行くの?」
と、彼女が始めて口を開く。
考えてなかったけど・・どこかでゆっくり話がしたい。
「私の部屋」
「部屋?今、どこに住んでんの?」
「会社で借りてるマンションなんだけど」
「住所は?」
トコロ番地まで、思い出しながら答えると、
「うーん、結構近いよね。なら、歩こうか」
と、さっさと歩き始める。慌てて追って、
「そーなの?」と聞くと、
「車だといつも込んでるから、遠く思うけど、東京の街は歩くと意外と狭い」
「でも・・」
繁華街を通ることになるその道程に、少し戸惑いを感じる私に、
「あ、そーか、見つかっちゃうとヤバイかな梨華ちゃんは・・アタシは私服だと気付かれないけどね」
と、バッグからダテ眼鏡を取り出して、私の耳にかけると、ついでに帽子を目深に直してくれて、
自分は、長い髪をなびかせながら大またで歩き出す。
133 名前:17歳 投稿日:2006/03/03(金) 13:07
「大胆だねー、ごっちんは」
その背中に追いついて、そー言うと、
「梨華ちゃんほどじゃないよ」
と、歩調を緩めて笑う。首を傾げた私に、
「大胆だよね、まったく。あの狼の群れの中に飛び込んできちゃって」
「あー」
「本当、ヒヤヒヤしちゃったよ。アイツら可愛い子には、すごく手が早いんだから、
 気を付けなきゃ、マジやばいんだから」

「だって、あーでもしなきゃ・・
 ごっちん、声をかけても無視するし・・せっかく会えたのに・・」
「あー、うん」
「勝手にいなくなって、携帯つながんないし、何も連絡してくれないし」
「ごめん。色々あってさ」
「わかるけど、忙しいのは・・・ね、今どこにいるの?」
「うん、ライブでね、デビュー前から全国回ってて、
 だからほとんどこっちにいなくて、旅ばっかしてて」
「そーなんだ・・・じゃあ、こっちでもホテルとか?」
「・・・東京にいる時は、メンバーのとこ。あのベースの部屋に転がりこんでる」

あっと思った。
ベースの人とは、あのライブハウスに出ていた時からの仲間で、
オーディションで二人だけパスして・・・
たぶん、あの夜の車を運転していたのも、
横顔のシルエットだけだったけれど、その人で・・

「・・・付き合ってるの?」
「えっ?」
「彼氏?」
「どーかな・・すごく才能のある人で・・」
「好きなの?」
「嫌いじゃないけど・・わかんない」
ごっちんは、言葉を濁しているけれど、
二人の関係は、たぶん私の想像通りなのだろう。
134 名前:17歳 投稿日:2006/03/03(金) 13:28
「じゃあ、悪かったかな・・引っ張って来ちゃって」
「あっ、それはイイの。本当はアタシも梨華ちゃんと話がしたかったし・・
 後でメールでもしてみよーかなって思ってて・・
 でも、メルアド変えてるかもなとかさ」
「私は変えてないよ。電話番号もメルアドも。
 変えるわけないじゃん。いつか、ごっちんが連絡してくれるって待ってたんだから」
「あっ、ごめん」

「いいよ、謝んなくても。こーして話できてるしさ。
 あっ、まだ言ってなかったよね」
「う?」
「デビューおめでとう。あと、大ヒットも・・本当、おめでとう」
「ありがとう。思ってた以上かな、うん。
 あっ、梨華ちゃんの方こそ、なんかすっかりトップアイドルだよね」
「そんなことないよ、まだまだで」
「ううん、すごいよ。アタシの周りの男連中みんな騒いでるもの、カワイイーってさ」
「そんな・・」

「だからさ、そのアイドルさん的にはさ、やっぱ、マズイんじゃないのかな」
「何が?」
「アタシなんかとつるんでるのは」
「あっ、もしかして、何か言われたりしたの?ウチのマネージャーとかに」
「そんな事はないけど、アタシにだってわかるよ、そんくらい」
「じゃ、それで」
「うん、てか、どーしたらいいかなって、よくわかんなくてさ。
 あの番組の出演が決まって、共演者聞いて、嬉しかったけど、どーしよーかなって」
「そっか・・でも、公にしなければイイって」
「そー言われてるの?」
「うん。ほら、男の子ってわけじゃないし」
「まあね」
「でも、良かった」
「何が?」
「私、ごっちんが変わっちゃってね、もう私のこととかどーでもよくなっちゃったのかなーってさ」
「そんなわけないでしょ」
「だよね。本当、良かった」
 
135 名前:17歳 投稿日:2006/03/03(金) 13:51
「あのね、本当はね、もっと前に連絡くれるんじゃないかって期待してて、
 ほら、ごっちん、言ってくれたじゃない、待ってるって、あの夜」
「うん」
「だから、テレビとか出るよーになったら、どこかで見てくれて、
 来たねってね・・でも、昼間の番組だし、見てくれてないのかなってさ」
「見てたよ」
「えっ?」
「最初は偶然にさ、ライブ回ってる先のホテルで、何気にテレビつけてたら、
 聞き覚えのある声がして、画面の中にいるんだもん、ビックリしたよ。
 へー、やるもんだなって、案外素早いなって」
「あー、うん、なんかね、ごっちんがいなくなって、アッチコッチ探してね、
 で、あの言葉の意味を考えて・・・ほら、色々言ってくれてたじゃない」
「うん」
「だから、あの名刺の番号に電話して・・そしたら、それからは、嘘みたく早くて。
 何かすっかりレールがしかれちゃって、ジョットコースターみたいにさ」
「そっか、あのスカウトのお姉さんも、待ってましたって感じだったんだね」
「うん。ごっちんのことも惜しいことしたって、残念がってた。
 あの人本当はマネージャーさんで、今、私達についてくれてるの」
「へー、そーなんだ」

「あのテレビさ、それからはちゃんとビデオに撮って、毎週見てたよ。
 オーディションみたいのが始まっちゃうし、気になってさ」
「あー」
「うん、最初はハラハラしてて・・でも、あれ、本当はヤラセなんでしょ」
「あっ、わかっちゃった?」
「うん、途中からね。扱いとか違うし、それに決まってからのデビューまでとか早すぎるし」
「だよね。本当のとこは、三人でユニット組むことも、1月のデビューも、
 番組が始まる前から決まってて、年内にはすっかり用意出来てて」
「だろうね」
136 名前:17歳 投稿日:2006/03/03(金) 14:10
「うん、でも、みんなに秘密にするよーに言われてたから、
 ウチのママなんか、知り合い中に頼んで、せっせと投票してくれたみたいで、
 何か悪いことしちゃった。
 まあ、私達のプライドを傷つけないように、票の操作はしてないって、
 スタッフの人とかは言ってくれてるけど、
 やっぱり、そーゆーのも含めて、みんなヤラセだと思うんだ」
「でも、それは本当なんじゃないの。
 見ててさ、この子たち抜けてるなって思ったもん。他の子達にない華があるってゆーか」
「なのかな」
「うん。だから、自信持ってイイと思うよ。因みにアタシも入れといたけどね」
「えっ?」
「ちゃんと投票しといた。やっぱ、一番になってもらいたくてさ」
「あっ、ありがとう・・」
「いえいえ、どーいたしまして」

「でも、やっぱり何か、ヤラセってゆーか、やらされてるって感じあるよね。」
「えっ?」
「なんか、作られてるってゆーか」
「あっ、でも、アイドルって、みんな多かれ少なかれ、そーなんじゃないの」
「なのかな。よくわかんないけど。
 でも、その点、ごっちんはスゴイよね。自分の手で、勝ち取ったって感じで」
「うーん、それはどーかな」
「えっ?」

「アタシだって、やっぱり作られた物だよ。
 バンド自体、レコード会社が作ったものだし。
 大人たちが大勢でさ、何度も会議とかして、練り上げたものを、
 アタシたちは、演じてるだけでさ。
 曲も、確かに元は、アタシたちが作ったけど、アレンジの方向とか、見せ方とか、
 ライブパフォーマンスも、喋ることとかも、みんなこーすれば、ウケルってさ」
「そーなの?」
「うん、インタビューとかも・・」
「あっ、それは思った。読んでても、ごっちんぽくないなって」
「うん、みんな台本だからね」
 
137 名前:17歳 投稿日:2006/03/03(金) 14:32
「でも、良かった」
「えっ?」
「だって、ごっちんがあんなこと言ったりするのなんか嫌だったから」
「あー・・やっぱり、梨華ちゃん的には、MAKIはなしなのかな」
「そーゆーんじゃなくて・・カッコイイと思うよ凄く。
 でも、アレがごっちんの本当だったら・・やっぱり寂しいかな」
「寂しい?」
「うん、なんか遠い存在ってゆーか、
 ほら、ごっちんに背中押されて、せっかく同じ業界に入ったのに、
 ごっちんは全然違うトコロにいるみたいでさ」
「そんなことことないよ。アレは作られたものだから」
「うん、やっぱり、ごっちんは、ごっちんなんだよね」
「当たり前でしょ」

「それに、アタシはそんなに偉いもんじゃないってゆーか」
「えっ?」
「あのね、色々言ってたじゃない梨華ちゃんに、アイドルになっちゃえばとかさ」
「うん」
「あれってさ、本当はたぶん、梨華ちゃんの背中押しながら、自分のことも押してたってゆーか」
「えっ?」
「うん、なんかね、歌いたいとか、プロになりたいとか、そーゆーのはずっと思ってて、
 でも、やっぱり怖くてさ、今一、自信とかもなくってさ、
 そんな時に、梨華ちゃんに会ってね・・なんかすごくオーラがあるなって、
 この子なら、簡単にメジャーなところに行けるんだろうなって、
 アタシも頑張ろうかなって」
「そーだったの?」
「うん」
「オーラとかってわかんないけど、でもそれなら、私も少しはごっちんの役に立ったのかな」
「うん、すごくね」

ごっちんの話は、思いもしなかったことだったけど、
そんなことを少しでも彼女が思ってくれているとしたら、嬉しかった。
138 名前:17歳 投稿日:2006/03/03(金) 15:01
そんなことを、話しながら、ゆっくりと歩いて40分程たったところで、
大通りを小高くなっている方に曲がる。
それまでの雑踏が嘘のような閑静なこの住宅地を抜ければ、私の部屋がある。

「このあたりって、大きな家ばっかだね」
「うん、結構有名人の家とかもあるみたい。あっ、ここなんてさ、ほらあの」
ある大物歌手の家の前に差し掛かる。
その表札を見たごっちんは、
「へー、アイツ、こんな所に住んでんだ」
「アイツはないでしょ」
「いいんだよ。だって、同じレコード会社なんだけど」
「あっ、そーだつたよね」
「うん、で、事務所とかでも会ったりするんだけど、
 こっちがちゃんと頭まで下げて挨拶してんのに、ふんって感じでさ」
「そーなの?よさそーな人に見えるけど」
「外面だけだよ。部長とかもさ、アタシらには威張ってるくせに、コイツにはへーこらでさ。
「そー、やな感じだね」 

「うん。ね、梨華ちゃん、ピンポンダッシュしたことある?」
「何、それ」
「いいから、やるよ」
「えっ?」
私が聞き返す間もなく、ごっちんはインターフォンに手を伸ばして、
立て続けに三度押すと、走り出す。
仕方なく、そのあとを追ったけど、速い足になかなか追いつけなくて、
しばらく先で、涼しい顔をしてたっているところに、
肩で息をして辿り着くと、
「遅いなー」
と、本当に可笑しそうに笑っている。
「だって、ごっちんは、ズックだからいいけど、私はブーツなんだもの。
 第一、走るのとか、苦手だし」
「テニスやってたくせに?」
「アレはめったに、前には走らないの。横とか、後ろとか・・
 てか、そんなことより、何よ、急に悪戯とかして」
「えへ」
「もー、子供なんだからー」
「へへ・・・うん、子供なんだよ。本当は・・まだまだ子供」

そう言って笑っているけれど、その言葉は、なんだか少し重かった。
やっぱり、この子少し無理してるんだ。

プロフィールで見た、バンドのメンバーはみんな結構な大人で、キャリアもあって、
その中に入って、まだ16で、与えられたイメージに合わせて、
精一杯の背伸びして・・
139 名前:トーマ 投稿日:2006/03/03(金) 15:09
本日はこの辺で。

>>123 Liar様 いつもありがとうございます。少しですが更新しました。

>>124 名無し飼育様 ありがとうございます。
        やっと17歳になりました。のんびりとお付き合い下さい。
140 名前:Liar 投稿日:2006/03/03(金) 21:23
大量更新おつかれさまでした。
いや、後藤さんと石川さんがやっと、出会えてよかった…。
これからどうなるのか…。たのしみです!
141 名前:名無飼育 投稿日:2006/03/04(土) 01:45
出会いましたね。
毎回ハラハラしてましたが一安心です。
続き楽しみに待ってます。
142 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 00:23
更新お疲れです。
うぁ〜今日までトーマさんの新作に気づかなかったっ!
一気に読んじゃいました。
トーマさんの描くこの二人はすごく好きです。
続き楽しみにしてます。
143 名前:17歳 投稿日:2006/03/07(火) 10:15
会社の寮なら、やっぱりまずいんじゃないのと、寄らずに帰ろうとするのを、
平気だよ。普通のマンションだもの。何もないけど、お茶ぐらい出すしと、エレベーターに押し込む。
それでも、部屋に上がってしまえば、
「やっぱ、梨華ちゃん部屋って感じだよね」
と、さっさと床に散らばった雑誌をテーブルに重ね始めるごっちん。
「うん、相変わらずでしょ。家具とかね、備え付けだから、最初は結構すっきりしてたんだけどね」
お湯を沸かして、最近はまっているハーブティを運ぶ頃には、
すっかり自分の場所を確保したみたいに、
ベッドにもたれて、足を伸ばしている姿が懐かしい。

「面白い味だね」
マグカップに両手を添えて、フーフーしながら、一口飲んで、小首を傾げるから、
「やっぱり、コーヒーにしようか?」と尋ねると、
「ううん、あったまりそう」
と、ふわっと笑った顔は、幼かったけれど、
カップをテーブルに戻したその手を、着たままの上着のポケットに突っ込んで、
彼女が取り出したのは、白とグリーンの小箱だった。

そこから、一本抜こうとしている綺麗な指先を睨みながら、
「すうの?」と聞いてみる。
「うん」
「灰皿ないよ」
「あー・・・そーか」
長い煙草を口元に運ぼうとする手が、宙でとまる。
「って、まだ・・」
「未成年とか?」
「うん」
「みんなしてるよ、煙草くらい・・
 でも、うん、我慢できないわけじゃないし。そーだよね、ここじゃまずいよね」
「うん」
「って、そんな顔で見ないでよ。ほら、ちゃんとしまうから」
と、取り出したものを元の箱に収めて、それをさっきのポケットに戻すと、
ついでといった感じで、その上着を脱いで、
「ね、ほら、だから、おこんないの」
と、悪戯っぽく私の顔を覗き込む。
144 名前:17歳 投稿日:2006/03/07(火) 10:37
「怒ってなんかないよ」
「うそ、怖い顔してる」
「怒ってるんじゃないよ。ただ、ちょっと悲しいかなって」
「悲しいって・・・・わかった。梨華ちゃんの前ではすわないから。約束する」
「私の前だけ?」
「うん。てか、本当はあんまし好きじゃないし」
「好きじゃないならどーして・・喉とかにも悪いんじゃないの」
「周りがみんな吸ってるしね。少し声もつぶしたいとかね・・
 あっ、これ、食べていい?」
「あっ、もちろん」
しまった煙草の代わりに、テーブルの上に広げておいたスナック菓子を口に入れて、
照れ隠しみたいに、バリバリと音をたてて食べ始める16歳。

「ねぇ・・・」と、続けようとした少しお節介なセリフを、
インターフォンの音がさえぎる。

「梨華ちゃん、帰ってるー」
ドアを開けると、玄関に置かれている靴を目敏く見つけた美貴ちゃんは、
「あーやっぱりね。逃げるみたいに帰っちゃうから、あさみさん心配してたよ」
「ごめん。後で謝りのメール入れとくよ」
「そーしな。って、上がってもいいよね。紹介してよ」
と、返事も待たずに、さっさと靴を脱ぎ始める。

145 名前:17歳 投稿日:2006/03/07(火) 11:07
「こんばんはー、始めましてってこともないか。さっき挨拶みたいなのしたよね」
「うん。した」

面識がないわけじゃない二人だったけれど、ここは一応ちゃんと紹介した方がいいのかなと、
「えっと、こっちは、藤本・・」
「美貴でーす。ミキティって呼んで・・って、コイツは、どーしてもちゃん付けなんだけどさ」
「だって・・まっいいじゃないそれは。で、こっちは、ごっちん・・あっ、MAKIさん」
ごっちんは、上目遣いのまま、小さく会釈する。
「ごっちんってあだ名?」
「うん。後藤だから・・今は、めったに呼ばれないけど」
「そりゃ、なんてったって、MAKIだものカリスマの・・
 でも、こーしてると、感じ違うよね。
 うん、中澤さんがスカウトしちゃうのもわかるわ。アイドルでもいけそーだよね」
「それ、褒め言葉?」
「もちろん」
すんなりと、そんな会話をし始める二人に安心して、美貴ちゃんの分のお茶を入れに席を立つ。

「はい」と、カップを渡すと、
「サンキュ。って、どっか寄って来たりしたの?帰ってきたの遅かったみたいだけど」
本当に、心配してたんだ。
「ううん。真っ直ぐ・・あのね、歩いて来たから」
「えっ、って、もしかして、スタジオから?」
「うん」
「ここまで、ずっと?」
「うん、結構近かったよ。50分位かな」
「って、50分も歩いたの?」
「あっ、かなりゆっくりだったから」
「それにしても・・・まあ、それはどーもご苦労なことで」
と、私の顔を呆れるように見ると、
ふわっとした笑顔で、そのやり取りを聞いていたごっちんの方に向き直って、
「アンタも大変だねー、こんなのと友達やってると」
と、勘違いの同情をする。
 
146 名前:17歳 投稿日:2006/03/07(火) 11:37
「歩くのは、アタシが言い出したんだけど」
「へっ、そーなの?」
「うん、ごっちんが、近いからって」
「へー、美貴はてっきり、このバカが、
 お星様が綺麗だから、見ながら帰ろうなんて言ったのかと思った」
「てか、星とか見えないし」
「そーか、晴れてても都会だもんね」
「だよ」
「でも、やっぱり、意外だよね」
「何が?」
「あのMAKIとこのバカが友達とかってさ」
「あのねー、さっきから、このバカって・・」
「あれ、ちがったっけ?」
って、あらためて、呆れたような目つきで私の顔を見ている美貴ちゃんに、
ごっちんも何を思ったのか、
「いつも、梨華ちゃんがお世話になってます」
とか、言っちゃうから、
「はい、いつもお世話してます」
なんて、調子に乗っちゃう美貴ちゃん。

「あのねー」と、少し言い返そうとするのを、
「だって、してるじゃない」とあくまでも自信たっぷりで、
「だったっけ?」
「うん、結構大変なんだよ。このブリブリに付き合うのも」
だそうで、それに、ごっちんまで、
「だろーね」なんて、同意しちゃうから、
「もー、何よ、二人とも」と、すねてみたけれど、
「だってねー」って、顔を見合わせて、笑っている二人。

もー、なんだかなー。
二人して、人のこと何だと思っているんだろう。

でも、良かった。何気に気が合っているみたいで。
今、一番身近にいる人と、ごっちんがこんなふうに話してくれているのは、
やっぱり、ちょっと嬉しかったりもする。
147 名前:17歳 投稿日:2006/03/07(火) 11:49
「って、オタクら、今度は何時こっちでライブやるの?」
「あっ、えっとね・・再来週の頭からかな、東京は」
「一度見に行きたいんだよね。結構好きなんだよね、アンタたちの曲。
 チケットとか、まだ取れるのかな」
「一応、ソールドアウトってゆーか」
「そーだよね。やっぱ、人気あるもんね」
「うん・・でも、どーしてもってゆーんなら、手配出来るかな・・うん、少しなら」
「マジ?」
「うん、たぶん」
「やった、ラッキー」
「うん、来れる日教えてくれれば・・」

「って、ごっちん・・本当いいの?」
「うん、少しくらいなら、都合つくから。梨華ちゃんもきてくれるよね」
「そりゃ、もちろん行きたいけど・・」

図々しいお願いをした当人は、
さっさと勝手に私のバッグから、スケジュール帳を引っ張り出して、
「いつまでやってるんだっけ」
「えっとね」
と、相談をし始める。
148 名前:17歳 投稿日:2006/03/07(火) 12:14
「じゃあ、火曜日かな。この日なら、押しても夕方には終わりそうだし」
「わかった。じゃ、2枚でいいのかな」
「あっ、出来たら4枚。
 ほら、ウチ、もう一人いるでしょ。置いて行ったら僻んじゃうし、それと、あさみさんの分」

「あさみさんって・・・大丈夫なの?事務所の方とか」
「だからだよ。その口止め兼、ボディーガード。
 って、実はさ、彼女、MAKISMの大ファンってゆーか、
 あのサイドギターの人の前のバンドでやってた時からのファンみたいでさ」
「へー、そーなんだ。でも、4枚って・・」

「あっ、たぶん大丈夫。10枚も20枚もってゆーんなら無理だけど、
 そのくらいなら関係者用とかあるし」
「本当?」
「うん。で、どーしようか」
「えっとね、ここに送ってくれるかな」
美貴ちゃんは、やっぱり勝手に、私の手帳を一枚破ると、ここの住所を手早く書き込む。

ごっちんは、それを一度確認してから、ポケットにしまう。
「じゃ、なるべく早めに送るから」
「ごめんね。忙しいのに」
「ううん」
「でも、やっぱり楽しみだな。ごっちんのステージ」
「なんか照れるけどね。でも、アタシも見て欲しいかな。あっ、でも、楽屋とか来なくていいからね」
あー、そうだよね。私は、わかったと目だけでごっちんに返事をしたけれど、
「えー、どーして、あさみさん連れてったら、メチャクチャ喜ぶのに」
と、美貴ちゃんの頭の中のスケジュールには、そこまで入っていたようで、
「だって、ほら、取材の人とかも来てるし、マズイでしょ、そっちの事務所とか」
「あっ、そーか」
やっと理解した美貴ちゃんが残念がる。
 
149 名前:17歳 投稿日:2006/03/07(火) 12:29
「じゃあ、花とかも出せないよね」
「そりゃ、そーでしょ。ファンとかに見つかったら何言われるかわかんないよ。
 まっ、こっちは全然ダメージないけどさ、そっちは、やっぱヤバイでしょ」
「かもね。じゃあ、コソコソと変装でもして見に行きますか」
「うん、そーしな」
「なんか、パーッとしたかったんだけどね。
 で、梨華ちゃん、何に化けようか・・どー、きぐるみでも着てっちゃう?」
「えっ、そんなの返って、目立っちゃうじゃない」
「バカ、冗談に決まってるでしょ。まっ、お忍びってことでさ」

美貴ちゃんは、そんな約束が出来上がると、
用事は済んだとばかりに、自分の部屋に戻って、
じゃあ、アタシもそろそろとごっちんも立ちかけるのを、
遅いから、泊まって行けばいいじゃないと引き止める。

そーしよーかなと、一旦座りなおした時に、彼女のケイタイが鳴って、
そのメールを見たごっちんは、
「やっぱ、心配してるみたいだから」
と、身支度を始める。

そっか、今の彼女には、その帰りを心配して待っている人がいて・・・

「わかった・・・でも、その前に」
と、新しい電話番号とメルアドを貰う。

150 名前:17歳 投稿日:2006/03/07(火) 12:36

ねぇ、ごっちん、
私だって・・

私だって、たぶん、その人に負けないくらい、心配しているんだからね。
あなたのことを。

会えなかった、昨日までずっと。
こうして会えた今、この時も。
それで、たぶんこれからもずっと。

151 名前:トーマ 投稿日:2006/03/07(火) 12:51
短いですが、本日はここまでにします。


>>140 Liar様   
>>141 名無飼育様   
>>142 名無し飼育様  

ありがとうございます。
某所のカップリングの人気投票でまだまだ予選とは言え、いしごまの意外な程の好成績に少し驚いています。
たぶん、水板某人気作品のお陰だとは思いますが、
やはり、このカップルが好きで、多少なりとも書かせていただいている者として、嬉しく思います。

このお話の方は、なかなか前に進みません。
というか、当初の構想よりだいぶ長いものになってしまいそうです。
気長にお付き合い下さい。
152 名前:Liar 投稿日:2006/03/07(火) 23:02
お疲れ様です。早い更新に嬉しい限りです!
CPの人気投票はいしごまが多くて嬉しかったです。
実は私はトーマさんの小説をよんでいしごまにはまったんですよ。
いつも、期待しております。頑張ってください。
153 名前:17歳 投稿日:2006/03/10(金) 09:42

私達のセカンドシングルは、
オリコン初登場で、なんと1位にランクされた。
それは、CMとのタイアップ効果、大々的なセールスプロモーション、
それに有力アーティストのリリースの谷間等の数々の要素に恵まれた結果ではあったけれど、
デビューシングルのそれまでの累計を倍するその売上げ枚数は、
業界の注目を集めるのに充分な実績となったようで、
私達には、毎日のように新しい仕事の決定が知らされた。

それは、新しい商品のイメージキャラクターであったり、
テレビ雑誌の連載記事だったり、ラジオのレギュラーだったり、
それから、テレビの新番組・・
それは、当初、安倍さんの春ツアーに帯同するために、
生出演が不可能になったあの情報番組のVTRコーナーとして企画が進められていたものを、
急遽、深夜枠に30分番組として独立させることになったタイトルに私達のユニット名が付く
いわゆる冠番組といったものだった。

「新人としては、ホンマすごいことなんやで」
と、さすがの中澤さんも、少し興奮しながら、その決定を話してくれたけれど、
それこそ新人の私達は、
「なんか大変なことになっちゃったみたいだね」
と、どこか他人事のように、ただ分刻みのスケジュールに身を任せていた。

154 名前:17歳 投稿日:2006/03/10(金) 10:21
そんな中、ごっちんからのチケットが届いた。

ファンレターなどは、事務所で受付られていたけれど、
どこでどう調べるのか、私達が住むマンションに直接届けられることもあって、
中には、いかがわしい物もあるとかで、
ここへの郵便物の一切は、一度管理人室に集められ、その一つ一つを確認しながら、個人に渡す。
不必要なDMなどを処理してもらうには、都合のいいそのシステムだったけれど、
やっぱり、プライベートを管理されているようで、あまり気分のいいものではない。
噂では、田舎のボーイフレンドとの文通を、事務所に知らされて、注意をされた子もいるとか。

「えっと、石川さん、これ友達?」
真希とだけ書かれた差出人の名前を見ながら、少し怪しむ管理人の小母さんに、
「ええ、地元の、高校の友達です。もちろん女の子」
嘘のつけないタチと言われている私は、
差障りのない範囲の本当のことを言って、それを受け取って、
一緒にいた美貴ちゃんに、エレベーターに乗るなり小突かれて、苦笑される。

「しかし、アイドル商売も、色々面倒だよね。手紙一つ受け取るのに、あんな手間とってさ」
「まあね」
「ってさ、美貴、そろそろココ出よーかって思ってんだよね」
「えっ?」
「田舎から、お母さんが出て来てくれるみたいでさ」
「そーなの、よかったねー」
「うん。それに、次のオーディションで、ココに入る子とかさ、いるかもだし」
「あっ、今やってるんだっけ?事務所の」
「恒例だからね。何人採るとかわかんないけど、地方の子とか多かったらさ、
 出たくなくても、出なきゃなんなくなるでしょココ。
 一応、それなりのお給料もらってるからねアタシらはさ。
 いつまでも、ココに居座るわけには行かないでしょ、どっちみち」
「あっ、そーか。じゃ、私も考えなきゃだよね」


155 名前:17歳 投稿日:2006/03/10(金) 10:40

MAKISMのライブの当日、
午後から始まった雑誌の写真撮影が押して、一番焦っていたのは、あさみさんだった。
新番組の打ち合わせで忙しい中澤さんに代わって、
ほとんどの現場を任されるようになっていた彼女が、やたらと時計を見ているのを、
「大丈夫ですよ。7時からだし、スタンディングのライブだけど、私達は、二階の椅子席だし」
と、なだめると、
「それでも、少しでも早く行きたいのが、ファン心理なの」
と、なかなかOKを出さないカメラマンを睨み付ける。
「大体ね、2、3カットしか使わないくせに、こんなに撮らなくてもさ・・
 あれって、絶対、個人的な趣味だよね」
とかぼやいているけれど、そこは押しの強い中澤さんとは、やっぱり違うから、
もうこの辺でとは、切り出せない。

さすがに私達も時計を気にし始めた頃、やっとOKが出て、
会場に駆けつけた時には、
開演の迫ったロビーには、もう人影もまばらだった。

席に急ぐ三人と離れて、残っているスタッフを探して、
ママに頼んで用意してもらった差し入れを渡す。
匿名で送ったそれが、彼女の元に届く保障はなかったけれど、
無理して用意してもらったチケットのお礼も、激励も、
直接会って言えない代わりに、ほんの少しでも、何かを形で伝えたかった。
156 名前:17歳 投稿日:2006/03/10(金) 11:03
私が、暗がりの中、指定の席に辿り着いた時には、
あふれるばかりに埋め尽くされた1階のスタンディングフロアでは、
もうあちらこちらで歓声が上がっていた。
「すごい熱気だよね」
「うん、安倍さんのコンサートとは、全然雰囲気違うよね、女の子の方が多いしさ」
などと、少し興奮気味の美貴ちゃんとシバちゃんに、
「始まったら、こんなもんじゃないよ」
と、実は相当の追っかけをやっていたらしいあさみさんは、
席に座っているのがもどかしいといった感じで、やっぱり一番興奮している。

けたたましいイントロが流れ出して、ステージが明るくなる。
すぐに立ち上がったあさみさんにつられるように、私達も立って、
結局、二時間あまりのライブが終了するまで、一度も座ることはなかった。

ステージのごっちんは、輝いていた。
本物の星が、地上に降り立って、そこで瞬いているように。
それは、あのライブハウスで歌った時より、遥かに大きく、
あの歌番組のスタジオでの演奏より、遥かに鋭い光を放っていて、
演奏される音に合わせて、激しく身体を動かすホールを埋めた観客の中で、
たぶん、私は一人、ただ立ち尽くして、その光に見入っていた。
157 名前:17歳 投稿日:2006/03/10(金) 11:12
あさみさんに送ってもらって、部屋に帰るって、ケイタイを開くと、
ごっちんからのメールが入っていた。
「お団子ありがとね。あれ、梨華ちゃんだよね。
 懐かしくて、独り占めしたかったんだけど、
 たくさんあったから、ついスタッフとかにも分けてあげたら、
 おいしい、おいしいって、あっとゆーまになくなっちゃった。
 やっぱ、すぐに隠せばよかったかなって、少し後悔(泣)」

地元のお団子屋さんのみたらし。
それが好物で、大きいのが三つ刺さった串を、一気に頬張って、
呆れる私に、照れ笑いをしていたごっちんの顔が、目に浮かぶ。

それが、あのステージの人となかなか重ならなくて、
お茶を沸かして、一息してから、メールを返す。
「ステージ、よかった。すごいよ、ごっちんは・・・」
言葉を知らない自分がもどかしい。
158 名前:17歳 投稿日:2006/03/10(金) 11:27

週末には、安倍さんのツアーに帯同してのライブで、全国を回って、
ウイークディは、テレビに、ラジオに・・
私達は、デビューで慌しかった冬の後に、さらに忙しい春を迎えていた。

相変わらずのライブ三昧の間を縫うように、ごっちんたちのセカンドシングルは、
デビュー曲がまだベスト10内に残っている4月の半ばにリリースされ、
当然のようにヒットして、同時発売のアルバムとともに、オリコン1位を獲得していた。


久しぶりのオフに、引っ越したばかりで、まだ何も整理されていない荷物を解きながら、
そのアルバムを聴いていると、インターフォンが鳴った。
注文しておいた家具が届いたのかと、出てみると、
聞こえてきたのは、CDプレーヤーから流れているのと同じ声だった。
159 名前:17歳 投稿日:2006/03/10(金) 11:52
「どーしたの?びっくりしたなー」
散らばった荷物の間を避けながら、部屋に上がった人に言うと、
「だって、今日、オフだって言ってたし」
確かに、昨日、メールで、明日は久々の休みで、やっと引越しの荷物に手がつけられる。
とか、書いたけれど、
「でも、よく来れたよね」
この部屋を決めた時に、確かにその住所を知らせてはいたけれど、
一週間以上、ココに住んでいる私でも、時々迷ったりしているのに・・
「アタシが方向とか得意なの知ってるでしょ」
「あー、そーだよね」
女の子が一般的に苦手とされている地図の見方だけれど、
この人に言わせると、何で分からないのか、分からないそうで・・

「でも、電話とかしてくれればいいのに・・こんな散らかってるし」
「だから、きてあげたんでしょーが」
「えっ?」
「梨華ちゃん一人じゃさ、この箱一個だって、一日じゃ終わらないよ」
「あっ、うん、そーかも」
「だからさ、手伝わなきゃなって」
「あっ、でもいいの?忙しいよね、仕事とか」
「仕事だったら、いくらアタシでも、わざわざ来たりしないって。
 たまたまさ、今日から三日間、オフなんだよね」
「本当?」
「うん、ずっとライブでさ、お正月とかも休んでなくて、アルバムも作ってたしさ、
 で、ほら、それも売れてるみたいだしね、そのご褒美らしいよ。
 メンバーもそれぞれ田舎に帰ったりとかしてさ」
「そーなんだ。でも、それなら、おウチとか・・」
「あっ、それはいいの」
160 名前:17歳 投稿日:2006/03/10(金) 12:13
「で、ヒマしてるから、これ届けがてら、手伝おうかなって来たんだけど、
 もー、いらないかな、これ」
と、つけっ放しにしていたCDプレーヤーの方を、チラッと見て、
手に持っているアルバムをバッグに戻す仕草をするごっちん。

「あっ、せっかくだから貰うよ。てか、下さい」
「そーおー」
「うん、で、出来たらサインしてほしいな」
「は?」
「ほら、プレミア付くでしょ」
「って、売る気なの?」
「まさか、そんなことしないよ。ほら、記念にさ」
「ふーん、記念ねー・・・って、ちゃんとしてあるよ、しかもメンバー全員」
「すごーい!家宝にするね」
「大げさだなー」

お茶を入れると言うのを、少し片付けてからにしようよと、
本当に手伝ってくれるのに甘えて、
お陰で、少しはスペースの出来たところに、ちょうど家具が届く。
「ベッドもなかったとか、今日まで、どーやって寝てたの?」
「うん、ママにね、お布団だけ一組、本当はお客さん用なんだけどね、先に用意してもらってて」
「そーなんだ。でも、本当、何も片付いてなかったみたいだよね、不自由したでしょ」
「うん、でも、ほら、今って、ほとんど寝るだけだからさ。
 こーして、昼間、この部屋にいるのも初めてだし」
「そっか、忙しいんだね、相変わらず」
「お互い様だけどね」
 
161 名前:17歳 投稿日:2006/03/10(金) 12:35
少し形になった部屋で、早めの夕食にビザをとる。
「台所用品とかも揃ってるみたいだけど、自炊とかしたりするの?」
「あー、あれはママが来た時に作ってくれるつもりで用意したらしいんだけど、
 本当は、やった方がいいんだよね。栄養とかさ。でもなー」
「やっぱ、時間ないしね」
「ってゆーより、私、全然ダメなんだよねー」
「料理とか?」
「うん、てか、家事全般」
「あー、まあ、そーかもね、うん、梨華ちゃんらしいよその方が」
「って、なんか相当バカにしてるよね。ちゃんとやるよーにするよこれからは」
「まっ、頑張ってね。って、料理とかならさ、今度、アタシが作ってあげるよ」
「えっ?ごっちん、出来るの?」
「うん、小さい頃から、やってるからね。今日は食材とかなんもないから無理だけど」
「あー、冷蔵庫とか、飲み物しか入ってないものね」

「って、今日は、泊まっててくれるよね」
「うん・・って、もう少し、整理した方がいいしね」
「あっ、うん、それもそーだけど・・・はい、これ」
私は、用意していたものを取り出して、ごっちんの前に置く。
「これ、ごっちんのだから」
「えっ?」
「あのさ・・・相変わらずなんだよね」
「あー、アタシの棲家のこと?」
「うん」
「だね。ある意味そーとー住所不定」
162 名前:17歳 投稿日:2006/03/10(金) 13:00
「あのさ、ココは、会社の寮とかじゃないし、狭いけど客間もあるし」
「うん」
「結構、便利な場所だしね、スタジオとかテレビ局とか近いし」
「みたいだね」
「だからね、自由に使ってくれていいから」
「えっ?」
「ほら、私もさ、地方泊まりだったり、夜遅くまで仕事だったりで、
 いない時とかあると思うけど、好きな時に来てくれていいから」
「・・・・」
「たぶんママが時々来ると思うけど、ごっちんなら、知らない仲じゃないし」
「うん、でも・・」
「あー、別に、一緒に住もうとか言うんじゃなくてね、気が向いた時にさ、
 ごっちんが転がり込む先がね、一つ増えたって感じでさ」
「あーうん」
「だから、これ、持ってて」
「・・・・わかった。」
それまで少し難しそうな顔をしていたごっちんが、ふにゃっと笑って、
その合鍵をポケットに突っ込むと、
「じゃ、梨華ちゃんがいない間に、お掃除でもしに通ってあげるよ」
と、冗談を言う。

客間に布団を敷くつもりだったけど、それも寂しいよねってことになって、
ついたばかりのセミダブルのベッドに並んで入って、
地元の話とか、最近見つけたおいしいお店の話とかしながら、いつの間にか眠っていた。

翌朝、鳴り出した目覚ましを、いつになく素早く止めて、
ごっちんを起こさないように、ベッドから抜け出す。
コーヒーとトーストの用意だけをダイニングテーブルにして、
「ゆっくりしててね。なるべく早く帰るから」
と、置手紙を書いて、事務所から回されてくる車に乗るために、部屋をあとにする。
163 名前:17歳 投稿日:2006/03/10(金) 13:18
やっぱり、夜になってしまった帰り道を急いで戻ると、
すっかり荷物が片付けられた部屋に、
夕食の用意までされていた。

「レンジでチンくらいは出来るよね。
 冷蔵庫の食材は、なるべく早めに食べてね。
 切って、炒めちゃえば、たいていのものはOKなんだからね」

ラップのかけられたお皿を、レンジに入れて、
初めて使われた炊飯器から、ご飯を装う。
食器棚には、夕べまで箱に入っていた食器がきれいに並べられて、
流しの脇には、このお料理を作るために使われたお鍋やざるが、水を切られている。

改めて、他の部屋をのぞくと、今朝まで出ていた荷物もすっかり片付けられていて、
引越し屋さんのダンボールが隅に畳んで立てかけられている。

ゴミ箱にかけられているスーパーの袋は、駅の向こうにある大きなお店のもので・・・

せっかくのお料理を冷めてしまわないうちに、戴くことにする。
ロールキャベツとサラダ・・

おいしいよ。とても。ごっちん、おいしいよ。


164 名前:17歳 投稿日:2006/03/10(金) 13:28
ごっちんのお料理を噛みしめながら、
何故だか、涙があふれてきた。

一人で、この部屋で、私の荷物の整理をして、
わざわざ遠くの店まで買い物に出かけて、
このキッチンで手間のかかるお料理をして、

たぶん、そんなことを、鼻歌でも歌いながら、
飄々とやってる彼女の姿が目に浮かぶ。

ごっちん、おいしいよ。本当に、おいしい。

だから、
出来れば、一緒に食べたかったなんて、
それは、贅沢すぎる願いなんだよね。
165 名前:トーマ 投稿日:2006/03/10(金) 13:36

本日は、ここまでにします。

>>152 Liar様 ありがとうございます。
        私も、飼育で、ある人の作品に触れて、書かせてもらうようになりました。
        まだまだ拙い話ばかりですが、そういっていただけると嬉しいです。
166 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/23(木) 09:45
この後二人がどんなふうに関わっていくのか…。
ますます楽しみです。
167 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/26(日) 14:34
更新お疲れさまです
どうなっていくのか謎だなぁ更新楽しみにしています
168 名前:Liar 投稿日:2006/03/28(火) 11:40
本当に頑張ってください。
更新お疲れ様でした。
いつも早い更新で嬉しい限りです。
作者さんのペースでいいのでマッタリとまってますよ。
169 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/28(日) 12:35
待ってますね
170 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 11:04

5月の半ばには、本格的なダンスナンバーのサードシングル。
6月には、ファーストアルバムを続けてリリースして、
7月末から9月いっぱいまで、初めての単独ライブツアー。
それは、この秋からの連ドラの主演を契機に、活動の中心を女優業へとシフトする
安倍さんが、それまで使っていた箱を私たちが代りに埋めるといったもののようで・・


びっしりと書き込まれたそのスケジュール表を渡された時、
つい「大丈夫かな・・」ともらしてしまった私は、「は?」と、中澤さんに睨まれる。
「イシカー、今、何かゆーたか?」
「いえ」
それっきり俯いてしまった私を弁護するように、
「あの、でも・・何か大変ですよねー」
と、柴ちゃんが言って、いつもは強気の美貴ちゃんも、
「だよね」と同調する。

そんな私たちを中澤さんは、しばらくあきれたように見回して、
「あのなー、コレ、喜ぶ話やで、フツー。嬉しくないんかアンタラ」
「それは嬉しいですよ。でも・・」
「でもなんや、シバタ・・すごい話やないか。新人でコレだけの規模のツアー組むなんて」
「だからですよ」
「ハ?」
「だから・・・・そのー、大丈夫かなって」

そうなのだ。
この夏に単独ライブをやるという話は、前から何気に聞かされていて、
私たちは、かなり楽しみにしていた。
けれど、こんなに大規模なツアーになるとは、正直、三人とも思っていなくて・・
171 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 11:29
「あのなー・・まあ、アンタラの不安もわからんではないけどな・・
 かなり、体力的にもキツイことになってるしな。
 でもな、物事には、タイミングつーもんがあるんよ」
「タイミングですか」
「そや、タイミングや」

中澤さんは、スーッと一度大きく息を吸うと、ゆっくりと話し始める。
「アンタラは、幸いにして、デビュー曲もセカンドもかなり売れた。そやな、思ってた以上かな。
 テレビやラジオのレギュラーもとったし、CMかて入ったし、ここまでは順調そのものや。
 けどな、今までのは、正直に言わせてもらうと、半分以上、企画の勝利なんよ」
「あっ」私たちは、思わず息を呑む。
「テレビ番組からアイドルが誕生するってゆー物語を、
 世の中が面白がって、それに乗ってくれてる・・・
 まっ、もちろんアンタラには、それなりの魅力がある。
 そやから、この企画は成功した。
 でもな、それに満足してたら、下手したら企画ものの一発屋で終わってしまう。
 まあ、上手くいって、テレビの中のアイドルグループの一つに落ち着くとかな。
 ええか、本物のファンは、ライブでつくものなんよ。
 高いチケット買って、わざわざ会場に足運んで、ステージに声援送って、
 そこで初めて、本気で応援しようって気になるもんなんや・・
 わかるか、イシカー」
「あっ、はい・・・なんとなくですけど」
「なんとなくか・・まあ、ええ。
 とにかく、アンタラには、今、勢いがある。
 それに乗って、この夏には何が何でも全国で10万人を動員する。
 それが出来て初めてアンタラは本物になるんや」
 
172 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 12:05
「10万ですか・・」
美貴ちゃんが繰り返したその数字が、どれだけのものなのか、私には想像も出来ない。
「うん、まあ、正確には全部埋まって、12万弱ってことになるんかな」
「12万・・・あの、去年の安倍さんのツアーって、8万でしたよね」
柴ちゃんのその問いに、私は去年見せてもらった安倍さんのライブを思い出した。
大きな会場は、三階席の奥まで、びっしりと埋まっていた。
それを上回る動員って・・・

「そやな、それくらいやったかな。まっ、今回は、大きいトコ多いしな。
 ・・・・って、何、三人とも暗い顔しとんのや」
「あー、いえ・・」
「あのなー、アタシラかてプロやで。甘い目論見で高い会場押さえたりせーへん。
 何度もゆーよーやけど、アンタラには今勢いがある。
 決して不可能な数字とは思ってへん。スタッフも全力でバックアップするしな」
「はー」

そこまで言われてもまだ煮え切らない返事を返す私たちに、
中澤さんは、もう一度溜息をつくと、今度は一転して、
「まあな、そこでろくなライブパフォーマンス見せられへんかったら、
 せっかく来てくれた人たちも失望して、反ってファンを減らしてしまうことになるかもしれんけどな。
 ゼリービーンズも生で見るとたいしたことないなーってな」
と、はき捨てるように言う。
そんな中澤さんの挑発に、
「それは・・そんなことにはなりません。少なくとも美貴には自信があります」
と、美貴ちゃんがまんまと乗って、
「そーかー、フジモトには自信があるんやな、ええことや」
その日初めて、満足げに笑った中澤さんは、その顔をすぐに引き締め直すと、
「シバタはどーや」
と、柴ちゃんにふる。
「私は・・私は今はそんな自信なんてありませんけど、でもやるしかありませんから、
 本番までには、自信が持てるように、やるだけのことはやります」
「そっか、シバタは正直やな・・・で、イシカー、アンタはどーなん?」
「・・・とにかく、頑張ります」
今の私には、そんな言葉しか返せない。
「まっ、それでええ。とにかく、この夏が勝負やと思って、
 100%、いや120%の力を出すことや。出来るよな」
「「「はい」」」
「やっと、返事らしい返事が返ってきたな。
 まっ、そんなわけやから・・・って、今日はもーええで、明日も早いんやから、
 遊んどらんで、さっさと帰りー」
中澤さんは、腕時計をチラッと見ると、そう言いながら、机に広げた書類を慌しくまとめて、
忙しそうに、部屋をあとにする。
173 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 12:58
残された私たちは、ドアが閉められるのと同時に、お互いの顔を見合わせて、
思わず同じタイミングで大きく溜息をつく。
それがあんまりピッタリと揃っていたものだから、妙におかしくなって、
誰かが吹き出したのをきっかけに、三人で声を出して笑い合う。

思いっきり笑ったせいか、少し空気が軽くなって、
「まー、ガンバローよ」
「そーだよねー、それしかないしねー」
「だよね、でもさ、コレって、寝る時間とか考えてくれてないよね」
「あー、そーよーねー、まっ、あれじゃない?移動中とかに寝て下さいってやつ?」
「本番中とかね」
「そーそー、目を開けたままってやつ」
そんな冗談みたいに話をしているけれど・・

リリースが続くということは、そのためのプロモーションで、
テレビもラジオも雑誌の取材も増えて、もちろんレギュラーもあるわけだから、
ライブのリハは、その間を縫うように設定されていて、
ライブが実際に始まる頃には、次のシングルのレコーディングが早くも予定されてたりして・・

「なんかさー、人間扱いされてないよねー」
「だねー、ほら、ココとかさ、福岡でライブやって、次の日は都内で早朝ロケだって」
「あー・・・って、あれだよきっと、中澤さんのポケットの中にさ、どこでもドアとか入っているとかさ」
「そーかもねー、じゃなかったら私たちのコピーロボットがあるとかね」
「あっ、その方がいいよね、コピーに働かせて、その間に寝てますみたいな・・」
なんて、半ばやけくそ気味のハイテンションでキャッキャやっていると、

「アンタたち、何はしゃいでんの・・さっさと帰りな、下で車待ってるよ」
と、アサミさんが、ドアから顔を覗かせる。
「あー、すいませーん。
 でも、こんなのもらっちゃったら、もーはしゃぐしかないって感じじゃないですかー」
美貴ちゃんがスケジュール表を指でつまんで、ヒラヒラとさせる。
部屋に入って、それを受け取ったアサミさんは、ざっと目を通すと、
「夏のスケジュール、今日もらったんだー・・・まーかなりハードだけどね・・
 ってさ、なら、なおさら休める時には休まなきゃ。
 ほら、さっさと帰った、帰った」
「はーい」
アサミさんに追い立てられて、私たちはそれぞれの荷物を抱えて部屋を出る。
174 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 13:20
さっさと先を歩いて、エレベーターのボタンを押すと、
アサミさんは背中を向けたまま独り言のようにつぶやく。
「そーいえば、MAKISM・・ドームでやるんだよね」
不意に出たそのバンドの名前に、思わず「えっ?」と聞き返すと、
「行きたいんだけどねー、その日、アンタたちもライブあるしねー」
「って、いつですか?」
「9月23日」
あっ・・・・

エレベーターが開いて、アサミさんも一緒に乗り込む。
「それは残念でしたねー・・って、ドームってやっぱり東京ドーム?」
美貴ちゃんが聞くと、
「そー東京・・アンタたち、確かその日は東北なんだよね・・」
「へー東京ドームかー、すごいなー、さすがMAKISM」
「でしょ、デビュー一年目でドームだよ。あーマジで見たい」
「あ、いいですよ、行っちゃってくれて。
 美貴たちはアサミさんの一人や二人いなくてもなーんてことないですから」
「あー、よくゆーよ、アタシがいなきゃ、電車にも乗れないくせに」
「そんなことないですよ、使いパシリなら、梨華ちゃんにでもやらせるし、ね、梨華ちゃん」
「えっ、あーうん」
「ほらー」
「あー、そーゆーこと言ってると、本当に職場放棄しちゃうからね」
「どーぞ、どーぞ、中澤さんには黙っておいてあげますから」
「それはどーも・・ってねー」
なんて、小突きあっている美貴ちゃんとアサミさんを見ながら、少しぼんやりしてると、
「梨華ちゃん、ボーっとしてると本当にパシリにされちゃうよ」
と、柴ちゃんがポンと肩を叩く。
「えっ、何のこと?」
「ほら、やっぱり聞いてない」
175 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 13:40
「てかさ、知らなかったの?」
「えっ?」
途中まで同じ方向の柴ちゃんに、車の中で聞かれる。
「ドーム公演のこと」
「うん、知らなかった」
「そーゆー話とかしないんだ・・ごっちんと」
「・・・仕事のこととか話さないから・・」

あれ以来、彼女とは会えずにいた。
私たちも忙しかったけれど、ライブが中心の彼女たちは、ほとんど都内にはいないようで・・
もちろんメールのやり取りは欠かしていなかったけれど、
仕事のことは、せいぜいどこどこで食べた何々がおいしかったとかの話から、
ツアー先を想像出来るくらいで・・

「そーなんだ。でも、すごいよね、ドームだってさ・・5万人とか入るよねあそこ」
「5万って・・いっぺんに?」
「うん、席の作り方で多少違ってくるだろーけど、それにしても何万って単位だよ」
「そっか・・すごいね」
「そんなの聞いちゃうとさ、私たちも延べ10万とかでさ、びびってる場合じゃないってゆーか」
「あー、そーだよね」
「まあ、あちらさんはあちらさんだけどさ、分野とか違うし・・でも・・」
「ま、私たちは私たちで頑張るしかないんじゃない?」
「だね」

そうか、ごっちんは、あの東京ドームで、何万人もの人の前でライブをするんだ。
9月23日・・・17回目のバースディに・・
176 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 13:45

その夏は、がむしゃらに駆け抜けた・・
そんな陳腐な表現が、本当にピッタリとしてしまう日々だった。

私たちが内心一番心配していたライブのチケットの売れ行きも、
発売直後に、追加公演が決まるといった好調ぶりで、
ゼリービーンズのファーストライブツアーは、
全国で15万人を動員とマスコミでは、表現された。

177 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 14:00
そんなツアーも終盤を迎えていた9月の半ば、
午前中に4枚めのシングルとなる初のバラードのプロモーションのための、
雑誌の取材を終えて、夕方から始まるラジオの録音までの空き時間、
私たちは、久しぶりにレッスンスタジオを覗いていた。

「なんか、知らない顔とか何気に増えてるよね」
「うん、ほら、またオーディションあったみたいだし・・」
あえて、いつの間にかいなくなっている人達のことには触れずに、
「あ、あの子もあの子も新人だね」
なんて、先生の合図に合わせて踊っている子達を指差している柴ちゃんと美貴ちゃんは、
やっぱり、どこか寂しそうだった。

スカウトされて、途中編入した私と違って、
オーディションを勝ち抜いてきたこの人たちにとっては、
一緒にレッスンを受けていた仲間が、デビューを待たずに消えて行ってしまうのは、
やっぱり辛いことなのだろうと思う。


「・・・・あの子さ・・やけに」
「うん、目立ってるよね」
そう二人が言ったその子が、誰を指しているのか、すぐに私にもわかった。
ダンスが上手いというわけではない。
むしろ、初心者に近いのだろう、他の新人に比べても、動きはぎこちない。
にもかかわらず・・・一人だけ、そこにスポットライトでも当たっているかのように、
とにかく目立っている。
178 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 14:52
「もしかして、オーラってやつ?」
柴ちゃんのそんな言葉に、
「かもね」
と、返した美貴ちゃんの言い方には、なんだか少し棘が含まれていて、
じっとその子を見つめる視線は、いつもに増して鋭い。
そんな美貴ちゃんを、
「そのミキティの目・・なんか覚えがあるなー・・あ、そーそー、
 梨華ちゃんが初めてココに来た時・・あん時と一緒」
柴ちゃんがからかう言葉で、
私は、初めてこのスタジオに来たときのことを思い出す。
いきなり、洗面所で声をかけられたっけ・・
あれから、ちょうど一年。

「てか、あの子・・」
美貴ちゃんがそう言いかけた時、先生の合図で音楽が止んで、
「ハーイ、10分休憩!」

レッスン生が壁際に置いたそれぞれの荷物の場所に散って、
開いた空間越しに、夏先生が私たちに気づいて、
「オー、来てたんだ」
と、手を上げる。
「はい、見学させていただいてます」
それに、軽く会釈を返すと、
それぞれの場所でくつろいでいたレッスン生たちは、
慌ててそれぞれの場所で立ち上がると、入り口の私たちに頭を下げる。

そんな中、一人、とことこと走り寄って来た子がいた・・そう、あの目立っていた子・・
小作りの顔に、満面の笑みをたたえて、何の遠慮もないといった感じで、
私たちのすぐ目の前までやってきたその子は、
「わー、ゼリービーンズ、本物だー」
と、嬉しそうに言うと、ちょっと小首を傾げて、
「思ってたのより、ちっちゃーい!」
と、いきなりそんなことを言い出した。
179 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 15:20
「は?」
美貴ちゃんの声が怖い。
それをごまかすように、柴ちゃんが、
「テレビとかだと、大きく映るからね」
と、早口で答える。
「ですよね。なんか、梨華ちゃんって、背高い人かと思ってたら、
 アタシと同じくらいしかないんだー、柴ちゃんと、ミキティが小さいだけかー」

「ミキティって・・フツー藤本さんだよね」
あっ、コレは拙い。私は、美貴ちゃんの上着の裾をちょっと引っ張って、
二人の間に少し体を入れるようにして、空いてる方の手で、その子と背比べをして、
「本当、オンナシぐらいだね・・あなた・・」
「あっ、松浦です。松浦亜弥、16歳。アヤヤって呼んでください」
と、さっと手を突き出す・・・もしかして、握手ってこと?
握り返すと、なんだかやけに力強い。
私に続いて、柴ちゃんがそれに応じた後、マツウラさんは当然のように美貴ちゃんに手を差し出す。
美貴ちゃんは、それを無視して、睨み付けていたけれど、
マツウラさんは、そんなのにはお構いなしで、笑顔を崩さないで、目を合わせたまま、
すっと美貴ちゃんに近づくと、その降ろされたままの右手を両手で持ち上げて、
ブルンブルンと二度大きく上下させて、
それで満足したのか、今度は大きく一歩下がると、
勢い良く頭を深くまで下げながら、
「これからお世話になります。よろしくお願いします!」
そう、大きな声ではっきり言う。
そして、その頭を上げると、ニカっといった感じに大きい笑顔を一つ作って、
くるっと向きを変えて、元の場所に駆け戻って行く。

私たちは、しばらく呆気にとられて、その姿を追っていたけれど、
彼女は、それっきり私たちのことなど忘れてしまったかのように、
隣の子を捕まえて、おしゃべりを始めていた。
180 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 15:42
「何、あの子」
喫茶室に落ち着くなり、美貴ちゃんが口に出したのは、やっぱり松浦さんのことだった。
「うーん、そーねー」
それに答える柴ちゃんは、何を思っているのか、腕組みをして、明後日の方向を見ている。

「いきなり、ちっちゃいとか・・ミキティとかさ言っちゃうし」
「あ、それは、ほら、まだ新人さんで、なんてゆーの一般の人ってゆーか・・
 私だって、ココに入るまでは、安倍さんのことナッチとか言ってたし・・」
「だからって、面と向かっては、言ってないよね、最初から」
「それは、そーだったけどさ・・あの子、なんてゆーか、天然ってゆーか、おおらかってゆーか、
 無邪気ってゆーか、屈託がないってゆーか・・・とにかく悪気はないと思うのよね」
「それって、生意気ってゆーんじゃないのフツー・・
 てかさ、何で梨華ちゃんが、フォローしてんのかな」
「そんなつもりはないけどさ・・なんてゆーか・・」

「まあ、どっちにしても、あれはかなりの大物だ」
私の拙い言葉の羅列よりも、柴ちゃんのこの一言の方が、ずっと真を射ている。
だから、それには、美貴ちゃんも反論出来ないみたいで、
「あの子、来るね」
と、続けて断言する柴ちゃんに、
「・・・だね」
と、同意せざるおえないといった感じで、頷いている。

たぶん、あの子は、そう遠くない将来、確実にデビューすることになる。
それが、私たちにどういう関わりを持つことなのかは、わからなかったけれど、
ほんのちょっと言葉を交わしただけで、マツウラアヤという笑顔の大きな少女は、
私たちそれぞれにに強い印象を残した。
181 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 16:12

明日は、早朝の移動だから、本来ならなるべく早く眠らなければいけないのだろうけれど、
私は、何度か打ち直したメールを、もう一度見返しながら、日付が変わるのを待っていた。

17回目の誕生日のお祝いと、その日のドーム公演の激励。
それと用意したプレゼントを渡したいから、近々会いたいということを、
なるべく負担のかからないような軽い言葉を選んで。

あらかじめ合わせておいた時計で、12時丁度に送信して、
そのケイタイを枕元に置いて、ベッドに入ると、
ほとんど期待していなかった返信が、思いの他、早く入る。
 ありがとう・・また同い年になっちゃったねぇ
 ドームさあ・・なんか興奮して眠れないかも
 梨華ちゃんも、今日はライブなんだよね、お互いガンバローね
 プレゼントって期待してもいいのかな?
 腐らないうちに、今度取りに行くね・・・とかとか

今度がいつになるかは、やっぱり書かれてなかったけど、
すぐの返信は、やっぱり嬉しい。
もしかして、待っててくれたのかな・・私のメール。
それはないか・・他の人からも入るのだろうし、本当に興奮して眠れないのかも。
あるいは・・
誰かに誕生日のお祝いをしてもらっているところなのかも・・
182 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 16:27
24日は、かなり早い時間にセットしたタイマーで、目を覚ますなり、
ホテルの部屋のテレビをつける。
案の定、朝の芸能ニュースのトップで、彼女たちのライブが紹介されていた。

『5万人のハッピーバースデイ』と称されたそれは、
アンコール開けに、メンバーによってアナウンスされたボーカルの誕生日を、
会場が一体となって、ハッピーバースディの歌で祝福して、
それに感極まった、普段はクールなイメージのMAKIが、涙を流して、
「アタシは、今、世界一幸せです!ありがとー!」
と絶叫で応えて、MAKISMのドーム公演が大盛況のうちに幕を下ろした・・といったものだった。

ごっちん、泣いちゃったんだ・・・
でも、そーだよね。あんな大勢の人に祝福されたら、誰だって感激する。
まして、彼女は本当は、とっても感情の豊かな子で・・泣き虫だから・・
本当に、その時の彼女は、この世の中で、一番幸せな女の子だったのだと思うし。

チャンネルをあちらこちらに変えて、何度も何度も同じ場面を見ながら、
私もいつしか、もらい泣きしていた。
183 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 16:50
移動の新幹線で、アサミさんが買い込んできたスポーツ紙を見せてもらう。
どれも、芸能欄のトップは、MAKISMのドーム公演で、
ほとんどが涙を流すごっちんのアップを大きく載せていた。

「へー、やっぱすごいねー」
「うん、てか、ごっちんってまだ17だったんだー」
「そーだよ。だって、私たちより一つ年下だもの」
「そーなんだよね・・大人っぽいからさ、ついそーゆーの忘れてるよね。
 美貴はともかくさ、梨華ちゃんより下とかってさ・・」
「何よそれ」
「だって、昨日の夜のライブの時だって、高い位置のツインテールとかしちゃって」
「エー、かわいかったでしょあれ」
「かー?」
「えっ?・・・かわいくなかった?」
「・・・・それよかさ」
「って、何スルーしいんのよ」
「えっ、何か言った?」
「もー」
そんなこと言って、しばらくははしゃいでいたけれど、
やっぱりなんだかんだで疲れの溜まっている美貴ちゃんと柴ちゃんは、
じきに眠りに落ちてしまう。

いつもなら、私もとっくに眠ってしまうところだけれど、
やっぱり朝からの興奮が収まらずに、もう一度、スポーツ紙の記事を見返していると、
「飲む?」
と、アサミさんが冷たいお茶を買ってきてくれた。
「ありがとうございます」
それを受け取って、また紙面に目を落としていると、
「すごいよねMAKISM・・あっという間にトップバンドになっちゃって」
「そーですね。どこまでいっちゃうんだろーって感じですよね」
「・・・うーん・・なんだけどさ・・」
「えっ?」
MAKISMの大ファンであるはずのアサミさんの口調が、何故か重い。
気になって、その顔を伺うと、新聞に目を落としたまま、口元を少し歪めている。
184 名前:17歳 投稿日:2006/06/06(火) 17:16
「あの・・・何かあるんですか」
「うん・・・コレって梨華ちゃんの耳に入れていいのか・・」
「なんですか」
「うん、やっぱやめとくわ」
「って、気になるじゃないですか」
「だよね・・ってさ、単なるうわさなんだけどさ、だからそー思って軽く聞いてほしいんだけどさ」
「はい」
「追っかけ仲間の間でさ、結構前から、ドームはコレが最初で最後だみたいなさ」
「はぁ?って、あの今、すごい勢いですよね」
「うん、今度のアルバムもすごいしね」
この夏にリリースされたMAKISMのセカンドアルバムは、
初動でミリオンという快挙を達成していた。
「だから、アタシも今一信じられないんだけどさ・・なんかね、解散するんじゃないかって」
「えっ?・・・そんな話でてるんですか?」
「うん・・結構前からね・・・もちろん、うわさ話ってだけだからさ」
「って、そのー、音楽性の違いとかってやつですか?」
バンドには、そういう話は珍しいことではない。
つい最近も、目指している方向性が違うからと、某有名バンドのメンバーが脱退したりしてたし・・

「まあ、そーゆーのは、最初っから・・てゆーか、元々寄せ集めだからね・・
 でも、今度のうわさは、そーゆーんじゃなくてさ」
「じゃあどーゆー」
「うん、あんまりいい話じゃないから・・って、本当に言っちゃっていいのかな」
「って、そこまで言って、それはないですよ・・MAKISMのことは、私にとっては特別なんですから」
「まーそーなんだよね・・だから、言いづらいってーのもあるんだけど、
 でも、近々週刊誌に載るって話もあるみたいだし、そーゆーので無責任な話聞くよりは、
 アタシからの方がいいのかな・・
 うん、解散のうわさはうわさとしてさ・・アタシの知ってることを話すね・・」

アサミさんがその後、話してくれたことは、私にはとても信じがたいことだった。
185 名前:トーマ 投稿日:2006/06/06(火) 17:23
本日は、ココまでにしておきます。

>>166 名無し飼育様
>>167 名無し飼育様
>>168 Liar様
>>169 名無し飼育様

レス、ありがとうございます。なんかすっかりご無沙汰しちゃって申し訳ありませんでした。
また、ボチボチ書いていこうと思ってます。長い目で見守ってやってください。
186 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/06(火) 17:36
え、ちょ、ここで終わりって殺生っす
187 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/06(火) 17:55
うわっ、またいいところで。
続きが気になって眠れないかも。

楽しみにしてます。
188 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/07(水) 00:26
こ、こんなところで…!!
続きがすんごく気になるんですけども
189 名前:17歳 投稿日:2006/06/22(木) 09:04

新幹線を降りるとその足で、スタジオに向かって、
そのままレギュラー番組の収録に入る。
どうしても落ち気味になるテンションを、無理やり引き上げていたせいで、
いつも以上に空回りだよねと、美貴ちゃんに笑われて、
何かあった?と心配する柴ちゃんを、あまり寝てないせいかなとごまかしながら、
何とか二本分を撮り終える。
別の仕事の打ち合わせのための事務所経由で、
やっと部屋に戻れたのは、夜もだいぶ更けてからのことだった。

鍵を開けると、玄関の灯りがついている。
あれ?・・・・ママ、今日来るなんて言ってなかったけど・・・

上がり口に、揃えられた私の物より一回り大きいスニーカーが目に入る。
嫌な予想と、嬉しい予感を半分ずつ持って、
部屋の灯りをつけずに、忍び足でリビングに向かう。
カーテンが開け放たれたままの窓から入る街の明りを頼りに部屋を見渡すと、
ソファーに見覚えのあるシルエットが丸まっていた。
そっと近づくと、かすかに寝息が聞こえて、
暗がりに浮かぶその横顔が、妙に幼い。

ごっちん・・・
やっぱり、信じられないよ・・あんな話。
190 名前:17歳 投稿日:2006/06/22(木) 09:20
寝室から薄手の毛布を運んで、
タンクトップからむき出しになっている白い肩を、そっと包んで、
音を立てないように気をつけて、カーテンを引く。

キッチンに入って、そこだけに小さな灯りをつけると、
ダイニングテーブルの上に、手をつけられていない二人分の食事が用意されていて・・
ごっちん・・何時頃来たんだろう。

取り合えず、お茶を煎れようと、ケトルを火にかけて、
しばらく、ぼおっとその火を眺めていると、
背中に気配がして、振り向くと、
「お帰り」と、ボソッとつぶやくように言うごっちんが、
小さな子供みたいに、目をこすりながら立っていた。

「あっ、ごめん。起こしちゃった?」
「・・・・うん・・てか、寝ちゃったんだ・・そんなつもりなかったんだけどさ」
「って、何時頃から来てたの?」
「夕方・・・あっ、ごめん、勝手に上がってた」
「そんなの全然構わないよ。いつでもいいって、鍵渡してあるんだし」
「うん、そー思ってさ・・・メールの返事なかったから」
「えっ?」
慌てて、バッグからケイタイを取り出すと、未開封のメールが一件。
「ごめん。なんか慌しくて、チェックしてなかった」
「そんなことだろーと思ってさ」
191 名前:17歳 投稿日:2006/06/22(木) 10:00
「お茶のむ?それともコーヒーの方がいいのかな」
「ううん、お茶でいいってゆーか、ご飯にしない?お腹ペコペコなんだよね。
 梨華ちゃんは、もしかして済んじゃったのかな」
夕食に出されたお弁当には、ほとんど箸がつけられなかった。
今も、食欲があるってわけではなかったけれど、
「ううん、いただくよもちろん。すごくおいしそーだもの」
「良かった」
ごっちんは、ふにゃっと笑うと、手際よくラップのお皿を、レンジに入れ始める。

「おいしかった。ご馳走様」
それは、社交辞令じゃなくて、
食べ始めると、食欲がなかったことなんて、うそみたいにすっかり平らげてしまって・・
「本当に、上手だよね、ごっちんのお料理」
「いえいえ」
「この間のも、すごくおいしかったし」
「あー、この前のは、結構頑張ったかな。今日のは、有り合わせだけどね。
 買い物に行こうかなって、一応冷蔵庫覗いたら、結構いろいろあったからさ。
 梨華ちゃんも、やるよーになったんだね、自炊とか」
「そりゃーそうよ・・・って、うそ。たまにママが来て、やってくれるの。その材料が残っていただけ。
 私に出来るのは、せいぜいお茶を入れるのと、パンをやくくらいのものでね」
「相変わらずなんだ」
「うん、相変わらず。ちっとも成長してないの・・・
 って、そー言えば・・・お誕生日おめでとう」
「あーって、それ、メールもらったよね」
「そーだけどさ、直接言ってなかったから・・やっぱり、違うじゃない・・そーゆーの」
「そっか・・なら、改めて、ありがとう」
192 名前:17歳 投稿日:2006/06/22(木) 10:11
「てさ、メールって言えば、ちょっと期待してるんだけどな」
「えっ?」
「ほら、なんかくれるんだよね」
「あー、忘れてた・・ちょっと待っててね」
「忘れないでよー」
なんてごっちんのセリフを背中で聞きながら、
ドレッサーの引き出しにしまった小箱を取りに行く。

それを、突き出された両手に、はいと渡して、
「あのさ、もし気に入らなくても、怒らないでね」
と、一応のつもりで言ったのに、
「それはどーかなー。アタシ、きびしいよそーゆーの」
って、意地悪を言って、
「開けていいよね」
と、ごっちんのイメージに合わせて、
濃い紫の光沢のある包装紙に、ゴールドとパープルのリボンをかけてもらったその包みを、
長い指で器用に解いてゆく。

「一生懸命選んだんだからね」
「うーん・・・って、いいじゃん、すごくかっこいい・・・梨華ちゃんぽくなくて」
中身を取り出しながら、そんなことを言うごっちんに、安心したけど、
ちょっと引っかかるよねその最後のセリフ。
193 名前:17歳 投稿日:2006/06/22(木) 11:23
「って、なによ、それ。私っぽくないからかっこいいとか・・」
「そーゆー意味じゃないけど、梨華ちゃんの趣味じゃないってゆーか・・」
「あー、うん、バラしちゃうとね、一人じゃ自信なかったから、柴ちゃんに付き合ってもらってね」
「柴ちゃんって、あの右の方の子?」
「右?・・あー、アー写とかでは、右のことが多いのかな・・そーあの子に一緒に探してもらったの」

何気に、ごっちんのバースディプレゼントを買いにいくと言ったら、
梨華ちゃんの趣味じゃ絶対はずすから、私が選んであげるって、
半ば押しかけ気味について来た柴ちゃんに、
コレかわいいーとか手に取るものを、ことごとく、ありえないって却下されて、
でも、このクロスは、私だって、一目見たときからちゃんとピンと来てたんだ。
で、柴ちゃんの顔を伺ったら、
「コレならOKかな」って、あっさり同意してくれた。

女の子にしては、太目のチェーンのついた、少し無骨い感じのシルバーのクロス。
「コレなら、あの子のステージでもイケるんじゃないかな」
と、柴ちゃんが太鼓判を押したその全体のフォルムより、
真ん中の大き目の紫の石を取り囲むようにピンクの石がついている・・
そんなところが気に入った私は、裏に『2002.9.23 RtoM』と彫ってもらった。

その刻印を見つけたごっちんが、少し照れたように笑って、
早速といった感じで胸にぶら下げて、
「どー?」と胸を張る。
「うん、良かった・・すごく似合ってる」
以前より、さらに白くなった感じのごっちんの肌に映えて、
それは、私が手に取った時より、一段と輝きを増したようだった。

194 名前:17歳 投稿日:2006/06/22(木) 12:25
ふと目に入った壁の時計は、いつの間にか日付を変えていた。
「ね、今日は泊って行けるんだよね」
「あ、うん・・・てか、梨華ちゃんは、明日・・・もう、今日か・・」
ごっちんも時計をチラッと見る。
「うん、そんなに早くじゃないけど、一応午前中から仕事・・」
「だよね。でさ、悪いんだけど・・・2、3日泊めてくれるかな」
「えっ?あーもちろん・・って、そんなの全然かまわないんだけど・・
 何かあった?」
あの嫌な話が、頭を掠める。

「ううん。何もないってゆーか、昨日のあれでツーアーも一区切りついたから、
 ちょっとまとまった休みがもらえてさ」
「そーなんだー、じゃあゆっくり出来るんだね。
 って、あれ見たよ。ドーム・・ニュースでちょっとだけだけと、すごかったよね」
「あー、なんか変なトコ撮られちゃって、なんか恥ずかしいよねあーゆーの」
「そんなことないよ。すごくかっこよかったし、ちょっと見ただけで、感激しちゃったもの」
「そー?」
「うん、今度は絶対に生でみたいなー」
195 名前:17歳 投稿日:2006/06/22(木) 12:34
「うん、アタシも見てもらいたかったかな・・・
 ってさ、梨華ちゃん、マジにもうやすまなきゃじゃないの?」
「あ、そーだよね・・じゃ、ごっちん先にシャワー使ってくれるかな」
「アタシは後でいいよ」
「でも、片付けとかあるし」
「それもやっといてあげる」
「そんなの悪いよ」
「いいって、明日何にもないからさ、アタシはゆっくり出来るし、
 さっきだいぶ寝ちゃったからさ、梨華ちゃん先にしなよ」
「本当にいいの?」
「うん。ほら、さっさとしないとさ、梨華ちゃん、睡眠不足だと目の下クマ出るし」
「えっ?」
「時々、テレビとかでもさ」
「あっ、ばれてた?ファンデで隠してるつもりなんだけどなー」
「そんなんじゃムリムリ。だからさ、早くしな」
「わかった、ごめん、お言葉に甘えちゃう」
196 名前:17歳 投稿日:2006/06/22(木) 13:29
交代で、シャワーに行く時に、寝てていいからねと言われたけれど、
ベッドに入っても、やっぱり眠りには落ちれなかった。
充分疲れているはずなのに、一人になると、つい余計なことを考えてしまう。

しばらくして、隣に潜り込んで来たごっちんに気づかれないように、寝たふりをしていると、
間もなくして、規則正しい寝息が聞こえてくる。
相変わらず寝つきがいい。
目を開いて、その横顔を伺うと、とても穏やかで、穏やか過ぎて・・・

やっぱり、信じられないよね・・あんな話。
197 名前:17歳 投稿日:2006/06/22(木) 13:42

「あのさ、梨華ちゃんは知ってるんだよね・・その・・・
 ベースのKAZUとMAKIがさ・・・」
アサミさんは、とても言いづらそうに話始めた。
「はい。一緒に住んでるって聞いてます」
「うん、それなら話が早いんだけどさ。
 二人が出来てるってゆーか、ほぼ同棲状態でいるのはさ、
 ファンの間では公然の秘密って感じでね」
「そーなんですか」
「うん、で、公然の秘密ってのはもう一つ、あってね・・」
「ええ」
「あのね、実はKAZUにはさ・・・奥さんと子供がいて・・」
「ハイ?」
「あっ、やっぱり、それは知らないよね・・うん、籍とかはね、わかんないんだけど・・
 アタシはさ、彼に関しては・・・TAKU・・サイドギターのね、そっちの方の追っかけだったから、
 TAKUと今度のバンド組む前のこととか知らなかったんだけどさ、
 最近、あっちの追っかけの子と親しくなってね、それで聞いたんだけどさ、
 KAZUのファンの間では、昔から知られてることみたいでさ」
「それ、本当のことなんですか?」
198 名前:17歳 投稿日:2006/06/22(木) 14:03
「うん、なんかスポンサーってゆーか・・・
 ほら、バンドってフツー売れるまで、食べれないし、彼も下積み長いからさ、
 だから、そーゆー人がいても不思議じゃないってゆーか・・
 何でもね、どこかの地方の資産家のお嬢さんで、五つぐらいの子供も一人いるみたくて」
「・・・・」
「その人がね、最近、上京してきたみたいでさ、ほら、売れたからさ」
「それじゃあ・・」
「うん、もめるよねフツー。
 MAKIは、そのこと知らなかったみたいだから・・
 で、その腹癒せってゆーのかな・・・・TAKUと出来ちゃったみたいで」
「えっ?」
「まあね、それは本当のことかわかんないんだけどさ、
 前から、TAKUに限らず、メンバーみんな、MAKIに惚れてるみたいだからさ、あのバンドは・・
 ま、口の悪い子たちは、MAKIが、みんなと寝てるからだなんて言ってるけどさ」
「そんな・・」
「まあ、それはさ、うわさって感じなんだけどさ・・
 でも、TAKUのことは・・・なんかそれでごちゃごちゃしてるってゆーか・・
 三角なのか四角なのかわかんないけどさ・・
 KAZUも奥さんいるんだから、MAKIのことは引きゃーいいのに、どーもそんな気ないみたいで、
 で、今はステージの上でも、TAKUとは目もあわせないって、アタシの友達は言ってる。
 まあ、アタシはさ、最近ご無沙汰だから、この目で見たわけじゃないんだけどね。
 だけど、そんなこんなで、解散説もさ・・」
「そんなこと・・」
「うん、あくまでもファンの間でのさ、うわさなんだけどね、それは。
 今、絶好調なんだからさ、もしそんなことがあったとしても、
 レコード会社とかがさ、許すわけもないしね」
「・・・・」
「でもなー、元々寄せ集めだから、音楽性とかもなー・・」

アサミさんがそこまで言った時、美貴ちゃんが目を覚まして、
その話は、それっきりになった。
199 名前:17歳 投稿日:2006/06/22(木) 14:16

でも、やっぱり信じられないよ・・・
 
ごっちんがKAZUさんの部屋に居るのは、本人から聞いているし、
彼とは、他のメンバーと違って、アマチュア時代から一緒で、
プロになる時も、あの町を出て行く時も、
彼の才能を信じて、彼を頼りにして・・
それはアーティストとしてじゃなくて、たぶん一人の男性としても・・

彼に奥さんがいるってゆーのは・・
28歳とか言ってたから、ありえないことではないと思うけど・・

でも・・・
その奥さんが急に現れたからといって、
その腹癒せに、他のメンバーとどうにかなるなんてことを、
ごっちんがするだろうか。

まともに恋の経験がない私には、想像すら出来ないけど・・

でも、
そんな話は、もしかしたらMAKISMのMAKIにはあることかも知れないけど、
こうして、穏やかな寝息を立てている17歳になったばかりの、
このごっちんには、どうしても結びついてこなくて・・

やっぱり、
信じられないよ、そんな話。
やっぱり、
信じたくないよ、あんな話。
200 名前:トーマ 投稿日:2006/06/22(木) 14:25
短いですけど、本日はこの辺にしておきます。
なんか、ウチのおんぼろPCがやけに調子悪くて・・・たらたら更新でごめんなさい。

>>186 名無し飼育様
>>187 名無し飼育様
>>188 名無し飼育様  

レスありがとうございます。ずいぶん休んでいたのに、まだ読んでくれる人が居て、感激してます。
今回も引っ張った割には、短い更新で、本当にすいません。
上にも書きましたが、本当に、調子悪くて・・少しずつになってしまうと思いますが、
温かい目で、見守ってやってください。
201 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/22(木) 17:13
更新お疲れ様です
続きもマターリお待ちしております
202 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/23(金) 01:39
梨華ちゃんはネガティブだなあハハハ… …どーなるんだろうドキドキ
203 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 08:55
 
「ねえ、ケイタイ鳴ってるよ」
肩を揺すられて、はっと目を開ける。
眠れないと思っていたけれど、いつの間にかすっかり熟睡してしまったらしい。

慌ててケイタイをとると「早く出なさいよ」とモーニングコールのママに叱られる。
「ごめん」と電話を切る私に、
「なんかね、二回くらい鳴ってたみたいなんだけど、アタシも起きれなくて」
と、申し訳なさそうに言う眠たげな人。
「あっごめん・・・起こしちゃったんだよね。
 ごっちんには、ゆっくりしてもらうはずだったのに」
「ううん、アタシはこれからたっぷり二度寝出来るから・・
 それよか、急がなきゃなんじゃないの?」
「うん・・・って、やだもーこんな時間・・ごめん、急ぐね」

慌てて洗面所に駆け込んで、ざっと身仕舞いだけ整えた頃に、もう一度ケイタイが鳴る。
アサミさんの下に車を待たせているとの連絡で、
今朝は、スタジオに直行だったことを思い出す。
「すいません、今降ります」と玄関を出かけて、
やっぱり気になって、もう一度寝室を覗くと、
ごっちんは、毛布を頭からかぶって丸まっていた。
良かった・・寝ててくれてる。

安心ついでに、独り言のつもりで、
「今日は、居なくならないでね」とつぶやくと、
「大丈夫だよ」と、思わぬ返事が返ってきて、
「えっ?」っと驚く私に、毛布の中から、
「行ってらっしゃい」ともう一言。
「うん・・じゃ、行ってくる。なるべく早く帰るから」
204 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 09:05
「おはよう、てか、遅いよ・・珍しいよね梨華ちゃんが」
と、やっぱり少し怒っているアサミさんに、
「ごめんなさい」とだけ言って、車に乗り込むとすぐに、
何か話した気なアサミさんを避けるように、
すぐにイヤフォンをつけて、MDのスイッチを入れる。

出来たらあの話は、もう聞きたくなかった。

あれは、MAKISMのMAKIには、もしかしたら、本当に起こっていることかも知れないけれど、
それは、今、私のベッドの中に居るごっちんには、
まったく関係のない、全然違う世界の話で・・・

理屈では、無理のあるそんな思い込みが、すごく当然のように思えて、
私は、自分自身を納得させていた。
205 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 09:24
早く帰るなんて言ってしまったけど、スケジュールがそんな都合よく進むはずもなく、
やっぱり夜になってしまった帰り道を、それでも私は、めいっぱい急いだ。
あんなふうに言ってはいたけど、
彼女が居なくなってはいないかという不安からは、どうしても逃れることは出来ないでいた。
だから、玄関を開けて「お帰り」の声が聞けた時には、
自分でもおかしなくらいに、テンションが上がって、
つい、バタバタと部屋に駆け込んでしまって、
「何、焦っているの?」と笑われる。

照れ隠しに「だって、美味しそうな匂いがして・・お腹ペコペコなんだもん」
と応えると、
「まるで小学生かなんかみたいだねー
 ・・じゃ、ほら、手を洗っといで、今、あっためてあげるから」
と、本当の子供に言うように笑いながら、命じる。
だから、私も「はーい」と子供みたいな返事をして、
言われたとおりに、着替えもせずに、手だけ洗って、食卓に着く。

テーブルに置かれたのは、そんな私に合わせたような、
真っ赤なケチャップのかかったオムライス。
「おいしそー」と早速スプーンをとると、
「ほら、ちゃんといただきますをしてからでしょ」
って、目の前に座るごっちんは、まだ小学生ごっこを続けたいようだった。
だから、大げさに両手を合わせて「いただきまーす」をして、
「はい、どーぞ召し上がれ」の許可をもらってから、ぱくつく。
206 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 09:42
ニ口三口、美味しい、美味しいと口に運んでから、
目の前の人が食べていないのに気がついて、
「あれ、ごっちんは?」と、いまさらのように聞いてみると、
「今日は、我慢できなくて、先に食べちゃった・・だって、ほら、もーこんな時間」
「そーか、そーだよね・・・
 でもさ、一人で食べてるとこ、見られてるのって、なんか、恥ずかしいよね」
「そー?じゃあ、もっとじっくり見ちゃおかな」
「って、何それ?・・もしかして、何かの罰ゲーム?」
「そー。早く帰って来るって言ったのに、遅かったから、その罰ゲーム」
「あっ・・・ごめん・・これでも急いだんだけど」
「ウソ。でも、なんかさ、梨華ちゃん、本当に美味しそうに食べてくれるから、
 ちょっと、見ていたいかなーってさ」
「あ・・・」
そんなこと言われて、本当に恥ずかしくなった私のスプーンの動きが、
それっきり鈍くなってしまったのを気にしてなのか、
「そーだ、サラダ忘れてた。今出すね」
と、立ち上がったごっちんは、冷蔵庫からサラダのお皿を出すと、
そのまま「お茶いれるね」とガス台に向かった。

「あの・・・ごめん、なんか気を使わせちゃったみたいだよね。
 別にその・・見ててくれていいから」
「ううん、そんなんじゃなくてさ・・なんかアタシの方も、照れるってゆーか」
「何それ?」
「うん・・なんだろね」
207 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 10:08
「ってさ、明日は、何食べたい?」
「えっ?・・・明日もいてくれるの?」
「うん、ほら、ニ三日泊まるって、言ったじゃない」
「本当だったんだ・・嬉しいな・・あっ、何でもいいよ。私、好き嫌いないし、
 ごっちんの作ってくれるものは何でも美味しいし」
「そー、じゃあ何にしよーかなー・・うん、買い物する時に考えよ。
 そーゆーのも結構楽しいしね」

「うん、任せる・・・ってさ、明日といわず、ずっと居てくれたら嬉しいのに」
「何それ、アタシにずっとオサンドンやらせる気?」
「それもあるけど・・って、そーじゃなくてね・・
 別に仕事あっても、ここからでも不自由ないよね」
「まあ、そーだけどさ」
「なら、ほら、私だって、交代でご飯とか作るからさ」
「それは遠慮しとくよ」
「えっ?」
「アタシ、あんまし胃腸とか強くないし」
「何それ・・」
「まっ、それは冗談だけどさ」
「もー、意地悪だよね本当」

「でもさ・・あのね、ごっちんも忙しいんだし、ご飯とか気にしないでさ・・
 もちろん、暇なときにね、作ってくれるのは、すごく嬉しいけど・・
 そーゆーんじゃなくてね・・前にも言ったと思うけど、
 この部屋は、ごっちんの都合で、好きに使ってくれていいんだよ、本当に。
 自分のウチだと思ってさ」
「うん、わかってる」
208 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 10:28
次の朝は、遅出だったけれど、いつもより早めに起きて、近くのコンビニまで行って、
パンとデザートのヨーグルトを買ってきて、簡単な朝食の用意をする。

コーヒーを沸かしながら、いつもの習慣で、テレビをつける。
スポーツニュースの後に、芸能ニュースのヘッドラインが短く流れて・・
馴染みのある名前が聞こえて、
チャンネルを替えようと、あわててリモコンに手を伸ばすと、
いつの間にか起きてきていたごっちんが、
「替えないで」と少し顔をこわばらせて立っていた。
「あっ、でも・・」
「替えないで。どんなふーに言ってるのか気になるし」

CMあけの最初のニュースを、スポーツ新聞の記事をバックに、アナウンサーがしゃべり始める。
「この度、MAKISMのリーダーKAZUさんに、奥さんと子供がいることが、
 写真誌の取材であきらかになりました。記事によりますと、
 二人は、十年来の付き合いで、長男が誕生した97年に入籍。
 その後も、奥さんは長男とともに、実家で生活していましたが、
 最近になって上京して、KAZUさんと同居を始めたとのことです」
「そーなんですか」と女性アシスタントが相槌を挟んで、
「ええ、まあ、このこと自体はおめでたい話なんですが」
「何かあるんですか?」
「これは、噂の域を出ない話なんですが、
 KAZUさんには、以前からボーカルのMAKIさんと同棲しているという噂があり、
 このことが、今後のバンド活動に何だかの影響があるのではと、
 ファンの間からは、心配する声も聞かれているとのことです。
 なお、この件に関して、所属事務所は今のところノーコメントで、
 今後のなり行きが注目されています。」
209 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 10:37
「ふーん」
「って、あの、これって・・」
「うん、まあ、本当のこと」
「なの?」
「うん」

「・・・ごっちんは、知ってたの?・・その、KAZUさんの・・」
「奥さんとか?」
「うん」
「知ってたってゆーか・・最近かな・・
 会ったよ。奥さんはとても綺麗な人で、男の子もかわいいの。
 まあ、KAZUに似なくて良かったなって感じでさ」
「そーなんだ・・で、その、ごっちんは平気なの?」
「何が?」
「そのー・・KAZUさんのことを・・」
「別に、平気ってゆーか、たいしたことじゃないってゆーか・・
 あれ、梨華ちゃん、朝ごはん作ったんだ」
「あーうん、少し焦がしちゃったけど」
「食べていい?」
「あっ、もちろん。今、パン焼くね」
210 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 10:48
「美味しかった。ご馳走様。まあ、ちぎったレタスに目玉焼きだけだけどね」
「あ、ごめん。今度はもうちょっとましなもの作るね」
「ううん、朝はこんくらいで充分だよ」
「本当?」
「うん、焦げ方もアタシ好みだし」
「って、やっぱ、皮肉言ってるよね」
「本当そーじゃないから、マジに梨華ちゃんにしては上出来」
「私にしてはって、普通に失礼だよね」

「そー?・・・ってさ、仕事は?」
「あっ、そろそろ準備しなきゃだよね」
「そっか、じゃ、片付けは任しといて」
「なんかいつも悪いよね」
「イエイエ、どーいたしまして」
と、立ち上がるごっちんは、さっきのテレビのことなんて、
すっかり忘れちゃってるみたいだった。

出かけに、
「今日も居てくれるんだよね」と念を押すと、
「そー言ったでしょ。本当、疑り深いんだから」と笑って、
「気をつけてね」
と、明るい声で送り出してくれた。
211 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 11:20

事務所に着くと、先に来ていた柴ちゃんが、私の顔を見るなり、挨拶もそこそこに、
「ごっちんのトコも大変だよね」
と、話しかけてきた。
「みたいね」
そんな、私の気のない返事に、
「梨華ちゃん、もしかして、前から知ってたの?」
「アサミさんから少し聞いてた」
「アサミさん?・・あー、彼女、MAKISMのファンだから・・
 で、このこと、ごっちんとは連絡取れてるの?」
「うん、平気だって」
「そー言ってるの?」
「うん、何でもないことだって」
「そっか、なら、何の問題もないんだよね」
「うん、そーみたい」
まさか今、当の彼女が、私の部屋に居るなんて思ってもいない柴ちゃんは、
そっか、そっかと頷いて、その話をやめてくれたけど、
しばらくしてバタバタと入ってきた美貴ちゃんが、
「これ、見た?」
と、あの記事が掲載されているらしい写真誌を、私の前に突き出す。

「見てないけど・・ニュースで知ってる」
「そー、なんかさ、テレビで言ってないこととかもさ、色々書いてるよ。
 他のメンバーも巻き込んで、なんかえらくもめてるみたいな・・」
「ふーん」
「あれ、あんまし驚かないよね・・・ごっちんのこととか結構色々さ・・」
「そのごっちんが、何でもないって言ってるんだって」
その話に乗りたくない私を察してか、柴ちゃんが間に入ってくれたけれど、
美貴ちゃんから、その雑誌を受け取ると、やっぱりちゃっかり読み始める。

その写真誌は、その日一日、楽屋のテーブルの上に置かれていたけれど、
私はどうしてもそれを開く気にはなれなかった。
アサミさんのこの前の話で、大体書いてある内容は、想像できたし、
この手の記事がたいてい事実を面白おかしく誇張することも、
決して、好意的には書いてくれないことも、大体わかっているつもりだったから・・
212 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 11:36
こういう時に、忙しいのは助かる。
立て続けのスケジュールに追われて、
私たちの間で、その話題が蒸し返される暇のないまま、その日の予定が終わる。
早めのアップだったから、いつものように、柴ちゃんが食事に誘ってくれたけれど、
用事があると断って、帰り道を急ぐ。

「ただいまー」と部屋に入ると、
「今日は早かったねー」
と、ごっちんはいたってのんびりした声で迎えてくれたけど、
彼女が座っていたリビングのテーブルの上には、
例の雑誌が、無造作に置かれていた。

「これ、買ってきたの?」
「うん、コンビニ寄ったら、おいてあったから・・面白いよねー、こーゆーの」
「そー・・って、本当に平気なんだ」
「うん、全然・・・てか、今日は一緒に食べれるね。
 良かった。パスタにするつもりで、下拵えしといたんだけど、
 あれって、ゆでてすぐじゃないと美味しくないじゃない。
 一つ一つするのも面倒だし、どーしよーかなーって思ってたんだ」
と、ごっちんは、そそくさとキッチンに立ち始める。

その間に、着替えさせてもらって、食卓に着くと、
「グッドタイミング」とお皿が目の前に置かれる。
「ごっちんって、本当いい奥さんになるよね」
「うん、自分でもそー思う」

片付けも自分でするという彼女を、何とかリビングに行かせて、
洗い物をしながら、この間、中澤さんからもらった、気を静めるというハーブティを煎れる。
リビングにそれを運ぶと、
ごっちんはぼんやりとテレビのバラエティ番組を眺めていた。
213 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 11:49
「これ、面白いよね」
「うん、初めて見たけど」
「そーなの?私、ウチに居る時は、結構見てるかなこの番組」
「相変わらずのテレビっ子なんだ」
「うん、私はちっとも変わらない・・」
「そっか、梨華ちゃんは変わらないか・・うん、そーだよね、その方がいいし」
そんなことをしみじみと言うごっちんに、私はやっぱり聞かずにはいられなかった。

「ごっちんはさ・・変わっちゃった?」
「えっ、何が?」
「てゆーか・・MAKIはさ、やっぱりごっちんなんだよね」
「えっ?」
「こんなこと言うの変かも知れないけど、
 私には、どーしてもごっちんとMAKIが同じ人って思えなくて」
「どーして?」
「MAKIがいる世界とか、彼女のしてることとか・・私には理解できなくて」

「・・・梨華ちゃんも、あの記事読んだんだ」
「ううん、読んでないけど、
 アサミさん・・ウチのマネージャーさんがTAKUさんのファンで、で、色々聞かされて」
「そー、例えば?」
「KAZUさんの奥さんのこととか、それから・・」
「それから?」
「TAKUさんのこととか・・」
「TAKUか・・」
「あの、その・・・TAKUさんとは・・」
「あー、ねたよ」
一瞬、ごっちんが言った言葉の意味がわからなかった。
214 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 12:07
「・・・・好きなの?」
「誰が?」
「って、TAKUさんのこと・・」
「どーだろ」
「えっ?じゃあ・・」
「TAKUはね、いいやつなの。それから、アタシのこと好きなんだって。
 KAZUと別れて、自分の所に来いって言ってる」
「じゃあ、KAZUさんとは・・」
「KAZUもねー、なんだろな、奥さんのことは置いといて、今まで通りでいたいみたい。
 関係ないことだからって」
「って、ごっちんは、それでいいの?・・KAZUさんのことは、好きなんだよね」
「それもどーかな・・あの人は、才能あるし、頼りにもなるけど」
「それは、好きってことじゃないの?」
「うーん・・どーなんだろ・・KAZUもTAKUも嫌いじゃないけどね、もちろん。尊敬してるし、
 でも、好きってゆーのとは・・違うかな」
「じゃあ、ごっちんは・・その・・好きでもない人と・・その・・」
「寝れるよ」

「・・・・どーして?」
「どーしてって・・・むこうがそーしたいって・・好きでいてくれるし」
「じゃあ・・求められたら、誰とでも・・」
「誰とでもってことはないだろーけど・・イヤじゃなければ・・
 そんな拘ることじゃないしね」
「そーなの?拘るよーなことじゃないの?」
「うん」
「本当にそれでいいの?」
「何が?」
「だって・・・そーゆーのって、大事なことで・・」
「そーかなー」
「そーだよ。本当は、とっても特別なことで・・そんなに簡単に考えていいことじゃなくて・・」
「そーなの?」
「・・・わからないけど・・私は・・私はそー思う」
215 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 12:14
「・・・それに、そんなふーにしてたら、本当に好きな人が出来た時に・・後悔するってゆーか」
「・・・・・」
「そーだよ。本当に好きな人が出来て、相手も好きになってくれて・・
 その時に、そーゆー男の人たちがいたら、その人も嫌がると思うし・・」
「・・・・」
「ね、そーゆーものだと思わない?」

「・・・・本当に好きな人は・・今だっていないわけじゃないんだ」
「えっ?・・・そーなの?・・・それなら、なおさら」
「いないわけじゃないけど・・その人とは、どーにもなれないから・・」
「どーして?」
「どーしても無理なんだよね」
「そんなこと・・わからないじゃない」
「それが、わかるんだよね・・絶対無理なんだ」
「どーしても?」
「うん、どーしても」
216 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 12:28
「・・・でもさ、それだからって、そんな好きでもない人とかって・・」
「うん、間違ってたかもね」
「でしょ」
「うん、なんかね、もめてるみたいでさ、あの二人。
 もっと軽く考えてくれると思ってたんだけど、なんかやけにマジになっちゃって」
「KAZUさんとTAKUさん?」
「うん、なんかね、ちょっと面倒くさいことになってて・・」
「そーなんだ・・でも、その、大丈夫なんだよね・・解散とか」
「あ、それはね、たぶん。その辺は大人だし、契約とかもあるしさ・・仕事だから」

「あっ、それでね、今日昼間、電話あってね」
「うん」
「明日から、しばらく山篭り」
「えっ?」
「富士山の麓にスタジオがあってさ、そこでアルバムの製作をすることになってさ、
 ほら、こっちだと、周りがうるさいでしょ・・だから、急遽そっちに変更になったみたい。
 で、せっかく取れたから、少し早いけど、明日から始めるって・・」
「そーなんだ」
「うん・・だから、明日から、行って来るよ」
「そっか、明日からか・・・長くなるの?」
「どーかなー・・あーゆーのは、出来次第だからさ」
「だよね・・・でも、その・・・終わったら、かえって来るよね・・ココに」
「そのつもりだけど」
「良かった。私の方も、週末の追加ライブ終わったら、今回のツアーも終わるから、
 当分は、東京を離れないし・・」
「そー。なら、山梨土産もってくるからさ」
「うん、楽しみに待ってる」
217 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 12:41
ごっちんは、終始まるで他人事のように淡々としていたけれど・・・

ごっちんは、やっぱりMAKIで・・
だから、テレビで流れていたことも、アサミさんの言っていたことも、
それは、やっぱりごっちんのことで・・
KAZUさんとのことも、TAKUさんとのことも、本当のことで、
でも、彼女は、どっちも好きじゃなくて・・

男と女のそういったことは、私にはやっぱり良くわからなくて、
でも、もっと重いものだと思ってて・・
なのに、ごっちんにとっては、そうじゃなくて、
・・・わからない。

それに、本当に好きな人が別にいるなんて言ってたし・・
その人って、いったい誰なんだろう。
やっぱり、私の知らない人なんだよね。
でも、どうして、その人とはどうにも出来ないなんて断言しちゃうんだろう。
奥さんがいるとかなのかな・・
でも、それなら、KAZUさんもそうなわけで・・

なんか、すっかり諦めちゃってるみたいだけど、
そんなのごっちんらしくない。
第一、彼女が本気で好きなら、どんな人だって、きっとその思いに応えてくれる。
それだけの魅力を持った子なのだから。
なのに・・わからない。
どうして、はじめから無理だなんて決め付けちゃったのだろう。
欲しい物があれば、どんなことをしてても手に入れる・・それが彼女のはずなのに・・
わからない。
218 名前:17歳 投稿日:2006/06/27(火) 12:56
でも・・・
彼女のことを心配しながら、
どこかでほっとしている自分がいるのに・・私は気づいていた。

彼女が今関係している男の人たちと、心で結びついていないことを知って、
私は、何故か、ほっとしていた。

彼女が本当に好きな人と結ばれたのなら、
たぶん、私の元になんか帰ってこない。
そんなのやっぱりイヤだから。

彼女の幸福を思いやってるつもりでも、私には、そんなエゴがあって・・

だって・・
彼女は、やっぱり私にとっては、特別の存在で・・
soul mate・・・・以前、彼女が言っていたそんな言葉を思い出す。
あの時は、正直ピンとこなかったけれど、
今は、その意味がよくわかる。

その人が、どんな人で、どんなことをやっていてとか、
そんなことはきっと全然関係なく、ただその人がいるということだけで、
その人がその人として、存在するということだけで、
魂が揺さ振られるような・・そんな関係。

soul mate・・・・
ね、そうなんだよね、私とあなたは・・


219 名前:トーマ 投稿日:2006/06/27(火) 13:00
本日は、ココまでにしておきます。

>>201 名無し飼育様 ありがとうございます。本当に不定期ですいません。
>>202 名無し飼育様 石川さんのネガティブは地ですからね・・とか言いつつも、
          ココでの心配は、当然なのでしょうが・・
220 名前:Liar 投稿日:2006/06/27(火) 23:03
お疲れ様です…。
なんか、いいですね。石川さんが直向な感じで
とても楽しいです。
久しぶりに除いてみたらこんなにも更新が!!お疲れ様です。
作者さんのペースでいいので頑張ってくださいね!いつも楽しませてもらってますので。
マターリとまってます。
221 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/28(水) 18:27
うあー…!
ごっちんのアレな人はやっぱりアノ人ですか?(笑)
すげえ続きが気になります。
222 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/28(水) 19:09
更新お疲れ様です
物語の最初っからここまで引き込まれっぱなしです
次回の更新も楽しみにしています
223 名前:17歳 投稿日:2006/07/06(木) 10:29

どこかで予想していたことだったけれど、
ごっちんは、やっぱりそれっきり帰ってはこなかった。
しかも今回は、出かけて三日後に入った
「忙しいから、しばらく連絡できない」といった内容の電話を最後に、
本当に電話もメールもつながらなくなってしまっていた。

けれど、私は、いわゆる年末年始へ向けての私たちにとって最も多忙な時期を、
比較的落ち着いた気分で迎えることが出来ていた。
それは・・・

彼女が製作に入るといっていた彼らのセカンドアルバムが、03年の元日に発売されると発表される中、
それに先立ってリリースされていたあのドームコンサートのDVDが、驚異的なヒットをするなど、
今まで以上のMAKISMの順調な活動状況に、
いつしか、彼らの解散説は、すっかり払拭され、
時々思い出したように出てくるあの件の後追い記事も、
KAZUが、家族のために郊外に豪邸を購入したとか、
MAKIとメンバーとの数々の噂は、単に噂に過ぎず、彼らにとって彼女は妹的な存在で、
MAKI自身も、世間で持たれているイメージとは違って、ごく普通の17歳だとか・・・
それは、所属事務所やレコード会社が、意図的に流しているものなのかは、わからなかったけれど、
MAKISMもMAKI自身も、デビュー当時の、一部の熱狂的なファンの間のカリスマ的なものから、
一般にも広く受け入れられるポピュラーなものへと、そのイメージを変えつつある・・
そんな状況があったからだった。

とにかく、ひとまず彼女の周辺は、良い方向に治まっているのだ。
だから、電話が出来ないのも本当に忙しいからで、
メールが出来ないのも、最後の電話口で、興奮気味に話していたように、
本当に、今度のアルバムに集中しているからなのだろう。
224 名前:17歳 投稿日:2006/07/06(木) 10:44
MAKISMは、確かに変わってきていた。
それでも、その年の紅白歌合戦に出場するという、あるスポーツ紙のスクープは、
世間的にも、私にとっても、それまでの彼らの活動方針を考えれば、
とても信じがたいものだった。
だから、初出場者が、一堂に集められたその発表会場で、彼女の姿を見つけた時は、
嬉しさよりも、驚きの方が大きかった。

「こりゃ、すっかり食われてしまうなー」
と、私たちの選出の喜びが半減してしまうとばかりに、中澤さんが、嘆いたように、
事前の予想通りに選ばれたといった感じの私たちと違って、
当然辞退するであろうと思われていた彼らに、その日のマスコミの取材は集中した。

バタバタとしたその会場では、ついに話しかけるどころか、目をあわすことも出来なかったけれど、
その晩遅く、本当に久しぶりにごっちんから電話が入った。

「驚いた・・本当に出るんだね」
「うん、そーみたい」
「何それ、他人事みたいじゃない・・・でも、どーしてって言うのも変だけど・・」
「あっ、うん・・・記者の質問に答えた通りだよ」

その日の会場でのインタビューで、彼らは口々に、田舎の親を喜ばせたいとか言っていて、
彼女自身も、親孝行ですと笑っていた。
225 名前:17歳 投稿日:2006/07/06(木) 11:03
「今まで、お母さんには心配ばかりかけたからね」
「そっか」
「梨華ちゃんのところも喜んだでしょ」
「うん、ママはもちろんだけど、パパなんか、親戚中からお祝いの電話が入って大変だとか、
 妙にはしゃいじゃって・・やっぱり、あの世代にとっては、特別の番組みたいでね」
「そーみたいね。ウチのお母さんも泣いたりしてさ」
「そー、じゃあ本当にいい親孝行出来たんだね」
「うん」

「で、そのー・・こっちに帰ってきてるの?」
「それがさ、まだレコーディング終わんなくてさ」
「えっ?」
「まあ、最後のツメってやつなんだけど・・だから、あれからとんぼ返りで・・
 今も合宿所からかけてるの」
「そーなんだ、やっぱりアーティストって大変なんだねー。
 私たちの今度のアルバムなんて、三日くらいでとっちゃったのに・・」
「へー、って梨華ちゃん達もアルバム出すんだ」
「うん、お正月のツアーに向けてね・・本当はね、元日に出す予定だったみたいなんだけど、
 ほら、ごっちんの所とかぶるからさ、なんか時期をずらすみたいなんだけどね」
「ふーん、それはなんか迷惑かけちゃったみたいだね」
「うん、大迷惑なの」
「へっへー・・ってさ、やっぱお正月とかって、ツアーやったりするんだよね」
「うん、元日は生放送があるから、三日からだけど、一月いっぱいはバタバタするかな」
「大変だね、相変わらず」
「うん、でも、ごっちんの方もなんでしょ」
「あ、こっちは、お正月は結構ゆっくり出来るみたいなんだけど」
「へー、なんか意外だね」
「まっ、たまにはいいんじゃないの」


226 名前:17歳 投稿日:2006/07/06(木) 11:43
「・・・じゃさ、もしかして、誕生日はステージなのかな」
「あっ、そーなの。ちょうど日曜日だから」
「だよね・・ってさ、それ、行きたいかなって」
「えっ?来てくれるの?」
「うん・・たぶんその日は空いてると思うんだよね」
「本当?なら、是非来てほしいな。私たちのライブ初めてだよね?」
「うん」
「そっか・・なんか恥ずかしいけど・・でも、やっぱり見てほしいな。
 アイドルのライブだから、ごっちんたちのとは全然違うんだけどさ」
「うん、前から一度見てみたいって、思ってたんだよね」
「じゃ、チケット用意するね・・えっと何枚?」
「うん、二枚でいいかな」
「でいいの?関係者席とか、結構都合つくんだけど・・」
「本当二枚でいいから」
「わかった・・じゃ、どーやって渡そーか・・・ウチには来れないよね」
「うん、しばらくは無理」
「だよね・・最悪、当日受付で言ってもらえば大丈夫だと思うけど・・」
「うーん・・紅白のさ、リハの時とかさ」
「あー、そーだよね。じゃ、届けるから」
「アタシの方から取りに行くよ、ほら、ウチには変なのがゴロゴロいるからさ」
「そーおー?」
「うん、こそこそっとさ行くから」
「わかった。じゃ、用意しとくね・・・えっと19日の・・夜でいいんだよね」
「うん」
227 名前:17歳 投稿日:2006/07/06(木) 12:18

紅白の前日リハは、朝早くから始められた。
特に紅組のトップバッターを務めることになった私たちは、当然、一番初めで・・
こんな時間に声なんて出ないよって美貴ちゃんはぶーぶー言っているけど、
そのくせ何気に張り切っているのが、おかしかった。
私たちの出番は、その他に三度。
安倍さんの歌の前の応援エールと、ベテラン演歌歌手のバックでの日本舞踊まがいなもの。
それに、前半戦の途中にはさまれたアニメソング特集。
まだ柴ちゃんを除いて18歳にならない私たちは、9時以降の出演は、自粛するということで、
早い時間に開放されるのだけれども、その分前半戦は、出ずっぱりといった感じになる。

それらのリハが、ここ数日、続けられてきたのだけれど、
その間に、前半のトリを飾ることになっているMAKISMを見かけることはなかった。
アサミさんの話によると、彼らのステージの演出は、当日まで完全にシークレットで、
そのために、取材陣が絶えず入っているメインのリハーサルスタジオは使わないとのことだった。
それでも、本番のステージを使う今日は、来るはずになっているらしかったけれど・・

リハーサルは順調に進んで、前半の分は、MAKISMとその後の中締めだけを残すだけというところで、
いったん休憩に入るとかで、私たちは、一度上がったステージを慌しく下ろされた。
お茶でも飲もうとの柴ちゃんの誘いを断って、
私はステージの下の通路でしばらくぼんやりと立ち尽くしていた。

さて・・これ、どーしよーか・・・
いつ彼女たちに出くわしてもいい様に、上着のポケットに入れて持ち歩いているチケットの入った封筒を、
何気なしに取り出して、眺めていると、
不意に、後ろからひょいと手が出されて、それを摘み取る。
「?」
「これ、もらっていいんだよね」
振り返ると、普段着のまま、帽子を目深に被ったごっちんが笑っていた。
228 名前:17歳 投稿日:2006/07/06(木) 12:37
「あ、うん、それごっちんのチケット」
「やっぱね、じゃ、ありがたくもらっとくー」
「うん・・・で、そのーごっちんたちは・・」
「あー、これからステージリハなんだよね」
「あっ、そーだよね・・」
って、そういえば、何か急に周りの様子が変わってきている。
「なんかね、本番まで、アタシたちのはマスコミに一切公開しないとかでさ・・
 あっ、ちょっとごめん」
何かに気づいたごっちんが、私を抱えるようにして、通路の端に押しやって、
自分はまるで隠れるように、通路側に背を向けた。
程なくして、ずっとステージに張り付いているはずの司会陣が、
総合司会の局アナを除いて、なにやらブツブツ言いながら、ステージを降りてきて、
メイキングの撮影班もそれに続いて、目の前を通り過ぎる。
その中の一人のADが、私に気づいて、
「あっ、しばらく休憩になりますから、控え室でお願いします」
と、口調は穏やかだったけれど、有無を言わせない感じがあった。
ごっちんにちょっと目配せして、小走りでその場を離れる。
通路の端で振り返ると、別のスタッフの一団に、取り囲まれるようにして、
ごっちんは、ステージに続く扉の向こうに消えて行くところだった。
229 名前:17歳 投稿日:2006/07/06(木) 13:11
パテーションで区切られただけの控え室は、あちらこちらからの声が聞こえていた。
「すごい特別扱いよね」
「何やらかすつもりなんだろーね」
「考えてみると新人なんだよな」
「オレたちは、MAKISM待ちってことなんだろー」
特に、自分が今年の主役だと思っているベテランの司会者は、
スタッフを捕まえて、
「どーゆーことなんだ!オレはヤツらに関しては、打ち合わせなしで、本番に入れって事なのか!」
と、誰はばかることなく、怒鳴り散らしていた。
そんな外の騒ぎを聞きながら、私たちは、小さなスペースで、肩を寄せ合うようにしていた。

しばらくすると、中澤さんがヤレヤレといった表情で入ってきて、
「今、急に言われたんやけどな・・」
と、私たちの顔を見回しながら、ぼやく。
「・・・アンタらのなーあのアニメのコーナーな・・中止やて」
「は?」
「なんかな、MAKISMの持ち時間が増えることになったみたいでな」
「って、それ、ひどくないですか」
美貴ちゃんの文句は当然だった。
念には念を入れるこの局の方針で、そのコーナーのリハーサルだけでも、
かなりの時間を割いてきていた。
「そうなんやけどな・・まあ、しゃーないわな、ウチだけやないし。
 今も、エライさんに頭下げられてな、この埋め合わせはちゃんとするからってな、
 二月が三月に特番組んで、その中でやろーってことでな・・
 まっ、今回はしゃーないってことで・・」

どうやら、上の方では、もうすっかり、取引がすんでしまっているようだった。
230 名前:17歳 投稿日:2006/07/06(木) 13:32
まだ打ち合わせが残っているからと、中澤さんが出て行くのを待って、
大きな溜息をついた柴ちゃんが、
「梨華ちゃんは、何か聞いてない?」
と私の顔を伺う。
「何を?」
「うん・・なんかさMAKISM・・ただの特別扱いとは違うよーな」
「えっ?」
「うん、これはただのカンなんだけどさ・・ただの演出なら、ココまで極秘にしないよね」
「かな?」
「うん、だから、何か特別なことがあるのかなって」
「私は、何も聞いてないよ・・さっきもごっちんに会ったけど、特に何も言ってなかったし」
「会ったの?」
「うん、今しがた通路で・・・チケット渡して」
「チケット?」
「うん、私たちのお正月のツアー・・あれの私の誕生日のヤツ」
「もしかして、あれに来るのMAKIが?」
「うん・・今度のお正月は、結構時間の余裕があるみたいで」
「へー、そーなんだ」

「・・・じゃあ、アサミさんが言ってたの本当なんだ」
美貴ちゃんがぽつんと言って、
「アサミさん、何か言ってたの?」
「うん、MAKISMのライブの日程が、全然知らされてこないって」
「そーなの?」
「うん、1月はもちろん、その後も、発表されないらしくて・・
 まあ、アサミさんはね、また大きいのドーンとやるんで、
 その準備に時間かかるんじゃないかって、言ってたけどね」
「あー、きっとそれだよ。今度は全国ドームツアーとかでさ。
 今度こそ見にいけるといいんだけど・・3月の頭とかだったら私たちのないよね」
「うん、その頃だったらいいよね。そしたら、当然、美貴たちの分ももらってよね、チケット」
「うん、また4人で・・じゃないのかな」
「あー、今度は5人かな。亜弥ちゃんも釣れてってあげないと」
「そーだね」
231 名前:17歳 投稿日:2006/07/06(木) 13:44
2月にソロでデビューすることになったあの松浦亜弥ちゃんは、
今度の私たちのツアーに帯同して、そのお披露目をすることになっていた。
そのために、今回のツアーのためのリハーサルには、常に参加していたから、
私たちとは、だいぶ打ち解けた関係になっていた。
特に、当初、反発し合っているように見えた美貴ちゃんとは、
やけに気が合っているようだった。

「・・・うん、本当にみんなで行けるといいんだけどね」
柴ちゃんは、最後の三文字にずいぶんとアクセントをつけた。
「・・・けどね」
そのせいなのか、そんな話で盛り上がっていながら、
私はどうしても、彼らのドーム公演を見に行くというシチュエーションを、
頭に思い描くことが出来なかった。
232 名前:トーマ 投稿日:2006/07/06(木) 13:51
短いですけど、今日はこの辺にしておきます。

>>220 Liar様 ありがとうございます。お言葉に甘えて、本当にマイペースしちゃってます。

>>221 名無し飼育様 そーなんですかね・・まあ、そうなんでしょうけど・・
         その辺は結構引っ張っちゃおうかなって思ってます。

>>222 名無し飼育様 ありがとうございます。今回短い分、次回は早めに更新できると思います。
233 名前:17歳 投稿日:2006/07/11(火) 09:40

大晦日当日は、ただただめまぐるしかった。
早朝から、元日の生放送の最終リハをして、それを午前中に切り上げると、
午後一からは、紅白の当日リハ。
その会場を、一度抜け出して、民放の賞番組に参加して、
息つく間もなく、紅白の本番のステージに上がる。

そんなむちゃくちゃなスケジュールで、かえって緊張する暇もなかったせいか、
私たちは、国民的イベントの生ライブを、思いの外のびのびと演じ終えることが出来て、
ステージ下で出迎えてくれた中澤さんに、珍しく手放しで褒められたりしたけれど、
その余韻に浸っている時間などもちろんなくて、衣装替えして、バックダンサー。
また別衣装で、安倍さんに応援のエールを送る。

コーナーが一つ飛んだおかげで、これで一応の出番は終了となったけれど、
もう一度別の衣装に着替えて、MAKISMのステージを待つ。
前半のラストとなるそのステージは、出演者全員が、舞台の脇で見守って、
その演奏が終わったら、そのまま舞台の中央に集まって、
前半戦のフィナーレを迎えるという段取りになっていた。
234 名前:17歳 投稿日:2006/07/11(火) 11:25
それにしたがって、指定された場所に並ぶと、
会場の全ての照明が落とされた。
MAKISMの演出は、まったく知らされていなかったから、
それには観客だけでなく、出演者からもどよめきが起こった。
そのざわめきが収まるのを見計らったように、ステージの中央に一つだけスポットライトが当てられる。
ぽつんと立てられたスタンドマイクの前には、
ボーカルのMAKIではなくて、リーダーのKAZUが俯いて立っていた。
KAZUさんは、ゆっくりとマイクに手を添えて、顔を振り上げると、
視線を宙に固定したまま、搾り出すように語り始めた。

「えー、俺たちは、今、こーして、ここに、このステージに立っていることを、誇りに思ってる。
 それは、俺らがこの一年間やってきたことへの評価なんだと思うし、
 そんもみんな、ファンのみんなが応援してくれたお陰だと感謝してる。
 だから、だから・・本当に言いづらいことなんだけど・・
 今日、このステージで、MAKISMの活動に・・ピリオドを打ちたいと思う」
思わぬ言葉に、会場がまたざわつき始める。
それを制するように、今度ははっきりと、
「MAKISMは、今日、ここで解散します!」
KAZUさんは言い放った。
「でも、俺ら一人一人の音楽活動は、終わることはないし、
 それぞれ別々になるけれど、これからも、みんなの期待に応えられるよーに、
 目いっぱい活動していくつもりなので、みんな、よろしく見守ってやってくれ!
 それじゃ、俺らのラストステージ、力いっぱいやりきるから、
 みんなも力いっぱい乗ってくれ!」

最後は、絶叫のようになったKAZUさんの言葉が終わると、またステージは暗転して、
今度は、固唾を呑むように静まり返った会場に、
総合司会の局アナの声が静かに流れ始める。
「私たちは、MAKISMに今回の出演の依頼をした時から、このことを聞かされておりましたが、
 当日まで公表したくないとの、彼らの意向に沿って、本日まで、その発表を控えておりました。
 そのことで、他の出演者の皆さん、司会の方々、その他関係各位に、ご迷惑をかけ、
 時には、不快な思いをさせてしまいました。この場を借りて、お詫び申し上げます。
 それでは、MAKISMのラストステージです」
235 名前:17歳 投稿日:2006/07/11(火) 11:40
大音量のイントロが流れ出して、ステージを色とりどりのスポットライトが交差する。
KAZUさんに代わって、スタンドマイクを持ったごっちんは、
いつもと同じ過激な衣装と、派手なメイクのMAKIで、
初めて見た時と同じように、デビュー曲を歌い始めた。
それから立て続けに三曲。
今までリリースされた彼らのシングル曲の全てが、フルコーラスで演奏されて、
悲鳴のような歓声の中、そのステージが終わった。

再び暗くなった舞台の上が、まばゆいばかりの照明に照らされた時には、
MAKISMは、なんの痕跡も残さずに、すっかりと消えていて、
ステージの上には、何事もなかったように立ち並ぶ、色とりどりの衣装と、
妙に明るいBGM。
それに、
「これで、前半戦は終了です。しばらくのお休みを挟みますが、
 後半はもっと盛り上がっていきますよー、お楽しみにー」
という、能天気な司会者のコメントと・・・
236 名前:17歳 投稿日:2006/07/11(火) 12:04
18歳になっていて、フィナーレまでいなければいけない柴ちゃんを残して、
私と美貴ちゃんは、ステージ衣装のまま、
アサミさんの誘導で、逃げるように裏口に待たせてある車に急いだ。
「たぶん、取材の記者が押し寄せてくるから、それに巻き込まれないよーにさ」
とのことらしい。
通常、張り付きの取材陣以外は、番組終了間際に、出待ちの形で集まるらしいのだが、
MAKISMの解散の報を受けて、いつも以上の人数が今にも集まって来る、
それに巻き込まれて、用意のないコメントをとられるのは拙いとの事務所の判断だ。
事実、私たちが駆け抜けた短い間にも、何回かどこかの記者にコメントを求められて、
それをスタッフがガードしてくれていた。

明日の早朝入りに備えて取られていたホテルに向かう車に同乗したアサミさんは、
特に何も言わなかったけれど、
ホテルの部屋の前でそれぞれにキーを渡しながら、
「明日は4時起きだからね。おしゃべりなんかしてないで、さっさと寝なさいよね」
と言う口調は、やっぱりどこか不機嫌だった。
だから、私たちはいつものように軽口を返すこともなく、素直にそれに従って部屋に入ったけれど、
やっぱり、すぐに電話が入って、着替えをして待っていると、
すっぴんの美貴ちゃんが、私の部屋にやってきた。

「驚いたね」
「うん」
「まあ、でもよく考えてみれば、秋口からそんな噂あったんだよね」
「うん」
「やっぱり、あれが原因なのかな」
「さー」
237 名前:17歳 投稿日:2006/07/11(火) 12:27
「ってさ、梨華ちゃん・・あんまし驚いてないってゆーか・・心配してないってゆーか」
「うん・・なんかね・・よくわかんないの」
「えっ?」
「てゆーかね、なんかね、今日あったこととかね、みんなウソみたいってゆーか・・
 何か現実じゃない感じでね・・私たちのステージとかもね、本当にやったのかなーみたいなね」
「そっか・・でも、そー言えば、美貴も自分たちの出番とか忘れちゃってたな」
「でしょ、もしかして、みんな夢かなみたいなね」
「うん、慌しかったからね・・・でも、美貴たちのステージも、それとMAKISMのこともね・・現実だよ」
「なのよね・・うん・・・それは、わかってる。
 だから、さっき美貴ちゃんの電話の後に、もしかしたらって思ってね、かけてみたのね」
「ごっちんに?」
「うん、でも、やっぱりつながらなかった」
「そりゃそーだよ。今頃マスコミの対応に追われてるか、そーじゃなかったら、
 さっきのフィナーレの時みたいに、完全にどっかに隠れちゃってるか・・」
「だよね」

「でも・・中澤さん、またぼやくんだろーな」
「えっ?」
「だって、きっと正月あけのスポーツ紙とか、芸能ニュースとかさ、
 全部持っていかれて、アタシたちの紅白とかさ、最優秀新人賞もらったのとか、
 新春ツアーのこととかさ・・きっと扱い小さくなっちゃって・・」
「あっ、そーだね」

美貴ちゃんは、その後、たぶんごっちんは心配しなくても、悪いようにはならないからと、
私を慰めるように言って、早く寝なねと部屋に戻って行ったけど、
やっぱり、上手く寝付けないまま、朝を迎えて、
そのせいで、元日の生放送は後ろに座っている時にうつらうつらしたりとか散々で、
「シバタはしゃーないけど、アンタはーなー」
と、そうじゃなくても機嫌の悪い中澤さんをさらに怒らせてしまったけれど、
番組のディレクターさんには、かえって美味しい画が撮れたと、変に喜ばれた。
238 名前:17歳 投稿日:2006/07/11(火) 13:17
一日だけのオフを、私は予定通り、実家に帰って、お正月を家族と祝った。
元気のない私を気遣って、ママは、疲れているのだから、寝てなさいと言ってくれたけど、
気遣われついでに、パパに頼んで、一度だけ尋ねたことのあるごっちんのお母さんのお店にへ、
車を出してもらった。

近くまで行くと、すぐにそれとわかるマスコミの人たちが何人かいて、
慌てて気づかれないように、通りすぎたけれど、
チラッと見たお店は、閉められているようだった。

私を家に戻した後に、パパはもう一度お店まで行ってくれたみたいで、
夕食の席で、
「留守してるみたいだったぞ。当分休業するって張り紙があったし」
と、教えてくれて、
「しばらく骨休めに親子で旅行にでも行っているんじゃないか」
と、ことさら明るい調子で付け加えて、それを受けたママも、
「そーよね。ウチだって、あなたがお休みもらえたら、
 家族でゆっくりと温泉にでも行きたいものね」
なんて、しばらくどこに行こうかとか、たわいもない話を続けていてくれた。
 
239 名前:17歳 投稿日:2006/07/11(火) 13:42

3日から始まった新春ライブは、7日までが連日、東京で、
その後の連休が大阪。18、19と横浜に戻って、ラストの週が名古屋。

このツアーには、私たちが安倍さんのツアーに帯同したように、
2月にデビューする松浦亜弥ちゃんがゲストで参加していた。
彼女は、私たちの妹分といった感じのデビューになるらしく、
ライブの他にも、私たちのレギュラー番組に、1月からは、準レギュラーで出演していた。
そんなわけで、彼女と一緒にいる時間が増えて、
元々人懐こい性格の彼女は、もうすっかりグループの一員のように私たちに馴染んでいた。
特に美貴ちゃんとは気が合うらしく、何かといえば、くっついていた。

7日のステージの後、新年会をやろうということで、三人で私の部屋に集まっていた。

「何かすっかり、なつかれちゃったねー」
「あー、そーだね」
出会いの時の険悪さが嘘のように、亜弥ちゃんの話になると、
美貴ちゃんの顔は、自然にその表情を緩める。

「てかさ、どっちかと言うと、ミキティがアヤヤに懐いてないかい?」
柴ちゃんのそんな表現は、私にも妙に納得できてしまう。
二つも年下で、後輩のはずの彼女に、
何故かこの人は、私たちにも見せないような、甘えた顔をする。

「あー、あの子、何かしっかりしているからさ」
それは確かにそうで、16歳の新人さんなのに、私たちよりはるかに大人っぽいことを言ったりするし、
妙に堂々としている。
それぞれ年上の兄弟のいる私たちと違って、長女だからだとも思ったりするけど、
「でも、ミキティとは、そーゆーんじゃなくてさ・・なんか別のさ・・」

「うん・・あのさ、すごく変な話なんだけどさ・・
 亜弥ちゃん、不思議なことを言うんだよね」
「不思議なこと?」
240 名前:17歳 投稿日:2006/07/11(火) 14:10
「うん・・変な話なんだけどさ・・笑わないでよね」
「うん」
「私と美貴タンは、ソウルメイトなんだよ・・とか言うんだよね」

えっ?と思った。
美貴ちゃんは何気ない調子で口に出したけれど、その言葉を耳にするのは、あの時以来だった。
ごっちんに聞いた後に、インターネットや本で調べたりしたけれど、
実際にその言葉を、他の人から聞くことはなかった。

「何、そのソウル・・」
「ソウルメイトだよ。魂の友ってこと。なんかね、前世の因縁ってゆーか・・
 人は、何度も生まれ変わってて、それで、その度に出会っちゃう人がいるとか何とかでさ」
「へー、面白いこと言うんだね、アヤヤも。で、ミキティはそれを信じたわけ?」
「信じたってゆーかさ・・生まれ変わりなんてあると思ってなかったしさ・・
 でも、そー言われるとさ、なんかあの子は、出会った時から、特別な感じがしたし」
「それはあったよね、気にかけてるってゆーか、意識しすぎてるってゆーか」
「うん・・目立ってたからさって・・そー思ってたんだけど、どっちかってゆーと気に食わないみたいな」
「だったよね」
「うん、なのにさ、ちょっと親しくなったらさ、なんかずっと昔からの知り合いみたいなね」
「そー、急に仲良くなっちゃって、私と梨華ちゃんで、本当は心配してたんだからね。
 あの二人、上手くやれるかなーって」
「うん、それ、美貴自身も思ってた。
 だから、不思議だったんだけどさ・・亜弥ちゃんがね言うんだよね、
 自分にはすぐにわかったって・・美貴タンのこと一目見た時から、あっこの子はって」
「へー、この子はってねー」
「うん、そー言うんだよ。前世では私は、美貴タンのお母さんだったんだって」
「お母さん?」
「そー、だから、甘えていいんだってさ」
「へー、前世のこととか覚えてたりするんだ」
「らしいんだよね」
241 名前:17歳 投稿日:2006/07/11(火) 14:37
「何か、生まれ変わりとか、前世とか・・信じられないよね、ねー梨華ちゃん」
ぼんやり二人の話を聞いていた私に、柴ちゃんが急に話を振る。
「えっ?」
「聞いてたでしょ、今の話」
「うん」
「いくら、アヤヤとミキティが気があうったってさ、生まれ変わりとか、前世とか・・」

「私は・・私は、そーゆーのって・・あると思う」
「えっ?って、梨華ちゃんは、今のってゆーか、アヤヤの話、信じるんだ」
「・・・亜弥ちゃんの話とかってゆーのは、わからないけど・・
 生まれ変わりとかはね・・あのね、実は私にもね、いるみたいなんだよね・・そーゆー人が」
「えっ?って・・・いるって、何?そのソウル・・」
「ソウルメイトだよ」
柴ちゃんの詰まった台詞を美貴ちゃんが引き取って続ける。

「それって、もしかして・・ごっちん?」
「うん…彼女に出会ったばかりの時に、そー言われたの」
「やっぱね」
「うん、でも、びっくりしたな・・他の人からその言葉聞くなんて思ってなくて」

「で、梨華ちゃんは、ごっちんからそー言われて、信じてるわけだ」
柴ちゃんは、ちょっと不機嫌そうな顔をしている。
「うん・・ほら、私とごっちんってタイプとか違ってて・・なのに、出会った時から、
 何か、幼馴染に再会したみたいなのがあったりして・・」
「あー、本当にタイプとか違うよね、いくら同じ高校でも学年が違うし、
 どーして友達なんだろーって、美貴も不思議に思ってた」
「なんだよね。で、たぶん亜弥ちゃんも言ってたと思うけど、
 ソウルメイトって、ただ生まれ変わる度に知り合うとかじゃなくてね、
 お互いにすごく影響を与えあうらしいのね・・これは、本に書いてあったんだけどさ、
 でね、私がこの世界にはいったのって、ごっちんに出会ったからでさ・・
 だから、やっぱりそーなのかなって」
242 名前:17歳 投稿日:2006/07/11(火) 15:01
「へー、そんなこと本当にあったりするのかな・・生まれ変わるとかさ」
柴ちゃんは、不思議そうな顔をしていたけれど、
美貴ちゃんは、納得といった感じに頷いて、
「で・・・前世、梨華ちゃんとごっちんは、どーゆー関係だったの?」
なんて、聞いてくる。
「えっ?」
「ほら、美貴と亜弥ちゃんが親子だったみたいにさ」
「あー、なんだったんだろう・・
 ごっちんは、小さな時から同じような夢を何度も見るから、
 それが前世かも知れないって言ってて、その夢に、私が出て来るって言ってたけど、
 どーゆー関係だったとかは、言ってなかったな」
「梨華ちゃんには、わからないの?」
「うん、私は、そーゆー夢とか見ないし・・」
「そーなんだ・・美貴も亜弥ちゃんがお母さんの夢なんて見たことないしね。
 そーゆーのって、片っ方しか覚えてないものなのかな」
「どーなんだろーね」

「でもさ、ごっちんの夢に出てくるってゆーんだからさ、
 ごっちんは、たぶん知ってるんだよね、前世の関係とか」
「あー、そーなのかな」
「そーだよ、今度聞いてみればいいよ」
「うん」
「・・・ってさ、連絡ついてるの?」
「ううん」

MAKISMの解散は、やっぱり新春の芸能ニュースのトップだったけれど、
彼らはついに、記者会見みたいなものは開かなかった。
それでも、連日のように、公式、非公式の入り交ざった後追い報道が流されていた。
ただその中で、間違いないと思われるものは、
メンバー全員が、所属の事務所およびレコード会社にそのまま籍を残していることくらいで、
ごっちんについては、ソロデビューの公算が高いと言うことらしいけれど・・

やっぱり、あれっきり連絡はつかないでいた。
たぶん、ケイタイは、変えてしまったのだろう。
243 名前:17歳 投稿日:2006/07/11(火) 15:28
「でも、たぶん、19日には来てくれるはずだから」
「あー、何か言ってたよね、ウチのライブに来るみたいな」
「うん、チケット渡してあるから」
「でも、もし来てくれてもさ、話とか出来るかわかんないよね、
 彼女、楽屋にとか来なさそーだし」
「それは、大丈夫だと思うんだ・・・席、ウチのママとパパの間にしといたし、
 連れて来てくれるよーに頼んであるから」

「へー、梨華ちゃんも、意外にやるってゆーか、ごっちんも逃げられなくて大変だってゆーか」
「何よ、その言い方」
「あっ、そーだよ、あれだよ」
「何よ」
「もしかしてさ、梨華ちゃんとごっちんって、前世では、恋人だったんじゃないの」
「えっ?」
「それもさ、なんてゆーの、腐れ縁みたいなさ、
 逃げるごっちんをしつこく追っちゃってるみたいなさ、ストーカーみたいな」
「何よそれ、ちょっと酷過ぎない?柴ちゃんって本当、意地悪だよね。
 私、そんな子じゃないし」
「そーかなー」
「てゆーかさ、今は、やっぱり出来るだけ早く会いたいじゃない。
 どーしてるか気になるしさ、これからどーするのかとか聞きたいじゃない」
「まあ、それは、そーだけどね」

「でも、やっぱり恋人だったんだよ、きっと」
「だね」
なんて、美貴ちゃんと柴ちゃんは、笑っているけれど、
友達だったら、今のごっちんを心配するのは当たり前だと思う。

やっぱり、どう考えても、今回の解散が、彼女の意志に合致してるとは、思えなかったし・・・
それまでの経緯を考えれば、円満に決まったこととも思えなかったし・・

彼女が今、どこにいて、
彼女が今、誰といて、
何を思っていて・・・

来てくれる保証はどこにもなかったけれど、
今の私には、その日を待つことしかできなかった。

18歳の誕生日は、いつもの年以上に、待ち遠しいものになっていた。

244 名前:トーマ 投稿日:2006/07/11(火) 15:29
本日の更新は、ここまでにしておきます。
245 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/12(水) 00:25
うわお!更新キテタ!!
またまたいい所で切りますねー
続きが待ち遠しいです。
246 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/01(火) 12:01
無事に会えるのか、ドキドキ。
いろいろ心配です。
247 名前:トーマ 投稿日:2006/08/10(木) 00:20
生きてます。月が変わったら、再開しますので、残しておいてください。
248 名前:18歳 投稿日:2006/09/06(水) 10:00

ちょっぴり期待していた午前0時のオタオメメールは、やっぱり届かないまま
私は、バースデーライブを迎えた。
お昼のステージの開演前から、会場では、私の名前が連呼されていて、
「まっ、今日は梨華ちゃんが主役で仕方ないよね」
と、柴ちゃんが笑って、
「今日だけだからね」
と、美貴ちゃんに小突かれる。

アンコールには、サプライズのケーキが出てきて、二人からのおめでとうコメントの後、
会場を煽ってのハッピーバースデー。
それはとても幸せな時間だったけど、私はやっぱり夜の部を待っていた。

公演の合間に楽屋に差し入れを持ってきてくれたママに、もう一度念を押して、
迎えた夜のステージの上から、私は指定したその席に目を凝らした。
・・・・・・・・・・・・
ごっちんは・・・いた。
ちゃんと来てくれていた。
思わず小さく手を振ると、思いの外大きく振り替えしてくれた。

「アンタ、身内にレスしすぎ!ファンの子が怒るよ」
と、衣装替えのバックステージで、柴ちゃんに冗談めかして注意されたけど、
気をつけているつもりでも、どうしてもいつの間にか、
その日の私は、同じところばかりに目をやってしまっていた。

アンコールの後は、今度は花束で、18本のピンクのバラを抱えて、
会場のハッピーバースデーを聞いた。
もちろん、ごっちんも歌ってくれていて、
いつの間に用意したのか、ピンクのサイリュームまで振ってくれていた。
249 名前:18歳 投稿日:2006/09/06(水) 10:21
終演後も鳴り止まない「梨華ちゃん」コールに、スタッフに促されて、
一人でダブルアンコールに応えて、楽屋に戻ると、
ママとパパがすでに来てくれていた。
けれど・・
期待していた人の姿は、そこには見つけることが出来なかった。

睨むようにママとパパの顔を伺うと、
パパはさっさとスタッフに用事がある振りをしてどこかに行ってしまって、
残されたママは、本当に申し訳なさそうな顔をして、
「梨華ごめんね」
と、花束を抱えたままの私の手に、小さな袋を渡しながら、
「でも、ほら、これ預かってきたからね。
 それから、後でちゃんと連絡するって・・ここにはちょっとこれないからって・・
 あっ、でもね、ママ、後藤さんのお母さんとお話しする時間があってね」
と、早口で続けた。
「ごっちんのお母さん?」
「うん、あの子、お母さんと来ててね、開演前に挨拶されたの。
 で、少しお話出来てね」
「そーなんだ・・ごっちん、お母さんと来てくれたんだ」

「そーなの。あっ、そーそー、パパの言ってたこと当たってたのよ」
「えっ?」
「ほら、きっと旅行にでも行ってるって言ってたでしょう」
「あー、うん」
「パパの予想もたまには当たるのね。このお正月は、本当に家族で旅行してたんだって。
 久しぶりに水入らずで、ゆっくり出来たって、お母さん、とても喜んでた」
「そーなんだ」
「うん、でね、今も一緒にいるらしいのね。なんでも、都内に大きな部屋事務所が用意してくれて、
 そこで一緒に暮らすことになったらしくてね」
「へー」
250 名前:18歳 投稿日:2006/09/06(水) 10:53
「あっ、そーそー、アンタ、あのお母さんに会ったことがあるんだってね」
「あ、うん。前に一度・・ごっちんがデビュー前に、連絡取れない時があって、
 その時にお店まで訪ねて行ったの」
「だってね。あの時は、営業中で、わざわざ来てくれたのに、
 ろくに話も出来なくて、ごめんなさいって恐縮してた。
 で、その後に、あなたのことテレビで見て、びっくりしたんだって。
 お店に来てくれた時も、可愛らしいな子だなって思ったけど、
 すっかり垢抜けちゃって、綺麗なお嬢さんで羨ましいなんて・・ママ、照れちゃったわよ」

「そー・・・・でも、私、お願いしたよね、ごっちんのこと、何が何でも連れて来てくれって」
「・・・うん、そーなんだけどね・・ママもちゃんと頼んだのよ、梨華に怒られちゃうからって・・
 でも、ちゃんと連絡するって、これ渡されてね。
 ほら、無理強いも出来ないし、お母さんにも謝られちゃったし・・ねっ」
「・・・・・」
「あっ、そーよ、それ開けてみなさいよ。もしかしたら、連絡先とか入っているかも知れないし。
 ね、そーしなさいよ」
「あ・・・そーだね」

私は、ママに花束を預けて、小さなショッピングバッグの中から、小箱を取り出す。
何かと慌しくて、雑然としたここで、彼女のせっかくのプレゼントを開けてしまうのは、
どうかと思っていたけれど、
ママの言うように連絡先が入っていたなら、
娘に理不尽に責められてしまっている気の毒なこの人も、肩の荷を降ろすことが出来るだろうし、
私にとっても、それが何よりのプレゼントになるのだろうから。

箱の中には、小さなピンクのアクセサリーケースと折りたたまれたバースデーカード。
カードを開くと、
『18歳おめでとう!また半歩先に少し大人になっちゃったね。
 PS.ケイタイ変わりました・・・・・』
ちゃんと番号とアドレスが書かれているのに安心していると、
いつの間にか、私の肩口から覗き込んでいた柴ちゃんが、
「ねーねー、開けてみなよ」
と背中をツンツンしながら、急かすから、アクセサリーケースをパカッと開いてみる。
そこには、綺麗なピンクの石のピアスが光っていた。
251 名前:18歳 投稿日:2006/09/06(水) 11:39
「へー、かわいい・・・って、これ、本物じゃないの!」
柴ちゃんは、何か焦った様子で、私の手からアクセサリーケースを取り上げると、
その声につられてやってきた美貴ちゃんと一緒になって、食い入るようにそれを覗き込む。
「ウソー、だって、ピンクのダイヤなんていったら、めちゃくちゃ高いんだよ」
「でも、ほら・・」
柴ちゃんは、遠慮なしにピアスを摘み上げると、
天井の灯りに透かすように眺めて、一緒に眺めている美貴ちゃんと、
「ね、それっぽくない?」
「あー、なんか、かもだよね・・って、本物とか見たこと無いから知らないけどさ」
なんてやっているから、
「ねー、二人ともやめてよ、返して!」
と、睨んで、取り戻す。

「よかった・・連絡先、入ってたのよね」
と、安心したママが、
「18の子に17歳の子がくれたプレゼントだもの、まさかそんなことないわよ。
 でも、本当かわいい。あなたに似合いそーじゃない」
なんて、まだ本物だったらどのくらいするのかとか騒いでる二人に釘を刺すよーに笑う。

ライブの中締めを兼ねての誕生日のお祝いは、
どういうわけか美貴ちゃんの案が採用されての焼肉。
スタッフが一緒の会食に、さすがのママたちもその誘いを遠慮して、
みんなからのプレゼントの山を、私の部屋に届けてから、自宅に戻るということで、先に帰って行った。
もちろん、ごっちんのプレゼントだけは、私のバッグにしまわれたけれど。

未成年の私達を気にすることもなく、中澤さんを先頭に飲み始めた大人たちのお陰で、
部屋に辿り着いたのは、もうだいぶ遅い時間になってしまったけれど、
やっぱり日付が変わる前に彼女と連絡がとりたかった私は、
一度打ち上げたメールを消去して、
新しく登録した番号にかけてみることにした。
もしかして寝ちゃってるかもと思ったけれど、
やっぱり、声が聞きたかった。
252 名前:18歳 投稿日:2006/09/06(水) 11:58
・・・・・
4度目のコールでつながる。
「えへっ、やっぱり、梨華ちゃんだよね」
久しぶりに聞く彼女の声は、やけにのんびりとしていて、
それまでのどこか張り詰めた思いが、ウソみたいに一気にほぐれる。

「うん、よかった、まだ寝てなかったんだよね」
「うん、アタシ、ほら、宵っ張りだし・・特に今日は、さっきのライブの興奮が残ってるし」
「えっ?私達のライブで興奮してくれたんだぁ」
「うん、結構したよ。アイドルのライブなんて初めてだったから、何気に面白くてさ」
「え?」
「ほら、歓声とか男の子ばっかで、キャーじゃなくて、ウォーって感じでさ」
「ああ」
「それに、ずっと踊ってる人とかいたりして」
「そーなのよね。一緒に振り付けしてる人とかいて、それが結構完璧だったりして」
「そーそー、アタシのすぐ下の一階席の後ろの方なんて、この人達、ステージ見てんのかなって感じで。
 それから、大きなボード何枚も用意してる人とか、サイリュームで字を作ってたりとか」
「って、なあに、ごっちんは、ステージじゃなくて、そんなお客さんばっかり見てたわけ?」
「そんなことないよ。よかったよ梨華ちゃんも」
「もってゆーのが気に入らないんだけどー」
「あー、そーじゃなくて。よかったよ、梨華ちゃんは。もちろん他の子も。
 思ってたのより、ずっと本格的なダンスとかしてるし、歌もテレビとかよりずっと迫力あったし、
 それに、衣装も可愛かったし・・」
「あっ、ありがとう。素直に聞いとく」
「ホントだって・・でも、一つ気になったんだけどさ」
「えっ、なーに?」
253 名前:18歳 投稿日:2006/09/06(水) 12:17
「うん、衣装のデザインさ、それぞれ少しずつ違うじゃない」
「そーね」
「あれってさ、どれも梨華ちゃんのが、何か面積小さいよね」
「えっ?」
「隠してる部分が小さいってゆーか、出てる部分が多いってゆーか」
「あー、なんかね、いつもそーなのよね。
 テレビ用は、結構お揃いで、基本的に同じデザインなんだけど、 
 ライブの時は、出来上がってくると、どーゆーわけか、いつもあんなでさ」
「ふーん・・・まあ、似合ってるからいいけどさ・・梨華ちゃん、スタイルいいから」
「えっ、私って、スタイルいいのかな」
「うん、かなりいいと思うよ」
「ごっちんにそー言われると、嬉しいけど
 ・・・なんか、お腹とか出してると、やっぱ、恥ずかしいよね」
「でも、お臍とか綺麗だからさ」
「そーかなー」
「うん・・・まあ、みんなに見せてるのは、ちょっとヤかも知れないけど」
「ヘッ?」
「あっ、別にいいけど」
「って、ごっちんも凄い衣装着てたじゃない」
「うん、まあね。ほら、アタシもかなりスタイルいいからね」
「あー、しょってるー。でも、本当にそー。背もあるから、カッコいい」
「うん、でも、身長止まっちゃったみたい・・梨華ちゃんさ、少し伸びたでしょ」
「あっ、少しね・・じゃ、追いつくかな。もう少し欲しいんだよね」
「そーだねー・・でも、今くらいでいいよ。何か抜かれちゃうのはヤかも」
「じゃ、ごっちんも伸びればいいじゃん」
「そーね・・ってさ、こればっかは、自分の意思じゃどーしよーもなくない?」
「かな・・・ってさ、今、おウチなの?」
254 名前:18歳 投稿日:2006/09/06(水) 12:36
「あっ、そー。部屋借りてね。
 たぶん、お母さんから聞いてると思うけど、うちのお母さんが泊まってる。
 お店の整理がついたら、ちゃんと引っ越して来てくれることになってて」
「あのお店、閉めちゃうの?」
「ううん、今、工事しててね、新しくして、お姉ちゃん夫婦がやることになって」
「えっ?お姉さんいたんだ」
「知らなかったっけ・・・あのね、子供もいるんだよ。可愛い女の子。
 だから、アタシは叔母さんなんだ」
「そーなんだー。で、お母さんは?」
「うん、アタシの身の回りのことってゆーか・・
 ほら、今まで一人で苦労してきたから、ちょっとはゆっくりしてもらおうかなって」
「そっか、親孝行なんだね」
「うん・・・てか、アタシ、一人じゃ住めない人だから」
「えっ?」
「あっ・・なんでもない・・・それよか、アレ気に入ってくれた?」

「あっ、まだお礼も言ってなかったよね。ありがとう・・すごく可愛い」
「よかった」
「ってさ、あの・・・もしかして・・すごく高かったりしてない?・・あれ」
「えっ?」
会食の席で、柴ちゃんに話を聞いた中澤さんが、
アタシが鑑定したるわとか、半ば強引に取り上げて、
アンタなー、これそーとーなもんやで。返した方がええんとちゃうか。
なんて言ってた・・・・

「何か少し無理させたのかなって」
「あー・・・あのさ、アレ、本当は鑑定書とかついててね・・
 気にして欲しくなかったから、ぬいといたんだけど」
「じゃ、本当に本物なの?」
「まあね」
255 名前:18歳 投稿日:2006/09/06(水) 12:58
「って、そんなの困るよ」
「どーして?」
「だって、その・・私はまだ18で・・ごっちんは・・」
「そんなの関係ないじゃん。
 このお正月にニューヨークに行って、家族でね。
 その時に、ふらっと入ったお店で、アレ見つけて、一目で、これ梨華ちゃんにぴったりだって、
 ちょうど誕生日だし、もうこれしかないって感じでさ」
「でも・・」
「あっ、心配しなくていいんだよ。アタシ、今すごくお金持ちなの」
「えっ?」

「実はさ、MAKISMの解散の条件でね、その印税ってゆーか権利みたいなの・・全部ね、
 今後はレコード会社が持つってゆーか、ほら、元日発売のアルバムとかさ、
 その代わりの一時金みたいなのが、メンバーそれぞれに出てね、
 何か、それがびっくりするくらいの大金で、それでお店の改装とかも出来ちゃうし、
 この部屋も買い取っちゃおうかななんてさ」
「でも、それって一時金ならさ、これからの事だってあるし」
「あーそれも大丈夫なんだよね。新しく個人で契約してね、事務所とも、レコード会社とも。
 その条件も、デビューの時とは大違いでさ。何か全然大丈夫なの」

「でも、だからって私なんかに・・」
「私なんかってなんだよ・・・って、気に入らなかった?」
「そんなことないよ。すごく可愛いし・・でも、今の私には、少し贅沢かなって」
「ううん、今の梨華ちゃんにぴったりだよ。
 それに、たぶん、梨華ちゃんが思ってるほど高くないし・・お買い得って感じだったからさ」
「そーなの?」
「うん、だから、そんなに気にしないで使ってよ」
「うん、じゃあ大事にしまっとく」
「えっ、ちゃんとつけてよね、そのためにあげたんだから」
「・・・わかった、じゃあ、何か特別な時につけるね」
「あ、うん、それでもいいけど」
256 名前:18歳 投稿日:2006/09/06(水) 13:20
「で、あの、これからどーするの?」
「えっ?」
「ほら、次の活動・・やっぱり、新聞とかに書かれてるみたいにソロデビューとか・・」
「あー、うん、今最後の調整中ってゆーか・・でも、どっち道、そろそろなんだよね。
 あんまり休んでると、カビ生えちゃいそーだし」
「よかった」
「えっ?」
「私、やっぱり、ごっちんの歌ってるとこが一番好きだから」
「なの?」
「うん・・・なんかもうずいぶん前のことみたいだけど、紅白のステージ・・
 突然解散するなんて聞いて、びっくりさせられたけど、あのステージもやっぱりかっこよくて、
 そばで聴いてて、やっぱりすごいなーって」
「何かそんなふーに言われると、照れるよね・・
 でも、紅白は、梨華ちゃんもすごくよかったよ・・可愛くて」
「それは・・私はいつだって可愛いわよ」
「へ?梨華ちゃんもそーゆーこと言うようになったんだ」
「うん、そーでも思わなきゃやってられないもの。
 歌がヘタとかさ、もうネタにされちゃってるもの」
「あー、それはね」
「って、やっぱり、ごっちんもそー思ってるんだ」
「ってさ、アイドルに歌唱力は必要ないでしょ・・声も可愛いんだし、それでオールOKみたいなー」
「なのかな」
「うん、少なくとも、アタシが今日見た限りでは、ステージの梨華ちゃんは最高だったもの」
「なら嬉しいけど」

「・・・で、今度はいつ会えるかなぁ」
「あっ、今日は楽屋行かなくてごめんね。梨華ちゃんのママに誘われタンだけどさ、
 やっぱりスタッフの人達がいるところにはさ・・」
「うん、それは私も後で気づいたんだ。ごめんね、無理に誘ったりして」
「ううん・・・またそのうち、ふらっと行くからさ」
「うん、あんまり期待しないで待ってる。とりあえず電話がつながって安心したし」
「あー、うん、だよね」
257 名前:18歳 投稿日:2006/09/06(水) 13:32
「ってねー、ケイタイ変わったら、すぐに教えてよねっ」
「えっ?・・・すぐに教えたよ」
「は?」
「これ、今日買ったんだもの。
 アレ以来バタバタしてて、ほら、色々面倒だったし・・とりあえず、前のを解約して・・」
「で、今日までケイタイなし?」
「うん・・・案外何とかすごせるものなんだよね、これが」
「そーなの」
「うん、だから、このケイタイにかかったのって、実はこれが初めてで、
 番号登録するのも一件目」
「って、前のデーターは?」
「ああ、なんかいいかなって、捨てちゃった」
「全部?」
「うん、全部」
「って・・・まあ、いいけど・・・じゃあ、私の番号とかも?」
「うん、ほら、梨華ちゃんトコはさ、今日行くって決めてたし、
 いざとなったら、部屋も、実家も知ってるし」
「・・・・って、ごっちんって、やっぱ少し変わってるよね」
「そーかなぁ、そーでもないでしょ」
「まあ、いいけどね・・・じゃあ、本当にそのうち来てよね」
「うん」
258 名前:18歳 投稿日:2006/09/06(水) 13:46
長い電話を終えて、シャワーを浴びる。

少し変とか言っちゃったけど・・・
たぶんごっちんは、
たぶんごっちんには、
前のケイタイのデーターを全部消さなきゃ振り切れないものがあって、
いったんゼロに戻さなきゃ、思い切れないものがありすぎて・・

電話の声はすごく元気そうで、いつも以上に明るくて、
でもそれがかえって、MAKISMの解散が、彼女が望んだものじゃなかったことを
私に確信させた。

望んでなくとも、どうしようもない何かがあって・・
でも、決まってしまったものは仕方ないから、今は前向きに考える。

もしかしたらそのために、受け取ったという一時金は、
さっさと使い果たしてしまいたいのかも知れない。


彼女のくれたピアスを取り出して、ドレッサーの前でつけてみる。

キラキラと輝くそれは、
ノーメイクの18歳には、
やっぱり少し華やか過ぎた。
259 名前:トーマ 投稿日:2006/09/06(水) 13:50
 
本日は、この辺で。


>>245 名無し飼育様 ありがとうございます。またボチボチと書かせてもらいます。

>>246 名無し飼育様 ありがとうございます。これは会えたって言うのかな・・微妙
260 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/10(日) 00:13
更新お疲れ様です。
おもしろいです。次回の更新も楽しみにしています。
261 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/10(日) 19:07
うーむ、後藤さんのこれからが気になりますねえ。

毎回思うんですが、2人の会話の雰囲気、好きです。
次回の更新、楽しみに待っています。
262 名前:18歳 投稿日:2006/09/11(月) 10:15

「またやられてしもーたわ」
私の顔を見るなり、中澤さんは、丸めたスポーツ紙を、投げるように渡した。

遅出に合わせて、いつもよりかなり遅い時間に起きた私は、
朝の芸能ニュースも何もチェックしていなかったから、
広げた芸能欄一面のごっちんのいきなりのどアップに驚かされる。

「しっかし、よりによってマツーラのデビューに合わせんでもなー」
中澤さんがぼやいているのは、ごっちんの再デビューのことらしい。
ざっと記事に目を通すと、
大方の予想に反して、彼女はTAKUさんとバンドを組むとのこと・・・

『Tag』という名のそのバンドは、TAKU改めTakuをリーダーに、
ボーカルの(Makiに表記替えをした)ごっちんを中心に、
ベテランの多かったMAKISMと違って、若手のメンバーを集めたフレッシュなバンドになるとか・・
そのデビュー曲が、2月に緊急発売されるらしい。
その記事の最後には、その他のメンバーの今後の動向も記されていて、
KAZUさんは、裏方に回って、
ギターのTOMOさんとドラムのYOSHIさんが新しく作るバンドのプロデュースをするらしい。

「結局、MAKISMは、二つに分かれたってことやね」
「みたいですね」
「しっかし、あの連中とはなんやいらん縁があるなー。
 確かMAKISMのデビューはアンタラと一緒やったしなー。
 まああん時は、その後はともかく、デビュー前の話題性は、アンタラの方が勝ってたけどな、
 今度は、どー見ても完敗やからなー、
 せっかく他が弱い週に当てて、下手したら一位とれるかなーって思うとったんやけどなー」

亜弥ちゃんのデビューには、かなりの力が入っていて、
そのデビュー曲は、年明けから流れている清涼飲料水のCMとのタイアップ。
しかも、その映像は、その新製品のCMなのか亜弥ちゃん自身のCMなのかわからないくらい
松浦亜弥をアピールするものになっいた。
263 名前:18歳 投稿日:2006/09/11(月) 10:37
「しっかしなー、ホンマまいったわ・・初披露まで同じ番組やしな」
「えっ?じゃあ・・」
「そや。アンタラも出るあれや。急遽あちらさんの出演が決まったとかでな、
 ついさっき、番組のプロデューサーから、持ち時間削られるけどかんべんとかな、
 かーるく電話で謝られたわ・・ホンマ、まいったわなー」
「そーなんですか」

それは、奇しくも一年前に彼女と再会したあの生放送の音楽番組。
私達の新曲のプロモーションには、本当は早すぎるのだけれど、
亜弥ちゃんの応援ということで、わざわざ同じ週に出演することになっているその番組で、
また彼女達と共演することになるらしい。

ふらりと行くと言ってはいたけど、さすがに忙しいのか、
ごっちんは、まだ部屋には来てくれていないから、
仕事の現場とはいえ、久々に会えるのは、個人的にはかなり嬉しかったけれど、
中澤さんがぼやくように、事務所的には、
私たちまで借り出して用意した亜弥ちゃんの歌番組デビューが、
Makiの再デビューと重なるのは、やっぱり望ましいことではないのだろう。
 
264 名前:18歳 投稿日:2006/09/11(月) 11:14

ごっちんは、髪を切っていた。前髪ありのショートカットで、色もナチュラルな茶。
どこか謎めいて大人びていたMAKIと違って、
Makiは、年相応で、とてもかわいらしかった。

リハのスタジオでTagとすれ違った私たちの楽屋は、
初出演の緊張感なんてまるで見せない大物の亜弥ちゃんを交えて、
もっぱら彼らの話で盛り上がっていた。
「イヤイヤ、なかなかのイケメン揃いだよね」
「うん、どっちかってゆーとアイドル系?みたいな」
新メンバーのベースとドラムのどっちがカッコいいとか、
キーボードの子がカワイイ系でいいとか、
美貴ちゃんと柴ちゃんは妙にハイテンションで、
「それに、MakiちゃんもTakuさんも感じ変わってたし」
「だよね。きっとポップな感じで行くんじゃないかな」
「うん、案外、まともにアヤヤと路線被ってたりして」
「そんなー」
なんて、さすがに同日デビューは気にしている亜弥ちゃんをからかったりしていた。

私も、MAKIよりMakiの方が、ごっちんの素に近い感じがしたから、
早く彼らの曲が聞いてみたいと、ワクワクした気分で、そんな三人の会話を聞いていたけれど、
いつもなら、そんな話の中心になるミーハーのアサミさんが、
部屋の隅で、黙々と私たちの衣装のチェックをしているのが気になって、
「Tagって、なかなかイイ感じですよね」
と、近づいて軽く声をかけてみた。
「あ・・・うん・・」
一度、私を確認するみたいに、顔を上げたアサミさんは、また視線を衣装に戻すと、
「それがさ、さっき音リハ覗いてきたんだけどさ」
と小声で続けた。
「あー、どーでした?」
彼らのデビュー曲は、正真正銘、今日が初披露で、その音源はまだどこにも流されていなかった。
「うん、それがさ・・うーん」
「えっ、あんまりよくなかったんですか?」
「てゆーか・・まっ、本番はまた違うだろーしさ・・
 それよか、そろそろ着替えないとじゃない?ヤダ、もー時間ないじゃない」
「あっ、本当だ」
265 名前:18歳 投稿日:2006/09/11(月) 11:29
始まった本番で、亜弥ちゃんは、一曲目。
当初予定されていた私たちと一緒の座りトークは、カットされて、
短いデビューの挨拶と、私たちがエールを送って歌い出すというだけの演出に変えられていた。
続けて二曲目に、私たちが来月発売の新曲を歌う。

その後も何かと慌しく進行されたその日の放送で、
それでもラストに歌うTag のためには、たっぷりと時間が用意されていた。
曲前のトークは、主に新メンバーの紹介に当てられていて、
リーダーとなったTakuさんは、24の自分が最年長で、平均年齢がハタチとか、
そのバンドの若さをやけにハキハキとした口調で強調していた。
コメントを振られたごっちんもMAKIの時とは違って、笑顔で応対して、
雰囲気が変わったねーと司会者を驚かせていた。

そして、演奏が始まった。
266 名前:18歳 投稿日:2006/09/11(月) 12:11

帰りの車で、美貴ちゃんを降ろして、二人になると、
アサミさんは、それを待っていたかのように、ポツリと聞いてきた。
「ねー、梨華ちゃんはどー思った?」
それが、Tagのことだということは、すぐわかったけれど、
「そーですねー、だいぶMAKISMとは違ってて・・うーんなんていうか・・」
私は、はっきりとした返事が出来なかった。
「・・・うん、そーだよね・・なんかねー」
それは、アサミさんも同じようで・・

彼らの曲は、軽快で、メロディーラインもシンプルで馴染みやすかった。
だけど、何かぴんと来ないところがあって・・

「うん、はじめはさ、あの子たち・・ほら、新メンバーの」
「あーはい」
「あの子たちの演奏のせいかなって」
「あーそれは」
「うん、やっぱKAZUたちに比べたら、正直ヘタだからさ・・でも、それだけじゃなくて・・
 なんか違うんだよね。なんかさ」
私が感じているもやもやっとした違和感を、やっぱりアサミさんも感じているのだろうか。

小さな沈黙の後、アサミさんは、少し言いづらそうに続けた。
「あのさ、こんな言い方していいのかわからないけど・・
 アレって、Makiが歌う必要ないよね」
「えっ?」
「あっ、彼女の歌が悪いとかじゃないよ。ちゃんとこなしてた。
 うん、そーなんだよ、上手くこなしてた。
 でも、本当にこなしてるって感じで・・
 もしかしたら、アレってさ、男性ポップバンドの曲なんじゃないのかなー・・
 そっ、そーだよ、そーなんだよ、きっと」
あっと思った。

アサミさんは、自分の言葉に納得するように、うんうんと頷いた後、
ふーっと一つ溜息をついて、独り言のように続けた。
「どーゆー経過で、TakuとMakiちゃんが組んだかわからないけど・・
 うん、たぶん、Takuがどーしてもって、彼女のこと引っ張ったんだろーけど・・
 あの二人が、本当のところどーゆー関係なのかわかんないけどさ、
 Takuはさ、たぶんMakiちゃんのこと本気で好きなんだろーけどさ、
 でも、なんかそれだけでさ、KAZUと違って、彼女のことわかってないって気がするんだよね。
 だから、あんな曲、歌わせちゃう。
 まっ、今回だけかも知れないけどさ・・
 てか、アタシ、やっぱりTakuのファンだからさ、
 次の曲は、もっといい感じにしてくれないとさ・・・」
267 名前:18歳 投稿日:2006/09/11(月) 12:24
それでも、彼らの曲は、オリコン初登場で、
2位に健闘した亜弥ちゃんを大きく引き離して、堂々の1位を獲得した。
けれど、ロングヒットが当たり前だったMAKISMとは違って、
長く上位に留まるようなことはなかった。

そんなCDの売れ方の違いだけではなく、
あくまでもライブ中心だったMAKISMと違って、
Tagは、それからも積極的にテレビやラジオに出演した。

それはちょうど私たちの新曲のプロモーションの時期と重なったから、
何度かテレビ局などで、彼らとすれ違った。
お互いメンバーやスタッフと一緒だったから、
そんな時でも、立ち話をすることも出来なかったけれど、
何気にアイコンタクトしてみたり、回りに気付かれないように小さく合図を送ったり、
そんなことを後でメールで確認しあったりして、
それはそれで楽しかったりしたけれど、
やっぱり、物足りない思いが続いていた。
268 名前:18歳 投稿日:2006/09/11(月) 13:17
そんなある日、4月から始まる新番組の打ち合わせで、
私たちは、朝からあるテレビ局に詰めていた。

「ちょっと画期的ちゃうか」
と、中澤さんが、興奮気味に私たちに聞かせたその企画は、
美貴ちゃんが誕生日を迎えて、揃って深夜の生放送が可能になる私たちが、
前々からやることになっていたラジオの深夜放送を、
テレビとコラボしてしまおうというものだった。

「ぶっちゃけ、ラジオのブースにテレビカメラを入れてしまおうってものなんですよ」
と、スタッフが説明したように、
ベースはあくまでもラジオ番組だから、基本はリスナーのメールや葉書を交えての、三人の生喋り。
CDを流すところを、テレビではPV、間にVTRの企画を挟んだりの1時間。
深夜だから、あまり縛りを設けずに、ゆるい感じでいいのだけれど、
それだけにそれぞれの個性が自ずと出てしまうから、
どうせなら、企画の段階から、三人の意見を聞きましょうということで、
それまではスタッフ任せだった企画会議に、参加することになった。

初めてのそういう場への参加で、緊張するであろう私たちへの配慮なのか、
元々そういうものなのかは、よくわからなかったけど、
ほぼ丸一日時間が取られたその会議は、
最初の趣旨説明が終わると、ただ雑談しているようなダラダラとした時間が続いていた。
269 名前:18歳 投稿日:2006/09/11(月) 13:35
食事休憩になって、じゃんけんで負けて、三人分のお茶を買いに出た私は、
朝からワイワイしてたから、少し静かなところに行きたいと、
ふと思いついて、あまり人の来ない、奥の販売機の方に足を伸ばした。

廊下の角を曲がると、そこには思わぬ先客が一人、ベンチに座っていた。
手には缶コーヒーが握られているようだけど、
壁に背をもたれて、首をかしげて、たぶん眠っているその人は、
・・・・ごっちんだった。

そっと近づいて、顔を覗きこむと、
その気配を感じたのか、ぱっと閉じていた目を開いて、
ちょっと驚いて、すぐに照れくさそうにふにゃっと笑った。
「ごめん、寝てた?」
「あー、なんか少しウトウトしちゃったみたいだよね」
「収録?」
「うん」

ごっちんが、撮っているのは、私たちも一度出たことのあるバラエティー番組。
「あんなのにも出ちゃうんだ」
つい正直な感想が口から漏れてしまうと
「これが出ちゃうんだよね」
と、ごっちんは苦笑する。

変な言い方をしてしまったのを取り繕おうと、
「でも、アレ、時間かかって大変でしょう。私たちも前出た時夜中までかかっちゃって・・」
と早口で続けると、
「うん、なんかいつまで続くんだろーって感じ。こんなふーに待ち時間も長いし」
と、肩のコリをほぐすように、首を回すごっち。
270 名前:18歳 投稿日:2006/09/11(月) 13:54
「って、梨華ちゃんは?」
「あー、うん、新番組の打ち合わせ。やけにダラダラしてて、いつ終わるんだろーって感じ」
「そー、大変だね、それも」
「まあ、こっちは、こーゆーの慣れてるってゆーか・・
 って、ごっちんは・・大丈夫?身体とか?」
「あ、身体はさ、全然大丈夫。すごい元気。
 でも、やっぱ、慣れないこと多くてさ・・・まっ、その分面白いっちゃー、面白いし」
「ならいいけど・・・やっぱり、忙しいよね」
「まあね、でも、それって梨華ちゃんもでしょ」
「うん・・でも、明日は久々に完オフもらえるし・・」
「えっ?それマジ?」
「だよ・・・って、もしかして・・」
「うん・・てか、今日の収録明けからってことなんだけど、
 まさか明日まではかかんないだろーし」
「じゃ」
私は、思わずごっちんの手をとって、
「来てくれるよね」
と尋ねると、大きく笑顔で頷いてくれた。

「でも、何か予定とかなかったの?」
「そんなのいいの。優先順位が違うもの」
「何それ・・・てかさ、今日のいつ終わるとかわかんないし・・・
 だから、何時に行くとか、約束出来ないんだけど・・」
「そんなのいいよ、どーせ一日、部屋でゆっくりするつもりだったから」
「なら、ふらっと行くね」
「うん、ふらっと来てよ」
 
271 名前:18歳 投稿日:2006/09/11(月) 14:10
お茶を持って、楽屋に帰ると、
「遅い!」
と、美貴ちゃんに怒られる。
怒られついでに、
「明日なんだけどさ、付き合えなくなっちゃって」
「は?」
「あっ、あのね、お店にはもうバッチリ予約は入れてあるし、もう一度電話入れとくし、
 後で地図書くし・・」

私の部屋の近くにあるネイルサロン。その行きつけのお店に、
最近、ネイルに興味を持ちだした亜弥ちゃんを、
明日のオフに連れて行くという約束を、美貴ちゃんとしていた。

「あっそっ、なら別にいいけど。
 てか、アンタの地図わかりづらいんだよね。ちゃんとわかるよーに書いてよね」
「大丈夫だよ。すごくわかりやすい所だから」
一応、ドタキャンみたいな形だけど、もともと私はただの案内役だったし、
そういうのには、あまり拘らない美貴ちゃんは、いたってあっさりと許してくれたけど、

「何、もしかして、梨華ちゃん、デートとか急に入っちゃった?」
なんて、柴ちゃんは、見逃してくれない。
「ううん、家の用事が出来ちゃって」
別に隠すことじゃないと思うけど、後からの約束を優先させてしまったのは、
やっぱり、あまり堂々と言えるものではないだろう。
「へー、怪しいんだー」

 
272 名前:18歳 投稿日:2006/09/11(月) 14:30
午後からは、それまでと違って、次々と企画案が出された。
午前中のダラダラとした雑談は、私たちをリラックスさせて、
その場の雰囲気に慣れさせて、本音の部分を引き出すためのものだったようで、
さすがにこの業界は、無駄に時間は使わない。

やっぱり、かなり遅い時間までかかってしまったけれど、
会議が終わる頃には、頭の悪い私にも、番組の全体像が、ちゃんと掴めるようになっていたし、
何気なく言ってみた企画も、皆が、具体的に広げてくれて、採用されることになったりして、
かなり充実した気分になっていた。

「てかさ、梨華ちゃん、お昼から、やたらとテンション高かったよね」
「そーそー、何気に色々思いついたりしてさ、どんどん言っちゃうし」
「かなー」
「朝は、寝てるのかってくらいに静かでさ、何か聞かれても、おどおどしてたのにさ」
「あー、それは、慣れたからってゆーか、ほら、私、人見知りが激しいからさ」
「なら、慣れるの早過ぎ」
「そーおー、普通じゃなぁい」
「ぜーんぜーん普通じゃない」
「かなー」
なんて、二人が色々言うのに応えてたけど、
もちろん、それだけじゃないのは、私自身が一番よく知っていた。
273 名前:トーマ 投稿日:2006/09/11(月) 14:40
 
本日は、ここまでで・・


>>260 名無し飼育様 ありがとうございます。 

>>261 名無し飼育様 ありがとうございます。
       会話部分は、書きやすいっていうのもあって、ついつい地の部分と比べて、
       長くなりすぎてるかなと思いつつ、つい本筋とあまり関係のないことまで
       書いてしまっているわけですが・・・まあ、いいんですよね・・
       ってことで、今後もこんな感じで進めます。
274 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/22(金) 14:44
どんなオフを過ごすのか、興味津々。
楽しみにしてます。
275 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/21(木) 08:19
トーマさんの書かれるいしごまの作品が大好きで 大ファンになりました 少しずつ 少しずつでよろしいので 更新待っております
276 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/21(木) 14:03
ochi
277 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 10:33

早めにセットした目覚ましより、さらに早く目が覚めて、
溜め込んでしまっている洗濯物と、散らかしっぱなしの部屋の掃除。
たぶん彼女が来るのは、早くともお昼過ぎ。もしかしたら夕方。ヘタをすれば夜中・・
それでも片付けベタな私には、多分あまり余裕は無い。
たまにはすっきりした所を見せなくっちゃね。
ずいぶんと久しぶりなのだし・・

そういえば、最初にココに来てくれたのは、まだ引越しの荷物も解けてなかった時。
なんだかんだですっかりやってもらっちゃったりして
アレから、ちょうど一年になるのか・・
そのたった一年の間に、嘘みたいに色々なことがあって、
いつの間にか本棚に収まりきれなくなった彼女の記事が載ってる雑誌と、
自分の姿を写している本。
撮りためたビデオテープも、もう何本になるのだろう・・

それらを整理しながら、ついつい感慨に耽りそうになるのを、
頑張って振り払って、勤めて事務的に手を進めてみると、思いの外早く片付いて、
午前中にはあらかたの始末ができてしまう。
なあんだ、私だってやれば出来るじゃない。

出来る子ついでに、軽めのブランチを済ませたら、
かなり早いけど、ディナーの準備に取り掛かる。
いつも作ってもらうばかりで、私の手料理を食べてもらったことがないからと、
昨日のうちに用意しておいた食材を冷蔵庫から取り出して、
梨華もたまにはやりなさいよと、ママが置いていった料理本を開く。
278 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 11:00
これでも家庭科では4を貰っていたんだから・・2回きりだけど・・
そうよ、私はきっと、やれば出来る子なんだから!
と、作り始めたクリームシチュー。

・・・・・って、面取りって何よ!
なかなか思い通りになってくれないニンジンさんやジャガイモさん。
第一、このタマネギ、絶対私に恨みがある。
こんなに泣かせなくたっていいじゃない!

なんて、物言わぬ野菜相手に、ついつい逆ギレしていると、
ふと、背中に気配を感じる。

えっ?何?・・・何よ何なのよ・・・

この部屋で心霊現象なんて、今までなかったはずだけど・・
と、恐る恐る振り返ると・・

ふにゃっと、とぼけた笑顔が、キッチンのドアにもたれて立っていた。

「もー!驚かせないでよー」
思いの外、早く来てくれたことの嬉しさより、安堵の気持ちが先にたって、
いらっしゃいの代りに、ついきつめのセリフが口をつく。
「ヘ?」
「心臓が止まるかと思った・・って、どーやって?」
「は?・・・あー、コレ」
と、ジャラジャラとしたキーホルダーの中から、見覚えのある鍵を摘んで見せるごっちん。
「もらったきり使ったことなかったから、本当に使えんのかなーって、
 なんとなく、うん、なんとなくね、廻してみたら、うん、やっぱり開いたからさ」
「そりゃそーよ、合鍵だもの。で、こっそりと入ってきたわけ?」
「なことないよ。フツーに・・うん、多分、おじゃましまーすとかも言ったし」
「そーなの?」
「うん・・・って、本当に気付いてなかったの?わざと知らん振りしてるのかなって思った。
 何かブツブツ独り言言ってるしさ」
「あっ・・・うん、ちょっとね・・・熱中してたから・・」
そっか、ごっちんは別に驚かすつもりとかなかったんだ・・
って、私、ブツブツ声に出したりしてたんだ・・
急に気恥ずかしくなって、合わせていた視線をはずして俯くと、
「なんかねー、危ないよねー」
と、急に上がった声のトーン。
279 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 11:25
「強盗とかさ、入ってきてもわかんないんじゃないの?」
「そんなことは・・・ないと・・思うけど」
「そーかなー」
「・・・そーだよ・・第一、強盗さんはさ、合鍵とか持ってないしさ」
「イヤイヤ、今日日、こんくらいの鍵なんてすぐに開けられちゃうし」
「えっ、そーなの?」
「うん!だから、一人でいる時とかはさ、チェーンぐらいはしとくとかさ・・
 うん、今度からそーしな、絶対!」
「わかった、そーする・・・・あっ、でもそれじゃ、お出かけの時とかはさぁ・・」
「あー・・・空き巣とかはさ、しょーがないよ・・諦めなさい」
「ええー、そーゆーもんなの?」
「うん、そーゆーもんなの。何事も諦めが肝心」
「ウソー、諦めちゃうわけー」
「うん!・・・でもさ、居る時にね、一人とかでさ、そんな時に、変なのとかがさ、
 入ってきたりしたら、シャレにならないでしょ」
「まー、そーよね」
「そっ、特にさ、梨華ちゃんとかはさ、いつストーカーとかに狙われてもおかしくないわけでさ」
「えー、嫌だな、そんなこと言わないでよ、本気で怖くなってきちゃうじゃない」
「あ・・・・まあね、このマンションは、一応のセキュリティはちゃんとしてるみたいだから、
 めったなことはないと思うけど・・・でもさ、用心には越したことはないからさ」
「あ、うん、気をつけるよ」

「って、何、ブツブツ言ってたわけ?」
「ああー・・・コレ・・」
私が背中に隠していた物を、体を開いて示すと、
すすっと寄ってきたごっちんは、覗き込むなり、
「うわっ、何か悲惨なことになってるよね」
と、まな板の上の惨状に思いっきり呆れる。

280 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 11:46
「あーあ、ずいぶん小さなジャガイモだけどさー、何コレ、皮の方が厚いよね」
「かな?」
「うん・・さてと」
なんて、頭を一つ掻くと、
抱えてた荷物とコートをダイニングテーブルの4つある椅子の一つにドサッと置いて、
ささっと袖を捲り上げて、込み合っている流しの中の物を器用に除けて、さっと手を洗って、
ハイっと当然のように、私の手から、包丁を受け取ろうとする。

「あっ、今日は私がするから」
「イヤイヤ、手伝うし」
「でも・・・」
と、一応抵抗してみたものの、
「コレじゃさ、お野菜さんとかもさ、カワイソーじゃない?」
「かな?」
「だよ」
と、やけに真剣な眼差しに、敢無く降参することになる。

「で、これは、何を作ろーとしてたのかな?」
「あー、うん・・シチューをね・・クリームシチュー・・」
「そ、なら、梨華ちゃんは、お鍋を火にかけて・・」
なんて、やっぱり、なんだかんだで、結局、ほとんどやってもらうことになるんだよね。

「後は、とろ火にかけとけばいいから・・さてと、お茶にでもしますか」
「うん、じゃ、紅茶でいいかな?」
「いいよ、それは得意だったよね」
「あー、一応ね」
そう応えた私の声のトーンの低さに気付いちゃったのか、
「あれ?何、もしかして、少し機嫌悪い?」
なんて、少しおどけた感じで顔を覗きこんでくるごっちん。
281 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 12:03
「あー、ちがくて・・・うん、なんてゆーの、少し自己嫌悪みたいな・・」
「へ?」
「私、やっぱり、ダメだなってね・・せっかく今日はイイトコ見せようと思ってたのにさ」
「あ・・ごめん・・・少しでしゃばっちゃったかな」
「ううん、それはいいの、やってもらって助かったし・・やっぱりどーせなら美味しいもの食べたい∪ね。
 でも、一つお姉さんなのになとか・・思っちゃうわけよ」
「うーん、でもさ、こーゆーのは、慣れってゆーか・・
 アタシは子供の頃からやってるからねぇ、出来て当たり前でさ・・
 梨華ちゃんだって、そのうち上手くなるからさ」
「かな?」
「うん・・・それより、お茶・・クッキー焼いてきたからさ」
「えっ本当?」
「うん、結構自信作。だから、得意の美味しいお茶煎れてよ」
「わかった!」

現金な私は、甘い誘いに速攻でテンションを持ち直す。
ごっちんのお料理は、どれも美味しいけど、中でもお菓子は格別だったし、
それに、わざわざ焼いてきてくれたのは、やっぱり凄く嬉しいでしょ。

お皿に盛り付けているごっちんを、
「じゃあ、あっちで」
と、リビングに促すと、
「あれ、なんか綺麗にしてるじゃん」
なんて、期待していたお褒めの言葉も、ちゃんといただいて、
「でしょ、でしょ」
なんて、さらに調子づいて、
さあいただきましょうと、やっと落ち着いたところに、
充電器のケイタイが無粋な音を立てだす。
282 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 12:18
「もー、なんだかねー」
なんて、しぶしぶ開いてみると・・・美貴ちゃん。
あっ、そういえば、そろそろネイルが終わってる頃だよね・・
「先に食べてて」
と、いったん納まっていたソファーから立ち上がって、キッチンに戻って受けると、案の定、
「終わったー」の第一声。

「なかなか良い感じに仕上がったよ。美貴も亜弥ちゃんも」
と、彼女にしては、珍しい上機嫌な声。
「そー、それは良かった・・今日はごめんね、付き合えなくて」
「それはイイよ別に。どーせただの付き添いだし」
ただののところにアクセントを置くのを忘れないところは、やっぱりいつもの正直者。
「それに、梨華ちゃんの紹介ってことで、なんだかんだで、今日はサービスってことにしてもらっちゃったし」
「そーなんだ」
「うん、でね、亜弥ちゃんが、お礼したいって言ってさ」
「そんなの気にしなくていいのに・・別に私がサービスしたわけじゃないし」
「だよね、だから美貴もそー言ったんだけどさ、なんかどーしてもってさ・・
 で、今、ウチ?」
「そーだけど・・」
「そ、なら、今から行くから」
「えっ?」
「いつものケーキでいいよね」
「あっ・・・でも」
「じゃ、あとで」
なんて、サッサと切っちゃうせっかちな友人。
って・・・どうしよう・・・
283 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 13:39
「どーかした?」
リビングに戻っても、しばらく切れたケイタイをぼんやり見つめたままの私に、
クッキーを頬張りながら、ごっちんが声をかける。
「うん・・・あのね、今から、美貴ちゃんと亜弥ちゃんが、ココに来るって言うんだけどさ・・」
「ふーん、アヤちゃんって、もしかして、あの松浦亜弥?」
「うん、近くのネイルサロンに来ててね、で、これから来るって、電話切っちゃって・・
 困るよねー、一方的にさ」
「別にいいんじゃないの。困ることないでしょ」
「そーだけどさぁ」
「あっ、もしかして、梨華ちゃん、先にそっちと約束してたとか?」
「まあ、そーなんだけど・・あっ、ちがくて、ネイルやりたいからって、
 私のね、行きつけのお店紹介して、最初、ついてってあげるみたいなね・・
 でも、ちゃんと断ったし、お店の方にもちゃんと言っておいたし」
「なら、いいんじゃないの・・・って、もしかして、アタシが来ること言ってないとか・・」
「うん、まあ」
「そっか、じゃ、やばいかな・・どっかに隠れたりしよーか・・うん、ベッドの下とかさ」
なんて、マジな顔して、さっと立ち上がるごっちん。
「あっ、そーゆーんじゃなくて、別に隠してるわけじゃなくて」
と、慌てて引き止めると、ニカッと笑って、
「本当、梨華ちゃんって、からかいがいがあるよね」
なんて、どかっと座りなおす意地悪な人。
「もー」
とか、やっているうちに、
ピンポン、ピンポーンの連打。
「うわっ、何かめちゃくちゃせっかちな感じだよね、ほら、早く出てあげなよ」
の声に押されて、苦笑しながら立ち上がる。
284 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 14:14
ドアを開けると、挨拶もそこそこに、
「あれ、いいにおい・・シチューでも作ってんの?」
「ああ、うん」
「って、もしかしてお客さん?てか、彼氏とか?それは、悪かったねー」
なんて言ってるわりには、
「ほら、亜弥ちゃんも、さっさと上がって」
なんて、まるで遠慮ってものを知らない悪友。

「そんなんじゃないよ」
なんて私の答えを聞いているのかいないのか、
一応の戸締りをしている間に、さっさと奥に入っていく美貴ちゃん。
さすがに初めてウチに来た亜弥ちゃんの方は、お邪魔しますとか言いながら、
玄関を上がった所で立ち止まって私の方を伺っていたけれど、
目でどうぞと促すと、一つ肩を竦めてから、その後について行く。

「なーんだ、ごっちんが来てたのかー」
「オー、久しぶり、元気してたー」
「うん、まあね、ってさ、ごっちんが来てるなら、言ってくれればいいのに・・
 ケーキ3つしか買ってきてないよ」
と、慌てて後に続いた私に、小さな箱を示す美貴ちゃん。
「だって、さっさと電話切っちゃうし」
「だっけ?まあいいや、何か美味しそうなモノもあるし」
と、いつもココに来る時と同じに、ソファーからクッションを2つ降ろして、
代りに自分の荷物をそこに置いて、カーペットに直に座り込む美貴ちゃんは、
クッキーを一つ摘み上げてから、亜弥ちゃんがまだ立ったままでいるのに気付いて、
「何やってんの、ほら、ココ」
と、自分の隣のクッションをポンポンとたたく。

「あ・・・こんにちは・・初めまして」
座りながら会釈する亜弥ちゃんに、ごっちんも軽く返して、それを見ていた美貴ちゃんが、
「あれ?二人初めてだっけ?」と首をひねる。
「テレビ局とかでは・・」
「だね、もう何度か会ってるよね」
なんてごっちんの応えに、
「でも、こーゆー、なんてゆーかプライベートでは、初めてだから・・
 あっ、アタシ、松浦亜弥です。よろしく。Makiさんでいいのかな・・」
「あっ、ごっちん・・・でいいよね」
と、本人の代わりに応えた美貴ちゃんに、本人は笑顔で承認したのか、させられたのか・・

「って、梨華ちゃん、何ぼーっとしてんのさ、早くお茶」
と、あくまでも仕切り屋の美貴ちゃん。
「あっごめん」


285 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 14:33
二人分のティーセットを用意して戻ると、
案に反してもうすっかり打ち解けた感じで談笑している三人。
「でも、マキさんって・・あっ、ごっちんでいいのかな」
「うん」
「ごっちんって何か感じ違いますよね」
「そー?」
「ええ、MAKISMのMAKIとTagのMakiも違う感じだなって思ってたけど、
 こーしてると、何かまるっきり違うってゆーか・・」
「かな?アタシはずっとこんなだけどね・・ね、梨華ちゃん、アタシ変わってないよね」
「あ、うん・・・変わってないって言えばそーだし、違うって言えばそーだし
 でも、どれもやっぱりごっちんだし・・」

「そりゃそーでしょ・・ってさ、アンタ、相変わらず気が利かないよね・・
 ケーキ買って来たって言ったじゃん。お皿、フォーク!」
「あっ、ごめん・・・3つだっけ?」
「そー、梨華ちゃんの分はなしだからね、いいよね」
なんて、当然のように言う美貴ちゃんを、
「タン!そんなのダメに決まってんでしょーが!お礼なんだからねコレ」
と、速攻で嗜める亜弥ちゃん。
「えー・・でも、それはそーだよね」
「でしょ、アタシとタンは半分コっでね」

「あっ、でも、いいよ私は」
「ダーメ、コレは一応アタシの気持ちなんだから、梨華ちゃんは、ちゃんと食べなきゃダメなの。
 あっ、それから、お皿とフォークは3つでいいからね。
 この我が侭娘には、アタシが食べさせてあげるから」
「ああ、うん」
286 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 14:54
「ハイ、あーん」
なんて、いつもの調子でやっている目の前の二人を、ちょっと呆れたように見ていたごっちんが、
堪えきれずにといった感じで、クスクスと笑い出す。
「は?何かおかしい?」
たぶん自分が笑われていると思った美貴ちゃんが、照れ隠しみたいにごっちんを少し睨んで、
その感じがツボに嵌ったのか、今度は声を立てて笑い出したごっちんは、
ひとしきり笑うと、お腹を押さえながら、
「だってさ・・あのさ・・アヤヤってミキティより年下だよね」
「そーだよ、てか、アタシ、ごっちんより下だし」
「だよねー・・なのにさー、なんかさー、なんてゆーの、お姉さんみたいってゆーか・・
 むしろ、お母さんみたいってゆーか・・うん、そーそーお母さんみたくてさー」
「あー、そこかー・・それが可笑しかったわけね。
 だけどねー・・コレはしょーがないのよねー。
 だって、アタシ前世でこの子の母親やってたんだもの」
「ヘッ?」
「あれ?梨華ちゃんから聞いてない?
アタシとタンは、ソウルメイトでさ、で、前世では親子」

そんなことをさらっとと言い切る亜弥ちゃんに、ごっちんは、ずいぶんと驚いた様子で、
見開いた目を、ゆっくりと私の方に向けて、
「ソウルメイトって・・」
「あ、うん・・この子たちもね、そーなんだって・・たぶん同じ意味で・・
 私もね、最初聞いた時は驚いたんだけど・・」
「そー、そーなんだ」

287 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 15:20
「美貴はさ、よく分かんないんだけど、亜弥ちゃんは絶対そーだって言うんだよね」
「もー、タンはまたそんなふーに言って・・本当に記憶力もなくってダメな子なんだから。
 ・・・って、二人もそーなんでしょ?」
「あー、うん、そーなんだけど」
「よかった」
「えっ?」
「ほら、自分では確信があっても、こんなこと言っても誰も信じてくれないし、
 本とかには書いてあっても、実際にそーだって人に会ったことなくて・・
 だから、もしかして、自分だけの思い込みとか夢とかね・・そーかも知れないって・・
 でも、やっぱりあるんだなって、で、良かったなって」
「あー、うん・・アタシも実際にそういう人に会ったの初めてだ」
「そーなんだ・・でも、変ですよね・・皆忘れちゃったりしてるのかな・・それともなかなか相手に巡り会えないとか・・」
「うん、どーなんだろーね・・・で、アヤヤはしっかりと覚えてるの・・前世のこと?」
「しっかりってゆーか、タンと出会って最初は、やけに気になる人だなって、
 それで付き合っていくうちに、少しずつ思い出してきて・・でも、不思議なんだけど思い出せるのは、
 この子との関係に限ったエピソードだけで、他の事はまるっきりで・・」
「そーなんだ」
「美貴の方は全然だけどね・・あっ、でも、どっか懐かしいってゆーか、そーゆーのは確かにあって・・
 亜弥ちゃんといると自然に和むってゆーか・・だから、そんなこともあるのかなって」
「そっか・・・」

「で、ごっちんは覚えてるんですよね・・梨華ちゃんとの前世のこと・・」
「あ・・・うん・・」
「ね、二人はどんな関係だったんですか?」
「あ・・・うん、アタシたちは・・・」

私はいつの間にか前のめりになっていた。
今までも何度かその質問をしてみたけれど、その度にはぐらかされていて・・
288 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 15:40
「アタシたちはねー・・・・教えない!」
「えっ?」三人がほぼ同じ声を漏らす。
「えー!ケチ、もったいぶらないでくださいよー」
と、詰め寄る亜弥ちゃんに苦笑を返しながら、チラッと私の方を伺うごっちん。
私だって、しりたかったんだけどなー・・・

「どーしてダメなんですかー」
「うーん・・・あっ、ほら、あれだ。
 小学校の同級生とかに街で会って、こっちは覚えてるのに、相手は忘れてるとかってさ、
 妙に悔しかったりするじゃない・・」
「ええ」
「だからさ」
「じゃあ、梨華ちゃんが自分で思い出さなきゃ教えないみたいな?」
「かな?」
「・・・そっか、じゃあしょうがないか・・・まっ、なんとなく想像はついてるし」
「えっ?亜弥ちゃんには想像ついてるの?」
「うん、相手が忘れてて、一番悔しいと感じる関係ってことですよね?」
「・・さあ、どーかなー」

「まっ、いいや、それよりこのケーキ美味しいよね、タンはもーいらないよね」
「えー、あと一口」
「イヤイヤ、最近お腹ポッコリめだから、この後のこともあるし」
「あっ、そーだった」
「この後って?」
「あっ、うん焼肉行くことにしてて、梨華ちゃんも誘うつもりで来たんだけど・・」
「予約とかしてるの?」
「そんなんじゃないけど」
「なら、一緒に食べてけば、シチューたくさんあるし、ごっちんのお手製だから味は保証するし」
「うん、それも惜しい気はしてるんだけど、今日は口がもうお肉って決まっちゃってて」
「なのよ・・だから、そろそろ・・」
「そっか」
「うん、じゃ・・・ごっちんもさ、今度みんなでご飯行こうよ」
「うん、いつでも誘って」
「それじゃ、おじゃましましたー」
289 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 16:04
二人が、慌しく出て行ったあとの部屋は、急に静まり返った感じで、
「何だか、嵐の後みたいだね」
「うん、なんかいつも以上に騒々しかったし、あの子たち」
「でも、楽しかったよ」
「なら、良かったけど・・・あれ、もうこんな時間なんだ・・
 じゃあ私たちも、そろそろご飯にする?」
「だね」

ごっちんのシチューは、予想以上に美味しくて、彼女は慣れだって言ってくれてたけど、
こういうのは、やっぱり才能なんだとどうしても思えちゃう。

食後の緑茶を煎れながら、やっぱり気になっていることを聞くことにする。
「あのさ・・あれ、やっぱり私が思い出さないことがさ・・・」
「何のこと?」
「ほら、前世のこととか・・」
「あー」
「やっぱり、ごっちんは、嫌なんだよね」
「そーじゃないよ」
「でも、さっき悔しいみたいなこと・・」
「あー、そーゆーのが全然ないって言えば嘘になるけど、そーでもないっていうか・・」
「なら、なんで教えてくれないの?」
「あっ、それはさ、なんてゆーか・・梨華ちゃんが忘れてるなら、その方がいいみたいな・・」
「それって・・」

ずっと気になっていたこと・・ごっちんが言いたくないわけ、
私に聞かせたくないわけ・・

「それって、もしかして・・・私、何か悪いことしたのかな」
「えっ?」
「ごっちんに悪いこと・・ううん、ごっちんに対してじゃなくても、何か人として悪いこと・・
 それを知ったら、私が傷つくから・・だからごっちんは言えなくて・・」
「あっ、そんなふーに思っちゃった?」
「うん」
「ごめん、そんなんじゃ全然なくて・・うん、アタシの記憶に限っては、
 前世の梨華ちゃんは凄くいい子で・・もちろんアタシとは仲良くて、
 だから今のあなたいて、アタシともこーしてて・・」
「じゃあ・・なんで・・」

「うん・・なんてゆーのかさ、そーゆーのって、前世とか、たぶんほとんどの人が忘れてて・・」
「うん」
「てゆーことはさ、本来、忘れることで、忘れるべきことなんじゃないかと思うんだよね」
「そーなのかなー」
「だから、覚えちゃってるアタシとかは仕方ないけど、無理にね思い出さないほうがいいってゆーか・・」
290 名前:18歳 投稿日:2007/01/19(金) 16:25
「そーなのかなー」
「うん、でも・・もし、何か少し思い出して・・それでモヤモヤしたりして、
 そーしたら・・アタシの中の記憶が助けになるなら・・・うん、その時は、
 ちゃんと全部話すから」
「・・・うん、わかった、じゃあ、そんな時が来るまでこの話はもうしない。」

「で、今日は泊まっていけるんだよね?」
「あっ、それがさ明日早くて・・」
「そーなんだ」
「うん、お母さんも待ってるし」
「あっ、そーか今、一緒に住んでるんだものね」
「うん・・それがさ・・」
「う?なんかあるの?」
「ううん・・別に」

反って、帰り道が心配になるからと何度も断られたけれど、コンビニに行くついでだと、
駅まで無理やり送っる。
「じゃあ」と改札に向かって一度背を向けたごっちんが、ふと立ち止まって、
振り向くなりに、
「ウチのお母さん・・もうすぐ再婚するみたいなんだよね・・」
そんなことをトーンの落ちた声で言うから・・
「それっておめでとうで・・・いいのかな?」
「うーん・・・そーなんだよね・・おめでとうなんだよね・・じゃまた」
何かを振り払うように、そう言い置いたごっちんは、
今度は、振り返ることなく、足早に改札を抜けて、人ごみの中に消えていった。

その背中が、何処か儚く見えたのは、
まだまだ冷たい夜の風のせいなのだと、その時の私は、思い込むことにした。
291 名前:トーマ 投稿日:2007/01/19(金) 16:32
本日はこの辺で・・
私事で色々ありまして、某所の更新予告も守れずにすいませんでした。

>>274 名無し飼育様 ありがとうございます。
>>275 名無し飼育様 不定期な更新になると思いますが、今後ともヨロシクお願いします。

オクラバセながらアケオメです。
そして、ココのヒロインにハッピーバースデイ!
292 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/19(金) 22:35
石川さんの誕生日にありがとうございます
これからもトーマさんのペースで更新してください
293 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/20(土) 14:32
石川さん誕生日に更新とは2度めでたい!
物語はまだまだ気になるところいっぱいですが
じっと今後の展開を楽しみに待ってますね。
今年もよろしくお願いします。
294 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/03/05(月) 17:20
マターリ待ってます。
作者さん頑張って下さい!
295 名前: 投稿日:2007/04/02(月) 14:14
お久しぶりです。
影ながらずっと読んでいました。
やっぱりトーマさんのいしごまが好きです。
応援しています。
296 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/04(水) 22:51
今日になって更新されている事に気がつきました・・orz
大好きな話なのですごく嬉しいです。
続きを楽しみにしています。
297 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/03(日) 20:46
待ってますにょ
298 名前:18歳 投稿日:2007/06/07(木) 09:57

春から始まった新番組は、テレビとラジオの本格コラボと言う話題性で、
開始前から大きくマスコミに取り上げられたこともあって、
深夜の時間帯としては、異例の二桁にのる好視聴率で初回を迎え、
その後も多少の変動はあるもののほぼ右上がりといった絶好調さで、
内心この冒険的な企画に多少の不安を抱いていた大人たちを大いに喜ばせたけれど、
それは、その数字を遥かに超えるものを、私達自身にも、もたらしてくれることとなった。

番組のテーマソングとして時期を合わせてリリースした、5枚目のシングルは、
発売週こそそれまでとさして変わらない売れ行きだったけれど、
その後何週にも渡って、ベストテン内にランクインするという
超初動型と言われていた私達にとっては、未体験のロングヒットとなって、
遂には初のミリオンセラーになった。

それは、もちろん楽曲自体の良さもあったのだろうけれど、
その方面の分析によると、
それまでほぼ若い男性に限られていた私達のファン層が、
同世代の女性を中心に大きな広がりをみせ、いわゆる一つのブームとなったものらしく、
その要因の大きな部分は、やはりこの番組がもたらしたものだろうと言うことだった。

番組当初、生放送に不慣れなMCへの配慮として、
スタッフが意図的に、メールや生電話を、対処しやすいであろう
同世代の女性のものを中心に採用したことで、
身近な女の子の日常的なテーマに、自然と弾む会話が、
一応用意してもらっている台本から、いつの間にか大きく脱線して、どうしても素の私達が表に出て来る。
取り合えず何にでもつっ込みを入れないと気がすまない美貴ちゃんと、
自分では自覚は無いけれど、どうも天然で、そのくせ頑固で変なところに拘るらしい私と、
一見穏やかな常識人なのに、本当は一番毒を吐く柴ちゃん。
そんな三人三様のキャラクターの取り合わせの等身大トークが、
それまで、多少演出過剰気味にアイドルしていた私達に対して、
何処か敬遠していた女の子たちの親近感を呼んで、
「あの子たちなんか面白い」と言うことになったらしい。
299 名前:18歳 投稿日:2007/06/07(木) 10:41
もちろん、そういったことは、ただ必死に番組を進行しているつもりの私達に、
すぐに実感できたわけではなかったけれど、
番組へのメールは、無理に探さなくても大丈夫なくらい
女の子からのものが多くなってきたようだったし、
それまでほとんど無かった若い女性向けのファッション誌からの取材が週を追うごとに増えていって、
出演する歌番組の公開収録などで、野太い声の中に、黄色い声援が交じるようになって。

そして、それを何よりも肌で感じることが出来たのが、その年の夏のツアーに入った時だった。
それまで、ほぼ男性ばかりだったコンサート会場に、女の子たちの姿が目立つようになり、
それまで皆無だった子供や親子連れのために、急遽ファミリー席を用意することになってスタッフを慌てさせた。

それを見た番組のディレクターが、思いつきで企画した女性限定ライブも、
スタッフの予想を遥かに上回る応募者で、予定されていたスタジオライブを、
野外特設ステージに変更して行われ、
私達の番組の中で流すために収録したはずのその日のドキュメントは、
ゴールデンの2時間特番として、編集しなおされた。

CMの本数も格段と増え、秋からは、別の局のレギュラー番組も始まり、
やれ、カラオケランキング連続1位だの、小学校の運動会で一番ダンス曲として使われただの、
フリコピ大会が開かれただの、そんな直接関わりの無いことも含めると、
私達の話題は、毎日のように、何処かのマスコミに取り上げられていた。

そんな様子を中澤さんは、
「コレであんたらも、すっかり国民的アイドルやね」
なんて冗談めかして言っていたけど、
その言葉は、そのまんまその年の暮れの各音楽特番で、私達の冠名称として使われることになった。

とは言っても、そういったことを、当事者の私達は、自覚しているわけでも、
多分ちゃんと認識していたわけでもなくて、
ただ毎日のように細かく組まれたスケジュールを、ひたすら懸命にこなし、
どうしても削られる睡眠時間を、移動中に補うことが上手になって、
「本当、みんな一秒で寝付くよね」なんて、アサミさんを呆れさせていた。
300 名前:18歳 投稿日:2007/06/07(木) 11:12
そんな私達の妹分としてデビューしていた亜弥ちゃんも、
その新人離れした度胸のよさと、しっかりとした自己演出で、
瞬く間にトップアイドルの地位に上り詰めて、
夏からは、単独の全国ツアーで、大きなホールを埋めていた。

そして、ごっちんのTagも、MAKISMのあのカリスマ性には及ばないものの、
各メンバーのアイドル性もあって、女子中高生を中心に多くのファンを掴んで、
メディアにライブにと好調な活動を続けていた。

そんな二組は、当然のように暮れの紅白に選出されて、
恒例となっている初出場者の会見の最前列に並ぶことになった。

二度目の出演が決まり、それに加えて、司会のアシスタントもすることになっていた私達は、
その打ち合わせ中に、局のモニターで、その様子を見る事が出来た。

「亜弥ちゃん、いつもに増して、はりきってるなー」
そう美貴ちゃんが目を細めたように、
明るいキャラクターを前面に出した彼女は、ハキハキとした受け答えと、
満面の笑顔で、その場の中心で一際輝きを放っていた。
そして、その隣に立つごっちんは、何処か居心地悪そうに、
言葉少なに、はにかんだ笑顔を俯かせていた。
「まあ、彼女の場合は、二度目だからさ、やっぱ照れくさいんじゃないの」
そんな様子を心配しているのが分かったのか、柴ちゃんが、そんなことを言ってくれたけど、
私はやっぱり去年のことを思い出していた。
そう、彼女は、一年前もその場所にいた。
緊張する私達の前で、堂々とその場の主役を務めていた。
そして、本番でも、あらゆる意味で、主役だった。
301 名前:18歳 投稿日:2007/06/07(木) 11:37

お互い超多忙な日々を過ごしていたから、プライベートで会うことは、あれ以来なかったけれど、
毎日一本はメールをくれたし、タイミングが合えば、取り留めのない長い電話もしていた。
ただ、時折まるっきり音信不通になることがあって・・

「ケイタイ替えすぎだよー!」
あるテレビ局の私達の楽屋に遊びに来ていたごっちんにそう言うと、
「飽きっぽいのかなー」
なんて、ふにゃっと笑って、
「だよね、こりゃかなりの浮気性だーね」
なんて、美貴ちゃんにこづかれて、イターなんてやっているけど、
本当にごっちんは、物持ちが良くてまだ二つ目の私なんかと違って、
新機種が出るたびにケイタイを替えていた。

MAKISMの時と違って、こうして出演番組が重なった時には、
当たり前のように、こっちの楽屋に顔を出すようになっていたごっちんは、
美貴ちゃんや柴ちゃんとも、すっかり昔馴染みみたいになっていて、
元々お互い人懐こいのか、
時々そこで出くわす亜弥ちゃんとも「ごっちん」「まっつー」なんて呼び合う位になっていた。

それでも、以前の経緯もあって、それをことさら公にアピールするようなことはなかったけれど・・

だから、その年のカウントダウンは、紅白後の私達の楽屋で、5人でカウントして、
ジュースの乾杯で新年を祝って、記念の写真も変顔ばかりでいっぱい撮った。
本当、変な顔ばかりで・・・
302 名前:19歳 投稿日:2007/06/07(木) 11:43

年が明けるとすぐに、私達は新春ライブに入ったけれど、
ごっちんたちは、春からの全国ツアーに向けてのアルバム制作が暮れから続いていて、
このお正月は、山中湖畔のスタジオに篭りっきりになるらしく、
渡しておいた私のバースディライブのチケットは、
少し早いけどの但し書き付のプレゼントと一緒に、
留守にしていた部屋のポストに落とされていた。

そして、私は、十代最後の誕生日を迎えた。
303 名前:19歳 投稿日:2007/06/07(木) 11:59
「来年からは、それぞれソロでも動いてもらうで」
と、中澤さんが秋から宣言していたように、
ツアーが明けるとすぐに、私達は個別の仕事を、テレビの収録の合間を縫うように与えられた。

柴ちゃんは、特番の体験リポーター。
美貴ちゃんは、亜弥ちゃんとのスペシャルユニットのレコーディング。
そして私は、初めてのソロ写真集の撮影のためにLAに飛んだ。

写真集は、それまでユニットで2冊出していたし、ソロでも雑誌のグラビアとかはやっていたから、
撮影自体は、もう慣れたものだったけれど、
初めて一冊丸々一人だったし、合わせてイメージDVDも撮るということや、
海外ロケは初めてということなどなどで、
同行してくれたアサミさんも呆れるくらいテンション上げっぱなしの4日間を終えて、
さすがに疲れの出た帰りの便は、機内食が出されたのも気付かないくらい終始寝っぱなしだったから、
到着した午後の成田でも、
まだ何かフワフワとしていた。

だから、差し掛かった売店の前で、
「梨華ちゃん大変!」
と言う、アサミさんの怒鳴るような声も、
まだ半分夢の中で聞いていた。

本当、夢ならよかったのに・・・
304 名前:19歳 投稿日:2007/06/07(木) 13:01
アサミさんは、売店に並んだ新聞を何紙か慌しく買い込んで、
ぼんやりしている私の目の前に、それを突き出した。
そこには、
スポーツ紙独特の色鮮やかな過剰に大きな活字が躍っていて・・

「Tag」「Taku」「覚せい剤」「少女A」

そして、それに負けないくらいに大きな写真。
Takuさんとそれに寄り添う一人の少女・・・
申し訳程度の黒い線で目を隠されているけれど、それは、誰がどう見たって・・

何が何だか分からなかった。
決してもう寝ぼけているわけではなかったけれど、
反射的に受け取っていた一紙の記事をとにかく目で追ってみたけれど、
どうしても内容が頭に入ってこない。
アサミさんも手に残った別の紙面を読んでいるようだったけれど、
別のスタッフに促されて、我に返ったのか、
「とにかく急ごう」
と、立ち尽くしている私の手を引いた。
305 名前:19歳 投稿日:2007/06/07(木) 13:32
迎えの車に私を押し込むように乗り込むと、
走り出すのを待たずに、アサミさんは慌しく電話をかけ始めたけれど、
その声を隣で聞いてるはずの耳に、その内容は少しも入ってこなかった。

何本目かの電話を終えて、ケイタイをたたんだ彼女は、大きく一つ息をしてから、
私に聞かせているのか、自分に言い聞かせているのか、
それまでより、少しだけ大きな声で、
「何かよくわかんないよね。新聞もさ、ちょっとずつ内容が違うみたいだし、
 友達もね、言うことまちまちでさ・・・うん、やっぱ信じられないし・・
 とにかくさ、事務所に落ち着いたら、ちゃんと調べてさ、うん、ちゃんと・・
 で、梨華ちゃんはどーする?」
「えっ?」
不意に名前を呼ばれて、私は少しだけ我に返る。
「ほら、ホントだったら、明日の夕方までオフだから、このままマンションに落としていけばいいんだけど・・」
「あっ・・・あの、私も、私も事務所に・・・行っていいですか?」
「うん、やっぱそーするよね。そーしよ。
 てかさ、直接連絡取ってみなくていいの?」
「えっ?」
「ほら、彼女にさ」
「あっ・・・」
私は、そこまで言われて初めてそのことに気付く。

そうだ、直接電話をしてみればいい。
そうしたら、きっといつもみたく
「どーしたー」って出てくれて、
「あの新聞記事・・」なんて言い出したら、
「何のことー」なんて間延びした声で、
「あー、あんなのガセだよ。全然ガセ」なんて答えてくれる。
そうに決まってる。

でも、何度かけてみても、プツリとも反応がなくて、
気を取り直して打ったメールも・・・

何度目かの送信エラーに首を振っていると、
「もーいいよ」
と、アサミさんが私の肩に手を置いて、
「きっとまたケイタイ替えちゃって・・あの子よく替えるから・・
 しょっちゅう替えるくせに、連絡遅くて・・だからこんなことよくあって・・
 それに今回は、私がしばらく留守してたし・・だから・・」

「うん、そーだよ、きっとそー。だから、ちゃんと調べてみるから、うん、きっと大丈夫だから」
アサミさんは、肩レニ置いた手を背中に回して、
その小さな体で、私を抱きしめてくれた。
彼女に抱かれて、初めて私は自分の肩が震えているのに気がついた。
ううん、肩だけじゃなくて全身がガタガタと・・・
その震えは、高速道路が都心に入るまで続いた。
見慣れた街並に、少し落ち着いた頃、車は会社のビルの地下駐車場へと滑り込んだ。
306 名前:19歳 投稿日:2007/06/07(木) 13:59
エレベーターを降りると、出迎えてくれたのは、いつもと何も変わらない景色だった。
すれ違う見知った顔は、それぞれに、オハヨーだったり、オカエリだったり、まるでいつもと同じで、
その中を多分こわばった顔で小走りに急ぐ私たちは、かなり異質で・・
そうだった・・あのことが事実であっても、ただのガセネタだとしても、同じ業界のこととはいえ、
本来、ココとは何の関係もなくて、
ただ、たまたまアサミさんが彼のファンで、私が彼女の・・

営業のスタッフルームのドアを開けると、
そこでもやっぱり何時も通りに働く人達が、オカエリ、オツカレと出迎えてくれたけど、
その中を目礼だけで、通り抜けると、
奥で電話中の中澤さんのデスクの上には、アサミさんが持っているものと同じ紙面が広げられていた。

私達は、その記事に目を落として、彼女が電話を置くのを、しばらく体を硬くして待った。

「そーか、そやろな、うん、分かった、ありがとな」
私達の顔を、チラッと確認して、電話を終えた中澤さんは、
一度目を下に落としてから、さっと笑みを作った顔をあげて、ことさら大きな声で、
「お帰り。お疲れさんやったな。で、どーやった?」
と、アサミさんに尋ねる。
「はい。いたって順調に」
そんな短い応えに、満足そうに一つ頷いてから、
「そーか、そらよかった。イシカーも疲れたやろ」
と、めったに見せない優しい笑顔で、私を労う。

「あっ、はい、いえ・・・それより」
そう言い掛けた私に、そのことは、当然分かっている中澤さんは、
「まっ、それは、ココではなんやし」
と立ち上がると、
「小会議室にコーヒー3つ持ってきてー、イシカーのは、牛乳半分入れたってな」
と、事務のお姉さんに声をかけて、さっさと歩き出す。
307 名前:19歳 投稿日:2007/06/07(木) 14:37
「まー、少し落ちつこな」
と、私達を椅子に座らせて、運ばれたコーヒーを一口含んでから、
中澤さんは、ゆっくりと話始めた。

「おどろいたなー。ホンマびっくりやで・・うん、わかってるよ、アタシ以上にな、アンタらは、
 特にイシカーは、身内みたいなもんなんやろ?」
「はい」
「だから、ちゃんとな、アンタらが帰ってくるまでにきちんとしたこと調べとこってな、
 きちっとな、裏とって」
「さすが裕ちゃん。で、やっぱり、ガセだよね?」
そんな、アサミさんの願望に似た問いかけに、中澤さんは、苦い顔で首を振って応えた。

「だとよかったんやけどな・・残念ながらホンマのことや」
「そんな・・」
アサミさんは、前のめりになっていた体を椅子の背に倒す。

「まあ、ゆっくりきいときー。
 夕べ遅くのコトなんやけどな・・・前々から、どっからかそんな情報が流れてたみたいでな、
 手入れってゆーんかな、Takuの部屋に、警察が踏み込んだら、案の定、物が出てきて、
 なんや、スピードとかゆーのかな、よー知らんけど若い連中に流行ってるらしいなー。
 まっ、そんな軽い名前付けても薬には変わらんのやけどな。
 で、そのまま連れて行かれたってわけやな。」

「で、その・・・ごっちんは?」
「うん、Makiちゃんは、その部屋に一緒におって・・あっ、たまたまらしいけどな、
 中には、同棲してるみたいに書いてあるのもあるけど、あくまでもタマタマ。
 で、一緒にな引っ張られて」
「でも、ごっちんはそんなこと・・・」
「うん、それは、そーみたいなんやけどな」
「えっ?」
「あの子は、検査しても出なかったみたいで、まっ、白ってことになったみたいや」
「なら」
「うん、未成年ってこともあって、今回は、事情を聞かれただけで、今朝早く帰されたみたいなんやけど」
「それならなんでこんな記事・・」
「うん、そーやな、こんなふーに書かんでもいいのになー。
 でも、連行されたのは事実やし、一応名前も伏せてあるから、あそこの事務所も文句も言えんみたくて、
 まっ、でもこんな写真や少女Aなんて書かれたら、反って怪しく見えるしなー。
 一応、夕刊紙には、小さく保釈の記事が載ってるみたいなんやけどな」
308 名前:19歳 投稿日:2007/06/07(木) 15:06
「じゃ、その、Takuは?」
気を取り直して、そう聞くアサミさんに、中澤さんはいたってあっさりと、
「そっちは完全に黒らしいわ」
「そーかー」
「体の中からも出たらしくて、しばらく前から常用してたみたいでな・・
 やから、そのまま拘留ってやつやな。
 まっ、うちの弁護士さんに聞いたら、初犯やから起訴猶予ってこともないことはないけど、
 若者に影響力のある芸能人の場合は一般人より厳しいらしいわ。
 それに、こーゆーのは、密売ルートの解明が一番大事やから、どっちにしろ当分泊められて、
 取調べられるやろってな」

「そっか、そーなんだ・・でも、なんでアイツそんなもんに手ーだしたりしたんだろ」
「そやなー、ずいぶんとバカなことしたなー・・・
 どーもな、書けなかったらしいんや」
「えっ?」
「自分が思うような曲も詩も、ずーっと書けなくて、悩んでて・・
 MAKISM解散して、Makiちゃん引っ張って、KAZUとは違う自分の音楽やりたくて、
 でも、どーにも思うよーにならんで・・・」
「でも、結構売れてたじゃない」
「まあな・・でも、アンタもあの子のファンならわかっていたやろ・・
 あのバンドがしっくり行ってないこと」
「あっ」
「まあ、それでもソコソコ売れてるから、スッパリとやめてしまうわけにもいかんで、
 それが反ってわるかったんかな・・・
 で、そーゆーのは、周りで見てるよりずっと本人は分かってて、
 自分の能力の限界みたいなもんに気付かされてて、
 でも、次のアルバムもツアーのスケジュールもみんな決まっててな・・
 で、片やKAZUのプロデュースの方は至って順調で、
 この春には、別の新人バンドもデビューさせるみたいでな、そんなんがなまじ近くにおって・・」

「だからって・・」
「うん、それは当然そーなんよ。どんな理由があったにせよ薬の力借りるなんて
 まともな人間のすることやない。ヤツは人として失格や。
 しかも、一番大事にせなあかんMakiちゃんまで、巻き添えにして、
 ホンマに最低やわ」
中澤さんは、本当に悔しそうな顔をして、テーブルに拳を打ち付けた。
309 名前:19歳 投稿日:2007/06/07(木) 15:31
「・・・あの、ごっちんは、Makiはこれからどーなるんでしょう?」

「うん・・どーなるんかなー・・・
 一緒にいただけやから、法律上のとかそーゆーのは、何もないんやろうけど、
 ついてしまったイメージはなー、第一Tagはどーやっても、終わりやろしな・・
 ホンマ、どーするんかなー・・・
 ゴメン、心配やろけど、アタシは無責任に大丈夫やとは、言ってあげれんなー」


「明日の仕事はキャンセルしてもいいんやで、調整つきそーやし」
車まで送ってくれた中澤さんは、そういってくれたけど、
「いえ、大丈夫です」と断って、夕方の街を部屋に急いだ。

帰ったら、もう一度連絡を取ってみよう。
住所で探せば、彼女のお母さんの連絡先が分かるかもしれないし、
それでも無理なら、明日の午前中に、
今はお姉さんがやっていると言っていたあのお店に行ってみてもいい。
とにかく、出来るだけ早く彼女の無事を知りたい。声だけでもいいから・・
そうしないと、またいつかみたいに、私の前から消えてどこかに行ってしまいそうで・・

でも、そんな私の思いは、全くいらぬ心配だった。

玄関のブーツに気付いて、走り込んだリビングのソファーに、
彼女は横になっていた。

カーテンが開け放されたままの窓から入る夕日の赤に染められた
そのシルエットは、
ただただキレイで、
あまりに穏やかな寝顔で、

私は、ここに来るまでに思いつめていた一切を、
全て忘れて、しばらく呆然と、それを眺めていた。
 
310 名前:トーマ 投稿日:2007/06/07(木) 15:53
本日の更新はココまでにさせて下さい。


>>293 名無し飼育様 
>>294 名無し飼育様
>>296 名無し飼育様
>>297 名無し飼育様

ありがとうございます。
本当はもっと早く更新するつもりだったのですが、進んでいく話の内容が、
今のリアルな彼女達を取り巻くあまり芳しくない一連の騒動と、多少重なるものがあって、
どうしても気が重くて、先延ばしにしてしまいました。
一時は、話の筋を変えようかとも思いましたが、やはり、書き始めた時の構想のままで行くことにしました。
(一応複線らしきものも所々にはってしまいましたし)
これからは、少しずつにはなると思いますが、あまり停滞させずに書き進めたいと思います。
しかし、やっぱり現実は、小説を超えるものなのですね・・・


>>295 @様 お久しぶりです。また、どこかで書いていらっしゃるなら、是非教えてください。
     多分、そう思っているのは、私だけではないはずですから。
     でも、私が気付いてないだけでしたら、ごめんなさい。最近、飼育と縁遠かったものですから・・・
311 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/07(木) 23:06
なんか、大変なことになってるのに安心もしてしまったような
不思議な感じです
筋を変えず更新してくださってよかったです
312 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/10(日) 20:43
お待ちしておりました。
今後の展開、ドキドキしながら楽しみにしております。
313 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/11(月) 22:47
待ってましたよ〜。
続きたのしみにしてます。
314 名前:19歳 投稿日:2007/06/12(火) 11:39

どのくらいそうしていただろう。
部屋は、いつの間にか赤から濃い紫に変わり、窓の外には街の灯りが瞬き始めていた。

足元に落としたままの荷物を、寝室に運んで、代わりに毛布を一枚抱えて戻る。
それを、彼女の眠りを妨げないように、そっと肩までかけて、カーテンを静かに引く。
閉め切ってしまえば、真っ暗になったリビングを探り足で後にして、
キッチンでそこだけの灯りを付けて、お湯を沸かす。

彼女は、何時からここにいたのだろう。
どのくらいああして眠っているのだろう。
中澤さんの話から想像するには、昨夜はほとんど眠れなかったのだろうし、
突然思わぬ事態に巻き込まれたのだから、その疲れは、多分計り知れないほど大きくて・・
だから、聞きたいことは山ほどあったけど、今は眠りたいだけ寝かせてあげよう。
本当は、あの小さなソファーじゃなくて、ベッドに運んであげたいけど、
私一人じゃどうしようもないし・・
なんて、考えながら、熱いお茶をすすっていると、
カタっと音がして、
振り向くと、子供みたいに目をこすりながら、ごっちんが立っていた。
315 名前:19歳 投稿日:2007/06/12(火) 12:05
「ごめん・・・起こしちゃった?静かにしているつもりだったんだけど」
「ううん。なんかさ、お腹へっちゃって・・」
「あっ、ごめん、多分何もないや・・今、コンビニで何か買ってくるから」
そう立ちかける私を、へへっと悪戯っぽい笑顔で制して、
「そー思ったんだ。だから、買ってきてある」
と、冷蔵庫にむかうごっちん。

「しっかし、予想以上に何もなかったねー」
「あ、うん・・ちょっと長く留守してて・・
 ほら、前言ってたじゃん、ロスに行ってたんだよ。で、今帰って来たトコで」
「あっそー言えば、そーだったよね。じゃ、タイミングよかったんだアタシ」
「タイミング・・・何のタイミングよ?!」
あの件については、なるべく避けておこう。彼女が言い出すまで聞かないでおこう。
そうは思っていたけれど、ごっちんのあまりに暢気な言い方に、
思わず、声が少し荒くなる。

それに気付いたのか、気付かなかったのか、
冷蔵庫からガサガサとコンビニの袋を取り出したごっちんは、
相変わらずののんびりとした声で、
「ほら、ちょうど帰ってくるタイミングでさ・・
 ね、梨華ちゃんもお腹大丈夫だよね、たくさん買っちゃってさ、
 いくらアタシでもこんなには一人じゃ無理だからさ。
 ね、梨華ちゃんも食べるよね」
そう言いながら、袋の中から、おにぎりやらサンドイッチやら、サラダやら、
本当にたくさん取り出して、一通りテーブルに並べてから、どかっと椅子に腰掛けて、
さてととばかりに、どれから手を付けようか、楽しげに物色し始めるごっちん。

316 名前:19歳 投稿日:2007/06/12(火) 12:27
「あっ、お茶・・コーヒーがいいのかな?」
「えっとね、取り合えずおにぎりにするから、フツーのお茶がいい」
「わかった」
私がお茶を煎れている間に、ペロッと一つ目のおにぎりを食べ終えていた彼女は、
どれにしようかな・・なんて、指遊びで次を決めて、その包装を解きながら、
「ね、梨華ちゃんも食べなよ」
と、手を出さないでいる私の顔を伺って、
しょうがないなーとばかりに、包装を解いたばかりのそれを、ハイと差し出す。

考えてみれば、今日はほとんど何も口にしていなかったけれど、
空腹感なんて、すっかりどこかに忘れてきていた。

反射的に受け取ってしまったそれを、ただ眺めていると、
訝しげに、大きな目をますます大きくして、私の顔を覗きこむごっちん。
仕方なしに、口に運ぶと、
そうこなくちゃとばかりに、満足げに目を細めて、
自分の次を、またアレコレと探し始める。

かなり子供っぽいそんな様子は、私の前で、ちょっと油断した時のごっちんで、
他人相手の時のかなりクール後藤真希でも、
ましてやあのステージの上のMaki何かじゃなくて、
本当に丸っきりのごっちんで、
それは、いつもと何一つ変わらなくて・・・
317 名前:19歳 投稿日:2007/06/12(火) 12:50
そんな彼女を眺めながら、塩気の効いたご飯を噛み締めていると、
ふと、今日の一連の出来事はみんな嘘だったんじゃないかと思えてくる。
そう思って振り返ってみれば、おかしな点はいくつもあって・・

あの件について、騒いでいたのは、アサミさんと中澤さんだけで、
他の人は、いたっていつも通りだったし・・

そうだ、もしかしたら、アレはあの二人が仕掛けた少し早めのエイプリルフール、
ちょっと意味不明だけれど、私に対するドッキリ企画・・・

そう考えれば、二人の話以外は、私が目にしたのは、あの新聞記事だけで・・
今日日、あんなものは、ちょっと手間をかければ、簡単に作れる。
それも、売店に並んでいるのを直接見たわけじゃなくて、
アサミさんが抱えていたのと、中澤さんのデスクの上にあっただけで・・・
そうだ。そうだったんだ。

なあんだ、もー、まいったなー、本当、手の込んだことするんだから・・
本当、二人とも、どういうつもりなんだろう・・
人が時差ボケで、ボーっとしているのをいいことに、
本当、人が悪いんだから・・・
もー、すっかり騙されちゃって、馬鹿みたいに心配しちゃって・・
やだなー、私ったら・・・

コレ、ごっちんに言ったら笑うんだろうな・・
ううん、事が事だけに怒っちゃうかもね。
そうだよね、冗談にしても、逮捕とか、薬とか洒落にならないし・・
うん、きっと怒っちゃう。
だから、言わない方がいいよね。
明日会ったら、私も怒ってやろう・・
それとも、ショックで仕事が出来ませんなんていう、逆ドッキリでも仕掛けてやろうか・・
318 名前:19歳 投稿日:2007/06/12(火) 13:17
「あれ?梨華ちゃん、やっぱりお腹へってたんじゃない」
張り詰めていたものが抜けたせいか、とたんに沸いてきた食欲に、
ペロリと最初のおにぎりを平らげて、サンドイッチの封を切り始めた私を、
ごっちんが笑う。

「うん、実はね、飛行機でずっと寝てて、機内食も食べ損ねちゃってね」
「へー、梨華ちゃんらしいや。で、どーだった、ロス?」
「うん、すごく楽しかった・・・あっ、そーだ、お土産あるの、今とって来るね」
と、慌てて立ちかける私を、
「食べ終わってからいいよ。もー何かいつでも忙しないよね梨華ちゃんって。
 別に腐るものじゃないんでしょ」
なんて止めるごっちん。
「うん、全然腐らない・・ちょっと面白いアクセサリー見つけてね・・・
 そー言えばさー、ごっちん、またケータイ替えたでしょ」
「・・・・あっ、うん」
「本当、コロコロ替えるんだから。そーゆートコは、ごっちんの方が忙しないよね。
 で、次の番号は?」

「あっ、それがさ、まだ買ってないんだよね」
「えっ?」
「うん、前のヤツ、水に落としてダメにしちゃって」
「はっ?って、なあにまた洗っちゃったとか?洗濯物と一緒に」
「またって・・・あー、お母さんに洗わせたヤツか」
「そー、あの町離れた時・・・まっ、アレはわざとだったんだろーけどさ」
「そんなこともあったねー・・今回もさ、わざとっちゃわざとなんだけどさ」
「えっ?」
「うん、調べられたりする時にさ、もしかしてケータイのデーターとか見られたりしてさ、
 関係ない人とかに迷惑掛けちゃ悪いかな・・なんてさ」

ごっちんは、それまでと変わらず、笑いながら普通に話しているけど、
調べられるとかって・・
迷惑かけるとかって・・
319 名前:19歳 投稿日:2007/06/12(火) 14:10
「調べられるって・・・何?迷惑ってどーゆー意味?」
「あれ?・・・梨華ちゃんも知ってるんだよね?」
「何を?」
「あっそーか・・帰ってきたばかりだもんね・・じゃ知らないのかな」
「だから何を!」
私はついつい大声になる。
知らないよ何も・・・だって、アレは早めのエイプリルフールで・・
洒落にならないドッキリ企画で・・・

「そんなに怒んないでよ・・って、やっぱ知ってるんじゃない。
 そりゃそーだよね、世の中的に結構大騒ぎだったみたいだし」

大騒ぎって・・・やっぱり・・
そっか、そうなんだ。本当のことだったんだ。
本当に起こってしまったコトだったんだ・・アレは。

「ごっちん、何であんなことに・・」
「うん、ってさ、何処まで知ってんの?テレビとかで?」
「ううん、新聞・・・あと、中澤さんが調べてくれたって・・話てくれて」
「そっか・・・じゃあ多分、大体その通りだと思うんだけど、
 アタシの口からちゃんと話した方がいいよね?」

私は多分、コクリと頷いたんだと思う。
ごっちんは、小さく一つ息を呑んでから、
それまでと違った淡々とした口調で話し始めた。
どこか遠くの方を見ながら。
320 名前:19歳 投稿日:2007/06/12(火) 14:44
「昨日・・・夕方、Takuから電話があって・・
 新しい曲が出来たからって、すぐに聴いて欲しいからって、
 アタシ飛んで行ったんだアイツのトコ。本当に飛ぶように急いでさ。
 うん、アイツ、ずっと調子悪くてさ・・あと2曲でいいのに・・アルバムのね・・
 それが出来なくて。だから、アタシ達、ずっとウエイティングで・・
 レコード会社の人とかも、外部に依頼した方がいいんじゃないかなんて言い出してたしさ・・
 だから、アタシも本当に嬉しくてね、行ったんだアイツの部屋。
 そしたら、アイツ、何かすごいハイテンションでさ、
 部屋中ガンガン音響かせててさ、
 だから、手まねで、コレが新曲かって聞いたら、ノリノリでそーだよってね。
 あんまり煩くってさ、どんな曲かもわかんなくてね、
 だから、自分で音絞って、頭だしして、
 そしたら、何かただ取り留めの無い曲でさ。
 なのに、アイツ、いいだろ、いいだろってしつこくてさ、
 だから、そーだねってね、でもどーしたのって、何かあったのって聞いたら、
 今度はいきなりテンション落ちちゃって、
 やっぱダメだって、俺には才能無いって泣き出しちゃって、
 だから、そんなことない、すごくイイ曲だって、どんな詞があうかなーなんて持ち上げたら、
 またコロッと様子が変わって、だろ、だろって
 コイツのお陰なんだって、変な薬見せられて、
 オマエもやるかって、イイ声が出るって・・

 まっ、アタシもバカじゃないからさ、すぐにヤバイ物なのわかったからさ、
 どーにかしなくっちゃってさ・・

 でも、なんかね、めちゃくちゃタイミング悪くてさ、
 そんな時に、ピンポン、ピンポンってね。
 まさか、開けやしなかったけど、勝手に鍵開けてさ、ドヤドヤとさ、
 ガタイのイイ男の人が何人もさ入って来て・・
 すぐ分かったよ、お巡りさんなんだってね。
 で、ちょうど手に持っていたものを取り上げられて、
 Takuは何か喚いてたけど、すぐに三人がかりで捕まっちゃって、
 アタシもいきなり腕掴まれて、すごい力でさ・・ほら、痕ついちゃった」

ごっちんは、右手の袖を捲り上げて・・
そこには、確かに色の変わった部分があって・・
 
 
321 名前:19歳 投稿日:2007/06/12(火) 15:06
「突然だったからさ、驚いたけどさ、
 でも、何かすごく落ち着いた部分があってさ、
 そのまま外に引っ張り出されそーになったんだけど、
 顔を洗わせてくれってね頼んで・・もちろん洗面所まで一人ついてきたけどさ、
 間違って落とした振りして、ケータイの上で顔を洗ってさ・・
 ね、アタシもなかなかやるもんでしょ」

「ごっちん・・」

「で、色々聞かれた・・何も知らないから、何も知らないって言い続けた。
 信じてはくれなかったみたいだけど。
 で、色々調べられて、身体触られたりさ、おしっこ採らされたりさ、
 何だかねー、本当」

「ごっちん、もーいいよ・・・ごっちんは何も悪くないんだから」

「うん、何もでなかったってさ・・・そりゃそーだよ、あの薬、あの時初めて見たんだもの。
 あんまり納得してくれなかったみたいだけど・・でも帰っていいって言われて、
 お母さんが朝早くに迎えに来てくれて・・
 そー言えば、あの人、何度も何度もお巡りさんに頭さげててさ、
 アタシ何もしてないのに・・
 で、お母さんのトコ連れてかれたんだけど・・
 あっ、ちょっと前にね、ウチの事務所の専務と再婚してさ、お母さん。
 奥さん死んじゃってて、高校生が一人いて、そっちの家に入っててさ、
 そこに連れてかれて、専務はほら、緊急事態だからさ、アタシの顔見たらすぐに会社に飛んでって、
 息子は、学校に行ったみたいで、お母さんと二人だったんだけど、
 やっぱり何か居心地悪くてね・・
 ここじゃゆっくり眠れないから、マンションに帰って寝かせてくれって・・
 で、何だろね・・本当に帰るつもりだったのに、
 なんとなくここに来ちゃった・・
 でも、迷惑だよね・・梨華ちゃんも疲れてんのに・・」
なんて立ちかけるごっちんを、慌てて留める。
322 名前:19歳 投稿日:2007/06/12(火) 15:32
「そんなことない。そんなこと全然ないから・・
 来ててくれて本当によかった。
 すごく心配で、電話もメールも通じなくて、どーしよーって思ってて、
 だから、ソファーに寝てるの見つけて、すごく安心して、本当安心して」

「でも、梨華ちゃん怒ってるよね?」

「そんなこと・・・・
 飛行機降りてすぐにアサミさんに新聞見せられて、事務所で中澤さんの話を聞いて・・・
 探さなくちゃって、どーしても探さなくちゃって思ってて・・
 でも、ごっちんは穏やかな顔で寝てて、起きてからもいつもと変わらなくて、
 だから、アレは嘘だったんだって、騙されたんだって、そんなふうに思えて、
 なのに、やっぱり本当のことで、だから、少し怒ったみたいな声出しちゃって・・
 ごっちんは、少しも悪くなくて・・
 少しも悪くないのにあんなふうに新聞に書かれちゃって・・
 酷いよね。本当酷い・・」

「うん、わかった。わかったから・・梨華ちゃんが泣く事じゃないじゃない」
私は、いつの間にか泣きじゃくってた。

ごっちんは、カウンターからティシュを取って来て、それを差し出しながら、
「ほら、泣くことなんて何も無いじゃん。アタシはこんなに元気なんだし」
と、私の背中をさすってくれる。

「うん、そーだよね。ごっちんは元気で、ここにいて・・」
私は、そのことを確かめるみたいに、立ち上がって、ごっちんにしがみつく。
また、少し痩せたよね・・少し頼りなかったけど、やっぱり温かくて・・
そう、彼女はここにいて、まるで、よしよしするみたいに、私の髪を撫でてくれて・・

 
323 名前:19歳 投稿日:2007/06/12(火) 15:45
・・・・って、もしかしてさ・・
「ね、本当は、私が慰めてあげなきゃなんだよね?」
なんて、顔を上げると、
「う?まっ、どっちでもいいんじゃないの?」
と、小首をかしげて、ふにゃっと笑うごっちん。

「でも、そー思うんならさ、今夜は泊めてよね」
「そんなの帰るって言ったって、帰さないつもりだったから」
「ならよかった・・・でさ、もう一つ・・」
「え?」
「一緒にベッドでいいよね?」
「うん、狭くていいなら・・」
「よかった・・・何かさ、何だろね・・・やっぱ、何処かね・・心細いんだよ・・何でかさ」
語尾が小さく震えていた。

そんな珍しく弱気な言葉に、
今度は抱きしめるつもりで、彼女の背中に腕をまわす。
私より、少しだけ大きいから、上手に包み込むことは出来ないけど、
精一杯の力をこめて、

彼女の身体は震えていなかったけれど、
心が凍えそうなのがわかっていたから。

324 名前:19歳 投稿日:2007/06/12(火) 16:12
ベッドの中では、なるべくくだらないお喋りをして、
しばらく笑っていたけれど、
やっぱり相当疲れているのだろう、ごっちんは、程なく寝息を立て始めた。

私は時差ボケも手伝って、なかなか寝付けない時間を、彼女の横顔を見て過ごした。
それでも、ウトウトとしかけた時、
何か短い叫び声が聞こえて、閉じかけた目を開けると、
ごっちんが額に汗を光らせて、意味の取れない何かを言いながら、苦しそうにしている。
取り合えずタオルをと、起きかけると、
パジャマの裾がしっかりと握られていた。
私は、ベッドを抜け出すのを諦めて、指でそっとぬれたその前髪を分けながら、
「大丈夫・・私がここにいるから・・大丈夫」
と、彼女の耳元で囁いてみる。
ごっちんは、小さく頷いて・・・やがて息を整えて・・

そういえば、前にもこんなことがあった。
ここで、ベッドの脇に布団を敷いて休んでもらった時、夜中のうめき声で目が覚めて、
どうしたらいいのか判らないまま、赤ちゃんをあやすみたいに、
肩を叩きながら添い寝をして・・

朝になってから、そのことを尋ねてみたら、
子供の時から、時々同じ怖い夢を見るんだって、恥ずかしそうに話してくれた。

今もその悪夢にうなされていたのだろうか、
それとも、夕べからの出来事を思い出してしまったのだろうか・・

大丈夫。
私はここに居るから・・
何も力にならないかもしれないけど、
傍に居ることは出来るから。
大丈夫。きっと・・・大丈夫だから・・
325 名前:トーマ 投稿日:2007/06/12(火) 16:19
本日はここまでにします

>>311 名無し飼育様
>>312 名無し飼育様 
>>313 名無し飼育様
ずいぶん間を空けてしまったのに、忘れずに来て下さって、
本当に、ありがとうございます。
ご期待に沿えるかどうかはわかりませんが、また読んでやってください。
326 名前:名無し読者 投稿日:2007/06/14(木) 08:30
お早い更新ありがとうございます!!
作者さんのペースで更新して頂ければ十分です!
それにしても、ごっちんが心配です・・・。
327 名前:名無し 投稿日:2007/06/22(金) 23:55
ごっちんを優しく包む梨華ちゃんに
心がキュンとなります。
応援してます!作者さん頑張って下さい!
328 名前:19歳 投稿日:2007/06/27(水) 09:29

遅めの朝食の後、私から言い出して、ごっちんのケータイを買いに出る。
昨日の今日で、真昼間から街中をウロウロするのもどうかとは思ったけど、
やっぱり無いと何かと不自由なものだし、
そこはそれ、ちょうど花粉症の季節だから、マスクに帽子の重装備でもそれほど目立たない。
さすがにそれに加えて彼女のサングラスだと怪しすぎるから、
そこは私の伊達メガネに付け替えてもらって、女の子らしからぬ即決のお買い物。
それでも売り場のお姉さんには、半分バレてしまったような気もするけど、
ごっちんは本名を公表していなかったから、こんな時は都合がいい。

静かなお店で、コーヒーにしながら、二人で新しいメルアドを考えて、
私のケータイから必要なデーターを移したついでに、
その最新のスタイリッシュなデザインには全然似合わないのは承知の上で、
私のいくつかぶら下げているストラップの中から、
お気に入りのウサギさんをとって、結び付けてから渡すと、
ごっちんは、ちょっと困ったような顔をしたけど、まっいいかって感じに、片眉を上げて、
一度ウサギさんの頭を指で弾いてから、ちょっとって席を立つ。

戻ってきた彼女が、やっぱりお母さんが心配しているから帰るねと言い出すことは、
予想できたことだったから、無理にとめることはしなかった。
お母さんは、彼女を家から出したことで、新しい旦那様に相当叱られたみたいだったし、
私もこれから仕事だから、何時になるかわからない帰りを、一人で待たせるのは気が引けた。

車で家まで送るつもりを、方向違いだし、たまには電車に乗ってみたいと断られて、
歩いて駅まで送って、改札の中の人ごみに彼女の背中が消えるのを見届けてから、
少し早かったけれど、私もその足で事務所に向う。
329 名前:19歳 投稿日:2007/06/27(水) 10:00
最初に中澤さんの席に顔を出すと、ちょうどアサミさんも来ていて、
二人に、彼女と連絡が取れたことを短く報告して、昨日の気遣いのお礼をする。
「そーか、それはよかったなー。元気やったんならなによりや。コレでアンタもひと安心やね」
と、私の髪をクシャクシャとなでながら、我が事のように喜んでくれる中澤さんに、
ウチに来ていたことを隠しているみたいな曖昧な報告は、少し後ろめたかったけれど、
まだ警察にいるTakuさんを心配しているであろうアサミさんの前で、
彼女が普通に外で生活していることをはっきりさせるのは、遠慮した方がいいように思えたし、
彼女とのプライベートな関わりは、なるべくこの仕事の場とは切り離しておきたいような気分もあって、
早々に、今日の仕事の段取りの確認をして、その場を離れる。

控え室に入ると、ずいぶん早めに着いたはずなのに、柴ちゃんはすでに来ていて、
私の顔を見るなり、席を立って、心配そうに駆け寄ってきた。
「ね・・・あのさ・・・」
と、その後の言葉を選びかねているこの優しい友人に、
「大丈夫。ごっちんは元気だよ」
と、笑顔を作って、先に答えを告げると、
ほっとしたのか、拍子抜けしたのか、なあんだとばかりに首をすくめて、
「そーなんだ。よかった。てかさ、ニュース見て、心配でね・・
 でも、あの子に直接連絡も出来ないし、梨華ちゃんにも、どー話していいか悩んじゃって、
 メールも出来なくてさ・・」
昨日はたぶん、何度もケータイを開けてみたであろう柴ちゃんの気遣いに、
「ありがとう」と言うと、
「何が?」と、ちょっと不思議そうな顔をして、
「で、どー彼女・・そのー」
「うん、ごっちんは何もしてなくて、だからすぐに帰されたみたい。
 まあ、ちょっと疲れてるみたいだったけど・・」
「それはそーでしょ・・でも、よかったじゃない何もしてないならさ・・でさ・・」
そう柴ちゃんが言いかけたところに、
「ねーねー」なんて、お早うも言わずに、バタバタと美貴ちゃんが入ってきた。
330 名前:19歳 投稿日:2007/06/27(水) 10:28
「あっ、梨華ちゃんも来てたんだ、なら話が早い。あのさ・・」
と、私の顔を見止めた美貴ちゃんが、早速本題に入ろうとしたところで、
ケータイが鳴って、あっちょっと待ってねと、それを開けた彼女は、
少し驚いたような顔をして、
「・・・・ごっちんからだ」と呟く。
続けて鳴り出した着メロに、バッグから取り出したケータイを開いた柴ちゃんが、
「アドレス変更のお知らせだって・・・番号も」
メールの画面を開いたままの二人に見つめられて、
「うん、新しいのになったみたいだから」
と、言い訳するみたいに言うと、
「ふーん、そっか、だから通じないわけだ」
と、直接連絡を取ってみたらしい美貴ちゃんは、
「で、それを梨華ちゃんはとっくに知ってましたってことなのよね」
「うん、まあ」
「そっか、ならあの子は無事ってことよね」
「うん」
「元気?」
「うん」
「そ、ならいいか」
美貴ちゃんは、そんな短いやり取りで、全てわかりましたといった感じで、
何度か頷くと、奥の席にどさっと荷物を置いて、
さっさと雑誌を広げ出す。

私としても、この話題はあまり続けたくなかったから、
正直ほっとした気分で、一番手前の椅子に腰を下ろす。
けれど、やっぱりそういうわけには行かないみたいで、
真ん中の席に腰掛けた柴ちゃんは、少し私の方に椅子を寄せて、
「でも、Tagはこれからどーなっちゃうんだろね」
なんて、話を蒸し返す。
331 名前:19歳 投稿日:2007/06/27(水) 11:04
「うーん」
頭の中にあるその答えを、言葉にしたくない私が口篭っていると、
雑誌に目を落としたままの人が、
「そりゃ、もーダメに決まってるじゃない」
と、あっさりとたぶん正解を断言して、
「そーか、うん、そーだよねやっぱり。あそこはなんだかんだ言ってもTakuのバンドだもんね」
と、柴ちゃんは口を尖らせて頷く。

そうなんだ。
KAZUが中心だったとはいえ、
それぞれのメンバーがそれぞれの音楽性を持ち寄っていたMAKISMと違って、
Tagは、たまにMakiが詞に参加する程度で、ルックス重視で選んだ若いメンバーを、
Takuが一人で引っ張っていた。
それが、結局彼のプレッシャーになってしまっていたのだろうけど・・
その大黒柱があんなことになってしまったのだから、
たぶんバンドとして、その体を存続させるのは難しい。

「でも、ごっちんはどーにでもなるんじゃないの。また新しいバンドとか、ソロとか。
 まっ、今度のことで多少のイメージダウンはあるかもだけど、
 アタシたちと違ってロックンローラーなんだからさ、こーゆーのもありっちゃーありだしね」
雑誌のページをめくりながら、美貴ちゃんは、これもあっさりと、
私の欲しがっている答えを付加える。
うん、それはそうに決まってる。ていうか、そうでなくっちゃおかしい。

「うん、そー思うけどさ、でもやっぱり大変だと思うよイロイロ」
なんて、まだこの話を引っ張るつもりの柴ちゃんが、ねーとばかりに私の顔を覗き込むけど、
そんなことは、ここで話してても仕方ないといった感じで、
バサッと音を立てて雑誌を閉じた美貴ちゃんが、
「てかさ、あの子、ほら、ここに新しく入った・・アレちと生意気だよね」
なんて、明後日の方向に話題を飛ばす。
332 名前:19歳 投稿日:2007/06/27(水) 11:41
「あ、あの子って・・・この間レッスンスタジオで会った?」
柴ちゃんも、やっと空気を読んでくれたのか、その話に乗る。
「そーそー、ほらなんか目つきの悪いのいたでしょ」
「目つきって、あの子だって美貴には言われたくないんじゃないのー」
「えー、なんか言った?」
「イヤイヤ」
二人が話し始めたのは、たぶん最近スクールに入った中学生のこと。
この間、久しぶりに三人揃って顔を出したレッスンスタジオで、
何人かの新入生を紹介された。

「でも、なんか目立ってたよね、いい意味でも」
と、柴ちゃんが言うように、その無愛想な小柄な少女は、
先輩のレッスン生に比べても、一際切れのある動きをしていた。
「そーなんだよね、気に食わないけどさ、アイツ・・・来るかもね」
「うん、だね」

ウチのスクールには、事務所のオーディションを通った何十人もの女の子たちがいるけれど、
普通の学校とは違って、何年やったから卒業って事にはならない。
取り合えず、踊れたり、歌えたり出来るようになっても、
大半は、ステージのバックダンサーのままレッスンを続けて、
その中のほんの一握りのラッキーな子たちだけが、デビューのチャンスを掴むことが出来る。

「それから、ほら妙にヘラヘラしてんのとかさ」
「あー、あの子、可愛いじゃん」
「まっ可愛いことは可愛いよね・・あと、無駄にボーっとしてるのが反って目立ってんのとかさ」
「いたたねー、アレこそ美少女って感じじゃないの?」
「まー、そーいえないことはないけど、アレは踊れるようになるのかな?」
「うーん微妙・・」
なんて、二人は続けて何人かのレッスン生の評論を始める。

333 名前:19歳 投稿日:2007/06/27(水) 11:57
一昨年の私たち。去年の亜弥ちゃん。
それに続く新人をデビューさせるプロジェクトが、動き始めているらしく、
その内部オーディションが近くあるのか、この前のスタジオは、何処か殺気立っていた。

その中でも、特にピリピリした感じだったのが、
生意気と美貴ちゃんに言われているその子だったわけだけれども、
笑顔も見せずに、私たちにぺこりとお辞儀をしたその子を見て、
私は、初めてあそこに行った時に、私を睨みつけてきた美貴ちゃんを思い出していた。

そうか、あの子になるのかな、次のデビューは。
ソロなのか、ユニットなのか、
仮にユニットだとしたら、やっぱり今二人が話してる子たちの中から選ばれるんだろうな・・

デビューか・・・
私たちも、それからまだほんの二年半程しかたってないけれど、
何か遠い昔のことのような気がする。
めまぐるしく色々なことがありすぎて・・・
334 名前:19歳 投稿日:2007/06/27(水) 12:36
 
正式なことを発表するまでは、しばらく時間がかかるだろうという、中澤さんの予想は外れて、
ごっちんたちの記者会見は、事件から二日目の、翌日の夕方に開かれた。

メンバーと事務所の社長が並んで、ファンや関係者に対してお詫びを言って、
頭を下げてから始まった、その会見の冒頭で、
予定されていたアルバムの発売と、ツアーの中止、そしてTagの解散が、
社長さんが原稿を読み上げるという形で発表されて、
続けて、口頭で、Takuを起訴の有無に関わらず、無期限の謹慎処分とし、
今後も事務所に籍を残して、事務所が責任を持って更生させること、
他のメンバーは、今後も個別に音楽活動を続けることが伝えられ、
その後、メンバー一人一人が一言ずつ挨拶をして、質疑応答となった。

何百人も集まった報道陣からの質問は、当然のように、Makiに集中したけれど、
彼女の隣に座った社長さんは、頑なに彼女にマイクを回すのを拒んで、
TakuとMakiはあくまでもバンドのメンバーとしての関わりしかなく、
あの場に彼女が居たのも、ボーカルとして、デモテープを聴くためだったこと、
彼女がこの件に関して潔白なことは、警察でも証明されていて、
他のメンバーについても、事務所として進んで警察で検査をしてもらい、もちろん陰性であったことなどを、
ひたすら繰り返した。

ごっちんは、そうしているように指示でもされたのか、
それとも自分の意思でそうしていたのか、
その会見中、一度も目を上げることなく、終始、神妙に俯いていた。

それが、今までMAKISMとTagの活動を通して、世間に浸透していた彼女のイメージにとって、
決してプラスになることとは、私にも思えなかったけれど、
思わぬ事件に巻き込まれた18歳の少女としては、そうするより仕方なかったようにも思う。
結局、この会見のことについては、その後、彼女と話すことはなかった。

その場では、はっきり発表されたわけではなかったけれど、
翌日の新聞紙面には、Tagの解散の文字の横に、Makiソロデビューへと言う活字が並んでいた。
335 名前:19歳 投稿日:2007/06/27(水) 13:25

私達は、相変わらず忙しかった。
グループの活動の他に入ったソロの仕事も、
柴ちゃんのリポーターは、例のスペシャル番組のあとを受けて始まった
春からの番組の準レギュラーになっていたし、
美貴ちゃんも、亜弥ちゃんとのユニットも曲のリリースに伴い
各メディアを精力的に回っていた。

私は、ちょうど写真集の発売日近くに放送を予定されているスペシャルドラマで、
女優の真似事をすることになっていた。

正直、演技にはまるで自信がない。
自分ではそんなつもりはないのに、バラエティの中の寸劇では、いつでもセリフが棒読みだと
からかわれて、それがネタにさえなっている。
だから、この仕事を受けると聞かされた時には、
仕事に関して、これまでまったくといっていいほど文句を言ったことがなかった私も、
多少の難色を示した。
「無理ですよ」
「何ゆーとんねん。無理もへったくれもあるかい」
「だって・・」
「だって何や、え?例の棒読みか?」
「ええ、まあ」
「あのなー、セリフ回しなんてもんは、一種の馴れやし、
 演技に関して、たとえアンタが素人でも、
 周りは皆プロなんやから、ちゃーんと指導してくれるしな」
「それは、そーでしょうけど、大体私は・・」
「何や、私はこーゆー仕事は向いてませんとでもゆーんか?」
「ええ・・てゆーか、全然自信がなくて」
336 名前:19歳 投稿日:2007/06/27(水) 14:00
「アホ!アンタなー・・・なら、聞くけど、
 イシカー、アンタ今の仕事、最初から出来たんか?自信あったんか?」
「それは・・」
「そやろ、アンタは特に何にも知らずにこの世界に入って、歌も踊りも何もでけんで」
「はい」
「しかも、飛び切りの不器用で」
「そんなー、不器用に飛びっきりまで付けなくても・・」
「アホ、アンタ、不器用は褒め言葉やで」
「は?」
「ええか、何でも器用にこなすヤツは、すぐに要領掴んで、何でもチャッチャとやれてしまう。
 それはそれで、才能には間違いないけどな、それで本物の力が付くとは思えんわな。
 その点、不器用なもんは、それに追いつくために懸命に努力する。そやから、本物の力が付く。
 もちろん、努力せんヤツもおるけどな、アンタは、してきたやろ、人一倍の努力を」
「ええ」
「な、その努力できることも一種の才能や。少なくともアンタにはそれがある。
 な、アンタ、最初はカメラの前で笑うことも出来んかったやろ」
「はい・・どーしてもこわばっちゃって」
「で、藤本あたりにバカにされながら、よー鏡の前で練習してたわな」
「そーでしたね」
「でどーや、今なら、カメラマンの要求には、たいがい応えられるやろ」
「ええ、たぶん」
「そーゆーこっちゃ、人間やろーと思えばたいがいのことは出来るし、
 アンタにはその才能がある。不器用を自覚してるからな。
 それにな、この世界で、アンタがこの先、長いこと生きていこうと思ってるんやったら、
 どーしても、演技力は必要になると思うんよ。
 やから、今回の話は、絶好のチャンスやと思うしな」

そんなふうに、中澤さんに説得されて、受けることになったこのドラマは、
ツルゲーネフの「初恋」を、日本の戦後に置き換えた本格的な文芸作品。
そして、私に与えられたのは、物語のヒロインの没落華族の令嬢の役だった。

 
337 名前:19歳 投稿日:2007/06/27(水) 14:23
その台本が渡された時、中澤さんは満足げに笑って、
「これはホンマいい役やで。美貌の才媛・・アタシがやりたいくらいやわ。
 しかも、全体に行間を読ませる感じで、セリフが少なめで、表情の演技が中心になってる。
 な、アンタ向きやろ。
 それになんといっても最高なんが、本格的なラブストーリーなんに、
 それを匂わせるしーんはあっても、実際のラブシーンはなしや、
 ホンマ、上手くできてるなー、アンタもそー思うやろ」
「え?」
「ほら、そやろが、アンタは現役バリバリのアイドルなんやから、熱烈なファンが大勢居る。
 それがキスシーンでもやったひにゃー大騒ぎになってしまうやろ。
 かといって、19歳のアンタがヒロインのドラマで恋愛抜きは、考えられん。
 その点、この話は上手く出来てる。
 な、アタシラかて、よーく考えて仕事を選んでるんやで」
なんて、胸を張っていたけれど、やっぱり、それを演じるのは、大変だった。

いくら苦手なセリフが少ないとは言っても、
昔風のしかも華族のお嬢さんの言葉遣いは、聞いたこともないようなもので、
しかも、主人公の少年の前で見せる理想的な女性と、
その父親と道ならぬ恋に落ちてしまう愚かな女を、ほとんど表情の演技だけで、
演じ分けなければならない。
特に、現実に今まで、恋らしい恋をしたことのない私は、
恋の相手のベテラン俳優さんに、父を慕うような表情しか出来ずに、
何度もNGを出してしまって、叱られた。
338 名前:19歳 投稿日:2007/06/27(水) 15:02
それでも、テレビドラマとしては、かなり時間をかけて丁寧に作り上げられたこの作品は、
主人公役の少年の熱演と、脇を固めたベテラン俳優人の安定した演技で、
予想通りのまずまずの視聴率と予想以上の高評価を各方面から得ることが出来た。
ただ、私についての論評は、何処でもたいてい「美しい」とか「華がある」といった感じで、
熱演が絶賛されている主人公に比べると、少し寂しかった。
まあ、はじめから演技について褒められるとは思っていなかったし、
監督にも、相手役のベテラン俳優さんにも、ことあるごとに、
この役は、美しい佇まいを自然に見せることが一番大事だといわれていたから、
そういった評価を貰ったことは、それはそれで、成功なのかなとも思う。
それになによりこの仕事をしてよかったと思えたのは、
撮影中は、たくさん叱られた主人公の母親役の演技派女優さんに、
クランクアップの時に、今度また一緒にやりましょうと握手を求められたことだった。
それは、この厳しい人が、少しは私を認めてくれたのだと思えたから。
 

そして、そのドラマのOAとほぼ同時期に発売された写真集「first Love」は、
こちらは文句なしの大好評で、その売り上げ自体がニュースとして、取り上げられたりした。


そうこうしている間に、新曲の発売とそれに伴う、プロモーション、
当然のレギュラー番組・・・それらをこなしている間に、
季節は、あっという間にツアーの夏を迎えていた。


そして、後藤真希のソロデビューが、正式に発表された。

339 名前:トーマ 投稿日:2007/06/27(水) 15:11
本日は、この辺で。

>>326 名無し読者様 ありがとうございます。お言葉に甘えて、たらたらと更新させてもらいました。

>>327 名無し様   ありがとうございます。最近は特にですが、石川さんには、
          昔から母性のようなものを強く感じます。
          そして、見るたびに大人っぽくなる後藤さんですが、個人的には、
          素でボケボケしている彼女が好きなので、たまには甘えるシチュエーションもよいかなと・・
340 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/27(水) 20:49
後藤さんは外見とは異なってけっこう幼いというか、
精神のある部分での未熟さみたいなものを感じてしまうんですよね。
だから石川さんとの組み合わせが好きなのかも。
石川さんから感じる深い母性、いいですよね。

次回の更新も楽しみにしています。
341 名前:名無し読者 投稿日:2007/07/04(水) 01:14
ごっちんが遂にソロデビューですかぁ〜
342 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 10:25

私達は、日常のメールのやり取りの中で、
たぶん意識的にお互いの仕事のことは、あまり触れないようにしていたけれど、
それでも、彼女のお母さんの新しい旦那さんである人が、独立して設立した事務所に移ったこと、
それに伴って、レコード会社も移籍する・・なんていう重要なことは、
それがマスコミで報道される前に、何気なく知らせてくれていたし、
そこで再々デビューに向けて、いくつかの候補曲をデモで吹き込んでいる様子は、
美味しいケーキ屋さんを見つけたなんていうことと同じような調子で話してくれていたから、
それなりに安心はしていたけれど、
分刻みで動いている自分の現状に比べて、なかなか進展しない彼女の状況に、
たぶん本人以上にやきもきしていた私は、
ツアー中の宿で受け取った「発売日が決まった」と言うそのメールに、
ついつい高揚してしまう気分が抑えきれずに、
もうベッドに入ったからという柴ちゃんを、無理強い起こして、一緒にはしゃいで、
隣の部屋の美貴ちゃんに、うるさいと怒鳴り込まれた。
まっ結局、その美貴ちゃんも引き込んで、
三人でジュースのに祝杯をあげることになったのだけれど・・
343 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 11:02
そのごっちんのデビュー曲を、初めて聴くことが出来たのは、
例の深夜番組の打ち合わせの中、
スタッフが用意した来月の新譜紹介のコーナーで流すPVの一つとしてだった。
本番では、さわりの部分だけ編集される、
まだタイプ打ちのクレジットしか付いていないデモDVDを、打ち合わせでは、フルで流す。

台本の曲のリストの中に、それを見つけた時から、ドキドキしていた私は、
いつもなら、あれこれとそれにつけるコメントを検討しながら眺めるそれを、
最初から最後まで、ただ息を詰めて見つめた。
柴ちゃんも美貴ちゃんも、黙って聞いていたけれど、
スタッフの人達が、何時になく静かだったのは、たぶんそんな私達への配慮からというよりも、
その曲があまりに意外で、ただ驚いていたせいだと思う。
だから、曲が終わると同時に、あちらこちらでざわめきが起こった。

柴ちゃんと美貴ちゃんは、一度お互いの顔を見合わせてから、
私の方を向いて、
「梨華ちゃんは知ってたの?」
と、ちょっと非難するように聞いてくる。
「ううん」

本当に知らなかった。
メールで、どんな曲?と聞いた時、ごっちんは、かなり面白いよと答えてはいたけど、
まさかこんなふうに路線を変えてくるとは、想像もしていなかった。
344 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 11:23
「そー・・てか、びっくりだよね」
「うん」
「まさか、こーくるとはねー」
「うん」
「てかさ、あの子の今までのファンはどー思うのかなー」
「・・・・」
ごっちんの曲は、いわゆるアイドルソングだった。
それも、私達や亜弥ちゃんも顔負けのバリバリの・・

クレジットを、本名の後藤真希に変えて、再々デビューとなる彼女は、
まだ誕生日前の18歳。
元々、ウチからデビューさせたかったと中澤さんを悔しがらせた、
アイドル性のあるルックスの持ち主だから、
そこだけ切り取ってみたら、決して不自然なことではないのだけれど、
今までのそのバンド活動の中で作り上げてきたアーティストとしてのイメージや、
そこで獲得してきたファン層から言えば、
これは、やっぱりかなりの冒険だと思う。

それが、吉と出るのか、そうではないのかは、私なんかには、わかるはずもなかったけれど、
「まっ、とにかくかなりの話題になることは確かだよね」
と、柴ちゃんが言っていたように、
この日の放送中に届いたメールは、その曲のOA後は、すっかりその話題一色となった。
345 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 11:37
ほとんど全てと言っていいくらい、驚いたとか、意外から始まるそのメールは、
「すごいイメージチェンジ、おもしろい!」
「大型ライバル登場って感じ。負けるな!」
「真希ちゃんって、こんなにキャワいかったんだ・・
 オレ、今日から真希ちゃんファンになる!梨華ちゃんゴメン」
なんていう、歓迎のものと、

「正直ちょっとガッカリ・・もっとカッコイイの期待してたのに」
「何か今更って感じ」
「あの事件の負のイメージを消すためなんだろーけど、ちょっと無理あるよな」
なんていうものが、ほぼ半々。

もちろん、否定的なコメントを、番組内で取り上げるようなことはしなかったけど、
私には、本番が終わった後に、ディレクターさんがボソッとつぶやいた、
「この番組の視聴者は、基本的にアイドル好きだからねー、好意的なものが多いんだろーけどね」
という言葉が、耳に残った。

346 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 12:02
移籍先のレコード会社に、どれだけの勝算があったのかわからないけれど、
とにかく、そのセールスプロモーションは凄まじかった。
発売日のかなり前から、かなりの量のCMを打ち始めたし、
大小様々なメディアに、彼女とその曲を露出させた。

だから、その間二度ほど、音楽番組で一緒になる機会があったけれど、
その待ち時間にも、雑誌などの取材が入っているらしくて、
楽屋でゆっくり話すようなことは出来なかった。
だから、この曲に対する彼女の思いは、
PVを見た後に送った「可愛かったよ」と言う私のメールへの返信の
「照れくさいよね」と言う一言から想像するしかなかった。

けれど、思わぬところで、顔を見て話せる機会が訪れた。
いよいよ発売日を迎えるその直前の私達の番組に、
急遽、彼女がゲスト出演することになったのだ。

いつものように夕方から始められたその日の放送の打ち合わせの冒頭に、
赤線がいっぱい入った台本を配りながら、番組のプロデューサーさんが、
「局の上の方にかなり売込みがあってさ、
 だからすまないけど、今日の放送の内容を変更させてもらう」
と、彼女のゲスト出演を知らせた。
347 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 13:03
この番組は、三人のフリートークが売りだから、基本的にゲストは呼ばない。
だから今まで、放送開始直後の私達のプロデューサーのつんくさん、年始特番に大先輩の安倍さん、
そして、18歳になって深夜の生放送に出演が可能になった直後の亜弥ちゃんが一度ずつ来た事があったけれど、
どれも自前のゲストだったから、それは本当に異例のことだった。

現場のスタッフの人達は皆、ウスウス私達とごっちんの仲を知っていたから、
まあいいんじゃないのと言う感じだったけれど、
私達の新曲のリリースからまだ二週目、翌々週には亜弥ちゃんの発売が控えてるといった時期だったから、
上の方では、少しもめたらしくて、プロデューサーさんは、何度もウチの事務所の人に頭を下げていた。

もちろん、私達には異存などあるわけはなく、
柴ちゃんも美貴ちゃんも、ごっちんが局入りするという9時を楽しみに待っていた。

結局30分押しで入ったごっちんは、いったん控え室に戻っていた私達のところに、
新しいマネージャーさんと一緒に挨拶にやってきて、
「遅くなって申し訳ない。まあこれでもつまんで下さい」
と、お菓子の箱を渡す小柄なおじさんの後ろで、照れくさそうに笑っていた。
348 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 13:36
すぐに始められたリハーサルで、配り直されたのは、真新しい台本だった。
さっきの打ち合わせから今までの間に、書き直されたらしいそれを、美貴ちゃんは、
「どーせ無視するけどねー」なんて言いながらひろげる。

ゲストコーナーは、後半の30分。
それまでのリハは、すでに終わっていたから、つなぎのコメントを入れて、
ごっちんの呼び込みから始める。
取り合えず、書かれてあるセリフを、一通り棒読みでなぞって、
曲に入る前までの時間の確認をスタッフがしている間に、
台本の他に時折ごっちんが目を落としていたメモ書きを、目敏く見つけていた柴ちゃんが、
「何それ?」と尋ねる。

「うん、あのね、色んな注意とか書いてあるの。
 返事はハイにしろとか、ですます調で話せとか、笑顔は絶やすなとか」
なんて、素直に答えるごっちんに、
「は?」
美貴ちゃんは、思いっきり怪訝な顔をする。
「え?アイドルはみんなこーするよーに教え込まれてるって言われたけど・・」
「そーだっけ?」
美貴ちゃんか、私の顔を見る。
「それって、ほら、デビュー前にさ、そんなレッスンあったじゃない。インタビューの答え方とか・・」
「あー、あれかー、あったねーオカマっぽい先生の・・あんましちゃんと聞いてなかったけど・・
 てか、今は基本、普段通りってゆーか、なんも言われないしね」
「そーなんだ・・アタシはさ・・
 MAKISMの時は、なるべくブッキラボーにしゃべれとか、笑うなとかあってさ、
 Tagは取り合えず愛想よくしてろみたいなね。
 で、今度はさ、笑うにしても、ニカッじゃなくてニッコリだとかさ」
「そー大変だねー色々キャラ変えるのも」
「うん、で、言われたようにやってるつもりなんだけど、イマイチらしくてさ、
 さっきもね、マネージャーに、あの子みたいにやれないもんかねーなんてぼやかれちゃった」
349 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 14:03
「あの子って?」
「梨華ちゃん」
「あー」尋ねた芝ちゃんが大きく頷く。
「何かね、アイドルの王道なんだって」
「私が?」
「うん、でも、そーかなって思うけど、ちょっと梨華ちゃんみたいのは無理かなって」
「あー、それはちょっとね、美貴もできないもん」
「アタシだって、梨華ちゃんは無理ってゆーか、そこまでブリブリしたくないってゆーか」
「って、何それ?私ってそんなにブリブリ?」
「「「うん!」」」
なんて、三人同時に頷いて、それが見事にユニゾってたから、今度は、三人同時に吹出す。
それを見て、フンなんてふてくされてみせると、
「ほら、そーゆーベタなのもさー」
なんて、美貴ちゃんが指をさして、だよねーなんて三人で大笑いを始める。

「もー、何よ何なのよ、みんなしてー」
「てかさ、ほら、今度は眉ハの字にして・・まったく梨華ちゃんは楽でいいよね。
 素でそんなでさ。フツーにアイドル演じてるもん」
「演じてなんてないもん」
「だから、素でって言ってんじゃん。なんつーのコレが演技じゃないからすごいってゆーか・・
 もし、コレでブスだったら、すごい顰蹙ものつーかさ、許されないよね」
なんて、美貴ちゃんも柴ちゃんも、やっぱり私のことバカにしてる。
「ねー、ごっちん、二人とも何気にひどいよね、いっつもこーなのよ」
「うん、ひどいとゆーか、正直とゆーか」
「はぁ?」
「うん、アタシも長年、梨華ちゃんのこと見てきたけど、どーすればマネ出来るのかねー、
 やっぱ、小指を立てるところからやんなきゃかなー」
「もー、ごっちんまでー」
350 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 14:18
なんて、マイクオフでやっているところに、
スタッフブースから次の段取りに移るように指示が入って、
みんな慌てて真顔に戻って、台本のページをめくる。

この番組の台本は、番組開始直後は別にして、脱線することが前提になっているから、
いつもは進行表の意味合いが大きいのだけれども、
今日のものは、ごっちんの事務所からの要望なのか、結構細かく書き込まれている。
曲前には、ごっちんのソロデビューへの意気込みと、曲の衣装や振り付けのこと、
曲後は、彼女の趣味のお菓子作りのこと・・
それは、本当のことだったけど、妙に乙女チックに表現されていて、何か違和感を感じる。

一通りの流れを確認して、呼び名を真希ちゃんで統一することなどの注意を受けて、
本番まで休憩に入る。

もうさすがに取材は入ってないだろう彼女の楽屋に一人で向う。
「ちょっといいかな」と、ドアを開けると、
「もちろん」と答えたごっちんは、
あまり気のきかなそうなマネージャーのおじさんに、何か一言二言いって、
やっと二人だけの空間を作る。
351 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 14:56
「どー?やっぱり忙しい?」
「うん、少しは楽になったかな・・でも、アイドルってゆーのもなかなか大変だなーって」
「でしょ」
「うん、取材とかでも、写真なんか前の10倍は撮るし、その度に衣装替えだし・・
 それに、メイクとか、アタシのじゃダメみたくて、専属のヘアメイクさんつけてもらったり」
「えっ?もしかして、ごっちん、今まで自分でやってたの?」
「そーだよ」
「そーなんだー、私なんかずっと人任せで、だから自分じゃ未だにちゃんと出来なくて」
「なんだってね。しかも、してもらってる間、寝ちゃったりするんだって?」
「そーなのよって、それどーして」
「この前、ミキティがメールで言ってた」
「もー美貴ちゃんてば、よけいなことばっか話して」
「あと、柴ちゃんもよくいろんな報告してくれる。
 セットに躓いて、青あざつくったとか、レストランで冒険して変なもの頼んで無理して美味しいって言ってたとか」
「もーあの二人は、いつでも私のことネタにしてわらってるんだから」
「・・でも、いいなーって」
「何が?」
「愛されてるなって」
「はー?どこが?」
「でも、そーでしょ」
「うん、まあね、仲はね、すごくいいと思うよ。基本、二人とも優しいし」
「うん、いいよね、いつでも仲間がそばにいて」

あっ、そうか・・・
今、ごっちんは一人なんだ。
事務所も実質個人事務所みたいなものだから、周りには大人たちだけで・・
352 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 15:13
「・・・・ごっちん、大丈夫?」
「えっ何が?」
「辛かったりとかしてない?」
「あっ平気・・ちょっと忙しかったけど、ココ乗り切れば、だいぶ楽になるし」
「でも、すぐにコンサートとかあるって聞いたけど・・」
「うん、でもライブは一番好きなことだし」

「てゆーかさ・・・今の、その・・こーゆーのはさ」
「あっ、今回の路線?」
「うん、本当のところどー思ってるの?」
「うーん、そーだな・・・思ったより嫌いじゃないかな」
「えっ?」
「うん・・正直、やる前はさ、どーかなって思ってたけど・・今はね、こーゆーのもありかなって。
 あのね、今の社長がさ、こーゆーのは、今しか出来ないからって、
 バンドとかはやりたければ年をとってもいくらでも出来るし、
 自己プロデュースをするには、お前の曲はまだまだ未熟だって・・」
「ごっちん、曲書いてるんだ」
「うん、前から少しずつね・・で、何曲か吹き込んでみたりしたんだけど、インパクトが弱いって・・
 で、KAZUに書いてもらおうかなんて話もあったんだけど、それは何かTakuにわるいかなって、
 で、そしたらいっそのこと方向性変えちゃおーかみたいなさ、
 今のレーベルは、そっちの方が得意らしくて・・で、こーなりましたみたいなね」

「そーだったんだ・・・でも、私聴いてみたいな・・ごっちんの曲」
「うん、それもね、もうちょっと手直ししてイイのが出来たら、アルバムに入れてくれるって」
「そっか、楽しみだなそれ」
「うん、楽しみレニしててよ」
353 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 15:32
結構、チェックがきつかったから、
つまらないものになっちゃうかな、なんて心配していた本番は、
大人たちの顰蹙を買わない程度に適度に脱線した。
曲紹介の前には、振り付け講座を入れてみて、そのお返しにと、
私達の曲のあて振りを私のパートでごっちんにやらせて、それがあまりに完璧だったから、
もう梨華ちゃんはいらないねと、私を拗ねさせると言ういつもの落ちもしっかり付いたし、

曲の後のお菓子の手作りトークも、どーゆーワケか、美貴ちゃんがお肉大好きで、
それも、レバ刺しに嵌っているから、冷麺とかビビンバを食べたい私と柴ちゃんと三人は、
気がつけば焼肉屋さんで、一度も鉄板を使わないで出てきちゃうなんて話の流れで、
ごっちんは生ものがダメで、蒸しエビしか食べれなかったのに、甲殻アレルギーだってわかって、
せっかく入った回転寿司で、メロンとアイスクリームだけしか食べれなかった・・
なんて話で、予想以上に盛り上がって、
視聴者からたくさん届いたメールも、
「また、真希ちゃんをゲストに呼んでください」とか、
「もう4人で組んじゃいなよ」なんてものばかりだった。
354 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 16:04
 
そんなふうにして発売された後藤真希のデビューシングルは、
初登場で、オリコンの3位にランクされた。

そして、その評価は、新人のアイドルとしては、大健闘・・
けれど、彼女のネームバリューや、セールスプロモーションの規模からすれば、いまひとつ・・
と、取り上げるメディアによって、大きく分かれた。

「まあ、2曲目が本当の勝負になるんじゃないかな・・
 それより、ツアーの方が微妙らしいよ」
と、アサミさんは、その初日に行ったと言う友人の話を聞かせてくれた。
それは、今回は、スケジュールがどうにもならなくて、見に行くことの出来ない私が、
出来たら、行った人の話を聞きたいと何気なく頼んでおいたことへの返事だった。

アルバムなしで入ったツアーは、最初とアンコールにシングルの2曲を繰り返して、
その間をMAKISMとTagの曲のアレンジ替えでつなぐという、その構成自体が微妙らしい。
ハードなダンスナンバーがあったり、アコースティクギター一本でバラードを歌ったり、
一つ一つは、かなり頑張っているんだけどね、全体としてまとまってないと言うのが、
その人の正直な感想らしい。

「それに、ちょっと欲張り過ぎたんじゃないのかな」
と、アサミさんが自分の意見として付け加えたのが、その日程。
東名阪が中心とはいえ、地方も含めた大きいホールでの秋から冬にかけての全30公演。
そのチケットの売れ行きがあまりよくないとのこと・・

「まあ、お陰で当日券もあるみたいだから、仕事の合間に行ってみよーかななんて思ってるんだけど・・
 でも、いくらなんでもこれは無理ありすぎるよね。
 まあ、あの子の実績から、興行屋もつい調子に乗っちゃったんだろーけどさ・・
 まあね、考えてみれば、バンドだったとはいえ、あの子のボーカルで、
 デビューの年に、ドームをいっぱいにしたんだもんね・・すごかったんだもんねー」

355 名前:19歳 投稿日:2007/07/11(水) 16:31

「久しぶりに、おコタでゆっくり見れるよ。
 テレビの前で応援してるから」
そんなふうに、夕べ明るい声で電話してきたごっちんから、
歌の出番が終わって、いったん戻った紅白の楽屋に、メールが届いていた。

「驚いたよ・・どーゆーこと?」

彼女にも話していなかった。
と言うか、家族も含めて、部外者には、絶対漏らすなと、きつく言われていた。

だから、ただでさえ慌しい生放送の舞台裏は、なにやら騒然としている。
もちろん、局の上層部の方には、ウチの事務所からちゃんと話は通していたけれど、
よりサプライズ感を出すためか、現場のスタッフにも一部を除いて、いままで隠されていた。

「何か、ちょっと騒ぎになっちゃったね」
「うん、てかさ、番組終わりの夜中に、記者会見開きますっていってあるんだからさ、
 少しは予想しとけって話だよね。芸能マスコミもたいしたことないよね本当」
「まあね、でも、アタシらだって、最初聞いた時は、まさかって思ったんだからさ」
「まあ、それはそーなんだけどさ」

そう、三人とも、その話を聞いた時は、まさか嘘だろうと思った・・・

私達は、数分前、曲の前に特別に取ってもらったコメントの時間の中で、
この春に解散することを、ステージの上から客席に向って、
そして、カメラを通して、テレビを見ている全国の人に、報告した。
そして、ざわめきが消えきらないうちに、始まった最新のヒット曲を歌いきって、
奈落に沈む形で、ステージを降りてきた。

私達は解散する。

それを、ちょうど2年前にMAKISMが同じことを宣言した同じステージで、
今、発表してきた。

同じステージで・・
356 名前:トーマ 投稿日:2007/07/11(水) 16:44
 
本日は、ココまで。


>>340 名無し読者様 ありがとうございます。 
       後藤さんって、微妙に危うい感じがありますよね、本当はしっかりものなんでしょうが、
       なんというか、ちょっと退廃的で、そこに色気があるというか。
       で、対する石川さんは、一見危なっかしそうに見えて、極めて健全と言うか、
       読者として嵌っているころ、不良と優等生の組み合わせを結構読ませてもらったせいか、
       どうしてもそのイメージがあるんですよね・・

>>341 名無し読者様 ありがとうございます。
       ソロデビューはたぶん期待はずれだったんじゃないかと・・・ごめんなさい。

357 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/11(水) 22:44
実際のハロプロやごっちんに照らし合わせてどこかリアリティを感じてしまって
読んでてすごく楽しいです。
これからの展開も楽しみにしてます
358 名前:名無し読者 投稿日:2007/07/20(金) 18:34
うぇぇ!!解散??

私もここのお話とても好きです。
応援してます!!
359 名前:名無し 投稿日:2007/07/30(月) 19:12
解散……マジすか!?
360 名前: 投稿日:2007/08/17(金) 02:13
やっぱりトーマさんのいしごまには引き込まれますね。

今はまったく小説とも娘。とも関係のない生活を送っています。
ごめんなさい。
それでも未だにいしごまは大好きです。
361 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 09:49

11月に入ったばかりのある日、
新年早々にリリースされるシングルのジャケ写撮りを、ほぼ予定通りの時間に終えた私達は、
中澤さんから急な呼び出しを受けて、事務所に戻る車に乗せられていた。

「なんだかなー、せっかく個室取れたのに」
久々に早く上がれそうなスケジュールに、張り切って探してくれたイタリアンのお店に、
キャンセルの連絡を入れ終えたケータイを見つめながら、柴ちゃんがぼやく。
「いいじゃん、中澤さんに何か奢らせればさ」
最後まで、焼肉がいいと粘っていた美貴ちゃんは、むしろこの予定変更を歓迎しているみたいだけれど、
「・・・うん、まあいいけどさ・・でも、あの人必ず飲むよ。そしたら長いよー。色々面倒だよ」
「だろうけどさ、そーなったらなったで、ほら、唯一問題なくお付き合い出来る人を人質にして、逃げるからさ。ね、梨華ちゃん」
「そーよね、やっぱりお酒の席は、お姉さんにお任せしてってことで」
「あー、何だよ二人ともさ、こんな時だけ年下ぶっちゃって
本当は、アタシなんかより、よっぽどイケルクチのくせにさ」
「シーッ!それは禁句でしょ。未成年のアイドルに向かって」
「だよねー」

ここで待つように言われた小会議室に入ると、
スケジュール表らしきものが、テーブルに並べてある。
「なんだ、年末年始の打ち合わせかぁ・・それをわざわざ呼び出してやるってことは、
またなんか無茶な事させるつもりなのかねー」
「やだな私、もーこりごりなんですけどー」
お正月特番では、去年は冬の海で烏賊釣り船に乗せられて、今年は大の苦手の鳥の小屋に入れられた。
「いいじゃん、梨華ちゃんのは、別に命に係わるってワケじゃないんだから。
アタシなんて、この間、本気で死ぬかと思ったよ」
この夏、急流下りの体験レポで、危うく溺れかけた柴ちゃんが、
本当に恐る恐るって感じで、スケジュール表に手を延ばす。
362 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 10:14
「相変わらず、すっごいことになってるけど・・・でも、ロケとかはなさそーだよね」
11月の半ばから、年内休みなしは、いつものことだったけど、
「何これ、めちゃくちゃ長くない?新春ツアー」
「あっ、ホントだぁ・・これってもしかして、お正月休みとかなくない?」
年明け2日からの新春ツアーは、安倍さんがやっていた時からの恒例行事だから、
世間とお正月がずれるのは、覚悟の上だったけど、
あの慌しかったデビューの年でさえ、1月中に何日かのオフはもらえたのに・・

「2月いっぱいまで続くんだ・・てか、最終日は、美貴の誕生日だし・・
てか、梨華ちゃんと柴ちゃんのバースディライブもあるじゃん・・平日なのに」
「本当だ・・それに、うわっもしかしてアリーナじゃない・・他も・・
すごいねコレ・・本数だけじゃなくて、会場も大きなところばっかりで」
「マジ?うひゃ大丈夫なのかねコレ・・アタシラってそんなに動員力あったっけ?」
「さー?」

確かにツアーは、回を重ねるごとに、本数も会場も大きくなってはきていたけど、
さすがに、アリーナクラスは、首都圏に限られていたのに、
それが今回は、全国規模になっている。

「まーこーゆーのはさ、営業サイドが決めることだからさ、それなりの目算はあるんだろーけどさ」
「なのかねー」
そんなふーに、話しているところに、その営業のお局様が、
「お待たせ」
なんて、後ろにお茶のトレーを抱えたアサミさんを従えて入ってくる。
363 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 10:36
立ち話をしていた私たちが、それぞれの席に着く気配を待って、
膝に載せたアタッシュケースから、なにやら書類を取り出しながら、
「さてと・・」
と口を開きかけた中澤さんが、何か思い直したように、小さく息をためて、
すっと顔を上げると、私達一人一人の顔をゆっくりと見渡してから、
もう一度目を落として、お茶に手を延ばす。

その間が、妙な空気を作ってしまったのを嫌った美貴ちゃんが、
「何かえらいハードですよね、年明け・・」
と、早口で言い出したのを、
「う?」と、一睨みで黙らせた、中澤さんには、いつも以上の威圧感があって・・

あれ?もしかして、私達、何かやらかしちゃったっけ?
彼女を怒らせるようなこと・・

私は、速攻でこの数日のことを思い返してみる。
生放送で、セリフを噛んで少しグダグダになったこと・・生歌でちょっと音をはずしたこと・・
でも、そんなことは、今に始まったことじゃないし・・他には・・

「なんやイシカー、何キョドッとるん。またなんか拙いことでもしたんか?」
「いえ」
しまった・・また顔に出ちゃってる。

「安心せい。別に説教するために呼んだわけやない。
今日残ってもらったんは・・・
そやな、大事なことから話した方が早いよな」

大事なこと?・・・なんだろう・・
364 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 10:54
「もう、スケジュール表は見てもらってるみたいやな。
で、当然気付いてるやろけど、今度のツアーはながいよな」
「はい、とても」
「うん、かなり大掛かりにもなってるしな。で、最終日は、フジモトの誕生日ちゅうわけやけど」
「ええ、二十歳になります」
「そやな、それで、三人とも成人することになるわな」
「はい」
「・・・・そやからってワケでもないけど・・いや、それもあって・・
それを機に・・・・アンタラは、解散する」

「は?」
「えっ?」
「あの・・・今、なんて・・」

「うん、解散や。
アイドルグループのジェリービーンズは、2005年2月26日をもって解散する」

驚いた。
私は、ただただ、驚いていた。

解散・・そんなこと今の今まで考えたこともなかった。

いや、頭のどこか片隅では、
いつかそんな日が来ること、何時までもアイドルなんてして居られないこと、
そんなことは、たぶん常識として解ってはいた。
けれど、それは、現実感のない、遠い未来の話だと、
自分勝手に思い込んでいた。
365 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 11:19
「どーして、どーして今、解散しなくちゃいけないんですか?
私達、今とても順調で・・」
「そやな、シバタ。順調どころか、絶好調やなぁ」
私もそう思う。
確かにCD自体のセールスは、去年あたりの方が多かったみたいだけれど、
ライブの動員や、そのDVDの売り上げなんかは、回を重ねる度に記録を塗り替えていて・・

「ホンマアンタラは、アタシラの期待を遥かに超えて、よー売れてくれた。
でもな、たぶん今がピークなんよ」

そうなのだろうか・・ピークと言うことは・・後は下り坂っていうことなのだろうか。

「まっ、正直、アタシかて、最初この話を社長から聞いた時は、驚いたし、
またまだいけるんやないかって反対もしてみた。
でもな、その後、よーく話を聞いてな・・今は、このタイミングがベストやと信じてる。
特に、アンタラの将来のこと考えたらな・・」

その後、中澤さんは、
アイドルの寿命は三年だとか、
人気絶頂の時の解散は、それ自体が伝説になるとか、
今後、私達がこの世界で生きて行くつもりなら、年齢的にも、なるべく早い時期に、
それぞれの分野で、本格的な活動を始めた方が有利だとか・・
そんな話を小一時間、
時々、反論を挟む美貴ちゃんには、反抗期の中学生をたしなめる教師のように、
細かい説明を求める柴ちゃんには、少し大人の会話で、
そして、俯いたままの私には、幼い子供を言い聞かせるお母さんのように、
色々と言葉を変えて、話続けた。
366 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 11:45
私は、急に目の前に突きつけられた、解散という現実に、
上手く対応することが出来ずに、半分ぼんやりとしていたから、
その話の内容を、ちゃんと理解して聞けてはいなかったけれど、
それでも、それがもう絶対変更することが出来ない決定事項で、
私達が知らないうちに、周りはすでに、それに向かって動き始めてしまっている
ということだけは、はっきりと認識させられた。

そして、長い話の最後に、きつく念押しされた、
このことを正式に発表する紅白のステージの前には、
たとえ肉親であろうと、部外者には一切漏らしてはならないという約束事で、
そうでなくても重たい気分に、さらに重たい蓋をされてしまった。


その日は結局、食事の約束も忘れて、三人とも言葉少なに分かれたけれど、
他で口に出せない反動もあって、
次の日からしばらくは、三人だけになれる場所では、
終始この話ばかりしていた。

そのお陰で、ぼんやりして聞き逃していた中澤さんの話は、ほぼ補足出来たけれど、
それでも、納得できるというのには、程遠かった。
それは、多少の温度差はあるのだろうけれど、柴ちゃんも美貴ちゃんも同じみたいで、
だから、私達の会話は、決まって
「どーして、今じゃなけりゃいけないんだろーね」
という感じの疑問系で結ばれた。
367 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 12:28
そんなもやもやとした感覚を持ちながらも、
表面的には、何事もないような顔を作って、何時も通りにスケジュールをこなして、
一週間ほどたったころ、
情報通の柴ちゃんが、何処からかその答えの一つになりそうなものを拾ってきた。

「なんかさ、今度のツアー、ゲストが付くみたいなんだけどさ」
「まっさかー、だって解散ツアーなんでしょ。変じゃんそんなの」
「なんだけどさ」
「第一、誰をよ、亜弥ちゃんだって自分のツアーあるわけだし」
「うん、あのさ、ミキティ怒らないで聞いてよね・・まだ本当かわからないしさ」
「何を?」
「だからね、そのゲストってゆーのが、どーも新人ユニットで」
「は?」
「えっそれどーゆーこと?」
「あっほら、梨華ちゃん、あの三人」
「三人?」
「いたでしょ、前、スクールに顔出した時・・ちょっと生意気なのとか」
「あーあの中学生?」
「そーあの子達・・あの子達がさ、今度の春に、ユニットでデビューするらしいのよ」
「そーなんだー」
「って、ちょっと待ってよ。デビューって・・じゃ、そいつらをツアーに帯同させるってことなの?」
「そーみたいなんだよね。アヤヤの時みたく・・てか、アタシ達も安倍さんのツアーに出してもらったし」
「あー、そーだったねーデビューはしてたけど最初は、安倍さんのゲストだったよね」
「うん、全国のファンにお披露目ってかんじでね」
「ちょ、ちょっと、何暢気なこと言ってんのよ!今度のツアーは、フツーじゃないんだよ
解散ツアーなんだよ!それで、新人の売出しとか、ありえないでしょ」
「まあ、そーなんだけどさ・・だから、ちょっとアタシも信じられないんだけどさ」
「でしょ、あー、何か頭来た。ちょっと文句言ってくる」
って、立ち上がった美貴ちゃんを、
「ちょっと待ってよ。だから、怒らないで聞いてって言ったじゃない。
まだ未確定情報だしさ、アタシも信じられないし、うんきっと間違いだからさ」
柴ちゃんが、必死に引き止める。
どうも情報源に自信がないらしい。なら、言わなきゃいいのに・・

「てゆーか、文句言いに行くったって、もーすぐ本番だよ」

その後の生本番中も、美貴ちゃんの機嫌が直らずに、柴ちゃんと二人でフォローするのが大変だったけど、
その何日後に、美貴ちゃんがアサミさんを問い詰めて聞き出した情報には、
さすがの柴ちゃんも、そして私も、少々頭に血が昇った。
368 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 13:19
「何でそーゆーことになるのよ」
「だからさ、そのー・・ネームバリュー?」
「は?って、それは美貴たちのじゃん」
「うん、でも、ほらスポンサー契約とかのさ」
「はー?じゃあ何、中身がちがくても、名前が同じなら、それでいいってこと?」
「まー、そーゆーところもあったり、なかったり」
「って、あるのないの?」
「だから、アタシもよく知らなくて・・風のうわさってゆーの?そんな話も出てますくらいな・・」

「何もめてんのよ」
「あーまたアサミさん苛めてるー」
休憩時間に、柴ちゃんとお茶をして、戻った楽屋で、
美貴ちゃんがアサミさんの胸倉を掴むばかりに問い詰めていた。

「って、人聞きの悪い。しかもまたとか、美貴が何時苛めたってゆーのよ」
「あれ?ちがったっけ?いつも苛めてるよねー」
「うんうん」
「ってねー・・てか、二人ともそんな能天気なこと言ってる場合じゃないんだからね」
「えっ、何かあった?」
「あったってゆーか・・ほら、今の話、アサミさんから言ってやってよ」
「うーん」
「何、何、アタシ達にも関係あることなの?」

「うん、てか、まだ決まったことじゃないからね・・
あのね、今、美貴にどーして、解散ツアーで新人のお披露目しなきゃなんないんだってきかれてね、
つい口が滑っちゃって・・」
「あの子達が、ジェリービーンズになるんだからってゆーんだよ・・アサミさん」
「は?」
「えっ、えっどーゆーこと?」
369 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 13:40
「あっだからその・・まだ決定じゃなくて、そーゆー話も出てるって程度で」
「って、何処かでそんな話が出てるってことですか?」
「うん、なんてゆーの、ほら、アンタ達が解散するからってことで、色々と契約中のスポンサーとかさ、
色々調整してるわけよ・・で、併せて、今度こんなユニットがデビューしますよみたいな・・
そしたら、一部の関係者からさ、ユニット名が同じなら、そのまま契約を移行してもいいみたいな・・」

「はぁー?
何、じゃあもしかして、ジェリービーンズは解散じゃなくて、アタシ達が抜けて、
あの子達が引き継ぐってこと?」
「うん、まあそーゆー手もあるかなって・・ほら、せっかくつくったネームバリューがもったいないからって」

「ワケわかんない。ありえないでしょ、そんなの」
「うん、絶対にありえない・・って梨華ちゃん聞いてんの・・てか、何してんの」
バッグからケータイを取り出している私の肩を美貴ちゃんが揺する。
「中澤さんに聞いてみる」
「えっ?」
「納得できないもの。聞いてみる・・・・あっ、石川です。ちょっと時間いいですか・・」

「・・・梨華ちゃんって、こーゆー時は、美貴なんかより、よっぽど短気だよね」
「うん、でも正解かな。こんなところで、アサミさんを吊るし上げてるよりも」
「そーだよ。アタシなんか下っ端なんだからさ」
「そーそー、メチャクチャ下っ端、下っ端過ぎて話にならない」
「このー」
370 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 14:04
「・・・・・・わかりました。はい、宜しくお願いします」

「何だって?」
「うん、そーゆー話が出てるのは、本当みたい。中澤さん、何処で聞いたんやって苦笑してた」
「やっぱマジだったんだ」
「うん、でも、あの人も反対なんだって。
私達のためにも、あの子達のためにも、いいことだとは思えないって」
「そりゃそーよ」
「だから、今、白紙に戻してもらうように上に掛け合っているところなんだって」
「そーなんだ・・頑張ってくれるといいけど」

「うん、でもね・・ツアーにあの子達が帯同するのは、決定みたい」
「それは、決まりなんだ・・」
「うん、アンタらとしてはあんまり気持ちのいいことではないだろうけど、それはわかって欲しいって。
新人を育てるのは、事務所としては、当たり前のことで、
それには、今回のツアーは、マスコミの注目度も高くなるだろーから、またとないチャンスなんだって」
「・・・そっか、それはそーかもしれないけどさ」

「あー、やっぱり美貴は納得できないよ。
アイツらのことだけじゃなくてさ、解散すること自体もさ」
「うん・・」

けれど、私達が納得しようがしまいが、決められたスケジュールは順調に消化され、
12月に入ってしまえば、番組の収録の合間を縫って、ライブのリハーサルが始まる。

そして、リハが始まれば当然・・

「「「おはよーございます」」」
リハの三日目、ロッカーで合流して、おしゃべりをしながら入った練習スタジオで、
いきなり大きな声の出迎えを受けた。
少し驚いた私達の前には、深々と下げられた三つの黒い頭があって、
その横で、アサミさんが居心地悪そうに頭を掻いている。
371 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 14:38
「あっおはよー・・ってこの子達・・」
「うん、今日から一緒させてもらうから・・てか、ほら・・」
なんて、アサミさんに突っつかれて、あっはいとばかりに、
一斉に下げていた頭を上げると、一番小柄な子から
「田中れいなです」
「亀井絵里です」
「道重さゆみです」
と名乗って、また声を合わせて、宜しくお願いしますと大きく頭を下げる。

それが、あまりによく揃っていたから、
私は柴ちゃんと顔を見合わせて、吹き出してしまって、
そのタイミングがまた妙に合っていたのと、お互いにたぶん同じ表情をしてて、
そんなのがまたおかしくて、つい本笑いに入ってしまう。
そんな私達を見て、初めは憮然としていた美貴ちゃんもつられて、
三人でお腹を抱えていると、
「なによー、何がおかしいのよー」
と、きょとんとしている新人さんとの間に入ったアサミさんが慌てる。

「あー、ごめんごめん、ついさ」
「うん、あのさ、もしかして練習させたでしょ」
「あっうん」
「まあ、よく出来ましただけどさ・・テレビとかじゃないんだから、
アタシらの前とかじゃ普通でいいのに」

「そー?、アンタ達の前だから、ちゃんとしてた方がいいかなって」
「えっどーゆーこと?」
「ほら、色々と思うところがあるかなって」
「は?何、美貴たちがこの子ら苛めるとでも?」
「いや、そーじゃないけど・・でも、やっぱしね」
「たくー、そりゃ色々と思うところはあるけどさ、別にそれはこの子らのせいじゃないし」
「それは、そーなんだけど、ほら、そーじゃなくても、この子らにとっては、怖い先輩なわけだし」
「何よそれ、別に怖くないし」
「かー?少なくともミキティは充分怖いよ」
「うん、怖い怖い」
「ってねー、別に怖くないし・・ね、アンタ達」
なんて睨まれたら、可哀想に、
「いえ、怖くありません」としか言えないでしょ。
「ほらね」なんて美貴ちゃんは、威張っているけれど、コレじゃまるで脅しだよね。
372 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 15:00
「じゃ、まあそーゆーことでいいから、とにかく今日から宜しく面倒見てやってよ」
「いいけど・・この子達って、オリジナル一曲と・・」
「うん、メドレーのところで、バックをやらせたいんだって」
「なるほどね、そこを合わせるってことか・・でもあそこは結構難しいよ」
「うん、だから、くれぐれもよろしくね」

「OK、てか、邪魔にだけはなんないでよね」
なんて、また睨んでるし・・あーあ一番大柄な子・・道重さんだっけ・・なんか、
少し震えてるみたいじゃない・・だから、
「大丈夫だよ」
って、ぽんと肩に手を置いたら、えっ?やだ、びくっとかしてるし・・

「あーあ、どーやら、イシカーさんも相当怖がられてるみたいだねー」
なんて、柴ちゃんが笑う。
「えっ、そーなの?」
と、道重さんの顔を覗き込むと、目を見開いて、思わずって感じで頷いちゃうし・・

「なんだー、美貴だけじゃないじゃん、てか、梨華ちゃんの方が上じゃね」
って、美貴ちゃんもケタケタ笑い出すし・・
何か心外なんですけどー、って感じでしゅんとしてると、
「違うって、そーじゃなくてさ、まあ、なんてゆーのそれだけこの子達にとっては、
アンタ達は偉大な先輩でさ、だから緊張してるんだって」
なんて、アサミさんがフォローする。

そんなところに、お待たせなんて、振り付けのスタッフがゾロゾロと入って来て、
これでやっと逃げられるとばかりに、ホッとした顔のアサミさんは小走りに去っていく。
373 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 15:25
しばらくの間見学していた三人は、いざ合わせてみると、
思っていた以上に私達の振りをマスターしていた。
けれど、やっぱり動きの大きさとか、微妙なタイミングとかが違うから、
気の毒になるくらいに、あれこれと注意されてしまう。

しばらく聞いたことがなかったスタッフの怒声を聞きながら、
私は、自分の新人頃を思い出していた。
他の二人よりレッスン期間がかなり短かったせいもあって、
見事に何も出来なくて、一人叱られてばかりいた。
ダンスも歌も、自分が本当に出来るようになるんだろうかと、ずっと不安でいたけれど、
いつの間にか、あまり叱られなくなって・・
知らないうちにずいぶん進歩してたみたいで・・
これが、三年という月日の重さなのだろうか。

アサミさんは、かなり大げさなんだろうけれど、偉大な先輩とか・・

そう言えば、この間、テレビのディレクターさんに、
「石川もずいぶんアドリブきくよーになったなー、もうMCは安心だな。
最初の頃なんて一言発するのにも、顔赤くしてたのにな・・まっそれが可愛かったわけだけど」
なんて、ほめられてるのか、けなされてるのかわからない言葉を貰ったけど、

色々な事がこなれてきた分、初々しさとかがなくなっていくのは仕方のないことで・・
もう、三年もやっているのだもの。
中学だって、高校だって入学して、卒業出来る時間だもの。

もしかして、アイドルの寿命が三年ってそういうことなのかな・・
374 名前:19歳 投稿日:2007/11/01(木) 15:34


「驚かせちゃってごめんね
本番の後記者会見があるから、
ずいぶん遅くなるけど、
電話してもいいかな?」

「うん、待ってる。夜は得意だから」

ごっちんと短いメールのやり取りを済ませると、フィナーレ用の衣装に着替える。
記者会見もそのままだから、少しシックなデザインが、少し気恥ずかしい。

「さてと、行きますか」
私を待っていてくれた二人と、自然と手を合わせる。
「よし、行こう!」

狭い楽屋を出るなり、いくつものハンディーカメラに捕まる。
私達はその中を、なるべく顔を上げて、ステージへと急いだ。


375 名前:トーマ 投稿日:2007/11/01(木) 15:55

本日は、この辺で。

何か現実世界は、色々あって、あり過ぎて・・
どーしても筆が行ったり来たりして前になかなか進めません。

なんて言い訳は置いておいても・・

今回ばかりは、ちょっと参っています。
脱退自体は、かなり前から、ある程度予想は出来る動きをしてたので、
前向きなものであれば、その方が後藤さんにとっては、良いことのような気がしていたのですが、
あの事件は余計です。馬鹿馬鹿しいほど余計です。
だから、参ってます。

前にも、どこかで書いたかも知れませんが、ココの話は、あまり明るいものではありません。
特に後藤さんの周りは、すでにかなり壊れ始めています。
それは、はじめからの構想なので、変えられないのですが、正直書き難い。
こんな時だから、本当だったら、こんな話の中だけでも・・・なんて思うのは、
それこそ余計なことなんでしょうが・・

ごめんなさい、上手くまとまりませんが、取り合えず、最初の構想に従って、
出来るところまで書いてみるつもりではいます。
376 名前:トーマ 投稿日:2007/11/01(木) 16:10
>>357 名無し飼育様 ありがとうございます。
        少し通じてしまっているそのリアリティが、楽しいばかりですまなくて、
        何か、今年本当にどうなっているんですかね。

>>358 名無し読者様 ありがとうございます
        そーなんですよ。何処かの長寿ユニットと違って、解散してしまいます。
        それが、吉とでるのか、凶とでるのかは、狼のおみくじなみにわかりませんが

>>359 名無し様 マジに解散させちゃいます。
       ただ、何処かの事務所とは違って、石川さんには、ソロで仕事をしてもらうので、
        その辺はご期待下さい。

>>360  @様  ありがとうございます。
        そうですか、書いてないんですか・・残念です。
        色々事情があると思いますが、また何時かその気になったら、
        あのなんとも優しい風景を描き出してください。
377 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/03(土) 23:30
色々と大変な中でこちらが更新されたことをうれしく思います。ありがとうございます。
現実のごっちん梨華ちゃんも大好きですしこの作品の中の二人も大好きです。
続く限り読ませてもらいますね。
378 名前:19歳 投稿日:2007/11/22(木) 10:50

記者会見が終わったのは、午前1時を回っていた。
明けて元日は、早朝から生放送のスタジオに入らなければならないからと
予め用意されているホテルに入って、シャワーを浴びる。
約束はしたもののずいぶん遅くなってしまったから、
5コールで出なければ、メールにしようと、ベッドでケータイをかけると、
3コール目で、元気な声が聞こえてきた。
それに甘えて、これまでの経緯を、ちょっと愚痴っぽくなりながら、
取り留めのない長電話。

「・・・というわけなのよ」
「そっか、梨華ちゃんも大変だったねぇ」
「うん、まあねー」
「で、解散後はどーするの?」
「それがね、今はジェリービーンズに気持ちを集中して欲しいからって、ちゃんと話してもらってないの。
あっ、でも、悪いよーにはしないからって、ツアーが落ち着いてきたら、
平行してソロの仕事を入れていくから、そしたら自然とわかるからって、まっ、そんな感じでなのよね」
「そーなんだ」
「うん、でも、私が一人でいったい何が出来るんだろーね・・たぶん歌とか無理だろーし」
「大丈夫だよ。梨華ちゃんならさ、きっと何でも出来るって」
「そーかなー。私、ほら、不器用だしさ」
「梨華ちゃんの不器用はどっちかって言えば、取り得でしょ、
それわかってて人一倍努力してるから、ちゃんとした力つけてきたんだって分かるもの。
だから、これからだって大丈夫。ゴトーが保証する」
「ごっちんが?」
「うん、って、アタシの保証じゃあてにならないか」
「ううん、そんなことない。何かごっちんにそー言ってもらえるとすごく安心する」
379 名前:19歳 投稿日:2007/11/22(木) 11:19
「なら良かった。少しは役に立てたかな」
「少しどころか・・話聞いてもらえてさ、何かすごくすっきりしちゃった。
正式に発表するまでは、親にも言うなって言われてて、メチャクチャ苦しかったの。
ほら、私って、結構おしゃべりじゃない」
「だね。もう一時間以上、ほとんど一人でしゃべりっぱなしだもんね」
「あっやだ、もーそんな?ってごめん、こんな夜中に付き合わせちゃって」
「ううん、アタシなら全然平気・・どっちかってゆーと夜の方が得意だからさ
でも、梨華ちゃん、もしかして明日早くない?」
「あっそーなの。7時にはスタジオに入らなきゃなの・・本番は10時からなんだけどさ」
「なら、そろそろ寝ないとさ、本番中に居眠りしちゃうよ」
「だよね。本当、今日はありがとー」
「どーいたしまして」

「じゃあ・・って、あっそーそー、ツアー見に来てくれるよね、いつ来れそう?」
「そーだねー、もちろん絶対行きたいんだけどさ・・
何かねー、あんまし予定が立たなくてさ」
「そーだよね、ごっちん忙しそーだものね」
「まー、忙しいっちゃ忙しいんだけど・・・」

そう、今、彼女はとても多忙なのだ。
例えば、年末年始のテレビなんか、たぶん私達より、よっぽどの数、出演している。
ただそれは・・・
歯に絹を着せることを知らない美貴ちゃんなんかに言わせると、
「天下のMAKIが、あの扱いってどーなのよ」って感じで・・・

「何かねー、今のマネージャーさん、あんまり先の予定教えてくれなくてさ」
「そーなんだ・・じゃ、首都圏の分、一応全部送っとくね。2枚ずつでいいよね
いつでも都合の付く時に来てくれればいいからさ」
「そんなの悪いよ・・きっとプレミアチケットになるのにさ」
「それはないって、会場も大きいし、本数も欲張ってるもの。本当、ちゃんと埋まるのかなって感じでさ・・
だから、来れない分はお友達とかにあげてくれればいいし・・・」
380 名前:20歳 投稿日:2007/11/22(木) 11:38

「客席にTakuがいるみたいだね」

ツアーも半ばを越えた東京近県のホールのバックステージ。
ソロコーナーを、美貴ちゃんに引き継いでステージを降りてきた柴ちゃんが、
先に終えて、衣装替え中の私のそばに来るなり、思いがけないことを言い出す。

「タクって・・・もしかしてあの・・Takuさん?」
「うん、そー」
「うそ、私、見なかったけど?」
その名前を、やっぱり彼女と結びつけてしまった私は、
さっきその不在を確認したばかりの指定の席のあたりを思い返してみる。
空席にはなっていなかったけれど、見覚えのある顔ではなくて・・

「いたよ。絶対そー。つんくさんと一緒だったし」
「つん<さんと?」
なら、PA席・・・でも
「どーして?」
「あれ?梨華ちゃん知らなかったっけ?」
「何を?」

「彼、今度美貴のソロデビュー曲のアレンジやるんだよ」
「えっ?つまんない冗談言わないでよ」
「冗談じゃないって・・マジな話なの」
「うそ・・」
「まっ、さすがに名前は変えるみたいだけどね」
381 名前:20歳 投稿日:2007/11/22(木) 12:01
Takuさんが、初犯と言うことで、執行猶予のついた判決を受けたことは、
テレビのニュースで知っていたし、
少し前に、そろそろ音楽活動を再開するんじゃないかみたいなことは、
アサミさんから聞いたような気もするけれど、
どこかで、ごっちんを含めて、もう身近に関わって来ることのない人だと思っていたから、
あまり気に留めずに、聞き流していた。

「知らなかった」
「あっ、そーか、あの話が出た時、ちょうど梨華ちゃんいなかったんだ・・
てっきり話したと思ってた・・なんかこのところ、みんなバタバタだったからね」

ツアーの合間を縫って、そろそろ入ってきた個人個人の仕事。
私の場合は、まずはって具合にセカンド写真集を出すことになってたらしくて、
その撮影で、先週4日ばかり、日本を離れて南の島へ行っていた。
その間に、そんな話が出ていたんだ・・
もちろん、美貴ちゃんのソロデビュー自体は、ちょっと前に、本人の口から聞いていたけれど。

「つんくさんがね、あの才能は惜しいって、向こうの事務所に聞いてみたら、
解雇した人間だから、どーぞご自由にって感じだったらしくてさ。
まっ当分は名前隠して裏方なんだろーけど・・
美貴も彼のサウンドは前から気に入ってたみたくてさ」
「そーなんだ・・でもさ・・」
382 名前:20歳 投稿日:2007/11/22(木) 13:22
「何ヒソヒソ話してんのよ」

いつの間にか、タオルを肩にかけた美貴ちゃんが、後ろに立っていた。
そういえば、聞こえている音が、あの三人のデビュー曲に変わっている。

このツアーの構成は、最初に元日発売のニューシングル、
その後にこのツアーの途中にリリースされたタイトルもそのままの『卒業アルバム』の曲を続けるのだけれど、
この私達にとってのラストアルバムには、初めてそれぞれのソロが収録されていて、
それを私、柴ちゃん、美貴ちゃんの順で披露して、
あの子達のステージでつないで、後半はシングルを新しいものから遡って行くと言う具合になっている。

「あっ、ほら、Takuが来てるんじゃないかって話してて」
「うん、美貴今、手を振っといた」
「やっぱそーなんだ」
「彼、かなりノリノリで見てたよ。
そーそー、昨日、例の曲の仮のヤツ貰ってさ、まだ完成じゃないみたいなんだけど、
間奏にさ、彼のギターソロが入るの。これが結構カッコよくてさぁ」
「そー・・・でも、美貴ちゃん・・本当にいいの?」
「何が?」
「だから、ほらあの人、色々あったから・・なんかさ、せっかくのソロデビューなのに、
ちょっとどーかなって」
「あー平気、へーき。名前変えちゃうし。もし、わかってもさ、それはそれで話題づくりになるし
とにかく、音がいいんだから。梨華ちゃんにも後で聴かせてあげるよ」
「うん、美貴ちゃんがいいなら、それでいいけど」

美貴ちゃんは、このところずっと機嫌がいい。
元々ソロでやりたかった人だから、それが決まったのは、本当に嬉しいのだろう。
それを、正直者のこの人は、私達の前で隠す気もないらしい。

最近少しずつわかってきた解散後のそれぞれの進路。
美貴ちゃんは、ソロアーティスト。
柴ちゃんは、タレントさんなのかな・・4月からのバラエティーのレギュラーが決まっている。
そして、私は・・どうやら連ドラにでるらしい・・それって、やっぱり女優をやるってことなのだろうか・・
383 名前:20歳 投稿日:2007/11/22(木) 13:41

「今日、私達のライブに・・・・Takuさんが来てくれてたんだけど・・」

久々の電話で、本当はこんな話はしたくなかったのだけど、
もし、ごっちんがあのことを知らないのなら、やっぱり伝えておいた方がいいと思って、
そんなふうに切り出してみる。

「そーなんだ。もしかして、つんくさんと一緒?」
知っていたのかな・・別段驚いた様子もない。

「うん、何か今度一緒に仕事をするみたいで」
「うん、聞いてる」
「・・・彼から?」
「そー、この前会ったときに、そのこと言ってた」
あっ・・・・会っているんだ・・普通に・・なんかちょっとショックかも・・

「そーなんだ、聞いてたんだ」
「うん・・あー心配要らないよ。薬はたぶんもー大丈夫。
入院して、ちゃんと治したみたいだし、仕事も決まって、一時とは別人みたいに元気になってた。
やっぱ、なんだかんだ言っても、ヤツには音楽しかないからさ。
今度の件は、ありがたいってゆーか、そーゆー場を与えてくれて、
つんくさんにも、ミキティにも感謝してるってゆーか」

まるで身内のことを話しているみたいな口調・・・
「まだ付き合ってるの?」と、つい聞きそうになって・・止めておく。
もし「うん」なんて、当たり前のように返されたら、何かとても嫌な気分になりそうで、

話題を変える。


384 名前:20歳 投稿日:2007/11/22(木) 14:03
「で、ごっちんは、いつ来れそう?」
「あっ、そーそー、ちゃんとお礼言ってなくて・・すっごくね、みんなに喜ばれちゃってさ」
「え?」
「チケット」
「あー」
「やっぱり、全然手に入らないんだって」
「そーなんだ」
「だから、お返しにって色んな物もらったりさ、梨華ちゃんのお陰で、アタシ大儲けなんだけど」
だから、今度まとめて返すからさ、何がいい?」
「そんなの別にいいよ。私もタダで貰ってる席だし」
「そーはいかないよ」
「ほんと、そんなの気にしなくていいからさ」
「そー・・あっ、じゃほら、解散記念?に何かさ、やっぱりアクセ系?
あー、でも、もし時間とか取れたら、思い切って旅行とかもいいよね、海外とか」

「そんなの本当にいいからさ・・それより、やっぱり来れそーないの?」
「うん・・・って、それがね、行けることになったの」
「えっ、ホント?」
「うん、ファイナル・・ちょうど空いたみたくてね。
アリーナの二日間、4公演、全部行けちゃいまーす!」
「4つとも?」
「うん、今まで見れなかった分、しっかり見ようかなって」
「そっか、嬉しいな」
「アタシこそ、今からメチャクチャ楽しみ。
行った人に聞いたら、みんなすごくよかったって言ってたしさ」
「うん、私達も、今回はやっぱり、今までで一番自信あるしね。
そっか、来てくれるんだ・・あっ、もちろん楽屋に顔出してよね」
「うん、ちゃんと差し入れ持っていくから、期待しててよ」
「うん、期待してる」
385 名前:20歳 投稿日:2007/11/22(木) 14:22
 
電話のごっちんは、すごく明るかった。
その明るさは、さっき聞いたTakuさんのこととか、どうでもよくなるくらいで・・

でも、

その時の彼女は、彼女の周りは、
本当はとんでもないことになっていて・・・

たぶん、ごっちんは、それを私に悟らせないように、心配をかけないように、
勤めて明るくしていて・・
それは、それからもずっと、私が気付くまでそうで、

だから、特に色々と慌しくて、自分のことで手一杯だったその時期の私は、
何の疑いもなく、その明るさを額面通りに受け取っしまっていた。

本当に、何も感じ取ってあげられずに・・






386 名前:トーマ 投稿日:2007/11/22(木) 14:44
短いですけど、今回はこの辺で。


>>377 名無し飼育様 ありがとうございます。続きを書かせてもらいました。
     

それから、これは、もし読んでいただいてる方が他にもいらっしゃるとして
ココの展開に、気を悪くしている人もいるかも知れないので、前にも書いたと思いますが、一応、
この構想は、書き始めの時から基本的に変えていません。
物語のエンディングのはしりを、最初に書いてしまったということもありますが、
現実は、現実として、ココは妄想の世界なので、切り離して、生温かく見守っていただければと・・

こんな具合のボチボチの更新になると思いますが、今後は、余計なことは書かずに、
物語を淡々と続けて行きたいと思っています。
387 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/22(木) 17:41
続きを読むことができて、嬉しいです。
ありがとうございます。

後藤さんのマジヲタとしては、今回の事は正直辛いですが、
現実は現実として、
こちらの世界はこちらの世界として、
楽しませていただきます。
388 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/29(木) 19:11
更新ありがとうございます。
ごっちんと梨華ちゃんの会話のシーンすごく好きです。
続き楽しみにしています。
389 名前:名無し読者 投稿日:2007/12/22(土) 21:50
おぉ!!更新されていました!!
お疲れさまです。
胸騒ぎのする終わられかたなのでドキドキします。
390 名前:名無し読者 投稿日:2008/03/14(金) 20:16
お待ちしてます。。。
391 名前: 投稿日:2008/04/01(火) 17:57
気長に待ってます。
392 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/23(火) 06:42
元々ためてドバーの人だったから気にしてなかったけど
さすがに気になる。更新しないんですかな?
393 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/09(日) 00:40
♪ずっと待ってるぜ〜え〜

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