Last days
- 1 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2005/12/23(金) 17:25
- 某板で書かせてもらっています。
何を書いているのかは、この作品が終わった後に白状します。
何回かに分けるので、途中で途絶えたりしますが
レスは、すべて終わるまでなしの方向でお願いします。
とりあえず、亀井さん誕生日おめでとう。
- 2 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:26
- タイムリミットは、零時ちょうど。
その時までに、伝えたい言葉があるんだ―――――
- 3 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:27
-
- 4 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:27
- 真っ暗な冬空の下。
あたし、田中れいなは、白い息を吐きながら
いじっていた携帯電話を乱暴にコートのポケットに突っ込んだ。
「ごめんって言ってるじゃん」
そう一人で呟くと野良だろうか、貧相な体つきをした
犬が一匹、くぅーんと弱々しい声を上げた。
普段なら心配で近寄っていく所なのだけれど
その声さえも煩わしく、あたしは足元に転がっていた
空き缶を、犬へ向かって思いっきり蹴飛ばした。
それでもギリギリ犬には届かないであろう力で蹴った
つもりだったけど、カンと夜の街にやたらと大きく
響いた音の後、情けない声と共に犬の去っていく気配。
思わず溜息を付いた。
ふと、昼間の事を思い出す。
- 5 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:28
- 「ねぇ、れいなぁ」
「んー?なに?」
「好きぃ」
「ん、あたしも絵里の事、好きだよ」
午前中の授業をすべて寝て過ごし、絵里に半ば
叩き起こされた昼休み。
一つの机に向き合って座り、お弁当を開くあたしと絵里。
あたしの膝の上には、今日発売されたばかりの
雑誌が載っていて、お弁当をつつきながらも
視線は雑誌、耳は絵里の声…と器用な事をやっていた。
けれど、やっぱりそのうちに雑誌の特集ページに気を取られて
あたしはそっちにばかり神経がいってしまった。
それが、いけなかった。
「れいな、何見てるの?」
「んー………」
「ねぇ、れいなぁ……」
「あー……」
- 6 名前:Last 投稿日:2005/12/23(金) 17:28
- ちょっと黙ってて。
そう言おうと、ちらりと絵里を見上げる。
その動作と絵里が机を叩いたのは、ほぼ同じ
だった。
「れいなの馬鹿」
「はぁ?」
何、いきなり。
絵里の顔を見ると、今にも泣き出しそうに
目尻に涙を浮べて。
そんな絵里の表情に慣れていないあたしは
それだけで些か狼狽してしまい、声をかけられないまま
口篭ってしまった。
- 7 名前:Last 投稿日:2005/12/23(金) 17:29
- 「れいなの、バカ」
何度も何度も、小さく口の中で転がすように言う
何も言い返せなくて、何となく気まずくなって。
あたしは絵里から視線を外して、クラスの中を見渡した。
痴話ゲンカだ、と冷やかす周りのクラスメイトたち。
その中にさゆの姿を見つけて。
あたしと目が合うと、さゆは呆れたように肩を竦めた。
「れいなの鈍感」
まだ言うか。
さすがのあたしも、絵里の態度にカチンときた。
視線を絵里の方へ戻し、あたしも口を開く。
- 8 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:29
- 「何なの、さっきから黙って聞いてればバカだの鈍感だの。
何?一体。絵里、どうして欲しいわけ?」
「どうして欲しいとかじゃないもん!」
その言葉のあと、ふいっと顔を背けて。
ブレザーの裾で、目を擦る絵里。
「いつも………」
小さな絵里の声。
それは途中で止まってしまい、あたしは、何なの?
と促そうとする自分を抑えて、言葉の続きを待った。
「いつも…話しかけたりするのは私からで……」
「れいなからは、何もしてくれない……」
「れいなはいつも、ふーんって聞いてるだけ……」
- 9 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:30
- それはないだろうと思いつつも、言葉が出ない。
もはや痴話ゲンカだのと冷やかせなくなったクラスメイトたちは
自然とあたしたちから離れた所に固まっていた。
教室は静まり返り、絵里のしゃくり上げる声だけが
そう広くない教室に、やたらと大きく響く。
廊下を走り抜ける他のクラスの生徒たちの声が
ひどく耳障りに感じた。
あたしが悪いのだ。どう考えても。
「怖いの、いつも………」
「私と一緒にいても面白くないんじゃないかって……」
そんな事、ない。
「私の事、嫌いなんじゃないかって……不安になるの」
- 10 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:30
- そんな事、ない。
あるわけないのに………
「絵里!」
多分、この声はさゆだったんじゃないかと思う。
少なくとも、あたしじゃない。
あたしは何もできないまま、絵里がたった今出て行った
教室のドアを、ただぼんやりと見つめていた。
しばらくの沈黙の後、徐々に騒がしさを取り戻す教室。
グループになったままコソコソと会話を交わす。
そんな中で一人だけ、あたしの方に近寄ってくる彼女。
「今のは、れいなが悪いと思うの」
近寄ってきて一言。
- 11 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:31
- 「分かってるよ」
「うん。それならいいけど」
早く謝っておいで、と言うさゆに頷いて教室を出る。
絵里の居場所なんて予想が付いていたから、あたしは
その場所へ向かって廊下を進み、階段を降りようと
曲がり角を曲がった。
「おい、田中」
反対側から階段を上ってきた教師。
属性、数学。
そういえば次はコイツの授業だったと思い出す。
「何してるんだ。もうチャイム鳴るぞ」
「あ、いや…その…絵里を探しに」
「亀井なら、さっき保健室に行くと言いにきた。
授業は休むって言ってたから。ほら、早く戻れ」
- 12 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:31
- しっしっとまるで動物でも追い払うかのような
そいつに、あたしはしかたなく引き返し、教室へ入る。
同時にチャイムがなり、戻ってきたあたしに不思議そうな
顔をしたさゆみは、あたしの後ろから入ってきた教師に
「あーあ」という表情をした。
「見事に捕まっちゃったんだ」
授業中。
余弦定理だの正弦定理などという、少なくともあたしの
興味の対象にはならない言葉を並べる教師に見つからない
ように教科書で口元を隠しながら、隣のさゆみが
声をかけてきた。
そのさらに隣。空席になっている絵里の席を
見つめながら「廊下で会った」と言うと、さゆみは
お気の毒さまというように肩を竦めた。
- 13 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:32
- 「メール送った?」
「送ったけど………」
そう言いながら、ブレザーに入れていた携帯を見る。
絵里とお揃いの待ち受け画面には何も表示されていない。
もっとも、メールが来たときにはバイブがなるようになっているのだから、きているかそうではないかは、画面を見なくても分かっているのだけれど。
「………あ」
さゆの視線が不意にあたしから外れ、ドアの方へ向く。
何?と振り返ったあたしの視界にはドアの前で話している
数学教師と、保健の先生。
ニ、三言言葉を交わした後、数学教師はくるりと教室
内を振り返り、あたしを見た。
- 14 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:32
- 「田中」
「何ですか」
さっきの事があったからだろうか。
クラス中の視線があたしに集中する。
「亀井の鞄、取ってくれ。早退するそうだ」
早退?
ざわつく教室。
さゆと顔を見交わし、意味が分からないまま
絵里の鞄の中に机の中にあった教科書類をつめた。
- 15 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:32
- 「あの、先生」
鞄を手渡し、どうもと頭を下げる保健の先生に声をかける。
「あの、絵里なんで………」
「何か具合悪いみたいでね、熱もあるから
もう家に帰しちゃった方がいいかなって思って」
絵里が熱。
昼休みまでは元気だったのに?
じゃあ、と言ってドアを閉める先生。
その場から動けずに呆然とドアを見つめていた
あたしの背中に「早く座れ」と声が掛かった。
席についても、ただ絵里の事ばかりが浮かんで。
さゆは、その後一度もあたしに話しかけてこなかった。
- 16 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:33
- 結局。
すべての授業が終わっても絵里からメールの返事はなく。
さゆみを含め、クラスメイトたちは皆
気を利かせているのか単に掛ける言葉が見つからないのか。
どっちにしろ絵里に関することは何も言われないまま
放課後となり、もはや教室に残っているのは
あたしだけになっていた。
窓の縁に肘を乗せ、ぼんやりと外を眺める。
開けた窓から入り込む風が冷たかったけれど、それも
気にならないほど、絵里の事ばかりを考えていた。
チャリ―――手にした携帯電話のストラップが揺れる。
一つは、付き合う前にお揃いで買った物。
そしてもう一つは、誕生日に絵里から貰ったもの。
そこまで考えて、そういえば、もうすぐ彼女の誕生日
なんだよなぁと思い出した。
- 17 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:33
- 冬の日没は早い。
いつの間にか真っ暗になってしまった空を眺めてから
あたしは机の上のテキストに目を落とした。
行く気になれなかったのに、何となく来てしまった予備校。
来年は二年生なのだから、今から受験の準備をしておかないと
という母親の勝手な考えで、夏休みに入って
すぐから通わされている。
多分、絵里が同じ所に行くと言ってくれなかったら
何が何でも拒否していただろう。
―――また、絵里のこと考えてるや
そんな自分が何となく滑稽になる。
そして、やっぱり見てしまうのは携帯電話。
相変わらず、着信の文字やメールありの言葉はない。
さっきの休み時間に友人から聞いたことを思い出す。
学校が違う彼女は、当然、昼休みの事など知らない。
ただ、あたしが絵里の恋人だから。そう思って
その話をしてきたんだと思う。
- 18 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:34
- 『絵里いないんだ?あたし、さっき会ったんだけどな』
彼女の言葉に、別の友人が相槌を打つ。
『あたしも見たー。何か、男の人に頭下げてたよ』
『それじゃないけど、私も会ったよー。
何か、プレゼント買うから予備校休むって。乙女だねぇ』
どういうことかと詳しく聞いてみると、どうやら私服姿で
アクセサリーショップにいた絵里を見たらしい。
特に声はかけなかったけれど、絶対に
見間違いではないと彼女たちは言った。
どういうことだろう。
絵里は、具合が悪いんじゃなかったのか。
- 19 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:35
- メールの返事が来ないから、最初は疑っていたけれど
本当に具合が悪いんじゃないかって納得してたのに。
そう考えて、思い浮かぶのは唯一つ。
『仮病』
学校を早退したのも、多分それ。
つまり、きっと保健の先生も共犯。
―――何それ。
そう考えると、だんだん絵里に対して腹が立ってきた。
もし、本当に仮病だったとしたら。
返事が返ってこない理由は単純に、無視されている。
それだけ。
別に、絵里に対して喧嘩腰のメールを送ったわけじゃない。
自分の発言が軽率だった事。
絵里の気持ちを全く考えていなかった事。
それらに対する謝罪のメールだったはず。
それなのに、当の本人は、それを無視。
- 20 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:35
- ―――あぁ、そうですか
あたしの中で何かがプツン、と音を立てて切れた気がした。
絵里がそのつもりなら、あたしも何も言わない。
返事を待っていたあたしが馬鹿みたいだ。
それが子供じみた行為であることは分かっていたけれど
あたしは怒りに任せて携帯電話の電源を落として
半ば放り込むように口を開けていた鞄に入れる。
けれど、だからと言って授業を聞く気になったわけでも
なく。窓の外をぼんやり眺めながら
絵里とこんなに喧嘩したのって初めてだなぁと、考えていた。
結局は絵里の事を考えてしまう自分が滑稽で
何だかものすごく腹立たしかった。
- 21 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:35
- 授業が終わり、適当に周りの友人に手を振りながら
予備校を出る。
腕にはめた時計は既に九時過ぎを示していて。
周りに比べたら比較的大きな地元の駅だけれど
凍えるような寒さのせいだろうか、普段はまだまだ
大勢の人で賑わっている駅前も、あたしのような
塾帰りの学生や、コートの襟を立てて足早に通り過ぎる
数人のサラリーマン以外、人の姿は見られなかった。
街頭に照らされた道路をコートのポケットに
手を入れたまま歩く。
ふと、家に電話を入れるのを忘れていたことに気が付いて
鞄の中から携帯電話を探り出した。
- 22 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:36
- 今帰るところ。大丈夫だよ、近いし。うん、じゃあ……
母親と数秒の会話を交わして電話を切る。
再び待ち受け画面に戻ったそれを見つめて
自分の指が動いた先に、何となく、笑ってしまう。
「ほら、やっぱり」
表示されるメッセージに、もう一度笑い。
けれどそれは、自分に対する失笑、冷笑。
期待なんかしていなかった。
『新着メール なし』
それでも、その言葉に少なからず落胆して
そしてまた、絵里に対する腹立たしさがこみ上げてきた。
- 23 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:37
- そして、今。
犬に八つ当たりまがいな事をして気分が
晴れたかといえば、そうでもなく。
逆に妙に落ち込んでしまったあたしは
いつも絵里と学校帰りに通っている大通りへとやってきた。
駅前と違って真冬でも夜中でも車の往来が耐えないその道は
それ故に事故も多く、信号横の電信柱には枯れて茶色くなった
花束が、寂しそうにその身体を横たえていた。
「寒い………」
軽く足踏みをしながら、信号が変わるのを待つ。
高速道路に続く道であるせいなのか、ここの信号は
変わるのが凄く遅い。
事故が多い原因はそこにもある気がする。
せっかちな人が、信号を無視して渡ろうとするから。
- 24 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:37
- あたしがそれをした事はない。
というよりも、たいていあたしが使うときは
車が激しく行き交い、とても信号無視などできる
状況ではないから。
視界の端に、停車する車を捕らえて視線を上げると
ちょうど、信号は青に変わったところだった。
あたしは足元に視線を落としたまま、白と黒の繰り返しの
横断歩道を渡っていく。
下を向いていたから。
だから、気が付かなかった。
近付いてくるヘッドライト
次第に大きくなる轟音
鳴り響くクラクション
何も、考えられなかった。
- 25 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:38
-
- 26 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:38
- あぁ、これが『死』なんだな
ぼんやりとした頭で、そう思った。
白く『もや』のかかった世界でふわりふわりと漂うだけの
そんな存在。
息を吹きかけると消えてしまいそうだな、と思いながら
死んでるのに、息はしてるんだと小さな発見をした気分で
しばらく、その『もや』を眺めていた。
どれくらいそうしていただろうか。
一時間か、一日か。
もしかしたらたったの数秒だったのかもしれない。
そもそも、ここに時間の概念が存在するのか。
それは、定かではなかったけれど。
- 27 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:39
- とにかく、徐々に『もや』が切れていくのを感じた。
その時。あたしは確かに、彼女の声を聞いた。
あたしが好きだった笑い声じゃない。
半ば悲鳴に近い、泣き声。
何で泣いているのだろうと思った。
彼女に泣き顔は、似合わないのに。
彼女の泣き声の合間に聞こえるのは、さゆの声。
なにか、彼女を慰めるような言葉を掛けているらしい。
一体、何してるんだろう。
それがはっきりと分かったのは『もや』が殆どなくなり
あたしが真下に広がる光景を、はっきりと捉える事が
できた時だった。
- 28 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:39
- 人だかり。
全員が真っ黒で、唯一、大勢いるクラスメイトたちだけが
紺色のブレザーを着ていて、それが異様に目立っている。
それははあたしに、幼い頃の祖母の葬儀を思い出させた。
そこまで考えて、あたしの脳裏によみがえる、一つの光景。
迫り来るトラック
感じたのかどうかよく分からない、衝撃
宙に舞う、あたしの視界。
そして、暗転。
あぁ、そうかこれは。
『あたしの』葬式なんだ。
- 29 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:39
- 自分の葬儀を自分の目で見るとは思っても見なかった。
あたしはその場から下の光景を眺める。
両親の姿はない。きっと、家の中にいるのだろう。
入りきれなかったらしいクラスメイトたちがいるのは
家の前で、通行の邪魔になるなぁと
そんなどうでもいいような事を考えた。
「あ………」
クラスメイトたちの輪から離れてしゃがみ込む、二人の影。
それが絵里とさゆだとはっきりと分かるのに
そう、時間はかからなかった。
しゃがみ込んで泣きじゃくる絵里を、さゆが
そっと抱きしめている。
その光景を、他人事のように見ていた。
- 30 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:40
- 「田中れいな?」
突然、背後から聞こえた声。
思わず変な声を上げてしまう。
すると、声の主はケラケラと笑いながら
あたしの前に、現れた。
「どう?自分の葬式を見た感想は」
「………誰ですか?」
彼女の質問には答えずにそう言うと
彼女は、あぁ…と呟いた。
「ミキは、フジモトミキ。導師って仕事をしてる」
何それ。
ぽかんと彼女の顔を見つめていると、彼女は
恥ずかしいじゃんと言って、おどけたように笑った。
下に広がる光景と、目の前の笑顔。
そのギャップが、何だか奇妙な感じがした。
- 31 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:41
- 「うーん。導師っていうのはねぇ。なんてーの?あれだ、」
死んだ人を、天国に送る人。
「天使?」
「まぁ、そんなところだね。だから、ほら、行くよ」
「どこに?」
「どこにって…そりゃあ……」
天国、でしょ。
「天国、ですか」
そう言われてもピンと来ない。
どう反応していいのか分からずに、しばらく
ぼーっとしていると、がしっと腕を掴まれた。
「ほら、早く」
- 32 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:41
- 下の様子を気にしながら、あたしはそのまま
ミキさんに引っ張られる形で付いて行く。
いつの間にかあたしはまた『もや』の中にいて。
けれども、彼女の姿ははっきりと見えた。
「あれだよ、天国の扉は」
指差された先、大きく構えた扉。
その前まで来ると、ミキさんは扉の前にいた人に
声をかけた。
「ごっちん。ごっちん」
眠っているのだろうか。
かくんかくんと揺れるその人の肩を揺らしながら
導師が彼女に声をかける。
やがて、眠そうに目を開けたその人はあたしとミキさんを
交互に見て、あぁ…と口の中で何かを呟いた。
「新しいコ?」
「うん」
- 33 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:42
- ふーんと納得たような声を出して
彼女はあたしをじっと見つめる。
その視線が何だか居心地悪くて、あたしは彼女から
思わず視線を逸らした。
「んあ、別に幽体離脱とかじゃないね」
「正真正銘、あそこの曲がり角で事故に巻き込まれた子」
「……あの時のか」
二人の会話を聞きながら、あたしは一つ思う事があった。
この人たちが、死んだ人をあの世に送る仕事を
しているなら。もしかしたら、あっちの……
絵里たちがいる世界に帰す方法も知っているんじゃないか。
「知ってるけど……無理だよ」
- 34 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:43
- ミキさんじゃない方の人の声。
「何で………」
「それは、アタシがキミの考えを読める理由?
それとも、キミの考えが無理な理由?」
「両方………」
そう答えると、その人は、ふむと唸り
あたしに、その場に座るように促した。
「キミは……田中れいな…れいなでいいか。
アタシはゴトウマキ。で………れいなは
アタシたちが何者なのか知ってる?」
頷く。それはさっき、ミキさんから聞いたから。
「そっか。で、ミキティとアタシは職業は一緒だけど
仕事の内容は別々。」
- 35 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:43
- 「簡単に言うと、ミキティは死んだ人を連れてくる役。
で、アタシはミキティが連れてきた人が本当に死んだ
人なのかどうかをチェックする役」
マキさんの言葉に、ミキさんが口をはさむ。
「時々ね、いるんだ。幽体離脱みたいな事してる人とか
幽霊になっているけど、肉体は死んでない人とか。」
そういう人を間違って天国へ送らないように、マキさんは
ここで監視をしているんだそうだ。
「つまり、アタシたちの仕事は“送るだけ”なの」
「でもさっき、方法は知ってるって……」
「知ってるけど、できないっていうルールなんだよ」
「何で………」
納得がいかず、自然と二人を睨みつけるような
形になったあたしに、マキさんとミキさんが目配せをする。
- 36 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:43
- 「アタシたちの世界にもさ、階級があるわけ」
そして二人は、そんなに高い級じゃない。
言ってしまえば見習いの部類。
だから、この二人にあたしを元の世界に返すなどという
権限はない。
そういう事らしい。
「じゃあ、誰に頼めばいいんですか」
「アタシたちの世界のトップ」
「でも、滅多に会えるものじゃない」
二人の口調から、何とかしてあたしに戻るという事を
諦めさせたいんだろうなというのは予想が付いた。
けれど、
「会えないと、困るんです……」
- 37 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:45
- どんなに絵里に腹を立てていたとしても
やっぱりあたしは絵里が好きで、気になって。
絵里とはまだ、ちゃんと仲直りをしていない
それに………
「絵里……誕生日なんですよ」
クリスマスプレゼントといつも一緒にされるんだって
嘆いてたから。じゃあ今年は別々にあげようかなって思って。
まだ、クリスマスプレゼントは買ってないけど。
誕生日プレゼントは随分前に買って、今あたしの机の中にある。
それを、どうにかして渡したいんだ。
あたしの話を聞いている間、マキさんは腕組をしたままで
ミキさんはそんな彼女を心配そうに見つめている。
「だから、絵里に会わせて下さい!」
- 38 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:45
- マキさんとミキさん。
二人に向かって頭を下げる。
不意に視界がぼやけてきて、あたしは急いで目を閉じた。
そうしないと、零れ落ちてしまいそうだったから。
しばらく、誰も何も言わなかった。
三人の息遣いだけが聞こえてきて。
それを最初に破ったのは、マキさんの声だった。
「でもやっぱり、ダメ」
「ごっちん……」
顔を上げる。
そこには、唇をぎゅっと噛んであたしから視線を外した
ミキさんと、表情を変えずにまっすぐあたしを
見つめているマキさん。
- 39 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:46
- 「ルールは、破れない」
マキさんの言葉に、あたしは再び足元を見つめた。
それは今度は容赦なくあたしの頬を流れ
手で押さえつけるように拭っても、次から次へと溢れてきた。
「あんたたちは、天使なんかじゃない………」
ふと、思った言葉が口から出た。
二人がその時どんな表情をしたのかは分からない。
けれど、あたしは構わず続けた。
「死神だ…………」
その途端。
風が吹いた。
強い風じゃない。
けれどもそれは周りの『もや』を飛ばして
あたしに足元の様子をはっきりと見せてくれた。
- 40 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:47
- 「………絵里?」
さっきの葬儀のシーンじゃない。
もっと別の、けれども見たことのある場所。
あたしがずっと通っていた、学校の教室。
夕方なのだろうか。
窓から見える街は暗く、絵里は何をするでもなく
ずっと、その風景を眺めていた。
ガラリとドアが開き、その方向に視線を向けると
ドアの所に立っていたのは保健の石川先生。
白衣を着た彼女が手に持った鍵を絵里に見せると
絵里は頷いて自分の席に置いてあった鞄を掴んだ。
「亀井」
絵里が先生の横を通るとき、先生が絵里を呼び止める。
しかし絵里は少しだけ振り返り、小さく頭を下げると
そのまま薄暗い廊下を進んで行った。
- 41 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:47
- 石川先生は、絵里の背中を見送ったあと
教室の電気を消そうとした手を止め
窓の近くに歩み寄り、絵里が開けたままだった窓を閉じた。
そして、窓際の絵里の机に手を置いて
しばらくそれを見つめたあと、今度はあたしの机に
近付き、その上に飾られていた花瓶を撫でた。
その時先生が何かを呟いた気がするけど
それが何だったのか、あたしには分からなかった。
しばらくそうしていた先生は、壁に掛けられた時計に
目をやったあと、思い出したように教室をぐるりと
見回し、足早に教室内を歩いてドアを通ると、もう一度
教室の中を見て、後ろ手にドアを閉めた。
- 42 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:48
- 再び足元から『もや』が戻り、あたしが顔を上げた頃には
周りのすべてが、それに囲まれていた。
「あの子は最近いつもあんな感じだよ」
ミキさんが、さっきまで教室の見えていた足元を
見ながら言う。
「ほら」
マキさんの声にもう一度足元を見ると、そこには絵里と
見慣れた通学路があった。
ゆっくりとした足取りで歩く絵里の横を、邪魔くさそうな
顔をしたサラリーマンが足早に通り過ぎていく。
それでも絵里は歩みを変えず、そのままあの大通りに
続く道に差し掛かった。
- 43 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:49
- 「見ててごらん」
ちらりと顔を上げた絵里。
まっすぐ進むのがいつもの通学路なのに、絵里は
わざわざその道を右に折れた。
ビルとビルに挟まれた、街頭のない狭い道。
「何で………」
思わずそう声に出すと、ミキさんが言った。
「通れないんだよ」
この先は、れいなが事故に逢った道だから。
「それだけじゃない」
細い道を抜けたあと、大通りよりは幅の狭い道に出た。
家からは絶対に遠回りのその道を進む絵里。
その背後にトラックが近付いたとき、絵里の足が止まった。
びくっと肩を震わせてその場から動かない絵里。
周りの人が不思議そうな顔で絵里の横を通っていく。
- 44 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:49
- 「分かった?」
再び『もや』が戻り、あたしはマキさんの顔を見た。
けれども口を開いたのはミキさんで。
「れいなが死んで、あの子はあの道が通れなくなった。
れいなの命を奪ったトラックが、怖くなった。
恋人の死を、あの子は受け入れられる状況じゃない」
今度はマキさんが、ミキさんの言葉を引き継ぐ形で口を開く。
「今、れいながあの子の前に現れたらどうなる?
きっと、あの子は喜んでくれると思うよ。
受け止めなくちゃいけない事実を忘れるくらいに。
けどさ、れいな」
- 45 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:50
- ―――そんな状態がずっと続かないの、分かるよね?
「また、別れなくちゃいけない。
そのとき、れいなはどうする?あの子はどうなる?」
だから、ダメなんだよ
マキさんはそう言って、ふーっと長く息を吐いた。
あたしは考える。
確かに、今、元の世界に戻った所で、絵里とまた別れる
時が必ず来る。それは、どうしようもない事実。
けれど、それでも。
あたしは絵里に伝えていない事がある。
伝えなくちゃいけない事がある。
- 46 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:51
- あたしの勝手なエゴかもしれないけれど
ちゃんと絵里に伝えたい。
絵里がこのままずっと苦しんであたしの事を受け入れるのは
時が解決してくれるなんて思うのは嫌だ。
だから………
また傷付けるかもしれない。
いや、確実に。
でも………
「それでも、絵里に会いたい」
- 47 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:51
- さーっと耳鳴りがするほど、誰も何も言わなかった。
あたしは二人の事をじっと見据え、二人は
時折顔を見合わせたり、あたしの方を見たりしたけれど
それでも、何も言わなかった。
「分かった」
それがミキさんだったのか、マキさんだったのか。
はたまた、あたしの全然知らない人の声だったのか
それは分からないけれど、とにかく二人はあたしの事を
見つめていて、マキさんは座っていた椅子から立ち上がり
あたしの方へと歩いて来ていた。
- 48 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:52
- 「れいなを、元の世界に帰してあげる」
あたしの目の前に立ち、そう告げるマキさん。
ぱっと嬉しそうにマキさんを見たミキさんに
マキさんがちらりと目配せをすると、ミキさんが
ぱたぱたとあたし隣に来て、肩を掴んだ。
それと同時に何だかガクンと身体が落ちるような
気持ち悪さを感じて、あたしはミキさんにしがみつく。
大丈夫だというようにあたしの手を取ったミキさんの真似をして
あたしもゆっくりと目を閉じる。
「彼女の誕生日、ちゃんと祝ってあげな」
マキさんの声が聞こえた―――――――
- 49 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:52
-
- 50 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:52
-
- 51 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 17:52
-
- 52 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 23:42
- すたっと地面に足が付く感覚があって目を開けると
ミキさんは繋いでいた手を離してあたしの顔を覗き込んだ。
「大丈夫だね?」
「はい」
そう言いながら今自分のいる場所を確認しようと
したあたしは、その思いもよらなかった場所に
驚きを隠せなかった。
「ここ……絵里の部屋?」
「そうだよ」
「なんでここに………」
「絵里ちゃん本人は、お風呂入ってるかな。
もうすぐここに来ると思うけど」
- 53 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 23:42
- だから何で……
「今日が何日なのか、知ってる?」
「え………?」
首を傾げるあたし。
側にあるカレンダーを指差すミキさん。
そこに書かれた文字は
『23日』
そうか、今日は……
もう一度カレンダーに目をやり、あたしは思わず
目を細める。
前に来た時は日付の横にピンクのペンで
『れいなと誕生日デート』なんてハート付きで
書いてあったのに、それが黒いサインペンで
塗りつぶされていた。
- 54 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 23:42
- 「あぁ………」
その二日後。
25日と書かれた横の『クリスマス。一緒に』という言葉も
同じような状態だった。
確かこの日は、大分前から約束していて。
去年のクリスマスの時には既に恋人同士だったけれど
何だかんだ言って、さゆや、他のクラスメイトたちと
カラオケなんて行ってパーティーをしたものだから
その帰り道に絵里と約束したんだ。
『来年は、二人っきりで過ごそうね』
指切りまでして、そう言ったんだ。
- 55 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 23:43
- 「れいな」
カレンダーから目を離せずにいると、ミキさんが
あたしの肩をぽんっと軽く叩いた。
「ほら、上がって来るよ絵里ちゃん」
「え?」
確かにドアの向こう、誰かがゆっくりと
階段を上ってくる気配。
それが絵里だと分かったのは、ただのカン。
けれど音の主は部屋へ直接入ってこないで
多分、その隣の部屋にでも言ったんだろう。
壁越しにカチッという電気をつける音が聞こえた。
確かその部屋には、絵里の部屋に入りきらない昔の
写真とかアルバムが置いてあって、あたしも随分前に
そこで絵里の小さい頃の写真を見せてもらった事がある。
そんな事を思い出していると、ミキさんの声がした。
- 56 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 23:43
- 「いい?れいなの姿は、絵里ちゃんとミキと
ごっちん以外に は見えないから。
あと絵里ちゃんと二人っきりの時、もしくは
れいなが一人でいる時だけは、実体に戻る
事ができる。つまり、食事をしたりする事も
絵里ちゃんと抱き合う事も、もちろん、キスする事も
可能ってわけ。」
「キ、キスって………」
思わず顔が赤くなるのを感じる。
ミキさんはそれを面白そうに眺めながら、けれど
どこか寂しそうな口調で
「でもミキは、あんまりオススメしないよ」
何で、と聞き返そうと思った時。
ミキさんが自分のズボンのポケットを探り
取り出したそれを忘れてた、というようにあたしに放る。
受け取ってみて驚いた。
- 57 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 23:44
- 「これ、どこから……」
「れいなの部屋から」
いつの間に……と聞き返すと、ミキさんは
ただ笑うだけで、何も答えてはくれなかった。
その小さな箱を手でいじりながらミキさんにお礼を言う。
ミキさんはどーいたしましてと笑った後、じゃあね、と
手を振りながら、消えた。
誰もいなくなった部屋。
時計が秒針を刻む音が、やたらと大きく聞こえる。
何となく緊張しつつ、あたしは
自分の手を前に翳してみた。紛れもない、自分の身体。
透けても何してもいない、死ぬ前と寸分違わぬ自分。
再び、隣の部屋から聞こえるスイッチの音。
あたしは、絵里のベッドに腰掛けて、彼女を待つ。
いつもあたしが絵里の家に遊びに来た時に
階下にジュースを取りに行く彼女を待つ間
いつも座っていたところ。
- 58 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 23:50
- ただ、今日は。
手を伸ばせば届く位置に積み重なる漫画を手に取る事はしない。
じっと、ドアを見つめる。
絵里はあたしを見て、どんな反応をするだろうか。
驚く?
泣く?
怖がる?
笑う……っていうのは、あんまりないと思うけど。
部屋の前で止まる足音。
捻られるドアノブ
そして………
現在、午後11時50分
- 59 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 23:51
- ドアを開けたまま、そこから動かずに
じっとあたしを見つめる絵里。
相当驚いている。
その腕に抱えたアルバムがバサバサと音を立てながら
彼女の足元に数冊落ちた。
その音で我に返ったのか、絵里が口を開く。
「……れいな?」
「絵里………」
何で……と驚きを隠せずにいる絵里。
あたしは何も言わずに彼女の所まで行くと
ただ力一杯にその身体を抱きしめた。
- 60 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 23:51
- 一瞬びくりと反応した絵里だけど、すぐにあたしの
背中に回されるその細い腕。
残りのアルバムが床に散らばる。
絵里の身体から伝わってくる熱と
心地よいシャンプーの香りが、何だか酷く懐かしかった。
「れいな、なの?」
そうだよ、絵里………
「何で、何で………」
「へへっ。期限付きのボーナスタイム、みたいな」
おどけて言ったつもりだけど、それはどうしても
涙交じりの声になってしまって。
あたしはもう一度絵里を抱きしめながら
「絵里、ごめんね?」
- 61 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 23:52
- あの時の、昼休みの事。
「ごめんね?」
変な言い方だけど。
お葬式で、あんなに泣かせちゃった事。
ごめんね、ごめんね、とひたすら繰り返した。
あたしの胸に顔をうずめてしゃくり上げる絵里の頭を
あたしはゆっくりとした手つきで何度も撫でる。
「ごめん、れいなっ…くっ…ごめんねぇ………」
- 62 名前:Last days 投稿日:2005/12/23(金) 23:59
- 泣き声の中に聞こえる、途切れ途切れの小さな言葉。
もういいから、って首を振って。
少し身体を離してから、あたしは絵里の目尻に
溜まった涙を指で拭う。
「絵里………誕生日、おめでとう」
そう言って差し出した、さっきミキさんに貰った箱。
不思議そうな顔で手を伸ばす絵里に
プレゼントだよ、と囁いた。
直後。
部屋に響く、零時を知らせる時計の音。
その明るいメロディーに、あぁ間に合ったんだと安心した。
- 63 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 00:01
- ドアを閉め、二人っきりになった部屋の中。
「開けて、いい?」
「うん」
びりびりと包装紙は破ってしまうタイプのあたしと違って
丁寧にテープを剥がしていく絵里。
その様子を見ていたら、何となく恥ずかしくなった。
丁寧に包み紙を畳んで、絵里が箱を開ける。
中を覗き込んだ絵里の顔が、心なしか赤くて。
ますます恥ずかしくなったあたしは
ふい、と視線を逸らして俯いた。
きっと、絵里に負けないくらいに
あたしの顔も赤いんじゃないかと思う。
「れいな、これ……」
「え、絵里が…前に可愛いって言ってたから……」
- 64 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 00:01
- 絵里の指に摘み上げられた小さなリングは、いつだったか
学校帰りに立ち寄ったこじんまりとしたショップで彼女が
一目ぼれをして。でも、その日はたまたまお金がなくて
買えなかったやつ。その数日後、あのリングがなくなっていたと
残念そうに言っていた絵里だったけど、その頃には
既にそれはあたしの自室の机に引き出しで、箱に入れられて
丁寧にラッピングされた格好でこの日を待っていた。
確か、一ヶ月以上前の出来事だったような気がする。
絵里が、天使の羽をモチーフに作られた、そのいたって
シンプルなシルバーリングを指にはめ、嬉しそうに
あたしに見せてくる。
「似合う?」
「うん。すっごい似合ってるよ」
「へへっ……ありがとう」
「どういたしまして」
- 65 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 00:01
- 心の中にわだかまっていた『何か』が、すーっと
なくなっていくような気がした。
それと入れ違いのようにやってくるのは
言い様のない寂しさ。
さっきのミキさんの言葉を思い出した。
―――ミキはあんまりオススメしないよ。
その言葉の意味が、分かった気がした。
あたしは、死んでいるから。
絵里の前にいるあたしはいわば幽霊みたいな存在。
- 66 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 00:02
- マキさんも言っていたことだけど。
いつまでもこんな関係が続くわけもないと思う。
いつかまた。
あたしは絵里の事を傷つけてしまう日が来る。
別に暗い表情をしていたつもりはなかったけれど
自分でも気が付かない間に顔に出ていたのだろうか。
絵里が、すごく不安そうな目であたしを覗き込んでいた。
「れいな?」
「あ………」
- 67 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 00:02
- 大丈夫、なんでもないよ
そう口を開きかけた時、絵里のその視線に
思わず口をつぐんだ。
気まずい沈黙が、部屋の中に重く漂っている。
あたしも絵里も何も言わない。
あたしは、かける言葉が見つからなかったし
絵里は絵里で、何かを考えているようだった。
「れいなは……」
小さく耳に届いたその言葉に、床に
向けていた視線を絵里の方へ上げる。
絵里は、あたしをじっと見つめていた。
絵里と目が合うと同時に、絵里の視線が忙しなく動き
あたしは、そんな絵里から視線を外した。
しばらくして。
もう一度聞こえてきた、絵里の言葉。
- 68 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 00:02
- 「れいなは、いつ…………」
そこまで言って、絵里は口をつぐんだ。
あたしには想像できる。
今、絵里が何を言おうとしたのか。
きっと、絵里も不安なんだ。
あたしと同じ…いや、それ以上に。
だから、ゆっくりと首を振った。
分からない、と。
その時がいつなのか、マキさんは教えてくれなかった。
それは、ミキさんもまた同じ。
でも、確信じゃない。予想みたいなものならあった。
もしかしたら、それで合っているのかもしれない。
- 69 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 00:03
- でもあたしは何も言わなかった。
一度、あんなに泣かせておきながら言うのもなんだけれど
絵里には、あたしの前だけでも笑っていて欲しかったから。
かなり身勝手な考えだというのは分かっていた。
それでも、やっぱり。何よりもあたしが。
「絵里………」
「なに?」
「ううん。何でもない」
「変なの」
やっと、笑顔を見せてくれた絵里。
そのふにゃりとした笑顔に、もう寝ようかと声をかけた。
「明日、学校でしょ?」
- 70 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 00:04
- 少し納得いかないような表情をしつつも渋々と
電気を消して、ベッドに入る絵里。
もちろん、あたしも一緒。
壁側に言った絵里が背中にぎゅっと抱きついてきて
身動きが取れなくて。
絵里の顔を見ていたいのにと思ったけれど、まぁ
これもいいかななんて考えて目を閉じる寸前に気が付いた。
いまだ、ドアの前に散らばったままのアルバム。
その一つが開いていて何枚かの写真が飛び出していた。
その中の一枚。
- 71 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 00:04
- 暗くてよく見えないけれど、多分それは去年の
絵里の誕生日の日の写真。
あたしと絵里が、友達として過ごした最後の日。
その写真を持ってきた絵里が何となく悲しくて。
胸の辺りに回されていた絵里の手を、優しく握ってみた。
小さくて温かいその手を自分の手に包んだ時。
別に悲しかったわけでもないのに、何故だろう。
涙が滲んできた。
「れぃなぁ……」
背中から聞こえる小さな声。
手を離し、ゆっくりと身体の向きを変える。
穏やかな寝息を立てて眠る絵里の頬に
あたしは軽く唇を落とした。
- 72 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 00:04
- あたしが絵里に『その日』を言わなかった理由。
それなりに予想は付いていたけれど、それすらも
口にせず、ただ「分からない」といった理由。
不用意に口に出して却って心配させてしまうとか
絵里を不安にさせたくなかったとか
そういう理由は本当のところ、二の次だった。
本当の理由。
それは、あたしが。
「おやすみ、絵里……」
今はただ、このままでいたかったから。
- 73 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 00:04
-
- 74 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 00:05
-
- 75 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 00:05
-
- 76 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 11:59
- 目が覚めると、既に絵里はもう制服姿で。
「お寝坊さんだぁ」
なんて笑われた。
絵里が朝食を食べに台所へ降りている間
あたしは絵里の部屋の中を意味もなく
ぐるぐると歩き回っていた。
やがて戻ってきた絵里は、もうすべての
身支度を整えていて。
机の上に置いてあった鞄を手に取ってから
ふと、あたしの方を見た。
「れいな、学校行く?」
「え?」
「終業式だけだけど………」
- 77 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 11:59
- 本当はあまり乗り気はしなかったけれど
家にいても退屈だから、頷いて、絵里の後ろに続いて
彼女の母親に送られるようにして家を出た。
あたしの姿は母親には見えないと分かっていながら
お邪魔しますの意味を込めて頭を下げると
絵里が可笑しそうに笑っていた。
朝、絵里と通学路を歩くのは初めてだ、と思った。
いつもはあたしが遅刻ギリギリに学校に行っていたから。
だから絵里とは絶対に一緒にならない。
その代わり、帰りは毎日一緒に帰ろう。
それが、付き合い始めてすぐの頃に決めた、二人のルール。
「へへー」
隣を歩く絵里が、にこにこと笑う。
幸い、人は通っていなかったけれど、あたしは慌てて
それを止めた。
- 78 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 11:59
- 「絵里、他の人にはあたしの姿見えないんだからさ。
そうやって笑ってると、ただの変な人だよ」
「あ……」
ようやく気が付いたのか、キュッと口元を引き締めて
周りをきょろきょろ見渡す絵里。
すっと取り出した携帯に、メールでも来たのかなと
考えていると、絵里があたしの方へ携帯を見せているのが分かった。何かと思って覗き込む。
『こうすれば、普通でしょ?』
あぁ、なるほどと頷いて指でマルを作ると
絵里はまた、ふにゃりと笑った。
- 79 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:01
- 「あ………」
絵里が小さく声を上げて、その場に止まる。
どうしたの、と声をかけようとして、あたしは
ある事に気が付いた。
この先を進むと、あの大通りに出る。
ふと、いつか見た光景を思い出した。
「絵里、こっちから行こうか」
あたしが、別の細い道を指差すと
絵里は驚いたようにあたしを見たあと
少し申し訳なさそうな顔をして、うん、と小さく頷いた。
- 80 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:03
- 「あー、保田先生じゃん」
正門の前で、今日の担当なのだろうか
コートを着て通る生徒に挨拶をしている先生。
この先生には、よく遅刻の罪で捕まったなぁと思いながら
絵里が挨拶をしている後ろを頭を下げて通る。
見えないはずなのに、先生が一度こっちをちらりと
見たのには、些かびっくりした。
教室は、相変わらず賑やかだった。
先生が来るまでの時間を、仲良しグループで固まって過ごす。
その輪から少し離れたところに、さゆの姿を見つけた。
あたしの机に飾ってあった花を代えていた彼女。
絵里はそれを複雑な目で見つめて。
あたしはただ、苦笑いを浮べた。
- 81 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:03
- 12月24日。
二学期の締めくくり。
今頃体育館では全校集会。終業式。
なんで22日じゃないんだろうと、朝、家を出るときに
絵里が文句を言っていた事を思い出す。
体育館から微かに聞こえてくる校歌。
最初はそれを小さく口ずさんだりしてみたけれど
何だかすごく虚しくなって、ガシャン、とフェンスに
寄りかかって、空を見上げた。
青い空に、白い雲。
冬の空は青ければ青いほど寒さを感じるという事を
どこかで聞いた事を思い出した。
- 82 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:03
- あたし今、絵里から離れて、屋上にいる。
体育館は何というか、居辛かったから。
あたしは確かに存在するのに、絵里以外は
誰も気付いてくれない。
別に気付いて欲しいわけじゃないんだけど
一つ前に詰められた、あたしが並んでいた場所を
見ると、あたしっていないんだな…と
嫌でも認識してしまうから。
視界を正面に戻して、ぐるんと身体を反転させる。
どこまでも続く町並みの中に遠く、富士山が見えた。
フェンスの隙間から漏れる息が白い。
「れいな」
聞きなれた声に振り返る。
こんにちは、と頭を下げるとミキさんはあたしの
横にやってきて、フェンスに凭れ掛った。
「昨日は楽しかった?」
「はい」
- 83 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:04
- 頷くと、そっか…とそれまでニコニコ笑っていたのに
急に複雑な表情になるミキさん。
何となく嫌な予感がしたけれど、あたしは彼女が口を開くまで
何も言わない事にして、黙って足元を見つめていた。
「午前零時」
耳に入ってきたその言葉に、反射的に顔を上げる。
ミキさんは、あたしから視線を逸らしたまま、もう一度
同じ言葉を繰り返した。
「どういう意味、ですか………」
「れいながあの子の前にいられるのは、午前零時まで」
「それは、明日の………」
頷くミキさんに、あたしはただ呆然とするしかなかった。
確かに、予想はできていた。多分、この日。
でも、心のどこかでは否定していた。
もっと長く一緒にいられる――――そう、信じてた。
- 84 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:04
- 「ごめんね。これが限界なんだ」
申し訳なさそうに呟く美貴さんに、慌てて首を振る。
あたしと絵里は二度と会う事ができなかったはずなんだ。
もう二度と一緒に過ごせないと思っていた彼女の誕生日。
それをこういう形で迎えられたのも、二人ののお陰。
それだけで、どんなに幸せな事か。
だからミキさんが申し訳なく思う必要は、どこにもない。
ただ………
『クリスマスも、一緒に過ごそうね』
大分前に、そう言って指きりまでした約束を
守れない事が―――――
- 85 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:06
- 「絵里」
いつの間にか式が終わり、教室に戻っていた絵里の
所へ近付く。担任の冬休み中の注意をつまらなそうに
窓を眺めて聞き流していた彼女は、あたしの姿に
驚いたのか、少しだけ目を見開いた後、机に広げていた
配られたプリントに『どうしたの?』と書いた。
「今日、早く帰ろう?で、一緒にいよう?」
「どうしたの?突然………」
そう尋ねながらも、不安そうな絵里。
こんな表情、させたくないのにと思いながら
あたしは、絵里の服の裾を引っ張った。
かと言って服の裾が動くわけでもないけれど
絵里はその部分をじっと見つめ、何かを考えていた。
- 86 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:06
- 『分かった』
その言葉に安心して、あたしは大人しく絵里の側から
離れて自分の席、花瓶が置いてある机に寄りかかった。
その時、どこかから視線を感じたけれど
それがどこからなのか分からなかったし、絵里以外に
あたしの姿が見えるはずないのだから気のせい
なのだろうと、大して深く考えなかった。
「絵里」
起立、礼。さよーなら
そんなお決まりの挨拶が終わり、クラスがにわかに
騒がしくなった時、絵里に声をかけようと近寄った
あたしよりも先に彼女に声をかけた人……さゆ。
「どうしたの?」
- 87 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:06
- 配られた宿題やらプリント類を鞄に入れる手を止めて
絵里がさゆみに視線を向ける。
さゆみは絵里をチラリと見た後、言い辛そうにやや
俯き加減で口を開いた。
「今日……もう帰るの?」
「え?あ、うん」
なんで?と首を傾げる絵里に、さゆみは
一度、あたしの方…違う、あたしの机を見た後
聞こえるか聞こえないかの声で
「れいなの所、行かない……?」
あ――――――
- 88 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:07
- 何だか、複雑な心境だった。
絵里も同じだったのか。
少し戸惑ったような表情で視線を泳がせる。
さゆみはそれを、何か別な理由と勘違いしたのか
慌てたように
「あ、別にね、無理にってわけじゃないから……」
そう言って、そそくさと席に戻り
他のクラスメイトたちと連れ立って教室を出て行った。
誰もいなくなった教室で、絵里が言う。
「ごめんね、れいな」
「ん?何が?」
- 89 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:07
- あたしがここにいるのに、お墓なんて言葉が出てきた事を
気にしているのだろうか。別にそれは何とも思っていない。
だってさゆには見えないのだから仕方のない事。
けれど、絵里の口から出てきたのは、全く違う言葉で。
「私ね、まだれいなのお墓に行ってないの」
「へ?」
「ここにれいながいるのに、こんな事を言うのも
あれなんだけど、私、あの日から一回もれいなの
家にもお墓にも行ってないの」
さゆは、よく行ってるみたいだけど……と言って
申し訳なさそうにあたしを見る絵里。
あたしは気にしてないよと言って、絵里に
早く帰ろう、と促した。
- 90 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:07
- 通学路を並んで歩く間、絵里は何も言わなかった。
まぁ、今の状態ではあたしは実体ではないのだから
絵里が何か言ってもすべて、周りから見れば独り言
になってしまうのだから、あえて喋らないように
しているというのもあるだろう。
それよりも、あたしは別の事を考えてばかりだった。
さゆが来てくれていた事。
全然知らなかった。
というよりも、あたし自身、自分のお墓なんて見ていないから
どこにあるのかさえ知らなかったりするけれど
家にはついさっき、ミキさんと別れた後に行ったばかりだ。
畳の部屋に置かれた小さな仏壇と、その周りのお供え物が
何だか凄く申し訳なくて、すぐに目を逸らしてしまった
けれど、立てられていた短くなって消えかけたお線香が
全部で三本だった事を思い出す。
あれは、お母さんとさゆ…そして、さゆが代わりにつけた
絵里の分だったんじゃないかと、ぼんやり、そう考えた。
- 91 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:08
- 「ただいまぁ」
家に着き、玄関を入っていく絵里。
あたしもその後ろから付いて行く。
無言なのも複雑な気分だったから、おじゃまします
と声を出すと、絵里が振り返り、今日はお母さんたち
いないから平気だよと笑いながら言ってくれた。
「ねぇ、れいな。ケーキ買いに行こうか?」
「ケーキ?」
「うん。ほらだってクリスマスだし」
イブだけど、と付け加える絵里に、屋上での事を
思い出して思わず溜息が出そうになったけど
半ば無理矢理な笑顔を作って頷く。
「………じゃあ、行こ」
一瞬だけ、絵里の表情が曇ったような気がしたけれど
きっと気のせいだったと思う。
さっきのあたしは、ちゃんと上手く笑えていたはず。
- 92 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:15
-
- 93 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:15
-
- 94 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 12:15
-
- 95 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:19
- 絵里の打ち込む文字を後ろから見て、あたしは
ガラスケースに視線を移す。
『どれがいい?』
うーんと唸っていると、絵里の指がもう一度動く。
『それとも…半分っこする?』
そういって、絵里が見つめているのは他のものよりも
少しだけ大き目の、イチゴのショートケーキ。
それでいいよと頷くと、絵里は店員さんにそれを告げた。
- 96 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:20
- 『ねぇ、れいな』
箱詰めを待っている間、絵里の携帯に打ち出された文字。
「うん?」
『パーティーしようか、家で』
「でも叔母さんたちは……」
『言ったでしょ?今日は、仕事で帰って来ないの』
ケーキを受け取り、店員のありがとうございましたーの
声に押されるように外に出る。
絵里の携帯には、再び文字。
- 97 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:20
- 『さて…どうする?』
「どうするって?」
『私もれいなも、料理とか得意じゃないでしょ?』
「あぁ………」
そういう事かと頷いて、でもサンドイッチくらいなら
何とかなるんじゃないかと提案すると、それもそうかと
いう事で、そのまま二人でスーパーへ向かった。
『ハムと玉子とー…あと何?』
「レタス?」
不思議なもので、サンドイッチなんて珍しくも
何ともない、普通に朝食に出たりお弁当に入っているような
料理なのに、いざ自分たちで作ろうとすると、一体
何が入っていたのか、なかなか思い出す事ができない。
- 98 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:20
- 『あぁ、あとジャムとか…は家にあった気がする』
「じゃあ、あとはパンだけだね」
重たそうにかごを両手で掴んでいる絵里の後ろを歩きながら
中身を覗き込み、あたしは思わず首を捻る。
さっき買ったケーキや、レタス、ハム、玉子
チョコジャム、マーガリン、ジュース類……え?
そこには、いつの間に入っていたのか分からない梅ジャム。
よく、屋台のソース煎餅の間に入っているのは見るけど……
「ねぇ、絵里…これ、何に使うの?」
『え?入れない?』
「いや、見たことないけど……おいしいの?」
『私は好きだけど』
「ふーん…ならいいや」
- 99 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:21
- 不安がないといえば嘘だけど、まぁ絵里がおいしいって言うなら
そうなんだろうと思って、あたしはそれ以上何も言わなかった。
レジで会計を済ませ、買ったものを袋に詰めると
結構な量になった。持つよ、と言えない事が絵里に申し訳なくて
けれども絵里は鼻歌なんて歌いながら平気な顔で
スタスタと歩いていく。けれどやっぱり相当重かったんだろう。
玄関を入ると同時に袋を置き、その場にしゃがんで
疲れたぁと一言。
家に入り、実体になったあたしは、絵里の代わりに
袋を二つ台所へ持っていこうと持ち上げ、その重さに
思わず、小さくうめき声を上げてしまった。
- 100 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:21
- 「え、絵里…こんなの持ってたの」
「へへ、頑張ったでしょ」
のろのろとそれらを持って廊下を歩くあたしの後ろから
ケーキの箱を両手で持った絵里が付いてくる。
台所のテーブルにそれらを置き、一息ついてから
絵里は袋の中身を冷蔵庫にしまった。
「もう少し経ったら一緒に作ろ?」
「うん」
- 101 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:22
- 部屋に戻ったあたしは、床に直接座りベッドに
寄りかかっている絵里の膝を枕にして横になる。
あたしの髪を梳きながら、絵里が言った。
「久しぶりだね、こうするの」
「そうだね」
久しぶりと言ってもほんの数日のブランクがあっただけ
なのだけど。それまで、毎日のようにしていたことだから
確かに久しぶり。
どちらも黙ったままだったけれど、それはちっとも
嫌な沈黙じゃなくて。
窓から差し込む西日でオレンジ色に照らされた絵里の
部屋が、ちょうどいい具合に温まって、とても心地よい。
思わずふわぁっとあくびをすると、絵里が
あたしを見下ろす格好で、寝る?と聞いてきた。
- 102 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:26
- 逆光でその表情は見えなかったけれど、きっと笑っていた。
だからあたしも安心して、少しだけ…と返して目を閉じた。
絵里の膝枕。
これが、最後だと思うから……
夢を見た。
夢の中で、あたしと絵里はデート中で。
きっと場所は遊園地。
絶叫マシーンに乗って、少し乗り物酔い気味の
あたしに、絵里がオレンジジュースを差し出している。
幸せだ。
根拠もなく、そう思った。
- 103 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:26
- 目が覚めた時、部屋の中は暗くなっていた。
「絵里?」
名前を呼んでも返事はない。
どうしたんだろうと思って顔を上げると
絵里の寝顔が視界に入った。
絵里の膝からそっと移動して、隣に座る。
すると、絵里の頭がこつん、とあたしの肩に当たった。
首だけを動かして時計を確認する。
針はようやく5時を過ぎたばかりの所を指していて。
その時刻に安心して、あたしはもう一度、絵里の方へ
目をやった。
「ごめんね、絵里……」
また、泣かせちゃうかもしれない。
絵里の頭に、自分の頭を寄りかからせてみる。
絵里の小さな寝息が微かに頬に当たり、くすぐったくて。
何だか不意に、涙が出てきた。
- 104 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:26
- 「ん……れぇな?」
もそ、と絵里が頭を動かす気配がして。
あたしは慌てて手の甲で目頭を拭う。
でも、その姿はしっかりと絵里に見られていたらしい。
「泣いてたの?」
「え………」
心配そうな絵里の視線。
何でもないよと言おうとして、けれど結局言葉にならないまま
あたしは絵里の腕に抱かれていた。
- 105 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:27
- 「絵里………」
「ん」
絵里は、何も聞いてこなかった。
ただ、優しく抱きしめてくれて。
その温かさに身を任せて目を閉じる。
ふわっと香ってきたシャンプーの香りが
何故かとても懐かしかった。
あたしが落ち着いた頃を見計らって身体を離すと
絵里は、笑顔で言った。
「サンドイッチ、作ろうか」
- 106 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:28
- 台所のテーブルで、あたしはパンに具を挟んでいく。
殆どがハムや玉子だけど、時々、梅ジャムも入れてあげた。
絵里はといえば、コンロに向かって何かを作っている。
しばらくして漂ってきた、香りに、あたしは思わず
「コーンスープ?」
「うん」
サンドイッチを作る手を止めて、絵里の隣に立った。
小さななべの中で、コトコトと煮込まれているそれに
こんなの作れたんだと言うと絵里は照れたように笑いながら
お母さんに教えてもらったの、と言った。
「こんなものかな」
- 107 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:28
- 満足そうに頷きながらそう言った絵里に
どれどれ…と彼女が手にしていたおたまに直接唇を付ける。
プラスチックでできているやつだから、別に熱くない。
口の中に広がる少しミルク多目の暖かい味。
「あ、れいなぁ」
「おいしいよ、これ」
市販の、粉を溶かすヤツなんかよりも、ずっと。
温かくて甘い。
「……ありがとう」
嬉しそうに笑う絵里。
その頬に、優しくキスをすると、絵里は
ますます頬を赤く染めた。
- 108 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:29
-
台所に置かれた置時計が示す針は、7と12を過ぎた所。
現在、午後7時過ぎ。
絵里といられるのは、あと少し――――――
- 109 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:29
-
- 110 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:29
-
- 111 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 19:29
-
- 112 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:34
- 「クラッカーとか、買ってくればよかったね」
「本当だ」
二人で、作った料理を前にして笑い合う。
部屋に行こうという絵里の意見で、あたしたちは
作った料理や冷蔵庫の中のジュース、そしてケーキを
食器と一緒にすべて絵里の部屋に運んだ。
部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルにそれらを並べると
何となくパーティーっぽくなった。
「それじゃ、れいな」
「うん?」
- 113 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:36
- メリークリスマスイブ、と絵里が言って
手元のグラスを持ち上げる。
あたしも同じようにして、絵里のそれに
自分のグラスをカランとぶつけた。
「あれ、意外とおいしいかも……」
「でしょー?」
梅ジャムサンドを口にした時の、あたしの素直な感想。
絵里は仲間ができたと言わんばかりに嬉しそうに笑う。
コーンスープは、やっぱり凄くおいしかった。
お皿の上の料理があらかたなくなった頃。
絵里が不意に立ち上がり、机の引き出しを、ごそごそと
何かを探すように漁り出す。
- 114 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:38
- 「何してんの?」
「ないしょー……あ、あった」
そう言いながら戻ってくる絵里。
その手には、見覚えのある店の包み紙。
何だろう…と思っていると、絵里がそれをあたしの方へ
差し出した。
「はい、れいな」
「え?」
クリスマスプレゼント、と笑顔の絵里。
受け取りながら、あたしは何も用意していない事を
絵里に告げた。
- 115 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:40
- 「いいよ、別に」
「でも………」
「………れいながこうやって私の前に来てくれた事が
一番の、プレゼントだから」
絵里がスーッと移動してきて、後ろから、あたしの肩に
両手を掛ける。絵里の顔が真横に来て、首に感じる
温かい息遣いがとても心地よかった。
「開けてみて?」
絵里に促され、あたしは包みをゆっくりと開けていく。
中から出てきたのは、髑髏のついた、シルバーネックレス。
あたしが絵里にあげたリングを見つけたのと同じ日に
これを見つけて、かっこいいなこれ、と呟いた代物。
- 116 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:40
- 「覚えてたんだ……」
ネックレスを取り出しながら言う。
絵里は少し照れたように微笑み
「うん、ずっとね、これあげようって思ってたの」
「いつ買ったの?これ……」
「え、えと…あの、昼休みの事があった日…………」
「え?」
「放課後の時間見計らってね、だって、あそこって
学生の放課時間に合わせてお店開けるじゃない?
でね、最初お店に行ったら、それ、なくなってて…
周り見たら、知らないお兄さんが持ってたの。
だから…………」
- 117 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:40
- 『すいません、それ、譲ってください!!』
「……って言ってね。そうしたら、お兄さん少し
びっくりしてたんだけど、いいよって言って……」
『恋人にプレゼント?』
『え、まぁ………』
『もうすぐ、クリスマスだもんな。いいよ、これ』
『あ、ありがとうございます!』
「で、譲ってもらったの………」
「………そうなんだ」
- 118 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:41
- 絵里の話を聞きながら、あたしはふと
あの日の友人たちのセリフを思い出した。
『あたし、絵里の事、アクセショップで見たんだけどな』
『大切な人に渡したいプレゼント買うから
今日は予備校休むって。絵里ってば、乙女だねぇ』
『絵里、男の人にすっごい頭下げてたよー。彼氏かなぁ?』
じゃあ、その日に店にいたのは
わざわざ予備校を休んだのは
男の人に頭を下げていたっていうのは
全部…………
- 119 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:41
- 「………あたしのため?」
じゃあ、メールが返って来なかったのは………
「ゴメンね、電池切れちゃって……」
………なんだ、それ。
何だか凄くバカらしくて。
自然に零れる笑み。
何だ、全部あたしの勘違いだったんじゃないか。
それなのに、あたしはあの日、勝手に絵里に怒って。
ホント、いつかのさゆじゃないけど、あたしは馬鹿だ。
- 120 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:44
- 「私ね、すごく後悔してた」
「ん?」
「れいながね、事故にあったって聞いた時」
絵里が話を聞いたのは、もう真夜中近くの事。
電池が切れているのに気付いて、充電中。
あたしからのメールを読んで返事をしようとしていた時に
あたしの母親から連絡が来たらしい。
最初、絵里骨折程度だと考えていたらしいけれど
それが、実際はあたしはほぼ即死状態だったらしい。
打ち所が悪かったとあたしの母親は絵里に言った。
そうか即死だったんだ…と呟くと、絵里が変な顔をした。
- 121 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:47
- 「れいな、知らなかったの?」
「うん。だって、気が付いたら……」
気が付いたら、自分のお葬式を眺めてたし。
そっか、と言って、絵里は話を続ける。
その夜の事を話す絵里は、穏やかで。
本当に、あの葬式の時と同じ人物なのかと思ったりしたけれど
それは、今あたしがここにいるからじゃないのかと
考えると、また屋上での事を思い出して
あたしがいなくなったら絵里はどうなるんだろうと考えると
もうなにも感じないはずの胃が、鈍く痛むような気がした。
- 122 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:49
- 「あのね、れいな………」
絵里が遠慮がちに口を開く。
「あの日…昼休みね、私、不安だったの。
れいなが可愛いって言う人は本当に皆
可愛い人ばっかりで、れいなにはああいう人の方が
似合ってるのかなって考えたら何か寂しくなっちゃって。
私、よくれいなに好きとか愛してるって言うでしょ?
でも、れいなは絶対に言ってくれなくて…
自惚れかも知れないけど、それが照れてるんだって事は
分かってたの。でも、何かあの日の私、どうかしてたね。
そういうこと考えたら、一人で落ち込んじゃって」
- 123 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:50
- あたしは、ただ頷く事しかできなかった。
ただ、どうしても言いたい事があって
それを伝えようと、口を開いたのと、絵里が
戸惑ったような表情を浮べたのは同時だったように思う。
「れいな、身体…………」
何?と自分の身体を見たあたしは
瞬時に状況を理解した。
だんだんと、輪郭がぼやけていくあたしの身体。
掌を出して見つめる。
向こう側にあるクッションが透けて見えた。
- 124 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:50
-
急いで時計を見る。
現在、午後11時50分
- 125 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:51
- これが“消える”って事なんだと
何となく認識している自分がいて。
けれど、不思議と怖くはなかった。
「絵里………あたし、行かなきゃ…」
「え―――?」
すごくベタなセリフだけど。
なんか、もう時間みたいだし。
「………そっか」
一瞬だけ暗い顔をして、けれども次にはいつもの笑顔。
よかった…って思った。
- 126 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:52
- 絵里も、分かってたんだよね。
あたしがまた、すぐにいなくなる事。
でも、よかった。
絵里は、今笑っているから………
「…………」
そんなわけ、なかった。
- 127 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:54
- 確かに笑っている。笑っているのに。
だんだんと絵里の目尻に溜まっていく涙。
絵里とあたしの、二度目の別れ。
「ごめんね、絵里……」
「クリスマスは一緒に過ごそう、って言ったのにね」
「約束、守れなくなっちゃった」
次第に遠くなっていく、あたしの意識。
ぼんやりとした視界の中で、それでもはっきりと
見えたのは絵里の泣き顔。
必死で笑顔を作ろうとしているのに、堪えきれずに
頬を流れる、綺麗な一筋の涙。
- 128 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:56
- あぁ、また泣かせちゃったな
あたしも絵里も。
いつかはこうなるって、分かってたのに。
その不安を、敢えて口にはしなかった。
あたしは、絵里には笑顔でいて欲しくて。
でもやっぱり、最後にまた傷つけてしまった。
あたしが一番見たくない、絵里の涙。
「ねぇ、絵里………」
絵里に聞こえてるのか分からない。
返事はなかったけれど、構わず続けた。
「こっち、来て?」
- 129 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:58
- ぱたぱたと近寄ってくる絵里。
あたしはその身体を
もう、触れる事ができない絵里を
「絵里………!!」
力一杯、抱きしめた。
絵里の身体を通り抜けないように
適度な所で手を止めて。
もう何も感じないけど
温かい―――――
そう思えた。
- 130 名前:Last days 投稿日:2005/12/24(土) 23:59
- 「絵里………」
顔を上げる絵里。
その唇にそっとキスをして。
「―――――――愛してる」
ずっと、いつまでも
「れいっ………」
「じゃあね?」
意識を手放す寸前、耳に入ってきた時計の鐘。
誕生日のときと同じ、日付の変わりを告げる
そのメロディー。
- 131 名前:Last days 投稿日:2005/12/25(日) 00:00
-
「メリークリスマス、絵里………」
- 132 名前:Last days 投稿日:2005/12/25(日) 00:00
- ほんの一瞬だったけど
絵里とクリスマスが迎えられたこと。
あたしはすごく嬉しかったよ。
勝手な自己満足かもしれないけど………
ありがとう。絵里―――――
- 133 名前:Last days 投稿日:2005/12/25(日) 00:00
-
- 134 名前:Last days 投稿日:2005/12/25(日) 00:00
-
- 135 名前:Last days 投稿日:2005/12/25(日) 00:00
-
- 136 名前:Last days 投稿日:2005/12/25(日) 00:01
- 「お帰り」
久しぶりに『もや』の中に立ったあたしの耳に聞こえてきた声。
ミキさんとマキさんの、優しい声。
「ただいま」
そう言うと、2人がくすりと笑ったような気がした。
「もう、準備はいい?」
「―――――はい」
じゃあ、という声と共に、あたしの目の前に現れた扉。
そこにはあの2人もいて。
- 137 名前:Last days 投稿日:2005/12/25(日) 00:02
- 「じゃあね、れいな」
「あっちに行ったら、また別の人が待ってるから」
2人に頭を下げて、あたしは目の前の扉に入る。
それは長く続く階段で、果てしなく上の方に
微かに明かりが見える。
1段目に足を掛けると、背後で扉の軋む音がした。
「振り返らないで」
立ち止まりかけたあたしに、ミキさんの声。
だからあたしは、そのまま歩き続けた。
だけど途中で思い出したことがあって、あたしは
前を向いたまま、後ろの2人に言った。
- 138 名前:Last days 投稿日:2005/12/25(日) 00:02
-
「2人とも……素敵な天使ですよ」
2人がどんな表情をしていたのかは分からない。
しばらくして完全にドアの閉まった音。
あたしはずっと階段を昇り続ける。
真っ暗で、かろうじて足元だけが見えるようなその場所。
その中で、あたしの胸元で揺れるシルバーネックレスだけが
綺麗な輝きを放っていた――――――
- 139 名前:Last days 投稿日:2005/12/25(日) 00:03
-
- 140 名前:Last days 投稿日:2005/12/25(日) 00:03
-
- 141 名前:Last days 投稿日:2005/12/25(日) 00:03
-
- 142 名前:Last days 投稿日:2005/12/25(日) 00:05
- 『Last days』はこれで終りです。
読んでくれた方がいるのかは分かりません。
もしいたなら…ありがとうございます。
あとがき云々はまた後ほどやるとして、意見・感想等が
あったら、どうぞ。
- 143 名前:読み屋 投稿日:2005/12/25(日) 00:22
- もう、ちょっとほんとに涙が零れ落ちて
切な過ぎるこの展開に言葉がありません
聖なる夜に素晴しい作品をありがとうございました
- 144 名前:R 投稿日:2005/12/25(日) 00:31
- 最後の別れのシーン、号泣しました!最期まで二人が通じ合えて良かったです…(ノД`)
- 145 名前:駆け出し作者 投稿日:2005/12/25(日) 00:36
- お疲れ様でした。
とても儚くてとても綺麗な物語、良かったです。下手な例えですが、雪の結晶を思い浮かべました。
最高のクリスマスプレゼントをありがとうございました。
- 146 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/12/25(日) 01:13
- 更新お疲れ様でした。
なんだか少し暖かくなるような気分になりました。
時間もジャストですし、有難うございました。
本当にお疲れ様でした。
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/25(日) 02:19
- 『リアルタイム』に気がついたときは、おお、と思いました。
れいなの運命ゆえにか、全体的に透明感を感じるお話でした。
ところで、まだいくつか謎が残っているような気がするのは深読みのしすぎでしょうか。
もしかしたら続編等あるのかな、あればいいなと期待しています。
- 148 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2005/12/28(水) 09:24
- 皆さん、レスありがとうございます。
きっと言うことが重なってしまう気がするので、個人への
レス返しは控えさせて頂きますが、本当にありがとうございます。
自分でも一つの話を完結させたのは始めてなんで
嬉しいというか妙な達成感というか………
時間には少しこだわってみました(笑
- 149 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2005/12/28(水) 09:30
- 元々、この話を思いついたのは12月の2週目。
中間テストの真っ最中でした。
それからは勉強中やテスト中に用紙の隅っこにストーリーを
書いたりして話を構成し、修学旅行という行事のお陰で
普段はPCでやる執筆をバスや新幹線の中でちまちまと携帯を
使って作成し、帰ってきた時には23日まであと2日という現実。
その時間不足が故なのか、上で>>147様が言っているように
ストーリーに謎が残ってしまったようで、その点は本当に
申し訳ありません。
続編………は今のところ考えておりません。
でももしかしたらある時ふっと出てくるのかも………
その時は本編と合わせてもう一度読み直してくだされば光栄です
- 150 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2005/12/28(水) 09:34
- まだこのスレは容量があるので、とりあえず別の話を乗せたいと
思います。もうあらかた出来上がっているので早ければ今日中
遅くても新年には始めたいと思います。
簡単に言ってしまうと、6期中心の学園モノです。
恋愛要素は一切なしの話です。
とりあえず、田中さんは亀井さんを始終『センパイ』と呼び
田中さんと同級生の道重さんは亀井さんを『絵里』と呼びます。
夏休み最終日から春の新学期にかけての話です。
今はそれだけ言っておきます。
では、またそのうちお会いしましょう………
- 151 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2005/12/28(水) 09:40
- そうだ忘れてました。
この作品が終わったら何を書いているか白状すると言いました。
答えはメル欄にでも書いておきます。
暇だったらそちらも見てやってください。
っていうか更新しろよという突っ込みはなしの方向で………
- 152 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2005/12/29(木) 08:10
-
- 153 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2005/12/29(木) 08:11
-
- 154 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2005/12/29(木) 08:11
-
- 155 名前:それぞれの風景 投稿日:2005/12/29(木) 08:12
- 変わっていく事が怖くて
自分だけ、取り残されてるんじゃないかって
そんな事ばかり考えて。
何かを確かめるように、レンズを空に向けていた
あの、夏の終わり―――
- 156 名前:それぞれの風景 投稿日:2005/12/29(木) 08:12
-
- 157 名前:それぞれの風景 投稿日:2005/12/29(木) 08:13
- カシャ、という音の後
何度もシャッターを押しても撮れなくて。
視線を画面に移すと
『メモリーカードが一杯です』という表示。
その文字に軽く溜息をついて、れいなは慣れた手つきで
手にしたカメラから小さなカードを取り出し、側にあったケースにしまう。
そのまま新しいものを取り出そうとしてれいなの手は動きを止めた。
「まぁ、いいか」
その呟き声と共に、れいなの背中は地面に付き
視界は上空へと開けた。
- 158 名前:それぞれの風景 投稿日:2005/12/29(木) 08:13
- 高校に入学して、約半年。
どうも、周りと自分とは何かが違うという気がしてならなかった。
違う、というよりも、ずれていると言った方が的確かも知れない。
周りの話についていけない。
みんなが笑っているのに、笑えない。
何が楽しいのか、分からない。
- 159 名前:それぞれの風景 投稿日:2005/12/29(木) 08:13
- 最初は、休み時間のたびに繰り返される恋愛話や
中学生時代の話の輪の中で一人、苦笑いを浮べていた。
中学校の頃から仲の良かった友人たちは
皆、バラバラのクラスになり、たまに
廊下ですれ違う度に、その髪は茶色くなり
学校生活にも慣れた頃になると毎朝トイレで施すメイクも
徐々に派手なものに変わっていった。
別に、それが嫌だったというわけではない。
れいな自身、五月の連休が終わる頃には
すでに髪は染めていたし、周りの子同様にそれなりの
メイクは施していた。
- 160 名前:それぞれの風景 投稿日:2005/12/29(木) 08:14
- けれど、何かが違う感じがしていた。
見た目以上に、周りの友人たちは「中身」が変わっていった。
進路の事を話題にするようになったり
大学受験の事を考えるようになったり
『将来』に目を向けるようになった。
けれど、どうもれいなには、実感が湧かなかった。
まだ、高校にも入ったばかりで
突然「大学」「将来」といった単語を口にするように
なった友人が、恐ろしくも感じた。
急激に『オトナ』になっていく彼女たちの背中を
れいなは立ち止まったまま、じっと見つめていた。
- 161 名前:それぞれの風景 投稿日:2005/12/29(木) 08:14
- ―――大学の事なんて、考えてない
―――将来、ってよく分からない
くだらない話で盛り上がるクラスメイト達の話に
付いていけないと思いつつ
どこか、それに安心していた。
時々見てしまう、クラスメイトたちの
『オトナ』な一面は、れいなを不安にさせる。
―――自分は、置いてかれているんじゃないのか
いつだって、そんな思いを連れて来る。
『焦り』にも似た感情と一緒に。
カメラに出会ったのは、そんな時だった。
- 162 名前:それぞれの風景 投稿日:2005/12/29(木) 08:15
- 「れいなさ。カメラとか、興味ない?」
れいなの近所に住む、その若い経営者は
いつものようにれいなにオレンジジュースを差し出し
ながら、そんな事を言った。
れいなが、自分の迷いをそれとなく口にした日の事だった。
「あたしさ、高校の頃、部活で写真撮ってたんだけど……」
その人は、人物を撮るのが専門だったらしい。
確かに、その喫茶店には壁のいたるところに写真が飾られていて
彼女のレンズの先は、町を歩くカップルや公園で遊ぶ子供。
ベンチで時間を過ごす老人夫婦などに向けられていた。
たった一度だけ、風景の写真を撮り、それが賞を取ったことも
あるらしいけれど、本人はあまりその話しをしようとせず。
- 163 名前:それぞれの風景 投稿日:2005/12/29(木) 08:16
- 『あれは…あたしの中で、最悪の写真だった』
そう言ったきり、二度とその写真については触れなかった。
「れいなも、色々考えてるんだね」
真面目に言ったのか、からかうつもりで言ったのか。
それは分からなかったけれど、数日後に
自分のお古のデジタルカメラをくれた。
「別に、本格的にやるわけじゃないんだから
普通にコレで良いんじゃない」と言って手渡された
そのれいなの相棒は、二ヶ月ほど経った今
付属のメモリーカード全てに、空の写真だけを収めていた。
初めの頃は、友人たちとのショットや、部活動の様子を
収めようと思っていた。
- 164 名前:それぞれの風景 投稿日:2005/12/29(木) 08:16
- けれど、いざ、レンズを向けてみると、何故かどうしても
シャッターを押す気になれず。
あれこれと色々な方向に向けてみた結果、最終的に撮ったのは
昼下がりの、どこまでも青く広がった空の写真だった。
ブレザーだった制服が、開襟半そでシャツとベストという
ラフな格好に変わった今では、休み時間や放課後のたびに
屋上に入り、空が暗くなるまで写真を撮り続けた。
今日だってまだ夏休みだというのに家にいてもやることがなく。
わざわざ電車に乗ってまでやって来て、カメラを構えていた。
- 165 名前:それぞれの風景 投稿日:2005/12/29(木) 08:18
-
- 166 名前:それぞれの風景 投稿日:2005/12/29(木) 08:18
-
- 167 名前:それぞれの風景 投稿日:2005/12/29(木) 08:19
-
- 168 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2005/12/29(木) 08:19
- とりあえず、出だしということでここまでにします。
ご意見、感想等あったらお願いします。
- 169 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:28
- 「……ねぇ」
ぼんやりとしていたせいで
突然、頭の上から降ってきた声に
すぐには反応できなかった。
視界は、レンズ越しの空だけが映り
それがどこから聞こえてきたのか分からず
れいなは、カメラを離し、首だけで辺りを見渡した。
「あー………」
そこにいたのは、一人の少女。
ネクタイをしていないから、学年は分からないけれど
その、どこか上品そうな顔立ちと
風にさらさらと揺れる茶色い髪。
―――先輩、なんだろうな
何となく、れいなはそう感じた。
- 170 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:29
- 彼女は、何も言わない。
声をかけたのはいいものの、次の言葉を選んでいるのか
ただ、微笑を浮べてれいなを見ている。
「あの………」
小さく発したれいなの言葉は、多分
彼女に届かなかったのだろう。
「……あなた…いつも、ここにいるね」
「え………?」
何で、そんなことを知っているのだろう。
言葉に詰まるれいなに、彼女は
「いつもカメラ持って、空撮ってる」と
言いながら、ゆっくりとれいなの側まで歩み寄り
すぐ隣で腰を下ろした。
- 171 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:29
- れいなは慌てて身体を起こし、彼女の前に座り直す。
そんなれいなの様子に、彼女は面白そうに目を細めた。
「名前は?」
「あ……えと…れいな…田中れいな、です」
れいなは、自分でも声が多少、裏返っていることは
分かっていた。
この、どこか掴みきれない彼女を前に
自分は何故か緊張している―――と。
「れなちゃんは…一年生かな?」
彼女の不思議そうな、けれどもどこか、確信に近い思いが
隠されていそうな口調に首を動かして、肯定の合図を示した。
すると彼女は「私は、二年生。一つ上」
あぁ、やっぱり先輩だったんだ、とれいなは妙に納得した
気持ちで、もう一度頷く。
- 172 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:29
- 「それでね、突然なんだけど……
れなちゃん、写真部って興味ない?」
「写真部…ですか?」
―――そんな部活、あったんだ。
「部活動紹介には、出てなかったからね」
れいなの気持ちを読み取ったかのように
さらりとそう言った彼女は
「見学だけでも良いんだけど…」と小さく付け加えた。
夏休みも終わり近く。
やる事もなく、けれどまだ日の高い、平日の夕刻。
「見学だけなら…」とれいなは彼女に向かって頷いてみせた。
- 173 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:30
- 「私、亀井絵里っていうの」
部室までの道すがら、思い出したように
自分の名前を告げた彼女。
ちょうどその時、部活帰りだろうか。
れいなのクラスメイトが近くを通り、二人に訝しむような
視線を送ってきた。
クラスの独り者と、先輩のような人。
確かに妙な組み合わせだと思う。
「呼び方とかは、何でも良いよ」
「………亀井センパイ」
- 174 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:30
- いくらなんでも、先輩を呼び捨てにする気は起こらず
それにまだ「絵里センパイ」と呼ぶのも気が引けて
れいなは無難に彼女の名前を呼んだ。
そういえば、誰かの事を「先輩」と呼んだのは
初めてな気がする、とれいなは思った。
部活も委員会もやっていないし、学校に知り合いの人も
いないから、こうして先輩という立場の人と喋るのは
初めてだった。
彼女も、どうやら同じだったらしい。
嬉しそうに微笑んで
「センパイって、初めて呼ばれた」と言った。
- 175 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:31
- 「ここに、部室があるの」
絵里の声に、れいなは目の前の建物を見上げてみる。
街中のアパートのような造りのそこは、確か入学当初に担任から
『クラブハウス棟』と教えられた気がする。
埃を被り、茶色くなったその階段を
絵里の後ろについて上っていく。
「一階はゴミ捨て場とか、体育倉庫だけど
二階は委員会の部屋で三階は、各部活の部屋になってるの」
とは言っても、実際にこの場所を使っているのは
校庭を活動場所とする各種運動部と、写真部や文芸部のように
どこかの空き教室を使うわけにはいかない部活だけだと
絵里はれいなに説明した。
- 176 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:31
- 「放送部は放送室。理科部は理科室。
残りの運動部は、体育館の地下に部屋があるから…」
絵里の説明に、れいなはただ「そうなんですか」と
相槌を打つしかなかった。
元々、部活動に興味があったわけでもなかったから
部活動見学も行った事がなかったし、そもそも、学校に
どんな部活があるのかさえ、実はよく知らなかった。
「はい。ここが写真部」
そう言って、絵里が立ち止まったのは
三階の一番端の部屋の前。
少々古くなって色の変わった『写真部』というプレートが
傾きかけた陽から受けるオレンジ色の光を反射して
二人を照らす。
- 177 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:32
- 絵里は、スカートのポケットから可愛いキーホルダーの付いた
鍵を取り出すと、その鍵穴に差し込み、回す。
カチャリ
そんな音がしたのかは、れいなには分からなかったけど
鍵を抜いた絵里が、ノブに手をかけてドアを引きながら
「汚い所だけど……」
そう言ったのにつられるように、れいなは中を覗いた。
汚い所
絵里がそう言ったのは、決して謙遜じゃなかったのだ
とれいなは思った。
汚い、というよりも乱雑としているといった方が
合っているだろう。
- 178 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:32
- 床に散らばったプリント類に、開きっ放しのアルバム。
近くにある机には、新旧混ざった写真が山のように積んであり
壁に掛かった額縁は、うっすらと埃を被っていた。
その光景に、れいなは
「……掃除中…なんですか」と遠慮がちに聞く。
「あ…よく、分かったね」
少し驚いたような絵里に、れいなは少しだけ笑い
「だって、いかにも整理中って感じじゃないですか」
と言った。
絵里は納得したように頷き、手近にあったカメラを手に取る。
れいなは、壁に掛けられた写真を一つ一つ見ていった。
もう、何年も前の写真から、つい最近のものまで。
その中によく知った名前を見つけ
れいなは小さく声を上げた。
- 179 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:32
- 『藤本美貴』
「あぁ…藤本さん?」
れいなの視線につられるように、その写真を見上げた絵里は
「この人ね、コンクールで全国行ったの。
これは、その時に出した写真だって」
絵里の解説に曖昧に頷いて、れいなはその写真を
見つめていた。
『Empty』
そう題された写真には、鉛筆で小さく走り書きがしてある
メモが挟んであって。
そこに記されていた日付は、丁度、四年前のものだった。
- 180 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:33
- 「私ね、この写真を見るたびに、思うの」
絵里の言葉に、れいなは首を傾げる。
「だって、この写真、半分以上が青空じゃない?
すっごくきれいな写真なのにどうして
『Empty』ってタイトルなんだろうって………」
絵里の言うことも、もっともだった。
どこかの屋上から撮ったのだろうその写真は
上半分には青が広がり、その下には、所狭しと並ぶビル。
それなのに、タイトルは『Empty』
その単語の意味くらいは、れいなも知っていたけれど
それがどうしてこの写真と結びつくのか
いまいち分からなかった。
それと同時に、いつかの彼女の言葉を思い出す。
- 181 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:33
- 「最悪の写真」
そう言った彼女は、どんな思いでこれを撮ったのだろう。
本人に直接聞くことのできないその思いを、何だか無性に
自分で確かめてみたくなった。
その答えが、今の自分の悩みに繋がっている気がして。
「亀井センパイ」
れいなの呼びかけに「ん?」と振り返る絵里。
手元では、カメラをいじりながら。
「他に部員、いないんですか?」
一瞬、絵里の動作が止まる。
その様子に「聞いたらまずかったかな」と後悔するれいな。
けれども。
- 182 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:33
- 「いないよ」
絵里は、別に気にした風もなく答える。
「去年、先輩たちが卒業してからは、私一人。
三年生、いないから」
「そうなんですか…よろしくお願いします。亀井センパイ」
絵里は、突然のれいなの行動に、少し驚いたような表情を
して、けれどもゆっくりと、嬉しそうに微笑んだ。
「よろしくね、れなちゃん」
何か分かるかもしれないと思った。
根拠なんか、まるでないのだけれど。
自分の中で繰り返される思いに、整理が付く。
なんとなく、そんな気がした。
- 183 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:34
-
- 184 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:34
-
- 185 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/02(月) 14:34
-
- 186 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/03(火) 03:36
- 意外な設定ですね!
驚きましたが私はすごく好きです。
続きがとても楽しみです。
- 187 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2006/01/03(火) 12:58
- >>名無飼育さん
ありがとうございます。
自分でもあんまり見ないなぁとは思ったのですが……
これからもよろしくお願いします!
- 188 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 12:59
- 「写真部に入った」と、れいなが告げたとき。
美貴は危うく、手にしたカップを落としそうになりながら
「あぁ、そう」と特に気にしてないように装って返した。
れいなにカメラを渡した日から、いつかはそうなるだろうとは
思っていた。自分が高校生時代を過ごした、あの部活…
もしかしたら教室よりも色々な想い出が詰まっているかも
しれないその部屋には、今、一人しかいないと聞いていた。
自分がよく知っている後輩たちは皆、卒業してしまっていた。
れいなが自分と同じ高校に入り、カメラを渡したときから
『予感』に近いものはあった。
それに、自分と彼女はよく似ている。だから、きっと………
- 189 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:01
- れいなは、そんな美貴に、あの写真の事は一切触れず
ただ絵里のことを喋っていた。美貴も、絵里に会ったことはあった。
文化祭は毎年顔を出していたし、二つ下の後輩が三年生の
とき「可愛いでしょ」と写真部唯一の一年生を
紹介してくれたことがあって、それが、絵里だった。
「ねぇ…れいな」
ストローを咥え、オレンジジュースを啜っていたれいなは
美貴の声に「何ですか」と顔を上げる。
「写真はね、全てを写すんだよ。何の偽りもなく。
だからね、出来上がった写真…それが、その瞬間の
“真実”なの」
- 190 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:01
- れいなには、まだ早い話だったのだろう。
分かったような、分からなかったような。
そんな曖昧な表情を浮べて困ったように頷いた。
「れいな」
もう一度、美貴はれいなの名前を呼ぶ。
そして、相変わらず複雑そうな顔のままのれいなに
今度は別の質問をした。
「部活、楽しい?」
途端に、表情が変わる彼女。
答えは聞かなくても分かっていた。
「楽しいですよ。きっと」
- 191 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:02
- 写真部に正式に入部したのは、九月の、新学期の日だった。
入部届けを出したとき、顧問も、担任もかなり驚いたような
表情をしていたのを思い出し、れいなは一人、笑みを零す。
顧問、といっても殆ど名前ばかりで、一年間に数回顔を
出すか出さないか。絵里は「かなり自由だよ」と言っていた。
絵里は、れいなが撮る写真の技術にも、カメラの種類にも
何も言わなかった。
ただ好きなようにカメラを構えて、好きなように撮る。
それだけだった。
れいな自身も、別にコンクールに出品しようなど考えたことも
なかったから、ひたすら屋上に上り、空を撮り続けていた。
ただ、いくら技術に関して何もやっていないとはいえ
それはやはり『腕』の問題なのだろうか。
れいなと違い、主に人物をモデルとした絵里の写真は
素人のれいなから見ても『生きて』いた。
写真の中の人物たちの、後ろの風景の声や音が
全て聞こえてきそうな気がした。
- 192 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:03
- ―――先輩なら、コンクールとかでもいい線行きそうなのに…
れいなは絵里の写真を見るたびに、いつもそう思っていた。
コンクールは団体戦ではない。絵里一人でも出品は可能だ。
ただ、絵里の……勝負事というよりも自分の作品に点数が
付けられるのを嫌いそうな性格上、コンクールに出品はしない
というのも仕方ないのかなと思っていた。
「れなちゃん」
放課後、いつものように屋上にいたれいなに
絵里の声が掛かる。
彼女がここへ来るのは珍しいことだ。
普段、二人はバラバラに活動をしている。
れいなは、絵里がどこで写真を撮っているのか知らない。
ただ、彼女が現像する写真を見る限り、校庭であることは
間違いないのだけれど。そんな彼女が、どうして自分の所に
来たのだろう…とれいなは不思議そうな視線を、絵里に向けた。
- 193 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:04
- 「ちょっと………」
絵里に手招きされ、それに従うようにして校舎に戻る。
「あの…どこ行くんですか?」
「んー………校庭……」
絵里に引っ張られるようにして付いた先は、校庭の隅っこ。
そこは、いつも絵里がカメラを構えている所だった。
「あの…なんで……」
ここに連れて来たんですか、という言葉を遮り
絵里が口を開く。
「れなちゃん…あの子、知ってる?」
その言葉に彼女の視線の先を見ると、そこに見知った顔が一つ。
じっと自分たちを見ている彼女に、れいなは思わず目を細めた。
- 194 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:06
- 「あの子ですか?クラスメート…ですけど……」
クラスメート
確かに、彼女はれいなのクラスメートなのだが
どうも名前が思い出せない。
いつも一人静かに本を読んでいて、クラスの笑いの輪に加わる
ことは、まずない。時々、少し離れた所から、他のクラスメート
の道化を見て、微かに笑みを浮かべている事はあるけれど
それ以外の彼女は、必ずと言っていいほど、本を読んでいた。
それを絵里に説明すると、れいなは首を傾げて
「あの子が、どうかしたんですか?」
- 195 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:06
- 絵里は「うーん」と小さく唸ってから
「私ね、あの事よく会うの」
「…はぁ……」
彼女の話の真意が掴めず、れいなは曖昧な返事を返す。
「何か、あの子に見つめられてる気がしててさ」
気のせいじゃないですか。
そう言おうとして、けれどれいなにも思い当たる節があった。
- 196 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:07
- いつものようにレンズを空に向けたのはいいものの
何となく『今日は屋上じゃないところから撮ってみたい』と
校舎内を歩いていた時のこと。
中庭、というのかよく分からないけれど、きちんと手入れされた
芝生と数個のベンチ。
天気のいいお昼時は、生徒で賑わう―――そんな場所に出た
れいなは、ごろん、とその芝生に寝転がりカメラを構えた。
「………」
視線を感じる。
絵里は今、別の場所にいるだろうから違う。
それに、仮に彼女だとしても、すぐに声をかけるだろう。
じゃあ……誰が?
れいなは、カメラを頭上から外し、上半身だけ起き上がると
ぐるりと辺りを見渡した。
- 197 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:08
- ベンチにも、その周りにも。誰かがいる気配はない。
気のせいなのかと思ったれいなだったけれど
もう一度カメラを構えようとした時に、気付いた。
その視線の正体に。
「えっとー……」
何と声をかければいいのだろう。
木の陰に座り、膝の上に開いた本ではなく、れいなの方を
見ている少女。対応に困っていると、彼女の方から
すっと視線を外した。
何だったのだろう……?
それからは、彼女の方から視線を合わせてくることは
なかったし、れいながどんなに彼女を見つめても
ひたすら本に集中していた。
- 198 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:08
- 「うーん……れなちゃんもかぁ……」
その時のことを話すと、絵里は思案深げな表情で唸った。
れいなは、例のクラスメートの方へ視線を向ける。
彼女の視線は既に本の中のようで、れいなの方を
見ようとはしない。
そんな二人の様子を見て絵里は、ぽつり、と呟くように言う。
「嫌われてるのかなぁ…」
「いや、それはないと思います」
自分たちが嫌われる理由がないし、あの子、誰かを嫌うとか
そういうタイプには見えませんし…と付け加えると、絵里は
微かに笑みを浮かべ「そうだね」と言った。
- 199 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:09
- 「じゃあ、私はこっちだから…」
れいなとは反対の道へ向かう絵里に小さく頭を下げ
れいなは駅の方へ歩く。頭にあるのはもちろん、あの子のこと。
彼女のクラスでの様子を思い出そうと頑張っても
絵里に説明した以外の事は何も分からない。
どこに住んでいるのかも、中学校はどこだったのかも。
他にも、誕生日や血液型、好きなものに嫌いなもの……
そんな彼女のパーソナルデータは、一切知らない。
でもきっと、それは自分だけではない、とれいなは思った。
- 200 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:12
- 「えっと………みち…しげ?」
家に着いてすぐ、4月に貰ったクラスの名簿から
あの少女の名前を探した。出席番号順に一人ずつ。
名前を見て、顔を思い浮かべていく。
残り数人となったところで、その名前に辿り着いた。
『道重さゆみ』
へぇ、こんな名前だったんだ、と今更のように思う。
ふりがなが振っていなかったら、きっと読めない名前だった。
「道重さん、ねぇ………」
一体、何だというのだろう。
何か言いたいことがあるといった感じでもなく
ただ、見てるだけ。言うならば『見学』
- 201 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:12
- 「…………」
―――見学?
「まさか」
一瞬だけ浮かんだその考えを、鼻で笑って打ち消す。
どう見ても、彼女が写真に興味があるようには見えない。
それでも………
「んー……」
自分や絵里に向けられる視線が『ただ見ているだけ』とは
どうしても思い辛い。れいなは、携帯を取り出して
絵里の番号を呼び出すと、通話ボタンを押した。
- 202 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:12
- 「―――って、どう思いますか?」
『んー…確かに、言われてみればそうかもしれないね』
そう言いつつも、どこか腑に落ちない口調の絵里に
れいなは「じゃあ…」と案を出す。
「誘ってみませんか。写真部」
『でも、勘違いだったらどうするの?』
「その時は、普通に『そっかー』って言えばいいですよ」
- 203 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:13
- それでも尚、渋っている絵里に、れいなは見えもしないのに
軽い笑みを浮かべ「大丈夫ですよ」と頷く。
「センパイも、部員増えた方がいいんじゃないですか」
沈黙。
けれど、電話の向こうで、絵里が笑っている気配。
それを感じたれいなは「何で笑うんですか」と
拗ねたように言ってみた。
『ふふ…れなちゃんって、そういう子だったんだね』
- 204 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:14
- 「どういう子ですか?」
『私ね、れなちゃんって、もっとこう…
なんていうか………独り者のタイプかと思ってたの』
「はぁ……まぁ…」
『だからね、誰かを誘ってみようとか
そういうことも言うんだなって』
絵里の言葉に、れいなは「確かに」と一人で頷く。
誰かを誘おうなんて言ったのは、もしかしたらこれが
初めてなんだと思う。それまでは、誰かが「誘ってもいい?」
と言うのに、適当に了解を出していただけだから。
ただ、どうして突然そう思ったのかは、分からない。
- 205 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:15
- 「で…どうします?早速明日、声かけて見ますか?」
いつまでも自分の話が続くのに照れ、れいなは話題を
変えようと、そう絵里に振る。絵里はしばらく考えるように
唸った後『まだ…早いと思う』と言った。
『道重さん…だっけ?私、あの子の事をそんな風に考えたの
今日が初めてだから…だから、もう少し、彼女のことを
見てから決めたいかな……』
れいなは、絵里の意見で特に異存はなかった。
センパイの言うことだし…というのももちろんあったけれど
れいなはそれ以上に、絵里自身に対して尊敬に近い気持ちが
芽生えていた。
カメラの技術だけじゃない。相手を知ろうとする、あの姿勢。
自分には真似できないことだ、とれいなは思った。
- 206 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:16
-
- 207 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:16
-
- 208 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/03(火) 13:16
-
- 209 名前:konkon 投稿日:2006/01/04(水) 01:24
- 初めて読みました〜。
複雑な環境とその中での心境に心を打たれました。
二作目も面白そうですね。
今後もがんばってください。
- 210 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2006/01/05(木) 11:18
- >>konkon様
ありがとうございます!
これからも、時間の許す限り更新を続けて行きたいと思います
前回、>>186の名無飼育さん様にレス返しをしたとき
様をつけるのを忘れてしまいました。大変失礼いたしました。
- 211 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:20
- 彼女―――道重さゆみに関して、れいなはこれといった情報を
持っていなかった。ただ、れいな自身があまり、気に留めていなかったから
かもしれない。けれど、それとなくクラスメイトに聞いてみても
返ってくる答えは大体決まっていて。
『あの子、体育とか出たことないよね』
『よく、保健室行ってるよね』
『何か良家のお嬢様らしいよ?』
『あぁ…確か、生まれは山口なんでしょ?』
『先祖代々、医者なんだとか……』
こんな具合に、中には信憑性に欠ける情報もあるものの
言われてみれば「そういえば」と思う情報も、多くあった。
- 212 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:22
- 「保田先生」
その日の昼休み。
れいなは、入学してから一度も足を踏み入れたことのなかった
職員室へと向かった。
「田中。どうしたの?」
驚いたような担任の表情。
れいなは些か緊張しながら彼女の元へ歩を進める。
テストか何かの採点をしていた保田は、その手を止めて
近付いてきたれいなを見上げた。
「先生」
「ん?」
「道重さんって、どんな子ですか?」
- 213 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:23
- 一秒、二秒、三秒――――――
呆気に取られたような保田の表情に
れいなが笑いを堪えきれなくなった頃。
「どうしたの、突然」
口を開いた保田は、相変わらず驚いているようで。
れいなは小さく笑みを零し、理由を話した。
「それ、あたしに聞くものなの?」
話し終わった後、保田は言った。
れいなは「それは……」と口篭る。
別に怒られているわけではないのに。教師は苦手なのだ。
それに、れいなにも分かっていた。
彼女……道重さゆみのことを彼女に聞くのが
いかに無意味かと言うことは。
- 214 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:24
- 「ねえ、田中?」
黙ってしまったれいなに、保田は声をかける。
保田の目から見て、れいなは、どうも他人と一線を引いている
ように思えていた。それは、彼女が仲間はずれにされているとか
そういう意味ではない。クラスメイトとも普通に喋っている。
ただ
『自分と、周りは違う』
そう感じ、何かに怯えているように見えていた。
焦っている、と言ってもいいかもしれない。
それは周りから見れば些細な『思春期の悩み』
でもきっとそれは、れいな本人にしたら重大なことで。
そんな彼女がここ最近、微妙に変化していることに
保田は気が付いていた。そして、その理由も。
- 215 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:25
- 「道重と、友達になりたいの?」
「友達……になりたいんですかね」
正直、れいなにはよく分からなかった。
ただの興味本位といえばそれまでなのだ。
でも、何か違う。
彼女を、写真部に誘おうと思ったきっかけ。
それはただ、彼女がいつも自分と絵里を見ているからなのか。
そこまで考えて、れいなは思う。
「一緒に………」
「ん?」
―――興味本位なんかじゃない。私は、あの子と……
「一緒に、写真、撮ってみたい」
「だったら、そう直接言えばいいじゃないの」
「でも…………」
- 216 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:25
- 再び黙り込むれいなに、保田は優しい視線を送る。
保田には、れいなが今、何に悩んでいるのかが
手に取るように分かっていた。
「亀井」
「え?」
「写真部の部長」
突然出てきた絵里の名前に、れいなは訝しげに保田を見る。
保田は、そんな彼女を気にも留めず、話を続けた。
「あの子、何て田中を誘ったの?」
「……突然『写真撮らない?』って………」
「それ、あんたのことを知った上で話しかけてきたの?」
- 217 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:26
- 質問の意図が分からず、れいなはますます訝しげな目をする。
保田は、そんなれいなに最後のヒントとばかりに口を開いた。
「亀井はあんたのこと、何も知らなかったわけでしょ。
何にも。多分、名前すら知らなかった」
「………そうですけど」
―――あぁ、そっか。
「何、分かったの」
「はい、多分」
- 218 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:26
- 「そっか」と保田は、特に答え合わせをするわけでもなく
簡単に頷いて「ほら、用が済んだらさっさと行きなさい」と
しっしっと手を動かした。
「田中」
れいなが職員室を出る一歩手前。
保田は彼女の背中に声をかける。
そして「何ですか」と振り返った彼女に言った。
「あんた、変わってきたね」
一瞬きょとんとした後、照れたように、れいなは笑った。
- 219 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:27
- れいなが、彼女の様子がおかしいのに気が付いたのは
最後の授業が終わり、担任が来るのを待っている時間だった。
いや、本当は昼休みが終わった頃から気が付いていた。
なんせ、保田と話をしてからずっと
彼女に声をかけるタイミングを窺っていたのだから。
「道重さん………?」
青白い顔で俯き、じっと目を閉じている彼女。
辛そうに歪められたその横顔から
れいなは、始終、目が離せないでいた。
「……具合、悪いんじゃないの?」
- 220 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:28
- 起立、気を付け、礼。
さよーなら。
そんなお決まりの挨拶が終わり、クラスがにわかに喧騒を
帯びてきたとき。れいなは、そう、さゆみに声をかけた。
周りが、がたがたと机を動かし始める中、再び椅子に座り
青白い顔で俯いていたさゆみは、れいなの言葉に驚いた表情を
見せた後「大丈夫」と、小さく首を振った。
けれど、そう言われたところで「そうですか」と納得できず。
れいなは、さゆみの鞄を肩にかけ「送ってくから。帰ろう」と
さゆみの腕を掴んで立たせた。
ふらふらと倒れそうな足取りで、さゆみはれいなの隣を歩く。
れいなは、そんな彼女を気にしながら、ケータイを取り出して
絵里に素早くメールを送った。
- 221 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:29
- 『体調崩したクラスメート送るんで部活休みます。すみません』
ちょっと素っ気無かったかと思いつつも、パチン、と
ケータイを閉じて鞄に押し込む。
一連の動作を終えたとき、れいなは、ある事に気が付いた。
「……あのさ、あたし勝手に道重さんが駅使ってるって
思い込んでたけど……」
学校の生徒は、全員が三通りに分けられる。
一つは、正門から出てすぐの所にある駅を利用する生徒。
二つ目は、裏門から出て、十分ほど歩いた駅まで行く生徒。
そして、自転車や徒歩で来れる範囲に住んでいる生徒。
れいなは、さゆみがどこに住んでいるのかを知らない。
つい、自分がいつも使っている駅の方に歩いていたけれど
さゆみがどうなのか、聞くのをすっかり忘れていた。
- 222 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:31
- 「家…どこ?」
れいなの問いかけに、さゆみはチラリと顔を上げたものの
喋るのも辛そうな様子で、れいなの肩に掛かっている
自分の鞄を指差した。
「ん?鞄?」
れいなが見てみると、そこに入ってたのは可愛らしい
ピンク色のパスケース。
そこに記されていた駅名を見て、れいなは驚いた。
見慣れた駅名。
れいなの定期に書かれたのと同じ駅名。
「同じ駅……だったんだ…」
- 223 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:33
- その割には、一度も会ったこと、ないんだけど。
中学は確実に別だから、多分、家同士は離れているんだろう。
「家、電話してあげるから。迎えに来てもらいなよ」
ホームで電車を待ちながら、れいなはさゆみに声をかける。
けれどさゆみは小さく首を振って「誰もいないから」と呟いた。
「じゃあ、すぐに帰って来れそうな人とかいないの?」
「………お姉ちゃんが…」
「お姉ちゃん?」
- 224 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:33
- どうやら彼女には、地元の大学に通う姉がいるらしい。
ならその人に来てもらおうと、れいなはさゆみの携帯を借り
お姉さんという人に電話をかけた。
『もしもし』
数回のコール音で聞こえてきた声に、れいなは少し緊張気味に
「あの、道重さんのお姉さんですか?」
数秒の沈黙の後『そうですけど…』と不審そうな返事。
彼女のバックに、何か聞き覚えのあるような音楽が流れて
いるなと思いながられいなは、さゆみが体調を崩したので
地元の駅まで迎えに来て欲しいという旨を伝える。
お姉さんは『すぐ行きます』と言って、電話を切ってしまった。
- 225 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:34
- 単調な電子音を繰り返す携帯を閉じ、さゆみに返しながら
「お姉さん、来てくれるって」と告げると、さゆみは小さく
「ありがとう」と言った。
乗り込んだ電車は満員で。
けれども人の良さそうな叔母さんたちが、ぐったりした
さゆみに気付き、席を譲ってくれた。
「肩、貸すから…少し寝てなよ」
れいなが、二人分の鞄を膝に置きながら言うと
さゆみは何も言わずにれいなの肩に頭を乗せ、目を閉じた。
しばらくして眠ってしまったさゆみを横目で見ながら
れいなは部活のことを考えていた。
- 226 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:36
- ―――この子、いつもあたしやセンパイのこと見てるんだよね
―――こういう状況じゃなければ、話できたのにな……
駅に着き、二人分の鞄を肩にかけたまま
れいなはさゆみと一緒にエスカレーターを降りる。
そうして、改札口の近くで彼女に定期券を渡し
れいなも目の前の機械に、自分のそれを通した。
「お姉さん、いる?」
れいなの呼びかけに、さゆみはゆっくりと首を回し、ちいさく
「あそこ」と呟いて指を差した。
- 227 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:36
- 「さゆ!」
そう言いながらやってきた人…さゆのお姉さんという人に
れいなは彼女の鞄を渡しながら
「なんか、ずっと具合悪かったみたいなんですけど………」
「ごめんね、連れて来てもらっちゃって…家は近いの?」
「はい。ここから歩いて十分くらいですから」
その言葉に、安心したのか「そう」と彼女は言い
さゆみの顔を覗き込むようにしながら声をかけた。
- 228 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:38
- 「車、止めてあるから。大丈夫?」
「…うん」
小さく頷いたさゆみに、れいなは「じゃあ、お大事に」と
言って、いつも自分が出て行く出口へと向かった。
後ろからお姉さんの声がして一度だけ振り返ってみると
れいなの方を向いて小さく会釈をしている彼女が目に映り
れいなも慌てて会釈を返した。
まだまだ日は高い、夏と秋の中間の昼下がり。
行き先は美貴の店。
特に話したいことがあったわけじゃないんだけど。
きっと、この時間帯に殆ど人はいないだろうから。
- 229 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:39
-
- 230 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:39
-
- 231 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/01/05(木) 11:39
-
- 232 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:35
- 連日更新お疲れ様です。
自分も写真をしていたから、何と無く藤本さんの気持ちがわかります。
とても好きな感じの作品です、楽しみにしています。
- 233 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/01/10(火) 00:44
- 今日初めてこのスレを見ました。
今更ですが「Last days」素敵でした。泣きました。
これを短期間で仕上げたなんて!脱帽です。
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/02(木) 06:39
- >>232様
連日更新…と言ってくださった側から…早一ヶ月近く経ちました…
ごめんなさい。これからもよろしくお願いします!
>>233様
『Last days』…そうですか?ありがとうございます。
そう言っていただけると、本当に嬉しいです!
- 235 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:40
- 「こんにちは」
「あれ、れいな早いじゃん。部活じゃないの?」
カランカランというベルの音と共に、れいなをきょとんとした
表情で向かえる美貴。
「ちょっと用事があって」と告げ、れいなはいつもの席へと
腰を下ろした。
「またオレンジ?」
「はい」
「コドモだねぇ」
- 236 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:40
- からかうようにそう言って、カウンターへ入る美貴に
「いいじゃないですか」と返す。
「コーヒーとか、苦いじゃないですか」
「紅茶もダメなの?」
「それは平気ですけど………」
拗ねたようなれいなの前に、美貴は「冗談だよ」と笑って
グラスを置く。れいは早速ストローに口を付け、その甘酸っぱい
オレンジを吸い上げる。美貴もれいなの反対に座り、いつもの
ようにアイスティーを啜った。
- 237 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:41
- 「そういえば…撮ってる?」
コレ、と美貴はカメラを構える真似をする。
れいなは「やってますよ」と頷いた。
「大会とか、出品しないの?」
「あー…今の部長が、あんまりそういうの好きじゃなさそう
なんで。それにあたし自身、賞とかどうでもいいですし」
美貴は「れいならしいや」と納得したように言って、視線を
漂わせながら「今の部長って…亀井ちゃん、かな?」
「あれ?センパイのこと、知ってるんですか」
「だって、卒業生だもん。時々、顔出してたし」
- 238 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:42
- そういえばそうだった、と、れいなは今更のように思い出す。
「先輩は、すごいと思いますよ」
「亀井ちゃん?」
はい、とれいなは頷き「何で?」と首を傾げる美貴に言った。
「すごい積極的で、他人のこと、よく見てて………」
そこまで言って、れいなは未だに不思議そうにしている
美貴に気付いた。
「亀井ちゃんってそんな子だったかな」
「何言ってるんですか?」
「…亀井ちゃんってさ、どっちかっていうと大人しくない?
ただ笑ってるだけ、みたいな」
「えー?」
- 239 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:43
- 美貴の言葉に、今度はれいなが思案気な顔になる。
れいなから見た絵里は、とてもしっかりしていて
頼りがいがあって。
あまり『大人しい』というイメージはない子だった。
クラスではしゃいでいる姿も想像できないけれど。
「でも、あたしもずっと一緒にいたわけじゃないから」
「はぁ………」
「断片だけで『こういう子なんだ』って思っていただけだし」
美貴の言葉に曖昧に頷いて
れいなはストローを咥えた。
断片だけ
その美貴の言葉が、何故だろう。妙に耳に残った。
- 240 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:46
- □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「あの………」
休み時間のこと。
次の授業の準備をしようと鞄を漁っていたれいなは
突然のその声が、一瞬、誰のものなのか分からなかった。
顔を上げて本人の姿を確認し、その意外な人物にれいなは目を細める。
「この間……ありがとう」
「あ、いや………」
何が、とは言わなくても分かっていたから適当に頷いて済ます。
他に何か言いたそうな顔をしているさゆみをれいなは何となく
じっと見つめていた。立っているさゆみと、座っているれいな。
そんな体勢で話をしているから、自然とれいなはさゆみを見上げる
形になる。少しだけ開いた窓から、秋の気配を含んだ冷たい風が吹き
二人の前髪を揺らした。
- 241 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:47
- ―――可愛い子だ
不意に、そんな事を考えた。
初めてじっくりと見た彼女は、確かに可愛かった。
「あのね」
見つめられて少々恥ずかしかったのか、さゆみが微かに顔を
染めて、れいなの前の空席に腰掛ける。
やっと二人の目線が合い、れいなはそっと、彼女から視線を
逸らした。それがどうしてなのかは分からなかった。
「私、よく、体調崩しちゃうの」
小さくそう言ったさゆみは、れいなが返事に困っていると
また微笑み、話を続ける。
れいなは一瞬、その微笑が誰かに似ていると思ったけれど
それが誰なのか思い出せなかった。
- 242 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:50
- 「小さい頃から、あんまり身体強くないの」
「そうなんだ…」
「だから……ごめんね。それと、ありがとう」
どうして「だから」に続くのか、れいなにはいまいち
理解できなかったけれどそれでも「大丈夫だよ」と答える。
何が「大丈夫」なのかも、よく分からなかった。
特に会話もなくなり、席に戻ろうにも戻り辛い表情の
さゆみと、彼女から何故か視線を外せずにいるれいな。
なにか言わなくちゃいけない。
彼女を知るチャンスなのだから………
そう思うのに、口が動かない。
- 243 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:50
- チャイムが鳴る。
廊下にいたクラスメイトたちがわらわらと戻ってくる。
それに倣うように席を立つさゆみ。
れいなは、その腕を咄嗟に掴み、
「道重さんさぁ……写真部入らない?」
唐突。
そう言ってしまえばそれまでだった。
きょとんとした顔でれいなを見つめるさゆみ。
れいな自身、そんな自分に驚いていた。
「田中さんって、写真部なんだっけ」
- 244 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:51
- 「う…まぁ、一応」
「写真部って、何してるの?」
「何って………」
個人個人、好きなように好きな場所で写真を撮る。
何か行事があるときに記録と言う名目でカメラを構えたりも。
あいにく、まだそういった行事は、何もやっていないけれど。
「楽しそう…だね?」
「うん。楽しいよ?」
そこから先が進まない。
れいなはもう、一番の本題を最初に言ってしまったのだから
あとはさゆみの返事を待つだけなのだけれど、彼女は何も言わず
ただじっと、れいなを見つめている。
- 245 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:53
- 「あの……で……」
―――返事は?
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるさゆみ。
それを意図することが分かったれいなも反射的に頭を下げる。
顔を上げたとき、思わずさゆみと目が合い思わず二人で笑った。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「新入部員?」
「はい。れいなと同じクラスの、道重さゆみです」
ミチシゲサユミ、と絵里の唇が微かに動く。
そのまま「例の?」という彼女の視線を感じたれいなは
小さく頷いて、居心地悪そうに視線を部室内に彷徨わせた。
そんなれいなに、絵里は特に何も言う事はなく、さゆみと視線を
合わせると「よろしくね、さゆちゃん」と微笑んだ。
- 246 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:54
- 「先輩。さゆちゃんって止めてくださいよ」
「え?」
「ちゃん、いらないです」
そっか、と絵里はまた笑い、改まったように
「よろしく、さゆ」と言った。
さゆみが入ったからといって特に何も変わったことはなかった。
あるとすれば、れいなの時と違い絵里がさゆみにカメラの
使い方を、丁寧に説明していることくらい。
- 247 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:54
- 「うん。大分慣れたね」
「絵里の説明の仕方が上手だから」
未だ、れいなが絵里のことを「亀井センパイ」と呼ぶ中で
いつのまにか、さゆみは彼女を「絵里センパイ」と呼び
今では「絵里」と呼び捨てになっている。
あまり、上下関係を気にしない性格らしい。
それは絵里も同じだったらしく、何度か
「れなちゃんも絵里って呼んでよ」と言われているものの
どうしても「センパイ」から抜け出せない。
最近はさゆみのお陰もあってか、ようやく時々「絵里センパイ」
と呼べるようになり、その度に絵里は嬉しそうに笑った。
- 248 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:57
- 「ねぇ…れなちゃんは、どうしてカメラを始めたの?」
部室の掃除をしていたときに、絵里は思い出したように言った。
さゆみは家の用事で、部屋にはれいなと絵里しかいなかった。
「あの写真の人……藤本さんに勧められたんです」
あの写真、と壁の写真を指差すと、絵里は一瞬驚いたような
表情になって、れいなの顔をまじまじと見つめた。
「先輩と知り合いなんだ?」
「はい。家が近所で小さい頃から………」
れいながそう答えると、絵里は「ふーん」と納得したように
言って、それ以上は何も言わなかった。
「センパイは……何で、カメラを始めたんですか?」
- 249 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:57
- 一瞬、絵里の表情が曇ったように、れいなには見えた。
けれど絵里はすぐに笑みを浮かべ「お父さんが、やってたから」
「お父さん、ですか」
「うん………今はもう、死んじゃったんだけどね」
「―――え?」
れいなは驚きを隠せず、そのまま落ち着きなさそうに
視線をめぐらす。
「あの、ごめんなさい………」
「謝ること、ないよ」
そう言った絵里は、やっぱり微笑んでいて。
その笑顔に安心と痛々しさを感じて、れいなは絵里の足元に
視線を落とした。
- 250 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:57
-
- 251 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:57
-
- 252 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/02(木) 06:58
-
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/19(日) 11:05
- 話の世界観が心地よくていいですね
これからどうなっていくのか楽しみです
- 254 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/27(月) 16:22
- >>名無飼育さん様
心地よい…ありがとうございます。
まだまだ未熟者ですけど、これからも頑張ります!
- 255 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:24
- 「お父さんね、カメラマンだったの」
れいなが顔を上げると、絵里はまた微笑み、そして
どこか遠くを見るような表情で、話を続けた。
「そっち方面では有名……だったのかな。
うん…でも、ただの趣味でカメラ構えてた気もするけど…。
賞とかは結構取ってたかな……」
そう言いながら、絵里は近くの椅子に腰を下ろす。
れいなもそれに倣い、椅子を引き寄せて座った。
古い、大分昔に教室で使われていたという木製の椅子が
ぎぃっと小さく音を立てた。
- 256 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:26
-
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
- 257 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:27
- 「絵里、こっちむいて」
「おとーさんっ!」
カシャリ、というシャッターの音。
自分を見つめるレンズの先には、大好きな父親の姿。
「ねぇ、えり、可愛く撮れた?」
「絵里は、どんな風でも可愛いよ」
当時の幼い絵里には、父親の言葉の意味など分からなかった。
ただ単純に容姿のことだと思い、そう言ってもらえるのが
この上なく嬉しかった。
- 258 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:27
- 休みのたびに家族で出かけ
いつも、たくさんの写真を撮る。
それは、必ずしも絵里の姿ばかりとは限らなかった。
アスファルトの隅に咲く、名前も分からない小さな花や
近所の家の生まれたての子犬。時には小さな丘に登り
どこまでも続く空やビルを撮っていた。
「お父さん、私ね、写真部に入ったの」
中学に入って数日。そう報告したときの
父親の嬉しそうな笑顔は今でも、絵里の記憶に残っている。
- 259 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:29
- けれど、それから数ヵ月後の夏休み。
いつものように家族で出かけた、海に近い大きな公園。
いつものように写真を撮り、絵里と母親は、その近くにできた
ショッピングセンターで買い物をし、父親はその間に
新しいカメラを見て………
そんな、普段と変わらない休日の帰り道。
絵里たちを乗せた乗用車は、高速道路を走行中に
対向車線から突っ込んできたトラックと、正面衝突。
後部座席に乗っていた絵里は、重傷を負ったものの
何とか命を取り留めた。
が、しかし、前に座っていた両親は、二人とも即死だった…
- 260 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:29
-
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
- 261 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:30
- そこで一旦話を止めた絵里に、れいなはなんと言っていいのか
分からず「じゃあ今は………」と尋ねることしかできなかった。
「今は、親戚の家にお世話になってるよ」
そう言った絵里は、やっぱり微かに笑みを浮べていて。
どうして笑っていられるのだろうと、れいなはそれだけが
不思議だった。絵里は再び口を開いて話を続ける。
- 262 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:31
- 「両親が死んで、私…写真、辞めようと思ってたの」
涙さえ、でなかった。
気を紛らわせようと、どこかにレンズを向けても
その先に、いつも両親の姿を見てしまう。
絵里のことをいつも「可愛い」と言ってくれた父親や
恥ずかしがりながらも
一緒に写ってくれた母親。
二人のことを思い出すのが、絵里には苦痛だった。
部室にいても、ぼーっとしていた絵里に、事情を知っている
部員たちはかける言葉がなかったのだろう。
いつもは部室に集まっても賑やかにお喋りをしてばかり
だったのに、何も言わず、放課後になるとカメラを持って
学校内に散らばるようになった
- 263 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:31
- そんな、ある日の放課後。
「凄い人がいるんだよ」
一人、部室に残っていた絵里の元に、一人の部員がやって
きて無言で絵里の手を掴んだ。抵抗する気力もないまま
絵里が向かった先は、報道委員が集まる部屋。
こんな所に何の用が…と思った絵里は、黒板に磁石で
止められていた数枚の写真から目が離せなくなった。
先日行われた、球技大会での写真。
バスケの会場で、ミスをした仲間を励ますチームメイト。
最初のジャンプボールで、相手に取られないようにと
両者、必死に手を伸ばす姿。
- 264 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:32
- バレーボールでは、互いをフォローしてボールに向かう
コート内の五人の背中。
優勝の喜びをクラス全体で分かち合う、その姿。
歓声や笛の音、ボールの音、上履きの擦れる音、汗の
混じった空気の香りや、肌に感じるその湿った感覚。
あの時に感じた全てが、一気に呼び戻されそうなその写真。
瞬時に『この写真は、生きている』と思った。
そこにあるのは、喜びだけではない。
悲しみや、悔しさ。はたまた、熱意のようなものが
写真には現れていた。
- 265 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:35
- 「……この写真…先輩が撮ったんですか」
「そうだよ」
写真を撮った人物は、三年生だった。
ぼーっと写真を見上げる絵里たちを眺めながら
些かぶっきらぼうにも思える返事をしてくる。
自分と二つしか変わらないはずの彼女が、絵里には
とても遠い存在に見えた。
「あの……」
「何?勧誘だったら、お断りだよ」
- 266 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:35
- どうやら彼女は、一年生の頃から何度も写真部に
スカウトされ続けていたらしい。
けれど、絵里は「違います」と首を振った。
聞きたいことはそんなことじゃない。
「どうやったら、あんな写真が撮れるんですか」
カメラは、もう辞めようと思っていた。
けれど、いざそう思うと、どうしても行動に移せなくて。
そんな中で目にした彼女の写真に、絵里は不思議な気持ちが
湧き上がってきていた。
「…あなた、名前は?」
「あ…亀井、絵里です」
- 267 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:37
- カメイ…と、彼女は何かを思い出しているかの
ように呟き、やがて
「もしかして…亀井先生の………」
「え?」
「あなたのお父さん、よく、写真コンクールで……
確か去年、富士山のご来光の写真で賞を取っていなかった?」
あぁ、父だ、と絵里は確信した。
絵里も何度も目にしていた、彼女がいう『ご来光の写真』
「私ね、あなたのお父さんにカメラを教えてもらったの」
絵里は、突然の彼女口から出た言葉に驚き
「……父が、ですか」と聞き返した。
- 268 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:38
- 「うん…私の父親もカメラが好きで。
小学生の頃に写真展に連れて行かれて、そのときにね」
懐かしそうに目を細め、微かに微笑む彼女。
けれど、それもすぐに悲しそうな顔に変わり
「だから……事故のことを聞いたときはね………」
「あぁ………はい…」
沈黙が流れる。
絵里をここまで連れてきた部員は、少し離れた所から
その様子を見守り、二人はそれぞれの思い出に浸っていた。
やがて、彼女から先に口を開く。
- 269 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:39
- 「あなた……どうやったらこんな写真が
撮れるのかって言ったよね?」
頷く絵里。彼女は続ける。
「どんな風に撮っても、そこに『生』があれば輝くんだよ」
「『生』…ですか……」
「そう…お父さんに言われなかったかな、そういうこと……」
首を捻ろうとした絵里の脳裏に浮かぶ、幼い日の父親の言葉。
『絵里は、どんな風でも可愛いよ』
思えば、父親の写真は絵里が笑っている所ばかりじゃなかった。
転んで泣いた絵里も
母親に怒られ、泣きべそをかいている絵里も
お出かけが雨で中止になり、唇を尖らせている絵里も
全て、カメラに収めていた。
- 270 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:41
- 「絵里ちゃん」
不意に名前を呼ばれて顔を上げる。
「カメラはね、一瞬を『写す』んじゃなくて『焼き付ける』の」
「『生』のあるものは、変わり続ける。
自分がどんなに気付かなくても…どんなにゆっくりとした
スピードでも、変化を続ける。それは、必ずしも『成長』じゃ
ないのかもしれない。でも、その変化を…一瞬しかない
『その時』をカメラにしっかりと焼き付けるの」
言葉が出なかった。
すっと目の下に触れた指と、その向こう側に見える
彼女の優しい顔。
- 271 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:41
- 「泣かないで」
そう言われて、絵里は、自分が泣いていることに気が付いた。
「…おと…さん……」
「絵里ちゃん……」
ふわ、と感じる温かさと、鼻腔をくすぐる柔らかな香り。
抱きしめられてると感じるまで、しばらくかかった。
彼女は、絵里が落ち着くまで、何も言わなかった。
「………ごめんなさい」
「ううん、全然…気にしないで」
身体を離し、絵里は彼女に笑みを向ける。
彼女も絵里を見て、微笑を浮べた
- 272 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:41
- 「それで…結局、カメラ、辞めなかったの」
沈黙が流れる。
開けた窓から入り込む風と、まだ夏の香りを含む蝉の声に
身を委ねて、れいなは、絵里の顔をぼんやりと見つめていた。
絵里は「恥ずかしいよ」と照れたように笑っている。
「すごい、ですね」
ぽつ、とれいなの口から零れた言葉に、絵里は不思議そうに
首を傾げる。
- 273 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 16:42
- 「どうして?」
「だって………」
―――カッコイイから
「えー…どこが?」
「センパイも、それをセンパイに言った人も
すごくカッコイイんです」
れいなには、自分でも何を言っているのか
分からなくなっていた。
ただ漠然と『カッコイイ』と感じていた。
れいなが曖昧な表情をしていると、絵里は「そっか」と言って
また、笑顔を浮べた。
- 274 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 17:03
-
- 275 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 17:03
-
- 276 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/02/27(月) 17:03
-
- 277 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:12
- その、あまりにも予想通りの様子に
絵里は可笑しくなって笑った。
れいなは、きょとんとした顔で絵里を見上げ
さゆみは「行く」と早くも嬉しそうな顔をみせる。
―――三人で、旅行…行かない?
「でも、どこ行くんですか?それに、費用とか………」
心配そうなれいなに、絵里は話を続ける。
「私の叔父さんが持ってる別荘があるの。そこ、海沿いなんだけどね。
それで、行きと帰りは、車で送ってくれるって」
「でも、迷惑じゃないですか?」
見かけによらず、他人に気を使う子なんだ、と絵里は
少しだけ意外な気持ちでれいなを見る。
- 278 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:13
- 「大丈夫だよ。おじさんが『是非』って言ってたし」
そう言うと、れいなは、ほっとしたように笑い
「そうですか…じゃあ、行きます」とさゆみと顔を
見合わせて、笑った。
出発は、十月。
土曜・日曜・祝日と続く三連休の日に決まった。
土曜日の朝に出発して、日曜の夕方に帰る。
そうすれば、祝日に家でゆっくりできて疲れも残らない。
そんな計画だった。
「ちゃんと、カメラ、持って行くんだよ」
「分かってますよぉ」
今回の旅行は、十月の終わりにある、文化祭に出品する作品を
撮影しに行くことも兼ねているらしい。
『学校の中ばかりだと、面白くないでしょ?』
絵里の言ったそれが、本心だったのかどうかはれいなには
分からない。もしかしたら、ただ単純に、三人でどこかに
行ってみたかっただけなのかもしれない。
とにかく、それからの数日間は、三人それぞれが
慌しい日々を過ごしていた。
- 279 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:13
- 「れいな、明日から旅行なんだって?」
「え、何で知ってるんですか」
いつものようにオレンジジュースを啜りながら
れいなは自分の前に座った美貴に、訝しげな視線を送る。
「れいなのことならね、何でも耳に入ってくるから」
「……何言ってるんですか」
冗談だよ、と、美貴は言い「でもね…」と
急に真面目な顔になった。
「友達と旅行、っていい経験だと思うよ」
「美貴さんも行ったんですか?」
れいなの言葉に美貴は頷き
「行ったよ。やっぱり、高校のときにね」
- 280 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:14
- 「それは…部活で?」
「そうだよ」
ふーん、と納得したような表情のれいなに、美貴は
真面目な顔のまま、言う。
「たったの一泊でも、すごく大切なものを見つけたり
するんだよ」
「大切なもの…ですか」
「そう。それが何かっていうのは、その人それぞれだけどね」
「はぁ………」
分かったのか、そうでないのか。
微妙な表情で頷くれいなの頭に手を伸ばし、くしゃりと撫で
美貴は、アイスコーヒーのストローを咥えた。
- 281 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:14
- 絵里の言っていた『別荘』は、れいなの想像を超えた
場所に立っていた。
「え、あそこですか?」
「すごいねぇ…」
そう言ったさゆみにも、思わず頷いてしまう。
どこまでも続く海岸線の、半島、とまではいかなくても
少しだけ突き出したその場所。
視界を遮るものは何もなく、ただ広い海が、どこまでも
続いていた。
「いいでしょ。眺め」
「はい」
頷くと、絵里は嬉しそうに笑い
「ほら、じゃあ、荷物降ろして」と車の後ろを指差した。
- 282 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:15
- 「じゃあ、明日の午後にね」
そう言って帰っていく絵里の叔父さんを見送った後
絵里は「それじゃあ」と言って別荘のドアを開けた。
「ひろーい」
「でしょ?」
とたとたと先を行くさゆみと、その後ろから付いていく絵里。
れいなはそんな二人よりも少し遅れて中へと入った。
廊下を進みながら、視線は目の前に広がる、海。
そんなれいなに気が付いたのか、絵里が少し立ち止まる。
「荷物置いたら、さっそく、外に出てみようか」
「あ、はい」
気付かれたか、とれいなは照れるように頬をかく。
絵里は「れなちゃんのことだからね」と笑った。
- 283 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:16
- 「じゃあ、少し、自分の好きなポイント見つけてみよう」
絵里のその一声で、れいなとさゆみはそれぞれカメラを
持って移動する。
れいなが向かったのは、もちろん、家の裏の原っぱ。
柵も何もないそこは、あまり近付くと危険だと判断して
れいなは近くの陽だまりに腰を下ろした。
ごろりと寝転がると、屋上とは違うその感覚と
頬を撫でる草がくすぐったい。
「………広いなぁ…」
一度、空に向けたレンズを外し、その青を仰ぐ。
屋上で見るよりも空は遠いはずなのだけれど、それでも
すぐ近くに感じる。
「れーな」
その、甘えたような声に首を回すと、れいなを見下ろす
ような形でしゃがんでいるさゆみ。
- 284 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:16
- 「どうしたの?」
さゆみは答えず、黙ってカメラを構え、そして。
「さん、に、いち」
カシャリという、聞きなれた音。
カメラの奥で唸る、小さな機械音。
「……何、突然」
へへ、と笑うさゆみに、れいなは一度、溜息を付く。
絵里とも、れいな自身とも全くタイプの違う彼女を
れいなは未だに掴めずにいた。
幼稚なことをしているかと思えば、急に大人びた口調で鋭い
ことを言ったり、何も話していないのに、すべてを理解して
いるかのような表情。
- 285 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:17
- 「さゆは……変わった子だね」
「そう言うれいなも、変わった子だよね」
そう言い合って、意味もなく笑う。
絵里とはまた違う、不思議な心地よさ。
「れいな、ここに決めたの?」
さゆみが、れいなの隣に寝転びながら言う。
れいなは頷き「さゆは?」
「私は、色んな所。ここ、って決めた場所はないよ」
それがどういう意味なのかは、よく分からなかったけれど
さゆみらしいな、と、一人納得して、それ以上の事を聞く
ことはしなかった。
二人の上を、小さな雲が一つ。ゆっくりと影を作りながら
通り過ぎる。
一瞬だけ遮られた陽が、再び二人に降り注いだ。
- 286 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:21
- 「何か、こうやってさゆと話すのは、初めてだよね」
「うーん…そうかもね」
思い返せば、いつもれいなとさゆみの間には絵里がいた。
部活自体にさゆみを誘ったのはれいななのだけれど
なんとなく、彼女との間には、越えられない一線の
ようなものを感じていたから。
事実、れいなとさゆみが教室で喋ったのは、あの、れいなが
さゆみを誘った日だけであり、それ以来、れいなは何事も
なかったかのように屋上へ向かう毎日を続け、さゆみは
それに付いて行ったりすることもせずに、一人、大人しく
机に向かって本を読んでいた。
部室では、普通に喋ったり遊んだりするのに……
その、説明のしようがない行動を取る自分たちの関係が
れいなには滑稽に思えていた。
- 287 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:22
- 「れいなってさ……」
「ん?」
「もっと、怖い人かと思ってた」
「……よく言われる」
自分でも、目つきが悪い方だとは思っていた。
それに加えて、休み時間のたびに立ち入り禁止の
はずの屋上へ忍び込む。
れいながカメラをやっていると知らない人は、皆
それだけで少し遠巻きに見るような視線を送ってきた。
「そういえば、れいなさ」
さゆが、ふと思い出したように言い、れいなは「ん?」と
首を横に向ける。
- 288 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:22
- 「れいな、何で屋上の鍵なんて持ってるの?」
「知り合いに、うちの学校の卒業生がいてさ。貰ったの、鍵」
実際、その鍵をれいなに渡したのは美貴だった。
「れいななら、上手く使ってくれると思うから」
れいなが中学を卒業したばかりの頃。
あの喫茶店で美貴が差し出した一本の鍵。
「何ですか?これ」というれいなに、美貴は
「屋上の鍵だよ」と付け加えた。
「何となく、渡しそびれてたんだよね」
美貴自身、その鍵は先輩から貰ったものらしい。
- 289 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:23
- さゆみはそれを聞くと「ふーん」と興味深げに言う。
「じゃあ、感謝しなくちゃね。その先輩たちに」
「え?」
「だって、その鍵がなかったら、れいなは絵里と
会わなかったかもしれないし、そうしたら、私も写真部に
入らなかったかもしれないでしょ?だから」
れいなは小さく「そっか」と呟いて、自分の前に鍵を
ぶらつかせる。
つけたキーホルダーは、それも美貴から貰ったもの。
というよりも、元々付いていた。
「この鍵は、何人ものサボりの生徒を見てきてるんだ」
さゆみのその言い方が可笑しくて、れいなは笑った。
- 290 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:23
- 「そういえば、センパイは?」
「うん?」
れいなの言葉に、不思議そうに首を傾げるさゆみ。
けれどすぐに納得した顔になり、すっとれいなの方に
手を出した。
「海の方にいたよ」
あっち、とさゆみが指差した方を振り返る。
そこに絵里の姿は見えず、れいなは少し首を伸ばしながら
「ふーん」と頷いた。
「ねぇ、れいな?」
さゆみの声に、れいなは再びさゆみの方を向き直る。
するとそこにはカメラを構えたさゆみ。
口を開く間もなく、シャッターが切られた。
- 291 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:24
- 「もう………」
「へへへ」
顔をしかめて見せても、さゆみは特に臆した様子もなく笑う。
その表情につられて、れいなも自然と笑顔になった。
「れいなってさ」
その表情を崩さぬまま、さゆみが言う。
「何で、空の写真ばっかり撮ってるの?」
「え?」
これまでにも何度か絵里に質問されたことがあるけれど
それはどれも『どうして写真を始めたのか』ということで
今のような質問をされたのは初めてだった。
すぐには答えられずに、れいなはしばらく口篭る。
「たまたま………」
「ん?」
「たまたまカメラ手にして、色んな方向にレンズ向けたけど…
結局、空の写真しか撮れなかった」
- 292 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:24
- 何か言われるかと思っていたけれど
特にさゆみは何も言わず、最後にもう一度
れいなの写真を撮ると「絵里の所、行くね」と言って
坂の方へ走って行ってしまった。
彼女の背中をれいなはじっと見つめ、それが見えなくなると
同時に小さく溜息をついた。
空を見上げる。
レンズ越しでなく、れいな自身の瞳で。
雲が流れている。
もう二度と、同じ形になることのないそれは
変わり続けながら、れいなの上をゆっくりと移動していく。
ふと、いつかの絵里の言葉を思い出した。
- 293 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:25
- 「『生』のあるものは、変わり続ける」
最近、絵里やさゆみ、美貴と話していて思うことがある。
―――自分は一体、何に悩んでいたんだろう
手を地面につけたまま、立ち上がり、そのまま
思いっきり両手を空に伸ばして「んー」と唸る。
少し遠くから、微かに聞こえてくる絵里とさゆみの笑い声。
れいなはカメラを手に取り、そのまま声の方に近付く。
坂を下り始めてすぐのところに、二人はいた。
声はかけず、れいなは気付かれないようにカメラを構える。
レンズ越しの、二人の笑顔。
いつも同じように見えて実は違う、二人の一瞬のその笑顔。
―――さーん、にぃ、いち………
心の中で小さくカウントをして
れいなはシャッターを押した。
- 294 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:28
- 空が暗くなるのを見てか、さゆみが窓の外を見ながら言った。
「花火しない?」
「花火?」
夕食も終わり、待ったりした時間の流れるリビング。
さゆみが鞄をごそごそとする後ろ姿を、れいなは絵里と
二人で顔を見合わせる。
やがて振り返ったさゆみの手には、夏の残りらしい花火。
「おもしろそう。やろうよ」
絵里の言葉に、さゆみが嬉しそうに笑顔になる。
れいなも、特に異論はなかった。
- 295 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:28
- シュシュシュシュシュ―――
パチパチパチパチパチ―――
季節外れの花が、秋の夜に小さく咲き誇る。
静かに花火を見つめるれいなと
その横顔を見て、優しく微笑んでいる絵里。
そして、そんな二人にレンズを向けるさゆみ。
一定のペースでなくなっていく花火。
彼女たちの間に、特に会話はなかった。
そして、最後の一本。
それに火をつけたとき、れいなが口を開いた。
「あたし、さ………」
突然話し始めた彼女に、絵里は些か驚いた顔をして
さゆみは、彼女をレンズから外した。
「怖かったんだ」
大人になるのが怖かった。
置いていかれるのが怖かった。
だから、空ばっかり撮ってた。
空は、変わらないと思っていたから。
- 296 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:28
- そう言って、れいなは小さく笑みを零す。
もう消えかけた線香花火の微かな明かりに照らされた
彼女の横顔を、絵里とさゆみは「綺麗」と感じた。
「写真部、入ってよかった」
火が消える。
視界は暗く、耳に入るのは波の音と、虫の小さな鳴き声だけ。
天に輝く星たちは、夜が深くなるにつれて輝きを増していく。
「ありがとう」
それが絵里の声だと分かるのに、そう時間はかからなかった。
それと同時に「ありがとう」の言葉の意味を考える。
その理由が分かったとき。
れいなは絵里の方を向き「ありがとうございました」と返す。
そしてさゆみは、二人の姿をレンズに納め
満足そうに笑った。
- 297 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:31
- 夜、散々騒ぎ、色々なことを語り合った。
おかげで帰りの車の中では全員で熟睡をして。
れいなとさゆみが目を覚ましたときには、そこは既に
見覚えのある駅の前だった。
「それじゃあ、お世話になりました」
「また、いつでもおいで」
運転席から顔を出す絵里の叔父に頭を下げ、れいなと
さゆみは今度は絵里の方を見る。
「じゃあ、二人とも。また学校で」
「はい。ありがとうございました」
「じゃあね、絵里」
バイバイ、と手を振って発進した車が見えなくなってから
れいなとさゆみは、床に置いていた鞄を肩にかけた。
時刻は午後4時を少し過ぎたところ。
そんなに動き回ったりしていなかったせいか
大して疲れは溜まっていない。
このまま家に帰るのも何となく嫌で、れいなは美貴の
ところにでも行こうかと思っていた。
- 298 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:32
- 「れいなこのまま帰る?」
「んー…いや、ちょっと寄って行くあるから。さゆは?」
「私は、お姉ちゃんと待ち合わせしてるの。近くの喫茶店で」
近くの喫茶店、という言葉で、れいなの頭に浮かぶのは
あの、美貴の店。
まさかと思いつつも、さゆみに尋ねた。
「その店ってさ、もしかして写真とか飾ってある?」
「あ、そう。そこ」
お姉ちゃんの友達のお店なんだよ、と言うさゆみに
れいなは、そうなんだ、とだけ返した。
言おうと思えば、彼女がれいなに屋上の鍵をくれたのだとか
カメラを教えてくれたのだとか、話題は幾つもあった。
けれど、何となく、それを言うのは躊躇われた。
「れいなも行く?あ、でもどこか寄って行くんだっけ」
「あ、うん。ごめんね」
- 299 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:33
- どうして、自分が行こうとしていた場所がそこだと
言わなかったのだろう。
さゆみと別れ家への道を歩きながら、れいなはぼんやり考えた。
しかしそれも、ポケットの中で振動を始めた携帯電話によって
遮断された。ディスプレイに表示された名前に首を捻りながら
れいなは通話ボタンを押す。
「もしもし」
「あ、れいな?」
相手は、美貴だった。
「ねぇ、何で店来なかったのー?」
「何でって………」
「梨華ちゃんの妹も、写真部らしいじゃん」
―――梨華ちゃん?
れいなの脳裏に、さゆみの姉の姿が浮かんだ。
- 300 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:33
- 「今度、れいなに会いたいって言ってたよ。梨華ちゃん」
「あ、はい………」
「明日も梨華ちゃん来るけど、れいなはどうする?」
「明日、ですか?」
随分急だなと思いながら、れいなは頭の中でスケジュールを
ざっと確認する。明日は、旅行の次の日ということで、特に
予定は入れていなかった。
「大丈夫です。行きます」
「そっか。お土産話、楽しみに待ってるから」
それだけ言って、切れる電話。
美貴さんらしいやと呟いて、れいなはそれをジーパンの
ポケットに押し込んだ。
- 301 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:34
- 家に帰っても、特にやる事はなく。
れいなは旅行中に撮った写真を一つ一つ眺めていく。
絵里やさゆみと違ってデジカメを使っているから、家にある
パソコンで編集しようと思えば簡単にできてしまうのだけれど
それを部室でしかやらないのは、よく分からない小さな意地。
「同じようなのばっかり………」
以前のれいななら「同じ写真」と呟いていた。
けれど、今は違う。
どれも似ているけれど、同じものは一枚もない。
「あぁ、これ………」
中央にさゆみと絵里が写った、あの時の写真。
衝動的に、大して構えもせずにとった割には
意外と、よく撮れていた。
「いい笑顔だ」
カッコつけたようにそう呟き、その自分の言葉が可笑しくて
れいなは笑みを零す。
何だか、早く、この写真を現像したくなった。
- 302 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:34
- 「あ、いらっしゃい」
「こんにちは」
次の日。
昨日、美貴に言われたように、れいなは朝から美貴の
店へ出向いた。
店に入ると、まだ開店したばかりのそこにはお客の数は
まばらで、美貴は接客をしながら、れいなに
「いつもの所、座ってて」という合図を送ってきた。
「お待たせしました。オレンジジュースです」
接客口調で美貴は言い、れいなは「どうも」と頭を下げる。
まだお客が残っていたせいか、美貴はそのまま仕事へと
戻っていった。これまでにも何度か、彼女が仕事をしている
姿を見たことはある。
いつもカッコいいと思っていた。
れいなは、何故、美貴がこの店をやることになったのか
知らない。聞いてみたこともなかったし、聞こうと思った
こともなかった。
- 303 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:35
- カランカラン、という音がして
れいながそちらに目をやると、一度だけ会ったことのある
彼女がいた。
「美貴ちゃん」
「あ、梨華ちゃん」
いらっしゃーいと、れいなのときと同じように
彼女に席を示す美貴。
彼女はれいなの方を見て「こんにちは」というと
れいなの反対側へ腰を下ろした。
「いつもの?」
「うん、いつもの」
了解しましたと店の奥へと入る美貴。
まるで、夫婦の会話みたいだと思いながら
れいなはオレンジジュースを啜った。
- 304 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:36
- 「初めまして……じゃないんだよね」
「あ、はい」
れいなの反応が面白かったのか、彼女はくすりと笑い
「梨華って言います。さゆみの姉です」と言った。
「田中…田中、れいなです」
反射的にそう挨拶をすると、梨華は小さく頷いた。
「はい、お待たせ」
美貴がやってきて、梨華の前にアイスティーを置く。
何となく、オトナだな…とれいなは思った。
そのまま奥へ戻ろうとする美貴に、梨華は
「美貴ちゃんは?」と声をかける。
すると美貴は唇を小さく動かして何かを言った。
れいなには最後の『ごめんね』しか読み取れない。
そっか、と頷く梨華。
美貴の姿が見えなくなってから、れいなは
「何て言ってたんですか?」と梨華に尋ねた。
- 305 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:38
- 「『まだ、他のお客さんいるから、ごめんね』って」
へぇ…とれいなが感心していると
また、梨華が笑う。
その笑みが、誰かに似ていると思った。
「れいなちゃんとはね、さゆの話とか聞いてて、何か
お話して見たいなぁって思ってたの」
この間のお礼もね、と付け加えて、梨華はストローを咥える。
その仕草一つ一つが、やっぱり誰かに似ていて。
ぼーっと彼女を見つめていると、梨華は恥ずかしそうに
「どうしたの?」と言いながら微笑んだ。
「私ね、写真部だったの。美貴ちゃんと同期で」
「じゃあ、さゆはそれで?」
れいながそう言うと、梨華は小さく首を振る。
- 306 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/03/06(月) 09:39
- 「それは違うと思うな。あの子、私が写真部だったって
知ったの、ついこの間だったから……」
「そうなんですか?」
てっきり、梨華が写真部だった影響で、さゆみは写真に
興味を持ったのだと思っていた。梨華は話を続ける。
「あの子、あんまり身体が丈夫な方じゃないの。
今はそうでもないんだけど、私が写真部を引退する前だから…
まだ、小学生の頃かな。あの子、ずっと入院してて、私も
あんまりお見舞いとか行かなかったから、部活のことなんて
一度も、あの子に話したことなかったの」
だから、さゆが写真部に入ったって聞いたときは驚いた
と梨華は言った。
- 307 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2006/03/06(月) 09:55
- なんだかものすごく中途半端ですけど
今日は、ここまで……
- 308 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2006/03/06(月) 09:55
-
- 309 名前:どこかの誰かさん 投稿日:2006/03/06(月) 09:55
-
- 310 名前:あお 投稿日:2006/03/07(火) 20:34
- 初カキコになります。ずっとROMらせてもらってました。作品から爽やかな空気を感じます。今後も頑張って下さい!
- 311 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/08(水) 23:57
- このスレ・・・イイですねw 雰囲気が大好きです。
- 312 名前:なませい 投稿日:2006/04/09(日) 04:36
- 感動しました。。。
ホント素敵です。。。言葉になりません。。
- 313 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/09(日) 04:53
- ageんな
- 314 名前:咲馬 投稿日:2006/04/16(日) 16:34
- とても良かったです。
自分も写真部なんで、かなりハマリました。
続き楽しみにしています。
- 315 名前:初心者 投稿日:2006/05/11(木) 01:54
- とてもおもしろいです
続きが気になってしょうがないです
更新お待ちしています
- 316 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/12(金) 14:35
- ほーちれすか…?
- 317 名前:作者 投稿日:2006/05/12(金) 17:34
- もう一つのスレの方でもお知らせしましたが……
自分、今年受験生なんです。予定では終わるまで、あと10ヶ月。
放置は絶対にしませんので、見捨てずにマターリとお待ちください。
よろしくお願いします。
- 318 名前:名無飼育 投稿日:2006/06/01(木) 21:14
- マターリ待ってます
- 319 名前:作者 投稿日:2006/07/15(土) 09:05
- 8月1日 続き更新予定
目標:夏休み中に完結させる!!
もう、話は出来上がっているので、あとは更新するだけ…
時間のやりくりがポイントですね。
メリハリ付けて頑張るぞ!!と、宣言してみたり(笑
- 320 名前:作者 投稿日:2006/07/15(土) 09:35
- 宣言ついでに、今のうちから予告しておきます。
これやったら浪人しましたとか言えないですよね…よし!
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
亜弥先輩がいて、愛先輩がいて。
でも、二人はもうすぐ卒業なんですよね。
たった一人、絵里だけになる写真部。
先輩たちがいなくなったら……絵里はどうすればいいですか?
『いつまでも、隣に』
主演:亀井絵里
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
彼女は、クラスメイト…らしい。
話したことなんてないんだけど、どういう理由か同じ部活。
気まずい。ものすごく。
ほら、先輩たち、困っちゃってるじゃん……
『エアコンと扇風機と君と』
主演:高橋愛 松浦亜弥
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
小学校の頃からの、親友。なにをするのも、一緒だった。
授業なんか出るくらいなら、写真を撮っていたほうが楽しい。
教室よりも部室の雰囲気の方が大切だし、大好きだから。
でも……本当にこれでいいの?
『Yの路探して』
主演:後藤真希 吉澤ひとみ
- 321 名前:作者 投稿日:2006/07/15(土) 09:38
- どれがいつから…というのは、まだ未定です。
取り合えず、一番上の話が来年の春から始まるという
ことだけは確定しています。
タイトルは仮題なので、もしかしたら変わるかもしれません。
では、また。
- 322 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:06
-
- 323 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:06
- 「さゆったらね、もう毎日あなたと絵里の話ばっかり」
「え?」
梨華はそこでまた、小さく笑い「ホントだよ?」と
からかうようにれいなを見つめながら言った。
ふと、れいなは気が付いたことがあって、梨華に問う。
「今、亀井先輩のこと、“絵里”って……」
「絵里のことは、あの子が一年生のときから知ってるから」
あぁそうなんですか、とれいなは小さく呟く。
- 324 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:07
- 「私たちの代が卒業してから、新入生、入らなくてね。
だから、今、写真部にいないでしょ?三年生」
「あぁ…はい」
「絵里が入ったときには、他の部員はみんな三年生…
受験生でしょ?なかなか部活に顔出す機会がないって
言ってたから、私が色々教えてあげに学校行ってたの」
まぁ、教えることとかなかったけどね、と梨華は笑う。
そうだろうなと、れいなは曖昧に頷いて、ストローを咥えた。
「あの子、上手だったから。梨華ちゃんはもっぱら話し相手」
美貴が脇から入ってきて、その手にはグラスが一つ。
「いいんですか?仕事」
「え?あぁ、もうお客さんいないし」
だから休憩、と美貴は梨華の隣に腰を下ろす。
- 325 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:09
- 「んなことより、れいな。旅行、どうだったの?」
「え?さゆから聞いていないんですか?」
てっきり、旅行の思い出話は、さゆみが喋っているものだと
思っていた。けれど美貴は首を振り、梨華は苦笑いを浮かべる。
「『写真撮った』としか教えてもらってないの」
「随分アバウトな思い出話ですね」
「で、どうだったのさ」
「どうって…本当に、写真撮って…あと、花火したくらいで」
「好きなヒトの話とかさ。そういうの、しなかったの?」
「あぁ、そういえば……」
そういうの、しなかったなぁと。れいなは思い出す。
そもそも、あの二人に好きな人というのがいるのか
どうかさえ、定かじゃないのだけれど。
- 326 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:10
- 美貴が笑って、グラスの中身を口に含む。
透明なストローを抜けるそのものは、多分アイスコーヒー。
「やっぱりさ、あんたたち、面白いよ」
「はぁ……」
「普通さ、しない?年頃の女の子、三人も集まって」
どうなんだろう。
確かに、自分たちは一度も、そういう話をしないなと
れいなは思う。恋話どころか、自分たちのこと自体
あまり、話したことはない。
話したとしても、すべて写真絡みのことだった気がする。
「でも、よかった。ね、梨華ちゃん」
「ねー…ほんとに」
「はぁ…」
- 327 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:11
- 「前に、れいなに『亀井ちゃんって大人しい子じゃない?』って
言ったら、れいな、不思議そうな顔したでしょ?」
「あぁ、そんなことありましたね」
「亀井ちゃんってさ、入学したばっかりのころ、友達作りに
乗り遅れちゃったみたいでね。結構寂しそうにしてること
多かったんだよ。部活に来れば、先輩とかいるけど、それ
でも対等に話せる相手って、いないでしょ?
だから、今年一年生が二人も入ってくれて、亀井ちゃん
今、すっごく嬉しいんじゃないかなぁって」
そうなのかな。
ふと、れいなは部活中の絵里の表情を思い出す。
さゆみとれいなのやり取りに、笑った顔。
カメラを構えるときの、真剣な眼差し。
- 328 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:13
- 「あたし、先輩のこと、好きです」
不意に、口から漏れた言葉。
美貴と梨華が驚いたように自分を見たのがわかる。
れいな自身、たった今時分が発した言葉が急に
恥ずかしくなって、顔が熱くなってきていた。
「あの、いや…好きって言うのは、その……」
思わずあたふたと弁解しようとしたれいなに美貴が
小さく笑い、梨華もそれにつられたように微笑む。
「いいんじゃない?好きで」
「ラブじゃなくて、ライクなわけね」
顔を見合わせて、小さく笑い合う美貴と梨華に
れいなは小さく「はい」と頷いた。
- 329 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:17
- 美貴と梨華に会ってから数日後。
いつもの部室。
れいなの手元は、この間の旅行の写真を引き伸ばし
それを板に張る作業の途中。
「れなちゃん、写真のタイトル決めた?」
「タイトル?」
すっかり忘れていた。
れいなは、写真を見つめながら「んー…」と首を捻る。
少し離れた所ではさゆみが、長方形に切った紙に、色ペンで
タイトルを書き込んでいた。
それを見ようとさりげなく近くに寄り、後ろから覗き込む。
「あ、れいなは見たらダメ」
「何で」
「どうしても」
- 330 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:17
- ちぇ、と唇を突き出すれいなと
それを見て笑う絵里。
いつものやりとり。
変わらない光景。
それでも、昨日とは違う風景。
壁に付けられた手作りの日めくりカレンダーが
文化祭までのカウントダウンを示している。
「文化祭は、卒業生も遊びに来てくれるから」
「卒業生?」
「うん。写真部のOGの先輩たち」
「そういえば、お姉ちゃんも来るって言ってた」
―――ということは、美貴さんも来るのかな
そう考えて、れいなの視線は壁の写真へと向かう。
- 331 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:18
- だって、この写真、半分以上が青空じゃない?
すっごくきれいな写真なのに、どうして
『Empty』なんだろうって………
あの、初めて写真部に行ったときの絵里の言葉が甦る。
あの時は素直に「だよなぁ」と思っていた。
手元にある自分の写真を見下ろしていて、思う。
本当にセンパイも、そう思っていたのだろうか…と。
もしかしたら、本当の意味を知っていて、それでも
わざと、そんな風に言ったんじゃないか。
それを聞いてみようと絵里の方を見たけれど、彼女は
何かを作っている最中で、声をかけ辛く、まぁいいかと
れいなは自分の作業に戻った。
- 332 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:18
- 空と、それを埋め尽くすようなビルが写った、美貴の写真。
空と、それと同じような色の海が広がる、自分の写真。
―――あぁ、そうか
―――もしかしたら、そういうことなんだ。
れいなの口元に、自然に笑みが広がる。
それが合っているという確証はどこにもなかったけれど
多分、そうなんじゃないかと思う。
「よし」
ペンを走らせ、タイトルを記入して、れいなはそれを
絵里の元へ持っていく。
- 333 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:19
- 「センパイ。タイトル、決まりました」
「んー?」
顔を上げた絵里の前にその紙を出す。
すると絵里は一瞬だけ驚いたような顔をして
れいなを見上げ、そして。
「よくできました」
そう言って、笑った。
その視線の先、マジックで書かれたタイトルは――――
- 334 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:20
-
- 335 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:20
-
- 336 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/01(火) 23:21
- 待っていてくださった皆様、ありがとうございます
作者、ちょいと戻ってきました。
いやぁ、その割には更新量少なくてごめんなさい…
- 337 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/02(水) 09:12
- お疲れ様です 相変わらず雰囲気のある作品で惹きこまれていきます
作者のペースで書けるのもここの利点だと思うので読み手は楽しみに
待ってますから頑張ってください
- 338 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:27
- 門をくぐると、ビラを手にした生徒たちが一斉に群がってくる。
その服装も様々で、制服やクラスで作ったのだろう
Tシャツ。中には劇の衣装らしきものまであった。
大して広くもない中庭には、所狭しと屋台が並び、大音量で
流行のJ-POPが流れている。
そんないつもと全然違う雰囲気の母校を、美貴は
梨華に引きずられるようにして歩いていた。
「変わってないね、ここ」
回りの喧騒から少し離れた校庭の隅っこに立つ
クラブハウス棟を見上げて、梨華が懐かしそうな声を上げた。
- 339 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:28
- 「さゆたち、部室でサボってるらしいから。行こう?」
そう言って、先に階段を上がってく梨華の後ろをついていく。
本当は、ここに来るのはあまり気が進まなかった。
文化祭全体としてはともかく、あの部屋に入れば
まだ
あの写真が飾ってあるのを知っていたから。
埃や土を被って白くなっている足元を、じっと見つめながら
美貴は、のろのろとした足取りで廊下を進む。
「あ、ごっちんとよっすぃ、もう来てるんだ」
開けっ放しの窓から漏れてくる声は、明らかに聞き覚えの
ある、後輩のもの。
嬉しそうに廊下を走っていく梨華の後ろ姿を見つめて
美貴は小さく溜息をついた。
- 340 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:29
- 立ち止まる美貴の後ろから、誰かが近付いてくる足音がする。
誰だろう、と振り返る前に、美貴の身体に巻き付く、何か。
それが人の腕だと分かるまで、大した時間はかからなかった。
「みきたん!」
「亜弥ちゃん?」
美貴が三年生のときの後輩、亜弥。
去年卒業したばかりの彼女は、同期だった愛を連れていた。
「こんにちは」
「愛ちゃん。久しぶり」
- 341 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:30
- 変わっていない二人組だ。
美貴の記憶が確かなら、二人とも同じ大学の
同じ学部に進んでいた気がする。前はそんなに仲良くなかった
のに…と、美貴は些か妙な気分になっていた。
「美貴ちゃん、何してるの?」
美貴が入ってこないことを訝しがった梨華が
ドアからひょっこり顔を出す。
亜弥と愛は途端に嬉しそうな顔になって、彼女の方に
走って行ってしまった。
「美貴さん?」
仕方なく歩き出そうとした美貴の背中にかかる声。
振り返ると、大量のジュースを抱えたれいなが立っていた。
- 342 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:30
- 「何してんの?」
「え?あぁ、これ、バツゲームで………」
どうやら、トランプをしていて負けた人がジュースを
買いに行くというルールだったらしい。
ふと、そんなルールを設定しそうな後輩の顔が浮かぶ。
「来てくれたんですね、文化祭」
「まぁ、れいなの見てみたかったし」
そう言うと美貴はれいなの持っていたジュースを
数個受け取って、部室の方へと歩き出す。
自分の写真のことは、まぁ、いいかと思った。
- 343 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:31
- 部室は、賑やかというよりも喧しかった。
それもそのはず。
歴代のOGと現役が同じ部屋にいるのだ。
人数にして、九人。
これで静かにしている方が、おかしな話だ。
「みきてぃ。久しぶりー」
「遅かったね」
美貴に声をかけたのは、現役部員と混じって
トランプに興じていたOG二人。
後輩というより悪友に近い存在だった彼女たちとの久々の
再会に美貴の頬も自然に緩み「久しぶり」と返事を返した。
「美貴。三人の写真、見た?」
悪友の片割れ…真希が、トランプを手にしたままで美貴に
尋ねる。首を振ると「見ておいでよ」と促された。
- 344 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:31
- 「行って来なよ。職員室の前の廊下に飾ってあるから」
「ごっちんとよっすぃは見たの?」
「学校来て、一番最初に見たよ」
そうなんだと言うと美貴は、すぐ側でさゆみと何かを
話していた梨華に「梨華ちゃん、行く?」と声をかけた。
「そうだね。じゃあ、行こっか」
騒がしい廊下を、梨華と二人で並んで歩く。
途中、かつての後輩に会ったり先生と話をしたりして
職員室前についた頃には、部室を出て三十分は経っていた。
「あったよ。あれじゃない?」
美術部や書道部の作品に挟まれて、それはあった。
- 345 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:34
- 「さゆらしいな、なんか」
梨華がくすりと笑みを零して、そっと写真をなぞる。
『ありがとう』と名付けられたその写真。
花火をしている絵里とれいな。
穏やかな笑みを浮べて、今にも消えそうな
小さな線香花火を見つめている。
絵里が、れいなに何かを言っているような、そんな写真。
何を話しているんだろうと、美貴は思った。
聞こうと思えば聞くことも可能なのだけど、でも美貴は
多分、そうしない。
それはきっと、隣にいる梨華も同じ。
- 346 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:35
- 絵里の写真。
れいなとさゆみが二人で並んでいる写真。
柱をはさんで、背中合わせ。れいなが自分の頭の上に手を
置いて、少しだけ上目遣い。さゆみが首を動かして後ろを
見て、そんなれいなを笑っている。
写真自体は、二人の胸元辺りで切れているけれど、二人の
身長差は小さい。実際の二人は結構身長の差は離れている。
きっと、れいなの方が背伸びでもしているんだろう。
『足元』
そう書かれたタイトルに、美貴はやっぱりな、と
梨華と顔を見合わせた。
- 347 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:35
- 「ほら、これ……れなちゃんのじゃない?」
いつの間にか少し離れたところにいた梨華の声に、視線を
そちらへ向ける。自然と口元に浮かぶ、微笑み。
「大人になったんだ。れいなも」
そこに映し出されていたのは、海の写真。
青い空と青い海。
その境界線がどこなのか、分からなくなりそうなほどの青。
それ以外は、何もない。
雲、一つさえも。
そして…タイトルは―――
『Full』
- 348 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:35
- □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
- 349 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:36
- 「あれ?随分少ないね」
美貴と梨華が部室に戻ると、そこには愛と亜弥がいるだけ
だった。聞くと、真希とひとみは元担任に会いに行き
れいなたち三人は、それぞれのクラスに戻ったという。
「じゃあ、先輩たちも帰ってきたし、あたしらも行こうか」
「そうだね」
そう言って立ち上がる二人。
「どこか行くの?」
「他の発表、見てきますよ」
丁度ドアを開けようとしていた亜弥が振り返る。
「夕方、皆でみきたんの所に寄るから、よろしく」
- 350 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:37
- 「えー………」
マジで?と思いながら、二人を見送ると
梨華がくすりと笑い出した。
「せっかくのお休みなのにね」
ホントだよ、と美貴は唇を尖らせる。
どうせそのまま夕飯を食べて、騒ぐだけ騒ぐつもりなのだろう。
―――でも、まぁいいか。
毎年の事だし、久しぶりにみんなと話せるし。
そう言うと、梨華は「そうだね」と言って笑った。
- 351 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:37
- 「れいな、そろそろ戻らない?」
「んー……戻らない」
もう、とさゆみは小さく溜息を付いて、れいなの隣に座る。
れいなは、ごろんと寝転がったまま、さゆみを見上げた。
「ねぇ、さゆ」
「何?」
「いつ、撮ったの。あんな写真」
あんな写真。
れいなの言っている写真が何なのか、すぐに想像できた。
「んー。旅行で、花火してるとき」
「それは分かるけど」
全然気づかなかったと言うれいなに、さゆみは笑う。
- 352 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:38
- 「だって、気付かれないように撮ったんだもん」
「何で?」
「何でって言われても………」
それは、写真に対するさゆみの、一種の信条と言っても
過言ではなかった。
どうも自分は、ものや草花を撮るのは向いていない。
さゆみは、そう思っていた。
可愛い人、愛でたい人。
そういったものを、カメラに収めたい。
しかし、カメラを向けると彼ら彼女らは、揃って自分を創る。
メイクをしたり、髪をとかしたり、ポーズを決めたり。
さゆみにとってそんなことをする被写体は
すでに『可愛くない』もの同然だった。
- 353 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:39
- 「創ってないもの…自然な笑顔とか、そいういう一瞬の
ものを撮りたいなって思って………」
「へー。そうなんだ」
さゆみの話に、れいなは些か感心していた。
きっとさゆみは自分よりずっと、大人なんだ。
「れいな」
さゆみの声がする。
優しい声。
不意に、あぁ。と思った。
ずっと解けなかった問題が解けたときのような
やり切ったような、すがしがしさ。
- 354 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/08/03(木) 10:39
- 「さゆってさ、似てるよね」
「ん?」
「梨華さんと」
喫茶店で梨華に会ったとき。
美貴と無言の会話をした後のあの笑顔。
それが、れいなを覗き込んでいるさゆみに重なった。
「それはまぁ……姉妹だし……」
「そういう意味じゃないんだけどね」
よっと反動をつけて起き上がり、れいなとさゆみは
同じ視線の高さで向き合う。
「……戻ろうか」
ふと口にした言葉に、さゆみが「うん」と頷く。
あぁやっぱり似ている、とれいなは思った。
- 355 名前:作者 投稿日:2006/08/03(木) 10:42
- >>名無飼育さん様
雰囲気のある作品…どうもありがとうございます。
なんか、照れますね、そう言われますと(笑
この雰囲気のまま完結まで目指します!
- 356 名前:作者 投稿日:2006/08/03(木) 10:42
-
- 357 名前:作者 投稿日:2006/08/03(木) 10:42
-
- 358 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/04(金) 07:50
- この雰囲気、癒されます。
何か、「青春!」って感じで良いですね。
次回も楽しみにしてます。頑張って下さい!
- 359 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/08(火) 22:20
- 初レスです
「Last days」も良かったんですが、
「それぞれの風景」は更に良いです。
自分も長年、写真やってまして、マンネリ化してきた所へ、
初心ってモノを思い出しました。 ありがとう。
御自身の生活の妨げにならない程度に頑張ってください。
シリーズ完結を期待しております。
- 360 名前:あお 投稿日:2006/08/13(日) 13:16
- 更新オツカレサマです。
やっと役者が揃いましたねー。まったりした空気感に毎回癒されます。
- 361 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/09(土) 15:13
- 祭りの後。
待っているのは当然、後片付け。
「じゃあ、三人とも。また後でね」
「はい。終わったらすぐに行きます」
店の準備をするからと一足先に帰った美貴と、それを手伝うと言って
美貴に付いていった梨華以外の元部員たちが学校を出て行く姿を見送って
れいなたちは部室と、展示していた写真の片付けに入った。
「クラスの片付けやらなくていいんだから、得でしょ?」
そう言って絵里は笑うが、れいなにはどっちがいいのか分からない。
確かに、クラスメイトたちと一緒にいるよりも、部室にいる方が
居心地がいいのは確かなんだけど、散らかり具合は、きっといい勝負。
「なんか、おもしろいよね」
お菓子の空箱をゴミ袋に放り込みながら、さゆみが感心したように呟く。
「後藤さんと吉澤さんがいた所はごみが散らかって
松浦さんと高橋さんのところは、凄く綺麗になってる」
「あー。前からそんなだよ」
缶を潰しながら、絵里が笑う。
- 362 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/09(土) 15:13
- 「あの二人、几帳面っていうか、結構しっかりしてるから」
「ふーん」
そのわりに・・・とれいなは思う。さゆみも同じだったのか
視線の先にあるのは紙袋。
「これ、中身って全部あの二人のだよね?」
「あ、それは・・・」
置き忘れたのかわざとなのか―――多分、後者なんだろう
とりあえず、胸元に『高橋』と明記されたジャージ。
年度末に捨てるのが面倒だったのかマジックで書かれた
『松浦亜弥』が、ややこすれ気味になってるノートや教科書。
「何気に、結構幅取ってるし。これ」
さゆみの言葉に、絵里は「まぁね」と苦笑いを浮かべた。
- 363 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/09(土) 15:15
- どんなに散らかっていても、元々あまり広くない部屋。
掃除は二十分ほどで終わり、れいなは他の二人と並んで
学校を後にした。
「こんばんはぁ」
「お、いらっしゃい」
三人が店に入ると、先に行っていた美貴を始めとするOGたちは
ちょうど話が盛り上がっていた頃らしく、ジュースを持っていた
美貴以外、誰も三人が入ってきたことには気付いていなかった。
「おーい。来たよ、三人」
美貴の言葉で、他の人は皆振り返り三人に手招きをする。
おずおずと席に近付いた三人は、それぞれ空いた席に引きず
り込まれた。真希の隣に座ったれいなは、美貴の運んできた
オレンジジュースを啜り、困ったように視線を彷徨わせた。
向かいの席ではさゆみは梨華に耳元で何かを囁かれ
可笑しそうに笑い、絵里は亜弥と愛と話をしている。
「田中ちゃん」
「え?あ、はい」
自分の名前を呼んだ真希に、れいなは驚いてそちらを見る。
そんなれいなが面白かったのか、真希は「あは」と笑い
れいなの頭を撫でた。
- 364 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/09(土) 15:17
- 「田中ちゃん、あたしに似てるんだってね」
「え?」
誰が…と言おうとして、一人の姿を思い浮かべ
れいなは美貴の方へ視線をやった。
「ん?」
れいなに見つめられ、不思議そうな美貴。
その口にはサンドウィッチか何かが一切れ。
「あ、ミキティそれ運ぶのー?」
れいなにつられて美貴を見た真希は、手伝うよと言って
美貴の方へ行ってしまい、れいなは何ともいえない気分を
抱えたまま、手持ち無沙汰となり、ジュースを啜った。
「れいな、後藤さんと何話してたの?」
ズズーと音を立てていると、グラスを片手に、さゆみが
隣へとすとんと腰を下ろした。さっきまで梨華と一緒だったのに
と思いながら視線をカウンターへ向けると、美貴や真希と一緒に
なって、梨華が大皿を手に何かやっている。
- 365 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/09(土) 15:18
- 「何か、色々。あ……あれ、手伝わなくていいの?」
「そう思ったんだけど、いいからって言われたの」
ふーんと返事をして、れいなは絵里の方を見る。
いつの間にか愛はいなくなり、亜弥と二人で何かを話している
絵里。それを見ながら、さゆみが口を開く。
「絵里がさ、カメラ始めた理由知ってる?」
「うん」
さゆみの質問に「前に聞いた」とれいなは頷く。
そっか、と呟いてさゆみは絵里の方をじっと見つめた。
「その話の中にさ。中学の絵里の先輩って出てきたでしょ」
「あぁいたね」
忘れるはずもない。
絵里が多分、ものすごく信頼して尊敬したであろうその先輩。
- 366 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/09(土) 15:44
- 「それね、松浦さんなんだって」
「え?」
初耳だった。
絵里から聞いたのかと尋ねると、さゆみは首を振り
「お姉ちゃんから」と言った。
へぇと呟いて、れいなは亜弥の方を見る。
絵里を自分と愛の間に挟みんでじゃれ合っている亜弥。
あの人が、そうなのか。
そう思うと、少し変な気分だった。
もっとクールで大人っぽい人を想像していたから。
いや。確かに彼女は、同年代の少女達と比べれば
大人っぽいというか、実際に大人なんだろう。
けれど今、絵里とはしゃいでいる彼女は年相応。
とはいっても、亜弥と同期の愛が少し子供っぽいせいか
やはり亜弥は自分と三つしか離れていないことを考えると
大分『大人』に見えたわけだけれど。
- 367 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/09(土) 15:51
- 「れいな?」
「ん」
なにじっと絵里のこと見つめてるの。
さゆみはそんな意味合いを込めて、れいなを少しだけ
睨んでみる。当然意味が分からなかったらしいれいなは
ちょっと慌てたように「え、なんで怒るの」と言った。
正直、睨んでみたことに意味はない。
「嫉妬?」
「え、意味わかんない。大体、誰に嫉妬なんか・・・」
「絵里を取った松浦さんに」
さっとれいなの顔が、赤くなったのを、さゆみは見逃さな
かった。もちろん、彼女の絵里への気持ちは、ライク止まり
なんだろうけれど。なんか、からかうのもおもしろい。
- 368 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/09(土) 15:51
- 「冗談だよ」
あんまりからかい過ぎるのも可哀想な気がして
さゆみはグラスに残っていたジュースを一気に飲み干す。
氷が解けて、ジュースは少しだけ水っぽくなっていた。
「もう、さゆ嫌い」
「だから冗談だってば」
ごめんごめんと、あまり気持ちのこもっていない謝罪を
繰り返すさゆみに、れいなは唇を尖らせてそっぽを向く。
その視線の先には絵里。
れいなに気付いて視線を合わせると、にっこりと微笑んだ
彼女に、れいなはまた、自分の顔が赤くなるのを感じていた。
―――――なんか、照れる
そんなれいなを見つめた後、さゆみは空のグラスを手に
立ち上がると「ジュース、いいですかぁ?」と席を離れ
カウンターの方へ、歩いていった。
- 369 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/09(土) 15:53
-
- 370 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/09(土) 15:54
- 文化祭が終わってしまえば、これといった行事はない。
体育祭も春に終わったし、目の前のイベントといえば
れいなもさゆみも思わず眉をしかめてしまう、あれ。
「ほら、れなちゃんもさゆも。手、止まってるよ」
「絵里はいいなぁ。頭良くて」
期末テスト、一週間前。
本来、部活動は休止だけれど、後輩二人の散々たる小テストを
目にした絵里の「さすがにね」の一言で、臨時家庭教師誕生。
部室で仲良くお勉強会。
しかし、身体に染み込んだ拒否反応はどうすることもできず。
数学のテキストを開いた途端、目が虚ろになったれいなと
助動詞の活用表に頭を抱えたさゆみに、絵里は苦笑いを浮か
べながら「頑張って」というよりほかなかった。
- 371 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/09(土) 15:54
- 「れなちゃん、ここ。二次関数になってない」
「さゆ。これは会話文だから、作者からの敬語じゃないよ」
手元の問題集を片付けながら、絵里は時折、二人のノートを
覗き込んでは、間違いを指摘していく。
「もう、わかんない」
シャープペンを放り出して、先に根を上げたのはさゆみ。
それにつられたように、れいなもノートをパタンと閉じる。
「絵里ってさ」
「うん?」
さゆみの呼びかけに、絵里は顔を上げて首を傾げる。
- 372 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/09(土) 16:00
- 「塾とか、行ってるの?」
「ううん。今はまだ、行ってないよ」
「じゃぁこれから行く予定あるんだ?」
「受験生だしね」と絵里は笑い、さゆみは「そっか」と頷く。
そんな二人を尻目に、れいなはどこか、複雑な気分だった。
―――――もう、引退するんだ。先輩。
れいなが部活に入ったのが、夏休み過ぎなのだから仕方の
ないことかもしれないけれど、なんだか一緒にいた期間が
すごく短いような気がした。多分それは、さゆみも同じ。
「なんか、変な感じ」
「でもほら。別に卒業するわけじゃないしさ」
むーっと小さく唸って、教科書の上に顎を乗せるさゆみ。
その頭を、撫でながら笑っている絵里。
この光景がもうすぐ終わるんだと思うと、すごく寂しい。
- 373 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/09(土) 16:07
- 「二人はどうなの?」
「どうって。辞めないよ?別に。ねぇ」
「うん」
当たり前だ。写真部は辞めないし、辞めるつもりもない。
三年生になっても続けたっていいくらい。
「あ、部活のことじゃなくてね」
「うん」
どこか歯切れの悪い絵里に、さゆみは顔を上げて絵里の方を
向く。れいなも、あぐらを組んだ足を体操座りへと変えた。
別にそんなに改まらなくてもいいのに・・・と絵里が呟くのが
聞こえたけれど、なんとなくってやつで、そのまま。
「二人さ、クラスメイトでしょ?」
「うん」
「クラスの他の子とかと、喋るのかなって」
あぁ―――さゆみが納得した表情で頷く。
- 374 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/10(日) 09:57
- 「最近はさ、二人でいること多いよね」
「うん。ホント最近ね」
確かに、最近よくさゆみとつるんでいるような気がする。
そう考えると、きっと自分は彼女といる時間が一番長い。
れいなは、ぼんやりとそんなことを考えていた。
―――――信じられないなぁ・・・なんか
少し前までは、口を聞いたことなど殆どない、ただの
クラスメイトだったのに。
「クラスメイトともね、しゃべるよ。普通に」
「それでも、やっぱり二人でいる時間の方が長いね」
「そっか」
それだけ言って、絵里は何事もなかったかのように
再び手元の参考書へと意識を戻していく。
そんな絵里の横顔を、さゆみがじっと見つめていたことに
れいなは気が付かなかった。
テスト直前。冬休みまではもうちょっと―――――
- 375 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/10(日) 09:58
-
- 376 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/10(日) 09:58
- 二人のテストの結果は、気にしない方がいいだろう。
とりあえず、冬休みの大半は午前中、学校にいたとでも
言っておけばいいだろうか。
鞄の中に、プリントと教科書を入れて。
「あんたたち、少しは亀井を見習ったら?」
「えー・・・だって・・・ねぇ。れいな?」
「勉強、嫌いなんですもん」
顔を合わせるたびに担任の保田とはそんな会話をしている。
職員室前の廊下は冬休みということもあって人影は少ない。
すぐ隣の掲示板には、各学年の成績上位者の名前が張り出さ
れていて、その中にある『亀井絵里』の名前。
「まったく・・・部活もいいけど、せめて宿題はやりなさいよ」
「わかってますよぉ」
さよーならー・・・と廊下をパタパタと走っていくれいなと
さゆみの後姿を見送りながら、保田は自分の口元が緩んで
いることに気が付いた。
- 377 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/10(日) 09:59
- 二人とも、大分変わった。れいなにいたっては
迷いが吹っ切れたと言った方がいいだろうか。
自分も少し興味があってカメラをやっていた頃があった。
けれど、あの子たちのようにはいかなかったと保田は思う。
文化祭で二人の写真を見たときに感じたもの―――
そこまで考えて、ふっと唇から笑みが漏れる。
―――――もう年だわ。あたしも
「若いっていいわね。まったく」
一人そんな呟き声が出ているとも気が付かず、保田は
もう一度小さく微笑むと、職寝室の自分のディスクに
たまっている、補習でやったテストの束を思い出して
職員室の扉に手をかけた。
- 378 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/10(日) 10:10
-
- 379 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/09/10(日) 10:10
-
- 380 名前:作者 投稿日:2006/09/10(日) 10:22
- 本当は、昨日ここまで更新したかった・・・orz
>>358 名無飼育さん様
癒されますか。いやいや・・・。
作者はマイナスイオン永久放出できるような作品を
これからも提供していきます(笑
>>359 名無飼育さん様
はじめまして。
うわー写真をやっている方ですか!!
実は作者は趣味というか遊びの範囲でしかカメラを手にしたことはなく
すべて写真部の友人たちを見て書いているので・・・なんか照れますね。
>>360 あお様
飼育の学園ものって、どこかしらに恋愛を絡ませるものが多いんで
そういうのが一切ないのほほんとした作品もありかなぁと。
亀井さんを先輩と呼ぶ田中さんは少し違和――ry――あったりしますが(笑
何気に、完結は近いです。
もしかしたら次の次あたりに・・・・・・
- 381 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/20(水) 16:29
- いいなあ、なんか。
- 382 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/20(水) 23:42
- ほんとこの雰囲気、好きです。
ノスタルジックな感じ!
次回も楽しみにしております。
- 383 名前:あお 投稿日:2006/09/26(火) 23:23
- 更新お疲れ様です。
そうですね、そうしていることでこの作品の穏やかさやゆるやかな空気は助長されていますよね。なかなか無いテイストで素敵だと思います。
執筆頑張ってください。
- 384 名前:作者 投稿日:2006/10/26(木) 18:26
- >>381 名無飼育さん様
いいですか?ありがとうございます!
>>382 名無飼育さん様
一ヶ月以上空けてしまいました。すみません・・・
雰囲気が好きと言って頂けるととてもテンション上がりますw
>>383 あお様
穏やか緩やか。作者の周りにはあまりない環境なのでちょっと3人が
羨ましいとか羨ましくないとか・・・なんせ作者の周りの人間は
毎日がお祭り騒ぎの頭がやたらとおめでたい方々ばかりなのでw
- 385 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 18:30
- 「写真撮りに行く?」
「寒いから嫌」
確かに、教室ならともかく、廊下や校庭は冬の風が吹きつけているし
屋上はドアを開けた瞬間に手が冷える。そんな中でカメラを構えたく
ない気持ちも、まぁ分からなくもないのだけれど。
「……来年、一年生、入るかな」
「どうだろうね」
さしてその話題には興味がないといった感じで、さゆみは
煎餅を齧る。れいなもなんとなく黙ってしまい、部屋の中に
響くのは咀嚼音と、れいなが熱い缶の緑茶を啜る音だけ。
耳を澄ますと、陸上部だろうか。
甲高い笛の音と地を蹴る音がする。
- 386 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 18:31
- 「まぁ、例え一年生が入っても、入らなくてもね」
「ん?」
さゆみの方に顔を向けたれいなは、彼女の口元に付いた
煎餅の欠片を指で摘みながら、首を傾げる。
「ここは、変わらないよね。何も」
「………うん」
分かってる。ここは変わっていくんだってこと。
何一つとして、変わらないまま。
絵里は、冬休みが空けてから部室に来る回数が減っている。
それは当然といえば当然なのかもしれないけれど、それまで
三人でいた空間に二人というのはやっぱり少し、寂しい。
でもきっとそれが、ここという場所。
- 387 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 18:31
- 「きっとさ、ずっとこうなんだよね」
「ん?」
唐突に口にしたれいなに、さゆみが不思議そうな顔をする。
「きっと、ずっと昔からこうで、これからもずっと」
人がいなくなったり、新しく増えたり。
その度に、不安になったりほっとしたりするけど、それでも
根本的な雰囲気は、何も変わらない。
「なんか、いいよね。そういうの」
「前に後藤さんも言ってたんだ」
『自分の場所って感じがするんだよね』
文化祭の日、部室に来た後藤はぐるりと壁を見渡してから
そう、れいなに言った。
- 388 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 18:33
- 『卒業して2年経つからさ。やっぱり置いてあるものとかは
昔と全然違うんだけど、なんていうのかな。漂ってる空気
みたいなのは変わってないよ。だから、ほっとする。
見た目がどんなに新しくなってて、自分の知らない空間に
なってても、自身を持ってここは自分の場所だって言える』
そう言ったあと、半ば感心したように聞いていたれいなに
後藤は少しだけ照れくさそうに頬をかき、それかられいなの
頭をがしがしと撫でる。
『田中ちゃんには、まだ分かんないかな』
『・・・・・・いえ、分かりますよ』
そう答えたれいなに、後藤は少し驚いたように目を開き
『よかった』と言って笑顔を見せた。
その笑顔がすごく綺麗で、大人に見えて。
ほんの少しだけ理由の分からぬ嫉妬を感じたのはまた、別の話。
- 389 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 18:42
-
- 390 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 18:42
- 『今日の昼休み、部室に来てくれる?』
朝、起きてすぐに確認したメール。
最近連絡のなかった絵里から。
『あ、はい。大丈夫です』
そう返事をしつつ、さゆみにもメールを送る。
『絵里センパイから、呼び出された?』
すぐに返事が来る。
『うん。放課後に』
- 391 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 18:42
- ―――――別々の用事なんだ……
疑問を抱えたまま、れいなは身支度を整えて家を出る。
学校に近い駅に着いたとき、人の波の中に絵里の姿を見つけ
たけれど、何となく話しかけにくくて、学校に着くまでの間
ずっと、彼女の背中を見つめていた。
「あ、れいな。おはよー」
「おはよ」
教室には、既にさゆみが登校していた。
いつものように、一人で席に着き、本を読んでいる。
一瞬、話しかけようかと思った。
しかしその考えはれいなに話しかけてきたクラスメイトとの
会話に消え、それから昼休みまで、選択科目で別々の教室
だったり、休み時間になるとさゆみがふらっとどこかへ行って
しまったりで、れいなが彼女に話しかけるチャンスはなかった。
- 392 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 18:43
- 「れいな、絵里に呼ばれたんでしょう?」
4時間目が終わってすぐ。
さゆみがれいなに話しかけた。れいなが頷くとさゆみは
小さく笑い「頑張ってね」と意味ありげな表情で言う。
いかにも呼び出された理由が分かっていそうな彼女の口調。
「呼び出された理由、知ってるの?」
「何となく、ね」
話を聞きたかったけれど「絵里、待ってるんじゃないの」と
さゆみに背中を押され、お弁当もそこそこに、部室に向かった。
- 393 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 18:44
- エアコンのない部室は、これでもかというくらいに寒い。
夏は扇風機で何とかしのぐことができるのだけれど
冬の寒さだけはどうにもできなかった。
「センパイ?」
部室は既に鍵が開いていて、れいなはドアを細く開けると
その隙間から中を覗き込み、小さく絵里を呼んでみた。
「れなちゃん?」
壁に掛けられていた写真を見つめていた絵里は
れいなの声に振り向き、あの、いつもの柔らかい笑みを見せた。
「あ、あの……」
「こっち、おいで?」
絵里に促されるまま部屋に入り、彼女の前に立つ。
- 394 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 19:43
- 「れなちゃんにね、来年、部長やってもらいたいと思う」
「………え?」
驚きを隠せないまま、れいなは固まっていた。
無理もないか…と絵里は思う。
「そんな…あたしが……ですか?」
「大丈夫。れなちゃんならできるって、信じてるから」
「で、でも…さゆの方がしっかりしてるし…」
確かに、そうなのかもしれない。
でもさ……
「私は、この半年近く、れなちゃんの事を見てきた。
最初の頃は、いつも一人で空ばっかり撮ってたでしょ?
それがさ…ほら、見てごらん」
- 395 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 19:44
- 絵里につられるようにして、れいなは部室を見渡す。
壁や、棚の上に飾られた、幾つもの写真。
その一つ一つには、撮影者の名前が書いてあって……
圧倒的に空の風景が多いれいなの写真だけれど、いくつか
それ以外のものがある。その中の一つ―――絵里がさゆみに
カメラの使い方を教えている写真を指差して、絵里は言った。
「初めて、れなちゃんがこの写真見せてくれた時ね。
私、すっごく嬉しかったの。もう大丈夫なんだなって………」
『この数ヶ月で一番成長したの、れなちゃんだと思うから』
れいなには、写真を懐かしそうに見上げている絵里の横顔が
そう言っているように見えた。
- 396 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 19:45
- 「先輩、あたし………」
自分の方を向いた絵里に、しっかりと頷いてみせる。
絵里は嬉しそうに笑い「ありがとう。よろしくお願いします」
と頭を下げた。れいなも慌てて頭を下げる。
ありがとうございました――――――と。
あの日と同じ、と思ったのは、きっと自分だけじゃない。と
れいなは思った。どちらからともなく顔を上げ、何となく
笑い合っている時に絵里が「懐かしいね」と言ったから。
- 397 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 19:46
- 「先輩」
ふと思い出したことがあって、れいなは絵里に声をかける。
「初めてあたしがここに来たとき…先輩、言いましたね。
どうして『Empty』なんだろうって」
「言ったかもね」
「あれ……本当に、そう思ってたんですか?」
部屋の中がしんと静まり返る。
絵里が、あの写真の方へと視線を向けた。
「どうだろう」
その横顔に浮かぶのは微笑み。
……あぁ、やっぱりそうなんだ。
- 398 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 19:47
- 「………絵里」
小さく、小さく。
自分にも聞こえないような声で、呼んでみる。
けれど、絵里は。
不思議そうな、でも、どこか嬉しそうな顔で、れいなを見た。
「……どうしたの?れいな」
「え――――」
開け放った窓から、生徒達の笑い声が入り込んでくる。
大して広くない、普段は賑やかな部屋の中を、どこか
春の香りを含んだ風が、そっと通り過ぎた―――――
- 399 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:02
-
- 400 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:03
- 「絵里は、心配しなくて大丈夫」
顔を合わせてすぐ。
さゆみの口から出たそんな言葉に、絵里は一瞬だけ驚き
けれど次にはいつもの笑みを浮べて「ありがとう」と頷いた。
絵里には、何となく分かっていた。
自分が用件を告げる前に、さゆみの方からそう言ってくるだろう
という事は。何も語らなくても、自然と察してくれる。
彼女は、そういう子だから。
「あの時ねー…嬉しかった」
唐突に口を開いたさゆみに絵里は「ん?」と寄りかかっていた
フェンスから、体勢を元に戻し、さゆみの方を見た。
あの時―――絵里とれいなが、自分を部に勧誘してくれた時。
- 401 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:04
- それまで、ずっと一人だった。クラスの輪に、馴染めなくて。
元々そんなに活発な方ではなかったし、何よりクラスの雰囲気が
自分とは合わないと思っていた。そんな時に見つけた、写真部。
最初は、4月の終わり頃。
新入生部活勧誘の日だった。
中庭で色々な部活が、それぞれ個性的な勧誘をしている中で
それをあちこちから撮っていた先輩。
『写真部』
腕に付けられた腕章には、そう書かれていて。
他にもいるのかと辺りを見渡しても、撮っているのは彼女だけ。
何となく興味が湧いたさゆみは、手にしていたパンフレットから
写真部の部室を探し、部室へと行ってみた。
けれど、そこには誰もいなくて。
開いていた窓から中を覗き込むと、意外と綺麗に整頓された
部屋には無数の写真が飾ってあった。
- 402 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:09
- その中の一枚―――部員の集合写真だろうか。
さゆみの位置から一人一人の顔がなんとなく見える位置に
飾られていたそれには、さっきさゆみが見た先輩と、他にも
数人が仲良く肩を組んで並んでいた。真ん中二人は、さゆみと
同じ色のネクタイをしていて、手には花束。
右隅の方に小さく書かれた『三送会 16年度/3月』の文字に
彼女たちが自分と入れ違いに卒業していった先輩だと分かった。
他の私服の人たちは皆、この部活のOGなんだろう。
「あの先輩……一人なんだ」
その写真のどこを見ても、さっきの先輩の他に彼女と同じ学年の
人はいない。ふと、あの先輩の姿が思い浮かんだ。
一人だからと、必死で部員を勧誘するのではなく。
ただ普通に活動をしていたあの先輩。変わった人だな…と
思うのと同時に、さゆみは確実に写真部に惹かれていた。
- 403 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:10
- そこまで話をして、さゆみは一旦言葉を切る。
視線の先、絵里が不思議そうに首を傾げていたから。
「どうしたの?」
「あのさ、梨華さんって・・・」
「写真部。でも、知らなかったんだよね」
集合写真を見たときも、自分の姉がいると気付かなかった。
梨華自身は、病弱であまり学校へ行けなかったさゆみに気を使い
学校の話を意図的に避けていたのだろうけれども、もしさゆみが
学校でのことを一切話さないような性格だったなら、二人は
文化祭で初めて互いの部活動を知ったのかもしれない。
―――――それはそれで、面白かったのかも
そんな、ちょっとした楽しみを逃した後悔を軽く感じつつ
さゆみはふっと唇を緩ませた。
- 404 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:13
- 「じゃあ…さゆが、よく私たちを見てたのって……」
絵里が言う。
その言葉に、さゆみは小さく頷いた。
「写真部ね、入りたかったの」
でも、さゆみはカメラの事を全然知らなかった。
それに加え、あまり積極的とは言えない性格。
放課後は殆ど部室にいることのなかった先輩。
職員室で名前を聞くのも何となく気が引けていたし、例え名前と
クラスが分かっても、一人で先輩のクラスに赴く事ができない。
そんな思いから、ただ放課後の活動を眺めていたら、気が付くと
いつの間にか夏休みになっていた。
- 405 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:29
- 「しばらくしてさ、れなが入ったでしょ」
さゆみも、そのクラスメイトの事は何となく知っていた。
いつも、授業が終わるとフラフラとどこかへ行ってしまい
休み時間が終わると同時に戻ってくる。
放課後も、鞄はそのままなのに、姿は見えない―――――
そんな、変わった人。彼女がいつも屋上にいると知ったのは
本当にたまたまだった。
「田中さん?」
小さく漏れたその言葉は、視線の先、階段を昇るクラスメイトに
向けられていた。1年生の教室は最上階。この先の階段を昇れば
四六時中鍵のかかっている屋上への入り口の前につく。
なにしてるんだろう?
好奇心。それは純粋なその気持ちだった。
- 406 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:30
- 不意に、ふふっと絵里が笑い声をもらした。
「ついて行ったんだ?」
「後ろからね」
見つからないように階段を昇り、踊場の一歩手前で止まる。
れいなはさゆみのことなどまったく気が付かないらしく
ブレザーのポケットからキーホルダーの付いた鍵を取り出すと
それを鍵穴に差し込んだ。一瞬の迷いもない動作。
慣れている、ということなのだろう。つまり、彼女は。
「屋上でさ…れいな、笑ってたの。気持ちよさそうに」
その表情に、なんとなく惹かれていた。
目を離せずにいると、彼女は取り出したデジカメを手に持ち
床に転がった。レンズの先には、きっと青い空。
なにが見えるんだろう。
あのレンズの先には、どんな空が見えるんだろう。
- 407 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:40
- それからは、ほぼ毎日。
写真部へ行く代わりに、れいなを見ているようになった。
一見、ストーカーのような行為かもしれないけれど
さゆみはカメラを構えるれいなが好きだった。
だから。
絵里がれいなを誘ったときは、すごく羨ましかった。
何度話しかけようかと思ったけれど、結局は勇気が出せないまま
ただ二人を見学して、帰り道のコンビニで買ったインスタントの
カメラで、家に帰ってから部屋にあるぬいぐるみや、ベランダの
草花を撮って遊んでいた。
学校で体調を崩して、れいなに付き添われて帰った日、何度か
写真部の話を出そうかとも思ったけど、喋れる状態じゃなくて。
- 408 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:47
- しばらくして、れいなから写真部に誘われた時は
言葉では言い表せないくらいに、嬉しかった。
カメラのことを一から教えてくれる絵里のことも。
まだどこなくぎこちないけど、カメラを通じて仲良くなった
クラスメイトのれいなのことも。
「だからね…うん。大丈夫だよ」
大好きだから。写真部は自分の大切な場所だから。
れいなとそれを守っていく。
れいなが部長なら、自分はそれをサポートするから。
だから―――――安心してよ。
- 409 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:54
- 絵里は何も言わない。いや、言えなかった。
すべて彼女は分かっていてくれたから。
確かになんとなく、そんな気はしていたけれど。
「さゆはさ、優しいよね」
「そう…なのかな」
謙遜しているわけでもなく、本当に不思議そうな顔をして
首をかしげるさゆみ。彼女は周りをよく見て、自分以外の人を
一番に考える。それは凄くいいことだと、絵里は思う。
けれど、それは少し心配でもあった。
- 410 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:56
- 「れいなはさ…すごく一生懸命な子だと思う」
「うん。でも、それが原因で、空回りすることがある」
「さゆは、すごく優しい子だと思う」
「さっきも聞いたけど…そうなのかな」
例えばほら、今のように。
さゆみは、確かに、サポート役よりも部長の方が似合っている
かもしれない。けれど、絵里は、彼女を部長には選ばなかった。
それには、れいなに話した理由とは別の理由があるのだけど……
―――――きっと、彼女には分からないだろうな。まだ
今はそれでもいいと思う。
きっと、彼女ならいつか気付いてくれるから。
- 411 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:56
- 「それじゃあ………」
そう言って、絵里は右手を差し出す。
さゆみは静かに笑い、しっかりと、その手を握った。
―――ありがとう。よろしくお願いします
―――心配しないで。ありがとう
言葉にはしなくても。
しっかりと伝わる、伝わってくる、互いの想い。
微笑み合う二人の髪が、風にさらさらと揺れた―――
- 412 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 20:56
-
- 413 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 21:08
- 「部長になっちゃいました」
店に入って、第一声。
レジでなにか書き物をしていた美貴にれいなは告げた。
「そっか。もうそんな時期なんだ」
「まぁ、まだあと少し猶予期間はありますけどね」
そう言ったれいなはどこか嬉しそうで。
きっと、今の部長の人選は間違っていないのだろう。
「藤本さんのときは部長って誰だったんですか?」
「ん?梨華ちゃん」
元々、れいなたちと同じで二人しかいないのだ。適当に
じゃんけんをして、それで決めた。どっちの方が向いていたとか
そういうのはあまりなかったのではないかと、美貴は思い返す。
言ってしまえば、どっちも部長だったから。
- 414 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 21:10
- それをれいなに話してやると、彼女は可笑しそうに笑い
「なんか、らしいですね」と納得した口調で言った。
「うるさい」とれいなの額に軽くデコピンをして、美貴は
立ち上がる。可愛い妹分の部長就任に奢ってやると言うと
れいなは「いいんですか?」と近くのボックス席へと腰掛けた。
「いつものオレンジでいい?」
「はい………あ。藤本さん!」
カウンターへ入っていこうとする美貴の背中に声をかける。
なに?と不思議そうに振り返った彼女に、れいなは言った。
「アイスコーヒー、お願いします」
- 415 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 21:11
- 一瞬、時が止まったように感じた。
美貴は、れいなをじっと見つめている。
れいなは照れたように微笑んで、そんな美貴を見返した。
「かしこまりました」
目を細め、美貴も笑う。
「あ、でも」
「うん?」
「ミルク、少し多めで」
久々に写真を撮りに行こうか。
できれば、れいなを連れて。
了解―――と答えながら、美貴はそんなことを考えた。
- 416 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 21:11
-
- 417 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 21:20
- 四月の風に吹かれながら、面白くなさそうに校庭を見つめている
一人の少女。皺一つないプリーツのスカートとぎこちなさ気に
なんとか形を整えている、慣れないネクタイ。明らかに新入生と
わかる彼女から数メートル離れた貯水タンクの陰からその様子を
ずっと見つめている上級生が二人。
「さゆ行ってよ」
「れいなが行けば?部長なんだから」
れいなは口を尖らせ「こういうときに部長って…」と呟きながら
ぴょこんと陰から飛び出して、その新入生に近付いていく。
「ねぇ…」と声をかけると、驚いた顔で振り返る彼女。
その表情に浮かんだ微かな感情に、さゆみは苦笑いを浮べた。
- 418 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 21:23
- さゆみの位置かられいなの顔は見えないけど、きっと必死に
笑顔を作っている。緊張して多少崩れた、ぎこちない笑顔を。
「一年生だよね?いつも、一人でいるけど………」
れいなの問いかけに、表情はそのままで頷く。
「空とかさ、好きなの?」
「え?あ……はい…」
目つきの悪い先輩からの妙な質問に、拍子抜けしたのだろう。
彼女の顔から少しだけ緊張が抜けたようにさゆみには見えた。
けれど、れいなはそこから先の言葉が続かない。
困ったように、さゆみの方をチラチラと振り返る。
- 419 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 21:24
- ―――あとは、ただ誘えば良いだけなのに…
彼女が何を迷っているのかは、手に取るように分かっている。
だって自分は、彼女のサポート役だから。
「もう。しょうがないなぁ……」
さゆみは小さく呟いて、先ほどのれいなと同じように
貯水タンクの陰からぴょん、と飛び出ると、れいなの隣で
足を止めた。突然の新しい先輩の登場に驚いた様子の一年生。
さゆみはそんな彼女に、れいなとは違う笑顔を浮べながら
ゆっくりと口を開いた。
- 420 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 21:26
- 「私たち、写真部なんだけど…一緒に、写真撮らない?」
春の風が柔らかく肌をなでる、平日の昼下がり。
いつも変わらなくて、いつでも変わり続ける青空の下でのこと。
そして。
いつもは二人の賑やかな笑い声が聞こえる、その小さな部屋の
細く開いた窓から、ちょっとだけ先輩ぶった、けれども優しい
声が聞こえてくるのは、きっともう少し、後の話。
- 421 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 21:26
-
- 422 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 21:26
-
- 423 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/10/26(木) 21:27
-
―――――それぞれの風景 完
- 424 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/27(金) 21:28
- 完結おつかれさまです。
読み終わったあとも少し、
余韻に浸ってしまいました。
「それぞれの風景」の三人と、
流れる空気が本当に好きでした。
作者さんの作品にまたどこかで
出逢えますように。
というか!
何板で出逢えるのかぜひ
教えてください…。
- 425 名前:359 投稿日:2006/10/28(土) 01:30
- お疲れ様でした。
この作品は終始、静かな笑みを持って
読んでいた作品でした。
れいな達をただ、静かに穏やかに、
見守る気分で過ごしてました。
次回作があるなら是非ともお知らせ下さい。
良い作品をありがとうございました。
- 426 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/02(木) 19:30
-
- 427 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/02(木) 20:09
- あげんなよ
- 428 名前:作者 投稿日:2006/11/14(火) 21:30
- こんばんは。更新でもないのにスレを上げる自分は
単なる自己主張のカタマリ(! な作者です。
今日はお礼と宣伝にノコノコとやってきました(笑
- 429 名前:作者 投稿日:2006/11/14(火) 21:39
- >>名無飼育さん様
ありがとうございます。
まさか完結するとは作者も驚き・・・(ヲイ!
今後の展開としては、現在、次作を執筆中☆カナ
3人+αで番外編も考えていますので、そっちも見てやってください
>>359様
ありがとうございます。
作者は専門的なことはよくわかりませんので、いつボロを出すかと
結構冷や冷やしながらやっていましたw
これからもボロを覆い隠しながら(ぇ やっていきたいと思いますので
よろしくお願いします
- 430 名前:作者 投稿日:2006/11/14(火) 21:56
- さてさて・・・・・・ちょっくら宣伝を。
それぞれの風景シリーズ(作者命名)第二弾の予告です
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
亜弥先輩がいて、愛先輩がいて。
でも、二人はもうすぐ卒業なんですよね。
たった一人、絵里だけになる写真部。
先輩たちがいなくなったら・・・絵里は、どうすればいいですか?
『いつまでも、ここに』
主演:亀井絵里
板:夢
☆11月下旬、見切り発車で更新開始!(予定)
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
いつかの予告にちょこっと手加えただけなんですけど・・・
よかったらまた見てやってくださると喜びます。
ちなみに、このスレでは前作の番外編を載せる予定です。
では、またそのうちに・・・
- 431 名前:名無し飼育 投稿日:2006/11/15(水) 00:13
- 初めて読みました!
すっごく雰囲気が好きな小説です。
次の作品も楽しみにしています。
- 432 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/06(水) 21:49
- Last days初めて見ました。
もうすぐ18歳になる亀井ちゃんと、れいなの物語やばいですね
かなり号泣しました。
すごく文才あるっていうか下手な褒め方ですが描写がお上手ですね、
映像が浮かんできました。
また、れなえりの小説みたいですw
- 433 名前:それぞれの風景 <番外編> 投稿日:2006/12/12(火) 13:43
-
- 434 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/12/12(火) 13:52
- 海沿いの町を、車は軽快に走っていく。
運良く渋滞にも引っかからず、ハンドルを握る運転手もご機嫌で
ラジオから流れてくる曲に合わせて、鼻歌なんかを歌っている。
上を見上げれば青空が広がり、気温もそう高くない。
絶好のドライブ日和。
ただ一人・・・
「あの、藤本さん?」
どこか納得しきれない表情をした、田中れいなを、別として。
- 435 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/12/12(火) 13:54
- 『今日、一日中暇?』
『暇ですけど・・・?』
そんなメールをやり取りしたのは、午前9時。ちょっと前。
普段より少しだけ寝坊して、まだ頭は半分夢の中・・・そんな時。
『ならカメラ持って、店に来て』
半ば命令口調のそのメールに、慌てて飛び起きて朝食を食べて
「どこ行くの」という母親に「知らない」と返してカメラを鞄に入れながら
駅前まで走ったのは、それから30分後だった。
「あれ、もう来たんだ」
息を切らして店に入ると、奥から出てきた美貴は、やや驚いたようにれいなを見た。
なぜだか美貴はいつもの仕事スタイルではなくて、私服姿のまま。
けど、今はそんなことはどうでもいい。
- 436 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/12/12(火) 13:56
- 「だって・・・メール・・・」
深呼吸を繰り返しながら、ポケットから携帯を取り出して美貴に見せる。
すると美貴は笑いながら、もう一度文章を読み直すようにとれいなに告げて
再び奥へと戻ってしまった。
「読み直せ、って言われてもなぁ・・・・・・」
『ならカメラ持って、店に来て』
何度見ても、そう書いてある。なにがおかしいのかわからない。
なんだ?なんで美貴は笑ったんだ?一体なにが―――――あ。
れいなの持つ携帯のメールは文章の終わりに自動的に『END』の文字が
出ることになっている。けれど、美貴からのメールにはぱっと見た限り、それがない。
つまりはまぁ、そういうこと。
- 437 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/12/12(火) 13:59
- 画面をスクロールさせていくと、かなりの行数の空白のあとに
もう一文。まだ、文章が続いていて。
『あ、急がないでいいから。昼頃でも構わないよ』
――――やられた
れいなのところへ戻ってきた美貴は冷やかすような口調で言う。
「分かった?ちゃんと読まなきゃダメだよ」
「こんなの気付きませんよ!普通」
どんなに抗議してみても、ただ笑っているだけの美貴。
だんだん疲れてきて、れいなは近くの席に腰を下ろした。
「で?なんなんですか用事は」
「うーんとね・・あ、カメラ持ってきた?」
れいなの問いには答えず、美貴は別の質問を投げかける。
とりあえず頷いてみせると、彼女はポケットから鍵を取り出して
れいなの方にチャラチャラと見せてから「行こうか」と言って
先に店の外へと出て行った。
- 438 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/12/12(火) 14:00
- 「え、ちょっと藤本さん?!」
心なしか浮かれ気味の美貴を慌てて追いかけながら、れいなには
美貴がなにをしようとしているのか、まったく理解できずにいた。
「早く来ないと置いてくよ?」
少しだけ美貴から遅れ気味のれいなを振り返って立ち止まり
美貴が言う。小走りに隣に追いつき、れいなは唇を尖らせた。
「どこ行くんですか」
「内緒」
釈然としない気持ちを抱えたまま美貴について行くと
着いた場所は、駅の真横にある小さな駐車場だった。
- 439 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/12/12(火) 14:01
- 「さあ乗った乗った」
「えー・・・・・・」
背中を押されるように助手席に乗り込み、シートベルトを締める。
反対側から乗った美貴も同じように座り「じゃあ出発!」と
普段よりも数段高めのテンションで、アクセルを踏み込んだ。
「ちょっと!え、本当にどこ行く気なんですか!」
「だから内緒だって」
「いやいや教えてくださいよ」
んー・・・と首を捻る美貴。
そして「わかった」と呟いて、視線は前に向いたまま言った。
「地獄の底までランデ・ブー?」
「意味わかんないですって!下ろしてください!」
――――と、そんなこんなで今に至る。
- 440 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/12/12(火) 14:02
-
- 441 名前:それぞれの風景 投稿日:2006/12/12(火) 14:10
-
- 442 名前:猫のモノ描き 投稿日:2006/12/12(火) 14:11
- 番外編はまだ続きますが、今日はここまで
>>431 名無し飼育様
ありがとうございます!
新しいのは今日スレ立てたんで、ぜひまたお付き合いください☆
>>432 名無飼育さん様
Last days・・・もう1年も前になるんですね。
泣いていただけたとは!文才があるなんてイヤイヤ(照
れなえりはまた書いてみたいとは思っています
履修漏れってなんだよゴルァ・・・あ、イエ。こっちの話です
- 443 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/13(水) 21:41
- 待ってました♪
番外、というより後日談のひとつですかね。
作者さんのリアルの方では、色々有るみたいですがw
ここは慌てなくていいですから、まったりペースで
書き進めて下さい。
- 444 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/07(木) 07:47
- 自己保全。
ノノ*^ー^)<放棄はしませんよ
- 445 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/27(月) 00:32
- お待ちしてます
- 446 名前:作者まだ生きてます 投稿日:2007/12/13(木) 11:41
- 自己保全。。。
- 447 名前:ななし 投稿日:2008/12/13(土) 22:14
- まだまだお待ちしてますよ〜〜〜
- 448 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 12:22
- 偶然にも一年越しですが待ってますよ
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