癒しのメソッド#2
- 1 名前:雪ぐま 投稿日:2004/08/29(日) 23:59
- 銀版で『癒しのメソッド』を連載していた雪ぐまと申します。
こんごまをメインに、いしよし、あやみき、やぐちゅーなどが登場します。
こちらでは、最終章の続きを書かせていただきます。
お初の方は、こちらの前スレから。
http://m-seek.on.arena.ne.jp/cgi-bin/test/read.cgi/silver/1087478705/
あるいは、雪ぐまのサイトでも、まとめてお読みいただけます。
http://yukiguma.s45.xrea.com/index.htm
どうぞ、よろしくお付き合いくださいませ。
- 2 名前:心音 投稿日:2004/08/30(月) 00:27
-
……気持ちいい、すごく、気持ちいい…どうして…こんな……
…あ……待って……なんだか…ああ………どうしよう……
すごく……ああ、もう……だめ、です……
……あ……あ…すごく気持ちいい……だめ、死んじゃう……かも……
…………ああ…だめ……も、死んじゃう……あ、ごとーさん…………
身を震わせて、覆いかぶさるその背に腕をまわしました。
頬を左胸に押しつける。こめかみから聞こえてくる心音。
快楽にはじき飛ばされそうになりながら、私は必死になってしがみつく。
夢の中のごとーさんを、つかまえるように。
あなたが教えてくれたこと、
戸惑いながらも私は結局、好きになっていきました。
キスだって、プリクラだって、こうすることも……
- 3 名前:心音 投稿日:2004/08/30(月) 00:28
-
いつだって、じりじりとした渇望感。
煙草は吸わないのでわかりませんが、禁煙するってこんな気分でしょうか。
ため息が出てしまう。堪えられなくなって、もう一夜だけと手を伸ばす。
度を越してると、理性が警告のベルを鳴らしているけれど。
今年も長い夏休みがはじまり、例年のように私は、
なるべくバイトを入れて一人で過ごす時間を減らすはずでした。
だけど、一人でぼんやりと過ごしたいような気持ちになって、今年は。
それは夢の中でごとーさんに会える、その方法を見つけたから。
誘惑のイランイラン。甘い香り。
夢は、刻々と現実に近づきます。
最初はやさしく、穏やかに、そう、バレンタイン夜の夢のように。
あなたの微笑みや、鼻の高い個性的な横顔や、賑わう原宿の明るい陽射し。
だけどとうとう、夢はあの頃のように私を支配しはじめて。
闇の中で、泥の中で、あなたは私をつかまえて抱く。
美しい水槽のなかじゃなく、黒いタールのような闇の中で。
- 4 名前:心音 投稿日:2004/08/30(月) 00:29
-
「……ああ…ごとーさん……」
夢の中なのに、ううん、夢の中だから、
私はあの頃よりもずっと大胆に、ごとーさんを求める。
すごい、深い記憶が肌に呼び覚ます感覚。
あの人の指先、あの人の瞳、あの人の唇、
あの人の心音、あの人の体温、あの人の匂い。
覚えてる、こんなに覚えてる、蘇る夢の中。
夢の中の私は、あのチョーカーを首に巻いている。
あなたの印を、首に巻いている。
つかまれ、揺さぶられて、悲鳴をあげました。
ココロを、カラダを、すべてを、私はあなたに変えられて、
ほら、こんなふうにみだらに快楽に弾き飛ばされる。
目の奥に立ち上がる紅蓮の炎は、ごとーさんそのもの。
私を熱くして、燃え尽きてしまうと思うほど夢中にさせた、あの。
- 5 名前:心音 投稿日:2004/08/30(月) 00:30
-
だけど、夢の中のあなたは、あの頃よりももっと冷たい。
ふいに消えてしまう。微笑みを残して去ってしまう。
いつだって送ってくれることなんかなくて、
ただパタリと閉まった、あなたの家のドアのように。
「……ごとーさん……まだ、イヤ……」
震えながら夢の中のごとーさんに手を伸ばすけど、もうつかむことはできなくて。
全身にびっしょりと汗をかいて私は、闇の中に目をさましてしまうんです。
さましたくないのに。ずっと甘い時間をたゆたっていたかったのに。
「…………あぁ…」
気怠さに息を吐き、私は寝返りを打って枕に頬を押しつけました。
夢なのに、どうしてこんなに気持ちいいのかわからない。
以前は、よく似た夢を見ても感覚は追いつかなくて、
ただ頭を掻きむしりたくなるような切迫感のなかに置き去りにされるだけだったのに。
この香りのせいでしょうか、やっぱり……
- 6 名前:心音 投稿日:2004/08/30(月) 00:30
-
目の前に広がるのは、シンとした孤独な闇。
鮮やかな快楽の後だから、いつもよりももっと寂しく息苦しい。
だけど、目を閉じても、闇。
枕元の時計をチラと見て、ため息をつきました。
朝まではまだ、はるかに遠い………
ごとーさん、あなたは太陽の下でいつも眠そうにしてました。
おしゃべりの途中でも、平気で眠り込んでしまいましたね。
寂しいなあってよく思ったけれど、
あの独りぼっちの家の中で、こんな闇を見つめていたのかな?
きっとあなたはひどく寂しくて、そうきっと。
ふいに涙が溢れてきました。
ごとーさん、あなたは私のこと、ほんとには好きじゃなかった。
憧れの目であなたを見つめていた冴えない私に同情して、
好きなように変えて、奪って、懐かせて、そばに置いて、
そして底の見えない深い孤独を慰めていただけ………
だけど、私はとても幸せでした。
あなたが教えてくれたこと、私は好きになりました。
嫉妬と別れと、この夜の闇を除いては。
- 7 名前:心音 投稿日:2004/08/30(月) 00:31
-
こんなふうな私のこと、母はもちろん、まこっちゃんや愛ちゃんも知りません。
一人きりの時にだけ現れる、生身の私を誰も知りません。
外の世界は眩しくて、友人たちは凛々しくて、時々、苦しくなる。
いつも黒い大きなソファに寝そべって、あまり外に出たがらなかったごとーさん。
それは、こんなふうに淋しく閉じこもった気持ちだったからなのでしょうか?
私、いつかあなたのこと、ほんとうにわかるでしょうか?
イランイランは魔法の香り。
私だけのあなたを、今夜も連れてきてくれる。
あなたのこと、少しずつわかってくような気がする。
度を越してると、理性が警告のベルを鳴らしているけれど。
- 8 名前:雪ぐま 投稿日:2004/08/30(月) 00:32
-
本日はここまでといたします。
794> ぽち様
雪ぐまも、紺ちゃんが後藤さんを見つめるアツイ視線にノックアウトw
大人になっても仲良し三人組、愛していただけてうれしいです。
795> 名無飼育さん様
チャイコーですか? アリガトーございますw
796> 名無飼育さん様
お気遣い、ありがとうございます。
797> オレンヂ様
ええ、ぜひぜひ、うちの紺ちゃんにかまってあげてください。
川o・-・)ノ<よろしくです。 変われるといいな、紺ちゃん……
798> 名無し飼育さん様
どこにいるんでしょうねぇ…… ( ´ Д `)<…………
799> 名無しマカー様
それぞれのやり方で紺ちゃんを見守る愛ちゃんとまこっちゃんです。
紺ちゃん、がんばれ! 川o・-・)<わ、わかってるんですけど……
- 9 名前:雪ぐま 投稿日:2004/08/30(月) 00:33
- 800> 名無飼育さん様
正調・恋愛小説! も、妄想にそのような……ありがとうございます。
いろんな恋愛があるけど、それを通じて成長していけるといいですね。
801> 名無し読者79様
おがたかが愛を深めた歳月に、紺ちゃんはただ、ごとーさんを想って
過ごしてしまい……。でも、この二人がいて良かったねホント。
802> 名無し飼育さん様
あたたかい励ましのお言葉と、そして容量!ありがとうございます。
助けていただき本当に感謝です。これからもお楽しみいただけるよう、
精一杯頑張りたいと思いました。素敵な読者さんに恵まれて幸せだなあ……(ポワワ
- 10 名前:オレンヂ 投稿日:2004/08/30(月) 01:11
- 更新おつかれさまです!&新スレおめでとうございます。
今回もまた切ないですねぇ・・・。
同じような状況になってみないとその人がどう感じてたかわからないし
同じような状況になったからって同じように感じられるとは限らないし・・・
紺ちゃんがんばって〜って頭をわしゃしゃしたい気持ちになりつつ見ています。
- 11 名前:nana-shi. 投稿日:2004/08/30(月) 01:30
- 更新お疲れ様でした。
紺ちゃん今の君のその気持ちよくわかるなぁ〜(しみじみ
いつまでもそうやって悶々としているか、それとも思い切って連絡してみるか・・・
それは君次第だ!がんばれ!!
- 12 名前:名無し読者79 投稿日:2004/08/30(月) 17:32
- 紺ちゃんの何かが変わった気がしました。
早くあの人に!って感じです。
他人の手を借りるわけにはいきませんからね…辛いです。
- 13 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/08/31(火) 00:48
- 紺ちゃんの中にはごとーさんしか居ないんだなぁ…。
とても切ないです。
早く幸せが訪れますように…。
- 14 名前:時限爆弾 投稿日:2004/09/01(水) 03:16
- 未だPCダメ&なかなかネットできなくてヽ(`Д´)ノ
久しぶりです雪ぐまさん、新スレおめ&更新お疲れ様です。機会があれば絶対拝読させて貰ってます、そりゃーもう遠距離中の恋人の如くw
不動の蕩ける筆捌き。執筆、頑張って下さい。
- 15 名前:雪ぐま 投稿日:2004/09/01(水) 21:36
- 10> オレンヂ様
川o・-・)ノシ<わしゃわしゃわしゃ…… ←リアル紺ちゃん、ほのぼのw
うちの紺ちゃんは、切ない夜をいつまで続ける気なんでしょうねぇ……
11> nana-shi.様
悲しい恋のご経験があるのですね。 うちの紺ちゃんはもう4年もこの調子。
変わらなきゃとは思ってるようですが…。川o・-・)ノ<…………悶々。
12> 名無し読者79様
なにかが変わりつつある紺ちゃんに、理性は警告のベルを鳴らします。
あの人は、夢の中の人なのに。 川o・-・)ノ<…………もう一晩だけ。
13> 名無し飼育さん様
ごとーさんしか、いないみたいですねぇ。どうしてそこまで、ねぇ?
川o・-・)ノ<…………金色に光ってるから。
14> 時限爆弾様
おおっ、遠距離中の恋人の如く、ですかw ありがとうございます。
ネット環境、はやく整うといいですね。また、読みにきてくださいまし。
それでは、本日の更新にまいります。
- 16 名前:心音 投稿日:2004/09/01(水) 21:36
-
開かれたドアからは、鼓膜が破れそうなほどの音と煙草の煙が溢れ出してきました。
思わず、前を歩く彼女の袖をぎゅっとつかみます。
彼女は、怪訝そうに振り返って首をかしげました。
「なんね? クラブ、来たことないの?」
コクンとうなずいた私。
よっぽど情けない顔をしていたのか、彼女は可笑しそうにニヤッと笑って。
だけど、喧騒をくぐるように私の耳元に囁きかけられたのは、
鼓動が一瞬トクンと音を立てたほど、やさしい声でした。
- 17 名前:心音 投稿日:2004/09/01(水) 21:37
-
別に怖くなかよ。
れーなと一緒にいたらダイジョーブ。
- 18 名前:心音 投稿日:2004/09/01(水) 21:38
-
………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………
- 19 名前:心音 投稿日:2004/09/01(水) 21:38
-
久しぶりにバイトに出た日。
大学からの帰り道にすこしお買い物をして、
すっかり日の暮れた道を、速足で駅にむかっていた時でした。
静かに木々がざわめく公園の前を通りかかった時、
ふいに目の前を、ちいさな茶トラの猫が横切ったんです。
え、トラちゃん?!
ハッとして立ち止まった私。
その子猫は公園に駆け込み、あっという間に植え込みの下に消えてしまいました。
一瞬、追いかけようとして、苦笑して立ち止まります。
まさかトラちゃんのはずはありません。
ここはあの高校からはまるで遠い場所。
それにトラちゃんはもう、あんなにちいさくはないはずですから。
でも、トラちゃんに似てたなぁ。
そう思いながら子猫がもぐりこんでしまった植え込みから目をあげた時、
そのすぐ脇の、ぼんやりと明かりのついた外灯下のベンチに、
ひとりの女の子がぼんやりと座り込んでいるのに気がつきました。
- 20 名前:心音 投稿日:2004/09/01(水) 21:39
-
あれ、あの子………?
その場に佇んだまま、彼女の姿をじっと見てしまったのは、
彼女が泣いているように見えたからだけではありません。
彼女のことを私、何度か見かけて知っていたんです。
大学近くのカフェレストランのシェフ……の見習いでしょうか?
今年になってから見かけるようになった女の子。
ちいさなカラダで白いユニフォームを着てコック帽をかぶって、
赤いスカーフまで首にきゅっと巻いてて、
なんだかかわいらしいなあって思ってたんです。
オープンキッチンからチラチラと見えていたのは、
なにやら仏頂面でフライパンを振っている姿。
先輩らしき人に話しかけられても、まるで表情を取り繕わないその様子。
可笑しくって、ちょっとハラハラして、
……そして、なんとなくごとーさんを思い出して。
私、きっとああいうタイプが好きなんですね。
周囲からスッと輪郭を切り取られたような。
群れに馴染まないみたいな……
ごとーさんもあんなふうにどこかでお料理してるのかな?
そんなふうにも思って、その店に行くたびにいつも、
今日もいるかな?って、さりげなく彼女の姿を探していたんです。
だけど、少し前から姿が見えなくて。
辞めちゃったのかな?って思っていたから。だから……
- 21 名前:心音 投稿日:2004/09/01(水) 21:40
-
でも、ちょっとジロジロ見すぎていたかもしれません。
彼女は私の視線に気づいてハッと顔をあげ、
あわてて手の甲で頬の涙をぐいっとこすると、
私のことをギッと睨みつけてきました。
「なに?」
「……えっ、えっと」
あ、変な人と思われたかも。
私は慌てて、あのカフェレストランの名前を口にしました。
ごめんね、あの店の子だって思って、つい……
「もう辞めた、あそこは」
「あ、そ、そうなんだやっぱり」
「やっぱり?」
「え? あっ、さ、最近見ないなーって思ってたから…」
ふうん?
つまらなそうに横を向き、ぶらぶらと無造作に足を揺らすその様子に、
私の目は、また不思議と吸い寄せられました。
- 22 名前:心音 投稿日:2004/09/01(水) 21:41
-
何歳くらいなんだろう?
私服だと、なんだか幼く見えるな……
まるで観察するようにじいっと見ちゃった私に、
彼女は再び、不愉快そうに強い目を向けてきました。
「何か用?」
「え、ううん、別に……」
あ、なんか恥ずかしいかも。変な人みたい私。
カアッと赤くなって踵を返し、立ち去りかけたその時、
公園の反対側の方から、ふいに甲高い女の子の声が聞こえてきました。
「……れーな……れーなぁ……」
「……うっるさいのがきた」
なぜか眉をしかめて、パッと立ち上がった彼女。
あ、近くで見ると、思ったよりも、もっとちいさい。
そう思った次の瞬間、思い掛けないことが起こって、私はビクッと身を引きました。
彼女がいきなり駆け寄ってきて私の腕をつかみ、ダッと駆け出したんです。
- 23 名前:心音 投稿日:2004/09/01(水) 21:42
-
「え、あ、あのっ……!」
「あたし、田中れいな。あんたは?」
「……えっ? あ、えっと、こ、紺……」
「ポン?」
「ちがっ……あの、こ、紺野ですっ」
「ポン野ぉ?」
「ちがっ……」
ぐいぐい引っ張られて、戸惑いながらよろめきながら私はついていって。
なんで私、一緒になって走ってるんだろう?
どうして? 強い手、振りほどけない。
どうしよう、どこ行くの?
- 24 名前:心音 投稿日:2004/09/01(水) 21:42
-
パニックになりながら、息が切れるほど走って走ってたどり着いた繁華街。
彼女は荒い息で、ポンちゃんけっこう走れるんやねなんてニヤッと笑って、
そして、色とりどりのネオンのなかでフッと首をかしげました。
「遊び、行こ? ポンちゃん」
- 25 名前:雪ぐま 投稿日:2004/09/01(水) 21:43
-
本日はここまでといたします。
- 26 名前:名も無き読者 投稿日:2004/09/01(水) 22:28
- 更新お疲れ様です。
こちらでは初めましてデスね、その節はどうもです。
いや〜、あの方が登場してるので思わずレスしてしまいました。
これから物語がどうなっていくのか、ワクドキですw
でわ続きも楽しみにしながら座禅を組んで待ってます。
- 27 名前:名無しぽき 投稿日:2004/09/01(水) 22:51
- えー、えー、えー!!
そんな人登場!?
いやはやいやはや、まったく展開が読めなくなってきましたぞ…・・
- 28 名前:オレンヂ 投稿日:2004/09/02(木) 01:00
- 更新お疲れ様です。
んあーこの先どうなるですかぁー?!
- 29 名前:ぽち 投稿日:2004/09/02(木) 01:25
- え〜?ここで登場人物が増えるということは、どういうこと?
と皆さんと同じリアクションをしてしまいました。
- 30 名前:名無し読者79 投稿日:2004/09/02(木) 08:42
- うわっもしやこの子が…なのかな〜と期待してしまったり(笑
確かにあの方とこの子は、似ている気がします…。
でも、ちょっと気になるのが追っ手は…みたいな(爆
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/02(木) 09:36
- おおおおおおぉぉぉ そー来たかーッ
- 32 名前:雪ぐま 投稿日:2004/09/02(木) 17:59
-
26> 名も無き読者様
そうですね、あの方の登場ですからねw メールありがとうございます。
少しずつ読ませていただいています。魅力的ですよね、あの方ってw
27> 名無しぽき様
まーまーまーw いつだって出会いは突然でございますよw
28> オレンヂ様
あはは。どーなるんでしょー? んあーっとしつつ、お楽しみくださいw
29> ぽち様
さて、どういうことでしょう? なんてお決まりのリアクションの雪ぐまw
30> 名無し読者79様
ふむ、追っ手も気になりますねぇ。まあ、ここは息を潜めて
成り行きをごらんくださいましw 川*o・-・)ノ<私にもわけがわかりませんっ…
31> 名無飼育さん様
ふふふ、そー来ましたよぉ〜w
それでは、本日の更新にまいります。
- 33 名前:心音 投稿日:2004/09/02(木) 18:00
-
「遊び、行こ? ポンちゃん」
ええっ? どこへ? どうして?
どうしようと思いながら、手をとられると私はまた逆らえなくて。
なんだろう、不思議な手。強い手。
困ったな、お母さんに遅くなるとか、言ってきてないのに……
「ど、どこ行くの?」
「こっち」
古びたビルの狭くて薄暗い階段を下りて地下のドアをあけると、
そこはいきなりまばゆい光と音の大洪水でした。
目を細めて耳を押さえた私に、彼女は猫みたいに笑って。
……れーなと一緒にいたらダイジョーブ。
- 34 名前:心音 投稿日:2004/09/02(木) 18:00
-
田中れいなちゃん。強い瞳の女の子。
こんな薄汚れたハコのなかでも、まるで喧騒に紛れないことに驚きました。
輪郭がきれいに切り取られてるみたい。
ドンドンと心臓に響くリズムと煙草の煙、
それからフロアにも壁際にも人人人の騒がしい波。
男のヒトも女のヒトも楽しげに、でもどこかうつろな瞳で視線をさまよわせています。
なぜか、じろじろと見られて身をすくめる。
なんだか浮いちゃってるみたいです、私。
「ポンちゃん、いまどき珍しいタイプやけん」
珍しいって、どういう意味?
赤くなってうつむき、彼女がカウンターからもらってきてくれたお酒に口をつけます。
うわ、ぜんぜん甘くない。飲みにくい、な……。
壁に寄りかかったまま、私たちはしばらく黙って人の波を眺めていました。
なんでこんなとこにいるんだろう私。
こんな狭くて暗い箱の中に、どうしてこの人たち、いるんだろう。
一段高くなったところで、ほとんど半裸の女の人たちが挑発するように踊っています。
セクシーな視線が投げられるたびに音はどんどんスピードをあげて、
フロアはさらに盛り上がって、夜はめちゃくちゃな色で塗られてく。
毎夜毎夜、ここではこんな饗宴が繰り広げられているのでしょうか。
- 35 名前:心音 投稿日:2004/09/02(木) 18:01
-
チラッと彼女のほうをうかがうと、
いつの間にか、じっと私のことを見ていて驚きました。
目が合うと彼女は意外なほど人懐っこくニカッと笑い、
それからちょっとなげやりな感じで、ポツポツと話をはじめました。
気に入らない先輩がいて、お店をやめちゃったこと。
そのことで親とケンカしてること。
毎日なんかつまらないってこと。
コンクリートの壁に寄りかかりながら、私は彼女の話にボンヤリと耳を傾ける。
地方出身なんでしょうか、すこし訛りのある言葉。
彼女のどこか尖った雰囲気が和らぐように感じて、ホッとします。
それに、話す内容がなんだか少し子供っぽくて。
もしかしたら年下かもしれません。
お母さんに怒られて、公園で一人、泣いてたのかな。
ポロポロ零れる頬の涙を、歯をくいしばって手の甲でぐいぐい拭いてた。
意地っ張りなその感じ。なんだか、かわいかったな。
私はすこし余裕を取り戻して、彼女に微笑みかけました。
「今日も、お母さんたちとケンカしたの?」
「……ん、いや、今日は違うけど」
「じゃあ、どして?」
「……別に」
彼女は、きゅっと唇を結んで黙り込み、
めちゃくちゃにライトが明滅している騒がしいフロアに目をやってしまいました。
- 36 名前:心音 投稿日:2004/09/02(木) 18:02
-
あ、聞かれたくないことだったのかな。
おずおずと横顔をうかがって、また私の目は吸い寄せられる。
弧を描く瞳の中に、七色の光が入ったり消えたり。
わぁ、すごくキレイ……
たくさんの光が入ってくる瞳ってあるんだよね、と思います。
目の大きさとか色とかじゃなくて、なぜだか印象的にキラキラと輝く瞳。
そして吸い込んだ光を、光線のように放つ。
ごとーさんの瞳がそうでした。光の矢。
胸を射ぬかれて私はそのまま。
そのまま、今でもあの人のもの……
黙り込み、じっと見ていた私の視線に気づいて、彼女がチラッと私を見上げました。
あ、しまった。また変な人だと思われちゃう。
バツが悪くなって、とりあえず曖昧に笑ってみます。
笑った私に彼女はちょっと驚いた顔をして、なぜかジッと見つめ返してきて。
うわあ、そんな睨まないでよぉ……
妙に座った彼女の視線に、私は慌てて口を開きました。
「あ、ねぇ、な、なんて呼べばいい?」
「呼ぶ?」
「あ、ほら、名前……」
「ああ。れーなで、よかよ」
「えっ……」
うぅ、いきなり呼び捨てとかはむずかしいなあ。
年下かもしれないけど、でも。
- 37 名前:心音 投稿日:2004/09/02(木) 18:03
-
「あの、ほかには?」
「れーなで、よかって」
わぁ、選択肢なし?
気が強いんだなあと思って、妙にどぎまぎします。
そっか、れいな、ね。れいな、れいな、れいな……
ブツブツと口のなかで呟いてみた私。
れいなは、そんな私を見て、あははと可笑しそうに笑いました。
くしゃくしゃっとなった、あどけない笑顔。
かわいいなと思った瞬間、彼女がいきなり、スウッとカラダを近づけてきたんです。
あれ……?
ものすごい至近距離で目をのぞきこまれて、きょとんとした私。
いたずらな猫のような彼女の瞳がフッと伏せられて、それから……
- 38 名前:心音 投稿日:2004/09/02(木) 18:04
-
「やっ……!」
反射的に身をひるがえしました。
イタッ!と小さな声。
肩先が、彼女のアゴを弾くようにかすっちゃったから。
でも、それどころじゃなく私は、
飛び出しそうになった心臓を押さえて壁際にギュッと身を縮めました。
ちょっと待って! な、なんでこの子、キスとかしようとするの?!
「なんで逃げるの?」
ちょっとムッとしたような声。
「な、なんでって……」
「あたしのこと、気に入っとるんやないの?」
だから、ついてきたんやろ?
カアッと頬が赤くなったのがわかりました。
そんなつもりじゃない。
ウッと詰まった私の表情に何を思ったのか、
彼女はやっぱり猫のように得意げに目を細めて、ニヤッと笑い。
- 39 名前:心音 投稿日:2004/09/02(木) 18:04
-
「れーな、ほんとは知っとったよ、ポンちゃんのこと」
あん店で、いっつもあたしのこと見とったね。
公園で、あ、あの子やって思ったよ。
ね、あたしのこと、気に入っとるんやないの?
「違う?」
すべてわかってると言わんばかりのその言葉。
意識の底に手を伸ばしてくるようなその言葉。
痛いほど双肩をつかまれて壁に押しつけられ、たちまち鼓動が暴れ出しました。
鼓膜をつんざく乱暴なリズムが、思考回路をうやむやに掻き回します。
目の前のつぶらに輝く瞳から放たれるのは、あらがえない光の矢。
ああ、見たことがある、それは……ごとーさんの瞳。
……ううん、違う……違うのに……
- 40 名前:心音 投稿日:2004/09/02(木) 18:05
-
その瞳に吸い寄せられたまま完全に硬直した私に、
彼女はまた、どことなく得意げに微笑みました。
ほらみい? というふうに。
「恋人、おるの?」
「……いない」
「れーなも、おらんよ」
再び、ゆっくりと近づいてきた唇に、トラちゃんのことを思いました。
ううん、さっき私の目の前を横切ったトラちゃんによく似た子猫のことを。
唇にあたたかい息がかかって、きゅうっと胸が痛む。
鼓動を引き裂かれそうになりながら、私はかたく目を閉じました。
いつまでも胸を離れないごとーさんのことを、悲しく思い出しました。
愛してる、ごとーさん。愛してます、こんなに。
私の胸に、美しい髪をなびかせて生きる人。
だけど私は、近づいてきた艶やかな唇に目を閉じました。
目の前の少女が、私に新しい魔法をかけてくれるなら。
その強い手で、海の底から引きずり出してくれるなら……
- 41 名前:雪ぐま 投稿日:2004/09/02(木) 18:06
-
本日はここまでといたします。
- 42 名前:ぽち 投稿日:2004/09/02(木) 18:26
- え〜。って毎回同じリアクションを。
まあ紺ちゃんが惹かれる人はそれなりに似ているのかもしれないけど。
う〜ん。仲良しのあの二人はどのようなリアクションをするのでしょうか
- 43 名前:名も無き読者 投稿日:2004/09/02(木) 18:28
- 更新お疲れサマです。
なんていうか、、、ねぇ?
衝撃的展開に自分の鼓動も暴れだしてます。
彼女も魅力的過ぎますし、もうとにかく続きを楽しみにすることしかできません。w
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/02(木) 19:27
- わ〜ビックリした。更新されてる〜w
今までレスを控えておりましたが、この展開に、ついレスってしまいましたw
登場人物が増えて、ますます広がっていきそうな内容、
次の更新が楽しみです。執筆頑張って下さい。
川o・-・)ノ<・・・ガンバルゾ!・・・
- 45 名前:名無し読者79 投稿日:2004/09/02(木) 20:50
- そうきましたか…。紺ちゃんが幸せなら…いいんですけどね…。
ますますこれからが気になります…。なんかドキッとしました。
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/02(木) 21:49
- なんじゃこりゃぁぁぁっぁ!!!
すばらしいです作者様・・・。ついていきます。。
- 47 名前:オレンヂ 投稿日:2004/09/02(木) 22:34
- 更新お疲れ様です。
んあー!んあー!んあー!って感じで読んでます。
ほんとどうなるですかー?!
- 48 名前:名無しマカー 投稿日:2004/09/02(木) 23:08
- わーわーわー!!!
こんな展開全然予想してませんでした。
あぁこれからどうなるんだろう?紺ちゃーん!!
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/03(金) 02:31
- ある意味、コンちゃんらしいなぁー
二人ゴトで、アノ人と 張り合うようにしゃべってたアノ子。
見てるこっちがハラハラしてねー・・・でも、なんかおもしろくて。
そんなのが全部リンクしてるみたいで 雪ぐまさん本当にすごいな。
楽しみにしてます。
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/03(金) 11:40
- う、う〜ん。。。
そうきましたかぁ・・・
紺ちゃんはアノ人に一途なのに・・・と思いつつ
モヤモヤしながら読んでます。
- 51 名前:雪ぐま 投稿日:2004/09/05(日) 22:04
- 42> ぽち様
∬∬;´▽`)<あ、あたしの立場は…… 川*’ー’川<殴るざ、マコト(怒
……ってリアクションですかねw さて、どうなるでしょうか。
43> 名も無き読者様
これまでまるっきり動かなかったうち紺ちゃんだから、
目を閉じただけ一歩前進かと思いますけれど……さてさて。
44> 名無飼育さん様
広がるか広がらないかは、うちの紺ちゃん次第なのですが……
どうなの?紺ちゃん。川o・-・)ノ<………………うぅ……。
45> 名無し読者79様
从 ` ヮ´)☆<満を持して登場とよ! 川*o・-・)ノ<なんかいい、よね……。
れいなタイプはドキッとしますよねw うーん、紺ちゃんの幸せってなんでしょうね。
46> 名無飼育さん様
すばらしいですかw ありがとうございます。
从 ` ヮ´)☆<れーなが出てくると一味違うけんね!
47> オレンヂ様
元祖んあー!なあの人は、いまいずこ。
どうなるの?紺ちゃん。川o・-・)ノ<………………うぅ……。
- 52 名前:雪ぐま 投稿日:2004/09/05(日) 22:05
- 48> 名無しマカー様
川*o・-・)ノ<私も、なにがなんだか…… 紺ちゃんほどの美少女ですもの、
誘惑は次々と襲いかかってまいりますですよw
49> 名無飼育さん様
二人ゴトでのあの人とあの子、新鮮でしたね。ぜひ、紺ちゃんについて
語ってもらいたかったですw 从 ` ヮ´)☆<こないだポンちゃんが〜
(; ´ Д `)<………(ポ、ポンちゃん?)。
50> 名無飼育さん様
一途でも、ちょっぴり空しい今日この頃って感じでしょうか、うちの紺ちゃん。
川o・-・)ノ<………忘れたい。
それでは、本日の更新にまいります。
- 53 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:06
-
初めてのキスは、光り溢れる中庭。
トラちゃんがいなくなった、6月の終わるあの日。
約束のキスは、やさしいジャガバターの味。
三つ編みをほどいた私に舞い降りた幸運。
ごとーさん、あなたと過ごしたたった一度の四季。
どうしても忘れられない、きっと人生で一番輝いた季節。
私、まだあなたのそばにいる気がします。
まだ、あなたのもののような気がします。
近づいてきた唇に、許してと呟いた私。
ううん、彼女に謝ったんじゃない。
許して、ごとーさん。あなたを忘れたい。
あなたと最後のキスをかわしてから、どのくらいの時間が経ったのでしょう。
近づいてきた唇に、まだ裏切りを感じる自分を、
信じられないほど愚かだと思います……
◇ ◇ ◇
- 54 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:07
-
「……馬鹿にしとるんか」
ハッと目をあけた、その視界が完全に潤んでるのに気がつきました。
慌てて目をこすると、溢れてた涙。
そして、目の前には、ふてくされた強い瞳の女の子。
「あ……」
裏切りは失敗しました。
綴じられた瞼から、溢れ出した悲しみ。
れいなが、むっつりとして身を離していきました。
傷ついたような怒ったような複雑な色のその横顔。
あんな目で誘っといて、なんね、それ。
みんな、れーなのこと、馬鹿にする。
子供やと思って。女やと思って。
- 55 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:07
-
プイと立ち去りかけたその肘を慌ててつかみました。
誘ったとかじゃない。そういうんじゃない。
「……ご、ごめんね、違うの。わ、私、好きな人がいて」
「なんね、それ。そんなん、れいなかっておるよ」
え? じゃあ、どうして?
目を見開いた私に、れいなはフンと鼻を鳴らしました。
「おったってよかやろ? なんね、キスくらい」
「キスくらいって……」
「泣くことなかね。感じわる。れーなが女やけんって」
違う、違う! そういうことじゃない。
この感情をどう説明していいかわからず、服の裾をギュッとつかみました。
あらがえなかった強い手。群れに溶けないその輪郭。
とても……とても魅力的だと思いました。だけど。
だけど私はまた、ごとーさんを思い出してしまったから。
胸の奥に刺さったあの人の矢がきらりと光って、ズキンと胸が疼いたから。
思わず、首筋に手をやり、絶望的な気分に深々と息をつく。
どうしても裏切れない私。ううん、それは裏切りでさえない。
この首にはもう、あのチョーカーはありません。
あの人に捨てられたのに、私。
誰のものでもないのに、どうしてこんな気持ちになるの?
- 56 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:08
-
「ごめん、私、……忘れなきゃ、いけないんだけど」
もう、会えない人なんだけど。
絶対に、会えない人なんだけど。
だけど私、忘れられなくて、いつも考えてて、それで。
話すそばからとんでもなく悲しくなって、うつむいてしまった私。
思わず震えてしまった涙声に、れいなは心配げにフッと眉を曇らせました。
「死んだの? その人」
「ええっ?! や、やめてよ、死んでないよ!」
「なんや、フラれたって話か」
「なんやって……」
「そんなん……、れーなかってフラれたとよ、今日」
今日? 思いがけない一言に顔をあげました。
ああ、だからこの子、泣いてたんだ。
それで、むしゃくしゃしてて、私を誘って……
- 57 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:09
-
「だからってわけやないよ」
「あ、い、いいよ、別に怒ってないし……」
「違うって。ポンちゃんかわいーから」
かわいか人やって、思っとったよ。ふわっとしてて。
いつも見られてる気がして、なんか、なんとなく気になってた。
やから、なんか神様がこの人にしときって、言っとるんかなって。
そのうち、絵里よりも好きになるんかもしれんって思ったから。
「絵里っていうの、その子?」
「あ……」
彼女は、しまったという顔をして、みるみる赤くなって黙り込みました。
私は慌てて、私が好きな人も女の子だよ、と言います。
変だとか思って聞き返したわけじゃない。
れいなが、へぇ?というように顔をあげました。
「もしかして、れーなに似とるの?その人」
「あ、うん。ちょっとね、雰囲気が」
「なんや、そーゆーことかぁ。だから見とったんか」
べっつに、運命とかってことやなかとね。
へぇ、意外と女の子ぽいこと言うんだ。
涙を拭いてクスッと笑った私に、彼女もなんとなくバツが悪そうにエヘへと笑って。
私たちは服が汚れるのもかまわずにずるずると床に座り込んで、
壁に寄りかかったまま、お互いの恋について打ち明けはじめました。
- 58 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:09
-
「デートに誘われたって、うれしそーに言ってきたとよ」
悔しそうなれいな。
れいなが好きな女の子は中学の同級生で、
高校からは離れちゃったけど、家が近所で、よく一緒にいて。
なんとなく、友達以上恋人未満な微妙さで。
「れーなのこと、好きなんやないかなって思ってたのに」
「そうかもしれないよ?」
「やけん、違うって今日はっきりわかったんだってば」
知らないうちに現れていた、好きな彼女の憧れの先輩。
サッカーをやってる、陽に焼けた笑顔のハンサムな先輩。
ふいに写真を見せられて、実は明日デートに誘われたんだと告げられた時の気持ち。
きゃあきゃあはしゃぐ笑顔が耐えられなくて、
とうとう彼女の部屋を飛び出してきてしまったその気持ち。
「最悪。絶対バレたと思う」
「好きだってこと?」
「うん……」
もう会えん。
れいなはそう呟いて、抱えた膝に苦しげに額を押しつけました。
私はなんて慰めていいかわからなくて、ただ、その髪をそっと撫でました。
- 59 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:10
-
「あーあ。なんでれーな、オトコに生まれんかったんやろ……」
オトコやったら、絶対、負けんのに。
絶対に、負けんのに。
そう言う横顔はちっちゃくて、いかにも女の子らしいかわいらしさで。
ミニスカートからすらりと伸びた足は、細っこくって。
こんなに、うらやましいくらいキュートな女の子なのに。
「れいな、すごくかわいいから、もったいないよ」
「やけど、好いとぉ人に、好かれてみたい」
れーな、ちっちゃい時からそうとよ。
男の子とばっか遊んどったからかな?
女の子ばっかり気になる。報われん。疲れた、もう。
ああ、神様はいじわるですね。
こんなにかわいい女の子に、
女の子でいることが嫌になるほどの試練を与えて。
「ポンちゃんは?」
私は……
すこし考えて、私は答えます。
私は、たぶん、ごとーさんだから、かな。
ごとーさんが男の人でも、宇宙人でも、きっと好きになったと思う。
- 60 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:10
-
「宇宙人?ははっ、あははっ」
「え、そ、そんなにおかしい?」
あわてちゃったけど、れいなが笑ってくれたからホッとしました。
一瞬、心配になるほど暗い瞳をのぞかせたれいなが、
また、猫みたいに生意気そうな瞳の色を取り戻したから。
「れーなにもいつか、ポンちゃんみたいな人、現れるかな?」
「え?」
「れーなが女の子でもいいって言ってくれる人」
そうだね、きっと。
私は、ウンとうなずきます。現れるよきっと。
女の子のれいなが好きって、ためらいなく微笑む人。しなやかな人。
「ははっ、てきとーやね、ポンちゃん」
「な、なんで? ほんとにそう思って言ってるのに」
「後藤さんって人に電話してみぃ? きっと待っとってくれるよ」
「……てきとーだね、れいな」
「なんで? ほんとにそう思って言っとるよ」
まったく、生意気な子だなあ。慰めてるのに。
ツンと口を尖らせて言い返しました。
- 61 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:11
-
「れいなが絵里ちゃんに、ちゃんと告白できたらね?」
「な、なん……」
「だって、ちゃんと言ってないんでしょ? わかんないよ?」
「……明日、先輩とデートって大はしゃぎしとるんよ?」
「自分の気持ちに気づいてないだけかもよ?」
私が、ごとーさんにキスされるまで、
この気持ちが、ただの憧れだと思い込んでたみたいに。
そう思ってアドバイスしたのに、彼女はむうっと膨れました。
「フン。ポンちゃんが、後藤さんって人に電話できたらね」
「どっ、どーして……」
「だって、ずーっと忘れられんって空しくなか?」
「……うるさいなあ」
「忘れられんって言ってみたらよかよ。試しに」
「じゃあ、れいなも試しに言ってみたら?!」
思わずムキになった私に、れいなはひょいと肩をすくめて。
ほらみい、そんなん簡単に言えるわけなかね、と呟いて。
そうだね。
騒がしいフロアに目をやりました。
いちかばちか言ってみたらいいだなんて、無責任な私。
人には勇気を出してと言えても、自分のことになると足が震えてしまう。
大切な気持ちなら、なおさら。なおさら。
- 62 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:11
-
「泣かんで」
「え……あ……」
私は泣いてばっかりです。
ごとーさん、いまでも、あなたのほんとの気持ちを知るのが怖いです。
追いかけて、逃げ回る、支離滅裂な私のココロ。
恋ってすべて、そういうものですか?
それとも、私がやっぱり、おかしいですか?
「ポンちゃんは、泣き虫やね」
「……れっ、れいなだって、泣いてたくせにっ」
「れーなは、人前じゃあ泣かんもん」
「……ううっ、じゃ、じゃあ、私もっ」
「ポンちゃんはええよ、どーせもともと泣きそうな顔やからね」
「ひ、ひど……」
人の肩にもたれて泣くのは久しぶりです。
愛ちゃんや、まこっちゃんじゃない体温はすこし緊張して、
だけど、よく知らない人だからなぜか、全部さらけだしてもいいような気もして。
- 63 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:12
-
それから私たちは長い長い夜を、
ほとんど口もきかずに、もたれあって過ごしました。
涙は流れるままに、ずっと放っておきました。
耳が痛くなるほど騒がしくて、数えきれないほどの足が歩き回ってる場所なのに、
とても静かな無人島で、凪いだ海を眺めているような気持ちでした。
れいなは、どんなふうに思っていたのでしょうか。
どんなふうに、この夜を眺めていたのでしょうか。
- 64 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:13
-
始発電車が走る時刻になって、私たちはクラブを出ました。
久しぶりの徹夜に、気怠さがこめかみのあたりを重く圧迫します。
遠慮したのに、れいなは私を駅の改札まで送ってくれ、
ふっと私の手をとって、今日はありがとうと言ってくれました。
「つきあってくれてありがとね、ポンちゃん」
「ううん」
「なんか、ちょっとフッ切れたとよ」
一晩寝て、気持ちが落ち着いたら、ちゃんと絵里と仲直りする。
友情まで壊したら、あほらしいけんね。
私こそ、ありがとう。
女の子らしいすんなりした手を握り返して、
私も今日はもしかしたら、深く眠れるかもしれないなと思いました。
何もかも忘れて。あの人のことさえ、忘れて。
見つめあい、照れて微笑む。
私たち、出会い方が違っていたら、するりと恋に落ちたかもしれないね。
私があの人を知らず、あなたが絵里ちゃんという子を知らなかったら。
- 65 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:13
-
「あ、そうだ、ポンちゃん、メアドを……」
そう彼女が言いかけた時です。
ロータリーの向こうから、彼女の名を呼ぶ、
ほとんど悲鳴のような声が聞こえてきました。
「れーーーなっ!」
うっすらと青い朝焼けの街を背に佇んでいたのは、
彫刻刀でスッと削ったような涼やかな瞳が印象的な女の子。
振り返って彼女を見たれいなは、幽霊でも見たみたいにギョッとした顔をしました。
「なん……絵里っ、なにしとん? あんた今日、デートやなかと?!」
「行かないっ! れーなが嫌なら行かないよぉー!」
頬を真っ赤に染めながら、ふくれっつらの黒い瞳が私のことを睨みました。
この人、誰? れーなの何? というように不服げに唇を尖らせて。
私はあわててれいなの手を離し、
小さな声でじゃあねと言うと、踵を返して改札を通り抜けました。
れいなは、私の存在なんてまるで忘れたようにボーッとしてて。
夜通し自分を探しまわっていたに違いない黒い瞳の少女のことを、
驚きと喜びの入り交じったまなこで見つめていて。
- 66 名前:心音 投稿日:2004/09/05(日) 22:14
-
ばか、ばか、れーな、れーな、れーな、れーなぁ!
ほどなく聞こえてきた声に振り返ると、
泣きじゃくる少女に派手にしがみつかれて、
戸惑ったように呆然としているれいなの姿が見えました。
そしてその頬に、すうっと一筋、涙が流れたのも。
良かったね、れいな。
ホームに向かって歩きながら、
私は彼女のメアドを聞きそびれたことに気づきました。
きっともう会うこともないでしょう。
でも、不思議な縁で一夜を共に過ごしたあなたの幸せを祈っています。
ごとーさんのような光を垣間見せてくれた、とても魅力的な女の子の幸せを。
- 67 名前:雪ぐま 投稿日:2004/09/05(日) 22:15
-
本日はここまでといたします。
こちらでは、ネタバレに気をつけてくださいね。
- 68 名前:ぽち 投稿日:2004/09/05(日) 22:21
- 今回も心温まる良いお話でした。
前回すごく取り乱した自分が恥ずかしいです。
紺ちゃん、がんばって!
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/05(日) 22:54
- あぁ、なんだろこの読後感・・・。
すごく、温かいんですよねぇ世界が。
魅力的な登場人物達ですね。うらやましいです。
- 70 名前:オレンヂ 投稿日:2004/09/06(月) 00:19
- 更新お疲れ様です。
雪ぐまさんの人物描写がすごい好きです。
ええいああ君からもらいなき〜って気持ちで読んでました。
今後も楽しみにしていますね。
- 71 名前:名無し。 投稿日:2004/09/06(月) 01:49
- よし!
ポンちゃん次ぎは君の番だよ!
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/06(月) 18:52
- あうー。泣ける…。続きをいよいよ楽しみにしています!
こんこんガンバレ。
- 73 名前:名無し読者79 投稿日:2004/09/06(月) 19:48
- なんかうるっときてしまいました。
今回はとっても晴れやかな気分になりました。
物語を読み返すたびいろいろな感情が生まれます。更新お疲れ様でした。
- 74 名前:名無しマカー 投稿日:2004/09/07(火) 01:09
- 更新お疲れさまです。
あー、なんかいいな。みんな生き生きとしていて。
紺ちゃんもファイト!
- 75 名前:雪ぐま 投稿日:2004/09/23(木) 21:20
- 後藤さん、19回目のお誕生日、おめでとうございまーす。
68> ぽち様
やっぱり、どこにも行けなかった紺ちゃん。相変わらず救われないけど、
苦しい恋は、彼女の心をどんどん深くしているみたいです。
69> 名無飼育さん様
ありがとうございます。さまよう紺ちゃんですが、
苦しいなかで成長している姿を感じていただけたらうれしいです。
70> オレンヂ様
ええいああ〜紺ちゃんからもらいなき〜♪w 川oT-T)ノ<ごとーさ〜ん!
お褒めいただき、ありがとうございます。ますます精進いたします。
71> 名無し。様
あはは。うちのポンちゃんに伝えておきますね。
72> 名無飼育さん様
出会いはどんどん通りすぎてく……。こんこんガンバレ!ですね、ほんと。
- 76 名前:雪ぐま 投稿日:2004/09/23(木) 21:21
- 73> 名無し読者79様
ありがとうございます。うちの紺ちゃん、またすこし大人になったかな。
トラちゃん似の子猫が連れてきた出会いも、無駄じゃなかったようです。
74> 名無しマカー様
ありがとうございます。一人ひとりが頑張ってる娘。さんたちだからかな。
紺ちゃんの忘れられない恋。そろそろどうにかしたいところですが……
それでは、本日の更新にまいります。
- 77 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:22
-
「こないだ、バッタリお会いしたんですよー、後藤さんと」
ええっ?!
バッタリ? バッタリって? ええっ?!
箸を取り落とさんばかりに絶句した私を、
ガキさんはキツネうどんのお揚げを噛みながらチラッとうかがいました。
話しても大丈夫ですかね? 後藤さんの話……というように。
- 78 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:23
-
「ど、どこで?」
落ち着かなきゃと思いつつ、思いっきり身を乗り出した私。
学食の安っぽいテーブルがぐらっと揺れて、いけない!と姿勢を正します。
私の反応にガキさんは、このネタに興味を持っていると判断したらしく、
安心した声色で、続きを話しはじめました。
「恵比寿ですよ、駅のところで」
「恵比寿……」
それは、意外な駅名。
ちゃんと調べてるあたりどうかと思いますが、
ごとーさんが進んだ専門学校は恵比寿ではありません。
ごとーさんの叔母様の店も、違う駅……
そこまで考えて、あれっ?と思いました。
あれ? ガキさんって、ごとーさんと話したこととかあるの?
私と話すようになったのだって、ごとーさんが卒業した後だったような。
- 79 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:23
-
「いや、お話したことはなかったですよ」
だけど、ほら、後藤さんってカッコいいじゃないですか、私ファンでー。
あっ、ち、違うんですよ? その、後藤さんと紺野さんのファンっていうかー、
いわば、こんごまヲタですよ、はい。
こ、こんごまヲタ?
聞きなれない言葉を不審に思いつつ、黙って耳を傾けます。
「すれ違うときにね、あれっ?って。後藤先輩だぁって思って」
それで、思わず「後藤さん!」って声出しちゃったんですよ私。
そしたら、パッと振り返ってくださって。
いっやー、私のことなんてご存知ないと思ってたんですけど、
しばらくジーッと私の顔をご覧になって、
「ああ、高校の……」って、にっこり笑ってくださって。
いっやぁ〜、お美しかったですねぇ〜。
ギリシャ神話のアポローンもかくやというやつですよ。
アポローン??
まったく、ガキさんの言うことはよくわかりません。
でも、ごとーさん、ガキさんのこと知ってたんだ。
へぇ。なんだか意外です。
- 80 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:24
-
「ほら、私、文化祭で眉毛ビームやったじゃないですか」
名前まではさすがにご存知なかったみたいですけど、
あれで顔は覚えててくださったんですねぇー。
「眉毛ビームの子でしょ?」って、眉毛ビーム眉毛ビームってやってくださって。
いやあ〜、なんでもお見せしとくもんだと思いましたねぇー。
眉毛ビーム……?
ああ、思い出しました。
そうだ、ごとーさんが気に入りそうなネタだと思ってたんだ。
ああ、いかにもやりそうかも、眉毛ビーム眉毛ビームって。
鏡の前とかで、一人で何回でもやってそうかも。
それで、超ヤバイ超ヤバイって一人でウケてそう。絶対そう。
「それで、まあ、一人ウエ〜ブ〜とかもご披露してですねぇ〜」
さくっと笑いとってー、
「ニイガキリサでーす!」なんて自己紹介してですね。
ここはひとつサインでももらっとくかって思ったんですけど、
残念ながら、後藤さん、お急ぎだったみたいで。
なんでしょうねぇ、バイトの途中だったんですかねぇー、あれは。
バイト? あの人がバイト? 恵比寿でバイトしてるの?
ものすごい情報の予感に、私はまたもやグッと身を乗り出しました。
でも、待って、落ち着いて、冷静にさりげなく……。
- 81 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:24
-
「ふうーん、な、なんのバイトかなぁ?」
「さぁー? でも、飲食系ですね、緑色のエプロンしてました」
こっれがまたよくお似合いで。
パリッとした真っ白いシャツにねぇ、深緑のエプロンですよ。
びしーっと髪をうしろでひとつにまとめててねぇー。
いやぁー、たまりませんよー。
シャツにエプロン……。
記憶のなかのアルバムが、ものすごい速度でめくられます。
エプロン姿……とてもよく似合ってました。かわいかった。
あの人の指先がつくりだすお料理。おいしかった。幸せだった……
そうか、エプロンなら飲食系ですよね。
だったらバイトじゃないかもしれない、調理師さんになってるはずだもの。
レストランかな? でも、シャツにエプロンってけっこうカジュアル。
カフェ…かも? あのへん、多いし……
- 82 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:25
-
「でね、買物袋下げてたんですよねー。成城石井の」
「買物袋? 駅で?」
「ほら、恵比寿って改札の脇にあるじゃないですか、スーパーが」
あれ、成城石井ですよ。
あそこのビニール袋ですよ、白い、フツーのなんですけどね。
でも、後藤さんがお持ちになると風情があるんだ、これが!
うーん、あれは、そーですねぇ、なんかちょっと買い出しって感じでしたね。
袋ひとつでしたからねー。で、急いでた、なんか、うん。
ああ、そうだ、急いで帰んないと怒られちゃうからとか言ってました。
だからゴメンねバイバイって。
買い出し? あの人が買い出し?
私は思わず呟いてしまいます。
見習い中なのかな?
急いで帰んないと怒られちゃうだなんて、あの人が……
ふいに、涙が出そうになりました。
ああ、ちゃんと調理師さんになって働いてるんだ。
お店に勤めてるんだ、あの人が。
「んあー、サボる」が口ぐせのあの人が……
- 83 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:26
-
「ど、どこのお店かなぁ?」
「いっやー、あたしもそれ失敗したと思ってー」
聞いとけば良かったですねー。
あーっ!て思った時には、もういなくて。
人込みの中に紛れちゃってて。
だ、だめじゃん、ガキさん!
自分のことを棚に上げて私は、ガキさんを責めたい気持ちになりました。
ちゃんと聞いといてくれなくっちゃ!なんて。
まあ、知ったところで、仕方ないんですけど。
行く気とかはないんですけど……うん。
でも、未練がましく、しつこく食い下がってしまう私。
ちょっとでもヒントがほしくて。
「な、何系の店かなぁ? イタリアンとか? カフェっぽかった?」
「あー、どうかなー? ちょっと待ってくださいよぉー」
ガキさんは、ほんとうにいい子です。
いいかげん、私の質問も追求めいていてあやしいと思うんですが、
からかったり冷やかしたりせずに、一生懸命いろんなことを思い出そうとしてくれます。
- 84 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:26
-
「んー、ネギ、入ってましたねぇ」
「ネギ?」
「うん、あとねー、重そうなもの、なんか、なんだろ、豆腐?」
「豆腐? 豆腐って重い?」
「や、なんか、そういう水っぽい感じのものが」
「わ、和食系かなぁ?」
「あー、でも待って! ビネガー入ってた、バルサミコみたいなラベルが透けて見えた!」
「バルサミコ? じゃあ、やっぱイタリアン?」
「んーーーーーー」
あー、だめだ! もっといろいろ入ってたのに思い出せないっ!
頭をかかえてガキさんは、ガバッと学食のテーブルに突っ伏しました。
「なんか絆創膏に気をとられちゃってー」
「絆創膏?」
「指にねー、3つくらい絆創膏巻いてたんですよ、後藤さん」
ああああ、白魚のような御手にお怪我をーー!とか思っちゃって、
もうそっちに気を取られちゃって、もう。
「すいません……」
「そ、そんな、謝ることじゃないよ」
ブンブンと両手を振った私。
ガキさんが謝ることじゃない。
根掘り葉掘り聞きたがる私が、私のほうが。
- 85 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:27
-
「私は、なにを……」
その日の夕方、私は恵比寿駅に降り立っていました。
通学路からまるで外れた恵比寿駅のロータリー。
そして、ひとりこっそりとため息をついていました。
私は、なにを……。
一体、どうしようと……。
エスカレーター脇の柱によりかかってぼんやりと、
明かりの灯りはじめた街を眺めます。
目に映るのは交差点。タクシー乗場。ウエンディーズ。
夕刻の通勤ラッシュの始まりに増え始めた足早な人の波。
会えるなんて、思っていません。
もしもレストランにお勤めならば、これから忙しくなる時刻。
だけど、この街のどこかに、あの人がいる。
家から出ることさえ億劫がってたあの人が、
忙しい厨房のなかで深緑のエプロンで見習いをやってて、
小間使いみたいにくるくると、指を切っちゃったり、火傷したりしながら。
- 86 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:28
-
ああ、ごとーさん。
想像のなかの姿にさえ胸つかまれる、一生懸命、頑張ってるあなた。
この騒がしい街のどこかで、何百何千とある店のどこかのキッチンで、
あなたは確かに働いているんですね。
「お腹、すいたな……」
小さく、呟きました。
もしも偶然に、私が入ったレストランに、ごとーさんがいたら。
ごとーさんは、一体、どんな顔をするでしょうか?
『紺野……』
びっくりして、ガシャンと皿を落としちゃったりして。
それとも平然と、なにしにきたの?なんて素っ気ない顔で私を見るかな?
ううん、きっとそれはない。
卒業式の時、駆け寄った私に微笑んでくれました。
あの時、実はほんのすこし期待してた。
仲直りしようか、紺野。そんな言葉。
だけど、あの人は安心したように笑ったのでした。
桜の樹の下で私を待っててくれたまこっちゃんを見て、
いいヤツぽいじゃんと、ホッとしたように目を細めたのでした。
おそらく、私がもう、ごとーさんから卒業したと思って。
- 87 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:28
-
気まずく別れてしまった恋人。
だけど、偶然に会ったのであれば、あの人はきっと嫌な顔はしない。
内心は困るかもしれないけど、さりげなく微笑みを浮かべて、
スマートに椅子をすすめてくれそうな気がします。
『座って、紺野。何にする?』
『何がおすすめですか?』
『ごっちん特製オムライス』
『あれ? まだ見習いじゃないんですか?』
『むっ、紺野は生意気になったなー』
なんて。
ああ、オムライス、いいな。ふるふるのオムライス。
ごとーさん、とっても上手でした。どこのお店のよりおいしかった。
黄色い卵に、赤いケチャップ。幸福の色、幸福の香り。
食いしん坊のくせにカロリーを気にする私のために、
ごとーさんはいつもチキンの皮と脂をていねいにとってくれていて。
『私、ごとーさんのオムライス、大好きです』
『知ってるよ。だから、つくったげる、特別に』
『ほんとに? いいんですか?』
『久々だからね』
- 88 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:29
-
大人っぽくなったね、紺野。
もしも、そんなふうに微笑んでくれたら。
私はもしかしたら、もう嘘をつけなくなるかもしれない。
あなたの迷惑なんて顧みず、わんわん泣き出してしまうかもしれない。
あなたの胸に飛び込んで、がんじがらめに閉じこめてたジョーカーに
この身を任せてしまうかもしれない。
お願い、ごとーさん、ごとーさん。
お願いです、もう一度、私をあなたのそばに置いて。
一番じゃなくていい。もう、一番じゃなくていいから……
- 89 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:30
-
「ねぇ、ひとり?」
知らない声に、ハッと顔をあげました。
目の前に、ヒマを持て余してるような顔をした若い男の人。
いつの間に。私はあわてて、とっさに嘘をつきました。
「い、いえっ、待ち合わせです」
「カレシー? いいじゃん、どっか遊びに……」
「父です」
ゲッ。顔をしかめて、知らない男の人はそそくさと離れていきました。
ああ、しつこくされなくてよかった。
こんな時間に、こんなとこでボーッとしてちゃいけませんね。
すっかり陽の落ちた、騒がしい繁華街。
フッと小さく息をつき、恵比寿の街あかりに呟きました。
「頑張ってくださいね、ごとーさん」
もう一度、振り返り、あの人の姿が見えないか確かめる。
交差点のざわめきの奥に広がる街のあかり。数えきれないあかり。
あのなかのどこかにいる。どこかにいるんだ。
数えきれないドアを、全部開けてまわりたいような気持ちになりました。
会いたい。ごとーさん……会いたいです。
トラちゃんの魔法。もう一度、舞い降りて。
ある日突然、光溢れる中庭にあなたがいたように、
もう一度連れてきて、偶然にあなたを。
- 90 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:31
-
たちまちこぼれだした涙を、ハンカチでぬぐいながら歩く。
すれ違う見知らぬ人たちが、私をチラチラと眺めていきます。
あの子、失恋したのかな?なんて思われてますね。
そう、ずっと失恋中です、私。
とっても素敵な人だった。とっても冷たい人だった。
愚かだと自分のことを思います。
打ち捨てられた操り人形。からまった赤い糸さえ幻。
冷たい瞳でいらないと言われたっきり、どこにも動けなくて、
偶然にまた、あなたに拾われるのを待ってる。
たぶん、このまま朽ち落ちてしまう。
だけどそれは、私が選んだこと。
深い海の底の記憶の牢獄の中で、いつだって幻想を見てる。
あなたのいない世界から、目をそらすために。
- 91 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:31
-
しばらく焚いていなかったイランイランを、棚の奥から取り出しました。
濃い茶色の瓶を目の高さに掲げて、自分のことをフッと笑います。
クラブで夜明かしをした夜、よく知らない女の子の肩でいっぱい泣いて、
騒がしい無人島で空想の海を眺めて、
ほんのすこし、ふっ切れたような気がしていたのでした。
だけど、全然。
ほんとは全然。
あなたの気配を感じた、
ただそれだけでもう私の心は。
- 92 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:32
-
魔法のアロマを焚いて、あなたを招く夢の中。
願いは神様に届いて、ふわりと幻想の続きがやってきました。
カランと店のドアを開けた私に、ごとーさんが振り返って笑います。
ごとーさん……!! 私はその腕のなかに、まっすぐに飛び込みました。
『紺野、どこ行ってたの?』
『ごめんなさい。オムライス、冷めちゃいましたね』
『つくりなおすから、待ってて』
『でも……』
『最高においしい時に食べてもらいたいんだ』
それは、いつかごとーさんの家で聞いた言葉。
自分はあんまり食べないのに、彼女はとっても楽しそうにお料理をして、
私の前にずらっとお皿を並べて、「さあ、食べて」って微笑んでくれました。いつも。
『紺野は、あたしの料理好き?』
『はいっ』
『あたしも、紺野に食べさせるの、好き』
食べさせて。
もっともっと食べさせて。
あなたの指先がつくりだす、おいしいもの、甘いもの。
ホットケーキだって、あなたが焼けば天使のおやつ。
メープルシロップは、私たちの恋と同じくらい甘い蜜。
幸せです、ごとーさん。私、世界一幸せです。
- 93 名前:心音 投稿日:2004/09/23(木) 21:32
-
夢のなかで、いいえ、夢の中だから私は大胆に、
あの頃には言えなかった言葉を正直にごとーさんに伝えられる。
『私の、ごとーさん』
『ん?』
『ごとーさんは私の、です』
夢の中のごとーさんは、照れくさそうに笑いました。
その微笑み、私だけのもの。
夢から、もう覚めたくない。
だって、ここは闇の中じゃないんです。
ねぇ、朝日が昇るのを止めるにはどうしたらいいの……?
- 94 名前:雪ぐま 投稿日:2004/09/23(木) 21:33
-
本日はここまでといたします。
- 95 名前:ゆんせ 投稿日:2004/09/23(木) 23:06
- お久し振りです。
あいかわらず読ませていただいてます。
切ないです、もう。。。
今後も体に気をつけてがんばってください!
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/24(金) 00:35
- ああ・・・・どうなってゆくんやぁ・・
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/24(金) 00:48
- せ、せつないです…。
しっかしガキさんは良い子だなぁ。
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/24(金) 00:54
- やった!更新
二人はいつごろ、どーやって…
奇跡をまつ? 意外や、ローラー作戦かっ
展開を待てずに妄想が暴走するぅぅ〜
(T_T)ぁぅぁぅ
- 99 名前:オレンヂ 投稿日:2004/09/24(金) 01:53
- 更新おつかれさまです。
はぅはぅはぅ・・・って泣きそうな呼吸になりました。
せつないねぇ〜
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/24(金) 06:22
- 100ゲットさせていただきます。
私、全然モー娘ファンじゃないんですけど
ちらりと通り見してここだけはまってしまいました。
毎日気になって仕方ありません。
紺々当たって砕けろ〜〜〜
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/24(金) 13:11
- いやぁ、あそこら周辺を彷徨ってるユメなんか見ちまいました。ビックリ
コンちゃん宜しく、私の場合 癒メソ中毒 重傷みたいです…;
責任とってくださーいw
- 102 名前:名無し。 投稿日:2004/09/24(金) 20:38
- コンちゃんとりあえずもう3〜4日張ってみようよw
きっとチャンスはあるはず!
会えると念じれば・・・・・ねw
- 103 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/09/26(日) 02:26
- こんこんに幸せが訪れますように…。
- 104 名前:時限爆弾 投稿日:2004/09/29(水) 05:15
- 更新お疲れ様です。お久しぶりです。
環境が落ち着いたので、レスが書けて嬉しい。
影を求める紺ちゃんの気持ちが痛い位伝わってきます。
今後も見守っています。執筆頑張って下さい。
- 105 名前:雪ぐま 投稿日:2004/09/29(水) 22:20
- 95> ゆんせ様
あたたかいお言葉、ありがとうございます。
紺ちゃん、捨てられたって思ってるから・・・切ないですね。
96> 名無飼育さん様
どうなっていくんでしょう〜・・・
97> 名無飼育さん様
良い子ですねぇ。そして実は、こんごまヲタだったガキさんw
( ・e・)<そーなんですよねぇー♪
98> 名無飼育さん様
やった! 楽しみにしていただいてるみたいで、光栄です。
雪ぐまの妄想も暴走中。どこにも動けないのは紺ちゃんだけ川o T-T)ノ ぁぅぁぅ
99> オレンヂ様
川o T-T)ノ はぅはぅはぅ……
ずっと失恋中のうちの紺ちゃんは泣いてばっかり。せつないねぇ〜
100> 名無飼育さん様
モー娘。いいですよ〜、一緒に応援しましょう〜(←勧誘中
うーん、まずリアル紺ちゃんが、当たって砕けられそうな性格じゃないんですよねぇ・・
- 106 名前:雪ぐま 投稿日:2004/09/29(水) 22:21
-
101> 名無飼育さん様
中毒ですか、うれしいですね〜w 雪ぐまは先日、あそこら周辺で買物。
そして、ごとーさんの店はどこかしら?と考えたのでした(爆
102> 名無し。様
張るのはともかく、念じることは確かに大切そうですねぇ。
トラちゃんの魔法がもう一度かかりますようにと・・・
103> 名無し飼育さん様
川o・-・)ノ<ありがとうございます・・・
104> 時限爆弾様
PC復活おめでとうございます。甘い蜜の記憶と、冷たく捨てられた記憶に
翻弄されまくってるうちの紺ちゃん。どうなることやら・・・
それでは、本日の更新にまいります。
- 107 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:22
-
私、なにか隙があるのかな?
それとも、ひとりでいることが多いからかな?
大学に入ってから、街で男の人に声をかけられることが多くなりました。
男の人が苦手ってわけじゃないです。
でも、いきなり知らない人から声をかけられるのはちょっと……。
今日もゴメンナサイと頭を下げて小走りに逃げようとしたんですが、
案外しつこくついてこられてしまって。
ずっと無視して、大通りを選んで歩いてるんですが、
どうしてだか向こうも、すぐ後ろをずっと黙ってついてきます。
このままじゃお買い物もできません。
ヤダな……どうしよう……タクシー乗ってまいちゃおうかな……
そう思って、ふっと道路を見渡したその時、
一台のバイクが、すうっと私の目の前に止まりました。
誰? ジーンズにタンクトップの女のヒト。
一瞬、ビクッと警戒して身を固めた私。
ところが、フルフェイスのヘルメットを脱いで現われたその顔に、
私は驚きのあまり息をのんで大きな声をあげてしまいました。
- 108 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:23
-
「よ、吉澤さんっ!」
「おーっす、元気にしてたぁー?」
吉澤さんは、あの頃と変わらぬ人懐っこい笑顔でニコッと私に微笑むと、
フッと鋭い瞳になって、私の後ろに目をやりました。
つられて振り返ってホッとします。……いなくなった、しつこい人。
「向こうのカフェのテラスんとこでさー、飯食ってたら紺野が通ってさ」
ちょっと迷ったけど、追っかけてきたってわけ。
なんか困ってるみたいだったから。
そう言って、吉澤さんは私を気づかうように、また微笑みました。
そっか、食事中にわざわざ追いかけてきてくれたんだ。
そう親しくもない私のために……
「た、助かりました」
「ね? すっげー偶然。石川がさ、見つけたんだ紺野のこと」
あ、デート中だったんですね。
あれからずっと続いてるんだ、二人は。
そう思って羨ましいような、なんだか気まずいような気持ちになりました。
- 109 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:24
-
ごとーさんとおつきあいしていた頃、
吉澤さんと石川さんには、とてもやさしくしてもらいました。
学園のアイドルみたいに騒がれてた先輩たちなのに、
とっても気さくで面白くって、廊下とかでお会いするといつも声をかけてくれて。
だけど、ごとーさんと別れてからは、なんだか疎遠になってしまいました。
当たり前ですね、私は“ごとーさんのカノジョ”だから
仲間に入れてもらえていたんです。
それなのに、ごとーさんと私が口もきかない状態になっちゃったから……
助けてもらったのに、なんとなくもじもじと俯いた私。
なんだか気まずい。どうしよう、どうしたらいいかな?
吉澤さんも、どうしよっかな?って一瞬、困った顔をしましたが、
次に私の耳に届いたのは、思いがけないお誘いの言葉でした。
「ヒサブリだしさー、もしヒマだったらお茶でもしない?」
「えっ……、でも」
「石川もさ、紺野としゃべりたいみたいよ?」
私も一緒に行くってきかなくてさー。
待ってろっつーの、大変だったんだ。
そういって笑う、その笑顔が懐かしくて。
- 110 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:25
- カフェでは、あの頃よりもますます華やかにお美しくなった石川さんが、
はしゃぎながら手を振って迎えてくれました。
「キャー、紺ちゃん久しぶり〜」
「ご活躍、いつもテレビで拝見してます」
「えっ、観てくれてるのー? 深夜なのに」
今年になって、石川さんの笑顔が
深夜の短いニュース番組に現れた時にはびっくりしました。
でも、なんだか納得。匂い立つように美しい人。
スポットライトを浴びる世界が、よくお似合いです。
久しぶりにお会いした先輩たち。
あの頃よりも話しやすい気がするのは、私が大人になったからかな?
でも、ひととおり近況を報告しあうと、会話が途切れがちになってきました。
仕方ないです。ごとーさん以外、私たちには共通項がないんですから。
でも、逆に考えれば、ごとーさんだけが共通項……
ごとーさんの話題を出しても、おかしくない関係……
ガキさんに、ごとーさんを恵比寿駅で見かけたと聞いてから、
日が経つにつれて、私は、妙に気持ちが落ち着かなくなってきていました。
会いに行く勇気は出ないけれど、今のあの人のこと、もっと知りたくて。
不思議なんです、ずっと夢の中にいたい気もする。
昔の笑顔のままの、私だけのあの人とたゆたっている夜は幸せ。
だけど、もう高校生じゃないあの人が、確かに恵比寿で働いてると思うと……
確かに今も、そう遠くない空の下に暮らしていると思うと……
- 111 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:26
-
でも、吉澤さんたちが、ごとーさんの話題にふれる気配はありません。
それは、そうですよね。別れた恋人の話なんて普通、持ち出さない。
聞きたかったら、私から水をむけなきゃ。
私が……そう、私から……
「あ、あのっ、吉澤さん」
「ん?」
「……しゅ、就職活動のほうは?」
「ぐ、ぐおおおおおっ!!!!」
「紺ちゃん、それ禁句(笑」
あっ、し、失礼しました(汗。
はぁ〜、どうしよ。聞けないかも。
だって、何年も前の恋、まだ忘れられないなんて気持ち悪くないですか?
好きだって気づかれなきゃいいんですけど、
私、いろいろ顔に出ちゃうみたいだし。
- 112 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:26
-
でも。
王子様とお姫様みたいにお似合いな二人を、眩しく眺めました。
相変わらずぎゃあぎゃあやりあってますけれど、とっても仲がよさそう。
信頼してるから遠慮なくからかうし、怒るし、そして許すし。
そういえば、まこっちゃんと愛ちゃんも、こんな感じ。
私は、ごとーさんにいつもどこか遠慮してたな。
疎まれるのが怖くて、これは言えないとか、聞いちゃだめだとか。
すぐに黙り込む私に、ごとーさんは時々悲しそうな顔をしました。
『……紺野って、わかんないな』
私には、ごとーさんがわかりません。
そう言い返すのが精一杯で、やっぱり肝心なことは何も訊けなかった。何も。
目の前であっけなく壊れてく恋を、ただ息を詰めて祈りながら、
ひとり泣きながら見つめていただけで。
ソイラテを、ごくんと一口飲みました。
小さく息を吸い、気持ちを落ち着けて、ゆっくりと口を開きます。
そう、あの頃にはなかった勇気を振り絞って。
- 113 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:28
-
「……あの、……ごとーさんは、お元気ですか?」
吉澤さんと石川さんが、驚いたようにパッと顔を見合わせました。
あ、ちょっと唐突すぎたかな?
冷や汗が、背中をつうっと流れます。
「ごっちんと、全然連絡とってないの?」
「え………? あ、はい……」
「あーー……、やっぱそっか」
れ、連絡なんてとってるわけないじゃないですか!
吉澤さん、ごとーさんから聞いてないのかな、私たちが別れた理由……。
「や、ごっちんって何も言わないからさ」
「……そうなんですか」
「なんか聞けない雰囲気っつーかね」
吉澤さんはそう言って、なんとなくバツが悪そうに鼻の頭をこすると、
ごっちん、元気だよ。たぶんね、たぶんだけど、と呟きました。
たぶん? なんとなく不安な気持ちで首をかしげた私。
代わりに石川さんが、すかさずツッコんでくれました。
「なによ、たぶんって」
「だって、もう1年くらい会ってねーもん」
「ちょっとアンタ、ほんとに親友なの?」
「や、マジで忙しいとか言ってさ、ごっちん」
- 114 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:28
-
出ねーんだよ、アイツ、電話。
きれいな桜色の唇を尖らせた吉澤さん。
そうですか…と、なんとなく呟きながら、
私はかわいらしい吉澤さんの表情に、
きゃあきゃあ騒がれてた高校時代の面影を見て、思わず目を細めました。
こじんまりとした女子高。閉ざされてた特別な世界。
いつだって女の子たちの笑いさざめく声が絶えなかったあの場所。
あの温室から卒業して、ますます華やかなお二人。
環境が変わって、いろいろあったんじゃないかな。
でも、あの時、あの場所で芽生えた恋を大切に育てている吉澤さんと石川さん。
うらやましいなと思います。
二人が揺るがずに、あの頃と同じ気持ちでいると瞳から伝わってくることが。
- 115 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:29
-
ごとーさんは、たぶん元気、か。
うつむいてソイラテのカップに鼻先をうずめながら私は、
あの頃の制服のごとーさんの姿を胸に蘇らせていました。
お昼休み、私はいつもお弁当持って屋上にダッシュして、
私たちの場所を確保して、ごとーさんを待っていました。
ごとーさんはのんびりと現れて、私を見てうっすらと微笑み、
長い髪を風になびかせながら、まっすぐに歩いてきてくれた。
青い空をしょって、まっすぐに歩いてきてくれた。
『んあー、サボるー』
『だめです!だめです!』
午後の授業の始まりを告げる予鈴が鳴ると、
キスの代わりに飽きもせず繰り返した会話。
たいていは冗談まじりで、私はゴネるごとーさんの手を引っ張って笑い、
ごとーさんは渋々というふうに立ち上がって笑って。
忙しいのかな。寂しがり屋のあの人が、電話もとらないなんて。
サボリ魔のあの人が、そんなに一生懸命、仕事してるだなんて。
- 116 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:30
-
思わず黙り込んでしまった私を、石川さんが心配そうな目でジッと見つめてきました。
ああ、いけない。先輩達の前なのに。
顔を上げて曖昧に笑った私の耳に、
思いがけない石川さんの言葉が飛び込んできました。
「ごっちんってさ、紺ちゃんのこと忘れてないんじゃないかな?」
え……?
思いっ切り、ソイラテのカップを落っことしそうになりました。
そ、それってどういう……?
たちまちドキドキしてきた、わかりやすい心臓。
そんなはずないよと思いながら、期待にカアッと赤くなります。
私のことを忘れてない……? ごとーさんが? まさか……
だけど、その期待はすぐに、空気の抜けた風船みたいにしぼんでいきました。
吉澤さんが苦々しい顔をして腕を組み、石川さんを睨んだから。
「お前さー、なんでそーゆーこと平気で言うわけ?」
「だって、そー思うんだもん」
「ごっちんに、そう聞いたのかよ?」
「聞いてないけどォ。でもごっちん、あれから誰ともつきあってないっぽいじゃん」
「今どうかは、わかんねーだろっ」
「なによ、何にも訊けないくせに」
「ばっ、人には触れられたくないこととかあるだろぉっ」
たちまちバチバチと睨みあった二人。
ちょ、ちょっと、あの、こんなことで喧嘩しないで。
オロオロと焦りながら私は、また石川さんの言葉がひっかかっていました。
ごとーさん、あれから誰ともつきあっていない……?
誰とも……?
- 117 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:30
-
「あの、いちいさん、は?」
「いちいさん? 誰、それ?」
きょとんとした二人。
あれっ? ごとーさん、ほんとに何も話してないの?
それとも、それとも……
『……好き、いちーちゃ……』
あの人は、あの夜、確かにそう言いました。
すがるように私の背を抱き寄せて、泣きそうな声で私じゃない人を求めました。
吐き気がするほど嫌な記憶。だけど、息を詰めて巻き戻します。
逃げ回る私を校門で待ち伏せてたごとーさん。
話を聞いてと、何度も言っていました。
私は金色に輝くあの人の言い訳を聞くのが嫌で、
いちいさんのことを聞くのがどうしても嫌で、
かたくかたく耳を閉ざしたけれど。
- 118 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:31
-
「紺ちゃん、大丈夫?」
心配そうな石川さんの声に、ハッと顔をあげました。
「あ、ごめんなさい」
「どしたの?」
「いえ、あの、ちょっと気になることがあって」
前の人とよりを戻してるかと、思ってたんですが。
ぼそぼそと呟いた私の声に、石川さんはエエッ?!と眉をあげました。
「ちょっとそれ、なんか誤解してない?」
「あ、そ、そうでしょうか?」
「うん、絶対違うよ。ずっと寂しそーにしてたもん、ごっちん」
「で、でも、内緒にしてるだけとか」
「えー、そーかなぁ? ね、ちょっと、ひーちゃん」
「おう、ごっちんに電話してみっか」
えええええええっ?!
さっきまでバチバチ睨みあったとは思えないものすごいコンビネーションに、
今度は私のほうがイスごとひっくり返りそうになりました。
そ、そ、そ、そんなっ!
ちょっと待って、ちょっと待って!
焦りのあまり、ウッと詰まってガッチーンと固まってしまった私。
なのに、顔面蒼白になった私に気づくことなく、
吉澤さんはケータイを耳に当ててしまい。
- 119 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:32
-
………ああああ、どうしよう、どうしよう。
心臓がばくんばくんと暴れ出し、嫌な汗がこめかみにじわりと滲みました。
だ、だって、電話して何を聞くの?
紺野が、前の人とよりを戻したかどうか気にしてるって?
今でもしつこく、気にしてるって?
カアアッと一気に頬に血がのぼったのがわかりました。
や、やっぱりダメッ!やめてください!
テーブルに手をついて半泣きで叫びかけた時、
吉澤さんが舌打ちしてケータイをピッと切りました。
「だめだ、電源、入ってねーよ」
「留守電にもなってないの?」
「うん。最近、いっつもそうなんだよな」
ケータイ持ってる意味ねーよ、アイツ。
イラついたように、テーブルにガコンとケータイを放り出した吉澤さん。
私はドッと気が抜けて、へなへな〜っとテーブルに突っ伏しました。
「わっ、どーしたの? 紺ちゃん」
「よ、吉澤さん、心臓に悪いです……」
「え、なんで?」
「だ、だって、だって……もう何年も会ってないんですよ?」
- 120 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:32
-
ふあああと情けない声をあげた私に、
吉澤さんはかすかに瞳を曇らせて、曖昧に微笑みました。
「そんなもん?」
「え?」
「いや、別れるとさ……会えなくなっちゃうもんなのかなって」
そんなの。
ぐったりと突っ伏したまま、私は困って唇を尖らせました。
そんなのわからない。ほかの人のことはわからないけれど。
「……私は気まずい、ですけど」
「ふうん。友達にもなれないもん?」
友達? ごとーさんと?
想像してみます。あの人のそばにいて、友達として笑うこと。
新しい恋を祝福し、応援し、相談にのってみたり、時にはノロケ話を聞いてみたり?
「……むずかしい、かも」
「そっか」
「あ、でも私がいろいろ気にしすぎなのかも」
普通はもっと軽やかに、終わった恋をさらさらと流せるものなのかも。
愛が燃え尽きたその後に、信頼に満ちた絆が残るものなのかも。
- 121 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:33
-
だけど、あんなに冷たい水をかけられてもなお、
私の奥底に立ちのぼった炎は消えなくて。
行き場をなくした想いはくすぶってじわじわと燃え広がり、
いつまでも私の胸を爛れさせる。ふいにズキズキと痛ませる。
そして、空気が足りない、呼吸がおかしいと、ひとり闇の中に呻きながら。
記憶の中のあの人に空しく救いを求めながら、ひとり……
- 122 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:34
-
「ああ、そういえば言ってたな、ごっちん」
「何を、ですか?」
「紺野は、すげぇ頑固だって」
そうかなあ?
チラと目をあげた私に、
吉澤さんはからかうように、にやあっと笑いました。
「すげー頑固で、全然、言うこと聞かないってさ」
「言うこと聞かないって、そんな」
「なかなか一緒にお風呂入ってくんないって言ってたよ」
「な、なんでそんなこと知ってるんですかっ!!」
思わず真っ赤になってパッと身を起こした私に、二人は声をあげて大笑い。
どことなくしんみりした空気が明るくなったところで、
石川さんが整った仕草で、チラと腕時計を確かめました。
「ごめんね。私、そろそろ行かなきゃ」
「じゃ、局まで送ってくか」
「いいの?」
石川さんがメイクを直しにお手洗いに立っている間に、
吉澤さんはバイクを店の前まで引っ張ってきて、
さりげなく後ろのシートをハンカチでぬぐいました。
あ、石川さんの服が汚れないように気をつかってるんだ。
目には見えないやさしさに、微笑ましい気持ちになりました。
いつも石川さんにはすこしぶっきらぼうな吉澤さんの愛情を感じたような気がして。
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/29(水) 22:36
-
きっと石川さんも吉澤さんの目にはふれないところで、
こんなふうに絶え間なく愛情を注いでいて、
そして二人の関係は綿々と織りあげられて、美しい模様を描く。
ハンカチをジャケットにしまいながら、
吉澤さんはごくさりげない調子で、私に尋ねてきました。
「紺野はさー、今つきあってる人とか、いるの?」
ごとーさんの話題を出した時から、訊かれると覚悟してた言葉。
吉澤さんの瞳が興味本位じゃなかったから、私は素直に答えることができました。
「いえ。あれから、誰とも」
「そっか……」
ブルンとバイクのエンジンをかけて、
ヘルメットを手にしたまま、うつむいて何かを考えた吉澤さん。
見た目よりもずっと繊細な心を持った先輩は、探るように静かに言葉を落とします。
「メール、いれとこっか? そのこと、ごっちんにさ」
迷ったけれど、私は静かに首を振りました。
「言う時は……、自分で伝えます」
「そっか」
吉澤さんはフッとあたたかい目をすると、
くるっと踵を返して風のように立ち去っていきました。
大切な石川さんをバイクの後ろに乗せて。
- 124 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:37
-
その姿が豆粒のようになって見えなくなるまで、私はずっと見送っていました。
あんなふうにもう一度、ごとーさんと風の中に溶けてみたい。
勇気があれば、叶うでしょうか?
叶わなくても、開放してあげるべきなのでしょうか。
この胸に閉じこめた、行き場のない炎を。
見上げれば空は、どこまでも高く青い。
空が青いのは、青っぽい光の方が、赤っぽい光よりも散乱されやすいから。
雲が白いのは、粒の大きな水滴や氷がすべての光を均一に反射するから。
ごとーさん、あなたもこの青い空の下で、
散乱する光を浴びて、眩しさに目を細めているのでしょうか。
会いたい、ごとーさん。
本物の、あなたに。
胸が痛くなるほど、今、そう思う。
- 125 名前:心音 投稿日:2004/09/29(水) 22:38
-
ケイタイを取り出し、スクロールしてみる。
ごとーさんの番号を画面に表示してみる。
ピッと押せば、つながるかもしれない。
指先は、心のように震えます。
深くため息をついて、苦しく瞼を閉じました。
私だけがきっとあの頃のまま時間が止まってる。
だけど、石川さんの声が、都合よく、
そうとても都合よく、私の心臓をノックしてる。
……ごっちんってさ、紺ちゃんのこと忘れてないんじゃないかな?……
ごとーさん、私、ただそれだけで、こんなに心が揺れる。
あなたの言葉を聞いたわけじゃないのに……
闇のなかに、針でぷつんと刺したような小さな小さな光を感じただけなのに……
- 126 名前:雪ぐま 投稿日:2004/09/29(水) 22:40
-
本日はここまでといたします。
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/30(木) 00:02
- 色々感想ありますが、あえて短く言うと
この話大好きです。授業中もたまにボーっと考えちゃいます。
更新ペース速いのも凄いと思います、頑張ってください
- 128 名前:オレンヂ 投稿日:2004/09/30(木) 00:29
- 更新お疲れ様です。
・・・見守るしかないんですよねぇ。
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/30(木) 01:18
- 更新お疲れ様です。
コンちゃんがんばれ!
- 130 名前:作家見習い 投稿日:2004/09/30(木) 03:47
- 作品を読まさせて頂きました。
面白いです。
そして、こうも思いました。
俺にこれぐらいの文才があれば、ある野望も果たせるのに――と。
(新手の荒しではありません)
これからも楽しみにしてます。
そして、勉強させて頂きます。
- 131 名前:雪ぐま 投稿日:2004/10/05(火) 19:16
- 127> 名無飼育さん様
授業中にボーッと考え事してるなんて、うちのごっちんみたいですねw
ご愛読いただいてうれしいです。最後まで、どうぞよろしく。
128> オレンヂ様
ええ、どうぞあたたかく見守ってくださいませ・・・
129> 名無飼育さん様
川o・-・)ノ<ありがとうございます。
130> 作家見習い様
勉強だなんてそんなそんな。面白いと言っていただけて一安心です。
ある野望、いつか果たせるといいですね。
それでは、本日の更新にまいります。
- 132 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:17
-
イランイランを焚いてないのに、夢を見ました。
頬に触れる指先を感じて目を開けると、
あの人が私の顔をジッとのぞき込んでいました。
闇の中で、ぼうっと白い光につつまれて。
『ごとーさん……』
驚いて起き上がろうとした私の肩をやさしくおさえ、
ごとーさんはゆっくりと、唇を近づけてきて。
私はあわてて瞼を閉じ、甘い熱が降りてくるのを待ちました。
やわらかなあたたかい感覚。
トクンとリズムを変えた私の心音。
唇を介してあなたと繋がってる私の心臓。
そのことを確かめるように、ごとーさんは私の左胸にふれて、
そして満足げに微笑み、もう一度、私にキスをしてくれました。
- 133 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:18
-
『紺野、会えてよかった』
『ごとーさん、私も』
『そう? ほんとに?』
『ほんとに』
『……苦しめた、だけじゃない?』
そんなことない。
ズキンと胸が痛んだけれど、かぶりを振った私。
そんなことない。もうわかってるんです。
苦しいのは、あなたの傍にいられないから。
会えてよかったかどうかと聞かれれば、会えてよかったです、ほんとうに。
私は幸福を知りました。絶望を知りました。
心の奥に、あなたが掘り起こした深い泉。
会えてよかったんです、あなたに。だから。
「ずっと、ここにいてください」
ごとーさんは、すこし悲しげに眉を寄せて微笑みました。
白く光るその輪郭が、ゆっくりと闇に溶けていく。
ああ、また目がさめてしまう。イヤだ……
私は、消えていこうとするごとーさんに必死で呼びかけました。
伝えたくて、どうしても伝えたくて。
『ごとーさん、私、今でもあなたが……あなたのことが……』
消えていきながらごとーさんは、かすかに目を細めて私の瞳を見つめました。
そして、その唇がもどかしげに、ゆっくりと動き……
- 134 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:19
-
あっけなく目がさめた朝焼けのなか。
私は、夢の中で確かに聞こえたごとーさんの言葉に、
高鳴る胸をおさえて、ひとり頬を染めました。
紺野……、あたしもずっとあの頃のまま……
ずっとあの頃のまま……
- 135 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:19
-
…………………………………………
…………………………………………
…………………………………………
…………………………………………
…………………………………………
…………………………………………
- 136 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:20
-
信じられない名前が、携帯のディスプレーに現れたら、
あなたならどうしますか?
“後藤さん”
私は、大学の学食でひゃあっ!と声をあげ、
携帯をボトッとテーブルに取り落としました。
う、う、うそっ?!
周囲の人たちが振り返るほど、わたわたと取り乱した私。
あまりの動揺に私は電話をとりそこね、
無情にも着メロはピタッと止まってしまいました。
「あ……」
あれ……?
えっ……と。
おそるおそる着信履歴を確かめます。
うわ……ほ、ほんとにごとーさんだ……どうして……?
- 137 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:20
-
そうか、もしかしたら吉澤さんから私に会ったと聞いて。
それで懐かしく思ったとか?……かも。
ああでも、ただのかけ間違いだったら?
近藤さんにかけようかなーと思ったら、その下の紺野さんをピッなんて。
いやいやいやいやそんな迂闊なこと……しそうだけれど。
か、かけなおさなくちゃ、とにかく。
心臓の上に手を押しあてて、すうっと深呼吸をしました。
もしも、かけ間違いだったとしても、これは神様がくれたチャンス。
吉澤さんたちに会ってからずっと、今日は電話してみよう、今日こそ電話しようって、
もう一週間も、うじうじうじうじ考えてたんです。
だからこれはチャンス。絶対に、チャンス。
- 138 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:21
-
そう、今朝、夢を見ました。
あれはきっと、この電話がかかってくる暗示だったんだ。
夢の中のごとーさんの言葉を思い出して、思わず頬を赤らめます。
……紺野、あたしもずっとあの頃のまま……
ううん、それはきっと私の願望なんだと思うけど。
思うけど……。
- 139 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:21
-
すーはーと無意味に深呼吸を繰り返しました。
な、なんて言おう? いま、お電話くださいましたか?とか。
あ、その前に、ご無沙汰してますくらい言わなきゃ。
あ、あ、その前に、紺野ですって名乗らなきゃあ。
だめだ、ちょっと最初に言うことメモっとこう、うん。
そう思ってカバンからゴソゴソと手帳とペンをとり出したその時。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「ひゃあっ!」
再び派手に着メロが鳴り響いて、私はまたもや悲鳴をあげました。
ど、ど、ど、どうしよう、心臓がっ!!
ああ、でもでもでもっ!!!!!!!
ええ、と、とりますとも皆さん!!!!
不肖、紺野あさ美、とります、とってみせます、今度こそ!!!
……………ぅえいっ!
ピッ。
- 140 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:22
-
「………………………………も、もしもし」
『あ、もしもし、紺野さん?』
あれっ? 違う人だ……
携帯から流れてきたのは、なぜかごとーさんの声ではありませんでした。
束の間ホッとし、そして、ひどくがっかりしている自分。
それから、かなり怪訝に思います。
誰? どうして私の名前……?
『中澤です。わかる? ええと、真希の……後藤真希の叔母の…』
「あっ、ええ、ハイ」
すぐに細身のきれいなお姉さんが思い浮かびました。
叔母さまというにはまだ若い、ごとーさんのたったひとりの親族。
「ご、ご無沙汰しております……」
『フッ、あいかわらず妙に礼儀正しい子やね』
「えっ?」
『いや、……あんな、紺野さん』
中澤さんは、なにかを言い淀むように一瞬、沈黙しました。
- 141 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:23
-
『……あんな、迷惑承知で言うんやけど』
「はい。なん、でしょう」
『あんた今日、時間あるかなあ?』
「え?」
『真希が、ちっと入院してなぁ……、見舞いに来れへん?』
入院……?
不穏な予感が、黒煙のようにざわざわと胸に広がりました。
淡々と病院の名前を告げはじめた中澤さん。
私は、あわてて「あのっ!」と声をあげました。
ごとーさんのこと心配だけど、心配だけど、
でも、中澤さんはご存知ないんでしょうか、
もうずっと前に、ごとーさんと私は別れてしまっていること。
いいえ、そんなはずは……
じゃあ、どうして……?
「……ごとーさんが、私に来い、と?」
『いや。あんな……』
中澤さんは、またかすかに言い淀みました。
『あの子、今、意識、なくてな』
「は?」
『医者がな、……その、死ぬかもしれんって』
- 142 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:24
-
声にならない悲鳴が、一撃で私の胸を深々と刺し貫きました。
ごとーさんっ!!!!
どうして?!どうして?!どうして?!
鞄をひっつかんで、全速力で駆け出します。
卒業がかかってる大切なゼミがあるとか、バイトがとか、夕食の準備がとか、
今日を形づくるはずだったいろんな約束、そんなことはほんの一瞬も浮かばなかった。
聞こえたのは、心を覆っていた厚いガラスがパリンと砕け散った音。
ごとーさん、あなたのこと、思わない日はなかった。
狂おしいほど愛しく、許せないほど憎い、私の人生を支配してしまった人。
あなたがこの空の下のどこかで元気に暮らしてると思ってたから、
幸せに生きてると思ってたから、私だってなんとか歩いていたのに。
なんとか立っていられたのに。
ただ、それだけだったんです。
私の毎日は、あの人がいない真っ暗な世界をもてあましながら、
小さな日常をせっせと積み重ね、思い出のなかをたゆたい、振りはらい……。
そして、切れてしまった赤い糸を手放すこともできずに、
あてもなく、約束もなく、あの人に再び拾われる奇跡を待っていた。
愚かだと知りながらどこにも動けずに、甘く虚ろな幻を追いかけていた……
- 143 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:24
-
転がるようにタクシーから走り出て病院のロビーに駆け込むと、
懐かしい金髪の美容師さんが、弾かれたように長椅子からバッと立ち上がりました。
「………ど、どこ?!」
「こっち!」
小さな弾丸のように矢口さんは駆け出し、
エレベーターを使うのももどかしいと言わんばかりに階段を駈け上がります。
嫌だ、もう。こらえてた涙が、ドッと溢れました。
こんなの嫌だ。どうしてこんなことになってるの?
そんなに、ごとーさん、死んじゃいそうなの?
- 144 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:25
-
集中治療室の小窓に張りついて中を覗き込み、絶句しました。
ベッドに横たわっている人は、まるでガーゼと包帯の真っ白い塊みたい。
あれは、誰……? たくさんの機械につながれて、やっと命をもたせている……
うそだ、あれ、ごとーさんじゃないですっ!
ぐるんと振り返った私に、中澤さんはうつむいて静かに呟きました。
「フラ〜ッて、トラックの前に倒れよったって。アホやな」
「……どう、して?」
「わからん」
いいえ、こんなはずじゃない。
もう一度、小窓に向き直り、信じられない光景をじっと凝視します。
そして私は、自分に刻み込まれている記憶の確かさを呪いました。
あの爪、あの爪の形、ごとーさん………
- 145 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:25
-
呆然と立ちすくむ私の背中に、中澤さんの声が重なりました。
「来てくれてありがとな、……紺野さん、大人っぽなったな」
彼女はどこか悲しげな瞳でそう言うと、
私の目の前に、スッと一枚の写真を差し出しました。
えっ?とのぞき込んで、私は再び愕然と立ちすくみました。
それは、知らぬ間に誰かに持って行かれた、あの修学旅行の写真。
「いまさら迷惑やろと思ったんやけど……」
真希の手帳に、この写真……あんたの写真が挟んであったから。
高校んときの写真が、今年の手帳に挟んであったから。それでな……
震える指で、中澤さんからその写真を受け取りました。
あの日、ピンで刺された50円玉と引き換えに教室の壁から消えていた写真。
まこっちゃんと愛ちゃんに、私の隠れファンがいるって、さんざんからかわれた。
まさか、まさか、ごとーさん、だったなんて……
- 146 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:26
-
写真の中の私は、ごとーさんを想い、遠い目をしている。
ごとーさんを慕い、悲しい目をしている。
あなたが持ってたの? あなただけの私。
唇を震わせた私の耳に、中澤さんの静かな声が聞こえてきます。
「大事なことは、なーんもゆわん子やからわからんけど」
真希、あんたに会いたいんやないかと思ってな。
そんな気がしてな……
「……最後に」
「そ、そんな………!」
最後だなんてそんな!
叫びかけた時に、治療室のドアが開き、
緊張した面持ちの看護婦さんが、私たちを手招きしました。
「ご家族の方」
- 147 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:27
-
震える膝を踏みしめながら室内に入って、
私はたちまち眩暈に似た絶望感に襲われました。
横たわる人は、ガーゼと包帯と呼吸器で顔が覆われていて、
でもそのシルエットは、やっぱり確かに懐かしいごとーさんで。
そして、そしてその人はもう虫の……虫の息で……
ああ、どうして?
死を賭けて、あなたを呼ぶのは私だったはずなのに……
緊張と絶望のあまり、おかしな鼓動が指先を小刻みに震わせる。
崩れ落ちてしまわないように、ギュッと唇を噛みしめました。
中澤さんに背をおされ、おそるおそるベッドに近づきます。
病院の匂いは独特で、さまざまな機械の音は非日常で、
なぜか頭の中がぼんやりと霞んでくる。麻痺してくる。
それはあまりに受け入れがたい現実を前に、
悲しみという感情が、思考をやわらかに停止させようとしているのでしょうか。
「手、握ってやって」
中澤さんの言葉に、情けなく震えてる手を、そっとごとーさんの手に重ねました。
包帯で巻かれていないところを、指でなぞります。
久しぶりに触れた愛おしい手のひら。
昨日のことみたいに揺さぶり起こされる記憶。
ああ、そうだった。こんな感触だった……
- 148 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:27
-
涙が、はたはたと零れ落ちました。
ずっとわかってた。わかってました。
そばにいてもいなくても、私はずっとごとーさんの影を追い続けること。
だけど、認めたくなかった。忘れてしまいたいと何度も願った。
ごとーさんが市井さんの影を追って私を傷つけたみたいに、
私も誰かを傷つけ続けてしまう人生を送るのが怖くて。
ねぇ、ごとーさん。
私、大好きなまこっちゃんの気持ちにさえ、応えられなくて。
あなたによく似た女の子に誘われても、裏切れなくて。
いつだって夢の中で、海の底で、幻のあなたを追いかけていた。
私は小さく息を吸い、必死で、もう必死で、喉の奥から声を押し出しました。
まるで、あのトラちゃんの中庭で、はじめてあなたに名前を訊かれた時のように。
そう、どうしても伝えたくて。
私はいつだってほんとは、私のことを、あなたに伝えたくて。
ごとーさん、やっと会いに来ました。私です、ごとーさん……
- 149 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:28
-
「……こ、こ、こ、紺野、です」
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ………………
規則的な心音が、冷たい、だけど確かな機械音となって私の耳に届いています。
ごとーさんは、生きてる。大丈夫、ちゃんと生きてる。
ねえ、ちゃんと、聞こえてますよね? 私の声。
紺野です。ごとーさん、紺野です。
会いに、きました。あなたに、会いに……
「……わ、私、ごとーさんに嘘を、嘘を、ついてました」
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ………………
あなたと別れても平気なふりをしていました。
かすり傷でもいい、あなたを傷つけたくて、あなたを嫉妬させたくて、
まこっちゃんと、おつき合いしているふりをしました。
大切な親友を巻き込んで、知らぬ間に傷つけて、それでもそうとしかできなかった。
切り裂かれて真っ赤な血を吹き出した、あなただけに教えた私の傷。
裏切られた悲しみと炎のような嫉妬が私の耳を塞ぎ、目を塞ぎ、
牢獄の中に心をがんじがらめに閉じ込めてしまって。
- 150 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:28
-
でも、ほんとうは私は、いつだってごとーさんに帰りたくて。
あなたの腕の中に帰りたくて仕方なくて。
ただ、もう一度、強く抱きしめてくれれば……
ただ、もう一度、あの笑顔で、その瞳で、私だけを愛していると……
そう、私は、私は今も、いいえ、ずっと、ずっと……
「……私、あなたを、愛……」
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
唐突に心音が停止した音が響き渡り、ビクンと身を竦めました。
お医者様や看護婦さんがダッと駆け寄ってきて、
弾かれるように、ごとーさんから引きはがされました。
まるで戦場のように慌ただしくなった治療室。
矢口さんがワッと泣き出して、呆然と立ちすくむ中澤さんにすがりつきます。
うそでしょ?
私は、くらりと白い壁にもたれかかりました。
もう目の前はぐちゃぐちゃで、そうまるで水槽の中みたいに。
あなたに追いつめられて揺らめいたあの水底のように。
- 151 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:29
-
ごとーさん、どうして、あなたはそうなの?
自分勝手で強引で、いつも私を徹底的に振り回す。
信じられないカーブで、恐ろしいループで、私を振り落とそうとする、また。
「……もう、やだ」
あなたの影を追い続けるのは、もう嫌だ。
もうおいてかないで。
もう一度、私を、そばに置いて。
ねぇ、あなたが私と過ごした日々を、今でも大切に思ってくれているなら。
あなたが、あなただけの私を、確かに愛してくれているのなら。
目の前はぐちゃぐちゃで、そうまるで水槽の中。
まるで水槽の中……ごとーさんの、あの…………
- 152 名前:心音 投稿日:2004/10/05(火) 19:30
-
壁を蹴って、私はまっすぐに駆け出しました。
あの夏休み、あの駅から、あなたの水槽へと駆けたように。
一番近い窓をあけて、今度こそあなたを追いかける。今度こそ、あなたを。
ひらりと天へ飛んだ時、切り裂くような中澤さんや矢口さんの悲鳴とともに、
あの人の甘い声が確かに耳に届いて、私はにっこり微笑みました。
ねぇ、紺野、
あたしたちだけ、わかってたらいいよ。
あたしたちが恋に落ちた理由なんて……
- 153 名前:雪ぐま 投稿日:2004/10/05(火) 19:30
-
本日はここまでといたします。
次回、最終話です。
- 154 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/05(火) 19:50
- 更新お疲れ様です。
やばいです。やばいくらいいいです。
紺ちゃぁん…。
- 155 名前:オレンヂ 投稿日:2004/10/05(火) 20:36
- 更新お疲れ様です。
バイト先で読んでて思わず泣きそうになりました。
最終回を楽しみにしています。
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/05(火) 20:40
- …
- 157 名前:名無し読者 投稿日:2004/10/05(火) 21:15
- こぉーーーーーーん くぅぉーーーーーーん
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/05(火) 21:18
- そ、そんな..。
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/05(火) 21:19
- なんといっていいか……
小説を読んで、こんなに胸が震えたことはありません。
いつも美しく気高い物語を読ませてくださる雪ぐまさんに
本当に本当に感謝しています。今回もきっと忘れられません。
でも、でも…ごっちーん!紺ちゃーーん!(号泣
最終話、正座してお待ちしています。
- 160 名前:名無し読者157 投稿日:2004/10/05(火) 21:28
-
すいません。157は自分です。今回の更新を読んだあと
思わずPCの前で叫んでしまった言葉です。というか、
あまりのことに何といっていいのか・・・
スレ汚しスマソ、電源落として腹(r 逝って(r
- 161 名前:時限爆弾 投稿日:2004/10/05(火) 22:46
- 更新お疲れ様です。
私の感想がどれも陳腐で、空中分解してしまって…
最終回、真摯に受け止めるべく瞑想して待ってます。
執筆、頑張って下さい。
- 162 名前:ぽち。 投稿日:2004/10/05(火) 23:03
- 更新ありがとうございます。
え〜ん(涙)
最終回はどうなるのでしょうか。
- 163 名前:ゆんせ 投稿日:2004/10/05(火) 23:11
- 泣きました。
次回、楽しみにしています。
- 164 名前:名無し通りすがり 投稿日:2004/10/06(水) 00:26
- 橘いずみの「太陽」思い出しました…
作者様、最終回よろしくお願いします。
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 00:55
- 小説を読んで泣きそうになった事はあったけどいまだかつてこんなにボロ泣きした事はありませんでした。
最終回、正座してお待ちしております。
- 166 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 01:23
- 悲しい…。
今はこれ以外の感想は思いつかない…。
- 167 名前:作家見習い 投稿日:2004/10/06(水) 01:42
- 更新、お疲れ様です。
うわぁ、マジかよ・・・。
しかも、次回最終回・・・。
- 168 名前:名無しマカー 投稿日:2004/10/06(水) 01:47
- あぁ〜!!!
。・゜・(ノД`)・゜・。
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 01:52
- う…うわ…なんだこれ、心臓がやばいです…。
痛い。胸がすごい締め付けられてます。
もう自分には祈ることしかできません…。
最終話、覚悟決めて待ってます。
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 02:40
- えぇ〜〜〜〜〜っ!!!!まぢかよぉ〜〜〜!!!
こんなのってあり?。・゚・(つД`)・゚・。
悲しいままの最後はヤダなぁ〜・・・。
3年後とかっていって元気に生きてるごっちん希望だよ!
[壁]ノ_・。)クスン
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 02:49
- >>170タン、もちつけ!
ノノ*^ー^)<リクまがいの感想は、マナー違反なりよ〜
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 03:34
- とにかく最終話を待ちます・・・
二人が幸せになれるといいですね
- 173 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 05:57
- ずっとROMってましたが初めて書かせて頂きます
何て言ったらよいのか分かりませんが、雪ぐまさんの作品には凄く衝撃的な感じを受けました
本編終了は寂しいですがティッシュとハンカチを完備して、最終回もしっかりと読ませて頂きます
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 06:00
- えーん。・゜・(ノД`)・゜・。
こんなの…こんなの…(泣
- 175 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 14:11
- 苦しいなぁ・・・ ゜・(ノД`)・゜・。
最終回待ってます・・・。
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 18:10
- >>170
170です。
感きわまりあのようなレスをしてしまい申し訳・・orz
あぁ〜鬱だ・・・逝ってきます。。。。
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 19:01
- ちょっと待って下さい・・・!
こんなことって・・・・゜・(ノД`)・゜・。
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 19:49
- >176
気にするな。
誰にでもうっかりすることはある。
それにしても、感情が入っちゃうよなぁ・・・。
次回、最終回・・・。
こっちも悲しい。
orz
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 23:38
- ここまでずっと、こんこんと一緒に歩いてきた感じだったから
もう、なんか、心に斬りこまれる感じ…
瞑想してお待ちする組に混ぜてください。
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/07(木) 01:02
- >179
そんなことを言わずとも君も仲間だ!
ここを読んだ者はもう皆、同じ思いだ。
- 181 名前:後紺東西 投稿日:2004/10/07(木) 11:09
- コンコンとごっちんには、なんとか頑張って幸せになってほしい!!!
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/07(木) 21:38
- みなさん。さくら満開を聴く用意をして待ちましょう。。
- 183 名前:雪ぐま 投稿日:2004/10/19(火) 21:42
- 皆さま、たくさんのレスをありがとうございます。
お一人ずつお返事をするのが筋かと思いますが、
ラストということで、なにやら作者自らネタバレしてしまいそうな悪寒。
というわけで、たいへん失礼なこととはわかっておりますが、
今回はお一人ずつのお返事は見送らせてください。
どうぞ、よろしくご理解くださいませ。m(_ _)m
さて、最終話、けっこう長いです。
どうしても途中で切れなかったのです。
それでは、まいります。
- 184 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:43
-
「いたたたたたた!!!」
「頑張って、もう少しです」
リビングで、私はごとーさんの足を持ち、膝のところでゆっくり折り曲げます。
お風呂上がりのリハビリ。
ごとーさんが痛がって暴れるので大変です。
「真面目にリハビリしたら、きっと歩けるようになりますよ」
「真面目にかぁ〜」
「だめですよ、サボっちゃ」
あの事故で、ごとーさんは手足が少し、不自由になりました。
でも、完全に動かないわけじゃない。
一度は心臓が止まったというのに、奇跡的な軽傷ですんだと思います。
この人は、やっぱり運が強い。
まあ、5階の窓から飛び降りたのに、植木に助けられて、
膝を縫う程度の怪我ですんだ私も、そうとうなものですが。
- 185 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:44
-
「んあーーー!!! 紺野っ、痛い、痛いってーー!!!」
「もう一回、あと一回だけです」
私は今、ごとーさんのお家で暮らしています。
母も再婚しますし、妹たちも大きくなったし、
わがままを言って家を出させてもらったんです。
なぜか妹たちがごとーさんになついてしまって、しょっちゅう遊びにくるんですよね。
ごとーさんって、あいかわらず女の子に好かれるみたいです。
「んあー、も、もうだめ」
とうとうごとーさんは、ラグの上にごろりと大の字になってしまいました。
額に玉のような汗。きっとすごく痛くて、つらいんだろうな。
じゃあ、すこしお休みしましょうか。
私は、ごとーさんに寄り添うようにうつ伏せに横たわり、その横顔を見つめました。
わあ、すごく、近くにある。
指を伸ばして、ごとーさんの頬に触れた私。
ごとーさんは、ヒョイと首を曲げて私を見つめ、
日だまりのようにやわらかに微笑みかけてくれます。
そして不自由な手を一生懸命伸ばして、細い指先で私の頬をちょんとつつきました。
「紺野、頬っぺた小さくなったよね」
「もう、21ですもん」
「大人になっちゃって」
「ごとーさんは、あんまり変わりませんね」
もともと大人びた人だったから、あんまり印象が変わりません。
むしろ、私が大人になったぶん、あの頃よりも子供っぽく見えるかも。
- 186 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:44
-
「さあ、もう1セット、頑張りましょう」
「んあぁ、今日はもういい……」
「ごとーさん、約束したじゃないですか」
「うーーー」
ふふっ、かわいいな。
いちいち拗ねた声あげちゃって。
ごとーさんは、きゅっと目を閉じると、
再び苦しげな息を吐きながらリハビリをはじめました。
紺野、あたし、また絶対、歩けるようになるから。
頑張るから、手を握って歩こう。お日さまの下。
そんなふうに私に誓ってくれた約束を守るために。
- 187 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:45
-
お医者様の必死の蘇生措置でごとーさんの心臓が再び動き出し、
長い長い昏睡から意識を取り戻して、再び会わせてもらえた時。
まだほとんど動けなかったごとーさんは、
私の姿を見て、信じられないというように目をまんまるに見開きました。
そして、その薄茶色の瞳から、すうっと涙が流れ。
私たちはただ見つめあい、
そしてぎこちなく微笑みあったんです。
あなたに会いたかった。とても、会いたかった。
たったひとつ、その想いを瞳に浮かべて。
だけど、少しずつ怪我が治っていっても、
なぜかごとーさんは、私に何もそれらしきことは言ってくれませんでした。
だから私も、なんだかいろんなことを言い出しかねて。
でも、毎日会えるだけでも幸せだなあって、病室に通う私の足取りは軽く、
この夏休みは穏やかに、淡々と過ぎていっていたのです。
- 188 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:46
-
ある日、いつものように私が顔を出すと、
ごとーさんは眉をしかめて私をジロリと睨み、
そして何も言わずにフイッと病室の窓を見やりました。
あ、誰かから聞いたんだ、私がごとーさんを追って窓から飛び降りたってこと。
病室の窓からは、夏の眩しい陽射し。
あの頃と、空の色は変わらない。
やっと起き上がれるようになったごとーさん。
まるで感情の読めない、白い光が降りそそぐ懐かしいその横顔。
『……怒ってます、か?』
『……怒ってはないけど』
呆れたような、小さなため息。
私は口を尖らせます。ごとーさんだって、もしかして。
もしかして、死のうとか、しませんでした?
『あたしは、わざとじゃないよ』
いきなりくらっとして、道路に倒れちゃっただけ。
……死のうなんて、思わないよ。
そうですか、良かった。私は微笑みます。
もしも、あなたが死にたがってたんだったら、私はとても苦しいから。
- 189 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:46
-
『あのね、あたしはともかく紺野……』
『いきなり倒れるなんて、あいかわらずボーッとしてるんですね』
『う、うるさいな』
つっこまれたら困る話を、さらりとかわした私。
もう、おどおどしてるばっかりじゃないんですから。
ごとーさんはそんな私に一瞬、フウン?というように眉をあげ、
そして再び、窓から流れ込んでくる夏の終わりの風に目を細めました。
鼻の高いその横顔は、息をするのも忘れそうなほど私の胸を締めつけます。
吸い込まれるように、視線も心も奪われていく。
ほら、これがピンとくるってことですよ飯田さん。
おかしなバイト先の先輩をふと思い出して、フフッと笑った私。
ごとーさんがチラと寄越したクールなその視線に、
私の唇は、たちまち痺れるみたいにじわりと熱を持ちました。
ごとーさん、キスしたい、です。
だけど、すぐに窓へと目を戻してしまったごとーさんに、やっぱり何も言えなくて。
私は、ただうつむいて、人さし指で唇をいじる。
わかってますよね、ごとーさん、私の気持ち。
なのにどうして、何も言ってくれないのかな……
……ねぇ、ごとーさんだって、きっと……
- 190 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:47
-
『ごとーさん、私……』
『外、気持ちよさそうだねー』
出鼻をくじかれて、私はため息をつきました。
はいはい、お散歩、ですね。
あんなに外に出たがらなかったごとーさんは、なぜかお散歩好きな人になっていて。
看護婦さんに車椅子に座らせてもらいながらニッコニコ。
『よし、行こ』
ですって。
もう、相変わらずいばりんぼなんだから。
でも、私はうれしい気持ちで、ごとーさんの車椅子を押します。
お散歩は好きです。あなたがお日様の下で笑っているのが、大好きです。
- 191 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:48
-
車椅子を押しながら院内の中庭に出て、
私は、絵の具のように濃い緑に降り注ぐ陽射しに目を細めました。
『……高校の中庭、覚えてます?』
『……うん、こんな感じだったよね』
ああ、あなたも私と同じことを考えてる。
私、今でもはっきりと思い出すことができます。
あの中庭で、ごとーさんはいつも、光をはね返してきらきらしてた。
私はトラちゃんを胸に抱いてあやしながら、冴えないメガネの奥で、
こっそりとあなたの横顔や、さらさらの髪を見つめていました。
だから最初、信じられなかった。
眩しい光が、いきなり私に手を伸ばしたこと。
あの瞬間、午後の眩しい陽射しのなかで唇をふさがれた瞬間、
私はきっと、ごとーさんのものと決められてしまったんだと思います。
『逃げて、ごめんなさい』
『ん? なにが?』
くにゃっと笑うあなたは、きっと私の言葉の意味がわかってますね。
逃げて、ごめんなさい。
初めてのキスの時、そして、あなたに裏切られたと感じた時。
わかってて、あなたははぐらかす。
この夏は、ずっとそうでしたね。
このまま、元・恋人の穏やかな親しさのまま、
あなたは私と、新しい関係を築こうとしているの?
- 192 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:48
-
もどかしく見つめる私の視線に、ごとーさんは気づいてると思います。
だけど、その横顔は、風に吹かれて薄く笑ったまま。
不自由になった手足を車椅子にあずけて遠くを眺めている、誰よりも自由な色の瞳。
あいかわらず、何を考えているのかわかりませんね。
だけど、私はもう16歳じゃないから。
祈りながら待つだけじゃなくて、祈りながら願いに手を伸ばすことができる。
そうです、ちょっと強引にだって。
車椅子の脇に立ち、ごとーさんの肩に手をかけました。
唐突な私の動きに、ごとーさんの目が驚いたように見開かれます。
あはは、なんだか熱帯魚みたい。
きっとそれは、あの中庭で、私があなたに見せた表情。
「ごとーさん……」
腰をかがめ、思い切って唇を寄せた私。
だけど、ごとーさんは、サッと横を向いてしまいました。
どうして? とたんにまた、逃げ出したくなったけれど。
でも、あなたがどんなに素っ気なくても、私はもう知っています。
あなたを想う私の写真を、大切に持っていてくれた人。
私の姿を見て、言葉よりも先に流してくれた涙。
- 193 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:49
-
ごとーさん、もう一度、私たち、戻れませんか?
震える膝をこらえて、その美しい瞳をのぞき込み、
あの時、あなたが私に囁いた言葉を繰り返しました。
『ちゃんと、しましょう?』
ごとーさんは、一瞬、時間の感覚を確かめるようにパチパチッと瞬きをしました。
だけど、やっぱり硬い表情のまま、再びフイッと横を向いてしまったんです。
私が、すべてを最初からやり直そうとしてることに気づいたはずなのに。
さすがに不安な気持ちに襲われました。
あれ、ごとーさん………私のこと、好きじゃ……?
『…だ、だめですか……もう……』
『……………………』
『…ご、ごとーさん、私は……私、あの……』
『……あたし、きっと障害が残るから』
え?
思いがけない言葉に、目がまんまるになりました。
障害が残るから? って、それが何か?
思わず呟いた私の言葉に、ごとーさんはムッとふてくされて目を伏せました。
- 194 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:49
-
『……だから、迷惑かけたくないっていうか』
『ええ?』
『……甘えたくないっていうか』
障害が残るから、恋人には戻れない?
そんなことを気にしてるの?
ええっ、ごとーさんが?
『ああ、そんなことを、気にしてたんですか……』
笑っちゃいけないと思うけど、
むっつりとしたごとーさんの横顔を見ていたら、
なんだか、くすっと笑いが漏れてしまいました。
だってそんなの……うーん、やっぱり、ごとーさんってわからないな。
『……笑いごとじゃないよ』
『ご、ごめんなさい、でも……』
でも、だって。
ああ、ほんとにごとーさんって、私のことわかってないんだなあ。
私のほんとの気持ちとか、ちゃんと説明しないと全然わかんないんだなあ。
ひとりで勝手に、こうに違いないとか、こうに決まってるとか思い込んでる。
あたしにはわかる、なんて得意げに。
- 195 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:50
-
さあ、どうしましょう?
私は、いつかごとーさんに言われたことのある言葉を取り出して、
そのまんま彼女に返してあげることにしました。
『つまんないこと、言わないでよ』
私らしくない乱暴な言い方に、ごとーさんがウッと顎を引きました。
ほら、びっくりするでしょう? こういう言い方されると。
泣いちゃいそうになるでしょう?
なあんて、そんなことはもうどうでもいいんですけど。
私は、ごとーさんの前にひざまずき、その手を取りました。
不自由になってしまった指先に、そっと唇を落とします。
ねぇ、ごとーさん、紺野はごとーさんと死んでもいいんです。
あなたの魂が目の前に存在することが大切で、それだけが大切で。
そりゃあ、生きていればいろんな問題が目の前に立ちはだかるでしょう。
障害があれば、なおのこと。
だけど、あなたさえいれば、私は戦うことができる。
あなたの存在が私を強くしていく。
ねぇ、甘えたっていいんです。ううん、甘えてほしい。
大丈夫。一緒なら私、立ち向かっていける。
あなたとしか描けない未来に辿り着ける。
生まれてきた意味を見つけられる。
- 196 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:51
-
もう一度、強引に唇を寄せかけた私に、
臆病なごとーさんは慌てたようにますます顔をそむけ、まだ言い募りました。
『……で、でも、紺野、よく考え……』
『考えました。問題ないです』
あまりの即答に、ごとーさんは絶句。
私はふと思い立って身につけていたネックレスを外し、
ごとーさんの首に、くるりと巻きつけました。
それは、プラチナの鎖。傷まないし、もう切れることだってないはず。
……えっと、ごとーさんが私のものだって印、です。なんて。
『う、受け取って、もらえませんか?』
あ、ど、どもっちゃた。かっこ悪っ……
カァァとおでこまで赤くなった私。
ごとーさんはしばらく、目を伏せたまま黙っていました。
だけど、次に唇を寄せた時、もう逃げないでいてくれたんです。
- 197 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:52
-
私、一生、忘れません。
震えながらそっと口づけた、その唇。
夢にまでみた、ごとーさんの唇。
その懐かしい、やわらかな熱。
心臓が締めつけられる幸福な痛み。
二度目の、約束です。やっとつかまえた。もう離れない。
聞こえていたのは、張りつめた糸がプツンと切れたような、ひどく切なげな吐息。
こんな中庭のどまんなかで、誰か見てるかもしれなかったけど、
私はやっと帰ってくることができたごとーさんの唇がうれしくて、
みっともなくボロボロ泣きながら、おなかが空いた子供みたいに、
噛みつくように何度も何度も求めてしまい……
- 198 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:53
-
「あれは絶対に、病院中の人が窓から見てたね」
「うぅ……」
「あはっ。紺野はなんていうか、大胆になったよねぇ」
だって、もう離したくないんですもん。
夜になると、 私は苦心してごとーさんをベッドに横たえ、
彼女のパジャマのボタンをゆっくり外して、美しい鎖骨にのった私の印にキスをします。
切れることなく輝き続けるプラチナの鎖に。
それから、とても幸せな気持ちで、彼女を愛しはじめます。
まあ、そうですね、かなりその、熱心に……。
ごとーさんは、やっぱ大胆だなあなんて照れくさそうに、
でも、とっても幸せそうに瞼を閉じる。
傷だらけになってしまった、私の金色のお魚さん。
それでも、やっぱり彼女は信じられないほど美しいです。
- 199 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:54
-
左胸に耳をおしつけると、聞こえてくるのはあなたの心音。
ごとーさん、生きてる。ここにいる。
「ゾンビだね、あたし」
「なんだっていいです。宇宙人だっていいですよ」
まこっちゃん、愛ちゃん、聞いて。
私、後藤さんと一緒に、毎晩眠ってるんだ。
いつか元通りのカラダになったら、小さなカフェを開こう。
おそろいのバンダナだっけ?
そんな囁きに、信じられないほど幸せな気持ちになりながら。
一度、失った夢が戻ってきました。
もう、ごとーさんがいない世界には戻りたくない。
だから絶対に、置いていかないで。ひとりでは、いかないで。
それだけが、たったひとつの私の願い。
どこまでも、いつまでも、眩しく輝き続けるあなたを追いかけます。
それだけが、私の人生を変えた、たったひとつの恋の姿……
- 200 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:55
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- 201 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:56
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もうすぐ秋も終わりそうなのに。
病室の窓からあたしは、夏のように鮮やかな青空と流れる雲を眺めた。
空が青いのは、青っぽい光の方が、赤っぽい光よりも散乱されやすいから。
雲が白いのは、粒の大きな水滴や氷がすべての光を均一に反射するから。
いつものように正確に呟いてる自分に、フッと笑う。
こんな空を見た時のクセ。紺野と出会ってから。
会えなくなってからもあたしはいつも、青空を見るたび紺野を思い出して。
いつも、思い出して。
「あさ美ちゃん、幸せそうに眠ってる」
目、覚ましたくないのかもしれん……
高橋はそう呟いて、昏々と眠り続ける紺野を哀しげな瞳で見た。
病室の白いベッドで、昏々と眠り続ける紺野のことを。
- 202 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:56
-
「いっつもあさ美ちゃんは、後藤さんのこと思い出してて」
あたしたちと遊んでてても、笑ってても、歩いてても、
ちょっとした会話とか、モノとか、空とか、風とか、
もういろんなもんから記憶の入口を見つけ出して、
すうって入り込んでいってしもて、いつも……
「ああ、まだ忘れたくないんやなって」
高橋の言葉を、小川はむっつりとうつむいて聞いていた。
あたしは泣きそうになって、ますます空の向こうを見つめる。
死にかけたあたしを追って、窓から飛び降りた紺野。
幸い命はとりとめたけれど、外傷がすべて治っても、
彼女はなぜか目を覚まさない。夏を越えて、秋を越えかけても。
- 203 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:57
-
長い昏睡から覚めて、あたしは自分が死にかけたことを知った。
自分で起き上がれるようになって最初にしたのは、
手帳を探って紺野の写真を確かめること。
気になっていた。
混濁した意識のなかで、確かに聞こえた懐かしい紺野の声。
……ごとーさん、紺野です……私、あなたに嘘をついていました……
手帳のなかに、あるはずの写真がなかった。
写真知らない? あたしは裕ちゃんに尋ね、彼女は聞こえなかったふりで黙っていた。
そして矢口さんは、どことなく気まずそうに目をそらし。
『……ねぇ、紺野、来てたでしょ?』
『……いや、来とらんで』
嘘だ。
それは直感。
すばやく携帯に伸ばしたあたしの手を振り払って、裕ちゃんはそれを取り上げた。
なんで?返してよ! わめき声をあげたあたしに、
裕ちゃんは震える声で、低くこう告げた。
『……二度と、あの子に会ったらあかん』
耳を澄まし、彼女の言葉の意味を考えた。
そしてリハビリ室で囁かれていた、小さな噂を思い出したんだ。
この病院の窓から飛び降りて、目を覚まさない女の子がいるんだってさ……
恋人が死んで、発作的に飛んじゃったらしいよ……
- 204 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:58
-
脱走を繰り返して、やっと見つけた病室で、
紺野は植物のように静かに、そしてなぜかとても幸せそうに眠っていた。
記憶よりもすこしちいさくなった頬に、甘やかなほほ笑みを浮かべて。
紺野……
震える腕で、車椅子の車輪を押してベッドに近づき、
信じられない光景を呆然と見つめた。
紺野、どうして……
「後藤先輩……?」
ふいに呼びかけられてハッと振り返ると、
そこには、亡霊でも見たように立ちすくむ小川と高橋の姿があった。
- 205 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:58
-
「あさ美ちゃんの選択やもん、放っとくより仕方ないって思ってました」
でも、こうなるんやったら……
こんなふうになってまうんやったら……
高橋の目からふいにポロポロと涙がこぼれ、
彼女は眠る紺野の手をとって、ごめん…と血を吐くように呟いた。
ごめん、あさ美ちゃん。もっとあたし、なんかできたかもしれん……
怒ったほうがよかったんかもしれん……
あたしは、うつむく。
紺野を追いつめたのは、あたし。
身近な友達さえ触れられないと思うほど、
闇の奥深くに追いつめたのはあたし。
身を震わせてしゃくりあげた高橋に、小川が慌てて駆け寄った。
ひとまわり小柄な高橋を胸に抱きしめて、小川はやさしい眼差しで紺野を見つめる。
いたわるようにあたたかく、まるで大切な家族を見守るように。
そして、ゆっくりとあたしのほうへと向けたその瞳には、怒りがあった。
「……あたし、あさ美ちゃんにフラれたんです」
後藤さんよりも絶対、あさ美ちゃんのこと笑わせてたのに。
後藤さんよりも絶対、あさ美ちゃんのこと大切にできたのに。
あたしは顔をあげることさえできない。
思ったよりもずっと凛とした、その口調。
この子はいつもあたしの目の前にひまわりみたいに立って。
健康な魂が、目が眩みそうなほどあたしには眩しくて、あの頃から。
- 206 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 21:59
-
「……冷たい人だって思ってました。なんであさ美ちゃん」
言い淀む、失恋の傷にふれた苦しげな頬。
なんであさ美ちゃん、あんな人がいいの?
あんな冷たい人、勝手な人……
「だけど、あたしじゃあ、幸せにはできないって……今はわかるから」
さらに何か言いかけて、小川は思い直したように口を閉ざした。
なんとなくわかる、小川が言おうとしたこと。
後藤さんしか幸せにできない。
あさ美ちゃんは後藤さんしか幸せにできない。
だけど、小川はあたしに自分で気づいてほしいから。
それはあたしのためじゃなく、大切な紺野のため。
誰かに責められてではなく、同情ではなく、
ほんとうにあたしが心から紺野を求めて選ぶんじゃなきゃ意味がないと思ってる。
その強い友情に、深い愛情に、あたしは感謝する。
あたしによっすぃ〜や裕ちゃんたちがいたように、
紺野には、小川と高橋がいた。
「ありがとう」
小さな声でそう呟いたあたしに、小川と高橋は何も答えなかった。
ただ、その4つの瞳が不安げに揺れているのを見てとってあたしは、
誰にも言う必要なんてないと思っていた心の奥底を、
あたしの恋の姿を、初めて他人に打ち明けたんだ。
- 207 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:00
-
「……紺野が欲しいって思ってる、今でも」
紺野は水。あたしを潤す。
紺野は炎。あたしを狂わす。
闇の中のあたしの水槽にやってきた真っ白なお魚。
美しい希望の光。
胸の奥に、あたしとよく似た傷を持ってる。
恋に溺れやすいココロを持ってる。
金色に光ってるって、あたしのことそう言って、全部差し出すんだ。
雪のような肌も、いつも潤んでる大きな瞳も、あたしのためにあるって言う。
信じられないほど幸せになったんだ。
紺野と過ごす時間は穏やかで、それはまるで深い森の奥で
こんこんと湧き出る清らかな水の音を聞きながらお昼寝をしてるみたいで。
なのに、どんどん苦しくなって。悲しくなって。
それはたぶん、あたしのほうが孤独だったから。
あたしのほうが急いでたから、遠い夢が苦しすぎたから。
この子のこと殺しそうになって、逃げた。
それで解放したつもりでいたけど。
- 208 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:01
-
「……離れても、紺野が欲しいって思ってた、ずっと」
だからきっと、伝わって。
離れてても、想いは流れて。
紺野とつながってる意識の底が離れなくて。
……だから、たぶん紺野はどこにも動けなかった。
結局、こんな目に合わせちゃって。
あたしの本心は、ただの後悔の繰り言みたいに聞こえやしないだろうか。
どうして、あんなふうにしか愛せなかったんだろう。
なんて幼く身勝手な、だけどそれは、
あたしの生き方を変えた、たったひとつの恋の姿。
- 209 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:01
-
小川と高橋は、ただ小さく頭を下げて病室を出ていった。
出ていく瞬間、パッと小川が振り返って、ニカッとあたしに笑いかけた。
「後藤さん、あさ美ちゃんね」
「ん?」
「後藤さんって、ちっともクールじゃなかったってー。あたしみたいにアホだって!」
うっ。
思わず、紺野を見る。
アホ? ちょ、ちょっと紺野、それは言いすぎじゃないの?
……まあ、そうなんだけど実際。
また、紺野とふたりきりになってあたしは、彼女の閉じられた瞼を見つめた。
あの頃、あたしをただ崇拝してた瞳は、不安げに揺れてた瞳は、今はきっと。
今はきっともっと大人びて、ごとーさん私はもうあの頃の私じゃないですよと、
ちょっと大胆に微笑むような気がする。
「はやく目を覚まして」
おそるおそる髪に手を触れかけて、止める。
廊下から、カツカツカツと苛立ったようなヒールの足音。
フッとため息をつき、車イスの背にもたれた。
裕ちゃんだ。自分の病室にあたしがいないのに気づいて……
- 210 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:02
-
「真希っ!」
仁王立ちってこういうことだな。
そう思いながら、黙って裕ちゃんを見上げた。
OK。怒られるのは覚悟の上。
そう、もう、あたしは決心した。
「あんたは、ほんまに……アホちゃうか?」
また、アホだって。フッと笑う。
どうやらほんとにアホなのかもね、あたし。
「あんたね、もし病室に紺野さんのお母様がいらしたら……」
「そしたら、ちゃんとご挨拶する。謝ります」
「ドアホっ!」
かえって先様に迷惑やわ、あんたそんなこともわからんの?!
裕ちゃんはそうわめくと、あたしの車椅子をつかまえようとした。
そんなこと百も承知のあたしは、すいっと逃げて、裕ちゃんを見つめる。
あたしのことを心底案じてくれる、唯一の家族の瞳を、まっすぐに。
- 211 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:03
-
裕ちゃんはあたしに、二度と紺野に会ったらあかんと言った。
ぜったいに許さんと声を震わせた。
彼女はひどく後悔してる、あたしが死にかけた時に紺野を呼んでしまったこと。
裕ちゃんの後を追ってきたやぐっつあんが、病室に入ってくるなり、
「ごっつあん、戻ろう!」と泣きそうな顔で訴えた。
「裕子の気持ち、わかってよ、ごっつあん」
いじわるで言ってんじゃないんだよ?
裕子、この子のお母さんに泣いて土下座したんだよ?
オイラも怖かったよ、この子、アッて思ったらもう……
こんなのだめだよ、だめだよ、ごっつあん……
ぐしゃっとなって言葉を詰まらせたやぐっつあん。
裕ちゃんは深々と息をついて、それから眠る紺野に目をやった。
「……あんたがまともやないのは知ってたけど、まさかこの子もとはな」
おとなしい子やと思ってたわ。
真面目な、頭のいい子やと思ってた。
あんたが狂わせたんか、真希。
別れて何年も経ってんのに、こんな。
- 212 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:03
-
「あかん、あんたらの組み合わせはあかん……。わかってるんやろ、真希」
「わかってたよ。だから別れた」
「ほやな? わかってるんやな?」
「うん、わかってるけど、……あたしはもう離れたくない」
ドアホッ!
再び金切り声をあげた裕ちゃんに、あたしは聞いて!と叫ぶ。
聞いて、裕ちゃん。あたしはもうあの頃のあたしじゃない。
「だから、ほんとにトラックに飛び込んだんじゃなくて」
「ほんなん信じられるかアホ! 知っとるで、あんたこの時期、毎年フラフラして」
グッと詰まる。
確かにあたしは、初夏から夏にかけて、毎年少しおかしくなって。
紺野と過ごした夏の記憶にとらわれて、食欲が落ちて、ぼんやりする。
確かにそのせいで貧血を起こして、ふらっと倒れた。
トラックが目の前にうわっと迫ってきた時、あたしは怖くはなかった。
むしろ、これで楽になると、楽になると……思ったけれど、だけど。
「でも、自分から死のうとしたんじゃない」
「ほーか。百歩譲ってあんたはそうかもしれんよ。でも、この子は?」
死ぬの死なんの、あんたらはなんでそう命を粗末にして…
人に迷惑かけて…心配かけて……
この子のお母さん、連絡聞いて卒倒したんやで?
あんた、その意味わかる? 親の気持ち、わかる?
人んちの娘さん、こんなにして、そんなんで愛してるのなんの……
- 213 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:04
-
「あたしは認めんで、絶対……」
震える声は、あたしの心臓にザクリと深く突き刺さる。
そう、愛なんて口にする資格、あたしにはないけれど。
「ホラッ、病室戻るで、真希!」
「戻ろ、ごっつぁん、ね?」
「嫌だ、戻らない」
あたしはもう戻らない、一人ですべてわかったふりしてる世界には。
だって戻れないよ。紺野は、今度こそあたしを追いかけてきたのに。
こんなになってまで、追いかけてきたのに。
裕ちゃんたちが恐れてるようにそれは確かに狂ってて、
あたしたち、絡まりあってディープブルーの海の底。
でもね、裕ちゃん、やぐっつあん、死にかけてやっと気づいたことがある。
離れてたって、もう一人では水面へと辿り着けない。
心の底が、繋がってしまったから。
たった一度の四季で狂ってしまうほど、似てるから。
わかるんだ。
苦しいって紺野の声が聞こえる。
あたしの声と重なって聞こえてくる。
ごとーさん苦しい、あなたがいないと私、このまま溺れてしまう……
だから、あたし今度こそ泳がなきゃ。
紺野のこと、助けなきゃ。
- 214 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:05
-
「裕ちゃんあたし、目が覚めた時」
障害が手に残らなかったこと、一番にホッとしたよ。
あたしまだ料理つくれる。調理師って楽しいよ。
おいしいものつくれば笑ってもらえるよ。
この手であたしは生きてける。
いつか紺野の夢を叶えられるんだ。
「裕ちゃんと暮らしてよかった。あたし、寂しかったけど、頑張れたよ」
ちょっとはまともになったよね?
なったと、思うんだ。
それはほんの少しハッタリで、ほんの少し、希望交じりの祈り。
胸にせまるのは、この恋を選ぶ決心。
きっと笑って生きていく。後悔しない。後悔させない。
だから紺野といること、許してください。
頭を下げたあたしに、裕ちゃんはひどく苦しげに口をギュッとヘの字に歪めた。
「……そんなんゆーても認めへんで」
だけど裕ちゃんの鼻先が、目元が、どんどんどんどん赤く染まってきて。
あーあ。あたしはうれしくて、でも照れくさくなって、目を伏せて笑った。
そんなだからいつまでたってもお店、儲かんないんだよぉ、なんて。
大好きだよ、裕ちゃん。超人情派で涙もろい、あたしの大切な家族。
- 215 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:05
-
「認めへんっ! 認めてへんでっ!」
「うん、紺野のお母さんもきっと大反対するよね。女同士だし」
「わかっとるんやんかっ、だから……」
「んー、なんとかわかってもらわなきゃねぇ」
眠り続ける紺野。
いつ目が覚めるか、それは神様にしかわからない。
このまま昏睡が続けば、専門の施設に移されてしまうらしい。
知らないうちに連れてかれて、引き離されちゃうかもしれない。
でも、絶対見つける、追いかける。
疫病神みたいに追い払われるかもしんないけど、
一生懸命、キモチ伝えてみる。通ってみる。
だって、紺野もあたしを望んでるってわかるから。
だから頑張るよ。目が覚めるまで待ってるよ。
目が覚めた時に、そばにいる。すぐに駆けつけられる場所にいる。
どこでだって生きていける。あなたと、この手があれば。
- 216 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:06
-
いつの間にか裕ちゃんとやぐっつあんは黙っていなくなっていて、
あたしはまた紺野とふたりきりで、穏やかな午後の時間を過ごし始めた。
愛なんて口にする資格、あたしにはないけれど、そばにいるって決めたんだ。
あなたの横顔の先に、青い空が見える。
青い光が散乱されてる。
紺野、いい天気だよ、とても。
ベッドによいしょと車椅子を寄せて、
おそるおそる手を伸ばして、そっと紺野の身体に触れた。
彼女の左胸、心臓の上に。
ほどなく伝わってきた、あなたの心音。
ああ、大丈夫、生きてる。ちゃんと生きてる。
安堵はあの頃と同じように、あたしの目を熱く潤ませる。
眠るあなたの左胸に耳を押しつけた、あのバレンタインの夜のように。
- 217 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:07
-
ちょっと鼻をすすって、それから彼女の唇を見つめた。
横から見ると拗ねたようにちょんと尖って見える唇を。
わあ、すっごい近くにある。
肘をベッドについて、うーんと首を伸ばしてあきらめる。
うーむ、残念だ。高さが微妙でキスできないではないか。
「目の前にあるのに。拷問だ」
ひとりごちて笑い、あの頃よりも小さくなったほっぺをつついた。
それから、やさしく撫でてみる。
小さな記憶が、やわらかにあたしを微笑ませる。
この手のひらに紺野はいつも頬を擦り寄せて、幸せそうに目を閉じたっけ。
「紺野の夢を叶える手のひら」
誇らしい。
あなたが見た金色の夢を、この手のひらで叶えよう。
小さなカフェ。色違いのバンダナを髪に巻いたあたしたち。
あなたが描いた幸福な夢は、未来行きの切符。
連れていくのはあたし。今度こそ。
- 218 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:07
-
「はやく」
はやく連れていきたい。はやくキスしたいぞ、目を覚ませ。
人さし指の先で、ぷよぷよと唇をいじってみる。
幸せそうに、かすかに微笑んでる口元。
あなたが見てる夢が、未来の夢だといいな。
過去の記憶なんかじゃなくて。
ぷよぷよっ、くにゃくにゃっ。
ああ、懐かしい感触。ドキドキする……
そう思った時だった。
「……………ん…」
え?
突然、紺野の唇から小さな声が漏れて、
あたしは自分の耳を疑った。それから、目も。
ぴったりと閉じられた瞼の睫毛の先が、ぴくっと震えたような気がしたから。
- 219 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:10
-
ええっ?!
あたしは車椅子から身を乗り出し、ガバッとベッドに齧りついた。
もう、紺野はぴくりとも動かない。だけど、確かに……
ドクンと心臓が脈打って、カーッと頭に血が上ったのがわかった。
こっ、これはアレじゃないの?
キスすると目を覚ますってパターンじゃないの?
そうだよ、きっと! よし!
んあああああ!
必死で首をのばしてみる。
んーーー、やっぱり届かない!
ちょっとおおお、もおおおおっ!!
もう躍起になって、ほとんどベッドに乗りあがらんばかりに身を乗り出して。
くーっ、エイッ!と首を伸ばした瞬間、車椅子からずるっと落ちて、
とても人に見せられない体勢で、みっともなくベッドにすがりついた。
「あ、痛ったー……」
ひりひりと痛む顎。
落ちかけた拍子に、ベッドの角で打っちゃったらしい。
クールじゃないって、アホだってー!という小川の言葉を思い出す。
ああ、もう、まったくおとぎ話みたいにはいかないよ。
- 220 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:13
-
紺野の横顔は、あたしの大パニックなんてまるでおかまいなしに、
幸福そうな、やわらかな微笑みを浮かべたまま。
夏の空を、ちょんと尖った唇の向こうにはるかに望みながら。
どうしたらいいんだろう。
なんか、扉が開きかけた気がしたんだけど。
やっとの思いでヨイショと体勢を建て直し、
こめかみに指をあてて、うーんと頭を巡らせた。
キスは、だめだ。
目が覚めた時にとっておこう、うん。
記憶のファイルをめくる。
あの夏の水槽。あなたと暮らしたのは、たった一週間。
時々あたしよりも寝ぼすけだった紺野を起こした朝の、あの白い光の中。
幸福な記憶。戸惑いながら、怯えながらあなたを愛し始めたあの夏の。
えーと、いかにも紺野が、パッと目を覚ましそうな言葉。
いかにも目を覚ましそうな……いかにも……
………そうだ、あれだ。確か、一発だった。
- 221 名前:心音 投稿日:2004/10/19(火) 22:17
-
よおし。
あたしはベッドに身を乗り出し、すうっと息を吸った。
そして、耳元に精一杯、唇を寄せる。
さあ、目を覚まして。ほら、あたしがここにいる。
あなたのなかに残ってる幸福な記憶を甘い声でくすぐろう。
おいしく匂い立つ誘惑を、心から愛する少女に囁こう。
「紺野ぉ、オムライス食べる?」
眠り姫の瞼がピクッと動き、そしてゆっくり、穏やかに、眠たそうに、
美しい泉に光が満ちていった 。そう、あの頃のように。
☆完☆
- 222 名前:雪ぐま 投稿日:2004/10/19(火) 22:17
-
『癒しのメソッド〜最終章・心音〜』、完結しました。
これで、全編完結です。
長い間おつきあいいただき、ありがとうございました。
途中、たくさんのご意見や励ましをいただき、
雪ぐまにとって忘れられない、大切な作品となりました。
読後のご感想等、いただけるとうれしいです(ネタバレにはご注意くださいませ)。
次回作は、すこし後になるかもしれませんが、またいつか。
雪版『続・愛するトメっち』でも、お会いしましょう。
よろしければ、サイトにも遊びに来てくださいまし。
http://yukiguma.s45.xrea.com/index.htm
- 223 名前:オレンヂ 投稿日:2004/10/19(火) 22:20
- 更新&完結お疲れさまでした!リアルタイムで読みました!
息をのみながら祈るような思いで読ませていただきました。
最近見たどのドラマよりどの映画よりハラハラドキドキわくわくさせられて
文字を読んでいるのに映画を見ているようでした。
こんなステキな作品を書いてくださった雪ぐまさんに心から感謝します!
ほんとにおつかれさまでした!!!
- 224 名前:雨の約束 657レスの人 投稿日:2004/10/19(火) 22:22
- ・゜・(ノД`)・゜・ ・゜・(ノД`)・゜・ ・゜・(ノД`)・゜・
・゜・(ノД`)・゜・ ・゜・(ノД`)・゜・ ・゜・(ノД`)・゜・
スッキリしましたぁ〜!
本当にすばらしい作品でした。ただ‥ただそれだけです。
- 225 名前:作者見習い 投稿日:2004/10/19(火) 22:23
- お疲れ様です。
ちょっと涙腺にきてしまいました。
次回作を楽しみにしてます。
- 226 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/19(火) 22:28
- 完結おつかれさまです。
気がついたらとてもこの物語にのめりこんでました。
よい物語をありがとうございました。
- 227 名前:名も無き読者 投稿日:2004/10/19(火) 22:30
- 全編完結、お疲れ様でした。
途中5、6回は流す涙の意味が変わりましたよ。。。(涙
もぅどんな感想言えばいいやら言葉を選びずらいんですが、最高です。
最後まで皆が皆らしくて、何より雪ぐまさんらしさが際立っていたように思えます。
全編通して振り返ってみると、どの光景もありありと心に刻まれているのに驚かされますね。
ホントに何処までも脱帽です。
これからもついて行かせて頂こうと思いますがとりあえず最後にもう1度、今までお疲れ様でした。
そして、素敵な作品をありがとうございました。
- 228 名前:215g。 投稿日:2004/10/19(火) 22:32
- お疲れ様でした。
癒されました。
素敵な作品をありがとうございました。
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/19(火) 22:43
- 完結お疲れ様でした。
最終話の更新を毎日待っていたのですっきりしました。
最後の最後まで先が見えない話で、
今までで一番の作品に出会えました。
次回作も期待しています。
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/19(火) 22:44
- 完結お疲れ様でした。
二人の巡る季節が、じわじわと心の中に染み込んで、深く残っています。
上手く言葉になりませんが…。
素敵な作品を、ありがとうございました。
- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/19(火) 22:47
- はぁぁぁぁ〜〜〜流石だ。
脱稿本当にお疲れ様でした。
完結記念に再び最初から読ませて頂き、またゆっくりと
雪ぐまワールドにドップリ浸かってきたいと思います。
続・愛トメも楽しみにしております。
- 232 名前:雪ぐまさんの作品にて後紺ヲタになった読者(長ッ 投稿日:2004/10/20(水) 00:23
- 素敵な作品を有難う御座いました
最後の最後まで先が見えず、ヤラレターと思わず思っちゃいました
次回作も期待しつつ
- 233 名前:ぽち。 投稿日:2004/10/20(水) 00:31
- う〜ん。さすが雪ぐまさん!と目に涙を浮かべながら、感嘆してしまいました。
なんかすごい良いアンサンブルの映画を見た後のような爽快感があります。
いつもどおり愛に溢れていて、オールキャストで終わるなんて、すごいです。
雪ぐまさんのお話は、誰が主役でも面白く感情移入できるので、いつも楽しみです。
これからも、がんばってください。
- 234 名前:いちファン 投稿日:2004/10/20(水) 00:47
- 今回、読み終わるまでに何度も涙。ラストで本気で泣きました。
最後まで素晴らしかったです。お疲れ様でした。
今まで色んな娘。の名作があったと思いますが、こんなに丁寧で
あたたかい物語は初めてな気がします。
蛇足ながら…話題の「電車男」よりも、こちらを出版キボン(笑)。
そうでなくても宝物のように読み返していますけど。
- 235 名前:ゆんせ 投稿日:2004/10/20(水) 01:01
- もう胸がいっぱいです。
読む度に笑ったり、泣いたりして
私にとっていろんな感情を再確認した作品になりました。
ありがとうございました。
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 01:29
- ( ゚д゚)エ・・・そうきましたかw
脱稿乙カレーさんでした!
- 237 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 01:40
- この作品を読んで、悲しくては泣き、嬉しくても泣いて
一体どれだけ泣いたか分かりません。
半年間お疲れ様でした。
そして心暖まるお話をありがとうございました。
- 238 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 01:59
- 胸がいっぱいで、うまく文字にあらわせません。
お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
雪ぐまさんのお話に出逢えて幸せです。
- 239 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 02:11
- 更新&完結お疲れ様です。
う〜〜〜ん・・・少し考え深い作品ですね。
ラストがイマイチ自分の中では納得がいきませんが
それはそれ作者様のお考えでしょうから・・・。
次回作お待ちしております。
- 240 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 10:14
- こんなに感情移入した作品は初めてです。
あー… うわー……
- 241 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 11:36
- 脱稿お疲れさまでした。素敵な話をありがとう。
- 242 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 12:08
- 半年も一緒にいたんだなぁ。本当に楽しかったです。
有り難うございました。
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 12:51
- 完結お疲れ様でした。
この世界に魅了され続けた半年間は
夢のようでした。ありがとうございます。
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 13:14
- 脱稿お疲れ様でした。
こんなに、はまったのは初めてです。
雪ぐまワールドこれからも期待しています。
ありがとうございました。
- 245 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 16:00
- 完結お疲れ様です。
今までで一番切なく、そして
心が満たされた作品でした。
- 246 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 16:44
- 最初からずっと見てました。
ほっとしましたし泣きました。
ホントによかったって叫んでましたw
無理かもしんないけどその後ってことで続きを
密かに待ってます。
- 247 名前:名無し読者79 投稿日:2004/10/20(水) 16:45
- 完結お疲れ様です。
ラストが夢の様な時間でした。毎回雪ぐまさんのごまこんを読むのが
楽しみだったのでさびしいです。
次回作待ってます。半年間お疲れ様でした。
- 248 名前:名無し読者79 投稿日:2004/10/20(水) 16:46
- ごめんなさい。sage忘れてしまいました。
本当すみません。
- 249 名前:ファンA 投稿日:2004/10/20(水) 17:25
- 完結おめでとうございます。
本当にお疲れ様でした。
この小説には本当にはまってしまいまして、登場した歌を聞くたびにココの2人を思い出していました。
アロマは以前から好きだったのですか、イランイランは特別な匂いになりました。
>>201を読んだ瞬間、心臓が跳ね上がったのが自分で分かりました;
このカップリングは本当にお気に入りです。
ここまでいろんな人を動かすことのできる雪ぐまさんが、本当に大好きです。
これからも応援しています。ずっとファンですw
- 250 名前:ファンA 投稿日:2004/10/20(水) 17:27
- 自分の書き込みを読み直して、「本当に」が多いですね…;
興奮でおかしくなっているみたいです。読みにくかったらすいません;
- 251 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 21:48
- 二人が別れるところが読んでいて辛くて
いつもそこの前までで読むの止めていたけど
ようやく最後まで落ち着いて読める感じです。
お疲れ様でした、そして本当に感謝しております。
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/21(木) 15:22
- 雪ぐまさん、遅くなりましたがお疲れ様でした。
そしてすばらしい作品をありがとうございました。
全編を通じてとても丁寧な人物・背景描写で、物語
にぐいぐいと惹き込まれていきました。
次回作もたのしみに待っています。
最後にもう一度、本当にありがとうございました。
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/23(土) 20:04
- 遅くなりましたが素晴らしい作品をありがとうございました。
中盤は頭の中にサヨナラのラブソングを思い出させるせつない気分なり、
とても物語りの中に引き込まれ、毎日更新が楽しみでした
次の作品も楽しみにしております。
- 254 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/24(日) 03:51
- 遅くなりましたが感想を。
この半年の間、目まぐるしく変わる展開に
ずっとドキドキ&ヤキモキしながら読んでいました。
別れやコンちゃんの気持ちが揺れるシーンは
正直読んでて辛かった時もありましたが
それも含めて今までで最高に感情移入した作品でした。
ここまで夢中になれた作品を本当にありがとうございます。
次回作も期待しています。
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/26(火) 16:28
- もうすごくよくて、この気持ちをどう表したらいいやら
毎回、こんこんにヤキモキしつつ、読んでました
素晴らしい作品をありがとうございます
それなのに、ひとつ欲を言うなら、というか言わせて下さい
続編が読みたいなと。本当の意味で幸せな二人・・・
すいません、逝ってきます
- 256 名前:絶詠 投稿日:2004/11/07(日) 23:10
- 読んだ直後に涙が溢れ出てきました。
もう何ともいえない感覚が何度も襲ってきましたが。
読み終えると、そんなものは取っ払われてました。
長い長い二人の時間を読めて、とても幸せでした。
雪ぐまさん、本当に素晴らしい作品をありがとうございました。
全編読みやすく、一気に読めた作品は久々でした!
遅くなりましたが、完結お疲れ様でした。
- 257 名前:ジゲン爆弾 投稿日:2004/11/29(月) 03:22
- 遅くなりましたが、癒しのメソッド脱稿、お疲れ様でした。
蜃気楼の様な二人の追憶の旅に、私も浮き沈みしながら沿えた事を嬉しく思い
ます。途中涙が零れたけれど最終回は、あぁらしいなぁ…と、笑みが零れました。
この二人に、衝動的な愛がなんたるかを教えてもらいました。
また浄化され、癒されました。
心技美に溢れる雪ぐまさんの作品を読む事ができ、私も幸せに思います。
執筆本当にお疲れ様でした。
- 258 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/01(水) 23:50
- 裕ちゃん、震えていましたね。>FNS歌謡祭
次々に飛び込んでくるニュース。なにもかも切ない夜です。
どうか、渦中の彼女に償いのチャンスが与えられますように……
さて、祈りを胸に秘めつつ、スレを動かしたいと思います。
皆様、『癒しのメソッド』のご感想をありがとうございました。
たくさんの方々に大切に読んでいただけて、とても幸せです。
どうぞ、今後ともよろしくお付き合いくださいませ。
223> オレンヂさん
連載中、いつも励ましていただいてありがとうございました。
これからもオレンヂさんの心の中のスクリーンに物語を映し出せたらうれしいです。
224> 雨の約束 657レスの人さん
うれしいお言葉、ありがとうございます・゜・(ノД`)・゜・
スッキリしてもらえて良かったです〜w
225> 作家見習いさん
次回作は期待外れかもしれないですけれどw、
また読みにいらしてくださいね。お待ちしています。
226> 名無し飼育さん
雪ぐまも、書きながらどんどんのめりこんでいったんですよ。
こんごまマジックかな?w お読みいただき、ありがとうございました。
- 259 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/01(水) 23:51
- 227> 名も無き読者さん
娘。さんらしさを追求するべく、日々、娘。さん観察に励んでいます……
なーんて、ただの趣味なんですけどw>娘。観察 これからもよろしくです。
228> 215gさん
途中、癒されないシーンもあったと思いますがw、
そう言っていただけてホッとしました。また、読みにいらしてくださいね。
229> 名無飼育さん
最後の方は、けっこうジラしてしまいましたね。ごめんなさいw
ご期待にそえるか不安ですが、次回作も楽しんでいただけるとうれしいです。
230> 名無飼育さん
とてもきれいな言葉をありがとうございます。こんごまの恋とともに、
巡る季節を感じていただけたなら幸いです。これからもよろしくです。
231> 名無飼育さん
全部読むと、けっこう時間かかりますよね?w ありがとうございます。
続・愛トメは、のんびりと書き続けていきたいと思っています。
232> 雪ぐまさんの作品にて後紺ヲタになった読者(長ッ さん
うれしいHNですね〜。最後はすこし迷いましたが、
奇跡のこんごまマジックということでw。次回作もお楽しみに。
233> ぽち。さん
主役にかかわらず楽しめると言っていただけるのは本当にうれしいです。
娘。さんそれぞれの個性を生かして書き続けていきたいと思います。
- 260 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/01(水) 23:52
- 234> いちファンさん
そこまでおっしゃっていただけて、本当に光栄です(ペコリ。
いちファンさんをはじめ、皆さんの励ましのお陰で書き続けていけそうです。
235> ゆんせさん
雪ぐまも、知っているありとあらゆる感情を総動員したストーリーでした。
大切に読んでいただいて、本当にうれしいです。
236> 名無飼育さん
エヘヘ、そうきちゃいましたw ありがとうございました!
237> 名無飼育さん
うちの二人と一緒の気持ちになってくださって、ありがとうございました。
そうか、半年も書いてたのか〜と自分でもビックリですw
238> 名無飼育さん
こちらこそ、238さんをはじめ、心あたたかな読者さんたちに出会えて
とても幸せです。いつも本当にありがとうございます。
239> 名無飼育さん
ラストについては、さまざまなお考えをいただきました。
恋愛にも小説にも、ベストの答えはないみたい。また、よろしくです。
240> 名無飼育さん
うわー…… ありがとうございますw
恋する二人と一緒になってストーリーを追っていただけて幸せです。
241> 名無し飼育さん
こちらこそ、ありがとうございました。また、よろしくです。
- 261 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/01(水) 23:52
- 242> 名無飼育さん
半年も一緒にいたんですねぇ。雪ぐまもびっくりですw
また一緒に楽しみましょうね〜♪
243> 名無飼育さん
熱に浮かされたように書いていたので、雪ぐまも思い出すと夢のようです。
これからもお楽しみいただけることを祈っています。
244> 名無飼育さん
ご期待に応えられるかわかりませんけれど……w でも、これからも
ハマっていただけるよう頑張りますね〜。ありがとうございました。
245> 名無飼育さん
心が満たされたというお言葉、とても幸せな気持ちになりました。
雪ぐまも皆さんに励まされ、充実した時間を過ごしています。
246> 名無飼育さん
叫んでいただいて光栄ですw 続きは、ぜひ246さんの心の中で。
幸せな二人の姿、きっと雪ぐまが描くよりもきれいなはずです。
247> 名無し読者79さん
雪ぐまも書き終えたあと、なんだか寂しかったです。
ごまこんは大好きなCPですから、また近々書くと思いますよ〜。
249> ファンAさん
あの頃よりもずっと成長したごっちん、きっと今度こそ紺ちゃんを
夢じゃない未来へと連れていけると思います。これからもよろしく♪
- 262 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/01(水) 23:53
- 251> 名無飼育さん
とても感情を込めて読んでくださっているんですね。光栄です。
つらい別れも再開も、それぞれに味わっていただけたら幸いです。
252> 名無飼育さん
勢いで書いたところもあるので、今読み返すと冷や汗のところもw
でも、じっくり味わっていただけたようで感謝です。ありがとうございました。
253> 名無飼育さん
雪ぐまもごっちんのバラードを聴くと、胸が切なくなりました(作者のくせにw
次回作も、楽しみにしていただけることを祈っています。
254> 名無し飼育さん
大切に読んでいただいて、本当にうれしいです。うちのこんごまは
素直じゃなくてヤキモキしちゃいますねw これからもよろしくです。
255> 名無飼育さん
うちのこんこん、意地っ張りですからね〜w 幸せな二人の未来は、
255さんの心の中で描いてあげてくださいませ。きっと満面の笑顔です。
256> 絶詠さん
臆病な二人の長い恋、一緒に歩んでいただいてありがとうございます。
読みやすいと言っていただけてホッとしました。これからも、よろしくです。
257> ジゲン爆弾さん
いつも美しい言葉でのご感想をありがとうございます。
蜃気楼を追い続けたこんこん、これからは幸せな現実が待っています。
……お返事を書き終えて思いました。
ほんとにたくさんのご感想をいただけて感激です!
- 263 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/01(水) 23:55
-
さて、新作にまいります。
今日から12月。1年ってほんとに早いですね〜。
ということで、クリスマスに向けて中編をひとつ。
いしよし&美勇伝の物語。アンリアルです。
爽やかな恋物語、とはちょっと言えない気がします。
娘。さんたちの純真なイメージを大切にされたい方は、
お読みにならないほうが賢明かもしれません。
子供でもなく大人でもない、19歳の少女のひとつの恋物語。
- 264 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/01(水) 23:59
-
『Jewel of love 〜結晶〜』
- 265 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/02(木) 00:01
-
あなたのことが忘れられません。
口をついて出てくる言葉はシンプルで、
たぶん誰も、本気だと思わないでしょう。
あなたのことが忘れられません。
誰といても、あなたのこと、考えてる。
そして探してるの、あなたを忘れさせてくれる人。
一瞬でいいんだ。たとえば抱かれたりとかね。
思いっきり笑ったりとか、珍しいものを見たりだとか、
あ、いま、忘れてたぞ?って、
ばかだな、私。やっぱり思い出しちゃうんだけど……
- 266 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/02(木) 00:01
-
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
- 267 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/02(木) 00:03
-
薄桃色の花びらは舞い散って、
キャンパスに続く道は眩しい緑の葉桜になった。
初めての前期の試験が終わる。ちゃんと単位、とれるかな?
大学生っぽいなと思って、購買で買った赤いブックバンド。
十字架みたいに教科書とノートを縛って、私の夢を支えてくれる。
ちゃんと4年で卒業する。できるだけ、いい成績で。
そして夢を叶えましょう、都会でしか叶えられない夢を。
もうすぐ夏休み。アルバイトをしようと思う。
できれば、大きなレコード会社で。
それは、夢への第一歩。
- 268 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/02(木) 00:03
-
コンビニでアルバイトの情報誌を買ってお気に入りのカフェに入り、
深々とソファに腰を沈めてパラパラとめくる。
そういえばカフェにソファがあるなんて、最初はびっくりしたな。
目を上げたその先には、怪獣みたいなビルの大群。
「よっすぃ〜」
元気ですか?
あなたの暮らす町は、もう煙るような緑のなかでしょう。
私たちが生まれた町。私たちがナイショの恋をした小さな町。
あなたは生まれた場所をどうしても離れたくなくて、
私は飛び立ちたくて仕方がなかった。
『石川は、やりたいことがあるんだから、それでいんじゃん?』
傷ついた横顔にオレンジの夕陽が射して、怖いほどきれいだった。
私はぼんやりと、いま、この人と別れるんだなって思った。
そう、夢が違うの。誰のせいでもない。
ほんとは、わかってほしかった。
手をつないだまま、一緒に来てほしかった。
ほんとうにほんとうにあなたが大好きだったから。
ぱたんと雑誌を閉じて、暮れていくビルの群れをぼんやりと眺める。
東京にいるんだなあ。そんなふうに思う。
- 269 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/02(木) 00:04
-
「………さん、石川さん」
ふいに呼びかけられて、ハッと顔を向けた。
ソファの脇に立ち、すこし首をかしげて微笑んでいたのは、
同じ学部の三好絵梨香ちゃんだった。
「あ、びっくりしたぁ」
「何、ボーッとしてたんですか?」
「もう、敬語やめてよ、同い歳なのにさぁ」
「あ、うん……」
ふっと唇を閉じた三好さんの頬が、かすかに赤く染まった。
おかしな人。同い歳の私に、いつもすこし緊張したような顔をする。
私もなんとなく恥ずかしくなって、あわてて目をそらすと、
ちょっと横にずれて、「座る?」と声をかけた。
「いいんですか?」
「いいよ。でも、敬語やめて」
「は……、うん」
石川さんって、なんか凛々しいって感じですよね。
唐突に彼女がそう言ったのは、入学してすぐの学部の親睦会。
そんなこと言われたことなかったから、びっくりした。
どっちかっていうとおとなしそうに見られるから、新鮮だった。
仲良くなれるかな?って思ったけど、あれからたいして話す機会もなくて。
- 270 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/02(木) 00:05
-
大学は不思議なところ。
誰かと仲良くなろうと思えば仲良くなれるけど、
一人でいようと思えば、ずっと一人でいられるみたい。
高校で、みんなできゃあきゃあはしゃいでた感じと全然違う。
ううん、それも1年のときだけだったけど。
あとは私はずうっと、よっすぃ〜にくっついていて、
みんなにからかわれても、少し変な目で見られても、さりげなく二人でいた……
「石川さん、何飲んでるんです?」
「え? チャイだよ」
「じゃあ、あたしもそれにしよう」
三好さんは、ハスキーな、とても静かな声でそう呟いて、
はにかんだように私のことをチラと見て、かすかに笑った。
- 271 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/02(木) 00:07
-
あれ……?
流れ込んでくる好意の気配に、鼓動がすこしはやくなった。
なんか、三好さんって、もしかして。もしかして。
「石川さんって、このカフェ、よく来るんですか?」
「あ、うん、たまにね。三好さんは?」
「実は初めて。石川さんが入ってくのが見えたから」
……それって。
ううん、気にしすぎかもしれないけど。
なんとなく戸惑って、目を伏せてカップに鼻先を埋めた私に、
三好さんはちょっと慌てたように言葉を続けた。
「ここにカフェあるの知ってたんですけど、なんか入りにくくて」
「看板、出てないもんね」
「そう。興味あったんですけど、なんとなく勇気でなくて」
でも、今日は勇気だして入ってみたんです。
石川さんと、ちゃんと話してみたかったし。
そう言って三好さんは、
妙に落ち着かない様子で運ばれてきたばかりのチャイに口をつけ、
とたんに、アチッ!となった。
「猫舌?」
「ってわけでもないですけど。やだな、カッコ悪い」
照れくさそうに笑う。
うわあ、こういう雰囲気ってなんか。
- 272 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/02(木) 00:08
-
ますます速くなった鼓動に、私も妙に落ち着かない気持ちになる。
大きな目が印象的な三好さん。嫌いなタイプじゃない。
ううん、むしろ学部で騒がれてる男の子たちよりも私にはずっと。
流れてる音楽に耳を傾けるふりで、なんとなく窓の外を眺めた。
私、気に入られてる? 勘違いならそれでいい。
勘違いじゃなかったら、私、どうするかな?
どうするのかな?
チャイのカップをカチャリと置いて、三好さんが軽く息を吸った。
私は緊張して、だけど素知らぬ顔をしていた。
「前から聞きたいと思ってたことがあるんですけど」
「敬語やめたら、答えてあげる」
「うわ、厳しー」
わざとらしくツンとした私に、ククッと三好さんは笑って、
それからちょっとおちゃらけた感じにこう言った。
「ね、石川さんて、女の子でもダイジョブな人?」
- 273 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/02(木) 00:08
-
本日はここまでといたします。
- 274 名前:オレンヂ 投稿日:2004/12/02(木) 01:22
- 裕ちゃん、ほんとにつらそうでしたね。
泣きそうで、でも泣いちゃいけないっていうのがよけいに。
彼女がこれを乗り越えていってくれることを祈りたいと思います。
新作おめでとうございます!&ありがとうございます!
すでに思いっきり話の中に引き込まれちゃってるんですけど
美勇伝の二人がどういう形で登場してくるのか楽しみにしてますね♪
- 275 名前:ジゲン爆弾 投稿日:2004/12/02(木) 04:54
- 新作出港、おめでとう御座います。
雪ぐまさんの作品はいつも、冒頭からさらりと溶け込めるんだよなぁ。
何て気持がいい……ってなんかエロイなw おバカなレスしてすいません。
読んでいてなんだか、故郷に想いを馳せてしまいました。
大人でも子供でもない19歳の物語、温かく見守らせて頂きます。
執筆、頑張って下さい。
- 276 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/02(木) 09:40
- 情景がすぐに頭の中で映像化されるんですよね、雪ぐまさんの作品は。
それだけ引き込まれてるってことでしょうか。
近作も期待してます。頑張ってください。
- 277 名前:いちファン 投稿日:2004/12/02(木) 11:23
- うわぁ、始まった!
パソコン前で一人でキャーキャー言わせてもらいました。
もうすごく楽しみにしてます。
- 278 名前:名も無き読者 投稿日:2004/12/05(日) 13:13
- 新作キタ━━━━( ゜∀ ゜)━━━━━!!!!
・・・などとお馴染みの科白を吐きつつ、初回更新お疲れ様です。
いしよし&美勇伝、彼女達を読んだこと無いってのも含めてワクワクします♪
爽やかではない、というのも自分にとっては魅力の1つ。(ぉ
でわ続きも楽しみにしております。
- 279 名前:てん。 投稿日:2004/12/08(水) 04:37
- 初めまして、雪ぐまさん
『癒しのメソッド』一気に読ましていただきました
涙が、涙がほんとうに、よかった・・・ごっちんとこんこん、
2人のやさしさが、時には相手を自分自身を傷つける
それでもなお、不器用で狂おしいほどの愛憎を見せてくれた
至玉の作品でした 完結おめでとうございます、おつかれさまでした
新作、おめでとうございます
楽しみに待っています、期待してもいいですか?
PS.オムライス食べたいです(笑
- 280 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/08(水) 21:41
- 274> オレンヂさん
初挑戦の美勇伝の二人。『マジカル 美勇伝』で、せっせと観察してますw
最初、岡田さん派だったんですけど、最近は三好さんのことが気になってます。
275> ジゲン爆弾さん
エロイ感じのレス、ありがとうございますw 今回の話は、
故郷から離れて暮らしている人に楽しんでいただけるかな〜?と思っています。
276> 名無飼育さん
雪ぐまの頭の中の映像を文字にしている感じで書いています。
伝えきれなくてまどろっこしいですが、そう言っていただけるとうれしいです。
277> いちファンさん
ありがとうございます♪ ずっとキャーキャー言っていただけるとうれしいのですが、
この後の展開、微妙なところもあるかも……(なんてね)。頑張ります。
278> 名も無き読者さん
雪ぐまも最近の作品を読む時間がなくて、美勇伝の二人が出てくる小説を
読んだことがないんです……。どうなることやらですが、頑張ります。
279> てん。さん
うれしいご感想をありがとうございます。オムライス、雪ぐまも食べたいですw
新作はご期待にそえるかどうか……。どうぞまったりご覧くださいませ〜。
さて、本日の更新にまいります。
- 281 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/08(水) 21:42
-
Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi………
- 282 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/08(水) 21:43
-
いつもと違う目覚ましの音に、一瞬、夢と現実がごっちゃになる。
ここはどこ?私はだれ?みたいに。
そう、まるであの頃みたい。
パパとママの目を盗んで、こっそりよっすぃ〜の部屋に泊まりに行った朝みたいに。
隣に寝ていたカラダが、むくっと起きて目覚まし時計をピッと止めた。
カーテン越しの淡い光にさえ眩しく光る白い背中。
しなやかに細くって、背骨のとこがぐうっとへこんでる女の子の背中。
だけど。
振り返った瞳が、 やけに照れくさそうに微笑むから、
私も恥ずかしくなってシーツを鼻先までひっぱりあげた。
あーあ、やっちゃった。とうとうやっちゃった。
よっすぃ〜じゃない、新しい人。
- 283 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/08(水) 21:44
-
「……梨華、ちゃんは、朝はパン派?ごはん派?」
「あ、えーと、どっちでも」
「じゃあ、パンでいい?」
「あ、コーヒーはヤだ。苦いのダメ」
「うそ、紅茶とかないですよ、うち」
微妙に敬語交じりの軽口の間に、
やっぱりまだぎこちない唇が降ってきて、慌てて目を閉じた。
このワンルームに通うことになるのかな?
すべすべの肌は、よっすぃ〜とは違う匂い。
なんだか小柄に感じる、私と同じくらいのサイズのカラダ。
じわじわと馴染んでいくのかな?
馴染ませてくれるのかな?
ふと、昨夜交わした会話を思い出す。
『あたしたちって、名前、似てません?』
言われて気づいた。リカとエリカ。
『“梨”の字が入るのも同じですね』
ささいな共通点をうれしそうに挙げるのが好ましくて、
フッと頬を緩めた瞬間に、さりげなく唇が近づいてきた。
すごく、びっくりしたな。
控えめな感じの人だけど、ああいう時はけっこう……
- 284 名前:Jewel of love 〜結晶 投稿日:2004/12/08(水) 21:45
-
なにげに赤く染まった頬に気づかれないようにうつむいて、
シーツで胸元を隠したまま、ベッドの下に散乱した服の散らばりようにチラと目をやる。
困ったな。立ち上がらなきゃ拾えそうもない。
別にスタイルに自信ないってわけじゃないけど、
明るい部屋のなかを裸でウロウロするのは恥ずかしいな。
あんなことしちゃってなにをいまさらって感じだけど、でもやっぱり。
そんな私の逡巡に気づいたらしく、
彼女はサッと先に立ち上がると手近なシャツを羽織り、
引き出しから大きなバスタオルを取り出して、ハイと手渡してくれた。
「これ、使って」
「……ありがと」
「シャワーも、先に使ってください」
「いいの?」
「どうぞ」
- 285 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/08(水) 21:46
-
お互いにシャワーを浴びて、手際よく出てきた朝食。
今にもぷちんと弾けそうなシャウエッセンに粒マスタードをつけながら、
絵梨香は、「夏休みは実家に帰るんですか?」と聞いてきた。
ううん。トーストにバターを塗りながら、私はすぐに首を振る。
帰らないよ。帰ったってすることないし、
会いたい人も……いないし。
「バイトしようかなと思って。できたら、レコード会社で」
「ふーん、いいですね。あたしも梨華ちゃんと一緒にバイトしようかな」
「音楽、好きなの?」
「うん、好き。実はあたしも音楽業界で働くのが夢で」
だからわざわざ北海道から出てきたんですもん。
そう言って絵梨香は、カラッと笑った。
「このバター、おいしい」
「ほんと? うち、ずっとこれなの」
「横市バター…?」
「やっぱバターは北海道産ですよ」
うれしそうに地元自慢をするとこや、
わざわざコンビニに紅茶を買いに行ってくれたこと、
濡れたままのショートヘアを揺らしながらてきぱき朝食を整える様子。
後片づけもそうそうに、次々にゲームを取り出して楽しませようとしてくれて、
勝ち負けにムキになる私を見て3回に1回は手加減してくれて、
それから、控えめそうに見えて、ちょっとだけ強引なところ。
- 286 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/08(水) 21:47
-
そろそろ帰ったほうがいいかなと立ち上がったとき、
絵梨香は私の腕をつかんでジッと見上げてきた。まっすぐに。
「……今日も、泊まっていきません?」
奥二重のすこし気の強そうな目元。
よっすぃ〜とは全然似てない。
だけど、悪くないなって、思った。
- 287 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/08(水) 21:48
-
本日はここまでといたします。
- 288 名前:229 投稿日:2004/12/09(木) 15:07
- 今回もハマりそうです。
個人的に三好さん大好きなんでw
- 289 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/09(木) 18:14
- なんかショックだけど…
でも見守ります。執筆頑張ってください。
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/09(木) 18:31
- ついついマジカル美勇伝を穿った目で見てしまう自分がいるw
今後の展開期待してます。
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/09(木) 19:42
- 290さんと同様にマジ美はやばいです
三好さんが石川さんに握手を求めてるシーンを見てすぐここを思い出してしまった。
これからも楽しみにしています。
- 292 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/09(木) 20:53
- 288> 229さん
ハマっていただけるとうれしいです。三好さん、まだ人気ないかな?って
思ってましたけど、そうでもないですね。ホッとしています。
289> 名無飼育さん
あんまり爽やかな展開とは言えないですよねw
でも、こんな恋もあるのかなって感じで見守っていただけるとうれしいです。
290> 名無飼育さん
マジカル美勇伝、時々ドキッとさせられますよねw
石川さんの“新しい仲間”、仲良く助け合って頑張ってほしいです。
291> 名無飼育さん
昨夜の握手シーンですね。雪ぐまも「おおっ!」とか思っちゃいました(爆。
はやくも以心伝心してる石川さんと三好さん、なにかとやばいですねw
それでは、本日の更新にまいります。
- 293 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/09(木) 20:54
-
「あ、アヒルだ! 見て、よっすぃ〜……」
じゃなかった、絵梨香だ。
いけない、またやっちゃった。
首をすくめて顔色をうかがった私に、
絵梨香はあきれ顔で、大げさにため息をついた。
「3回目」
「……ごめん」
「私だから許すけど」
「ウン、ごめん……」
ごめん、ありえないよね、名前間違うとか。
池の中をすいすいと泳ぎ回るアヒルは知らん顔。
絵梨香は一瞬だけ拗ねた顔をしたけど、怒ったりはしなかった。
私はホッと胸を撫で下ろして、彼女の腕に腕をからめた。
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/09(木) 20:55
- 会員No.1444としてはこのまま読みつつけても良いのか微妙な気分。
- 295 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/09(木) 20:56
-
「絵梨香、ボート乗ろ?」
「井の頭公園のボートに乗った二人は別れちゃうらしいよ」
「うそ。じゃあ、やめよう」
「ふうん、別れたくない?」
「別れたくないよぉ」
「へぇー」
別れたくないよ。
もう、あんなに泣きたくない。
絵梨香のこと、すこしずつ大切になってきてる。
一緒に歩いていけそうな気がしてる。
「あー、三好せんせぇ」
ふいに後ろから、妙にのんきな声に呼びかけられた。
絵梨香がハッとした顔をして、さりげなく私の腕をほどく。
振り返ると、ぽわあっとした感じの女の子がニコニコして立っていた。
- 296 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/09(木) 20:57
-
「せんせぇ、デートですかー?」
「なに言ってんの。大学の友達」
当たり前だけど絵梨香はそう言って笑い、
私の耳にすばやく、あたしが家庭教師してる子と囁いた。
「ああ、あなたが岡田唯ちゃん」
「えー、なんで私の名前知ってるんですー?」
岡田さんは心底びっくりしたというように目を丸めて、のほほんとした声をあげる。
絵梨香から聞いてたとおり、なんだか妙なテンポの子。
私はおかしくなって、ちょっと得意げに言った。
「そりゃあ、カンですよ」
「うそー。なんでですー?」
私は笑って、「ボートに乗らない?」と岡田さんを誘った。
三人なら別れる心配もないから。
交代でオールをこいで、アヒルを追いかける。
アヒルは慣れているのか、ひょいひょいと水の上を逃げ回る。
私は楽しくなって、ますます大きな声で笑った。
よっすぃ〜がいなくたって、私は笑うことができる。
- 297 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/09(木) 20:58
-
「次はあっちー。ほら、二人とも漕いでー!」
「ちょっと、あんまり岸から離れると危ないってー」
「怖いですー、怖いですー」
「何言ってるの、こんなの平気平気〜!」
「「えーー」」
「船長の言うことを聞きなさーい!」
「船長? いつ決まったの?」
「いま決まったのっ」
やたらゆらゆらと揺れる不安定なボート。
だけどこんなの、私は平気。
実のところ、もうそんなに怖いことってないんだ。
よっすぃ〜に捨てられたらどうしようって、
そんなことを、もう考える必要もない。
よっすぃ〜がいなくなったら死んじゃうって思ってたけど、私、生きてるし。
- 298 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/09(木) 20:59
-
絵梨香が岡田さんの家に電話をして許可をとり、3人で夕食を食べることになった。
井の頭公園の脇にある、畳敷きのざっくばらんな焼鳥屋さん。
大粒のお肉に、レバー、軟骨、かしら、ハツ。
岡田さんはワァと目を輝かせて、運ばれてきたそばからむしゃむしゃ食べる。
大人っぽく見えるけど、まだ16歳なんだなあ。
16歳か。
フッと目を細める。
16歳、私はガタガタと震えながら、初めての恋をよっすぃ〜に打ち明けていた。
よっすぃ〜はふてくされたみたいな顔をしてみるみる赤くなり、
あたしから言おうと思ってたのにとボソッと呟いた。
- 299 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/09(木) 21:00
-
畳に横座りをして大きく開いた窓に肘をかけ、夜風に吹かれる。
気持ちいい。時間はどんどん流れていく。
風の吹くスピードでね。
おいしいものは、おいしい。
誰と食べてもおいしい。
ううん、こんなにおいしい焼き鳥なんて、あの頃の私たちには食べられなかったな。
いつだってマック、それからケンタ、背伸びしてパスタ屋さん。
「絵梨香、いいお店、知ってるんだね」
「ネットで調べただけだけど」
ありがとう。その気持ちがうれしいな。
時間よ、どんどん流れていけ。
風の吹くスピードでね。さあ、もっと強く。
- 300 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/09(木) 21:00
-
本日はここまでといたします。
- 301 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/09(木) 21:59
- あの焼き鳥屋、いつも混んでいてなかなか入れないんだよね。
- 302 名前:オレンヂ 投稿日:2004/12/09(木) 22:12
- 更新おつかれさまです。
昨日もレスしようと思ってたのに出遅れましたorz
この先どうなっていくのかとても楽しみです。
- 303 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/09(木) 22:42
- 地元が出てくるとドキッとしますね。
石川さんに釣られて行きたくなっちゃったんですけどw
- 304 名前:いちファン 投稿日:2004/12/10(金) 03:37
- やぁ、素敵です。読んでて光景が目に浮かぶようだ。
カップリングすら超え、モノガタリを純粋に楽しんでおります
…いつだって雪ぐまさんのもくろみ通りなのでした。
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/11(土) 12:46
- ィィ!!と叫びました。
石好(いしよし、非いしよし)ですかねw
- 306 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/14(火) 01:14
- 294> 名無飼育さん
おっと。たまたまだと思いますが、読みにくく感じる読者さんもいますので
気をつけてくださいね〜。読む読まないは、294さんのお心のままに…。
301> 名無飼育さん
ですね〜w 雪ぐまはもう3年くらい行ってないんですよね。
書いてて久々に食べに行きたくなっちゃいましたw
302> オレンヂさん
いつもレスをありがとうございます。微妙に恋のヌケガラにとらわれてる石川さん。
さてさて、どうなることやら……
303> 名無飼育さん
おや、吉祥寺ですか。あのあたりは住みやすそうですよね〜。
大学も多いし、今回の石川さんたちもあのなかのどれかって感じの想定です。
304> いちファンさん
うれしいお言葉、ありがとうございます。石川さんに吹きつけるさまざまな風を、
もくろみ通りw、感じていただけることを祈っています。
305> 名無飼育さん
叫んでいただけましたかw ありがとうございます。石川さん×三好さんは、
人呼んで「美勇伝のいしよし」だそうですよw
それでは、本日の更新にまいります。
- 307 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/14(火) 01:15
-
山手線のラッシュが苦手。
十何両もあるのに、どうしてぎゅうぎゅうになっちゃうのか理解不能。
まだ、ちょっと乗る気にならないな。
渋谷駅のホームにあるコーヒースタンドで、
何本か列車をやり過ごすのがバイト帰りのお決まりになっていた。
絵梨香の部屋に通ううちに、コーヒーが飲めるようになった。
近所のおいしいコーヒーショップの会員カードもつくっちゃった。
できなかったことができるようになってく。
生まれた町を離れて、新しい習慣が少しずつ増えていく。
- 308 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/14(火) 01:16
-
電車が空くのを待ってる間、雑誌をめくってるときもあるし、
今日みたいにボーッと人の群れを眺めてるときもある。
みんな、ほかの人とぶつかりもせずに、ホームをすいすい歩いてく。
疲れたような顔の人や、つまんなそうな顔の人もいるけど、
キリッと強い目をした人や、いきいきと楽しそうな人もいる。
たった一度しかない人生なら、私は思うままに生きてみたい。
自分がどこまで飛べるのか知りたい。
♪こだわってる夢を、あなたは持ってる……
フッと口をついて出てきた懐かしい曲に、思わず苦笑した。
『電車の二人』。なんだか私たちのテーマソングみたいなんて、
あの頃、いつも思ってたっけ。
よっすぃ〜と友達以上恋人未満だった頃。
- 309 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/14(火) 01:17
-
♪ 電車の中で二人、微妙な感じ
思い全部話したら終わっちゃいそう
たった二両のガラガラの電車に揺られて、学校から家まで。
降りる駅は違ったけれど、一緒に乗ってる30分がいつも長くて短くて。
あとから、よっすぃ〜も同じ気持ちだったって知ったけど、
あの頃はふたりの微妙な雰囲気にどうしても確信がつかめなくて、
私はひとり空回りだったらどうしようって、息をするのも忘れちゃいそうなほどで。
すごく、迷ってた。
この気持ちが恋だとわかっていたけど、
素知らぬふりで友達を続けたほうがいいのかな?
だけど、ヒトは少しずつ贅沢になる
当たり前に話せるようになったら、もっと特別なことを教えてほしい。
今日、一緒に帰ったら、明日も一緒に帰りたい。
さりげなく手をつなげたら、もっと、キスとか、もっと。
- 310 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/14(火) 01:18
-
あなたの気を引きたくて、私は秘密を打ち明ける。
歌が大好きだから、将来は音楽関係の仕事がしたいんだ。
小さな頃からの夢を話すと、よっすぃ〜は澄んだ瞳を大きく見開いた。
『梨華ちゃんはすげえな。なんかカッケー』
あたしは、やりたいこととか、あんまわかんないな。
そう言って、なんだか照れくさそうに笑った。
私、少しずつ、贅沢になる。
その笑顔、独り占めにしたくなる。
よっすぃ〜はおおらかで、のんきなとこがあって。
男の子からも女の子からも騒がれるほどきれいな人なのに、
損な役回りも黙って引き受けるようなところがあった。
そして、繊細なほどやさしくて、傷つきやすい瞳の色をしていた。
私にはないその色に、たまらなく惹かれていく自分が不思議だった。
女の子を好きになる、小説の中みたいなそんな特別が自分に起こったことに驚きながら。
♪友情の時間は、もうこれくらいにしたい
胸の気持ち、いま打ち明けたい
大好きと……
ガタンゴトンと電車に揺られて、
車窓に映る永遠に続きそうな緑の中で、
私たちは、新しい世界へと駆け出す恋をした。
教え込まれた古い価値観を脱ぎ捨て、自分を信じることを学んだ。
手を取りあい、見つめあう幸せ。この恋は間違いなんかじゃない。
だって、こんなに感謝してる。生まれてきたことに。この世のすべてに。
- 311 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/14(火) 01:20
-
だけど、少しずつ贅沢になったの。
かっこいいと言ってくれた私の夢を、あなたは勝手だと思うようになった。
繊細だと思ってたあなたのやさしさを、私は気弱だと思うようになった。
パッと咲いて散ってもいいと思ってた、この恋が叶うなら。
そんなふうに神様に祈ったこともある。
だけど、やっぱり私は贅沢になってて、
想いが叶ってしまえば手のひらを返したように、逆のことを祈ってた。
この恋が、ずっとずっと壊れませんように。
♪純粋な瞬間を、あなたは知ってる
新しい恋愛を、あなたは知ってる
ああずっと、ああずっと、このままで
ああずっと 、ああずっと、未来まで……
- 312 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/14(火) 01:21
-
テーブルの上の携帯がいきなりブーンと震えて、ハッと我に返った。
ディスプレーに点滅していたのは“絵梨香”の文字。
お互いに勉強もバイトも忙しいから、電話をするのはたいてい夜中。
こんな時間に珍しいなと思いながら電話をとると、
申し訳なさそうな絵梨香の声が流れ込んできた。
『ごめん、いま忙しい?』
「ううん、バイト終わったとこ。どしたの?」
『………うん、あのね』
なんか会いたくなっちゃって。
まっすぐな言葉。胸の中にポッと灯がともる。
誰に対しても、ニコニコとやさしい微笑みを向ける絵梨香。
いつもまわりに気を遣ってる人が、時々漏らす小さなわがまま。本音。
聞き逃したくない。私にできることは、全部叶えたい。叶えてあげたい。
『忙しかったらいいんだけど……』
「ううん、大丈夫。明日、朝はやいけど、それでもいい?」
『うん、いいよ全然。あたしもはやいし』
- 313 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/14(火) 01:22
-
まだ山手線は混んでいたけど、滑り込んできた電車に飛び乗った。
一秒でもはやく、私を待ってくれてる人との時間を過ごすために。
夜ご飯はお弁当を買えばいいやと思っていたけど、
絵梨香が来るなら、スーパーに寄って帰ろう。
んー、何を作ろうかな?
おままごとみたいに、恋人と囲む食卓のことを考える。
これも一人暮らしで覚えた、心弾む新しい習慣。
よっすぃ〜と夢見てて、叶わなかったこと。
だけど、悲しいと思ったりしない。
よっすぃ〜は、私の心の泉に沈めた宝石だから。
ゆらゆらと揺れる水底に光る、もう手の届かない宝石。
あなたと出会って、私は確かに強くなったの。
だから、あなたがいなくても走り続ける。
とても美しく、色褪せることない煌めきを胸に抱きながら。
- 314 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/14(火) 01:23
-
本日はここまでといたします。
- 315 名前:てん。 投稿日:2004/12/14(火) 01:52
- けん騒の中のゆったりと流れる時間
ゆっくり心の中にしみこんでくる、昔の思い出
想いに区切りをつけ、新たな恋にまい進する
梨華ちゃん、いい恋をしてくださいね
よろしく!!お願いします、雪ぐまさん
- 316 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/15(水) 12:06
- 315> てん。さん
昔の思い出は、いつも美しく胸に蘇るものですね。
あたたかいお言葉、うちの梨華ちゃんに伝えておきます。
それでは、更新にまいります。
- 317 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/15(水) 12:08
-
「すいません、せんせぇ、石川さん……」
「今度やったら怒るよ?」
「もぉ、しません……」
しょぼんとした唯ちゃんの肩を、
やれやれというように絵梨香がソッと撫でた。
口調は厳しくてもほんとに心配してる、
そのことが伝わったのか、唯ちゃんはまたポロッと涙を零した。
絵梨香の携帯に、警察から電話がかかってきたのが20時。
唯ちゃんを保護しているから迎えに来てほしいという。
私たちはちょうど駅前でご飯を食べかけたとこだったけど、
慌ててタクシーに飛び乗って警察署へと駆けつけた。
ドラマで見るみたいな素っ気ない警察署のなかで、
制服姿の唯ちゃんは、事務机の前に座らされて不安げにうつむいていた。
厳しく問いただされたのか、頬には涙のあとが残って、すっかり萎縮している。
接触事故を起こしてトラブルになった車に、唯ちゃんが同乗していたんだという。
運転していた男との関係を問われて答えられなかった唯ちゃんは、
援助交際の常習者ではないかと疑われてしまったらしい。
- 318 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/15(水) 12:09
-
「援助交際なんか、しません」
「だけど、知らない男の人の車に乗ってたら疑われちゃうよ」
「知らん人やないですもん、何回かメールくれてたし」
「そういうのを、よく知らない人って言うのよ」
どうして街で会ったような男の人の車に乗っちゃうのか理解に苦しむけど、
どことなく寂しげにマフラーに顔を埋めてしまった唯ちゃんを、
これ以上責める気にはなれなかった。
さっきから何度も携帯を耳に当てている絵梨香が、眉を潜めている。
まだ、唯ちゃんのご両親と連絡がとれない。
「今日は遅くなるって、どっちもゆうてましたし」
「そう……」
「怒られるんやろな」
「そりゃあそうよ」
いややなあ、帰りたくない。
そう呟いて唯ちゃんは、潤んだ目をかすかに遠く泳がせた。
12月。クリスマスを迎える街には色とりどりの電飾。騒がしい人の群れ。
ふいに、唯ちゃんが絵梨香を振り返った。
「三好せんせぇは、恋人いるんやなあ?」
「え?」
「12月の4週目はカテキョお休みさしてって、先週ゆうてましたやん」
- 319 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/15(水) 12:10
-
絵梨香の顔が、みるみる赤く染まった。
その意味に私もすぐに気づいて、頬が熱くなった。
絵梨香が唯ちゃんに勉強を教えているのは、毎週金曜の夜。
だけど今年の12月の4週目は、クリスマスイブだから……。
そっか、絵梨香はカテキョを休んでくれるつもりだったんだ。
会うの遅くなってもいいんだから、無理することないのに。
そんなふうに思いながらも、うれしい気持ちがあたたかく胸に満ちる。
ありがと。
こっそりと絵梨香に目配せをすると、
絵梨香は照れくさそうに小さく肩をすくめた。
もちろん、唯ちゃんにバレないように。
「ええなぁ……」
星の見えない空を見上げて、唯ちゃんは深々とため息。
かわいい子なのに、カレシとかいないのかな?
高校生らしく友達と遊びなさいよなんてお姉さんぶった絵梨香に、
友達はみんなカレシおるんです、と唯ちゃんは膨れた。
- 320 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/15(水) 12:11
-
「唯ちゃんはカレシいないの?」
「……いないです」
「もしかして、カレシ欲しくて車に乗っちゃったの?」
「……そういうわけでもない、ですけど」
よくわからない……なんとなくです……
そう呟いて彼女は、やっぱり妙に寂しげに目を伏せて。
私と絵梨香は、かすかに郷愁を感じて目を見合わせる。
16歳。自分のことがよくわからない、すこしむずかしい時期だよね。
やっと迎えに来てくれたご両親に唯ちゃんを引き渡したのは22時すぎ。
都会のお父さんお母さんは、ずいぶん遅くまで働いている。
さっそく怒られてしょげ返っている唯ちゃんの背中が遠ざかっていく。
その様子をどことなく複雑な表情で見送っている絵梨香に気づいて、
私は、ちょっと風変わりなクリスマスイブの提案をした。
「唯ちゃんも呼んで、3人でお鍋でもしよっか?」
絵梨香が目を丸くする。
「それでいいの?」
「絵梨香はイヤ?」
「ううん。でも、……いいの?」
ひどく申し訳なさそうな顔をした絵梨香。
いいよ。私は、にっこり微笑んで安心させてあげる。
- 321 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/15(水) 12:12
-
「唯ちゃんのこと、心配でしょ?」
「うん……、なんか妹みたいっていうか」
あの子の家、いつも親がいないって、
そういえば心配そうに話してたことがあったね。
だから、いいよ。どうしても絶対に二人きりでなんてワガママは言わない。
私のためにカテキョを休んでくれるつもりだった絵梨香。
その気持ちだけで、もううれしいから。
だって去年は……。
「去年のクリスマスは何してたの?」
「え?」
いきなり絵梨香が、去年のことを尋ねてきて驚いた。
フッとよっすぃ〜のことを思い出しかけた私の心。
ヤダ読まれちゃってるのかな?なんて、バツが悪くなる。
最近はもう、名前を呼び間違えたりなんてしないんだけどな。
「受験勉強してたよ」
「うっそぉ」
「ほんとほんと」
それはほんと。
家でひとりで、受験勉強してたんだ。
だけど、絵梨香はめずらしくいじわるに、チクリとツッコんできた。
- 322 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/15(水) 12:12
-
「“よっすぃ〜”といたんじゃないの?」
「んーん。もう別れてたし」
それは、微妙に嘘。
いまにも別れそうだったけど、まだ別れてはいなかった。
だけど、私たちもうおしまいなんだなって覚悟した夜だった。
進路のことで大喧嘩をする前に、イブは一緒に遊びに行こうって約束をしていた。
だけど、イブの夜、鳴るはずの電話は鳴らなかった。
勇気を振り絞って一度だけかけた携帯は、電源から切られていた。
悔しくて、悲しくて、腹が立って、
泣きながら英単語を暗記しまくってたあの夜。
次に会ったとき、よっすぃ〜の指には、
まいちゃんとアヤカちゃんとお揃いで買ったという指輪が光っていて……
- 323 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/15(水) 12:13
-
「絵梨香は何してたの?」
「あたしも受験勉強」
「うっそぉ」
「ほんと」
「知ってるよぉ、絵梨香けっこう遊んでたでしょー?」
沈みかけた気持ちを振り払うように、わざと大げさに絵梨香をからかった。
絵梨香が、ククッと笑いを漏らす。
「ねぇ、“遊んでた”って言い方、なんか古くない?」
「なによ。じゃあ、なんて言ったらいいのよ?」
私は膨れて絵梨香の肩を小突く。
実際、絵梨香がどんな高校時代を過ごしていたのか知らない。
だけど、きっと恋人か、それっぽい人はいたと思う。
それとなく私をつかまえた巧みさや、ベッドのなかの落ち着いた振る舞い。
「そしたら、ソッコー誘いに乗ってきた梨華ちゃんも“遊んでた”ってわけね?」
「ソッコー乗ったりしてないもん」
「そぉ?」
「絵梨香じゃなかったら乗らなかったと思うし」
コートの腕に腕をからめて、華やかな電飾の街を歩く。
熱に浮かされてめちゃくちゃに突っ走るような恋じゃないけど、
降りそそいだ雨がじわりと地面に染み込むように、
ゆっくりと満たされて潤ってゆく、そんな恋だと思うんだ。
芽生えた種。今度こそ、きちんと大きく育てていける気がする。
そう、お互いに初めての恋じゃないからきっと。
- 324 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/15(水) 12:14
-
「去年のクリスマスは、知らなかったのにね」
「え? なにを?」
「ん? ほら、梨華ちゃんのこと知らなかったのにね?」
今年は一緒だね、お邪魔虫もいるけど。
そう言って絵梨香は、あのはにかんだような笑顔で心底うれしそうに笑い、
私は、幸せな気持ちで目の前のやさしい恋人を見つめた。
- 325 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/15(水) 12:15
-
本日はここまでといたします。
- 326 名前:オレンヂ 投稿日:2004/12/15(水) 14:02
- 更新お疲れ様です。
この作品を読み始めてから絵梨香が気になりはじめました。
まだ名前しか登場してないあの人も気になってますけどねw
更新、楽しみにしてます♪
- 327 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/15(水) 21:01
- 癒メソとは違う軸のお話なんですかな?
癒メソ前提だとちょっと話が違うみたいなので一応。
- 328 名前:作者見習い 投稿日:2004/12/15(水) 23:05
- 新作、お疲れ様です。
今、知りました。
早速、読ませていただいてます。
それにしても、新作が美勇伝とはまったく思ってませんでした。
参りました・・・
- 329 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/16(木) 11:24
- >>327
最初に作者さんが新作だって書いてるよ。
- 330 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/16(木) 16:59
- いしよしに期待!
- 331 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/16(木) 18:11
- ↑おいおい……
- 332 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/16(木) 19:39
- いしよしっ子の同志よ
気持ちはわかるが、一緒に愛トメを応援しようではないか。
- 333 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/16(木) 20:24
- >330
最初に作者さんも、いしよしと書いているのだから
その内そうなるんでは?
気長に待とうぜ。
- 334 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/16(木) 22:06
- オイラは美勇伝のいしよしにも期待!
- 335 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/16(木) 23:07
- 過去のいしよし&現在の美勇伝ってことだろ。
いしよし好きはわかるけど無作法だよ。
- 336 名前:名無し 投稿日:2004/12/16(木) 23:36
- 最初に「いしよし&美勇伝の物語。」と書いてあるので静観した方がよろしいかと。
雪ぐまさんの作品なんで、今の段階で色々決め付けない方が。。。
何が起きるか分かりませぬ。
- 337 名前:名無いしよし 投稿日:2004/12/17(金) 05:05
- 雪ぐまさんの新作でいしよし&美勇伝とあったので期待してるのですが
ここまでの展開なら美勇伝石川×三好、サイドストーリーでいしよしでしょうか
最初の前振りはかなり重要かと思います、それで期待感や読み方が違ってきます
それと美勇伝のいしよしとかいうのは冗談でも少しデリカシーが足りないですね
以上、石川さんの卒業を控えナーバスになってるいちいしよしヲタの気持ちです
- 338 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/17(金) 08:58
- 「美勇伝のいしよし」って言葉は、雪ぐまさんが作った訳ではなく
某巨大掲示板で一部の人達の間で本当に言われてる事なんです。
ご自分がナーバスになっているからと言って、他人に対してデリカシーに欠ける等と言わない方がいいですよ。
そういう事を言う人の方がデリカシーに欠けると思います。
ジョークも流せないようなら何も読まない方がいいんじゃないでしょうか。
- 339 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/17(金) 10:59
- 物語の途中で、先読みや決め付けをしない。
物語の途中で、推しCPのリクや強要はしない。
読者の最低限のマナーだと思う。
非礼な読者の書き込みに、いちいしよしファンとして申し訳ない気持ちだ。
作者さん、創作意欲を失わないでどうか最後まで書き続けてください。
- 340 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/17(金) 11:00
- 自治FAQより
ストーリーの流れを無視したリクエストは控えよう
自分の好きなカップリングを、話の流れを無視して無理矢理リクするのは、読者にも作者にも迷惑なので控えよう。
リクがしたい時は、流れや雰囲気をみて、言っていい状況か判断したうえで丁重にしましょう。
基本的に物語の途中でリクするのはマナーに反してると思います。
- 341 名前:ファンA 投稿日:2004/12/17(金) 11:43
- 梨華ちゃんの切ない思い出と、現在の幸せとが絡み合った独特の雰囲気に酔ってしまっています。
受験時代の冬に冷たい空気の中で進路を考えたり勉強をしたり…。思わず自分に重ね合わせて読んでしまいました。
雪ぐまさんの作品はいつも、読んでいるとき以外もひたりたくなる魅力があって大好きです。
電車の中でも、夜寝る前でも、ふっと思い出して作品の世界であれこれ想像してしまいます。
こんなにはまってしまっていることを伝えたくて仕方ありません。(爆)
更新、楽しみにしています。
- 342 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/17(金) 12:22
- >>337
前振りは、ちょっとしたあらすじみたいなもんじゃん?
どんな本のあらすじだって結末が書いてあるものはないし、
だいたい前振りで展開が全部読めちゃったら面白くもなんともない罠。
あと、読者のナーバスな都合よりも、作者の世界観のほうが大事だろうね。
金払ってるわけじゃなし、せめて自由な創作の邪魔をしないのが基本かと。
スレ汚しスマソ。
雪ぐまさん、まったりと更新お待ちしてます。m(_ _)m
- 343 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/17(金) 12:54
- >342
前振りはあらすじではないですし結末まで書くなどありえませんが
今作品なら>1にならい
石川三好メインでいしよし風味とかならよかったのでは
しかし雪ぐまさんは熱心なファンをお持ちで流石ですねm(_ _)m
- 344 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/17(金) 13:34
- >>343
だから今の段階でどういう話か決め付けるのはマナー違反だってば……
- 345 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/17(金) 14:55
- 更新お疲れ様です。
私はこの作品がどういうCPでも読み続けようと思います。
雪ぐまさんの思うままに今後も書いて欲しいです。
正直、こんごまには魅力を感じませんでしたので読んでません。
雪ぐまさんだから何でも読むって方が多いと思いますが
自分の趣味に合わなければ無理して読む必要はないんじゃないかと。
作者さんだって、その時々で書きたい物も変わると思いますよ。
お金を払ってる訳ではないんで、あまり興奮されませんように。
こんな事態に雪ぐまさんの制作意欲が無くなる事が心配です。
- 346 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/17(金) 15:10
- 作者自ら前振りでいしよしファン呼び寄せちゃってるしw
誰でも読めるわけだからいろんな意見があるのは仕方ないです
いしよし応援みたいなレスも全く見当違いではないかと
こんごまにしてとかいってるわけでもないわけですしw
放置気味のスレもある作者なので指摘されて痛し痒しなのでは
- 347 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/17(金) 16:34
- こちらは読ませてもらってる立場なのだから
作者さんの書きたいように書いていただきたい!
- 348 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/17(金) 21:13
-
こんばんは、雪ぐまです。
今宵は、お一人ずつにお返事ができる状況じゃないみたいです。
失礼をお許しください。
思うままに書きにくいことを悲しく思ったり、
いや、守られていると感じてあたたかい気持ちになったり、
雪ぐまの感情は今、ちょっと忙しいです。
さて、今日はあと1週間でクリスマスイブという日ですね。
この日には、必ず更新をしようと思っていました。
今となっては、正直すこしため息混じりですが、どうぞ。
- 349 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/17(金) 21:15
-
もしも、時間が戻ったら。
もしも、あの日に帰れたら。
それは胸の中の隠された扉。
空想のなかの切ない未練。
もしも奇跡が起こったら、
私は耳をふさぎ、かたく目を閉じて叫ぶに違いない。
もう、困らせないで。
お願いだから、私のこと苦しめないで。
過ぎ去った時間を巻き戻したりしないで……
- 350 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/17(金) 21:16
-
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
- 351 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/17(金) 21:17
-
クリスマスイブを一週間後に控えた夕方。
今年最後の授業を終えた帰り道の校門に信じられない人影を見つけて、
私はまさに凍りついたように立ちすくんだ。
うそ、まさか、そんな……
鮮やかな金髪を木枯らしに吹かれながら、
記憶のなかの彼女が私をジッと見つめていた。
そう、もう会うこともないと思ってた人が、私のことをジッと……
「石川……」
「よっ……」
よっすぃ〜!と叫びかけて、ハッと口を閉ざす。
隣に、絵梨香がいたから。
だけど絵梨香は、気づいてしまったみたいだった。
「ふうん。あの人が“よっすぃ〜”」
絵梨香はどことなく抑揚のない声でそう呟き、
よっすぃ〜のことを興味深げにしげしげと眺めた。
- 352 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/17(金) 21:18
-
たちまち背中にツーッと嫌な汗が流れる。
よっすぃ〜は、訝しむような絵梨香の視線にも私の狼狽にもかまうことなく、
唇をぎゅっと一文字に結んで、ツカツカと歩み寄ってきた。
「石川、ごめん。あの、ちょっと話、あってさ……」
何言ってるの?と私が口を開く前に、
絵梨香がすばやく「じゃあ、あたし先に帰ってるから」と言った。
状況がわかってるのかいないのか、よっすぃ〜が軽く頭を下げる。
黙って立ち去っていく絵梨香の背中を見ながら、
私は体中の血が、ざあっと足元に降りていくのを感じていた。
ちょっと待ってよ………どうして………
話があると言ったくせに、よっすぃ〜はフッとうつむき、軽くアスファルトを蹴った。
絵梨香の姿がずっと先のコンビニの角を曲がって消えても、黙ったままだった。
私はというと、ただ呆然とよっすぃ〜を眺めていて。
信じられない。目の前によっすぃ〜がいる。
折れそうに細い首すじ。なんだかずいぶん痩せちゃった気がする。
出会った頃みたいに短く切った金色の髪が、
眩しいほど白い頬にサラサラと揺れて。
ああ……。
容赦なく高鳴る鼓動に、絶望的な気分になった。
どうして急に来たりするの?
どうして急に来たりするのよ?
- 353 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/17(金) 21:19
-
「……あんたねぇ、来るなら来るって言いなさいよ」
声が震えないように胸の前でぎゅうっと腕を組み、わざと乱暴な言い方をした。
よっすぃ〜が悔しげに、きゅっと唇を歪める。
嫌になるほどかわいらしい桜色の唇。
その頬がたちまちカアッと染まって、薔薇の色になる。
怒ったときでさえ、絵画に描かれる天使のように美しい人。
「おめーが、ケイタイ教えねーからだろっ?」
「先にケイタイ変えたの、あんたでしょ?」
違う。こんなことが言いたいんじゃない。
いまさら、こんな言い争いがしたいんじゃない。
だけど、ほかになんて言ったらいい? どんな声をかけたらいい?
旅立ちの日に見送りにも来てくれなかった、別れた恋人に。
あの日の悲しく情けない気持ちが、激しい痛みとなってキリキリと胸を襲う。
でも、だめ。ムキになって彼女を怒らせるのは私の悪い癖。
気持ちを落ち着かせるために、少し息を吸った。
- 354 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/17(金) 21:19
-
「………いつからいたの?」
トーンダウンした私に、
よっすぃ〜はすこしホッとしたように、へにゃっと笑った。
「午後イチから」
超さみーよ。もう死ぬかと思った。
そんなことを呟きながら、大げさに肩をすくめてみせる。
そりゃそうよ。チラッと腕時計を見る。もうすぐ午後5時。
そんなに長い間、こんな吹きっさらしの場所で待つなんて。
「今日、私が学校来なかったらどうする気だったのよ」
「しょーがねーじゃん。連絡先知らないんだからさぁー」
「うちの実家に電話して聞けばよかったのに」
「あ、思いつかなかった……」
もう!
なんだか腹立たしくなる。
もっとうまくやんなさいよなんて、余計なおせっかい。
よっすぃ〜といると、いつもそうだった。
計算とかできなくて、いつの間にか損な役回りだったり無駄なことしたり。
プライド高いくせに、ほんっとバカなんだから。
深々とため息をついた私に、よっすぃ〜は、むうっと口を尖らせた。
- 355 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/17(金) 21:20
-
「いいじゃん別に。会えたんだし」
「それは、そうだけど……」
目を見合わせないまま、二人の間に奇妙な沈黙が訪れる。
どうしてよっすぃ〜がここで待ってたのか、
その理由は、私が一番聞きたくて、そして恐れてること。
唇を噛んでうつむいた私に、搾り出すような声が、とうとうぽとりと落とされた。
何度も夢に見た、懐かしい声色で。
「……あのさ、もうすぐ、その……クリスマスだからさ」
いつだって憎まれ口ばかりの恋人だった。
私の夢に怒って、あてつけにイブの約束をすっぽかした人。
その人があの時に聞きたかった言葉を、いま話そうとしている。
「できたら石川と、と思って」
わかってたけど、心臓がドクンと跳ね上がった。
ばか、遅いよ、バカ。
目頭がカアッと熱くなる。
- 356 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/17(金) 21:21
-
私たちの間を吹き抜けるのは、シインとした冬の空気。
よっすぃ〜、どうして来たの?
どうしていまさら、そんなことを言うの?
私はもう頷けない。もうあの頃の私じゃない。
見つけたの、同じ夢を追いかけられるやさしい人。
「……先約があるから」
私の言葉によっすぃ〜は動揺したように顎を引いて、ぎゅうっと唇を噛んだ。
「……さっきの人?」
「……そう」
「……そっか」
腰のあたりで握りしめた拳が真っ白になってる。
ごめんねと言ってしまいそうになって、その言葉を飲み込んだ。
謝ることじゃない。よっすぃ〜とはもう別れていて、遠く離れていて。
そう、去年のクリスマスに私をズタズタに切り裂いたのはあなた。
「別に、いいでしょ?」
「や、うん。まあ、そういう可能性も考えてたし……」
片頬をあげる、皮肉めいた強がりな笑み。
懐かしさに思わず目を細める。
喧嘩ばかりしていた頃、あなたはずっとそんな顔をしていた。
- 357 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/17(金) 21:22
-
「アヤカちゃんは?」
「なんでアヤカの話になんの?」
「つきあってないの?」
「そんなんじゃないよ、アヤカとは全然」
嘘。
私は、よっすぃ〜を睨む。
ズルい人。アヤカちゃんの気持ち知ってて、
私がハラハラするの知ってて、一緒に遊び回ってた。
私のこと切り捨てるみたいに、仲良し3人組でお揃いにした指輪。
まいちゃんとは親友と言われればそうかなと思えたけれど、
アヤカちゃんとのことは信じられなかった。
わかってたはず、よっすぃ〜だって。
あなたの肩にもたれかかる彼女の瞳が、いつもほんのすこし潤んでたこと。
あ、だけど。
よっすぃ〜の指先を見て、気づく。
もう、してないんだあの指輪……
「………………………………」
「………………………………」
沈黙は、眩暈がしそうなほど苦しい時間。
だけど、私はどうしても「帰って」と言えなかった。「帰る」とも言えなかった。
ただ所在なくうつむいて、よっすぃ〜のスニーカーを見つめる。
まだ履いてるんだ、あの頃、お気に入りだったスニーカー。
もう傷だらけになっちゃってるのに。
- 358 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/17(金) 21:23
-
都会のクリスマスに雪は降らない。
ただ灰色のアスファルトに乾いた風が吹き、耳が痛くなるの。
泣きそうになって白いマフラーに鼻先を埋めると、絵梨香の匂いがした。
ああ、そうか。昨日貸してたから。
たまらなく悲しくなる。絵梨香……
「……メシでも食わねぇ?」
ふいに鼓膜に流れ込んできたアルトは、やさしい誘い。
キインと胸が痛んだけれど、私は少し考えて、ちいさく首を振った。
「絵梨香、待ってると思うから」
やさしい人だから、ごはんくらい怒らないと思うけど、
意地っ張りな人だから何も言わないけれど、
だけどほんとはすごく心配して、私のこと待ってると思う。
「そっか……」
再び、うつむいてしまったよっすぃ〜。
喉になにかが詰まったみたいに息が苦しくなる。
そして、いけないと思いながら、案じてしまう。
とっぷりと日が暮れてしまった寒い夜に。
- 359 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/17(金) 21:24
-
「……泊まるとこ、あるの?」
「え? ああ、ホテルとってるから」
「そう……」
ホッとしたような残念なような複雑な思いが胸に押し寄せて、苦い気持ちになった。
ずるいな、私。よっすぃ〜が困ってたら、どうする気だったんだろう?
ううん、部屋に泊めることはできない。
絵梨香が心配するから、それはできないけれど。
できないはずだけれど。
よっすぃ〜が、ふいにごそごそとカバンを探って、
手帳に挟んであったパンフレットを取り出した。
聞いたことのないビジネスホテルの名前が書いてある。
その余白に、よっすぃ〜はさらさらとなにか書きつけて、
「ん」と、ぶっきらぼうに差し出してきた。
突きつけられるまま思わず手に取って、
また私は、胸がきゅうっと痛むのを感じた。
ホテルの住所の下に、乱暴にケイタイの番号が書きつけてある。
- 360 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/17(金) 21:25
-
「25日の夜行バス、とってるからさ」
「25日……」
「うん、どっちにしろそれまでは東京にいるから」
気が向いたら電話してよ。
せっかくだから、メシくらい食おうぜ。
せっかくだから、か。
私は目を伏せる。素直にウンと言えるほど、私、吹っ切れていない。
ほら、たちまちぐらぐらと揺れる足元。
よっすぃ〜との未来は諦めたはずなのに。
「……でも、バイトとかあるんだよね」
「ん? ああ、そっか」
「きゅ、急に来るから」
冷たいと思ってくれていい。
電話するとは頑なに言わない私に、
よっすぃ〜は無理に約束をさせることもなく、「じゃあ」とあっさり背を向けた。
ヒマなときあったら電話してよ。
そんな言葉を、立ちすくむ私に残して。
- 361 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/17(金) 21:31
-
本日はここまでといたします。
- 362 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/17(金) 21:48
- うわぁ なんかどきどきするわ
- 363 名前:オレンヂ 投稿日:2004/12/17(金) 22:49
- 更新お疲れ様です。
梨華ちゃんの心情にシンクロして切なて胸が苦しくなりました・・・。
続きを楽しみにしています。
- 364 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/17(金) 23:07
- 雪ぐまさんの面目躍如なるか期待しています
- 365 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/17(金) 23:35
- おっよっすぃ〜登場ですね、たのしみ〜
- 366 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/18(土) 00:04
- ご本人のサイトでこちらの事を書かれてましたが
サイトをお持ちなのにこちらで書くのって何か理由があるんでしょうか?
- 367 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/18(土) 00:13
- 切ないですね…。どーなっちゃうんだろ。
続き期待してます!
- 368 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/18(土) 00:46
- >>366
このスレでそういった質問をする意味はあるのですか?
意図のない素朴な疑問かもしれませんがスレに関係ないよ。
というか基本的にどんな理由であっても作者の自由なはず。
管理者の布いたルールをしっかり守れば自由に遊ばせてもらえる場所でしょ?
- 369 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/18(土) 01:06
- >>365
ネタバレ勘弁orz
- 370 名前:一読者 投稿日:2004/12/18(土) 01:19
- ここまでルール無視した、粘着「某CPヲタ」がいるってのも悲しいね。悲し過ぎるよ。
飼育屈指の人気作者様だからこそだけど、こんなにヒドイと読むほうも意気消沈ですわ。
>>366
雪ぐまさんが今後どうするかは本人の意向に任せましょうよ。
- 371 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/18(土) 02:50
- 以前から雪ぐまさんの作品を読ませていただいています。
いつでも鮮やかに動き出す登場人物たちの姿に
一緒にドキドキしたり笑ったりしながら読んでます。
これからも楽しみに、応援してます☆
- 372 名前:作者見習い 投稿日:2004/12/18(土) 02:59
- 更新、お疲れ様です
クリスマスイヴか・・・・。
カップルにとっては一年で一番の日。
昔の恋人とかは、何か久しぶりに出会ったりすると
少し複雑な感じになりますよね。
完全に吹っ切れるって中々、難しい事ですし・・・・。
(そういやぁ・・・俺のクリスマスイヴって言うと、
大学時代は大学の筋トレ仲間とトレーニングしていたり、
社会人になったら、仕事で徹夜だったり、
ここの所、男としか過ごしてねぇな・・・。
寂すぃ・・・・。っと関係ないな。ごめんなさい)
今年は雪ぐまさんの小説を読んで、寂しさを紛らわします・・・・。
イヴの更新を楽しみにしてます。
(強制しているように取られたら、ごめんなさい。でも、切なる願いですぅ・・・・)
- 373 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/18(土) 13:54
- なんま面白いです!自分好みの展開です!!!
- 374 名前:ジゲン爆弾 投稿日:2004/12/19(日) 16:57
- 更新お疲れさまです。
あいたたたた…苦しい。ありえない状況だ…
心の片隅にある予感を引っ張り出されて、息が苦しくなるけれども、じわじわと温められる。
雪ぐまさんにいつも、そんな素敵な気持ちにさせて頂いています。改めて、有難うございます。
黙って正座して、続きをお待ちしています。執筆頑張って下さい。
- 375 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/20(月) 23:35
- こんばんは、雪ぐまです。
いろいろとお気遣いいただいて恐縮です。
そして、ご感想&励ましのお言葉をありがとうございます。
しかし、お一人ずつにお返事ができる状況じゃないみたいですので、
失礼をお許しください。
雪ぐまは飼育でたくさんの娘。小説に出会って、
たくさんの楽しみをもらい、自分も書いてみたいという気持ちになりました。
飼育という場所に感謝していますし、とても好きです。
なので許される限り、飼育で書かせてもらえたらと思っています。
皆さまにご協力いただきたいことを、いくつかお願い申し上げます。
まず、レスをつける前に自治FAQに、必ず目を通してください。
読む前に更新分で何が起こったかがわかってしまう「ネタバレ」は、
多くの読者さんの楽しみを奪ってしまいます。
内容を予測するレスや、推しCP&展開のリクエストおよび過度な期待は、
作者を困らせ、ときに書く気さえ奪ってしまいます。
ネタバレしそうな感想や、スレッドに直接関係のない質問等は、
雪ぐまのサイトBBSでお気軽にどうぞ。お待ちしています。
http://yukiguma.s45.xrea.com/index.htm
それから。
さまざまな意見があるということと、マナー違反をすることとは、
まったく別の問題ですので、どうぞ賢明なご判断を。
なーんて、こまごま書いてるのが生きてけないほど恥ずくなってきたんで、以上です。
それでは、更新にまいります。
- 376 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/20(月) 23:37
-
よっすぃ〜って、すごい美人。
自信なくしちゃうな。
あれから私を待っていたのは、半分おどけたそんな言葉。
絵梨香のワンルームの玄関先で苦心してブーツを脱ぎながら、
なんでもなさそうに私は答える。
「絵梨香だってかわいいじゃん」
「えー、なんかレベルが違う……」
そうね彼女は、梨華ちゃんレベルにきれいかな。
なんか、二人がつきあってたのって納得。
すっごくお似合いだなーって。
私はブーツを放り出し、深々とため息をついた。
いま、何を言ってもダメだな。そんな気がして。
- 377 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/20(月) 23:39
-
むっつりと口を閉ざした私を、絵梨香は慌てたように抱き寄せた。
「ごめん、ちょっとヤキモチ」
「………………………」
「怒った? ごめんね」
謝ることないのに。
心配そうに覗き込んできた瞳を、軽く睨む。
だけどすぐにこっちが怒れる立場でもなかったと思い直して、
絵梨香の背に、そっと腕をまわした。
「心配した?」
「そうね、まあまあ」
「もう帰ったよ」
「え、もう?」
「うん。近くに来たついでに寄っただけみたいよ」
ほんとに?
絵梨香が探るように瞳を覗き込んでくる。
「なんか彼女、話があるって言ってなかった?」
「たいしたことじゃなかったよ。彼女のおうちのこと」
「そう……」
「弟さんの進路とか、そういう話」
- 378 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/20(月) 23:41
-
うまくできているかどうかわからない。
絵梨香を心配させたくない一心で、私は言葉をつくり続ける。
東京はどうかとか、そういうことよ。
家賃はいくらくらいなのかとか。
「彼女の弟さん、東京に来るの?」
「さあ? そうなるかもしれないって、それだけの話」
「彼女は、地元の大学だっけ?」
「ううん、進学してない。お家のお手伝いしてるみたい」
「そうなの?」
「パン屋さんなの」
「あ、そうなんだ。知らなかった」
町で一軒だけ、ベーグルを焼いてるパン屋さん。
毎日毎日、お弁当はベーグルサンドとゆでたまご。
うれしそうにむぐむぐ頬張ってる姿が子供みたいにかわいくて、
でも、飽きないのかなあって、しまいには不思議になった。
バレーをやってるときはバレーの話ばっかり。
フットサルを始めたら、たちまちフットサルに夢中。
ほんと単純。いつまで経っても成績はビリから数えたほうがはやいし、
日本最北端の市は長崎だとか思い込んでるし、だけど。
「……家族思いな子なのよ」
「ふうん」
よっすぃ〜は、私よりも家族が大切な人なの。
それを責める私は冷たいのかもしれない。
だけど、着いてきてほしかった。それだけ。
夢なんてないよ、やりたいことわかんねーなんて言うなら。
- 379 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/20(月) 23:41
-
昔の傷に思いをめぐらせた私の前にいるのは絵梨香。
よっすぃ〜とは違う色の、やさしい目をしてる。
「あれ、この部屋、寒い?」
「え?」
「梨華ちゃん、顔色悪いみたい……」
青ざめている私の頬を、絵梨香は心配そうに撫でる。
私はなんか泣きそうになって、彼女に強くしがみついた。
同じくらいの身長だから抱擁はすこし頼りなくて、
冷たい頬をどこに押し付けたらいいのか迷う。
力任せにぎゅううっと抱き寄せたら、絵梨香が苦しげな吐息を漏らした。
軋みが伝わってくるような、ろっ骨のはかなさ。
「……絵梨香、細いね」
「え?……やだな、誰と比べてるの?」
「違う、比べてないけど」
女の子らしい背中だなと、思っただけ。
その言葉を聞いて、不満げにまだ何か言いかけた唇を強引に塞いだ。
反射的に逃げようとしたその背をもっと引き寄せて、私に引き寄せて。
そう、すき間なくもっと近づこう、絵梨香。
薄く唇を開いて、あなたの舌を待つ。はやく来て。
- 380 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/20(月) 23:42
-
ほどなく私の願いは期待以上に叶えられて、
鼓膜の奥に湿った水音を聞きながら、ゆっくりと意識が曖昧になっていく。
目を閉じて絵梨香の舌を追いかけながら、
私の指先は彼女のニットセーターの下にもぐりこむ。
背骨を確かめるようにやわらかく撫でると、
絵梨香がかすかに身を震わせて甘く息をついた。
「……したくなっちゃう」
「しよう?」
「シャワーは?」
「いい」
もつれあって、リセット。
思考回路、シャットアウト。
目の前の唇、体温、胸のふくらみ、すべて私を狂わせてく確かに。
- 381 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/20(月) 23:43
-
絵梨香と完全に絡まりたくて私は服を脱ぎ捨て、彼女のも一枚残らず剥いだ。
いつもより絵梨香が乱暴な気がして、私はいつもよりもっと夢中になった。
髪を掴み、甘く匂い立つ肌に舌を滑らせ、そして噛みつき……
絵梨香の声と、私の声は交じり合うこんなに。
ちゃんとハーモニーをつくりだす。
最初はぎこちなく、
だけど、
今は、
こんなに。
- 382 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/20(月) 23:44
-
こんなに……………
- 383 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/20(月) 23:45
-
いつの間にか私は意識を手放していて、
だけど瞼の上に細い細い光を感じて、うっすらと目を開けた。
カーテンの隙間から、冴え冴えと光る細く冷たい月が私を見ていた。
眩しい。夜なのになぜか私はそう思い、
軽くまばたきをして手のひらで月光を遮る。
月を見るたびに思った。
あの人も同じ月を見ている。
二人どんなに遠くても、月までの距離は同じ。
月から見たら同じように私たちはちっぽけで、
生きて死んでく儚い命のひとときにふれあった、それだけのこと。
- 384 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/20(月) 23:47
-
ああ、だけど。
よっすぃ〜、東京にいる。
会える。いますぐでも会える……
- 385 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/20(月) 23:47
-
「……ん…………」
ふいに絵梨香が寝返りをうってドキッとした。
いやだ、私、何を考えてるんだろう?
私はひとり首をふって、カーテンをきっちりと閉じ、
それからあたたかい布団に潜り込んで、かたくかたく目をとじた。
- 386 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/20(月) 23:48
-
本日はここまでといたします。
- 387 名前:オレンヂ 投稿日:2004/12/21(火) 01:20
- 更新お疲れ様です。
うわぁ〜すごいドキドキしますね。
やっぱり雪ぐまさんの小説はどんなドラマよりもおもしろいです!
- 388 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/21(火) 01:29
- 雪ぐまさんの作品、大好きです。
なんと言うか心臓が痛いですが(w
続きをとても楽しみにしております。
宝物を見つけたような気持ちになりました。
- 389 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/21(火) 04:16
- 絶句です・・・。ものすごく心が痛くなりました。。
雪ぐま先生を静かに応援しております。
- 390 名前:作者見習い 投稿日:2004/12/21(火) 09:37
- >375
その辺については、気を付けているつもりでしたが
もし、問題があったらお詫び致します。
実際に話を作るに当たってモチベーションって大切ですよね。
ノっている時は内容も表現力も良い感じで書けたりするけど
必ずしもいつも同じ気持ちで書ける訳ではないですし・・・。
とにかく、前回の発言をしておきながら何ですが
他人に左右されず自分のペースで書いて下さい。
頑張ってください。
次回、更新を楽しみにしてます。
- 391 名前:ナナシ 投稿日:2004/12/21(火) 14:01
- 更新お疲れ様です。
いしよししか読めなかった私が、雪ぐま様の作品と出会って
他のカップリングも興味を持てるようになりました。
ありがとうです。すごく好きです。それだけです。
- 392 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/22(水) 19:18
- 皆さま、レスをありがとうございます。
ごめんなさい、急ぎで出かけなければいけない用事があるのですが、
どうしても今夜、更新をしたいのです。
お返事は、のちほどあらためてさせていただきます。
取り急ぎ、更新いたします。
- 393 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/22(水) 19:20
-
♪さよなら、友達にはなりたくないの
恋人じゃないと意味ないのよ……
流れてきた後藤真希の新曲に、ふと足を止める。
バイト先でも、立ち寄ったコンビニでも、街中でも、何度も何度も有線でかかる。
そのたびに思う。そうかな? 恋人じゃないと意味ないのかな?
ふいによっすぃ〜が現れてから
3日くらいは何をしてても心が乱れたけれど、
さすがに今になると、少し冷静になってきた。
私、冷たすぎたかな、と考えてみる。
心が狭いのかな、子供すぎるかなって。
同じ夢を追いかけられない二人。
どちらかが我慢したり折れたりして相手にあわせる恋人たちもいるだろうけど、
別れたほうがいいという判断をする恋人たちだっている。
私たちはどうしてか何かを深く話しあったりとかできなくて、
ただこじれるだけこじれて、お互いにもう一緒にいられないと悟った。
そばにいるだけで何かを感じあえた以心伝心は、
リアルに立ちはだかる障壁の前で消えた、脆くて淡いあさはかな夢。
だけど、たとえば、よっすぃ〜がトモダチだったとして。
そう、私たちこれからトモダチに戻れるとして。
そしたら、それなりに東京案内くらいしてあげてフツーかも。
そうしたほうが先のことを考えると良かったかもしれない。
同窓会で会ったりするたびに、ひどく気まずい思いをするより。
- 394 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/22(水) 19:21
-
「メシくらい食おうぜ、か……」
それは、よっすぃ〜のやさしさだったかもしれないのに。
せめて仲直りしようと手をさしのべてくれたのかもしれないのに。
「もう考えても仕方ないけど、ね」
待ち合わせのカフェのドアを開けると、
先に来ていた絵梨香と唯ちゃんがすぐに気づいてパッと笑顔になった。
お待たせ。私もニコッと笑って手を振る。
「お疲れ。バイト、忙しかった?」
「ううん、もう年末のお休みとってる社員さんとかいるし」
もし、よっすぃ〜とご飯を食べるなら今夜しかなかった。
明日はクリスマスイブで、バイトは休んだけど朝から絵梨香とデートの約束をしてたし、
夜は唯ちゃんをうちに招いて、お鍋しようってことになってる。
昨晩ずっと携帯を手にしたまま、よっすぃ〜に連絡をとろうかと迷っていたら、
まるで見透かしたように絵梨香から電話がかかってきた。
明日の夜は唯ちゃんと一緒にクリスマスプレゼントを買いに行こう。
あの子、ずっと欲しかったものがあるんだって。
何かもらえるなら、それがいいって。
- 395 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/22(水) 19:21
-
「ほんとに買ってもらってもええんですかー?」
唯ちゃんは、ニコニコとご機嫌。
高校生のお小遣いで買うにはちょっと値の張るブランドもののマフラー。
色違いで何枚も欲しがるから、親はもう呆れて買ってくれない。
「いいよ。新しい色が欲しいんでしょ?」
「そうなんですよぉ、去年のと同じのは嫌なんですー」
「わかるわかる」
予算オーバーだから半分ずつ出しあおうというのが絵梨香の提案。
あれでなかなか好みがうるさい子だから、本人に選ばせようというのも。
そうだね。サプライズはないけど、喜んで使ってもらえるのが一番。
「すいません、安いもんやないのにワガママゆって」
「バイトしてるもん、大丈夫だよ」
「あー、ええですねぇ。私もレコード会社とかでバイトしてみたいですー」
「フフッ、大学生になったら面接受けてみたら?」
「芸能人とか来るんですかー?」
「ううん、私が働いてるとこには来ないみたい」
「なんだー」
じゃあいいです、なんてあっさり興味をなくしたらしい唯ちゃんに苦笑する。
そういう好奇心って、私にもないわけじゃないけど。
私の反応を見て、絵梨香がコラッて感じに軽く唯ちゃんをたしなめた。
- 396 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/22(水) 19:22
-
「梨華ちゃんは将来の勉強のためにバイトしてるんだから」
「将来のためですかぁ?」
「そ。けっこう拘束されるし、キツいんだよ」
私は続かなかったもんね、と絵梨香が肩をすくめる。
たしかにバイトなのにほとんど時間の融通がきかないし、
人気のある職種で希望者が山のようにいるから
辞められても平気って感じで人使いも荒いし、セクハラっぽいことも言われちゃう。
どんどん人が入れ替わってくなかで、私は続いてるほう。
これって、ちょっと意地もあるのかもしれないな。
あの頃、よっすぃ〜が、よく言ってた。
石川はミーハーだ。ちゃらちゃらしてる、カッコ悪ぃ……
そんなんじゃない!って、私はいちいちムキになって。
国境を越えて世界中に届く音楽をつくるお手伝いをするの。
ちっちゃい頃は歌手になりたくて、それが無理だなあってわかったから、
その次に近い夢を追いかけるの。
それの何がいけないの? 馬鹿にしないでよ、って。
「最近、任される仕事が増えてきたんだよねー」
「そっか、もうすぐ半年だもんね。頑張ってるよね」
すごいねって目で、絵梨香は私を見る。
きっと夢はかなうよって、励ましてくれる。
バイトが長引いて約束をドタキャンしちゃうこともあるのに、
いいよ気にしないでって、やさしい。
- 397 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/22(水) 19:23
-
「さーて、そろそろデパート行こうか?」
「あ、待って。ちょっとトイレ」
絵梨香がお手洗いに立つと、
なぜか唯ちゃんがグッと身を乗り出してきた。
「石川さん、三好せんせぇって何色好きか知ってます?」
「え? どしたの急に」
「プレゼントに考えてるのあるんですけど、何色にするか迷ってるんですー」
ああ、なるほどね。
ええ? でも、絵梨香のだけ知りたいの?
わざとらしく唇を尖らせてみる。
「私が何色好きかは聞いてくれないの〜?」
「石川さんはすぐわかりますよ。ピンクでしょ?」
「ぐっ…………」
そ、そっか。まるわかりか。
今日もピンクのゴムで髪くくってるしね。
- 398 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/22(水) 19:24
-
「三好せんせぇはアースカラーが好きやないかなあって気がするんですけど」
「そぉ? 絵梨香だってピンクとか黄色とか好きみたいよ?」
「えっ、そぉなんですか?」
服とか、そんな感じやないのに。
意外そうに唯ちゃんが首をかしげる。
うん、服はわりと大人っぽい色づかいかもね。
でも、部屋のクッションとかカーテンとかは明るい色を選んでる。小物も。
私の服も、よく褒めてくれるし。
「えー、ほんまですかぁ?」
「ちょっと、なによー」
人が知らないことを知ってるんだなあって思う。絵梨香について。
色のことだけじゃない。フルーツに目がないとか、
サバサバしてるくせにあんがい落ち込みやすいとか、
いつの間にかいろんなことを知ってて、馴染んでる。
「石川さんは、三好せんせぇに何あげるんです?」
「えっ?」
思わぬ切り込みにドキッとする。
私と絵梨香のカンケイは知らないはずだから動揺することはないんだけど。
その時ちょうど、お手洗いから絵梨香が戻ってきてホッとした。
プレゼント、実はまだ考えてない。
でも、なんとなく明日のデートでお揃いのものとか買うのかなって気がしてる。
指輪はさすがに目立ちすぎるだろうけど、ネックレスとかキーホルダーとか。
- 399 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/22(水) 19:25
-
「じゃあ、行こっか」
会計をすませて、電飾の街へ。
東京って暖かいんだなあと思ってたら、異常気象だったみたい。
ここ2、3日で急に冷え込んできた風に震えたら、
絵梨香が心配そうに「手袋貸そうか?」と顔をのぞきこんできた。
大丈夫。私は微笑んで、コートのポケットから自分の手袋を出す。
ほら、ちゃんと持ってるもん。
得意げに胸を張ると、絵梨香が可笑しそうに笑う。
そう、こんなふうにクリスマスはさりげなく駆け去って、
よっすぃ〜のことを冷たく追い返した苦さも、
あっけなく揺れて私を苦しめた未練も、
ぜんぶぜんぶ、25日が終わると外されてしまう電飾みたいに消えてしまうといい。
♪さよなら、友達にはなりたくないの
恋人じゃないと意味ないのよ……
そんなふうに思ってるわけじゃない。
だけど、これで完全に友達にはなりそこねたかな。
それだけはすこし、私が頑なすぎたかなと、思うけれど……
- 400 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/22(水) 19:26
-
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
伊勢丹に入りかけた時、急に誰かの携帯が鳴り出した。
立ち止まって、三人で顔を見合わせる。誰の?
「梨華ちゃんじゃない?」
「え、あ、そうだ。着メロ変えたんだった!」
あわてて、カバンのなかでいつも行方不明気味の携帯をごそごそと探す。
絵梨香にジッと見られている気がして、妙にバツが悪い気持ちになる。
心の中で呟く。違う、よっすぃ〜じゃないよ。
だって彼女は私の携帯番号を知らないから。
ディスプレーを確認して、わけもなく相手が誰かを口に出す。
「ママだ。こんな時間になんだろ?」
「はやくとりなよ。切れちゃうよ」
うん。
携帯を耳にあてながら、寒いから先に入っててと仕草で伝える。
うなずいて二人が伊勢丹に吸い込まれていく背中を眺めながら、私は話し出した。
- 401 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/22(水) 19:27
-
「もしもし」
『ああ、梨華。あんたのとこに、ひとみちゃんいる?』
ギョッとして携帯を取り落としそうになる。
ああ、でもママたちは私とよっすぃ〜のこと、大親友だと思っているから……
「い、いないよ。どうして?」
『ああ、そう。さっきひとみちゃんのお母さんから電話があってねぇ』
ひとみちゃん、行き先も言わずにいなくなっちゃったんだって。
一週間くらいで帰るって書き置きがあったらしいんだけど、
携帯にも出ないし、心配だからって。
『あんた、行き先、知ってる?』
「えっ……?」
バカ、行き先言わないって、なによそれ。
舌打ちしたい気持ちで眉を潜める。
どうしよう、東京にいるよと教えてあげるべきかどうか。
『そうそう、あんた知ってた? ひとみちゃんち大変だったんですって?』
「え?」
『あら、聞いてない? まあ〜、心配かけたくなかったのかしらね』
- 402 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/22(水) 19:29
-
なんなの?
嫌な胸騒ぎに、思わず胸に手をあてた。
『ひとみちゃんち、お店なくなっちゃったですって』
「ええっ?!」
『旦那さんが保証人をしてた職人さんが、借金残して逃げちゃったらしいのよ』
それがすごい額でなかなか返せなくって、
結局、お店を手放すことになったらしいわよ。
お気の毒に。そういうことってあるのねぇー。
嘘……
唖然として、のんびりとしたパン屋さんの光景を思い出す。
いつ行っても、お店の二階にあるよっすぃ〜の部屋まで
焼き立てのパンの匂いがほんのり漂ってきてた。
数人いたパン職人さんはみんな楽しそうに粉をこねていて、
よっすぃ〜のこと小さい頃から知ってて、家族みたいに仲が良かった。
あのなかの誰かが、よっすぃ〜のお父さんを裏切ったって言うの?
- 403 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/22(水) 19:31
-
『ひとみちゃん、だから大学に行かなかったのねぇ』
「そ、そうなの?」
『みたいよぉ、お母さんが申し訳ないことしたって言ってらしたから』
自分の膝がガタガタと震え出すのがわかった。
私、あの頃のよっすぃ〜に、何を言っていただろう?
夢も見つけられないくせに、私の夢の邪魔をしないで。
大学生なんてバカばっかって、何よ、入れもしないくせに。
え? どこでも同じなわけないでしょう? バッカじゃないの?
いいでしょ、私は東京の大学に行きたいの。頑張りたいの。
アンタもちゃんと考えなさいよ。ねぇ、一緒に行こう?
ほら、受けれそうなとこ探してあげるから。うるへー、じゃないわよ。
ちょっともう、何よ、受験勉強が嫌なだけなんじゃないの?
「あ、あとでまた電話する!」
『え? 梨華、ちょっと………』
伊勢丹に駆け込んで、絵梨香と唯ちゃんの後を追う。
お目当てのブランドショップでマフラーを選んでいる二人を見つけ、
絵梨香のコートをグイと引っ張った。
- 404 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/22(水) 19:32
-
「ごめん、あの………急用ができたの」
「えっ?」
「ごめんなさい、これ、私の分」
五千円札を絵梨香に押し付けて、くるりと踵を返した。
どこ行くの?と慌てた声が背中に聞こえる。
ごめん、ごめんなさい絵梨香、後で電話するから。
約束どおり、明日はあなたと過ごすから。
でも、今、あの人のところに行かなきゃ、私、一生後悔する。
謝らなきゃいけないことがあるの、
あの頃の、あの人に。
- 405 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/22(水) 19:33
-
本日はここまでといたします。
- 406 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/22(水) 21:23
- なんか泣きそうになってきました。
- 407 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/22(水) 23:48
- 更新お疲れさまです。
あぁ・・・なんだか、一人一人の登場人物に感情移入しちゃって
ドキドキします。
次回も楽しみにしています。
- 408 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:22
- うっわー こっこれは…
似た経験あるぞ(泣)
一体どうなるんだぁ ものすご気になる
- 409 名前:オレンヂ 投稿日:2004/12/23(木) 00:30
- 更新お疲れ様です。
読んでる間、息を潜めてドキドキしてました。
感情がシンクロして苦しくなっちゃいますねぇ。
この先、どうなるのか楽しみです。
- 410 名前:作者見習い 投稿日:2004/12/23(木) 01:01
- お疲れ様です。
う〜ん、そう言った心理描写とかについては本当に感心させられます。
そして、勉強にやります。
次回、更新を楽しみに待ってます。
- 411 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/23(木) 13:35
- 387、409> オレンヂさん
いつもありがとうございます。シンクロしていただけてるようでホッとしてます。
終わったはずの恋と現在進行形の恋、どちらを選んでも苦しみは残りますね。
388> 名無飼育さん
ありがとうございます。いたらぬ作者ですが、今後もよろしくお願いします。
どっちに転んでも……というシチュエーション。書いてても胸が痛いです〜。
389> 名無飼育さん
ありがとうございます。もっと上手にこの梨華ちゃんの感情を伝えたいのですが
力不足でなかなか難しいです。これからも見守ってやってくださいまし。
390、410> 作者見習いさん
いえいえ、大丈夫だと思いますよ。お気遣いいただいて恐縮です。
迷える梨華ちゃん、女心の摩訶不思議、ちょっとでも感じていただけたら嬉しいです。
- 412 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/23(木) 13:36
- 391> ナナシさん
ありがとうございます。雪ぐまもいろんなCPを書いてみて、それぞれの違いを
感じる面白さを発見したんですよ〜。もちろん贔屓のCPはあるんですけどねw
406> 名無飼育さん
うちの梨華ちゃんも、もう半泣きみたいです・・・
407> 名無飼育さん
誰も傷つかないですめば一番いいのですが、そううまくはいかないかも・・・
ドキドキしつつ、見守ってくださいませ。
408> 名無飼育さん
おおっ、経験者ですか。それはなかなか複雑ですねぇ。
さて、一体どうなるのでしょうか。最後までお楽しみいただけることを願いつつ。
それでは、更新にまいります。
- 413 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/23(木) 13:38
-
「吉澤さま……は、お出かけでいらっしゃいますね」
「何か伝言とかありませんか?」
「ございません」
赤坂のビジネスホテル。
フロントのマネージャーらしき女の人の答えを聞いて、
私は深々とため息をついた。
よっすぃ〜、どこ行っちゃったんだろう?
いつでも電話してって言ってたのに、携帯がつながらない。
地下鉄にでも乗っているのかな。
とりあえずホテルまで来ちゃったけれど、どうしよう。
- 414 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/23(木) 13:39
-
「あの、どこ行ったかとか、わかります?」
「さぁ、私どもではわかりかねます」
そうよね。
私は再びため息をついて、
ロビーで待たせてもらってもいいですか?と尋ねた。
「それは、かまいませんが……」
フロントのお姉さんは、どことなく怪訝な目で私を見た。
ふと見回すと、ホテルに出入りしているのはスーツを着た大人たちばかり。
子供っぽいピンクのマフラーをぐるぐる巻いた自分は、かなり浮いている。
落ち着かない気持ちでロビーへと向かいかけた時、
フロントのお姉さんが「お客様」と声をかけてきた。
「はい?」
「失礼ですが、お名前をおうかがいしてもよろしいでしょうか?」
うわぁ、変な子だと思われてるのかな?
赤くなった頬を隠すようにうつむき、石川です……と答える。
「石川さん……」
お姉さんは、何か考え込むようにわずかに首をかしげると、
やおらフロント脇のティーラウンジにツカツカと歩み寄った。
- 415 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/23(木) 13:40
-
「やーぐちぃ!」
その声に、ひときわ背の低いウエイトレスさんがパッと振り返った。
「なに? 裕ちゃん」
「コラ、仕事中は……って、まあええわ。あの吉澤って子やけどな」
えっ?
思いがけず出てきたよっすぃ〜の名前に耳をそばだてる。
「待ってるって言ってた子ォの名前、覚えてる?」
「ああ、石川、だっけ?」
「やっぱ、そやな。来たで、この子や」
矢口さんの視線が、へぇ?というように私に注がれる。
「女の子じゃん」
「なぁ? ホラ、ゆーたやろ?」
「ちぇー、焼き肉食べ損ねた!」
「忘れたあかんでぇ? ケーキも、あんたが買うんやで」
「あーヤバイヤバイ、財布ヤバイよ〜」
「あ、あのっ!」
なんだか妙に盛り上がってる二人にストップをかける。
どういうことですか?と聞くと、あ、違う違う、賭けしてたとかやないで、と
フロントのお姉さんがバレバレなことを言った。
- 416 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/23(木) 13:40
-
「あんな、あの吉澤って子ォ、様子が変やったから」
「様子が変?」
「地方の子やんなぁ? ほやのに、ずーっと部屋に閉じこもっとって観光にも出かけん」
ろくに食事もとっとらんみたいやし、なんやろ?と思って、
矢口に探り入れさせたんよ、朝食に下りてきたときに。
家出とか事件絡みやと、こっちも困るでなぁ。
「そしたら、人を待ってるんですって言うから、ね?」
「なんや青春やん、ええなあ〜ってな」
「キャハハ、裕ちゃん、目、遠くなってる遠くなってる!」
はしゃぎあう二人をよそに、私はうつむいた。
よっすぃ〜、ずっと部屋にいたの? あんまり食べてないの?
びっくりするほど削げてしまった頬を思い出す。
もう恋人がいると伝えたときに、真っ白になるほど握りしめていた拳。
閉ざされた部屋の中で、あなたもあの冷たい月を眺めていたのだろうか。
- 417 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/23(木) 13:41
-
「あのね、あの子、東京タワーに行ったみたいよ」
矢口さんの言葉に、弾かれたように顔を上げた。
東京タワー?
「さっき、聞かれたよ。東京タワーって歩いて行けるかって」
ここからだとヒルズのほうが近いしきれいだよってオイラ言ったんだけどさー、
なんか窓からずっとタワー見てたら、
どうしても、ふもとに行ってみたくなったんだってさ。
「タクったら、追いつけるんじゃん?」
「あ、ありがとうございます!」
エントランスから外に飛び出したら、目の前にオレンジに光る東京タワーが見えた。
ああ、そうだね、手が届きそうに近い。
だけど、それは目の錯覚で、
タワーがあまりにも大きくて輝いてるから近くに見えるだけで、
歩いて行ったりしたら、1時間近くかかるような気がする。
- 418 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/23(木) 13:47
-
私はしばらく立ち止まって、東京タワーを見ていた。
あまりにも美しく立ちはだかるフォルム。
東京育ちでもないのに、どことなく懐かしさを感じるのはなぜ?
遠くにいても、手が届きそうなほど近く感じる。
だけど、それは錯覚で、あまりにも大きく輝いてるから近くに見えるだけ。
そんな人を、心に秘めているからかもしれない。
空車のタクシーが、びゅんびゅんと目の前を横切っていく。
都心の大通り。あまりにも眩しい光の洪水。見知らぬ人たちの群れ。
目を細めて、もう一度、東京タワーを見上げた。
よっすぃ〜、この街のこと、どう思った?
私が生きていこうとしてる街。
あなたは、どう思った?
- 419 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/23(木) 13:48
-
本日はここまでといたします。
- 420 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 14:49
- おおっ、お昼から怒涛の更新 ヤッタ!
いよいよドキドキが止まらんとです。
- 421 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 16:26
- ど〜なってしまうんだ〜
- 422 名前:オレンヂ 投稿日:2004/12/23(木) 23:06
- 更新お疲れ様です。
はふぅ〜。続きがとっても気になります。
- 423 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/24(金) 00:15
- 皆さま、レスをありがとうございます。
物語が佳境にはいってきましたので、作者自らネタバレを避けるために、
例によって、ラストまで一人ずつのお返事は控えさせてください。
よろしくご理解をお願いします。
それでは、更新にまいります。
- 424 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 00:16
-
いた……………
肩を寄せ合う恋人たちをすり抜けて、すぐに見つけた。
生い茂る木々のように群れる人々の中に、あまりにも目立つ、あの人。
ニットの帽子をかぶって、キャメルのダッフルコートを着て、
無造作にポッケに手を突っ込んだまま、
宇宙の巨木のような光のタワーをぼんやりと見上げている。
よっすぃ〜……………
息を潜めながら、そっと近づいて、ふと足を止めた。
タワーを見上げているその削げ落ちた頬、
ガラス玉のようにイルミネーションを映す瞳。
真っ白な息を吐いて、鼻の頭をトナカイみたいに赤く染めて。
なんともいえない切ない感情が、胸の奥を突き上げる。
だって、そんな横顔を見たことがなかった。
いじわるじゃなくて、いまにも崩れ落ちてしまいそうな頼りない、情けない横顔。
あなたが孤独だと、……いま、とても孤独だということ。
私を待ってるということ。必要とされてること。
- 425 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 00:17
-
唇を噛んで、立ちすくむ。
ここまで来ておいて、私はまた迷っていた。
よっすぃ〜に謝らなきゃいけないという気持ち、
その衝動で、駆けてきてしまったけれど。
見つめれば見つめるほど、よっすぃ〜は煌めくように美しく、
そう、まるで東京タワーのように光溢れる私の中のシンボル。
高鳴る鼓動が、絞られるようにいたむ胸が、危険だと知らせてくる。
あの人は、私にとって、とても危険な人だと。
ああ、ただの友達なんて、無理だ。
全部、壊してしまう……壊されてしまう……
このまま帰ったほうがいいかもしれない……
- 426 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 00:18
-
その時だった。
よっすぃ〜がいきなり右手を振り上げたかと思うと、
いきなり携帯をアスファルトに叩きつけた。
ガシャッ!
液晶が割れて、あらぬ方向に弾け飛ぶ。
「なっ……!」
何するの!と叫びかけて、ハッと両手で唇をおおった。
でも次の瞬間、よっすぃ〜が私に気づいて、その目を大きく見開いた。
「石川…………」
見つめあう私たちの間を、何組もの恋人たちが通りすぎる。
幸せそうに腕を組んで、割れた携帯にも、私たちにも、
まるで見向きもしないで。
ジッと見つめられて、逃げ出したいという誘惑が涌き起こった。
その胸に飛び込みたいという誘惑が斬りつけてきた。
混乱する、ココロ。動揺する、ワタシ。
とっさに両腕で自分をぎゅっと抱きしめて、私はワタシを守ろうとする。
「……なにやってんのよバカ! ケータイ、どうすんのよ?」
張りつめ過ぎた弦をビッと弾くような、ビリビリした声音。
私の反応に、よっすぃ〜が、かすかに悲しげな目をした。
ああ、ごめんなさい、こんなことが言いたいんじゃないんだけど。
- 427 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 00:20
-
何かを言いかけて、声が遠いと判断したのだろう。
よっすぃ〜が人波をすり抜けて、私に近づいてくる。
そして、遠慮がちにわずかな距離を置いて、立ち止まった。
「……もう来てくれないと思ったから」
これ以上、待ってる自分がイヤだったんだ。だから……
そんな気弱な声を出さないで。
目の前が、ぐらぐら揺れる。
私は慌てて、つとめて何でもなさそうに声を搾り出した。
「お母さんが、心配してるよ」
「母さんが?」
「うちのママのとこに電話あったって。あんた、電話くらい出なさいよ」
ああ。
よっすぃ〜がかすかに目を伏せた。
なるほどね。それで、来たのか……
「……悪ィ。心配すんなって書いてきたんだけど」
「そんなこと言ったって心配するに決まってるでしょ?」
「だね」
ぎこちなく沈黙が訪れる。
おかしなキャラクターの着ぐるみがサンタの格好であらわれて、
あちこちで歓声とシャッター音が起こり始めた。
だれどなんだか、私たちの周りだけ真空みたい。
世界から、隔離されてるみたい。
- 428 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 00:21
-
ふいによっすぃ〜が小さく肩をすくめて、沈黙を払った。
「ま、明日、帰るからさ」
「明日…? 25日じゃなかったの?」
「さっき、夜行バスの予約、変更したんだ」
「そう……」
「石川、予定あるみたいだし、なんか、もうね」
へにゃっと笑う、どこか皮肉げな口元。
責められているような気持ちになる。
なんで待っててくれなかったんだよ、そんなふうな。
ああ、違う、それはきっと私の被害妄想なんだけれど。
痛んだ胸に知らん顔をするみたいに、一瞬、目を閉じる。
おあいこだね、よっすぃ〜。
あなたが私を捨てた、オレンジの西日射すあの土手。
そして今、またオレンジの光のなかで、あなたの手をとらない私がいる。
ただ、それだけのことだよ。ああ、だけど。
- 429 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 00:21
-
「あの、よっすぃ〜……」
「ん?」
「私、その、知らなくて」
お家、大変だったんだって?
何も気づかなかったあの頃を謝りたくてそう言った私に、
よっすぃ〜はギクッとしたように顎を引き、あからさまに嫌な顔をした。
「……母さん、しゃべったのか」
「お母さん、悪くないよ。よっすぃ〜、話してくれたらよかったのに」
そしたら……と言いかけて、ふと言葉に詰まる。
そしたら? そしたら私、どうしたっていうの? 何ができたっていうの?
そんな私を射ぬくように、よっすぃ〜が腹立たしげな視線を向けた。
「そしたら、行かないでくれた?」
「……それは……わからないけど……」
「石川は、変わんなかったと思うよ。アンタ、そういう女だし」
唇を噛む。
夢を責められるのは嫌い。
地元を離れたことを非難されるのは嫌い。
ただ生まれ落ちた、その土地に縛られたままでは苦しいだけなのに。
- 430 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 00:22
-
「あたしは石川のこと、わかんない」
「…………」
「なんで、あたしより夢とかのほうが大事なんだろうって」
「………それは…だから夢ってだけじゃなくて」
ちゃんと生きてこうって思うからだよ。
あの頃、必死でよっすぃ〜に訴えてた言葉が、喉の奥で暴れ回る。
ちゃんと考えてよ、よっすぃ〜。
私たち、大人になっても一緒にいるの、すっごく大変なんだよ?
だから、誰も私たちのこと知らない街へ行こう?
私たちのこと、おかしな目で見たりしない都会へ行こう?
それで、好きなように、自由に生きるの。
誰にも文句を言われずに、望めばきっと手に入る最高の人生を二人で。
だけどそれは、私が恵まれていたから見られた夢なんだろうか。
パパとママに反対されても、気ままに飛び立てたのは。
- 431 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 00:23
-
「あたしは……父さんたちのこと、置いてけない」
「よっすぃ〜……」
「石川は、自分のことばっかじゃん」
ギシッと胸の奥が嫌な音を立てた。
立ちはだかるのは絶望的な壁。
あの頃と同じ言葉を繰り返す私たち。
どうしても噛みあわない歯車。
行かなきゃ。
どうして?
一緒に行こう?
行けないよ。
どうして?
行かないで。
だって、そんな……
ぶつかり合って、言い争って、それでも求める気持ちが消えないから、
何度でも傷つけあって、繰り返し泣きわめいて、へとへとになった。
卒業というタイムリミットが迫るなかで、目も合わせないピリピリ尖った日々の記憶。
- 432 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 00:25
-
「この話、やめよう」
フッと息を吐いて、私はニコッと笑った。
ご飯食べに行こうか、よっすぃ〜。せっかくだから、ね?
ねぇ、きっと私たち、元通りの友達にはなれっこない。
あなたは、私を許さない。許せない。
だけどもう、わかってもらえなくてもいい。
あなたは明日、あなたの場所へ帰るのだから。
「何かおいしいもの食べたいね。あー、でもこのへんはよくわかんな……」
次の瞬間、私はすべての言葉を失った。
それはまるで目の前で、記憶のフィルムが投影されたよう。
よっすぃ〜の大きな手が私の目をふさいで、ものすごいスピードで唇が降ってきた。
それは、あなたが好きだったキスのやり方。
「なっ……」
反射的に突き飛ばそうとした手をとられて、
息が止まりそうなほど抱きしめられた。
カアッと体中の血液が沸騰する。
一瞬、息の仕方を忘れて喘いだ唇に、再び唇が降ってくる。
- 433 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 00:26
-
やめて!
やめて やめて やめて やめて やめて!
強い腕のなかで必死で唇を閉じ、顔を捻る。
パニックを起こした体が、小さな猫みたいに震え出す。
やめて。すべて、壊れてしまう……壊してしまう……
抵抗する私を閉じこめるみたいに、よっすぃ〜の腕はぐいぐいと私を締めつけた。
記憶の中のどの時よりも強く抱きしめられて、ろっ骨が悲鳴を上げた。
すっぽりと包まれる。冷たい頬が、あなたの鎖骨に当たる……
「石川ァ……」
「やだ、……離してよ」
私、みっともない。
あなたの腕の中のあたたかさに震えてる。
離して。離れられなくなってしまう。
逃げられないの。だから、離して。
なのに、あなたの腕の力はますます強くなって、呼吸もできない。
もう、呼吸もできない。
最後の力を振り絞って、あなたを責めた。
- 434 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 00:27
-
「どうして来たのよ……?」
ひどいよ、どうして急に来たりするの?
私のこと、許せないんでしょう? わからないんでしょう?
なのに、どうしていまさらこんなふうにするの?
私がどんなふうにあなたを諦めたか、
どんなふうにあなたのことを閉じこめたか、知りもしないくせに。
「ひどいよ……」
Jewel of love 。
胸の底に沈めた美しい結晶だと思い込んで、毎日、笑いながら走ってた。
笑って笑って笑って笑って、そうだよ、やっと本当に、
美しく輝くだけで価値がある、たったひとつの宝石にできそうだったのに。
「……わかんね。やり直せるような、気がしただけ」
バカ……ッ!
私は完全に崩れ落ち、ずっと堪えていた涙が両目から溢れ出した。
- 435 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/24(金) 00:29
-
ここまでといたします。
明日(もう今日か…)はクリスマスイブ。
昼と夜、2回の更新で終了予定です。
- 436 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 01:47
- 2度の更新お疲れさまです。
うまく言葉にできませんが、じっとこの続きを待っていようと思います。
- 437 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 05:24
- クリスマスイブはこのいしよしの雰囲気に
どっぷりとつかってみたいとおもいます。
続き、楽しみにしています。
- 438 名前:作者見習い 投稿日:2004/12/24(金) 06:39
- >411
そう言われて少しほっとしてます。
今日はクリスマスイブ。
小説の登場人物もここにいる皆さんにとっても
良い一日でありますように。
- 439 名前:1412 投稿日:2004/12/24(金) 11:59
- 更新お疲れさまです。
雪ぐまさま、最高(>v<o)!!
- 440 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/24(金) 12:29
- 皆さま、レスをありがとうございます。
例によって、ラストまで一人ずつのお返事は控えさせてください。
よろしくご理解をお願いします。
それでは、更新にまいります。
- 441 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 12:30
-
奥に滑り込んできた長い指が、
確かによっすぃ〜だと私にわからせる。
覚えてる、こんなに。わかる。あなただと、わかる。
「ふああ…っ…………………!」
ものすごい勢いで私は弾け飛び、うごめく指のままに千々に乱れた。
よっすぃ〜の熱い吐息が耳元で聞こえる。
ああ、ひとみちゃん ひとみちゃん ひとみちゃん ひとみちゃん…………
呪文のようにあなたの名を繰り返せば、
蜃気楼のように視界は灼熱に揺らめいて、
あなたの瞳も、いま私のものになる。
あなたの唇がゆっくりと動き始めるのを狂いながら見てた。
「…………梨華ちゃん」
「ひと…み……ちゃん」
そのときにしか呼ばないお互いの名は、胸の奥に刻み込まれて消えない。
許されない恋でも、添い遂げられない運命でも、この一瞬は消えない。
この一瞬は、消えない…………
- 442 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 12:32
-
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
- 443 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 12:32
-
かすかに喉が痛んで、目を覚ました。
乾ききったシングルルームは、遮光カーテンのせいで光も入らない。
味気ない部屋の中で、ボーイッシュなお姫様が眠っている。
抜けるような白い肌と金色の髪、長く弧を描く睫毛。
誰もが振り返る、うらやましいほどきれいな人。
ああ、いつの間に眠っていたんだろう。
あなたに抱かれて、信じられないほど深い眠り。
でも、眠ってしまいたくなかったな。貴重な時間だったのに。
- 444 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 12:33
-
フフッ、やっぱりタレ目だなぁ。
ちょっと気難しげな寝顔に、フッと微笑む。
変わらないなぁ。初めてよっすぃ〜の寝顔を見たとき、驚いたんだった。
なにか本質があらわれてるような気がして。
案外、むずかしい人かもしれないって、そういえばあの時も、思った。
ベッドサイドの時計を見ると、9時。
ああ、起きなきゃ。
眠りを妨げないように、そっとベッドからすべり出る。
震えながら唇を受け入れてしまえば、あとはもうなし崩しだった。
ホテルについてきたのは私の意思。後悔しない。
だけど。
消音していた携帯をカバンから取り出して、私は小さく息をついた。
着信履歴、2件。絵梨香から。0時と、明け方4時。
たった2回しかかけてこないとこが絵梨香らしいけど。
- 445 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 12:35
-
シャワーは諦めよう、よっすぃ〜を起こしたくない。
できればこのまま消えていきたい。
息を潜めたまま床に散乱した下着を拾って、身につける。
そして、セーターに手を伸ばしかけた時。
「帰るの?」
ハッとしてベッドを振り返ると、よっすぃ〜が起き上がって私をジッと睨んでいた。
ああ、起こしちゃった。
私は困って、八の字眉毛のまま、かすかに微笑む。
「うん、帰る」
次の瞬間、よっすぃ〜が私の腕をつかみ、ものすごい力で引っ張った。
倒れ込むように抱き寄せられて、剥き出しのままふれあう肌に一瞬、気が遠くなる。
私の体に流れ込んでくるのは甘い香り。
私をおかしくする、よっすぃ〜の肌の香り。
「………約束があるから」
「イヤだ、行かせない」
強い言葉は、確かに私の胸を騒がせる。
だけど、よっすぃ〜、あなたはいつも理屈に合わないことをする。
「あのね、よっすぃ〜」
わがままな腕の中で、その腕をほどかせる言葉を私は紡ぐ。
- 446 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 12:35
-
「絵梨香とは、別れるよ」
「え?」
動揺した腕からすばやくすり抜け、携帯を取って、よっすぃ〜に見せる。
絵梨香から、着信があったこと。
その当たり前の出来事を。
「あの子、私がなにしたかわかってると思う。頭のいい子だもん」
だから、別れるよ。
裏切ったから。もう全部、知られてしまったから。
あなたのこと気づかれてしまったから。
「でも、私、よっすぃ〜のとこには戻らない」
「なんで?!」
「だって、戻れないじゃん」
時間は、戻らないじゃん。
私たちは、もう何も考えなくてもいい無邪気な温室の中にいるわけじゃない。
次のステップに昇る時に、道は分かれてしまった。
同じ夢は追いかけられなかった。
もう何度も、同じことを言い争ってる。
- 447 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 12:37
-
「石川は、なんでそんな東京にこだわるの?」
「………………………」
「仕事なんて、なんだっていいじゃん」
「………………………」
「最悪じゃん、こんなとこ。空気も汚くって、人も多すぎだしさあ!」
「………………………」
「こんなとこがいいなんて、頭おかしいよ!」
そんなことはわかってるよ。
全部、わかってて選んでるのよ。
心の中でそう思いながら、私はもう口には出さない。
セーターを着込み、チェックのスカートを身につけながら、
知りたいことを、さりげなく尋ねてみる。
- 448 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 12:38
-
「お店、これからどうするの?」
「え? ……ああ、続けるよ」
父さんの友達が、好意で安く店舗を貸してくれることになって。
前より全然狭いとこだけど、とりあえず続けていける。
「そう、良かった。じゃあ、今度買いに行くね?」
そのくらいは、させてね。
よっすぃ〜の家のパンの味、好きだよ。
つとめて友達じみた明るい声を出しながら、
デスクの前に掛けてあった鏡をのぞき込み、手櫛で髪を整える。
首筋に、いくつも赤い痣を発見して、かすかに苦笑する。
ひどい人。こんなことして、私が困るの知ってるくせに。
鏡の奥には、苛立たしげなよっすぃ〜。
私を困らせてるくせに、燃えるような視線で私を睨みつけている。
- 449 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 12:39
-
「………石川」
「なに?」
「………じゃあ、なんで寝たの?」
「寝たかったからかな」
露悪的とわかっていながら、軽く言い放つ。
よっすぃ〜、あなたはいつも私の心を壊す。
深く考えもしないで、目の前の衝動でいつも私を苦しめる。
だから、私も目の前の衝動に身を任せたの。
あなたが去年、衝動的にクリスマスの約束をすっぽかしたみたいに。
なんの約束もなく、私に会いに来てしまったみたいに。
嫉妬に身を任せ、子供みたいに私を取り戻そうとしたみたいに。
鏡の中のよっすぃ〜の顔がみるみるうちに怒りで赤く染まり、ぐしゃりと歪んだ。
ゆっくりと顔をおおったその指の隙間から、最悪…と呟きが漏れてくる。
最悪? そうね、最悪の結末かも。
- 450 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 12:41
-
「………大嫌いだ」
覚悟していたのに、その言葉は容赦なく私を斬りつける。
そうね、私もあなたのことが嫌いだよ。
砕け散った Jewel of love 。
半年以上積み上げた毎日が、たった一夜でめちゃくちゃ。
全部あなたのせい。そして、愚かな私のせい。
「じゃあね、よっすぃ〜」
バイバイ、生きる世界が違う人。
私は最初から全部やり直し。
あなたも、きっと。だけど、おあいこ。
- 451 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 12:42
-
私はコートを掴むと、すべてを振りきるように大きくドアを開けた。
弱い心が、一瞬、私を振り返らせた。
私が愛した人は、シーツの中でうずくまったまま、私を見なかった。
そっとドアを閉めかけた時、その隙間から滑り出してくるように呻き声が聞こえて
苦い気持ちが、波紋のように胸に広がった。
………なんでこうなっちゃうんだよ。
それは、全部あなたのせい。
そして、愚かな私のせい。
- 452 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/24(金) 12:43
-
ここまでといたします。
次回、最終回です。
- 453 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 13:45
- あ、だめだ。感想書けない…これ。
すごいや。すごい。
- 454 名前:オレンヂ 投稿日:2004/12/24(金) 13:54
- く、くるしい・・・
最終回、楽しみにしています。
- 455 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 17:50
- 雪ぐま様はやっぱ最高です。
- 456 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/24(金) 21:45
-
皆さま、レスをありがとうございます。
ラストです。最後までネタバレを避けるために、
一人ずつのお返事は控えさせてください。
よろしくご理解をお願いします。
それでは、最終話の更新にまいります。
- 457 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:46
-
絵梨香に電話しなきゃ。
そう思いながら、かけられないまま吉祥寺の駅についた。
私たちにとって初めての12月24日。
デートする約束にはなってたけど、時間とか何も決めていない。
途中、ぼんやりと立ち止まったり、電車を何本も乗り過ごしたりしているうちに、
時計は午後をまわってしまった。
いつもなら、とうに絵梨香と会っている時間。
なのに連絡がないのは、夜中繋がらなかった電話に何かを感じ取っているから。
- 458 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:47
-
ジングルベルが鳴り響く商店街を、憂鬱な気分で歩く。
よりによってこんな日に、別れを切り出さなきゃいけないなんて。
だけど、私は自分のせいだから。
巻き込まれた絵梨香は、もっと傷つくだろう。
彼女はほんとうに、何ひとつ悪くないのに。
とりあえず部屋に帰って、シャワーを浴びたい。
それから電話をしよう。もう、嘘も言い訳も、しないでおこう。
そう思いながらマンションへと辿り着いたとき、
意外な人がドアの前に立っているのを見て、私は目を丸くした。
「唯ちゃん………」
所在なくドアに寄りかかっていた唯ちゃんが、私に気づいてふっと身を起こした。
紺のピーコートの襟元に、真新しいマフラーが巻かれている。
それはたぶん、昨日、絵梨香と一緒に選んだもの。
私たちからのプレゼント。
「唯ちゃん、どうしたの?」
唯ちゃんは答えない。
感情の読めない瞳でジイッと見つめられて、思わず目を伏せた。
いつから待ってたんだろう?
ごそごそと鍵をとり出しながら、気まずく考える。
ドアを開けて「入って」と促すと、唯ちゃんは軽く首を振った。
- 459 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:48
-
「補習に行かんとあかんのです。学校の」
「そう……」
「でも、石川さんにお願いがあって」
唯ちゃんは目を伏せてしばらく言いあぐね、
そして思い切ったように顔を上げた。
「石川さん、三好せんせぇと別れんといて」
ドクンと心臓が音を立てた。
「……唯ちゃん、私たちのこと知ってるの?」
「見てたらわかります、そんなの」
見てたらわかります。
唯ちゃんは、小さな声で繰り返した。
見てたらわかります、せんせぇが誰を好きかなんて……
「せんせぇ、可哀想です……」
「…………………………」
「昨日どこ行ったんです? なんで行ってまうんです? せんせぇ、あれから……」
「唯ちゃん、ストップ」
ふいに階段の方から声がして、唯ちゃんがハッと口を閉ざした。
振り返ると、絵梨香が階段から姿をあらわしたところだった。
- 460 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:49
-
絵梨香……。
緊張のあまり、心臓がものすごいスピードで早鐘を打ち始める。
なのに絵梨香は何事もなかったようにスタスタと歩いてくると、
ニコッといつもと変わらぬ微笑みを浮かべた。
「おはよ」
「絵梨香……」
「コラ、唯ちゃん、学校は?」
だって、せんせぇ!
じれったそうに唯ちゃんが抗議の声をあげる。
絵梨香が、困った子だなあというように首をかしげた。
「ホラ、学校学校。また成績落ちるよ?」
「せんせぇ!」
「これは、あたしと梨華ちゃんの問題だから」
だから、学校に行きなさい。大丈夫だから。
静かな絵梨香の声に、唯ちゃんが黙り込んだ。
その肩を絵梨香は、包み込むようにやさしく押す。
- 461 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:50
-
「学校終わったら電話して? 一緒に、お鍋の買い物しよ」
「ハイ…………」
うしろ髪を引かれるみたいに何度も振り返りながら去っていく唯ちゃんに
笑顔でひらひらと手を振る絵梨香。
その横顔を、あっけにとられて見ていた。
視界から消えるまで唯ちゃんを見送ると、絵梨香は、私を振り返った。
いつもの笑顔のまま。
「入っていい?」
「あ、うん……」
「寒いねー、お茶淹れよっか」
勝手知ったる感じで、私の部屋の台所に立つ。
何も迷わずに彼女は、落ち込んだ時に私がよく飲むハーブティーの缶を手に取った。
ポットにお湯が注がれ、たちまち部屋に満ちる爽やかな香り。
どうして?
私はマフラーを外すこともできないまま、呆然とその姿を眺める。
絵梨香、私、マフラーを外すことができないの。
その意味、わかるでしょう?
- 462 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:51
-
「絵梨香、私、昨日……」
「わかってる、“よっすぃ〜”でしょ?」
ハーブティーの抽出時間をはかる砂時計を見つめながら、絵梨香が言った。
砂の粒が、刻々と落ちてゆく。
その様子を確かめるように、絵梨香は目の位置に砂時計をかざした。
「わかってるよ、梨華ちゃんにとって“よっすぃ〜”が特別だってことくらい」
「………………………………」
「だけど、戻ってきてくれた。そうでしょ?」
「………………………………」
「あたし、ちょっとダメかなって思ってたんだけど」
だけど、戻ってきてくれた。
呟きとともに砂時計の最後の一粒が落ちて、
絵梨香はコポコポとハーブティーをカップに注いだ。
「ハイ」
「あ、ありがと」
手渡されたのは熱い熱いカップ。火傷しそうに熱いカップ。
湯気の向こうの、まっすぐな眼差し。
「別れるとか、言わないで」
うつむいて、目を反らした。
絵梨香、私は…………
- 463 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:52
-
「お茶飲んだら、シャワー浴びて」
「………………………………」
「着替えて、出かけよ? プレゼント、まだ買ってないし、ね?」
その笑顔が、痛々しく見えるのに?
だけど私は、そんな絵梨香に何も言うことができなくて。
バスタオルを持ってバスルームに入り、洗面台の前でマフラーを外した。
姿見に映る、朝よりももっとくっきりしたように思う赤い痣。
一枚ずつ服を脱ぐたびにあらわれる、よっすぃ〜が私に残した痕。
こんな私を、絵梨香は愛するというの?
洗面台に手をついて、苦しく目を閉じる。
それが、ほんとに絵梨香の望みなの?
- 464 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:52
-
長い長いシャワーの後、バスローブ姿で出てきた私から、
絵梨香はさりげなく目をそらして、窓から見える街並みを眺めた。
まだ3時半をまわったばかりなのに、外はもう夕暮れのような金色。
その横顔に目を向けながら、私は呟く。
「やっぱり、無理だよ」
「どうして?」
「だって」
「あたしがいいって言ってるのに?」
クローゼットを開け、絵梨香から体を隠すように着替える。
長い沈黙のあと、背中から絵梨香の声が聞こえてきた。
「梨華ちゃん、いじわるを言うようだけど」
梨華ちゃん、ずうっと同じだと思うよ。
でも、誰でも、忘れられない人とかっているんじゃないかな?
クローゼットを閉めて、額をつける。
忘れたいと思ってる。
一日でも早いうちに忘れたいと思ってる。
そう思ってる自分のままではじめてしまった恋の苦さ。
- 465 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:53
-
「だけど別れるって決めたんなら、次は一緒にいられる人がよくない?」
そう思って、人は次に行くんじゃない?
だから梨華ちゃんだって、あたしとつきあったんじゃない?
それって別に、よくあることだと思うけど。
「過去は過去だし、今は今」
「……………………」
「あの子、別に東京出てくる気とかないんでしょ?」
「うん……」
「梨華ちゃんも、地元に帰る気、ないよね?」
「うん……」
じゃあ、別に問題なくない?
そう言って、絵梨香はチラッと時計に目をやった。
「あ、4時過ぎちゃったね。今日は買い物は無理かな」
「……………………」
「お鍋の準備しなきゃね、そろそろ唯ちゃんから電話あると思うし」
お鍋、お鍋と呟きながら、絵梨香は棚の奥からガスコンロを引っ張り出す。
あなたの望みは、何事もなかったような計画どおりのイブ。
せんせぇと別れないでと懇願した唯ちゃん。
昨夜、あなたが唯ちゃんの前で、ひとりで、どれほど苦しんだか私にはわからない。
許されなくて、憎まれて当然と思っていたのに。
- 466 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:55
-
「せんせぇ! 石川さん!」
待ち合わせた駅前のスーパーで、唯ちゃんがはしゃいで手を振った。
たぶん、揃って現われた私たちを見て。
私も、ニコッと笑って手を振り返す。
「スキヤキがいいですー」
「えっ、鶏鍋でしょ? クリスマスなんだから」
「えー、水炊きとかしょぼいですー」
「味噌仕立てにしたら? 石狩鍋みたいに」
「石狩鍋って何ですー?」
「んーと、北海道のお鍋。あ、食べたくなってきた」
「じゃあ、それにする?」
豆腐、えのき、しいたけ、ネギ……それからなんだっけ?
騒がしく売り場を行ったり来たりしながら、材料をカゴに放り込んでいく。
唯ちゃんの目を盗んで、棚の影で絵梨香がふいに唇を寄せてきた。
動揺して強く目を閉じたら、触れた唇がビリッとした。
「痛っ!」
「うわ、静電気!」
「え、なんです?」
「ううん、なんでもない」「なんでもない」
慎重に、ほつれた恋を修復しようとする絵梨香。
私は思う。このまま、ジッとしていればいいの?
そうしたら、ふいによっすぃ〜が現われる前の、あの穏やかな日々に戻れるの?
目を閉じて、あなたに寄りかかっていれば。
- 467 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:56
-
スーパーを出ると、もう外は真っ暗だった。
イブなのに、なんて暗い空。今日は曇り。たったひとつの星も見えない。
よっすぃ〜、また東京のこと嫌いになっちゃうね。
夜行バスが出る真夜中まで、あなたはきっと
この真っ暗な空の下で時間をもてあましているだろうから。
せめて繁華街にいてくれるといい。六本木ヒルズとか。
東京のクリスマスは、世界一イルミネーションが美しい。
そんなニュースを聞いたことがある。
いつだって最上級の華やかな街。24時間眠らない、自由な街。
ここでは、どんな生き方だって自分次第。私は、好きだよ。
だから知ってほしい、少しでもあなたに、この街が煌めく姿を。
あなたのことが、ずっと忘れられなかった。
誰といても、あなたのこと、考えてた。
そして探してたの、あなたを忘れさせてくれる人。
一瞬でいいんだ。たとえば抱かれたりとかね。
あ、いま、忘れてたぞ?って、
ばかだな、私。やっぱり思い出してしまう。
やっと見つけたのに、私、やっぱり思い出してしまう。
楽しげに何か話してる絵梨香と唯ちゃんの声を聞きながら、
私は気づかれないようにマフラーに鼻先をうずめて、小さく息を吐いた。
バイバイ、よっすぃ〜。バイバイ、よっすぃ〜。
朝から何度も呟いてる言葉を、また胸の中で繰り返しながら。
- 468 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:57
-
なのに。
ざりっ……
マンションの角を曲がった時、
突然、絵梨香が足を止めて、私は顔を上げた。
どうしたの?見上げた絵梨香の視線を追って、
私は思わず買い物袋を取り落とした。
ドサッ……
マンションの郵便受けの前で佇んでいた人影が、
ハッとしたようにこっちを振り返った。
- 469 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:58
-
「? 知ってる人ですか?」
のんびりとした唯ちゃんの声。
それに答えずに、絵梨香が小走りにその人影に駆け寄った。
「なんなんですか、一体!」
「いや、違う! 違うんです!」
ああ……
震える指で口元を覆う。
よっすぃ〜……、あなたは…どうして……?
「何が違うんですか! もう止めてください!帰ってください!」
宵闇の中でも、絵梨香のこめかみが真っ赤に染まっているのがわかった。
こんなに激昂してる絵梨香を、初めて見た。
「違うんですホントに……」
ひとまわり小さい絵梨香に責められて、
よっすぃ〜は聞いたこともないような気弱な声で、
ホントに違うんです、誤解しないでくださいと、繰り返した。
- 470 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:58
-
「帰ります、これからすぐ帰るんです新幹線で」
「新幹線?!」
思わず問い返した私の声に、よっすぃ〜が顔を向けた。
一瞬見交わした視線の切なさに、目頭が熱くなる。
「新幹線だったら、すぐ乗れるから……」
ああ。
私は目を伏せる。
それは、一刻も早く東京から離れたい気持ち。
真夜中発の夜行バスさえ待てない、悲しい気持ち。
- 471 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 21:59
-
「手紙……」
「え?」
「謝りたくて……それだけだから……」
顔をあげた私から、よっすぃ〜はスッと目を反らした。
そして、信じられないほど律義に、絵梨香に向かって深く頭を下げた。
「ほんとに何でもないんです。お騒がせして、すいませんでした」
それだけ言うとよっすぃ〜は、
地面に置いてあったスポーツバッグをひょいと肩にかけて、絵梨香の脇をすり抜けた。
そして彼女は、私の前を通りすぎる時に、一世一代の演技をした。
「じゃあな、石川。キショい服、やめろよ?」
ニヤッと笑ってみせた、それはなんて懐かしいよっすぃ〜。
二人がまだ友達だった頃、ガタゴト揺れる電車の中でいつも私をからかった、あの。
- 472 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:00
-
足早に遠くなっていく足音を、立ちすくんだまま聞いていた。
振り返ることなんて、とてもできなかった。
笑わなきゃいけない、絵梨香がいる、唯ちゃんがいる。
「ううっ…………」
だめだ。
私は両手で顔を覆って、うつむいた。
鎧で固めたはずの心から涙が手のひらに溢れ出し、手首を伝って落ちた。
「………ううっ………くっ…………」
絵梨香が、ジッと見つめているのがわかった。
なのに、だめだと思えば思うほど、涙は流れる。
止まれ止まれと念じるほど、溢れてくる。
忘れたいと思うほど、思い出してしまうように。
- 473 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:01
-
ふいに絵梨香は、くるっと踵を返すと、私の郵便BOXをガシャッと開けた。
そして、白い封筒を見つけて取り出し、
指先に挟んで、私の目の前にピッとかざした。
「捨てていい?」
その賭けに、息を呑む。
封筒には赤坂のビジネスホテルの名前が入っていて、確かによっすぃ〜からだとわかる。
確かによっすぃ〜からだと………
見たことのない光を宿す、絵梨香の強い視線。
私は、答えられなかった。
答えられないまま、体中がガクガクと震え出した。
寒い……違う………痛い……痛くて………
その視線をまた裏切るのが痛くて………
- 474 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:02
-
みっともなく泣きながら震える体を抱きしめた私に、
絵梨香は、ただ深々とため息をついた。
ふてくされたように、読めば?と差し出してくる。
震える指で封筒を受け取り、ピリピリと封を切った。
たった1枚きりの便箋を開くと、
見覚えのある手書き文字が目に飛び込んできた。
- 475 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:03
-
==========
勝手に来て、迷惑かけてごめん。
ひどいことばっか言って悪かった。
目の前に石川がいると、なんでかいろんなことがうまくできなくなる。
自分でもイラつくけど、石川はもっとムカついたと思う。
ほんとは、石川のことかっこいいと思ってる。
石川は根性あるし、才能あるから、成功すると思う。
石川なら、なんかすごいことができると思う。
あたしはまた父さんと一緒にベーグルをつくって、
町の人たちに喜んでもらおうと思う。
スケール違うけど、石川に負けないように頑張ろうと思う。
いろいろごめん。
これまで、ほんとにありがとう。
幸せになってください。
吉澤
==========
- 476 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:04
-
神経質そうな右上がりの文字からこぼれてくるのは、
なんて単純で、なんて不器用な言葉の羅列。
筆無精なあなたからの、初めての手紙。
いつだって憎まれ口ばかり。
目の前に石川がいると、なんでかいろんなことがうまくできなくなる。
それは私も同じ。目の前によっすぃ〜がいると、
いろんなことがうまくできなくなる。何もできなくなる。
何も……何ひとつ……思い通りにいかないのに……
地べたに崩れ落ち、強く強く胸を押さえた。
苦しい、死んじゃう、あなたがいないと死んじゃう……
くの字に折れたままわんわん泣き出した私の手から、絵梨香が便箋をかすめ取った。
ザッと目を通して、彼女はぎゅっと眉根を寄せる。
そして、その手から、ひらりと便箋が地面に舞い落ちた。
- 477 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:05
-
「梨華ちゃんは、あたしに恨まれてもしょうがないよね?」
ボロボロに泣きながらも胸がちぎれそうに痛んで、
私は確かに絵梨香を愛おしく思ってることを知る。
でも、だけど……ごめんなさい、ずっと二番目だった。
それはたぶん、永遠に口に出せない言い訳。
「べつに、恨まないけどね」
絵梨香は小さく肩をすくめると、
息を詰めてずっと様子をうかがっていた唯ちゃんを振り返った。
「唯ちゃん、うちで鍋しよう」
「ちょっと、せんせぇ!」
「あたしと二人じゃ、イヤ?」
「そ、そーゆーことやなくて!」
騒ぎ立てる唯ちゃんをよそに、絵梨香はさっさと走ってきた空車のタクシーを止め、
唯ちゃんと買物袋を後部座席にぐいぐい押し込んだ。
そして、乗り込む瞬間に一瞬動きを止め、
しばらく逡巡した後に、くるりと私を振り返った。
- 478 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:06
-
「最後、いっこだけ、いい?」
「…………何?」
「追いかけたほうがいいと思いますよ、石川さん。……ずっと同じだから」
涙声の忠告は、敬語交じりの別れの言葉。
梨華ちゃんから石川さんへ。
ごめんなさい絵梨香……ごめんなさいずっと……
走り去るタクシーは潤みすぎて、もうテイルランプの赤しか見えなかった。
◇ ◇ ◇
- 479 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:07
-
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
- 480 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:08
-
のぞみ011号、博多行きが、まもなく発車いたします
お乗り遅れのないようにご注意ください……
今夜中に故郷まで辿り着ける最終の新幹線のアナウンスを聞きながら、
私はなすすべもなく、自由席の乗車口あたりをうろうろしていた。
「もう、帰っちゃったかな……」
東京駅のホーム。
もう何本も、新幹線を見送っている。
あれからすぐに中央線に飛び乗ったのに、よっすぃ〜の姿はどこにもなくて。
- 481 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:09
-
やっぱり品川だったかな。
不安な気持ちになる。どちらからも新幹線に乗れる。
でも、そんなこときっとよっすぃ〜は知らないって思ったんだけど。
いずれにしても。
働き者の蟻のようにわらわらと新幹線に吸い込まれていく人の群れ。
発車寸前の新幹線の窓から必死で目をこらす。
あっ! 突然たいへんなことに気づいて、私は慌てて前の車両に駆け寄る。
のぞみは全席指定じゃん! どこに乗ってるかわかんないじゃん!
プルルルルルル…………
ああああああ!
発車のベルにもう乗っちゃおうか?という誘惑が頭をよぎった。
よっすぃ〜のことだから乗るとしたら自由席が選べるひかり号って気がするし、
私が東京駅に着く前に、もう飛び乗っちゃったのかもしれないし。
- 482 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:10
-
いない、いない……
次から次へと窓に張り付いて必死で中をのぞき込む私に、
座席に座ってる皆さんが、いちいちギョッとした顔をする。
ああ、よっすぃ〜、いない、見つからない、だめだ、乗っちゃおうか……?
故郷まで追いかけようか? そうすべきだろうか?
そう思った瞬間、無情にも目の前でぷしゅうっとドアが閉まった。
「あ…………」
ウィーンと低い唸りを上げて、ゆっくりと走り去っていく最終列車。
加速するスピードを風で感じながら、私はがっくりと肩を落とした。
ああ、行っちゃった。
とうとう見つけられなかった。
「バカ……携帯、壊しちゃうからよ…」
身勝手に私はそうひとりごち、
ホームに佇んだまま、すっかり更けた東京の街を眺めた。
うまくいかないなあ。うまくいかないのかなあ。
気弱な気持ちが、冷たい風とともに胸を吹き抜ける。
仕方ない、夜中によっすぃ〜の家に電話してみよう。
不器用で頑固なあなたに、いまさらやり直してみたいなんて、
うまく伝えられるかどうかわからないけれど……。
- 483 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:11
-
人もまばらになったホーム。
私はくしゅんとひとつくしゃみをすると、
改札に向かう階段をとぼとぼと降りはじめた。
だいたい東京は人が多すぎるわよ。腹立ちまぎれに呟く。
すごい人なんだもの、そんなにうまく見つけられっこない。
ああもう、東京なんか嫌いかも……。
ブツブツ言いながらむうっと目を閉じ、次に目を開いた瞬間。
- 484 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:12
-
あーーーっ!!!
思わず、大声を張り上げた。
ちょっと待って!向かい側の階段!!!
「よっすぃ〜!!!!」
私に負けないくらいうなだれてトボトボと階段を降りていたよっすぃ〜が、
エッ?と顔をあげて、ただでさえ大きな目を真ん丸に見開いた。
その唇がスローモーションのようにゆっくりと動く。
………いしかわ?
「な、なにやってんのよ、アンタ!」
最終、行っちゃったわよ? 乗らなかったの?!
ああ違う、こんなことが言いたいんじゃなくて!
ダッシュで階段を駆け降りる私を、よっすぃ〜が呆然と見てる。
なによ、どうして指定席のほうにいるのよ?
私、自由席ばっかり探してたのに!
すごい探したのに、何本も見送ったのに、見つけられなかった。
もう帰っちゃったと思った……帰っちゃったと思ったのに……
- 485 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:13
-
改札のあるフロアへ駆け降り、そのまま正面の階段を駈け上がる。
よっすぃ〜に向かって。大好きなよっすぃ〜に向かって。
息をきらせて辿り着いた私に、
よっすぃ〜は「何やってんだオメー…」と、とんでもなく気の抜けた声をかけた。
ちょっとなによ!
思いっ切り、肩を突き飛ばす。
ワワッとよろめいたよっすぃ〜にキャンキャン叫ぶ。
バカッ!なんで指定席の方にいるのよーーーーー!!!!
「え、こっち指定席なの?」
「そうよ、バカッ!」
「げ、知らんかった」
「車両案内くらい見なさいよっ! てか、なんでいるのよ、ここにぃ!!!!」
いや、そのぉ………
私の剣幕に押されたように、よっすぃ〜が頭を掻いた。
「なんか、乗れなくて……」
ずっと、ホームにいたんだ。
次は乗ろう、この次は乗ろうって思うのに、乗れなかった。
気がついたら、最終、行っちゃってさ……
- 486 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:14
-
ああ、ほんとバカだ、この人。
私は飛びつくようによっすぃ〜にしがみつき、
彼女は耐えられずにワアッと尻もちをついた。
「いってぇ……」
「帰らないで」
覆いかぶさるようにしがみついて訴える。
帰らないで 帰らないで 帰らないで 帰らないで 帰らないで!
おそるおそる見上げると、
よっすぃ〜は、まじまじと私の顔を見下ろしていた。
その目を見ながら、勇気を出して、もう一度言う。
帰らないで。
よっすぃ〜の頬がみるみる赤く染まり、ぐしゃっと歪んだかと思うと、
プイッとそっぽを向いた。
「…………んだよぉ、やっと諦める気になったのによぉ」
なによ。
どこまでも憎まれ口の恋人を上目遣いでにらむ。
諦めないでよ。私も、もう諦めないから。
- 487 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:15
-
立ち上がって、その手を強く引いた。
よっすぃ〜はまだ信じられないというように、気弱な声。
「あの人、どうしたんだよぉ……」
「フラれたわよ、あんたのせいで。バカッ!」
「え…………?」
「責任、とりなさいよ!」
あなたの存在が、ひとつ恋を壊した。
ううん、わかってる。
それはほんとは、自分の気持ちに目を閉じた私だけの罪。
戸惑うよっすぃ〜の腕をぐいぐい引いて、東京駅の改札を抜け出した。
わかってる、わかってる、もう全部わかってる。
- 488 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:16
-
ほら、東京タワーが見える。
街路樹のイルミネーションのなかで、私はまっすぐにオレンジの塔を指さした。
あれは、よっすぃ〜。私の中で輝き続ける宝石がつくる美しいフォルム。
よっすぃ〜は眩しげに目を細め、デケェよな……と呟いた。
「歩いて行けそうだ」
「バカ、遠いわよ」
「近く見える、すごく」
「そうね」
遠くにいても近くに見える。
私たちは見つめあい、照れてすぐに目をそらした。
すごいね、遠くにいるはずのあなたがここにいる。
腕を絡めて、世界一美しいイルミネーションのなかを歩いてる。
「東京って、きれいでしょ?」
「……まあ、こういうとこはね」
「よっすぃ〜も東京に来ればいいのよ。弟さんしっかりしてるんだし」
「バカ、おめーが戻ってこいって」
「お正月には戻るよ?」
「……じゃあ、それまでこっちにいてやるよ」
まるで夢の違う二人。離れ離れの恋人。
どこまで走れるかな?
どこまで信じていけるかな?
恋の行く末なんて、誰にもわからないけれど。
- 489 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:22
-
だけど、わかったことがひとつだけある。
言葉も笑顔も嘘をつくけど、自分の心は嘘をつかない。
残酷なほど、嘘をつかない。
いま私は、あなたと歩きながら完璧に満たされていた。
誰のことも思い出さなかった。なんの迷いも戸惑いもなかった。
絵梨香を傷つけたことも、これから訪れるだろう苦しみも寂しさも悩みも、
いまこの瞬間だけは、息苦しいほど熱い胸の中で、あえなく溶けて砕け散ってく。
苦い罪をはらむ、愚かで身勝手な私の恋。だけど。
「あなたが好き」
人がいなくなったのをみはからって、
首に腕をまわし、あなたの瞳の奥をのぞき込んだ。
なんて美しい、チャコールの宝石。
いつかこの人は、私の夢さえ砕いてしまうかも。
その眼差しだけで、私を狂わせてしまう人。
「どうだろ? あたしのほうが先にやられそうだけど」
そんな目で見ないでよと言われて、笑って目を閉じた。
静かに重ねた唇は、やっぱり奪いあうような激しさになってく。
欲しがりで、どっちも譲らない、そんな私たちだから。
- 490 名前:Jewel of love 〜結晶〜 投稿日:2004/12/24(金) 22:23
-
不思議。うっすらと開いた瞼に東京タワーが見えるんだ。
いるはずのないあなたがここにいる。
いま、確かに抱きしめている。
未来を信じて、キスをしている。
………Merry Christmas.
☆終☆
- 491 名前:雪ぐま 投稿日:2004/12/24(金) 22:28
-
『Jewel of love 〜結晶〜』、完結しました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ご感想お待ちしておりますが、ネタバレには十分ご注意ください。
ご心配な方、ネタバレ感想を楽しみたい方は、
雪ぐまのサイトBBSへ、お気軽にどうぞ。
http://yukiguma.s45.xrea.com/index.htm
それでは、今後ともどうぞよろしくおつきあいくださいませ。
どうぞ良いクリスマスをお過ごしください。
- 492 名前:オレンヂ 投稿日:2004/12/24(金) 22:29
- 更新&完結お疲れ様です。
最終回をリアルタイムで読ませてもらっていたんですけど
自分の心臓の音が聞こえるくらいドキドキしていました。
やっぱり雪ぐまさんの小説はとってもステキです。
最高のクリスマスプレゼントをありがとうございました!
Very Merry Christmas!
- 493 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 22:30
- 更新お疲れ様です。
最終回リアルタイムで拝見させていただきました。
・゚・(ノД`)・゚・感動です。・・・涙涙です。
感動をありがとうございました。
- 494 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 22:37
- 完結お疲れ様でした。
雪ぐま様が書かれる小説はカップリングの新たな一面をみせてくれる
ので、みてるこっちも新たな発見があって、いつもすごいなぁと感心
しきりです。
素晴しいクリスマスプレゼント、ありがとうございました。
雪ぐま様も良いクリスマスをお過ごしください。
- 495 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 22:47
- すごくよかったです。
- 496 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 23:17
- 完結お疲れさまです。
息を飲みながら、一気に読み終えました。最高でした。
苦さと甘さが程よく混ざった雪ぐまさんの世界に、
いっつもやられっぱなしです。
それでは、素敵なクリスマスをお過ごしください☆
- 497 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/25(土) 04:09
- よかったぁよかったです
最高のクリスマスプレゼントでした。ありがとう
- 498 名前:作者見習い 投稿日:2004/12/25(土) 05:30
- お疲れ様です。
なんか凄いって事しか思いつきませんでしたね。
もう日は越してしまったけど、最後の最後で良い
クリスマスイブになったって感じです。
また次の作品の別板の作品を楽しみにしてます。
- 499 名前:名無し読者 投稿日:2004/12/25(土) 06:19
- やっぱ雪ぐまさんは最高です。
感動をありがとうございます。
- 500 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/25(土) 06:38
- こんなドラマ、えびHKでやってくれないかな。
もちろんエンドロールは梨華ちゃんの歌で。
- 501 名前:ナナシ 投稿日:2004/12/25(土) 11:31
- お疲れ様でした。
なんて言うか、雪ぐま様の作品は登場人物の感情が生きて
いるのだと思いました。
リアルの姿をした梨華ちゃんやよっすい〜が、雪ぐま様の
お話の中で確かに息してる。
上手く言えないんですけど、そのことを心からすごい事だと
思いました。
- 502 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/25(土) 16:58
- 数々の圧倒的なクオリティの作品、
そして恥知らずなマナー違反の輩にさえ揺るがず、礼を失わない毅然とした態度、
うまく言えませんが、あなたの姿勢にいつもとても感銘を受けています。
今回は非常に難しく俗味のあるテーマでしたが、
登場人物一人一人の心の動き、それぞれの誠実さが手に取るように伝わってきて
さすがだなと読み終えて大きな拍手を送りたい気持ちになりました。
いつもありがとう。次回作も心からお待ちしています。
- 503 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/26(日) 20:11
- >502
せっかく落ち着いて完結したのに、いちいち途中の荒れたことを指摘するのもどうかと思うがな。
空気を読めよ。
- 504 名前:リムザ 投稿日:2004/12/26(日) 23:42
- おつかれさまです。
最後は泣きながら読みました。
心温まる作品をありがとうございます。
- 505 名前:雪ぐま 投稿日:2005/02/19(土) 01:31
- 皆さま、あたたかいレスをありがとうございました。
492> オレンヂさん
ありがとうございます。雪ぐまはイブのうちに書き終えられるかどうか、
実はかなりドキドキしてましたw 今後もお楽しみいただけるとうれしいです。
493> 名無飼育さん
そういっていただけると雪ぐまも・゚・(ノД`)・゚・感涙です。
レスをいただけるとやっぱり励みになります。ありがとうございます。
494> 名無飼育さん
初の石川さんと美勇伝メンバーの絡み、書くほうも刺激的でした。
そういっていただけると、とても励まされます。ありがとうございます。
495> 名無飼育さん
ありがとうございます。一言ポロッと言われるのも胸にしみますね〜。
496> 名無飼育さん
CPヲタゆえ恋愛話ばっかりで恐縮ですが、楽しんでお読みいただけているなら
とても幸せです。きっと今後も恋愛話ばっかりですけど、どうぞよろしく♪
497> 名無飼育さん
ありがとうございます。うれしいレスをいただけて、
雪ぐまも最高のクリスマスとなりましたよ〜。
- 506 名前:雪ぐま 投稿日:2005/02/19(土) 01:32
- 498> 作者見習いさん
別板の作品……、って愛トメのことですよね(汗 お待たせしっぱなしで
さすがに申し訳ないなあと思っております。頑張ります〜。
499> 名無し読者さん
ありがとうございます。雪ぐまも名無し読者さんをはじめ、
皆様から感動をいただいてます〜。
500> 名無し読者さん
えびHKって何ですか?(って、雪ぐま、モノを知らなさすぎ?
うれしいお言葉、ありがとうございます。ドラマ、雪ぐまも見たいです〜。
501> ナナシさん
そう言っていただけると、うれしいと同時にホッとします。
雪ぐまのなかにはホントに彼女達が生きてるみたいなんです。
いつももっと上手にその姿を伝えたいともどかしい思いでいるから……。
502> 名無飼育さん
過分にお褒めいただいてありがとうございます。途中、案じてたことが起こって
やっぱりこういう話はダメなのかなと心配しましたけど、
皆様の励ましで完結させることができました。ありがとうございます。
503> 名無飼育さん
お気遣いありがとうございます。マナー違反に関しては
さまざまなお考えがあると思いますが、もう少しお手柔らかな表現でどうかひとつ。
504> リムザさん
爽やかな話じゃなかったですけど、ご理解いただけてとてもうれしいです。
遅くなりましたが、リムザさんも完結、お疲れさまでした。
ていねいな心理描写に、いつも脱帽です。
- 507 名前:雪ぐま 投稿日:2005/02/19(土) 01:34
-
さて、更新にまいります。
久しぶりの更新で、ちょっとドキドキですw
自サイトでも書いたのですが、『Jewel of love 〜結晶〜 』のMVPは、
雪ぐまのなかでは、実は三好さんだったりして。
石川さんを愛するがゆえに、最後には彼女の背をおした三好さん。
いつも微笑んでた彼女の、ちょっと切ない後日伝です。
- 508 名前:『あたたかなストーブ 〜Jewel of love 外伝〜』 投稿日:2005/02/19(土) 01:36
-
『あたたかなストーブ 〜Jewel of love 外伝〜』
- 509 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:37
-
しゅんしゅんとヤカンが湯気をあげる。
快適な湿度とあたたかさのなかで、
やっぱりあのマフラーをくるりと首に巻いてる唯ちゃんに
あたしは心の中で、そっとため息をついた。
正直、キビシーなぁ………
それは、あの人とお金を出しあって買ったプレゼント。
目にすれば、いろんなことを思い出してしまう。
とくにあの日、イブの前の日、
あの人があたしを置いて走っていってしまった後ろ姿とか。
ねぇ、部屋の中なのに、どうしてマフラー?
さりげに外したら?とすすめるあたしに、唯ちゃんの答えはいつも同じ。
だって、せんせぇにいただいたものですやん。うれしかったんですもん。
「暑くない?」
「暑くないですよぉー」
「そう……」
「あ、せんせぇ、暑いですか? ストーブ、止めましょぉか?」
いや、違うとこ気ィつかおうよ、もっと。
内心あたしは苦笑して、でも素知らぬ顔で問題集を開いた。
- 510 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:38
-
「じゃあ、このページの問題、解いてみて」
「はぁ」
なんだか気の抜けた返事。解くのはもっとノロノロ。
ぼーっとしたり、とろんと首をかしげたままだったり。
最初はやる気ないの?と思ったけど、それがこの子のペースみたいね。
うん、頭は悪くないんだ。
でも、制限時間があるのが試験ってもので、
もっとテキパキと考えられるようにならなきゃ、成績アップはむずかしい……
なんてね。
あたし、音楽関係よりも教師のほうが向いてるかも。
立ち上がって、部屋の隅にあるストーブに手をかざす。
円筒形のレトロな石油ストーブ。
山奥の小屋とか、田舎の古い駅舎にありそうなやつ。
唯ちゃんも、おばあちゃんちの物置で埃をかぶってたのを
引っ張り出してきたって言ってた。
『デザイン、かわいいやないですかー』
そのストーブに、またかわいらしい真っ赤なヤカンを乗せてる。
これに似合うの探すの大変やったんですよぉーなんて自慢してた。
あれこれこだわってつくりこんだ部屋は、まるで小さなカフェみたい。
床はもちろん、天井までせっせと白いペンキを塗った一人っ子のお城。
- 511 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:39
-
「できましたー」
「あ、今日ははやかったねー、えらいえらい」
褒めると照れくさそうに、うれしそうに、ニコーッと笑う。
うん、やっぱり褒められて伸びるタイプだわ、なんてね。
ああ、やっぱりあたしって、いつも人の反応見てる。
反応見て、好かれるように好かれるように振る舞ってる。
あの人にも、ずっとそうだったな。
唯ちゃんの解答をチェックしながら、悲しいことを思った。
大学生活がスタートした初日のこと、よく覚えてる。
単位の説明で学部全員がひとつの教室に集められた時、
心細げに教室の隅に座ったあの人が、実はとても注目を集めていたこと。
なんか、ものすごい美少女がいる……
男の子たちは色めき立ち、女の子たちは羨望と嫉妬の眼差し。
当の彼女は気づいているのかいないのか、とにかくなんだかクソ真面目。
どんな授業も一番前の席を陣取って、無駄にすごくノートを取りまくってる。
ピンクの入りまくったいかにもなファッションなのに、
妙にガード硬い感じで、合コンとか誘われてもぜんぜん出てこなくて。
- 512 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:40
-
やっぱ彼氏いるんじゃん? だよなー、なんて、
男の子たちが他の女の子たちに目移りしていくなかで、
あたしはなぜか、どんどん彼女から目が離せなくなっていった。
ものすごい美少女、ただそれだけじゃなく。
石川梨華。
その名の通り華のような、だけど芯の強そうな瞳をしてる人。
あの子たぶん彼氏とかいない。
きっとそういうありきたりな理由じゃない。
話してみたい……話してみたい…………もしかして……
- 513 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:41
-
予感は当たって、ちょっとびっくりするくらい簡単に彼女は落ちた。
ほらね。いつも一人でいたのは秘密の扉があったから。
臆病で生真面目な彼女。
だけど、あたしには心を開く。
ほら、教室では見せない木漏れ陽のような笑顔で、くるりと振り返るんだ。
『あ、アヒルだ! 見て、よっすぃ〜……』
恋のヌケガラ、それはつまり過去の出来事。
あたしだって前の人とかいないわけじゃないし、ね。
そう思って大きな空を見上げても、なぜだろう、
いつも指先が震えるほど胸が痛んだね。
ちっぽけなあたし。
だけど、平気。こんなの平気。
いつだってあたしは少しだけ拗ねて、それから必ず笑ってみせたんだ。
ひどく申し訳なさそうに俯いたあなたが、
またひとつ、あたしに甘えられるようにと。
- 514 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:42
-
「せんせぇー、お茶にしましょー」
「コラ、まだ2ページ残ってるよ?」
「宿題でやりますさかい。今日はケーキ焼いたんですよぉー」
返事を待たずに唯ちゃんは、階下に駆け降りて行ってしまった。
やれやれ、家庭教師に来てるんだか、遊びに来てるんだか。
苦笑して、背もたれに深く寄りかかる。
そうね、もうあんまり威厳とかないかも。
2回も泣き顔、見られちゃって。
ガチャガチャ、ドタバタ、ガチャン!
階下から聞こえてくる騒がしい音に首をすくめる。
いつも、お茶ひとつにたいへんな騒ぎ。
成績はちっとも上がらないけど、楽しそうだからいいのかな。
ご両親にも感謝されてる。いいお姉さんができて、唯がすごく喜んでるんですよ。
私たちには何も言わないんです。話とか、聞いてやってください。
一人娘を他人任せ。
なんか腹立つよねとこぼしたあたしにあの人は、
だけどご両親だって好きで残業してるわけでもないんでしょう?と言った。
『ご両親にも、夢とかあるんだろうし』
真剣に仕事してたら、いろいろ責任とか、あるんじゃない?
かるく首をかしげて言葉を選ぶ、高く澄んだ声。
- 515 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:42
-
『絵梨香はしっかりしてるから、唯ちゃんもご両親も安心してるんだよ』
それって、いいことじゃない。週1回のことなんだし、
ご両親が帰ってくるまで、唯ちゃんと一緒にいてあげたら?
そう言ってくれるあなたが好きだった。誇らしかった。
だけど、すこしだけ淋しかった、金曜の夜。
夜道を駆けてあなたの部屋へ急いだ、金曜の夜。
どんなに会いたくても、3回に1回しか電話できなかった。
会いたいと言えば、週末じゃなくてもあなたは会ってくれたけど、
だけど、そのことが時々とても、とても苦しくて。
たちまち熱くなる目頭を、唇をぎゅっと噛んで堪える。
ねぇ、いつだって、あなたから会いたいと思ってほしかった。
はやく来て、会いに来てと、ワガママを言ってほしかった。
そしたら週末だけじゃなく毎日だってあたしはきっと、どんな無理をしても。
なにを裏切っても。誰を悲しませたとしても。
- 516 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:44
-
「ああああ紅茶こぼれるぅぅ〜〜〜」
「もう、いっぺんに運ぼうとするからだよ」
あたしはパッと顔をあげて笑い、
いまにも転びそうな唯ちゃんからトレイを取り上げた。
大っきなトレイに乗せられてきたのは、やっぱりカフェみたいなケーキセット。
白い楕円の大きなお皿に、ちょこんと盛られたパウンドケーキ。
とろりとゆるい生クリームに針みたいに細くかけられたチョコレートソース。
小さな緑色はミントの芽。
一瞬、悲しみを忘れて、頬を緩める。
わかるわかる。こういうのに凝ってみたい年頃。
きっと台所はメチャクチャだよね。
生クリームのボウルに突っ込まれたままの泡立て器やら、
テーブルにはみだしまくったチョコレートソースやら。
「今回のケーキは、うまく焼けたんですよぉー」
「すごいね。盛り付けも上手」
「ドライフルーツ、いっぱい入れたんですよぉー」
「うん、すごいおいしいよ」
「ほんまですかー?」
唯ちゃんは、いつもみたいにうれしげに笑ったけど、
次の瞬間、ちょっと口を尖らせて、拗ねたようにこう言った。
「ほやけどせんせぇ、いっつもおいしいって言わはるからなー?」
- 517 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:45
-
あーあ。
ずずっと紅茶をすすって、私は苦笑い。
とうとう唯ちゃんにまで、そんなこと言われちゃうし。
「ほんとにおいしいって思うんだもん」
その言葉は、嘘ってわけじゃない。
そりゃあ、焼き加減とか甘さがとか言おうと思えば言えるけど、
だけど、唯ちゃんの手作りなんだからそれなりの味わいを楽しめばいいって、
…………ううん、やっぱり性格かな。
『絵梨香って、ホント“気にしぃ”だね』
気にしすぎで疲れない?
私って、よく人を怒らせちゃうのに、
絵梨香、全然怒んないんだもん。
ねぇ、ほんとに怒ってない? 無理してない?
あの人は、ふいに、思い立ったように八の字眉毛であたしに聞いてきて、
あたしは何度でも微笑って首を振ってみせた。
そのたびにあなたはうれしげに私に腕を絡めて、
絵梨香、大好きよ、と耳元で囁いてくれた。
あなたのやさしいところが好き……
- 518 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:45
-
なのに、大切に積み上げた日々は、たった一度の竜巻に崩れ去った。
あっけないほど簡単にあなたを翻弄する“よっすぃ〜”。
あたしには、金髪の美しい悪魔に見えた。
嫉妬の炎は赤く、血の色よりも赤く胸を焼く。
誰かを殺したいほど憎めると知った、裏切りの夜。
あなたのやさしいところが好き……
リフレインするのは、悲しい言葉。
やさしさ? 違う。あたしはあなたに愛されたかった。
あなたが望むままの、あなたの理想になりたかっただけ。
胸を掻きむしり、ただ泣くしかなかった無力なあたしを、
カーテンの隙間から、冴え冴えと光る冷たい月が嗤っていた。
こうなってさえ、どうしてもあの人が欲しいと泣いたあたしを。
- 519 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:47
-
ツンと痛くなった鼻の奥に、あわてて立ち上がった。
だめだ、また泣いちゃいそう。
ストーブにあたるふりでさりげなく唯ちゃんに背を向け、
わざと明るい声を出した。
「ストーブって、なんか甘い匂いするよね」
エアコンと違う、ふわりと包み込まれるような感じっていうか。
やっぱり炎がつくるあたたかさだからかな?
丸い窓から、静かに燃える炎を覗き込む。
「きれいな青……」
「ブルーフレームってゆうんですよ、こういう青い炎」
そう言って唯ちゃんは立ち上がり、
あたしと並んでストーブに手をかざした。
- 520 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:48
-
「ちゃんと手入れせんと、こういうきれいな青色にはならんのですよ」
「ふうん、どうして?」
「あー、せんせぇのくせにわからんのやー?」
「ほんとの先生じゃないもん、ただの大学生だもん」
拗ねたあたしに唯ちゃんは笑って、
えっと酸素がいっぱいやと炎は青くなります、とテストみたいに答えた。
そうか、炎の色は燃焼状態をあらわすバロメーター。
「なるほどね。よくできました」
「えへへー」
青い炎は美しく静かに揺れて、穏やかな時間を連れてくる。
あたしの嫉妬の炎は赤。いつだって酸素が足りなかったな。
苦しく目を閉じた瞬間、思わず深々とため息が漏れた。
「せんせぇ、ため息ついたら、幸せ逃げますよ?」
からかうように首をかしげた唯ちゃんが巻いているのは、あの日のマフラー。
本心を口に出さなくても、あたしの目は正直みたい。
視線を追って唯ちゃんは、きれいに整えられた爪の先でマフラーをいじった。
「これ、そんなに気になりますか?」
なんだ、唯ちゃん、やっぱりわかってるんじゃん。
あたしは曖昧に笑って、「気になるってわけでもないけど」と
やっぱり曖昧な嘘をつく。
- 521 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:50
-
そう、自分でも嫌になるほど気になるよ。
いますぐ目の前のストーブで燃してしまいたいと思うくらいに。
- 522 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:50
-
苦く押し黙ったあたしを見て、唯ちゃんはかすかに睫毛を伏せた。
「明日、遊んでくれたら、外してもええけどなぁ……」
え? いきなりの交換条件に、思わず目を丸くする。
唯ちゃんは「嘘や、嘘」と小さく笑って、
するりとマフラーを外し、あたしに差し出した。
「これ、お返ししますわ」
「……え、ちょっと」
「せんせぇ、こればっか見てはるんやもん」
押し付けるように手の中に返されたマフラーを、呆然と見つめた。
心のままに捨ててしまえば、楽になるだろうか。
びりびりに千切って燃してしまえば、気が済むのかな。
唯ちゃんが大切にしてくれてる、このマフラーを。
- 523 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:53
-
「ごめん、やっぱりこれはもう唯ちゃんのものだから」
あたしはマフラーを広げ、再び唯ちゃんの首に巻いた。
髪をよける指先に唯ちゃんはくすぐったそうに一瞬、首をすくめたけど、
嫌がる素振りもなく、巻かれるままにジッとおとなしく立っていた。
どことなく困ったように、目を伏せて。
「ごめんね、心配かけて」
マフラーをかけながら、ぼそりと呟く。
唯ちゃんはふるふると首を振り、
あたしのセーターの裾を指先でぎゅっと握りしめた。
「せんせぇは、悪くないです」
快適な湿度とあたたかさのなかで、
ヤカンの湯気だけが、しゅんしゅんと音を立てる。
あたしは何も言えずに、ただ悲しい気持ちで潤んだ唯ちゃんの瞳を見つめた。
いいとか悪いとかじゃない、恋は、たぶん……。
- 524 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:54
-
ほどなく、玄関の鍵がガチャガチャと開く音がして、
あたしは唯ちゃんのマフラーから、そっと手を離した。
「さて、じゃあ今日はそろそろ失礼しようかな」
お母さん、帰ってきたみたいだしね。
沈んだ空気を振り払うように、うーんと伸びをすると、
唯ちゃんは、えーもうちょっとええですやん、と拗ねたように唇を尖らせた。
「じゃあ、さっきサボッた2ページ、やってく?」
「ええわ、もう帰ってください」
「あはは」
寒いからいいよというのに、
いつも唯ちゃんは玄関の外まで見送ってくれる。
甘えん坊なとこもあるけど、いつもあたしを気遣ってくれる女の子。
じゃあまた来週ねと踵を返すと、
せんせぇと、ほんわりした声が追いかけてきた。
「………ヒマやったらいつでも電話くれてええですよ?」
- 525 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:55
-
振り返ると、とろりとあたたかな瞳。
照れくさそうに見つめられて、
凍えきってた心がほんの少し緩んだのがわかった。
「ありがと。でも、勉強の邪魔しちゃうといけないからね」
「もー、せんせぇはそーゆーことばっかりや」
「あのね、もうすぐ受験生なんだから」
「大学生になったら、週末とかも遊んでくれはりますか?」
まず、受からなきゃね。
あたしはそんなふうに答えを濁して、夜空の下を歩き出した。
ありがとう、唯ちゃん。
あなたの気持ち、なんとなくわかっているけれど。
- 526 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:56
-
もうどこにも駆け出す予定のない金曜の夜。
白い星たちがゆらゆらと潤んで見える、金曜の夜
冷たい月に呟く。あたしって、ほんとはちっともやさしくないよね。
冬休みがあけた日、ものすごく思い詰めた顔で話しかけてきたあの人。
どれほど勇気を振り絞ったかわかっていながら、
あたしは初めて、あなたの望みを無視した。
さよなら、友達にはなりたくないの。
石川さん、あなたのこと、まだ全然、好きだから。
だけど、お誕生日おめでとう、その一言だけがどうしても我慢できなくて、
あなたがいつも座る一番前の机にシャープペンシルで薄く書いた。
メッセージに気づいたあなたは、驚いた顔で真っ先にあたしを振り返った。
あたしは素知らぬふりで、ノートにペンを走らせていた。
- 527 名前:あたたかなストーブ 投稿日:2005/02/19(土) 01:57
-
キャンパスでまたひとりになったあなたは、
校舎の陰でこっそり携帯を耳に当て、愛する人と話しています。
バッカじゃないの?なんて砕けた言葉、あたしには言ってくれたことなかったね。
心臓を取り出して捨ててしまいたいほど、胸が軋んで痛みます。
暦が春を迎えても、まだ凍るような冬の星空。
曲がり角のところで振り返ると、
まだあたしを見送ってくれてる影が見えた。
目があうと彼女はうれしげに笑って、唇が音もなく動いた。
せんせぇー、おやすみなさい。
あたたかなストーブ。
甘い香りの中であたためられて、あたしは少しだけ微笑むことができる。
それは神様に感謝すべき、真冬の小さな安らぎ。
零れ落ちた涙を見られないように、
あたしは後ろ向きでオヤスミと手を振った。
☆終☆
- 528 名前:雪ぐま 投稿日:2005/02/19(土) 01:59
-
『あたたかなストーブ 〜Jewel of love 外伝〜』でした。
- 529 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/19(土) 18:06
- 更新お待ちしてました。
三好さんの誠実さと一所懸命(一生懸命ではなくw)さにやられました。
そして唯ちゃんがかわいかった。
痛いお話なのについ笑ってしまいました。
- 530 名前:オレンヂ 投稿日:2005/02/19(土) 18:20
- 更新お疲れ様です。
あぁ〜わかるわかる〜なんてやたら共感しながら読ませて頂きました。
切ないけどほんわかした感じがとてもステキです。
- 531 名前:ましろ 投稿日:2005/02/19(土) 23:39
- 更新お疲れさまでした。
雪ぐまさん、いつもながらさすがです。
うーん、せつなかったですね。
526の三好さんの行動が、特にきゅっときました。
ああ、私もやりそう、みたいな。
ほんと、せつないけど温かいお話でした。
- 532 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/20(日) 16:35
- みーよの独白 523のラストあたり深い。
共感するなぁ…。
まるで一曲の歌みたいな空気感、読後感。素晴らしいです。
- 533 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/20(日) 16:37
- 更新おつかれさまです。
3人でのラジオを聴いたあとに読むと更にドキドキ感が。
ありがとうございまあした。
- 534 名前:孤独なカウボーイ 投稿日:2005/02/23(水) 21:06
- 外伝お疲れ様です
もう一つのお話も大好きで拝見させて頂いてますが、こちらのお話も本当に本当に大好きです。
なんて言い表したら良いのかわからないのですが、雪ぐまさんの作品にはただただ感心させられます。
これからも更新楽しみにしています。
- 535 名前:雪ぐま 投稿日:2005/03/11(金) 01:18
-
529> 名無飼育さん
「一所懸命」、みーよによく似合う言葉ですよね。
唯やんは本人真面目なんだろうけど妙に可笑しいですよねw
530> オレンヂさん
いつもありがとうございます。一所懸命なみーよ、
失恋もひきずっちゃいそうだけど、ほんわか唯やんにちょっと救われました。
531> ましろさん
みーよの切ない行動、共感していただけたみたいで嬉しいです。
石川さんにも伝わってるといいなあと思いつつ。
532> 名無飼育さん
523みたいなのって、残酷だけど事実かなと。
うちのみーよは、この恋でちょっと大人になったみたいです。
533> 名無飼育さん
ハロプロやねんの美勇伝、そーとーイイ感じですよね。
なかなかいい組み合わせなんだなあと感心しつつ聴いてます。
534> 孤独なカウボーイさん
HNに見覚えが……。作者様でしょうか? あっちもこっちも
お読みいただいて、すごく嬉しいです。励みになります。
- 536 名前:雪ぐま 投稿日:2005/03/11(金) 01:20
-
さて、更新にまいります。
ああ、思わずやってしまいました。
川 ´^`)<次は、唯やんの話やねん。
というわけで美勇伝のもうひとり、
岡田唯ちゃんのJewel of love外伝を書いてしまいました。
こちらは、さほど長くはならないと思いますけど連載にいたします。
お話は、Jewel of loveのその後、という感じです。
なので、せんせぇはもちろん、あの二人も出てきます、けど。
………なんて余計なおしゃべりしてないで、始めますね。
- 537 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/11(金) 01:21
-
Jewel of love 〜結晶〜・唯やん外伝
『天然さくら色』
- 538 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/11(金) 01:22
-
なんかよーわからんけど、むしゃくしゃすんねん。
そう思って、何回かメールくれてた男の人の車に乗った。
あたしのことかわいいって、ニコニコして何回も褒めてくれはったから。
悪い人やなさそうやし、ちょっとドライブや。
そう思ってたのに、その人が運転中にいきなり胸んとこ触ったから、
あたしはびっくりして、思いっ切りその手を払ってしもた。
その瞬間、車がフラッてして、ガチャンってやってもーた。
息を切らせて警察まで迎えに来てくれた三好せんせぇは、
やっぱりまた石川さんを連れとった。
ああ、やっぱり、やっぱりこの人がせんせぇの恋人なんやろか。
この人のために、クリスマスイブはカテキョをお休みするんやろか。
『ええなぁ……』
あの時の、なんかぐしゃあっとヘコンだ気持ち、
いまでも、ふとした時に思い出したりすんねん。
せんせぇと石川さん、もうとっくに別れてしもてるってゆうのに。
あの時の、なんか泣きそうやった気持ち、
いまでも、思い出したりすんねん。
石川さんが羨ましいって、はっきり気づいたあの夜のことを。
- 539 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/11(金) 01:24
-
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
- 540 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/11(金) 01:25
-
「ごめんね、待った?」
背中から聞こえてきた声に、あたしは慌ててパタンと雑誌を閉じた。
そしてから、そんな慌てることなかったやんかって思う。
見てたのは、見開きで12星座が並んだ今週の恋占い。
三好せんせぇのとこ見てたとか、あわてんかって別にバレんのに。
「なになに? 何読んでたの?」
あかん、かえって興味もたれてもたわ。
せんせぇはからかうみたいに雑誌を手に取って、
パラパラとページをめくりはじめた。
「なになに、“特集・新学期の恋占い”?」
「もぉ、ええですやん。行きましょ」
「待って待って。せっかくだから今週のとこだけ読ませてよ」
どれどれ、なんてせんせぇは自分のとこを読み始める。
ああああああ、よりによって一番読まれたくないとこやんか。
案の定、せんせぇの目がその一文を見つけて、動揺したみたいにかすかに揺れた。
- 541 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/11(金) 01:26
-
“昔の恋人から電話がかかってくる予感。”
- 542 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/11(金) 01:27
-
パタン。
せんせぇは雑誌を閉じてあたしを振り返り、「じゃ、行こっか」と言った。
腕時計を確かめて、たいへん、映画始まっちゃう、なんて。
なんやろ。あー、もー、いややわ。
また石川さんのこと思い出されてしもたやん。
やっと週末に、勉強とか抜きでせんせぇと遊んでもらえるんやのに。
そのために必死で頑張って、3ヶ月で偏差値7つも上げたんやで?
これで絶対ムリやって言われてた、せんせぇと同じ大学も狙える。
もう冬は終わって、すっかり春の風が吹いてる。
そやからあたしは、さりげに先生の横顔をうかがう。
なぁ、もぉええやろ?
石川さんのこと、もうええですやろ?
じとっと見つめるあたしの視線に、
せんせぇは不思議そうに首をかしげて、やさしく微笑むだけ。
あたしはいつも、何も言えんくなる。
- 543 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/11(金) 01:28
-
「せんせぇ、歩くのはやいですー」
「あ、ごめんね」
せんせぇは、あたしが甘えて腕絡めてもほどかへん。
うれしいけど、嫌やなあって思うこともある。
妹みたいとか思われてたらどうしよ?
うん、なんかそんな気がするから憂鬱になんねん。
「今日は映画見ますやろー? それから新宿まで出て高野でケーキ食べんねん!」
「あはは、張りきってるなぁ」
「あ〜、せんせぇが果物好きやから、わざわざ高野にしよってゆーてんのに」
「うん、ありがと。うれしいな」
ほんまかなぁ、もう。
せんせぇは、あんまり本心を見せへん人。
いっつもニコニコ笑ってて、気ィつかってくれてはるし、
すごいなァ大人やなァって思うけど、
なんか相手にされてへんのかな?って不満に思うこともある。
ううん、そんなことないな。
せんせぇはあたしの前で泣いたことあるもんな。
……って、これも石川さんのことやんなぁ。あーあ。
- 544 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/11(金) 01:28
-
「ん? どしたの? ため息ついて」
「なんでもないです」
せんせぇは、石川さんのことだけ、わかりやすい。
好きなんやなぁって、わかりやすい。
あたしは、せんせぇが悲しい顔するの嫌やった。
どうしても、嫌やった。
ほやのに。
ニットの上に巻いたマフラーに、そっと指をふれる。
自分でも自分のこと、よーわからへん。
いいかげん季節外れになりかけやのに、
しつこくこのマフラーを巻いてる自分のこと。
- 545 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/11(金) 01:29
-
ブルーになりかけたその時、ふいに派手な着メロが鳴り響いた。
♪♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「あ、あたしだ」
せんせぇがそう言って、バッグのなかをごそごそ探る。
ケータイを取り出してディスプレーを確かめ、
せんせぇはピタッと動きを止めた。
誰ですのん?
身を乗り出して覗き込み、あたしもピタッと動きを止める。
ディスプレーに点滅してた名前は、なんと。
- 546 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/11(金) 01:30
-
♪♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
なんか非常ベルみたいに、着メロはしつこく鳴り続ける。
せんせぇは、しばらく迷ってはったけど。
♪♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「……あの占い、当たるなぁ」
そう呟いて、大きくひとつ息をつき、
とうとうピッと通話ボタンを押して、ゆっくりと携帯を耳に押し当てた。
- 547 名前:雪ぐま 投稿日:2005/03/11(金) 01:31
-
本日はここまでといたします。
- 548 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/11(金) 02:16
- うわっ、これまたいいとこで
今後の展開によっては・・・どうもしませんw
ただただ読み、心動かされるだけです
いつも楽しく読ませてもらってます、ありがとうございます
これが言いたかった
- 549 名前:オレンヂ 投稿日:2005/03/11(金) 09:10
- 更新お疲れ様です。
うあ゛〜つーづーきーがーきーにーなーるぅ…
どこの方言でも自然な感じで書けちゃう雪ぐまさんってすごいと思います。
- 550 名前:雪ぐま 投稿日:2005/03/12(土) 02:49
-
548> 名無飼育さん
なんだかとっても心にしみる言葉、ありがとうございます。
548さんのような読者さんに支えられているからこそ、
好きなように書かせてもらっているんだなぁと感謝しています。
549> オレンヂさん
関西弁、内心はドッキドキですw この先、地元の方が読んだら
ちょっとおかしなところも出てきちゃうかも。
そしたら笑ってやってくださいましw
さて、更新にまいります。
- 551 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/12(土) 02:50
-
「そのぅ……、なんで怒ったかいまいち」
吉澤さんは、なんでか恥ずかしげにモゴモゴとそう言って俯いた。
バツが悪そうに伏せられた睫毛が、
えらい雰囲気あるなあってあたしは妙なとこで感心。
絵のなかの人みたいやんなぁ、この人。
ほやけど、三好せんせぇはそういうのにちっとも惑わされんようやった。
「なんで彼女が怒ったか、わかんないんですか?」
「まぁ、うん……」
「ほんとーに、わかんないんですか?」
せんせぇは低ぅい声で、吉澤さんを追求しはる。
吉澤さんは、ますますモジモジと俯いた。
「いや、なんか、わかんないでもないんだけど……」
- 552 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/12(土) 02:51
-
石川さんからの電話やと思ったら、
彼女のケータイをつかってかけてきてたのは、吉澤さんって人やった。
電話は、せっぱ詰まった声のSOS。
昨日の夜、喧嘩して、アイツ部屋を飛び出したっきり帰ってこない。
せんせぇは「ゴメン、映画は今度」と言って、石川さんのマンションに駆けつけた。
あたしはわけもわからんと、走ってついていった。
久しぶりにお邪魔した石川さんのマンションにいた金髪の彼女を見て、
あたしはやっと状況がのみこめた。
イブに、石川さんちのポストの前で突っ立ってた人やんなぁ?
ほーか。あれからやっぱ、石川さんとこの人、ヨリ戻してはったんやな。
真夜中に、ケータイも持たずに外に飛び出した石川さん。
吉澤さんは勝手のわからない東京で探しに出ることもできなくて、
じりじりしながら一晩中、石川さんの帰りを待ってたらしい。
目の下には、憔悴しきったクマがくっきり。
- 553 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/12(土) 02:51
-
「春休みなんで一週間遊びに来て。今夜、もう帰んないといけないんスよ」
弱り切って、とうとうせんせぇに電話した吉澤さん。
居場所、わかりませんか?なんて、どうにもバツが悪そう。
「なんでたまに会ってるのに喧嘩になっちゃうんですか?」
「……いや、寂しーなぁ、つまんねーって、言っただけなんスけど」
ただ、それだけなんだけど。
なんかアイツ、いきなりすっげぇ怒り出して。
ブワー泣き出して、もう、手がつけらんなくて。
ぼそぼそと呟く吉澤さんに、
せんせぇはわざとらしく、ハアァッてため息をついた。
「吉澤さん、何回もそれ、言ったんでしょう?」
「……まぁ、言ったかもしんないっスね」
「吉澤さん、石川さんだって寂しいんですよ?」
「………………………………」
「責められた気がしたんですよ、たぶん」
そんなつもりじゃなかったんだけど。
拗ねたように尖らせた、つやつやの薄桃色の唇。
すらりとした長身を縮めるように首をすくめた姿が、
この人、妙にかわいらしい感じやんなぁ。ほっとけん感じってゆーか。
石川さんも、これにやられたんかなあ?
- 554 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/12(土) 02:52
-
「とにかく心当たりを探してみます。吉澤さんはここにいてください」
「え? あ、うん……」
「もし石川さんが帰ってきたら、あたしの携帯に連絡ください」
わー、かっこええわー。
てきぱきと動き始めるせんせぇに、あたしは思わずポーッてなる。
と、せんせぇが、くるっとあたしを振り返った。
「唯ちゃん、どうする?」
「へ?」
「一緒に来る? それとも、ここで待ってる?」
何言ってはるんやろ、せんせぇ。
一緒に行くに決まってますわ、そんなの。
慌てて立ち上がったあたしに、
せんせぇは微妙に満足げに微笑った、気がした。
- 555 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/12(土) 02:53
-
たったったっ。
急ぎ足で、マンションの階段を降りる。
せんせぇが黙りこくってるから、あたしは気まずくなってしゃべった。
「吉澤さんて、きれーな人ですねぇー」
「うん、すごいきれいな人だよね」
「あの目、すごいですねぇ。宝石みたいって、あんなんやな」
「…………………………」
せんせぇがますます黙りこくったから、あたしは焦った。
ああ、そやな。せんせぇには恋敵やもんな。
ほやけど、せんせぇ、あたしかってかわいそうやで。
せんせぇが電話とったりするから、映画もケーキも、全部おじゃんやんか。
「あの人、無邪気すぎる」
唐突に、せんせぇが言った。
その横顔に、かすかに悔しげな影をみて、あたしはますますブルーになる。
せんせぇ、まだ負けたの悔しいんやな、あの人に。
ほしたら何も、協力することないんちゃうかな?
そう思うのに、せんせぇは歩きながら首をひねってあれこれ考えてる。
- 556 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/12(土) 02:54
-
「うーん、石川さんの行きそうなとこ……」
「ほっといても、いいかげん帰ってきそうやけどなぁ」
「そうね、でも意地っ張りだからなぁ」
別れた恋人っていうのは、いったいどういう感じなんやろ?
恋人がいたこともないあたしには、想像もつかへん。
あたしはただトボトボと、せんせぇのすぐ後ろをついて歩く。
せんせぇがこんくらい、あたしのこと考えてくれたらええな。
いつか、いつかでええから。
「あ……」
せんせぇが、ふいにフッと立ち止まった。
そして、なんとなく眩しげに、
もうすっかり傾いた午後の太陽を見上げる。
「なんか、わかったかも……」
- 557 名前:雪ぐま 投稿日:2005/03/12(土) 02:54
-
本日はここまでといたします。
- 558 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/12(土) 14:59
- 唯やんの独白が好きですぅ。(←少しうつった;)
そしてこの人間関係もいつの間にかかなりお気に入りです。
ワクワクと見守ってます♪
- 559 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/12(土) 21:42
- 現実の美勇伝がユニットとしてどんどん魅力的になってきていると感じるているところに
岡田さん視点の番外編が嬉しいです。
「美勇伝に吉澤ひとみ」最高です。これからも楽しみにしています。
- 560 名前:雪ぐま 投稿日:2005/03/13(日) 01:17
-
558> 名無飼育さん
川 ´^`)<おおきにぃ。
唯やんのしゃべりって、なんかかわいらしいですよね。
ここの4人を気に入っていただけてうれしいです。
雪ぐまも、そーとーハマって書いてます♪
559> 名無飼育さん
「美勇伝に吉澤ひとみ」……なんてドリーミーなユニット名w
リアルでも一回くらいあるといいなぁ、雪ぐまは推します(爆。
お楽しみいただけているようでホッとしつつ、書き進めてまいります。
さて、更新にまいります。
- 561 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/13(日) 01:19
-
「絵梨香……」
石川さんが、驚いたように目を見開いた。
看板のない、隠れ家みたいなカフェ。
ソファー席に、ただぼんやりと座ってた石川さん。
「やっぱり。……ここにいると思った」
せんせぇが、すこしぎこちなく微笑んだ。
石川さんが、なぜかくしゃっと泣きそうな顔をした。
「……すごいな。絵梨香に会いたいなって、思ってた」
「だと思った」
別れた恋人っていうのは、いったいどういう感じなんやろ?
恋人がいたこともないあたしには、想像もつかへんねん。
そやけど、悲しいな。こんなふうな会話。
あたしにはわからん二人だけの絆みたいなもの。
せんせぇ、もう石川さんとは口もきいてないってゆぅとったはずやのに。
- 562 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/13(日) 01:19
-
「唯ちゃん、久しぶりだね」
石川さんは、きれいな花束みたいに微笑む。
夜明かしして疲れてるはずやのに、高く澄んだ声で。
嫌いやないよ。世話焼きの、かわいらしいお姉さんやって思う。
ほやけど、悲しい。いつだってあたしは石川さんを見るとなんか。
内緒やけど、今でもまだあたし、せんせぇに言えんことがあんねん。
石川さんは家から飛び出してきたからやろか、
Tシャツの上にちょいくたびれたアディダスのジャージを引っかけてた。
そやけど、それがやっぱ蛍光ピンクなんやなァ。
そう、こんな石川さんやから、あたしもピンクがすごい好きやねんって、
なんとなくせんせぇに言い出せんままなんや。
今日かって迷いに迷って、やっぱ水色のタータンチェックのシャツにしてもて。
……そんなん、気にしすぎかもしれんけど。
- 563 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/13(日) 01:20
-
ソファー席は前のイスがなくて、3人は座れんかった。
どうしよ?と思ってたら、カフェの人が小さな丸イスを1つ出してくれた。
せんせぇはすこし考えて、自分が石川さんの隣にすとんと座った。
「何、飲んでるんです?」
「え? チャイだよ」
「じゃあ、あたしはコーヒーにしようかな」
せんせぇの言葉に、なぜか石川さんは寂しげに微笑んだ。
あたしはおずおずと小さな丸イスに腰かけて、並んで座ってる二人を見た。
「すごいな、よっすぃ〜、絵梨香に連絡したんだね」
「そうとう切羽詰まってましたね、あれは」
「ふふっ、そっか。へぇ〜、絵梨香にねぇ」
いつも絵梨香にすっごいヤキモチ妬いてるんだよ、あの子。
冗談っぽくそんなことを言った石川さんの言葉に、
せんせぇは、やれやれというふうにかすかに笑って肩をすくめた。
- 564 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/13(日) 01:22
-
「なに言ってるんだか」
「ほんとほんと。超ケンカの種だもん」
「なんでそんなにケンカになっちゃうんですか?」
「わかんない。もうしょっちゅうなの」
絵梨香とは、全然ケンカにならなかったのにね。
石川さんが、遠い瞳で暮れていくビルの群れを眺める。
運ばれてきたコーヒーカップに、せんせぇは静かに唇をつけた。
「ケンカにもならなかったってことですよ」
「……トゲのある言い方だなぁ」
「そりゃあね」
別れた恋人っていうのは、いったいどういう感じなんやろ?
あたしはなんも口を挟めんで、ただ息を潜めてるしかない。
「ま、とにかく、そろそろ連絡してあげたらどうですか?」
そんな意地を張らずに。
せんせぇは、石川さんに自分のケータイを差し出す。
その手を、石川さんはジッと見つめた。
「絵梨香……」
「ん?」
「私って、勝手かな?」
石川さんはソファにもたれかかって、
俯いたまま、苦しげに両手で目を覆った。
すこしアヒルっぽい唇だけが、ゆっくりと弱音を吐く。
- 565 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/13(日) 01:23
-
「……こんな時、よっすぃ〜と絵梨香を、比べちゃったりするの」
ああああ、なんてこと言いだすねん、石川さん!
せんせぇは、差し出したケータイのやり場に困ったみたいに、
手の中でケータイをもてあそんだ。
目を伏せたまま、次の言葉を待ってるその横顔。
「……最悪よね」
石川さんが、ぎゅっと唇を噛む。
長い長い沈黙が流れて、あたしはなんかもう半泣きになった。
せんせぇがおらんかったら、叫びたいくらいやった。
そういうこと言わんといて!
そんな切ない声で、せんせぇのこと惑わせんといてよ……
- 566 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/13(日) 01:24
-
せんせぇは、かすかにため息をついたみたいやった。
いつも笑ってはる人やから、目を伏せたその横顔は別人みたいに見えた。
なんかすごい、ドキッとする。
あたしの知らん、せんせぇじゃないせんせぇ。
石川さんと同じ、ハタチのせんせぇ。
「……ないものねだりですね、石川さんは」
「……そう、かな?」
「……そうですよ」
せんせぇが、悔しげに眉を寄せる。
たまらずに、あたしは立ち上がった。
「あ、あ、あ、あのぉっ!」
あかん、もうあたし、あほみたいやんかこんなとこにいるの。
せんせぇと石川さん、二人でしゃべったらええねん、こんなこと。
あたしは必死になって、エヘヘへと笑った。
そう、全然もうなんでもないみたいに。
- 567 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/13(日) 01:25
-
「あのぉ〜、さ、先、帰りますわ、あたし」
「え、ちょっと、唯ちゃん?」
「ほんなら、ごゆっくり」
くるっと踵を返して、早足にカフェを出た。
カフェのドアが、軋んで鳴った。
飛び出した勢いのまま細い路地をやみくもに歩いて、ふと立ち止まる。
ほんのちょっとの期待が、どうしてもあたしを振り返らしてしまう。
せんせぇは、追いかけてきぃひんかった。
- 568 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/13(日) 01:25
-
もう、春やのにな。
茜色の夕陽に伸びる長い影が、むなしく揺れた。
「もう、春やからな」
あたしも、もう勉強とか真剣にせなあかんねん。
こんな、こんなふうに、ちっとも相手にされん人を追っかけてる場合やないねん。
道端のショーウインドーに映った自分が泣いてて、嫌になる。
勝手に期待して、勝手に裏切られた気になって泣きよる。
せんせぇ………
影はもう少しだけ長くなり、そしてやってきた宵闇に消えた。
冷えてきたけど、あたしはマフラーを外してバッグに詰め込んだ。
首がすぅすぅして、涙がまたいくつも零れた。
- 569 名前:雪ぐま 投稿日:2005/03/13(日) 01:26
-
本日はここまでといたします。
- 570 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 02:20
- 唯や〜んっ。・゚・(ノД`)・゚・。
更新乙です。
引き込まれすぎて泣きたくなってきた。
- 571 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 14:58
- うわーっ…せつねぇええええ
- 572 名前:ましろ 投稿日:2005/03/13(日) 20:50
- あ、数日分更新されてました。
更新お疲れ様です。
・・・どうなるんだろう、ドキドキです。
- 573 名前:孤独なカウボーイ 投稿日:2005/03/14(月) 00:48
- 更新お疲れ様です!
唯ちゃん…(涙
彼女がこんな切ない思いする様になるだなんて。よっすぃ頼むよぉ。・゚・(ノД`)・゚・。
新曲のPVとこの作品の内容がリンクして見えました。
ちなみに作者では無いです☆すいません雪ぐまさんの作品ほんとに好きなんで読みまくってます(笑
- 574 名前:雪ぐま 投稿日:2005/03/15(火) 23:23
-
570> 名無飼育さん
せっかく成績上げてデートにこぎつけたのにねぇ。
報われない唯やんです。 川 T^T)
571> 名無飼育さん
川 T^T)<ほんまですわ……
572> ましろさん
はい、ちょっと続けて更新してみました〜♪
さて、今後もお楽しみいただけますように……
573> 孤独なカウボーイさん
そうでしたか〜。ご愛読いただき、ありがとうございます。
ここのよっちゃんは相変わらず彼女を困らす台風みたいです。
さて、更新にまいります。
- 575 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/15(火) 23:24
-
駅の方に歩けばいいのに、
あたしの足はやっぱりせんせぇの気配を追いかける。
せんせぇの大学へと続く桜並木を見上げながら、トボトボ歩く。
まだツボミやけど、これは咲いたらすごいやろな。
せんせぇは、いつもこの道を通ってはるんやな。
それで、この校門を抜けるんや。
休み中やからか、校門脇の小屋にいた守衛さんが不審げに顔をあげて、
でも、あたしの姿を見ると安心したようにまた雑誌に目を落とした。
ああ、大学生に見えるんやなぁ、あたし。
なんかしらん、悲しゅうなる。
肝心な人には子供扱いされてんのにな。
「あのカフェ、せんせぇと石川さん、よく行ったんやろか……」
簡単に、思い浮かべることができる。
近くの大学の人しか知らんような隠れ家カフェ。
休講とかあると二人でそこ行って、穏やかな陽射しのなかで、
あのすっごいええ匂いのチャイとか飲んでたんやないかとか。
- 576 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/15(火) 23:26
-
「やっぱ、お似合いやんなぁ?」
わざと自分を傷つけることを呟いて、あきらめようとする。
思い出すのは、あの夜。
せんせぇが警察まで迎えにきてくれた夜。
うるさいくらいあたしにお説教した石川さんは、すごいいい人やなって思った。
心配そうに潜められた眉の下の瞳が黒曜石みたいで、思わず見とれた。
この人やったらしゃーないわって、あたしかなわんわって、
わざと自分を傷つけることを呟いて、一晩泣いてあきらめた。
そや、あの夜、ちゃんとあきらめたはずやったのに。
「しつこいわ、あたし」
せんせぇが幸せならええやん。
なぁ? せんせぇ、石川さんのこと、もっかい捉まえたらええやん。
今度はきっとうまくいく。今度こそきっと……
- 577 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/15(火) 23:27
-
あかん。
あたしは、手近にあったベンチにへたりこんだ。
目をあげると、外灯に浮かび上がった桜並木がぼんやりと潤んだ。
なんでこんなことになってんのやろ、あたし。
いつの間に、こんなに好きになってんのやろ、あたし。
バッグからマフラーを取り出して、膝を抱える。
マフラーに頬をのせて、苦しく目を閉じる。
これ、せんせぇがくれたものやねん。
せんせぇがくれた、たったひとつのプレゼントやねん。
石川さんと一緒でも、それでもうれしかった……
- 578 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/15(火) 23:28
-
「…………あのぉ」
「ひゃあっ!」
いきなり後ろから声をかけられて、あたしは真剣に飛び上がった。
胸元を押さえながら振り返って、さらに目を丸くする。
な、なんでこの人がここにおんねん!
「……よ、吉澤さん」
「あー、やっぱり岡やんか」
お、岡やん?
ぎょっとしたあたしに、吉澤さんは人懐っこい笑みを浮かべた。
「あんた、大阪弁だから」
「は、はぁ……」
「なにしてんの、ここで。あの人は?」
あたしのことは“岡やん”で、三好せんせぇは“あの人”?
わかりやすい吉澤さんに、あたしはなんかムウッとした。
- 579 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/15(火) 23:29
-
「吉澤さんこそ、なにしてはるんですかここで」
「いや、そのぉ……」
いいかげん、じっとしてらんなくて、なんか。
そういって、情けない顔で頭を掻く。
あたしも探してみっかって、思って。
「っつても、大学しかしらねーからさ、あたしは」
やっぱ、見つかんなかったけどね、ハハ……
力なく笑って、断りもせずにあたしの隣にすとんと腰をおろした吉澤さん。
ジーンズのポッケに親指をひっかけたその横顔を見ながら、
あたしは心の中でいじわるに呟く。
残念、そこのカフェにいますわ。
その桜並木を越えた先の、看板も出てない小さなカフェ。
あたしたちには見つけられへん場所です。
- 580 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/15(火) 23:29
-
「で、どしたの?」
「ぇ?」
ふいに自分に向けられた吉澤さんの、心配そうな視線に絶句する。
人のこと心配してる場合やないと思うんやけどな、いま。
それなのに吉澤さんは、ごにょごにょと
「あたしで良かったら聞くけど?」なんて続けた。
「……ええです」
「あ、そう。ま、いろいろあるよね」
ええ、ありすぎですわ、ほんま。
心の中で、思いっ切り毒づく。
だいたい、吉澤さんのせいですわ。
そんな人のよさそうな顔してるくせに、石川さんのこと困らせるから。
ほんま、せんせぇもあたしもいい迷惑ですわ。
「あー、やべ。もうこんな時間じゃん」
夜目にも真っ白に光る手首にはめた、ごっつい腕時計を仰ぎ見て、
吉澤さんが情けない声をあげる。
確かめると、時刻は18時をまわってて。
- 581 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/15(火) 23:30
-
「そろそろ電車の時間ですか?」
「うんにゃ、夜行バスだからもうちょっとは平気なんだけどぉ」
「どうしても今日、帰らなあかんのですか?」
「んー、うちねぇ、人手不足っつーか。あ、パン屋なんだけどぉ」
ちっちゃいパン屋でぇ、でも売れてんの。
田舎だけどさぁ、マジ本格的なベーグル焼いてっからさぁ。
すこし誇らしげに吉澤さんはそう言うと、
今度持ってくるね、なんて笑った。
今度やって。
ノンキな言葉に、あたしは呆気にとられてしまう。
いま、石川さんが帰ってくるかどうかかって、わからへんのに。
『……こんな時、よっすぃ〜と絵梨香を、比べちゃったりするの』
さっき聞いた、石川さんの言葉が耳に蘇る。
なにをどう比べるんかわからへんけど、吉澤さんが不利なんはわかる。
そりゃそうやわ。せんせぇみたいに石川さんにやさしい人、おらへんもん。
機嫌がいいと壊れたオモチャみたいにキショいことやって笑ってて、
落ち込むと、どよーんって音がしそうなほど暗〜い顔しはる。
そんな石川さんのすこし後ろにせんせぇはいつもいて、
全部包み込むような笑顔で、やさしく見守ってた。
そう、年下のあたしによりも、
石川さんにのほうが、よっぽど甘くて……
- 582 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/15(火) 23:32
-
「……吉澤さんは、石川さんのどこが好きですのん?」
「へ?」
「あの人、モテはるな」
ううん、キレイなのはわかるけど、わからんよ。
あたしはせんせぇのほうが好きやから、わからんねん。
ただ、やたら羨ましかっただけやねん。
せんせぇの心をカンタンに持っていってまう、石川さんっていう人が。
「どこが好きって……」
吉澤さんは、妙に照れたふうに爪先でアスファルトを蹴った。
「わかんね。もう全部」
「はぁ、全部」
「うん、もうわかんないね。どこが好きかとかは」
そういう吉澤さんの頬は桜みたいなピンクに染まって、あたしはため息をつく。
石川さんの好きそうな色やわぁ。
そんなに好きなら、もっと大切にしはったらええのに。
子供っぽいふるまいで、石川さんを悲しませたりなんかしないで。
そう思ったのが顔に出たのか、吉澤さんは拗ねたような表情になった。
- 583 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/15(火) 23:33
-
「やっぱ、あたしが悪いかな?」
「無邪気すぎるって、せんせぇゆってました」
「あーー……、そう……」
吉澤さんの唇が、悔しげにきゅっと歪む。
「あの人は、ナンカ大人っぽいよな」
「ほーですよ、せんせぇはやさしいし」
「ウン………」
吉澤さんは自分の左胸のあたりに手をあてて、そっと撫でた。
ズキンと痛んだ心臓を、なだめるみたいに。
その仕草をジッと見たあたしに気づいて、吉澤さんはハハッと笑った。
「やべ、嫉妬」
「………せんせぇのほうが100倍気の毒ですわ」
「ふうん、あの人もモテるよな」
「え?」
ザクッと音を立てて、吉澤さんは立ち上がった。
そして、くるりと振り返る。
- 584 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/15(火) 23:33
-
「あの人、どこ?」
「えっ……」
「石川と一緒にいるんでしょ?」
その強い瞳。
すうっとした立ち姿が、わがままなくらいの強い想いを伝えてくる。
「あの人ならきっと、石川の居場所がわかると思った」
「…………………………」
「でも、渡さないよ?」
ニヤニヤッと笑う、それはクセなのか、自信なのか、ただの強がりなのか。
だけど、桜並木を背負って立つ、その凛とした姿。
「渡さへんって……」
あたしは石川さんがこの人から離れられん理由が、なんかわかった気がしたんや。
いま、この人の背に満開の桜が咲いたら、
ああ、どんなにかきれいやろうって。
- 585 名前:雪ぐま 投稿日:2005/03/15(火) 23:34
-
本日はここまでといたします。
- 586 名前:ましろ 投稿日:2005/03/16(水) 21:50
- 更新お疲れ様です。
話の中で分かってはいたけど、
改めて相関関係を考えると、想いが交錯してますねぇ。
あぁ、またまた続きがすごく気になります・・・。
- 587 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/21(月) 18:40
- 雪ぐま様、なにとぞこちらも更新を……
続きが気になって毎日チェックしてます
中毒患者です……
- 588 名前:雪ぐま 投稿日:2005/03/27(日) 02:44
-
586> ましろさん
まったく、人の気持ちはパズルみたいにうまくははまりませんねぇ。
よりによって三好さんに頼るはめになったよっちゃん、
やっぱりそうとう焦ってもいるようで……。
587> 名無飼育さん
お待たせしてしまっていて恐縮です。
中毒とまでいっていただけるのはありがたいことですね。
それでは、更新にまいります。
- 589 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/27(日) 02:45
-
美しいっていうのは、凄みのあるもんやな。
そして、恋するっていうのは、ほんま、あほみたいや。
蛇に睨まれたなんとかみたいな状態やのに、
あたしは、絶対にせんせぇの居場所、教えたらんわ、なんて思っとる。
唇を噛んで、吉澤さんの不敵な笑みから目をそらす。
アホや、あたし。この人に行ってもらったらええのに。
ほやけど、せんせぇが、石川さんのこと、まだ欲しいなら。
- 590 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/27(日) 02:46
-
「ねぇ、教えてよ?」
「知りませんもん、はぐれてしもて」
「嘘だ」
腕をつかまれて、びくっと身を竦める。
強く食い込む指先に、吉澤さんも見た目より必死なんやってわかる。
ああ、どないしよ? パニックを起こした脳みそが、
ものすごい回転をして、一つの答えを導き出す。
苛立たしげに揺さぶられかけた腕を押さえて、
あたしは賭けをするような気持ちで、吉澤さんの瞳をのぞきこんだ。
「あ、あたしじゃ、駄目ですか?」
「は?」
「あの〜、石川さんやなくて、あたしと」
それは、ひどくいい考えみたいに思う。
そうやねん、この人をつかまえといたらええねん。
すべての元凶のこの人のことを。
- 591 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/27(日) 02:47
-
「あたし、けっこうナイスバディやねん」
なんてな。とりあえず、自己アピールしてみたりして。
吉澤さんはキョトンとした顔をして凍りつき、
そして次の瞬間に、ぶはーっ!と笑い出した。
「すっげーー。あんたって、変な子ォ!」
「へ、変やないですよ、笑わんといてください!」
「なんだよいきなりナイスバディって、あーもーサイコー!」
「ほ、ほ、ほんまですもん!」
「ふぅん?」
吉澤さんの目が、いじわるげにスッと細められる。
薄い刃物のような眼差しに、金色の髪がぱらりとかかった。
うわ、なんかこの人、きれいすぎて悪魔っぽい。
そう思った次の瞬間、あたしは思いっ切り、吉澤さんの腕の中に引っ張りこまれた。
ふわっと、いきなり香った甘やかな肌の香り。
真っ白な首筋に鼻先をおしつけるかたちになっていると知り、
たちまち心臓がバクン!と脈打った。
- 592 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/27(日) 02:50
-
「……たとえば、何してくれんの?」
鼓膜に流し込まれた低い声に、背骨がゾクッと震えた。
意味を理解した瞬間に胸の底からせりあがってきたのは恐怖。
あたしは慌てて、身を捩った。
「あ、の、ちょっとま……」
「なんで? あんたが言ってるのってこういうことでしょ?」
こうする代わりに、石川と別れろってハナシでしょ?
あらがえないほど強く引き寄せられて、
鎖骨に押しつけられた頬がカアアッと熱くなる。
違う、そんないきなりそういうことやなくて。
ああ、なんやろう、
なんか、あたし、
ものすごい失敗をしたよう、な。
- 593 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/27(日) 02:51
-
「どうしたの?“唯ちゃん”」
凍るような声で名前を呼ばれて、喉の奥が悲鳴を上げた。
あ、あかん、やっぱあかん。
はやまる心臓の鼓動が、もう後悔してる。
必死でぐいぐいと押すけど、吉澤さんの力がびっくりするほど強くて焦った。
それどころか、もがくうちに肩先をがっちりつかまれて、
息がかかるほど鼻先を寄せられ……
ひゃああああああ!!!
あたしはかたく目を閉じて、渾身の力で両腕を突っ張った。
「せ、せんせぇーーーーー!!!」
吉澤さんがパッと手を離して、あたしはドドッと地面に崩れ落ちた。
ああああ、びっくりした、びっくりしたぁぁぁ!!!
ばくばくする心臓に手を当てて、ごくんと唾をのみこむ。
- 594 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/27(日) 02:52
-
「馬鹿じゃねーの?」
冷たく降ってきたのは、腹立たしげな吉澤さんの言葉。
あかん、あたし今すごいみっともない。
恥ずかしさに泣きたい気分で唇を噛む。
吉澤さんが、あたしの顔を覗き込むみたいに、ゆっくりしゃがみ込んだ。
「てか、馬鹿にすんな」
ああ。
こんなあたしやから、ちっとも相手にされへんのやな。
零れ落ちそうになる涙を、必死でこらえる。
わかってんねん、いっつも理屈に合わん、自分のこと。
わかってんねん、せんせぇの瞳がいつも、困った子ォを見るみたいな色なこと。
- 595 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/27(日) 02:52
-
ほやけど、そのちょっと困ったみたいな笑顔が。
せんせぇの笑った顔が、いつの間にかすっごい好きやねん。
相手にされへんかって、もうずっと好きやねん。
わけわからんわ、ムチャクチャや、もう……
- 596 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/27(日) 02:53
-
ぎゅっと芝生をつかんだ指先が潤む。
吉澤さんがため息交じりに、なんだかなァと呟いた。
「ナイスバディとかは、あの人に言ったらどうよ?」
「い、イヤや、そんなん」
「ハァ? 馬鹿じゃね?」
でも、そんなもんかもね。
吉澤さんの手がポンポンと頭を撫でて、あたしはビクッと首をすくめた。
なんもしねーよバカ。吉澤さんが可笑しそうに肩を揺する。
あんたもまぁ、わけわかんねっつーか、なんつーか。
「そういや石川が言ってたわ。ちょっと変な子って」
「なっ………」
「違う違う、褒めてたの。変わっててかわいいって」
そんなん褒め言葉、ちゃいますわ。
じとっと睨むと吉澤さんは苦笑して、
いや、マジかわいーってホント、なんてニヤッと笑った。
そして、ポンとひとつ膝を叩くと、さくっと立ち上がって。
- 597 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/27(日) 02:54
-
「ま、好きだから言えねーとかって、あるよな」
「………………………」
「頑張れよ、うん」
じゃあね。
そう言って、素っ気なく背を向けてしまった吉澤さん。
ええ? 石川さんがどこにおるかわからんのに、どこ行く気ですのん?
あたしは思わず立ち上がって、その背に声をかけた。
「あの……、部屋、帰るんですか?」
吉澤さんが振り返って、ゆっくりと唇を開いた。
うんにゃ。ほんとゆーと、もういっこだけアテがある。
「東京タワー」
- 598 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/27(日) 02:55
-
東京タワー?
目を丸くする。なんであんなとこ?
吉澤さんは、そんなあたしにかまわず、
ごつい腕時計にチラと目をやって時間を確かめた。
「部屋から遠いから、どうかなー?って思ってたんだけど」
「はぁ」
「ちっと行ってみるわ。まだ、時間あるし」
あかん。どんな思い出があるんかしらんけど、行っても無駄ですよ。
喉元まで出かかった言葉。口に出していいか、迷う。
だって、吉澤さんの瞳に、かすかに切ない影。
「賭けっスよ」
ニヤニヤッと笑う、それはやっぱり強がりみたいや。
「アイツがいま、あの人といても」
「………………………」
「きっとまたあの場所に来てくれる、とかね」
信じたい、お年頃〜。
なんて、おどけるように、歌うようにそう言って。
- 599 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/27(日) 02:55
-
その賭け、負けますよ。
一瞬ひそめてしまった眉に、吉澤さんはすぐに気がついた。
やわらかそうな頬から、ニヤニヤ笑いがすうっと消える。
うって変わった静かな声で、彼女は続けた。
まるで、自分に言い聞かせるみたいに。
「ま、来なくってもね。あたしの気持ちが変わるわけじゃない」
じゃあね。次ん時は、ベーグル持ってくんね。
そう言って、やっぱり強がりに笑った背の高い後ろ姿は、
まだつぼみの桜並木のなかをどんどん遠ざかってく。
迷いのない足取りで。
違う、むしろ迷いを振り切るように。
- 600 名前:天然さくら色 投稿日:2005/03/27(日) 02:56
-
待って、吉澤さん。
石川さんは、すぐ近くにいる。
そこや、すぐそこのカフェ。せんせぇといる。
そう叫んでしまわないように、あたしは強く自分を抱きしめた。
せんせぇ、あたしはせんせぇの味方。
これでええねん。ええねんな?
「……また、喧嘩になったらええねん」
すれ違って、取り返しつかんくらい大喧嘩かましたらええねん。
見上げれば月が、ひどく淋しい顔であたしを見てた。
淋しい光で、ぽつんとひとりのあたしを照らした。
半泣きであたしは、わざと笑ってみる。
ええねん。悪いことしたなんて、思わへんよ。
「だって、好きやねん……」
あたしは変わった子ォかもしれん。
わけわからん、ただの困った子供なんやろな。
ほやけど、あたし、これだけはどんな時もずっと守ってきた。
せんせぇ、あたしはせんせぇの味方やねん……
- 601 名前:雪ぐま 投稿日:2005/03/27(日) 02:57
-
本日はここまでといたします。
- 602 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 15:32
- 唯やーんっ(ToT)うおおおおお
- 603 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/28(月) 21:55
- お、岡やぁぁぁ〜〜〜〜ん!!!
なんて健気なヨイ子なんでしょう・・・。
もう断然岡やんを応援しちゃいますYO!!(号泣)
- 604 名前:ましろ 投稿日:2005/04/03(日) 19:19
- 更新、お疲れ様です。
キュッときました・・・なんと言っていいのやら。
この瞬間、そこにいない他のふたりもすごく気になります。
- 605 名前:孤独なカウボーイ 投稿日:2005/04/04(月) 01:09
- 更新お疲れ様です
あぁ…自分の気持ちに正直な岡田さん。切ないなぁ。
四人の歯車が合わないまま進んでいくのか心配です…(泣
- 606 名前:雪ぐま 投稿日:2005/04/07(木) 12:13
- 602> 名無飼育さん
川 T^T)<こ、これでええねん……。
603> 名無飼育さん
川 T^T)<めっちゃうれしいけどな……。
せんせぇも唯やんのこと、健気ないい子とは思ってるんですけどねぇ……。
604> ましろさん
なにをやってるんでしょうね今ごろ、残る二人は。
三角関係ならぬ四角関係ですね。こんがらがってます。
605> 孤独なカウボーイさん
たった2つの心が向きあってるだけでもこじれちゃうのに、
4つも心があったらもう大変。お楽しみいただけることを祈りつつ。
それでは、更新にまいります。
- 607 名前:天然さくら色 投稿日:2005/04/07(木) 12:14
-
桜は、ヒトの命を吸うんやって、なんかの本で読んだ。
ほやから満開の桜の下で、ヒトはぼんやりしてしまうんやって。
ひときわ枝ぶりのいい樹の、ごつごつした木肌にふれてみる。
こんな樹ィから、あんな儚げな花が咲くなんて不思議やな。
日本中をピンク色に染めて、あっという間に散り過ぎていってしまう桜。
「はよ、咲け」
木肌に両手をあてて、念じてみる。
ほら、あたしの命を吸ってええよ。
だから、今すぐに咲いて。満開の花を見せて。
あたしの視界に、一面のやわらかなピンク色を。
- 608 名前:天然さくら色 投稿日:2005/04/07(木) 12:14
-
なんてな。
軽く桜の根っこを蹴って、あたしはまたトボトボと歩き始める。
たとえ命を賭けたって、無理な願いは叶うわけないな。
それと一緒。どんなに想ったかって、叶わん恋もある。
どんなに頑張ったかって、かなわん人もいる。
「……もォ、ええわ」
俯いたまま、桜の根っこを蹴って歩く。
次も、次も、そのまた次も。
吉澤さんは無邪気なんやなくて、ぶきっちょなんかもしれんな。
びっくりするほど強くつかまれた手首を、そっと撫でてみる。
カンタンに失敗した誘惑に、苦い気持ちが広がる。
あの人、いじわるなとこがある人や。
ほやけど満開の桜みたいに香り立つ、きれいな人やった。
抜けるような白い肌を淡い桜色に染めて、石川さんを好きだと言った。
せんせぇは、あたしに石川さんを好きってゆったことはない。
あたしは教え子で、友達でさえないから、
泣いてしもたときでさえ、せんせぇは「なんでもない」って髪を振った。
圧倒的に咲き誇る桜に目の前で恋人を奪われても、
あたしの前でしゃんと立って、いつもみたいに笑おうとしてた。
そして失敗して、変なとこ見せてごめんねって、
とうとう両手で顔を隠してしもて。
- 609 名前:天然さくら色 投稿日:2005/04/07(木) 12:15
-
なんやろう。言葉はこらえられるけど、涙はこらえられへんな。
せんせぇ、今すごくその気持ち、わかんねん。
「……感謝せなな」
せんせぇから、教わった。
息をするのも意識せなならんほど、胸が苦しいってこと。
鼓動が好きや好きやって体中を駆け巡って、自分をただ痛めつけること。
勉強したら、成績は上がんねん。
運動したら筋肉つくし、ダイエットかってそれなりに。
ほやけど恋は、頑張っても思い通りにいかんのやな。
ドライフルーツだらけのケーキや、学校から走って帰ってきれいに巻いた髪。
邪魔にならんように、時々で我慢した携帯メール。
せんせぇに気に入られたくて、かわいいと思ってもらいたくて、
あたしは、そう、生まれてはじめて必死になった。
- 610 名前:天然さくら色 投稿日:2005/04/07(木) 12:16
-
ふと、あたしはつまらんことを思い出す。
卒業していく先輩たちから渡された、小さな告白の紙切れ。
もしよかったら連絡してって記されてたあの番号たちを、
あたしはどこへやってしもたんやろう?
「……いや、あかんで」
また、あの夜と同じことを考えとる。
ううん、自覚があるだけ、あの夜よりも空しいこと。
誰かに愛されてると自分に証明したい。愛される価値があると。
あの人に振り向いてもらえない自分から、ただ、目をそらすためだけに。
「あーあ。これでも学校のアイドルやねんで、あたし」
こんなふうにカンタンに自分が崩れてくと思わんかった。
世界の中心は自分やと思ってた。
絵本の中のお姫様に、簡単になれた。
お気に入りのカフェみたいに部屋をつくりこんで、
パパとママに威張り散らして、甘やかしてくれる友達とだけ遊んで。
せんせぇのことも、やさしいお姉さんやと思って気に入ったのに。
だけどその微笑みの裏側に、あたしはいつになっても入れてもらえへん。
石川さんを大切にしとった、その見たことのない心の部屋。
そこに入ってみたいと覗き込んだ時、
あたしはアッという間に居心地のいい絵本の中から転がり落ちた。
- 611 名前:天然さくら色 投稿日:2005/04/07(木) 12:17
-
「タイプ、ぜんぜん逆やもんな」
自慢やった白い肌は、せんせぇの好みやない。
やっぱり、もっと痩せたほうが良かったんやろか。
ああ、もうピンクなんか嫌いになりそうや……
いつの間にか桜並木のトンネルを遠く通りすぎ、
目の前に賑やかな駅前の商店街が広がった。
どおしよぉか、帰ろかな。帰ったほうがええな。
目を伏せて自分の手の甲に、そっとキスをした。
そう、大事にせなあかん、あたしを。自分を。
寂しすぎる気持ちを持てあまして、誰でもいい、どこかに連れてってほしくても。
- 612 名前:天然さくら色 投稿日:2005/04/07(木) 12:17
-
「帰ろか……」
あたしのお城へ。あたしの王国へ。
金曜になったら、せんせぇは必ず来てくれる。
たぶん少しバツが悪そうな顔でごめんねって笑って、
行きそびれた映画を今度こそ観に行こうって誘ってくれるやろう。
だから、それを上手に断る練習をしよう。
せんせぇの、ただの教え子に戻るために。
「……すんません、土日、補習はじまるらしいんですわ」
大好きな人の心の見えない誘いを、上手に断る練習をしよう。
ほら、こんなに声が震えてしまわないように。
- 613 名前:雪ぐま 投稿日:2005/04/07(木) 12:18
-
本日はここまでといたします。
- 614 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/08(金) 07:11
- 岡やん・・・
- 615 名前:梨華chanに無我夢中♪ 投稿日:2005/04/09(土) 09:04
- うぅ…。
泣けます
兎に角切ないわぁ…。
- 616 名前:ましろ 投稿日:2005/04/11(月) 22:28
- 更新おつかれさまです。
609あたりのつぶやき?が、よーく分かります。
私的には名セリフでしょう?と思うのですが。
妙に好きです、609。さすがだなぁ、雪ぐまさん。
- 617 名前:梨華chanに無我夢中♪ 投稿日:2005/05/04(水) 14:05
- 保全(しなくても良かったかもです
- 618 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/04(水) 23:08
- >>617
ageないで下さい。レスをつけるときは最低限のマナーを守りましょう。
わからないことがあれば小説板自治スレ(初心者案内)に行って下さい。
読者の保全レスに意味がないことも少し注意すればわかるはず。
雪ぐま様、スレ汚し失礼致しました。これからも素敵な作品期待しています。
- 619 名前:617 投稿日:2005/05/06(金) 20:05
- スミマセン。。
- 620 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/06(金) 21:06
- sageるときは、メール欄に sage と書いてください。
- 621 名前:(^〜^0)似の読者 投稿日:2005/05/17(火) 22:14
- 雪ぐまさんの小説、最初から拝見させていただいてます。いつもすごく楽しみにしています。雪ぐまさんのペースでがんばってください。
- 622 名前:kakao 投稿日:2005/05/19(木) 19:42
- 雪ぐまさんの小説好きですw
これからも頑張ってくださいね。
- 623 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/28(土) 12:25
- はぁぁ、せつないなぁ。
それぞれ立場は違うのに、みんなハッピーになってほしいって思っちゃいます。
- 624 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/15(金) 23:50
- そろそろ…
- 625 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/15(金) 23:50
- すみません上げてしまいました
- 626 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/21(木) 22:57
- 放置ではないと信じています。
- 627 名前:名無し読者 投稿日:2005/07/21(木) 23:28
- こっちの更新もお待ちしてます...。
- 628 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/24(日) 14:38
- 自分も密かに待ってます
- 629 名前:優海 投稿日:2005/07/24(日) 15:39
- 雪ぐまさんは放置なんてされる方じゃありませんよ!
気長にまたーり待ちましょう。
雪ぐまさんにも都合あるんですから…。
- 630 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/28(木) 18:18
- 最後の更新から約4ヶ月…。
あんなにたくさんの作品を作り出してくれた作者さんなんだから、続きを期待していていいはず。
- 631 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/29(金) 22:08
- 他の更新はありますし。
短編も書いてられますから、
進行でちょっと迷われてるだけじゃないでしょうか。
気長に待てばよけいに更新が嬉しいですしね
- 632 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 21:24
- >>631
ありがとうございます。
作者さんのHPで短編の更新を発見しました。
631さんのコメントで考え方が変わったので、一言お礼を。
- 633 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/03(水) 21:45
- でもそろそろ
- 634 名前:雪ぐま 投稿日:2005/08/22(月) 22:40
- こんばんはー、雪ぐまです。
ずいぶんお待たせしてしまって申し訳ありません。
いろいろご心配やお気遣いくださったこと、とても感謝しています。
お返事もお待たせしすぎて、なんとなくタイミング外れですね。
なので、一言だけ……
>>614 名無飼育さま
岡やん、いい子なのにねぇ。
>>615 梨華chanに無我夢中♪さま
ageなければ大丈夫ですよ。また遊びにいらしてくださいね☆
>>616 ましろさま
好きにさせてくれる人に出会えたことに感謝、雪ぐまもよく思います♪
>>618 620 名無飼育さま
お気遣いありがとうございます。ご期待にそえるよう頑張ります。
>>621(^〜^0)似の読者さま
ご愛読、感謝! できる限りハイペースで頑張ります〜。
>>622 kakaoさま
ありがとうございますw いろいろあるけど頑張ります。
>>623 名無飼育さま
あちらを立てればこちらが立たず……。唯やんには試練の時かも!?
- 635 名前:?雪ぐま 投稿日:2005/08/22(月) 22:41
- >>624 625 名無飼育さま
そーですね…
>>626 名無飼育さま
信じてもらって大丈夫!(んなこと言って大丈夫か、雪ぐまw
>>627 名無飼育さま
あっちも止まり気味ですもんねぇ……(汗
>>628 名無飼育さま
励みになります〜。
>>629 優海さま
そうだそうだー!(んなこと言っててマジ大丈夫か、雪ぐま!w
>>630 名無飼育さま
え、もう4ヶ月!?って自分でも驚きましたw
>>631 名無飼育さま
お気遣い、大感謝! 進行でも迷ってましたし、なぜか気が向かなかったということもあって……。
>>632 名無飼育さま
HPまで来ていただいたようで、ありがとうございます〜♪
>>633 名無飼育さま
ええ、そろそろ。
というわけで、久々の更新にまいります。
- 636 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/22(月) 22:42
-
ほやけど今日は、よくよく厄日みたいやった。
駅に向かって商店街を歩き始めたあたしの目に、
見たくなかった光景が、あっさり飛び込んできたから。
「せんせぇ……」
あたしの目はなんで、こんな正確なレーダーみたいに
三好せんせぇの姿を捕らえてしまうんやろう。
小さなパン屋さんのガラス越しの光のなかに、
やさしい目をして笑うせんせぇと、
その微笑みをひとりじめしてる石川さんがおった。
- 637 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/22(月) 22:43
-
“どうしよう、どれがいいかな?”
石川さんはトレーを持ったせんせぇに腕をからめて、
楽しげにトングを揺らしながらパンを選んどった。
そして女の子らしいはしゃいだ笑顔で、せんせぇに何か話しかける。
せんせぇは石川さんに引っ張られて軽くよろめきながら、
やっぱり笑ってオレンジクロワッサンを指さして。
“やっぱ、これじゃない?”
思わずパン屋さんの看板を確かめて、顔をしかめた。
このお店のロゴ、見覚えある。
そうや、せんせぇが一度おみやげに買ってきてくれたところや。
使ってるバターがいい、北海道生まれのあたしが言うんだから間違いないって
なんか妙に力説しとったお気に入りのパン屋さんや。
“えー、オレンジクロワッサンかぁ〜”
“なによ、おいしいじゃん”
オレンジクロワッサンをつかんだトングがからかうように宙を行き来し、
せんせぇがはやく乗せろというようにトレーを差し出す。
しょーがないなと石川さんはそれを選び、せんせぇは満足げに頷いた。
“よろしい”
“そんなにおいしーかなぁ? これ”
- 638 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/22(月) 22:44
-
よくある感じの、仲良しの女友達の風景。
ほやけど、違う。違うとこがある。
あたしの目は正確なレーダーみたいで、
二人の“特別”もすぐに見つけ出してしまう。
せんせぇのその手に、マシュマロピンクの財布が握られてること。
ヴィトンのヴェルニ、石川さんの財布……
ぎぎぎ、と胸の中が軋んだ。
石川さんは、またせんせぇに財布を預けたりするんやね。
ほんでせんせぇは、また当たり前みたいに持ってあげるんや。
『私って、勝手かな?』
あのカフェのソファにもたれかかって、
苦しげに両手で目を覆った石川さん。
ゆっくりと弱音を吐いた、すこしアヒルっぽい唇。
『……こんな時、よっすぃ〜と絵梨香を、比べちゃったりするの』
石川さんは勝手ですね。
別れてからどっか空っぽやったせんせぇを簡単に惑わせて、
もうあんなあったかい瞳の色にしてしもた。
石油ストーブのブルーフレームを見つめていた、あの悲しげな瞳を。
- 639 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/22(月) 22:45
-
湧きあがる息苦しさに、指先をぎゅっと握りしめる。
あたしはせんせぇの味方やと、何回も自分に言い聞かせてきた。
嘘やないよ。せんせぇが幸せならそれでええねんって、ずっと思ってきたやんか。
ほやけど、ほやのに、どうして今、こんなに悔しい……。
「せんせぇ……」
千の夢が叶うよりも、たったひとつ叶えばいい。
あなたの視線をカンタンに吸い寄せる、あの人の姿になりたい。
ずっと側にいたのに、あたしにはできひんかったこと、
石川さんになって微笑めば、一瞬やったんやな。
- 640 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/22(月) 22:45
-
レジで石川さんは、せんせぇの手からスッと財布をとって、
せんせぇは、慌てた様子で自分のバッグから財布を取り出した。
差し出された千円札。
石川さんはアリガトって笑うだけで受け取らなくて、
せんせぇはそれでもイイヨイイヨとしつこく払おうとしたりして。
“だって、あたしの分”
“いいよいいよ、今日はホントにいいったら”
そんな二人が苦しくて、悔しくて、あたしは駆け出したんや。
離れてた時間も飛び越えるみたいな軽やかな石川さんの笑顔が、
せんせぇをまた連れてってしまうやろう。
ただあの頃に戻るだけやのに、あたしはもうあかんかった。
痛みに胸を押さえれば、引きちぎれそうに脈打ってる心臓が、
ずっと見ないふりしてた醜いあたしの姿を炙り出す。
お願い。誰かあの人を、せんせぇの前から消して。
竜巻みたいに、また奪い去って。
ほしたら今度こそ、今度こそ、あたしは……
- 641 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/22(月) 22:46
-
かつてないスピードで、あたしの足は駅へと駆けた。
震える指先がコインをなかなか掴めなくて、
それでもがむしゃらにすくい取って券売機に押し込む。
カチャンカチャンとコインが落ちて、
液晶がチケット販売の画面に切り替わった。
……いくらの買えばええんやろ?
パッと見上げた路線図は、ひどく潤んでて。
東京タワーの最寄り駅って、どこやねん?
必死で思い出そうとしてる自分が、哀れやなって思った。
- 642 名前:雪ぐま 投稿日:2005/08/22(月) 22:47
-
短いですが、本日はここまでといたします。
また明日も更新する予定です。
- 643 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:34
- 更新お疲れ様です。
唯やんがんばれ…(涙)
- 644 名前:オレンヂ 投稿日:2005/08/23(火) 00:29
- 更新お疲れ様です。
あぁ・・・せつないなー・・・
- 645 名前:?雪ぐま 投稿日:2005/08/23(火) 13:41
- >>643 名無し飼育さん
“せんせぇの味方”でいられなくなった唯やん。でももう遅い……かも!?
>>644 オレンヂさん
唯ちゃん、いい子なのにね……
さてさて、本日の更新にまいります。
- 646 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/23(火) 13:43
-
「…………どしたの?」
オレンジの電飾に照らされたきれいな顔が、あたしを見た。
すごく驚いた表情。あたしは、バツが悪くなってうつむく。
「心配やったから……」
言いながら思う。あたし、嘘ばっかりや。
そんな理由で東京タワーまで追っかけてきたわけやないくせに。
「ひとりで待ってるの、退屈と違いますか?」
「サンキュー。悪いね、なんか」
取り急ぎ、テキトーなことをゆうたあたし。
なのに吉澤さんは、ご機嫌にサンキューやなんて。
「正直、へこたれそーだったとこ」
そう言いながら吉澤さんは、またへらへらっと笑った。
無造作にジーンズのポッケに親指を突っ込んだまま
東京タワーみたいに突っ立って。
- 647 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/23(火) 13:44
-
カッとなって電車に飛び乗ったあたしやけど、
ガタンゴトンと地下鉄に揺られるうちに、またゆらゆらと気持ちは沈んでいった。
せんせぇと石川さん、あれはもう仕方ないんやないかな。そんなふうに。
電飾の下を近くを通りすぎてく恋人たちが、
吉澤さんを見て、きれいな子がいるねと囁きあってく。
ほやけど、そのつやつやした頬っぺたには幼さが残ってて。
薄茶色の瞳と薄笑いの唇には、やたら強がりな気配が漂ってて。
しょっちゅうケンカって、そらそうやろな。
好きやけど、どうしてもうまくいかへん。
そんな時、やさしさって身に染みたりせんやろか。
淋しい時にあたしが、甘い言葉に釣られてしもたみたいに。
あれは嘘の言葉やったけれど、せんせぇのやさしさは嘘やない。
石川さん、よぉわかっとるはず……
- 648 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/23(火) 13:45
-
「ああああ、ハラ減ったっ!」
突然、吉澤さんがアスファルトにしゃがみこんだ。
え?と思ったら、そのままゴロンと転がったもんやから、
あたしは思わずギョッとして後ずさった。
「ちっくしょー、ハラ減ったぞぉーー!」
大の字になってわめく。
さっきまで吉澤さんに見とれてた恋人たちが、今度はクスクスと笑った。
「ちょっ、吉澤さん!」
恥ずかしくなって、腕を引っ張って起こそうとしたら、
ジャケットのポッケから、ウイスキーの小瓶が転がり落ちた。
「こ、こんなん飲んではったんですか!!!」
「おーー」
抱き起こそうとすると、ふざけたみたいにくたりともたれかかってくる。
ワッ!と尻餅をついて離れたら、またコテンとひっくり返った。
ゴツンと盛大に頭を打った音。
- 649 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/23(火) 13:46
-
「だ、大丈夫ですか?」
「ははは、いってー。へーきへーきぃ」
「あの、ちょっと起きて……」
「あー、マック食いてー」
「は?」
「マックのポテトぉ〜、フィレオフィッシュぅ〜」
うわ、どないしよ? これ、そーとーキてはるで?
お酒くささに眉を潜めて、あたしは深々とため息をついた。
ああ、吉澤さん、こんなことしとる場合やないんです……
「唯ちゃん、マック買ってきてよマックぅ〜〜」
アホちゃうか、この人。
見上げれば東京タワーは空に向かうはしごのようにそびえ立ち、
置いてけぼりのあたしたちを笑ってる気がして。
「……ええかげんにしてください」
バタバタしてた吉澤さんの長い足が、ピタッと止まった。
アスファルトに座り込んでいるせいか、
夜のなか、ごうごうと駆け抜けてく車の音がやけに大きく聞こえる。
シーンとなった気まずい空気。
知らんわ。私が悪いんやないし。
ぱっぱとお尻をはらって、あたしは立ち上がった。
帰ろう。たぶん、石川さんはここには来ない。
そしてこの人を連れて帰っても、なにか違うことが確定しそうや。
待ってる間にこんなふうに酔っぱらってしまう人。
天使みたいなかわいい顔で甘えたかって、あたしは知らんもん。
- 650 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/23(火) 13:47
-
くるりと踵を返したあたしを、吉澤さんは止めんかった。
5、6歩いったところで、つい振り返る。
吉澤さんはアスファルトに大の字になったまま、東京タワーを見上げてて。
思わず、またため息をついた。
大きな瞳が、空っぽのまま潤んでるようで。
薄く開いた唇が、いまにも切なく音をつないでいきそうで。
………………イシカワ………
同情するのは、同じ境遇だから。
好きな人がまた離れてく、その予感に震えてるから。
置いてけなくなって、立ちすくむ。
ほやからって、どうしてあげられるわけでもないけど。
- 651 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/23(火) 13:47
-
動かなくなったあたしに、吉澤さんがゆっくり目を向けた。
「帰んねーの?」
「……帰ろって、思うんですけど」
「同情とかされると、今、チョー弱ぇよ?あたし」
そんなふうに言って皮肉げに笑ったりするその頬。
石川さんだけを待っとるくせに。
そや、せんせぇと同じ。
石川さんだけを想ってるくせに。
ゆっくりと歩み寄って、その肩のわきにぺたんと座り込んだ。
「あたしじゃ、全然あかんのですか?」
誰かのための誘惑やなく、あたし自身のために聞いた。
石川さんにかなわん理由が知りたかった。
目を伏せたあたしの横顔を、吉澤さんがジッと見たのを感じた。
「……んな大人っぽい顔、してたっけ?」
そうやな、あたしは一気にいろんなことが辛くなってて。
無邪気にもう、せんせぇに腕とかからめられそうもないです。
遊んで遊んでとわめくことも、
しつこくマフラーを巻いて気をひこうとすることも。
- 652 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/23(火) 13:48
-
なにげに吉澤さんの腕が伸びてきて、あたしはその手をとった。
指先がとても冷えてて、息を吹きかけてあげたいみたいな、おかしな気持ち。
知ってることを、すべて教えてしまいたくなるような。
「……ね、あたし、諦めるとこ?」
「諦めてほしない、です」
「やっぱアイツ、あの人といるの?」
「……比べてまうって、ゆうてはりました。吉澤さんとせんせぇを」
とたんに吉澤さんの指に力がこもった。
ぎゅっと眉をしかめて目を閉じ、心臓をかばうように横向きに丸くなる。
そのうちに、真っ白な喉からひゅうひゅうと息が漏れてくるのが聞こえた。
「吉澤さん……あの……」
まさかそんな、いきなり泣くやなんて。
オロオロするあたしの指を握りしめたまま、吉澤さんの背中は小刻みに震えていた。
髪で顔を隠すみたいに、頬をざらざらしたアスファルトに押しつけて。
「…………っくしょぉ…」
呻き声は、どこに向かっとるんやろう。
前の恋人と比べたりなんかした石川さんやろうか。
それとも、前の恋人と比べられてしまう自分自身に?
そして、こんなふうにますますコトをこんがらかせてあたしは、
ますますせんせぇと石川さんを近づける。
なんやろな、逆効果。あたし、アホやな絶対。
- 653 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/23(火) 13:50
-
「迎えに、行かんのですか?」
震える背中を、そっと撫でた。
吉澤さんはますます丸ぅなって、まるで大っきな犬みたい。
金色の髪に指をさしこんでみる。
石川さんは何度、この髪を梳いたんやろう。
「渡さんって、ゆうとったやないですか」
吉澤さんは力なく首を振るばかりで、なにも答えなかった。
ああ、この人はほんま、桜みたいや。
華やかな桜が、風に吹かれてあっけなく散ってくみたいや。
こらえてた強がりが一枚落ちたら、ザーッて一気に吹き飛んでくその脆さ。
「吉澤さん……」
「……わかっ、てる、あたし」
一緒にいれねーし……
いてあげらんねーし……
あ、アイツのヤなことばっか、しちゃうし……
- 654 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/23(火) 13:50
-
「吉澤さん……」
「……もォ、わかっ…わかっ、てる…」
アスファルトの色を変えるほど涙は落ちて、
あたしはただ冷たい指先を撫でるしかなくて。
悲しいな。石川さんのために泣く人ばっか、あたしは見とる。
転がってたウイスキーの小瓶に唇をつけた。
間接キスやなって思って、すこしなんか、笑った。
舌先を刺す味の液体をゴクンて飲み込むと、
かあっと熱い塊が、喉を通って胃の中に落ちてった。
その感触が痛いから胸の痛みがやわらぐ気がして、もう一度、瓶を傾ける。
アスファルトにほとんどうつ伏せてた吉澤さんが、
急にハッとしたように起き上がって、あたしの手をつかんだ。
「なにやってんだよ」
「吉澤さんかて、飲んでますやん」
風に揺れる湖みたいな涙目が、あたしを睨む。
彼女はあたしの手から小瓶を取り上げて、それを思い切り遠くへ放り投げた。
カシャンと瓶が割れる音が、夜に鋭く響いた。
- 655 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/23(火) 13:51
-
それっきり彼女は、泣く気を失ったみたいに口をつぐんだ。
目の中に残ってた涙が頬を伝っとったけど、
それもすぐにゴシゴシと袖口でぬぐって
ハアッとひとつ、大きなため息をつかはった。
「東京、来てぇな」
したらぜってー、負けねーんだけどな……
「来はったらええですやん」
「だめなんだ。今、うち大事なとこで、あたしが頑張んないと」
聞いてる方がもどかしくなる、
彼女の言葉は平行線。
答えは見えへん。
「アイツ、すぐ将来のこととか話したがるんだ」
「……………………」
「あたし、なんとかなるって言ってきたけど」
なんとかなんて、一生ならないかも。
ほんとはアイツが折れるの、待ってんだ。
……諦めわりーよな、いいかげん。
- 656 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/23(火) 13:52
-
「昨日も、帰ってきてくれって言っちゃったんだ。だからアイツ怒って」
「……ほやったんですか」
「逃げるよな、そりゃ。バイトも頑張ってんのにさ」
すげぇ最悪なこと、言っていい?
そんな前置きで吉澤さんは、空に届きそうなオレンジのタワーを見上げた。
「なんか、こーなるってわかっててアタシ、あの人に電話したのかも」
「え?」
「よくわかんない。悪い賭け、みたいな」
ぜってぇ、誰にも渡したくない。
だけどだけど、あたしといたらやっぱり悲しませるだけ。
わかってたけど、ずっと離れられなかった。手放せなかった。
のろのろと吉澤さんが立ち上がって、指先がするりと離れた。
背の高い彼女はまるで、東京タワーみたいや。
下から見上げると、もっとそう思う。
存在で夜空を切り取るフォルム。
電飾を映し出してやわらかに降り注ぐ眼差し。
世界中の人が、あなたのこと眩しくて目を細めそうな。
- 657 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/23(火) 13:52
-
「そんなつもりじゃなかったけど、あんたのことも巻き込んじゃったね」
「何のこと、です?」
「わりと、もうちょっとだったんでしょ? “せんせぇ”」
あんた、かわいいのに。ごめんね。
だめなんてことないよ全然。自信もっていーよ。
今回は、ちょっと相手が悪かっただけでさ。
頬に涙のあとを残して、彼女はまだ笑った。
かっこつけて荷物を拾い上げ、くるっと背を向けて歩き出す。
片手をひょいとあげたその後ろ姿を、あたしは見たことがあると思った。
あの冬風のなか、せんせぇがよくやっとった。
金曜の夜、しつこく玄関の外まで見送りに出たあたしに背を向けていつも。
「吉澤さん!」
立ち上がって、叫んだ。
街中でこんな大声を出したんは、生まれて初めてやと思いながら。
- 658 名前:天然さくら色 投稿日:2005/08/23(火) 13:53
-
「吉澤さん! 石川さんはまだ吉澤さんを好きやと思います!」
吉澤さんは立ち止まらんかった。
「吉澤さん!また迎えにいったらええやんか!!」
相手が悪いと、あなたでさえ思うなら。
せんせぇと同じ、あなただってどうしても石川さんを忘れられないと言うのなら。
「吉澤さん!!!」
後ろ姿が、駅に向かう坂道の下に消える。
吉澤さんは立ち止まらなかった。
- 659 名前:雪ぐま 投稿日:2005/08/23(火) 13:54
-
本日はここまでといたします。
- 660 名前:& ◆nUAf8iFlPs 投稿日:2005/08/23(火) 20:39
- 更新お疲れ様です。
かなりよっちゃんに感情移入してしまって・・・せつなすぎます(涙)
- 661 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/08/23(火) 22:11
- 連日の更新お疲れさまです。
まじ切ないです…。
今後がとても気になります。
- 662 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/24(水) 04:47
- 何気に吉澤さんがここでは
一番可哀想な気がしてきた・・・
- 663 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/08/24(水) 10:47
- 更新お疲れさまです。
すっごい不器用な吉澤さんがとても愛しく思えてしまいます。
不器用なんだけど、一生懸命石川さんのことを思ってて。
一体どうなるんだ!?
- 664 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/24(水) 12:56
- うわー!もー!ほんっとに
どうなるですかー!?
- 665 名前:ぱぱんだ 投稿日:2005/09/07(水) 21:48
- せつな過ぎますよ・・・。
本来のよっすぃ〜の不器用さがでてて素晴しいです。
- 666 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/08(木) 00:43
- あぁっもうっageんなって!
更新と間違えるだろ!
- 667 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/12(月) 12:49
- 切ないですね……
すれ違った二人が出会えますように……。
- 668 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/03(月) 20:47
- HPでjewel of loveを読んだ者です。
番外編がもう一つ続いているとは思いませんでした・・・。
しかも凄く良い場面ですね。この番外編で心のもやもやがやっと融解されそうな感じです。
更新期待しております。
- 669 名前:妄想屋 投稿日:2005/10/12(水) 17:10
- すんません、マジ泣いてます
- 670 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/19(水) 21:28
- 待ってます
- 671 名前:雪ぐま 投稿日:2005/10/20(木) 04:11
- 660> & ?nUAf8iFlPs さん
もしやよっちゃんみたいな状況になったことがあるとか?
だったら切ないですね……。
661> 名無し飼育さん
またまたしばらく止まっちゃって、いやはや(汗。
(0T〜T)<なんでここで止めるんだYO〜。
662> 名無飼育さん
そうですねぇ、でもよっちゃんも子供っぽいからね……
(0T〜T)<んなことないYO〜。
663> 名無し飼育さん
好きという気持ちだけでは、なかなかうまくいきませんねぇ。
恋ってほんと、むずかしいものですね。
664> 名無飼育さん
(0T〜T)<あたしも知りたいよー!!!
665> ぱぱんださん
最近、頼もしいリーダー姿のよっちゃんですけど、
どことなく脆い部分がありそうですよね。
ageのままだと更新と紛らわしく、がっかりされる方が多いようです。
お手数ですが、今後のレスはsageでお願いします。
- 672 名前:雪ぐま 投稿日:2005/10/20(木) 04:12
- 666> 名無飼育さん
更新を楽しみにしていただけてるのかなと思うと
作者としてはとてもありがたいのですが
できれば、もう少々お手柔らかな表現でどうかひとつ……m(_ _)m
667> 名無飼育さん
奇跡のいしよしですが、なんかすれ違いも多そうとか
思うんですよねぇ。出会えますように……。
668> 名無飼育さん
おお、心のもやもやが! なんだかこの番外編で
もっともやもやしてるんだけど!という意見もあるので嬉しいですw
669> 妄想屋さん
そこまで感情移入していただけて嬉しいです〜。
670> 名無飼育さん
お待たせしましたw
ほんとに、たいへん長らくお待たせしました。
それでは、更新にまいります。
- 673 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:14
-
ちっちゃい頃、空を見上げては、ぼんやり想像してた。
この空の下のどっかに、あたしと赤い糸でつながっとる人がおんねんなぁ。
ご飯食べたり勉強したりして、どっかで暮らしとるはずやなぁ。
恋に、憧れとった。
空想は綿菓子みたいに甘くって、
ファーストキスはいつやろか、デートはどこがええやろか、
そんなことばっか、ふわふわと考えとった。
- 674 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:15
-
17歳のあたし。
なぁ。現実は空想とは、たいぶ違う。
ちっとも甘くなくて、むしろひどく苦い。
好きになればなるほど、喉の奥、胸の奥、
広がってく、激しい苛立ちに似た息苦しさ。
せんせぇ、あたしを見て。
あたしを好きになって。あたしに笑って。
石川さんやなく、あたしに。あたしに。あたしだけに。
見上げれば、素知らぬ顔の東京タワー。
真っ暗な夜空に浮かび上がる、それはやわらかなオレンジの光。
誰にでも惜しげなく向けられる、
せんせぇの、やわらかな微笑みたいな。
- 675 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:16
-
…………………………………
…………………………………
…………………………………
…………………………………
…………………………………
- 676 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:17
-
「ねぇ、大丈夫?」
ふいに声をかけられて、ハッと振り返った。
アスファルトにぺたりと座り込んだまま、
ぼんやりと東京タワーを眺めとったあたし。
そこに立ってたのは、
目深にキャップをかぶった同い年くらいの女の子。
なんやねん、誰やねん?
ゴシゴシ涙を拭きながら軽く身構えたその時、
どことなく不機嫌そうな唇が薄く開いて、低く囁いた。
「あのさぁ、さっきからあの人たち、あんたのこと見てる」
「え?」
さりげに目線で教えられたその先のほうに、
いかにも酔った二人組の男の人がいて、
ニヤニヤしながら、こっちを探るみたいにチラチラと見とった。
キャップの彼女が、軽く肩をすくめる。
「ま、遊びたいなら止めないけど」
まさか。
あたしは慌てて立ち上がる。
その拍子にポケットから携帯がガコンと落ちて、あああ!となった。
キャップの下の唇が、可笑しそうにクスッと笑う。
- 677 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:18
-
「大丈夫?」
「は、はぁ……、すんまへん」
彼女は小さく頷いて、それからチラと腕時計を確認すると、
スタスタと駐車場脇のベンチの方へと歩いて行ってしまい。
そっか、またやってまうとこやったな。
お尻についた砂ぼこりをパッパと払って、あたしは深々とため息をつく。
なんだかひどく疲れた感じ。ぐったりした感じ。
帰るのがおっくうで、もぉ、このまま目をつぶって寝てもたい、どこでも。
そんなふうに思って無防備な、こんなあたしやから、
やたら隙だらけで、変に男の人の目を引いて、
もしかしたら、ちょっとアホな子みたいにも見えるんやろう。
「あの子、助けてくれたんやな」
キャップの彼女を見ると、ベンチにすとんと腰をおろして、
退屈そうにパラパラと雑誌をめくっとった。
やっぱり腕時計を気にしてて、何度も何度も大通りのほうを振り返る。
きっともうすぐ誰かが迎えにくるんやろう。
やっぱ恋人、かな?
- 678 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:19
-
「ええな……」
あたしかって、三好せんせぇにこだわらんとけば、
案外すぐに、恋人なんかできるんかもしれん。
ほやけど、なんでこだわるの?
なんで、せんせぇがええの?
見上げれば、東京タワーは素知らぬ顔。
だけど真っ暗な夜空に浮かび上がる、やわらかなオレンジの光は美しい。
東京タワーなんか、たいしたことないやんって人もおるやろな。
ほやけど、あたしはきれいやなって思う。
「せんせぇ」
勉強も部活も、友達づきあいさえ、ええかげんなあたしに、
ほんとのお姉ちゃんみたいに心配そうな顔をした。
好きな言葉は、一所懸命。なんでもまず頑張ってみなきゃ。
遠回しにそんな話をして、照れくさそうに笑って。
お説教、学校のセンセイみたいやな。
そう思っても素直に聞けたのは、
せんせぇの言葉の中に、本当を見たからなんやろう。
本当に一所懸命、石川さんのことも、
そやな、家庭教師のバイトなんかでさえ、
せんせぇはなんかえらい責任を感じてはって、あたしのこと真剣に見てた。
生返事や、わかったフリをすぐに見抜いて、だめだよ唯ちゃんって笑った。
怒られたわけでもないのに、かなわんな、あたしはそう思って。
- 679 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:19
-
週1回の、たった2時間、あっという間。
せんせぇは、いつもどおりに振る舞っただけやろう。
時間が来ると光を灯す東京タワーみたいに、あたしの前に現れて。
でも、あたしには眩しかった。
いつもニコニコしてて、本心は見えへんかった。
なのに、あたしは心の奥まで照らされて、
子供っぽい強がりなんか、全部読まれとるような気がして。
- 680 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:20
-
ふいに、大通りから車のクラクションが聞こえてきて、
キャップの彼女がハッと大通りを振り返った。
ほやけど、止まった車に駆け寄ったのはすぐそばにいた違う女の人で、
キャップの彼女はバツが悪そうに、またタワーのほうに向き直った。
ロングブーツに包まれた長い脚が、拗ねたようにゆっくりと組まれる。
ああ、待たされとるんかな?
むっつりした感じ、かわいらしい子やな、おしゃれやし。
そう思ってなんとなく見とったからかな。
ふいにフッと目が合って、あたしたちはしばし見つめ合った。
戸惑って、曖昧に笑う。
彼女も、困ったようにぎこちなく笑う。
帰んないの?と、その唇が小さく動いたのが見えた。
「もぉ帰ります」
小さくため息をついて歩き出す。
そやな、さっきのお礼をゆうて、もぉ帰ろう、今度こそ。
いきなり近づいてったあたしに彼女は驚いたようやったけど、
膝の上の雑誌をパタンと閉じて、黙ってあたしを見上げた。
「あ」
その膝の上の表紙を見て、思わず声をあげる。
今日、立ち読みしとった雑誌や。
- 681 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:21
-
待ち合わせの本屋で読んどった、新学期の恋占い特集。
“昔の恋人から電話がかかってくる予感。”
その一文を読んで動揺したように揺れた、せんせぇの瞳……
思わず眉をしかめたあたしに、彼女が首をかしげた。
「どしたの?」
「その雑誌、なんか当たるんですわ」
「え? あ、この占い?」
ふうん。
ため息まじりのあたしの言葉に、
興味深げにキャップが揺れる。
「やなことでも当たったわけ?」
「や、ええことです。あたしやないけど」
今朝のわくわくを思い出して、ますます憂鬱な気分になった。
今日はせんせぇと、初めての休日デートのはずやった。
7つも偏差値を上げて、ご褒美の映画のはずやった。
ガッコに行くより早起きして、髪をきれいに巻いてみた。
そういや、あたしの今週の運勢はなんやったやろ?
せんせぇのばっか気にかけとって、忘れてしもたわ。
- 682 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:21
-
「それ、見してください」
「ん? いいよ」
パラパラとめくってみる。
自分の運勢を見て、あたしはまた、はああっとため息をついた。
“デートは大成功。忘れられない週末になりそう”
「……あかん、当たらんな、この本」
「なんなの、どっちなわけ?」
クックッと彼女が肩を揺らす。
どっちもほんとや。仏頂面で雑誌を返すと、
手を伸ばして受け取りながら彼女は「彼氏とケンカ?」と訊いてきた。
「え?」
「さっき、向こうで彼氏とケンカしてたでしょ?」
整ったネイルが、ヒョイと駐車場を指す。
この人、なにゆーてんねん?と思ったけど、
すぐに、ああ吉澤さんが男に間違われたんやなと気がついた。
「あの人、女やで」
「え、ウソ。超イケメンとか思ったんだけど」
あ、そう。女の子だったんだぁー。
くしゃくしゃっと無邪気に笑う。
あんがい気さくな人らしい。
- 683 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:22
-
「慰めとったんや、あの人、フラれてな」
「へー。あんなきれーな子が」
「優柔やもん。家庭のジジョーかなんかしらんけど」
同情せんわけやない。
ほやけど、もどかしい気持ち。
あっけなく散る、満開の桜のような人。
いきなり現れて、うちらの気持ちを騒がせて。
好き勝手に、騒がせるだけ騒がせて。
ああ、でも。
とばっちりはあたしだけやな、結局。
せんせぇは、良かったな。
そや、せんせぇには、良かったんやった……
たちまち涙が、じわっと膜を張った。
またや、嫌になるほど目頭が熱い。
もう涙腺が壊れとるなと、あたしは思う。
涙腺だけやない、もうあっちこっち壊れてきとる。
たった1日のうちにいろいろありすぎて、
甘い期待も、夢見てた希望も、なにかもぺしゃんこに叩き潰されて、
ボーッする頭が、勝手にあかんことを考え始めるんや。
- 684 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:23
-
壊してしまいたい。
- 685 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:23
-
今ならまだ、間に合うかもな。
東京タワーを見上げて泣いた吉澤さんの涙を伝えて、
石川さんの心を揺らすことができるんちゃうかな。
やじろべえみたいにゆらゆら揺れてる石川さんが、
今、せんせぇと過ごした懐かしい日々に強く傾いとったとしても。
思わず、ポケットの中の携帯電話を握りしめる。
せんせぇの番号は、わかる。
そこにかければ、石川さんと話せることもわかっとる。
- 686 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:24
-
壊してしまいたい。
- 687 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:25
-
これが正直な、あたしのココロ。どす黒い誘惑。
しみじみと情けなく、狡いなって思う。
あたしはいつだって、せんせぇの味方。
そんなふうに頑張ってたことは、もうまるで、ずうっと昔のことみたい。
耳をふさいでも、あの人が欲しいと心は叫ぶ。
せんせぇが欲しい。どうしても欲しい。
もう、石川さんとの恋なんか応援できひんねん。
あたし、せんせぇじゃないと、嫌やねん。
鼻の奥と目頭が、じんじんと熱をもっていた。
壊してしまいたい。なんて嫌な誘惑。
あたしは携帯電話を握りしめ、奥歯を噛み締めて、
マイナスの欲望をぎりぎりとこらえる。
- 688 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:25
-
ああ、恋はきれいになることやと思ってた。
誰かのために尽くすことやと思ってた。
ほやけど違う。あの服が欲しい、あのマフラーが欲しい、あの人が欲しい。
そんなワガママとなにが違うの? あたしのなかで、なにが違うの?
こんなに欲しいのに、買えないから、もらえないから、
子供みたいに、あたしは泣いたりするんや。
ほやけどあの頃と違うのは、泣いても泣いても手に入らへんこと。
苦しくて悔しくて悲しくて、体中を駆け回る得体のしれん熱い塊が、
あの人の幸せさえ壊してしまえと大暴れする。
膝が震えて、唇を噛んだ。
なんて身勝手で、醜いんやろう。
せんせぇから石川さんを取り上げたかって、
次にあたしのところに来てくれるとは限らへんのに。
- 689 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:26
-
ふと気づくとキャップの彼女が、そんなあたしをジッと見とった。
だるそうにベンチの背にもたれかかり、行儀悪く片足をベンチにあげて。
タワーのオレンジに照らされた、無造作なその姿。
きれいな子やな。夜空もひらりと飛びそうな、金色の猫みたい。
あたしもこんなにきれいやったら、
この世はもっと、思いのままやろうか。
だけど、さっきまで笑っとった唇は一文字に閉じられ、
キャップの奥の大きな瞳は、ひどくつまらなそうに見えた。
妙にクールなその視線に引っ掻かれて、あたしはたちまち居心地が悪ぅなって。
なにやっとんやろ、ほんま今日のあたし変やわ。
もぉ帰ろうって慌ててぺこりと頭を下げた時、
思いがけず、彼女がボソッと声をかけてきた。
「失恋とか?」
ズキッと胸が痛む。
うなずきかけて考え、「たぶん」って答えた。
たぶん、たぶん、たぶん……。
心は、あがいてみたりする。
答えはまだ出とらん、と思ったりする。
ただ、認めたくないだけやけれど。
- 690 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:26
-
「たぶん?」
「……別に、ゆーてないからな、好きやとか」
「なんだ」
「ほやけど、たぶん。その人、好きな人おんねん」
「ああ、諦めたってことか」
諦めた、ってことやろか。
あたしはうなだれる。
そやな、諦めなあかんやろう。吉澤さんも帰ってしもうた。
こうなったら、どうにか諦めなあかんやろう。
欲しいもん諦めるの、すごい苦手やねんけど、どうにかして。
振り返れば、月はいつの間にか空高くあがり、
東京タワーに今にもざっくり切られてしまいそうやった。
吉澤さん、今頃、バスターミナルへ着いたやろか。
あの人も今、こんな気持ちやろうか。
ざっくり切りつけられた胸の痛み。
どうしようもなく溢れ出す赤い血を、両手で必死で押さえるような。
- 691 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:27
-
「言ってみたらいいのに」
痛む胸をかばい、さりげなく喉元を撫でたあたしに、
猫のような彼女はぶっきらぼうにそう言った。無責任な感じに。
「誰だって自分がかわいーんだから、好かれたら悪い気しないじゃん」
これまでと違う目で、あんたのこと見始める。
良くも悪くも、あんたのこと意識し始める。
イケんじゃないの? あんた、まあまあかわいいし。
腕と、月の白さを見比べてみる。
それから、思い出す。
石川さんの、チョコレートみたいな肌。
折れそうにほっそりとした腰。
「全然タイプが違うんです」
「見た目?」
中身も。
小さな声で、あたしは呟く。
凛々しいほど華やかな笑顔。負けず嫌いの優等生。
いつも誇らしげに石川さんを見とったせんせぇ。
困った顔をされるばかりのあたし。
- 692 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:28
-
「そんなの、あんた次第と思うけど」
キャップの彼女はどうでもよさげに、また時計をチラと見た。
「ま、誰も欲しくないものは買わないよね」
ムッとしてあたしは彼女を睨んだ。
買うってなんやねん、人のこと。
なんか憎たらしいなこの人。
こっちが真剣に、落ち込んどるのに。
黙り込んだあたしに、彼女は肩をすくめた。
「自分のこと、商品だって考えたことある?」
「あるわけないやんか」
「ははっ、つまんない考え方かもね。でも、選ばれるってそーゆーこと」
自分の価値は、見つけてもらうものじゃなくて、創り出すもの。
あたしのいいとこ、必死でアピールする。
あたしの良さ、絶対に伝える。全力で伝える。
必死で考えるんだ、目の前のたくさんの瞳を惹きつける方法。
星の数ほどライバルはいて、時間はどんどん流れてっちゃうから
ウソでも輝かなきゃ、見てもらえないよね。
ま、どうせならホントがいいけどさ。
- 693 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:29
-
そこまで一気にしゃべって彼女は、あはっと笑った。
「なーんてね。ま、こんなこと、フツーは考えないかぁ〜」
「え?」
「ううん」
ひらりと立ち上がって、バンと銃を撃つ真似をした彼女。
「よーはさ、欲しがられるよーになればいいってこと」
「は?」
「ドキドキさせる。すごいって思わせる。単純じゃん!」
あたしはますますムッとした。
えらいかっこいいこと、言わはりますな。
ちょっと人よりきれいやと思って、なんやろうこの人。
「そんなんできたら、最初から苦労しまへんわ」
「あっそ」
「………………」
「別に信じることないじゃん、あたしなんかがゆーこと」
腕を組んで、彼女はクックッと可笑しそうに笑った。
キャップの陰から、不思議な瞳が試すようにあたしを見とった。
なんか違う世界の人。ふいにそんなふうに思ってドキッとする。
- 694 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:30
-
「そーだなー。じゃあ、あんたのことタイプって人、好きになったら? 楽じゃん?」
そんな。
そんなことができれば。
苦しく俯いたあたし。
全部わかってるみたいに、彼女は意地悪に微笑んだ。
「ま、世の中、その人だけじゃないからさぁ〜」
ダメだったら次もあると思ってさ、やるだけやってみれば?
なんかもしかしたら、奇跡とかあるかもしんないし。
本格的に呆れて、あたしは彼女を見た。まじまじと。
慰めてくれてるんか、馬鹿にしとるんか、よーわからん。
きっとどーでもええんやな。また腕時計見てはるし。
あたしの手はいつの間にかポッケの中の携帯を離していて、
奥歯を噛み締めるかわりに、ただ苦笑いを浮かべとった。
そりゃそうやな。通りすがりの女の子が泣いとったって、
この東京の夜の中、まるでたいした問題やない。
なのに、ズキズキ胸が痛んで笑ってしまう。
あたしは今、こんなに誰かに助けてほしいのに。
願いを叶えてくれるなら悪魔とだって契約するって思うのに世界は。
- 695 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:30
-
「ところで、あの人たちは知り合い?」
きれいなネイルが、またヒョイと駐車場のほうを指差した。
え? と、振り返ってギョッとする。
あ、あれはっ! あの見慣れた2つのシルエットは!!
「せ、せんせぇ! 石川さんっっ!!!」
「あ、やっぱり知ってる人かぁ」
さっきから、超こっち見てたよ。
のんびりと、彼女の声。
振り返ってあたしと確信したのか、
二人はやっぱり!って顔になって、ダッシュで駆け寄ってきた。
「ああもう、やっぱり唯ちゃんだよー!」
「なにしてんの、こんなとこで! おうちに帰ったんじゃなかったの?」
「高校生がこんな遅くまで外にいたらだめじゃん! 」
「ね、ちゃんとおうちに連絡した?」
肩をつかまれ、ステレオ状態でぎゃあぎゃあ言われてウッと詰まる。
そそそそんないきなりあれこれゆわれてもっ……
てか、せんせぇたちこそ、なんでここにっ……
- 696 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:31
-
「ねぇ、ちゃんとお母さんに電話したの唯ちゃん?」
「お友達と一緒でもあんまり遅くなったらダ……」
そこで二人の動きが、急にぴたりと止まった。
キャップの彼女の顔を見て、せんせぇと石川さんがギョッとした顔で固まっとる。
え、何? わけがわからず、あたしはキョトキョト。
せんせぇたちの表情に気づいた女の子は、
なぜかニッと笑って、さらりと踵を返した。
「じゃね。いつか言えるといーね」
「あ、か、帰るんですか?」
「うん。迎え、来た」
見るといつの間にか街道沿いにタクシーが止まってて、
窓の中から、丸いほっぺの女の子が不安げにこっちを凝視しとった。
一瞬あたしを振り返り、ひらひらっと手を振って、
それから軽やかに駆け出してく、金色の猫みたいな彼女の後ろ姿。
丸いほっぺの女の子がホッとしたような笑顔になり、
タクシーのドアがすばやく開いて、再び閉じた。
ボーゼンとそれを見送っていた石川さんが、
信じられないというような声で、ぽつんと呟いた。
- 697 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:32
-
「………ちょっと、後藤真希じゃん、今の子」
「えっ?」
「や、やっぱ後藤真希だよね?! うそ、なんでー?? 唯ちゃん友達なのっ???」
せんせぇまで、素っ頓狂な声をあげる。
なんでなんで?と二人がかりでガクガク肩を揺すられて、
ちゃうちゃう!友達やないですぅ〜!と声をあげる。
振り返ると、タクシーは交差点をこえて
波のような車の群れに消えてくところやった。
「ご、ごとう、まきって?」
「ウソ! 唯ちゃん、知らないのっ!?」
「さーよなーら友達にーはなりたくないの〜♪の人だよ!」
「PLEASE PLEASE PLEASE GO ON!そりゃ〜なり〜ゆきじゃ〜ん♪のごっちんだよぉぉぉ!」
あーーー。
せんせぇが、頭を抱えてしゃがみ込む。
絵梨香しっかりしてっ!と石川さんが駆け寄った。
「ショックーー。握手してもらえばよかったーーー」
「絵梨香、ここは会えただけでもラッキーとすべきよ!」
「でもでもぉー。ハッ、そーいえばごっちん、誰といました??」
「紺野あさ美よ。間違いないわ、私は見た」
「コンコンかぁー。そっか、やっぱコンコンかぁー」
なんやねん、なんやねん。
わけのわからんことをしゃべりまくる二人、まるでコント。
てか、なんか、いつもと全然違……
- 698 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:33
-
「あの〜……」
二人がハッとしたように振り返る。
せんせぇが照れくさそうに「実は、ファンで」とエヘへと笑った。
「ファン? せんせぇが、あの子の?」
「ウン……かっこいいじゃん。カラダ、きれい」
「カラダきれいだって。絵梨香、やーらしー」
「ちょっ、やめてくださいよ、唯ちゃんの前で〜〜〜」
真っ赤になったせんせぇ。
あたしは、目を丸くする。
初めて見た、子供みたいに慌てるせんせぇ。
憧れのゲーノー人に遭遇して、ぎゃあぎゃあ騒ぐ姿。
そんなこと当たり前みたいに知ってる石川さん。
やらしーなんて、なんか妙に可笑しそうにからかって……
ああ。
もう何度目かわからない、ため息。
あたしはせんせぇのことを、ほんとに何も知らんのやな。
てか、石川さんとさっきの女の子、全然タイプ違うよーな。
- 699 名前:天然さくら色 投稿日:2005/10/20(木) 04:34
-
コホンとひとつ咳払いして、
せんせぇがいつものせんせぇに戻った。
「ところで唯ちゃん、こんなとこで何してたの?」
「……せんせぇたちこそ、なんでここに」
言いかけて、アッと気づく。
石川さんがあたしの肩越しに、東京タワーを見上げとった。
妙に懐かしげに、切なげに目を細めて、
そんですこしだけ、なぜか嬉しそうな微笑みで。
あたしの視線に気づいた石川さんが、
軽く首をかしげて、ニコッと笑った。
「唯ちゃん、よっすぃ〜と、ここにいたんでしょ?」
石川さんは、本当になんてことなさそうに、そう言わはった。
まるでここで起こったことを、最初から全部、見てたみたいに。
それから月にかざすみたいに腕時計を確認すると、
おどけたように、大げさに肩をすくめてみせたんや。
「あーあ、遅かったか。でも、まだ間に合うね」
- 700 名前:雪ぐま 投稿日:2005/10/20(木) 04:36
-
本日はここまでといたします。
レス大歓迎ですが、ネタバレにご注意くださいね☆
- 701 名前:オレンヂ 投稿日:2005/10/20(木) 09:45
- 更新お疲れ様です。
すいません、660は私です。名前入れ忘れてました(汗
いつも雪ぐまさんの風景や人物描写がすごくうまいなぁと思っているんですが
今回も改めて「すげぇー」とうなりながら読んでおりました。
この先の4人がどうなるのか楽しみに読ませていただきます。
- 702 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/20(木) 11:35
- うがー!先が気になるー!
せんせぇ、今回も最高でしたっ。
いろいろ盛りだくさんで、感想がまとまらんっ。
- 703 名前:名無し飼育 投稿日:2005/10/20(木) 21:00
- 更新ありがとうございます
うぅ…間に合うよ…!
- 704 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/20(木) 23:43
- 更新お疲れさまです。
なんていうかすごい好きだなこの作品。
いつもいつも先が読めないです。
ここで止めるなんて…
続きが気になってしょうがないです…。
次回楽しみにしています。
- 705 名前:名無し読者 投稿日:2005/10/24(月) 13:20
- キャップの彼女を見た時の二人の反応が面白かったです
- 706 名前:?雪ぐま 投稿日:2005/10/27(木) 01:00
- こんばんは、雪ぐまです。ちょいとご報告に現れました。
本日、弊サイトBBSにて、前回更新分のスペシャルゲスト(!?)が
タクシーに乗り込んだその後のお話をUPしました。
Jewel of love外伝の外伝 『星の言葉』。
よろしければ、ぜひ読みにいらしてください。
ttp://yukiguma.s45.xrea.com/index.htm
- 707 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/05(月) 00:41
- 待ちます。
- 708 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:52
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 709 名前:名無し読者 投稿日:2006/01/15(日) 23:57
- ほぜん
- 710 名前:?雪ぐま 投稿日:2006/02/10(金) 18:30
- 長期間、更新が滞っていて申し訳ありません。
動きの悪いスレッドで恐縮ですが、現在、続きを執筆中ですので
スレッド整理の際には、このまま残していただけますよう、よろしくお願いしますm(__)m
- 711 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/27(木) 23:27
- よっすぃ〜を早く笑顔にしてあげて!!
- 712 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/19(金) 04:03
- 期待
- 713 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/09(金) 23:56
- …
- 714 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/16(日) 21:37
- 時が経つのは早いもんですね。
せっかくの作品、もったいないなぁ…。
今年中の更新を期待させて下さい。
- 715 名前:雪ぐま 投稿日:2006/09/10(日) 04:46
- ものすごくご無沙汰していてすみません。
>>701 オレンジさん
いつも励みとなるレスをありがとうございます。
素直になれなかったり、なにかとうまくいかなかったり、
でもきっと乗り越えられるはず…かな?w
>>702 名無飼育さん
ありがとうございます〜☆
いろいろ盛りだくさんすぎてまとまらなくなってますが…w
お待たせしてしまって恐縮でした。。。
>>703 名無飼育さん
愛のチカラで間に合いますよ♪ w
>>704 名無飼育さん
とても嬉しいし、励みになります。ありがとうございます。
続きが気になるところで、一年近くも止めてごめんなさい〜〜〜。
>>705 名無し読者さん
( ´ Д `)<友情出演だぽ〜。
>>707〜713 名無飼育さん
たいへんお待たせいたしました。。。
>>714 名無飼育さん
早いものですねえ……(遠い目。
なんとか今年中に更新できました。。。
では、超久々の更新にまいります。
- 716 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:48
-
映画館から出てくると、もう0時近かった。
『六本木ヒルズのレイトショーなら間に合うよ。ここから近いし』
律儀やな、三好せんせぇ。
あたしとの映画の約束、ちゃんと今日中に果たそうとして。
真夜中の六本木ヒルズ、初めてや。
怪獣みたいな、でっかいビル。
ライトアップがきれいでドキドキする。
日本やないみたい。旅行にきとるみたいでドキドキする。
知らない街を、せんせぇと二人で歩いとるみたいや。
広場まで歩いてくると、クモみたいなでっかいオブジェ。
強いライトに照らされて、お化けみたいな影が石畳に落ちとる。
正直、気持ち悪いけど、「かっこええな」なんてゆって、
あたしはさりげなく立ち止まってみたりする。
すぐそこに見える長いエスカレーターを降りたら、もう地下鉄の駅。
それがわかっとるから、せんせぇと二人の時間をもっと引き延ばしたくて。
- 717 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:49
- せんせぇは時計をチラッと見はったけれど、
それからふと右手のほうを見て、ふいに顔をほころばせた。
「唯ちゃんほら、東京タワーが見えるよ」
ほんまやー。すぐそこに見えるなぁ。
オブジェの脚につかまって、あたしははしゃいでみせた。
せんせぇは子供っぽいあたしに笑って、
再び東京タワーをジッと見つめて。
『ごめんね唯ちゃん。あの人、わけわかんなかったでしょう?』
あれから石川さんは、吉澤さんを追いかけて東京駅へ。
手には、吉祥寺のおいしいパン屋さんの袋。
よっすぃ〜のお夜食にね。パンの研究にもなるし。
そう言って彼女は、エヘへと笑った。
『ひとみちゃんってエラそーなくせに、ここぞって時に弱いのよね』
今、せんせぇの手にも、同じパン屋さんの袋。
恋人の愚痴につきあってくれたせんせぇに、石川さんのささやかな気持ち。
なんやそういうことやったんかと、ホッと胸を撫で下ろしたあたし。
そんな自分イヤやなって思ったりもするけど、でも。
- 718 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:50
- 「さてと、面倒だけど帰らなきゃね〜」
せんせぇが、うーんと伸びをする。
面倒なんやったら、帰らへんかったらええやんか。
なんてな。言いたくっても言えへん言葉。
いつもいつも、言えへんかった言葉。
ほやけど今夜は、思い切ってゆうてみようか?
それは金色の猫が教えてくれた恋のセオリー。
ドキドキさせる。単純じゃん!
「か、か、か……」
「んー?」
「帰らんでもええですよ、あたしは!」
せんせぇが、え?と目を見開いた。
緊張であたしはオブジェの脚にしがみつく。
ほやけどせんせぇはすぐに「なに言ってんの」なんて、いつもの笑顔になって。
あーあ、また子供あつかいや。流されとる。
あたしはプーッとふくれた。
- 719 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:51
- 「土曜やもん。朝まで遊んだってええやんかー」
「だめだめ。せっかく築き上げたあたしの信頼が」
確かに。
せんせぇがママに電話したら、
レイトショー観て帰るんも、一発OKで許可でたもんな。
「そうだよ〜。ちゃんとお家に帰さなきゃ」
「えーーーー」
「えーじゃないの。唯ちゃんだって、また遊びたいでしょ?」
「えっ、また遊んでくれはるの?」
「あ、だめだ。受験生だった」
なんやねん!
じとっと睨んだあたしに、せんせぇは苦笑。
「さ、帰ろ」
「いややー」
「だめだよ、終電が」
ぶんぶんと首を振る。
終電は、まだ先やって知っとるで。
そう、あたしはもう決めとった。
映画を観てる時から、ずっと考えとった。
あの東京タワーの下で、涙腺が壊れるくらい泣いたんや。
せんせぇと石川さん、また元通りやと思ったら、泣けて泣けて仕方がなかった。
- 720 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:51
- それだけ悔しかったんや、あたし。
なんでやねん、なんでやねん?って。
なんであたしじゃあかんねん?って。
『いつか言えるといーね』
金色の猫が、そう言ってくれた。
だからあたしはもう打ち明けてしまおうと思う。
せんせぇが、石川さんとの日々に戻らないなら。
「せんせぇ、あのな」
オブジェの脚を、ぐっと握りしめる。
怖くて、せんせぇのことまっすぐに見れんかった。
だけど、あの子の言葉が、頭の中を呪文のように回っとる。
ドキドキさせる。単純じゃん!
そう、せんせぇがかっこいいと言ったあの子みたいに、
いっぺんでいい、あたしもせんせぇのこと撃ち抜いてみたい。
「あたし、あの……」
心臓に当たらんかって、かまわへん。
とにかくこのままは、いややねん。
ただの教え子は、もういややねん。
- 721 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:52
- 「せ、せ、せんせぇのことな……」
「あ、待って」
ふいにせんせぇが言葉をさえぎり、
あたしの目の前にサッと腕時計をかざした。
「もうすぐ、0時」
エッ、そ、それがなんやねん??
言い出し損ねた勇気が、喉から飛び出てUタ−ン。
あたしはむっつり口を尖らせ、軽くせんせぇを睨んだ。
「見てて、東京タワーのあかりが消えるから」
スッと伸ばした、指の先。
目線をとられてタワー見つめたその瞬間、
時計の針がカチリと動き、オレンジのあかりがフッと消えた。
うわ、ほんまや! あたしは、目を丸くする。
「……わりと、あっさり消えるんやなぁ」
「そうだね。音もなく、ね」
オレンジの三角形がなくなった東京の街は、なんか物足りん感じ。
ネオンはいっぱいあんのに、淋しい感じ。
- 722 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:53
- 「見ちゃったな、結局」
「え?」
「伝説があるらしいよ」
東京タワーの消灯の瞬間を恋人と一緒に見ると、
その二人は結ばれる……っていうハナシ。
「いかにも石川さんが好きそうな話でしょ?」
せんせぇはそう言って、フフッと笑った。
「今日は絶対それを一緒に見るんだー!って言ってた」
「石川さんが? 吉澤さんと?」
「そう。きっとあの子は東京タワーにいるから、そこでとっつかまえるって」
そんな……。
思わずあたしは絶句した。
なんなのその自信は?
別れる別れないの大喧嘩しとったんやないの?
「ほんと、わけわかんないよね」
せんせぇが、ひょいと肩をすくめる。
- 723 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:54
- 「どうせ追っかけるんなら、最初っから喧嘩なんかしなきゃいいのにね」
そう言うせんせぇの頬は、かすかに歪んでいて。
長い睫毛が、寂しげにそっと伏せられた。
「せんせぇ……」
まだ、石川さんが好きですか?
やっぱり石川さんがいいですか?
せんせぇはいつも笑ってはるけど、
もしかして時は止まったままですか?
あの、クリスマスの日から。
爪先で、コツンとオブジェを蹴る。
告白しようと思った勇気は、タワーのあかりとともにすっかり消えていた。
あたしはたぶん、ほんまにアホなんやと思う。
心の中で揺れる針はいつも、あなたが望む言葉を探してる。
そう、あたしが伝えたい言葉やなく。
- 724 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:54
- あたしは空へと目をそらして、
あなたが望む言葉を話し始めた。
「見とらんかもしれませんよ?」
「なにを? 消灯?」
「うん。吉澤さん、石川さんのことはもう諦めるってゆっとったし」
「……そう。そんなこと言ってたの」
「うん。もう夜行バスで帰るって。石川さん、間に合わへんかったかも」
それがせんせぇの望み。心の底の願い。
あたしにはわかる。あたしには見える。
ほやけど、せんせぇは笑って首を振った。
「いや、追いついてるねー」
「なんで?」
「携帯、かかってこないもん」
追いつけなかったら、すぐ泣きついてくるに決まってる。
どうしようどうしよう絵梨香どうしよう〜〜って。
「だから見てるよきっと。あのタワーの下で、二人仲良くね」
なんてことない素振りでそんなふうに言う、
せんせぇの横顔は、やっぱりちょっと傷ついてるみたいで。
あたしはそのことに傷ついてる自分を感じてる。
なんやろなあ、もうどうしたらいいか。
あたしはため息をついて、オブジェにもたれかかった。
- 725 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:55
- 「せんせぇ……」
「ん?」
「まだ、石川さんが好きなん?」
ついつい零れ落ちた言葉。
せんせぇが、そうとうギョッとした顔をした。
そういえば初めてはっきり訊いたかもしれん。
教え子ではなく、そうまるで友達みたいに。
「せんせぇ、まだ石川さんが好きなんですか?」
あたしはもうやけくそ気味に言いつのった。
アホやわ、せんせぇ。ほやったらなんで吉澤さんに協力するの?
あのまま、喧嘩したままにしたったらよかったのに。
石川さんの居場所なんて探さへんかったらよかったのに。
「ほやのになんで? なぁ、せんせぇはなんで……?」
- 726 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:56
- せんせぇはひどくバツが悪そうに目を伏せ、
一瞬、キュッと唇を結んだ。
そしてゆっくりと言葉を選び始める。
「……そうね、石川さんと仲直りしたかったし」
フラれたからっていつまでも無視するのも
カッコ悪いと思ってたしね。
みっともない、っていうか……
薄く開いた唇から、低く零れ落ちてきたその言葉。
初めて聞いたかもしれん。
先生ではなく、そうまるで友達みたいな声を。
だけど、せんせぇはすぐにおどけたように小さく肩をすくめて
いつもの大人びた「先生」の顔に戻った。
あたしはその表情にジッと目を凝らす。
いつも本心を胸の奥に押し込める、笑顔のヒト。
睨むみたいにまっすぐ見つめたあたしに、
せんせぇは再びバツが悪そうに目を伏せた。
- 727 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:56
- 「……まぁ、いいじゃない。なんでも」
「よくないです」
「そのうち唯ちゃんにもわかるよ」
「子供あつかい、せんといてください!」
ああ、あたしはいったい何を絡んでいるんやろう。
心臓がズキズキ痛み、視界は蜃気楼のように潤む。
あたしはいったい何を知りたくて、
いったい何をどうしたくて、あたしは……
「さ、帰ろう」
「いやや」
「唯ちゃん」
あかん。あかんで。
せんせぇのこと、困らせたらあかん。
そう思うのに胸の痛みはダイレクトに涙腺に届いてしもて、
あたしはとっさに両手で目をおおった。
「ううっ……」
流れ出しているのは、叶わない恋。
せんせぇ、あなたもこんな気持ちをずっと?
熱い涙は、身勝手なあたし。
不器用なあなたをあたし自身に重ねて、
理解するそぶりで、何ひとつほんとはわからない。
そして、あなたを救う力もなく。
- 728 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:58
- 泣いたら、あかん。
そう思うのに、壊れてしまったあたしの涙腺。
せんせぇが、ものすごく困った顔をした。わかっとった。
ほやけど溢れ出す涙は止まらんかった。
「唯ちゃん」
「………ううっ…くっ……」
「どうして泣くの?」
困惑したような、でもあたたかな声。
髪を撫でられて胸が震えた。
こんな時なのに、胸が震えた。
せんせぇ、好きやねん。あたしはこんなに好きやのに。
「………なんで、石川さんなん?」
ぴたり、と手が止まる。
しまった! あたしはとっさに心を隠す嘘をついた。
「ほ、ほやかって石川さんひどいやんか。せんせぇ…気の毒や」
一瞬、空気がシーンとなった。
タイミングの悪いことに、オブジェを照らしてた照明がパタッと消えた。
せんせぇの顔に夜の闇が落ちて、表情がうまく見えなくなる。
あたしはたちまち青くなった。
- 729 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 04:59
- 「や、あの、気の毒っていうのとは違うかもしれんけど……」
「……んーー」
「えーと、あの、なんかうまく言えへんのやけど……」
あたふたと言い訳する。
あかん、“気の毒”は言い過ぎや。
きっとせんせぇのプライドを傷つける、無神経な言葉やった。
焦って手の甲でごしごし涙をふいたあたし。
おそるおそるせんせぇの顔をうかがうと、
薄闇の中で彼女はどうやら苦笑しているらしかった。
「……いいよ唯ちゃん。確かにあたしは気の毒かも」
「いや、あんな……」
「ありがと。大丈夫」
「あの……」
「ほんとに大丈夫」
だって、とせんせぇは続けた。
そうね、結果は気の毒かもしれないけどね、でもね、
「あたしはあの人が、あたしを愛さなかったとは思わない」
いつになく強い言葉。
せんせぇはフフッと笑うと、遠く東京タワーを見つめた。
- 730 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 05:00
- 「最初からねぇ、わかってたんだ」
この人、忘れられない人がいるんだなあって。
でもね、最初はただ寂しくて受け入れた恋でも、
あの人は確かに、あたしを必要としたんだから。
石川さんはいつもとてもやさしかった。きれいだった。
頼ってくれて、甘えてくれて、甘やかしてもくれて、
このままずっと歩いていけそうって言ってくれた。
「だからね、吉澤さんのことはちょっと頭にきてる」
クスクスとせんせぇは笑った。
そう、吉澤さんはねぇ、もうちょっとなんとかなんないかなァって思うけど。
取り返しにきたんなら、もっともっと石川さんのこと
幸せにしてくんなきゃ困るなあって思うけど。
「でもね、石川さんと別れるって決めたのはあたしだもん」
「え……?」
「放さないこともできたけど、ね」
あの人、別れてって言えなかったからね。
真っ青な顔してボロボロ泣いてたけど、言えなかったからね。
すぐにでも追いかけりゃあいいのに、あたしを気にしてこらえてた。
まぁ情が深いっていうか、馬鹿っていうかねぇ……
だからあたしから手を離してあげたんだと、せんせぇは言う。
それは彼女のプライドなのか、それとも愛なのか。
もしかしたら別れて一年で考えた、せんせぇなりの理由なんかもしれん。
好きで好きでたまらない人を諦める理由……。
- 731 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 05:01
- 「そりゃあね、つらかったけど」
「……………………」
「でも、もういいの。石川さんが今でもあたしのこと特別ってわかったし」
アッ、と思う。
せんせぇが、あの隠れ家カフェに姿を見せた時の石川さんの表情。
ずっと口もきいてなかったはずやのに、
時間を巻き戻したように通じ合ったふたり。
『やっぱり。……ここにいると思った』
『……すごいな。絵梨香に会いたいなって、思ってた』
「友達としてだけどねー」
あははとせんせぇは笑って、ウーンと伸びをした。
でも仲直りできて良かった、なんかホッとしたよだなんて、
あたしの好きなあの笑顔で、でもかなり照れくさそうに。
「あーあ、あたしったら教え子にこんな話しちゃって」
「えっ、なんで? ええやないですか」
「まあね」
案外あっさりとせんせぇはそう言って。
これでなんか吹っ切れそうかなって、ひとりウンウン頷いた。
- 732 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 05:01
- 「ほんまですかー?」
「んー、たぶんね」
「たぶんー?」
「たぶんたぶん」
明るく笑うあなたの本心は、やっぱりあたしには見えない場所にあって
ほんまはまだけっこう複雑なんやないかなって思うとあたしは
またけっこう悲しくなったけれど。
「せんせぇはなぁー」
「んー?」
「すごいなーって思いますわ、あたしは」
「はぁ? なに言っちゃってんの」
「心ひろーい。でっかい」
「どこがぁ?」
「全部」
うまく言えないけれど、せんせぇみたいになりたい。
好きな人に、別れてからさえもとことん頼りにされちゃうみたいな。
愛してるって意味を、ちゃーんとわかってるみたいな。
「せんせぇ、あたし、好きな人がおるんですー」
「へぇ」
「片思いやけどー」
いつの間にかあたしは笑ってた。
告白する気なんかないけれど、伝えたくなった。
うまくいかせるためやなく、知ってほしいからやなく、
ただ、あなたはすごい魅力的やと伝えたくて。
- 733 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 05:02
- 「せんせぇ、ほんと完全に吹っ切れたら教えてなー」
「は?」
「うちなぁ、待ってんねんで?」
「………え?」
すらすらと言葉は生まれて、唇が微笑みをつくる。
あたし、せんせぇが好きやねん。
すっごい大人やなあって憧れとんねん。
ほやからなぁ、もっとあたしも努力して、成長して。
「いつか、せんせぇに釣り合うようになりたいなぁ」
言いたい言えないと、ずっと苦しい気持ちでいた。
想えば想うほど、フラれたらいややと怯えてた。
妹みたいになりたくないと、気取った背伸びで無理をして。
それが不思議と全部、今はなかった。澄んでいた。
だけどせんせぇは絶句して、
それから動揺したように目を泳がせた。
そりゃそうやろな。でも、なんも考えんでもええねんで?
あたしはおもむろに、せんせぇの目の前に腕時計をかざした。
「ところで終電、ないですよ?」
「えええっ!!!」
- 734 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 05:03
- あれからゆうに30分。
帰りたくないあたしの願いは届いて、時刻通りに電車はなくなる。
せんせぇと一緒なら地の果てだって行けるあたしは平気やけれど、
生真面目なせんせぇは、思いがけない失敗にたちまち青くなって。
「ほ、ほんとだ。どーしよー……」
「考えたってしゃあないですわ。このまま朝まで遊びましょ」
「えー、いやマズいよ、ちょっと待ってよー」
「あっ、うちの親に電話いれてください」
「えーーー!!!」
「無断外泊ってわけにはいきまへんわ」
「……タクシーで帰ろ」
「あほらし。ほやったらそのへん泊まったほうが安いですよ」
「と、泊まっ……!」
なぜかせんせぇが妙にあたふたとして、あたしは首を傾げた。
「あたしは泊まらんと、一晩中遊びたいですけどぉ?」
「あ、そ、そうだよね……」
「でももし、せんせぇが眠いんやったらぁ……」
「ううん、いいの! カフェ行こっか! 朝までやってるとこあるから!」
なんやろうかせんせぇは、急に力説しはじめて。
ソッコー、ママに電話して、あっさり許可をとったりして。
- 735 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 05:04
- 「せんせぇ、信用あるなあ」
「あー、もぉ、なんでこんなことに……」
「ええやん、あたし得したわぁ」
「得って……」
にこにこと甘えて絡めた腕を、せんせぇはほどかない。
いつものこと。だけど違う。
すこし緊張してる、あたしの心を知ってしまった横顔。
気にしないで。あたしはそんなふうに思う。
気にしないで。
ただ、好きなだけやから。
石川さんのために苦しんだ、あなたのことを。
どことなく落ち着かなさそうな横顔に微笑みかけたその時、
ふいに派手な着メロが鳴り響いた。
♪♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「あ、あたしだ」
せんせぇがそう言って、バッグのなかをごそごそ探る。
ケータイを取り出してディスプレーを確かめ、
せんせぇはピタッと動きを止めた。
- 736 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 05:04
- 誰ですのん?
身を乗り出して覗き込み、あたしもピタッと動きを止める。
ディスプレーに点滅してた名前は、なんと。
♪♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
いかにもあの人らしく、着メロはしつこく鳴り続ける。
せんせぇは、しばらく迷ってはったけど。
♪♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「………出てもいい?」
「なんでそんなことあたしに訊くんですか?」
「いや、なんか……」
ごにょごにょと呟きながら、せんせぇは通話ボタンをピッと押した。
たちまちあたしにまで聞こえてくるキンキンと高い声は。
- 737 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 05:05
- 『絵梨香、終電なくなったぁ!!!』
「……吉澤さんは?」
『一緒だよぉー。一緒に東京タワーまで戻ってきたんだけどぉ』
「じゃ、どっか泊まればいいじゃないですかぁ」
『お金ないもーん。そんなつもりじゃなかったからぁ』
「吉澤さん持ってないの?」
『それがさぁ、1000円しか持ってないんだよ、この子!』
「ええっ!?」
『それなのにベンチで寝ちゃって起きなくてさぁ!』
「あー、ほぼ徹夜って言ってましたからねぇ」
『そんなの私も一緒だよ! 終電終電って言ってるのにさぁ!』
やれやれ。
せんせぇが苦笑して、あたしに目配せした。
またなんか喧嘩してるっぽいよ?
『ねぇ、どうしよぅ。絵梨香いまどこぉ?』
「六本木」
『うっそ、やったぁ近いじゃん! 帰ってなかったんだー』
じゃあ、一緒に朝まで遊ぼうよぉ。
なーんて甘えた声が携帯の向こうから聞こえてきて。
せんせぇがチラとあたしを見た。
どうしよっか?ってふうに。
- 738 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 05:06
- 「どっちでもええですよ」
って、言うしかないわな。
そりゃ、ほんまはイヤやけど。
せんせぇと二人で遊ぶほうがええけど。
せんせぇはすこし考えて、
「タクシーでそっちまで行く」って話しはじめた。
あーあ、やっぱりな。まぁ、しゃあないな……。
「いくらか貸しますから、それでどっかそのへん泊まって」
……え?
「うん、眠いでしょ? あたしたちはカフェ行くから。そう、唯ちゃんと」
……それでええの?
ピッと電話を切ったせんせぇは、
まじまじと見つめたあたしにニコッと笑いかけた。
さ、行こうかって。
「ええの?」
「なにが?」
「石川さん、朝まで遊ぼーって」
「いやぁ、死ぬほど眠いと思うよ、あの人」
「ほっかぁ」
- 739 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 05:07
- せんせぇが誘いを断ったのは、あたしのためやない。
ほやけどあたしはなんか嬉しかった。
“あたしたち”って言ってくれたこと、嬉しかった。
あたしははしゃいで、ますますせんせぇの腕にムギュッとしがみついた。
「なぁ、せんせぇ」
「んー?」
「うちらもどっか泊まりましょっか?」
「なっ……」
「だって、せんせぇかって眠いんちゃうの?」
「いや、あたしは平気だよ! 気にしないで!」
「あたし、ちょっとは持ってるで、お金」
「いや、そういうことでなくーーー」
せんせぇは、たはって顔になって頭を掻いた。
「あーもう、まいっちゃうなぁ」
「??????」
「唯ちゃん、全然わかってないでしょう?」
何が?
きょとんとしたあたしの腕から、
せんせぇはさりげにするりと抜け出した。
そして素っ気ないくらい、すたすたと歩きはじめた細い背中。
- 740 名前:天然さくら色 投稿日:2006/09/10(日) 05:07
-
ドキドキさせる。単純じゃん?
ふいに、あの金色の猫の言葉がまた。
そしてせんせぇはチラと振り返り、はにかんだように笑って。
「ほら、置いてっちゃうよ?」
待って待って!
あたしはなんかすっごくドキドキしながら
大好きな人の背を追って駆け出した。
もぉ、あたしばっかりドキドキさせられてばっかやんなあ?
- 741 名前:雪ぐま 投稿日:2006/09/10(日) 05:07
-
本日はここまでといたします。
- 742 名前:いちファン 投稿日:2006/09/10(日) 10:05
- いろんなタイミングがからみあって、、唯やん^^カッコイ〜。
そいでもって、雪ぐまさんおかえんなさい!
読めて心底うれしいです。
- 743 名前:ましろ 投稿日:2006/09/19(火) 00:15
- うぉー!帰ってきたー!わーい!
と、まずは再開の喜びを現してみました。
この三角というか四角関係というか・・・。
ドキドキしつつ、なんか楽しく。
雪ぐまさんのお話、やっぱりいいですねぇ。
- 744 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/26(火) 01:39
- 待ってました(涙)
- 745 名前:雪ぐま 投稿日:2006/12/03(日) 03:45
- >>742 いちファンさん
唯やんは、時々ドカンと大胆な感じがかわいいですね〜。
待ってていただいてありがとうございました。
>>743 ましろさん
ありがとうございます。待ってていただいてすごく嬉しいです!
この四角関係、どうもよっちゃんが台風の目ですねw
>>744 名無飼育さん
ありがとうございます(涙)
それでは、更新にまいります。
今回、最終回です。
- 746 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:47
-
薄桃色の花びらは舞い散って、
キャンパスに続く道は、すぐに葉桜になるんやろう。
大切なマフラーに鼻先を埋めながら、まっすぐに伸びる道をジッと見つめた。
あたしは、ここに来たかった。
ずっと憧れとった。
たぶん一緒に入学する誰よりも、不純な動機で。
「唯ちゃーん!」
呼ばれる声よりも先にあたしは、三好せんせぇの姿を見つけとった。
でも、呼ばれて初めて気づいたみたいに微笑んで手を振る。
せんせぇの横には、ひときわ目立つ“きれいなお姉さん”。
すごいな。さっきから新入生がみんな振り返って見とるんやけど。
ほやけど彼女は、そんな視線なんてどこふく風。
ピンクのミニからすらりと長い脚を惜しげもなくのぞかせて、
危ない!めくれるで!ってくらいピョンピョンと飛び跳ねながら、
入学手続きに訪れたあたしのことを、大歓迎で迎えてくれはった。
- 747 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:48
-
「唯ちゃん、合格おめでとう!」
「ありがとうございます〜」
「ありがとうございます〜」
なぜかせんせぇも石川さんにペコリと頭を下げて。
なんでやねん!って、あたしは笑う。
「いっやー、長い道のりだったー」
せんせぇは遠い目。
ちょっとわざとらしくないでっか?
そんなに苦労はかけへんかったと思うんやけどなー。
「もうね、唯ちゃんがうちの大学志望って聞いた時は目眩がしたもん」
「あはは。唯ちゃん、偏差値足りてなかったんだ?」
「足りてないもなにも、はるか圏外だよ!」
圏外からの逆転合格、かっこええやんなあ?
あたしは胸を張って威張ってみたりして。
- 748 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:48
-
「だって、来たかったんですもん」
そう、これでせんせぇの後輩や。
せんせぇと同じ大学で、同じ景色を見られるんや。
あたしはぐるりとあたりを見渡した。
たとえばこの桜並木。
あんがい古ぼけた校舎。
ざわざわした学食の安っぽいテーブル。
ほら、このおうどんの、プラスチックのどんぶりかって。
「ぜーんぶ、一緒やで!」
「え、何が?」
「何のこと?」
ハッ、あかんあかん。
不純な動機がバレてまうやんか。
……って、最初からバレてるような気もするけどな。
- 749 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:49
-
好きという気持ちは、唇のあたりで反応する。
この半年のあたしは、まるで修行僧やった。
英語の構文を読み上げるせんせぇの唇に、
数学の公式を説明するせんせぇの唇に、
吸い寄せられてしまう瞳を閉じて、
横顔で、声だけを拾おうとしてた。いつも。
六本木で朝帰りしたあの日、
朝焼けのなか、せんせぇは眠がるあたしの手をひいて歩いてくれた。
有頂天になってあたしは、すべてがうまくいくみたいな気になったけど、
それはやっぱり都合のいい妄想で。
あれ以来せんせぇは、前にも増してキチンとしとった。
なにげにあたしが甘えても、さりげなくかわされる。
せんせぇが何を考えているのかわからない。
どうしたらいいのか、わからない。
つまりせんせぇに“その気”がないんやろうなと
わかるまでにずいぶん時間がかかった。
- 750 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:49
-
それでも志望校を変えんかったのは意地やった。
だって、どうしようもなかった。
せんせぇの横顔がどんなに素っ気なくても、
不用意にあたしに触らんように気をつけてるみたいでも、
あたしは前よりももっと、せんせぇが好きやったから。
はっきり意識していたのは、
あの日繋いでしまった手のぬくもり。
あたしは毎回、はしゃいでたように思う。
せんせぇを困らせんように、これ以上、意識させんように。
- 751 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:50
-
せんせぇが帰った後、あたしはいつも
ベッドに転がってため息をついた。
枕を抱きしめ、これがせんせぇやったらと思う夜。
憂いは瞳に膜を張って、世界はいつも潤んでた。
唯はなんだか大人っぽくなったわねってママが首を傾げて、
あたしはただ、苦笑いの日々。
どこまでも追いかけたい気持ちと、
もう消えてほしいような気持ちのせめぎあい。
片思いは、心を深くするみたいや。
1秒おきにせんせぇのことを考えて、
たとえ叶わなくても好きと、自分自身に言い聞かせてみたり。
そして半年はあっという間に過ぎ去って、
あたしは今、せんせぇの「生徒」から「後輩」になったわけで。
- 752 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:51
-
「ちゃんと4年で卒業しなきゃだめよ?」
「ハイ」
「できるだけ、いい成績でよ?」
「なんでですー?」
「就職とか、いろいろあるじゃないの」
就職かぁ、遠い話。
石川さんは、頼りないようでいてしっかりしとるな。
せんせぇが好きになってしもたのもわかる。だけど。
そこにいるだけでキラキラ光って目立つ華やかな人を、
いまだに隠すように自分の奥へと座らせるせんせぇの、
そんな気持ち、石川さんにはわかるんかな?
こんなにきれいやと疑ってしまう。
あなた、なにもかも思い通りやろ?って。
「唯ちゃん、サークルとか入るの?」
「あー、どうですやろ。まだなんも考えてないですけど」
「チャラチャラしてる男の人もいるからね。気をつけなきゃダメよ?」
真剣にそんなことを言う石川さんに、あたしは思わず笑った。
微笑ましい、生真面目で心配性なお姉さん。
昔、よく知らないヒトの車に乗ってしまったあたしのこと、
きっと放っとけないと思ってる、やさしい人。
やさしくて、だけどザンコクな。
- 753 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:52
-
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
ふいに石川さんの携帯が鳴って、彼女はごめんねと席を立った。
あたしたちはおうどんをすすりながら、電話が終わるのを待つ。
「あ、マズいなー」
「え?」
せんせぇはふと顔をあげ、ちょっと肩をすくめて笑った。
ほどなく石川さんが戻ってきて、どかっと椅子に腰かけた。
「もー、やんなっちゃう!」
「吉澤さん?」
「今週末、来られないんだって!」
への字に唇を歪ませた石川さんの頬が赤く染まっとる。
よく見ると、目頭にかすかに涙が滲んどるのがわかった。
「ずーっと前から約束してたのに」
ああ。
あたしはうつむいて、おうどんをすする。
石川さんは石川さんなりに、つらい恋をしとるんやな……。
- 754 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:52
-
「あーあっ、ヒマになっちゃったな、週末」
なげやりに言葉を放り出した石川さんに、
せんせぇは笑って、バイトでもしたら?と言った。
ほんまは遊びに誘いたいんやないかな。
あたしはそんなふうに思う。
そんな自分が、拗ねてるみたいでイヤやなって思いながら。
「吉澤さん、忙しいんですよ。お店、広いとこに移ったばっかりでしょう?」
「うん、わかってる。わかってるけどさ」
唇を噛んだ石川さんの髪を、せんせぇがポンポンと撫でる。
ああ、これからこんな姿をしょっちゅう見るんやろうか?
同じキャンパスで、前よりもせんせぇに近づいたのはいいけれど。
「もうやだなー、もうヤダ……」
「まあまあ」
「振り回されちゃってヤだ。約束をアテにして、馬鹿みたいあたし」
へぇ、って思う。
石川さんでも、そんなふうに思うんや。
目を丸くしたあたしに、石川さんは半泣きの顔で照れたように笑って。
- 755 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:53
-
「もうねー、今度こそ別れてやるって思うんだけど」
なんかねー、声を聞いちゃうとダメだな。
手の中で携帯をもてあそびながら、石川さんは呟く。
目の端に、もう隠せないほど涙が浮かんどる。
「やっぱり会いたいって思っちゃう」
また、会えないのに。
そう呟く石川さんの声は、すでに一人言みたいで、
せんせぇは応えるでもなく、おうどんの続きに取りかかった。
せんせぇの前で恋を隠さない石川さんは、やっぱりすこし残酷に見えて。
だけど苦しんで、それでも求めてしまう、
コントロールできない感情をもてあます姿に、
あたしは同情に似た感覚を、初めて覚えた。
人は誰もこんなふうに苦しむものやろうか。
完全に満たされることのない恋に落ちたら、こんなにきれいな人でも。
- 756 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:54
-
「なーんて言ってても仕方ないか!」
ふいに我に返ったように、はにかんで石川さんは笑った。
それはもう、舞い散る桜の花びらのように艶やかに。
「しょうがない。会えなくても頑張るって、自分で決めたことだしね」
あたしは吉澤さんの姿を思い出したんや。
諦めないと、強がって笑ってみせた姿。
ふたりは笑顔がとても似とる。光の量もすごく似とる。
それがたぶん、長い長い恋の理由……。
- 757 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:54
-
授業があるからバイバイと手を振って、石川さんは去っていった。
自分では気づかない光を、惜しげもなくふりまきながら。
「さて、うちらも行きますか。いろいろ案内するよ」
「せんせぇは、授業ないんですのん?」
「うん、あたしはねー、ちゃらんぽらんな大学生だから」
「えー、嘘やー」
「ほんとほんと。真面目なふりをしてるだけ」
無駄にすごい石川さんとは違ってね。
おどけたようにせんせぇは笑い、次の瞬間、
思いがけないことが起こって、あたしの心臓はひっくり返りそうになった。
せんせぇが、さりげなくあたしの背中に触れたから。
「えっ……」
「ん? どしたの?」
「あ、いえ……」
あたたかな手で背を押されて、そこだけがカーッと熱を持つ。
頬がじわじわと赤くなってくのがわかった。
- 758 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:55
-
ど、どうしたんやろせんせぇ、急に。
ずっと触れないように、していたみたいやったのに……。
「あれが体育館」
「は、はぁ……」
「体育はね、ゴルフがおすすめ。大学生って感じするよ」
「そ、そーですか……」
ああ、たかがこんなことで、心臓が早鐘のように。
せんせぇ、好きです。好きでいてもええんですか?
その時、びゅうと強い風が吹いて、
まだ咲きかけの桜が、ちぎれたみたいに目の前をいくつか飛んだ。
巻きあがる髪を押さえ、砂埃に思わず目を閉じたあたし。
「大丈夫? コンタクトだっけ?」
「はい。ああ、びっくりした」
また強い風が吹いて、せんせぇは、
とっさにかばうように風上に立ってくれた。
ほんま、やさしい人やな。あたしは泣きそうになる。
ごまかすように、髪の乱れを手ぐしで直した。
- 759 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:56
-
「唯ちゃん、ずいぶん髪が伸びたねぇ」
大人っぽくなった。
そう言われて、またドキッとする。
せんせぇ、あたしなりにずっと背伸びしてきたんです。
あなたに子供だと思われたくなくて。
「そうだ。入学祝いは何がいい? 何でもいいよ」
「えっ、そんな」
「唯ちゃん、頑張ったからね。奮発しちゃう」
再び歩き出したせんせぇの手が、まだ背中から離れないことに、
とてつもなく浮かれはじめとる自分を感じる。
せんせぇ、そんなにやさしくされると、また期待してまうやんか。
あかんあかん、期待はあかん。あかんけれども……
「じゃあ、マフラーがええです」
「マフラー?」
「これの代わり」
ぐるりと首に巻いたマフラーに手をやる。
せんせぇと石川さんからのプレゼント。
嬉しかった。だけど、石川さんと一緒でなく、
せんせぇだけから、もらえたら。
- 760 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:57
-
その意味が伝わったらしく、
せんせぇは戸惑ったように、背中から手を離した。
あ、しまった……。胸の中がたちまち後悔の色になる。
「マフラーねぇ」
「あっ、な、なんでもええですよ。図書カードとか!」
「あはは、中学生じゃないんだから」
屈託なくせんせぇは笑って、それからくるりと振り返った。
「じゃあ、スカーフはどうかな?」
「スカーフ?」
「もうマフラーって季節じゃないでしょ。それに」
きっと似合うよと、せんせぇは言った。
唯ちゃん、大人っぽくなったから。
「……ありがとうございます」
「じゃあ、これから買いに行こうか」
「ええんですか?」
「いいよ、行こう」
再び、せんせぇの手が背中にまわされて、
あたしはドキドキしながらうつむいていた。
目に映るのは、並んだ4つの足先。
せんせぇのスニーカーとあたしのローファーが、仲良く並んで歩いとる。
- 761 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:57
-
「スカーフって、つけたことないです」
「ちょこっと巻くとかわいい感じのサイズがいいね」
「入学式につけます」
「じゃあ、さくら色がいいね。好きな色でしょう?」
あたしは驚いて、せんせぇを見た。
どうして知ってるの? ずっと言えへんかったのに。
石川さんが好きなピンク色、あたしもほんとはすごく好きなんやって。
「唯ちゃんは、やわらかいピンクが似合うよね」
色が白いからね。
せんせぇは飄々とそんなことを言って、横顔で微笑んだ。
期待はあかん。期待はあかんよ? ほやけど。
「……せんせぇ、手ぇ、つなぎたい」
かなりドキドキする沈黙の後、
背中に触れていた手がスッと降りてきて、
あたしの指先を、そっと握ってくれはった。
壊れそうな鼓動のなかで盗み見たせんせぇの横顔は、
それこそさくら色に染まってた。
- 762 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:58
-
「……せんせぇって呼ぶの、もう変かもね」
だって唯ちゃんは、もうあたしの生徒じゃないんだし。
つないだ手から流れてくるのが、
やさしさだけじゃないような気がするのは、期待やろうか。
そやな、期待はあかん。あかんけれども。
「じゃあ、絵梨香ちゃん!」
「え、絵梨香ちゃん?!」
あたしはなんだかもう浮かれちゃって、
パッと手を離して、せんせぇの腕をギューッとつかまえた。
絵梨香ちゃん、そうや、もうあたしは高校生でもなければ生徒でもないで?
「考えてみたら、3つしか歳、違わんのやなぁー」
「そうだね。同じ大学に通うと思うと不思議」
「絵梨香ちゃん、サークルは?」
「とくに入ってないよ」
「じゃあ、あたしも入らへん」
- 763 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 03:59
-
その代わりに、もしもあなたの恋人として大学生活を送れたら。
今すぐでなくてもいい。いつか、そう、いつか。
石川さんほどの人を、そう簡単に忘れられないのは知っとるけど、
あたし、石川さんみたいに、いつかなるから。
ううん、石川さんよりもきれいになるから。
「なぁ、絵梨香ちゃんちに遊びに行きたい」
「ええっ、ち、散らかってるよ……?」
「あたしが片付けてあげる!」
まいったなあって感じに絵梨香ちゃんは、
いつものあの気弱な笑顔を見せた。
だけどいつもみたいに「だめだよ、勉強は?」なんてことは言わんかったんや。
- 764 名前:天然さくら色 投稿日:2006/12/03(日) 04:00
-
門前の桜並木はまだ咲きかけで、頼りなく風に揺れている。
でも、入学式の頃には満開の花が咲くやろう。
そんなふうにうまくはいかんかもしれんけど、でもいつか。
細い腕をぎゅううと抱きしめたら、
唯ちゃんあの、胸が…って、
絵梨香ちゃんが真っ赤になってそっぽを向いた。
☆おしまい☆
- 765 名前:雪ぐま 投稿日:2006/12/03(日) 04:02
-
途中、長い間お待たせしてしまって恐縮でした。
『ewel of love 〜結晶〜』、完結です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
- 766 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/03(日) 04:52
- 完結おめでとうございます。
そしてありがとうございました。
いつも更新のたびにお話を読む喜びを
戴いていました。
楽しかったです。
- 767 名前:いちファン 投稿日:2006/12/03(日) 17:24
- ああもう。。ただただ、ありがとうございました!!
私も、楽しかったです。
- 768 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/04(月) 04:10
- 完結おめでとうございます。
雪ぐまさんのお話の三好さん、とても好きです。もちろん唯やんも石川さんもよっちゃんも。
素敵なお話をありがとうございました。
- 769 名前:コウハク 投稿日:2006/12/05(火) 20:28
- 感動しました。ありがとうございました。
しかしこの後の行方が気になるー
いい映画を観た後なかなか席を立てないときのような気分です
- 770 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/06(水) 19:15
- 完結お疲れさまでした。
- 771 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/08(金) 01:31
- お疲れさまでした。
ラスト更新を読む前に、もういちど最初から読み返してみました。
ありきたりな言葉ですが・・・すごくよかったです。
寒い夜なのに、桜咲く春の風景が見えました。
- 772 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/12(火) 22:58
- 完結おめでとうございます。
飼育の作品をほんの数ヶ月前から読み耽るようになった新参者です。
雪ぐまさんの作品の流れの中には、人を惹き寄せる波が必ずありますね。
心の機微の表現が絶妙だと思います。
この作品を発表された丁度同じ時期に、私は病室の窓から美しいタワーを見つめていました。
そのほんのすぐ傍で素敵なシナリオが展開されていたと思うと、苦しかった当時の事が
また違った輝きを放っているように見えて、幸せな気持ちになりました。今は復活仕事人してますよ。
雪ぐまさん、ありがとうございました。
今後のご活躍も期待しています。
- 773 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/31(日) 19:50
- 遅ればせながら完結お疲れ様です。
『ふたりは笑顔がとても似とる。光の量もすごく似とる。
それがたぶん、長い長い恋の理由……。 』この言葉
今の二人にとっても合ってると思いました。
- 774 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 14:35
- 完結お疲れ様でした
幾度目かの癒しのメソッドを読ませて頂き
…自分の中で最高の作品だと改めて実感しました
その感動に浸りつつ、jewel of loveを一気に読みました
サイトにお邪魔しているのであることは知っていましたが
慣れないものにいちいち躊躇う紺野さんのように
なかなか始められませんでしたが
素晴らしい作品でした。
本当にありがとうございました
- 775 名前:雪ぐま 投稿日:2007/02/08(木) 01:12
- 766> 名無飼育さん
ありがとうございます。私もレスをいただくたびに
大切に読んでいただけてるんだ〜と実感できて、
書く喜びをいただいているんですよ〜☆
767> いちファンさん
ありがとうございます。登場人物と一緒に一喜一憂しつつ、
書いていて私もとても楽しかったです♪
768> 名無し飼育さん
やはりリアルのご本人達が頑張り屋さん揃いだから、
書くほうも力が入りました。好いていただけて嬉しいです☆
769> コウハクさん
この後の行方はもちろん……w
いや、書こうかなーと思ったんですけれど、
きっとご想像に任せたほうが素敵な展開かな〜と思います♪
770> 名無飼育さん
ありがとうございました。うーん、完結できて良かったですw
- 776 名前:雪ぐま 投稿日:2007/02/08(木) 01:13
- 771> 名無飼育さん
わざわざ最初から読み返していただけたんですね!
とても嬉しいです。もうすぐ桜の季節ですね。
桜はとても好きなので、また桜にちなんだお話を書いてみたいと思っています。
772> 名無飼育さん
そこまで言っていただけて、とても光栄だし励まされます。
ご病気だったとのこと、回復されてほんとうに良かった。
健やかな日々を、これからも思いっきり楽しんでくださいね!
そのひとつに私の小説を読むことも加えていただけたら、
これ以上の喜びはないなと感じました。ありがとうございます。
773> 名無飼育さん
そう、いしよしって笑顔と光量がすごく似てるんですよー。
ほんとお似合いだな〜と思いつつw
きっと今、とても苦しんでるよっちゃんを、石川さんが支えてくれてるといいな…。
774> 名無飼育さん
癒しのメソッドと同じく、Jewel of loveも私の中で特別なお話でした。
両方お読みいただき、大切に思っていただけて、すごく嬉しいです。ありがとうございます!
さて、次のお話は、雪ぐま初のガキさん視点です。ドキドキw
5期好きの人におすすめ…かな。
- 777 名前:& ◆MCzwYGu7Zc 投稿日:2007/02/08(木) 01:14
-
『アフロディーテのオレンジ』
- 778 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/08(木) 01:15
-
赤く染まる雲の隙間から、細い光が降り注いでたあの日。
薄暗い体育倉庫の中に、華奢な背中の女の子がいた。
やわらかそうな髪をキャミソールの肩に落としてひざまずき、
ジッとうつむいたまま、彼女は身じろぎもしなかった。
小窓から差し込む夕陽に、その影を長く長く伸ばして。
- 779 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/08(木) 01:15
-
……すごい。絵の中みたいだ。
ドアノブを握りしめたまま、私は一瞬、息をのむ。
それからすぐに、ハッと我に返った。
待って、なんでこんなところに人がいるの?!
- 780 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/08(木) 01:17
-
校庭の片隅にある、小さな体育倉庫。
ここの鍵は、先生しか持っていないばずだった。
その鍵を借りて、週に1度こうして見回りを任されてるのは私だけなのだ。
6年生になって体育委員長に選ばれたばかりの、私の初仕事。
「ちょっとアナタ、どうやってここに入ったんですか?」
彼女はピクリとも動かなかった。
ほんとに絵の中みたい。なんか怖い……。
一瞬、逃げ出しそうになったけど、
責任感から、私はかろうじてふんばった。
「何年生ですか? 何組?」
必死で威厳を保って彼女に話しかける。
やっぱり返事はなかった。
私はもう一度、ドアのとこから声を張り上げた。
「体育委員長のニイガキリサです! あなた誰ですかーっ?!」
- 781 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/08(木) 01:18
-
空気がびりびりと震えて、
やっとゆっくりと振り返った彼女。
その横顔に、私は目を丸くした。
「なーんだぁ、タカハシさんかぁー」
絵の中の彼女は、同じクラスの高橋愛だった。
「なぁーにやってんの、こんなとこでー」
幽霊とかじゃなかったことにホッとして、いつもの調子で話しかける。
なのに高橋さんは、またプイッと向こうを向いてしまった。
思わず、ムッとする。
何この子、やっぱちょっと感じ悪いな……。
高橋愛は、この春、うちの小学校にやってきた転校生だった。
どこから来たんだか、訛りがヒドくて何しゃべってんだかわかんない。
転入してきた日に、そのことをちょっとからかわれて大泣きして、
それからずっと誰ともマトモにしゃべろうとしない変わった子だ。
てゆうか、いまやむしろ仲間ハズレ?
ま、なんでもいーんですけどね。
- 782 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/08(木) 01:19
-
とにかく、どうやってここに入ったか聞き出さなくちゃあ。
華奢な背中に、ズカズカと歩み寄る。
「ちょっとちょっとタカハシさーん?」
あなた、なんでこんなとこにいるわけぇ?
そう訊こうとした時、私の目はその理由らしきものを見つけた。
ひざまずいた高橋さんの前に眠ってる、真っ白な子犬。
「あっ、かわいいねー」
てのひらに乗っちゃいそうな小っちゃな子。
思わずしゃがみこんで手を伸ばした次の瞬間、
私はとんでもないことに気づいて、あわてて指をひっこめた。
……ちょっと待って。この子、死んでる……
「うわ…っ…」
反射的に高橋さんの肩にすがりついて、その顔を見上げた。
身じろぎもしない彼女の目が、うつろに子犬を見つめていた。
その頬に、泣いて乾いた痕があった。
さんざん泣いて、泣いて泣いて乾いたような痕が。
- 783 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/08(木) 01:20
-
「ちょ、ちょ、ちょっと……どーなって……」
よく見ると可哀想な子犬は白い毛並みじゃなくって、
茶色の毛に白い粉がまぶされたみたいになっていた。
目をあげると、校庭にラインを引く石灰の紙袋が破れて、
あたりの床が真っ白になっている。
ああ、この子、石灰で白く染まってるんだ。
そうかきっと、いたずらで袋を食いちぎっちゃって。
「どうして……」
思わず、高橋さんを責めた。
ねぇ、ナイショで飼ってたんでしょう? この子のこと。
どっかから拾ってきて、ここに連れてきて。
もうすぐ夏がくる、こんな蒸し暑い倉庫のなかに閉じこめて。
「ひどい……」
ため息とともに、思わず呟きが漏れる。
たちまち高橋さんの肩が震えた。
- 784 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/08(木) 01:21
-
「ううっ……」
泣いたって遅いよ。
そりゃあ死んじゃうよ、可哀想に。
ただでさえ暑さで弱ってるとこに、
こんなにいっぱい石灰の粉を吸い込んじゃったらさ。
「まったく、なんでこんなとこで飼おうとか思うわけ?」
もしも石灰の袋が破れなくても、
閉め切られたこの場所じゃあ、きっと夏は越せなかったと思う。
それって、すこし考えたらわかりそうなこと。
そうだよ、すこし、この子のキモチになって考えたら。
「おかー…さ…が…ぬ………いで」
「は?」
「おかーさ……が……い…ぬ………嫌い…やで………」
「お母さんが犬嫌いなの? それでここで飼ってたわけ?」
こっくりと彼女はうなずいて。
それから堰を切ったように、わんわんと声をあげて泣き始めた。
- 785 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/08(木) 01:21
-
「ちょっ、泣いてる場合じゃないでしょ!」
「☆%!★ !☆%!★!!!」
「あー、なに言ってるのぉ!? 全然わっかんな……」
「!!!!!!!!」
「ちょっともぉ、泣かないでったらぁーーー!(汗」
可哀想な子犬の前にべったり伏せて、
高橋愛はただ、ぎゃんぎゃんと泣き続けた。
ちょっと勘弁してよォ………。
私は深々とため息をついて、自慢のオデコに手をあてたんだ。
ねぇ、どうするの、この状況?
泣きたいのはホント、こっちのほうですよ……。
- 786 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/08(木) 01:22
-
◇ ◇ ◇
………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………
◇ ◇ ◇
- 787 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/08(木) 01:23
-
泣き虫の高橋愛。
あんたはいつも困った問題を連れてくる。
私はいつだって頭をかかえて、
それから、なかなか泣きやまないその肩を抱く。
泣き虫の高橋愛、波のような感情。
風の吹くまま荒れるだけ荒れて、
そして何事もなかったようにケラケラ笑い始める。
ねぇ、私は波の上の小舟みたい。
あんたはたいてい考えなしで残酷で、
いつだって私を困らせて平気だった………。
- 788 名前:雪ぐま 投稿日:2007/02/08(木) 01:24
-
本日はここまでといたします。
- 789 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 11:48
- 雪ぐまさんがこの人に語らせるとは。5期好きは知ってましたがちょっと意外です(笑)
いやー、でも5期ヲタとしてめちゃくちゃうれしいです。
いろいろ勝手に期待しつつ、お待ちしてますw
- 790 名前:ぽち 投稿日:2007/02/08(木) 16:01
- お久しぶりです!
以前の5期作品でまこっちゃん好きなのに、雪ぐまさんの作品を呼んで愛ちゃんも好きになりました。
今回、ガキさんにも同じ感情が生まれそうです。楽しみです。
- 791 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 00:24
- ほう、雪ぐまさんガキさん書きますか
小説で描写しようとすると凄まじく難しい人物なんですよね実は
続きを楽しみに期待してます
- 792 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/13(火) 09:32
- どういった物語になるんでしょうね。
引き続き楽しみにしています♪
- 793 名前:& ◆MyEk8T/xYo 投稿日:2007/02/15(木) 04:42
- 789> 名無飼育さん
ガキさん視点、ちょっと気が向いたっていうか〜…いやいやw
ガキさんはとってもいい子だなあと思って、なんだか書いてみたくなったのです☆
790> ぽちさん
お久しぶりです♪ 作者冥利に尽きるお言葉、ありがとうございます。
うちのガキさん、まだどんな子かわかりませんけど、愛してもらえると嬉しいなあ〜…。
791> 名無飼育さん
あらっ、無謀な取り組みだったかしらw
雪ぐまが思うガキさんの魅力を伝えられたらいいなぁと思います。
792> 名無飼育さん
わりあい地味な物語になるのではないかと思われますw
でも、楽しんでいただけるよう頑張りますね♪
では、更新にまいります。
- 794 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/15(木) 04:44
-
「ううん、高橋さんはいいの。ガキさんだけでいいの」
ねっ?お願い。向こう、けっこう乗り気でさぁ。
なんかこっちの人数、足りなくなっちゃって。
そう言ってかわいらしく手を合わせたクラスメイトに、
私は内心、やれやれとため息をついた。
高校生ともなると、人付き合いはなかなか複雑。
そして覚えたこと→→→『合コンのお誘いはビミョーな気持ち』。
だって、だってですよ?
タカハシアイは連れていきたくないけれど、
ニイガキリサなら連れていってもかまわないとは、これいかに?
- 795 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/15(木) 04:45
-
「だって高橋さんってさー、空気読めないじゃん?」
「あははははー、確かに」
軽〜くハナシを合わせつつ、すばやく思う。
違うな、そんな理由じゃないでしょ?
高橋愛を連れてったら、
下手したら向こうのオトコ、全部もってかれるからね。
私ならまァ、そんな心配はないってわけだ。
「んー、まぁ遠慮しときますよ」
「えー、なんでなんでー?」
「いッやー、土曜はピアノのレッスンがねぇ〜」
「うわ、お嬢っぽーい」
「はっはっはー。いやいや、母がうるさくってねぇ」
ごめんね、他をあたってよ。
そう言うとクラスメイトは「ちぇーっ」って顔で、
でも、わりとサクッと去っていった。
ハイ、お疲れさま。
- 796 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/15(木) 04:46
-
クラスメイトがドアの外に消えるのを見送って、
私は再び、鍵盤に指をのせた。
土曜日にピアノのレッスンがあるのは本当。
放課後の音楽室で、こうして好き勝手に弾いてるほうが楽しいけれど。
さて、何を弾こうかな?
パラパラと楽譜をめくりながら、しばし考える。
気分的には、ショパンの『革命』?
それか、そうだなぁ………
「リクエスト!」
「わーーーーっ!!!!」
いきなり背後からガッと肩をつかまれて、私は飛び上がった。
ちょっとちょっとちょっとちょっとぉー?
わかってますよぉ〜、この声は!
「………愛ちゃん、いたのォ?」
「おったよー。寝てた」
あそこで、と音楽準備室をヒョイと指さす。
やれやれ。午後からずっと姿が見えないと思ったら、
まーた、勝手にお昼寝タイムでしたか。
- 797 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/15(木) 04:48
-
「もー、やめなってそーゆーことはぁ」
「自習やったがし」
「ホームルームもありましたー。委員会、決めたのに」
「ふーん」
「あのね愛ちゃん、清掃委員だから」
「げ!なんで? 最悪やがし!」
「その場にいなかったアナタが悪い」
うええーーー。
愛ちゃんはくしゃっと顔をしかめたけれど、
次の瞬間、ま、いっかぁって感じにヒョイと肩をすくめた。
あーあ、はやくもサボりまくる気だよこの人。
「あのね愛ちゃんアナタねぇ……」
「ガキさん、行ったらよかったがし」
「は?」
「合コン」
なんだ、それも聞いちゃってたのか。
今度は私が肩をすくめる番。
愛ちゃんがビアノの椅子に無理やり座ってきて、
いかにも面白そーに私の顔をのぞきこんだ。
- 798 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/15(木) 04:49
-
「カレシできるチャンスやったかもしれんよ?」
「別にいりませんー」
「女子高イヤやーって言ってたがし」
「それとこれとは」
「なんや、違うの?」
クックと笑って、彼女はポーンと鍵盤を叩く。
まったく、笑ってる場合ですか?
整った横顔を見ながら、そんなふうに私は思う。
『高橋さんはいいの、ガキさんだけでいい』
肩から背中に流れる長い髪は、あの頃と変わらない。
愚かなエゴで子犬を死なせてしまったあの頃と。
だけど、彼女は今、驚くほどきれいになった。
イマイチかわいげのなかった地味な顔立ちは、
いつしかハッと目をひくほどの整った美貌になって、
ずっとバレエを続けている背中は、無駄のないしなやかなラインで。
- 799 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/15(木) 05:01
-
『高橋さんはいいの、ガキさんだけでいい』
やたら男の子にモテちゃうから、女の子に嫌われる。
しかも誘われればそれなりに笑ってみせるから、タチが悪い。
あの子と映画を観たらしい。あいつと一緒に帰ったよ。
ひそひそと囁かれるのは、嘘かまことかわからぬ噂。
次々と浮き名を流す、それってまるで恋の女神アフロディーテのようだね……なんて、
そんなこと言ったら愛ちゃん喜ばせるだけだから言わないけどさぁー。
『高橋さんはいいの、ガキさんだけでいい』
だから中学では私くらいしか友達がいなかったわけだけど、
だけどいいかげん、ほかの理由に気づいてもいい。
男の子がいない女子高に進学してさえ、
まともに友達ができない理由について。
- 800 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/15(木) 05:02
-
「フン、あの子らが合コンやって。あははっ!」
「ちょっとちょっと愛ちゃん?」
「ククッ。あのメンツじゃあ、向こうが気の毒やの〜」
「わーー! シーッ!シーッ!」
まったく、この口の悪さ。なんとかなりませんかね?
そんな調子だから、アナタ友達できないんですよっ?
「やっぱガキさん、行ったげたら良かったのにー。一番人気やったよ、絶対」
「いやいやいや、私も同レベルですから、同レベル!」
「ほんなことない、かわいいって。あたしの次の次の次くらいやけど」
「………………………」
こんな女と、なんで一緒にいるんだか。
我ながら、そーとー物好きなような気がするな。
てか、まあ、性格がアレなくらいならいいんですけどぉ……
- 801 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/15(木) 05:03
-
「で、ガキさん、今度の土曜なんやけどぉ〜」
キタ ━━━━━━ Σ(;゜e゜)━━━━━━!!!!
私はあわてて、彼女の次の言葉をさえぎった。
「だから土曜はピアノのレッスンだってば!」
「一日中ってわけやないやろ?」
「そりゃそうだけど」
「オクでいい席出てるんやって。一緒に観よ? ね? ね?」
いやいやいや、ほんっと勘弁してくださいよ!
その演目は、もう2回観ましたから私ーっ!
「舞台はナマモノやもん。毎回違うやろ? 声の調子やとか」
「そんなマニアックな視点で観てませんから」
「観なあかんって。もったいないがの」
いや、同じ演目を3回も観に行くほうがもったいな(ry
なーんて言っても通じないんだよなぁー。
あーあ、まったくなんとかなりませんかね、このタカラヅカ病。
- 802 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/15(木) 05:04
-
「宝塚の良さがわからんなんて!」
「はいはい。一人で行ってきたらいいじゃん」
「それが二枚組でしか落とせんのやわ」
「そーゆー理由かよ!」
やれやれ、まったく身勝手な。
思いっきり呆れた顔をした私に、
愛ちゃんは照れくさそうに、ヘヘヘと笑った。
「すんません」
「とにかくダメー」
「えー、お願いリサちゃん♪」
「こんな時だけかわいい顔してもダメー」
「ちぇ。なんだよガキ」
「ぬわっ! お前な〜〜〜!!!」
グーで殴るふりをした私に、愛ちゃんはアハハと笑って窓辺に逃げた。
まだまだ夕暮れは遠い、夏を待ってる夕方。
夏服の白いセーラーをヒラヒラと風になびかせながら、
愛ちゃんは、わりとあっけらかんとこんなふうに言ったりするんだ。
「だって、ほかに誘える人、えんのやもーん」
私はすこし気まずい気持ちになって、なんとなく楽譜をめくった。
じゃあ、やっぱりつきあってあげようかな。
あっという間に、そんな気持ちになりながら。
- 803 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/15(木) 05:05
-
軽くポロンと音を鳴らすと、窓の外を眺めたまま愛ちゃんが、
「じゃあ、代わりにリクエストー」って、子供みたいな声をあげた。
「………なに?」
「あれ弾いてや、あれ」
ああ、ハイハイ。
“あれ”でわかっちゃう私って、どーなんでしょ?
鍵盤にスッと指を置いて私は、
もうすっかり暗譜しているあの曲を弾きはじめた。
愛ちゃんが、すうっと息を吸う。
「♪愛〜それは〜甘く〜、愛〜それは〜強く〜……」
はい、ベルバラの『愛あればこそ』ですね−(やれやれ。
こっぱずかしい歌詞もなんのそので、
空に向かって朗々と歌い上げる愛ちゃん。
細い喉から、やけに本格的なビブラート。
すごくうまいなあって、素直に思う。
トラブル起こしてこの子ったら、あっという間に合唱部もやめちゃったけれど。
- 804 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/02/15(木) 05:12
-
「♪あ〜あ〜、愛あれ〜ばこそ〜……」
ノリにノッてサビにさしかかった、その時だった。
何の前触れもなくいきなりバタン!と、音楽室のドアが開いたんだ。
「あのっ、いま歌ってたの、誰ですかっ!?」
子熊のように転がり込んできた校則違反のド金髪に、
愛ちゃんがぴたっと歌をやめ、目をまんまるにして固まった。
「今のベルバラですよねぇー?! すっごい上手ぅ! もっかい歌ってぇ!!」
いかにも人の良さそうな、その朗らかな声。
パクッと太陽を食べちゃったみたいな笑顔に、
私でさえ一瞬、目を細めてしまったからわかる。
オガワマコト。
私はきっと一生、忘れない。
あなたが高橋愛のドアを開けた、あの瞬間のことを。
- 805 名前:雪ぐま 投稿日:2007/02/15(木) 05:13
-
本日はここまでといたします。
- 806 名前:ぽち 投稿日:2007/02/15(木) 07:31
- おっ、嬉しいサプライズ!
どんな話になるのか想像もつきませんが、楽しみです。
- 807 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/15(木) 23:41
- わっ!!!も、もしかしてあのCPですか!?!?
初めて書き込みます。
今まで雪ぐま様の作品いつも小躍りしたり涙しながら読まさせて頂いてましたが(爆死。失礼しました。
ヤバいくらい楽しみです。待ってまアす。
- 808 名前:807 投稿日:2007/02/15(木) 23:43
- すみませんm(u_u)m。>>807の者です。
sageるの忘れていました(死
本当にすみませんでした。
- 809 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/16(金) 11:46
- 雪ぐまさんがガキさん視点で物語を描かれるとは…。
こりゃ楽しみです。ものすごい期待して待ってますw
- 810 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/16(金) 12:04
- ちょっと出会うネタがネタで笑ってしまったっていうか
この人相変わらずこうなんだろうな〜w
たぶん他の人が期待してるのと別方向に期待してる自分がいます。
いや、こっちがくっついてほしいとかそういうことじゃなく。
- 811 名前:雪ぐま 投稿日:2007/03/12(月) 23:58
- 806> ぽちさん
ありがとうございます。頑張りますね♪
しかし、マコって今、どうしてるんでしょうねぇ〜。
807> 名無飼育さん
いつもご愛読いただきありがとうございます☆
なかなか更新できなくてすみません〜。頑張りますね!
809> 名無飼育さん
なんか最近、気になって…w>ガキさん
ご期待に添えるかどうかわかりませんが、楽しんで書かせてもらいます。
810> 名無飼育さん
あの人、ずっとこうっぽいですよねw そういうとこ面白い。
どの方向にいってもお楽しみいただけるよう願ってます☆
では、更新にまいります。
- 812 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/12(月) 23:59
-
やおら愛ちゃんは窓から身を乗り出し、
彼女に向かって、大きく手を振った。
「オガワマコトォ!」
アフロディーテのように愛ちゃんの髪は風になびいて、
振り返るまこっちゃんの笑顔は、もぎたてのオレンジのよう。
女神が欲しがってる、太陽色のおいしそうな果物。
- 813 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:00
-
「週末、タカラヅカ行こー!」
「おっ、いいっすねぇ!」
まこっちゃんは頭の上で両手を大っきくマルー!ってした。
まこっちゃんの隣にいたコンコンが、
またタカラヅカ〜?みたいに笑って、私も肩をすくめてみせた。
やれやれ。
愛ちゃんのヅカ病、ますます悪化しちゃうじゃないですか。
「愛ちゃん、お昼食べたぁー?」
「まだー」
「じゃあ、降りてきなよー。外、気持ちいいよー。一緒に食べよー」
まこっちゃんの言葉に愛ちゃんは、
そりゃもう嬉しげにうなずいて、パッとあたしを振り返った。
「ガキさん、行こっ。外、気持ちいいって!」
「はいはい」
日灼けするから外はイヤなんじゃなかったっけ?
まあ、いいですけどね。
- 814 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:01
-
まこっちゃんとコンコンは、
中庭の隅の大きなポプラの樹の下でお弁当を広げていた。
3つも隣のクラスだからこれまでしゃべったこともなかったけれど、
ふたりはとっても素朴ないい子たちで、こっちが恐縮しちゃうほどだった。
とくに、まこっちゃん。
なんつーかこぉ、愛ちゃんとはずいぶんキャラが違うんだけど、
………妙に仲いいんだよねぇ。
「まこっちゃんて、あんがいお弁当ちっちゃいのー」
「いけませんかぁ?」
「なんか弁当は大盛りってイメージやわー」
紺ちゃんがプッと吹き出して、まこっちゃんがムウッと赤くなる。
失礼とわかってるのかいないのか、
愛ちゃんはさらに、まこっちゃんのお腹のあたりをナデナデ。
「んぎゃー、くすぐったい! やめてぇえぇー!」
「あはは。やわっこーい♪」
「ちょっ、さわんなよぉ!さわんなって!!!」
「なんでー? さわらしてー♪♪♪」
- 815 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:02
-
逃げ回りながらもまこっちゃんは弾けそうな笑顔で、
じゃれつく愛ちゃんもものすっごく楽しそうで、
私はなんか所在なく、もぐもぐと卵焼きを齧った。
紺ちゃんと目が合うと、彼女もなんだか困ったように曖昧に笑った。
「……えーと紺ちゃんはぁ、陸上部だっけ?」
「あっ、うん、そう」
「なーんか意外だなぁ、文化部っぽい」
「あ、ちゅ、中距離だけね、得意っていうか」
「そぉなんだー」
「うん……」
「へぇ……」
うーむ、どーも話題に困るなァ……。
まこっちゃんと愛ちゃんは、めくるめくヅカトークを繰り広げてるけど、
あたしとコンコンは、なんだか入り込めなくて。
お弁当を食べ終わっても、
まこっちゃんと愛ちゃんのヅカトークは続いていた。
共通のネタもないあたしと紺ちゃんはどことなくぎこちなく、
でもまあ、新しい友達ができるのはいいことだよねって感じに
無難に、穏便に、時間をやりすごしていて。
- 816 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:03
-
午後の授業が始まるチャイムが鳴って、
やっと愛ちゃんは、まこっちゃんから離れた。
「じゃあ、明日のー♪」
「おう!じゃあ、ここでね!」
バイバイと手を振りあってるふたり。
なるほど、明日も一緒にお弁当なのね。
いや別に、異存はないんですけども。
「あー、まこっちゃんってオモロ!」
「うん、ヅカ仲間ができてよかったねぇ」
「あの子さ、ダンスやってるんやって」
「へぇー」
「今度、レッスン見に行くんや。面白そーやったらあたしも習お!」
ガキさんも行く?って、愛ちゃんは訊いてくれた。
だけど私は、ウウンって首をふったんだ。
ダンスとか、べつに興味ないし。うん、そう、別に……
「ほっかぁ〜。カラダ動かすって気持ちいいよぉ?」
そう言って愛ちゃんは楽しげに腕を伸ばし、
軽やかにバレエのステップを踏んだ。
◇ ◇ ◇
- 817 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:04
-
…………………………………
…………………………………
…………………………………
…………………………………
…………………………………
- 818 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:05
-
今でも、座ってる愛ちゃんの後ろ姿を見るとドキッとする。
小学生だったあの日、華奢な背中に流れていた長い髪。
細く、でも確かに舞い降りていた夕方の光。
時が止まったようだった、絵の中の少女。
- 819 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:06
-
あの時、彼女が呆然と眺めていたのは可哀想な子犬だったけれど、
今日、彼女が目を落としていたのはカバーをかけた文庫本。
そう、あんがい読書家。
「なに読んでるの?」
「内緒」
「あっそ」
愛ちゃんはパタリと本を閉じ、
長い髪をうるさそうにかきあげた。
放課後の教室。
夕暮れはまだ遠い、初夏。
- 820 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:16
-
「続き読めば?」
「もー帰るよ」
「あ、そおなの?」
「待ってたんやがの」
「え? 私のこと?」
こっくりと愛ちゃんは頷き、私は微笑んだ。
たまに、こういうことがある。
こういうかわいいとこがある。
「ありがと」
「なにが?」
「んーん、なんでもない。帰ろ」
私はバタバタと鞄に教科書を詰め込みながら、
黒板の落書きが気になって、
愛ちゃんに「消して」って頼んでみる。
「なんで?」
お約束みたいに愛ちゃんはニヤリと笑って、
私は「もー」とか言いながら、せっせと黒板をきれいにする。
いつもの放課後。だけどすこし特別な感じのする時間。
- 821 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:17
-
「はいはい、お待たせー」
「んー。で、先生の用事、なんやったの?」
「あー、なんか別に雑用? 戸棚の整理させられた」
そう言った私に呆れたように
愛ちゃんは、軽く眉をあげた。
「またぁ? ガキさんはお人好しやのー」
そうかな。
自分ではよくわからない。
頼まれたら、やらなきゃいけないような気がしちゃうだけで。
「いいように使われるざ」
「かもね。ねぇ、スタバ寄る?」
「んー、ドトールでいいわ」
スタバは高いでの。
そう言って愛ちゃんは肩をすくめた。
- 822 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:18
-
「金欠病や」
「えっ、ま〜たヅカのチケット買っちゃったの〜?」
「まぁの」
「うッわー。最近、買い過ぎじゃない? お小遣い足りてるわけぇ? 」
「オクで買ってるし平気やよー」
「それにしたってさぁ」
「あー、もぉ、うるさいなぁ」
小さなお猿さんみたいに片頬を膨らませて、
愛ちゃんはチラリと私を睨んだ。
「別にガキさんに関係ないやろっ」
……まぁね。
だけどそう言われると、すこし寂しくなる。
おせっかいなのかな私って。
- 823 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:19
-
「まこっちゃんと行ってるの?」
「ウン」
「良かったねぇー、ヅカ仲間ができて」
「ほやの、楽しい」
ほわっと愛ちゃんが笑った。
あの子、楽しい。って。
「うん、面白いよねぇ、まこっちゃん。いい子だし」
「なんかこー、まっすぐやの、あの子は」
「ほー」
「ちょっと話題に困るとこもあるんやけど」
「あ、そぉなの? ヅカのこと話したらいいじゃん」
「ほかのことかって話したいやろ?」
「えー、うっそぉ?」
あなた、ヅカのことしか話したがらないじゃん。
と、からかいかけて、私はふと気づく。
今、この子、ヅカの話をしていない。
- 824 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:19
-
「マコがね」
目覚ましをかけ忘れて遅刻したこと。
汗だくの息切れしまくりで平謝りして、
頼んでもないのに缶ジュースをおごってくれたこと。
「マコとね」
終演後に劇場近くのカフェに行ったこと。
あれもこれもと食べたがるから、
苺のムースとバナナのケーキを半分こしたこと。
「マコにね」
秘蔵の宝塚DVDを貸してあげたこと。
すっごく喜んで、その場でくるくる踊り出したからおかしかったこと。
「マコはね」
あんまり本とか読まないみたいってこと。
カラダ動かすほうが好きで、
今度は帰りにプール行こって誘われたこと。
- 825 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:20
-
180円のコーヒーが冷めきっちゃうほど饒舌に、
愛ちゃんは新しい友達のことを話した。
時々思い出したみたいに「ガキさんも行こうよ」って誘った。
「まぁ、考えときますよ」
「あっ、紺ちゃんもそう言うって、マコ言ってたわ!」
鼻のとこをクシャッてして、弾けたようにキャハハッて笑う。
すこし離れた席にいた隣町の高校の男の子たちが、
愛ちゃんを盗み見て、すこしそわそわしたみたいだった。
「うーん、かわいいって得だなー」
「え? なんやの急に」
「いや、こっちの話」
かわいいって得だな。
ルックスでも、性格でも、
飛び抜けてかわいければ、きっと人生が違うのだ。
- 826 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:21
-
「中途半端が一番地味なんだな、どうも」
「え、なんのことやの?」
「いえ、こっちの話」
210円のアイスコーヒーのストローを噛んで、
私は、やれやれと頬杖をついたんだ。
そうね、愛ちゃんみたいな美人じゃないなら、
まこっちゃんみたいなかわいらしい性格になりたい、けれど。
- 827 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/03/13(火) 00:22
-
そろそろ帰ろうか〜ってなった時に、
ドトールの自動ドアが開いて、まこっちゃんと紺ちゃんが入ってきた。
「おっと、噂をすれば影」
私の声に愛ちゃんが驚いて振り返り、
嬉しげに笑って手を振った。
「えーっ、お二人さん帰るとこぉ?」
「もうコーヒー飲んでもたもん」
「えー、いいじゃん、まだいいじゃーん☆」
太陽をいっぱい浴びたオレンジの笑顔で、
まこっちゃんはいつもまっすぐに駆け寄ってくる。
無邪気な仕草で、ヒョイと入り込んでくる。
ひねくれ者の愛ちゃんの垣根さえ。
「んー、じゃあちょっとだけやよ」
私はたぶん、とても中途半端なのだ、たぶん。
大勢に紛れて、イイヒトで、いつの間にか誰かの陰に隠れてる、
そんな存在であることを、今日はなぜかとても悲しく思った。
- 828 名前:雪ぐま 投稿日:2007/03/13(火) 00:23
-
本日はここまでといたします。
- 829 名前:名無し飼育さん。 投稿日:2007/03/13(火) 02:17
- 更新お疲れ様です!!
毎回を楽しみにさせていただいてます。マイペースでこれからも頑張ってください!
なんだかガキさんの気持ちがわかってうんうん、と頷いてしまいました。
頑張れガキさんー!!w
- 830 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/17(土) 23:42
- ガキさんファイッ!!
あなたは美しい。
- 831 名前:ぽち 投稿日:2007/03/19(月) 07:42
- おっー!
どっちに感情移入すればいいの?と思いつつ、次回も楽しみです。
- 832 名前:雪ぐま 投稿日:2007/06/06(水) 21:04
- >>829 名無し飼育さん。 さん
なかなか更新が進まず、お待たせしていて恐縮です。
ガキさんみたいな子は、時々ちょっと損をしてしまいますね。
829さんもきっと、とても真面目な心優しい方なのでしょう。
>>830 名無飼育さん さん
ガキさんを見てると時々もどかしい気持ちになりますね。
でもいつも笑顔のガキさん、雪ぐまもとてもきれいだなと思います。
>>831 ぽちさん
どっちに感情移入するといいでしょうねぇw 楽しいほうで!
なるべくはやく更新したいと思いつつ…すみません。。。
では、久々の更新にまいりたいと思います。
- 833 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/06/06(水) 21:11
-
「ちょっと、アンタらぁ!」
まこっちゃんの怒声が、中庭に響いた。
「汚ったないこと言うなぁーー!!!」
こめかみが真っ赤に染まっていて、ホンキで怒ってるとわかる。
そのあまりの剣幕に、卑怯な女の子達はコソコソと逃げ出した。
ブツブツと「バッカじゃないのォ?」なんて囁きあいながら。
「……まこっちゃん」
私はすこし考えて、こう言ったんだ。
「ありがと」
くるりと振り返って、まこっちゃんがギロッとあたしを睨む。
いや、違う。あたしなんて通り越して、
あたしのうしろで青くなってる愛ちゃんを。
- 834 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/06/06(水) 21:11
-
「愛ちゃんも愛ちゃんだよっ!」
どうして言い返さないんだよォ、あんなこと言われてーっ!
ぎゃんぎゃんと吠えたてる、
それはまるで金髪の闘犬みたい。
まこっちゃんは見た目そのまま、正義感にあふれている女の子。
愛ちゃんは怯えたように私の腕をつかみ、ただ悲しげに目を伏せた。
- 835 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/06/06(水) 21:12
-
それは、いつものお弁当の後の出来事だった。
のんびりおしゃべりを楽しんでたあたしたちの耳に、
聞こえよがしの悪口が聞こえてきたのだ。
『タカハシ、またやったらしいよ。援交だよね、ほとんど』
ビクッと愛ちゃんの肩が小さく震えたのがわかった。
またかと思う。だけど今はマズい。
私は心の中で舌打ちした。
ううん、たいしたことじゃない。
だけど……。
案の定、まこっちゃんが驚いたように顔を上げて、
黙々とお弁当をかきこんでた紺ちゃんの箸がぴたりと止まった。
テレビならここでピッとチャンネルを変えちゃうとこだけど、
いじわるな女の子達の悪口はそうはいかない。
オモシロ半分の気配が、容赦なく流れてくる。
信じられないほど爽やかな夏の風にのって。
『だッからタカハシはやめろって、あたし言ったんだけどさぁー』
『えっ、でも一応ちゃんとつきあってたんでしょう?』
『って話だったけどね。知らない。急にケータイつながらなくなったってぇ』
『えーなにそれ、いきなり?』
『そう。タカハシ、いっつもそうらしいよね』
『えー、なんで騙されんのかなぁ?』
『顔じゃん? その彼もチケ買わされてたって』
『えっ、ヅカのぉ?』
『そうそう。いつもの手なんじゃん?』
- 836 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/06/06(水) 21:13
-
愛ちゃんが首まで真っ赤になってうつむく。
そして紺ちゃんが気まずげにおろおろとした時、
パッと芝生を蹴って、まこっちゃんが憤然と立ち上がったんだ。
『ちょっと、アンタらぁ!』
まるで自分のことを悪く言われたみたいに、
まこっちゃんは悔しげに目を潤ませていた。
握りしめた拳が、怒りで真っ白になっていた。
そうか、と思う。
私にとってはもう聞き慣れてしまった愛ちゃんの悪口も、
まこっちゃんにとってはものすごい衝撃で、
顔を真っ赤にして怒るべきことで……。
……そう、それが当たり前だ。
『汚ったないこと言うなぁーー!!!』
当たり前のことを、愛ちゃんも私も知らん顔で受け流してきた。
悪口が聞こえたら聞こえないふりで、
お互いにそのことに触れることもなく、
素知らぬ顔でその場を離れ、何事もなかったように、
その悪口が真実か嘘かと問うこともなく。
だからこそ私と愛ちゃんの友情は、変わらずに続いてきたんだ。
ずっとそうしてきた。
聞かないことが、思いやりだった。
知らんぷりが、やさしさだった。
だけど、まこっちゃんは。
- 837 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/06/06(水) 21:14
-
気まずすぎる沈黙。
慣れない空気に耐えかねたように、
愛ちゃんがくるりと踵を返して駆け出した。
その背をまこっちゃんが追いかけようとしたから、
私はとっさにその腕をつかんで止めたんだ。
「まこっちゃん、ごめん! また、明日ね!」
まこっちゃんに愛ちゃんを追いかけさせたくなかった。
だって、あの悪口が聞こえてきた時、
愛ちゃんは息をのんでうつむき、
みるみるうちに真っ赤になったのだ。
それは、これまでにはないことだった。
こんな時、愛ちゃんはいつだって不愉快そうに眉をひそめて、
「うっせーよ馬鹿」って顔をしてたのに。
ちょっと目にゴミが入った程度のしかめっつらで聞き流していたのに。
そう、あのふてぶてしい愛ちゃんが、
今日はどこにもいなかったのはなぜ?
- 838 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/06/06(水) 21:14
-
愛ちゃんのなかで、なにかが変わりはじめてる。
その予感に、私はなぜか息苦しくなる。
もぎたてのオレンジみたいなまこっちゃんが
その笑顔を愛ちゃんに向けるたびに彼女ははにかんで笑い、
小悪魔のように光る気の強い瞳が、
嘘みたいにやさしげな色に塗り替えられていくこと。
それを喜ばしいと思う一方で、
私はなぜか、焦りにも似た息苦しさを感じているのだ。
そう、なぜだろう、まこっちゃんが現れたあの日から、どうしてこんなに……。
「ガキさん、ちょっと待ってよ!」
背中に、まこっちゃんの声が聞こえたけれど、
私は聞こえなかったふりで、ひとり愛ちゃんを追いかけた。
小学生の頃から変わらない、
あの華奢な背中を。
- 839 名前:アフロディーテの 投稿日:2007/06/06(水) 21:15
-
…………………………………
…………………………………
…………………………………
…………………………………
…………………………………
- 840 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/06/06(水) 21:16
-
「あれねぇ、ホントやよ」
あの子らが言ってたこと、ホントやよ。
さんざん走ってやっと足を止めてくれた中庭。
爪先で地面を蹴って、愛ちゃんは目を伏せた。
「好きやって言われたで…ヒマやったし……チケットも欲しかった…」
そう呟いて、
血が滲みそうなほど唇を噛んで。
「そう……」
私は呟く。
「やっぱりね」
愛ちゃんが、ひどく苦しげにギュッと眉を寄せた。
とてもとても後悔してるみたいに。
そして血を吐くみたいに、小さく呻いたんだ。
「マコには言えん……」
キュッと胸が痛んだ。
目を伏せた私に何を思ったのか、
愛ちゃんは私にすがりつき、見捨てないでとばかりに訴えてきた。
- 841 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/06/06(水) 21:17
-
「ガキさん、あたし、どうしよう」
マコには言えん。こんなことマコには言えん。
どうしよう、これまでのこと、全部消してしまいたい。
「あたしアホやった……どうしよう…どうしよう……」
震えてる指先、後悔の言葉。
怯えてる高橋愛。
そう、愚かで残酷な愛ちゃん。
その目の前で、私はただショックを受けていた。
ショックを受けている自分にもショックだった。
愛ちゃんが援交まがいのことをしてたことじゃない。
そんなことどうだっていい。
私が打ちのめされたのは、
愛ちゃんがまこっちゃんに“知られる”ことを、
こんなにも怯えてるということ。
「どうしよう、ガキさん……」
- 842 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/06/06(水) 21:17
-
私はいつも、
愛ちゃんが何をしてたってかまわないと思っていた。
おとなしげに見せかけて、時に平然とズルいことをする。
困った子だなと思いながら、私はそんな彼女と仲良くしていたのだ。
そんな彼女を、いつだってかばっていたのだ。
だからこそ愛ちゃんは私のことを信頼してて、
ほら、今もこんなに頼ってる。
頼ってくれてる。なのに。
「あんなこと、せんとけばよかった……」
苦しげな、そんな後悔の言葉を聞くたびに、
私の胸がキリキリと締めつけられるのはなぜ?
- 843 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/06/06(水) 21:18
-
夏を迎える風が、ゆっくりと頬を撫でていく。
絹糸のような愛ちゃんの長い髪が、風の形を描いて舞う。
しちゃったものは、しょうがないじゃん。
そう言いかけて私は、口をつぐんだ。
うつむいた彼女の目の端に、うっすらと涙が浮かんでいるのに気づいて。
「……あたし」
ガキさん、あたし、あたしね、変かもしらんけど……
愛ちゃんは、その言葉を何度も言い淀んだ。
言わないで。私はそう願っていた。
お願い、愛ちゃん、もうわかった。わかったから。
だからお願い。どうか、その言葉を口にしないで。
だって、すべてがほんとうになってしまう。
「……あたし、マコが好き、みたい」
ああ。
反射的に私は、ギュッと目を閉じた。
どんなに彼女が男の子と遊び回っていても気にならなかった。
いつだって夢中になってるのは男の子たちのほうで、
愛ちゃんは誰といてもどことなく退屈そうな顔をしていたから。
なのに愛ちゃん、とうとう見つけてしまったの?
とうとう、……私から離れてゆくの?
- 844 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/06/06(水) 21:19
-
愛ちゃんの不安げな瞳が、
そう、これまでに見たこともなかった不安げな彼女の瞳が、
震えながら私の表情をジッとうかがっていた。
「……ねぇ、こんなの変、やろか?」
「変だよ」
自分でもゾッとするほど冷たい声が出た。
あまりの即答に、愛ちゃんがビクッと身をすくめた。
まじまじと見つめてくる怯えた瞳。
心臓をかばうみたいに、手で胸元をおさえる。
傷つけている。
私は今、彼女を傷つけている。
それでも私の言葉は止まらなかった。
「変だよ愛ちゃん女同士なんて。一体どうしちゃったの?」
あのさぁ、タカラヅカは夢物語だよ?
てか、あれだって男のヒトと女のヒトの話じゃん。
自分の頬が、醜く歪んでるのを感じていた。
愛ちゃんの顔にみるみる暗い影が宿り、悲しげに睫毛が伏せられる。
目の端に浮かび上がっていた涙が、たちまち透明な粒になって零れ落ちた。
- 845 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/06/06(水) 21:20
-
「ほ、ほやけど、……好き、なんやもん」
心をかばうみたいに両腕で自分自身を抱きしめたまま、
愛ちゃんは静かに言葉を絞り出した。
ガキさんの言ってること、わかるよ……
でも、あかんて思っても、どうにもならんくて……
マコと一緒にいたくて、マコのことばっか考えてあたし……
ああ、泣き虫の高橋愛、波のような感情。
小刻みに震えはじめた肩を、
私はもう、いつもみたいに撫でられはしない。
だって、自分の心に嘘をついた。
自分の心を守るために、あなたを傷つけた。
求められてる答えをわかっていながら。
わかっていながら。
「あたし…どうしよう……」
頼りなげな言葉は風に散って消え、
気まずい沈黙が、私たちの間を塗りつぶしてく。
聞こえるのは、低くすすり泣く声。
泣き虫の高橋愛、泣き虫の高橋愛、泣き虫の高橋愛……
- 846 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2007/06/06(水) 21:20
-
私はパッと踵を返し、彼女をおいて駆け出した。
あなたと出会ってから初めて、あなたを置いて駆け出した。
大声でわめき出してしまいそうなほど胸がジンジン痛かった。
だから弾丸のように、ただ、た走ったんだ。
走って、走って、空気を切って。
「バカ…ッ…なんで………!」
泣き虫の高橋愛。
私がずっと面倒みてきた、ちょっと困った女友達。
あんたは私が誰を好きかなんて気にしない。
想像もしない。してくれない!
高橋愛。
いつもあんたが先に泣くから、
私はいつだって、あんたの前で泣いてみたりできなかった……。
- 847 名前:雪ぐま 投稿日:2007/06/06(水) 21:21
-
本日はここまでといたします。
- 848 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/06(水) 22:03
- 更新お疲れ様です。
みんなの気持ちが痛いほどわかりますね。
ガキさんを想うと異のあたりがキリキリします。
次も楽しみに待ってます。
- 849 名前:None 投稿日:2007/06/07(木) 14:56
- Nice site man! This will be my first time visiting. Keep up the great work. Thanks much!
- 850 名前:名無し 投稿日:2007/06/10(日) 12:50
- 更新おつかされさまです
胸が苦しいですが、続きをマッタリ待っています
ガキさんの幸せを願ってあげられない自分が憎い……
- 851 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/17(火) 12:56
- 更新待ってまーす
- 852 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/28(火) 20:46
- 待ってますよ
- 853 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/19(水) 13:46
- 気長に待ってます
- 854 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/17(月) 20:49
- いい!
- 855 名前:雪ぐま 投稿日:2008/01/13(日) 02:21
-
レスをつけてくださった皆様、ありがとうございます。
いつもとても励みとなっています。
それなのに、長らくお待たせしてしまって申し訳ありません。
間が空きすぎましたので、本日は取り急ぎ更新のみとさせてください。
- 856 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2008/01/13(日) 02:22
-
人にはそれぞれ役割があるというけれど、
だれがすすんで脇役に甘んじたいものか。
甘んじているとすればそれは、
世界にたったひとりの自分のために。
せめて最後のプライドのために。
主役になどはなりたくないと、
まずは言ってしまえば楽になる。
笑顔でいつも道を譲れば、風のように生きられるだろう。
だけど時々、気づいてしまう。
気づかぬふりをすればするほど、
奥へ奥へと閉じ込められてく熱い感情。
- 857 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2008/01/13(日) 02:23
-
私を見て。
私を見て。
私を見て。
私を見て。
私を見て。
私を見て。
お願い、誰か私を見て。
私だけを見て……
- 858 名前:& ◆TWDVHqFcI6 投稿日:2008/01/13(日) 02:24
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- 859 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2008/01/13(日) 02:25
-
愛ちゃんが学校に来ないのは、私だけのせいではないと思う。
だけど気に病むのは、私が彼女を好きだから。
窓際の席は気持ち良さそうだな。
午後の陽射しのなかでうたた寝しているクラスメイト。
先生の目が気になってせっせと黒板を書き写してる私よりも、
きっとずっと自由なはずだ。
「なんだ、またタカハシは休みか」
2日連続でサボリか?
呆れたように先生はそう言って、
誰か宿題のプリントを届けてやれと続けた。
当たり前のようにそれは私の席へとまわってきて、
私は黙って受け取って、折れないようにクリアファイルに挟み込む。
こういうプリント類、昨日は届けなかった。
今日こそ届けなくっちゃマズいだろう。
彼女の家を訪ねることを、なぜこんなにもためらっているのか、
その理由を考えることは胸の痛みをともなった。
- 860 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2008/01/13(日) 02:26
-
ひどい喧嘩なら、これまでに何度もしたことがある。
3日くらい口をきかなかったことだってある。
愛ちゃんは気難しくて、私は振り回されてばかり。
気に入らなければすぐ泣いて、貝のように黙り込むから、
いつも結局、私が折れてあげなきゃいけなくて。
「………どッこがいいんだろ」
わからない。
だけどあの、光を弾くような艶やかな髪。
上目遣いの負けず嫌いな瞳。
思い込みが激しくて、気位ばかり高くて、
うまくクラスにも馴染めないあの子。
「あーあ」
わかっていたけど、失恋かぁ。
死ぬまで内緒と思ってた感情が、シクシク痛む。
そう、愛ちゃんはずいぶん自由だ。
口に出せないはずの恋をカンタンに、
私なんかに打ち明けて。
- 861 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2008/01/13(日) 02:26
-
そして私は、ずいぶん不自由なのだ。
愛ちゃんの家の前までやってきて、
やっぱりチャイムを押せずに、くるりと踵を返したりなんかして。
「……明日は来るよ、うん」
愛ちゃん、きっと明日は学校に来るよね。
二日くらい宿題のプリントが届かなくったって、
愛ちゃんにとっては、きっとたいしたことじゃないよね。
- 862 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2008/01/13(日) 02:27
-
◇ ◇ ◇
まこっちゃんから電話があったのは、その日の夜のことだった。
携帯の画面に点滅する「まこっちゃん」の文字を見て、一瞬迷う。
けれどやっぱり私は無視できなくて、通話ボタンをピッと押した。
「はーい、もしもーし」
こないだのことだろうと思う。
まこっちゃんの声にも振り向かず、泣いて駆け出した愛ちゃん。
あれからどうなったかとか、そういうこと。
なんて説明したらいいんだろうと思うと気が重いけど、
電話をとらなかったらどうせ、後々まで気になってしまうのだ。
『あっ、ガキさん?』
「はいはい、どーしたのぉ?」
『うん、あのー…ごめんねぇ……』
「えっ?」
『その〜、こないださァ……ごめんねぇ……』
まこっちゃんったら。
謝らなきゃいけないのは、こっちのほうだ。
あの日から何のフォローも入れていなくて。
- 863 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2008/01/13(日) 02:28
-
「そんなァ、こっちこそごめんね。愛ちゃんが迷惑かけちゃってさぁ」
さらりと言いながら、胸がチクリと痛む。
「愛ちゃんが迷惑かけちゃって」だって。
愛ちゃんの保護者でもないくせに、私。
……恋人でもないくせに、私…。
愛ちゃんがまるで自分のものみたいな、おかしな言い回し。
だけど、純朴なまこっちゃんはそんなことには気づきもしないらしく、
明るい声で電話に出た私に、心底ホッとしたようだった。
『いッや〜、よけーなことしちゃったかなーって思ってさァ』
「ううん、ひどいよねー、あの子たち」
『最悪だよォ。超ムカツクんですけど、あーゆーの』
「ありがとねぇ、怒ってくれて」
『うーん…。でもねぇ』
「ん? なに?」
『愛ちゃん、かえってイヤだったみたいじゃん?』
「えっ、そうかな。愛ちゃんがそう言ってた?」
『ううん。でもさァ……、あれからぜんぜん電話くれないしさァ』
えっ、愛ちゃんから電話?
意外な展開に、私は思わず聞き返した。
- 864 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2008/01/13(日) 02:29
-
「電話とかかかってくるの? 愛ちゃんから?」
『え? うん。ちょっと前まで、けっこう電話くれてたよー』
「…………………………」
『もしもし? ガキさん?』
「あ、ごめんごめん。あ、そぉ、電話とかしてたんだ愛ちゃん」
『うん。なんだかんだ、毎日かかってきてた気がすんだけどぉー』
電話はキライと言っていた。
私がかけてもたいてい留守電だし、
たまに繋がっても、用が終わったらさっさと切ってしまう。
メールもコラー!ってくらい素っ気ないし、
そう、私だけにじゃなく、あの子は誰に対してもそうだったはず。
「…………………………」
『もしもし? ガキさんガキさん?』
「あ、ごめんごめん。へー、愛ちゃんが電話ねぇ」
『ま、ヅカ観る話とかなんだけどぉー』
「……そう」
『でもさぁ、あれから全然かかってこなくてー』
「………………」
『で、気になって、さっきからかけてみてるんだけどぉ』
「えっ?」
『全然、出てくんなくってねぇ』
鳴ってはいるみたいなんだけどさ。
そう言ってバツが悪そうに、まこっちゃんは言葉を切った。
- 865 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2008/01/13(日) 02:30
-
ああ、まこっちゃんは、愛ちゃんが怒ってるかどうかを教えてほしがってる。
そしてもしも怒ってるんだったら、私にとりなしてほしいと思ってる。
いろんなことがわかる、私には。
わかりすぎる、人の心が。
あの子の気持ちも。
「……まこっちゃん、愛ちゃんは怒ってるんじゃないと思うよ」
『あ、そ、そぉ?』
「でも、家出とかしちゃってるかもー」
『えっ、い、家出ッ!?』
すべて目に浮かぶようだった。悲しくなってきた。
悲しいのに私は、おちゃらけた声を出していた。
誰も見てないのに、涙をこらえてへらへら笑った。
うん、目に浮かぶようだよ。
まこっちゃんからの電話に、
怯えた顔で携帯を見つめている愛ちゃん。
とりたいけれどとれなくて、
かけたいけれどかけられなくて。
そして彼女は逃げ出しただろう。
ざわめく胸が苦しすぎて、携帯を置いて外へ。
揺れる愛ちゃんの想いを「変だよ」と切り捨てたのは私。
「変だよ」だなんて、封印の呪文をかけたのは私。
- 866 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2008/01/13(日) 02:30
-
「ごめん、切るね。ちょっと愛ちゃんのお母さんに電話してみなきゃ」
『ちょっ待っ…! どっ、どっ、どーいうことなのガキさんッ!』
パニクってるまこっちゃんをなだめすかして、
必ずまた連絡するからと電話を切った。
そのまま、ぼすんとベッドに倒れ込む。
はぁっとため息をつくと同時に、涙が一粒、
鼻筋を伝ってじわりと落ちた。
そっか愛ちゃん、まこっちゃんに電話なんてしてたのか。
話下手なあなたが、夜もまこっちゃんの声を聞きたくて。
きっと、もっとまこっちゃんと仲良くなりたくて、
不器用な男の子みたいに一生懸命、
ちいさな用事を見つけては、電話をかけて気を引いた。
「愛ちゃん……」
恋は、人を変える。
長い髪を風にまかせて意地悪に笑うあなたさえ。
そして私は、どんなふうに変わってく?
ずっと見ないふりしてた心の中。
そのドアをこじ開けたのは、大切なあの子の初めての恋。
- 867 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2008/01/13(日) 02:31
-
ざわめく胸は、きっとあの子と同じ。
涙がにじむほど熱く脈打つ、これは嫉妬。
「変だよ」だって。 同じくせに。同じ気持ちを知ってるくせに。
なのにあなたが離れてくのを恐れて呪文をかけた
卑怯で、みにくい私の本心。
「……愛ちゃん、ずっと…一緒にいたじゃん」
愛ちゃんのお母さんに電話をかけなきゃと思う。
なのに、こみあげてくる熱い嗚咽に、私はなかなか立ち上がれなかった。
取られたくない。だれにも奪われたくない。渡したくない。
あの困った女の子。子犬を死なせちゃった愚かな子。
小学校の体育倉庫であの華奢な肩を見つけてから
私がずっとずっとずっと面倒みてきた高橋愛!
だけど、いつも窓辺で歌ってた小鳥のような彼女には羽があって、
そう、もう私の手から飛んで行ってしまう。
彼女が自ら、飛んで行ってしまう。
いつかこんな日が来ると気づかないフリをしていた。
置いてかれると想像することを避けていた。
- 868 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2008/01/13(日) 02:32
-
「愛ちゃん…………」
涙は、なかなか止まりそうになかった。
だけど私は渾身の力で起き上がり、むりやり深呼吸して息を整える。
のろのろとベッドに座り込み、枕をギュウッとかき抱いて私は、
深々とため息をついた。
ああ、愛ちゃんの、お母さんに、電話を、かけなくちゃ。
心とからだが悲鳴をあげても、私の中から理性は消えない。
いつだって、今すべきことを。
いつだって、私ができる最善を。
そう、心とからだがこんなに悲しく震えていても。
「あっ、愛ちゃんのお母さんですか? 新垣里沙です、はい、ご無沙汰していてすみません」
愛ちゃん。
許されるなら、あなたをこの手の中に閉じ込めてしまいたかった。
あなたの羽を奪って、私から離れられないように。
あなたの手足を奪って、私なしでは生きられないように。
- 869 名前:アフロディーテのオレンジ 投稿日:2008/01/13(日) 02:33
-
「ええ、ああそうですか、やっぱり」
愛ちゃん、でももう私は、友達の資格もないね。
「ええ、はい、ちょっとクラスメイトとトラブルがあって」
ねぇ、どうしたら私は、あなたを諦められる?
「はい、ええ、心あたりを探してみます、はい、いくつか……」
どうしたら私は、あなたの前で笑っていられる……?
- 870 名前:雪ぐま 投稿日:2008/01/13(日) 02:33
-
本日はここまでといたします。
- 871 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 02:39
- 大変な中にあって更新をありがとうございます。
待っていた甲斐があったとはこのこと!
これからも待ってます、どうぞよろしくお願いします。
- 872 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 02:53
- あぁ…もうマジ最高です…
すげぇーせつない…
- 873 名前:ぽち 投稿日:2008/01/14(月) 02:40
- 雪ぐまさん、お帰りなさい!
5期最高!の自分としては、続きが読めて嬉しいです。せつないですね…
最近、リーダー、サブリーダーの絆にグッと、きます。
- 874 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/16(水) 00:10
- 待ってました!!
この切なさ、胸にぐっと来ます。
幸せになれるといいですね。
- 875 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/16(水) 02:47
- うおおおん。・゚・(ノД`)・゚・。ガキさんの想いに涙・・・
- 876 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/09(水) 20:32
- 待ってます
- 877 名前:名無し 投稿日:2008/06/14(土) 02:17
- 続き楽しみにしています
まこと帰ってきましたね(´∀`)
- 878 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/18(火) 22:52
- まだまだ待ってますよ!
- 879 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/27(火) 07:56
- まだ待ちます
- 880 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/20(土) 22:26
- まだ待ちたい
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